旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 台風を前に、怠惰の休息日。
             台風を前に、怠惰の休息日。(9/30/12)
 朝夕の秋ではあるが、連日の高温で夏並みの萎れであったから、昨夕はたっぷりとジョロ配水をした次第である。マツバボタンの残り咲きが、侘びしい限りの様と為って来て居る。
 長い間、色とりどりの回廊を作って呉れた<同志の様な親しみ>が在るから、花が終わったからと云って、引き抜いて仕舞う訳にも行かぬ。枯れて生命を終え、土に還るのを見守って遣る心算で在る。

 台風の影響は、夜に為ってからだとの事である。薄い曇天の幾分蒸し暑い気温である。朝食後は、ゆっくりテレビなどを見て、鳥籠を窓辺に置いて、日曜日のマイタイムをする。活発に為った雛鳥達で、狭い鳥籠は可哀想な感じである。一番手成長は、早くも親鳥よりも一回り小さいだけの立派な動きを見せている。途中落下の者は、矢張り体格的にも見劣りがして居る。

 網戸の向こうでは、女郎蜘蛛が風に揺れている。手足は長い物の、頭と同じ太さの胴体は、まだまだ子供蜘蛛の様である。胴体が頭の何倍もの大きさに為って、黒と黄色の横縞模様を毒々しく見せる様に為ると、季節は晩秋である。落葉に寒々とした来た風が吹き、夕刻縮む釣瓶落としの気配が濃厚と為れば、北国の使者・ジョービタキが長旅を終えて、窓辺の雑木に挨拶に遣って来る。

 今年は猛暑の長夏で、小蚊には散々な目に遭わされて来た。従って、小蚊の生息地に蜘蛛の巣を大いに張り巡らせて、憎き小蚊の生き血を吸って、肥大化して欲しい物である。

 暦、日照の面では、間違い無く秋には違いないが、30℃超えが終わっても、28℃台の夏の外気温を行進してるのが今年の特徴である。そんな中で、先日は自転車下校の女子高生達の奇声?気勢?が面白かった。如何にも眠く為って椅子を背に、机に足を掛けて暫しのマドロミをして居ると。

「キャア~、蛇だよ、蛇!!」
「エエ、ドコドコ。」
「アア、ビックリした。何が動いてると思ったら、蛇だったよ。」
「見たかったなぁ。」
「蛇なんか、無視無視。気持ち悪い~。」
 
 そんな大きな声がして、勢い良く窓外のカーヴを次から次と曲がって行った。一瞬の出来事である。いやはや、マドロミが一気に毟り取られて仕舞った。

 下り勾配の子育てを終えた物音もしない通りの、『降って沸いた蛇出現』である。勢い良く自転車で下って来た女子高生の一団であるから、云って見れば男女の差など一切無い<素の一団>であるから、黄色い奇声など微塵も無い。素の娘っ子は、あっけんからんとしている。多勢の気勢の前に、蛇もタッチの差で通りに長々として居たら、お喋りに夢中な素地集団に『呆気無く轢き逃げの沙汰』では無かったのでは無かろうか。
 
            アハハ、何事かと、家から出る姿も見えた。

 忌み嫌われる蛇で在っても、その姿を見せ付ける事が、彼等の最大の自衛手段である。それが知らぬが強者・人間娘のお喋り夢中の<銀輪部隊>の車列の下敷きにされて仕舞っては、為す術も無く絶対的な弱者を晒すばかりである。のた打ち回る処を車に轢かれ、猫の徘徊が在れば、喰われて仕舞うかも知れぬ。←蛇が怖くて、男と遊べるかってなモンですかね。ギャハハ~!!

 こんな事を打って居ると、薄日の影も無く、見上げる空は、黒味の掛った灰色雲に模様替えである。太陽と水槽の水色の関係は、面白い。葉緑素の光合成で水は緑に向かい、夜に成ると目に見えぬバクテリアの葉緑素活動が休止して、水は澄みに向かう。

 台風に向かって暗く成り、風も動き始めて来た。本日目日曜日であるから、テレビ世相寄せに参加して、老母を相手に突っ込み漫才でも致しましょうかね。何時でも昼寝が出来る涼しさである。へへへ。
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心何処ーショート これ、挙って横着病為るか・・・
           これ、挙って横着病為るか・・・(9/29/12)
 病床の三兄の夢を見て居た。痩せて、高い鼻が哀しい程に目立った。死を知って居るから、兄の小さな声に、うんうんと頷くだけの場面で在った。へへへ、こんな形で、遭いに来てくれたのだろう。血を分けた、何かと可愛がってくれた三歳違いの兄だった。そして、娘の夢も見た。

 脇の座卓からは、ラジオ小説の朗読が流れて居た。土曜日であるから、寝床でラジオ小説を聞く。聞きながら、次の流れを想定しながら、小説の雰囲気を味わう。その結末は日常で終わった。物語性の対極に在る日常の生活の中に、過る思い出、想念を描写して、小説は日常の中で終わる。人間の日常の描写を淡々とスケッチしているだけの処が、巧い物だと感心する。良い感性を持った作家さんである。

 本日は土曜スタバ日であるから、床下の粕漬けの成果や如何に・・・で、六畳の床下からカメを引き上げて、朝飯時の試食とするのである。いやはや、『太鼓判の失敗作』である。もう酸味が回って居る。アジァジァである。
Tにたっぷりの進呈を目して居たのだが、これでは完全に古漬の有り様である。温度が高過ぎて、<発酵速度が特急並の速さ>なのである。

 食後は冷蔵の漬け物タッパに押し込んで、漬け物カメを整理した処である。とほほ、草臥れ損の一幕で在る。私は漬け物好きであるから、酸味の回った漬け物の処理法も心得ていて、<古漬けの乙な敗者復活法>を知って居るから、有効利用も出来るのではあるが・・・

 まぁ、Tも長い期間のパン食男であるから、古漬進呈を誤魔化してピクルスとしてプレゼントすれば良かろう。へへへ、物言いも方便の内でもある。

 Tの電話に鳥籠を外に置いて、雛達の動きを眺めながら、お迎えを待つ。成長期に在る雛達のあどけ無さは可愛い盛りである。然しながら、三羽の巣立ち籠を買うか、作るか、それが問題である。

「おい、鳥は要らんか?」
「おうおう、デカク為ったもんだ。こりぁ、狭くて大変だ。手の掛る物は、一切無用だわね。アハハ。」

 Tは小鳥には関心の無い男であるから、一切当てにはして居ない。従って、当然の答えである。

 空には秋の雲が満載なのに、今日も暑い。朝印刷をして置いた1週間分のブログ日誌の加筆清書版を、女店長さんに、お約束通り手渡してホット・コーヒーを持って二階席へ行く。

 矢張り、二階席は暑い。一週間の間に自民総裁選が在ったから、ロートル談議は、其処から始まる。3500円カツカレーは、マスゴミが等しく報道する処である。番からロートルからすると、一流ホテルレストランでの縁起担ぎの勝カレー3500円如きで、お江戸の瓦版売りを焚き付けた処で、マスゴミの低俗馬脚を曝け出すだけである。笑止千万!!

 マスコミ、マスコミキャスターの面々が、上から目線の大衆を愚民とあざけ笑っている心算が、反対に、その愚民から総スカンを喰って居るとは、気付くまい。
 麻生さんの時の、カップ麺の値段、高級ホテルのウィスキー代が、如何たらこうたらの<庶民感覚の無さ>と散々に火を付けて居たのを思い出す。
 柳の下のドジョーだって、そう易々と二匹、三匹とはザルに入っては呉れないのである。それは取りも直さず、『大衆迎合型の安易スタンスの滑稽さ』でしかあるまいに。視聴率と云うマーケティングの為せる社業かも知れぬが、彼等はインテリ振る癖に、その実、下衆根性からは、一歩も抜けて居ないのである。面白い人種である。

 本命石原、二番手石破の絶対予想が外れに外れ捲っての番外候補安部さんが総裁選を物にしたのであるから、彼等マスコミの情報収集・分析力とは、下の下としか判定されぬでは無いか。

           裏付けの無い予想屋は、プロ集団に在らず。

 そんな物は、マニュフェスト→詐欺フェストの烙印を頂戴しても、厚顔無恥のドジョウ政権で解散を逃げに逃げて居る民主党以下の醜態であろうが。

 マスコミが、情報収集・分析・解析能力を錆付かせて、大外しの大連呼などした日にぁ、時代劇のモノマネタレントのコロッケ殿が演じるお江戸の瓦版売りの口上以下でアリンスわね。落語長屋風に云えば、そりぁ~、単なるデマゴーク、プロタガンダ屋じゃゴザンせんかね。自分達の世論操作が、功を奏さ無かった焦りか、常套手段の非難外しの魂胆か・・・余りに単純過ぎる馬鹿丸出しの意地汚さである。

 そんな事ばかりして居ると、マスコミ界は、完全に携帯個器の様で、マスゴミとしてサッサッと指の腹で払い除けられて行くばかりであろうが。少しは、大道を闊歩為されませ。

 一応、ヤクザ紛いの好色ロートルコンビで在っても、この位の常識は持っている心算なのではあるが、ギャハハ!!

 2日連続のソーシャル・ゲームの個器講義を受けて、周りは?と観察すれば・・・ 為るほど・・・アイホンに熱中する仕草の無言の衆である。

「なぁ、R、これがご時世さね。政治も、領土、領海、憲法も、そっちのけさ。俺達ロートルは、昔堅気の硬派だから、この馬鹿野郎と頭張っ倒して遣りたい気分だけどさ。
 散歩をすりぁ、ポイ捨てゴミさね。散らかすんだったら、端から飲み食いするな。店で喰え、家で喰えだ。真面目に考えりゃ、我慢も出来無い連中が、人間面するなって、ブン殴りたくなるぜや。見て見ろや、いい歳こいたオヤジがあのザマだ。」

「やいやい、何時も諦観のお人が、今日は嫌に本性丸出しじゃ無ぇかい? さては、揉め事発生かいね。もっと深刻に、外交問題に端を発しての<日韓愛の破局>かいね。あい~。」

「何をこいて、物打ちの口数にぁ、相手は出来無ぇぞや。馬鹿垂が!!」

 ホームセンターで、鳥籠の値段と日曜大工の鳥籠制作に備えての材料見学をして行く。T曰く100均での材料探しも、リーズナブルとの事である。大き過ぎると家には置けず・・・ へへへ、結論は先延ばしである。

 スーパーにて、買い物をする。駐車場を歩いて来ると、大分耐用年数を経た瘦せこけた老齢爺さんが、キョロキョロして再び車の中に消えた。

「何を遣らかしてるんだ。あれでも日本人か。ゴミ箱にも捨てられん様じゃ、使わなきゃいいんだよ。世も末だわな。下らん世の中に為ったぜ。」

 Tは別人の様な険しい軽蔑の顔付で、吐き捨てる様に言った。下を見ると、車止めの白い柵の脇に、調味料の空き瓶が2本放置されて居た。その場を見逃して仕舞ったのではあるが、これは痴呆症の為せる業では無かろう。健忘症以前の常習行為に近そうである。

 Tの見立てに依ると、<横着病>との事である。ほぅ~、為るほど、横着病とは言い得て妙である。安易なスタンスに身を置いて、二匹目、三匹目を座して待つ。己が居場所の公私を弁えずに、唯ひたすらに個器に埋没する。容器の中身を消化すれば、辺り構わずのポイ捨て。対面の伝達・話し合いの面倒・煩わしさを避けて、個器に頼る。働かず、セィフティネットに依存する。自らは動かず、全てを時の経過と云う風化作用に任せる。

    押し並べて考えれば、これ<横着病の蔓延社会>と云わざるを得まい。

「チョイと、待ってて呉れや。北欧のピクルス持って来るぜ。」
「あいあい、一杯は要らんぞ。味見だけで好いからな。」

 へへ、消費の拡大は、回数に在らず、口数の拡大を以って実行すべしである。和風ピクルス・キュウリ、ナスを5~6本水洗いして、ビニール袋に入れる。

「あいよ~。胃腸の活性乳酸発酵食品じゃい。整腸食品だと思って喰っとくれ。」
「あいあい、俺ぁ胃無し人間だぜね。体内バクテリアの飼育だぜね。アリガトさんよ。」
「そうだいね。<良菌は口に酢っぱし>だぜな。はい、アリガトざんした。」

           さてと、婆っさの食事の支度である。

心何処ーショート 九月下旬、28℃は行けませんわね。
          九月下旬、28℃は行けませんわね。(9/28/12)
 28℃だと、暑いですね~。暑いと云えば、愈々以ってと云うか、益々以ってと云うか、ラジオのニュースでは、日本向け、世界向けの<中狂国の舌禍>もお盛んですねぇ。

 私は平均的日本人でアリンスから、ああ面の皮を厚くして、論理も屁ったくれも無く、どんな盾をも貫き通す矛、どんな矛をも撥ね返す盾の中国版・韓国版<八百代言>の凄まじさには、如何に向き合うか・・・一向に分かりませんですね。

 こんな話を小学生か中学生の国語の授業で聞いた事が在りましたわね。何てったって、それが<矛盾の語源>だと云うから、中狂国と云うのは、凄まじい歴史と精神的伝統を持つ国なんでしょうかね。

 本当に、ピンからキリまで、小煩いばかりですがな~。何で、こんな国の連中の出鱈目報道を垂れ流しにするんでしょうかね。中狂報道官は、歓喜随喜のエクスタシーで、テレビカメラには映らない股間の勃起物から<歓喜随喜の白濁液の放出>を遣らかして居るんでしょうかね。そんな臭くて穢わらしい飛ばし液を、有り難く直輸入して、公共放送の電波に乗せるとは、丸でアラブのハーレムの女衆の様である。

 己が矛盾を屁とも思わない大中華思想、その大中華思想国を<寄らば大樹の陰>として、事大主義を国是として来た小中華思想国・韓国では、自民党総裁に安部晋三元総理が選出されて、『日本に極右政権誕生!!』とばかりに、形振り構わずの遼原の空を焦がすばかりの言禍が始まっているとの事でもある。
 所詮は利一辺倒の個利個略の矛盾傲慢・高慢大国なのであるから、利を餌に理を諭すなんて、論理の整合性を問う事が有効に機能すると思って居るのであるから、日本の政・官・経の連合体とは、如何なる生物体である事か。それはどんなに高邁な文言・字句を多用した処で、亡国ベクトル・国を危うくする『世迷言』でしかあるまい。

 私は日本史には疎い人間ではあるが、日本の三種の神器位は知っている。それは、鏡・勾玉・剣である。以下は、ヤフー検索である。
 
 古事記では天照大御神が天孫降臨の際に、瓊瓊杵尊に「八尺の勾璁(やさかのまがたま)、鏡、また草薙(くさなぎの)剣」を神代として授けたと記されており、日本書紀には三種の神宝(神器)を授けた記事は無く、第一の一書に「天照大神、乃ち天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)に、八尺瓊の曲玉及び八咫鏡・草薙剣、三種(みくさ)の宝物(たから)を賜(たま)ふ」と記している。
 古代において、「鏡」、「玉」、「剣」の三種の組み合わせは皇室だけに特有のものではなく、一般に支配者の象徴であったと考えられ、仲哀天皇の熊襲征伐の途次、岡県主の熊鰐、伊都県主の五十迹手らは、それぞれ白銅鏡、八尺瓊、十握剣を献上して恭順の意を表している。また景行天皇に服属した周防国娑麼の神夏磯媛も、八握剣、八咫鏡、八尺瓊を差し出している。また壱岐市の原の辻遺跡では最古の鏡、玉、剣の組み合わせが出土されている。
 儒学伝来以後、「鏡」は「知」、「勾玉」は「仁」、「剣」は「勇」というように、三種の神器は三徳を表すという解釈もある。

 さて、こんな難しい事は、私の頭を素通りして仕舞うのではあるが・・・儒学以前からの神話に出て来る三種の神器の方が、理屈臭く無くて、私には<のほほんとした>想像が浮かんで来る。
 私流に感じれば、天照大神=お天道様=太陽の恵み、食・財の恵み、剣の恵みを基本形として彼是想像すれば、自然、経済、武の三位一体が、国の躯体で在ると云う事が明示されて居ると言って良かろう。頭が薄いのであるから、なるべくシンプルが好いのである。

 利に走って、自然を下品醜悪に汚染させ、14億の民原を絶望的貧富の差で集大成しただけの世界第二位の経済大国なのである。そんな張子の虎経済を持って政府高官の傲慢を為し、民の搾取に立った軍を持って恐喝する隣国など、鏡・勾玉・武をバランス好く配置した日本の伝統的文化とは、土台、相容れない異文化なのである。云って見れば、その異文化同士の衝突なのである。
 三種の神器の剣を失い、薄れ去って仕舞ったのが、敗戦後67年のツケなのである。従って、日本国並びに日本人が封印・自縄自縛の占領67年の洗脳から解放されて、武を有し鍛えて、有事の心意気を涵養して不条理・理不尽な恐喝に対しては、粛々と武の意気を示せば好いだけの事である。これは幼稚園生、小学生にだって分かる自明の理である。

 対等の四つ相撲の中で、異文化・異人種には、村八分の最低限のお付き合い、脱亜の精神を持って、国の針路を決めて行く。捨てる神在れば拾う神在りで、日本は海洋国家である。捨てて勝つも、<大人の対処法>であろう。七つの海は世界と繋がって居るのである。特亜の海は残念ながら、武の回しを付けて、塩を高々と撒いて、同じ土俵の中で相撲を取るしかあるまい。特亜勢については、それしか無い処にまで来ているのであるからして。

  さて、国内でも、マスコミが歩調を揃えての安部叩きが、蠢き始めて居るそうな。

 自前の憲法を持って強い日本、豊かな日本、歴史を取り戻す日本、先祖・英霊を崇拝する日本、自助・共助・公助の努力と絆の日本、真っ当な日本、美しい日本を構築して、子孫に継承しようとする政治理念が、有ろう事か『極右』と口撃されているのであるから、日本とは不思議な国でアリンス。

 日本国は一体何時から、普通の当たり前の事を言ったら<極右>なんて頓珍漢なレッテル製造国に成り下がって仕舞ったんでしょうかね。これも、特亜に毒された支離滅裂の矛盾の証左なんでしょうかね。へへへ。

 大震災時、パチンコのCMばっかりが流れて、散々に顰蹙を買って居たテレビCMでは在ったが、何時の間にかパチンコが消えた。アルコール依存症、ニコチン依存症、パチンコ依存症なんて言葉も流行り、パチンコは苦戦だろうか??・・・などと冷笑して居たら、今度はソーシャル・ゲームが深刻な社会問題と為っているとの事である。

 真に世情、流行物には疎い性質であるから、お恥ずかしい限りではあるが、携帯物は『個器』と云うとの事である。ドラック依存症に盗撮依存症。加えて、ミュートと云う自立出来ない、自閉症状の若者が巷に溢れ返って居るそうな。

 物質的成熟社会とは反比例の精神的未成熟社会のアンバランスは、人間と云う物が何処に回帰すべきかを明示して居るのに、一切気付こうとして居ない時代は、異常としか言い様が在るまい。

 心の虚ろさを何かに依存して紛らわせる。<病、膏肓に入る>・・・すわ、一大事とばかりに、個人、家族の手に負えぬから、社会的弱者・弱者でNPO、セーフティネットの出番だと警鐘の乱打が始まる。

 自助以前の自活、家族・仲間の共助、国家の公助の個人的線引きが、思考出来ない様で在っては、精神活動の放棄でしかあるまい。

 先日の自民党総裁選の模様は、老母とテレビに齧り付きで見て居た。安部さんの演説がスンナリと私達の胸に落ちた。極当たり前の言葉で、政治家の熱き思い、志に大拍手を贈った。そして、祈った。為るべくして安部さんに決まった。96+64÷2=80の大正・昭和親子は、<決選投票で安部さん選出>に好かった、良かったの段で在った。

 あれですかね。私達親子は、<時代錯誤も甚だしい極右の人間>なんでしょうかね。

 へへへ、本当はのんびりした庭模様を別に打って置いたんですが、本日は、中指の惰性でこんな内容と為って仕舞いました。ロートルに為るとボヤキばかりで、本当にスイマセン。


心何処ーショート 月に一度の、老母の待ち人為り。
          月に一度の、老母の待ち人為り。 (9/27/12)
 怖い夢を見て、金縛り状態であった。金縛り状態の夢は、小さい時からチョコチョコ見て居るから、これも私の性向なのであるから諦めるしか無い。玄関鳥の大合唱で起こされる。やれやれ、本日も、変わり映えのしない一日が始まる。さて、起きるか。

 雲一つ無い秋晴れである。時間が経つに連れて、青味を増す青の拡がりと為るのである。家庭菜園から朝の収穫をして、庭の犬走りに溜まった百日紅の落花の掃き掃除もして置く。次に玄関鳥の執事役を仰せつかる。

 玉ねぎにジャガイモの残りであるから、サバの味噌缶でチンゲン菜、シュンギク、インゲン、ワカメを入れて、具沢山の味噌汁でも作ると致そうか。焼き魚に漬け物、ミニトマトで朝食をすれば、文句はあるまい。そんな献立を呟きながらの野菜採取であった。

 白い大粒マメの名前は知らぬが、それを蒔いた処、それが遅ればせのサヤを大きくして来た。へへへ、収穫に間に合うか、ウラ生りで終わるか、微妙な処である。

 朝食後の一服で、自室定位置に座る。アメリカンで一服付けて居ると、老母からケアマネさんからの電話との事である。昨日、結構真面目に掃除をして置いたから、ササッとの掃き掃除と、台所の洗い物を片付けて置けば良かろう。

     簡単掃き掃除を完了して居ると、ケアマネさんの登場である。

「いや~、グット・タイミングだわさ。ほら、雛が三羽孵って、生意気盛りだよ。」
「あっ、本当だ。可愛い~。」
「婆さん、お待ちかねだから、話し相手に為っててよ。俺は、金魚の水汲みに行って来るぜ。ゆっくりして来ましょや。」

 母とHさんは相性が好いから、下手な邪魔立てはしない方が好いのである。私はバケツを持って、長靴を履いて川へ水汲みである。秋色が定着しつつある気温で、葦の中の細い流れは澄み切って、アブラハヤが群れ泳いでいる。見るからに美味そうな水色である。

 汚れた濾過材を何度も絞り洗いして戻し、有用バクテリアたっぷりの<生命の水>を水槽に補給して遣る。至れり尽くせりで、文句を言ったら罰が当たるぜよ。分かってるだろうな。

 さてさて、何は無くても、信州のお茶請けは自家製漬け物である。本瓜、キュウリ、ナスの粕漬けを切って、老母の部屋にお仲間入りである。

「Rさん、大きな梅干し、美味しい。昔ながらの素の美味しさですよ。南高梅なんて高級品は、砂糖とか調味料が入って居るから、昔育ちの世代には有り難く無いのよ。酸っぱい、塩っぱいあの味が、やっぱり懐かしい。大きな梅で、貴重品だから、家では一つを三人で分けて食べてるんですよ。」

「そりぁ、有難い。俺なんか、梅干し一粒で二杯飯だぜや。遠慮は要ら無ぇよ。終わったら、お替わりに来れば好いせ。」

「じゃ、早速、お漬け物を・・・ あっ、美味しい。パリパリして居る。これこれ、これが手作りの味、食感だわ。本当に、Rさんは、女要らずね。自由で、好い暮らしでしょ。羨ましいわ。」

「馬鹿こいちゃ行けねぇわさ。独り寝の侘びしさに、毎夜、さめざめと泣いてるぜや。あい~。」

「またまた、溌刺一杯の顔して、何を言ってるんですか。暗さなんか微塵も無いですよ。男の人なのに、何でもこなしちゃうんだから、大した物だわ。」

「この子は、何にもしない子だと思って居たんだけど、歳を取って、変わったもんだと感心してる。良く動いて、何でもこなして居る。手伝って遣りたいんだけど、何にも出来無いから、情けなくて、申し訳無いと、拝んでるだけ・・・」

「あれ、今頃、気付いたかいね。男は、<脳ある豚は、臍を隠す>んじゃわね。男はさ、絶えず仕事で、こう遣れば、こう云う風に為る。皆が楽して、品質が上がって効率が良く為ってコスト・ダウンって仕事を何十年もして来たんだぜや。
 その為に要素分析をして、システム考えて、遣って見て、プラン・ドゥー・チェックの現場第一主義の躾けをされ続けて来た生き物よ。

 毎日が日曜日で、家事が仕事と観念すれば、会社人間のテクニックを応用するのは、自然の流れだんね。仕事の凡そを掴めば、細々した物をロット纏めにして、同時進行、共通項の部組も自然とパレート図・フローチャート図に為って、頭に浮かびまするがな。
 家事体系を覚えちゃえば、後はメリハリ付けて、工夫で浮いた時間は、マイタイムですがね。男を舐めちゃ行けねぇよ。

 国の安全保障だって、アメちゃんの言い成りに為ったら、思考停止の<開かずの部屋>だわさ。それじゃ、狼、ハイエナ、ゴロツキ犬のロシア・中国・北朝鮮・韓国に付け込まれるだけでヤンすわね。へへ、それじゃ日本男児の男のキンタマが、泣きまするがね。

 所詮人間の遣る事だから、脅迫・手品だって、開かずの部屋に入って覗いて見りぁ、何の事は無い。タネのばれたチンピラ、手品師くらい、こっ恥ずかしい事は無ぇんね。
<幽霊の正体見えたり、枯れ尾花。女の正体見えたり、男の身を削るカンナかな>ってモンずらいよ。ギャハハ!!」

「きゃ~、お婆ちゃん、Rさんは何時も、こんな事言ってるんですか~。面白過ぎ~。」

「うんうん、二人限だから、もっと凄い事言ってるよ。女が大好きな癖して、女の私の前でも、女の事を糞味噌にして笑って居るんだから。『お前、偉そうに女から生まれて来て、乳を飲んで育った癖に、言って好い事と悪い事が在るよ』って嗜めて居るんだけど、減らず口が直らなくてね。
 こんな子に為るなんて、想像も出来なかったんだけどね。困ったバカ息子だ。でも、根っこは、真面目人間だからね。安心してて良いよ。」

「おうおう、この糞婆っさが、生意気こいて遣がる。これだけ、頭が達者なら、当分、呆け無えずらよ。まぁ、この位の<倅孝行>して貰わなきゃ、賄い夫の元が取れ無ぇからな。」

「えぇ~、何時もこんな調子なんですか。もぅ~、ビックリしちゃう。」

「あいあい、96に64にも為りぁ、<一卵性母子>見たいなものさね。週一度のスタバトークの時なんざぁ、凄いもんせ。お互いの爺っさ、婆っさなんか、人間扱いなんかして無ぇよ。『海千山千の妖怪』扱いして、<冗談じゃ無ぇや、何が楽しくて爺っさ、婆っさ飼いしてるか>ってさ。糞味噌の扱き下ろしで、お互い親孝行息子の『一週間のガス抜き』して来るんだわさ。ギャハハ!!」

「えぇ~、世の中には、凄い介護が在るもんだ。」
「あいあい、何て言っても、お互い親子だぜね。自分で産んで育てた倅だから、自己責任で諦めて貰うしか無えずらよ。その位の常識的<往生際>は持ってるずらよ。イッヒッヒ~。」

 外に対しては、気難しさで通って来た母ではあるが、Hさんの様な好いケアマネさんに恵まれて、母の重かった口も饒舌に為り、倅としては感謝感謝のお見送りで在る。秋の日差しに、薄の穂は光り花盛りを終えた松葉牡丹は店仕舞いの佇みを見せている。車に架かる柿の緑葉の中には、吊るし柿を待つ青実も顔を覗かせて居る。空には、ぼやけた刷毛雲が引かれて居る。


心何処ーショート 光の中の静寂
                 光の中の静寂(9/26/12)
 
 アハハ。短パン・裸ん棒から長ズボン・Tシャツ、長袖と一気に秋へ突入してしまった今日この頃である。

 5羽の鳥籠では、下2羽もチョコ、チョコと餌を啄み真似を始めている。一番サイズの小さな鳥籠は、見るからに手狭である。もう何日かすると、巣立ちで、狭い鳥籠では親に追い立てられる騒々しい日々に転落して仕舞う。何れにしても鳥籠を買って来るか、作るかしなければ為るまい。困った物である。

 本日、一面の青空である。訪れる風は、秋の風である。ラジオではクマに襲われたとのニュースもある。つい先だってまでは、猛暑に残暑で辟易として居たのだが、9月ももう直ぐ幕を閉じて、1年の3/4、75%を消化してしまうのであるから、月日の経つ呆気無さには、驚かされるばかりで感懐すら沸いて来ない。堪らんですわな・・・

 日々は止まるを知らず、ただひたすらに流れ行くのみである。歳と共に鈍感に流れるだけの吾が日々の中に、どっぷりと浸かって居ると、一年の来し方すらも、時系列を追う事も面倒である。これを称して、<老化現象>と云うのであろう。へへ、悪くは無い。

 現在は一瞬にして過去と為り、過去で出来上がった積み重ね道を、ただ慣性と云う惰性で時の中に流されて行く。ただ、そんな感じである。殊更、今更考える事も無く、齷齪する必要も無く、時に流されて行くだけの日常風景が経過して行く。

 水曜日に為れば、ヤクルトママさんが<こんにちは~>と顔見せをして、僅かばかりのセクハラトークをして、三度の食事を作り、冷蔵庫・米・煙草が薄く為れば買い出しに行き、腹こなしと近視眼矯正に散歩をする。土曜に為れば、心友Tとの相も変わらぬスタバトークが在る。人生・生活を振り返る事も無く、将来を考える面倒を嫌い、その時々の頭を過る事に想いを任せるのみの現脳細胞で在る。

       風に吹かれる南天の光の反射、光る一条の蜘蛛の糸・・・ 

 風に煽られる様にして、チョコマカと戯れ飛ぶシジミチョウの一対。ラジオの他愛も無い男女のお喋り、冷めたアメリカン・コーヒー、立ち上るタバコの儚き燻り・・・ 

 廊下から伝うキリギリスの鳴き点り、鳴き掠れ、玄関鳥のブンチャカ・ピィー、ピィの囀り、窓辺の雛達のジャ~ジャ~の餌強請りの小煩さ、思い出した様にチリリンと鳴る風鈴の音・・・ 

 静かな呼吸をしている様な子育てを終えた町は・・・ 
青空の下、重なる屋根に、松の緑の中にスクッと一本、赤いバラの花を日差し一杯に咲かせて、真に静かである。

 さてと、柄に合わない字数を並べて居ても仕方が無い。偶には真面目に掃除を致しましょうかね。それをした後は、米屋さんまで自転車漕ぎでもして参りましょうかね。

 おっお、アキアカネが、つるみ飛びをして御座る。頭上をヘリコプターの爆音飛びである。アッジャ~、ヘリさん旋回して居るらしい。こりぁ、煩い。はいはい、根の生えた重い腰を上げまする。ったく、・・・

心何処ーショート 秋色に、影も伸びにけり。
             秋色に、影も伸びにけり。(9/25/12)
 さてと、体調が好さそうであるから、風呂を沸かすとするか。成長先頭を行く雛は、とうとう水浴びの仕草を始めた。いやはや、大した物である。庭には久し振りにシジュウカラが来ているから、鳥籠の一つを物干竿に吊るして下心満載の誘いを掛けるが、とんと興味が無さそうである。へへへ、好奇心に欠けるヤツである。

 風呂に入った後は老母に譲り、秋空の下、昼散歩かたがた駄菓子類・干物類・缶詰類を買いに、西の散歩コースを採る。Tシャツの上に半袖シャツを着て来たのであるが、矢張り暑い。

 橋を渡って、S大球場・中学・高校脇の通りを通って、校庭の体育授業の模様などを見ながら、護国神社前の通りを更地の雑草の中で鳴くコオロギ、蝶、トンボ、色付き始めた柿の実を眺めて、青空に描かれた雲の形に妄想を走らせながらのブラブラ歩きである。

 秋色を乗せた陽光に、深紅のケイトウの色鮮やかさが膨張して見える。秋の淡い萩、紫式部の小紫の実、夏花の掠れ、薄の穂・・・etc 秋色の眺めは好いが、夜散歩と違ってエネルギー消費は、格段に大きいに違いあるまい。今までが暑過ぎたから、季節感の無い夜散歩が主体だったのであるが、来週からは10月である。為るほど、これが通年の季節の運びである。

 帰りは欲を掻いてのレジ袋二つであるから、結構重い。休憩方々、女子高生のソフトボールの体育授業をじっくり見て行きたい気はするが、一歩外に出れば私は世間体を気にしての<見栄の痩せ我慢男>であるから、行儀好く歩くしかあるまい。大分重さを感じて来たが、これも運動の一環である。少々、肉体に苦痛を与えて置かなければ、中性化と健忘症が進むばかりのロートル男の身体なのである。テヘヘ。

 橋を渡って河川敷を歩く。アオサギが細い流れの中を長いコンパスで歩いている。水量の少ない透明な流れであるから、アオサギもたっぷりと群れ泳ぐアブラハヤに有り付ける事であろう。

 アスファルト道よりも、自然の草道の方が気分が和む。然しながら、交互に持ち替えているレジ袋も、ずっしりと重く成って来て居る。嗚呼、暑いし、手が痛い。それでも歳は取っても、体育会系の細胞と云う物は、頑固にして強情で在る。

 帽子を脱いで、何のこれしき・・・ノンストップ、ノンストップ・・・吾が家は、歩いた分だけ近く為る。バテて来たら、其処はお得意の<忍法・馬鹿の術>でテクテク下を向いて歩くのが肝要である。

 食材を収納して、果物を剥いて駄菓子で昼兼オヤツとする。観るテレビも無いから、鳥籠を持って四畳半定位置で、本日日誌打ちに取り掛かる。

 散々に餌強請りをした雛達は、一羽は藁巣へ、下の二羽は餌入れに入って身を丸めて食後の昼寝である。廊下の日当たりケースでは、キリギリスの角を落したギース、ギースの一匹鳴きである。

 すっかり秋めいて来た一日である。水遣りは不要であるから、私もチョイと隣室にて昼寝でも致しましょうかね。おやおや、すっかり影が伸びて来た物である。

              秋色に 暑けれど影 伸びにけり


心何処ーショート へへへ、日韓知識層様のお浚いタイム。
         へへへ、日韓知識層様のお浚いタイム。(9/24/12)
 何々、左様であるか。町会日帰り行楽でありまするか。朝食後は回覧板を置きに行って来る。本日は27℃に復活するとの事である。日差しは、矢張り気持ちが好い。雨を存分に吸った植物の葉、花色は流石に清々しい。

 朝飯は半端で在ったから、飯を老母に譲って、私はチンゲン菜、インゲンを摘んで卵を落して即席の塩ラーメンで済ませた。ミニトマト、干し芋、ブドウで腹を満たした次第である。掃除も、玄関鳥の世話もしたからインスタントコーヒーでマイペースの時間帯で在る。

 お天道さんのお目見えで、廊下のキリギリスも体温が上がって、鳴き始めている。雛達もすっかり大きく成って、鳥籠の移動も普通に出来る。相変わらず餌強請りの声は煩いが、親鳥の育雛行為も飼育者にとっては愉しい観察である。三羽の内、二羽は藁巣を自由に出入り出来る様に為って居る。

 昨日は時間が在ったので、日曜美術館を久し振りに観た。英人陶芸家バーナード・リンチの話で、好い番組だった。部屋に戻ろうとすると、スペシャル版との事で対中国、対韓国の討論番組があったので、勉強させて貰おうと確り観た。
 如何にも、NHKの臭いがプンプンする2時間スペシャルであった。第二部は韓国論客お三方との竹島問題の討論であった。気色ばんだり、激昂するのは知識人としてそぐわないとの一般論があるが、野次馬的視聴者としては些かマンネリ感がして殆ど得る処が無かった。

 中国さんも韓国さんも、歴史を『自国の植民地・侵略の40年に限定』しての反日思考は、真に頂けない歴史観である。韓国さんは千年or二千年に亘る中国歴代王朝への隷属国の<停滞の歴史>の歴史を有して居るのに、高々日帝35年間を歴史の中心に置く近現代史解釈が如何に偏狭で在るかの歴史観が無いのであるから、不毛の口論に終始して仕舞う。

 日帝植民地も結構である。然らば、千年、二千年に及ぶ中国歴代王朝の属国であった中での朝鮮の国力・民衆の生活レベルと、日帝植民地時代と称される35年の間に培った国力・民衆の生活レベルの向上を比較して、中国型植民地政策、西洋型白人植民地政策、日帝型植民地政策の比較検証をして、植民地形態の相違を教えるのが、学問の手法だと思うんですがね。へへへ。何事にも、光と影、功罪は表裏一体の物で在りましょうや。

 歴史を俯瞰的眺めれば、中国・韓国の反日教育は、何千年にも及ぶ有史の歴史空間に、<歴史を見ずして歴史を語る>が如きの国を挙げての狂育の為せる業である。彼等は日本の戦前教育を軍国侵略教育と糾弾し捲るが、その実、自国の反日教育を正当化するのみで、その実態たるや、日本の軍国主義教育・国史教育を諸悪の根源とする<狭育・強育・狂育は、正に国家に依る凶育>なのに、それに一向に気付こうとしないのであるから、大したお国柄にして、国民性なのである。

 正に、彼等の歴史観たるや<水に落ちた犬は、徹底的に叩け。>のレベルを脱して居ないだけであろう。

 因みに韓国の大学進学率は、72・5%と云う狂育的ハイレベルなのであるから、驚愕を通り越して<狂学の域>なのである。ただ面白かったのは、日本の竹島問題の領有問題を国際司法裁判所提訴に関して、NOを発しているにも拘らず、従軍慰安婦問題・歴史問題を国際司法の場で白黒を決すべきと云うのであるから、彼等の論理矛盾には開いた口が塞がらなかった次第である。正に、『狂学の進めは、教育・学問に非ず。』ですがな。

 理を以って冷静に正誤を点検して行こうとする気の無い口論に、理性の光明を見出すのは、失敗・不毛の事でしかあるまい。同じルールに立たなければ棚上げにするしかないが、人知の知恵。それをたかが一回の敗戦如きで、戦勝国の寄って集っての<袋叩きの詰め合わせ・絶対に刃向か居ませんの占領下平和憲法の自縄自縛国の遜り握手外交>で在っては、所詮が異ルール口論・口争でしか無いのである。

 此処まで、無理難題に押し付けられて<忍従>するのは、世界の滑稽話でしかあるまい。

『退いても駄目なら、押して見る。』しか局面打開はあるまいに。自前独立国として、当然の国軍を持って、異国の無礼千万為る内政干渉を断固と突っぱねる<新ステージ>に日本は登壇するしかあるまい。

 だって可笑しいでしょう。オリンピックが終われば、パラリンピックが続くでしょ。男と女が、相撲を取ったらピンクショー。親が幼児に暴力を振るったら、それこそ幼児虐待でお手手が後ろに回りまするがな。生徒が苛めに遭っても、まぁ話せば<全てが解決>するんでしょうかね。
 死刑廃止とかそれに移行すべしの声はある物の・・・終身刑の様な不戦憲法と自虐史観に洗脳され放しの自縄自縛の軟体動物化し捲っている日本国並びに日本国民。幾ら何でも、頓珍漢国家で在りまする。教育刑を標榜する刑務所でも在りますれば、恩赦も在れば、実質減刑の仮出獄も在りますわね。あんなに世界中が観て居たオリンピックなのに・・・ 敗者復活のルールの意味する処は、一体何なんでしょうかね。
 
 へへへ、ロシアにはタタール(モンゴル)のくびき・・・<税の払えない者は、その子を出せ。子の無い者は、その妻を出せ。妻の無い者は、その首を出せ。>なんて、250年に及ぶ停滞の時代が在ったそうな。
 又、清に1636年、後金は国号を清とし、清に服従することと明討伐の派遣軍3万の提供を要求して来た。朝鮮はこれを拒否、清は12万の大軍で侵攻して来た。朝鮮軍は為す術もなく40日余りで降伏した。朝鮮は明と断交すること、王子を人質に差し出すこと、莫大な賠償金を支払うなどの屈辱的な講和条約を結ばされた。また、朝鮮王の仁祖は、清の皇帝の前で三跪九叩頭の礼を行い、服従する誓いをさせられた。

【三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)】 中国皇帝に臣下の礼をとるため、裸足で三度ひざまずき、九度頭を地にこすりつける儀式。
 
 何か・・・現在の中国・韓国の<常軌を失した反日行動・デモの模様>をテレビ映像で見ると、彼等の脳構造は異質・歪(いびつ)な異文化圏の人種としか映りませんわな。そんな事を見て仕舞うと、明治の大知識人・福沢諭吉先生の『脱亜論』の慧眼には脱帽するのみの思いである。
 序でであるから、中・韓国人の云う処の『心底からの反省』と云うのは、韓国大統領が言ったとか言わなかったとか云われているオフレコ部分の『日王(天皇)は、韓国民に心から土下座したいのなら来い。重罪人に相応しく手足を縛って、頭を踏み付けて地面に擦り付けて謝らせて遣る。重罪人が土下座もしない。言葉で謝るだけなら、フザケタ話だ。そんな馬鹿な話は通用しない。それなら、入国は許さない。』

 これって、<三跪九叩頭の礼>とそっくりじゃ無いでしょうかね。アハハ。韓国の国民の皆さんは、『韓国史をよくご存知で在る証拠』でしょうが。知ってて沈黙するは罪にして、歴史改ざん・捏造は、真実に対する大罪でしょうが。
 中国さんも、韓国さんも、馬鹿こいちゃ行けませんわね。俺ぁ、ヤクザもどきの好色ロートルだけどもさ、日本人はこの位の素人雑学も持って居るわね。純粋無垢な日本人を洗脳し様と画策しても、そうは問屋が卸さ無ぇよ。フザけたゴタ句を並べたって、通用し無ぇよ。あい~。成金趣味は行けませんわね。興奮し過ぎると、馬脚を現すの好例である。秀吉の短期天下に、タヌキ親父の家康の違いは歴史の戒めでガンスよ。バカバカしい。

 非力野田ドジョー内閣から安部総理・麻生外務大臣・石破防衛大臣・林財務大臣・町村官房長官で行けば、少しは日本の停滞から好転の兆しが見えて来るんじゃ無いでしょうかね。へへへ。単純過ぎますかね。


心何処ーショート 九月の雨は、しんみりと・・・
            九月の雨は、しんみりと・・・(9/23/12)
 本日は、しんみりと終日の雨と為りそうである。加えて日曜日であるから、パジャマの儘で、怠惰な一日を過ごせば良かろう。墓参りも買い物もして有るので、家から出る必要も無いと喜んで居たら、へへへ・・・鳥の餌が切れて居る。

 やれやれ・・・まぁ、これも丁度好いのかも知れない。幾ら何でも家の中にばかり居たら、カビが生えて仕舞うと云う物である。

 さて、昨夕は真に惜しい事をした。夕刻に散歩代わりにコンビニまで払い込みに行った帰りの事である。コンビニの前の道を渡って、夜の帳下りる中、秋の侘びしさを見ながら歩道を歩いて居ると、反対側歩道に猫の影が歩いて居る。

 コンビニに来る前に、雛三羽ファミリーを観察する為に、鳥籠を窓辺に置いて居た時である。ドサッの物音に見ると、例の飼い猫が網戸に飛び付いて居たのである。前足の爪を網戸に引っ掛けて、小さな牙を剥いて血迷った形相で、小さな鳥籠を凝視して居る。この野郎!! と、拳骨を振り上げると、のっそりと歩いて行った。ったく、ふてぶてしいにも、程がある。

 そんな経緯が在って、<フン、馬鹿猫が偉そうに、又何か悪さを仕出かそうとブラ付いて居やがる。>と横目を走らせただけなのではあるが・・・

 昼のトーク・ブレイクには、Tから高校同期の戯け話が出て来て・・・その中に、仲の好かった男が早や死にして、その細君に同期の男が二人、チョッカイを出していたとの事である。一人は女遊びの癖が改まらずに、愛人ホイホイ、もう一方は、離婚してメス猫とマンション暮らしとの事である。

 まぁ、私は<口だけスケベの保守系硬派の男>であるから、そんな傾向の在る連中は、如何にも虫が好かないのである。男も男なら、女も女。要は自己中心型の遊び人でしかあるまい。
 
  ★それにしても、猫のシルエット、歩き方としたら、何か違う感じである。

 まぁ、世の大半を占めるのだろう彼等・彼女等とは、所詮、人生の捉え方が根本的に違うのである。<たった一度の人生、『死んで花見が咲くものか。』自分らしく生きるが第一。> それに対して、<たかが有限の人生、在るべき姿に足掻いて『痩せ我慢人生通す』のも、有限人生の歩み方。>・・・これは、太古の昔からの人生選択肢の大処の一つなのであるから、両者が完全握手と云う訳には行かぬ。下世話面白話には<間接参加>は出来るが、吾が身を落としめる『直接参加』は御免蒙りたいとしている次第である。

 そんな事を反芻しながら歩いて居ると、猫影は私と丁度並行して歩いている。

 ★猫にしては大きな図体で在る。おや、顔の断面が飛び出ている。猫じゃ無い!! 
あの横顔は、タヌキに近い!! 体毛は茶と胸には白。吾が脳内図巻では、タヌキでは無いか!! 

 私は、直ぐ様、通りを横断したが、『時、既に遅し』であった。広い庭の在るお宅の暗闇に消えて居た。

 この辺りは、私立高校、野球場・テニス場、水田・畑を控えた住宅街である。川を渡れば、護国神社、体育館・県文会館など後背地に控えて居る。自然と街場が好く混じり合っている環境である。散歩中でも、年に一回くらいはタヌキらしき物を目撃して居るし、第一、冬夜の吾が庭にそれを目撃したのであるからして。

 鳩ポッポ内閣<日本列島は、日本人だけの物では無い。>世界友愛から始まった無責任自己主張非力政権下の日本列島ではあるが、『日本列島は、日本人と日本野生種の物である。』から、夜の帳に、夜行種のタヌキが、日本人に混じって歩道を通行するのは、私としては一切やぶさかでは無い処である。悪さをしなければ、文句は一切御座いませんわね。アハハ。

 私は、<毛無し、金無し、女無し、止めが甲斐性無しの四重苦>の夢も希望も無いロートル貧民生活者ではあるが、変わり物野生動物とのちょっとした遭遇は、興味深々の愉しみでもある。

 さてさて、車で鳥の餌でも買って来ましょうかね。夏疲れを癒すには格好のしとしと降りの日曜日で在りますれば、皆様、充分に英気を養われませ。人間、昼寝が一番で在りまする。


心何処ーショート とほほ、困った物である。
             とほほ、困った物である。(9/22/12)
 一番成長は、藁巣から出て止まり木で羽ばたきをしたりして、他の二羽には大差のリード振りで在る。電話が鳴って居る。へへ、本日は、大分早い。如何したと聞くと、早く起きたとの事である。

 長袖・長ズボンで行ったら、えらい暑い。本日のスタバ二階は、学生達で一杯である。テストシーズンなのだろうか。へへ、テストが無いと、学生と云う者は、勉強などしないのが普通である。

「相変わらず、コメントの来ないブログだな。コメント読みするのも、ブログの楽しみなんだがなぁ・・・」
「あいあい、何て云ったって、俺ぁブログ樹海の辺境ブログだいね。不人気ブログの最たるもんだぜね。しゃ~無いわね。」

 土曜トークは扱き下ろし三昧であるから、中狂様の反日官制デモの話に興じる。そんな話をして居ると、女店長さんが<夢奇譚・尖閣の岩礁にて>を返却に味られた。

「面白かったですよ。お二人のご活躍。痛快でしたよ。有難うございます。」
「あれだよ。コイツの文作は全部嘘っ八だからね。根っからの妄想オッサンだぜ。真に受けちゃ行けねぇよ。こんなのと同類扱いしなんどくれ。」
「何を扱きぁがる。あれだよ、コイツぁ、真面目な顔してるけど、中身は変態だぜね。気を付けましょ。其処行きぁ、俺なんか、口だけ助平だから、安心しましょや。皆さんのフラストレーションを、俺達二人が代表して、卑下髭アザラシを苛めて遣ったぜ、面白かったかいね。へへへ。」
「ええ、面白くて、大笑いして読んでました。本当に中国って下品で、凶暴な国民ですね。もぅ、絶対に許せない!!」

 Tは病院に洗濯物の配達との事である。私は、お彼岸であるから墓参りである。墓用と仏壇用の花、供え物を買って帰る。

「婆っさの昼は、何するだいな。」
「天玉そばを作って遣るだいね。」
「そうか、爺っさのは、これこれ、カップの天ぷらそばさ。これで充分さね。アハハ。」

 蕎麦を湯がいて、天ぷらに卵を落として、手抜きの昼とする。暑いから、Tシャツ・短パンに着替えて、墓までドライブである。半分ほど稲刈りが終わって居る。蕎麦畑があったり、黄金色の稲田があったりしての青空に、大きな入道雲である。

 手桶に水を汲んで、墓石を洗い清める。何か、嫌に墓石が汚れている。ナンジャラホイである。さぁさぁ、オヤジ殿、洗い清めたで御座るぞよ。花を手向ける。

 さぁ、線香を上げようとすると、ナヌ?? 線香立てに、小石が詰まっている。コンニャローメである。線香立ては取り外しが利かないから、小枝で下の穴から浮かせて取るしか無い。

 出て来たのは、茶色の小石である。アッジャ~、もう一つ有るではないか。コンニャロー、何処のドイツか知らぬが、悪さが過ぎる!! 中々、上に来ない。上に来ても、太い指では摘まめない。ポトン。

    コンニャロー、駄目だ~。慌てちゃ行けねぇやね。何か無いか~。

 適当な差し棒、穿り棒を探して、漸く取る事が出来た。それも同じ茶色の小石であった。

 人間の仕業か、動物(カラス?)の仕業か、一向に分からぬが、四十年近く墓参りをして来たが、こんな事は初めてのケースである。

「オヤジ、今度は不届き者に、ゲンコツでも喰らわしと居て呉れや。黙って見てるだけじゃ、尖閣諸島でゴザンスよ。あい~。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・ さて、俺は帰るわね。線香上がって良かったな。じぁな。」

 帰りに線香とお茶でも買って帰るか、アッ、忘れた。コンビニ支払いの用紙を忘れちゃったぞい。止む無し。散歩時に足を伸ばすとするか。へへへ、物は考え様である。日課の散歩をサボちゃいかんと云う事であろう。

心何処ーショート 嗚呼、早や九月も下旬に入る為り。
         嗚呼、早や九月も下旬に入る為り・・・(9/21/12)
 朝は餌強請りの大合唱で、起こされる。秋らしく為ったと云うか、薄い曇天では肌寒さを覚える。朝食後は、塩漬けキュウリ、ナスを残りの粕に味噌を加えて、漬け込む。今年は何時までも暑いから、酸味が直ぐ湧いて来る。貧民食卓の必需品・漬け物には、実に不向きな気象環境である。さてさて、家で一番涼しい所としては、床下しか無い。いやはや、奥の手か・・・困った年である。

        薄日が差して来たから、風呂・洗濯ですると致そうか。

 雛の一番の成長株は、早くも自力で藁巣の中に入って居る。昨日初めて、出て来た雛は矢張り一回り小さい。

 風呂に入ってスッキリしたのだが、何か草臥れて居る感じである。長袖シャツを着ての涼しい風の入りであるから、長夏で溜まって居た夏疲れが一気に襲って来た様で、心身ともにシャキッとしない体たらく気分である。

   まぁ、こう云う日が無いと、心身の帳尻が合わないと云う物であろう。

 ラジオでは、民主党代表選の各候補者の主張・訴えが実況放送されて居たが、演説としては鹿野さんの演説が政治家らしく聞えた物の、後は生徒会演説並の幼稚さを感じただけである。特に口蹄疫逃げの旧社会党書記長の赤松先生は、酷かった。自民党総裁選と比べると民主党の幼稚さ・迫力不足は、目を覆うばかりの低質振りで在った。

 北方領土・竹島・尖閣の外交問題、遅々として進まない大震災・原発事故に関する復興課題、円高経済の低迷・・・etcの内憂外患に大揺れの国難に際しての政権代表選のお粗末振りが、これ程無様に焙り出されるのは、珍しい事ではないだろうか。

 中狂国による反日匪賊デモが中国全土で展開され、尖閣の海では、主要都市では反日暴動を煽って策動していた『私服国務員』は、形上は民衆?に紛れ込んでいたが、尖閣の海では、とうとう『公船の本態』を現わさざるを得ずして居る。日本の対中国策は、国民の大関心事、世界の大関心事でもある。この期に及んで、<大人の対応>を説くばかりである。

 冗談こくで無ぇぞや。『大人の対応』は、相手に応じて四十八手を繰り出して、所期の目的を達成する事だぜや。約束・合意・諭しも協調も、反故にして我欲の限りを尽くす狂犬匪賊国家に、話せば分かるなんて似非平和話法のワンパターンじゃ、進んで火柱に飛び込む羊の投身自殺、鴨がネギを背負って、ユルユルと凶暴匪賊の上空を遊覧飛行している様な物ですわね。幼稚園・小学低学年生の授業じゃあるまいし。馬鹿も休み休み言っておくんなまし。少しは国家の正念場の危機感をお持ち為されや。あい~。

「お代官様、これを。」
「うっ、これは中々にして重い饅頭じゃ。千葉屋、お主も悪じゃのぅ。ワッハッハ~。」
「へへへ、そんな事しちゃ行けません。お天道さんが、見てますよ。」
「何だ!! アンマなんて呼んでは居らんぞ。下郎、名を名乗れ。」
「へへ、座頭の一でヤンスよ。めくらでヤンすが、お天道さんは見えてますよ。アハハ。」

               ビュー、バサッ、バサッ、

「へへ、ダンナ方、お天道さんを馬鹿にしちゃ行けませんやね。めくらの座頭一にだって、四十八手斬りは心得て居るんですぜ。アハハ。」

 へへへ、国家観が愕くほどの薄さと云うよりも、消し飛んだ内向き的な訴えは、民主党と云う議員さん達の共通項としか考えられない。<生活が第一!!>と訴えて政権を取った政党ではあるが、その中身が、国家観無き内向き素人集団・烏合の衆であった事をまざまざと見せ付けた感であった。

 反学生運動、反民主党の一人である私としては、『ザマァ見遣がれ。民主党議員の正体曝したり!!』である。地方遊説の民主党サポーター、組合団体回りの演説なら未だしも、2ポイントを持つ国会議員集団を前にして、最後の訴えをこんな内容でしか訴えられないと云う事は、取りも直さず<音叉の共鳴箱>が、その種の輩の据わりと云う証拠でしかあるまい。へへへ、これが大人の対応の実態でしかあるまい。

 物事は、何事も<比較対照の中から判定>される事が多いのである。従って、民・自二大政党の同時進行的に行われている代表選、総裁選は、国民の前に政党の質量の違い、政治家の質の違いをダイレクトに提示した好いタイミングである。

 ギャハハ、『馬脚を曝け出したり~!! 民主党の非力・日本の厄介者』とでも、云いましょうかね。一向に注目されなかった民主党代表選は、結果としてはドジョウ総理の大差を以っての圧勝ではあるが、余りにも滑稽である。何故なら、それは目前に迫っている永久凍土に深く埋められ様としている『嘗ての社会党の様な末路』の<既知感>でもあろうか。

 NHKの大河ドラマの平清盛が放映中ではあるが、<強者必滅の奢る平氏の哀れ観>など連想も出来ぬ『異端政党の烙印』でしかあるまい。因みに天皇・朝庭を王家などと云って憚らなかった異端の大河ドラマは、笑止千万の反日ドラマであったから、早々にグットバイしちゃい居ましたけどね。

 アッシャ、単純馬鹿のお天道様信望者でアリンスから、正にお天道様のお遣りに為る事は、人知を越えて<天網恢恢疎にして漏らさず>の感頻りなんですがね。イッヒッヒ!!

心何処ーショート ハハハ、これも訪問者?? 
             ハハハ、これも訪問者?(9/20/12)
「おお。びっくりしたなぁ~。もう。」
二畳小部屋に入ると、バサバサと突然の羽音である。キジバトが一羽紛れ込んで居た。

 顔見知りの所為だろうか、余りパニ喰った様子も無いから、この際、私が人畜無害の存在である事を知って貰う上から、暫く同部屋と致そうか。米と水を椅子の上に置いて遣るとしよう。

 鳥と人間間の無害の証明は、中々に難しい。然れば、通訳を介在させて見るか・・・ 人畜無害の同意者として、玄関から鳥籠を一つ持って来て、軒下に吊るす。その効果は??と、面と向かって観察するのは不躾と云う物である。

 へへへ、此処は大人の対応である。何時も通りに携帯ラジオを付けて、アメリカンコーヒーを飲みながら、素知らぬ態度でPC打ちを始める。

 キジバトは小窓の縁に止まったまま、緊張して大人しくして居る。半日蔭の鳥籠では、久し振りの外の空気の旨さに、ブンチャカ、ピィーピィーと止まり木を渡って、小気味好く囀りをして居る。雨に潤った庭には、秋色の日差しの中をシジミチョウ、タテハチョウが、緩々と飛んで居る。キチョウも仲間入りした。

 庭に置いた鉢では、二度目のカワラナデシコのピンク、白の小花が咲いて居る。松葉牡丹も、飽きずに黄、オレンジ、赤の花を咲かしている。庭の雑草の中には、濃い青のツユクサが顔を覗かしている。羽に光を反射させて、トンボがテレビアンテナに止まっている。廊下の日向では、キリギリスの柔らかな声がして居る。

 カサカサ動いて居たキジバトの若鳥は、私の方を向いてじっとして居る。僅かばかりの風に乗って、ナミアゲハがヒラヒラ庭を横切って行く。暑くなって来て、Tシャツを脱ぐ。

<さてさて、お前さん、何時でも飛んで行けよ。窓を全開にして、私はPC打ちである。>

<これこれ、そっちは網が貼ってあるから、出れんぞね。>

 外のホーホーの声に反応して居るから、親鳥or兄弟鳥が心配して居るのだろう。

      仕方なく、若鳥を捉まえて、窓から逃がして遣る事にする。

<これこれ、取って喰おうとせん、安心しな。気に入ったら、何時でも遊びに来な。>

   ソオ~と放して遣ると、一直線に旧禽舎に飛んで屋根の上に止まった。

 乳離れ、親離れの数日は、幾分のハプニング続きで、親も子も大変な経験の連続なのであろう。藁巣の中の一羽は、昨日も出て居た。大分成長して来たから、自由にさせて置く。狭い鳥籠の中で在るから、危険も餌の喰い逸れも無いのであるからして。

 先日の凌祐も脳の新陳代謝活発期なのであろう。片手上げての<オッ>の男同士の挨拶からも脱皮して、トコトコ家中を歩き回って居る。その姿にも、堂が入って来て自分独自のマイペースの落ち着きすら見せて居た物である。

 自分でトイレに行け、自分で食べれて、言葉での意思疎通が出来る様に為れば、孫遊びが出来ると云う物である。

 倅曰く、『物心付いた頃から、俺はオヤジの後を追って居た。親父と婆ちゃんに育てられた様な物』との事であった。どんなDNAが伝わって居るものやら・・・ではあるが、人間の大きな喜びの中には、<他に影響を与える>と云った喜びが、心奥にデンと存在して居る事には間違いの無い処である。

 付くも在れば、離れるも在る。兎角、この世は、願い通りには事は進まぬ世界故であるからして。願わくば男同士であるから、番から気質の以心伝心の利く人間に育って貰いたい物である。筋が良ければ、鍛え甲斐があると云う物である。さてさて、如何為ります事やら・・・へへへ。

   照りの去った四畳半定位置に戻れば、チリリンの風鈴が迎えて呉れた。


心何処ーショート 物を打つには、好い具合である。
           物を打つには、好い具合である。(9/19/12)
 期待外れの雨は、夜、少し降っただけである。雷神さんも、それでは気が退けたのだろう。深夜に成って、本格的雨と成った。朝は霧雨である。庭の草木は一気に蘇り、涼しい曇天の一日が始まっている。流石に涼し過ぎて、長ズボンにTシャツとする。子育て籠は5羽の大所帯で在るから、朝からジャジャジャと煩い限りである。餌と水、青菜の補充は確りして置かねば為らない。やれやれ・・・

 へへへ、また一匹が藁巣から出ている。今日は涼しいぞよ。狭い鳥籠に無骨な手を入れて、雛鳥を藁巣に入れて遣ろうとするが、雛には一向にその気が無いらしい。何度も繰り返して、漸く藁巣の中に入った。

               ったく、手の掛るヤツっちゃ~。

 台所仕事を始めて居ると、老母がヨロヨロと湯呑、急須を持って置きに来る。これも同じ屋根の下で暮らす<協働行為の交換>と云う意味合いを持って居ると云って良かろう。「はいはい、アリガトさんね。」である。朝の食事をして、言葉を交わし自室に戻る。

 テレビでは尖閣の事はスルーしていたから、映像には映し出されて居ない日本の海保の防御態勢が良かったのだろう。中狂艦艇11に対して、それに同等するか、それ以上の艦艇が尖閣の海で待ち構えて居て、空には警戒機、ヘリコプターがブンブン飛び交って居たに違いあるまい。
 中狂国の蛮行を慮っての『政府配慮』なのではあろうが、日本国民にだって、正当な国民意識が存在するのである。政府が発信する対中国、対日本国民へのバランス感覚の悪さには、ほとほと嫌気が差して仕舞う。日本の防衛行動を日本国民に発して、安堵させるのも政府の仕事だと思うのであるが・・・一色さんが、公開した尖閣ビデオが、反中国暴動に発展したなんて報道は一切無かったと記憶して居るんですがね。違いましたかね。ドジョウさんに、イボイボさん。アンタ方、一体何処の国の総理と官房長官なんでしょうかね。

 中国の軍隊の本態は、匪賊の伝統を踏襲して居るから、ヤバいと思うと逃げるだけの事である。そんな軍組織であるから、敵前逃亡を銃撃阻止する為に、戦闘を督促する為の<督戦隊>為る実戦部隊が存在して居るのである。
<相手が弱いと見ると、徹底して威気高々と為って蛮行の限りを尽くす。=溺れた犬は、徹底して叩け。> その歴史的、DNA的体質の証左は、中国全土50都市で襲撃、焼き打ち、略奪に及んだデモ群衆を見れば、それは一目瞭然の匪賊体質でしょうが。

 陰では英国、独国、仏国、伊国有名ブランド店も、ぶち壊し、略奪被害に遭って居るのであるからして、中狂国は、ピンからキリまで旧態依然の匪賊文明文化としか言い様が在るまい。これは取りも直さず、<平時の公共心の無さ、下品さ>は、『有事の際の匪賊体質』なのである。

 国内にマグマとしてボコボコと沸き立つ欲求不満のマグマ溜まりの真因は、赤い征服王朝・中国共産党、貧富の差、都市部と内陸部を遮断する統制と云う名の下の国内移動ビザ、それに伴う都市部の内陸部への身分的搾取=賃金格差でしょうが。
 土地の国家独占、制度的身分格差に依る低賃金労働者数、外資・外国技術・管理システムに依拠するだけの置屋経営をして来たのが、中狂国家資本主義の化けの皮でしかあるまい。成長率6~7%は、取りも直さず外資への金利負担に連動するのであるから、経済成長率がそれを下回れば、金利支払いを維持出来なくて、中狂国家の資金繰りが苦しく為るだけの話で在る。

<個利個略>の伝統国・先進国体質が、自前王朝、征服王朝と時空を泳いで来たのが、中国と云う大地だけで在ったのであるからして、共産党幹部の海外資産隠しは、フィリピン建国の父にしてドロボー・マルコスと云われたマルコス・イメルダ夫婦の比では無いのである。インドネシア建国の父・スカルノ&第三夫人にも、同様の個利個略が在ったと思うんですがね。へへへ。

 話が脱線しちゃいましたが、マスコミ、学者、識者、コメンテーター諸氏諸侯の『大人の対応』なんて、糞の役にも立たない戯言にばかり耳を傾けて居たら、とんでもない事に為りまするわね。

 非暴力のガンジーさんを産んだインドだって、国力の無い時は、非服従・非暴力の抵抗運動に徹して、将来の投資として頭脳立国を黙々と種蒔きをして国力を付けて、今や頭脳立国として、そして原爆保持国として、目覚ましい発展を遂げているではありませんか。

 状況下に応じた現有の有限の中に、如何に知恵と努力を傾注して、文武両道の道を築き上げて行くかが、『独立自尊国家の在るべき姿』であろう。自民党総裁選に名乗りを上げた安部晋三さん、林芳正さんは、好いですねぇ。

 林さんの<外交とは、握手の手でギュゥと確り相手の魂胆、相手から情報を取る。もう一方の手は握り拳を握って、来るなら来い。叩きのめして遣るの気概を示す事。>

 これって、『当たり前の人間付き合い、国家付き合い』ですよね。当たり前の事に、丸で幼児に説明する様に、何で一々言を多投しなくちゃ行けないんでしょうかね。これって、慇懃無礼を通り越して、下衆の高慢・傲慢の極致じゃないですかね。こんな場合の、市井貧民の口上としては、只一言。『手前ら、何様と勘違いしとるんじゃい。口数は不要。実績で勝負しな!!』ですがな。

 自民の候補者に対して、民主の格落ち現実は、日本人の一人として許し難い限りで在りまするわね。真に往生際の悪い<鵜合の衆愚政党>である。四の五の言わず、解散して自らの墓穴を永久凍土に掘れば良いだけの事である。

 馬鹿丸出しで、被害に遭った中狂国の匪賊映像オンパレードばかりをテレビに垂れ流し、中狂船団1000隻の船出シーンを映し出す。然しながら、尖閣の海に、未だ現れず。

 デカイ声じゃ言えませんが、中狂赤い征服王朝のデモなんざぁ、日本の御蔭で何万、何十万の民衆デモが許可されたのでしょうが。自分達の手では、デモなんか許可の許の字も出ませんわね。それを何だ~、デモ行進だけで満足しないで火付け盗賊と来た日にぁ、恩知らず処じゃゴザンせん。正真正銘の忘八者の類ですがな。(※忘八者とは、八つの徳、「孝、 悌、忠、信、礼、義、廉、恥」を全て忘れた無法者、人にして人に非ず。って事ですが。)

 雑学に依れば、中央集権国家の地方官吏の給料は微々たる物。課税権を与えて、政府取り分以外は、自分の物にして一族郎党を養え。軍隊と云えども地方の軍閥連合軍。勿論兵隊共は現地調達で『女も賄え』と云うのが、その実態であったらしい。

 馬鹿野郎が、何が<従軍慰安婦は人道に於ける罪>じゃい。有料売春婦と強姦・輪姦とでは、どっちが性質が悪いのか。そんな事は未就学幼児だって、判断が付きまするわね。

※大学進学率では、韓国72・5%、日本56・8%、中国23%との事である。米国52・1%、英国62・6%、仏国41・0%、独国24・8%、インド国11%。人間の学識がベルトコンベアで量産されると妄信して居る処が、凄まじい限りである。要は、大学進学率と学力・学識・民度の相関関係は、大いに疑問視される状況と云う事であろう。
 へへへ、知識・技能教育にも増して、本来の教育の本義は、人間としての徳目教育の裏付けが無ければ、ただ単に鬼っ子をベルトコンベヤーで量産するだけの悲劇でしょうが。

 さて、本題に戻れば、何の事は無い。彼等彼女等は国家公認の匪賊集団なのである。土台、匪賊集団で無ければ、『督戦隊』無なんて発想が、そもそも出て来る訳が無いのである。こんな風に、頭の雑学を編み込んで行くと、略奪する者と略奪される者の二分化、対立が、中国の歴史実態なのであろう。

 日頃の腹癒せに、日本車をひっくり返し、壊し、工場、スーパーを襲って、放火・略奪の限りを尽くす何万・何十万の暴徒は、これ即ち『匪賊の末裔達』でしかあるまい。
 こんな現象下では、<長谷川平蔵の火盗改めの御用提灯>が、幾重にも浮かび立つ処ではあるが、中狂版火盗改め隊には督戦隊がセットされて居ないから、丸で遣る気の無い事夥(おびただ)しい限りであった。
 合体(がたい)の頑丈な人相の悪い中年男がデモ群衆には、多々写って居た。ありゃ、日本の時代劇ばかり見て居る目からすれば、<私服を着込んだその筋の者>である。時代劇なら、略奪集団の『内部手引き者』に違いあるまい。いや、それよりも伝統を加味して想像すれば、これも<デモ督戦隊の部隊員>と観た方が、妄想論理に整合性が付く処でもある。

 小学校の授業ならいざ知らず、中学、高校、大学の歴史・経済・政治の授業の『零れ話の一つ』に、この位のヤブ睨み私見でも披露してくれる教師さんが居たら、授業はもっともっと面白くも為るし、教師さんも少しは一目を置かれる存在とも為ろう。

 年号覚え、事件覚えだけでは、生徒の一生の趣味雑学の扉はノックされませんでしょうに。歴史は人類の、その民族・国民の履歴書見たいな物である。時代と云う背景を背負った経済・政治・外交・軍事の総合態が形を現わして居る記録である。自ら学び、教えたい願望の強い人が、数多の職業群から教師を選択したのである。少しは生徒、世間様の足しに為る、教師の道を歩んで行って貰いたい物である。へへへ。

「こんにちは~。ヤクルトで~す。元気にしてました~?」
「はいはい、ちよっと、待ってておくれや~。」

 さてさて、取り留めの無い駄文打ちである。この位で、止めて置きましょうかね。
本日も長駄文の館へのお運び、感謝感謝に絶えません。最後までお付き合い為されて、ご苦労様でした。

心何処ーショート 雷神さん…降るか降らぬか??
          雷神さん・・・降るか降らぬか?? (9/18/12)
 アジャジャ・・・肝心要の煙草を買って来るのを忘れて仕舞った。愈々(いよいよ)以って、吾が身は黄昏予備軍である。昨日は一日、藁巣から出て仕舞い外で過ごした雛二匹を、藁巣の中に入れて遣る。風呂を老母に譲って、その間に個人スーパー買い出し後の一仕事をして、玄関鳥を見れば藁巣の縁に止まっている一匹が居る。狭い藁巣と比べると下界は、広かった?と云う事かも知れない。小鳥の成長は、早い物である。

 雨の兆しは一切無いが、台風の影響か? 風一杯の日が昨日から続いている。週末はお彼岸である。それにしても、私は本日も裸ん棒で在る。前回、老母には好評で在った切干芋でもセットすると致そうか。少しは、冷めた事であろう。

 煙草買いは夜散歩時に回して、午後はのんびり過ごそう。本を読むか、クラシック映画を見るか。そんな事を思案して居ると、曇り空と成って来た。まぁ、する事が無いから、米を研いで、水配りでもして置くか。

 たっぷりと水配りをして、煙草を買いに行く方々、久し振りの昼散歩に出掛ける事にした。空には南の山際に塗り残し、全体の1/5弱の青空の空間が浮かんで居る。涼しい風が吹き渡って居る。柿の青実、クルミの青実も大きく為って居る。矢張り、秋には違いない。

 個人スーパーには、煙草は一つしか無かった。ネギを買って、浅間温泉のコンビニまで足を伸ばす事にする。共同風呂の横を通ると、内部の声が響いている。手押し車を押して老女が風呂に行こうとしている。熱い湯で在るから、私の温泉銭湯通いは未だずーと先の事である。

 帰りは河川敷に下りて、ブラブラして行く。すっかり流れが細く為って仕舞った物である。コスモスも伸びて花が風に揺れている。河川敷ではトンボと蝶ばかりが目に付く。既にヤンマの飛行は無く、些か色付き始めたアキアカネとシオカラトンボばかりである。

 葦穂が風にうねり、その中をホオジロが2羽チィツチィツとチョン飛びをしている。きっと、葦原で生まれた兄弟ホオジロなのであろう。何処と無く若鳥の感じがする処である。

 顔にポツリと雨粒を感じた物の、雲の色はまだまだ明るい。流れのとぼった水中には、人影にアブラハヤの逃げ惑う魚影が見える。川の魚達にとっては、1日千秋の思いの雨の潤いであろう。

 雷神さんよ、そう意地を焼かせずに、チョチョイと雨バブルを開いて遣りなされや。根性悪では、尊崇の念は頂戴出来ませんぞえ。気象衛星で雷神さんのずーと真上から、通年の24時間監視されているんで在りまするぞえ。

 幾ら意地悪をして、オボコ娘のご供物を胡坐を掻いて待って居ても、そりぁ叶いませんわね。何しろ、現代のご時世は、全てが丸裸にひん剥かれて観察されているご時世ですわね。悪さ、祟りの雷神さんよりも、温情豊かな雷ちゃんの方が、好うござんすよ。


心何処ーショート 人間、エテ公に成り下ったら、進化論が台無しである。
    人間、エテ公に成り下がったら、進化論が台無しである。(9/17/12)
 日中の暑さにばかり気を取られて居る内に、ミネゾ(イチイ)の赤い小さな実が付いている。間違い無く、秋なのである。昨夕の水遣り時には面白い出来事が在った。二畳小部屋からの眺めが悪い。

 気に為って居た楓のツンツンと伸びた枝を刈って遣ろうと思いつつも、脚立作業は未だしたく無い。それで、先日高枝鋏で枝切りをして居た事を思い出した。幸い、曇り空であったので、庭掃き、草むしりをしようと思い早い時間からの長ズボン・長袖・長靴・軍手作業を始めた次第である。

 いやはや、庭は蚊だらけである。先日T差し入れのキャプは、こんな時の優れ物である。

 それが終わって、日課の水遣りに移行する。不要の石で囲ったマツバボタンの花壇の石が、コ゜ロンと道に転がって居る。それに伴って、マツバボタンがゴッソリと車輪に轢かれ、無残を晒して居た。困った物である。
 転がった石を入れ、花壇の修正をして水入り作業を続行して居ると、道で音がした。その方を見ると、携帯メールを打ちながら自転車を片手運転して行く高校生らしい少年が上に乗って行く姿が在った。道に出ると、アッジャ~!! 再び石が大きく動いている。

 状況判断からすると、メールに夢中に為って居て、花壇に自転車をぶつけて仕舞ったと思われる。現行犯なら、退屈凌ぎに、ちょいと怖い顔をして原形回復をさせて遣るのだが・・・ 勿体無い事をして仕舞った。とほほにして、コンニャロ~メである。

 遠ざかる自転車少年は、携帯を片手にチャカチャカ、何も無かった様な後ろ姿なのであるから、鈍感・無関心・無責任の極致と云って良かろう。いやはや、驚き腿の木、ナンジャラホイ??。

 其処へ行くと、私なんぞは、風体人相こそ凶暴ではあるが、何処へ出しても真面目なものである。物に囲まれて生活する現代生き物とは、不思議なエテ公 (エテ公=猿公) である。エテ公なんて、何十年か振りに思い出した単語である。番から男子高時代、良く唄った戯れ唄の一説に出て来る語句である。へへへ、懐かしい言葉を思い出した物である。

   寄る歳波ですっかり唄の文句は出て来ないが、多分以下の通りであった。

         ♪一つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
      独りするのを、マスタ~ベーションと申します~。
      紙を手にして、せにゃ為らん。手手が汚れます~。♪

             ・・・中略・・・

          ♪八つ出ました、ヨサホイのホイホイ。
        山でするのを、マウンテンおそそと申します~。
       エテに隠れて、せにぁ為らぬ。エテが真似します~。♪

 戯れ唄の要旨は、例え『手淫の如き個人趣味』で在っても、人間たるもの周囲に充分気を配る事は勿論の事、物事の忖度(そんたく)をして例えば、<度を弁えない猿>にも配慮して行為をすべきなのであるとの『番から戒め唄』なのである。

 はい、これを現代携帯遊びに転用すれば、携帯遊びに夢中に為って仕舞えば、転落死、事故死に持って行かれるばかりで在りまする。何か、今ご時世とは<物に埋もれて独り遊びに耽るエテ公文化>見たいな、哀しい現実なんでしょうかね。

 日本の独りエテ公に、中韓国の集団ヒステリックエテ公と・・・ 人間は、先祖の共通項在りと云えども、エテ公とは違うんですから、もっとっ当に、真面目に生きたい物でアリンスわね。

  戯けが、人間、エテ公に成り下がったら、進化論が台無しじゃい!! アホンダラ。

                 『こんにちは!!』

   本日、敬老の日。倅ファミリーが、手作り寿司飯の昼飯持参で、ご登場である。


心何処ーショート 日曜日、老母相手に漫談一つ。
           日曜日、老母を相手に漫談一つ。(9/16/12)
「そうか、婆さんに、キノコご飯でも食べさせて遣るか。」
「それが、大した物だ。俺なんか、出来合いの具を入れて、チャチャでお終いだぜや。」
「うん、婆さんが作って呉れたヤツが頭に在るから、それのお浚いだわね。手作りでもしないと時間潰しが出来ないし、脳味噌が腐るからな。へへへ。」

 炊き上がった飯に、夜仕込んで置いた具を入れて、掻き混ぜて蒸らす。その間に、玄関鳥の世話をする。昨日の夜は、鳥のパニックに籠の中を見ると、ヒナが一羽藁巣から飛び出して居た。目が開いて下界が見えると、何かとアクシデントが生じる物なのであろう。三羽とも異常が無いから一安心である。味噌汁の具を千切って来て、漬け物とカマボコで朝飯である。

 日曜日であるから、老母の部屋に長居をしてテレビ報道を見る。へへへ、中狂さんも<性懲りも無く>暴れ狂って呉れるものである。

「如何して、こんな気違いじみた事が出来るんだろうね。付き合っちゃ行け無い国だね。」

「ああ、その通りだね。<軽症馬鹿に付ける薬が無い>んだから、致命症気違いに付ける薬なんぞは、端から無いわね。気違い振りを全世界に発信して『自滅』して行くのが、一番の早道って事さね。ドンドン遣らかしぁ良いんだよ。

 9・11の時には、爆弾テロ騒ぎで、海外旅行客が蜘蛛の子見たいに退いてさ、飛行機は空っぽさね。あの頃はサイパンに行って居たんだけど、余りのチャイニーズ・ガールがのさばって、チャイニーズがガラパンを買い占めちゃって、顰蹙を買って居たんだけど、あの事件の煽りを受けて、閑古鳥→客層の大変化→チャイニーズガールの出稼ぎ移転⇔地元のチャイニーズ排斥に繋がって、『サイパン浄化』に繋がったって商例も観察して来たわね。

<過ぎたるは及ばざりし。>って事が、シナの連中には分からないのさね。経済大国中国・韓国って云って見ても、所詮はチープレイバーの日本部品輸入での『組立て工場国』でしょうが。
 レアメタル禁輸の大見え切ってもさ、東日本の大震災で東北工場が操業停止したら、世界の工場がストップしたでしょうに。現代のグローバリゼーションなんて云ったって、全てが原料・部品・組立て・消費って、<点と線で結ばれた世界網>でしょうに。

 一国だけの絶対勝国、絶対強国なんて図式には為っちゃ居らんわね。天に唾吐けば、自分の頭に落ちて来るんですわ。<馬鹿には体験のお灸、気違いは、発狂死>して貰うしか無いでしょうに。日本人は、下らん事にチマチマ騒ぎ過ぎるんだわさ。<騒ぐ事が、時代の先端だと勘違い>をしている。あんな物ぁ、放っときぁ、良いんだわさ。領海に入って来たら、ドカンと粛々と沈めて遣る。単純明快だわね。へへへ。」

「それで良いのかね。情けないね。」

「だってさ、朝青竜なんて凄い横綱が居たけどさ。とんでもないヤツだったけど、何しろ強かった。師匠の朝潮もタイテノコラサだったし、協会も稼ぎ頭の朝青竜さね。日本人の大半の者が<コンチクショーメ、この下衆野郎!! 心技体の日本の神事・国技をパフォーマンスと金儲けの手段にして居る遣がる。>と思って居ても、土俵上じゃ、みんな片っ端から『粉砕』されちゃうんだから、一種の『厄病神』だったろう。でもさ、増長寺の増長魔王も、増長し過ぎて自分からコケちゃいましたわね。アハハ。

 まぁ、見ててみな、増長中狂国も増長ヒビで表面の皮膚は、もうアカギレ、ヒビ割れで、何時までも14億の気違い、貧富の差マグマを閉じ込めちゃ居れんわね。一気に亀裂が走って大爆発してさ、大暴動に発展して、紅衛兵の暴徒の大行進に為って『自滅の分裂国家』に為るって事さね。。」

「それに、日本の経済大躍進時代にはさ。アメちゃんが日本の車をハンマーで叩き壊して、凄い騒ぎだったじゃないの。その前のアジアじゃ、タイがさ、日本製品ボイコットで同じ様な騒ぎが在った。ありゃ、俺が大学の頃さね。
 俺は還暦半ばで活字の歴史しか知らないけど、人間ってヤツは活字知識より、経験・体験、視覚と云うのは、知識以上に直接的な判断基準に為る物だわね。経験・体験、視覚がさ、活字知識の世界を類似観点から<歴史事象を遡上>するものさね。
 
 だからさ、紅衛兵の時には黄巾の乱、紅巾の乱、義和団の乱、上海の坑日暴動なんかの歴史を遡る事も実写出来たしさ。大東亜戦争前のアメちゃんのヒステリックな日本人苛めだとか、白人至上主義者の人種差別結社の3K団の事とかさ、ベトナムのソンミ村虐殺事件なんかで広島、長崎の原爆実験なんかも考える事も出来たし、湾岸、イラク戦争、パキスタン侵入でのビンラビン報復殺害事件なんて物も、根っこに潜む好戦体質、粘質性体質、有色人種への差別体質も垣間見えて来るしさ。

 何て云ったって、大航海時代の白人野盗船団・集団が、南北米大陸侵略を<新大陸発見>と歴史教科書に刻んで仕舞うだから、何万年、何千年の先住者北米インディアン、南米インディオのインカの人達は堪った物じゃないわさ。

 歴史教科書は、云って見れば勝者に依る都合の好い事の羅列・正史の記述だからね。正史の行間を読むのが、稗史の存在であり、自分の体験・経験、ニュース映像でしょうが。

 上っ面のペンキは、時代時代に流行りの彩りを替えて見てもさ、時々ポロッと剥がれるものさね。鼻ボコ提灯で寝てさえ居なければ、一般人目にも、その剥がれた素地が見えて来る時がチョコチョコ出て来るもんせ。

 へへへ、土台の素顔は、云って見りゃ、<厚化粧女のスッピン顔>さね。正直な本性を見せているんだわさ。それが、観察の面白さって事さね。はい、以上、本日の講義は終了。

 そうそう、中狂様直接配布の尖閣海洋巡視船映像なんかは、北京五輪の口パク映像、CG画像って『合成・作り物画像』かも知れないよ。土台、緊迫の尖閣の海に、日本の海保の飛行機、巡視艦が写って居ないのが、何んとも緊迫感の欠ける映像ですわな。報道映像には、緊迫感を映し出してこそ、臨場感ある報道の真実性が演出されるのにね。

 へへ、名取裕子さんじゃ無いけど、<これ、ロートルオッサンの勘>だけどね。本当に尖閣の実際映像とは限らんぜや。何しろ白髪三千丈、嘘も正々堂々と百回吐けば、真実と為るお国柄だぜね。96にも為って、コロリと騙されちゃ行けねぇよ。あい~。」

 あれあれ、太陽さんがもうカンカン照りでヤンすわね。昨夕は、たっぷりと水運びをした処ではあるが、台風は沖縄から北上して朝鮮半島から、ウラジオストクを覆うとの模様。本日もたっぷりの水運びに為りそうである。


心何処ーショート いやはや、日中の暑い事・・・ 
            いやはや、日中の暑い事・・・(9/15/12)
 今朝は、庭の野鳥の声で起こされた。障子を開けて、鳥影を探すが分からない。きっとシジュウカラと思われるが、鳥の声も、その姿が見えないと面白くは無い処である。玄関では、雛達の元気な餌強請りの声が響いている。ふぅ~、起きるか。

 昨夕は面白い事が一つあった。四畳半に居ると、補助輪付き幼児自転車に乗った女の子が、ジッと部屋を覗いて居る。私と目が合うと、舌を出して生意気顔で私を見て居る。童女如きに負けて居ては、今まで生きて来た価値が無い。
 従って、私も負けじとばかりに舌を出して、アッカンベーをして遣ると、喰らい付いて来た。窓辺に席を移動させて、絵ファイルが在ったから、出窓でファイルの頁を紙芝居風に捲って行くと、目を見張って真剣顔である。

「絵は好きかい?」
「うん。」

 童女(わらべこ)はすっかり絵に引き込まれて、先程の憎まれっ子顔は跡形も無く消え去って居る。ははは、単純と云うか可愛い物である。自転車を立てて見ようとするのだが、何度も倒して仕舞う。へへへ、未だ荷が勝ち過ぎるか・・・である。

「何処の子だい? 家は?」
「あっちいって、まがって、むこうをまがって」←そうかね。<あっち向いて、ホイじゃ>なくて良かったわいね。アハハ。
「そうか、幾つ?」
「ごさい。なまえは、○☆」

 へへへ、五歳であるか。知恵が付いて来ると、生意気顔をしたいし、興味のある事には真剣なのである。人間の成長とは面白い物である。

「あれだぞ。ベロ出しよりも、素直顔の方が、お前さんには似合うぞ。分かったか~」
「うん、わかった。ありがとう。バイバイ。またくるね。」

 さて、昨日のテレビ報道では無いが、『NHKさんは、何を言っているんじゃい。』の事があった。中狂国の尖閣領土侵犯行動に対してである。排他的水域・領海を出たり入ったりして居ると云うのである。馬鹿な事を言うんじぁありませんわね。

 領海侵犯大デモンストレーションを敢行して、<此処は中国領土であるから、速やかに日本の巡視船は立ち退きなさい。>と国内向け政治的プロタガンダを演出して居るのである。大デモストレーションのコース上に領海域、公海域が在るだけの事であるから、コースを進んで、船首をUターンすれば、『出たり入ったり航行』に為るだけの事である。

 日本領海侵犯を中狂国が<国家船団>を組んで『犯し続けて居る』のであるから、当然にその周辺には日本の海保の巡視船が対峙して居たのである。それを一切写さずに、一方的な中狂国の政治プロタガンダ映像だけを写して、報道しているのである。NHKは取りも直さず<中狂テレビ局日本支社>と言わざるを得まい。全く、不埒千万、情け無い事、夥しい限りの『日本の公共放送組織』である。

 これは誰が見ても、もう<完全に異文化国家の侵略行為>である。最早、話し合う必要など無い。向こうが、一方的に『犯し』に出て来て居るのであるから、日本国は粛々と自衛隊を出動させて、日本領海内で撃沈するのが<当然の自国防衛態度>である。
 言われ無き理不尽・狼藉・凶暴行為で、他人が土足で吾が家に踏み込まれたら、居間に案内して、お茶を出す『馬鹿』が、一体何処に居るのか。

 丸で、暴力団に脅されて、泣き寝入りをしている情け無さである。こんな物は民主主義以前の<成敗>するのが、『人間界の原初的掟』なのである。百歩譲って私人間の殴り合いを避けるのも、一つの道ではあるが、馬鹿も休み休み言い為されや。

 法治国家の安定した秩序を有する国内なら、確りした警察も、裁判所も在るから、公権力に依る違法行為への強制排除→拘束→裁判の手続きに依って、血を見ないで済ます事も出来る。
 然しながら、国連主義、国際協調などと幾ら青筋立てて、力んで見た処で現実の世界とは国同士の紛争に実効力も法の裁きも、功を奏しないのは、現在のシリアの国内紛争を見れば、一目瞭然の沙汰である。

 占領下平和憲法前文の机上理想論の理性的平和願望など、現実の紛争手段解決能力として、どれほどの実効性が在るのか。現実の国連実態に、如何程の法の前の平等が在るのか。少しは、現実と理想文言の乖離幅を『自分の頭』で考えて頂きたい物である。

 国連の正式名称はUNITED NATIONSである。その語源はTHE UNITED NATIONS=第二次世界大戦戦勝国の米・英・ソ連・中の連合国会議でしか無いのである。その証拠に戦勝国が独占する理事国では、それ等の拒否権なる<我欲>が大手を振るって居るではないか。

 偽装中国漁船が海保艦に体当たりをして来たのは、菅無理・民主党代表選の最中であった。上海だか、香港グループだか忘れたが、卑下髭アザラシが上陸したのは、つい先だってである。本日の朝のニュースでは、中狂国は国連に尖閣諸島は、中国領との意見書を提出したと云う。

 次期国家主席の金瓶梅?だか、臭チンピラ?だか、醜近弊害?だか、寄る歳波、健忘症で如何しても思い出せないのであるが、その次期主席の姿は、半月以上も見えないとの事である。共産党・軍・経済は、分裂の予兆満載との見方もあるらしい。
『内憂は、ドカンと大花火で目眩ませの術』と云うのは、古から使い古された来た<張り子の虎政治の常道>である。南シナ海、東シナ海の大花火に、国内では官制ネズミ花火、線香花火の炸裂ゴッコである。

 民主の代表選、自民の総裁選の最中である。落ち目の三度笠、<水に溺れた犬は、徹底的に叩け!!>が、中国、韓国、ロシアの伝統戦法である。これで、自衛隊出動の領土防衛も無く、易々と尖閣上陸がされてしまったら、国会議員全員が国家弱体・衰亡罪で処刑されるべきである。
 何故なら、一年と云う準備期間を不作為の儘で放置して居たのであるから、これは正真正銘の専門家・管理者の重過失=故意なのである。従って、これは取りも直さず、売国奴の所業なのである。

 若し、自民党総裁選で、安部、石破両氏の何れかが総裁に為って、総選挙で民主党が永久凍土の地中深く密閉された暁には、民主党三年に及ぶ大功績として、戦後占領憲法を脱して、名実共に独立国日本の再生の切っ掛けを造ったと云う足跡が、戦後政治史に刻まれる事であろう。内憂外患に明確な道筋を造って、日本は言を重くして、質実剛健の道を歩む端緒として欲しい次第である。反自民での<烏合の衆政治>は、既に役割を終えて居るのであるからして。違いまするかな。皆の衆!!

              さて、本日土曜トーク日である。

   吾が家のキリギリスは、とうとうオス一匹、メス二匹に為って仕舞った。

「あれだね。キリギリスの寿命は、交尾回数と密接な関係があるんだねぇ。俺は、てっきり街場と此処の<気温格差>とばかり考え居たんだけどなぁ~。」

「何をこいてるだ。今頃、気付いたのか。あい~。
 何だって、衣食住事足りて交尾交尾なんかしてたら、<早死>にするぜや。そんな物ぁ、常識のイロハだぜや。Rの常識は、世の非常識だわさ。手前が精力絶倫で、毎日遣らなきゃなんて、『料簡違い』をして居るから、普通に生きられる物を、むざむざと交尾死させちゃうんだよ。
 常識に適った『適度な交尾回数』を維持管理し無くちゃ、飼い主失格だぜや。あれだぜ、ヘルパーのオバちゃんに一匹取られちゃったけど、元気で鳴いてるって云うぜ。」

「そうかい・・・ 俺は、世の中はオスメスが正常生活だと思って居たんだけどな・・・へぇ~、<性の平穏且つ安定の維持管理策>が、裏目に出ちまったかいね。ふ~む。
 そうかそうか・・・三国志の漫画本じゃ、『腎虚の術』なんてのが在ったわな。日本じぁ、<く、ノ、一>忍法・精根吸い出しの術なんて物も在ったからなぁ~、現代風に云えば、『ハニートラップの術』って事だわな。そうかそうか・・・ 
 う~む。恐るべし、且つ哀しや、俺の用意した飼育ケースは、『吸いマンの檻』だったか・・・そりぁ、悪い事をしたもんだ。」

「当たり前じゃないか。<Rさん一番のスケベ、ゼツリンオトコ、ストロング、ロングタイム、ビック、ワイルド、メニータイム。私、疲れる。ココ痛い痛いよ。私、オロナイン軟膏一杯イッパイ必要のコトよ。> 天網恢恢疎にして漏らさず、『星は何でも知ってる』だぜや。
 この馬鹿垂が、東洋サイズとロシアサイズの区別も付かん様じゃ、学習能力ゼロだんべさ。あい~。」

「何をこきゃがる。見て来た様な事を言うじゃ無ぇか。人聞きの悪い事を言うな。」

「この馬鹿野郎が、俺ぁ、全部裏取り調査、聞き取り調査してるぜや~。あい~。」

 へへへ、まぁ、本日トークの核心部分は、充分意見交換をした処でもあるからして、これもブレイクタイムのお遊びである。真に受けちゃ行けませんわね。ギャハハ!!

 帰りに、自家製粕漬けのお裾分けをして、婆さん用のお多福豆の煮マメをの試食をさせる。

「今年の柿の付きは、如何だい? 期待してるぜや。」
「あいあい、今年は為り年だから、待ってましょや。あい~。」

 それにしても、九月半ばなのに、30℃超えとは参りまするわね。夕刻の水運びは、欠かせない日課である。


心何処ーショート コロコロ、リ~。
               コロコロ、リ~。(9/14/12)
 朝食時に、粕漬け用のナス、キュウリの漬かり具合を見る為に、食卓に出す。実は本瓜の塩漬けを粕漬けにしたのだが、塩抜きが不十分で大失敗の巻だったのである。未だ、粕が半分残って居るので、ナス、キュウリの大量買いで再挑戦の魂胆なのである。連日の30℃超えであるから、漬け物の本義・保存も儘為らぬから、塩甘で軽く漬けてサッサと食する予定である。貧民食卓は漬け物さえ在れば、飯が食えるのである。

 年代物の蓋の欠けた漬け物壺が在る。重しの掛った浅漬けを水洗いして、水気を取って粕に砂糖を捏ねて、ナス、キュウリの順に壺に入れ込んで、上部にたっぷりの粕を敷いて、完了である。へへへ、笑っちゃうくらいのドンピッタリの収まり具合である。

 いやはや、如何やら、私にはお天道様が付いて居て下さる様である。冷蔵庫には入らないから、家の冷所で寝かせる。

      そんな家事を済ませて、老母の注いでくれたお茶を頂戴する。

 風呂に火を付けて置いたから、漫談でもして時間潰しでもするべしである。若者も、この不景気で仕事も無い。日本はこの先如何為って行くのかと御質問である。

「仕事が無くて、金が稼げないなら、自給自足をするしかあるめいよ。過疎地の崩壊村落で、自然農法、人力農法するしか無ぇよ。源氏に負けた平氏の落人村、メイフラワー号、西部開拓史をするよりは、恵まれて居るぜや。何て云ったって、生活、農業の跡が在るんだもの。黙々と自然の中に身を置いて、自給自足をするだわね。

 そう為りゃ、あれだよ。蛇、イノシシ、シカ、クマなんて、怖いなんて入っちゃ居られんぜや。貴重な動物たんぱく質だぜや。<此処で出遭ったが100年目だ。絶対に逃がしゃしねぇ!!>とっ捕まえて、干し肉にして、長い冬を細々と越冬するだいね。
 実りの秋なんて悠長な事は、言っちゃ居れんわね。実る時は、何でもかんでも、一切待っちゃ呉れ無ぇから、乾燥させて、塩漬けにして、大変だよ。薪も作らなくちゃ無んねぇし、公務員安泰の戯け教頭見たぇに<出張盗撮>なんか、そんな暇は一切無ぇわね。

 それにエコ、自然エネルギーの時代だわさ。省エネの温泉見付けてさ。冬の住処も確保し無くちゃ駄目さや。自給自足は、親分無しの子分無しが日常生活だわさ、如何するだいね。あい~。」

「お前、蛇嫌いだっんじゃないかい? イノシシ、クマなんか、殺されちゃうよ。」

「馬鹿こいちゃ行けねぇやね。俺だって、飢餓死が懸かってるんだ。あれだ、原始の時代にぁ、マンモスとだって死闘を繰り広げて居たんだわね。そんな軟な根性で、自給自足が出来る訳が無ぇわね。
 それが嫌だったら、職業なんか選んで居たら、罰が当たるぜや。蛇何ざぁ、棒を持ってりゃ脳天唐竹割りで、皮ひん剥いて、バーベキューだわね。背に腹は代えられねぇよ。カエル、ネズミ、モグラ、バッタ、コオロギだって、ムシャムシャよ。体裁ぶってたら、越冬も越夏も出来わね。ギャハハ!!」

「私ぁ、もう96だから、そんな怖い生活は出来無いよ。」

「何を当たり前の事を言うだいな。そんな物ぁ、姥捨て山に行くか、キリギリス見たいに、壊疽死するか、それが自給自足の掟ってもんずらい。所詮、人間も動物の一種だわね。あれだぞ、キリギリスもオス1匹にメス2匹に為っちゃったから、寂しい物さね。」

「お前は一人で自給自足かい? 女が居ないと寂しいよ。如何するの、女が好きな癖して。アハハ。」

「何をこきゃがる。女を飼う余裕なんか自給自足にある訳無いだろ。蛇、猪、鹿、熊も二倍捕らなきゃ、喰ってけねぇズラ。そう為りぁ、危険度は二乗、三乗だぜや。そんな事してたら、俺ぁ、過労死で2年も持た無ぇわさ。花より団子は、平時の心得。女より餓死避けが、有事の心得だんね。
 キリギリスだって、ギース・チョン・ギースなんて、夏の風流を愉しむ余裕なんか無ぇズラ。取る片っ端から、胃袋に入れ無くちゃ生きられんぜや。趣味より実益が、自給自足の鉄則だわね。従って、女は要らねぇよ。

 へへへ、自給自足の原始の世界に、お里帰りをするとさね。原始動物見たいに、雌雄同体の術を繰り出す物さね。俺ぁ、賄い夫生活で、この頃じゃ、すっかり男を忘れて中性って物だわね。困った生き物に為っちまったわね。あい~。」
 
 遺憾いかん・・・またまた糞婆にキリギリスの話をして仕舞ったから、こりぁ~、何処かでしっぺ返しを喰らちゃいまするわな。どうも、四男坊と云う物は、配慮に欠けた物言いをして仕舞う。

        さて、本日の一枚は、コロコロ、リーでありまする。


                  コロコロリー_001

心何処ーショート 早起きに、光は秋色なり。
             早起きに、光は秋色なり。(9/13/12)
 さて、起きるか。本日は資源出しの日である。缶類を持って徒歩で収集場所の公民館まで行く。今日も暑く為りそうである。帰って、玄関鳥の世話をする。藁巣の中の雛達も大分、鳥らしくなって来た。

 まだまだ朝の賄い夫をするには、時間が在り過ぎる。欠伸は出るが、ラジオを聞きながら、モーニングコーヒーを飲みながら、網戸を開けて秋めいて来た光の色を見て居る。

 高校生の早や登校の自転車が、勢い良くカーヴを曲がって行く。窓辺の雑木には、夏バテで枯れた葉が結構隠されている。そんな枯れ葉が、風にカサリと落ちて行く。

 玄関鳥の声は良く響いているが、キリギリスの声は、掠れてとぼり声である。キリギリス達は、一匹死に、また死にを進めている。今年も、良く鳴いて呉れた彼らである。

 お向かいさんの鉢植え植栽の緑が、強かった反射を柔らかな膨張に替えて、その中をシジミチョウが何匹も、チョコマカと飛んで居る。黄蝶も仲間入りした。蝶の寿命は、どの位のものかは一切知らぬが、種類によっては、越冬、越夏する物も居るとの事であるから、意外に長いのだろう。家庭菜園場所では、常駐蝶のタテハチョウ、黄蝶、シジミチョウなどと挨拶を交わして居るのであるからして・・・

 これからの季節、四畳半はキリギリスが居なく為って、暖を欲しがる玄関鳥の窓辺置き、金魚達が目の保養と為る。そんな目で見ると、コメットと流金の大きさには苦笑いを禁じ得ない。同じに買って来た5匹の中で、その二匹は余りにデカ過ぎるほどに為って仕舞った。小さいのと比べると、倍ほどの違いなのであるから、困った物である。

  出勤、登校も済んで、通りでは高枝鋏で枝落としをしている姿が見える。

 ラジオでは32℃超えとの事である。さてさて、粕漬け用のキュウリ、ナスの塩漬けの水は上がっただろうか・・・ へへへ、早く起きた分、腹が減って来た。コーヒーだけでは腹の足しには為らぬからして。

 重しの関係上、塩漬けを別の容器に移してもう1、2日漬けて置くとするか。一日の始動である。

 朝食後は、サツマイモの切り干しは、上手く行った様で老母は、美味い美味いと摘まんでいる様である。へいへい、これも親孝行の内である。ネットのイモをタッパに収納して、部屋に置いて来る。

 部屋から眺める外の陽光の柔らかさに、昼散歩の気分ではあるが、外は充分過ぎるほどの夏日の太陽であるから、散歩はまだ当分、夜散歩を続けるしかあるまい。

 腹が膨れて、一応のご機嫌伺いトークも済ませて来ると、早く起きた分、瞼が重く為って来た。チョイと、寝不足の補填でも致しましょうかね。


心何処ーショート へへへ、或るブログさんからのバトンタッチ。
       へへへ、或るブログさんからのバトンタッチ(9/12/12)
 薄曇りの空は、晴れ渡って穏やかな陽光を見せている。今日も暑くなるとの事ではあるが、家の中は涼しくて秋を感じさせてくれる。久々にゆったりした気分である。

 朝食後、ブログお得意さんのブログに目を通して居ると、御夫婦アルプス登山行、健さんの<あなたへ>の映画感想文が在った。

 先日プロフェショナル・スペシャル版で、<あなたへ>の映画宣伝方々、高倉健さん特集を観て居たから、映画観賞文の映画のあらすじ紹介で、あなたへの映画の内容が実に立体的に浮かび上がって来て、秀作映画だとの感が伝わって来た。

 へへへ、実に好いタイミング記事で在った。其処で、以下の健さんスペシャル感想を打つに及んだ次第でありまする。

 健さんは、<俳優業とは演ずるのでは無く、生き方を役に投影する。それが俳優業だ。>と云った風な思いを語って居たと私は解釈して、一々頷きながら、その番組を老母と観て居た。
 
 人間の生き方・生き様と云うのは、其々が持っている。他人を演じると云うのは、当然に自分の生き方・生き様を通して、役として在る主人公の生き方・生き様との対比、対話を通して、自分と役を『同化して行く過程』であると、健さんは語って居るのだろうと思われる。

 別存在の人間が、全く異質のものを演じられる訳が無いのであるから、健さんは自分が納得して演じられる作品をじっと待つ映画への一途さを持っている『映画人』である。
 その役を演じるのでは無く、飽く迄、その役と同化して、自然体の形・呼吸で映画を撮る為に、その場の空気を体内に入れるべく、台詞・場と云うフレームを自分と同化するまで、現地で散策を重ねて居るのであろう。

 日常生活では絶えず、感性・感受性を鋭く敏感に維持出来る様に、心掛けて居るとの事であった。心技体と同様に感受性・感性を維持して、俳優業とは役に同化して俳優の全部を使って、琴線の共鳴箱を持って観客に映画空間を伝える業なのである。

 そんな俳優を業とする健さんの内で、自分と役が同化した時に、台詞は借り物の台詞では無く、生きた自然の内から生じる言葉、声、表情、行為、行動と為って、其処に存在する。

 きっと、これが<俳優業とは演ずるのでは無く、役者の生き方を役に投影する業(なりわい)>とする、健さんのプロフェショナルなプライドと生き様なのであろう。

 原作、脚本、監督、カメラ、俳優陣、大道具、小道具、照明、編集、現地の自然、人間達の風景・・・etc、それ等の人の思いが、ぎっしり詰まった一本が、名作、秀作、佳作を映画の歴史に刻むのである。

 こんな想いが、<あなたへ>を観たご婦人の本日ブログから、伝わって来た。こんなブログ記事を読むと、『何か得をした良い気分』に為って来るものである。

 演ずるも創るも、技量。作品を観て、感じ、考え、想うも、これまた観る側の技量である。こう云った発見・出合いが繋がるブログ世界とは、中々、奥深くも在り、人間同士の親近感をも運ぶ面白き、愉しき世界でもある。ウッシッシ~。


心何処ーショート やっとの雨は、・・・ 
                やっとの雨は、・・・(9/11/12)
 その1、
 昨夜散歩の時は、多少の雲が在った物の、晴れ渡った夜空であった。花火が上がって居たので、それを見ながらの市街地コースをして来た。O橋の辺りでは、水が涸れようとして居た。夜空を見上げても、当分雨は期待出来ない感想であった。

 夜散歩であるから、コオロギの声が大きく聞こえる。何故かな?と思う。それが如何やら、黒いアスファルトにコオロギ達が出て居たり、道を横切って居るらしくて、それが草叢で鳴くコウロギの音波を乱反射させる事無く、直反射の作用で大きく響かせて居るのだろうと合点した処である。

 先程、通り越した来た町内の民宿旅館には、5組の外人客の名が書かれてあった。丁度、風呂から上がって来た白人女性が、二階への階段を上って行く姿が見られた。

 頭にバスタオルを巻いて、旅館の浴衣を着て居た。当然に、身体が大きいから、浴衣は寸足らずである。それに日本人と違って、白人女体は確りした臀部の持ち主体系であるから、それが何んとも云えぬ面白さが在る。ポッカリと夜の帳に浮き立った民宿旅館のフロントであるから、尚更、面白い構図なのである。
 風呂上がりの若い白人女性なのであるから、きっと、夜のスキンシップに合わせて、ノーパンに違いあるまい。廊下で寝転んで、階段傾斜角を確かめたい物だと、ツイツイ苦笑いの態で在った。

 その一方で、日本の民宿旅館をわざわざ選んで居る程のジャパン・ファンなのであるから、日本の日常の雰囲気を大いに味わって行って貰いたい物である。へへへ、個人的には金毛女体妄想を大いに続けたい物ではあるが、それでは日本のイメージに水を差すと云う物であろう。

 12時に寝て仕舞ったのであるが、4時頃蚊に何箇所も喰われて、その痒みでムヒを塗り、憎き小蚊退治に、アースをシュッシュッの苛立たしさで在った。

 今朝も朝日の暑さで目覚めである。火曜のゴミ収集は意外と早い時間帯であるから、ゴミ出しをして来る。

 昨夕のたっぷりの水遣りに、植物達は活き活きとしている。チンゲン菜、ミニトマト、インゲンを取って、玄関鳥の世話をする。藁巣の中の雛三匹は、すくすく成長して、巣落ちして形の小さかった一匹も、大分ハンディキャプを縮めて来て居る。
 雛達の発散する体温と大きさで、親鳥の保温も必要無く成っている様子で、親鳥達は巣の外に入る時が多く成っている。今日明日にも、雛達の目も開く事だろう。

 食の細い老母との食生活である。買い出しに行くべきか、我慢するべきか・・・そんな事を考えながら、朝の賄い夫始動である。それにしても、今日は馬鹿に蚊に喰い付かれる。雨が欲しいのは山々ではあるが・・・

 朝食後は、そんな話を老母として居ると、灰色雲に覆われて、<さぁ、降っておくんなまし。>と期待して居ると、降って来た。戸、窓を閉め回って、雨の小気味良さにニンマリである。先日のゲリラ豪雨は願い下げではあるが、しっとり長時間の雨が所望なのではあるが、こればかりは『雷神様の気分次第』である。まぁ、私として見れば、夕刻の水遣り解放が叶えば恩の字なのである。

 へへへ、小降りに為って、止む気配である。再び、屠、窓を開けて回り、キリギリス達に、ミニトマトでも振舞うと致しまするかな。降るか、晴れるかは、未定である。

 アジャジャ、南天の小実が雨の滴を溜めて、シジミチョウが飛び、キジバトがホォーホォーと鳴いて御座る。

 その2、
 日記であるから、打ち留めて置く。本日、尖閣諸島の個人所有分が、国に所有権移転の運びと為った。一歩前進であるが、可及的速やかに政権交代に為らねば、<国有化尖閣の実効支配の実>は挙がらない筈である。『無人島の立ち入り禁止実効支配』では、何んとも国費の無策・無駄使いである。

 昨日の民主党代表選に名乗りを上げた赤松先生の談たるや、笑止千万の笑い草で在った。近い内解散の口約束は、民主・自民の代表・総裁が交代すれば、無効との認識である。お前さん、それでは継続体の国家観など皆無の革命新国の過去立ち切り・乗っ取り思想でしかあるまい。いやはや、こんな事を厚顔無知に抜けシャーシャーと言って恥無い体質が、旧社会党書記長にして、口蹄疫処理に馬脚を露呈した<無責任男の真骨頂>なのである。

 こんな人間以下の国会議員に推薦人20人が集まる民主党議員の低質振りは、人心荒廃を写し出して余りある日本の精神行動の一典型なのである。鈍感さ、見掛け倒しの政治家ゴッコ、政治ゴッコは、もうウンザリである。好い加減に政党ごと御破算にして、国家精神の大改造国民運動を起こさねば為るまい。

 嘗ての自由民権運動・民間に熱く巻き起こった憲法起草案同様に、政治家、政党に熱く政治スローガンを叩き付ける程の『国民意志の運動』が必要な時なのでは無いだろうか。

 政府の<平穏且つ安定的な維持管理の為に>の無策不作為の島嶼防衛に、物申すの国民的御旗が石原慎太郎の首都都知事に依って掲げられ、その実態的実効支配策に14・5憶円の10万人を超す浄財が寄付された。国が遣らねば、東京都が遣る!! それが、国民の憂国感情に火を付けた『浄財寄付の核心的要件』であった筈である。
 その具体的諸施設建設に依る実効支配の願望を、丸で反故とするかの様な済し崩し的トーンダウンでの決着振りは、一政治家の実像と虚像の露見と見るべきではあろうか。

 旗振り役が途中で、例え腰砕けのトーンダウンと為っても、それを叱咤激励して、当初の国民的意志の実現に向けて再活動を促すのも、国民の運動でもあろう。
 善くも悪しきも、民意に耳を傾け民意を実行するのが、民主主義下での選良の働き為らば、支えるのも国民であろう。

 然しながら、民意を作り出して民意を利用して、上に立つと云う料簡違いには、『民意の落し前』をきっちり付けるのが、民意の極意で在りましょうや。

 民意を愚意と読み替えて、権力・地位・保身の安泰を図ろうとする個人、組織・集団・政党は、確りと見極めて行かねば、長い物には巻かれろ、寄らば大樹の陰、吾関せずの傍観者、事無かれ主義の<個の悪循環に嵌り込むだけ>の事で在りましょうや。
 デフレスパイラルなんて、経済横文字に頷いて居るばかりでは、閉塞・受動態の負の世界観・社会観の囚われ人に陥るだけでしょうに。何年に一度しか巡って来ない国政参加の選挙には、少しはウォッチングの成果を出しましょうよ。

 或る意味では、旧態依然の<民はこれに由らしむべし、これを知らしむべからず。>のマスコミ紋切り型世論アンケートの欺瞞性を排する事が肝要であろう。国民の手で民意のバロメーターの質問事項が各社異る位の真面目さ、真っ当さをマスコミに実現させなければ、国民の真意など到底斟酌して、世論調査・政策資料にも為りませんわね。

 上から下まで、一様に<良い子振りっ子ゴッコ>をしていても、何にも為りませんわね。『良薬、口に苦し。アメ玉アンポンタン、愚玉、薬屋百儲け。』なんて、戯れ歌は、子供なら誰でも知って居た時代が在ったって云うじゃないですか。

 時には、ヤス熊手、カツオバリで、実力行使をしない事には、国土も国家精神も防衛する事は出来ませんぞよ。国敗れて、占領下日本憲法のみ残る。従軍慰安婦像が、米国・韓国・中国に建てられたとしても、吾が日本国の末裔さん達が、どれほど喜ぶんでしょうかね。

                春望(唐の杜甫)
        国破れて山河在り 城春にして草木深し 
   時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
       烽火(ほうか) 三月に連なり 家書 万金に抵る(あたる)
     白頭 掻けば更に短く  渾(すべ)て簪(しん)に勝えざらんと欲す

 それは都の建物が破壊されたとか、唐室が安禄山に負けたというだけでなく、国が壊された、秩序も破棄され、機構も破られ、人民の拠り所は全くなくなってしまった、という悲しみをさしているようである。
 
 安禄山の乱はその後、史思明親子の乱となって後を引き、完全に片が付くのには九年間かかった。しかも当時にあっては世界随一の大国家であったろう唐朝は、この乱によって極盛期の秩序と威力とを回復する実力を失い、武人は割拠し、ずるずると沈滞していったのだった。つまり唐朝の基盤はこのとき破れたといってよい。国は破れたのである。
homepage1.nifty.com/kjf/China-koji/P-096.htmより、抜粋。

 へへへ、こうは為りたくはありませんわね。それも、戦火に在らずして、それも訳の分からない『口禍』で国を滅ぼして仕舞っては、先祖の墓にも入れて貰えず、亡国の引き金を絞った21Cの日本人達は、無限地獄を彷徨い続け、吾が子孫達はモーゼに引き連れられて、流亡の民と為るんでしょうかね。『日本は日本人だけの物では無い』と鳩ポッポが言うから、ボーダレス、グローバル時代に在っては、国単位の思想も生き方も時代に逆抗するって事でしょうかね。

     俺ぁ、馬鹿だけど、そんなご時世は、真っ平御免でヤンすわね。

                 東シナ海清掃_001

 追伸・・・昨日のメイン画が、拡大不可でしたね。どうも、失礼致しました。拡大して見て下さい。へへへ。



夢奇譚13部 尖閣の岩礁にて
  2010・炎夏・厭夏・怨夏_001東シナ海清掃_001ああ、これが男と云うものさ。_001>夕焼け_001

             夢奇譚・13部 尖閣の岩礁にて
 へへ、民主党政府が、余りにもだらしが無いので、夢を見てしまった様である。意識が無く成って居ても、脳細胞は在るべき姿を標榜して、足掻いて居るらしい。いやはや・・・健気な物である。

 東シナ海ブルーの海、尖閣の魚釣島目掛けて、白波立て来る憎き、不埒千万の中華漁船群。岩礁除けて停船。弩声張り上げて、ドブン、ザブンの髭アザラシの泳団。

 ザザザ~、白波砕けて、岩礁洗われる。熱き太陽、背後の緑の島、引き立てる。大石、小石、岩盤浜に連なり、白麻の作衣に鬼の面付けた一団が、和太鼓、大太鼓、法螺貝、尺八、横笛、津軽三味線を叩き付け、吹き鳴らし、掻き鳴らす。敗戦67年間・・・平穏且つ安定的維持管理の不作為・無策に打て捨てられた絶海の孤島群・尖閣諸島の中心島・魚釣島。

 空青く、海青く、空高く、群立つ積乱雲。島は緑に高く聳え、海鳥達は舞い集う。

 跳ね踊るは、古事記物語・須佐之男命のヤワタノオロチ退治の<神事の一幕>である。

ブォ~、ブォ~。ドンドコ・ドンドコ・ドンドンドン、ピィ~ヒャラ、ピィーヒャララ、ドンドコ、ドンドコ、ドドンドンドン。
ビィンビィン、ビィンビィン、ベベェ~ン、ベンベンベン、べベェーン、ピィヒャララ。

アア、ソゥリャ、ソリァソリァ。ソ~レ、ソレソレ、クワァ~ッ!!パッ、パッ。

 尖閣諸島・魚釣島周辺の岩礁には、インターネットで島嶼防衛の『民間義勇同好会』が即座に結成されて、私とTは山国信州から、手弁当で馳せ参じて居るのであった。べた凪状態であっても、海中からバナナボート、ジェットスキー、船に上がるには、多大なる体力を消耗する物である。

 何と云っても、踏ん張る事の出来る固定・岩礁上の人間と、踏ん張る事の出来無い液体・浮遊の人間との力発揮並びに呼吸の有利不利は、月とスッポンの違いなのである。何しろ、人間種は、水中種とは違って陸上種なのであるからして、『へへへ』ってな物である。

 私はライフジャケットに命綱のロープを岩礁に括り付けて、先を尖らせた熊手をしっかと握り締め、固唾を吞んで先頭髭卑下アザラシ集団を待ち受けて居る。生意気顔の匪賊一辺倒な面構えの気違い共が、口から塩水を飛ばしながら、一斉に怒号を発して泳いで来る。

ザバァ~ン、ブオ~、ブオ~、ドンドコドンドコ、ドドン、ドンドコドンドコ、ドンドン、ピィヒャララ、ベンベン。ザバァ~ン、ドンドコドンドコ、ドンドン。

 緊張に充満する血潮に、太鼓の重い響きが血潮を滾らせ、横笛の音、津軽三味線の乱打が、臨戦の呼吸を速めて行く。侵攻者との距離5mである。

 この馬鹿垂共が、上陸戦闘を前にして呼吸を乱す怒号をして、何とするか!! 卑下髭アザラシ共、既に破れたり~!! ギャハハ!! 
 ※いや~、大刀の鞘を打ち捨てた厳流佐々木小次郎を見て、二天宮本武蔵の厳流島の決闘の決め台詞を、一度言って見たかったのである。

 おぅおぅ、タコ坊主見てぇに、雁首揃えて来遣がったな。どいつもこいつも、狂犬顔じゃわい。手前らの十八番・溺れた犬は、徹底的に叩いて遣ろうじゃないの。イッヒッヒ。

 卑下髭アザラシの醜男達は、岩礁の回りを手掛かり場所を探して、距離を縮めて来る。

 額に真っ赤な日ノ丸鉢巻きキリッと結んで、侍ブルーのライフジャケットに六尺の赤褌。バックの石の浜には、法螺貝、尺八、横笛、三味線、和太鼓の乱れ打ち。

     脚元洗う東シナ海、ドンドコドンドコ、ドンドンドン。
       サァ、サァ、滾る島嶼防衛、防人の血潮~。
      ソリァソリァ、ソリァ。ドンドン、ドンドンドン。

 さぁ、来い。私は胸板叩いて、ペェッ、ペェッと左右の掌に唾を吐き付け、身構える。

 緊張する筋肉に、心臓ポンプが、毛細血管の隅々まで、血流を溜める。戦いの細胞は息を潜めて、弾けの一瞬を待つ。

★卑下髭アザラシの頭が没して、海中で、手が岩礁に伸びて来た。

「御託を並べて、蟷螂の斧振り翳して、中国の野郎共が来たぞ。総員、掛れ~!!」
「手心無用。悉く海に叩き込め。」
「シャラ臭ぇ。チャイナアザラシ、一匹たりとも岩礁に上げるな。」
「合点承知の助。守るぞ日本の尖閣、日本の海!!」

 この野郎共、他人様の所有物に汚い手を出すと<こう為るのじゃい!!>とばかりに、私は古の倭寇の血が滾りに滾って、俵星玄馬の様な槍捌きには到底おい付かないが、縦横無尽の熊手技を次から次と繰り出す。

 踏ん張りの利かない海中と、岩礁上とは、動きのスピードが全く違う。モグラ叩きの何倍もの余裕があった。それに陸のリズムが、動作をリズム化して呉れて居た。

ソリァ、如何じゃい!! ソリァ、ソリァ、手前ら、21Cの御代に成っても、血の気が多過ぎるんじゃい。そん な蛮族・匪族共にぁ、ソレソレ、鉄の爪熊手で<血抜き>じゃい。ソリァ、ソリア、皮膚を掻き毟られて、少しは、大人に為るんじゃい。馬鹿モンがぁ~。

★バシャ、ギャア!! グイ、グリグリ、ウ、ウギャ。バシャ、グイ、グリグリ、グウウ。

 如何じゃい、如何じゃい。たぁ~んと『愛国痛い!!』を肝に銘じるんじゃい。如何した如何した~、声も出んか。コレコレ、可笑しな遠慮するで無いわ。遠慮してたら、五感で覚える学習は出来んぞね。中国語は如何したんじゃい。何が、ヘルプ・ミィじゃい。俺ぁ、日本人だ。毛唐の言葉なんぞ、分から無ぇぞや。この糞垂れ野郎が~。こうかこうか~!!

★バシッ、バシ、バシ、グィのグリグリ。オッ、今度はそっちか。これでも喰らえ!!
★ヒィ~、南京虐殺、東洋鬼~。ダジュゲテエ~!! ウォ(我)アイ(愛)ニー(你)~

              ブクブク、ゲボゲボ・・・

★馬鹿野郎が、何がアイラブユーじゃい。俺ぁ信長じゃ無ぇんだ。男色趣味は無ぇよ。

 私の岩礁周りでは、四体の髭アザラシが、顔面を蒼白にして、ライフジャケットの浮力だけで呼吸を確保しているザマである。最早、殺気は完全に喪失して、波の高低にアップアップしているだけである。

 これこれ、ライフジャケットで、プカプカ泳ぎじゃ、尖閣にぁ、手が届かんぞや。あい~。

         ★コリァ~、逃げるか。戦え、臆病者めが。

 ハハァ~ン。手前ら、キンタマの重石が軽過ぎるな。ほれ、尖閣土産の鉛の首輪じゃい。

 私は如何云う訳か??? 鉛の首輪を10も足元に置いて居たのであった。それを投げ輪の要領で、オウラッ、ヨッとばかりに、次々と髭アザラシの頭部に投げ入れて遣った。

         ★馬鹿野郎が、メダルは金・銀・銅だけじゃ無ぇぞ。

 如何した、如何した。尖閣土産が重くて、今度は、ブクブク沈没かいな。ついでのオマケじゃい。そうれ~。ギャハハ~!! 

 倭・日本の歴史にぁ、人柱・死して護国の鬼と為らむの風習も在ったんじゃい。それも、手前らの本望だべさ。猛君・暴君の秦の始皇帝の兵馬俑に倣って、深紅の帝国・<海の兵馬俑>に為れっちゃ!!

 ハナムケに、歌って遣らぁな。第二日本国歌(万葉集・大伴家持)だぜや。

 海行かば、水漬く屍、山行けば、草生す屍。大君の辺にこそ、死なめ。かえりみはせじ。何時の世に在っても、防人の姿と云う物は、斯く在るべしであろうぞ。

 Tとは見れば、泳ぎに自信の無いTは三畳ほどの安定した岩礁に、ライフジャケット、命綱は同様であるが、木刀を腰に差して、頑丈なテンカラ竿で、海賊共目掛けて鞭を振るって居る。Tのハリスの仕掛けにはカツオでも釣るのだろうか、返しの無い太いハリが、何本か配されて居る。

 ハリをグィと引っ掛けて、次の瞬間、手首のスナップを利かせて、針掛かりを外す。如何やら、夢奇譚のロシアンアマゾネスの<睾丸鞭>の応用編らしい。

 本態は柔道の猛者なのに、胃無しの体力無しの吾が身を知っての『省エネの技』なのであろう。それにしても、柔道とは良く言った物である。為るほど、恐るべしや、柔らの道だわさ。

 アジャジャ、Tの野郎は涎を垂らして、眼光をギラ付かせて居るでは無いか。ありゃ、趣味の韓国女経由で医食同源に範を採っての<態の良いサド伯爵>じゃ無ぇか。俺ぁ、おっ魂消たぜや。あい~。

 まぁまぁ、吾が心友殿に在っては、心配無用である。他人様の趣味にとやかくイチャモンを付けるのは、民間義勇団の仲間としては、無粋と云う物である。へへへ。

 民間義勇団なら、映画では『誰が為に鐘は鳴る』なのであるから、イングリット・バーグマンが居ても不思議では無いのだが・・・終戦ドロボーの北方領土問題が在るから、ロシアンアマゾネスの面々は、軽くパスを決め込んでいる様である。

 へへへ、21Cのボーダレスの民間交流と云っても、事が『祖国の領土問題』と為ると、国境の壁は、厳として聳え立って居ると云う事なのであろう。私心野望の露骨度たるや、
 流石にロシアは露私野なり。フン、男の戦い場に、ニョショウの助立ちは無用の事!!

 中国語でウギァの悲鳴は、何と発音するのかは分からないが、Tの繰り出すピュ~、ビシッ、ウギャ~の一連の工程は、流石である。透明な尖閣の海中に、血煙りが流れる。聞く処に依ると尖閣の海は、魚影の濃い<豊穣の海>との事である。加えて、○島はサメの海との事である。

★アッジャ・・・ Tの野郎、余裕で針外しを止めて、リールで血染め卑下髭アザラシを泳がせて遊んで遣がる。
★やや、煙草を吸い始めたぞや。ったく・・・とぼくれたオッサンだぜや。<溺れた犬は徹底的に叩け>の指南役の韓国女の面を見たいもんだぜや。あい~。

 血の臭いを嗅ぎ付けて、サメが集まって来た。ザマァ見遣がれ。神国・日本には神風の『表技』も在りゃ、裏技のサメ攻撃だって在らぁな。手前ら見てぇに、歴史改ザンばかりして居るから、古事の蓄積が無いんじゃい。
<因幡の白ウサギ神話>も、<子連れ狼の裏柳生>の存在も知らんのだ。馬鹿者ガァ~!! メリケン映画のジョーズは、一匹だけだけどヨォ、日本のわに=フカ、サメは、五万と居るんじゃい。

 遠路遥々来たんだから、土産話にたっぷりと『尖閣サメ』と遊んで行けや。馬鹿垂れが、『愛国無罪!!』の陳腐なシュプレヒ・コールなんざぁ幾ら叫んだって、尖閣サメにぁ一切通じんわな。ほれほれ、ライフジャケットなんか着てると、逃げの推進力にぁ為らぜや。

 へへへ、鎌倉時代の蒙古襲来の神風で、阿鼻叫喚の大暴風雨は合戦絵巻で見た事が在るが、べた凪のパニック・ショットも凄い騒ぎな物である。

 何じゃい何じゃい。お前さん達、馬から転げ落ちたガニ股・蒙古軍かいな。馬の代わりに、ライフジャケットがプカプカじゃ、手弁当ロートル義勇団の戦利品にも為らんわさ。小汚いライフジャケットなんざぁ、単なる漂着ゴミだぞや。ったく、何ともはや、<公共心の欠落した連中>じゃい。

★尖閣サメさんや、致命傷は行けねぇよ。阿鼻叫喚の体験談を宣伝して貰わないと困るからね。

 コリァ、お前さん達、死線を搔い潜ってこその<凱旋帰国>じゃろうが、ビジネスクラスタダ乗りで、英雄気取りじゃ、虫が好過ぎらぁね。それじゃ、幾ら何でも、底が浅過ぎるぜや。男の命・キンタマ・サオ亡くし位の『名誉の負傷』位持ち帰らなくちゃ、『尖閣ボーナス、傷痍軍人年金』も、<共産党赤い兵馬俑>には祀られませんわな。イッヒッヒ~。

 手前ら、少しはまともに犯罪を犯して見ろちゃ。手前ら、ご法度の確信犯の面々でしょうが。確信犯が、烏合の衆じゃ、示しが付かんぜや。弱い者苛めのオンパレードじぁ、中狂民度が低過ぎるわさ。ギャハハ!! 

♪海行かば水漬く骸。山行かば草生す骸。主席の辺にこそ支那め。帰り身は世辞。♪
  エイエイ、オオ~!! エイエイ、オオ~!! エイエイ、オオ~!!

 いやはや、夢の中の私とTの大笑いの声で、目覚めてしまった朝である。

 ジャ、ジャ、ジャと雛達の餌強請り声に、大きく頷いて、『ヨッシャ、起きるか!!』である。

 本日は30℃を超えるらしいが、悪くは無い。はいはい、本日、実に傑作な夢見であったから、人間様の賄い夫は後回し。玄関鳥、キリギリス、金魚、掃除から開始しましょうかね。

 アッシャ、陰・日向無い真っ当な日本人の一人で在りまする。偶には、こんな妄想夢との遭遇が在っても宜しかろう。夢見の朧気為る残滓には、ドジョウ顔、疣いぼ頬っぺの顔も尖閣の波間に見え隠れして居た様な気もするのであるが・・・へへへ、困った物でアリンス。

<偶には、こんな夢見に逢っても好かろう。(9/5/12)>に加筆して、『夢奇譚・13部 尖閣の岩礁にて』にアレンジして見ました。はい、お粗末様でした。へへへ。9/7/12








心何処ーショート 町会行事も、一つ終わった為り。
             町会行事も、一つ終わった為り。(9/9/12)
 ピコピコ、目覚ましが鳴った。河川敷からは、草刈り機のエンジンが鳴り始めた。さてさて、歯磨き洗顔をして、Tプレゼントのキャップの初お披露目である。昨日は雨が降ると思って、水配りをサボって仕舞った。遺憾いかん、マツバボタンも家庭菜園の緑も、ヘタって居る。草刈り後はジョロ配水をしてから、朝飯と致そうか・・・

 六時であるから、長ズボン、長袖、長靴の草刈り作業でも汗も掻かない。前回の中止が在ったからであろうか、今回は嫌に人が多い感じである。へへへ、こんな処が、日本人気質なのであろうか。私の先には、四人ほどの高齢者婆班が遣って来た。

 少々本格的な鎌を買って来て、それを使用して居る。重いから、その重さが刈りに好い具合に働いて居るのであろう。研ぎ棒で研いで置いたから、良く刈れる。進歩なのか退歩なのかは定かではないが、私もロートルに為って、小さい事を愉しむ心境に為って居る様である。
 
 それにしても、人海戦術全体を見渡せば、いやはや・・・寄る歳波であるから、口は回るが、殆ど鎌が動かない。まぁ、これも早朝運動の一つなのであるから、吾関せずのボランティア作業を黙々こなすのみである。

 それでも、太陽が出て来ると、暑く成って来る。本日も32℃との事である。粗方が終わって、未だ時間が有るから、物はついでである。金魚の水汲み経路にも、鎌を動かして来る。

 さてさて、作業終了で人通りも無く成ったから、お待たせのジョロ配水を始める。植物と水の関係は、一目瞭然の関係であるから、サボリ行為は覿面である。管理をしている以上、サボリ行為は反省しなければ為るまい。後ろ覆いの付いた帽子は、蚊防止の優れ物である。

 家に入ると、老母殿は既に起きて居て、ご苦労様のお茶を注いでくれる。朝の賄い夫と同時進行で、玄関鳥の世話をして藁巣の中の三羽の雛の成長を確認する。腕詰まりは翼部分ではあるが、其処には爪楊枝の様な羽毛がツンツンと伸びて来て居る。警戒心よりも餌強請りのジャジャの声が盛んである。

 インゲン、ミズ菜を取って居ると、地面の葉蔭では、コオロギが夜同様の大きな声で何匹も鳴いている。道角のススキの穂も成長点を止めて、太陽に銀の反射である。ニラのスイッと伸びた花茎の先には、細かな白花が盛りである。
 その白花に、シジミチョウ、タテハチョウが飛び交い、山椒の木にはキアゲハが飛んで来て居る。これで30℃超えさえ無ければ、初秋の清々しさなのでは在ろうが、陽と風、温度のアンバランスは、風情に欠けるばかりである。

 吾が家のキリギリス団もオス、メス2匹づつが死んで、バトンタッチの秋を告げて居るのではあるが・・・。

 昼に小一時間の寝不足を補って、遅い昼はソーメンで済ます。ナスの粕漬けは、半分以上を食べて、良い味がして来たのであるが、先が短い次第である。

 さてさて、キリギリスのケースを二つにして置くとしようか。庭ではまだまだセミの声である。

 本日・日曜日の休息日である。キリギリス籠の横に卵の無い鳥籠を持って来て、ラジオを付けて本日ブログを打ち始めると、メスが餌入れに止まって、尾羽を左右に小刻みに震わせて、交尾誘いを仕出かしている。お前さん、そりぁ当て付けがましいってもんでヤンスわね。この馬鹿ものが~!!

 今度は、コメット野郎のバシャリの水飛ばしである。どいつもこいつも、下衆野郎共である。ギャハハ!!

   さてさて、13話の挿絵描きでもして、午後を過ごすと致そうか。


心何処ーショート 嗚呼、明日は目覚まし起きなり。
       ああ、明日は、早朝町会一斉河川敷清掃である。(9/8/12)
 ああ、言葉が思い出せない。ヒョコンと出た裏言葉だったのだが、書き留めて置くべきであった。ブログの足しに為る言葉であったから、真に惜しい事をした物である。それは或る常套句の裏もじりなのである。常套句が出て呉れば、きっと連動して出て来るのだとは思うのではあるが・・・

 まぁ、こんな事は良く在る事である。これは決して、健忘症の呆けでは無い。へへへ、100%負け惜しみである。

 本日土曜日であるから、先日の私とTの夢話を倍の6頁に膨らませて、それなりの風景描写を忍ばせ臨場感を挿入し『夢奇譚13部・尖閣岩礁にて』にグレードアップした。それをTへのプレゼントとして印刷をする。挿絵が間に合わなかったから、絵ファイルから適当な絵をピックアップして挿絵とした次第である。

 Tのお迎えの車に乗ると、Tから扇子と後ろ覆いの付いたキャップのプレゼントである。これは有り難い。ジョロ水配り時の防蚊帽には打って付の帽子である。

「これはさ、昼散歩の時に被って行くんだわね。ほれ、被って見ろ。そうそう、見立て通りだ。これでサングラスでもしたら、何処から見ても日本人にぁ見えんわさ。オバちゃん連中が、サイン貰いに来るずらいよ。男は、その位のとぼくれ気分を持って無いと、面白みに欠けるぜや。あい~。」

「ほう、韓国さんの常道を逸したホザキに、韓流被れのオバちゃん達の奪還策かいね。」

「あいあい、韓流被れのオバちゃん達でも、日本の青少年達の母親だぜね。少しは正気に目覚めさせて遣らにぁ駄目だと思ってさ。ボランティア、ボランティアだわさ。」
 
 木綿生地のくすんだ白地のキャップに茶色地に刺繍の施した帯が入り、赤、オレンジ、ブルー、黒のチェック模様のハンケチ大の布が帽子の後ろに括り付けられている。薄い布の裏地には黒いメッシュが付いている。
 実際、Tのヤツもとぼくれた物である。これを被って昼散歩と為れば、相当な勇気とトボクレ性格が必要だぜや。あい~。扇子には龍の絵が入って居る。

 スタバの二階席は、繁盛している。馬鹿に暑い。クーラーが止めてある。とほほ、節電の沙汰でも下って居るのだろう。

 早速、13部に目を通すTである。

「おうおう、大分、加筆してあるわ。ボリュームは倍以上に為ってるな。こりぁ、帰って比較しながら、ゆっくり読ませて貰うぜや。アハハ。」

「あいあい、ゆっくり遣っておくれや。ブログアップの方は、隠し玉だから、挿し絵をボチボチ描いて、出来たら出すわね。先ずはいの一番に、参加料だいね。へへへ。」

 今週の土曜スタバトークは、韓国大統領の竹島視察・天皇侮辱発言事件、上海勢の尖閣上陸事件、北京公道に於ける日本大使館公用車日本国旗引き抜き事件、尖閣購入都知事のトーンダウン、民主、自民の代表・総裁選挙、衆院解散などと、好色ヤクザもどき・暇人ロートルにとっては、具沢山料理である。ついつい、涎が出て仕舞い、テーブルのアイス・コーヒーを引っ掛けて仕舞った。

 下衆の勘繰り、罵詈雑言、罵倒の好餌食であるからして、総理・都知事・政治家諸候、学者・識者・評論家諸候も、一方的無責任な扱き下ろし三昧である。吾等が真摯な時事問題検討会も、全くの蚊帳の外で在るから、その速射砲火も可哀想にクシャミもする間が無かろう。

        私も相当に口が悪い性質ではあるが、Tも口が悪い。

 これは聞き齧りではあるが、最早、米国は白人国家では無いと云う。純粋種の白人比率は1/4にまで衰退しているとの事である。白人が一人生まれる間に、ヒスパニック系が6人生まれているとの事である。チャイナタウン、コリアンタウンは昔から在って、驚くに足りぬ『周知の実態』なのではあるが、母国語の英語すら通じない移民国家米国の白人社会では、余りの異文化汚染汚濁に悲鳴を上げて、白人達が何んと部外者立ち入り禁止の<ゲートタウン>為る物を造って居るとの事である。

 Tは大学卒業後は、憧れの地・アメリカ定住を決して、10年程を米国流離をして来た経験を持っている男である。黒人街にも住んだ事も在る由。Tに言わせると、黒人街は泥棒文化圏との事であるし、メキシカンは女が主体なのだと云う。
 その理由は、家族を養うだけの賃金を得られない男達よりも、女の方が、何かと自由が利くのである。そして不法流入メキシカンの女達は、<米国人の黒人男>と一緒に為って、次から次と子供を産んで行くとの事である。斯様にして英語を話せない、字を書けない米国人はザラに居たとの事である。

 チャイナタウンは、その中で回って居たとの事ではあるが、コリアンは焼き肉店、ガソリンスタンドを点と線で勢力を拡大して行ったとの事である。

 Tの生活して居た30年前の米国は、歴然としたホワイトの国であった。それが、現在はホワイトの国を守る為に米国各地で、巨大なゲートタウンが増え続けている実態が、厳として存在して居るのである。メイフラワー号に始まった近代の人工的移民国家の在り態が、チャイナタウン、ブラック&スパニッシュタウン、コリアン網、そしてホワイトのゲートタウンとするならば、これは完全なるモザイク国家の態であろう。

 米国のどの実態に焦点を合わせるかで、違った米国像が見えて来る筈である。米国支配の一握りの上だけを見て居たら、大変な事に為る。トップを支える者が自国の国民、経済力では無く、世界各地に属国化した経済力の中に浮遊している実態かも知れぬ。そんな前提から米国の軍事力という戦争屋体質、迂回路搾取から、形振り構わずの直接搾取策TPPの本態も見て置かなければ為らないだろう。

 横文字被れの官僚・政治家・経済人に、煙に巻かれて居てばかりでは、日本国民の大多数は、おっつけCO2の酸欠、煙幕死に陥って仕舞う。

 ボーダレスの飛行機に乗れば、何処の国にも飛んで行ける時代である。異国見聞録は既に<個人レベルの物>に成っている。マスコミから流れる異国情報と個人の異国見聞感想との大きな乖離に、個人レベルでは認識しているのでは在るが、日本人の個人は大人し過ぎるから発言しない。発言しないから、同調話、同調輪が出来無い。それが出来無いから、求心力が社会に発生しない。そんな図式なんでしょうかね。

 何故か政府公式見解と為ると、如何してこんな嘘が、垂れ流され続けるのか。こんな事は、みんな知って居るんですよね。

 その一つの例が尖閣諸島の取り扱いに関するA『平穏且つ安定的な維持管理の為に』の基本姿勢である。それは占領憲法の絶対に刃向かいません。=B<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。>との憲法前文の文言から出た文言であろう。
 然しながら、このAとBは『対を為した条件文』であって、然るべきであろう。論理の整合性からすれば、条件が破られれば、<自衛行為・行動が生まれる>のは、『幼児にも分かる論理』で在ろう。

 幼児にも分かる論理を、偽善・欺瞞の糊塗に糊塗を重ねて、法外な給与・地位・利権を得て、涼しい顔を決め込んで居るのが、この国のトップ連中なのであろう。でもねぇ・・・これ程自由に物が言える日本では、知識・情報・思考の独占は出来なく為ってしまったのである。

 どんなに綺麗事を言っても、<国の歴史は、その国に紡ぎ続けられて来た民族・国民のDNAの連鎖の証>なのである。

 中国=平和・公正・信義の国? 北朝鮮=平和・公正・信義の国? 韓国=平和・公正・信義の国? ロシア=平和・公正・信義の国? 米国=平和・公正・信義の国? 三要件全てを満たして居ない国は在りますけど、満たしてる国は在りますかね。

 偽善・欺瞞の元を断って、もう独立して国家再生をして行かないと、日本中に日本人のゲートタウンがボコスコと出来ちゃいますよ。

 外のパッパタイムでは、高校のテニス部の○が、脳溢血で突然倒れたとの情報である。寂しい事ではあるが、好色ヤクザもどきコンビにも、いつ何時、病魔の使者が来るかは分からないのである。元気な内に悪態三昧を愉しんで、憎まれっ子世に憚るで、少しでも延命を図るのが、良いのかも知れぬ。

   ああ、明日は目覚ましを掛けて、町会一斉草刈りである。やれやれ・・・


心何処ーショート さてさて、余りにも流れが悪過ぎまするわな。
        さてさて、余りにも流れが悪過ぎまするわな。(9/7/12)
 へへ、二度寝をして終ったら、太陽さんの焙りである。婆さんも腹が減ったのであろう。台所、洗顔の動きである。それでも頭に靄が掛って居るから、私には朝のウォーミングアップが必要である。朝の賄い仕事に並行して、庭からシュンギク、チンゲンサイ、ミニトマトを調達して来て、小鳥、キリギリス、風呂の用意と、一時間強をホイホイと小走りで動き回る。

        へいへい、お待たせ。人間様のお食事でガンスよ。

 シュンギクの浸しは、新鮮で癖のある臭いが、乙なものである。ナスの粕漬けも好い味に為って来た。飯を食べて居ると、ガス屋さんの集金である。裸ん棒スタイルで、財布と絵ファイルを持って、玄関上がり廊下にどっかりと胡坐掻きである。ガス代金の支払いを済ませれば、<昔ガッタ坊主のフリートーク>の愉しいお時間である。

「え~と、此処からですわ。これこれ、夢奇譚・番外編の夜のカサブランカ図ですわ。番外編、良かったですよ。風景描写が感性溢れてて。
 絵良し、文章好し、話上手、人格人柄好しで、大した人ですよ。勿論、男前だし、頑強な肉体と来たら、ロシア女だって、ゾッコンに為るのは、当然の流れですわ。
 そうそう、川浸りの事が書いて在って、私も餓鬼の頃、カジカ突きなんかもしてましたからね。懐かしくてね。今 でも居ますか?」

「あいあい、女鳥羽川上流にぁ、健在だんね。水中画が在るぜ、見ておくれや。」

「おっ、ヤマメだ。カジカかぁ、懐かしい。そうですか、健在でしたか。カジカ、美味いんですよね。二度揚げして頭からカリカリ、焼いて砂糖醤油付けて、美味かったなぁ。
 そうですか・・・居ましたか。元気にしてましたか。嬉しいね。カジカは川の清流度のバロメーターですからね。川遊びを一人で遣ってる姿を想像して、餓鬼の頃を思い出してましたよ。楽しいでしょ。」

「本当は、この辺りでもヤマメが居るから、毎日でも遣りたいんだけど、家だらけだから、こっ恥ずかしくて出来ないからね。これで、仲間でも居たら開き直って遊べるんだけど、車に乗って人の居ない所まで行かなくちゃ為らんから、面倒な時代に成ったってもんせ。
 折角、田舎に生まれ育って居るんだから、俺見たいな馬鹿オッサンがウジャウジャして無いと、本当は駄目なんだけどね。差し詰め、俺なんか一風変わった異人種なんだろうね。

 あれさね、<宝の持ち腐れ>なんて言葉を皆、一丁前の面して使ってる癖して、灯台下暗しの宝の持ち腐れの中に、こずんでるってぇのが、この世の実態ってもんせ。あい~。」

「いゃ~、全く同感ですわ。口先・常識張って大人顔してるのに、人間の心のオアシス・童心を亡くしちゃった現代人なんか、魅力的な顔、雰囲気が丸で無くなっちゃった。言って見れば、寂しい時代ですわ。」

「やいやい、やっぱ美大出さんは、言う事が違うわ。流石のインテリジェンスだいね。」

「何を仰います事やら、この位の事が言えなくちゃ、Rさんの文章・絵を拝読拝見させて貰えませんわね。」

  ギース、ギース、チョン、ギース、ギース。ジャジャジャ、ジャジャジャ。

 廊下に並んだケースにギースを見付け、ジャジャジャの在り処を探す髭のブロンソンさんである。

「うん、其処の籠でヒナが三羽育ってるんだわ。未だ目は開いて無いんだけど、餌強請りが出来る様に為って、可愛いってものさね。幽霊屋敷で、女は糞婆ぁしか居ないけど、寂しくは無いですわ。」

「いえいえ、ゆったりとして、こんな人間らしい生活は無いでしょう。私の老後の理想が、此処には在りますよ。もう、彼是5年のこんなお付き合いをさせて貰って、私はRさんから、良い雰囲気を頂戴してますよ。キリギリスの大量移住なんて話も出て居て・・・ユニークなお人ですわ。
 こう云う雰囲気、生活の中から、こう云った文章・絵・語らいが、自然と出て来るんだろうと・・・酷く納得して帰るんですわ。何しろ、話のレパートリーが広いし、何か質問すると、即座に言葉が溢れて来る。兎に角、私にとっては、驚異の人ですわ。」

「やいやい、そんなに煽てられたって、何にもお土産は無いんね。如何するだいね。」

「大丈夫、マツバボタンの回廊有り。車止めて来たら、今年は柿の生り年でしょ。高級和菓子の吊るし柿だけで充分ですわ。あれ食べたら、他の干し柿なんか下級品ですからね。」

「へへへ、そうかいね。まぁ、期待して待ってましょや。」

 ははは、髭のブロンソンさんは好人物であるから、現代世相の二人しての<滅多斬り>に移行して、ギャハハのエヘヘにイッヒッヒ、とんでねぇ野郎共だの連続である。

 救国の一代の益荒男・慎太郎さんの尖閣買い取り、行け行けドンドンの快進撃は、募金者10万人、14・5億円を突破したと云うのに、横槍、トンビに油揚げで国の買い上げ額が20・5憶円、今まで通りの何もしない無人島放置の立ち入り禁止策の続行との事である。

 本来だったら、完全なデットヒィートのバトル合戦!!にも拘らず、何やら一気のトークダウンである。へへへ、こりぁ、<九月の怪>ですがな。怪談噺だったら、その第一人者は、稲川順二氏でしょうに・・・ 如何して、テレビのコメンテイターとして登場し無いんでしょうかね。これまた<マスコミの怪>ってなもんでしょうかね。

 昨日最終回となった婆さんお気に入りの「京都地検の女」のお得意ポーズ<これ、主婦の勘!!>を引き合いに出すまでも無く、『これ、国民の勘!!』で在りましょうや。

 谷垣自民党総裁は出身派閥からは梯子を外され、①慎太郎さんの子息の名前が取り沙汰されている。②読売新聞ナベツネの大連立魂胆。③東シナ海、日本海のべた凪状態よりも、落ち目の三度笠強欲の目利権国家のTPPゴリ押しには、両海が何れも、目利権国の収拾可能な緊張の海の方が、目利権国益に叶うと見て居るのだろう。④大連立のどさくさにドサッと雪崩れ込んで、議員延命を図ろうとする烏合の衆。

 四者四様の魂胆に、尖閣の島、海は、澄んだ目に涙を溜めて、屠殺の時を待っている様で、哀しくも憤りが増すだけである。

 マスコミが、一切解説などしなくとも、国民目線からすると、この位の<国民の勘>を以って予断を走らせれば、落語長屋の熊さん、八っつあん、御隠居さんの下世話読みも可能なのである。

★フザケ遣がって、ふざけ遣がって、コノ~!! 植木等のスーダラ節だけじゃ、蹴った糞の悪さは収まりませんがね。そうじゃ無ぇか、皆の衆!!

 使い古された揶揄ではあるが、『日本の兵隊さんは、勇猛果敢で礼儀正しく人情味が在って強かった。それに引き換え、上層部の出来の悪さは、目を覆うばかり。不思議な国だ。』

 当然に私は戦後世代であるから、日本の兵隊さん達の実態は知らない。それでも、兵隊さんを国民、社員に読み換えて、上層部を経営者、官僚、政治家、専門家、識者、評論家に読み換えて見ると、二も無く『五臓六腑』に沁み込んで、即座に納得してしまうのは何故だろうか。

 カエサルの<ブルータス、お前もか>も有名な逸話ではあるが、人の娑婆と云う物は、たった一握りの上から目線語よりも、その何千万倍もの下から目線の『慎太郎さん、あなたもか~!!』の声が、巷に溢れ返って仕舞うのである。
 想定内の前回知事選の最後の最後まで、出馬を口に出さなかった老獪にして重量級の政治家の手法に、拍手を贈ったのではあるが、事は、祖国日本の一大事なのである。日本の戦後枠に風穴を開ける突破口とも為る『日本の領土・領海問題』である。

 それを賛同者の名も無き皆は『日本の精神・精神の発露』と読み替え、その呼び掛けに、10万人以上の憂国の浄財が14・5憶円を突破している最中なのである。

 目先の利益・利権、宰相を持つ父親に、トークダウンと為って仕舞ったと云う魔の瞬間に囚われての一連の布石で在ったのなら、築き上げて来た慎太郎節の晩節の穢し振りは無かろう。目利権国益が目利権私欲と為った日にぁ、アッシャ、死んでも死に切れんですわ。

   さてさて、月に一度の昔悪ガキ同士の玄関廊下トークもお開きである。


心何処ーショート 嗚呼、俺ぁ、欲求不満ズライなぁ・・・
          嗚呼、俺ぁ、欲求不満ズライなぁ・・・(9/6/12)
 朝の太陽は何処へやら、雨がパラパラ、直ぐ止んで、またパラパラの曇天・無風の蒸し暑い日である。早朝に目が覚めて終ったから、昨日の夢見話をチョイと加筆して、物語風にして見た。昼散歩に行こうとしたら、雨であるから久し振りに昼寝をした処である。

 薄暗いから、手持無沙汰で同居人小動物の世話などをして、時間潰しをする。昨日はたっぷりと水配りをして、本日の雨パラパラの繰り返しであるから、土は充分に湿って居る。雨が降りそうであるから、夕刻の水配りはサボる事が出来るだろう。

 Tシャツを着れば暑いし、脱げば肌寒い。中途半端な温度である。ラジオのニュースでは苛め自殺に女子鞄詰め事件と、ウンザリとするしかないタガ外れ・鈍感社会の沙汰である。これだけ苛め問題が取り上げられて居るのに・・・ 上手く行かないから、何か事件を起こして警察に捕まりたかった・・・ それでも、大学生か・・・ 政治を見れば、人材不足の民主党代表選の動きに、顔を出す面々の何んと魅力の無い顔触れか・・・

 個人主義、権利主張も、全体と個のバランスを欠いたり、欠落して仕舞えば、何んとも底の浅い駄々っ子未成長社会、国家に成り下がるだけである。家庭・社会・国家と云った全体は個から成り立っているのであるから、個人と云う核の中には、当然に個の部分と全体の中の個の部分も存在し、バランス良く稼動しているのが、個の実態なのだろうが・・・

 何故に、それに気付かないのか? 私には理解出来ない人間社会の迷宮である。

 政治を例に取れば、多数決の論理であるから、一面としては数の論理でもある。政権与党が全体の過半数なら、その過半数の過半数で総理の座に昇り付ける。従って数式とすれば1×1/2×1/2=1/4と為るから、計算上は1/4強が、全体を取り仕切る構造と為る事も<出来る。>し<為る。>

『出来る』と『為る』とでは、根本が丸で違う。1/4強の勢力が全体の権力を掌握して、行使出来る権能を持つのであるから、事は重大なのである。真っ当心が廃れれば、全体を帯びた個と個一辺倒との違いが、当然に出て来て仕舞う。
『手続き上、プロセス上の敗者、少数勢力・意見の封殺』で在っては為らないとするは、是れ民主主義の鉄則でもある。大きな眼で見れば、たった1/4強の勢力が、非勢力の総和3/4の上に立つ多数決論理の『唯我独尊の構図』なのであるから。

 権謀術策・権力闘争のダイナリズムなんて言葉が、所詮如何に綺麗事で好い加減な数字のマジックにしか過ぎない事を物語っているとしか言い様が在るまい。

 勝負の世界・スポーツの試合方式だって、リーグ戦勝ち残り方式、リーグ戦勝ち残り+敗者復活戦方式、リーグ戦総当たり方式と在るではないか。<必要は、発明の母>とも云われている。
 其々には、其々が方式を採用する必然的取捨選択要件が在ったればこその『定着ルール』なのであろう。全体を帯びた個とは、客観性を帯びた個と言い換えても、良いのかも知れない。自己の中に他者・客観性の多数をおいて置かなければ、自問自答による思考の精度など叶えられ様も無かろう。自分が自分がの連呼連呼に陥って終ったら、思考の工程は、唯我独尊の他者蔑視か怨嗟の渦の囚われ人に為るのが落ちである。

★客観性を帯びた個の創造・育成が、きっと<教育と云う人類の知恵>なのであろう。

 然しながら、この教育の本義が揺らぎに揺らいでしまったのが、現代社会の縮図にして実態なのであろう。立場・利を画策しての閉鎖・隠蔽体質の居城を蔓延させてしまった。教員採用試験での不祥事など、時々白日の下に真実が暴露されるのだが、<人の噂も七十五日。><民はこれに由らしむべし、これを知らしむべからず。>の役人根性は、旧態依然とした守旧の護り人組織なのである。

★『信無くば、立たず。』教育の本義は、技術・技能・保身の伝授に在らず。教壇に立つ者、生徒に信無くば、立つべからず。指導者、部下の信無くば、全体の成果上がらず。

★信の根源ぞ、何処に在りや。信任は、あまねく民、組織構成員の信頼の総和ぞ。全体とは、少なくとも公共と云う公約数の連鎖に依って築かれる公倍数の積み重ねが、家庭・社会・政治の進むべき道であろう。

 そうで無ければ、人間関係も家庭も会社も社会も国家も、安定した秩序を保ち、発展する事も出来ない筈である。全体と個の対立を煽るだけの<闘争>だけで、日本国民一億三千万人の『調和の価値観』など培養出来る筈が無かろう。

 但し調和価値の協調世界に、強調世界が勧誘に来たらキッパリ論理で断り、土足で踏み込んで来たら張っ倒すのが、人間として間っ当な付き合い方だと思うんですがね。それが文武両道の良道だと思うんですがね。武無き外交の砕け腰、弱腰の『負のスパイラル』や、世界の笑い者にして、特殊アジア(中国・北朝鮮・韓国)の付け入る<鬼門中の鬼門>でしょうが。

 兎角、人間なんて三下生物は、誰も見て居ない、誰も文句を言わないと、性善説も性悪説の区別も無い好い加減・自己迎合生物ですからね。人間は動物には躾けの暴力・餌抜きを強いて居るのに、人間同士だと躾けの体罰も暴力と言い放って『涼しい顔』を決め込んでいる。一体全体、ナンジャラホイですがな。あい~。

 動物界と人間界の主従が逆転して終ったら、人類の大半は、躾け途中で殺されて仕舞いまするがな。

 戦後民主主義の事無かれ・無関心個人主義の申し子とデカイ声だけで騒ぎ立てる鬼っ子主義者集団の偽民主主義者の鵜合集団を、嘗ての社会党の様に絶対少数野党に封じ込めるべき時が招来してるんで在りまするぞえ。

 加えて、社会党逃亡者共が民主党の一翼を為して居る。従って、有権者各位に於いては、学習効果を実践すべく、社会→民主→維新への駆け込み組には充分に投票眼を持ちましょうよ。<巧言令色、仁少なし>でガンスよ。

 吾が身の脳力不足すら自覚出来ない民主党歴代総理・歴代国務大臣の醜態振りは、漫画にも為らないでしょうが。土台、自己分析すら出来ない政党が、信を得ようとは言語道断の教育現場の衰退敗退の証左では無いか。

 裸のドジョウ様が、目玉パチクリ、態の好い多言の連発の言い逃れで、如何足掻いても底のヘドロを巻き上げるだけである。とどの詰まりが、腐臭のメタンガスの泡を撒き散らすだけの事である。メタンガスは、引火性の強い気体でありまするから、風に乗じて天下をを取る時も在れば、その軽さ故に空中爆発で無にも帰するんで在りまする。

 ドジョウ総理の最大の罪は、国会に<街頭演説>を持ち込んだ事であろう。不特定群衆と政治家集団の国会を混同して仕舞ったのが、化けの皮の剥がれの始まりだったのである。

 人材皆無政党が、口蹄疫の無責任大臣<赤松>、路上キス男の大震災ゴミ、放射線汚染ゴミ問題も暗礁に乗り上げている<細野大臣>、千載一遇の北の将軍様ご長男のご送付、アクセサリーで表敬訪問を反故にした外相<田中真紀子>まで担ぎ出そうとしているのであるから、民主党議員さん達の全体を帯びた個の常識意識など、皆無と云って良かろう。


 へへ、一度ある事は二度ある。三度ある。維新が和合集団で、内部で『異心合戦』をして居たんじゃ、日本国は身も蓋も在りませんわな。お人好しも3タテじゃ、単なる馬鹿でアリンスよ。お気を付け遊ばされませ。

   へへへ、お恥ずかしながら、アッシも一回騙されちゃいました。

 ラジオに感化されて、愚だ愚だ打って居たら、止まりませんわね。いやはや、ロートルオヤジ生物と云う物は、余程の欲求不満生物の様で在りまする。一々、真面目に受け取っちゃ行けませんよ。何て云ったって、俺ぁ、馬鹿だぜね。他言は禁物、世間様の耳には言ったら、119に通報されちゃいまするがな。ご自重なさいませ。ギャハハ!!

心何処ーショート 偶には、こんな夢見に逢っても好かろう。
        偶には、こんな夢見に逢っても好かろう。(9/5/12)
 へへ、民主党政府が、余りにもだらしがないので、夢を見てしまった様である。

「御託を並べて、蟷螂の斧り翳して、中国の野郎共が来たぞ。海に叩き込め。」
「シャラ臭ぇ。モグラ叩きで、一人たりとも岩礁に上げるな。」

 尖閣諸島の魚釣島周辺の岩礁には、島嶼防衛の『民間義勇同好会』が結成されて、私とTは手弁当で馳せ参じて居るのであった。べた凪状態であっても、海中からバナナボート、ジェットスキー、船に上がるには、結構な体力を消耗する物である。

 私はライフジャケットに命綱のロープを岩礁に括り付けて、先を尖らせた熊手にしっかと持って、固唾を吞んで先頭集団を待ち受けて居る。生意気顔の匪賊一辺倒な面構えの気違い共が、口から塩水を飛ばしながら、一斉に怒号を発して泳いで来る。

 この野郎、他人様の所有物に汚い手を出すと<こう為るのじゃ>とばかりに、古の倭寇の血が滾りに滾って、俵星玄馬の様な槍捌きには到底おい付かないが、縦横無尽の熊手技を次から次と繰り出す。

 ソリァ、如何じゃい!! ソリァ、ソリァ、手前ら、21Cの御代に成っても、血の気が多過ぎるんじゃい。そんな蛮族・匪族達にぁ、ソレソレ、鉄の爪熊手で<血抜き>じゃい。ソリァ、ソリア、皮膚を掻き毟られて、少しは、大人に為るんじゃい。
 如何じゃい、如何じゃい。たぁ~んと『愛国痛い!!』を肝に銘じるんじゃい。如何した如何した~、遠慮するで無いわ。遠慮してたら、五感で覚える学習は出来んぞね。

 これこれ、ライフジャケットで、プカプカ泳ぎじゃ、尖閣にぁ、手が届かんぞ。

 コリァ~、逃げるか。臆病者。ハハァ~ン。キンタマの重石は軽過ぎるかな。ほれ、尖閣土産の鉛の首輪じゃい。如何した、如何した。尖閣土産が重くて、今度は、ブクブク沈没かいな。ギャハハ~!! 
 倭・日本の歴史にぁ、人柱・死して護国の鬼と為らむの風習も在ったんじゃい。それも、手前らの本望だべさ。猛君・暴君の秦の始皇帝の兵馬俑に倣って、深紅の帝国・<海の兵馬俑>に為れっちゃ!!

 海行かば、水漬く屍、山行けば、草生す屍。大君の辺にこそ、死なめ。かえりみはせじ。(万葉集・大伴家持)何時の世に在っても、防人の姿と云う物は、斯く在るべしであろうぞ。

 Tとは見れば、泳ぎに自信の無いTは三畳ほどの安定した岩礁に、ライフジャケット、命綱は同様であるが、木刀を腰に差して、頑丈なテンカラ竿で、海賊共目掛けて鞭を振るって居る。Tのハリスの仕掛けにはカツオでも釣るのだろうか、返しの無い太いハリが、何本か配されて居る。

 ハリをグィと引っ掛けて、次の瞬間、手首のスナップを利かせて、針掛かりを外す。如何やら、夢奇譚のロシアンアマゾネスの<睾丸鞭>の応用編らしい。民間義勇兵なら、映画では『誰が為に鐘は為る』なのであるから、イングリット・バーグマンが居ても不思議では無いのだが・・・終戦ドロボーの北方領土問題が在るから、ロシアンアマゾネスの面々は、軽くパスを決め込んでいる様である。

 へへへ、21Cのボーダレスの民間交流と云っても、事祖国の領土問題と為ると、国境の壁は、凛として聳え立って居ると云う事なのであろう。

 中国語でウギァの悲鳴は、何と発音するのかは分からないが、Tの繰り出すピュ~、ビシッ、ウギャ~の一連の工程は、流石である。透明な尖閣の海に、血煙りが流れる。聞く処に依ると尖閣の海は、魚影の濃い<豊穣の海>との事である。加えて、○島はサメの海との事である。

 血の臭いを嗅ぎ付けて、サメが集まって来た。ザマァ見遣がれ。神国・日本には神風の『表技』も在りゃ、裏技のサメ攻撃だって在らぁな。手前ら見てぇに、歴史改ザンばかりして居るから、<因幡の白ウサギ神話>も、<子連れ狼の裏柳生>の存在も知らんのだ。馬鹿者ガァ~!! メリケン映画のジョーズは、一匹だけだけどヨォ、日本のわに=フカ、サメは、五万と居るんじゃい。

 遠路遥々来たんだから、土産話にたっぷりと『尖閣サメ』と遊んで行けや。馬鹿垂れが、『愛国無罪!!』の陳腐なシュプレヒ・コールなんざぁ幾ら叫んだって、尖閣サメにぁ一切通じんわな。ほれほれ、ライフジャケットなんか着てると、逃げの推進力にぁ為らぜや。

 何じゃい何じゃい。馬から転げ落ちたガニ股・蒙古軍かいな。馬の代わりに、ライフジャケットがプカプカじゃ、戦利品にも為らん。単なる漂着ゴミだぞや。ったく、何ともはや、<公共心の欠落した連中>じゃい。

 死線を搔い潜ってこその<凱旋帰国>じゃろうが、ビジネスクラスタダ乗りで、英雄気取りじゃ、虫が好過ぎる、底が浅過ぎるぜや。男の命・キンタマ・サオ亡くし位の『名誉の負傷』位持ち帰らなくちゃ、『尖閣ボーナス、傷痍軍人年金』も、<共産党赤い兵馬俑>には祀られませんわな。手前ら、少しはまともに犯罪を犯して見ろちゃ。手前ら、ご法度の確信犯の面々でしょうが。確信犯が、烏合の衆じゃ、示しが付かんぜや。弱い者苛めのオンパレードじぁ、中狂民度が低過ぎるわさ。ギャハハ!! 

  いやはや、夢の中の私とTの大笑いの声で、目覚めてしまった朝である。

 ジャ、ジャ、ジャと雛達の餌強請り声に、大きく頷いて、『ヨッシャ、起きるか!!』である。

 本日は30℃を超えるらしいが、悪くは無い。はいはい、本日、実に傑作な夢見であったから、人間様の賄い夫は後回し。玄関鳥、キリギリス、金魚、掃除から開始しましょうかね。

 アッシャ、陰・日向無い真っ当な日本人の一人で在りまする。偶には、こんな妄想夢との遭遇が在っても宜しかろう。夢見の朧気為る残滓には、ドジョウ顔、疣いぼ頬っぺの顔も尖閣の波間に見え隠れして居た様な気もするのであるが・・・へへへ、困った物でアリンス。


心何処・・・夕焼け
                  夕焼け
               夕焼け_001

 久し振りに見た夕焼けでした。余りの美しさに、暗く成るまで見惚れて居ました。

          へへへ、下手な絵で申し訳御座いません。

心何処ーショート やれやれ、終わった。
              やれやれ、終わった。(9/4/12)
 さてと、本日、歯医者である。詰め物を入れて、研磨して、終了である。朝飯を早目にして、歯医者に入って来た。次は外ついでであるから、米屋さんに米を買いに行って来る。これで午前中は埋まって仕舞うから、帰りに個人スーパーに寄って、小振りなサツマイモを買って来て、茹でて干しネットが在るから、有効利用でソフトな干しイモでも作って置く致そうか・・・然すれば、小食の老母の間食にも為ろう。

 決して、親孝行な性質では無い。そんな『お遊び』でもしないと、毎日が日曜日のロートルは、時間潰しが出来無いまでの事である。・・・とほほ。

 玄関鳥の藁巣の中では、三羽のヒナが育って居る。無精卵が二つと云う結果である。昨日は夕刻の水遣りが無駄に為るかなと思ったが、パラパラと雨が来ただけであったから、無駄には成らなかった。マツバボタン回廊は、良く咲いて居る。感心すると共に、マツバボタンの持続力に感謝の気持ちである。

 ミニトマトを数個取って、キリギリスの水分補給とする。メスが一匹死んでいた。これでメスの居るケースは、一つだけに為って仕舞った。オス6、メス1のキリギリスであるから、相変わらずギース・チョン・ギースの声がする吾が家である。

 外は薄陽が在るから、それなりに夏を残してセミの声もしているが、家の中では窓辺の風鈴を鳴らして、短パン裸ん棒姿が、暑からず涼しからずで程良い適温状態である。

 領土問題に就いては、米屋さんのご高説を充分承って来たから、充満して居た高圧ガスも抜けて来たから、打つ必要も無かろう。何ヶ月か欠けて居た歯に詰め物が復活して、その違和感に、舌先を動かして早く馴染む事を希望するのみである。

 やっと、面倒な通院から解放された次第である。これで、当分、安泰であろう。

 本日は前倒しの老母へのリップサービス、米屋さんロートル講座などで、普段の何日分かの言葉動かしで在ったから、オーバー、リップサービスの態で在る。風通りの好い曇天日であるから、老体にも過ごし易いのであろう。元気な老母殿で在る。

 河川敷からは、S橋から始まった川の葦原刈りのエンジン音が聞こえて居る。どの辺りまで葦刈をしてくれるのか、どうせの事なら、この辺りまで下りて来て呉れると、9日の一斉草刈りと相俟って、良い感じに為るのだが・・・然しながら、行政予算の支配する処である。

    椅子から立ち上がると、水槽コメットの水飛ばしである。

 はいはい、仲間外れはご法度で在りまする。金魚の餌をパラパラと落として遣る。


心何処ーショート これも、真面目人間へのご褒美か!!
         これも、真面目人間へのご褒美か!! (9/3/12)
 遺憾いかん・・・炊飯器のスイッチを入れるのを忘れて終った。早朝トイレ時にスイッチ入れをするのであるが、こんな事が年に2、3度はある。まぁ、緊張感の無い毎日を送って居るのでから、この位のチョンボは正常域である。

 中休みの暑さは復活して、朝日の暑さで起こされて仕舞った次第である。玄関では、ヒナの餌を貰って居るジャージャーの声が、聞こえ始めている。昨日の昼散歩の最大の収穫は、タテハチョウのツマグロヒョウモンであった。秋の気配漂う川原では、自生のオニグルミの葉に、一杯集るアメリカシロヒトリ被害を見たり、タラの木の白い花、合歓の葉の生い茂りを見たり、顔を覗かせたコスモス、揺れる葦の穂陰に通年定住のホオジロ、川面を飛び回るシオカラトンボのツルミ飛びとか、メスを追うシオカラトンボ、それをサッサと交わすメストンボにニヤニヤしながら歩いて来た次第である。

 へへへ、河川敷の雑草も、大いに伸びて、今度の日曜日の町会一斉草刈りを待って居る。

 実は昨日の朝のトイレ時には、ヒナの微かな声がして順調な成長にニンマリしたのだが、外に籠を並べて玄関鳥の執事をして居る時に巣の中を覗くと、何故か白い羽毛がぺたりと張り付いてグッタリして居る様である。

 異変発生か!! 藁巣の中に、何度も息を吹き掛けても<ピクリ>ともしない。こりぁ、大変だ。新米番いに、雛達は餌を貰えずに『全部死んでしまった』かと。トホホ気分に苛まれて居たのである。
 それが、この番いは性質が悪くて、水入れの中に糞を仕出かす。一応子育て中であるから、子供が可哀想である。水を取り替えて遣る時に、再度藁巣の中を点検すると、ヒナが動いて居た。大いに安堵した次第である。

 昨日の夜はYouTubeの中に、面白いロシア映画を見付けて<拾い物>をした気分であった。マリリン・モンローの映画主題歌・帰らざる河を見て、モンロー関連の中に、それは在った。<MOHPO>と云う1時間30分のフル・フィルムであった。

 勿論字幕スーパーなど無いから、何を喋って居るかは一切分からない。ロシア語の中に居る様な物であるから、まともな観賞など叶わない。それでも、ロシア人生活の妄想観察には、良い足しには為る。キュートな金髪女優さんの柔らかな美形振りが、ウヒャヒャの観である。言葉が一切分からない処が返って、雑念を払拭させて美形観賞オンリーな処が、益々好いのである。何は無くても、金髪様である。何しろ、私は『金髪友の会』の諧調役を仰せつかって居るのであるからして、妄想翻訳も思いの儘なのである。ギャハハ~。
 
 さてさて、戯けロートルの長駄文の館にお付き合い下さる紳士淑女各位に、私だけが愉しんで居ては申し訳が無い。映画の案内役を致しましょうかね。

 映画は、コメディである。マリリン・モンローそっくりのちょっと小柄な美人さんが主人公である。彼女は小学校に通って居る女の子のシングルママである。田舎の辺鄙な駅員一人の小さな駅に勤めて居る。駅は初老の男、女、若い主人公の三人で、交代駅舎宿直の24時間勤務をしている。その駅を管理するでっぷりとした中年男と、その秘書の様な中年女の事務所には、『エリツィン大統領』の大きな写真が掛って居る。

 これは、ロシアの片田舎の雪一色の生活を綴った映画である。何の花も無い片田舎の共産主義の国に、ゴルバチョフのソ連解体、或る意味での開放化のエリツィンが民衆の支持を得て居た時代の新しい時代の到来に揺れる一ショットを、コメディタッチで紹介した映画と云って良かろう。
 憧れの自由主義国のシンボル・マリリン・モンローの自由奔放な生き方に憧れるシングルママのコメディ調の顛末記である。古い無味乾燥な衣服を脱いで、恋愛自由の新しい女の生き方に憧れ、それを実践しようと思って居る女と、その花の蜜にあやかろうと近付いて来る男達のコメディなのである。

★ソ連邦崩壊後の民衆の生活に顔を覗かせた、束の間の自由の衣服の着心地や如何に?の姿を、男女の色恋沙汰に見せて、生活とは何か、自由とは何か、生活とは何かをロシアの雪一色に閉ざされた日常の椿事として描いているのであろうか。作り手の大らかさの賛否と云った視点が、祖国ロシアの雪の生活の中に描かれている。・・・そんな好感の持てる作品である。

 彼女の部屋にはモンローのポスター、写真が幾つも貼ってある。彼女は、全てをモンローに真似て居るのである。それが何んともソックリで、モンローファンの私はニヤニヤして、画面のロシア人の世界にトリップして仕舞う次第であった。彼女の女友達は皆、駅に勤めている。

 田舎の生活は、全てが国家の経営然とした体制の中に、のんびりとして雪の中にある。

 男好きで頭の中は<男だけ>と云う食堂の独身中年女などが居て、彼女達がロシア名物のバーチャできっと下ネタ話にキャアキャア笑い転げている。こんな光景は、私自身も体験して居る処でもある。田舎の真に地味な雪の毎日こそが、旧共産圏の生活のリズムだったのであろう。

 時は正しく、重苦しい灰色のサナギの殻を破って、艶やかな蝶が脱皮して、空に自由に羽ばたく様に、金髪の花が真っ赤に一輪咲いた様な彼女には、足代わりのジーゼルの機関部だけの列車を運転する男が、同僚の彼女を追い掛け回す。それを軽くいなして、彼女は車で可愛い盛りの娘の送り迎えをして呉れる純朴な男に惹かれている様でも在り、鉄道関係の工事監督の男の強引さに惹かれて、肉体関係に発展して仕舞う。

 へへへ、嗚呼、如何やら、彼女には男を見る目が無い様である。困った女の高揚感である。馬鹿垂が、そんな事ばかりして居ると、娘を悲しませるぞよ。

 そんな男にのめり込んで、一人の駅舎でその男と抱き合って踊る母親の姿を窓越しに目撃して仕舞った娘は、そのショックで夜の雪の道を泣いて走り逃げて行く。それを追う彼女は雪道を滑って転げ落ち、大怪我をして病院に担ぎ込まれる。

 娘が父親の様な気持ちで慕う純朴で優しい大男が、病院に見舞いに来た。それが、彼女には面会出来ずに、病院の看護婦に追い返される。病室を見上げて車に乗る男、それを二階のカーテン越しに見降ろして居る彼女・・・

 大部屋の病室で夜中眠れぬ彼女は一人病室を出て、鏡に自分の姿を写し見る。頭の包帯、おでこ、頬のガーゼを、深夜の病院の洗面所で毟り取る彼女。鏡に移った綺麗な頬には、ザックリとした大きな傷が生々しく映って居た。金髪のカールした髪の毛を鋏で残切りにする彼女であった。

 全てを失った様に、悲嘆に暮れる彼女に老女が、優しく頭を撫でてて居る。その老女は、老女二人雪の踏切で彼女の男関係を果たして如何なる顛末に為るかと、下世話のヒソヒソ話のネタにして、喜んで居た老女コンビの一人である。

 傷が癒えて、其処には黒髪のショートカットのザックリと傷口を着けた彼女の顔が、在った。迎えに来たのは、娘を連れた純朴な大男であった。娘はマミーと叫んで、彼女の帰宅を喜んで泣きじゃくる。勿論、彼女はモンローのポスター、写真をストーブに入れて焼くのであった。さらば、アメリカ文化かな?

  町の工事現場で、色男は、その大男に一発を喰らい雪の道に殴り倒された。
 
 恋の行方を野次馬で見守って来た町人?村人?達は、男と女の落ち着くべき行く先に、皆安堵した面持ちで、その場を立ち去って行く。

 大きな駅で、女は髪も伸びて黒髪を束ねて、征服も凛々しくデスクに座って、列車のアナウンスと切符の係をして居た。そこへ、色男が長距離切符を求めて来た。

 色男は彼女に気付いて<彼女と確認しよう>と話し掛けるが、右頬に着いた傷跡を見せずに、飽く迄事務的に突き放す彼女。

 色男は、男好き欲求不満の女友達に、命令口調で足りない金?細かい金?を貰って、支払いを済ませて、大きなバックを持って、女の後に続いて歩いて行く。そんなラストのシーンであった。

 ふ~む・・・。好い映画で在った。コメディタッチの中に散りばめられた米・露の社会・文化の違い。自由開放化の光と影、目新しい光には、然程の持続性は無かろう、地に足を付けた生活の中にこそ、人情通う地域の生活が在るのだと云う作者の暖かい想いが溢れて居た映画で在った。そして監督さんは、きっとロシア愛国者さんなのであろう。

 へへへ、大衆芸能映画は、矢張り名も無き民衆の心に働き掛けねば、良い作品は生まれませんわね。地に足の付いた人間としての揺るぎの無い日常生活にしか、心の青い鳥は戻っては来ないのであろう。個人の在り方、国家の在り方の二輪を描いたコメディは、存分にロシアを描いて居た様に思えた次第である。

 そして、次は好色男のニヤニヤ感想である。主人公の金髪時は、ヤナの面影で、いやはや、ロシアは男も女もスケベな連中である事か。離婚の多い、女に子供が出来ると、兎角、男が遁ズラを決め込むお国柄にして、ウォッカ大国である。男も女も下ネタ好き。一方、金髪を残切りにして、黒髪ショートに帰った彼女の顔は、ナターシャの顔であった。

 金髪、黒髪を見事に演じ分けた女優さんの演技力たるや、大した力量の持ち主である。

 いやはや、ロシア美人、美形の大ファンの私には、色んな・・・へへへ、多岐に亘るロシア雑学の享受といった処であった。加えて、現在二畳小部屋で打ち掛けの文作も、過去の妄想随筆に、シングルママのヤナとその娘、その親友にして、ポリスマンのワイフ・オルガとその娘との三泊四日の海のバンガロー話であったから、この映画の地を行く様な部分が在った。

 吾がロートル映画観賞感とすれば、<妄想は友を呼び、類を愉しむ>の感頻りの『へへへ』と云った物でも在り、妄想のテレパシィとは、文明の利器・インターネットの結ぶゴット・ハンドの御利益か??? ボーダレスの現世は、中々の強い『赤い糸』で、絡み合っているらしい。

 イッヒッヒ、美人、美形さんは、何をしても様に為る物である。好いですなぁ~!!

これも、お天道様の日頃の石部堅吉・真面目に賄い夫閉じ籠り生活を励行して居る人畜無害のロートル男に対する『ご褒美の現れ』なのかも知れぬ。何方さんも、一途、真面目が、肝要でありまするぞえ。
 
 これを称して、世の中、捨てる神在れば、拾う神在りの証左でも在りまする。この境地に入るには、常日頃の精進以外には、扉のキーは御座いませぬ。

 然りとて、妄想流家元で荒稼ぎをしたいのでは在りまするが、何しろ、伝授法の無い一身専属の技法故に、各自、自我流妄想奥義を身に着けるしか手立ては在り申さん。はいはい、各自、精励努力して業を磨くべしでありまする。ギャハハ!!

  本日も、吾が長駄文の館にお時間を割いて頂いて、感謝感謝で在りまする。


心何処ーショート 本日は、夏疲れの癒しなり。
            本日は、夏疲れの癒しなり。(9/2/12)
 如何云う訳か、涼しい夜で行儀よく眠れた。その続きで、薄曇りの本日は、過ごし易い。久し振りの長ズボンとTシャツ姿である。兎に角、涼しい事は好い事である。へへへ、キリギリスも心なしか・・・錆た音を出して鳴いて居る。兎も角、偶にはこんな日が無いと、伸びて終う。

 煙草を吸いながら、冷めたコーヒーを飲みながら、網戸も開けて微かに揺れる正面の南天の葉を眺めている。時折風が吹き、風鈴を鳴らしている。

 昨日のスタバトークの中には、Tの散歩時にハスキー犬との雑種で、シェパード風の犬を連れた婦人が居て、Tはそれが気に入って、子が産まれたら<譲り受けたい>と思って居るのだが、中々、遭遇出来ないで居るとの事であった。Tは犬を何匹も飼って来たから、結構詳しい。それに依ると、ハスキー犬は、馬鹿犬が多いとの事である。時間が在るから、充分なる躾けを施して、思い通りの良犬、忠犬に仕立て上げたいとの事であった。

 彼の性格からすると、旅行もそうであるが、旅行に行くまでの指折り数えて、今度は、何処に行って、何を食べて、如何遊ぶかを色々想像したり考えたりして、ボチボチ買い物をして居る時が好いのだと言う。旅行が始まって仕舞うと、ショートバカンスなどは、あっという間の出来事なのだと言うのである。旅の楽しみは、<前後の持続性>にあるとの事である。

 へへへ、私とは大分違う脳内遊びをして居る男である。私は、普段は人畜無害の妄想男では在るが、それは隙間が出来た時に頭の適当遊びに、妄想域に浸るのは得意ではあるが、宿題も大の苦手で、ケツに火が付かないと、遣る気も起らないし、宿題は学校が始まって授業の内職として遣って居た事が多かった。事前での継続性とは無縁の性質である。
 大体が、ぶっつけ本番の物臭タイプなので、失敗ばかりしている次第である。それと、ぶっつけ本番に現れる自分の中に眠る<意外性の発見>に、興味と好奇心を持っているタイプでもある。

 多分、Tは未来に対して想像する事を楽しみとして、私は過去に対して愉しみとしている違いが、歴然としているのであろう。そんな処が、きっとTの女族へのマメさを構築している様である。私は好色ではあるが、女族に対するマメさに欠けて居る。その面倒臭さが一大障害と為って、物に為らない『体たらく』なのであろう。その辺りがTの調教師にして、私の森の石松の歴然たる違いと為って現れているのだろう。

 本日・日曜日でもあるし、薄曇りの風の通りも好いから、余り動かずに夏疲れを癒すのが好かろう。夜は、昨日の続きで二畳小部屋の文作の続きを打つ事に為るだろう。午後から雨との事であるから、久し振りに昼散歩にでも出掛けて来ると致そうか。

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