旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 番から男子高OB会トーク為り。
          番から男子高OB会トーク為り。(6/30/12)
 もう一か所ジャッキアップしなければ為るまい・・・ コーヒースタバの後に、床下潜りをするべしである。それにしても、雑草が生えるものである。帽子を被って、家周りの花壇もどきの雑草をポツリポツリと抜いて、Tの車を待つ。急に暑くなった物である。

 Tは短パン姿である。アイスコーヒーを注文して、二階席に陣取る。TのPCは不調との事である。如何やら、私の正体は『変態男』との事で、それが定着して終っているらしい。まぁ、私は正常と云うTの性行為を覗き見した事が無いから、私が変態なのか? Tがアブノーマルなのか?は、現実の比較思考が出来無いのである。従って、滅多な事は口にしては為らないと云う<私の常識を持ち合せている>だけの事である。ニャロメ~。

 それにしても、暑くなると、若い女性は短い物を身に纏って、目の遣り処に困って仕舞う物である。今時のスカートは、言って見ればスカートに在らずして、単なる<パンツ隠し>と呼ぶべき物である。つい股ぐらに視線を流せば、小娘の睨み返しであるから、熱中症にも為らぁね。どっちが、本当のスケベか分かりぁせんわね。イッヒッヒ!!

 馬鹿話のアイドリングを吹かして居ると、おやおや、ご舎弟さんのご登場である。

 陣頭指揮を取って仕事をして居たが、余りの社員の出来の悪さにカア~と来て、スコップを放り投げて、<怒りの退場>をして来たとの事である。馬鹿相手に、仕事なんかしてられないと嘆き節である。へへへ。

 昨夜の特報首都圏で、私の好きな内橋克人先生が、高齢化新時代に就いて、女優の竹下景子さん、団塊世代の女性NPO関係者と出演されて居た。司会役の若いアナウンサーの言葉に、ビックリ仰天であった。そんな事で、こりぁ、駄目だとチャンネルを替えた次第である。

 NPO所属の若い女性介護士が、80代の男性の貝の様に、閉じ籠って仕舞った心を解きほぐそうと親身になって、<心のケア>に乗り出したと云う。その老人は、癌を患って居て、元気が無かったと云う。何か元気付けようと、仲間で話し合って新年会をする事にしたそうな。

 老人は有難うと云って、手を握り締めてお礼を皆にして、その後暫くして、あの世に行かれたとの事である。癌末期ではあったが、自分の孫達の年齢の若者が、自分を勇気付け様と新年会の企画を作って呉れた事に感謝して、新年会を目標に頑張ったと云う。ほのぼのとした良い話である。

 この話に司会役のアナウンサーは、こんな事を言った。自分達でお金を出して、仕事なら給料も、休日なら休日出勤にも為る。全てが持ち出し。・・・

 これが<当世若者気質>と云う物なのであろう。独居老人、無縁仏、墓友、無差別通り魔殺人、インサイダー取引、政治、組織のトップの公私混同、言い逃れの時代に為るのも、当然の帰結と為ろう。その癖、当世流行り言葉の<絆>を口に出して居るのであるから、笑止千万の実態なのである。
 当然、膨大な撮影とシナリオ、編集があっての<特報首都圏番組>である筈であろう。これが、多感な時代に、二目も三目も置いて居た良心・紳士の天下のNHKさんのご感想なのだろうか。

 むべ為るかな・・・言葉が表層だけを飛び交い、言葉の意味が薄れて、音とトーンに成り下がって行く時代である。

 報道が高齢者問題だと、視聴者の割合も、高齢者が大いに違いあるまい。人間とは可笑しな生き物で、高齢者問題を扱うには、それ相応の年齢者で無いと、御利益が感じられて来ない仕組みに為っている。人生経験の乏しい若造が、何を言うかなんて、感情的にも為って仕舞うのが、人間社会には大にして在るものである。これは、大きな意味では説得力の範疇に入るものである。

 見て、感じて、聞いて、考えて、判断を構築して行くと云う過程からすれば、真に怖い側面である。へへへ。

 最新?の現象面を捉えて、超高齢化新時代と名を打って、現象面だけを垂れ流しにして居る様は、<呆れ果てた病める現代>としか形容出来ない。素人サッカーじゃあるまいし、玉が飛んで来た方向に群がって終っては、試合には為るまい。ボールの動きに右往左往の翻弄で在っては、途中で全員がヘタり込むだけである。

      司令塔には、精神性が不可欠の誘導力では無いんでしょうかね。

 高齢化社会、歳老いた親を子が面倒を看るのが、当然の暮らしと云う<戻れば良い>のである。自助、共助、公助などと云った抽象語、分類にシステムを構築する前に、普通に戻れば良いだけの事である。
『絆の元』は、金銭経済よりも精神的側面での支え合いに、端を発して居るものでしょうに。ヤレ、不景気、デフレ、国家予算などと、全てを金銭換算して、額と割合で、マクロ、マクロに論を展開して行くだけではないか。とどの詰まりが費用対効果の経済効率に答えを求め過ぎるから、変な形に為るんじゃないでしょうかね。

 歴史好き日本人が、お江戸の太平期の270年余りに、そんなに目覚ましい右肩上がりの高度成長期が在ったんでしょうかね。当然にその時代は鎖国時代でしたから、日本が輸出立国なんて事は無かったでしょうに。国内生産と云えば汗水垂らして、開墾して栽培物の差別化で、精々が特産市場での競い合いだけでしょう。それで、お江戸の庶民文化は、大発展を遂げて、日本版儒教・朱子学が発展して、精神文化も世界に類を見ない処までに発展させて来たんじゃなかったですかね。

 聖徳太子さんの頃には、遣隋使・遣唐使で仏教も伝わり、漢字も入って来た。色んな技能・技術を持った渡来人も遣って来た。国際化の時代だったでしょうが、それでも平安の時代には体制からすると国を閉じて、言って見れば鎖国状態だったんじゃないでしょうかね。

 仮名、カタカナが発明されて、国風文化が盛んに為ったんじゃ無かったですかね。漢字も仏教も、日本風に変わって行ったんでしょうに。長い時間を掛けて日本風にアレンジされたから、違和感無くそれ等が伝統として、現在でも日常の中に普通の形として息付いて居るんでしょうに。

 ご維新、文明開化、産業復興、富国強兵の世界史デビューだって、お江戸の庶民文化の隆盛があったればこその、日本人・日本システムの裾野の広さが、その原動力に為って居たんでしょうが。敗戦後の日本は奇跡の高度成長を遂げて、一時のジャパン・アズ・ナンバーワンの勢いが短命に終わって仕舞ったのは、精神性の崩壊が在った所為じゃないんですかね。やれ、国家ビジョン、外交、戦略、・・・etcなんて、偉そうな言葉が躍るだけで、その中身は菅直人の国家戦略室ってな<幼稚なパフォーマンス物>である。

  現象、現象を捉えて、然も新しいなんて、錯覚、吹き込みは止しましょうよ。

 へへへ、長々とこんな話をしてしまった。まぁ、これも番から男子高のOBトークの一コマであるから、許されよ。

 さぁてと、明日は昼から、ボラカイ反省会の助平話宴会である。帰って、床下作業を遣って置きましょうかね。変態男が、独り床下作業では、お医者様ゴッコも出来やしませんがね。真面目な肉体労働者をとっ捉まえて、変態男は無かんべや
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心何処・・・イラスト、これも、お仕事。
               これも。お仕事。
               これも、お仕事。_001

 今夜は、蒸しますね。河川敷に下りて、蛍の遊飛行を見て来ました。本日は、働きましたから、文字ブログだけでは、疲労の帳尻が合いませんから、幼稚絵を描く事にしました。軟体動物のタコと云う訳にも行かず、大変でした。相も変わらず、下手な絵ですが、絵と文章で、笑って下さい。嗚呼~、疲れた~!!

心何処ーショート 本日の計画完了?
                本日の計画完了?(6/29/12)
 物干には、布団も干し、タオルケット、敷き布は洗濯機の中で回って居る。老母へのご機嫌伺いも十分出来た事でもあるし、風呂が沸いたから、先に入って貰う。さて、本日のメーン・エベント!! 正午を待たずして、床下作業に取り掛かる。

 床下に道具、部材をホフク前進で持ち込んで、懐中電灯を付ける。玄関廊下の部屋側が下がって仕舞ったから、六畳、八畳の柱を4本ジャッキ上げするのである。玄関廊下の傾きに長い水平器を当てて、凡その傾き加減を測ってインプットして、柱の土台に下駄を履かせるのである。柱の前後に、A、B二台の油圧ジャッキをセットして、A、Bを交互に均衡を図りながら、ジャッキアップして行くのである。

 負荷が掛って来て、ミシミシと家の造作が軋む音を聞くのは、気持ちの良い物では無い。私は短気ではあるが、根っからの小心者である。

<貧民ロートル、工事費を捻出できずに、老朽家屋崩壊の下敷きで落命する・・・> そんな社会三面記事のテロップが、頭を過るのである。

 ジャッキ・アップが出来ると、床下から這い出て、廊下の上がり具合を目と歩行足裏で確認して、微調整で床下へ。再度、そんな作業をして、弟から貰って来た鋼材を入れてジャッキ・ダウンをさせて一本終了。ホフク前進で埃をモウモウと立ち上げて、次の柱に移る。乾き切った床下のバラスを軍手で穿って、ジャッキ台のバタ角を入れて、ジャッキをセットする。ジャッキの突出部分には厚い鋼材を当てて、ジャッキ圧力の分散を考えてのジャッキアップ作業である。

 三本遣った処で、老母さんがカップラーメンの支度をして呉れた。そそくさと食べて、作業開始である。根が仕事嫌いの四男坊である。休憩して仕舞うと、後が嫌になるだけである。
 素人としては、上々である。要領も分かって来て、四本目に取り掛かる。同様の手順でジャッキ・アップ→確認→下駄履かせ→ジャッキ・ダウンをする。使い残した物は、床下に適宜纏めて置いておく事にする。

 何しろ、親分無しの子分無しの仕事であるから、ダブり作業の愚は、以ての外である。ジャッキ類などの道具を、掘り炬燵の正方形の出入口から出して、埃とゴミだらけの完了である。

 これまた、此処で休憩などしたら、後が嫌になる。吾が身には、自己愛の鞭入れをするしかないのである。デカイ声じゃ言えませんが、こんな事で弱音を吐いたらロシアン・アマゾネス軍団の<赤柄の睾丸鞭>なんて事にも為って仕舞いまするがな。とほほ。

 掃除をして、道具を片付けて、晴れての一服が、男の道である。おやおや、洗濯機を回して居たのであったが、老母様は、黙って後を引き継いで、物干に干して在るではないか。

 有り難い、忝(かたじけな)い。仕事、行動のお師匠様は、振り返れば、吾が母親であったのである。

 黙々と、段取り良く、ひたすらに目前の作業をこなす。遣り始めたら、最後の片付けまでして、掃除をする。後は、全くの自由時間である。仕事が嫌いなら、如何したら、無駄なくソツ無く効率的に仕事が出来るかを考えて遣る。

 私は、子供の時から、そんな母の手で育てられて居る。子供心にも、頭の良い女だと母の事を、二目も三目も置いて来た物である。

<風呂に入って、さっぱりしろ。>とは言われるが・・・ へへへ、俺ぁ、ロートルおっさんだわね。風呂に入る体力も使い果たしちまったいな。休憩方々、本日のブログ打ちを、遣って息を整えてから入りまするがな。

「仕事が嫌いな、ナマクラ者とばかり思って居たけど、本当に良く働く物だ。感心する。人間が丸く為って来た。大した者だ。」

「そうかい、そりぁ、婆さん。観察が浅はかだったいな。昔から、<能ある鷹は、爪を隠す>って云うだろう。俺から見りぁ、婆さんは、俺より数段格下だぜや。ギャハハ~。」

 さてさて、無事、本日日記も打ち進んだ事でもあるし、ゆっくり風呂に浸かって、身綺麗にして置きまするかな。重い腰を上げれば、人間と云う物は結構遣れる物である。へへへ。


心何処ーショート アジァジァ、もう、8時半である。
           アジァジァ、もう、8時半である。(6/28/12)
 アジャジァ~、もう、8時半である。松本城西口の医者まで、結石の内服薬を貰いに行って来て、その帰りにホームセンターに寄り、金尺と大きな水平器を買って来る。

 家に戻ると、ケアマネのHさんが、老母の部屋で楽しそうに談笑して居る。へへへ、婆さんのケアが終わったら、今度は私がケアして貰わないと、ロートル賄い夫介護は持たないのである。

 手作り野苺ジャムを鼻薬に、男部屋を大慌てで掃除をして、お越し頂く。ケアマネさんは、気兼ね無く大笑いして下されから、話の通りが頗(すこぶ)る良い。私も95の糞婆ぁを相手に、お笑いするよりも、私より遥かに年下の屈託のないオバさん女性と、馬鹿話をして居た方が楽しいに決まって居るのである。ウッシッシ~~。

 次に回ると言って、老母の部屋に挨拶に行くケアマネさんが、老母に言われて縁先のサンダルを履いて庭に下りる。団扇サボテンの黄花の群生に、凄いの声を張り上げて居られる。<Rさん、柿の木に、アメシロが一杯ですよ。高級和菓子・吊るし柿の敵ですよ。>なんて、ご指摘を受けて、お車をお見送りの後は、ヨッコラショと脚立を立てて、アメシロの枝を折って、庭で早速の火刑に処した次第である。

 食パンに酸っぱいが、香りと深紅色鮮やかな自家製野苺ジャムをたっぷり乗せて、昼食後は床下に潜り込んで、ジャッキ上げをする算段をする。

 やいやい、入れるかいな??? 身体をクネクネ、モゾモゾ、くねらせて、漸くの床下入りである。それでも、昔の家であるから、床下のタッパがあるから、潜って仕舞えば、かなり自由が利く。懐中電灯2個で、先ずは徐(おもむろ)に観察である。

 掘り炬燵の狭い穴から、メタボのクマ男が遣る事が無いから、汚れお仕事挑戦の段である。ジャッキを咬ますが・・・ウンともスンとも行かない。

 はい、こりぁ~、駄目だ。明日に向けて、床下お仕事の道具、材料を、床下に敷いたゴザの上に並べて置く。こうして置けば、親分無しの子分無しの吾が身は、遣らざるを得ないのである。これを称して、<背水の陣>or『囲い込み』と云うのである。・・・とほほ。

 弟に電話をして、油圧ジャッキを貸してくれと頼む。どうせであるから、兄弟話もしたいから帰社時間を聞く。4時半頃なら、会社に戻れるとの事である。それならば、途中でD2に寄って、何かジャキに適した支え部品でも買って行けば、丁度好い時間と為るだろうと思い、車を走らせる。

    あれあれ、予定して居たD2は閉店して、ツルヤに変わって居た。
 まあ、止む無しである。餅は餅屋である。会社で、代用出来る物を見繕って貰う事にしよう。

 現場が近かったと云う弟は、意外と早く戻って来た。斯く斯く云々と云うと、道具を揃えて呉れた。<ボチボチ遣って居れば、その内に、見に行って遣るから、安心しな。>との事である。

 手土産に、壬生義士伝の感想文の抜粋纏めとブログ兄弟話、ボラカイ旅行記の製本冊子を持って来たから、プレゼントする。<これは、俺だけの分だな。他に回す必要は無いな。へへへ。>と早速、自分の高級車に入れて仕舞った。

 ボラカイ旅行反省会は、済んだ物とばかり思っていたが、今度の日曜日の昼に、蕎麦を啜りながらするから、迎えに行くとの事である。そんな話をクーラーの効いた応接間でして居ると、仕事の打ち合わせにフィリピン通氏のSちゃんが、でっぷりした太鼓腹で遣って来た。

「兄さん、写真一杯あるぜね。旅行記は完成してるズライね。イッヒッヒ!!」
「あいあい、旅行記の冒頭は、Sちゃんの別梱包から始まるぜ。期待して、笑っておくれや。」
「ええ~、俺が最初かい。やあやあ、そりぁ又、光栄な事ってぇ。あれだね、カカァには、絶対見せられ無ぇね。まあ、兄さんも、ヒョウキンで困っちゃうじゃんかい。じっくり味わって読ませて貰うぜね。ヒヒヒ。」

 へへへ、助平話に脂が乗る前に、現役さん達は、忙しい。何本も電話が来て、お暇の段であった。

 大工の使うジャッキタイプの支え部品があるから、ホームセンターで探して行けば良いとの事である。その店を教えて貰う。大分時間を掛けて探したが見付からず、スタッフに聞いたが、無いと云う。今度は車のジャッキコーナーで代用品を探し、それを買う。

 さてさて、家庭菜園に水遣りをして、晩飯の賄い夫。一応、道具は揃った。へへへ、明日が本番である。


心何処ーショート 暑い昼下がり
                 暑い昼下がり(6/27/12)
 風が無いと、ムッとする暑さである。暑くなると、途端に蒸発量も多く為って、水槽の水が悪くなる。フィルターの汚れを何度も何度も水洗いする。大体、水槽の水温が生温いのであるから、これとても直ぐ汚れて終う。ついでであるから、掃除と風呂掃除でもして置くか・・・

 午後の日差しが窓辺の雑木の葉の照り返しで、風が止むとムッとスキンヘッドの辺りに靄って来るのであるから、遣り切れ無い。

          歯医者への時間を見ながらのPC叩きである。

 こんな時に元気なのが、マツバボタンである。赤・白・黄・ピンクと色とりどりにして、一重・八重である。四畳半から顔出して見れば、漸くガクアジサイにも一つ二つ花が出始めている。放り出された河川敷のサツキは、水を得た魚の様に息を吹き返してピンクの花と、吹き返しの黄緑の葉をワンサカ、セッセと一杯茂らせている。

 こんな小さな植物達の姿を見て居ると、生命力の強さには、物言わぬ分驚かされる。吾が暮らしは、閉じ籠り散歩だけの毎日で、ただインターネットのブログだけで世間様と辛うじて繋がっている日々である。対象が少い分、時間を掛ける事が出来る。

 先日の<東洋の復権を求めて・・・>の東洋運命学教室を主宰して居られるcosmosさんが、教えて下さった<楽を求めて易きに走った旧人ネアンデルタール人の絶滅>なんかを思う時、遺憾いかん・・・何しろ東洋人であるから、歴史は繰り返すと云う森羅万象の理をツイツイ、念仏の様に頭の中で唱えて終うものである。

 老母はベットの上である。静かな中で玄関鳥が、ブンチャカ、ピィーピィーと囀り、川向うの中学校のチャイムが流れて来る。気が付けば、青空は後退して薄雲に覆われて来た。涼しい風が窓から入って来る。

 些か綺麗になって来た水槽では、カワニナが側面に貼り付き、形ばかりがでかく為った流金が、ぷっくりと膨れた腹周りの種のヒレをユラユラさせて、<お前さん、もう、そろそろ歯医者だろう>と、まん丸の目とパクパクした大口で、此方を見て居る。

 へへへ、餌が欲しいのであろう。生意気なヤツである。さてさて、重い腰を上げると致そうか・・・


心何処ーショート 総べからず、動くが肝心???
          総べからず、動くが肝心???(6/26/12)
 ふー、久し振りに昼寝をした。朝は真面目に水遣りをして、懸案の下がって終った塚石の土台をジャッキで二か所直したので、疲れてしまった。一個所を直したら、長柄の草掻きで廊下への上がり石に腰掛けて、ノロノロと草掻きをして居る老母に、洗面所の所も下がって居るから直してくれとの事である。

 塚石が無いでは無いか・・・庭を探して、漸く代わりと為る石を見付けて、塚石に据える。さてさて、これは大事である。ジャッキで上げて、木端を挟む訳には行かぬ。

 縁の下から古柱を引っ張り出して、太陽カンカン・・・ スケールで寸法を測って1050+5mmでギィーコ、ギィーコと手ノコで切る。

 これを当てがうとして、『何処』にジャッキを当てるべや。狭過ぎるじゃ御座んせんか・・・ サイでゴザンすか。斜に咬ますとして、寸足らず下駄履かせに、再びギィーコ、ギィーコ。

 さぁて、準備オーライ。いやはや、車用のジャッキであるから、負荷が掛かって来ると、回すのがキツイ。未だ上げなきゃ為らんか・・・ 

 ニャロ~、コナ糞~~、バシッ。

 ありぁ~、外れてしまった。はいはい、振り出しに戻って、仕切り直し。太陽カンカン。

 同じ過ちを繰り返したら、馬鹿の上塗りである。コナ糞~~、如何じゃい、如何じゃい。

 アジャジャ、支柱は斜めでヤンすがな。トンカチでぶっ叩くが、改善せず。プラス5mmが裏目に出てしまった。まぁ、自然沈下を待って、良しとするか・・・とほほ。

 そんな事で、昼飯を食べた後は、テレビの国会採決を見ながら、うつらうつらの大鼾と為って終った。本日は暑い。昨日の民主党党内説得大会に於けるドジョウさんの<街頭演説の凄さ>には、心より、心より、心より面喰ってしまった。あの生徒会劇の様な剣幕が、ドジョウさんが言う処の<不退転、政治生命を掛ける>意気込みの現れなのだろうか。ありぁ、一国の総理の言ではありますまいに。一国の総理ならば、身内の引き締めには、権力の凄みと脅しの方が、効果覿面でしょうに。

 夕方に水遣りをした後は、散歩に行くべしである。昨日の正規長散歩コースを消化した方が、体調は良い様である。病い案じて萎えるより、動くが肝心???

 水遣りを終えて、正規ルートに踏み出す。H橋を過ぎて歩いていると、白い軽トラが止まった。

「ダンナ、良く働くじゃん。」
「あいあい、俺ぁ土地持ちじゃねぇから、自然薯も植えれ無ぇから、ぼっちら、ぼっちら歩くしか無ぇだいね。つくづくと貧乏人は嫌だいね~。イヒヒ。」
「オオ、流石インテリだ。巧ぇ事、言うじゃん。自然薯も7年も連作すると、芋がいじけて来ちゃって、駄目だな。人間も芋も素直が一番さな。それで、今年は豆捲いたんさ。」
「やっぱり、今年は芋のツルが無いんで、連作障害かなって、見てたんだわ。」
 
 当年72歳のお人は、顔艶も好いし、顔に皺も無い。兎に角、開け広げで善人中の善人、その物のお人である。その家の前の小さな湧き水のセンゲには、スイカの皮などが入れて在って、カワニナが一杯集って居る。ホタルの為に、カワニナを飼って居るのである。敗戦・農地解放さえ無ければ、お大尽様の御当主様である。

「俺ぁ、日本蜜蜂も飼って居るぜ。今度、家に寄れっちゃ。家はあそこだぜな、分かってるずら。」
「そりぁ、アリガトざんす。」

 山の斜面には、何箱かの木箱が置いてある。善人さんとの立ち話は、真に気分の好い物である。此処は、夢奇譚・戦国初頭にての舞台、早落ち城祉の真下である。

 田んぼの中の広い農道を行くと、水の取り入れ口に、何か黒い物が浮いて居る。魚にしては、シャープさとスマートさに欠ける。オタマジャクシにしたら、でか過ぎる。立ち止まって、アスファルト道をバンと踏むと、そいつらは水の中に消えた。田んぼの中を良く見て行くと、そいつらの正体が分かった。イモリ達であった。

 為るほど、二年ほど前の梅雨の時期、早朝散歩でイモリを拾った事が有った。へへへ、この辺りは、イモリの生息地で在ったか。山の迫ったこの辺りの田園地帯にまで足を延ばすと、こんな昔懐かしい動物達との遭遇が叶うのであるから、嬉しい物である。

 さてさて、大分暗く為って来た。真面目にテクテク歩きをして帰るべし。本日は、奇妙な事にコウモリがまだ出て来て居ない。家に着くまでの間に、ホタルが見えるかな・・・


心何処ーショート 老境には、何が見える? 
            老境には、何が見える?(6/25/12)
 風呂に入った後は、ラジオを聞きながら、昼寝をしようと思っていたのである。歯医者、結石で、実の処、気分が萎えて居て、散歩は極々近場で誤魔化していた。

 午後は、好い具合に曇って来た。晩飯前に、久し振りに正規長散歩コースを復活すべしと考えた。首タオルをして、水筒代わりのペットボトルをポケットに歩き始める。折り返し点のH橋に着いて、川を見ると若い男が胴長を着て、ルアーフィッシングをしている。小休止方々、橋の上から眺めるが、一投するだけで場所を変えて行く。如何やら、釣れ無いらしい。それにしても、根気の無い釣り方である。

 既に一時間を歩いて居る。余り汗を掻かない様に、スローペースの歩調である。後は下り勾配である。山際の曲がりくねった小道を行く。青々と茂った山の木々の間を見ながらの田園風景を眺めて歩く。

 カサリの葉の揺れに眼を止めれば、キリギリスかイナゴの黄緑の少年、少女君が一匹である。おやおや、今度は色の濃いタテハチョウさんである。道端の雑草も、大きな草叢と為って居る。早くも、虫の声がして居る。矢張り、昼散歩はこの辺りまで来ないと、堪能しない物である。

 腹が空いたら、カップラーメンでも食べて呉れと、老母には置いて来た処である。

 飯が中途半端である。残りのカレーがあるから、帰りにパン屋に寄るか、個人スーパーに寄ってウドンでも買って行くか・・・ こんな事を考えなければ為らないのは、正直云って仕事とは云え、阿保らしく思えて来る時もある。まぁ、これは腹に厄介な物を抱えて終った<メランコリーの為せる処>でもある。へへへ・・・

 地物の細長い茹筍があったから、これも季節の味である。老母が喜ぶだろう。野菜、トマト、魚を買って帰ろうとすると、一人暮らしのご近所の小母さんが椅子に腰掛けて居る。小母さんは、美人さんではあったが、80を超えると見るからに老境に入って、一人暮らしが侘びしく見える。

「小母さん、一緒に帰ろうか。」
「うん、でももう少し、休んでから帰るよ。」
「ああ、好いよ。待つよ。何か話そうか。」

「兄さんは、優しいね。」レジの先輩が言う。
「優しくは無いせ。ただ、暇してるだけだわね。ハハハ。」

 小母さんは、下のスーパーでは買い物をせずに、此処を専ら利用するのだと云う。洒落たリュックを背負って、此処で休憩して話をして帰るのだと云う。此処の店は昔ながらの店だから、ゆっくり話が出来て有り難い店なのだと云う。リュックは重そうである。持って遣ろうかと云うと、大丈夫と云う。梅を漬けるのに、梅を買ったと云う。

 ハハハ、昔の小母さん達は他人に頼らず、矍鑠として居る処が実に好い。子供の頃は、家が近かったから、小母さんの二人の男の子が、良く家に遊びに来たものである。

 小母さんの歩調に合わせて、話をしながら帰って来る。隙の無い、見方に依っては、少々お高く止まっている印象も無いではないが・・・へへへ、そんな処が、吾が老母と雰囲気が似ているのである。

 話して見れば、話題にストレートに、はっきり自分を言うだけの<男ぽい性格>なのである。去年辺りから、それまで時間通りに散歩していた姿は無く為り、春秋の天気の良い時は、土手の階段に腰掛けてポツネンとアルプスを眺めて居たり、夏に為ると夕涼みに、一人で土手の階段の所に遣って来る姿が見える。小母さんは、82に成ったと云う。

「人を殺して置いて、死刑にも為らない。人を殺したら、余程の事が無い限り、死刑は当然でしょう。何の恨みも無い他人様を無差別で殺して、平気で居られる神経の世の中は、完全に狂っている。結婚が面白く無い、好きな相手が出来たで、簡単にホイホイ離婚する。聞いて居れば、開き直りの身勝手主張じゃないのさ。自分の子を虐待、捨てる。殺す。人間のする事じゃ無いね。丸で人間の辛抱が足りないね。辛抱し無くちゃ、人間は完成しないよ。

 テレビ見ても、新聞読んでも、政治家の言葉の軽さ。へらへら笑って、気持ちが悪いよ。衣装ばっかり替えて、あれでも大臣かね。国民・庶民の代表が聞いて、呆れちゃうよね。あれじゃ、頭の中が違い過ぎる。節度って物を知らないのかね。全く。身嗜みとお色直しの区別が付かない。国会は幾らテレビ中継があると言っても、結婚式場とは違うでしょ。そんなに無駄に使うお金があったら、寄付をしなさいって言いたいわ。

 戦争を体験して、戦後をただただ夢中で生きて来た。貧しさから豊かな時代に成って、何時の間にか狂って終った時代。四方や、こんな時代を見ようとは思っても見なかった。精々70位で、死ねると思って居たんだけどね。

 Rちゃんと話してると、何か、言わなくても良い事まで、世間様に文句を言っちゃったわね。これって、年寄りの冷や水ね。あはは。じぁね。ありがとう。」

 お説、ご尤も・・・へへへ、何やら、小母さんは女鶴田浩二氏の<傷だらけの人生>の譜を、語って呉れてた様なものである。吾が老母も、長い一人暮らしで、同じ様な事をして、思って居たのだろう。<へへへ。小母さん、隙を見せないのも、考え様だよ。> 戦前教育で躾けられて来た老女達には、予定外の長寿独り暮らし。その心象風景は、世の移り変わりを見せ付けられて、居処の無い想いなのかも知れない。

 さてさて、婆さんには、婆さん譲りの美味い煮物でも作って遣りましょうかね。


心何処ーショート さて、月曜日である。
              さて、月曜日である。(6/25/12)
 さて、月曜日である。黄花の咲いたコマツナのスペースを全部引き抜いて、スコップでガッポリ掘り起こして、またまた小さな畝を作る。ミニトマトの脇芽を毟って、挿し芽としていた物が5本根付いて来て居る。日当たりの良い場所であるから、それを持って来て移植する。駄目元であるから、今度の畝には、ツル無しインゲンを蒔く。これで、味噌汁の実にも為ろうて。←へへへ、私もする事が無いから、インゲンマメとは、マメなものである。

 雑草ばかりの家周りを穿(ほじく)って、川の砂を入れて作った花壇もどきの続きは、作った当初から、<モグラ道>と化して居る。モグラトンネルは、自らの回廊と同時にミミズなどの地中生物への落とし穴とも為って居ると云うから、困ったものである。
 地中の手強い雑草の根とか石が取り除かれたから、モグラにとってもミミズにとっても、自由の利くスペースと為って仕舞ったのである。其処に乗っかって居る様な状態が、マツバボタンなのであるからして、真に立地条件が悪いのである。

 当然の如く、マツバボタンは土が薄いと、モグラトンネルに弾き飛ばされて、萎れの羽目に晒されて仕舞うのである。『モグラ叩き』なんて云う言葉は、普段耳に馴染んだ言葉ではあるが、これでは<私とモグラの堂々巡りの態>と云った方が当たって居る。

 私は既に還暦半ばであるから、目くじら立てて怒る気も更々湧いて来ない。

 まぁ、これも<痩せガエル、頑張れ、一茶此処に在り>と迄は枯れ行かないが、『ニャロメもぐら、またかいな。戯け。』位の気持ちで、マツバボタンの直しをしている次第である。

 ジョロの水遣りを終えて、庭の定位置で一服を付けながら、自転車通学の高校生達の登校姿を見て居るのも、この処の日課と為って仕舞った。ミニトマトも漸く色付き始めた。

 昨日のテレビは、たかじんの後のNHKドキュメントの菅原文太を起用した東北の自由民権運動、帝国憲法草案、原発建設反対運動などのレポートで、奥羽列藩同盟などで朝敵の汚名を着せられた東北人の心情が運動の底部に在ったと云う。

 丁度、長い長い壬生義士伝の読了もあったタイミングであったし、法律を齧った者として、明治期の全国各地で熱い嵐と為って自由民権運動が巻き起こって、草奔掘起の形で全国に声を挙げた<民の帝国憲法草案>にも幾つかの記憶も持ち合わせている次第である。
 殊更、若い農民の志の高さが、この様な細分に亘る憲法条文細部まで目が行き届いて居るとNHKさんアナウンサーのベタ褒めの処が、気に喰わ無かった。
 各国憲法を翻訳して喧々諤々で討論すれば、当然に行き着く先であろう。法律条文には、当然に限定規定、例示規定、理想規定が在って、法律は解釈、運用、執行力に依って、社会秩序の要と為るとするのが、法治国家の姿である。細に入り微に至るだけが、決して労作ではあるまい。

 只、その中に光った言葉が、『権理』の文字であった。これはRIGHTに福沢諭吉が初めて当て字した言葉であるそうな。権利と権理の間には、西洋と東洋の自然観の違いが横たわって居るそうである。
 自由民権、帝国憲法への民間草案に光が当てられ、中々に好番組であった。開国・文明開化の和魂洋才の内には、西洋と日本との対比・導入のみ為らず、国内の戊辰戦争、明治維新、廃藩置県、西南の役と云った具合に、勝てば官軍の<薩長土肥の洋才組>に対する<朝敵藩武士、没落武士階級の和魂組>との格好の欣喜の旗翳し、旗幟も在った筈であろう。斯様にして壬生義士伝は、私にとっては、重く、凄い本であった。

 歴史をレポートすると云う事は、大変な厚みを要する事なのであろう。国学・国史がデンとして教育の中心に座っていた時代が、嘗て日本に在ったそうである。私は元より、日本史には疎いばかりの男ではあるが、日本人である限り、心情・素養として少しは持ち合わせて居ないと、歴史との対話は出来無いのであろう。

 私の日曜日のお目当て番組は、NHKの動物番組<ダーウィンがやって来た>である。アフリカ・ナミブ砂漠の愛らしい『水かきヤモリ』は、何んとも楽しい映像の続きであった。何も言わない小動物は、一挙手一投足が真に可愛い存在である。そして、弱肉強食は一瞬にして決まって仕舞う。これらは全て、一瞬の明暗である。

 続く<平清盛>は見る気がしないから、部屋からシュラフを持って来て、半鼾を掻いて、9時からのスペシャルを待った。

 古代エジプトは、今から3500年前の庶民の暮らしへの旅であった。パピルスに書かれた民衆文字の解読で、その当時の庶民の暮らし、男女の恋愛、ファラオと民衆の関係、労働実態など、3500年前にパピルスに書かれた内容を実写にした物であった。

 先日、夢奇譚の妄想古代メルヘンを打ち終えて、ネアンデルタール人なんて、本を読み直したタイミングであったから、色々な妄想が頭に浮かんで、私的には面白かった次第である。

 ネアンデルタール人は絶滅して、直接の現人類の祖先・クロマニヨン人が出たのか? はたまた、ネアンデルタール人が進化・混淆してクロマニヨン人に進化して行ったのか?

 ・・・何万、何十万年前の化石でしか分からないお手上げの、妄想出る人類史のベールである。

 こんな前日のお浚いも、庭での一服タイムの頭の整理でもある。本日は風はある物の、暑く為りそうである。さてさて、朝の賄い夫に取り掛かろうと致しまするかな・・・


心何処ーショート 早や、今年も夏至通過なり。
             早や、今年も夏至通過為り。(6/24/12)
 PC画面をoffにして、晩飯の賄いに取り掛かろうとすると、四畳半の窓が開いて、斜向かい吟さんがニコニコして、話し掛けて来る。

 はいはい、これもご近所お付き合いの内である。席を移して窓辺の椅子に座り、出窓を台代わりに戯け画ファイルをお出しする。兎に角、色白吟さんは絵が好きなのである。

「いや~、何時見ても、感心するもんだ。良くもまぁ~、こんな不思議で、面白い絵をスイスイ描けるもんだわね。俺ぁ、それが不思議で不思議で、<おっ魂消て居る>だいな。如何すりぁ、描けるだいな。教えておくれや。」

「そんな事ぁ無ぇせ。みんな、義務教育受けて来たんずらい。上手い下手は別にして、紙と鉛筆が在りゃ、描けるせ。あれじゃ無ぇかい・・・みなさん、自尊心・プライドが高過ぎるから、背伸びし過ぎて<酸欠に陥って>アップアップしてるだけだいね。其処行きぁ、俺ぁ、小煩いブレーキ役の無ぇ自由気儘の一人暮らし。100%の馬鹿丸出しだから、思った事、浮かんだ事を其の儘、文章打ったり、絵描いたりしてるだけだいね。俺ぁ、変人でも奇人でも無ぇんね。『つっかえ棒が無ぇだけ』だんね。イッヒッヒ。

 文章だって、絵だって、慣れるまでには、それなりのアイドリングは必要だけどせ。遣ってる内に、知らず知らずの内に、石の上にも三年さね。何だかんだって云っても、上達するもんだいね。ただ、俺ぁ不器用だから、写生が出来無ぇもんだから、色使いで逃げてるだけだいね。それに、俺ぁ、<戯けだから、自分で自分の戯け具合を愉しんでる>って寸法せ。これだったら、誰に迷惑掛ける訳じゃ無ぇ。文句は無ぇずらい。あい~。

 ○ちゃだって、凄い事言ってたじゃん。作物と毎日話しして、<何が欲しい? 何して貰いたい?>と会話が出来るってんだから、大したもんせ。何でも、<好きこそ、物の上手なり。>って事ずらい。へへへ。」

「其処さ其処。なぁ~、・・・ 俺がチョコンと何か云えば、スイスイ、立て板に水で、巧い事がポンポン口を突いて出て来る。絵だって、一枚一枚が、雰囲気を違えて描いてある。こんな処が、何か思い付きの様に描いてるって、『おっ魂消て』居るんだわさ。

 如何見たって、考えて描いてる絵じゃ無ぇもの。だからさ、それが凄い処で、知ら無ぇ人が見たら、体格は好いし、引き締まった男前の顔で、下手にムダゴト扱きぁ、空かさず、逆ネジ喰らちゃう顔してる。オマケにスキンヘッドと来てる。そんなもの、おっかなくて近寄れんぜや。でもさ、そんな隙の無ぇ外観の中身と来たら、相当な自由人なんだろうなって、この頃、やっとこさ気付き始めたんだわね。
 
 言っちゃなんだけどさ。お兄ちゃんは、一人でお婆ちゃんの面倒見て居る。<大変だろうな、寂しいだろうな。頑張ってるな。>って最初は考え居たんだけど、でも・・・何か違うんだよな。俺と歳の近い☆ちゃんとは、タイプが丸切り違う。五人の兄弟と比較しても・・・お兄ちゃんは、最初から名実ともに、自由人なんだよな。だから、絵に暗さが微塵も無いんだよな。」

「やいやい、えれぇ~観察されちまってるじゃんかい。観察は俺の十八番(おはこ)だんね。そんな物ぁ、<無断借用>だんね。耳揃えて、所有者の俺に返しとくれ。
 へへへ、自由を得るにぁ、それなりの苦労は付き物だぜね。トータルすりゃ、そうかも知れ無ぇけど、個別の案件を見りゃ結論の出ねぇのが、<この世の悲哀>ってもんせ。人間六十も歳を喰ってりぁ、そう簡単に一筋縄じゃ括(くく)れ無ぇせ。あい~。」

「なぁ~、・・・ 俺の方が九つも上なのに、こう来られちゃうんだから、お兄ちゃんには、手も足も出ねぇって事さ。

 それとさ、お兄ちゃんの文章には難しい漢字が一杯出ててさ、それに四文字熟語見たいなのが、ポンポン出て来るんだわ。俺も、一々質問してたら、カッコ付か無ぇから、一生懸命辞書引いてるんだわ。
 俺は、お兄ちゃんの部屋の中も何処に何が在るかも良く知ってるから、そんな四文字熟語辞典なんてものは見た事も無いし、<如何遣って、引っ張り出して来るズラいな>って、これがまた大不思議さ。デカイ本棚には、本の替わりに映画のビデオテープとDVDしか入って無ぇしさ。小説は読ま無ぇ、新聞は取ら無ぇと来てるズライ。俺にぁ、<不思議な生き物>にしか見え無ぇのよ。本当の話だぜ。」

「そんな事ぁ無ぇせ。机に向かって、本読むだけが勉強じゃ無ぇんね。ラジオ聞いて居たって、ジュニアにセンズリ扱いて居たって、頭は自由だんね。脳味噌をスカンポの空き部屋にしときぁ、入って来る物は、入って来るんね。ギャハハ。
 下手に身構えて、背伸びをし過ぎると、兎角、人間ってヤツは膣内発射に至る前の、汗顔の至り・土手溢しに為っちまうだけだいね。言って見りぁ、勿体無い話せ。マイペースでコツコツが、塵も積もれば山と為るって事ズライね。イッヒッヒ~。」

「やいやい、四文字熟語から<土手っ溢し>が来ちまったかい。やぁ~、今日もオモクレェ話が聞けて、良かった良かった。アリガトざんした~。
 あの馬鹿野郎も、この位の話が出来りゃ、元市会議長って事で、同級生でも尊敬して遣れるのにさ。ふんぞり返ってるから、お守が大変だぜや。あの馬鹿っ小僧が。ギャハハ!!」

 明けて、本日6月24日・日曜日である。夏至を通過して、月日の流れる速さに、ただただ、呆れ返るばかりである。さてさて、本日は、何をして、休息の日曜日と致そうか・・・

心何処ーショート 偶には、トークの核心部分?
            偶には、トークの核心部分?(6/23/12)
 何日か振りに、ラジオを付けたまま寝て終った。それがBGM効果に為って、ひまじん兄貴の夢を見て居た。谷川に掛った山の茶屋の様な座敷で、蕎麦を啜りながら日本酒を交わし飲んでいた。穏やかな語りに温か味のある笑顔であった。

 本日は電話が鳴らないから、Tの処は何かと忙しいのだろうと思いながら、PC画面に、何文字か打ち始めて居ると、Tの車が遣って来た。窓越しに、チョイと着替えると言って、大慌てである。

「ほい、酸っぱい野苺ジャムだいな。」
「おお、恒例の酸っぱいジャムかいな。アリガトさんよ。これ、持ってけや。」

 レジ袋を貰って、玄関に置いて車に乗る。

「如何だい? 結石(いし)の方は。」

「まぁ、しょうがないわな。体質が変わったんだろうよ。来る物が、来たんだから。この先、如何なるか分からんけど、様子を見てるしか無いわね。多分、楽な所に居るみたいだから、薬でポロンと出て呉れりぁ、御んの字なんだけどさ。
 下腹辺りの部分が、グルリと筋肉痛見たいなもんだし、外でしゃがみ込みをして、立ち上がると貧血症状に為るし、何しろ小便の出が悪い。でも、日常生活には、支障が無いから・・・暫くの間は、体調に耳を傾けて居るしかあるまいに。」

「ザーメンが溜まり過ぎて、堆積層を作ってるんだろう。表層の薄い奴を欲掻いて掻き出して来たから、熱帯バクテリアの吸引でさ、<淋病性尿道結石>なんだろうぜ。あい~。」

「あいあい、何とでも言っておくれや。ひぃふぅみー、7文字の全漢字かいな。素人さんが聞いたら、鵜呑みにしちまうぜや。アホンダラ。」

  おやおや、二階席は繁盛しているでは無いか。窓際のソファ席に座る。

  漸く、上下巻を読んだから、本日は壬生義士伝がトークの中心と為る。

「文中に、武家社会の男子は、父親が一子相伝の教育をするなんて記述が在ってさ。俺は、思わず吾が意を得たりと思ったわさ。嫡男・嘉一郎が薄れ行く意識の中で、母上様と心情を吐露する行(くだり)が在ってさ。
 脱藩浪士、人斬り貫一、守銭奴の汚名を着て、全身創痍ボロボロの一人三途の川を渡る最愛の父上に、倅嘉一郎が一緒に三途の川を渡る為に、脱藩をして函館の五稜郭を死に場所に選んだと云う行が在ってさ。マトモには、読めなくてさ。でもなぁ・・・ 男だったら、分かる。理屈じゃ無いんだよな。こりぁ、紛れも無く、血で分かるんだよな。

 自慢じゃないけどさ。倅が、この頃、俺そっくりでさ。俺の教育は間違って無かったって、倅に感謝してるんだ。倅は、男親が、一子相伝で教え無きゃ、親子とは言えんぞや。

 碌に対しての忠義の心は、きっとそう云う物なんだろうさ。中国で生まれた論語、儒教なんて物は、遥か紀元前後の戦国春秋時代の古代中国で生まれてもさ、その後の五胡十六国時代の異民族入り乱れての殺戮三昧、混合の長い歴史世紀の内には、<心の純粋学>なんざぁ、糞喰らえって結果さね。それでも、中国4000年の歴史を有り難く拝聴する連中が居るんだから、背筋が凍らぁね。阿保臭い。

 その証拠がさ、雨散霧消の長い長い支配と被支配の歴史の中で、現在の頭のてっぺんから爪の先まで、自己主張のゴリ押し三昧の破廉恥大国チャイニーズの傍若無人振りズライ。それを、未だに原典、出典を中国様に採って、親中国派が、適当に敗戦国占領下憲法の不戦の国際協調路線の手漕ぎボートで、コウモリ見たいに<左右キョロキョロ>を仕出かしている。

 ありぁ、宦官以下のアナザーホール愛好会だわさ。あい~。情け無ぇったら、ありゃせんわね。屈辱・恥辱の限時法憲法を、宦官憲法に糊塗し腐ってさ、冗談じゃ無ぇぜや。

 土台・器の社会、国が、確り純粋性を保って居なけりゃ、一子相伝の教育なんか出来る訳が無ぇじゃねぇか。物事の拠って立つ条件・要件の『要素分析』も出来無ぇ、馬鹿達が、<やれ自由だ、権利だ、男女同権平等、自己実現だ、自己主張だ、一生輝きたい!!> 好い歳カッパらって、何をこきゃがるってもんだせや。
 彼の有名な鬼瓦権子(田○ヨ○子)女史なんざぁ、差し詰め、男女同権の口先だけで、実の処は飽くなき女権拡張の自己主張運動にしか過ぎんわね。たかが一回、戦争に負けたからと云って、男の大事なキンタマを毟り取られて、去勢の宦官連中ばかりが、偏差値優等生面して、何を扱きぁがるってもんさね。←でも、女史は何処か憎めない処も、微量に有りますけどね。ニャハハ。

 底の浅いホザキの大行進ばかりしているんだから、早晩、アメリカ、中国見たいに、利に敏(さと)くて、声のデカイ奴等だけがのさばる国家に成り下がっちゃうだけだろうよ。

 こんなんじゃ、壬生義士伝の巻末の大野次郎右衛門が心友にして畏友・吉村貫一郎に贈った<感謝状>の結末にぁ為らんぜよ。へへへ。困ったご時世って物さね。世の中、高学歴には為った物の、幼稚化がこんなに進んだ御世は、無かんべさ。」

「まぁまぁ、そんなに力んじゃ、小便管の結石に障らぁな。
 
 俺なんかはさ、振り返るとさ。倅の育て方を間違ったって『後悔』が在るから、今は孫が来ると○×をはっきりさせて、体罰的躾けをしてるんだけどさ。それをカカアは、<言葉も分からない幼児に、何をして居るだか、アンタ、頭、馬っ鹿じゃ無いの>って、笑ってるんだ。
 Rのブログにも在ったけどさ、<男は社会が造って、女は家庭が造る。> 社会の原型は、家庭なんだけどさ。それを分かろうとしないのが、女の有限性って処なんだろうな。『男が偉い、女が偉い』の問題じゃ無いんだけどな。
 これは、男と女で成り立つ家庭・社会・国家の躾けなんだけどな。それは陽と陰の関係でもあるし、剛と柔でも建前と本音でも良いしさ。その両方がバランスと云うか、均衡が採れて居ないと、安定はして来ないし、強さも優しさも生まれて来ないのに・・・」

「そうだろうねぇ、権も、その下に着く文字で、意味が違って来る。権利・権能・権威ってな具合でさ。父権と書けば、権の字は権利とばかりに早やトチリだわね。父権にぁ、れっきとして、権利・権能・権威の三位一体だから、一子相伝の男親の一生の仕事だったのにさ。まぁ、こんな話しは好いんだけどさ。

 処で、俺からしたら壬生義士伝は、典型的な『男本』なんだろうけど、これは女族には、どんな評価・捉え方がされるんだろうね。俺が、学者だったら、この本をサンプルにして、大々的にアンケートを取って、男女間に横たわる思考回路、行動回路の違いを解明したいと思うんだけどね。論考・論証するにはさ、逆もまた真為りだから、典型的な『女本』も同テーブルで、同じアプローチをしてするんだけどさ。
 この位の研究を鬼瓦権子女史に、彼女の得意分野の社会学的アプローチで是非解明して貰いたい物だぜや。イッヒッヒ!!」

「あれだねぇ、普段本を読まないお前さんに本をプレゼントすると、学者先生達も大変だね。R節をポンポン吹かれて、終いにぁパンツまで引き下げられちまうんだから、そりぁ、マンもチンも面白くは無ぇわな。無差別怨念が祟って、管に結石が出来ても不思議は無ぇわな。おおお、痛ぇ、痛ぇ。ギャハハ~。」

 T曰く、ひまじん兄貴推奨本をブックオフで物色中の物が、二つ程あるとの事。どれも三部作で、如何云う訳か、その上が無かったり、中が無かったりしているとの事である。Tは、そのメモを財布から取り出して、見せて呉れた。

「好いねぇ~。あれだぜや。短腹起こして、新刊本なんか買って読んだら、年金生活者の貧民ロートルの沽券に拘わるぜや。」
「あいあい、ブックオフでボチボチ探すのも、散歩、散策の内だぜね。ヒヒヒ。」

 Tはホームセンターで、孫にカブトムシの餌を買った。はてさて、カブトムシは孫への罪滅ぼしか、手馴付け道具なのかは、私には分からない処である。へへへ。


心何処ーショート う~ん、重かった。そして、凄い本だ。 
        う~ん、重かった。そして、凄い本だ。(6/22/12)
 いやはや、昨夜の雨は、降りにも降ったものである。ゴミ出しに行くと、お向かいさんが鉢植えのツツジ、サツキを並べながら、<もう、雨は要らねぇ>と仰る。

 盆地に灰色の靄を晴れさせながら、昨夜の雨は、生い茂る葦群にゴォー、ゴォーと音を立てて居る。川の水も濁り水を、とうに乾涸びて終った別れ流れに復活させて流れている。

 肉体労働一本槍で作った家周りの花壇を一周りして、家庭菜園のキヌサヤエンドウを毟る。コマツナも引き抜いて、外水道で土落としをして、朝のオカズと致そう。

 昨夜、漸く壬生義士伝を読了した。それは北上川が南部の春を先駆けて北を向いて白いコブシの花を咲かせ、南部桜が岩を割って咲き、滔々と流れて海に為る様な、三代に亘る歴史小説であった。新撰組の生きて死んだ年数は、物語の聞き語り60~70年のスパンからすると、本の数年の出来事でしか無かった。

 吉村貫一郎に始まった物語は、その末子・吉村貫一郎(帝大農学部教授・通称米馬鹿先生)の登場で、生まれ故郷南部への自分の改良開発した『冷害に強い種モミ』をトランク一杯に下げて、農学校教授として故郷へ恩返しの為に、各駅停車の鈍行で進む行で結ばれて行く。

 吉村貫一郎と大野次郎右衛門、その子嘉一郎、千秋の父同様の縁、奉天で開業医をする千秋と貫一郎の娘しずのノミ夫婦の穏やかな生活。そして、八歳で故郷を後にした貫一郎の末子にして、恋女房が父と同じ名前とした父を知らぬ貫一郎の故郷南部への恩返しの赴任・・・ 感涙に耐えて、読み進んだ後のこの穏やかな結末に、著者・浅田次郎の優しさが、深く深く漂う・・・

 熾烈に物哀しくコブシが白い花咲かせ、岩を割って桜を咲かせた南部人の二代三代に亘って、滔々と流れ行く北上川は、海に注ぐ。

 吉村貫一郎のお国自慢と土方歳三のお国自慢は、人間が持ち続ける変わらぬ其々の郷土愛であり祖国愛の心底の滔々とした流れでもある。川は何時の時代に在っても、人間の心底深く流れ続けて行って欲しい物である。

 体育会系好色オヤジの私には、真に膨大な頁数であった。石川啄木の<故郷の山に向かいて言う事無し、故郷の山は有り難きかな。> 読了した時に、何故か中学の国語の授業で知ったこの啄木の短歌が脳裏に浮かんでいた。

   私は、この本を是非とも、家族全員に読んで貰いたいと思った。


心何処ーショート 先輩殿は、飄々として居られる。
         先輩殿は、飄々として居られる。(6/21/12)
 何かおかしい・・・先々日から下腹と背中が、筋肉痛の様に痛い。朝、トイレの小便の出が嫌と云うほどに細い。とうとう、第二弾が巡って来たか。・・・

 それで、5~6年前の尿管結石を思った。前回と違って、痛みは、あの何十分の一の程度であるし、これは不幸中の幸いの尿道結石の確率が高い。朝風呂に入って、泌尿科に行く事にする。利尿剤と尿道拡張剤、痛み止めを貰って来て、様子を見るのが良いだろう。一度、痛い目を経験して置くと、比較と対処、心積りが一応出来る。人間と云う物は、大事に至っては困るが、或る程度の事を経験して置くと、後が楽である。

 お城近くの前に数度行った医院は、アッジャ~閉院と為って居た。自転車の方が早いと思って来たので、これには参った。サラリーマン時代の先輩の家が近くに在るから、電話帳を借りて最寄りの医院を見ようと思ったが、車が無い。
 次に行くと、泌尿科の看板であったから、其処に入ると、これまた閉院のお知らせの貼り紙である。いやはや、困りましたわな。

 先ずは、聞くが一番であるから、隣の内科医院で、泌尿科医院を教えて貰う。お城の南に在ると云う。

 これで一安心である。滑り込みセーフで、午前の部の診察に間に合った。壬生義士伝・下巻を持って来たので、待合室で早速頁の続きを読み始める。300/445頁辺りまで来ている。60半ばのスキンヘッド・オヤジが、医院の待合室での読書でも、佳境に入った小説の進みは、次から次と涙を禁じ得ない。

 吉村貫一郎の死のシーンである。薄れ行く脳裏で、亡父との親子の<武士道とは何ぞや、南部武士とは何ぞや。武士道・南部武士を穢したのでは無いだろうか>と問う倅・貫一郎に<間違うては居らぬ。良う遣った。>との父霊の労りシーンである。

 31で亡くなった父の息子に対する労いの語り掛けは、その前に登場した妾腹の子・御高知、大野次郎右衛門の打ち首前夜の中元佐吉が、実母を背負って、母子対面のシーンとの相乗効果で、もうもう、飛び込んで来る活字に、嗚咽の半歩手前の踏ん張りであった。此処が医院の待合室で無かったら、滂沱(ぼうだ)の涙・血涙である。←嗚呼、ひまじん兄貴は、凄い本を読ませて呉れるものである。兄貴とTに感謝感謝・・・

 高齢の開業医から、薬二種類10日分を貰って、昼飯として買って来た生蕎麦を茹でて昼食とする。昇降椅子に小さく座って、私の病状報告を聞く老母は、目に涙を溜めて切なそうに居る。尿管結石の時は、部屋に飯を運んで呉れた老母であった。←倅にとっては、涙が出る程に嬉しい心入れである。

 昼食後は、四畳半の掃除を始める。遺憾いかん・・・今度は、自転車に乗って、支払い忘れた税金を支払いに行って来る。その帰り、先輩の家の近くの信号待ちをして居ると、先輩が丁度出て来て、私を直ぐ見付けて手を振って居る。

 先輩は奥さんを亡くされて、一人暮らしである。飄々として、私には兄貴の様な御人である。アイスコーヒーを頂戴して、煙草を吸いながら二時間強を過ごして来た。前回は、外での立ち話程度で終わって仕舞ったから、へへへ、お互い、物足りなかった様である。

 先日、義理の父上を看取ったとの事である。現在は義理の年下兄の世話もして居られるそうな。それでも、サラリーマン時代と変わらず、飄々として落ち着いて居られる。


夢奇譚第12部・天空の台地にて
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           夢奇譚 第12部 天空の台地にて・前編
 <その1>
 陽気の安定しない季節の進み具合ではあるが、地面は緑に覆われ、木々は緑の枝葉を伸ばして、風は香り、昆虫達が飛び交い、木々の生い茂った枝葉の中では巣立ちの鳥達が、親鳥からの餌をかまびかしくせがんで居る。

 今年、家庭菜園の真似事を始めた私は、朝夕のお勤めとして一つ加わったジョロの水遣りなどをして、庭でそれなりの時を過ごして居る毎日である。朝の照り付く太陽の暑さは、薄いモヤッとした雲に見え隠れして、照り付けたり、休憩をしたりで一日の運行をしている次第である。

 二畳小部屋の軒下に吊るした鳥籠では、朝に間引きした菜っ葉を入れて遣ったのではあるが、それを番い鳥は食べずに、巣材として藁巣に敷いて居る。ライトブルーとピンクの鉢植えアジサイを、小部屋から眺める庭のアクセントとして置いて居る処である。

 ラジオからは、NHKのど自慢放送が流れている。そよ吹く風に、白い綿毛が飛んで行き、籠の金華鳥は水浴びをして、羽繕いにのんびりとして居る。

 そんな時に、サツキの袂に置いたライトブルーのアジサイから、スゥ~と異界の美形・ナターシャが、姿を現した。彼女はストレートな黒髪に白い豊満な肉体を、明るい紫のTシャツ、ブルーの短パン、サンダルの普段着スタイルである。窓を開けてあるから、二歩も歩けば、私の目の前に来る。自分の所有物の様に窓から手を伸ばして、何時もする様に顎から頬、スキンヘッドをさらりと撫でて。キラキラする黒い瞳で、先ずは挨拶の一口上である。

★へへへ、抜群の相性、好い相棒には違いないが、ウクライナのライオン娘は、遣る事が一々生意気な仕草である。

「オゥ、モ~シ、モ~シ。元気にしてるわね。庭のカキツバタがいっぱい咲いてますね~。アジサイの色が奇麗だったから、シックにライトな紫にして見たの。牡丹の花は萎んじゃいましたねぇ。でも、雪の様な白い肌に、紫がゾクゾクとするくらい私を引き立たせてるでしょ。<牡丹灯篭のナターシャ>に魂を奪われるでしょ、如何~、奇麗で好い女でしょ。アハハ。」

★得難い相棒さんであるから、巧い事を言う物である。カランコロンの『下駄履き』では無いから、私には命の保証がある。お世辞の一つでも、言って置きましょうかね。何しろ、相棒さんは、吠えたらライオンに変貌するレディファーストの美人様である。

「白い肌に、その彫りの深さだから、誰も<怖い異界の女>とは見ないわな。美形・美女さんは、黙って立って居るだけで様に為るから、幸せ者だわな。お天道さんに感謝しろな。 
如何した? さてはお前さん、暇なんだろう。太陽が出ると暑いから、廊下から入って来いよ。コーヒーでも入れるぞ。」

「何~よ。それって、刺のある言い方でしょ。レディに対して失礼ですねぇ~。其処は一人部屋でしょ。裏の日蔭が、気持ちが好いでしょ。それに、あなたの一服場所でしょ。私は、全て知ってるぅ~。あなた<好い思いした>んだから、コーヒー持って、こっちに来て下さーい。カモン。」

★へへへ、好い思いは、<玄向寺の牡丹>ですかいな。兎に角、美貌の女と云うものは、男を屁とも思わないから、全く可愛げの無い生き物である。面倒であるから、ディップコーヒーで、お替わりの手間を省くとしようか。

 ナターシャは中腰で、野性化した小さなイチゴを摘んで食べている。ボリュームのある肉厚の尻は、男にとっては魅力的である。私の視線をユーモアで交わす様に、その豊満な尻を左右に振るのであるから、スケベな物である。そんな事をされたら、真っ昼間から、紫牡丹にパッくりに吸い込まれまするがな~。

「あの時は、とても良い大人の雰囲気だったから、お邪魔虫はしなかったのよ。私、常識のある三拍子揃った女でしょ。アハハ。
ダーリンらしくて、此処、好い雰囲気ですねぇ~。夢奇譚の第12部打つんでしょ。でも、夢奇譚は<私の助力>が無いと進まないですね。あそこは道が無いから、私が連れて行って上げようと思って・・・私は、親切で気の付く相棒でしょ。アハハ。」

★ニャロメ、<進まないですね>と、断定し遣がった。自惚れか、読心術かは定かでは無いが、嫌味なくズケズケ物を言ってニコヤカにして居る処が、彼女の持ち味なのである。

「はいな。勿体無くて、異界に足を向けて寝た事なんぞ無いわな。そう。そりぁ、有難い。何しろ夢奇譚の半数は、<共著>だからな。恩に着るわ。それで、今すぐかい?」

「勿論~。私は魔法は使えるけど、異界の人間ですからね。異界には<異界の決まり事>が、色々ある~。あなたが思うほど、暇じゃ無いのよ。さぁ、私の縊れたウエストにツガミ付いて、深呼吸して下さ~い。
今日は気持ち好い事は時間が無いから、我慢して下さ~い。じゃ、近いから、マッハのスピードで行きま~す。」

★口では殊勝な事を言っても、くの字でヒップを突き出して、その裂け目に中心を合わせる様に、クリクリ、グィのフィットを仕出かす。そんなシートベルトの調整は、無かろう。蛇の生殺しはノーよ。プリーズ、リピートってな処が、男の偽らざる願望である。

 進路は東南東。目指すは、鉢伏山を下支えする山々の稜線霞む一帯である。その一帯の上空に来ると、ナターシャはスピードを緩めて、トンビが高く円を描く様に旋回をする。

「如何ですか~、確り見てイメージを膨らませて下さい。全体像を掴んだら、適当な見晴らし場所に降りますからね。」

 周囲の山々を従える様に、鉢伏山(はちぶせやま)は、木々の疎らな草原状の丸鉢を伏せた形の、東山系の美ヶ原高原に次ぐ象徴的な山である。

 鉢伏山は、♪鉢伏山に~、昇る日の~、光射し来る~女鳥羽川~♪と中学校歌の一節にも登場する山でもある。余りもの眼下の眺望の良さに、私は脳裏の底に眠って居た中学校降下を立った終った次第である。太陽の照り付けも強いから、無帽の私はその鉢伏山の裾辺り木陰を指差して着地して貰う。

「ほら、あの辺りの平地を拡大すると、里からは一切見えない天空の台地の感じがするだろう。青ナイル源流のエチオピア高地ってスケール感には程遠いけど、此処は四季の国・日本だからさ。大きさからしたら、小じんまりして丁度好いんじゃないかな。」

「ウンウン、そうそう。雰囲気が神秘的ね。一寸、待って。ペーパーと鉛筆出すから、ダーリンのリクエストをスケッチして下さい。それだったら、私の魔法も効率良く活用出来るでしょ。違いますか? 私、凄く頭良いでしょ。アハハ。」

 ノートと鉛筆なんて小物は、ヤンキーのサマンサの鼻、口モグモグなどしなくとも、異界の美形・ウクライナのライオン・ナターシャ様には、思いのままである。瞬きの一瞬で、私の膝には開かれたノートと右手には2Bの鉛筆があった。

「好いですなぁ。持つべきものは、美形・美人の魔法使いの相棒ですがな。アハハ。」

 今回の私の夢奇譚行は、天空の放牧台地が、その舞台である。四季を通じて、幼少の時から遠く視界の中に入って居た、新緑湧き立つ一帯、夏の雄大な積乱雲湧き立つ下、秋下る紅葉の彩る一帯、鉛色に寒々と雪の等高線を描く一帯・・・其処は現実の姿で静かに横たわっている。そして、新緑から青葉に移行しつつ、想像以上のたおやかなスロープと広さに満ちていた。

 高さは、高さを際立たせる。東には拳を伸ばした様な美ヶ原高原が、西には残雪を刻んだアルプスの3000m級の大屏風が、裾を霞ませて南北に縦貫して居る。盆地からの眺望に想像して居たイメージは、標高を異にして、現実の大パノラマの中に身を置くと、正しく此処は空の色も、空気の臭いも、<天空の台地>を実感させた。
 
 私は中央に一本の川と溜池を三つ記して、牛・馬・羊・鶏・牧羊犬としての狼を入れた。背後に岩盤の絶壁を持つ中央の小高い出っ張りには、西洋風の石積みの城を加えて、周囲には広葉樹の森を配して、城に重みを加えた。

「おう、あなた、今度は何しますか? 私のイメージだと此処は<アルプスの牛飼いの世界>ですねぇ。そうすると、断然に私達白人の世界ですね。アハハ。任せて下さ~い。出来たら、迎えに来ます。好いなぁ~。凄く自由で、奇麗で、広がりがありますねぇ。」

「そうだろう。感動ものだろう。OK、好いよ。全て、任せるよ。夢奇譚の世界だから、天空の台地の生活は牧畜業でさ、軍馬・肉・乳製品のそれらを高付加価値産物として、下界との交易する物語なのさ。平家の落人郷じゃなくて、天空の台地は、思い切って異国異文化の理想郷にして見ようと思ってるんだ。
 白人文化の奴隷制は登場させないけどね。戦闘場面も出すけどさ。日本にはワニもピラニアも居ないから、思う存分に睾丸鞭を振るってくれやさ。アハハ。」

「オゥ、睾丸鞭は、ロシア美女軍団の専売特許ですからね。任せなさい、実は私は、ファイト場面が大好きなんで~す。イメージの世界が完成したら、皆を呼んで来ます。アハハ。それで、時代設定は如何するの?」

「馬の機動力と睾丸鞭だから、古墳時代とするかいな。いやいや、邪馬台国の卑弥呼の時代位の方が、<天空の台地の神秘性>が増すから、その時代としよう。
 言って見りぁ、その時代に在ったら、馬は戦闘機、戦車にも匹敵するし、睾丸鞭は飛び道具以上のミサイル速射砲見たいなもんだぜ。天空の台地は、正に下界人に目には、紛れも無く神々の住む天空の台地にしか映らんだろうな。

 神秘と力の合体は、何よりの安全保障のイロハでしょうが。無用な戦闘、殺戮は、俺の趣味じゃ無いからさ。ナターシャ達・白人世界だとローマの時代ですがな。卑弥呼の鬼道統治に対して、放牧騎馬・睾丸鞭の異文化世界の創造なんて話は、夢奇譚の専売特許でしょうが。ギャハハ!!」

「オゥ、面白そうですね。ダーリン。今度は、私が此処に白人文化的にセッティングしましょう。時々、打ち合せに来ますからね。その卑弥呼は何世紀の女王ですか?」

「239年の魏への朝貢記録があるから、3世紀の女王様ですがな。」
「3世紀ね。それなら、私達現代人は、何をしても神の様な存在ですね。オーライ。自由に振る舞いましょう。アハハ。」

 <その2>
 そんなナターシャの顔出しがあって、私も布団の中で眠りに落ちる一時を、彼是と夢想、妄想のお時間として居る次第である。家庭菜園の白カブも地表にカブの膨らみ成長させ、エンドウにも白い花が三つ顔を見せている。小松菜も幼葉を勢い付かせて、マツバボタンには、小さな赤い花が一つ咲いた。庭のサツキも、新芽の柔らかな緑を陽に反射させて、ピンクがかった赤い花を咲かせ始めている。アヤメは、花期を閉じ様としている。電線では、ツバメの巣立ち子が三羽、親からの給餌を待って居る。
 
 私はジッポーのライターをカチッと鳴らして、煙草に火を付けて、一応目を通して置いた日本史のお浚いをして見る。

★縄文文化は1万3000年前から前4世紀頃まで各地で発達した新石器文化との事である。それに続く日本の農耕文化・弥生時代は前5~4世紀頃に九州北部に始まり3世紀頃まで栄えた文化であるそうな。<後漢書の東夷伝>に出典する漢委奴国王印の奴国は1~3世紀の九州博多地方。倭国大乱は2世紀、<魏志倭人伝>に登場する卑弥呼の邪馬台国は3世紀との事だそうな・・・ 

 今回の夢奇譚の時代設定は、古墳時代以前の舞台である。ご存知の様に、一般的には古墳時代は大和政権の列島伝播の足跡を示すものでもある。それは、4~7世紀の時代の総称であるそうな。それでも古墳文化の前期は3世紀後半~4世紀との事で、松本平の中央東端に突き出た小高い山に築かれた<弘法山古墳>は、驚いた事に3世紀末の建造物との説明も有る。
 古墳の出土品からは、卑弥呼の邪馬台国と戦っていた狗奴国の濃尾平野勢力との関係が濃厚だったとの事でもあるそうな。いやはや、こんな古墳時代以前の弥生の時代からの付き合いで、名古屋の中京勢とは浅からぬ交流が在ったと云う事だろう。観光も農産物も、中京との関係が、東京よりも深いのであるからして・・・へへへ、こんな処でも得心・納得する気分であった。

 それにしても、遺憾いかん・・・こりぁ~、とんでもない不勉強である。参りましたわな。三世紀の卑弥呼の邪馬台国の時代には、松本にもこんな立派な弘法山古墳の出現なのであるから、時代設定としては倭国大乱の2世紀の方が、何かと妄想自由が利くと云う物である。

 いやはや、何しろ、私は日頃がうろ覚えの出任せ放題を、口にして居る知的側面の乏しい好色ロートルである。偉そうにナターシャに向かって辻褄の合わない軽口を叩いてしまった物である。遺憾いかん・・・こりぁ~、1世紀以上を時を戻して、大幅な虚構世界を構築しなければ為らないだろう。

 生兵法は恥重ね、大怪我の元、口は災いの元でガンスわね。さてさて、此処は破廉恥に、言い訳口上で開き直りましょうかね。

 然しながら、日本列島と云えども地形気候風土が異なる自然環境にして、まだまだ自然の中に生かされていたのが、その当時の人間達の生活の営みなのである。そんな事で、<続縄文文化>は紀元前後から8世紀頃まで北海道で展開した鉄器文化とも云うでは無いか。自然環境の中で悠久の時を重ねて、糸を紡いで縦糸横糸を一目一目織り込んで布として来たのが、文化・文明の実態なのであろう。
 杓子定規に、石器だの縄文だの弥生だのと青筋を立てる事も無かろう。紡いだ縦糸・横糸には、当然に悠久の時の中に染められて来た<其々の時の残滓>が、在って当然の話では無いか・・・

 日本列島の7~8割が山岳・山地なのであるから、縄文時代⇒弥生時代⇒古墳時代と教科書的に一方的区分訳をされたとて、稲作に適した平地・平野が2割前後でしか無いのである。増してや河川に恵まれた平地・平野など推して知るべしやであろうが。圧倒的な割合を占める山間、中山間の地では、北海道並みの続縄文時代の民が日常を送って居たに違いあるまい。
 それが<自然の宿命の中に生きる人間の生活>であろう。厳しくも微笑みのある自然の制約の中で、山地の林業、平地・平野の農業、海の漁業とが在って、それらを結ぶ交易と云う流通が、全体としての分業の統制機能を果たして居たのであろう。

 従って、私にとっては或る意味では、使い勝手の良い縄文・弥生・古墳文化が、其々の立地に於いて、共存して居た世界と見えるのだが・・・

 へへへ、そんな歴史の俯瞰図に胡坐を掻いて、真に身勝手な時代考証が、吾が夢奇譚の好い加減さ、出た処勝負の世界なのである。一々、眉間に皺を寄せて、時代を読んでは行けませんぞえ。ギャハハ~。

 然しながら、浅学非才を恥じて反省するほどの素直さが無い処が、吾が性根である。開き直りの煙草吹かしをしながら、庭の先祖返りのイチゴを口に入れていると。

「オゥ、大分、奇麗に為りましたねぇ。今日は、中間報告しに来ました。これから、行きましょ。」
「そうかい、頭の良いナターシャのアレンジは、楽しみだわさ。」

 早速、私は縊れたウエストにしがみ付いて、空中の人と為った。天空の台地は、その骨格が出来て居た。人間は居なかったが、石を積んだ小さな城郭が、こんもりとした森の中に在った。なだらかなスロープを蛇行する様に一本の川が流れて、広大な台地を均等割りした様な位置に溜池が設えてあった。

 澄んだ空気に清々しいばかりの風が、広々とした台地を渡って居る。台地の上空には、季節がら夏の真っ白な入道雲の積乱雲の雄大な成長は無いが、それなりの積乱雲が幾つか浮かんで居る。未だ春色を残した薄い空の青さではあるが、黄橙色のレンゲツツジの群生が、空と雲と山容をバックに鮮やかに陽に映えて居る。

 10数頭の馬が居て、天真爛漫に走り回っている。乳牛が20数頭、それらは寝そべって口をモグモグさせて反芻をして居たり、乳強請りの子牛にクンクンと乳を突かれたりの光景である。50頭前後の羊の群れは、リーダー羊に伴われてメーメーの声を上げながら、若草を食んで居る。馬、牛、羊の周囲には、牧羊狼が数頭悠然と歩き回って居る。

「如何? 未だ途中だけど、凄~く、好い感じでしょ。日本には無いステージでしょ。」

 私は、眺めの中に観察の反芻を趣味とする性向を持って居る。それを知ってるナターシャは、微笑みを含んだ柔らかな黒い瞳で、私の目を覗き込むようにして、感想を求めて来た。そして、<一杯褒めて~>の子供染みたお強請りも、前面に出ている。へへへ、こんな処が、美形ライオン娘の憎めない素顔でもあり、可愛いものである。

「うん、牧歌的な好い広がりだね。きっとこんな牧歌的生活の時代が不変の生活の様に、何百年何千年続いて来たのが、古代の実態だったんだろうね。自然支配じゃなくて利用・共存の人間の生活だったんだろうね。
 やれ、為替がどうのこうの、株価がどうのこうの、経済危機・金融危機・信用危機の連呼ばかりでさ。俺みたいなお役御免の貧民ロートルには、全く<煩過ぎる時代>ですがな。」

「フフフ、とても、ダーリンらしい感想ですねぇ。でも、褒めて下さい。あなたは肉体派の自給自足タイプだから、川を蛇行させて、魚も調達出来る様にしたの。魚の種類は、任せるわ。主食は、西洋風にパン、ポテト、コーン、大豆で、野菜類と果物の果樹も考えている~。
 そうそう、大事な塩は、岩塩の産出場所も作って置いたし、私達の好きな温泉も用意したわよ。器作りの上質の粘土も、此処には在ったわよ。
 如何、至れり尽くせりでしょ。なんて言ったって、私は三拍子揃った異界の女よ。アッハッハ。」

★ナターシャは、胸を張り腕組みをして、おまけに背伸びまでして、成果を強調している。まぁ、こんな処が、親子ほど歳が違う男と女の相棒関係であるから、思った事をズケズケ言って、テンポの速い言葉交わしが出来る処が、相性の良さでもあり、彼女の美人度につい釣られて、鼻の下がビローンと伸びてしまう始末なのである。

「凄いねぇ~。流石にナターシャだ。こりぁ、最敬礼だな。それとさ、俺の不勉強で、3世紀の時代は、想像以上に発達して居てさ。時代設定を3世紀から2世紀に変更したいんだけどさ。調整は魔法で何とか遣り繰りしてくれよ。プリーズ、ヘルプ、ミーよ。」

「おぅ、そうかそうか。分かりま~した。未だ準備段階だから、異次元界の管理者と調整出来ます。異界のナターシャに任せなさい。OKよ。微調整は、下界と対面する時に、対処します。でも、まだまだ、白旗上げるのは早いですね。あなた、この笛を吹いて見なさい。」

 小さな竹笛を渡されて、ピィッと一吹きすると、大きな灰色森林狼が走って来た。私とナターシャの前に、狼達は一様に頭を下げて従順な態度で集まっている。

「如何、凄いでしょ!! 天空の台地では、狼達とは以心伝心よ。このスタイルは<ギュンとクンの伝説の地>から融通して貰ったのよ。あなたと狼は、共同体だったでしょ。私は、あなたの事なら何でも知っている~。
あなたは、ウクライナの女・ナターシャからは、絶対にエスケープ出来ない。アハハ、可哀想ですねぇ。そして、二人ともハッピィですねぇ。魚は、何にしますか?」

「この標高なら、岩魚、ヤマメ、カジカだろうね。でも、促成ものなら成長の速い鯉を池飼いして量産するかいな。」

「OK、ヨーロッパにも鯉の養殖があります。あなたは、放牧・牧畜経験が無いでしょ。それで、今、ロシア勢でバター、チーズ、ハム、ウィンナー作りのトレーニングしてます。マスターした頃に合わせて、後は異界世界と異次元世界の管理者との調整で、ワープスタートですからね。オゥ、私は忙しい~。ウフフフ。」

「いやいや、流石に<共著・夢奇譚>の相棒様だ、大したもんですわな。ウクライナのライオン女なんて『蔭口の裏』には、しっかりした計画性が鎮座して居ますがな。」

「何よ、それ~。陰口言ってるのは、ダーリンだけでしょ。何時も、口が悪いですねぇ。時代設定は、変更して2世紀だから、双眼鏡、ライター、ナイフ、鎌などの農機具なんかは、前みたいに各自用意して、身近に置いといて下さいよ。その時代では、絶対に手に入らない<神器の品々>ですからね。バンバン、ババーン。忘れ物は、苦労の元よ。」

「痛ぇな。お前さんは、力一杯、背中を叩くから、ライオン女なんじゃい。鏡見たら、美人さんは、少しは手加減するもんだぜ。」

「あなたは逞しいから、ポンじゃ<ライオンのスキンシップ>に為らないでしょ。良いですか、魔法の効力は、回数に反比例しますからね。幾ら異界の優等生でも、余り用意は出来な~い。絶対の魔法なんか在りませ~ん。私には、限りがある~。アハハ。」

「OK、<ユカタン半島のマヤにて>を参考とするかいね。」

 ナターシャは、如何やら多忙らしい。私を家に下ろすとバイバイと投げキッスをして、アジサイのライトブルーの色の中にかき消えて行った。『然もありなむ』である。

★ロシアではマメで穏やかなバルディナと大人の判断力は抜群なのではあるが、怠け者・クッキング嫌いのヤナへの差配もある。花見の宴では無いが、私を賄い夫・下男として、扱き使う魂胆は在ったとしても、牧畜は身近には一切無かった私を、期待する事も出来ないのである。ズブの素人に教え込む為には、自らが手解きの先頭に立つしか無いのであるからして、此処はロシア勢に頑張って貰うしか無いのである。へへへ。

 <その3>
 六月に入ると、梅雨入りの便りがちらほら聞こえて来た。数年前から、日本への季節の大気の流れには、安定性が無くなって来た感じがする、猛暑であったり冷夏であったり、暖冬であったり寒冬であったりしている。当然に夏と冬の間を取り持つ春、秋も、主従の連動の如く、その安定しない大気の影響を受けざるを得なくなっている次第である。雨に打たれる青梅、アジサイを見ながら、六月も半ばを迎えようとして居た。

 私は相も変わらず、変り映えのしない賄い夫の日々を重ねている。そんな或る日、夜更かしが祟っての朝食後のうつらうつらをして居る内に、異次元世界に連れて来られた。

 雨上がりの靄が、太陽熱に蒸発して行く様な感じで、視界を晴らして行く。天空の台地の全貌が、なだらかなスロープの下の方から、徐々に浮き上がって来る。

 牛が鳴き、馬が駆ける。羊を追って、狼達が緩い速度で群れの中を監視して回る。鶏が、ヒヨコを連れて地面を足で掻き、虫達を出して啄んで居る。山腹に掛かった靄が払われて行く、その空にはオオタカの飛翔が流れ去る。やはり、此処は天空の台地である。

 私の前に、黒い馬が一頭近付いて来て、丸で乗れと云わんばかりに頭を垂れて、静かな落ち着いた眼で、顔を近付けて来る。私はそれに乗って、手綱を握る。馬は首をユックリ上下に振りながら、天空の台地を案内して行く。脇を固める様に、灰色森林狼も二頭左右に付いて歩調を合わせている。

 下の溜池には、黒々とした鯉が群れ泳いで居る。蓮の葉が繁茂する場所には、嘴から頭部の赤が特徴の、全身が真っ黒なクイナのバンが子供を連れて、蓮の葉、小振りのジュンサイの浮葉の間を泳いで居るのが見える。白い目の縁取りに、頬から首に掛けて赤褐色の色を持つだけで、地味な体色のカイツブリが潜ったり浮いたりして、開けた水面を泳いで居る。これは小学生の頃、山の溜池に釣竿を持ってよく通った<里山の池の風景>そのままであった。

 ゆるやかな傾斜台地を蛇行する川に沿って、黒馬はゆっくり進む。空は青味を増して、初夏の眩しい太陽の下に在った。

 二番目の溜池には、ヤマメの群れが、水面近くを泳ぎ回り、水面に落ちる昆虫、葉が落ちる青虫を捕食して居る。なだらかなスロープを持つ台地の所々には、川の蛇行に沿って、大きな木が数本枝葉をこんもりと広げている。差し詰め、放牧の家畜達の日蔭の休息場、雨宿りの場所、乳絞りなどの作業場としてセッティングされて居る様が窺えた。

 三番目の一番上の池は、岩のある浅い流れのある造りに為って居た。小滝、岩に弾け飛ぶ飛沫を浴びて、目の覚める様な苔の青さが、太陽光線に光って居る。この一角は、きっとイワナの棲家と為って居るのだろう。薄々は知ってはいたが、彼女は相当なシャイの性格なのである。普段は絶対に、表には現さないナターシャの自然に対する繊細さと観察力に、私は唸った。

 天空の台地を蛇行する川の先には、石積みで築かれた小さな城郭が、こんもりとした森の中に隠される様に在った。城格の背後は、切り立った崖と為って居た。崖の中間からは、湯気が立ち上って居る。中々のレイアウトである。驚いた事に、崖から落ちる滝を利用して、水車小屋まで設えてあったから、大したものである。

 馬は開かれた城郭のゲートを潜って、扁平な石を敷き詰めた石畳の通りを蹄の音を響かせてゆっくり進んで行く。この黒ぽい扁平の石は、差し詰め美ヶ原高原に産出する<鉄平石>であろう。城郭の内部は、居住区にも為って居て、古代の集合住宅の感じである。石積みの外壁は二階建てに為って居て、屋根は萱吹きの様な感じで造られて居る。内部の仕切りも石積みの隙間を粘土で埋められている。石畳の両側には、生活用水の水路が通って居る。

 城郭のやや奥まった場所は、正方形の三階建ての城と為って居た。その奥は、絶壁状の巨大岩石山と為って居て、その下部は大きな庇状の半洞窟と為って居て、数頭の家畜が居た。其処は、家畜小屋と云うよりも、自然の厩舎と云った感じである。これは自然の造形物と云うべきか、ナターシャの魔法と云うべきか・・・判断の付かない処である。
 
 人の姿も気配も無い。ナターシャ達ロシアの一行は未だの様である。私は城の最上階に立って、双眼鏡でこれから始まる天空の台地の適正人口などを念頭に、想定の一服を燻らせたのである。

 <その4>
 私は、数日を独りで過ごして居る。何しろ夢奇譚行も早や12回を数える大ベテランであるから、落ち着いた物である。左右を狼に護衛され黒馬の背に揺られて、天空の台地の様子を学習して行く。
 竹林を見付けたから、竹を切り出して、節を繰り抜き温泉管を敷設して風呂を作って見た。竹のベット、台を作ったり、石積みを粘土で固めてカマドを作ったりの工作時間に当てた。また、家庭菜園中であるから、私はホームセンターで種蒔き野菜の種子を何種類か買って、ザックの中に用意をして置いたのである。ジャガイモも二つ入れて置いた次第である。そんな事で、私は狼達と川辺の土を耕して、竹囲いの菜園などを作ったり、竹の温泉管で引いて来た時間自由の源泉掛け流しの風呂もある。 へへ、結構忙しくして居たのである。

 寝る時は布団が無いから、狼達に包まって竹のベットの上で寝た。<南洋小島にて><初冬の針葉樹林にて>と比べたら、この世界は月とすっぽんの充実環境である。

 異界の相棒・ナターシャは姿を現さないが、その霊力と云うか異界の眼力で全てを見ている筈である。幾ら逆立ちをした処で、人間には落ちだらけの結果と為るのが、人の常と云う物である。

 西部劇でお馴染みの開拓民の肉体労働者の道具としたら、ナタ、マサカリ、クワ、スコップの様な道具が如何しても欲しい処でもあるし、水車もあるのであるから、大麦、小麦の穀類の種も欲しい。ロシア勢が来る時に、それらを持って来てくれれば、夢奇譚世界には非常に有難いのである。

 そんな事で、私は必要な物があると、空に向かって、ナターシャにリクエスト品を報告している次第なのである。

 ナターシャは要領の好い頭脳明晰な女であるから、多分、私を先遣員として<下見報告の任務>に当たらせて居るのであろう。案の定、一応のリクエストの種が切れた頃、ナターシャ、ヤナ、バルディナのロシア勢が、大きなザックを背負って両手に、これまた大きなズタ袋を提げて、フーフー息を切らせて姿を現した。

 特にヤナの持って来てくれた軍用道具は、柄に先物を取り換えるだけで、ツルハシ、スコップ、クワにも為る優れ物であった。それらが5セットも在った。それにコンパクトに収められたアウトドア製品も重宝この上ない文明のグッズであった。バルディナは、どっしりとした刃物類、ハサミを持って来てくれたし、穀物の種子を何種類も持って来てくれた。ナターシャは、二人の用意した物を、同様に持って来てくれた。

 まぁ、彼女は異界の女であるから、荷物の量だけで、重力は抜いて来たのであろう。汗も呼吸の乱れも一切無かった。

「あなた、ダメでしょう。忘れ物ばかりして、凄~く重かったで~す。私達とても疲れました。今日の夜は、温泉の後は、私達全員のマッサージして下さい。お願いします。」

「そうですよ。後は、ナターシャの魔法に頼みましょ。」ヤナ、バルディナも口を揃えて言った次第である。

 御苦労大義と礼を述べて、文明の荷物を置くと、皆で最上階に上って台地を眺めたり、双眼鏡で確認し合った。そして、早速馬に跨り、馬上から天空の台地を見て回った。

 翌朝からは、天空の台地は忙しくなった。それでも、大地に花が咲いた様に、楽しかった。女達は木陰で牛乳を搾り、私は土に汗を流した。ナターシャは、私の植えた作物に魔法を掛けて、作物の成長、実りを促進させた。

 2世紀中葉に忽然と現れた天空の台地とて、その基本は自給自足の台地である。日の出から日没まで、人間も、牛馬も、狼達も、実によく働いた。下界とは隔絶した天空の台地は、人間の手が入って日を追って充実して来た。そして作業の慣れが、時間の余裕をもたらせて来た。

 バター、チーズ、ハム、ウィンナー、干し肉、そして小麦粉が貯蔵されて行った。天空の台地は、異次元と異界の力が合体作用する不思議な世界である。ヤナ、バルディナとの間には、子供が次々と生まれて、成長して行く。そして、何と異界のナターシャにも子供が生まれた。ナターシャの子は、男の子で、白い肌と黒い髪、黒い瞳を持って居た。バルディナ、ヤナの子は、金髪青い目の白い子男児と女児であった。ナターシャの子は、男の子一人であったが、二人は次々と子供を産んで行った。その数は、忽ちにして20と1と為った。

 私は金華鳥達と何年も付き合って居るから、その成長の速さには舌を巻いて居る。孵化して一ヶ月もすれば、一人前の金華鳥と為る。夢奇譚の世界では、それと同様の事が進んで行く。然も親の私達は歳を取らないが、子供達はグングン成長して一人前の労働を要領良く慣れた行動リズムでしている。それでも不思議と云うか当然と云うか・・・ナターシャの男の子の成長スピードは、目覚ましいばかりで、今では立派な子供達のリーダー的存在として在った。

 <その5>
 天空の台地の第一ステージは、第二ステージに移ろうとして居た。人間とは目前に海があれば、水平線の向こうには何があるかと思い行動もする。目前に山があれば、山の向こうに何があるのかと山を登る。海洋民族、山岳民族も太古の昔より存在して活動して居るのが、極自然な生物行動にしか過ぎまい。

 天空の台地に誕生した子供達は、親の私達が21世紀人なので、その躾・教育を受けている。従って当然にこの時代に在っては、未来人の頭脳と知恵を持った少年少女達である。尤も・・・現代文明の利器こそ存在しないが。

 この処、私達は下界との交易ステージへの道具立てとして、道を作って居る。下界とこの台地の中間辺りに、平らな開けた山頂があるから、其処を交易場として使おうとの私の予定なのである。
 当然に物々交換であるから、私達の交換物はバター、チーズ、干し肉、塩漬け肉、岩塩が主だったものであり、下界からは穀類、鋼と労働力であった。この時代漢の記述には<生口>などと云う奴隷に近い存在があったらしいが・・・労働力と云っても、下界人を物々交換の対象として、天空の台地に連れて行って、労働をさせると云う事では無い。

 交易場所で、家畜の解体、干し肉、肉の燻製、ウィンナー作り、羊の毛から毛糸を作るなどの労働の対価も含めた物々交換を考えているのである。そして、そんな中で、子供達の伴侶を選ぶ事も加わって居た。私の中には、毛頭、異文化交流、文化の伝播などと云う大逸れた考えも野望も一切無かった。それは<禁止すべきの考え>であったから、隔絶の独自性を維持すべきと考えていた。
 従って、天空の台地は秘密のベールに閉ざされて居る事が大前提であった。近身婚の弊害を防ぐ為に、世代を置いた形で下界の血を入れる事で、血統を維持しようとも考えている。第一世代は、日露の混血。第二世代は日露混血に下界混血とすれば、当分の間は、近身婚から来る弊害は避けられる。

 そんな<天空の台地>構想から、私達は山中に秘密の交易路を伸ばして行く作業に取り掛かって居た。何しろ客観的に見れば、古代にタイムスリップして来た一団である。それも白人青い目の一団であるから、不用心は命取りにも為りかねない。
 私は慎重に観察をして回って居たのである。これだけ山々が重なり合う巨大な山容界には、人間界と自然界・動物界の結界と云う物が、自ずと敷かれて居る物である。それは云うならば、本能的に察知実行して居る『体感作用』として位置付けられる自然に対する畏怖の念・想いと云って良かろう。

 私はそんな下見観察を続けて、人間界と自然界・動物界の緩衝地帯に、最初の交易の場を作った。其処は鬱蒼と茂る広葉樹の山間の広いとは決して言えない格好の凹地である。湧き水が静寂の中に小さく反響するこの場所には、山の動物達が水飲みに遣って来るし、山に分け入る山間の人間達も、シカ、イノシシを追って狩りの途中での水補給にも遣って来る場所でもある。

 天空の台地は、言って見れば人間と狼の協働域である。天空の台地に幾重にも重なり合う鬱蒼と茂る原始の森には、結界を無言の圧力で守る狼の群れの監視の目が絶えず行き届いて居る。山に人間が入れば、ニホンオオカミの何倍もある、自然界の食物連鎖の頂点に君臨する灰色森林狼の姿が忽然と現われ、人間達と一定の距離を保ったまま監視され、結界の外へ出されてしまうのである。

 <その6>
 或る日、山間のオヤジ二人が、キジ、ヤマドリ、ウサギを狩りに、山に分け入った。
 二人は幼馴染である。この時季はキジ、ヤマドリは、孵化成長した経験の乏しい若鳥が数多く居るから、結構な狩りの対象と為る。行けば、必ず数羽の獲物があるし、山菜にも有り付けるから、山の民には有難い季節なのである。

 二人は早くも、矢でキジとヤマドリを仕留めて居た。腰に括った竹筒水筒の水も大方飲み干して居たので、何時も立ち寄る凹地の湧水を汲みに行く事にした。

「おい、やっぱり化け物狼が、こっちを監視して居るぞや。獲物を横取りされるかな?」

「大丈夫だよ。俺達があいつ等の縄張りに足を踏み込まない限り、何もしちゃ来ないさ。でもさ、最初にあいつ等に出っ食わした時は、肝が潰れたぜや。あんな見た事も無ぇでかさだ。てっきり、喰い殺されるって肝が潰れて、木に登ってワナワナ縮み上がって、一夜を越したもんだ。生きた心地がしなかった。お前ぇ、覚えて居るだろ。」

「ああ、あん時ぁ、生きた心地がしなかった。それでも、何度も顔合わせている間に、『結界』さえ守って居ると、襲っちゃ来ない事が分かって、安心して来たんだけどな。こんだけ深い山々が重なり合って居るんだ。
あの奥にぁ、得体の知れ無ぇ怖ぇモノノケが絶対居る筈だぜな。調子に乗って、これ以上、足を踏み入れ無ぇのが、人間の知恵ってものだぜ。」

「ああ、そうだそうだ。そう云う事だいな。嗚呼、此処はひんやりして気持ちが好いし、この湧水は冷たくて、本当に美味えや。如何だ、獲物はこの位にして、ちょっくら寝て、里へ帰るべや。」

 二人のオヤジは、獲物のキジとヤマドリを木の枝に括り付けると、蕗の草むらを足で薙ぎ倒す様にして、適当な倒木を枕にして何分か話して居たが、暫くすると、二人は大鼾を掻いて正体も無く寝入って終った。

 小一時間程の爆睡であっただろうか。男達が眠るその周りには、狼を5頭従えたスキンヘッドの精悍な顔付をした赤銅色の男と金髪白い肌・青い目と緑色の目をした女二人と、黒髪に白い肌・黒い眼の女が一人、そして逞しくも聡明な目を持つ黒髪の彫りの深い少年一人が、大鼾を掻いて寝ている古代のオヤジを見下ろして居た。
 男も女達も、古代人のオヤジの体格を10数cm以上も上回って居た。男も女も、艶々した牛革の甲冑の様な物を身に付けて、男と少年の腰には日本刀の大小が、女達の腰には西洋の剣が、そして女達の手には、赤い鞭が握られて居た。そして、その後ろには其々が乗って来た馬が居た。異様な光景には違いなかったが、丸で殺気の無い威厳に満ちた空気であった。

 男がニヤリと女達に目配せをして、指をパチンと鳴らした。狼達がノソリと立ち上がって、二人の男を取り囲む様にして対すると、その内のリーダー狼なのであろうか、灰色の毛並みも艶々した一番の大型の狼が、やおらウウゥオ~ンと雄叫びを発した。

「ギァッ!!」

 男二人の身体が、一瞬にして飛び上った。二人は四つん這いのまま、獣じみた訳の分からない奇声を発して、3~4mをすっ飛んだ。それは人間の動きでは無かった。正に恐怖に駆られた野生動物の反射行動であった。

「伏せ!!」の声に、狼達は動きを止めて、地に伏せた。そんな事位で恐怖が全身を貫いて居る男達の動きが止まる訳では無い。悲鳴そのものの奇声を発して、尚も二体は本能的に獣走する。

 アマゾネスと化した女達の眼が、不気味に光って氷の様に笑った。四つん這いで尻を向けた二体の股ぐらに、赤い柄の黒鞭が、三人の女戦士の手が放たれた。空気を割いて吸い込まれる様に走った。二本の鞭先は其々の男の無防備な股間に、他の一本は、男の首を巻いた。

「ギャァ!!」 四つん這いのまま1mは飛び上がって、二人の古代人は、頭から蕗斑の中にもんどり落ちた。その一瞬の威力は、殺人鞭の破壊力と殺気に満ちて居た。

「これこれ、必殺の睾丸鞭の威力は実証済みだ。少しは手加減して遣れやさ。ほれほれ、二人とも口から泡吹いて、気絶してるぜ。ちょっと、湧き水でキンタマに喝を入れて遣れや。困ったアマゾネス軍団だぜ。」

「あなた、何言う。最初が肝心でしょ。見るも神、激痛も神業の内でしょ。大体、あなたが時代設定を100年も間違えたから、古代の文化は、想像以上のイノベーション革命が起こって居たんですよ。この位の事をして置かないと、天空の台地の神聖化は図れないでしょ。オホホ。」

★う~ん。ロシアはバイキングが造って、タタールのくびきを経験してイワン雷帝、スターリンの恐怖政治の歴史を持つお国柄と云う事か・・・ 奇麗な顔をした下には、きっとマゾとサドの気質を持つ血が流れて居るのかも知れん。
 まぁ、最悪キンタマを潰されたと云っても、男には宦官の職業もあったとの事であるから・・・良しとすべきか。男としては、同じ急所を持つ身として、男の分身物に対して<お悔やみ>でもして置きましょうかね。やれやれ、女は怖い物である。
 
 暫く放置して、湧水を口に含んで、一斉に4人で顔に数度プップッと水吹きをして居ると、顔を僅かに振り振りして、意識が戻って来た様である。さて、これは男の私の出番である。親から貰った大事な顔には違いないが、男たるもの演技が出来てナンボのものである。仕方がないから、鬼瓦権造の顔と声色で接見のデモンストレーションを始める。

「これ、其処の二人。怖がらずとも好い。吾等は神山の精霊達じぁ。この頃、下界の者達が、目先の我、目先の利に走って、何千何万年にも及ぶ静寂の神山の裾野を騒がせて居る。このままだと、神山の御名に於いて、不敬不逞の人間共に<身の程>を思い知らせる必要がある。

 見る処、お前達山の民は、平地の稲作りの民の勢力に追われて、吾が神山を徘徊して居る様じゃ。まぁ、これもお前達人間の新文化の流れと云うものであろう。吾等の願いは、神山の精霊として、下界の見苦しき争いを見ずに自然と共に暮らす世界の維持である。
 
 不敬不逞の輩には、誅殺が常識刑ではあるが、お前達にも女房子供があろう。ワシにも、このニョショウ達との間に、子がタンとある。出来る事なら、聞き別けさえ在って、それを実行出来るなら、1000年の一度の慈悲の裁きをして遣ろうぞ。

 其処で物は相談ではあるが、お前達がこれまで通りの自然界と人間界の結界を忠実に守るなら、お前達の身の立つ施しを授けようと思うが、きっぱりと返答せよ。」

 私は穏やかに度量の広い口上を述べた心算ではあったが、古代人オヤジ二人は、ただただ平伏し切って、ワナワナと全身打ち震えているばかりであった。

「これ、其処のニョショウ達(女性)、霊の物を、これへ。」

 緑の目を持つバルディナが、バター、チーズを出した。青い目を持つヤナは干し肉、腸詰めウィンナーを、黒い目を持つナターシャは、毛糸とセーターを出した。

「毒は入っては居らん。食して見よ。これは滋養強精の神の食べ物である。お前達が、吾等を崇め従うのなら、これらの物を定期的に此処で市を立てて、神域と下界の交易の独占権を与えようぞ。

 如何やら、顎が外れて言葉も儘為らぬ様じゃのう。好いか、明後日、お前達は村から男5人女5人の10人を連れて、此処に遣って来い。交易の手解きをして進ぜよう。良いか、この事、一言とでも村外に漏らしたら、村毎殲滅に参る。全ては明後日の太陽が中天に掛かる時ぞ。」

 赤柄の黒鞭が間髪を入れずに、ピュ、ピュ、バシッバシッと地を叩き、蕗の葉が木端微塵と為って吹き飛ぶ。男二人は目を開けて見た物なら、直ぐ様モノノケに、心の臓を鷲掴みにされて、食い千切られる程の恐怖の只中に在った。
 それでも、聞き逃したら、村全部が壊滅されてしまう。歯がガチガチ、ガタガタと鳴り止まず、此処で息でも吸った物なら、今にも気絶してしまう・・・『そんな変な意識だけ』が働いて居た。

 灰色森林狼が一斉に遠吠えを発する中を、私達一行は、馬に跨り、ゆっくりと威風堂々と神域の森の中に消えて行ったのである。

 男達は、一時間以上も、同じ恰好であった。その後も、一切震えが止まらず、漸く震えは止まったが、身動き出来ない疲労感に、瞬きすら自由に為らなかった。異様な臭いに、失禁・脱糞の様であった。

 <その7>
            約束の明後日が遣って来た。
 村からは約束通り男女5人づつの10人が、二人の男を先頭に山を登って来た。一列に並んで遣って来る村人の側面を、狼10頭が羊を囲い込む様な態勢で一定の距離を保ったまま進んで居た。正午には早過ぎる行動開始であった。

 双眼鏡で、村人達の動きを追尾して、私達は凹地に竹のテーブルをセットして、チーズ、バター、牛乳、素焼のパン、干し肉、燻製、腸詰めウィンナー、鶏卵を盛り沢山に置いて、赤ぶどう酒の壺を添えた。そしてもう一つの竹のテーブルには、羊毛の山を置き、毛糸、毛糸で編んだ帽子、チョッキを置いた。カマドを作り、火を起こした。地面には、牛革の敷物を敷いて、ステージを整えた。

 村人達が凹地の約束の場に遣って来たのは、10時半を回った頃であった。命からがら村に辿り着いた二人の男は、直ぐ様村長に事の一部始終を伝えた。俄かに信じられない恐怖体験ではあったが、二人の持ち帰って現実の物を差し出されて、村長もワナワナと震え上がった事は、紛れも無い事実であった。

 約束を守らなければ、山のモノノケに村が殲滅される。これは村長の決心・覚悟の範疇では無かった。選択の余地も無い従属の願いしか無かったのである。粗相が在っては、取り返しの付かない、確実な村の殲滅が待って居るだけであった。二山を越えると、待って居たかの様に、見た事の無い様な狼の化け物の様な、灰色の体毛を艶々させた狼達が10頭も現れて、歩き出したのであるから、心臓は高鳴り、足は震えて歩くのがやっとの思いだった。

 相手はモノノケ達である。武器など持って行けば、気を損じてその場で殺されるかも知れないと村長は思った。持ち物は、腰に括った竹の水筒だけであった。男も女も全員が、見えぬ手の囚われ人、曳かれ人の様な、ちょっとした物音でさえ、身が竦(すく)む。生きた心地がしない。半分死んだ様な暗い気持ちでの行進であった。

 凹地に着いて見上げる太陽の位置は、まだまだ中天には程遠い位置に在った。凹地には、テーブルの品物が山盛りに為って居たが、誰も居なかった。

 村長は粗相が在っては絶対に為らないと思った。一行は、狼に囲まれる様にして、誰一人、口も開かず中天の太陽を待って居た。それは長い試されて居る様な時間の動きであった。

 太陽が漸く中天に差し掛かった時、騎馬の一団が、ゆっくりと姿を現した。勿論、誰一人として、馬を見た事は無かった。自分達を見下ろす巨大な動物に乗った一団の出現は、想像を絶する程に、肝を震え上がらせた。狼達がそれぞれに遠吠えをするや、村人達を促す様に動き始めた。

※私の俄知識漁りに依ると、中央アジア、中東、北アフリカでは、古くから馬の家畜化が進んで、BC3500頃にはメソポタミアでは車が発明されて居て、馬は荷駄の運搬、古代戦車を引いて居た。BC1000年頃には、乗馬による遊牧を覚え、BC8世紀にはアッシリアが弓騎兵を組織して世界帝国を為したとの事である。
 中国ではBC4世紀に馬が農耕馬、運搬馬として広まった。日本へは朝鮮半島を経由して、弥生末期の4C末~5C初頭に伝来し、6Cには日本が軍馬として朝鮮に輸出して居たとの事である。因みに北海道に馬が入ったのは、江戸時代の松前藩が誕生してからとの事である。

 この夢奇譚の時代設定は3Cであるから、自慢では無いが、日本列島には、馬はただの一頭も出現して居なかったのである。それに加えて、我々の乗って居る馬は、異界のナターシャ調達の大型アラブ種であるから、蒙古野馬をルーツとする小型種の馬とは、見た目の迫力が、丸で違って居たのである。

 そんな大余裕から、これは大デモンストレーション戦術でもあるから、私達は馬のクツワを揃えて横一列に隊形を取り、胸を張って、ゆっくりと馬を進めたのである。村人の中には、早くも気絶する者も居た。私達は意識して尊大に振る舞い、村人を一列にさせて相対した。

           演技こそが、無用の反抗を制御する。

「其処の者二人。約束は守ったな。御苦労であった。村長(むらおさ)よ、前へ。」
「あわわ・・・」
「粗方の事は、その二人に聞いた処であろう。お前達が従順ならば、命は取らぬ。手荒な事もしない。安心するが良い。」
「あわわ・・・」
「皆の者、険しい山行御苦労であった。其処に座るが良い。吾等も据わる。」
「ははぁ~。失礼いたしまする。」

「硬くなるな。これ、ニョショウ達よ。食物、葡萄酒を皆に振る舞うが良い。」

 見た事も無い肌の白さ、彫りの深さ、金色の髪、目の青さ、身体の大きさに、村人達の萎縮する心の内が手に取る様に見える。美人美形の真面目顔と云うものは、バリアの掛かった一分の隙も無い程の美しさがある。彼女達は口を真一文字に結んだまま、腰の大きなサバイバルナイフを引き抜いて、其々に干し肉、ベーコン、腸詰めウィンナー、パン、バター、チーズを切り分けて行く。

 既に鉄器を使用して居ると云っても、怜悧に光るナイフの切れ味に、村人達は再び震え上がって、目を丸くして見ているばかりであった。きっと、この頃の鉄器の切れ味は、黒曜石の石器の方が、遙かに切れ味が鋭かった筈である。イッヒッヒ!!

「村長よ、食するが良い。皆の者、無礼講じゃ。吾等が珍味を味わえ。其処の葡萄酒は、血の飲み物では無い。恐れる必要は無い。どれ、吾等はベーコンエッグを食べようぞ。」

 萎縮して、硬い空気の中を私達は、炭火と為ったかまどで、アウトドアグッズのフライパンに油を垂らして分厚いベーコンを敷いて、卵を割り岩塩の粉末をこれ見よがしに、高く振り撒いてジュージューと音を立てて、焼き上がるベーコンエッグを皿に取り、パンにごってりとバターを塗り付け、葡萄酒を並々と注ぎ合って、フォークとナイフで昼食として見せ付けた。

 当然に村人達は、恭(うやうや)しく手で食べるしかなかった。それでも、美味い物は美味いのである。美味い物には、恐る恐るでも手が出る。手が伸びる。

 ハリウッド映画の西部劇では、インディアン相手の酒で籠絡するシーンが好く出て来る次第ではあるが、酒の巡りはそれなりの効果がある。

 初回の顔見せは終わった。村人達を凹地に残して、私達は馬上の一団として、山に消えた。誰が最初に噴き出したか、皆一斉に堪え切れずに、噴き出してしまい。其々の顔を指差して、笑い転げての馬上の一団であった。

「フゥ~。あなたって、本当に・・・何時もながら口が上手ですねぇ~。よくも、噴き出さずに抜け抜けと・・・真顔で、ああ言う事が言えますねぇ。頭に中、如何なってるんでしょうかね・・・もう、皆、もうもう、私は、信じられない。クックック。私、もう駄目~。」

「そうそう、ねぇ~。もう、可笑しくて。死ぬほど、噴き出すのを我慢してたのよ。あそこで誰かが、笑ちゃったら、折角のセッティングが爆笑劇場に為って収集が着かなくなる。もう、奥歯噛んで、必至に我慢しま~した。」

「そうよ。もう、ダメ。思い出したら。ウゥゥ、キャハハッ、ウッウッウ、フッフフフ~ッ。アハハハ~。」

★クワ~ッ、もうもう、何て女達じゃい。俺様の苦労演技も知らずに・・・

「俺は紳士だからね。お前さん達みたいに、いきなり睾丸鞭なんぞは放ちませんわね。へへへ、ユカタンで、伝説の王・ククルカンの生活が長かったから、演説のコツを覚えたまでじゃい。イッヒッヒ!!」

「な~によ。それ。時代設定を100年も間違えたのは、何処の誰だった~? 最初が肝心で、私達が尻拭いして上げたんでしょ。本当に、あなたはダメな男ですねぇ。アハハ。」

「ウフフ。そうでしたねぇ。あなたは、役者さんでしたからね。今度は、名前何にしますか?」

「名前が無いと、不自由でしょ。私は何てネーミングしようかしら。この時代の英雄はどんな名前でしたか? 教えて下さい。」

「○○ノミコトとか☆☆ノヒコとか…なんだろうけど、俺を含めて、日本人の顔なんか誰も居りませんがね。面倒臭いから、俺は<黒いククルカン>で行くわいね。アハハ。」

 こんな事を何度か繰り返して行く中で、意思の疎通が進んで行った。元来が人数の少ない山の村民達である。全員体験の交易市が浸透して行くのに、それほどの月日は必要では無かった。村民達は私達の指導の下、羊を堵殺・解体して、干し肉、腸詰めウィンナーを覚え、皮をなめし、羊毛を紡いで毛糸を作る様に為った。今では指導役のバルディナ、ヤナ、ナターシャとは、笑顔の会話・談笑までしている。

 <その8>
 労働の対価としての物々交換方式の下界との交易は、好評だった。私はこの方式の拡大を考えた。松本盆地の中央の東端に本当に手頃なこんもりとした半独立形の小山が在った。この山は、古墳時代には土豪の前方後方墳型の王墓と為って居る。後世では東日本最古級の3世紀末建立の『弘法山古墳』と命名されて、現在では古墳公園として松本の桜の名所に為っている小山である。

 遺憾いかん・・・大分、苦しい前置きが長々と続いて仕舞った。私は天空の台地の遥か下方に拡がる山間の民と協定を結んだ。彼等の縄張りの弘法山一帯の丘陵地に、現代流に云えば、<産業誘致>を働き掛けたのである。
勿論、企業秘密の心臓部の牛馬・羊・鶏の本体は、物々交換の対象とはしないが、家畜の屠殺・解体・干し肉、燻製、塩漬け、腸詰ウインナー作り、羊毛からの毛糸紬・セーター類の編み物の労働とそれ等の物々交換を彼等の独占とさせた。

 そして、何時の時代にも秘仏・ご神体は、隠してこその霊験の顕たかさである事は、紛れも無い人間心理にして、束ねる者の管理真理と云って良かろう。従って、彼等には下界からの産物の仲買いも独占させ、下界への畜産物の卸売も独占させた。云って見れば、長崎の出島の南蛮貿易の様な物である。オランダ商人も清国商人も、海を渡って交易に来たが、天空の台地人は、山を渡って交易に来たのである。

 利が伴なって、利が更に大きな利を生みだす事を知れば、人間の欲が弘法山工場、交易の独占に向けて、自ら厳重な利得防御の策を考え実行して来る物である。

 村人達は、山間・中山間の地勢状のハンディから、弥生の稲作文化の恩恵に属する事が出来なかった経緯があった。それ故の劣等感が、加工・流通の独占権を賜って、嫌が上にも、加工・流通の独占こそが自分達の発展栄華の源泉である事には、敏感過ぎるほどの注意を払い続け、村人の屈強な男達で山の要所々に見張りを立てて、秘密の維持に努めて居た。

 これは、私達<天空の台地の世界>にとっては、申し分の無い期待値であった。そんな事で、天空の台地では、全てが産めよ増やせの大増産に明け暮れして居た。天空の台地は、取りも直さず、異次元と異界が合体して支配する世界である。私達は一切歳を取らず、子供達はジャックと豆の木の様に、そのすさまじき成長の中に在った。牛馬、羊、鶏は数を増し、狼達も台地、四辺の警護役として、5団の編成が出来て、其々がローテーションで交代勤務をして居る。

 乳搾りはまだまだ門外不出の光景ではあるが、羊の一頭分の皮で作った牛乳袋は、交易地の凹地に運ばれ、村人達の手で、バター、チーズの原材料とも為って居た。また、山間、中山間地の傾斜地では、麦類、豆、ジャガイモ、モロコシの委託生産を村人達に任せていたので、年貢と云っては心許無いので、技術料・巡回料として生産の何割かを得て居た処でもある。

 そんな事で、私達の仕事は、様相を異にして居る。吾が子供達は、男子も女子も栄えある天空の台地の住人、護り手として文武両道でなくては為らなかった。教師役が私であるから、余りデカイ声では言えないが、読み書き算盤の江戸時代の寺子屋位の授業は出来て居ると我田引水して居る次第である。柔道・空手・相撲・水泳・日本刀の使い方も教えて居る。アマゾネスの母親達は、スポーツウーマンのヤナを鬼教官として、睾丸鞭を教え、西洋風の盾と剣、アーチェリーの訓練をした。それに加えて、私は日本の長刀も教科に加えて貰った。

 また前述した様に、この地は灰色森林狼との協働世界でもあるからして、彼等は彼等の方式で、オス狼を中心とした家族単位の群れ行動をして居るから、親から子へと群れとして人間との協働行動も教え込まれて行くのであった。

 吾が子達の下界からの伴侶探しは、長い目で見ればまだまだ時期早尚であった。下界勢力と比べれば、呑み込まれて終う危惧があった。まだまだ純血を守る必要があった。男子には借り腹を守らせ、女子達には種受けを甘受して貰った。これで子供達が出来れば、近身婚を気にせず、台地内での第二世代の結婚が叶う運びと為る。

 天空の台地で起こり進むスピードの速さは、想像を絶する事ばかりであった。天空の台地は、下界を見下ろして秘密のベールの中で、充実発展して今や、100人を超え、天空の台地は、周辺の開拓を終えて、悠然と下界を見下ろして居た。

        天空の台地4_001天空の台地5_001天空の台地6_001

            天空の台地にて、後編
 <その1>
 下界時間は、3世紀に入って居た。異界の女ナターシャで在っても、その子は可愛いく、息子の行く末が心配らしい。それも異界の魔力を持つ身為れば、至極当然の人情、親心であろう。ナターシャは、私をその縊れたウエストに掴まらせて、弥生時代の<日本の文化の先進地>北九州視察に連れて行く事が度々であった。
 倭国大乱の2Cは過ぎ去って、後に登場する卑弥呼の邪馬台国同様の小国が、幾つも出来て地勢に恵まれた温暖な洪積平野では稲作文化が、西から勢力を増して、各地の小王の統率の下、簡単な治水事業が耕地面積を広げて<右肩上がりの高度経済成長>を遂げて行く様がありありと見てとれた。血縁で繋がる地縁が、人間の歩む世界である事は、時代を遡れば遡るほど、強くなるのは当然の話であろう。

 古代と云えども、大陸渡来の稲作によるイノベーション覇権と云う魔物は、中・高・大・若い頃のサラリーマン時代にこの身で体験した様に、その速度は誠に<速い進展>を見せる物である。食える、生活出来る所に人が集まり、血縁に地縁が加わり規模を拡大する。それが再生産、再進歩を加速させて行く。
 山に生まれた一筋の流れが山合いを流れ、支流を集め流れ行き、合流を重ねて大河に姿を変えて、海に流れる。それは一つの技術、一つの発見にして見た処で、発展の流れには、共通の物があろう。

 私は大学受験が世界史であったから、日本人であっても日本史には真に疎(うと)い男である。そんな事で、雑駁な世界史の俯瞰図を広げて見る事に致しましょうかね。

 焼畑から始まった農業は、その開始・発展に伴って調理法の出現を齎せた。焼く、煮る、漬ける、干す、粉にする、捏ねる・・・etc。これを後世<料理革命>と云い、道具と社会の仕組みに変化を齎した。これを<食料革命>と呼ぶ。斯様に集団として、人間が管理する半自然空間を<人間圏>と云う。自然圏の中に誕生した極少数の人間圏は、飽くまで自然に翻弄されるだけの『豆粒程の小さな営み』で在った。

 農業が始まって数千年が経つと、人口増加が高まり、農業の拡大を求めて、人間は水を求めて移住を繰り返す流れと為ったらしい。そして森林→草原を経て、人々は<沖積平野>に至った。御存知の様に、世界四大文明と云われるものを築き上げて来たのである。

 農業に欠かせない豊かな水は、<生命の源、再生の媒体、浄化の手段>としてのイメージを高めて行ったとの事である。沖積平野の陰の部分が、洪水、湿地帯、疫病の危険であった。人々物理的危険には共同で克服して、沖積平野を豊穣の、恵みの平野としなければ為らなかった。そして精神を束ねる為に、死生観に基づく宗教が誕生発展して行った。人間の初期宗教は、その殆どに置いて自然界霊と人間霊を繋ぐシャマーニズムだったらしい。

 そんな長い長い時の揺り籠、過程の中で、開発が『都市』を誕生させた。都市は人々を組織して畑を拡大して、道具・文字を作り出して都市を取り巻く集落を『支配するシステム』を作り上げて行った。それが<都市革命>と云うそうな。

 これらの流れは人々の習慣が作りだした「文化」が、都市の発展により広範で統一された『文明』に為る過程とも表記される処である。

 私の歴史観など、タカがこの程度の物である。いやはや、生兵法は大怪我、落命の沙汰である・・・古代と侮(あなど)って設定時代を100年も間違えて仕舞うのも、当然の帰結である。夢奇譚紙上、これほどの異界滞在年数は無い次第である。 

 教科書的な受け売りに<胡坐>を掻いて居ると、如何しても進歩と云う概念は、古代が古代故に、緩やかな速度で進歩して行く物との大錯覚をして仕舞う。今まで全く無かった一つの方法を知ると、その前と後では雲泥の差が生じる。
 羅針盤、緯度測量器、逆風でも前進出来る三角帆、海図、地理的知識は、ご存知の様に新世界発見に繋がり、地球は七つの海に依って、一つに為って侵略と略奪の世紀の幕開けを告げたのは、周知の歴史証左でもある。

 斯様に、新方法は云う為れば、それはロケット噴射の如き轟音とスピードを示すものなのである、学者先生達が、伊達や酔狂に『革命』などと云う言葉を使用する訳が無いのである。

「あなた、凄いですね。この成長の速度は。私達は、皆、何時かはこの異次元世界から、元の世界に戻されてしまうでしょ。私とあなたの子でも、私の魔法の力は、あの子には全部が伝わらない。他の子達には無い力を持った子でも、天空の台地の王として、皆を束ねて下界の成長・勢力に対抗して行かなければ為らない。あの子には、とても重い責任があります。

 あの子にはあなた達と違って、長い生命力が持たされているけど、何時かはバルディナ、ヤナの支えてくれる子達も、先に去って行く。あの子は、半分異界の子ですから、子供は授からない。情報と知恵で、あの子の引き継いだ天空の台地が、栄華の内に幕を閉じる事を祈るしか、私達には無いですからね。何時かは、難攻不落の天空の台地も、歴史の土に還る時が来ますからね。」

★ナターシャの深い諦観に満ちたこんな言葉と表情を、私は初めて見た。自然と彼女の肩を引き寄せて、うねり行く時代の大河の流れの様を、私は頭に確りと叩き込むしか無かった。

「今回は長居をし過ぎて、禍根を残す事に為って終うな・・・申し訳ない。」

「ダーリン、それは、それで仕方の無い事でしょ。バルディナもヤナも、私もあなたも、この世界で、一生懸命仕事して、楽しい毎日を送ってるでしょ。子供達も皆そうですよ。人は時代と環境を選択しては、生まれて来れないでしょ。これも一つの運命です。
 もう皆、成長して立派に天空の台地を、責任を分担し合って、生き生きと切り盛りして居るでしょ。それは、未来を知って居る私達の贅沢な感想・感傷でしか無いですよ。貴方らしくないですよ。そうでしょう。」

「そうだな。分かった。何時かは、文化と文化が正面衝突をせざるを得ないのが、人間の歴史の証左だからな。前方後方墳、前方後円墳の中に、天空の台地に嘗て栄えた異文化のモニュメント、世界に唯一無二の<前方睾丸墳>を残すまでの事だろうな。ハハハ。
 後世の学者共は、古墳の全容を調査して、如何なる分類名を命名をする物やら、想像しただけで傑作だな。

 そうだ、あの子にはアボカド王の尊称で崇める様に、下界の者達に下知しようか。墓碑銘には、<2C末、此処に睾丸鞭を縦横無尽に奮って、牧畜・交易の栄華を極めた天空の台地在り、その栄華期、その王の名をアボカド王と崇められ、王の眠る墳墓を前方睾丸墳と呼んだ為り。>として置こうか。」※アボカドの語源は、睾丸との事by maso♪

「エッ、あなた、そんな事書きますか。でも、それって如何にもダーリンらしくて、とてもユニークでユーモアが在って洒落てますねぇ。好いでしょう。覚えて置きます。
 さぁ、私達にはあの子達に教えて置かなければ為らない事、遣って置かなければ為らない事が、まだまだ一杯ありますからね。皆で頑張りましょう。アハハ。
さぁ、天空の台地に戻りますからね。確り掴まって下さ~い。」

 <その2>
 梅雨の季節に為って、天空の台地は灰色の霧の中に在った。家畜の糞は、雨に打たれ流れて、大地の草の成長を助けた。余程の豪雨・長雨で無ければ、家畜達は台地の要所要に点在するブナの林の中で、雨避けをして居た。当然にその周りには狼達も寝そべって居た。

 今や100人を超えた天空の台地の住人達は、城郭の中の庇のある作業場で、日課の作業をしたり、軍事訓練の強化をしたりして、雨の止むのを待つ。

       この時代の主武器は、云うまでも無く槍、棍棒、弓であった。

 何時かは絶対に来ざるを得ない戦いに、私は必殺の睾丸鞭に取り外し自由の鋭利な刃物を作って居た。私は結構な好奇心持ちなのである。ヤナが遣って来て、私の作業を見ている。彼女はスポーツウーマンで、口数は少ないが観察力が旺盛な女性である。そして利発であるから、シラーとした整った顔を表情も変えずに見て居るのであるが、私のして居る事は、質問をしなくても理解して居るらしい。

「ダーリン、あなたは、普段は穏やかで面白い人ですけど、とても怖い部分を持って居ますね。私は、あなたのしようとして居る事が分かります。私達には、そんな共通点が在りますからね。だから、言わずもがな?でしたっけ。フフフ。

 下界の変化は、とても深刻な方向に行って居るんですか? この処、頻繁にナターシャと出掛けていますね。何時もスケベなあなたが、とてもゾゥ~とする程、真剣で怖い顔を見せる時があります。
 私もバルディナも、それをとても心配して居ます。怖いですよ。偶には、自分の顔を鏡を見て下さい。あなたの存在感は、大きくて強いですからね。自覚して下さい。分かるでしょ。」

★隙の無い整った美人顔のヤナは、三人の中で一番感情を表にしない。その分、ブルーの瞳には、聡明な頭の中を示す色が走る。

「うん。此処は無人島じゃないからね。俺達が人の居ない天空の台地を良い事に、潜入しちゃったんだけど、稲作のイノベーションは、俺が想像して居たよりも進展速度が加速して居てさ・・・でもさ、<時よ、止まれ!!>と云う訳にも行かんよ。この異次元世界では招集、解散は、俺達の自由には一切為らないもんだしさ。考えて、次善の準備をして置くしか方法は無いだろう。俺の素顔は、性格の苦労性じゃなくて、病気の方の<苦労症>だよ。」

「何時もなら、グットジョーク、頭良いって、拍手して上げられるのに、作戦は、日本の歴史を知って居るジャパニーズのあなただけが頼りですからね。頑張って、たくさん考えて、ベストな方法を見付けて下さい。プリーズ、プリーズですよ。」

「人間は、海があれば、その向こうに何があるかと舟を漕ぎだす。山があれば、山の向こうに何があるかと登って来る。そして、欲しい物、得る物があれば、流血戦も厭(いと)わずに『必ず』取りに来る。こればかりは、止める事の出来ない生物の欲望行動だろうしね。」

「そうですねぇ。下界から見れば、此処には欲しい<宝物>だらけですからね。何時の時代にも、それは避けて通れない行動と衝突ですからね。自分の国は自分で守るしか無い。私もあなたも、そう云う処は割り切ってハッキリしてますからね。
 如何? ちょっと試して見ましょうか? その殺人兵器を。狩り、戦闘では、私とダーリンは最高のハズバンド&ワイフコンビですからね。フフフ。」

 私が作って居た物は、忍者映画でお馴染みの十字手裏剣である。ヤナは、それを鞭の先に取り付けて、サア、試して見ましょうと、私を連れて羊の肉の掛かった燻製室に向かった。

 鞭の達する間合いを計って半歩右足を出して腰を沈めると、彼女は視線を真ん中に吊られた羊肉を当てるや、ハッの鋭い声を発して、鞭を振るった。鞭先が目にも止まらぬ速さで、羊肉の側面に走り、スナップを利かせた。燻製肉が、ざっくりと鋭利に裂かれて居た。床に延びた黒鞭が、スーと退かれて足元に届く。赤柄の鞭元を立てるや、続けざまに、奇声に近い声を発して、黒鞭の第二弾・第三弾が空を切って飛んだ。鞭のビューの唸りと共に、肉片がすっ飛んで、壁にバウンドして落ちた。

 足下にコロコロと転がって来た肉片を手に取って、ヤナは鋭利に抉り取られた羊肉の断面を見て、大きく頷いた。不敵な冷たい笑いを一つ浮かべると、腰のサバイバルナイフで肉片を二つに切って、一つを私に渡して食べながら。

「破壊力は、グゥーですね。これだけ威力があるから、確り固定出来ないと、先が外れたら大変な事に為ります。取り外し鞭より、別鞭にするべきですね。刺さるクロスタイプよりも、切り裂くシンプルタイプの、・・・そうね、三角錐タイプの刃の方が、絶対に実践的でしょう。
 先の刃物が重しに為るから、鞭の太さは睾丸鞭より細くて、軽い方が好いですね。馬の尾、女の髪を牛革を心棒にして、編み込みましょうか。そうしましょ。私は、このアイディアとても気に入りました。
 睾丸鞭に必殺鞭、サバイバルナイフの三点セットを携行して居れば、これは大変な武器携行に為ります。鞭はそれほどの長さは必要ありません。だから丸めて置けば、二本持って居ても、それほど重くも邪魔には為らないでしょう。鞭の長さ、太さは、其々が自分に合わせて、使い勝手を工夫すれば良いでしょう。
 皆を呼んで来て、早速、作りましょ。今度の市は、鉄を取引しましょう。村長に伝えて下さい。何か、私はゾクゾクとして、ファイトが湧いて来ますね。ワァオ、ワァオ!! ファイト~。何だか、興奮して来ました。フフフ。」

★大男達の話を頷きながら聞き、その場でテキパキと指示を出す彼女らしい使用感想、分析、改良意見であった。私はこんなヤナが大好きなのである。私は為るほど成る程と大きく頷き、聞きながら、彼女の頭脳明晰さと股ぐらの柔らかさとの違いを比較して、今夜のベット体位を頭に浮かべて…へへへの段で在った。

「オゥ、あなたの、そのスマイルには、別の意味もあるでしょ。今夜は、私でしたね。オホホ。話しの続きは、その時にしましょう。今夜は、バトルしましょうか。楽しみですねぇ、ダーリン。」
 
 <その3>
 下界からは一切見えない<天空の台地>では、鞴(ふいご)が青白い炎を滾らせて、必殺の三角錐刃が叩き出されて、入念な研ぎに回されて行った。武具の生産と軍事演習が、天空の台地に体育の時間の様に加わって居た。男も女も、天空の台地では<立派な戦士>であった。牛革の鎧、長刀、槍、弓、睾丸鞭、必殺鞭、サバイバルナイフをそれぞれが持って、馬を駆った。そして脇には灰色森林狼達の並走があった。
 実践段階に入って、月に一度の紅白戦も行われた。全体を束ねるのは、ナターシャの男子であり、紅白隊を指揮するのは、紅隊はヤナの男子、白隊はバルディナの女子であった。

 私、ナターシャ、バルディナ、ヤナ、灰色森林狼のボスは、城郭の展望場所に陣を張って、広大なスロープの台地で繰り広げられる軍事教練の展開を見守って居る。100の軍勢の紅白戦は、日に日に統制とスピード感、重量感が増して来た。

 この古代の時代からすると、私達は歴史を知って居る<紛れも無い未来人>である。私達の気掛かりは、この時代に、何時まで、先頭に立って滞在出来るかが、全く分からない身であると云う事であった。

 私達がこの天空の台地の国人達に、<残せる事>はタイムリミット上、限られて居る。天空の台地は、何時の時代にかは、時代の潮流に蚕食されて呑み込まれてしまう運命にある。それは滅亡では無く、融合して行くのかも知れない。
 それでも、<独自性の台地は、有限の世界で精一杯の生活を維持して貰いたい>と思うのが、私達この台地の設計者にして親心でも在る。形を伝える事が、私達に出来る最大最良の仕事である。形と云う物を残せば、後はその形を元手に、利息たる現実の<選択幅・応用幅>が増すと云うものである、形の有効活用は、事情の変化に依って改良するより方途は無かろう。それをするのが台地を束ねる者の、者達の宿命である。こんな共通の思いは、展望場所に陣を張る狼も含めての<皆の思い>であった。

 集団戦は、戦況掌握と命令指示の徹底とそのスピードである。そして、当然に兵站(へいたん)の充実である。私は、伝令制を敷く事にした。赤旗を各隊からの伝令、白旗を本部伝令として、色分けをした。

 <その4>
 成果を試すべき実践の日は、予想以上に早く到来した。天空の台地の下界での防人は、山間・中山間地に住む村人達である。物珍しい畜産物に目を付けた小国の軍勢が、数の少ない村人達の集落を、数を頼りに襲撃の緒に付いたのである。その一報は、直ぐ様、結界の見張り場所に常勤する者に、村長から届いた。

 私は直ちに30騎を率いて、一気に山道を下った。先兵を駆ける灰色森林狼10頭が、咆哮しながら走り下る。然ながら、この時代に在っては下界人の目からすれば、<物の怪の軍団>に映ると云って良かろう。

 集落からは、火の手が何箇所からも上がって居た。村は遠い古の時代に、地滑りが造った開けた傾斜地を為して居る一帯の、中央部に位置して居る。メラメラと天を焦がす炎の数、火の粉、立ち込める煙の臭いは、軍団の血を滾らせる。下方の敵集団の数は、60前後と見た。武器は、弓と槍であった。敵軍勢は大声で叫びながら、集落に火を掛け、村民を連行しようとして居る最中である。

 私は騎馬隊と狼隊を横に展開させた。見た事も無い騎馬の重量級のスピードで一気に攻め下り、敵勢を血祭りに、一方的に殲滅する事に決めた。

 控える騎馬隊、狼隊の息を止めた緊張感が、戦闘への気合いと全身の筋肉、神経を凝縮させて一気に弾ける、その瞬間を待って居た。

 馬は前足で土を掻き上げ、狂い高ぶりの瞳孔を開き、大きく首を上下に動かし続けて居る。狼達は、前足を低く溜めて、耳元までに口を裂き、牙を剥き出し、低い唸り声を発して、その時に身構えて居た。

 緊張が緊張を最高点に高めて行く。エネルギーの全てを毛細血管の隅々に、脈打って送る心臓の鼓動が、人間、馬、狼を問わず、自分達の耳にも達して居た。

「伝令5名、前へ~。」

「村民に退避を触れ回れ。速やかに村民を誘導退避させ、護れ。狼5頭を伴え。行け!!」
「オヤジ殿、従いまする。」

 忽然と現れた騎馬5、狼5が、横一線で弾丸の様に土煙を上げて疾走して駈け下る。

       戦況に驚愕が走るのが、一目瞭然であった。

 敵集団は未知の疾走・殺到する騎馬団の圧倒感に怯み、神界を少なからず見知った村民達は、援軍に歓声を上げる。敵集団と村民の間に距離が生まれた。

 その怯んだ距離間に、本隊が真一文字に突っ掛ける。最大の見せ場である。

 25騎が必殺鞭を打ち鳴らし、ブンブン回して、横一直線の突撃である。土煙りと土鳴りの魔神の圧倒感に、恐れ慄いて逃げ惑う敵勢に、容赦無く殲滅戦を敢行する。手向かう敵など数えるだけであった。風を切って、横一直線に突撃する中央で、私は初戦軍団に大音声の檄を飛ばしながら、必殺鞭を縦横に容赦無く振い続ける。

  皆の者、情けは無用。殲滅!!殲滅!! 実践を骨の髄まで、叩き込め!!

 25騎と5頭の灰色狼が、纂を乱して逃げ惑う侵略者の背中を、三角錐刃の鞭が容赦無く襲い掛かった。背中の肉を剥ぎ取られて、敵陣は、次から次へと人形の様に倒れて行った。馬の踵を返して、再突撃するまでも無い呆気無さで戦闘は決し居た。

 然しながら、情けは無用。殲滅は、最大の防御である。武田信玄に倣って、風林火山である。

「第2列、通常鞭で真一文字。完膚無きまでの勝利を、古代の世に知らしめよ。突撃せよ!!」

 村民警護に当たって居た騎馬5、狼5頭が横一線で疾風怒涛の様に突進する。第2列は起き上がろうとする敵勢の背中に鞭を炸裂させて、本体の前に整列した。狼達は、本隊控えの5頭も加わって、10頭で敵勢の喉元を食い千切って回った。

「逃げた2名は追うに非ず。この戦闘の生き証人として、下界に知らしめよ。良いか。今の実戦を頭に叩き込んで、戦闘訓練に励むべし!! 
 私語は許さん。天空の魔神の態にて、これより、天空の台地に帰る。此処が、見せ場ぞ。隊列を乱すな。以上~!! 吾に続け~!!」

 30の騎馬と10頭の狼は隊列を崩さず、村人達の前を悠然として通過して山に歩を進めた。村人達は膝まづいて、平伏の姿で私達の軍勢を見送って居た。燃え盛る集落と流血の臭い、狼達は私の意図を見て、意識的に止めの牙をしなかった者も残して居た。それらの者の激痛の呻きの中で、村人、生き残された者の目にも、見ては為らない、触れては為らない<天空の台地>に対する背筋の凍る恐怖と畏怖の念を、彼等古代人に骨の髄まで与え、見せ付けた事は、言うまでも無い事であった。

 私、ナターシャ、ヤナ、バルディナの気持ちとしては、お互い言葉には出さなかったが、これで<時間稼ぎ>が出来たと云う安堵感が在った。それには安易な手加減など逆効果でしか無いのであるから・・・徹頭徹尾、鬼神に振る舞う事が、最大最善の抑止力とも為るのであるからして。

 <その5>
 私は軍事と並行して、薬草の収集・栽培にも時間を傾注した。止血、消毒、化膿止、火傷の外傷薬草と内服に用いる薬草である。これにはナターシャの魔法を拝借して、後世の漢方薬辞典をリクエストした次第である。

 過日の<神の殲滅作戦>の噂は、瞬く内に四方に拡がった。恐れを為した古墳前段期の人々は、挙(こぞ)って山地の一等地を差し出す<朝貢>に遣って来た。それは一年を得ずして、盆地の東山系から盆地の三辺に跨る勢いであった。天空の台地は、今や領有域としては<等高線で繋がる神域>を確保しようとして居た。

 ナターシャの魔法を酷使する訳には行かない。天空の台地のレイアウトを基本構造として、山地の村人達に労力を借りて、領有域の建設に急ピッチで取り掛かった。天空の台地と下界の交易方法も、その山地の村人達に任せた。

 現代風に云えば経済・軍事の圧倒的脅威力は、<核の傘下での安全保障の確立>でもある。それは、山地の広がりを持たない立地で生活する村人達にとっては、願ったり叶ったりの安全保障の恩恵でも在り、労力を持ってする物々交換方式は、彼等にとって<垂涎の実証済みの条件>であった。そんな誘因の下、彼等は実に良く働いてくれた。彼等は労力を以って、物々交換も出来たし、交易と後ろ盾の絶大な利益を得たのである。

 そんな事で、私は次代の王・ナターシャの男子に直接の差配を任せて、薬草本に首切りの毎日を送って居る。

「ダーリン、そう云う役は、私が一番です。」
と言って、バルディナが相棒役を買って出てくれた。彼女の穏やかさ和みさは、三人の中で一番の女性である。

「時間は、後どの位残って居るんでしょうか? 頑張りましょう。私の子達は、私に似て、おっとりしてますからね。でも、コツコツと真面目ですから、薬事・救護担当とか、伝令役は、きっと能力を発揮するでしょう。
ダーリンは、色んな側面を持って居るから、真面目で、おっとりした部分が、私のそんな部分と良く混ざり合って、出てるんでしょうね。オホホ。」

「そうだよなぁ~。何時もの様に短期滞在だと、ノホホンとして男と女で楽しいんだけど、今回は<異次元様に扱き使われて居る>って感じだもんなぁ~。疲れるよなぁ。そうだろう?」

「オゥ、ニェット。それは内緒のシークレットです。ウフフ。」

 カラー写真の薬草を参考に、彼女の子供達が山に入って見付けて来てくれるし、交易場所に赴いて、村民達にその収集を指示してくれるから大助かりである。皆、私の子であるから、男子はオヤジ殿と呼び、女子はパパ様と呼ぶのであるから、苦笑いの態である。集められた薬草を乾燥させたり、水車で粉にしたり、薬草畑を開墾したりで、忙しい毎日が続いて居た。

 それでも、生薬製造が軌道に乗れば、これも絶大な交易商品と為る。忙しい毎日ではあったが、平和な時が流れて行った。

 天空の台地を核とした等高線の国が、神域の中で大きく育って行った。それは神域を城として、下界の山地村民達を城下町機能とした新しい形態の協働体でも在った。

     或る時、バルディナが不思議な事を話して呉れた。

「ダーリン、私達は、ナターシャ、私、ヤナの順番であなたと一緒に寝ています。この頃、私の処に来るあなたは、とても疲れています。前は、こんな事が無かったですよ。私は、そんなダーリンを見て、とても心配しています。ヤナに話すと、ヤナも同じ事を感じていました。ナターシャとは何かトラブルが有るんですか? それとも、ナターシャはあなたに魔法を使って、何かして居るのかしら? 昼は何時もと変わらなく、皆、気心の通じた友達なんですけど。ナターシャの番から、私に番が回って来ると・・・あなたは酷く疲れ切って居る感じがして、とても不思議なんですよ。心配して居ます。何か、心当たりは無いですか? これは、ナターシャにはシークレットにして置いて下さい。」

「そうか・・・別段、変った事はして居ないけどなぁ・・・」

 <その6>
 この頃、ナターシャの態度が寂しそうな感じである。異界と異次元世界の橋渡し役が彼女なのであるから、彼女の表情の曇りは、<異次元去り>が目前に迫って居る事を暗示して居るのだろう。彼女は、夢奇譚の共作者にして共演者である。私は、そう考えて居た。

「オヤジ殿。方向を指し示して頂きに参りました。」

 ナターシャの男子が、朝、私を迎えに遣って来た。私と黒髪の倅は、灰色森林狼二頭を従えて、馬の轡(くつわ)を並べ、三日を掛けて等高線の神域を巡視して回った。

 黒髪の倅は、聡明な半異界の倅である。語らずとも、私の言葉は彼に通じる。

 彼の寿命は、100年なのか200年なのか、それは私にも倅にも不明である。云う為れば、第一世代の私、ナターシャ、バルディナ、ヤナが或る日、煙の様に忽然と消え、第二世代の兄弟姉妹の助けを借りて、同じ種朋(たねはら)を以って以心伝心の絆の下、第一世代の私達の流儀を引き継いで実践する事で、王国は発展するのは歴史の中の余裕とも云える。心配は不要である。

 然し日本は、各地に王国興り、集合離散を繰り返しながら、大和政権の勢力が加速して行く時代を迎える。第二世代が死に、第三世代の時代には、この等高線の神域にも、<歴史の牙>が襲い掛かる事であろう。孤高の文化を守るか、融合の道を選ぶかの選択を迫られるのが、この息子である。

  私の胸に去来する思いが、轡を並べる倅の頷きに現われて居た。

「オヤジ殿、あなたから授かり、実践で受けた薫陶の数々を胸に、倅は天空の台地を束ねて、邁進致しまする。私はオヤジ殿の倅で在りまする。期待と望みに応えとう御座います。

 これは、母から聞いた話ではありまするが、<前方睾丸墳>をオヤジ殿に見て頂こうと、母と秘密裡に造りました。ご案内致しますれば、どうぞ、ご照覧あれ。

 母はオヤジ殿に、魔法を使って居りました。母の日には、オヤジ殿を眠らせたまま、此処に安置させて、オヤジ殿の知識・体験・観察力・洞察力・感性・人情と云った全ての物を、横に安置させた私の中に、コピーさせて居たのです。母は、オヤジ殿と私の間に跪いて、目に涙を一杯溜めて、祈る様にオヤジ殿の内部のコピーを私に授けて居たのです。

 私は此処を、絶対に王墓とは致しませぬ。オヤジ殿、母殿、ヤナ殿、バルディナ殿から頂戴した数々の教えを、吾が王国の後世に残すべき図書館、知恵の収蔵庫と致しまする。」

「そうであったか・・・良くぞ、申した。それでこそ、次世代を束めて、進む者ぞ。案内せよ。」
「畏まりました。」

 高度を上げて、馬は進んだ。天空に拳を握り締めた形で下界を見下ろす美ヶ原の高原が、青空の中に在った。後世三城牧場と名付けられた高原台地が、美ヶ原の高原の下に広がって居た。緑の傾斜草原に、白樺の疎林が続いて居た。蝶が舞い、蝉時雨が包み、舞い上がる上昇気流に、翼を預けたオオワシが、悠然と滑空して居た。

 その奥まった場所に、前方後円墳とは違って、雄々しく二つの睾丸を並べた<前方睾丸墳>が、威容を誇って建立されて居た。天空に拳を突き上げた美ヶ原の台地は、真っ青な空に、白雲をたなびかせて聳え立って居た。

 それは、私の脳裏に在った前方睾丸墳のイメージ通りの威容を誇って居た。為るほど、ナターシャは、愛すべき異界の相棒である。密かに私の内部を全部コピーされて居れば、バルディナ、ヤナも不可解な心配心を抱いて、何の不思議があろうか・・・苦笑いが浮かんだ。そして、倅の話を聞いて、ナターシャの一途さが、胸を打った。

 前の正方形の地面が開き、おお、ナターシャが、次いで後方の二つの睾丸の地面が開き、右にヤナ、左にバルディナが笑顔で手を振って居る。

 白樺の疎林からは、牛革の鎧、朱柄の睾丸鞭、黒柄の必殺鞭を両腰に、男子は剣、女子は長刀、脛にはサバイバルナイフの正装も凛々しく、騎馬隊がしずしずと姿を現し、前方睾丸墳をグルリと取り巻いて行く。狼部隊も一緒の歩調であった。

「オヤジ殿、あの双球の睾丸の中央にある階段を昇りませ。」

 私は息子達、娘達の大歓呼の中、中央の階段を昇りバルディナ、ヤナの手を取って、上部の階段を昇って、方形の座で待つナターシャの手を握った。

 前方睾丸の丘から、下に勢揃いした天空の台地の子供達の大歓呼に、吾等第一世代の握り合った手を高々と挙げて応えた。

 騎馬隊の一糸乱れぬ赤柄の睾丸鞭が、草原の台地にバシッ、バシッと打ち鳴らされて、空に木霊して行く。

   整列した灰色森林狼達が、一斉に遠吠えを始めた。別れの時が来た。

「吾等が子達よ、狼達よ、さらばじゃ!! 達者で暮らせ。吾等の去る時じゃ。さらばじゃ。さらば・・・」

         
              夢奇譚第12部 天空の台地にて・・・完

                  20012/6/17 アガタ・リョウ






心何処ーショート やれやれ、台風に前倒しの雨かいね。
        やれやれ、台風に前倒しの雨かいね。(6/19/12)
 キヌサヤエンドウを収穫し様として居ると、昼頃からの雨らしかったが、降って来た。早過ぎるのは、強い台風の影響だろう。これでは庭回り、外定位置での朝の一服も出来ぬから、家に入る。軒下の洗濯物を入れて、ラジオを付けて煙草に火を付ける。

 雨に似合うのは、アジサイとムラサキツユクサである。玄関横の吾が家のアジサイは未だ未だ咲かないが、紫小花の露草は、緑濃く茎葉を伸ばして、物云わず雨に打たれている。

 今年はちょっとした出来心から、家庭菜園を遣り始めた。そんな事でオーソドックスに万能肥料を何回か撒いた処であるから、四畳半からからもアジサイ、ツツジ、コブシの葉が、何時もの年よりも大きく成長して居るのが、好く見える。南天も白い蕾を付けて雨の中である。

 こんな雲の感じだと、終日の雨と為りそうである。一つ二つ遣ろうと思って居た物が在ったが、これでは無理である。昨日米屋さん、歯医者に行って置いて、得をしたと云う物である。昨夜は後編の挿し絵を二枚描いたから、後1、2枚描けばオーライである。早い処、描いて<12部を完了させよ>とのお天道さんの言付けなのだろう。

 薄暗く、雨音にラジオが小さく流れる四畳半。机上の金魚達の動きも小さく、玄関鳥達の声も小さい。おやおや、台所に老母の食器を洗う音である。

        さてさて、朝の賄い夫に移ると致そうか。

 外へも出られず、気分も乗って来ない。朝食後は、老母を相手に長々と漫談をさせて頂く。テレビさんも、こんな下衆ロートルの言いたい放題三昧を聞いたら、ショックの余り、体調を壊してしまうかも知れぬ。マスコミさんは、<一方通行>で、好うゴザンしたね。これとて、吾が老母へのご機嫌伺い故に、一切目くじらなどお立てに為りませぬ様に・・・イヒヒ。

「お早う御座いま~す。ヤクルトで~す。台風で、一日早く来ました~。何時も、お世話に為ってま~す。」
「あいあい、ちょっと待っておくれ~。」

   ハハハ、ヤクルトママさんは、挨拶言葉を全部言って御座る。

「コンチクショー、一日早かったか。俺ぁ、未だセクハラトークを考えて無かったぜや。嗚呼、一回分損しちまったぜや。台風さんで外には出られずで、気が滅入るねぇ。こんな日は、どうすりゃ好いだいね。あぃ~?」

「絵を描いて下さい。」
 
 へへへ、軽く言われちまったわね。さてさて、挿し絵を描かずば、新作夢奇譚を投稿出来ぬ。後編最大の場面を挿し絵にしなければ為らない・・・ 本当は、昨夜続けて描こうと思ったのだが、全体像、全身像が一切描けない不バランス、写生不可の不器用さ・・・ 結局描けずに断念した儘なのである。力も無いのに、批評気ばかりが先行する『戯け性分』であるから、真に以って、吾ながら処置無しである。

 さてさて、愚だ愚だ自己総括をして居ても始まらぬ。先ずは遣って見るだけの事である。描きたい挿絵は、戦闘シーンである。手が器用なら、如何って事も無いイメージを其の儘、実写すれば良いだけの簡単さなのである。
然しながら、その力が無いから苦労するのである。こんな時は、全体をバラして要素、要素の一部分をデフォルメして逃げるしか方法は無いのである。私とアマゾネスの顔、乗り物の馬、協働戦闘者の灰色狼、武器の必殺鞭である。絵の最大のイメージは、戦慄走る天空の台地の情け容赦の無い<鬼畜の殲滅イメージ>である。

 鉛筆線の好い所を選んで、万年筆で線をなぞって、消しゴムで消す。まぁまぁの絵が出て来て、ホッとする。さてさて、これからが疲れはするが、お絵描きタイムで一番楽しいお時間である。色鉛筆ケースを開けて、浮き浮きする<幼稚園児にお里帰り>をして丹念に色付け遊びである。

 色重ねをして、化粧を整えて、完成である。へへへ、疲れました。嗚呼、歳は取りたくは無い。兎に角、老眼鏡のチマチマ作業は目がショボ付いて、文章の何倍も疲れるものである。

 これで、前編3枚、後編3枚の前飾りの完成である。後は、寒いから布団の中で、小説の続きを読みながら、うつらうつらの好い加減時間帯に移行したしましょうかね。

 へへへ、訪問者様、明日は36~7頁の苦役が待って居りまするぞえ~。投稿して仕舞えば、他人様の苦役など、俺ぁ知ったこちゃ無いわね。ギャハハ。

心何処ーショート やれやれ、歯医者なり。
             やれやれ、歯医者なり。(6/18/12)
 夢奇譚第12部・<天空の台地>の後編は、意外と伸びず12頁弱と為った。前編24頁弱と併せて、35~36頁の分量であるから、後編の挿絵が出来た処で、一気投稿の方が収まりも付く処である。物語の方は昨夜の一応の完結で、本日は後編を読み直して、幾つかの加筆をしている。

   風呂に入って、米の買い出しを終えて、三時半からの歯医者である。

 家庭菜園のコマツナには何本かの花付きが見られる。コマツナの植わっている所の収穫が終われば、チョイと耕して、畝も作って置か無ければ、雑草が生えるだけである。何もせずに自然の儘で放って置けば、それはそれで全体の調和が取れる物なのではあるが、その一角に手を加えると、バランス調和が一気に瓦解して仕舞う物である。とほほ・・・

 箱モノを作って人を雇うと、人は次から次と仕事を作る性質を持っているらしく、組織を肥大化して行くとの事である。これを<パーキンソンの原則>と呼び、近時のマスコミネーミングからすると、『霞が関白アリ軍団』と呼ぶとの事でもある。

 若い頃、テレビ中継の佐藤栄作首相が、国会答弁の中で真に面白いお話をして下さったのを覚えて居る。ネズミの実験で、一つのケースには、餌を充分に与え、他のケースには、運動スペースと運動具を与えて、まぁまぁの餌を与えると、何もせず衣食住が叶えられている方のネズミが早く死んでしまうとの事である。

 政界の団十郎さん曰く、このネズミ実験が示す生物真理を人間に当て嵌めると、<人間は仕事を持ち、腹八分目が、活き活きとした長寿の生活が出来る。>との仰せであった。あの頃、日本は高度成長期の真っ只中に在った。『然も在りなむ』と大いに肝に銘じた次第であった。

 若い頃は、よもや賄い夫、文章打ちなどの<現在>を考えた事は無かったのだが、この頃は、妄想自由の夢奇譚シリーズを始めて終うと、何やら引っ込みが付かなく為って仕舞った。まぁ、籠りロートルの時間潰しには、『銭の掛らない趣味に目覚めた』と云う処であろうか・・・へへへ。

 勿論、ど素人がPC画面を前に、下書き無しの<大人の妄想童話もどき>を中指二本で打ち進めて行く文章である。従って、その本態は、出た処勝負の好い加減妄想物語でしか無いのは、訪問者各位の等しく知る処であろう。

 その実態と云えば、ブログ日誌の傍ら、適当な妄想とイメージで頁数を重ねて居る次第であるから、打っている内に、前後では彼方此方に喰い違い、錯覚、矛盾が出て来る。

 そう為ると、敢え無くアジァジァの<座礁沙汰>で、腕を組んで・・・如何すべぇやとか、遺憾いかん、誤魔化し逃げは何か無い物だろうかなどを、散歩の道連れにしているのではあるが、それも<重座礁>と為ると、何日かは放って置かれる。それでも性根が意地汚いから、此処まで打って『没』では、余りにも芸が無い、勿体無いと、気を取り直して、意地を張るのである。・・・ 

 とは言え、これが結構、私の性格に合って居る様で、面白い処でもある。まあ、こんな悪足掻きが、積もり積もって<呆け防止の一助>に為るのかも知れぬのではあるが。ギャハハ~。

 まあ、こんな事を打ちながら、歯医者への時間待ちをしている次第でありまする。偶には政治ネタでも打ちたいんですが、そんな気にも為らないのでありまするから、吾が祖国は、上から下まで<何か大事な物>に瀕して居りまする。

 嗚呼、歯医者でありまするか・・・嫌ですなぁ~。然りとて、人間も還暦半ばに近付いて来れば、金属疲労同様に、生体疲労も彼方此方に出て参りまするやね。嗚呼、嫌だなぁ。


心何処ーショート これにて、お務め果たしたで御座る。 
       これにて、お努め果たしましたで御座る。(6/17/12)
 さてさて、一時を回って仕舞った。早朝六時より、草刈りが控えている。夢奇譚はこの位にして、目覚ましを掛けて寝なければ為るまい。後編6頁に入って、戦闘シーンも打った。前編24頁であるから、計30頁のボリュームに進んで来た処である。妄想に弾みが付いて来て、寝るのが勿体無い気もする。天気予報だと、雨との事である。

   布団の中に入った物の・・・妄想熱で中々眠りに落ちる事が出来ない。

 雨音である。目覚ましが鳴らないから、其の儘、寝る。目覚ましが鳴った。雨音の中に、一切動きは無かった。如何やら、中止の模様である。再び、安心して寝る。

 ウイ~ン、ウィ~ンと草刈り機のエンジン音である。やや、不覚を取ったか~。

 それにしても、人の動きも、話声も聞こえない。飛び起きて、ウガイと洗顔だけで軍手に鎌を握って、長靴を履いて河川敷に下りる。長い町会分担エリアに、町会長さんと副会長さん二人が、草刈り機のエンジン音を響かせている。ビニール袋も熊手も無いからして、紛れも無く本日の草刈りは、『中止』に違いあるまい。

 お役目とは云え、御苦労さんにゴザンス。河川敷階段下から、研いで置いた草刈り鎌で草刈りを始める。

「やあやぁ、Rさん、役員で用意を始めたんだけど、雨がザァザァ振って来て、今日は中止しただんね。そしたら、雨が止んじゃったもんだから、二人で始めちまったって事せ。あれかい、寝て居る処を起こしちゃったかいね。悪い事しちゃったね。手じぁ疲れるぜ、止めときましょや。帰りましょ。」

「そんな事ぁ、気にしなんどくれ。目覚まし掛けて起きたんだから。気は心せ。あいあい。」

 へへへ、壬生義士伝の下巻の読書を進めて居るのであるからして、中止の決定で<義務の免除>と横着を決め込んで居たら、お二方の犠牲精神に申し訳が立たぬ。

 何しろ、雨雲の中には、吉村貫一郎殿の目も感じられて仕舞う次第である。雨をたっぷり吸引した雑草は、丈夫で長持ちの鎌に去年替えたので、重くは為ったが中々の切れ味である。

 作業者三人の河川敷は、等間隔で声も通らない単独作業である。片膝付いての黙々作業ではあるが、物語の妄想展開を思案のマイペースの作業に、下らない邪魔が入らぬから、私にとっては<好都合>である。

 町会は270所帯。その殆どは持ち家である。国体道路を挟んで東西の町会である。その国体道路から西側は日曜の早朝であるから、草刈り機のエンジン音は聞こえる範囲に在る。町会世帯の半数として100所帯には聞こえる。割引いて土手に面した所帯は少なく見積もっても、60は下るまい。サラリーマン時代は、企業法務と労務管理が専門で在ったから、下らない<人間ウォッチング>を仕出かして仕舞うのが、私の隠して置きたい『嫌な性格』である。

 これは、組織構成員の思惑行動から完全に解放された一個人の自由なる自発行動とは、如何なる現れ方をする物か・・・との、私にとっては真に以って興味深々の人間ウォッチングが観察出来るのである。イッヒッヒ。
 幾つかのパターン想定をして、結論の方向性をニヤニヤしながら、長々と続く雑草の河川敷の中、ポツネンと雑草の雨粒にズボン、長袖のシャツを濡らしながら、汗を掻く。

 人間心理とは、面白い物である。エンジン音に外に出たら、損をするの<利性>が働いて本日に限って、誰一人として土手に現れる人影は無い。へへへ、睨んだ通りの展開である。

「おい、お兄ちゃん。今日は中止だぜ。そんなのは、役員に任せて置きぁ好いんだよ。合羽も着ないで、濡れるぜや。」

「あいあい、気は心だぜね。草刈りの予定をして居たんだし、仕事をすりゃ、濡れるし、汚れるし、疲れるのは当然だぜね。あいあい、勤労奉仕だぜ。俺の勝手だいね。」

★フン、この下衆野郎の無礼者めが、一丁前の口を叩くでは無いわ。俺の御仕事の邪魔をするで無いわ。アハハ~のハッ!!。

 お仕事、お仕事。再び、ポツリポツリと小雨が落ちて来た。まぁ、これだけ雨の滴で濡れて居るのであるから、暑く為って来た発汗体温冷やしのクールビズってな物である。

「Rさん、上がって下さい。」

「何扱いてるだい。後輩が先輩差し置いて、上がれる訳無ぇじゃんかい。先輩が上がったら、俺も上がるわね。先輩は何時も、黙々と立派だわ。俺ぁ何にもお役に立てないから、せめて気は心せ。気にしなんどくれや。」

「そうかい、其処まで言われたら、俺も歳だぜせ。上がるわいね。有難うございます。」

「袋詰めは、来週遣るだかいね?」

「ううん。これで終わりせ。草はこのままにして、自然堆肥にするだ。俺は、一々面倒な延期はし無ぇだ。四の五で、煩いのは性には合わんぜね。」

「嗚呼、それで・・・ ハハハ。先輩らしいわ。ふ~ん。そんな想定の中で一人で、何日も掛けて、黙々と草刈り機を動かして居たんですか。人間の出来が違いますわ。それで納得しました。」

「俺ぁ、そんな大した者じゃねぇせ。人間が、馬鹿なだけさね。」

 三級上の亡三兄と同級生だったと云う町会長さんは、眼鏡の奥の目を嬉しそうに輝かせて、ニヤリと笑った。

 家庭菜園のキヌサヤエンドウを千切って、お浸しを考える。一時間強のお仕事であった。家に入ると、台所の洗い物がして在った。老母は既に起きて、昇降椅子に背筋を伸ばして座って居た。私は着替えをして、老母の部屋に座る。熱いお茶が入って居た。

「何人、出て居たのかい?」
「町会長、副町会長、俺と三人だけですがな。アハハハ。」

「洗面所の窓から見て居たけど、声がしないし、中々帰って来ないから・・・息子は、少ない人数で一生懸命遣って居るんだと思った。そうかい。それは、御苦労さまでした。」

「あいあい、何て言ったって、俺ぁ、婆さんの子だからねぇ。イッヒッヒ!!」

 夜更かしの倅が、お努めを果たしに行って居る。親たる自分が、寝ている訳には行かない。これが、吾が母の昔から変わらない<筋目の通し方>である。大正女の子沢山風呂屋の娘である。


心何処ーショート 雨は無けれど、梅雨寒なり。
           雨は無けれど、梅雨寒なり。(6/16/12)
 雨は止んだが、肌寒く風の吹く日である。雨で水遣りは不要ではあるが、雨が降ると雑草の成長が、顕著である。暇潰しに外に出る度に、チョコチョコ草を摘まんで抜いては居るのだが、隙が出来ると次の草が芽を出して成長する。雑草さんも、スーパーのレジ待ち見たいな物で、空いた処に間髪を置かずに、芽を出すんでしょうかね。

 へへへ、草が大きく為ると厄介であるから、見えた物はその場で、摘まんで引き抜く事にして居る。雨の後は、生えるのも抜くのも容易であるから、これが本当の人・草・根比べと云う物であろうか。

 今日は肌寒いから長袖シャツである。Tはざっくりした灰色の網目の通風も涼しそうなTシャツ姿である。寒く無いのかと訊くと、何しろ夏のシーズンだから、見栄を張ってもこの位の夏姿で無いと、季節が過ぎ去って仕舞うとの事である。へへへ、巧い事を言う物である。

 ボラカイ反省会の言付けを伝えると、皆楽しんで来て、人のツクツクボーシ、バッコン、チュバチュバ話を聞いて、何が楽しいかと、一笑に付されて仕舞った。<はい、ご尤もな理由付け。その旨、お伝え申す>ってな処である。

 さてさて、明日は早朝6時より、町会一斉での河川敷清掃である。雨を確り吸い込んで、雑草の丈は長い。本日は、ホットコーヒーである。

 こんな梅雨日は、お天気さんに影響されるのが、人間のオシベ、メシべである。Tも大分疲れて来て、夕飯はどんなに遅く為っても好いから、洗い物は自分がすると言って、細君に復帰して貰って居ると云う。それで、大分、負担軽減が出来ているとの事である。

「Rの場合は、一人何役もこなさないと行けないから、大変だわな。如何するだいな。」

「如何するも、こうするも無いわさ。子分もピンチヒッターも居りゃせんわね。癇癪玉を小出しに弾かせながら、遣るしか手立ては無いわさ。でもさ、俺の処は、実の母親だけだから諦めも付くわさ。お前さんの処は、一挙に3人だもの。俺の比じゃあるまいに。」

「へへへ、中間省略すりぁ、そう云う事だわな。子供が年老いた親の面倒を見るのは当然の話なんだけど、要領の好いお為ごかしの口先、口数だらけの責任回避型が、大手を振って歩いて居るご時世だから、堪らんわな。
 
 回避の言い訳理屈を幾ら捏ねて見た処で、方法なんか一つしか無いんだけど、それを認めようとしないから、世の中、<汚い絵>ばかりがブル下がるんだよな。なぁ、潔く自分に引導渡して、<しゃー無い音頭>を唄って、踊って居りぁ、その内に、お迎えが来てお役御免の沙汰が下りるんだけど。タガの外れちまったご時世は、好い歳かっぱらった『駄々っ子』が多過ぎらぁな。困った物よ。ヒヒヒ。」

「へへへ、困ったご時世だぜ。神様、仏様、閻魔大王様、幽霊様を殺しちまったツケは、如何するのかね。俺の持論だと、幽霊様は自分だけが知っている事実に対しての良心の呵責って<本態の側面>がある筈なんだけど、幽霊様を都合好く神・仏と一緒に効率よく纏めて殺しちまったから、<死人に口無しの現世利益>にマッシグラよ。

 子供の世話には為らねぇなんて、嘯いて居られるのは<身体が動く内>だから、言える強がりだわさ。子供を忘れる親、親を忘れる子なんか、この世に何パーセント居るんだい。綺麗さっぱり忘れて過ごせるのは、偉そうな口を叩いても『人非人』のする発想、行動でしょうが。核家族個人主義の新高齢化社会とやらで、幾ら理想的な快適施設をテレビが紹介したって、そんな物ぁ、<送り手の編集>で語られている作り物なのに・・・ そんな表装物に騙されてホイホイ<流行行脚>じぁ手前の人生経験、心の奥に住まう孤独感すら顧みない。土台、心棒が腐って居りまするがな。

 面倒で感情的なイザコザをひっくるめての人間の喜怒哀楽なんだろうけど・・・蝶は綺麗とほざいて、その前身の毛虫。青虫は気持ち悪いだとさ。支離滅裂も、好い加減に曝せ!! 
 嗚呼、止め~た。言って見ても、腹の足しには為らんぜよ。阿保臭~。アハハ。」

「へへへ、オイさん、何かあったかい? 好いぞ、全部聞いて遣るぞ。何を懺悔しても、此処はT教会だぜ。守秘義務は守るぞ。」
「何をこきゃがる。守秘義務だか、<趣味義務>だか、そんな物ぁ、分かりぁしねぇよ。さぁさぁ、冷えるから連れションしてパッパタイムに行きますかいね。あい~。」
「おっ、先を読まれちまったかいね。相変わらず、オイさんは鋭いねぇ。ヒヒヒ。」

 ホームセンター、スーパーに寄るが、お互い、買い物品目が如何しても思い出せない。いやはや、世相お小言は口を突いてポンポン出るのだが、肝心要の買い物品目が出て来ない始末なのであるから、脳軟化症へのアイドリングが始まって居るのだろう。脳味噌活性化のバイアグラが欲しい物である。


心何処ーショート 用事は向こうから遣って来る物だ。
        用事は向こうから遣って来る物だ。(6/15/12)
 昨夕のジョロ散水時には、早くも芽を出し始めた。三日である。いやはや、最適条件?が整うと、生物と云う物は、これほど速い物かとただただ驚愕もし、大いに喜んだ次第である。酸っぱい酸っぱい小粒イチゴを鈴生り状態である。野苺ジャムでも仕込むべしや・・・

 朝の賄い夫をしながら、鍋で潰して砂糖たっぷりで、グツグツ煮詰める。そろそろ薬を貰いに行って来る頃合いである。訊くと、終わったとの事である。<★日に終わると言って置いた。>と来たもんだ。へへへ、生意気にしてフザケタ婆さんである。

 三度三度顔を合わせて居るのだから、<終わったのなら、終わった>で言って呉れれば良いのである。何日も前に終了日を言われても、こっちは、一々メモは取っては居らんわね。水臭いの極みでもあるが、あれだけお茶飲んでれば、そうも為るわな。<薬を飲んでも効果は無い、動けない身体で、彼方此方が痛い痛いと念仏を唱えているのは、もう嫌だ。>と来たもんだ。

 こんな糞婆は、相手にして居ても始まらぬ。回覧板を回しに行く序でに、町医者まで行って来る。

「あいよ。塗り薬はあるみたいだから、飲み薬だけ貰ってきたわいな。」
「すいません。有難うございます。」

 本日は、市役所に行って来なければ為らない。丁度昼であるから、種蒔きをしたマツバボタンがびっしりと生えて来た処でもあるし、チョイと間引き方々、庭の適当な所に場所を設けて、移植でもして置こう。これ、時間調整である。自慢じゃないが、石ころだけは腐る程ある。

 この辺りなら、廊下の椅子からも見えるだろうし、体調が好い時は、庭に下りれば団扇サボテンの黄花と一緒にマツバボタンの花も、見えると云う物である。適当な小石を二、三段に置いて、周囲の砂土を掻き集めて、小さな移植スポットを作る。指で土に孔を作る。移植ゴテで持って来た小さなマツバボタンの芽出し苗を入れて、指で押さえた後に、ジョロ散水を施す。

 さてさて、お時間も宜しそうである。着替えて、自転車に乗る。へへへ、帰りの上り勾配は、汗タラタラの良い運動と為った。

 遅い昼を食べて、ご機嫌伺いをした後は、漸くのマイタイムである。暑くて、上半身裸で、掻き揚げ蕎麦を腹一杯食べたが、お天気さんは下り坂である。Tシャツを着て、本日日誌を打ち始める。

 早ければ、この日曜日に<ボラカイ旅行反省会>をするとの事であった。ボラカイ旅行記はブロンソンさんに貸し出し中であるから、写真交換の足しに旅行記でも印刷して置きましょうかね。何だかんだと云っても、用事は向こうから遣って来る物である。


心何処ーショート これ、兄弟話為り。 
              これ、兄弟話為り。(6/14/12)
 弟との約束時間が、仕事が早く終わったとの事で、3時までには会社に戻って来れるとの事である。物語の続き打ちもまぁまぁの区切りであったから、丁度好い。自転車で行けば、下り勾配の30分コースである。暑いお天道さんであるから、首にタオルを掛けて物語進行中の舞台・鉢伏山の下に拡がる緑為す山の重なり合いの様を眺めながらのサイクリングである。

 お互いに還暦を過ぎての兄弟話には、其々の歩んで来た厚みがあるから、意味深も、含蓄も在って、楽しいし、大いに参考と為る処も在る。尤も、意見、感想、観察、判断と云っても、それはお互いのフィルターを通しての物であるから、参考の一助には為るが、それに従うと云うのは、再び自分のフィルターを通して見ないと実行出来ないと云うのが、これまた、人間の厄介な側面でもある。お互い、そんな事は十分承知の上での事の兄弟話なのである。

           彼が面白い人生観を話して呉れた。

「人間と云うのは、当事者間では上手く行かない物で、どんなに良い意見をして遣っても、その言葉をストレートには理解出来ない構造に為って居るものだわね。自分が間違って居ても、相手に素直に謝る事が出来ない。俺達は男兄弟のスパルタ鉄拳序列体制だったから、男の真骨頂は、嘘を付かない。言い訳はしないの潔しで歯を喰いしばって、兄貴達に殴られる事だったから、素直な物だったわさ。
 悪い事をしたら、直ぐ謝る。これが男の常識だったからさ。でもさ、これは世の中の視線で見れば、<異常な常識>だったって事でしょうに。例外を基準にしたら、判断を誤るぜ。低級を相手にしてたって、そんな物ぁ埒が明かねぇよ。これも、誰かさんに貰った言葉だぜ。

 低級と付き合うにぁ、時間が必要だわね。働き掛けは大事だけど、その気の無い牛馬に水を飲ませる訳にぁ行かんぜや。放って置くしか仕方が無いですわね。放って置かれりゃ、どんな馬鹿でも自分で考えて気付くしか手は無いわね。周りの色んなケースを体験して居る間に、上司・同僚・友達と云った<第三者の言葉>に吾に還る時が在るんだわさ。それで、初めて自分の間違いに気付いて、謝りに来る事が出来る。

 俺はさ、それを<人生航路の流木>って表現で話して居るんだけどさ。それは、見て呉れの好いゴムボートでもボートでも無いんだよね。流木なんだよ。そんな流木が、自分の前をゴォ~って流れて来る。それを掴めば、立ち直る事が出来る。その流木を遣り過ごしたら、折角の機会を逃す。でもさ、そんな自分の目の前を流れて行く流木は、必ず三本位は流れて来る物だよ。そんな流木通過チャンスを得る為には、2~3年は、如何しても必要なんだよ。

 流木にヒョイと飛び付いたり、無我夢中で追っかけて飛び付けるかが、<その人間の技量>って物でしょうに。そんな三回程のチャンスの流木を掴む事の出来ない人間は、所詮、見込みの無い人間さ。そんな者は、構うに値せず。表現は違っても、俺は誰かさんの影響力が大きかったんだわ。ギャハハ。

 家の兄貴見たいに、出来が良くて、敏感で感受性が鋭くて、意志の強い筋目の通った人間なんて、この世の中に一体何パーセント居るんだい。それも、ピエロ演技も大した物さね。俺達はさ、あんな優秀で凄い婆さんに育てられて来たんだから、如何しても婆さん、兄弟を基準にしちゃうんだよな。

 へへへ、其処がお互いの辛い処さ。荒んで碌でも無い事に明け暮れして居たんだけど、婆さんがお前は死ねと云って、台所から出刃庖丁出されて、<こんな子に育てた責任は自分にもあるから、一緒に死んでやる。>って言われた時に、俺は背筋が凍った。泣いて土下座をして、許しを乞うたわさ。あれで俺は改心出来たのさ。あの一件が、ターニング・ポイトだった。母親には、絶対に敵わないと思ったさ。母親は、有難いもの(存在)さ。そんな母親の背中を見て育って来たんだもの。言って見りぁ、俺達のアキレス腱だね。

 気の短い兄貴が、黙って馬鹿に為り切って24時間一年中面倒を見て居て呉れるから、俺は仕事が出来るんだ。でもさ、そんな立派な母親でもさ、息子が来ると気が緩んじゃうだろうれど・・・俺が行くとさ、婆さんは兄弟と比較してRちゃの事を悪く言う。俺は、それが我慢出来なくて、ついつい兄貴面するあの野郎の事を糞味噌に言って、婆さんにお説教喰らわしちゃうんだよ。同じ兄貴でも、俺はあんな奴の事は兄弟なんて認めちゃ居ないんさ。

 そんな事が在るから、普段は実家には顔出さずに、オンブにダッコさせて貰ってるんだ。本当に、何時も何時も、申し訳無い申し訳無いって、手を合わせて居るんだわさ。俺の兄貴は、もう一人しか居ないけどさ。一途で、自分の事は後回しで、筋目を通す。婆さんにそっくりな性質だもんな。言わない分、その内部の心が見え過ぎる程、見えて来るしさ。似た者母倅だから、衝突もするし、仲直りも早いんだろ。兄貴には酷な言い方だけど、相性が好過ぎるんだろうね。気難しい婆さんの介護は、他の者じゃ出来ないんだよ。俺は、この頃、つくづくとそう思ってるんだ。でもさ、これは理屈じゃ無いんだわさ。御免よ。

 生まれ順も番から男子高も、先輩後輩だしさ。Tさんも兄貴の高校時代からの親友だから、卒業して、入学の間柄だけど、良く遊びに来ていたから、俺には顔を知っている立派な先輩さんだもの。
 兄貴の大親友だから、気心の通じる兄弟みたいな親近感を持ってるしさ。RちゃとTさんの男同士の友情は、羨ましい気持ちと同時に、○○生らしい交わりだしさ。俺も、Tさんの所へは、ちょくちょく寄らせて貰ってるんだ。こんな風にラベルとレベルの歯車がカチッと噛み合って、回る人間関係なんて、そう滅多には無いぜや。

 元を辿れば、これも婆さんの育て方が好かったって事でしょうに。でもさぁ、※この文章に書いてある様に、俺達が生まれ育って、親の背中で躾けられて来た様な日本の家庭も社会も国家も無く為っちゃた。切ないもんだけど、世の中が好い加減、自己中、権利権利の金儲け、無責任の恥知らずの飛んでも無い世の中に堕落したって云ってもさ、<三つ子の魂、百まで>だから、おいそれと自分の生き方を変える事は出来ないしさ。

 お互いに、中学の時には、陸上で鳴らした名選手。つっ走って、つっ走って、白いゴールのテープを駆け抜けるしか俺達の流儀は無いって事さね。へへへ、そう教えてくれたのは、兄貴だぜね。アハハ。」

 へへへ、還暦に為るとこんな話しが極自然に出て来るのであるから、人間、長生きは必要なんでしょうかね。さてさて、晩飯を作りにお暇致しましょうかね。

※久し振りに、まぁまぁの文章に為ったので、昨日アップの<壬生義士伝上巻・感想文?>の一文を、弟にプレゼントした処である。


心何処ーショート 壬生義士伝上巻、感想文?
           壬生義士伝上巻、感想文?(6/13/12)
 ラジオでは参議院中継を朝から遣って居る。質問者は私の嫌いなスピッツ先生(自民党)である。然しながら、この三白眼先生の噛み付き方は、こんな場面に為ると、正に適材適者である。民主党政権の実態が暴露されて、総理、大臣のしどろもどろの答弁は、正に逃げの一手である。難しい政治の世界は一向に存じ上げないが、末端の桟敷席ながらロートル貧民からすると、失礼ながらデカイ声で笑って終うばかりである。余りにも酷過ぎる。これでは、<軽量・低級の国会晒し者の誹り>は、免れまい。

 私は新人サラリーマン時代、実に面白い感想を得た。立板に水、その喋る事の細かい事と言ったら、舌を巻く程の細部に至る。私はその男の記憶力に白旗を上げるしか無かった。そして、その余りの膨大な喋りに付いて行く事の出来ない<私のスカンポ脳>の中には、殆ど子細・細部の歩留まりは無かった。私が馬鹿なのか?相手の馬鹿さ加減?が、馬鹿にされたくないの背伸び一辺倒沙汰であったのか?は、中々判断の付かない処でもあった。

 私は若く生意気盛りで深慮も欠落して居て、オマケに口が悪かった。同期入社の仲の好かった男に、言った物である。

「偉そうに、アイツは相当な低能児だろう。背伸びをし過ぎて、頭の中に在る事、浮かんだ事、感じた事を、全部吐き出して饒舌にクッチャベル事で、自己陶酔して居る。相手の脳味噌の部屋数、定員数も、一切お構いなく・・・適正人員を超えて、ホテルの部屋に客をぶち込んで火災発生で、死人が出たら如何するんだ。
 土台、手前の頭の整理も付かないんじゃ、早晩、お里が知れる。詰め込みが過ぎりゃ、人間は消化不良で、全部下痢ピーよ。あんな低能自惚れ野郎の下には配属されたくは無いな。馬っ鹿じゃなかろうか。見て見ろよ、ったく、相手を観察する技量の欠落して居る<嫌な面>してるぜ。」

 へへへ、やれやれ、何十年も昔の嫌な野郎の顔を思い出して仕舞ったものである。何か、ドジョウさんを筆頭とする民主党内閣の大臣さんの中には、男女を問わず、こんな御仁が何人か居られる。言論の府は、幾らテレビの実況放送が在ると云っても、意味の無い饒舌さで議論が摺れ違っていては、それは<熟議の国会成果>は出ないであろう。能弁と実績の相関図は、少なくとも正比例の関係に無い事だけは、確かの様である。

 意味の無い長駄文の館は、私の様にブログ樹海の辺境地に於ける貧民ロートルの、たった一つの悪趣味の段階に留めて置くのが、世の常識でしょうが。

 壬生義士伝は、上巻463頁を読んだ。これは、兄貴推奨本だけ在って、表面も奥も面白い小説である。何日も掛けて読み進んでいる今では、新撰組を遠に離れて、大東亜戦争の敗戦終期・末期に何千何万の日本軍・将兵の玉砕・敗走実態だっただろう実態が、同時進行の様に浮上する中で、頁を捲って居ると云った次第である。そして、政権の座から転がり落ちた自民党の小泉・安部・福田・麻生期の自民党の様を、幕末の幕府に準えたり、維新を民主党<異心政権の体たらく振り>等が、何も意識しないのに不思議な事に、浅田次郎さんの筆致とオーバーラップして仕舞うのである。

 私は完全に、著者の類稀なる物語手法に舌を巻いて居る。新撰組隊士・吉村貫一郎像と南部藩下級武士の吉村貫一郎像を、個性・立場の違う複数者の『語りの重畳』に依って、著者は幾重にも浮かび上がらせて行く。その時代その時代の背景、移り変わりで、集団に巣づ喰う摺れ違いを50~60年のスパンで描くタッチは、南部言葉、お江戸言葉、京言葉で、その時々の吉村貫一郎を鮮やかに炙り出し、描いて行っている。

 吉村貫一郎を語る者達の中に、ただ一つ無いのが、<知った被りのインテリ>が居ないと云う側面だけである。そして、この事が、この物語に一種の市井の壮快感を齎している様にも思える。

 一切、肩の凝らない長丁場の読み物の形を、娯楽歴史小説として表面的には流して居るが・・・その技法は殆どすべて『語り』で進められて行くのであるから、凄い作家さんと云わざるを得まい。

 それは、江戸弁に乗ったテンポの良さでもあり、南部弁のしんみりとした語りでもあり、冷徹な殺に則った技量の評価であったりで、吉村貫一郎の全側面を強弱を付けて肉を盛って行くのが、多彩な証言者達の語り口で構成されているのである。

 これは奥の深い身近な稗史の中に散った『南部下級武士の身の丈の歴史物』である。<歴史に、正史と稗史(はいし)在り。> これは、私の好きな言葉である。日本の話芸・語りに、講談・浪花節・落語在り。語りを知って、その語りの神髄を愉しみ、語りの中の正史と稗史を味わって、歴史を知り学ぶ。学び知った物事の陰陽の人間の綾に想いを為して、過去・現在・未来を垣間見る。

 人間は、凄いね。楽しいね。辛いよね。好い加減だよね。酷いよね。惨めだね。哀し過ぎるね。

 でもねぇ~、どうせなら、<有限の生の世界。虎死んで虎皮残す>に与かって、人間として生まれたからには、苦しくても、泣きたくても、一本の筋、光彩を残したい物でヤンスね。そうでなきぁ、人知れず稗史の中で、七転八倒して死んでいった日本人の本物の御先祖さん達に、申し開きが出来ませんわね。

 上巻の394~405頁に亘る吉村貫一郎が、南部弁で、夢に現れた母に語る心情の吐露シーンは、嗚咽に嗚咽を次ぐ<人間社会の非条理に対する告発部分>であった。何度息を整えて、読んだ事か・・・

             さぁ、下巻は、445頁である。

 昨夜、泣きに泣いた上巻の心情の高見に、殊更、弁多き国会中継の様は、馬鹿野郎共、俺達日本人にはなぁ~、こんな吉村貫一郎の心情だって、遺伝子の中には脈打って居るんだぜ。少しは、自分を戒める気持ちは無いのか!! 少しは、恥を知れっちゃ!! 
 
 さてと、こんな気分の時は、肉体労働でも致しましょうかね。京菜、シュンギク、チンゲン菜の種でも買って来て、蒔いて見ましょうかね。

 へへへ、蒔き場所が無く為って仕舞ったから、畝間の凹地利用と行きましょうか・・・長靴を履いて、スコップと10kg入りの米ビニール袋を持って川原に下りる。栄養土を確り抱え込んだ葦の根元をスコップで、ヨッコラショと掘り起こす。宿根の抱え込んだ上質の土をスコップで、八つ裂きにして腕力でフルイ落として小山を作る。それをスコップで掬って袋詰め。堤防の階段を登って、フーフーと河川の栄養土を運ぶ。

 へへへ、暑い正午過ぎ7往復して畝間の凹地に入れて、昨日の残り2と新造の畝間2に、その三種類の種蒔きをしてジョロ散水をした次第である。へへへ、俺ぁ、根っからの単細胞人間だわさ。

※一部、通りの悪い部分を訂正、加筆致しました。



心何処ーショート 親分無しの子分無し
               親分無しの子分無し。(6/12/12)
 さて、起きるか!!  本日は午後から雨との予報である。白カブも葉が黄色く為って来た物がチラホラであるからして、全部抜いて漬け物にして、土を鋤き込んで新しい畝を作ると致そうか。朝飯の前に一仕事をするべしである。何しろ川原地の土目の薄い土地で在るから、スコップでガッポリと掘って盛り土状の畝を作る。凹地には落ち葉、庭に繁茂した植物の茎葉、台所の生ごみをぶち込んで腐らせて堆肥もどきにする為である。

 元来がズボラ人間であるから仕事は纏めて、何かと一石二鳥を企むのである。仕事は嫌いである。それでも、エンジンが掛って仕舞うと、最後まで遣らないと堪能しない損な性分なのである。やれやれ・・・真に困った性質である。小石を拾いながら、170cm×30cmの畝を6本作った。とは云う物の・・・出来上がった家庭菜園の様を見ると、嬉しくなる物である。へへへ。

 次はラジオを付けて漬け物樽で、綺麗さっぱりと抜いて仕舞った白カブの洗い作業である。嗚呼、嫌に為りまするわねぇ~。何処かに、子分は居ないかね。

 如何にか洗い終えて、新鮮なコマツナを何本か抜いて、ワカメと菜っ葉の味噌汁を作って、老母様お待ちかねの朝飯とする。風呂を沸かして、今度は、収穫した白カブの漬け物にシフト替えである。いやはや、これぞ<生産者責任>と云う物であろうか。・・・大小不揃いの白カブをカブと菜っ葉に切り分けて、其々の容器に塩をたっぷり塗して、漬け物石を乗っけて苦役を完了させた。

 嗚呼、親分無しの子分無し。小ズクの連チャンで、貧民ロートルの腰は痛いでアリンスわ。トホホには違い無いが、此処は親分無しの子分無しであるから、作業中は嫌々、遣り終えて仕舞えば、オール・ハンドメイドの溜飲が下がると云う物である。ニャハハ!!

 世は停年農オヤジに、農ガールのご時世とやらである。へへへ、遣り始めると、<然も在りなむ。>の心境にも為って来るから、吾ながら可笑しなものである。国会中継をラジオで聞きながら、風呂、洗濯である。老母に風呂を譲って、私は用足しに自転車漕ぎである。

 帰りに昼の買い物をした序でに、ホームセンターで日陰でも育つ三つ葉の苗を6コ買って来て、柿の木の下の畝に移植する。スーパーのレジオバさんに何度も、ジッと見詰られて仕舞った。蓼喰う虫も好き好き・・・ツルツルのスキンヘッドとツルツルの真黒けの顔が、オバさんのフェロモンに刺激を与えたんでしょうかね。こっちゃ、タジタジの苦笑いであった。

 新畝の三つには、残りのコマツナを蒔き、一つには三つ葉を植えた。へへへ、土の畝だと収まりが悪い。放って置けば、雑草畝に転落するのみである。さてさて、残り二つには何を蒔きましょうかね。今度の日曜日に向けて、河川敷では草刈りのエンジン音がして居る。雨もポツリポツリと落ちて来たわいな。何て云ったって、梅雨入りだもんなぁ~。

心何処ーショート アリャリャ、取り留めの無き文字重ねと為りに蹴り。
     アリャリャ、取り留めも無き文字重ねと為りに蹴り。(6/11/12)
 おやおや、何年振りかで初恋のHちゃんの夢を見て居た。へへへ、統計的に思えば、<コラ。R、ちゃんと真面目にしないと駄目だよ。・・・>なんて暗示的なアドバイスの効果を与えてくれる確率が多い。彼女との初恋物語は、カテゴリー内の<初恋は、ときめく胸の鼓動>に打った処でもある。まぁ、これも愛嬌の一つであるから、興味のあるお方は、冷やかしにお読みに為るのも、悪くは無いですぞえ。
 
 夢の中で、彼女にお説教直球を貰っている訳では決して無い。夢の中の彼女に接して居て、<ほぅ~、彼女には、こんな側面が在ったのか、こんな感じ方・考え方をして居たのか、寂しい笑顔の裏の目には、こんな想いが込められて居たのか・・・>などと云った人間心理の襞、綾などを、私が夢の中から気付いたり、観賞して居ると云った形式の物が多い。

 勿論、全ては夢の中のイメージ、残像である。記憶を辿ろうとして神経を集中させても、明確な言葉など手中に出来ないのは言うまでも無い。夢の像が、彼女の面影の一つ一つを残して居ると云った具合である。云う為れば、俗に云われる<目は、口ほどに物を言う>の典型である。
 私の性根は、どちらかと云うと、『石部堅吉』見たいな処が、根っこに在る男である。従って、特別な想いが在るのが、初恋の本姿でもあろうからして、初恋のHちゃんの<御暗示>には素直に従うのを常としている次第である。へへへ。

 本当に何年振りかの彼女のご登場で、好い気分の夢見であった。そして、何時に変わらぬ儚くも可愛く好い女であった。<何かと気遣って呉れて、アリガトさんね。>・・・である。

 昨夜は、夢奇譚の前編22の読み直し加筆がほぼ打てた。挿絵を2枚描いて都合3枚と為ったので、<何時でも下ろせる貯金>と為った。現実には貧民故に貯金は無いが、何時でも引き出せる蓄えを持つと云うのは、気分の居心地が格段と良くなる物である。ウッシッシ!! 

 その後は長丁場の本の続きを読みながら、催眠効果の淵に没して行ったのである。

 私の朝の心身の目覚めは、この頃では庭で過ごす事が日常化して居る。一周りしてジョロで水遣りをしながら、通学の自転車通学の高校生達の一団と接しながらの、植物達への観察は、私にとっても朝の始まりでもある。

 この処、マツバボタンに興味が湧いて、老母はマツバボタンを<爪切り草>と覚えて居るとの事であった。この歳まで、植物には疎(うと)い身であった。遅らせながら、文明の利器インターネット検索で、その意味を知った処である。

 即実行で、爪で茎をポツンと切って、其の儘、土に挿して置くだけで、本当に挿し芽が叶う。そんな事で、私は馬鹿の一つ覚えで、そんな遊びに目を細めて、ポツンポツンと遣って居る次第である。中には、直接地面から花を咲かせている地面花もあるから、<知る事は遣って見る事>の目から鱗発見と云う物である。ウッシッシ~。

 さてさて、時間であるから、朝の賄いでも始めましょうかね。全く、動きの無いからして、体調が優れないのであろう。本日は、暑くなるとの予報であったが、現在は曇天の模様である。

 家庭菜園からコマツナを間引きして、ベーコン、干しエビを入れて、残り飯をチャーハンとして、老母の動きを待つ。閉じ切った薄暗い部屋で、ベットの中の白髪頭は動かない。火を止めて、モヤシが残っているから、ナメコと一緒に和風スープを作る。

 玄関鳥は、昨日、生き餌のミール・ワームを入れて遣った所為か、朝からブンチャカ・ピィピィ・ピィピィーと自棄に元気が好い。

 そんな元気で活発な玄関鳥の囀り、動きの活発な物音に、吾が気分は、一気に低迷の沙汰である。年老いた母の介護生活が私の仕事ではあるが、体調優れずベットで骸を横たえて居る様な老母を見ると、正直言って気が滅入るのが、至らぬ『人間感情』と云う物である。

 自分が食べたく無くても、食事は作らねば為らないし、食事を用意しても、食べれない時も有る。作って、残り物整理。『ウンザリ、うんざり、コンチクショーの蓄積沙汰』もある。そんな事で一々嫌味を言って居たら、この生活は成り立たなく為る。深呼吸して、癇癪玉を呑み込むのではあるが、時には抑え様も無い<八つ当たり衝動>に駆られる事も屡(しばしば)ある。至ろうとしても至れぬ人間感情であるから、結果的には仕方の無い事には違いないが、仏頂面を見せたら、老母が可哀想である。

 へへへ、こんな時は、T大明神である。野郎はこんな時、どんな顔、どんな態度で、オヤジさんに接して、如何なる気分の鎮め方をしているものやら。
 野郎が、立派にお努めを果たして居るのである。何のこれしき、俺も乗り掛かった手漕ぎ舟だ。最後まで漕ぎ続けるしかあるまい。へへへ、親達はお互い、好い倅を持った物であろうが。これは、私とTとの偽わざる<本音と諦観>である。・・・とほほ為り。

 老母様は、座卓に就いた気配である。さぁ、サッサと食事を運んで、賄い夫を完了させようぞ。

 嗚呼、怒っちゃ行けねぇ。泣いちゃ行けねぇ、恨んじゃ行けねぇ、塞ぎ込んじゃ行けねぇわさ。日本全国、否、世界中、市井の片隅でこんな光景なんざぁ~、星の数ほど、太古の昔から繰り返し繰り返し、続いているんで在りまする。云う為らば、こんな日々の気分巡りは、極当たり前の光景にしか過ぎない。

 何のこれしき、メゲたら男のキンタマの重しが泣く。折角の初恋Hちゃんの夢見である。妄想夢奇譚12部・前編では、ロシア・アマゾネス団の赤柄の睾丸鞭が炸裂した処でもある。何のこれしき、男のキンタマに賭けて、屁の一発で交わして遣ろうぞ。糞婆ぁ~。

 ラジオでは、昨日の大阪行きずり殺人者の動機が報じられて居た。案の定、推して知るべしの報道ステレオ口上であった。真にフザケタ動機口上である。これ程、能書きを覚えると云う事は、云いたくは無いが<報道で学んだ能書き工場のベルトコンベア>が、社会に出来上がって仕舞ったと云う事なんでしょうかね。

     以下は、或る拍手コメントさんに打ったコメント返しである。
『』コメさんへ。この種の事件の動機は、誰でも好いから人を殺して見たかった…なんてステレオな事を喋って居ますね。まぁ、これも報道学習効果なんでしょうけど、頭のてっぺんから爪先まで、異常者ですね。世の中が面白くない、刺激が欲しいと思うのなら、世界の紛争地で傭兵に為るか、生きるのが嫌なら、人知れず海の藻屑に為って、魚の餌にでも為れば好いんですよね。四の五の責任転嫁は、ご法度ですがな。

 何の関係も無い人間にとっては、甘えるのも、フザケルのも好い加減にしろ!!ですね。動植物以下のガラクタですね。こんな物ぁ、即刻打ち首で三条が原で晒し首、カラスの餌で十分でしょうね。

 遺憾いかん、取り留めの無い愚痴零しと為って仕舞いました。平に、ご容赦の程を・・・

 さあさぁ、予報通りに、カッと太陽さんの照り付けである。本日28℃との予報である。


心何処ーショート 嗚呼・・・
                  嗚呼・・・(6/10/12)
 灰色の雲間から、太陽が射したり、隠れたりで、蒸し暑い一日である。川地の石のゴロゴロした吾が家の土である。既に野生化した小菊もイチゴも、形こそ小さいが真に乾燥に強い植物である。

 昨日の飽きる程の雨に晒されて、たっぷり吸引したイチゴには、赤い小粒の小粒の実が、葉の下に顔を覗かせている。それを取って、小鉢に二等分して砂糖をタンと乗せて、スプーンで潰す。市販物とは異る赤い果汁が、酸っぱい条件反射で口中に拡がる。

   廊下のリクリライニングの椅子に座って、庭を見て居る老母に差し出す。

 午前中は、夢奇譚前編の通し読みをして、文章の落ちを直したりで終えた。気分転換に、庭に出て、一周りして雑草の芽出しを摘んだり、10程咲いたマツバボタンの花を愛でたり、一両日の間に、白カブの収穫をして、土を撹拌して新たな畝を作るべしである。

 キヌサヤエンドウには、今か今かと待ち構えて居た小さな実が付いて来た。ミニトマトも、小さな青々とした実を徐々に膨らませて来て居る。家の中の空気よりも、外の空気の方が美味いし、気持ちが好い。来週の日曜日は、町会一斉の河川清掃である。家に入らず、外の定位置で煙草を吸いながら、鎌のボロボロの刃をハンディ砥石で刃出しをしたり、ノコギリの目研ぎをして見る。背後の二畳小部屋からは、ラジオが聞こえて来る。

 さてさて、散歩は蛍を見ながらの夜散歩として、早い処、本日のブログ日誌を打ち込んでお絵描きタイムと致そうぞ。前編22頁に対して、挿し絵一枚では、如何にも据わりが悪過ぎる。

 こんな事を打って居ると、大阪で通り魔殺人事件の報である。被害者の男性は死に、婦人は心肺停止状態であると云う。白昼の繁華街で、こんな事件が起きる。腹部を何箇所も刺しての兇状は、感想以前の殺人者への吐き気を催すばかりである。

 怨恨すら無い第三者に対する無差別の兇状は、一体何を意味するのか・・・ 同様な事件報道に、この種の事件が繰り返される社会は、異常に繁殖し続ける社会と人間の癌細胞なのだろうか。医学がどんなに延命に発達しようとも、心、精神が荒みの一方に向かって落ちて行く21Cの人間社会とは、一体、何なのだろうか。私には分からないご時世である。気分が一気に萎えて終った・・・


心何処ーショート 梅雨入り初日の雨為り
              梅雨入り初日の雨為り(6/9/12)
 昨日の夜散歩では、待望のホタルを見て嬉しい気持ちに為った。総合体育館・県文会館に架かるS橋の下の一角である。水辺のぎっしり生えた葦の低い所で、呼吸をするかの様に、チカッ、チカッと青白い小さな光が幾つも点滅して居た。

 11時を回った深夜の二畳小部屋で、雨の庭を見ながらのPC打ちをしながら、切りの好い処で閉じて、布団の中で本の続きを読む。

 朝は雨音で目覚める。雨の様子を廊下から見る。独鈷周りの苔が、鮮やかな色を呈して、静かに雨を受けて居る。水遣りは、当然に不要である。得をしたのには違いないが、この処、毎日の日課であるから、物足りない気分に為って来る。
 然程の雨では無いから、カブ菜を抜いて、大きく為ったカブを肥やす為に周辺の小カブ菜をサッと炒めて、油揚げを刻んで唐辛子を少々加えて甘辛煮にして、朝飯のおかずとしなければ為るまい。自分で育てた物は、最後まで胃袋に収めて遣らねば<引導渡し>が出来ないと言う物である。やれやれ、私は生真面目過ぎる様である。・・・

 好物のサヤエンドウは、白い花を沢山付けて来た。その横には、斜向かい吟さん差し入れのジャガイモの残り物を種イモとして土に還して居た物が、何本か青々とした茎葉を伸ばしている。

 昨夜、<明日に向かって走れ>さんのブログを見て、驚愕の事実を知った。何と何と・・・そのブログには、ジャガイモの緑の果実が、丸でミニトマトの実生りの様に、左右対と為って6コ付いて居たのである。走れさんに依るとトマトとジャガイモは親戚との事であった。

 そんなブログ記事を目にして居たから、私もそれにアヤかって、その事実を実感して見たいの気持ちに為ったのである。どんな熟し方をして、如何なる味なのか・・・ 先日のmaso♪通信では、楕円の黄玉を見ん事一刀両断に立ち割って、左右の玉・玉を従えて、梅雨空に一直線に天空を目指す語源は<睾丸>のアドカボの雄姿と云い、マッコト・・・ブログ世界と云うのは、新知識の宝庫と云うべき物である。

 本日、Tとの土曜スタバトークでは、その話題でバイアグラ共々のギャハハ笑いであった。幸い梅雨入りの篠付く雨で二階席はガラガラ状態であったから、些か度を外して仕舞った。遺憾いかん・・・

 Tから回って来た浅田次郎著<壬生義士伝>はブックオフで買って来て、読み終えたタイミングで、ひまじんさんブログでその紹介が在ったので、私にプレゼントの段だったとの事である。彼も、ひまじんさんには興味深々で、<会津への一人旅>記事によって、ひまじんさんの東北に寄せる並々ならぬ想いの外郭に接近して、ひまじんさんの<人と為り>を想像して居るのだと言う。

 そんな事で本日は、未だ見ぬブログ管理者さん達への想像、妄想を二人で<下衆の勘繰り>宜しく、感想・意見交換をした処である。

「処で、夢奇譚の方は、何処まで行ったんだい?」

「今20頁迄進んじゃって、全体だと40~50頁の分量に為って仕舞うかも知れない。そんなのを一挙投稿だと、読む方がキツイから、マヤ編に倣って、前編、後編スタイルにしようと思ってるんだ。」

「そうかい。オイサンも大変だねぇ。一人何役もこなして、それじぁ、時間割が大変だろう。」

「あいあい、この頃じぁ、殆どテレビ見てる時間が無いわね。それがさ、ブログにもちょこっと打ったかも知れないけど、<現代人、古代と侮(あなど)る勿(なか)れ。>でさ。米作のイノベーションの凄まじさは、現代人の想像を遥かに凌いで居たって寸法さね。とんでもないスカンポ脳現代人の胡坐掻きで、時代設定を1世紀程間違っちゃってさ。

 中山の弘法山を二段階目の古代の交易場所として打ち進んで居たら、弘法山古墳は3世紀末の東日本最古の古墳と来たもんだ。俺ぁ青く為っちゃって、金印の漢倭奴国、倭国大乱、卑弥呼の邪馬台国、大和政権辺りと縄文・続縄文・弥生・古墳時代と、歴史本引っ張り出して、俄か答え合わせをして愕然よ。俺にぁ、荷が勝ち過ぎたって事さね。参ったねぇ。

 すっかり打ちのめされて、頭抱え込んじゃって、完全に座礁しちまったのが、現実だったわね。へへへ。

 帳尻合わせに、一応、その間の年表纏めでさ、別途1頁半の打ち込みしてさ。さてさて、明日はどの辺りに割り込ませるかなんて、気がすっかり滅入って<青菜に塩>状態だったんさ。何か方法・ヒントは無いものかと思案して居たら、『女の股ぐら』を思い出してさ。纏めて入れたんじぁ、粘膜ヒダも避けて大出血の傷害罪で訴えられちまう。ぶち込みたい男の衝動は山々だけどさ、冷静に為って仏心を持ちゃ、それじぁ、余りにも可哀想だと考えて、中国様の三国志に倣って、浅浅深でも容量不足じゃお互いの不幸よ。其処で立体攻めを平面攻めに再加工してさ、三分割したら<魚心在りゃ水心>だ。挿入したら、ヌルリと奥まで入って、へへへ、ピッタンコでさ。

 そんな後で、maso♪大明神から、<感謝の事後報告>なんてお誘いを受けて、彼女のブログを覗きに行ったら、テントウムシのサンバの後に、本日の本題として、中折れハンディを見ん事、跳ね退けて、黄色のタマタマ従えて、これぞ正しく『睾丸の目出度い芽出し』と来たもんだぜや。浪速女の凄い薙刀の切れ味で、一玉が二玉にスパンだったわね。

 それがさぁ、本姿はやんごとなき才色兼備の専業主婦様なのに、リズム宜しきハイテンポの<浪速の爆笑maso♪節>の炸裂さね。写真見て、仰け反って、口に咥えた煙草足に受けて、アッチッチのギャハハさね。世の中にぁ、才女・傑女様は居らっしゃると、こっちゃ、やっぱ日の元の国は天照大明神で、平伏しちまったわな。ありゃ、絶対に御子孫様であらっしゃいまするわね。如何見ても、彼女は、F高タイプの頭の切れる好い女に違いあるまいよ。ウッシッシ。」

「子細、相分かった。でもなぁ~、キミは一々、引き合い、例えが助平過ぎる。ド助平を遥かに超えて、変態オッサンの領域にまで達して居るぜや。俺も、色んなタイプと付き合って来たが、こんな戯けは初めてだぜや。頭ん中かち割って、フォークとナイフで試食する必要があるぜや。イッヒッヒ!!
 まぁ、俺位の自制心と許容力が無いと、こんなオッサンと長い付き合いは出来んわな。バイアグラはあっても、戯け、変態に付ける薬は無いですなぁ。あい~。嗚呼、腹痛かったぜや。この馬鹿垂が。」

「馬鹿野郎が~。何を扱きぁがる。無駄事扱いてると、女房子供に、匿名の手紙送り付けるぞ!! 匿名だから、責任転嫁は出来んぜや。如何するだ!!」

「お代官様~、それは困りまする~。叩いて埃の出ない男は、男じゃごじぁりませ~ん。平らに平らに、ご勘弁を。さあさぁ、パッパ喫って、覗いて行くかいね。お互い、賄い夫のお時間が控えて居るぜな。インディアンのパッパ協定だいね。行くぜや、小便が漏れるぜや。」

 小降りに為って来た梅雨入り初日の雨である。今年の梅雨は、果たして如何なる梅雨模様を見せる物やら・・・ 孫煩悩のTは、孫の為にタ~ンとミニトマトが実る様にと、配合肥料を買った次第である。へへへ。

心何処ーショート 久々のアガタ節???
             久々のアガタ節???(6/8/12)
 本日は、朝から暑い。既にカンカン照りの様相では在ったが、朝のお勤めに、ジョロでの水撒きである。昨夕の斜向かい吟さんの言葉では無いが、毎日、何年も植物と接して居ると、植物と会話が出来て、<お前達、何が欲しい?>の言葉がツイツイ口に出て終い、<そうかそうか、水が欲しいか、肥料が欲しいか、下草が邪魔か>>などと会話をしながらの畑仕事、庭仕事に為るのだと言う。いやはや、凄い領域と云う物である。

  全くの新参者ではあるが、為る程とも思えるから不思議なものである。

 四畳半PCから二畳PCに移ろうかとしていると、ガス屋さんの集金である。髭のブロンソンさんは、薄いグレーの半袖シャツの作業着である。玄関上がりの廊下に陣取って、早速、月に一度の男の感想会である。花の続き絵は、殊の外、気に入られた様子である。

「いや~、月に一度、此処にお邪魔するのが楽しみで、Rさんの歴史観、その他の博学振りには舌を巻く物が在りますわ。自分で確りした文章書いて、その挿絵まで自分で描いて、オマケに聞き上手、話し上手の好い体格、男前の顔してるんだもの。

 こんな人は、そう滅多には居ないですわ。伊達や酔狂で、美人なロシア女が付いて来ませんわ。Rさんの文章読んだり、絵を見たり、話をして見ると、テレビなんかで<日本人は顔の無い国民だ>なんて事ばかり云ってるんだけど、何を馬鹿な事を尤もらしく言ってるんだって、馬鹿マスコミの脳足りん連中の頭を張っ飛ばして遣りたい物ですわ。

 本当にRさんをテレビに出して、この温かみと含蓄満載のアガタ節を聞いたら、それこそ、男も女も全員剃髪沙汰ですがな。

 Rさんの受け売りじゃないけど、化粧してガラス玉の目して、流行の服着て、チャラチャラのアクセサリー付けて、匂い飛ばしたって、所詮はマネキン人間じゃ無いですか。ガラス玉の目に、何で喜怒哀楽の情が宿るんですか。土の臭いを忘れた個室飾り生活に、何で人間の五感が磨かれて宿るんですか。冗談じぁ無ぇや。
 世が世だから、口先ばっかりで、実力の空っきし無い馬鹿餓鬼集団だから、国会開いたら、野党から糞味噌に取っちめられるから、怖くて国会も開けない。偉そうに振舞ったって、一番の給料泥棒が、日本の国会議員なんでしょうに。見え透いた幼児語をペラペラくっちゃべるなって、ツバ吐きたいですわ。男は、とどの詰まりが<キンタマ勝負>でしょうが。

 へへへ、今日は、普段の政治家連中にストレスが充満してるから、此処でガス抜きさせて下さいね。何か、俺、誰かさんに似て来た様ですわ。

 それに驚いた事に、家の回りがスッキリして、花壇まで出来てアジサイに、マツバボタンまで咲いてるし、家庭菜園には菜っ葉が、青々して居る。いや~、実に羨ましいと思う以上に、Rさんは表面には出さないけど、ソツの無い優等生って事なんでしょうね。

 根性のひん曲がった雑草の根を全部引っこ抜いて、あそこまで綺麗にするなんて、一日や二日で出来る仕事じゃないですよ。汚れて、バテて、全身ガタガタ。それでも遣り始めた事だと、遣り通す。これが真っ当な人の底力・実力なんですわ。
 だから、こう云う文章、絵、話が出来て、そのバランスの上に成り立っているのが、Rさんのその体格、顔、眼差しの全体的雰囲気なんですわ。男の私から見たって、魅力満載の人だもの。マネキン人間と並べて見りゃ、どんな馬鹿だって一目瞭然ですわね。

 何時も哀しく為る事があるんですけどね。俺達が餓鬼の頃には、どんな町にも、Rさん見たいな、お兄さん、オヤジさんが居て、子供心に、ああ、俺も早く大人になって、あんな風に面白くて心に残る話しが出来たら、皆から慕われるんだろうな・・・なんて、大人の魅力に憧れて居たんですがね。アハハ。」

「そうかいね。実は俺もそうだったんだわ。本当に、俺達の我鬼時分には、好い大人、面白い大人、傑作な大人が一杯居たもんね。うんうん、話を聞きながら、懐かしいお兄さん、オヤジさん達の顔が浮かんで来て居たよ。でも、幾ら思い出そうとしても、あの当時、個性重視、ゆとり教育なんて、<教育文言>は無かった筈なんだけどね。そいつが、如何にも不思議なんだよね。アハハ。

 吾が祖国・日本は何処で道を逸れちゃったのかね。たかが一回の戦争に負けた位で、男の大事なキンタマをアメ公に毟り取られて、戦後利得者の戦前少数者達が、悪知恵働かせて、戦前全否定の不埒千万の遣りたい放題。今じゃ、何だか知らんが世界仲良しクラブの名誉総裁に祭げられて、中国様、北朝鮮様、韓国様の無礼狼藉に、手も足も出無ぇ体たらく行進ですがな。キンタマも無ぇのに産めよ増やせよじゃ、コクも締りも無ぇ40日ブロイラーの量産じぁ無いのさ。加えてブロイラー輸出先が、アメ公のTPP参加かいね。手前ら、フザケルのもテーゲーにし遣がれってもんさね。おまけに、中国スパイが大臣・副大臣を抱き込んで、口利き・マージン稼ぎと来た日にぁ、如何し様も無かんべや。

 生と死を生物的肉体的にしか定義し無くて、精神・魂を疎かにし過ぎた付けが、今の精神崩壊、家族、社会、国家の短絡個人自由の個人主義の権利偏重思想を生みだして来たんでしょうね。人を平気で殺して置いて、自分の命は惜しいと言って、控訴して時間稼ぎを強いる様な国は、真っ当な精神など糞喰らえの<単なる表装風潮国家>なんでしょうね。

 自己主張する前に、自然の森羅万象に一人座して、己が心に向かって自問自答すれば、<潔い反省>も出来るのにね。私は悪く無い、悪く無いなんて、自己暗示を掛けたって、心の客観性も、成長も遂げられ無いでしょうに。

 こんな単純な事は、我鬼時分の初歩的な家庭、社会の躾けだったんだけど、気が付いたら、何と何と・・・俺達ぁ、絶対少数派に為っちまったいね。如何すりぁ、好いだいねぇ。上から下まで、困ったいねぇの俺ぁ、侘び寝の日々せ。この先、何を頼りに、生きて行きぁ好いだいね。あい~。」

「やいやい、流石に元祖アガタ節だ。私には真似は出来ません。やぁ~、今日も好い話が聞けました。じぁ、今回は、ボラカイ旅行記とブログコメント集・その2をお借りして行きます。
 Rさんの言う様に、余所行き本文とコメント遣り取りを見むと、<平面のブログが立体交差に為って、文字の向こうのお人達が立体的に動き出す>って、本当に実感納得出来ますからね。へへへ。ブログって、凄い世界ですね。」

 さぁ~てと、二畳小部屋で一踏ん張りして来ましょうかね。思い付いたイメージは言葉に翻訳、記録すべしである。イッヒッヒ!!
その前に、風呂に入って、キンタマを磨いて、スキンヘッドと髭を剃って置きましょうかね。何しろ、前編の山場の描写であるからして・・・


心何処ーショート 世の中、不思議な事も在るものだ。
          世の中、不思議な事も在るものだ。(6/7/12)
1、廊下から誰かの声がする。兄弟でも来たのだろうかと、慌ててズボンを履き、老母の部屋に行くが誰も居ない。如何やら寝ぼけて声を出して居た様である。別に夢を見て居た風も無かったのだが・・・ もう一時間程寝て居たかったのだが、仕方が在るまい。起きて、台所の米のとぎ汁を持って日課の水撒きをする。

 昨日は夢奇譚の時代設定を100年程間違えて終い、幾ら何でも、全てをスカンポ脳の言い訳にも出来ないから、本棚の日本史用語辞典で調べた。そんな事で、別途1頁半程の打ち込みをしたのである。打ち込み個所を夢奇譚のどの部分に割り込ませて、逃げを打つか・・・などと無い頭で思案しながら、布団の中に入った次第である。

 白カブも大きく為って来たし、コマツナもそろそろ間引きをして遣らずば為るまい。苗を買って来て植え付けたマツバボタンは、ポツンポツンと花を開き始めた。種蒔きのマツバボタンも、ぎっしりと芽を出し始めている。移植ゴテで、そんなマツバボタンの幼芽をチマチマ植えて、ジョロの水を掛ける。

2、自転車通学の短か過ぎるスカートの一団が、三々五々、家の前を通過して行く。中には<お早うございます>の声掛けをして行く女子高生も居る。人相の悪いスキンヘッドオヤジではあるが、こう頻繁に顔を合わせて居ると挨拶をしなければと、乙女心は動くのであろう。

 へへ、今時、殊勝な心掛けで在る。此方も、お早う御座いますのお返しである。

 さてと、朝の賄い夫をして、<己が間違いは、自らが正すのが人の道である。> 昨夜打った文章をメモリーステックにコピーして、二畳小部屋の現在打ち進めている文章に、割り込ませる。とほほ、一応文章の流れが在るから、それを三分割して、挿し芽、接ぎ木の要領で試す。

3、まぁ、それなりの収まりが付いたから、私としたら一安心である。喉元通れば、我田引水が私の性質の悪い性向で在る。それに便乗して、一章を設ける事を思い立ち、思い付いたままの好い加減文章の字数を伸ばす。14頁に差し掛かって、昼の部を終了させる。

 さてさて、老母様がガサゴソして居なさる。はいはい、私も部屋を掃除して、布団でも干しましょうかね。夜は、後2~3ページぶん伸ばして、前半の山を作って置きましょうかね。稼げる内に頁数を伸ばして置く事が、健忘症スカンポ脳との『お付き合いの要締』と云う物である。

4、追伸・・・日頃、身に余る大エールを賜っている浪速の<雨女のささやかな願い☆>さんのドッタマゲ本日記事に、アッシャ~、歓喜と随喜の笑涙を頂戴致しました。
 やんごとなき奥方の薙刀の切れ味は、男もタジタジ。きっときっと、閉塞感にこずむ日本の憂き・雨季を小気味良いテンポの活写で、一幕の大爆笑寄席に誘って呉れましょうぞ。ギャハハ~。

心何処ーショート チョイと洒落て、河川敷読書為り。
           チョイと洒落て、河川敷読書なり。(6/6/12)
 この数日、PCの立ち上がりが遅くて往生して居る。午前中は、庭に出たり小部屋で続きを打ったり、お茶と駄菓子を買いに行ったりで時間を潰す。ズーと曇天で在ったから、寒かった次第である。頭が草臥れて来たから、午後は散歩に出掛け様とすると、アジァジァ~、お天道さんの輝きである。本日は黒の長袖ポロシャツを着て居る。これでは熱を吸収し捲って、散歩は不向きである。

 兄貴御推薦の<壬生義士伝>が、Tからプレゼントされている。帽子を被り、ラジオと読み掛けの上巻を持って、河川敷のベンチに寝そべっての読書タイムをして来た。

 色は灰色にくすんでは居るが、立派な入道雲が盆地の上に圧し掛っている。石垣の堤防斜面には、黄一色のオオキンケイギグが太陽光を反射させて、風に小さく戦いでいる。川原は一面、葦の青さの中に在る。ベベッチョ、カイカイのオオヨシキリの卑猥な声は無いが、ツバメは身近を飛翔して、蝶はヒラヒラと舞い、黒糸トンボ、アシナガバチがチョロチョロ飛んで居る。家の中に居たんでは、正しく<お天道様の罰>が当たると言う物である。

 惹き込まれて、すいすい143頁まで進んだ。兎に角、面白い。語りだけで進める手法は、前半の方言語りの方が、標準語語りより数段に面白い。標準語は通りは好いが、面白みに欠ける。こんな面白い対比を紛れ込ませるのであるから、作家先生は大したお人である。

 映画、テレビドラマで、完成された人間の様に描かれている描写よりも、絶対に等身大の新撰組の内実が描かれて居るとの印象である。

 歴史上の人物と云えども、後世下心満載の小説家、歴史家、評論家達の口車に糊塗されて、神聖化されたり美化され過ぎて終うと、変に<錯覚インプット>されてしまうのが、凡人の常態と云った処なのであろう。イッヒッヒ!!

 この小説には、そう云った物が無い(薄い)のが、実に面白い読み物なのであろう。20代、30代の若者が、身分制度の不条理、喰い詰めの共通因子で徒党を組んで、時代の混乱期を死に物狂いで、血刀を振り回して生死の刹那を疾走して果てるのであるから、太平時のインテリさん達が事件の資料読みをして、時代背景、時代の趨勢、歴史の趨勢に想いを馳せ過ぎて、物語の構想を描く。

 然しながら、私の苦手なインテリさん達が夢想的に語る程、内面が成長充足して行くとの切り口、物語の進行は、私としては<眉唾物>でしか無い。

 どんなに優れた者でも、反芻して高見に到達するには、20年、30年、40年では、時間と経験が少な過ぎるのである。作者先生も、その辺りの事は充分に理解して居る様で、語り手に、その間の自己代理をさせて居る処が、私には拍手喝采の趣なのである。

 それにしても方言、訛り口の土臭さとテンポの良さは、抜群の小説家先生の鮮やかなる冴えである。へへへ、好いですねぇ~。人間とは総べからず、観察の生き物なのである。何も、上の者だけに<見下げ観察特権>が有る訳では無かろう。
 上に成ればなるほど、下々への見晴らしは良く為るには違い無いが、下から<見上げ観察>をする人間達が、五万といるのである。それも下からの見上げ目線であるから、腹の付け根に通じる、股間部を直視されて仕舞っては、普段の保守派正論の士とて、市井の末端政治談議では、ナンジャラホイの口撃に晒されて仕舞うのである。

 ギャハハ。三代を進行中の民主党政権を、引き合いに出すまでも無い処でしょうが!!

 お天道さん燦々の輝きは、流石に暑い。木製ベンチの暑さから、雑草地べたの方がヒンヤリして気持ちが好い。クローバー繁茂の草叢にうつ伏せ移行と思いきや、犬散歩の年配オバさんに「こんにちは」と声を掛けられて仕舞った。

 喉も渇いたし、煙草も喫いたく為ったから、頁を閉じて河川敷から上がる。家に入ろうとすると、マツバボタンが赤と黄掛ったピンクの花を開花させている。嬉しく為って、四畳半前のマツバボタンを見に行く。へへへ、此処にも二輪の開花があった。

 形は小さく、暑い砂の地面に這うマツバボタンであっても、その花は正しく牡丹花でありまするぞよ。・・・お主たち、初いヤツじゃのう。俺ぁ、マツバホタンが好きなんじゃい。
 

心何処ーショート ラジオでは、日本列島梅雨入りもチラホラ。
       ラジオでは、日本列島梅雨入りもチラホラ。(6/5/12)
 昼に風呂に入って、午後一で米屋さんに行くとしようか・・・ それまでは二畳小部屋で物語の続きを打つべしである。<その3>をほぼ打って、10頁に差し掛かった。昼と為って、次兄さんが昼飯を食べに遣って来た。丁度風呂が沸いたから、私は入浴である。老母に風呂を譲って、自転車で米屋さんに行って来る。野田内閣第二次改造が話題として提供されたが、殆ど興味が無いから、お説ご尤もの相槌打ちで、帰って来て昼飯とする。

 ラジオでは、梅雨入りに入った県も有るとの事である。Tから回って来た上下巻の分厚い<壬生義士伝>の続き頁を開いて読んだり、家庭菜園のエンドウのチラホラ咲き始めた白い花を見て、煙草を吹かしたりのマイペースの時間潰しをする。

 薄い曇天であるから、雨でも降られたら困る。散歩に出掛けようと外に出ると、斜向かい吟さんがジョロを持って、水遣りをしている。声を掛けて、真っ赤に咲いた薔薇のアーチを眺めながらの立ち話をして居ると、奥さんが遣って来て『今盛りの鉢植えサツキを見て行け』とのお誘いで、庭に案内された。いやはや、恐れ入りました。お向かいさんに劣らぬ手の凝り様で、50鉢前後の盆栽の数であった。

 へへへ、夫婦共に植物好きの様で、中々に詳しい説明を頂戴する。説明に依ると、殆どの物は<挿し木>で増やして来た物だと言う。為る程、何十年にも及ぶ夫婦の合作物と云うものである。吟さん、奥さんに次から次と指示をされて、借りて来た猫の様な従順さを演技されている様子である。キャハハ~。

 お暇をして、散歩コースに向かおうとすると、お向かいの二級上のMちゃんに声を掛けられる。

「Rちゃん、凄いじゃないの。良く遣ったわ。綺麗にした物だわ。正面の方も、全部根こそぎ退治して、花壇にしたんだね。本当に、遣る時は遣るもんだと、お父さんとビックリしてたのよ。
 それで、私も覚悟を決めて、Rちゃんに倣って、根っこを全部穿って、綺麗にしようと思ってるのよ。この前、何年振りかでオバさんの姿見たけど、元気そうね。私の母は92で亡くなったけど、Rちゃんは、男で良く遣ってるわ。感心する。立派だわ。頭が下がる。本当だよ。」

「へへへ、そうかいね。俺ぁ並の男じゃないからね。実はね。斯く斯く云々でさね。年に2~3回は、頭に血が上って癇癪玉を落として居るだいね。」

「うんうん、分かるよ。私は一人っ子の一人娘だったからね。そりぁ、女同士でも色々在ったわよ。時々癇癪玉を落とさないと、ストレスが溜まって、えらい事に為っちゃうから、それは、必要な事なんだよ。アハハ。家も、ちょくちょく遣ったもの。こればかりは、経験した者じぁないと分からない物。経験者だから、Rちゃんの苦労は、良く分かるのよ。

 私の所は、これしかないから、全部穿り出して雑草退治しようと思ってさ。鎌で刈ったって、直ぐ伸びて来るし、年々根が張って大きく為るからね。遣る時は、遣らなくちゃね。」

「あいあい、<災いは、根っこから断つ>ってぇのが、真っ当な人間の王道だぜね。でもね、何しろ還暦組はもう体力が無いから、見栄外見は怪我の元でせ、地べたに座って、唯ひたすら根気仕事をするしかしょうが無ぇからね。無理は駄目だんね。
 爺、婆の最大の取り柄は、一定ペースの鈍感力・持続力だぜね。ギックリ腰になんぞ為ったら、可愛い孫とは遊べ無ぇぜ、ゆっくりボチボチ遣りましょね。ほんじゃ、俺ぁ、散歩に行って来るわいね。」

「またまた、Rちゃんは頭が好いから、上手く笑わせて呉れるわ。雨が降らなければ好いね。」

 河川敷の赤ピンクのサツキ、黄色のオオキンケイギクも、この1~2日で一斉に花開いて来た。今月の半ばには、恒例の町会一斉河川敷の草刈りが有る。植物の成長は、凄いものである。


心何処ーショート 婆さん、大喜び。
                 婆さん、大喜び。(6/4/12)
 白カブの葉がびっしりであるから、カブ採りの有望株を残して、抜く事にする。大小不揃いのカブ葉を台所で洗い、髭根を毟って浅漬けと味噌汁の実とする。いやはや・・・朝から、ウンザリとするチマチマ仕事である。それをワカメと一緒に味噌汁とすると、新鮮が何よりの美味い味噌汁と為った。

 昨日の本格的降雨で、モグラトンネルにガッポリと穴が空いて居て排水溝と為って居る。これではモグラも、大変な被害を被ったと言う物である。へへへ、ザマァ見遣がれってな物である。
 コマツナも凄い成長振りで有る。コマツナの種は、未だ半分弱は残っている。カブが終わったら、土を掻き混ぜて、新しい畝を作って種蒔きをするしかあるまい。やれやれ、貧民の自給仕事が、固定して仕舞った様である。まぁ、遣って置けば、何かと物語の足しには為ろう。

 本日は、暑くなるとの事である。既にその片鱗を見せている。西のアルプスも、久し振りにはっきり姿を見せている。

 さてさて、この雰囲気を文字に致そうか・・・朝食後は、二畳小部屋の窓を全開放して、夢奇譚の続きを打ち始める。<その2>まで打ち進んで、7頁に差し掛かった処で<その3>として、先ずはPCをoffとする。区切り休憩で、庭に出て習慣と為って仕舞った雑草の芽出しを摘む。

 散歩とは思ったが、この暑さでは疲労に終わるだけである。そんな事をして居ると、おやおや次兄さんである。この近くで仕事をして居るから、昼の休憩時間を当てて顔出ししたとの事である。如何云う風の吹き回しか・・・レジ袋2つの食材の差し入れである。有難い事には違い無いが、生憎冷蔵庫は満杯である。

 相も変わらず、自分の愚痴を抜けシャーシャーと良く喋る男である。話の共通項が無いから、私は相槌を打つしか無い。まぁ、婆さんとは相性が好いのであるから、これもお付き合いの内で有ろう。次兄さんが帰れば、老母様は一々レジ袋の物をちゃぶ台に出して、私にお礼でも言えと云わんばかりの顔付である。

★フン、何ヵ月振りかのご無沙汰で、兄貴顔、親孝行顔をしたいのだろうが、賄い夫の私にとっては、冷蔵庫始末の予定だってあるのである。本音を言えば、これは全くの有難迷惑な押し付けでゴザンスわね。
 婆さんや、<折角持って来てくれたんだから、カットスイカ、バナナを食べろ>とは言われるが、間食をしない俺は、腹が決まって居て食べれはせんわね。

 言いたくは無いが、自分だって体調が芳しくない時は、折角用意した食事も食べんでしょうに・・・ 何も、次兄さんを毛嫌いして、反抗心で食べないのでは無いぞよ。婆さんや、俺は婆さんの倅だけど、下らない事で臍を曲げる程の餓鬼じゃ無いぜよ。親面したかったら、その位の暗算をしなされや。痛くも無い腹を探られて、俺は不快ですぞや。コンニャロメ!! 

 さてさてと、折角の次兄さんの差し入れ食材を、如何に活用致しましょうかね。変な事も言えないし、変な顔も出来ないし・・・嗚呼、ピエロ役は、阿保臭くもシンドイ物である。皆さんは、分かるかなぁ~? 分からんだろうなぁ・・・とほほ。

 ほぅ、野田内閣改造人事でありまするか。如何なんでしょうかね。野田さん以前の民主党の政治家先生達の言動に対する信頼性は、如何感じられるんでしょうかね・・・

 耳当たりだけは多弁の日常会話体で、腰の低さ、親しみ易い国民目線語の使用だけは・・・長けに長けて居るんですが、信頼性を証明する実行力、責任度となると、全くの見掛け倒し、軽佻浮薄の一過性の言葉踊り。それもカタカナ文字の乱立である。口では少子高齢化のお題目唱えではあるが、そんなにスイスイと外来カタカナ文字を理解して居る階層は、そうは居ませんわね。馬っ鹿じゃ無かろうか!! そもそも、民主党の本性は、言い訳、言い逃れ時にこそ、本領発揮の様なんですがね。言いたくは無ぇが、偏差値優等生だけの脛齧りの幼稚さが随所に露見して居ると思うのですがね。イッヒッヒ~。

 四畳半定位置で、本日分のブログ日誌に取り掛かって居ると、老母殿の弾んだ声である。部屋に行くと、今日・明日とイクメン役を仰せつかった倅が、孫を連れて遣って来たのである。凌祐もすっかり慣れて、キャッカ、キャッカの家中トコトコ走りである。

 吾が家は朝飯が遅いから、必然的に昼は2~3時の時間帯が多い。自家製チャーシューも仕込んであったから、カブの浅漬けと分厚いチャーシュー、蕎麦で昼飯とする。倅は若いから、肉派である。

「オヤジのチャーシューは、ボリュームが有って美味いんだよ。おっ、好い味だ。美味いねぇ。」

 廊下で遊ぶ孫を見ながら、私は庭の楓のツンツン伸び始めた小枝の刈り込みをする。途中で、弟の置いて行った高い脚立に替えての立って、切れぬ刈り込み鋏でチョッキンナ、チョッキンナのへっぴり腰作業である。

 へへへ、Tのニヤニヤした話では無いが、為る程、孫とは可愛いものである。


心何処ーショート 俺ぁ、雷神様を怒らせちゃったいね。
          俺ぁ、雷神様を怒らせちまったいね。(6/3/12)
 降りそうで、一向に降らないから、朝夕の水遣りは欠かせない。風呂の残りでセッセとジョロ散水をして運動量を稼いだ後は、鎌、包丁、切り出しナイフを庭の定位置で、砥石で刃研ぎをして遊ぶ。切り出しナイフの切れ味を確かめる為に、先日角材を代用したハンディ鍬の柄の使い勝手を良くする為に、削り工作をする。

 文作、お絵描き、お三度、庭弄りと、還暦を過ぎて、私は小学生の様な国語、家庭科、図画工作の様な物である。時には、音痴な鼻歌も散歩中にするのであるから、音楽もある。
 これで熊本のゴールド・フィンガーさんの様に、ご近所の童子(藁ベコ)を引き連れて、お宮さんなんぞで<お医者様ゴッコ>などが叶えられたら、もう言う事が無い充実した日々と為ろうが、還暦スキンヘッドには、お天道さんのご監視が熱いばかりである。

 本日は待望のエンドウの花が咲いたり、マツバボタンの赤い花が咲いたのであるから、目出度いと言った処でもある。午前中は、二畳小部屋の旧PCで物語の続きを打ち、飽きると庭に出て、雑草の米粒ほどの芽出しを摘む。

 そんな事をして居ると、何時の間にやら暗い灰色雲がモクモクと侵攻して来て、ポツリ、ポツリの雨である。訝(いぶか)しの目で空の全容を見遣れば、西の半分には未だ青空が有る。何しろポーズだけで、降れずに居るタイテノコラサの中萎れの雨雲に終始して居るのが、この処のお天気さんの常態なのである。生意気に、雷鳴もチラホラではあるが、今や、全くの信用度ゼロの態で有る。

★フン、降りたきぁ、降って見ない。土手にも達しないで萎れるインポテンツじぁ、若気の至り<土手溢し>以下の、恥の上塗りだぜや。捲土重来の向上心も意地も無ぇのなら、虎の褌は、お天道さんに返上しな。あい~!!

 そんな悪態が雷神様の虎柄褌のご神体の雁首を刺激したのだろうか、はたまた、虎の尾を踏んで仕舞ったのか!! ポツリがピシピシ、バシバシと一気に叩き付けて来た。それが、私の数メートル手前で止まって居るのである。

   馬の背を分ける夕立・・・なんて現象を何十年か振りに体験した。

 こりぁ~、イカン!! 曝布の中に飛び込んで、大慌てで玄関の軒下に逃げ込む。余りの雨足の早さ、勢いに、私は家に入らずに、暫しの観戦である。夕立の凄さは、野分けとも表現されている。気温が低いだけで、これは南洋のスコール並の凄まじさである。

 戸、窓を閉めて回り、二畳小部屋から煙草を吹かしながら、雷神様の本気出しを拝見させて頂く。それから2~3時間降り続いた。この位、たっぷりと大地に散水されないと、植物達も一息付けぬであろう。全身への乱れ打ち、暴れ打ちは痛かろうが、まぁ、愛撫と云う訳には行かないが、これぞ恵みの雨でもある。タンと実れよ。この切っ掛けを作って遣ったのは、誰あろう。俺様だって事を忘れるで無いぞよ。ギャハハ~。

 肌寒く為って来たから、チョッキを着る。へへへ、雷神様を怒らせちゃったいね。

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