旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心何処ーショート へへへ、毎日、遣る事が生まれて来る物だ。
           へへへ、毎日、遣る事が生まれて来る物である。(4/30/14)
 雨が強弱を変えて、降って居る。帽子を被って、食べ頃と為ったホウレンソウを扱いで来る。嬉しい程に、大きく育った。土を落とし、外水道でザッと汚れを落として茹でる。台所を始めると、出窓にぽつんと水が落ちて居る。何じゃらほいと、出窓の天井を見遣れば、雨漏れでは無いか。

 外に出て見遣れば、外壁工事時にチョイと直した所のコーキングが取れて、隙間が開いて居る。弟が置いて行ったコーキングが在るから、朝食後に補填して置くと致そう。

 いやはや、何だかんだと云っても、良くした物で<遣る事>が出て来る物である。まぁ、本日は終日の雨との事であるから、少しは遣る事が無いと読書のお時間と為って終う。

 読んでいる内は、ふむふむ、為るほど。左様であったかと、一々ご尤もの段では在るが、就寝時に、さてさて、大先生はどんな事を書かれて居たのかと、思い出そうとするのだが、さっぱり頭の歩留まりが退化して居て、たいてのこらさ状態なのである。

 全く、お恥ずかしい限りである。『頭の歩留まり』と比べれば、肉体労働は辛い面が多々あるが、確実にそれが残る次第であるから、私の様なボンクラ頭には頃合いと云う物である。

「如何だい? 採って直ぐの家庭菜園の味は、茹で過ぎの歯応えに難が有るけどさ。」
「年寄りの歯には、有難い柔らかさで、鮮やかな色と厚みがあって、新鮮そのもの。手入れが好いから、確り応えてくれるから、張り合いだろうねぇ。」
「そりぁ、そうだ。単細胞が遣って、単細胞が応えて呉れる。採ってから30分もしてない。これが文字通りの旬の味、単純明快の様ですがね。」

 さぁ~と、踏み台を出して、コーキング修理をして来るか。風呂の湯を張りながら、首筋に雨垂れを受けて雨漏り修理をする。見栄えは悪いが、これでオーライである。

 風呂から上がれば、何と雨は止んで一時の晴れ間では無いか。そう為れば、洗濯をして<灯台下、暗し>で、二畳小部屋の下の縁の下の小砂利敷きが『未了』で在った。加えて、妖怪様の部屋への廊下上がりの向きが気に食わないと思っていた次第であるから、それもバールを梃(てこ)に直して見ると致そうか。

 長靴・軍手で、川から三杯運び上げる。そんな事をして、目の保養に睡蓮鉢のメダカを見る。昨日は水面近くに居たが、お天気の悪さに布袋草の根の下に潜んで居る次第である。目に付く雑草を引き抜いたりして、二畳小部屋に入る。手入れの進んだ庭の眺めは、四畳半定位置と違って人の姿も無いから、ボケ~と眺めて居るだけでも良い具合である。

 束の間の薄日も灰色雲に覆われて、再びの雨かも知れぬ。お天道さんが無いから、雨に洗われた緑の映えとは為らないが、雨の力は偉大である。牡丹の蕾が、ぐっと、膨らんで来た。

 さぁ~てと、昼を食べて妖怪様の炬燵で昼寝をするべし。雨日はちょいと炬燵の温もりが恋しいばかりである。

スポンサーサイト

心何処ーショート 是、愉しみの加算為り。
                  是、愉しみ加算為り。(4/29/14)
 睡蓮鉢に主役のメダカが不存在で在っては、収まりが着かない。さてと、ドライブに行って来ると致そう。松本市と安曇野市の北堺の丘陵越えには、大口沢を経由して行く。山間を抜けてのカーブに次ぐカーブのドライブは、山桜、山吹、紅の枝垂れ桃の鮮やかな色彩、山の淡い緑の芽吹きの中を行くのであるから、日頃の自閉症から解放される高揚感でも在る。

         生憎、雨予報の下り坂お天気さんであるから、車内は暑くは無い。

 メダカ買い如きでの車乗りは、気分が乗らなかった次第では在るが、車は、真に便利な物である。弟はフィリピン行中では在るが、車窓からの風景をフィリピンのボホール島辺りの牧歌的風景にオーバーラップさせながら、チョコレートヒルだとか河クルージングのシーンなどを思い出しながらのドライブである。気候が違えば、風土が違う。風土が違えば、人の暮らしも違う。暮らし違えば、考えも異る。

 耕運機が入った山間の水田は、水を張る準備をしているらしい農家の年寄り達の姿が見える。腰の曲がったおバァちゃんが、一輪車を押して細い坂道に野菜採りに行く姿も在る。

 それにしても枝垂れの紅桃の花が、鮮やかに何本も道路の傾斜地に植えられている。この辺りの地名は、杏と書いて<からもも>と読ませているから、地名に因んで大口沢全体に植えられて居るのだろう。ドライバーとしては、地元さん達の<紅色のおもてなし>に、アリガトざんすの気分である。

 大口沢を抜けて梓川を渡って、安曇野に入る。豊科IC周辺は、郊外型食べ物屋の密集地帯でもある。偶には、外食をして帰りたいと思うのだが、其処が出来ない賄い夫の困った処である。へへへ。

 カインズホームに到着して、園芸コーナーから入る。安曇野は甲斐の信玄が、甲斐の生命線として欲しがった広々とした穀倉地帯であるから、店の園芸コーナーは大きい。何処から見ても農家さんの大量買いが目立つ。普段着と云うよりも、野良着の態で在るから、此方も気分がゆったりとして来るから不思議な物である。

 奥のコーナーがペットコーナーである。犬、猫、ウサギ、ハムスター、シマリス、小鳥などを、愉しみながら見て行く。いやはや、皆、好い値段を付けて居る。ロートルの財布には、遠く及ばない次第である。

 この店では、金華鳥の人気が高いのだろうか? 売れ筋商品らしく、結構な数が、オスメス別籠に収まっている。その中に、他よりも一回り大柄の物が居る。

 奇妙な話であるが、私の夢の中には、何回か品種改良されたジャンボ金華鳥が登場して、それを購入し様とするのであるが、入手出来ない結末で終わってる。並金華の色合いでは在るが、薄い配色塩梅である。そして、メスの中にも一回り大きい物が居て、それは薄い白茶の一色を呈している。

<色合いよりも柄の大きさ>で、明らかにブリーダーが、ジャンボ金華の改良途中種の様に見える。吾が家の金華鳥達は、近親婚が進んで、大分小さく成っている。近親婚が定着して仕舞っては、毒亜国・朝鮮民族と同様に、火病なる悪遺伝子が固定されて仕舞わぬとも限らないでは無いか。

 是も、何かの遭遇と云う物であろう。両方とも元気そうで在るから、夢の実現として買う事にする。鳥籠、藁巣を買って、メダカ20匹を買って帰る。

 西部大先生が、仰る通りに『道徳は宗教と思想を伴ない、価値を求めて生きる他ないのが、人間の本性との事』でも在るからして、一点火病型では無く、何事も中庸を以ってする市井の常識観・道徳観で在る。私としても、科学する気持ちと価値を見出す心を探究するのも、一興と考えた次第である。

 本心としては、これが独り身生活の気軽さなのである。手前の財布事に、四の五の言われたんじゃ、堪りませんがね。ギャハハ~!!

     鳥籠を組み立てて、藁巣をセットして、中に放して、さぁ、観察の開始である。

 続いて、外の睡蓮鉢にメダカを放す。メダカを得て、睡蓮鉢にも動きが生じて、これまた、閉じ籠りロートルの愉しみが一つ加わった次第である。アハハ。


心何処ーショート 便乗手抜きとする為り。
                 便乗手抜きとする為り。(4/28/14)
 郵便局で払い込みをして、自転車でメダカを買いに行く。遺憾いかん・・・すっかり、様変わりして一店は流行りの高級自転車店、もう一店は、スーパーと為って仕舞って居る。

     いやはや、たかがメダカ買いで、隣市に行かなければ為らないのか。困った物である。

 此処まで来たから、ブック・オフに立ち寄る。前回は心友Tに西尾幹二先生の『国民の歴史』をプレゼントして貰った次第である。そちらのコーナーに行くと、西部邁先生の『国民の道徳』渡辺昇一先生の『国民の教育』の三部作が、ド~ンと置かれている。三冊とも分厚い本である。私は西部先生のファンであるから、買う事にする。

 次にDVDコーナーを物色して、ジャック・レモン、ジェームス・スチュアートのエアポート77をゲットする。これは航空パニック映画の代名詞と為った人気シリーズの第三段である。第一弾は、ご存知バート・ランカスターの<大空港>である。勿論、私のランカスター・コーナーを飾る一本に入って居る。第一弾はランカスター、第二弾はヘストン、第三弾はスチュアートと、ハリウッドのヘビー級スターを迎えて撮られた人気シリーズである。

        吹き替え版でも在るからして、よもや<外れ>と云う事には為るまい。

 帰りにホームセンターで、キュウリ、ナスの苗を其々3本買って来る。禽舎跡のスペースに植えて、好い具合に収まったから、後の一列にはミニトマトを植える心算で在る。埋め込んだ落ち葉も、水分をたっぷり含んで居る。植物の根で分解が進めば、好い腐葉土と為ろう。黄土色の川土が、庭の落ち葉と相俟って、黒い土目に土壌改良が進んで行くのを見るのも、これまた愉しみの一つでも在る。

 続いて、ホーレンソー、シュンギク、チンゲンサイの早苗を下ろ抜きに替えて、込み入った部分を植え替える。前回、下ろ抜きをしてお浸しにして食べた白カブは、順調に生育している。素人の時間潰し、気分の保養が主体では在るが、土を弄り、野菜の成長を愉しむのは、ロートル生活にとっては、掛け替えの無い愉しみと運動に為る次第である。

 本日曇天の些かの肌寒さである。土弄りを終えて、四畳半定位置で、早速『国民の道徳』の前書きを読んで居ると、妖怪様が泣きそうな顔をして、脱水時に脱水槽から外れて、絡ませてしまったとの事である。

            へいへい、分かりました。失敗は、誰にも在りまする。

 一つは如何にか取れたが、もう一つが幾ら遣っても取れない。まぁ、しゃ~無い。駄目だったら、分解して取り出すより他在るまい。止~めた!! 冬に凍結割れをして仕舞った蛇腹をビニールテープで補修して・・・これにて、無罪放免である。

 夕方の水遣りをしていると、雨の感じである。洗濯物を取り入れようとしている妖怪様のお手伝いをするが、雨は消滅して仕舞った。テレビの天気予報に基づいての行動なのだろうから、大地の恵みの雨が控えて居るのだろう。そんな次第で、軽めのジョロ散水で終わらせる。

            へへへ、これを称して、便乗手抜きと云う為りや。

 夕方に成ると、流石に気温が下がって来る、シャツを厚出に替えて、真面目読書をすると致そう。偶には読書をしないと、世間様から馬鹿にされるだけである。へへへ。

心何処ーショート 好天続きに、土埃立つ大地為り。
               好天続きに、土埃立つ大地為り。(4/27/14)
 今日も好いお天気さんである。朝食後の時間を報道番組を見て居ると、廊下で物音である。如何したと思い見て見ると、雀が一匹入り込んでバタ付いている。雀に何ぞに興味は無いから、廊下のサッシ戸を開けてさぁ、勝手に出て行けの態で在る。

 睡蓮鉢にメダカを入れるとして、川タニシ(カワニナ)でも入れると致そうか。サンダルを履いて、ブラブラ散歩に行って来る。いやはや、初夏のお天道さんは、無風では暑過ぎるばかりである。A橋の下には、カワニナが一杯住んで居る。

 簡単ゲットと思いきや・・・ <欲しい時には見当たらないのが、世間の常>と云う物である。無帽で来たから、スキンヘッドはシャレコーベを直撃して、暑いを通り越してひゃ~、アッチチッの沙汰である。田んぼへの水引きで濁りが生じている。葦の若葉が流れに、色を添えて居る。

 然しながら、雀の次が蛇と在っては、形無しで在る。絶対に遭遇したくは無いから、河川敷芝生の上を歩く。運動部の高校生達が、川の中でワイワイ遊んで居る。

 シャワーでも浴びて、髭を剃って自転車でメダカ買いに行って来ようとして居ると、NTTさんの訪問で在る。どうせ、暇をして居るのであるから、部屋に上がって貰い説明を聞く。セット価格の中に不要の物が在れば、それを解約すれば月の利用料が安く為るとの事である。好い機会であるから、応じる。

        へへへ。NTTさんも、競争激化でシェア維持に戸別訪問の段なのであろう。

 閉じ籠り生活で、『人恋しい』のがロートルの日常である。感じの好い男であるから、たどたどしい質問に大いに答えて貰う事にした。

 生まれ育ちは、仙台との由。ゆったりとしたお国訛りのアクセント、テンポ、イントネーションが、世間様から外れた四畳半には、良くマッチする次第である。齷齪せずに鷹揚な風情と風貌が、また良い。中々のハンサムさんで、タレントの誰かさんと感じが似ている。

 お天気さんは大分雲が拡がって来て、涼しく成って来たので廊下を締めに行くと、未だ雀が家の中に居るでは無いか。困った奴である。雀を追って、外へ帰って貰う。

 へへへ、雀ではジョービタキのバルディナさんの替わりには為りませんがね。悪いけど、俺ぁ、面喰いですがね。はい、御免なんしょ。

        好い機会であるから、豚小屋状態の机の上、四畳半を片付ける事にする。

 それにしても、此処の処、一切雨から見放されている次第である。ブログでは、農業用水確保で、取水制限もニュースに出て居るとの事である。四時頃に成ると、薄い青空に大きな入道雲がたなびき始めている。此処いら辺で、たっぷりとお湿りが欲しい気持ちは、ジョロ散水人で無くとも、春の生物達の共通願望であろう。

        さぁ~てと、後一時間もしたら、日課をこなしましょうかね。へへへ。


心何処ーショート 何は無くとも、お天道さんである。
             何は無くとも、お天道さんである。(4/26/14)
 二畳小部屋を、夏仕様にする。こう云う事は、私には不得手の口である。炬燵を取ってティーテーブルの上に旧PCを載せて、椅子を持って来る。友人が来た場合に、二畳でもコーヒーが飲める様に椅子を置いて置く。二畳小部屋とはすっかりご無沙汰で、カレンダーも時計も電池切れで、可哀そうな物である。溜まるは埃のみでガンスわね。とほほ。

 それでも、然程の窮屈さは無い。ずーと家周りのアレンジ三昧をしていたから、庭全体が見える緑の空間は、好い眺めである。吾ながら、センスが好い。

 山ツツジの赤が二、三咲き始めた。それでも赤い蕾は、満開の花の様に見える。ツツジの赤に、雪柳の白、山吹の黄色、百日紅の周りのマンジュシャゲの伸び放題の緑葉が、好い具合に色のコントラストを為して居る。楓も赤い芽吹きから、淡い黄緑の柔らかさを陽に反射させて、初夏の陽射しの下、微風に揺れている。

 越冬のフタモンアシナガバチのメスが、軒下を巣の目星を付けるかの様に緩く飛んで居る。巣作りに産卵、餌遣りと、当分は女王蜂と云えども、一人何役も背負い込まなければ為らない。御苦労な事ってすね。へへへ。

 朝始動のジョロ散水が、この処の愉しみの一つである。白蕪の葉には、早くも穴が開き始めた。モンシロチョウが卵を産み付けて、幼虫が出て来たのだろう。庭の何箇所かに自生した山椒の幼木を並アゲハの食樹にすべく、纏め植えしたので、台所前の山椒と家庭菜園端の山椒で、蝶の数も増える事だろう。

 この処、長靴を履いてテンカラ振りをして、運動量を稼いで居る次第である。そんな折に、肌色のイトトンボが交尾をして居る光景を良く目にする。昨日は、黄土色タテハチョウのツバクロヒョウモンのメスを数匹見た。大体は、雌よりも雄の方が奇麗で目立つものだが、このツバクロヒョウモンは雌の方が、コントラストの妙で、非常にシックな例外的存在でもある。

 今日も川に下りて、竿振りをする。釣れても、釣れなくても一向に構わない。昨日、剪定鋏で、邪魔な枯れ葦をカットして置いたポイントで、チョイと粘って見る。外形的には、ヤマメが居付いておかしくない川相なのに、魚影すら確認出来ない。家の直近ポイントで在る。毛バリを追う魚影は見られなかったが、移動して居る間に、流れの中に型の好いヤマメの魚影を見て、ついニンマリの口で在った。五月の連休とも為れば、上流では水田に水を引き込む時期であるから、釣り堀から、水量が乏しく成って、イケスの様な物である。ギャハハ。

 シャツ無しで来たが、初夏の様な暑さに、家の中に居たのでは、辛気臭く成るばかりである。お目当てのヤマメはノーヒットでは在るが、水が温んで馬鹿ハヤの大食いである。竿を振って、ワン・ツー・スリーで上げれば、10数センチのアブラハヤが引っ掛かって来る。中には、腹に毛バリが引っ掛かって御用の物も居る。

 橋の下ではS大生のギター弾きも居れば、恒例のS橋下のバーベキューコンパが複数見える。河川敷を親子のサイクリング姿が在ったり、常連爺さんの往復ウォーキング姿が在ったりで、初夏の日差しに元気な姿の数々である。

 ハヤ釣りにも飽きて来たから、家に戻る。金曜トークのホームセンターの園芸コーナーには睡蓮鉢に布袋草が浮かせてあった。ハダイロイトトンボも交尾の時を迎えている。野鳥も、昆虫も、菜園には姿見せるし、その何種類かは、我が家の環境を住まいとして定住して居るのである。疑似ミニチュア生態系とやらで、ビオトープとやらが流行りとも云われて居る。

 私も、すっかり角が取れて来ての人畜無害の底辺貧民生活である。弱きもの、小さきもの達が、肩を潜めて寄り添う様に暮らすのも、地球新時代かも知れぬ。

      睡蓮鉢二つを置いて、布袋草を浮かせて定住の場を設けて遣ると致そうぞ。

 車でホームセンターに行って来て、篩を持って川の小砂利をゲットして来る。家庭菜園場所の排水枡の上にセットして、家庭菜園方々、気分の保養とすべしである。

 これで夕刻のジョロ散水までは、マイタイムとして夏仕様と為った二畳小部屋で、庭を眺めながら旧PCで本日日誌でも打って、時間過ごしをすべしである。好い風が通り、ラジオをBGMに、インスタントコーヒーを飲み、煙草を燻らせる。

 へへへ、今日も陽に晒されて、軟肌がヒリヒリですがね。然しながら、三木のりへいさんじゃないけど、何は無くとも江戸紫にして、『何は無くとも、お天道様の気持ちの好さ』である。


心何処ーショート 本日、夏日の暑さ為り。
               本日、夏日の暑さ為り。(4/25/14)
 剪定鋏とテンカラ竿を持って、家の前の流れをテンカラを振り易い様に、枯れ葦のカットをする事に決める。まぁ、Tのお誘い電話が来るまでの、自宅前の専用釣り堀の整理である。

   昨夕は、世の中には面白い人間が居る様で、些かの癇癪玉の気分にさせられて仕舞った。

 ロートルのボランティア精神で、土手道のすれ違いスペース方々、誰でも駐車出来る様に土手の雑草を根こそぎ扱いで、気持ち好くさせて居る心算で在る。その先に、土手を片付けた折に、整理出来兼ねる石、雑草の溜め置き場をアレンジして、カムフラージュの小さな石積み花壇を作った次第である。

 思えば、三年前2週間強を掛けて家周りの雑草退治をして、<公に供した心算>で在る。自転車通学路の銀座路線の様な物であるから、雑草茫々では不逞の輩が、気易く缶、パック、ペットボトルを敷地に投げ入れて行くのである。<健全な肉体に、健全な精神宿る>に因んで、『整理整頓の場に、行儀心宿る』の大ボランティアを励行して、角の10数mの道路面を思い切って、花壇としたのである。

 然れども、<親の心、子知らず。> 『誰も見て居無ければ、手っとり早く個利のポイ捨て。』が、幅を利かせるご時世なのである。

 春のシーズンが始まって、朝夕のジョロ散水が日課に加わった。花壇に輪轍が在ったり、石積みのミニ花壇の石積みを故意に崩して在ったりで、いやはや・・・堪った物では無い次第にも為る。石が道路にゴロンでは管理者として面も苦次第も無いから、気が付けば原状回復をして居るのだが、そんな不逞の輩との<追いかけっこ>が始まるのである。

 車を運転する者にとって、駐車する場所が在ると無いとでは、大違いで在る。何も私の家の地所では無いから、<止めるのは自由>である。

 只、面白くないのが、私が外に居る時に、気は心の『声掛け』が無いのが、癪に障る。『止めて良いですか?』と問われれば、『どうぞ。ご自由に。』と応えるのみである。何しろ、私は人畜無害の男である。

 それが、この前は隣班の倅が、然も平然と私の前で止めて行ったのである。それも半日以上である。外で会っても、会釈も出来ない男であるから、私も一切相手にして居ない男である。その癖、子煩悩と云うか、ネコ可愛がりの性質である。その母親は、良くご近所さんとの立ち話をする<見え透いた顔付>をしているから、私は挨拶をするだけでのご近所付き合いをしている。

 正直な話、私は人付き合いは苦手にして嫌いな性質であるから、直感で人を取捨選択して仕舞う『偏狭な側面』を持っているから、仕方あるまい。へへへ。

 デカイ声じゃ言えませんが、人間の本性は顔付、目付き、話し方で大凡(おおよそ)は分かると云う物である。<宮使いの社畜時>ならいざ知らず、底辺貧民の年金暮らしに為ってまで、意に染まぬ人間付き合いなど、真っ平御免蒙りたいと云うのが、私の本音ですがね。ギャハハ~!!

「あいよ。食べてお呉れ。」
「やぁやぁ、こりぁまた、美味そうな沢庵じゃ無いか。アリガトざんす。」

 スタバ二階席は、夏の温度で在る。へへへ、Tにはエライ日焼けしてるじゃないかと、からかわれて仕舞った。韓国客船沈没事故と国賓米大統領オバマ氏の訪日に関する感想、意見交換をしながら、気の合う心友との語らいを愉しむ。

「ボワンと血圧の上がってる妖怪様だったからさ、<赤い鳥、小鳥。何故何故赤い。赤い実を食べた。屁は何故何故、黄色い。黄色いサツマイモ食べた。赤い屁は、何故何故赤い。赤芋食べた。青色屁は、何故何故青い。>
って、節付けて歌って遣ってさね。親孝行の心算で、お相想掛けて遣ったらさ。

 糞婆っさの野郎、<お前、気は確かか>だってよ。言うに事欠いて、<この前、テレビで若い人の痴呆症を遣ってたよ。保険が在るんだから、医者に診て貰ったら?>だってさ。糞婆っさに、思い切り、馬鹿にされちまったわね。」

「あっ、そりぁ、婆さんの言う事が真理だわな。Rは自覚症状が無いんだろう。あれだってぞ。一人暮らしの老人は、足元ばっかり見てフラフラ歩いて居るから、自宅から1km位の近場で、狭い所に入り込んで、身動きが取れなく為って、凍死したり、餓死しちゃうんだってよ。痴呆症に為ると、知恵が回らなく為ってて、後戻りする知恵も無く為っちゃうんだってさ。
 まぁ、癌細胞は手術で摘出出来るけど、痴呆症は如何し様も無いってのが、現状らしいぞ。医者の前で、歌って見ろ。そんな物ぁ、一発で鉄格子の個室入りだぜや。あい~。」

          クワァ~、どいつもこいつも、俺様を馬鹿にし遣がってからに。

 こんな人非人達とは、付き合えんぜや。さてさて、マツバボタンのポットを買って、ボランティア回廊でも作りまするわね。

 Tはカブトムシの幼虫が売って居たとの事で、ニコニコ顔のゲットである。そろそろ買おうと思って居た苺苗はシーズン終了で、入荷の見込みも無いとの事である。へへへ。


心何処ーショート 嗚呼、しんど。
                  嗚呼、しんど。(4/24/14)
 新高校生の上り勾配自転車通学は、大変らしい。朝の外での一服時では、制服姿の女子高生、男子生が通学時間のピークでワンサカとペダルを漕いで行く。

           声がモロに聞こえて来るから、笑っちゃう位に面白い。

「もうダメ~、苦しい。」
「アア、しんど。マジ、キツイわ。」
「学校に行くだけで、バテバテだよ。もう、嫌~!!」

 徒歩通学の中学生達が、真新しい制服に自転車通学のスタートなのであるから、無理ならぬ事である。体力を付けるのも、仕事の内で在る。その分、帰りはペダルを漕がなくとも、楽々帰れるのであるから、プラスマイナスゼロですがな。ギャハハ~!!

      ピチピチの高一生であるから、一か月もすれば脚力も直ぐ付きまするがね。

 春は駆け足である。梅、プラムは散り、コメヤナギ、ボケ、山吹が満開にして、地上では野苺化した自生苺の白い五弁の花が盛りである。家庭菜園の幼葉もスクスクと伸びて、冬越しのホーレンソーは、収穫を間近にして居る。ジョロ散水に、精を出さねば為るまい。
 
 朝食前のお勤めをして、朝飯を食う。電話が鳴って、ケアマネさんは風邪を引いて仕舞い、移す訳には行かないから、玄関で印鑑だけ貰いに伺うとの事である。

 本日は、気温がドンドン上昇して行く。庭のハコベを引き抜いて来て、玄関鳥に入れて遣り、餌吹きと水替えをする。午前中の訪問との事である。雑草を抜いたり、小石を拾ったりして居ると、ケアマネさんの車である。

「わぁ、すっかり綺麗にしちゃって、頑張ってますね~。お婆ちゃんは、如何ですか?」

 体力、抵抗力の無い年寄り訪問であるから、職務上、移さない様にしているとの事で、文字通りの玄関話しで帰って行かれた。

 さてと、本日も『助平心満載』で、釣り散歩をすべしである。汗ばむ程の陽気に、桜の花びらが流れる川面である。

    期待にテンカラ竿が撓(しな)うが、コリァ、一体、如何した事か。全然駄目である。

 然しながら、<釣れぬ訳が無い>の助平心に振り回されて、長靴歩きを遣らされた。いやはや・・・道産子農耕馬よりも疲れて仕舞った。ニャロメ、ハヤっこ一匹掛からぬ長靴行をしてしまった。

 暑いですわ。貴重な一本200円の毛バリは、木の枝に掛かって、<はい、それま~でよ。>で、瀬を渡る時に、長靴は寸足らずで浸水。歩く度に、ブガブガ、ブレーメンの音楽隊ですがな。草臥れ儲けの、恥掻きですわね。へへへ。

       さてさて、帰って寝具を取り入れて、入浴・洗濯でもするしかあるまい。


心何処ーショート 吾も亦、習慣に生きる為り。
                 吾も亦、習慣に生きる為り。(4/23/14)
 四月も下旬とも為れば、早々、布団の中にも居られず・・・ 起きると致そうか。目覚まし時計の金華達の朝に、重い腰を上げる。

 廊下のサッシを開け放して、空気の総入れ替えをしながら、庭を見て、家庭菜園の雑草の芽出しを摘んで、ジョロ散水で身体を目覚めさせる。風呂の残りをジョロに入れて、散水して回るのは、これで結構な時間と運動量と為る物である。

         それが終わると、物真似掃き掃除をして、朝の賄い夫である。

 へへへ、何事も習慣。習慣付ける困難と、習慣に身を任せる気楽さを比較すれば、身に付けた習慣は維持し無ければ、物臭怠惰に逆戻りするだけである。

 雲一つ無いお天道様の独断場では在るが、数日来の冷え込みで空気の温まり具合が宜しく無い。朝食後は、釣れて儲け物、釣れずとも運動と考えて、レジ袋をポケットに入れて、長靴で川に下りる。

 川の水も浅く成って居るので、長靴歩きで目星を付けて居るポイントを狙うが、駄目である。経験則からして、ヤマメが居付くには絶好の条件を備えて居る。白ぽい毛バリから、黒い毛バリに替えるが、駄目である。

 アブラハヤも来ないから、水温がまだ低いのだろう。然らば、前回のバシャリポイントを狙う。三回目で魚影が現れた。

      四投目でヒットした。デカイ!! 足場が崩れて、つんのめった。バレタた~!!
        嗚呼、一生の不覚。嗚呼、歳は取りたくは無い物である。糞っ垂れ・・・。

 矢張り、女鳥羽(めとば)川では、黒毛バリが一番である。時間は充分に在る。前回、釣ったポイントを狙うが不発で在る。ちょいと水温が不足している様である。諦めて、次のポイントを狙う。前回、此処では三回毛バリ追いに、浮上したポイントである。

    枯れ葦に絡まない様に、流れに打ち込んで水流表面すれすれをスゥ~と引いて来る。

       来た、合わせる。掛かった。有無を言わせず、ゴボウ抜きで在る。

 暴れるヤマメの魚体が宙に踊って、足元に着地する。釣りは、一瞬の醍醐味で在る。肉厚のヤマメは20cm超え(帰って、スケールを当てると21cm)である。バレたヤマメも、手応えとしては、同様のクラスに間違いない。嗚呼、勿体無や。

 さぁ~てと、お頭付きの食卓に、妖怪様の分も釣らなければ為らない。俄然、目の色が変わって来たが・・・ 後が続かないのが、辛い処である。釣れるのは、アブラハヤばかりである。型の好いのが釣れてしまうと、アブラハヤは手が臭くなるばかりの<邪魔もの>である。←釣れ無ければ、ハヤ釣りでもそんな事は言わないのであるが。

  駄目な物は、駄目である。夕方、ちょいと振って見る事にして、妖怪様の昼を作りに川から上がる。

 夕方、鉢物を廊下に取り入れるが、いやはや寒い風である。家の横に只の釣り堀が在る様な物であるから、欲を掻いて見て風邪を引いても始まらぬ。夕食の一品に、庭のニラでも切って来て、卵とじでも作ろうか。妖怪様の好物の一つでも在る。

 へへへ、賄い夫仕事の一環として、家庭菜園などを始めて見ると、可笑しなもので<何事も、無駄にしては勿体無いの習慣>が身に付く物らしい。

心何処ーショート 一応の終了を見る。ヘロヘロ為りや。
              一応の終了を見る。ヘロヘロ為りや。(4/22/14)
 此処へ持って来て、パットしないお天気さんの連続である。下衆の物好きで、韓国客船沈没事故の模様を具(つぶさ)に見て居る次第である。

 歴史とは日々を重ねて来た国家、民族の記録の側面であるからして、国家、民族の過去と現代を往復書簡の様にウォッチングして置かなければ、歴史=過去として扱われ、過去と現在が断絶して仕舞う結果と為る。そんな結果では、ハッキリ言って歴史の意味が無く成って仕舞う。

 歴史の記載は、概して地中から発見される土器の欠片の様な物で、欠片、欠片を合わせて、その不足分を石膏で補填して、全体像を復元して陳列ケースに収める様な物であろうか。歴史事象の記載は、恰も飛散した土器の欠片の残置でしか無い。欠片、欠片の隙間を補填して、全体像を復元する作業は、過去と現在を繋ぎ合せるウォッチングと方向性の模索作業と云っても良かろう。

 個人に履歴書・職務経歴書が存在すると同様に、国家、民族には切っても切れない歴史の重みが存在する。人が歩けば、其処に足跡と云う路が続き、その道は、過去と現在を繋げて居る方向性・宿命と考える事も出来よう。

 妖怪様とテレビ報道を見ながら、朝食後のお茶を飲む。ヤクルトママさんのコールを受けて、さて、遣って見るか。路は続けなければ、繋がらないので在る。<千里の道も一歩から>との先人の訓えも在るからして・・・。

 本日は四畳半東の駐車スペースから、寝室の八畳の雑草だらけに為る通路に小砂利を敷き詰めて、見栄えを良くする苦役お遊びである。お天道さんの無い肌寒さには、道産子農耕馬のアイドリングが頃合いでもあろうか。

 知恵の在る者は知恵を出せ。知恵の無い物は汗を掻け。その二つも無い者、出せぬ者は去れ。・・・はいはい、御先祖様、遣らさせて頂きまする。

 好い処の大半を掬って仕舞ったから、長靴で水に浸かった小砂利をスコップで掬って、プールする。水に浸かった物を運び上げて居ては、疲れるだけである。掬って小山にして置けば、水気が下に落ちると云う寸法である。過積載は、沈没の元である。

 そんな運び込みをして居ると、お向かいさんの旦那が、整体から帰って来た。家のフェンスのブロックに腰掛けて、男のよもやま話と相為った。話題は如何しても韓国船沈没報道に行って仕舞う次第である。沈没事故報道は、きっと全世界に逐一報道されて居るのだろうが、報道されればされる程、韓国は今まで隠して来たお国柄の実態を曝け出して、『信用失墜』の様相で在ろう。

 嗚呼、告げ口外交の手前、恥ずかしや!! 天に唾吐く者の哀しさでも在ろうか。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。

 さてさて、水気も大分除去されて来た事でも在るし、ヒィ~コラ、ひぃ~こら運び上げて、自画自賛のセンズリでも掻いて見ましょうかね。へへ、8杯運び上げて、自重の転圧を施して、得心の一服で在る。

           へへへ、何処ぞの国の船長さんとは、大違いである。ギャハハ!!

 縁側の通路は、程良い粗砂が無いから、したくても出来ない次第である。一年は長い。川の恵みを、ボチボチ川の増水を待っての結果待ちで良かろう。それにしても、家をぐるりと敷き詰めたのであるから、吾ながら、大した物である。

   へへ、是を称して、陰日向無く、黙々と遣れば、結果は自ずと着いて来るの証左である。

 ヤクルトママさんじゃ無いが、美味しそうなカレーの匂いで、カレーライスを二杯平らげた馬力の恩恵かも知れぬ。3時近くに為って仕舞った昼では在るが、疲れ過ぎて、食欲も湧かない次第であるから、そばで済ませる。

 小一時間、昼寝をして体力回復をさせる。これで、庭弄りは、当分する必要は無いから、通常の散歩運動で平常値に戻れば良い。


心何処ーショート あれあれ、春は如何したや。
                 あれあれ、春は如何したや。(4/21/14)
 朝のアイドリングに、庭に出る。サツキの横にサクラソウが何株か散らばって咲いて居る。昨日、整理した個所が殺風景であるから、其処へ移植する。

 移植ゴテで根元を穿って見ると、<ほぅ~、地下茎はこう遣って、株を増やして行くのか>と、得心する次第である。

 苺の蔓(ランナー)は地上に伸びて、着地した個所から根を出して、ホップ・ステップ・ジャンプと拡がって行く習性を持っている。ツタ、ツルを持って居る物は、葡萄でもそうであるが、そう遣って群生を拡げて居る。地上を這うツタ、ツルと同様に、地下茎も見えぬ地中でツタを伸ばしていると云う事なのである。

              園芸素人であるから、こんな発見も愉しい物である。

 本日は、どんよりした肌寒い日であるから、休養日とする。風呂を沸かして入浴後は、妖怪様に譲り、郵便局に払い込みをして来る。来た序でであるから、個人スーパーまで足を伸ばして駄菓子などを買うと、先輩さんから<良いネギだから、買って行って植え付けろ>とのお達しである。

 今日は働かない心算では在ったが、『土地の仕来たり』にどっぷり浸かって、四季の作物に生活の知恵を励行するのも悪くは無い。冬の蓄えネギも、何だかんだと言ってほぼ使い終えた次第でもある。

                 さてさて、何処へ植えたら良い物か・・・。

 家庭菜園の畝の端に植えると、半分以上残って仕舞った。ホームセンターの園芸コーナーでネギ苗が売られているが、萎びたひ弱な物で、結構な値段が付いているが、農家の持ち込むネギ苗は瑞々しく、一束480円の安さである。

 玄関横の餌吹き場所を整理して、2列に植えればスペースの整理にも為る。スコップで掘り起こして、小石を拾って早速植え付けて見る。物はローカルブランド・松本一本ネギであるから、成長すれば立派なネギと為る。ネギの価値は、白く太い茎であるから、深植えにしなければ為るまい。

 為れば、如何見ても土不足である。本日は休養日の予定では在ったが、これまた、川土運びをする羽目に為って仕舞った。とほほ。

 さてさて、作業終了である。昼は野菜整理の為に、カレーでも作って置くと致そうか。台所仕事をしながら、昼はサツマイモを茹でると同時に、茹で卵にして、昼とする。

 朝と昼のテレビでは、次から次と韓国客船のハチャメチャ振りが、表に出て韓国の実態・実相が白日の下に晒されている始末である。

 戦争中の船舶リース代返還訴訟で、日本の鉄鋼タンカーが差し押さえられたと云う中狂裁判所判決と云い、お隣毒亜圏の遣る事は、正にハチャメチャ、出鱈目コーナーのテンコ盛りである。日本人なら漫画の世界でも、こんな発想は出て来ないゲテモノであろう。

 頭脳回路が全くの古代蛮勇割拠の低レベルの儘にも拘わらず、生活手段は文明国を気取って居る様は、滑稽にして、哀し過ぎる。言って見れば、現文明を彷徨い続ける流民の姿でしか在るまい。

 そんな低レベルの毒亜圏の端に位置する日本は、飛んだ被害国の様である。この地政学的位置は、四の五の言っている場合では無かろう。毒亜圏とは一切の聞く耳持たぬ『村八分のスタンス』で行くしかあるまい。移民受け入れなんて、世迷言を言う経済人、政治家は、即刻毒亜パージで、お引き取り願わなければ為るまい。

 日本は日本人だけの物では無いと云う似非人道主義者は、毒亜圏に永久移住して貰わなければ仕方あるまい。

『リンゴ樽に腐ったリンゴが在れば、全てのリンゴが腐る。』『堤防も、蟻の一穴から崩壊する』の喩えも御座りましょうが。

 信ずる事から始まる日本の社会は、何千年と続いた縄文人の同心円から生まれ、培養されて来た自助・共助・公助の賜物で在りましょうや。

 日本の歴史とは、そう云う物で在りまする。そして、歴史を学ぶとは、年代、年号を諳(そら)んじる前に、核心を学び知ると云う物で在りましょうや。へへへ。

 他人に厳しく、自分に甘いと在っては、社会規範も、法も構築出来はすまい。船長たる職務の何たるかも学ばず、いざと為れば真っ先に離船するなど、人間もどきの精神異常者の所業である。経験則以上に、一連の毒亜国行動から演繹的に導かれる結論は、<異常者には、一切惑わされるな!!>の真理でありまする。

    毛バリもテーパーラインも用意したのに、あれあれ、春は何処ぞへ雲隠れした物やら。

心何処ーショート ちょいと、自転車散歩をして来る為り。
ちょいと、自転車散歩をして来る為り。(4/20/14)
 いや~、今日は良く寝た。布団の中で、ラジオの政党討論を聞いて起きる。朝飯を食べて、妖怪様に、<今日は、何をするんだい?>の質問を頂戴する。庭に入る通路は、雨が降ると汚れるから、通路に川砂の粗い処を持って来て敷く心算で在る。その前に、石の並べがパッとしないから、見た目を良くする為の入れ替えを考えて居た次第である。

 庭には私の好きな雰囲気を慮って、工事仕事で弟が若い頃乗鞍、白骨から岩を運んで呉れた物である。そんな岩が何十年もの年月で、野面を晒して居る。普段は物臭に徹して居るから、別段気にも為らないのであるが、遣り始めると何かとアレンジをして見たくなるのが、人情と云う物である。

 まぁ、私は脳味噌は軽目に出来ているが、馬鹿力だけは在る。馬鹿力と時間だけは、佃煮、漬け物にする位在るから、頭の体操と筋力トレーニングの対照とも為る。へへへ。

 遣る気に為って居る時、遣れる時に遣って置かねば『時間の貯金』は出来ないと云うのが、物臭男のモットーにして、戒めである。

 バケツで8杯を投入して、重労働では在ったが好い感じに仕上がった。もう2時である。本日は、煙草買いと毛バリを買って来なければ為らない。老舗の釣具店は、市内の中心部に在る。

         ちょいと小奇麗な身なりで、市内の自転車散歩でもすると致そうか。

 毛バリ2種類を其々5本買って、テーパーラインの道糸、ヤマメバリを買う。私と同年配の後取り娘さんも、好い歳に為って来たが、相変わらず感じの好いご婦人である。

 縄手通りから、蔵の通り・仲町をゆっくりペダルを漕ぎながら、観光客の模様を見て来る。昔から、白人年配夫婦が訪れる一角である。生憎、曇天のお天気さんで春爛漫の雰囲気とは言えなかったが、松本の人気の高さに、信州人としては嬉しく為る物である。

 美味いコロッケが在るから、寄って行くと休日であった。帰りに大手スーパーで煙草を買い、ホームセンターのグリーンコーナーで、マクワウリ(あじうり)の苗が無いだろうかと寄って見る。

 おやおや、何年振りだろうか。サラリーマン時代の後輩さんが、園芸土、肥料を台車に載せて、出て来る処であった。

 長い立ち話しをして仕舞った。お互い、歳を取ると親の介護話に為って仕舞う物である。彼のおふくろさんは89歳で、認知症に為って仕舞い、手に負えなく為って、施設に入れたとの事である。認知症は大変な事との事で、大分草臥れた顔をしている。

 彼は、定年後も嘱託として勤めているとの事である。子供達も皆独立して、孫は四人で別々の所帯。夫婦二人の暮らしとの事である。そんな次第で、家庭菜園を始めている由。

「そうかい、そりゃ、好い事じゃ無い? 現役時代は会社と家の往復だけが、男の生活だけどさ。子育てが終わって、夫婦二人だけと為れば、実質は当世流行りの卒婚をノタマウ女族の性だしな。
 敗戦後は、アメリカナイズで、つくづくと強化されたのが、靴下と女って事だしさ。酸いも辛いも、舐め尽して成長するのが、男族の性さね。怒っちゃ行けねぇ、嘆いちゃ行けねぇをさ。親に孝行したくとも、個権振り翳す女房に敵対と来た日にぁ、家庭の不和。此方立てれば、アチラ立たずの蟻地獄って諺も在らぁな。
 奥ゆかしさが、老後の男の顔を創るんですがね。晴耕雨読のマロミの爺っさの日常ですがな。現役ステージが終わった後が、人間らしい晴耕雨読の生活かも知れんよ。アハハ。」

「そりぁ、そうだ。Rさは昔から、巧い事を言うもんだ。尊敬しゃうぜや。伊達に、頭丸めて無いわ。」
「あいあい、知らない人が見りぁ、俺ぁ、徳の在る坊さんにしか見えねぇって言われてるからさ。アハハ。」
「Rさ、お経は読めなくても、信者は集まるんね。へへへ。元気そうで、何より。じぁ、またね。」

 いやはや、面白く飾らない後俳さんであるから、認知症の徘徊話、火の始末、水の始末を忘れての苦労話を拝聴して、吾が妖怪様の健康振りには、タダタダ感謝と倅孝行の有り難さを知るのみで、お天道さんに感謝の段で在った。

 夕方、新班長さんが町会費を集めに来られた。班毎の親睦会には500円の町会補助が出るから、今度班でも河川敷で親睦会をしようとの発議が在った由。子育てを終えたロートル班である。好い事である。二も無く賛成の口である。


心何処ーショート 妖怪様、花見に行く為り。 
          妖怪様、孫に車椅子を押されて花見をして来た為り。(4/19/14)
 吾が家の枇杷の実は、人間が食べる程の大きさには為らない。そんな事を妖怪様に言うと、<間引きをすれば、大きく為るよ>と言われて、為るほどと思った。そんな次第で、本日は脚立を掛けて、遊んで見た。脚立を出した序でであるから、柊の剪定をする。猛暑の折に散水の手が回らず、半枯れ状態と為って仕舞った。枝の芽出しを確認しながら、チマチマと剪定鋏で遣って居たが、どうせの事であるから刈り込み鋏で思い切り散髪をする事にする。

        上の方が、如何やら枯れて居る様なので、思い切って鋸でカットする。

 脚立作業は疲れるから、休憩方々、スコップ、熊手、竹箒、ジョレンなどの農耕馬道具を縦掛けてある場所の石コロだらけの中から、健気にもテリトリーを拡げて居る野苺に同情心が沸いて、場所整理をして遣ろうとの<生類憐みの仏心>が生じた。←非文学的表現では、回りを整理して来て、取り残されたアンバランスを『恥入った』のである。

 嫌々仕事で石コロの溜め置きして居た場所であるから、石コロを取り除くと野苺とても、スカート、パンツを脱がされて、余りの惨状と為って仕舞った。遺憾いかん・・・人生の年輪を重ねた男族の一員としては、『武士の情け』として川土を運んで来て、下を隠して遣らねば為らなく為って仕舞った。

 腐葉土の入った土状の川砂で下を分厚く覆って遣り、周囲との調和で粗砂で化粧をして遣ると、好いマッチングと為った。其処を直せば、その横の不凍栓囲いの向きが酷過ぎる。

       いやはや、これを称して『遣らねば為らない、吾が宿命』と云うのであろう。
 しゃ~無い。これが、吾が宿命ならば、男で御座る。弱音を吐かず、遣って遣ろうじゃ無いのさ。スコップで掘り起こして、土台に平行に据え変える。

                 へへ、好い感じじゃないか。

 こんな事を始めて仕舞うと、仕事モードに為って来て仕舞う。柏の落葉は、芽出しに依って為される。もう、腹が立つ位の落葉の散乱である。お隣さんに申し訳ないから、片付けた脚立を移動させて、枯れ葉を捥ぎ取る。木の成長は早い。鋸も出て居るから、思い切って伸びた枝切りをして、焚火場所に運んで、カラカラに為った落ち葉をバケツを持って来て、拾い集め手で揉み崩しながら入れて、腐葉土にする事にする。

 落ち葉の整理をすると、その下の山吹の黄色の蕾が浮き上がって来て、葉の薄緑と相まって中々の風情を見せ始める。本日は、仕事をせずに時間を流して、退屈に為ったら釣具店に自転車で春の目の保養方々、毛バリを買いに行こうと思っていたのだが、・・・

             観念して遣って居ると、土手に車が止まった。
「お父さん、すっかり綺麗に為って、大変だったでしょう。ご苦労様です。」と孫を連れて、土手からの通用口を下りて来る。
「じぃじ、きたよ。なにしてるの。」赤ん坊の時から活発な子で在ったから、興味深々の顔で覗きに来た。

「こらこら、凌佑。お婆ちゃんに、来たよの挨拶をして、仏壇にナンマイ・ナンマイしてからだろう。」
「うん、わかった。」高い廊下に這い上がる孫は、ヨイショの掛け声で在る。
 
           私は作業中であるから、家には入らず作業続行である。

「オヤジ、婆ちゃんの靴は何処?」
「風呂場に小さいサンダルが在るから、持って行け。」

 通りに車椅子が出て居る。私が誘っても、首を縦に振らない妖怪様では在るが、倅は妖怪様には、目の中に入れても痛くない孫である。孫の言う事なら、喜んで腰を上げる妖怪様である。

       アハハ、相性とは理性、理屈の入り込む余地の無い領域なのである。

 妖怪様は、倅に車椅子を押して貰い県文会館、護国神社周辺の花見に連れて行って貰うのだろう。相性の良い祖母と孫は30年を経て、立場が逆転して孫オンブから、孫の押す車椅子での走馬灯の一時を過ごして呉れば良かろう。

「ママ、ぼくもいく。」と父親の後を追って、倅ファミリーと妖怪様の桜見である。

 昼は、嫁さんがスーパーで買い物をして来て呉れた。孫はペンキでリニューアルした廊下で、マイペースの遊びをしている。月に一度の来宅であるから、孫の成長具合は覿面である。屈託の無い幼児の遊ぶ光景は、良い物である。

「じぃじ、つりいこうよ。」

 昨日の寒さの煽りで、夕方に為ると風の寒さで在る。真似事釣りをして、風邪の引かない内に、家に入る。嫁さんの伯父さんで、番から男子高の2級上の先輩さんが、亡くなられたとの電話である。元気だったのに、胃癌との事である。人の寿命とは、分からない物である。

 体調芳しく無かった妖怪様では在ったが、倅ファミリーの顔出しに、百薬の長の精気の蘇りで在った。人間長生きをして見なければ、分からない事が多いのが世の中である。

        いやはや、本日も頑張って仕舞った物である。明日は、如何為る事やら。


心何処ーショート 嗚呼、冗談抜きで、良く働いた物だわさ。
             嗚呼、冗談抜きで、良く働いた物だわさ。(4/18/14)
    
          雨との予報では在ったが、小雨にして申し訳程度の<御湿り>である。
「今日は、何をする?」と言われて、雨も止んで仕舞ったから、働けと云う事で在ろう。スタバトーク前に通路の川砂敷きを繋げて仕舞うと、長靴・軍手・剣スコ・バケツを持って川に下りる。

 完成した砂敷きを足を踏み締めて、人間転圧をして行く。そんな事をして居ると、医者から帰ったと言うお向かいオバさんに声を掛けられる。暫し、ご近所さん立ち話の結論が、<今まで構わ無過ぎたから、遣れば一気に綺麗に為る。やっぱり、それだけ歳を取った証拠だ>と言われて仕舞った。

 へへ、小まめに持久力で進める女族と、溜めに溜めた宿題を馬力と根性で開始する男族との性差の違いとも言えなくは無い次第でもある。

 一切、反論出来ない真実の御言葉である。まぁ、それでも独力で短期間で遣った物である。誰も褒めて呉れぬから、此処は得意中の得意で『自画自賛』の一服で小奇麗に為った雰囲気を愛でるしか無い。

      見たか、吾が実力の程を~!! 脳ある鷹は、爪を隠すんじゃい。イッヒッヒ。

 毒亜韓国の客船沈没事故では無いが、世界のブランド品メード・イン・ジャパンの中古品を改造して、出港3時間遅れを取り戻そうとして、航路をショートカットさせて、座礁・沈没事故を引き起こして、事も在ろう事か!! 乗客を差し置いて、救助されたとは言語道断の無モラルの大闊歩でしか在るまい。

 黙々と男たる者、道産子農耕馬に徹して、費用掛けずに、五体を泣かす為り。全て人力で事を為すロートルの頑張り様は、軟な精神と体力では賄えないのである。毒亜国如きが、逆立ちしてもヤオヨロズの神々がお住し、世界に名立たる縄文人の血を受け継ぐ日本には、追い付かないのである。ギャハハ~!!

 ラジオを聞けば、日本の逸早い救難援助申し出に就いても、<梨のつぶて>との事である。韓国国是の親日罪などと云う日頃の排日・反日・告げ口外交が祟って、日本の進んだ海難救助に、宜しくお願いします、ご助力、傷み入りまする。の小学生でも言える素直さが無いのであるから、呆れ果てた国状である。

 国民の生命よりも、政治のメンツが最重要命題と云うのであるからして、救い様の無い非合理国家で在ろう。

 天に唾吐く者、自分の唾に倒れる。排日・反日・告げ口外交に、国滅びると在っては、何をや言わんかでは在るが、日本とても、限時憲法9条守って、国滅びるの危惧も在る次第でもあるが・・・。

                  さて、スタバトークお誘い電話である。

 本日、打って変わっての肌寒さである。肉体労働で汗を搔いた身に粗相が在っては、申し訳無い次第である。股引を履いて、上に一枚羽織る。外で、草むしりなどをしながら、車を待つ。

 おやおや、マツバボタンの零れ種から、特有の小さな小さな茜色の発芽が一杯で在る。今年も夏は、マツバボタン回廊が目を愉しませて呉れる事であろう。

「そうか、雌ジョービタキは帰ったか。晩秋が見物だな。それにしても、此処は環境が好い。家の横に、只の釣り堀が在るんだからな。孫の情操教育も大変だが、土手の石コロを埋める位、川砂を運び上げなくちゃ、駄目だぜや。あい~。」

「馬鹿野郎が、他人事だと思って、其処まで遣ったら、俺ぁ死んじまうわね。」

 スタバ二階席は、満席で在る。女子高校生らしい三人組の馬鹿笑いが、ケタタマシイ限りである。本日の議題は言わずと知れた韓国客船の座礁沈没事故である。

 好色ヤクザもどきのロートルコンビは、『一応の常識人』であるから人種差別デモで、日頃の鬱憤晴らし等はしないが、毒亜国に対する扱け下ろしは、得意中の得意分野である。

「三時間の遅れを取り戻そうと、海図開いて定規を当てりぁ、海図には海深度の記載も在るずらい。あれかい、船長、航海士は、当てずっぽうで最短距離を操船するのかい? 信じられ無ぇ民度だわな。あい~ 。」

「何しろ、『有銭無罪』って、お国柄だから、国家資格の航海士・機関士って云ってもさ、国際標準にぁ、到底及ばない代物じゃ無いのかね。その内、上げた拳の下ろし所が無く成って、メードインジャパンに全部の賠償金を要求して来るんじゃ無いかね。何しろ、特殊な頭脳回路の国民性だからな。あい~。」 

 もうもう、在る事無い事、平気の平左で言いたい放題のスタバトークと相為って仕舞った。まぁ、是とても詮無き事で、歴史教科書、靖国問題、従軍慰安婦の強制連行・性奴隷、戦後個人賠償、排日・反日教育に告げ口外交が、止まる処知らずのお下劣状態で燃え盛って居るのであるから、因果応報の証左でもある。

 大惨事では在るが、事故の詳細が明らかに為るに付けて、『むべなるかな』の人災事故の様相が、徐々に明白に為って来た経緯もある。<仏師、仏を彫って魂忘れる>の毒亜国文化の酷さが、炙り出されて居る様な物でも在る。

 現代は物質文明とは良く揶揄されるが、精神の真っ当さを忘却して仕舞った者には、『物質文明の逆襲』が来ると云う必然性が理解出来ない様では、本末転倒の世の中と言わざるを得まい。安易・便利・大規模の手段使用にばかり腐心して、物質文明の目的を履き違えて仕舞っては、本末転倒の報いを受ける羽目に陥るのが、物質文明の怖さで在ろう。

 車中でパッパタイムをして、ホームセンター、スーパーでの買い出しに向かう。Tの爺様も、季節の変わり目で体調が思わしく無いとの由。巻き寿司と稲荷寿司、串団子を買って、手抜きの昼とする。Tは実の付いた苺苗を買って行くと言う。

                  おや、Tの車は何処だったかな・・・

「オイさんも、歳だなぁ~。ホーンを鳴らして遣ろうと思ったけど、それじゃ『失礼』に当たるから、見た居た。嗚呼、歳は取りたかぁ無ぇな。あい~、一人に為ったら如何するだい?」

「あいあい、しゃ~無ぇせ。世を恨んで、儚なんで、一人寂しく成仏するだけだいね。五つ木の子守歌でさ、<花は何の花、ツンツン椿。水は天から貰い水>さね。」

「そうかい、そりぁ、ご愁傷さまで。」

 どんよりとした寒さで、いっその事、雨でも充分に降って呉れればと思うのだが、雨は降らずの雲行きである。まぁ、それでも物は思い様で、疲れ癒しには頃合いのお天気さんでも在る。いやはや、冗談抜きで良く働いた物である。へへへ。


心何処ーショート 遣れば、面白さ出て、結果が微笑む為り。
            遣れば、面白さ出て、結果が微笑む為り。(4/17/14)
 さて、今日は何をする・・・。昨日の初物に助平心を出して、毛バリを10本程買って来るか、それとも、農耕馬序(つい)で雨が降るとベト付く敷地通路に小砂利を敷き詰めるか。

 釣りは何時でも出来るのであるから、農耕馬を維持して置いた方が良かろう。庭を其れなりに手入れをして置けば、孫の情操教育の一環にも為ろうと云う物である。孫にどれほどの感性が備わって居るかは、定かでは無いが・・・ 感性と観察眼さえ在れば、私程度の人間には為ろう。

 先ず、土手からの通用口の階段周りから、小砂利を川から運び上げて敷いて行く。中々好い感じである。本日は5月下旬の陽気と云うから、農耕馬往復は汗と息切れの連続である。川に入って、ハヤ釣りがし易い様に石を入れて流れに変化を持たせたり、邪魔な葦を折ったりして、川遊びをする。

 午前の部は、土手からの通用路を作り、昼食後は味を締めて、玄関からの家庭菜園通路にも同様のアレンジに精出す。

 妖怪様、曰く。
「良く働くねぇ。こんなに働くなんて、想像も出来なかった。お茶を飲んだら?」
「この位、働かないと、一日は終わらんわね。遣り出すと、面白いもんだわ。アハハ。」

 何事も一連の動きで、遣って仕舞わ無ければ億劫に為るばかりである。物臭者には、後日の安易さに迎合して仕舞うと、重い腰が上がらない結果とも為る。物臭を自覚して、序で序でと自分に負荷を掛けて行くのが、物臭操縦法の奥義なのである。とほほ。

     風呂に入って、妖怪様に風呂催促をして、本日、初めての四畳半定位置座りである。

 毎日、興味深く中国、韓国情報を入手させて頂いて居るブログさん記事に依ると、座礁、転覆の大惨事を引き起こした韓国客船の船長以下乗組員は、『早々に離船して、遭難者顔を決め込んで居る』と云うのであるから、これまた、日頃の毒亜国の<他人は如何在れ、御身第一の国民性>が露見して居る。

 告げ口外交で、国民支持率の高いと云われているパク・クネ大統領である。如何に速やかに、一人でも多くの人命を救助して、犠牲者への速やか為る公平な補償を政治主導出来るかが、大統領の手腕である。

 昨日のニュース映像を見て、「婆さんや、これが韓国の実態ですがな。これじゃ、逆立ちしても日本に勝てる訳が無かろう。犠牲者には可哀想で酷な言い方だけど、ああでも無い、こうでも無いと、日帝侵略植民地政策で、朝鮮民族は塗炭の苦しみを余儀なくされた。性奴隷、戦時徴用賠償に輪を掛けて、精々、火病国内で損害賠償を釣り上げれば好いんじゃないの。ほれほれ、映像の端に、早くも火病行動が映ってまするがね。」

          昔の人は、真に以って心眼で物事を見抜いて居る。天晴為り。

『一押し二金三男』『一か八か』忘八者の張ったり、執拗さ、大泣きを見せても、『一事が万事』の毒亜国バージョンは、如何為る事やら。過日の韓国航空機の米空港での大惨事に在っても、責任逃れを堂々とノタマウ韓国航空社長で在った。

 さて、如何なる方向で終息するものやら、毒亜圏手法へのウォッチングとしては、大いら興味が沸く次第でもある。


心何処―ショート へへへ、今季初物為り。
                 へへへ、今季初物為り。(4/16/14)
 妖怪様は、<昨夜は眠れ無くて、体調が悪い。>と言う。朝食後は、再びベットの中である。原因は、私に倣っての早や起きであろう。

 97にも為って、律儀を押し通そうとすれば身体に負担が掛るだけなのに、それをしないと気が済まないのである。端からそんな律儀さなど期待して居ない。無理が直ぐ祟って、その後は、何日かを山姥状態の妖怪様と付き合うのは、願い下げにして貰いたいと言うのが、正直な処である。

 妖怪様の薬と金が尽きたので、郵便局に下ろしに行って来る。二日働くと無性に休みが欲しくなるのであるから、不思議な物である。

 春は盛りに向かって一直線の速さで、花盛りである。家の梅は散り、スモモの花が満開にして、サクランボの蕾が咲きそうなほどに膨らんで来た。梅の散りの下では、苺、サクラソウが小さな花を咲かせている。

 庭弄りも一段落したから、時間潰しに釣りをする事にする。こんな良いお天気さんに、家でごろごろでは様には為らぬ。この処、すっかり気温が上がって居るから、餌の要らないテンカラ釣りを遣って見る事にする。

 長靴を掃いて、川原に下りて近間のポイント探しである。先日、縞蛇を見て仕舞ったから、足元注意である。町内に架かっている歩行者専用橋の上で、ヤマメが疑似餌を追って水面をバシャリと喰らい付いて来る。S大生が頻繁に通行する。桜も満開である。

 気分的には、<こんな所で、ヤマメが釣れる!!>なんて、今時のスマホ若者にサプライズを提供して遣りたかったのだが、全て空振りに終わって仕舞った。とほほ。

 橋の下を潜って、次に竿を振るとグィと一発でヤマメが掛った。良い型である。流れの脇に生簀を作って、下のポイント探しをして行く。次のポイントにも、バシャリが在ったが、一回だけに終わって仕舞った。足元に蛇が居ないかを確かめながら、ポイント探しで歩く。

   次のポイントでは、ウグイが釣れた。それからは、アブラハヤが立て続けに釣れて来た。

 この辺りには、セリの群生が在って重宝した物だが、去年の台風18号と河川の更地が為されて仕舞ったから、流れが一変して仕舞った次第である。長靴を掃いての川原歩きは、結構な運動量に為る。今季初のヤマメをゲット出来たし、運動量も稼いだから、終了とする。

 腹を空かせて居ては忍びないから、帰って昼とすると、食欲が無いからとベットに山姥状態の白髪頭を向けて居る。朝は食欲は在るかと言うと、眠れ無くても、腹がグゥーグゥー為って居ると来たもんだ。賄い夫初期段階では、ムカ腹が沸いて大声が出た物だが、私も馴れて来た物で・・・胸の内で『ふん、これが有難迷惑って云うんですがな。阿保臭~』で、私はパン食と牛乳で食材整理の口である。

 布団干しをして来たから取り入れて、台所の洗い物をして、米を研ぐと致そう。後は、夕刻のジョロ散水まで、昼寝と致そう。へへへ。


心何処―ショート 無事早めに終わったお努め為り。
              無事早や目に終わったお務め為り。(4/15/14)
 さぁ、起きるか。一番のゴミ出しをして、鳥の餌吹きをして居ると、発泡スチロールの束を持ってゴミ出しに来た色白吟さんの姿である。お早う御座いますと挨拶すると、玄関に入って来る。

「昨日今日と、弟の所に手伝いに行ってるんだわ。時間が無いんだわ。悪いね。」

 やんわり断った心算なのだが、小鳥ちゃんは可愛いねぇとか、口笛を吹いたりで、困ったお人である。歳を取ると、寂しいのだろうか? いやはや、自分の都合は押し通すが、他人の都合には無沈着では、グット・ウィルの関係は保てませんがね。馬鹿もんか!!

         朝飯の用意をして、卵掛け飯で掻き込んでエンジンスタートである。

 世の中は、通勤ラッシュを嫌うドライバーが結構多い。市内の桜は満開に近い。現場着は、早いかったから、車の中でラジオを聞いたり、掃除をしたりして、皆が来るのを待つ。

 私分担の昨日掘り始めた穴は、寝そべって中にバケツを置いて、手シャベルで掘り上げるしか無い。皆が来て、作業開始である。ひぃ~ら、ヒィ~コラ、寝そべり手掘りで漸く掘り上げて、不凍栓交換は弟に任せる。

 兄弟とは奇妙な関係で、私の遣った処は、必ずチェックして呉れて、自分で交換して呉れるから面白い物である。弟は面倒見が殊の他良くて、幼稚園児の弟に、私は小学校に連れて行かれた物であった。手の掛る兄貴と云った関係なのかも知れぬ。へへへ。

 次いで、残っている所は、温水器回りの大穴だけである。掘る分量は多いが、タコつぼ掘りでは無く、身体を入れて掘れるから、考え様によっては<急わば、回れの喩え>で在る。その横のタコつぼ掘りは、弟が遣って呉れるとの事である。相撲取りorプロレスラー並の還暦兄弟が、背中合わせで黙々と穴掘りである。これも、兄弟の一光景の図でも在ろう。

 穴掘りが終了して、不凍栓の交換の終わった個所を埋めて行く作業であるが、掘りと比べたら、月とすっぽんの違いである。へへ、<苦在って、楽あり。>である。

 10時過ぎの休憩時には先が見えて、コンクリート練りをしてコンクリート復旧したら、帰って呉れれば良いからとの事である。弟は業界の組合会合と、会社の在る町会公民館の水道修理が在るから、そちらに回るとの事で帰って行った。

         人間とは面白い物で、そう聞くと、元気に為って仕舞う。へへへ。

 一輪車でのコンクリート練りはキツイ筋肉労働では在るが、根が体育会系の単細胞である。仕事は、引き算。頑張れば、開放時間が向こうから遣って来る。<受けた義理を返すのが男道>でゴザンスわね。

 12時半で、コンクリート練りは完了である。後は社員さんの仕事を取って仕舞っては申し訳が立たない。昼飯は、昨日と同じ食堂に行く。昨日は天玉うどんにライスで在ったから、本日は天玉ラーメンにライスを食べる事にしよう。
 
 昨日は弟の奢りで食べたのだが。
「Rちゃ、おばちゃんはRちゃが好みで、わぁ~、好い男が入って来たって、えらく相想が好かったぜや。」
「あいあい、俺達は婆さんの倅だから、顔も性格も身体も頑強だぜな。汚れた格好しても、俺達にぁ、オーラが在らぁな。ギャハハ~!!」

「あら~。今日も来て呉れたの。嬉しいわや。今日は何にする~。」
「時間がずれて、正解だったね。昔から、評判の店だったからね。天玉ラーンにライス。」
「ありがとね。お婆ちゃんの味には、ちょっと間が在るけどね。」
 
 小さな民家風の古い食堂である。メニューもラーメンとうどん、カレーだけである。歳老いたおふくろさんとその娘が切り盛りして居た店である。おふくろさんが、おふくろの味で提供して、娘が出前をして居た。おふくろさんの姿は見えないから、亡くなったのだろう。家の婆さんよりは年上だった様な記憶が在る。

 一般家庭の台所の様な感じの厨房では、多分、定年退職をした旦那が入って、野菜天ぷらを揚げて、生卵を落して、熱々のあっさり汁のラーメン、うどんを出して呉れる。母娘の二人三脚で商いをして来たお得意さん達に、夫婦でおふくろさんの味を守って居るのだろう。

       何故か、ほっとする味に惹かれて、知る人ぞ知る小さな食堂で在る。

 満腹の腹で煙草を一服皆と吸って、私は花見ドライブをして帰る。家に帰って、シャワーを浴びて、汚れ切った作業服を洗濯する。疲労困憊の態では在ったが、妖怪様の寝具干しを取り入れて、ベットメーキングをして、部屋で布団の中に入って、正体も無く2時間強を爆睡した。

 最大の苦役から解放されて、孵化した雛の様子を覗くが、芳しく無い。経験則では、①段階は抱卵未熟 ②段階は孵化までは行くが、育雛未熟 ③段階で繁殖成功と行くケースが多いから、矢張り学習段階かと期待は余りして居なかった次第でも在った。

        さてさて、通常モード復帰で、夕刻のジョロ散水を施すと致そうか。

 乾燥注意報が出ている次第であるから、ジョロ散水をして遣ると皆が緑を増して見える。苗植え苺と比べると、野苺と化した自生苺の生命力は、凄まじい。小柄ながらも小さな白花を、三々五々に咲かせている。娘が小学生の頃、買って来たブラックベリーの木イチゴは、何度か消滅の憂き目に在ったが、苦節幾星霜を経て、石ガラ地で順応の時期を迎えているらしく、何本も枝を出して居る。大繁茂した暁には、ジャムに挑戦出来るかも知れぬ。


心何処―ショート いやはや、目一杯、働いて参りました~。
             いやはや、目一杯、働いて参りました~。(4/14/14)
 松本城のお堀の桜が、見た目には満開状態に見える。春満開ですがな。家に閉じ籠って居てばかりでは、近視眼と為って仕舞うばかりである。朝起きは、好い物である。

 ゴミ捨ての許しを頂戴し様と会社に行くと、弟はもう現場に出たとの事である。七時半である。ダンプ置き場のコンテナにゴミ捨てをして、市内の桜の花の風情等を見て、聞いて置いた現場に向かう。現場近くで、さてさて、何処ら辺かなと進んで行くと、会社のダンプが止まって居た。

 ダンプの荷物を下ろすのを手伝いながら、こりぁ、大変な工事である。電動のハツリ機ですると思っていたのだが、二階建てのアパート全体の不凍栓取り替え工事だと言う。不凍栓の数は、20数本との事である。ハツリはコンプレッサーを借りて来てするのだと言う。その内、リースのコンプレッサーを積んだダンプが遣って来た。

 大型温水器の取り外しが、本日分4基との事である。それまで、駐車場横の不凍栓3本と散水栓のアスファルト剥がしと手掘りをする。まぁ、上々のお天気で、穴掘りも大きいから、深さ1m強のスコップでひたすら手掘りである。

    その内、弟が来て、粉塵を撒き上げてのダッダッダとコンクリートはつりが始まった。

 ハツッたコンクリートガラを穿り出して、針金ネットを番線カッターで切ったりして、一輪車に載せてダンプに積み込むのであるが、こりぁ~、完全に顎が上がって仕舞う重労働である。軍手は直ぐに穴が開き、スコップでコンクリートガラを巧く掬えなくて、唯筋力、体力を消費してしまうだけの要領の悪さである。

   いやはや・・・安請け合いは、する物では無い。嗚呼、後の後悔、一切始まらぬの段である。

 コンクリートガラを穿り出して手で拾って一輪車に載せて、一輪車から手で拾ってダンプに乗せて居る様な遣り方では、身体が逝かれてしまう。俺は馬鹿じゃない筈だ。何か工夫をしなければ、身体が持たぬ・・・。

 手バールでするよりも、ツルッパシを振り下ろして、その自重でコンクリートを浮かせて、ジョレンで浚って引き上げる様にして、溜めて角スコで一輪車に入れる方法にすると、身体の負担軽減とスピードアップに繋がった。一輪車からのスコップ掬いも如何にか要領を得て来たのは、午後からであった。

 嗚呼、気付くのが遅過ぎた。『頭は生きている内に使え』の先人の訓えが在ったのに、遺憾いかん・・・。

 ハツリが終了して、弟組は温水器の再設定で難儀を極めて居る。階段下に四器据わって居るので、余裕が無く知恵の文殊を遣って居る。

 左様でゴザンスよ。プロと云えども、我武者羅は駄目でゴザンスわ。文殊の知恵が、明日の四器に活かされまするわね。へへへ。

 その間に、コンクリートガラの始末が漸く付いて、私は社員さんに倣って端の手掘りに取り掛かる。

 あっ、チクショーめ・・・。掘る選択を間違えて仕舞った。排水管が在って、邪魔をしている。伊達に本職さんは、目利きでは無いですがね。

 コンクリートの床に胡坐を掻いての徹頭徹尾の手掘りである。バールで周囲の土を崩しながらのスコップ半分の掘りをチマチマと進めて行くしか<無い非効率・根気掘り>と来たもんだ。

 まぁ、知らぬ顔を決め込んで、馬鹿に徹する事の出来る奥ゆかしさが、私の<隠れた優秀さ>でもある。ニャロメ~!!

 いやはや、完全にグロッキー状態である。まぁ、それでも半数近くの14本を交換したのであるから、馬車馬社長が率いる集団は、凄い物である。私は本日のお役目が完了して、帰宅の段である。弟達は、温水器の床をコンクリート復旧して帰ると言う。

 帰りに、スーパーで精の付く惣材を買って帰る。飯を食って、もう欲も得も無く、其の儘、コタツで一時間強の大鼾であった。

 嗚呼、日焼けで顔がヒリヒリする。腰が痛い、肩の筋肉がパンパン。足がふら付く。まぁ、それでも御約束の半分が完了したのである。明日を遣り遂げれば、普段通りの毎日が日曜日である。へろへろ。


心何処―ショート へへへ、吾身は、妖怪様似で御座りまするがね。
          へへへ、吾が身は、妖怪様似で御座りまするがね。(4/13/14)
 さぁ、頑張って行こうか!! 朝食後は、昨日の続きの廊下床の塗り作業である。廊下の物を庭に出して、掃き掃除をして二度雑巾掛けをする。洗面室、玄関廊下を塗った分、ペンキが終わって仕舞った。半分サイズの物で良かろう。ホームセンターに本日分のペンキと妖怪様の部屋のボロ切れカーテンのおニューをチョイスして来る。

 若い頃は仕事が嫌いだったが、歳を取って来ると<段取り良く一人で黙々と仕事をする母親そっくりに為って来た>ものだと、吾ながら感心するのみである。DNAと母親の姿の刷り込みと云うのは、真に以って『面白い繋がり』だと思う次第である。

       月火と弟の手伝いに行くから、本日は余裕を持たせてスタートを早くした。

 一度塗りして、その乾燥時間に廊下のカーテンを取り替える。2m丈の物を買って来たら、ちょいと長過ぎた。まぁ、それでも色のマッチも好いから、『御んの字』であろう。

 二度目を塗り終えると、流石に気が緩んで疲れがどっと出て来る始末である。庭に出した物を、雑巾で拭きながら廊下に収納する。厄介な半畳ほどの物置代わりのスペースは、次の機会にする心算で在る。少しは遣る事を残して置かなければ、寂しい物である。

    風呂の湯張りをしながら、道産子農耕馬の区切りをすれば、本日の作業は終了である。

 すっかり遅く成って仕舞った金華鳥達の餌吹きと水替え、玄関掃除を風呂の前にする。新オス番いの藁巣は、有精卵ならそろそろ孵化する頃である。底敷きの汚れを掃除する時に、藁巣の中を覗くと、卵が一つだけである。二羽が孵って居るでは無いか。

 冬鳥のバルディナが北帰行の置き土産を置いて行って呉れたものと考える事にして、庭のハコベを入れて遣る。去年は孵化不首尾で、オス達も老齢に為って、一昨日はとうとうあの世に旅立ってしまった。私としてはオスが欲しい処である。

 ズ~と、晴れの予報だったが、曇り空に為って仕舞った。ゴミに弟の会社のコンテナに捨てさせて貰おうと、車に積んで置く。

 いやはや、疲れたが・・・これで、区切りの風呂に浸かれる。疲労には、湯船の中のリラックス・タイムが、一番好い。さて、妖怪様は食が細いから、牛丼屋顔負けのタマネギ、シラタキ満載の豚丼を作って遣ると致そうか。紅生姜をたっぷり乗せて、食欲をそそって遣るのが『タヌキ倅のテクニック』と言う物である。ギャハハ~!!

 味付けには定評のある腕前では在るが、美味い物である。妖怪様は、普段の倍の分量であるが、美味しい美味しいと時間を掛けて完食に漕ぎ付けた。

 本日・日曜日の休息日。何時もなら、夕食後の小一時間の満腹寝が、私の至福の時なのでは在るが・・・ 寝て仕舞うと、疲れが取れて普段の<夜更かしサイクル>に嵌って仕舞う。

 七時半の<ダーウィンがやって来た>を見て、其の儘、寝て終おうと考えて、その間の時間を本日分ブログ打ちに充てる。へへへ。

   遺憾いかん・・・好色ヤクザもどきのロートル四男坊は、益々、妖怪様に似て来ているらしい。


心何処―ショート 慎重に刷毛塗りを始める為り。
               慎重に、刷毛塗りを始める為り。(4/12/14)
 今朝は如何した事やら、バルディナの姿が見えない。庭弄りをして居ると、お隣さんから声が掛る。しゃがみ込んで、生垣の間から話をする。

この何日かの集大成で、色取り取り、多種類の可憐な花壇が出来上がっている。テレビで見る西洋おバァちゃんのガーデニングの雰囲気が在る。お隣さんは一人子の一人娘さんであるから、おばさんの血を引いて居るのだろう。お隣さんでも、2級上の女性であるから、硬派番から体質の私は本の小さい頃、人数集めに縄とびに入って遊んだ位の物である。

 土弄りは心が和むと言うし、庭に訪れる野鳥にも関心が在るから、良く知っている。タヌキの話をすると、ハクビシンの目撃談をして呉れた。それは夜、電線の上を歩いて居る姿で在ったそうで、お隣は何十年も空き家に為って居るし、その一軒先は宗教施設であるから、敷き地は広い。どちらかに其処に住み着いて居るんでは無いかとの推測であった。昨日の縞蛇の冬眠明けの話をすると、孫を連れて河川敷散歩をして居ると、孫にヘビと指差されて大きなアオダイショーが鎌首を持ち上げて居たと言う。

       へへへ、環境の好さは、何も人間達だけの物では無いと言う事である。

 ジョロ散水をした後は、米屋さんに自転車で行き、甘いコーヒーを頂戴して世間話をして、個人スーパーで買い出しをして、料理の一品を教えて貰って来る。

 午後からは廊下の雑巾掛けをして、昨日買って来たペンキで廊下のペンキ塗りを始める。素人であるから、当然に刷毛塗りである。先ず玄関廊下、洗面室を塗って、メインの廊下に行く。水性ペイントであるから、楽である。二度塗りをするから、乾燥を早める意味で全部開け放しで遣る。

    途中、お隣さんが<木の消毒をするから、外の鳥を中に入れて>との御挨拶であった。
             『はい、分かりやした~。』である。
 
 何時もなら、姿を現わすバルディナでは在るが、一切姿も見せずに餌入れのミルワームも手付かずのままである。

 ツバメが何羽もスイスイと滑空する様にして、蝶もモンシロチョウ、タテハチョウが飛び回っている次第でもあるからして、遅ればせながらも、冬の渡り鳥・ジョービタキもシベリア目指して、北帰行に旅立ったのかも知れぬ。

  そう考えると、寂しくも在り、息災にして繁殖後は、元気な姿で晩秋に帰って来るのが愉しみでもある。

 縁側廊下の方は、妖怪様の部屋の分までとして、全体の1/2程度を二度塗りを完了させる。残りは明日にすれば、丁度頃合いの仕事と為る。

    さぁ、妖怪様のトイレ始末を加えて、家庭菜園日課の夕刻のジョロ散水に取り掛かる。

 白カブ、ホーレンソー、シュンギクの芽出しも、順調である。去年物の株分けをしたミツバ、冬越しのホーンソーの成長が著しく、ポット買いの苺は、地味薄い吾が家では、成長は芳しくは無いが、野生種と化した自生苺は、石コロだらけの中で、白い小さな花を咲かせ始めているし、梅は散り始めている。

 未だ未だ山国信州の朝夕は寒いが、桜の満開は一週間ほど先の事との由。月・火とキツイお手伝いをした後は、当分、重労働からは開放されて、春爛漫の中にのんびりモードで、自然観望の日々を送れば良かろう。後、もう一息である。へへへ。


心何処―ショート へへへ、ヘロヘロ為り。
                 へへへ、ヘロヘロ為り。(4/11/14)
 お泊まりのバルディナに二度目のミルワームを入れて遣って居ると、弟の会社の年長さんが土手からの通用口から、ニコニコした顔で下りて来る。

「お早う御座います。何か好い事が在ったかいね。ニコニコ顔してるじゃ無いのさ。」
「うん、だってさ。社長の兄さんの家だもの。雰囲気が好いからね。顔も緩みますよ。」

   私はてっきり、兄弟仕事だとばかり考えて居たのだが、その内、エースさんが遣って来た。

「いや~社長には聞いてましたけど、凄い出来じゃないですか。こりぁ、疲れた筈だ。御立派。どう云う風に遣るんですか、社長、何か言ってませんでした?」と尋ねて来た。

 まぁ、私は素人だから、昨日、話して居た事を伝える。縁の下の鍬、ジョレン等の家庭菜園道具を仕事の邪魔に為らない様に、庭に運び出す。弟は猟銃の講習会があるから、その後、来るとの由である。仕事の手順としては、廊下のサッシ戸の取り外し作業からであるから、私は、庭仕事に回る。

 こう云う機会で無いと、一人作業の重労働は、『及び腰』と為って仕舞う。仕事は別では在るが、作業人数が居ると居ないとでは、全く別問題である。旅は道連れと同様に、仕事も道連れでもある。

       さぁ~、遣ったるかい。縁の下の力持ち、黒子は、何をして貢献すべしや。

 一台はダンプで来て居るから、外壁工事の残材も片付く。作業動線としては、簡単な踏み石階段である。身内は土手に車を止めて、玄関には回らず、土手から踏み石階段を下りて、庭から出入りするのが<吾が家の仕来たり>である。そんな次第で、皆、兄弟は還暦越えであるから、直そうと思って居た次第でも在った。幅を倍に拡げる絶好の機会とする。

 適当な平たい踏み石をチョイスする為に川に下りると、<縞蛇>が葦の根っこに縄状に為って体温上げをしているのを見付けた。結構な大きさである。この辺りのサツキの植栽ベルトの上に乗っかっている縞蛇は、河川敷散歩の折に何度も目撃して居るので、それが冬眠明けで穴から出て来たのだろう。動かないから、見ると何度も車に轢かれているらしく、背骨が曲がって居る。街場暮らしの蛇も、大変には違い無かろう。

 へへへ。まぁ、アオダイショーよりも、粋なシックさであるから、其の儘にして置いて遣るべしである。

 例に依って、川砂、ビリを運び上げて、庭整理をして居ると弟が昼頃、遣って来た。昼飯は面倒臭いので、奢るからと言って、大通りの向かいにあるネパールのカレー屋で食べる事にする。

 Tさんとのコーヒータイムだろうと言うから、飯を食い終わる頃に迎えが来るだろうから、OKと応える。この店は、オール・ネパール人で遣って居るので、テンポが緩やか過ぎて、Tから電話が鳴って仕舞った。遺憾いかん・・・。

「ちょっと待って呉れや。1分で戻るから。」

「Tさん、週に一度の羽根伸ばしタイムだから、ゆっくりコーヒー飲んで来ましょ。俺は、社員が居るから、付き合えないから。」

 スタバに着くと、Tはコーヒーを買って、車の中で飲もうと言う。へへへ、持つべき者は、痛い処にも手の届く心友である。Tは、後輩想いの男子番から高OBの心遣いを見せて呉れた。有り難や有り難やである。

    私はその間に、スーパーで妖怪様の昼食に生寿司と三時の飲み物と苺を買って行く。

 バルディナは、何時もと違った人の多さと音に勝手が違う様子では在るが、私の姿を見ると、餌に在り付けると思って庭の木に止まって、アピールをしている。

  左様で在るか。廊下をバルディナレストランにする訳には行かないから、庭に餌入れを置いて遣る。

 私とTは、暖かい日差しの中で、庭石に腰を下ろして、煙草を吹かしながら工事見学である。胃無し男のTも晴れて謹慎の5年が無事終了して、来年は私共々、強制連行との事である。弟から、ボラカイの近くに在る海の綺麗な一級リゾート地があって、其処は島に一棟のホテルが在って、宿泊代が目が飛び出るほど高いらしい。飛行機で近くまで行って、『日帰り』で充分楽しめるから、今回は、先遣隊で情報を仕入れて来るとの事である。

 前回のボラカイ・バカンスは、奥さんの母親が脳溢血で倒れて、ボラカイ・バカンスをドタキャンせざるを得なかったTである。来年に向けて、錆付いた『別頭』を追々鍛え上げて行くそうである。

   仕事の邪魔は申し訳ないからと、Tは帰って行った。へへ、★★生らしい、心遣いである。

 さぁ~てと、私も道産子農耕馬にシフト替えして、今日中に外回りをして置くと致そうか。弟が不足材料、道具を買いに行くと言うので、財布代わりの私も同行してホームセンターに行く。

 明日の私の仕事は、廊下のペンキ塗りとの事。月火と恩返しで、ハツリと手掘りの応援に行かなければ為らないから、兄貴としては遣り終えねば為らない。工事が完了して、明日のペンキ塗りの説明を承って、掃除と踏み付けられてグラ付いた個所の手直しに取り掛かる。陽が長く成った物である。遠にオーバーワッークの態では在ったが、何事も遣り序でであるから、残して置いた一か所を庭から適当な石を掘り起こして来て、縁側花壇を完成させる。

 嗚呼、後、ひぃ~こら、ひぃ~と4杯を運び上げねば為らない。如何にか遣り終えて、さぁ~、晩飯の支度に取り掛からねば為らない。平静に戻った庭の松の小枝には、何時も通りの落ち着いたバルディナが、夕食に廊下レストランの開きを待って居る。

「ご苦労様、朝御飯も食べずに、良く遣った。お茶が入って居るよ。支度はゆっくりで好いからね。」
「トイレの始末をするか。」
「ありがとうございます。遣っといたから良いよ。」
「そうかい。遠慮は不要だぜ。」
 
 いやはや、本日は目一杯働いた物である。流石にバテて、お茶を立て続けに二杯入れて貰い、20分程休憩した後に、在り合わせの粗食夕飯とした次第である。ヘロヘロ為り。


心何処―ショート 何事も、気は心の映しである。
                  何事も、気は心の映しである。(4/10/14)
 今日は、硬い話を打とうと思っていたのだが、朝飯前のウォーミングアップで、昨日の焚火跡からスコップで草木灰を家庭菜園に撒いて居ると、車が止まって弟が、電話の品々を玄関に運んで居る。

 沢庵漬けでお茶を飲んで、弟は妖怪様に法事の報告である。仕事も一段落して、明日、造作に来るとの事である。月火と不凍栓の交換工事が在る由。厄介な手掘りであるから、<恩返し>に手伝う事にする。さっぱりと整理の付いた周辺を見て、『こりぁ、大変な重労働だっただろう』と感心する。

 本日は、お天気が下り坂との事で、バルディナが庭から動かない。家の中に入りたい様な素振りで在る。二回目のミルワームを入れて、廊下を開けて遣ると、スイッと入って来る。弟は、物珍しそうに見て居る。二人で廊下に居ると、照れた様子で、私の部屋の廊下で、こっちを見て居る。その内、餌に釣られて餌入れに遣って来て、ミルワームを啄み始めた。

「ほぉ~、大したもんだわ。好い家を見付けたもんだ。以心伝心の光景だぜや。」
 
「角の家だから、突っ込まれて車に疵を付けられるよりも、車を下げた方が良い。四畳半横の駐車スペースを嵩上げすれば、車が奥に入る。」とのアドバイスを貰う。頭が回らなかったが、それをすれば庭の石ガラに始末が付く。沢庵とお茶で、腹が膨れて仕舞ったから、早速、作業に取り掛かる。

 指摘を受けないと、そんな事など一切思い浮ばなかったのだが、為るほど、<一石二鳥>である。石ガラをバケツで何杯も運びクタクタに為って仕舞ったが、遣り掛けた作業は最後までの喩えで在る。風情を出す為に、川原からビリ(小砂利)を掬って来て、石ガラの抑えとする。

 いやはや、2時である。今日は、辛口の社会戯評を打とうと思っていたのだが、とんだ肉体労働と為って仕舞った。汚れ落としに風呂に入る。風呂を妖怪様に譲って、洗濯機を回して居ると、倅が遣って来た。

 倅も仕事が一段落して時間が浮いたから、顔出しに来たとの由。倅夫婦は、毎日、私のブログを読んで居るから、親父の道産子農耕馬振りを家に上がる前に、見て来たと言う。

 妖怪様に声を掛けると、妖怪様はヨロヨロと嬉しそうな顔で出て来た。倅は妖怪様の百薬の長である。息継ぎもたどたどしく、もうもう、饒舌この上ない三代に渡る漫才話と為って仕舞った。
 
 妖怪様曰く。
 お父さんは短気者で、下手な事を言えば怒られるから、黙って小さく為って居る。耳も遠く成ったし、頭がボーとして、口も回らない。そこいら中が痛くて、夜もろくろく眠れ無い。手も曲がって仕舞ったし、足もふらついて、トイレのバケツも引っ繰り返しそうで、そんな粗相をしたら、お父さんに悪いと思って・・・ 

★糞婆っさが、得意の愚痴、告げ口をおっ始め遣がってからに、目に入れても痛く無い孫の顔出しであるからして、さぁ、そう簡単にはお終いに為らんぞや。

「婆ちゃん、良く言うよ。そんだけ喋れれば、立派なもんだわ。汚物を引っ繰り返すより、素直に親父に言えば、遣って呉れるよ。親子、家族なんだもの、気にしたってしょうが無いじゃん。
 俺なんか、此処では余り怒らないけど、家だとスパルタで、ピンピンひっ叩いて居るよ。俺と比べたら、親父なんか自由放任で、泳がせるだけ泳がせて置いて、怒る時はグウの音も出無い程、遣られてたわね。
 親父はタヌキでさ、<遣り方が汚ねぇ>もの。自由放任は、自分で分を弁えなくちゃ行けないし、顔色を窺がわなくちゃ為らないから、大変だったんだぜ。アハハ~ハ。でもねぇ、好い教育だったって感謝してるよ。親父は、ケジメさえ付ければ優しいよ。絶えず、見て居て呉れたからね。」

「そうだぞ。勉強が出来るからって、オブカタ女史見たいにさ、優等生面して可愛げを演出しても、とどの詰まりが<私は悪く無い>じゃ、話に為らんだろう。30-19=11年、大学生・院生・研究者遣ってる博士さんと来たら、<善意じゃ通らん>だろう。悪意と云うのは、知って居て遣る事だし、専門家の知らなかったは法律的に云えば、重過失の範疇で、それは『故意と同義』なんだぜや。不勉強、錯覚、手違いじゃ済まされ無いのさ。専門家には、一般人の何倍もの職業的倫理感・道義感・責任負担が付き物なのだぜや。よもや、それを知らなかったなんて事は、許される事じゃ無かんべや。

        学問的反論会見の場が、情緒的会見の場じゃ、論評に値せずって事ですがな。

 可愛い、頭が好い、若いのに凄い才能だ。出来る女だと、小さい頃から、チヤホヤされているだけで来たもんだから、専門家としての『研究・実験の作法』すら身に付けて居ない。

 女だから、可愛いから、勉強が出来るからと、買い被られ、見掛けた倒し位だったら、まだ可愛いが、心情的善意だけの記者会見と来た日にぁ、まごまごして居ると『飛んだ食わせ者』なんて事にも為っちまうんだぜ。善意を余りに吹聴して仕舞うと、後から偽善者のレッテルを貼られて仕舞うって事にも為らぁね。

 昔、鈴木善幸さんなんて、総理を務めた政治家さんが居たんだけどさ。先生、限りなく黒に近い疑惑に就いて、<善意の第三者として保管して居たんだ>と大見えを切ったんだけどさ。『嘘は、常識的にばれる』って云うのが、世間の通り相場でさ。

 あれだ、嘘って云う奴は、所詮、人為的な産物だから、現実と云うか事実を自分勝手に加工して居るから、現実としての行動フィルムが、脳味噌に再現出来ないって寸法に為って来て、コロコロと違ったフィルムが言葉に為っちゃう。

 要するに事実を映すフィルムだったら、何度<脳内映写機>を回しても、同じ絵が再現出来るんだけどさ。処が、加工フィルムだと、その都度、変わった絵に為っちゃう。嘘を突くのにも、ちゃんと<嘘記録>をして綿密に置かないと、辻褄合わせが、困難に為って来るって事さね。

 その為にも、『記録に勝る記憶無し』って云うのが、人間の知恵って奴だろう。政治家のスッ惚け手法ならいざ知らず、実証が命の科学者が、ナンチュ<膜主義思考>を為されるか、こりぁ、現代の心の問題と云うしか在るまいよ。あい~。

 猪瀬都知事に、渡辺代表も、皆、加工フィルムにボロが出て来ちゃうんだから、如何に、嘘を突き通す事は『至難の業』かって事さね。俺ぁ、馬鹿だから、そんな面倒な加工をする能力が無いから、<気取らず、馬鹿正直が一番の結論に到達>するんだけどな。ギャハハ。

 俺も、お前も馬鹿だから、<背伸びをしたら命取り>だぜ。解ってるな~。解って無いと、スイカ頭にゲンコツだぞ。あい~。」

「いや~、久し振りに親父の時事放談を『親父節』で聞いたわ。スイスイと暗算で出て来る処が、親父の真骨頂だ~。笑いこけても、何か、胸に残るんだから、恐れ入っちゃいますわ。隔世遺伝で、倅に遺伝させて遣らないと、罰が当たるわね。アハハハ。

 婆ちゃん、毎日、こんな面白い話聞けて、頭がモウロクなんかしないから、大丈夫だよ。さて、そろそろ、会社に帰るわ。」

「そうか、おいちゃんからの施し物だけど、持って行けや。」

      弟から頂戴した明太子、クッキー、紅生姜、生ハムをお裾分けして持たせる。

 まぁ、吾が家系は口は悪いが、<真っ当な情が通う血筋>であろうか。何事も、『気は心の映し』である。ギャハハ~!!

心何処―ショート 反論会見には程遠い、科学者女史様なり。
             反論会見には程遠い、科学者女史様なり。(4/9/14)
 クワッ、クワッの声で目覚める。障子のガラス戸越しに外を見遣れば、柊(ひいらぎ)の小枝にバルディナが止まって、私を見て居る。時計を見れば六時半である。

                   やれやれ、お早い催促で・・・。

 ミルワームを入れて、布団の中へ。花粉症と喘息の季節であるから、クシャミと咳込みに往生して仕舞う。ウトウトとしただけで、今度は妖怪様の動きである。こんな時は庭に出て、頭の朦朧感を振り払うしか無い。家周りをして、騒々しいまでのシジューカラの声と動きである。春が来たと云っても、これは大変な騒ぎである。

 何処かと見れば、お向かいさんの桜の木でシジューカラが、口に巣材を咥えてピィピィと忙しく鳴いている姿である。毎年、巣立ち時に為ると、6~7匹の巣立ち子達が、庭に遣って来る。絶対に近くで営巣していると思って、それなりに観察して居るのだが、一向に何処のお宅の庭で営巣して居る物やらと、考えて居た次第である。

 さて、口一杯に巣材を咥えたシジュウカラは、何処に飛ぶのやらと見て居ると、驚く事に、其の儘、幹をササッと下がって、切り枝の洞の中に消えて行った。<灯台下暗し、早起きは三文の得>とは、正に、この事である。

 おばさんの処は、寄る歳波の一人暮らしで足腰が不自由に為って、好きだった庭の手入れも出来ない。そんな次第で、野鳥には格好の環境なのだろう。その桜の木には一昨年は、カワラヒワが巣を作った。去年は吾が家の土手の角に自生するトゲトゲの木の中に、カワラヒワが巣を作った次第でもある。

 少子化にして、子育ての終わった高齢者世帯が暮らす町会は、至る所で野鳥と人間が、重複して暮らして居るのだろう。タヌキ、ハクビシン、蛇、ネズミとの重複は願い下げではあるが、好い光景には違い無い。

 朝食後は、明日は雨との事であるから、未だ未だ生木の域では在るが、焚火をして整理して置くと致そうか。

 一時は煙モウモウで、消防車の出動沙汰に為っては、頭が上がらない。焚火を断念し様と思ったが、火の手が上がると火勢に押されて煙が下火と為って、一安心の態で在った。

              いやはや、冷や汗ものであった。遺憾いかん・・・。

 焚火の番をしながら、風呂の残りをジョロ散水したり、風呂洗いをしながら、外での時間遣りをする。

   午後一時から、オブカタ女史の会見と云うから、それを見て、釣り試しをすれば良かろう。

 昼は軽くパン食として、会見を見る。科学的反論が出るかなと思ったが、科学的論証が期待出来ない次第であったから、ラジオを持ってミルワームを餌に釣り糸を垂れて見る。

 一度、白い魚体が餌を追って来ただけで、ハヤすらも喰らい付いて来ない。町内の下の橋の下では、S大新入生新学期恒例の<女鳥羽川の生態調べ>に、学生12、教授1の野外授業が行われている。学生達は、男女ともに川に入って、水中生物を採取して居る。受験勉強が終わって、晴れて大学一年生。当然、他県の都会子、街場の今時の若者達である。

 松本城の桜も開花宣言をしたばかりで、春遅い信州は白雪を載せたアルプスの大パノラマをバックに雲一つ無い青空に、梅の満開期である。大学キャンパスの近くを流れる小さな清流に、色んな水中生物、魚達が生きて居る事に、学生達は興味深々の様子が、遠目からも伝わって来る光景である。

 春爛漫が、山国信州にも足早に遣って来る季節である。S橋の下は、これからは学生達の焼き肉のシーズンを迎える。

     一向に当たりの無い時間潰しでは在るが、日光浴の気分であるから、退屈では無い。

 何処で如何見て居るのか、バルディナが姿を見せる。さてさて、火の様子を見て来ると致そうか。厄介な桑の木で在ったが、適当に鋸で切って置いたから、夕方に成れば綺麗さっぱりと灰に為って呉れるだろう。灰は、余す事無く、家庭菜園に草木灰として散布するから、<成仏>して呉れや。へへへ。

  日光浴タップリの玄関鳥、アザレアを取り込みに行くと、バルディナが楓の小枝に止まっている。

    左様で在るか、今日もお付き合いアリガトさんよ。餌を入れて遣るから、待って居れや。

 本日、漸くの四畳半定位置でのコーヒータイムをして居ると、弟からの電話である。商売を止めた知り合いから、ファンヒーター、炊飯器、冷蔵庫が出たから、貰って呉れ無いか?との事である。ファンヒーターと炊飯器を引き取る事にする。適当な古材がゲット出来たから、暇を見て直しに来て呉れるそうである。

 へへ、家周りを綺麗にして置いて、兄として恥を掻かないで済む。妖怪様も、末っ子の顔が見れて喜ぶ事だろう。年度末工事も一段落しての社員旅行&無尽旅行で、蛍のケツでセブ島に行くと言って居た。セブには懇意にしているジェニスと云うスキューバーダイブの顔役も居るからして、新しい観光スポットを、下見方々行って来るそうである。来年は、有無を言わせずに、私とTを連行するそうである。


心何処―ショート 継続は、実績を残す為り。
                 継続は、実績を残す為り。(4/8/14)
      外に居ると、ゴミ出しに来たお向かいさんのおばさんに、家周り整理を褒められる。

 立ち話をしていると、ヤクルトママの手の振りである。出勤を早めて11時には家に帰って、子供と遊ぶのだと言う。好い心掛けである。

 さてさて、本日は川の水も退いて来たから、川砂運びで懸案事項を一挙に片付けて、明日は家の前で、釣り遊びをする予定である。

 朝食後は、長靴、軍手で脚立を持って砂取のセッティングをして、道産子農耕馬に徹する。陽気が好いから、直ぐに汗である。シャツを脱いで、場所に応じて川土、小砂利と掬い分けて、ひたすらヒィ~コラ運びである。

 ふぅふぅ、砂上げ、砂運びをして居ると、ガス屋さんの集金である。好いお天気であるから、家庭菜園に面した二畳小部屋の西のコンクリートに腰を掛けて、男談議の花を咲かせる。

 先月の貸し出しは、<バルディナ考>であったから、髭のブロンソンさんは庭に回って、バルディナのネグラ、縁の下を見たり、庭の木々を見たりして、バルディナ考の舞台を納得する様に眺め、頷いて居る。

「本当に、環境に恵まれて居るじゃないですか。俺も、こう云ったロートル生活を送りたいもんですわ。この川原の石を積み上げた石垣が何んとも言われ無い味が在って、自然と同化してるもの。これだから、冬の渡り鳥も安心して過ごせるんでしょうな。」

「デコボコで不細工な石積みだけど、素人作には素人の不揃いの雰囲気が、味を醸し出すって事だしね。言って見りぁ、土付きジャガイモの風情が、<うさぎ追いし、彼の山。小鮒釣りし彼の川>って郷愁感をそそる、タイムカプセル・スポットずらい。」

「流石に、Rさんだ。ほっとすると同時に、ほんわかする空気が在る。鳥もピィーピィー鳴いてるし、蝶も飛んでる。梅が咲いて、花見が出来る。
 何時も、借りて行って感心して読んでるんだけど、この人にして、この環境。この環境にして、この人在りって感じですよ。
 出来の良さは、パッと見ただけ、言葉を交わしただけで分かるんだけど、博学で観察眼が行き届いていて、感性が鋭くて深いですわ。
 実物はゆったりしてて、話術は巧みだし、大したもんだわ。俺もRさんも、都会じゃ生きられないタイプだしね。」

「ああ、そう云う事だね。給料は好いけど、都会はせせこまし過ぎる。長い人生だいね。現役引退後が、人生で一番好い時だと思うし、自然を間近に置いて、日々、人力で暮らす方が、人間はストレスが小さいと思うんだがね。
 銭が無ければ無いで、工夫をして手作りして遣って行けば、人間は生きられるしね。現役時代は、時間とゆとりが無いから、分業社会の敷かれたレールを走るだけだったけど、毎日が日曜日と為れば、何でもこなさなければ為らない<総合職>見たいなもんさね。
 上手い、下手はしょうが無いけど・・・人間って奴は、何かをして行かなければ生きて行けない動物だしね。体力と相談しながら、ボチボチ積み重ねて行けば、一日は、何無く過ぎて行くしね。へへへ。」

「そうそう、俺もそう思いますわ。田舎での晴耕雨読の生活は、或る意味、贅沢ですわ。人間、歳を取れば、欲しい物が在る訳でもないし、新陳代謝も衰えて来るから、草食粗食に向かうしね。齷齪(あくせく)するよりも、心穏やかに四季の訪れの中で、風情に遊ぶのが、人間として真っ当な生き方なんでしょうね。やぁやぁ、今日も好い雰囲気を頂戴して、好い時間を貰いましたわ。」

 さぁ~てと、確り休憩を貰ったから、道産子農耕馬にシフト転換致しましょうかね。殆ど毎日続けて居ると、知らず知らずの内に体力が付いて来るのだろう。時々、クワッ、クワッとバルディナが見学に来て、本日の作業も完了した。

 へへへ、髭のブロンソンさんの言葉では無いが、継続は力なりで、継続は明確な実績を残すの証左である。肉体労働をすると、流石に疲れるからそれなりの早寝早起きの習慣が付く。同じ24Hのサイクルの中で暮らしているからして、益々、テレビにお付き合いする時間が無くなって来るから、それもまたストレスが溜まらない好い方向と云う物でも在る。ギャハハ~!!

心何処―ショート サマータイム進行中為り。
                  サマータイム進行中為り。(4/7/14)
 今日も働いた。仕事は、遣れば遣っただけさっぱりして来る。根が単細胞であるから、疲れるが癖に為って居るのである。お隣さんは、庭弄りは専ら奥さんの仕事である。生垣の間から声を掛ける。

「Mちゃん、良く遣るね~。」
「Rちゃんに触発されて、私も癖に為ってる。身体を動かすのは、健康に良いからね。一石二鳥だもの。それにしても、馬力があるから、ドンドン綺麗に為って行くじゃん。体格も好いし、スポーツマンだったから体力と根性が違うものね。感心しちゃう。」

 Mちゃんは、市販の土を何種類か買って来て、肥料を加えて囲いの中で混合して居る。一輪車押しをして、いやはや、一人娘と云えども本格的である。

 先日の法要懇親会では無いが、田舎暮らしは老後には持って来いの身体運動と精神保養と為る。お互いロートルとも為れば、土と交わり、花、植え木、野菜と接するのは、日々の和みの時間とも為る。

      へへ、一人娘にぁ、負けちゃ居られませんがね。さぁ、遣るべぇ、遣るべぇ。

 昨夜お泊まりをして行ったバルディナが、クワックワッと柿の小枝で、尾羽を振るわせて、私のする事を見学して居る。

 野鳥の冬鳥・雌ジョービタキであっても、御挨拶を忘れないのであるから、下手な人間以上の礼儀を弁えて居ると云う物である。アハハ。

 期待して居た廊下の番は、今回もまた無精卵であった。そんな次第で、軒下に吊るして春の空気を思う存分吸わせて居る。玄関の新雄番いの方は、抱卵を真面目に続けて居るから、若しかしたら孵化に漕ぎ付けるかも知れない。私としては、雄二羽が老齢期で見る陰も薄く成って来て居るので、世代交代の必要を感じて居るのだが・・・。

 私とて還暦半ばのロートルであるから、草臥れ疲労の段では在るが、もう一息である。本日分の作業を終了させた後は、妖怪様の廊下のシクラメン、アザレアの萎れた花を摘除して、たっぷりのジョロ散水をして、庭の苺、家庭菜園、牡丹、シャクナゲに、ジョロ散水をして回る作業がある。

 無風にして暑い位の陽気に、本日は日中の殆どの時間を外作業で過ごした。さてさて、家に入るべしである。この頃は、夕食には余り遣って来ないバルディナでは在るが、ミルワームは充分にあるから<入れて置いて遣る>と致そう。

 妖怪様は体調が良いらしく、歳を取っても美人さんは美人さんである。妖怪様に日本茶を二杯所望して、ひょいと廊下を見ると、バルディナが私の八畳の方へ廊下を飛んで行く。餌を食べようとして、私の姿を見て中断して仕舞ったのだろうか。餌入れを見ると、全部食べて居る。

       もっと、欲しいの意思表示か? よもや、お泊まりでは在るまいに・・・。

 こんな関係に為って仕舞った私と冬鳥では在るが、何処で見て居るのか、良く餌のタイミングが判る物である。野性の小鳥の知能は、人間が想像する以上に高いのだろう。

 適度な労働は早寝早起きに通じ、私の体内時計もサマータイムに変わりつつある。さてさて、冬鳥のバルディナとても、体内時計はサマータイムを進行中だと思うのだが、此処まで関係が深く為ると、第一級の北帰行の観察結果が得られるかも知れぬ。オブカタ女史とは違って、私の観察日記は半年で相当な分量と為って居ると思うのだが。ギャハハ~!!


心何処―ショート 亡兄達に、墓参りの段為り。
                  亡兄達に、墓回りの段為り。(4/6/14)
 目覚ましが鳴った。寝床の中で一服を点ける。昨夜は風呂から上がって、衣類などの用意して居る間に湯冷めがして仕舞って、風邪薬を飲んで目覚ましを掛けて寝た次第である。時間は十分にあるから、ゆっくりで良かろう。玄関鳥達に二日分の餌を入れて、時計を見ながら、車にエンジンを掛ける。途中まで来て、携帯電話を忘れて仕舞った事に気付いて、引き返す。

 集合時間の5時には、ちょいとスピードアップして行か無ければ為らない。弟の会社に行くと、車にはエンジンが掛って居る。

「如何した? 何時も早いのに遅いから電話しようとして居たら、来たわ。」
「おぅ、携帯を忘れたんで、一応、取りに行って来たんだわ。」
「そうかい、Rちゃにしては、珍しい事だわ。さぁ~、行くかいね。」

 5時スタートの男兄弟3人のスタートである。世事放談で男話は尽きる事無く、何無く談合坂PAでのトイレ兼朝飯と相為った。東京を抜けて、千葉県に入る。桜の満開は過ぎたと云うが、山国信州から見れば、桜満開の風情である。

  9時には法事供養場所に到着する。2時間も在るから、着替え前に墓にお参りする事にした。

 スイスイと広い霊園を墓に歩いた心算が、探す事が出来ない。人間の記憶など、真に以って好い加減な物である。3人等間隔で拡がって探すが、見当たらない。しゃー無い。私は霊園事務所で聞いて来る。書いて呉れたメモを持って歩いて行くと、分かったとの手の振り様で在った。

 そんな事で大笑いをして、私と弟は着替えをする。着替えが済んで外で煙草を吸って居ると、何時も早い2番目さんの夫婦が見えた。相性の良い旦那さんであるから、もうお坊さんの到着での御挨拶で、近況報告方々の談笑と相為った。遣る事が無いから、ブログ挑戦をするのだが、如何も上手く行かないとの由である。

 長兄の長男が遣って来た。大手銀行の上海支店の次長で、目下単身赴任の5年目との事である。昨日、帰って来たと言う。赴任当時と違って、現在は敬遠され放しの中国との事で、中々帰って来れないとの事である。

 家は男兄弟5人、向こうは女姉妹6人の家系である。皆、60,70代とも為ると、男同士の方が、話は盛り上がると云う物である。

 あっという間に法事、法事懇親会と進み、お時間との事であったが、もう1~2時間も欲しい雰囲気であった。用事があると言う次兄を最寄りの駅まで乗せて、私と弟は仲の良かった三兄の墓参りに埼玉に向かう。

 田舎生活にどっぷりと浸かって、妖怪様のDNAを生き方の見本としている二人にとっては、真面目に考えれば、眉間に皺、こめかみに青筋にも為るが、通じぬ相手には<あっ、そう>で、通過儀礼をするのが、感情の知恵と云う物である。困った物である。さぞかし亡兄二人も、諦め笑いをして居る事だろう。へへへと来たもんだ。

  車にはナビがあるが、肝心要の電話・住所が中途半端なので、ブッツケ本番の目的地行である。

 まぁ、気の合った兄弟にして、同根の性質である。目的地は、お寺さんに付随する墓所で在る。記憶を頼りにああだ、こうだの記憶繋ぎのドライブである。三野市に入る。

 さぁ~てと、線から点探しの段である。お寺さんの近くに独協高校なんて学校があったから、それを目印に探せば良かろうと言う事に成った。コンビニがあったから、私が電話帳を貸してくれと言って、『独協』を言うと、反応があったから近いと思った。

 お寺が見付かったので、別のコンビニで、手向ける日本酒のパックとウィスキーのミニボトルを買う。さてさて、線香はお寺に在るとして、花は如何すべぇや。地理不案内に就き、探すのも面倒である。男兄弟の誼で、勘弁させて貰うしかない。へへへ。

              お寺に行くと、花も置いてあったので良かった。

 墓を綺麗にしてパックの日本酒を掛けて遣り、ミニボトルの角瓶を備えて遣る。弟は煙草に火を点けて、線香の横に手向けて、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏で合掌である。

 さぁ、これで兄貴達の墓参りも済んだ。二日を予定していたのだが、すんなり事が運んで、帰る事と為った。気は心では無いが、気の無い者達とは、事務的にお付き合いをするのが、平常心を保つコツでも在る。へへへ。

 帰路は反対回りで帰ると言う。前橋に面白い店があるから、買い出しをして行こうとの由。買い貯め専用店であるから、米流ショッピングショップである。いやはや、凄い繁盛振りである。フィリピン、ブラジル、白人などが、良く目に付く。大型ゴーカートに満載の買い物客で溢れ返っている。海外旅行でも、弟はこんな店が好きで、良く連れて行かれた物である。

 会社の経営も、大分廻り始めて来たのだろう。ボンボン買って行く。小所帯で食べ切れないほどの分量では在るが、二人で半分子しようと、次から次と入れて行く。まぁ、宿泊代・飲食代が不要なったのであるから、それも良かろう。

 通りの向かいにカインズホームが在ったから、丁度良い。バルディナのミルワームを買って行く事にする。4個買う。

 法事の席でも言われたが、4男坊、5男坊はツーと云えばカーで、羨ましい程に仲の良い兄弟に見えるらしい。いやはや、それにしても大量買いをして仕舞った物である。

 晩飯は、PAの在り来たり物は、嫌だから下に下りて食堂で食べ様と言う事に為った。いざ下りると、中々、食堂が無い物である。漸く見付けてUターンをして入る。

 おやおや、これは地元民で凄い入りである。如何やら、うどんが店自慢らしい。カツ丼、肉うどん、モツ煮を頼む。結構、好い味の大衆食堂である。年に数度の外食であるから、喰意地が張って頼んで見た物の、カツ丼を食べただけで、日頃の小食胃袋が膨れて仕舞った。うどんを少々食べて、後は現役の弟に食べて貰う羽目に為って仕舞った。

『奢って呉れるかい』と言うから、<お安い御用だ>と応えて、帰路に立つ。久し振りに、膨満感で、二人して<喰った、喰った。ああ、美味かった。>の笑いであった。

        会社で分けて、金を払おうとしたら、『不要』と言う。<馬鹿野郎が。> 

 日頃のオンブにダッコの詫びに、弟は私を誘って食品を『プレゼント』したかったと云う事であろう。アハハ。

         流石に疲れて、車から下ろすだけ下ろして、布団の中へであった。

 本日は、パッと目が覚めた。良く寝た。何時もの朝を始める。ミルワームを奮発して遣る。朝食後は法事の報告を妖怪様にして、車に座り通しで鬱血した血流を解す為に、ちょいと続き作業をする。何と何んと、白い物がチラ付いて来た。おお、寒~い。

 家に入って、ワイシャツ、下着、靴下の洗濯をして置く。何事も<一連の流れ>でして置かないと、男ヤモメと云う物は、時間が立つと億劫に為って仕舞うばかりである。

    これは還暦半ばにして、漸く見に付けつつある生活の知恵の一環でもある。とほほ。

 バルディナは本日2回目の餌食べに遣って来て居る。本日、冬の寒さであるから、戸を締める。洗濯物を干して居ると、外へ帰りたいらしく、盛んにサッシにホバーリングを繰り返して居る。

              よっしゃ、よっしゃ。ほい、外へ帰れ~。


心何処―ショート 時間は、有効に使わなければ為らない。
             時間は、有効に使わ無ければ為らない。(4/4/14)
 いやはや、ぎりぎりセーフの段である。土日と法事の為に上京するので、名残惜しやの土手周りの作業をしたり、野暮ったい角の自生桑の始末をしょうとしたら、石積み部分を取り除いて、ノコを入れ無くては為らない羽目に陥って仕舞った。どうせ遣らなければ為らない事であるから、遣るしか無い。

 本日金曜日で、スタバトークで愉しんで来たから、ペースを上げねば為らなく為って仕舞った。明日は4時起きである。

 自分で言うのも何では在るが、私は相当な男なのであろう。ケツを決められて仕舞うと、俄然ファイティング・スピリットに火が付くタイプである。

  何のこれしき、逃げたら男が廃る。男たる者、文武両道が男道じゃい。遣って遣ろうじゃ無いのさ。

 雨で中断を余儀なくされて、馬力を上げて6時半まで、頑張って仕舞った。石積みに適した石が無ければ、川原からチョイスして運び上げる。土の半分以上は、石である。ニャロメ~!! では在るが、其処はロートルのA型人間であるから、人間ロボットにモード転換さえすれば、単純作業の根気仕事も馴れた物である。

     男は忍の一文字を噛み締めて、唯、目前の課業をこなすだけである。とほほ・・・。

 土手周りの厄介な雑草を根こそぎ退治して、道路の汚れを竹箒で掃いて・・・やれやれの段である。それでも、見違えるほどスッキリした。放って置けば、雑草が生い茂るだけの高校生達のゴミ捨てポイントと為って仕舞う。整理をして、花などを咲かせて置けば空き缶、ペットボトルの投げ入れも何割かは防げるし、散歩者の目の保養にも為ろうと云う物である。

        へへへ、是も自衛策にして、広義のボランティア活動の一環でもある。

 本日は、カラスか猫の仕業でゴミが家庭菜園場所、道に散らばって居たのでそれを拾い集めて、収集場所に置いて居ると、お隣さんが気に為って拾いに来たとの事である。

「悪いじゃん。気に為って拾いに来たんだけど。ありがとうね。」
「へへ、気付いた者が、黙って遣るのが、俺のモットーでね。中々、口達者な連中は多いんだけど、黒子に徹する事が出来る優秀な人間は、世の中、少ないからね。」
「うんうん、Rちゃんは、出来が好いからね。大したもんだわ。私もRちゃんに触発されて、もう、毎日、庭仕事してるんだよ。」
「俺より2歳年上だぜ。ボチボチ遣りましょ。俺の真似したら、伸びちゃうよ。俺は根性と筋トレの意味も在るからね。」

 さて、Tとのスタバトークで、凄い話を聞いた。T曰く、大学卒業して教員辞令を受け取って、入学式の通勤時におネェチャンのオッパイ触って、その場で痴漢逮捕のニュースであった。

 T曰く。
「教師滞在時間二日の狂師ってんだから、何を遣っとんじゃい。漫画の世界以下だぜや。小学校校長が、医療費二万五千円の不正受給して、解職ってんだから、教育者のモラルも屁った呉れも無ぇわな。
 モラル・ハザードなんて横文字を直ぐ使いたがる癖して、日本人なら当たり前の道徳教育の正課入りにぁ、訳の解らない屁理屈付けて、馬っ鹿じゃ無ぇの。
 中狂・韓国じゃ、<愛国無罪>に、賄賂天国でさ<有銭無罪>なんて民度の低さだ。俺もRも、日本人に誇りを持って生きて来たんだけどさ、教師、警察官の痴漢話、変態話に加えて、学者女史がデーターの改竄に捏造と来た日にぁ、完全に日本の屋台骨が白アリに喰われちゃってるって事ずらいな。

      処で、昨日は偉い高度な設問をしてたけど、読者さんから回答は在ったかい? 」

「そんな物ぁ来ねぇせ。何しろロートル好色ヤクザもどきコンビの烙印押されちゃってるぜ、端から相手にはされて無ぇよ。へへ、困ったもんさね。道徳教育序でに、唐獅子牡丹の合唱もお願いしたいもんだぜや。おっ、また降って来たな。」

「今日は、降ったり止んだりの繰り返しだろうな。晴れたもんだから、洗濯物外に干したら、雨が降って来てさ、慌てて取り込んで来たんだけどさ。」

 家を留守にするから、妖怪様に負担の掛らない物を買って帰る。さてさて、時間は有効に使わ無ければ為らない。

心何処―ショート 本日も、適度な肉体労働をした為り。
              本日も、適度な肉体労働をした為り。(4/3/14)
 雨を期待して居たのだが、お天道さんのお起こしである。陽気が好く成って、些かの早や起きと早寝である。廊下の餌は残っているから、夕刻には来なかったと云う事である。

 風呂洗いの前に、残りでジョロ散水でもして置くと致そう。家庭菜園が始まると、これが日課の好い運動に為る。ジョロ散水をして居ると、庭にバルディナの声である。

 然も在りなむ。朝飯が少なかったらしい。5~6匹入れて遣ると、スイッと廊下に入って来た。全部食べるのかなと思ったが、2匹呑み込むと、私の八畳の方に飛んで行った。廊下では、再度の抱卵中であるから、念の為に戸は締めて置く。

 水遣りを終えて、湯船を洗い、湯溜めをして置く。朝の掃き掃除、鳥の世話をしながら、朝賄いをする。好いお天気さんだから、家の中にも居れない。

 ほれほれ、外でたらふく食って来い。戸を開けて遣ると、廊下を往復した後に、外へ飛んで行った。

 本日は土手の厄介な雑草を、根っこから掘り起こす作業をする。是ぞ、雑草の土根性の象徴見たいな代物である。軟な性格だと、鎌で刈るのであるが、私は縄文人にして農耕馬のタイプである。

 重い腰さえ上げれば、徹底的に遣るのが私の流儀である。歳であるから、ギックリ腰は禁物である。体裁、汚れは二の次である。どっかりと地面に胡坐を掻いて、周りの石を取り除いて、手鍬をガツンガツンと突き刺して、雑草を鷲掴みにしながら、密集してしがみ付いて居る剛根を断ち切る要領で、徐々に引き抜いて行く方法である。

 この野郎、未だ抵抗するか、おのれ、雑草なんぞに負けて居られるか。未だか、こうか。その気に為ったが、百年目ぞい。これでもか、これでもか。ザマァ、見遣がれ、最後に勝つのは、人間様ぞい。

 嗚呼、腰痛~い。引き抜いた剛の物は、石に叩き付けて、抱え込んだ土を払い落して、根を上にして『陽刑』に処するのである。お次は、お前ぞい。観念し遣がれ。へへ、歳を取ったら、根気が俺様の武器じゃがね。

 如何だ、俺様が本気を出すと、根絶やしじゃがね。疲れるし、正直、腰は痛いが、是も吾が腕力の確認作業の一つでもある。安易に避けては、雑草にして遣られるだけである。根絶やしにしても、3年もすれば、剛の物として地面占拠のし放題を遣らかす。全く反省も、分相応の控え目すらない。先天的性悪、性質の悪さなのである。馬鹿垂れが!!

 ウンザリで、めげて、戦意喪失すれば、相手の為すがままである。へへ、遣る時は、腕力勝負で、根こそぎ、叩き付けの蛮勇を見せ付けて遣らねば為らないのである。ニャロメ!!

 言いたくは無いが、一度の敗戦位で、日本人は大事なキンタマを喪失して、毒亜圏の難癖に大人の手を打てば、前にも増しての難癖を打ち込んで来る。駄目な物は、元から断つのが男の流儀なのに、兎角、キンタマを摘除されて終うとゴマすり宦官、茶坊主、虚勢豚に成り下がって、唯々諾々の飼われの身に没落して行くのみである。

         自主独立の気風は、斯様に身を泣かして男の見栄を張るもんじゃい。

 テレビを見ても、ラジオに耳を傾けても、学歴は高く成ったとは言う物の、ひ弱思考の蔓延には、困った物である。スマホ中毒高校生、大学生が歩いて行く。いやはや、全く覇気の無い生物である。何を遣っとるんじゃい。シャキッとせんかい、シャキッと~。

    現役の学生達であるから、意地悪な質問でもしたい気持ちに為って来る次第でもある。

問・・・今次、プーチンのクリミア併合に関して、歴史対照として、日本の日清戦争の戦勝租界地・山東半島占有に就いての三国干渉、日韓併合、米国の建国に於ける英仏の大陸代理戦争観、テキサス独立・併合、ハワイ併合に就いて、その想いを世界史潮流として論じるべし。
問・・・米国建国史に因んで、英、仏の介在と自由の女神が、仏から米国に贈られた経緯並びに、仏ドゴール米嫌いの関連、憲法改正に関して、米での憲法誕生思想等にも口述すべし。
問・・・時間が在れば、トルコの親日観、仏の嫌米観に就いても一考し、国民性の違いに言及すべし。そして、歴史に学ぶの本質に就いて、感想を述べよ。
 
 ヘヘヘ、人相風体の悪いオッサンから、藪から棒にこんな質問を出されたら、どんな反応を示すか見て見たい気がするが、<変人現れる!!>で、スマホから即110番されて、精神鑑定に送られて終うのが『落ち』であろう。

 阿保臭~!! 俺ぁ、寡黙で奥ゆかしい性向である。物云えば、唇寒し。スマホを手に、吾関せずのご時世である。遺憾いかん・・・。

 嗚呼、腰が痛い~!! さぁ~、遣ったぞ。後はジョレン均しで、石を刎ねて、整地ですがな。如何じゃい、成敗して呉れたわ。これで、2~3年は、物臭太郎が出来ると云う物である。

 さぁ~て、風呂に入って男前を上げて、近間散歩でもして、後はゆるりと時間を過ごすべしである。いやはや、すっかり肉体労働が一日のペースの中に組み入れられて仕舞った物である。へへへ。

心何処―ショート 空振りに北帰行は、何時か・・・。
                空振りに北帰行は、何時か・・・(4/2/14)
 さとて、今日は何をすべぇか・・・ そうだ、楓の木の天辺に、ツンツンとした切り残しが在った。去年の物である。芽出し前の楓であるから、先を見越してザックリと剪定と致そう。バルディナの糞で汚れた高枝鋏で、刈り込んで行く。そんな事をして居ると、バルディナが姿を現わして、身近で見学をしている。

 いやはや、面白い物である。丸で好いた男と女の関係見たいな物である。昨夕は、餌を食べには来なかった。従って補充無しで出入り口を開けて置いて遣ると、何時の間にか食べて行った形跡である。

 足らずで餌が欲しいのかな?と思い、数匹入れて遣るのだが、餌は自前調達が出来て居る様で、中には入らない。

 左様で在るか。長い北帰行が控えて居るんだから、食料は自前調達の勘を戻して置くのが肝要ですがな。

 外仕事を始めると、ついつい面白く為って仕舞い、女族はパスの口と為って仕舞うのが、私の悪い性向で在る。ギャハハ~!! 一つの刈り込みが、次の刈り込み、次の刈り込みと続いて仕舞う。高枝鋏の作業は草臥れる物である。

 然しながら、重い腰を揚げた以上、ロット纏めの足掻きに徹するのが、物臭男の経験値でもある。ポチン、ポチンと思い切ってスキズキさせると、結構な枝ゴミと為った。熊手で掻き集めて、焚火場所に往復運びをして居ると、バルディナは家の中に入って、廊下を飛び回っている次第である。

 まぁ、遊んで居るが良かろう。俺は、忙しいのである。早々はレディファーストって、事には為らんのじゃい。妖怪様を愉しませて遣れや。

 へへへ、相手が控え目、温和なバルディナで良かったと云う物である。ウクライナの生意気女ナターシャだったら、その細い黒い嘴で、徹底的にスキンヘッドを突かれてしまう。

 昨日の焚火から草木灰を採って、苺、野菜畝に散布をして行く。色付いた苺は、半分を齧って居る。きっと、朝の早いヒヨドリ辺りの仕業であろう。

 残り少なくなったミルワームを摘まみながら、明日、明後日は雨との予報であるから、ミルワームを買って来なければ為るまい。やれやれ、ミルワーム買いは、吉と出るか、凶と出るか、バルディナの北帰行は何時の事に為る物やら・・・。

 午後は自転車に乗ってホームセンターに行くが、入荷無しで今日も<空振り>に終わって仕舞った。

 グリーンコナーを覗くと、買おうか迷って居たアザレア(西洋ツツジ)のピンクと赤の鉢植え物が、花期の峠を過ぎて30%引きの表示である。幾らかと聞くと50%引きとの事であるから、二鉢を買う。一つで自転車籠が一杯に為り、小さ目の方はハンドルに掛けて、昇り勾配をローギアのガニマタ漕ぎでヒィコラヒィコラ、ペダルを漕いで帰って来た。

 庭で萎れた花を半分ほど取り除いても、充分な花付きである。蕾も結構あるから、消費税8%でも『お買い得』と云った物であろう。たっぷりの水遣りをして、廊下のシクラメンと並べて、妖怪様の目の保養に供する。何しろ、四鉢のシクラメン、アザレアのボリュームと色のコンビケーションが、中々の映えである。妖怪様は、目を大きくして、ニコニコ顔である。

「庭の模様替え、庭木の世話に、野菜に、今度は花かい? 花の次は、何にするんだい?」

「そんな事ぁ、決まってるわね。大好物のロシア女をゲットして来るだいね。婆ぁが死んだら、妄想から実践の館で、俺の全開期ですがな~!! 参ったかぁ!!」

「私が死んだら、何しても勝手だけど、ご近所さんから顰蹙を受けない様にしてよ。」

「ああ、心配無用。秘密の地下道作って、猿ぐつわ噛ませて、オールナイト、ヘーバー、ヘーバーするぜや。世間様にぁ、バレ無ぇわさ。あい~。親の責任だなんて、覗きに来たら、白髪シャレコウベに擦りゲンコツ喰らわすぜや。解ってるな。下品な覗き見は、人間の遣る事じゃ無えぞ。」

 こんな親子漫談をして居ると、お空は灰色雲の進行で在る。何だかんだと云っても、見違える様に、整理が付いて来た物である。家庭菜園の芽出しも叶って、何かと日課が始まるのである。


心何処―ショート いやはや、新年度スタート為り。
                いやはや、新年度スタート為り。(4/1/14)
 おや、馬鹿に早い動きでは無いか。廊下の物音に、妖怪様はヨロヨロと寝具干しをして居る様子である。左様で在るか、然らば、朝飯前に私も一仕事でもするべしである。石積みをし直して整地をして見ると、盛り土が通路に流れない様に、石で花壇もどきを作る事にする。これだけ石が多いと、その再利用をしないと置き所が無いのである。足らぬ石は、例に依って川原から持って来る。

 そんな事をして居ると、北向かいさんにデイサービスの車が止まる。お隣のオバサンが、お見送りをして、声掛けを頂戴する。

「ディサービスの運転手さんが言ってたけど、男だけど、せっせと綺麗にしている。関心するって。ごちゃごちゃして無くて、解放感のある空間だってよ。」

「そうかいね。遣る事が無いもんだからね。筋肉運動だと思って遣ってるんだけど、遣り始めたら、面白いもんだわ。如何だい? 自慢じゃないけど、俺あ、庭師的センスが在るずらい。」

「うん、本当。大した物だわ。知らない内に、遣って仕舞うんだから、只者じゃないわ。」

「うん、歳で腰は痛いし、腕は疲れるし、息が上がるけどね。出来上がって来ると、達成感、満足感が在ってさ。完成した風情を眺めながらの一服が、何んとも云われ無くてね。ついつい、頑張っちゃうって事さね。
 銭は掛らないし、いざと為った時の馬鹿力の保持も出来るし、時間潰しも出来る。一石三鳥って事ずらいね。アハハ!!」

 家に入ろうとすると、ヤクルトママさんが手を振って居る。本日4/1の年度替わりの所為か、早いコール時間である。偶には、外でお出向かいでもして差し上げるか。部屋から財布を持って来る。

「お早うございます。暖かく成って、精が出ますね。綺麗に為って。凄いじゃないですか。」
「今日は、馬鹿に早いね。」
「ええ、子供達が休みで家に居るから、早く出勤して、早く帰って子供達と遊ぶんですよ。」
「好い心掛けだ。そうで無くちゃ、日本の母親は務まらんぜね。手が汚れて居るから、手を握れないのが、残念ですわね。ヒヒヒ。」

 朝食兼休憩をして、庭ゴミを焚火しながら、四畳半横の落ち葉を掻き集めて、禽舎跡の落ち葉堆肥にすべく追加する。腐葉土、落ち葉堆肥には違い無いが、その下心は、釣り用の縞ミミズの呼び込みである。

 昼はミルクとパン食にすべく、最寄りのスーパーまで歩いて行って来る。無風の雲一つ無い青空である。スーパー横のS大の留学生寮は、早くも何室かには洗濯物が掛って居る。入寮出来るのは一年間だけである。

 パン食で済ませて、妖怪様の寝具を取り込んで、ベットメーキングである。自分で遣るから良いとは言うが、格好付けて・・・。

「これは、どの向きだ。そうか。こうだな。それで、毛布は、どっちが表だ? はい、了解。それで、掛け布団を掛けて。それで、これは、如何するだ? あっそうかい。」

「ああ、すいません。何から何まで遣って貰って。」

「やっ、本当だだよ。まぁ、役に立たない婆ぁでさ。口じゃ、何処何処が痛い、目が霞む、耳も遠く成った。口ももつれる。只生きているだけで、何の価値も無い。ああ、早く死にたいなんて、しおらしい事をいってるけど、しぶとく生きてるわね。
 先生に言われちゃったけどさ、お母さん百まで生きるよってさ。<そんな・・・ 百まで生きられたら、俺の青春が無く為っちまうから、後生だから毒盛って呉れ>って言ってるんだけど、ピンピンしてる。あい~、婆ちゃん、少しは反省してるかい。」

「本当に、役に立たない女で、早く死にたいと思ってるんだけど、変な死に方をしたら、お前に迷惑が掛ると思ってね。」

「何を扱きぁがる。女なんて代物は、さっきの理研の調査会見じゃないけどさ。女はしぶとい生き物だぜね。<改竄、捏造なんて、酷過ぎる>ってさ。
 昨日の長野県のローカルニュースじゃ、小学校の校長が、二万五千円の不正請求、余罪が二十五万円で免職だってんだから、長野県の教育長さんは、毎度毎度の頭下げだわさ。公務員の職としちゃ、教育長は鬼門中の鬼門ですがね。駄目だ、女は甘えて、<私は悪くは無いよ>なんて、しおらしい事を言っても、世間様にぁ通用しねぇンだ。俺は、言って見てぇもんだわ。あい~。」

 へへ、妖怪様、笑いこけて居遣がる。今日は姿を見せずに餌だけ食べって行って居るバルディナである。廊下を見ると、入って来て居る。ちょいと、からかって遣ると致そうか。専用出入り口を締めて遣った。アハハ~!!

Copyright © 心何処(こころいずこ). all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。