旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 嗚呼、吾はつくづくと進歩の無い男である。
         嗚呼、吾はつくづくと進歩の無い男である。(5/31/12)
 嗚呼、遣って終った。コタツも不要になって、朝食後は、ちゃぶ台に為ったから昇降椅子に替える様としようとしたら、老母は<ああでも無い、こうでも無い>と、何時もの偏屈振りを示す。嗚呼、また始まった・・・

 はいはい、と最初は我慢して居たが、哀しいかな<私は生来の短腹者>である。ドンドン感情的に為って、素地が露出して来る。ガァ~ンと勘忍袋の緒が切れて、遂に声を荒げて終った。こう為ると、吾ながら収集が付かなく為って来る。正に病気である。

 昨シーズンは使って居たのだから、それなりに便利だった筈である。変化に付いて行けないのは、それなりに分かるし、変化を面倒と思う気持ちも分かる。それでも、日々老衰に向かう身体の負担軽減の為の昇降椅子なのである。介護保険制度は、裾野の広い産業形態を呈して居るのである。要介護3の等級を維持する為にも、介護器具の利用は必須の処でもある。その位の事は、人間商売を遣って居れば、暗算でも出来るだろうが!!

 介護保険制度の大海原に漂流して行くのが、時代の潮流と云う物である。四の五の言わずに、はいはいと言って居れば、事は足りるのである。それを、幼児の様に泣き事、ワガママを言う。こんな馬鹿図は私としたら、見苦しい様にしか映らない処である。

 二人きりの老いた親子の生活なのであるから、お互いに口に出さなくても、我慢し合って生活しているのは、当然の話である。何の不服があると云うのか!! 馬鹿者が!!

 詮無き事は、黙って馬鹿・鈍感の見て見ぬ振り、聞き流しをして行くのが、感じ方、捉え方、考え方の違う人間同士の<エチケット>と云う物であろう。エチケットの前に、属人的要素を入れて、駄々を捏ねて見ても仕方が在るまいに・・・

         真に母親に対しては拙い事ではあるが、
<好い加減にしてくれや。婆さん、何年人間を遣って来ているんじゃい!! 馬鹿も、休み休み言ってお呉れや。
甘っ垂れるな。幼子じゃ有るまいし、駄々を捏ねられて、聞き流せる他人介護じぁ無ぇだろう。子供の頃はこっちが駄々捏ねたら、ヒステリー起こされて、体罰を散々に受けましたがね。
 婆さんの遣ってる事は、幼児の駄々捏ねですがな。自分がヒステリー起こして居た事は忘れて、倅にヒステリーを頂戴したら、メソメソの四の五の語託ですかいな。俺は他の兄弟と違って、母は聖母なんて偶像崇拝なんかしねぇよ。同じ人間だ。客観的に見させてもらってるぜ。間違って居れば、文句は言うぜ。この馬鹿野郎、手前一人で生きてんじゃねぇぞ。冗談じゃ無ぇや。>

 何か、都合が悪く成れば、<兄弟三人で話し合って決めて呉れ>などと、如何にも母親らしいご託を口にする。私にして見れば、話をしても何も変わらない『この状態』なのである。世の中、綺麗事で物事が好転する程、甘くは無いわね。逃げるが勝ちの要領の好い生き方の方が、人間に取っちゃ『楽な選択肢』ですがな。

 その気の無い人間に、そんな事を言っても結果の徒労・不毛の自招行為である。そんな自傷の痛手を受けるよりも、馬鹿を振舞ってマイペースで遣って居た方が、お互いの為なのである。それが、経験論理と云う物である。悔しかったら、反論して見ろ。

 こんな事は、母としても充分過ぎる程知っているのである。次兄だって老母と話をして居るのである。その気が無いから、働き掛けが出来ずに居るのだろうし、知って居るから黙って居るにしか過ぎないのである。

 私の<根っこ>には、それに就いての母の『お体裁屋根性』が手に取る様に分かるから、こんな事が在る度に、兄を庇う母の根性が許せないのである。言いたくは無いが、ショートバカンス中は、親子水入らずの話、観察が出来たんでしょうが。←これは、母からすれば私の一方的な捉え方かも知れない。

   まぁ、これとても、偶の売り言葉に買い言葉の罵詈雑言集でもある。

 コタツの座イスからちゃぶ台の昇降椅子と為れば、勝手が違って来る老母にとっては、それは泣き事、ワガママな事では無く、正直な気持ちなのであろう。

 そんな事は、頭では分かっている心算なのであるが、する方の受け止め方としては、耐えられない感情の乱れ事にも為ってしまう。感情の衝突に、若い私の方が・・・ツイツイ感情の炎に火が付いて、収集の取れない激情の罵詈雑言の浴びせ掛けに為って仕舞う。

    これ以上、老母と面して居たら、大暴れを仕出かして仕舞う。

「ああ、分かった。リースを解約して返しに行って来る。それで好いだろう。」
「怒られてばっかりで、泣きたい。」
 小さく為って仕舞った老母は、ベットの上で切なそうに泣いている。

 嗚呼、また遣って仕舞った。胸が締め付けられる嫌なシーンである。遺憾いかん、煙草と携帯を持って、河川敷に下りる。鎮静剤効果の弟に電話をする。彼には来客中との事で、終わったら電話を呉れるとの事である。

 左様であるか・・・へへへ、特効薬・即効薬と云う一過性の処方は、タイミングがずれると、所定の薬効の恩恵には与かれ無い物なのである。自分で蒔いた種は、自分で刈り取るしか方途は無さそうである。その頃には、気分が収まって居る事であろう。

 太陽照り付ける河川敷で、陽炎揺らぐ街場の風景を見ながら煙草を吸って、家に戻る。

「申し訳無い。肝が短くて未熟者だから、勘弁して呉れや。言い過ぎた。悪かった。」
「はい、こちらも、御手数を取らせて申し訳無い。お前は、悪く無いよ。」

 へへへ、老母様は、自分で昇降椅子の位置をずらせてセットしてあった。これが老母と向き合う介護生活、親子の自然のお努めと云う物であろう。平平凡凡の日重ねとは、行かない物である。

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心何処ーショート へへへ、予定が狂って終った。
           へへへ、予定が狂って終った。(5/30/12)
 いやはや、後味の悪い夢を見て居て目が覚めた。私は次兄さんと口論をして居た。これは、真に彼には悪いが、考えても詮無き相手への<代理夢>である事は、直ぐに分かった。此処まで、次兄さんを嫌っている訳では無い。従って、『○ちゃん、御免ね』の反省である。

 布団の中で夢の反芻をして居ても、相手のラベルとレベルが低級過ぎる。そして堂々巡りは不毛の結果であるから、布団も上げずに、気分直しに煙草を持って庭に出る。

 昨夜は、激しく雨が降ったから、水遣りは不要である。一周りして、庭での所定の場所に腰掛けて、煙草に火を付ける。

 渋柿の柔らかな緑の中には、シジューカラの巣立ち兄弟が、ピィー、ピィーと短く鳴いて、小枝を渡って居る。この木の中段の太い横枝は、巣立ったキジバト兄弟の定位置である。きっと、何処かに居る筈である。居た居た。キジバト兄弟は、お隣さんとの境のブロック塀の上を、チョコ、チョコと歩いて居る。大きく為った物である。

 其処へ親バトが給餌に遣って来て、兄弟争っての中々に騒々しい食事の始まりである。シジューカラの親鳥は電線の上に止まって、子供達の動きを見守って鳴いている。

 本日は車を移動して、四畳半の東側を綺麗にしようと考える。さて、朝飯の支度を致しまするかね。

 朝食を食べて居ると、ケアマネさんからの電話で、後30分位して訪問して良いですかとの事である。はいはい、食後は大急ぎで、掃除をしなければ為らない。へへへ、布団を上げる時間が無かった。まぁ、老母の部屋で応対すれば好かろう。ケアマネさんとは、好い話し相手に為って居るから、彼女に老母を任せて、私は廊下の掃き掃除に移る。

「お婆ちゃん、庭が広くてアヤメが一杯咲いて居て、緑が濃くて好い雰囲気。此処に来ると、ゆったりした気分に為れるわ。あら、ボタンも咲いている。Rさん駐車場も綺麗に為って、アジサイも植えたんですね。何か、悪い見たい。アハハ。」

「あいあい、気にはして居たんだけど・・・遣ると為ると、半端仕事じゃないからね。ズーと逃げて居たんだけど、する事が無くて、観念したんだわね。それで表から裏へと、思い切って延々と<根こそぎ退治>をしたんだけど、この一週間、本当に疲れましたわね。もうちょっと、掃除に時間が掛るから、適当に遣っててよ。お相手出来無くて、御免なさいね。へへへ。」

 手抜き掃除を終えて、

「じぁ、第三の部屋でコーヒーでも飲みますかね。」
「えっ、Rさんは、幾つ部屋使ってるんですか?」
「この子は、自由にして居るから。私は、性格を知って居るから、何にも言わないんだよ。」

「本当は、何時もの部屋は、未だ布団上げてないんだわ。へへへ。二畳小部屋だけど、庭が好く見えるから、雰囲気が違うよ。」
「そうそう、旅行の話を聞かなくちゃね。」

 ボラカイ旅行記は、スタバコーヒーの店長さんに貸し出し中であるから、絵ハガキと挿し絵ファイルを四畳半から持って来て、斯く斯く云々とご説明申し上げる。イッヒッヒ!!

「ヤダ~。本当に、男の人は、助平で困ったものね。女の立ち場からすると、本当に許せない行為ですよ。あんな上品で背筋の伸びたお婆ぁちゃんから、こんな碌でも無い息子が、如何して生まれるんでしょうね。お父さんは、酔っ払ってたんでしょうね。困ったモンだわ。」

「まぁまぁ、全ての物には、裏表が在るんだから、笑い話の一つとして、ボランティア・セックスの本意を見抜いておくんなまし。へへへ。根は生真面目一本の男だぜせ。野放しにして居ても、人畜無害の戯けって物さね。あい~。」

 花二枚の続き絵が大層、気に入られた様で、

「これ、素晴らしいアートですよ。着物の柄か、布に織り込むか、プリントして部屋に飾ったら、絶対に好いですよ。
 Rさんはホント凄いわ。文章も、絵も。それに、肉体労働の馬力も、小石で丸く囲った花壇に、ライトブルーと淡いピンクのアジサイの配置なんかは、何か大きな生け花の様で、Rさんのユーモア口調の<ラベルとレベルの違い>を地で遣って退けちゃってるでしょ。胸板も厚くて胸囲の人だけど、本当は驚異の人でしょう。」

「胸囲・驚異・それに脅威の男かも知れ無ぇよ。何しろ、日本語は奥が深くて、豊富だぜね。ギャハハ!!」

「またまた、おまけを付けて、投げ返されちゃった。ザックバランで、べらんめぇー口調の話上手だけど、その本質は、気遣いが行き届いて居て、本当は奥の深い本質的な事を<戯け語>で言ってるだけなんだけど、普通の人じゃ、付いて行けない事ばかりですよ。アハハ。」

「何言ってるだいね。俺ぁ、只の見掛け倒しの食わせ者だんね。買い被りの錯覚で、騙されちゃ行けねぇよ。あい~。」

 さてさて、ケアマネさんにすっかり煽てられて仕舞ったから、もう少し、綺麗スペースを拡充致しましょうかね。彼女を見送って、長靴に履き替える。いやはや、厄介な雑草の根張りである。そんな事をして居ると、今度はヤクルトママさんである。

 さてと、今日は個人スーパーに行って、老母が褒めて呉れた蕗の仕込み、カブの塩漬けでもして置くと致そうか。山蕗の皮繊維は、入れ歯の老母には可哀想であるから、里蕗と書かれた山蕗と栽培蕗の中間の様な蕗が在ったから、三束買って来て、台所に胡坐を掻いて、根気仕事の皮剥きをして、鍋一杯の佃煮風蕗の仕込みをする。

 あじゃじぁ、本日、昼の予定の東側整理も夢奇譚の続き打ちも、時間が無く為って終った。本日分のブログ日誌を打った後は、軽く近場の散歩で済ませて、夜の部で遣るしかあるまい。

          さて、本日の一枚でありまする。

                庭を眺めての一服タイム_001

            花を夢見て_001記念のマツバボタン_001



心何処ーショート 駐車第一号なり
                 駐車第一号なり (5/29/12)
 庭で一服付けて居ると、斜向かい吟さんが、西お向かいのオバさんの家庭菜園の手を掛けて居る。いやいや、手慣れた作業にして本格的である。私などは俄か始めの態であるから、トマトの長期間収穫などの家庭菜園番組で、<ほぉ~、そう云う物か>と教えられ、先日買って来たミニトマトに、それを施した処である。本日は風呂・洗濯の日であるから、汚れ仕事でも続けようかである。

 思い付き花壇に鉢植えアジサイを植え、庭のカワラナデシコ、マツバボタンの定植をする。午後からはお天気さんは下り坂で、雷と降雨との事ではあるが、お天道さんの照り付けは、流石に暑い。

 移植ゴテで数センチの芽出し苗を、チマチマと指で刺した孔に苗を入れて、砂土を掛けて、ジョロで散水してると。

「お兄ちゃん、綺麗にしたね。知らない間に、大したもんだ。良い体格して居るから、やっぱ馬力が違う。雑草は根こそぎ退治しないと、株がデカク為って手に負えなく為るからな。急がば回れで刈るより、抜くが一番。何て云ったって、抜きぁ~、後がスッキリするぜや。嗚呼、俺も南国に行って、若いフィリピーナちゃん相手に、抜いて来てぇもんだ。ニャハハ~。

 一念発起で遣って置きぁ、スッキリして綺麗に為る。そうすりゃ~、空き缶捨て、立ち小便も出来んしな。散歩時の気分の足しにも為るしさ。家の中より、外の空気の方が美味いからね。年金暮らしは、銭が掛らねぇ様に、自給自足が一番。遣って見りゃ、庭弄り、土弄りは面白いズラ。ひひひ。」

「あいあい、そう云う事だいね。カブは未だだけど、味噌汁、お浸し、浅漬けと種代の元は、充分取れたわいね。俺も利口に為ったから、コマツナの種は、未だ半分残してあるから、カブが終わったら、蒔こうと思ってるんだわね。時差栽培って魂胆さね。

 カブが終わる頃には、其処のコマツナが間引きの頃だし、その内、エンドウも花咲いて実も着けるわね。何て云ったって、乙女の瑞々しさで、そのまま味噌汁の具にも為るズラ。俺ぁ、油揚げとエンドウの味噌汁が大好物せ。
夏に成りぁ、マツバボタンもナデシコも咲いて微笑んで呉れるしせ。世の中、女だけが花じゃ無ぇからね。遣って見りゃ、為るほど、面白いもんだわ。へへへ。」

「そうそう、俺もデカイ声じゃ言えないけど、握り飯持って、お天道さんの下。畑で汗掻いて、一人握り飯を喰うのが、好い気分さね。歳を取りぁ、カカアだけが亭主元気で留守が好いじゃ無ぇんだよ。そんな物ぁ、お互い様よ。人間にぁ、一人の時間が一番よ。花も野菜も、一々文句を言わないから、可愛いもんよ。ギャハハ!!」

 さてさて、風呂に入って、髭とスキンヘッドを剃り上げて置きましょうかね。嗚呼、筋肉痛で、そこいら中、痛いでヤンスわね。雨が降らぬ内に、洗濯物を少しでも乾かして置くべきである。風呂を老母に譲って、昼は天玉うどんに致しましょうかね。自転車でスーパーにまで行って来る。

 おやおや、綺麗に整地したスペースには、グリーンの乗用車が<堂々>と駐車して御座る。まぁ、車は便利ではあるが、駐車出来ないと、これ程不便な物も無い。通りには、電気工事の立て看板と高所作業車である。差し詰め、交通誘導員様の車なのであろうが、これだけ苦労して<駐車第一号>が他人様なのであるから、拍子抜けにしてトホホか。

 まぁ、明日はヤクルトママさんのコール日であるから、ママさんも嬉しかろう。

 昼食後は、大分お天気さんも悪く為って、些か肌寒く為って来た。とてもじゃないが、オーバーワークが祟って、本日は散歩のさの字も出て来ない次第である。


心何処ーショート 見たか、俺様の実力をば!!
             見たか、俺様の実力をバ!!(5/28/12)
 ヒィ~~、正直言って、疲労困憊である。本日は雨との予報であったから、夢奇譚を打って居たのだが、途中から太陽燦々の暑さと為ったので、庭弄りを始めたのが間違いの元であった。<後の後悔、先立たず。>の諺を、骨身の髄まで体験した次第である。

 土手側の道境が草茫々の態であるから、鎌で草刈りをするよりも『機会があったら』性質の悪い雑草の蔓延(はびこ)ったスペースを、根こそぎ退治しようと考えて居た。そんな事を始めて居ると、雷が鳴って雨が降って来た。←今回は、雨を承知で始めた事で仕方なし。

 遣り始めると、<性格が意地汚い>から遣り終えないと気が済まない。何しろ相手は、石ころだらけの瓦礫の中に、何十年も耐え忍んで根を張って来た<強兵雑草の巣窟>なのである。ロートルの持久戦であるから、見栄も外聞も無い。道路に座り込んで、腕力勝負の根気仕事である。

 正午前から始めて、休み無しで五時まで掛って終った。軟でナマクラのハンディ四本歯の鍬?なんかは、力任せに降り下ろす衝撃に、ガタガタである。厄介な根を掘り起こして、抱え込んだ土を落とし、根を上に<日干しの極刑>に処して、隅へ纏めて行く。

 雨はその内に止み、暑い太陽さんの登場である。いやはや・・・未だ半分以上も有るでは無いか。

 こんな事で、ヘタって堪るか!! 男が遣ると決めたら、遣るんじゃい。

 もう、首から腕がパンパンである。へへへ、こう為ると根性一本槍モードに入って居る。車二台分のスペースを整地した。さぁ、今度は車で何度も前進・バックを繰り返して、地固めである。長方形の更地では使い勝手が悪い。進入角度に従って、斜に傾斜部分を削る。

 掛け値無しの肉体労働一辺倒の作業も、完成して仕舞えば<欲も出て来る>余裕である。鉢植えのアジサイも、庭に下ろさなければ為るまい。然りとて、庭には適当なスペースも無い次第である。
 為らば砂質の腐葉土が結構な分量であるから、チョイとその分量で盛り土をしてアジサイの植え場所を思い付く。何だかんだと言っても、アジサイは大株に成る植物である。雑草に場所を与えるより、アジサイの植栽の方が余程気が利いて居る。これはオッホン、センスの問題である。

 さぁてと、これで完成である。部屋から煙草を持って来て、我田引水の眺めである。婆さん孝行の倅の車も、これなら気分良く駐車出来ると云う物である。何事も、気は心である。

 誰も褒めちゃ呉れないが、俺ぁ~、大した男だぜや。馬力、根性、センスが、群を抜いてるわさ。若い頃は、こんな単純作業は大の苦手ではあったが、還暦を過ぎて鈍く為った所為でも在ろうが、この頃はA型本来の生真面目さと根気が身に付いて来た様である。

 さてさて、昼飯抜きの老母様が、餓死して居ては賄い夫の示しが付かぬ。嗚呼、親分無しの子分無しの悲哀である。身体はヘトヘト、フラフラではあるが、此処で泣き事を言ったら、男が廃る。はいはい、吾が身は賄い夫稼業であったわさ。・・・とほほ。


心何処ーショート 孫の成長振りに、ニンマリ。
             孫の成長振りに、ニンマリ。(5/27/12)
 さてさて、夢奇譚の取っ掛かりでも付けて置こうか・・・ 出だしさえ打って置けば、後はボチボチでも物語は進行するものである。1頁強を打って、昼はソーメンにしようと考えPCから離れようとすると、<お父さん>の声である。

 おやまぁ~、有難い。倅ファミリーが、婆さん孝行に遣って来て呉れたのである。

「婆さん、凌祐が来たぞ。」と声を掛けると、ベットの中の老母は、まどろみの中から身をゴソゴソと動かし始める。倅ファミリーの訪問は、老母の特効薬の様な物である。孫は、ニコニコしてコンニチワ、コンニチワの仕草を二度三度繰り返して、盛んに愛嬌を振り撒いて居る。

 私は鍋を掛けて素麺茹での用意をする。家庭菜園から長ネギを2本抜いて来て刻んで、生姜を下ろす。セリの味噌漬、沢庵、佃煮風山蕗を出して、昼の用意である。

 一歳と一カ月であるから勿論、言葉は発しないが、赤ん坊の時から足を始終幕無しで動かし続けて居た孫である。兎に角、異常なほどにトコトコ歩き回る。

★お前さんの合宿所に成る家だから、全部、頭にインプットして置くのが、肝要であるぞよ。勝手に歩き回れよ。

     台所の私にも、チョコチョコ遣って来て、愛嬌を振り撒いて行く。

 個人スーパーに味噌漬けが入荷して居たので、倅にプレゼントしようと買って置いた物があるから、忘れない内に冷蔵庫から出し、二瓶仕込んで置いた初挑戦の庭の山椒で味噌を作って置いた。マダマダ味は馴染んでは居ないが、アパートの冷蔵庫で寝かせて置けば良い。何しろ健忘症であるから、それも出して置く。

食事の後は、孫のワンマンショーである。老母のステッキを掃除機に準えて、部屋、廊下をトコトコ歩く回って、愛嬌三昧の行動を続けている。廊下のサッシ戸の開閉が気に入ったらしく、一向に飽き無い繰り返し行動である。兎に角、ジッとする間も無く、疲れ知らずのキャッカ、キャカとはしゃぎ回っている。二畳小部屋では、PCのマウスが気に入って、全く放さない。しゃがんでも尻餅も付かずに、スワップの腹筋、足腰の強さには、驚愕の態である。

 兎に角、目に映る物、物に興味が湧いて、トコトコ歩きの握りしめ行動の連続である。

 吾が家の男家系では、<この野郎、痛い目に合わないと、聞き分けの無い見苦しき馬鹿に為るからな。家には、子供の人権何ぞの軟物は有りぁせんのだ。この馬鹿野郎、メン、ピンじゃい。泣かされたいか。子供の仕事は、親の顔色を見る事じゃい。この馬鹿垂が。>

<我慢して強く為るんだぞ。叱られて、賢く為るんだぞが。R一家の幼児教育だからな。怨むんだったら、運命を恨むんだな。ざまぁ、見遣がれ、生まれちゃった以上、手遅れじゃい。諦めな。アハハ。>の連続であるから、面白い物である。

 倅は、私以上に家では体罰の実践者との事である。如何やら、三つ子の魂、百までの喩えか如何かは、定かでは無いが・・・倅の物言いは、私に似ている様である。ギャハハ~、傑作な物である。それでも、凌祐は少し泣くだけで、後はケロリとして居るから、倅のアフター・ケアが好いのであろう。

 マダマダ度胸の無い幼児であるから、親から離されて私が庭に連れて行くと、直ぐにベソを掻く。其処へ倅が遣って来て、『今日は、川に入らせる。』と言う。へへへ、倅も私に似て、セッカチな男らしい。

 歩かせ、道路から河川敷への階段を下りさせ、河川敷を歩かせると、ヒョイと抱き上げて川原の葦の中に入り、凌祐を浅い流れに下ろす。キョトン顔も束の間、幼児は手を流れに差し入れて、直ぐ様に笑顔で声を発して居る。

 ハハハ、倅も吾が子の態度に、先ずは合格点のニンマリ笑いの態である。

 玄関でトコトコ姿を現した孫に、斜向かい吟さんが、孫の使った車の玩具を持って来て下さった。孫は馬鹿の一つ覚えの、コンニチワ、コンニチワ、パチパチの愛嬌振り撒きである。

 老母は、廊下でトコトコ走りをする孫に釣られて、いざりながらの廊下出である。真に以って、幼児並みにはしゃぐ老母曰く「もう一度、子供を育てて見たい。」との仰せには、男の感覚を遥かに超えた<母性本能の迸り>なのであろうか。私の方が、ビックラ扱いたの段であった。

 95の大婆に頬を擦り付け、コンニチワ、コンニチワ、パチパチの手を叩いて相想の笑顔を振り撒くのであるから、老婆と云えども気分が高揚して、涎も垂れて終うのであろう。

 それにしても、落ち着かないお天気さんである。空には灰色雲が張り出して、雷が鳴って来た。土砂降りに為らない内に帰ると言う。

「婆ちゃん、来月、また来るから。頑張るんだよ。」
「うんうん、頑張るからね。有難う。有難う。夫婦仲良くするんだよ。」

 へへへ、倅の私より何倍もの孝行振りである。大した物である。祖母と孫の間には、親の知らない数々の思い出が通い合って居るのであろう。思い出の辛さ、深さが、この二人を繋ぐ<絆の強さ>なのでもあろう。

 さてさて、私と凌祐の間にも確りとした<色褪せぬ絆>を、通い合わせる事が出来るのだろうか。絆は一朝一夕は元より、決して『物派』には出来ない『心と心、行動と行動の産物』である。薄情・鈍感であっては、決して築けないものであろう。

      こんな光景と想いの訪れは、好い物である。ウッシッシ!!

心何処ーショート 久し振りの高温日なり
               久し振りの高温日なり。(5/26/12)
 昨夕の小雨交じりの散歩時では、仏心が生じて犇めき合うオタマジャクシを掬って、水の枯れない湧水の排水溝からの出口に、三回運んで遣る事にした。どんな蛙に成るのか興味があったから、水草の在る机上の水槽に入れたのではあるが・・・成長するか、敢え無く金魚の餌に成って仕舞うかは、結果を待つしか無い処である。

 そんなオタマジャクシ移住に往復をして居る時に、去年と同様にホウジロの子供を見付けて、家に持ち帰った次第である。

 去年は大分慣れて来て、夜の寒さは可哀想と一緒に寝ている内に、寝返りを打った私に圧死の憂き目に在って終った。勿論、加害者としては<可哀想な事をした>との想いは充分あるのだが、自然界に居れば蛇、猫、餓死の憂き目に晒されて居るのが、紛れも無い事実なのであるから、育たなくとも致し方無しの気持ちで付き合う事にして居る。
 
 そんな事で小雨の中、自転車でホームセンターで摺り餌と生き餌のミルワームを買って来たのである。去年の雛より大分大きいから飛ぶし、私の手からは餌を食べない。育つか育たないかは、望み薄と云った模様である。

 さて、本日土曜スタバ・トーク日である。日差しが強いから、半袖で行く。Tも、ざっくりとした半袖Tシャツである。

 へへへ、Tにしては珍しく無精髭が伸びている。頭にソンブレロを被らせて、腰にガンベルトでも着けさせたら、マカロニ・ウエスタン為らぬマヤ末裔のコーン・ウェスタンの渋いリーバン・クリーフのモンゴロイド・ガンマンってな物である。

 本日は、読み物を10頁程持って行ったから、Tが読んで居る間に、出入口の吹き抜け空間を見て居ると、ツバメが一羽紛れ込んで居た。ガラス戸からは<自由の外>は見えるが、何度試みても外には出れない。とんでもない所に、迷鳥してしまったものである。餌無しの鳥籠状態である。成鳥であるから、オスorメスにして、父親か母親なのであろう。ツバメの世界にも、こんな状態であっては<蒸発>として記録されるのかも知れぬ。

 さてさて、夢奇譚第12部は、何をモチーフにして打つべしやと思いながら、新緑に覆われた東南東の鉢伏山系のなだらかな山々の稜線の重なり合いに、妄想を巡らせる。

 あの辺りの山中に、平地を作ったとしたら、広い隔絶の大地が得られる。これは、中々の妄想背景と為るだろう。松の濃い緑と広葉樹の柔らかな緑の混在振りが、何んとも早や・・・たおやかにして、夏のクラクラする程の眩しい入道雲の雄姿に映えるし、秋の紅葉の下りも見事な一帯である。放牧の高原台地として、男女のメルヘンの戯け話が芽生えるかも知れぬでは無いか・・・

 Tは毎日の様に来ていた孫娘が保育園に通う様に為って、大きな楽しみが無く為って終ったとの事である。細君の母親の入院で、細君は忙しくしているし、賄い夫も三年であるから、もう飽き飽きして来たとの事である。

「そうか、分かる分かる。じぁ、俺見たいに庭弄りでもして、退屈時間の穴埋めでもしろや。街場だから、二階菜園か、手掘りで地下三層の地底菜園なんて、時代を先取りしてるぜや。」

「馬鹿野郎が、節電指令のご時世に、電気が来ないんじゃ如何し様も無いだろう。」

「日本の中小零細企業は、知恵の宝庫ズライい。奥の手、<光苔>って自給自足戦法があるじゃないか。地底の安定温度で、キノコ、モヤシ、ウドを栽培したら、放射能とは無縁の、好い運動と小遣い稼ぎに為らぁね。あい~。
そうすりぁ、格安旅行で、一万円代の宿付き海外旅行だって、思いの儘だぜや。それに、チョイと精出せば、<必需品のバイアグラ>だって、Sちゃんから大量に買えるずらよ。ギャハハ。
 それとも、暇潰し、呆け防止に俺見たいにブログでも立ち上げて、文字打ちを日課の中心にデンと据えるのも、好いぜや。今から始めれば、七年に一度の諏訪の御柱の年には、『脳減る愛恨』文学賞だって、手が届くかも知れねぇよ。あぃ~。」

「何だい、そりぁ~。俺はB型の好い加減・薄情者だから、そんな面倒な事は駄目駄目。読むだけで精一杯よ。想像より実践の『女』を作りたいけど、年金生活者だと銭は無いし、ゼロからだと手間が掛るしさ。言って見りぁ、八方塞よ。
 この頃は、退屈で、退屈で、困った物よ。そこへ行くと、Rは遣る事が在って、羨ましい限りだぜ。」

「だって、しょうが無ぇじゃん。俺ぁ、<毛無し、金無し、女無し。止めが甲斐性無し>だから、誰も振り向いちゃ呉れんわさ。諦めて、金の掛らない<工夫一辺倒の自給自足>の侘びしい生活をするしか無いわね。言って見りゃ、生きるシカバネ状態だわね。
 それこさぁ、人間相手にして居たら、何言われるか堪ったもんじゃないさ。従って、物云わぬ小動物・植物、妄想の世界を終の世界にするしか、あるめい。男だからオメオメ泣け無ぇから、笑い飛ばすしか出来無ぇって事さね。ギャハハ~。」

 外でパッパを吸って、ホームセンター、スーパー回りである。本日は、残り物整理の為に、財布には補充はして来なかった次第である。おやおや、好い感じの鉢植えアジサイが300円引きの498円の特価セールである。まぁ、こんな時でも無いと、ズボラ男が買う事も無かろうと思い、ついつい、ブルーと淡いピンクのアジサイを買って終った。遺憾いかん・・・続くスーパーでは、初心貫徹でアイスクリームだけに留めた。

 Tは、確り二人分の昼食とミニトマト、桃太郎トマトの苗を三本買って、義母の入院する病院まで洗濯物の交換に行くとの事である。<順繰りの人生航路で、別に嫌とは思わないが、単純作業の日々>との事である。

 これは真っ当な<人間の順繰りのお努め>とは云う物の・・・お袋さん、自分の胃癌手術、親父さんの介護、細君の両親と、Tも草臥れて来て・・・当然の話であろう。


心何処ーショート 一向に落ち着かない五月のお天気さん
         一向に落ち着かない五月のお天気さん。(5/24/12)
 やいやい、これも食べないと悪く為って仕舞う。ピーマン、レタス、豚肉、厚揚げ、豆腐と買っては来る物の、食の細い老母との食卓では、ドンドン鮮度が落ちて仕舞う。こんな時は、流石に舌打ちの連発である。食べれなくても、火を通して調理して置けば如何にか片付くと云う物である。そんな嫌々仕事をして居ると、電話である。レンタル介護用品のチェックに来るとの事である。

 そそくさと朝飯を食べて、片付けて居ると来られて仕舞った。何度も顔を合わせて居る間柄であるから、ベテランのお二人さんに任せて、洗い物、玄関鳥の世話、玄関掃除を続行する。老母は耳は達者なのであるが、職業的ボリュームで話をしているから、全部聞こえて来る。老母も、偶には外の話題に付き合わないと、脳細胞も弛緩して溶けて終うのである。外部の刺激は、大いに歓迎する処でもある。

 レンタルの昇降椅子のチェックが終わって、お帰りとの事である。私の部屋は、未だ布団を片付けて居ないから、ロートル男三人の<玄関画廊>での絵ファイルトークをおっ始める。

 ロマンスグレーの大柄のお人は、新人さんとの事である。彼は玄関鳥の金華鳥に興味がある様子で、じっと見て居る。落ち着いた<内向性の柔らかい眼差し>である。彼も、十姉妹を飼って居て、次から次と生まれる子供達の里親探しには、往生したとの段である。

 へへへ、如何やら、私と同類のお人らしい。南洋掛け軸の廊下画廊のペイント画にも、興味があるとの事。

 そうかい、御同類とはこれも他生の縁、寿司は無いけど好いねぇ。言いねぇ、言いねぇ、聞かしておくれやである。吾が戯け画ファイル共々、感想を交換する。介護用品利用者の中には、こんな家も無ければ、仕事のメリハリ、息抜きも叶わぬであろう。ギャハハ~。

 本日は雨との事であるから、雨の降らぬ内に散歩に出掛ける事にする。川の水は水田に取水されて、痩せ細って居る。私に仲間でも居たら、釣りなどまどろこしい事などせずに、子細構わず子供の様に川に入って、ヤマメのにがみ取りをしたい物ではあるが、如何せん・・・一人では、その勇気が無いのである。

 水柳の下の水溜りは、ほぼ干上がり寸前である。その僅かばかりの残り水の中で無数のオタマジャクシが音を立てて犇(ひし)めき合っている。手足が出るのが早いか、水が乾涸びるか、・・・オタマジャクシ達には、分の悪い雲行きである。くじ引きで、雨乞いのオタマジャクシ柱をおっ立てないと、全滅の悲哀が目前であるぞよ。ただ犇めき合っている場合じぁ~、無かんべよ。

 本日は、何か好い物に遭遇するかも知れぬと、ポケットに双眼鏡を入れて来たのであるが・・・ こんな時季に山に帰らぬホウジロが二羽、水柳の枝に止まって鳴いて居る。去年と同様に、平地を繁殖場とした番いホウジロかも知れぬ。

 そんなスタンスで河川敷を上流に歩いて居ると、雨が降って来た。オタマジャクシの野郎共、<至誠天に通じた>って事かいな??? 仕方があるまい。Uターンする事にする。

 帰りの河川敷に、根付かなかったサツキの一株が転がっていたから、駄目元と思い持ち帰って、四畳半下のツツジの合間に、植えて遣る。雨が降るのなら好都合であるから、小粒配合肥料を、庭に撒いて置く。それにしても、一向に落ち着かない陽気の繰り返しである。


心何処ーショート 偶には、旧PCへのご機嫌伺い。
           偶には、旧PCへのご機嫌伺い。(5/24/12)
 白カブの蕪は大きく為らないが、地上の葉は立派な浅漬けに為りそうな瑞々しさである。朝の庭勤めを終えて、朝の賄い夫に取り掛かる。フキの季節であるから、昨日は個人スーパーに絵ファイルを持って、おばちゃん達と馬鹿話をして来た次第である。

 先輩曰く。
「黙って居ると、がっしりした身体で怖い顔をして居るから、近付けないけどさ。話すと至ってザックバランな好い人ズラ。絵も常識からすっ飛んでて、こんな絵を描く人は、ザラには居ないよ。話しが豊富で面白いんだから、おばちゃん、楽しんで行きましょ。アハハ。」

「あいあい、絵は一人で描くもんだけど、描いたら、後は皆で楽しむもんだからね。他所行きの顔してたら、早い処、呆けちゃうんね。ギャハハ。」

「あら、オジサン、凝った事言うじゃん。さては、只者じゃないね。そうでしょう。」

「何をこいてるだい。俺ぁケチじゃ無いから、見料なんて取らんわね。おまけに、講演料だって<只>だんね。家に居ても、好いた惚れたは化石の館。モーロク爺っさの相手をして居るより、俺と話した方が、婆桜の女フェロモンの活性化の足しには為るぜや。如何だい、話の切っ掛けが出来たズラい。イッヒッヒ。」

 こんな事をスーパーで、おっ始めたらサラリーマン店長から、バケツ水をぶっ掛けられるのが落ちである。女も還暦域を通過してしまうと、男女の堺が欠き飛んで来るから、気兼ね無く馬鹿話を交換出来る処が、面白いのである。
 俗に男も女も色気を失くしたら、棺桶の入口と揶揄される次第なのではあるが・・・私として見れば、冗談も休み休み言い遣がれってなものである。男女とも、好い歳カッパらって、変に異性に色気プンプンさせていたら、呆け予備軍としちゃ飛んだ色情魔、露出狂後期高齢者と為るでは無いか。
 それよりも性器の萎れ、泉枯れの年代に成れば、男女の堺を失くして、中性域に達するのも、饒舌、面白さの愉しみ方の一つとも為るのである。

 何処の何方かは知らぬが、婆桜様も吾がファイルの戯け画の色形に、圧倒されて仰け反ったり、マジマジ、繁々と見入って御座る。

 へへへ、文科省からは<菊の御紋入りの表彰状>は貰えぬが、これとて市井の末端に咲くボランティア活動の一つに違いなかろう。そんな稀有なボラティア貧民の唯一の嗜好品煙草に苛斂誅求の値上げで、税金を強奪する<施政者のオゾマシキ上から目線>とは、何ぞやの感頻りと為るのが、世の常識なのではあるが・・・ いやはや、社会の自然治癒力も脆弱に為り下がったと云う物である。

 栽培物と山フキを二束づつ買って、フキを炊き、山フキはマイタケと佃煮風で作った。どちらも悪くは無い出来であったから、これまた賄いの手抜きが出来る。朝飯には未だ早いから、庭のお勤め後は、庭で一服を付けましょうかね。

 家周りの急拵(こしら)えの花壇に蒔いた種の発芽は、一向に目を出さない処である。表層の殆どは川から持って来た砂である。どんな雑草の芽だか一切不明の段ではあるが、細かい芽がびっしりと出て来ている。まぁ、仕方が無いから、当分の間は朝夕の水遣りを施して、或る程度大きくなってからで無いと始末が出来ないのである。そんな事で、カワラ撫子の幼生を何本か移植する。

 昨日も夜散歩に出掛けて来たが、昼散歩と違って、足が伸びる物である。風呂に火を付けて、偶には二畳小部屋の旧PCを使わないと気が退ける。玄関鳥の籠一つを持って小部屋の窓を開放して、それを軒下に吊るす。

         先ずは、極薄アメリカンと煙草の一服である。

 クマンバチが一匹、ブーンと羽音を鳴らして入って来た。朝の日差しは無くなって、薄い一色の灰色の空である。庭の牡丹も盛りを過ぎて萎みを見せてはいるが、風に香りをせっせと流して御座る。

 おやおや、風が強く為って来た。何の綿毛かは知らぬが、新天地への飛翔は、幸と為るか不運と為るか。全ては風任せの飛翔旅である。

 軒下で、元気に動き回るオスはブンチャカ、ピィー、ピィーの合間に、メス鳥の背に乗って、オスのお盛ん振りを見せ付けている。庭では雀が芋虫を探して若葉青葉の中をセッセと巣の中の子供達への餌運びとして居る。

 さてさて、風呂も沸いた頃であるから、風呂入りと致しまするかな。風呂に入った後は、米屋さん、婆さんの太田胃散と駄菓子でも買いに行って来るとしよう。


心何処ーショート へへへ、身の回りスケッチ。
               へへへ、身の回りスケッチ。(5/23/12)
 朝のアルプス連峰は、群青の山肌に残雪を刻んで、青空に屹立していた。群青に薄い霧とも雲ともとれる白の靄が、朝日に霧消し様としている様は、カメラ好きな人には堪えられないパノラマと為るのだろう。題して、<清々しき群青>と云って良かろう。

 充分に降った雨であるから、今朝の水撒きは不要である。朝起きの一服は、煙草を咥えながらの庭眺めである。昨日鉢植えにしたカワラナデシコの幼生は、鉢の中で瑞々しく立っている。家境に植えたマツバボタンの流砂を被った川砂を払って遣ると、首を立てる。如何やら根付いたのだろう。この頃、エンドウの伸びが目覚ましい処ではあるが、花はマダマダである。

  小粒の小粒の色付いたイチゴを十数個摘まんで、老母に供すると致そうか。

 老母は廊下で、ヨタヨタしながらも、自分の洗濯物を軒下の物干し竿に掛けて居る。ヒヨドリが柿の枝で、イモ虫を咥えて居る。ヒヨドリも、何処ぞの青葉の中で子育て中なのだろうか? 自転車通学の高校生の一団が、ワイワイ、ガヤガヤして通り過ぎて行く。

 さてさて、朝の賄いに移ると致そうか。セリの味噌漬けも馴染んで来たから、細かく刻んで食卓に乗せる。もう一膳とは思ったが、此処で食べて終ったら、金魚の事が言え無く為って仕舞うので、思い止まる。

 本日は、26℃まで気温が上がると云う。玄関鳥も、清々しい外気に当てて遣ると致そうぞ。四畳半窓辺に置いて遣れば、玄関を開けて置ける。

 四畳半の雑木は思い切って枝打ちをしたから、部屋の目隠しには未だ為らないが、好い具合に葉が大きく為って来た。出窓に鳥籠を三つ並べて遣ると、流石に金華鳥達も気持ちが好いのだろう。取り替えた水に入って、水浴びを盛んにして、濡れた羽毛をブルブル震わせて、番い鳥が互いの嘴で身繕いをし合う。羽根が乾けば、オス達は止まり木を渡ってのブンチャカ、ピィピィーの競演を交わしている。

 カーテンを開けた東の窓からは、日差しを通過した好い明かりが取れる。汚れを落として、新鮮な川水を満たされた水槽の明るさに、金魚達の落ち着いたユラユラ泳ぎは、好い雰囲気である。へへへ、馬鹿金魚共ではあるが、餌を進ぜよう。遣るから、水飛ばしはご法度であるぞよ。ほれほれ、色鮮やかに舞いを見せるのじゃぞ。

 西向かいのオバさんが、手押し車で窓辺に遣って来て、鳥に話し掛ける。部屋に居ては失礼に当たる。外へ出て、暫しお相手仕る。お年寄りには、ご近所話が気の安らぎなのである。私とて、何時かはそう為るのである。

「如何だい、玄関画廊でも見て行きましょや。」

 へへへ、唯今、オバさん宅は、ヘルパーさんが掃除に来ているので、邪魔に為らぬ様に外で時間潰しとの事である。

 オバさんの家庭菜園には、斜向かい色白吟さんの手で唐辛子2、ナス2、キュウリ1、ミニトマト2の苗植えがされている。夏に為れば、恒例のキリギリス飼いも始まる事でもあるし、私もミニトマト2本位を植えて置くべきなのではあるが、さてさて、何処に植えるべきか・・・困ったものである。

        ツーピー、ツーピー、ジュクジュク、ツーピィピィ。

 柿の若葉の茂りの中で、シジューカラが盛んに鳴いてる。足元では、アリゴ達が忙しく動き回って居る。モンシロチョウが太陽の光を一杯に浴びて、ヒラヒラ微風に流されて行く。さてさて、部屋でブログ日誌を片付けて、個人スーパーまで買い出しに行って来ると致そうか。


心何処・・・本日の一枚、形ばかりの馬鹿金魚
                形ばかりの馬鹿金魚
                 形ばかりの金魚為り

 本日は昼前からの雨で、メインは水槽洗いでしたかね。散歩にも行けず、国会中継をラジオで聞きながら、エア装置の不具合を治したりの机上の水槽金魚とのお付き合いでした。する事も無いから、お絵描きをして遊んで居りました。見れば見る程、生意気顔をした連中で有りまする。へへへ。


心何処ーショート 嗚呼、糞っ垂れが・・・
             嗚呼、糞っ垂れが・・・(5/22/12)
 昨夜は、久し振りに夜散歩をした。川ではカジカ蛙の声を聞き、田んぼでは騒々しいまでのトノサマ蛙の大合唱を聞いて来た。夜は12時に寝て終った。昨日は暑かったし、庭弄りをして居たので、夕刻時の散歩時間が取れなかった次第である。吾ながら、この処、オーバーワークの態である。

 そんな事の末端の細胞疲労が祟ったのか・・・ 酷い夢を見た。右足の親指と第三指が、パカッと割けて、痛いのなんのって・・・

 そんな事で、掛り付けの町医者に行って先生に、5月の下旬にも為って、<乾燥肌の赤切れ>でもあるまいし、これは何か内臓欠陥の前触れ、現れでは無いかと、専門医の診立てが欲しかったのではあるが、先生も根は<番からゴタ男>である。『その真っ黒な日焼けは、何か普段と違った事でもしたかね。まぁ万能薬の赤チンでも、塗って置きましょうかね。』とニヤニヤしているだけである。

 そんな誘導尋問に引っ掛って、ボラカイ行の話なんぞをポロリと口に出した物なら、直ぐ様、お説教と血液検査を遣らされてしまうから、黙秘とする。

 まぁ、端から期待はしていなかったが、先生も他人事と思って、<薄情者>そのものであった。余りにも、夢の内容が明瞭であったから、思わず足の裏を点検して仕舞った次第である。

 本日は、曇天日である。火曜のゴミ収集は、早い時間帯で来る事が時々ある。何回か<置いてきぼり>を喰らった事があるから、朝一番で出して来る事にする。老母は洗濯機を回して居るから、仕事が終わって充分な休憩を取らないと食事も喉を通らないだろう。従って、時間は充分にある。庭の野菜、移植物にたっぷりの水遣りをして、玄関鳥の世話をしてからの朝の賄いで良かろう。この頃は老母の言い付けを守って、コメのとぎ汁を散布しているのである。

 老母の洗濯の進捗具合を見ながら、庭弄りをする。カワラナデシコが、大分大きく為って込み行って来たので、鉢植えにして四畳半か二畳小部屋に<アクセント物>として置こうと考えた。そんな事で、庭に転がって居た鉢を二つ持って、川原に砂を取りに行って来る。

 老母の昨日の感想では無いが、<何も遣らない人だと思っていたが、意外と遣るもんだ。大した頑張り様で、庭が綺麗に為った。>との事であった。褒められて居るのか、皮肉を言われて居るのか・・・判断に窮する次第である。そう云えば、昨日は外の草刈りもしてしまったのである。朝食後の定位置で煙草の一服をすれば、今度は水槽の汚れが目に着く始末である。やれやれ、オーバーワークついでであるから、水槽の全面清掃をして、明るい透明な水槽世界にして遣ると致そうか・・・

 とほほ。体育会系の物臭ロートルではあるが、体細胞に運動モードが立ち上がると、中々に厄介な体細胞の仕組みと為って居る様である。ラジオの国会中継も、如何せん、野田ドジョウ内閣では食傷気味である。パスパス!!

     嗚呼、糞っ垂れがぁ、止む無し・・・重い腰を上げざるを得まい。

 ガムシャラ且つ丹念に、水槽並びに濾過器を洗い、川に水汲みに行く段になると、矢張り雨が落ちて来た。老母の洗濯物を中に取り込み、水汲みを続行して金魚達を放す。水よりも砂の方が遥かに比重は大なのではあるが、水を溢さない様にとの配慮が、砂よりも重く感じさせるのであるから、人間の感覚とは錯覚に満ちている物である。

 綺麗に為った水槽で餌を食べて、一番形のデカいコメットの野郎は、私の方を見て、大欠伸をして御座る。ったく、至れり尽くせりで、好い気なものである。私は、デカイ声でお前ら、誰の世話に為っとるんじゃい。感謝の気持ちすら無い当然の享受とでも思って居遣がる。アホンダラ、欠伸は無かんべや。そんな性根じぁ、七度生まれ変わっても、人間には生まれ変われんぞい。見下げ果てた無礼極まる態度であろうが。

           アッ、この馬鹿、水を飛ばし遣がった。

心何処ーショート また、一週間の始まりである。 
          また、一週間の始まりである。(5/21/12)
 久し振りに、好く寝た物である。ラジオも付けずに爆睡していたらしい。飯が中途半端で在ったから、朝はスパゲティを作る心算で居たのである。

 老母は起きて居るから、外のお努めは後回しにして、大急ぎの朝食賄いである。スパゲティを茹で、玉ねぎを細かく刻んで挽肉と炒め、茹で湯を加えて調味料・トマトケチャップと市販のミートソースを加える。

 不思議な事に、老母は私の作る手抜きスパゲティが口に合う様で、ペロリと食べてしまう。昨日は空振りに終わった釣りではあったが、葦の中に生えた長いセリを、レジ袋一杯に収穫して来たので、その一部を茹でて冷蔵庫に入れて在るから、それを刻んで付ける。

 その他のセリは、味噌漬としてタッパに入れて在る。2、3日置けば味噌の塩分と風味が回るだろう。デカイ声じぁ云えないが、コイツが実に乙な大人の味覚を刺激するのである。

 朝飯後は風呂の水を張り、朝日課と為って仕舞ったジョロでの水撒きである。昨日は、イチゴと混在している小菊を抜いて、菊スペースを作って移植したのである。菊の生命力、繁殖力は実に旺盛だから、当分の間、水撒きさえして置けば、根付く筈である。
 昨日から、イチゴも色付いて、数個の味見も出来て居る。物は試しである。山椒の若芽を摘んで、昨夕の斜向かい吟さんに教えて貰った<山椒味噌>を作るとしようか。

 水撒きを完了させて、二畳小部屋外の定位置に腰を下ろして、一服タイムである。後は、庭中に三大栄養素である窒素・リンサン・カリの顆粒肥料を適当に散布して置けば良かろう。

 ズボラ男が、こんな<殊勝な出来心>に為ったのは、或るコメントさんの年に一度の農作業の言葉であった。スーパーに並ぶ四季の無いハウス栽培野菜を見て居ると、何時でも手に入る野菜と錯覚して、農作物の有難さに無頓着に為って居る。そんな日常に慣らされている現代生活ではあるが、確かに『作物は、年に一度の収穫』なのである。

 落ち葉を掻き集め、それを堆肥として土作りに鍬を振るい、春を待って種を蒔く。発芽に頬を緩め、成長すれば、それを間引いて味噌汁の具・お浸しにして食する。降り注ぐ日光・風の下で、間引き後の作物に水と肥料を施し、雑草を毟り野菜の成果を食する。これは長い面倒なスパンなのではあるが、年に一度の自然からの収穫物なのである。

 人は、その過程過程の中で、自然・植物・自分と向き合っての諸々の事などを観察したり、自分の人生の振り返り、思索のお零れを頂戴して行くのだろうか・・・現役で働く間は、日常に追われて会社と家庭の往復にしか過ぎないのが、現代サラリーマンの常である。

 現役引退の貧民年金生活者ではあるが、何事からも解放されたロートル人生の中に在って、こう云った土との多少の向き合い方は、確かに好い物である。人間とて、自然界の一生物である。こうした現役後の日常も無ければ、自然のDNAを持つ人間の精神のバランスの帳尻は合わないのかも知れない。人間から、土の匂いを消滅させてしまっては、単なる傲慢・高慢の無機質人間に成り下がるだけである。

 さてと、山椒の若芽を摘んで、初挑戦の山椒味噌でも作って見ましょうかね。やや、こりぁ、アゲハ蝶の幼虫の凄い臭気で在る。乙な山椒味噌の前に、モスラを想起してしまった。何事も欲を掻いたら、大失敗に終わりそうである。<過ぎたるは、及ばざるが如し。>でしょうな。へへへ。

 台所で食器を洗い、山椒の若芽を細かく刻んで居ると、玄関に物音である。誰か来たのかなと、玄関に行くと誰も居ない??? 

「コラッ、馬鹿モン!! 何を遣っとるんじやい。ゴー・ホーム!!」

 猫が、玄関鳥の鳥籠にしがみ付いて居るでは無いか。へへへ、開けて置いた廊下から近所の飼い猫が侵入して居たのである。身綺麗なその猫は、吾が家の庭を毎日徘徊して居る<顔見知り猫>である。顔見知り猫であるから、悪びれた顔もせずに、猫は入って来たコースから出て行った。

 ニャロメ、油断も隙も在った物では無い。私は猫には一切興味は無いが、ありゃ、何時も私とは距離を置いて居るから、オス猫に違いあるまい。俺様の男フェロモンにオタオタしている癖に、姑息な狩りが得手かよ。男の風上にも置け無ぇや。
 まぁ、大事無かったから良かった物の・・・ヒヤリ、ハットの類もあるから、戸・窓の開放には、指差し呼称でもして置きましょうかね。

         泥棒猫追い掛けて、裸足で走るサザエさん。

        物音に誰ぞと思いきや、鳥籠にしがみ付く近所猫。

        開放の季節に、吾はヒヤリ、ハットの指差し呼称。

 本日は、暑く為りそうな青空とお天道さんでありまする。週の始まった子育てを終えた町である。レースのカーテン微風に揺れて、マイペースの時は流れる為りでありまする。


心何処ーショート 砂は、重い物である。
               砂は、重い物である。(5/20/12)
 お向かいさんでは、ご主人が跡取り息子に植え木の剪定指導をしている。通りでは、斜向かい吟さんの奥さんが、娘とバトミントンをしている。吟さんは、孫の小学生の紙資源物収集のお手伝いをしている。私はジョロで水撒き、玄関鳥の世話である。

  午後からは、お天気は下り坂との事ではあるが、お天道さんの在る内は暑い。

 散歩がてらにコンビニで払い込みを済ませて、適当な素焼きの鉢があるから、種蒔きで芽を出し成長して居るカワラナデシコ、マツバボタンの鉢植え飾りと致そうか・・・ 両方共に乾燥を好む夏花の類である。

 木子から芽を出した鬼ユリの幼生を移植して居る時に見付けたシャクヤクの小株も、鉢植えにして日当たりの良い所で育てようと思う。そのシャクヤクは、結婚前後の時にヤマメ釣りに行った際に、見付けた物を庭に移植した物である。本体の方は、土が合わないのであろう・・・ 期待を大きく外して、辛うじての庭の植物と為って居る次第である。

 暑いと歩くのは、草臥れる物である。帰りは、バターピーナツをポリポリさせながら、テクテク歩きをして来る。

 さてさて、一服して仕舞うと、後が嫌に為って仕舞う。此処が、男の踏ん張り処である。フルイと鉢を四個持って、川原に下りる。勤めて居る時に、菊作りの趣味を持った人が居た。桜の落ち葉で腐葉土を作り、女鳥羽川の川砂で土を作ると云う話を聞いて居たからである。

 まぁ、疲れはするが、働いて居ないのであるから、この位のズクを出して遣る時は遣って置いた方が、体力維持にも通じるってな物である。何分、ロートルのママゴト遊びであるから、その人の講釈に因んで、底の方にはフルイで残った小砂利層、粗めの砂、砂、葦の腐葉土の粒子の細かい層と『小理屈』を働かせる。

 尤も、これは言い訳である。馬力が衰えて、息切れがするから、作業に休憩を入れているだけなのである。とほほ。

 さてさて、これで器と用土は揃った。移植コテを持って、シャクヤクの小株を三本慎重に掘りだして、鉢にセットする。それを日当たりの良い庭石の上に置く。

 大きく伸びた茎の下には、小さな白いカブが顔を覗かせて来た処でもあるし、今度はカブの間引きでも致そうか。一回のお浸し分をとチマチマ遣って居ると、声を掛けられた。おやまぁ、本日は電動自転車を引いた九州ゴールド・フィンガーさんでは無いか。

「こっちに来ましょ。木陰で助平話でもして行きましょや。今日は暑いから、セッセっと歩くと、糖尿病はバテちゃうぜや。あい~。」

「いけね、いけね。国際派の道産子の先生には、逆立ちしても敵わんわね。恥掻かん内に、今日はパスする。」

「そうかいね。殆ど家に居るから、何時でも寄っておくれや。無理をしないで、文明の利器のお世話に為りましょや。」

「うん、家が分かったから、遊びに来させて貰うよ。」

 ははは、ゴールドフィンガーさんは、大分疲れて居る様子である。きっと、上り勾配、電動自転車でもペダル漕ぎが大儀なのであろう。ペダル漕ぎと歩きでは、使う筋肉が違うから、気分で自転車に乗ると、キツイのが本音と為る。彼は早い処、家に帰ってバタンキューの昼寝がしたいのであろう。へへへ、ゴールドフィンガーは、ゴールドレッグとは為らないのが、切ない処なのである。ギャハハ。

 さてさて、本日、日曜日。私もオーバーワークに為らない内に、昼寝でもして置く事に致そうか・・・ いやはや、砂は重い物である。アッシも、堪えまして御座る。


心何処ーショート 吾身は、印度怪人かいな・・・
           吾が身は、インド怪人かいな・・・(5/19/12)
「おいおい、真黒じゃないか。フィリピンから帰って来たよりも、日焼けしてるじゃないか。」

「あいあい、フィリピンの時は、ご舎弟さんに日焼け止めクリームを塗ったくられての毎日だったし、帽子着用だったからな。無帽の庭弄り、土弄りに嵌ってるから、夏の俺本来の色に為っちまってるぜや。それにさ、姉上の遠目の第一印象が、<外国人が近付いて来た見たいだった>っさ。あはは。」

「そりぁ、そうだわな。お尋ね者人相と態度のデカイ印度人見たいなのが、近付いて来たら、普通の人は咄嗟に『身の危険』を感じて、当たり前だわな。アハハ。
 それに、あなたの場合は、嵌っているんじゃ無くて、<嵌める>のが趣味の変態オッサンでしょうが。嵌ると嵌めるとは、雲泥の差、虚言ってもんさね。あい~。」

「何を扱きぁがる。知らねぇ人が聞いたら、本気にするぜや。ほれ、美味くは無いが、止み付きの味・沢庵の差し入れだいな。」

「これこれ、これが好いんだよ。手作りの味、貴重品貴重品。サンキュー。」

 昨日と打って変っての、初夏を思わせる様なお天気さんである。白銀を刻んだアルプスの峰々が、何んとも清々しいばかりである。

 コーヒースタバの二階席は、丁度定位置のテーブルが空いて居た。今日は暑いから、アイスコーヒーである。Tの表情も落ち着いて居るから、細君のお袋さんには変化は無いのであろう。

「如何だったい?」

「ああ、良かったよ。背筋のピンと伸びた知的なご婦人だったんね。お互いに毎日ブログ更新の<同心円の誼>って云うんだろうね。彼女の人と為りは、『♪』さんからの拍手コメントでシークレットとして知って居たから、イメージ通りのお人だったわ。そんな事でさ、全然初対面の気持ちも起らず、若い頃からの知り合いの様に、スンナリ話しが盛り上がちゃってさ。云って見れば、『F高の才媛才女さん』の感じだった。ああ云う落ち着いて、教養の深いご婦人と居ると、心が落ち着く物だわ。これも、ブログの効用、面白さって処なんだろうね。」

「成る程、成る程・・・うんうん、分かる。普通の人とは違う、クラスに一人位居るチョイと敷居の高いご婦人って事だな。そうか、Rも本来はそのタイプだから、話しがポンポン飛び出して、中身の濃い話で3:15着だったんだろうな。そうだろう。」

「うん、あの年代の大卒さんは、砕け始めた俺達の年代とは違って、背筋がピンと伸びて、隙を見せない<躾けが、行き届いて居た時代>の女性だから、俺なんかは、凄く気分が好かった。話の歯車がカチッと嵌って、潤滑油がスムーズに回って居る様で、日本の佳き時代のレベルの高さには、味わいが深かったわさ。
 それに引き換え、今は、それなりに知識の底辺は拡がって居るんだろうけど、躾けの無い個人主張・形派・拝金主義の時代だろ。心・気慨・節操・行動・自問自答力を内包した躾けの中に居たご婦人と躾けが崩壊して仕舞った時代の女とでは、所詮、ラベルとレベルが違い過ぎるものな。戦後教育・女の時代で失った大和文化の衰退は、冗談抜きで泣きたい物だわさ。
 
 彼女の様な伝統の大和撫子さんと接して、俺は、本当に嬉しかったよ。日本人たるもの、斯く在りたいって処かね。話を交わして居ると、性格も良く似ていると感心しちゃってさ。筋が通って、自制心、克己心のある人は、目の据わりも好いし、表情に落差も無く自然体の応対が出来る処が、女子高のHチャン生よりも、F高の才媛タイプですがな。
 才媛バリアの内側は、気さくな性格に満ちている。恋愛よりも男女の垣根を越えた友に為れるって感じ・・・分かるだろ。」

「おうおう、分かる。Rも巧い事を言うな。F高とHチャンとの例示は、的を得て居るな。R、調子付いて、変態話をしなかっただろうな。あぃ~。」

「俺だって一応、脳味噌も常識も在らぁな。Tは、何をニヤニヤして考えて居るんだ。」

「中学時代のF高に行った同級生の事と比較しながら、そのご婦人の平面図から立体図に置き換えて居る処さや。アハハ。結びの神の『♪』さんに、お礼のコメント出しとけよ。」

「あいあい、早速、感謝のコメントを送りましたがな。そうそう、それで今日は昨日描いたホヤホヤのマツバボタン記念画を持って来たんだ。お礼のコメント打ったら、<記念画>を所望されたんで描いて見たんだけどさ。この目を瞑った顔の花絵とマツバボタンの絵を見開きにすると、好い味のイラスト印象が拡がるだろ。」

「おうおう、この頃、Rは文章よりも絵の方が、才能あるんじゃないの? こりぁ、続き絵として、インパクトのある雰囲気が拡がって居るな・・・」

「そうだろ、絵の順序からするとこの間が蟻ゴの絵なんだけど、見開きの二枚の絵のブルーと橙の共通色調が、相互に働いて漠然とした共通因子を持った拡がりへと想像力を運んで来るだろう。
 印象を言葉では的確に形容出来ないけど、想像力をノックする力は、文字より絵の方が優れて居るし有効だろ。考えて、こんな事をしている訳じゃないのは当然なんだけど、或る見方からすると、<無意識>なんだけど、これは予定されて居た意識とか潜在意識の表れとか<予定調和>と云う物かも知れん。東洋思想だと『運命』と意識する事も可能なんだけどさ。アハハ。」

「ほぅ~、運命と来たか・・・お前らしい解説だな。この頃、絵の印象がスッキリ、シャープに為って来たんだけど、そこら辺は如何なんだい。」

「別に絵の腕前が上がった訳じゃ無くて、手法をチョイとチェンジしたまでの事さね。絵の輪郭を万年筆で準って、鉛筆の線を消しゴムで消して居るから、見る者にシャープさの印象を与えているだけなんだわ。鉛筆の輪郭だとシャープさは出て来ないけど、鉛筆の輪郭には、柔らかさが伝わるから、一応は絵に依って、描き分けて居るんだけどさ。」

「相変わらず、分析は的を得てるねぇ。感受性とか感性で、見えない物とか、隠れて居る物を掴み取る細胞は、大した物だ。でもさ、俺はこの頃、一つ確信した事が在ってさ。<変態に、異才宿る。>って真理を発見したんだわさ。ヒヒヒ。」

「この馬鹿野郎が~。ナンチュウ事を言うだ。ったく、とんでも無ぇ野郎だ。
 まぁ、お言葉を反芻すりゃ、それも一面の真理って物ズラいな。俺ぁ、何にも言えねぇわな。さてさて、パッパでも吸って、ホームセンター、爺、婆の餌でも買って行くかいね。」

 お目当ての鍬の柄が無かったから、時間潰しの角材を小刀で削って、柄を作るしかあるまい。へへへ、暇男の近況は、お絵描きに、家庭菜園、工作と丸で小学校の高学年生に還った様な物である。


本日の一枚・・・記念のマツバボタン
                記念のマツバボタン
                 記念のマツバボタン_001

 それにしても、寒いですね。本日の散歩は、ポケットに手を入れてのセカセカ歩きでした。田んぼの早苗も風に吹かれて、寒そうにして居ました。それでも畔のアヤメが見事でした。余りの寒さに、袢纏を着てのお絵描きタイムでした。

 さて、本日の一枚は、昨日の玄向寺の牡丹に寄せての記念のマツバボタンと題して、描いて見ました。へへへ。

心何処ーショート 偶には、悪態の一つでも遣って置きましょうかね。
      偶には、悪態の一つでも遣っときましょうかね。(5/18/12)
 如何して、こんなにお天気さんが悪いんでしょうかね。曇天、風の肌寒さである。庭弄りをして、定位置でコーヒーを飲みながら、通りを挟んだ新築現場からの金槌の音を聞きながら、解放した窓外を見て居ると、体温の下がった体には、肌寒さが出て来る。

 お天気さんが芳しく無いから、近所のロートル連もきっと家の中なのであろう。金曜日の午後は、ラジオと玄関鳥の声が、とても静かに流れている。中学校のチャイムの音が、聞こえて来る。ヘリコプターが飛んだり、風に揺れる木々の葉を見たりの煙草吹かしである。金魚達も静かにしている。

 何なに、来月は河川敷の草刈りでゴザンスか。回覧板を回しに行って来る。今年度からは回覧板の回り順序が逆に為って仕舞ったから、庭からお隣さんへと云う訳には行かなく為って仕舞った。班内は何処も孫の居るロートル夫婦の所帯であるから、庭木、花々の手入れも行き届いて、家庭菜園をしているお宅が多い。土に黒いビニールを張って、其処に定番のキュウリ、ナス、トマトが植え付けられてある。それに引き換え、ズボラな私の処は、放ったらかしの伸び放題の緑の庭である。

 庭弄りついでに、バラバラに為って居る小菊を纏めて移植したいのは山々ではあるが、イチゴとの混み具合なので、イチゴが終わってからするしか無いのである。薄日が差しては来たが、何んと明日は行楽日和の日中とは云う物の<朝は霜注意報>と云うから、恐れ入った物である。

 この一週間程は<散歩は二の次>にして、庭弄りを主体として居たから、些かのオーバーワークの態である。今日も、一時をチマチマと雑草の芽出しを摘んだり、庭掃除をしたり、昨日の長雨で砂の流失具合を見て、傾斜花壇の要所要所に石を入れて砂止めとしたり、川原から砂を運んで『ロートルのママゴト遊び』をして居たのである。

 まぁ、本日の面白かったテレビと云えば、NHKの解説委員さんの熱中症対策の話が傑作であった。彼の提示した<熱中症の円グラフ>に依ると、意外や意外で、戸外者よりも戸内者の熱中症がパーセンテージ上、一番高いとの事であった。

 それもその筈で、戸内者は『一括り』の数字にして、戸外者の方は、営業者、外仕事の建設員などと『細分化』して居るのであるから、笑止千万と云うか、・・・これは恣意的な区訳をして、戸内者の年寄りに焦点を当ててする『データー捏造解説の段』なのである。戸内者の<公正比較>とするなら、戸外者同様の区訳をするべきなのに、知って居てそれを敢えてする処が、『厚顔無恥の行い』なのである。インテリさんの質も落ちた物である。

 戸外者を区分けしたのなら、その基準で戸内者の区訳をしなければ、拙いでしょう。へへへ、これを称して、<ダブルスタンダードのフザケタ輩>と称するのである。

 おいおい、お前さん、そんな解説じゃ視聴者を<馬鹿と大妄想>してるんじゃないの。それじゃ、小学生にも見抜かれる『素人の手品以下』ってもんでしょうが。

 家で居る人の中には、具合が悪くて伏せっている人、体力が無くて、外に出れない人、寝たきり老人の要介護者も数多く居るでしょうに、従って体調不良、体力不足の人には、新陳代謝も劣化して居る人、抵抗力の無い人の比率の方が、圧倒的に多いでしょうに。従って、当然に熱中症に付いて行けない人が多いのは、当然でしょうに。

<ふざけ遣がって、払い過ぎたNHK受信料を返せ!! なぁ、婆さん。そうだろう。>

 解説員様、スイマセンね。分かり切った事を言いまして、決して厚顔無恥じゃないんですよね。これも原発全基停止に依る電力不足から来るお年寄りの熱中防止に対する公共放送の教宣使命の<サラリーマン仕事>なんですよね。へへへ、フーテンの寅さんの男は辛いよ同様の<サラリーマンは辛いよ>なんでしょうね。はい、御同情、申し上げまする。

 インテリさんに殴られない前に、散歩代わりに煙草の買い置きに行って来ましょうかね。

心何処ーショート 佳き日に、感謝感謝!!
               佳き日に感謝感謝。(5/17/12)
 老母は朝から洗濯機を回して居る。洗濯をして、息切れをして、呼吸を整えてからでないと、食事も覚束ない吾が老母様である。然らば、私も庭弄りでもして待つと致そうか。

 庭の種蒔きマツバボタンは、漸くの芽出しである。昨日、ホームセンターを覗いたら、びっしり詰まった98円のマツバボタンの早苗が売られて居たので、それを3ポット買って来て、四畳半前と道際の促成花壇に、バラ植えした次第である。庭奥のオニユリの木子(きご)から育った幼ユリが密集している。可哀想に日蔭であるから、木の下枝を切って、風通しと日光の恩恵をプレゼントする。次いで野生イチゴと化した地面の中にもユリがあるから、スコップで掘り起こして、ユリ村の一員に何本かを加えて遣る。

 さてさて、カブの間引きをして、味噌汁の具とする為に摘んで居ると、コマツ菜が芽を出し始めている。原始人、縄文人の様な自分が、丸で<去勢男>の様で、吾ながらこんなチマチマした事に愉しみを感じ始めているのであるから、困った物である。土に還る時が、刻々と近付いて来て居るんでしょうかね。ニャハハ。

 本日は、ブログで親しくさせて頂いて居るお人が、スケジュールを縫って吾がブログのロケーション探索にお見え下さるとの事である。常日頃、我田引水の限りをして居る吾が身である。日本広告機構からの呼び出し状前に、風呂にでも入って、穢れた心身に禊ぎの真似事でもして置きましょうかね。イッヒッヒッヒ~。

 お互い本名も知らないハンドルネームである。バスターミナルまでお迎えに行く。テレビなんかで見るドラマのエロ事師だと、胸に深紅の薔薇と云うのが常道ではあるが、私は、金無し、毛無し、女無し、止めが甲斐性無しの<四重苦貧民ロートル>であるから、気取った処で、様には為らない。従って、素地で押し通すしか手立ては無いのである。

 南洋掛け軸で、自画像もどきの戯け画をアップして居たので、フィリピン土産の茶のハットを持って行く。<ヤクザもどきのスキンヘッドだから、直ぐに分かりますわ>。と連絡させて頂いたから、人違いはすまい。

 高速バスは、道路工事の為に遅れているとの事であった。そんな事でもあるから、一応、受付スタッフに聞いて見ると、<広丘>との事である。高速バスの乗車口の椅子で、時間を潰す。聞くとターミナルの外が到着場所との事である。

 遺憾いかん・・・外へ行くと、それらしきご婦人が居られる。仕舞った。遅れてしまった。感じからして、姉上様であろう。お互い直ぐ分かった様で、ハンドルネームで挨拶を交わして、駅前の駐車場に向かう。

 駐車料金の段で、多少のトラブルは在った物の、滞在時間三時間強の吾がブログのロケーションご案内の始まりである。気温は丁度好い具合なのであるが、生憎の曇り空で<山岳都市・松本のアルプスの雄姿>をお見せ出来ないのが、残念至極であった。

 姉上は、27年間を札幌などの北海道で過ごして居られると来事であるから、雰囲気が老母の一番上の姉君の様な感じで、初対面でも、全然違和感が無い。こんな処が北海道の取り持つ<類は友を呼ぶ>の居心地の良さなのかも知れない。

 ブログの結びの神は『♪』さんであるから、もうもう、盛り上がって仕舞い、ズ~と話し放しである。美ケ原温泉の蕎麦屋で昼を食べて、私の幾つかある散歩コースに従って、山沿いに浅間温泉を経由して、早落ち城址の下を通って、アルプス公園のある城山丘陵のトンネルを抜けて、安曇野の入り口の田園風景を走り、玄向寺の牡丹を見て、アガタの森公園でコーヒータイムをして、3:20の発車に向けて3:15のバスターミナル着であった。

 姉上は『♪』さんとは、とても気の合う仲好しコンビとの事で、行き帰もあるとの事である。そんな事で、窮屈な軽自動車ではあるが、彼女にもテレパシー参加をして貰い、もうもう、止まる処を知らずの・・・兎に角、話しが面白かった。

 三人の共通点は<ブログ毎日更新>であるから、お互いに毎日ブログに目を通して居るから、全く以って、古くからの知り合いの様な<素地出しの気の置けない話し>が、談論風発するのである。

『♪』さん、素晴らしいご婦人と引き合わせて頂いて、感謝感謝の段であります。こんな事が叶う、ブログの<類は友を呼ぶ>のプレゼントは、好い物ですね。

 帰りにはホームセンターに寄って、佳き日の記念としてマツバボタンのポットを5個買って来て、最後の道境の厄介な雑木の根をスコップで掘り上げて、マツバボタンの促成花壇を造り終えた次第である。へへへ。

心何処・・・さぁ、蟻帝国の縄張りじゃい。
             さぁ、蟻帝国の縄張りじゃい。
                 さぁ、蟻帝国も活発化

             晴れた晴れた!! 開門開門~。
    昨日の地中は水浸し、地表に逃げたミミズも、朝の太陽で熱中症。
   逃がすな。逃げ損ねたミミズは、太陽に焼かれて、ミイラに為る前に、

             帝国食糧倉庫に、運べや運べ。
            せ~の、ヨッコラショ、ヨッコラショ。
           地下じぁ女王様、セッセの、一心不乱卵産み。

              サボったら、軍隊蟻のお仕置き
         力合わせて、せ~の、ヨッコラショ、ヨッコラショ。

         此処は、出来立て、ホヤホヤの蟻帝国の縄張りじゃい。
           遊び人蝶も、その内、運んで遣るわいな。
           そこ退け、そこ退け、働き者の神輿が通る。

★蟻達は、朝から凄いですね。アッシャ、物臭男ですから、朝からこんなフル稼働の蟻達を見て居ると、身震いがして来ますね。来世でも、やっぱり好色人間オスで居たい物ですわ。へへへ。

心何処ーショート 偶には、こんな起き方もあるさ。
            偶には、こんな起き方もあるさ。(5/16/12)
 ははは、早朝散歩の婆連の話し声に起こされてしまった。そう為ると、玄関鳥の声も<起きろ起きろ>の催促である。夜更かしが日常と為って居る身には、何んとも恨めしい婆連の大きな声の通過である。

          ニャロメ、コノ~、婆連。俺の眠りを返せ~!!

 顰め面で廊下のサッシから外を見遣れば、昨日の終日の雨と打って変わっての晴れ日、朝の始まりである。

 フラフラと煙草をポケットに、庭サンダルを履いて廊下から庭に出る。眠気覚ましに、毛細血管に血を送ると致そうか・・・雑草のちんまりした伸びを摘む。たっぷり雨を吸った地面からは、雑草が容易に抜ける。柔らかそうなハコベが伸びているから、玄関鳥にプレゼントする。移植したオニユリ村も、シャキッとした瑞々しいばかりの立ち直り具合である。これで、枯れる事も無かろう。家庭菜園のカブもエンドウも、水を得た魚の様に活き活きとしている。

 川の水は多からず少なからずで、釣りでもと思うのだが、昨日を引きづった気温では、それに不向きの感である。腕時計を見て、久し振りにビジネス展望でも聞くとしようか。部屋に戻り、ラジオを付けると慶大の金子先生の原発事故に関する閣議決定への<至極、ご尤もなご批判>であった。

 四畳半定位置で、熱々のモーニングコーヒーを飲みながら、頭の中と同様のボワンとした煙を訳も無く吹かす。高校生達の自転車通学の往来、出勤の車の下りが、日常の始まりを呈している。朝の賄い夫は、大いに手抜きが出来る。昨日の残り物の刻み揚げ、チクワ、ブナシメジ、挽肉を油で炒め、砂糖・醤油で絡めて混ぜご飯とした物が、老母の合格点が出たから、簡単なのである。

 カーテン越しの朝日の入りが、コメットの紅白の魚体を映えさせて、金魚達がユルユル泳いでいる。私が動くと、餌が貰えると勘違いをして長い尾で水を飛ばすが、肥満防止の為に本日の餌撒きはカットである。

 お前さん達、昨日は二回の食事で、腹がぷっくりと膨らんで居るじゃろうが・・・ 何事も、腹八分目、武士は喰わねども、高楊枝であろうが。何だ、その不服そうな目ん玉は、馬鹿もんが。この野郎、また水を飛ばし遣がって、生類憐み行をすれば、付け上がって、お前達の出自は、大陸、半島かいな!! 庇貸して、母屋をぶん取ろうなんて、とんでもない連中である。俺ぁ、そんなに甘ちゃんじゃ無ぇぞや。ギャハハ!! 怒れ怒れ~。

 八時のニュースを聞きながら、夜の遅い身は、変な時間に起こされて終って、眠く為って来てしまった。老母が起きるまで、少々、二度寝でもするべしである。

 寝掛かって居ると、老母の動きである。はいはい、置きまする。布団を上げて、真似事掃き掃除をして、風呂に水を入れて、朝食である。フン、婆ぁに始まって、婆の世話でヤンすか。嗚呼、布団は上げてしまったから、吾輩には戻る処無しである。偶には、車でも洗うとするか。風呂があるから、その後は土弄りでもして作業のストックでもして置きましょうかね。気温も、上昇して来た処でもあるし・・・


心何処ーショート やれやれ、退屈な雨日為り。
            やれやれ、退屈な雨日為り(5/15/12)
 朝の見回りをする。移植したオニユリ達も、やっとシャキッとして来た。松葉牡丹の芽出しは未だ確認出来ないが、撫子の方は、大分姿を見せて来た。本日は、予報では終日の雨との事である。庭の牡丹も昨日の暑さで、二輪、赤紫の花を咲かせて来た。今にも降って来そうな肌寒い気温である。まぁ、雨との事であるから、パラパラと顆粒の肥料でも撒いて置くとしようか。

 昨日は、六時過ぎての一時間弱を長靴を履いて、テンカラ竿を家の前から始めて見た。S橋の下で今季初のヤマメを一匹ゲットしたから、まずまずの気分であった。

 コンクリートの上に腰掛けて、朝の一服である。水遣りをして居ない地面は、大分乾燥が進んで居るから、植物達にとっては、待望の雨待ちと云った処であろう。
 
 老母は、朝から座りながらの自分の部屋の掃除をして居る。出来る事はした方が運動、気晴らしに為ると云う物である。見て見ぬ振りをして、掃除の終わるのを待ってからの朝の賄い夫を致そう。へへへ。

 朝食、テレビを見ながらのお茶で、朝のご機嫌伺いをした後は、二畳小部屋のPCの向きを変えて、庭の緑を見ながらのPC打ちを始める事にする。独鈷周りの苔も、雨に打たれて緑を滲ませて居る。背後に山ツツジの朱色の花が、葉の黄緑色の中に好く映えている。紅葉は、あれよあれよの内にこんもりと緑のベールを覆って居る。独鈷にシジューカラが二羽飛んで来て、チョコチョコ、餌を探して居る。

 小振りの南洋掛け軸を吊るした小部屋で、ポータブル電気ストーブを点けての雨の庭見である。

 タバコの煙が小部屋に籠るから、時々サッシの窓を開ける。サッシに遮断されて居た風と雨音が入って来るが、これも好い気持でもある。

 足元に在る様なサツキも冬の錆色を落として、雨の中、真に瑞々しい色合いを見せて居る。春一番の黄色花を見せてくれた福寿草は、目立たない葉をサツキの勢いを増した緑の中に埋もれさせて居る。

 ちっぽけな二畳小部屋にしか過ぎないが、座り位置を変えるだけで視界が変わって来る。
 地面が雨を受ければ、再び雑草が勢いを得る。それで私には、当然の草毟りの御用命が来ると云う物である。

 ミメゾの新芽の、柔らかな緑が風に揺れている。雀が雨宿りに遣って来た。成長仕切ったマンジュシャゲの葉が、自重を支え切れずに倒れて来た。光合性を活発にして、十分に球根に養分を蓄え、夏に一気に花茎をニョキニョキと伸ばして花を咲かせるのが、マンジュシャゲの一生である。むさ苦しいのは山々ではあるが、目先の整理に走っては、身も蓋も無いのである。

 薄い灰色空に、雨は小雨状態。然りとて、灰色雲に覆い尽くされた空に雲の晴れ間は期待出来そうも無い。小雨、本降りを繰り返して、終日の雨日に為ろう事は必至の沙汰であろう。

 さてさて、手持無沙汰の肌寒き日は、冷蔵の在り合わせで<混ぜご飯の具>でも仕込んで置くと致そうか。遣って置けば、手抜きが出来る。

 雨の合間に、煙草を咥えての庭回りをして、草抜きをする。漸く、待望の松葉牡丹の芽出しを見付けて、安堵の溜息である。おやおや、今度は猫さんのお越しである。

 さてさて、自室の炬燵で夕食の賄い夫までの間を、読書で催眠効果と行きましょうかね。老母は、ベットの中でテレビの子守歌の態で在る。へへへ。はいはい、倅も後に続きまする。


心何処ーショート 五月らしいお天気
                五月らしいお天気(5/14/12)
 お天気さんは長持ちしないとの事ではあるが、素晴らしいお天気さんである。風呂に入った後は、風呂を譲ってブラブラ歩きをして帰りに、米屋さんに寄って来る。

 空には鱗雲と飛行機雲。風の無い上空には、上昇気流だけで飛翔するトビのゆっくりした旋回がある。矢車草が咲いて居た。昔は、矢車草、マツバボタン、ヒマワリ、コスモスだらけであった。今では、各種の園芸種が盛んであるから、昔ながらの花はすっかり姿を消して仕舞って居る。それにしても、パンジーは色とりどりで咲き誇って居る物である。

 流石に暑いから、日蔭を選んで歩く。欅の葉が茂って来た。雀は昆虫を見付けて、私など眼中に無く、盛んに突いている。カワラヒワの番いだろうか、流石の暑さに水浴びをしている。県文会館周りには、草刈り機のエンジン音が響いて、二人が黙々と作業をしている。刈られた草の匂いがプ~ンとして来る。おやおや、蝉の声が聞こえる。

 米屋さんは忙しいらしくて、僅かばかりの世間話でお暇をして来る。5kgの袋を肩に乗せて、今度は河川敷を歩いて来る。田んぼに水が入ったのであろう。笹濁り状態の流れは、大分水量を減らして居る。家に居ても別にする事が無いから、精々が昼寝をして仕舞うだけの事である。釣れぬのを承知で、様子見でテンカラを振って見るとしようか。行けると思えば、夕方に真面目に釣る事にして、川原ののんびりとした気分に浸る日光浴も、必要である。

 流れに毛バリ竿を振るうと、魚影が走る。マダマダ積極的に喰らい付いては来ないが、前回と比べると、魚達は活性化して来て居る。これは、夕方が楽しみである。

 アジャジャ、毛バリを葦の根に引っ掛けてしまった。貴重な毛バリであるから、外しに川に入ると、長靴の中にどっぷりと水が入って仕舞った。髭剃り後の柔肌も、日光浴でヒリヒリする。さてさて、ここらで止めて、昼兼三時の腹入れと致しまするかね。

 長靴を逆さにして、パンとお菓子でヤクルトを飲む。何なに、28・6℃との事である。へへへ、そりぁ暑かった訳である。

 さてと、もう庭弄りは疲れたから、好物の昼寝でもして夕方の竿振り迄の時間を埋めて置きましょうかね。矢張り、五月の気候は例年通り、この位で無いと行けませんわね。


心何処・・・本日の一枚

                   本日の一枚
                 花を夢見て_001

 アメリカ並みの大竜巻が勃発したり、低温の五月であったり・・・これでは、堪った物では有りませんね。この処、連日土弄りをして居りまする。そんな事で、一枚絵を描いて見ました。明日からは、気温が戻るとの事では有りまするが、如何相成りまする事やら・・・それにしても、相も変わらず訳の分からない絵と為って仕舞いました。皆様、風邪など引かれませぬ様に。


心何処ーショート チンタラ、チンタラ、困った物でアリンスね。
       チンタラ、チンタラ、困った物でアリンスね。(5/13/12)
 今朝の最低気温は2℃(実際は、1・6℃)との予報が出て居たから、昨夜は寒くて仕方が無かった。そんな事で、寝相の好い目覚めであった。快晴の青空ではあるが、朝はマダマダ寒い。老母は、昨日のはしゃぎ過ぎで、ベットの中である。

 この処、朝の仕事が一つ増えたから、朝の一服は外でする事と為って居る。菜っ葉の間引きをしたり、マツバボタン、ナデシコの芽出しは未だかいなと覗いて、雑草の幼芽の引き抜きをしたり、水遣りをしたりして、庭で過ごす事が多く為った。

 何事も興味が出て来ると、1~2cmの幼葉にも観察が行き、雑草との違いが見えて来る物である。

 土の少ない川原地であるから、根物野菜は不向きである。葉物野菜のコマツナの種がある。朝食後は、それを育てる為に、スイセンとニラが伸び放題に為った地面をスコップでガッポリと掘り起こして、其処に種蒔きをする事にする。

 これは、散歩以上の時間と運動量である。本日日曜日でもあるし、散歩は割愛すれば好かろう。前回に懲りて、種蒔きは芽出しを想定して、ポツリポツリの種蒔きをして、余分な種は、次回分とする。ジョロでたっぷりと水掛けを施す。余り働くと、歳であるから身体に堪えるので、今日は、これで良かろう。

 四畳半定位置で、ラジオを細く流しながら、コーヒーを啜る。PCを開くが、考えて見れば、この頃は殆ど政治ネタを打って居ない有り様である。
 菅さんの時は、菅無理総理とか菅無理政権などと、言いたい放題の罵詈雑言を打ち連ねて居た物ではあるが、野田ドジョウ総理とも為ると、如何云う訳か・・・政治ネタを打つ気も失せて、横眼使いで素通りの態である。真に以って、<国民として宜しく無い事>である。

 雑草とマツバボタン、ナデシコの幼葉の違いでは無いが、石原都知事の国家がしないのなら、東京都が島嶼防衛の先頭に立つとの気構えから、尖閣諸島の取得に乗り出して、広く購入資金の募集を訴え掛けたら、早や<5憶円を突破>して居るそうな。

 NHKがする年末助け合い募金、四川大地震募金、東日本大震災募金・・・etcに際しては、画面に振り込み先金融機関の口座が映し出されるのに、領土防衛のニュース報道は在っても、尖閣諸島買い取り募金への口座振り込み案内が出ない事の摩訶不思議さに潜むマスコミ業界の意図とは何ぞやと・・・真面目に考えなければ為らないのではあるが。

 ニャロメ、先日は、NHK受信料を、全額払って終った。コンチクショーめ、1/3の抵抗をするべきであった。

 そして、野田政権下の官房長官の東京都が購入する意向なら、<政府も考える>の談も時が経てば、???の儘にして、第一審判決で小沢氏無罪の判決が下れば、控訴を待たずの党員資格の復活だけが、ニュース報道の全面を飾るだけである。

 遅々として進まない被災地の現状、原発全基停止、電力不足、原発再稼働などと、口先だけでは大所高所、中長期的観点とかの<その場凌ぎの政治発言>だけを繰り返して、『時の無駄使い』ばかりをしている民主党政権の実態は、その内外発言比較をして見れば、とんでもない連中の寄り合い所帯でしかない。こんな薄平らな人間諸侯に日本の国会議員が務まると云うのであるから、大半の有権者が匙を投げてしまうのも、当然の帰結と云う物であろう。

 何事も、芯が在れば芯からずれない様に、人間は言動に気を配りブレ無い様に、克己の精神を発揮するものである。<巧言令色、仁少なしかな>の八方美人、手八丁口八丁に徹し様とすれば、当然に『芯は邪魔物』である。

 尤も、世間がマトモなら、そんな手合い、輩に対しては、<眉唾物>と眉に唾を塗って、そんな手合い、輩の芯を観察吟味しての判断行動が出来たのではあるが、今時の国会議員先生は、世間の風向きに合わせての一過性議員の赤信号、皆で渡れば怖くないのサラリーマン体質であるから、真にラベルもレベルも低下の一途を辿って居るに等しい。世間の風と称して、風向きを煽っている張本人がマスコミなのであるから、これは真に以って、達が悪い。その性質の悪さの象徴の一つが、前記の振り込み金融機関口座の無視でありましょうが。こんな処が、マスコミも国家も当てに為らないの気分・気持ちに拍車を掛けて居るんでしょうかね。

 加えて、それも、議員先生は『直接選挙』であるから、一度当選して仕舞えば、選んだ選挙民が<その程度>と開き直られて終うから、お手上げである。

 私の様な徒手空拳の貧民ロートル選挙民からすると、四の五の言ってないで、駄目な物は、幼葉の内に芽を摘む。間引きをする。根こそぎ退治する。解散総選挙を一日も早く断行して、好い加減議員先生、好い加減政党は、永久凍土のツンドラに埋めるか、放射能漏れ、汚染が地表に出ない様に、ドラム缶に密閉してコンクリートで囲い地中深く埋設摺るるしかあるまいに・・・

 そうだろう~。皆!! デカイ声じゃ言えませんが、芸人さんの方が、余程、まともな日本国民の一人様じぁ無いでしょうかね。イッヒッヒ!!

心何処ーショート 倅の婆ちゃんプレゼント
               倅の婆ちゃんプレゼント(5/12/12)
 いやはや、股引が欲しく為って仕舞う程の寒さである。道境の所の密集した根を扱き上げて、川から砂を持って来て入れたのであるが、早速、モグラが通った痕がある。自然界と云う物は、中々にして目敏いと云う事であろうか。

 土曜スタバトークが控えて居るから、草むしりでもしながら、Tの車を待つと致そうか・・・四畳半の前を些か綺麗にしたから、此処へも砂が欲しい処である。コーヒータイムの後は、頑張って遣って見ましょうかね。

 スタバの二階は、壁際席が無く窓際席と相為った。外の気温は寒い物の、窓越しの太陽熱は流石に暑い。壁際席が空いたので、早速、場所替えである。途中、好い感じの女性一人客が入って来たので、薄い胸元を見て居たら、席を変えられて仕舞った。とほほ。

 Tの処も、細君のお袋さんの入院で、ペースが狂ってしまい大変との事である。高齢化社会の老々介護が日常化して行く現代であるから、大変な時代に突入して居ると云う物である。まだまだ、我々世代には昔ながらの家族間の想いが存在・維持されているから、老いた親の面倒を見るのには、人生の諦観も手伝って、色々考えるよりも、そんな事態に為ると自然と行動が出来るのではあるが、核家族の成員であった我々が、自分達が現在の親の事態を迎える頃には、今以上に変な家族関係に為って居る事は、近未来の図である事は必至の事である。

 我々世代以降が核家族化の恩恵を享受して、やがてその付けを払わされて、家族への想いが同居三世代の様な誕生と死が同居家族間での極当たり前の生活の営みであった<昔に戻る為>には、きっと、二世代くらいの時代スパンを待たねば為らないのだろう。そんな中に在って、<精神の変化、精神の揺り戻し>は、長い時のスパンの中で繰り返し為されて行くのだろう。そうで無ければ、『温故知新』なんて云う言葉も、生まれ、残っては来なかった筈である。

 これは至らぬ人間達が、身を持って実感しない限り避けては通れない<学習の階段>なのかも知れぬ。

 さてさて、ホームセンターでは、篩(ふるい)とエンドウのネツトを買って、隣のスーパーに寄って、お互いの賄い夫の買い物をして帰る。へへへ、賄い夫稼業は、馬鹿に為ってナンボのモノなのである。

 昼はパン食として、嫌に為らぬ内に、スコップとビニール袋を持って、川原に下りる。大分運んでしまったから、砂の堆積個所は最後の場所である。砂を掻き集めて、コメの10kg袋に目一杯入れて、土手の階段を上って居ると<お父さん>の声である。

 おやおや、倅夫婦が老母の元気付けに、孫の顔を見せに来て呉れたのである。私には勿体無い程の、婆さん孝行の倅ファミリーである。主役は、老母である。私は先日お土産を届けに行って来たから、作業を続行する事にする。

 もう一度、砂を運び上げて、老母の部屋に行く。孫を相手にはしゃぐ老母を見て居ると、カンフル注射の何倍もの<威力・ご利益>と云う物である。一服した後は、本日の予定としていた個所の草などを根こそぎ扱き上げて整理して、東隅にオニユリが込み入って来たから、それらを間引きして移植する。これで、夏の夕涼みには格好のロケーションが叶うと云う物である。良し好し。

 そんな庭仕事をしながら、一服の為に廊下に上がって、嫁さんからお茶を注いで貰う。玄関廊下の南洋掛け軸、アフリカ民族衣装画は、中々の雰囲気で、嫁さんも、倅も感心して見て居る。

「絵としたら、こっちの方が好いね。オヤジは、センスが好いわ。遺伝しなかったのが、残念至極。★★じゃないけど、オヤジはケチだから、自分の子供には出し惜しみをしたんだってさ。アハハ。」

「何を扱きぁがる。感性を磨くのは、手前達の責任だろうが。
 そうだろう、好いだろう。このくすんだ色合いのレリーフ画。本当は、これを持って行って遣りたいと考えて居たんだけど、アパートじぁ、ちょっと大き過ぎるだろう。俺だって、ボラカイで思案して買って来たんじゃい。
プレゼントした絵の方が、コンパクトで明るい色彩に富んでいるから引き立つだろ。気に入ったら、使い回しをすれば良いから、季節によって、交換しに来れば好いさ。俺が死んだら、これらは、皆、持って行けば好いさ。」

「お父さん、あの床の間の大掛け軸は、迫力満点で凄いエネルギーだものね。小さい部屋だと食み出しちゃうしね。お父さんは、全部がユニークな人だわ。
 凌祐にも隔世遺伝でと祈ってるんだけど。鉄は熱い内に打てだから、早い処、合宿させないとね。家にお父さん見たいな男が、ダンナに息子なんて、こりぁ、面白く為るわ。アハハ。」

「あれだね。この前の家庭訪問が効いた様で、今日は、馬鹿に相想を振り撒いて呉れるわな。自分で、小便、糞の始末が出来る様に為ったら、何時でも合宿させに来いや。筋が良かったら、鍛えて遣るわいな。アハハ。」

 老母は、嫁さん相手に、自分の半世紀を何時に無く饒舌に語って居た。倅は息子に添い寝をして寝て居る。アハハ、吾が家らしくて、様に為って居る。

 倅ファミリーが帰った後も、老母は「私は幸せだ幸せだ。こんな好い時が来るなんて、想像もして見なかった。有難い、有難い。○○も好い父親してるね。良い子だ。お前は、好い息子と嫁さんを貰ったね。うんうん、楽しかった、楽しかった。」と、終始ニコニコ顔であった。

 不器用な倅の俺には出来ない、婆さん孝行をして貰って、俺は感謝感謝の段しか無い処である。


心何処ーショート 戯けと常習性犯罪者との境は???
          戯けと常習性犯罪者の境は??? (5/11/12)
 昨日は暫くして雨が止んだので、四畳半前の整理に取り掛かる。不必要なオダマキ、スズラン、ムラサキツユクサなどを根こそぎ引き抜いて、落ち葉を掻き集め、穴を掘って腐葉土とすべく汗を掻いて居ると、後ろから声である。

 おやおや、これは珍しい。犬を連れたサラリーマン時代のM先輩である。犬の注射の帰りに覗いたら、私が庭仕事をしていたから、声を掛けに来て下さったとの事である。それ為らば、日向の河川敷のベンチで、一服付けましょうかと。話をする。M先輩は、大物で飄々として居られるから、亡くなった長兄の様な好き昔の先輩さんの風情がある。

 お互い、介護の身であるから、先輩の達観視したお話は、傾聴するに値する。私を弟の様に心に留めて頂いて居るのを知ると、嬉しい物である。先輩の前では、私は借りて来た猫の様に、従順で居られる処が、これまた長兄と居る様で楽しいのである。エロ話のエの字も出無い処が、好き昔の先輩・後輩の間柄と云う物である。

 先輩から好い事を聞いたので、本日は早目の朝食を済ませて、自転車で市役所まで行って来る。寒くて、チョッキとジャンバー、フィリピンで買わされた帽子を被る始末である。偶の街場なので、帰りはブラブラと自転車漕ぎをして来る。途中でホームセンターに寄り、花の種などを買って来て、道境の花壇用に手入れを施した所に、マツバボタン、ナデシコ、百日草、日日草などの種蒔きをする。四畳半外にはツツジなどを植えたかったが、生憎と無かったから、彼岸花科の洋物球根を植える事にする。

 そんな事をして居ると、斜向かい吟さんが、畑から帰って来た。ボラカイ旅行記を貸し出しているから、その感想を話してくれた。ご承知の如く、ご近所好色コンビにして、とどの詰まりがアナザーホールのケッケッケの穴のアナコンビである。壁に耳あり、障子に目ありであるからして、奥さんに聞かれない様に、声を潜めてのキョロキョロ目配せも怠り無く、ニャハハ笑いである。

「如何だいね。おっ立つ内に、冥土の土産として、一緒に行って見るかいね。」

「やぁ、安くて、好いじゃないの。今さ、二回目を読んでるんだけど、色々、想像して楽しんで居る処さや。呉越同舟じゃ無くて、至れり尽くせりで、ガイド付き、値切り交渉までして呉れるんだから、こんな好い事は無いじゃないの。
デケェ声じゃ、カカアに聞かれちゃうけどさ。<古女房よりも、フィリピーナ>ってもんずらい。ホント、旅の様子が目に浮かぶ様で、挿し絵、絵ハガキ付きだぜ。疑似体験させて貰ってるぜや。このド助平が。ギャハハ。」

 さてさて、庭いじりついでに、カブの間引きでも致しましょうかね。これで、二回目のお浸しに為るから、一応、種代の元は取れたと言う物である。

 低気温の風の冷たい日ではあるが、こんな風に家庭菜園の成長に水撒きなどをして、外で一服付けて居るのは、好い物である。定年後に、畑作業に嵌るロートルさんが多いとは聞くが、その気持ちが分かる様な気がする。

 さて、ローカルニュースを一つ。某県立高校教頭が、コンビニで店員のスカートの中を盗撮して、車のナンバーから御用と為り、取り調べ中に、ナイフで自殺を図ったとの事である。その前には、巡査長の粗暴犯其の儘の性犯罪が在り、余罪も多数との事である。その巡査長は警察官に為る前から、同様の事をして居たそうな・・・長野県の当該高校校長、教育長の泣きたい様な鎮痛この上ない記者会見が放映されて居た。何んとも早や・・・長野県教育の危機、崩壊の不祥事との事であった。

 事、此処まで至れば、コメントのしようも無かろう。恐れ入り屋の鬼子母神。これは円高・欧州危機・領土問題・TPP・消費税引き上げ・産業の空洞化・電力不足・・・etc以前の問題である。完全に麻痺して居る社会の日常の裏側と云う物である。レッドパージ為らぬ公紀再構築で<ピンクパージ>を大々的且つ事務的に敢行するより手立ては無かろう。

  性懲りも無く、一体全体、何を仕出かしているんじゃい。低能児共が~!! 


心何処ーショート ゴールドフィンガー対褐色のファイター
           ゴールドフィンガー対褐色のファイター(5/10/12)
 アジャジャ~。本格的に降って来た。然りとて、始めた事であるから、遣らずば男が廃る。

 実は、昨日散歩をして居ると黒い新車が止まり、声を掛けられた。見れば熊本ゴールド・フィンガーさんでは無いか。彼は病院からの帰りだと言う。お互い、その後、散歩で出っ食わさないから、如何した物やらと寂しく思っていたのである。

 どうせ、無職のひまじん同士であるから、S大球場横の通りに車を止めて、ポツリ雨もなんのその・・・歩道の路側帯に腰掛けて、延々と『助平話』に花を咲かせてしまった。丸坊主頭に、口髭、顎髭を生やして、笑うと何んとも云えぬ助平オヤジの<愛嬌たっぷりの顔・表情>と為るから・・・何んとも早や、味の濃い御仁である。

  類は、正に友を呼ぶのであろうか・・・ 近くで、カラスが鳴いて御座る。

 まぁ、九州弁の幾分スローテンポの好色話は、落語を見て居る様で、兎に角、面白い。幼少の<お医者様ごっこ>から始まって、女に不自由しなかったとの段ではあるが、相手に警戒心を与えない親しみ易さから繰り出す、ゴールドフィンガーの天賦の才は、遺憾なく発揮されて、勢い学業から逸脱して事も在ろう事か・・・留年の引導を渡されて、高校を見栄の中退をして<流れ渡世の建設業>に身を置いて来たと言うだけ在って、私とは、全くの異次元生物の有り様である。

  其処へ行くと、私なんぞは<文部省推薦の硬派の優等生の行い>である。

「馬鹿もんが、恥を知れ、恥を!! 人生とは総べからず、±0が生物界の理ぞ。それが証拠に、58の若さで糖尿のインポテンツじゃろうが。そこへ行きぁ、今年64の俺なんざぁ、バイアグラ不要の現役だぜや。58で息切れとは、天のお裁き、拳骨だがね。反省してるのかね。反省を忘れた人間程、傍目から見て、見苦しい者は無かんべよ。あい~。」

「クックッ・・・先生に、そんな事ぁ言われたく無いね。その顔は、俺以上の度助平顔じゃないの。その体格、上下のスキンヘッドで迫られたら、その三位一体の迫力で、軟な女なんか軽く卒倒して、突かれ放題で口から泡出して、成仏しちゃうわね。成仏したらしたで、袈裟着てさ、涼しい顔して、偽読経して読経代を踏んだ来る。これって、完全犯罪じゃないの。俺の目は節穴じゃない。心眼を以って目を瞑れば、『悪魔の本性』が見えて来ますがな。紛れも無く、先生は一番の危険人物じゃろうが。世間の目は騙せても、俺の眼力を掻い潜る事は、出来ん相談だね。アハハ。」

 そんな事も在って、昨日は禊(みそ)ぎの心算で、家の境の深々と根を張った雑草を、思い切って<根こそぎ退治>する肉体作業を開始したのである。ハンディ鍬で次から次と扱き上げて、根に着いた土を払い、退治して行く。何分、歳であるからアスファルト道に、見栄も外聞も無く胡坐を掻いての根気仕事、持久戦である。
 その後には、川から砂をビニール袋に入れて、ふぅ~ フゥ~、ヨタヨタと何往復もして、花壇の体裁を作る。マツバボタンか、態の好い百日草なんかの種を蒔いて、小奇麗にしようと考えたのである。漸く2/3程を終え、朝食後は早々に、本日もその続きに取り掛かって居たのである。

 何事も遣らずに置けば、草ぼうぼうの全体調和が取れるのではあるが、一か所でも何かをしてしまうと、全体のバランスが狂って終うから、次から次と、アラが目立って来て、遣らざるを得ない結果と為って仕舞うのである。大体、統計的に過去を振り返ると、私が重い腰を上げて、何かを始めると殆どの場合が、途中からの雨と為って仕舞う。

 まぁ、雨に打たれて濡れたとしても、根が頑丈にして粗野に出来上がって居るから、意に介さず、決めた事は遣り通すまでの事である。

★何のこれしき、俺ぁ、ゴールド・フィンガーに在らずして、<褐色のファイター>でゴザンスわね。ギャハハ。

 如何にか遣り終えて、二畳小部屋の西に腰を下ろして、家庭菜園のエンドウ、カブの柔らかき幼緑の成長を見れば、生命の成長振りに、煙草の一服が、殊の外、美味いと言う物である。

        さてさて、今度は四畳半前の作業も始めねば為るまい。


マイ・ギャラリー20
                  マイ・ギャラリー20
   インドオーム虫眼鏡老人とダケン主風と渡世風ぶっかけ屋
   異次元界輪に為って浮上寛いで花見花見全景図
   川湯に浸かってぎぁ、二連敗!!雁首並べて昼寝なりボラカイ・ビーチの女達
   ボラカイ・レストランにて_001ボラカイ・明暗ボラカイ・凸凹ガイドコンビボラカイ・南洋掛け軸


 お陰さまで、マイギャラリーも20と為りました。クリックして頂ければ、拡大されます。こんな類のオンパレードが、カテゴリー内、マイギャラリーに収納されて居ります。お時間の在るお方は、どうぞ、遊んで行かれたし。

       犯人は誰だ・・・笑うガイコツ男話の中心

 ウギァギァ、イッヒッヒ、ニャハハ、ギャハハで、笑いの門に福来る。妄想は、空に羽ばたくでありまする。
















心何処ーショート まぁまぁの兆し為り
                まぁまぁの兆しなり。(5/9/12)
 曇天ではあったが、ペットボトルを水筒代わりに持って、散歩に出向く。外は大分気温が高い。若しかしたら、釣れるかな。散歩を頓挫せて、毛バリ釣りを試して見ようと引き返す。長靴に履き替えて、竿を振って見る。上のポイントで試すが、魚影も魚体も現れ終いである。

 まだまだ駄目か・・・ 今度は、下に向かって去年バレてしまった辺りを遣って見ると、ヤマメがヌーと水面に浮かんだが、毛バリには喰らい付かなかった。天候不順で、まだまだ水温が低いから、ヤマメは活性化して居ない模様である。それでも、テンカラを振るって、水面に魚体がヌーと姿を現わすのを見ると、嬉しくなる物である。

            然しながら、歯痒い事に後が続かない。

 何度か竿を振るって、私と相性の良いポイントに下って行く。腰を据えて、テンカラ竿を数度振るうと、水中で反転した白い魚腹の影が見えた。早瀬の中に何匹か居るのではあろうが、水面まで上がって来ないから、お手上げである。でも、居る事は確かである。

 実は、冬の間散歩の折りに、釣りシーズーンの参考とする為に、水中を覗いて行くのが常なのであるが、今年は如何云う訳か、魚影が見えなくて心配していたのである。

 さてさて、本命のポイントである。20cm前後の形の好いヤマメが、パチャリと水面に姿を見せた。さあさあ、今季初ヒットと為るか・・・ もう、真面目モードで竿を振るう。水面に婚姻色の赤を浮き立たせたウグイが、毛バリの手前で反転した。まあ、ウグイであるから、釣れなくともショックは無い。矢張り、このポイントとは、相性が好い。それにしても、水柳の枝が邪魔である。

 何度か竿を振るって、来た!! 水中に魚影の白い反転である。合わせる。手応えあり、遣ったか、手応えだけで直ぐバレた。食いが浅かったか・・・ 未だ早いな。今までの処、姿見せは一回で終わって居る。粘っても、期待は出来まい。

 スケベ心は断念してこの際、流れを渡って対岸から流して、ポイントを押さえて置くとしようか。長靴に水が入らない様に浅瀬を渡る。

 若葦が、早くも腰の辺りまで伸びて来て居る。ヤマメが居てもおかしくは無い好い瀬なのであるが、案の定さっぱりである。歩いている内に、青々としたセリを見付けて、竿をしまってセリ摘みをする。セリは老母と私の好物である。

 今年も流れのヤマメは健在なのであるから、その内に、テンカラ竿に掛る事であろう。全然、焦る必要など無いのである。釣れる時は、誰が遣っても釣れるのである。それよりも、セリの収穫の方が嬉しい限りであった。へへへ、茹でて、晩飯に添えよう。

 帰って来ると、斜向かい吟さんが脚立を出して、庭木のチョッキンな、チョッキンなのお仕事中である。左様であるか・・・為らば、私も野生アヤメをチョイと掘り起こして、庭にアクセントとして移植しましょうかね。家庭菜園のカブ、エンドウの水撒きをして、二畳小部屋の西のコンクリートに腰掛けて、下校時のペダルを漕ぐ女子高生のショートスカートに目を取られながらも、煙草燻らせの一時を過ごす。

 本日は、肌寒い曇天日である。四畳半前のツツジが、ピンクの大輪の花を咲かせている。手入れも何もしないから、完全に継子扱いされている。そんな事で、下草の中で寝そべって咲いて居る在り様である。へへへ、丸で捻咲きの態である。

   吾が身は、全く以ってのズボラ男である。はいはい、反省致しまする。

 幾ら植物が向日性と云っても、これでは見た目も悪く、折角の好い色合いの花が、可哀想である。麻紐を持って来て、姿勢を糺して遣る。そんな事をして居ると、斜向かい吟さんの姿が見える。ボラカイ旅行記を挿し絵入りで小冊子にして置いたから、ドライ・マンゴを付けてお渡しする。

「南洋掛け軸と面白い絵を仕入れて来たから、玄関画廊の方も見ておくれや。」
「おっ、これはこれは、どうも。そうかい、早速、見させて貰うかいね。」

 絵の好きな吟さんは、後ろ手をして眺めている。

「相変わらず、お兄ちゃんは好いセンスしてるね。こりぁ、中々に趣が在って好いじゃねぇか。日本じゃ、中々見る事が出来ない異国情緒満載だいなぁ。遣らなきゃ為らん事が在って、歳が堪えるけど、又、ニヤニヤさせて貰いながら読ませて貰うわ。ヒヒヒ。」

「あいあい、俺一人で見てたんじゃ、絵が可哀想だぜね。へへへ。」

 さてさて、朝のお努め、掃除に玄関鳥の世話をして、家庭菜園の水遣りをして、朝の賄い夫に始動開始と行きまするかね。楽しい息抜きボラカイ行ではあったが、全てはサービスを受ける身から、全てを自分で賄う生活にシフトすると、何んとも、閉じ籠り賄い夫の様は、嫌に為って仕舞う物である。日常にただ没して、習慣の慣性に従って日々を捲って行った方が、諦めが付くと言う物である。

 嗚呼、遣り切れませんわね。泣き事を言わず、ロボットに徹するのが、賄い夫仕事のコツと云う物である。とほほ為りや。おやおや、カラスアゲハさんが飛んで来たではないか。


心何処ーショート へへへ、痛い処を突かれました。
            へへへ、痛い処を突かれました。(5/8/12)
 私は然程意識はして居ないが、周りからはド助平・変態と面と向かって云われている様である。テレビは食事時に老母の部屋で見ているだけである。ニュースに依ると、警察官、教員等の公務員の婦女子に淫行を働く輩が、後を絶たない。そんなニュースを見たり聞いたりしていると、真に以って、度し難いとんでもない奴等と笑って終う。

「コラッ、何を遣っとるんじゃい。今のご時世、対価さえ払えば、ド助平、変態行動も安易に入手出来る物を。弱い物相手に<只で遣ろうとするその性根>が、ねじ曲がっているんじゃい。
只の付けが、懲戒免職に離婚、引っ越し、無職と為って終っては、如何し様もあるまい。幾ら普段は品行方正振ったって、所詮は『小物の行進』ですがな。

 なぁ、婆さん、俺ぁ、真面目な大正女の前でも、平気の平左でド助平話を仕出かす不肖の倅だけど、一度たりとも他人に対して<不埒千万な無理矢理淫行>に走った事は無いぜや。これだけ頻繁に、只触り、只乗りを仕出かす現代人は、丸で学習能力の欠如と言っても、お釣りすら無ぇだろう。

 そんなに遣りたきぁ、一生懸命働いて、衣服の要らねぇ南国小島を買い取って、裸族ハーレムでも作りゃ好いんだよ。個人の資力・頑張りが不可能なら、世はインターネットの時代だわさ。世界に呼び掛けて共同購入で会員制にでもしたら、表向きは、ご法度の手が伸びんだろうが。
 何を良い歳かっぱらって、馬鹿変態を仕出かしているんじゃい。幼稚過ぎて、屁もこけねぇぜや。ジキル氏とハイドの使い分けも出来無ぇ輩が、一丁前の面をお天道さんの下に晒すなってなもんだぜや。コンニャローメ!!

 俺ぁ、暇があるから、ケチと変態の相関論でも研究して見るかいね。ギャハハ。犯罪者を摘発するのが警察官の任務なのに、手前が逮捕されて如何するんじゃい。馬鹿垂が。
 教員も、カリキュラムに無い<淫行変態講座>を、何を血迷ってか個人強制なんかしたら、お手手が後ろに回るなんて、当た棒じゃ無ぇか。そんな狂人が教師してるんだから、碌でも無い公務員が、トコロ天式に生産されるんでしょうが。アホンダラ。

 俺ぁ、周りからは変態・ド助平扱いされて居るけど、冗談じぁ無えぜや。もっと、人を見る目を養えってなもんよ。糞っ垂れ共めが。ギャハハ。」

 こんな戯け口上をすると、大正女95の御母堂様は、嗚呼、また戯けの四男坊の馬鹿話が始まって仕舞った。この子は、何処で如何間違えたか・・・戯けに付ける薬無しのニコニコ笑いを仕出かしている。
 その表情の裏には、本当は、ドンドン突っ込み迎合を入れたい<魂胆>が見て取れるのであるから、こんな処が、きっと奥深きDNAの継承なのであろう。それとも、劣性遺伝子の出来損ないの原因は、全て<故人に口無し>のオヤジのDNAの所為にして居るのかも知れない。斯様にして、兎角、女族の本性と云う物は、男族にとっては厄介な代物なのである。

★何をカカトト振って、上品面を晒しているんじゃい。糞婆が。ほれ見ろ、こんな話しを聞いて、顔に精気が蘇って来ているでは無いか。デカイ声じゃ言え無ぇが、<幇間料>を払ったって、一切罰は当たらんぜよ。さてさて、風呂でも沸かして遣りまするかな。

 風呂の沸くまでの間、家庭菜園に水撒きをして自室でモーニングコーヒーを飲んで居ると。ガス屋のブロンソン氏のご集金である。

 流石に美大出のブロンソン氏である。玄関廊下画廊の新顔達に目を止めて、ボラカイ談議と戯け画ファイル、貸し出し夢奇譚の数々に、大いに花が咲いた次第である。

 ブロンソン氏に言わせると、私の長文は、難解と云う。日本の文学・エッセイは、或る意味行間と余韻を持つ文章が好まれている次第なのではあるが、私の文章は法学部の文章であるから、極力自分の意思を正確に、解釈の幅を少なくしようとする意図が無意識に働いて、ゴツゴツとした<通りの悪い長文>と為って仕舞う帰来がある。まぁ、その非力、欠点は、重々承知をしている処ではあるが、これも私の個性にして、私の文体なのである。平らにご容赦下さりませ。

 色々、努力はした物の・・・無い物強請(ねだ)りは、怪我の元でもあるとの『開き直り』で、我を押し通して居る文章打ちの日々である。私は、元来小心者であるからして、真に、訪問為されておられる紳士淑女各位に、申し訳無く思っている次第である。この機会を借りて、日頃のご愛顧に、感謝感謝の段、頻りなのでありまする。へへへ。


心何処ーショート パッとしない五月の進み具合為り。
           パッとしない五月の進み具合為り(5/7/12)
 庭に自生するニラを切って、カブの間引きをして、朝飯の具材とする。今日もどんよりとしたお天道さん不在日である。テレビを見ると、凄い竜巻被害があった。いやはや、これは<度偉い大気運航新時代>を迎えている様で、背筋がぞっとする。老母の体調は芳しく無い。床に伏せっているだけで、食欲も無い様子である。

 こんな姿を見ると、ショートバカンスのリフレッシュ気分も消滅して仕舞う物である。とほほ・・・

 こんな時は、スタコラ逃げ出すのが得策である。庭を穿ってミミズを探すが、小さな物しか見付からず、それもごく少数である。それでも長靴を履いて、近場の川で散歩釣りに出掛ける。

 へへへ、案の定、馬鹿ハヤも釣れて来ない。まぁ、散歩釣りであるから、欲を掻いても仕方が無い。S橋の葦の若緑の中で、寝そべって釣り糸を垂れて居ると、橋の上から散歩中の老年夫婦に声を掛けられた。

「釣れますか?」
「大物釣りに来たんだけど、人相が悪過ぎて、馬鹿ハヤが釣れただけで、駄目ですわ。」
「ちょっとね、寒いから駄目でしょう。私も、チョコチョコ釣りしてるんですけどね。」
「そうですか、意外とこの辺りは、穴場で、ヤマメの大きいのが居るんですわ。釣れたら、ビックリしますよ。アハハ。」

 それにしても、駄目である。餌も無く為った事だし、帰るとしよう。釣り竿を収めて、長靴散歩である。帰って来ると、西向かいのオバさんが外に居る。留守中は、老母の様子を見に来て呉れて居たとの事であるから、オバさんの庭の草むしりをしながら、お話を頂戴する。

 花、植物には、殆ど気配りが出来ない男ではあるが、オバさんの庭を見ながら、これは、何なに、これは斯く斯く云々で、誰誰さんの所から貰って来たのが、こんなに増えたとか、このツツジは、枝分かれした所から、花の色が違う珍しい物だとか、庭のツツジの花盛りを前に、杖で指して色々と説明をして呉れる。成る程、女性の花好き、庭いじり好きの一端を見せて貰い、大いに納得した次第である。

 おやおや、サツキの下に、これは珍しいシュンランがあるでは無いか。オヤジの好きだった庭のシュンランは、何十年も前に消滅して仕舞ったのではあるが、シュンランを見て、オヤジの顔・姿が浮かんだ次第である。

 オバさんも、吾が老母と同様に、足腰が弱って、膝も着く事が出来ないから、草ばかりが生えて、手入れの出来ないのが恥ずかしい限りと、とボヤいている。まぁ、これは加齢故の衰えで、誰しもが行き着く先の姿である。然りとて、何十年も続けて来た家庭菜園の習慣であるから、季節に為ると、ナス、キュウリ、トマトの苗を買って来て、植え無いと寂しいのである。

 土起こし、苗買い苗植えのお手伝いをして居るのが、斜向かい色白吟さんなのである。こんな自助・共助が、当たり前の田舎のご近所さん付き合いと云う物である。動植物、人間とて、四季の中の習慣、惰性で生きて居るのが、その太古から変わらぬ実態・実相なのである。

 それにしても、安定しないお天道さん並びに五月の進み具合である事か・・・ 困ったものである。

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