旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 夜長の涼しさに、感懐も束の間に・・・
            夜長の涼しさに、感懐も束の間に(8/31/12)
 あれだけの集中豪雨に見舞われると、夜はめっきりと夜気の冷たさが素肌に沁みる次第である。覆い被さる雲に、月も星も無い夜である。それでも気温の低下で何処と無く、秋の夜長の風情と云った処か。熱めのアメリカンが、丁度良い。

 落ちた赤子を藁巣にコロリと戻したのであるが、午後、巣の中を覗くと、白い産毛の赤子達が一個所に集まって居たので、一安心をした次第である。生き物観察は、何だかんだと云っても、その時々の観察者の心具合で、何かを感じたり、考えさせてくれるもので、何かと頭の引き出しに収まるものでもある。

 廊下の真ん中に置いたキリギリスが、鳴いて居る。この二畳、四畳半のキリギリスは何故か音無しである。秋のコオロギの声もして居ない。温度が急に下がった所為だろうか、厄介な小蚊の攻撃も無い。

 全く、静かな物である。二畳から庭に零れる光の先は闇で在り、東向かいさんの小窓のスモールランプが、その中でポツンと浮いて居るだけである。

 ボケーとするには、丁度良い空間眺めである。ラジオでは10時のニュースを遣って居る。日朝政府会談準備の解説を専門家が解説をして居る。後1時間程をこの小部屋で過ごして、四畳半定位置に戻れば好かろう。

 それにしても、百日紅の花弁残骸たるや、凄いものである。掃き集めた残骸は、土に還す事にして居る。これも、土と植物の再生産リサイクルと考えて居るからである。玄関鳥の餌吹き、底板の汚れ落しも、同じ場所でして居るから、其処は通年の雀の給餌場所とも為って居る。

 なるべく自然の形にして置くと、四季折々の昆虫、小鳥が、小さいながらもそれぞれの住み分けをして定住してくれるのが、私には嬉しいのである。老いの心境変化故か、家庭菜園のお陰で、日に何度も庭回り、家周りに外に出ると、クロイトトンボ、シオカラトンボ、タテハチョウ、モンシロチョウ、キチョウ、ジャノメチョウ、シジミチョウの定住者達と挨拶を交わせるのが、愉しみの一つなのでもある。へへへ、私の中性化は、確実に進んで居ると言って良かろう。

 今年は庭の楓の木には、キジバトの巣は掛からなかったが、我が家の庭で巣立ったキジバトは、春から初夏に掛けては、巣立鳩達が柿の木の枝で、親待ちをして居た物である。

 四畳半窓辺の雑木が木枯らしに裸に成る頃には、北国の使者ジョービタキが、今年も帰って来たとばかりに挨拶に来る。初冬に成れば、山からウグイスが下りて来て、越冬をして行く。それも山に帰るご挨拶として、ホー、ホケキョを何日か歌って帰って行くのである。こんな野鳥達の一年のサイクルの様は、毎日が日曜日のロートルに為らないと、見えて来ない。

 冬の寒さ一色に覆われると、我が家を縄張りとするハイエナギャングのヒヨドリの目を盗んで、柿・ミカン・リンゴを求めて、メジロが姿を見せる。ツグミ、シロハラも、冬の庭の常連さんとも為る。イカル、シメ、コゲラ、エナガなども姿を見せる事がある。

 言って見れば、彼等全てが同エリアの住人達なのである。これは一方に於いて、世の心ならずもがの<柵からの解放>を得て、無→誕生→成長→老成→死の円を描いて『無に帰する心境』を少なからず持たないと、見えて味わう事の出来無い<静の死生観>なのかも知れない。

 明けて、昨日の秋の夜長は何処吹く風か、本日も暑い朝のお目覚めを頂戴して、起こされる。8月も最終日である。いやはや・・・何時まで続く<残暑の居直りか>である。

 斯く本日日誌を打って居ると、突然の斜向かい吟さんのお声掛けである。ビックリこいたぜや。昨日のゲリラ豪雨で、車庫は水浸し、低地の庭に一気に流れ込んだとの事である。道路の側溝にはコンクリーの蓋が被さって居るから、水掃き効果はゼロに近い。低きを求めて、一気に流れ込む<魔物・水の怖さ>を目の当たりに見て、テレビ報道などで見る集中豪雨、ゲリラ豪雨の一端を見せ付けられて、話しは弾んで仕舞った。

 絵を見せてくれとの事であるから、一杯見て貰った次第である。中座した本日日記を此処まで打って来ると、何時の間にか雲の侵攻である。風に、風鈴がチリリンと鳴り、キリギリス、セミが元気一杯に鳴いている。はい、松本は33℃台との事で在りまする。

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心何処ーショート これが、驚異のげりら豪雨か・・・
          これが、驚異のゲリラ豪雨か・・・(8/30/12)
     いやはや、凄かった。これは日記に留めて置かなければ為らない。

 暑さにウンザリして、午後から雨だとは云う物の・・・一向に、その兆しすら見えない。はい、青空には、何時もの太陽である。玄関鳥の様子も見て置きたかったので、玄関廊下に蚊取り線香を焚いて、裸ん棒スタイルで、コーヒーを飲みながら、肩の凝らない歴史エピソード本を読んでいる内に、うつらうつらとして来た。

 三時近くに為って、手抜きのカップラーメンの昼を食べる。そんな事をして居ると、何か降りそうな気配である。一向に降らないですなぁ~。とほほ、またまた思わせ振りの薄情女のシナだろうか。今日も夕刻のジョロ配水を更新するしかあるまい。

 そんな事で、虎皮雷神をせせら笑って居ると、ピカピカ、ゴロゴロ、ドカーンとして来るや、風の到来である。バシャバシャと来たら、手に負えない嵐の襲来と化した。地勢の不利で、町会の真ん中道は、<五月雨を集めて早し、最上川>どころでは無かった。アスファルト道は、水路と為って下り勾配を一気の攻勢に掛って来た。来るわ来るわ!! 見る見る内に、タッタカ、タッタカと濁り水の殺到である。

 ピカピカ、ドドーン、ドシーンと叩き付ける豪雨が止まる処知らずで、大暴れの態で在る。ドンドコ、ドンドコ、アスファルト道の川は、吾が家に殺到して来る。犬走りの凹地を呑み尽くして、庭一面の大浸水・冠水状態である。東の私道は、褐色の激流と化して居る。この水流、どん尻のお宅は、堪った物では無かろう。ブロック塀を堤防として、掛け値無しの川が流れて居るのである。

 大通りではサイレンが鳴って居る。こんな凄まじい光景は見た事が無い。廊下に老母のリクライニング椅子を持って来て見せる。流石に怖く為って来た。空には、ぽっかりと雲の割れ目が在るから、止むには違いないと思いつつ、これが近年の集中豪雨・ゲリラ豪雨と呼ばれる『凄まじさ』であろうと実感した。雨は幸い、小一時間で止んだ。

 松本は盆地の扇状地形である。こんなのが、2時間、3時間続いたら、市街地に在る凹地は、立ち処に浸水冠水に晒されて仕舞う。再び、空は雲に覆われて、雷が鳴り始めている。今夜は、不安定な大気が夜を覆うとの事であるが、これは冷や冷や物である。

 20分もすると、地面は水を呑み込んでしまった。アスファルト道には、庭土の流れた跡が取り残されて、無風の静けさを見せているだけである。ご近所さん達が、凄まじさの感想交換をしている。

心何処ーショート 中国ウォッチング一つ・・・
             中国ウォッチング一つ・・・(8/30/12)
 昨日の夜散歩は、何故か蒸し暑かった。就寝時も何と無く蒸し暑くて、中々眠りに落ちる事が出来ずに、扇風機を回して不本意の睡眠であった。今朝も、曇り空で湿度が高い。

 丹羽中国大使の公用車が、中国の首都北京のお膝元で二台の車に執拗に付き纏われて散々為る嫌がらせの末、在ろう事か・・・日本国旗を奪取されたとの事である。犯人の写真・車の写真を中国官憲に即座に証拠として渡し、『速やか為る犯人逮捕』を申し入れた由。こんな明明白白な犯人特定物証が在りながら、未だに犯人は逮捕されて居ない。これは、言語道断の凄まじい<中教国家の態>で在る。

 首都北京のお膝元での2時間?もの付き纏われなのであるから、当然に中国当局に、その旨の抗議・取り締まり要請が、車中から発せられて居たのは当然であろう。事は大国日本の大使館公用車である。これは到底考えられない、接受国・大中国の大失態である。

 普通に考えれば、『媚中大使』と称される経済オンリーの丹羽大使は、中国には、最大の要人』である筈である。それが、大使更迭と云う事で、所期の任務を果たさなかったとの<掌返し、腹癒せの遣らせ行為>と断じるより他無い。杉下右京警部の見解を待つまでも無かろう。
 その証拠が、中国官憲は、中国世論の動向を見極めて、法に則って捜査を進めるとの方針であるから、端から<その意図>は見え見えである。中国世論=愛国無罪の紅衛兵体質であるから、背後には上命下達の絶対権力体の中国共産党の指令があるのも明明白白であろう。

 媚中大使には酷な感想ではあるが、これこそが征服王朝の十八番(おはこ)<使い捨て国家の面目躍如>としか言い様が無いではないか。

 これが広大にして荒涼の大地・中国に連綿として続く『王朝絵巻の実態』なのである。征服王朝が歴史に興亡・跋扈して来た時空に、現在は単に赤い征服王朝が、中国の大地に君臨して居るにしか過ぎない。それが、幾度となく繰り広げられて来た王朝の、また<赤い征服王朝の実態>と断じても間違いは無かろう。
 王朝支配者にとっては、被征服人民が、王朝国家にとっては『単なる使い捨て道具』にしか過ぎないのである。征服王朝にとっては、海外勢は飽く迄、<囚われの身の籠の鳥の扱い>なのである。こんな処が、自由主義国からすると中狂国家と断じられて仕舞うのである。

 国益などと云う体裁の好い言葉で、物を言う連中が兎角、多過ぎる。国民を主体とした現代国家の国益と旧態依然とした征服王朝の国益とは、同じ国益の言葉を使用した処で、『国益』と『私益』との違いが歴然としているのであるから、その間の事情は、よ~く翻訳して報道・解説を聞かないと、<頭の肥やし>には為らないのである。

 俗に揶揄されるが如く、似て非なる物の本質を見極める常識を持たずして、握手などをしたら、吸血鬼共に生き血を吸われるだけの事である。←俺ぁ、そう思ってるんだけどね。

 大使館は、外交特権を持った強大強力な調査機関と云う側面を併せ持っている国の機関である。中国大使館の中国当局の捜査の遅さに『苛立ち』が見え隠れすると云うのは、大使館サイドでは犯人・犯人サイドの背景も、把握して居る状況が見え隠れしていると言って良かろう。表現を替えれば、在中日本大使館に独自の警察力さえ在れば、直ぐ様に犯人を検挙して居ると考えて差し支えない筈である。

 毒入り餃子問題、日本の新幹線パクリに依る世界特許申請、東シナ海の日本海域への海底資盗掘、北京五輪の長野聖火リレーでの大騒動、水資源買い捲り、尖閣諸島への領海領土侵犯問題・・・etcと、国を挙げての確信犯の累犯指導振りは、狂った暴走国家の態に拍車を掛け放題である。

 この処、隣国の中国・北朝鮮・韓国の日本人の常識からすると、常軌を逸した暴言・暴挙・暴走振りは、凄まじいばかりの日常茶飯事化している様である。

 馬鹿の一つ覚えの様に、日本人が自らが自虐史観の囚人と為って居ては、中華大陸・朝鮮半島人の本態は、一切見えて来ないのである。
『自虐史観の誤ち』を、現実の隣国人達がこれ程にストレートに挙証して下さっているのに、日本人が自らの自虐史観の間違いに気付かないと云うのは、何事であるかの義憤に駆られる次第である。事無かれ主義の似非変照り(ニセインテリ)共が、何を抜かすかと云う思いである。

 何か在れば、プロタガンダなどの決まり文句である。馬鹿抜かせ。少しは自分の頭で、事象整理をして見る気にさえなれば、何も似非平和主義者、似非変照りさん共の格好の餌食には為らずに済む物を・・・ 一書悉(ことごと)く信ずるは、書無きが如し。木を見て森を見ず、森を見て木を見ず。の有難い先人の訓示も在りますれば、人間チョイと真面目に物を考える事もしなければ、馬鹿にされるだけで在りまするぞえ。

 そうズラ~。民度高き日本国民の一人として、キンタマを確り持ちましょうよ。あい~。
 
 戦前の人達が、蔑称として用いて居た言葉の中には、推して知るべしの其々の国民の民度・実態を踏まえての言葉の使用が、現実として在った事に気付くのも、<頭の肥やし、頭の整理>と為るのでは無いでしょうかね。へへへ。

 明けて、本日。藁巣の中の雛は、餌を貰って居るかが、一大関心事である。朝一番で、玄関鳥の世話をする。卵は一つである。5-1=4であるが、如何見ても雛は2である。??? 下を見ると、何かが動いている。そう~と手を入れて、裸ん坊を藁巣の中に落として遣る。白毛に覆われた二つの生命体の羽毛が動いているから、餌を貰って居るのであろう。さてさて、巣に帰った裸ん坊は、温度と餌を得て成長出来るか如何か、心配な処である。

 キリギリス達の霧吹き、餌の取り換えをして、本日も暑い日中を遣り過ごすしかあるまい。本日は午後から雨との事では在るが、夜散歩での流れも、殆どのトボリ行進をしているのが現状である。天気予報大明神様である。さて、如何為るものやら・・・

心何処ーショート これも、月に一度のトーク為り。
           これも、月に一度のトーク為り。(8/29/12)

「ヤクルトで~す。」

 遅い朝食賄いをして居ると、元気な声である。はいはい、ガスの火を止めて、四畳半に絵ファイルと財布を取りに行って来る。

「これから、朝ご飯ですか? 遅いですね。」
「うん、俺は夜更かし派だし、朝は婆さんタイムだから、動き出してからさね。此処は、婆っさが主役の家だからね。へへへ。」

 今週の絵は二枚である。ヤマメが上手く描かれているとの事である。まぁ、二枚ともエロを入れる事を忘れて終ったから、一応の絵として収まっている次第である。へへへ。

 朝食後の馬鹿話をして、さて掃除、小動物達の世話を致しまするかなと、腰を上げ掛ると電話である。月に一度のケアマネさんの訪問である。

 はいはい、<何時でも、どうぞ。>と言って、さぁ大忙しの真似事掃除に取り掛かる。食器を洗い、油の飛んだガス台を拭き、掃除掃除の大忙しである。ケアマネさんと老母は好い関係であるから、私は彼女が来ても掃除続行が出来る。見栄を張る時も必要なのであるから、ケツに火が付いた事を推進力に汗を掻くのが、私の流儀でもある。

 その間は老母の部屋で話をして居て貰えば良いのであるから、気が楽と云う物である。

 先ずは玄関周りにホースで散水・打ち水を施して、玄関廊下、台所、母の部屋と彼女の動線に沿って掃除を終えて、廊下、自分の八畳を掃除して行けば良いのである。

 ケアマネさんのご到着で、私はウリ、キュウリの粕漬けを茶請けに出して、家庭菜園からミニトマトを取って来る。老母がお茶を入れて呉れるから、私はこの際の掃除続行である。鳥籠では卵が二つに為って居る。見ると、昨日に続いて、今日は二羽が孵化して居る。水を取り換え、餌を補充して庭からハコベを見付けて来る。

 汗まみれの上半身を、水タオルで拭き掃除をして、Tシャツを着て煙草・絵ファイルを持参して、母の部屋に参加する。

「Rさん、漬け物美味しい。マメですねぇ。男にして置くのが勿体無いですね。感心しちゃう。」

「あいあい、俺ぁ、ブログじゃ一時、<男芸者>のお言葉を頂戴してたぜね。ギャハハ。あれズラ、俺は感性豊かな男だから、絵も文章、漬け物も、大した物ズラい。女の感心は、女としてウカウカしてられ無いの方の寒い、ゾォ~とする方の『寒心』の方ズラ。」

「キァ~、何時もながら、鋭い御観察で。何にも口応え出来な~い。アハハ。
掃除、ご苦労様です。マツバボタンの回廊も、とても綺麗で、Rさんの感性がプンプン伝わって来ますよ。ご立派。
 お庭を見て、百日紅の花弁に風の入り具合、キリギリスの声。好い雰囲気ですよ。こんな風に、ゆったりとした時の流れの中に居れると云うのは、贅沢ですね。私も、早くこんな老後に入りたいわ。羨ましい~。」

「へへへ、そうかいね。それでも、ぐっと男泣きして居る<心の陰>も在るんだけどね。さて、一か月分の絵溜めですがね。笑って行きましょや。」

「どれどれ、ああ、此処からだわ。花、キリギリス・魚の<人間の出て来ない絵>は、繊細で優等生の雰囲気が在って好いですねぇ。ただ、人間が入るとエロが顔を覗かせるから、『困った人』ですけど、どれも色遣いが独特だから、皆、個性的な味のある絵です。

 こう云う、絵をスラスラ描いちゃうって処が、才能なんだわ。何ですか、この天眼鏡の中のお尻は!! これが無ければ、借りて行って施設に展示したいんだけど。アハハ。」

「馬鹿こいちゃ行けねぇわね。たかが爺っさ、婆っさの憩い場所展示位で、俺の最大の愉しみ、悪戯心を犠牲にぁ出来んわね。
 あれだんね。人間の心の奥襞にぁ全ての要素が、複雑怪奇に複層してるんですがね。綺麗事・ママゴトばかりじゃ、<格好付け、偏りの世界>でしょうが。俺ぁ、心が真っ直ぐで正直だから、万遍無く、吾が心を描いてるだけさね。如何だい、こうまで、開き直られちゃ二の句が継げねぇズラ。ギャハハ!!」

「お婆ちゃんは、幸せだわ。良い育て方をしたんだわ。」

「私は、子供を育てた覚えは無いよ。皆が、其々に、自分で育ってくれたんだもの。私は頭が悪くて、学問も無い馬鹿だもの。子供達が居たから、生きて来れたんだと感謝してるんだよ。子供達が、難しい事は全部教えてくれたんだよ。

 昔の事だから、無我夢中で生きて来たから、子育てなんてゆとりも無かった。変な話だけど、もう一度、今度は色々考えて、子供を育てて見たいって気持ちが在るんだよ。無学で馬鹿だから、この子の話し相手も碌にして上げられない。情けない話だけどね。

 何から何まで、男のこの子の世話になっているだけで、何の手伝いもして上げられない。せめて、私に出来る事は、負担に掛らない様に、苦しんでいる惨めな姿を見せない様に、念仏を唱えて我慢する事だけだからね。私は、子供に育てられて来たんだよ。でもね。これも長生きをして見なければ、分からない事だしね。こんな老後が出来るとは、思わなかったもの。有難い事・・・」

「凄いよね。こんな事を言う親なんか、普通は居ないですよ。此処のお宅は、ゆったりとした自然体の雰囲気が在るもの。お体裁なんて物は、一切言わないし、そんな物に一切の価値を認めて居ない。そんな地に付いた生活実態が、伝わった来ますよ。

 それが、此処の庭の雰囲気であったり、Rさんの漬ける四季の漬け物だったり、逸品の高級和菓子・吊るし柿、野苺ジャムだったりするんですよ。自然って、潤いですからね。四畳半の金魚、玄関の小鳥達、キリギリスの声、家庭菜園の緑にマツバボタンの回廊に、自然の形で現われている。それが凄い処なんですよ。

 この親にして、この子在り。この子にして、この親在りですよ。文句無しに納得しちゃいますよ。雰囲気だけで、納得しちゃうんですから、二人とも本物なんですよ。畏れ多い事ですよ。」

「やいやい、エライ胡麻スリを頂戴しちまって、こりぁ、手ぶらで一か月のご無沙汰をする訳にぁ行かんわね。ちょいと待ってましょや。特製の口もひん曲がる梅干しを見繕って来るぜ。」

        10個程の熟し大梅の梅干しを容器に入れて、進呈する。

「うわ~、大きい梅。これって豊後梅でしょ。好い色と萎み具合ですね。こりぁ、プロの力作だ。嬉しい。喜んで頂きます。お婆ちゃん、有難う。」

「あいあい、そうだんね。吾が家の古参梅だいね。土用干し3日3晩で塩と半分庭の紫蘇で漬け込んであるから、先祖帰りの梅干し漬けせ。酸っぱい、塩っぽいで、これだけで二杯飯よ。昔を思い出しておくれや。イヒヒヒ。」

「うんうん、昔ながらの混じり気の無い梅干しだよ。この子には、ちゃんと『元』が在ったんだろうね。若かった頃は、家の事なんか、何にもし無かった子なんだけどね。
今日は、楽しかったよ。どうも、有難う。また、来月だね。楽しみにしているからね。」

 普段、訪れる者も居ない老母と二人の家では在るが、こんな風に話しが弾む一時の訪れは、感謝感謝の愉しみの時間でもある。人間とは自然体が一番である。さてさて、私もTシャツを脱いで、自室定位置に戻りましょうかね。


心何処ーショート 小さな出来事二つ。
                小さな出来事二つ。(8/28/12)
 昨夜の事である。机の下の親指を噛む物が居る。<この野郎、蚊か!!> と足を動かす。再びである。<刺す>では無く、明らかに噛むのである。アブかな?とも首を捻る。

 姿は見えないが、大いに気に為るから、見付けたら捻り潰して遣ろうと、身構えて足元を見て居ると・・・ おやおや、エンマコオロギが姿を現した。秋に成ると、コオロギが毎年家の中に遣って来る。エンマコオロギの次は、形の小さなミツカドコオロギが遣って来る。彼等とは、<秋の夜長のお仲間>と云った間柄である。

 今年も、コオロギの季節と成ったのである。へへへ、これも嬉しい季節の知らせでもある。彼は机の下の気に入った所を見付けたのだろうか。ギースに呼応してコロコロコロ・リーと鳴き始めた。出窓のキリギリスケースも、『異端者来る』でギースの連呼である。風鈴も、夜風にチリリンと乾いた音を奏でる。

 まぁ、風流と云えば風流なのではあるが、私はこんな環境を好んで来たのであるから、これも季節の一コマなのである。コオロギが家の中で鳴き始めると、暫く居候をする物である。今年はコオロギが鳴き始めても、私の家スタイルは相変わらず、短パンの裸男である。

 兎に角、今年の夏は、暑く長過ぎる。風流は別名・季節感とも云われる処でもある。従って風流には要件として、風流が醸し出す季節の様も在っての事だとは思われるのであるが、・・・ 今年の様に夏と秋が同居してしまうと、風流も形無しと言わざるを得まい。困った物である。

 巨大台風は大雨を沖縄に降らせた云うが、台風の進路が<神国・大和の国の神風>なのだろうか? もろに朝鮮半島を目指して居る様である。従って、本州の中央に位置する松本には、恵みの雨とは為らない雲行きである。いやはや、毎日のお努めの夕刻のジョロ水配水も、大儀な運動とも為っている次第である。

 百日紅とはよく言った物で、朝に成れば降った白花の屑が<掃き掃除>を待って居る。夕刻の水遣りで、松葉牡丹の回廊が、今日も<真夏のご挨拶>を生き生きと太陽の下で輝いて御座る。熟したミニトマトを収穫して、朝の賄い夫を始動させましょうかね。

 チンゲンサイを玄関鳥にお裾分けして、猛暑の中の抱卵御苦労さまの声掛けである。

 朝食後は風呂に入り、風呂を譲って洗濯である。ああ、本日も薄い青空に、ウンザリの雲の白さである。昼は食欲も起こらないから、超簡単で済ます。

 日中は、暑さに滅気て何をするにも大義である。それでも、頭が遊んで居るから、玄関鳥が抱卵して居ると、何時頃から抱卵を始めて居たのかと、気に為って来る物である。一般的に云えばフィンチ類の抱卵日数は14日である。抱卵日数が、卵に書いて在る訳ではないから、予想など無理なのではあるが・・・ 卵の黒ずみ具合なんて事で、間近なのだろうかなどと、勝手なセッカチ想像を働かせて、好奇心の喚起をしている次第なのである。

 ハハハ、好い歳をかっぱらったロートルオヤジとは、物好きな生き物なのである。

 番い鳥もこう暑いと、暑くて堪らないのだろう。二羽とも巣の外に入るから、チョイと失敬して、卵の数を見ると、4個である。鳥籠を持ち上げて中を覗くと、一羽が孵化して居た。丸裸のピンクの物体が、嫌々をする様な格好で蠢いている。ウッシッシなり。

 然すれば、プレゼントに食べ易いハコベでも差し入れて遣ろうかである。観察経験からすると、孵化した雛の生命力は親から餌を与えられないと、餓死して仕舞う。詰まりは、卵からのエネルギー供給リミットは、一日なのである。
 何事も、初体験の若番いである。抱卵辛抱を体験して、孵化が成功して、孵化雛に餌を与えられて育雛・巣立ちを失敗学習して、一人前の親番いに為るまでには、失敗積み重ね学習は避けて通れない通過工程なのである。

 端から期待はしていない私の観察経験ではあるが・・・さてさて、白メスと並オスの番いは、如何成長して行くものやら。

 吾が家の金華鳥達は、皆、同じ親から生まれて居る。初代番い鳥は死んでしまったが、兎に角、オスがとても筋が好い。何かと欠点の多かったメスの替わりに、オスが辛抱強く抱卵を続け、給餌もオスの方が巧かった。そんな過程の中で、オスはメスに諭すかの様に、母親教育を施して居た。そんなDNAを引き継いで居る吾が家の玄関鳥ファミリーである。

 アハハ!! 筋、能力に恵まれたオスのDNAであるから、親に倣って、お前さんも優等生の道を、子供達に継いで行くべしである。まぁ、白メスも番いで親の役目を分担している風であるから、私は、ニヤニヤして見て居ても好かろう。

   さてさて、本日も、水配りを務めあげましょうかね・・・ とほほ。


心何処ーショート こりぁ、ダミだぁ~。
                 こりぁ、ダミだ~。(8/27/12)
 暑い暑いと云って居ても、確実に秋が見えて来て居る。光には刺々しさが薄らいで来て、時折訪れる風に、キラリと蜘蛛の糸が光る。四畳半定位置の正面の網戸を開ければ、南天には小さな青い実が形に為って微風に揺れている。そんな中をカラスアゲハが目の前をヒラヒラと過り、丸模様を持ったタテハ蝶であるから、クジャクチョウなのであろうが、それがフワフワと視界を過って行く。

 学校が始まって、子育てを終わった町は、人通りの無く静まり返った道に、日向と陰を見せているだけである。

 PCでケルティック・ウーマンのYouTubeをBGMに流して、ラジオの国会中継を聞きながら、この本日日誌を打って居る次第である。風は弱く、風鈴はコソリともせずに、セミとキリギリスの声ばかりであるが・・・ 庭の日向に置いた鉢植えマツバボタンが、漸く大きく育ち赤・オレンジ・黄の花、蕾を大きくさせて来たから、抱卵中の玄関鳥の替わりに出窓に置いて、些かの和みにしている次第である。

 蝶の数からすると、低空をチョコマカとする灰色のシジミチョウが一番多いのだろう。日向の家庭菜園は葉野菜だけであるから、モンシロチョウが多い。柿の木の下の日陰はハグロトンボ、タテハチョウのエリアである。小さな空間にしか過ぎないが、斯様にして小昆虫達は、こじんまりと其々のエリアを住み分けて生きているのである。
 それに引き換え、他人様の洋上小島にまで、意地汚い傍若無人、不埒な魔手を伸ばして恥じない<人間種>と云うのは、一体全体如何な生物かと、人間語を話さぬ地球界では大顰蹙を買って居るのであろう。

 所詮、他人(ひと)様の持ち物に勝手に手を出す事は、窃盗、強盗、強歓、強姦の類であるから、どんなに歴史改ざん、不倫の屁理屈状況のゴリ押しをして見た処で、<真実・良心に背く大罪>には変わりは在るまいに。
 善良小心者市民の一人としては、そんな不逞の輩とは、一切同席はしたくは在りませんわな。困った隣国人、兎に角揉め事回避の国内似非平和主義者の鈍感・薄情者と云った類の魑魅魍魎の世界も、出来る事なら避けて通りたい物で在りまする。

 心に棘刺さない言葉で、<言わずもがな>を表現する事に長けた日本文化とは、風のよもやま話からすれば、『協調』を旨とする日本人に対して『自我欲強調』の国際競争の中では、<日本人の滑稽さ>を物語るだけなのであろう。
 従軍慰安婦を売春婦、売女、商売女、娼婦と表現したら、果たしてそれでも、俗に云われる『私は日本帝国軍の強制連行で、売春婦をさせられて居ました。』なんて、テレビカメラの前に立って、饒舌に自己主張を出来るものかと『疑問』に思う事が在る。

 売春商売は、一説に依ると世界最古の商売との事である。男が女を買う一方の歴史観ではあるが、当然、女が男を買う事も在ったのである。メカケの言葉が在ると同様にツバメの言葉も在るし、夜這いの民俗学と云う物も在る。

 廓(くるわ)、置き場所は、風俗産業。赤線地帯は、歓楽街から風俗街へ。不義密通は日常茶飯事の男と女の好色性・卑遊びとなり、少女売春は、援助交際。猟奇変態の館は、会員制SM館。三下呼び込み、斡旋は、今やサイト運営と来る。←はい、大したものですわ。
 すっかり社会のタガが外れて終って、規制緩和の自由産態であるから、嘗ての<引き回し獄門>が、現代では大手を振っての<言い回し産業、赤信号、皆で渡れば怖く無いの産態の荒稼ぎ>なのである。

 はいはい、こう為っては、お釈迦様、孔子様、キリスト様、アッラーのマホメット様もお化け様も何も在った物じぁ在りませんわね。そう云えば、月火水木金金なんて、猛烈海軍魂が励行されてましたって話ですが、<下化衰黙金金>の拝金経済の由々しき現状は、全ては、金・金・金の欲ボケ、色ボケ、地位名誉ボケのハイル・ヒットラー同様の<入る・欲道>の軍靴の響きってモンでしょうに。

 へへへ、上も下も、<下>等下郎<化>に<衰>退して、人倫人道・国体の衰亡振りを<黙>して、ただただ<金金>に群がり集まる。同じ月火水木金金で、僅僅に励んで靖国に逝かれた英霊さん達に、何んと申し開きをするんでしょうかね。如何し様も無い時代に立ち至って仕舞った物で在りまするなぁ~。

 日向ではニラの白い花が咲き始めた。ニラが咲き始めると、地味なタテハチョウが花に遣って来る。昼のラジオでは、例年より一週間早い稲刈りが始まっているとの事である。暑さが収まらないと、高温障害が発生するとの由。

 そりぁ、そうでしょうよ。私なんぞは、とっくのとんまに高温障害で妄想力減退の首から上に、モワァ~とした高温靄が圧し掛かって居りまするわね。

 遺憾いかん・・・秋の描写を心静かに打っていたんですがね。国会中継の言葉が、高温障害中のスカンポ脳を刺激しちゃいましたかね。へへへ。

 コリァ、午後からの国会中継は如何したんじゃい!! 内憂外患の緊迫時に、喧々諤々の与野党国会中継を、中断して如何するんじゃい。日本再生か、衰退かの分水嶺とも為るやに知れぬ重要国会じゃろうが。先送りに先送りを重ね続けて来た『事無かれ戦後主義の点検国会』では在りませぬか!! シャキッとせんかい、シャキッと!!

心何処・・・流れの中
                  流れの中
                流れの中_001

 水遣りの時は、降りそうで無駄かなとは思ったんですがね。降りませんねぇ。明日も予想だと34℃超えとの事で有りまする。平清盛さんは、全然面白くないので見てません。そんな事で、日曜日はする事が有りませんから、本日の一枚を描いて見ました。

 はい、残暑はご破算の猛暑続きの日本列島故に、川の涼のお裾分けで有りまする。へへへ。

心何処ーショート 午後の部・頭のお皿にも補給水なり。
      本日、午後の部・頭のお皿にも、補給水なり。(8/26/12)
 海パン姿で、シュノーケルを持ってチョイとドライブである。家でクタ~と<暑さ萎れ>をして居るよりも、断然こっちの方が好い。テクテク歩きとは違って、車は壮快である。行き交う車を見れば、マダマダ夏休みの雰囲気である。

 上田に抜ける三才山(みさやま)トンネルの手前で道を折れて、橋を渡った所で車を止めて川に入る。

 来週からは九月と云うのに、真夏一色の風景である。この辺りは、水が飲めるほどの透明度と清らかさを持っている小さなせせらぎ状の小河川である。40~50m置きに小さな砂防堤が作られている。上流であるから、砂は殆ど無く砂礫である。水は冷たい。まぁ、真夏なのであるから、一度身体を水に浸けて仕舞えば、然程の冷たさは感じなく為る。

 水量は渇水期で砂防堤周辺の小プールでも、精々が60~70cmの深さでしか無い。太陽のカンカン照りと水の冷たさが、清々しいまで真夏の風景の中で、ベストマッチを与えてくれる。本日の目的は水中観察である。魚狙いは後回しで、水中眼鏡で川の中の様子を覗くだけである。

 全身を川の中に浸けて覗いて見ると、水泡雪崩れ込む水流の速さ、川底の石、砂礫の舞い上がりに、小さなヤマメの群れが私に驚いて、散ったり、戻って来たりである。これは、小さき者の群れ泳ぎの様である。それでも、ロートルの私には十分に楽しめるのである。

 そんな事をして、400m程を川行進して行く。お目当ては、カジカ、大ヤマメであるが、一向に遭遇出来ない。いやはや、魚影がすっかり薄く成った物である。淀みがあると泳いだりしながら、岩相、岩の苔などの風情を愛でたり、尻尾の赤く成ったアキアカネに感心したり、休耕田の蕎麦の白い花、頭をもたげ始めた水田の雀除けの案山子、ネットなどを見て、山間の緑の頭上に、群立つ白亜の入道雲の雄姿のコントラストで、ロートルクマ男流の『真夏の涼』を楽しむのである。

 へへへ、好い歳をかっぱらったオッサンが一人、シュノーケルを付けて只一人、川遊びをしている姿は、Tの言う如く確かに『変態ザマ』かも知れぬが、私に言わせれば、これ程贅沢な一人遊びは無いのである。フン、邪魔などされて堪るかってな物である。それに、これは散歩以上に良い運動に為るのである。

 落ち込みの葦の根カブの奥に目を凝らすと、大ヤマメが居た。子供ヤマメばかり見て居たので、流石にでかい。そして神秘的にすら見える。前回、キリギリス採りでヤスを紛失して仕舞ったから、必殺のヤスも繰り出す事も出来ずに、サッと姿をひるがえすのを見て居ただけである。
 此処には、待望のデカカジカも居た。へへへ、私も還暦半ばに手の届く年齢域であるから、<殺生嫌い>に為って来て居るのであろう。カジカはデカク成ると、実に不格好なふてぶてしい形(なり)に為る。ツ-と前進して、底に止まる。灰色の地に黒の斑紋である。体長に対して、頭が不格好にデカイから、ふてぶてしい形になるのである。立派立派。たんと子孫を残せよ。捕って喰わんわね。水中眼鏡からの観察であった。

 さてさて、スキンヘッドの頭皮の皮剥けする前に、帰りましょうかね。嗚呼、気持ち好か~!! 婆っさは、生きて居るかや~!! イッヒッヒ。


心何処ーショート こりぁ河童とて、お皿の水も蒸発致しまするがな。
      こりぁ河童とて、お皿の水も蒸発致しまするがな。(8/26/12)
 光の色は秋めいて来たが、朝日が登場すると気温はウナギ登りの上昇を呈して、10時にも差し掛かるとヘナヘナと来てしまう。本日も34℃台との事であるから、如何し様も無い。

 昨日の水遣り時には、ご近所さんが夕涼みの長話をして居た物である。皆さん後期老齢者様達であるから、日没後の涼に縋っての老体同士のエールの交換なのであろう。へへへ、然しもの34℃超えの居据わり猛暑で、井戸端涼みを切り上げる力も無いと見た次第である。

 夜散歩は10時を回って、煙草の買い置き方々、一番遠いコンビニまで行って来た。それでも熱を蓄えたアスファルト道は、熱を残して居る。上半身の汗にTシャツを脱いで気化熱冷却をしたい処であった。コロコロ、ジィージィー、スイー、スイー、ガチャガチャと、夜陰からは秋の虫達の声が盛んではあるが、所々、薄雲を従えた晴れの夜空には星々が輝いて、<明日も晴れだよ。>の高笑いが聞こえて居た。夜更かしタイプであるから、早朝散歩は到底敵わないから、当分夜散歩をするしかないのである。

 明けて、朝の空気の総入れ替えに網戸を開放すれば、百日紅の大量散りである。天敵小蚊に対抗して、長ズボン長袖を着て長靴・軍手で掃き掃除をするしかあるまい。やれやれの段である。

 おやおや、羽化して未だ薄緑のミンミンゼミが光の中で、身体の鎧化をしている。夏休みは、自然観察であるから、暫しズームアップで見て置きましょうかね。一周りして来て、完熟ミニトマトを採って、汁の具を摘んで置くとしようか。

 暑苦しい小蚊対策を脱ぎ棄てて、短パンの裸ん棒に復帰である。朝飯には早いから、時間を掛けてキリギリスの世話でもして遣るとしようか。廊下にケースを三つ並べて、丹念に霧吹きを施して、餌入れを洗って、餌の交換である。物干竿に吊るした乾燥ネットのホッケさんも良い塩梅で干物行進をしている。

 昨日ホームセンターで978円で買って来たアンティーク調の振り子付きのミニ柱時計を二畳小部屋に吊るした。ミニサイズの部屋に好く合って振り子を動かして居る。此処にも南洋掛け軸を吊るして在るから、何と無くバランスが取れて居る。

 窓に足を投げ出して、庭を眺めながら、ラジオを聞く。羽化して頑丈な体を持ったセミ達が、庭木から飛び立った行く。ハラハラと落ちる白の花弁を受けて、峠を越したマンジュシャゲの草臥れた藤色が夏の終わりを告げているのだが、何時まで居据わる困った気圧配置さんである。

   さてさて、老母様の動きである。朝の賄い夫を始動させましょうかね。

 変わり映えのしないテレビとのお付き合いは疲れるだけであるから、食後は四畳半定位置である。環境掃除が出来て、キリギリス達はギース、チョンを鳴き交わしている。玄関鳥も水打ちをして玄関を開放して在るから、時折、ブンチャカ・ピィーピィーを囀っている。のんびり泳ぐ金魚達の腹は膨らんでいるから、餌遣りはカットで良かろう。

 こう暑いと、日中はタイテのコラサで脳細胞に酸素が回らない。車のエンジン掛け方々、川浸りにでも行って来るしかあるまい。

 昨日のTのブレイイクタイムの三面記事話では無いが、現職警察官二人が、会員制SMクラブで、女王様の前で後ろ手錠、猿轡、フリチン御柱おっ立て姿でパチリとの由。

『変態オッサンのRは大丈夫か!!』とのお気遣いで在った。まぁ、私としては妄想を現実化する程の勇気は持ち合せて居ないから、<大丈夫だ~。>とは応えて置いた処ではあるが、熱波の煽りで、水槽に逸物を差し込んで水飛ばしコメット、肥大流金に<フェラチオの図>なんて、醜態を晒して仕舞ったら、119に即通報されて仕舞う。

 幾ら、残猛暑下での脳への酸欠・脳温度の一時的沸騰に依る心神耗弱状態の一時的異常行動と<真の抗弁>をした処で、世間の野次北連中の錯覚・誤解の口の戸は、立てられないのである。そんな事に為って終ったら、一生汚名を受けて、生き恥を晒して仕舞う。

         ・・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 ふ~む。私とて、人の子、子の親、孫の居る身である。<現実は、妄想より奇為り>の一面も無くは無かろう。増してや、高い料金を払って、身分隠匿のSEXプレイの証拠写真まで、世に出回って仕舞う。仁義の何も在った物じゃ無い。既に<商いの仁義>など崩壊して仕舞ったご時世である。

 此処は、<沈着冷静に、平穏且つ安定を目的とした市民生活を維持する為には、個人の不断の維持管理が必要>であろう。そう為れば、全てが個人責任の時代・・・ 危険の芽は、早い内に刈り取って置くのが、常識人の嗜みの一つでもある。『石部堅吉・真面目の生きた化石標本』の私をしょ捉まえて、Tの野郎の変態レッテル貼りにも困った物である。



心何処ーショート いやはや、暑苦しいだけで在りまする。 
           いやはや、暑苦しいだけで在りまする。(8/25/12)
 おやおや、Tの処は、何かあったのかな? そんな処に電話が有った。歯医者に行っていたとの事である。今日も暑い。

 こう暑いと、コーヒースタバもガランガランである。二階席は、女子学生が一人勉強をして居た。当然に捥げた歯の話からである。歳を取ると歯ぐきが後退して来て、食後は爪楊枝のご厄介為って居るのが日常の姿である。Tは爪楊枝を弄っている間に、前歯の挿し歯まで穿って仕舞ったとの事である。ギャハハってな物である。私は幸い治療歯は一杯在るが、全て自前の歯である。

 TのPCは再び不調を来しているとの事であったから、テレビの話をする。金曜の夜は、<キッチンが走る?>の一流料理人を乗せたキッチン仕様車が全国を走る番組のファンであるから、それを楽しみにして居る一人である。料理人さん達は、真っ当で心が熱くて、探究心旺盛にして、芸術家さん達ですねぇ。食材を提供する人達と料理人さんが合体して、料理を皆が、舌鼓を打って喜び合う。そんな日本人の国民性を全国を巡って、日本人を確かめ合う・・・好い番組ですね。俺ぁ、大好きな番組だべさ。あぃ~。

 昨日は北海道知床半島を舞台に仏料理の三国シェフと中華の陳さんの豪華版であった。北海道には開拓者の血潮が、気取らず、気負わず、自然体で、骨太で生きている。父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、オッサン、みんな好い顔と良い雰囲気を持って居るわさ。やっぱ、好いねぇ。土、潮の臭いのする道産子は。皆、他人じゃ無いものねぇ。

 土曜日は、その再放送が在る。その前が、苛め問題の番組であった。まぁ、前回も当ブログで打った次第であるが、例の当世一???の教育評論家としてテレビに好く登場する法大教授さんがNHK解説委員のインテリさんを交えて、苛め問題を解説して居た。

 言いたくは無いが、こんな番組はインテリさん達の滑稽番組でしかあるまい。綺麗事のオンパレード見たいな物で、総論・理想は素晴らしいの<言葉紬>の様な物である。へへへ、そんな物は、『実用に供しない工芸品の展示』をしている様な物である。

 残念ながら、これが日本の都会知識人の典型なのであろう。昨日は、参議院の国会中継の後、野田ドジョウ総理の国民に向けての、北方領土・竹島・尖閣のお話が有った。これだけ確りした領土・領海意識を持って居ながら、国会討論の野党側からの質問に対して、如何して歯に衣着せた様な答弁に終始して仕舞うのが、私の様なスカンポ脳の者には、一切分からない摩訶不思議さなのである。

 尖閣に対する政府方針は『平穏且つ安定的な維持管理の為』の文言を言うだけで、その実態は唯ひたすらにどんな上陸申請が在っても、これを許可しないの一点張りである。哀しいかな、これが現在の多言糊塗の国の姿なのである。丸で四角いリングで派手なパフォーマンスを繰り返すだけで、苦しく為ればリングロープに逃げ込んで、相手の隙を見て逆襲パフォーマンスを繰り返すだけで、時間切れを待って居る。政治生命を掛ける、不退転の決意とか、多言は次の多言を産むだけの悪しきスライドショーを回すだけである。

 形こそ、政治・外交問題の領土領海問題、校内苛め問題も、その根底は強権発動出来ない弱腰に付け込まれての、不埒千万の嫌がらせ・苛め行動と見る事も出来よう。

 文民統制とやらの美辞麗句が、其の儘、家庭・学校・社会・国家の中で、相手の傍若無人の実力行使の前で、泣き寝入りをして上品口で対抗して居る様な物である。

 苛め問題に関して、それを国民規模の解決策を模索しようと思うなら、何で現場の体育会系の教師達の意見が登用されないのか??? 

 スポーツ界から、甲子園優勝校の監督、プロ野球界の監督、相撲界の親方・・・etcの各界の第一人者達も参加させて、苛め討論会をして見たら、もっともっと白熱化した苛め問題に対する諸問題と対処方が、一気に浮上して来るのは、必至の現実だと思うのであるが・・・

 嘗て、武士道の中心には、文武両道の理想・実践美学が社会に浸透して居た筈である。
裏付けの無い言葉の発信ほど『虚しい物』は無かろう。言葉の普遍性は、実態としては実行力、強制力に依る証明力の支えがあって、初めて言葉の実効性が保たれているのである。

★馬を人間の都合で川に連れて行っても、馬に水を飲む気が無ければ馬は水を飲まないのである。
 さて、こんな時に人間は如何する。『ホトトギス、鳴かねば殺してしまえの信長、鳴かずば鳴かせて見せましょうの秀吉、鳴くまで待とうホトトギスの家康』の三者三様の対処が人間には在るんでしょうね。
 でもね、この三者三様の背後には、揺るぎない強制力の武力・政治力が在ったんじゃ無いでしょうかね。そんな拠って立つ権力者の三者三様の対処の色合いを、ホトトギスに重ね合わせた先人の眼力は、確かですね。

 体育会系からすれば、青白き者の眉唾振りは、嗅覚を刺激するし、青白きインテリからすれば、体育会系の単細胞振りは、蔑視の対象と映るかも知れぬ。お互いに、生来の性向から来る<鼻持ち為らぬ其々の体臭>は、お互いに対極にあるのかも知れぬが、本物には本物を嗅ぎ分ける能力を持っている筈なのである。

 大衆の実像と云う物は、得てして体臭の幅・深さ・強弱を持った者達の集合体で構成されている以上、大衆の意見の収集を意図するのなら、抽出された母集団には、それなりの代表部分を入れて置かなければ、仲良しクラブの単なる井戸端会議のお座成り報道・特集にしか為るまいに。

 私は、知恵が無いから、恣意的なメンバー構成をして仕舞うと、<それはプロタガンダだ!!>なんて事までは、言いませんけどね。へへへ・・・
 試しに、座談会の席上に星野仙一氏、長州力氏、元千代の富士の九重親方、柔道の山下泰裕氏などを登場させて、苛め問題を討論させたらきっと凄い事に為る筈ですよ。

 国会だって、田母神さんが議席を持った国会議員で、国防問題・領土領海問題などで、長時間の国会質問に立ったとしたら、とんでもない日本の現状が白日の下に明かされちゃいますでしょうね。如何思います~。

 私とTはヤクザもどきの好色オッサンであるから、インテリ嫌いの言いたい放題の土曜スタバトークである。

★手前ら、それでもキンタマあるのかい!! 役立たずのキンタマなら、ふん縛って、キンタマ毟り取って、豚でもカラスの餌にもして遣らぁな。傷口にぁ、赤チン、メンソレータムは勿体無ぇから、売国奴・意気地無し・保身者のヤキゴテでも押し付けときぁ、それで好からずよ。ムダゴトこいたら、七味唐辛し振り撒いて遣らな。なぁ~、あい~。

 へへへ、つくづくと嫌に為りますねぇ。爺、婆に一切頭の上がらない介護者オッサン二人は、フィリピン、サイパン並の灼熱の熱波に冒されて、愚痴代わりの罵詈雑言を交わして居るのであるから、恥ずかしい限りで在りまする。


心何処ーショート 歯医者さんも大変だ。・・・
             歯医者さんも大変だ。・・・(8/24/12)
 昨日は水遣り時に、パラパラと来て終わって仕舞った。それが夜散歩に出掛けようと思って居たら、バシャバシャと落ちて来た。二畳小部屋で小編を一頁程打ちながら、スコール並の雨を眺めて居た。窓を開けて見て居たから、自然のクーラー見たいな気持ち好さであった。百日紅の花弁が、雪の様にドンドン流れ溜まって行った。

 明けて本日は、歯医者の日である。太陽が朝からギラ付いて、本日も34℃超えとの事。<この~、誰に断って遣りたい放題してるんだ!!根性が中韓並だぞ。> 雨の退いた犬走りは、漂流物の残骸、ゴミの山見たいな物である。これでは余りにも汚らしい。庭箒で朝のお努めをした次第である。

 太陽ギラギラで地表の水分蒸発の所為で、真に蒸し暑い朝である。それにしても、植物達の見事なまでの蘇りである。水を得た魚、雨に洗われた緑などと云うらしいが、瑞々しく蘇った緑には躍動感さえ感じられて、静の植物にも、動の存在が在る事を見る思いである。そんな事で、家庭菜園の瑞々しい緑を摘み採る事も出来ずに、観賞の態であった。

 ミニトマトは、まだまだ成長期である。最初はマメに脇芽を欠いて居たのだが、此方が根負けして、今では伸ばし放題の態で在る。放って置いたら、どの位のお化けに為るか、むしろそちらの方に興味が有る。マツバボタンの方も、次から次へと開花を繋げて盛夏を謳歌して居る様である。

 玄関鳥の若番いは、真面目に抱卵中である。卵も黒づんで来て居るのが三個ほどあるから、有精卵の成育を見せていると云う事である。親番いの方も、抱卵態勢の様である。

        さてさて、歯医者であるから、早目の朝食と致そうか。

 日本茶を何杯もお代わりして、本日のショート講義でご機嫌伺いをした後は、買い物袋を持って、歯医者さんである。

 おやおや、裸足で入口フロアをぺたぺた歩きの幼女である。へへへ、可愛い顔をしては居るが、俗に云う処の<多動症の類>であろうか。テレビなんかで知る処に依ると、家庭も学校も躾けの強権を行使しないから、教室内は点でバラバラの学級崩壊の醜態を晒しているとの事である。待合室でも、その続きである。<私の孫で無くて良かった>と云う物である。

 若い母親の顔・態度を横眼で見て、『こりぁ、駄目だ』の即感である。ワガママ、無躾けの母子と云う物は、<我慢は個性の敵、能力発揮の障害、子供の人格権の侵害>なんて下らない『確信犯』の類であるから、無視無視を決め込む。順番が来て、凄い駄々泣きの態で診察室に入って行った。こりぁ、歯医者さんと云う職業は、余程人間が出来て居ないと務まらない仕事である。

 私の方は、型取りであったから、もう一回で済む。帰りにスーパーに寄って、魚の干物に為りそうな物を見付けて来る魂胆である。干し籠を買って来て、魚の干物を作って見たのだが、それが結構行ける。そんな事で、欲を掻いての遊びである。大きなホッケの生開きが有ったので、二枚を買う。塩とコショー、唐辛子パラパラで、二つに切って日干しとする。

 粕漬け用の粕が大袋であったから、イカをサッと茹でて切り、それを粕に漬け込んだら、老母の箸が良く伸びて、イッヒッヒの段なのである。第一陣のキュウリ、ナス、ウリの粕漬けも、食卓に上り、第二陣のキュウリ、ナスの塩漬けも、水が上がって粕漬けを待って居る次第である。

 掃き掃除に、玄関鳥の世話をして、四畳半定位置で、本日最初のアメリカンコーヒーを飲む。

 さてさて、本日の一枚は、夜散歩の時間を持て遊ばして、描いて見た一枚で在りまする。

                  面影_001

心何処ーショート ・・・至誠通天
                 ・・・至誠通天 (8/23/12)
 いやはや、毛穴を塞がれてジットリと粘付く暑さですねぇ。野球見て、国会中継見て、ウトウトしている間に、5時を回って仕舞いました。遺憾いかん・・・

 如何して、こんなに暑いんでしょうかね。本日は、夜から降水確率が60%との事で在りますから、絶対に雨降って貰いたいですね。

 一応、これからジョロ配水の時間帯なんですが、いかな勤勉実直なロートルクマ男でも、遣る気が出て来ませんわね。へへへ。大分東の空は、灰色雲に覆われて来たんですけどね。如何成りますやら。

 今日は、殆ど老母の部屋でテレビ見てましたけどね。つくづくと、テレビって疲れる物ですね。私の体力・脳力のスタミナ不足をつくづくと感じさせられました。困った<老いの兆候>でしょうかね。
 それにしても、民主党末期政権の手詰まり感、活き活きとした外交意志の欠落振りは、じっとりと全身に纏わり付く『遣り処の無い日本の閉塞感』を象徴している様で、見るも無残な日本政治の実態を、間の辺りにする図ですね。

 キリギリスもミンミンゼミも朝から鳴き放しで、疲れるでしょうね。久し振りにカラスアゲハが庭に遣って来て、マンジュシャゲの蜜を吸いに遣って来てましたね。玄関鳥の若番いは、真面目にオスメス交代で抱卵してますし、隣籠の並金華の番いの藁巣にも産卵がして在りました。

 あれですよね・・・一応、産卵・抱卵と云う事は、その前提行為として、この熱暑の最中、回数を掛けて交尾が行われて居たと云う事なんでしょうかね。暑い暑いと伸びて居るのは、飼い主の方だけで、玄関鳥は、遣る事だけは抜かり無くブンチャカブンチャカ、ピィーピィーとライダー遣って居たんでしょうかね。いやはや、大したものですわ。

 本当に大したものですよ。暑い盛りで在ってもライダーをすれば、ちゃんと産卵して体温がムンムンと籠る藁巣の中で、ジッと<我慢の抱卵>を始める。
 一方、オリンピックにお盆休み。夏の甲子園も今日で終わり。休暇明けが衆院半日、参院半日のお座成り国会では、外交無策の付けでチャンチャンバラバラの始まった竹島・尖閣問題は、議論の緒にも付けまい。安易なナショナリズムを排して、沈着冷静一点張りのドジョウ節では、民主党性根の先送り逃げ口上だけに終始して仕舞うばかりである。

     はい、何度か庭に出ると、ミンミンゼミに小便掛けられました。

         ふぅ~暑いですわ。動くのが大義ですわ。

           予報の雨は、未だかいな・・・

 おっ、ポツリ、ポツリの雨音である。おっ、窓辺の雑木の葉が、雨に揺れて来た。さぁさぁ、来ておくれや。遠慮は要らねぇわね。おお、来た来た。水遣りは中止じゃい。好いね、好いねぇ~。<至誠通天>じゃ、ゴザンせんか。


心何処ーショート 風鈴、コソリとも鳴らず。
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            風鈴、コソリとも鳴らず。(8/22/12)
<秋見付けた>の安堵感も完全に裏切られて、30℃超え三連チャンである。昨夜は、夜散歩の途中で汗だくに為って来てしまったから、早々にコース短縮で帰って来た次第である。本日は、昨日を上回る34℃台との事である。

 いやはや・・・朝からミンミンゼミの大合唱で、コンニァローメ~である。アジァジァ、水槽の水も大分蒸発して居る。川から水を汲んで来て補充して遣らねば為るまいが・・・雑草テンコ盛りの葦を掻き分けての、水汲みは大義この上ない。然りとて、人間は熱中症、金魚は酸欠微温湯で在っては、飼い主としては失格の極みである。

 玄関鳥の白金華鳥メスと並金華鳥オスの番いは、初めての抱卵中である。卵は5つ生んでは居たが、抱卵しないから、<初抱卵>は未だ若くて関心が無いのだろうと見て居たのであるが・・・

 他の2番いは、幸い産卵して居ない。こんなに暑いから、産卵はしない方が良いに決まっている。人間が寝るのも暑くて堪らんのであるから、藁巣の中でジッと抱卵して居るのは、さぞかし<苦行>であろう。私の出来る事は、打ち水と風通しの配慮だけである。

 さてと、朝の賄いには早いから、重い腰を上げて水汲みに行って来るべしである。いやはや、足の踏み場も無い雑草と葦の海である。帰りにズッこけてバケツ浴びでは様に為らないから、長靴の脚で雑草をなぎ倒しての進みである。葦原繁茂の中に、細く為った透明清らかな流れが在る。水面を葦の先兵が隠しているから、足を踏み出したら下は川だった。長靴がたっぷりと水を呑み込んで、ブカブカ水を鳴らしての水運びである。へへへ・・・

 バケツに一つ水を汲んで、朝食後に水槽の汚れ落とし後のフィルタースポンジの揉み出し洗いをするとしようか。バケツを玄関に置いて、家庭菜園から熟したミニトマトとチンゲン菜を取って来て、残りの豚挽肉に玉ねぎ・チンゲン菜の油炒めでもすると致そうか。未だ良かろうと思って居ると、老母が幽霊の様にヨタヨタと朝の洗顔に動き始めた。

 へへへ、見るからに30℃超え三連チャンに、可哀想に老母様は青ら青らの萎れ振りである。<これこれ、俺がするから、そんな事はしなくても良い。> 下手にズッコケられでもしたら、私の仕事が増えるだけである。温めの風呂でも沸かして置くとするか。油炒めは、少々の水を加えてコンソメで軽く味付けをして遣ったから、老母の口に合ったらしい。まぁまぁの食の進みである。

  食後は、倅の務め・ご機嫌伺いをしながら、老母の体調具合を観察させて頂く。

「昨日は長文の婆さん主役のブログを打ったんだが、俺の文才の無さでコメントはゼロだったよ。へへへ、婆さんに恥を掻かせちゃったけど、自分で産んで育てたんだから、自分の非才を反省してくれや。イッヒッヒ!! 文句を言ったら、韓国大統領並みの<下品晒し>に為っちまうぜな。日本人には、金欠中でも品格が第一だぜな。あい~。」

 こんな事を喰っ喋って居ると、玄関に声である。キリスト教布教のご訪問である。

「悪いねぇ。俺、この通り生臭坊主を遣ってますんで、宗教の方は、間に合ってますわ。」

 短パンに上半身白々胸毛のメタボ、スキンヘッドの熊男に、そんな事をニヤニヤして言われて仕舞っては、可哀想に入った家が悪かったと退散するしかあるまい。ギャハハ。

 さてさてと、老母の部屋をお暇して、金魚の下男役をする。濾過材のスポンジを何度も水を替えて揉み出し洗いをする。水槽側面の藻を落として、一度濾過させて再度のスポンジ洗いである。ヨッシャ、これで良し!!

「ほれほれ、生命の川水の補給じゃい。如何じゃ、美味いだろう。これこれ、水を飛ばすでは無いわ。この馬鹿垂がぁ~。ついでに、餌も呉れて遣るか。フン、手の掛る連中じゃて。」

 ははは、単純にして可愛い連中である。喜びの指突きと水飛ばしの謝意を現わして浮餌をせっついて居る。次は、老母に先に入れと催促をして、玄関鳥の世話である。

 さて、風呂に入る前に、本日のブログでも打ち入れて置くと致そうか・・・ 何行か打って置けば、後は如何にでも為る。背後に扇風機を当てて、極薄アメリカンを啜りながら、煙草に火を付ける。

「こんにちは。今日も暑いですねぇ~。元気にしてました~? ヤクルトで~す。」
「嗚呼、言葉が消えて行く~。チョイと待ってておくれやね。」

         やれやれ、今週も早くも水曜日であるか・・・

         ミンミンゼミ、キリギリス、ワンサカ鳴いて、
               
               風鈴コソリとも鳴らず。
          
          残暑のしがみ付く熱さに、ウンザリかな。


心何処ーショート お見事、大正女は凄い!!
              お見事、大正女は凄い!!(8/21/12)
 テレビのニュースでは、竹島、尖閣のニュースで持ちっ切りである。大正五年生まれの老母は、韓国・中国の暴言・不埒千万のオッチョコチョイ振りに、怒り心頭である。

 あんな物は、軍艦を出して沈めて遣れば良いんだ。人の国に土足で踏み込んで、何を血迷って居るんだ。日本の皇室、天皇陛下に、中国のゴリ押し、韓国の暴言は、無礼千万。日本の象徴・天皇陛下を何だと思って居るんだ。

 小僧ッ子のポンポン替わる総理が、グタグタ云っても、天皇・皇后様のお姿には、逆立ちしたって替われないのに、日本の大事な物を蔑にされて・・・自分の親・兄弟・子供を馬鹿にされて、国の指導者として悔しく無いのか。昔から日本は天皇様を戴く家族国家なんだよ。そんな事で、お前達は最高学府で学んだと言えるのか。馬鹿に付ける薬も無いわ。

 お前達、それでも血の通った日本人か。一体全体、日本の腰抜け政府は何をして居るんだ。戦争に負けたからと云って、卑屈過ぎる。男じゃ無いね。歳若い特攻さん達が、一体どんな思いで突撃・参華して行ったのか解らないのかい。物が溢れて、贅沢ばかりして居るから、この体たらく。理屈、損得だけで物を考えるから、血も涙も無い戯言ゴッコをしてるんだよ。家の子だったら、ヤイトだよ。

 日本は今生きている者達だけの物じゃないんだ。何様だと思い上がってるんだい。ずーと、ずーと、何千年も前から、黙々と御先祖様達と一緒に暮らして居るんだ。そんなに命が惜しいのか、日本人だったら、恥を知れ。人間には命より重い<誇り>が在るだろ、気構えが丸で為っちゃいない。情けないったら、在りぁしない。嗚呼、このままじゃ、日本は無く為って行ってしまうよ。嗚呼、見たく無い日本の姿だね。長生きをし過ぎた。

 お説、一々ご尤もにして『日本人の正論』である。いやはや、いざと為ったら、迫力が在りまする。大正生まれと敗戦後・昭和生まれとの違いである。

 私は戦後の昭和23年生まれであるから、大東亜戦争は勿論知らない。私の記憶は、李承晩ライン、北方領土の海で、日本漁船が韓国、ソ連から拿捕されて居た時の、戦争にさえ負けて居無ければの悔しい思いだった。心情の底には軍歌が在り、<戦友>、<異国の丘>、<岸壁の母>の歌に、涙が自然とハラハラと流れて終う思春期を送った。そして、ビキニ環礁での核実験で、第五福竜丸の被爆であった。

 少し大人に為って、中学・高校の歴史勉強をする時には、財閥・軍国主義は好か無かったが、世界史の俯瞰図で見る限り、云って見れば日本だって世界史の潮流の中を必至で泳いで居たとの思いで、西洋白人史の尺度で世界史が記述されているとの<苦々しさ>が根底には在った。詰まりは奴隷海岸のアフリカ黒人の非条理悲惨さ、北米インディアン、南米インディオの白人侵略の悲惨さ・・・底には明明白白の西洋白人の人種差別の歴史が刻まれている。

 地球の人類文明の歴史には、エジプト・メソポタミア・インダス・黄河の文明が在り、其々が勢力を増して、大国の興亡を繰り返して世界史に足跡を印して来たのが、人類・国家の足跡=世界史との思いで在った。
 そんな中で、世界史との関連で日本史も見て居たのだが。嘗ての世界の海=地中海の覇者・ローマが世界帝国と為った様に、またイスラムがアッラーのコーランと商益の聖戦を仕掛けて、一大イスラム圏を構築した様に、また騎馬と火薬を手中にしたモンゴルの雄・ジンギスカンが草原のシルクロード=東西の最短コースで世界帝国を築いた様に・・・

 産業革命で動力を得て地球規模の海図を手中にした西洋文明は、大航海時代に乗り出して、世界の海を牛耳りダーウィンの進化論を振り翳して、世界に白人絶対帝国主義の植民地収奪の乱暴狼藉の時代を500年に及ぼしていたのである。
 然しながら、科学は技術の大側面が在るから、それを学び発展させれば、黄色の技術国で富国強兵の国家も誕生して来るだけの事である。それが、幕末の白禍(白人支配の災い)の国難に立ち向かい、独立自主を保持した明治人の気骨なのである。そして、近現代史は世界の富国強兵国が極東アジアの東端に現れ、和魂洋才で世界史に登場・台頭して来る時代である。

 一方、それが進化論的なご都合主義者の白人帝国差別主義者の権化であるから、白人達は<遅れて来た世界の東端民族日本>の自分達の描くアジア=有色人種制圧に支障を来すと云う事で気に喰わ無かったまでの事である。
『攻撃は差別から始まる』のは、人間心理にして実態である。歴史俯瞰図からしたら、極々自然な歴史観察でしかあるまい。歴史の古今東西のうねりに一顧だにせずに、殊更現代史の被害者意識のみで、滔々と流れる大河の流れ、広漠として海流を従える水の惑星・地球の公転・自転すらも忘れ、歴史の重箱の隅を突き合う意地汚さは、正に『人間の恥部』と云っても好かろう。

 人間の悪しき恥部を心底認識して、理想への足並みを揃えるなら未だしも、土下座と補償のぼったくり安酒場じぁ、『この野郎!!』ってな物でしかあるまい。

 それにしても、言い草が好いじゃありませんか。安易なナショナリズムは、避けねばならない。自虐史観、反日教育しか教え無い教育が悪い・・・ハハハ、馬鹿も休み休み言い為されや。俺ぁ、勉強嫌いなスカンポ脳で、脳味噌の殆どは好色妄想に消費しているだけの下衆男でヤンスとも、所謂受験競争・受験地獄の砂を咬む様な修業期を否応なく掻い潜って呉れば、<門前の小僧、習わぬ経を読む>の喩えで、この位の歴史観も持てまするわね。

 アホンダラ、政治家・官僚・学者・識者共の<インテリ>だか『変照り』だか知ら無ぇが、手前ら、自惚れるのも好い加減にし遣がれってなものである。ギャハハ!!

 人間ったぁ、記憶力と真面目に考える気持ちさえ在れば、何も学者・評論家・知識人に思考力までオンブにダッコの醜態を晒さずとも好かろう。そうすれば、カッカともするし、歴史の足跡に想いを馳せて、日米開戦前の米国の意地汚さ執拗さにも具体的想像も働いて、沿岸戦争・イラン攻撃・アフガン侵攻なんかの裏事情とTPP攻撃の<米国真意>も仄見えて来ると云う物である。
 
 大学進学率が50%を越える高学歴化社会日本と云うのであるからして、少しは自分達が嫌々ながらも知識を詰め込んだ努力を、<風化・消滅させる事への勿体無さ>を少しぁ自覚して見るもんだわさ。そうすりぁ、俺見たいなスカンポ脳にだって、歴史の足跡に現代を挿入する事で、学習経験が有効活用出来るでしょうが。

 どだい人間なんてちっぽけな近視眼の生き物は、所詮、<自己体験の枠内>でしか物事を理解する事は出来無い。従って、数少ない自己体験を類体験として、他の似た様な事象に自己体験を臨場感として多用する事でしか、思考の深化は望めまい。
『相手の立場に立って、物を考えよ』なんて、<修身用のお諭し常用句>があるが、これとても、自己体験を類体験として、他事象への応用編の一つで在りましょうや。

 へへへ、95と63母子のテレビ報道感想に依るお茶話を、文章体で綴って見た次第でありまする。中国・韓国の<何をしても、愛国無罪の超下品>には陥りたくは無いが、この位の愛国心は持って居無ければ、日本国民の一人として実にお恥ずかしい次第である。

 さぁてと、5個の卵を抱卵し始めた玄関鳥、キリギリスの世話、真似事掃除をして、陰干しをして置いたウリ、キュウリ、ナスの塩漬けを粕漬けにしてタッパに入れて、冷蔵庫寝かせである。いやはや、一切稼ぎの無いのロートルオヤジではあるが、何だかやと遣る事は在る物である。・・・・
 
 本日も、長駄文の館のウダウダ文章にお付き合い下されて、感謝感謝のお礼で在りまする。キリギリス鳴いて、風鈴鳴る四畳半定位置で在りまする。


心何処ーショート さてさて、正念場。見物ですね。
          さてさて、正念場。見物ですね。(8/20/12)
 オリンピックが終わり、お盆が終わり、竹島、尖閣諸島では、一連の事件が起こって、敗戦67年の決断・実行をして来なかった『付けの清算』が、日本国領土の浸食がロシア、韓国、中国、半中国の台湾からも過激行動として突き付けられている。

 その行動の裏を端的に物語って居るのが、韓国大統領の<今の日本には、嘗ての様な国際的発言力は無い。>の言葉である。韓国も中国も、日本の資金・技術援助で経済力を高めて、富国強兵の果実を手中にして、増長の傍若無人の国家・国民体質を露わにして来た。

 へへへ、愈々以って、正体・化けの皮を、これでもかこれでもかと、見せ付けて居りますですね。ギャハハ!! 彼等のそんな姿を、世界史に準えて観察すると、何千年前、何百年か前の活字だけの歴史事件が、走馬灯の様に妄想スライドシーンとして頭を過る物で在りまする。いやはや、歴史と云うベールに包まれた国家指導者の一挙手一動が、現代では時を待たずにリアルタイムで世界に発信されて仕舞う現世は、有り難くも悲しいですね。

 大人・傑物・偉人の類は、これからは本当に登場し難いんでしょうね。何処の国も短期政権故に、劇場型のパフォーマンスに頼らざるを得なく為る。パフォーマンス合戦に現を抜かして居ると、嘗てのローマ帝国のコロシアム・大衆迎合型政治で、暴君ネロに収斂されて行っちゃいますよね。まぁ、私も下衆貧民・落語長屋の熊さん・八っつあん、大屋の御隠居さんですから、大衆諸々の一員ですがね。イッヒッヒ~!!

 そんな中で、言葉数だけ一丁前の無為無策の民主党政権に、業を煮やした地方議員達に依る尖閣上陸が有った。前回も打った処であるが、敗戦の避難時に尖閣で亡くなった人達への畏霊の為の上陸申請を国会で質問して居た自民党山谷えり子女史に対して、国会答弁では前向きの意向として受け取られて居た野田ドジョウ総理の言ではあったが、結果は上陸不許可の沙汰が下り、畏霊団は洋上畏霊の形で尖閣の海に行った。その中で起こった尖閣上陸であった。

 敗戦・無条件降伏で、日本は物心両面で完膚無きまでに国家解体を強いられた。そしてその巧妙熾烈な仕掛けは、『平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、我等の安全と生存を保持しようと決意した・・・』で<平和憲法>と称される憲法である。云わばこれは、言葉巧みに『終身刑の様な無抵抗主義』を押し付けられたと云って良かろう。

 世の中は、欺瞞と偽善に満ちた人間世界である。国連とは欺瞞の訳語にして、連合国会議は戦勝国米英仏露中の理事国に其々に拒否権為る物を与え、絶えず自由主義陣営と共産主義陣営とのバトルの構図を歩んで、紛争を国際協力で解決する事は無かった。

 どんなノーテンキでも、現在のシリアを見れば、一目瞭然の現実である。世界200国が加盟する知性と理想を標榜する国連の実態とは、果たして如何なる組織なのであろうか。

 無条件降伏の完膚無きまでの敗戦を<終戦>と呼び、机上の平和を唯ひたすら念仏の様に唱え、人類の釈迦の極楽浄土が到来するのを、ただ念じているだけでは如何し様も無かろう。

 国連を連合国、終戦を敗戦と正しく『現実訳』をする事から始めて、欲深く好戦的な現実の人類の姿を直視して、現実的に対処して、出来る処から手硬く自国の国益と云う実利に貢献して行くのが、政治・官僚の仕事で在ろう。その第一歩が欺瞞精神の打破から始めなければ為らないのも、シンプル・イズ・ベストの頭の整理では無いだろうか。頭の整理無くして、何の選択・行動であろうか。醜態を、ただ行進して居るザマでしかあるまい。

 嘘も方便として誤訳を踏襲して踏襲して、前例踏襲を繰り返すのが官僚の悪しき習性でしょうが、減点主義・事無かれ主義の悪弊をチェックして打破して行くのが、選挙で選ばれし国会議員の先生達である。伊達や酔狂に、代議士・選良の言葉を体している訳でもあるまいに。政党所属議員の政党サラリーマンに堕落して仕舞えば、如何し様も在るまい。

 国内の社会問題として、苛め問題が国民を挙げて話題に為って居る最中、外交に於いての日本の姿は、周辺の米に依るTPP、ロシアの北方領土、中国の尖閣諸島、韓国の竹島と、全く同様の苛め被害に晒されて居るのである。被害者個人は自殺に追い込まれ、国家は自滅の道では、絶体絶命の危険域なのである。此処は、日本の正念場である。

 国益などと云う綺麗な言葉を使っても、底に滔々と流れる物は北欧バイキングのイングランド征服のアングロサクソン、漢民族・異民族の征服興亡の大地中国、迫害清教徒がアメリカインディアンの大地を征服した米国、河川に展開したバイキングの国ロシア、ヨーロッパのフランクとゲルマンの興亡史を継ぐ仏と独。戦勝国であっても、この有り様なのであるから、世界大中小と200カ国も在るのであるから、堪った物では無いのが実情なのである。

 皆、底流には引き継がれて来たDNAが存在するのである。それが国物語であり、国史・国民気質なのであろう。そんな中で神国・大和、日本が在っても、悪かろう訳が無いのである。皆、自主独立の精神を以って、国威国力の発信をし続けて居るのが、国家・国民の姿では無いのだろうか。敗戦後67年をして自らの憲法の不備を改め自虐史観などと云う言葉巧みに自縄自縛の縄目を切って、普通の考えに戻りましょうよ。

 威張り尊大に振舞う愚は、一切不要では在りまするが、<無礼千万、恩知らず、下品国家>には、礼節を重んじ勤勉実直な日本人と日本国家の行動を断固として見せましょうよ。

「コラッ、凌祐。何を遣っとるんじゃい。馬鹿もんが。口で解らん者は、ゲンコツじゃい。」
「ウェ~ン、ウェ~ン。」
「凌祐が、悪いんでしょう。謝りなさい。泣いたって駄目よ。」

 さてさて、盆明けの月曜日である。日本全国、始動である。民主党政権は、テキパキと外交問題に国益を賭して取り組んで貰いたい物である。国会サボリも居眠りも、<国賊の誹り>の対象であるぜよ。最早、欺瞞・偽善・問題先送りの多言は無用なのでありまする。シャキッとせんかい、シャキッと!! 自分達が糊塗して撒いた出来損ない果実を清算・整理する正念場でアリンスぞね。


心何処ーショート 苦役は良夢へ結んで?・・・
             苦役は良夢へ結んで? 8/19/12)
 昨日は土曜トークの後は、一雨後の曇天日でもあったから、思い切って東側の私道の草取りをした。午後の三時過ぎから、水遣り・散歩の代わりの<運動量こなし>と云った処である。

 朝洗顔をして居ると、声がして<誰か来た?>と言うと、<来たよ。>との声である。お盆で帰省した東向かいのご先輩である。長兄の中学・高校・警察時代の大親友さんである。<おばさんは元気? ○ちゃんに、これ供えて遣ってよ。>との事であった。

 まぁ、そんな事もあって、重い腰を上げたのである。取り掛かるのが遅かったから、途中で止めて、残りは『翌日回し』でも好かろうの気持ちだったのではあるが・・・。

 長ズボンに長袖シャツ、軍手に長靴の藪蚊対策をして取り掛かる。一昨年までは、奥の町会長さんのお婆ちゃんが、奥から2~3日掛けて年に二回一人で5軒分の、私道の草取りを自分の奉仕活動として頑張って来られたのである。悪いとは思いつつ、邪魔をするのも何やら気が退けて、感謝の気持ちで頂戴して居たのである。

 去年からは、お婆ちゃんも、寄る歳波で姿が見えないから、私がバトンタッチをして居る次第なのである。どうせ遣るなら、徹底的に遣るべしであるから、途中から長柄の草掻き鍬を持って来て、腕力と根気の肉体労働一本槍で臨む。何しろスカンポ脳にして、単細胞男である。加えて自虐史観は採らぬが、力任せの叱咤激励・自虐タイプである。いやはや、力仕事である。

 息が上がって来ると、座り込んで草むしりで充電して、バラス(砕石)道を草掻き鍬で細かい雑草面を穿りだして、草を軍手の両手で振るい我が家の塀際に纏め置き、再びバラスを平均に均(なら)す。この位の馬力を出さないと、日々閉じ籠りの賄い夫に沈没して居ると、心身ともに<中性化の一途>を辿って仕舞うのである。男で在る以上、此処一番の『獣性と腕力の保持』はして置かないと、男の涸権に拘わるのである。

 車社会であるから、私道の路地は普段誰も通らない雑草の巣である。従って小草・ツタ・小昆虫達の安住の世界でもある。前回の草むしりで昼の隠れ家と為って居る半ば朽ち果てた退治草の中から、コオコギ達が、何事かとピョンピョンと逃げ惑う。カマキリもノッコリ姿を現し、不機嫌そのものの面構えで、退散して行く。

 へいへい、御免なさいね。これもお仕事ですがな。手荒な真似は、致しませぬ。暫しのお待ちを~。

 草を根こそぎ抜き取って、小草は草掻きで表層の地面ごと削り取る。削り取られた草を纏めて塀の脇に、表面バラスを均して、次へ。そんな繰り返し作業をして、2m前後の進み具合で、奥へ奥へと苦役を進めるのである。

 暑苦しい長靴長袖長ズボンのメタボ体は、早くもズボンの内股まで、汗でぐっしょりと濡れて来る。露出部分の耳は、藪蚊の集中攻撃であるから、堪った物では無い。

 まぁ、<有限のこの世に在って、終わりの無い事など何も無い。>のであるからして、苦役と云えども単なる『引き算』でしか無いのである。それも半分に達すれば、スタートを振り返るよりもゴールはグンと近付いて来るのが、有難いお天道様のプレゼントである。
 要は始めたらロボット人間に徹するのが、苦役解放への<最大の近道>なのである。こう云った処が、体育会系の特質と云って良かろう。

 ふぅ~、親分無の子分無い。疲れまするがな。<何のこれしき、俺ぁ、男で御座る>ってな足掻きを続行する。ノンストップで、ひぃ~、ひぃ~、やっとこさゴールである。

 遣り終えれば、結果が応えてくれるものである。『見たか、クマ男の実力をば!!』と、ギブアップしなかった吾身を自画自賛の態である。

 ふぅ~、意外や意外で、所要時間は2時間半であった。汗だくの作業着を脱いで、上半身を水で搾ったタオルで拭き洗いをして、通常の短パン・上半身裸ん棒の身体を扇風機の風に当てて、自室定位置でアメリカンと煙草の一服である。

 夕食後は、テレビで懐かしのメロディ2時間半を老母と楽しみながら観る。

 明けて今朝は、へへへ、苦役のご褒美か?仲の好かった三兄の夢を見て居た。私は遠に彼の歳を追い抜いてしまった。

 ニャロメ!! ☆ちゃん、おかしいじゃないのかい? 何で☆ちゃんだけ、そんなに若いんだ。俺にもフサフサした毛髪を呉や。

 やいやい、長兄の○さんも、来たぜや。へいへい、お約束通りに、婆さんの面倒見て居るから、安心しておくれや。好いねぇ、二人とも若くて、俺なんか、すっかり悟り開いて、スキンヘッドだいね。

 ほれほれ、もっとビールを注いでおくれや。デカイ声じゃ言え無ぇが、二人とも、俺様におんぶに抱っこズラい。禿頭のスキンヘッドから後光が差して、兄貴面したら目が潰れるぜや。あい~。

 それが、子の務めだ。この馬鹿垂れRが、!! ゴツン。
 アッジャジャ~。

 いやはや、藪蛇、口は災いの元かいな? 男兄弟の縦序列では、四男坊は、所詮貧乏くじのテヘヘって物である。それでも、好い夢であった。もっともっと、夢の中に居たかったのではあるが、今日は暑い日に成りそうである。


心何処ーショート へへへ・・・。
                へへへ・・・。(8/18/12)
 夏野菜の漬け物も無くなって来たから、キュウリ、ナス、ウリを買って来て塩漬けにしなければ為るまい。貧民粗食の食卓には、自前漬け物は欠かせないのである。野菜は個人スーパーで買うのが安いし量も多い。昨日まではお盆休みであったから、雨の降らない内に買い出しに行って来るとしようか。

 夕飯のオカズ作りをしながら、買って来た夏野菜の塩漬けをする。野菜くずの始末をして居ると、ポツリポツリと来るや瞬く間に、音を立てて土砂降りと為って来た。

 さぁ大変である。ホイホイと家中を飛んで(走り)戸、窓を閉めて回る。続いて、雷ゴロゴロ、稲妻ピカピカ、ドッカーン、ズッシーンの連続である。こりぁ、近い落雷攻撃である。

 おお、怖い!!然りとて、しがみ付く柔肌の無い事は、何んとも面白くは無い。

 一時は、大変な騒ぎと相為った。庭の犬走りは、あれよあれよと云う間に、百日紅の白い花弁屑を一杯に浮かべ水没し、老母の部屋から私の部屋まで濁り池を呈している。

 ハハハ、倅が生まれる前は、私の作った池が有った。倅が生まれたので池は潰して、今ではサツキ、ボタン、カサブランカ、鬼ユリと老母の部屋からの庭眺めの一等地に為って居るのであるが・・・犬走りの辺りは、大分地面を削り取って庭ステージを嵩上げした関係上、凹地を呈して居る。依って、家周り全体の水が此処に集まるのである。その当時はこんな風に集中雨が炸裂すると、池に大量の雨が流入して溢れ、池の魚が犬走りの池を泳いで居た物である。

          ひょいと、そんな記憶が蘇った次第である。

 虎皮パンツの雷神さんも、中々如何して遣る時は遣る物である。へへへ、これで二日は水配りをサボる事が出来る。さあ、ガンガン雲上の雨バケツをひっくり返しなされや。望む処である。

 土砂降り最中は、蒸し暑くて扇風機の御厄介に為って居たが、雨が止んで仕舞えば再び戸と窓の開放である。大魔神の威力をまざまざと見せ付けて、吾がエネルギー消費も藪蚊被害ゼロの万遍無く平等大量の打ち水効果である。無風下でも、グンと気温が下がった。

 はいはい、ご苦労様でした。幾ら何でも、もう降らないだろう。然らば、夜散歩に出掛けると致そうか。

 薄い雲の晴れ間が、何んとも涼しい限りである。ほぉ~、夜気の中にコオロギの声が、主役に躍り出て居る。スイッチョの声も聞こえる。橋の上から川の流れを見るが、あれほどの集中雨にも拘らず、水量はあまり変わらず薄濁りの流れが橋灯の下に流れている。川の音は大分大きいのであるが・・・

     さてさて、本日の記憶の整理でもして置きましょうかね。

 ラジオでは大津の中学生苛め自殺が取り上げられて、法大教授にして教育専門家としてテレビの常連さんとして登場して居る先生と、電話参加の自らも苛め自殺者の子供を持つ救う会?の男性との<苛め問題番組>が有った。間に立つのは男女の中年アナウンサーお二人さんであった。

 苛めの登場・背景・現状・行政に関して縷々解説が有った後に、教授先生は、苛めて居る側には苛めの自覚が無いから、それが悪い事だと<自覚させるのが先決問題>だと言う。空かさず、電話からの一撃で有った。

『先生、それは間違いだ。苛めが悪い事だの<自覚>は、皆持って居る。何を言ってるんですか!! そんな認識だから、駄目なんですよ!!』

『○★年に、<苛めの定義>が変わったんです!! いいですか、聞いて下さい!!』

 アハハハ、これは、学者評論家の<口先だけ体質>露呈の瞬間であった。好い学者振りの総花論を平易な言葉で饒舌に解説して見せるだけで、一点集中の特効薬・対処方策を断行する事も出来無い肝っ玉・根性も無い。・・・当事者との体感温度が月とスッポンである。

 間に立つ2アナウンサーは、<こりぁ、拙い。冷静・上品で通るNHK番組である。理性のラベルとレベルを維持するのが、NHKアナウンサーの責務である。>の慌て振りが、声音に現れているでは無いか。巨大組織の冷静行司役は、こんな時は得てして、理性・冷静偏重のお繕いサラリーマン気質が出て終う物である。事が大社会問題として、国民レベルで熱く話題に上っている最中である。ニュース番組では無いのであるからして、『火中の栗』を拾わずして、国民の意識を喚起出来る筈が無かろう。両論併記ばかりが報道の目指す道だけではあるまいに・・・

 余りの優等生一辺倒の進行役では、問題の本質解明の先導役は果たせないのである。感情の発露も、立派に表現の内でもある。私は、下品極まりない天の邪鬼観察の趣味を持つ男である。これは云うならば、電話参加と云う編集にはそぐわないライブ討論の面白さである。目は口ほどに物を言うと同時に、声調は身体ほどに感情を語る物でもある。イッヒッヒ~。

 フン、学者風情の社会迎合者と実際に子供を失くして、同様な事件・悩みに真正面から立ち向かって居る者との迫力が丸で違うのである。現実は、学問より真実に味方するもんじゃて・・・ さぁ、先生や、如何切り替えまするかな?? 

 物事の善悪の黒白をはっきりさせて、不条理な侵害に対しては、全身全霊で徒手空拳であっても、問題解決に立ち向かう気概が無くては、問題解決・苛め撲滅の端緒にも就けないのは、何時の世でも<基本は同じ>なのである。何故ならば、人間は五感と経験値で、直感を働かせるものであるが故である。『信頼証明の切っ先』とは、鋭利この上ない<虚言への一撃>なんで在りまするぞえ。

 何が教育臨床学の立場からの教育問題専門家じゃい。笑止千万の教育現場・学校管理・文科省の行政・・・etcの現状解説など幾ら学者の饒舌で糊塗しても仕方が在るまい。

 とどの詰まりが、防大出身・自衛官・外務省出向経験者・大学教授・保守の安全保障の論客と云われた森本防衛大臣の韓国大統領の竹島上陸視察を『国内問題』と評論家口調で言って仕舞えば、国民の目は、<その正体見えたり、所詮略奪婚者!!>の感を強くして仕舞うだけの事である。

 散々、日本初の女性総理の最右翼とマスコミが煽りに煽って、『田中真紀子ブーム』を虚構して見ても、北朝鮮の将軍様の長男坊主が偽造パスポートで入管の手中に入ったのにも拘らず、拉致被害者救出への最大カード<飛んで火に入る夏の虫>の絶好の機会を、政治決断とやらで、即強制退去で矛を収めて終う。虚像と実像の化けの皮は、呆気無く一事を以って暴かれて仕舞うのが、人間娑婆の宿命かも知れぬでは無いか・・・。

 理不尽な喧嘩を売られたら、とことん買う。<身に掛る火の粉は、己が手で払う>の毅然とした行動が無ければ、所詮は総花論で終始して、『責任を細切れにして分散転化』して、吾は無傷の評論家で在っては、『言論の価値』など在るまい。専門知識・地位を翳して、そっくり返るだけの見苦しき様を晒すだけである。

 へへへ、久し振りに、ラジオ公聴で、何を偉そうに、貴様、キンタマ付けてるのか。そんな下らん事を言って居るから、野田ドジョウ総理見たいに、『理解に苦しむ。遺憾です。』なんて、政治大人の貫録パフォーマンスを演じて居ると自惚れては居るのだろうが、どっこい下々の下から目線では、ただ単に逃げて居るだけの醜態を晒して仕舞うのである。

 遺憾を使うのなら、せめて連句で遺憾いかんを使って下されや。何しろ、日本は世界に例を見ない高齢者社会・国家と為るのである。そりぁ、耳だって遠く為りまするわね。遺憾いかん=遺憾であるから、ちゃんとした行動を取らねば行けないと云う事で在りましょうや。

 まぁ、こんな処が、私の散歩の友なんですがね。へへへ、<定義の変更>じゃ無かんべや。そんな物ぁ、『線引きの変更』でしょうが。この程度の表現力しか無い輩が、マスコミ界の持ち上げる日本を代表する教育評論家かいな。馬鹿こいちゃ、行けませんがな。日本は、高学歴化社会で在りまするぞえ。少しは、恥を弁え為され。嗚呼、蹴った糞悪かったが、<ご時世の鏡>を見せ付けられて面白かった次第である。

         おっ、電話である。本日・土曜スタバトークなり。

 へへへ、本日のヤクザもどきの好色ロートルトークの一方の議題は、当然の如く上記趣旨でこなして参りました。後の半分は、介護ボヤキの糞爺っさに、糞婆っさの抱腹絶倒の暴露合戦をして、ガス抜きをして来た次第でありまする。

 帰りのスーパーでは、散歩の仲間・九州男児のゴールドフィンガーさんと出っくわす。暑いから、散歩休止中との事である。相変わらずの柔和な笑顔の穏やかなお人である。そしてスケベ顔である。何を仰います事やら、R大先生のスケベ顔には、逆立ちしても追い付けませんと軽く一蹴されて仕舞った。遺憾いかん・・・。


心何処ーショート 去り行く夏見付けた・・・
              去り行く夏見付けた・・・(8/17/12)
 暑い暑い!! 陽が照って来ると、四畳半と廊下から熱気が押し寄せて来て、否応なく起こされる。本日は風呂日であるから、浴槽を洗って、残り水をジョロ配水するか。夕刻散水で十分に水分を保っては居るが、何事も有効利用である。どうせ風呂に入るのであるから、スキンヘッドに上半身裸ん棒の短パン・サンダル履きでも好かろう。

 可笑しな作用ではあるが、虫刺されの痒みは、石鹸でゴシゴシ洗いをするとムヒ以上の薬効?が有るから不思議な物である。

 ゴミ出し時に我が家を振り返れば、小部屋からは見えない百日紅の白い花が、青空に満開の眩しさである。お世辞抜きで、松葉牡丹の回廊と云い、家庭菜園の瑞々しい緑、マンジュシャゲの藤色の開花などが、自然の趣の中に咲いて居るのであるから、このボロ家の主の感性たるや、『相当な域』に達して居るのだろうと思われるのではあるが・・・ 私の日々のブログ同様に、世間様の評価が聞こえて来ない処が、真に以て<残念至極な次第>なのである。ギャハハ~!!

 さてさて、我田引水を自惚れて居ても、致し方が無い。朝飯前に、お仕事お仕事である。

<ほれほれ、たっぷりの水を飲んで散歩者・通行人さん達への『御苦労さんです』の声掛けをするんじゃぞ。俺様は人間が出来て居るから、せっせっと縁の下の力持ち・黒子に徹して、不特定多数様への<気分解しのボランティア>でガンスがね。今日も暑く為るぞえ。たっぷりと水分を細胞貯蓄をして、暑さに耐えるんじゃぞ。苦しみの裏にこそ、美は輝くじゃからのぅ~。それにしても、とんでもない事を始めて終った物である。俺ぁ疲れるわね。とほほ。>

 まぁこれとても、考え様では、好い運動に為るから朝のウォーミングアップには良い事でもある。インゲンとミツバを摘んで、朝の澄まし汁の具とする。家庭菜園とは何かと重宝でもあるし、実れば捨てても置けず、<消費の工夫気分>も生まれて来て、何かと動かざるを得ないのである。

    これを称して、<葉っぱ>の『発破動機』と云うのであろう。へへへ。

         朝食後は掃除をして、小動物達の奉仕者である。

    ♪嫌じゃありませんか。ちょいと動けば、汗まみれ。
      婆は食後のテレビ。何の因果か、俺だけ・・・ 
    嗚呼、阿保臭い。馬鹿らしくて遣っちゃ居れんわね。

          如何すりぁ好いのよ。思案橋。

一つ出ました、よさホイのホイホイ。今日も踊るは、ピエロ音頭にピエロ・ダンス。
         アジャジャ、ニャロメ、失敗こいた。

    嗚呼、出るは溜息、汗の滴。嗚呼、それそれ、嫌だ嫌だ。
           泣いて如何する、男だろ♪

 へへへ、私も石の上に三年とやらで、この頃では、婆さん尻目に、こんな戯れ唄を歌いながらの家事仕事を仕出かしている次第である。顰め面をするには、<息止め>が必要ではあるが、戯れ唄歌いには『息吐き』が必要なのである。マグマは溜めずに小出しでガス抜きをするのが、処方箋の一つである。イッヒッヒ!!

 聞こえて居るのか居ないのかは、一切不明ではあるが、この位の息抜きをして遣るのも、好い具合なのである。強か婆ぁは、どんな顔をして居る物やら・・・ 
 聞こえたら、<感謝感謝の念仏>でも唱えて居れば良いのである。南無阿弥陀仏だけが、念仏じゃあるめいに。何しろ、生き神様が目の前に居るんでアリンスからね。ザマァ、見遣がれ、ギャハハってな物である。

 さてさて、ヤクルトママさんにも、言われて居った事が有ったわい。玄関上がり廊下画廊の印象替えに、床の間の南洋大掛軸をドバーンと玄関画廊の中心に持って来ると致そうか。玄関鳥を軒下の物干し竿に吊るして、玄関南洋掛軸画廊の開放である。

<はいはい、マツバボタン回廊の次は、玄関画廊ですがな。お代は只でヤンすよ。>  

 さてさて、お努めを果たして、二畳小部屋で、氷たっぷりの水分補給の一服タイムである。

 いやはや、大小の積乱雲が群立つ青空の夏の暑さである。風が無いから、ミンミンゼミとキリギリスの声が、過ぎ行く夏を『盛夏』に盛り挙げて御座る。飽きもせず暑い物である。ふぅ~、今日も日中は、伸びて萎れかえる日である。そうそう、奇麗な蝶を庭で見たのである。ロートルの暇潰しとして、蝶の名前を図鑑で調べて置く事に致そうか・・・図鑑図鑑・・・

 青が入って居たから、ルリタテハには違いなかろうが、相手は羽を全開して止まってくれないのであるから、特定は中々にそのチャンスが無いのである。顔馴染みのルリタテハとは違って見えたのだが・・・蝶も環境の生き物なのであるから、タチテ蝶が三種類、家庭菜園のエリアに居続けるのであるから、彼等にとってはきっと必要な物が在るのだろう。

 土薄く根野菜には不向きな土壌故に、専ら葉野菜オンリーである。そんな事で、モンシロチョウが居座っても居るし、シジミチョウもチョコチョコ飛んで居る。クロイトトンボ、色の付いて居ないアキアカネ、シオカラトンボも居る。
 アキアカネは、夏までを山で過ごし、集団で里へ下りて来て赤とんぼに為ると云う。知らない内に、軒下の鳥籠も、炎天下の直射から外れて来ている。微かに見せる光の穏やかさ、風に含まれる涼、昆虫達の種類にも、<過ぎ行く夏>が現れ始めて居る様である。

 小さい秋見付けたとまでは行かぬが、『去り行く夏見付けた』の風情と心境である。


心何処ーショート この世も、捨てた物じゃ無い。
            この世も、捨てた物じゃ無い。(8/16/12)
 
 アハハ。世の中とは面白いものである。ブログが取り持つ縁とでも言うのであろうか・・・

 如何やら、私にもいざと為ったら、心許せる話しが出来るお仲間が出来たらしい。本日は、一時休止して居たその人のブログが再開されて、その間の諸々の事が書かれてあった。コメントを出すよりも、TELの方が良かろうと思い実行に移した。

 お相手さんは、自然体のザックバランな落ち着いた話し口調である。私も道産子であるから、お相手さんのその後年北海道暮らしの道産子フィーリングが実に心地好いのである。お互い、日々ブログ綴りをして居る者同士であるから、文章は、その人の態を表すの言葉通り、昔からの仲の好い友達・肉親関係の様な良い雰囲気に誘ってくれる。そんな事で、ついつい長話に為って仕舞った。

 そんなお相手さんの極々普通で、ゆったりとした自然体の会話から、もう一人のお仲間さんの話しが出て来て、私が普段彼是と想像・妄想?している感想を話すと、略、同心円の中にその人も、スッポリ入っているとの由である。

 その人とは顔も声も存じ上げないが、想像以上の魅力あるお人との太鼓判である。言って見ればSさん、Mさんと私は、日々、其々のブログ愛読者の関係で在り、其々の個性で表現して居る日常をよく知る者同士である。

 私はMさんを知らないが、SさんはMさんとは非常に意気投合して、お互い相手の事を拍手喝采で愛で合って居る<非常に近しい関係>である。

 私のMさんに対する想像の隙間、奥行きの不足を補完して呉れるのはSさんであり、Mさんの私に対する想像を補完してくれるのがSさんである。私もMさんからSさんのシークレット情報としてコメントを頂戴して、ニヤニヤして<ほっ、ほ~。>とSさん像の肉付けをして居た次第である。

 Sさんは上品にして、真にザックバランな気性である。Mさんは、それを上回る頭の回転力、話題の豊富さ、明るさ、饒舌さ、酒豪との事である。私とSさんは、年金生活者であるからして、現役のMさんの都合に合わせて、お二人の本拠地に、私が馳せ参じる旨を熱望して居ると伝えて貰う事にした。Sさん曰く、三人が一堂に会したら、一日では収まらない<大爆笑会>と為るのは、必至の沙汰らしい。

 へへへ、還暦半ばに差し掛かって、天照大神の御神体二態に御拝謁が叶うとは、夢の様な近未来図である。奇妙な感想ではあるが、類は友を呼び、類は、其々の元因子に其々の人生経験を刻み磨き上げて、類の幅と深みを加えて、初対面のドアのノックを待つ。

 ドアが開けば、互いが一目で吾が類の友を確かめ合う・・・ 幾ばくかのアルコールが、談論風発の爆笑を響かせ合う。それが、三者三様の互いの、人間の歩んで来た道の確かめ合い、刺激、エールの交換場所と為るのだろう。

 本日、昨日と一変して暑い夏日である。風鈴はコソリとも鳴らず、純白の入道雲を滾らせた青空に、ミンミンゼミが熱波を撹拌する様に鳴きしぐれ、キリギリスが部屋と外で呼応してギース・チョン、ギースを鳴き交わしている。頼りは、側面から固定した扇風機の風だけである。


心何処ーショート 日本敗戦日に寄せて・・・
             日本敗戦日に寄せて・・・(8/15/12)
   
またまた、韓国さんが<無駄事を抜けシャーシァー>とほざいて居りまするな。

 従軍慰安婦像を世界にボコボコとでっち上げ、竹島占拠に至っては、オリンピックでの政治持ち込み不祥事・日本生まれの日本育ちの現職大統領が、上陸視察、男子サッカーの三位決定戦の日韓戦では、観るに余る肉弾戦を仕掛けて・・・試合全体を見れば、あんな感情剥き出しの肉弾戦で顰蹙を買わなくても、勝って当然の試合運びだったのに。

 丸で嘗ての特大ボーナス、年金煽りで、反則紛いのソウルオリンピックでの柔道日韓戦を見る様な『怒りと後味の悪さ』を彷彿とさせた処でもあった。

 中華帝国に蹂躙され捲った歴史を持つ朝鮮半島人は、強い者には無抵抗の事大主義の国是・国民性のDNAに沁み込んだ『怨国家』その物の姿である。怨恨一辺倒では、当然に<厭国家・国民>の態で、厭(いや)で嫌われるのが解らないというのであるから、如何しようもない。こんな輩達とは、経済の最低限の付き合いで留めて置くのが、一番である。相手が、その手の口を叩いたら、日本の政治家も、『何をこきゃがる!!』と一蹴して遣れば良いだけである。何でこんな恩を仇で返す不埒国家・国民の為に、国税で巨額の援助資金を融資しなければ為らないのか。経済優先などと云う商人国家に成り下がって唯々諾々として国際協力と云う企業益を国益に摩り替えて居るのは、亡国の振舞いと言わざるを得まいに・・・嗚呼、腹が立つ。腸(はらわた)が煮え繰り返る様である。

 日本からの開放・独立日を日本敗戦日とした8/15を<光復節>としているらしいが、独立復活で光が復活したから、幸福節と云うのは、大いに理解出来るのだが・・・何も、その日に合わせて、泳いで竹島詣でをして、韓国大統領が日本国天皇に対して、『違った言葉で心からの謝罪をしたいのなら、韓国に来なさい。』と言うのであるから、上も下も前後左右360度、『大した尊大極まるお国柄』である。

 受験競争も大学進学率も、遠に日本を凌駕した『教育国家』との事ではあるが、如何云う教育・躾けをして居るお国か・・・理解に苦しむ中華帝国も朝鮮半島国家も、驚愕のお国柄である。まぁ、尤も私の大嫌いな竹村健一大先生に依れば、日本の常識は、世界の非常識との事であるからして、大いに大先生とは見解を、正反対としているのではあるが・・・

<中華帝国の優等生>を任じて恥じない『寄らば大樹の陰国家の事大主義・賄賂踏襲国家』でしかない国家元首が、何を戦後67まで経っても、何を血迷って居るのかの段でしか無い。言いたくは無いが歴代大統領が、政権の座を降りれば、即不正蓄財の咎人として法廷に引き回されるお国柄なのであるから、偉そうな事を権力の椅子から幾らほざいて見ても、始まらないとは思うのであるが、時を持つ協調国家日本と一過性の強調国家とは、全く異質の尺度で構成された国家なのであろう。

 はいはい、日本の常識は、世界の非常識にして、私には『発想の大転換』が必要なので在りましょう。・・・嗚呼、蹴った糞が悪~い。 

 利用出来る物は、<人類の英知・時効>なんて物は、糞喰らえで何度も何度も繰り返して、罵詈雑言を倍加してトコトン金に替える浅ましさの裏側には、実質何千年にも続く<中華帝国からの苛斂誅求の経験刷り込み>が働いて居るのだろう。

 これはテレビからの安受け売りではあるが、中国の諺に在る<水に溺れた犬は、徹底的に棒で叩け>を地で行く物である。武士の情けを美徳の一つとして憐憫の情を持つ日本社会からしたら、普通、こんな諺が幅を利かす事は在り得ない。
 此処にある世界は、支配者が『恒常的に』取って代わる様を前提にした支配と被支配の抵抗史以前の『陰湿な怨恨思想の現れ』でしかあるまい。

 表立って抵抗出来ない浅ましさが、相手が不利と見たら『徹底的に怨恨を晴らす』の証左である。<相手が不利>の延長線上には、『誰も見て居無ければ好き勝手放題をしても良い』の行儀の悪さに繋がる。母国中華も半島人国家の北朝鮮・韓国にして見た処で、公共心の未発達故の行儀の悪さは、群を抜いて<低劣な民度>でしかあるまい。

 良いですかな・・・『公共心の根源』は安定した秩序ある社会形態からでしか生まれないのでありまするぞえ。安定した社会秩序の中から、公私の別が生まれ、公私の別が作用して『諸々の仕来たり』が、施政者が替わろうとも安定した社会秩序を維持しようとする<大きな意志>が働いて、社会の仕来たりが精査されて行き倫理道徳が唱えられ、必須最低限の法が公私の形で生まれ、公の規制・育成と私の自由・権利の調整の中で、近代国家が生まれて来た。

 近代国家の特徴は私法(民法・商法・労働法)の発達であり、それ等との公法(憲法・刑法) を結び調整する手続き法(行政法)のバランスから法治国家を構築維持して居るのでしょうが・・・

 敗戦日本の伝統的家制度の家長権がGHQの手に依って破棄され、諸悪の根源とも云うべき自国は自国の力で守り通すと云う国家並びに家庭の自立県を放棄して、幻の机上理想主義の平和国家を標榜し過ぎて、敗戦後67年の経済優先主義に唯々諾々として来た日本国家。日本家庭は、崩壊の瀬戸際に立たされている。

 最小の組織・家庭には、嘗て家長権の勘当権が鎮座して居た。国民最大の組織国家には、拒否権・交戦権が微動だにせずに鎮座して居た。岳父に慈母のバランスが保たれて居て初めて作用する躾け成長と温かみである。

 我慢して強く為るんだよ。叱られて賢く為るんだよ。戦う時は、敵は百万在りとても、立ち向かうのが大和民族の道だったんでしょうに・・・

 遺憾いかん・・・身の丈を忘れて、閉じ籠り・お役御免のロートルオヤジが、柄にも無い事を打ち進んで仕舞った物である。

 昨日とは打って変わって、本日曇天にして、秋風の様な涼しい風が通り抜けて居る。朝は、ブラック・ベリーの酸味と完熟させたミニトマトを食卓に乗せた。昨日は、油汚れのガス器具を意地で綺麗さっぱりにして、普段動かぬ物臭男の此処一番の溜飲を下げ、夕飯後は、町会の納涼会を覗いて来た。

 ラジオでは<終戦の日>に因んで、野田総理の朗読が流れている。聞く処に依ると、国会議員有志の連名で、尖閣諸島での戦没者慰霊の上陸許可申請は、敢え無く政府の不許可の沙汰が下りたと云う。その要請は、国会中継で私も見て居た。自民党の山谷えり子議員の国会質問に野田総理は、前向き発言をしていたのだが・・・このザマである。

 心・信を蔑(ないがしろ)にした言葉の軽さ・虚ろさは、空しき言の葉・言の波・言の端でしか無い。敗戦・自虐史観にきっぱり別れを告げて、自立闊歩の日本を構築して行きましょうよ。

 以上、BGMにケルティック・ウーマンのYouTubeを流しながらの、『日本敗戦の日』に寄せるロートルクマ男の日誌でありまする。


心何処ーショート 風鈴、ちりりんなり。
                風鈴、ちりりんなり。(8/14/12)
 水遣り時刻ではあるが、雨を待つか、安全パイを取って水撒きをするか迷ったが、疲れて居たから思い切ってサボる事にした。風が強くて、定位置の四畳半に吊るした風鈴が、良く鳴って呉れた。そんな夜、遠くで雷がゴロゴロ鳴って待望の雨が良い勢いで始まった。

 昼の大鼾の御蔭で、身体も復活した。涼しいから、今夜はぐっすり眠れる事、必定である。そんな余裕からか、暇潰しに漫画絵でも描いて見ようと思い立つ。

 小学校時から悪戯描き、落書きの類は好きであった。授業、会議も詰まらないと、良くそんな事をして居た物である。目前に現物が在るのだから、それを写生するのが一番の早道には違い無かろうが・・・それが出来無い生来の不器用さと自由に描く処に悪戯の本態が有ると妄信して居る男である。従って、凡(おおよ)その形だけを線取りして仕舞えば、<後はこっちの物>ってなものである。

 雨で締めた家内ではキリギリス達のギースの声が、油切れの籠った様な感じで廊下、二畳小部屋の方からも聞こえて来る。四畳半出窓のキリギリス達は、CDの歌に反応して、ギース・チョン・ギースの強弱を始めたりしている。彼等のギースは、メスへのアピールなのであるから、CDの音節の何処かに、ライバル音を察知して『鳴きバトル』を始めて居るのであろう。

 オス2、メス1の20×13×17cmの狭いながらも、衣食住・性も在る環境下でも、新ライバル登場に即応してしまうオスの性とは、同じオス族の末席を穢す身ではあるが、へへへのお笑い草である。この強欲連中めが!!と云った処である。

 さてさて、万年筆で線をなぞり、余計な鉛筆線を消しゴムで消して、お絵描き最大の楽しみ・色鉛筆での色付けへシフトである。

 絵は色付け次第で入って来る印象度が、丸で変わって来る。それ故に、無い頭を絞って、色を選択して躊躇(ためら)い乃至はパイロットの薄塗りを試しながら、色を入れて行く作業が面白いのである。これは、充分に頭の体操と為るから、『呆け防止』には良いトレーニングと言って良かろう。

 そんな核と為る部分が、顔を覗かせて来ると、余白の具合を見てまたまた頭の工夫を講じなければ為らない。それが悪戯心のシナジー効果とも云うべき悪戯絵の真骨頂部分なのである。風雨の音と道に滲む街灯、キリギリスの声、絞ったラジオを時々耳に入れながら、静かな夜の部分をマイペースでマイタイムを過ごすのである。これは、私の性分に合った一人の時間帯なのである。これは寂しくも在り、寂しくも無い身の丈の時間でもある。

 明けて、雨の上がった外へゴミ出しに行って、一周り見回して来る。呑み切れないほどの雨に潤った植物は、天の恵みに新鮮な其々の色で応えて居る。川の葦原に居を求めたキリギリスが二か所から、ギース・チョン・ギースと鳴いている。

 伸びて来て食べ頃に為ったシュンギクを摘み、インゲンを摘んで行く。ミニトマトもブラックベリーも、新鮮その物の赤、黒の熟し具合を付けて居る。種を蒔いたチンゲンサイ、ミズナの小さな畝が、初な薄緑を呈して来た。その小さくて幼い緑が、実に健気に見える次第である。今年の遅いマンジュシャゲの花茎も地表を突き破って来た。

 朝食の賄いに取り掛かるも、はしゃぎ過ぎた老母は、尻を向けて暗い部屋で、指を折って開いて、また一本一本指を折って、一本一本開いて行く・・・そんな老体のウオーミングアップを横眼で見て、障子を開け、廊下のカーテンを開けて、部屋の空気の総入れ替えをする。

 ナンジャラホイ? サッシ戸の開閉が思うに任せない。遺憾いかん・・・<廊下の支えが下がって来て居るから、直してくれ。>と口に出して居た処であった。朝食後は、廊下の下がりをジャキアップして見ると致そうか・・・米も買って来なければ為るまい。

 朝食後は、そんな事で一仕事して、汗を掻いた次第である。さてさて、仕事は何事もついでであるから、米屋さんに運動のペダル漕ぎでもして参りましょうかね。雨上がりの本日は、30℃を超す夏日の復活との事である。やれやれ・・・

                     風鈴
                 風鈴_001


心何処ーショート 盆の入り。
                  盆の入り(8/13/12)
 倅とは、三時過ぎまで色んな事を話した。へへへ、吾がアガタ・リョウ二世は、良くこなれて来て居る。魅力ある男の雰囲気を備えて来た物である。

 久し振りに涼しい夜であった。障子・襖を開け凌祐を真ん中に挟んで、隣部屋の六畳には倅ファミリーが寝て居る。歳を取ると、起きる起き無いは別にして、目覚めは早く為る。パジャマ姿で、二畳小部屋で煙草を吹かしながら庭を見る。百日紅の白い花弁が、風に煽られて、ハラハラと落ちて、地の花弁を風が庭の石囲いに吹き溜まりを作って行く。

 台風が発生しているとの事であるから、その影響なのであろう。結構な風であるから、玄関上がりの風鈴を持って来て、軒下の鳥籠吊るしの針金に引っ掛けて、風鈴の音を聞く。

 本日は倅ファミリーと、オヤジの墓参りである。凌祐はぐっすり眠れたのだろう。オッ、オッと部屋から出て来て、私の部屋の八畳を覗きに行って、四畳半も見て来たのだろう。廊下から、二畳小部屋に居る私を見付けて、右手を挙げて<オッ>の男の御挨拶をする。インディアン、嘘付かないの男同士の挨拶・片手を挙げてのオッ、オッの繰り返しばかりで、手招きをしても小部屋には入って来れずにモジモジしている。それでも、両親は寝て居るから、部屋には入らずに廊下越しで、幼児のお相想を繰り返して居る。

            へへへ、この意気地無しめが。

  廊下で早くも遊び始める凌祐に、老母もパジャマ姿で廊下に出て来た。

「凌祐、気替えてジィジのマツバボタンを見に行くよ。」と母親に呼ばれている。夜更かし付き合いをして呉れた倅は、眠りの中である。

 さてさて、汁の具をシュンギクに求めると致そうか・・・ 上を摘み取ったシュンギクも、下から柔らかな脇芽を伸ばして、丁度好い具と為る。

「お父さんのブログに在る通りで、夕方に散水して置くと、活き活きとして開花してるんだ~。書いて在る様に、マツバボタンの回廊だわ。お父さんの台所仕事は、段取りが良くて全部が同時進行で、手際の良さにはビックリ仰天。感心するより、流石に凄いわ。」

 昨日は、ファミリーは夕方近くに為って遣って来た。そんな事で、日々のお努め・ジョロ水配給を終えてから、車で買い出しに行って来てからの晩飯であった。

 私の作るチァシューが好評だったので、それを作り、取り立てピーマンの差し入れであるから、それとナス、生姜の細切りを添えて油でサッと炒める。味付けは、ブロック肉全体を油で焼いた後の煮締め段階で出る甘辛煮締め汁を加えて、弟差し入れの瓶詰めのピリ辛韓国万能味噌をスプーンで二つ落として出来上がり。キュウリを塩揉みして、タッパに丸塩イカ(煮塩イカ)、ワカメ、生姜の千切りを加えて甘酢に漬けて置く。これは、明日の朝食用である。

 アッジャジャ~、車の中でゴロゴロ転がって居たスイカは、パックリと熟れの割れをして仕舞って居る。遺憾いかん・・・

 老母には粕漬け魚を焼く。熱々、出来立てホヤホヤのチャーシュウを分厚く切って、好みでピリ辛味噌を付けて食べる様にアドバイスである。後はスーパーの出来合いサラダ、焼き鳥、フライドポテトである。倅が缶ビールの差し入れをして呉れたから、枝豆、古漬自家製沢庵で、腹と酔いが回った晩飯であった。

 風呂が沸いて居るから、倅ファミリーは、全員で入り凌祐を寝かせ、後は大人の時間と為ったのである。そんな昨日摸様であった。

 へへへ、二人きりの食事であるから、炊飯器も小さい。晩飯の残りは、茶碗二杯分である。斯く為る上は、即席の冷やし中華の具にキュウリ、ハムを千切りにして、もう半分のチャーシューブロックの切って、たっぷりの<特性チャーシュゥ冷やし中華>で帳尻を合わせるしかあるまい。シュンギクとハンペンで澄まし汁を作る。後は、夕食の残りである。

 倅の車で、中山霊園のオヤジの墓参りである。刈り込み鋏と、剪定鋏で、植え木の散髪をして、軽く手を合わせて来る。

 帰りにスーパーに寄って貰い、仏壇の花と供え物、私と老母の昼飯、その他を買って帰る。たっぷりの自家製完熟大梅の梅干しを持たせ、倅ファミリーを送って、家に入る。

 早速、仏壇にお盆を供えて、玄関鳥、キリギリス達の世話をして、生寿司とスイカで昼飯とする。老母は、楽しそうに孝行孫ファミリーの話をして、感謝感謝の上機嫌の中に居る。

 へへへ、吾が老母にとっては、孫の倅は百薬の長にして、私には話の通い合う良い倅である。まぁ、お盆でもあるからして、これもオヤジの女房と四男坊へのプレゼントなのであろう。然すれば、この好風景を有り難く頂戴して居る四男坊の私なのである。

         はいはい、オヤジ、アリガトさんねである。

 さてさて、本日は曇天涼しさと良い風の通りである。暫しの寝不足仮眠に熟睡した処である。序でに晩飯分も買って来たから、しっとりと雨でも降って呉れたら、私はお努めから解放される。頼むぜや、オヤジ殿。イッヒッヒ~。


心何処ーショート 遣る時は、遣らなくちゃね。とほほ。
      遣らねば為らない時は、遣らなくちゃね。とほほ。(8/12/12)

              昨夜、倅から電話が有った。

「オヤジ、ブログ読んだよ。大変だね。大丈夫?」
「あいあい、毎度の事で、一過性で俺ぁ、ピエロ遣ってるわね。」
「悪いねぇ~。でも、オヤジはタヌキで巧いからね。エヘヘ。明日、皆で泊りに行くから。」
「おぅ、そうか。婆さんイジイジして待ってるわいな。」

 そんな事もあって、本日は目覚めたその時点で庭整理を始める。昨日の夕刻散歩時には、雨の気配が濃厚であったから、散水をパスして仕舞ったのだが、夜もパラパラの状態だったらしい。そんな次第で、寝て居たいのは山々ではあるが、日の出前のジョロ配水を施した後は、せっせと庭の草取り、腐葉土の始末をして、庭掃除にエネルギーを投入する。二時間強を要して、漸く朝の賄い夫に復帰する。

 ロートル女族の早朝散歩が、こんなに盛況だとはついぞ知らなかった。いやはや、誘い合っての早朝お喋り散歩なのであるから、女族の寿命が長いのも合点の行く処である。水遣り、庭掃除をして居ると、お早う御座いますと声を掛けられるから、人見知りの強い私は、委縮して仕舞う次第である。
 
 重い腰さえ上げれば、マダマダ馬力はある。単純作業の好い処は、遣った分だけ成果が一目瞭然な点である。そして、何より一人作業な処が、また何んとも云えない。ひたすら黙々の根気作業ではあるが、成果は独り占め出来るから、自己満足が行く。幼少の頃から、団体・共同行動が苦手の性向で在るから、加齢域に達して鈍感・トロく為って来た分、根気が出て来て居るのだろう。親分無しの子分無しは、尖る必要も無いし、相手の粗も文句も不生であるから、私にとっては居心地が良いと云う物である。←これは、決して負け惜しみではありませんぞ。イッヒッヒ。

 さてさて、朝食後は、洗い物をして米を研ぎ、今度は中の掃除である。何事も遣れば、それなりに綺麗に為る物である。その貴重な切っ掛けを倅が作って貰ったのであるから、礼を言うべきであろう。さて、嫌に為らぬ内に、浴槽を洗って水を張って置くべしである。

 明日は盆の入り、墓参りで在るか・・・閉じ籠り、ズボラを決め込んで居ても、世間様に付き合って居れば、何かと忙しい物である。とほほ。

 早朝5時過ぎから作業、作業で、自室定位置でのアメリカンは、早や正午である。考えて見れば、本日・日曜日では無いか。こりぁ、私とした事が働き過ぎである。
 

 午後はマイペースに戻って、昼寝でもしてエネルギーの回復を待つと致そうか・・・


心何処・・・さて、本日の一枚。
                さて、本日の一枚。
               
                 散水男_001


 へへへ、地井さんの特別番組を母と魅入って居たら、本日長駄文の挿絵を入れるのを、すっかり忘れて居りました。嗚呼、歳は取りたくは在りませんね。

 地井さんのお仲間は、『類は友を呼ぶ』の好い人の輪ですね。人間として、飾らず気負わず、自然体の善き人の輪で、命を閉じて行きたい物と考えて居りまするが、如何せん・・・私には人徳が御座いませんやね。

心何処ーショート これも、日常の一コマなり。
             これも、日常の一コマなり。(8/11/12)
 <その1> シンプル・イズ・ベスト
 昨日は暑い日中はする気が起らないから、汚れたキリギリスケースを大掃除する事にした。3ケース其々には、メスが1匹ずつ入れてあるから、メスのお仕事・産卵には砂の厚さが少な過ぎる。気には為って居たのだから、この機会に川から砂を取って来た。

 ケース毎に中のキリギリスを他のケースに移して、中の萎びたキュウリ、トマト、ブラックベリーなどを取り除いて、砂を補充して、霧吹きを施しケースの壁面の汚れを取ってオス2、メス1の配合をして遣るのである。

 ケースの蓋を開けると、直ぐ様ケースから出て来て仕舞うキリギリス達の習性?であるから、<これこれ何事も諦めが肝心じゃ、往生際の悪いのは、下品で在るぞよ。>と、何時も言い聞かして遣っているのではあるが、戯けは一向に解せないのである。そんな事で、日々キリギリスと追いかけっこをして居る始末なのである。
 もとより、一夏を飼うキリギリス達である。尤(もっと)も逃走キリギリスの方が若様、お姫様で身分が上なのであるから、<オノレ~>ってな物である。

 然れども飼い主としては、往生際の悪過ぎる戯け達ではあるが、・・・ キリギリス観賞も、キリギリスの身からしても、五体満足の体が肝要なのである。
<これこれ、逃げるでは無い。捕って喰らおうとは思わぬ。逃げるなよ、逃げるなよ。>と呟きながら、ソフトタッチの慎重さで遣らざるを得ないのである。当然、餌遣りの時も同様の顛末を繰り返して居るのである。

 それを庭に3ケースを並べて遣って居たのであるから、結果的にはオス1匹を取り逃がして仕舞ったのである。ピョンピョン跳ねて、縁の下に入られて仕舞ったから、私の方はあっさりギブアップとしたのである。それが、庭奥の雑草の茂りの中で、ギースと鳴いていたから、<早い処、外の仲間入りをせよ>とエールを送った次第である。

 朝の喜びは、夕方にジョロ散水を施した家庭菜園、マツバボタンの回廊の蘇生振りを見る事である。尤も、種を蒔いて散水して、野菜、花を育てるなどと云った事は、今まで面倒この上ない事で、あっさりパスして来た男である。
 従って、初年兵の感じであるから、感じ方も思いも初な物である。<為るほど、世の人達が、マメに精を出す気持ちが理解出来る。> 

 マツバボタンは、日中の花である。太陽が出ると開花して、太陽が傾けば花を閉じる。茎・葉も夏の炎天下に順応して、乾燥に強い構造に為っては居る。それでも限度を超えた茹だる様な炎天下では、午後に為れば何時しか<萎れ立ちの姿>を晒して居る。

 夕刻のジョロ散水を充分に施して遣ると、マツバボタンの群生は、夜の睡眠時間の中で活性化の再生産の成果を、朝の太陽の輝きと共に開花させてくれるのである。従って、雨が降らない限り私は道行く人達の分も、マツバボタンの回廊に観賞料の散水を励行するのである。へへへ。

 此方がすれば、必ず応えて呉れる。物云わぬ盛夏の小花マツバボタンの一途さと、群生が造る緑の中の赤・白・黄・ピンク・オレンジ・紅白の花々の華やぎは、シンプル・イズ・ベストの人と植物の信頼関係と云っても、決して過言ではあるまい。
 何事に於いても、双務の呼応こそが、信義原則の優劣の証明沙汰でもある。信義に根ざした双務の関係こそが、シンプル・イズ・ベストの好関係の基本形なのであろう。

 それに引き換え、人間の小賢しさが進み過ぎて、利に敏く、理を忘却して知識・屁理屈を弄して、己が利を策望構築する事に齷齪し過ぎて、私利に狂奔すれば自ずと人心は『離』に走るのみである。自問自答の習慣を放棄して仕舞ったこの世は、何かと騒々しくも、底が浅く、ただ油切れの歯車が軋む音・摩擦摩耗熱のきな臭さが、鼻に付くばかりばかりである。へへへ、困った物でアリンスわね。

       ルルル、電話である。本日、土曜スタバトーク日である。

 <その2> 孝行倅の大溜飲下げ
 家庭菜園のミニトマトとブラック・ペリーを摘んで、Tの車に乗り込む。それをTは車の中で見て居たから、ヒョイと摘まんで口に入れる。

「おっ、酸っぱぇや。こんな酸っぱい物を食べるなんて、オイサンはやっぱり変態だぜや。俺は、蕩ける甘味が好物よ。どれどれ、ミニトマトは、いや、これもチョイと早いな。完熟させろや。1,2日は置いておくべきだな。」

「ナロー、変態と来たか。ノーテンキ、好い加減野郎のB型とは、A型は違うんじゃい。ともすりぁ、安易に流される軟弱性向をだな・・・この酸味を『気付け薬』として自問自答して、清く正しく軌道修正して行くのが、真っ当な人間の人生航跡だろうが。ッタク、B型なんて輩は、男も女も碌でも無え生き物よ。少しは、反省しろや、型から外れたら、身勝手大行進じゃがな。あい~。」

「務めは果たしたんだ。生まれて来た以上、老い先の短い人生だ。楽しま無きぁ、損だわね。型から外れるのが、B型の特質だぜね。あい~。」

 これは珍しい。二階席は、誰も入って居なかった。へへ、好都合である。お互い、爺っさ、婆っさの悪口放題が出来ると云う物である。イッヒッヒ!!

「実はさ、昨日はガァ~ンと頭に来てさ。電話してガス抜きをしようと思ったんだけどさ。写経代わりのこの絵を描いて、気を静めて居たんだけどさ。昼飯の時に、此処が痛い、苦しい、生きて居ても、何の楽しみも無いとクドクド抜かすもんだから、キリギリスの話をして遣ったんだよ。

 イソップ物語の蟻とキリギリスの話に洗脳されちゃって、キリギリスは放蕩の果てに、寂しく死んで行くなんて<道徳読本>が有るけど、その実態はすさまじい一生なんだぜ。盛夏炎天下の草叢の王者キリギリスは、気温が下がって来るとさ、末端の脚が凍傷・壊疽(えそ)に罹って、一本一本毟れて行くんだわさ。

 脚を失ってもさ、差し込む陽の熱に反応して、ひっ傾いたり、横っ倒しの『半壊疽』の身体でもさ、DNAに刻み込まれた<生の仕組みの奴隷>さね。擦り切れた羽が勝手に作動して、生命が尽きる寸前まで、ギィーと音を出し続けるんだぜ。老衰して、死んで行くと云う事は、末端細胞・神経に血が通わ無く為って、心臓の鼓動を止めるって事だわさ。動物も植物も、生命あるものの末路とは、そう云う物だろう。世が世だったら、姥捨て、爺捨ての世の仕来たりだわね。

 泣き事が言いたかったら、病院で死ぬか。俺だって神様ほど喜怒哀楽を超越している訳じゃないよ。此処に居りぁ、病院以上のマンツーマンでしょうが。

 悪いな、キツイ物言いだけど、仕方の無い事、言って見ても詮無き事は、お互い口に出さないのが、生活者の知恵って物さね。悪いけどもさ、俺は女じゃないから、スキンシップで手を摩ったり、愚痴話に心底耳を傾けられるほど、人間が完成されちゃ居らんのだよ。我慢して呉れや。俺は、お体裁繕いだけに長けた鈍感・薄情者の口先だけの偽善者にだけは、為りたくは無いのさ。勘弁してくれや。

 そう言ってさ、夕刻のお努めの風呂の残り湯で、ジョロ散水をして居たらさ。洗面所の出窓をロックされちゃってさ。95だ。半分、幼児見たいに子供に帰って居るから、独り暮らしの癖が出て、夕方に為ると<戸締りの癖>が付いて居るんだろ。婆さんにして見たら、決して悪気が在っての事じゃ無いんだけどさ。こっちはさ、外に出れないのを慮(おもんばか)って、部屋からの緑・カサブランカ・鬼ユリに潤いのお努め面も在るんだけどさ。

 時間が来ると、楽な裸ん棒から長ズボンに長袖シャツ、軍手に長靴履きの身支度って事だ。身体が鈍るから、意識しての非能率を義務付けてさ・・・へへへ、結構な水配り作業なんだわさ。男は、鈍感に振舞う事も男道って物だろう。
 言って見ても詮無き事で、初めは黙って廊下から入って窓を開けて、黙々と続行して居たんだわさ。それも、こう猛暑が続いて、こっちも夏バテさ。そんな事で、その旨を説明して居たんだけど、また遣らかされて、俺の素地・三尺玉の癇癪玉が弾けちゃってさ。

『これ、俺は水撒きをしとるんじゃい。呆けたか!!何を遣ってるんだ。』ってサッシ戸を反射的に叩いちまったってザマよ。アッジャ~、遺憾いかん・・・どす黒き血を噴き出して仕舞ったわいと反省してさ。

 戸を開けに行ったら、蚊の鳴く様な声で<スイマセン>と泣きそうな顔をした老婆が居る。怒るに怒れない切ない気持が込み上げて来る一方、飯の用意をしても、体調具合で食べれない事も多々ある。俺だって、食欲の無い時、寝不足の時は、賄い夫なんかしたくは無いさね。気を使って作っても、箸を付け無い。へへへ、幾ら自分に課したピエロ道だって、俺ぁ、それほど馬鹿じゃ無ぇわさ。インセンティブが萎えて、反対に怒りすら出て来るってものせ。あい~。インテリって哀しい生き物さね。

 それを、我慢して、Tも耐えて居るんだと思い直して、お努めに励んで居るんだけどさ。でもなぁ、こればかりは、実際に遣って居る者でなくちゃ解らん澱(おり)の様な胸の内ってなもんでさ。それでも、胸の中には、何で此処まで感情を殺して、遣らねば為らないのかという怒りの<どす黒き血の滾り>も在らぁな。でもな、親子だから、2時間も経てば感情も収まって来るから、日常のピエロ復帰なんだけどな。

 それがさ、Tの言う様に、人間90を越えれば、人間と思う方が間違い。妖怪位に思って居ないと、軽く足を掬われるなんて感想を聞いて居るからさ。さては、糞婆っさ、愚痴を溢して、慰めて貰えると思ったのに、バカ息子はキリギリスの話をして、頭に来た。それで、呆けた振りして仇を取ったんじゃないかと、発想を逆転させたら、癇癪玉が三尺玉のパッと大爆笑を作って呉れてさ。しゃー無い、しゃー無いのお努めの仕切り直しだわさ。へへへ、今だから正直に胸の内を吐露すると、笑い話よ。電話をして、恥を掻かずに済んだって事よ。ギャハハ~。」

「そうそう、本当、本当。俺なんか、男同士で、耳が遠い爺っさだから、ズケズケ物言ってるんだけどさ。油断も隙も在ったもんじゃ無いさ。ちゃんと確り仇を取りに来るもんなぁ。『この糞爺っさ』って、頭ひっ叩いて、首絞めたく為る事なんか、しょっちゅうだぜや。

 そんな時ぁさ、Rのスキンヘッド想像して、あの短腹野郎は、こんな時どんな心境で耐えて居るんだろうなって、鎮静剤の代わりにしてるんだぜや。怒るのは、年に2~3度が、許容範囲だぜな。何って云ったって、相手は、妖怪様だぜな。残念ながら、倅よりも上手で、場数を踏んで来て居るからな。イッヒッヒ。

 お前の場合は、婆っさだぜな。爺っさとは、扱いが別だぜな~。短気を起こせば、其の儘、火の粉は頭から被らなきゃ為らんからな。俺は毛髪でカヴァしてるから、未だ重度の火傷には為らんけどさ、そのスキンヘッドじゃモロだぜや。防空頭巾でも、ホームセンターで探して行くかいね。あい~。」

「あいあい、俺も色んな事が在って、この頃は、女族の本性が少しは学習出来てきて、我慢のコツも覚えて来たわね。それに此の頃じゃ、すっかり中性化が進んじゃって、男の大事な『戦闘力』が萎えて来ちまったわね。あいあい、真に以って<男の野生に対する忸怩(じくじ)たる思い>の日々でガンスわね。」

「あいあい、もう少しの辛抱で、卒業するしか無ぇからね。」

 TのPCはインターネットに繋がらず、友人の助力を待っているとの事である。如何やら、奥さんの実家に、息子が同居する由。同居が軌道に乗れば、Tも大分肩の荷が軽く為るのだろう。私同様に、Tの賄い生活も気遣ってくれている吾が老母である。確り報告して、安心させて遣ると致そうか・・・

心何処ーショート 吾が夢メカニズム考
              吾が夢メカニズム考・・・(8/10/12)
 自室のテレビは地デジ適応で無いから、ナデシコジャパンの観戦はしない。その代わり、ラジオを細く流して居るから、耳に入れば応援する心算で在った。

 後半30分辺りから聞く事が出来た。女子サッカーは金・三連覇アメリカ、銀・日本、銅・カナダと為った。再放送の試合は、老母の部屋のテレビで見ると致そうか。オリンピック種目と為って、5回の内4回がアメリカの金と云うのであるから、ワールドカップ優勝に続いて、快挙中の快挙である。

 その後、ラジオ体操のビジネス展望を聞こうと思って、少し寝るのを待って居た。本日の先生は森永卓郎さんとかで、良くテレビに出る先生であるから、触りの辺りで眠って仕舞ったのである。ビジネス展望は、15分程度の番組である。

 15~20分を、完全に眠って居たのだろう。7時のニュースを始めて居たから、私はラジオを切って眠りに入った。少々腹冷えの感じであったが、もう動くにも為らず、朦朧とする思い世界の中に沈んで行った。

 私の部屋にお客さんである。それが、俳優のWさんであるから驚いた。何やら、副業を求めて居るとの事で、意見を求められて居た。夢の中の話であるから、論理的な話など殆ど記憶には無い。会社の秘書の様な女の子を連れて居た。

 熱い夏であるから、普段着のWさんはランニング姿であった。学生時代空手をしていたと云う事である。為るほど肩口の筋肉は、年の割には結構逞しかった。この歳に為ると、有名俳優さんと向かって居ても、別段の高揚感も無く、どの程度の御人かなと冷めた目で見て居る自分が居た。

 帰りのドライブで、何処か涼しい所は無いかと聞かれたから、<適当な清流があったら、車を奥に進めて清流浸りでもして行くと、良いアイデアが浮かぶかも知れませんよ。>と言って、車を見送った。

 私が外に出ると、場面は変わって、奥深い清流の流れる場所に居た。清流を挟んで山裾に鉄道が在って、私が出て来た所は山間の古びた木造旅館で在った。川は急な清流では無く、緩やかな流れを呈して居た。緩やかな流れは、三段階の落差を以って緩やかな小さな流れを呈して居た。何か、時空を遡った様な・・・懐かしい光景であった。

                   私は思い出した。

 三段階の流れに、私は大きな水槽を沈めて魚観察をしていたのである。イワナ、カジカ、コメットの水槽を沈めて、三槽の魚達がどの様に水槽の上部から出て、自分達の住処を作り上げて行くかと云った観察である。

 シュノーケルを着けて、私は流れに任せて水中を見て行く。水中の水槽は、水族館の水槽の様に大きく為って居た。水槽の中で大イワナが、ギョロリと私を見て居た。

大中小を一杯入れて置いたカジカ槽の中には、カジカの姿は無く、アユの姿が有った。

 コメットの槽には、見事に成長したコメットが泳いで居た。紅白の地には、黒が混じり錦鯉がコメットの優雅な長い尾を持った素晴らしい姿であった。そして清流に揉まれ育った様に、野生的な精悍さも持ち合わせて居て、神秘的ですらあった。

 夢は此処で終わった。ラジオでは七時半を告げて居た。夏の朝日が、部屋の温度を上昇させて、些か汗ばんでの目覚めであった。

 私は幼少の頃より、夢を良く見る性質である。眠りの深浅の狭間に、直前の視覚残滓が夢の像を構成させて、その切っ掛けが潜在意識に働き掛けて、モザイクの夢模様を現わす。

 夢の作用は、程良い体温の高まりと相関する・・・そんな理屈付けをして<夢のメカニズムに遊ぶ事>が、多々在る。其処で、私の疑問は、果たして夢と云う物の所要時間とは如何程の長さなのか・・・と云う点であった。

 夢は睡眠時の極当たり前の脳細胞の働きに依って生じる物で在り、夢から5分以内に起き無いと夢の記憶は意識されないとの事である。そんな事を少年時代に聞かされて、自分の体験と比較して、一々納得して居たのである。 そんな事で、夢の反芻・分析は私にとっては、ライフワークの様な興味深さを持ち続けている次第なのである。

 還暦半ばにして、漸く巡って来た夢見の時間スパンを得たのである。寝てなど居られ様か。寝不足に迎合して終ったら、貴重な夢サンプルは砂上の楼閣を洗う波の様に、跡形も無く<無>にして終うのみである。『記すに勝る記憶無し』が、私の経験値でもある。

 俳優Wさんのランニング肩口の筋肉の盛り上がりは、オリンピック陸上100、200を制したボルトのスタート台に着く肩口の筋肉の盛り上がりの残映である事は間違い無かろう。水中への行動は猛暑下での川浸りでもあるし、何時かは夢奇譚で水中話を打って見たいの思いと、南洋小島でのシュノーケル遊びの残滓模様でもあり、巨大コメットは、四畳半同居人の水飛ばしコメットの拡大版であろう。

 これらの映像拝借並びに潜在願望と夢見の導入温度の問題は、それなりの経験値上で蓄積されて来た部分であるから、然して新しい発見では無い。

 記して置かなければ為らないのは、完全に眠りに落ちて居た15~20分の時間と其の何分か後に夢の世界に入って居たと云う事である。仮にラジオを切って、眠りに落ちたのが7:10前後で、無夢の熟睡期が15~20分程度だと仮定すると、寝汗のもどかしさに目覚めたのが7:30を回っての事である。大雑把にその間の時系列を追って引き算をすれば、7:30-7:10=20分。20分-15~20分(無夢タイム)=5~0分と為る。0分では、夢は見れないのであるから、夢見タイムは、計算上5分前後と為るのだろう。

 夢の世界は、殆ど言葉の無いスライドショーの様な世界である。何枚かのスライドに、自分の感覚だけが時に鋭敏に、時に弛緩してモザイクの夢の残滓を頭に残して居るのみである。

 物を記憶して、記憶のモザイク欠片を縄文・弥生土器の全体像として復元するには、多かれ少なかれ、<復元者のフィルター>を通して復元するしか方途は無い。専門家でも無い素人が、夢のメカニズムを我流で解き明かそうとする処に、面白さが在るのである。

 浅学非才の素人が、安易に心理学の分厚い専門書を読破して、○博士、★教授、☆博士、◆教授の説に依るとなどと、学問レールの延長線上で、論理の整合性を解き明かしても、解き明かせないのが人間の脳細胞のパノラマなのであろうから、そんな事を引き合いに出して文字を打つ心算は、全く無い処である。

 誰にも一切邪魔をされない個人脳の摩訶不思議な世界を、我流で夢反芻・分析して遊ぶのも、人間にだけ許された特技かも知れませんわね。ギャハハ~。

 何~!! ラジオに依ると、何を血迷ったのか・・・民主党幹事長・日教組のドン・輿石東先生は、三党党首会談での近い将来の解散合意は、自民、民主代表が、代表選でどちらかでも交代すれば、<合意は御破産>との事である。元々が小学校の先生上がりだから、算盤授業の玉弾きで、口癖が、『民主+自民+公明は?、はい御名算、御破算に願いましては~、次に~』ってな事なんでしょうかね。

 いやはや、鳩ポッポの沖縄基地問題発言、菅無理の原発問題発言・近い将来辞任発言と云い、代表者が替わろうと<詐欺フェストの政党>の態は、一向に反省の色すら皆無と云うのが、その不変の体質なんでしょうね。

 驚きモモの木、屁の河童で、こんな輩は政治家以前の『人間失格の言』で在りまするわね。こんな権力亡者の老猿が抜けシャーシャーと三党党首合意の信義に、その場で真っ赤な裏書き証書を出している様では、学校教育など事無かれ主義の隠蔽・無反省の組織畜生の巣窟に成り下がるのみであろう。いやはや、言語道断以前の出鱈目コーナーの線香花火の沙汰である。むべ為るかな・・・校内苛め垂れ流しに、スカート内盗撮、淫行事件が後を絶たない訳である。

 糞っ垂れ~であるから、特大の屁でもかまして遣ろうと、力んでは見たが、屁も出ませんわね。無理して力んでパンツを汚して仕舞っては、末代までの恥である。

     嗚呼、折角の吾が夢メカニズム考の文作が、最後で台無しである。

『ありゃ、糞以下の認知症・へタレ爺っさでヤンすがね。そうじゃ無えかい。皆~!!』

 スイマセン・・・俺ぁ、八つ当たりする場所が無くて、お見苦しい限りで御座りまする。皆々様に於かれましては、まだまだ続く残暑地獄で在りますれば、短気など起こさずに、水分・塩分を確り体内補給為されまして、残暑を乗り切って下されや。

 ふぅ~、暑い。ほんじゃ、失礼をば致しまして、アッシは、裸ん棒に為りまする。

心何処ーショート いや~、良いですなぁ~。
              いゃ~、良いですなぁ~。(8/9/10)
 昨夜は珍しく12時を回った処で、寝て仕舞った。如何やら、先日の終日の雨で猛暑の疲れが一気に出て来て居るのであろう。未だ未だ続く猛暑なのであるから、間に終日雨の涼しさが無いと、身が持たぬ。従って、素直に大鼾を掻いて居た次第である。熟睡すると、自ずと早く目が覚める物である。

 玄関鳥が目覚めの歌を囀り、キリギリス達が目覚めのギース、ギースを始める。寝床から出て、PCをONにする。YouTubeで、ロシア民謡カチューシャを観る。金髪美形さん達の歌声を聞けば、ケルティック・ウーマンの清らかにして一途なライブが観たく為る。ニュー、ジャーニーと云う1時間40分強の新バージョンが有った。

     画面を拡大して、ボリュームを大きくして見惚れ、聞き惚れる。

 机横の壁には、金髪美形シングルママ・ヤナの写真が貼ってある。部屋にカーテン越しの朝日が差して来て、彼女の写真が光を浴びて、彼女との思い出以前の・・・傍らに彼女が居る様な錯覚まで起きて来る始末である。はいはい、あなた様の方が、美人でありまするぞえ。はい、深い仲で在りまするから、浮気なんぞは致しませぬ。へへへってな物である。

 ケルティック・ウーマンはボーカル5、バイオリン1のケルトの女性達である。歌声・音色は、正にケルトの森の妖精達と云って良いのだが、彼女達ははち切れんばかりの『中年女性美の持主達』である。金髪・ブルーネットの白い脂肪の乗った福与かな肌に、腰の厚み、下腹部の肉の弛み、尻の弛みなどの肉感の存在感たるや、日本の軽白な痩せぎす女など、一歩も近付け無い程の<健康なる女性美>に満ちている。

 古今東西を問わず、女体は『豊穣の象徴』として崇められて来た。人間の人生の中で、ウエストの括れを誇る時期など、短い物でしかない。壮年・中年期こそが、人間の脂の乗り切った正盛期で在って然るべきである。青臭く小便臭い時期に、如何程の<女性的魅力>があろうか。成熟の熟れた味ほど、甘露で美味な物は在るまいに・・・ 

 何やら、可笑しなスリム妄信者どもが多過ぎるのが、現代日本の底の浅さと云っても好かろう。フン、流行病とは、つくづくと色気の無い空間である。

 彼女達の化粧の薄さが好い。太かろうが細かろうが、素顔で勝負出来るのが、本来の持っている美と云う物でありまするぞえ。私には押し倒す程の若さは無いが、押し倒されて見たいと云うゾクゾク感は、充分過ぎるほどありまするぞえ。
 無垢の素顔・表情に、自分達は楽器の一部に為り切って、音程を確かめ楽譜通りに自分の音域を外さず、5人の重奏を奏で合おうとする<音楽への一途さ・真摯さ>が、彼女達の表情・態度に素直に出ている。

 目立とうとする個の意思など、不協和音でしか無い。一途さ真摯さが在れば、それは全体の協和音の中に遭っても、其々の個が光り輝いても居る姿でもある。それが穢れ無き澄みの天使の歌声として、共鳴し合うのであろう。
 その証拠に、観るが良い、聴くが良い。彼女達の妙なる歌声は、彼女達の口からでは無く、彼女達の頭上から流れている様を・・・

 ケルティック・ウーマンのライブは、壮大な総合芸術の観がする。それはバックの演奏者達は言うに及ばず、古城を思わせる舞台、大きな舞台の背景の中で行われる屋外ステージを埋める観客全てをも入れて、構成される『総合芸術空間』と云って良かろう。曲の中には、耳に馴染んだ幾つものスコットランド民謡も出て来た。

 ライトを浴びて歌う者、弾む様なステップ、スキップでバイオリンを奏で踊る金髪妖精の如きバイオリスト、バックでコーラスを務める者、楽器を奏でる者、指揮を振る者、照明を演出する者、聴衆、古城・・・etcが全て等しく音楽を楽しみ愉しむ<夜の浮かぶ供宴>である。
 古のケルトの地に、ケルトの血が流れ継ぎ、それ等が城に彼女達の肉体に継承されて、一途で清らかな歌声を、ライブに集まった皆が挙(こぞ)って、ケルトの地に捧げる。個は個にして在らず、個は全体を継承して、その源泉たる大地に還す・・・そんな事を感じさせる『供宴』の様である。
 ケルトの悠久の時を現在に現わせて、歌う者、奏でる者、観る者聴く者にケルトの佇まい、息吹き、胴胞観を示す。正に、羨ましい光景ですね。

 働くに齷齪し過ぎて、自らの手で悠久の気分を喪失して、ただただ目前の柵の中に、自己を埋没させるだけの超近視眼の無機質人間に成り下がって居ては、恥ずかしい限りで在りまするぞえ。

 こんな素晴らしいケルティック・ウーマンの存在を教えて下さったのが、吾が浪速のmaso♪大明神様である。有難や有難や。サンキュー、ベロベロ、マッチでありまする。

 終わって外に出ると、河川敷で町会長さんが、草刈り機を一人動かして居る。河川敷に下りて、私も生まれて初めての草刈り機を使わせて貰った次第である。へへへ、こりぁ、結構、面白い物である。

 朝食賄いをして、老母のご機嫌伺いをした後は、PC画面に対する。おぅ、待ち人来るでは無いか!! 早速、連絡を取る。元気な声である。ああ、良かった良かった。


心何処ーショート 昨日は、立秋為り・・・ 
               昨日は、立秋為り・・・(8/8/12)
 暦の上では、昨日が立秋との事であった。そんな事も手伝ってか、夜散歩は、殆ど汗も掻かずに歩いて来た。夜の涼に、虫の声も聞こえた。日中が熱い分、山国信州は<熱し易く冷め易い>の言葉通りに、夜の涼しさが秋並の錯覚に陥って仕舞う物である。

 朝は日が差して呉れば、その暑さで目が覚める。起きれば寝ぼけ心身を覚ますべく、外の空気を吸いに出る。目に付く雑草を摘まみ抜いて、庭を見て昆虫達に朝のご挨拶である。百日紅の白花が、空高く咲き始めている。鬼ユリは、花を殆ど咲かせ終えて、花期の長いカサブランカが草臥れた白を見せている。

 土手の大ケヤキには、キジバトが巣の材料の枯れ小枝を取りに遣って来て居る。その後を追えば、10mほど先の桜の木に巣作りをしている様子である。青空にアルプスが夏色で続いている。純白の入道雲・・・ ほー、今日も暑く成る。

 老母はベットの上で、背を向けて居る。暑い日中備えに、ゆっくりが肝心である。然すれば、吾輩は賄い夫前に掃除・小動物達の世話をすると致そう・・・

 本日8日の水曜日であるから、ガス屋さん、ヤクルトママさんの日であろうから、玄関鳥の籠掃除、水撒き、そうそう、自転車の空気も甘かったから、空気を入れて置くとしようか・・・

 吾が家は食の細い老母相手の食事風景であるから、早や飯喰い男には、丸でスローモー、もどかしきお付き合いである。自室定位置に戻ってアメリカンを飲んで居ると、ガス屋さんの集金である。

 一綴り100頁強の旅行記は、未だ読み終えて無いとの事である。旅行記綴りは、私が長い休みの時に、ぼちぼちワープロ覚えの心算で打ち始めて居た頃の物である。従って、教科書的段落の刷り込みの為に、ボリュームの勝ち過ぎる文章塊の連続であった。加えて法科の硬過ぎる文章に、文塊の頁数であるから、読む方もウンザリして仕舞うのであろう。

 会社では、硬いそれなりの文章を書いて居たから、所謂文章アレルギーは無かったが、旅行記という随筆風のA-4、20頁前後の旅行記は、私にとっては結構な興味のある文作練習であった。多分、30話位は溜まっている筈である。
 羽目外しの年に数回の旅行記は、私には文作習慣の訓練にも為って居た。勤め人であるから、毎日は打てなかったが、文作習慣が慣れの時間的余裕をもたらせ、時事問題への感想文へと発展し、時には短編物へと進ませた。

 子の務め・詮無き事で老母介護に為ってからは、一日のコア部分を持たないと、生活のリズムが出て来なかった。それで思い切って、M氏の助力を得てブログを始めて見たと云う次第なのである。それが毎日更新と云う形で、此処までブログ日誌を続けている次第なのである。まぁ、戯け体力ばかりで無く、それなりの脳味噌体力も在ったと云う事であろうか。ギャハハ!!

 日記など一切付けた事も無く、小説の類も殆ど読ま無かった自分が、ヨモヤこんな風にして、日々、飽きもせずに長駄文のブログ日誌を続けられようとは、夢にも思わなかった次第である。これは、先に逝ったオヤジ、長兄、三兄の後押しかも知れぬ。そう云えば、今朝は、長兄の夢を見て居た。

 当初は、写真掲載もとの<下心>でデジカメなどを購入したのではあるが、上手く挿入出来ずに、『戯け画』の挿入と為った。特に夢奇譚シリーズを始めて見ると、文字ばかりの長駄文であるから、挿絵が如何しても必要と為って来た。そんな事で、絵の楽しみも覚えて来た。

 吾ながら、<継続は力為り>で、初期の幼稚園児の絵が、それなりの絵に成長して居るから、面白い物なのである。何事も『覚えるより、慣れろ』である。従って、この頃は習慣から来る時間短縮で、文作も戯け画も、余り厄介な物には為らなく為って仕舞った次第である。

 人の人生は、何処で如何為るかは、分からない代物である。普通だったら、閉じ籠りロートルに為って仕舞うのが、一般的流れではあろうが、長駄文に戯け画が、他人様との出会い、話の切っ掛けとも為って、何の変哲もない閉じ籠り日々に、今では潤いをもたらせてくれる。

 本日は、夢奇譚・番外編6頁に原寸大のA-4挿し絵を綴じた物が在ったから、貸し出しをする。

 さてさて、外は暑い盛りではあるが、夏野菜、果物の買い出しに行って来ると致そうか。少しは、良く鳴いて呉れるキリギリス達に、新鮮な物を提供しなければ、祟られて仕舞う。

 昼は、トマト、キュウリ、枝豆で私は缶ビールである。まぁ、菜食主義者のキリギリスとて、夏バテせずに居るのであるから、食の細い老母には丁度好かろう。へへへ。

心何処ーショート 小説は作者を現わす???
             小説は、作者を現わす??? (8/7/12)
 昨日の午後は涼しい曇天であったから、昼散歩に出掛けた。川原の葦の中でキリギリスが鳴いて居て、放し甲斐が有ったと言う物である。久し振りの正規コースをと思って出たのではあるが、途中から雨に遭って帰って来た。

 まぁ、そんな事で、YouTubeで見付けた<華麗なる一族>の1/10~10/10までを二日に亘って、観賞して居た次第であった。役者が好いとドラマが生きて動いて来る。久し振りに、見応え充分のドラマであった。北大路欣也さんの重厚さの中の気迫と木村拓哉の若さ純粋さの意志力、原田美枝子の屈辱・忍従と鈴木京香の面当て・自己顕示欲の悪女振りの好対照二点が活き活きと描かれて居て、この二日間、一切退屈さを覚えなかった。

 特に、ライバル父子を演じ切った二人の眼技は、圧巻物であった。<演技=以心伝心=眼技と間合い>の映像空間には、すっかり魅せられた次第である。私は男族の端くれであるから、男の胸中為る物は、台詞以上に眼で伝わって、無意識の感情移入、臨場感の中で彼等を見る事が出来る。お二方とも、役者魂・根性が据わっていると舌を巻いて拝見した処である。

 一方、原田美枝子さんは、・鈴木京香さんの美女二人は、男族為るが故の冷めた観賞で、彼女達二人の演技されている人間像への理解は、甚だしく低い『人間観賞』に終わって仕舞った。これは、お二方の演技力の優劣では無く、感情移入、臨場感が沸き上がって来ないのが、不思議な処にして原因なのである。衣装・化粧・品が、ファション優先の映像の中で、女性の場合には如何しても前面に出て来て終うからなのではあるが・・・ これが男族には、女族は不明の存在として冷淡視して仕舞う所以なのだろう。詰まりは外見重視の映画手法のマイナス側面でもある。

<男はリアルを以って存在感と為し、女は化粧を以って顕示を為す。>の根本的族差異と云うしかあるまい。

 二女優さんは、日本を代表する女優さんである。お二方とも、押しも押されぬ美貌の女優さんである。その雰囲気と役柄のベストマッチは、欣也・拓哉の非凡なる両俳優のベストマッチと遜色の無い好対照を演じ切って居たと言って良かろう。

 原田美枝子さんは、若い頃黒沢明監督の『乱』?『影武者』?で凄まじいばかりの悪女役を演じて、拍手喝采を浴びて居た。

 私も映画館でそれを見た。映画『乱?or影武者?』は、私の中では駄作中の駄作にして、<大いなる駄作>の印象であった。その当時、日本映画界が斜陽の一途を辿り、世界に誇る黒沢映画がスクリーン体現者・三船敏郎と仲違をして、勝新・仲代達也と三船敏郎の代役を求めていたし、世界の黒沢明信望者(スピルバーク・・・etc)の出資で、影武者・乱と云う<雄大な戦国合戦絵巻を連作>させていた時期である。

 物語の骨子、シーンは、西洋人にも通りの好いシェークスピア舞台劇をベースに置いていた。如何にもスポンサー受けするハリウッド仕立てのとの直感がして、私としては、重い気持ちの・・・如何にも後味の悪い映画だったと記憶して居る次第である。

 へへへ、世界の大監督様には、甚だ非礼失礼の段ではあるが、私の様な日本しか知らない田舎者には、日本の戦国時代を舞台に、シェークスピアの舞台劇を撮っただけと云う『違和感満載の映画』としか感じ様が無かったのではあるが・・・

 只、私がうなったのは、甲冑武士団のスケール満載の<軍馬一体の疾走シーン>であった。ジョン・フォード監督の不朽の名作・駅馬車のインディアンとのアクションシーンを、疾走する駅馬車の馬の疾走シーンで現わした活劇シーンが、あの映画のハイライト・シーンであった。私の中では、それを超した戦闘シーンの圧巻絵巻が印象に残る映画でしか無かったのだが・・・

 脱線はこの位にして話を戻すと、原田美枝子さんは、その時の圧倒的演技力?が、彼女そのものの存在感にまで浸透して仕舞って、私は、その時の悪印象から、殆どその延長線で見て仕舞って居た。彼女が出て来ると、<この女は信用出来ない。誰がそんな女の言う事なんかを、信ずるものか。見え透いた下心。パスパス!!>と反射的に拒絶反応が生じて、長らく敬遠して居た次第である。←へへへ、私は、正に度し難い単細胞人間なのである。

 一方の鈴木京香さんは、<君の名は>ですっかり、その美貌に呑めり込んで、長らくの信望者と為って居たのだが・・・
 それが、この長丁場のテレビドラマでは、悪女中の悪女を、実に存在感たっぷりに、嫌な女を演技切って居たのであるから、物凄い物であった。
 <この糞女~。こんな女は、張っ倒して、即蹴り出せ。皆が出来無いんだったら、俺にその役を遣らせてくれ!!>ってな憎悪感剥き出しの観賞だったのだが。

 それがこの長丁場ドラマの一方の味付けを、見事に果たして呉れて居たのであるから、ドラマとは、キャスティングでこうも違って来る処が、実に面白い処なのである。イッヒッヒ!!

 嘗ての悪女原田美枝子さんは、屈辱・忍従の哀しい女・母親を、嘗ての薄倖のヒロイン鈴木京香さんは、見るも憎々しく薄情・自己顕示欲の女を演じ切る。これはこれで、良かったのではあるが・・・

 この原作者はご存知、山崎豊子女史である。女史は<ぼんち、白い巨塔、不毛地帯、大地の子>と云った大ベストセラー作家さんである。ゴシップ記事では、兎に角、盗作問題が、数多く取り沙汰されて居た女流作家さんでもある。

 私は小説を殆ど読まない男である。然しながら、映画・ドラマ好きであるから、これらの物は、映画・ドラマで観賞させて頂いて居る次第である。

 私の感想としては、女流作家さんなのに、何故か??? このように論理的分析、男の心情に対して、此処まで見事に<描き斬る>事が出来るのか? それに引き換え、何故を以って、女の心情を描き斬るのに、迫力と奥行きが無いのか・・・それが、不思議で堪らない感想を抱いて仕舞う処でもある。

 そんな事で、私の悪い癖が出て終い、この作者の分身たる登場人物は、必ず何処かに出て居る筈である。女優さん達の姿を追えば、そこに姿を現して居るのが、鈴木京香さんの演じる人物像らしい。

 最後の顛末はストーリーの流れから推測されて来る処ではあるが、さてさて、有能な秘書・愛人・則天武后振りの悪女の顛末を、この女流作家は如何描くのだろうかと、そちらの方に興味を膨らませて居た次第である。

 おやおや、女流作家さんは、自分の分身?高須相子をスッパリと<事務的に斬り捨て>てしまいましたがね。おお、怖い。薄情なりや・・・

 私の様な単純な男族のドラマ観賞者からすると、流行作家女史の同類女族に対する『描き斬り』は、如何にも腑に落ち難い内面の浅さ・軽さ模様にしか映らなかった次第である。若しかしたら、この流行作家と盗作問題の多発振りは、何処かで繋がって居るんでしょうかね。

 こんな、二日に亘って見続けた長丁場のTVドラマを振り返りながらの中指打ちを終えて、私は下記の映画・ドラマの残像を頭の引き出しから、出そうとしている次第である。

 ぼんち=市川雷蔵・若尾文子、白い巨塔=田宮次郎・山本陽子 不毛地帯=仲代達也・八千草薫 大地の子=川上隆也・朱旭

           ふぅ~、今日も、暑く成って参りましたわね。


心何処ーショート 恵みの雨為り。
                  恵みの雨為り。(8/6/12)
 昨夜は雷鳴から激しい雨が一時降って止み、後は静かな雨が続いている。そんな事で、寝相良く眠れた。本日は歯医者である。

 連日の夕刻散水は、ご近所さんとの水遣り時の顔合わせである。皆さん後期老齢者であるから、昼間は打ち揃って猛暑・熱暑に撃ち死にして居るのが<見えぬ実態>なのであろう。夕刻に差し掛かると、先ずは東向かいの老夫婦さんが散水の口火を切り、続いて西向かいさん、そして私、斜向かい吟さんが、通りを隔てて散水に出て来るのである。

 別段言う事が無いから、専ら猛暑バテの愚痴零しが、ご挨拶に為って居た次第である。

 雨雲は空に発生するにはするのだが、何しろ連日に次ぐ連日の猛暑、熱暑の太陽に焙られて、雲に溜まった水蒸気も呆気無く、空中蒸発の憂き目に為って仕舞うのだろう。まぁ、そんな落胆で毎日、汗だく、且つ娑婆料の藪蚊の餌食に成って、ロートル連中は散水をしていたのである。

 水と植物の関係は、一目瞭然の関係である。水遣りを施して遣ると、朝には青々と蘇って、午前中位までは持つのである。午後からはクターと炎天下に萎れ立ちを晒して、キリギリス、ミンミンゼミの猛暑の撹拌の中にバテバテして居るのが、実態なのではあるが・・・

 そんな中で、乾燥に強い灼熱・日中の花・マツバボタンの群生は、拍手物なのである。そんな事で、家庭菜園初年兵の私としては、『半分意地』のせっせと毎日水遣りをしている次第なのである。
 老母の花・カサブランカ、鬼ユリ、部屋の前のサツキも、外に出られない部屋からの庭眺めの為に、欠かせない水遣り重点個所なのである。それに二畳小部屋からの眺めの為に、是非とも確保して置きたい緑の繁りとカサブランカの白と鬼ユリのオレンジ色の庭見雰囲気でもあるからして、私は<夕刻の蟻>に徹して居る次第なのである。・・・へへへにして、とほほ。

 ほぼ夜通しで降って呉れた雨量は、これぞ天の恵みである。人為の水遣りとは、効果が断然に違う。地面に分け隔てなく潤いと地下浸透を施して呉れるのであるから、新お努めの部分的人為散水と平等の天与降雨とは、御利益のスケールが全く違うのである。

 四畳半雑木の日陰に残ったガクアジサイの青の花色も息を吹き返して、同じく日蔭の小さな鬼ユリ蕾も、雨の滴に潤っている。

 さて、歯医者であるから、寝て居る老母には悪いが、早目の朝食と致そうか。

 朝のご機嫌伺いをして、自転車で歯医者に行く。僅かばかりの空に、太陽のお出ましである。本日は、混で居る。待合室のテレビを見て居ると、自称日本一の祈祷師が、わいせつ行為で、フリチン男の逮捕と続く。いやはや、午前中から、笑わせて呉れる物である。

 私も、そんな個人的願望はアルプスの峰々ほど、大きく高く多数を持っているのではあるが、何しろ、人見知りの小心者であるからして、その勇気が無いまでの事なのである。

 人の内面願望は、精々が『妄想』に繋がるだけの事にしか過ぎないが、常識・自制心を逸脱して仕舞えば、一度しめた味は、彼等にとっては何にも替え難い『隠微の趣味』と為って仕舞うのだろう。斯様に精神性のタガ外れは、由々しき方向に一直線のベクトル(矢印)を習慣化して仕舞うのであろう。ギャハハ~。

 同類為れど、この馬鹿垂~、刑務所で娑婆の自由の有り難さを修行して来るべしである。

 歯内部の治療が終わって、次回は型取りとの事である。治療室から戻ると、夏休みで子供達が母親に伴われて据わっている。そんな光景を見ると、自分の小学生字を思い出す。夏休みと歯医者通いは、昔も今も変わらない光景である。順調に行けば、後二回の歯医者通いである。

 自転車のペダルを漕ぐ。吾が家の白花は未だではあるが、百日紅の紅花が咲き始めている。本日も、暑く成り始めている。おやおや、放したキリギリスの声が、こんな所にも聞こえて居る。一生懸命、鳴くべしである。

 家に入る前に、一通り家周りのマツバボタンの花々を、愛でてから家に入る。水量を確保した川音が聞こえて居る。セミも鳴き始めた。さてさて、小動物の執事役を致しまするかな。

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