旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 今年も、家庭菜園のラインナップ完了為り。
             今年も、家庭菜園のラインナップ完了為り。(5/2/14)
        
 朝だ朝だ~。お天道さんの起床ラッパ、寝ちゃ居れんわね。さぁ~て、俺ぁ、男で御座る。一丁遣って見るか~!! 努力の後に、道が出来て来る。千里の道も一歩から。 

 お隣さんが、母の為に玄関に回らず庭からの回覧板で、境のブロック塀に回覧板用の郵便受けを取り付けて呉れた。その庭からの通路が、何十年かの内に雑草の溜まり場と為って居るし、途中辺りでの凹みの為に、雨が降ると泥濘と為る。庭の整理の最終段階として、遣らねば為らない宿題なのであった。ニャロメ!! 遣れば遣るほどに、粗の目立ちである事か・・・。

 本日は朝から暑い。長靴を履いて、先ず草の根を掘り起こして、雑草退治。次いで平らに均して、歩数を数えて踏み石用の平らな石を、川から物色して7個運び上げる。それを態好く並べ、底の部分の土を削り据わりを良くする。仕上げは例の如く、バケツにスコップを持って、小砂利掬いに川に下りる。

        都合四杯運び入れたのであるが、本日夏の暑さで顎が上がって仕舞った。

 軽い朝飯を食べて、妖怪様に目薬を落して遣り、金華鳥の世話をする。小砂利敷きの後をサンダルに履き替えて、人間転圧をして、庭箒で掃いて宿題完了である。二畳小部屋外のコンクリートに腰掛けて、煙草の一服を付けて居ると、土手に車が止まってホテルWの場所を教えて欲しいとの事である。

         口で説明するよりも、道に出て説明して遣った方が良く分かる。

 同年配の諏訪ナンバーの男である。へへ、お互い、ボランティア世代である。頸椎の手術でS大病院へ2カ月の入院との由。最寄りの宿泊場所を聞くと、民宿S荘とホテルWを紹介されたと云う。両宿泊施設共に、S大病院の入院患者家族の宿泊施設として、商売が成り立っているのだろう。大通りに面したビジネスホテルと土手道に面した民宿は、丁度同じ位置に在って背中合わせである。隣班である。

     道案内の後は、何だかんだと説明を求められ、松本ガイド役をする羽目に為って仕舞った。

「見るからに、好い環境ですね。こんな所に住みたい物ですわ。」
「あいあい、環境が好いから住んでると、俺見たいなお公家さん見たいな顔に為るんね。引っ越して来ましょや。」
「でも、この辺りは、土地が高いんでしょう。」
「いざと為りゃ、奥の手で、宝くじが在らぁね。」
「だんなさん、旨い事言うじぁ無いですか。」

「あれだよ。この町内にも、何軒か空き家が在るし、其処の家も空き家だよ。住宅地だけどさ、真ん中に川が在るから、ゆったり感が在る。夏に成れば、蛍も飛ぶし、カジカカエルも鳴く。此処でもヤマメが釣れるしさ。近くに高校が在るから、生足のペダル漕ぎで目の保養にも為らぁね。アハハ。」

      見ず知らずのロートルが、車を止めてゆっくり話すなんて図は、好い物である。

 さてさて、本日金曜スタバトークである。Tの為に家庭菜園のホウレンソウでも採って置くと致そうか。

 そんな事をして居ると、こんにちは~と言って、ヤクルトママさんが玄関から、回って来た。

「おやまぁ、勘が好いじゃ無いのさ。」
「好いお天気だから、きっと畑に居ると思って。そんな匂いがしました~。」
「臭いかい。一応、風呂には入って、小鳥寄せしてるんだけどな。へへへ。」

 Tのお迎えまでは、只今一日100頁のノルマが圧し掛って居る次第であるから、白湯を飲みながら、<内職の頁捲り>をする。

 スタバ二階席は、夏の気温である。連休の所為か、何時もよりも混んで居る。話題は如何しても、韓国の醜態に話題が言って仕舞う。韓国も、中狂国のウィグルテロで、大変な事に為りそうなキナ臭さである。

 外パッパの後は、ホームセンターへ行く。Tは孫に苺を食べさせたくて、苗を探しに行ったのだが、シーズン終了の釣れ無さで在ったと言う。

「一昨日、ナス、キュウリを買いに行った時に、ごっそり入荷して居たから、電話をしなくとも、金曜日まで持つと思ってさ。」

 Tは実の付いた奴を3本買い、園芸用の腐葉土を一袋買う。私はミニトマト3種類を買う。今日は土作りをして、来週にナス、キュウリを買うとの事である。

 それにしても、本日は夏日である。Tシャツ一枚に為って、トマト苗を植える。へへ、これで吾が家の家庭菜園もラインナップが揃った。今年は何十年も捨て置かれて居た葡萄の復活を試みる事にして居る。私が高校生の頃までは、黒い葡萄が生って居た。それが切られて、何時の間にか雑草に埋もれて、一切返り見られる事も無く、日蔭者扱いされて来た次第である。

 日当たりの関係上、葡萄棚を作る訳には行かないが、野菜の支柱を縦に組んで、西洋のワイン葡萄柵の感じで、葡萄再生を目論んで居る次第なのである。そんな庭遊びをして、一服は睡蓮鉢のメダカを見る。地黒のスキンヘッドであるから、Tには<あなた、何処の国の人在るか? あなた、インド人在るか。>などと言われて仕舞う程の日焼け状況である。黒く為れば為った分、日射効率が加速されて、いやはや、スキンヘッドのシャレコーベが、チンチンに焼ける沙汰である。

 然りとて、昼間から分厚い哲学の文字列には、飛び込めないのが番から男の習性と云う物である。へへへ。男の嗜みは、晴耕雨読の生活態度でも在ろうか。イッヒッヒ~!!

 四畳半定位置で、栄養補給のアーモンドチョコレートをポリポリ遣って居ると、川で遊んで来た鼻糞穿りの小学低学年生のジャリンコが、部屋の私に手を振って行く。

「如何した? 裸足じゃないか。」
「うん、川でおぼれたの。」
「おかしいじゃないか、服が濡れて無いじゃないか。」
「うん、きがえたから。」

 左様で在るか。今時の子供は、コマッシャクレて居る物である。汚れたら、濡れたら着替える。現代の躾け行と云う次第であるか。現代躾け行からすると、子細構わずの私なんぞは、『蛮行の極め付け』と云う事に為ろうか。ギャハハ!!


心何処ーショート さて、昼の用意をすべぇか。
                  さて、昼の用意でもすべぇか。(5/1/14)
 お天道さんは在る物の、空全体とすれば灰色雲の曇天である。それでも、日差しの明るさに、気分は好い。朝飯前の家周りをして、ミツバを摘んで朝のお浸しにすると致そう。日々、家庭菜園、植物の成長を眺めるのは、人畜無害の好人物に移行させるには大事な一時と云う物である。

 さて、掃き掃除に、小鳥達の世話に行こうとすると、お向かいさん夫婦に話し掛けられて、ついついロートルご近所話と為って仕舞った次第である。へへへ。

 遅い朝食後は、廊下の鉢植え物を外に出して、お天道さんに当てる。些か風が強いが、植物には、お天道さんの光合成が健常の大本である。

  とは云え、布袋草の水中根の繁茂は、直ぐ様にアオミドロに取り巻かれて仕舞う厄介ものである。
 
 その掃除屋が金魚であるから、睡蓮鉢の布袋草を半分づつアオミドロ退治の為に、金魚槽に入れている次第である。これも大きな観点から見れば、生物相に依る相互循環の一環でもあろう。従って、人間の知恵として、それを活用させて頂いて居る次第である。

 国民の道徳は、700頁弱のボリュームである。一日100頁を目標に、読み進めて行く予定では在るが、読書嫌いな吾が身にとっては・・・ 膨大な頁数である。

 お天気さんも予報通りに下り坂と為って、四畳半定位置は涼しい風の出入りである。ラジオをBGMに流して、出窓に鳥籠二つを置いて、金魚、小鳥達の動きを息継ぎとして、分厚い本の頁捲りを進める。

 私も還暦半ばを通過した身であるから、書かれて在る諸記述には体験知も在れば、既知感も湧いて来る次第なので、抽象語の羅列と云う感じは無く、或る意味では人生の経験値の観点から、人生を振り返る懐かしみすら覚えつつ、頁捲りをしていると云った具合なのである。

      まぁ、これも真面目に歳を重ねて来たご褒美かも知れぬでは無いか。ギャハハ!!

       活字に頭が疲れて来ると、老眼鏡を外して、同部屋住人達の動きを眺める。

 普通サイズの金華鳥と比べると、購入して来たジャンボ種は、裕に二回り以上の大きさである。番籠から外れた三羽の鳥籠は、オスは見る影も無い老齢の有り様にして、灰色が脱色してシナモンに近い色合いのメスは、近親繁殖の煽りで生まれながらの虚弱体質の様である。

 生き物を飼っている以上、世代交代、近親繁殖の弊害は避けて通れない次第でもある。そんな交々を考察すれば、ジャンボ種の買い入れは、悪くは無い選択肢であろう。

 本日、メーデーとは云う物の、すっかり時代は交替・後退して仕舞った。私権に公権、私益に公益、私利に公利を対比させると、人間の営みはすっかり個に移行して仕舞った観が在る。

 私と公を分断して仕舞ったのが、自由と云う個人主義の台頭である。自由が公の規制を払って個に傾注して終えば、其処には身勝手自由が蔓延して、家族・社会・国家と云う共存型公の部分が衰退して仕舞う危険域に入り込んで仕舞うだけの話である。

<人は道を求めて人生に齢を重ねる生き物>との人間哲学の歴史原点に立ち返れば、人は再び道徳と云う人間の常識に回帰せざるを得ないのだが、火病国病根の何たるかを、今回の韓国客船沈没事件報道を、人間が守るべき常識・道徳の瓦解の未来として、肝に銘じて道徳常識の道に回帰し無ければ為らない時期に達して居ると思われるのだが。

 真っ当なる日本の保守重鎮の西尾幹二先生の『国民の歴史』西部邁先生の『国民の道徳』が、日本人の家庭書籍として、日本人の紐帯為らん事を祈るばかりである。へへへ。

 教員・公務員の助平事件、無差別通り魔殺人、振り込め詐欺、ストーカー殺人、51歳女のエスカレート爆弾・・・etcと、いやはや、人もどきが増殖されている現実には、目を覆いたくなる心境に為るばかりである。

 さてさて、午前中のお勉強はこの位にして、昼の用意でも致しましょうかね。脳細胞が酸欠状態に近付いてまいりましたがね。へへへ。


心何処ーショート へへへ、毎日、遣る事が生まれて来る物だ。
           へへへ、毎日、遣る事が生まれて来る物である。(4/30/14)
 雨が強弱を変えて、降って居る。帽子を被って、食べ頃と為ったホウレンソウを扱いで来る。嬉しい程に、大きく育った。土を落とし、外水道でザッと汚れを落として茹でる。台所を始めると、出窓にぽつんと水が落ちて居る。何じゃらほいと、出窓の天井を見遣れば、雨漏れでは無いか。

 外に出て見遣れば、外壁工事時にチョイと直した所のコーキングが取れて、隙間が開いて居る。弟が置いて行ったコーキングが在るから、朝食後に補填して置くと致そう。

 いやはや、何だかんだと云っても、良くした物で<遣る事>が出て来る物である。まぁ、本日は終日の雨との事であるから、少しは遣る事が無いと読書のお時間と為って終う。

 読んでいる内は、ふむふむ、為るほど。左様であったかと、一々ご尤もの段では在るが、就寝時に、さてさて、大先生はどんな事を書かれて居たのかと、思い出そうとするのだが、さっぱり頭の歩留まりが退化して居て、たいてのこらさ状態なのである。

 全く、お恥ずかしい限りである。『頭の歩留まり』と比べれば、肉体労働は辛い面が多々あるが、確実にそれが残る次第であるから、私の様なボンクラ頭には頃合いと云う物である。

「如何だい? 採って直ぐの家庭菜園の味は、茹で過ぎの歯応えに難が有るけどさ。」
「年寄りの歯には、有難い柔らかさで、鮮やかな色と厚みがあって、新鮮そのもの。手入れが好いから、確り応えてくれるから、張り合いだろうねぇ。」
「そりぁ、そうだ。単細胞が遣って、単細胞が応えて呉れる。採ってから30分もしてない。これが文字通りの旬の味、単純明快の様ですがね。」

 さぁ~と、踏み台を出して、コーキング修理をして来るか。風呂の湯を張りながら、首筋に雨垂れを受けて雨漏り修理をする。見栄えは悪いが、これでオーライである。

 風呂から上がれば、何と雨は止んで一時の晴れ間では無いか。そう為れば、洗濯をして<灯台下、暗し>で、二畳小部屋の下の縁の下の小砂利敷きが『未了』で在った。加えて、妖怪様の部屋への廊下上がりの向きが気に食わないと思っていた次第であるから、それもバールを梃(てこ)に直して見ると致そうか。

 長靴・軍手で、川から三杯運び上げる。そんな事をして、目の保養に睡蓮鉢のメダカを見る。昨日は水面近くに居たが、お天気の悪さに布袋草の根の下に潜んで居る次第である。目に付く雑草を引き抜いたりして、二畳小部屋に入る。手入れの進んだ庭の眺めは、四畳半定位置と違って人の姿も無いから、ボケ~と眺めて居るだけでも良い具合である。

 束の間の薄日も灰色雲に覆われて、再びの雨かも知れぬ。お天道さんが無いから、雨に洗われた緑の映えとは為らないが、雨の力は偉大である。牡丹の蕾が、ぐっと、膨らんで来た。

 さぁ~てと、昼を食べて妖怪様の炬燵で昼寝をするべし。雨日はちょいと炬燵の温もりが恋しいばかりである。


心何処ーショート 是、愉しみの加算為り。
                  是、愉しみ加算為り。(4/29/14)
 睡蓮鉢に主役のメダカが不存在で在っては、収まりが着かない。さてと、ドライブに行って来ると致そう。松本市と安曇野市の北堺の丘陵越えには、大口沢を経由して行く。山間を抜けてのカーブに次ぐカーブのドライブは、山桜、山吹、紅の枝垂れ桃の鮮やかな色彩、山の淡い緑の芽吹きの中を行くのであるから、日頃の自閉症から解放される高揚感でも在る。

         生憎、雨予報の下り坂お天気さんであるから、車内は暑くは無い。

 メダカ買い如きでの車乗りは、気分が乗らなかった次第では在るが、車は、真に便利な物である。弟はフィリピン行中では在るが、車窓からの風景をフィリピンのボホール島辺りの牧歌的風景にオーバーラップさせながら、チョコレートヒルだとか河クルージングのシーンなどを思い出しながらのドライブである。気候が違えば、風土が違う。風土が違えば、人の暮らしも違う。暮らし違えば、考えも異る。

 耕運機が入った山間の水田は、水を張る準備をしているらしい農家の年寄り達の姿が見える。腰の曲がったおバァちゃんが、一輪車を押して細い坂道に野菜採りに行く姿も在る。

 それにしても枝垂れの紅桃の花が、鮮やかに何本も道路の傾斜地に植えられている。この辺りの地名は、杏と書いて<からもも>と読ませているから、地名に因んで大口沢全体に植えられて居るのだろう。ドライバーとしては、地元さん達の<紅色のおもてなし>に、アリガトざんすの気分である。

 大口沢を抜けて梓川を渡って、安曇野に入る。豊科IC周辺は、郊外型食べ物屋の密集地帯でもある。偶には、外食をして帰りたいと思うのだが、其処が出来ない賄い夫の困った処である。へへへ。

 カインズホームに到着して、園芸コーナーから入る。安曇野は甲斐の信玄が、甲斐の生命線として欲しがった広々とした穀倉地帯であるから、店の園芸コーナーは大きい。何処から見ても農家さんの大量買いが目立つ。普段着と云うよりも、野良着の態で在るから、此方も気分がゆったりとして来るから不思議な物である。

 奥のコーナーがペットコーナーである。犬、猫、ウサギ、ハムスター、シマリス、小鳥などを、愉しみながら見て行く。いやはや、皆、好い値段を付けて居る。ロートルの財布には、遠く及ばない次第である。

 この店では、金華鳥の人気が高いのだろうか? 売れ筋商品らしく、結構な数が、オスメス別籠に収まっている。その中に、他よりも一回り大柄の物が居る。

 奇妙な話であるが、私の夢の中には、何回か品種改良されたジャンボ金華鳥が登場して、それを購入し様とするのであるが、入手出来ない結末で終わってる。並金華の色合いでは在るが、薄い配色塩梅である。そして、メスの中にも一回り大きい物が居て、それは薄い白茶の一色を呈している。

<色合いよりも柄の大きさ>で、明らかにブリーダーが、ジャンボ金華の改良途中種の様に見える。吾が家の金華鳥達は、近親婚が進んで、大分小さく成っている。近親婚が定着して仕舞っては、毒亜国・朝鮮民族と同様に、火病なる悪遺伝子が固定されて仕舞わぬとも限らないでは無いか。

 是も、何かの遭遇と云う物であろう。両方とも元気そうで在るから、夢の実現として買う事にする。鳥籠、藁巣を買って、メダカ20匹を買って帰る。

 西部大先生が、仰る通りに『道徳は宗教と思想を伴ない、価値を求めて生きる他ないのが、人間の本性との事』でも在るからして、一点火病型では無く、何事も中庸を以ってする市井の常識観・道徳観で在る。私としても、科学する気持ちと価値を見出す心を探究するのも、一興と考えた次第である。

 本心としては、これが独り身生活の気軽さなのである。手前の財布事に、四の五の言われたんじゃ、堪りませんがね。ギャハハ~!!

     鳥籠を組み立てて、藁巣をセットして、中に放して、さぁ、観察の開始である。

 続いて、外の睡蓮鉢にメダカを放す。メダカを得て、睡蓮鉢にも動きが生じて、これまた、閉じ籠りロートルの愉しみが一つ加わった次第である。アハハ。


心何処ーショート 便乗手抜きとする為り。
                 便乗手抜きとする為り。(4/28/14)
 郵便局で払い込みをして、自転車でメダカを買いに行く。遺憾いかん・・・すっかり、様変わりして一店は流行りの高級自転車店、もう一店は、スーパーと為って仕舞って居る。

     いやはや、たかがメダカ買いで、隣市に行かなければ為らないのか。困った物である。

 此処まで来たから、ブック・オフに立ち寄る。前回は心友Tに西尾幹二先生の『国民の歴史』をプレゼントして貰った次第である。そちらのコーナーに行くと、西部邁先生の『国民の道徳』渡辺昇一先生の『国民の教育』の三部作が、ド~ンと置かれている。三冊とも分厚い本である。私は西部先生のファンであるから、買う事にする。

 次にDVDコーナーを物色して、ジャック・レモン、ジェームス・スチュアートのエアポート77をゲットする。これは航空パニック映画の代名詞と為った人気シリーズの第三段である。第一弾は、ご存知バート・ランカスターの<大空港>である。勿論、私のランカスター・コーナーを飾る一本に入って居る。第一弾はランカスター、第二弾はヘストン、第三弾はスチュアートと、ハリウッドのヘビー級スターを迎えて撮られた人気シリーズである。

        吹き替え版でも在るからして、よもや<外れ>と云う事には為るまい。

 帰りにホームセンターで、キュウリ、ナスの苗を其々3本買って来る。禽舎跡のスペースに植えて、好い具合に収まったから、後の一列にはミニトマトを植える心算で在る。埋め込んだ落ち葉も、水分をたっぷり含んで居る。植物の根で分解が進めば、好い腐葉土と為ろう。黄土色の川土が、庭の落ち葉と相俟って、黒い土目に土壌改良が進んで行くのを見るのも、これまた愉しみの一つでも在る。

 続いて、ホーレンソー、シュンギク、チンゲンサイの早苗を下ろ抜きに替えて、込み入った部分を植え替える。前回、下ろ抜きをしてお浸しにして食べた白カブは、順調に生育している。素人の時間潰し、気分の保養が主体では在るが、土を弄り、野菜の成長を愉しむのは、ロートル生活にとっては、掛け替えの無い愉しみと運動に為る次第である。

 本日曇天の些かの肌寒さである。土弄りを終えて、四畳半定位置で、早速『国民の道徳』の前書きを読んで居ると、妖怪様が泣きそうな顔をして、脱水時に脱水槽から外れて、絡ませてしまったとの事である。

            へいへい、分かりました。失敗は、誰にも在りまする。

 一つは如何にか取れたが、もう一つが幾ら遣っても取れない。まぁ、しゃ~無い。駄目だったら、分解して取り出すより他在るまい。止~めた!! 冬に凍結割れをして仕舞った蛇腹をビニールテープで補修して・・・これにて、無罪放免である。

 夕方の水遣りをしていると、雨の感じである。洗濯物を取り入れようとしている妖怪様のお手伝いをするが、雨は消滅して仕舞った。テレビの天気予報に基づいての行動なのだろうから、大地の恵みの雨が控えて居るのだろう。そんな次第で、軽めのジョロ散水で終わらせる。

            へへへ、これを称して、便乗手抜きと云う為りや。

 夕方に成ると、流石に気温が下がって来る、シャツを厚出に替えて、真面目読書をすると致そう。偶には読書をしないと、世間様から馬鹿にされるだけである。へへへ。
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