旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 亀ちゃんや、達者で暮らせや。
             亀ちゃんや、達者で暮らせや。(6/14/11)
 昨夕は寒く為って終ったので、未練釣りを諦めて通常の散歩に向かった。川向こうの河川敷を歩いて居ると、草刈りの終わったグリーの上に、変な物が置いてある。周りが綺麗であるから、その石ころの様な物は、置いてある様に見えたのである。

 近付くと、おやまぁ!! それは、紛れも無く『亀』である。
<ペットにミドリ亀を飼ったは好いが、飼育に飽きて仕舞い、河川敷にポイと捨てられた。>・・・そんな感じを受けた。好く見ると、それは緑亀では無く、草亀or石亀の様である。残念ながら、私には両者を区別する目は無い。

 まぁ、とんだ拾い物をして仕舞った物である。感性が合わないから、ペット・ショップで亀を買った事は無い。

 子供が未だ小さい頃、廊下に寝そべって庭を見て居ると、何やら動く物がある。結構大きな亀であった。倅が喜ぶ物であるから、庭に適当なプラスチック容器を埋めて庭で飼う事にした。大きい亀であったから、甲羅に錐で穴を開けて紐を付けて飼って居たのである。

 アイディアが功を奏して、草亀or石亀は半径1M強の不自由さには違い無かろうが、庭の住人に為ったのである。餌は、パンとか庭の太いドバミミズであった。亀が水中で太いドバミミズを喰らう様は、グロテスクで家の中で飼う気には、一切為らなかった次第である。どの位、庭に居たのか定かでは無いが、何時の間にか居なくなってしまった。

 あれから、二十数年して亀の拾い物をしたのである。私の左手には、全てを甲羅の中に閉じ込んで、生きて居るのか死んでいるのかも心配になって来る亀がある。途中でベチョッと糞をしたから、生きて居るのであろう。

 へへ、二十数年前の庭亀の水中捕食と水中糞垂れのシーンが、具体の色と臭いとして蘇って来る。爬虫類、両生類の類は、如何しても興味が湧かない処である。

 帰って来て、金魚槽の中に入れると、亀が首を現わした。金魚達と同居させる訳にも行かず、外で飼って見る事にする。インターネット検索と云う便利な時代であるから、一応の飼い方を見て置く。

 玄関横の外水道の受けに、古いコンクリート製の流し台が置いてあるから、それで飼う事を思い付いた次第である。甲羅干しに陸地が必要との事であるから、川から粗い砂を取って来て、セットする。逃げない様に甲羅にヒモでも繋ごうとも考えたが、先ずは越せないと考えて、明日にでもすれば良いと考えた。

 夜に見たが、亀は大人しくして居たので安心して居たのだが、朝見に行くとアッサリとモヌケの殻であった。別に失敗、損をしたと云う気は起こらない。まぁ、川が近いのであるから、ノロリ、ノロリと川の臭いに首を伸ばして歩めば、何不自由の無い『グレード・アップ、川の住人』に為れるのである。

              亀ちゃんや、達者で暮らせや。

 キリギリス、ウグイスと違って、その安否情報を声で聞けないのは、寂しい限りではあるが、亀に鳴いて安否の沙汰を知らせろと言っても、詮無き事である。

 さてさて、母の起きて来る前に、庭の野生化した極小・酸味一杯のイチゴを摘んで、野趣豊かなイチゴジャムでも作るべしである。へへへ、賄い夫も三年も遣って居ると、何事も工夫の興味が湧くと云う物である。


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