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ご近所付き合い(12/21) 寒くは無い夜だが、年の瀬である。ラジオ小説のアンコール作を聞きながら、カラーペンで悪戯書きをしている。こんな夜も、偶には好い物である。明日の最低温度は、0℃と云うから湯たんぽは不要である。卓上スタンドの光に、グッピィ達が水面に集まって浮き泳ぎをしている。現在時23時、風は何時止んだか知らぬが、静かな夜である。
本日は、昨夜の絵を90度・180度、回転させたりして、お遊びの色付けをしている。訳の分からない抽象画の真似事であるから、目の錯覚次第では下絵に、想像・妄想が入り乱れる。想像・妄想が固定した所で、それらを強調する配色を選択して仕上げて行くのが、お絵描きタイムの楽しい処なのである。私は好意的に観ると、結構個性的と云うか独自性に富んでいるらしい。 然しながら、常人の感覚からすると、気違いタッチなのだと言われる。判断・評価の分かれる芸術の世界とは、そう云う物であろう。知らぬが花、井の中の蛙、大バンザイの態である。
私の単純助平の性格を知っている者は、 「又、性懲りも無く連想画を描いている。この絵は、逆さまにすれば、色違いのヒップだろうが、俺様には目晦ましは、通用せんぞ。進歩皆無の、この度助平野郎。」 と、ニヤニヤするばかりであるが、 「だから、お前は駄目なんだよ。お前の想像・妄想のレベルで、俺様の脳の中を覗くなんざぁ、100年早いぜ。観る者の、その時々の心象を映し出すのが、本当の絵画芸術だろうが、俺の絵は、時代を超えた人間の心象に語り掛ける微風って位置付けだわさ。それが分からんようじゃ、遅かれ早かれ、絶交の道を辿るだけだわさ。俺が居なくなったら淋しいだろ。俺ぁ、サラリーマン辞めたんだ。小者を相手にする気は無いぜ。ザマァ、見ろ。物は言い様だわさ。文句あるめい。ギャハハハ。」 と、煙に巻くのを常としているのである。
風呂・洗濯・洗い物を片付けて、本日分の日記を打ち始めていると、斜向かいのご主人が、窓辺に遣って来た。
「今日は、冬至だから、これ食べましょ。」 と小振りのカボチャの差し入れである。 「アリガト・ザンス。」 と、開けた窓からの受け渡しである。
開けた窓から物珍しそうに、我が小部屋を見回して、背後のビデオ書架の多さに目を丸くすると同時に、ロシア美形達の写真に目が点に為って居られる。見られてしまった以上、隠すのも大人気無い。 美形は、全男の共有財産にして、鑑賞対象なのである。男の美形への憧れは、永遠なのである。 即、愛想を崩してしまうのが、男の反射神経なのである。 ・・・ウッシッシ。
「ちょっとした物ずらい。ハリウッド女優なんて、目じゃないよ。綺麗なネェーちゃん達ずらい。」 「本当だ。お兄ちゃん、そこの写真見せてよ。」 「はいはい、ドーゾ。お薦めのスナップ写真は、これとこれ。」 「スタイルは好いし、肌が綺麗だね。モデルか女優じゃないの。如何云う関係だいね。」 「そりぁ、気持ち好い関係せ。モデルも女優も、為る前は、皆、素人さんでしょうに。」 「そりぁ、そうだ。有名の前は、みんな無名だもんな。さすが、お兄ちゃん、言う事が違うわ。」
以下、抹消。
ご主人、洋画が大好きとの事。西部劇・コメディ・アクション、ラブロマンス物を4本お貸しする。『連荘で全部見る』と、意気揚々とお帰りになった。これで、当分ご主人のテレビは、ビデオ映像に占拠されてしまうのであろう。名画は、これまた万人の共有物にして鑑賞物である。
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