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呆け一つ刻んで、日は暮れる(1/8) 買出しついでに、銭湯に行く。後期老齢者が一人、熱い湯船に浸かって<寒い寒い>を呟いて居られる。私は洗い終えて、身も心もリラックスムードで、例によってタイルの壁に背を預けて、洗面器で掬った湯を体に掛けての瞑想お時間である。
<寒い寒い>の呟き主の顔を見遣れば、些かの『暗い自閉の趣』ありである。 温泉銭湯は、裸の付き合いである。声掛けぬは、優(勇)無き事であろう。
「爺さん、如何した? 風邪でも引いてるかい? 何時もと変わんないよ。」 「うん、寒いんだよ。電気敷き毛布を上も下も入れて、温度も強にしてるんだけど、ちっとも温まらない。寒くてしょうがないんだよ。」 「そんな事してたら、低温火傷しちゃうよ。気を付けなきぁ。危ないよ。」 「だって、寒くてしょうがねぇ〜。昼だって、炬燵強にして、ストーブ、ガンガン焚いてるんだけど、体が温まらねぇ・・・ 困ってる。」
ご老人、私の風体の悪さに、足踏みをしていらしゃる風である。此処は逆転の発想・演技が必要らしい。乗り掛かった船である。孤独老人には、万国共通の下ネタからの地均し・道作りが肝要である。
「そりゃ、困ったね。そうなりゃ、身体の中なら、温めるしかないね。」 「如何するや? 何か好い方法あるかい? 教えとくれや。」 「自家発電しか、あるめいよ。」 「電気のコードは、入れてるぞよ。」
ご老人、キョトンとした顔付でいらっしゃる。如何やら私より数段上の常識人と見える。
「そうじゃなくて、男の自家発電は、これに決まってるずら。俺の手付きを見てみな。」 「おぅ、そりぁ千擦りか。ご用済みで、もう何十年も放ったらかしだ。」 「そうずら、だからいけないんだよ。血の巡りが悪くなると、体温の巡りだって悪くなるんだぜ。悪循環って言うずら。血の巡りが悪くなりゃ、そいつは低温停滞って状況ずらい。頭を使いましょ。頭は何も頭部だけじゃあるまい。此処だって、亀頭って書くんだから頭の亜種には違いあるめぃ。下の頭は、心臓に遠いから、血圧にぁ悪影響は遠いずらい。扱けば、血流は全身に巡るってもんずらい?」
此処は、二人きり、破廉恥漢の特権である。私は先ず、両手を心臓の位置に置いて示し、次いで左手を上の頭に右手を下の頭に置いて、ご老人の表情を確認する。ご老人の表情に、少年の様な好奇心が満ちている。
「分かった? 見ての通り、心臓から遠い所が震源地だから、血流の回路が広範囲に及ぶでしょうが、血流回路が、そう遣って全身を巡れば、脳の働きも良くなるって寸法だよ。そうすりぁ、暖房費だって削減出来る。削減出来りゃポチポチ貯めて、夜の街を徘徊すりぁ実弾だって打てるわさ。実行あるのみだよ。」
あれまぁ、ご老人、『夜の街』に大きく反応してしまったらしい。前歯を欠いた口が、俄かにパックリと開いて、身を乗り出して来る。作戦成功の兆しである。
「この前、行ったらネェちゃん達に一杯取り囲まれて、後でおっかねぇ(怖い)兄ちゃんが出て来て、銭えれぇふんだくられた。俺ぁ、懲りた。ケケケ。」 「爺さん、動機は優等生だけど、方法が、そりぁ、駄目だ。今日は、これしか金が無い。終わったら、声掛けてくれ。俺ぁ帰るって言っとけば好いんだよ。」 「おぅ、そうか・・・ その手が有ったか。う〜ん、好い手だ。金が無けりゃ、こっちが強ぇや。小分けにすりぁ、回数行けるしな。好い事、聞いた。」 「納得したかい・・・下心ムンムンで、財布にピン札入れて行くから、追剥(おいはぎ)に会うんだ。それも元を辿れば、日頃の下頭に血液送って無いから、上の頭にも血が巡らないんだぜ。自業自得って奴だわさ。頭の働きの為には、血液をガンガン送って、ヘモグロビンの働きで、末端細胞に酸素を送り込まなくちゃ、上にしたって下にしたって、その先の頭は、活性化しないんだよ。爺さん、目が少年の様に輝いて来たじぁねぇか、一発、テストして見っか。行くぞ、上の頭は?」 「頭脳。下は扱きの亀頭ずらい。完全に覚えちまったい。物は言い様だいな。ケケケ。」 「やいやい、大したもんだわ。爺ちゃん。頭脳明晰だよ。」 「やいやい、ダンナ、大したもんだ。相当頭好いね。やぁ、俺ぁ勉強に為った。ついで聞きてぇんだけど、日本経済・世界経済は如何なるいねぇ、教えとくれや。」 「そいつぁ、亀頭だけじぁ分からねぇょ。如何するい? 専門用語が、ボンボン出るぞ。止めときましょ。お互い、今じゃ稼げないロートルだわさ。徒労は疲労の権化様だじ。」 「じぁ、止めとくいんね。先生の顔見りゃ、こんな事分らんか!!なんて、その相撲取り見てぇな体で怒られたら、逃げたくても俺ぁ歳で、もう走れねぇもの。今日は、楽しくう〜んと勉強に為った。ダンナは、タダ者じゃねぇ。面白いお人だ。優しいお人だわ。感心したわ。」 「付き合ってくれて、アリガトね。お土産付きだから、寝る時には、知恵熱が出て、汗かくから、温度は<中>しときましょ。又、会えると好いね。バイバイ。」
人の世は、捨てる神あれば、拾う神あり。お役に立てば、これ又、楽しからずやである。 男も女も、潜った祠は、皆同じ。生まれ故郷に、何の衒(てら)いなどあろうか。
降り止まぬ雪に、授戒の呟き(1/9) 初恋物語効果が、私にも及んだ様である。K子と一緒にいる夢を見ていた様である。明かり取りの障子ガラス越しに、庭を見ると雪が降っている。布団の中で、夢の反芻を試みる。私も彼女も、等身大の加齢を加えている。夢の中でも、それなりの加工が入っている様である。夢回路に於ける脳の作用とは、中々にして面白い物である。 夢の幾コマが、浮かび上がる。 落ち着いた感じの中に、共通の思い出を持つ者の面影・雰囲気が漂っている。夢の像の出典を、彼是と詮索するのは、夢に対して無粋の作法である。夢鑑賞の要諦は、見るを愉しむだけの『謙虚さ』にある。
起きる事にする。定位置の窓からは、薄い灰色の空から細雪が降り注いでいる。降雪は、5cm程に達している。国会中継のラジオを流しながら、母の動きを待つ。 煙草の燻りに、昨日の老人の顔を思い浮かべている。自閉の籠りに囚われたら、人間の表情は、頑なに為る。頑なな表情は、心情まで覆い隠してしまう。自分の顔は、自分では気付か無いものである。打ち融ければ、人の瞳には少年の輝きが発散されるものである。瞳に輝きが宿ってこその、人間の表情であろう。
つくづくと、他人の振りを見て、我が身を振り返れ(正せ)の『理』である。
凡そ、人品の高みに到達するには、時間と素質に大いなる難点を持つ身である。此処は、無い無い物強請りよりも、持ち合わせた下ネタ談義に磨きを掛けて、仏頂面の頬の筋肉を撫でるしかあるまい。我が『加齢期』に達して、諦観を強くした次第である。
さてさて、母上の動きがしている。賄い夫の後は、外の雰囲気に抗して、明るい歌謡曲を流して、夢想の世界に臨もうぞ。
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