旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート ブラブラ、昼散歩為り。
              ブラブラ、昼散歩為り。(10/31/12)
             
                 本日、二回目の投稿である。

 散歩に出掛ける。街路樹の欅、桜の紅葉が始まっている。山は色こそ薄いが、黄、赤に染まりつつある。歩いて居ると、玄関に吊るし柿のアーチが掛って居るお宅が在った。

 為るほど、このお宅では、玄関が好い日差しと風の通り場所らしい。玄関を門松為らぬ<柿のアーチ>で飾るなんざぁ、只者では無い。干し柿、吊るし柿は、その一軒だけである。

 其々のお宅には、柿の採り頃が微妙に違うのであろう。私の方は四日に亘る柿の皮剥きではあったが、最初の日は硬くてサクサクと剥き易かったが、その後は、熟しが回って来て、手がベタベタして来た物である。

 最初はポケットに手を入れての歩きであったが、お天道さんの日差しで、チョッキの背中がポカポカと汗ばんで来る。河川敷に下りて、名残の虫達のか細い声を聞いたり、蝶達の喜んで居るかの様な空中ランデブーを見たり、澄んだ川の流れを見たりのブラブラ歩きである。

 昨日のローカル・ニュースでは<信州の珍味・イナゴの佃煮>の原料イナゴが、福島原発事故の煽りで、枯渇して居るとの事であった。河川敷を歩いて居ると、葦原にはイナゴが結構居る。
 私の処は、道産子であるから自家製イナゴの佃煮はした事が無いが、学校時代は、そんな家庭の味を頂戴して居た物である。国産イナゴに拘る同年輩の佃煮屋さんは、安価な韓国産、中国産に見向きもせずに、注文キャンセルの連続で、今年は1000万円の売り上げ減との事であった。これも、<東電補償の口>には為らないのだろうかと思った次第である。

 再び道に上がってテクテク歩く。リンゴ園では、赤く実った果実の収穫をしている。

 この辺りまで来ると、ぐっと山が狭まって来る。日差しを浴びて、清々しい眺めである。矢張り、季節である。モズの姿が散見される。

 もう、水田地帯である。さてさて、此処からは、上り勾配の長い長い一本道である。路傍に薄紫の小花を咲かせた野草を見付けた。中々の味わいのある小さな野草である。ヤクザもどきの目にも、風流の眼である。鉢が一つ余っていたから、植えて見ようか。

 折り返し点の橋を渡って、早落ち城址のクネクネと曲がる山沿いの道を、山の斜面を眺めながらの下り勾配である。緑一色で気付かなかった処では在るが、実りの秋と為ると名も知らぬ小植物にも、赤、黒、紫の小実が着いて、目を愉しませて呉れるものである。

 時間帯の所為で、散歩者は私の他は、誰も居ない。散歩のお伴は、ピーヒョロロと鳴いて青空を滑空するトンビさんだけである。

 へへへ、秋の風景を一人占めしている様で、気持ちの好い事、格別である。瑞々しい柔らかなハコベが在ったから、玄関鳥のお土産として、一掴みして行く。

 私には人を見る街場の空気よりも、田園山間地帯の散歩の方が、居心地が好い。折り返しの橋から数えて三つ目の橋の所で、お山さんとはお別れである。広い庭に大きなドウダンツツジがある。それが燃え上がる様な深紅の輝きを呈している。それは、見事の一語に尽きる。

 再び、河川敷に下りて歩く。数は少なく為ったが、赤トンボの尻尾の赤が熟しに熟して居る。この時期に為ると、黄土色のタテハ蝶が良く目に付く。大分気温が下がって来て居るからして、彼等の動きもスピードを失速させて、日差しの中で羽根を開帳している事が多く為って居る。おやおや、時期外れのタンポポの蜜吸いで御座るか。

 この頃は、すっかり動体視力が低下して居るから、こんな時で無いと彼等のシックな豹紋模様を見る事が出来無い次第なのである。

   こんな次第で、背中ポカポカのお土産付きの長散歩を消化して来た。

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心何処ーショート 速いもので、10月最終日なり。
          速いもので、10月最終日なり。(10/31/12)
 風物詩・柿簾のお仕事も一段落して、これでマイペースの数日が送れる。来週は、リクエストで肉体労働であるから、早寝早起き、バタン・キューの一週間が待って居る。これも、生活の一部と云う物であろう。仕事はキツかろうが、弟は、私にとっては好い話し相手である。そんな事で兄弟話が出来るから、それもボランティアで良しである。

  昨夜は大の苦手のチマチマお仕事から解放されて、懸案の挿し絵を描く事にした。

<夢奇譚第14部・男二人>は、21頁と相為った。文章が完成すれば、物語の要所々に入れる挿し絵を描くのも、オール・ハンドメードの愉しみの一つでもある。

 思えば当初、打ち始めた5頁分を途中断念して、新たに打ち始めた物を、<ひらめきアイディア>で無理矢理合体させて一部、二部構成にして、終章で合流させたストーリーであった。
 ストーリーの中で、違和感満載の打ち出し部分を、如何馴染ませるかが、頭の工夫であった。こんな事で、ギブアップして仕舞うと、<天の邪鬼男の、男が廃る。> 男一匹、足掻きの見せ処ってな物であった。そんな事で、無い頭をフル稼働させて、思い立った誤魔化しが、『序章』の閃きであった。序章が在れば、対語とすれば終章である。

 中三枚の挿絵は、スイスイ運んだ次第では在ったが、初めと終わりの二枚が難産であった。無理矢理合体の罰が当たって居るのであろうから、この流れは冷静に考えれば『当然のお天道さんのお達し』で在ったのだろう。←ヘヘヘ為り。

 序章と終章部分の挿し絵のイメージが、中々、形に為らずに往生していたのであるが、最後のシーンは、発想の転換で如何にかパス出来た。そう為ると、<序章・荒廃の21C初頭>のイメージ絵が、バランス上不可欠の宿題と為って、就寝前の思案橋の態なのであった。

 とは言え、素人の趣味の一環なのであるから、深刻さなどは無い。従って、その実態たるや、呆け防止の妄想タイムの頭の体操なのである。←とほほ、全くの言い訳である。

 昨夜は、老母と歌番組を見て四畳半定位置で、落書き帳を一枚切り取って、シャープペンシルを動かして居ると、イメージに悪戯心が次から次と沸いて来て、面白い形が浮かび上がって来た。

 お絵描きで一番楽しい工程は、何んと云っても色塗りである。線画に色が加わると、益々イメージが拡がる。

 文章もそうであるが、全体と個の相乗が在って、其々の味わいが、何処と無く滲んで来る処でも在り、それがオール・ハンドメイドの作成者の色合い、個性と言った物を作り上げて行くのであろう。

 何だかんだと言っても、それが表現する動物・人間の面白さなのだと思う次第なのである。←ギャハハ。人間、背伸びをして見た処で、面白くは無いのである。

 こんな事を、煙草を咥えながら打って居ると、廊下に西向かいの小母さんの声である。お互いに、足腰の不自由に為って終った老女二人では在るが、一人暮らしの母の佳き話し相手であった。母は、柿をご近所さんにお裾分けをしていたので、柿のお裾分け役は、私が引き継いだ次第である。

 その御礼方々、オバさんが母の顔を見に覚束ない足で来て下さったのである。ハハハ、老母殿には、Hさん、Fさん、オバさんと嬉しい三連チャンである。

 曇天寒い本日の始まりでは在ったが、漸くの薄陽のご登場である。お天道さんの光の中で、南天の実が大分色付きを見せて、窓辺の黄葉が一枚、蜘蛛の糸に絡まってユラユラと遊泳をしている。

 さてさて、本日は数日振りの散歩にでも行って来ると致そうか。ロートルには、何の変哲も無い日常習慣をこなすのが、日常行動なのであるからして・・・

心何処ーショート やっとこさ、一段落なり。
             やっとこさ、一段落なり。(10/30/12)
 へへへ、厚着をして寝たら、寝相良く傑作な夢を見て終った。驚いた事に、夢の中では、冷静な男であった。

 さて、頑張って朝食後は、脚立に乗って、高枝鋏で慎重に、高い所の柿採りに挑戦すると致そうか。吊るし柿にするから、乱暴に扱ったら落下して破裂して仕舞う。本日のメインは、西お向かいさんへの吊るし柿用である。持って行くと、留守であるからレジ袋に入れて、メモを添えて玄関の前に置いて来る。

 今日採れば、後は手が届かないからパスである。高枝鋏で地面に下ろした枝付きの実を今度は剪定鋏で、紐が掛る様にヘタの部分をTの字にして切って行くのである。そんな事をチマチマとしていると、スモモの木に小鳥が遣って来た。見るとジョービタキのオスである。

 やっと、ジョービタキの到着である。然しながら、オスである。待望のメス・バルディナで無い事が、気掛かりである。ジョービタキは、オスメス別々の縄張りを持って越冬する。明日は、四畳半定位置での時間帯が復活するから、北国の使者・バルディナさんの『姿見せ』を期待したい物である。

 廊下に柿を広げて、ラジオを持って来てお仕事の開始である。その間に、嫌に為ると浴槽を洗ったり、老母の洗濯機を回す。

「コンニチワ~。ヤクルトで~す。あっ、柿簾が掛ってますね。今年も期待出来ますね。アハハ。」

「あいあい、待ってましょや。そうそう、小編の挿し絵が出来てるから、ご披露するわね。」

「好いじゃないですか。四枚ですね。私的には、この絵が一番好いですよ。」

 さてさて、チマチマお仕事続行である。いやはや、ローマも一日にして為らず同様に、<吊るし柿も一日にして為らず>であるからして、根性根性の度根性カエルで遣るしか無いのである。婆さんは張り切り過ぎて、ベットの中の人である。イッヒッヒ~。

 漸く剥き終えて、紐掛けをして軒下に吊るす。さてさて、婆っさの洗濯物を掛けて、チョチョイと廊下を掃いて、今年の作業も終了である。嗚呼、腰が痛いでヤンすわね。

「コンニチワ。お婆ちゃん居る? 顔見に来たよ~。」
「嗚呼、部屋に居るから、適当に入ってよ。俺は、片付けるだけ片付けちゃうから。」
 民生員の姐さんである。

「お婆ちゃん。好いよ、好いよ。ベットの中に居て、顔だけ見に来たんだから。母の一周忌でバタバタしてたから、お遥かだもんねぇ。」

 姐さんの家には柿が無いから、庭の甘柿を進呈すると致そう。脚立を出して、捥いで来る。民生員のFさんも、ケアマネさんのHさんも、老母に親しく接して下さる。女は女同士で、通い合う物が在るのだろう。田舎暮らしは、スマートさには欠け様とも、無味乾燥なお座成り仕事の一環で無い処が、好い処である。田舎には、田舎の味がある。

「Rちゃん、絵描いてる? 持って来て見せてよ。」
「久し振りだから、貯まってるよ。」

 四畳半から、絵ファイルを持って来て、手渡す。何はともあれ、戯け画で在っても、絵は話の潤滑油と為る。

「本当に、Rちゃんは、穏やかに満ち足りた生活してる。私、民生員だから、色んなお宅を回ってるから、分かるけどさ。マイペースで、色んな趣味が在って、感心しちゃう。此処のお家は、親子仲が良くて明るいもの。話してても、私が楽しいもの。
 でもね、あんまり頑張り過ぎたら、駄目だよ。Rちゃんがノビたら、大変な事に為っちゃうからね。その為に、私が居るんだから、我慢しちゃ駄目だよ。電話くれたら、すっ飛んで来るからね。私の方が一つ、年上だから、姉だと思ってよね。何にも、気兼ねは要らないからね。ホントだよ。」

「あいあい、アリガトザンス。今の処、親子漫才してるから、如何にか為るわいね。如何にも為らなく為ったら、俺の方からすっ飛んで行くわいね。その時まで、たんと貯金して置くわいね。へへへ。」

 さてさて、こりゃ、超特急で、本日ブログを仕上げて、夕飯の賄い夫を遣らにぁ行かんぜよ。釣瓶落としの夜の帳は駆け足である。とほほ。

 おっ、今度はお向かいさんの小母さんから、差し入れ物である。はいはい、頂ける物は、全て頂戴致しやす。さ~てと、ラストスパートを掛けまするぞえ。ニャハハ!!

心何処ーショート へへへ、婆さん、掃除をした甲斐がありましたわな。
    へへへ、婆さん、掃除をした甲斐がありましたわな。(10/29/12)
 吊るし柿の雨覆いを取って、脚立に乗って高枝鋏で柿採りである。柿の好きなお向かいさんの所に吊るし柿用の柿と甘柿をお裾分けする。家の柿は、味が良いとの事で毎年楽しみにしているとの由。
 明日は同様に柿ファンの西向かいさんに、お裾分けするとして、本日分の皮剥き分を廊下に広げる。曇天に霧雨の様な雨であるから、剥いても吊るせないと作業の区切りが宜しく無い。従って、多くを採る事は止めて置く。

 老母はお気に入りのケアマネさんが来るだろうと、据わりながらの部屋掃除をしている。へへへ、大正女は、生真面目である。見て見ぬ振りが、肝要である。さいですか。何時来られても好い様に、朝食後の洗い物をして、ガステーブルも一応綺麗にして置く。

 さてさて、季節のお仕事、柿の皮剥きの開始である。本日は股引と長袖のアンダーシャツを着込んだから、ボチボチ気長に作業をすると致そうか。女二人トークのBGMのラジオは、全く面白く無い。

 然らば、脳の刺激で昨日の昼寝中に聞いて居た<NHKスペシャル中国文明の謎>のラジオ内容を頭で反芻しながら、復習とした処である。スペシャル版は、三部構成で、『殷・周』『秦』で終わるとの事であった。
 為るほど、中国様に都合の好い構成である。大体は雑学的に頭に入って居るから、どんな切り口で、どんな風に結論付けて行くのかの<中華思想讃美>の概略に予見が立ったと云う物である。

 冒頭の声質から想像するに中国讃美の刷り込みが強過ぎる総括ディレクターと各部を担当したディレクター三人の中国感想とか切り口意図の違いの様な物がある。私は天の邪鬼である。そんな下衆ロートルと為ると突っ込み満載で、其処が面白いのである。総合的編集・構成権、意図権は組織である以上、上司である総括ディレクターにある。

 其処には、当然に捉え方の違いが現れる。総論と各論の『其々の思いの違い』が現れる。組織での上層部と現場での違いと言った物も、仄見えて来るし、今後の世代交代に依るNHKの行方にも影響を与える兆しと見るも良しである。

 私は中国嫌いであるから、媚中と嫌中の違いが最初から存在する。宮中儀礼の象徴としての『龍』を引き継ぐ者(王朝)に、<正統性>を付与しなければ『中国と云う置屋経営』は成立し無いのである。
 
 夏、殷・周、秦の古代に於ける中央集権で、中国文明の謎を解明するピリオドを打たなければ、<正統性は美化されない>のである。

 中国4000年の歴史を古代2000年の中原から出し、正統性の文明を殊更、中国大陸に燦然と輝き続ける大中華思想へと糊塗する手法は、余りにも誇大妄想が過ぎて、現在の<中狂国の姿その物>の感でしか無い。徳を謳った孔子の教えなど、2000年も前に雨散霧消して、権力奪取、拝金主義の現在を生きる狡猾さと残忍さで栄華を極める歴史を、征服と被征服の大混乱・停滞の繰り返しで<歴史の龍>の中で歩んで来たのが、中国大陸の本姿でしかあるまいに。

 殊更、世界四大文明の中に在って、中国文明の独自性を誇示しようとするのは、北京五輪と同様に、異議と違和感を持って仕舞うばかりである。

 四大文明を地球的に観れば、地理的に近かったエジプト、メソポタミアの文明は、地中海を交易の海として、融合、統合の道に進んで、ギリシャ、ローマ、ヨーロッパ、アメリカと進んだまでの事で在り、地理的に隔絶していたインダス、黄河は、その隔絶故に伝統的文明を保ち得た。
 特に中国大陸は、その広さ故に、大陸内部での征服(=前王朝消滅)、混乱、征服を『内部で変貌』して行ったまでの事である。秦後の漢~清の歴史を紐解けば、大中華思想そのものが、砂上の楼閣でしか無い事が、証明されて仕舞う。従って、古代に於ける統一王朝として、秦への道を以って、ピリオドを打つしかないのであろう。

 流石に三文芝居大国である。日本の尖閣国有化を盗っ人呼ばわりをする中狂様は、大した<誇大妄想曲の演奏>である。天下のNHKさんなのであるから、一方的な中狂国の歴史を借りたプロタガンダで在っては、日本の公共放送の信憑性を疑われて仕舞いまするがね。

★止せば良いのに、老母様は顔面高血圧で赤らんだ顔にも拘わらず、皮剥きにご出座である。いやはや、少しは、自分の歳を考えろちゃ・・・困った婆っさである。下手に寝込まれたら、私が負担に為るだけである。
来週から、弟の手伝いがあるから、前倒しをして、ボチボチ遣って居るだけの事である。俺ぁ、馬鹿じゃ無ぇよ。一日の時間配分を考えて、時間割通りに遣ってるだけだわね。

                   電話である。

「ケアマネのHです。これから行っても良いですか。」
「あいあい、婆さん朝から、待ってるよ。」

 さてさて、お茶の用意を致しましょうかね。庭からお裾分け用の甘柿を採って来て、数が手頃であるから、皮を剥いて風物詩の吊るし柿にでもして貰おう。←デカイ声じ言えませんが、もうウンザリ・逃げたいの助だったのである。

    へへへ、漬け物を切って、リンゴを剥いて、コタツの上に運んで置く。

「お邪魔しま~す。」
「はい、どうぞ。俺は未だ野暮用があるから、婆っさの相手しててよ。」

 脱水の終わった洗濯物を物干に掛けて、後3個となった皮剥きである。それが終わって、老母の部屋に顔を出す。へへへ、女は女同士で、あそこが痛い、此処が苦しいと、女の愚痴話の真っ盛りである。男には、全くお付き合い出来無い内容である。こう云った場面は、私にとっては<苦手中の苦手>である。

    はいはい、歳の巧に鑑みて、お茶入れ係に罷り越しましたわね。

 おやおや、今度は何かい・・・自分が、朝から掃除をして待ちに待って居たのに、何かい・・・俺が、指折り数えて待っていたとは、倅の顔出しは、未だか未だかとウジウジしていたのと同じで、俺の引き合いに出して。見栄を張って、アンタ、馬っ鹿じゃないの、嗚呼、向かっ腹が立つ・・・である。
 素直に、『待ってたよ。逢いたかった。』で、一件落着ですがな。嗚呼、女と云う生き物は、つくづくとウンザリするものである。

 ケアマネさんは人が出来て居るから、好い話し相手に為って下さる。有難い事である。鰤大根の話に為ったり、辛い物も行けると云うから、特製特辛味噌二品を味見して貰う。

「ちょっと、これ美味しい。Rさんは、才能があるわ。漬け物も美味しいし。」
「そうズラ。デカイ声じゃ言え無ぇけどさ。俺ぁ、変才だぜね。」
「そうでしょ。この子は、味付けが上手だし、彼是と工夫をするから。」

「柿はね。去年剥いて干し柿にしたんだけど、コチンコチンに為っちゃって。だから、今年は渋抜きして食べようと思って。」

「渋抜きか、熟柿で食べた方が、好いわね。此処のが出来れば、お裾分けがあるからさ。イッヒッヒ。」
「本当? スイマセンね。苦労して作ってるのに。厚かましくて。」

「全然、気にする事は無いわね。現役さんには、したくても、その時間が無いんだから。世の中、総べからず分業で成り立ってるんだからさ。梅も柿も、放っといても、勝手に実ちゃうんだから。一杯出来ちゃうから、捨てる訳にも行かんズラ。これも、デカイ声じゃ言えないけど、<お裾分けの強要>をしてるだけって事せ。
 社交性の無い気難しい婆っさを、こんなに饒舌にして呉れるんだもの。倅としちゃ、この位の事しか出来ないのせ。それに、喜んで貰えれば、作った甲斐があるってもんさね。ギャハハ。」

 例に依って、下手絵ファイルのお披露目で、母子共々、月に一度の好い時を頂戴した次第である。

 お見送りの後は、さてさて、紐を掛けて柿を物干し竿に吊るす。今年も、軒下に柿簾が下がった。

 さて、超特急で夕飯前に、本日のブログ日誌打ちである。14部・挿絵は3枚が完成したから、後一枚描けば、何時でも投稿出来る。


心何処ーショート 予定の狂った日曜日
               予定の狂った日曜日(10/28/12)
 昨日の天気予報だと、雨は昼に為ってからとの事であった。雨除けのカヴーを用意して置こうとは思ったが、夜の皮剥きをして吊るすと、<朝で好かろう>と面倒臭くなって終った。

 思案の行くつ戻り川だった14部も最初の完結を見た処でもあるし、就寝前にラジオを聞きながら、挿し絵の一枚でも描いて置くかで、一枚色塗り前の絵を描いて寝た次第である。

 薄暗いのに、玄関鳥の餌強請り声が響いて、ニャロメ、煩い限りである。この時間帯は、私の熟睡タイムである。意識が戻ると、嫌に暗い。耳をそば立てると雨音である。

 重い身体で手を伸ばして、障子を開ける。やや、早過ぎる雨の到来である。パジャマ姿で、庭の干し台の剥き皮にシートを掛けて、周りに石を置く。物干しの柿の吊るしにビニールを探し出して来て、雨覆いをセットする。

 いやはや、背中が濡れて終った。こんな事を遣らされて終うと、<はい、終わった。>から、『二度寝』と云う訳にも行かないのが、人間の身体と云う物である。一応、煩い玄関鳥の水の取り換え、餌吹き補充をする。

 昨日、布団の中で幾つかの言葉足しが浮かんで居たので、忘れぬ内にPCに向かう。さてさて、眠く成って来たので、漸くの温い寝床へカムバックである。

 クラシックの音楽の泉を聞いて、日曜討論を聞きながら、意識無意識の凸凹睡眠をする。台所に母の動きである。

            <シャ~無い。起きざるを得まい。>

 独りで暮らしている訳では無いのであるからして。本日、日曜日である。朝の賄い夫、食事の後は、寝床の中での怠惰日とするしかあるまい・・・

 遅い朝食ではあるが、雨はだらしも無く、ちょっと振っただけで引込んで仕舞った。

★フザケ遣がって、降るんだったら、トコトン降るのが礼儀だろうが!!熟睡中断は、蛇の生殺しだぜや。ったく・・・

 嗚呼、私としては、30~40柿を採って、皮剥きをして置こうと思っていたのだが、すっかり予定が狂って終った。

 然しながら、<諦めの修行をするのが、人生。>との説を取れば、温い眠りの中断が在ったればこその『加筆』も叶ったのであるからして、全くの無駄でも無かったのである。19頁が20頁と相為って、収まりも好く為った。

 曇天・低温日であるから、充分過ぎる昼寝をして夜に備えるべしである。とほほ。


心何処ーショート 今年も遣って来た、吊るし柿作り為り。
         今年も遣って来た、吊るし柿作りなり。(10/27/12)
 嗚呼、腰が痛い。昨日は、真面目に遣り過ぎた。へへへ、私もすっかり気長人間に為った物である。喜ぶべきか、悲しむべきかは、難しい問題である。

「電話したかい?」

「如何したや、これからさ。とうとうモーロクして『幻聴』でも聞いたかや。Rも、もう終わりだな。可哀想だね。オイさん。あい~。」

「あいあい、お呼びが掛ってるって事ずらいねぇ。へへへ。」

 スタバ店長さんへの印刷をして、庭の甘柿を毟って、レジ袋へ。序でに、昨日から始めた渋柿の皮剥き、吊るしの中から、一連を取って入れる。玄関鳥の世話をして、Tの車を待つ。

「ほい、取り込む時に、二個落ちちゃったわ。縛らずにクルクルとヘタの所に回して呉れれば好いから。一連14個だから、ベランダに吊るして風情を楽しめや。」

「おお、もう、そんな季節かいね。サンキュー。でもなぁ・・・同じなんだけど、Rの所のやつと違ちゃうんだよな。不思議なもんだよな。環境、<揉み方>のテクニックが違うのかね。アンタは助平変態だからねぇ。」

「何だ、その卑猥な手付きは? あれはさ、斜向かい吟さんの講釈でさ。中間辺りで、二層構造の熟成具合を解して遣るだけで御んの字よ。一々、口講釈を真に受ける事なんざ無ぇよ。<長幼の序>でさ。はいはいと頷いて見せるのも、ご近所付き合いのコツさや。あい~。」

「そうかそうか。そりぁ、そうだわな。ネェチャンのオッパイじぁ在るめぇし、俺は揉み過ぎて、ポトンと毟れちゃったからな。アハハ。」

「おい、○生なのに、何を遣ってるだ。目的と手段を間違ったら、駄目さや。吊るし柿は、若いネェチャンのオッパイと違って、姥桜のシナシナオッパイだぜや。トウの経ったのが、モミモミされちゃ、<好いわぁ>の気持ち好さも長続きせんぜや。土台にぁ、端から復元力が無ぇから、ヘタの所が、万有引力の法則で落ちるわな。白い粉が噴き出す前に、皆、胃袋に収まっちゃうぜや。」

「何だ、見てた様な『大正解』じゃ無ぇか。ジュクジュクして来ると、甘露でさ。美味いんだよな~。へいへい、人間、科学するが肝心って事かいね。行儀好く待つわね。」

 スタバ二階席は空いては居たが、女子学生のお勉強空間であった。お天気が好いから、ブラインドの隙間から差し込む光線でも、嫌にスキンヘッドが熱い。ボチボチ、ロートル男の意見交換をして居ると、Tの携帯に電話である。

 細君の実家のお袋さんが、転んで足にヒビが入ったとの事である。帰りに寄ると言うから、本日の土曜トークは早々に切り上げる事に為った。

 老親を抱える身とは、こんな事と背中合わせの生活である。時間が大幅に空いて仕舞ったから、昨日の続きで柿採りと皮剥きをする事にする。老母は戦列を離れて仕舞ったから、気長にボチボチ小分け仕事で行くしか無い。千里の道も一歩からである。

 後は、夜なべ仕事に回して、本日日誌を打つ為に、四畳半定位置に据わる。嗚呼、腰が痛い・・・

 昨夜から、夢奇譚第14部の調整を始めている次第である。途中で断念した始めの5頁分の元を取るべく、彼是と知恵の輪をして居る内に、二部構成にしたら、と思い立った。題名も、『男二人』で逃げる事にした。そんな事で、一気に完結して、全19頁の粗組が出来た次第である。

 これで、窮した時のピンチヒッター、隠し玉が出来た。後は、ボチボチと化粧を施して行けば良かろう。へへへ。


心何処ーショート 加筆『憂国婦人隊』
               加筆『憂国婦人隊』(10/26/12)
 先日のYouTuebe憂国婦人隊は、実に天晴な着物婦人達の街頭演説であったから、吾が賛同・エールを送る為に加筆する事を思い立ち過日加筆した次第である。本日、些か予定が在るので、以下を以って本日分日誌として時間の捻出に、これ務め度く候。

                   ★★★
 此処は夕刻の浪速のとある街角。プラカードをバックに、着物を来たご婦人達が数名代わる代わるマイクを手に、熱弁を奮っている。彼女達曰く。

「男が偉そうにぶら下げて居る物は、こう云う国難の時に発揮されるのに、今の男達は何をして居るの。私達、か弱い女にこんな事までさせて、女とイチャイチャ腕を組んで、ただ素通りなの。恥を知りなさい。用無しの物なら、即刻放棄しなさい。私が、包丁で切り落として遣るわよ。
 日本の2600年の名誉が、『毒亜』の韓国・北朝鮮・中国の歴史捏造に、此処まで落としめられて、悔しく無いのか。

 何が従軍慰安婦だ。あんなのは、ただの売春婦だ。歓楽街で夜に成ると、しつっこく客引きをしてるチャイニーズ、コリアンの売春婦でしょうが。日本中じぁ、韓国人だけで5万人の売春婦が居るんですよ。皆追い出されて、何十年かしたらそいつ等、強制売春させられたと云って、<世界中に売春婦像建てて、日本に謝罪と賠償求める>んですか? 冗談じゃない!! 好きで遣ってるんでしょ。荒稼ぎ出来るから、遣ってるんですよ。

 何が南京大虐殺か。何が植民地搾取だ。国家予算の20%も何年も継ぎ込んで、近代国家を『日本人』が先頭に立って来たんですよ。育てて貰って、親兄弟を仇呼ばわり。反日教育だけで、あんな『毒亜』に為る筈が無い。あんなものは、国民性・民度の現れよ。あれが<毒亜国の何千年もの歴史>でしょ。
 
 台湾と比較してよ。東大震災・津波の事は忘れて無いでしょ。恩返しって募金して最高額の義捐金を送って呉れたんですよ。私、有難くて涙が出ましたよ。言って見れば、『一つの中国』で、吾が子を捨てた親の国・日本にですよ。中狂国に気兼ねして、人道の感謝も出来ない民主党政権。忘八者じゃないですか!!

 協調・諭し・礼儀を重んじて、家族の様な国家を築き上げて来た日本。援助こそすれ、虐殺・集団強姦・奴隷搾取なんて、日本の歴史・国民性にある訳が無い。馬鹿馬鹿しい。

 端から、ラベルとレベルが違うのよ。菅のオタンコナスは、開国開国なんて火を焚き付けたけど、脛齧りの学生時代の赤旗振りを、政権党が国会で遣って如何するのよ。

 日本は遣隋使・遣唐使の時代から、開国と鎖国を適度に繰り返して来たのよ。今、遣ってる<イヌと王家の連発>左巻き反日NHK大河・平清盛で再開して日宋貿易、鎌倉時代に鎖国して、次が信長の南蛮貿易、次が徳川の鎖国でしょ。そして明治の開国。こんなの義務教育の教科書で皆知ってるでしょ。鎖国と開国の繰り返しには、ちゃんとした理由が在るんでしょ。

 アルコール、パチンコ、ケイタイ、ソーシャル・ゲーム依存症の手を休めて、家庭、ご時世、社会、国家のこのザマを見回して御覧なさいな。映る物を見るだけが、人間の目じゃないでしょ。頭と此処、心で見なくて如何するのよ。確りしなさい!! 鎖国が全部駄目なんですか。開国連呼のグローバルだけが正しいの? 平安の日本文化・女流文化も、江戸の庶民文化・還元型文化も開花したでしょ。

 私は学校の先生でも何でも無い、普通のオバチャンなんですよ。腑に落ちなければ、調べる、友達と話すだけよ。それでも、『嘘は見えて来る』でしょ!!

 いい。<歴史には理由>がちゃんと、在るんですよ。それは、現在の日本に在るでしょ。何処行っても、外国人だらけでしょ。ラベルとレベルが異質過ぎると、謝罪、謝罪、賠償、賠償、犯罪、犯罪、竹島、尖閣諸島、利用三昧、ゴリ押し三昧でしょ。余りに汚物塗れでしょが。

 いいですか、取捨選択するのが理性でしょ。それが国権・国の舵取りでしょ。土付きの大根・牛蒡・人参だったら、洗うでしょ。食べれない所は、切って捨てるでしょ。だから、日本の御先祖様も鎖国した。これが、本当の理由でしょうよ。
 
 開国は物と人間の交流・交錯でしょ。川の流れだって、清流なら大歓迎よね。でもさぁ、それが大洪水の濁流だったら、家ごと呑み込まれちゃうんだよ。財産の全てを失うのよ。分かってる~。ったく、冗談じゃないわよ。

 幾ら四季の国、台風の国・日本だってさ。治水工事の予算計上してもさ。『毒亜』から、大量に汚染ゴミが押し寄せたら、如何為りますか!! 生活保護の在日、フィリピン、中狂国の外国人受給の実態を知ってますか。折角の日本人社会のセーフティ・ネットを張り巡らせたって、『毒亜の餌食』にされたら、国が潰れちゃいますがな。バカバカしいを通り越して、もう怒り心頭だぁ~。そうでしょ~。

  嗚呼、言ってるだけで、頭に来たぁ~。日本の男どもは、何をしてるの!!

 正当な国史のエキスも汲み取れずに、ただ、日教組左巻き教師に教えられた自虐史観をそのまま、何の疑問も無く、受け入れて、マスコミの衰国・亡国の刷り込みを受けているだけの自分を、恥と思わないのか。

 たかが、一回戦争に負けたからと言って、大和民族日本人を捨てるのか~。何時から日本人は、米国、毒亜の盲従者に成り下がったんだぁ。大人なんだから、如何して、自分で調べようとしないのか。おかしい、間違っているなら、何故発言し無いのか、何故立ち上がらないのか、そんな物は、男じゃない。」

   ご高説、一々ご尤も。止まる処知らず、次から次とマイクが燃え盛る。
                    ★★★

                             天晴れ、以上為り。




心何処ーショート 昼散歩、やれやれの態である。
         昼散歩、やれやれの態である。(10/25/12)
     お天気が好過ぎると、同じ距離の散歩でも草臥れる物である。
 如何云う風の吹き回しか、本日は頗(すこぶ)る頭の巡りが好い。昨日の投稿分を読み返して、大分加筆をして保存に加える。序(つい)で、現在進行中の夢奇譚14を読み返して、加筆訂正をして行く。後は深夜に回して、今夜の進展を頭にデザインして置く。先が、見えて来た。現在12頁まで進んだ。

 ラジオでは三時から、慎太郎さんの記者会見が在ると云う。尖閣か新党立ち上げではあろうが、特別会見と為れば『新党立ち上げ』に違いあるまい。

 何しろ、スタミナの無い脳細胞であるから、酷使は後に響いて仕舞う。ラジオをポケットに、散歩に出掛けた次第である。ラジオでは、女浪曲師がゲストである。久し振りに、浪曲の触りを聞く。

 本日は、街場に向かっての散歩である。歩き始めこそ少々寒かったが、ラジオを聞きながら歩いて居ると、ホカホカして来た。街も山も空も、清々しい秋の空気である。

 慎太郎さんは、本日を以って都知事を辞任。保守を目指して新党を立ち上げ、国政に復帰するとの事である。饒舌な慎太郎さんであるから、多分野の講義を聴く様な物である。折角の機会であるから、NHKも途中で止めずに最後まで中継して欲しい物である。

 真に以って、好いお天気さんである。然しながら草臥れる。私の散歩はノンストップ散歩であるから、途中で河川敷のベンチで休憩する訳には行かない。一定の距離を歩いて、体力・気力のチェックをして居るのであるから、これは致し方の無い足掻きなのである。

 おやおや、本日のアオサギは、若鳥の様である。何時も遭遇する奴よりも、小さく幼い感じである。些かの濁りは在る物の、先日の雨で水量が下まで来ている。カルガモが四羽砂防堤の上の溜まりに固まって居た。四羽であるから、きっと親子兄弟なのであろう。アオサギと比べると、カルガモの成長は早いのであろう。大きさはどれも同じであった。

 橋を渡って、対岸を引き返す。自宅を通り越して何時もの上に向かう。大分、歩いて来たから、橋を渡れば良かったなどと後悔するが、今度の橋はまだまだ遠い。昼散歩は未だ日が浅いから、お目当てのカワセミとの遭遇は無い。

 橋を渡って、さぁ、下り勾配である。暑い暑い・・・身体が重い。帰って、チョイと昼寝でもすべしである。


心何処ーショート 憂国婦人隊
                  憂国婦人隊(10/24/12)
 昨日とは打って変わって、青空の好天ではあるが寒い。寒いと思うと、南天の実にも色が付いて来て居るから、これまた寒く感じる物である。今朝の最低温度が4℃との由。初冠雪は例年よりも一週間程度も早いとの事である。今秋は駆け足で、冬門に突入するのだろうか?

 若鳥達には初めての厳しい冬に向けての体力造りであるから、日中はセッセと外気の中でお天道さんに当たらせるのが肝要である。

 濡れた地面に落ち葉の侘びしさであるが、独り気を吐いて居るのが苔の緑である。一日休みの蝶達は、風の寒さにも目滅ずに光の中で飛んで居る。本日は、黄蝶が目に付く。柿の木にはオレンジ色の実が目立つ様に為って来た。柿の実を捥いで、庭に腰掛けて頬張る。

 現在は夜の時間を、暇潰しに小編への字数重ねをしている次第である。彼是と無い頭を巡らせて寝床に入って居る。一気に進めて居ないので、その分、頭に余裕?があるのか、はたまた、生来の好い加減さか? 次なる展開を妄想して居ると、ストーリーの辻褄合わせに修正、加筆を要す羽目にも為り、それから端を発して、姑息な手段も沸いて来る。

 まぁ、兎に角、昨夜の床入りは寒かった。布団に体温が回るまでに、色々思考迷路に嵌り込んで方向性も見えずに、眠りの中に没した次第である。てへへへ・・・

 本日は動画を次々と見て仕舞い、色々勉強をさせて貰った次第である。地上波テレビ、ラジオでは一切見えて来ない『憂国の婦人隊』の動画が在って、耳の痛い街頭演説に魅入って仕舞った。

 ご婦人方であるから、大和撫子の抑えで『大和魂のキンタマ論』の直接的な用語法は無かった物の・・・浪速女の舌蜂には、空かさず<そうだ、そうだ!!>の応援と拍手をさせて頂いた次第である。

 街頭演説をする位であるから、皆さん、好く勉強を為さって知識も豊富で、何よりも憂国の感情が、マイクを通して如何ん無く発声されていた。

「男が偉そうにぶら下げて居る物は、こう云う国難の時に発揮されるのに、今の男達は何をして居るの。私達、か弱い女にこんな事までさせて、女とイチャイチャ腕を組んで、ただ素通りなの。恥を知りなさい。用無しの物なら、即刻放棄しなさい。私が、包丁で切って遣るわよ。
 日本の2600年の名誉が、『毒亜』の韓国・北朝鮮・中国の歴史捏造に、此処まで落としめられて、悔しく無いのか。

 何が従軍慰安婦だ。あんなのは、ただの売春婦だ。何が南京大虐殺か。協調・諭し・礼儀を重んじて、家族の様な国家を築き上げて来た日本。虐殺・集団強姦・奴隷なんて、日本の歴史・国民性にある訳が無い。

 ただ、日教組左巻き教師に教えられた自虐史観をそのまま、何の疑問も無く、受け入れて、マスコミの衰国の刷り込みを受けているだけの自分を、恥と思わないのか。何時から日本人は、毒亜の盲従者に成り下がったんだぁ。大人なんだから、如何して、自分で調べようとしないのか。おかしい、間違っているなら、何故発言し無いのか、何故立ち上がらないのか、そんな物は、男じゃない。」

       止まる処知らず、次から次とマイクが燃え盛る。

 ご高説、一々ご尤も。大上段から、有無を言わせぬ『赤柄の睾丸鞭の炸裂』である。

 私は今まで、一切こう云った日本婦人の街頭演説の存在を知らなかった。現在の日本社会は、酷い惨状を呈している。『内憂外患』などと、鳥瞰視して済まされる状況では全く無い。男が当てに為らないのなら、山の神・肝っ玉母ちゃんが登場して、善悪の単純明快さの仕分けに乗り出すのが、天照大神、卑弥呼、北条正子、春日野局、三池炭鉱の労働争議である。

 いゃ~、着物姿の浪速女の夜は熱かった。歳甲斐も無く、股間が膨らんだ、元へ。胸震える感動を覚えた次第である。憂国の婦人隊に三助奉仕で住み込み塾生として、股間の錆物・委え物をブラシアップして貰いたい衝動に駆られた。意気に感じて、肝に魅せられた次第であった。


心何処ーショート 蛇に書・・・
                 蛇に書・・・(10/23/12)
 風だけだと、タカを括っていたら、アッジャ~、雨音である。慌てて布団から抜け出て、洗濯物を取り込んだ。暗くて、温い布団の中では在ったが、起きると致そうか・・・やれやれ。

 老母の沸かして置いてくれたヤカンの湯をポットに入れ替えて、朝の賄い夫である。外は、しとしと降って居る。ゴミ出しをして、風呂に水を張って置くとするか。本日は散歩が出来無いから、長風呂をしてのんびりと小編の続きを打つとしようか。現在7頁に差し掛かって居る。

 昨日の散歩時には、庭にこの処お気に入りのツマグロヒョウモンを見ての際先の好いスタートであったのだが、早々に蛇を見て仕舞った。蛇に出っ食わして仕舞うと、気分の大半は『蛇注意』に向いて仕舞うから、折角の昼散歩が大無しの態である。

 今年は、玄関鳥に蛇騒ぎが在って、退治した経緯が在った。庭でもアオダイショウの幼蛇退治が在った。見掛けた蛇は体色と模様から推察して、アオダイショウの当年蛇に間違いあるまい。為るほど、長さ的には大きく為る物である。
 そんな時期、<蛇ブログさん>がタイミング好く訪問されていたので、彼のブログでアオダイショウの産卵数を知って、その数8~12個の記述と孵化の写真を見て、ウンザリしたのを思い出した次第である。

 2匹は、私が退治した物の・・・何匹が年を超して来春、庭、河川敷をニョロニョロするのかと思うと、気が滅気てしまう。幸い、蛇はその一匹だけで在った。

  帰りに再びツマグロヒョウモンを見て、気分直し良しとした次第であった。

 朝食後のお茶を温いコタツで、テレビを見る。趣味の時間は『書道入門』を遣って居た。昨日は、繊細にして流麗・達筆なペン字手紙を頂戴して、凄い物だと感心して居た次第である。これは相当なお方だと思い、御礼の電話をすると一時、書道を教えて居たとの事である。為るほどと思う反面、これではロートル好色ヤクザもどきの私とは、レベルが違い過ぎるお方と、恐縮至極の想いであった。とほほ。

 私は元来が不器用な性質であるから、折り紙付きの『悪書の典型』である。そんな事で、PC文字は現代文化の恩賜物と感謝して居る次第である。自分が字に全く自信が無いから、書は私には芸術にも見えて来る。勿論、行書・草書・楷書の書体の謂れも、書体の区別も付かないロートルでは在るが、日本人の書に対する思い入れには、深い物が在ると見て居る。書に惹き付けられる御仁も、私の回りには何人か居られるが、私には敷居が高過ぎる領域である。

 筆を選んで硯で匂い立つ墨を摺り、正座して白紙に向かう。これには、写経と云う仏教伝来時の貴族文化が在った。云って見れば無に向かう『洗心』の境地を現わす日本の精神社会であるのだろう。

 日本人の思い描く『書の世界』には、所作と精神、両面の静の世界が存在するのであろう。所作と精神から生まれて、白紙に浮かび上がる墨書には、芸と術から醸し出される『個の趣』が、映し出される。

 日本人は、決して物真似民族では無い。形・手法は輸入物で在ったとしても、日本人は写経に現れる様に、真似る→マネブ→学ぶ→知る→極めるの『道』を尊ぶ精神性に富んだ民族なのであろう。柔道、剣道、弓道、茶道、書道、野球道と全ては、『修行道→人生道』へと開花させて行く事を好む精神性豊かな民族と云って良かろう。

 これ総べからず、『道への探求心の糧』は、謹厳実直の気風を愛でる生真面目さ、一途さが根底に無ければ、成り立たない日本人の精神風土の様なのだと考える次第である。

 へへへ、そんな事を老母に語り掛けながら、手紙を下されたお方への『感想重ね』をして居た次第である。妄想・感想重ねに被対象が在ると、具体的であるが故に脳細胞は活性化の傾向に為る様である。

 こんな私見を交えながら、書道入門のテレビを見ての、親子の会話をしていると、玄関にヤクルトママさんの声である。今週から、コール曜日の変更との事である。本日、終日の雨模様である。風邪など引くで無いぞよ。


心何処ーショート 眺望に、紅葉の下は山焼けか???
          眺望に、黄葉の下は山焼けか???(10/22/12)
 本日も、上天気である。用事が一つあるから、自転車で市役所まで行って来る。へへへ、残念ながら『該当外』であった。此処まで来て<空振り>では仕方が無いから、スーパーに寄って買い物をする。そんな事で上り勾配を、秋色増す遠景、近景を眺めながら帰って来た次第である。大幅に朝飯を待たせてしまった償いで、鯛のアラで澄まし汁を作って庭の三つ葉を乗せた。

 今度は郵便局で支払いを済ませて、午後からのマイ・タイムである。昨夜は、動画で空手、居合抜き、合気道などを見て居たら、すっかり夜更かしをして仕舞った。へへへ。

 夢奇譚第14部は再スタートで順調に進み、<その4>に入り5頁の段階で在る。そんな段階の記述の足しに、青空に軽くハケを引いた様な白雲、川の澄んだ水色に脳裏のシャッターを何枚か押して来た次第である。寒からず暑からずの、程良いペダル散歩であった。

 日誌と違って物語を打ち始めると、彼是と頭の体操と為る。散歩時には、好い物が在ると脳裏のシャッターを押すし、就寝時の布団の中では、次は如何進めようかなどと考えて居る内に、睡眠導入剤の作用もして呉れる。そんな事で、刺激の無い閉じ籠りロートルには、<頃合いの時間配分>と云った処でもあろうか・・・ 

 この処、お天気さんが好いと、玄関鳥は縁側の物干し竿に吊るして、専らお天道さんの慈愛に任せて居る。若鳥の嘴も黒が抜けて来て、一人立ちの段階では在るが、相も変わらず親子は仲睦まじくしている。止む無し、廊下では、新籠が埃を被っている始末である。

 窓辺の雑木にも黄葉が増えて、時折の風にカサリと落葉するのであるが、冬のお相手・ジョービタキのバルディナさんの姿見せは未だである。逢いたいのは、山々では在るが、<何時の事に為るものやら・・・>の感も浮いて来る次第でもある。

 昨日の昼散歩では、2日程寒い日が続いて、蝶の姿が無かった分、蝶の姿がよく目に付いた物である。本日の柔らかな日差しの中を、シジミチョウがチョコマカ、チョコマカと飛んで居る。マツバボタンの回廊は終焉と為ったが、カワラナデシコは、数はすくないものの、白・赤・ピンクの小花を再び咲かせ始めている。庭には日当たりの長短、強弱に依って、小菊達が開花、蕾の違いを見せている。

 猛暑、残暑の長夏も既に遠のいてしまった。丁度好い季候が不快指数から好指数に変わって居ると、時の刻みにもユッタリ感が生まれて、時間の長さを感じて終う。これは五感から来る体細胞の感覚と云う物であろうか・・・ まぁ、それは日中だけの事で、夕刻の呆気無い程の短さは、釣瓶落としの夜の帳の忙しげさである。私も人の子であるから、そんな釣瓶落としの様が、還暦半ばの加齢期の侘びしさすら招いて仕舞う。

 十月も下旬に入り、先程見て来た住宅地の一角に在る菊園の多種多様の菊花も、盛りの時期を迎えて居るのであるから、例年の秋が日々進んで居るのである。いやはや、光陰矢の如しで、今年も5/6を消化しつつあるのであるからして・・・

 ラジオでは、とんでもない殺人鬼女のニュースが続き、連日の尖閣中狂国公船の張り付きにして、ローカルニュースでは、熊の出没騒動が頻発している。山を下りる黄葉・紅葉の輝きの下には、猛暑残暑の長夏に依って、人間が知らないだけの『山焼け』は、生物達に深刻な飢饉を呼んで居るのだろう。

          天高く、澄み空に眺望拡がる。
   人間がシャッター切る黄葉・紅葉の下は、長夏の山焼けか・・・
          冬眠控えて、山野下る熊は哀し。


心何処ーショート 久し振りの親子・兄弟漫談。
           久し振りの親子・兄弟漫談(10/21/12)
 短編物が上手く運ばない。5頁で断念して新しいストーリー展開をする事にして、彼是と思案の床の中であった。漸く切り口が見えて来て、ボチボチの4頁に進んでいる処である。家に居るのが罰当たりの散歩日和であるから、河川敷を歩いて戻って来ると、弟が新米のお裾分けに廊下から入って来た。

 チィーンと仏壇の音がする。へへへ、散歩中に見付けた小菊に庭の小菊を足して、仏壇に手向けて置いたのである。

 お茶請けに、漬け物と鰤大根を出して遣ると、美味い。オカズにするから、ガバッとタッパに入れて呉れとの事である。へいへい、お安いご用で在る。

 弟は真面目な男であるから、11/5から始まる改修工事の説明をしに来てくれたのである。写真とフリーハンドの工事図で、彼是と仕事の内容を話して呉れる。お茶、漬け物を摘まみながらの、仕事話半分の世間話半分である。老母も、世間話に入って、好い親子・兄弟の図であった。

 弟の話では無いが、世の中、馬鹿が多過ぎるとの事である。馬鹿とお付き合いするのも大変の由。そんな話の中に、婆さんの皮肉がスゥ~と入る。

「この子はねぇ、若い頃から気難しくて、よく私はバカだと叱られて居たよ。」

「ああ、Rちゃは善い悪いは、徹底してたからね。いきなり、7か8辺りから論を進めちゃうから、周りは大変さね。アドバイスしても、馬鹿と付き合うのは<時間の無駄>の一言で、片付けちゃうからね。
 俺は仕事上、そうは行かないから、困ったもんせ。兄貴みたいに、拒絶したいのが、本音だけどね。ツー、カーで行けば<言は無用>で、泳がせて置いても好いんだけどもさ。どっこい、そうは『問屋が卸さない』のが、世の中の実態だからさ。
 心中は暖かい人間なんだけど、見た目が怖過ぎるのよ。頭丸めたって言ってもさ、戦国武将が坊さんにぁ為れんわね。婆さん、諦めな。シャー無いわな。」

★ニャロメ~、この糞婆っさ。<昨日の仇>を取って遣がる。妖怪様は、ちゃんと帳尻を付けて来る物である。往生際の悪い、困った婆さんである。96にも為って、人生の高見ガ原に登れず、親の涸券の足踏み状態でガンスわね。修行が足らんぞな。イッヒッヒ!!

「おいおい、巧い事を言うけど、そうじゃあるめぃ。俺ぁ情の人で<ホトケのRさん>って呼ばれて居たんだぜや。喉が渇いたズラ、お茶入れて遣るわね。ケケケ。」

「何をこいて、口より先に鉄拳が飛んで来たぜや。おっかねぇ兄貴でさ。ねぇ、婆さん。」

「うん、そうそう。五人の子の中で一番血の気の多い子でね。他人様を殺めないかとハラハラ、ドキドキだったからね。テレビ見てても、<はい、死刑!!>の一言だから、心配で、『死ぬに死ね無い』からね。」

          ★おのれ~。言うに事欠いて、よく言うわ~。

「これ、日本は法治国家だぜや。物事にぁ、立派に時効って物があるわさ。<全ては、忘れるが勝ち>って信玄公の寝言にも在らぁね。」

「やいやい、流石に物打ちだ。巧い事言うわ。良し、何かの折りに、使わせて貰うわ。へへへ。」

「お前は、○(長兄)に似て来たねぇ。」

「うんうん、Rちゃにも、よく言われてさ。何か○さんにお説教喰らってるみたいで、文句を呑み込んじゃう事が在るんだってさ。それでさ、俺も、これは○さんが俺に成り代わって、お説教垂れてるんだから、<弟の言葉じゃ無いぞ>って箔を付けて言う事も在るんだわさ。
 弟でも少しは威張って置かないと、いつ何時、片方があの世に行っちゃうか分からないからね。アハハ~。そりぁ、兄弟だから、歳を取れば、みんな似て来るもんさ。俺達の性格なんて、婆さんに生き映しでさ、弱音を吐かず、黙々と人の道を踏んでるわね。まぁ、周り道は在っただろうけど、合格点が付きますわね。アハハ。
さてさて、えらい長居をしちゃった。じぁ、また顔出すわ。婆さん、元気で居ろな。」
 
 昼間は暖かい上天気では在ったが、陽の短く為った日暮は掛け足の呆気無さである。弟の高級車を見送りながら、11月に入ったら、柿の木を切りに来て呉れるとの事である。


心何処ーショート へへへ、婆さん。待望の日なりや。
         へへへ、婆さん。待望の日なりや。(10/20/12)
 昨夜は11時を回って、無性にバタピー、唐揚げが喰いたく為って、半纏に軍手スタイルでコンビニまで自転車漕ぎをして来た。いやはや、寒く為った物である。

                ルルルル

「お早うザンした~。今日は晴れてるけど、寒いじゃないの。歯は磨いたかや。」
「あいあい、お早うザンス。用意は出来てるんね。」
「寒いぜね。頭に毛糸の帽子被って来ましょ。Rの場合は、頭から風邪を引くからな。」

 飯の友、瓜の粕漬けと特辛味噌を箸で摘まんでラツプに包む。車が来たから庭の甘柿を5~6個捥いで、Tの股ぐらに置いて遣る。Tはビニール袋を取り出して中に入れて、ズボンで拭いて、早速食べ始める。

「捥ぎ立ては、美味いなぁ。」
「そうか、じぁこっちの柿も持って行くか?」
「こっちの柿は渋柿。未だ収穫・皮剥き・吊るしの熟成で、長い長い工程待ちだぜや。」
「良く知ってるじゃないか。柿の形を見ての<目利き>かいな。」
「大体がさ、柿の木は通りに面して居るのは、渋柿って<相場は決まってる>んだ。その手は、桑名の焼き蛤さね。あい~。」

 特辛味噌を差し出すと、Tはニヤニヤして、子供ぽく目をクリクリさせて細君の声色を使って、言い始めた。

「<父ちゃん、特辛味噌作って、冷蔵庫に入れといたから食べて。>って言われて食べたら、カカアのヤツ生味噌に青唐辛子で喰えんのよ。特辛味噌は、油で炒めて香ばしくするんだぜと言って遣ったら、<あら、そう。>と来たもんだぜや。ホントに、女ってヤツはカンナに為ると、丸で可愛げが無くなるぜや。まぁ、カカアも実家の両親の世話で、パニ喰って居るんだろうが、困ったカンナ女よ。女には、男の実力が解らんのだから。あはは。」

「まあ、未だ早いけど、甞めてる内に、馴染んで来るぜ。我慢しましょや。イヒヒ。」

 スタバ二階席は、ガランドーである。T家のキリギリスは、未だ鳴いているとの事である。朝夕は冬の訪れの様な物であるから、太陽で温まらないと仮死状態で死んだかなと思うと、太陽熱で血の巡りが回復して鳴き始めるとの事である。

 本日はホームセンターで、物見に時間を掛ける。Tの云う様に、男と云う物は工作に興味があるから、色々と道具、材料を見て歩くのも楽しい物なのである。私の場合、手摺は横一辺倒の発想しか無かったのだが、縦に付けるのも工夫の一つとの発想の逆転を聞いて、色々と試してみた次第である。※Tは細君の実家で、縦型手摺を要所要所に取り付けたとの事である。
 
 朝は途中でガスの火が止まって仕舞い、????の末に、乾電池切れに辿り着いた次第である。予備の乾電池を使ったので、電池の補給をする。そんな話をすると、Tも同様の経験済みで、泡を喰ってガス屋に来て貰って、その原因が乾電池切れで在ったとの事である。へへへ、知らぬとは、お互いそんな物である。

 スーパーには、小アジ、鰤のアラが在ったから、唐揚げにして玉ねぎをスライスして、マリネとしようか、前回は、老母の口に合ったのであるからして。良し、鰤大根で一品決まりである。引き返して、野菜コーナーの土付きの見事な大根を籠に入れる。

「やいやい、オイさんは料理人だねぇ~。何時も自分で作って、お三度するから大したもんだわ。」

「だってさ、手作りしないとさ、時間が余っちゃって、<手抜きの脳軟化症に陥る>ってもんさね。だってさ、昔は専業主婦で日本の家庭は回って居たんだからさ。全部手作りで遣れば、立派な家庭仕事の分量に為らぁな。
 言って見りゃ、三食作って家庭の経済は手作り。掃除洗濯して散歩してさ、ブログ打ちをすりぁ、現役と遜色の無い<新仕事>ってもんだぜや。ペース配分としちゃ申し分のない堕性の日々ですがな。」

「Rは、頭と身体を使ってるから、若いわな。或る意味、理想的な老後だぜな。イヒヒ。」

 帰って来て、昼飯を用意して食べる。老母は昨日から、孫は来るか、来るかと真に煩い。

 倅は現役であるから、休みの日は正体も無く寝て居たいのだろうし、それをしないと男は持たないのである。余りの遠近言い回しで煩いので、ガツンとお説教をして自室入りである。小アジのマリネ、鰤大根の仕込みを弱火で遣りながら、本日分日誌に取り掛かって居ると、老母待望の倅ファミリーのお越しである。

 月に一度の顔見せであるから、孫の成長振りは顕著である。有頂天に舞い上がる老母は、動けない分、人使いが荒い。はいはい、身は一つでガンスわね。←糞っ垂れ婆っさが!!

 丸で、私が孫の顔が見たくてウズウズして居た様な事を饒舌に喰っちゃべって居る。いやはや、良い歳かっぱらって、素直じゃ無いねぇ~。好い気な物である。如何して、この女は見栄を張るのか、倅ながら白髪頭をぶっ叩いて、<ニャロメ!! この馬鹿女、好い加減に曝せ>の気分に為って来る物である。

 ご飯が無かったら、ラーメンでも作って食べさせて遣れとの奥歯に物の挟まった様な、何時もの口上が始まって仕舞ったから、ムカッ腹が立ってしまった。いやはや、三つ子の魂、百までの格言通りに、糞婆っさ、先程のガツン落としの『仇打ち』でヤンすがな・・・

「婆さん、色々、世話を焼き為さんな。此処に居るのは皆家族だぜ。自分の家なんだ。腹が空いたら、勝手に台所に行ってラーメンを作って食べるさ。気兼ねなんか不要な処が、家族ってもんだぜ。
 家が離れて居るんだから、倅には倅のペースが有るんだ。何で、俺が家族に一々、気を使わ無ければ為らないんだ。だから、婆さんは、頭が悪過ぎるんだよ。バカタレが~。えへへ。」

「そうだよ。婆ちゃん。家族なんだから、気なんか使わなくても好いんだよ。此処で生まれて、育ったんだもの。昔のままだよ。腹が減ったら、自分で適当に食べる。眠く成ったら寝るだけだよ。オヤジの言う通り、気を使うなんて、家族じゃないよ。アハハ。」

 さてさて、リクエストを聞いて、タッパに用意をしておくとするか。漬け物は白采、特辛味噌は熟成中であるから、二回に亘って仕込んで置いた物を、適当にA、Bとして小分けして置く。味見に出した鰤大根は、美味いと云うから、これもたっぷりとタッパに入れる。キュウリ、ナスの塩漬けもタッパに入れた。

「何時も、お父さん、すいません。此処へ来るとお袋の味じゃなくて、<オヤジの味>のお土産付きだから、嬉しくて。感謝感謝!!」

「そうかい、でもな。これは俺の味じゃ無くて、<お袋=婆さんの味、R家の味>だからな。伝えて行っておくれや。あい~。」

     釣瓶落としの呆気無さである。見送る外は、夜の帳の中である。

「オヤジ、婆ちゃん、自分が動けないから、ついつい世話焼いちゃうんだよ。我慢我慢。オヤジで無いと、気難しい婆ちゃんの世話は出来ないからね。俺は、この位しか婆ちゃん孝行出来ないからさ。又、来月来るから。アハハ。」

「お前は現役だ。無理しなくて良いぞ。はい、御苦労さん。」

 あはは・・・オヤジの味とは、痛い処を言われちゃいましたがね。そう云えば、武士社会では、倅教育は父親の一生の仕事であったそうである。


心何処ーショート 下手絵は態を露わす??? 
             下手絵は態を露わす???(10/19/12)
 好い天気である。中断していた北側栽園の残り整理を始める。落ち葉溜めにする心算の畝間の凹部分に落ち始めた柿の葉を掃き溜めて入れる。3本のミニトマトを引き抜いて、それも入れる。残りの3本は、未だ赤い実を大分付けて居るので、引き抜くには些か心苦しいから、残して置く事にする。葉野菜は水菜を残し、シュンギク、チンゲン菜の畝は掘り起こして、根の土を払い堆肥に為って貰う。

 石ころだらけの砂地では在るが、長年の落ち葉堆肥の効果が利いて来て、黒土に進化して居る。土を起こせば、表面に出るのは大小の石ころのオンパレードである。まぁ、する事が無いから、実益を兼ねた運動と考えるしかない。

 さてさて、今度は糠漬け沢庵の容器を洗って、水を張って臭い消しをして置くと致そうか。来月に為れば渋柿を採って、チマチマと数日を廊下の日向で皮剥きをして、吊るし柿の作業である。軒下に柿簾が下がれば、今度は沢庵用の大根干しの日課が加わる。

 山国信州の冬備えは、駆け足である。序でに排水路のマス掃除もして置くしかあるまい。アジサイの根元のコンクリートマスには、太い根が張り出して居た。

 いやはや遣り始めたら、結構な時間と馬鹿力を要して仕舞った。コナクソ~と何度も踏ん張り過ぎたら、ズボンがビリビリとパンクしてしまった。おいおい、裁縫仕事のオマケまで付いてしもうたがな。針に糸を通すだけでも、日が暮れて終う。嗚呼、腰が痛い。臭くて堪らないから、風呂で身を清める必要がある。

 おやおや、もうこんな時間かいな・・・本日、党首討論との事であったが、今週も反故かいな?? 

『決められない政治から、決める政治へ。』と声量・言語明快なだけの街頭演説型総理と反日・日教組のボス猿幹事長殿の実行度とは、この程度の物か。何々、田中法相は辞任の方向らしい。ピンからキリまで、何を遣っとんじゃい!!・・・此処まで恥晒しであっても、動じないの態とは、丸で中狂国・癇国並の神経である。まぁ、献金協定を結んで居る間柄のであろうから、これも<むべ為るかな>ってな物なんでしょうかね。

              さて、本日の一枚で在りまする。

 この頃、殆ど絵を描いて居なかった。そんな事で、偶には一枚遊んで見ようと思った。然しながら、何を描くべしやである。適当に丸を書いて居たら、漸くアイディアが湧いて来て、絵の体裁と為った次第である。『書は態を現わす』の諺なのかは知らぬが、無意識の産物・下手絵も態を現わすの延長らしい。この処、日本の余りの不甲斐無さに、柄にも無く韓国・中国の扱き下ろし長文文章がウェートを占めて居た次第である。とほほ。

 この絵は、見ての通り赤丸・赤丸・赤丸を配した絵である。赤丸=日ノ丸の上品な赤でありまする。日の下の国・日本が、政治の現況に喝・檄を飛ばして居る図で在りまする。無欲の棚からぼた餅で、例に依って自画自賛で評すれば、久々のヒット絵なのでは在りまするが・・・

 さてさて、紳士淑女の訪問者各位に於かれましては、如何なるご評価が下ります事やら。
              
                市井の檄、喝!!
                市井の喝_001

心何処ーショート 外はグレーの冷景なり。
             外はグレーの冷景なり(10/18/12)
 昨日の午後からの雨に、今日は雨こそ降らぬが、重い曇天無風の寒さである。こんな灰色の光景に在っては、黄葉、落ち葉が如何にも侘びしさを見せ付ける物である。いやはや、お天道さんがお隠れに為ると、単細胞は憂鬱な気分に為る物である。

 こんな時は、ゆっくり風呂に入って温まるのが一番である。老母は、コタツでこっくりさんをしている。

 温まった処で、台所仕事をして置く。仕込んで置きさえすれば、夕食の手間が省ける。昨日は雨で中断して仕舞った家庭菜園整理の半分が有るが、風呂に入って仕舞うと汚れるのが嫌であるからパスとする。

 陽の気の無い定位置では目が寂しいから、金華鳥ファミリーを持って来て、窓辺に置く。若鳥達は、夏子の所為か、藁巣の中に直ぐ入って仕舞う。何しろ、根性の無い餓鬼共である。廊下のキリギリスは、未だ存命であるのに、困った連中である。
 狭い鳥籠に5羽の過密状態なのであるが、・・・嘴の子供の証・黒も褪めて来て、嘴の先にチョコンと黒の三角が残って居るだけであるが、親鳥の気持ちが優しいのだろうか・・・平気で餌強請りをする若鳥達を嫌がらずに、共存して居る。

 若鳥達の新居は用意してあるから、親鳥が子供達を追いかけ回すまでは、この儘で好かろう。閉じ籠り賄い夫の性で小動物観察をして居ると、物云わぬ小鳥達にも其々の性向、番いの性向の違いに気付かされる物である。押し並べて、生き物には個体差が在るのであろう。

 グレーの外には、蝶の姿は無い。きっと、低温過ぎて身体が動かないのであろう。蝶がこの有り様なら、散歩の冷や汗・人騒がせな蛇は、昨日の雨で河川敷の石垣の割れ目から穴暗に潜って、トグロ巻きの意識朦朧状態なのだろうか。蛇は早々に冬眠すべしである。

 老母は冷え込みで、体調もグレーらしく風呂はパスでベットの中である。昼は軽く熱い麺類で好かろう。

 コタツが在ると温くて気持ちが好い。腹が膨れて、テレビの再放送ドラマを見て居る内に、ウトウトと寝て仕舞った。散歩に行く気にも為らず、弟が新米のお裾分けを用意して会社に置いて居れば、<有難う。貰いに行く>と言った手前、言葉には責任を持たなければ為らぬ。米は買って来たばかりなのでは在るが・・・

 どうせ行くなら、彼が在社の時が好い。電話をすると自宅に有るから、日曜日に持って来て呉れるとの事である。秘境・白骨温泉の露天風呂改修工事は11/5から一週間との事である。7:30出社との事である。帰社時間は<賄い夫優先>だから、それで好いとの事である。

『婆さん悪いけど、Rちゃんを一週間程貸してくれ。』と云って居た弟を覚えていて、老母は<当てにして居るんだから、私の事は考えなくて良い。仕事をする以上、最後まで手伝って遣れ。私は、ご飯さえ炊いて置いてくれたら、冷蔵庫の物で這いずってでもするから。心配しなくても好い。可哀想に、朝が早いね。目覚まし掛け無くちゃ行け無いね。そうかそうか、手伝って遣るのか。好い事だ。喜ぶよ。>←老母もニコニコ顔である。

 へへへ、『回りの為なら、自分の事は一番最後。』おスミさんイズムは、96に為っても健在である。大した大正女様である。オヤジの言葉が、<腐っても、鯛は鯛だ。> お袋の言葉が、<自分の事は、一番最後>であった。私は出来の悪い性質では在ったが、此処一番の『人の道を説く母のお説教』には迫力と心打つ物が在った。そして、何時も、お説教の中には、この二つのキーワードが在った。

 この二つのキーワードは、オヤジ、お袋世代の『人の道への気概と行動指針』として、家庭・社会・国家に根付いて居た<日本の常識>だったのだろう。何時しか、私も倅にしばしば使用する言い回しと為って居るから可笑しなものである。そう考えれば、私も日本の伝統的人間の一人と為る。単純明快なほど、重量感に富んで動かし難い言葉である。


心何処ーショート その他、諸々。
                その他、諸々。(10/17/12)
 昨日は、終日の雲一つ無い上天気であった。道沿いの栗の木には、弾けたイガグリから茶色の栗の実が道路に落ちて居る。銀杏のギンナンも、果肉の黄味を広げて居るのが容易に見える。コスモスの赤、ピンク、白の花々も、光の中で輝いている。コスモスの花に、胴の細い小柄なニホンミツバチが蜜を集めに来ている。

 土手道から下りて、河川敷のバリカンの入った草道を、テクテク歩いた。トンボ達が傾いた太陽を全身に浴びて、羽を空中に反射させて飛んで居た。その光景は、今シーズン最多の赤トンボの群れであった。

 河川敷には、ランニングパンツで走る若者と、土手道を病的に傾いた体躯でゆっくりのゆっくり歩を運んで、ガードレールを手摺の様にして何度も休憩する老男性の姿が在るだけである。病後の体力回復の歩行なのだろうか・・・

 河川敷には、モンシロチョウ、モンキチョウが目に付く。そして、タテハチョウのシックなツマグロヒョウモンも一匹飛んで居た。数は少ないが、目立つチョウである。

 河川敷のサツキの植栽ベルトの横を歩いて居ると、突然の物音である。蛇か!! 驚いた。そのサツキの上で長々と日光浴をしていたのであろう大きなシマヘビが、私の物音に驚いてサツキの上をザザァとばかりに、走って川原の葦の茂みに走ったのである。直径は4cm弱だろうか。太い胴にチョコレート色の縦縞が伸びて居た。

 この辺りでは、よくアオダイショウと出っ喰わす物ではあるが、彼等の動きは鈍い。それに比べると、シマヘビの動きは俊敏である。従って、シマヘビは走るのである。この場所での遭遇は、初めてであった。如何やら町会エリアには、シマヘビ生息地が2か所在ると云う事である。

 私はシマヘビには、好印象を持っている。それはシマヘビの持つ縦縞模様のスマートさと俊敏さに由来して居るのだろうし、トグロを巻いた姿を見た事が無いとの幸運さからも来ている。シマヘビとの遭遇は、一瞬の出来事で終わる事が殆どで在ったからである。


  10/15分記事に、大幅加筆をして置きましたので、ご報告までに。

 易姓革命、禅譲の思想が生まれたと云う時代が、周の時代との由。春秋戦国時代の思想家の<百家争鳴時代>の550年にも及ぶ戦乱の時代を経て、尊王、尊王攘夷、温故知新、礼儀、維新などの思想が、百家争鳴で語られ、各地の群雄割拠の国盗りの春秋時代から、勝ち残りの外交戦略の戦国時代200年に突入するのである。

                  以下、加筆部分
★応仁の乱~関ヶ原後の徳川幕府成立までと云われている日本の戦国時代は、精々が140年位である。まぁ、中国の大地と日本の大地の規模を比較すれば、お話には為らない観点では在るが、規模が大きければ、其処にはスケールメリット効果が大に付くと云う『合従連衡』も大きく作用する。然しながら、それは日本の様な同一民族の同じ国民ならばの話である。
 
 日本140年に対して中華550年は、そもそも開きが大き過ぎる。スケールメリットの時間短縮が作用し無かった原因は、一体何だったかの素朴な疑問が生じて来るのも確かである。それは余りにも共通項の少なかった事なのでは無いだろうか。詰まりは同質な物は、<類を為し、友を呼ぶ。>一方、異質な物は馴染まず『全否定』に繋がる。過日の反日暴動デモにヒントを得て、決め付けると、殺戮の嵐の長い長い世紀が、否応も無くそれを示しているでは無いか。
 
 その開きの本質の中には、生活様式・生活観・言語・人種が異なると云う<決定要因>が在ったのでは無かろうか。詰まりは、ヨーロッパの様な色んな国・民族が、互いの独自性を主張して『譲らないの図』である。所謂巨大な中国の大地には、相容れない国家群が存在していたと云う事であろう。

 それを何千年間にも亘って『一つの中国と云う支配』が続いていたと云う観点で歴史を見るのは、如何な物であろうか。北京五輪の合成映像・口パク演出とも良く符合して仕舞う。これは一重に、時空を繋ぐ<中華思想を帯びた欺瞞性の立証>であろう。

 多民族国家のアメーバーの様な伸縮自在な生き物の中に、時たま現れる覇者=龍が活躍して生死を繰り返す。そんな形振り構わぬ覇者・ドラゴン国家の興亡史が時を刻んで来たと云うのが、偽わざる中国の大地だったと云う事である。そして、毛沢東が言う処の『造反有理の絶えざる暴乱と混沌』を内包し続けるのが、その有り難く無いドラゴンと14憶の民の正体と云って良かろう。

 欺瞞に満ちた教育は『洗脳教育』にして、欺瞞に満ちた報道は、『プロタガンダ工作』でしかあるまい。選球眼を鍛えて、見抜く知性を持つ事が、<知る事の本義>では無かろうか・・・ 日本は福沢諭吉の脱亜入欧、和魂洋才を経て来た民度・技術の高い社会・国家なので在りまするから、各自、選球眼を鍛えて、好逑必打で『脱異還和』の新ステージに進んで行きましょうよ。へへへ。

                以上加筆部分・・・終わり

 さて、続きを見て行きましょうかね。この春秋戦国時代の550年に及ぶ混乱・殺戮・弱肉強食・権謀術数の長い世紀を経て収斂の世紀に入り、其処で台頭して来たのが<百家争鳴の時代>である。中国史上、最も魅惑的な時代として捉えられ、学者・識者の中国礼賛期と看做されて居るのである。

 明けて本日、引き続いてのお天道さんの輝きである。本日分日誌は、昨日打って置いたから、時間はたっぷりと使える。明日は寒い雨との事であるから、葉野菜部分の整理をしてこれから始まる落ち葉の溜め処を用意して置くとしよう。へへへ。

心何処ーショート 常連さん一人失って、寂しくも見える秋晴れ為り。
     常連さん一人失って、寂しくも見える秋晴れなり。(10/16/12)
 さてと、偶には車に乗って米屋さんまで行って来るとしようか。雲一つ無い秋の空である。米屋さんは丁度、手持無沙汰の態で在る。たっぷりの砂糖入れのインスタント・コーヒーで、よもやま話をして来る。

 ず~と、話好きの小柄な爺様とお遭い出来ずに居たのだが、その御老人は痴呆症で自宅に閉じ籠り中なのだと云う。あれほど頭の回転がスムーズで、次から次と顔をクシャクシャにして駄洒落を繰り出して居た御仁である。その人気度は、駄洒落の宝庫にして、ロートル寄り合い所の中心人物。そんな元小企業の社長さんであった。隠居後は、毎日の様に自転車でロートル寄り合い所の長椅子に、チョコンと座って出入りする顔馴染みさん達に、お茶、コーヒーを注ぎ、電話が有れば要件を聞いて留守番までして、話題の主で在った。
 
 先日、ご老人の好物の団子を買って見舞いに行って来た話をして下さった。あれほど元気で活動的だった老人が、今や言葉も発せられず、細かく刻んだ団子を半開きの口を開けて、奥さんに入れて貰うだけだったとの事である。老境に忍び寄る痴呆の影は、誰が想像出来ようか・・・それは、想像を絶するほどの症例で在ったらしい。

 猛暑・残暑の長夏から解放された途端に、通常の秋が登壇して、傾いた太陽運行は、早や釣瓶落としの夜の帳を音も無く運んで来る。

 吾が身はお役御免の還暦も半ばを迎えて、老母を抱える身でもある。いつ何時、身の回りの者、自分自身の身にも、『痴呆の矢が放たれる』やも知らず。<こればかりは、お天道様のみぞ知る>と考えても、詮無き老いの行く末の様な物である。

★ふ~む・・・御隠居さんの話を伺うと、人生の釣瓶落としの様な物を感じて終う・・・嗚呼、深き溜息でもある。
 
 秋の日差しの中に、常緑樹主体の庭にヒヨドリが動いている。駐車場にはフワフワとツマグロヒョウモンが飛び、モンキチョウも緩やかに飛んで居る。駐車場の光の中を、猫が尾を立てて、ゆっくりと横切って行く。

 車であるから、個人スーパー経由で買い物でもして帰りたい処ではあるが、寄れば何かと買って終う。そう為れば、消費するのが追い付かなく為る。度を超さないのが、<緊縮家計のコツ>でもある。信号を曲がらずに、家に帰るべしである。

 昨日は、見栄を張って仕舞った物である。身の程も弁えずに長々と打ち進んで仕舞い、収集の付かない文字重ねをして仕舞った。真にスッキリせずに、締まらない文面であった。そんな次第で、脳細胞が疲労困憊したのではある。

   ★変な話、何十年か振りかの試験日を終えた学生の疲労感であった。
 
 それでも加齢期に達して居ると、下手の横好きである。朝の再読で、通りの悪い部分に大幅な加筆をして、A-4五頁と為ったのであるから、可笑しな痴呆の前触れ現象なのかも知れぬ。

 お天気さんが好いから、午後は適当な処で、気分転換の為に昼散歩をして来るべしである。


心何処ーショート 嗚呼、打たずには居れなんだ・・・
          嗚呼、打たずに居れなんだ・・・(10/15/12)
 昨夜は『NHKスペシャル』中国4000年の文明の根源とやらを、無学の藪睨みの態度で、老母共々鑑賞させて頂いた次第である。

 御存知の通り彼の大狂国様は『日中友好40周年』にして、尖閣諸島絡みの反日・徹底打壊し暴動を陣頭指揮して、国連でも<日本盗っ人デマゴーク>を威気高々に展開する狂人国なのである。然しながら、その効果は、『予想外の大顰蹙』を買って居るとの事らしい。

 中国贔屓だった米国務大臣ヒラリー・クリントン女史をして、無宗教国家・非民主国家・国際ルールが通用しない非法国家・礼儀知らず国家・恩知らず国家・資源買い捲り国家・拝金主義に徹した国家・国家に対する無忠誠指導者・人民・・・etcの点で、20年後の中国は、世界の最貧国に為り下がるだろうとの<ご卓見>を某大学で講演なさった由。

★いやはや、ご指摘ご尤も・・・美女施政者を怒らせたら、則天武后並みの歯に衣着せぬばかりの凄い剣幕の<冷視眼のお披露目>である。

 外国資本、先進国企業の撤退、撤退計画が続出しているらしい。それで無くとも、中国経済のバブル崩壊の兆しで、中国支配階層の賄賂・猫婆蓄財の大半が、細君・子弟の二重国籍取得で海外に不正不当流出しているとの報告も在る。
 果たして、中狂国シンパのNHK様は、この世界的な<中国=危険国>の嫌中潮流に、如何なるシンパシィを贈呈する物やらと、NHKの揚げ足取りをしようと待ち構えていた次第なのである。

★正直な心情を吐露すると・・・未だか、未だかと手薬煉引いて居た処に、昨夜は飛んで火に居るNHK様の中国讃歌のスペシャル版・第一話であった。

 それも案内役は、日本を代表する高倉健さんの次を担う程の『大物スター中井貴一』なのであるから、それは中狂国の威信を賭けた<国家策>と云って良かろう。

 第一話は、伝説とされた<夏王朝>の話である。冒頭の小学校の『華夏』に就いての習字・教師の言葉を、生徒全員が何回も続唱して、幼い脳味噌に叩き込ませるシーンが素晴らしかった。誇らし気に祖国の世界最古の文明を教え込む。あどけない円らな眼を嬉々として輝かせ、学童達はカメラに向かって、無邪気な程の異口同音の祖国賛美を唱和して見せる。軍国教育も共産教育も、<鉄は熱い内に打ち続けろ>でしょうな・・・

 然しながら、アングルを変えて見れば、これが『反日教育の徹底振り』なのだろうと背筋の凍る思いがする物である。

 殷・周・春秋戦国時代・秦に至る紀元前2000年間に及ぶ広大な中国の大地で繰り広げられて来た小国乱立の国家創世期の中から、夏→殷→周の文化圏が浸透して、周の時代に中華思想・血縁関係を基盤とする中国固有の封建制度が形成されて行く。

 易姓革命、禅譲の思想が生まれたと云う時代が、周の時代との由。春秋戦国時代の思想家の<百家争鳴時代>の550年にも及ぶ戦乱の時代を経て、尊王、尊王攘夷、温故知新、礼儀、維新などの思想が、百家争鳴で語られ、各地の群雄割拠の国盗りの春秋時代から、勝ち残りの外交戦略の戦国時代200年に突入するのである。

 この春秋戦国時代の550年に及ぶ混乱・殺戮・弱肉強食・権謀術数の長い世紀を経て収斂の世紀に入り、其処で台頭して来たのが百家争鳴の時代である。中国史上、最も魅惑的な時代として捉えられ、学者・識者の中国礼賛期と看做されて居るのである。
 そんな長い6世紀に及ぶ混乱・混沌の世紀に別れを告げたのが、秦の始皇帝であるそうな。時代は、騎馬軍隊・法家思想に依って秦の統一国家に向かい、次の漢の時代に一大漢字文化圏を構築したのが、古代中国の歴史である。

   古代中国史の核と為る部分の考古学の検証が、その第一話であった。

 中国と云う広大な大地を舞台に、歳の誕生、小国併存から、統一、瓦解、戦乱、群雄割拠、統一、征服のサイクルを刻んで来たのが、中国の大地の歴史である。それは決して、広大にして強大な漢民族国家の連綿とした継続体の歴史とは異なるものである。中国と云う巨大な大地の中で、4000年と云う時の中での<安定・乱・混沌の壮大な繰り返しの歴史>と呼んで、然るべきものであろう。

 まぁ、こんな取るに足らない庶民の中国歴史観はさて置き、NHK的中国歴史観を拝聴すべきである。拝聴する事と、中狂国様&NHK様に洗脳される事とは、全く別次元の事柄であるからして・・・

 夏と殷の覇権争いは、徹底した殺戮だった様である。頭骸骨の損傷、女性の股間に打ち込まれた木と云い・・・皆殺しの虐殺が、戦いの実態だったとの事である。此処にも中華帝国の源流が見て取れる。

★チベット、ウィグル、内モンゴル侵略統治、法倫行弾圧、長野市占拠の北京五輪聖火ランナー、犯罪に於ける中国人の異常なほどのパーセンテージ・尖閣問題・無差別焼き打ち強奪の反日デモ・・・etcを見れば、中国人の文明的異常さが、4000年の連綿として保たれている国民性の証左であろう。

 歴史上、最強絶後の暴君として君臨する<秦の始皇帝>と称される処ではあるが、果たして・・・彼一人が、最強絶後の大暴君であったのだろうか。
 彼への後世の言い伝えでは、焚書坑儒の意に添わない書物は悉く焼き捨て、意に添わない儒教者は悉く生き埋めにする。吾一人永遠の命を希求して、不老長寿の薬草を求めて東海に漕ぎ出す。死して尚、死後の地中に秦王国を築いて兵馬俑と為す。

★若しかしたら、秦の始皇帝は、ただ単に中国の伝統を実行したに過ぎないのかも知れぬ。

 時代は2000年を下って、赤い中狂国の初代皇帝・毛沢東の時代には、1956~57年に、<百花斉放百家争鳴策>を採って、言論の自由を試みた物の・・・共産党批判続出で、批判者を大量粛清したとの事である。人民は保身の為に、他人を密告して忠義面をして、共産党の幹部に昇進した者も多数に上ったとの由である。

★これは中国伝統の騙し打ちの術だったのであろう。

 そして、その10年後1966~77年に掛けては、ご存知毛沢東復活の<文化大革命>の大殺戮期間を延々と繰り広げたのである。この時には、前回の『刷り込み・見せしめ策』が功を奏したらしく、夫婦が、親子が、兄弟が、保身の為に平気で肉親を密告、告発したとの事である。凄まじい狂気が、中国全土で荒れ狂ったとの事である。

★周辺討伐で世界の覇者と為ったローマ帝国の市民は、その享楽性を満足させる為に、歴代皇帝は巨大なコロシアムで、凡ゆる見せ物を敢行していたそうな。然しながら、ローマ人と中国人の違いは、コロシアムの観衆と直接手を下さないと満足出来ない人種の違いかも知れぬ・・・

 そして、89年には民主化要求の学生達を、戦車のキャタピラで事務的に虐殺した彼の有名な<天安門事件>のである。

 さて、文化大革命時に徹底的に破壊・追放された知の蓄積は無に帰して、知の構築には50~60年を要すると云われたものである。
 中国の学者は押し並べて若い。それは当然の事である。赤い毛沢東語録の嵐の前に、秦の始皇帝が兵馬俑から復活して、『焚書坑儒』をしたのであるから。2012-1977=35年でしかないのである。中国の学者達の勉強場所は、精々が外国留学でしか有るまい。現在の考古学に於いては、各種の科学技法によって機材さえあれば、年代測定が客観的に割り出される。

 教育・学問分野の暗黒時代から、知識再生を担う世代の活躍期に差し掛かっても、遙か4000年の<長幼の序の仕来たりの壁>は、強靭な障壁であろう。若い彼等が振る舞えるのは、尊大にして断定の見せ掛けだけの強がり態度しか示せなくても、それは当然の処世術であろう。

 何故なら、彼等には本来なら学問と云う連綿と継承されて担うべき知の蓄積を、自らの焚書坑儒の蛮行で灰塵に帰してしまったのであるから。

 只一つ尊大で押し通すだけの<張ったり戦法>しか選択肢が無いのであろう。その証拠に、面白いシーンが在った。それは中国学者先生が、きっと彼の留学先の京大考古学教室を訪れて、同年輩の教授に手書きの夏の古跡図を見せて居たシーンがあった。

 二人は仲が良さそうに見えた。へへへ、吾が師・シャーロック・ホームズの観察と推理をすれば、彼等は共に机を並べた学友であろう。同年輩の頭脳的に同程度の二人で在っても、彼等が背負って居る学問の幅、深さの差は歴然として居る。
 何故なら京大教授の背負って居る知の幅・深さは、日本に何千年と無く滔々と流れ蓄積されて来た<学問の継承者>なのであるから。単独で映る彼とそのシーンで見せる彼の表情には、全く<背伸びの色は無かった>から、私の妄想推理も、『当たらずとも、遠からじ』と独り自惚れて居る次第である。ギャハハ~。

 こんな事をクドクドと打ち込んで居ると、ノータリンであるから収集が付かなく為って来て仕舞った。遺憾いかん・・・逃げるが勝ちである。

         さてさて、一服吸って・・・結論と致しましょうかね。

 中国4000年の歴史は、是一重に、<度し難い人種性に帰結する>と云う事なんでしょうかね。前王朝を倒したら、従わない奴は皆殺しにする。されたら、して返す。それが王者中華思想の根源にして、下って朝鮮半島に伝播すれば強大な力の前に錯綜した『事大主義を伝統の国是』として、<内面の怨の文化>を築き上げて行く。これでは、余りにも下品と野蛮の合成文化でありまするわな。

 例え、こんな愚の足しにも為らぬ素人ロートルの文字打ちではあるが、どんなに隠して置きたくとも、文字を重ねれば重ねるほどに打ち手の性根が垣間見えて来るのが、人間精神の怖い処である。

 どんなに重量級のスペシャル番組を放映した処で、中狂国&中国シンパのNHKの素性が焙り出されて来る物である。言って見れば、<高校生程度の番組>である。NHKスペシャル版は、言って見れば『大人の教養番組』であった筈である。一NHKファンとしては、知性理性をリードする公共放送の名に恥じない高質な番組を期待したい物である。

 コンニャローメ!! 国民的重量級スタート為る中井貴一を配して、彼の<デス・マス体>に対して、中国俳優の字幕スーパーが<ダ体>の上から目線では、井の中の蛙・深紅の人民征服王朝然とした<制作者側の張ったり度>が、景観に泥を塗る構図でしかあるまい。そんな物は、『低民度国・下衆の馬鹿丸出し振り』では無いか。

 天下のNHKたる者が、中狂国の言いなり構成に文句も言えず、こんな編集を恣意『故意』にしているから、近時のNHKは『自虐史観の殿堂』と陰口を叩かれ、視聴料金の不払いを招いて居るんでありまするぞえ。

 へへへ、ついつい下衆根性で、悪態放題を仕出かしてしまいました。別に他意は御座いません。これも、ロートルのボケ防止策の一環で在りまする。平にご容赦の程を・・・

心何処ーショート 煙草をテコに、ブラブラ長散歩。
          煙草をテコに、ブラブラ長散歩。(10/14/12)
 本日は曇天日である。昨夜は遅い就寝にもって来て、玄関鳥のバサ付きで寝込みを起こされた。依って、タイテのコラサ状態である。台所では老母の動きでは在るが、心身ともに泥の様に重く、寝床の中でラジオを聞きながらのマドロミであった。賄い夫稼業であるから、余り待たせては心苦しい。ヨヨイのヨイで、朝のお努めに布団から這い出る。

 台所で頂戴したお茶を飲みながら、エノキとシメジを甘辛く煮付けつつ、魚を焼き、漬け物を切る。テレビを見ながらの朝食を終えて、人騒がせ鳥の世話をする。薄陽が差して来たから、鳥籠を軒下に吊るす。別籠には卵が産み足されている。その中の一つには、黒付みが見える。・・・とほほ、痛し痒しである。

 廊下のキリギリスケースをと見れば、どす黒く為ってすっかり縮んで仕舞ったメス2匹が生きている。折角であるから庭の柿を採って来て、一つを廊下の椅子に座って居る老母に手渡し、柿の実を切って、キリギリスのケースに入れて遣る。夏の風物詩で、キリギリス飼いは何十年も続けている次第であるが、柿の餌入れは初めてである。いやはや、今年の残暑の長かった事を、物語る処である。

 そう云えば、昨日のブログ徘徊の折りに見付けた写真ブログには、シックな北国の使者・ジョービタキのオスの姿が掲載されて居た。四畳半定位置、窓辺の雑木には緑葉が目一杯に付いて居るのだが、太陽運行の傾きに依って、渡りが開始されるのが渡り鳥達のメカニズムなのであろう。

 寒い木枯らしで窓辺の雑木が丸裸に成ると、両翼をパッパと脇を小さく開閉して、クワッ、クワッと単発の声を発する。そんな姿見せをしてくれるのが、ジョービタキのメス・二代目バルディナさんである。美声とは程遠い、石を叩く様な単発の鳴き声である。それが火打石を叩く音に似ている事からして、火叩き→ヒタキの名前を頂戴したとの説も在るジョービタキである。

 信州より暖かい東京でのお目見得と云うのであるから、若しかしたら、近くまで来ているのかも知れぬ。渡り鷹として有名なサシバは、其々の縄張りで夏を過ごした個体達が、南帰行の為に信州の塩尻峠界隈に集結して、鷹柱を空に描いて上昇気流を掴んで南を目指すのだと云う。
 それと同様に、ジョウビタキなどの小さな鳥達もシベリア→朝鮮半島を南下して、海峡越えの為に集結して、風向きを読んで群れで海を渡って日本に来るのであろう。日本に渡れば、其々が決まった越冬の地を目指して、何日も掛けて飛んで来るに違い無い。

 人間で云えば、橋の無かった時代の大井川超えである。長雨で増水すれば、何日も旅籠逗留が長引くのであるから、水の川も大気の季節風の川も、厄介な物なのであろう。

 そんな事を考えて、関連事象を頭で反芻すれば、河川敷を歩けば、雀達が群れ飛ぶ姿、空に群れ飛ぶ鳩達もよく見掛ける様になった。ずーと姿を見せて居なかったシジューカラが、頻繁に庭に姿を現わす様に為って居る。窓辺の緑葉にばかり近視眼を向けて居ると、大きな物を見落として居た次第である。へへへ。

 晩秋・初冬・寒冬に進むと、少ない餌を求めて、ヒヨドリ、シジューカラ、キジバト、ジョービタキ、メジロ、ツグミ、シロハラ、ホオジロ、ウグイスなどが、其々の縄張りを縮めて来て、餌奪いのバッティング、バトルを見せながら、長い冬を越して行くのである。

  何百キロ、何千キロに及ぶ水平の渡り、何百メーターかの垂直の渡りも在る。

 お茶の時に、湯呑を転がらされ煙草がお釈迦に成って仕舞った。本日は昼散歩にして、煙草を買って来るとしよう。日頃の近視眼矯正に、長散歩をして自然観望をして来るべしである。

 久し振りに靴下を掃いて靴で出掛ける。曇天であるから、長散歩をするには好い塩梅で在る。気温の低下で、川の微生物も大人しく為って綺麗な物である。河川敷を歩くと、虫達の籠り勝ちな声が、細く聞こえて居る。純白のコサギが、私の歩きに応じる様に、低空飛行で飛び、降り、細い流れを歩いて、私が近付くと再び翼を羽ばたいて低空飛行をして、先に行く。そんな繰り返しである。

 未だ青味を残して居る穂が続く葦原には、姿は見えぬがホオジロのチィッチィッの声が聞こえて居る。サツキの植栽ベルトには、ハチ達が飛び去ったアシナガバチの巣の骸が幾つか見えた。矢張り、今年は蜂が少なかった様である。灰色のアオサギの姿も在る。欅の大木にも、紅葉が拡がって居る。

 河川敷から上がって、通りに出て途中で煙草のカートンを買う。風景は、田園に移行して行く。曇天の西にはアルプスのシルエットが続く。ぶどう畑に続いて赤い実がたわわに実るリンゴ畑が続く。稲の無く為った田の回りには、農家の畑が点在する。70代と思しき夫婦、男達が、畑の整理をしている。山の広葉樹にも、黄葉の色が見えて居る。

 橋を渡って、今度は山際の道を下る。山の斜面に小さなピンクの花を咲かせる草が在った。何本かを抜いて庭石の脇に植えたら、好い感じに為るだろう。適当な大きさの物を5~6本抜いて来る。

 時々、雲の合間から太陽が照り出すと、流石に暑い。長散歩には丁度好い。そんな事で、何人かの散歩者とすれ違う。軒下には、鳥籠を吊るしたままである。さてさて、真面目にテクテク歩きをして帰ると致そうか。残念ながら、ハコベのお土産は見付からなかった次第である。


心何処ーショート いやはや、寒いでゴザンス。
            いやはや、寒いでゴザンス。(10/13/12)
 昨夜は今シーズン一番の冷え込みの予報通りであったから、何やら背中から首筋にかけて<冷えの鈍痛>が在る。やれやれ、歳は取りたくない物。侘びしき季節の到来である。冷え込むと、矢張り庭の落ち葉が目に付く。

 昨日は頂き物の缶詰の中にホタテの水煮があったので、それとカニ缶を加えて飯を炊いて見た。インゲンも終わりである。それを見付けて、味噌汁と白采の漬け物と透き身鱈のあっさり系の朝飯とする。吾が身は縄文人の様な獣人の風体では在るが、上品に炊き上がって居る。しめしめ・・・老母からは、美味しいとの合格点を頂戴した次第である。

 放射冷却の寒さでは在ったが、こんな時は上天気に為る物である。朝食後は好きな番組が在ったので、お茶を貰いながらテレビ見をして居ると、町会長さんが赤い羽根募金の集金に見えられた。何回も、ご足労願うのは気が退けるから、序でに鹿防止策の募金も持って行って貰う事にする。

 色彩鮮やかにサイケデリックな南洋掛け軸4、アフリカチックなレリーフ画1、玄関鳥の鳥籠3が並ぶ玄関画廊である。

 町会長さんは、私の変人振りに圧倒された様子である。勢い面食らった感想が出て来て、ロートルオヤジ同士の飾らぬ話しが弾んで仕舞った。<是非、町会の展示に出品せよ。>との仰せでは在るが、描いたのは私では無いからご辞退申し上げる。

     Tのお迎えが在って、庭から甘柿を毟って来て、車の中で食する。

 Tはベスト着用である。スタバの二階席は、普段の入りで在った。何時もは暑いと感じる太陽熱では在るが、暖かい贈り物である。昨夜はネットで、中国海軍初の空母・<遼寧>の解説が在って、為るほど為るほどと聞き入った次第である。テレビで空母甲板に赤絨毯を敷き詰めて、国家主席ご臨席の下、盛大なお披露目式の映像が映っていた処でも在った。

 普通なら、目玉の艦載最新鋭のジェット戦闘機がバックを飾って然るべきなのに、それが無かったから奇異な感じを持って居た次第であったのだが・・・ウッシッシ!!

 解説に依ると、ロシア型空母はウクライナで廃艦と為り、内部を改造してカジノホテルにとの物を中狂国が購入して、大連港で空母に改造して居たとの事である。ロシアも然る者で、コピー大国に軍事機密のエンジン付きは罷り為らぬと、躯体だけの売買と為った由。 

 不幸中の幸いにして、未だ中狂国の技術力では自前のエンジン開発力も生産力も無いので、漁船型の馬鹿デカイエンジンを搭載したとの事で、過積載との事である。滑走距離の短い空母は、エンジンをフル回転させて速度を上げる事に依って『向かい風』に依る揚力を以って発艦させ、着艦に際しては甲板上のネットにフックさせる事に依って、オーバーランを防ぐという形態に為って居るそうである。そんな事で、世界の空母速度は30ノット前後に対して、中狂国速度は哀しいかな・・・19ノットとの由。

 そんな事で、空母で在りながら速度不足で発艦も出来ず、着艦も出来ず、空母にして空母に在らずの中狂海軍洋上豪華ホテルと為らざるを得ないとの事であった。加えて、ロシア戦闘機のコピー中狂空軍の戦闘機は、軍事機密防衛の障壁に依って、オリジナル戦闘機には遠く及ばない代物なのだと云う。

 似て非なる物の陰口の一つには、<張子の虎>なんて面白い表現も在った次第である。

 こんな解説を聞くと、吾が夢奇譚の主役・異界の女・ナターシャの出身国がウクライナで在った。スピードに拘る中狂国の新幹線は、平和ボケの日本から技術援助に依る物では在ったが、確か『世界特許登録』と息撒いては居たが・・・
 新幹線開通のアイドリング期間も経ずして、新幹線システムの余りにもの稚拙さで、敢え無く脱線、事故隠しの埋設、非難轟々の掘り起こしを演じた顛末は、記憶に新しい処でもある。

 尖閣反日デモは、官制デモと云われたが、映像に依って細部を点検して行くと、取り締まる警察とデモを指揮する一団が、同じ警察隊であった事が、中狂国インターネット網で暴かれて仕舞っているとの事である。

★何と何と!! 警察隊出動を前に、制服組と私服組が整列して、合同の出動記念撮影に写って居る写真がネツトに流れているとの由。

 まぁ、これは戯けロートルの雑学蓄積では、中国4000年の軍の伝統と見事に符合する。何しろ中国軍の本態は、借り出されたブッツケ本番の凸凹部隊である。内実は、有ろう事か・・・軍服と便衣を携行する兵士で構成されているのである。とどの詰まりが、戦闘が始まれば目敏く形勢不利と見れば、軍服から『便衣』に着替えてスタコラサッサの<戦って死ぬのは、阿保のする事アルヨ。逃亡の最大のチャンスあるよ。>の烏合の衆であるらしい。

 従って、血も涙も無い非情の征服王朝の倣いで、被征服民は悉く奴隷扱いである。<奴隷共、敵前逃亡許さないアルヨ。>の支配者正規軍『催戦隊』が、後ろから便衣兵目掛けて、容赦なく機関銃を乱射するのが伝統的軍隊指揮の実態と云うのである。

 依って、その伝統分析を試みれば、伊達や酔狂で4000年の伝統に拘泥する訳が無いのである。弱肉強食の殺戮の大地の伝統をば、硬く硬く護らないと、清朝時代の大版図を歴史既得権として主張出来ないのである。『強欲厚顔無恥の張子の虎国家』としたら、モンゴル時代の大ユーラシア国家の大版図を主張したいのであろうが、ロシアの強大さには、手足が出せないだけの事である。

★ニャロメ~。踏ん反り返って、何を餓鬼じゃ在るめぃし、大国・大人振って居遣がるって物である。

 ロシアもウクライナも、伊達にタタールのくびき・200年に及ぶ残虐辛惨の歴史を刻んで来た訳ではないのである。軍事秘密は頑として渡さず、高く売り付ける、買わせる。これは押し並べて、国家、商いの常道なのである。

 国民の国家観、歴史観、商観を涵養・導く側面を与っているのが、マスコミ、リーダー達の資質の一つであろう。日本国民の民度に則って、少しは観察眼を磨き為されや。

★一体全体、日本の指導者達は何を遣っとるんじゃい!! 当たり前の事を言って、何が右翼じゃい。こんな物ぁ、落語長屋の熊さん、八っつあんの土曜スタバトークの笑い話ですがな。二本差しが怖くて、銚子鰯の目刺しが食えるかってな物でしょうが。ギャハハ!!

 何しろ現役お払い箱のヤクザもどきの好色ロートルの二人であるからして、何かと忙しい現役世代に成り代わって、応分の使役を買って出るのが、日本人の務めと肝に銘じて居る次第なのである。違いまするかな。イッヒッヒ~!!

 さてさて、小便が漏れまするがな。この頃、トンと無用の長物と化した股間を二人して押さえて、階下のトイレに飛び込んで、連れションをする。外パッパのホームセンター経由のスーパーでの買い出しである。

「やぁ、今日も買い込んだな。大した調理人だぜや。こっちは、胃無しに枯れ爺っさだから、こんだけだぜや。」

「あいあい、手作り料理でもしないとさ、一日の時間割をこなせ無いんだわさ。嫌だ嫌だ。朝立ちピンピンなんだけどさ。無用の長物で、精々が寒夜のポータブルヒーターの役にしかなん無ぇやね。実態は、丸切り女だぜや。情けなくて、男としては忸怩たる思いでガンスわね。」

「それを言っちゃお終ぇよ。男はジッと我慢のボランティアさね。あい~。」

 いやはや、本日は真に多岐に亘る内緒の話を交歓出来て、些かお喋りが過ぎた様である。昼は腹一杯飯を食べて、陽気も寒い故に、ガッポリ昼寝でもしようか。


心何処ーショート いやはや、妖怪様は難しい質問を、下さる物である。
    いやはや、妖怪様は難しい質問を、下さるものである。(10/12/12)
 風が、めっきり寒くなった。ゴミ出しに行くと、西向かいさんに、ゴミ出しついでのご近所さん話の様子である。日当たりの中で、オバさんの家庭菜園のコショウ、ナス、キュウリ、トマトが整理、土耕しがされてあって、スッキリして居る。

 足腰の悪いオバさんであるから、杖を持って太い身体を椅子に座らせている。独り暮らしの小母さんの日常の話し相手は、お隣の老夫婦が親身に為って世話をして呉れて居る。週二回のデイサービスの車の見送り、出迎えにも欠かさず立ち合って居るのである。

 朝の<お早う御座います>の挨拶だけでは気が退けるから、へへへ、チョイと顔出しをして来る。

 朝の賄いをしながら、玄関鳥の世話をして玄関を掃く。さてさて、朝飯は何を喰うとするか・・・

 朝食後のテレビを見ながら、親子のお茶飲みをする。秋の陽が静かな庭の眺めである。本日金曜日であるか・・・先週のニュースでは、今週の半ば辺りに、党首討論との事であったが、『逃げの民主党さん』は、それをしないのだろうか。

 うるさ型の党内党・小沢党と袂を分かって、戦後民主主義の個人主義政党とは、ドジョウ総理に老猿貧相幹事長、イボいぼ官房長官の密議の結論が、野党への責任押し付けにして内実は逃げ菅・居据わりしがみ付きの菅露(甘露)の椅子の態でしかあるまい。

 この輩には、男のキンタマが在るんでしょうかね。所詮は<外国奨学金生の衰国の徒>でしかあるまい。

 内憂外患の諸問題に就いて、新党首の初仕事であるべき筈の<国民に向けての党首討論>を逃げて終う。その神経の根源や如何に・・・の政治不信を通り越して、『人間不信の気持ち』に為る次第である。民主政治で選挙で選出される国会議員先生達のレベルは、これ押し並べて国民総体のレベルにして鏡に映し出された国民総体の醜い姿であると言っても好かろう。

 二代三代同居の家族の紐帯(ちゅうたい)から、嫌な事・面倒な事は御免の個人的我儘放題を是認するかの様な、核家族化・個室化が普通の日本の風景に為って久しい物である。日本国全体が情け無しや、血の絆も崩壊を進めて帰属意識が薄れて仕舞った物である。帰属意識の薄れは、国会議員にも及んで国家観を喪失した市民党が政権の座に座って施政をすれば、このザマである。人の世界をピラミッドに準えれば、底辺の礎石家族が崩壊すれば、その上の社会が崩壊する。社会が崩壊すれば国家が崩壊するのは、構造上の必然でしかあるまい。

 その後のお隣同士の殺傷沙汰の報道は知らぬが、家族の紐帯を失った老境の独居暮らしが、人間の精神・行動に如何に<歪さ>を与えるかの一つの証左には違いあるまい。

★紐帯を字引きを捲れば、帯転じて、血縁・地縁・利害関係など、社会を形作る結び付きを意味するそうな。流行り言葉で言えば、『絆』でも在りましょう。

 ヤオヨロズの神々の住まいし大和アキツシマの神道に則れば、お神社さん天照大神の鎮座為される本殿のお賽銭箱の上には、祈願成就の鈴鳴らしの撚り綱・紐が垂れている。

 一説によると、家族の様な国家建設が日本の国造りの本旨との事であるからして、鎮守の森の中のお神社さんは、大和民族の源・子宮に値する物で母神たる天照大神とその子大和の民原は、一腹の子との事で有り、母と子は紐帯=臍の緒で結ばれているとの由。

 共同体も伝統的な血縁・地縁の紐帯が、経済と云う利害関係に重きに集中して来ると、窮屈な血縁・地縁を回避して、利害関係を主体とした共通利害の共同体に変化して行く。これを称して、神仏、お化け様もご退座願った『ボーダレス、グローバル現代物質文明』と呼ぶそうである。

 組織・共同体が経済効率・成果に進めば進むほど、管理する者と管理される者との力の差は歴然となる。圧倒的多数の成員に命令を下すのは企業で言えば社長である。組織が巨大に為ればなるほど、その取るに足りない個人は歯車の一部分にしか満たない『無味乾燥・社畜の存在』である。

 敗戦国日本人は、個人の尊厳を唱って家族制度から西洋風個人主義の解放を与えられた。云って見れば、西欧風個人主義の謳歌の過程で、家族の紐帯・社会の絆から、別次元の経済至上主義とする利害関係集団の国家へと邁進して行ったのであろう。血縁・地縁に依る窮屈さからは解放されたにしても、人間社会に共同体が必要不可欠なものである以上、人間には窮屈さが付き纏うのは<社会性の動物としての宿命>であろう。

 浪花節、温情、人道の矜持・・・etcの父母の代までは、色濃く残って居た日本的心情・情緒の価値観をセミ・蝶の如く、あっさりと脱ぎ捨てて、我利我欲の畜生道にひた走って仕舞った感すら生じて来る昨今の世相である。

 所詮云って見ても始まらぬ思いでは在るが、個人主体の核家族化の下での<高々30~40年の社畜の窮屈さ>と老後の独居の無縁社会と、伝統的社会のどちらが住み良い社会・国家なのか・・・敗戦後の社会・国家実験の正否が、其処彼処に問題提示して居る様な感じがして為らない次第である。

 へへへ、何しろAV・80歳の親子の世相ヤブ睨み生活である。老母様の質問に倅として応えるのにも、大変な物である。

 毎日が日曜日の生活である。またまた、出任せ放題の話で、長居をして仕舞った。ペースが狂って終ったから、午後からの仕切り直しとするしかあるまい。さてさて、老母の薬でも貰いに行って来ましょうかね。

 嗚呼、健忘症は辛いでアリンスわ。途中で薬袋を忘れて、再スタートである。

 風が吹き続けて居るから、風が冷たい。帰って薬を渡し、本日日誌を打って置くと致そうか。

 変な切っ掛けで、硬い話を打つ羽目に為った。やれやれ、脳細胞が酸欠状態に達して仕舞った。息抜きに庭から柿の実を二つ採って、廊下の椅子で日向ぼっこをしている老母に渡す。アジァジァ。大分熟して来たが、私の方は半分渋い。


心何処ーショート 秋ナスにツマグロヒョウモン
       秋ナス嫁に食わすな、ツマグロヒョウモン。(10/11/12)
 ええと、何なに、50円切手を貼って出せであるか。これは昼にして、庭の残りを片付けて汚れた後は、風呂に入ってさ・・・洗濯をすれば良かろう。郵便局経由で、偶にはパン屋のパンでも買って来て昼飯とすれば好かろう。

 朝食後は、塩出し日蔭干しをした本瓜を、粕漬けのタッパを一つに纏めて、粕に砂糖を加えて漬ける。白菜漬けもタッパに入れて冷蔵庫に収納する。

 動く時は、纏めて動くのが肝要である。長靴を履いて軍手をしてチョイとスコップを動かす。寝具を日光浴から取り入れて、洗濯物を干す。風呂を母に譲って、その間に、散歩稼ぎのトコトコ歩きをして来る。無風の青空である。Tシャツの格好であるが、それでも暑い位である。

 ザクロの赤、柿のオレンジ色が、晴れ渡った青空に好い眺めである。裏道を通って、畑の様子を見て行く。<秋ナス、嫁に食わすな>の季節である。夏を過ぎて、小ナスが一杯に実を付けて居る。流石に農家の手に依ると、真似事菜園とは雲泥の差である。稲刈りの済んで久しい田んぼには、刈られた下から若芽が出て居る。

 おやおや、タテハチョウのツマグロヒョウモンが二匹居るではないか。黄土色の地に黒の豹紋模様、上羽の上部には黒と白のラインを持ち、下羽の縁には暗青を持つ。シックでお洒落な蝶である。

 草叢には、腹のぷっくり膨らんだカマキリが静止している。この時期、カマキリが好く目に付く。アスファルトの上で、何が動くものやらと見れば、大きい方のアシナガバチの交尾である。交尾は盲目の最たる物ではあろうが、踏み潰されたら一巻の終わりであるぞよ。オスは交尾後は短命。メスは、来シーズンの女王陛下。ハチ族にとっては、掛け替えのない<大事な身>であらっしゃいまするわね。

 帰り道、路傍にハコベの柔らか緑を見付けた。玄関鳥のお土産として、一掴みして行く。

 それにしても、好いお天気さんである。昨日からロートル母子待望の<相棒>が始まった。昨日は初回であるから2時間枠であった。早速、老母から『犯人は誰か、ストーリーの展開や、如何に』のご質問が、早々に有った。
 ストーリー展開が、何処と無くアガサ・クリスティのオリエント急行殺人事件に似た雰囲気だったので、大体の見当は着いた。

 それにしても、賀来千香子さんは、線は細い物の・・・呆れるほどのダイコンさんである。

 ストーリー展開の布石のキーワードは、これとこれとあれ・・・まぁ、ダイコンさんだから、先走った演技をして墓穴を掘るから、まぁ、見ていなよ。何で、あの程度の女に人気が在るのか、俺には分からんわさ。

 昨日のニュースとしては、1・5mの通り一本を隔てただけの隣同士の86歳元警視が62歳女を斬り殺して、首吊り自殺との事であった。前に、ピアノ騒音殺人事件と云う物も有った次第である。

 人間同士は、虫が好かないから始まって、それが高じて感情に火が付くと、諍いがトコトンの処まで行ってしまう。怖い話では在るが、人間同士の好き嫌いには等しく<そのベクトル>を持っているのも事実である。

 家の前まで来ると、斜向かい吟さんの車である。ガレージのシャターを上げて車からペットボトルのお運び中である。お孫さんのメダカ飼育水の為に、穂高の湧き水を汲みに行って来たとの事である。何本かの水は、コーヒーに使うとの事である。

 何かと忙しいらしく、この頃はすっかりご無沙汰の態では在るが、何やら吟さんは、この処、一気に老け込んで仕舞われた感じである。別段体調が悪そうでも無いし・・・

 加齢と老いの相関関係は、一定勾配の直線を引くのでは無く、一定の年齢域でゴッソリと老け込み勾配を来す物なのであろう。

 六十代前半はマダマダ若い、それが70代半ばに差し掛かると、ガクンと来る。80代に差し掛かれば、尚更なのである。80代後半と60代前半の男女が、互角に立ち合っては、とんでもない結果を齎せる。肝に銘じて、吾が加齢期への指針とすべきとした次第である。何れ現代社会学の一例として、語られる事が必至の事件で有る。

 此の事件は、警視庁特命科・杉下右京警部の真相解明を参考としたい物である。


心何処ーショート へへ、本日も好い汗を掻いた。
          へへ、本日も好い汗を掻いた。(10/10/12)
 シジュウカラが鳴いている。部屋の中は肌寒いが、太陽の反射熱が暖かい。網戸を開けて、南天の緑を見る。物干竿に吊るした鳥籠を四畳半に持って来て、幼鳥達の成長具合を観察する。嘴の根元の黒が退色し始めている。それでも、相変わらず餌強請りの騒々しい声を立てて居る。

 昨日漬けた白菜も水が上がって来たし、本瓜の塩漬けの塩抜き具合も、朝食時の味見で大分塩が抜けて来た。美味い奈良漬が食べたいから、水分を取る為にネットの干し籠に入れて、物干し竿に吊るした次第である。

 朝は雑キノコのアミタケを味噌汁としたが、リコボウと比べると味、野趣の風味が、断然に薄い。アミタケは干して使用すると、コクのある風味が出て来るキノコと云って良かろう。例を出せば、生シイタケと干しシイタケの違いと云って良かろう。

 そうそう、貧民簡単料理の紹介でありまする。残り物整理でチンゲン菜、アゲ、ウインナーを油で炒めて食したら、老母の箸が進んで居た。昨日は、地物青唐辛子(此処では、コショウと呼んで居る)が、一杯入って1袋100円で売って居たから、自家製特辛味噌の仕込みとする。へへへ、これも賄い夫の季節の恒例である。

 3袋買って来て、その半分を刻んで削り節・砂糖をたっぷり入れる。それを油で充分に炒めて、たっぷりの味噌を加えて<香ばしい焦げ味>が出来るまで炒める。それに調理酒・みりんを加えて更に焦げ付かない様に炒める。それを1週間ほど冷蔵庫で寝かせると、『自家製特辛味噌』の完成の運びと為るのである。

 本日も、残り半分の青唐辛子があるから、新鮮な内に仕込んで置かねば為るまい。然しながら、刻んで炒める際に、濛々と立ち上る辛子成分の強烈さと言ったら、小川ローズの<オオ猛烈~!!>のお色気の比では無いのである。換気扇をボンボン回しても、目は痛いし、ゲボン、ゲボンと咳き込んで大変な騒ぎなのである。

 昨日は出来たてのホヤホヤのヤツを夕食の食卓に出して、味噌に一切馴染んで居ない<刺々しいまでの辛み>の試食を老母に強いると、相手は妖怪様である。本の真似事、箸の先に取って、熱々の飯に引き伸ばして口に入れた。

『ウワッ~、辛い~。』とお茶を飲み干して、お茶を継ぎ足して居る。へへ、ザマァ、見遣がれってなものである。ギャハハ~!! 自画自賛では無いが、これが冷蔵庫で低温熟成すれば、唐辛子と削り節エキス、味噌の円やかさに馴染んで来る。そう為れば、何処に出しても男の手作りと<珍味の評>を獲得する代物なのである。何事も、家計の経済は、工夫次第なのである。
 
         老母様が懐かしそうに、こんな話しをしてくれた。

 何かと人使いの荒かった横着者の継母だったが、料理はマメで上手だったとの事である。その継母が季節に為ると、紫蘇飴をカメに大量に作って呉れた。勿論、買いに行かされるのは、母であったそうな。何も無い時代の子沢山。箸で手繰って食べるのが、子供時代の楽しみだったと言う。

<庭には毎年、紫蘇が一杯生えるんだから、遣って見たら。>のお言葉であった。

 ほぅ~、為るほどねぇ・・・ 男の私には、毎年、厄介な赤紫蘇ばかりが居据わって居る吾が家では在ったが、母にはそんな思い出満載の赤紫蘇への想いが在ったのである。そんな事を聞くと、それで紫蘇に就いては、梅漬けの具は元より、炒め味噌を紫蘇の葉で包んで食べると、美味しいよとか、何かと紫蘇の食べ方を口に出して居たのである。

  人間、物には其々の思い出と想いが、秘められて居ると云う事である。

 好い話を聞いた物である。本日のブログ日誌のネタにすべしである。そんな事を打ち始めて居ると、廊下から重量級のドタドタの足音がして、八畳から弟が入って来た。

「おうおう、久し振り。そろそろ、電話をして顔でも見に行こうかなんて思っていた処さ。」
「そうずら。★荘に頼まれて、土間コン打ちに来たんだ。丁度昼だから、婆さんの顔見ながら、此処で昼飯さね。」

 男兄弟は、シンリンオオカミの兄弟見たいにじゃれ合うのが、エールの交換である。粕漬けの漬け物・キノコ汁・『特辛味噌』を出して遣ると、グイとばかりに箸を出して、

「おっ美味いじゃないか。この位の辛みなんて、まだまだ・・・ウワァ~、オエッ、Rちゃ、これは未だ早いぜや。何時作った。」
「作りたてのホヤホヤで、昨日さや。参ったか。馴染めば、逸品に格上げだぜや。あい~。」
「そうズラ~。本当に表情も変えずに、悪戯こいて、俺の兄貴はとんでも無ぇに兄ちゃんだぜや。婆さん、何か言って遣れや。」
「昨日、騙されて食べさせられたよ。アハハ。」

 弟の処も、仕事が薄くて大変だとの事である。その後の話をして呉れて、人出が少ないから、11月に成ったら、安工事の白骨温泉のホテルの露天風呂造りの仕事が在るから、<庭師のセンス>を貸せとの事である。弟も、全てを失くして一生懸命に男の意地、生き様を貫き通して居るのであるから、二つ返事でOKを出す。隣班の民宿旅館の工事であるから、お手伝いに行って来る。

 まぁ、兄弟話をしながらの肉体労働であるから、本日の散歩代わりと云った処である。

 景気の好かった頃の弟のクルーザー仲間の★氏も、癌で片方の肺を2/3切除したとの事である。還暦を過ぎれば、人間の長年の膿が出て来る物なのであろう。私も如何なるかは分からぬが、『唯一つの取り柄が、小心者の生真面目人間』であるから、その辺りの処は、お天道さんも、ちゃんと考慮に入れて下さっているのだろう。

 今の処、違和感・異常も自覚し無いのであるから、幸せと思う他ない。この歳に為れば、総べからずボランティア精神で天国直行便を待つのが、市井の義理である。

心何処ーショート 実に好いお天気さんである。
            実に好いお天気さんである。(10/9/12)
 娑婆の三連休が終わって、秋の好いお天気さんである。ゴミ出しをして空に浮かぶ白雲の清々しさと、草木の緑に混じる黄葉への移行に確かな秋を見る思いである。土と太陽に恵まれたのであろう差し芽のミニトマトの家庭菜園には、今もって赤い実の鈴生り状態である。

 シュンギクも何度も千切られて、好く働いて呉れた物である。ミニトマトとインゲン、チンゲン菜を採って、朝の食卓に載せる事にする。本日も好いお天気さんであるから、夏の日陰から秋の日差しの差し込む二畳小部屋の西側栽園の土に鍬でも入れて置くとしようか・・・
 玄関鳥の世話をして、ミニトマトを二つ割りして、キリギリスケースに入れる。鳴いて呉れないメス二匹のケースではあるが、廊下の日向の中で、二匹は生きている。

  物臭男には違いないが、何かをしなければ一日は進んで行かない物である。

 身欠きニシンを焼いて、唐辛子を振って昆布と甘辛く煮締めたタンパク質を、老母の納豆飯の上に載せて遣る。<スイマセンねぇ。>とニコニコして有り難がって居る。食の細く為った老母は、納豆も半分しか食べれない。当然に軽く盛った一膳飯である。漬け物に味噌汁。へへへ、丸で子供の様な仕草と笑みである。

 朝食後の老母とのテレビ見では、教育テレビではキノコの話をして居た。<好い天気だから、キノコでも採りに行ったら。>のお言葉である。<キノコ採りの季節かいな。鹿位だったら良いけど、猪、熊と出っ食わすのは御免だよ。もう反射神経は、鈍く為って居るからさ。アハハ。>と言って置く。

 さてさて、老母のご機嫌伺いを済ませて、鳥籠を持って自室に戻る。PCをONにして、昨日打ち始めた短編の出だし部分を読みながら、文章を付け加えて行っていると、ガス屋さんの集金である。

 会社の跡取り息子の髭のブロンソンさんは、三連休は犬を連れて山の公園にハイキングに行って来たとの事である。其処で雑キノコのリコボウを何本か採って来て、味噌汁としたとの事である。兎に角、長かった今夏である。そして気付けば、秋の風景なのである。

 この頃は絵描きをすっかりサボって居る次第であるから、時事放談のオヤジタイムと為って仕舞った。へへへ、お互い誰憚る事の無い民間人であるから、話のツマは如何しても、政治批判、役人批判に向いて仕舞う。

「野郎共、ノテで仕事嫌い。ひっ弛んで居るにも程が在る。公務員の数は、半分にしてもお釣りが来ますわ。」

 ブロンソン氏は、役人嫌いである。業者の研修で二時間ほどの講習に役人を招き、その後の懇親会、一流ホテルにお泊まり頂いて、翌日は上高地にご案内して、お土産を持たせて帰って頂くのが<通例>との事である。

 それにしても、公務員の色事不祥事が、三面報道を飾る昨今である。『余程、暇をして居ると云うより他無し』の公務員天国なのである。中には年間裕に1/3強の釣り三昧で、テレビ出演を何度もこなす<釣り師>も居るそうである。

 景気の悪い今に、公務員の勤務密度・評定・定員をを民間並みにして置かないと、ギリシャの二の舞に為るとのお説である。

 政治の頂点に居るのは、国会に長々と『取るに足りない街頭演説』を持ち込んだドジョウ総理である。<決められない政治からの脱出>を、馬鹿の一つ覚えの様に唱え、<近い内解散>の嘘も、政治方便の口約束を盾に取り、ニコニコ握手外交。喉元過ぎれば『生命取り解散』を重々承知して居るから、奇弁で逃げ捲り『給料盗りの鵜合集団』の中に居据わり続けるのが民主党流儀らしい。

<フザケ遣がって、ふざけ遣がって、この野郎!!>のオヤジ二人の遠吠えである。格好付け、遣って居る振りだけの<議員バッジの私物化闊歩>をしているだけの『父チャン小僧のザマ』なのである。

 遺憾いかん・・・こんな下衆の世情ヤッカミ批判をし始めると、オヤジ談議はヒートアップして仕舞う物である。

 さてさてと、エコバックを持って個人スーパーまで、徒歩で買い出しに行って参りましょうかね。その後は、チョチョイと土起こしでもして置きましょうかね。ノーベル賞も日本にもたらせて頂いたのであるから、日本人の端くれとして、身の丈に応じた謹厳実直の努力はしなければ為らない。これは、日本人の務めでもあるからして・・・

 下駄を履いてブラブラ行って来る。白菜を漬け様と2玉、それに特辛い味噌を仕込んで置こうと考えた。地物の雑キノコが出て居たから、味噌汁にしよう。果物、野菜を買って、重い重い帰りである。脳足りん男は、体細胞を維持するのが務めである。漬け物と味噌を仕込んで、果物と野菜の昼食として、さぁ、一発肉体労働でして雑念を払うと致そうか・・・長靴を履いて庭に出る。

      ははは、婆さんは廊下に座布団を出して、長々と日光浴である。

 一時間半強の庭弄り、スコップでガッポリと土返しをした。畝の溝には晩秋の落ち葉を溜めて、土の栄養分とする心算である。本日の運動量には文句はあるまい。遣り始めると区切りの好い処まで、我武者羅に遣らないと気が済まない性質である。

 へへ、本音は大分疲れたから、一休みして晩飯の用意をすれば丁度好い。これも小編のネタ稼ぎでもある。人間身体を動かして、汗を掻くのが一番の体細胞の活性化である。


心何処ーショート 嗚呼、一日を棒に振った為り。
            嗚呼、一日を水に振った為り。(10/8/12)
 庭掃除をして、立ち枯れして来た紫蘇を引き抜き、些かの草むしりをして、朝飯とした。本日・体育の日、好い天気に為って来た物である。鳥籠を軒下に吊るして、昨日に引き続いて修理を一つする予定である。

 昨日は、駄目だと思って居た物が、寝そべってよくよく見れば、ネジが緩んで居ただけの事であった。何事も、その気に為って覚悟を決めて掛ると、単純な事で終わる。

 老母には、すっかり<修理屋さん>だとおチョクられて仕舞った。ふん、生意気に・・・と思ったから。

「あいあい、俺ぁ不器用だから、家族の修復は出来無ぇが、ネジの緩み位は出来らぁね。」
「人間には感情が在るからね。でも、物には感情が無いから、素直な物だ。」

 と来たもんだ。糞っ垂れが、生身の人間じゃ、妖怪様にぁ、逆立ちしても敵いませんやね。

 さて、風呂の水の出の復活に向けて、性根を入れて再挑戦して見るか。何しろ、修理屋さんと煽てられて仕舞えば、成果を出さなければ『男の涸券』に拘わる。修理道具を用意して、外の不凍栓を閉めて再挑戦である。外せる所は外して、針金を押し込んだり、磨いたり、開閉ハンドルをチャカチャカ回したりして、再び組み立てて通水をするが、ナンジャラホイ・・・一切、効果無しである。今度は、配管経路を辿ってバブルのチャカチャカ・・・

 バラしたり組み立てたりで、器具の動きを観察して居ると、大体の仕組み、連動が分かって来る。こんな時の『自己暗示』は、<俺は馬鹿じゃ無いんだ。人間の遣る事であるから、論理の糸で結ばれ、相互に連動して居るまでの事である。数学は赤点ではあったが、中学までは5じゃい。理屈で考えれば、如何にか為るだろう。>である。

 理屈で考えれば、針金クリクリで水圧で<詰まりぶっ飛ばし>で行くしかあるまい。此処まで来て、スゴスゴ退散だと『コンプレックスの囚われ人』に落ち込んで仕舞うのが、人の常と云う物である。何しろ、吾が身はガラスの神経にして、蚤の心臓なのであるからして。

 何度目かの通水で得た結論は、内部詰まりの<一気飛ばし>である。両の止水ボルトのネジを緩めて行く。プシュと迸り出た水はボルトを除去すると、水道管破裂の勢いで、堪った物では無い。あっと言う間に、全身びしょ濡れである。

 浴槽には、細かな砂が見える。1+1=2の世界である。そりゃそりゃ、此処まで放水を浴びれば、如何って事も有らすか。そんな事で、怯む俺様じゃ無ぇや。水が怖くて、水泳が出来るかい。不浄根を吹っ飛ばせ。いやはや、浴室は凄まじいまでの水噴射である。俺ぁ、遣る時は遣るんじゃい。コンニャロー、掛って来い。未だじゃい。上等じぁ無ぇか。

 おお、冷たぇ。この位で好かろう。不凍栓を止めに行く。浴槽には、細かな砂が結構見える。濡れた衣服を洗濯機に入れて、パンツ一枚で量調整の仕組みと為って居る二本のボルトを捩じ込んで、再び通水をして来る。蛇口から水を出すが、乏しい。左右のボルトを緩めながら調整をするが、効果は芳しく無い。シャワーの方はと見ると、此方は水量が断然回復して居る。

★奇妙じゃ無いのさ。理屈と処方は合ってるのになぁ・・・ コリァ又、何かの祟りかいな・・・とほほ為り。

 風呂に入らなければ風邪を引いて仕舞う。洗濯機の蛇口からホースで浴槽に水を張って、風呂を沸かす。その間も、風呂蛇口から水を出して置く。

★やれやれ、<一日を棒に振る。>と云う言葉は慣用句ではあるが、私の場合は<一日を水に振った。>様な物である。勇んで再挑戦に挑んでは見た物の、惨めにもノックアウトである。いやはや、完全にトラウマ状態である。

 風呂に入って、出るは嗚呼の溜息・・・ではあるが、シャワーに回すと、出が好い。一応、理屈は功を奏したと云う事か・・・??? 然すれば、砂絡みが原因であったから、それが吐出すれば、水の通りが改善されるの図式である。絡み個所を目視出来れば、万々歳の処ではあるが、<一応、手順を覚えた>からして、今度は、合羽を着て遣れば、何回か遣って居る内に、サイコロの確率であう。厄介な引っ掛かり、絡みも吐出の可能性大に違いあるまい。

★長生きの秘訣は、成功すれば自画自賛。不成功に終われば、気休めと自己介護で逃げるが勝ちと云う物である。

 何はともあれ、シャワーが使える様になったのであるから、良しとすべしである。

心何処ーショート へへへ、生き物の基本は、同じか・・・
         へへへ、生き物の基本は、同じか・・・(10/7/12)
 好いお天気さんであるから、寝具に日光浴をさせて遣ろうか。朝食後は台所仕事を終えて、昼はパンにして、夕方までは何もする事が無い。玄関鳥を軒下に吊るして、真面目に廊下、トイレの拭き掃除を始める。へへへ、相撲取りみたいなロートルが、真面目に膝付き仕事で、セッセとするのであるから、本当に汗を掻く。

 ははは、そんな事を終えると、お天気さんが下り坂と為って仕舞った。行楽さん達には悪い事をして仕舞った。昼ではあるが日が陰ると、矢張り部屋の中は肌寒い。

 まぁ、良い運動に為ったのであるから、散歩はしてもしなくても好かろう。娑婆は、三連休の中日・日曜日である。四畳半定位置に座って、極薄アメリカンで一服を付けながら、ラジオを付ける。外ではシジミチョウと黄チョウ、二組のランデブーが飛んで居る。光の中のチョウと光の陰った中のチョウとは、気分が丸で違う。気持ちが<好い>だろうなと<寒い>だろうなの違いは、可哀想な位の差である。加えて風である。

 日曜日のラジオ、テレビは面白く無い。目の対象に軒下から、ファミリー籠を持って来る。すっかり大きく為った子供達である。子供達は、親鳥よりも二周りほど小さい。体色は、くすんだ灰茶の形ではあるが、餌拾いも、水飲み・浴びも出来掛って居る。

 一日5~6回の未だ餌強請りの<煩い大合唱>を続けている次第ではあるが、黒い嘴の色が褪めて、肌色から朱色が拡がって来ると、羽毛にもオスメスの違いが現れて来る。その頃に為ると、子供達は巣分かれの時期を迎えて、親鳥に追い立てられる存在と為る。

 二周り大きな籠を買って来たから、独り立ち出来れば何時でも広い籠の中に行ける。広い籠で、信州の長い冬に向けて大いに逞しく『成鳥』と為れば好い。夏の最中に生まれた子供達であるから、寒さは苦手なのだろうか?  子供達は三匹揃って藁巣の中に入り、余裕の出て来た親鳥は、止まり木で夫婦の体の寄せ合いをして居る。

 それを藁巣から、子供達が顔を出して見て居る。親は威厳が在って、子供達は親を尊敬する様な眼差しで、親のする事を見て居る。

 親が動けば、子供達は親の元に行き、親のする事を真似て餌を拾い、水を飲む。それでも寒さを感じるのか、直ぐ様、藁巣の中に入る。そして、巣の中から餌強請りの声を出して、親を呼ぶのである。

 親の世界に追い付こうとする気持ちと、子供同士の温い藁巣の中の兄弟付き合いの往復を繰り返して居る。若しかしたら、成長期の段階で<一番の脳発達期>が、この時期なのかも知れぬ。自分の子供達の幼き時期を籠の鳥ファミリーの光景にオーバーラップして、頷き、苦笑いをしつつ、頭の中を走馬灯の様に<半世紀前の色んなシーン>が、彷彿とされて来る次第である。子供三羽と為ると、父親に付く者、母親に付く者と子供達の性格も在る様子である。

          いやはや、小鳥も人間も、違いは無い物らしい。

 さてさて、夕食のオカズ作りでも致そうか。マイタイム夜の部は、小編の切っ掛けも出来た故に、何行か打ち始めて置くと致そうか・・・


心何処ーショート 終日の肌寒き曇天日なり
             終日の肌寒き曇天日為り。(10/6/12)
 朝から幼鳥達の声が凄い騒ぎである。昨夜は流石の寝不足で、早く床入りをした。熟睡中の処を、バサバサと玄関鳥の大パニックで蛍光スタンドを付けて落ち着かせて寝た次第である。

  やれやれの段ではあるが、動物を飼って居る身では仕方の無い事である。

 未だ早いが起きると致そうか。本日薄曇りの寒さである。庭を見ると黄色の百日紅の落ち葉が数枚見える。庭に自生する長芋の葉にも、黄葉が始まっている。家庭菜園のミニトマトの赤い実は、毎日ウンザリするほどの実りではあるが、散歩時には柿の実が色付き始め、カシクルミも落ち始めている。暑さが無く為ると、梅雨時の晴れ間に夏が出現するのと同様に、隠れて居た季節が突然姿を現わすと云う現実である。

               何と云っても10月なのである。

 熟睡中断の憎き幼鳥籠を持って来て窓辺に置き、四畳半の空気の入れ替えをすると、おやおや、鳥籠にカマキリが張り付いているでは無いか。五里霧中の以上の漆黒の闇???得体の知れないパニックの元凶は、蟷螂(とうろう=カマキリ)の斧、斧音に依るパニック連鎖なのだったのだろうか。真相は、不明である。

 まだまだ、動くには早過ぎるから、庭の柿の実でも捥い出来て、味見でもして見ると致そうか。

 縁側から庭に下りると湿気った地面には、ミミズが地面に出て来てチョコチョコしていた事を示す土の糞跡?が沢山見える。庭の雑草と化した紫蘇の葉にも黄葉が進んでいる。信州の冬は、早くて長い。秋はその訪れを、はっきり自覚させるものである。特に曇天の薄寒い朝の草木の露の静寂さは、尚更の事である。

 青葉の中に在る柿の実にも、色付きが始まっている。それ等は、未だ幼い黄橙の回りである。その中の、色の濃い物を一つ捥ぐ。握ると、確りと硬い。太陽の無い朝は、寒い。いやはや、侘びしさ募らせる朝の風景である。お天道さんは、望めないお天気さんである。

            今日はチョッキでも着るしかあるまい。

 柿の実を手で拭いて、未だ硬いな。それでも甘柿であるから、ガブリと行く。仄かに柿の香りがして、口中に柔らかな甘味が拡がる。うん、家の柿の味がした。

 昨日の回覧板では、有害獣への防護柵設置で一所帯1000円の徴収との事であった。長野県もニホンシカの大繁殖で、山は荒らされ麓の農作物被害も大きいとの事である。
 私も散歩時に鹿を見た事も在るし、雪の里山には無数の鹿の足跡を見付けて、鹿の多さにビックリした物である。そして、昨日のニュースの最大トピックが県都・長野市の繁華街にクマ出没。警察と猟友会出動で、熊を河川敷きに追い込んで射殺したとの事であった。

 過日のひまじんさんブログでは、弥生人奥さん待望の収穫日の朝に猪除けのネットを突破して、猪集団に一本残らず収奪されて仕舞ったとの事であった。薪ストーブの焼き芋の当てが外れて、<おのれ、憎き猪めが>の縄文人・亭主の思いが、淡々と綴られて居た次第であった。

 私は山の遠景しか見て居ない次第ではあるが、熱暑・猛暑・残暑の兎に角・・・長夏の今年の夏であった。同様の耐え難い長夏に見舞われた昨々年の秋には、軽井沢、諏訪で同様の熊騒動が在った。見た目には変わらぬ山並みの緑ではあるが、熱波に晒され続けた山の幸は、殊更に薄いのであろう。

 閉じ籠りのラジオばかりに耳を傾けて居ると、昨今の温暖化と気流軌道の変化と相俟って、自然界は大変な事に成っているらしい。山の実りが薄いと冬眠中の熊も新陳代謝が高く為って、腹が空いて仕舞うとの事である。そんな事で仮死状態の冬眠が上手く作動し無いので、空腹に目が覚めて仕舞う。そう為ると、中々冬眠モードに再スイッチが働かなく為り、食物を求めてうろつき始めるとのお説であった。

 お説ご尤もである。人間だって、深夜の空腹には、台所をうろ付いて空腹を満たす行動をして、再び寝ると云うのが<自然の成り行き>なのである。

 俗云う処の<行儀の悪さ>なのではあるが、食料に恵まれた人間と違って、野生界では死活問題なのであるから、のこのこと自然界の動物が人間界をうろ付き回れば、ズドンと猟銃で仕留められて仕舞うのである。動物相手に、話せば分かるとは云えないのが人間社会。自然保護の見地からすると、捕えて自然に帰す事が長い目で見ると、大きな意味での自然界の食物連鎖の循環策との事らしい。
 然りとて、増え過ぎた鹿、猪、兎を狩って、自然界に君臨する肉食獣は、存在しないのである。日本狼が絶滅して仕舞ったのであるから、ヨーロッパの様に、灰色森林狼の復活策を講じる必要も有ろうと思われるのだが・・・

 総体で見るとそうではあろうが、問題を個別の個体と捉えると、個体には学習効果が備わって居るから、安易・安全・美味の味を占めて仕舞うと、その味が忘れられず常習へと移行して仕舞う。そう為れば、常習者は人間に対する有害鳥獣と云う名の下に、数量規制の対象と為って駆除されるのみである。

<情けは、人(相手)の為ならず>では無いが、情けのブーメラン効果の時間幅の捉え様では、情けは相手に対しても、自分に対しても、碌でも無いブーメラン効果を齎す物であろう。
 中国・韓国に対して日本人への同様な情けを掛ける事が、良いのか悪いのかは、猪、鹿、熊被害同様の災いのブーメランであろう。尖閣の海で、話せば分かるのアナウンスも、放水合戦をして居ても、腹を空かせた猪、鹿、熊は、味を占めてうろ付き回るのである。

 前代未聞の一所帯1000円の防護柵設置、猟友会出動の熊射殺が、『情けは為ならず』の意味を教えて呉れて居る様である。へへへ。

  自転車通学の高校生達もブレザー姿である。さて朝を始めると致そうか。

                 ・・・省略・・・

 さて、スタバ・トークのお誘い電話である。来週には若鳥の隔離が必要であろう。本日は、籠を買って来るべしである。自家製粕漬けを少量ビニール袋に入れて、柿の実を二つ取って、Tの車を待つ。

 柿を渡すと、どれどれと食べ始める。コーヒーを待つ間、フロアの書店新刊本を見ると、やはり中国関連の本が何冊も並んで居る。値段を見ると1500円以上もする。買うのかとTに冷やかされる。

「俺はさ、単純馬鹿だから、そんな物を読んだら、即洗脳でさ。自分の文章が打てなく為っちゃいまするがな。勉強は学者さん、評論家さんに任せときぁ好いんだわさ。俺ぁ、自分の思い付きで好き勝手に打つだけの事さね。パスパス。」

 本日、久々の大繁盛で二階席の壁際席は満席状態である。窓際のソファ席である。

 遅々として進まない外交、国内政局であるからして、扱き下ろし、噛み付き放談も出来ずに、T曰く・・・<口で四の五の言ってる時期は過ぎた。賞味期限が切れりゃ、廃却処分しか無いだろう。撤退して、他のアジア展開して行くしかあるまい。分かり切った事しか、人間の選択肢は無いわね。あーだ、こーだと喰っちゃべって居ても、事態は進展し無いぜや。民主党三年間の政治の果てが、田中真紀子じゃ仕方無かんべや。あい~。>で一件落着の態であった。
 
 へへへ、一切異存はゴザンせん。日本国民が、現民主党を選んで仕舞ったツケを払わされている図式なのであるから、『忍の歯軋り』には違いあるまいが、一度遣らして見なければ結果が出ないし、その正体も見えて来ないのが、一般大衆の浅はかさにして、切ない処なのである。政治家の先生達は優れた人材と勝手に思い込んで<買い被り>をして、蓋を開ければ、逃げに特化した『食わせ者・体たらく・居直り』政党であった。

「処でキリギリスは、鳴いてるか?」
「昨日死んで、残りはメス2匹だけさや。それでも、今年は一番の長生きだったぜや。」

「俺ん処は、ピンピン生きてるぜ。オスメスの隔離飼育が理に適った天寿真っ当飼いって事だぜや。男の端くれの癖して、女のカンナ手法に弄落されるなんて、女研究が足らんぞや。」
「あいあい、それを喝破されちゃ、俺ぁ、何にも口答え出来んですわね。事実は、動かし難い縛りだぜね。」
 
 外でパッパを吸って、スーパー、ホームセンター経由で帰りましょうかね。如何やら、本日終日の曇天日と為りそうである。


心何処ーショート ああ・・・疲労困憊夢ですわ。
           ああ・・・疲労困憊夢ですわな。(10/5/12)
 昨日の夜散歩は、好く歩いた物である。初めは些か寒い感じで在ったが、歩いて居る内に体温が程良く上昇して、ついつい長歩きに及んで仕舞った次第である。そんな事で、夜長の時間を、YouTubeで昔懐かしいプロレスの名勝負動画を次々に見て居たら、大幅な夜更かしに為って仕舞った。

 きっと<肉弾相打つ意地の張り合い名勝負集>の刷り込みで、今朝は重い夢の中からの生還であった。疲労感満載の目覚めであるから、ゲンナリである。

 ラジオを聞いて居れば、竹島、尖閣の海は、連続する台風並みの暗雲垂れ込める『日本侵略の波高し』の昨今である。きっと、そんな事が影響して、私は疲労困憊の中国戦線の兵隊の一人で在った。

 若い頃の暇潰しの歴史傍証の一環として、戦争エピソードの特集本で読んだ事が在る。そんな『稗史の真実』が、この処の騒々しくも不埒千万な反日中狂国・反日韓国映像とオーバーラップして、軍歌の麦と兵隊、戦友、異国の丘・・・etcの感傷満載の伏線も作用して居るのであろう。全く酷い夢に引きずり込まれて仕舞ったのである。

 場面は有ろう事か・・・砲煙燻ぶる篠突く雨の中国戦線の中の前線部隊である。登場人物ゼロのセペア色の世界で在った。

 相手は、馬賊・匪賊の延長線でしか無い中国軍である。現代風に云えばベトコンの様な軍服を着ない民兵の様なゲリラ兵を相手の苦戦に次ぐ苦戦の中に居た。中国では、それを『便衣兵』と呼ぶそうである。日本の様に戸籍に則って、赤紙の招集令状が下って連隊で然るべき軍事教練を受けて、戦地に送り込まれる。そんな一連の軍政など一切無い『兵隊狩り』の様にして連行されて、丸で消耗品の様に前線に送り込まれて居たのが、中国軍の歴史的伝統で在ったとの事である。

 従って、軍事教練も施されずに砲弾炸裂し銃弾飛び交う戦場に置いて、軍律・軍紀など有ろう筈は無い。<英国のぼろ儲け・三角貿易>宜しく、アフリカの奴隷海岸で一方的に刈り出された黒人達が、奴隷船で新大陸米国に次から次へと荷物の様に送り出された。征服王朝の中国では、南部の綿畑で奴隷労働を強制された<黒人奴隷達の様な扱い>だった様である。

 不条理・非人道的連行に在って、人間の極自然行動は当然の脱走である。不条理に際して、圧迫者の利益を優先させる馬鹿は、一人たりとも居ないのは当然の成り行きである。戦闘に為れば、逃げる算段をするのが自然の選択肢である。従って、兵士の兵嚢には逃げる時の服として、住民から盗んで来た衣服が忍ばせて在ったと云う。従って、民間人の服=便衣、便衣兵=ベトコン・ゲリラと云う図式なのである。

 そんな繰り返しであるから、戦線離脱退却を阻止する為に、中国の軍隊には『催戦隊』為る物が在って、後ろから鉄砲を打たれるのである。軍隊を国に忠誠を誓う統率の取れた軍事組織と錯覚して仕舞うのは、そもそも大きな間違いが在るとの指摘で在った。

 刈り出され、無教練、前線連行の衣食住の大半が<現地徴用>と為れば、それは軍服を来た馬賊・匪賊であるのは、自明の理にして、連戦連敗の沙汰であるのは、当然の帰来であろう。然しながら、現代最強軍の米軍がベトナムから撤退し、ソ連軍がアフガンから撤退したのも、軍服と云うユニホームを来た正規軍が、ユニホームを着ない便衣兵=ゲリラ兵に依って、戦争の泥沼化に誘われて精神をズタズタにされての『ノイローゼ撤退』に追い込まれたと云う図式であろう。

 ルール対ルール無視、常識対非常識の個別戦闘に於いては、ルール無視、非常識に軍配が上がるのは、古今東西の例を引き合いに出すまでも無い処でもあろうか・・・ 
 個別と全体とでは所詮次元の異なる処でもあるし、ゲリラが勝利したと云っても、個別から全体統合にステージが移行すれば、今度は個別同士の主導権抗争で、長い混乱対立の内乱状態のステージに向かうのが、人類史の通例の様である。

 そんな思いの中での、敵味方の死体がゴロゴロ転がる、砲弾燻ぶる篠突く雨の泥濘の中で在った。もう、私の身体は鉛の様に重かった。それでも神経だけが過敏であった。

 中国人全体が便衣兵に見えて、何時何処から鉄砲の弾が飛んで来るのか・・・神経が疲弊に疲弊し切って居た。私は考える事事態が面倒で在った。

 このまま、目を閉じれば無の世界、死の世界の安息が得られる。半分、そんな誘惑が耳元で囁いて居るのではあるが、絶対にそんな誘いに首肯出来ないと云う意地だけが、周囲の気配、音を嗅ぎ付けようとしている自分が居るのであった。

 頭の片隅に、これを称して、<生への拘りなのか>と自問するのではあるが。それは違うと否定する自分が言う。そして、これが動物だと云う自分が居た。其処には、思考も哲学も不要の生きている心臓の鼓動が在った。

 砲弾、銃弾の途絶えた燻ぶりの戦場に、死臭を嗅ぎ付けて、野犬達が何匹も現れて、死肉を喰らう音を伴為った『おぞましい光景』が拡がって居るだけで在った。痩せこけた野犬が、死神の様な冷たい目で私を見て居る。ツバを吐き付けたく為る、嫌なぞっとする死臭のこびり付いた冷血の目で在った。

 フン、弱肉強食か。私は握った拳銃を犬の眉間に向けて、事務的に引き金を絞った。眉間を貫通して、野犬は呆気無くすっ飛んだ。絶命の痙攣が四肢を震わせ止まった。私は泥濘(ぬかるみ)の泥に腰を置いたまま、腹巻きから油紙に包んだ煙草を取り出して、半分湿気った煙草にマッチを擦る。

      スゥ~と肺に深く吸い込んだ煙草の煙を、フゥ~と吐き出す。

 善い悪いの思いは、何も無かった。弱肉強食とは、こんな物なのだろうと思った。弱肉強食は、余りにも刹那的であった。ただ、それだけで在った。私には、友軍を探す体力は残されては居なかった。雨を凌ぐ、そして寝る場所が欲しかった。少し、寝ないと神経がやられると思った。

 煙草が、砲弾の燻ぶり、火災のきな臭さ、死臭を消して呉れて居た。煙草の灰を落とす気力も無く、咥えた煙草を肺に吸い込み、鼻から二条の煙にして吐き出して居るだけである。それは、墨絵の中のスゥ~、フゥ~の単調な呼吸で在った。体力の消耗は、ただ目前に在る墨絵の戦場跡を力無く捉えて居るだけである。

 私は戦後世代である。戦後の戦争文学為る物も、若い頃は多少は読んだ。そんな若い時に感じた想いとは違って、戦争と云う極限状態に在る人間に去来する思いも、人其々と知った。今現在居る私は、野犬同様の動物的反射行動をしているだけの存在であった。

 ただ、疲労の淵に没したかった。没の中で、野犬の餌食に為るも、これ<弱肉強食の動物の倣い>でしかあるまい。没も無も、これ即ち安息の淵でしかあるまい。

           目覚めは、こんな長い夢からの脱出であった。

 いやはや、好物で在ったプロレス名勝負などと云う動画に、とことん付き合って寝そびれて仕舞うと、スカンポ脳のモザイク迷宮の扉がバタンと開いて、暗く身動きの出来無い迷宮に引きずり込まれて仕舞う物である。

 普段、私のスカンポ脳は、空き部屋だらけなのであるから、カランコロンの妖艶牡丹灯篭でも好かろう物を・・・只一人、戦場跡に取り残されて仕舞えば、十八番の白人金髪女性への妄想も叶わぬでは無いか。第一、休息の眠りが、疲労困憊の意識朦朧の鉛の重たさと云うので在っては、全くお話に為らぬでは無いか。

          実に、後味の悪い物を見て仕舞った物である。

 斯様にして、政局の不安定振りは、個人の妄想夢にも多大の悪影響を及ぼすのである。国民の生命・財産、安全安心の国民生活を守るのが政治家・施政者の重大使命であろう。国民生活には、当然に明るくて気持ちの好い勃起・勃起の妄想夢も入って居るのであるからして、真面目に国務に励むべしで在りまするぞな。

 さてと、風呂にでも入って、寝直しでもしなければ頭がシャキッとしなかろう・・・

              へへへ、やれやれの段である。


心何処ーショート 毎度の親子漫談
                 毎度の親子漫談(10/4/12)
 本日は、シジューカラの声で目が覚めた。障子を開けると、柊(ひいらぎ)の木に二羽が動いている。独鈷(とっこ)のオブジェに一羽が止まって、チョコチョコ遣り始めた。柊の枝では、何処で見付けたのか、セミの死骸を咥えて、バリバリと突いている。二羽とも光沢のあるキビキビした動きである。う~ん、野生の躍動感が在る。良いですなぁ。

 昨夜は幾分雨が降ったのであろう。独鈷周りの苔が蘇って、深い緑を呈している。アレンジ者の意は伝わらず、・・・自然界の理の壁を前に、苔は中々に勢力を増して呉れ無い物である。そんな事で、枯れとぼる苔の代わりに、作戦変更で訳の分からないシダとも草とも分からぬ物を移植して、緑を確保している次第である。一応、根の様な物が在るから、それ等は徐々に勢力を伸ばしている次第である。

上手く根付いてくれれば、満更でも無い独鈷周りの枯れと生の緑のバランスが、醸し出される筈なのではあるが・・・ こればかりは、適者適存の自然任せである。

 ぼけーと庭を眺めてばかりいては、二度寝に移行して仕舞う。朝の始動を開始すると致そうかである。この処、老母の体調は好いらしい。台所の洗い物は任せて、私は掃き掃除と玄関鳥の世話から始める。

 おやおや、別番いが餌入れの中に、卵を一つ産み落としている。過密籠では、幼鳥が止まり木に並び止まりをしている。朝は、残りのイカカレーで好かろう。吾が家はとどの詰まりが、<食事だけの慎ましい蝋燭火の様な日々>を送っている平均80歳生活である。買って来た『食材の使い切り』が、本題の食生活で在るからして、使い切りは時々、とんでもない献立と為って仕舞う物なのである。

 朝食後は昼近くまで、老母相手に漫談を長々として老母の部屋を辞して来た次第である。テレビを見ながらの呆け話であるから、呆けの対象は世の女族への恨み辛みヤッカミのオンパレードで在る事は言うまでも無い。

「このオバっこ連、良い歳カッパらって生意気に~。顔中ペンキ塗り手繰って、今日は可笑しいじゃねぇか。嫌にオッパイの膨らみ強調してるじゃないか。あれかい、食欲の秋で成長期を野っ越して<局部肥大>か~。可笑しいじゃ無ぇか。
 猛暑、残暑時は、アセモ対策で薄物、秋と来りぁ、保温のスポンジ・ブラかいな。ふざけちゃ行けねぇやな。不当表示で日本広告機構に訴えるぞ。おお、聞こえちまったかいな。そんなデカイ目で睨む事あ無ぇだろう。
 ニャロメ。そんなに強調したきぁ、素っ裸でやんなよ。テレビ体操のおネェさん達を少しは見習えや。あんだけの均整の取れた全身像だって、多動は不謹慎で、乳抑えを付けて居なさるんだぜ。嗚呼、胸も尻も涎が垂れるぜや。金子さんは好い女だ。」

「これこれ、お前さん公衆道徳を守らにぁ~。風呂に入る時は、タオルは取りましょうって、<日本語・英語語・中国語・韓国語で貼り紙>してあるだろう。バスタオル巻いて入るとは、とんだ料簡違いだぜや。郷に入ったら郷に従えが、万国共通の『天下のご法度』じゃないのさ。外国人に仕来たり、エチケットを教えて遣るのが、その国の伝統・文化の担い手の責務じゃないのかえ。その先頭に立つのが、マスコミさんじゃ無いのかえ~。」

「婆さん、ちょっとお説教して遣れや。日本の温泉は、スッポンポン全身入浴じゃ無けりゃ、<温泉効用>は無ぇんだと。見てみなよ。澄まし顔して、私綺麗でしょのザマだぜや。フン、見せてぇ癖に、変な隠し立てをするから、ワカサギ見ぇに、鼻先に紅差し餌で、チョンチョン誘いに乗って、次々と釣り上げられて、ワカサギの天ぷらにされて、喰われちゃうんだぜや。
 堂々と明け広げて見せりゃ、これまたウンザリ又の根っこ。<はい、お邪魔致しました~。>で、スンナリ帰って行くもんだぜや。」

「ああ、また始まったよ。そこい中の女の人が、クシャミの連続で大変な騒ぎだよ。」

 然りとて、根が女大好きの戯けであるから、綾小路きみまろ師匠の様に、四捨五入すれば女賛歌なのである。<男族は女族に>憎まれ口を叩き、<女族は男族に>憎まれ口を叩く。足して二で割って、±〇の呆け放談でしか無いのである。

「何をこいてるだ。俺ぁ、女の悪口を言う為に、生まれて来たんだぜや。最後まで、耳の穴かっぽじいて、聞きやがれ。
 それを生意気に、トオの経ったカンナ連が、カマトト振りゃがって、冗談じゃ無ぇや、兵隊さんお給金の3円から1円払って、女郎屋の女が2万円、3万円の大貯金者だぜや。何が強制連行の従軍慰安婦じゃい。可笑しいじゃ無いか!! 

 そんなお遊びの世界なんて物は、成人男だったら、<世界共通の実体験社会学>ってもんだわね。売春なんて高率商売は、世界最古の荒稼ぎ商売だったんだぜや。男の実態社会学ってぇのは、嘘、化粧のカマトトじゃ、勃起せんのジャイ。冗談も休み休み言っておくんなましよ。あい~。」

「それに中国野郎め、一人っ子政策のツケで、若い者は男過剰世界だってさ。圧倒的女不足で、大変だってさ。他人様の無人島に薄汚れた盗人手を出す前に、人造・電動女を大量に国費で配布し無きぁ、<共産党本部が焼き打ち>に為っちまうがね。世の中、食の恨み、性の涸渇ほど恐ろしい物は無えずらよ。アッハッハ!!」

「お前、私は母親だよ。これでも、女だよ。女の世話で大きく為ったのに。女の悪口ばかり言って。こんな子とは思わ無かったよ。」

「煩い、俺は俺。男だ。男が女の悪口言って、何処が悪い。じぁ、軌道修正に、学問のお披露目でもするかいね。大学の東洋法史の授業でさ、中国は長子相続で、それ以外は家隷属の農奴の扱いだったんだとよ。それで弟達は、こき使われて居たから当然、嫁なんか持つ事が出来なかったんだってさ。それで妻の質入れ制度なんかが発達していたたって話を聞いた時は、国変われば、とんでもない法制度が幅を利かすなんて『ビックラ扱いた』んだけどさ。」

 へへへ、ニコニコ顔の老母様は、喉が渇いただろうと私の茶碗を覗いて、お茶を継ぎ足して呉れる。取り留めの無い戯け息子の馬鹿話に、笑い興じて呉れている老母の雰囲気は、幾つに為っても母は有り難い空気である。
 別々の部屋に行って仕舞えば、老衰進む老母のベットの上の姿は、哀しい物である。還暦半ばに手の届く吾が身ではあるが、これは親子のエールの交換である。歳老いた母は、実に可愛い存在でもある。体調優れず、山姥状態の老母は退参の口ではあるが、体調の好い時は極力お付き合いをするのが、人の道でもある。

「何しろ歴史の実態が殺戮の征服王朝史だから、<税を収められない者は、子供を出せ。子供の無い者は、妻を出せ。妻の無い者は、首を出せ。>の遣りたい放題のお国柄だからさ。確か『ソク妻転妻の法』??とか言ったと思うんだけどさ。受験勉強の洗脳教育を忘れ去って、中国と云う広大な地理上に刻み込まれて来た征服・被征服、大乱・混沌の歴史を現代中国に置き換えて、下衆のウォッチングをしてるとさ、『火の無い処、煙立たず』で、為るほどとなんて、よ~く理解されて来る物だわさ。ギャハハ!!」 

 ペーパー試験だけの偏差値社会とは、語り、司会、コメントは、真に面白みに欠ける。

「日本でも漢字輸入の時にはさ、和平を平和に文字列をひっくり返して、日本の識者・官僚は、それなりに日本流で国家的コンプレックスを緩和して居たらしいけどさ。今はコストダウンの意地汚さ一辺倒でさ、<日本フィルター>にこしもしないで、安直に国営中国放送、韓国放送、北朝鮮放送を垂れ流し続けるから、堪った物じないのさ。
 猫も杓子も、平和平和の大合唱で、人類みな兄弟、友愛の日本列島、友愛の海とやらで、国防意識ゼロの敗戦67年のオンパレードさね。何時の間にか無防備国家のスパイ天国って寸法さね。そんなマスゴミ・テレビなんぞに、騙されちゃ行け無ぇよ。」

「糞垂れが、丸で頓珍漢の大流行で、この先も匪賊・馬賊・海賊国家への低姿勢続行なんて、学習能力の無い幼児のするザマですがな。駄目な国は、元から断つ・・・理路整然と脱亜路線をしなくちゃなんねぇのに、国会開いたら、糞味噌、ドヤシ挙げられるから、<逃亡国会>だとよ。ったく、情け無ぇったら、在りぁせんぞや。」

 民主も自民も、代表選・総裁選が終了して、第三次改造ドジョウ内閣が発足したのに、タイテノコラサのチンタラ足踏み政局である。ニュースで在るから、内憂外患の国情が映し出されるのは致し方ない処でもある。少しは真面目に国務を果たらせませや・・・

「民主党なんて、幼児政党には一切用は無いわさ。とんでもない戦後幼児のお粗末大行進と来た日にぁ、こんな祖国日本の醜態は見たくは無いわさ。このまんまじゃ、ご先祖さんの墓には入れて貰えんぞな。如何だい96年も生きたんだから、俺と一緒に<親子心中>して呉れないかね。今だったら、ギリギリ・セーフで墓入り出来るずらい。あい~。」

「そうかい。私は、もう半分死んでるから、良いけど。お前は、未だ若いよ。未だ、勿体無いよ。早やまった事をすると、戻れないよ。それに、幽霊様も殺されちゃったんだろう。恨めしやも出来無いんだよ。短気は損気だよ。アハハ。」

  婆っ様、私のお株を取って、ペロリと舌を出して、笑って居なさるわね。

「やや、口じゃ、糞婆っさにぁ敵わんぜや。俺ぁ強欲じゃ無ぇから心配すんな。一応、俺も務めは果たしたんだ。生きるも死ぬも、これ惰性ですがね。いつ何時死んでも、そう文句は無いわさ。あいあい、俺は部屋に帰るわいね。疲れたら、寝てろや。じぁな。」

 テレビ画面とのお付き合いで、老母相手の出任せ放談をしていると、如何してもニュースに引っ張られて仕舞う物である。外部から刺激を受けて、自分のスカンポ脳を経由させて、自分の言葉、味付けで<戯け砲弾>をぶっ放せば、幾ばくかの呆け防止には為ろう。

             へへへ、家の婆さんも、面白い女である。

 陽の差して居た空には、雲の侵攻で在る。降るか降らぬか・・・ 大分肌寒く為って来た物である。軒下の鳥籠を玄関に戻して、布団の中で本でも読みながら昼寝でも致しましょうかね。

心何処ーショート 一サワガニ観察考
               一サワガニ観察考(10/3/12)
 サワガニを飼うのは、面倒臭い物である。飼育ケースで飼うと、兎に角、直ぐ様水質が悪くなる。水が腐って、臭気を放つ。毎日がケースの小石をガラガラと、水道水で洗わ無ければ為らない。勿論、蓋をして置かなければ呆気無く脱走して仕舞う。濾過器の在る水槽に入れて置けば、金魚達の華麗な鰭は、鋏でズタズタにされて食用に供されて仕舞う。

 然りとて、外のスレート流し台に水を張って入れて見ても、そんな側面などスイスイと登って、蜘蛛の子を散らす様に遁走して仕舞う。そんな、こんなを考えれば、水に浸けて呼吸洗浄させた上、フライパンに入れて炒って塩パッパで食するのが、最良の利用法なのかも知れぬ。

 然しながらロートルに為って、殺生が億劫に為って居る吾が身で在る。何もしないで居るのが、次善の策なのではあるが、・・・ 性根が<成長忘れの戯け>である。見て仕舞ったのであるから、大人しくはして居られない・・・

 チョイと水の乏った川の分かれの石を取ると、居るわ居るわの大中小のサワガニの数である。チョチョイのチョイで、30~40匹の大収穫である。早速、廃物利用の流し台にビニールを敷いて、水を張り、石を入れて隠れ場所を作る。収穫物を開ければ、カニ軍団は一斉退却の騒がしさである。虜囚団は、何しろ8本足集団なのであるからして。

 私はロートルにして、毎日が日曜日をして何年も暮らして居るのであるから、河川敷散歩の折りに河川敷の散歩道をカニ歩きして居るのを見た事も在るし、庭の土をスコップで掘って居る時に、地中からサワガニが出て来たのを見た事も在る。また、庭を歩いて居る姿も見て居る次第なのである。水槽脱走のサワガニが、一番離れた風呂場に何日も生きて居た事も知っている。

 斯様にして、開きメクラの人間が知らないだけで、サワガニの行動範囲、スタミナたるや、裕に人間の想像を越えて居るのである。

 従って、私のしているのは、単なる<人間の遊び>でしか無いのである。一晩か、一日を掛けて持ち前のカニ行進をすれば、楽々と元の流れに収まるだけの事である。テレビなどでは、普段森の中で暮らすカニ達が産卵の為に、大挙して産卵場所の海に向けて、『風物詩・町を大行進』をするなどと云った映像も何度も見て居る処でもある。

 野生界は、本能的敏感さで成立して居る世界であろう。普段の川面観察だけでは極偶にしか水中のサワガニを見る機会は無いが、川の増水を感知して居るから、濁流、激流を避けてサワガニの大避難行動が敢行されて居るのであろう。そうで無ければ、分かれ水流にに取り残される<大中小のサワガニ密集>など在り得ない現象なのである。

 この様な事は、毎日が日曜日の成長忘れの戯け行動をして見なければ、決して出来無い断片記憶の『頭の整理』でもある。デカイ声じゃ言えませんが、人畜無害の私で無ければ出来ない<逃走して、川に戻ることを前提とした遊び>にして、ヘヘヘってな物でしょうに。

 自室に戻って、煙草の一服後の夕刻に外に出ると、例の飼い猫がアジサイの繁りの下に居る。臭いに反応したのか? 音に反応したのか? その猫にとっては、自分の縄張り巡回行動の一環なのであるから、金華鳥の狩りには失敗した物の、サワガニ喰いには在り付けたのであろう。

 明けて本日、サワガニの歩留まりや如何に??と<朝一番の巡察>をすれば、一匹も居ない蛻(もぬけ)の殻で在った。然しながら、サワガニの逃走率、猫の胃袋投入率の何れに軍配が挙がったかは、勿論確かめ様の無い処である。

 本日些かの肌寒き曇天日である。台風の影響で降水確率も高いと云う。窓辺に置いた過密籠では、水浴びを覚えた幼鳥二羽が親鳥に続いて水浴びをしている。

 それにしても第三次ドジョウ内閣、民主党と云う政権、政党とは地に落ちた街頭演説政党で在りまするわね。気分はメランコリーを遠に通過して、『怒り心頭』で在りまするわね。改造内閣の只一つの仕事は解散総選挙にして、自らをシベリアの永久凍土の地中深く封殺するだけの責務でしか無いのに、見苦しき報酬稼ぎの保身政党のザマで在る事か・・・
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