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旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート うだ話為り。
                   うだ話為り(6/30/11)
 還暦後の手習いに似て、暇に明かつつ、結構真面目に世界史本に繰り返し目を通して居る昨今である。私の様に、無関心・不知・不勉強と云うのは、真に恥ずかしばかりである。世界史教科書も元を辿れば、西洋史と中国中心の東洋史の並列記述に傾いて仕舞って居るのは、否めない処である。

 マホメットのイスラム史、お釈迦様のインド史が、西洋史と東洋史を繋ぐ感じで、<軽く記述されて終わり>と云う感じなのである。歴史大国インドと中国の間には、『東南アジア』が、デンと据わって居るのである。

     ♪真紅な太陽燃えている。果てない南の大空に、轟き渡る雄叫びは、
      正しい者に味方する ハリマオ ハリマオ 僕らのハリマオ。♪

 然しながら、私の中で東南アジアの存在の何んと云う軽さか・・・ へへへ、白痴に近いスカンポ脳である。下手の横好きの世界史素人ではあるが、一応、頭の整理をして記して置かなければ、投入した学習時間が水泡に帰して仕舞う。『記録に勝る記憶無し』の真理なのではあるが、・・・

 然しながら、無い頭で自分に分かり易く歴史事象を整理整頓するのは、根気の要る嫌な<苦役作業>である。彼是、2週間以上も逃げて居る次第である。

 本日は8:15に震度5強の地震に肝を冷やし、その後何度も余震の脅しを頂戴して居る始末である。家を留守にする訳にも行かず、然りとて裸んぼを大の字にした処で、亀頭の海綿体に、血液が巡る力も無い。観念して、レポート書きでも致しましょうかね。

 世界地図を拡げれば、インドに接するミャンマー(ビルマ)、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナム、マレーシアが大陸部分で、東西の海を繋ぐマラッカ海峡を挟んで続くのはインドネシアの国である。その先にはフィリピンが在る。

 世界四大文明のインダス文明と黄河文明の中間点が東南アジアの国々なのである。高々20C西洋列強帝国主義からの第二次世界大戦後の独立国などと<侮って>居ては、それこそ白人西洋史の捕囚人の感想でしかあるまい。
 そんな狭偏思考を口に出して仕舞ったら、東南アジアの人々には、張り倒されて終う。東南アジアの国々は大陸国家であるから、全て陸続きの古の国家攻防の歴史を刻んで、今日を迎えて居るのである。

『海で結び付くインド世界と東南アジア』であり、『陸で繋がる北部ベトナム』と云った視点が必要であろう。

★南北に長いベトナムには、黄河文明の殷と交易した青銅文化のドンソン文化の『北』と鉄器文化のチャンパ文化の『南』が在ったそうである。←ベトナム北部は、1000年に及ぶ中国支配を受け続けた経緯も在って、ベトナム戦争は、米中の北と南で何年も争って居た根底の中には、青銅文化と鉄器文化の違いが横たわって居たのかも知れまい。

★ラオスと云うお国柄も、興味を引く処である。ラーオ族によるラオス統一国家の出現は、14C半ばのラーンサーン王国との事ではあるが、BC5000年頃には、既に黄河・揚子江の中間まで進行して、都市国家を造って居たとの事である。

 周・秦・前漢の時代には、中国との紛争が活発で在ったとの事である。唐の初期には唐の大援助を得て南詔国が立ち上がった物の、その勢力が拡大し過ぎて玄宗の時代に交戦を仕掛けたが、唐は二度とも敗れたとの事である。然しながら、漢人の権臣のクーデターにより国は滅亡したとの事。
 ラオスは都市国家的膨張をする流儀らしく、タイでは大理国滅亡後のスコータイ王朝を樹立して、王朝は変われども現在にも通じて居るとの事である。

 さて★カンボジアである。アジアの大河メコン川下流域には、インド移住者とクメール人(カンボジア人)が1~2Cに建国したプナム国があったそうである。水田の民・クメール人は、仏教を中心にして一代仏教国を東南アジアで開花させた大国である。大国の栄華は、アンコールワットに残る処でもある。6Cに興り13Cに衰退期を迎えるが、その版図・影響力は、ビルマ、タイ、マレーシア、南部ベトナムにまで及んだ。

 東南アジアの最盛期9Cには、北のチベット、東の宋に伍して、海の交易が盛んと為り、マラッカ海峡は交易の海として活況を極め、インドネシアには二つの王朝が栄えたと云う。イスラム商人、インド商人、中国商人の活躍する経済の海だったと云う。

 乱暴者モンゴル(勇者の意味)の活動期の後は、ビルマ、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナムと云った国々が、肥沃の地メコン川流域に興亡を繰り返す歴史に突入するのである。

 此処で頭角を現すのが、★タイとビルマである。仏教文化の栄華を誇ったクメール(カンボジア)は、後発国ビルマ、タイ、古豪の南ベトナムのチャンパ王国に、蚕食されて行くのである。タイでは19C半ばには華僑の大規模移住に晒されて、都市住民の2/3が華僑で占められ、政治経済を乗っ取られて、それが現在にも定着して居るとの事である。

←与野党を問わず、低賃金労働者の移民計画などをぶち上げる馬鹿政治家が、偉そうな事を言って居るのであるが、お前さん達、国民に自惚れる程の脳味噌を持っているのかと、詰問したい処である。
 言いたかぁ無ぇが、俺ぁ不良仲間に連行されて、マレーシア、タイへは何度か足を伸ばして来たけどさ、好色男の視界にも、そんな華僑達の踏ん反り返り、胡散臭さは、プンプン臭って来た次第でありまするぞえ。偉そうに歴史を引き合いに出すのなら、一回こっきりの読み流し態度では無く、色鉛筆のマーキングの作業が必要だんね。あい。

 さて、脱線はこの位にして、話を先に進めましょうかね。そんな世紀を経て、時は19Cから20Cと西洋列強の帝国主義侵略を許す時代と為って仕舞った。

 ビルマは、英領インド帝国の一州に編入。ラオス、ベトナムは仏の保護国、カンボジアは仏領インドシナ。インドネシアは、オランダ領に。タイ一国が辛うじて、植民地の餌食に為らなかっただけである。

 そして第二次世界大戦後の独立復帰である。戦後66年。近年は、騎馬民族モンゴルの血を引き継ぎ過ぎたのだろうか、乱暴狼藉国家の大中狂国は、権益確保・資源確保で、陸はチベット、モンゴル、ウズぺキスタンに。海には南シナ海、東シナ海に悪手伸ばしを、言語道断の厚顔無恥の遣りたい放題の沙汰である。『国境は、隣接する国力の力関係で、動く。』のが、彼等の歴史的主張らしい。

 中国被れの馬鹿に私は、皮肉を贈呈したいのである。『悪手』を勝手に錯誤して<握手>と思い込んで仕舞って居る好い加減さが、どうも許せないのである。ニャロメ!!

 大陸国家間の攻防の歴史・大国・強国の興亡史が歴史教科書の説明である。そんな中では、西洋、東洋を問わず、版図と云う<力の線引き>が歴史であった事は、否めない事実である。
 大陸国家、半島国家、島国国家、島しょう国家と地理上・地政上の宿命が、国家には存する処である。吾が日本は、資源乏しき島国国家である。技術立国などと云う綺麗事ばかりでは無く海洋国家としての生きる術を平和ボケのノーテンキ思考でいては、日本国家は立ち行かないのである。←此処にこそ、歴史の提示するものが有るのでは無いだろうか。

 教科書知識ばかりだと、東南アジアへの無関心・不知が昂じて、南シナ海の異変にも素通りで過ごして仕舞いかねない。

 大した纏めも出来ない稚拙な知識仕入れである。こんな興味も無い長駄文を投稿して、ウンザリの訪問者も多かろう。然しながら、普段何かと忙しい現役世代に為り替わって、代理苦役を買って出るのも、時間だけは不自由しないロートルの務めと云う物であると考えている次第である。

 へへへ。是、即ち自己満足の一文でありまする。本日も、お付き合い、有難う御座います。中国の言い分なんか、フン(糞)、鼻でせせら笑って下さいよ。騙されちゃ、行けません!!



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