旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 8月、最終日為り。
              8月、最終日為り。(8/31/13)
 降ると言って、降らなかった昨夜である。秋めいて来た風と雨のお湿りに、この2、3日は水遣りをサボって居た次第であった。キュウリの葉枯れに家庭菜園の採取をして様子を見る事にした。ドンブリ一杯のミニトマト、ナス5、お化けキュウリ2+3、インゲン、ミツバを収穫して、ホースでたっぷりと水撒きをする。

 朝食賄いをしながら、これだけのキュウリを如何にして食するかである・・・。お化けキュウリを皮鋤き器でスイスイと剥いて、それを刻んで塩揉みをして中華辛味噌に和えて見る。まぁ、悪くは無かろう。タッパに入れて冷蔵庫に入れて、浅漬けとする。ナスは油で焼いて食卓である。ミニトマトは初挑戦で、トマトピューレである。

 へへへ、男賄いなんて代物は、実に好い加減な物である。然しながら作れば、後片付けの役目も在る事ゆえ、<自己責任の結果>は甘受しなければ為らない次第である。介護・賄い夫の日課であるから、時間配分の都合上、台所仕事にはそれなりの時間潰しをしなければ為らない日課である。
 従って、殆ど全ては手間を掛ける事で加工に依る食費削減を励行している次第である。生レンコンを買って来て、酢漬にしたりして遊んでいる次第である。何事に就いても、限られた土俵と云った規制は、工夫と言う脳細胞への刺激が加わるものである。

 工夫は時間短縮と結果への、それなりの予定調和と云う事なのかも知れぬ。それらを担保、実効為らしめる物が、経験知・経験値の集積を司る脳作用と云った仕組みなのであろうか。

 午前中のカンカン照りも、何時とは無しに灰色雲に風のザワメキと為って来た。統計的に考えれば、大体に於いて作業を始めたり、水遣りをタップリすると雨が降って来ると云うのが、運に見放された私のパターンである。

 まぁ、私は腰の重い奥ゆかしい性質であるから、結果は如何で在れ、何事も運動と諦観している。へへへ。

 私は貧民の手元不如意に就き、新聞も週刊誌も読めない経済情勢である。ラジオを専らとして、ニュース、話題は自ブログを立ち上げる時に出て来るニュースとか、私のブログに訪問して下さるブログさん達から、世界様、世間様の一断面を頂戴して居る沙汰である。

 それにしても、毎日まいにち、飽きもせずに中狂・半島国さんの凄まじい内容に、今や愕然を脱して、ただただ唖然とし、それでも面白いウォッチングを趣味の一つに加えつつある次第である。

 私は下劣、その物であるから、中狂・半島国の火病の沙汰は、呆れ返ると同時に、突っ込み満載のイイ時間潰しと化して居る。新聞・雑誌・ラジオしか無かった時代が、即座に映像に映し出されるテレビの時代に為って、ゴシップ、野次馬記事が大潮流を呈して、個人仲間の話題に事欠かなく為った。時代劇のコロッケが売るお江戸の瓦版の如く、面白おかしく書き立てられ、映像に映され解説・同調者然としたコメンテーターが付くのであるから、現代紙芝居程、面白い騒ぎに為って仕舞った。

 それが文明の利器の典型・PCが登場して、インターネットで瞬時に世界と繋がる日常と為って仕舞うと、マスコミと云う仲介不純物がすっ飛んでしまったから、大変な騒ぎと為って仕舞うのである。テレビ、携帯電話、メールと云った相対する個別の一過性の物と違って、スマートホン為る物は、完全な携帯PC個器の様である。

 他人様ブログは、ブログ樹海の灯台・掲示板の様な物である。そんな出入り自由の航行権を持ったのなら、思い付きの罵詈雑言の楽しみを持ったら、人間、早々は元の趣味には還れないのでは無かろうか。

 不特定多数に時の限時性を突き破って、何時でも好きな時に繰り返し見たり聞いたり読んだりする事の出来る個人的な思い・感想の同調、非同調、反論、口撃、誹謗中傷が、恰もゲーム感覚の様な軽さで錯綜する空間なのであるから、凄まじい限りの態で在る。

 尤も、これこそが人間娑婆の実相を曝け出して居る様であろう。フランス革命、共産革命時の一般大衆・群衆だって、手に武器・銃器を持てば、体制は瓦解して仕舞う。平時の民衆の武器は、一応の体制網が掛ってのニュースペーパーでは在ったが、現代のニュースペーパーは、自らも発信出来る双向性PC個器である。一般民衆が個器の武器を持って仕舞ったのである。個器の利用法は、<その国の民度>に依って分かれる。

 この頃の日中関係、日韓関係の悪さは、留まる処を知らずの嫌日、嫌中、嫌韓は、遅かれ早かれ憎日、憎中、憎韓に立ち至って、不幸な状況に立ち至るとの識者の感想が頻繁に出て来るのだろう。然しながら、自己発信の出来なかった火病民族・国民が、自己発信の道具を手中にして仕舞えば、当然にこの様な時代に進むのは致し方の無い方向性である。

 毒亜国の火病民度が、個器に現れれば、火病がヒステリックに個器に増幅されるのは、何時の世にも変わらぬ人間娑婆の世の倣いであろう。

 常識人と非常識人が、密室で会ったら、常識人は非常識人には、逆立ちしても勝てない。常識人が、非常識人に勝てるステージは公開の場でしか無い。公開の日の当たる場所に、非常識を引き出す事が、真っ当さの証明場所である。『毒亜へは黙殺』と云う高等戦術のお天道様政策が、銭塗れの半島国の<太陽政策>よりも、高度な政策である事が徐々に成果を見せつつあるのは、日本国民の一人として嬉しい限りである。

 団塊世代の男子番から高の戯れ歌の文句では無いが・・・猿に千摺りを教えると、意馬心猿の類は、余りの気持ちの良さで寝食を忘れて、手淫に突き進み腎虚を患い、痩せ衰えて息絶えるとの事で在りまする。中・高時分の先輩連が、『異口同音』に述べられて居た次第でも在りますれば、強(あなが)ち、戯れ言でも在りますまい。

♪一つ出ました。ヨサホイのホイホイ。一人で隠れてするのを、マスターベーションと申します。お手手が汚れます。ホイホイ。♪

以下、省略

♪八つ出ました。ヨサホイのホイホイ。山でするのをマウンテン・ベーションと申します。お猿が真似します。ホイホイ。♪

♪九つ出ました。ヨサホイのホイホイ。個器でするのを火病勝手ベーションと申します。その内、自滅です。ギャハハのホイホイ。♪

 へへへ、お手拍子、痛み入りまする。鳥羽僧正の鳥獣戯画図をバックに、旭日旗掲げて。さぁ、皆の衆、お手を拝借~!!


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心何処ーショート 偶には、本音全開トーク公開。
             偶には、本音全開トーク公開。(8/30/13)
 人間であるから、眠れぬ時も在る。昨夜は風が通り抜けて、眠るには申し分のない環境で在ったのにも拘らず、如何云う訳か、眠れず寝返りを打って、悶々として居た夜で在った。途中、寝るのを諦めて四畳半の椅子に座った次第であるが、流石に重い身体で、煙草を吸う気持ちにも為れず、泥の様な意識の中で、再び寝床に・・・

 それでも何時しか寝て居たのだろう・・・水の音に、雨と思いきや・・・如何やら、洗濯機の音であった。泥沼の様な意識で起き上がり、朝の洗い物をして朝賄いをする。

 老母殿も寝付かれずに朝起きの洗濯の段だったらしい。味噌汁を作って居ると弟が、これから飯だろうと、魚好きの私に、揚げ立てのアジとイワシのフライの差し入れを持って来て呉れた。

 9/13~16の横浜→伊豆大島→神津島→三崎→横浜クルージングの予定が立ったから、教えに来たとの事である。弟の船は未だ操船慣れして居ないし、一部不具合が在るから、横浜兄弟組の豪華クルーザーで合同コンパとの事で、総勢10人との事である。お盆と続いて、二度の神津島クルージングが出来て、向こうさんも万々歳の運びとの事である。

 早速、友人にTELする。本日は金曜スタバトークであるから、T用にスケジュールメモを書いて居ると、お迎えの車である。へへへ、後の分は、コーヒーを飲みながら書き写せば良かろう。

 コーヒーを飲みながら、6~7年振りと為るのだろう横浜⇔神津島クルージングの思い出話に花を咲かせる。Tも横浜組とは大島でビールを飲みながらの談笑経験が在るから、滔々と流れる黒い大河・黒潮横断クルージングの思い出話で、賄い夫生活のマンネリから脱して、リラックスタイムの訪れに上機嫌の態で在る。

 人の縁とは真に可笑しなものである。或る時、弟のクルーザーで大島港で男番からの晩飯を食べて居ると、何倍も在る豪華クルーザーが入って来て停泊した。余りの豪華さに、ビックリ仰天して眺めて居ると、その連中と目が合った。私も人相風体は悪いが、そちらさんも結構悪い。視線を外すのも意に染まないから、<凄い船だね。ちょっと中を見せてよ。>と言ったら、OKの許可が下りて、中を案内された。兄弟思いの弟が、粗相が在っては為らないと、合流して呉れて、じっくりと船内を案内して貰った次第である。

 お互い、第一印象は堅気じゃないと思って居たらしくて、ビールを飲んで合同コンパをして見れば、面白い連中であった。向こうは男6人兄弟、此方は欠けては仕舞ったが、男5人兄弟である。お互いの兄弟の末っ子同士が意気投合して終い、仕事上の絡みも在って、持ちつ持たれつの親しい関係が続いている由。私は品行方正の小心者であるから、あちらさん兄弟の中に、一人刺青さんが居て、キンタマを縮み上がらせていたのだが・・・

 まぁ、<人は外観から判断しちゃ行けない>と云う名教訓が在る。つくづくと先人様は、お目が高いと感心して居た物である。

 私は健忘症で、直ぐ忘れて仕舞う性質である。横浜組との切っ掛けは、私が発端だったとの弟の言であった。これを話すと、Tもそうだと言うから、そう云う事らしい。

 参加者の大半は、還暦超えのロートル達であるから、其々がマイペースの洋上合宿見たいな雰囲気で男だけのクルージングが為されるのだろう。こんな豪勢な気分に浸れるのも、云って見れば<『奇貨置くべし』に曰くで、得難い機会は必ず利用した方が好い。>の一例でもある。何しろ、家庭へのお土産には、現地調達の魚釣りで済ますから、『各自クール・ボックスを持参せよ』とのお触れである。

「この前、良い物を見てさ。キリギリスリのメスが、生きているオスを頭から食って居るんだわ。直ぐ、カカア呼んでさ。<これを良く見ろ、これが女の本質・本性だ!!>って見せたらさ、『あっそう』で、冷たい反応さ。口じゃ、可哀想だ、惨い、情が無い、愛が無いだとか、上面の調子の好い事をほざいてるんだけどさ。
女は冷たい物さ。まぁ、俺ん処は一緒に居る同居人って関係だけどさ。其処行くと、男は神経は細やかだし、配慮心も旺盛さ。この歳から、付き合うんだったら、男だな。」

「あいあい、そうだんね。<女の薄情>に、『男の温情』って昔から言われてるじゃないか。その本質には、女の自分売り込みの<強調>と、男の組織の中での束ねの『協調性』の修業度が違いますわね。
極論から言えば、土台、オールorナッシングの<薄情さ>が根底に無けりゃ、強調は出来無い代物だし、束ねると云う事は、総体管理だから、大同小異の協調性が優先する男社会には、切り捨てた者への<温情心>でワンofゼムが無いと、寝首を掻かれるだけだいね。
 女は家庭に依って教育され、男は社会に依って教育される。主観と客観の棲み分けで、家庭も組織も成り立って来たんだけどさ。男女平等、女の社会進出、男女雇用均等法なんて、女権・個権のお花畑状態に為って仕舞ったから、何か在れば、結論を出さない多元的価値論を操ってさね・・・とどの詰まりが、<公共心欠落の個権>の蔓延ってご時世だわさ。宇宙の理の天動説と地動説の違いは、本源的違いですがね。へへへ。

<言って良い事、言ってはいけない事、言わなくちゃ為らない建前、言っちゃ為らない本音。それを言っちゃお終いヨ>の家庭、組織、社会、国の躾けのタガが、外れちゃってるからね、昨今のご時世は。人間を物扱いして、同一労働同一賃金の大原則を破って、正規・非正規に区分けして、労働基準法無視のブラック企業の使い捨て三昧さね。犯罪にして見ても、目的を達して仕舞えば無用物、殺して仕舞えば生ゴミ扱いして、平気ですがな。

 この前、YouTubeで韓国人の言い分で、日本人は近現代史を一切学んで居ないとの異口同音の<日本口撃特集>が出て居たんだけどさ、聞いて居て、言葉が在るだけで中身が無いんだよな。へへへ、<教育は洗脳に非ず>の根本すら、弁えて無いってんだから、愚の骨頂ですがな。歴史とは何ぞや、歴史事実の検証、比較考証、・・・etcへの比較脳が皆無なのさ。彼等の論理構成方・構成力の低レベルには、到底付いて行け無くて、聞いて居る内に、こっちの脳細胞が、破壊されちゃうって<気持ち悪い気分>に為って来てさ。パスって次第よ。

 でもな、韓国人って人種は、下から、大学教授、政治家、大統領、国連事務総長に至るまで、全く寸分狂わぬ一方通行の脳味噌回路だったから、完全なる民族の精神疾患性・火病民族って事が、よく分かったわね。あんな如何し様も無い火病国に門戸を開いて居たら、種子島のイプシロンだって、<毒亜のサイバー攻撃>で、作動封殺されちまいまするがね。

 まぁ、一応、俺ぁ法学部出身だから、法学の大前提論理学に就いては、それなりの自負が在るんだけど、<目には目を、歯には歯を>の自然法から発したから法規範の根本の刑法には、厳格な論理の網が網羅されて居るんだけどさ。その法律のイロハの刑法典の中心論理・罪刑法定主義の大前提すら理解・実行出来ない国民性って事なんだわさ。<法律無くして犯罪・刑罰無し>の法理の下、①慣習刑法の排斥 ②刑法に於ける類推解釈の禁止 ③刑法の効力不遡及の原則 ④絶対的不定期刑の否定なんだけどさ。

<法律無くして、犯罪・刑罰無し>と云う事は『法在れば、守り、応分の補償する』って意味でしょうが。それを法・協定・条約・約束を反故にして、解決済みの事柄を何回も蒸し返す。一事不再理も時効も、事後法の禁止手も何のそのでさ、喚き散らすだけの非論理の民族性ですがな。あんな野郎共が、大学進学率80%だとさ。学問に対する蹂躙行為ですがな。イッヒッヒ。

 歴史問題・法律問題・政治問題に、千年の恨みをぶつけて、その恨みの補償請求をして如何するんじゃい。人間は恨みの応酬の泥沼から、決別する為に紛争解決を理性の下・法に委ねたんじゃないのかね。
 法の決着で、勝敗が決まれば、それに応じて補償が実践される。補償が済めば、勝者はホコを収め、敗者は許されて地位を回復するんじゃないのかい? 俺ぁ、寄る歳波の健忘症だけどさ、確かそう習ったと記憶してるんだけどね。勝者に敗者が<補償>する事で、敗者は勝者から回復地位を<保障>されるの図式なのにね。音声文字のハングル教育では、この補償と保障の区別が出来無いのであるから、堪った物じゃ無いわさ。

 其処へ行きぁ、天皇の居る日本は立派な大人だぜや。昭和天皇が、何かの折に、記者からの原爆に対して質問が出た時に、『戦争ですから。ふふふ。』の一言ですがな。言いたか無ぇがさ、戦争ですからの言葉に理性と諦観。ふふふの言葉に、千年の恨みって言うんじゃい。知性も感性の無い李氏朝鮮の末裔が、何を戯言並べてるんじゃいってな物ですわいね。ギャハハ。

 丁度、昨日世界史・下を読み終えたんだけど、1815年のナポレオン失脚に依るアンシャンレジームのウイーン会議から、始まる300頁の世界史近代なんだけどさ。メッテルニッヒの古き良き時代の描写から、産業革命で近代思想家達の百家繚乱の時に立ち至って、ニュースペーパーの時代ですがね。時代の体制興亡の描写は、丸で週刊誌を読む様な物さね。産業革命に依って誕生した武器持つ市民の大台頭は、言って見りぁ現在の<アラブの春と現在のシリアの生物兵器使用の内戦状態の引き写し>見たいな物さね。つくづくと、指導者の居ない大衆行動は、血の連鎖で哀しい光景だね。

 その後の時代の大進撃の様は、凄まじい限りさね。第一次世界大戦、第二次世界大戦、アジア、アフリカの独立ラッシュ、朝鮮戦争、スターリンの悪政、毛沢東の悪政、米ソ対立、ベトナム戦争、アフガン、イラク戦争、ドイツ統一、ソ連の崩壊、独仏の和解・・・etcと綺麗事の裏で、とんでもない本音のバトルが目白押しなんだけどさ。

 それがさ、中狂・半島国の狂乱民族さん達に言わせると、千年の恨みだとよ。世界には200近い国が在るにも拘らず、歴史と云えば日帝に依る侵略歴史だけと云う事に為ってるんだから、<完全な精神疾患帝国>ですがな。200カ国中、日本ばかりに目の焦点を当ててりぁ、元々の火病遺伝子の障害でさね、<完全な盲目ヒステリー>に陥るだけですがね。中韓の留学生の中には、文学部で歴史を学んで居る連中も少なからず居ると思うんだけど、やっこさん達、ちゃんと単位を取れて居るんだろうかね。ギャハハ~!!

 日本の同じ大学の教室で、同じ東洋人のキリギリスが授業してるとさ、Tの処のキリギリスのオス見たいに、隙を見せたらメスキリギリスに、生きて居るのに頭から、ガリガリ食われちゃうのかいね。あい~。」

「あいあい、隙を見せた途端、前足で頭抑え付けて、ガリガリ、ボリボリだぜな。あれだぞ、幾ら女日照りだって、女の国籍位調べとか無きぁ、落命の憂き目を晒すぜや。如何だ、そんな事に為らねぇ様に、スーパーでコンニャクでも買って行きましょや。あい~!!」

「あいよ、分かりやした~!!」

 昨日の涼しさと打って変わっての夏日の到来である。いやはや、裸ん棒をして居ると、何か所も蚊に喰われて終った。おのれ~!! 蚊の野郎共の出自は、中狂・半島国の小蚊に違いあるまい。糞っ垂れ野郎共が。

心何処ーショート 本日、程良い風日為り。
              本日、程良い風日為り。(8/29/13)
 風呂上がりの裸ん棒に、風鈴チリチリ、チリリンの風は、秋風の涼しさを運んで来る。正面の南天の並びに、並アゲハが風に吹かれて横切る。吾が家のキリギリス達は、三方からギース、ギースの鳴き合いをしている。

 人の気配の無い吾が家に、子育てを終えた町は午後の静寂の中に在って、日差しと風が通り抜けるだけである。体調が好さそうで在った老母殿は、風呂に入る事が出来るかな・・・。

 既に川原のキリギリスの声は無く、地中に卵を産み付けて、シーズンを終わらせたのであろう。この時期、夜のコウロギの響きでは在るが、日中は未だ未だ夏の気温である。彼等は草の下、穴の中で暑い昼を避けて暮らして居るのだろう。昼のコウロギの声は未だ未だ先の事である。

 盛夏の虫・キリギリスは、狭いプラスチィック飼育ケースの中での囚われの身で在っても、削り節のキュウリ、ミニトマトの食は満たされ、オスメスが居て、外敵の居ない安住の地である。云う為ればホテル住まいの様な物である。自然界の飢餓、強食弱肉のサバイバル世界とは雲泥の差である。長生きをしても、当然の日々と云えよう。

 例え囚われの昆虫で在っても、住めば都の感謝の念を忘れて仕舞っては、毒亜の誹(そし)りを受けようぞ。

 東の空には輪郭の惚けた入道雲、中央には鱗雲が続く。本日は風日である。風が外気温を撹拌して、然程の暑さを感じさせない次第である。そんな秋の気配に、キリギリス達の声を聞いて居ると、現役時代にドライブした光景が浮かんで来る。北陸の高速道は、山中のドライブインに車を止めて、草むらから聞こえて来たキリギリスの声に、信州では既に聞こえなくなった声が、海を眺望するこんな所から聞こえて来る。海の在る北陸路は、未だ夏の名残りの中か・・・ そんな気分に成って、運転疲れの身を暫し解放した物である。

 キリギリスの声だけでは、記憶は遡上されず、熱いカンカン照りの直射日光でも無く、夏の棘を閉じ、初秋の幾分かの柔らかみと澄んだ日差しだけでも駄目、空高く続く鱗雲、渡る秋めいた風の戦ぎの体感、キリギリスの声・・・etcの五感が巧くマッチして、脳裏の仮死して居た記憶に合致するや、ふぅ~とその時の風景・光景を鮮明に脳裏に映し出すのであるから、脳裏の在り様とは、実に不思議な作用体と云う処か。

 事左様に人間の五感と云う物は、面白い条件反射をする物である。夏名残の五感と北陸路のキリギリスの声は、開示される事無く脳裏の片隅で忘れ去られて居た記憶の一つなので在る。

  さてさて、老母殿の入浴も終わった頃であろう。昼兼オヤツと致して遣ろうか。

 茹で卵に、どら焼き、ヤクルトで、小腹を満たす。本日、程良い風日為り。午後の一時を、後僅かとなった<教養人の世界史・下>の頁捲りと致そうか。何事も無きが、吾が身には一番の安息為り。


心何処ーショート こんな時も在る
              こんな時も在る。(8/28/13)
 さてさて、野菜の補充でもして来ると致そうか。自転車で個人スーパーに行って来る。煙草をカートン買いして、日蔭に自転車を降りて来ると、チャリンコ三人組である。呼び止められて、どうせする事も無いから、お相手仕る。歳端も行かぬチャリンコであるから、得意の下ネタ話も出来ない次第である。

 小学生3年生娘は、一応は卵焼きは作れると云う。引っ繰り返す時に、穴が開いて仕舞うとの由。へへへ、三人共、横文字入りのTシャツを着て居る。

「このチャリンコ共、日本語も一丁前に出来無いくせに、英語なんざぁ、とんでもない非国民だぜや。どれどれ、一列に並んで見ろ。何々、如何、訳して遣ろうか。<もっと大きな愛を><君の頬笑みを、皆が待ってる> 三番目は、難しいぞ。こりぁ、知恵の輪だな。」

「オジサン、本当に英語分かるの?」

「シャラップ、チャリンコ。さてさて、如何、日本語に写して遣るかいな。人間の考える事は、毛唐も日本人も変わりぁせんわな。<行儀好くしろ>、一歩進めて<シャキッとしろ>の類だろう。小学校から英語教育だと、生意気に。日本人なら西洋被れせずに、シャキッと母国語・行儀見習いを教え込むのが、義務教育の本筋じゃい。ヨシ決めた。『シャキッとせんかい、シャキッと。』まぁ、こんな処なんだろうな。手前ら、生意気じゃないか。」

「オジサン、凄いじゃん。本当に、そんな事書いてあるの。お母さん、お父さんに聞いて見る。オジサン、嘘付いたら恥ずかしいよ。」

★コンニャローメ、生意気に。フン、親に恥掻かせて、如何するんじゃい。へへ、そう簡単に、訳せるか。馬鹿もんが~!!

「父ちゃん、母ちゃん、果たして訳せるかな。直訳じゃ、すんなり出て来んぞ。おお、車だ。危ないぞ。」

 白い高級車が止まって、白い帽子を洒落被りしたオバサンが、ニコニコ顔で話に加わって来た。

「これ、女の子を手な付けて、如何するだ~。」

 おやおや、こりぁ、大変な女が通り掛かった物だ。口じゃ逆立ちしても絶対に適わない同年生の女である。

「あれ、オバちゃん、オジサン知ってるの?」

「ああ、知ってるよ。幼馴染の同窓生だよ。そんな、腹ばかり飛びださせて、ちゃんと散歩してるの。サボってるずら~。この頃、散歩じゃ全然遭わないじゃないのさ。」

「俺ぁ、畏れ多いから、時差散歩のミッドナイト散歩だいな。俺ぁ小心者だからな。」

「じぁ、私が鬼みたいじゃん。でもね、熊か、山賊みたいだけど、安心して好いよ。偉いお坊さんだよ。勉強、教えて貰い~。顔と身体は、悪役だけど、根は良い人だよ。アハハ。」

「えぇ、オジサン、お坊さんなの~、知らなかった。じぁ、お経読めるね。凄い!!」

★Mの奴、とんでも無い事を言い腐ってからに、シャ~無い。帽子を取ってスキンヘッドを見せて遣った。アハハ、私よりMの方との付き合いが長い様で、苦も無く信じて仕舞うチャリンコ3人組である。

 いやはや、年端の行かないチャリンコ達は、面白くも可愛いものである。閉じ籠りマンネリの日々では在るが、一時の気分の和みを齎せて呉れるものである。子供達の笑顔に勝る光景無しと云った処で在ろうか。一人は中々の曲者性格では在るが、姉妹の方は純真ランマンさが、溢れている。

 そう云えば、小林一茶の俳句にも童子と遊ぶ句が幾つか在った。へへへ、私も道端のロートルの域と為って来た物である。まぁもロリコン・ロートルよりも、マシでは在ろうか。


心何処ーショート 妖怪様とチャリンコ達
            妖怪様とチャリンコ達 (8/27/13)
 外は暑いが、中天を越した午後の四畳半定位置から、見上げる空は、秋晴れの様な清々しさである。風呂上がりの裸ん棒スタイルでは在るが、時折に入って来る微風の訪れは、毛穴の開いた肌に涼気の撫でをして行って呉れる。何かしら窓辺のコブシの葉群を照らす太陽光にも、秋の日差しを感じさせる次第である。

 風呂を譲って、洗濯機を回している。洗濯機の様子を見に廊下を往復している次第であるが、廊下の日差しも大分中に入って来た物である。太陽の軌跡も大分、南に傾いて来たと云う物である。老母は夏疲れの態で、ベットの上で背中を向けて居る。さてさて、本日は風呂に入れる<体力や、如何に>と云った塩梅である。

 午前中は、長々と親子漫才を仕出かして仕舞ったから、妖怪様は疲れて仕舞ったのかも知れぬ。何も変化の無い親子水入らずの足して二で割って80超えの二人所帯である。

「何時まで、こんな何にも出来無い食べるだけ、痛い痛いだけの生活、早くお終いにしたい。」

「心臓が動いて居る内は、死ねないのが生物の決まりだぜな。腹が減れば、何かを食べる、食べれば臓器が消化して排泄する。入りと出を持って居るんだから、プラスマイナス、ゼロですがな。
 9月に成りゃ、97だ。一丁前の欲を掻いても仕方無かんべや。文句なんか言ったら、罰が当たるぜや。人間なんて、愚痴を溢したら泥沼に嵌っちゃうだんだんね。馬鹿に徹する物云わぬ植物人間の境地に収斂して行くのも、<人間様の枯れ行く知恵>だんね。日本人は、中国、半島国さんとは人種が違うから、淡々とお迎えを待つしか在るめぃよ。」

「そうだね・・・ お前も、色々有るんだろうけど、短腹も起こさず、三度三度の世話をして呉れる。怒っても呉れる。感謝感謝。親としてお返しをして遣りたいんだけど、生きて居るのがやっとで・・・足手まといで、自分が情けなく為る。生きて居ても、もう価値の無い人間だ。ふぅ~。」

「何の何の、俺ぁ、頭が良いからさ。母親、人間だなんて<膜趣味>な事は、とっくに卒業したわね。何て云ったって<妖怪様>にぁ還暦倅なんぞは、逆立ちしたって太刀打ち出来んわさ。呆け無ぇだけ、『倅孝行』ってもんさね。こっちこそ、感謝してるわね。ギャハハ~。」

「糞婆ぁに壊死キリギリス、山姥、コタツ地蔵に妖怪と・・・ まぁ、貧乏神、幽霊にされないだけマシかね。あはは。」

「そりゃ、そうさや。こんだけ世話されてりゃ、憎悪・怨念の塊・幽霊なんぞにぁ、為れねえわさ。日本人は常識が在るから、戦時パンパン見たいに、戦後60、70年にも為って車椅子に押されて、やれ強制連行で性奴隷遣らされてたって、世界行脚じゃ無かんべよ。あい~。
 そんなに、外に出たかったら、車椅子が在るから、<老いの道行き>って題して、全国行脚して講演して見るか。何だったら、俺ぁ暇してるから、講演原稿書いて遣っても良いぞ。アハハ。」

「もう、頭がグチャグチャだから、字も読めないし、声も出無い。この歳で人前に恥を晒すのは御免だよ。」

「あいあい、そう云う事ですわね。でもなぁ~、婆さん。本当に日本人の常識からすると、中狂・半島国民さんの脳内回路には、付いて行けんわな。おやおや、今日から尖閣の海に、中狂海警艦のお出ましかいね。ほぅ~、そうすると中狂さん、11日振りって事かいね。

 でもねぇ、或る意味では一貫してるわさ。世間体は悪いが、慣れれば良い商売。率の好いパンパン商売して、稼げなく為れば、<私は絶対に悪くは無い。100%被害者だ。>と開き直って『人道』とやらを盾に、稼ごうとする。

 パンパン稼業は、鮮度を以って高額とするが<生物(なまもの)販売の鉄則>なのにさ。対面販売で、その場現金商売でしょうが。何だかんだと言って、俺ぁ海外じゃ、その都度ボランティア買春してるベテラン男だぜさ。マスコミが表立って言わないだけで、日本人の大半は実体験者ですがね。

 幾ら職業柄カッコ付けたって、仕方無かんべさ。性と云う人間の根源的行為に、平時の倫理観で、一刀両断って訳にぁ行かんわさ。何か犯罪が在れば、社会因子にその原因が在るなんて、文字を飾り立てる癖にさ・・・ 当たり前の現象には、そのアプローチはパスして仕舞う。綺麗も汚いも、押し並べて同等に持って居るのが生身の人間さね。

 需要と供給のバランスに、最大のお得意さんが日本兵さんだったら、市場が軍隊さんでしょうが、そしたら商売上、軍に付いて行って商売をする。地産地消なんて事は、流通コスト削減の経営ノウハウですがね。従って、経済効率からしたら現地方式で、従軍なんて形態は、商売のイロハでしょえうが。こんな物は、学問の世界じゃ無くて、人間の経験知・経験値の領域でしか無いわさ。端から噛み合わない言を戦わせて、如何するんじゃい。仮性包茎位なら如何って事も無いけどさ、真症包茎だったら手術するしか他、在るめぃに。何時まで、餓鬼見たいな事を遣っとるんじゃい。一端の成人なら、清濁併せ呑んで、祖国の名誉を考えて、大人の論をリードして行くのが報道の責務ってもんずらい。あい~。

 パンパン社員が<終身雇用>だったなんて話は聞かないし、その稼業は年齢と云う生物商いだから、言って見りゃ『短期商売だから出来払い』ですがな。詰まりはさ、一行為完結の商売なのに、手前勝手に歴史・事実捏造してさ、遠に解決済みの過去を持ち出して、今度は『干物販売』で銭稼ぎなんざぁ、常識人間のする事じゃないわさ。

 小汚たねぇ『使い回し』が、あちらさんの<日常文化>らしいけどさ、それを『私』の家庭でするのなら、勿体無いの重複感情も湧くけど、それを『公』の商売にしたら、老舗・吉兆だって総スカンを喰らって、商売終いに追い込まれて仕舞いまするがね。廃油生成食用油、段ボール肉まん、注射針使い回しのエイズ、肝炎、盗作コピー、ピンからキリまで、公私の区別すら付かない<使い回しの火病の集合体>ですがな。全ては金に集まり蠢く、強欲の世界。論理性・良心の欠片すらない支離滅裂国ですわな。

 何か言えば、何か騒ぎを起こせば、逐一日本のマスコミが記事にして呉れる。騒げば騒ぐ程に、何の足しにも為らぬ賞味期限なんて期間は、とっくのとん間に切れて、<化石状態の干物>が、日本で高く売れると云うのであるから、『世界の七不思議』ですがな。

 口先三寸の妄言が、日本のマスコミの後押しで換金出来るのであるから、一度味を占めたら抜け出せない『甘露の味』ですがな。馬鹿馬鹿しいったら、在りぁしねぇよ。一列縦隊に並ばせて、頭からスズメバチの巣を落こして遣りてぇわさ。

 マスコミの野郎共の常套文句に、<報道の自由在り>って事で、都合の悪い事は『黙殺の自由権行使』だとさ。中狂・半島国の嘘八百大言、支離滅裂火病妄言なんざぁ、報道しない自由でスクラムを組めば、良いだけなんだけどね。それがインテリ馬鹿、村馬鹿の集まりでさ。性質の悪い政治宣伝のお先棒を担いで、国潰しのお仕事でサラリーを頂戴して居るなんてザマは、如何し様も無い末世のご時世ですがね。」

「お前、流石だ。好い事言うねぇ。未だ若いんだから、勿体無いよ。喫茶店も、公民館も貸して呉れるって云うんだから、講演して回ったら。若しかしたら、小遣い稼ぎが出来るよ。そしたら、海外に遊びに行けるだろうに。人生、身体が動く内だよ。」

「この糞婆、馬鹿にし遣がって、俺の馬鹿っ話にお賽銭を入れて呉れる人間なんざぁ、この世知辛いご時世に居るもんかい。ほれ、こんだけ講義を受けりぁ、立派な老人大学だいね。知恵熱が出無ぇ内に、少し横に為れや。ほい、目薬落としじゃい。アハハ。」

 こんなブログ日誌を打って居ると、学校の終わったチャリンコ3人娘が、通りで鬼ごっこをし始めている。いやはや、楽しくて仕方が無いの態である。顔見知りであるから、手招きをして遣ると、犬の子の様にじゃれ合って、四畳半窓辺に遣って来る。飴玉の缶を渡すと、喜んで取って前歯の抜けた顔で、にぃーと笑う。

 いやはや、鼻糞ほじりの一年生は、将来の美人を目指して、鼻糞ほじりの癖は、無くなって居る。さてさて、おシシの鼻は、スッキリ鼻高の美人さんに為れるかな・・・。暫しチャリンコ達と言葉を交わして、一服である。

 いやはや、国連事務総長の韓国・パンさんも、遣ってくれますねぇ。火病発言は、火病国でしか通用しない筈なのに、国連で火病のトップセールスを仕出かすとは、真に以って、<恐れ入谷の鬼子母神>って事ですかいね。この程度の人間が、ロビー活動で国連事務総長の椅子に座って、火病発言をして居るのであるから、遅かれ早かれ毒亜の正体が顕在化して、国連の場でも『四面楚歌の墓穴』を掘るのは時間の問題と為ろう。国連パンさんに、国内パンパンさんじゃ、洒落にも為りませんわね。へへへ。


マイギャラリー24
                  マイギャラリー24

   悠久の縄文海_001遣唐使船水夫採用_001噂の赤褌青鉢巻_001南海ハーレム・秘め島_001
   縄文に想い馳せて、ジョロ散水。_001四畳半の眺め_001ムカデ天下_001襲われる
   山海の膳迷い蛍_001茄子マジック_001ジプシーダンス_001
   天空の台地を行く_001夏点描_002尾びれ団扇_001始動せよ、大和心_001

 空には、羊雲で在りまする。吹き抜ける風の涼しさも、大分熱せられて参りました。白いニラの花に、シジミ蝶、タテハ蝶などが参りまして、何とは無しの秋の気配では在りまするが、相変わらず、ミンミンゼミとキリギリスの声のする四畳半定位置で在りまする。秋の気配の前に、猛暑の最後っ屁も控えているとの由。もう一息で在りますれば、夏疲れにご注意遊ばされませ。

 まぁ、偶には溜まった戯け画などを見て、笑って行かれたし。いっひっひ~!!














心何処ーショート これも、安定しない妖気かな?
           これも、安定しない妖気かな?(8/25/13)
 途中、雨音で外の洗濯物を中に取り入れて、濡れた洗濯物を掛け直す。朝食後は、雨は直ぐ止んだ物の、曇天の涼しさであったから、これ幸いに本日日曜日の二度寝とする。涼しいと、身体は正直な物で、暑さ疲れの眠りが確保される。眠りの深浅に応じて、ラジオの音が、意識に上ったり遠ざかったりの午前中であった。

 汗ばむ身体に蝉の声で、起きる。前線の停滞で、安定しない気象が続くとの事であったが、今年も今週で2/3を消化して仕舞うのであるから、前線が解除されれば、日本列島は<初秋の衣変え>をして仕舞うのでは無かろうか。是非、そう為って欲しい物と考える。

 中韓の経済音頭噺しで、ドンチャカ、ドンチャカと下品にして甲高かったイキリ立ち、内政干渉も、安倍ノミクス第一の矢で円安、ウォン暴騰、中狂バブル崩壊の露呈で、中韓の台所事情は火の車らしい。金回りの失速は、縁の切れ目で、同志、親分子分、主従の関係に軋み、割れ目、亀裂が生じて、組織統制系統にまで支障を来しているらしい。

 常識的に考えて、あれだけ煩かった物が静かに為ると云うのは、其処に何らかの深刻事情が生じているからであろうか? 英国ビクトリア朝の名探偵・シャーロック・ホームズ、平成の名探偵・杉下右京警部の推理に頼るまでも無い『常識の線』での変化が、在ると云う事だけで在ろう。

 反日反日で、年端の行かぬ小学生からの一環反日洗脳をして居た両国家体制故に、一定の経済成長ベクトルが在れば、反日お囃子に<猫も杓子も反日反日>を政府主催で踊り狂って居ただけの事である。何を遣っても愛国無罪の無法国家・権力さえ握れば、朕は国家なりの醜悪人治国家が、生意気面して『現代人の服』を着ているだけである。言って見れば、反日反日のシュピレヒコールは<パチンコ屋の軍艦マーチ>ってな物でしょうよ。

 それが唯一の頼みにして居た<経済エンジン>に支障を来して仕舞ったのである。推進力を失った飛行機は、万有引力の法則に従って落下するのは、致し方が在るまい。

 一方は、国土、人民を国家所有物として、赤い征服王朝が抜け抜けと『置き屋経営』をして、国家利益を党と云う名の中で、個利個略に蓄財して海外マネーロンダリングをして<私的運用>を図って来ただけの事であろう。人民は全て駒、駒に仕立て上げられた駒は、有事に際しては真っ先に逃げる。逃げる為の私服を兵嚢に入れて、脱走の機会を待つ=便衣兵国家である。
 
 他方は、<寄らば大樹の御心に>の事大主義国家にしか過ぎないのであるから、<さぁ、大変>である。貫一、お宮の時代から、『金の切れ目は、縁の切れ目』と云うのは、利害得喪を算盤に弾く人の世の倣いでも在る。従軍慰安婦像かなんか知らんが、世界中にボコボコ設置して回る御立派な民族さんである。本来が、強い処、強い処へと日和見の事大主義根性なのであるから、従軍慰安婦などの問題は、日本軍の強制連行との結び付きで見るよりも、<事大主義体質との結び付け>で考えた方が、余程、的を得て居ると思う次第である。

 人心を束ねる為には、求心力は欠かせない。求心力の最良形は、言うまでも無く<物・心の二輪形>である。毒亜両国は、善悪は別にして物=経済成長、心=反日の二輪政策で、自尊心と傲慢さを手中に入れた。

 置き屋経営の中狂国は、外資と技術移転に依って、低賃金の組み立て工場政策で、世界の工場と成った。韓国は心臓部の工業技術を自前で開発出来ずに、部組生産性を高めて市場の価格先導性に特化して、世界マーケットのシェア拡大策に特化した政策を採った。

 目先、現在の経済的成功に、国家・民族のエゲツ無い本性・本態を曝け出して仕舞った処に自らが墓穴を掘って居た事が、今次の安倍ノミクスの円安状況で思い知らされたと云う処では無いだろうか。

 実力の無い者が、一時の成り上がり醜態を国策に投じて居たのである。下世話では、これを称して、<馬鹿に付ける薬無し>と云うのである。私なんぞは、心友にその都度、注意をされて、それなりの自制心を以って日々のお勤めを果たして居るから、未だ未だ市井の片隅に<放し飼い>をさせて頂いて居るのである。

 善しに付け悪きに付け、人心を束ねるには、求心力は欠かせない。失敗、失政を潜り抜ける為には、新たな求心力を再構築するしか在るまい。同じ手の反日・排日では、経済失速の突破口は、見出せまい。

 然しながら、反日・排日洗脳動員は容易い国家体制であった中韓にとって、経済はこれまた利害得喪の一つ一つの算盤玉の離合集散の結果物との『冷厳たる事実』も在る次第である。従って、一度弾け飛んで仕舞った個々の算盤玉を、組み直して経済再生に弾いて行く為には、経済エンジンと言う駆動部の再生を図らなければ、国その物が沈没して仕舞う。

 この頃、如何云う訳か知らんが、8/15を境に、とんでも毒亜国からの日本叩きのニュースが映し出されて来ない処に、反日毒亜両国の悲痛なお国・内部事情が在るやに思考出来る次第でもある。

 さてさて、<歴史を忘れた民族に、明日は無い。>の大名言を横断幕に掲げた小中華・事大主義国家並びにその宗主国たる大中華の王朝交代による前王朝人大虐殺&大焚書坑儒に依る民族の根幹・歴史をどの様に自国民に開示、教育して行く物やら・・・

 国破れて山河あり・・・吾時代は、国没して、荒涼砂漠、死の腐臭山河のみ。山河蘇生して、再び良人の住む時代は何時ぞ。国捨て、歴史観持たぬ世界最大の流浪の民に、縋る心の宗教も無しや。

 まぁ、浮かれ過ぎたソドム、ゴドムの都市は、旧約聖書じゃ、天空のから発した業火に焼かれ消滅したと云うのであるから、自業自得の現代絵巻と言う事でしょうね。何しろ、吾が日本に於いても、小泉・竹中時代には、<自己責任、自己責任>の連呼が巷間を覆って居た物ですわ。イッヒッヒ~!!

心何処ーショート へへへ、一職人考・・・為り。
           へへ、一職人考・・・為り。(8/24/13)
 良いお湿りであった。一通りの午前中の家事を終了させて、シャワーをしてマイタイムの定位置である。大気不安定に就き、曇天に僅かばかりの雲間である。蒸し暑さが沸いて来てはいるが、裸ん棒には、まぁまぁの処である。

 ラジオからは、甚句が流れている。雨が無く為れば、窓辺の木にミンミンゼミが鳴き、キリギリスが鳴く。掃除をして貰った玄関鳥は、曇天の涼しさに動きの良さが伝わって来る。本日は、チョイと真面目に掃除機、洗濯をしていたから、常連猫が開けて置いた玄関に入って来て、下駄箱に並んだ鳥籠を見上げて居た。

「この野郎、殴られてぇか!!」

 ご近所の飼い猫であるから、家に入り込んでも横柄な態度である。従って、この位の大声を発して遣らないと、生意気加減が増長して仕舞うだけである。アハハ。

 金魚達も、増水した川の流れから汲んで来た少々濁り水では在るが、タップリの補給水を入れて貰って満足なのであろう、其々のユラユラ泳ぎをしている。

 夏の間は家に居る時は、短パンに裸ん棒が私のスタイルである。玄関掃除だとか、小鳥の餌吹きをして居ると、自転車に乗った高校生達が家の前の通りを通って行く。赤銅色に焼けた丸太ん棒の様な身体に、ツルツルのスキンヘッドのロートルオヤジが、ゴマシロの胸毛でうろついて居るのであるから、目が合うと、子供の様な罰の悪さで目を逸らして仕舞う次第である。

<何か、文句が在るか。ザマァ見遣がれ。貫禄の違いじゃい。畏れ行ったか。修業が足らんぞ。>ってな物である。自分達の餓鬼の頃には、個性的なお兄さん、オヤジがゴロゴロして居た物だが、・・・ この頃は現役引退したロートルがゴロゴロして居るのだが、『画一的常識の線』で生活して居るから、面白さに欠けた町の風景である。イッヒッヒ。

 去勢されたスマートな常識の世と為って仕舞ったから、スタバでチョクチョク見掛けるキャップに<美脚誇示>の下半身女装のロートルオッサンが、街中を徘徊しているザマなのであろうか・・・。へへへ、個性と変態は紙一重なのかも知れぬ。

 この頃は、就寝前の時間を時代劇フルムーブでYouTubeの一時間半程度の中村吉衛門版『鬼平犯科帳』を一本ずつ観て居る次第である。原作良し、脚本良し、役者良し、お江戸情緒良しの四拍子揃ったの好シリーズである。役者其々が発する台詞、表情が、<池波正太郎の世界>を立体像として、きっちりと仕事をしていると云った感のある優れた時代劇シリーズである。

 鬼平犯科帳は、さいとうたかおの劇画シリーズも、傑出して居る。若い頃は、ゴルゴ13の方が好きだったが、歳を取って来ると鬼平犯科帳の方が、しっくりして来る物である。親子兄弟は、歳を取って来るとそっくりに為って来ると云うのであるから、日本人としては、サケマスが、生まれ故郷の川に遡上して来ると云った<生物の特性>なのかも知れぬ。

 時代劇の鬼平犯科帳を見て仕舞うと、現在遣って居る時代劇のお粗末さが目に着き過ぎて、何も二流、三流の時代劇を見せられるのは、如何にも我慢が為らなく成って仕舞い、パスパスを決め込んでいる次第である。

 嘗て日本は物造り立国を、普段の国民性として居た。物造りに日本人の民度・勤勉実直性、救道精神性が、極普通の社会規範として作用して居た。それが極普通の社会規範で個々人の中にまで浸透して居たから、各分野に職人魂、職人芸が網羅して物造りの国民性を構築して来たのであろう。内面を外面の物に現わす事で、其々の構成員が、其々の地位・立場・段階に於いて、自己実現の場として作事に魂と芸を見出して居たと考えるべきであろう。

 一時、言葉の響きの良さ故だろうか、職人の言葉が多投された時期が在った。今は何でもかんでもプロorプロフェショナルなんて言葉が、多投されているのでは在るが。

 私としては、日本人から漢字と云う表音&表意文字で成り立つ日本語を狭めて仕舞うと、それは日本人の精神性の衰退を来して仕舞う<悪域>と考えている次第なのである。

 職人、職人魂、職人芸、職人の仕事と漢字を眺めれば、人其々の経験知・経験値から、言葉の意味を探ろうとする物である。職人とは、物を造る人である。他人様からお足を頂戴して物を造る成り合い=職業とする。完成物は、芸を磨いて魂を込めて造らなければ、物は長く存在しえない。

 斯様に言葉には、何処の国の言語にも語源とその意味が在って、その発展状況に応じた言葉の歴史が存在すると云うのは、当然の話であろう。

 プロにも、プロの語源とその発展歴が在る筈である。然しながら、異国語の異国人が、其処まで言葉の源流を遡る事が出来無いのが、哀しいかな・・・異国語人の有限性と言うべき物であろう。言葉は、それを母国語とする国民・民族のDNAを源流として居ると言っても差支えないと思われる次第である。生兵法は怪我の元とも云うのであるからして、流行として、或いは知識の見せびらかしで、外国語を多用する風潮には、下衆の文句を言って置きたい物である。

★先日ラジオを聞いて居たら、少子化で35人学級を確立して、小学生時からの英語教育とやらで、新たに教員数を1万8千~2万人増強するとのニュースを聞いた次第である。TPPにしろ、英語教育にしろ、横文字好きの役人・政治家の好い加減さには開いた口が塞がらない次第である。

             さて、職人に戻りましょうかね。
 役者さんの仕事は、台詞、動作、間合いに、表情と体技を合わせて、作中の役を体現して表現する事である。表情は眼技と相手の台詞に呼応して現わす顔技であろうか。表情と表情を繋ぐ間合いを間違えれば、集合劇の信憑性も味も損なわれて終う。体技は静と動の織り為す所作と動の中に体現される刹那・凝縮の喜怒哀楽の感情、緊張感の表現であろうか。

 伝統の芸魂の高見を見せる歌舞伎役者・中村吉衛門演じる鬼の平蔵・長谷川平蔵の人情を語らせる情の味、善悪の筋目、死生観の厳しさ、差配の的確性・俊敏さ、先頭で刀を振るう腰の据わった重量感、正にその実在感たるや、ただただ惹き込まれ、圧倒されるばかりである。脇を固める蟹江敬三・梶芽衣子・高橋悦史・藤巻潤・綿引洪、+ゲストスター。

 脇が締まって居るからこその、主役と脇の主従関係の温かくも隙の無い職業・火盗改めの筋目の通った時代劇を造り上げる事が可能なのであろう。脇が良いから主役が光る。主役が良いから脇が光る。映画ドラマは、総合芸術、総合娯楽と云われる道理である。

 総合芸術、総合娯楽を造り、観る聴衆を魅了するのは、製作者・監督・脚本家・役者・映画ドラマ制作に携わる技術者集団の職人魂と職人芸から成り立つ創造物が、発散する輝きである。

 然しながら、型に嵌った修業から逃避した芸NO人の何と多く成った世の中だろうか。消費財は市場創造に依って、間断なく提供して消費させるべしのマーケティング手法が、主流と為って、粗製乱造。下手な鉄砲も数撃てば当たる。<当たった>を幸いに、雨後の筍の様に、類似物が市場を席巻して、流行の短期化を拍車を掛ける。

 いやはや、此処には、当たって、儲けて、ナンボの世界が大跋扈沙汰で、蓋を開ければ個利個略の個人パフォーマーの馬鹿踊りである。

<夏草や、兵どもの、夢の跡>などの句も残せずに、『芸NOや、流行りどもの、使い捨て』のご時世って、如何なもんでヤンしょうかね。

心何処ーショート 是、男子番から高OB会の一幕為り。
         是、男子番から高OB会の一幕為り。(8/23/13)
 深夜の天気予報だと、今夜から明朝まで北陸を中心に大雨との事であった。嫌に遅いでは無いか。此方は、雨のお湿りを渇望して居るのに・・・

 日頃の女日照りの末期症状か・・・。凄い夢を見て仕舞った物である。夢であるから、アブノーマルは大いに結構な次第では在るが、何せ、私は口先だけの変態男でしか無いから、相手の変態女にタジタジで、最後の言葉が、<無礼者、この変態女!! 其処へ控え居ろう。手打ちにして呉れるわ!! >と啖呵を切ったまでは良かったのだが、髪を振り乱して淫乱充血眼の口裂け、真っ赤なマニキュアの両腕が襲い掛かって来る。

  正体を現わしたか、魔物に適うロートルなど居様筈が無いでは無いか!!
           ギァ~の逃げのフリチン走りで在った。

★冗談じゃ無ぇぞや、趣味遊びで変態地獄の片棒を担がされるなんて、真っ平御免よ~。スットコドッコイ、俺にぁ<真っ赤な大和の血>が流れているんじゃい。ってな冷や汗ものであった。

 そんな意識の中で、雷鳴が低く聞こえて居る。朝の熱波の侵攻は無く、幸運の曇天の暗さであった。涼しいので、ラジオを聞きながら小一時間を寝床の中で過ごす。

 昨夜の散歩時には、初めて見る様な自然造形が空に鎮座していた。満月の月に丸い円が掛って居た。その円は二重で、内には青身が勝ったオレンジの円、外には薄い虹の如き円を伴なって、天空に在った。

 それは色と言い形と言い・・・実に神秘的で月の円、内の円、朧けなる霞みの円の三重の姿であった。

 日輪と云う言葉が存在するのであるから、きっと月輪と云う言葉も在って然るべきなのだろう。この様な綺麗にスッキリと中天に描かれた月輪の様を見るのは、生まれて初めての事であった。

 私は内向性にして、小心者で在る。又、生来の素直さでも在るから、事象・現象に感化され易い性質である。一般論からすれば、哲学的瞑想or宗教的啓示を運んで来そうな光景では在るが、私の生きている時代が悪過ぎる。
ビルの明かりに、家々の密集とその明り、街場の光の放散が遠景として在る。人工の光の四十万に、哲学的瞑想も宗教的啓示すら、一切脳裏に浮上する事無く、あな、不思議なる自然の造形美・・・。それが5分もしない内に月輪は消え、星の無い空に満月の月だけが浮く普通の夜散歩と為って仕舞った次第である。

 いやはや、不思議な現象に遭遇出来た事に、脳裏の引き出しに保管するべしの段で在った。

 返す返すも、私は生まれて来る時代を間違えて仕舞った物である。蒙古の大草原で、こんな現象を見れば蒼き狼、砂漠で見ればマホメット、戦国の世なら日輪の子・豊臣秀吉である。

 こんな事を打って居ると、弟の軽トラである。近くに見積もりに来て、午後からもう一件見積もりが在るとの事で、早や目の昼食に寄ったとの由。PCを閉じて老母の部屋に行く。

 伊勢海老2匹の進呈で、美味い刺身と味噌汁が飲めたお礼を言って、お茶の相手をする。午後の約束時間には間が在るから、久し振りにスタバトークに参加すると言う。

         Tのお迎えの車で、男子番から高OB会である。

 弟は先輩Tに敬意を表して、伊勢海老の進呈をしている。T曰く、味の濃い逸品であったそうな。丸太ん棒の様な兄弟が、スタバの二階席に着けば、圧倒的な威圧感である。其処に持って来て、海外旅行、クルーザーに遊んだ男達であるから、顔を合わせれば、ついついゴタっ話に歯止めが利か無く為って仕舞う。三人共、正直な男である。

 今朝の夢の話をすれば、間髪をいれずに私の人格崩壊的なゴタ句を並べ立てる。

「何が常識だ。体裁振って、最後の一線で留まったなんて、実態を知らないブログ読者を騙せても、俺達にぁ、一切説得力無しじゃい。欲求不満の毒素が全身に回って、火砕流為らぬ<毒素流が充満>してる様だ。言うに事欠いて、自分は正常人と錯覚してる処が、付ける薬無しザマだぜや。チンコそっちのけで、何が<本態は品行方正>だと、抜けシャーシャーと言い退けるもんだぜや。この馬鹿野郎が、力んだって、屁も出無えや。この変態野郎が。」

「春先のガマガエルの子細構わずの後ろから<抱き突きの醜態>だけは勘弁して呉れや。狭い松本盆地、人の噂に戸は嵌められ無ぇよ。営々と築き上げて来た信用の営業実績が水泡に帰しちゃうぜね。やっぱ、先輩、脳波見て貰った方が好いかいね。」

「まぁ、手遅れだと思うが、俺達の<自衛の大義名分>だけは立つぜな。」

 と来たもんだ。まぁ、私は人の話は良く聞く奥深い性格の人間であるからして、折角の番からOB会の<話の腰>を折るのも大人げ無い事と、聞いて居ると・・・である。

「先輩、聞いとくれや。こっちゃ、弟だから、兄貴を立ててるんだけど、分かる~、尻拭いの辛さを。如何してもロシアに行きたいと云うから、無尽で2年掛りの多数派工作して、日本海を一飛びして見りゃ、二日目から抜け駆けしてチャカリ個別交渉成立させて、夜に為りぁ、部屋は蛻(もぬけ)の殻だわね。」

「やあやぁ、そりぁ、濡れ衣だ。俺は、こんな冴えないオッサンに、美形さんが熱心にお誘いを掛けて下さるから、折角の御好意を無にしちゃ、北方領土も還っちゃこんと思ってさ。先ずは民間の善隣外交と思ったまでよ。言って見りぁ、私心なんざぁ、これっぽっちも無ぇ、100%国思う心の現れだいな。そりぁ、幾ら兄弟の仲だって、イイガカリってもんずらよ。あい~。」

「ねぇ、ああ言えばこう言うずら。それからが、先輩、大変せ。スパイ上がりの元中佐のこんなガッついロシアガイドにぁ、<兄貴は何処へ行った。部屋に居なかった。> と執拗なアリバイ崩しさね。ご本人様と来たら、フラフラして殺される。もう身体が言う事を利かん。飯も要らん、寝かせて呉れだぜや。
 抜け駆けして、3:1の御乱交の果てに、翌日の金閣湾クルージングの折にぁ、寝不足で寒い甲板に正体も無く泥眠でさ。中で会食方々、民族舞踏なんだけど、<プロの舞踏を何だと思ってる、とんでもないオヤジだ。許せない!!>とロシア人に鍵掛けられて、シャットアウトさね。
 それにも懲りずに、時間に為ると大通りまで歩いて行って、迎えに来る女の車に消えちゃうんだから、如何し様も無いわ。普段は真面目な顔して、凄ぇ事を言うんだけどね。遊びだと思うと、完全にモード換えをしちまうから、遣る事が半端じゃ無ぇわね。少し、お説教して御呉れや。」

「駄目駄目、一切効果無し。こんな頭と臍下三寸が別人格のRなんてぇのは、見込み度ゼロだわさ。俺達ぁK生OBだぜ、<見切る良識>ってもんが在るぜね。駄目な奴には関わら無ぇのが、最良の人生訓だぜね。
 こんな戯けは、放っといたって死にぁせんわね。こんなのと攣るんでたら、俺達の人格まで疑われちまう。金井克子の歌じゃ無ぇが、ヤバいと思ったら、その場で即刻<他人の関係>さね。」

「先輩、そうかい。<身切る良識>と、その場で即刻の<他人の関係>が一番ですかい。流石先輩、良い事を言うもんだ。でもねぇ、血を分けた兄弟って物が、禍しちゃうし・・・ 困ったもんだいね。」

★何を扱きぁがる。俺ぁ人間が出来てるから、一切、報復口動にぁ出んがさ、同じ穴のムジナが何をほざいて居やがるってな物ですがね。

★いやはや、つくづくと<人間とは下等の集まり>の様な物である。下等の海を泳ぎ切るには、何事も辛抱・修業が肝要でありまするわね。下等と云えば、お江戸のご時世には『鬼の平蔵・火盗改め』なんて役職も在った次第であるそうな。
 下等の集まりなのであるからして、火盗改めの対象とは為らぬ限り、命も行動も自由が利くと云う物であろう。ニャハハ。来月半ばには、私もTも、何年か振りに海の人と為る。

 打ち合せの時間と言って、弟は降り頻る雨の中、仕事に向かった。本日は昨日描き上げた戯け画を持って来たので、スタッフの若い助平おネェチャンに見せると、くすくすと笑って紛れも無く自画像との太鼓判であった。へへへ。

 外でのパッパタイム時には、叩き付ける様な雨である。本日は、完全に水遣りは不要の雨量である。呆け話に大いに花が咲いて、楽しい一日であった。


心何処ーショート 本日の一枚為り。
                 始動せよ、大和心_001

                本日の一枚為り。(8/22/13)

 熱い暑いの遣り切れ無い日々の連続で在りまする。昨日の午後は、日頃の難い文体の行進に訪問者各位も、ウンザリの模様などと御同情申し上げ、マイギャラリーでもと思いきや・・・未だ15枚にて、早速ギャラリー数の一枚追加を思い立ち、悪戦苦闘のお絵描きをして仕舞いました。

 然りとて、一体、何を描くべきか・・・などと、午後の脳味噌の酸欠状況で在りますれば、構想纏まらずの有り様で在りました。然すれば、好色ヤクザもどきの自画像でも描くより他無し。そう考えて、鉛筆を動かせ、先日、ズールー戦争2本のDVD観賞の反芻、兎にも角にも、騒々しくも下品為る周辺毒亜諸国、宗主国米国の余りのエゲツ無き魂胆など、胸に去来する交々に想いを馳せつつ描いて居た次第でありまする。

 へへへ、<意は心にして、思いは形を作る>とでも言いましょうか。鉛筆線からペン線、ペン線から色塗りに進むと、何んとも早や・・・面白い絵が誕生いたしました。これも自画自賛の快心作。描いて仕舞えば、それは面白き想像の扉でも在りまする。

      題して、<始動せよ、大和心(やまとしん)>で在りまする。

 描き手の魂胆、心底ぞ、何処に在りやってな物で、観る者の描き手との問答も、これまた一興のショート・タイムとも為りまする。へへへ、とくとご覧在れ。

                2010・炎夏・厭夏・怨夏_001

 まだまだ、酷暑続く日々、くれぐれもクーラー病の前門の虎、後門の狼に為らぬ様に、お気を付け遊ばされませ。吾が方は、空にヘリコプター、外にミンミンゼミの、アスファルトの輻射熱の態で在りまする。ぬるま湯に漬かって、シャキッとして参りまする。・・・とほほ。


心何処ーショート 偶には、頭の整理。
              偶には、頭の整理。(8/21/13)
 雨音の小さな、僅かばかりの雨が降って居る。それでも、灰色の雨雲に、涼しい空気が網戸を開放した外から漂って来る。本日は、流石にTシャツ姿である。未明から、雨音がしたり、無く為ったりの繰り返しである。

 夕刻の水撒き前の一仕事として、四畳半横のコブシ、玄関のタマツゲの刈り込みをして、伸びた雑草の引き抜きをして汗だく仕事であった。シャワーを浴びての夕食を済ませて、小休止。昨日の夜散歩は、軽めで終えた。涼しい夜気の中で在った。

 夜気、夜陰にコスモスが伸び、月見草が蕾を開こうとして居る中、スイッチョ、コウロギの声が一足先の秋を見せて居た。今年の川原の雑草は、如何云う風の吹き回しか・・・例年より草丈が在って、密集している。呆れ返るばかりの、繁茂の態である。昼の有色の様と違って、暗い墨絵の拡がりは、昼の風景とは違った漠とした無辺すら想像させる次第である。

 体細胞は、まだ歩き足りないの声では在ったが、汗ばむ身体にシャワーは御免の口で在った。

 雨模様の外を見遣りながら、ラジオの甲子園野球をBGMとしている。小雨も何時しか止み、ミンミンゼミの声と共に蒸し暑さが忍び寄って来て居る。蝉の声に反応して、窓辺のキリギリス達が元気なギース、チョン・ギースをし始める。雲は明るさを増して、雨上がりである。

 最近のニュースでは、<①山道にスーツケースに入れられた女性の死体、②80代女性二人の熱中症死、③中狂海警艦のニュース無し>が気を引く処で在ろうか。

①に就いては、つくづくと現代人の唯物思考・行動に、嫌悪感を通り越した人間の感情を亡くしたロボット化を見る思いである。人を殺めて一個のゴミの様に捨てる。人里離れた山道にまで来たのであるから、せめてスコップで地中深く埋めて犯行を隠すのが、殺人者の殺人行為への恐れ、畏れで在った良い筈なのである。
 相手を殺して仕舞えば、一件落着の死体は単なる一個のゴミでしか無い。ゴミに対しては、一片の労苦も御免である。そんな世相に、何んとも云えぬ憤りと倦怠感を感じて仕舞う次第である。

 こんな人間感情を喪失したロボット人間は、即絞首刑にして焼却処分にして仕舞うより他は無かろう。相手が唯物なら社会も唯物で即応するのが、自然界の掟であろう。人間が持つ性善説・性悪説など云った人間の心の在り様に対する古典的線引きなど、現代の『喪心の世』には、その存在意義すら持ち得ない時代と化して居るのであろうか。

 私は天を殺す事は大反対では在るが、科学の進歩が神を殺し、お化けまで殺して仕舞った現代社会とは如何なる化け物だろうか。
 私は無信心な無宗教者でしか無いが、少なくともお化けまでも殺して仕舞う程の唯物者では無い。お天道さんもお化けさんも、私に言わしめれば、それは己が『良心』の拠り所にして、報い・償いの実態でもある。

 逮捕、取り調べに際しては、<私は悪く無い>の自己中を平気で喋り続けるのだろう。

②に就いて、報道されれば、一般人には何んとも遣り切れ無い世相の一断面である。80代の友人老々女性の人知れずの熱中症死との事である。

 この両老女には、彼女達の事情が在っての死であったのに違い無かろう。最初の猛暑の年に、私の母も熱中症に陥った。この儘、息を引き取るのでは無いか、とうとう、その時が来たかの思いで、兄弟に電話をした次第である。

 ラジオをBGMとし、ブログで徘徊をしている事も在って、常連さんブログに熱中症でダウンした経緯が述べられて居たから、それなりの対処をして、母は盛り返して現在に至って居る。

 そんな母の様子を備(つぶさ)に見て居たから、仮死状態、遠のく意識の母との臨場経験がが在った。その年は猛暑・熱暑が猛威を奮って、死者が続出した。報道では、熱中症のメカニズム、対処の仕方が頻繁に流れて居た。体温の異常上昇で、全ての身体機能が低下して心肺停止の状況下に在って、苦しみも無く死に至る。そんな医学情報と母への観察体験から、ご昇天為された老女二人の最後には、然程の痛ましさは感じなかった次第でもある。

 人間とは、諸般の事情を背負っての人生であるから、これはこれで、天命を全うした自然死として合掌するのみの出来事であった。

③に就いては、これまで毎日、判を押した様に中狂国公船の尖閣諸島への領土侵犯報道が、この処、ピタリと止んでしまった。<真に奇妙な静けさ>である。8/15までは散々に中狂国、半島国からは、独立国の内政干渉丸出しの火病気違いの喚き散らしであったのに・・・。

 その間の事情に就いては、日本のマスゴミ界は毒亜諸国に気を遣って、『報道・解説をしない自由権を行使』して居るのだろうが、真に以って、その報道姿勢たるや噴飯物でしか無い。

 日本国が不幸な毒亜国奨学金生達の政治家の手に落ち、さぁ、さぁ、奨学金返済とばかりに三年三カ月の売国政治に陥って、毒亜国の遣りたい放題だった日本国政権で在った。それが奇蹟の還り咲きで、安倍・麻生政権に為って正常域に戻りつつあるのを、日本の右傾化、どし難い偏狭ナショナリストと散々に喚き散らして、中華思想のゴリ押しを謀った物の、中狂・韓国の悪口外交も経済の足元を見透かされて、大国米国には子供扱い。

 一方、捲土重来を期しての安倍・麻生の二頭政権は、<自由と繁栄の弧>政策として大東亜共栄圏の構築に、一歩ずつ布石を打って行く。自由と繁栄の弧の価値観外交が、確り結び付けば、遅かれ早かれ『項羽の嘆き節・四面楚歌』の状況に置かれるのは、歴史の焼き写しでも在る。
 事大主義・日和利見主義国・小中華の韓国が、日清戦争後の独立国と為っても、儒教国弟分の日本などの風下に立てるかの<劣等感・火病体質>故に、ヨーロッパの大国・ロシアに接近して、日本併合の道を選んでしまった。そんな短絡感情因子の朝鮮半島国のDNAの再現にも見えるし、これ以上、日本を怒らせたら日本の本気が爆発するとの本能的恐れからか? 中狂国軍隊の本質『便衣兵』のサモシイ根性が露見して来て居る証拠かも知れぬ。

 私の様に下衆の外野席からの観戦者にすると、敗戦、占領統治に依って鉄格子から解放された二流の左翼陣営が、日本解体の先兵と為ってGHQの最前線に立ち、<戦前日本主義の焚書坑儒>をして、表向きの日本民主主義の片棒を担いで来たのである。占領とは、多かれ少なかれ前体制への焚書坑儒を以って、邁進するのが歴史のセオリーである。

 体制打破は、革命の荒療治をするのが手っ取り早いが、日本の様に進んだ文明国家では、それが禁じ手で在るのは当然の話である。大日本帝国の体制打破は、敗戦によって、占領軍によって、情報統制の下で粛々として行われて来た。然しながら、平時の際の体制打破は容易な事では無い。平時の際の体制駆逐は、選挙に依って然るべく進むしか方途は無かろう。

 左巻きから、右巻きは漫画チィック過ぎる。中道の常識に勝る物は在るまい。選挙は言論に依って勝敗が決する物である。武力の行使・革命が禁じ手である以上、体制打破・駆逐には、戦後体制の自虐史観を蔓延させて来たマスコミの歴史回帰が必要である。その牙城への無血開城に漕ぎ付けるには、多大なタイムラグが待ち構えている。

 然しながら、自虐史観の恭順・恭順の姿勢を幾ら取って見た処で、中狂国・半島国の火病の悪辣さが、此処まで日常的に祖国・日本を侵害するに至っては、マスコミの論調など『はい、そうですか』などと拝聴する者は、いなく為っても当然の趨勢である。

 戦後第四の権勢を誇った日本のマスコミ界が、どの時点で雪崩を打ってドミノ倒しをして行くのか・・・私の存命中の認知症前に、期待しているのでは在るが・・・ 出よ、憂国の侍記者達よ。

 へへへ、いやはや、ミンミンゼミに、蒸し暑さ増す午後で在りまする。


心何処ーショート へへへのへ。
               へへへのへ。(8/20/13)
 本日は薄曇りの太陽さんの後退であるから、蒸し暑いには違いないが、過ごし易い。

 朝食後、薬は在るかと尋ねると、薬は飲んで居ないから、今月分は裕にあるとの事である。心臓肥大で負担が掛らぬ様に、機能の劣った心臓ポンプを薬で血管を増長させている身である。24H÷3=8Hで、薬効も精々がそんな次第なのであるから、飲み始めた以上、死ぬまでそれを続行するしか無いではないか。この頃、高血圧のボワンとした表情だと思っていたら、<薬の下ろ抜き>をして居たのである。

「なぁ、婆さん、こんな身体でもう長くは生きて居たくないと云ったって、心臓が動いて居る間は生きて居るんだ。真面目に考えれば、言う事の利かない身体、早くあの世に行きたい気持ちは分かるけどな。
 俺だって、<他に兄弟が居るのに、何で俺だけ貧乏籤引いて・・・、真面目に考えりゃ、阿保らしくて遣っちゃ居られん>の気持ちは毎日だぜ。でもさ、これは俺の仕事だと観念して、お努めしているだけだぜ。

 生意気な事をするんじゃ無いぜ。馬鹿もんが。賄い夫が俺の仕事。婆さんの仕事は、薬を飲む事だぜ。如何にも為らん事の中で、歯を食いしばって生きて行くのが、真っ当な人間のお務めだわさ。三度三度の薬は8H限定のモルヒネだと思って、お努めお努めと念仏唱えて、一日三度三度飲んでさね。心静かに、お迎えの来るのを待つのが、人間の義務ですがね。分かったね。無駄事言ってると、その白髪頭、メン、ピンするぜや。イッヒッヒ!!」

 偶には、こんな事を些か声を荒らげて言うのも、倅の務めでも在る。この頃では倅が、こんな風にをズケズケ言っても、不貞腐れて食事拒否もし無くなった老母である。倅に怒られて、素直に薬を飲む妖怪様である。私も良い玉では在るが、妖怪様も大した玉である。

「ほれ、糞婆ぁ、目薬じゃい。」

 昇降椅子の背にもたれて、神妙な面持ちで目薬落としを待つ老母は、確りと親のお努めを果たすべく、出来る事はするの『矍鑠とした大正女の日常』を見せて下さる。吾が親ながら、大した女である。この頃の猛暑で体力の消耗著しい様なのだろうと案じて居たが、薬の下ろ抜きをして居た事も影響して居た様で、倅としては些か安心した次第である。

 米屋さんに買い出しして御用命の蚊取り線香を買い序でに、個人スーパーに回って来るべしである。

 汗落としにシャワーを浴びて、スキンヘッドと髭剃りでも致そう。昨日の夜に、物音がして玄関鳥をチェックした次第であるが、何事も無く寝た。朝、廊下を見ると鳥籠が引っくり返って居て、メスが翼を籠に挟まれて居た。気付くのが遅くて、申し訳の無い事をして仕舞った。未だ翼が使えない様で、蹲ったままである。御免ねぇ~。

 台所の洗い物をして、米の研ぎ汁をホースの届かない吾が八畳の山ツツジに振舞い、不足分は、風呂の残りをバケツ散水して遣る。

 買い出しから帰って、果物、枝豆で昼とする。裸ん棒スタイルで扇風機を掛けて、午後からのマイタイムとする。午前中の太陽の後退が顔を出して、窓辺の風鈴はチンチロリン、チィリンチィリンの態では在るが、アスファルトの輻射熱の暑さに、夏の倦怠感と云った次第である。いやはや、後何時間かすれば、散水のお時間と為る。やれやれ・・・。

心何処ーショート 30℃超え、徒然に下衆雑感。
           30℃超え、徒然に下衆雑感、(8/19/13)
 夜の過ごし易さは太陽に駆逐されて、今日も30℃超えの暑い一日を更新する。お盆を過ぎて、何時とは無しの昼の折り返しを夕刻の早まりにも感じて、散水をしている次第である。日照的には季節の端境期に相当するのだろうが、9時を回れば熱い熱波にウンザリの日々である。

 それでもアスファルトの熱の退いた夜散歩時には、スイッチョの声を抑えるかの様に、コウロギの声が大きく為って来た。昨夜は散歩から帰って来て、裸ん棒で二畳小部屋の窓を開けて夜気を招じ入れて、蚊取線香を焚いて読書をして居た。小部屋は庭に面して居るから、夜陰のコオロギの声が季節の変わり目を告げて、良く響いて居た。部屋の明かりを貰って、キリギリスも鳴き始める。

 盆明けの月曜日、甲子園では熱い熱戦が佳境を迎えているが、政治も東京に集まって日常が始まって行くのであろう。食事時に見るニュース報道では、私も完全に野次馬と為って、出るわ、出るわの中狂国、半島国の何でもかんでも『反日火病症』へのウォッチャーが<病み付き>と為っている次第である。

 大きな声じゃ言えませんが、彼等の精神病体質にその原因が在ると悟りを開くと、実に面白い。何千年にも及ぶ歴史の積み重ねで、その精神病体質のDNAが、恰も重金属汚染が『体内蓄積』されての重篤見本の様で、真に合点の行く昨今である。
マスゴミ連中の決まり文句、したり顔の常套句では無いが、このままだと<孤立する右傾化日本>であるからして、何んとか中韓トップとの交渉実現をと言う。

 私はそんな飽き飽きした提言の欺瞞性を拝聴して居る次第では在るが、マスゴミ連中が事ある毎に、その筋の学者・識者に代弁させている偽善・欺瞞性の何と<退色し果てたか>と、この頃では御同情をして仕舞う次第でもある。

 何でもかんでも馬鹿の一つ覚えで、<反日教育の所為だ。自虐史観の所為だ。近現代史を学校で教え無い所為だ。>とコメンテーター連は口を揃えて言いはするが、実際問題として、それがどの程度の信憑性を持って居るかの把握もして居ないのでは無かろうか。
 其れなりの頭脳で、職業柄の歴史知識、経済知識、文学的知識、比較手法を持って、一応の日常感覚で物事を洞察して居るのでは在ろうが、果たしてそれが一般人より圧倒的に優れているか如何か???は、大い為る疑問符が点灯する次第である。

 マスコミ程度の軽いコメントを発する人間など、日本の世の中には五万と居る。常識として各種の趣味の知識を持って居る者も、五万と居る。そんな五万、十万、百万、何千万の日本国民が、『マスコミ村』を見て居るのである。アメリカの白人ゲート・タウンの中に居れば、見たく無い物は見ずに、行儀好く一つの社会秩序の中で安楽な生活を送れるだろうが、それだけでは多種多様にして多重の人間界を複眼的に見る事は不可能であろう。

  世の中は真に、複雑で圧倒的多数を占める下衆から出来上がっているのである。

「何を扱きぁがる。何時までも、綺麗事言葉遊びのママゴト遊びしてんじゃ無ぇや。大人だったら、シャキッとせんかい、シャキッと。<村馬鹿>連中が、何を能天気な事を言って遣がる。」ってなもでガンスよ。

<戦前は悪い事して、世界の皆様に多大なご迷惑をお掛けて、米公様に懲罰の原爆二連発落とされて、目が覚めました。全ての悪源は、日本帝国軍国主義に在りました。改心の証として、武力行使の軍隊は二度と再び持ちません。この過ち二度と致しません。

 軍国主義と共に二千数百年の皇国の歴史も、家族制度も、御破算にして、1620年メイフラワー号の清教徒から始まる人工民主主義国家・米国を見習いまする。ひたすら、恭順恭順。明治期の大慧眼・福沢諭吉先達の脱亜入欧→特亜なんて事は一切、御破算と致しまする。徹頭徹尾、平らに御容赦の段・償い金を以って仰せに従いまする。東洋の宗主国・中狂様には、事大主義国・小中華の半島国様に倣って、土下座の三跪九叩頭の礼で、全て仰せに従いまする。>

「冗談じゃ無ぇやさ。一事不再理も、遡及効の禁止、国際法に於ける条約の位置も理解出来ずに、何が大学進学率85%受験競争社会か。大学教育を4年でマスター出来る脳比率が高率で、そう簡単に可能かどうか、少しは経験値から学べや。アホンダラ!! 件(くだん)の如しで、法治の根本原則すら理解出来ない無法国家が、事あるごとにあの手この手で品を変えて、内政干渉と集りの悪行三昧だわさ。

 適当な現世絶対思想が、易姓革命思想を生んで一端、前王朝を倒して王朝を建てれば、焚書坑儒で歴史の一切合財を葬り去る。こんな歴史のモザイク国家に正統な歴史観など生まれ様筈も無かろう。見た目民主主義国家の韓国に於いても、前大統領が逮捕裁判にかけられる図は、何の事は無い。易姓革命の名残の焚書坑儒の焼き写しでしかあるまい。」

「いいですかな、歴史を綺麗さっぱりと『焚書坑儒』で無に帰して仕舞えば、その空洞は捏造史を以ってするしか手立ては無かろう。国家挙げての歴史捏造であるから、全てに於いて主人公は自分で在る。主人公が自分の捏造歴史は、取りも直さず自分中心のファンタジー歴史と為るのは、必然の結果と為る。中狂、韓国も第二次大戦後の成立であるから、前史が皆無に等しい。人間個人は経験値から学び、国家は歴史から学ぶと云うのが、まっとう脳の仕組みである。理論より経験知・経験値を学び、応用するのが人智の在り処なのであろうが、分母が高々60年、70年で在っては、所詮、説得力に欠ける。当たり前の事である。これは井の中の蛙などと言ったら、それこそ、蛙様に失礼の段である。こんな物は重篤な精神障害症と断じても良かろう。」

「歴史改竄・捏造の行いは、秦の始皇帝からの焚書坑儒策として、中国大陸・朝鮮半島のお家芸である。そうして見れば、やれ正しい歴史認識、靖国、教科書問題、南京大虐殺、従軍慰安婦、竹島、尖閣諸島問題、日本右傾化・・・etcの本質が見えて来ると云う物である。

 手を替え品を変えてタカル習癖は、一件落着物件を焚書坑儒してタカリ尽くすと云った馬賊・匪賊・海賊・山賊の脳回路から、一切進歩して居ない事の証左でしかあるまい。

 こんな類の人間もどきの言う事何か、真に受けたら貧乏神に取り付かれて、穴の毛までしゃぶられて仕舞いまするがね。特亜なんて生易しい定冠詞など言語道断でしょうに。毒亜で十分ですわ。」

「中国の有り難い諺に、<天網恢恢疎にして漏らさず>なんて真に素晴らしい物が在りまするが、折角の奨学金生達の政党民主党では在りましたが、三年三カ月の短命政権だけでなく、今や、シベリアの永久凍土に焚書坑儒されたが如く、日本工作も頓挫して、本家本元の赤い征服王朝の台所も火の車とか・・・加えて、同病、相哀れむの為り行きか、<大中華と小中華の合邦>も口さがない下衆の巷間の話題として、浮上しているやにも聞き及ぶ次第でも在りまする。」

「いやはや、一切、閉じ籠りの賄い夫稼業のロートルには、真層の真偽は計り兼ねまするが・・・ 日本の政局の末期症状として、マスゴミ様が流される常套句には、沈没船から脱出する鼠群れの話とか、泥舟から逃げ出す船乗りなんて話が、度々電波から流れるのでは在りまするが。そろそろ、マスゴミに巣作う反日勢力も引き時を考えて行動された方が好いのでは無いでしょうかね。へへへ、老婆心ですがな。」

「何度か諏訪湖の富栄養化汚染での、善玉浄化バクテリアと汚染守旧玉バクテリアの湖底で繰り広げられている<興亡戦>を打った次第では在りまするが。勝敗の現象とは、恰もオセロゲームの様に、黒白が或る時一気に決着が付いて仕舞う物でも在りまする。」

「古代地中海の覇権を争ったポエニ戦争、スペイン無敵艦隊を撃破したエリザベス女王、ナポレオンの野望を粉砕したワーテルローの戦い、西軍を破った関ヶ原の戦い・・・etcと世界、天下分け目の花々しい戦闘絵巻の裏には、沈没船から一斉に逃げる鼠の群れ、泥船を見限って逃げる乗員、諏訪湖の善玉、悪玉バクテリアの長い攻防なんて、素地が用意されて居るのが実情だと思うんですがね。」

 そろそろ、普通の感覚でテレビ報道を為された方が宜しいんじゃないでしょうかね。イッヒッヒ!! 以上、下衆の雑感を打って見ました。いやはや、熱いでヤンスわね。

心何処ーショート いやはや、飽きずに暑いばかりである。
         いやはや、飽きずに熱いばかりである。(8/18/13)
          
 クラクラする午後の熱気に食欲は無く、仏壇の供え物の白桃、梨を食べようと出す。

「大きな桃だね。高かったんだろう?」
「嗚呼、こんな時でも無いと、貧乏人の口には入らんわね。不味くは無いと思うよ。」

 妖怪様は、好物の桃を果物ナイフで切って口に入れ、美味しいと目を細める。さて、私もと手に取ると、婆さん大きく手を打って、破顔一笑の<好く来た!!>の反応であった。振り返れば、孫を連れた倅が庭から入って来た。

「オヤジ、悪い。餓鬼の風邪が移って、俺が伸びてたもんだから、お墓参りして無いんだ。来ると言って、来ないと婆ちゃんしょげてると思ってさ。ハハハ。」

 スイカ持参で、倅と孫が廊下から上がって来た。月に一度の顔見せであるから、孫はまたまた、成長して居る。風邪後であるから、庭で水遊びも出来まい。風呂に入った後であるから、風呂で遊べば好かろう。早速、差し入れのスイカを切って、美味いスイカを頬張る。オシメも取れて、スッキリした半ズボン姿である。途中シッコで、家の子がして居た様に、廊下から庭にシャーである。

「おい、風呂が丁度好い温度だから、風呂プールで遊べ。」
「や~よ。」
何を抜かすか・・・そんな物は口だけで、入って見れば幼児にとって、こんな気持ちの好い遊びは無く為るのである。生意気な口を叩きおってからに。

倅は子煩悩な男である。
「如何だ、家の風呂より広くて気持ちが良いだろう。ほら、ブクブクして見ろ。父ちゃんも、此処で婆ちゃんと遊んだもんだ。怖くない、怖くない。」

 早速、親子揃って遊んで居る。私は打ち掛け中のPCを続行する為に四畳半定位置である。老母殿と倅は黄金コンビなのであるから、婆さんの前で孫の動きを見ながらの談笑が、妖怪様には<百薬の長>なのである。

スイカを摘まみに行くと、丸裸の孫は父親にベッタリくっ付いて、盛んに相想を振り撒いて居る。倅は、『暑苦しいから、離れろ、離れろ』と追い遣るが、其処は未だ<猿の子>である。アハハ~。

 赤ん坊の時から、脚力の発達した子である。裸ん棒の下半身は、実に発達して居る。尻の割れ目に蒙古斑の青味がくっきりと浮き出て居る。無用心に此方に尻を向けて、屈み込むと、尻の穴が丸見えで、此方が恥ずかしく為って仕舞う次第である。好く動く子である。さてさて、隙ありで、足の隙間から手を伸ばそうとすると。

「じぃじ、や~よ。」と、来たもんだ。単純戯けの私の悪戯は、幼児に軽く見透かされて、面目無しである。アハハ、皆に笑われて終ったから、<猪口才な子猿めが~>で、スプレーで、チンチン攻撃である。

「じぃじ、や~よ。やめて。」と、男の癖に、股を閉じて両手で防御して居る。
「なんじゃい、リョウスケはオカマか? それそれ、それは何じゃい。オカマ野郎~!!」
「これ、チンチン。みちゃ、や~よ。」

 猿の子倅は、私のスプレーを取り上げる。そして、オカマ腰の力みでレバー両手引きで身構える。シャ~の声を発して、私の顔面に報復放水二連発!! キャカキャカと手を打って笑って居る。

「この、馬鹿っ小僧が~、生意気分を確り貯金して置いて、その内に、泣かして遣るわさ。イッヒッヒ!!」

 四畳半定位置に戻り、PCの続きをして眠くなったので、暫しの身の横たえである。全裸小僧は、例に依って家中を走り回り、何度も、部屋を覗きに来る。暑さを物ともせずに、走り回るバイタリティは、丸で南アのズール族の裸の戦士見たいな物である。

「じぃじ、かえるよ。またくるよ。」服を着て孫は、バイバイの御挨拶に遣って来る。

 倅の車を見送って、これで来年に成れば、大手を振って川遊びが出来るし、<この野郎、馬鹿者!!>と頭をひっぱたいて、<男の番から交信>も叶うと云う物である。へへへ、R家は、男序列の家系であるからして、新参者の子猿には、『子権』なんて物は、端から一切無いのである。ギャハハ!!

 涼しい空気に、ミンミンゼミとキリギリス達の声が聞こえる。未だ、四畳半からの太陽の熱気は、部屋に入って来ない。目を閉じて、そんな声を聞いて居ると、私は草原の中に居る様な気に為って来る。四畳半、廊下、二畳小部屋のキリギリスの声は、草原の拡がりを示して、家の中に居る感じがして来ない。寝て居る格好で在るから、耳は地に近い。それがキリギリスの声と同位置なので、草原に身を置いて居る気分を運んで居るのであろう。

 閉じた瞼には、光は感じない。本日は曇天だろうかなどと思い、目を開ければ本日も晴天の兆しである。そうこうして居る内に、四畳半からの熱気が入り始めた。暑い暑いの一日が始まって来た。

 いやはや、毎日、飽きずに熱いばかりである。今日のマイタイムは、シュノーケルとヤスを持って、川浸かりに行って来るべしである。へへへ。


心何処ーショート 映画とウィキペディア
                映画とウィキペディア8/17/13)
 昨夜は、バート・ランカスターのズールー戦争を見た。手持ちのマイケル・ケインのズール戦争と比較して良い買い物だったと思う。

 ズール戦争は、1879年に大英帝国と南アフリカのズールー王国との間で行われた戦争との事である。英国軍は緒戦のイソンドルワナの戦いで、槍と盾のズールー軍に大敗。その後、大英帝国各地から大規模増援部隊が送り込まれたウルンディの戦いでは、近代兵器を用いた英軍が王都ウルンディを陥落させ勝利。ズールー王国の独立は失われたとの由。

 帝国植民地政策を世界に展開する大英帝国は、植民相ヘンリー・ハーバード・カーナーボーンは、1874年に成功裏にカナダ連邦を成立させ、高等弁務官フレアを南アフリカに送り込んだ。彼はアフリカの部族間抗争に付けな込んで、以下の13カ条を含んだ最後通告をズールー国王セテワヨに送り付ける。

                   最後通告
1.測量技師を捕えた犯人をナタール裁判所で裁判にかけるために引き渡すこと。
2.上記の犯行およびセテワヨが裁判所命令に従わなかった賠償として牛500頭を支払うこと。
3.測量技師への違法行為の賠償として牛100頭を支払うこと。
4.スワジ族長ンビリナイをトランスヴァール裁判所で裁判にかけるため引き渡すこと。
5.即位時の約束を遵守すること。
6.ズールー軍は解散し、男達は帰宅すること。
7.従来のズールー軍制は廃止し、英国との相談の上で別の軍制を採用すること。
8.帰宅した男達は結婚できるようにすること。
9.1877年に以前にズールーに居住していた全ての宣教師と改宗者は彼らが望むならば帰還し、元の住居に住まわせること。
10.宣教師たちは説教を許され、教えを望むズールー族は自由に聞けること。
11.上記の条件の履行を監督する英国代理人の滞在を許可すること。
12.宣教師およびヨーロッパ人に関する全ての紛争は弁務官同席のもとで王が公に聴取すること。
13.弁務官の同意なしに、ズールーランドからの追放刑は行わないこと。

 高等弁務官フレアはズールーとの紛争を引き起こすことを望んでいたと信じられており、そしてその目的は達せられた。ズールー王・セテワヨは12月11日の要求を拒否してこの年の終わりまで返答しなかった。1879年1月11日に本国政府からの承認が与えられ[要出典]、開戦は既定のこととなった。第一次進行は1879年1~5月、第二次侵攻は同年6~7月に行われ終結を見る。


    ※日本を取れば1853,54年ペリー来航、68年明治維新である。
 へへ、白人支配の方法は、旧態依然としてるでしょ。治外法権・多額の賠償金要求・内政干渉・軍制の廃止・布教の自由・裁判権の拡大と国家から主権を奪い取って、国柄解体で隷属の植民地化を推し進める。まぁ、お隣の中国さんも王朝交代の歴史で、臆面も無くそれを被征服民に押し付けて来た歴史なんですけどね。
 
 大東亜戦争が終わって70年も経つのに、毒亜国の日本叩きは常道を逸して居る。白人種の有色人種への纂奪植民地政策の酷さを全く世界史から学ばない国民頭脳とは如何なる構造なのか・・・民度の低さは覆うべくも無い。
 
 この位の世界史俯瞰を脳裏に置いて、ズールー戦争に纏わる映画二本を比較して見ましょうかね。共に、物語の舞台は、第一次侵攻時の物語である。
 
 ランカスター物はイサンドルワナの大敗北で、主演のランカスターも戦死である。ケイン物はロルクズ・ドリフト砦の防衛戦が舞台である。映画の出来は、文句無しでケイン主役物である。
 然しながら、ズールー戦争を理解するには、この二作は好位置に立っている。第一次侵攻で大敗北を示す形としては、ランカスター版。イングランド魂を謳い上げるには、ケイン版が必要である。尚、ケイン版のフィナーレを飾るビクトリア十字章は、11名に与えられてる。
『敵前に置いて勇気を見せた軍人』に対してのみに授与されるビクトリア十字章は、1856年のクリミア戦争から始まり、現在までにその授与者は1355名にして、ロルクズ・ヂリフトの防衛戦では11名。一日の戦闘で贈られた数は、最多を誇るとの由。
 
 今日も尖閣の海には中狂国の海警鑑が、吾が物顔で航行しているとの由である。口では国連、話し合い外交、平和憲法護憲などと、能天気な事をインテリ、良識の衣装を着て居ても、人間の性は、好戦的で独尊的な傲慢さが見え隠れしているだけである。

★映画に触発されて、ウィキペディアで検索して見れば、人間の履歴書が直ぐ様に浮かび上がって来る物である。人間、国家の常態に、性善説・性悪説の色眼鏡化は、ややもすると単なる融和策の問題先送りに陥るだけの事でしょうが。

 へへへ、何時の時代も白人国家の有色人国家に対する最後通告とは、エゲツナイばかりの内容ですね。歴史は繰り返す。前述の<不平等条約のくびき>から逃れる為には、明治国家は、国家存亡の戦いに多くの血を流したのは、言うまでも無い厳然たる事実である。毒亜国の様に、歴史への反省反省のシュピレヒコールで、自分達の主張と経済援助を取るのは、まともな人間のする事では在るまい。

 ハルノートにしても、日本の国連理事国入りにしても、自衛隊の国坊軍構想も、TPPも、米国は日本の自主独立路線を抑え込みたいんですしね。増してや、毒亜周辺国の中狂・半島国の火病沙汰は、端から常識の頭脳回路とは言えませんしね。

 海賊版作りはお手の物なのに、映画からは何も学ばず、ウィキペディアなんて知恵蔵(ちえくら)はネットの必需品で、それにアクセスさえすればそれなりの知識が得られるのに、その手間すら惜しむ。それでいて、日本の右傾化、歴史捏造を止めて、歴史を直視せよ、<歴史を忘れた民族に明日は無い>などとほざき、下品に喚き散らして、好い気に為って居る。

 俺ぁ女日照りにして、無類の女好きだけどさ、人はパンのみに非ず、男は密壷のみに非ずで、柳腰をクネクネされても、毒亜饅頭なんかパク付く気には為りませんがね。

 阿保んだら、日本にはビクトリア十字章は無いけど、君民一体の靖国神社、その末社の護国神社さんが在って、緑濃い鎮守の森には、心地良い風が吹いて普段着の英霊さん達が寛いで居らしゃいまするがな。マゾ子も敗戦後70歳にも為るで在るから、いや~、ご無体な、お許しを~、なんて黄色い声も出無い婆ぁに為って居るんだから、マゾ、ブリッコを卒業して、きっぱりと手順を踏んで、年相応の頭脳、社会、国家を作って行かなきゃ行けませんわね。あい~。

      右も左も、少しぁ、まともな国家・国民に為られませや。へへへ。


心何処ーショート 雨宿り為り
                  雨宿り為り(8/16/13)
 昨夕からの稲妻、雷鳴、雨は凄まじかった。天候の具合を観ると、雨が降りそうな雲行きであったから、散水は降雨に期待して護国神社さんにお参りに行く事にした。敗戦日であるから、自転車に乗らずに徒歩で行く事にした。傘を持って行こうとは思ったが、それも止めにした。降ったら降ったで、敗戦日の思いも又変わるかも知れぬ。

 横鳥居から境内に入り、本殿鳥居で拝礼をして、駒犬横の掲示板の書を読む。去年は硫黄島守備軍総司令官・栗林中将の大本営宛て最後の打電文で在った。そして今年は、昭和天皇の終戦の詔勅である。原文と口語訳文の二書で在った。<気を付け>をして拝礼して、一字一句を二度読みする。

 私は敗戦後の昭和23年の産である。それでも、漢文調の文語体には然程の難しさは感じない世代である。昭和20年8月15日の日本国民が、等しく感じたであろう詔勅の生の感触を得たかった。お恥ずかしい限りでは在るが、敗戦の詔勅の全文を読む機会は、今まで一度も無かった。敗戦の詔勅は、<耐え難きを耐え>の一節しか耳覚えの無い不埒者である。勿論、昭和天皇の軍服姿など一切知らない戦後生まれである。昭和天皇のテレビ映像とお声を頭の半分に置いて、詔勅に対す。

 全文が、天皇の御手に為る訳では決して在るまい。その当時の一流の文官・学者が草稿・加筆をしている天皇の詔勅なのであろう。

★時代、時代の空気、瞬間の空気の証言とも云える物が、詔勅全体のトーンを構成しているの感を持った次第である。

 此処には皇紀2605年の皇統を体現した天皇の心情が、余す処無く表現されている。その内容は格調高く、<耐え難きを耐え・・・>の一言だけで括られるほど、軽い詔勅では無い。自衛の為の戦争、大東亜への夢、臣民への想い、労い、民族を絶やさない為の決断・・・等々が語られている。日本国と云う天皇の国に於ける天皇の存在意義が、良く理解出来る詔勅内容である。

 過日の麻生さんの<ナチス引用>に依る憲法論議への拙速さを嗜める論を、ナチスの言葉だけを切り取って、意図的な曲解を世界に焚き付け、左巻き主義者達が、恰も言葉狩りの手法で、魔女狩りをする様な報道姿勢のエゲツ無さは、言語道断の想いであるが、詔勅に対しても、『東京裁判史観』の焼き写しをして、今日まで至って居る。

 知識は耳識に非ず。見て読んで聞いて感じて、賛否両論を確かめて知る事に在る。知るは他動に非ず、自動の結果である。増してや他人ダイジェストの一片の言葉の欠片を以って、耳知識の一つに数えるなど、言語道断の極みと云えよう。付和雷同を幾ら積み重ねたとしても、自身の知識は身に付かない。この<通理>が働かない社会で在っては、余りにもサモシイ人間社会では無いか。

 今や、手元に図書館並の知識収蔵庫・スマホを持ち歩く現代人にして、高学歴者達である。私の逸物と同様に、利用機会が無ければ、それは<単なる宝の持ち腐れ>と呼ぶべき物にして、時の流れに抗する術も無く・・・朽ち果てるのみである。嗚呼、嘆かわしや。

 そんな自省を込めて、読む。雨がポツリポツリとするや、黒雲に稲妻が砕け走り、雷鳴轟き、バケツを引っ繰り返した様な雨足が襲って来た。社務所から本殿への渡り廊下を歩いて、お参りをして来る。渡り廊下には、書・画が飾られてある。その一枚一枚を観て、社務所の軒下で胡坐を掻いて、緑深い鎮守の森に対する。

 地上10m弱の重なり合う葉群に、一か所、風が揺れ動く。雨に打たれる松の幹に、苔の緑が蘇る。雨といの無い社殿の屋根からは、雨水が滝の様に流れ落ちる。花崗岩の石畳に雨が弾き飛び、小砂利は雨に洗われ黒く横たわり、芝生は生色を見せる。

 叩き付ける雨音に、境内の静けさは増し、鎮守の森の梢揺らす。その様は擬人化を働かせば、英霊達の声、顔の様にも読み取れる。私の前の石灯籠には長野県ニューギニア隊と彫られている。

 ニューギニアには、20万の将兵が送られたと云う。そして帰還した者は10%にも満たない1万8千名との事であったそうな。多くの将兵は、マラリアと飢餓の内に逝かれたとの由。私の好きな映画の話からすれば、加藤大介さんの『南の島に雪が降る』の舞台となった南方戦線である。

 黒雲に稲妻砕け散り、雷鳴は号砲の如く、鎮守の森を激しく打つ雨は、熱帯のスコールの如・・・ 豪雨の護国神社に、吾一人、雨宿りをする。30分、60分、90分、雨、漸く勢い落とす。小振りを見て、雨の中を帰って来る。

 渡った川は、流れをとぼらせていたが、帰りは豪雨を得て濁りの通過を見せて居た。
8/15敗戦の詔勅日・・・猛暑・熱暑に死に体の川に、流れが満たされて行く。帰宅と同時に、雨は再び炸裂の沙汰である。見る見る内に、庭は水浸しに為って行く。

  稲妻、雷鳴、土砂降りの雨が、小休止を置いて、続いた昨夜であった。

 明けて、本日、朝からミンミンゼミ、キリギリスの大合唱に、熱気は汗腺を早くも詰まらせている。寝易い夜に、夏疲れがドッと押し寄せた様に、心身ともに重い午前中である。

 Tの電話にシャワーを浴びる。いやはや、灼熱の太陽直下は、剥き出しの頭皮を焼き付ける。それでも、南洋スコールを何度も浴びた植物達は、葉の色を蘇らせて、一杯に葉、花を拡げて居る。

 スタバ二階席は、矢張り涼しい。本日は、目の保養は無いから眼の動きは少ないトークである。お互い、猛暑疲れの段である。時事問題を軽く流して、パッパタイムに外ベンチに座れば、飛行機代を掛けずにサイパン並の焼き付く様な熱波の中で在る。

     スタバ・スタッフの若いおネェさんが煙草を吸いに遣って来た。

「一気に、容貌が崩れて来たぞや。幾ら楽しみ事でも夜の生活の乱れは、若さを直撃するぜや。し盛りだろうけど、諸般の事情を勘案しながら、程々が熱暑を乗り切るコツだんね。」

「またまた。そんな事言っちゃって。答え様が無いです。ほほほ。」

 と、彼女は、手で口を隠しての御対応である。店で一番若いスタッフさんであるが、メキメキと女域に到達して居る娘さんである。もう、アルバイト2年目であるから、好色ヤクザもどきのロートルコンビのセクハラトークなど、<ほほほ>と軽く交わして仕舞う。

 今時の若者は、男女共にのっぺりした顔に雰囲気が多いのだが、おネェさんにはちゃんとした表情が在るから、セクハラトークも面白いのである。スタイルも良いし、話にも軽く乗って来て呉れるので、此方も安心してセクハラトークが可能と為って来る。

「おっ、その笑い方は、先天的好き者の性質ですがな。俺は口先助平オヤジだ。実行力ゼロだから、幾らでも近寄っても良いけど、隣のオッサンは危ないから、距離を保たなきゃ、シングルママに為っちまうぜや。」

「騙されちゃ行け無ぇぞ。スキンヘッドにして剥き身のモロ出しを仕出かしてる親父だから、俺の三倍の距離を確保しとかなきゃ駄目だぜや。こんな物ぁ、強姦の前科10犯男だぜ。口が巧いから、耳塞いでた方が良い。」

「でも、スキンヘッド、良くお似合いですよ。涼しいでしょう。夏向きで。」

「俺も最初はそう思って居たんだけどさ。遣って見りぁ、完全な砂漠気候でさ、熱し易く冷め易いで、外気温と直結さね。」

「帽子を被れば良いのに。」

「こいつは、これでもお洒落でさ。帽子を被って頭と顔がツートン・カラーに為るのを避けて、見栄張ってるんだわさ。好い歳こいて、往生際が悪いんだよ。」

「コンニャロめ。俺ぁ頭が空っぽだから、ツートンカラーで2空っぽじゃ、公道を歩けんわね。見栄なんてしてる余裕が無ぇのさ。<人知れぬ努力>をして居ると言って貰いてぇのさ。ギャハハ!!」

「何時も、楽しい会話を聞かせて貰って、為に成りますよ。じぁ。」

 ホームセンターに行くと、大きなサイズの地球儀が、処分価格と為って居る。プリンターインクを買ったりして居ると、500円DVDコーナーの中に、探し求めて居たバート・ランカスター版の<ズールー戦争>が在った。

 1964年作のズール戦争(マイケル・ケイン、スタンリー・ベィカー、ジャック・ホーキンス)のDVDはお気に入りの一枚で在ったが、1979年作のズールー戦争(バート・ランカスター、ピーター・オトゥール、サイモン・ウオード)が在ると知って、そのゲットを目論んで居た次第なのである。

     へへへ、これも靖国の英霊さん達のお導きかも知れぬ。


心何処ーショート 年に一度の町会納涼会為り。
            年に一度の町会納涼会為り。(8/15/13)
 ああ、疲れた~。インターネット手続きで、NTT、AU、SONET、ワイズと2時間半も行きつ戻りつの右往左往のジグザグ行進の始末である。元来、粗雑な作りの脳細胞は、こんがらがって完全に酸欠状態である。

 田舎者の後期高齢者が、大都会の総合巨大病院の門を潜る様な物で、一体、どの病棟に行けば良い物か解らず、ウロウロ、右往左往を繰り返すだけの無様である。田舎ロートルには、内科、外科、整形外科、歯医者位の区割りが、一番の使い勝手の良さと云った処である。

 喉も乾いて、ベットの上で扇風機に当たっている妖怪様のタボ付いた腕を、『この野郎め!!』と、つねって遣りながら、<婆さん聞いて呉れや。斯く斯く云々で、やっと一件落着ですがな。世の中、細分化に特化しちゃってるから、丸で世の中にぁ、付いて行けんわさ。>

 ベットで伸びている妖怪様は、笑って聞いているだけである。自分で茶を入れて喉を潤して、自室定位置に戻る。

 さて、極薄アメリカンコーヒーを飲んで、本日のブログ日誌を打つと致そうか・・・

 町会生ビールを飲む為に、早や目に夕食を取り、庭にホース散水、ジョロ散水を施して、町会納涼会に出掛ける。お目当ては、長老会会長のNさんである。

  100円と思ったら、200円で在った。ビールを持って、Nさんの隣に座る。

 公民館前には座卓が並んで、歓談の場が設けられている。紅白の布が掛ったステージでは、カラオケがされている。広場の隅には幼児相手の金魚掬い為らぬ玩具釣りのプール、鉄棒の横では、恒例の焼きそばが焼かれて振舞われている。

「やぁやぁ、生きて居たかいね。年に一度の織姫・牽牛の一時に馳せ参じましたわね。へへへ。」
「やっと来たかい。じゃ、乾杯するかいね。」

 会長さんはテーブル向かいの御仁に、私の紹介をして下さる。この席は、市会議員さんかなと思いきや、創価学会の平和会館の館長さんとの事である。

 絵を描いたり、文章書いたりしてる人との触れ込みに、館長さん、胸ポケットからスマホを取り出して、早速、私のブログ頁を立ち上がらせて呉れる。

「ねぇ、今は便利な時代で、こう遣って直ぐアクセス出来るだから、畏れ行っちゃう。」
「絵は、カテゴリーのマイギャラリーを開いて呉れれば、戯け画のオンパレードせ。」
「どれどれ、あっこれだ。出て来た出て来た。こりぁ、一杯ある。」

 現役館長さん以外は、皆、お役御免の御隠居さん達である。或る事無い事、尾鰭、背鰭に、色塗りの戯け話である。私は出掛ける時は、ついついタバコのポイ捨てをして仕舞う人間であるから、煙草を持ち歩かない習性が身に付いて仕舞ってる。会長さんは、私の親父と言っても良い程の歳である。スィッと煙草を進めて呉れる御仁である。

「やいやい、こりぁ、年寄りに煙草タカリに来た様なもんだぜや。七夕のお付き合いだけど、記憶力抜群だね。」

「おぅ、俺ぁ、呆け無ぇ様に、本を毎日読んでるからな。それでも、先生にぁ敵わん。余程の知識・素養が無いと、あんな白らば呉れた文章、絵なんか描けんぜや。何処から、湧いて来るだや。」

「俺の頭見たって、スキンヘッドだぜ、頭から何か出て来んわね。出て来る処は、この胸毛せ。見料は要らぜ、とくと拝んで見るかいね。イヒヒ。」

「おお、エラクく白髪に為っちゃってる。」

「そうずら、胸毛も会長様見たいに白髪に為る位に為ると、無味無臭の枯れの味が、出て来るってもんさね。信州の冬の味覚・沢庵漬けだって、寒冷地・信州の酷寒の中で、ジワジワと低温発酵するから、風土の織り為す風味が備わって来るって物ずらい。」

「巧ぇ事、言うじゃ無ぇか。」
「そうズラ、俺ぁ、並の戯けじゃ無ぇから。忘れ無いぇ内に、メモっときましょや。」
「大丈夫だ、俺ぁ、酒が入りぁ、天才の記憶力だ。ハハハ。」

「今、ささと今日のブログに目を通したんだけど、味が在る。こりぁ、読む楽しみが出来た。只者じゃないわ。」

「この、身体付き見りぁ、この胸板の厚みに、太い腕、顔付は精悍その物。処が、内面と来たら、詩人と文才・画才の持ち主と来ている。そして、エロ話の大家と来てるんだから、何時間話して居ても、飽きが来ない。ユニークな人だわ。家の倅はあそこに居るんだけど、この先生と比べると、線が細過ぎる。さて、今日は、時事問題の講義でも聞かせて貰うかいな。そうだ、憲法問題と行くかいな。」

「そうかい、憲法問題かいね。好いねぇ~。憲法語らせたら、俺、ちょっと煩いよ。土台、西周(にし・あまね)さんが、RIGHTを『権利』なんて訳したのが、<日本の躓きの始まり>で、福沢諭吉さん見たいに権理と訳字しなかった付けが回って来たってもんさね。

 利益の利と個人を超えた理(ことわり)の理とは、所詮、次元の相違が在りまするがね。

 利と理の間には、公私の隔たりが厳として存在するのに、市民・自由市民の発想ばかりが先行して仕舞ったから、如何しても個人の私利私欲・個利個略が、大手を振って日本の公道を闊歩し捲っている。品格欠格国家にまっしぐらって処でしょうかね。

 法律の前に、イザコザ、諍い、戦争の歴史が在って、人類は理性に目覚めた。法は対処の仕方なんだろうけど、一端条文が出来ると、偶像崇拝が働いて、金科玉条扱いをして仕舞う。条文のカヴァ出来ない処を条理・常識・良識・仕来たりで補う筈の処が、細かく細かく、天眼鏡で覗き込んで、条文の山を築き上げて仕舞う。条文の前に法哲学が厳として存在してるのに、条文だけの整合性ばかりを言い争って居るから、<肝心要の憲法のキンタマ>が見えて来ないと思う次第ですがね。

 戦勝国GHQの置き土産・平将門の首塚の大重しじゃ在るまいし、占領下時限憲法を自縄自縛の<米国のくびき>を戦後60、70年も経っても、後生大事にしてたんじゃ、駄目だいね。煙の無い処、火立たずで、GHQに日本が再び立ち上がる事が無い様にとの、明確な意思を以って、不戦憲法が作られただけの事であろう。

 世界史を紐解けば、『くびき』なんて歴史証左は、ロシアに於ける<タタールのくびき>、朝鮮半島に於ける<中国1000年のくびき>なんて物も在るし、進化論・大航海時代から始まる白人の有色人種への500年に亘る<帝国植民地主義のくびき>なんて物も在りますわいね。そんな中で、大東亜共栄圏は歪曲・矮小化され過ぎてませんかね。へへへ。

 権理を権利なんて当て字するから、日本国民も現世国民に限定してしまう狭量に陥って仕舞うんですわ。国民を皇紀2673年の中の限時的国民(高だか90年前後の寿命)でしか無いと考えれば、90/2673でしかあるまい。現国民が他界しても、日本には日本人が暮らす日本国なのである。大和民族となって日本国民は過去・現在・未来のDNAに繋がると云う事でしょうが。

 歴史・伝統の中に生まれて、それを引き継ぎ、次世代にバトンタッチする在り様が、国家の根幹=国柄=国体と云うもんでしょうが。

 今は、核家族化の細分化が進み過ぎちゃったから、己が其々の個人的権利と云う具合に、個人的に考えれば、至極使い勝手の良い権利でしょうけど、それが一家と云う三世代家族だったら、其々の個人的権利の主張は、我儘の烙印が押されちゃいまするがな。
 世代複合体を束ねるには、一般的に広く通用する理の存在・想いが必要不可欠でしょうが。従ってそうすれば、歴史伝統の中で、広く一般的に通用して来た物=通理の理を以って、権理としなければ為らなかったと思うんですがね。

 言って見れば、個は全体を表し、全体は個をも表す。それが代表するとか象徴すると云う意味でしょうが。日本語の衰えは、酷い限りですわ。

 学者・マスコミさん達が、ああだ、こうだと云う前に、占領下憲法・権利・国民の三点から考えても、違和感満載の現行憲法と云う意識が働くと思うんですがね。

 日本の世界史の教科書じぁ、欧州の絶対王政崩壊・ナポレオン登場・ウイーン会議のメッテルニッヒの王政復古、ナポレオン三世の登場なんて、何行かの記述で済まされて居るけど、その内実は歴史の過渡期で物語風に再演すると、シッチャカメッチャカの暴動・弾圧・血の殺戮合戦を演じた50~60年だったらしいですわ。
 そりぁ、日本だって幕末の黒船から維新、西南戦争と維新の立役者の西郷さんと大久保さんの命の遣り取りが在ったんでしょうし、権利にしたって、西さんと福沢さんの対決が在ったんでしょうよ。

 近年政治だって、自民党の安倍・福田・麻生政権の瓦解する様は、幕末の徳川幕府を観る想いがしたし、マスコミの鳴り物入りで誕生した民主党政権の素人政権の無力さ・無責任さは、丸でフランス・ブルボン家と市民革命のドタバタ劇を歴史に準えて見る様な物でしょうが。

 大風呂敷を畳んで話を整理すると、本を読むって事は、行間を読む事だろうし、行間を読むって事は、多層アングルを日頃、仕込んで置いて脳味噌の引き出しから引っ張り出して来ねぇと、言葉詐欺師に騙されたり、誑(たぶ)かされちまうんね。
 
 まぁ、俺ぁ、馬鹿だから、難しい高邁な論法事はさっぱり解らんけど、何んとなく感じる事は出来まするがな。ギャハハ!!言って見りぁ、これが権利と権理の違いかも知れ無ぇよ。ギャハハ~。」

「やいやい、またまた、ご高説を頂戴しちまって、喉が渇いたずらい、これで、ビール注いで来てお呉れや。いやいや、驚異に値する人だわ。何か、此処ら辺の脳細胞が活性化されて、新しい細胞が生まれて来る様だぜや。」

「おちょくってからに、親父、それを言うなら、能ある鷹は爪を隠す。脳ある豚は臍を隠す。<豚も煽てりぁ木に登る。>・・・恐れ入谷の鬼子母神、結構結構、灰だらけ。猫のお穴は毛だらけ、スキンヘッド、拝んで柏手、ポンポンって云うだわね。あい~。」

「いや~、こんな話しが聞けるなんて、儲けちゃいましたよ。凄いわ。」

「またまた、俺ぁ背骨の無ぇアメーバー見たいな軟体動物だから、容器の形状次第で、伸縮自在せ、当たるも八卦、当たらぬも八卦だぜ。マトモに信じたら、駄目だんね。
 其処へ持って来て、俺ぁ敏捷性に欠けるから、カメレオン見たいに、周囲の色に合わせて『七面鳥踊り』遣ってるだいね。
 本当はね、この親父さん見たいに、<泰然自若の無色無臭の風情>で居たいんだけど、育ちが悪過ぎて<森の石松、馬鹿は死ななきゃ治らない>の修業の身ですがな。」

「<無色無臭の泰然自若の風情>なんて言葉が、スイスイと好く出て来るもんだ。家帰ったら、早速、字引引いて色紙に墨書して飾っとかなくちゃ。何しろ、この頃、健忘症が進んじまってるぜな。ふふふ。」

「あいあい、寄る歳波、上座に同様ですがね。<記録に勝る記憶無し、転ばぬ先の杖>だぜね。親父、お互い、歳は取りたかぁ無ぇわね。ひひひ。」

 こんな話しをして居ると、ネパール料理の店から、三人の女性が遣って来た。タイ、インドネシア、ネパールの若い女性達である。腰の括れとヒップの肉厚感が何んとも、タッチしたい欲望がムラムラして来て仕舞った。

    遺憾いかん、オイタは御法度、お手手が後ろに回って仕舞う。

 へへへ、左様で在るか・・・安倍さんは、<民主主義と繁栄の弧>政策を推し進めている次第であるから、近々、目の保養として東アジア女体観賞でもして参りましょうかね。普段は閉じ籠り賄い夫生活をしている関係も在って、こんな機会に外界を見れば、浦島太郎の感覚に陥って仕舞うばかりである。

 本日分を打ち終えて、茹だる様な熱さである。本日8/15.靖国神社さんにはお参り出来ないが、護国神社さんで英霊さん達に御挨拶に行って参りまする。

心何処ーショート これで、怠惰のマイペース。
           これで、怠惰のマイペース。(8/14/13)
 さて、朝の内に親父の墓参りをして来るべしである。ゴミ出しに行くと、町会長さんに、<今日は納涼会だから、出て来ましょ。>と声を掛けられた。籠には、会場設定を終えて来た道具が入って居る。役員さん達は、ご苦労様で在る。

 老母にお茶を入れて貰い。線香、マッチ、拭きタオル、刈り込み鋏を持って墓参りに行く。途中スーパーに寄って、花と供え物を買う。

 薄川に来るとお盆マラソンとやらを遣って居る。日本列島、何処を切っても金太郎アメ。この猛暑の最中、ご苦労様な事である。命を縮め為さんなよ。

 市東端の裏街道であるから、山の迫り出し、水田、畑が続く。夏色山景をバックに、昔ながらの暑い田園風景である。しな垂れる夏草に、麦わら帽子の草刈り機のエンジン音が響く。墓は中山丘陵一帯が墓地公園と為って居る。山裾には、前方後円墳の弘法山古墳が松本平を見て居る。

 信号を右折すると、木立の中の坂道が霊園に続く。オオムラサキorコムラサキが道を横断して行く。お盆二日目であるから、車は数少ない。駐車場には車が一台駐車して居るだけである。

 桶に水を汲んで、炎天下の芝生道を上る。いやはや、暑い。先ずは墓のタマツゲ二本に鋏を入れる。鋏を研いで来たから、面白い様に好く刈れる。刈り込みをして居ると、倅から電話である。子供が熱を出して居るから、今日は行かれないとの事であった。

 散髪の後片付けをして、墓石の親父も暑かろうから、ゴミ捨て序でに空に成った手桶に、もう一杯である。

<親父、俺は女じゃないから、報告する事もお願いする事も無いから、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏だけで、帰るぜ。こんだけ綺麗にして貰ったんだから、文句言ったら、張っ倒すぜや。ほんじゃ、四男坊は帰りまするがね。へへへ。>

 おやおや、一方通行の表示が在るのに、逆走ですかね。好い歳かっぱらって、何を遣っとるんじゃい。横着とモウロクは別もんでしょうが。

 おっ、今度はホーンの二連発かいな。街場の渋滞じゃあるまいし、山中に来てまで二連発とは、恐れ入谷の鬼子母神・・・ロートルに為っても、助手席の古女房に好い処を見せ付けた居んかいな。へへ、下衆野郎にも程が在るぜや。少しぁ、手前ら、日本人の看板背負い為されや。こんな下衆野郎共に限って、負ける戦争をしたとやらで、施政者の責任を口汚なくののしるタイプなのであろう。明日は祖国・日本の敗戦日である。

 私は昨日来れずに、肩身の狭い思い出来たのだが、意外や意外で、花が少なかったのには驚いた次第である。

 仏壇に花を上げ、供え物をしてチィ~ン、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏の馬鹿の一つ覚えを唱えた次第である。

 さぁ、これで良し。玄関鳥の世話をして、遅くなった食事はパン食とする。夜は100円生ビールを飲んで、町会納涼会に顔を出せばオーライである。

 夏の定番裸ん棒で、扇風機、スクリーン・ミュージックを掛けてブログ打ちを始める。大脱走マーチ、黄色いリボンに合わせて、キリギリス達がギィース、ギィースの大合唱である。

 物憂げなマリリン・モンローの帰らざる河が流れる。CDが終われば、熱い日差しに、ミンミンゼミとキリギリスの合唱が続くばかりである。

 あはは、流金金魚の野郎が、私を見て大欠伸をして御座る。水を補給して、餌を遣ったから、満足の大欠伸かいな。まぁ、私もお努めから解放されたのである。これで熱暑に萎れる怠惰のマイペース、煙草吸いですがな。参った、参った。


心何処ーショート 一期工事終了為り。 
              一期工事終了為り。(8/13/13)
 いやはや、疲れた。埃まみれの四畳半、廊下を拭き掃除をして風呂に浸かって、四日振りの裸ん棒スタイルに復帰である。目隠しの枝をばっさり落として仕舞ったから、外からは丸見えである。それでもスッキリして、好い風が入って来る。

     何だかんだと云っても、遣る気に為れば、人間とは遣る物である。

 弟は、恒例の横浜の兄弟クルーザーに参加する為に、車を走らせるとの事である。弟がクルーザーを持って居た頃には、大島で落ち合って男同士の海コンパをして居た物である。私も何度か行かされて、横浜兄弟は洋食、信州組は年越しそば、雑煮などの男料理を交換し合って居た物である。

 弟は人が好いから、無尽メンバーを連れて行っているとの事であるが、ドタキャンが出て予算が狂って仕舞ったとぼやいていた。

 女が如何でも行きたいからと言って置きながら、女が行かないと言うから自分も行かないとドタキャンと来たとの由。

★そりぁ、無ぇずらよ。好い歳かっぱらって、男の約束を反故にするたぁ、好い玉だ。バイアグラの中身を、メードインチャイナにして呉れっか~。

 アハハ、男の約束も軽く為った物である。義理と人情、秤にかけりぁ、義理が重たい男の世界。今時の男は、カラオケで男の世界を唸りはするが、義理と女、秤にかけりぁ、女が重たい男の世界では、笑っちゃうしかない。

 二泊三日のクルージングなんて、余程の財力とコネが無い限り、一般人が体験出来る訳が無いのに、・・・何事も経験なのだと思うが、価値の分からない人間には、猫に小判と云う事であろう。思い付き主張を繰り返すばかりでは、男道は歩めませんわね。イッヒッヒ!! 

 不自由な枠に自分嵌め込んで、自分に厳しく他人に優しくをポーカーフェイスで出来無くちゃ、男には持てませんわね。お気を付け遊ばされませってな物である。

 五時半であるか。お向かいさん夫婦が、散水を始めた。パンツ一枚でのブログ打ちでは在るが、熱暑に萎れた植物達は、私の水遣りを待って居る。ミンミンゼミとキリギリスの鳴き声に、夏は容赦の無い次第である。

 さてさて、長袖、長ズボン、長靴、キャップ、軍手の5点セットで、汗掻きのお努めでもして参りましょうかね。

「相当参ってるなぁ~、バテてるだろう。」
「なんて言ったって、俺ぁ、後期高齢者だぜや。雪の白骨温泉より、マシだがさ。」

 朝一番の言葉が、それであった。実は、弟は海バカンスの予定が在ったから、一時間半も早く遣って来たのである。

 メタボの太鼓腹は一向に凹まなかったが、色男、金と力は無かりけり・・・ダウンの憂き目を晒さずに済んだ。何はともあれ、盆休みであるからして、労働からは解放される。へへへ。


心何処ーショート ネット復活ですがな。
                   8/10/13
インターネット回線を傷つけない様に、慎重に遣って居たのであったが、脚立から落ちてしまった。その煽りで、手に持って居た板がバウンドして、引き込み回線を切断して仕舞った。怪我は無かったが、インターネット再開は、月曜12日の午後からである。

 いやはや、外仕事は暑い限りである。水を飲んだ途端に、全身から汗が噴き出す。暑い暑いと家の中でモアンとして居ても、全身濡れ雑巾の様な作業服で仕事をして居ても、一日は一日である。

体育会系の体細胞は、肉体労働をして居た方が収まりが好い様である。仕事が在ると、早や目に帰った弟の後を私の分担の残りをしたり、片付けをしたりしていると、日課の散水時間と成って来た。もう汗で、ヘロヘロでは在ったが、猛暑続きの大地には、水は欠かせない。其の儘、散水作業に移って、風呂の残りをジョロ散水して、浴槽を洗う。

 現在と違って、<ゴルゴタの丘・扱きの丘>の様な運動部出身者には、如何しても一話完結型のスポ根因子が習い性の様に、身に沁み込んで居るらしい。私は、決してマゾ体質じゃ無いんですが・・・最後まで遣らないと、気が済まない。困った性格である。

 朝から外に居たから、顔が熱(ほて)って可笑しな感じである。そして、本日の主食は水で在ったから、食欲も無い次第である。尤も、明日は日曜日であるから、好い休息日と為る。

 月火と働いて、水曜日にはダンプを借りてゴミの片付けをすれば、終わりと為るのであろう。私から助平妄想と肉体労働を取って仕舞えば、何も残らない男である。年に何回かは、体力、筋力、根性の測定値をして置かないと、自己管理も儘為らないってな処でしょうかね。へへへ。

 インターネット時間が浮いて仕舞ったから、懐かしの洋画でも観て就寝時間を待ちましょうかね。

                  8/11/13
 40℃超えの人達には申し訳ないが、朝から暑い暑い。元気なのはミンミンゼミ位な物である。本日の第一試合は、長野代表の上田西である。ラジオで聞いて居たが、中々好い。テレビを見に老母の部屋に行く。1点、1点と上がって、2:0である。9時から教育に代わって、朝飯の片付けをして見るや、何と逆転されて7:2であった。こりぁ、ダメだ。

 暑い暑いとヘタって居ても始まらないから、仕事の続きをする。四畳半、トイレ迄遣る事にする。まぁ、一人作業であるから、ボッチラ、ボッチラの身体動かしである。

        そんな事をして居ると、SNちゃんから電話である。

「Rちゃん、如何した? ブログ更新が無いから、気に為っちゃってさ。生真面目だから、熱射病にでも成ったのかなと、心配に為っちゃってさ。」
「悪い悪い。実は斯く斯く云々でさ。SNちゃんも真面目だから、心配掛けちゃ悪いから、後で電話しようと思ったんだけどさ。」
「そうかそうか、それだったら、安心だ。暑いから、無理しない様に。俺達は、後期高齢者だよ。分かってるね。」
「あいあい。アリガトざんす~。」

 数年前に、母がスズメバチに刺された。私も刺された。玄関横の板の節穴からスズメバチがブンブン出入りして居た。10cmほどの隙間に、スズメバチは6段の巣を作って居たのである。初日の土曜日は、オオアシナガバチの巣が在って、あわや刺される処で在った。脚立から飛び降りて、部屋から殺虫剤を吹き付けて、巣を落した次第である。

 外板をバリバリ外すと、四畳半下のコンクリートは、ボロボロである。外側は、春にコンクリートを巻いて補強したのだが、外と同様に中も悲惨な状態であろうと、覚悟はして居たのである。

しゃ~無い、乗り掛かった船である。床下に潜って遣るよりも、数段楽である。コンクリート20kg入りを4袋買いに、ホームセンターまで行って来る。3袋を使って、もう完全にヘタってしまった。それでも、本日の作業を片付けて、男の意地を通して満足感に浸って、水のガブ飲みと煙草吸いである。

 下地を付けて置いたから、私が支え役に為るから、二人作業が出来る。明日は一気に進む。今はどうかは知らぬが、女は家庭科、男は工作が授業に在った事でも在るし、狩りを忘れた男族としては、こんな工作時間は疲れる事では在るが、結構楽しい物である。

 世の中は、分業化以上に細分化、微細化、都会化が進んで終って、実に面白みに欠けた生活が当たり前に為って仕舞った物である。人間は、頭脳を持ったロボットである。口だけで生きて居ては、面白みも無かろうと思うのだが。男の所以を訪ぬれば、黙って力仕事。所詮3Kを毛嫌いする人間に、何の人間らしさが同居する物かと思う次第でもある。へへへ。

 頭からホースの水を被って、散水のお勤めを果たす。砂を噛む様な晩飯を胃袋に落として、シャワーを浴びてシャキッとする。本日は日曜日で7:30~8:45はNHKを見て居るのであるが、弟の為に買い出しに行って来る。流石にヘタって居るから、車で行く。

 肉派の弟の為にチャーシューを仕込む。豚のブロックをフライパンで焼く。出た肉汁で炒めて、キンピラボボウを作る。茹で卵を作り、朝はハム、サラダ、茹で卵とパンにして、昼は分厚いチャーシューを具に、冷やし中華を食べさせて遣ろうの魂胆である。

 『おっ、分かった。』と二つ返事で、遣って呉れる弟である。何事も、気は心である。

                     8/12/13
 今朝もミンミンゼミの大合唱である。<まだ起きて堪るか>ってな物である。弟が来る前に、工事道具を並べて、玄関鳥、キリギリス達の餌遣りをする。

「やいやい、水を開けられちゃったぜや。予想通りにちゃんと遣ってあるわ。さぁさぁ、遣らなくちゃ、蹴飛ばされるぜや。」

 そんな事で、始まった兄弟仕事である。仕事は完全に分担作業である。私は壁板を外して、柱の釘抜きをして横板を貼り防腐剤を塗って行く。下地が出来た処に、弟が外壁材を貼って行く。寸法を測り、丸ノコでカットして、釘打ち機でバカン、バカンと止めて行く。弟は寸法を測り、外壁材をサンダーでカットして釘打ちをして行く。お互い脚立作業であるから、相撲取りorプロレスラーの様な物である。仕事中は業務連絡以外は、黙々と吾が道を行くのタイプである。

 途中から一人手伝いに来たので、昨日の私の貯金は見る見る内に、喰われて終う。後期高齢者の太鼓腹に鞭を打たねば為らない次第では在るが・・・

「ああ、私、馬鹿よね。お馬鹿さんよね。寸法間違えた。」

若い頃は、抜群の記憶力を誇って居た物だが、ちょっと、中断が入ると歩留まりゼロのタイテノコラサで、測り直しである。

「コンニャローネ、スケッケルの奴、暑さでダラチン、オコンニチワなんかし腐って。バイアグラ飲ませる訳にぁ行かんし。シャキッとせんかいシャキッと!!」

嗚呼、暑い。脳味噌が完全に茹で上がっている次第である。東面から四畳半、玄関まで扱ぎ付けて、後の工事は盆過ぎとの事である。明日は、コーキングと細部の詰めをするとの事である。

軽トラがあるから、不足のコンクリートを買いに行って来て、コンクリート補強をする。町会長さんに冷やかされて終った。

「遠くから見りぁ、立派な職人にしか見えないよ。家庭菜園に大工と大したもんだわ。」
「あいあい、俺ぁ素直だぜ、最強のお手子だぜね。何て云ったって、師匠が好いぜね。」

 午後の一服は、暑くて堪らないから、スーパーからカットスイカを買って来て、三人でガブ付く。本日の作業を終えて、水撒きに移る。いやはや、この暑さは、どえらいこっちゃ~!!

 シャワーを浴びて、回復したインターネットへの投稿記事を打つ。へへへ、吾ながら、根性が在る。


心何処ーショート ふぅ、堪らんですなぁ~。
            ふぅ、堪らんですなぁ~。(8/9/13)
「ひぃ~、暑い暑い~。婆さん、生きてるかい? 暑くても、寝不足だと寝れるもんだわ。」

 水をゴクゴク飲んで、未だ日は落ちぬから、水遣りは未だ早い。明日の為に、枝下ろしも遣って置かねば為らない。四畳半の網戸を開放して、風を招き入れる。風鈴が鳴って、好い風が入る。

 昨夜は、良く蚊に喰われた。五時前に起きて仕舞った。そんな事で、寝ても居られないから、障子貼りをした次第である。早朝からガサゴソ動いていると、老母殿がフラフラと起きて来て、覗いて行く。

「蚊に喰われて、眠れんわさ。」
「そりぁ、そうだ。素通しの障子だからね。」
「あっ、そう云う事か。俺ぁ、馬鹿だわ。へへへ。」

 何を隠そう、障子貼りは初挑戦である。一枚五段を貼って、如何にかコツと手順を覚えた。残り飯でチャーハンを作って、朝食とする。

 朝飯前の仕事が祟って、朝から疲れて仕舞った。先ずは我慢我慢・・・ 本日金曜日であるから、スタバトーク後は寝不足補充をするしかあるまい。シャワーで汗を落して、土手の欅の日陰でTの車を待つ。熱の籠る家の中よりも、返って風通う木の下の方が、気持ちが好い物である。

 暑いと矢張り、スタバのクーラーはホッとする。Tはホット、私はアイスにする。Tは家族で海水浴に行く娘さんの犬を預かって、爺ちゃんをするとの事である。子育て時では、誰もが通って来た道では在るが、子供が小さい頃のお出掛けは、大変な事である。我々の時代は、高速道も無かったから、延々と渋滞のただ疲れに行く強行軍で在った。

 この暑い盛りに、スタバで勉強をするのは成績優秀者なのであろう。肉付きの良い素足女子学生が、真面目に勉強をしている。へへへ、好色ヤクザもどきのロートルは、当然の<目の保養>をさせて頂いて居る次第である。

 Tには韓国さんから、久し振りに電話が掛って来て居る様である。例に依って、声色使いの再現をして呉れるから、ニヤニヤして拝聴させて貰う。

「おっぱぁ、元気~? 日本、大丈夫か~。遊びに行きたいなぁ~。・・・etc」
 中狂、半島国も大変な内情らしい。体制崩壊で、経済難民が大挙、陸続きで押し寄せて、黄金の国ジバングの海に溢れ返ったら、その自重で日本沈没の憂き目に在って仕舞う。平成の元寇は、水際で根絶やしにしなければ為るまい。陸続きのロシアも大変な<鬼憂を>抱えているとの由。

 さてさて、熱波の太陽も没した。蚊避け重装備で。先ずは四畳半に掛る辺りの枝落としをすると致そうか。鋸でバッサリと枝を下ろして菜園横に積み上げる。ホース散水、ジョロ散水をする段に成ると、すっかり夜の帳の中である。全身、濡れ雑巾の段で在ったが、これで言われた事は、完了である。

 吾ながら、真に実直な日本人のDNAを引き継いで居ると関心する次第である。ギャハハ!! 本日、37℃超えとの事であった。やれやれ・・・ 堪らんですなぁ。


心何処ーショート へへ、ペースに乗り損なった一日で在りまする。
       へへ、ペースに乗り損なった一日で在りまする。(8/8/13)
 いやはや、ペースに乗れず、こんな時間と為って仕舞った。本日は暑くて遣る事も無いから、障子貼りに挑戦しようと、風呂場で障子に水を掛けて剥がし、序でであるから黒く塗り直そうとホームセンターに行って来る。

 重い腰を上げれば、A型人間は勤勉さを発揮する物なのである。庭に障子を出し、刷毛塗りをして居ると、ガス屋さんの集金である。<ムカデ退治>の返却を受けて、『蛍火、私的歴史考』の2冊子を貸し出す。

 私の夢奇譚を楽しみにして居ると煽てられれば、ホイホイと相想を崩して仕舞う戯けロートルである。例に依っての男話に、すっかり話しが弾んでしまった。

             さてさて、仕切り直しである。

 カンカン照りに二度塗りの半分ほどに進んで居ると、今度は弟が材料を下ろしに遣って来た。二人で庭に材料を下ろして、私はお茶係である。弟も仕事が一段落して居る様で、ゆっくりして行った。老母殿も、嬉しそうに母子の話しに目を細めて頷いて居る。

 梅干しは美味く出来て居て、合格点との事である。弟も人が好いから、味見させて美味いと欲しいと云われて、お裾分けをして仕舞ったとの由。へへ、梅干しの分量を確り把握して居るから、奴には奴の計算が在るのだろう。

 庭置きだから、大きい方のシートと、木材の防腐剤も買って来て置いて呉との事である。工事は、土、月、火で遣るとの事である。好うゴザンスよ。私はお手子であるから、笛を吹いて呉れれば、踊りまするがな。

 本日二回目のホームセンターである。障子貼りは明日に持ち越して、晩飯の賄い、食後は風呂に入って、ペンキ落としと進ませて、漸くの本日の定位置マイタイムの開始である。

 熱いコーヒーを飲んで、ラジオを聞けば・・・いやはや、ムカつくばかりの<現世女の生意気振り>である。何が女社員の掟、社内恋愛の掟であるか。

 いやはや、女族と云う代物は、自分が中心で世の中が回る事が当然と考えて居るのであるから、お手上げである。こんな女にペコペコゴマを吸って居る男の、何たる無様な事か。中世じゃあるまいし、<天動説>なんぞの宇宙の真理を弁えない女族の自惚れなんぞは、『宇宙の真理・地動説』で叩き潰して遣れば良いだけの事である。

 この馬鹿垂共が、そんなに女族のヒステリーが怖いのかいな。あんまり付け上げさせると、毒亜圏並の火病が、大和の国を席巻して仕舞いまするがな。この猛暑、キンタマを隠して密閉して居ると、蒸れ蒸れでウズラの茹で卵に為っちゃいまするがな。偶にぁ、玉論として女族に見せ付けて、風に当て為されや。シャキッとせんかい、シャキッと!!

 夕食賄い時に聞いて居たラジオでは、麻生さんのナチス発言を、これ幸いと解説委員が<マスゴミ特有の悪意に満ちた誘導>で、自民党批判をしていた。麻生発言を全部聞けば、ごく普通の常識を述べているだけの事である。
 人其々、顔付が違う様に起承転結の話しの組み立て方、事例の引き方も其々である。麻生さんのナチス引用は、話の起承転結の中に、ワイマール憲法がナチスの二の舞に為らない様に、冷静に議論、手続き、教宣をして行きましょうとの事なのである。

 普通の読解力を有する者なら、絶対にイチャモンを付ける筋合いなど在り得ないのである。増してや、成績優秀者で構成されるNHK心臓部の解説員の言である。左巻き確信犯の悪意に満ちた世論誘導の意図が在り在りでは無いか。

 こんな輩は、麻生さん、寄るな近付くな、ゴタ句をほざくな。無礼者、誣告罪の餌食にして遣るわ~!!で、一件落着で良いのである。

 男族が、こんな下らない世論焚き付けをして、NHKの解説委員だと抜かして、高給取りを働いて居るのであるから、NHK報道部は左巻きと陰口を叩かれても、それは自業自得の沙汰である。

 何でもかんでも、吉本興業に丸投げをして芸NO人をワンサカ出して、日本国民の民度落としの低級番組を仕出かして居るのである。

 芸NO人に適当な事を喋らせて、NHKアナウンサーが品好く行き過ぎをフォローして、エエカッコシーをしている。おフザケで無いわね。阿保臭~!!

心何処ーショート 似非平和主義者の行き詰まり。
          似非平和主義者の行き詰まり(8/7/13)
 今日から猛暑が復活するとの事であったが、朝からミンミンゼミの大合唱である。

 ラジオからはソウルからの報告とやらで、NHKの何を暢気な日韓友好への提言をして居る物やら、『この期に及んで、馬鹿も休み休み言え!!』ってな物である。

 マスコミ報道のこんな戯言(たわごと)を聞いてると、NHKの報道体質は正に<病、膏肓に至れり>の幼稚体質丸出しでしかあるまい。幼稚園児に対する教育論じゃあるまいし、①言っても、②大人の対応で待っても、一切聞き分け様の無い未発達時、悪幼児には、<躾けの体罰>が一番の効果なのに、『言葉だけで対処』しようとしているから、苛めと同様に効果が無いのである。

 言葉教育だけで<悪事が撲滅出来る>等と考えているから、効果が上がらないのである。『仏の顔も三度まで』で、家庭に在っては親の懲罰権の行使、社会に在っては、警察の御厄介、裁判所の御厄介、少年院・刑務所の御厄介に為るのは、当然の話である。そして、外国の侵害行為には、外交で言う事を聞かない場合には、軍隊の出動と云うのが、当然の結果である。

 どんなに綺麗事を並べても、火中の栗を拾う気持ちも無い。現実と理想の両面を平均的に観る眼が備わって居ない。そんな者の言う<言葉の虚しさ>が一切分からないと云うのは、『主義者の陥る病巣』と云う物である。現実忘れor現実無視の理想論ほど、効果無しの厄介な物は無かろう。

 長所を伸ばし短所を矯正するのは、信賞必罰・飴と鞭の使い分けで在ろうし、悪事に関しては懲罰で行くしかあるまい。当然、懲罰の中にも悪事矯正への教育が含まれているのである。

 毒亜の定冠詞を持つ中狂・朝鮮半島両国に関して、また戦勝国の立ち場よ、永遠なれの米国に対して、何故に日本だけが国民感情までも封殺され続けなければ為らないのか。日本並びに日本国民は、一体何時から<去勢されたマゾ体質>を身に付けて仕舞ったのか。

 言う為ればマゾが居るから、サドが付け上がる。マゾとマゾ、サドとサド同士で在っては、所詮、サド&マゾの関係は成り立たないのである。これは自明の理である。戦後自虐史観か否かは知らぬが、もうそろそろ<サド&マゾごっこから卒業>しませんかね。へへへ。

 私人間での刃傷沙汰は御法度、国家間の戦争沙汰は御法度とのルールが成立して居る条件整備のステージに於いて成立する話し合い解決・理性解決にも拘わらず、それが等しく普遍的解決法と云うのが主義者の言である。
 然しながら、スポーツの祭典・オリンピックを見ても分かる様に、勝利至上主義に陥って仕舞えば、ご法度破りのドーピング、反則、審判員買収工作も、現実に存在する沙汰である。

                   ★★★
 或る時、ウラジオストクのシングルママさんの所に、ショートバカンスに行った。ホテルから通りを横断すると、下に海に面した広場が在った。其処はイルカのプールが在ったり、遊園地に為って居て、乗馬用のサラブレットが数頭控えて居たり、ミニ機関車が走って居たり、広場には猿回しも居た。

 シングルママの幼女は、父親の味が欲しかったのだろう。青い目に金髪だったが、日本人の私に父親をせがんで、アンマテンコとか母親と私の間に立って、手を繋ぎでんぐり返しを盛んにしていた。

 夏とは云え、夏短いウラジオストクの海である。公園の先は海である。数段の階段を下りれば、砂浜に成って居る。

 海の好きな3歳児であった。浜の小石を海に投げて、パシャパシャと海に入って行く。興味の有る事には、夢中で遊ぶのが幼児の特徴である。帰ろうと言っても、一切、聞き分けない。其処で、私は番からオヤジであるから、頭をゴツンとして遣るが、駄目である。

            それを見て居たヤナが、言った。
「それがジャパニーズ・スタイルですか、今度は、見て居て下さい。ロシア・スタイルはこうです。」

 若い美人ママさんは、腕を組んで厳しく幼児に言い放つ。幼児は聞き分けの無い自己主張の声を張り上げ、地団太して自己主張を繰り返して居る。私は、お手並み拝見で、腰を下ろして煙草を吹かしながら、ロシアンスタイルを見学させて貰う。

      さてさて、美人ママのヤナの冷静さは、何時まで続く事やら・・・

 母は強し、一切妥協せずに腕を組んだまま、幼児を見下ろしているだけである。幼児は泣き脅しを掛けるが、母は腕を組んだまま、一切語らず、見下ろしているだけである。幼児は泣き疲れて、母親の軍門に下ったのである。

           彼女は、スマイルの澄まし顔であった。

 ホトトギス、鳴かずば殺してしまえ。鳴かずば鳴かして見せよう。鳴かずば鳴くまで待とう。・・・と三者三様の対処型では在ろうが、少なくとも、此処には三者の拠って立つ状況判断が、色濃く表れている。

 世には兎角○○村住人特有の学者馬鹿、優等生馬鹿、主義者馬鹿などと云う言葉も存在して居るのであるからして、現実に於ける理想論とのバランス感覚を欠いた妄言には騙されては行けませんわね。イッヒッヒ!!

心何処ーショート 何かと、する事は控えて居る物である。
       何かと、する事は控えて居るものである。(8/6/13)
 あっじゃ~、網戸の網が切れて仕舞った。明日(今日)に成ったら、網を買って来て張り替えをしなければ為らない。雨が止んだので、ホームセンターまで自転車で行って来る。

O橋上の河川敷のサツキ、ツツジの植栽は、見事な手入れが行き届いている。80代と思しき老人が、<自分の作品群>と考えて、手入れをして居るのである。菅傘を被って、年季の入った発泡スチロールの腰掛けに座って、これまた年季の入った道具で、黙々と一人仕事をしている。きっと年季の入った植木職人さんの老後なのであろう。

 真に小柄な老人である。この姿が、日本人の姿である。他を求めず、ひたすらに<自分の思い>に対する一人の行動である。誰が声を掛ける訳では無いが、長年自分の仕事と思って黙々とする『その仕事を引き継ぐ人』は、必ず見て居るのである。言葉は不要である。

 網戸を外して廊下で、ヨッコラショと網の張り替えをする。誰が考案したのか、優れ仕様である。ひも状のゴムパックングを外して新旧の交換をして、溝にひもゴムを嵌め込んで、余分の網を鋏でカットして行けばOKの運びと為る。

    片付けて、掃き掃除をして、網戸をセットして、一件落着である。

「何でも、良く遣るねぇ。大したもんだ。」
「あいあい、一応、日本語を読めるからね。貧乏人は、自分でするしか無ぇからね。腹を痛めて産んだ自分の子を、低能児扱いしちゃ駄目だんね。」

「ソツ無く、黙々と何でもこなすね。好く動くわ。感心しちゃうよ。」
「あれっ、忘れたかい? 俺ぁ自慢じゃ無ぇが、文武両道の優等生だよ。倅の実力を過小評価して貰っちゃ、倅に失礼だぜや。ギャハハ!!」
 
 ★如何な妖怪様でも、抜けシャーシャーと戯け倅にこんな事を言われて終っては、言う言葉が見付からないのであろう。笑って誤魔化して遣がる。アッハッハのハァ~!!

 さてさて、四畳半定位置でマイタイムとしようとすると、工事が始まった様でコンクリートをハツル大きな金属音である。老母の部屋で、テレビを見ながら工事の終わるのを待つ。へへ、雨が終われば、気温はグングンと上昇する。テレビも見るに値せずであるから、シャワーを浴びる。

 スッキリした処で、四畳半定位置である。工事が去れば、子育てを終えた町は夏の静寂さの中に、ミンミンゼミが鳴き交わし、家の三か所からキリギリス達の声が聞こえて来る。

      極薄めのアメリカンコーヒーを啜り、煙草を燻らせる。

 昨日のケアマネさんの言葉では無いが、物臭に託けてなるべく自然の風情にしている庭は、イングリッシュ・ガーデンの趣との事である。

 今日も、ジョロ散水はしなくても良かろう。さてさて、時間潰しは、何をして暑い昼を過ごすべしやである。


心何処ーショート キリギリス、斯く語る???・・・
           キリギリス、斯く語る??・・・(8/5/13)
 傘を差して郵便局に行って来る。此処まで来たから、個人スーパーに足を伸ばして野菜類と駄菓子を買いに行く。道のプランターには、早くも小菊の花が咲いている。暑くて、ヘタってるよりも、雨の涼しさの方が楽である。

 本瓜が入って居るからと先輩に勧められて、四本買ったら重いレジ袋で在った。歳を取って来ると、あっさりした漬け物は欠かせない食卓と為る。

 傘を差しての、お宅、お宅の植栽に目を向けながら歩くのも、偶には好い物である。

 枝豆を茹でながら、浅漬けには皮の渋みは味を損ねるので、皮を取り、塩を擦り込んで重しを掛ける。午後からケアマネさんの訪問との事であるから、掃除をして置く。花瓶の花も萎れて来たから、ニョキニョキと顔を見せたマンジュシャゲを主体に、鬼ユリを切って、アレンジをして置く。

       昼に為って、雨も止んで、太陽の顔見せである。

 雨が止めば外に出たくなるのが、人情である。柿の木の幹には、ミンミンゼミが止まって、ミンミンと私の目の前で鳴いている。羽黒イトトンボもモンシロ蝶、ジャノメ蝶も雨上がりが嬉しいらしい。雨で一気に大きく為ったインゲンを摘み取って、植え木鉢世話中のお向かいさんに、お裾分けである。

         へへへ、酢味噌で召し上がるとの由。

 ケースのキリギリス達も、本瓜の芯の差し入れで3ケースとも好く鳴いている。

                  ★★★★
 俺いらは、キリギリス。或る日、カンカン照りの休耕田で、仲間と一緒にメス寄せを競ってギース・チョン・ギースに躍起と為って居るとだ。

        やおら、猫じゃらし、ヨモギの夏草を薙ぎ倒された。

 スワッ、天地転動!! 逃げろや、逃げろで、パニックジャンプをすると、アッジァ~、着地の草の上は、身を隠す事の出来無いステージでは無いか!! 

 見られたと思った瞬間、上から大魔神のご太ぇ腕がスイッと下りて来るや、バサリと涼手が覆い被さって来て、あって間に、草に押し付けられた。

 何をし遣がる。糞っ垂れ、意地の一噛みをしようとしても、一切身動きも出来やしねぇや。

        グルジィイ~、オーマイ・ゴツト・・・タチュケテ・・・

 嗚呼、このまま、潰されると思いきや、太い指で押さえられ、ひょいと摘まみ上げられ、プラスチックケースに入れられちまったって訳よ。

 次から次と、休耕田の仲間達が生け取りにされて、ケースの中さね。オスもメスも、あんまり数が多いから、田んぼのイナゴ見てぇに<佃煮>にでもされちまうんじゃないかと、皆、悲嘆にくれて居た物さね。

                車に揺られて10分。

 3ケースに分けられて、俺いら達ぁ、囚人よ。中にぁ早々に里子に出された者、庭に放された者も居るけどさ。俺いらは広めのケースに、オス2メス2の同居だわさ。狭苦しいケースの中だけどよ、共食いしなくても良い様に、餌は与えられて居るから、まぁ、此処が<終いの住処>と諦めた次第よ。

 狩りを忘れて、当てがい扶持の身だから、身体はパンパンの肥満体よ。四六時中、ギース・チョン・ギースで遣る事が無いから、せっせと交尾三昧さね。オスの俺いらは、青ら青らだと云うのに、メス二匹と来たら、腹部をパンパンにして、せっせと剣を土に挿して産卵の徘徊よ。

        男は、キリギリスも人間も、辛いもんだぜや・・・

 そうそう、短パンに裸ん棒のオヤジは、変わった親父でさ。長年、夏のシーズンに成ると、俺いら達キリギリスを生け取りにして来て、一部の者は庭に、一部の者は川原に放して、キリギリス移住計画を実行して居るんだとさ。

 いやはや、人間って奴は、変わった生き物さね。こいつら、全く地球の厄介者だんね。

 俺いらのケースは、オヤジの四畳半の出窓が定位置だからさ、自由グループの仲間達が来て話して行くんだけどさ。川原で生まれ育った奴が来てさ。数が足りないから、新天地開拓団に加わって呉れって要請さね。

 そりぁ、俺いらだって、人間の入って来ない川原の自由の天地で、暮らしてぇからさ、即OKよ。それでもって、蓋の回りに喰らい付いて脱走の機会を狙ってるんだが、何時も捕まちゃってさ。

 まぁ、それでもよ、物は考え様だ。雨の打たれないし、食い物にも不自由しないし、夜伽の相手にぁ不自由しないし、外敵の鳥にも襲われないしさ・・・ 機会は絶対に訪れると思ってさ。

 果たして、ケースの中のキリギリスが、こんな語りをして居るか否かは、一向に不明では在るが・・・

 さてさて、ケアマネさんの訪問の頃合いである。お茶の用意、漬け物の用意でもして置きましょうかね。

       「こんにちは~。ケアマネのHで~す。お邪魔します。」


心何処ーショート へへへ、テレビさん、相変わらずですがな。
       へへへ、テレビさん、相変わらずですがな。(8/4/13)
 相変わらず暑いが、静かな物である。アブラゼミが、ミンミンゼミに混じって鳴いている。それでも夜に為ると、スイッチョが鳴き始めて居るのであるから、季節は進んでいる感じである。

 本日は日曜日であるから、日曜討論を聞く。防衛白書発表に基ずく防衛大臣を交えての集団自衛権討論で在った。私はごく普通の日本人の一人であるから、中学時代より一応のニュース、話題には質問されたら、一応自分の意見を言わなければ為らないから、それなりに見たり、読んだり、周りと話して来た次第である。

 こう云う教養討論番組?はNHKの得意分野なのだろうが、私の大学時代の議論の域を脱して居ないのが、如何にも鼻に付いて仕舞う。学者識者の好い身分の感じがプンプン臭って来て、庶民感想からすると、進歩の無い戯言にしか聞こえて来ない次第である。

 顔付、目の配り、表情、言葉のトーンを見て居ても、魅力的な物を感じない次第である。相撲用語では無いが、心・技・体は一体の物として備わり、目を魅了する物である。各界の一廉の御仁なのであろうから、角界の第一人者白鵬然とした御方のお坐りが欲しい次第である。公共放送NHKが紹介する言論人であるから、知・情・徳・態の備わりを体現して居られないと、下衆の尊敬は受けられないのでは無いだろうか。へへへ。

 何か在れば、やれ検証だとか国際協調だとか、慎重外交などの線で誤魔化して仕舞う。そんな処が、進歩の無い学者、サラリーマン司会と云わざるを得えないマンネリブリッコ番組なのである。

 国民意識調査とか、選挙の出口調査とやらで、ランダム抜き取り調査の確率を、開票するや否や、独自の調査とやらで早々に当確者を表示したりする癖に、選挙で自民党が圧勝すれば低投票率を槍玉に挙げて、ああだこうだと政権党を批判したり釘を刺す。
 低投票率と云っても、各種のランダム抜き取り調査とは雲泥に大きい母数である。投票、多数決と云っても、其処に支配するのは確率論である。

 民意と少数意見の忖度は、難しい事では在ろうが、その塩梅を組み合わせるのが、良心的報道の使命である筈・・・と思うのだが。

 全員投票では無いからなどと言ったら、100%、完全無欠などと云った物は無いのであるから、社会機能面からしたら全ては機能しなく為って仕舞う。ランダムなサンプル調査は、恣意的を排すれば、<全体の中の個は、全体を象徴すると云う表裏一体の関係を現わして居るの確率論>に依って成立すると云う図式に為る。この前提と結果が、ランダム抜き取り調査に信憑性を担保させて居る構図なのである。

 積極的、能動的、主体的と消極的、受動的、従体的との違いが、厳として存在し様が、全体に於ける比率把握としては『妥当性の在る手法』である。そして、これが神為らぬ人間の有限の世界であろう。

 戦勝国米国の見え透いた魂胆見え見えの置き土産憲法を、丸で中狂国の毛沢東語録の様に、平和平和と喧伝し、国際協調路線の名の下に、散々に米国、毒亜の中狂・北・韓国にしゃぶられ、たかられても尚、自縄自縛の不戦憲法に恭順を見せて来たのに、米国は斜陽化、中狂・韓は、経済的地位を示すや、毒亜の本性を全開して来た。

 こんな事を打ったら、即座に誅殺されて終うかも知れないが、毛沢東語録に因んで、占領国憲法モウタクサンと旭日旗を振り翳したい気分である。日本人、シャキッとせんかい!!

                 日本国憲法前文
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を支配する崇高な理想を深く理解するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、吾等の安全と生存を保持しようと決意した。

       戦中派・鶴田浩二の<傷だらけの人生>では無いが・・・
古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しい物を欲しがるもんでございます。
 何処に新しい物がございましょう。生まれた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じぁござんせんか。

         何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬことばかり
         右を向いても 左を見ても 莫迦と阿保のからみあい
                 どこに男の夢が在る

 日本憲法前文の絵空事が、戦後60数年を経てバレて仕舞ったのである。何時までも占領国で在り続けたい米国、大国野望剥き出しの膨張国家・中狂国、ゆすりタカリを国是とする火病国家・韓国。

 同盟国為らば、致し方が無いでは無いか。国益同志の同盟ならば、国益も時代状況に依って変化をする。国益に齟齬が生じれば、国益の現れ方の同盟関係にだって、変化が生じる。

 米国の脱脂粉乳で大人に為ったとしても、父母の臥薪嘗胆に報いるのが現在の日本国民なら、・・・ 都合好く米のポチ公を遣らされている事に義憤・国憤を持つなら、・・・ 

 自立自尊への第二次世界大戦戦勝国からの軋轢を跳ね返す為にも、自縄自縛の占領限時憲法を自前憲法とする事が、何故に右傾化、軍国主義化なのか。

 先日、<吾が私的歴史考>を投稿した次第であるが、世界史を彩る数多の世界帝国の大国の興亡史を俯瞰すれば、人間も国家も、一皮、衣服を脱がせば、碌な事をして来なかった。『歴史を忘れた民族に明日は無い』は、名言中の名言には違い在るまいが、自問自答の反省心の欠片すらない者が利用するのは、天に唾吐く下衆の行いである。

 集団自衛権解釈、憲法改正に関しても、ヘンテコリンな主義者の言は、飽く迄少数意見かも知れぬ。自民党圧勝の裏には、余り表立った改憲論争は無かったと言いたいのだろうが、余りの毒亜の不埒千万な言動、行動に対する国民のNO意識が在った事は、否めない事実であろう。

 人間の関心は、パンのみに非ず。アイデンティティと意思、国への誇りも重要な衛生要素でしょうが。この期に及んで、余りにもご都合主義の政治的発言にウンザリするばかりである。へへへ。



心何処ーショート へへへ。
                  へへへ。(8/3/13)
 本日(昨夕)はジョロ散水をしなければと思い、日没を待って居た次第である。お向かいさん夫婦は時間が来ると、水遣りに現れる。未だ未だ太陽が在る。太陽が在る内は、長ズボン、長袖、長靴、軍手、帽子のお勤めは御免である。何しろ吾が身の夏のユニホームは、若い頃から短パンに裸ん棒であるからして。

 漸く太陽さんが西にお去り下さったから、お勤め開始である。運動を兼ねて居るから、敢えて非能率を旨としている。ジョロ散水に散歩は、筋肉維持、体力維持に欠かせぬ日課である。

 水遣りを終えたお向かい夫婦は、西向かいオバサンと椅子を出してのご近所歓談中である。私もお勤めを果たした後は、参加させて貰うと致そうか。仲の好い夫婦であるから、夕涼みを河川敷のベンチでして居る。時々、手招きの御招待でベンチに座る事も在る。

 近くに居る白人ファミリーの父親と息子が、自転車で<コンニチワ>などと言って手を上げて行く。<郷に入ったら、郷に従え>を励行して居る内に、ジャパニーズ・スタイルで、声を掛ける事の気持ち好さを覚えて仕舞った感のする親子である。こう云った外人さん達は、大いに結構、歓迎である。へへ、これがお互いの国が持つ民度と云う物であろう。

 さてさて、お勤め終了であるから、抜き足差し足で<達磨さん転んだ>の幼児遊びの要領で近付いて行くが、婆二人に為った女話に夢中のお二方は、眼中に私の存在が映らない様である。

 ★おいおい、そうじゃあるまい。ISO規格も地に落ちた物である。

 誕生日が来れば97に為る妖怪様が、<張りが在って、好い身体して居るねぇ。>と背中を摩る様に触る事も在るのである。還暦半ばと云えども、未だ未だフェロモンは旺盛とは思うのだが、へへへ、困った婆族と云った次第である。

 今年のオバサン菜園は、惨憺たる次第である。途中の<散水絞り>で勢いの良かった野菜達は萎れて、キュウリは殆ど枯れて仕舞って居る。へへ、管理人さんの『野菜糖分への拘り』で、過ぎたるは及ばざるが如しで覆水盆に返らずで<立ち枯れてしまった>のである。成長比較をしながら、吾が菜園の参考として居たのであるが・・・

 梅雨明け猛暑続きの水分不足で、何回か水遣りのお手伝いをしたのであるが、半枯れに<既に時遅く>根にも枯れが進行して、吸収力を失った植物の哀れさであった。

「甘い野菜も、生きて居ればこそ。枯らして、本末転倒も好い処でしょうに。葉に水を掛けるなだと、あれから、雨は地面から湧き出て来るのかい? 

 日中は水を遣るな。じぁ何かい? 熱帯地帯のスコールは如何為るんだい? 雨は夜専門で、日中には降らないのかい? 冗談扱いちゃ、笑い殺されるぜや。

 菜園比較学でAorBで論じれば、そう為るだろうが、管理社会よりも臨機応変のサバイバルが自然界ですがな。植物なんて、人間が考える程、軟にぁ出来てませんがね。

 何も世の中、直球、コース狙いだけで、ピッチッング投球術が成り立ってる訳じゃ無かんべよ。医学の基礎は、教科書よりも臨床学でしょうが。俺より一周り、二周り、娑婆学して来てダメじゃ無ぇかい。少しは、自分の頭で考えましょや。呆けるにぁ、未だ早ぇよ。へへへ。」

「ホントほんと、Rちゃんは立て板に水で、落語見たいに巧い事を言うもんだ。私達は馬鹿だから、一切、反論出来ない。そりぁ、そうだ。」

 オバサンは未だ水遣り前だと云うから、若輩者が代行致しまするがね。オバサンはジョロへの給水係である。こんな漫才をしながらのお手伝いは、楽しい物である。

 何もしないと一時間も愚ザられたから、意地張りのジョロ散水も足腰の弱った老婆には、堪えるとの事である。手軽にホース撒きをしたいのだが、水が滴り落ちて、服を濡らすばかりだと切ない繰り事を言われる。

 きっと先が目詰まりを引き起こして居るのであろう。水圧を掃き出せずに、与圧の捌け口が根元から噴き出ていると云う図式なのであろう。分解して、ポンポンと石に叩いて、組み直して見ると大成功である。

 アハハ、オバサン、大喜びの態で在る。へへ、オバサンの家の植物達も、これでタップリの水に有り付けると云う物である。

 こんな人畜無害にして、人間のお手本の様なロートル・クマ男にも拘らず、相手をして呉れる異性としては、幼女にして老女なのであるから、世の中とは、真に以って儘為らぬものである。・・・とほほ為り。

 これを打ち終えて居ると、Tから電話である。昨日は葬式が出来て、金曜日が土曜日と為ったのである。

 テレビ報道のアジアカップの旭日旗、<歴史を忘れた民族に明日は無い>麻生さんの<ナチスに学べ>発言と、マスゴミがああだこうだと騒いで見せても、一般庶民はマスゴミにそうだそうだと迎合する訳では無かろう。
嗚呼、また一部だけを取り上げて、難癖付け三昧で騒げば騒ぐほど、その魂胆、そのお頭の程度が暴露されるだけの事である。言いたくは無いが、<手前ら、自惚れるだけの知識・感性・読解力を持っているんでヤンすかね。少しは手前等の下卑た面でも、鏡で見て見な~。>ってな物である。

 好色ヤクザもどきのロートル・おっさんだって、そんな<低級な詐欺>には引っ掛からんぜや。

 騒(さわ)カニの床屋さんだって、一部だけを鋏でカットしたって、散髪料は頂戴出来ませんがね。全体をカットして、形を整えて、シャンプー、髭剃りをして髪を乾かさ無きゃ、『散髪料』は頂けないのである。そんな事は、小学生にだって解って居る商いですがな。

 バラエティショーの政治寄せじぁ在るまいし、安手の主義報道はお止め為されや。

 この頃は、阿保臭いから<そこまでいって委員会><TVタックル><ニュー9>も、パスパスの口である。

 隣席は耳にイヤホン、もんぺ風の花柄パンツにキラキラの光物を散りばめた花緒サンダルに、素足のツメはパープルバイオレットのマニュキュアの大学生おネェさんが、お勉強中である。きっと知能指数が高いのだろう・・・中々の知的感が在る。後は大した事が無いから、本日の目の保養は、彼女に一点集中の沙汰である。

 さてさて、外ベンチでパッパ・タイムをして居ると。黒タイツにリーバイスのホットパンツ、如何にも柔らかそうなピッタンコの高級女物黒皮靴を掃いた初老のキャプ帽を被った男が、己が脚線美をひけらかせる様に、オカマ歩きをして行く。

「やや、何だ。奥に居たオヤジじゃないか。この変態野郎が。」
「春に見たあのオヤジだぜ。未だ、遣って遣がるぜや。困ったもんだぜ。」
「このしゃら暑いのに、何も女の真似して股間レジエターを蒸れ蒸れさせる事ぁ無ぇのになぁ~。」
「だって、しょうが無ぇだろ。変態オッサンなんだぜさ。ひひひ。」
「行けねぇ、行けねぇ。あんな物見たら、正常な感性に変調を来しちゃうわさ。さてと、婆さんに頼まれた買い物でもして行くかいね。」

 いやはや、個性の時代、選択の時代、自己顕示の時代と云っても、へへへ、見たくも無い物と遭遇して仕舞う時代でも在る。


心何処ーショート 湿気晴れ、風通る為り。
           湿気晴れ、風通る為り。(8/2/13)
 夢の続きを見て居たい物だが、さてさて、起きると致そうか・・・ 

 仏壇への花が些か草臥れて来たから、元を切り替えて萎れた花をカットする。ボリューム減の補充に、庭から蕾の多い鬼ユリ、マンジュシャゲ、グラジオラスを切って来て、アレンジする。

「センスが好いね。生け花の先生みたいだね。」

「ああ、そうだよ。そこいら辺に転がってる馬鹿とは違って、俺ぁ感性の天才だぜね。まぁ、この位で我慢しときましょや。あい~。」

 気を付けて遣ってはいるものの、ユリの花粉は触れただけでベットリと付いてしまう。後でシャワーを浴びるとして、朝賄いをして朝食を済ませる。

 飯の後はせっせと洗い物、魚焼きグリルの油汚れを綺麗にする。賄い夫稼業に為って、心友Tのテキパキと後片付けをする<ゼロ払いのテクニック>を励行して居る次第である。

『何事も仕事との諦観』を持てば、嫌な物は先に片付けて置くのが肝要。マイナスからのスタートより、ゼロからのスタートの方が、気持ちが好いのである。掃除をしてキリギリス様にキュウリを一本取って来て、切り分けて3ケースに入れる。

 シュッシュッと、霧吹きの強行である。蓋を開ければ、直ぐ様這い出て来るキリギリス共である。<これこれ、逃げるで無いわ。>・・・ 廊下を飛び回る。そんな、暫しのキリギリス共とのお遊びである。玄関鳥、キリギリスへのサービスをして、回覧板、郵便物を開封して、回覧板回し序でに、郵便局まで払い込みに行って来る。

 公民館まで来ると、鉄棒で例のチャリンコ3人が遊んで居る。ニコニコと円らな瞳であるから、「おっす」と言うと、<おっす>との口揃えである。

 晴れ渡った青空に真っ白な入道雲、ミンミンゼミと暑い限りでは在るが、湿気が無い分、空の青・山の緑・入道雲の白さに、時折の吹く風の気持ち好さである。

 へへへ、局には男性高齢者が3人、如何やら私と同様に振り込みに来たのだろう。日本の高齢者は、真面目な物である。帰りは、土手道を下って来る。雨で増量した流れも元に戻って細い流れに還って居る。河川敷に下りて、川原のキリギリスの声を確かめながら帰って来た次第である。

  汗を掻いたTシャツを脱いで、シャワーを浴びてユリの花粉落としてをする。

     洗濯機を回しながら、廊下の椅子で庭を見て居る老母殿で在る。

「マツバボタンが綺麗に咲いて、色は幾つあるんだい?」

「赤、ピンク、黄、オレンジ、白、混合。6色だな。土手のヤツが豪勢だけどな。歩けないしな。」

「庭のだけでも、充分に綺麗だよ。庭を見ているだけで充分。今日は、キリギリスが好く
鳴いている。静かで、穏やかな気持ちに為れる。これだけで、何も要らないね。」

「ああ、何は無くとも<江戸むらさき>に倣えば、何は無くとも女手一つで護って来た『吾が家』 施設なんて、『真っ平御免』って事ズラ。足元には、ミニバラも、ジャンボ・マツバボタンもあるわね。気分は、百薬の長だ。疲れたら、ベットに行って呉れよ。」

「ありがとう。」

 さてさて、四畳半も暑さの盛りを過ぎた事であろう。本日、湿気解消の風通りの良い日である。玄関に打ち水をして、定位置マイタイムと致しましょうかね。
 

心何処ーショート 困った輩も居る物だ。
             困った輩も居る物だ。(8/1/13)
 昨夜は往年の歌手のYouTuubeを見出したら限が無く為って、すっかり寝そびれて仕舞った。消灯したのが午前三時であった。

 雨音にフラフラと網戸を半分閉めて、雨音を聞きながら眠りに落下した。再び、雨音である。時計を見ると八時前である。その後ウトウトとするも、眠られず起きる事にした。

 百日紅の下に、マンジュシャゲの花茎が後を追う様に、数本ニョキニョキと出ている。カンカン照り後に球根に水が行き渡ると、その水分でロケット発射する様な植性がマンジュシャゲの特色である。いやはや、今年は例年より2週間も早い顔出しである。

 寝不足で、身体はどんよりと重い次第では在るが、雨後の蒸し暑さである。汗を吸ったマットは、戻る気にも為らぬ。マット、タオルケットを物干竿に掛けて、湿気取りで在る。雨が降らない限り、毎日そんな湿気取りである。

 老母の部屋の障子は未だ開いては居ないから、家周りを一周りして、インゲン、ネギを取って来る。好いお湿りで、瑞々しい程の緑の蘇りである。それにしても、雑草の行動は速い。それでも、雨後の土の柔らかさで、引き抜くのが簡単で在る。

 老母殿も洗顔であるから、朝の賄い夫を始動させる。茶の入った湯呑を持って、台所で飲みながら、野菜炒めをする。へへ、今日のネギ入り卵焼きは、巧く行った。

 じっとしているだけで、毛孔、汗腺をジトーと塞がれて終うと、不快この上ない。さてさて、洗い物、掃除、小動物の世話をして、その後はシャワーで皮膚呼吸を回復するが肝要である。此処は湿気の少ない信州暮らしでは在るが、これ程湿度が高いと、丸で南洋並である。こんな時は、婆さんさえ居なければ、蒸れ防止の為に、フリチンで居たい物である。

 夏の巨乳さん達は、こんな時は如何して居る物やら・・・真に以って、御同情するしかない次第である。

 気温が上昇して来て、ミンミンゼミが遠く近く、夏を撹拌し始めている。キリギリスは、ひっきりなしに鳴いている。キアゲハ、カラスアゲハが、鬼ユリの花に蜜を吸いに遣って来る。シジミチョウが、暑い日差しの中をヒラヒラと飛んで居る。

 毛孔開放で、後ろから扇風機を当てて、好い気分に浸って居ると、バイク小僧の爆音で在る。本当に、この糞っ小僧の気分である。

 世の中、通り魔無差別殺人、振り込め詐欺、スイカ泥棒、盗撮、露出狂、言葉尻の取り合いっこ、難癖付けと種々様々の百犯騒乱、お騒がせの沙汰では在る。

 私はする事が無いから、天下の公道・道行く人の目の保養として、マツバボタンの彩りをサービスしている次第なのでは在るが・・・十人十色で、中には不埒千万の行いがある。この頃は、石囲いに悪さを働く者が居なくなったと安心して居た。それが、一部石が崩れて居るのである。そんなに大した降雨量では無かったと思ったのだが・・・ 石の崩れを直して居ると、花壇の中に石が数個、転がっているでは無いか。

    幾らゲリラ降雨と云っても、下の石がジャンプする訳が無い。

 いやはや、何処のどいつか知らんが、馬鹿が復活したのだろう。24H監視カメラを取り付けるだけの資力も無し。こりぁ、前回と同様に、何度か続きまするがね。

     水は高きから、低きに流れる。土石流だって、そうじゃがね。
 震度2にも耐えた石囲い、無礼者、下衆野郎が~、石喰ら付けて遣らっか!
          とほほ・・・馬鹿に付ける薬無し。

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