旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート コーヒータイム点描
                コーヒータイム点描(6/26/11)
 私は岡本太郎さんに注目して居た。あの顔付き、特に目付き、目力の強さに、尋常ならざる物を嗅ぎ取って注目して居たのである。ピカソを理解して唸る芸術的観賞眼などは、元より私には無い処である。解説を聞かない限り、私にはピカソさんの優れた芸術性は、インパクトだけで素通りして仕舞うに違い無い。私は、明らかに芸術音痴である。

 然しながら、同じ芸術枠の中に生きた岡本太郎さんの絵画には、如何云う訳か? ピカソさん以上に魅了される。それは太郎さんの混じりけの無い色彩の強さとある種の澄み具合なのだろうか、はたまた、日本人と云う何処かで繋がっている安心感からだろうか・・・そんな漠然とした親近感を太郎さんに感じている次第なのである。

 或る時、太郎さんから手紙を貰って、絵に進んだと云うお笑い芸人のジミー・大西が、ポップ・アートの第一人者の弟子に、弟子入りすると云う企画で、単身アフリカに行くと云うNHK番組を見た事がある。(当ブログに、打ってあるのだが)

 自然の大地アフリカで普通に暮らす現地人の先生の穏やかな目と包容力溢れる態度に、私は見入って居た物である。アフリカの風景と自然体でポップアートの後継者の指導に当たる先生の存在には、衒いも尊大さも微塵も無い。その静かで穏やかな目と、自分の感想と云う形でアドバイスを本の少しだけ語り掛ける様は、如何にも包容力に満ちた慈愛の様な雰囲気さえ醸し出して居た。

 ポップアートの後継指導者の先生は、キャンパスの下地を真っ黒に塗り潰して、その上に描く対象を下絵無しで、思い付くまま、自分の形と色で一気に描いて行くと云った師匠譲りの手法を伝授して居た。斯く言う先生も、現役の絵描きさんである。

 ジミーさんは、如何やらその粘着性がきつ過ぎる性格らしく、絵を描く為にはあらゆる構想と下書きを積み重ねて、地道な検証の上に絵を『清書』するという制作過程を良しとして居たとの事である。

 そんな事で、ジミーさんは、太郎さんのキャチフレーズ<芸術は爆発だ~。>の前にスランプに陥って居たらしい。精緻な努力と自然との一体性から生まれる一気化成な伸びやかな線と色のシンフォニー絵との比較が、きっと番組の企画、構成上のテーマなのであろう。
 計画性絵画と一気化成に描き上げる絵画の透明度の違いは、其の儘、現代都会人の人為性の強い不純部分を消し切れないインパクト画と、自然の中で協調する人間の澄んだ気持ちの中に在る素直さと暖かさとの違いから発して居るのだろうと思わせる対比が、二人の感画の違いに良く現れて居た。そんな感想が、記憶に在る処である。

       さて、伏線はこの位にして、本題に移行致しましょうかね。

 テレビで岡本太郎さんと、その養女にして太郎さんの有能な秘書から始まった<岡本太郎コンダクター>の女性・岡本敏子さんの話である。テレビドラマで、そんな事を放送して居たのであるが、私は一度も見ては居ない。そのドラマと対を為すドキュメンタリー風スペシャルと云った番組である。これは、NHKの好きな手法の典型番組である。

 私は太郎さんが好きである。それも、太郎さんの従兄の池辺良さんの<そよ風ときにはつむじ風>の本から、太郎さんに親しみを感じる様に為った経緯がある。良さんの映画は、若い頃から何本も見て居るし、学生時代は、健さん良さんの任侠映画<昭和残侠伝>シリーズにも、良く足を運んで居た物である。
 加えて、良さんが短文の名手だ云う事も十分に雑学として知って居た処でもある。言って見れば、良さんのお陰で太郎さんの表面の尋常ならざるトゲトゲしさを緩和させて頂いたと云うのが、正直な処なのかも知れない。

 然しながら、岡本敏子さんの番組案内役が、あの出しゃばり老獪婆であるから、拒絶反応が生じて仕舞う。まぁ、私の好きな池辺良さん、岡本太郎さんの関係なのであるから、目障り、耳障りなナビゲーターには違い無いが、・・・ これも傍証の切り口の一つだろうと、諦めて2時間程のお話を承る事にしたのである。

 相変わらず、この老作家尼様は、老いて益々盛んなる自己顕示欲の権化の様な御方である。さてさて、偉そうな口調で、新しい男女の関係の先駆者としての太郎&敏子を、自分も当事者との立ち位置のエピソードを細々挿入して、『自分を語っている』老獪女史である。

 私は、反吐が出る思いではあるが、じっと我慢の口で、テレビを見続ける。私は太郎さん、敏子さんを見ている訳では、決してない。瀬戸内寂聴女史を見て居るのである。

 太郎&敏子の男女像のルーツを、素直に『サルトルとボーボアール』に遡り、<新藤兼人と音羽信子>に映して、女性進出の世界発展の女権運動・ウーマンリブと云った社会背景を語るか否かを、見守って居たのである。

 日本で云えば、平塚らいちょうさんの<原始、女性は太陽であった。>フランスで云えば、文句無しにボーボアールの<第三の性>である。縛りから解放される男女同権、あわよくば女リード型への色んな模索行動が、発言権を持ち始めた時代であった。
 男女のセックスの縛り打破にも、積極的な時代思考であった。然しながら、セックスを肉欲とした物理的思考は、矢張りセックスへの独占欲の余りにも感情的な嫉妬心から、信頼関係・愛と云う形から、大体のケースでは頓挫してしまったらしい。人間の持つ理と感の統合は、失敗に帰して居る様にも見受けられる。自己顕示欲は、両刃の剣である。

 この経緯を語れば、私は僅かばかりの拍手と敬意を、女史に払う心算だったが、仏門に入っても、自己顕示欲の炎は収まらないのが、この女史様の老醜振りなのであろう。

 私は、女史の本は一応比較の為として一冊読んだ処ではあるが、嫌な読後感を持った。幸田綾の<弟>の情緒・感性すらも感じられなかった事を、記憶に留めて居る次第である。 

 然しながら、女史お局には、今尚、女性信望者の多い現実が、厳として在る。言葉も、作品も個人の個性から作り出される物である。作家であり仏門に在る身で、社会に自分の思いを発信し続けるお人であるから、当然に知識として、時代背景とその時代を先駆けた諸々の事を周知して居る筈なのである。
 影響を及ぼしたであろう<周知の時代背景>を、お首にも出さずに2時間スペシャルの案内役を遣って退ける存在に、若い頃、直感した『自己顕示欲の厭らしきエゲツ無さ』を、再び嗅いでしまった次第である。

  へへへ、坊主憎けりぁ、袈裟まで憎しの下衆の遠吠えでありまする。

 以上、昨日のコーヒー・タイムでのTと私の語らいの骨子の一つでありまする。何事も賛否両論が、人間娑婆の実相でありますれば、好色ロートルコンビの週に一度の語らいは、実に愉しいのでありまする。イッヒッヒ!!

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