旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心何処ーショート してもしなくても、1日は呆気無く過ぎ行く。
       してもしなくても、1日は呆気無く過ぎ行く。(6/30/13)
 昨夜は、好い事が在った。夜散歩後は就寝までの間、動物動画を明りを消して見て居ると、前方にスー、スーと光が過って行く。おやおや、迷い蛍一匹で在る。

 深夜の出来事であるから風情、風流と云うよりも、一匹な処が神秘さえ感じさせる。それが飛んで行ったかと思うと、また現れる。そんな事が数度繰り返された。前回の庭の蛍見では無いが、異界の女・ナターシャ外しで二連作をして仕舞った<負い目>などを感じさせて・・・ 今度は番外編を入れれば20編目に為るのだから、何か題材を考えて置かなければ為るまい。・・・などと考えて仕舞うのである。いやはや・・・小心者は困りまするわね。

 朝の一服に庭巡回である。繁茂に繁茂の態で在った赤紫蘇を始末したから、大変にスッキリした。柿葉の繁りの上、電線にホウジロが一羽止まって、好い声で囀っている。冬の枯れ葦原に小群れで、チィチィと単発の声で波状飛びして、餌を求めるホウジロとは別物である。
 
 ブログでも時々触れて居る処では在るが、冬の群れ・ホウジロの変わり物が、夏に為っても山に還らず川原に定着して、繁殖を確認して三年が経過する。定着繁殖組が何組居るのかは知らないが、変わり物の血を受け継いで、住宅の縁位置にもテリトリーを拡げて居るの証左の一つなのであろうか。これも、自然観望の一つでも在る。

 ミニトマトにも橙色が差して来て、一両日中には初物が味見出来よう。蔓無しインゲンの葉を掻き分けて見ると、嬉しい事に、これも同様の初物が頂戴出来る見通しである。ナスも二つ目が大きく為って来た。残念ながら、キュウリの方は未だ未だ先の事に為りそうである。

 マツバボタンの方は未だ数は少ないが、見事な色を咲かせ始めた。それでも盛夏に向けて、後続のマツバボタン達は、徐々に勢力を地面に見せている。
 マツバボタンと云えば、ジャンボを3ポット移植した次第であるが、この種の植性は青々とした茎葉を地に密着させて押し潰した様に、満遍なく這わすタイプである。そして花は大輪であるが、見るからに弱々しい様である。
 一方、小さいながらも伸び上がる旧来のマツバボタンの方が見慣れて居るから、私としては旧来種に軍配を上げる次第である。

 ミニバラも花が終わって、新芽が出て来太ので鋏でカットして、老母に倣って植え木鉢に挿し芽をしている。去年のサツキの挿し芽は、何時の間にか枯れてしまったが、今年の分は未だ枯れて居ないから、興味深い処でも在る。

 本日、日曜日でも在るからして、PCの稚拙為る<歴史考>文章を一纏めにしてボリームを作って置こうと考えた。記憶からブログを辿って、探し出す。小説、エッセイの類より、歴史に関する書物の方が、私の性格には合う。

 本を読んで頭にインプットして、子細な年号、人物などの棘が記憶から飛んで、歴史要素の概略から、歴史本流の方向性が見えて来た時に、何処と無く歴史が見えて来る、感じられて来る。そんな次第で雑学・雑知識が溜まった処で、自分の言葉で位置付けをして、自分の歴史早読みの様な形で、整理して収納して置くのは、使い勝手の好い処でも在る。

 何かとインプットしてアウトプットをして置くと云うのが、脳味噌回路のブラシングに為るから、これはボケ防止の予防策でもある。そして、人間の記憶力など風前の灯の様に儚き物であるのは、これまた人が等しく痛感する経験値でもある。

   従って<記録に勝る記憶無し>を時として遣って置かねば為らない。

 分散放置をして置けば雨散霧消、拾い集めて纏めて置けば有効利用が叶う。それも現代は、重宝な事にPCなどと云う文明の利器の使い勝手でも在る。分散文章を見付け出して、ドラックして貼り付ければ、一群の10数頁の文章塊と為るのであるから、便利な時代である。

 こうして置けば、いざと云う時のブログ日誌の隠し玉にも為る。へへへ。

本日6/30、明日からは月が進んで7月である。してもしなくても、1日は呆気無く過ぎ行く・・・

スポンサーサイト

心何処ーショート ひぃ~、今年も梅を漬けた為り。
           ひぃ~、今年も梅を漬けた為り。(6/29/13)
         
         昨日は夕方から、脚立を出して梅捥ぎに精を出す。
そんな事をして居ると西向かいのオバサンが来て、「ああ、良かった良かった。実が熟して幾つも落ちてるから、勿体無い。明日は雨だと云うし・・・」と言って、梅捥ぎ作業の話相手をして下さる。東向かいのオジサンが外に居たから、バケツ一杯を差し入れする。今年は小粒では在るが、仰天するほどの実成りである。バケツが一杯に為ると、廊下の漬け物容器にあけて、再び脚立に乗っての作業である。

 脚立位置を変えながらの続行をして居ると南隣の奥さんのMちゃんが、車に乗って発進し様としている。手を振って合図をして、「今年は柿は全滅だから、梅で我慢しましょ。」「わぁ、嬉しい。梅は漬けたんだけど、梅は好きだから、ラッキー!! こんなに貰って好いの?」とバケツ一杯のお裾分けとする。

 それでも去年の倍以上の収穫量である。一晩水に漬けて、明日は塩漬けとしなければ為らない。明日の朝は赤紫蘇を引き抜いて、スタバトーク後は、漬け込みをしなければ収まりが着かない。

 そして、雨上がりのミッドナイト散歩は、蛍の数数えで好い散歩と目の保養と為った。

 起床して、長ズボン・長袖、帽子、長靴に軍手で、待ちに待った畝整理の紫蘇抜きで在る。根の土を払い、外水道で洗い、紫蘇の葉を捥いで行くのだが、これが中々の面倒さである。時間は気に為るし、遣り掛けた作業を中断するのは、男の涸券に拘わる。朝飯は手抜きの御茶漬けで済ますべし。紫蘇の葉も買わずに、自家製で充分間に合いそうである。

 もう後半は好い加減の適当な所での捩じり切りで、容器に入れて行く。葉の土落としで、三回洗い容器に入れて、廊下へ運ぶ。面倒な茎の整理は、紫蘇揉みの段階で始末するしかあるまい。水漬け梅を手で掬って、別容器に入れて水切りをして置く。容器の水をあけて、手抜きの御茶漬け、漬け物で終わりとする。

 久し振りの土曜スタバである。道理で客が入っている訳で在る。久し振りに会った女店長さんと言葉を交わした次第である。

            昨夕から今朝の話をすると。
「オイさんは、てっきり縄文猟師だと思ったけど、百姓もするのかい。アハハ。」

「あいあい、何しろ、俺ぁ貧乏人だから、細々と自給自足の比率を上げて置かないと、共倒れの<財布事情>だぜね。それがさ、今年初めてラッキョー漬けて見たんだけどさ。糞婆っさ、えらい気に入って食べるんよ。

 それで、もう一袋買って漬け込んで置こうと思ってさ。夜散歩方々、スーパーに買いに行ったんだよ。そしたら、片や394円、片や986円さね。質より量の口だから、2つ買おうと手に持ったらさ、中国産だとよ。おっかなく為ってパスして来たって結幕よ。

 この前、婆さんとニュース見てたら、中狂国さんも大した物でさ。毒垂れ流しの河川に魚プカプカ、これぞ<漁夫の利>と思ったかどうかは知らんけどさ。それって事で頭取って、腹割いて干物にして売っちゃえで、川原に並べて干してたら、蠅ワンサカで遣り切れんから、工業用殺虫剤振り撒いたって話だろ。

 それ見ててさ、幾ら貧乏人所帯でも、中国産ラッキョー喰い過ぎて、足して2で割って80歳親子・・・<人知れず白骨化死体で発見>なんて書かれる訳にぁ行かんわね。」

「おうおう、見た見た。まぁ、上から下まで<大した民度の国>だわ。俺達みたいな顰蹙遊びのヘンテリおっさんから見たら、『然も在りなむ』の事だとけどさ。

 一時、死亡説が飛び交った江沢民のオッサンなんかは、<無類のスッポン好き>で、秦の始皇帝並みに不老不死の万能薬でスッポンには、大層御執心だった見たいで、本当か嘘かは知らんが、献上の極上スッポンに当たって、緊急入院。中国4000年の漢方医療じゃ効果無くて、<日本の薬>で息を吹き返したなんて、漫画みたいな話も在るしな。」

「おうおう、見た見た。ウナギ、スッポン、エビの養殖池なんて物は、底に30cm厚さで、防腐剤満載の薬物がスポンジに沁み込ませて在って、餌には抗生物質満載で、一人っ子政策で<避妊薬のピル>が安く大量に出回っているから、それを喰わせると太るんだってさ。

 彼のお国は古来より、日本の佐野源佐衛門の<鉢の木>のおもてなしと違って、『人間天婦羅』のお国柄だからさ。人間なんて死ねば肉って思想で、ヒットラーの人間ハム、人間油、人間石鹸以上なんだってさね。それで、死体の闇ルートが在るんだってさ。そんな次第でタダ同然の死肉を、夜ドブーンと養殖池にぶち込んで置けば、ウナギがピラニア見たいに綺麗さっぱり消化して呉れるんだってよ。10分も在れば、綺麗さっぱりだってさ。」

 ラッキョー話から始まって、日本の報道では、韓国さんと中狂さんの<蜜月新時代>の話が盛んであるが、好色ヤクザもどきのロートルコンビの口に掛っちゃ~、可哀想な物である。

「毒亜奨学金生の民主党が、化けの皮が剥がれて総崩れだ。Rの言を借りれば、シベリアの永久凍土納棺が、秒読みの段階だろ。野郎共、泡喰って<歴史は繰り返す>の凝り無い大中華・小中華の焼き直しを始めて居るんだから、毒亜は完全に化け物ムカデ退治の最終章に向かい始めたんだろうな。安部&麻生さんの<自由と繁栄の弧>外交で息苦しく為って来たんだろうな。

 縄文編と云い、南海ハーレム、ムカデ退治とタイムリーに遣ったじゃないか。夢奇譚作者は、先見の明が在るじゃ無いかい?」

「あいあい、アリガトざんす。日本は皇紀2673年処じゃ無くて、日本人DNAの揺籃期・縄文一万数千年だぜね。あい~。正統と云うか客観的歴史を持たない国柄と云うのは、哀れだな。何でもかんでも『易姓革命』の勝てば、絶対王者の焚書坑儒の歴史とは、所詮、政治的プロタガンダ歴史、願望捏造のファンタジー歴史だから、歴史を刻んで動かす諸要素の要素分析が出来ないから、歴史から学ぶ術を知らない。

 学問、知識の術を知らないから、DNA内の喜怒哀楽の繰り返しで進歩が無い。張子の虎の中狂さんと、恨み節の朝鮮文化。言いたかぁ無ぇが、人間、感情の動物だから、恨みっこ無しなんて、はんか臭い事は言わ無ぇけどさ。梶芽衣子の<女囚・さそり>の恨み節には、聞くに値する女の情念が在って、それなりの流行り唄だったんだけどもな。

 今日の朝のラジオニュースでは、伊藤博文暗殺の地・満州の奉天に<暗殺者・安重根>の銅像を建てる事に大便宜を立てるって事で両首脳合意って話だ。今時、先祖帰りの銅像立てて如何するだいな。大体、銅像好きな連中の頭の中なんて物は、相場じゃ『スイカ頭』って言うらしいぜや。ウォーターメロンって云ってもさ、土台スイカだいね。

 片や、文化大革命時の失われた教育の時代に育った習さん、片や酔うと日本の軍歌を唄った朴さんの娘さん。知識解放が閉ざされた国の行く末は、歴史に於ける悲劇だわな。俺は、昔から、中国、朝鮮半島、アメリカが、好きには為れ無くてさ・・・まぁ、それでも受験勉強の歩留まりでさ、退職後は、趣味の歴史妄想が、活字の歴史記述から、現在と過去が<むべ為るかなの一致線>を描いて見せて呉れるのだから、退屈はしないから考え様に依っては、好い時を迎えて居るわさ。」

 外でのパッパタイム後は、老母の頼まれ物を買って、梅漬け用の粗塩を買って帰る。

 昼は冷麦を茹でて、掻き揚げ天でスルスルと腹を満たして、お仕事の再開で在る。梅ゴロゴロ塩揉み、紫蘇に塩を塗してゴシゴシ手揉み、灰汁を絞り出して、再び手揉みの段である。容器一杯の梅の上に、塩揉み赤紫蘇を敷き並べ、上から石の重しがけで、本日のメーンは終了である。


心何処ーショート 3人寄れば、饒舌劇場。
            3人寄れば、饒舌劇場。(6/28/13)
 いやはや、貧民の泣き所・Do It Myself・・・昨日の労働が堪えて、肩から腕、手が筋肉痛、腰が痛い、気分は丸で時差ボケの無気力さである。

 稼業の朝賄いをして、老母の伸びた鼻毛を切って、目薬落としをした後は、心身をシャキとさせるべく、風呂に入る。鼻毛切りの際に粗相をして仕舞った。鋏が当たって出血である。

 心身をシャキッとさせるには、風呂が一番である。掃除、玄関鳥の世話、食器洗いをして、米を研ぐ。洗濯機を回して、庭巡回をする。へへ、午後に為って仕舞ったが、これで日常生活のスローエンジンが掛った。午前中の晴れ間は梅雨の灰色雲の侵攻で、日蔭状態である。

 昨日のアゲハの幼虫であるが、昨日はズングリした緑のモスラが一匹、糸を張って何十度かの傾きで仮死の状態に入っていたのだが、今朝は内部からの変身の術で、立派な蛹状態と為って居る。色も灰褐色に変わって居る。外部からは一切見えない蛹の内部は、芋虫モスラから蝶への大改造が凄い勢いで、次から次と変身ベルトコンベアが駆動されて居るのだろう。

     話は変わって、昨日の一部ライブの再現でも致しましょうか。

「そうそう、この前、運転中に凄い物を見ちゃったのよ。スーパーのデルシアの所で、年寄りタヌキがヨロヨロ歩いて来て、道を渡ろうとしてるのよ。<エ~、こんな町中の昼間に、嘘でしょう!!>と声出したら、横の同僚が、何回も家の方で見て居るから間違いが無いって。

 あら嫌だ。この前、聞いた話なんだけど、庭の手入れをしていた奥さんが、マダニに喰われて、切開して取って貰ったんだって。そんな話を聞いていたから、タヌキが徘徊するとマダニを落として行くんでしょ。もう、職場の直ぐ近くだから、タヌキ、職場にも徘徊してるって事でしょう。ジンマシンが出ちゃう~!!」

※ケアマネさんが勤める東部介護センター、S大文化交流館、デルシアは横並びに隣接して居る。

「そうだよ、俺なんか、大病して生活改めをして東京暮らしからきっぱり足洗って、熱海の山の中で百姓生活をしてた時期が在ったんだけどさ。ダニ何て当たり前の話でさ。マダニは頭を皮膚に喰い込ませるから、下手をすると、厄介な事に為るんだよ。山散歩に犬を連れて行くんだけど、帰って来てブラッシングして遣ると、ダニだらけだ。ダニも毛だと取っ付き易いんだけど、人間の肌は毛が無いから、パスしてるんだと思うんだけどさ。

 マムシ、ムカデなんてのも一杯居てさ。<毒には毒を持って制する>で、皆、いざと云う時の為にマムシ酒、ムカデ酒なんかを家に置いといたもんだよ。それに咬まれた時の処置として、抗体を持ち歩いて居たもんだよ。

 今の人間は、『温室・無菌室育ちの』だから、何でもかんでも大騒ぎをする。その癖、自然との共生なんて上辺だけの<エコロジスト流行り>だからね。

 そうそう、俺は友達から畑借りて百姓してるんだけどね。去年までは、畑にこんなデカイアオダイショウが居たんだけど。今年は見当たらないんだ。居るのは、この位のヤツでさ。それで、今年は鼠が多くてね。
 思うに、まだ若い過ぎるから鼠を呑み込めないんじゃないかと。百姓にとっては、蛇は益鳥みたいな物でさ。自然界は、巧くバランスが取れて居る。」

★ほぅほぅ・・・為るほど。農家目線と町場目線とは、こうも次元の違いが在るのである。

       矢張り、タヌキに続いてハクビシン被害が在ると云う。

「私、ケアマネだから、訪問して回るんだけど、そこの御宅は、ハクビシンが住み込んじゃって、天井が染みだらけにされちゃって、その内、床下でガリガリ、ガリガリ遣り出して、もう<家を乗つ盗られる>見たいな恐怖心に駆られて、捕獲して貰ったんだって。掛りの人に聞いたら、空き家が格好の住処に為って居るんだって。そこで安心して増殖して行くんだって。」

「そりゃ、言えてる。散歩してても、兎に角、空き家が点在してる物。庭木は伸び放題、庭は草が伸び放題だもの。水道・ガス・電気は使えなくても、家賃は只だもんねぇ。タヌキ、ハクビシンが、入り込んで<ご近所付き合い>をするのも、当然と云うか、理に適ってるわね。

 そうかいね。あそこに白昼堂々の、左右確認の道路横断も堂に入ってる訳だ。去年の初冬、夕方散歩の時に、D高近くのコンビニに行った帰りだったんだけど。夕刻の帳が下り始めた頃、ひょいと通りの向こうを見ると、人間に紛れ込んで<変な動物が一匹歩いて居た>んだわ。

 シルエットが犬、猫と違うから、ナンジャラホイと目を凝らすと、何とタヌキ様だったって話なんだけどね。目撃談を総合すると、近場散歩コースの界隈には、3~4匹タヌキが生活して居るって図だね。

 空き家との関係と結び付ければ、恐らく、それが正解なんでしょうね。家賃、町会費を払わ無ぇ癖に、人間生活に紛れ込んで、確り左右確認の道路横断ですか。ふ~む・・・すっかり、ご時世も様変わりして、耳にイヤホン、手に携帯、目は携帯画面落としの無様な人間界だから、川に居る蛍すら目にも気分にも入って来ない。変な時代と云えば変な時代。

 でも、『日本昔話の世界』じぁ、オオカミ、タヌキ、ムジナ、イタチ、キツネ、ヘビが、絶えず人間界と重複して生活していたから、優しい送りオオカミが居たり、ぶんぶく茶釜のタヌキ、木の葉小判に狐の花嫁・・・etcの化しタヌキ・キツネのエピソードが満載だったんでしょうね。この歳に為って、実際に目撃して見ると、彼等の化ける、化しのカラクリは、<抜けシャーシャーの紛れ込み>にその実態が在ったんじゃ無かろうかと感心してるんですわ。

 自然の田園風景の中での、何千年にも及んだ身近な共生関係が、人間側の都市化の大波で、形を潜めて居た近隣動物達が、やっぱり<人間が恋しい>と移住をして来たんでしょうかね。イッヒッヒ!!

 此処ら辺には白鶴は飛んで来ないから、俺ぁ、コサギでも我慢するんだけど、鶴の恩返しを期待して『人畜無害を日夜励行』してるんだけどさね、一向に金髪白人女が訪ねて来て呉れ無ぇんだよね。困ったもんだいね。へへへ。」

「こう云う事を言う人だから、夢奇譚も挿絵も、真面目なんだか、ふざけて居るんだか、正体不明で。若しかしたら、タヌキの総元締めかも知れないしね。アハハ。ねぇ、この闇夜のコーヒールンバに合わせた<褌の踊りのウェーブ>には、脱帽ですよ。」

「あいあい、何んとも言ってお呉れ。俺ぁ、なんて云ったって馬鹿の見本だぜね。イッヒッヒ!!」

 何事も、始まって見なければ分からないのが、この世の中で在る。嫌がる老母の気分を解して、医者、介護認定、介護訪問に為って、こんな月に一度の訪問を頂戴する閉じ籠り生活の日々では在るが、言葉を有する人間界とは、中々にして乙な物である。ハハハ。

 こんな事を打って居ると、家に雀が一匹入り込んで、バタバタして居る。羽毛を毟り取って焼き鳥にして見ても、腹の足しには為らないから、廊下の網戸を開けて出て行って貰った次第である。今年、2回目の珍入である。

 さてさて、本日の金曜トークは、土曜トークに変更であるから、のんびりと過ごすべしである。


心何処ーショート 漸く晴れたなり。
                漸く晴れた為り。(6/27/13)
 さてさて、本日午後はケアマネさんに、夕方は弟の会社に顔出しする事に為って居るから、チョイと忙しい。玄関、廊下、台所、老母の部屋、廊下と、老母に恥を掻かせぬ様に掃除機を動かして、雑巾掛けのお仕事である。遣り始めると、一か所綺麗にすれば、他の汚れが浮上する。それでも、こんな切っ掛けが無いと一切遣ら無いのであるから、止む無しの苦役で在る。

 昨日、漬け物容器2個を整理して、水に浸して置いた物をタワシで洗い、水浸し続行する。本日、雨上がりの快晴で在るから、お暑い限りである。昨日から梅雨寒が祟っての腰痛の態で在るから、嫌嫌のお勤めで在る。

 それでも、遣り終えて老母のちゃぶ台に、老母のお出しになった器に、体裁良く茶菓子を並べて結果オーライ。時間が来るまでは、自室定位置でのスモーキング&アメリカンタイムに移行である。

 雑木の幅広葉には暑い太陽の反射では在るが、チリリン、チリリンの風鈴の乾いた音色と共に、部屋を吹き抜けて行く風が、心地良い。夏の日差しの中をシジミチョウが、追い風を受けてスイスイ飛んで行く。

 今朝の朝食のうどんには、初生りのナス、最後のダイコン、ミツバなどを入れて食する。

 マツバボタン回廊は生育が揃わず、土目の多さばかりの段階では在るが、成長の早い物はグイと伸びて花を咲かせている株も、数本ある。成長の旺盛な物は、生長点を千切って挿し芽をして遣れば、容易に株が増えるし、生長点の摘まれた物は、枝芽を作って、横にボリュームを増して呉れるから、盛夏の彩りとしては、重宝この上も無い植性である。

 インゲン一期生は、花の盛り期に及んで、二期生は頭を持ち上げて、腕白さ充分の活性を見せ始めている。

 梅の実は、大分熟しの黄色の上に、薄らとした赤味を拡がらせている。自生の赤紫蘇は、今年は腐葉土成分タップリの川土の鋤き込みと肥料に恵まれて、シュンギク、ミツバの畝を完全に占拠し捲っている。

 お天道さんの顔出しが、2日位在れば、上々の畝整理が叶うと云う物である。そんな事を考えて居ると、西向かいのオバサンの言葉を思い出した。

   オバサン曰く、『お宅は、毎年、梅捥ぎは、七月に入ってからだね。』

 そうでゴザンスか・・・ 現物眺めの都合採りをして居るにしか過ぎない男族と毎年の歳時記の中で暮らす女族との性差と云うべきか、女族目の現れと云うべきか・・・ 女族の日常周辺への観察力の違いに、へへへ、感心の苦笑いの態で在る。

 ケアマネさんとリースの介護用品の契約更新で、二人が見えられた。玄関横に、アゲハの蛹入りが一つ在るとの事。山椒の木が在るから、其処で育った幼虫に違い在るまい。私は気付かなかったが、人間とアゲハの共生関係で、『嬉しい光景』である。

 へへ、すっかりタヌキ、ハクビシン、ムカデの話で盛り上がって仕舞った。

 さてさて、今日は予定が控えて居るから、弟への顔出し前に、本日ブログを打つべしと始めて居ると、一年近いご無沙汰で、M氏から電話が入った。久し振りで在るから、長々と話し込んで仕舞い、後一時間の猶予である。そうすると、弟から電話で、都合が悪くなったとの由。

 為らば、一つ遣って置かなければ為らない、家の修繕仕事が在ったから、梅雨間の晴れ日を逃がして仕舞ったら、何カ月も先延ばしに為るのは、必定である。

 はいはい、分かりました~。陽は長いでヤンスよ。<お天道さんの有り難い啓示>と思って、ホームセンターへ行って簡易セメント3袋を買って来る。藪蚊対策に、長靴・長ズボン、長袖、帽子、首タオルで、バケツでコンクリート練りをして、子分無し貧民の作業開始とする。

 顔、首を藪蚊に攻められながらも、黙々と如何にか遣り終えて、3袋×20kgのゴールへと持ち込んだ次第である。考えて見れば、本日腰痛で在ったから、静養日のお喋りタイムを予定していたのだが・・・いやはや・・・酷使されて仕舞った有り様である。

 それでも、一つ遣れば、一つが終わるのであるから・・・金無し貧民にして子分無しの生活は、心、気持ちを縄文にバックさせれば、体力・気力のバロメーターにも為る。

    これも貧民ロートルの自給自足の一環とも云うべきや・・・とほほ。


心何処ーショート 人生には、こんな事も在る物だ。
         人生には、こんな事も在るものだ。(6/26/13)
 本日も雨で在るか・・・ 昨日は部屋でウトウトとしていると、ガタン、バシャ!! 玄関で大きな音。<すわ、一大事!!>と、飛び出ると案の定、玄関廊下には鳥籠が二つ転がって、狩りの殺気で薄汚れた白ネコ一匹である。

「コラッ、この野郎!! ふざけ遣がって!!」

 反射的に鳥数を視覚の隅に入れて、逃げる白野良猫に天誅を!! と追い回す。私の8畳から廊下へ、廊下から玄関へ、そしてサッとばかりに空気の通りの為に開けて在る戸から逃げ去った。薄汚い野良猫の去った廊下は、一面の餌、ボレー粉、水、卵の散乱状態である。

 底がパックリ開いて、一羽飼いの若雌飛び立って洗面所に。大慌てで、洗面所の小窓を閉める。パニックに為って居るのを、捕ろうとすると、壁と洗面台の隙間に落ちてしまった。洗面台を動かそうとするが、キチキチに入って居るから、<馬鹿力は在っても>動かせない。

『さて、困った。こりぁ、厄介だ。』

 一先ずは、居場所が分かって居るのであるから、外へ飛んで行かない様に、廊下の網戸の締まりを確認して来る。

 惨憺たる鳥籠に閉じ込められた番い鳥は、酷いパニック状態に陥っている。抱卵中の藁巣、止まり木は落下、餌入れ、水入れ、ボレー粉は、外れて、底板、中網も外れて、凄い騒ぎで在る。チィチィとすっかり恐怖で縮込まっている番い鳥の姿は哀れ、この上も無い。

<これこれ、落ち着け、落ち着け。マイホームの復旧をして遣るからさ。>

 バタ付き回る小鳥を掴まえて、主の居なくなった鳥籠に、番いを入れる。鳥籠の汚れを水洗いして、雑巾で拭く。籠の中に藁巣、止まり木をセットして各容器に、餌、水、ボレー粉をセットして、番いを元の籠に放して遣る。奏功して居る間にも、暗く狭い落とし穴に嵌った若メスはバタ付いて居る。

 再生成った鳥籠を所定の位置に戻して、酷い状態の廊下を箒で掃いて塵取りで始末する。充分に掃き掃除した後は、バケツに水を汲んで、若鳥救出策を思案しながらの雑巾掛けで在る。

 作戦は決まったから、四畳半定位置で休憩の一服を付ける。作戦は以下の通りである。

①新聞紙を折って、②隙間にそろりそろりと入れて行き、③新聞紙に乗っかった処で、それをエレベータ宜しく、④徐々に上げて行き、⑤救出とする。

 台所で新聞紙を折って、ビニールテープで3か所を止める。さて、首尾上々、遣って見ますかね。

 ヤル気満々で臨んでは見た物の、二度ほど新聞紙の上に乗って、成功かの期待も空しく、バタ付きの果てに落下・・・親心通じぬの有り様である。散々試して居る間に、パタと動きも気配も無くなって仕舞った。

       少し、強引過ぎたか・・・死んでしまったのだろう。

 さて、如何すべきか・・・排水ホースを外して、台を浮かせて引っ張り出そうか・・・ それも生きて居ればこその手立てである。いやはや、とんでもない事に為って仕舞った物である。安否確認をしてからするしか在るまい。許せよ・・・南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・

       それ以降、コソリともし無かった洗面台の隙間で在った。

 夜に成って、一時雨が止んだ。気の滅入りに夜散歩に出掛ける。夜空には薄れ行く雲の明るみに、蛍火を数えて歩いて居ると、またポツポツと雨が降って来た。弱り目に祟り目に為らぬ内に、Uターンして帰って来る。

 それにしても、とんでもない野良猫白である。大きさからすると、中年猫であろう。あれほどに汚れ切った風体で在るから、飼い猫では絶対に在るまい。通常、吾が家の庭を徘徊して、年に何度か上がり込んで鳥籠を襲う? 観察?に来るヤツは、毛並みの好い猫である。私とは顔見知りであるから、100%の狩りを仕掛けて来る訳でも無い。大体は、ガタン、<コラッ~!!>で、一件落着して、暫くは悪さをしない次第なのである。

 まぁ、そんな事を考えて居ても、吾が不注意の沙汰で、反省が先に立つ。斯様にして、昨夜は就寝時間までの間を不得意な読書に当てて、眠った次第で在った。

 また雨かのメランコリー気分の目覚めの本日、障子を開けて大欠伸に、廊下を見遣れば。何んと廊下に置いた番い鳥籠の横に、<若メス鳥が居るでは無いか!!> 『腹が空いたよ。』とばかりに、おじさん、おばさん鳥に、話し掛けて居る様な雰囲気で在る。へへへ、吾が家の金華鳥達は、是、皆、一腹の血筋である。

  ああ、良かった、良かったで、捕獲して元の鳥籠に戻して遣った次第である。

 どう遣って、出て来たのかは知らないが、先ずは目出度し目出度しの胸の撫で下ろしで在った。人生、長く遣って居るとこんな事も在る物なのである。

 全く以って、長々と降る梅雨の光景では在るが、雨に打たれる南天の青葉の先には、白花の数5つである。傘を差して、家庭菜園を見回れば、<篠付く雨に打たれども、確実に勢い増す植物の底力>を見せ付けられる次第である。何もしないでは、手持無沙汰で在るから、マツバボタンの先を千切って、薄い個所に挿し芽を施して回る。今週中は、雨マークの連続では在るが、晴れたら梅捥ぎをしなければ為るまい。

 さてさて、毎日が日曜日のロートル・メタボクマは、何をして時間を過ごす為りや。


心何処ーショート 昼過ぎからは、ポツリから雨へ。
      昼過ぎからは、ポツリポツリと来た。梅雨為り( 6/25/13)。
          お天道さんが照り付ければ、暑いでガンス。

 ダイコン畝も、残すは後一本である。ホウレンソウ後にはインゲンが、白い花を咲かせ、咲き終わった物は、爪楊枝の実をプップッ付けて居る。この畝全体をインゲンとしようと、ダイコンを抜いた後に蒔いた種からは、早くも芽が出て来た。

 苗植えのミニ2、桃太郎1には、青い実成りが日に日に大きく為って居る。白カブ後の畝にはナス4とトマトの芽欠きの挿し芽が、スクスク分家して黄色の花を付け始めている。

 ナスは1個であるが、実に養分を採られて、母体は可哀想に他とは三馬身程の差を付けられて、伸び悩みの態で在る。後2日程我慢して貰って、身軽に為って貰うしかない。嬰児堕胎は水子供養の気分であるから、意に染まぬ次第である。

 梅の実も小振りでは在るが、大分黄味を増して来たし、赤紫蘇達も、未だか未だかの催促振りで在る。今週中の梅捥きと為りそうな塩梅で在る。

      朝食後は支柱養生をして遣るとして、朝賄いをすると致そうか。

 すきみたらの塩抜き方々の茹で汁に水を加えて、味の素を一匙入れて、コクとマロ味を調整する。自家製ダイコン、エノキ、ワカメを入れて、<潮汁風>に仕立てる。椀に自家製ミツバをブッ切れにしてパラパラ落として、熱々の汁を入れる。

 へへ、こんな処が、馬鹿じゃ真似出来無い<在るを足るとして、工夫を凝らす感性と腕のコラボレーション>と云うのである。ギャハハ!!

 妖怪様好物のラッキョウ漬け、私の好物・新生姜が極薄スライスの甘酢付け、焼き海苔に、タラコ、すきみたらの朝食である。ラッキョウ、ガリも市販品を買って来れば品好く高いが、自分で遣れば安上がりのタップリの保存食と云う物である。味付けも吾が感性と繊細さの産物であるから、不味かろう訳が無い。

★それこそ、作り手の私の前で不味いなどと口を滑らせたら、白髪ガイコツ頭をコツンじゃがね。

          はいはい、お待たせ、朝のオマンマでヤンすよ。

「ああ、ミツバの香りが強くて、美味しい。それにしても、無駄なく使うね。大した物だ。」
「あいあい、これも婆さんの後追いですがな。」

 妖怪様はラッキョウ、私は新生姜の甘酢漬けに箸を伸ばす。男は辛味、女は酸味との親和性は、所謂男女の性差に依る物なのであろう。

   コロコロ、コロリ、ちゃぶ台の下を転がって、私の胡坐脚に当たる。

「コレ、婆ぁ、行儀が悪い!!」

 拾って、妖怪様の椀にポトリと落として遣る。丸で童女の様に、ニコニコして頭を下げる吾が母で在る。

「ありがとう。スイマセンねぇ。もう、手が利か無くてねぇ。駄目だねぇ~。」

 母も、こう遣って・・・子供達と食事をして、目を配らせて育て上げて来てのだろう。食事時の私語は厳禁、片親育てでの行儀の悪さは、<家の恥>とばかりに、長兄と母の躾けは、厳しかった物である。時代が違ったから、男序列の家庭では、早や飯、早や糞、早や走り、口答え一切無しの連帯責任の始末で『スパルタ幼年学校』見たいな物だった。

 へへへ、立場逆転の日々老衰に向かう二人暮らしで在る。何かと口煩い女族と、ガッタ坊主の為れの果ての男族は、何事もこんな調子で在るから、女族の性差と云う物は、重宝な物である。

 私の3倍にも及ぶスローモーお食事に付き合って、私は興味の無いテレビを見ながらの煙草吸いである。食卓を片付けて、部屋を辞する序でに、目薬差しをして、人間様の食事が終われば、玄関鳥達のお世話である。

     さてさて、お天道さんであるから、布団でも干すと致そうか。

 昼過ぎからは、梅雨空、涼しき風に風鈴が鳴る。布団を取り入れると、ポツリ、ポツリの、直ぐ後に、降って参りましたがな。へへ、未だ未だ季節は、梅雨盛りの態で在る。


心何処ーショート 番から電話に、人は時代の子、時代の存在なりや。
     番から電話に、人は時代の子、時代の存在なりや。(6/24/13)
 遺憾いかん、<のんびり親父の水彩画>のsnちゃんからの電話が入って居た。吾が希少中の希少のブログ心友さんからのお電話である。すっかり親しくさせて貰い、同年生の男長電話の遣り取りが月に何度か有って、ロートル二人が丸で犬の子供の様にじゃれ合いをしている次第である。へへへ。

 snちゃんは定年退職後は水彩画教室に通い、趣味の水彩画に技法を加味して、行く行くは自分の境地を絵で体現したいと歩数を進めて居る御仁である。一方、私は引き籠り生活の精神安定の為に、文字打ちをしている男である。
 一方は薩摩隼人の鹿児島の産、一方は道産子である。共に同時代の番から男子高出身者で体育会系の細胞の態であるから、時代の子、男子高番から環境の『土の匂い』が満載である。

<やぁやぁ>で始まって、在る事無い事、談論風発の気の置けない会話が弾みに弾む次第であるから、突っ込み、笑いの連続に終始する。一応、還暦半ば同志の落ち着き?見たいな物が、歳の効で其れなりに備わっているから、事の子細には<言わずもがなの抑え>が効いて居る。そんな次第で、何処と無く『奥ゆかしき味』が漂うのである。ギャハハ!! 

 世の中とは、真に以って面白い物である。還暦半ば近くに為って、吾がブログ樹海の果ての果ての偏狭ブログで・・・こんな遣り取りの出来る間柄に為るとは、<神のみぞ知る>と云うべきか、はたまた、<捨てる神在れば、拾う神在り> はたまた、<たで喰う虫も好き好き>の準えか・・・ 

    ★いやはや、真に以って、奇蹟の縁とでも申しましょうかね。

 私は彼の水彩画と添え文を読んで、人間ウォッチングをし、彼は毎日性懲りも無い長駄文の館に足を運んで呉れ、律儀にコメントを入れて呉れる。時々、マンネリ打破の為に<夢奇譚>などと称して、巻頭の戯け画の数枚の飾り絵と共に、長々と15~30頁の見るもウンザリとする呆け話を、臆面も無く出して仕舞う。詰まりは、訪問者各位への『時間窃盗犯』を仕出かして居る戯けロートルである。

 エールの交換でお互いの絵、文章に、ざっくばらんに感想を交換する運びと為るのだが、この遣り取りは人生を振り返ると、矢張り高校時代に仲の好かった友達と話している感じがするのである。
 小中時代、大学時代、社会人時代とも違う。高校時代の馬の合うと云うか相性の合うと云うか、そんな親友との話にタイムスリップした様な感じなのである。

 云うならば、小中時代だと幼過ぎる。大学時代だと多少のイデオロギーが入る。社会人だと仕事が入る。そう為ると、矢張り個が確立し始める男子高番から時代の雰囲気がス~とマッチすると云うか、違和感無く拡がって来るのであろう。

 高校時代は、個が確立し始めて、個が方向性を見出して行く時期に相当する。従って、一生を通じての友を『嗅ぎ分ける時代』でも在る。

 男子番から高出身者には、余りデカイ声じゃ言えないが、<人間一皮剥けば、是、悉(ことごと)く、助平為りの実践者>が少なからず居る物である。良く云えば、『素直』。在り態に言えば、『堂々のド助平』と云った処であろうか。
 
 そんな次第であるから、女郎、売春婦、パンパン、コールガールなどと、メクジラ立てて、青く吠え盛る下衆連中は、<端から眉唾者>と一笑に付して仕舞うのが多数派を占めている。

 海外での買春ツァーは日本人の面汚しと糾弾し捲るのが、マスコミ、識者の常では在るが、殆どの経験者にインタビューすれば、私の様に<郷に入ったら、郷に従えのボランティア買春>と平然と答える者も多い筈である。

 世界最古の商売にして、TPOのケジメ順守さえすれば、其処は蛇の道はスネークでスル~すれば、世間、大人の生活の知恵なんでしょうけど・・・人間の世は、ジャンヌ・ダルクの時代から、魔女の烙印を押して<焙り出す、刈り出す>のに躍起と為る少数派が、大声で叫ぶ物でして・・・

 そう為れば、石部賢吉、石辺剣子の『絶対少数連合』が、私をして勝手に<日本人の面汚し、不良中年買春者>の烙印を押し付けるだけの事なんでしょうがね。カモシモ羽織はかまの『官制民俗学』も在れば、野良着に方言丸出しの『裸足の民俗学』も在るのであるからして、へへへ。世の中、一派、一絡(ひとから)げってな、訳には行きませんがな。

 きっと、戦争にさえ負け無ければ、同年生二人は典型的な軍隊入り気質にして、<同期の桜>を唄い、<暁に祈る>を唄い、<戦友>を唄い、<異国の丘>を或る時は、溌剌と唄い、或る時は、慟哭に咽び唄い、或る時は、励まし合い唄う。

 そんな次第で、まぁまぁの前線中隊長、小隊長の口では無かろうかと思って居る次第である。

 さてさて、ゲラゲラ、ギャハハ、イヒヒ、ニャハハの楽しい一時を頂戴して、用足し&買い出しに行って来る。


心何処ーショート 本日、気分だけは休息日モード為り。
         本日、気分だけは休息日モード為り。(6/23/13)
 昨日、土曜日は親子共々、丸坊主の夏スタイルで倅ファミリーが、手作りの天ぷら、いなり寿司を持参して、皆で楽しく昼飯とした次第である。

 二畳小部屋から庭の楓の木を見れば、ツンツンと盛りの枝葉を茂らせてぼさぼさの態で在る。大脚立をセットして、散髪をして遣る。倅、孫同様に丸坊主にすれば、当面物臭を決め込む事も出来ようが、楓の枝葉の繁りは夏を前に貴重な日蔭の提供で在る。大目の刈り込みをして遣り、ササッと熊手、竹箒で片付けて、へへへ、こんな処にも吾がセンスは活かされる物である。・・・相も変わらぬ<自画自賛の煙草吹かし>である。

 夕飯も、手抜きの昼の残りで済ませて、楽しかった一日を振り返りながら、老母と二人お茶を飲む。老母の百薬の長は、月に一度の倅ファミリーとの時間である。

        ★へへへ、倅、嫁、孫殿、感謝感謝の気持ちである。

 夜更かし毎日の私は、夜散歩のお時間である。外へ出て日課を歩き出すと、はてな・・・土手道の脇に作ったアジサイ、マツバボタンの花壇の中に、小さく点る青白き光一つ? 街灯の反射か、蛍火か? 近付いて見れば、何と蛍であった。そっと手をかざして、長袖シャツの胸に止まらせる。数歩歩けば、蛍は胸から離れてスーと頼り気無い一条の光を点して、河川敷へ飛んで行った。

 還暦半ばを迎えても、こんな蛍との遭遇をすると・・・内為る子ども時代の蛍との思い出が、脳裏に蘇って来る。長袖を着て来た次第で、夜の空気は些か冷たい。それでも、曇天、月明かりの下で静かに眠る葦原の中には、幾つもの小さな蛍火が点り、飛んで居る光景が在った。

   幾つかの好い眺めに足を止めて、暫しのホタル観賞をして歩く。

 夜散歩から帰って来ると、おやおや、柿の木の下の家庭菜園の暗がりに、蛍が一匹、地所数10cmの辺りをフワリ、フワリと遊泳しているでは無いか。

 遺憾いかん・・・夢奇譚相棒の異界の女・ナターシャ抜きに、二連チャンで物語を打って仕舞ったから、嫉妬深いライオン娘のヤツは、私の様子を窺がいに異界姿の霊魂のみの偵察行動・・・蛍火の彷徨の態なのだろうか。
じっと見て居ると、蛍火は、消えては浮かび、浮かんでは消えて、キュウリ植えの辺りから、鬼ユリの茂みを回って二畳小部屋の方に向かった。

 へへへ、相棒ナターシャの女心を愛でて、無燈の二畳小部屋に入り、窓を開けて庭をスー、スーと浮遊する蛍火を観賞して居た次第であった。
 
 明けて、お天道さんの室温上昇に、起きる。日課の寝ボケ脳のウォーミングアップに、外での一服で在る。

 一つ顔を見せた<幼ナスの紫紺の色付き>が、小さいながらも瑞々しく陽に照って居る。

 予想外の成長を見せたダイコンも、残るは一本だけである。その畝では、蔓無しインゲンが葉を大きく茂らせて、白い花を咲かせて爪楊枝程の実を付け始めている。

 梅の実の落下では在るが、後一週間ほどで実が黄色く熟し始める。今年の実は、残念ながら小振りで在る。

 梅を採って赤紫蘇を収穫すれば、シュンギクは息を吹き返し、柿の下の畝は、キュウリ、ナスの夏野菜の独り舞台である。盛夏に向けて、マツバボタン軍団は、着々と伸びて来て居る。早い物は既に数花を咲かせ終わって居る。

 空の色は薄いが、大きな入道雲が拡がって居る。本日日曜日。早々と、爆音バイクのお迎えである。

 いやはや、飽きずに毎日の日参。休日には、朝駆け、昼駆け、夜駆けの毒ムカデ侵攻のザマである。馬鹿に付ける薬無しで在る。吾が人畜無害にして、花鳥風月を愛でる静かなる知性と妄想道に耽る痴性行動の両立&バランスを、日本人だっら、少しは見習って欲しいと思う次第では在るが、先天症と為れば、漢方薬も効果無しである。

 従って、外科手術を施して、症状に適した収容所での矯正に回すしか、方途は無かろう。

 このままのお天気具合なら、然程の暑さには向かわないだろう。小さく戦ぐ緑の風は、呼吸の様に、部屋に通って居る次第である。本日日曜日、遣る事は何時もと変わらぬが、気分だけは日曜日の休息日モードにして置くと致そうか。


夢奇譚第18部…ムカデ退治行
      襲われる山海の膳ムカデ天下_001

             夢奇譚第18部・大ムカデ退治行
 <その1>
 夕方のお務めジョロ散水をして居ると、西向かいさんの庭から、婆連の井戸端会議が聞こえて来る。へへ、女族話がお盛んであるから、散水を終えたら覗きに行って見ると致そうか。これも、ご近所さん付き合いの御愛嬌である。

 通りの生垣からヌ~とスキンヘッド顔を出して覗き込んで遣ると、<居たわ、居たわ>の常連三婆連が、庭に椅子三脚を並べて身振り手振りの最中である。

「そうだだよ。こんな大きなムカデでさ。如何しても、この時期は出て来るからね。スリッパで叩きたいんだけど、逃げられたら怖いし気持ち悪いから、こう遣ってね、棒で押し付けて、近くにカナヅチでも有れば、頭を潰して遣るんだけど、何時、何処に出て来るか分からないしさ。」

「私はさ、ハサミでブツブツとちょん切って遣るんだけど、それでも、しつっこく動いているでしょ。あれが、気持ち悪くてね。お父さんが生きてた頃は、面白がって灰皿で焼き殺しにしてたけどね。」

「そうそう、それでも、中々死ななくてね、あの形と色だもの。しぶといんだよね。それに顎に毒を持って居るんだってよ。お父さんの友達に変な人が居て、マムシ、スズメバチ、ムカデを焼酎漬けにして<打ち身の薬>だとか、<あっちの方の精力剤>だとか遣ってて、それを嬉しそうに、見せに来るんだけど。男は幾つに成っても単純馬鹿だわ。『自分の歳を考えて見ろって事』よね。アハハ。」

「そりぁ、そうだ。トマト、ナス、キュウリだって、接ぎ木の土台が確りして無いとね。老木に、幾ら肥料撒いても、元が駄目じゃねぇ~。アハハ。」

      ★ナヌ~、男族の端くれとして、聞き捨て為らぬ男族評である。

「コラッ、」
「あっ、ビックリした。聞いてただぁ・・・ あら、困る!!」

「あい、俺ぁ、未だ<確りしてる>ぜね。自分達が棺桶に片足突っ込んで居るからと言って、若い時はゲップが出るほど、そんな馬鹿男のお世話に為って居たのに、『男抜き』だとそこまで言うんかい。『恩知らず』
 女もカンナを過ぎて、婆連と来た日にぁ、丸で過去と感謝を忘れた<忘八婆ぁの笑いのツマ>じぁ無えかい!! 男が居無かったら、寂しいだろうに。」

「あらまぁ、言って呉れるじゃないの。大きな図体して~、何時から、そんな所に隠れてたの。」

「油断も隙も無いわね。アハハ。」

「アハハで誤魔化し遣がってからに。壁に耳あり、障子に目あり。天下の公道・生け垣にぁ、耳も目も口も在るんね。ギャハハ!!」

「そんな所から顔出してないで、こっちに来たら。通行の邪魔だよ。表に椅子が未だあるから。持っといでぇ~。話上手だから、一等席にして遣るよ。その代わり、お茶は出無いよ。」

       へへ、三婆連、涎を垂らしての手招きである。

「駄目せ。これから糞婆っさの賄い夫しなくちゃ行け無ぇのせ。へへへ。」
      
 ムシムシと梅雨の暑さで、この時期はどのお宅も、嫌われ物ムカデ参上の巻きらしい。

 私はデカイ奴を鋏で三つにチョン切って水槽金魚の生き餌として遣り、二回目は、腕にモソモソして居る小物を見てデカイ悲鳴を上げ、振り落とすやガラス製の灰皿で押し潰して、ライターオイルをピュと浴びせて、火刑に処した次第である。

 ムカデは見るも毒々しい醜態を呈している<10cm程度の節足動物>である。何しろ漢字では『百足』と表記するのであるから、読んで字の如しである。おまけに肉食にして顎には、強い毒を持っているとの由で在る。そんな見るもオゾマシイ醜態と毒々しい色合いから、『毒虫』で在るのは、当然の先入観でもある。

 雑学的には、琵琶湖の竜神一族のお姫様が、三上山を七巻き半もするオオムカデ退治に、俵籐太を頼み、豪傑・籐太は平将門を破った猛者なんて話は、殊に有名である。

 琵琶湖の竜神も敵わなかったと云うムカデの強さには、こんな実際も在ると云う。

 世界最大のムカデはアマゾンに棲息して、その大きさは30~40cmを越す物までいるとかで、自分の体長の4~5倍の蛇などは、100何10対もある節足で万力(まんりき)宜しくしっかと抑え込んで、毒腺で麻痺させて食べてしまうと云うし、007の毛むくじゃらショーン・コネリーも、ベットに忍び込まされた毒蜘蛛タランチュラの身体這い上がりに脂汗タラタラで、<スリッパ、バシバシの撲殺シーン>も在った次第でもある。 

 そんな恐怖の毒蜘蛛タランチュラに対しても、オオムカデはいともあっさりと勝利を収めて終うとの事である。それでもムカデを好意的に捉えて居るのは、武田信玄の経済力の証・金山経営に於いては、金鉱堀の技術集団を<ムカデ衆>として重用して居たと云う話位で在ろうか。

 いやはや、その凶暴さと天賦のファイティング根性たるや、並の代物では無い。

 従って、弓の名手・俵籐太と云えども、矢じりに<唾>をたっぷりと塗らねば、効果が無かった筈であろう。←★★然しながら、一体、籐太の唾液には、どんな成分が含まれて居たんでしょうかね。意外や意外で、有名人に為る前の通り名は、『赤マムシの籐太』だったんじゃ無いでしょうかね。イッヒッヒ~!! 

 それにも増して、日本ムカデの三分割を凶暴にバクバクと呑み込んで終う吾が水槽住人のコメット金魚の実力や、これまた凄まじき獰猛さと云うべきかでも在ろうか。
 
 <その2>
 私の前には、山海の豪勢な膳が出ている。私の席は畳を三枚も重ねた上座である。白装束の巫女姿の生娘数人が、恭(うやうや)しく濁酒(どぶろく)のお神酒を、素焼きの平杯に並々と注いで呉れる。村長?らしき男が居て、その後ろに数十人の村民が正座して居る。

 ナンジャラホイ?・・・の嫌に硬く沈んだ空気に包まれている。何か・・・複雑・深刻らしい。

 私は妄想、夢と現実の狭間に生きて居る次第であるから、これは何時も通りの『夢見の世界』と考えて、何も発せずに暫く<事の成り行きに身を置く>事にする。ジャンケンポンに絶対に勝つ秘訣は、一瞬の後出しである。そんな『後出し勝利』に因んで、軽挙妄動、早計、早漏は、還暦を過ぎた男には、鬼門中の鬼門と云って良かろう。

★一瞬の紙一重の後出し戦法は、衆目をして奥ゆかしさ・貫禄にも錯覚させる<渡世のマジックの倣い>でもある。
 それにしても、全体を覆う暗く、重く淀んだ空気は、何故だろうか・・・ 私は白装束の坐女の注ぎ足す濁酒を盃に受ける目線を、気付かれぬ様に一同の表情を窺がい見している次第で在った。

 何時の時代の人々か?・・・村人達の身体は、男で160cm、女で150cm程度にして、その身為りは質素その物であるからして、良くて平安の時代であろうか? 季節は蒸し蒸しと暑く、夜空には雲が掛って居る処にして、木々、植物の緑は生育の青葉を呈しているからして、<梅雨の季節>に間違い無かろうと判断される。

「客人よ、その衣服、体格、剃髪、風貌は並々ならぬ御方である事は、明々白々の証左と心得まする。お名は、何んと申される。」

「名乗る程でも、何の役にも立たぬ通り掛りの者じゃ。この様な持て成し心外に思うが、名は、ククルカンと申す。」

「はて、日本のお名には、珍しい響き。御仁は、何処のお人か。」

 村長は教養人の一人なのであろう。頻りに頭の中で、ククルカンに見合う漢字を当て嵌めて居る様子が窺がえる。

「そう、首を捻られても、わしも困る。親が如何云う子細で付けたか、聞いた事も無い。」

★へへ、夢奇譚で本名を名乗って、生国、生い立ち、生年月日を披露しても仕方が在るまい。依って、ユカタン半島はマヤの地で名乗った伝説の王・ククルカンとしたまでの事である。

「実は、今年は梅雨に入るとムカデが異常発生致しまして・・・まぁ、元々、この庄は土地柄と申しましょうか・・・
 ムカデが多い土地柄でして、山間の痩せた地での現金稼ぎとして、ムカデ酒とかムカデの干物、ムカデの黒焼きを町場に持って行くと、薬効が有るとの事で<そこそこの稼ぎ>を得て居りましたのじゃが、

 今年は、如何云う風の吹き回しか、数が日増しに増大するので、喜んだのも束の間に、数に合わせて、その図体が大きく為って、皆、気味悪がって商売にも為りませなんだ。
 今や大蛇の有り様でして、村人にも次々と咬まれて死ぬ者も出て来て、・・・ 一大事、大異変とあたふたして居る間にも・・・化け物ムカデは、赤子を喰らった所為か、益々巨大化して幼児を、あの化け物の様な何百本も在る足で抱え込んで、裏山に持って行って終うのです。

 子供を喰らえば、益々巨大化する。このままでは、村人残らず化け物ムカデの餌食にされて終うのは、時間の問題でして・・・役所に駆け込んで助けを御頼みすると、ムカデ如きで、何をうろたえて居るのじゃと取り合わぬのを、手を合わせて来て貰うと、化け物ムカデを見て、口から泡を吹いて気絶。

 為らば、仏法にお縋りして、偉いお坊様達をお招きしての昼夜分かたぬ3日間の加持祈祷も一切効果無しで、お帰りの際に、境内の林がざわめいて、大ムカデが姿を現すや、悲鳴を上げて腰を抜かす有り様。屈強な男衆が総出で大ムカデを追い払うと、加持祈祷が利かないのは、ムカデで散々に儲けた『ムカデの祟り』と言い出す始末・・・」

★何んと、巧妙な言い草である事か。『因果応報』を謳い文句とすれば、余りにも説得力と言い逃れのコラボレーションで在る事か。

   私は村長の恐怖の一行(ひとくだり)を聞き終えて、聞いて見る。

「村長よ。そなたは、三上山のムカデ退治の俵籐太の話は、聞いては居らんか。」
「さてさて、一向に知りませぬ。誰か、聞いて居る者は、居ないか?」

   一同、ヒソヒソと確かめ合うが、一様に首を横に振るのみで在った。

「本名は藤原秀郷と云って、近江は三上山のオオムカデ退治で有名を馳せた後は、平将門の乱鎮圧に大功績の在った<豪の武人>じゃがな。知らんか。」

「俵様なんて、お名前も聞いた事が有りませぬ。秀郷様、平様のお二方とも、一向に存じ上げませぬが・・・」

★うう、こりぁアカン。時代が全く違うらしい。武家の平氏も源氏も、この時代の未だ先の時代と云う事か・・・これでは、遁ズラも出来んでは無いか・・・困った。 

★これは、普段の夢に決まっている。こんな処に、長居は無用である。夢なら即刻、覚めよ。

 白装束の巫女達は、濁酒を注ぎ足し、山海の膳を次から次と運んで来る。村長は、尚も話を前に進める。

★おいおい、これは異次元世界に連れて来られて居る・・・ 先頃、南海ハーレムから帰って来たばかりでは無いか。妄想奇譚の語り部と云えども、これでは『過労死の範疇』で在りまするがな。

★思い込み、買い被りも、迷惑至極の段である。

 遺憾いかん・・・山海の膳に濁酒、酔いに任せて<白装束の巫女の夜伽>のサービスまで受けて終った。事が終わっても、この異次元世界はそのまま持続して居た。如何した物か・・・このままでは、私とて大ムカデ、化け物ムカデの餌食に為り兼ねない。現世には、未だ賄い夫の課業が残って居るのである。

 夢奇譚の通常パターンだと、私の生活する現世と異次元界の繋ぎ役、交渉役は、異界の女・ナターシャが介在するのだが、今回は一気に、この異次元界に放り込まれて仕舞ったのである。
 よもや『落命の憂き目』に遭わない事は、重々に経験知で知っては居るのだが・・・先の読めない恐怖は在るし、10cm弱のムカデでも、身震いするほどの醜態である。其処へ持って来て、私は女性は好物では在るが、『ゲテモノ嫌い』である。感性が繊細にして、根が物臭者であるから、<受動態>が好きなのである。

 口から泡を吹いてタヌキの死んだ振り位では、到底、起死回生の幸運は巡っては来ないだろう。此処は、形振り構わず<早落城からの逃走>が、一番の回避策なのだが・・・

 生憎、私は育ちが悪過ぎるから、客人接待の作法を心得て居ない。村人達は<客人に粗相が在っては行けない>との配慮からか、はたまた、買い被り→見掛け倒し→とんだ喰わせ者の早やトチリをした癖に<只酒、只乗りは、断じて許さぬ>のサモシイ百姓魂胆か・・・次の間には、部屋の私の動きを監視して居る複数人の配置で、時折、『わざとらしい咳払い』まで聞かせて居るのである。

 いやはや、異次元世界の初端から、私の方が檻に生け取りにされて仕舞った。これでは逃げるに逃げられぬ・・・では無いか。絶体絶命の大ピンチで在る。

 私は小心者の恐怖心から、腕の中で疲れ切って深い寝息の中に在る娘を其の儘に、考えまいとするも、其処が小心者の辛さで在る。人喰いムカデ退治に如何に立ち向かうかが、次々と浮かんでは消え、消えては浮かぶ・・・

        ★これを称して、世俗では<貧乏性>と云うそうな・・・

 私とて、真面目に還暦半ばまで生きて来た人間である。多少なりとも、年相応の経験知と経験値の合体方法位は訓練して来た積りで在る。<身を捨ててこそ、浮かぶ瀬も在り>で、脳裏の広大な宇宙にかそけき光彩を放つ『雑学の星々を総動員』して、ムカデ像を組み立てて行く。

 節足類ムカデは、通常、小型種は地中動物にして後は石、倒木の下に潜んで、専ら地上徘徊をして回り、肉食性との事で、目は単眼4つを有するとの由。然しながら、目は4眼有っても、視力は乏しいと思われる。そうで無ければ、あんなに長い触角が、忙し無く動き続けている訳が無いのである。

 動物番組の雑学に依れば、コウモリは超音波で形を捉えて、闇夜に飛び回ると云うし、蛇類の視力は劣り、あの口先がピロピロと出る二股の舌は、精緻な温度センサーの役割をして、動物の体温を感知して攻撃を仕掛けて来るとの由であった。奄美の猛毒蛇・ハブ被害は、夜に頻発する記事も目にした次第である。また、モンシロ蝶に至っては、紫外線センサーを駆使して、対象物を焼き直していると云うし、トンボの複眼だって人間以上の、遠近の使い勝手の好い代物との事である。

 差し詰め、あの長い触角には温度・匂い・風・水分などの感知センサーが満載されて居ると考えられる次第である。

 SF映画的に観れば、テーマパークのビジュアル体験を売りとしたユル・ブリンナーのサイボーグ・ガンマン作品<ウエスト・ワールド>なんて物も在った次第である。従って、それを参考として化け物巨大ムカデ攻略の作戦を構想するしか手立ては無かろう。

 そして、この時期に為ると、ムカデの溺死体が浴槽に沈んで居る事が散見される。従って比重の重いムカデの体は、沈没して窒息死するのであろう。

 そんな大雑把な断片を繋ぎ合せて行くと、①触角センサーへの攻撃 ②火力退治 ③溺死退治 ④共喰い習性の利用と云った4種の基本攻略方が、先ず考えられる次第である。 
 然しながら、相手は赤子をも抱え込んで喰らう<化け物ムカデ>である。これは村人が総力を上げて、ムカデ群を大がかりな罠に誘導して、一気呵成に決着を着けねば為るまい。

 と為れば、村民と一丸と為っての総力戦である。従って・・・村民との一致団結戦と為れば、そのお手本は映画『七人の侍』である。その映画に依れば、野盗の頭目東野英治郎さんは、毎日は襲っては来なかった次第である。人間集団であるから、生かさず殺さずの計算に基づいて、作物の収穫時に村を襲い、女を調達して行く。要は、インターバル収奪なのである。

 私は毎日、三度三度の食事を摂る現代人であるから、野生界には疎い。体重を軽くして飛行に特化した鳥類は、<頻繁為る餌漁り>が生きる事と同義である。一方、肉食系動物に在っては、狩りの成功率は植物系食料と違って、確率は低い。狩り成功時にたらふく食べて、<喰い溜め>をして、空腹の狩り行を強いられる生き方をして居るのである。ライオン、トラを筆頭に、ワニ、コドモドラゴン、ニシキヘビ、アナコンダの肉食は、皆、その口で在る。

 因みにエネルギーを体温に回す機能を持たない蛇の食事は、数日~数週間隔に及ぶと云うから、典型的な『喰い溜め省エネ生活』を送って居るとも云える。赤子、幼児までをも、喰らうと云う人喰い化け物ムカデとて、同様の身体構造に違い在るまい。その食事間隔を、聞き取りをして<その出没頻度>から探れば、大雑把な方程式は立つ。食事間隔を知れば、その間に防御の時間稼ぎが叶うと云う物である。

★斯様にして、想いは迷走しつつ、想念は尽きるを知らず、眠れぬ夜は刻々と過ぎ去って行った。

 <その3>
 劃して、夜は白らみ、鳥々の動き、囀りの中に、寝間の中にも朝日が差して来た。私は自分でも自覚はして居るのではあるが、無類のお人好しと云うか戯けの性分である。止せば良いのに、生来の気の弱さが手伝って、きっぱりと断る事が出来無い性質である。そんな次第で、見込みの無い物にも、突っ込んで行って終う<悪癖>を持っている。

 これを称して、世俗では『自業自得の墓穴掘り』と言われて終うのである。

<森の石松の馬鹿は、死ななきゃ直らない>の卓見も在る次第なのだが・・・ 乗り掛かった船と心中をするのも、これまた<男の生き方>の一つでも在る。・・・とほほの次第では在るが、一丁、根性を決めて遣って見るしか無いか。

 白装束を脱いだ坐女は、白い小さな乳房をスー、スーと起伏させて、あどけない寝顔を見せている。ふぅ~む。困った。出るは、大きな落胆の溜息ばかりである。

 然しながら、考え様に依っては、私に何かの『効用』が無ければ、異次元管理者の見えざる手が伸びて来ないでは無いか・・・加えて、生命の無事と現世への帰還は、『完全保障』されて居るのである。
 現世では、役立たずとして社会から放逐されたメタボ・ロートルでは在るが、夢奇譚の異次元界では<使い道>が残されて居るのであろう。何事も人助けである。

 おぅ、遣って遣ろうじゃないか・・・一睡も出来なかった長い長い夜では在ったが、漸く踏ん切りが付いた次第で在った。

 白装束の巫女達が運び給仕する朝食を済ませると、村長を呼びに行って貰う。

 村長の前に、どっかりと胡坐を掻いて、私はポケットからタバコを出して、徐(おもむろ)に一服付けて、話し始めた。

「村長よ。良く聞いて呉れ。相手は化け物集団である。此処は全村一致団結して、人間とムカデの戦ぞ。犠牲者の屍を乗り越えて、人間対化け物の総力戦を勝ち抜くしか手立ては無い。
 早速、村人総がかりで防御の普請をし、誘き出して、迎え撃つ。化け物ムカデの本丸は、化け物ムカデを量産する雌ムカデ退治である。ムカデを徹底的に検証して、その攻撃力を封殺して、弱点を突く。生死を賭したムカデの撲滅よ。これしか方法は無い。

 一睡もせずに心頭滅却して、千思万考して得た<化け物ムカデ攻略法>は以下の通りである。斯く斯く云々・・・・。」

    聞き終えた村長は、覚悟を決めた様に、低く短かい言葉で聞いた来た。

「流石に見込んだ御方、一晩でよくぞ其処まで。然れど、客人、勝算ありや、無しや。」

「戯け!! お前さんも、男の端くれじゃろうが、キンタマ付けてんだろう。坐して、阿鼻叫喚の中で、化け物の餌食と為るか!! キンタマの重しで踏ん張って、戦い切るかじゃい。人間の生きる道は、生命を次に伝える事ぞ。生き残った若き男女が在れば、人間の勝ちじゃ。返答や如何に!!」

「へへぇ~。ご無礼の段、平に御容赦下され。分かりました。ワシも、そう思いますじゃ。」

 スクッと立ち上がった村長は直ぐ様、触れ回って、村人達は続々と一堂に会した。

 村民はオオムカデに連日連夜苛(さいな)まれ、人喰い化け物ムカデまで出現して仕舞ったのである。遁ズラ坊主の捨て台詞・ムカデの祟りを真に受けて意気消沈して居る。

 事は一刻を争うまでに逼迫している。悠長な事は言って居られない現状で在った。これは戦いながら、対処して行くしか無い。今考えられる事を列記して、先ずは戦い進めて行かなければ、現在すら死を迎えるだけの事である。

        私は、以下の事を村人に言い渡すしか無かった。

1、個別の戦闘に於いては、三人一組の体制を敷く。

二人はムカデのセンサー・触角攻撃を第一義として、センサー機能を断つ事に専念する。二方から火力で触角を撹乱して、隙に乗じて一人が、ムカデの毒は顎に存するから、山刀、鍬で頭部を分断する。毒を制した後は、空かさず胴体に杭打ちをして動きを制する。後の始末は、後続のムカデの共食い習性に任せる。ムカデ毒は酵素毒の由。酵素は温度に弱い。従って、体温より幾分高いお湯に浸けて、傷口を丹念に洗うのが対処の由。

2、群れを為したムカデの侵攻について。

①村の周囲を伐採、刈り取りをして平場と為して、人間が有利に動ける様にする。
②3か所ある溜池を中心に、村を区割りして同様の人区割り、頭割り、罠仕掛けをする。
③3か所ある溜池に吊りステージを作り、餌を置いて誘い出しステージもろ共に池に落下させ、溺死をさせる。目的を達した後はステージを吊り上げ、何回も使用する。
④ムカデ道には檻、落とし穴を仕掛ける。殺処分方は、溺死、焼死、熱湯死。
⑤化け物ムカデの本拠地は産卵場所でも在るから、完全に殲滅させる。方法は炭焼き窯宜しく、焚き木を積み上げ、出入り口を密閉して焼き殺す。
⑥人間界とムカデ界の結界は『水』と『火』を肝に銘じ、人間防衛としては、水上、川の中州、周辺を火で囲むの方法を敷く。

3、1、2を基本戦として、ムカデの侵攻間隔を把握して、精神に<待ちの余裕>を持つべし。後は状況に応じて、次善策を講じて戦いを進める。

 村人に撃退戦略を開示、説明をすると、空気は変わった。体内に流れる遺伝子は、同じ日本人であるから、作戦を得て一同は、老弱男女共にエイ、エイ、オォーの戦闘モード一色と為った。
 
 <その4>
 役割を得た集団とは、実に自発的且つ能動的で在った。男達は雑木林に次々と鋸を曳き、斧を振るい、女達は鎌で灌木、雑草を刈る。男の子達は枝を払い、女の子達は縄を巻いて松明の穂芯を作る。竹林は伐られ、子供達に運ばれ、年寄り達に依って檻が作られ、池中の誘きステージが組まれる。

 村の主だった家を砦とすべく食料を運び、家の周囲には掘りを巡らし、掘りの中には何時でも火の手を上げて、化け物ムカデの侵攻を阻止する備えをして行く。

 全てが同時進行で、労働に次ぐ労働の数日で在った。村人は挙って朝日と共に働き、日没と共に各所属の砦の中で掘りの火の中で眠った。村の伐採・刈り取られた平場には、次々と檻、落とし穴が作られて行った。生きたニワトリを入れた檻には、何匹かのオオムカデが掛った。

 この情景を想起して手筈、訓練をして来た次第である。本日は、実戦初日で在った。村長の家に集合した村人を前に、3人一組に編成された各班が整列する男達を、伝説の王・ククルカンが私に乗り移って、私は村人総員を引き連れて、先ずは中央の平場に向かう。

 平場第1号檻には、1m半を超える大ムカデが、ニワトリに喰らい付いてた。

      伝説の王・ククルカンの凛とした号令が下る。

「中央隊一組、前へ。」
 村人総員が見守る中で、三人一組の男達が、竹槍の先に縄を巻き付けた火炙りタイマツを構える。頑強な男が手に唾をペェツと飛ばして、鍬の柄をギュッと握り締める。

「タイマツに火を付けろ。」
 油を浸み込ませたタイマツに黒煙が上がり、赤々と炎が上がる。

「触角を突いて、焼け、双方から、掛れ~!!」
「オオさ~!!」

 肉体労働から遠去かった現代人と違って、上背こそ無いが腰の据わりと上半身の屈強さである。気合い十分の腰の入った体勢から、炎の竹槍が、ビュッ、ビュッとオオムカデの黄色いふてぶてしい両の触角に、エイッ、エイッと烈迫の気合いと共に突き出される。

 檻の中で1m半もある大ムカデが、無数の節足を蠕動させて火槍突きにその憎々しい限りの鎧の体を、右に左に、前後に襲い掛かる。正に化け物の本性を見せ付けて、毒を含んだ獰猛、頑強な顎を、カチカチと金属音で忙しく鳴らして、何対もの節足を万力の様に竹槍を抱え込んで、黒光りする二対の顎を鳴らして、喰らい付いた。喰らい付けば、狙いが定まる。

「今だ。片方の触角を焼け!! 触角の先端を焼き切れ!!」
「おうさ~!!」

 大ムカデの顎が竹槍に深く喰い込んで、動きが鈍く為った触角に、怒気を孕んだ炎が押し付けられる。肉の焦げる匂いに黄色の触角が動きを失って、変色し萎えて行く。もう一方の触角が悲鳴を上げて、逃げ惑う様に、クネクネと空を掻く。それは本能的な逃げ反射である。

 大ムカデの怯みに、空かさず、『そりぁ、』『そりあ~。』と、そのセンサー触角目掛けて、矢継ぎ早やに火が繰り出される。

 それは冷静さの伴なった行動では、決して無い。其処に繰り広げられて居るのは、生命の遣り取りをする<狩りの冷徹さ、動物としての敏捷さ、気迫>である。

 喰らい付いた竹槍を放した大ムカデに、自由と為った火槍が加わる。二方から執拗に繰り出される火攻めに、さしもの大ムカデも見る見る内に戦意を喪失させて、『七転八倒の姿』である。喰い入る様に見詰る周りからは、ウォ~と声とも、息を止めて凝視して居た緊張の糸が解けて、吸い込む大きな息とも判定出来ない声が挙がる。

 頃合いは、良しである。一同全体に向かって、ククルカンの落ち着いた声が、発せられる。

「首打ちの用意は、良いか。」
「おうさ!!」
 
 屈強さと度胸は村一番の男である。両の掌に、ペェツ、ペェツと唾を吹き付けると、鍬の柄をギュッと握り締める。男の闘争心は腰を充分に割った半身の構え、鍬を大上段に構えて、一撃の瞬発力を溜めて身構える。竹の檻の口には二人の男が、次の号令を待って身構える。

「檻の戸を開けて、檻から引き出せ。」

 両のセンサーを焼き殺されて、だらりとした触角は動かず、動きの鈍く為って大ムカデに、もはや戦闘意欲は感じられ無かった。檻を取り巻いて待機して居た2組、3組の竹槍で四方八方から突かれて、ゾロリと檻から追い出された大ムカデ一匹。

 既に頭を擡げる戦意すら忘れて、毒々しいまでの頭は、ぐったりと地に落ちて居る。

「時は今ぞ。頭をぶった斬れ!!」
「承知。オゥリァ!!」

 男の狙い定めた鍬が、ビュと振り下ろされた。満身の力を込めた鍬の一撃は、大ムカデの頭部を切断して地面に喰い込んで居た。

「杭を打て!!」

 頭部を吹き飛ばされて激痛の走りが、全身を激震させる。頭部を失った事も理解出来ずに、首を擡げて身を踠(もが)き、空を掴んで節足がてんでバラバラに蠕動させる大ムカデ。

 ここぞとばかりに、2組3組隊が、動き回る大ムカデを踏み付けて、その胴体中央に杭を当てがうや、上から渾身の力を込めて、大ヅチがガツン、ガツンと振り下ろされる。グイ、グイと杭が深々と打ち込まれて行く。

 勝敗を決した大ムカデに次の杭が打たれて、今や完全に人間の軍門に下ったのである。
 杭打ちの刑を処し終えて、エイエイ、オゥ~の勝鬨にどよめく村人達である。

 一方、神経構造の為せる宿業か・・・のた打ちさえ殺されても、尚も役に立たぬ節足で踠き続ける大ムカデの末路は、この世の物とは思えぬ<おぞましさ>である。どんなに足掻き苦しんでも、早晩、血臭に集まるムカデに共食いで、始末されるのは必定である。そして、当座の食料に在り付けたムカデは、喰い溜めで数日間の戦列離れをするに違い無かろう。

 村全体が化け物ムカデの侵攻の前に、恐怖心の金縛り囚人に為って、一方的な被害者人間の窮状で在った。それが、一人の得体の知れぬ男の投入に拠って、力を合わせての『対決者の地位』に立ったのは、最大の成功で在った。村人と化け物ムカデの戦は、『緒に着いた段階』でしかない。これは<勝って、兜の緒を締めよ>の初戦で在った。

 同様に、東西の平場を巡回して、東第1組、西第1組と檻に掛ったムカデ退治をして回る。次の日は、第2組と続けて行くのである。当然に落とし穴には、水、熱湯、火の投入をして行く。

 <その5>
 福島原発事故の無いこの時代・・・一体、どんな契機で大ムカデ、化け物ムカデの異常発生を齎せたかは分からないが、食料の枯渇は早晩、群れの死滅を呼ぶ。そして死滅前には、暴走パニックに突入するのは、『尋常ならざる杭は打つ』の<自然界の裁断>である。人間界に於いても、大飢饉時に於いては幾多の人肉喰いが出現して居るのは、記録が示す処でも在る。

  ★★暴走パニック状態は、絶対に一過性で無ければ為らないのである。★★

 この10数日の間、時間の制約上、寸暇を惜しんで、木を伐採し、下草を払い、穴を掘り、溝を掘り続けて来た。ネズミ、蛙、トカゲ、蛇、ウサギ、タヌキ、キツネも一匹も現れなかった。遠にムカデに食べ尽くされて居たのだろう。

 そう考えれば、ムカデの食糧難は、既に共食いの日常にして、弱肉強食のバトル淘汰の果てに大ムカデ化し、果ては幼児喰いの化け物ムカデを出現させていると推理した方が合点の行く処であった。村全体を恐怖のどん底に落とし込んだ人喰い化け物ムカデは、ムカデにとっては断末魔の大パニックの最終段階の象徴事なのかも知れぬ。

 大行な壮絶シーンは、小心・臆病者の私には<鬼門中の鬼門事>である。私の欲する処からすると・・・大ムカデ、化け物ムカデが、飢餓の内におぞましい限りを尽くして<共食いの果てに絶滅して行くの図>である。

 これも私の雑学の心許無い記憶の一つでは在るが・・・海に向かって立つモアイの石像で有名なイースター島の物語である。太陽と星を頼りのカヌー航海の果てに、豊かな無人島に辿り着いた先着民は、自然の恵みの膨大さに<神が与えた地上の楽園>と狂喜したと云う。

 居ながらにして豊かさを満喫出来た島の生活は、男達に壮大な芸術活動を生じさせた。毎日、巨石を穿ち巨像制作に励んだ。石切り場から海岸への巨像運搬には、惜しみなく島の樹林が薙ぎ倒されて、巨像を曳くコロに使用されたと云う。

 島の太古から繋がって、島に豊穣の実りを作り続けて来た生命の基=土の慈養は、樹林の庇護を失った。大洋に浮かぶ孤島イースター島は、容赦無い太陽に晒されて、砂塵の島と化した。島の環境破壊の限りを尽くして、一時の栄華を極めた島民に、食料争奪戦が繰り広げられた。見るも無残な共喰いの末路の末に、イースター島モアイの民は滅びたとも云われている・・・そうな。

 こんな痛ましい限りの歴史のエピソードから学ぶのも、人の知恵の一つでもある。

 願わくば、化け物ムカデ対村の戦いが、人間の持久戦の内に集結する事である。完全防御の火の廓の火を絶やさず、村の前線の平場で檻に掛け、落とし穴に落ちたムカデに上から、煮え滾る熱湯を浴びせ絶命したら、引き上げ、死体処理を共食いに任せると同時に、トリカブトの猛毒を死体の中に塗り込んで地獄の道連れとする。

 相手は<個体>で目先の食糧を貪欲に漁り、満腹すれば省エネに徹する下等動物である。引き算に引き算を重ねて、少数に為った処を化け物ムカデの巣窟に焚き木を積み上げて、炭焼きカマド宜しく<阿鼻叫喚の炎と共に消滅>させる。

 都合好く毎日、檻と落とし穴には、大ムカデが入っている。ムカデ退治の実戦は全ての組に行き渡り、一つの手順と手際良さの作業工程に進んでいる次第で在るし、それも掛る頭数もピークを過ぎて、下降線を呈して来て居る。イースター島エピソードをケーススタディするならば、大ムカデの下降線は『終局に』向かって居ると推測出来る。

 私の異次元滞在期間のタイムリミットも、近付いて来て居る勘が働き始めている次第である。私の異次元タイムトリップは、一陣の風の様に降り立ち、還る時も一陣の風の様に立ち昇り、跡形も無く消えて行くのみである。

 後世、私と村人達が成し遂げた、この化け物ムカデ退治の顛末が書物に記録され、長く人々の話題に上るか否かは、一切不明の次第である。断って置くが、俵籐太のムカデ退治譚は、この時点からズーとズーと後世の語りである事は間違い無い処である。へへへ。

<夢奇譚第18部 大ムカデ退治行>  by アガタ・リョウ 2013/6/20 

 尚、おぞましき大ムカデ、幼児を喰らう化け物ムカデを、彼の隣国の毒亜圏と挿し返して読まれる訪問者も居りましょうが、それは飽く迄、読み人の自由域でも在りましょう。

 本日も、荒唐無稽の夢奇譚にお付き合い下されて、感謝感謝で在りまする。








心何処ーショート ムカデ退治の後は、正義の誅殺・・・
         ムカデ退治の後は、正義の誅殺・・・(6/21/13)
 昨夜は<夢奇譚18部・ムカデ退治行>の挿絵を3枚描いて、就寝は午前2時の通常で在った。塵も積もれば山と為る・・・では無いが、夢奇譚の挿絵描きの溜まりで、最初の頃と比べると、疲労度が小さく為った物である。

 朝の庭回り時には止んで居た物の、降って来た。これは台風の影響でも在るし、連チャンの雨日と為るだろう。近日中に投稿する予定の小編を読み直して居ると、金曜スタバトークのお誘い電話である。

            買い出し品をメモする事にしよう。

 スタバトークの肴に戯け画ファイルを持って、お迎えの車に乗り込む。Tは資源物出しの立ち会いで寝覚ましを掛けての6時~8時半までのお勤めをして来たとの事である。

 へへ、為るほど・・・薄着のTにしては、長袖・ベスト・ジーンズの着込みと云う訳で在る。私は見栄を張っての半そでシャツであるから、大分肌寒い次第である。

 戯け画を開いて、ムカデ話の触りを話す。Tのヤツは隣席の素足に御執心の様で、白い脚に観賞眼を流して居るばかりである。

「若いネェちゃんの脚は、好いなぁ~。それにしても、日本人の脚も長く為った物だ。」

「そうだなぁ。これで、肉厚のヒップアップ・喰うべに為りぁ、飛行機に乗らなくても良いのになぁ。ロシア体型に為るのは、来世紀かいな~。命短し、ワン・ジェネレーション。」

「このド助平野郎が、ドサクサに紛れてヒップアップ・クーペが、『喰うべ』何て、抜かし遣がってからに。脳波検査を受けて来いや。」

「クゥッ、クゥッ、脳波検査と来たか。目覚まし起きで、爺、婆お付き合いだったんで、若い白脚が眩しいんずら。ムカデでもしょ掴まえて、黒焼き粉末でも飲むかいな。それでも効かなきゃ、珍波検査受けろや。ギャハハ!!」

「おっ、そう云えば、全然使って無いが、知り合いが置いて行った、マムシの焼酎漬けが一本在ったぜや。」

「そりぁ、持って来いだぜや。マムシ酒を割って飲むと、バイアグラの比じゃ無ぇって云うぜや。俺は不要だけど、物は試しだ。遣って見ろよ。あい~。」

「何扱いてるだ。俺ん所は街場だから、パトカーが止まってるから、そんな物を飲んでR見たいにミッドナイト徘徊なんぞしてれば、<即、職務尋問>を喰らうわさ。
 Rになんか飲ませたら、若い娘っこが、川原の葦群に担がれてドンビキ蛙、ガマ蛙見たいに、そのご太ぇ腕で、後ろからしがみ付かれて、気絶しちゃうぜや。燈明代わりに、蛍の光じゃ、おネェチャン達が可哀想ってもんだぜ。あい~。」

「何だ、そりぁ。ムカデ退治の善行の後は、川の葦原でドンビキ、ガマ蛙の御乱行に、正義の味方Tに誅殺されるって話かいな。
 大体が、自分がサッサと済ませて、俺の部屋をドンドン叩いてさ。
<R君、遣ってる事は分かってる。汗流しにビールでも飲まんかい。外は、好い星空だ。> 
 へへ、その手は桑名の焼き蛤じゃい。密壷弄ってる段階で、後ろから毒矢放たれて、これからって処で、誅殺されちゃ敵わ無ぇや。冗談じゃ無ぇや。馬鹿野郎が~。」

「アラ、ショウオ~。嫁入り前の大事な所がさ、突き壊された後で、救って遣ったんじゃ。悪夢のトラウマずら。そんな物ぁ、手を掛けた瞬間に、即、誅殺しなきぁオネエチャンの一生が台無しずら。正義には、元来、そう云う厳しさが必要ずら。あい~。」

「巧ぇ事、扱きゃがって。ド助平の山城新吾伍の白馬童子の下心で、サービス満点のお返しを強要する癖に、他人の褌で相撲を取るって話は聞いたがさ。友達をマムシの毒矢で、<背後から正義の誅殺>は無ぇだろう。」

 まぁ、こんな戯け話をして居ると、飲み物はホットコーヒーでは在ったが、連れションでトイレ直行の段である。降り続ける雨にパッパ後は、傘を差してのホームセンター、スーパー寄りである。あっ、買い物メモを忘れてしまった。

 へへ、帰って来て、遺憾いかん・・・肝心要のタバコを買って来るのを忘れてしまった。傘を差しての夜散歩時に買いに行くべしである。ニャロメ、正義の誅殺は、絶対に打たんぞ!!

心何処ーショート 総べからず、塞翁が馬で12頁なり。
         総べからず、塞翁が馬で12頁なり。(6/20/13)

 物事は、大にして思わぬ運びと為る物である。先日は1頁強をフイにして頭を抱え込んでしまった次第であるが、本日は何とは無しに中指が動いて、4頁を打ち終えて、全12頁の完成を見て仕舞った次第である。

 後は、挿し絵を2~3枚描いて、何時でも<夢奇譚第18部・ムカデ退治行>が投稿出来る運びである。貯金とは縁の無い底辺貧民の生活では在るが、いざと云う時の隠し玉を持つ気分とは、好い物である。イッヒッヒ!!

 本日は、雨パラパラのどんよりとした灰色の梅雨空に終始した。それも梅雨寒の気温で在ったから、のんびりラジオを聞きながらの風呂浸かりも出来たし、テレビとお付き合いもしない日々であるから、疲れもしない次第である。掃除をしたり、賄いをしたり、PCに向かって、息抜きに家庭菜園などを見て回ったり、目に付いた雑草を抜いたり、大きく為って来たマツバボタンをポツン、ポツリと千切って、手薄な所に挿し芽をしたり、洗濯機を回して居ると、其れなりに大過無く一日は過ぎ去って行く物である。

 昨日の雨で、充分に浸透した土であるから、水遣りも必要無い。気分的には休息日の様な物である。涼しいと、こんなにもエネルギー消費が少ないものかと、思い知らされる次第でもある。

 先程、定例の爆音バイクが凄い音を立てて、おズベさんを迎えに行った様だが、良く飽きもせずに日参出来る物である。余程の美男美女のカップルに違い無かろうから、その御尊顔をとくと拝見したい物である。

 さてさて、晩飯も炊けた事でも在ろうし、今日は早や目の晩飯として、布団を敷き直して、風邪を引かぬ様に一寝入りして、夜更かしに備えると致そうか・・・ 気が向けば、挿絵のムカデでも描いて、梅雨寒の夜を過ごしましょうかね。

      へへへ、呆気無く終わって仕舞った18部・12頁であった。


心何処ーショート 終日の雨日に、金魚達の動き少なく・・・
         終日の雨日に、金魚達も動き少なく・・・(6/19/13)
 昨夜半から降り始めた雨は、強弱を替えながら降り続けている。同じく、風も時に唸りながら強弱を替え、吹き続けている。傘を差して、ゴミ出しをして来ると、丈の伸びたカワラナデシコの一角が、強風に薙ぎ倒され千切れ、流れる道にへばり付いている。

 家庭菜園に目を遣れば、キュウリ苗の一本が風に煽られて下に落ちて居る。やれやれの段である。支柱結びの麻紐を持って、トマト、ナス、キュウリの支柱結びを施す。雨濡れ序でであるから、種蒔きミツバの初物を指で千切って、朝飯の澄まし汁の色どり、香り付けに供する。

  一向に芽出しをせずに、諦めて居たミツバ畝だったが、初摘みである。

 昨夕は外に出ると、西向かいのオバサンが庭の青梅を収穫して居られたから、歳老いた女族は皆、吾が老母と同族である。<見て見ぬ振りするは、人に非ず>で、止む無し・・・梅捥ぎをして来た次第である。信州は青梅の硬さを其の儘に、梅漬けとする習いである。道産子家族の吾が家は、大粒豊後梅の熟した物を土用干しして、梅干し漬けとする習いである。

 庭に自生する赤紫蘇も、家庭菜園をする様に為って、何かと土に慈養が回って来た様である。種零れ、抜き取っての堆肥もどきで、自然発生の紫蘇の繁茂である。今や二回目の摘み取りで息を潜めているシュンギク畝を占拠して、紫蘇畝と化して居る。梅の実が熟して、紫蘇抜きを待たねば、見事なシュンギク畝の復活には為らない次第である。

 石コロだらけの土柄に、適者繁栄を誇るのは、苺と赤紫蘇、雑草のみである。きっと彼等の繁栄期は、私の歳を上回るので在ろうから、先住者の先取特権として文句も言え無い次第でもある。

 本日は終日の雨日の雲行きである。昨夜は、伸ばした1頁分が保存されて居無くて、その部分を打ち直す羽目に為り、とほほの『お仕事』で在った。下書き無しの文章打ちで在るから、釣り落とした魚は大魚と同様で、<いや~、最初の文章の方が良く打てていたのに・・・、残念至極、コンニャローめ!!>の100%愚痴しか出無い戦意消滅の態で在った。

 まぁ、本日は終日の雨で、メタボクマが家の中でウロウロして居るしかないのであるから、読み直して修正を加えれば、少しは文章らしく為ろう。人間の性格と云う物は、何も無い物に文句は言えないが、形ある物には何やかやと文句が言えるのであるからして。

<覆水盆に返らず>と<人生、総べからず、塞翁が馬>の嘆きと達観の逡巡と云った次第でもある。へへへ、事、左様に気分は好い加減さの象徴であるから、保存を確認せずに閉じて終う結果を呈したまでの事である。

           終日の雨日に 玄関鳥も音無し
        金魚達も動き少なく 吾を見詰る目も、元気無く・・

         吾は独り タバコ立ち昇る白煙の揺らぎに 
           風 雨 雨の滴落ちるを見るのみ

             これ 梅雨の風景なり

心何処ーショート 蛍の夜
                  蛍の夜(6/18/13)
 昨ナイト散歩時には、蒸し蒸しする無風の好環境で、蛍が嬉しくなるほどのお目見えであった。

 葦群でじっと光る者、スースーと飛び行く者、ファ~と湧き立つ者、追い掛ける者・・・etcの心和む蛍達の世界を眺めながらの歩きで在った。

 蛍には、蛍の生息環境が在る様で、吾が町内一帯が蛍の濃いのであるから、有り難い幸運である。それでも満遍なく広がるのでは無く、三か所に蛍は集中して居る。周りはぎっしり立ち並ぶ住宅地である。
 吾が町会の川縁だけでも150人程度の住民が居るのだろうし、それが川を挟んで居るから、両岸住民の数は300人を優に超すし、S大生の行き来を加えると結構な数と為る。それでも、灯台下暗しで、足を止めて蛍を眺めている人影の無さに、私なんかは愕いている次第なのである。

 散歩コースを周回して、町会に差し掛かるとS橋下の河川敷ベンチに中学生or高校生の男女が居て、それを自転車に乗った同級生と思しき女子が、大きな声で上と下でキャッカ、キャッカと遣って居る。ハハハ、河川敷にはベンチ・ホタルも居なさったか。

         其処へ、軽自動車が遣って来て停まった。

「何時だと思ってんだ!! この馬鹿小僧!! 何回電話しても出無い。ふざけんなよ!! こんな所で、何、イチャイチャ遣ってんだよ。」

 女の子達は、蜘蛛の子を散らす様に逃げ去って、河川敷から上がって来た男子は、如何やら中学生の様である。

★おお、怖い!! 顔も、ドヤシ上げの大音声も、只者では無い。寸足らずの帰来は在るが、彼の田嶋陽子女史を上回るド級の迫力である。亭主殿も、大変なのだろう。

 小太り短躯の母親の度迫力たるや、私が居無ければその場で、往復ビンタが炸裂する程の興奮度で在った。母親を遠に越した背丈の息子では在るが、猛母の前には縮み上がる子供の態で在った。

『う、ううん。』と私も、馬鹿小僧の為れの果ての一人である。

 此処は夜と云えども天下の公道である。男族の助太刀として、冷却水の咳払いをして、とくと母御のお顔を拝見して通り過ぎる。

 闇間からスキンヘッドの刑務所帰りの様な風体のオッサンの咳払いであるから、口を閉ざして仕舞った。へへへ、御免なさいよ。

 爆音バイク小僧にも、こんな猛母が居たら、少しは行儀も良く為るのだろうが、<世の中は儘為らず>の感、頻(しき)りで在った。

 現場感覚では、愛在る教育指導とは程遠い親のヒステリック感情のぶつけ様には違い無かろうが、人間とは良くした物で<反芻の動物>であるから、時の移ろいで『感情の角』が取れれば、それは有り難い母親の愛在る躾けと『位置付け』される物なのである。

 へへへ、ボクちゃんや、二、三発、鬼瓦ゴン子お袋に痛い往復ビンタを喰らって、反芻の一里塚と致しますれば、高校生に為ったからと云って、世間の鼻つまみ者・爆音小僧には為らずに済むかも知れませんぞね。ギャハハ!!

 明けて、本日。雨マークで、雨は午後からとの由。そんな次第で、嫌に涼しい風の通りである。野苺化した最後の小粒苺を収穫して、最後の苺ジャムを仕上げる。昨日、黒砂糖とカシクルミを買って来たので、黒砂糖を煮立てて、クルミに絡めてお菓子を作って置く。序で、コンロ台の油落とし掃除をして家事を切り上げる。

 妖怪様は、ベットで指先運動の指数えで御座る。さてさて、週一コールのヤクルトママさんの手も握らせて貰った事でも在るし、現在5頁に進んだ夢奇譚の打ち溜めでもして置きましょうかね。過ごし易い日は貴重である。


心何処ーショート やれやれ、表から透けて見える裏事情。
         やれやれ、表から透けて見える裏事情。(6/17/13)
 <八重の桜>の後のNHKスペシャルは、面白そうであるから久し振りにテレビとお付き合いをする事にした。中狂国では年間2万件に上る地方府と住民とのトラブル化が続出して大変な騒ぎとの事である。2万件÷365日=55件/日と云う計算に為るのであるから、到底日本人の感覚では理解出来ない国情と行政観、民度の様と云うしかあるまい。

 スペシャル版全てが中狂国からの直輸入映像であるから、或る意味では実に面白い中狂国製作の『ドキュメンタリー風プロタガンダ』である。輸入国・日本の不純編集が無いだけで在っても、これは第一級の現代中狂国の資料そのものである。中狂国の民度その物を伝えて居て、有意義であった。

 北京五輪の口パク演出映像と同根の中華思想が其の儘に出て居て、日頃の吾が毒亜観の妥当性に、大いに溜飲を下げた次第である。中狂国並びに高等?NHK報道・解説部の底の浅い好い加減差が、随所に見られる大茶番劇の政治プロタガンダの映像構成・ストーリー構成で在った。

 美味しい物は、隠れて少人数でたらふく食べて、私腹肥やしの蓄財は海外移転と家族移転の中狂共産党の隅々にも行き渡る『裸官三昧の構造』は、映像行間に明瞭に焙り出されて居た様に感じられた。
 プロタガンダ番組の登場人物が、農夫、地方官吏、仲裁役、農夫リーダー、担当管理の上司、警察網、国家主席演説と単純明快に特徴付けられて居て、肩の凝らないストーリー展開で在った。

★とどの詰まりが、幼稚な紛争当事者間での喚き合い、罵り合い、殴り合いからの脱却の緒に付けと云うのが、如何やら現中狂国国家指導部の方針らしい。一応、都市開発で農地を取り上げられて、自活手段を断たれた農民へのガス抜き?かで、担当地方官吏を時代遅れの悪徳官吏に仕立てての演出は、世界第二位の経済大国にして、海洋進出に世界覇権を敷こうとする大中華思想の現場官吏としては、余りにも雑駁過ぎる台本と演技の臭さで在った。

★農婦さんも最初は、貧窮状態其の儘の身形表情で在ったが、北京へ直訴に及んで官憲に逮捕、収容され、隙を見て逃走した後に、映像に収まっている姿は、小奇麗に為って、顔には化粧までして居る。

★学生仲間が天安門広場で戦車の犠牲に為った経験を持つNPO代表者の余りにも達観した態度と、その動き=交渉への働き掛けのスローモーさは、感情激しく乱を好む国民性からしたら、『ホトトギス、啼かずば啼くまで待とう。』の徳川家康の大器振りに見えるのではあるが・・・大権現家康公には、余りある実績の数々が在ってしてこその、含蓄に富んだ歴史描写なのであるが・・・ギャハハ!!

★何れにしても、国家を束ねる要人の言質は皆無の構成で在る処を見ても、これは世界向けに発信された中狂国のプロタガンダ作品と断じても良い代物である。

 こんな低級な輩が、政治的責任逃れの魂胆見え見えで、紛争解決を民間団体に委託すると云うのであるから、世界に冠たる中華思想の中身たるや、推して知るべしの<張子の虎>の大人振りの演出にしか過ぎない。嘗て天安門事件の参加若者が、自分達世代の苦い経験を糧に、力に依らず話し合いで抗争を解決して行くべきだと<無垢な国民に向けて社会の矛盾、不条理を訴え掛け、糾弾し様と活動して居るの構成>で在る。全てを欲に眩んだ目付き、下心で尖閣の島を、ある日突然に、野蛮国日本に盗み取られたと世界に発信する一党独裁の国家体制化で、よくも白々しくもこんなプロタガンダの映像を作って、流せる物である。

 体制末期と為れば、いくら画策した処で破綻の亀裂は衆目に晒されるのは、人の世の常でも在る。大陸国家中国の地に、不和雷動の民衆一斉蜂起で数多(あまた)の王朝が絶命した歴史を重ねて来たのであろう。現国家指導層は、毛沢東語録を手に手に大粛清が中国全土を席巻して、教育の失われた世代達で構成されているのである。

 黄巾、紅巾の乱、太平天国の乱、義和団の乱として、歴史に名を残した訳ではあるが、天安門のシュヒレヒコールは、一夜にして戦車に牽き潰されて終った次第ではあるが、・・・

 中狂国は、毛沢東の時代の人海戦術で、世界2位の経済大国に躍り出たと、<古色蒼然とした中華思想の威張りたがり>だけである。国の富が国民全体に回らずして、何の国民国家為りやが、民の国力バロメーターである。深紅の女王蜂国家体制の下で、バブル崩壊の音が近付いている。腐り、緩む土台に、一斉蜂起と為るやも知れぬ上下を問わぬ<拝金教徒の群れ>は、如何なる頭巾とTシャツを着て、中狂国全土を席巻して行くのだろうか・・・ 

 怒り猛狂う10何億の民の前に、一大の英雄が誕生するかは、大いに見物と云うべきであろうや。

 こんな事を午前中に打ち上げて、郵便局、薬屋、米屋と経由して来た自転車扱ぎで在った。いやはや、真夏の太陽に、上半身裸で首タオル、下は短パンの夏仕様である。後一時間半もすれば、夕方のジョロ散水を施しに重い腰を上げねば為るまい。・・・とほほ。

 一服付けて居ると、爆音伝書鳩のお通りである。昨夜は、深夜遅くまで遣らかされて、この野郎~の常態であった。さてさて、本日は、如何為る事やら・・・。


心何処ーショート さて、恒例の草刈りも終了なり。
          さて、恒例の草刈りも終了なり。(6/16/13)
 5:30で目覚ましの音で起きる。地面は濡れて居たが、雨は止んで居た。本日は恒例の年に二回の河川敷清掃日である。作業開始の6時前では在るが、長袖、長靴・軍手に鎌を持って河川敷に下りる。

 粗方は町会長さんが日を掛けて草刈り機で刈って在ったから、サツキの植栽ベルトに蔓を伸ばすツタ類、種落ちで自生した雑木などを刈ったり、引き抜いたりする。ビニール袋に押し込んで口を縛り、収納袋を土手道まで上げるのが、面倒にして力仕事と云う処であろうか。人間とは、誰もが面倒で力を要する事は<避けて通りたいの気持ち>が在るものである。

 今年の印象は、人数が少ない。80歳以上は、お役御免であるから、子育てを終えた町会の高齢化を見せ付けられている次第でもある。今年の誕生日を迎えると、私も立派な後期高齢者のお仲間入りであるが、町会では若造の部類である。

 私の様な脳足りんが、青白きインテリの真似をして見ても始まらないのである。黙々とせっせと袋詰めをして、土手斜面の上り下りを吾が職分とした次第である。それでも草刈りの中腰作業が無かった分、腰痛には為らずに済んだ。<町会長先輩様、有難うゴザンス>の感謝である。

 本日・日曜日である。町会総出の勤労奉仕光景の中を、連日連夜の防音バイク2台が最愛のズベ公チャンをお迎えに、爆音を鳴らして通過して行く。

 普段は町会の嫌われ者にして、自分達は突っ張り気分の爆音小僧連なのであるが、こう為ると多勢に無勢で、通う神経を少なからず持ち合せて居れば<あな、恥ずかしい・・・晒し者の蔑視の痛さ>を感じざるを得まい。

 流石に罰の悪さを思い知らされて、ズベ公テイクオフの帰りは、別コースの選択肢だったらしい。へへへ。

 鎌の出番が少なかったから、物は序での家周りの草刈りをして作業終了とする。雨の滴と友達と為る作業で在ったから、ズボンも長袖も濡れ鼠の態で在る。

 家に入れば、大正生まれの老母様は、私と同じに起きて作業終了をテレビも着けずに待ち続けている『時代の女』でも在る。衣服を着替えて、老母の部屋に行けば、ご苦労様と言って、熱い茶を入れて呉れる。

 朝食後は布団に大の字に為って、ラジオを聞きながら睡眠時間の調整をしていると、西向かいのオバサンが廊下で老母とのお話しに見えられたらしい。何時しか、私も眠りに落ちて、お天道さんのお出ましで暑さを覚えて起きる。昼は、干麺の蕎麦を茹でて食す。

 ちゃぶ台にオバサンの差し入れが有るから、母の名代で吾が庭の野苺ジャムの小瓶を持って行って来る。斜向かい吟さんの肥料タップリのオバサン家のピーマン、ナス、キュウリ、トマトの家庭菜園での苗の成長との比較を見物して来る。

 いやはや・・・午前中の涼しかった梅雨空から、お天道さんのカンカン照りの暑さと為って仕舞った。梅は鈴生りでは在るが、とんだ時期外れの雪で、二番手芽出しの柿の青葉の中には、花らしき物は見当たらない。さてさて、如何為る物やら・・・

 石コロだらけの地面を見遣れば、へへへ、マツバボタンさんや、幾ら荒れ地に咲く可憐牡丹のいじらしさでもさ、こんな所に生えて居たら、車に引き潰されるだけですぞえ。それでは、折角の生命が勿体無いで御座りまするがな。

       チョイと手を掛けて、石積み花壇の側面にアレンジすれば、

                   炎天下
                いじらしく咲くは
                一心の牡丹花かな

 であろうから、移植ゴテでチマチマとセットして置く。へへへ・・・為り。


心何処ーショート これも、吾が務め為り。
             これも、吾が務め為り。(6/15/13)
 昨夜は散歩に出掛け様とすると雨で、中止とした。夜は夜で、寝苦しい夜で、未明からの寝入りと為って仕舞った。朝日の暑さで、起こされた次第である。起こされて終えば、のうのうと布団の中に居られない季節である。

 コンニャローめ!! 止む無し。昨日の運動不足に<明日は早朝6時からの河川敷の町会一斉清掃>であるから、一応家周りの剪定&お化けの様に絡み合った自生の長芋の蔓を整理して置こうと、作業を開始する。

 藪蚊の痒みは堪らないから、長袖・長ズボン、軍手スタイルで在る。カンカン照りの様相であるから、直ぐ様に汗が吹き出て来る。やれやれ、真に以って、面倒・大儀な使役である。

 上半身の汗が、相撲取りの太鼓腹からズボンの内股を濡らし、汗が目に入り、嫌に為って来るが・・・子分無しの身為れば、遣り掛けた仕事の途中放棄は避けねば<男が廃る>と云う物である。

 ぼやく前に手を動かせ。剪定鋏、刈り込み鋏で、ポツン、ポツン、チョッキン、チョッキンな~、この馬鹿鶴共がぁ~、俺に逆らうなんざぁ、10年早いぜや。如何じゃい。再スタートし遣がれってなもんだいな。ギャハハのハ~。

 お次は何方で、庭木の散髪をして回り、伸びた雑草を引き抜いて、絡み合う長芋の蔓を四の五の言わせずに切って、引っ張り上げる。枝木を揺すって、切り葉をほろって、はいはい熊手で掻き集め、竹箒で綺麗綺麗でゴザンスがな。

 はいはい、作業なんて、頭に負担の掛らない引き算ですがな。遣れば遣った分だけ、ゴールは近く為る。

 へいへい、馬鹿と鋏は使い様でガンスわね。ああ、それそれ。何事も運動ですがな。

 はいはい、庭隅に積み上げる。乾燥させて、燃やせば縄文焼畑農耕の御利益ですがな。

 兎に角、雨後の雑草の蔓延りであるからして、疲れる事では在るが、体育会系細胞と云う物は、遣り遂げないと気が済まない『細胞特色』を有しているのである。それでも一応の収まりが付いて、汗塗れの衣服を脱いで、パンツ一枚の姿で、すっかり遅く為って仕舞った朝の賄い、朝食の運びである。

 その前に、ちゃぶ台待機の妖怪様に、熱い日本茶を所望してタバコの一服で在る。

「庭も手入れをして呉れる者が居ると、応えて呉れるね。今年はサツキが見事に綺麗に咲いた。庭を見ているだけで気持ちが好い。感心する位、良く働く物だ。」

「ああ、遣る事が無いからね。まぁ、これだけ遣って置けば、草刈りのメインストリートも、後ろ指差されんわね。あれだねぇ・・・長芋の蔓ばっかりで、幽霊屋敷だぜや。完全な自然薯状態だろうから、秋に為ったら面倒でも、収穫して見るかね。尤も、精が付いても、捌け口は無いし、痛し痒しって処だいな。アハハハ。」

 食事後は、ご機嫌伺いの駄法螺を吹いて居ると、あれ程のカンカン照りのお天道さんは、梅雨空に雲隠れして仕舞った。いやはや・・・全く運の無い男で、パンツ一枚の吾が姿や、『是如何に!!』の沙汰では無いか。

 お茶をお代わりして、庭眺めをして居る内に、雨が降って来た。おのれ~、俺様を虚仮にし遣がってからに・・・

 還暦半ばの吾が人生を振り返れば、柄に無い事をすると大体が、こんな風にタイミングずれの事が、大半の結果である。運の無い男が、運の無さを嘆いて見ても始まらんのである。人間を長く遣って居れば、発想、嘆きの転換を<習い性>で覚えて来る物なのである。

 寝不足肉体労働の穴埋めに、お天道さんは休息の昼寝のし易い環境を与えて下さったのだろう。さてと、妖怪様に目薬を落して、部屋帰りと致そうか。

 さてさて、コーヒーを飲んだ後は汚れ物を洗濯して、シャワーを浴びて大鼾の午後とすべしである。


心何処ーショート 三途の川の木戸銭
               三途の川の木戸銭(6/14/13)
 ああ、今日は暑い。朝のジョロ散水をして居ると、斜向かい吟さんのお寄りである。暫し、キュウリ・ナス・トマトの栽培蘊蓄にお付き合いをする羽目に為って仕舞った。インターネットで、私も其れなりの栽培知識を得て、素人の励行に、是務めている次第なのでは在るが・・・ご近所さんへの長幼の序を守らなければ、ご近所同士の潤滑油は回って行かないと云うのが、厄介な人間娑婆と云う物でも在る。へへへってな物である。

 スタバトークの日では有るが、いやはや、真夏のカンカン照りにスキンヘッドが焼け付く有り様である。

「おい、オイさん。そこまでピカピカに剃り上げて居るんだから、如何だ、眉毛も剃ったら、皆、恐れを為して道を開けて呉れるずら。どうせ、暇してるんだから遣って見ろや。」

「俺ぁ、もうこの歳だから、銀幕デビューする気なんざぁ無ぇわさ。姥桜婆連に追い捲られたって、得意の如意棒なんぞを入れたら、それこさぁ、現代の串刺し王・ドラキュラ大王に為っちまうがね。俺ぁ、インテリだから、その位の常識と嗜みは持ってるわいね。あい~!!」

 スタバ二階席では、次なる短編構想を彼是披露して、上品なロートル会話をして、外のパッパタイムをする。本日は、放電甚だしいバッテリーを新調する予定である。軽と小型・中型の区分けで、如何にか為ると踏んで来たのだが、タイプ番号を控えて来て、再来店の結果と為って仕舞った。

「おい、ちょいと待ってれや。ダイコンの差し入れするから。」
「この前のは、小さかったから、少しはデカク成ったか。デカイのを抜いて来いや。」

 へへ、言われちゃいましたがね。太いのを二本抜いて葉を毟り、外水道で水洗いである。

「如何だ、これで文句は有るめぃ。」
「おっ、デカイじゃ無いか。一本で良い、一本で。」

「つべこべ言うな。白妙(しろたえ)の処女のおみ足だぜや。裏恥ずかしい処女大根に恥掻かせるるなんて、男の風上にも置け無ぇ言い草だぜや。処女の辛味をた~んと味わって、悪行三昧の過去に少しぁ、詫びを入れろや。もう、そろそろ詫びを入れて行かなくちゃ、三途の川の木戸銭は、開か無ぇよ。おっ、分かってるずらいな。」

「あら、そ~おお。ダイコン二本で、身代わり遣らされちゃ敵わんぜや。Rは悪い事ばかりして来たんだろうな。女十人集めて、俺とRを並べて、悪人投票遣って見ろ。0:10の絶対評価だぜ。自分醜い姿形を見た事は無ぇのか~、Rは極悪人の風体だぜや。
 それで癌にも為らんって云うんだから、世の中は、非情・無情の不条理に満ち満ちて居るわな。不幸は、善人の吾が身を切り裂くなんて、世も末だいな。あい。」

「煩せぇや。お天道様の御裁断にタテ付くなんざぁ、上等じゃ無えか。ムダゴト扱いてると、また癌に為るぜや。人間、反省する心、心掛けが肝心要だぜや。はい、ホンじゃな。」

 さてさて、バッテリーを外して機種番号を控えて、自転車でホームセンターである。一服付けて終えば、腰が重くなるばかりである。いやはや、帰りの上り勾配は真夏の喘ぎで在った。バッテリー交換をして、PCをONとすると、弟の声である。寸法を測りに来てくれたのである。

       半年振りの親子の会話で、これも親孝行の内で在る。

「Rも大きな体だけど。Yの方が大きいね。二人とも、立派な体格で、元気そうで何よりだ。私は、もう生きて居るのがやっとで、駄目だ~。情けない姿を晒すばかりで・・・。」

「96にも為って、婆さん、そんな事言ったら罰が当たるよ。皆何時かは、通る道だ。親に貰った大事な資本だ。俺の方がRちゃよりタッパが有るんだから、ちょっとやそっとじゃ、くたばらんさね。男は頭、心、体が確りして無いと、軟弱、生意気に偏るだけさね。俺達ぁ、青瓢箪、頭でっかちは大嫌いだからね。何て云ったって、俺達兄弟は、親父、お袋の子だからね。頑丈に生んで貰って、躾けて貰って感謝してるわね。」

 仕事の帰りだと云う弟を見送って、序でに草むしりをして居ると、お向かいさんのお声掛かりで在る。夕涼み方々、おばさんとお話申し上げる。

「そうだ、オバサン、昨日の婆連話にヒントを貰ったから、お返しするわいね。毎日野苺ばかりでさ、酸っぱいだけが取り柄のジャムだけど、ヨーグルトに掻き混ぜて食べると健康食品だから、お裾分けするわいね。へへへ。」

 お向かいさん夫婦もすっかり70代半ばを越えて、二人三脚の鉢物手入れにも加齢域の日々を感じられる様に為って来た。へへへ、私も三途の川の木戸銭の足しに、善行をして行かなければならない年齢に達して来た様である。

 切り上げて、夕飯前に本日日誌を打ち上げて置こうとしていると、今度は斜向かい吟さんが、戯け画を見させてくれと言って、長滞在して行かれた。さてさて、マンマ、マンマのお支度をしないと、賄い夫のお仕事は区切りが付かないのである。へへへ・・・。

心何処ーショート 今や、チャカチャカ無関心化の時代為りや。
       今や、チャカチャカ無関心化の時代為りや。(6/13/13)
 昨夜は大型豪華バイクを連ねた大騒音団に、怒り心頭の気分で在った。それと比べると意気がった爆音小僧など可愛いものである。五月の連休とか、お盆の頃は、時々そんな一団を見掛ける物である。それでも趣味の大仰なバイクパレードであっても、爆音・騒音の車列では無く、ギャラリーの目を見張らせる貫禄が在った物である。

 時期外れの豪勢バイクの一団は珍しく、豪勢な集団なのであるから、仲間内で万障繰り合わせてのツアー事であろうと思われる。いやはや、貫禄が騒音に成り下がって仕舞ったのであるから、確かに時代は変わったのであろう。

★馬鹿野郎が、好い歳かっぱらった下衆野郎共が、夜中に好い加減にしやがれ。ぴかぴかワックス磨き、アクセル噴かす前に、手前らの頭(おつむ)でも少しぁ常識の線で、磨き遣がれ。この下衆野郎共、痺れ脳味噌にワックス磨きして如何するんじゃい。馬鹿に付ける薬無しの言葉通りに、処置無しの沙汰か。それにしても、沿線住民は堪った物では在るまいに・・・ 地方都市は、軒並み高齢化社会でゴザンスよ。

       へへ、蛍も肝を冷やして、一匹のお出ましだけで在った。

 そんな事で、ミッドナイトの散歩後の穏やかな就寝も寝そびれて仕舞い、ラジオを付けて寝返りを打ち続けて居た次第である。朝方、雨音に目が覚めて、再び寝床の中でラジオを聞く。その内、雨は本格的と為り<好いお湿り>の運びと為った。朝の賄い夫始動には、未だ未だ間が在るから、二畳小部屋から庭の雨の風情にタバコを吹かす。しとしと雨に蘇る緑は、好いものである。

 湯を沸かして四畳半定位置で、モーニングティーを飲む。自転車通学の高校生達も雨登校だと、流石に話も無くひたすらのペダル扱ぎで慌ただしく通過して行くのみである。ラジオも聞き飽きたから、何か無いかとCDから浪曲を出して、<国定忠治>の一枚をセットして聴く。

 浪曲も忘れた頃に聴くと良いものである。先代広沢虎造さんの声は、中々に男振りが良くて、男の色気が在るではないか。こんな事を打つと、若い人はチンプンカンプンであるに違いあるまい。明治・大正・昭和と平成の御代は、こうも違うのである。

 夜散歩時には携帯チャカチャカの自転車若者が多いから、しばしば正面衝突に成り掛る事が在る。そんな時は私は歳で在るから、『粗相の無い様』に道端に避けて、信号待ち宜しく<一端停止の態>で在る。

       然しながら、これは表向きの事で、ぶつかって来たら、

『こりぁ、何処に目を付け取るんじゃい。自転車に乗ったら、目は周囲に配るんじゃい。幼稚園のガキじゃあるまいし、携帯依存症は施設送りだぞ。鉄格子の部屋で病気矯正して来るか。この馬鹿者めが!!』

 何て、一応の<決め台詞>を用意して待ち構えて居るのではあるが、10代、20代は流石に運動神経が通って居る様で、私の網を寸前の処でひっ傾がりながらも、パスして行くのであるから、真に憎たらしい<コセコセした生き物連>なのである。

 全く世代が違うから、そんな若者達には『蔑視の感情』しか湧いて来ない次第である。目前の事に没頭して、周囲に全く無関心の世の中が助長されて行くだけの世の中には、ロートルは驚愕するしか無いのである。

 昨夜は、近くにS大留学生の国際交流会館と云う寮があるから、外国人留学生と遭遇する事が多い。それでも、昨夜は、言葉を聞くと外国語ばかりであった。序でにお小言を言えば、アジア系学生は御多聞に漏れずに、携帯好きの様で在り、白人さん達の携帯チャカチャカは殆ど目撃して居ない。そんな事で、比較人類学的な比較国民学を見る思いもする次第なのである。

     へへへ、これも犬も歩けば棒に当たるの喩えかも知れぬ・・・。

 団塊世代の人間達には、評論家・大宅壮一の<テレビ=国民総白痴化>なんて一世を風靡した『大警鐘』が在った物である。先生は、松本清朝先生とは双璧を為すブルドック顔で、大いに迫力が在った物である。
 そして、大学生時代は人前でも平気で漫画本を読み耽る<今時の馬鹿大学生、赤旗・ヘルメットのゲバ学生>などと、顰蹙を買い、スポーツ界でも<新人類>などと云うお小言を頂戴して居た物である。尤も、世代の代表としては、鳩ポッポの宇宙人、頭丸めてのお遍路パフォーマーの輩も居られたのであるから、『物云えば、唇寒し団塊の世代』でも在る。従って、返す返すも・・・懺気の念断ち難しで、とほほの次第でもある。

 それが現代では全てが個に移って、核家族に個室、個器の時代に成って、猫も杓子も耳にイヤホン、手に携帯チャカチャカの周囲無関心の時代へと突入して仕舞ったご時世である。壮一大先生の御慧眼は、テレビ国民総白痴化の先の<個器国民総無関心化>の未来が見えて居たのだろうか・・・ 

 人間未来図と云えば、その大家に手塚治虫先生が居られた。先生の大著・『火の鳥』の地球絵巻を信じて、精神の揺り戻し、文明文化の壮大な物語を信じて、真っ当な人類の未来の復活を夢想するしか、方途は無かろう。

 朝食後は雨が止んだから、日課の家庭菜園巡回をしに外に出ると、空に小鳥達の逃げまどいである。何事ぞと思えば、梅雨空に小鳥を追う鷹のシルエットである。それは、チョウゲンボウの様で在った。

 現在菜園の成長株は、トマトとインゲンである。ミニトマトにはプリプリした青実が大きさを増し、インゲンには白い花目が見え始めている。零れ種から成長したマツバボタンには、一つ赤い花が開こうとしている。

 本日、梅雨寒いの日である。これを打ち上げて、寝不足の身を横たえて充電した後は、一風呂浴びて、シャキッと致しましょうかね。


心何処ーショート ほっほっ、蛍見付けた。
             ほっほっ、蛍見付けた。(6/12/13)
 朝の水遣り時にはカッとスキンヘッドを焦がしていた容赦無い太陽は、10時を回ると薄い梅雨空に交代して時折の風の動きの入りである。

     食後の戯け話を終了して、四畳半定位置の煙草吹かしをする。

 夜の一雨後に夜散歩に出掛けた。一回目は外に出ると音無しの雨であったから、そのまま家に入った次第なのであるが。

 夜散歩に去来する回顧シーンなどを、物語風に文作して見るのも面白い趣向では無いかと、文作の構想を試みて夜散歩を愉しんで居る次第なのである。へへへ・・・。

 通過した雨の置き土産は、開いた雲間の星々のかそけき色と蒸し暑さの充満で、街の明かりが<倦怠の沈み>に見えて居る。河川敷に草刈り機が入って、刈られた雑草の草息れがプ~ンと漂っている。無風の夜の湿度の高さは、皮膚に蓋をした様なじっとり感の中に、体細胞の倦怠感為る物をラップして居るかの様である。それは東南アジア、南洋小島でのショート・バカンスに出掛けて居た頃の空気感である。

 回数から云ったら、フィリピン通氏の多さで、無尽旅行回数はフィリピンのセブ島をベースにしたフィリピン行が一番多かったのだが、私はアンチ・フィリピーナの口で在った。好い思い、面白いエピソードも多数持ち合せてはいるが、どちらかと云えば<一過性の出来事>として、脳裏の時系列の中に収納されて居ると云った思いである。

 こんな蒸し蒸しとする倦怠感に取り付かれた様な夜の歩調は、Tシャツに短パン、ビーチサンダルで、ペタペタとサイパンのガラパン界隈を南洋の雰囲気に徘徊歩きをしている様な感じである。

 島随一の賑わいの小さな繁華街は、中国マッサージ店、偽ブランド商店、飲食店、店の前で繰り広げられる煩いばかりの客引き、チャイニーズとフィリピーナの荒稼ぎの歓楽不夜砦みたいな一角で、Tに謂わしめると<世界一、品相に欠けた通り>との事であった。

           いやはや、実に鋭くも客観的感想で在った。

 心友の酷評では在るが私としては、この一角でロシアン・ルーレットの店を見付けて、生来の<白人美形への登竜門>とさせて頂いた次第でもあるし、ロシア女達との相性の良さに嵌って、ある事無い事の出任せ放題の<妄想戯け話・夢奇譚の短編集>を伸ばしている次第なのである。従って、私には道を示して呉れた場所で在る。

 私のブログ訪問者各位に於かれては、私が自分を反省する以上に日頃の品行方正振りが、まやかしであるかは、遠にご存知の処で在ろう。

 その本態たるや・・・TPOを得てチンコウ(珍行・ちんこ)ホウセイ(放性)の開放度に及んで仕舞う性向である。まぁ、老母の訓えからすると、<嘘は、泥棒の始まり。>の躾けで在ったから、正直に打てば、以上の事と為らざるを得まい。反省、懺悔の気持ちは在るのだが・・・。

 然しながら、牛馬を人間の都合で、川に連れて行って水を飲ませようとしても、牛馬にその気持ちが無ければ、水を飲ませる事が出来ないと同じく、事は成就しないと云うのが、<世の倣い>でも在る。

<魚心在れば、水心在り。水心在れば、魚心在り。>これも、広く解釈すれば以心伝心の言わずもがなの世界最古のマンツーマン商いにして、『火の無い所、煙立たず』凹♀と凸♂の人間現象の証でもある。

 近頃、巷では強制連行従軍慰安婦との歴史捏造が、清廉潔白の主義者側から<ああだ、こうだ>と、世界を巻き込んで『日本よ、恥を知るべし!!』の大合唱との事である。

 何を偉そうに、仮性包茎面し遣がって、早々、倫理神経は、海綿体には作用する訳が無いのである。包茎だって、女の密壷に入れば、快感にカジカの鰓(えら)を張るのが、生態の仕組みですがな。綺麗事だけじゃ、排泄器官、厠(かわや)も出来んぜや。コウノトリ信仰は、母子の子守唄ですがね。人間、成長に合わせた脳回路を持たなければ、世の嫌われ者の類に為って仕舞うだけの事である。へへへ。

 私の様に好い加減アメーバーの様なTPO容器次第で、色形を変幻自在に変えて恥無い原生動物からして見ると、眉間に皺ばかり作って、市井の実態を一切見ようとしないのは、『民意に身を委ねる』の政治信条に反するばかりか、自らの偏狭極まりない主義者への邁進と思われるし、いとも易々とハニートラップの囚人への陥落事と思われるのだが。

 そこへ行くと、イタリアなんてお国は、ローマ帝国の発祥地であるからして、儒教的心理からすれば、パックス・ローマの時代から<何でも有りのセックスハザード>の先端を行く歴史振りで在り続けているから、敬意を表する次第である。

 人間よ、昔に戻れの<ルネッサンス期>のボッカチオ大先生の男と女の騙し合い、開き直りを描いた<ボッカチオ>の世界も在るし、それを踏襲した巨匠ルキーノ・ビスコンテさんの一連の作品群が御座ろう物である。
 イタリア映画と云えば、名作<ひまわり>のヴィットリオ・デ・シーカ先生だって居られる。ソフィア・ローレン、マルチョロ・マストロヤンニなんて大コンビで、大秀作を映画史に刻んで居るお国柄なのである。

 そうそう、先ごろ見た『黄金の七人』なんて、美女・美形揃いの笑艶コメディなんて物も在った次第である。開けっ広げが、全部全部、お下劣とは限りませんがね。作り手、演じ手が、精魂を込めた作品を如何愛でるかは、見る側の技量と言っても然るべき処でしょうが。へへへ、融通の利かない観賞は、主義者の偏狭観と云うべき物で在りましょうや。

 古色蒼然とした少年・少女期の穢れ無き修身のお時間じゃあるまいし、婆ぁ顔して<嫌性観>を振り回して、何でもかんでも『女権侵害』に結び付けて、男族にヒステリックに噛み付くのは、品の好くない行為と思うんですがね。

 時には、衣服の陰干しも必要かも知れぬが、一々、全てを紫外線に当て続けて仕舞ったら、亭主・男族なんて生き物は、青菜に塩なを通り越して正に<死骸線>ですがな。『人生、総べからず塞翁が馬』で行くのが、両性の長持ちの秘訣だと思うんですがね。ニャハハ~。

 こんな他愛も無い頭の吹き出物とお遊びをしながら、一時間強の周回コースをして、町内に差し掛かると、川原の葦斑に仄かに青白き朧の光一つである。

 湿度の高い無風の夜に、蛍は発生するとの事である。本日の夜散歩には、そんなシーズン第一号との遭遇を抱きながら、ズーと土手道を歩いて居たのである。数日前は、第一号発見と、足を止めて見て居たのであるが、それは単なる反射でしかなかった。そんな事も手伝って見て居たのだが、間違い無く蛍火であった。

 そして、歩いて来ると墨絵の川原にスーと、仄かな光の飛行を見た。都合、4匹の今季初めての蛍の確認で在った。へへへ、明日からは、蛍を探しながらの夜散歩と為ろう。

             ほっほっ、蛍、飛んで来い。
          墨絵為す川面に、面影連れて飛んで来い。
            暫し、その面影に 何を語らんや。

             ほっほっ、蛍、飛んで来い。
           今年も逢えた。川のせせらぎ、蛙の声。
             短い光の生命、楽しく飛べや。


心何処ーショート マイペースに戻る為り。
             マイペースに戻る為り。(6/11/13)
 昨夜は布団を撥ね退ければ冷るし、布団を掛ければ暑苦しく・・・濡れ雑巾の様に重い体を横にしたり、仰向けたりで・・・遅くまで眠りに落ちる事の出来なかった夜で在った。<良からぬ妄想>に不貞腐れ寝でもと思えども、精神統一も儘為らぬ<妄想細胞の酸欠状態>であった。

          それでも夢見の朝に、苦笑いで在った。

 何やら大講堂に、何か有り難い先生の御講演を拝聴して居る様なシーンで在る。それが終わると、一人一人ステージに上がり証書の授与式である。ナンジャラホイ??の面持ちでは在ったが、私達の列に為ってハイと声を出して、会場の通路を静々と進んで、自分の番を待ち、証書を拝領して再び席に着く。大講堂は、男女半々の具合である。皆、同様の歳格好で在る。

 何の修了証書か、一向に定かではないが、私も如何やら真面目に受講して、其れなりの修了認定なのであろうか。へへへ、何しろ、この歳で在る。頂戴出来るものは有り難く受領するのが、<歳の効>と云う物であろう。私の座る列には、好みの女性さんが据わっている。

 何処と無く、見覚えのある顔付で在る。好色の下心で話し掛けると、親しげに応じて呉れる。面識が在るのだろうか・・・その面影を追い続けている次第なのではあるが、フィットする思い出が蘇って来ない処に、記憶力の衰えを気付かされる次第なのである。

             そんな次第で、朝の目覚めを迎える。

 さぁ~てと、朝の日課を終えて、昨日行く予定の銀行、郵便局に行って来なければ生活が出来ない次第である。上り勾配を自転車漕ぎのエッチラさ、ヨッチラさである。一歩外に出ると、夏の日差しで在る。

 銀行で顔・首筋の汗を首タオルで拭いて居ると、カウンター端に小さな水槽にヒメダカとグッピィがユラユラと泳ぎ回っている。へへへ、是ぞ一服の清涼感と云う物である。

 郵便局に寄って来て、老母の部屋で日本茶を入れて貰う。汗を掻いても、ロートルには熱い日本茶が美味い物である。

 銀行カウンターでの透明水槽の様を見ると、何んとも早や・・・四畳半同居人の金魚の綺麗処、ハンサム処も、可哀想な物である。水槽水も蒸発域である。止む無し、動き序でである。長靴を履いてバケツで補給水運びと水槽汚れを取って遣るしかあるまい。

 そんな事をして、昼兼おやつのタイムを終えれば、梅雨の空には何時しか灰色雲のお出ましである。アスファルトの熱風を運んで居た風は、些かムッとはするが涼しい風の通りに変わって来た。

 CDから流れる歌声は、私の好みの歌手・アン・ルイス様である。可愛くて、トッポくて、艶ぽくて、リズム感のある乗りと歌声である。へへへ、好い女は、歳を取っても若くても、好い女には違い無いものである。

 もう二段階ほど、空が暗く成って呉れば、落雷と雨の登壇と云った風である、雨の来ない内に、外で一服でも付けて夕食までの流し時間にでもして置こうか。寝不足の補充をして置くべし。吾が夜は、長いのである。


心何処ーショート いやはや、慌ただしき一日である。
            いやはや、慌ただしき一日である。(6/10/13)
 さぁさぁ、超特急で本日ブログを打つべしである。昨夜は四畳半の蛍光灯の紐スイッチが作動しなく成って、深夜の足掻きで消灯に扱ぎ付けた物の、目覚めると四畳半には明かりが付いて居た。紐スイッチさえ作動すれば未だ未だ使える代物であるから、本日は悪足掻きの日とする。

 結局は駄目であるから、蛍光灯を買いに行く序でに、ゴミ捨ての許可を取り、久し振りに兄弟話をして来る事にする。そんな事で、不要のゴミなどを探し出して積み込んで車のエンジンを掛けるが掛らない。

 おいおい、そうじゃあるまい。一昨日は、快調に掛ったのに・・・ まぁ、充電器が在るから5:30の約束時間には充分である。

  イチゴを摘んで、弟用のジャムを作りながら、充電されるのを待つしか方途は無い。

 器量悪のダイコンを二本抜いたり、冷蔵庫保管の貴重品沢庵を3本進呈するとして、出来たジャムを容器にスプーンで並々と掬い入れ粗熱を取って置く。老母は自分の塗り薬を持って行って呉れとの事である。はい、分かりやした~!!

 金曜日のスタバタイムにガス屋さんの集金が有るも、話を楽しみにしているから、集金はその時に来るとの事で、集金をして行かなかった由で在る。二度も空振りさせて終っては心許無いから、何時来ても良い様に、老母の部屋でお茶を飲んで居ると。待ち人来たるで在った。

 夢奇譚の縄文編、南海ハーレル編を読んでの、嬉しい限りの読後感に何時もの様に話が弾んで、打ち手の私としては、頬が緩み放しのトーキングタイムで在った。

 さて、充電器を外して一発スタートである。ダンプ、重機置き場の産廃コンテナにゴミを捨てさせて貰い、会社事務所に行くと弟は仕事から帰って来て居た。バッテリー液の補充などをして貰い、車のプロの弟に車点検をして貰う。機械音痴、面倒くさがり屋の私とは、好対照である。

 仕事の薄いこの時期は、資金繰りが大変との事である。男兄弟であるから、余程の事が無いと電話もしない。音信不通は、元気の証と思って居る次第である。そんな事で、半年振りの顔見である。自家製、手作りの物を差し入れて遣ると、其処は弟であるから、本当に嬉しそうな顔をしてくれるから、二人とも紛れも無く婆さんの子なのである。アッハッハ!!

 男のよもやま話をして、腹を空かした妖怪様が居なさるから、暗く為らぬ内に家電量販店、スーパーに寄って帰る事にする。家の修理に手を貸して呉れと言うと、『任せろ』と近日中に顔を出すとの事であるから、婆さんも久し振りに末倅の顔が見られて好かろう。

 時間が無いから、スーパーで弁当を買って、夕食とする。婆さんには悪いが、四畳半に蛍光灯をセットして、二人で弁当夕食である。

「男だねぇ~。何でもして。立派な修理屋さんだ。片付けまで、無駄なくして行くんだから・・・」

「嫌だけどもさ、何しろ、俺ぁ子分無しの銭無し貧民だからさ。遣るしか無いのさ。俺だって、馬鹿じゃないから、遣る気に為れば他人の出来る事は、出来るもんさね。少しは、俺の実力を再発見したズラ。あい~。」

 さてさて、8時を回って仕舞ったでは無いか。毎日投稿の馬鹿の一つ覚えであるから、ブログ更新しないと、信州の大戯けに異変有りか・・・なんて、希少奇特の訪問者様に不要の心配など掛けられないのである。イッヒッヒ~。


心何処ーショート 本日、ムッとする蒸し暑さである。
         本日、ムッとする蒸し暑さである。(6/9/13)
 本日、薄曇りの太陽である。小畝から採取して来た、<市販ダイコンの1/2サイズ>のダイコン下ろしタップリの納豆で朝飯である。老母も何回かダイコンを作って見たが、此処までは育たなかったとの由。辛味が強くて、食の細い老母との食卓で在るから、負け惜しみは別として、サイズも頃合いである。

 昨夜の日課散歩にはタバコの買い置き方々、24Hスーパーにまで足を伸ばして来た。スーパーに入れば、タバコのカートンだけでは済まない。季節のラッキョウが、塩漬けパック&ラッキョウ酢と並べて置いて在る。ラッキョウ漬けは、如何云う訳か母の好物の一つでもある。

   何々・・・サッと水洗いして、水気を取ってラッキョウ酢であるか・・・

 へへへ、吾が身は<狩りを忘れた縄文ロートル>であるから、不要な動物質タンパク質の摂取は、性犯罪の元凶にも為り兼ねない。味噌汁、漬け物、野菜、海藻、魚で充分過ぎる食卓で在る。

物は試し、何事も経験、貧民は質より量であるから、お遊びでもして見ると致そうか。

 ドヤドヤとスポーツ合宿の連中だろうか、20名以上の男女がトレーナー姿で食料調達に入って来た。夜の11時のスーパーは、若い男女の大きな声に反響して、<いやはや、集団心理とは怖い物>と支払いを済ませて、夜の土手道帰りである。

 墨絵に沈む川原の蛙の声、川の音を聞きながら、手に喰い込むレジ袋の痛さを交互に持ち替えたり、バーベル宜しく腕力運動をさせながら、筋肉のブラシアップをしながらのスタコラ歩きである。S大病院の明かりに、タヌキは何処ぞではあるが、レジ袋の重みに回り道回避が肝要である。

 それにしても、煩い奴等である事か。行きも帰りも、後ろにズベ公を乗せた爆音バイクの周回である。継続は力なりとも云うが、<継続は麻痺>でも在る。爆音に反して、スピードは普通なのであるから、オタンコナスの極みでしか無い。

   フン、意気がり遣がって、このチマチマ伝書鳩餓鬼共が~!!

 朝食後のお茶を飲みながら、政党党首の主張を見る。みんなの党・渡辺代表に妖怪様の<ご評価は如何に?>を振り向けると・・・アッチャ~!!

「父親は大人の顔。息子は子供の顔。」と一刀両断に、大正女は切り捨ててしまった。

 さてさて、長居をして仕舞ったら、吾が身は四男坊の戯け顔である。日頃の意趣返しでドカ~ンと酷評を頂戴したら、一日のスタートに差し控えて終うのが<落ち>で在る。食器洗いをして、塩漬けラッキョウを水洗いで、甕に漬け込むと致そうぞ。真似事掃き掃除に、玄関鳥の世話、庭歩きに、午後は野苺採取で、食卓のジャム作りでもして、後はマイタイムと致そうぞ。

          本日、風が止めば、ムッとする蒸し暑さである。


心何処ーショート 俄か雨に、種物と接ぎ木物の一考察為り。
       俄か雨に、種物と接ぎ木物の一考察なり。(6/8/13)
 本日は薄い雲間の、出たり入ったりのお天道さんである。昨夜も降ったり止んだりの雨に、水遣りは不要の湿り具合である。昨日の午後は買って来た花の植え付けで、花壇作りの為に、汗掻き遊びをして居た次第である。

 当たり前の事では在るが、降雨と川の増水の時間差に・・・<そりぁ、そうである。車は、急には止まれません。> と同様に、『高きより低きに雨集めて、増水も時間を要す』のニヤニヤ気分で在った。午前中の川眺め時には、増水時の支流流れが無かったので、気分的には<結構降ったのに・・・これでは、川潤いが叶わなかった>のかと、水中生物に同情して居た次第で在った。

 それが長靴でバケツ、スコップで河川敷に行くと、干からびた支流に笹濁りの流れが出来て居た。日々細る水量に水中生物も<目出度し目出度し>で、生命の洗濯が出来たと云う物であろう。

 家庭菜園を始めてから、<物云わぬ植物達の模様眺め>に穏やかな気分を頂戴して居る次第である。何十年も西の一角を住処とする赤紫蘇の葉群は、梅の実りに歩調を合せるかの様に、今やシュンギクの畝を埋め尽くす様に丈と葉を繁茂させ始めている。種蒔き物の収穫は一段落して、第二弾は漸く爪楊枝程のミツバの出揃い期を迎えている次第である。

 盛夏を目しての苗物のキュウリ、ナス、トマトは、現在トマトの成長期に差し掛かって、驚くほどの日進月歩の趣である。

 そんな事で脇芽を千切って、ナスの畝に挿し芽を施して、タップリのジョロ散水を投入して居る。ダイコン畝の半分にはインゲンを移植して居るから、花芽の兆しでインゲンの成長を愉しみとしている日々でもある。

 私は人付き合いを<不得手>とする観察タイプの性向である。従って、何かと観察して他と比較するのを居心地の好い趣味としているロートルである。

 不得手としている以上、他人様に疑問を安易に質問も出来ぬから、専ら浅学非才の身を顧ずに、<自問自答>して、漸く答えの輪郭を掴む事しか出来ない愚者(おろかもの)である。

  そんな事で、種物と接ぎ木物を見て居ると、面白い妄想が働く次第なのである。

 種物は種から発芽して、自前の花を咲かせ結実させて、種を残して次世代に繋げて行く生き方を採る。一方、接ぎ木物は下半身を他に任せて花を咲かせ結実して果てる。若しかしたら、カッコウの様に、托卵専門家も知れぬ。

 これは地道さと効率さの典型的な生き方の違いである。まぁ、そうして居るのは、好い処獲りをして人間の効率主義を適用して居る合理効率主義の現れなのでは在るが・・・

 自然界にも、宿り木なんて種類も在るし、巻き付き専門で、終いには木を枯らしてしまうと云う藤の類も在るから、人間だけが身勝手とも一概には言えまい。

 接ぎ木の凄い処は、スパッと本体を切断して都合の好い物を接ぎ木して仕舞う処で在ろうか。馬鹿の一つ覚えの様に、私は毒亜に象徴される様に中国・半島国・米国を快く思って居ないから、事あるごとに悪口悪態三昧を仕出かしている下衆の一人である。
 歴史本を読めば、自前王朝と征服王朝の根絶しの歴史を重ねて来た中国史に在っては、前王朝根絶しの正統性を<易姓革命>と称して、焚書坑儒の限りを繰り返して来たのが、大陸の偽らざる本態で在る。これは『征服王朝の接ぎ木思想』である。

 上物の接ぎ木の繁栄を支えるのは、何時の時代に在っても、地に根付く民原と在っては、これは如何見ても苛斂誅求の<奴隷制度の様な物>でしかあるまい。台木と接ぎ木を見比べれば、人間の目は目先の羽振りの好さにしか向かないのも、色・形に目移りをして仕舞う『目明きの哀しい性』なのかも知れぬ。いやはや、目利きに為るには、感性と修業が不可欠であるから、全く以って難しい領域なのである。・・・とほほ。

 歴史とは正統性・継続性の上にこそ築かれ継承されて行く筈のものだろうが、征服を経験した国の歴史には正統性・継続性の断絶を埋める為に、得てして正統性の読み替えが必要不可欠と為る。その深層心理は、精神の痛みなのかも知れぬ。

 中華思想には易姓革命が、米国には清教徒思想が、そして共産党にはマルクス・レーニンの革命思想が、その隙間を埋め続けて来たと思うしかあるまい。増してや朝鮮半島国には、長らく続いた属国根性で小中華の事大主義が高じて、言語道断の歴史ファンタジーの捏造ゴッコしか持ち合せて居ないお国柄である。←こんな事打ったら、即逮捕・銃殺刑でしょうかね。

 島国日本に於いては、地勢の利を以って、聖徳太子以前から開国、鎖国を繰り返して来たお国柄である。それも、権威の象徴・天皇をピラミッドの頂点に置くのでは無く、同心円の中心に据えて、皇紀二千六百数十年を正統性と継続性で歴史を継承して来た世界に稀な文化土壌を有している国柄である。相違を理解せずに、言葉単語を通訳するのは、言語に対する非礼と云うべき物でも在る。ギャハハ。

①世界最古の商売→②女郎・売春婦→③慰安婦→④従軍慰安婦→⑤強制従軍慰安婦→⑥性奴隷と訳されて仕舞ったら、誤解が誤解を生むのは、当然の帰結でしょうが。①~④までは、現代倫理学では宜しく無い男と女の性商売・風俗業である。それが⑤⑥と為ったら、正しく人権問題である。

 何はともあれ、横文字を多投するのがインテリだと錯覚・妄信しているご時世なのであるから、慰安婦をコールガールだとかで、統一して性奴隷=セックス・スレーブとは一線を画して発言すれば良いのである。

『ノーノー、ノット・セックス・スレーブ、ノー!! ゼイ・アー・オールコールガールズ!! ドウユー、アンダースタンド・ミィ?』と原語で共通主張するのも良いでは無いか。あい~。
 女郎・売春婦・慰安婦の訳語として、最も適した言葉を提示するのは、それこそ英語、中国語、韓国語の外国語学者先生達の出番なのだと思うのであるが、如何で在りましょうや。
 
 それがとうとう大東亜戦争敗北で、バッサリと台木を切り取られ、米国流に接ぎ木をされて終ったのである。戦争4年、占領7年で、朝鮮戦争特需で壊滅状態で在った生産力は、復活の兆しを見せて、戦前工業力を凌駕して高度成長期を経て、経済大国の地位を手中にした。
 一時、世界アズ・ナンバーワンで、最早、欧米に学ぶ物は無しのバブル絶頂期が弾けて、停滞の20年に沈み、その間に周辺毒亜の遣りたい放題の民主党素人政権に振り回された挙句に、こりぁ、イカンの大合唱で、安倍・麻生の復活、二頭政権が、<デフレ脱却・三本の矢、自由と繁栄の孤>で、自虐史観からの脱却=戦後レジームを訴え始めたのである。

 台木を一刀両断に切断されて敗戦後68年の長きに亘って、敗戦国と云うレールを走らせられ経済成長を物にして来た日本国であるから、真っ当な日本精神の揺り戻し期の緒に着いたと云えども、精神の垂れ流しで高冨栄養化してしまった緑藻の諏訪湖の透明度は、上下水道を完備させても10年単位で無ければ、夏の透明度溢れる涼しき湖風の涼風の復活とは行かぬのである。

  こんな物は言いたくは無いが、『森羅万象の理』と云うのでありますぞえ。

 現代版大東亜圏の<自由と繁栄の孤>は、東南アジアは元より、ロシア、アフリカをも巻き込んで、米中主導の一部の持てる者だけが富むの金融とは名ばかりの<ウオール・ストリート金転がし資本主義>との対決を目して、強調から協調への足掛かりを付け様としているのである。20Cまでの大国強調主義から、21Cは世界協調主義に向かって、善玉バクテリアが活躍する時代に進まなくて、如何するんでしょうかね。イッヒッヒ!!

 報道に依れば野中広務なんて云うエゲツ無い老害が、政治舞台での時系列を無視して、自分がお世話に為った中狂国利権への恩返しと恍惚境に彷徨って<尖閣棚上げの生き証人>とほざいて居る有り様である。仕事の付き合い柄、幹事長時代の先生のご口演をサクラの一人として、何度か聴きに入った物だが、正直言って嫌な高飛車、喰らい付きの顔付で、一切係わりたく無い御仁の風情で在った。

 へへへ、名は体を表すでは無いが、きっと<中>狂<の>国益を<広>めるのが自分の<務>めと錯覚して居るのであろう。こんな老害虫こそ、国民目線で見れば国賊として退治し無ければ為らないのである。

 斯様にして、南京虐殺、従軍慰安婦、竹島、尖閣、歴史問題、靖国問題、憲法問題と手を替え品を替え、戦後レジーム=諏訪湖浄化の正念場に差し掛かって、戦後冨栄養化の水質の中に在って、善玉、悪玉のバクテリア群の熾烈な攻防戦が行われて居るのである。

 この文作の途中、とあるブログさんを覗きに行くと、ベトナム山岳民族に伝承される『采膳酒』の記事を読みながら、中国漢方の<宮廷薬膳料理>との比較でほーほーと頭の体操をさせて頂いた次第である。
 母から娘へと『一子相伝』に伝えられて来た自然との係わり合いの中から生まれた生薬利用の方法が、ベトナムでは采膳酒として、恰も日本の養名酒の様に用いられて居る一方、片や大上段に権威の象徴の如く宮廷薬膳料理とされている次第である。

 へへへ、一事が万事の言葉通りに、これも面白いお国柄の一つなのでは在るまいか。

 閉じ籠り、賄い夫生活の日々では在るが、ヒョコンと遭遇するブログ記事<驟雨(しゅうう)>さんに好い刺激を頂戴するのも、漸く柵から解放されて加齢境に入った御利益かも知れぬ。


心何処ーショート 世の中、広大為りや・・・
            世の中、広大為りや・・・(6/7/13)
 さてさて、本日金曜日で在る、T分けのホーレンソー、ダイコン、シュンギクを採って、野苺を摘んで、倅とT用のジャムを作って置くべしである。朝の賄いと並行しながらジャムを作る。味見をして見ると、嫌に酸味がきつい。赤い実には成ったが、お天道さんの居なかった昨日であるから、酸味が糖分に成長出来なかった様である。

 へへへ、まぁ、止む無しで在る。好みに応じて、砂糖調整をして貰う事に致そうぞ。クレームはお天道さんに申し立てて貰うのが、本筋と云う物である。イッヒッヒ!!

 スプーンで掬って容器に入れて行くと、丁度の分量で在った。こんな処が日頃のお天道さん信仰の御利益で、お天道さんの慈愛と云う物であろうか。

 曇り空から、お天道さんが顔を出せば、夏の暑さで在る。Tシャツ一枚で迎えの車に乗る。Tは短パンの出で立ちで在る。古傷は無いのかと訊くと、Rは体重が重過ぎると言われて終った。減量する為には、俺も胃癌を患って、胃無しの萎え竿男に為れって事かいな?と言って遣ると、胃癌に為らなくても、胃袋を縛って貰う手も在ると抜かし遣がった。

「そうかいね。俺ぁ、Tには口じぁ敵わ無ぇわね。野菜の方は、無農薬・有機栽培だ。ジャムの方は、大分、砂糖を入れたんだけど、日光不足で酸っぱい。砂糖調整して呉れや。そうそう、胃無し男の流動食としちゃ、ヨーグルトに掻き混ぜて食べると行けるわさ。生物だから、早や目に食べてお呉れ。」

「おっ、分かった。サンキュー。」

 スタバ二階席で話をして居ると、再び雨である。金曜日に為ってからは、窓際のソファ席には学者風の60代男が、決まって一人本を読んで居る姿が在る。どんな本かなと席に向かう序でに覗いて見ると、醤油で煮詰めた様な本の中身には、古びた女の写真本であった。セピア色の秘蔵本の類か、写真撮影の構図本なのかは判別しなかったが、嫌に真面目腐った顔・態度で、本を見て居る物だと仰天した次第である。

   若しかしたら・・・変態様???かいな。俺ぁ、ビックラこいたぜや!!

 食後のテレビでは、男が男を愛するとか、女が女を愛するとかの性の特集をするとの番組案内で、何をそんな事まで天下のNHKが特集するまでも無かろう。何でも平等・人権で、おおぴらに国民を教宣するまでも無かろうと、チャンネルを替えたのだが・・・ 私は縄文人であるから、個人の秘め事、性癖の類で、マイノリティのバリエーション、陰の世界で好かろうものを。

 ラジオでも、そんなマイノリティ・パーソナリティさんが、自分らしくを盛んに吹聴して居る昨今ではあるが、人格差別は宜しくは無いが、そこまで国民意識を啓蒙する必要は無いと思うのだが。

 そんな話題から始まったスタバトークで在った。序でに、事が憲法改正・自主憲法制定議論の喚起が頻繁にマスコミを賑わして居る次第では在るが、コメンティターさん、評論家さん、政治家さん達が、現行条文に就いて、一家言を述べたもう次第では在るが、・・・ 
 然しながら文学部、経済学部、政治学部出身者達が多いので、法学部出身の私からすると、何か違和感の様な物を感じ続けている次第なのである。

 大学の法学部では、条文の前に、法哲学、法制史、憲法・公法・私法・行政法・手続法などの法体系を頭にインプットさせてからの、其々の個別法への移行を学ぶのであるが、個別条文を引き合いにとって、ああだこうだとノタマウから、私の様なスカンポ脳の類は、如何しても付いて行けない部分が大なのである。

 へへへ、私もそうでは在るが、言論人は自惚れと自己顕示欲が強過ぎるのであろう。いやはや、怖い御仁ばかりである。

 条文にばかり囚われて居ると、赤い陰の柳腰総理・仙谷先生、原発事故に於ける直ちに人体に影響は無いの一点張り・枝野官房長官、社民党の護憲の権化・福島女史の様に、法律を盾に、とんでもない個人的・正統的恣意に満ち満ちた表現の自由、行動の自由に突き進んでしまいまするがね。そう為ると、男も女も徳高く綺麗には映りませんし、弁護士政治家さんの信用性にも疑問を生じて、益々以って警戒感が増長して仕舞いまするがね。

 こんな話しの後は、YouTubeで見付けた、とぼくれタイプのTには、格好の釣り方で、短い竿と仕掛けで石に潜むカジカをチョコン、チョコンと誘い釣りをする新雑学の報告などをして、外でのパッパタイム後は、ホームセンター、スーパー経由である。

 グリーン・コーナーを覗くと、ジャンボ・マツバボタンが在り、ミニバラが在ったから、それを其々3ポット買う事にした。何はともあれ、女族は無骨な男族と違って、花が好きな生き物である。老母の部屋の廊下から見える様に、マツバボタンとミニバラの花壇でも作って遣ろうと閃いた次第である。

 昼は簡単なパン食として、早速お遊びタイムに移行させる。適当な石で花壇を作り、バケツとスコップを持って、川土をバケツ三杯ヒィーコラ、ひぃーこら運び上げて、花壇を完成させて植え付けた。赤・黄・ベージュの並びもまぁまぁである。ジャンボ・マツバボタンは赤、ピンク、白である。マツバボタン同様に茎をポチンと切って、そのまま挿し芽をすれば簡単に根付く筈である。マツバボタンの幼生を加えて、女王蜂と働き蜂の混栽も面白かろう。


心何処ーショート 本日、過ごし易い為り。
            本日、過ごし易い為り。(6/6/13)
 暑い日差しの中を歩いて、郵便局まで行った序でに、河川敷散歩をして庭から廊下に回ろうとすると、枯れ木の様な風情で妖怪様が杖に縋って、たどたどしい足の運びで庭眺めをしているでは無いか・・・

 庭に回ると、目に付いた草を毟ってある。まぁ、序でであるから、草毟りをして庭箒で掃き溜めてシャクヤクの根元に被せて置く。そんな事をして居ると、マツバボタンの発芽が雨風に運ばれて、意外な所から顔を出して居る。それ等を移植コテで土ごと掬って、見栄えの好さそうな所に移して遣る。へへへ、私も変われば、変わった物である。

 お次は、昨日の雨で生き返った野苺の茂みから、苺を採取して孫(倅)にもジャムを作るべしとのお達しであるから、仰せに従うと致そうか・・・

 何事も男のブッツケ本番で苺ジャムを作り始めて三年であるから、要領を覚えて今や、<お茶の子さいさい>と云った処である。私は農家の生まれでは無いから、お役御免に為ってする事も無いから、スペースの有効利用と家庭菜園を遣り始めた次第では在るが、足の踏み場もない程に蔓延った苺群に手を差し入れて、野性と化した苺を採取するのは、『山菜採り』をしている面持ちでも在る。そんな次第であるから、縄文時代への夢奇譚も打つ事が出来た次第でもある。何事も、無駄な事は何一つとして無いの類で在ろうか・・・ギャハハ。

 食器洗い、掃除、玄関鳥の世話も済ませて、四畳半定位置に座り、マイタイムを始めると、暑かった日差しは梅雨の灰色雲に覆われた空で、涼しい風が通り抜けて行く。フランク・シナトラのテープを聴きながら、風にそよぐ緑に蝶ヒラヒラの外にタバコの紫煙を燻らせている。

 爆音バイクのズベ公お迎えは、授業の終わる3~3時半である。警察のマークとやらで、束の間の形潜めでは在ったが、昨夜は煩かった。夜更かし派の私の寝床入りを知って居るかの様に、1~1時半に掛けての騒音撒き散らしで在った。

          本日のご機嫌伺いでは無いが・・・・

「おい、婆さんや。他人の迷惑は自分の最大の喜びのとんでも無ぇ爆音馬鹿小僧が、女にもてて、人畜無害の俺様の処に日本の女が出来無ぇってのは、一体、如何云う事だいな。ロシア女のジンジロ毛でも煎じて飲ませ無いぇと、幾ら麻生・安倍双頭体制だって、『日本を取り戻す』の実効性の成果は挙がらんぜや。日本もすっかり、不条理の世の中に立ち至ったもんだぜや。馬鹿垂が。

 中国、韓国の肩を持つ不逞の反日マスゴミ野郎共が高給取りで、非正規者の労働搾取をしている連中が、経済連と称して経済を生意気講義してさね。為替が、株価が如何たらこーたらと、一部の金転がし連中のお先棒を担いで、上がれば上がったで、ギャースカ、下がりば下がったで、それ見た事かと、涎を垂らさんばかりの大合唱ですがな。

 経済なんか、難しく考える事ぁ無かんべよ。云って見りぁ、諏訪湖のワカサギ釣り見たいな物よ。赤い紅差しを5~6個付けてさね。相手は回遊魚だから、回遊して来た時にぁ、入れ喰い状態で、どんな馬鹿でもチョンでも釣れますわいね。

 回遊が通り過ぎたら、そりぁピタリと音無しの構えでさ、云って見りゃデフレスパイラルですがな。魚信(あたり)の無い時は、近場に居るワカサギを釣るしかないから、小竿を上下にチョコン、チョコンと誘って釣るんだわさ。ワカサギ釣りの素人としちゃ、そう為ればお手上げですがな。

 でもさ、為替だ株だで、金転がしをしている連中は、完全な中毒患者みたいな物だから、グローバル市場とやらで、諏訪湖、聖湖、木崎湖、榛名湖を渡り歩いて、絶えずチョコン、チョコンと赤い紅差し、餌の付け替えで白サシにしたりして、短期の釣果に青筋・充血眼で『誘い釣り』し続け無くちゃ、金転がし市場が回って行かんのだわね。

 征服支配に血道を上げるユダヤ、アングロサクソン、中華思想主義者共は、会社は株主の所有物などと、手前勝手な屁理屈を強要してさね、ハゲタカ・ファンドに会社乗っ取りで高値に釣り上げて売り逃げに、脅し買い取らせ、詐欺投資で、世の中シッチャカメッチャカですがな。野郎共にしたら、コンピューターの前で、打った買ったのマネーゲーム感覚さね。アハハ、好い世の中ズラ~ 。

 序でに、子殺し、親殺し、子供遺棄に親遺棄、ストーカーに、下半身露出男の続出と来た日にぁ、戦争世代・大正人は、緩んだ入れ歯が吹き飛ぶって事ずらいよ。あい~。

 従順な羊群見たいにあっさり田舎暮らしから足を洗っちゃった現代人は、可哀想な生き物さね。行き過ぎた管理社会のストレスかなんかは知らんが、人間には何時の時代もストレスは付き物ですがな。
 田んぼのあぜ道、里山の林の中でさ、下半身処じゃ無くて、全裸疾走した処で、『変わって居るなぁと思ってはいたが・・・あの馬鹿、とうとう気が触れたか。』で、一見落着でポリ公様の逮捕劇なんて事は無かったズラよ。いざと為りぁ、世間体を苦慮して、座敷牢なんて装置も在ったって話だしさ。

 あれだよ。真面目に考えると遊びの無い車のハンドル見たいに、息の詰まるご時世って事だいね。婆さん、知ってるかい。コケコッコのブロイラーは、ケージの中で45日で鶏肉トレイで食卓に並ぶんだぜ。柔らかいだけで味も素っ気も無いから、人間女族の厚化粧見たいにしてさ、香辛料きつくして山賊焼き、唐揚げ、ケンタッキー・フライドチキンですがな。

 人間って奴は、理想像・効率造ばかりに顔が向いて仕舞うと、碌な事、酷な事は無いの訓えなんだと思うんだけどね。理想教師と反面教師の両面教師の両者を自分の中に置いておかないと、精神に歪(ひずみ)と偏(かたよ)りを来すんじゃないかね。

 学者先生達は『清濁併せ呑む』なんて、敷居の高い事を仰るものだけどさ。世の中、早々克己心に優れた人間なんぞは、何%の希少種ですがな。自分の本性の中に清濁の異分子が、グチャグチャに絡み合ってるんだからさ。先ずは理想に向かって、自分の内部に巣作る性根退治が『いの一番』ですがな。

 それにぁ、自分の中に反面教師を何人も置いて、『憎いアンチクショー!! あんな野郎の真似をする位なら、死んだ方が益しだ。でも自分には死ぬ勇気が無いから、意地でもああ云う事だけは済まい。』と言い聞かせて、七転八倒するのが人間の身の丈でしょうが。

 彼の有名なキャスアス・クレイ(モハメッド・アリ)の言葉に『怒りこそ、最大のエネルギー』との言葉が在るんだけどさ。生身の人間の推進力ってぇのは、ロケット噴射器見たいな物で、末尾に噴射器が在る構造だから、<頭部のカプセル=理想部>が、念願叶って宇宙飛行するんでしょうが。あい。婆ぁ、こんな講義をマンツーマンで聴けるなんて、老人市民大学以上の中身だぜや。」

「ああ、大した物だ。独占するのは、勿体無い。こんな頭の半分が溶けて無く為って来た者に言うより、隣班の喫茶店貸して呉れるんだろう。そこで曜日を決めて塾開いたり、町会長さんに頼んで、公民館で塾開かなくちゃ駄目だよ。お前の好きな女の人も大勢来るよ。きっと活き活きして来て、若返るよ。その内に、噂を聞き付けて、上田、長野、諏訪、飯田からもお誘いが掛るよ。」

「かぁ~、そうやって、俺をオチョクッて笑ってりゃ、世話無ぇや。どいつもこいつも、女なんて物は、性根が悪過ぎるぜや。はい、今日の講義は終了ですがな。」

 いやはや、干からびた糞婆っさと思いきや・・・昨日の雨で精気を取り戻した様である。

 涼しい風の吹き込みとピカピカ、ゴロゴロの音では在るが、未だ雨のお見舞いは無い。


心何処ーショート 狸を笑い、戯けを笑う為り。
            狸を笑い、戯けを笑う為り。(6/5/13)
 昨夜は、早い時間帯で散歩に出掛けた。1時間45分コースを目して出掛けたのだが、街灯の無い山際道は流石にパスして、1時間半コースとして来た。

 それが、住宅街に遣って来ると、土手道を横断しようとしている動物を見る。この辺りでは過去2回タヌキを目撃して居るから、期待が高為る。S大生相手の三階建てのアパートなどが2、3棟並ぶ界隅であるから、建物の明かりに動物のシルエットがハッキリ浮かび上がる。

 車通り、自転車通り、人通りが結構ある道路であるから、タヌキの方も、道路の危険性は充分に認知して居るのだろう。先ずは目前の危険を回避すべく、トコトコと横断して行く。街場タヌキとしては、大いに妥当性のある行動選択である。

 私は足音を忍ばせて、タヌキの消えた辺りを目で探して行くと、河川敷に設えた滑り台、鉄棒、ブランコ、砂場などの開けたスペースの端に、肩の高さほどの大輪ツツジの大きな茂みが在る。しめしめ・・・このロケーションなら、好く見えるに違い無い。

 何処に潜んでいるかは、闇の中で在るから、私には見えない。然し、闇の中の夜行性動物・タヌキは、私の動きを『固唾を呑んで凝視』して居る筈である。石が無いから、アスファルト路面をバンと足で音を立てて遣ると、石垣斜面を脱兎の如く泡を食って下るや、10数mの芝生をツツジ垣に一目散に走って行く。そんなタヌキの姿を見て、矢張り居たかの大納得で在った。

★いや~、失敗こいた。足をドンと一発踏み鳴らした途端、泡を喰っての韋駄天走りのタヌ公の大慌て振りを見て、『タヌキの死んだ振り』を思い出したのである。夜行性の臆病者タヌキは、猟師の鉄砲の音で気絶して伸びて終う。一方、猟師の方はシメシメ鉄砲命中とばかりに、『タヌキの皮算用』でタヌキに手を伸ばすと、吾に還ったタヌキは一目散で藪の中へ・・・

「糞っ垂れ。タヌキの死んだ振りに騙された。」
「冗談じゃ無い。掠りもしないのに、殺されてタヌキ汁なんて、真っ平御免。馬鹿人間。」

 これは、子供の頃に好く聞かされた話である。<タヌキの死んだ振り>と<獲らぬタヌキの皮算用>と、ブンブク茶釜、タヌキ親父などと、敏捷な狐の狡猾さとは違って、人間とタヌキの話は、何かとユーモラスな話が在るものである。天下のタヌキ親父と云えば、江戸幕府の祖・徳川家康様である。長命を志して、丸薬作りを最大の趣味とするも、天下人の生兵法が祟って、お抱え典医の薬を拒否して最後は薬効無き自作丸に頼って、あの世に旅立たれたとかのエピソードも在る。何処と無く、これまた憎めない人間の有限性を帯びて居て、正に<タヌキ親父の象徴>と言って良い程の東照宮大権現様のご存在でもあるべしである。タヌキも人間も、一か所位抜けた処が在った方が、親近感が沸くと云う物である。

 へへ、何処と無くおっとりして見えるタヌキは、昔から人間域と重複して棲息して来たのだろう。信楽焼でタヌキの置物と云えば、巨大キンタマ・フリチン、デカイ太鼓腹に蓑傘、ヒョウタン、徳利を提げたスタイルは、死んだ振りタヌキと獲らぬタヌキの皮算用猟師の憎めないタヌキと人間の面白さに相通じる物が在りそうである。

 そんな脳裏に浮かぶ断片を繋ぎ合せて見ると、爆竹でも放り込んで遣ったら、目出度く気絶タヌキをゲットして『狸汁』でも食えた物を・・・返す返すも、残念で在った次第である。

★待て待て、獲らぬ狸の皮算用の訓えも在るでは無いか・・・狸エキス満載の狸汁などペロリと平らげたら、はち切れんばかりの巨大キンタマの間に、チョコンと顔を覗かせるだけのソチン沙汰である。

 武闘派の端くれとしては、何と云ってもタマタマよりは、俵星玄場の<剛槍>が肝心要である。無記名の闇投票をすれば、世の大多数の女族様からも、タマタマ愛好者よりも、剛槍の御利益に軍配を上げられるのは、紛れもない多数決の原理と云う物で在りましょうや。ギャハハ~!!

       以上、昨夜散歩での戯け笑いのライブで在りまする。


心何処ーショート へへ、大便乗に、暫し活談するなり。
          へへ、大便乗に、暫し活談するなり。(6/4/13)
 梅雨入りとは名ばかりで、一日雨が降っただけの暑いばかりの日々である。川原には黄金の色彩でオオキンケイギクの花盛りである。そんな日中でも、用足しにはペダル漕ぎをして来なければ為らず・・・ 私が元気に為るのは、夜だけである。

 朝はお天道さんの明るさと暑さで、起床させられて外で一服のジョロ散水から始まる今日この頃である。ホウレンソウを間引きした後は、量が確保されつつある小粒野苺をチマチマ採って<野苺ジャム>の完成とさせる。

 潰した苺を火に掛け、砂糖を投入してトローリ、トロトロ・・・★さんの為なら、グツグツ、掻き混ぜて、掻き混ぜて・・・ ○ちゃんの為なら、トローリ、トロトロ。弱火でトローリ、トロトロ。これぞ深紅色と酸味の純度100%、根気手作り100%。

      これぞ、先祖帰りの縄文野趣満載の野苺ジャムですがな。

    グツグツ、掻き混ぜて掻き混ぜて、弱火でトローリ、トロトロ・・・

★さんの為なら、○ちゃんの為なら、掻き混ぜて、グツグツ、トローリ、トロトロ。
 
 さてさて、お味の方は・・・スプーンで熱々を掬って、一舐め。おお、この酸味ですがな、好いね好いね。この深紅色ですがな。これで文句などほざいたら、英霊さん達の眠る護国神社で丑三つ時の五寸釘ですがな。日本の麗しい習慣では、善人も悪人も等しく仏さんであるから、蝋燭灯明を点して、線香位は上げて遣りまするがな。ギャハハ~!!

 これで完成で在るから、容器瓶と生蕎麦、田舎の味覚・古沢庵などを添えて、宅急便に出せば<気は心>の便りとも為る。生物であるから、サッサと食べるが肝要でありまするぞえ。パンに付けて食するもよし、お湯割り、水割りのオンザロックで、野苺風味を味合うも良し。

 熱い自転車シートにメタボ体重を掛けて、運動方々、ホームセンター、スーパーに行って来る。ヤクルトママさんが来たから、本日火曜日である。それでも、ホームセンターの野菜苗、花コーナーでは、買い求める客が結構居るものである。定年退職後の土弄りに趣味を見出して居る模様で在ろう。

 そりぁそうである。自然界から誕生して、食料の栽培と保存を覚えて人間の繁栄を築いたと云えども、人間のDNAから<土との交わり>を消滅して仕舞えば、無機質人間が蔓延(はびこ)るだけの『荒涼たる心の渇き』を招じるだけの事である。現役時代は何かと仕事に感(かま)けて、職場と寝所の往復を余儀なくされて居たロートル達が、サケ、マス、ウナギの<回帰魚>の様に自らのDNAの内為る声に耳を傾けるのは、自然界の一動物としての原初的行為なのであろう。へへへ。

 さてさて、もう一つの買い物は、このスーパーでは売って居ないから、Mスーパーに行くべしである。それを買ってアジャジャ・・・適当な箱無しであるか・・・ 汚い箱では在るが、止む無しで梱包する。再びスーパーで宅配便に出して、本日のメーン・エベントは終了である。

 明日の午前中着との事であるから、宅配便を口実に、やんごとなきお声を聞かんと電話する。へへへ、これを称して世俗では大吟醸では無く<大便乗>と云うのである。ギャハハ!!

 いやはや、吾が最大の理解者さん故に、言葉を交わせば止まる処無しの掛け合い漫才劇場の開演である。へへへ、世の中とは宜しく出来て居る様で、一方に捨てる神あれば、一方に拾って下さる神在りで、突っ込みと笑いの良い時間を頂戴した物である。


心何処ーショート さてさて、本日は何をすべぇや。
            さてさて、本日は何をすべぇや。(6/3/13)
 遺憾いかん・・・時計を見間違えて6時台で起きて終った。勿体無いから、ズボンを脱いで二度寝である。ラジオを掛けながら、まどろみの時間に入る。へへへ・・・老母の物音であるから、起きるべしである。

 月曜のゴミ出しをして来て、家庭菜園を前に朝の一服を付けて、脳味噌と体の目覚めのアイドリングである。小粒の酸味だけが取り柄の昔ながらの苺の赤い色付きを採って、野苺ジャムとするしかない。未だ走りで在るから、三日程の収穫量で遣らねばジャムも出来ない先祖帰りの代物である。深紅色とキツイ酸味はジャムは本より、お湯で割って飲むのも頃合いの酸味で在る。

 男女の味覚の差異で在ろうか、男族の私には意外や意外で、女族の味覚には合うらしく、プレゼントすると好評の段なのであるから、不思議な物である。

 採り立てのシュンギクをお浸しとして、朝飯を食べる。老母の部屋の前のサツキも赤ピンクの見頃期を迎えている。食後のテレビを相手の悪態漫談をして、日課の目薬落としをした後は、食器洗いと米研ぎ、玄関鳥の世話を終えて、四畳半定位置でのモーニング・コーヒーである。

 目薬も二本目で在るから、薬効で老母の目も大分、スッキリして来た。先ずは目出度し目出度しである。廊下の椅子で庭を眺めている姿は、静かな枯れ行く老いの姿で庭の空気にマッチして居る。

 さてさて、煙草をもう一本吸って、風呂を洗ってジョロ散水して、湯を張ると致そうか。栓を抜けば排水路に流れるだけの呆気無さでは在るが、手間を掛ければ植物達の命・整腸の潤いとも為る。序でに私の筋肉の緩急効果も図れると云う物である。これを称して、節水・植物支え・運動の三方良しと云った具合で在ろうか。

 人間とは口が先に動いて仕舞ったら、世話焼きだけに長けた<体たらくロートル>に陥るだけの事である。賄い夫仕事は、文字通り専業主婦見たいな物である。何やこれやと、体を動かさないと物事は回って行かないのである。ニャロメ!!ってな物である。

 浴槽を洗ってポータブル給水して、せっせとジョロ散水を往復させて居ると、おやおや・・・妖怪様は体調が好いのだろう。サツキの茂みの中から雑草を抜いたり、松の枝を剪定鋏で切って在るでは無いか。体裁良く枝を伸ばそうと思って添え木を付けて置いたのだが、如何やら親子の感性が違うらしく、切って仕舞って居る。

★何を遣っているんじゃい。この糞婆っさの野郎が、片付けも出来無いのに親面し遣がって、<切って置いたから、片付けを頼むね>位の人間のエチケット位持ち遣がれってな物である。へへ、内心ムカッとした次第であるが、妖怪様相手に感情語を発しても致し方無しの経験値である。物事は、好い方に採るべしとロボットに徹するのみである。

 嗚呼、婆さん、疲れてしまった様である。ベットで身を横たえて御座る。いやはや、好い気な物である。私は善人でも良人でも無いから、時に大いに気分を害して、妖怪様にこの糞婆あと見うぬを幸いに、ゲンコツを振り上げて居る次第なのである。

 さてさて、一風呂浴びて男前を上げて、気分解しにでも行って参りましょうかね。

 へへへ、人間ロートルに為れば、短気は損気の自己処方箋を携行して置かないと、クローズアップ現代に登場する様な<切れる老人>に陥って仕舞いまするぞえ。とほほ・・・為りや。

心何処ーショート 曇天に、日曜の雑感一つ。 
             曇天に、日曜の雑感一つ。(6/2/13)
    昨日は団扇サボテンの黄花が瑞々しく一つ咲き、本日は三つと為った。

 昨夜の散歩時は、街場を下って見た。折り返しを過ぎてS大界隅に来ると、土手道に草むらから抜け出した動物の影一つである。前にアライグマを見掛けた辺りで在る。

<さて、その正体や、如何に!!>で立ち止まって見て居ると、向こうも私に気付いて、はたと立ち止まって、此方を見て居る。紛れも無くタヌキである。夜陰の中のほんの数秒の遭遇であったが、サッと逃げる訳でも無く、充分な間合いを維持しての双方の眺め合いと云うのは、面白いものであった。タヌキは道を横断する事を諦めて、草むらの中に消えて行った。

 タヌキのヤツは、土手道を横断して川原に水を飲みに行ったのか、食料の足しに蛙を食べに行ったのかは、一切不明では在るが・・・ こんな形で、年に一、二度は街場で人間界と共生して居る野生動物との遭遇が在る。野良犬が姿を消して何十年も経つから、人間界と動物界は、重複して居るのだろう。夜散歩、夜ジョギング、学生達の自転車通行も結構あるのだが、耳にイヤホン、手に携帯チャカチャカの近視眼人間達ばかりであるから、彼等野生動物の目撃談は、余り聞かれ無い次第なのでは在るが・・・

 クマ、イノシシなどの物騒な動物が徘徊し無い分、人間日常の大勢には影響が無いと云う処で在ろうか。

 私とタヌキとの一定距離間を保っての眺め合いなら、何の問題も発生し無い次第では在るが、先日の在日半島国人に依る<相手が日本人なら、誰でも好かった>などと称しての殺傷沙汰には本当に腹が立つ。

 責任能力に疑問視されるとやらで、殺人者の精神鑑定を要するとの報道では在ったが、冗談じゃない。精神に異常が在る無しの理性以前の中途半端生物は、<殺処分>にした方が後々の為にも宜しいと云う物である。言葉の通じない私とタヌキでは在るが、人間界への進出を充分弁えているタヌキの方が、出直し行動に出て居るのであるから、立派と云うより他在るまい。

 平和平和、人権人権の大合唱をするばかりの可笑しな口論世界と為って仕舞った昨今、麻生さん、安倍さんの<価値観外交・自由と民主主義の孤>とやらで、東南アジア、アフリカ政策が、両首脳の各国訪問で活発化されている。私の様な時代遅れの用語では、これは正しく光の部分の<大東亜共栄圏>の焼き映しであろう。<黄禍の象徴・日本>を永遠の三等国に縛り付けようの第二次世界大戦戦勝国連合が、東京裁判のゴリ押し烙印を押し付け、自縄自縛の平和憲法を置き土産に、米国の属州支配を維持して、朝鮮戦争時には元のフビライが、属国兵団を駆り立てて、鎌倉時代の元寇とした様に、日本を出先として使用し、一国では最早、戦費を調達出来なかった財政難を棚に上げて、日本から戦費調達をして置きながら、<日本よ、デカイ顔をするなよ。お前達は血を流さ無かったでは無いか!!>と開き直る。

 米国の厚顔無恥の本質は、長崎・広島への原爆実験をしたにも拘らず、原爆投下に依って、日本が<無条件>降伏をしたと嘯く本性その物の姿でしかあるまい。何年か前に、ブログにした米国の生い立ち、成長過程を歴史の経過として見れば、奴隷解放の裏側に在る日本の縄文人の特質を色濃く持って居た北米インディアンの平和な暮らしを絶滅させてニューフロンティアの綺麗事で、西部開拓史を吹聴して、カルホォニアに達した。今度は米西戦争でスペインに勝利してカリブ海を制するや、パナマ運河から太平洋に覇権を伸ばし、最終目的地の中国への目の前に弧を張る日本と対峙したのが、好戦的米覇権主義の本質でしかあるまい。自由と民主主義の世界の警察国家とは、表向きの事で、その本質は世界帝国のパックス・アメリカのTPP覇権主義と言って良かろう。

    世界はこれを称してアングロサクソンの譜系と称して居るのだが・・・

 そんな戦後レジームから脱して、<日本を取り戻す。>の極々普通の国家・国民意識を持てば、即軍国主義への反省皆無、不戦平和憲法にもとる超保守派・タカ派と意味も無くレッテルを貼って、似非連中がヤイのヤイの大合唱をするだけで、物事、歴史の事実に目を向けようとしない偽善的言論だけで、お茶を濁して仕舞う。

 奴隷制度の延長線上での植民地政策・経営と、奴隷制度を持たなかった日本の植民地同化政策・同化経営とは、根本的な差異を有しているにも拘らず、彼等の根底深くDNA化している被植民地国に対する摂取搾取の歴史観だけを以って、敗戦国日本を自分達と同様の植民地収奪に奔走した軍国主義日本と叩きに叩き、その敗者復活の道さえ封印して、自分達の思うがままに、敵役を演じさせようと画策して居るのが、現実の米国と周辺の毒亜国の常套手段である。

 アフリカ諸国援助会議為る物が、日本で開催されて居る由。テレビでは資源買い、ランド買いとやらで、彼の中狂国の形振り構わずのお家芸・国家要人への賄賂攻勢と、工事受注の独占化に依って、本国機材・労働力を投入して根こそぎ成果を持って行くと云った出張植民地纂奪をしているそうな。

<其れ、然も在りなむ>であろう。易姓革命と云えば、何か凄い感じに為って仕舞うが、前王朝と名の付く物は勝った者勝ちの何でもし放題。焚書坑儒で断絶の歴史しか持たないで来たのが、中国の歴史である。近時に於いても、毛沢東の紅衛兵による自己批判の下で行われた焚書坑儒の凄まじさ、天安門事件の戦車押し潰し事件、毒餃子事件、北京オリンピック聖火リレー、尖閣に纏わるあの手この手の破廉恥沙汰である。
 従って、歴史も推して知るべしの証左でしかあるまい。常識的な推論を働かせれば、世界第二位の経済大国と豪語しているが、現在の中狂国首脳は、紅衛兵の勉強する者は、僻地で重労働の教育暗黒時代の人間達で構成されて居るのである。その実、賄賂・袖の下・盗作・改ざん・捏造の世界的権威国の発表する事など、『眉唾物』でしかあるまい。

 その前提に立てば、協働参画の日本型経済援助政策・経営がアフリカ大陸で展開されれば、<大東亜共栄圏の焼き映し>が世界に発信される。中狂型援助と日本型援助の違いは、其の儘、歴史への検証とも為る。南京大虐殺、従軍慰安婦の性奴隷問題に信憑性が在るか無いかは、一事が万事の毒亜国の捏造物で在ったかを知るのに、世界は然程の時間は要しまい。

 斯様にして、戦勝国側の論理破綻が、白日の下に証明されるのでは無いかと、期待して居るのであるが・・・

 一度皮膚深く押し付けられた烙印と云う物は、中々に消え去る物では無いが、一つ一つ、機会を物にして現実にコツコツと真面目に努力して行か無ければ、日本を取り戻す事は出来無い。

 これだけ自由に発展した日本国である。マスコミの上辺だけの情報交通整理だけの刷り込みに屈する事無く、頭の片隅に幾ばくかの歴史知識を置いて、地球儀でも回しながら己が経験知・経験値による自分軸との反芻をして貰いたい物である。そうすれば、<当たらずとも、遠からじの光景>が見えて来ましょうぞ。

 戦後レジームから脱して、縄文時代一万数千年の日本人精神の揺籃期を経て培養されて来た本来の日本人に立ち返って、<日本を取り戻す時期>が来ている。それもヤオヨロズの神々が守護神として居られるのである。元寇の神風と違って、ヤオヨロズの神々の風は、春風の如く去勢されて終った子等に、安倍・麻生の大和武尊の勇者をお立て下さって居るのかも知れませんぞえ。イッヒッヒ!!

 何て言ったって、好色ヤクザもどきの戯けロートルにだって、この位の目利きは在るんですぞえ。日頃、上品?に尊大振って横文字、カタカナ文字を自由自在に多投為されている微党政治家・識者諸候も、少しはマトモな事を言い為されや。日本がそんなに嫌なら、毒亜国の住人に為れば好いだけの事である。ギャハハ~!!


心何処ーショート 静かなりや。 
                静かなりや。(6/1/13)
 本日、曇天薄日の態で在る。家庭菜園の二番手チンゲン菜を抜いて、ミツバに場所明けとする。植物の成長は、早いものである。四畳半横のコブシの木にも、新しい枝葉が伸びて来て、夏のパラソル兼目隠しの兆しである。

 野苺化した小粒イチゴを採って、今年最初の苺ジャムを作って見る事に致そうか。昨夜のナイト散歩は一時間半に伸ばして来た次第である。私の体細胞モードも、夏仕様にスイッチオンの様である。

 朝食後のご機嫌伺い、目薬落としも済んで、玄関鳥達も朝の取り換えも済み、半分開けた玄関の風の通りの中で、静かに抱卵中である。先程まで通りでキャッキャ、キャッキャとボール遊びをして居たチャリンコ達も遊び飽きて、家に帰った様で、平日の静かな町の佇まいである。

 ラジオをBGMに、溜まった夢奇譚のPC整理を始める。いやはや、好く続いて居るものである。番外編を入れると19編である。へへへ、こう為ると整理序でに<夢奇譚目次>を付けて、メモリーチップで保管するしかあるまい。拙い文章群では在るが、これも或る意味では掛け替えの無い<吾が分身達>である。

 庭木の落ち葉を掻き集めて、冬を越させ春と為れば土量不足を、ヒィーコラ、ヒィーコラ、川原から運ぶ土作りから始めて、種を蒔き、ジョロ散水を施す。芽出しが小学生に為れば下ろ抜きをして、サッと茹でてお浸しにして、食卓に載せる。中学生時、高校生時にも同様の下ろ抜きをして、浅漬けにして食す。

 斯様に、自ら出た産物は、日々のメリハリを与えて呉れた葉野菜達と同様である。例え寸足らずのダイコンたりと云えども、葉も全て活用させて貰い目出度く野菜としての成仏をさせて遣らないと、土、雨、風、気温とお天道さんの折角の思し召しに、唾を吐く愚行と云う物である。

 いやはや・・・分身達と思えばこそで・・・後始末と云う物は、何事も自己責任が付いて回る厄介な物でも在る。面倒この上ない自己満足にしか過ぎない作業では在るが、始めれば形が付く。遣らねば、物臭の埃に埋め尽くされて終うだけである。

                 とほほ・・・為りや。

Copyright © 心何処(こころいずこ). all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。