旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 二月も早や、最終日為り。
            二月も早や、最終日なり。(2/28/13)
 昨日に引き続いて、本日も春日である。ラジオ、双眼鏡、老眼鏡を持って、河川敷ベンチで読書と洒落込む。半纏の背中がポカポカして、気持ちが好い。煙草は意識的に持って来なかったから、行儀が好いと云う物である。

 ラジオでは安部、岸田、麻生、甘利の各大臣の施政演説が続いている。頁を捲る本は、世界史のローマ時代の軍人、政治家達、暦の記述である。頁捲りの間には、小休止の双眼鏡を覗いて、山の頂を覗いたり、木に止まるヒヨドリ、キジバトの姿に焦点を当てる。

 好いお天気さんであるから、老人達の散歩者が河川敷を歩いて行く。一人散歩も在れば、老夫婦の散歩姿も在る。犬散歩の婦人達も居る。

 そんな中に、面白い老夫婦散歩者が在った。80代の夫婦だろう。ザックを背負ったがっちりした体格の亭主殿が、ジグザグ歩きをして行く。その後ろを数メートル遅れて、腰の曲がった連れ添いさんが、黙って付いて行く。
きっとブッキラ棒にして照れ屋の亭主は人目を憚って、夫婦の健康度の余りの格差に、自分は河川敷スペースをフルに使ってジグザグ歩きの視野に、連れ添いの姿を捉えて歩足の調整をして居るに違いあるまい。

 亭主の労りと女房の頑張りの図・・・私にはそう見える。へへ、羨ましい光景である。

 一度決めた男女の番いの姿とは、お互い<絶対に捨てない、絶対に付いて行く>の男女の結び付きなのであろう。亭主の胸を張って律儀なテンポを刻む歩き、がっしりとした体躯の背中のザックが、兵隊さんの兵嚢に見えた。80代としたら、戦争を潜り抜いて来た夫婦なのであろう。大東亜の夢破れての敗戦兵・・・満州、朝鮮を黙々とひたすら夫婦共々、こう遣って・・・祖国日本へ、日本へと歩いて歩いて、引き上げて来たのかも知れない。そんな想像が、見える様な老夫婦の姿であった。

 安部総理の施政方針演説は、聴いて居て心地良い。この心地良さの中には、久し振りに聞く『嘗ての日本の匂い』がするからであろうか。小沢一郎さんの<生活が第一>にツイ、政権交代をなんて甘い考えで一票を投じた物の・・・日本解体党、反日政党の本態を見せ付けられて、即座に自民党に里帰りしたのではあるが、民主党政権3年3月は長い長い『日本ぶち壊しの無責任政治』であった。

『覚醒せよ、日本人!!』の波風が、毒亜から頻繁に送り込まれて、戦後レジームからの脱却を目指して、志半ばで倒れた安部晋三元総理が、負けを承知の自民党総裁選に打って出た。選挙前の大方の予想に反して、奇蹟の総裁選勝利の結果と為った。その選挙中継を見て、恥ずかしながら老母共々に、好かった好かった。<御先祖さんの神風が吹いた>と落涙した次第である。

『日本を取り戻す』の下、自民党が復活したのは昨年暮れである。漸く陳腐な戦後自虐史観の封印が氷解する兆しが見えて来た。私流の言葉を使わせて貰えば、<覚醒せよ、日本人精神の揺り戻し>が起こりつつある。

 私ども親子は、安倍さん、麻生さんの大ファンである。お二方とも、実に好い話し方を為される。すんなり胸に落ちる話し方である。見た目は、片やお公家さん顔の安部さんの質朴とした語り、片や遣り手社長のベランメー調の麻生さんである。お二方の共通は、確りした祖国日本への国史観であろうか。

 ともすれば、近頃の日本語はカタカナ文字、抽象語、専門語が多投されるから、私には何か違和感満載の<翻訳日本語>の様に聞こえて来て仕舞うのである。

 言うだけ番長の異名を持つ前原さんは、中々に手厳しい。流石に切れ者であるから、理路整然とした質問の展開振りである。然しながら、『矢張り野に置け、前原節』であろう。

 一度決めた男女の番い姿とは、お互い<絶対に捨てない。絶対に付いて行く。>の一途さが無ければ、それは一幅の絵には為らないのである。老夫婦の姿を見て、『日本国に生まれ育った日本人なら、体内のDNAの声に耳を澄ませて、一途に日本人として生きて死んで行きたい。』と思わされた次第である。

 少々、余白が在るので、昨日仕入れた話を一つ紹介して置きましょうかね。記憶力が粗悪で在りまするから、アガタ節にて打たせて貰いまする。

 ご存知、<日本は悪い国では無く、立派な事をした国だと言ったら、首に為った。>と自己紹介為される田母神先生曰く。
 
 忠臣蔵が『吉良上野介の打ち首』から始まったら、単なる押し込み騒動の浪士隊で公儀への逆賊。忠臣蔵が<松の廊下>から始まるから、忠臣大石内蔵助以下四十七士の美談として、日本人の心に刻まれるのである。

 一方、大東亜戦争が500年に亘る白人の有色人種植民地支配からのアジア解放戦争だったにも拘らず、戦後占領軍教育に依って、『パールハーバー』から語られるから、日本は騙し打ちの野蛮な帝国主義国家で、米国が野蛮な軍国主義から日本国民を開放して遣ったのだとのインチキが罷り通って仕舞って居る。

 忠臣蔵では、吉良上野介の浅野内匠頭に対する執拗な苛め。パールハーバーでは、米英中蘭のABCDブロック、海外資産凍結、蒋援作戦、ハル・ノートの大包囲網が在った。

 国家と国家が全面戦争をするのであるから、抜き差しならない因果関係が存在して居るのは当然の話である。その時系列が歴史であり、その歴史の流れを俯瞰的に観る視点が、正当な歴史観なのである。因果関係を恣意的に分断して<スタート時点>を『クローズアップ現代化』して仕舞ったら、『歴史の真実は蚊帳の外』と為って仕舞う。

            へへ、お説、ご尤もの段で在りました。
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心何処ーショート おふくろ、アリガトさんよ。
           おふくろ、アリガトさんよ。(2/27/13)
 庭が、薄らと白い。お天気掛りの老母からは、<雪で0℃の8℃だから不凍栓はしなくても良いよ>と言われた。ゴミ出しに外に出ると、雨気配に変わりつつある。車にエンジンを掛けて、散歩コースを一走りして来る。

 炊飯器を入れて、風呂を沸かす。ポットに湯を入れて、四畳半定位置でモーニング紅茶を飲む。ラジオでは、安倍・オバマのTPP会談の解説をしている。それにしても、好い加減な物である。いやはや・・・素人聴衆者を丸で小馬鹿にした様な厚顔無恥の<得意顔の解説>である。調子こいて、真に受けたら兄弟に軽く見られちゃいまするがな。へへ、『風見鶏の世論誘導』かいな? その手には乗らんぜよ。・・・と云う感じである。
 
 風向きを見て、抜けシャーシャーと<情報をプール>していたのか、それとも世界に箱物・支局網を張り巡らせては居る物の・・・内容はお寒い限りの現地新聞・テレビ漁りでは在るまいか。

 気合いの入った情報獲得・収集もせずに、素人サッカーの様に、ボールが蹴られると、そのボールに一目散為らぬ『一目参』の報道姿勢を仕出かしているのか。どっちにしても、マスゴミ下衆の魂胆見え見えでしかあるまい。ジャンケンだって、後出しをすれば勝つのである。

 普段は国益のインテリジェンスとか情報戦だとか言って憚らない連中の遣る事と言ったら、このザマである。企業益のインテリジェンス、情報戦、世論操作と云った方が、彼等の魂胆には近かろう。

 知の下に情報を獲得して精査して、情報を取捨選択して知を築き上げて、国益を確保して行く。地味ではあるが、これが地に足を着けた報道の在り方では無いか。

 最新ニュースに一目参で、号外ニュースばかりではコロッケ演じる『お江戸の瓦版売り』でしかあるまい。その癖、スポーツに関しては、セオリーが、インフォメーションがとか、言いたい放題を言う。報道に公正を誓うのなら、賛否両論併記、知の下の見識を解説して呉れ無ければ、国民は育たないのである。

 TPPは菅無理政権が、震災・原発事故への政治主導の<無枕言葉(なまくらことば?)>を被せるだけ。その内実は、素人集団の後手後手に終始していた。菅無理さん特有の個人パフォーマンスで『平成の開国を大連呼』しての霞が関の術(忍法目くらましの術)で孤党延命を図り、次のドジョー総理も<アジア経済の駆動を取り込め><時代のバスに乗り遅れるな>とばかりに、マッチは擦った物の・・・誰が考えたって、生木が焚き木で在っては燃え立つ訳が無い。

 生木を天日に当てて好~く乾燥させねば、焚き木とは為らないのである。然しながら、TPP情報の開示は、TPPが加盟国だけを会員とした門外禁止の秘密の文書との<逃げ口実>で、先ずは参加する事が『国益』と開き直る。
 情報開示を党是とする民主党がこのザマであるから、政権党内部でも賛否両論の内ゲバ、脱党者続出の疑心暗鬼国会の状況を呈し、国論を二分してすったもんだしていた関心事であった。TPPに加盟しない限り、その内容は一切不透明で在るから、先ず参加をして国益に合致し無ければ抜ける。そんな政府の強弁見解であった。

 執拗に繰り返せば、国論を二分するほどの大懸案事項であるから、民主党政権がTPPに就いての内容を開示しないで、参加意図を街頭演説然として国会で遣らかしても、多数を得る事が出来なかったと云う事なのである。
 反対派からはTPPに加盟しているカナダ、オーストラリア、韓国の対米有利の実態の数々が明らかと為り、防戦一方の民主党政権の軟弱振りが焙り出されて来たと云った処が、一般人の感想では無かったのか。

 何時の時代に在っても、経済力こそが国力の基礎である。経済の基礎は市場である。市場は国内経済と海外市場と在れば、生産力の拡大は海外市場を多とする。人類の生産・消費の拡大は、世界経済の規模に達して久しい。
 国家と国家が、世界市場を舞台に相見えると為れば、弱肉強食は生物の常である。西にユーロー圏、東にTPP圏構築。それを21C版ブロック経済化と見れば、斜陽著しい米国が、日本市場に米国流儀をゴリ押ししてアジア市場圏を席巻し様と目論むのは、『斜陽国米の国益』その物と言って良かろう。

 世界市場と云う舞台で、企業は国籍を離脱してグローバル企業の論理を振り翳して、世界制覇に向けて邁進する。弱肉強食の無国籍企業論理が罷り通って仕舞ったら、勝者と敗者、キングと農奴の図にして、中世暗黒時代の再来と考えてしまうのにも一理と云うべきであろう。共存共栄には、関所、規制、保護が必要と為るのは、これまた人の知恵でもある。

 学生時代に、英米メジャーオイル資本に対して、出光興産と云う会社が、日本資本の中東原油を日本の産業に提供すると大活字が、新聞に躍っていた物である。民族資本、民族企業の言葉も踊っていた物である。
 一応労務に係わった者として、出光興産に就いては、『事業を通じて、人間を育てる』を理念とした大家族主義・日本的経営、タンカー日章丸・・・etcと言葉が続く次第である。

 アルジェリアでイスラム武力勢力のテロ襲撃を受けたプラント建設会社日揮の社姿。一方、巨大市場・中狂国迎合こそが、日本の国益と言って憚らない伊藤忠の事業家・元中国大使・丹羽宇一郎氏の言動。

 国家が存在する以上、国家とは何ぞや、国民とは何ぞや、日本とは何ぞや、日本人とは何ぞや。歴史とは何ぞや。国家・国民の歴史とは何ぞや。生きるとは何ぞや。へへへ、ロートルと為って、日々に対すれば、何かと真摯に自問自答し無ければ為らない。

 いやはや、ラジオからは国会中継が始まったのだが、吾がスカンポ脳には、野党議員さんのニュース資料に明け暮れる国会中継とは、奇怪な物である。

     しとしとぴっちゃん しとぴっちゃん、し~とぴっちゃん。
 悲しく冷たい 雨すだれ。幼い心を凍てつかせ、帰らぬちゃんを待っている。ちゃんの仕事は 刺客(しかく)ぞな。・・・涙隠して人を斬る。帰りゃあいいが 帰らんと ...

     人他人(ひとひと)ピィーちゃん、他人ピィーちゃん。
 ピィーちゃんの仕事は、選挙にて、金バッチ付けること。野党に為れば野刀にて、与党に為れば余刀にて、持つは、何れも瓦版ぞな。今日のニュースは、何れ為り・・・。

 遺憾いかん・・・祖国日本の選良の御仁である。貧民最下層のスカンポ脳如き吾が世迷言を聞かれて終っては、天地草木、河川海、悉く毒塗れの中狂国送りにて、狂殺されて仕舞いまするがな。

 本日、春日為れば、徘徊散歩が肝要である。さてさて、出掛けて参りましょうぞ。

      さて、出掛け様とPCを閉じ掛って居ると、ノックである。
 如何した?と聞くと、風呂に入って綺麗に為ったから、暖かい日だから町医者へ診察に行くたいとの仰せである。本人様がその気なら、有り難いものである。三時からの診察では在るが、老母を乗せての車椅子散歩にする事にした。

<倅のお説教に 素直さ見せる 老母かな。>・・・へへへ、流石に、大正女は日本の母親である。無風にして春日の暖かさに、母の頷きながらの小さな言葉を聞きながら、町内をぐるりと回って、町医者に到着する。帰りも上々の様子であるから、大周りをして私の散歩量を稼いで来た次第である。

 老母をチョコンと乗せて、図体のでかいロートルクマ男が車椅子を押すの図が、余程親孝行に見えるらしく、皆さん声を掛けて下さる。いやはや、お恥ずかしい限りでも在る。


心何処ーショート 何やかやと、仕事は出て来る物で在る。
          何やかやと、仕事は出て来る物である。(2/26/13)
 昨夕は<四畳半の頼り>ファンヒーターの灯油を入れて、ブログを打ち始めて居ると民生員のFさんの声である。

「お婆ちゃんは元気? 」
「ちょっと待って、ベットじゃないかな。」

「だったら、好いよ。これ、歯医者さんで逢ったKのお婆ちゃんが、ブログ文章読んで、有り難うって、読書感想文が入って居るってよ。これは、お婆ちゃんのお菓子にって。
 あんな綺麗なお婆ちゃん見た事が無いって、誉めちぎってるよ。明るくて面白い親孝行息子に、ウルウルしちゃってるって。がっちりした体格に、ハンサム顔。口も文章、絵も達者で、感服だって。この親にして、この子在り。この子にして、この親在りの<後光が差してる>ってよ。そうだよ。口は悪いけど、Rちゃは並の男じゃないって念押しと居たからね。あはは。」

 FさんとKさんは、彼是40年来のお付き合いとの事である。Fさんは右手を骨折して飯は炊けるが、料理が出来無いから喫茶店を継いだ嫁さんから、オカズを作って貰っているとの由で、その帰りとの事である。
 色々、Fさんの話を伺って見ると、睨んだ通りにK婆さんは教員経験がある教員夫婦だった由。亡く為られた御主人は美術の教師後、夫婦で喫茶店を経営していたとの由。<今度、お婆ちゃんに逢いに来る>そうである。

 サイザンスか。今週の金曜日は、K婆さんは歯医者では無いのだろう。昔の教員らしく、義理硬い大正女殿である。

「Rちゃん、如何して分かるの?」
「へへへ、教師には教師臭が臭うものだわね。何だかんだと言っても、人間の職業臭は避けられない物だからね。」

 今度は電話が鳴って、明日午後からケアマネHさんの月一コールとの事である。

 明けて本日も、大変な冷え込みであった。ゴミ出しに行くと、西のお山は硬い白銀を輝かせて、アルプスの縦貫が晴れ渡った薄い天の空色をバックに冷気の中、凛と鎮座している。思わず、ブルブルの逃げである。未だ朝の賄いには早いが、真面目掃除でもして置くと致そうか・・・

 掃除、食事を終えてお茶を飲んで居ると、ヤクルトママさん、宅急便が届いた。

 すっかり意気投合して居る<のんびり親父の水彩画>のsnさんから、私の額縁似顔絵が届いたのである。

 昭和23年生まれの薩摩隼人と道産子で、共に第四子である。戦後ベビーブーム真っ只中の男子高出身にして体育会系の『番から世代』である。文は態を現わし、絵は態を現わすである。お互いのそれなりのイメージが合致して居た様で、もうもう、電話で声を聞いた途端、ガッタ坊主時代の旧友に再会した様な・・・両手を挙げてのイヒヒ、ギャハハ、ニャハハの時代の子同士・胸襟開きのロングトークの仲と為って居る次第なのである。

 それを二畳小部屋に掛けて、ニンマリ。続いて、台所水栓バブルが完全に逝かれてしまったので、自転車でバブルを買いに行って来る。

 構造と因果関係を知っている私は、物臭の狸であるからして、シールテープを巻いて、騙し騙し使用していたのである。その間の事情を知る術も無い老母が使用した後は、手先が利かないとか、力が入らないとかの『言い訳』をしているが、馬鹿扱きぁがれ!! 
 どうせ、顔を顰めて力任せに遣って居るから、経時劣化したプラスチックと金属の鬩(せめ)ぎ合いをすれば、<金属は強し>で嵌合部を舐めて空回りを引き起す。空回り故に、完全な止水が出来ず、おのれ~とばかり山姥の渾身の絞め技の足掻き。

 然れども、止水は為らず、<病膏盲に入る>→「やべぇ~に行って」→<妖怪様のオトボケの術>ですがな。

 私としては、このお体裁婆ぁが、デリカシーの無い糞っ垂れが~、何の役にも立たないのに仕事ばかりを増やし遣がると、怒鳴りたい衝動に駆られるのだが・・・。
 怒っちゃ行けねぇ、怒っちゃ行けねぇ。自発的に遣って呉れて居るのであるから、その気持ちを怒鳴って仕舞っては、<ショック死>に繋がりかねない。

 分解して見れば、粉骨砕身・・・良く働いて呉れた物である。駄目な物は交換するしか無いだけである。1-1=0の一目瞭然の沙汰で、ただ単に、その時が来たまでの事である。

こんな事で、声を荒げて仕舞っては、分別のあるロートルとしては失格である。

 96にも為って、一切惚けずに居て呉れるのであるから、お天道さんに感謝するしか方途は無いのである。・・・とほほ。

 スイスイとハンドル交換をして、序でに買って来た茶菓子を器に盛って、老母お気に入りのケアマネHさんを待つ。本日は、私に下心在りで、ブースを用意して車のエンジン掛けでもある。ギャハハ~。

 バッテリーにブースを繋いで、今や遅しと待ち構えていると、そんな時に限って『待ち人来たらず』である。斜向かい吟さんが顔を出して、自分もバッテリーが上がって充電したとの事で、小型充電器をセットして下された。渡りに船であるから、ケアマネさんの土産用の沢庵と干し柿をお返しとする。

 転んで脇腹が痛いとの愚痴に、医者に行く行かないで<すったもんだの親子会話>と為って、一切拒否権を発揮する糞婆っさである。好い歳をかっぱらって、拗ね始めて居遣るがる。扱い難い女である事か。そんな事で怯む鬼倅では無いわ。私は老母を嗜める。

 こう云った場合では、私は正真正銘の鬼である。お体裁、綺麗事だけでは、真相も心の深層も観る事は出来無い。普段は漫才を仕出かしては居るが、私は論理と観察の客観性に生きる人間である。

 老母殿は黙して、落涙するのみである。大体の事は分かったから、後は説得工作をして、親子の労り合いである。

「へへ、Hさんお見苦しい処をお見せ致しまして。でも、気にする事は無いわね。俺は余所余所しいお体裁屋の偽善者は、性に合わないからね。<お互い同心円で在ったなら、雨降って地固まる>が、お天道さんの思し召しって事さね。心配は要ら無ぇよ。
 そうだ。今日、好い絵が届いてさね。チョイとお披露目するから待ってましょや。」

「あらぁ、そっくり。この寄り目勝ちの処が、何んとも愛嬌が在って、可愛いじゃないですか。
実物は、がっしりして逞しい体付きに、お侍さんの男前の顔だから、知らない人が見ると怖い存在なんだけどね。親しく成ると、ガラリと表情が変わるから、そんな温和な顔で収まってる。
 和服に収まって居るから落語家見たいで、味が在る。うんうん、Rさんのお話は、人情噺を聴いてるみたいで、面白くて、核心を突いて居て、凄く為に為ってますからね。ふ~む、雰囲気を掴んでるんですね。ブログの世界って、凄いですね。アハハ。」

「やいやい、嬉しいご評価。絵描きさんに成り代わって、彼が送って呉れた実家の鹿児島産モチゴメで搗いた餅が在るんだ。味見してよ。肌理の細かさと質感がモチモチした食感と仄かに口に拡がる甘味は、薩摩隼人の味ですがね。そして、彼の繊細さを帯びた感性ですがね。」

「好いんですか。嬉しい。本当だ。確りして重い綺麗なお餅~。お婆ちゃん、食べました?」

「うんうん、雑煮と焼いて貰って食べたよ。美味しくて優しいお餅だよ。」

「おっお、婆さんは流石だね。<美味しくて優しいお餅>か・・・ ピッタリの表現だわさ。いやはや、俺ぁ逆立ちしても、婆にぁ敵わ無ぇぜや。あい~。」

    ケアマネさんの車をお見送りして、老母様から茶を入れて貰う。

「序でだ。リンゴも食べちゃうか。」私はリンゴの皮を向いて、それを庭に置いて来る。

「今日は、忙しい日だったけど、好い日だったね。」とニコニコ顔の妖怪様である。
「あいあい、三人とも、久し振りに目のゴミ落としが出来たからな。」従う倅である。

★コラッ、俺が迫力が在り過ぎるからと言って、親子の間で水臭いぜや。気兼ねをする歳か・・・背伸びをしやがって、馬鹿垂が~。はいはい、仰る通りに好い日でゴザンしたよ。へへへ。


心何処ーショート 一日遅れの休息日為り。
          1日遅れの休息日為り。(2/25/13)
 へへへ、風邪をひいた。まぁ、当然の話である。朝食後は早々に風邪薬を飲んで、寒い四畳半から太陽光暖房の小部屋二畳の炬燵座りとする。ティッシュで鼻を噛んでモーニングコーヒーなどを飲んで、一日遅れの日曜日の休息日とする。

 雲一つない上天気では在るが、冷え込みは-10℃超えなのであるから、玄関鳥を外にも吊るせず、廊下に並べる。昼の気温も上がらず、平年と比べると6~7℃も下回るとの事である。
 
 11時を回っても、家々の北屋根のツララは未だ凍ったまま、一滴の滴りすら見せて居ない有様である。いやはや、とんでもない酷寒の年である。腰と背中が張って、嫌に為って終う。

 庭には、日蔭の雪が半分残って居る。松の枝が風に揺れて居る。布団は上げて掃除をしてしまったから、眠くなったら八畳の炬燵で寝て安静を保つべしである。

   先日の土曜スタバトークのTの声色使いでは無いが・・・

「ホントにこの子は、きつい事をバンバン言う物だ。年寄りを労わる気持ちの欠片も無い。何か云えば、馬鹿の一つ覚えで『キリギリスの壊疽死』と来る。歳老いた親を苛めて楽しんで居る。ホントに鬼みたいな子で。これじゃ、毎日が針の筵(むしろ)だ。
 ああ、早くあの世に旅立ちたい。ホントにこの子は、私の子かね。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・育て方を間違えてしまった。哀しいったら、在りぁしないよ。きっと、仇打ちして遣るからね。」

 声色使いの特技を持って居るTの野郎は、志村けんの見過ぎである。顔までクチャクチャにして、下顎まで突き出して居遣がる。還暦の分別を以って、私の親に対する反省心を呼び起こそうとして居るのだろうか・・・。
 何を、見て来た様な事を言って遣がる。臭過ぎる演技であるから、私としては一切反省する事も無く、笑い転げてしまう。糞っ垂れが、半分自分の事を言って居るのであろう。ギャハハ!!

 へへ、舌に潤滑油が回って仕舞ったのだろう。続けて、家庭劇『夫婦の幕』に転じて、斯く斯く云々の結びとして。

「まぁ、女なんて物は散々、自分の言いたい事だけ言って、チョイとこっちが逆ねじ喰らわせて遣るとさ。<はいはい、分かった分かった。父ちゃん、用は無いね。じぁ、私二階に行くから。>・・・ってさ、階段トントン上りよ。

 あんな物ぁ、カンナなんて生易しい物じゃないわさ。腐臭プンプンの生ゴミだぜや。自分に都合が悪い事を拝聴するのが、人生哲学の第一歩なんだけど、向上心皆無の古女房の胡坐掻きよ。停滞以前の退歩・退化だじ。あいあい、弱ったもんさね。
 少子高齢化で、女は男以上の長寿生き物だろう。<ハイハイ、分かった分かった>でトントン上りじゃ、ハイクオリティーな近未来が来るのかいな。糞っ垂れが。

 政治も安部さんに戻って一安心だけどさ、日本の国体を護るにぁ、憲法改正の軍事力以上に、俺達男族が長生きして、不肖の女房族と刺し違える覚悟で行かなくちゃ、義理と人情の男の世界が廃れちまうがな。それじゃ、靖国神社の英霊様に顔向け出来んわな。ひひひ。」

 あの日は、如何云う訳か・・・Tの尿意に即反応の『連れション』で、スタバトイレにスーパートイレに、お互い歳は取りたくないの苦笑いの態で在った。

 スーパーから、スタバ駐車場に向かうすがら、上天気為れど寒風酷しである。

 T曰く。
「見てみろ、R好みだろうけど、上品振ったって、<ああ、寒い。アラ、私とした事がチビちゃった。>で、爺っさ男以上に、婆っさ女は『お漏らし族』だぜよ。
 男はいざと為ったら、片手でホースの根元を押さえ込んで、片方の手でファスナーも下せるわな。そんな事でトイレに一直線も、建物の裏で放出の芸当も出来るけどさ。パンツ脱ぎの女は、大変だぜや。テレビ見てりゃ、パンパースが売れ行き商品だぜな。」

 我々と同年輩の隙の無い御婦人をマジマジと見て、遣り過しざまに、得意の声音使いで、<>部分の解説をするのであるから、碌でも無い好色ヤクザもどきのロートルコンビの実態でしか無いのである。

「へへへ、そりぁそうだ。歳の貫録、化粧で美容健康に青汁ガブガブ飲まぁ、パンパース、ナプキンが売れるって事かいね。おお、風が寒いねぇ。お漏らしし無ぇ様に、帰るかいね。
 お互いに賄い夫だから、台所で水使えばさ、パブロフの犬で、漏れる~で、トイレ走りだぜな。その内、俺達も外出時にはパンパース爺っさに、真っ逆さまかいね。やや、冬はロートルにぁ、天敵だわさ。」

「あいあい、そう言う事こったいなぁ。此処までグローバル、分業化の進んだ時代だ。思い切って世界は棲み分けしてさ、若い働ける内は寒い国でガンガン働いて、歳取ったら皆で南国住まいの方が、エコじゃ無いのかね。アハハ。」

「そりぁ、あれだ。ノーベル平和賞物だぜや。『21C人類平和への序章』として、国連提言演説して見ろや。宝籤で、チマチマ億万長者を夢想するより良いぜや。あい~。」

「行けね、行けね。そんな事したら、全世界のパンパース協会から、刺客を放たれちゃうわね。俺ぁ、未だ赤玉打ち尽くしちゃいねぇわさ。ひひひ。」

 男族の女族への憎まれ口、女族の男族への憎まれ口をほざきながら、憎まれっ族、世に憚るでお役御免のロートル人生は、ヤジさんキタさんの珍道中が気分の足しでも在りましょうぞ。然しながら、顰蹙を買っても、一切品性の振る舞いは不可能で在りまするから、どうぞ、各自でその間のご均衡を保つ事は自己責任にて。

 土曜ブログの主役は、Tである。自転車と格闘して、草臥れ儲けのおニューの体たらくが、風邪薬のお厄介に為って居る次第である。此処まで主役さんを立てて置けば、私の風邪も大事に至るまい。さてさて、童心に還ってチョイと新車漕ぎでもして安静に、これ務めるべしである。ニャハハ。


心何処ーショート 嗚呼、本日・日曜日であった筈が・・・
         嗚呼、本日・日曜で在った筈が・・・(2/24/13)
 ハハのはぁ~ってな物で、意外とすんなりチューブを嵌め込んで、満を持して空気を入れた物の、悪戦苦闘が祟ってチューブは穴だらけの結果に為って仕舞った。一応、パンク張りをしたのだが、新品チューブはブクブクと何個も泡を噴き出している。悪足掻きの末のパンク貼りであるから、最初は意地も在ったのだが、根が尽きた。

 高い授業料を払ったから、チューブを買って来れば、今度はスイスイ行く自信は在るのだが、タイヤも弄くって見ると、経時劣化も甚だしい。笹子トンネルに学ぶが、ロートルの知恵・嗜みでもある。もう完全に草臥れ果てた自転車であるから、新品を買う事にした。

 風呂に入って、洗濯物をして、遅く成った散歩で歩いて行って来る。9800円、13800円、15600円である。ゼロ段、3段、5段との順である。躯体と色具合が気に入ったから、5段ギアを買って乗って帰る。

 へへ、流石に新品だけ在って、至極具合が好い。陽は長く成った物の、お寒い限りである。今夜も寒く成るのは、必至の様である。

 午前中のテレビでは、大地・水・空・海を汚し切った中狂漁船団軍が、日本海域ギリギリにまで押し寄せ、根こそぎ小魚までトロールして、日本の旬の寒サバは、倍値の品薄状態との事である。養殖・栽培漁業の資源保護&再生産経済など、何のその。自分だけが拝金本能剥き出しの低民度音頭の暴走振りの繰り返しのみである。そんな事ばかり仕出かして居ると、<毒亜の自毒に、自らを滅ぼすの時も待てず。>で、旧約聖書のソドムとゴモラ同様に、隕石が降り注いで『悉く誅殺誅滅』させられちゃいまするがな。

 シェールオイル、ガスの登場で、オイル、ガス資源大国の地位に大変化時代の到来とばかりに、森前総理とプーチン大統領会談、安倍総理とオバマ大統領とのTPP会談と、行動と情報開示を声高に吹聴していた筈の前政権民主党との違いは鮮明である。聖域無き関税撤廃の関税自主権の放棄は、亡国に通じる道との『毅然たる国益の前哨戦』をして来た安倍さん効果が、形を現わして来たのか・・・? 未だ未だ、混乱低迷を続ける世界経済の局面、局面を映す首脳会談では在るが、誰も予断を下せないグローバル世界競争の戦国時代でもある。
 
 いやはや、昨日今日とポンコツ自転車様には、好い勉強をさせて貰った物である。今日の予定としては、もう殆ど忘れて仕舞ったが、推理に推理を継ぎ足す好い夢を見て、推理短編でも二畳小部屋で打ち始めようと思っていたのだが・・・ 加えて、車輪を外さなくても出来る方法を思い付いて→片方を縁切りにすれば、理屈上は<チューブは中に入る筈>と、ついニンマリで在ったのだが。

 タイヤを車輪リムから外して、タイヤの中にチューブをスイスイと入れて、コア軸をリムのバブル穴から出した後、グイグイとリムに押し込んで行くと云う寸法である。

 然しながら、其処まで到達するのに無理強いが過ぎて、処女は見るも無残に<全身創痍のベテラン従軍慰安婦>の沙汰だったのである。花の命は短くて、今後の耐用年数を考慮すれば、『正真正銘の処女をめとって、自分色に染め上げるべし』の判断とした次第である。

 いやはや、本日は私にとっては、仏滅日でもあった。①小鳥の世話の時に、戸が開いていて、雌三匹籠から一羽が逃走した。②そろそろ、車のエンジンでも掛けて置こうと思い、キーを回すとバッテリー切れである。想像以上に、今冬の凍み上がりはキツイと云う事である。自転車に歩きに頼るのが、習慣と為って仕舞うと、兎角、車は面倒な物に為って仕舞う。

 唯一つの幸いは、長らく行方不明だったジッポーライターが出て来た位の物である。ニャロメ、とほほのオーボケ、キョ(大惚け虚)位しか、思い付きませんわね。

心何処ーショート これも、定め為りや・・・
             これも、定め為りや・・・(2/23/13)
 いやはや、土曜スタバトークの後で、自転車のチューブを買って来た。本日は暖かいから、さぁ、修理修理と始めた次第であるが、何回遣っても知恵の輪で、チューブが入らない。

 そうじぁ~、あるめぇ~。この位の事が出来無いと為れば、世の中のお荷物ロートルの近未来の幕明きですがな。ありぁ~、また駄目かいね。

 ♪如何すりぁ、好いのさ、思~案橋~。と来りぁ。ついでに♪私、馬鹿よね、お馬鹿さんよね。

 ニャロメ、う~む。チェッちぇっ、何でだろう・・・ 鼻歌どころじゃ無かんべさ。俺が低能児か、不可能の理屈か~。やれやれ、煙草を吸って、考えて見るかいね・・・。

 理屈で考えると、後輪を外さない限り入る訳が無いのである。然しながら、そんな事を一々遣って居ては、自転車屋も堪った物では無かろう。絶対に、<職業的決め技>が在る筈だと何時間も試すが、吾が足掻きは一切拒絶されて終うのである。完全に、駄目なのである。

 然しながら、時間だけは一杯あるお役御免のロートル日常でもある。不器用、脳足りんの身では在るが、人が出来る事が出来無いと為ると、これは、もうもう・・・筆舌に達し無い程の<大ショック>に打ちのめされて、『再起不能の恥入り振り』なのである。

 幾ら何でも、一々車輪を外して遣るなんて、物作りで世界を席巻した日本の技術・工夫では無いか。その知恵の輪が分からないのであるから、私としては絶対に引き下がれ無い。

 これは、断固たる『男の意地』なのである。糞っ垂れが、馬鹿にし遣がって!! 

 素人では在るが、人間の考える事は道理の付き詰めで仕組みが出来上がって居るのであるから、沈思黙考の知恵の輪解きをして見るが、何度試してもチェーンを越えて、内部に達し無いのである。内部に達しない理屈だけが理解する事が出来るまでの事である。

『迷ったら、振り出しに戻れ』である。老眼鏡を持って来て、小さな字で印刷された説明書を何度も読むが、車輪の取り外しに関しては、一切書いて無い。従って、其の儘、チューブの装填が出来ると解釈するしか無いのである。

 最後にもう一度試して、車輪の取り外しにトライする。いやはや、これは難儀な事である。取り外し個所は、何か所も在るではないか・・・ 嗚呼、自転車を買って来るしか無さそうな雲行きである。陽が陰って来たから、ギブアップする。

 弟に電話して訊こうとは思ったが、ネット検索の手が在る。早速、検索して見ると矢張り、後輪を取り外さなければ、チューブ交換は出来ないとの事である。

 そりぁ、そうだわな。俺だって、人間だ。理屈に合わない事は、仕組み・構造とは為らないのである。いやはや、一応、馬鹿・低能児では無かった事が証明されて、ほっとした次第である。

 まぁ、これで遣る事が出来たのであるから、駄目元で自転車購入を予定に入れて、分解するべしである。どっちみち、自転車の解体をしないとゴミ出しも出来ないのであるからして・・・とほほのほぉ~と来たもんだ~。

 へへへ、冷静に考えれば<毛無し、女無し、金無し、止めが甲斐性無し>と来ているので在るからして、文句を言っても始まらない次第である。

 ホームセンターでメモして来たチューブを買うと、Tはそんな事をするよりも安自転車を買った方が<得策>とのアドバイスにして、ママチャリなら在るから、遣ろうかと言われて終った。ノーギァのママチャリだと、上り勾配は息切れ沙汰だから、パスと断った次第である。


心何処ーショート 歌考一つ
                 歌考一つ(2/22/13)
 冬将軍様の居据わりとやらで、背中を縮込ませている毎日では在るが、5m、3m、2mの豪雪に閉じ込められて居る地方の事を考えると、こんな物は<軟な小愚痴>でしか無い。『愚痴は止そうぜ』・・・へなちょこロートルと恥居る次第では在るが、実際問題は愚痴しか出無い沙汰である。

  本日、午後から老母の歯医者である。へへ、午後で好かったと云う物である。

 この処、ひょんな事で迷い込んだ音大出身者から為るコーラス・グループ<フォレスタ>に嵌り込んで、そのYouTubeに一時を費やして居る次第である。唱歌、歌謡曲と流石に音大出身者のコーラス実力は、透き通る程の透明感にして、人間の声帯は正に名器に匹敵するの『喩え通り』である。

 そんな中に軍歌も含まれていた。大ホールには年配者の聴衆で満ちて居た。或る男性は、眼鏡を取って、何度も涙を拭き、或る男性は遠い昔に還って居る様に、また或る女性はシートに背を預けて瞑った顔をホールの宙に向けて、表情を変える事無く肉親の霊に対して、時間の停止した世界に居る様子でもあった。

 私は一人で、自室のPC画面に対して居る。そんな事で、深夜の四畳半で涙が流れるままに、聴いて居る様である。

 一般的には、軍国主義の日本の中に在って、国民の戦意高揚の為に国策的に造られて来たのが、<軍歌>>との評価では在るが・・・ 全く、可笑しな話である。

<世は歌に連れ、歌は世に連れ>の中には、『世』とは決して上から目線のお仕着せでは絶対に統制出来無い成り立たない『生の世』が存在し続けて居るのである。生の世を写す物は、取りも直さず庶民の感情・生活の思い、色なのである。戦争は、その背景、現実の場、その契機と為る添え物見たいな物である。

<出征兵士を送る歌><同期の桜><ああ紅の血は燃ゆる><荒鷲の歌><ラバウル航空隊><暁に祈る><麦と兵隊>><討匪行の唄><異国の丘><戦友><誰か故郷を想わざる>・・・etcと軍歌も在れば、戦時歌謡曲も在る。総べからず、人は時代の存在にして、時代を映す生き物である。

 軍歌を全て軍国時代の主義歌と片付けて終えば、戦後主義者には都合の好い囲い込みなのだろうが、歌い継がれて、戦争を知らない私世代でも、自然と頬伝う熱き物を引くのは、<歌の呼称>>は如何で在れ、その底流には日本人のDNAを継承し続ける『情の部分』が色濃く流れて居るから、自然の形で、胸が熱く成り、込み上げる感情に嗚咽、落涙するだけの事である。

 こんな自然の情感に、殊更、<主義の色眼鏡>など何で必要なのか。好い物は、好い。

 才能素質に教育訓練、自発力の練磨が加わると、人間の声帯は名器に変わる。名器はソツ無く、楽譜・指揮棒通りに、澄み渡ったメロディとハーモニーを奏でる。

 名器には名器が選ぶ名曲が必要である。一方、個性と味で掴む歌手の座には、歌手の人間味存分な名調子、★★節が、聴衆の心を掴む個人芸の領域でも在る。そんな処にも、人間其々の好みの領域が在って、名器と節の棲み分けが、出来て居るのが、受け取る側の共鳴箱の拡がりと云う物かも知れぬ。

 こんな腹の足しにも、暖房の足しにも為らぬ事を、浮かぶまま、思いつくまま、本日も、長駄文の一編を打ち込んでいる次第である。

 さてさて、午後は歯医者さんである。この位で、本日のブログ打ちを切り上げようと致しまするかな。


心何処ーショート ラブミー、テンダー。(2/21/13)
ラブミィ、テンダー・・・(2/21/13)
 おいおい、今頃、マダニの解説かいね。とぼくれ遣がって。解説員様よ。貴殿はマスコミ界の専門官様では無いか、有事に際しての、専門家評としてマイクを向けられれば、即座に解説して、対処法を提示するのがお仕事では無いのかえ。そんな即戦力を欠いた専門員集団のNHK解説部門とは、如何なる存在である事か・・・一向に、腑に落ちない肥大官僚組織とも云える実態なのでは無かろうか。

続いて10時のニュースでは<只今、入ったニュースに依りますと、今朝、三名の死刑執行が行われました。死刑執行は・・・>と長々と来たもんだ。コンニャローめ!!

法治国家での刑が執行されたまでの事で、なんでこれがトップニュースに為るのか、精々が『ニュースの末尾』が据わり処と云う物であろう。私には皆目見当が付かない。

人殺しをすれば、死刑に為る。お化け様にも肝を抜かれる。こんな事は、当たり前の事では無かろうか。人間感情からすれば、仇打ちが刑罰の本態である。世界最古のハムラビ法典を引き合いに出すまでも無く<目には目を、歯には歯を。>の応報刑が古今東西、人間の刑罰史である。
但し、こんな事を際限無く『私人間』で遣り合って居たら、収集が着かなくから、<私闘>を封印する為に、警察(追跡、逮捕、抑留) 裁判(民主的な立証手続きのお白州)、牢獄(刑罰の執行)と云う其々の機関を設けて無用の諍い、私闘を国家が禁じたまでの事である。死闘を禁じたのであるから、国家が仇討を<代理>して執行する義務が在るのである。言って見れば、<理の当然>の話である。別に残虐な事でも在るまい。

社会・国家秩序の醸成の中で応報刑が、人間の性善説を取り入れて、教育刑に収斂されて現代の刑法を構成している。そんな中で、死刑制度の参否両論が在る事は、十分承知はして居る心算では在るが、死刑執行が日本の日常報道の中に在って、『ニュースのトップ』に為る程の事はあるまいに。

 ニュースのトップ記事とするorしたいの根底には、NHKの死刑廃止論願望が在るのだろう。裁判員制度に依って、死刑判決が『高率』と為ったとの事である。裁判にスピードと民意を導入したのが、裁判員制度の目的の一つでも在った筈である。裁判官と云う専門官は、先例主義を採る物である。法曹分野では、それを判例と云うのだそうな。

何事も、制度、組織に歴史が在る以上、『先例の積み重ね』で妥当性と言うべき公正性が、秩序として構築されて行くのが、人間社会の決まり事なのである。クーデター、革命ならいざ知らず、組織、制度が硬直して、時代、社会にそぐわなくなって来ると、改正して行く事で調整をして行く。それが、秩序維持の要請なのであろう。

変な話では在るが、現行憲法には頑迷な護憲政党が存在する。然かもその政党に依ると、死刑は時代遅れの最悪の刑罰で廃止し無ければ為らないと断じる有り様である。

然しながら、痛ましい事件が起こる度、不条理・理不尽に殺害された被害者の遺族は、加害犯罪者に対して、極刑の判決、執行を求める映像が多く放映されている次第である。 

感情と理性の両方を併せ持つのが人間の特性である。正直な話、人間とはその狭間に在って、断を決し無ければ為らない物を、役割として持ちされて居る生き物でも在る。乱暴な言い方をすれば、<平時の論>と<有事の論>を人間は持って居る物である。識者から発信される処は、理性が勝ち過ぎてシバシバ『平時の論=机上の理想主義』に偏り過ぎて居る。別な言い方をすれば、立場立場の建前論に終始して、本音論を未熟論として一蹴して仕舞うから、困った事に為る。『高率』と『民意』の相関関係を解き明かすのも、マスコミの仕事で在ろう。

簡単な言葉で考えれば、占領憲法の前文の<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。>の無条件降伏文章を金科玉条の如く押し抱いて居る内に、お隣の諸国民の実態が何千年も不変の毒亜諸国と云う事に気付いて、オタオタしている。

★ふざけんじゃ無ぇ、こちとらだって、キンタマ付けてるんじゃい。虐め子にオタオタして脅しに載って居たら、亡国の危機と目覚めたのが民意だったんでしょうが。それが、言うに事欠いて、『日本の右傾化』と来たもんだ。

♪ラブミ~、テンダー。ラブミー、スウィート。ネバー、レットミー、ゴー。ユーハブ、メイド、マイライフ、コンプリート。・・・<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。>

♪馬鹿こいてんじゃ無ぇ~、俺ぁプレスリー好きだけどー。言い為りに為って、死にたか無ぇさ。あんな毒亜にぁ、キンタマ 見せて遣らぁ~。

護国の自衛努力も実現出来ずに、実効性ある虐め対策など、造れる筈が無かろう。状況は、平時の論から、有事の論へ移行して仕舞って居るのであるから、民意が現実対応として本音論へ移行して居るのが、安倍・麻生双頭政権が誕生させたのでしょうが。

そして、裁判員へのインタビュー、アンケートなども報道される事が屡(しばしば)ある。インタビュー、アンケート調査の項目に、

<あなたは、死刑制度に就いて、如何思いますか?>
<裁判員を経験して、あなたの死刑制度に対する考えは、変わりましたか?>

 こんな調査項目を加えたとしたら、意義深い民意を汲み取れることに繋がると思うのであるが・・・虐めも体罰も、安全保障も、問題検証の基本スタンスは、本音の見極めこそが、問題解決の入り口じゃ無いでしょうかね。へへへ。

 さてさて、入浴、洗濯も終わった事故に、散歩に出掛ける事に致そう。好いお天道さんの輝きでは在るが、朝の冷え込みにお天道さんの御利益は追い付いて居ない状況である。

こんな日には、街場に向かっての距離伸ばしが肝要である。街場の橋を渡って、低温稼ぎの上り勾配をテクテク歩く。町内辺りまで来ると、最初にモズの姿である。河川敷には溶け残った雪が在るが、河川敷散策の方が気分が好い。

 家の辺りまで来ると、キジバト、ツグミ、ハクセキレイ、コサギの姿が散見出来る。おやおや、小さな鳥影に翼のエンジ色では無いか。ジョービタキのメスである。立ち止まって、彼女に口笛を吹く。おやおや、もう一羽、ジョービタキのメスが飛んで来た。

 へへへ、為るほど、この辺りが彼女達の縄張りの境界線らしい。ジョービタキのバルディナさんは、暫く此方を見て尾羽のタクトを振っていたが、丸刈りされた葦の川原に飛んで行ってしまった。

はいはい、アリガトさんね。さてと、橋を二つ越えねば散歩距離が稼げない。毛糸の帽子、手袋を脱いで、再びテクテク歩きの春探しである。



心何処ーショート へへへ、寒いのは、遣り切れませんわね。 
         へへへ、寒いのは、遣り切れませんわね。(2/20/13)
 ブログを遣って居ると、類は友を呼ぶの喩えで、常連さん達には何やかやと想いが巡る物である。本日は友からの物が届き、感謝感謝の気持ちである。もう一つ、長らくブログ更新の無かったお人から、足跡が在ってブログを読みに行って、久々の★節を読んで、好かった好かったの段である。未だ未だ、本調子に復帰するのには時間を要するのだろうが、一ファンとしては、嬉しい物である。

 何んと、サービス精神旺盛なお人である事か。でもねぇ~、頑張り過ぎちゃ駄目だんね。俺ぁ、涙が止まらなかったぞえ。あなたは立派過ぎる。困ったお方でもある。コラァ、無理するな!! ウッシッシ。ご免ね。

 貧民賄い夫の身であるから、一日の習慣で、多種多様なブログ徘徊をさせて頂いている次第である。其々のお方達が、文章、写真、絵を見せて下さる。心穏やかにさせて貰ったり、大したお方達と吾が身の不甲斐無さを知らされもする。
 そんなお方達が、一級品の文章・写真・絵を見せて下さる。居ながらにして、こんな雰囲気、気分を頂戴出来るのである。発信も受信の思いのままと云う物であるから、こんな好い時代は無い。そんな時代に生きている事への、お天道さんのお導きに感謝するのみである。

 こんな気分で迎えた日であるから、些か外気は寒かろうが、玄関鳥を軒下に一列に吊るして、スーパーまで用足しをして来る。お天道さんは在る物の、冷え込みが強過ぎて日蔭の圧雪道はコチンカチンに凍ったままである。

 スーパーの一角には、休憩スペースが在る。一人の年配女性が一人で、コーヒーを飲んで居る。昼の店内は、年配者が多い。総理訪米に際して、今週は朝から確りと国会中継がされている。国会中継を見たり聞くのも国家・社会への観察の一つでも在る。
 
 散歩で出会う老夫婦が、寒い中をとぼとぼと歩いて居る。歩く事で体調を維持して居るらしく、連れ添い歩く老妻の姿を見れば、国会中継の映像が頭を過る。老亭主殿は、身体が不自由である。きっと、無理をしてでも歩かないと、身体の関節が固く錆付いて仕舞うのだろう。
 老夫婦の暮らす家は、ややもすれば閉じ籠りの無味乾燥な暮らしに陥って仕舞う事だろう。反応の鈍く為った老亭主を急かす様に、毎日を連れ添いと歩く。たどたどしく杖に頼って、湾曲した脚を引き摺る様にして歩く亭主殿の心を考えたり、亭主に黙って連れ沿う老女房の気持ち・心を考えるだけでも、人間の人生、夫婦の人生などが、胸に去来する。

 歩く事も出来無く為って仕舞った老母の姿とオーバーラップして、そんな老夫婦のリハビリ散歩の姿を見るに付け・・・うんうん、しょーが無いよな。日課はお勤めだと思って、日々の習慣を続け為され。

 ゆっくりゆっくり・・・急ぐ事、他人の目なんか、気にしなくても好うゴザンスよ。習慣は、ロボットモードに入れて、習慣に乗ってこなすのが、人間の一番の知恵ですぞ。

 動ける内は、動く。頑張り為され、頑張り為され。終わりの無い物は、この有限の世界には何一つ在りませんわね。心臓が動いて、身体が動く内は、日々を重ねるのが生物の務めだんね。立ち止まったら、全てが錆付きまするぞえ。

    そうか、そうか、それだけ着て居れば、風邪も引かんわね。へへへ。

 自転車でスーパーに二往復である。さてさて、窓越しのお天道さんと違って、一向に温まらない外気の様である。

 軒下で、寒雀状態の鳥籠を取り込んで、所定の位置に戻す。四畳半定位置で、暖房を付けて皮付きピーナツをポリポリさせて居る間に、空は灰色に様変わりである。大分日は長く成った物の、寒さの抜けぬ午後の様は、如何ともし難く駆け足の進みである。


心何処ーショート おお、ビックリした。おお、怖い~!!
           おお、ビックリした。怖い!! (2/19/13)
 今日は嫌に腰が痛いと思っていたら、雪が降って来た。いやはやロートルの吾が身たるや、ナマズの地震予知細胞の様な物で在る。朝は然程の寒さでは無いと思っていたのであるが・・・まあ、これとても-12℃超えを経験して仕舞ったから、それが寒さの基準と為って居るまでの事である。

 とほほ、人間歳は取りたくは無い物で、古傷を持つ者は寒く為ると疼く物なのである。この寒さと雪の形を観て居ると、水分の多い上雪とは違って<嫌な雪>と成りそうな雲行きである。

 昨日のテレビでは、旧正月で首都北京の大気汚染は沈静化されていた由で、大気の透明度は在った物の、マタゾロ、汚れに汚れ捲る党内実、軍内実、経済内実、人民内実共に不透明中狂国に復帰するのだろう。

 いやはや国家と民度がマトモなら、他国様の領土・領海・領空に気違い染みた猪介などして居る銭と人員の投入でも在るまいに。北の地下核実験、韓国の中狂擦り寄り、連日の紛争の海・尖閣の演出と・・・性懲りも無く北朝鮮・韓国、中狂国と云う御存在は、歴史を重ねても学習能力すら疑問視せざるを得ない粉う事無き『毒亜』の本態晒しで在る。

 丸で近現代史の時代時代、事件事件の引き映しで、ビデオテープを逆戻しして観て居る感覚さえ覚えて来る物である。アヘン戦争、黒船来航、幕末明治維新、大国ロシアの南下政策、征韓論、日清戦争、朝鮮独立、義和団事件、日露戦争、三国干渉、日韓併合、第一次世界大戦、アジア初の日本の西欧列強国の仲間入り、国際連盟、ワシントン軍縮会議、世界大恐慌、ブロック経済化、満州国建設、日支事変、大東亜圏提唱、日米開戦、日本敗戦・・・etcと歴史教科書の事件単語の羅列だけでは、絶対に見えて来ない、有り難きかなの行間説明の講義でも在る。

 いやはや、凄い物である。活字に依る歴史改竄は出来ても、国柄・民度に巣作る民族・歴史のDNAの刻印は、拭い去る事は不可能らしい。そんな感想を強くする次第である。
 さてさて、斯様にして彼国の行く末や如何に・・・と思う次第であるが、<毒を喰らうなら皿まで>の喩え通りに、毒地・毒気・毒川・毒海に没するのが、歴史のベクトルなのかも知れぬ。

 一方吾が祖国・日本はと観れば、敗戦占領下での東京裁判、自虐史観・占領下憲法による経済優先の60年に亘って国家の背骨たる『国史』を捨てさせられて、辿り着いたのが、事無かれ主義の愛国心・情の薄れた・・・公の中心を喪失した精神の荒廃の平和ボケ御代である。

★教えられ無かった。★新聞に書いてあった。★テレビで遣って居た。★週刊誌に書いてあった。★皆が言って居る。★皆が遣って居る。だから、私は悪く無い。★私、そんな物に全然興味無いもの。塾、熟、受験受験、就活就活、婚活婚活、兎に角、自分の事で手一杯なんだから。邪魔しないでよね。私の勝手でしょ!!

 個性礼賛で個室個器文化・個人主義の多言ばかりの多元価値論、無関心と云う名の無責任社会。

 へへ、そんな物は、個人尊重なんて真っ赤な嘘で、底の浅い偽個性(=没個性の無機質マネキン化)の粗製乱造のマスゴミ社会で在る。遠目には、丸で風に煽られるだけの頼り無い<葦原社会>の態でしか在るまい。
 チョイっと葦原に手を伸ばして分け入って見るが良かろう。化粧にアクセサリー、気取ったファションで、ソツなく偽善者振った現代人の内面を垣間見れば、何事も責任を他に転嫁して、己が選択するのは手っ取り早く、個利・個略の個人満足を優先して居るだけの話である。

 さてさて、ロートルスカンポ脳で、時間潰しの邪推を働かせれば、何千年も毒亜の歴史を紡いで来た国柄・民度は、タカが現代史で書き改められる術は無いのである。毒亜は毒亜の歴史を綴るしかあるまい。それが有限為る物の定めなのであろう。平時に在っては、<和して同ぜず> 有事に在っては、<袂を別って、対決する>が、自然の対仕方である。

 翻(ひるがえ)って吾が祖国の時を見詰れば、これは歴史に刻んだ外形力=元寇時に吹いた『神風』を想起すべしで在ろうか・・・敗戦後米軍占領軍の7年に及ぶ戦前戦中思想・図書の焚書坑儒&不戦平和憲法の<日本解体の置き土産>と言って良かろう。自縄自縛の60有余年を経て、再び日本を取り巻く世界情勢は、現代に生活する日本人に、目覚めよとばかりに世界の現実を見せている様な物である。敗戦後の公の中心を喪失した精神の荒廃に『神風』を吹かし始めている様相では無いだろうか。

 それも日本をして日本に自縄自縛の結界を為した毒亜の国々が、自らの手で<歴史テープを逆回し>する様に、明治以降の戦後自虐史観の誤りを実写して呉れて居るのであるからして。加えて、斜陽の大帝国国家米国がTPPの蜘蛛の巣を張って、日本から国力を奪い取ろうと画策している。マスコミ、国会が加熱すると・・・これまた無資源国日本が、白人帝国主義連合のABCD経済ブロックの毒牙に締め付けられて行った歴史を彷彿とさせる物でも在る。

 これまた、歴史を現在に準ぞる学習効果でも在ろう。日本を取り戻す。本来の日本を取り戻す正念場のスタートが、安倍・麻生の双頭政権の下で始動し様として居る。国柄を保って皇紀2600、2700年を紡いで来た日本と国民の民度の高さである。たかが60年如き中断で、日本のアイデンティティーを失っては、真にヤオヨロズの神々がおわす豊穣のアキツシマ、御先祖様に申し開きが立たぬ次第である。

   神風の本意は、『覚醒せよ、日本の民原よ。』と云う事では無かろうか。

 私は戦後日本人の精神の揺り戻しの時期到来をズッーと心待ちしていた。それも、どんなに左勝った日教組教育が為されて居たとしても、<人間は自らが学んで知って、本来の教養・見識を開拓して行くのが、人間の本義>と夢想していた次第なのでは在るが・・・年々そんな吾が想いは、尻すぼみに為って匙を投げて居たのが、真実の処で在った。

  それが、漸くにして神風が吹き始めて来た様な気持ちに為って居るのである。

            奈良時代・万葉集・大伴家持
       海行かば 水漬くかばね 山行かば 草むすかばね
         大君の辺にこそ 死なめ かえりみわせじ

        平安時代・古今和歌集・題、読み人知らず
           君が代は 千代に八千代に 
         さざれ石の巌となりて 苔のむすまで

          平安時代・拾遺和歌集・菅原道真
       東風吹かば 匂いをこせよ 梅の花 主なしとて

 こんな和歌を掲載すると、不思議がられるかも知れませんが、アッシャ、極々平均的な日本人の田舎のオッサンですよ。日本には三種の神器が在りまして、鏡、勾玉、剣との事で在りまする。

 鏡は自問自答の自分自身を客観視する道具、勾玉は美の象徴にして花鳥風月を愛でる心の余裕の証、剣は自他に向かう両刃の剣の印。日本の御先祖様・古人の世界観・人間観とはバランスが取れて、二礼、二拍、一礼の有り難くも厳か為る三種の神器と言わざるを得まい。天皇・天皇家、神仏混淆、儒学の倫理・孝行も、何万年にも亘る縄文の古人の自然との共存共栄の中から醸成されて来た『日本人のDNAの中核』で在り続けたのでは在るまいか・・・。

 四辺を海に囲まれた島国日本は、世界の東端の国である。文明・文化が交差通過する地勢では無い。入って来た物は、捨てるに能(あたわ)ず。投げ捨てれば、『勿体無いお化け様』が化けて出る。出来得れば、<袖触れ合うも他生の縁>で加工して無駄なく活かすのが、日本人のDNAの英智だったので在ろう。それでも<和して同ぜず>の結界が破られて終えば、剣を持って開国、鎖国をして来たのが『日本の国史』でも在る。

 極々日本人のDNAから素直に対して目前の対象物を眺めれば、そう為りまする。殊更に20世紀の左イデオロギーを全開させて、何千年にも及んで普通に感じて来た文化遺産に、西洋的唯物史観を嵌め込む必要など無いと思うんですがね。

 こんな文章を打ち続けて居るからと言って、私は左翼で右翼でも無い。中道の好色ヤクザもどきのロートルでしか無いのである。
 へへへ、アッシャ、馬鹿だから自分の遺伝子にそぐわない異物を導入すると違和感が高じて来て、生物としての拒絶反応を引き起こして仕舞う体質の様で在りまする。

 ラジオでは参議院・生活の党の森ゆうこ女史が、生意気な口調で喰らい付いて居りまするがな。

                  突然ラジオから、
「長々と、訊いても居ない事を話して、最低最悪の答弁ですよ。何言ってるんですか!!全然、答えて無いですよ。」

    おお、怖い!! 森ゆうこ大先生から、愚ザられて仕舞いましたがな。


心何処ーショート ・・・終日の雨為りや。
             ・・・終日の雨為りや。(2/18/13)
 いや~、寝相良く確り寝た物である。布団のホカホカした暖かさを覚えての寝覚めと云うのは、満足の行く朝である。部屋は暗く、外は雨が降って居る。雪との予報であったが、其処まで温度が下がら成ったと云う事であろう。

 雪に零下12℃、そして雨と・・・何んとも早や、落ち着きの無いお天気さんである事か。まぁ、そんなボヤキよりも、この暖かさは感謝物である。さてと、朝の始動開始である。

 朝食後のテレビでは、参議院の国会中継をしている。老母殿の体調も好さそうである。風呂でも沸かして置くと致そうか。

  入浴後は、支払いに町内の郵便局に行く。傘を差して長靴で散歩代わりである。

 習慣とは或る意味厄介な物で、気分的には<何も態々(わざわざ)雨の中を行かなくても>の敬遠なのであるが、体細胞の方が飼い犬の様に、歩けと催促するのである。物臭気分も、歩けの犬根性も、どちらも吾が分身の偽らざる本音である。従って、気分と身体の統合に立つ管理者としては、それ等の均衡を保つのが、お努めでも在る。

 あめあめふれふれ、かあさんがじゃのめで、おむかえうれしいな。ピツチピッチ、チャプチャプ、ランランラン。・・・還暦半ばのメタボオッサンであるから、当然にこんな気分では無い。

 月様、雨が・・・春雨じゃ、濡れて行こう。・・・月形半平太を洒落る程の暖かさでも無く。

 I'm singin' in the rain Just singin' in the rain What a glorious feelin' I'm happy again
 雨に唄おう。雨に唄えば、素晴らしい気分や幸せな気分になれる。さぁ、雨に唄い踊ろう。・・・へへへ、好い唄だけど、俺の柄じゃないわさ。

 雨雨、降れ降れ、もっと降れ。私の好い人連れて来い。・・・の八代亜紀の艶ぽっい雨でも無く。

 外は冬の雨、まだやまぬ。この胸を濡らす様に。・・・の日野美歌の氷雨でも無く。

 雨に融け行く雪を眺めながら、足元のアスファルトに溜まる水を踏んで歩く。中々に、この雨を写す雨唄を探すのは、難しい物である。出て来んですなぁ~~。

 否、否、たかがこの位の宿題にギブアップじぁ、男が廃らぁな!! 私だって、伊達や酔狂に、64年を越して来た訳では無い。この雨を準る抒情を亡くして仕舞ったら、日本男児とは云えまい。何か無かんべや・・・俺ぁ、それほど馬鹿じゃ無かった筈だぜ~。

 ♪雨はふるふる、城ヶ島の磯に、 利休鼠の雨がふる。 雨は真珠か、夜明の霧か、
 それともわたしの忍び泣き。
 
 ♪舟はゆくゆく通り矢のはなを 濡れて帆あげたぬしの舟。 ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる、 唄は船頭さんの心意気。

 ♪雨はふるふる、日はうす曇る。 舟はゆくゆく、帆がかすむ。・・・

 へへへ、やっと好い唄が在りましたぞね。やっぱ、抒情は北原白秋さんですがな。

 来たついでであるから、個人スーパーに足を伸ばして、煙草と買い物をして帰る。子育てを終えた町の通りは、誰ひとり人影は無く、生垣の葉の中に、雨を避けたヒヨドリ、スズメ達が見える。ずっしりとしたレジ袋を提げて、降り続ける雨に吾は何を思うべしや。

 買って来た物に少々手を加えて、昔懐かしい味噌パンが在ったから、老母様とお茶を飲みながら、午後を過ごそうと致しまするかな。へへへ為り。


心何処ーショート いやはや、強敵・今冬の始末である。
         いやはや、強敵・今冬の始末である。(2/17/13)
 昨夜の予報だと-10℃がマイナス6℃の表示では在ったが、起きると何んとトイレ、不凍栓で止水した台所の水が出無い。いやはや、当初の予報通りの-10℃超えだったなのであろう。トイレ、台所に灯油ストーブを入れて、水の出るのを待った次第である。

 いや何のかんのと言って、縮み上がる程の、何昔の頃を彷彿とさせる酷寒の信州の冬の再来振りで在った。起きた以上、日曜日だからと言って布団の中に逆戻りも出来無い。

 おお、寒~い!!を連発しながらも、掃き掃除と玄関鳥の世話をする。玄関鳥達も皆、寒雀の如くまん丸に為って震えている始末である。当然に水容器はコチンカチンの北極・南極状態である。

 台所の水が出て、大分経ってからトイレが出た。然しながら、台所のお湯が出無い。こりぁ、重傷である。ラジオでは松本が-11・9℃との事であるから、此処は-13℃超えに違いあるまい。おいおい、こりぁ、昼も-の冷凍庫に為るのは必至の状況である。

 さてさて、漸くの朝の賄い夫始動である。老母殿は先日転んだ打ち身が疼いて、眠れ無かった由。こんなに寒い日は、冬眠が一番。『飯の後は、布団の中でテレビを見て居るのが一番だよ』と言い置いて、台所のストーブを其の儘、焚いて、私は自室でコーヒー・タイムである。

 昨夜は私も早々に布団の中に、湯たんぽを2個押し込んで、500円DVDの『鳥』をコタツで観て寝た次第である。

 このアニマル・パニックのジャンルで金字塔を立てたのが、ご存知1963製作のヒッチコック作品『鳥』である。スリラーの巨匠にして、女性耽美眼の巨匠様であるから、鳥の素晴らしさは、金髪美形のティっピー・ヘドレン、黒髪美女のスザンヌ・プレシェットの二人を際立たせる厳(いかつ)い毛むくらじゃ男のロッド・ティラーの配役の妙である。主役三人の其々が<相乗効果を醸し出していた>傑作中の傑作としての地位を保ち続けている映画である。

 矢張り記憶に残る映画は、役者が魅力的で無ければ、様には為らないのである。

 まぁ、この映画は、スザンヌ・プレシェットの美貌に魅せられて、彼女ばかりを観て居た次第なのではあるが、彼女に就いて打てば、硬い感じのエリザベス・テーラーに対して柔和な感じのプレシェットさんの方が、私には美形・美人さんであった。
 唯哀しいかな、彼女の出演する映画が少ないのが切ない処で、<鳥>とスティーブ・マックウィーンの<ネバタ・スミス>の2本しかコレクションして居ない。私としてはハリウッド映画に対する嘆きの恨み節なのでは在るが・・・

 そんな次第で、ヒッチコックの鳥は、後続の映画監督達にも一つの越えたい挑戦映画の一本だったので在ろう。

 1987年にハリウッド映画で<バード・パニック>と云う映画が製作された。私もそれをゲットして、コレクションの中に入れている。

 そして2006年にドイツで製作されたのが、この500円DVD『鳥』である。主演女優さんは、3作共に金髪さんである。へへへ、共演の男優が駄目でしたねぇ~。嗚呼、勿体無い。

 後続二作共に、ヒッチコックの金字塔・鳥に追随する事の出来なかった単なるアニマル・パニック映画でしか無かった。前作を凌駕する映画は、真に至難の業である。

 同じ主役で撮ったユル・ブリンナーの<荒野の七人>、ショーン・コネリーの007シリーズの大ファンでは在ったが、それとても第二作007>危機一発を越える事が出来ずに、コネリーがジェームズ・ボンドから脱して、<風とライオン>に辿り着くまで何年を要しただろうか。

 さてさて、台所の給湯を見に行くと、参った参った・・・ 流しの跳ね返り水で、ビショビショの有り様である。まぁ、先日の大放水とは違って間接飛沫であるから、諦めも利く処ではあるが、母の老衰振りは全く当てには為らない始末である。

 昼は手抜きのカップラーメンにして、これで大凍結の解除も叶ったのであるから、私も布団の中でバード・パニック→鳥を観て、アニマル・パニックの相対観賞でも致しましょうかね。従って、本日・日曜日に便乗して、散歩は割愛すると致そうぞ。

 いやはや強敵ぞ、今冬は・・・再び、風邪薬の御厄介に為るのは御免である。へへへ。



心何処ーショート さて、その実態は、御供え物or匙加減??
        さて、その実態は、お供え物or匙加減???(2/16/13)
 予報と違って、今朝の冷え込みは浅かった次第であるが、お天道さんが出ても一向に上がらない気温である。

 昨夜は夕食後、無性にラーメンが食べたく為って町内のラーメン屋に行ったのであるが、生憎休みであった。隣班にもラーメン屋が在る。此処は味噌ラーメン主体の店である。醤油ラーメンを食べに来たのだが、止む無しである。←どちらの店も、美味いんですよ。

 馬鹿の大喰らいを長年続けて来たが、食の細い老母との食生活で、すっかり胃も小さく為って居る次第であるから、腹が張って昨夜は早々の布団入りであった。そんな事で、4時前に目が覚めて仕舞い、ラジオの深夜便とお付き合いして、二度目の目覚めであった。

 朝食後は昨日見過ごして仕舞った好番組<キッチンが行く>の再放送を観る。NHKスペシャル物と違って、鶴べいの家族に完敗、小さな旅、ラジオ深夜便は、私の好物番組である。この後のバスで行く旅も好きである。何れも土の臭いがして、等身大の日本人の暮らし、表情、思い・想いが溢れて居る。

 そんな番組に、『日本人達が先祖代々培って来た味』を老母と二人、うんうんと頷いたり、そうだよそうだよ。目立たず黙々と額に汗して、お天道さんの下で働く。皆さん立派だよ。そうで無くちゃ、日本人は行けませんがな。・・・等と拍手をしたり、時にキュンと胸が熱く為って、目頭が熱く為る・・・

 さてさて、老母の部屋を辞して、土曜スタバトークに備えるべしである。好い青空であるが、玄関鳥を軒下に吊るすには寒過ぎる。偶には、外でTのお車をお待ちすると致そうかで、外に出た物の・・・夜に為って雪が降った様で、昼の雪の上に薄らとした積りが在る。

 アルプスも東山系の美ケ原、鉢伏山も、街の屋根雪も目が覚める様な抜ける清々しさでは在るが、・・・ いやはや、しゃら寒い。こんな冬景色に手を合わせるのは都会人のする事で、地元民には顰め面のお返ししか出来ない正直心と云う物である。

 それでも川原に立つ水柳の春見せる幼緑は、足を踏ん張ってお天道さんに対して居る。

 嗚呼、見て仕舞った物は仕方が在るまい。へへへ、尻尾を巻いて家に退避するのも癪であるから、此処は渋々の痩せ我慢。Tが来るまで、スロージョギングで自家発電である。手袋が欲しい程の寒さである。
Tよ、早う来たれや・・・オィッチ、ニー、オイッチ、ニー。

 スタバ二階席は、がらんとして居る。ラジオの深夜便の顛末を紹介して、宗教に就いて意見交換をする。お互いに宗教心の無い男であるから、この無信心者め等がと神罰が当たっては、身も蓋も無い。依って、宗教談議の詳細は割愛する。

 本日は、吊るし柿と沢庵持参のボリボリのロートル親父のトークで在った。これで、目の保養対象が在れば、完全なるオッサンで在ったのだが・・・

 Tは娘さんお下がりデジカメに庭に訪れる野鳥達を撮って来て、それを見せて呉れる。ムクドリ、メジメ、ツグミが写っていた。

「あれだな。ツグミはさ、大人しいと云うか、実に協調性に富んだ奥ゆかしい個体鳥だからさ。絶対に、人間を見て庭に来るんだと見てるんだ。
 俺ん所もTの所も、ツグミさんの採点評価の下、来て下さるって事さね。言って見りゃ、俺達ぁ、徳の高い立派な紳士って事ズラよ。物欲最優先の現代人社会からすりぁ、野鳥のオアシスって事ずらいな。
 へへへ。宗教なんかに頼ら無くても、自然と滲み出る慈悲心のオーラなんてのは、日本男児の神仏混淆の自問自答力、体現化ってもんさね。あい~。」

「ほぅ~、物は言い様だな。堅気にして置くのが、宝の持ち腐れって事だ。それでも良く横道に嵌り込まずに、今日まで来たもんよ。それだけ、口が上手いと、一端の詐欺師、スケコマシに為れたのにな。
 そうすりぁ、世界を股に掛けた子沢山の左団扇。本性に逆らった付けが回って、今じゃしがねぇ賄い夫コンビと来た日にぁ、神も仏も在りぁせんわな。嗚呼、可哀想に、今からじゃ間に合わ無ぇしな。」

「あいあい、しょーが無ぇせ。俺ぁ何たって、お天道さんに背く訳にぁ行かんぜね。それに、太刀打ち出来ねぇ妖怪様と居りぁ、如何し様も無かんべさ。あい~。」

 さてさて、寒かったが抜ける様な青と白のコントラストであるから、ベンチでのパッパタイムをした後に、お決まりのホームセンター、スーパー経由で在る。

 序でであるから、500円DVDを覗いて、1本をゲットしてスーパーである。

     スーパーに入れば、お互い言う事は決まり文句の一呟きで在る。

「嗚呼、何を買って、何を食わすか・・・賄い夫もウンザリ、飽き飽きだいな~。」

「あいあい、作ったって相手は、食の細いお地蔵さんだしな。」

「へへへ、食事と思ちゃ~行けねぇよ。相手はお地蔵さんだから、<お供え物>だと観念するだいね。頭は、生きてる内の使い回しですがな。」

「あいあい、そうだね。吉兆、韓国レストランで、それを遣っちゃうと、御法度・顰蹙買いの店仕舞だけどな。それでも、それに胡坐を掻いて、手抜きの常態化が進むと相手は<妖怪様>だぜな。イヒヒ。」

「あいあい、世の中、総べからず<匙加減>って事かいね。ギャハハ~。」

 松本の北と南でロートル倅どもが、こんな事をニヤニヤして言い合って居るのであるから、婆っさも爺っさもさぞかしクシャミの連発をして居るのであろう。ヘヘヘってな物である。


心何処ーショート おいおい、そりぁ無かんべよ。
             おいおい、そりぁ無かんべよ。(2/15/13)
 雪でゴザンスかね・・・ 俺ぁ、もう雪は要らんぞね。やれやれ、昨日米を買って来て正解で在ったわいね。

 さてさて、本日金曜日であるから、風呂&洗濯日である。長靴を履いて、洗濯機と風呂の不凍栓を開ける。洗濯機槽に其の儘、水は溜まるからとその間の有効活用とばかりに、長靴で積もった雪を蹴散らかして脱衣所に来て見れば、水道の水は洗濯機の蓋の上から脱衣所に大放水の図である。

 アッジァ~、こりぁー、一大事である。大慌てで、蛇口を閉めて頭を抱え込んでしまった。雑巾にバケツで浸水の後始末である。先日、洗濯機を使った老母殿が、洗濯機の蓋を行儀好く置いたままであったのである。

   やれやれ・・・子分無しの悲哀。確認し無かった私の落ち度である。

 声を荒げる訳にも行かぬ。相手は、コタツにチョコンと鎮座為さる空気の様なお地蔵さんでしか無いのであるからして。声を荒げたら、知性豊かな吾が身が廃ると云う物である。

 ロートル後半生は、全てが諦観が肝要にして、総べからず御努めの境地に身を置くべし・・・此処は一発、般若心境は不要にして、下衆の身の深呼吸の態で在る。

 嗚呼、人生、むべ為るかな。朝の賄い夫前の後始末である。いやはや、脱衣所、廊下の雑巾掛けから始まった朝の始動である。

 その冷たい事、大量の水である事か。その偽わざる吾が本態は、『朝ぱらから仕事を増やし遣がって、この糞婆~が!!』 ってな物である。

 餓鬼の頃は子供の仕事として、廊下の雑巾掛けを遣らされて、タッタッターの韋駄天走りの様であったのに・・・嗚呼、歳は取りたくは無~い。ロートル・メタボのクマ男の態であるから、雑巾掛けの四足進行が、平衡感覚の鈍さでひっ傾がってしまう。

 やや、こりぁ完全なる老化現象のザマである。廊下掛けと老化駆けをだぶらせての駄洒落を言っている場合では無い。

 内心、大ショックを受けて、仕切り直しの廊下掛けを遣り終えた次第である。いやはや、雑巾掛け如き事すら、身体が付いて行かない有り様である。意識的に平衡感覚を取り戻して遣らねば為らないとは、真に以って、吾が身の不甲斐無さを突き付けられたと云う物である。これでも、餓鬼の頃は・・・嗚呼、考えるまい・・・

「如何したの? 朝から大仕事だね。」

★この糞婆ぁが、白らばくれ遣がって、其処へ直れ、手打ちにして呉れっか!!

「へへ、斯く斯く云々でさ。指差し呼称の確認行動を怠ったまでの事ですがな。息切れだぜや。お茶を一杯頼むわ。全ては表裏一体の喩えですがな。廊下も久し振りに洗顔が叶って、喜んでるってなもんさね。」

「そうかい。耳も聞こえないし、身体が言う事を利かないから、何にもしてやれ無くて、申し訳無いね。本当に情けない女に為って仕舞って・・・昨日は、トイレをしようと思ったら、転んで痛くて痛くて、念仏を唱えながら泣いて居たよ・・・」


「へへ、しゃーない、しゃーない。足して160歳家庭だぜさ。夏のキリギリスで言ぁ、とっくの豚間に、壊死してるわね。ドンマイ、ドンマイって事よ。」

 そんな親子の会話を後目に、外は湿気タップリの雪が、本格的に為って行く。こりぁ、遺憾いかん。適当な処で、雪払いもしなくては・・・

<泣く子と地頭には敵わん>処では無いわさ。雪と地蔵さんにぁ、文句も言えませんがね。

 はいはい、今度は風呂に洗濯ですがね。吾が身の不運を嘆くより、人間からロボットへのモード替えが、『人間様の生活の知恵』ですがな。・・・とほほのほ~。

 

心何処ーショート 本日、好いお天気でありまする。
           本日、好いお天気で在りまする。(2/14/13)
 三寒四温には程遠い気温の乱高下沙汰ではあるが、日差しの中を河川敷散歩をすれば、川原の水柳には薄らと緑の滲みを見せ始めている次第である。人の歩かない川原は、上雪の寝そべる所である。それでも日伸びする日差しに、地面が顔を出して居る。伸びる太陽光で在っても、大気の断熱材を持つ地球には、未だ未だ温まるにはタイムラグが在る。

 然もありなむ・・・一ヵ月半前後のズレは、日の長さを中心とする太陽暦と季節を中心とする陰暦の差でもある。

 この処、中狂国のシッチャカメッチャカの大気汚染で、四季の国の花鳥風月を愛でる大和心の風情が、大打撃を受けて居る。それで無くとも、貿易・工場移転で、人・物・金・情報の大交流・大乱入沙汰は、長らく安定して来た日本の秩序に、大波紋を投入して居る。

 毒餃子、段ボール肉まん、汚染ウナギ、汚染野菜、海洋汚染による怪物エチゼンクラゲ、犯罪に占める中狂国人の粗暴犯・保険金目当ての殺人、詐欺犯、ハニートラップの秘密漏洩、大学教授と称して中狂プタガンダの一方的捲し立て、21Cの御代に国力に依る国境可変論をぶち上げ海底資源盗掘、尖閣諸島の領海・領空侵犯の常態化・・・etcと、

 並べ立てるだけで、ウンザリの厚顔無恥にして卑怯為る醜態を世界に発信して居るのであるが、廉恥(心清らかにして恥を知る心の強さ)の高尚さは、求めるべくも無く、最低限の自他との区別・公共心すらも無い。協調心皆無の精神とは、唯ひたすらに拝金大暴走の尊大傲慢の中華思想強調国家並びに国民の暴走沙汰である。漢字、言葉、論を立てれども、一切魂を入れる事の無い狂国・凶国・教国・強国であろう。正に彼国を称して『毒亜の盟主』と云わずして、これナンジャラホイの憎悪でしか無い。

 こんな事を言ったら、寝込みを襲われて頭から南京袋を被せられて、北朝鮮経由でチベットへ放り込まれて、スキンヘッドを奇貨としてチベット独立運動の主犯として、国家転覆の第一級罪で<裁判無し>で見せしめの公開銃殺刑に処せられちゃうんでしょうかね。
 表現の自由を語れば、中狂国への不忠にして、老母への孝為らず。骸(むくろ)は、荒野に晒されて、カラスの腹を満たすじぁ死んでも死に切れませんわね。へへへってな物ですかいね。

 さてさて、縁起でも無い事は、この位にして・・・中狂国の環境破壊の実態は、ネツト映像で見れば『これが人間のする事か・・・』と、目を背けてしまう人工的破壊振りなのである。スマートに俯瞰視すれば<成長の代償>と感想を述べれば良いのかも知れぬが、ハッキリ言ってそんな生易しい物では無い。官民一体の環境破壊への大暴走と言って良い惨状が蔓延して居るのである。

 嘗てジャパンイズNo1と云われた一時が在った。ハリウッド映画では、巨優・チャールトン・ヘストン主役で、日本人を猿に喩えた『猿の惑星』なんてシリーズ物が大ヒットして居た物ではあるが・・・へへへ。

<世は唄に連れ、唄はに連れ、世は映画に連れ、映画は世に連れ>でも在る。この関係は、個人・社会・国家は、所詮、同心円の関係で在るから、政治家を選んで政治家達が作る政府の行政は、其の儘、国民に還元されて終うの図式にして、政治家を写す鏡は、選挙民の民度を現わすとの民主主義制度に対する図解説明に、好く使用される論法で在る。

 ハリウッド映画が、如何なるる形でチャイナ&チャイニーズを描く物やら・・・大いに興味深々の態なのである。

 本日も、好い御日和の中を散歩して来た次第である。空気は澄み、無風の心緩む気分であった。空気が済んで近望・中望・遠望が利くから、人間は自然と対して、見るに付け、感じるに付け、己が心、想いを自然と無意識に対照させながら、思索を重ねたり、反省したり、行動を判断したり、荒らぶれ乱れる感情を抑えたり、道を求めて克己の修行道を歩む事も出来るのであろう。

 それが、現在の中狂国の官民挙げての環境破壊の実態たるや・・・<成長の代償で>も無ければ、<自業自得の実態>でも無かろう。『中国文明4000年の謎』なんて見せ掛け論など一切無用にして、これぞ正しく『中狂国4000年に巣作る宿根・宿毒』なのであろう。華僑などと綺麗事は不要にして、国を見限って脱国したまでの事である。今、何万、何十万、何百万もの諸々の脱国者が、協調国日本の中に在って強調の雑音と騒動を始めて来た。協調国家日本に仇為す脱国の輩に国を開く愚は、厳に戒めねば為るまい。

 何か言えば、それは狭隘(きょうあい)なる民族主義なんて、馬鹿の一つ覚え見たいな反論が在るが、官民一体で拝金主義の熱病に爆走する中狂国&人民に、日本の流儀・協調性の擬人化適用などした物なら、立ち処に<庇を貸して母屋盗られるの自殺行為>でしかあるまい。米占領軍の置き土産・平和憲法にも軍隊禁止規定は在っても、自衛権禁止の条項は無いではないか。

 宜しいかな。日本の<成長の代償・公害>に在っては、住民の生活環境権とも云うべき住民の生存権に対する自衛権行使として、住民は立ち上がり産業、企業の悪行を阻止して、公害退治をして来たのである。その経済的歴史を担って来た産業・企業の公害意識に基づいた日本の工場進出・工場管理手法を儲けが少なく為ると、『自らの手で放棄する国家・人民』に何の手心が必要なのか・・・下衆の私としては、理解に苦しむ次第である。

 言いたかぁ無ぇが、騒音防止のマフラーを取っ払って、TPOを一切弁えずに、後ろにズベ公をチョコンと乗せて、アクセル全開で閑静な住宅街を爆音轟かせるチンピラ小僧に、ゴー・ホームを主張するのが、人の道として劣った狭隘なる民族主義の主張なんでしょうかね。ギャハハ!!

 いやはや、春をいち早く感知した水柳の緑足の速さには、目を見張る物が在る。

 荒み行く心洗う自然を破壊し尽くして、何の人間性の確保・保持や!! 中国人民さん達よ、総べからず自助・共助・公助が人の世の常で在りまするがな。<中国文明4000年の謎>も宜しかろうが、『中華思想4000年の宿根・宿毒』をそろそろ自覚為されて、先ずは自助の狼煙・筵旗をお挙げ為されませ。

 世界最大人口国・世界最強のプロタガンダ国、世界最低の非公共心国、世界最大の無反省国でも在りますれば、個利の強調を止めて、公理の協調に目覚め為され。『中国が変われば、世界が変わる。』で在りまするぞえ。イッヒッヒ!!

 おやおや、ジョービタキのバルディナさんでは無いか。へへへ、左様で在るか・・・吾が下衆の雑感も<当たらずとも遠からず>の御裁可と云う事か・・・アリガトさんね。

心何処ーショート 大雪為れど、上雪の溶け行く青空為り。
         大雪為れど、上雪の溶け行く青空為り。(2/13/13)
 昨夜の11時には、外は深々と雪が降って居た。これは積るだろうと覚悟していたが、朝は見事なまでの雪景色で在る。30cmは在るだろうか。長靴、軍手で竹箒で庭木と車の雪落としを、朝一番の仕事とした次第である。水分をたっぷりと含んだ上雪であるから、今日の暖かい日差しで、道路の雪は淡雪の如く消え去ってしまうのだろう。

 朝食後のお茶を飲みながらの庭の雪見をして居れば、百日紅(さるすべり)の幹を伝わる雪の滴りからは、湯気が立ち上って居る。屋根からも、雪を被った木々からも、ポタポタと雪が溶かされて行く。こんな様を見て居ると、何と懐かしい光景であるか。今年は結構、松本でも降雪が在る。それが何時に無く寒冬の雪であるから、凍って何日も雪に浸かった光景で在った。

 懐かしい光景とは、子供、少年期の頃の物である。大雪が降ると、翌日は、大体は好天であった。積もった雪は、太陽に照らされて水ぽさを増し、自重の重しが回ってペターと成る。屋根雪はポタポタ、ポタポタと間断なく軒下に滴り落ち、屋根の水回りが滑り台と成って、屋根の雪をドドッと音を立てて落下させる。それが何んとも云えぬノンビリとした暖かさと云うか、自然の営みと云うか・・・所謂、春遠からじの<上雪の風情>なのである。

 それは、授業中に良く見て居た光景なのである。太陽に反射する雪の眩しさ、日蔭の雪の白さとのコントラスト、雪のずり落した枝葉の中で、小鳥達が雪から解放されて一息付いて居る様な仕草、山端に競り上がる白雲と雪を振り落とした青空の身軽さ・・・etcを見て居るだけで、好い気分であった。教師の授業に専念するだけが、勉強では無い。授業などサボって、誰も居ない教室の窓越しの一人の時間の中に身を置いて居たい。・・・へへへ、私は、そんなタイプの男であった。

 そんな次第で朝食後の一仕事終えでは、庭に面した二畳小部屋の住人と為って煙草を吹かして居る次第である。雪で埋まって終った零れ餌が無くて、雀達もひもじかろうと、本日は玄関鳥の餌を大判振る舞いにして遣った。例の三羽の雀達が早速、楓の木に遣って来た。日差しの中で、軒下の雪の無い地面に撒かれた餌を無心に漁って居る姿は、中々にして可愛い光景である。

 BGMラジオでは、30男の威計業務妨害のネット騒動、長野県では同居30代叔母の元交際相手がストーカーを働いて、挙句の果ては甥子殺人・叔母を連れ出して自殺事件、北の新将軍様の誇らしげな原爆地下実験、グアム島の若年米軍兵に依る無差別殺人事件と、常軌を逸した独り善がりのパフォーマーばかりが、世界を股に掛けて騒動を起こして居る。 
 自分とは別世界の住人、出来事とバリア張って、世界人口60億、70億の中に出現する形振り構わぬ狂人の足掻きと断を下して終えば、それまでの事では在るが・・・

 絆と情の薄れた未熟者達が引き起こす無関心閉鎖社会下に在る鬱屈した個人のストレス、不満、恨み、・・・etc 個人的なドロドロ、沸々と湧き上がる精神の劇場など、多かれ少なかれ人間である以上、皆無な人間など、凡そ誰一人として居ない筈である。
 自分にばかり関心が傾注して仕舞うと、兎角、周り、社会の目の→(ベクトル)が、自分に向けて、一斉に矢が放たれていると錯覚、肥大妄想をして、人間の心は病むだけの方向を目指して仕舞い勝ちである。へへへ、小心者の寝暗人間の気が在る私なんかも、その口ですがね。

 でも、自然に五感を閉ざして、内部のおぞましい己と対して居るのみで在っては、誰しもが逃げ様の無い怨念の血の囚われ人の迷宮に呑み込まれて、密閉、凝縮の堂々巡りの果てに『精神を破壊』されてしまう。

 そんな事に為って仕舞ったら、草木も眠る丑三つ時に、白鉢巻きに100匁蝋燭(もんめろうそく)を三本も押し立てて、藁人形に五寸釘を飛び越して、八つ墓村の山崎務さんじゃ無いが、猟銃ぶっ放して、鍾乳洞の中で石灰像に為っちまいまするがな。兎に角、集中矢は、行けませんやね。護るべき九郎判官様がおわせば、武蔵坊弁慶の立ち往生で、NHKの大河ドラマの供養も叶いますけどね。土台、性根が腐り、全ては他人転嫁の錯覚・被害妄想狂ナルシストじぁ、とどの詰まりが<取り返しの付かない魔境の道へ真っしぐら>でガンスからね。

 さて、精神から来る自縄自縛の怨嗟を解して呉れる物は、五感の解放でしかあるまい。独居の暗黒の閉塞部屋から、一歩、外界に踏み出して光在る自然の中で、己が五感を素直に解放させて、空の青さ、広さ、風の音、匂い、川の色、音、流れ、鳥の姿、動きを見て感じれば、密閉、凝縮の暗黒の血の強張(こわば)りにも、空気は通い澱の様に凝結した己が異常さに気付かされると思うのだが・・・如何であろうか。 

 人の受精卵は、母親の胎内で羊水の宇宙の中の旅する一個のカプセルの中で、人間の進化の歴史を辿ると云う。精子と卵子が合体して、生命体の元・受精卵と為り、細胞分裂が進んで、一つの形を形成して行く。朧気にして漠たる形が、進化して来た魚→鳥→哺乳類→人間の姿をなぞり終えて、誕生するとも揶揄されて居る。

 さて、『迷ったら、原点に帰れ』が、問題解決の有効・有用の<先人訓>でも在る。人間の原点は、やはり自然の中の一存在と云っても過言では在るまい。川の魚、野の鳥、野の哺乳類、全てが自然の中で己が五感と経験を加味して、日々と対して居るのである。自閉の観念物の二次的衣装を纏って居ては、現在ある命すら生きられる筈は無かろう。

<吾考える故に吾在り>も好かろうが、『吾感じる故に吾在り』の自然の一存在として、何百万年も種を紡いで来た一時的DNAを消去して仕舞っては、生活習慣病と同じく成人病として精神を病んで朽ち果てて行くのみであろう。吾感じるが故に吾在りの<感>と吾考える故に吾在りの<理>のバランス上に、人間は存在するのであるから、一方の感、理に特化し過ぎるのは、生物としての空中分解を殊更進ませるだけの愚挙としか言い様が無いのでは無かろうか。

 是は浅学非才の独断では在るが、感じるの高見が感性であり、考えるの高見が知性である。感性と知性の総合態が、見識を発揮するんじゃ無いでしょうかね。

 100%個人の自由を心を閉ざしてファッション、アクセサリーで糊塗して、聳え立つ高層ビル群と交通網・電子網の張り巡らされたコンクリートジャングルの中で、理を利に変えて闊歩して見た処で、利の潤いを覚えてもそれが何時までも持続するとは限らない。理転じて利の潤いを得て、感の潤いも得れば、これぞ正しく『鬼に金棒の喩え』では在るが、世の中は、そうは問屋が卸すまい。

 世の大半は、不首尾為る人生を送る人の群れで在る。理にも利にも不首尾で在っても、感の、感に潤う事も出来る。見て感じて思う事の方が、人間の一次的生物としてのDMAに即した生き方の基本では無かろうか。

 さてさて、久し振りの温かくも穏やかな午後である。スカンポ脳に外気を存分に取り入れて、閉じ籠もりの淀んだ血流に新鮮な空気の導入でもして参りましょうかね。へへへ。

 おやおや、漸くのメジロ夫婦のご登場である。然すれば、ミカンの輪切りでも吊るし置きして行きましょうかね。


心何処ーショート とほほ・・・親子共々、冬眠なり。
          とほほ・・・親子共々、冬眠なり。(2/12/13)
 う~、寒い寒い・・・ いやはや、山国信州は辛いでゴザンスわね。昼に為っても、-1℃以下である。こりぁ、完全に真冬日で冷凍庫に居る様な物である。暖房を切れば、直ぐ様冷気の大侵攻沙汰である。暖房余韻ゼロの着けたり消したりの四畳半の態である。

 大事を取って風邪薬で封じ込めては居るが、間接の節々には風邪の影響で鈍痛がある。そんな事で、外気を敬遠して散歩をサボって居る次第である。

 本当は、風邪薬を飲んで寝汗が出る程熟睡すれば、スカッと治癒するのであろうが・・・吾が身は親分無しの子分無しでは在るが、私を頼みにして居る妖怪様と玄関鳥9羽の同居人を抱える身でも在る。三度三度の賄い、一日一回のお勤めをしなければ為らない。100%の自分領域は、半分か1/3で、それが出来無い次第である。

 そんな一日のコア部分を持たされているから、時間が来れば、体調は優れ無くとも動かざるを得ないし、仕事を遣って直ぐ布団の中へと云う風邪の程度でも無い。言って見れば、どっち付かずでパッとしない此の一両日の有り様である。

 些か背中も張って来て居る処でも在る。本日火曜日にして、ヤクルトママさんのコールも終わった事でもある。訪れる者など、一切居ない吾が家である。

 幸い、ラジオでは国会中継も行われているからして、最低限の餌遣りをして、早々に布団の中で<風邪祓い>をして見る方が、得策なのであろう。へへ、これを称して、『子分無しの悲哀』と総称するのであろう。

 さてさて、小鳥連中の餌・水の世話をして、部屋を移して布団の住人と為るべしである。

 国会中継をBGM代わりに、安静姿勢である。寒い時は、動かず布団の中が一番の居場所である。・・・へへへ、伊達に冬眠を編み出した生物界では無い。

 さてさて、遅い昼では在るが、熱いソバをスルスルと啜って、再び布団の中で冬眠モードに帰るべしである。

 手抜きの昼を運ぶと、婆さんもベットの布団の中から、ポツネンと白髪頭を出して居るだけである。

 婆さん、余りの寒さで頭がクラクラするとの事である。本日、一向に気温が上がらずの日である。こんな寒い日は、親子共々、布団の中で冬眠するに限る。台所の洗い物を片付けて、パブロンを口に放り込んで、私も布団に逃げ込むのが肝要である。


心何処ーショート 相変わらず、お寒い事ですいね。
          相変わらず、お寒い事ですいね。(2/11/13)
 昨日は二畳小部屋で虫眼鏡老人を打って居ると、倅ファミリーの月に一度の顔見せである。<三連休だから、来るかね~。>と孫を来るのを待ち侘びていた老母殿である。生憎、孫は風邪で眠っているだけの大人しさである。目が覚めると愚図り泣きをして、親にしがみ付き、コタツの中で眠るだけである。ハハ、他愛の無い幼児である。

 私も前日は風邪ぽかったので、早々にパブロンを飲んで、風邪と睨めっこをして居た次第である。私は現在賄い夫が仕事であるから、うかうか寝込む事も出来ないから、不自由この上ない次第である。従って、生来のA型人間の特徴を発揮して、それなりに気を付けて<賄い夫を精勤>している次第なのである。

 老母と倅は稀に観る好いコンビで在るから、ひたすら孫の顔を見るのが楽しみで心待ちして居る。そんな婆ちゃんの心情を汲み取って、倅ファミリーは毎月の顔見せを励行して居るのである。私に似ずに、大した心掛けである。感謝感謝の段である。

「今度来る時に、アパートの横にそば屋が在るから、其処でそば茶を売って居るから、買って来て呉れよ。茶を飲んだ後の蕎麦の実を庭に撒いて置くと、スズメ達の餌に為るんだ。茶葉と違って、無駄なく消費されるから好いんだよ。悪いけど頼むよ。そば茶代を払って置くか。」

「何を水臭い。何時も、俺の方が親父から漬け物、チャーシューを貰って行ってるんだ。」

    漬け物の好きな倅であるから、帰りは沢庵、白菜漬けを持たせる。

「風邪で婆ちゃん、凌祐と遊ぶ事出来無かったけど、あんまり待たせると可哀想だから、連れて来たんだけどさ。風邪が治ったら、ゆっくり連れて来るよ。親父は、来なければ来ないで、忙しいから来ないまでの事だって言う人だからね。婆ちゃんに、風邪引かせないでよね。じぁ、また来るわ。」

「ああ、大丈夫だ。婆ぁに風邪引かれたら、困るのは俺だからな。面倒、損な事はしないのが俺の流儀だぜさ。はい、アリガトさんよ。」

     さてさて、超特急で打ち掛けの物を仕上げると致そうか。

 いざと為ったら、ラストスパートが利く体質であるから、打ち上げて投稿して後は流しの夕食、テレビ見である。部屋に帰って薬を飲んで寝ようとすると、今日は2時間スペシャルが在ると云って、チャンネルをNHKから民放に替えて呉れた老母様であった。

 さてさて、テレビ政治寄せは、如何なる切り口を見せて呉れる物やら・・・である。
 体力の無い老母殿で在るから、

「婆さん、俺にお付き合いする事は無ぇよ。布団の中で見れや。面白く無かったら、俺は部屋に帰るからさ。」

「じゃあ、失礼させて貰って、布団の中に入るけど、好きなだけ見て行くと好いよ。」

 へへへ、歳を取っても、親の姿勢を崩そうとしない女である。大して参考と為る物も無かったから、台所仕事をして、湯たんぽ2個を布団の中に入れて布団が温まるのを待ってPC読みをする。

 明けて本日は、朝食後にNHK報道解説員の座談会を拝聴させて頂く。議題はアルジェリア事件に対してである。

 ふざけるな。手前ら。婆さん、こんな奴らインテリでも専門家でも在りぁせんよ。綺麗事ばかりを並べ立てるニュース整理屋でしか無ぇぜや。手前等の不抜け面をトクと鏡に写して見やがれってな物よ。

 こう云った事はさ。『社会保障の三助の切り口』で座談会すれば、一目瞭然のスピーディ結論でしょうが。俺はさ、こんな連中の不抜け面とチンタラ座談会を見てると、金属バット持って、会場に乱入して、スカンポ脳を端からブン殴って遣りてぇ<どす黒い血の震え>を感じちゃうんだわさ。

 社会保障の基本『三助の精神』は、物事の共通項ですがな。自助、共助、公助はさ、先ずは自らが額に汗して、頑張る事、自分の力及ばずの時は、身内、親族から助けて貰う事、身内親族でも足りない時は、公の制度(セーフティ・ネット)に依って助けて貰うってことでしょうに。少しは、マシな事を言っておくんなましよ。あい~。

 自己が在って、周りが在って、国が在るって云う人間一人じゃ生きられない『人間社会の枠・理』なんでしょうに。他人様から受けた借りは、誠実に返して行く。そんな物は、単純明快に道徳教育の範囲内でしょうが。なんで、そんなに小難しく、四の五の喰っ喋らなきゃ為らんのよ。シャキッとせんかい、シャキッと!!

    社会を安全に読み替えれば、安全保障三原則に為るんじゃ無いのさ。
 1自助=自己防衛ずら。自己防衛って云うのはさ、危険を察知すれば、自ずと周囲への観察、いざと為った時の個人レベルの防衛でさ、現地スタッフ仲好く為って、耳内情報を得る、鍵を閉める、隠れる、逃げるのシュミレーションが働くわさ。

2共助=仲間内での共同防衛と為ればさ、個人情報の交換、役割分担、防御・対抗手段、逃避手段が共有されたりするわさ。

3公助=公防衛と為れば、国家の危機管理・救出作戦が国家と云う名の下に行われる。

 それらが、個人レベル、企業レベル、国家レベルで、体系的・系統的に対危機管理として機能するか否かの問題に収斂して行くだけじゃないの。

 何か有れば、やれインテリジェンスの問題だとか、情報機関が無い、在るのと騒ぎ立てて、それを形にして提示して、国会論戦に依って、構築するってマスコミの責務すら行動に移す事が出来無くて、なんの専門家・解説員じゃい。

 なぁ、婆さん。俺ぁ馬鹿だからデカい声じゃ言え無ぇけどさ。どんな分野にだって、要素分析とフローチャートの早見表が出来上がって居るんだわさ。事象を動かす与件の数だってさ、人・物・金・情報ってのが在ってさ。専門用語を使えばさ、加工の4要素なんて言葉も在らぁな。物に対して、運搬・加工・停滞・検査から成り立つのが製品ですがな。
 人・物・金・情報って物を前提に、製品作りと云う工程を運搬・加工・停滞・検査に広げて行けば、其々の段階段階に於ける自助・自己防衛、共助・共同防衛、公助・多国間防衛のフローチャート肉付け、拡がりが出来まするがな。

 世界の紛争地での民間会社の活動をバックアップするのが、その国々に置かれた大使館・領事館活動だしさ。有事の際の危機管理は或る意味じゃ、反射的救出劇を伴なう事がシバシバですがな。
 世界には色んな国が在るから、全部が全部友好国とは限らない。日米安全保障だけじゃ、対処出来ない事の方が大きい。折角の世界地図だわさ。それを色分けして、米国同様な経済軍事一体の友好国を置いて、例えばトルコ、エジプトに自衛隊が有事の際には、素早く基地を利用出来るとか、そんな友好国の配置を世界地図の中に組み入れて、短時間で対応出来るようにして置くのが、インテリジェンス&友好国同士の経済軍事のネットワーク構築でしょうが。

 言いたかぁ無ぇが、野郎共はそんな世界の色分け情報も、各専門分野専門域で職務上、漬け物に出来る程持って居るんだし、学業優秀な連中の集まりで、部門ごとに専門知識、情報を持って居るんだ。野郎共はエリート社員だぜや。
 当然にそれ等の知識と情報を組み合わせれば、専門家としての自説を提言・提示出来る立場に居るんだぜ。頭ん中にぁ、馬鹿じゃ無ぇ限り、ちゃんと持ってるんだぜ。

 へへ、組織内での御身大切のサラリーマン根性が優先し過ぎて、猫被っているだけさね。料簡が狭いってのは、正にこんな連中だぜや。

 普段は、包茎の皮被りでも文句は無ぇけどさ、いざと為ったらキンタマ無しのインテリ集団様じゃ、国民から受信料取ってる価値なんか無かんべよ。あい~、違うかいね。

 へへ、それをアルジェリア・テロ事件の発生から3週間も経って、娑婆の大体の感想・意見が出揃った頃に、こう云った特集を組んで物知り顔で抜けシャーシャーと放映するんだから、土台ふざけたニュース後追い連中って事さね。
 
 専門家集団って云うのはさ、いざと為った時の特別知脳チームでしょうが、普段から培った知識・情報・知見に基づいて、分析・対処法をその場で、すらすらと答え、対処法に言及するのが、野郎共の職務にして責務だぜや。手前らに論と策を持たずして、何のインテリさんかね。

 こんな事だから、頭でっかちのコメンテーター座談会に終始して、お茶を濁すサラリーマン会って事でさ、だから、苛め、体罰、教育問題・・・etcに就いても、一切先に進まないんでガンスわね。

 事象を喝破して、明言・名言を実行為らしめる提言を形に為す『策』を持たずして、何の尊敬を得られるんでしょうかね。本日、建国記念日である。嗚呼、面見てるだけで、黒い血が騒ぐぜや。

       夜霧のブルース唄・ディック・ミネ 昭和22年
青い夜霧が、灯影に紅い。どうせ俺いらは、独り者。夢のスマロか、ホンキュの街か。
            嗚呼、波の音にも血が騒ぐ。
可愛いあの娘が、夜霧の中へ 投げた涙のリラの花 何も言わぬが 笑って見せる。
            嗚呼、これが男と云う物さ。
花のホールで、踊っちゃいても 春を持たないエトランゼ 男同士の相合傘で
           嗚呼、嵐呼ぶよな 夜が更ける。

 時代は変わっても、男は、こうで無くちゃ行けませんわね。はい、以上、本日の悪態講義は終了ですがね。

 ギャハハ~のハ。さてさて、風呂に入って、洗濯して風邪薬を飲んで、静かにしてますかいね。



虫眼鏡老人・・・その9
                 虫眼鏡老人・その9

 猛暑・長夏の後は短い秋にして、長く続いた酷寒の冬であった。ダケンと暮らす虫眼鏡老人にも散々な夏、冬であった。年末年始は、風邪をこじらせての寝込みであった。然しものマメ男も、熱と腹痛で布団の中でウウー唸って居た一週間で在った。寝床の周りは、ティシュに、カップラーメン、缶詰、ソーセージの散らかり放題の有様であった。

 健康だと独り身は自由の利く身軽な生活では在るが、事、健康を害すると独り身の辛さに、落涙するのみであった。頼りとするのは、ダケンの存在・・・

 そんな老人の周囲で、ダケンも風邪こそ貰わなかったが、ひもじさ、空腹から瘦せ衰えて終った次第であった。

 寄る歳波で体調の立て直しには1カ月を要したが、健康体に戻れば、相も変わらず老人とダケンの憎まれ口の交差する日常で、淡々と日々は流れて居た。二月の声を聞き三月も下旬と成ると、陽は高く草木には春が見えて来る。日課のダケンとの漫ろ歩きをする老人の散歩距離も伸びて来た。

 白銀を頂く山脈の山肌には青味を増した色、近望の里山には芽ぶきの時を待つ茜色の膨張色が一段と赤味を見せて居る。河川敷を歩けば、地面に空色を映したオオイヌノフグリの群生が、空にぽっかり浮いた白雲と空の青の下、春日のおおらかさを見せて居るし、首の短い早咲きのタンポポの黄色が鼻歌すら誘う。
地表近くには陽炎が揺れる日もあるし、越冬をしたタテハチョウ、シジミチョウなどが、まだまだ飛翔の力強さは無い物の、それらが揺れ動く様な光景は、春のうららかさと共に冬を脱した安堵感と相俟って、老人とダケンに気分の高揚すら齎す。

 四月の声を聞いて、この数日は日向ぼっこをして居るだけで汗ばむ程の陽気に恵まれて居る。朝食を終えて10時を回ると、老人は作業着に着替えて軍手に長靴でスコップとバケツを持って川原に出掛けての作業に取り掛かった。

         老人はフーフー、何往復かして川土、川砂を庭に運び終えた。

「おい、ダケンや。ワシはこれからホームセンターまで買い物に行って来るから、留守番して居てくれや。お駄賃は弾むよ。ワッハッハ。」

         そう笑って、老人は機嫌好く車で出掛けて行った。

 ダケンは、繋がれては居ない。ダケンは徳川公方のオトシダネの化身?仮の姿? であるから、人間語は話せないが人間語は全て分かっている『やんごとなき名犬』なのである。

<家庭菜園には未だ早かろうに・・・爺は、一体何をする心算じぁ。長過ぎた冬に、待ち切れずにクライングではあるまいに。鷹揚さの無い処が・・・まぁ、下々のする事を彼是と詮索するのは、不粋と云う物じゃて。今日も好い天気じゃて。
 年末年始には、余は爺に大きな貸しをして居るのじゃて、折角の川砂の馳走じゃろうて、砂浴びをして毛に巣作う虫払いでも致そうぞ。尤も、この位の気持ちが無ければ、日の元の日本人とは云えぬわ。わっはっは。>

 ダケンは、こんもりと積み上がったフカフカの川土・川砂の山を前足で掻き広げると、ゴロンと横に寝て、前足で土砂を全身に振り掛けて立ち上がり、ブルブルと全身を震わせて土砂を振り落とす。そんな事を何度か繰り返して、腹を下に長々と土砂のベットにうつらうつらを始めてしまった。土砂は太陽熱を吸収して、何とも言われる心地の好さであった。

    車が止まって、プラスチックの小池を抱えて戻って来た老人である。

「コラッ!! ダケン。なんて事をしてくれるんじゃい。馬鹿もんが~。」

 老人の平手打ちが、ダケンの尻に数発バシバシと炸裂して、ダケンはパッと走る。

<おっ、怖い。体罰の心算であるか。爺、何か、これは余への進物では無かったのか??  相変わらず、思慮に欠けた行いをする爺さんである。>

「この罰当たり、居候犬が。嗚呼、こんなに拡げ腐って、仕事を増やして呉れたもんじゃい。クワ~、留守番の褒美に鶏がらを買って来て遣ったのに、ご主人様の気持ちが一切通じない馬鹿犬じゃい、お前は。
 嗚呼、手の無い犬畜生に、当然の権利・原状回復もさせる事も出来ぬでは無いか。糞っ垂れ、役立たずの駄犬!! ワシも歳なんじゃい。若い頃の体力も無いのじゃからして、最小のエネルギーで最大効果を考えて遣って居るんじゃい。
 同じ屋根の下で暮らして何年に成ると思って居るんじゃい。少しは、以心伝心の嗅覚を利かせるのが、犬の仕事じゃろうて・・・駄犬は、どんなに愛情を注いで対したとしても、駄犬のままで停滞とは、先が思い遣られる物だ。この偽け犬めが。」

<アッジァ、余はやんごとなき身分にて、矢張り下々の考える事は、一向に理解出来ぬわ。世間から変人・奇人と陰口を叩かれて居るソチが不憫と思って、同居して遣って居るのであったが・・・変人・奇人にも五分の感謝心と思って、馳走に為って居たのだが・・・

 不断ご近所さんから、全く相手にされて居ないから、一端口を開いたと為ると、日頃の欲求不満の捌け口を、一気に捲くし立てる。いやはや、これが下々の『口煩いの図』なんじゃろう。爺は教養が無いから〔馬耳東風の喩え〕を知らんのじゃろうて・・・>

 ダケンは、のそりと松の木の根元に回って、前足をグイと前に伸ばして、背骨を弧の様に一伸ばしすると、デカイ口を開けて大欠伸を一つすると、お座りのポーズから前足をグイと伸ばして前足の上に、頭を乗せて尻尾をブラブラさせ始めた。

「この~、何だ、その人を食った態度は・・・遺憾いかん・・・ワシとした事が他愛も無い。駄犬に、高尚な趣味の道は分からなくても当然であったか。只飯喰らいの駄犬で在っても、心は通じるものと<買被りが過ぎた>様じゃ。
 入れ歯のワシが鶏ガラを喰らう訳にも行かん。これ、お前の好物の鳥ガラじゃ。これでも食って、ワシの邪魔をするで無いぞ。ほれ、此処へ来て、大人しく食べて居ろ。」

<おいおい、余を言うに事欠いて、『買被りが過ぎた』と言って退けるとは、世が世ならば『即座に、100%無礼打ち』ぞ。身分の上下が滅した平成の世とは、見下げ果てた末法の世ぞ。
 日本再構築の安部晋三守是由(アベシンザウのカミ・コレヨシ)に三本の矢に付け加えて、身分長幼の序の理を下知しなければ、美しき日本の再構築は叶うまい。平民の世は、ややもすると奥の薄き世の喩えじゃにして・・・ 困った世の風潮である事か。返す返すも、忌々しい爺である事か。
 まぁ、折角の爺の心遣いを無にする訳にも行かぬ。どれどれ、義理喰いでもして遣るべしである。>

 ダケンは、徐(おもむろ)に立ち上がると、鶏一羽分のガラを咥えて来て、再び松の木の下で、早速バリバリ、ガツガツと食べ始めた。

 太陽は中天に位置して、等しく庭の模様を見守る様に春日和を呈して居る。老人は竹箒を持って来ると、散らばった土砂を掃き溜めている。ダケンは、ガリガリバリバリと鳥ガラを噛み砕いて、尾を盛んに振って居る。

 老人は庭の隅に小池容器を宛がって、スコップで地面を掘りセットする。それを終えると、廊下に腰掛けて煙草の一服を付けた。インスタントコーヒーにポットの湯を注いで、熱物を啜りながら、爆音に空を見上げればヘリコプターである。白雲は広く広がって青空を動く。空には、トンビを追い回すカラスの二羽攻撃が繰り広げられて居る。

 老人は小池の周りを石囲いをして、その上に川土・砂を混合させて小池の周りに土手を作って行く。嗚呼、腰が痛いと、腰をポンポン叩いて、背中を大きく仰け反らせて、首のタオルで額の汗を拭う。

 再び廊下に腰を下して、コーヒーを入れ、煙草に火を点けて、工作物を眺める。

「さてさて、これからがセンスの見せ処じゃて・・・」

 庭からオモト、シバラン、シバサクラなどを移植して、自生した琵琶の子木などを植え込んで一人悦に入って居る。

「これこれ、ダケンよ。如何だ。これはドイツ語でビオトープと言ってな。<野性動物の住む場所>を意味する言葉だ。池には水を張って、カルキ分が抜けたら、メダカを入れて、沢ガニなんかも入れる。
 その内に、蛙なんかが住み付いて、アメンボ、水カマキリ、トンボのヤゴなんかも住み付く。庭に遣って来るキジバト、ヒヨドリ、スズメ、シジューカラも水浴び、水飲みに遣って来る。部屋に居ながらにして、小さき者達の観察が出来る装置では無いか。

 こんな愉しみを生活の一部として取り入れる事が出来るのは、これぞ正しく人間の特権と一つじゃぞ。哀しいかな、犬畜生のお前達には逆立ちしても、花鳥風月を愛でる感性など無かろうな。ギャハハ!!

 おっ、そうだアヤメも風情が在って好かろうな。アヤメはあそこに在ったな。思い立った内に、移植して置くか。この頃じぁ、ダケンとの暮らしで、すっかり健忘症の日々じゃからの~。ワッハッハ。

 済まん済まん・・・駄犬を相手に、言って見ても所詮、詮無き事であった。ワシは元来、心根が上等に出来て居るから、知らず知らずの内に駄犬如きものまで擬人化してしまう。つくづくと損な性分に生まれ付いた物よ。慈悲心が足元を見られて、駄犬のお前に付け入られる始末じゃ。

 然しながら、池の水を飲むのは一向に構わんが、トイレ場所と考えるなよ。そんな事をしたものなら、ワシとお前の縁もそれきりじゃ。分かって居るであろうな。飼い主無き駄犬の末路は、『保健所』だぞ。以上、硬く申し付ける為り。 」

<おいおい、聞いたかや。花鳥風月に擬人化の慈悲心。言うに事欠いて『保健所』とは、余に向かって非礼千万!! お犬様を、不浄の木っ端役人の堵殺場送りとは・・・捨て置けぬ罵詈雑言為り。
 年末年始の献身的看護で一命を取り留めた爺は、何処のどいつで在ったか。何がドイツ語でビオトープじゃい。この『奇人豆腐(キートトーフ)』頭の癖して、嗚呼、余も人が好過ぎて、こんな馬鹿爺の面倒を・・・何の因果か、大奥100人のあの時代が懐かしいばかりじゃて・・・ 
 これこれ、爺よ。歳を考えて今日の処は、それで良かろうぞ。う~む。大義で在った。頑張り過ぎると、余の食事が疎かに為るでの~。イヒヒ。>

 ビオトープに草木が馴染んで、所定の目論見が功を奏せば、虫眼鏡老人の書斎には、虫眼鏡と共に双眼鏡が常備されて、如何なる呟きが発られるのであろうか。これまた、老人とやんごとなきダケンの一日常が一コマが加えられて行くのであろう。
 
                   <老人と犬の暮らし一スケッチより。>
                     2013/2/10 アガタ・リョウ

 
 偶には、こんなお伽話も好かろうと、久し振りに短編を打って見ました。へへへ。

心何処ーショート おお、しゃら寒い!!
             おお、しゃら寒い!! (2/9/13)
 
        ナヌ~。-10℃に1℃だと。ったく、冗談じゃ無ぇぞや。

 昨夜は、湯たんぽを2つ布団に放り込んでの就寝であった。鳥籠の水は、コチンコチンであるから、朝早くから鳥達は水よこせの大ブーイングの騒々しさである。台所の不凍栓を開いて、朝の賄い夫後は真に以っての温いコタツからの去り難さの態である。

                   ルルル・・・

「賄い夫のオッサンは、起きたかや。」
「あいあい、水道は出たかや?」
「あいあい、そっちは高い所だぜ。凍ったかい? 俺ん所は街場だぜね。へへ。」

 本日は女店長さんへのブログ綴りを持って行く事にすると致そうか。沢庵を2本水洗いするだけで、ビャ~、手が冷たいでガンスわね。

 いやはや、Tのヤツはヤッケズボンを履いている始末である。おやおや、駐車場は満車状態である。スタバ二階席は座れるだろうか。一階はツタヤの店舗であるから、目の保養として、新刊本の状況を一眺めして来る。偶には新刊本を買って、格好付けの読書をして見たい物では在るが、凡そ読書の様な雰囲気など似合わない男であるから、端から買う気も起らない次第である。

     二階席に行くと、ガラ空きの態で在った。好かった好かった。

「あれか、高校入試は未だだろう。珍しく、勉学おネェチャン達は居ないな。」

「きっと三月だろ。今頃は私学入試じゃ無いのかね。スタバ学習よりは、自室に引き籠って最後のラストスパートって処が、受験地獄真っ盛りの俺達の時代だったからな。学生気質も、激変したもんだぜや。」

「今は、推薦入学で学生数の確保に躍起に為って居るってぇのが大学事情だから、当世受験生なんて楽な物さ。俺ん所の界隈は塾、塾で大繁盛してるぜや。」

「そうかい。あれだ。ピンからキリまで、保険にしろ学習にしろ、金でリスク、安心を買って居る様な時代だから、或る意味じゃ他力本願だからな。昔は、<金じゃ学問は買えない>なんて、真っ当な常識が在ったんだけどな。

 勉強の入り口なんて物は、所詮無味乾燥な『丸暗記』から始まるって大前提が、忘れ去られているご時世だろ。基礎を覚えなきゃ、次のステージになんか、上がれ無いのにさ。」

「其処よ其処。手前達が作った子だから、同じ屋根の下で、真っ先に自分達の子の能力を観察して、駄目な者なら教師より先に<引導>を渡して遣るのが親の務めなんだけど、それが分かっちゃ居らんのさ。勉強に向く子も居りぁ、不向きの子も居らぁな。子供をネコ可愛がりするだけが、親の仕事じゃ無いのにさ。口じゃ生意気に費用対効果なんて専門用語を使っている癖に、親の中身とすりぁ、タイテノコラサだわな。」

「そうだいなぁ~。皆机に向かって教科書開いて居れば、投入時間に正比例して学業が向上するなんて、お体裁教育者もどきの『大嘘』に振り回されているだけだしな。そんな奴らに限って、孤独で苦しい受験勉強を掻い潜って来た経験が無いから、吾が子の勉強まで塾なんて外注に丸投げ・押し付けて、親の地位に胡坐掻いてるんだろ。困った親馬鹿列島ですがな。」

「まぁ、早い話が、そう云う事ったいなぁ。その延長線上に、中国のレーダー照射の白ばくれた報道官が居るんだけさ。俺の好みのタイプだから、あの生意気面した女報道官は、裸にひん剥いてバックスタイルで手後目にして遣りたい位の妄想対象だけどさ。あの生意気面がもうもう、亀頭を刺激して涎が出ちゃうのさ。あの手の生意気女は、生白い尻を鷲掴みにして空気を送込んで、得意の2浅1深の突きを施しぁ、ブビィのブガ、ブブで、羞恥のブレーメンの音楽隊ですがな。イッヒッヒ!!」

「この変態野郎が。それを言わ無きぁ、教壇に立たせて遣りたぇが、丸っ切り進歩の無ぇ男だぜや。呆れ果てた<変態戯け>だぜや。嗚呼・・孫の遺伝子が心配だぜや。
 嗚呼、穢らわしい。これ、寄るな、近付くな。空気感染するぜや。」

「何だ、その手付きは、俺は中狂国の汚染大気か。馬鹿にしゃがって、胃無し人間に為った位で、『過去が帳消し』に為るなんて、その料簡が完全に駄目だぜや。まぁ、本当にB型人間なんて者は、無反省人間だから、丸切り<犬畜生の類>だぜや。
 少しぁ、胸に手を当てて、ヤオヨロズの神神に懺悔の恭順を示す気には為らんのか。俺なんざぁ、朝に夕なに、是、反省・悔恨・懺悔の日々だぜや。あい~。」

「どれどれ、ふ~む、そうかそうか。皆、楽しかった、気持ち良かったって、笑顔で手を振ってるぜや。ヒヒヒ。」←これ見よがしに、目を瞑って深呼吸を数度繰り返した後が、この物言いである。冗談じゃ無ぇや。

「カァ~、こんな野郎と同席したか無ぇやね。梅毒菌が、脳味噌に巣作ってらぁな。
 おおっ、思い出したぜや。一度、真面目な研修旅行が在ってさ。そのガイドの中狂女が、頭も顔・スタイルも良くてさ。好く歴史も知ってるんだよ。相当なIQの持ち主にして、勉強家なんだろうと驚愕してたんだけどさ。
 但し、俺達日本人からすると、何でもかんでも戦前日帝の所為にして、『世界に誇る大中華思想の押し売り』をするんだわ。俺は真面目な人間だから、バスの前の方で、拝聴して居たんだけどさ。自惚れ満載博学女史様が、パスを降りての歴史解説の後、俺の所にズカズカ寄って来てさ。
『あなたは、私の事を馬鹿にして聞いて居る。許せない!!』なんて、仰るのよ。まぁ、美人が怒ると、これまた様に為るから、御丁重に陳謝しと居たけどさ。それがさ、感じが何処と無く似て居て、目下の処の目の保養対象さね。ギャハハ!!」

「まぁ、Rの事だから、蜜壷目掛けて、レザー光線照射してたんだろう。」

「馬鹿野郎が、親しき仲にも礼儀在りだぜや。糞婆っさの看取り後は、<ロシア女に婿入りする身>だぜ。変な風評被害で有為な人間の将来を潰さなんどくれや。
 あれだ。抜けシャーシャーとムダゴト扱いてる中狂国女報道官の映像には、日本の報道だから、テレビ画面を二分割してさ、半分に毒餃子事件の中国映像を並列して流して見れば、効果覿面なんだし、相変わらず国内じゃ、反原発、反原発で生意気こいてるけどさ、福島原発事故の時は、皆テレビに齧り付いて見て居たのにさ。使用済燃料棒だってプールに入れて冷却し続けて2~3年しないと、焼却処理が出来無いって連日連夜遣ってただろうが。

 核燃料からは間断なく、凄い核エネルギーが絶えず出て居るんだけど、その熱エネルギーのパイプが閉鎖されて居るから、発電機を稼働させる事が出来無いだけで、熱エネルギーが発電エネルギーに転用されないだけでさ。確りと原発施設での核燃料は稼動してるんだぜ。

 言いたかぁ無ぇが、折角、日本国民が挙(こぞ)って貴重な学習したんだから、少しは手前の脳味噌で、過去と現在を比較考証して見遣がれってもんだぜや。
 俺ぁ、脳味噌の大半は女とSexに占拠され捲ってるけどさ、何か在れば、この位の引き出し開け位は出来るぜや。あい~。
 それとも何かい・・・人が好いのと物忘れは、同意義語かいね。<日本の紳士淑女様達よ、少しはシャキッとクレバーに為ってチョゥ~よ。>ってなもんだぜや。」

「やっぱ、今日は冷えるわ。連れション連れション。」

   さてさて、パッパタイム後は、小鳥の餌を買って行かねば為らない。

 T曰く、輪切りリンゴに対して、ヒヨドリは子細構わず皮毎食べ散らかし、ツグミは内側から丁寧に食べて皮を残し、メジロ夫婦はマメに往来して食し、スズメは5~6羽の集団にて、時にヒヨドリすら追い払うとの事である。

 ふ~む。大した自然観望である。ヒヨドリ、ツグミ、メジロ、スズメの性格の違いを準れば、少なからずお国柄、国民性の違いが垣間見られる次第でもある。

        へへへ、差し詰め、私はツグミと云うべきであろうか。


心何処ーショート 大陸寒気団に、レーダー照射、大気汚染とは・・・
     大陸寒気団に、レーダー照射、大気汚染とは・・・(2/8/12)
 春日への仇打ち、騙し打ち見たいな大陸寒気団のエゲツ無さを骨の髄まで、思い知らされまして、まっこと昨日は寒かったですね。湯たんぽに足を乗せ、半纏を頭から被って寝てました。それでも朝方は体温の回りで、可笑しな夢を見て居ましたがね。へへへ。

 兎に角、夢と云う物は支離滅裂状態のスライドショー見たいな物で在りまして、ご近所の悩み相談事に付き合わされて、ボランティアの素行調査が何時の間にやら、刑事に為って漸くバスの中で逮捕。犯人の最後の頼みで実家の母親に合いたいの人情に絆(ほだ)されて、手錠抜きで行っては見た物の・・・コイツは端から信用為らない。母親の手前、情を優先させるか、直感・観察からの判断で職務を全うするか・・・如何すべぇや・・・

 危機管理の要諦は、両面作戦であるらしい。<備えあれば憂い無し>の原点に立ち返って、母親の前でポケットの手錠を握り締めて、何時でもバシャッと手錠を打てる様に身構えて居る自分が居る。エゲツナイと云うか、慎重な性質というか、猜疑心旺盛と云うか・・・

 いやはや、時代が悪く為り過ぎた。<職務と人情が両立した時代は、遠く為りにけり。>である。 嗚呼、私としては、鬼平犯科帳の一シーンの様に、此処で徐(おもむろ)に一服付けたい心境なのであるが、そんな隙すら見せれ無い。

 相手は苦労知らずの今時の悪であるから、顔には性格も刻まれては居ない。のっぺりした坊ちゃん顔で、口は上手いし、パフォーマンスも上手い。ピンからキリまで拝金の金転がしで肥大するばかりの無責任年間ご時世である。何億、何十億の金が、振り込め詐欺で巻き上げられて行って居る。家庭、家族、地域崩壊とやらで、年寄りは独居老人の無縁社会、散骨・墓友・・・etcの<見下げ果てた社会>なのであるから、安易に信じたら墓穴を掘るだけである。

 ・・・ この野郎、そんなに巧ぇ事抜かし遣がって、言ってる事と遣ってる事が、真逆じゃ無ぇか。俺ぁ歳の功だ。そう簡単にぁ、騙され無ぇぞ~。

 廊下、玄関では、金華鳥達が朝の真っ最中である。大欠伸、障子を開け朝の仲間入りをするしかあるまい。些か早いから、掃除などをして時間調整をするべしである。

 布団を上げて掃除に取り掛って居ると、老母殿の洗顔である。まぁ、取り掛かった掃除であるから、洗顔中に老母の部屋を掃き通常の掃除をして、鳥籠を軒下に吊るしてからの朝の賄い夫とする。

            食後は、維新の国会質問を見る。
 中田、東国原両議員さんの質問で在ったが、如何も好きに為れない雰囲気を持っている両先生方である。立ち上がれ→太陽→維新と来たのだが、呉越同舟で何れ袂を分かつ第三極の近未来なのであろう。。

 何時の間にか、日が陰り軒下の鳥達は寒そうに、体を膨らませて居る。風邪を引かせては拙いから、所定の場所に置いて、私の方はファンヒーターの灯油補給とする。昨日と違って風は無い物の、大陸寒気団の凍て付き様である。

 部屋の金魚達も寒さに錆付いて、殆ど動きの無い次第である。。水槽を見遣れば、汚れている。止む無し・・・汚れを落して川水の補給でもして遣ると致そうか。

 長靴を履いてバケツを持って外に出ると、氷でも投げ付けられて居る様な凍て付く外気の冷たさである。寒々とした川原にはカラス、低空にトンビである。さてはトンビの野郎も、天空高く円を描いて居ては、<中狂国からの毒ガス飛来>に抗しられないのであろう。

 ふ~む。鈍感人間としては、此処は『野性の危険認知能力』を参考とすべしである。

 水の冷たさにおじけ付いて、台所から温水を運んで、フィルター代わりのスポンジの汚れを揉み出す。

 そんな事をして居ると、ガス屋さんの集金である。灯油も入れて貰い、コタツ部屋で男談議と思いきや、灯油配達が目白押しとの事である。へへへ、残念為り。



心何処ーショート えらい強風ザマですがな・・・
            えらい強風ザマですがな・・・(2/7/13)
 丸で春一番の様な強風が、吹き捲って居る。朝から国会中継が在るから、ことこと豆を煮ながら拝聴する。下らない番組より数段に面白いし、何かと為に成る一種の『教養番組』の様な物である。一拝聴生では在るが、突っ込みも野次も自由自在で出来るから、気分が楽である。従って、一切居眠りも出て来ない。

 テレビが映るのは老母の部屋だけで、私の部屋のテレビは今や再生専門である。自民党幹事長の質問から、民主党質問に移って、民主党重鎮の前原誠司代議士である。

「この前原の野郎が、生意気な口を叩き遣がって、尖閣諸島領海内<中国漁船当て逃げ事件>の時は、『国内法に基づいて粛々と』・・・誰しもが、ハイエナギャング、匪賊の暴挙に法治国のお白州が粛々と事務的に進むと思っていたのだが・・・ビデオ開示が如何のこうので、大紛糾。影の赤い総理or赤を白と言い包める左翼法廷弁護士の独演会国会で在った。国交大臣から外務大臣に横滑りして、柳腰・弁当屋仙ちゃんに<右倣え>しやがってさ。それが自民参議院の爆弾男・西田獅子議員にとっ詰められて、紛糾国会ですがな。

 出て来るわ、出て来るわの芋づる癒着の連鎖で、焙り出されて来たのが、政治屋の反日三昧。へへへ、在日韓国人から政治献金貰って、『外国奨学金生の巣窟民主党』の崩壊の口火を切るんじゃないかの大騒動にさ、菅無理野郎と大密談で、何時間も出て来なかったじゃないか。

     そんな物ぁ、相棒の杉下右京警部流に推理すりぁ、こう為らぁな。
<手前、俺を徹底的に庇(かば)うと言って置きながら、俺だけに『詰め腹』を切らせようって事か!! 冗談じゃない。俺達ぁお坊ちゃん鳩ポッポ、ダーティ小沢見たいな絶大な資金ルートが無かったから、第三国資金ルートを持って、此処まで伸し上がって来たんだ。言って見りぁ、民主党左派の一蓮托生グループの長同士だ。ハマコー以上の『党のキンタマ』を握って居るんじゃい。辞めるんだったら、道連れじゃい!! 俺に向かって、デカイ口叩ける立場か、分かってるんだろうな。おい!!>

 野郎共は第三国奨学金返しで、政党助成金を在日反日分子に配布して、ブーメランさせて猫婆していた薄汚れた野郎共だぜや。厚顔破廉恥政党のNo4だから、菅・岡田・野田とスクラム組んで小沢包囲網をすれば、菅の次は自分だと思っていた<矢先の大ドンデン返し>でさ、ダークホースの野田ドジョウに首相の座を持って行かれちゃったって事だろう。

『言うだけ番長』で、偽メール騒動で民主党代表の座を途中降板だったしさ。それでも、数の上に胡坐掻いてる時は、権力政党ですがな。厚顔破廉恥も数の力で実力者の地位に座れてもさ。そうは問屋が卸さねぇ。世間の上にぁ、お天道さんが見て居なさるわさ。300超の大議席が一気に60台に激減したんじゃ、誰も相手にぁしてくれませんわな。

 下衆大衆の俺がこのザマだから、日々面突き合わせて居る国会議員の先生達の中に在っちゃ、顔には現さんけど、腹ん中じぁ、この糞っ小僧、何を偉そうに言ってけつかるってもんだろうよ。

 へへへ、<国思う大志在れど、感情の起伏に喘動するが政治模様>ですがな。これを称して背に腹代えられぬ『権力闘争・私恨の日常沙汰』ですがね。

 勝てば官軍、負ければ賊軍の悲哀ってもんずらいな。なぁ~、婆さん。此処まで厚顔無知で遣って行かなきゃ、政治屋は勤まら無ぇって事かいね。へへへ、選挙に落ちれば只の人って話だし・・・『政治屋とは、潰しの利か無ぇ因果な商売』って事かいね。俺ぁ、生まれ付きの馬鹿だから、政治家なんて夢を見ないで正解だったって事さね。

 折角の国会中継だぜ、そうオボコ娘見たぇに、一方的に拝聴してると、人間観察が疎(おろそ)かに為るんね。いざと為りゃ、<妖怪様のご印籠>さね。
『お前達、偉そうに。女から生まれた癖に、訳の分からない横文字ばかり使って、生意気言ってんじゃ無いよ!!横文字知らない有権者の世話に為ってるのに、何考えてんのよ!! 被れるんだったら、日本漆に被れて、額に汗かいて、日本の伝統工芸に光を当てるのが筋だよ。』で一蹴して遣りぁ良いんせ。

 デカイ声じぁ言えないけど、これって国会中継を3倍面白く拝聴する秘訣だんね。品行方正だけじぁ、世の中、一色にしか見えませんわね。あい~。」

 その間に、風呂を沸かしたり、台所の洗い物、掃き掃除、玄関鳥の世話をする。昨夜のトイレ時に玄関鳥を見ると、番い鳥は私手作りの不格好この上ない藁巣の中で、仲良く寝て居た。へへ、「無い物強請りをするよりも、現実を受け止めて工夫を凝らす」の諦めに気付いたという次第なのであろう。流石に、私の飼育下に在る。中々にして殊勝な心掛けである。

 薄曇りの強風に加えて、屋根雪の滴りであるから、軒下に吊るす訳には行かず、廊下並べとする。豆焚きは三度目の正直で、大成功の段である。これとリンゴ、ヨーグルトで昼とすれば良かろう。ラジオを持って入浴である。

 さてさて、ご母堂様も風呂上りで在る。軽く小腹に昼を入れて、煙草買い方々、ラジオをポケットに強風下散歩でもして参りましょうかね。

心何処ーショート アジャジャ・・・終日の雪降り為り。
          アジャジャ・・・終日の雪降り為り。(2/6/13)
 細かくなったり、大きくなったりして、雪は間断なく降り頻って居る。朝一度、雪を払って様子見をして居る次第である。水分の有る上雪の様な物であるから、道路の雪はシャーベットである。二畳小部屋の炬燵で、雪見の庭を眺めながらの煙草吹かしで在る。

 こんな日は外にも行けぬから、朝食後は四男坊の唯一の趣味で世の女族への悪口・悪態三昧を老母の前で大サービスをして来た。まぁ、相手は女族を代表して炬燵に小さくなって終った老躯を、お地蔵さんの様にチョコンと座って居る妖怪様である。一頻り、戯け倅の言いたい放題を笑いながら聞いて居ても、産み育ての母親の実績貫録とでも言うべきか。

「偉そうに、女から産まれて乳で育った癖に、それに人一倍女が大好きな癖に、どれだけ女の世話に為って居るんだ。そんなに女の悪口ばかり言ってると<罰が当たる>よ。」

 と涼しい顔である。ハハハ。流石に妖怪様である。白髪頭を乱しての近付くのも憚れるブッチョー面の山姥よりも、血色の好い妖怪様の方が、倅としては万々歳の口である。

「何をこきぁがる。俺ぁ自慢じゃ無ぇが、毛無し、金無し、女無し、止めが甲斐性無しの四重苦だぜや。これ以上の罰なんか当たる訳無えじゃねぇか。お天道さんだって『罰切れ』なんだから、一切女には持てない男の逆恨み、恨み骨髄よ。
 女権の強権・狂権流行りのご時世に、忍の一字。口を噤むか弱い男族を代表して、俺が言わ無きぁ誰が言うだいね。盗聴されている訳で無し、言わなきゃ損損の勿体無いお化けが出るぜや。
 文句が在りぁ、雪をBGMに雪女にでも化けて出て来やがれってもんだぜや。あれだ、凍傷に罹らねぇ範囲で、2浅1深の法でさ。手早くテゴメの返り打ちにして遣らぁな。ギャハハ!!」

「お前は、口から先に産まれて来たのかい。こんな馬鹿な事を言う息子に、育つとは思わなかった。私が生きてる間は頼むから、人様の前でそんな事は言わないでおくれ。アハハ。」

「この糞婆ぁが、生意気に、屁でもこいて、鳥が煩ぇから、餌でも遣るか。嗚呼、飼育管理者は、手間が掛かるぜや。アホ臭~。」

「もう、行くのかい。御苦労さま。暖かくして、風邪引かない様に。」

 すっかり遅くなって終った玄関鳥達のサービス、掃き掃除をして、四畳半でネットを開いた後は、ポットとリンゴを持って小部屋入りであった。

 老母殿は早々に障子を閉めて、ベットの中でテレビ見の様である。予報では、夕方まで確り降るとの事である。いやはや、またまた雪足が速く為って来た。一度雪払いをして、この分だと大事には為らぬだろうとタカを括って居たのだが、もう一度雪払いをしなければ為るまい。やれやれの段である。

 さてさて、張り合いの無いお天気さんであるから、本を読んだり、DVDを見たりして、雪籠りをするしか有るまい。久し振りに、吾が師・バート・ランカスターさんの映画でも観ましょうかね。こんな日は、つくづくと退屈でアリンスな。・・・

心何処ーショート へへ、好かった。青空である。
            へへ、好かった。青空である。(2/5/13)
 風は冷たく吹いては居るが、見上げる空は薄い刷毛雲が僅かに霞み浮いて居るだけである。昨日のニュースでは、石炭に依る発電、寒冬への暖房の廃塵と車の排ガスで<中狂国の大気汚染の尋常ならざる報道>が盛んで在った。嫌中の私としては、半分、それ見た事かの冷めた感想しか湧いて来ないのであるが・・・

 ロートルであるから、福沢諭吉先生の<脱亜入欧論>も趣味の世界史の付録で、歴史資料として仕入れて居る事も在り、それを捩って脱亜の支那朝鮮を毒亜と活用転訛してブログ打ちの参考とさせて頂いても居る次第もである。

 ソ連の鉄のカーテンの崩壊後の竹のカーテンからの門戸開放で、中狂国の経済開放は鄧小平の先冨論(先に豊かになれる人が豊かに為り、豊かに為った人は、他の人も豊かに為れる様に助ける。)で、農業の万元戸政策から沿海特別区を開放する事で外資・先進技術を導入して、国内の安い労働力を提供して、世界の工場として爆進する事で世界第二位の経済力を得たのは、誰もが知っている現実である。

 維新後の我が国でも近代国家のスタート時には、お抱え教師・お抱え技師を大量に採用して、近代化の礎は『殖産興業に在り』と云う事で、官営工場を作って物心両面に亘って、富国強兵の国家レールを敷いたのである。日本では、官民協働型で幾多の政商達が生まれ、財閥を形成して行った。そして、東洋初の一等国の座に上り詰めたのである。

 日本と中狂国とは、<国体>と云うか・・・そもそもの国民資質・国柄が違う。中狂国の民度の低さは諭吉先生の仰る通りである。国体・民度の違いで、共産党独裁の政治形態の中での政商達は、取りも直さず共産党幹部連中である。産・学・軍を独占する一党独裁国家に在っては、そのおぞましい中身は<一蓮托生のインサイダー取引の様な物>であるから、<美味しい物は、少人数で隠れてこっそり満腹の宴>と為るのは必定の征服王朝絵巻なのである。

 天安門デモでの戦車鎮圧一つ取っても、中国に自由諸国が考える人権意識などが皆無なのは、歴史が示す処である。歴史は、そのお国柄と民度を示す鏡でもある。斯様にして、中狂国様と日本国とは、明々白々のお国柄と民度の違いなのである。

『国変われば、品変わる』と云う事が分かって居ない者が、加重平均・読み替えもせずに、字面直訳してしまうから相手の<芯意>が伝わらないのである。『家産』と云う言葉を学生時代に授業で習った事が在る。西洋中世では、封建領主の持ち物には物と同様に領民も物扱いされて、家産の一つだったとの由である。人を家産の一つとして見る思想の根底には、奴隷制度が厳と存在した証左である。

 有名な話では、彼の有名なローマのシーザーにした処で、彼が頭角を現す為には、膨大な猟官工作(賄賂)が在って、ガリア=イングランド総督に為って、その膨大な借金を2~3年の内に返し終え、この後は<賽は投げられた>とルビコン河を渡ってローマを支配する地位に就くのであるが、それ等の資金の元は全て、ガリアでケルトの民から苛斂誅求の結果得た財力である。これが征服民と被征服民の西欧的宿命だったのである。

 ロシアにだって、モンゴル征服の200年に及ぶ<タタールのくびき>なんて歴史証左も在る処でも在る。征服者にとっては、被征服民は取りも直さず奴隷であったのである。アフリカ西海岸からは、その当時の世界の覇者・英国が黒人狩りをして北米の大綿花農園の奴隷にして、莫大な富を手中に収めた。英国東インド会社のインド支配だって、その流れの一断面である。スペインの南米支配だって、インカ帝国末裔達の奴隷化である。

 中国4000年の歴史と豪語した処で、中身は異民族に依る征服王朝の焚書坑儒・大虐殺の苛斂誅求の歴史である。詰まりは、奴隷制度に依拠した歴史でもある。

 鄧小平の先富論は、国内向けである。当然に、中国支配者層には家産思想が継承されている。国民の意識は薄く人民意識である。国内向けの先富論には、人民は入って居ないと見た方が、芯意であろう。国内向け=身内向け=共産党幹部向けと読み替えた方が、その後の実態に即して居る。

硬い文章だと退屈でしょうから、二三、個人的な体験談でも打ちましょうかね。

 三度ほど、中国には行った事が在る。青島・大連である。私が度肝を抜かされたのが、空港の脇に立つ構想ビルの群れであった。何処の空港も、万が一の飛行機事故に備えて、空港は孤立して居るのが常識である。正に人命軽視の張子の虎国家の感がした。
 次に驚いたのが、小高い丘陵に巨大に聳え立つ火力発電所の異様であった。小高い丘陵に在れば、その分、煙突の高さを低く出来るのだろうが、これまた公害の意思皆無の生活者への配慮の欠如である。
 庶民の台所・市場に行けば、何でもかんでも、ゴミをパッパと捨てる。掃き掃除も、ゴミを横に掃き散らかすだけの公共心の無さに呆れ返る。
 ホテルに泊れば、ホテルは高層の大理石造りにも拘らず、バスルームの床は、逆勾配であるから、フロアに水が浸入して仕舞うお座成り工事である。シャワーを浴びて一服付けると、様電話が鳴って、<女要らないかの商売コール>なのである。業務上のエチケットも守秘義務も皆無である。
             
             さて、本文に移りましょうかね。
 
 此処が国柄の違いの面白い処なのである。仁徳天皇の<民のかまど>、聖徳太子の<和を以って貴しとする>などの『一君万民思想』には、奴隷制度は無いのである。島国大和の国には、古来から天皇を中心とした挙って、家族の様な国家観が在ったから、一君=天皇以外は、全て立場・地位の違いは在っても、悉(ことごと)く天皇の前には民の一字しか無いと云う思想なのである。これって法治民主国家の<法の前の平等の概念>と凄く似てませんかね。

 こんな日本人の資質から、鄧小平の先冨論を<日本的に直訳>して仕舞ったが為に、とんでもない毒亜の舌禍に巻き込まれている惨状が、現日本国の姿じゃ無いのでしょうかね。

 国を権力者・施政者の家産視する国家指導者の出鱈目振りは、四川大地震に暴露されたオカラ工事、日本の新幹線をコピーして、世界特許を申請して、その挙句は脱線事故で埋めたり、掘り起こしたりを平気の平左で遣って仕舞う感覚。共産党幹部&ファミリー企業がインサイダー、国家予算で大太り、回りが信用出来ないから、個富は国外蓄財。

 北京からロサンゼルスに離陸した飛行機が途中で、途中で引き返して空港に着陸したら、軍警察が待機して居て、大物さんが連行されて、飛行機は再びロサンゼルス空港に離陸したなんてニュースも在りましたけっね。
 人民は人民で、都市と内陸部の移動を制限して、賃金格差を設けて、人民同士のピンはね合戦。内陸部の農民は、河川の水を都市部に強制徴用されて、農業も出来無い有り様との事。日本の河川は水色なのに、中狂国の河川はカラフルにして泡河川とは、如何なるカラクリが在るんでしょうかね。←いやはや、摩訶不思議な強大国でありまする。

 工業先進国は、多かれ少なかれ自国での公害を体験して来て居るから、環境問題にも神経を配って、省エネ・クリーン装置を作って輸出して居るのである。然しながら、拝金、拝金の目先の個利に走る民度の低さに在っては、環境コスト負担への企業の社会的義務さえ個利の邪魔として、国家挙げての好き勝手遣りたい放題の行儀の悪さである。
 チョイと国家が銭を握り締めれば、他国様の領土・領海も屁の河童の悪行三昧である。南シナ海、東シナ海はゴミと気違いの汚染海と為り掛けて居るのである。

 福沢諭吉先生の支那朝鮮の脱亜論から百数十年を経過して、中国・北朝鮮・韓国は特亜と為り、今や毒亜と為って居る。日本への大陸の文物は、中国→朝鮮半島経由で入って来たとの事でも在るからして、中狂国北京の重汚染大気は、当然に朝鮮半島を覆い尽くして、日本に飛来して居ると察するのである。
 情報の少ない北朝鮮は仕方が無い事では在るが、大汚染海・黄海を間に持つ韓国、大汚染大気をモロに被る韓国の中狂国に対する情報が、日本のテレビに映らないのは、真に奇異に感じる次第である。

 ドッポ=竹島は、吾が固有の領土である。日帝支配で国語・文化を失われた。強制連行で性奴隷・従軍慰安婦にさせられた。味噌・醤油、剣道・柔道の起源は韓国。孔子もキリストも韓国である。・・・etc

 これほどまでに、凄まじい韓国が、重汚染垂れ流しの中狂国に物云わぬ筈が無かろう。

 南京虐殺捏造国vs従軍慰安捏造国との口撃戦は、敵を知る上でも第一級の知恵の玉手箱と考える次第で在るが・・・如何であろうか。
 何事もウォッチングするのが、私の目下の趣味である。毒亜同士の口撃戦は、今後の毒亜国とのお付き合い上、示唆・参考・即戦力的効能に富む事は間違い無しで在る。

        プリーズ、ティーチ、ミィ。Mrマスゴォ~ミ。

        へへへ。さてさて、散歩に出掛けて参りまする。

心何処ーショート ギャハハのハ~。
               ギャハハのハ~。(2/4/13)
 <八重の桜>に為って、何年か振りにNHK大河ドラマを観て居る。ドラマの良し悪しは、ハッキリして居る。全体の印象が悪いと、あっさりパスしてしまう。自分で言うのも恥ずかしい次第であるが、外観と違って向学心を持ち続けて居るロートルでもある。従って、大人を小馬鹿にした様な漫画チィックなお遊び歴史大河ドラマは、見るに値せずの時間と体力の浪費であるとのロートルの一徹さの故である。へへへ。

 半分強がりには違いないが、それだけ歳の所為で私も自分の殻を身に付けて来てしまったのであろう。特に賄い夫の閉じ籠もり生活が高じて来ると、その傾向が顕著に固まって来ている感じがする次第である。いやはや・・・困った加齢期への入り口である。

 スポーツ用語に静止視力と動体視力の区別が在る様であるが、正にそれである。聴覚のラジオと視覚&聴覚のテレビとは、静止消費と動体消費の違いである。従って体内の供給&消費エネルギーの対比たるや、その差は歴然の相違である。・・・それを実感して終う処が情けない次第なのである。加齢による体力の衰退は、<覆水盆に返らず> の生物としての諦観でも在る。従って、物臭男としては、背伸びなどと云う足掻きもしたくない。積極的・作為的面倒は、嫌であるから消極的・不作為の自衛をするしか無いのである。

 そんな次第で、興味の無い、湧かない物に体力を消耗させられるのは『愚の骨頂』と嘯く事にして居る始末なのである。

 昨夜も残ったシリーズ物1本を観た。主演女優さんが誰かに似て居ると思って、DVDパッケージを見ると、ダリル・ハンナさんであった。他人様の事は言えないが、女優さんも歳を取った物である。彼女に最初に注目したのは『透明人間』であった。そして『スプラッシュ』である。どちらもラブコメディの秀作の1本で在った。

 エアポートシリーズには、其々最新DVD作品の紹介が入って居る。ホラー、スリラー、猟奇殺人など凄絶・残忍・恐怖シーンが、これでもかこれでもかの波状炸裂して居るである。見て居るだけで、反吐が出て来る様な執拗さである。
 宣伝文句では全米ヒット作なんて、本当か嘘か分からない次第なのであるが、本当に宣伝文句が本当なら、<米国社会は狂って居る>としかロートルには信じられない映像、ストーリーである。売れるから、作る方も益々過激に一直線の金儲けをして居るのであろう。

 部外者の日本国民からすると、兎に角、銃の乱射事件を性懲りも無く繰り返して居る米社会が現実として存在して居るのは、紛れも無い米国の恥部の部分でも在る。

 さてさて、本題に入りましょうかね。世に『生活習慣病』と云う物が、命名されて存在して居る。人間は習慣に依拠して、生活する生き物である。世間を学習して、反復行為行動をして覚え込んで行く。それらを刷り込みとも云う。意識行為が恰も無意識行為と為って来ると、それを習慣行為・行動として人間の常識と云う事にも為って来る代物である。

 無意識に近い反復が習慣と為り、それが維持され続けると、無意識と云う麻痺が生じる。麻痺は時として、新たな刺激を求めて酷い重症に陥らせる事が多々在る。

★刷り込み→習慣化→麻痺・麻痺化→刺激=刷り込み→新刺激の状態化→麻痺・麻痺化→重刺激→麻痺・麻痺化・・・ こんな連鎖に陥ったら、取り返しの付かない人間破壊の負の連鎖としか言い様が在るまい。映画解説の故淀川長治さんじゃありませんが、<映画って怖いですね、怖いですね。>・・・いやはや、本当にそうですねぇ。

 本日、朝から雨である。する事も無いから、風呂にでも入って洗濯物をして置くと致そうか。朝食後は掃除をして、風呂を沸かす。風呂を老母に譲った後は、2畳小部屋で雨を見ながらPC打ちを始める。軒下に吊るして遣れぬ玄関取りの藁巣には、4個の卵が産み付けられている。冬は春に向かって始動を開始して居る。

 足の爪が切れなくなって終ったとの事であった。四畳半から爪切りを持って来て、ご母堂様の爪切りをする。いやはや、老衰進む老母殿の手足の様は、正に老醜の態で在る。

「やいやい、婆さん、こりぁ人間の手足じゃ無ぇぞや。こう云うのはさ、正に生けるシカバネって云うんだぜや。好う頑張って生きてるわ。大した物だぜや。アハハハ。」

「自分ながら、好く働いて来た。働き尽く目の人生だったから、手も足もこんな不格好に大きくなって終った。女の手足じゃ無いね。」

「へへへ、まぁ、歳だせな。人間90過ぎりゃ、男も女も立派な妖怪様ですがな。しゃー無ぇわな。童女が少女、娘に為って、嫁さんに為って、何時の間にか女からカンナに為ってさ。それが婆さんに為って、妖怪様に為るんだから、俺ぁ、未だ人間だから逆立ちしたって、妖怪様にぁ敵わ無ぇさね。おお、悪い。痛かったかい。へへへ。」

「うんうん、こんなに長生きさせて貰って、よもや息子から爪を切って貰うなんて、考えもしなかった。感謝感謝。悪いねぇ。有難う。今日は可哀想に、散歩は出来ないねぇ。」

「ああ、そう云う事ぁな。好し好し、これで好いぜや。」
 
 老母殿は、童女の様に満面の笑みで、頭で何度も頷いて御座る。へへへ、出来の悪い倅程、『大化け』するのかも知れぬ。まぁ、これとても<刷り込みの為せる技>と解釈すれば、妖怪様のお背中の御利益・効能と云った処でも在ろうか。ギャハハのハ~為り。

トイレ時に玄関鳥を見ると、失敗作の手作り藁巣にメスがチョコンと座って居るでは無いか。へへへ、発情・産卵シーズンを迎えて、<背に腹は代えられぬ>の様である。

 本日分を打ち上げる頃に為ると、薄陽が差して来た。百日紅の枝下ろしの端に、キジバトが一羽止まっている。枝落としの先には、楓の木が在る。去年は巣掛けをしなかったが、その前の年には同じ巣で三回も産卵・育雛をしたのである。きっと、それを覚えて居るキジバトの一羽なのかも知れぬ。外界に暮らす者達にとっては、春を確りと体感して居るのであろう。


心何処ーショート 陽は在れど、冬の風は冷たし。
            陽は在れど、冬の風は冷たし。(2/3/13)
 ワンコインDVD・エアポートシリーズの二本を観る。これで七本を観て、余す処一本で在る。三本が印象に残って居る。最後の一本が如何為る事かは、今夜のお楽しみである。
 500円で見応えのある物をゲット出来たのであるから、衝動買いとしては、合格点の域である。真冬にぽっかりと空いた暖かいミッドナイトをコタツで二本立て映画を観ると言うのは、中々に良い物であった。

 夜更かしロートルの就寝時間も近付いて来た。さてさて、二日続けての湯たんぽ無しの寝床に潜り込んで、仰向けに背筋を伸ばして大欠伸である。幼少の頃より根付きの悪い性質である。眠りに着くまでの小一時間に頭の中を巡る徒然に付き合い、妄想を伸ばすのが、私のthinking timeでもある。

 脳裏には私の憧れの動物・灰色狼が姿を現して居る。行動範囲が重複する人間と狼の暮らしは、私の妄想話・夢奇譚の男二人で縷々綴った処でも在る。狼から発した犬は、もっとも古い家畜の一つとも云われて居る。図鑑・映像で見る限り、狼の種類は然程多くは無い。然しながら、犬の種類と言ったら狼の比では無い。こんな処が実に面白いのである。

 南北6400kmに及ぶアフリカ大地溝帯のグレートリフトバレーに500万年前に足跡を残した事から始まった人類の遥かな旅は、100万年前にインドネシアのジャワに、50万年前には中国の周口店に、20万年前にはヨーロッパのデュッセルドルフに、5万年前にはオーストラリアに、3万年前には日本に。そして、1万5000年前には北米大陸に、1万年前には南米大陸に達したとの事である。

 一方、狼が家畜化されて犬の先祖が誕生するのが2万~1万5000年前との事である。人類の四大文明が現れるのが約4000年前との事である。

 従って、人類の500万年にも及ぶ遥かなる旅の中で、行動範囲が重複する人間と狼の交わりの中で、其々のアフリカ、アジア、ヨーロッパ、新大陸に生息する雑多な狼の種類の中から現在の犬種に近い物が出来上がって来たのであろう。

 この狭い日本に於いても、南の琉球犬、四国犬、紀州犬、川上犬、甲斐犬、柴犬、秋田犬、北海道犬、樺太犬と地域地域には、地犬が居たのであるから、凄い物である。当然に、絶滅した日本狼はと考えれば・・・当然に地犬の日本犬の中に日本狼との相似性が残って居ると考えるのも好かろう。日本の地犬は秋田犬を除いて、皆中型・小型犬であるし、その体型は好く似ている。山犬とも呼ばれて居た日本狼でも在るからして、柴犬をワイルドにした感じが、日本狼だったと思っても好いのかも知れない。それに比べると、世界の犬種は、凄いレパートリーを広げている。改良に改良を加えられた今流行りの座敷犬は論外として、オオカミに近いシェパード、シベリアンハスキー、犬種中最も古いと云われている原産地イランのサルーキーなどは、明らかに狼の風貌を持つ犬種である。

 私は動物に感心が在るから、世界の犬図鑑なんて物を近くに置いて居るし、映画、テレビなどの旅映像でも、その中に移る動植物には無意識的にも見て仕舞う。国が変われば、犬、猫、鳥、湖沼河川の魚達の様相も変わる。そんな処に自然と目が行って終う次第なのである。

 そんな風に考えると、太古の昔には色んな種類の狼達が、<地狼>として人間と共存していたのだろうと、妄想を逞しゅうしているのである。まぁ、人間種と云えども、有色、白人に大別されても、有色の中には黒、褐色、黄、赤とバラエティーに富み、風貌体格も、有色種白種を問わず、多種多様の様である。

        そんな事を脳裏に描いて居る内に、眠りに落ちた様で在る。

 明けて日曜日、日曜日は極力休日気分で過ごして居るから、朝食後はノンベンダラリとテレビを見て居る。地元松本市の市職員が、金髪かつらを被って女装して、横浜まで出張して、女トイレを盗撮して御用と為った由。去年は、佐久の高校の教頭が塩尻市に出張ってコンビニで女子のスカートの中を盗撮して御用と為ったニュースも在った次第である。

 こんなニュースを見るに付け、国民のテレビ離れは大きく為って居るのであろう。公共電波と云う、或る種の宣伝効果は地に落ちて居るのでは無かろうか。こんなに破廉恥な性行動が巷に氾濫して居ると云う事は、テレビを見て淫行・痴行に走ったら、身の破滅と云う学習効果が丸で働いて居ないと云う証左では無かろうか。

 御承知の通り、私なんぞは歩く性器などと、周りからは散々に蔑まされている男なのでは在るが、自制心旺盛な男でもある。これも大きく言えば、権利と義務の関係でも在る。娑婆に於いて妄想権利を愉しんで維持し続ける為には、その裏側の人の権利・自由を犯す淫行・変態行動には、きっぱりと線を引く自制心を実践するしか無いのである。

 有名な言葉に<恋の至極は、忍ぶ恋と見たて候・・・>なんて言葉を捩(もじ)って『淫行の極意は、隠避の愉しみと見たて候。』では、<早漏を秘匿するは、出張って陰画収集の弧楽にて候。>なんでしょうかね。

  彼等、度胸が好過ぎますがね。然りとて、弟子入りのノックは出来ませんがな。


心何処ーショート 本日、春の陽気為り。
              本日、春の陽気為り。(2/2/13)
 不凍栓も湯たんぽも要らない夜で在った。強風、雨が叩き付ける音が煩かったが、暖かい夜は大歓迎の段である。得意の昼寝が出来なかったから、12時前の就寝と為った。久し振りに、好く眠った次第である。

 さてさて、本日土曜スタバトークである。漬け物容器から、沢庵を出して水洗いをして袋に入れる。まぁ、明日からまた冬戻りとの事では在るが、暖かいのは良い事である。身体がスムーズに動くのが、最大の効能である。何んと、四月中旬の陽気との事である。

 Tの車に乗って、大通りを行くと。
「ほれほれ、昨日のピンクコートのおネェチャンですがな。」

「おっ、そうかそうか。白人女は、紐パンだからな。痴毛をハート型にカットしたり、綺麗に剃り上げたりしてさ。やや、思い出しちゃったよ。嗚呼、馬鹿遣ってた頃が懐かしいぜや。あい~。」

 いやはや、スタバの二階席は、女子学生でムンムンである。香水の臭いは、ロートル男には、噎(む)せ付く程の女臭さである。満席状態であるから、空いた席に座るしか無い。

 昨夜は、冷凍柿を一つ、シャーベット状態で食した次第である。一つは一晩置いて自然解凍したので、柿好きのTへの苦いコーヒーのデザートとして進呈したのである。

「如何だい? 吊るし柿と両方食べ比べて見るのも、好いズラ。沢庵は、ミヤシゲ1本と硬大根2本入れといたから。それと大阪では不評らしいが、横浜じゃ好評の汗噴き出しの梅干し漬けを入れといたからな。」

「あいあい、アリガトさん。R処の柿の味は格別だからな。毎回で、沢庵は在るのか?」
「婆っさは、入れ歯だから硬いのが食べれんのさ。最大の出荷先の兄貴が、山下りちゃったからさ。まぁ、せっせと食べて貰うしか無ぇのさ。美味い内に、食べるのが一番だぜな。」

 本日のトーク議題は、当然に体罰問題である。まぁ、大体の方向で、体罰悪物説で終息して行くマスコミ情勢である。感情と理性を<併せ持つ>のが、人間の自然の性なのである。従って、人間の行為・行動なんて物は、絶えず理性と感情の狭間を揺れ動くだけの話である。
 教育者・学者・識者・マスコミが、理性を幾ら声高に叫んで見た処で、理性の娑婆が構築出来る訳も無い。人間なんて代物は理性・教育に特化出来れば、警察・検察・裁判官・刑務所、軍隊・戦争も駆逐出来る筈であるが、そうは問屋が卸さないのが生物界の実態である。感情の実態・実相は、喜怒哀楽の山あり谷あり凪ありの劇場版でもある。その劇場に下って、喜悲劇・激場のオンパレードでも在る。
 余り理性に特化して仕舞うと、喜怒哀楽から生じる感受性の働きが鈍く為り、感受性を基礎として理性・知識を付加した感性の発展・蓄積にも支障を来さないとも限らないでは無いか。

 一々、目くじら、青筋立てて、机上の理想論、感情の激論を全開し捲っても、大勢は変わらずの態で在る。難しく考えずに、過ぎたるは、何事も及ばざるが如しの腹芸も必要な時も在らぁね。原因の多くは、未熟さに根ざして居る事が、その実態でしょうが。

 鉄は熱い内に打て。刀鍛冶が禊(みそぎ)をして、白装束に身を包んで、鞴(ふいご)を吹いて、鉄を打ち、冷やして、それを幾重にも叩き鍛えて、鋼(はがね)を鍛えて行く。そして怜利に研ぎ澄まされた日本刀と為る。
 日本刀に為れば為ったで、鞘から放たれた日本刀は再び鞘に戻らずの覚悟を以って、鞘を払う。そして、<名刀は鞘に収まってこその名刀と>の、ご存知椿三十郎の中で、家老・伊藤雄之助さんの『名台詞』も在った次第である。

 見処のある人間も、屑人間も、数多居るのが、人間娑婆の在り態である。個別の処方箋が最有用と考えるのは、その通りでは在ろうが。それが出来無いのが、神為らぬ人間の有限性・現実性である。

         中学時代のある教師の言葉を思い出す。
★放課後二階の窓から、下校する生徒達の後ろ姿を見る。同じ様に教室で授業をして帰すのだが、一人一人は皆違う。授業から、何を学んで帰って行くのだろうか・・・そんな事を考えながら、私は教師をしている。・・・もう半世紀も前の記憶であるから、この記述は正確では無い。当然、私流の加工が施して在る。然しながら、ポツンと短い言葉を呟いた教師の心象風景をスケッチするとこう為るのである。

 世の綺麗事には、とんと同調しないのが、私とTの好色ヤクザもどきのロートルコンビなのであるから、理性社会の人間の屑と云っても仕方が無いのである。ギァハハ!!

「偉そうな事を言ってもさ。退職金改定で、駆け込み早期退職じぁ、教育の示しが着かんぜや。云いたかぁ無ぇが、担任教師が一年の締め括りの卒業式を目前に<個利>に走って、教育を語ったって、如何し様も無かんべさ。軍隊だったら、敵前逃亡で有無を言わせずに、即銃殺刑ですがな。」

「<あなたは、教師として、一人の人間として、職務の責任を如何考えて居るのか。考え直して頂きたい。そんな風に個人の利害に走るのは、校長として、仲間として、私は許せない。> 
 まぁ、即興脚本を遣れば、こう書く処だけどさ。体罰を禁止すると云うのなら、この位の事を治外法権を自負する『教師村』としては、教師村の自治の確立論・防衛論として、実践して見せなければ<社会への説得力の付与>には為らんぜよ。辞める自由の保障だけでは、世の中は『事務的ペーパー社会』に陥るだけですがな。あい~。」

「<ラブ・ミィー・テンダ~、馬鹿・遣ってんじゃ・無ぇよ~。偉そうに~。>エルビス・プレスリーが生きてたら、とてもじゃ無いけど、尖閣危うしでも、SOSで海兵隊要請したって、ラーメン屋の出前じぁ在るめぃし、即駆け付け呉れて。中狂国人民軍に対して、軍隊の盾になんか為っちゃ呉れねぇよ。権利・義務も体現出来ん連中が、何をほざいてけつかるってものだぜや。好い加減、ブリッコのママゴト遊びは止めにゃ行かんわな。」

 それにしても、本日春の陽気にして、二階席はルンルンである。但し、噎せ返る女臭に脳味噌が、ボワンとして来る。これだけ、席が近いと大好物の好色戯け話も出来兼ねる次第である。コーヒーも遠に空っぽに為った次第でもある。

「やいやい、今日も快調だいな。R節も炸裂したし、見る程の美形も無しだわさ。これじゃ、丸で中狂国の大気汚染だぜや。連れションして、外の空気でパッパ・タイムでもするかいね。」

「あいあい、異議無しでゴザンスがね。」
 
 連れションをして、ベンチに行くと、此処も繁盛している。車の中でのパッパタイムである。おやおや、あそこの御仁は知り合いである。車から出て、暫し近況報告をして来る。

 さてさて、パッパタイム後は、ホームセンター覗きで在る。帰り際に思い出して、500円DVDコーナーに行くと、幸いにもエアポートシリーズの補充がして在った。へへ、3本をゲットして来る。スーパーは昨日買い物をして来たのであるが、スーパーに入れば賄い夫モードに変換されて終う。鰤のアラがあるから、大根を買って鰤大根を作ると致そうか。


心何処ーショート 好夢にチョイと親孝行為り。
             好夢にチョイと親孝行為り。(2/1/13)
<え~、この遺跡群は、◆◆◆の頃の遺構で在りまして、この時代に於ける国際情勢、国内情勢を考える上での、政経関係を示す重要な時代の体現物と言っても好い物で在りまして、そして次のエリアには、その遺構の一部を再現した10分の1のミニチュア・エリアで在りまして・・・>

 ヒマラヤ杉の大木が、黒々として幾重にも枝葉のアーチを作る文化史公園の石畳の歩道を、見学に訪れた中高年に公園に立ち並ぶ諸々に就いての解説案内をしている光景である。ヒマラヤ杉が広い公園に何本も立ち、その下にはベンチが置かれている。公園であるから、犬を連れた散歩者が居たり、ベンチで読書、語らいをして居る者も居る。大きな敷地を誇る文化史公園の佇まいに、時計が止まった様な歴史の重厚さと静寂さを公園全体が醸し出している感じである。

 物臭男の私が如何云う経緯で、見学者の中に居るのかは定かでは無かったが、好い雰囲気に浸って居る私が居た。

      解説先導役の御仁には、何処と無く見覚えの在る感じがする。

 私のそんな顔に気付いたのか、その御仁も私の顔をまじまじと眺めて、あっと二人で指差し合って、お互いを認識し合った次第である。いやはや、時の巡りとは奇な物、貴な物でも在る。

 私の横には、5分刈りにしたゴマ塩坊主頭の○が、ゆっくりとした口調で頭の中のテロップの流れを準る様な感じで、見学者一行を解説引率をして行くのである。

  ふ~む。立ち直って、蛙の子は蛙で、学者の子は学者か。好かった良かった。

 彼とは高校一年の時のクラス・メートであった。姓が同じであったから、私の後ろが彼の席で在った。S大教授の倅とやらで、一風変わって居た男である。まぁ、私とは所詮タイプの違う男であったから、親しくは無かった。それでも、席が真後ろで在ったから、何かと私の背中を突いては、ぼそぼそと話掛けて来た男であった。私は根が小心者であるから、変人とシカトも出来ずに・・・

「何だ。煩い。喋るのなら、もう少し、デカイ声で言え。聞こえんぞ。男だったらシャキッとせんかい、シャキッと。」
「R君、硬い事を言うな。実はな、ぼそぼそ・・・・」
 勿論、知恵の付いて居る高校生であるから、後ろなど振り返りもせずに、お互い前を見ての、陸軍中の学校のテクニックを使用して居た次第である。
 
 或る冬のガタガタ震える寒い日のHRの時間だった。何か後ろでゴソゴソして、その内、何やら背中に温度を感じて、反射的に後ろを振り返ると、○が、何んと机上で<焚火>をしているでは無いか。

「この馬鹿野郎、何を遣ってるんだ。気が狂ったか!!」
「R君が寒いと思ってさ。えへへへ。」

 奴の妙に平びったい薄ら笑いを浮かびた顔に、私はゾォ~と背筋が凍った。その後、○は学校には出て来なく為った。仲間内では、勉強のし過ぎで、精神病院に入ったとか・・・転校したとか・・・ 兎に角、彼とは一年の三学期で別れた儘で、お互い還暦半ばを経ての<ご対面>と云う形で在った。

 そんな強烈な思い出が在った男であるから、○には大きな色眼鏡で見て居る自分が居た。

★う~む・・・ 専門的な知識に基づいて話をしているには違いないが、矢張り奇妙な処が在る。彼の眼には力が無く、教科書を<スローテンポに起伏の無い棒読み>をして居る様な感じを受けて仕舞うのである。
 勿論、ガイドブックを持っている訳でもないし、全ては自分で解説して居るのではあるが、彼は脳に蓄積した知識の頁を『緩く流れるテロップ』として、それを読み上げている様な覚束なさを表情に浮かべて居るのである。

★う~む・・・ やっぱり・・・精神に持病が在ったのかも知れん。持病の起伏の中で、学問を積み、持病に縺(もつ)れる。そんな人生を歩んで来たのかも知れぬと思った次第である。そんな次第で、彼は病院から退院して、リハビリの為にこんな事をして居るのかも知れない。

<そうか、大変だったんだな。焦る事は無いぜ。ゆっくりゆっくり、次の頁を捲って、解説して呉れや。大したもんだぜ。蛙は蛙の子、学者の子は学者だったか。好いじゃ無いのさ。余生は、スローライフですがな。ボランティア、ボランティア・・・>

           久し振りに、好い夢を見た物である。

 さて、本日午後は老母の歯医者日である。夕方からお天気さんは崩れるとの事では在るが、三月下旬頃の暖かさに為るとの事であった。その暖かさなら、車椅子を押して<外気>に当てて遣りたいと考えて居る次第である。昼に声を掛けると、車でも、車椅子でも『お前の好きで良い』との仰せである。

 車椅子を押して、老母を歯医者に連れて行く。へへへ、老母様も久し振りの外見で嬉しそうである。診察順を待つ間は、小学生の植物、昆虫、動物図鑑の絵を見ながらの介添え役である。

「おや、まぁ。もう来ていたの?」前回、御一緒だった矍鑠としたお婆ちゃんである。

「本当に近いじゃ無いの。今度、遊びに行かしてよね。ほら、民生員のFさんから聞いたら、あなたは口は悪いけど、マメで優しい孝行息子だと褒めちぎって居たわよ。お婆ちゃん、何時もあなたに感謝して手を合わせて居るんだって。
 Fさんとは、相当仲が良いんだって。あなた、この前、私の顔見た時、距離を置いた顔してたでしょ。」

「違うせ。俺ぁ見ての通り整ったヘンテリ顔してるし、相撲取りの身体だから、黙って居ると人相風体が好く見えないだけだわね。自慢じゃ無ぇが、若い頃はチンピラ小僧が、ムダゴトこいたら、張り飛ばされる、怖いって近寄ら無かったもんせ。そんな兇状持ちだから、世間様を驚かしちゃ行け無ぇと思って、道を開けただけだんね。ギャハハ。」

「何言ってのよ。未だって相当なハンサムよ。誰が見ても穏やかで完成された顔してますよ。お婆ちゃんそっくりの立派で好い顔立ちだもの。私なんか、この前、初めて話ししただけで、凄いわ。ボンボン、話の泉で、明るくて愉しいったら無かったのよ。許しが出たから、遊びに行くからね。アハハ。」

「俺ぁ、婆より20~30若いカンナの方が好いんだけどね。まぁ、少子高齢化のご時世だぜ、婆ぁ孝行だと観念して我慢するわいね。何時でも来ましょ。鍵は掛っちゃ居ねぇよ。
 そう云えばさ。昨日はUさん家のオバサンと、買い物して帰って来たら、Fさんと一緒に為ってさ。町内の婆連で皆、親しくしてるって話だったんね。あれだね。世間様は狭いもんだわ。」

 さてさて、婆さんを診察台から引き取って、序(つい)でであるからスーパーに寄って行くと致そうか。S大留学生会館の横を行くと、ピンクの半コートに黒タイツの白人留学生がゴミの収納物置きの戸を鍵で明けて居る。腰を屈めると、いやはや、申し訳程度の青と黒の花模様のスモールパンツで在りまする。これぞ、千載一遇のビックチャンスである。華の穴をおっ広げて、大深呼吸の通過を頂戴仕った次第である。

「おいおい、婆さん。堪えられんわな。あのピチピチした太股の肉感、足の長さ、足首の締まり具合。やいやい、顔もまた美人さんだぜや。女子のエエ臭いだぜさ。
あれだな、車で来たら、こんな御褒美は貰えなかったぜや。やっぱ、白人さんは様に為るねぇ~。」

「お前は、本当に女の人が好きだね~。父さんに似て根っから、助平なんだねぇ。私が生きて居る間は、恥ずかしい事はしないでおくれよ。分かってるね。」

★・・・何を生意気な事を抜かして、ほれほれ、段差が在るから、ちゃんと掴まってろ。男も女も一皮剥きぁ、皆、ド助平でガンスがね。イヒヒ。俺なんぞは、<美の前に素直>なまでの男ですがね。嘘を吐いちゃ駄目だと、道徳教育をしたのは、何処の糞婆っさだったズライな。

 買い物を済ませて、今度は上り勾配である。私の大きな方の毛糸の帽子を被って、私も持つからと言って、車椅子の膝にトイレットペーパーを載せて居る。久し振りの外の様子に、首を左右にして、彼是、思った事を口に出して居る老母様である。

 へいへい、これも、親孝行の内で御座りまするわね。体長が良いと、年老いた親は、実に可愛い物である。歯医者は後2回で、3/1を以って、卒業との事である。

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