旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 暑い日中は、休養。
                  尾びれ団扇_001

              暑い日中は、休養。(7/31/13)
 さて、起きるか。寝る時は、網戸の四畳半から涼気が通う。朝は日の出と共に、熱気が押し寄せて来る。本日、午後にケアマネさん来宅との由であるから、真面目に掃除をして置くと致そうか。

 昨夜は年代物の座卓にペンキを塗って見た。夜遅く、四畳半定位置に居ると、老母殿がよろけて、手を付いて仕舞ったと泣き顔で遣って来た。もう一度、刷毛塗りをして置いた。それを庭の日向に出してからの念入り掃除機掛けである。

 座卓が乾くまでの間、浴槽を洗ったり、湯を張ったり、玄関鳥、キリギリス達の霧吹き、餌入れ、庭から採って来たナス、インゲンの煮物などをして、時間稼ぎとする。

 そんな事をして居ると、<本日、急用が出来て日を改めて>との電話との事である。まぁ、こんな事も無いと真面目に掃除もしない物臭なのであるから、別段の事でも無い。

      座卓を取り入れて、収まりの好く為った処で、朝飯である。

  温めの風呂に入って、汗を落して洗濯である。風呂を譲ると、入ると云う。
おやおや、雨の条件反射か、マンジュシャゲが一本ニョキッと花茎を伸ばしている。そして、何年振りかのグラジオラスが、花芽を付けて居る。肥料のお零れに浴した結果なのであろうか。

 風呂から上がった妖怪様、曰く。「手入れをすれば、気も野菜も花も応えて呉れる。」
 
      ★ナロー、またまた、巧い事を抜かし遣がってからに・・・

 本日の仕事を一段落させて、四畳半定位置でコーヒー・タイムをして居ると、カンカン照りの通りには、前回の小学生チャリンコが、姿を見せた。手招きすると遣って来た。

 へへ、断然に穢れを知らぬチャリンコ達の円らな瞳である。小学一年生の鼻糞弄りの可愛さは、真に愛くるしい限りである。

「勉強は好きか?」
「う~ん。すき。」

「嘘扱け、勉強が好きなんて子供は、精神異常だぞ。歯医者に行くより、精神科に連れて行って貰え。子供は、遊ぶのが仕事だぜ。折角、4人も居るんだから、川行って、魚取りしろ。沢ガニも一杯居るぞ。オジサンのキリギリスも、今年は卵から孵って、川原でギース・チョン・ギースを遣ってるぞ。好い夏休みの自由観察に為らぁな。

 都会人は、電車、車で何時間も掛って行くんだぜ。其処へ行くと、田舎の子は1分も掛らずに、川遊びが出来るんだぜ。川遊びする為に、学校で水泳習ってるんじゃないのかい?」

へへ、こんな物の言い草は、普通の大人はしない物である。変なロートル・オヤジに掴まって、凄い話を聞いて仕 舞ったと・・・困惑顔のチャリンコの面々である。ギャハハ!!

「テレビ見たか、遊び慣れして無い韓国グループが飛行機乗って来て、3人も死んじゃっただろう。小さい時に一杯遊んで置かないと、金持ちに為ったって威張って見ても、70で日本で体温低下の凍死じゃ話に為らんだろうが。あれだけ、日本大嫌いを遣らかして居るのに、日本に遊びに来るんだから、人間って面白いだろ。なぁ~。」

「うんうん、そのニュース、テレビで見た。」

 ハハハ、幼児と話していると面白い物である。幼児も女に目覚めて来ると、途端に色眼鏡越しに男族を見て仕舞うから、私なんぞはご近所変人オッサンのレッテルを貼られて終うだけで在ろう。

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心何処ーショート さてさて、夏の再炎である。
           さてさて、夏の再炎である。(7/30/13)
 ゴミ出しに外に出ると、ミンミンゼミが柿・梅の木で数匹鳴いている。庭から這い出て一発目のミンミン、ミ~ンの合唱である。今日は、33℃に上昇するとの由。朝からキリギリスも鳴いている。ミンミンゼミが鳴くと、盛夏が進む。
 
 キュウリが無いから、本日はミニトマトがキリギリス達の餌である。如何云う訳か・・・桃太郎トマトは、一向に実を付け無い。

 朝食後は掃除をして、玄関鳥達の食事である。花瓶の水を補給する。それにしても、ユリの花粉は厄介な物で、中々に落ちない代物である。花粉の付いたTシャツを洗濯機に入れて、手に付いた花粉を石鹸で落とすが、綺麗には為らない。

 倅が静岡の友人から頂戴したと云うお茶の大袋を持って来て呉れたから、お茶をお代わりして飲む。勿論、テレビは詰まらないから見る気にも為らない。老母に目薬落としをして、四畳半定位置に座りマイタイムである。

 PCを立ち上げて、文字を打って居ると。

「こんにちは~、ヤクルトで~す。」
「おっ、ビックリした。ちょいと、待っておくれ~。」

 財布を持って、玄関に行くと。

「アハハ。言葉が飛んじゃったでしょ。あらまぁ、朝から早々と裸ですか。」
「あいあい、女は可哀想だね。暑くても裸には為れんから。女も自信を持って、素直に夏は裸族に為れば、世の中、ガラッと変わるのにねぇ。」

「私は、人様に見せれるナイスバディじゃないですからね。残念でした!!」
「ケチだねぇ、これからの時代、心の時代だよ。素直が一番だよ。」
 
    こんな馬鹿話をして、週一度のヤクルトコールのお時間とする。

 さてさて、空は未だ薄曇りの態では在るが、日差しに夏が戻って来た。とほほ・・・ヤクルトママさんに言葉を捥ぎ取られたPCの続きでも打ちましょうかね。咥え煙草で老眼鏡を掛けて居ると、車のホーンである。

          誰だい? おやおや、ご舎弟さんでは無いか。

「あれ、珍しく布団上げて在るじゃないか。」

 玄関から上がって、私の八畳を横切って、廊下から婆さんの部屋に行って、仏壇に燈明を上げて、チィ~ンである。外壁のカタログを開いて、色を決めて仕事の段取りを説明し始める。

 帰って、家修理の材料手配をするとの事である。材料代を持って行って貰う。数えなくても良いのかと云うと、不要との事である。

 弟が来て、婆さんは大喜びで在る。お茶は婆さんに任せて、梅干しの容器を持って来る。上の梅干しには色が回って居ないから、上の二段程を、甕の色良く漬かり始めている物と交換して遣る。

「やぁやぁ、こりぁ、一年分在るぜや。やっぱり兄弟だ。今日、梅干しを買おうと思って居たんだけど。こりぁ、儲けた。ちゃんと干して、梅干しに為ってるわ。」

「あいあい、混じりッ気無しの自然発酵食品だわさ。お前さんにも権利が在るから、持って居きぁ好いさや。」

     漬け物好きの弟に冷蔵庫から、お宝の沢庵二本を進呈する。

「転がると、勿体無いから、ビニール袋に入れてよ。」
「へいへい。」
 
 材料を運び込んで、仕事の合間を見て遣って行くそうである。私は指示に従って、お手子をすれば良いだけである。老母殿も、末子の顔も見れるし、その内に次兄さんも手伝いに来る。倅三人が働く姿を見せるのも、親孝行の内で在る。

「家の子は、皆、体格が良くて明るいから、立派な物だ。嗚呼、長生きする物だ。有難い在り難い。冥土の土産話が出来る。」

「あいあい、皆、土方の子だから、身体だけは頑丈だわね。妖怪婆の口の巧さにぁ、初な男は、逆立ちしても敵わ無ぇぜや。俺ぁ、女の口にぁ騙され無ぇぞ。心臓が動いて居る内は、好い事も在らぁね。大人しく、俺に飼われてろ。」

「この頃、頭がボォーとして、耳の穴も小さく為って、何を言われて居るか・・・良く聞こえなくてね。」

★何を扱きぁがる。妖怪婆の癖して、調子の好い事、抜かし遣がって、太ぇ婆ぁだ。

「へへ、その位、元気なら、当分大丈夫だ。さて、婆さん、俺ぁ仕事だから、行くぜ。また来るわ。」

「はいはい、ご苦労様でした。兄弟、仲好くね。有難う。暑いから、無理しちゃ駄目だよ。」

 弟の車を見送りに外へ出ると、いやはや暑い事、この上ない。終日の雨に息を吹き返した川原の葦・夏草の緑の中に、キリギリス達の声が暑さを奏でて居る。マツバボタンも、愈々以って、暑い夏に彩りを添えて居る。ミンミン、ミィ~ン。

              さてさて、夏の再炎で在る。

心何処ーショート 本日・恵みの休養日。
             本日、恵みの休養日。(7/29/13)
 雨の涼しさで、良く寝れた次第である。昨日は倅ファミリーが手作りの昼飯持参で来てくれたので、皆で昼飯とした次第である。丁度風呂に入った後で在ったから、庭にタライを出して風呂の湯を入れて、孫と水遊びをする。

 水鉄砲代わりに霧吹きスプレイで、遊んで遣る。生意気に帽子とパンツ姿であるから、パンツの横を摘まみ上げて、シュッシュッと水を掛けて遣ると、『ダメ、やーよ。』と来たもんだ。『この馬鹿垂が、お前の爺ちゃんにぁ、世の常識なんざぁ通じ無ぇよ。ギャハハ、ソレソレ~!!』

 毛髪の無いスキンヘッドの爺ちゃまの前で、帽子なんざぁ、『長幼の序に欠ける』・・・とんでも無ぇ二歳子である。ジョロを持ち出して来て、頭から散水の図である。ギャハハ。

「やーだ、やーだ。だめ、だめ!!」
         
 一切、泣かない処が、吾が家の血筋であろうか。いやはや、幼児は万国共通の面白さである。

「びや~。」

「おっ、この野郎。遣りやがったな。そりぁ、如何じゃい如何じゃ。小僧猿に負けて堪るか。お釈迦様のジョロ散水じゃい。如何だ、参ったか。」

「びゃ~!!」

 大分、握力も付いて来たから、スプレーの水飛ばしも水鉄砲となる。如何云う訳か知らんが、股閉じで反撃をしている。

「何だ、その格好は。将来のオカマか!! 男の一物は、勃起させるもんじゃい。隠して如何する。このオカマ野郎、如何じゃい如何じゃい!!」

「じいじ、ダメ、やーよ。や~よ。」

 月に一度で在るから、孫の成長振りは真に面白い。此処まで言葉、意思が成長して来ると、来年辺りは、益々、面白く為る事、必定である。

 へへ、倅・嫁さんの幼児に迎合しないとの家庭教育が宜しい様で、スクスク育って居る様である。下らん過保護の生意気さが無い処が、及第点の次第である。

 倅は婆さんの横で、昼寝をしている。孫は私とバトンタッチして、母親と水遊びをしている。

 四畳半定位置に戻り、一服して居ると大人しく為った。へへへ、遊び疲れて寝たのだろうと、覗きに行くとじぃじと母親の膝から起き上がる。アイスクリームを出して遣ると、一緒前の匙使いでピッチ食いを始める。

 四畳半に戻れば、時々、じぃじと様子を見に来る。

 二畳小部屋に行くと、入りたくてウズウズしていたとの事である。へへへ、一応は、行儀を弁えているらしい。アハハ。

「壷の蓋が欠けてはいるが、これが好い色に漬かり始めているから、持って行けや。食べて居る内に、馴染んで来るだろうからさ。今年は大生りだから、壷のお代わりがあるぜや。」

       カサブランカ、鬼ユリを其々二本を切って来て、持たせる。

 喜ばしい孫の成長振りを、老母と語り合いながら、天の恵みの休養日としている次第である。

「あそこに、何か虫が居る。」
「どれどれ、キリギリスじゃないか。」

 キリギリスの天敵は雨である。雨を非難して、中のキリギリスの声に家の中に入って来て居たのだろう。今季、二度目の庭からの参上である。

 さてさて、本日はお天道さんが下し置かれた休養日で在る。体力の充電でも確りして置きましょうかね。へへへ。


私的歴史考
                  夢想読書

                  趣味の歴史考
 お役御免に為って賄い夫の日々である。ボケ防止と時間潰しの為に、PC、インターネットを始めた。私は学童の時分から歴史が好きだった。私の中では歴史は昔話の様で、学校で習う歴史の断面・断面に、想像、妄想をしてボケーとして居た物である。
受験勉強の一環であったから、人並みに覚えた。それでもそれ等の年号などの棘々が無くって来ると、何とは無しにおぼろげながらも歴史が見えて来る。歴史は過去・現在・未来を感じ、見させて、考えさせてくれる。

 近年、つくづくと思う事は、日夜ニュースを彩る米・中・北鮮・韓の現在を見て、感じ思う事は、彼国の現在を過去=歴史に引き映す事に依って、益々、彼国の本性・本態の一端が見えて来ると云う事である。現在は過去・未来を映す鏡との感頻(しき)りの思いである。

 歴史は或る意味・人間学、国学でもあるから、折に触れて、歴史との反芻の中から見えて来る物・多である。日教組教育・戦後体制是認者の教え・自虐史観を教えられたからと云って、それらを金科玉条の儘に迎合すると云うので在っては、それこそ信教の自由を保障する基本的人権に反する行いでは無かろうか。個を確立すると云う基本的スタンスは、取りも直さず真偽を確かめようとする能動性にこそ存する物と考えている次第である。

 そんな次第で、今まで打って来た物が雨散霧消し無い程度に、吾が歴史考ダイジェスト版として残して置こうと考えた次第である。・・・7/27/13

              刺激と限界(2004年1月)

 体力の衰えに、とうとう休みを取った。小春日和の良い天気である。万年床で無駄に過ごすのが、何か恥ずかしい気分である。陽気に釣られて、本屋を覗いて見た。「本なら何でも揃う!」の看板通りの店内である。小説の類は、読まないから歴史物のコーナーに足が向く。世界史関係の本を手に取って、パラパラと捲って見る。四冊をピックアップして、内容を吟味する。

 何年かすれば、毎日が日曜日である。どうせ買うなら、本格的な内容が欲しいと思い、消化不良を承知で略(ほぼ)30年振りに「世界史の教科書」を購入した。私にとって、社会と理科は、小学校時分からの興味、且つ得意科目の一つであった。560Pに亘る「詳説世界史研究」と題された書物は、中々のボリューム感に満ちている。

 私の中にあっては、社会・理科共に物事を考える上で、判断材料を提示してくれる知識の基礎となるものである。学童・学生時代には、余り勉学には関心が無かった。その当時の一般的子供として、遊ぶのに夢中に為って居た。地理、政治経済の科目には余り興味は起こらなかったが、「一番」の得点を他人に譲るのが、癪だったから我慢して、覚えたものであった。

 少し大人に成って、新聞・テレビ報道を多少なりとも自分の目線で考えたり、政治経済に関心を寄せる様に成って漸く、地理・歴史の係わり合いに思いを馳せる様に為った。現代政治経済は、否応無く、国際経済・政治の中で考え理解するより仕方の無い時代と成ってしまった。「自問自答型」の自分に、現代ニュースをより納得させる為には、世界の地理・歴史は、欠かせない基礎要素である。「三つ子の魂、百まで」の喩えでは無いが、私は未だに「世界史」に親近感を感じている。そんな次第で、私は受験勉強に世界史を選択した恩恵に浴している一人である。

 後年、歳を経るに従って、私の記憶力の低下は、進む一方である。新聞・ラジオ・報道番組を見るに付けて、原因・背景・行動様式・結果等を『自問自答』する場合の参考知識として、世界史の辞典的な書物を傍らに置いておく必要性を、強く感じ始めていたのである。

 私は性格・性向上、単純明快な答えを欲する。そして、「観察」が趣味の人間である。観察の対象が人間の場合は、人間行動が観察対象であり、その観察予見の成否が「私の密やかなる愉しみ」と云った処であろうか・・・。 

                 <歴史総論>
 同じ人間が、住む土地・時代・思想が例え異なっていたとしても、皮膚の色が黒・褐・黄・白と外形的相違はあったとしても、人間の本質的な部分には、さして違いは無い筈である。在るとしたら、<状況下における選択行動の違い>だろうと考えるのである。

 そして、その状況下での人間行動の幅は、選択の幅にして『陰陽の範囲』であり、その範囲は一般人が十分に理解出来るパターンであると考える次第である。類似の歴史の反復が繰り返される以上、人間・集団・国家には、捉え様に依っては、<ある種の法則性>が潜んでいる如く観えるのである。

 つまり私は、「歴史を、人間が或る状況で積極的あるいは消極的で在っても、選択した必然の結果」と捉える。私は、そんな思考方法を採るタイプである。人間・集団・国家が、ある行動を選択するには、原因、背景(地理的・時代的・経済的・政治的)が、選択・決定要素として大きく作用していると、私には思われるのである。この様な思考方法では、人間・集団・国家の営みの記録の蓄積が、歴史を形成していると考えた方がしっくりするのである。
 
 つまり歴史とは集団・国家が、其々の地理的・時代的・経済的・政治的諸条件の中から選択した行動の記録であると云う位置付けである。尤も、国家による正史の類には、よそ行きの美辞麗句で脚色されていたとしても、それはそれで仕方の無い部分であろう。脚色部分を目くじら立てて、その成否を十人十色で一々論(あげつら)って見ても仕方が無い。<歴史には正史と稗史(はいし)在り>と云うのは、有名な形容である。

※稗史とは昔、中国で稗官が民間から集めて記録した小説風の歴史書。また、正史に対して、民間の歴史書。転じて、作り物語。小説とある。詰まり、民間人個人が、目撃・伝聞で普通に感じ考え、歴史を考察する物で在ったり、見聞した記録である。

 歴史学者として身を立てる訳ではない一般人の歴史感覚を磨くには、歴史の流れを把握していれば可とすべき処であろう。従って、雑駁なる私見に立てば、行動選択を方向付け、決定した結果が、歴史と成るのであるから『社会科なる領域』は、歴史を中心に地理、政治経済を周辺領域として、ピラミッド的に構築した方が理解の充実に繋がると思うのである。

 そう考えれば、歴史教育はその意義に於いて、地理・政治経済の集積領域として教育した方が、トータル的な人間像・集団像・国家像を理解し易いのでは無いかと、考える次第である。

 然し義務教育・高校での教育カリキュラムでは、地理、歴史(世界史・日本史)、政治経済・社会は、ジャンルを異にしている。学童・学生の「勉強(押し込み、詰め込み)過程」にあっては、ジャンルに嵌り切った『壁』が『歴史(集団~国家の営みの記録)理解の一大阻害要因』として、<円らな瞳の視界を遮ってしまう>のである。
 
 少なくとも、私が学童・学生(高校)であった時分の教育は、その様に記憶している。若し教師の中に、この様な歴史認識を明確に持った教師が居たら、浪々たる人間達の営み=歴史授業に語る彼等教師達へのインパクトは、少年の心を熱く左右したであろう。
 30年の時を経て、私が手にした『詳説世界史研究』と銘打った書物は、そんな義務教育期への私の大いなる不満(過去に対する教育的方法論への反発~不満)を見事に払拭するに足る理念で、編纂されている。
もう一冊の「地図と地名で読む世界史」なる本と抱き合わせで目を走らせると、中々以って面白い。時代の進展が ジャンルの壁をこじ開けて、<原初的疑問符~知りたい核心>を明確に掴んでいる。冒頭の『地名は、歴史の化石』と云うフレーズが何んとも早や、興味をそそる次第でもある。

 アフリカ大地溝帯に500万年前に登場したと云う人類は、一万年前には南米の端にまで達したと云う。人間の文明はエジプト・メソポタミア・インダス・黄河に於いて、産声を発し長い時を刻んで古代の文明を発展させて来た。砂漠・海・山脈と云った自然環境が、文明の初期には外敵の侵入を拒む役割を果たして来た。
 然しメソポタミアの世界では、他の3文明と異なって遮る天然の境界に恵まれていなかったと云う<地勢の宿命>を背負って居た。人間が、豊かさを求めて肥沃なる平野に群がるのは、ある意味では自然の摂理である。そして、外敵の存在は、一方に於いては『刺激』である。

 刺激の中で、衝突・変化・交替が引き起こされ、(必要は発明の母であり、差し迫った必要は改善の鞭である。)新たなる方向性がもたされる。その方向性が知恵であり、技術なのであろう。人類は料理革命→食料生産革命に発展して、人間界と云う半自然空間を切り開いて行ったそうな。人間界の拡大プロセスが、沖積平野と云う新ステージと為り、人々の共同に依って、都市革命が起こり、文化は文明へと進んだそうな。
 
 面白い事に、統治の法とか死生観から発する処の宗教に、素人の自問自答を試みれば、・・・(メソポタミアにあっては、「目には目を」の復讐刑が発展し、海と砂漠に守られたナイルでは、死者の書の様な死後の世界までへの安定願望が、人心を掴んでいた。東洋人は衣食足りて礼節を知るなどの考えと突き合わせて見ると、思わず「さもありなん・・・」と深く納得してしまう処である。

 世界三大宗教と云われているキリスト教、イスラム教、仏教の内、前二教は、ゾロアスター教→ユダヤ教→キリスト教、イスラム教と枝別れはしたが、排他的一神教の御旗を押し立てて、剣を持って海・海洋を渡って世界宗教と為った。
 一方、ネパールの盆地の中に誕生した仏教は、閉ざされた地勢故に生きとし生けるもの=衆生の理を以って『輪廻転生の心の宗教』と為った。直進的攻撃的二宗教と回転的円を描く宗教とは、全く相違する世界である。一方は外在に答えを求め、一方は内在に答えを見付けようとする。

 私には、こんな処が歴史の面白い処なのである。其々の或る環境下・地勢下・状況下に置かれて、人間行動の違いが分化進展して行く様が興味深く、大いに人間行動の理解・把握に参考となる所以である。

 遠く紀元前5000~3000年の時代には、世界は4大文明の地が世界であった事であろうし、ギリシャ文明の華やかなりし時代には、地中海が世界であり、イタリア半島より西を西方と呼び、東をオリエントと呼んでいたらしい。(その範囲は精々メソポタミア文明の地である現在のイラク止まりであると言う。)現代人が、オリエント=東洋と認識する範囲とは、大きな断絶さえも感じるのである。
 
 進歩・発展とは、欲望の連鎖でもあろうが、刺激が限界を打ち破り、刺激と刺激がぶつかり合って、新たな時代のうねりを創り、新しいシステムが生まれて行く。世界の海は、地中海からインド洋、大西洋から太平洋と拡がり、陸路はローマ街道から砂漠のシルクロードへ、草原のシルクロード、海のシルクロードへと繋がり、遊牧の民が勢力を得れば、ジンギスハーンの草原の道(東西8000キロ、モンゴル高原~ハンガリー)が開かれる。

 徒歩から馬車、そして鉄道、車に替わり・・・手漕ぎ船から帆掛け舟・帆船・動力船に替わり、今や空の時代となった。燃料は木材から石炭、石油、ガス、電力そして原子力と成った。貨幣経済・産業経済が身分制度を廃し自由・能力主義を発展させ、科学が神秘のベールを剥がし、化学が唯物論を進め、科学も唯物論に進んでイデオロギー(資本自由主義、社会主義、共産主義、ボーダレスの経済偏重主義・・・etc)を産み出して、神を殺し、幽霊を殺し、畏れを殺して、一身的な欲望享楽主義と云った無宗教の時代を切り開いた。

「衣食住足りて、礼節を知る」の言葉を残したのは、2500年前の<孔子>である。火星探査機が地球に映像を送る時代「凡人、衣食住足りて、金を掴む。奢を知り、刺激に溺れて、傾き、<公私>の区別を忘れ、言を弄してユスリ、タカリのテクニックを覚える、」礼節・節操を忘れた人間の行動は、何時の時代にも見苦しきものである。

 世界史に名を刻んだ王朝・帝国数々有れど、1000年、(ヒッタイト・エジプト新王国・東ローマ帝国)500年、(ローマ帝国)400年、(漢・オスマントルコ)350年、(フランク王国)300年、(唐・イスラム帝国・清)250年、(アケメネス朝ペルシア・明)120年、(元モンゴル帝国) 隆盛を維持するのは、難しいものの様である。

 悠久の時の流れは一定なれど、悲しいかな時代の価値を構成する因子は、目まぐるしく国を替え、大国の王者のスパンを縮めつつ、水の惑星地球の海洋を潮流と成って、或る時は渦を巻き起こし、滔々と流れ去っている。

 緩やかなる刺激は、ある場合に依っては競争心を刺激させ、過度の競争は争いに発展し、争いは勝敗の決着を求める。勝敗の苦渋が、勝者に協調・懐柔の方途を選択する事もあろう。強者必滅・栄枯盛衰・・・・有限なる人間の志向・思想・経済力・政治力・統治力のスパンに対して、歴史のスパンは余りに長い。スパンの違いに評価が揺れるのも、これまた人間の常、時代の常であろう。

 歴史とは、大洋の大海原に流れる海流の如きものであろう。ただ海流と異なる点は、意思を持つ海流である点である。世界史は、大国の興亡史である。世界史を正史と観る為らば、正史の裏に存在する稗史は、大国に為れ無かった中小微国の国内史との位置付けも出来ようか・・・。正史の行間を読む物は、稗史とも云えよう。

 人生の峠を向かえ、人生の過ぎ去りし足跡を、世界史の大海原に投射して、読み進めるのも余暇の過ごし方の一つであろう。いつの世にも変わらぬ人間達の営みの「溜息」が、聞こえて来るやも知れぬ。団塊の世代のフン族・ゲルマン民族が子育てから開放されて、再び自由なる心に還るのである。

 大人の歴史読書は、行間に自分史を織り込めながら読み進める、自分だけの批評史でもある。覚える必要の無い大人のアラビアンナイトでもある。                                 

         <古代世界帝国ローマの一断面>・・・3/11/13
          さてさて、ページを捲ると致しまするかね。

 本日は、古代世界帝国のローマ軍の軍組織並びに軍人の年棒に就いての記述である。それに伴っての皇帝の支出、帝国の諸身分、属州の州議会・・・etcで読んで居るだけでも結構面白い。

 映画的には、クレオパトラ、ローマ帝国の滅亡、クオヴァデス、ベンハーなどのハリウッドのスペクタル史劇でお馴染みのローマ帝国の恋と戦闘の大活劇なのであるが、その実態の詳細エピソードの記述は、義務教育、高校の教科書には決して出て来ない内容である。

 ローマの軍隊は皇帝の私兵であったそうな。従って皇帝は軍隊の維持費を一人で背負わなければ為らなかったとの由。1C前半に於いて正規軍・近衛軍・帝都守備軍の給料・食費だけでも毎年56億526万円を要したと云う。

 当時の日雇い労働者の日給は90円、小麦は6升で120円。一般兵士の年棒は2万7千円(=日雇90×25日×12月=2万7千円)。正規軍の首席高級将校の年棒は、240万円との事である。

 ローマ帝国皇帝の依拠する処は、軍で在る。軍並びに軍人を個人が丸抱えをする私兵の頂点に立つので在るからして、大変なのである。尚且つ退役兵に年金を出す為に、相続税と売上税を振り向けた由。

 皇帝の収入は皇帝領の属州、皇帝所有の不動産。(帝国全土に分布する土地、鉱山、工場)加えて驚愕すべき圧巻は、エジプト全土が皇帝の私有地であったそうな。
 また相続に関しては、強制的に一部を皇帝に遺贈させ、死刑、追放者に処せられた者の財産は、悉く皇帝の没収する処であったと云う。

★ベベェ~ン、ベンベン・・・「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす…」で始まる<平家に在らざれば、人に非ず。>の平清盛の比では無いのである。

 ラスベガスの賭博場で大負けして、議員辞職を為さったハマコーさんなんて、実に可愛い物である。ローマ帝国皇帝閣下が賭けに負けて、手元に金が無く為れば、州の戸籍調査表を持って来させ<最も裕福な者を死刑にして、財産没収>をする。美しい妻を持って居れば亭主に死刑を科して、妻を没収してしまうと云うのであるから、暴君ネロだけが極悪人では無かったと云う。
 
 ヤオヨロズの神々が共存共栄で暮らすアキツシマの末裔からすれば、これは正に<天球反転驚愕動地>の暗黒世界ですがな。パックス・ロマーナ(ローマの平和)、パックス・アメリカーノなんて、政治屋、政治学者諸侯が、ノタマウほどの綺麗事じゃ語れない凄さなのである。

 ギャハハ、古代のローマ帝国という実態は、暗黒の恐怖大世界帝国だったのである。従って、パックス・アメリカーノのTPPの米国魂胆にぁ、そう易々と迎合しちゃ行けませんがね。

 斯様に、歴史と云うノック不要の<興味の部屋>に立ち至れば、面白き時間潰しも可能と為るのであるからして、ウタマロの大マラ&性技48手を持つ大和の民原なので在るからして、48手の何分かを使って、正義の探索をして見るのも、一興で在りまするぞえ。

 好いですかな。米さん、中狂さん、韓国さんが青筋立てて、東京裁判史観だとか、南京虐殺だとか、従軍慰安婦だの性奴隷だとか、在る事無い事、世界に喚き散らして居るとの事で在りまするが・・・

 大和の国・日本には、奴隷制度も奴隷観念も、見事に無いので在る。世界で奴隷制度の無かった類稀なる国家なのである。へへへ、『天皇の下、一君万民思想』が、神話と混在して皇紀2673年を紡いで来たのであるから、もう少し大人のニヤニヤ笑いをして居ても良いと思うのだが・・・如何で在りましょうや。

   1、<中国王朝、文明区分、混乱、乱>・・・5/5/2005
殷・周、計1200年                 ※黄河文明時代
春秋戦国時代 550年の混乱の時代    
秦を滅ぼした陳勝・呉広の乱(前209~208)   殷、周、春秋戦国、秦、前漢
新を滅ぼした赤眉の乱(18~27)

漢・後漢の時代 400年              ※インド文明時代
後漢を滅ぼした黄巾の乱(184)
隋・唐の時代 320年          後漢、三国、晋、南北朝、隋、唐
唐を滅ぼした黄巣の乱(875~884)

★精々、此処までの黄河文明、インド文明の時代までが、まともな時代である。以後はゲテモノ中華思想の大躍進時代を刻んで行くのである。然しながら、教条主義的な日本人は黄河・インド文明時の消滅した文明を恋する余り、1100年以上も前に綺麗さっぱりと失われた文明を現代中国にオーバーラップして仕舞う妄信振りである。歴史知識から俯瞰的に見えて来る<華禍の危険性が反映>出来て居ないのは、日本人の妄想癖の最たるものである。

五代十国時代 分裂・割拠の時代 50年       ※中華思想時代
元100年を滅ぼした紅巾の乱(1351~66)
明275年を滅ぼした李自成の乱(1631) 五代十国、遼、北宋、金、南宋、元、明、清
清260年時代に起こった白蓮教徒の乱(1796~1805)
            太平天国の乱(1851~64)

          2、<中国年表からの纏め…中国考。>
 さて、昨日の知恵熱の触りを認めて置きましょうかね。受験勉強では無いのだから、超特急お浚いである。これは、個人的に纏めた趣味の部分で有りまするから、興味の無い方は、読むと疲れるだけで有りまする。イッヒッヒ!!

 BC1600年頃、自前の殷の時代が500年。黄河の賜物にして、黄河を神聖視して黄帝、黄泉、黄瓦、黄袍。甲骨祭祀、甲骨文字、通貨はベトナムの子安貝。

 自前の周の時代が700年。内陸の渭水盆地から勢力を伸ばして殷に取って変わる。革命=天帝の意思が変わり、王の姓が変わる。易姓革命と云い殷から周の変わりを殷周革命と呼ぶ。方法としては、話し合いの『禅譲』と武力行使の放伐があるとの事。←毛沢東の革命思想・造反有理もこの延長線か。
 都市に親族・血縁を派遣して、極めて血縁の濃い中国型封建制度を誕生させる。給料は払わんが、任地で徴収して、中央に上納金を治めよ。地方官の栄華は、腕次第。←これが中国特有の賄賂社会と為る? 
 帝都の周り千里四方を王畿、一万里四方を中華の地と定め、東夷・西戎・南蛮・北狄の文明の届かない野蛮の地とした。所謂、中華思想である。タテ社会と中央の思想が確立したのが、この時代である。

 以上、自前の時代が、1200年続いた。この間で中国の国柄の骨子が作られて行った。

 春秋戦国時代は混乱の時代で550年。フイゴの発明により鉄器の量産→畑大開発→大諸侯の経済力増大で群雄割拠の時代。『尊王攘夷』が唱えられる。王=周である。
 戦国時代は戦国七雄に収斂されて、外交戦略の時代でもあった。

 以上、混乱の550年。この間で、中国の『古典思想の開花時』を迎える。孔子を始祖とする仁・礼の実践で思想社会と天下泰平を説く徳治主義の<儒家>、儒教から性善説・性悪説。兼愛・交利・非攻を説いた<墨家>。  仁・礼を人為的な物として、一切の人為を排して無為自然を説く老子・荘子の<老荘思想>。商鞅、韓非の<法家の法治主義>。兵法を論じた<兵家>など、550年に及んだ混乱の時代は、現代流に云えば、現実対応のケーススタディの実験場所だった筈である。正に諸氏百家の時代であったらしい。

 自前の秦~後漢の時代が、400年である。云う為らば、諸氏百家の思想から得たエキスを実効為らしめる時代への進展である。

 秦は騎馬軍団、法家思想による統治システム、灌漑事業による経済力を持って、混乱の時代を平定した。皇帝の意思=法=人治主義を正当化する為に、徹底的に焚書・坑儒を断行した。←殷周革命の好い処取りをした様な物である。これが、現在の中国共産党の人治主義を当然の事として居る『歴史遺伝子』なのだろう。
漢は漢字文化圏を構築した。朝鮮・ベトナム北部・日本。

 五胡十六国時代は、混乱の370年である。中央アジアの草原遊牧民の席捲である。匈奴の一派フン族が西に向かえば、ヨーロッパはゲルマン民族の大移動として大混乱に陥り、匈奴が南進・東進すれば、中国、朝鮮、日本へと波及した。日本では渡来系の古墳文化として、その名残を刻んで居る処である。この時代に中国に仏教が渡り、椅子の生活習慣が浸透した。北の稲作文化、南の小麦文化の混沌の中で、<中国文明は、大きく変質した>のである。

 隋・唐の時代は、自前の320年である。隋は中華帝国の再建を目指す農業帝国で、運河の開発をして、南船北馬の帝国の物流に精出した。
 唐は帝国大版図を懐柔政策で統治して、冊封体制(形式的な君臣関係)とした。100万都市の長安は国際都市であり、人口の1/20が外国人である。アジア各地からの留学生が一万人、ペルシャ人、ソグド人が四万人と云う途轍もない開放都市なのである。唐帝国は遊牧文化の影響が強く、女性の社会的地位も高かった。そんな事で、則天武后の登場が有ってもおかしくは無かったらしい。←中華思想の尊大さが現れ始めている。

 五代十国の時代は、混乱の50年である。

 自前の宋の時代は、300年である。羅針盤と外洋帆船ジャンクで、国家財政の20%が貿易収入だったとの事である。キャチフレーズとしたら、<海に乗り出した宋>なのだろう。←軍事・経済大国に為った現中共国と同様に、南シナ海、東シナ海を荒らし捲ったのだろう。

 金・元の時代は、征服の300年である。

 自前の明の時代が275年である。回復中華の時代である。イスラム教徒の宦官・鄭和に国営貿易(朝貢貿易)をしたり、80万の軍隊でベトナム征服をする。琉球に中国人を移住させて、琉球大交易時代を作るも、足利時代には後期倭寇が暗躍して、密貿易の頻発で頭を悩ます。16Cになると、モンゴル人の圧力が高まり、万里の長城を築く。秀吉の朝鮮出兵、東北では女真人(満州人)の台頭で、帝国財政が圧迫される。
再び内陸部に後退した明である。←現中共国が、この明帝国の轍を踏襲するのだろうか。願わくば、大いに時間を短縮して内陸部に撤退して貰いたい物である。

 清に征服された300年である。200万人の女真人が、数億人の中国人を飴と鞭で300年統治したのである。飴→中央官庁の要職を偶数として、同数配置する満・漢併用策。鞭→弁髪の強要、言論統制(文字の獄)本拠地の満州は、清の直轄地とした。日本関東軍の満州帝国の口実にも為った。
台湾の平定(1683年)台湾はマレー人の住む島だったとの事。
二重統治体制で、史上最大版図を支配する。朝鮮の李朝、ベトナム、シャム、ビルマ。
 阿片戦争、アロー号戦争の仲介で、ロシアに沿海州を割譲、日清戦争敗北で、列強国の中国分割が一気に進む。←一国二元統治の手法は、中国伝統のお家芸らしい。

 1912年辛亥革命で自前の中華民国、中華人民共和国。

          さてさて、中国の歴史を超特急で見てみました。
 自前1200年→混乱550年→自前400年→混乱370年→自前320年→混乱50年→自前300年→征服300年→自前275年→征服300年→自前と云うよりも呑み込み中共国66年の行進中。

 殷・周、秦~後漢、隋唐、宋、明、現共産王朝の自前王朝時代が、2561年
 春秋戦国、五胡十六国、五代十国の混乱の時代が、        970年
 金・元、清の征服王朝時代が、                 600年

 中国って凄いでしょう。普通の国家観だと掴み切れない。国、国民ですよ。紀元前から変わらぬ中華思想と易姓革命から来る天下を握ったら、施政者は何をしても許されると云う人治主義。散々に利用したら、諸氏百家は面倒臭いから、焚書坑儒。周時代から始まる血縁関係封建制度の賄賂政治は、共産党王朝で持続されている。

 春秋戦国の大混乱期で、思想哲学の大成熟を見せるも、その後の五胡十六国時代の古代中国大蹂躙・大混乱期には、中国文明が変質して仕舞ったにも拘らず、平和の江戸時代には、論語が武士の嗜みで仁と礼が重んじられ、明治にもそれが引き継がれた。
 日本の武士道を貫く大義の中には、仁と礼への志が色濃い処でもある。近現代史で、日本の中国に寄せる古典的な想いを一刀両断に切って見せたのが、福沢諭吉さんらしい。現実では、日本人の思い描く徳の高い東洋の大国中国に於いては、仁も礼も千何百年も前に潰えて居たのである。

 近年、富に経済界と政界の中国詣でと中狂の傲慢さが、鼻に付いて為らない処である。四千年を誇る大中国の歴史との事ではあるが、下衆の私には中狂人様が声高に吹聴する自国の歴史なのかと、首を傾げる処なのである。私は、思い込み先入観の強い男である。くれぐれも、受験勉強の参考とは致しまするな。へへへ。

       <日本に於ける開国と鎖国>・・・1/10/20013

   古代に於いては、朝鮮の一部に日本領・ミナマ府在り。ハクスキエの戦い。

   600〜894 ( 264年)開国 遣隋使、遣唐使
   894〜1100 (約100年)鎖国
   1100〜1185(約 85年)開国 平家全盛期
   1185〜1401( 216年)鎖国
   1401〜1557( 156年)開国 足利幕府
   1557〜1868( 311年)支那に対して鎖国
   1639~1868( 229年)鎖国 江戸幕府 
      ※オランダ・シナ→長崎出島、琉球→薩摩、朝鮮→対馬
   1868〜2012( 144年~)開国

         <遣隋使、遣唐使の三海路>

遣唐使の航路

 初期の遣唐使は朝鮮半島の西岸沿いを北上する北路をとっていました。
 しかし新羅との関係が悪化した8世紀からは東シナ海を横断する南路が取られるようになったようです。船は五島列島で良風を待ち、一気に長江河口を目指しました。このルートは朝鮮半島を北上する北路に比べ、外海を突っ切ることから遭難する事が多かったようです。
 復路は風向きから奄美などの南西諸島を目指す「南島路」をとることが多かったのですが、南路よりさらに危険なルートでした。

       <西洋世界史の真空地帯東南アジア歴史考>
    夢奇譚・第17部南海ハーレムにて4/28/13・・・より抜粋

①インド商人が交易拠点を造り海上貿易を支配した時代。13Cまで続く。
②8C以降のイスラム商人の進出期
③10C以降の中国商人の進出期
④16C以降のヨーロッパ人の進出期

※東南アジアで最も古い国家は、メコン川下流の1~2Cインド人移住者とクメール人(カンボジア人)が建てたプナム。メコン川は二つに分かれて、カンボジア、ベトナムに肥沃なデルタを形成して、東南アジアの国家形成が始まった。
 6Cにはクメール人が大農業国家(米)を樹立して、その最盛期は12Cでアンコール・ワットを造る。
19C前半の人口は1000万人以下。英、仏の植民地拡大に依って、労働力のとして多数のインド人、中国人が利用される様に為ってから爆発的に膨らんだ。

 南シナ海はモンスーンが、夏季と冬季では真逆に南北に吹く<風の航路>で在る。マレー半島とスマトラ島が造るマラッカ海峡とそれに続くジャワ島が、その中心地である。現在はマレーシヤ、インドネシアの地である。
 古来から、その風の航路はアラビア海、印度洋、南シナ海、太平洋を結ぶ海上交通の要衝であった。インドの辺境地・東南アジアは、インド商人、イスラム商人、中国商人、ヨーロッパ商人と世界中の商人が香辛料(熱帯産のスパイス・香木)、金を求め、現在は一日3000隻の大型タンカーが往来する<オイル・ロード>である。
 
 インドネシアは70の民族、1万8千を超す島嶼国で在り、人口2億3千万を要し世界最大のイスラム人口を抱える国である。

ボルネオ島(カリマンタン)東部には、5Cにクタイ王国建つ。
西部ジャワ島には、古マラタラム王国(8C~10C)、スンダ王国(7C~16C)が建つ。
スマトラ島南部には、シュリーヴィジャア王国(7C~13C)が建つ。
※セレベス島には、奇妙な事に記述は無い。

 インドネシア第四のK字形の島にして、セレベス海の先に位置するフィリピンの大島・ミンダナオ島への航路で在ったセレベス島に王朝の記述が無いのは、貿易ルート(地中海⇔トルコ⇔アラブ⇔インド⇔中国)から外れて、フィリピンは蚊帳の外で在ったのであろう。

 其々はインドからマラッカ海峡、フィリピン、中国に抜ける南海貿易ルートで、インドからの船が寄港して中継貿易で大いに栄えた。スマトラのシュリーヴィジャア王国、ジャワ島のスンダ王国は、海峡を通過する船への課税で栄えた。

 宗教はヒンドゥー化して、その後の仏教伝来で大乗仏教が繁栄してジャワ島にはボロブドォールが残っているが、ヒンドゥー教→仏教→イスラム教の変遷を見て、現在世界最大のイスラム教人口を持つ国である。

※第一回遣隋使600年、山田長政がシャムに渡ったのが1612年

<世界海流図>


         <好戦国・米国歴史考。>・・・(4/28/11)
 朝飯前に、支払いと煙草買いに行って来ると、言い残して朝散歩に行く。昨日の個人スーパーでの買い物時には、生憎グレードを落した煙草が無かった。元の煙草に復帰すれば良いのであるが、『その手は桑名の焼き蛤→意地でも抵抗するぞや!!』・・・そこが下衆貧民の居固辞さなのである。

 いやはや、無い物は、何処へ行っても無いのである。まぁ、これは予定内の諦めでもあるから、最後の一箱を貴重品として吸い、後は、キツイ刻み煙草のパイプ吸いで節煙するかあるまい。

 朝散歩の本当の目的は、只今の処の歴史本内容の反芻散歩なのである。人類も個人も、諸要件の中に在っては、然程変わった思考、行動を取る物では無い。国家だろうと個人だろうと、『突き進む方向は、大して変わらない。』と云った処が正直な感想である。

 或る時期、堺屋太一先生が、信長→秀吉→家康の時代を捉えて、経済官僚出身者らしく経済・経営者的観点から解説されて、拍手を持って厚遇されて居た事を思い出す。
 
 国内統一を果たした成長企業の豊臣産業は、パイ獲得を目論んで大陸目指してニューフロンティア政策を敢行して大きく躓き、豊臣産業を衰退の道へと加速して仕舞った。その跡目を注いだ徳川産業は鎖国と云う保護貿易の循環型封建体制を確立した。←そんな切り口だった様に記憶している。

 足利幕府が権威を失墜させて、群雄割拠の戦国時代の100年の終わりに、彗星の如く登場したのが、御存知、天才と崇められている信長様である。日本の信長ファンに依ると、彼はナポレオンすら凌駕する『近代的才の存在』との事である。←これだから、私は学童時代から、日本史ファンが好きには為れないのである。

 下剋上の世界から立ち上がって、天下取りを目前とした男が、幕僚の武将に寝首を掻かれるなど云った『大失態』を仕出かして、天才も屁ったくれもあるまい。歴史のIF的な格好の英雄虚像の典型にしか過ぎまい。両者に共通する物は、後世の期待を途中で潰えさせた事だろうか・・・ 片や、寝首を掻かれ、片や、セントヘレナでの幽囚の末の孤独死である。

 こんな事は、世界史、日本史の絵巻を紐解けば、随所に見られる行動の必然性と云った物なのである。比較的に新しくて、身近な国の例を上げれば、これは正しくアメリカ合衆国の姿と驚くほど合致していると云って好かろう。

★信長・秀吉の安土桃山時代、関ヶ原の戦いが1600年、江戸開幕が1603年。メイフラワー号のアメリカ入植が1620年である。

 ヨーロッパの※7年戦争に連動して勃発した『フレンチ・インディアン戦争』後の1763年の北米の勢力図は、フランス領が駆逐されて、スペイン領とイギリス領で二分された。
※1756~63年を7年戦争と云うそうな。戦争の発端は、オーストリアのパプスブル家皇女マリア・テレジアが、オーストリアを承継した事に異を唱えたフランス、プロイセン対オーストリアの戦争。途中からプロイセン+イギリス対オーストリア+フランス、スペイン、ロシアに発展。海外植民地での仏対英の戦いで、仏が敗戦して、七年戦争は、オーストリアが勝利した。

 謂わば新大陸発見の旧勢力と新勢力の色分けであった。←この戦争は、北米での米独立戦争・南北戦争に匹敵する。
 英仏は、北米・インドも含めて1689~1815までの126年間も対立し続けているのであるから、イングリット・バーグマンが演じたジャンヌ・ダルクで有名な英国王が、仏国王を要求して戦った百年戦争に因んで、『第二次百年戦争』と呼ぶ英歴史家も居るとの事である。←第一次百年戦争では、英国の敗北、第二次では、英国の勝利。

 その13年後の1776年が13植民地の独立宣言である。英国に製鉄を禁じられて居た植民地アメリカは、武器弾薬不足で『米仏同盟』を結ぶ。他のヨーロッパ諸国は、『武装中立同盟』を結んで対米貿易を継続して、<英国の覇権>を揺るがそうとした。

★産業革命が始まったのが1760年以降である。大航海時代の大規模貿易と商品市場の成長から生まれた。

 ヨークタウンの戦いで、英軍は米仏軍に敗れ去った。それを受けて1783年アメリカが独立国と為ったのである。フランス革命中に、中立を守った効に依り、1803年にナポレオンから、広大なルイジアナを1500万ドルで購入した後は、御存知の大西部開拓時代に突入するのである。←英国の敗北。アメリカは、この時期、英仏の代理戦争の時代か?

 1846~48の「米・メキシコ戦争」で米国は、カリフォルニア、ニューメキシコを獲得して、1846-1783=63で、高々63年の間に、北米を大西洋から太平洋へと突き進んで仕舞ったのである。←産業革命の拡がりで30年代から始まり、南北戦争後に本格化。

 南北戦争は1861~65年である。勝因は北軍の海軍力で海上封鎖して、南軍を圧倒したのである。西部開発での驚異的経済成長は、1890年に終わる。

★南北戦争の頃が、日本では丁度幕末期で、坂本龍馬さん達が、右往左往していた時代ですよ。映画では、ケビン・コスナーのダンス・ウイズウルブスの中のシーンで、草原で野糞を垂れている騎兵隊員が、聖書で尻を拭いて居る場面が印象的でしたね。ギャハハ!!
 大蛇足ながら、『黒人奴隷解放』が政治的スローガンでは在ったが、時の大統領リンカーン氏は、堂々と<インディアン掃討作戦を命令>し敢行して居る。へへへ。

※一書悉く信ずるは、書無きが如しの弊害を知るのが、大人の歴史考としたい物である。

 大陸内部での成長を終えた米国は、大西洋と太平洋の中間地と云う戦略的位置を活かして、英国を手本に『海洋帝国への変身』を図るのである。
 此処で再度邪魔と為るのが、カリブ海のスペインであった。斯くして1898年に「米西戦争」を仕掛けたのである。←4カ月の戦争で、カリブ海域、グアム、マニラ、ハワイを併合して、目指すは、アジアへの進出であった。

★成長企業社長の秀吉の大陸制覇の失敗と米国の成功。資源欠乏海洋国の日本と資源豊富海洋国米国は、太平洋の覇権を争って、第二次世界大戦を戦って、大東亜共栄圏の大日本帝国は、敗退したのである。

 古の昔には、世界の海=黒海・地中海の覇権を争って、ギリシャ、フェニキア、ローマが争い、イスラム教とキリスト教が争った。イスラムの世界では、紅海、ペルシャ湾からアラビア海、インド洋、シナ海を渡って、東西の交易が栄えて居た。
 ラクダでキャラバンを組めば、砂漠のシルクロード、海に乗り出せば海のシルクロード、草原に馬を駆ければ草原のシルクロードがユーラシア大陸を繋いで居たのである。

 私は、教師でも歴史家でも無いから、うだ話はこの位に致しまして、面白いでしょ。この悠久の歴史の流れを、ギュ~と凝縮したのが実質「フレンチ・インディアン戦争」から始まる高々250年のアメリカ史なのである。

 人工国・移民国米国の誕生とその凄まじいばかりの好戦的成長とヨーロッパの縮図とも云える『昨日の敵は、今日の友』『江戸の敵は、長崎で』を地で行く様な本国、植民地争い、骨肉の争いの<権謀術策の国是>←人権擁護、国益などと綺麗事を使用している実態の何とおぞましき事か。

 こんな面白い世界を、ただ単に、専門家、一部だけの抜粋知識で、自論の傍証として居る御仁達のご講演話として一方的に拝聴して仕舞っては、高学歴社会の『日本の名折れ』ではありますまいか。

 歴史を通読すれば、的外れな『自虐史観』など、生まれ様筈が無いのである。歴史の一点だけを取って強調すれば、其処には余りにご都合主義的に成り下がる『デフォルメ』が書き加えられるまでの事である。

 兎角、敗戦国日本は、上記好戦国の米国に『東京裁判』などと云う永遠の米属国化が、米国の置き土産=占領時限時不戦憲法の本質を糊塗した平和憲法を盲授して、自縄自縛の弊害すらも意識せずに、平和ボケをしている。戦勝国のプロタガンダ、見せしめ裁判の対極にある大東亜圏への検証記録でもある<パール判事の東京裁判無効論>を読んで見る事もしないのであるから、『戦後日本人は大人では無い』のである。

 黒人奴隷解放を掲げた彼のエイブラハム・リンカーンで在っても、その裏にはアメリカの先住民族インディアン達には、容赦の無い掃討作戦司令を命ずる指導者なのである。

 ブッシュ大統領に至っては、イラク壊滅指令を出して、核兵器も生物兵器も見付ける事が出来なかった。

 911同時多発飛行機テロに就いては、各種の検証が為されて、余りにも奇妙な事実が続出して来て???の感も否めないとの稗史も在るそうである。

 サウジアラビア沿岸戦争では、自前で戦費調達が出来ずに、日本から戦費調達をしたにも拘らず、戦功を独り占めする為に、日本は金を出しても、血を流して居ないでは無いかと大見えを切る国家である。
 
 正に、<一書悉く信ずるは、書無きが如し>である。こんな教育方法は、間違っている。

 デフォルメが掛れば、『奇妙奇天烈な形と色の出しゃばり』が昂じて、他国様に反省と歴史改造の罵詈雑言を頂戴してしまう。オタオタしてばかりして居ると、その異常さに気付かない『国内のヒステリックな輩を増殖して行く』ばかりの様であろう。

★暗記不要の一通り読んで見る作業の『通読の効用』こそが、何よりも肝要な態度なのでは無いだろうか。
 EUの仏独のドッキングと英の駄々っ子振り、米英の親密振りに仏・独の米との距離置きだけを見ても、歴史の遺伝子が何処となく匂って来るのは、強ち、私の『臍曲がり見』でも無いでしょうが・・・ケッケッケのケツの穴でヤンスよ。

 全く以って、慣れぬブログ打ちをして仕舞った物である。馬鹿が背伸びをすると、疲れるだけである。さてさて、雨を吸って、ニラも勢い良く伸びている処である。ニラの卵とじでもして、精力の挽回をして置きまするかいね。

<一縄文考・・・夢奇譚・第16部・・・縄文へハングライダーより抜粋>・・・4/8/13

 舞台は一万数千年を擁して<悠久の時代区分>である。約7000年前には『縄文海進』と云われている間氷期の温暖化現象で、気温・水温は今よりも数度高く、海面も2~3mも高かった時代を内包して居る。日本の沖積平野はその後の河川、海に依って運ばれた堆積物がその元に為って居るそうな。

 縄文推定人口26万人。希少の石器・黒曜石は、北海道白滝村、長野県霧ヶ峰高原・和田峠、伊豆諸島の神津島、島根県の隠岐島、大分県の姫島、佐賀県の伊万里、長崎県の佐世保で産出されるとの由。勾玉(マガタマ)のヒスイに至っては、糸井川産と云うのであるから、縄文時代の交易の範囲は、驚くべき程である。

 因みに日本の在来馬の経緯は、モンゴル馬で、モンゴル→朝鮮半島→九州で、それは弥生、古墳時代との事である。牛の登場も同様にとの由。

 南北に細長い日本列島には、西と東では気象差異が歴然としている。東日本大震災大津波が千年に一度の物なら、少なくとも10数回もそんな天変地異を内包しているのであるから、大変な事である。
 増してや、環境その物が自然物採取の狩猟・漁猟・極初歩的な自然農法で成り立っている時代区分である。自然環境は当然に、広葉樹、針葉樹、沿海・内陸山地の環境差異から、縄文人集落の生活様式も、多種多様の混在摸様で在った筈である。

 それに、何と云っても縄文人口26万人との事であるから、現在の都道府県数で、それを割り算すれば26万÷47=5千5百で在るからして、縄文ウォッチャーの私として見れば、自然界に棲息する希少の『人間群れ』を探す様な物である。
 赤道付近のニューギニア島パプアギニアのペニス・ケースを付けた族文化では、日本の縄文文化に当て嵌める訳には行かぬから、こんな自然の中での共生する文化生活と云えば、地域地域で族を構成するチェロキー、アパッチ、スーなどの族主体の『北米インディアンの生活実態、文化』を、映像的には想定するしか在るまい。

 縄文時代の女の衣服の文様を見れば、中々の大胆なデザインで、そのデザインは<続縄文>と命名される北海道のアイヌの民族衣装のデザインに継承されている感がする。

★蛇足ながら。私は『芸術は爆発だ~!!』の岡本太郎画伯の方が、世界の天才ピカソ様より上だと考えて居る。何しろ、画伯の絵には浮世絵の色彩を継承した<澄み具合>と縄文人の力強さの<直線のデフォルメ>が在るからである。

 従って、悠久の縄文時代に在っては、人々は竪穴住居に住み、徒歩で、丸木船で、日本列島の隅々までも交流・交易の旅をして居たのであろう。こんな風にイメージを重ねて行くと、馬こそ無かったものの・・・私には如何しても縄文人と西部劇で見る北米インディアンのイメージがチラッチラッと頭を過るのである。

 これは凄い事では在るが、その根底には縄文時代と云う一万数千年にも及ぶ『原日本文化圏の揺籃期』であったと云う平和な生活圏が、日本列島の中に長い長い悠久の時の中で、雨の枝葉の一滴が、ポツリ、ポツリと地面に落ちて、それが地下に浸透して地下水脈を形成して、湧水と為って日本列島の其処彼処に拡がって居た証左でもある。

★争わない、貴重な物はコツコツと実直に脚を伸ばして入手して来る。きっと<信じる事で始まる人の暮らし=万物との共生>が、この時計が止まった様な進歩の時代区分の中で育まれて来たに違いあるまい。
 それがヤオヨロズの神々、神話と天皇の融合、民のカマド、外来宗教の仏教と古来の神教との融合、君民一体思想・・・etcの『日本人の精神的紐帯』を発展させて来た根源では無かろうか。
 まぁ、この位の下知識が在れば、西洋哲学しか知らぬ生意気女にして、ライオン娘のナターシャのお守も出来よう。時よ、時代よ・・・如何様に変わろうとも、スットコドットイ・・・日本人の心底に流れている縄文人の血脈・気脈を粉塵に化しては為らないのである。日本に生れ、育った男の一人として、出生国の幸運さに感謝する処である。

「今考えてるのは、黒曜石って云う縄文時代の希少の刃物の産出地が極限られた場所しか無くてさ、それに霊験あらたかなにして、地位の象徴にも為るヒスイの原産地は日本では一か所しか存在し無いって話でさ。それが日本全国は元より、ヒスイに至っては朝鮮半島にまで拡がって居るって話なんだよ。
 馬も牛も未だ登場して居なかった時代だよ。縄文の時代だから、歩くしか手段が無いから、皆、今と違って健脚には違い無かろうけど、大変だよ。」

「お江戸の時代には、東海道五三次なんて立派な国道と宿泊施設の旅籠屋が在ったんだけどさ。東京・京都間が男10里/日=40kmで、女9里=36kmで一般的には14日行程だったって話だ。それが列島の北端の津軽、海峡を越した北海道だったら、1カ月、1・5カ月にも為っちゃうだろ。そんな事をしたら、大変だ。ルートに沿った中継点見たいな交易場もきっと、陸海共に何か所か在ったんだと思って居るんだ。丸木舟の沿岸航海見たいな物だって、知恵と経験の産物でさ、・・・当然あっただろうしさ。」

「世界史じゃ中国、ローマを結んだソグト商人、古代の世界の海を舞台に海の商人フェニキア人も栄華を極めて居たんだし、♪月の砂漠を~、遥々と~、何てマルコポーロ見たいなキャラバン隊も若しかしたら在ったかも知れんしさ。」

「発掘調査で浮かび上がった縄文時代の雄・津軽は青森の三内丸山遺跡なんて代物は、農耕の始まった縄文前期中葉から中期末葉の1000年前後は使われて居た大規模集落跡で、最盛期には500人規模の大集落だったってさ。縄文期人口が26万人の時代だよ。現在の都道府県で割り算すれば、一県当たりの人口が5000人規模だから、その10%だよ。大都市だろ。それも今から5~6000年前って云うんだから、驚愕の世界なんだわさ。」

「食料自給率で云ったら、完全に充足の自然環境と云っても良いだろうさ。生活に余裕が在ったから、用途に従って石を割って形を整え、精巧に研磨する。骨を削って釣り針も作る。
 縄文土器にしたって、粘土に細かい砂を入れて練り上げ、陰干しにして何日も掛けて、粘土の水分を抜いて、遠火で、徐々に焼いて、最後は火の中に入れて焼く。火入れだけでも3工程を要したって事らしいよ。」

「装飾品に麻布の衣服にはデザインがダイナミックに織られて居たと云うしさ・・・衣食足りて礼節を知るじゃないけどさ、<衣食足りて、芸術をこなす。>・・・これって、精神的にも充実して居たと見て良かろうよ。」

「分業・一工程の断片歯車でしかない、現代人如きのスカンポ脳達が、『不自由で貧しい過酷な太古の時代』なんて戯言で踏ん反り返っている時代認識じゃ無かんべさ。アハハ。」

「オゥ、素晴らしい!! 何時もながら、Rさんのヒストリー・レクチャーは、とても面白くて、為に成りますねぇ。あなた、とてもクレバー、頭良い!! これ、ゴマ摺~りで無くて、本当に惚れ直しちゃいますねぇ。ダーリン。チュ、チュッ。」

「大分、リサーチが進んでますねぇ。ジョーモンのイメージは、北米のインディアンの生活ですね。分かり易いですね。サンキュー。
 私も、それをベースに、色々考えて見ます。今度の歴史行は、働き掛けない<見学の旅>にするんですね。それで、ハンググライダーなんでしょ。ウ~ム、分かる、分かりま~す。」

 幾ら縄文時代の考古学的知識を摂取しても、その対象は誰も見た事も無い広大無辺にも等しい悠久の時代区分である。得てして教条的知識と妄想は、反比例の関係にも立つのであるからして、この程度の雑駁過ぎる縄文への知識漁りは止め置く事にする。

 縄文海進の言葉に象徴される様に、縄文期は温暖な時代であったそうな。縄文期推定人口26万人。縄文遺跡の雄・山内丸山遺跡は津軽青森、弥生遺跡の雄・吉野ヶ里遺跡は九州・佐賀県で在った。縄文時代と弥生時代の地球環境の違いは、狩猟と農耕の差以上に、気候差が顕著だったのであろう。眺望利くパラグライダーからの俯瞰図は、予備知識との対話でもある。

 狩猟・漁労・採取の広大無辺の大地に、ヤオヨロズの神々の下、自然の一員として悠久の時を刻む原日本人の大地を見る想いであった。

               <駆け足歴史考>
     夢奇譚・第6部・・・神域にて (1/7/12)・・・より抜粋

 中国黄河の故郷は、黄砂を運ぶ台地でもあるし、何しろ『人口最多』『資源最少』『欲望最大』『道徳最低』の<四強国>と揶揄されるお国振りなのであるから、それはパスする事にして・・・エジプトは、ナイルの賜物と賛美される青ナイルの源流エチオピア高原に、夢を馳せたい感頻(しき)りなのである。

 そんな折、先頃、NHKのワンダーワンダーで、レポーター榎木孝明を配して、青ナイル源流の紹介番組を放映して居た処でもあった。

 その大地は、天空の幻想的とも形容するしか無い緑の高原台地、走る哲学者と讃えられたマラソンのアジス・アベベを彷彿とさせる人々が、地球の奇跡・栄養満点の黒い粘土質の大地に、悠久の農作物を植え、育て、収穫して居る静かな時の流れの様は、厳かにして、正に感動の映像美であった。それにも増して、悠久の豊穣の緑に覆い尽くされた、天空の大地は、其処に存在して居るだけで、宗教以上の天空・光、霧、雨の下、緑為す荘厳の拡がりが続いて居た。

 エチオピアの語源は黒い人・混血の人との事らしい、そしてアフリカ最初のキリスト教徒の国との事ではあるが、雑学に依ると鼻の高さで、西洋人は<人種の等級>を決めて居たとの事でもある。色は黒いがアジス・アベベに代表されるが如く、彫りの深いエチオピア人の顔相は、哲人めいて見える。<進化論帝国主義を謳歌した西洋人の傲慢さ>の感想には、そんな浅さが在って、私の様な有色人種から言わせて貰うと、『馬鹿こいちゃ、行けねぇやね。白い土人だって居るんでありんすよ。』ってな物である。

 人類発祥の地・アフリカ大地溝帯の中、地球の内なる血液マグマの滾りの賜物・黒い玄武岩が悠久の地球の時の中で風化され、栄養豊富な黒い粘土質の土を作り出した。雨で浸食されたその土が、雨季の激流を下り、遠く河口のカイロに豊穣の実りを与え続けた。太陽の国・ナイルの恵みが、ピラミッドを現代に遺す世界の四大文明の一つエジプト文明の栄華を極めさせた原動力と為った<豊穣の土>であったのである。
 
 安物玩具の地球儀をソロソロと回し、悠久の奇跡の高原大地に夢を馳せながら、日本からのルートを夢想する。韓国・北朝鮮・中国には、触手が伸びないから、此処はウラジオストクに渡った後は、嘗ての草原のシルクロード東西8000kmのステップロードを蒙古馬の背に揺られながら、ウクライナまで行き、ギリシャ人が結び付けたと云うエーゲ海と黒海の交易ルートを、古代に倣って黒海から地中海を横断してナイル河口のカイロから青ナイルを帆船で遡上するのが良かろう。

 私の頭に中の、趣味の世界史の歩留まりが、一体どの位の物かは分からぬが、モンゴル高原、カザフスタン、ロシア、ウクライナ、ハンガリー平原と連なる高原、草原地帯の続きには、スキタイ、モンゴル系、チベット系、トルコ系の遊牧民の群雄割拠の時代、フン族の侵攻によるゲルマン民族の大移動の歴史も刻まれて居る処でもある。

※フン族→ゲルマン民族の大移動の影響は、中国に於いても五胡十六国時代の大混乱の時代を招致して居る次第である。

 世界史の第一ステージとしては、四大文明からのメソポタミア文明とエジプト文明とが地理的隣接と地中海と云う内海の海路交通によって、海洋文化と云う混合、合体化を推し進めて古代の<ローマの平和>を確立した歴史の一大舞台でもある。

 アレクサンダー大王の故郷マケドニアからの海路は、エーゲ文明の足跡を辿って、地中海の東岸を一日行程の港から港を辿って見よう。芳香を放つ銘木レバノン杉の交易で地中海の勇と為ったフェニキア人の活躍を回顧するのも、旅の友と云うものであろう。
(※フェニキアの植民地カルタゴとのローマのポエニ戦争は、ポエニ=フェニキア人との地中海の覇権を争った新旧勢力の興亡史でもある。)
 
「映画的に云うとさ、ユル・ブリナー主演の<隊長ブーリバ>なんて快作が在っただけどさ。コサックはモンゴルの<タタールのくびき>なんて、200年以上に及ぶモンゴルの影響下に在って、コサックは新興のロシア王朝にとっては、旧支配者の片割れだったらしいよ。それでロシア王朝は、内心の復讐心で、コサックの機動力を駆って『東征政策』の先頭に立たせて、東方を征服せよ=ウラジオストクの建設に利用したって事だよ。

 中国ではモンゴル=元、ロシアではモンゴル=タタール、インドではモンゴル=ムガールで、タージマハルの美廟で後世に、名を残して居るんだけどね。こんな世界史の大風呂敷を拡げて、歴史に妄想力を働かせる事が出来るのは、後世現代の俺達の特権さね。

 モンゴルのユーラシア的大規模版図を築いた<怒涛の大進撃の先導役>を務めたのが、イスラム商人団とそのネットワークだったと云うんだけどね。
 7Cのマホメットの作ったイスラム教団は商人のソグド商人、ラクダキャラバンのベトウィン族と協定を結んで、商人と軍団の上に、聖戦と聖戦の見返りの富を得て、西洋より早く世界に君臨した大帝国だったんだと云う話だしさ。学者の中には、モンゴル帝国もイスラム帝国の亜流と見て居るグループもあるって話だわさ。」

「さて、世界史のお浚いでもしますかね。古代には黒海から地中海が、世界最大の内海だった。エジプト文明、メソポタミア文明を海で繋ぐフェニキア人、ギリシャ人、ローマ人がエジプト、メソポタミア=ペルシャ、を巻き込んで、西洋文明の基礎を築いて行った。黒海沿岸のルーマニアは、ローマ人の植民地として作られたから、それが語源のローマ人の国と云う意味だと云う。

 ついでにルーマニアと云えば、15Cに強国オスマントルコと戦った<串刺し王の異名>を取った英雄ドラキュラ公が居たわな。それが吸血鬼のドラキュラ伯爵のモデルに為ったとかの話もあるしね。

 まぁいずれにしても、ギリシャ、マケドニア、ローマ、フェニキア、エジプト、ペルシャと古代史の主役達の興亡の海としか、俺には分らんわね。

 そうだそうだ、北欧バイキングの時代には、海に乗り出したバイキングと、河川伝いに黒海に進出した勢力が、ロシアの基を作ったと云う事だわさ。」

「世界史を、大きく俯瞰的に見ると、西から、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河文明と有るんだけど、西の二文明は、地理上の近接と地中海と云う内海に依って、交易の発達により混交して統合への世界史の駆動力と云うか、エンジンの部分を負って居たんだろうしね。その対決の中には、十字軍の遠征て云う宗教的価値観・文明の対立もあった。

 その一方でインド、中国は、西洋からの地理的距離の壁によって、独自性を持ち続けながら伝統的な文化圏を維持して来たんだけど、世界経済の一体化のボーダレス、グローバル経済の一大潮流の中で、その伝統的独自性が、如何変わって行くかが、興味のある処なんだろうしね。」

「海から見ればエジプト、メソポタミア、クレタの<三大文明の交差点>に位置していたのが、此処シリアなんだってさ。地中海東岸のパレスチナ、シリアは、陸から見れば、エジプト、メソポタミア、アナトリアの三地域を結ぶ<陸の橋>とも呼ばれるし、これぞ古代の地政学上の要衝だったって訳だ。

 また、文明・文化の要衝としての一端には、エジプトの象形文字の影響を受けて、アルファベットのフェニキア文字を誕生させた。それが、陸を伝えばアラム文字、海路に伝われば、ギリシャ文字、ラテン文字、スラブ文字として現代に足跡を残して居る。

 まぁ、現代ではすっかり様相が違って、イスラエル、パレスチナ問題で、宗教的、政治的中東の火薬庫なんて定冠詞を頂戴しちゃってるけどね。

 いずれにしても、人間の歴史の歩みって潮流は、諸々の因果関係の<必要は発展の母>って事でさ。周辺に交通の不便な半砂漠地帯が拡がる地理的制約が在って、古代の中心海=地中海は、必然的に高度な海洋文明の方向に、一気に乗り出したって事だろうね。

 その地中海開発拠点が、地中海東岸のレバノンでさ。レバノンの特産品が、彼の有名な<レバノン杉>だったって事だよ。乾燥して森林資源の乏しかったエジプト、メソポタミアの神殿・宮殿建築材としては無くては為らない硬材質にして芳香材だったから、しこたま需要が在ったって話だ。こんな環境で頭角を現したのが、フェニキア人だったって事だわさ。

 古代の世界の海は、フェニキア、ギリシャ、ローマと彼等は、地中海の覇権を争って、覇者の興亡史を地中海に刻んだって事さ。以上、本日の講義終了。」

「エジプト最後の征服王朝の、マケドニアのアレキサンダー大王の将軍が興したプトレマイオス朝最後の女王クレオパトラとシーザーの話とかアントニウスとの話は、余りに有名だしね。

 俺は、現代の下衆貧民男だからさ。幾ら女王の座と王家をローマ帝国から守る為と綺麗事を言ってもさ。余りに『女の武器』を駆使しての<権力者への籠落三昧>が、一人の女として許せなくてね。歴史はクレオパトラを政治的に美化し過ぎて居る感じで、好きには為れんのだよ。

 一人の女として見る時には、とてもじゃ無いけど、自己顕示欲の権化の象徴で・・・如何にも嫌でね。若しかしたら、300年に満たない日本で云えば徳川幕府の治世のスパンなんだけど、マケドニア貴族の血統を守る為に、兄と妹、姉と弟の近親婚を繰り返した後遺症で、とんでもない思考と行動が身に付いて居たのかも知れんしね。

 日本じゃ、その弊害を失くする為に、御三家、五卿の制度を以って、カバーしてたって話だけどね。それでも、歴代将軍には、暗愚の将軍様も居たって話だわね。へへへ。」

               <アメリカ大陸文明考>
   夢奇譚・第七部、ユカタン、マヤの地にて・・・より抜粋。(1/22/12)
 
 嘗てメキシコはユカタン半島には、古代インディオ文明が栄えて居たと云う。マヤ文明以前のオルメカ文明と云う事である。エジプトのピラミッド同様のピラミッドをジャングルの中に築いた一大文明であると云う。その文明の母とも云うべき巨大な人頭石像を残して居るのが、オルメカ文明と云われるメソアメリカ文明の一端との事である。そして、彼等は、如何見てもアフリカ系の人種だったらしい。

 熱帯ジャングルの中に、トウモロコシ栽培によって、巨石と天文観測から導き出した現代にも匹敵する精緻な暦を高度に発展させたその文明の構成員の中には、黒人、白人、インディオが混交していたとの記述から、話は大きく広がって、エジプトと中米ユカタン半島の共通文明部分の橋渡しが、かの有名な大西洋に没した<アトランティスの存在なのだ>と云う推論が、私としたら真に夢運ぶ処でもある。

 私は、こんな話が好きで好きで堪らない性質である。こんな想像を、幾度と無く受験勉強の終った寝床の中で、拡大させて居た事か・・・ これも受験勉強の御利益の一つだったと受懐して居る次第である。

 まぁ、私としては常識の囚われ人、無味乾燥な面倒にして没個性の時代に生まれてしまったから、ドンキ・ホーテに為る機会を失ってしまっただけの事である。そんな事も在って、私はお役御免と為ったこの段階で、妄想流・家元(これは、ブログ上、親しくさせて頂いているナニワのmaso♪様から頂戴した吾が定冠詞である。)に為らんとして、夢奇譚に<その活路>を見出しつつあるのかも知れぬ。イッヒッヒ~。

「うん、だから、言ってるだろう。この世界は、異次元世界で、俺達は時空の彼方から、ワープして来た生き物なんだよ。これから始まる体験その物が、或る意味では、絶対にあり得ない<時空のミスマッチ体験>なんだよ。

 まぁ、その間の納得には、少々の体験と頭の整理が必要なんだけど、それは省略してさ。現実の本題に入ると・・・本からの受け売りだけど、この時代のマヤの人達は、高度な暦文明を発展させて、全て暦の或る一定の期間を自分達の運命として、その予定の中で生きて居るらしいよ。

 焼畑農業で、何時ジャングルに火を付けて、何時トウモロコシの種を蒔くか。余りにも正確な暦を作り上げてしまったから、それが災いして、大きな運命の中に生きていたらしいよ。きっと、この都市の遺棄だって、当然の彼等としたら<運命に定められた不可避の予定行動>じゃないのかね。

 焼畑農業は、初年度の生産を100とすると、二年度が70、三年度が30で、生産性が激減するらしい。少しは<西洋の三ぽ農業方式>見たいな物を考案して、家畜、農作地、休耕地などを組み入れて、人糞、家畜糞、残飯、雑草、落ち葉などを発酵させて、堆肥肥料なんかを土に鋤き込んで、有限の土地のローテーションを考えれば、また違った文化・文明のスケールメリットが図られたのにね。

 地勢環境が熱帯のジャングルだった所為も在ってさ、大型の哺乳類の牛とか馬の類も居なかったから、農耕民でありながら、本当の意味での<集約的、本格的定地農業>が、発展する道具立てに恵まれなかった文明かも知れんわさ。

 へへへ、天体の運行ばかりに現を抜かさずに、少しは地道な土壌学に注目したら、無尽蔵の植物と人口数と云う人糞が大量に生産されるんだし、高温多湿の気候下では、微生物が活性化する条件が整って居るんだろうけどね。そんな土壌の再生産に知恵と工夫を凝らせば良かったのに、そちらの方には、王、学者・神官・農民も、一切関心が向かなかったらしい。

 全ては天体の運行による定められた運命の中で、生きて行くのが彼等の宗教観、人生観だったらしいよ。詰まりは、代替地と気候環境に<恵まれ過ぎて居た>と云う証左じゃないのかね。そんな恵まれた環境なのに、哀しいかな・・・天文学、運命学にばかり特化しちゃって、裾野を広げた森羅万象の理を目指すべく自然科学へのアプローチが、お座成りに為って居たんだろうね。こんな処が正に、旧大陸と新大陸の文明を分岐させちゃったんだろうかね。

 それに宗教を絶対視し過ぎて、凄さまじいまでの人間生贄の文化でもあったらしいから部族間の<人狩りが常態化>して居たらしいしさ。捕えられた者は、あのピラミッドの神殿で、生きたまま黒曜石のナイフで心臓を抉り取られて、死体はバラバラにされて、あの階段から下の群衆に向かって落とされ、群衆は争って、その御利益の在る肉片を食べたって事だ。或る意味では、身分と知識が先鋭特化し過ぎた文化・文明の有限性、報いだったんだろうね。

 環境に恵まれ過ぎて、学問・芸術に特化して仕舞うと、エーゲ海文明にしろ、イースター島にしろ、一端衰退すると消滅の憂き目を見るのが人間の性らしいよ。アハハ。

 その辺りの封建体制が災いして、喰い詰め野盗にしか過ぎないコルテスの小集団に、アステカ王国・マヤを引き継いだ文明さえも、短時間の内に壊滅されてしまったんだろうね。同じモンゴロイドの一員として、返す返すも、実に腹立たしくも嘆かわしい限りだわさ。」

「あなた、相変わらず物知りね。それにしても、熱いわね。こんな恰好してると、もう暑くて・・・」

「我慢、我慢。毒虫、変なバクテリアが、高温多湿のジャングルには一杯居るんだから、高温多湿の熱帯菌には、新参者は逆立ちしても敵わんものさね。抗体の無い俺達は、宇宙人と考えて、<防護服>だと思って我慢しろよ。
それに、双眼鏡で絶えず周囲を確認して行動するのが一番だぜ。こんな現代服を着て居る処を見付かったら、即捕虜に為って、神様に<初物を供える>のが、人間の頭脳回路の常って云うものだろう。そうなりゃ、文句無しに、黒曜石のナイフで心臓を抉り取られちゃうぜや。」

「もう、そんな危険で野蛮で生贄、人食い習慣の在るそんな怖い所は止めて、もっと安全な所へ行きましょうよ。身の毛が逆立つわよ。おお、怖い~。あなた、怖い所に連れて来たよ。私、怒るよ。」

「大丈夫だよ。宗教的に遺棄した都市だ。宗教の尊厳、神聖化を絶対の義務と考えて居る国体だから、論理的には、絶対に帰って来ないから大丈夫だし、俺達二人だけの食料調達なんだから、これだけの耕地面積が在れば、何も心配は要らないさ。日本流に云えばさ、此処は再び足を踏み入れる事を許さない<神聖なる巨大霊場>だろうよ。
 それに、これだけジャングルが開けて居るんだから、太陽光線燦々の大地には、毒虫、バクテリアも住み難いに決まって居るだろ。好い機会だから、しっかり異次元考古学を遣って行こうじゃないのさ。」

 遺棄されて、そんなに経過して居ない石造りの都市は、ゴーストタウンと云う感想では無かった。ジャングルの中に忽然と、且つ荘厳に満ちた広大な都市遺跡を見学に遣って来た・・・私には、そんな感想であった。
 多分、それは映画、テレビ映像で、世界の遺跡巡り番組を見続けて来た私の親近感による処が、大きいのであろう。そして、雰囲気を楽しむ為には、一人が良いとの私の性向に由来して居るからでもあるだろう。

 都市の最盛期には、何百人か、何千人かの人口を擁して居た都市の規模なのであろう。人口の増加と焼畑一辺倒のトウモロコシ農業が、土地の消耗によって持ち堪えられなくなっての・・・都市の遺棄行動を繰り返して行ったのが、マヤ文明の推移と云う。

 豊穣から見捨てられた耕地と云っても、私と洋々の二人が十分に生活出来るだけのトウモロコシの実りは、広い耕地に散在して居る。乾季の終わりに焼畑をして雨季にモロコシの成長と収穫をする。そんな農業形態がマヤの農法で在ったらしい。雨季と云っても、毎日一日中雨が降る訳では決してない。
 この遺棄された都市でも、最盛期の頃は、スコールの雨量と熱帯の太陽の下で、きっと都市を築くに足るトウモロコシの豊穣の耕地が、青々と拡がって居たに違いあるまい。

 日本では盛夏のモロコシ齧りではあるが、種まきから収穫までは、精ぜいが2~3か月とすれば、二毛作、三毛作をして収穫貯蔵をして暮らして居たのが、インディオの暮らしだった筈であろう。
 モロコシを彼等は、殆ど主食として、偏食傾向にあったとも云われて居る。動物性タンパク質は、殆ど採らずに居たとの事でもあるし、蜂蜜を好んだと云うからして、ミツバチに関しての一応の雑学もチェックして来た処でもある。

 ジャングルの石造り都市の伝播は、川に沿ってであったと云うから、当然に川が近くにあったし、川からの都市への用水路も整って居た。私達は中国人、日本人の違いはあっても、東アジアの住人であるからして、川魚でタンパク質を十分に採れる。

 毒虫、厄介なバクテリアに苛まれずに済めば、こんな素晴らしい環境に文句を言ったら、罰がたちどころに下ると云った処であろう。

「おい、洋々。本に依るとさ、マヤの国では、カカオが貨幣の替わりをしたんだってさ。バナナ、それにチューインガムの元に為るゴムの木も結構あるって話だ。きっと、それらも、周辺の耕地の中に果樹園として在るかも知れんぞ。探そうじゃないのさ。」

「カカオって、チョコレートの原料に為るんでしょ。私はチョコレート好きですよ。たっぷりの砂糖は、あなたどうしますか?」

「サトウキビが在れば、良いんだけどさ、無かったら蜂蜜を入れて、チョコレートにするしかあるまい。どうせ時間はタップリあるんだ。何事も実験だわさ。」

「私、刺されてブスに為るのは嫌い。だから、それはあなたの仕事にしましょうね。フフフ。」

 石造りのメインストレートには、石造りのこの都市のエリート達の居住区が在った。適当な部屋を物色して、初日は其処で生活する事にした。

 とは云うものの、全ては自己調達をしないと、生活の出来ない私達は、自給自足者でしかない、従って、仕事=生活動線を効率的に考える必要があった。ベットで寝るのは虫防止の点から、マヤの人達はハンモックで寝たとの事であったから、私達もその雑学に倣った。フィリピンの経験では、赤い小蟻の毒は、要注意との事であった。

 ハンモックを並べて吊り、ハンモックの上からユカタン半島のジャングルに沈む赤味がかった大きな太陽を眺めて、洋々と話を交わす。

 今回の異次元旅行にしても、私は、それなりに大凡の雑学を頭にインプットして来た処である。目の前に広がる、都市民が丸ごと一人残らず移動してしまった石造りの都市を、本の中に掲載されて居た写真の数々に準えて、私は一つ一つ大きく頷きながら・・・また、地上から見上げながら・・・どの位の滞在期間と為るかは不明のジャングル都市の概略を頭に入れる為に、歩き回った。

 階段状の壮大なマヤ式ピラミッド、天文台、神殿、コロシアムなどの威容を誇る建造物群は、その神格性、神聖性を殊更見せ付ける為なのだろう。熱帯ジャングルの巨大な生垣を従えた恰好で、広大な平地の中に屹立して居る。生垣のジャングルを挟んで、都市を支える耕地と住民達が住居群が整然と区画されている。

 それは、都市の支配者の王侯貴族の館、神官、軍人から為る支配者の屋敷が立ち並ぶ。都市の支配と行政の根源は、諸々の神への生贄信仰とトウモロコシ農業の豊穣さである。
 都市の経済基盤を支えるのが、広大なジャングルと焼畑農法であるが、焼畑農法の最大の欠点は、剥き出しの表土と化した土壌の荒廃である。耕地土壌の再生産に注目しなかったのが、マヤ文明の最大の特徴にして、最大の欠点。全てを運命と見做して生産性を亡くした都市を遺棄して、新たなスタートとする文明観であったのだろう。

 その文明観の論理的、宗教的後ろ盾が、高度に発展させた天体観測から導き出した精緻無比な暦学だったと云う。暦学による予定された運命を、すさまじくも狂喜の人間生贄の儀式によって、享受して体制・文化・文明を維持して行くマヤ文明の本幹が在ったのであろう。

 支配・管理体制側から見れば、農耕、建造に携わる都市の民は、殆ど農奴、奴隷、生贄予備軍と映って居たのかも知れぬ。そんな証左が、都市の片隅に密集するバラック小屋の一角に顕著に見受けられる処でもある。

「ほら、古の文明下にある庶民とは、最下層の虐げられのはっきりした見本だろ。

 こんな文明下で、俺達、服を着た異風の人間を見たら、それこそ、寄って集って追い回されて、あの神殿ピラミッドに担ぎ上げられちゃうわね。

 コカインの葉っぱを朦々と焚かれて、カカオの粉末を身体中、白く塗りたくってさ、幻覚に惑う、待ち兼ねる王侯貴族・神官ご列席の下、石の祭壇ベットに括られて、黒ジャガーの毛皮を被った神官の長老に、黒曜石ナイフで胸部をグサリと抉り取られて、まだピクピク痙攣する心臓をゲテモノ神に奉げられちゃうがな。おお、怖い。」

「あなた、私、もう、そんな話要らないよ。あなた、話、上手過ぎるよ。私、酷いのも、痛いの話、嫌いよ。もう、その話私に何度、話した。あなた、人が悪過ぎるよ。ああ、想像がまた浮かんで、私、気持ち悪く為った。オェッ、オエッ・・・」

「そうだろ。俺だって、マヤ・インディオにしょ捕まって、幾ら夢奇譚の添え物でも、生贄には為りたかぁ無えわさ。先ずは、用意周到に越した事は無いわさ。ギャハハ~のハァだ。」

 ユカタンの地を埋め尽くす熱帯ジャングルの樹海は、20m以上にも達する。それは私の様な井の中の蛙人間からすれば、圧倒されるばかりのグリーンの圧力の迫りと云って良い。地上からは、その圧倒的高さとボリーム感故に、外部への視界が、一切開けない処であった。

 外部との比較が出来ないと、如何しても思考回路が内向きに為って仕舞う。内向き志向が、好い事も悪い事もある。此処は何と云っても、時空を遙かに超越して降り立った異時代・異次元の世界である。こんな状況下に在って、私達が出来る事と云えば、それは如何しても内向きと為り勝ちな思考回路に、外の視界を入れて置く事である。

 そんな事で、私達は、午前と午後の二回を、神殿ピラミッドに上って、双眼鏡で周辺の異常の有無を確かめる時間に割いて居るのであった。

 本の活字と活字の隙間を、私流の妄想手順に沿って妄想の限りを尽くせば、諸々の神々に捧げる生贄ショーは、ローマの衰退期に於ける世相阿(おもね)りの市民サービスのコロシアム劇場に堕落しても、何の不思議は無かろう。そんな私の枝葉末節を広げて行けば、弱小集落の住民ほど<惨めな存在>は無かろう。
 こじんまりとした自給自足の小集落に、戦闘集団の都市軍人隊が、不埒乱暴の限りを尽くしての人狩りを仕掛けて来るのであるから、その小集落は、忽ちの内に阿鼻叫喚の地獄図と化すのは、至極当然の流れと見るのが妥当であろう。

 当然、その阿鼻叫喚の下で、惨殺されるもの、奴隷、生贄として曳かれて行く者、逃げてジャングルの流浪者と為る者・・・etc 全てを欝蒼たる熱帯ジャングルが、奥深く隠蔽して居るのが、言うまでも無く<昼なお暗いジャングルの実相>なのだろう。

 異次元世界への放り込まれ者が、此処に居る私と洋々でも在る事からして、・・・

 人狩りに向かう一団、戦いに敗れて曳かれ行く一団、ジャングルを流離う者・・・etcが、ジャングル樹海の中で、忽然と威容を誇るこの石造りの都市に遭遇する事は、十分な確率でもあろう。旅の一時の逗留場とする事もあろうし、流離い者の新天地と為る場面も在っても然るべきであろう。

 <その5>
 様子が分かって来ると、それなりの時間と気分の余裕が生まれて来る物である。この異次元の世界に、私と洋々が降り立って、何週間かが経った頃である。

 今では、神殿ピラミッドから天文観測所に移っての周辺に対する双眼鏡観察をしている次第である。ドーム型の天井を持った石造建築は、東西南北に、観測用の小窓を開けた、外からは中が見え難い構造に為って居るから、身を隠して周辺観察をするウォッチャーの私達にとっては、格好の建物である。

★マヤ文明の<生命の起源の書>と云われる『ポポル・ブー』に依ると、翼ある蛇ククルカン(ケツアルコアトル)信仰の記述が在った。伝説の王ククルカンは髭を生やした白人であったと云う。ククルカンは、マヤ族にとって創造神あるいは、その使者である翼のある蛇を指すと云われて居る。

 マヤ文明を継承するアステカ王国が、喰い詰め野盗如きコルテスの一団に、壊滅してしまった裏には、歴学に先鋭特化し過ぎて、全てを大宇宙を支配する運命の為す予定された世界観が在ったので、髭を生やして鉄の甲冑に身を固め、鉄砲を持つ、見た事も無い馬に乗ったコルテスの白人集団に、戦う前から伝説の神ケツアルコアトルが、予言通りに自分達の国を滅ぼしに来たと『観念』してしまった側面が在るとの事であった。

 以上、第一回私的歴史考で在りまする。何分、ド素人の趣味の歴史考の断片でありまする。偏向・脱線に次ぐ脱線の長駄文へのお時間の拝借の段、恐縮の極みで在りまする。
 
 それでも、歴史に興味を持たれれば戯けの本望。お読み頂いて、感謝感激で在りまする。

      20013年7月27日  定位置四畳半にて アガタ・リョウ



心何処ーショート へへ、気が抜けたら、疲れちゃいましたがね。
        へへ、気が抜けたら、疲れちゃいましたがね。(7/27/13)
 一時、雷鳴が轟いて豪雨襲来かなと思いきや・・・薄曇りの蒸し暑き真夏日と為った。この数日、過去記事の文作日誌、夢奇譚からピックアップして<吾が私的歴史考>と銘打って収録し、文作纏めをしている次第である。面倒ではあるが、こうして一つのジャンルに纏めて置けば、いざと云う時の自分の手引書にも為る。

 それが一段落して34頁の分量と為った。抜粋編集であるから、私の文体も丸く為って来た物である。毎日、打って居ると慣れで気付か無い物ではあるが、10年近く前の文章を読み直して見ると、本質は変わっては居ないが、比較が出来て結構面白い物である。

 遣り掛け仕事で、朝賄いは大幅に遅れて仕舞ったが、掃除、洗い物、小動物の世話が終わって、漸くの四畳半定位置で裸ん棒である。本日、準決勝戦が行われている。時折、その歓声が聞こえて来る。私はラジオでそれを聞いているのだが。

 先日のM高とT高の試合は、4:1が引っくり返ってT高の勝利と為ったと云う事である。へへへ、あのまま球場に居たら、大変な騒ぎと為って居たのだろう。おおお、怖い!!

 人間なんて下世話な生物は、予定通りの勝ち勝負の進展なら、行儀が良い物なのでは在るが、それが追い付かれたり、並ばれたり、逆転敗退と為れば、感情語が出捲って仕舞う。我々の時代は、全国から野球少年を集めて常勝街道をまっしぐらで在ったM高も、私立高校は、何処も日大、東海大、駒沢大などと云う全国的な付属校と為った。そんな次第で、スポーツ高が幅を利かせて、甲子園目指してノウハウが拡散しているのが現状である。

 私の様な野球弱小高のOBからすると、<何処が勝とうが負けようが、知った事では無い。>と云うのが、本態で在る。OB面をして応援の名を借りた怒鳴り挙げは、小心者にして奥ゆかしき好色ヤクザもどきのロートルコンビからすると、河岸の叫びにしか映らない次第である。へへへ、御免なさいね。

 そのT高も、U高に敗れた。明日の決勝戦はS高、U高の東信対決と為った。

 ラジオも高校野球中継が終わり、通常の土曜日大人のトーク時間が流れている。一時の熱い太陽は隠れ、薄曇りの風の通る具合に為って来た。老母殿の部屋に覗きに行くと、畳の上で身を横たえている。冷えたトマトを一つ差し入れして、私も部屋で一つ食べる。纏め終えて見ると、緊張感が失せて疲れに取り付かれている始末である。風の通る八畳で、小一時間昼寝をする。寄せる風の涼しさと、キリギリス達の声に、暫しの休憩である。

 予報だと雨が降るとの事であったが、さてさて、本日・夕刻のジョロ散水は、如何為る事やら・・・ 願わくば、ピカピカ、ドッカーン、バシャバシャの雷神様のお越しを期待しているのでは在るが・・・


心何処ーショート カサブランカ、見事に咲いた為り。
           カサブランカ、見事に咲いた為り。(7/26/13)
 この頃、真に寝付きが悪く為って仕舞った。まぁ、夏の暑さなのであるから、致し方が無い次第である。枕元に絞った音量でラジオを付け放しにしてあるから、睡眠の深浅にラジオの断片が訪れる。得てして、聞きたいと思って待って居る内に、肝心のラジオは脳裏から去る事、多である。

 睡眠形態には、深く為ったり浅く為ったりの90分(60~120分)の睡眠周期が在ると云うのであるから、睡眠が深く為れば、ラジオは意識から没するまでの事である。

 ラジオBGMは、そんな睡眠形態の深浅に強く影響を与える事が屡(しばしば)ある。今朝の夢見はそんな次第で、お説教を頂戴して居た次第である。ラジオではビジネス展望で、アベノミクス批判をして居た。へへへ、私が幾ら安部さんシンパと云っても、何も最熟睡期に割り込んで来て、お説教を喰らわされる筋合いは無かんべや・・・ 嗚呼、勿体無し・・・折角の睡眠滞を、NHKの野郎め、こんな処でしっぺ返しをし腐って・・・ 止む無し、起きるか。コンニャローメ!!

             カサブランカが咲き始めた。

「花瓶は、何処だい?」
「仏壇の戸の中。思い切り、長く切って。」

 花瓶を洗って、一番のカサブランカを鋏で切って来る。二つ咲いて、蕾は四つ付いている。寝室の八畳から花瓶を持って来て埃を洗い清める。鬼ユリの活きの好い処を二本切って来て、挿して見る。変化を見せる為に、ミニバラを数本切ってアレンジをして見る。花瓶二個を仏壇の前に置いて、灯明を上げてチィ~ン、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏である。

「こんな事にも気付く年頃に為ったものだ。ありがとう。」

★何を扱きゃがる。昨日から、カサブランカ、カサブランカとチクチク催促して居たのに、だから、女族なんて物は信用出来ない体裁屋なのである。へへ、嫌みの一つでも噛まして遣ろうかいな。

「Oのオバサンの所にも、一本、恒例のお届でもするかいね?」
「好いよ。」

「そうかい。」
 へへ、土曜日に来ると云う倅に、カサブランカを二、三本プレゼントしたい腹なのであろう。

 庭のキリギリスは周回を始めて、今日はお向かいさんの境辺りでギースと鳴いている。

 さてさて、私的歴史考に縄文時代を加える事を思い立ち、夢奇譚・縄文へハングライダーから文章を抜粋して、校正をして置く。

   金曜スタバトークの日であるから、玄関に挿し絵ファイルを出して置く。

 平日のスタバ二階席である。人は少ないし、冷房が気持ち好い。5年以上の週一の好色ヤクザもどきのロートルコンビで在る。私のファイルには何が在るかは、女性スタップは皆知っている。コーヒー注文の時は、レディファーストで頁を捲れとのオーダーさえ頂戴して仕舞う次第である。

 TのPCも復調して、ブログ徘徊をして居る由。ブログ訪問者の紹介などをしてホット・コーヒーを飲みながら、話を進める。若いスタッフが片付けに来たから、手招きをして戯け画ファイルを見せて、私とTは、どんな表情を示すか、好色オヤジモードを全開にして、下から彼女の表情の変化ウォッチングである。

「如何だい、この縄文褌踊りと全裸女体の蛍踊りは、近年に無い俺の快心作だんね。そしてさ、このナスビの存在感に、このブルーアイ、ブラックアイの輝き様は、絶対にマトモな常識じぁ描けない世界よ。この紫隆々としたエネルギーの炸裂は、何の化身か分かって居るずらいなぁ~。」

「何を扱いてるだ。このオッサンは。夏のナスビに決まってるじゃ無ぇか。ウフフなんて、近付いたら、パックリと喰われちゃうぜや。こんな奴の近くに近付いたら、脳梅毒に侵されちゃうぜや。気を付けましょや。アハハ。」

「いえいえ、何時もインパクト満載の楽しい絵で、勉強に為りますよ。」

 パッパタイムの外ベンチは、熱い。ホームセンター、スーパーに回る。何しろ、こう暑いと、作る気持ちも湧かない次第では在るが、それをしたらお互い賄い夫は失格の口である。食欲薄い老母殿に、昼は生寿司を買って行く。

「男だから、花の趣味は無かろうが、花が咲けば、萎れて枯れるだけだ。義理で花を持って行けや。」

「おっ、そうか。婆さんの仏壇に供えて遣るか。」

「あいあい、そう云う事だ。俺達ぁ、出来の良過ぎる倅だぜな。ちょいと待ってろや。」

 カサブランカと鬼ユリを一本ずつ切って、お袋さんの献花とする。車に置くと結構な大きさである。

「やいやい、こりぁ、豪勢じぁ無いか。無駄にぁ出来んぞ。」

 さてさて、如何すべぇや・・・ へへ、助手席に立て懸け、シートベルトを咬まして遣る。

「あらあら、<あのオジサン、花とデートしてる。>って、哀しきロートルの図だぜや。あい~。」

「好いじゃない。此処はチャイナ、コリアと違って、『心優しき大和の国』だぜ。奉仕するニョショウが出て来るぜや。壷変われば、如意棒も入道雲に為るぜや。あい~。メインロードを時間掛けて帰りましょや。」

「お~、そうかそうか。その手も在るわな。サンキュー、じぁな。」

 薄曇りには為って来た物の・・・風止めば、蒸し暑さ増す午後の行進で在る。さてさて、昼飯を食って、小動物の世話をして、歴史考の校正でもして置きましょうかね。へへへ。


心何処ーショート 四畳半定位置から、球場へ。
           四畳半定位置から、球場へ。(7/25/13)
 昨日は終日の雨日で、過ごし易い一日であった。そんな事で、前々から趣味の歴史へのブログ断片を、過去記事からピックアップして、一つの塊として保存して置こうと考えた次第である。これも、毒亜周辺国の凄まじいばかりの内政干渉の火病状態で、こんな日常日々の毒亜諸国の戯言に対する『吾が鎮静剤』にしようとの思いからである。

 一応、あんな事、こんな事を打った。・・・の記憶は在る物の、何しろ健忘症の真っ只中を惰性で生きているだけの賄い夫生活である。どの辺りのブログ記事かも、定かでないから、探し出すのには、時間が掛った。
 それでも、如何にかそれらを探し出して、<私的一歴史考>と銘打って保存した次第である。その内容は、世界史総論・中国史・アメリカ史・東南アジア史と分散して居た徒然の想いを一つのジャンルに入れて見た次第である。それでも、15頁の分量と相為って居た。この位の分量なら、いざと云う時の隠し玉にも為ろうから、儲け物であった。

 そんな文章群を読み直して、補筆を加えながら編集をして居ると、面白い物である。ブログ初期の頃は、生真面目さが前面に立って、硬いばかりの文章である。その頃の物は、余分な文章を付けて居ない段階であるから、読み物としては面白さに欠ける。こんな形で打って居たら、一応の品格は保てる物の活字嫌いの人間には、一切触手が伸びないと云う事であろう。

 人間の精神構造などと云う物は、真に堪え性が無くて、安易、面白短文に走る物である。鼻糞を穿りながら、物を食べながら、飲みながら、戯け話の中に、ヒョコと頭に止まる物の方が、遥かに記憶に残る物である。そんな世界を残したいと思っているのでは在るが、<非力故に道遠し>の日々である。

         こんな事を打って居ると、車のホーンである。

「おい、野球見に行くぞ。早く支度しろ!!」
「おっ、そうか。ちょっと待ってろや。」

 球場駐車場は、満車である。まぁ、それでも地元民であるから、施設の駐車場に潜り込むのはお手の物である。何しろ、閑古鳥久しき浅間温泉である。

 アッチャチャ。いやはや、球場は熱い限りである。まぁ、それでも高校野球は夏の風物詩の一つでも在るからして、試合を観たり、応援を観たりするのは、良い気晴らしにも為る。因みに、吾等が母校は一回戦敗退との事である。まぁ長い伝統の上に築かれた習い性なのでは在ろうが、『あっ、そう。』で、軽く終わって仕舞うのであるから、お恥ずかしい限りである。

 次の試合は、地元の強豪校M商学園が出るとの事で、地元ファンが応援席を埋めるのだろう。パッパタイムに喫煙エリアに行くと、OB応援団が続々と集まって特性野球帽を被って、早や野球談議をしている。

 私もTも、特定高の応援に来ている訳で無く、風物詩・高校野球の観戦に来ていると云った具合である。山際の球場は、山の緑・空の青さ・入道雲の白さに応援の反響音、全ては暑さの中で繰り広げられる観戦模様である。尤も、好色ヤクザもどきのロートルオヤジの視線の何割かは、若いピチピチした姿態に注がれては居るのだが。

 チヤガールのユニホームは、為るほどブラジャーにまで及んで居るとは、思わずニャハハの感で在る。私の場合、半分以上は応援席観戦である。ブラスバンドとチヤガールの振り付けを観るのが、実に軽快で楽しい。下から三番目の娘っこは、誰かに似て居ると思ったら、先日見たタイ映画・ラスト・アナコンダに登場していた道案内役のお爺ちゃんに付いて来た孫娘に好く似て居た。へへ、流石に東洋のお国柄であるから、DNAが近いのであろう。

 前試合のチャガール予備軍の娘っ子は、きっと一年生なのであろう。実にあどけなく楽しそうに応援して居た。

「そろそろ、帰るかい?」
「ああ、帰るかいね。何日分も日光浴したから、帰って昼寝でもするかいね。」

 野球気違いのM高OB応援団は、試合が佳境に入ると兎に角、煩い。其々の校風の違いで、何分、奥ゆかしさを秘めた私達とは違う。2:1でM高リードであるから、熱い球場は、グランド整備後は一段とヒートアップして行くのであろう。彼等OBとしたら、ヒートアップこそが、夏の風物詩なのであろうから。

 キリギリスは元気かと聞くと、元気で鳴いているとの由。キリギリスの声に、鳥が餌にしようと遣って来るとの事である。Tの方は、キュウリの生育は好いが、桃太郎トマトが一向に生らないと言う。吾が方も同様である。

 昨日はあれだけ雨が降ったから、夕刻のジョロ散水はパスで好かろう。過保護は禁物である。一風呂浴びて、洗濯をして、小動物達の執事役でもして置きましょうかね。


心何処ーショート 本日、天の恵み日為り。
               本日、天の恵み為り。(7/24/13)
 火曜お目当ての歌番組が無いから、久し振りに、二畳小部屋で夜を過ごす。部屋が変わると、気分も変わる。小部屋の明かりが、カサブランカ、鬼ユリを鈍く照らす。小部屋にもキリギリスを置いて居るから、小部屋外のキリギリスと呼応して、ギース・チョン・ギースを鳴き交わして居る。

 夕刻の散水が効いて、夜の植物達は、昼の萎れを脱して、夜の涼しさの中に静かに佇んで居る。老母の部屋の廊下上がりの両サイドには、今年ミニバラ、ジャンボマツバボタンを植えた。ミニバラは、二度目の花を咲かせている。マツバボタンの方は、然程の花では無いが、茎の広がりは、普通の物よりも、格段に大きい。

   ラジオの女トークをBGMに足元からは、蚊取り線香の煙が昇り立つ。

 老母の部屋は明かりを落として、テレビが細く付いている。早々と、大儀な身体をベットに横たえて居るのだろう。窓を開けて、空を見上げれば、星は無い。

 昼の遣り切れない暑さも、陽が山際に後退する頃に為ると、私もジョロ散水に始動する。蚊対策に、長ズボン、長袖、長靴、帽子に軍手のむさ苦しい身形のお努めなのであるが、それが終わって、短パン裸ん棒に為って、暮れなずむアルプスの峰々、雲に残る茜色を観て居る一服の時間は、悪い物では無い。

 散水時には、庭の片隅に定住を得たキリギリスの声、黒イトトンボ、ジャノメ蝶、ミンミンゼミの這い出しも在って、これも居住区を共にする小さき者達でもある。

 明けて庭を眺めれば、僅かばかりの雨が在った様である。梅干しの笊を廊下に取り込んで居たから、幸運であった。小雨の中を、キリギリスのキュウリを一本取って来る。朝食をして居ると、雨らしい雨が降って来た。

 暑さ続きの中、こんな雨日が在ると、今までの<暑さ疲れ>がドッと押し寄せて来る物である。老母も一息付いて、まぁまぁの状態である。目薬落としをした後は、さてさて、梅干し漬けにすると致そうか。今年は大量であるから、容器に収まるか? 危ぶまれる次第である。

 梅酒用の大びん、甕2、タッパを出して、四日三晩干して、縮んだ梅を容器に入れ、紫蘇の葉を上に梅漬け汁を注ぐ。些か強引な容器収納であった。

 老母は、昇降椅子でそんなロートル倅の一部始終を見て居る。片付けて、お茶を頂戴して、小鳥、キリギリス達の世話、真似ごと掃き掃除をして台所の洗い物をする。

          やれやれ、これで大体の賄い夫は終了である。

 風呂に入れるかと聞けば、未だ入れないとの事である。左様であるか。今日は終日の雨日の感じであるから、命の養生をするが良かろう。

 雨に外のキリギリスは音無しの構えでは在るが、鬼ユリが咲き、カサブランカも咲こうとしている。大地は潤い、とぼりの流れも、これで一息付ける事であろう。

   へへ、ジョロ散水如きでは、逆立ちしても追い付けない天の恵みである。

        外降る雨に 中のキリギリス 鈍くギースを鳴く
             隣部屋のラジオ細く流れけり

       猛暑に落とした葉に 生き別れの滴を振舞う雑木かな
            轍の水溜り 雨足見せて静かなり

      猛暑続きに 雨の中休み 大地も人も 束の間の休息に浸らむ


心何処ーショート 偶には、息抜きドライブ為り。
           偶には、息抜きドライブ為り。(7/23/13)
 昨夜は降りそうで降らなかったので、何時も通りに夜散歩をして来た。自宅付近の川原から聞こえて来る夜のキリギリスの声に、好い涼みが出来たのであるが・・・

 いざ眠ろうとすると、蒸し暑く、中々寝付かれ無い。うとうととしていると、雨音の気配である。慌てて起きて、梅を取り入れる。折角、梅を取り込んだのであるから、思う存分、大地を潤わせて呉れれば良かろうに、後が続かなかった<根性無し雨>であった。

 朝の太陽に、梅の笊を庭に広げる。本日は、33℃との由。ちょいと掃除をするだけで汗が零れ落ちる。老母様はベットの上で、完全に伸びて萎れて居る。日々進む老衰状況であるから、本人に責任が在る訳では無い。文句を言ったら、老体が可哀想である。愚痴を溢しても、誰も代わっちゃ呉れ無い、しが無ぇ賄い夫稼業の辛さである。

 声を掛けても、アイスでも食べるかと聞いても、体調悪く山姥表情にして・・・ベットの背中は答えない。

 いやはや、<勝手にし遣がれ!!>ってな物で、阿保らしくて遣ちゃ居れんわね。こんな青息吐息の老母を見て居ると、私とて人間であるから、気持ちがムシャクシャして来て、物に当たりたい衝動がムラムラと湧き立って来る物である。そんな時は。吾が心友Tの顔を思い浮かべる。奴も賄い夫日課をこなして居るのである。短気は損気。此処は深呼吸一発、シャー無いの仕切り直しである。

 内為るマグマを吸い込んでも、同じ屋根の下に居るのが苦痛に為って来る。外すのも、人間の経験値の一つでも在る

 へへ、生命在る物、生命尽きれば、あの世に逝くまでの事である。生身の人間にも、気晴らしは必要である。。

 そんな次第で、チョイと車でドライブをして来る。外の空気に当たって、車を走らせるのは気分が好い物である。

 大分、川の水も細って来た。こう暑さが続けば、シュノーケルとヤスを持って来て、半日ほどを川浸かりに来るべしであろう。小さな川であるから、テレビにも<欲求不満のロートル、川で溺死!!>などと水難事故報道も起こるまい。

 さてさて、ドライブ効果が出て来て、平常心の訪れである。個人スーパーに寄って、完熟プラム、トウモロコシ、パン、牛乳を買って、中間食とする。温水プール程度の湯船に浸かって、体温調整をして一息である。

 汗の退いた裸ん棒に、時折の風が涼を運ぶ。金魚槽の泡は涼しけれど、キリギリスの声に、風が止めばアスファルトの照り返し熱に、只ひたすらの熱き午後の行進で在る。

 おやまぁ、斜向かいさんベランダには、仏頂面をした色白吟さんが、洗濯物の取り入れをして御座る。雨から遠ざかった窓辺の雑木も、乏しい散水に自己防衛の為の葉落としをしている。水は生き物にとって、生命線である。

 後2時間もすれば、夕方のお努めジョロ散水のお時間である。散水のお時間が来れば、ご近所さん達も動き始める。夕刻、晩飯の賄いと夜型人間の夜が始まる。

    さてさて、それまでの時間をチョイとまどろんで置きましょうかね。


心何処ーショート 参院選・・・一感想。
               参院選・・・一感想。(7/22/13)
 マスゴミさん達も、自民大勝ち、民主大負け、微党消滅状態で、拍子抜けして仕舞う程の・・・全く大人しい物である。所詮、戦後左巻きのインテリ振りをした者がエリートの証などと自惚れて居た実態が、如何に真っ当な世間常識と懸け離れて居たかを示す証左では無かろうか。

 私は好色ヤクザもどきの団塊世代では在るが、世間の常識の範囲内で棲息していると自負している次第である。マスコミ・教育者・識者と云われている世間誘導者達には、各種の主義者連=世間の少数意見者達の自己顕示欲の程度としか見て居ない次第である。

 世間の真っ当さ、常識の故郷を訪ねれば、そこに在る物は、至極シンプルな事の列挙で在ろうか。これまた、盲昧な言葉主義の虚しき楼閣よりも、シンプル・イズ・ベストの見本では無かろうか。

★盗むな、弱い者苛めをするな。嘘を付くな。良心に恥無い行動をせよ。家族を大事にしろ。先祖を敬え。物を大切にしろ。森羅万象の理に従い、心眼を磨け。恥を弁えよ。人の話に耳を傾けよ。物より心。弱きを助け、強きを挫く。

 友を選わば、書を読みて、義ある処、火をも踏む。恋の情けを訪ぬれば、名を惜しむかな男故。・・・etc

★辱められたら、スクッと立ち上がって戦う。言葉、道理の通じない者には、体罰。身に掛る火の粉は、払わなければ為らない。間合いを取っての<和しても同ぜず>の協調路線も、土足で踏み込む不逞の輩在らば、無礼者と腰の大刀の鯉口切って、一刀両断。

 国民が国を造り、国が国民を造る。これは、当たり前の相乗行為である。明治5年に制定されたと云う皇紀に依れば、今年は2673年であるそうな。←『皇紀=西暦+660年。』

 古代には朝鮮半島南部を治め、鎌倉時代には二度の元寇を追い払い、秀吉の時代には、朝鮮出兵もし、秀吉・家康の時代には、幾多の海洋貿易に海を渡ったルソン助坐衛門、山田長政をも輩出した海洋国家でも在る。当然その長い歴史の中には、開国、鎖国、開国、鎖国の時代が交互に訪れて居る。

 明治以降の近現代史の歴史も、戦後自虐史観の観点からだけ見て居ると、世界史も日本史も見えて来ない事、明らかである。

 長い歴史を有する祖国日本。好い時も悪い時も在る。然しながら、それら全部を引き継いで居るのが、日本人である。日本人が、日本人の体質で物を考えた時、精神の揺り戻し期に立ち至っているの想いを持ち始めていると云って良かろう。<日本を取り戻す、取り戻そう>とは、そう云う事である。

 そんな長い歴史の中で、たかが一回の敗戦如きで、米国占領軍の置き土産・自縄自縛の敗戦国維持憲法が日本国憲法で在り続けては為らないのは、まともな神経の持ち主なら奇妙奇天烈、摩訶不思議の憲法である。

 歴史の逆説と云うのは、面白い物で社会主義・共産主義シンパの左巻き・似非平和主義者達が、散々に仲好くしようとした中国、朝鮮半島の北朝鮮・韓国が、何千年もの歴史のDNAに刻み込まれた『精神疾患=火病のおぞましさ』の本性を、白日の下に曝け出して仕舞った。

 馬鹿に付ける薬無しの『強調民族』と云う物は、全く以って始末に困る生き物である。報道の自由とやらで、情報過多のボーダレス時代にストレートに放散しく捲って居るから、上品で大人しい大和民族にも、毒亜圏の異常国への学習効果が出て来たのが、此の数年の映し出し、国民の実体感で在ったのである。

 利用出来る時は散々に利用して、チョイと自分成長振りが見えて来ると、本性を剥き出しにして来る。恩義も信義も屁った呉れも無い。今や、その増長振りは、世界を相手に遣りたい放題を仕出かして居るから、そろそろ自らの墓穴掘りに進んで居るにも拘わらず、全く自分の姿が眼中に映らない。

 それが哀しいかなの毒亜圏の精神疾患症故に、自らのブレーキが一切利かない沙汰なのである。

 皇紀2673年の中で歴史を捉える者と、国とは名ばかりの『易姓革命』とやらで、前王朝の記録を『悉く焚書坑儒』をして、その時の王朝をデコレーションするにしか過ぎない毒亜圏のお国柄の差は歴然である。

 そんな妄想・妄言に満ちた<歴史刷り込みだけ>の国とは、所詮、折り合える部分など無かろう。

 お隣韓国さんの政権交代に依る汚職・不正蓄財の咎(とが)に依る大統領の逮捕劇は、<毒亜中華帝国の易姓革命の継承>にしか過ぎないでは無いか。川を下って大海で3年、丸々太ったサケ・マスは、生まれ故郷の河川に戻って、交尾をして果てるとの事でも在るからして、小中華の半島国が、大中華に遡上するのも、大いに頷ける次第でもある。

 そんな中で、毒亜国奨学金生の跋扈する民主党の三年三カ月を見て来た国民が、民主党にNOを突き付けて、自民に回帰した現象が、漸くのねじれ解消の投票行動に為っただけであろう。

 願うらくは、マスコミさん達も国会中継に倣って、政党勢力別に政党に時間配分をして雑多な国民意見を放送して貰うと、見る方としては如何に主義者達に配分される時間の少なさに、度肝を抜かれてしまうのでは無かろうか。

 へへへ、若しかしたら、それが多数決原理に依る<真っ当な不偏不党の報道態度>かも知れませんがな。そう為れば、偏り過ぎた人数は、組織として整理の対象と為るだけであるから、マスコミ界は大変な事に為るんでしょうかね。然しながら、それが社会の自浄能力、浄化作用と云う物かもしれませんがね。

 へへへ、聡明なマスコミ構成員の皆様である。もうそろそろ、往生際を悟って、世間の投票行動の底流にある<戦後レジームからの脱却>に就いて、ジャーナリスト然とした真っ当な分析記事でもお書きに為ったら如何と思う次第である。

          以上、参院選挙に因んでの一感想でアリンス。


心何処ーショート 本日・投票日
                本日、投票日。(7/21/13)
 投票に行って来る。梅を干して居るから、文句は言えないがカンカン照りの暑さである。それでも子育てを終えた町は、通りのプランター花に朝の水遣りを受けて、葉に水滴を載せて居る。

 帰りは公民館から土手道を通って来る。プランター花と違って、雨から遠ざかって居る川原の葦原、夏草の原は、大分草臥れて来て、中には萎れに喘いでいる次第でもある。今日辺り、金魚槽にも補給水を入れなければ為らないが、生い茂る夏草を掻き分けての水汲みはウンザリの気分である。そんな夏に射られても、川原のキリギリス達は時折の風の中に、ギースを奏でて居る。

 吾が庭の定位置でも、キリギリスが鳴いている。夏野菜の伸びを支柱に結んで遣り、キュウリを一本取って、ケースのキリギリス達にも水分補給とさせる。暑い日曜日、子供達の遊ぶ姿は無い。投票も済ませて来たしが、きっと低調な投票率と為ろう。後は選挙速報の夜まで、暑さとのお付き合いをするしかない。

 昨日は、補助輪を付けた自転車を置いて、近所の小学低学年生女児が、通りから直線で見える四畳半定位置の私に向かって、小さな手を振って居る。余り車通りの無い道であるから、道は子供達の格好の遊び場と為って居る。
 夏に為ると、首タオルで裸ん坊のスキンヘッド爺ちゃんの姿は、興味深々の姿なのであろう。大人の目線だと、窓の目隠しのコブシの枝葉の繁りから、中は見え難いのであるが、幼児達の低い目線からは、完全に見通しの利く角度なので。未だ未だ幼児であるから、興味が在る物には目が向いて仕舞う。その素直さが、可愛い処である。

 私は長い事『女日照りの様』では在るが、ロリコンでは無い。手招きをして遣ると、子犬の様に直ぐ様遣って来た。人間も動物も、小さい頃が可愛い盛りである。

「暑いな~。如何だ、爺っちゃんの絵でも見るか?」
「うん。」
「おっ、そうか。」

 絵ファイルを渡して、
「そこ日陰だから、腰掛けて見ろや。」
「うん、ありがとう。」

 そんな事をして遣ると、他の女子も遣って来た。三冊出して遣ると、木の下でチョコンと並び座りをして、面白い、上手上手を連発して呉れる。へへ、一応、女であるから、手なづけて置くと致そうか。

「上がっといで。」と言うと、
「うん。」と答える。

「おじゃまします。」と三人、声を揃えて、玄関の南洋掛け軸画廊に度肝を抜かれてワア、玄関鳥を暫し眺めてから、部屋に遣って来た。赤いTシャツは、NAGANOKEN・MATSUMOTOとお揃いで、白いTシャツは、ハイビスカスのプリントである。
 普段の御近所付き合いは、皆、後期高齢者であるから、体内水分が萎れて来て居る次第である。それが、体内水分の旺盛な年齢であるから、自棄に瑞々しく見える物である。いやはや、ロートルとしては、孫に一列に並ばれた様で、気恥かしい限りである。

 窓辺のキリギリス、金魚槽二つ、背後の書架には映画が詰まっている。私の座って居る机にはPCとプリンターが置かれている。

「インターネット。わたしも、してる。」
「そうかい。そりぁ、凄いね。そうだ、PCに絵が入ってるから、スライドショーにして見るか。」

 マイピクチャを開いて、スライドショーにして遣ると、大喜びで在る。私の横に小学一年生、三年生が立って、戯け画スライドショーに感想を言い合って居る。一年生と三年生はそっくりの顔をしている。一年生であるから、無邪気その物である。初めて入った部屋であるから、全てが物珍しいのであろう。鼻の穴に指を入れながらの童顔である。

「こらっ、鼻くそ穿ってると、俺見たいなスッキリした高い鼻には為らんぞ。豚鼻じゃ、男にモテんぞ。如何だ、綺麗な女の人の写真だろ。大きく為ったら、美人、美形さん達に為りたいだろ。」
「うん。きれいになりたい。」

「みんな、きれい。え~と、わたし、この人が、一番すき。」
「わたしも。」

 おやおや、一番人気は、ウクライナの生意気女・ナターシャである。ナターシャのヤツ、幼女達にも、魔法を使い遣がってからに、とんでもないヤツっちゃ。
まぁ、私に言わせれば、ヤナ、バルディナも三人共、甲乙付けがたい美人・美形さん達である。

「オジサン、外人の女の人好きですか。」
「ああ、大好きだよ。綺麗な女の人は、何処の国の人も大好きだよ。男は女が大好きで、女は男が大好きなんだよ。アハハ。」

 あははと幼女達は、口に手を当てて、笑い合って居る。いやはや、実にあどけない笑顔である。こんなスナップ写真がすんなり撮れれば、良い一枚に為るのだが・・・

             姉妹は、鍵っ子との事である。

「そうかそうか、じぁ、夏休みは退屈だな。家は空いてるから、遊びにおいで。勉強も教えて遣るか。でも、頭が悪いとゲンコツが落ちるぞ。如何する?」
「うん、遊びに来る。」

「勉強しないで居ると、高校生に為ると爆音小僧にズベ公で、皆に嫌われるぞ。」
「うん、まいにちまいにち、うるさくて、お父さん、タイヤをうってやりたい、っていってる。おじさん、しってる。ここのじょしこうせいを、むかえにきてるんだよ。」

「そうかそうか、大きく為っても、あんな事しちゃ駄目だぞ。あいよ、分かった。じぁな、バイバイ。」
「ありがとうございました。おじゃましました。」

 へへ、偶にはこんな訪問も、楽しい物である。こんな子を殴ったり、ロリコン絡みで、キャリーケースに押し込んだりすると云うのであるから、世の中にはとんでもない病気持ちが、放し飼いにされて居ると云う事なのであろう。

 イヤホンに携帯チャカチャカ、投票無関心で在っては、家庭も地域も、国も早晩、碌な未来には為らないのだろう。へへ、困った物でアリンス。


心何処ーショート タイ映画DVD一本 
                タイ映画DVD一本(7/20/13)
 さぁ~てと、紀州のひまじん兄貴の梅干しも写真に在った事故に、信州の愚弟も梅を干すか。大笊を二つ買い足して、計四つであるが、収まるか? 何しろ、今年は大収穫であった。

 庭に干し台を置いて笊を並べると、へへへ、一つが置けない。ビールケースを置いて、笊をまたがす。これで好かろう。老母殿は、ヨロヨロと洗濯機を回して御座る。出来る事、出来る時は、知らん振りをして遣って貰うのが一番である。

 大量の庭梅を笊に開けて、拡げる。一部被さる部分が在るが、干されて来れば縮むから、巧く収まる筈である。庭のキリギリスも、所定の位置で鳴いている。二畳小部屋の軒下を見ると、おやまぁ、大きい方のアシナガバチが巣を作って居る。

 へへへ、家庭菜園、庭の常連さんのお住まいである。こんな光景を見ると、嬉しい物である。庭に定位置を確保した感の在るキリギリスさんも、ペアでセッセと交尾・産卵を繰り返して、見事、此処に定住圏を構築して欲しい物である。

    戯けR死んで、キリギリス残す。←これって、イカしてませんか!!

 朝賄いをして、目薬落としをして遣り、老母の使った洗濯機の濯(すす)ぎ水は庭用に、バケツに汲み置かれている。大正女の母は、そう遣って庭と一緒に暮らして来たのだろう。

 然すれば、後を継ぐ私もそうするのが、務めと云う物であろう。<はいはい、仰せに従いまするがな。> 何十年も一人暮らしをして来たのである。賄い夫6年目にして、そんな母親の庭を相手に四季を暮らして来た生活・気持ち・心情を僅かながらも、行動に移せる年齢に為って来た、自分の心境の変化に気付かされる次第である。不出来の息子には、<じっと辛抱>の時間が掛ると云う物であろう。

 植物にとって、水は命である。米の研ぎ汁、洗濯機の濯ぎ水、草むしり、家庭菜園、梅漬け、干し柿作り、沢庵漬けと四季の巡りの中に、人生を振り返り、自分を振り返り、女一人生きて来たのである。

 こんな事を打つと、世間の女族は、馬鹿の一つ覚えの様に、マザー・コンプレックスなどと鼻先でせせら笑う次第であるが、・・・高学歴社会などと自惚れてはいるが、その実、自己確立力も無ければ、理解力も無く、従って、事象に対する分析・評価・批判力を持ち合せて居ない連中が、<単なる言葉の刷り込みだけで、軽口を叩き合う。お前さん達、馬鹿も休み休み言え>と言いたく為る物である。

 男はマザコン、女はファザコン。人間に男女の性差が在る以上、そんな事は、太古の昔から極自然の成り行き事である。母親で在ろうと、他人で在ろうと、良いお手本に、自分を同調・同化させようと努力するのが、人の道でも在り、教育に普遍性が在る為らば、それが核心の教育の本義であろう。

「好く遣るね。ご苦労様。」
「あいあい、妖怪様の後継ぎは、大変ですわ。」

     老母の注いで呉れるお茶を飲んで、吾が定位置への移動である。

 新沼謙治のCDを聴きながら、煙草の一服を付ける。彼の唄は、どれも純朴さの中に、人間の温かみと深みのある調べである。私は、彼に一目も二目も置いて居る次第である。

 さて、備忘録を打つと致そうか。例に依って、ホームセンターのコーナーで500円DVDを一本買って来た。

 地上の大蛇、頭上のヴァンパイア! 生存確率0%!!『ラスト・アナコンダ』と銘打って在る。普段は老眼鏡を持ち歩かないから、細かい字は一切読めないロートルである。ハリウッド映画のあの派手なアナコンダシリーズと錯覚してゲットした物である。裏表紙の女の人が、好みの顔付で在るから、へへ、それなりの目の保養も叶う筈である。

 昨夜は早や目にPCを畳んで、お目当てのDVDに切り替える。『ハリウッド映画』とてっきり思い込んで居た物の・・・一向に、白人さん達が出て来ない。如何見ても東南アジア系である。前回の500円DVD、3本は悉く、駄作中の駄作であった。

 やれやれ、俺様の勘も鈍って来た物だ・・・とほほ。時間の無駄とは思いつつも、男の俳優が中々の粒揃いであるから、日本語吹き替えでも在るし、日本のマンネリ化したテレビドラマより、数段マシである。夜散歩もして来た事でも在るし、東南アジアの熱帯ジャングルの植相を見て置くのも、頭の中の引き出しの足しにも為ろう。短気は損気・・・入れて置いても良かろう。

 映画の中間辺りに為って、全裸の水浴シーンが出て来た。二人とも東洋人であるが、綺麗どころである。矢張り、男は助平である。ズボンを下ろして、正常位でシコシコ。それを木陰から覗いて、シコシコ。男の下で、美女が牙を向いて、男の首筋にガブリ。瞬く間に精気を吸い取られ、転がる萎れ死体。逃げる逃げる男に、襲い掛かる全裸の女達。

 その辺りから、物語は新展開である。凶悪脱獄犯を追って秘境・魔境に入った警官隊に、謎の姉妹二人が案内役として登場する。VFX映像の巨大アナコンダ、ヴァンパイアなどが熱帯ジャングルの中で、脱獄犯、警官隊に次々と襲い掛る。ハイテンポにハイテンポの恐怖波状攻撃である。

 謎姉妹の姉役が真にエキゾチックな美形さんである。正面からの顔は、何処と無く白人系の血が混ざっているらしいが、横顔の小鼻の膨らみ方は、明らかに東南アジア系の特徴である。隙の無いキリッとした顔付が、何んとも良い。

 DVDの残量を見れば、この映画は明らかに東南アジア映画である。キャスティングの男優・女優も粒が揃って居て、演技力も確かである。ロケーション、カメラアングル・色彩も良い。映画の中心の脚本の完成度も高い。台詞も、理路整然としていて、テキパキとしてメリハリが在る。ストーリー展開も、申し分の無いテンポの好さを保っている。<火病の気配は微塵も無い>・・・これは、明らかに『レベルの高い映画』である。

 脱獄凶悪犯のボス役が若くて、実に精悍で強い。主演の警部役の若者よりも、警部の補佐役のベテラン男優が、良い味を出して居る。映画、ドラマは第一義的には、キャスティングで決まって来る。

 斯様にしてストーリーは好いリズムで進んで、謎の姉妹の先導に依って、生き残り犯人二人を捕縛して、魔境の中心部の部落に辿り着く一行を待ち受けて居た物は・・・余りに若々しい部落の長・姉妹のお婆様である。歓迎の踊りの、その先に正体を現した恐怖!!驚愕のアニマル・パニック最新作の世界なので在った。

★東南アジアの映画最前線を見させて頂いた次第である。面白かった。好い女であった。 

 2006年、タイ映画とある。タイへは観光で二度行った事が在る。私は美人・美形好きであるから、民族舞踊ショーなどで美人、美形さん達を被り付きで見て居た物である。
正面から見た時の美しさと、横顔のラインでの小鼻の張り出しに、肉感的なボディライン・・・etc。

 東南アジアの人種的・体系的特徴を見ながら、大学の東洋法史の試験問題<嘗て、岡倉天心先生は、アジアは一つと申されましたが、東洋法史の観点から論述せよ。>との記憶を反芻して、ニヤニヤして居たのを思い出す次第であった。

 タイランドは、『仏教の国・頬笑みの国』と云われてる。そして山田長政の歴史を持っている国でも在り、アジアでの帝国主義時代に於いて、タイと日本が辛うじて、白人の植民地から独立を護って居た国でも在る。ユル・ブリンナー、デボラ・カーで御馴染みの<王様と私>の舞台でも在る。

 そして、日本の経済成長初期に於いては、一部日本製品排斥運動が在った物(それは、楯の会員を率いて、三島由紀夫が市谷の自衛隊で割腹自決を遂げた頃であり、成長期の日本がエコノミック・アニマルと称されて居た時代である。)の・・・ 総じて、日本をお手本とすべく各分野に渡っての留学生を送り出している『東南アジアの親日国』である事には、間違いの無いお国柄でも在る。

 同じ仏教国と云う根底に流れている親和性故なのだろうか、それにも増して、仏教を受け入れる自然観・人生観・宇宙観での共通因子が流れて居た所為であろうか・・・如何にも東洋的にアレンジしたSF映画に、またまた、大学時代の試験問題の一文を思い出して仕舞った次第である。

 へへへ、暑く為って来ましたねぇ。まぁ、日本伝統の保存食・梅干しの肝心要の三日三晩でも在りますれば、<燃えろ、太陽!!>でも在りましょうから、優先順位1は、太陽に譲るべしですわね。

  おっおつ、今年の蝉の初鳴きで、在りまするわね。盛夏に突入ですがね。


心何処ーショート へへへ、困った物でアリンス。
           へへへ、困った物でアリンス。(7/19/13)
 昨夕のジョロ散水時には同班のインテリ先輩さんが、孫の手を引いて虫籠に蝶ちょ網を持って帰られて行くから、手を挙げる。ご夫婦共に、私のブログを読んで呉れる希少の御方である。

 そんな事で、四畳半窓辺のケースから、キリギリスのオスを一匹、ボクちゃんにプレゼントした次第である。こんな善行が効を奏して、昨夜は涼しい夜であった。

 明けて朝は、太陽の活動で目を覚まし、炊飯器のボタンを押すのが遅かったので、飯が充分蒸れるまでの間、支払いに町内の郵便局まで自転車で行って来る。米の研ぎ汁を菜園野菜にジョロ散水をする。庭に放したキリギリスは、スモモの下のイチゴ、長芋の繁り、鬼ユリの群生辺りを行き来して、半径2m程度の居住区に定着して居る模様である。オスの周辺には、メスが居る筈である。こんな優等生キリギリスだと、念願の吾が輩のキリギリス孵化の図が完成するかもしれない。ニャハハ!!

 本日・金曜日であるから昼からはスタバトークである。電話が掛って来る前に掃除などをして置くと致そうか。老母殿は、茶碗一杯の飯も食べれない有り様で、残して仕舞う。それでも、人間腹は減るから、菓子類を食べて居る。モロコシも半分綺麗に食べて在ったから、未だ未だ大丈夫と云う事であろう。

 お迎えの車に乗って、スタバである。何と二階席は誰も居ない。選挙こそ、一向に盛り上がらない沙汰では在るが、中狂・韓国さんが、相も変わらずギャースカ、ピースカ騒いで呉れて居るから、スタバトークの話題には事欠かない。

 愈々(いよいよ)以って、砂上の楼閣・バブルの塔崩壊の秒読みが近付いて来た様で、ラジオに続き、テレビのクローズアップ現代でも、中狂経済が話題に上った次第である。やれ<世界マネー、不動産投資、経済成長率、シャドーバンク・・・etc>が、如何たらこうたらの解説では在るが、在り態に言えば、『銭転がし、地上げ、土地転がし、迂回投資の闇金融投資、粉飾決算、インサイダー取引、マネーロンダリング、貸し剥がし、不良債権、夜逃げ、倒産・・・etc』の日本版バブルの実例を踏襲すれば、簡単にして実態が見えて来ようと云う物である。日本人は体験者なのであるから、バーナンキ議長の顔写真と地球儀のマネー洪水図で誇張し無くとも、実物経済の『実際の絵』が浮かぶと云う物である。

 殆ど工夫も無い番組構成には、<NHKさん、皆さん、皆、高学歴・高給取りの超エリート集団なのであるから、もう少し、マシな番組を作り為されや>ってな好色ヤクザもどきロートルコンビの感想で在った。

 何も中狂国の開放経済何十年かの実証・実体経済の分析力も、大学と云う<知の蓄積>も無い中狂国の大学教授の経済分析など、拝聴するまでも無かろう。へへへ。

 近所迷惑な爆音小僧の狼藉振りも、<高校授業料の無償化>なんて飛んでも鉢巻な教育行政をして居るから、勉強もしないで飽きもせずのノー足りんを遣らかして居るのである。

 そんな不逞の爆音高校生には十何倍もの高額授業料の負担をさせれば、親が震え上がって授業料に見合った教育効果が無いと即断して、高校を中退させる。そう為れば親の責任として義務教育を修了して居るのだから、家から叩き出して自活させれば良いのである。人間、死にたく無かったら、稼がなければ為らないのであるからして、バイクなど完全に二の次と為る。唯それだけである。

<可愛い子には、旅をさせる。ライオンの親は、吾が子を千尋の谷に落とす。>・・・そんな殊勝な気持ちなど微塵も不要である。生きる、主張すると云う事は、教育以前の突き放しが、生物の道である。犬畜生扱いは真っ平御免と思うのなら、人間のルールに従って、その範囲で独立自尊の主張をすれば好いだけの事である。

 Tに依ると、ビンビィン、ウオンウアン、ビンビン、ビビィ・・・と云うのは、『アクセルの切れの優劣』を誇示するデモンストレーションとの事である。為るほど、私は、あの小僧っこ共、アクセルでズベ公迎えの<着メロ>でも遣らかして居るんじゃないかと大いに勘ぐって居た次第なのであるが。

 いやはや、何事もマニヤックな連中とは、一般人の想像をのっ越した変な優劣感を誇示して、粋がっている生物としか形容が出来無い。バイクの楽器化とは、何たるご時世か・・・。

 高校時代の野球部の男が、家で喫茶店を始めたから、Rと攣るんで遊びに来いとの伝言である。癌持ちのYは男の更年期症状で、膳立肥大に為るから、定期的に<ヌク>必要が在るとの事では在るが、半立ち、中折れ状況で相手は居る物の、発射の機会が無いとしょげて居たとの由。

「そんな事なら、お安い御用だから、何時でもピンチヒッターに立つぜや。」

「お前のは、ロシア仕様だ。日本人に使わせたら、俺ぁ、死ぬまで両方から恨まれるぜや。」

「こんな友達想いのボランティア精神旺盛な俺様に向かって、何を扱きぁがる。俺は化け物か!! 言って好い事と、悪い事が在らな。あれだ・・・人間、還暦過ぎたら、心眼を磨かなきゃ、三途の川は、渡しちゃ呉れ無ぇよ。あい~。
 そんな往生際の悪い奴には、キリギリスを飼わせて、秋風と共に壊死して行くオスキリギリスの一生を見せて遣らなくちゃ駄目だぜや。身の程知らずで、安物バイアグラなんて使用したら、メイド・イン・チャイナで、諏訪の御柱前に、あの世に持って行かれちゃいまするがな。柔道部の誼でとくと説教しときましょや。あい~。」

 いやはや、横の高校生お嬢ちゃん二人は、行儀が悪くてショートスカートの俗に云う<見せパン>の開脚であるから、色気も屁った呉れも無い次第である。見るに値せぬ体操着濃紺パンツでしか無い。

★オッサン達はパンツじゃ無くて、パンチィ~が見たいのである。これこれ、娘っこ、お股を閉じんかい。此処は、体育館じゃ無かんべよ。

 さてさて、外パッパで、ホームセンター、スーパー回りで在る。Tは、キリギリスの年明け最長記録に挑戦との事である。そんなキリギリスの為に、先日はキャベツまで買って来たとの由。帰りに、1ペアを虫籠に入れて遣る。

「おっ、こりぁ、デカくて生きが好い。」
「あいあい、蓋開けた途端、真っ先に出て来た奴だぜ。最高級ペアだんね。」
「そうか、そうか。ちょっと、川土も入れて呉れや。」
「へいへい、分かりやした~。」

 へへへ・・・川土も所望されて仕舞った。二人で河川敷に下りて、川土を掬って入れる。

「おい、カラカラじゃないか。水でお湿りを呉れて遣らなくちゃ。」

★玄関横の外水道で、ケースに自ら水を入れるでは無いか。驚き桃の木、山椒の実である。

 いやはや、Tの野郎は、最長記録に遣る気満々である。人間、何処にチャレンジ精神を見出すかは、面白い処である。バート・ランカスターの名作・<終身犯>では無いが、胃無し男に為って、『酒と女』から足を洗わざるを得なく為って仕舞ったTでは在るが・・・眠れる己が才能に気付いて、・・・ こりぁ、若しかしたら、『キリギリスの世界的権威』に為るやも知れぬ。終身犯では、研究対象がカナリヤではあったが・・・ へへへ。

心何処ーショート これって、費用対効果???
          これって、費用対効果???(7/18/13)
 ニャロメ~~、暑く成り出した。本日は朝から内外のキリギリス達が、ひっきりなしにギース、チョン・ギースを遣って居る。さてさて、本日は長い日中と為りそうである。

 四畳半、老母の部屋に居る時は、玄関に打ち水をして戸を明けている。そうしないと玄関鳥達も伸びて仕舞う。徘徊猫の襲撃が在るから、それなりの注意をしているのだが、昨今は人間と猫の距離間が無く成って<殺気のオーラ>が失せて居る。勿論、これは私の言い訳である。年に何度かのポカを仕出かしている。

 朝食後の洗い物を台所でして居ると、ガタンの音である。猫の野郎、鳥籠を引っ繰り返したか!!

「コラッ~、バカ猫!!」

 おや、下駄箱の鳥籠は何んとも無い。??? 外を見ると、人が居る。ポスティングに来た人が、自転車を引っ繰り返して仕舞ったのである。顔を見れば、次兄さんの同窓生さんである。遺憾いかん!!

「やや、これは申し訳ないです。てっきり猫だと思って、猫に癇癪玉を喰らわせる心算で・・・いやいや、先輩、申し訳無いです。」

「大丈夫、大丈夫。家も庭に池作って金魚入れてるんだけど、野良猫がしょっちゅう来てさ。同じ事、遣ってるから。あはは。猫は、油断禁物だからね。」

「如何した? また、猫に遣られたか・・・」
 と、本日、青色吐息の妖怪様は、部屋の昇降椅子から這いずり出て来て、心配顔である。無事、無事、云々シカジカですがな。

 こう暑いと、別に病気持ちでは無いが、前方睾丸墳も蒸れ蒸れで、堪らん。然りとて、通風の為に、幾ら何でもゴロ出しと云う訳にも行かず、困った物である。

 本日は温めにして、ゆっくり入ると致そうか。洗濯物を洗濯機で回しながら、トウモロコシで昼にしようと、個人スーパーにまで行って来る。それを茹でたり、白瓜を漬けたりしていると、漸くヨロヨロと老母殿は風呂に入る素振りで在る。

 へへへ、この二日程の過ごし易さから一転しての猛暑の再来であるから、完全に堪えて居るのだろう。頃合いを見計らって、体洗いに行く。

「嗚呼、情けない。赤ん坊より始末が悪い。」
「何を一丁前の、生意気な事を、泣かないだけ楽な物よ。其処は、自分で洗って呉れ。」

 この頃は、往生際を悟ったらしく、老醜をチョコンと差し出して大人しい物である。介護ヘルパーさんの御厄介に為れば、介護認定の等級数が上がるのに、倅がすると等級が下の儘と云うのは、奇妙な話である。
 
 参議院選挙も残す処、後2日では在るが、嫌に静かな物である。野党候補さん達は、回れば回るほどの<凋落駄目押しの感>が否めないのだろうか・・・『費用対効果』に従順の沙汰である。


心何処ーショート へへ、これもロートルの日常為り。
         へへ、これもロートルの日常為り。(7/17/13)
 本日は、妙に蝶が飛んで居る。朝の具を摘まみに出ると、内も外もキリギリスが良く鳴いている。夕方の散水に、緑は明快に応えて、活き活きとしている。努力が報われると云うのは、好い図である。

 昨夕は、吾が家の散水を切り上げようとしていると、西お向かいさんが散水に出て来られて、手を上げられる。老いて難儀な身体である。散水場所が然程で無いから、お安いご用で在る。ボランティアをして来ると致そうか。

 オバさんがジョロに水を入れて、私が数歩歩いてのキュウリ、ナス、トマト、唐辛子などの植え物にタップリのジョロ散水である。何時も世話をして呉れる御方が酒臭い息をプンプンさせて、<何もしない!!>と一時間以上に渡ってグザ(怒る)られてしまったとの由。『動ければ、自分でする物を、動けないから御厄介に為って居るのに、何が面白くないのか知らないが、えらいトバッチリを受けた仕舞った。』と、おかんむりのお話であった。

 へへへ、隣近所のお付き合い・助け合いと云っても、其処には一定の距離間を<緩衝帯>として保持して置かないと、感情動物の人間は時として思わぬ『カゥンター・パンチ』を受ける羽目に為って仕舞う。いやはや・・・吾が家の妖怪様と瞬間湯沸かし器の戯け倅のシーンを思い浮かべて仕舞った。

 一昨日は、久し振りに独り暮らしのオバサンUさんが、夕涼みに河川敷階段に腰を下ろして、お向かいさんのオバサンとお話をして居た。何カ月振りかの姿で在ったから、体調は如何なものか?と少し話に加わっていると、犬を連れた私と同年輩の男が遣って来て、河川敷に下りるから<下りるぜ、そこ空けて呉れ。>のぶっきら棒要請で在った。

 毎日定刻散歩をしている男なのであるから、相手の歳を考えて、『長幼の序』で河川敷の下り口を一つ位ずらせた処で、大勢に影響も無かろうに。相手は、老齢・痩躯の御婦人達である。顔付を見ても<気に喰わない下衆野郎の風情>であるから、口も開く気にも為らない。

 へへへ、為るほど、べロック塀に、犬が小便をした、しないで、通りでデカイ声でバトルを仕出かした筈である。何年来と、お互い気に喰わないと思って居る者同士なのであるから、大声バトルよりも、プロレスの四角いリングの何十倍も有る河川敷が控えて居るのであるから、近所迷惑な大声バトルを止めて、感情其の儘に<男腕力の交換>をすれば事足りる。60代、70代のオヤジ同士なのであるから、殴り合いも息が切れて1分も持たない事必定である。阿保臭~!!

 こんなチンピラ根性の抜けない輩との腕力の交換は、私の最も得意とする分野である。如何遣って料理して遣ろうかなどと反射的に、男の部位を見て仕舞うのが、私のどす黒い血でも在る。一発で倒すか、それとも好い機会であるから、3~4発入れて遣るか。

 それが嫌だったら、大人の話しの付け方で小異を捨てて、大同に着けば好いだけの事である。へへ、他人の振り見て、吾が身糺せって事ですかいね。
 
 オバさん達は良く知っているらしく、物言いを知らない男と弁えて、如何もスイマセンと素直に立ち上がって場所明けをして座り直す。

 こんな後味の悪い事が続いたのでは在るが、今朝は好い夢を見た。YouTubeなどで、若い頃からファンであった大先生のお宅に先生の家庭人のお姿を覗きに行って居るシーンで在った。長年連れ添って来た奥さんを前に、先生はニヤニヤして奥さんの言う事を聞いて、子供ぼく舌を出して居る。

 流石に大先生・大学者先生であるから、長年収集、蔵書として来た中に、<君、これは珍しい物だよ。これは、何々の時代の、何々の手に依る物だけど、この行に歴史的価値が在る。・・・>と蘊蓄を傾けて下さる。
 それを<素人さんを捉まえて、またまた、長話を。耳半分で、お茶でもどうぞ。主人、機嫌が好いから、ごゆっくり。>

 そんな次第で、日頃尊敬する大先生の何処と無く悪戯小僧ぽい雰囲気と夫婦の年輪などを、ウォッチングさせて頂いた夢見であった。

 こんな事を打って居ると、婆さんの部屋に誰か来た様である。西向かいのオバサンが庭から回ったのだろうかと、気にもせずに居ると。倅が来たとの事である。社長の代わりに講習会に来た序でで、家で昼飯の弁当を食べて行くとの事であった。

 40分程の弁当休みでは在ったが、婆様は大喜びで在る。倅夫婦は、私のブログを読んで居るから。川原のキリギリスの声も確かめたと言う。手作りチャーシューを出して、世間話をしてお茶を飲む。

 幼稚園で園児の車接触事故が在って、緊急の保護者会が在った由。カミさんからその模様を聞いて、倅の言葉に、笑ってしまった。私そっくりの段である。いやいや、天晴な正論でバッサリである。親の注意義務を軽視して、マスコミ倣えの権利主張だけ、管理責任を言い連ねる<お里の低さ>には、開いた口が塞がらないご時世の風潮である。

     ★倅も、天空の台地のアボカドの道を歩き始めて居る様である。

 嫁さんの話しでは無いが、<家には、お父さんが二人いる。凌祐も大変だ。> 丸坊主頭の倅は、それが良く似合う。中々のハンサム・ボーイ、オヤジである。土台が在れば、男も女も、シンプル・イズ・ベストである。

 オヤジの私は、そんな倅ファミリーの日常を想像してニヤニヤしている次第である。さてさて、時代に抗して四代目、五代目と戯けイズムが継承されて行くか・・・見物でも在る。ギャハハ~!!

暑中見舞い。
                 夏点描 
              夏点描_002

 夜陰から、漸く涼しい風が出入りして来ました。夏バテで、少しは減量を思うのでありまするが、一向に、相撲取りの腹はへっ込みません。昼寝をして居ると、小蚊に食われるし、忌々しい限りで在りまするから、本日は、暑中見舞い方々、涼しい絵をなどと想い描いた見ました。へへへ。

 下手絵を見て、暑く為ったら、クーラーの温度を下げて下さい。猛暑の最中、無理は禁物ですよ。イッヒッヒ。

心何処ーショート 曇天微風に、キリギリスのオンパレード。
       曇天微風に、キリギリスのオンパレード。(7/16/13)
 ゴミ出しに行くと、お向かいさんが「この声を聞くと、夏だ。好く鳴いている。」「あいあい、夏は、蝉とキリギリスだぜね。」どんより曇天の蒸し暑さではあるが、カンカン照りよりは、ずーと楽である。

 川原では、数か所からキリギリスの声である。マツバボタンの花を見て回り、次に家庭菜園の様子を見て回る。苺の葉群に昨日放したキリギリス達が、元気に中のキリギリス達に呼応して、ギース・チョン・ギースの本格的な鳴きを響かせている。南隣では御主人が洗車をしている。ギースの後に<チョン>が入り、ギースに続いて一呼吸。それが、正調キリギリス鳴きである。

 へへ、夏の風物詩・キリギリスの声を拡散するのも、隠れたるボランティアの一環である。

 夏の超簡単の寝具・マット、タオルケツト、モウフを物干竿に掛けて、老母の部屋で、朝の茶を入れて貰う。さてさて、汁の具材を採りに行くか。シュンギク、ミツバを千切って居るとヤクルトママさんが庭に回って来た。

「あれまぁ、此処に居るのが、良く分かったじゃん。」
「ええ、<奥さん>に聞いて来ました。」

「コンニャロ、人をおちょくり遣がってからに。」
「お婆ちゃんに、聞いて来たんですよ。アハハ。」

 ヤクルトママの父親は、私より年下と云う事である。へへ、娘の減らず口に、オヤジは怒る訳にも行かず、一緒に玄関に回る。

「そうだそうだ、少し絵が溜まってるから、チョイと待ってろや。」

   財布と戯け画ファイルを持って来て、暫しの美人ママさんとのお話である。

 ムカデに食い付かれた絵は怖いと言い、ナスの絵が好いと言う。コーヒールンバの褌踊り、蛍踊りは、抜けシャシャーと<卑猥>と抜かし遣がる。

「馬鹿扱いちゃ行けねぇやね。男の褌踊りに対抗した女の蛍踊りが、近年の最高傑作じゃがね。素直に、こう云う絵が解らん様じゃ、幾らベットで励んだって、精神の修業が足り無ぇよ。

 恥ずかしい、ハシタナイなんて感覚じゃ、女体の持つ福与かさ、健康美、エロスの観賞眼にぁ、程遠いんね。そんな事言ってると、宝の持ち腐れだいな。『女を返上』して貰わにぁ為らんわね。

 その癖、この巨大な紫紺のエロナスにぁ、反応してるんだから。女族なんて代物は、心と裏腹のおちょぼ口で、困った生き物だいね。イッヒッヒ!!」

「またまた、Rさんは、強引にそっちの方へ結び付けるんだから。でも、良く鳴いてますね。虫を飼って居るお宅見たいですよ。」

「そうずら、季節と共に生活する男なんぞは、そこんじょそこらにぁ、居らんぜや。俺ぁ、シンプルライフ、スローライフの見本よ。単なる助平とは月とスッポンだいね。如何だ、爪の垢じゃ失礼に当たるから、ジンジロゲの煎じ薬でも持って行くかいな。ギャハハ!!」

「オエ~。止めてケレ~!! ああ、Rさんの毒気に中って、もうクラクラ。今日、お客さん全部回れるかな~?」

「また、他人の所為にしてからに。選挙も後5日で、主婦候補さんが駆けずり回ってるんだから、弱音を吐いて如何するだいね。女の連帯として、伸びちゃ行けねえよ。アハハハ。」

「はい、頑張りま~す。じぁ、また来週。バイバイ!!」

 三連休が終わって、子育てを終えた町に、蒸し暑さと涼を運ぶ微風が交差する。さてさて、裸ん棒に首タオル、足元に蚊取り線香を焚いて、風鈴チンチロリンで、マイタイムと行きましょうかね。

 何故か、蝉の声のしない今夏である。昨夜は、馬鹿バイクの音が煩かった限りで在った。


心何処ーショート 本日、昼散歩為り。 
             本日、昼散歩為り。(7/15/13)
 昨夜半からの雨は分量も多くて、大地には好いお湿りと為った。本日、午前中は太陽カンカン照りで在ったが、午後からは曇天に為った。風呂を譲った後は、偶には夜散歩の代わりに自転車漕ぎでもして来ようと、長靴に虫籠を持って昼散歩に向かう。上り勾配であるから、行きは散歩以上の運動量と為る。

 S橋の下では両側で、学生達がバーベキューをしている。川遊びをするには丁度良い水量であるから、<魚のにがみ取り>などをしたら良いのにと思うのだが、私の小さい頃とは違って、川で遊ぶ子供達の姿が無いのは、時代が様変わりしたとは云え、田舎に居て『勿体無い限り』と思う次第である。

 ニュースを聞いて居ると、小学生の女の子を殴って、意識不明にまですると云うのであるから、全く狂ってしまった世の中なのである。精神鑑定が必要とかであるが、私に言わせれば、そんな輩は、即・死ぬまで幽閉か、死刑の口である。

 韓国の飛行機会社が、米国で着陸失敗。死者2名、負傷者多数を出して炎上。・・・ 言うに事欠いて、『機長の経験不足に依る指導ミス・副機長の経験不足に依る操縦ミス』の断定をされては堪らないから、事故調査委員会に対して<公表差し止め>を要求との由。

 ボーダレスの時代、日常的にあっと言う間に情報が世界を駆け巡るご時世である。中狂国、半島国の<国民病・火病の実態>が、世界に晒される今日である。国民病の火病状況が国内スタンダードから国外に向けて仕舞えば、その精神的異常振りは唖然、驚愕、軽蔑から、『世界からの村八分』に為るまでは、そう時間は掛らないだろう。

 似た者、一蓮托生の喩えでは無いが、<大人振るが、その実、張子の虎>だったと云うのが、中華思想・中国王朝の後半の姿である。そんな中で、人民の精神ストレスが精神障害症・火病をDNAの中に培養されて来たのであろう。属国・李朝朝鮮、琉球国が、中国特史を出迎える時には、国王が迎賓門に出向いて、三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)をして迎えたと云う。

 そんな礼の余りの屈辱に英国特史はそれを拒絶して、国交為らず、日本特史は交渉の末に立礼を得たと云う。征服王朝にとって、『属国』には有無を言わせずに徹底して上下の違いを見せ付ける必要が在ったのだろう。学生の頃は、そんな感想で読み流して居た次第である。

 それが、ロートルに為って時間潰しの儘に、ラジオをBGM代わりに過ごして居ると、歴史知識の毒亜観を飛び越して、靖国問題、教科書問題、竹島、尖閣、南京虐殺、従軍慰安婦・・・etcを見ると、これは完全に『両国の国民病・火病』を考えて終う次第である。

 日本のジャーナリスト、識者連中は、前記の歳端も行かぬ一面識も無い幼女を、意識不明にするまで殴る男の精神異常者を、その責任負担能力の有無で語ろうとする。教育刑の内在するチグハグさを痛感する次第である。
 それと比べると、『三跪九叩頭の礼』は、徹底して居る。根が火病持ちなのであるから、聞く耳など持ったら、<とんでもない収集の付かない事態>に為って仕舞う。

 後見人・保佐人も不要。上下、強者と弱者の差が在るのみ。それこそが、唯一の火病対策と云う事だったのかも知れない。云って見れば、これは『実証学』だったのかも知れ無い。

 この処、新しい訪問者の中に、中韓の時事問題を扱っているブログが在る。私は無学浅学の徒で在るから、如何しても『感化』されて終う帰来が在る。そんな次第で、記事に対する書き込みコメを読んで居ると、非情に疲れる。

 ナンジャラホイ、こりぁ、思考回路が完全に寸断されている。思考回路寸断の為に、大学進学率が85%と云うのも、大いに頷けると云う物である。中韓国のコメントは、非常に長い書き込みでは在るが、論理の運びが支離滅裂の方向に進んで居て、私の論理構成方法とは別次元の<国民的病気・火病の実態>を知る始末である。

 歴史的に観て、両国は大言壮語の立派なお国柄ではあるが、これではサイエンスの世界ではノーベル賞など取れる頭脳構造には為って居ないのである。研究・実証は、サイエンスの分野では、厳密な論理が必要不可欠なのであるから。

 歴史捏造・歴史ファンタジー、パクリは出来るが、創造は出来まい。福沢諭吉先生は脱亜入欧を説かれたが、私としては毒亜の正体が、火病に在ったかの観頻りで在る。

 こんな事を反芻しながら、虫ケースに一杯のキリギリスを採って来て、三ケースにオスメスの適正配置をして、後の者は庭に放して、川原移住計画の補給をした次第である。好い運動であったから、夜散歩はパスである。へへへ。


夢奇譚第十九部・蛍火
  迷い蛍_001茄子マジック_001ジプシーダンス_001天空の台地を行く_001

                夢奇譚第19部 蛍火

 <その1>
 今日で六月も終わり、そして半年が終わる。昨夜のミッドナイト散歩は、雨上がりで始めた。そんな次第で、蛍が川原から河川敷、そして土手道にまで上がって来て、数多(あまた)の小さな光が点り、緩やかにフワリと浮いたり、ス~・・・スー・・・と引く様であった。

   夜散歩で蛍が湧き出して居る時は、部屋の明かりを消して見る事にして居る。

 本日もミッドナイト散歩から帰って照明を付けずに、外を窺がうと、前面の窓外には迷い蛍が一匹、神秘的な光の浮遊をしては過ぎ去り、また忘れた頃に、遊泳をしながら遣って来て消えて行く。そんな繰り返しを数度繰り返していた。

         今シーズンの吾が家への顔見せは、二度目である。

 迷い蛍の光は、きっと雨の滴を乗せた南天の葉群から、フワ~と一つ湧き上がる様にして、深夜の闇に光線を引く。その光の流れは、一切、質量を感じさせない。そして・・・そのかそけき遊泳の様は、地上数十センチの低さを彷徨う様に流れ行き、時にフゥと湧き立つ様に、目の高さに達したり、沈み込む様にして再び低きに流れる。それは上下左右に何秒間かの微光を放ちながら、闇から闇へ流離う。

 その小さな光の点滅は、闇の中で、時間を止めた様に、神秘さすら見せて一つ飛ぶ。

 私のイメージの中では、それは死後の霊魂の動き、世界を連想させる。闇は、肉体を失った無限界の世界にも見える。闇は無で在り、一様な闇の拡がりは、漠として拡がる広大無辺の<あの世の無限世界>の様にも見える。

 肉体を失った霊魂は、無重である。生命から分離された霊魂が、不滅と云うのなら、そのイメージは蛍火に重なり合う。そして、霊魂も地球生物の一員と為れば、重力を失った霊魂は、地球から放逐されない様に、地表近くを浮遊し流離い飛ぶのである。

 当然に霊魂と云えども、あの世と現世への感情も在れば・・・感懐も在ろう。従って、悔いの残る未練の想い、あの世から現世への見守りも在ろうと想像を繋げるのも、考え様では在るが、それが地球生物の一員と為れば、一人点滅を発する者も在れば、仲間の下へ飛ぶ者、覗きに行く者も在ろう。何故ならば、彼等霊魂も生き物なのであるからして・・・。

 蛍火の静かな点り火と一条の糸を引く、その幽夢にも見える飛翔の様は、小さき故に霊魂の集い・動きにも見て取れる。

 イメージを蛍火に重ね、蛍火にイメージを重ねる。蛍火がイメージを飛ばし、イメージが蛍火を飛ばせる。動かずイメージを重ね、イメージと共に時を過ごせば、是また、霊魂の在り様とも考えられ無くは無かろう。

             童歌に唄われる蛍は、

     ほぅほぅ蛍来い 飛んで来い うちわをあげたら 飛んで来い 
     笹を振ったら 飛んで来い 来たら だいじにしてあげよう

 と云う事ではあるが、私の小さい時からの蛍に対するイメージは、如何しても、その神秘さの故だろうか、一人で見るのが好きだった所為か・・・蛍火と霊魂と重ね合わせて、子供ながらにイメージを拡げて行くのが好きだった。

 <その2>
 本日はPCを早や目に切り上げて、明るい内に散歩に向かう。先ず下に向かい、橋を渡って川沿いに一路上流に向かう。今夜から雨のラジオではあった。梅雨の灰色雲は幾層にも重なり合って居るが、日没前の太陽が、雲間から光を下ろして居る。

 住宅地を抜けると、果樹園、水田が始まる。此処まで来たから、久し振りに1時間45分コースに進もうと考える。尚も歩き続ければ、東には山が迫って、ズーと青々した水田地帯が、盆地詰まりの北の山間まで続く。

 夕暮れ時期と梅雨空に、ツバメ達は時間の許す限りと高く低く飛び交い、羽虫を捕食する。山も空も川も人家も、色彩を収めて、緑のシルエットで夕暮れを迎え始めている。平地の蝉は未だであるが、山の蝉達は、落ちる帳(とばり)を限りとして重奏を奏でて居る。

 山際の道は車が通るだけで、人影も無く、木立の生い茂る山肌には、一足早い夜の帳が下りようとしている。折り返し点のH橋までは、傾斜の畑が続く。

 空には既にツバメの姿は消え、交代期の暫しの空きを終え、コウモリ達が飛び交い始めている。私は梅雨で増水した流れをH橋の上で眺め、未だ中途半端な松本盆地の光の四十万を眺めて、帰路に着く。

 200m程の緩い勾配を抜ければ、視界が開ける。帳の早さに、沈み込む街は放光の明るさを発散させて来て居る。早落ち城直下を回り切れば、水田の中の農道が一直線に伸びる。後は、下り勾配の流し歩きである。

 水田の蛙が鳴き始め、稲田に蛍火が点り始めた。動きのある物は、川を隔てた幹線道路の車光の流れだけである。蛍火が一つ、フゥ~と浮いて私の肩に止まった。

「おぅ、久し振りですねぇ。冷たいじゃないですか。私に黙って、二回も異次元して来て。駄目な男ですねぇ。パロパロは、治らないですね。」

「何言ってんだ。縄文界で長居をさせ過ぎたから、異界で楽させようとして、こっちは一宿一飯の渡世の義理に嵌り込んで、可哀想に独力で、世の為、人の為で、化け物ムカデを退治して来たんだぜ。」

「そうか、そうか、それで。」

        ★おぅおぅ、また始まったか・・・。困った奴だわさ。

「後遺症で、未だに化け物ムカデの夢を見て、魘(うな)されて居るんじゃい。それを何だ、四畳半前を恨めしそうに徘徊してるから、晩飯前にデートしに来て遣ったんだぜ。アハハ。」

「アラ、ソオ~。それは、どうも、サンキューでした。姿は隠して居ても、私が確りとガードして上げてるから、毎回生還出来てるのよ。それを、忘れちゃ駄目でしょ。」

「ああ、そうかい。日本の色男は、昔から<金と力は無かりけり>って云うんだ。ナターシャは日本の男・俺を好きに為った。これ日本スタイル。仕方無いですねぇ~。参ったか。」

「それ、私の十八番(おはこ)でしょ。あなたは、ナターシャ好きに為った。ナターシャ、ウクライナ女。これ、ウクライナスタイル。忘れたの? あなた頭悪いから、メモする。OKね。アハハ。」

   肩に止まった蛍火は、ナターシャに為って腕を組んで歩いて居る。

「あの位のムカデだったら、私達ロシアン・アマゾネスの必殺睾丸鞭の方が、威力抜群だったのにね。一々、檻を仕掛けて三人一組で、竹槍で仕留めなくても、ほら、天空の台地であなた、ヤナと取り替えの利くワンタッチ刃物作って呉れたでしょ。あれだったら、一発で首が飛ぶのにね。
 やっぱり、抜け駆けは苦労しますねぇ。私達、マヤでも天空の台地でも、無敵の赤柄の騎馬団だったでしょ。あなたは、何時もお馬鹿ちゃんですねぇ~。アハハ。」

「煩い。しょっちゅう、赤柄のロシア女ばかりに頼って居たら、大和男児の名が廃らぁな。俺は強調女のお前さんと違って、控え目の協調路線が好きなんじゃい。
 神道と仏教の国・日本にぁ、森羅万象の訓えって物も、因果応報、身から出た錆、宿業は宿業に沈むって達観も在るだわさ。ったく、縄文紀行が活かされて無いじゃないか。」

「オゥ、ワタシ、ウクライナ女デ~ス。日本語難しいですね。ジンジロゲ知ってますけど、森羅万象知らない。インキンタムシ知ってるけど、因果応報知らないですねぇ。私が好きな癖して、そんな訳の分からない言葉で、私を煙に巻こうなんて。アハハ。
 私は三拍子揃った異界の魔法使いよ。読心術なんて、屁の河童でチョチョイのチョイよ。」

「綺麗な顔、可愛い顔して、ジンジロ毛にインキンタムシだと!! お前さん、ナンチュ~事を言うんじゃい。黙って黒ヤギ遣ってれば、可愛い物なのに、根が好き者だから我慢出来ずに、ウメェ~、ウメェ~、ホシイ~なんて鳴くから、ボロが出るんじゃい。」

「シャラップ!! あなた、ヤギの私に何しましたか。このド助平。変態オヤ~ジ。一番の助~平。反省しなさい。」

★何を猪口才な。<一人で助平が出来るか!!> 男と女が助平なのは、神代の昔からの決め事じゃい。アホンダラ。

 誰も見て居ないから好い様な物ではあるが、如何云う訳か知らんが、二人で居ると毎度の事ながら・・・困った方向に話しが行ってしまう。

 まぁ、それでも、これが私とウクライナのライオン娘との相性&素地の姿なのであるから、軌道修正も出来無い沙汰である。

「あなた、今度は何処行きますか? 計画して、教えて下さい。同じ事を考えて、色々準備する事は、楽しいですからね。ウフフ。」

 華奢な白い手で、頬を下から撫で上げられる。強弱を付けられて仕舞っては、男など他愛も無い・・・。

「それなんだよなぁ・・・この処、ペースが速かったから、好いのが浮かばないんだよ。」

「そう、それは困りましたねぇ~。それだったら、今年はお花見のバカンスが無かったから、私達の天空の台地の様子を皆で見に行きましょうよ。皆、私達の血筋の者達よ。産みの親として、充分にその義務は在るでしょ。」

「お前さん、上手い事言いますなぁ~。いやはや、俺より上手(うわて)ですがな。」

「そう来なくちゃ。予備調査に行って、一番穏やかで、安定した時代を見て来るわ。」

 そうにこやかに笑うと、ナターシャも蛍火も消えて終った。さてさて、それでは、蛍を数えながら、夜を散策して帰るべしである。
 
 <その3> 
 今年は梅雨の入りが早かった分、明けるのも早かった。而も明けた途端の猛暑が連日である。地域に依っては、39・5℃を記録する猛暑に突入である。此処信州でも35℃、36℃を連続させている。柿の新芽が出た時に雪が降り、今年の柿は全滅、あれよあれよの間に梅雨入り宣言・・・いやはや、大変な気象状況である。梅雨明け早々に、キリギリスが鳴き始めたのは、異例の事である。

 朝のウォーミングアップ時に、家庭菜園の観察場所・二畳小部屋外のコンクリートに腰を下ろして、天空の台地を眺めれば、緑一色の山腹に真っ白な積乱雲が掛り、前方睾丸墳を置いた握り拳を空に挙げた様な美ケ原台地が、夏の青空に重量感を示している。

 私は夏の風物詩で、早々にキリギリス捕獲に入って来て、庭にもペアを放した次第でもあるし、長年の夢・川原への移住計画も成功して、クラクラする猛暑の中にも<盛夏の奏で>・・・・ギース、チョン、ギースを聴いて居る次第である。

 見事に伸ばして茎先の蕾を蓄えた鬼ユリの中で、鳴くキリギリスの暑い声を聞きながら、今しがたミニ家庭菜園から採った青々したキュウリを、齧っている。取り立てであるから、幾分の苦みと甘味、青臭さが混ざり合い、捥ぎ立ての新鮮さが口中一杯に拡がる。へへ、何も付け無くても、美味い物である。

 エッヘン。これは土の養分、水分、太陽光線の混合物の味にして、市販物では味合えぬ新鮮さである。

 そんな処に、Tシャツに短パン、スニーカー、ザックを肩に、下りて来たのが、私の大好物・アマゾネス団の面々である。へへへ、これだから、夢奇譚は止められないのである。

「ああ、いらしゃい。また、会えましたなぁ。サンキュー、サンキュー。元気だった?」
「ええ、勿論!! おお、あなた、好い物食べてますね。私達も良いですか?」

「どうぞ、どうぞ。其処にキュウリ、そっちに回れば、トマトも生ってるし、ナスも在るぞ。但し、インゲンは生じゃ食えんぞ。」

 一に素早いのが、ライオン娘のナターシャ。二に隙の無い整い顔のヤナは、表情も変えずにシラーとした素早さで、立派なヒップを見せてキュウリ、ミニトマトを採って居る。    

     ★遺憾いかん・・・豊穣ヒップに、透視が働いて仕舞う。

 何時もの事ながら、お人好しで柔らか腰のバルディナは、如何しても二人に遅れを取って終う。

「あなた、このナスどうしますか? 生じゃ駄目でしょ?」

 食の細い老母との食卓を飾る4本のキュウリ畝である。おっとり屋のバルディナが、ナスを三つ持って、手の早いナターシャ、ヤナを軽く睨んで居る。ナターシャとヤナの二人は、自由自在のルールの中で、実にテキパキとしている。キュウリ、ミニトマトを<美味しい美味しい、新鮮!!>とパク付いて居る。

 三人が、別に仲が悪い訳では決して無い。然しながら、嘗ての地上の楽園・共産圏なんて<真っ赤な嘘で、早い者勝ち>が常識と云った処で在ろうか。

★へへへ、ダーウィンの進化論信望種・プライドの強い白人種さんには聞き捨て為らぬに違い無かろうが、有色種の代表・黄禍(遅れて遣って来た東洋唯一の列強国・日本は、嘗て白人帝国主義国から、そんな形容詞を頂戴して居たそうな。)の感想からすると・・・有色人種だけに『土人』が居るのでは無く、<白い土人さん>達も居らっしゃるのが、アフリカ大地溝帯から発祥した人類の伝播状況なのである。

「コラッ、アナタ、何考えてますか!! 赤柄の睾丸鞭が必要ですね~。アハハ。ナターシャは三拍子+ワン、四拍子を持った異界の女よ~。」

「はいはい、<思索反芻は災いの元。> 中断しますがな。チョイと待ってな。」
「ダーリン、私も行きます。」

    行き掛ける私に、ジョウビタキの観音様・バルディナが呼応する。

『ナターシャは好い女なんだけど、兎に角、生意気な相棒さんでさ。東洋の諺には、<ガッ付く女は、損損。果報は寝て待て、余り物に得あり>だからな。アハハハの葉っぱさね。』

 と、バルディナに耳打ちをする。空かさず、ライオン娘のナターシャの声が飛んで来る。

「そこの二人、抜け駆けは駄目よ。私、異界の魔法使い。二人の頭の中、全~部、分か~る。」
「そう、私も女のアンテナ、抜群で~す。ハリアップでお願いします。うふふ。」

★ヤナも何が『女のアンテナ』じゃい。フンニャメロメ。<人の束の間の恋路の邪魔>をし腐ってからに。ウェッヘッヘッヘ。

  アマゾネス団は、其々に回転が速いから、何を言っても、即漫才ですがな。

 台所から、マヨネーズ、味噌、塩を小皿に取って来て、ナターシャ、ヤナに渡す。

「あいよ。何は無くとも、美人に、美形さん。」
「オゥ、アリガトさんね。私はマヨネーズ。ヤナはジャパニーズ・テイストで味~噌。」

 私はバルディナからナスを一つ受け取って、それを手でざっくりと二つに割って、割き口に塩をパラパラ、そして揉み揉みして見せる。彼女は素直な性格であるから、私に倣って手品に参加する様な崩れたニコニコ笑い、半信半疑の目を見せて、私に続く。

 それをナターシャとヤナは、ヒソヒソ耳打ちをして、私とバルディナの遣って居る事を『小馬鹿』にしている。まぁ、美形・美人さんの遣る事だから、一々反応しても仕方の無い処である。

「ほら、シナーとして来ただろう。OK、OK。それで、フィニュシュよ。騙されたと思って、ほら、食べて見な。」
 
 恐る恐る、薄いピンクの唇をおちょぼ口にして、ナスの先を齧ったバルディナが、グリーンの瞳を輝かせて。

「ワァオ。美味しい!! これダーリンのマジック!! サンキュー、チュッ。」

「オゥ、エコ贔屓はNO・GOOD!!」

 直ぐ様来て、私のナスを取り上げて、二つに分けて口に頬張るロシア女共である。

「どれどれ・・・ オゥ、シンプル・テイスト。これ行ける~。出来立てのお新香の味。」
     
   アハハ。私も、私もとトライ、アタックで、ナスを捥いで来る。

 私の目の前で一々白い手のツメを立てて、紫紺のナスをザックリ、塩パラパラ。

 ブラックアイ、ブルーアイの童心眼(どうしんまなこ)でモ~ミ、モミモミと悪乗りするのが、ロシア女気質なのである。他愛ないと云えば他愛無し。可愛いと思えば可愛いくも在り、面白いと云えば面白くも在る。

 金髪2 、黒髪1の美人・美形さん達は、何を遣らかしても様に為る物である。こんな事で始まったロシアン・アマゾネス団と私の再会シーンで在った。

「ちょっと、虫、鳴いてますね。ロシアにも居る虫ですね。如何しました?」

「おっ、流石、ヤナだね。日本じゃキリギリスって云うんだけどさ。ほら、ウースキー島で海のバカンスしてた時、一杯鳴いてたろう。」

「そうそう、あなた獲って、私の娘ターニャに見せてましたね。あれは、好い思い出・・・ 獲って来たんですか。あなたは何処に居ても同じですね。アハハ。
 親友のオルガも楽しかったって、良くあの時のバカンスを話し合ってますよ。<あなたに、宜しく>って言ってましたよ。オルガも、あなたの事、好きなんですよ。」

「そうかい。オルガも好い女だったからね。へへへ。」

「もう、やっぱり、あなたは一番の助平ちゃんねぇ~。女好きのパロパロは、駄目でしょ!!」
 
★何を扱きぁがる。美人・美形は、男族にとっては世界の共有物ですがな。こんな人畜無害な<美への探究者>に向かって、少しは言葉を選び遣がれ・・・イッヒッヒ。

 美人・美形のアマゾネス団に、多勢に無勢・・・はい、アッシャ、サーバント役でヤンスよ。私は小心者の奥ゆかしさで、氷を浮かべた香ばしい蕎麦茶でハリウッド女優顔負けのロシアン・アマゾネスの面々に、喉を潤して頂き、グラスを回収する。

「ダーリン、何時も優しい。アリガトさんね。さぁ、あそこで私達の可愛い子孫達が、お待ちかねで~す。河川敷で輪に為って、天空の台地に行きましょう。」

 異界の女・ナターシャに先導されて、異次元七つ道具の入ったザックを肩に背負って、河川敷に下りる。私はザックには、野菜種とトマトの脇芽と柿の接ぎ木用の枝が数本入って居る。例に依って、輪に為って手を繋ぎ合う。

「息を大きく吸って、目を閉じて。ちょっと苦しいけど我慢して、サァ、行くわよ。」

    人輪がフワリと宙に上がるや、東の美ケ原台地に一直線である。

 <その4>
 私達が降り立った場所は、美ケ原台地を背にした白樺の疎林の中、一筋の渓流が大地を削り流れる広大な傾斜地に、忽然と建つあの力作・前方睾丸墳の上で在った。

 どよめきに似た大歓呼が挙がった。軍事正装で整列した天空の台地の者達にとって、私達一行は、既に『伝説の国造主』なのである。

 あの時の若き天空の台地の後継者・アボカドが、親の私達を子等が騎馬姿で整列して見送って呉れたシーン、さながらに何十倍の勢力を拡大した血筋の者達が、勢揃いで出迎えて呉れて居たのである。

 玄武岩の茶褐色の自然石を睾丸の如く巨大積み上げた両丸の中央の階段を、ゆっくりと貫録十分の足取りで上って来たアボカドが、私達を順に握手をして言った。

「親父殿、母御殿、叔母御殿、ようこそ参いられた。吾等が天空の台地も、斯様に発展して居りまする。

 さぁ、皆の衆よ。天空の台地の産みの親、吾等の父御、母御に、男は黒柄、女は赤柄の鞭打ち鳴らして、迎えましょうぞ。」

 隆々とした睾丸を並べて建つ墳丘前の広場に、整然と隊列を組む騎馬団。束ねるアボガドの手が下りると、騎馬の群れが前足を挙げ、いななき、黒柄・赤柄の鞭が大地を打ち鳴らし、灰色狼が咆哮する。

 青天に拳を握り締め、捧げる形で屹立する美ケ原の台地に、積乱雲が白く輝き、鬱蒼と茂る緑の山並みの樹林に、上昇気流がザワザワと木々の葉白を鳴らして、天空に舞い上がる。大地を打ち鳴らす鞭音と狼達の咆哮が、山々に木霊して、緑の山腹に風が爽空に向かって、白龍の如く舞い上がる。

    天空の台地に、風が、空気が、太陽が、人が、夏に並び立つ。

「吾等が子達よ、お前達が生まれる前の父母、祖父母の、その前の時代、吾等が降り立ったこの天空の台地に、全ての種が蒔かれた。牛がヤギが、馬が灰色オオカミが、川、池の魚達が、吾等が血筋の者達が、額に汗して、営々と天空に豊穣の台地を拡げて来た。

 好んで争わず、然れど争いを挑まれれば、完膚無きまでに撃滅して、この雄大な山並が十重二十重に重なり合う山地に『吾等が結界』を設けて、天空の台地と共に生きて来た子等に、吾等はその労と凛とした孤高を愛でる。

 これからも、アボカドの統率の下、この掛け替えのない天空の台地に、子等の血の結束を願う。・・・以上である。」

 私の言葉に呼応して、馬上の黒柄、赤柄の鞭が空を鳴らし、馬がいななき、狼達が咆哮する。

「おお、吾等が父御、母御、叔母御、アボカドよ!! この天空の台地に栄え在れ~!!」

    湧き上がる歓呼の渦声に、私達は握り合った腕を高々と挙げて応える。

★いやはや・・・凄いシーンである。然しながら、私達の中に血統を誇れる者など、誰一人として居ない次第であるから、下に渦巻く歓呼の渦声には、こんな本音が囁かれた次第である。

「おいおい、ヤナ、バルディナ。お前さん達に、そっくりの男女達じぁ無いか。如何見ても、年長者さん達も多数居るから、面喰っちゃうだろ。」

「そうそう。女2に対して男1だから、みんなあなたの子種だから、ほらほら、あそこにも、あそこにもパパそっくりの子、少年、青年、オジサン、お爺さんが居る。何か、変な感じね。アハハ。」

「ナターシャの子は、アボカドだけで、子種は作れ無い代わりに、何百年かの生命を貰って居るんでしょ。それにしても、笑っちゃう位、ダーリンにそっくりねぇ~。あなた、照れ臭いでしょ。ウフフ。」

  ★オッホン、これを称して<優性遺伝の継承・発展>って云うんだわさ。

「まぁまぁ、どの子も種と畑が好いから、良い雰囲気を持っている。先ずは、目出度し目出度しで良いんじゃないですか。うふふ。」

「何か、私達の未来の顔が一杯居る。私まだ若いのに、何十年か後には、ああ云う体付きと顔に為ると思うと、寂しいものね。アハハ。」

        こんな事を囁き合っての歓迎レセプションで在った。

 我々が天空の台地を去った時は、出来立ての前方睾丸墳の威容が目立ち過ぎる格好で在ったが、数世代を経て周囲の白樺の疎林の中にマッチしている。アボカドに聞けば、此処は文物の殿堂にして、集会評定の場、祀り、祭りの場、そして一族の公園の場として位置付けられ、利用されているとの事である。

「母御、歓迎の宴には未だ時間が在りましょうから、オヤジ殿、叔母御殿にあの天空の台地を案内したいので、お力を。」

 異界の母親ナターシャは、何回とも無く息子アボカドを訪れて、母子関係を維持して居るらしい。彼女の魔法に乗って、瞬く間に天空に拳を掲げる美ケ原台地に、風の如く降り立った一行である。
 
 雲すら見下ろす天空の大草原に、牛、馬、ヤギが放牧されて居る。牧羊犬為らぬ灰色狼の一団が、其々の見守り範囲を決めて、ゆったりとした歩みで行き来をしている。360°遮る物の無い眺望は、雲の上にアルプスの峰々、周囲の山脈を重ね伸ばして、天空の文化を造り出している。

「歩くには、広過ぎる大地です。馬を用意してありまする。下界の暑さを忘れて、馬を走らせましょうぞ。」

 スポーツウーマンのヤナが長い金髪を振って、サッと馬上の人と為る。次から次と乗って、5騎が早や足でパカッ、パカッとヒズメを鳴らして、天空の放牧大草原を見て回る。熊笹と牧草・野草に覆われた草原は、のんびりと草を食み、子供に乳を飲ませる牛、羊達の重なり合いで在る。
 そして、前回の縄文へパラグライダーを発進させて、黒曜石採取の模様をナターシャと上空からウォッチングした天空の台地である。その台地は、アボカド達のたゆまない努力で、こうして私達を迎えて呉れている。

 騎馬の人と為ると、彼女達はロシアン・アマゾネスの威風堂々たるシーンである。遠くアジア・ヨーロッパの大草原を駆け廻った騎馬民族、海に河川に乗り出したバイキングの血を引く女達は、思い思いの方向へ、一陣の吹き渡る風と化し、奇声を発して疾走をして行く。それを、灰色狼達が嬉しそうに続く。

           一時間ほどの滞在で、歓迎の宴に戻る。

 花崗岩の沢回りには、木立の涼場が設えて在った。下草の刈られた地面に、毛皮の敷き物が並べられ、牛肉、羊肉がバーベキューの香ばしい匂いを立ち昇らせて、イワナ、ヤマメの串焼きも焼けて居る。パン、ハム、ウインナー、ミルク、バター、チーズ、葡萄酒と酪農の産物が並び、山菜も籠に盛られている。

 歓迎の宴は、血筋の者達の和気あいあいの内に進み、女達はベリーダンスと云うかジプシーダンスが、彼方此方で繰り広げられて行く。まぁ、これも致し方の無い次第でもある。稲作の古墳時代に先駆けて、天空の台地に西洋の酪農圏の種蒔きをした次第なのであるから。種は私と云えども、数はロシアン母子の絆が物を言う世界であろうから。

 楽しくも、山地の帳は速い物である。天空に星々が点り、都市の明かりの無い時代。天空には神秘的な大星雲が降り立つ。要所要所の焚火・かがり火の闇に、清流の瀬音が響く。灰色狼達は、星雲を照らす満月の月に、野性の咆哮を放つ。

        蛍火が沸いて、地上を流れる様に点滅して行く交う。

 <その5>
 翌朝、統率者アボカドを先頭に、騎馬軍団が前方睾丸墳を下りる。鬱蒼と茂る原始の広葉樹海の道は、舗装こそして無いが、立派な整備された幅を持って居た。この道は、夏の放牧地に繋がる幹線道との事である。そして、樹海に隠れた道でも在る。道路脇には石積みされた湧水の水飲み場が数か所作られて居る。

 こうした道が、天空の台地から幾本も出て、第二、第三の台地に通じて、現在は10の台地を構成しているとの事であった。

 真夏ではあるが、木漏れ日とヒンヤリとした山の空気の中に、寸断無く充満する蝉時雨、樹間に渡り囀る鳥達の声、オオムラサキ、コムラサキ、クジャクチョウなどのシックな蝶の舞、飛翔・・・etc 

 この数日の35℃、36℃の猛暑に痛め付けられている下界の暑さを忘れて、馬上でウトウトして来る清涼感であった。

 40分位で開拓の地に入った。この地は、私がグランドデザインを描いて、異界の女・ナターシャがデザインを具現化した台地である。その台地にヤナ、バルディナのロシア勢が加わって、天空の台地を造り上げて行ったのは、<夢奇譚第十二部・天空の台地にて>の子細で在る。

 夏の放牧地・美ケ原台地を得て、コアの天空の台地の様相は、嘗ての牧草の台地から、農業の台地へと様変わりして居た。計画的に設置された溜め池からは、横に水路が通り、等間隔の取水路が枝分かれして居る。溜め池に流れ込む水は、渓流魚のイワナ、ヤマメの養殖池として設計してあるから、其々が沢水である。流入する水で魚を飼い、オーバーフローの水を台地の灌漑用水としている。天空の台地の人口が増えて、時間と共にシステムが拡充されて行っている様が、在り在りと見て取れる。

        満足そうに馬を進める私に、傍らのアボカドが言う。

「オヤジ殿、評価は如何に・・・」

「うん、吾が倅じゃ。想像以上に、進歩が連続して居る様に見える。人が暮らす組織とは、一人の天才、勇者、世襲が造り出す物では無い。同心円の中に、協働して創り出して行く物よ。

 組織の力は、人為的な秀才を造り出す力ぞ。世に絶対為る者など、一人も居ない。絶対者を造れば、動かぬ偶像が思考・行動・努力を蔑(ないがしろ)にして、一部の特権階級を作る。それは瞬く間に停滞の時代に入る。<動きを亡くした水は、腐る。>の喩えにして、それが哀しいかな、人間の歴史ぞ。

 事実を怜利に許容するのも必要。そして、物事を分析して、中から要素を調べ、核心的要素を見出して、再構築して見る、応用して見る。知者は己一人の欲望の奉仕者に非ず、組織全体の奉仕者ぞ。

 人を束ね、統率する者は、人の心・技量を忖度して、より良い歯車同士を引き合わせる事じゃ。

 人は人に着く物よ。知・情・徳・態を良く鍛錬して、先頭に立ち続けろ。それが、人の何倍もの生命力を持たされて生まれて来た<お前の宿命の道>と心得よ。」

「オヤジ殿の肉声は、何よりもの吾が励まし。吾が母御は、吾が血の哀れさに、オヤジ殿には内緒で、幾度と無くあの館にて、私とオヤジ殿の脳回路を繋げて、私にインプットをされて下さる。今日、この天空の台地の繁栄は、これ全て、オヤジ殿の薫陶に在りまする。
 私にとっては、霊の存在の様なオヤジ殿が、こうして倅を伴なって肉声で語られる。アボカド、望外の喜びで在りまする。
 
 この天空の台地は、時空を超えて存在する領域為れば、天空の宝物館・前方睾丸墳の所蔵物には、オヤジ殿のブログコーナーも悉く完備して居る故に、吾等血筋の者達の必須科目と為って居りまする。」

「左様であるか・・・う~む。そちの母御・ナターシャは、異界の女故、私も手出しの出来無い次第である。私が死んでも、異界の魔法は授からないであろう。生身の父にとっては、厄介な女ではあるが、四拍子揃った好い女ぞ。口とは裏腹の母性の強いライオン母御じゃろうから、安心してあの世で見守る事も出来ようぞ。」

       私とアボカドの二人行は、こんな馬上での会話の連続である。
 
 一方、女達は母親であるから、血筋の者達との談笑が楽しいらしい。まぁ、これも男女の性差と云う物であろうから、意に介しても仕方の無い事である。思えば、人間と狼との共同体<ギュンとクンの伝説>をモチーフとして、夢奇譚の異次元行も回を重ねて、時空を超えて積み重ねて来た物である。

 その灰色狼達は、何時も以心伝心の仲間達でも在る。馬から降りれば直ぐ様近付いて来て、言葉が無いから体全体で感情・愛情表現を仕掛けて来る。後ろ足で立てば、人間と同等の大きさと体重であるから、野性の力には苦も無く組伏せられて仕舞う。
 何頭もが我も我もとばかりに圧し掛かり、狂おしいばかりに顔中を舐めくり回すから、私としては息も出来無い程の手荒い情交換の態なのである。家族集団と云う社会で生活する狼の情愛の強さは、言葉を介し無い分、体話に頼るしか無い。いやはや・・・人間以上である。

  私の血を引く天空の台地では、そんな人間と狼との共同体が維持されている。

 アボカドは、5頭の灰色狼を伴なって10の地を案内してくれた。10の天空の台地は大きさの別は在ったが、基本構造は同じであった。其々の台地を束ねるのは、ヤナ、バルディナの末裔達である。彼女達の性格・人柄が滲み出て居て、ピンと来る物が在った。

 彼女達も人の親であるから、私とは別行動で其々の台地を巡って楽しい時を過ごして居たとの事であった。

 <その6>
 本日は、天空の台地の合同軍事教練が開催されるとの事である。父御、母御の私達は、前方睾丸墳の上に招かれた。10の台地から騎馬軍団が招集されて、紅白戦が挙行された。

 鎧はローマ史劇などに登場する皮製の物である。兜も同様である。先ず鞭の錬度から始まった。台に載せた小石を鞭で弾き飛ばす事から始まって、乗馬での鞭落とし。次いで実践ステージの相手役は狼と為る。対峙する狼に鞭を振るうのであるが、間合い、鞭を失敗すれば、忽ちに狼に組伏せられて仕舞う。そして、錬度のお披露目は、弓、槍、木刀と続く。

 フィナーレは狼隊を伴なっての、紅白に分かれての実践フォーメーションである。

 一隊は攻撃、他隊は防御と別れて、また攻守を入れ替えての機動的攻撃、機動的防御の陣形を採り、攻防戦の錬度を披露して呉れるのである。その統率が取れて、実戦さながらのきびきびした動きに圧倒される。私は現代人であるから、スイスの国民皆兵制度の様な物で在り、アマゾネス団の血筋であるから、ロシア、インド、イスラエルの名高い女軍団も出来て居る。

 私の暮らす現世では、猛暑の中、参議院選が行われている。近隣毒亜の傍若無人の振舞いに対しても、野党の政治スローガンには、似非平和主義者達の絶対平和の憲法教条主義者達が、懲りずに全体の数%の大主張を連呼して居る次第である。

「良く訓練されているな。」
「オヤジ殿、当然の備え、好んで仕掛けず、仕掛けられれば、撃滅のみ。ご安心あれ。」

 合同訓練が終われば、宴が始まる。宴が終われば、還る時である。宴の中で、私達の姿は消えた。

 空には満天の星々が煌めき、星雲が夜空に浮かび上がる。清流の瀬音に蛍火が、点り、舞い始める。灰色狼達は、星雲に名残尽きない咆哮を繰り返す。

「オヤジ殿、母御、叔母御・・・ 見守り有難う御座います。吾等、この地で立派に生き抜きまする。ご照覧在れ。オヤジ殿、お土産の種、苗、育てて量産致しまする。」
 

              夢奇譚・第十九部蛍火・・・完
           2013/7/11 by アガタ・リョウ






心何処ーショート さぁ、これで良し!!
             さぁ、これで良し!!(7/13/13)
 本日、曇天の微風日であった。松本の最高気温が27・9℃で、まぁまぁの過ごし易さで在った。考えて見ると、お天道さんも、私の日頃の『お天道さん信仰』を充分に分かって居られて、何かと<こっそりと帳尻を合わせて>呉れている。

  へへへ、末端にまでお掛けに為る・・・その大御心には感謝感謝の態で在る。

<夢奇譚第十九部・蛍火>が全15頁で完と為ったので、昨夜からその挿し絵描きに取り掛かって居た次第である。昨夜2枚描いて、先程、2枚を描き終わって、計4枚と為って、明日には投稿出来る運びと為った。

 絵の方は、一向に巧くは為らないか、要する時間は、当初から考えると驚くほどの早さで描ける様に為った。それでも、文章打ちの方がズ~と負担が掛らない。既に還暦半ばであるから、老眼鏡を掛けてのお絵描き遊びは、真に以って、<眼精疲労の沙汰>である。

 これ全て、戯け画の分類に入るのだろうが、一応の目的が小編の挿絵であるから、鮮度を逸し無い内に、ストーリーの流れに応じて、作画をして行かないと想いが冷めてしまう。従って、<鉄は熱い内に打て>を励行するしか無い次第なのである。

 お向かいさんは、水遣りを始めたのだが、灰色雲は遠くで時折、雷鳴を響かせている。
キリギリスは、音無しのである。降るのなら、早い処、降って欲しいと思う次第ではあるが、野菜達にとっては、水補給は必須の体内循環である。明日のカンカン照りを考えれば、降雨が無い限り、サボる訳にも行かぬ。

 4:30であるから、蚊対策をして安全パイを採って、お努め後は、小一時間横に為りましょうかね。・・・へへへ、単細胞の馬力でオーバーワークって処で、俺ぁ疲れちゃいましたがね。

 さてさて、戯け画4枚は、明日のお楽しみに。さぁ~てと、俺は男で御座る。お努めを果たして果たして参りまする。・・・とほほ。


心何処ーショート 犯罪と事故死
               犯罪と事故死・・・(7/12/13)

「昼寝は出来てるかい? 死んで無いかい?」
「暑いし、蚊に喰われるしで、もう、駄目さね。来る時に虫籠持って来とくれ。」
「おっ、採って来たかい。虫籠は幾つ持って行きぁ良いだいね。」

 Tのお迎えを外で草毟りとしたが、こりぁ、堪らん。砕石私道の草も、早い物は枯れかかっている。車は何時もとは違って『別方向』から来た??? オス2、メス1のケースを渡して、次回補充用に、ケースを預かって置く。

「ほい、Rの好きな先生が二人書いてあるのが在ったから、読んどくれや。」(WILL、8月号)
「あいあい、そりぁ、アリガトさんね。」

 いやはや・・・この連日の猛暑の幕開けで、二人ともゲンナリの愚痴溢ししか出て来ない。キリギリスは、早やくも車の中で鳴き出して居る。

 車から降りて、ツタヤに入った途端の冷房の涼しさである。平日金曜日のスタバ二階席は、真面目に勉強する学生達が一人・一人の席で、勉強をしている。勉強はひたすら活字に向かう一人作業である。何時の時代でも、勉強をする姿とはこう云う、何処と無く張りつめた雰囲気を持っているのが、極自然の在り様である。

    ★耳にイヤホン無し、テーブルに携帯無しが、真に天晴である。

 一昨日の夕方のラジオでは、余程中国経済の危うさが顕著に為って来て、中狂親派のNHKさんも、此処に至っては知らぬ存ぜぬでは<報道機関のお里>が露見してしまうのだろう。漸くの現中狂国の経済危機に就いての、大学教授さんの解説コーナーがお目見えした次第である。アベノミクスに就いては、専ら短兵急のコーナーを仕出かしているにも拘らず、日本の公共放送に在るまじき<底の浅い偏向某国プロタガンダシンパの沙汰>である。

 チョイと経済ニュースの反芻をすれば、何も大学教授さんから、こんな当たり前の中狂経済のカラクリ、分析などして貰わなくても、真っ当な日本人なら表現の優劣は在っても、大差など在り様も無い。分析に基づく予想も基本中の基本の域を脱して居ない。そんな専門家に依る・・・彼の国の経済分析と予想であった。

 こんな大多数が予想する事を、中狂親派のNHKがコーナーに入れて時間を割かなければ為らない処に、<中狂経済の脆弱さと危機の逼迫さが浮き立つ構図>で在った。

 好色ヤクザもどきのロートルコンビに掛ると、きっと、<下郎、言わせて置けば止まる処を知らぬ罵詈雑言の数々、下郎如きに何が解るか。おのれ、無礼打ちにして呉れるわ!!>ってな事に為って、立ち処にロートル首が二つ転がって仕舞うのが落ちである。

 餓鬼の頃は、こんな暑い時は、何して遊んで居たかな~?などと、真っ黒に為って、遊び呆けて居た頃を懐かしく振り返ったコーヒータイムであった。

 Tは街場に住んで居るから、暑くて堪らん時は、専ら、ジャスコ、パルコに行って涼んで居るとの事である。同様の目的を持たないロートルが徘徊して居るそうな。

「あれだってぞ、俺達60~70代のロートルの性犯罪が、近年多いんだってぞ。オイさんは大丈夫かい?」

「あいあい、俺ぁ人畜無害のミッドナイト散歩者だぜ。品行方正なもんだぜや。生身のおネェチャン襲って、御用に為る位なら、あれだわね、婆さん死んだら・・・大枚注ぎ込んで、シリコン美人のお世話に為るさね。
 但し、シリコン人形を下に、『腹上死』って無様な死に方は出来んしさ。へへ、困った老後だいね。あい~。如何するだいね。」

「<T先輩、聞いてお呉れや。家の兄貴と来たら、葬式も挙げられ無ぇ様な死に方されちゃって。頭は好かったが、遣る事がしらばくれてて、『シリコン・ダッチワイフ相手に、腹上死』の情け無ぇ大往生さね。俺は仲の好い兄弟だから、仏さんに為った兄貴の悪口は言いたくは無ぇがさ。残された俺の立ち場も、少しは考えて呉れ無いとさ。ありぁ、『晩節を汚す』の典型だよ。 
 無尽に行きぁ、兄貴は有名人だ。周りのヤツは、面白がって、尾鰭、フカヒレの性豪の笑い話で盛り上がちゃうしさ。飛んでも無い兄弟って噂が噂を倍増しちゃってさ。俺ぁ、こっ恥ずかしくて、外で仕事も出来無ぇ毎日さね。
 先輩と兄貴は切っても切れ無ぇ、長い腐れ縁だ。兄貴の名誉回復の為、弔辞の一つも読んどくれや。言いたく無ぇが、凡人にぁ備わら無ぇ、ビッグの持ち主だったぜね。>」

「この野郎、臭い声音まで使い遣がって・・・弟に託けて、ナンチュウ事を言うズラな。Tがこんな下衆野郎とは、今の今まで気付かなかったぜや。」

「あら、そうお。俺なんか、自慢じゃ無いが、兄弟を冷静且つ公平に観察して来たんだけどな。あい~。
 あれだ・・・レイプ、痴漢は、立派な犯罪だけど、腹上死は『事故死』だぜな。好いじゃないの。人畜無害のRの生き方としちゃ、文句も在るまい。葬式で弔辞を読む俺の気持ちにも為れや。ヒヒヒ。」

★Tのヤツは、この引き続く猛暑に中(あた)って、曲がるべき所を間違えてのお迎えだったとの事であるが、フン、体裁振っては居るが、脳軟化症乃至は痴呆症の第一段階に差し至って居ると見た方が、冷静且つ適正な観察であろう。
 いやはや、この歳で、心友を失うと云うのは、真に人生の悲哀と云うべきであろうか・・・その不憫さ故に、盆には早いが、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

 外でのパッパタイムも、アスファルトから立ち昇る熱波で、サイパン、フィリピン並の熱さである。老母のくしと梅干用の笊を二つ買い足す。Tはオヤジ殿の部屋に、特大の簾を買う。スーパーに回るが、一向に食欲が出て来ない。家で買い物を下ろして。

「おい、まだ漬かって無いけど、今年は梅の豊作でさ。一杯入る様に、種出してこの瓶に漬けといたんだ。適当に味見しながら、消費を手伝って呉れや。」

「何時も悪いな。Rの梅干しは、お粥で食べると最高だからな。ネットでシリコン・ワイフ調べといて遣るからな。ヒヒヒ。」

「馬鹿野郎が、この梅漬けで、口をひん曲げて、痴呆防止でもしとけや。」

 カンカン照りに、植物達は、夕方の補給水を待ち侘びて、ヘタって御座る。さてさて、昼にして、それまでに本日日誌を打って置きましょうかね。いやはや、猛暑の中に在っても、人畜無害の生活を励行するのは、大変な事なのである。・・・嗚呼、この暑さ、遣り切れませぬ。


心何処ーショート 猛暑4日目
                 猛暑4日目(7/11/13)
 ニュースで39・5℃なんて物を見ると、もうもう、それだけで・・・ゲンナリの態で在る。

「選挙遊説も大変だねぇ。」

「婆さん、この糞暑いのに、スーツ着て、汗を掻いて居ないんだから、人間だと思ったら騙されるぜよ。立候補者、応援政治家が、熱射病で救急車なんてニュースは無いだろう。奇妙だと思わんかい? 」

「相変わらず、口が悪いねぇ。私なんか、クタ~として動けないよ。息をしてるだけで、やっとだよ。」」

 此方も昨日に引き続き35・9℃との事であるから、<お天道様、勘弁してけれ~!!>ってな処である。今朝は変な夢を見て、寝床に居たら単純細胞が『過想像』に占拠されて終うから、起きる事にした。

 4時であった。連日の猛暑日であるから、眠く為ったらゴロリとすれば良いだけである。打ち進んでいる小編を進めて、一応の完とした処である。パジャマ姿であるから、其の儘、ゴロリと寝る。

 お隣さんの声で起こされて、朝の賄い夫を始動させる。外へ出るのは嫌であるから、洗濯機では落ちない厄介汚れを浴槽に洗剤と漂白剤を入れて、浴槽内で踏ん付け洗いをして、一日漂泊に供する事にする。台所仕事、掃き掃除、玄関鳥、キリギリスの世話をするだけで、汗が滴り落ちる。シャワーで汗落としをして、暫しのフゥ~である。

 外に1、2回出るも、この連日の猛暑の凄さである。半日蔭のキュウリ、ミツバは未だシャキッとしているが、終日の日向のナス、インゲンは、ダラリと萎れて居る。風はある物の・・・遺憾いかん、一般人であるから<ロートル=猛暑の直射、避けるべし>である。昨日、遁走したキリギリスは、二畳小部屋のキリギリスに呼応して、庭隅の鬼ユリの繁りの中で鳴いている。

 日が落ちてからのホース散水を待って貰うしかあるまい。昨夜の散歩では、町内のM橋下の河川敷で、悪いヤツのハクビシンをとうとう見てしまった。痩せて尾の長さが特徴的だったシルエットで在った。ケアマネのHさんの話では無いが、15m前後の所に、恰好の空き家が在る。若しかしたら、何匹も出産して授乳痩せの母ハクビシンかも知れぬ。

 いやはや・・・タヌキにハクビシンと、面喰い男には、余り歓迎出来ない次第である。いっその事、シマリスでも増えて呉れれば、様には為るのだろうが・・・ 人間の好みで匙加減の出来無い<隙あらば、入り込み、繁殖する無法者>である。

 さてさて、水撒きまでの間を、蚊取り線香を焚いて、安静にしてましょうかね。長ズボン、長袖で水撒き、ジョロ散水をすれば、またまた汗だくである。シャワーのお世話に為って、暫しのスッキリ感であろうか。

 餓鬼の頃を思い出せば、精々が32、33℃が3~4回有るか無いかだけであった。その当時の新聞では<インドで猛暑、日射病死★★人>なんて記事が、社会面トップに踊って居たのではあるが、今や、何と日本の屋根と云われた信州でも猛暑・熱暑が恒常的に為って居るのであるから、堪った物では無いのである。

 アベノミクスで輸出産業の増産体制、この猛暑でビール会社、清涼飲料水会社、アイスクリーム会社は、フル稼働なんでしょうね。当然オフィス街もクーラー全開で在ろう。

 原発が止まって、野党の原発稼働大反対の連呼ではあるが、選挙中故の不偏不党での『放送自粛』だろうか???・・・電力不足の節電キャンペーンが電力界、放送界から一切出て来ないのは、これまた奇妙な業界風潮らしい。

 いやはや、猛暑、熱暑で汗だくの庶民と比べると、炎天下スーツ、スタジオスーツにネクタイの業界人は、如何な人種為りや・・・へへへ。

 さてさて・・・底辺貧民にとって猛暑4日目である。我慢我慢・・・猛暑調整も中日である。・・・とほほ。


心何処ーショート 夏三日目為り。
               夏三日目為り。(7/10/13)
 蝉のぐぜり鳴きである。今年は、夏が早い。夏三日目であるから、未だ未だ身体が暑さに付いて行けない。極力、滅気る前に動く事に相務めている次第ではあるが、顎を出して居る体たらくである。

 国会議員の先生達、立候補政治生物様達は、暑いの何ととは言って居られ無い大車輪の選挙中である。ニュースでは日本各地で熱中症で倒れる者・多数であるから、選挙、斯く戦えりの中にも、『吾、熱暑と斯く戦えり』の実践報道が在っても、然るべきと思うのだが。如何な物であろうか。

 国益・大我を標榜して、政治活動を為されている方々である。<実践ノウハウの秘匿は、在るまじき小我の行い>でしょうが。へへへ。

 朝のジョロ散水を施し、夏野菜、マツバボタンの花に好い気分を頂戴するも、部屋の定位置に座れば、金魚水槽の蒸発量にウンザリの態で在る。夏草、葦掻き分けての水汲みは、<勘弁して呉れ~!!>の思いである。流れに行くには、大分遠回りをしなければ為らないから、夕方までパスするしか無い。嫌じゃ、嫌じゃ・・・。

 本日、薄曇りの無風状態である。先程シャーを浴びて、皮膚呼吸を確保して来た次第であるが、首タオルに短パンの裸ん棒、後ろ扇風機で在っても、スキンヘッドのシャレコウベはムンムンで暑いばかりである。何しろ、頭部に毛髪が無いから、毛細作用に依る帰化熱の恩恵に、一切与れ無い忌々しさなのである。

 いやはや、<スキンヘッドは金要らず、手間要らず>では在るが、夏の暑さ、冬の寒さの直撃に晒されるのが、大欠点である。燃えよ、ドラゴンのファイティング・スピリットは辛うじて残っては居る物の、蘇れ、毛髪~ってな訳には参らないのが、この世の不条理と云う物なのであろう。・・・困った次第である。

 雲間からお天道さんが照り付けると、直ぐ様アスファルト熱が発生するから、どうしようもない次第である。風は空気の動き、空気の動きは気圧差の動きと云う事であるから、アスファルト熱風のおちょくりである。<風は、体感温度に働き掛ける>とは良く云った物である。同じ室温の空気を送るだけの装置・扇風機の御利益や・・・真に凄い物である。

 四畳半窓辺のキリギリスは、餌遣りの時にメスが直ぐ様、這い出て来て窓下にジャンプしたから、『止む無し』でオス一匹の這い出しを待って、<共連れ>として遣った次第である。さてさて、庭のどの辺りで鳴いて呉れる物やら、願わくば、無事に道路を横断して、川原の仲間と合流して貰いたい物・・・である。

 さてさて、本日のブログ字数も分量的には、適当である。後の文字打ちは、夜の部で夢奇譚の頁伸ばしに回す事にして、・・・<猛暑・水槽高温化して金魚茹で上がる>で社会面記事を書かれて終っては、世の動物保護連盟から、アラブの熱砂に埋められて仕舞い兼ねない。

 さて、バケツを持って、行って参りましょうかね。遣れば1-1=0と為り、後はマイタイムである。


心何処ーショート 強引に爆睡を仕掛ける為り。
            強引に爆睡を仕掛ける為り。(7/9/13)
 夏初日の昨夜は眠れずに、グロッキー状態である。こんな時は空元気を出して、動くが肝心である。ジョロ散水は途中でフラフラして来たが、浴槽を洗って湯を張る。寝具を干して、シーツを洗濯して、毛布を足踏み付け洗いする。車でキリギリスを捕りに行く心算で在るから、老母に先に入って貰う。

 妖怪様も暑さで参って居る。どれどれ、身体を洗って進ぜよう。恥ずかしがっても、一切色気の無い肉垂れである。

 さてさて、連チャンで寝不足と在っては、身体が持たぬ。メタボに鞭打って、疲労困憊を作るのも、人間の知恵である。長ズボンを履いて、長靴、長袖、飼育ケース、水をペットボトルに入れて、ドライブである。中信平の北端に近い場所である。上田に抜ける幹線道路が走る山間の地で、休耕田が散在する。そんな夏草生い茂る休耕田が、キリギリスの格好の住処と為って居る。

 休耕田で在るから、平らである。長袖・長ズボン・長靴の怖い物知らず。故に、子細構わず、これはと思う草むら辺りの回りの草を先ず、薙ぎ倒して外堀とする。それが出来れば、本丸の草むらを長靴の足で薙ぎ倒して行くだけである。

 中の虫達は、<天変地異の沙汰>であるから、ピョンピョンと逃げ惑う。小学校時分からこんな遊びをして来たから、草葉の揺れ具合で分かる。草中の夏虫の中ではキリギリスは大物であるから、体重が重い。従って、揺れ方が大きいから、足で草を薙ぎ倒し、目で草葉の揺れ具合を見て行けば、どんな馬鹿でも容易にキリギリスをゲット出来るのである。

 耳を澄ませて、ソロリソロリの目視でキリギリスに近付いて、ワンツースリーで、アジャ・・・キリギリスは何処ぞ??? なんて戯けたヤツは、私から言わせると、ど素人の単なる馬鹿にしか過ぎないのである。イッヒッヒ~。

 それでも完全な夏日の暑さであるから、全身汗ビッショリである。内腿にズボンが纏わり付いて、大変なエネルギーの消耗である。メス5、オス10匹を難なくゲットして、長靴をサンダルに履き替えて、汗だくの長袖を脱いで、水にがぶ飲みである。

 次に来る時は、シュノーケルに、ヤスを持って来て<川浸かり>に来る時では在ろうが、今年は早く成りそうである。ニャロメ、せっかち過ぎるぜや。

 帰ってびしょ濡れのパンツ一枚に為って、夏のお仲間さん達を飼育ケース3個に割り振る。中のキリギリス達は、ケースの天井に張り付いて居るから、ケースの蓋を開けると、ゾロゾロと這い上がって来る。言って見れば、それが<彼等の習性>なのである。

 へへ、私もロートルに為って、『二兎を追う者一兎も得ず』に鑑みて、本の少しの知恵が出て来た次第である。そんな這い上がりを逆手に取って、一匹が出た処で蓋をしてソイツを捕って、別ケースに入れる事にして居る。所謂、動機・行動を想定しての待ち構えは、キリギリスと私の間では、乗り越える事の出来無い<勇者の法則>と云った処で在ろうか。

 まぁ、こんな姑息な手段を人間界でストレートに応用して仕舞うと、後出しジャンケンとか、インサイダー取引などと同根の行為・行動であるから、相手・周りから仲間外れに為ったり、お手手が後ろに回って仕舞う。

 従って、<真っ当な戯け>に在っては、遣っては行けない『禁じ手』なのである。へへへ、知恵と悪知恵は、厳格な一線を劃して用いる処に、その人間の<人格が宿る>のである。ギャハハ~!! 斯様にして、『戯けの道は、奥が深い』のである。

 3ケースにオスメスを割り振って、霧吹きでケース内に水分補給をして遣り、台所から削り節と菜園のキュウリとミニトマトを入れて遣る。へへへ、これも何かの縁で在る。ケースを終いの住処と心得て、共に一夏を過ごそうぞ。

 今年も、ようこそ参られた。Tに飼われれば、最長記録更新の年明け記録が待って居るんじゃぞ。自然界じゃ、絶対に出来ない記録で在るぜよ。

 ひぃ~、暑いでヤンスわね。何と35℃とな~。さてさて、一風呂浴びて、マイタイムと致そうか。蒸れ蒸れタマタマじゃ、インキンタムシの小林製薬のタムシチンキの御厄介に為って仕舞いまするがな。それじゃ~、現在進行中の前方睾丸墳は形無しで在る。


心何処ーショート ブラボー、万歳!!
               ブラボー、万歳!!(7/8/13)
 
★ 余りの嬉しさに、本日二度目の投稿である。以下、午前からの続きである。へへへ。

 夏初日に、ペダルを扱ぐ。太陽カンカン照りでは在るが、視界が開けるだけに家で泣き事を呟いて居るよりも抜群に好い。青いお空に、真っ白な入道雲、お山の目の覚める様な緑、緑の重なり合い。水田に青々稲の成長振りである。

 嗚呼、爽快!! などと云う言葉には程遠い上り勾配、ヒィ~コラ、ひぃ~こら・・・汗振り撒いてのキリギリス棲息地へペダルを扱ぎ続ける。

 第一ポイントには、キリギリスの声は無し。次のポイントにペダル扱ぎである。ギースの声に、自転車を止める。う~む、鳴く辺りは、絶対的にキリギリス有利である。仕方が在るまい。次の本命にペダル扱ぎである。

 水田地帯の草むらからは、キリギリスの声は上がって居ない。本命ポイントに来ると、フェンスの掛った山の斜面に、キリギリスの鳴き声が数個。いやはや・・・今日は様子見で終わりそうである。その時、平地の草むらでキリギリスの声在り。

 迂闊に鳴いたが、運の尽き~!! 草むらに、大魔神の草なぎ倒しの追い出しをして行くと、重量感のある草揺れである。居た居た・・・ 回りの草を薙ぎ倒されて終えば、キリギリスも<隠遁の術>を使えず、長い後ろ足でジャンプ跳びするしかない。

         へへ、狙い定めて、両手であっさりゲットの運びである。

 コンビニ、米屋さん回り出来たから、入れ物も無い。レジ袋でも落ちて無いかと探す時に限って、無いものと相場は決まっている。しゃ~無い。米を入れて来るマイバックに入れて、コンビニに向かう。買い置き煙草を買って、コカコーラを飲んで喉の渇きを一掃する。レジ袋にキリギリス一匹を入れて、米屋さんに回る。

 米屋さんも夏初日で、グッタリである。<飛んで火に入る夏の虫>で冷えた紫蘇ジュースを頂戴して、男のよもやま話をして来る。下り勾配であるから、行きと比べたら楽な物である。土手道沿いに家の前まで来ると、こんもりと流れを覆う葦、夏草の生い茂りの中から、ギースの声である。思わず自転車から降りて、耳を澄ませる。

     ギース、ギース・・・ それは、紛れも無くキリギリスの声である。

 思えば戯けに徹して<苦節何十年>・・・キリギリス移住計画を遂行中ではあるが、遠に諦めて居た『人知れずの善意の努力』が、とうとう報われたのである。少なくとも鳴いて居るのは、2匹は居る。オスの傍にはメスが居る。こんな現実に遭遇すると、嬉しい物である。

    早速、PCを立ち上げてキリギリスの生態に就いて、検索をして見る。

 キリギリスの①産卵数、②孵化率を知って見たいと思った次第である。ダイレクトな記述は見付からなかったが、参考と為る物が2、3在った。

 然しながら、思う様な推論が立たない。2ペア飼育で、ケース整理をした時の産卵数が200、孵化の模様は、翌年孵化が数%、多くは、2年、3年次に孵化するそうである。産卵数が何匹のメスの腹から出た物かは、一切記述無し=不明。

 仮に2匹からだとすると、100/1匹で、100×5%=5匹である。2年度が一番多くて3年度が、その次と為ると・・・全体の孵化率を50%として、仮に30%、15%と手元の電卓を弾けば、30匹、15匹と並ぶ。こんな風に考えると、今鳴いているキリギリスは、去年の卵か?一昨年の卵?から孵化したと云う事に為ろうか。

『獲らぬ狸の皮算用』には違い無いが・・・最小の数としても去年の卵と云う事に為れば、キリギリス移住計画の数は、これから大いに期待出来る勘定と為る。先ずは、『至誠通天』の舞い上がりにて候。

 へへへ、その上気分の余勢を駆って、吾が菜園のジョロ散水をして居ると、西向かいオバサンの水遣り姿であったから、ご近所ボランティアで水遣りをお努めして来た次第である。


心何処ーショート 来た来た~。今年の夏~。
              来た来た、今年の夏~。(7/8/13)
 早くも、梅雨が明けたそうで在る。起きると同時に、カッと暑い室温である。昨夜の散歩時間帯では雨で、雨が止んでの仕切り直し時には、雲は後方に下がって、雲の切れ目に星が浮かんで居た。散歩後半には、雨後の蛍達が葦原から飛び立って、蛍火の光線を引いて居た。

 長ズボン、長袖シャツに帽子で、家庭菜園からインゲン、ミツバ、キュウリを収穫して朝の具として食卓に並べた次第である。食後の政党の政見放送を見ながら、老母殿と言いたい三昧の政治悪口をして愉しんで居ると、ガス屋さんの集金である。

 月に一度の男同士の弾む話しであるから、玄関戸を開け放しての一時である。本日はムカデ退治行の挿絵を開示してのギャハハ、イッヒッヒ、へへへの男話の炸裂である。当然にお帰りの際には、夢奇譚第18部・ムカデ退治行の挿絵入り<ハンドメード小冊子>をお持ち頂いた次第である。

 来月分の19部作・蛍火編も<その4>に入り、ストーリー展開も定まって、7頁に駒を進めている処である。此処まで来れば、後は妄想惰性で頁数も伸ばせる。従って、来月集金日までには、大余裕と云った次第でもある。

 鬱陶しい限りの梅雨から一転して、折角の梅雨明け初日でも在るからして、米の買い出しの後は、キリギリスの模様などを調査方々、車のハンドルでも握ろうかなどと考えている次第である。

 短パンだけの裸オヤジが首タオルで、汗をダラダラ流して<暑い暑いのアイゴー、アイゴー。>を連呼して居ても、近年の長い長い猛夏には立ち向かえないのである。

           為らば、今年も夏の総セットをすべしである。

 いやはや、気温は急上昇中である。熱中症に為らぬ様に、水分、塩分補給の堪え難きを耐え、小蚊の痒みにムヒを擦り込んで、熱帯夜の寝不足に身を置きつつ、ひたすらススキの穂に秋風の吹くを待つしか無いのである。

 嗚呼、・・・ 考えるだに、反芻するだに、情け無し。『毛無し、金無し、女無し、止めが甲斐性無しの四重苦ストーリー』でヤンスがな。

 遺憾いかん・・・こんな吾が実像に沈んで居れば、全身から滲み滴り落ちる汗の縄目の中に絡め捕られて終うだけの事である。こんな時こそ、爆音小僧っこに倣って、活動開始が先決である。

 爆音小僧っこに例を採らなくても、ブログ世界には三脚担いで長靴の出で立ちにて、日々、自在の真理写真を撮り続ける御仁、バイクに乗って身近な風景に心象託して息をする様に、水彩画を描き続ける御仁達も居なさるのである。

 夏の灼熱のお天道さんの直下も、是、日本人として熱射病に為らぬ範疇で、等しく負担するのが、日本国民の義務でも在りまする。

 さてさて、暑い夏に対するも、是、ロートルオヤジの足掻きで在ろう。行って見るかいね。へへへ、是・・・とほほ為りや。

 アッジァ~、空には腰の重い吾に向かって、『コリァ~、早くせんか!!』と、ヘリコプターの催促音・ゴォ~、バリバリ、グオ~ンでガンスわね。生意気に、糞っ垂れが~。


心何処ーショート 本日、七夕であるか。
              本日、七夕であるか。(7/7/13)
 昨日の夜散歩では、A橋の道脇に例のバイクが数台停まって、地べたに座り込んで居る一団が在った。その一団にチンピラ臭の無い処が、私には何んとも『不可解な連中』に映った次第である。私達団塊世代のこんな連中は、鰯の腐った様な目付きの悪いチンピラ集団に決まって居たのだが。

 近付くと、下からバイクが一台遣って来る。如何するのかと思ったが、真っ当なロートルが爆音小僧達に謙(へりくだ)って、スゴスゴ道を開けるのも<癪>で在る。生意気な口を叩いて来たら、是幸いである。

             この餓鬼、河川敷に降りろ!!

 売り言葉に買い言葉で、『積年の恨み晴らさないでか!!』の絶好の機会である。

 還暦半ばと云えども、未だ未だデカイ蛮声を張り上げる事も出来る。小僧ッ子一人位なら、縄文人の腕力で退治出来るかも知れん。一発、どやし上げて遣ろうと、胸を張って睨み付けて遣ると、小さい声でスイマセンと来た。だらし無く地べたで私を見上げる面々の中に、あどけない子供顔が一つある。ズベ公のヘルメットを取った顔なのか、爆音兄ちゃんと一緒に来た妹なのかは不明である。

 いやはや・・・全く奇妙な当世若者気質である事か。普通の顔、雰囲気をして居るのであるから、昼夜分かたぬ爆音オンパレードの住宅地周回などしなくても好さそうな物である。然しながら、その<自律神経回路>に異常を来して居るのであるから、『日本の社会病巣』は凄い処にまで達して居るのであろう。

 完全に拍子抜けして、ヒタヒタと何時ものコースで、ミッドナイト散歩をして来た次第である。蒸し暑さとは裏腹に、昨夜は殊の他、蛍が少なかった。

 帰って来て、文作中の<夢奇譚19部。蛍火>を打ち進める。就寝時間を前に、安物DVDの最後の一本の<クレメンタイン>を、蚊取り線香を持って寝床の中で見る。2007年・韓国映画である。何故これを買ったかと云うと、アクションスターのスティーブン・セガールが出演して居るからである。

 太ったと云えども世界のアクション・ビッグスター・セガールを置いた韓国経済とは如何なる物かの興味を湧かせたのである。他2本は全くの愚作で、1/4もまともにお付き合い出来なかった代物であった。とほほ、偶にはこんな事も在る。金返せ~!!

 これは音声切り替えk日本語吹き替えで在った。余りの好い加減さに、ビッグスター・セガールさんも形無しで在る。割り切って仕舞えば、米国に居て韓国勢が撮影に来て、金網リングでのファイトシーンを撮るだけで、ビッグギャラが手中に収まるのである。米国ビジネスマンの金転がしと同様にビッグスター・セガールの肖像権転がしと云った処で在ろうか。

 それにしても、見るも無残な韓国文化の底の浅さが、これ程までに象徴化された映画も無かろう。ストーリーには悲しい事に、地に足の付いた一貫性も無ければ、台詞の重みも無い。適当な物を、その都度、拾って来てポンポンと置いて行くだけの<デコレーションの態>でしか無い。

 一時、不良中年海外バカンスの会・無尽旅行でフィリピンに足繁く連行されて居た経緯がある。私は不肖の息子が鎮座まします臍下三寸と頭部は、全くの別物構成であるから、フィリピンの歴史から、フィリピーナ気質の相関関係などを、目に映る儘、感じる儘、頭に浮かぶ儘を、妄想力で、それなりに見聞して来た次第である。

 そして、彼の国がデコレーションの国民性との結論に達した次第なのである。

 この韓国映画も<韓国人離れした綺麗な女優さん>が登場して、セガールさんが曲がりなりにも出演して居るのであるから、それなりの製作費が投入されているのであろう。然しながら、こんな物は日本人の民度して、映画コメントをする価値も無い代物である。

 早々と阿保らしくて消して、断交の気分では在ったが、何事も無駄な事など一つも無いのお言葉がテロップとして浮かんだ次第である。

 韓国人気質を側面から、彼是と詮索するには立派に文化資料と為る。まぁ、そんな諦観が映画の1/3辺りからして来て我慢を重ねて居たのだが・・・、それでも、生来の短腹物である。ストーリーの枝葉末節を冗長に撮り続けている画面にウンザリ、吐き気が催して来て、画面に背を向けて、セガール登場まで、音声だけを聞いて居た次第である。

 私は韓流ドラマの最高峰?と云われる冬のソナタ、女宮廷医の○○のドラマも、2回程見て見た物の、底の浅過ぎる荒唐無稽のファンタジーの連撮・連撮にして、違和感満載で在ったから、こんな物を見て居たら脳細胞に異常を来して仕舞う。歴史・社会参考に為り得ずで、簡単に興味を失ってしまった次第である。従って、一時流行って、韓国詣でまでしたと云う日本バタリアン現象に就いては、懐疑心の沙汰では在ったが、一応の論評として、2冊ほど本を買って来て通読した物である。識者、学者さんの手に依る教養本であるから、それなりの分析に基づいて<日韓の文化論>を書かれて居られたのであるが・・・

 へへへ、活字読みと映画観とは、少なからず感性が違う様であった。そんな読後感が在った。

 隣国韓国は、世界最高水準の大学進学率85%を誇る教育大国で在るそうな。常識で考えれば、真っ当な大学教育に耐えられる<知的水準>など何処の国で在っても、精々が2~3%と云うのが実相では無かろうか。
 高校・大学との看板は、経済的には無数に作る事は出来るが、知識・技能・学問の試金石が、そんなに簡単に修身される訳が無かろう。機会への門戸開放は大事な事ではあるが、一端、その門を潜った以上は自己責任で知識・技能・学問を掴み取って、卒業を果たさなければ、教育効果を社会・個人には齎さないのである。

 そもそも人間の持って生まれた能力の有限性を、工業物質の様に均等に扱って、教育の無限性を<猫撫で声で語る輩>は、私の体質として全くの親和性に欠ける御方々である。
こんな当たり前の事は、縄文人にだってストンと納得・得心の行く頭脳回路の作用でしかあるまい。

 先日は、浅学非才の証明で、中狂国・半島国に於ける半風土病とも位置付けられる<火病>に就いて、触れた次第である。歴史捏造・ファンタジー歴史観・激情型怨恨気質・公共心の欠落振り・自省・反省心の欠落状況の現時点刹那型享楽主義・・・・etcの根底には、その時々の気分次第で、好きな物、目に付く物、目立つ物・流行物だけを手軽にピックアップして、ゴテゴテと並べ立てる=デコレーション行動文化が、火病のDNA構成因子と為って居るのであろう。

 デコレーション行動文化も、南洋の熱い太陽光線の下では、歴史怨恨を亡くして仕舞えば、何処までも屈託なく明るい<フィリピーノ・ホスピタリティ>という馴れ馴れしさに転化するのだろう。
 一方、大中華思想・小中華などの事大主義に陥り、中華と倭国に挟撃されて居た地勢的歴史に怨恨を持ち込めば、その歴史観は捏造に捏造を鋳造し捲って、遂いには自分だけのお花畑・ファンタジー歴史捏造を行進させて行くだけの国家挙げての悪行再生産である。

 嘘も百回言えば、定着する。こんな輩が在る事無い事を声高にでっち上げて、国家を挙げて支離滅裂行に突き進んで行って終う。これを称して、『悪行・悪業の毒亜連鎖』と呼ぶしか無いのである。異常繁殖したムカデは、イースター島のモアイ像に為って貰うのが、歴史の倣いなのである。イッヒッヒ~!! 

 何でもかんでも、調理済み食品を買って来て、丸ごと電子レンジに入れてチンして、『美味い美味い、簡単簡単』と大海に浮かぶ木の葉生活をして居ると、気が付けばとんでもない所に運ばれて仕舞いまするがね。総べからず、物事には太古の昔から、限度と云う物が在りまするぞえ。
 台風、暴風雨に際しては、避難港の思いも行動もあるが、何しろ、茫洋たる大海・大洋には寒流・暖流・深層海流と、凄い魔物が絶えず流れて居るんですがね。

 へへへ、本日・日曜日。昨日に引き続いて、蒸し蒸し・・・座って居るだけでスカンポ脳がモワンとする休息日である。空は晴れたり、曇ったり、雨が降ったりである。

 本日朝の収穫物はキュウリ2本、ナス2個、ミニトマト4個である。本日、七夕であるか・・・ 仏壇に供えて、灯明点して、線香立ててチイ~ンで、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏をすると、老母様も合掌である。アハハ。


心何処ーショート さてさて、部屋移動すべし・・・
           さてさて、部屋移動すべし・・・(7/5/13)
 昨夜は蒸し蒸しと寝苦しい夜だった。爆音糞っ垂れ小僧達も、寝るれぬ夜だったらしく、何度も吹かして居た物である。途中で窓を開けて来た次第であるが、涼しい物の・・・今度は風の煩さで在った。そんな次第で、寝疲労にどっかりと『負んぶ』された様な忌々しい朝であった。

 重症の寝不足である。不味い煙草を四畳半定位置でボケーと吸って居ると、次兄さんが元気な声で、入って来た。

 正真正銘のボロ家が倒壊寸前なので、先日弟にSOSを発信したら、仕事仲間に声を掛けて材料を当たって呉れたのである。材料を仕入れて、兄弟で工事をしようと云う事に為って、あの野郎は、兄貴らしい事をしない男であるから、『からかい』に応分の費用負担をTELして遣ると言っていたのである。そんな次第で少なからず真っ当心が生じて、費用負担の快諾を持って来たのである。土日なら、勤労奉仕に来れるとの事である。

 へへへ、一応は、ヤッコさんも成長して居るらしい。次兄さんと弟は、笑ちゃう位、相性が悪い。間に立って、私はピエロに徹するしかあるまい。それでも同種、一腹の間柄なのである。従って異人種では無いから、案ずるより産むが易し。エヘヘってな処なのである。

 はいはい、アリガトござんす。左様でゴザンスよ。是、総べからず、親孝行、兄弟孝行の一風景でヤンすがね。アハハ。

         次兄さんは、来土曜日に来るそうである。

「ご苦労様。自分の時間が無くなっちゃったね。Tさんとのコーヒーに行くんだろ。」

「土曜日が金曜に変更されてるんだよ。土曜日が空いてる時は、土曜日なんだけどさ。今週分は、昨日行って来ただろ。」

 まぁ、金曜日が2、3回土曜日に為って居るから、老母の頭には<土曜スタバトーク>が不動の位置を占めているのだろう。『呆けた』などと言って仕舞ったら、思わぬ処で仕返しをされて終う。<口は災いの元>・・・へへへ。

 本日33℃の予想との事であるが、曇天の風日である。風が止めば蒸し暑く、直ぐ様汗が出る始末である。遺憾いかん・・・肌に纏わり付く様な、この湿度の高さと寝不足は、南洋小島初日の様な時差ボケの再来である。昨日ゲットして来た安物DVDを睡眠導入剤として、体力調整をするのが肝要かも知れぬ。

             さてさて、部屋移動すべし・・・。


心何処ーショート 先ずは、動くが肝要。
               先ずは、動くが肝要。(7/5/13)
 明け方から降り始めた雨は音を立てて、一番の熟睡滞の邪魔をする。これでは朝の見回りも出来無い。PCを開いて御要請を申し仕ったコメントを打つと致そうか・・・ どれどれ・・・流石である。

 へへへ、参りましたがね。黒白とカラー。添え文は同一である。こんな処のユーモアが、MacoTan師の只者では無い処である。その御仁・「水元公園」検定委員会さんとは、ブログ初期からの長いブログお付き合いである。

 さてさて、これは千手観音張りの文殊の知恵に縋るしか無い『高等試験』で在る。下手な事を打ったら、即座に<金髪友の会・会長職>を剥奪されて終う。そんな粗相を仕出かして仕舞ったら、私の愚だ愚だ呆け話の夢奇譚も金髪赤柄の睾丸鞭の御加勢を得られず、異次元界に人知れず一人寂しく『シャレコーベを晒す羽目』に為って仕舞う。

 無い無いのスカンポ脳の細胞全部をフル稼働させ、部屋のロシアン・アマゾネスの女神さん達に、哀願の手合わせをして、僭手千摺万考(センシュセンズリマンコー)の開き直り。『出でよ、吾が渾身の言の葉共よ~。』と誠心誠意の限りをば尽くして、コメント発信をし終えて、朝のお努めで在る。性も根も使い果たして、当分、勃起不全の障害者手帳で在る。

 尚も雨止まず。本日金曜スタバトークが控えている。打ち始めた夢奇譚の冒頭部分を読みながら、修正を加える。そうこうして居る内に、雨も上がりTのお車である。

 スタバ二階席で、ホットコーヒーを飲みながらの、のんびりトークである。残念ながら、TのPCは不具合で休止中との事である。そんな次第で本日の話題は、大陸中狂国、朝鮮半島国の風土病の感すらする精神疾患症<火病>に就いてである。

 平日金曜日のスタバは、閑散としている。5年間毎週一度の好色ヤクザもどきのロートルコンビは、列記とした常連客のお得意さんであるから、客が少ない分、女性スタッフからはお世辞言葉が頂戴出来るから、女日照りの私には<気持ちも和む>次第でもある。へへへ。

 梅雨空の外ベンチでパッパタイムをして、お決まりコースに向かう。Tは恒例の孫へのカブトムシペアセットを買い、私は安物DVDを三枚買う。スーパーでは、私の好物・塩鱒が丸一匹の形で売って居たから、好い見付け物をした次第である。
 帰りはチョイと個人スーパーまで行って貰い、スーパー特製のゴボウをチップにして揚げ、ゴマと甘垂れを絡めたパックを買って渡す。これは老母の好物の一つである。老母にも一パック買ったので、それから出して味見をさせると。

「おぅ、懐かしい婆さんの味だ。こりぁ、酒のツマミには為らんが、お茶のオツマミに為るわな。サンキュー。」

 今年は梅が生り過ぎたから、まぁまぁの完成度の時期に、Tに甕を持参させて消費効率を高めるべしである。

 マイタイムをPC打ちに費やして居ると、女の子が自転車で部屋の私にニコニコと頭を下げる。手招きして戯け画ファイルを見せて遣ると、はにかみながらもニコニコ見入って居る。小学3年生と云う。ははは、警戒心の無い円らな瞳は、可愛いものである。

 さてさて、本日日誌も、分量が埋まって来た。現在打ち始めた小編の為に、河川敷から適当な苔を採取して来て、物語のイメージとして箱庭でもアレンジして見ると致そうか。

 小さな楕円の鉢為れど、ズーム・アップすれば、そこに世界が出現して、世界が拡がる。舞台が出来れば、そこに妄想が集い、戯れ、文字が生まれ、字数が累積される次第である。

         先ずは、動くが肝要である。ウッシッシ~!!

心何処ーショート 是、二人の日常風景為り。
             是、二人の日常風景為り。(7/4/13)
 昨日は梅雨空の風通る日で在ったから、晩飯前の時間を散歩に出掛けた。歩いて居る内に、久し振りに遠出散歩をして見ようと考えた。このコースだと1時間45分プラスアルファで、2時間に為って仕舞うかも知れないが、これも体力測定にも為ろう。嫌に為ったら、Uターンして呉れば良いだけである。

 行きはツバメ、帰りはコウモリ、蛍火の点りで在った。町内まで戻って来ると、雨が降って来て、走って来た。もう走れないと思っていたのだが、『窮すれば走れる』物である。へへへ。

 本日は、午前中は雨が降って居たので仕方無く、老母殿を相手に言葉練習の漫談をしたり、台所仕事などをして時間潰しをする。

 妖怪様も、今では何を言っても仕返し行動をせずに、育ちの好い様なお体裁言葉で返して来る。

「人間は色んな人が居るから、人それぞれ、人生色々だよ。酸いも甘いも辛いも、受け止めて遣らなくちゃ。反省して軌道修正出来る人も、意固地に為って反発、横道に逸れる人も居る。毒されずに、真っ当に自分の道を真っ直ぐ歩くのが、人の務めだよ。私も色々在ったよ。皆が同じ事遣ってたら、面白く無いだろ。そう云う物だよ。」

「この糞婆が~。ああ云えばこう云うで、オウム真理教の上裕の取付きかいな。自分だけ達観視した様な上っ面言葉だけ並べ遣がってからに。
 ちょっと待ってろ、聞き捨て為ら無ぇから、テープレコーダー持って来るから、同じ事言って見ろ。家は貧乏所帯だから、オバマさん見たいに、透明なカンニングボードは無えぞ。おっ、如何するだ!!」

「もう呂律も回らないし、頭の中もグジャグジャに為ってるから、同じ事は二度と言えないよ。半分、頭も呆けてるからね。そんな物は必要無いよ。」

「この~、俺をおちょくり遣がって、人間、早々はお釈迦様にぁ為れ無ぇんだよ。そんな優等生みたいな言葉にぁ、騙されんぞ。<藍は青より生まれて、青より濃し>って言葉知ってるだろうが。俺ぁ、タヌキ、キツネにぁ騙され遣るが、妖怪なんぞにぁ騙され無ぇんだよ。特に女妖怪なんぞに、騙されて溜まるかってなもんよ。」
 
「父さんが愕いて居た様に、子供の時から女大好きだった癖に。アハハ。」

「何を扱きがる。俺ぁ、柿の木の股から生まれて来た訳じゃ無ぇや。話すも涙、聞くも涙・・・親の遺伝子を背負わされて運命・定めの道を生きて来たんじゃい。ほれ、目薬落としてお役御免だいな。」

 昇降椅子の背にもたれて、神妙にしている老母の皺皺の瞼を指でこじ開けて、目薬を2滴ずつ落として遣る。一日3~4回の目薬打ちの効果が在って、老母の目には曇りが取れて来た。

 さてさて、人間様の食事が終われば、玄関鳥様にもお世話をしなければ為らない。
 餌を遣れば、水飛ばしコメット、餌が無く為れば容器を嘴でガタガタ鳴らして、餌、水交換を強制する玄関鳥と来る。

  嗚呼、生意気野郎共の糞っ垂れである。阿保らしくて遣っちゃ居れんわね。

 午後に成って薄陽も差して来たから、家庭菜園などを見回りながらインゲン、ミツバを採る。いやはや、妖怪様の言を借りれば、<身体が動いて遣る事、せがまれる事が在るのは、幸せな事。して遣りたいけど、何もして遣れ無い事は、情けなくて寂しい事だよ。>

 へへ、未だ体感語としての入りは無い次第ではあるが、それは真理の言葉で在ろう。

           梅雨空に 青葉 風鈴 揺れ動き 
             ザワザワ ちんちろりん 
          足元 立ち昇るは 蚊取り線香の匂い

         照った暑さ 今は無く 水槽泡柱 プクプク
          腹満ち 身繕終わって、音無しの玄関鳥 

          流れるラジオ 紫煙に 午後を過ごす


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