旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夢奇譚・第11部 感謝祭花見の宴にて
       輪に為って浮上笑うガイコツ寛いで花見
  川湯に浸かってぎぁ、二連敗!!花見全景図雁首並べて昼寝なり

              夢奇譚第11部 感謝祭花見の宴にて
 <その1>
 漸く、庭の水仙、木瓜、雪柳も花開き、私は二畳小部屋外のコンクリートの上に腰を下ろし、梅の花弁の風に舞い散る風情を愉しみながら、煙草を燻らせている。西のアルプスの山々の頂からは、雪の覆いが小さくなって来て居る。ポカポカした太陽の恵みに、桜のピンクの蕾もグンと大きくなった。汗ばむ陽気は家の中に居ては、正にお天道さんの罰が当たると云う物である。罰が当たらぬ前に、加速し始めた雑草の生え始めを抜いて置こうと、殊勝な行動を開始した処なのである。

 春の陽気に誘われ、先ほどまでは、老母も杖に縋りながらの庭の空気を吸って居た。

 腰掛け休憩には格好のコンクリートの上に、ポット、インスタントコーヒーなどを持ち出して来ている。私は、つい先程までは草むしりを真面目に遣って居たのであるが、中腰作業は何かと腰がきつく為って終う。正直言って、歳である。
 別段、命令、急かされてして居る作業でも無いし、草もそれ程までに生育している訳では無い。本音は、漸くの春に誘われての体細胞の身体動かしの<疼き>の様な物なのである。そして日常生活のマンネリ感からの息抜き、暇潰しの作業と云った処であろうか。

 とは云いつつも、親分無し、子分無しの吾が身からすれば、草むしりも作業貯金の内と云って良かろう。サボって居ては、先には進まぬ・・・ 根の生えた重い腰を上げて、作業開始と行こうとすると、携帯がチカチカ光り出した。

「もしもし。」
「モオーシ、モオーシ。お久し振りですねぇ。あなた、忙しそうですねぇ。」
「いえいえ、日々、退屈。怠惰な暮らしで明け暮れしてますわな。そっちは、元気かい?」

「ノー、ノー。あなた一人で、2回も異次元に行って来たでしょ。ナターシャは、水晶玉無くても、千里眼よ。私は、あなたの事、全~部知ってる、見て~る。両方とも、女気ゼロで、<残念>でしたねぇ。アハハハァ~。」

「そんなにデカイ嘲笑するな。耳が痛いわ。俺も二連チャンで<女っ気ゼロ>だったから、奇妙と感じて居たんだわさ。お前さん、あれだろ、魔法のパワーをグレイドアップさせて、異次元世界に送って、バリア咬ませて居たんだろう。『どんな才能も、悪用はいかんぜよ。』きっと、そうだろう。お前さん、三拍子揃った好い女だろ。正直に白状して見ろや。」

「アハハ、バレちゃったか!! オゥ、勿論~。よく分かってますねぇ。私、物凄~く焼餅焼き。アハハ。オス狼にインドオームだと品行方正チャンしてたでしょ。あなたは女が居ないと真面目にして居られるから、安心して見てられるのよ。
 女が居ると、直ぐ眼をギラギラさせて、変な処にスイッチ・オンに為るから、要注意なのよ。危ない、危ない。知ってる、<持ち物の悪用は、いかんぜよ。>これ、誰の言葉だったけ。」

「生意気ライオン娘は、器用なものだわ。佐々木小次郎のツバメ返しも使うんかい? 相変わらず、お前さんも口上手・突っ込み上手の<女の口>だぜや。
 俺の人生なんか女に捨てられるだけで、唯の一度もモテた事なんぞありませんわね。其処行くと、美人のナターシャ様は、異界でさっさと良い男見付けて、俺はてっきり、ポイされたと僻(ひが)んで居たんだけどさ。兎角、女心と<飽き>の空って云うからさ。危ない、危ない。ニャハハ。」

「ナァ~によ、それ。パロパロは、何時もあなたでしょ。私と誰かさんと一緒にしないで下さ~い。あなたは、誰が見ても、一番のスケベ男よ。」

 相も変わらず、飽きもせずに、こんな他愛の無い軽口を叩き合う。ナターシャも、暇を弄ばしている様である。尤も、こんな話が出来る処が、中性域で馬の合う<似た者同士>なのであろうか・・・ 相変わらずのハスキーボイスは、一段と魔法使いの様である。

「あなた、日本は今、とても好い季節でしょう。私は知ってる~。お花見に誘って下さ~い。」

「花見か、好いねぇ。都合が付くなら、花が散らない内に、現れろよ。俺は、何かとお前さん達、ロシア美女さん達の世話に為って居るからな。暇してるから、纏めて歓迎するぜや。」

「あ~、やっぱり、そう来ると思って、ヤナ、バルディナにも連絡して置いたのよ。私達は、『歴史行ツアーの受講生』『ユカタン半島・ジャングルの戦友同士』ですからね。
 ねっ、ねっ、これって、グッド・アイディアでしょ。私、頭良いでしょ。心優しい好い女でしょ。アハハ。
 
 Rさんは世話に為ってるだけじゃなくて、『命拾い』もしてるでしょ。ユカタンでは、ロシアン・アマゾネス軍団が加勢しなかったら、洋々を筆頭に御一行様は『皆殺し』に遭ってたでしょ。とてもとても、熱帯ジャングルのイグアナ・ステーキとフルーツだけじゃ、<お礼が足りない>でしょ。そうでしょう~。違いますか。」

★このライオン娘が!! それが結論かい。・・・日本語の先生の俺の教え込みが、幾ら優れて居ると云っても、『戦友・命拾い・皆殺し』の三連発で、抜けしゃあしゃぁと<お礼不足>と来たもんだぜや。何かい、魔法総合大学の外国語カリキュラムの中にぁ、日本語学科もあるんでしょうかね。
 いやはや、ウクライナの地は、ハイレベルなIQ者生産国とは聞くものの、大したものである。それに無駄事を云えば、直ぐ様、飛び道具の『睾丸鞭』が、バシッと飛んで来る。マヤの人狩り戦士隊を<殲滅した実力>は、まだ鮮明に脳裏に焼き付いて居りまするがな。

  はいはい、アッシャ、謹んで、リクエストに従いまするわね。とほほ。

「私は、日本のお寿司、テンプラ、焼き鳥、すき焼き、み~んな大好きで~す。それに、日本のリンゴ、ミカン、イチゴも大好き~。お願いしま~す。
 そうそう、あなた、クッキングの腕前、グーでしょ。私は、ヤナから聞きました。あなた、ウラジオストクのルースキー島で、皆を喜ばせたでしょ。オーケーですか? 
 今回の夢奇譚は、あなたのロシア美女への感謝祭で~す。あなたは怖い顔してるけど、優しいのは、皆知っていますよ。私は、まだ一度も食べた事無いですよ。これって、不公平でしょ。」

★このウクライナのライオン娘が、生意気こいて。端から、ルンルン気分じゃがね。何しろ、女の我儘優先の異文化圏のマゾネス戦士である。朝昼晩飯のお三度奉仕させられて、夜の部も精気を吸い取られて、女共は白い大マグロで二日酔いの饗宴・脅宴かいな。
 豪欲ついでに、ロシア製バイアグラなんぞを、シコタマ飲まされたら、完全にミイラにさせられちゃいまするがな。バイアグラ飲まされる前に、特製減精剤の味噌汁でもたっぷり飲ませて、ハンディ調整をするしか有るまい。
ニャロメ~~。東洋医学には『医食同源』の奥深き自然哲学が、存在するんじゃい。まぁ、好かろうよ。どこかで一服盛って遣るわいな。イッヒッヒ!!

「良いですか、あなたの仕事は、何処か、誰も来ない私達だけの<プライベートな花見場所>チョイスして置いて下さい。これは、約束ですよ。そうね。テントの用意をして貰って、バーベキューして、ビール、ワイン、日本酒で美味しい物を一杯食べて、三日ほど十分楽しみましょ。何か、リクエストが有ったら、二人に伝えて置きますよ。」

★女三人だから、それぞれ一日づつの独占かいな? ありぁ~一日多いんじゃないの? それとも、ナターシャの奴、魔法のグレードアップで、<無害の身体改造>に為ったのかね。異界同士の肉体関係は、カランコロンの牡丹灯篭の参道で、ご法度だった筈だが・・・???

「二日じゃなくて、三日かい? おいおい、そりぁ、車借りて来ないと、荷物がおっ付かないぜ。事前に連絡しろよ。」

「バッカねぇ。幾ら仲が良くても、あの関係は、二人だけで満足し合うのが肝心のルールでしょ。乱行は、飽く迄プレイ、遊びの延長でしょ。何、言ってんですか。私、最後の魔法をマスターしました。私、一途でしょ。あなた、嬉しいでしょ。感謝しなさいよ。
 重い物、面倒な物は、私に任せなさい。そんな初歩的な魔法なんか、簡単、簡単。あなたは食糧調達して、クッキングマンにゴーすれば良いだけですよ。私達が行ってから、用意すれば、何も心配要らないですよ。
アハハ。相変わらず、お馬鹿ちゃんねぇ。あなたの相棒は、異界の魔法使いナターシャでしょ。」

「左様でゴザンすか。何時も、何から何まで、お膳立てして頂いて、感謝感謝の三拍子揃った好い女ですわ。そうだ。ヤナに、ルースキー島で食べたチーズと大振りのウィンナーが美味かったから、アパート近くの市場で買って来て貰ってよ。」

「勿論。アハハ、誰も私の真似は出来ない。ナターシャは、三拍子揃った好い女ですからね。あっ、時間だわ。あなた、男前上げときなさい。OKで~す。ヤナにリクエスト伝えるわ。じぁ、バイバイ。」

 いやはや、ナターシャは、女にして置くのが惜しい程のアッケンカランとした性格である。思った事を感情の赴くままズケズケと生意気顔・口調で喋るものの、根が優しくて気配りが出来る女である。一応はアウトドアの段取りも経験もそれなりに在るから、慌てる必要も無い。
 ロシア勢には、計画性に富んだヤナも居るし、穏やかに微笑みを絶やさないバルディナの和やかさもある。それぞれの持ち味で、長丁場の<神域にて>の歴史紀行も共有している間柄でもあるからして、その時を待てば良いだけの事である。

★へへへ、流石に頼り甲斐のあるウクライナのライオン娘様である。アナ畏しこ、アナ畏しこ、穴欲しこ~。女日照りの河童のお皿にも、久々の天の恵み水である。ウッシッシ!!

 <その2>
「オーイ、オーイ。起きろよ、起きろ。」
「オゥ、男臭い。空気を入れ替えましょ。起きなさい、私は、こんなに沢山、お土産持って来ました。」
「あなた、起きなさい。来たわよ。」

★熟睡時に乱入して、何が男臭いじゃい。女だって女臭いのじゃい。ッタク、女と云う生き物は、自分の事は棚に上げて、偉そうに・・・女の方が臭いから、香水で誤魔化してるんじゃろうが・・・

 夜の遅い私は、温い朝日と寝床の春眠暁を覚えずの最良の惰眠の中に在った。そんな中に、ドタバタと部屋に押し掛けられ、掛け布団を剥ぎ取られ、襖、障子、廊下の戸を開けられ、眩しい光の中で、黒髪・金髪美女達が、寄って集っての世話焼きを仕出かす。嗚呼、堪らんわね。

「オゥ、あなたは、元気が良い、とても若いですねぇ。夜が楽しみですねぇ。アハハ。」
と、股間の朝立ち部分をナターシャの白い平手打ちをかまされる。これって、美形さんがする事か!! 中学生、高校生の合宿じぁ無かんべさ。

「コラッ、悪ふざけをするな。家には矍鑠とした大正女の婆さんが居るんじゃ。朝から、俺を寄って集って、力づくで輪姦する心算か。親しき仲にも礼儀・女の慎みありじゃい。馬鹿垂れが!!」

「またまた、そんな怖い顔して、何言ってるのよ。直ぐにでも、して貰いたい癖に。常識振って、あなたって本当に、馬っ鹿ね。もう、異次元の世界が始まってるのよ。何を格好付けてるんですか。私達以外の世界は、フリーズでしょ。アハハ。」

「そうよ。何言ってますか。未だ寝ぼけてるの。ほらほら、オシッコでしょ。トイレ行って、そんな物、小さくして来なさい。大体、オシッコ我慢してたら、ザーメン発射出来ないでしょ。顔洗って来なさい。朝から、ファイトじゃ、身が持たないでしょ。オホホ。」

「そうそう、朝立ち勃起なんて、元気十分。夜の本番が、楽しみですねぇ。ウフフ。」
 
★フン、子供の小便前の朝立ちを、母親に軽く一蹴されてる図式かよ。ロートルオヤジを子供扱いして、何をこきぁがる。最後は、お淑やかバルディナまで迎合して、普段は奇麗な澄まし顔して居る癖に、ロシア女が三人集まれば、どいつもこいつも、とんでもない女達である。

 ニャロメ。隙無し、一番の澄まし顔のヤナに尻を叩かれて、私は部屋を追い出されてしまった。いやはや、こんなシーンをご母堂様に見られたんじゃ、倅の面目丸潰れの図である。

 普段人気の無い、子育てを終えた町の片隅に、突如として侵入したロシア美形さん達のパッと華やいだ騒々しさである。男臭~い、空気が淀んで居ると、ナターシャとヤナは、家中の窓、戸を開放して回る。

 それが終わると、ナターシャの奴は先輩面をして、庭サンダルを引っ掛けて、ヤナと庭に出て煙草を吹かして居る。マンジュシャゲの緑の葉が、束に為って地面を覆って、スイセン、雪柳、ボケ、梅、プラムの花が咲いて、蝶がヒラヒラ舞って居る。太陽光線を満遍なく浴びて、春の華やかさが微風に揺れる庭である。

★嗚呼、遣り切れませんわな。・・・一度関係を持ってしまうと、女の図々しさと云うか、態度のデカさは、万国共通のものなのであろうか・・・恐れ入谷の鬼子母神。まぁ、相手が異界の魔女様なのであるから、言わぬが『男の努め』と云った処であろう。
 とは云うものの、お三方とも、ハリウッドスター顔負けの美人・美形さん達である。これで、文句など言ったら、たちどころに天罰が下ると云う物である。アッシャ、男冥利に尽きるでありまする。こんな事は、大事の前の小事である。ウッシッシ!!

「日本の家も、庭も落ち着いて居て、雰囲気が在るわね。こんな環境に居るから、あの人の雰囲気に為って居るのよね。実際、ここの空気を吸って見ると、よく分かる。
あらあら、山が高くて雪があって、丸でアルプスの様ね。そうだ。川があるんでしょ。ちょっと行って見ない? ナターシャ。」

 ヤナとナターシャは、庭から川に出掛けた。ジョービタキのメスとして、吾が庭を縄張りの中心として、冬の何ヶ月間かを過ごして居るバルディナは、台所に行ってヤカンに水を入れて、ガス台に掛けて居る。流石に、慈悲深き北国の観音様である。

「ダーリン、カップ・コーヒー持って行って、河川敷のベンチで皆とコーヒーしましょう。」

「気遣いアリガトさん。それにしても、三者三様だねぇ。あの二人は、女らしさが薄いからな。それに、マイ・ペースタイプだから、自由にさせて置けば良いさ。
俺は、間を取り持つ背骨無しの変形アメーバー見たいな生き物だから、好い共同体に為るからな。へへへ。」

「ダーリンは言わないけど、人間が出来て居るから、自由に泳がせて、皆の良い処を引き出してくれてるんですよ。開けっぴろげで、正直で男らしいから、私達もリラックス出来るのよ。あなたは、頭の回転力、距離間、抱擁力が魅力ですからね。日本人より、ロシア的なのよ。きっと。私達は、そう思ってるわ。フフフ。
 さぁ、お湯沸いたわよ。私とダーリンの一番の共通点は、控え目な性格ですからね。焼餅焼かれない内に、外でコーヒータイムしましょう。ホホホ。」

「そうだな。自己主張と茶目気のナターシャ、冷静計画性に富んだ頭脳プレイヤーのヤナ、家庭的でお淑やかさのバルディナと、考えて見ると、三人は本当に良い取り合わせで、自然のバランスの好さだもんなぁ。何しろ、夢奇譚を仕切るのは、異界の魔法使いナターシャ様だからな。イッヒッヒ。」

「オゥ、それはシークレット。ナターシャは可愛いですけど、口が煩い妹見たいな処が在りますからね。煽てるのが一番の、彼女の<特性の活かし方>ですからね。分かってますね。ウフフ。聞こえないのが、安全の秘訣ですからね。これ、内緒のシークレット。オホホ。」

 朝の清々しい空気に、太陽が明るく降り注ぐ河川敷の木製ベンチに、腰掛けてインスタント・カップコーヒーで、煙草を吹かしながら、花見の打ち合わせをする。

「ほら、あそこの山に、ピンクの濃い桜の一帯が見えるだろ。この辺りの桜は、白いだろう。あれは、山桜の色さ。今年は春が遅かったから、春が圧縮されて一斉に花盛りに為ってるんだ。それに平日だし、山の中だから、十分なプライベート花見が出来ると思うよ。近くに沢が流れて居るから、アウトドアの場所としても、好ロケーションだよ。」

「オゥ、奇麗ですねぇ~。如何しましょう。先ず、その場所に行きましょうよ。そこで、必要な物を、ナターシャに魔法でセットして貰いましょう。セットしてから、皆でお酒、食糧・フルーツを買いに行きましょう。」

「そうね。先ず場所を見る。場所を見たら、此処で考えなくても、具体的に準備出来ます。それの方が、簡単で楽でしょう。」

「そう、じぁ、ここ片付けて。」

★ヤナの発案にバルディナが賛成して、ナターシャに仕切らせる。これも、歳下ライオン娘の気性を、良く理解したロシア女のチームプレイである。へへへ。私の出る幕など、一切ありはしませんわね。皆さん、よく出来た方々である。
 はいはい、皆さん、甲乙付け難いレベルの高さでありまする。好いですなぁ~。アッシャ、一人一人に、アイ・ラブ・ユーでゴザンすわね。

 片付けて、私達四人は、河川敷に集まった。ナターシャが<手を確り握り合って下さい。そして、空へ空へと念じて下さい。>と言った。

 そうすると、何と不思議な事に、四人が手を繋いだ円の形で、スーと空中に舞い上がった。海外ショートバカンスの折に、何度か経験したパラサイダーの感覚とは違って、体重感の無い無重力が、真に奇妙に感じる。場所が近いし、私達以外は一切フリーズの所為もあってか、第八部のソウル行とは全く違って、それはユックリとした五感満足の空中移動であった。

 一本の林道が通って居る沢の両側に、山桜を主体としたソメイヨシノとの混成林がある。都市化の波が及ばなかった頃には、この辺りは集落の好い花見の名所であった筈である。今では山間の耕作地は、見向きもされず山に還りつつある一帯である。人の荒らしが無い分、正に自然に同化したプライベート・スポットの風情満載の一帯である。

「オゥ、好い所です。広いですね。川の水がとても奇麗。あそこが、平らで若草が、柔らかに、丸で<緑のクッション>見たい。私は、とても気に入りました。」

「空気が美味しい。日本は柔らかで、桜の薄いピンクの花模様の中に、私達が居ますね。とても柔和で、薄い花の香が流れて来ます。派手じゃ無いけど、これが、あなたの好きな昔ながらのジャパニーズ・ナチュラルビューティ。そうでしょ。Rさん。」

「ここに皆の集まる大きなテントとテーブル、クッキング道具を出しましょ。そして、プライベートな二人用のテントを二つ出しましょう。他に、何かリクエストある?」

「ナターシャ、俺のリクエスト。折角の日本バカンスだから、あの辺りに、温泉を出して呉れよ。」
「好いですねぇ。日本の文化・温泉。行きましたねぇ、私、覚えてる~。あの時の露天風呂のイメージで、OKですね。」

「ヤナもバルディナも、ロシアのスチームバスのバーチャと違って、素っ裸で手足を伸ばして温泉に浸かるのは、気持ちが好いよ。」

「ナターシャ、温泉をあそこの、川の流れの脇に出して呉れたら、川の水で温度調整出来るから、野趣満載になるぞ。素っ裸は、お前さん達の十八番(おはこ)でしょうが。アハハ。」


「オゥ、あなた、皆で温泉ファイトしましょう!! それも、OK?」

「ノーノー、日本じゃ温泉ファイトするのは、変態男女だわさ。ロシア美形団が、白い土人団で、神聖なる湧き湯を穢す様な<下品な事>をしちゃ駄目!! ナニは囲いの中で遣るのが、ジャパニーズ・スタイルですがな。馬鹿モンがぁ~。」

「オゥ、それ日本人の建前と本音の違いですね。あなた、一番のスケベよ。任せなさい。ダーリンの頭とアソコは別物よ。3:1の多数決で決まりでしょ。あなたの役目は、サーバントでしょ。アハハ。」

「ダーリン、あなたが幾ら格好付けて、偉そうな事を私達の前で言っても、それは無理でしょ。皆、あなたの事を知ってます。経験してます。あなたの何時もの口癖、<人間、正直が一番。>でしょ。あい~。」

「私も、その言葉、何度も聞いてます。あなた、<嘘は泥棒の始まり>でしょ。アハハ。」

★この糞ったれ共が。女の口には、敵いませんわな。1:1でも押し切られるのに、1:3じゃ、端から戦意すら出て来んわね。フン、ほざいて居やがれ。その内に纏めて、懲らしめて遣らぁな。後で、吠え面掻くなよ。ニャロメ。

「さてと、怠け者ヤナと仕事逃げのナターシャで、食糧調達でもして来るか? 俺とバルディナは此処に残って、川の温泉でもレイアウトして置こうか?」

「ノーノー、二人だけにするのは、ダメでしょ。それに、あなたの仕事はクッキングマンで、日本料理で『ロシア女のおもてなし』でしょ。食材選びは、あなたの仕事でしょ。あなたが行かなくて、如何しますか!! それって、絶対に変でしょ。ねぇ、ヤナ。」

「そうですね。四人で行けば、持つのも軽いでしょ。あなた、1+1=2でしょ。何考えてますか。シンプル・イズ・ベストでしたね。スケベ、抜け駆けは駄目ですねぇ~。私、ヤナは、何時も冷静です。あなたの下心は、見え見えでしょ。単純よねぇ~。ナターシャ。アハハ。」

「だってさ。しゃ~ない。じゃ、皆で行こう。ナターシャ、超特急で頼むわ。」
「任せなさい。じゃ、今度は、この箒に跨って、はい、深呼吸して、息を止めて、行くわよ!!」

 あっと云う間の大手スパーの中に、瞬間移動であった。それぞれがカゴを持って、私がチョイスして食材を買い込んで支払を済ますと、再び箒に跨って瞬間移動であった。
 私は、日本人の味覚のもてなしであるから、醤油・ソース・味噌・酢・ワサビ・辛子などを買って置いたのであるが・・・

「さてと、昼は軽めに、かき揚げテンプラ作って、日本蕎麦でも茹でようか。簡単だから、ナターシャとバルディナに任せて、夜はカレーにするから、材料を刻んで置いて貰おうか。じゃあ、肉体派の俺とヤナは、露天風呂の設定と行こうかね。」

 ナターシャとバルディナは、日蔭のテーブルで、野菜の皮剥きである。私とヤナは、近くの沢で、岩を転がして露天風呂スペースを囲う。底の小砂利を浚うのに、ナターシャの魔法でスコップ、ジョレン、ツルハシを出して貰い、さぁ、中天の太陽の下、肉体労働である。
 こんな時のヤナは、実に活動的でキビキビした動きをする。底を浚った小砂利は、岩で囲ったスペースの土手作りで、岩と岩、石の隙間を埋めて行くのである。

 最初こそ、足捲りをしていても、お互いに体育会系の男と女である。桜満開の青空をバックに、力仕事は気持ちが良い物である。山合いの清流は冷たいのではあるが、温泉の湯が流れて居るから、好い温度具合である。寒い国の人種とは気温感覚が、断然に異る。昼寝も全裸で遣って退けるヤナであるから、スイスイと全裸に為り始める。

「ダーリン、お天気が好いから、暑いでしょ。ロシアなら、立派な夏です。服が濡れるより、裸の方が合理的。あなたも裸に為って下さい。」
「馬鹿言うなよ。俺は、ウラジオストクの冷たい海で泳がされて、風邪引いて帰って来たんだぜ。日本人が裸に為るのは、夏だぜや。今は、春になったばかりだぜ。嫌な事ですわ。」

「ほら、これなら、裸に為れるでしょ。ソレ、ソレ~。ウァ~オ。」

 澄まし顔のヤナに、思い切り水を掛けられて、私も無理矢理の裸の仲間入りである。金髪西洋中世裸婦画から抜け出したような美形さんに、こう正々堂々と裸に為られたら、ご神体と云えども、行儀は良くなってしまうのが、男と云う物なのである。

 斯様にして、感覚がまるで違う処も日露のバリエーション、コンビネーションの内なのである。或る意味、白人裸女族の陰毛は、アクセサリー的箇所らしく、彼女達は自分の気に入った様にカットして形を整えて居るのである。彼女は、5~6cm幅の長方形を為して居る。それを、ポンポンと叩いて見せる始末であるから、色気も何もあった物では無く、ただ、豊満な女体が在るのみと云った処で、別段作業の邪魔にも為らないのである。

 全く、少しは股を閉じる様な、モジモジした<恥じらいの仕草>でも作ってくれたら、吾が倅も巨根化して『日光浴』が出来る物を・・・困った文化の違いですわな。へへへ。

 幸い、然したる中断も無く作業は続行されて、四人が入るには頃合いの一坪ほどの露天風呂の体裁が出来て来た。温度調整は後にするとして、濁りの取れるのを、二人で湯に浸かり煙草を吸いながら待つ。

「私のアパートのバスで、一緒に入ってワイン飲みましたね。覚えてますか。」

「ああ、覚えてるよ。お前さん、美容に好いと云って、日本茶振り撒いて、グリーンティ・バスなんて、ふざけて居たわな。顔に似合わず遣る事は、茶目っ気一杯の女だもんな。」

「私は、バスであなたに垢擦りで全身を隅々まで洗って貰うの、大好きでした。あれ、何て云いましたか・・・オウオウ、思い出しました。<サンキュー、スケベの三助。> アハハ、思い出しました。あなたの日本語は、とても面白いです。普通の日本人とは違った言葉が一杯出て来て、凄く勉強になります。」
 
 ヤナの白い手が、吾が股間に伸びて来て、何やら軽いタッチのマッサージ信号が送られて来る。おやおやとヤナを顔を見ると、流石にシラーとした金髪美形さんの視線は、春爛漫に咲き誇る桜花の軽くそよぐ谷の、一服の錦絵を愛でて居る顔付なのである。
 為るほど、風情を楽しまずして、何が海綿体への充血であろうか。私は、大いに些事を恥じて、彼女に倣って、谷の花鳥風月に視線を移して、粋な言葉などを思い浮かべて、一首作ろうと思った。

   そこへ、小石が二つ飛んで来て、露天風呂にドボンと音を立てた。

「コラッ、ちょっと、そこの二人、さっきから気分出して、何してる~。私には、水中の手も、全部見えるのよ。」

「好い気持だから、風景見て、俳句の575を作ろうかと、リラックスしてただけよ。」
「気持ち好いわよ。こっちに来て一緒に、リラックス・タイムしましょ。カモン!!」

 桜満開の昼時の太陽は、汗ばむ程の気温である。ナターシャもバルディナも、太陽の恵みを感謝する北国の女達である。ササッと脱いで、白い豊満な裸体で、ニコニコ顔で入って来た。

「オゥ、好い湯加減ですねぇ~。日本の温泉は最高!! 皆、分かって居るでしょうね。これみ~んな、私、『ナターシャの力』でしょ。アハハ。好い造り。あなた、物凄くセンスある。助平じゃなくて、流石!!」

「ホント、これで、後は如何しますか?」
「そうだな~。じぁ、日本式風呂の愉しみ方を授業するわいな。俺の後に付いて来な。」

★ロシア女三人を相手に、念入りに三助を遣らされたんじゃ、とんだ仕事に為って終うから、私は買って来た洗面器、石鹸、シャンプー、垢擦りを三人に渡して、私が率先垂範型の日本式身体洗いの手本を示す。気は心であるから、ライオン娘の自尊心を擽(くすぐ)って置きまするかな。イッヒッヒ!!

「好いかぁ、一人で背中を洗う時は、こう遣って、ゴシゴシ遣る。仲間が居る時は、相手の後ろに回って、相互に手の届かない背中を流し合う。<袖振り合うも他生の縁>って日本じゃ、言うんだわさ。カモン、ナターシャ。」

 浮き浮きするナターシャを石の上に座らせて、背後から石鹸をたっぷり垢擦りに塗り込んで、ウナジ、首、背中、腰部を片手で、丹念に洗って遣る。

「オゥ、気持ち好い。もっと。ああ、何か、王侯貴族に為った様ですねぇ~。私は、<特別>でしょ。はい、今度は前も、全部お願いしま~す。あなた達は、二人で遣って下さい。ついでだから、シャンプーもお願いします。」
「あいよ。ハニー。」

 どれどれ、ヘヘヘ。ライオン娘さんは、ハートの黒陰毛でありまするかな。バルディナは、可愛らしくぽやぽやデルタ型でありんすか。

 どいつもこいつも、女は澄ました顔で、花見・イン・ジバング行に黙して、せっせと<陰毛お手入れ>を施して来た様である。

 これも、仔細の程は一切分らぬロシア語圏の美人美形様への、日頃のご愛顧に応えるべきにしての、大和の国の花見ご優待祭なのである。初心に還って、一にサーバント、二にサーバントに徹して、相努めさせて頂きまする。

 女日照りに次ぐ女日照りの・・・幾霜年の積み重ねであった事か・・・ 堪らんですなぁ~。この柔らかき白肌の霜降り肉の肌理(きめ)の細かさ・・・湯に火照ったこの女体の暑さ。遺憾いかん・・・おもてなしが一番の仕事であった。

 白尻の割れ目にもと、中指を滑らせると。乗りの好いナターシャは、スイとばかりに尻を浮かせるでは無いか。牛乳石鹸の白い泡立ちの誘われて、ツルリと迷い込んでしまったのが、何やら生暖かき祠(ほこら)の中であった。

「オゥ、あなた、やっぱりの一番のスケベちゃんね。未だ、早いでしょ。夜は長~いでしょ。」
「アイアイサー、長旅の汚れの奥奥までクリーニングするのも、三助の業務範囲ですがな。へへへ。御心配無用のリラックスモードの儘で、好うゴザンスよ。」
「そうか~。あなたは、優しい。私は、とても気持ち好いで~す。ウフフ。」
「これ、自分から、そんなに腰を動かす奴が居るか。フィニュシュ。」

「洗い方の過程は、其々あるけど、こう遣って、体を洗い終えたら、後は風呂に浸かったり、汗が噴き出してきたら、適当な所に腰掛けて、風に当たる。汗が退いたら、また湯に浸かる。
 その繰り返しで、風景を眺めたり話をしたりしてリラックスするのが、日本の温泉気分の楽しみ方だからさ。温泉は、24時間何時でも入る事が出来る。夜は、この辺りに、ランプでも灯して貰おうか。頼むぜ。ナターシャ様。」


「任せなさい。日本情緒たっぷりに、レイアウトしましょうね。あなた、ムード一杯の灯し場所を考えといて下さい。お願いします。」

 さてさて、サーバントは、サボって居ては、仕事が先には進まないのである。クッキングマンに還って、調理開始である。

 ナターシャとヤナは、露天風呂が気に入った様子で、缶ビールを片手にお喋りが弾んで居る。家庭的なバルディナが、横に遣って来て助手を務めて呉れる。

 昼の軽食でそばを茹でて、かき揚げテンプラを具にする予定である。夜は、カレーとして、その仕込みに入る。大鍋でカレー具材の玉ねぎ・人参・ジャガイモ・豚肉を炒める。火が通った処で、水を加えてカレー粉を入れて、コンソメ・塩を加えて、煮込み、カレールーを入れて煮る。後は火を消して、再び火を入れて、夜に火を入れれば、カレーが馴染んで来る寸法である。従って、具材を油でじっくり炒めてしまえば、後は火の番をするだけの事である。

 かき揚げてんぷらの玉ねぎ、人参の刻みは、バルディナに任せて、私は小麦粉に卵を落として、玉ねぎ、人参、桜エビをたっぷり投入する。途中で水が切れたから、飲んで居る缶ビールを注ぐ。へへへ、真面目顔で遣れば、傍目には隠し味=通の趣である。その証拠に、料理好きのバルディナは、痛く感心して尊敬の眼差しで、私を見て居るでは無いか。ギャハハ。

 掻き交ぜ適温と為った油の中に投入して、天ぷらを揚げて行く。いの一番で、健気にも助手役を務めて呉れる彼女に、熱々のかき揚げてんぷらを差し出すと、
「美味しい。もう一つ好いですか? オホホ。」と来たもんだ。
「味見は、作る者の義務にして特権だよ。簡単だから、覚えてロシアでサービスしなよ。」

 彼女に長ネギ刻み、大根おろしを遣って貰う。それと同時進行で、鍋を沸騰させて、生そばを茹でる。賄い夫稼業も今や、立派な同時進行の腕の冴えである。エッヘン、オッホン。
 
 かき揚げ天ぷらの匂いに引き寄せられて、ナターシャとヤナが、寄って来る。揚げたての天ぷらを掠め取って、生意気女のナターシャが早速の味見役である。

「オゥ、熱い、熱い。でも、グットテイスト。美味しい。これって、ビールに最高!!」
「あなた、どれ付けて食べるの美味しいですか? 醤油、ソース、塩?」

「お前さん達、毛唐さんだから、ソースが好いだろう。でも、味覚はそれぞれだから、全部試してみろよ。遠慮は要らんよ。こんな処が、家庭料理の好い処だいね。
俺は、そばを川で晒し洗いして来るわ。バルディナ、見ての通りだから、てんぷらを揚げてなよ。」

「大丈夫。私は、クッキング好きだから、よく観察してました。要領は分かってる。」

 美女美形さん達も三者三様で、屈託の無い連中である。減らず口を叩いて、食べる飲む専門のナターシャに、家庭的なバルディナ、シラーとした態度で居ながらも、何かとタイミング良くその場の空気を変えて行くヤナ。へへへ、面白い取り合わせである。

「何だ、全然、天ぷらの量が貯まって無いじゃ無いか。行儀の悪い。」

「あなたは、海のバカンスで、私に教えてくれました。天ぷらは、<揚げ立て>が一番美味しいと、違いますか。私は、あなたの素直な生徒でしょ。」

 いやはや、こんな切り返しをするヤナは、実に頭が好い。まぁ、彼女達に喜んで貰うのが、私の任務である。かき揚げの胃袋に入る後先に、別段の差異はあるまい。美味い美味いと、腹に収まれば、料理も本望と云うべきであろう。

「報告。塩、醤油、ソース。どれもよくマッチして、美味しい。後は、どんな食べ方ありますか?」
「じぁさ、そこの大根おろしに、麺つゆ入れて、こう遣って、食べてみな。その食べ方は、店の食べ方だけどさ。」

「は~い。じゃ早速。」
 
 小鉢にとって、食べるロシア勢である。三人とも、顔を見合わせて、今度は上品テイストと頷く。へへへ、可愛い女達である。

「ダーリン、これって、凄くご飯向きの味ですね。日本人って、本当にデリケート。色んなバリエーションを楽しむ国民ですね。これって、凄い事です。
知らない外国人は、日本人は自己主張無い国民と云ってますが、それは、私達と違って素晴らしい日本人を知らない人達が、言って居る『嘘』ですね。あなたは、最高ですよ。私達は、本当にラッキーですよ。サンキュー、感謝です。」

★おやおや、流石にヤナは、賢い。然しながら、かき揚げの殆どを摘み食いされて、蕎麦のボリュームが無くなって終ったでは無いか。まぁ、順序は狂ってしまったが、これも<流れ>と云う物である。然すれば、あっさりと大根おろし蕎麦で行くしか有るまい。

 へへへ、ビールに酔い、かき揚げ、おろし蕎麦で、ロシア語オンリーの怪気炎女共である。此処いら辺で、悪戯でもして遣るべしである。私はチュウブをグイと絞って、たっぷりのワサビをお椀に入れて、出し汁でかき混ぜる。其処へ蕎麦を入れて、薬味のネギ、揚げ玉散らす。私の魂胆など、どこ吹く風で盛り上がってるロシア語圏へのクッキング・マンの出前と洒落込む。

「お待たせ~。これを食べて、昼寝をするといいぞ。皆、喜んで貰えたかな。」

「ホント、ダーリンのクッキングは、とても美味しい。私とモスクワで日本レストランしても、十分に生活出来ます。コメディアンなんかしなくても、こっちの方が、好い才能です。一緒に帰りましょう。そして、仲良く暮らしましょ。オホホ。」

「ノウノウ、そんな浮気心持ったら、私があの世に<強制連行>しま~す。そうしたら、二度と再び、こんな楽しみは出来ないです。それでも好いの? 二人とも。」

「冗談、ジョーク。これまで通り、<三人の共有>にしましょ。私達は、アガタ塾の教え子で、戦友でしょ。オホホ。」

「そうだぜ。ナターシャ、俺には目下、大事な婆さんへの賄い夫稼業が残って居るからな。<短気は損気>って諺もありますがな。ハハハ。まぁまぁ、此処はジョークで一件落着。固めの蕎麦啜りの『日本的手打ち』と行きましょうかね。」←イッヒッヒ!!

 私は、吹き出す笑いをグッと横隔膜に押さえ込んで、蕎麦の椀を配り、私も椀を胸の処に置いて、さぁ一斉にの目配せをして、我に続けとばかりにツルツルと口に入れた。

「プワ~!! 辛い!! ペェッ!!」

 ロシア女三人から、一斉に吐き出した蕎麦が、私を襲い、お椀の中身が飛んで来た。

「ギャッ、き、汚ぇ~。なんちゅう事をするんじゃい。馬鹿垂れがぁ~!! ストップ・ストップ!!」

 あろう事か、三人がタイミングを示し合わせて、1、2の3で、大袈裟に吐き付けられ、細工は隆々の椀の中身を浴びせ掛けられたのである。私にとっては、これぞ『青天の霹靂』と云わずして、何と表現すべき・・・ 私は、川湯にすっ飛んで、汚れ落としの大慌ての段である。突然の事であったから、蕎麦が鼻に絡まって、鼻を咬めば、蕎麦の破片が出て来る始末である。

 いやはや、とんでもない事態に遭遇してしまった物である。手打ちに臨んだ神妙顔の裏に、こんな『悪意』が潜んでいたとは、やはりロシアは、日露戦争の怨念を持ち続けているとしか納得出来ない心境である。ニャロメ~~。

 頭を整理する為に、湯に浸かって居ると、女達がゲラゲラ肩を叩き合いながら、合流して来た。

「あなたって、本当に馬っ鹿ねぇ。私は、千里眼のナターシャだって事を忘れていましたね。あなたの考えてる事、シテ居る事、全~部、分かってますねぇ。
それに私達ロシア語で、作戦考えて、実行も出来ま~す。あなた一人だけ、ロシア語分かりませんね~。可愛そうなぁ~。好い所まで、あなたの作戦行ってたのにねぇ。残念でしたねぇ。アハハ。」

「そぅか。騙された振りして、1、2の3で、一斉吹き付けか・・・ 糞っ垂れどもがぁ~。コンチクショ~。敵に回したら、シベリア永久凍土の<異国の丘>の生死を強いられるって事か。ロシア女は、怖い。」

「そうです。私達は、ロシア勢の戦友同士ですからね。あなたも真面目な顔して、私達を『騙そうと』しました。悪いのは、ダーリンでしょ。当然の報いでしょ。オホホ。」

「そうです。あなたも笑いを堪えるの大変だったでしょうけど、私達は三人ですよ。誰か一人でも、笑い始めたら、あなたは勘が好いでしょ。その時点で、失敗でしょ。これ、戦友の息が、ピッタンコの意気投合作戦の成功でしょ。
 私達は、あなたよりも数段に<賢いチームプレイ>でしたね。もうもう、あなたの顔ったら、無かったですよ。私、死んでも忘れません。ああ、可笑しい。」

 風呂から上がっても、一人が思い返し笑いを仕出かせば、それがそのままに、腹を抱えて、目から涙の笑い扱けるロシア女達の大笑波は、当分沈静化の兆しも見えない。徹底的に、コケにされて居るのは、吾が身である。

★ヤナのヤツも、生意気に・・・ 海のバカンスの時には、背中に腫物が出来て、それを潰して絞り出してくれと云った時に、絞り出したら背中の膿がはしけて、ウギァ~~って黄色い悲鳴を上げて逃げて行った癖に。その後の始末は、オルガが全部遣ってくれて、消毒、バンソコーまで貼ってくれたもんだぜや。薄情者が~。とヤナに目を向けて、ブツブツ呟いて居ると。

 ナターシャが、ヤナにロシア語で何か盛んに言って居る。ヤナが、私を睨んで、テーブルの下で私を蹴飛ばして居る。フン、出しゃばり女のナターシャが、きっと私の脳内翻訳と悪口を、ヤナに炊き付けて居るのであろう。困った魔法使いである。

「あの時は、膿が私の目にブチュツって入って来ました。膿は汚いでしょ。大事な目が潰れたら大変でしょ。目を洗うのが、先決でしょ。
 それを、あなた何言ってますか、あの後は、バカンス中、私が薬塗って、治して上げたでしょ。私は、優しい女です。それを、あなたは、恩知らずです。アハハのハのアッカンベェ~だ。」

 ナロ~、ヤナは、鼻の穴を親指で押し上げて、後の指でオカメ顔を造り、長い舌をべロ~ンと引き出して、これ以上の醜悪顔は無いほどに、アッカンべェ~を作る。へへへ、久し振りに見る<ヤナの小娘振り>である。

 アア、多勢に無勢の敗戦国の哀れさである。これでは、吾が作戦の完敗に『乾杯』するしか、他無しである。いやはや、ロシア女三人の演技力も息が合って見上げた作品でもある。こっちは、作戦成功と確信した矢先の大ドンデン返しを全身に浴びて、悲鳴の遁走を仕出かしてしまったのであるからして。

 嗚呼、腹が捩れて、内容物が吹き出すほどの笑い満載湯と為って終った。笑いが収まれば、誰かが思い出し笑いをして、笑い転げる。嗚呼、ワイン、ビールの噴き出しを掛けられたら、立つ瀬もありゃしませんがね。一人距離を取って冷静さに逃げれば、ピンクの山桜の花弁が舞い落ちる青空であった。

 <その3>
 夜は火を焚いて、ランプの明かりの下でカレーを食べて、ビール、ワインを注ぎ合って、夢奇譚のエピソード話に盛り上がって、夜は更けて行く。ナターシャが、魔法でカラオケ・セットを出してしまったから、大変な物である。
 寒い国の長い月日の習い性には違いなかろうが、ロシア女達は三人共、酒豪の口である。酔い、歌い、お喋りをして飲み且つジプシーもどきの腰振りダンスまで披露してくれるのであるから、尻を叩かれて腰振りダンスに加われば、酔いが加速するだけである。私としては、<もぅ勘弁して、おくんなまし。>の態である。

 私は小用に託(かこ)けてテントに入って、寝袋に潜り、寝袋を枕に奈落の底へ逃避行である。どの位の酩酊爆睡したものやら・・・ 酔いが醒めて、さてさて、本日の賄い夫もほぼ終了である。懐中電灯、ラジオを持って、風呂浸かりでもして来るべしである。

 風呂に点ったランプのぼんやりした明りが、散り桜の花弁を浮かげて湯気の薄っすらと立ち上げて居る様と、沢の流れの囁きが何とも、心落ち着く風情である。見上げれば、星屑を散らした夜空の広がりに半月の月が黄味を帯びて静止して居る。

 タバコを燻らせながら、湯に浸かったり、石に腰かけて、汗を退かせたりの私の普段のマイペース・タイムに身を置く。闇に浮かぶ女達の姿が、手に取る様に見える。隔絶された様な闇の空間だけあって、声も音も良く響く。それでも、音のする空間は此処だけであるから、酷く静かなのである。

 おやおやバルディナが、テントを覗いて回って居る。ハハハ、気持ちの優しい彼女は、心配して居るのだろう。そう心配し為さんな。皆さんは存分にリラックスして、この異次元界のショート・バカンスを楽しめば良いのである。テントに居ない私を心配して、千里眼のナターシャに聞いて居るのだろう。

 へへへ、彼女達も女の端くれの様である。テーブの上を片付け始めて居る。洗濯紐に掛けたタオルを持って、懐中電灯を先頭に此方に遣って来る。

「お久し振りですねぇ。良く寝れたでしょ。あなた、遅いと思ったらテントでゴォ、ゴオー、大鼾で寝てましたねぇ。」

「そうです。私が鼻を摘んでも、ゴォー、ゴォー、ダーリンは、付き合い悪いですねぇ。」

「知らないでしょ。私も、少し一緒に寝てたんですよ。そしたら、ナターシャにアウト言われました。アハハ。ナターシャは、何時も監視してる。」

「処で、第一夜は、誰と一緒に寝ますか? 気に為りますねぇ。」

「誰でも良いよ。俺は、皆さんに、等しくアイラブユーだからね。へへへ、俺は、今回は、感謝感謝の選択権放棄のサーバントですがな。お前さん達で、決めて呉れや。アハハ。」

「ジャンケンポンする? それとも、あなた、こんな時は如何しますか? 教えて下さい。」

「こんな時は、阿弥陀籤(あみだくじ)って手があるんだわ。覚えとくと、ロシアに帰っても鼻が高いぜや。風呂が終わったら、テントで一回遣って見ようか。」

       私はヤナの背中を使って、阿弥陀籤の概略を説明する。

「オゥ、くすぐったい。あなたの手はスケベね。でも、何となく分かりました。1、2、3で、第一夜、二夜、三夜の意味でしょ。ジャンケンポンで、チョイスの順番決めですね。これって、二回のチャンスですね。オゥ、日本人、頭良いですね。」

「分かったかい。これだったら、恨みっこなしの籤運。それに絶対に外れの無い<一人一夜の平等籤>ですがな。アハハ。
 何しろ、仏教の中じゃ、阿弥陀さんは慈悲深い仏さんだから、その有難い仏さんの名前を取った阿弥陀籤に、不満・文句を言う奴は、地獄に落ちるしか無いんじゃわさ。なぁ、納得のお裁きだろ。これを称して、東洋の知恵、協調の生き方と云うんじゃい。」

「オゥ、相変わらず、アナコンダ王国の伝説の王・ククルカンですね。何処までが本当、何処からが口から出任せ放題。口上手の男~。それ、本当なの? 
ロシアに帰って、その説明しても、馬鹿にされませんね。約束して下さい。私の友達に、大学の日本語の先生が居ますよ。私は、プライドの強い女ですよ。」

★阿弥陀籤の結果は、第一夜=ヤナ。第二夜=バルディナ。第三夜=ナターシャと相成った。

「ヤナ、確り楽しんで。その報告は、明日一杯聞かせてね。ダーリンを酷使しちゃったら、駄目よ。第二夜は、私だからね。私は、ナターシャ見たいに魔法使えないのよ。オホホ。」

「何よ、それ。それじゃ、全く、私は意地悪な魔法使い見たいじゃ無いの。私は、折り紙付きの三拍子揃った好い女なのよ。二人きりに為れば、もうもう、Rさんとはピッタンコの男と女の仲なのよ。付き合いも、一番長~い。そうでしよぅ。ねぇ~、マイダーリン。」

「あなた達、煩いでしょ。此処はもう二人だけのスイート・プライベート・ルームよ。さぁ、早くテントに帰って寝なさい。私には、怒る権利があります。」

 まぁ、この夢奇譚は、Sex描写を割愛するのが、奥ゆかしい処なので、事の仔細は敢えて明記せず・・・ 

「私は疲れました。今度は、あなたが上で動いて下さい。フィニュシュは、何時もの様に、バックお願いします。夜は、まだまだ、長いです。何回も楽しみましょ。ワイン飲みますか、お腹空いたら、チーズもウインナーもあります。・・・」

 <その4>
 朝の訪れは、野鳥達の囀りから始まる。ピッツイピルル、ピーチィピルピルと甲高く一際大きな声は、日本では最も小さい鳥とも云われるミソサザイの物であろう。兎に角、小さな褐色の羽色の小鳥である。それが、この大声の主なのである。
 私が、この大声の主を知ったのは、中学時代の渓流キャンプの時であった。声の主を求めて、鳥好きな私は、息を潜めて、神経を張り詰めて周囲を凝視して、探し続けた。そして、10cm程度の褐色の小鳥・ミソサザイを見付けたのであった。私のバード・ウォッチングの中でも、鮮明な記憶を保ち続けて居るミソサザイ君なのである。

 全裸マグロ状態のヤナをそのままに、私は一番の早起きで、飯合で米を研ぎ、火を起こす。今のご時世では薪に火を起こす事などは、日常生活では皆無に為って終ったが、私の子供時分には、火は身近にあった物である。子供の世界では、如何に早く確実に火を付けれるかは、仲間から一目を置かれる技能の一つでもあった。

 紙を丸めて、その上に燃え易い枯草、乾燥した小枝、枝を櫓状に組んで、ライターの火を点ける。丸めた紙に火が移り、紙の炎が、枯草、小枝に燃え広がりパチパチと音を立てて、それなりの枝に火が燃え立つ。煙は白い煙から青い煙に変わって行く。飯合二つを掛けて、薪を足して、鍋に味噌汁の用意をして置く。すき焼きのリクエストがあったから、その用意をして置くか・・・いやいや、朝からロシア女達に肉を食べさせたら、何をされるか堪ったものでは無い。此処は、日本の朝食の卵かけ飯と、ハムエッグ位で良かろう。

 朝の静寂さの中に、青い煙のたなびきと焚き火の臭いは、酷く懐かしい気分に誘ってくれる。焼き海苔も我が家から持って来た沢庵もあるし、民宿並の朝飯であろう。文句を言われたら、自家製の酸っぱくて口も曲がるほどの『梅干し』だって有らぁな。昨日は、蕎麦をぶっ掛けられたのであるから、その位の<ご返礼>をしなければ、大和男の名も廃れると云う物である。イッヒッヒ。

 女達の飲み残しの赤ワインをコップに注いで、煙草を燻らせながらの火の番をして居ると、バルディナが起きて来た。

「おはようございます。やっぱり、朝は寒いですね。ヤナは如何してます?」
「寝ボスケのヤナは、スッポンポンで寝て居ますがね。いざと為れば、日本の男は、見事ロシア女を退治するんじゃい。えへへ。」

「オゥ、ダーリン。今夜は私の番ですからね。何回も、退治して下さい。オホホ。何か、手伝いますか? 」

「もう別に無いから、火に当たるよりも、風呂に入って来た方が、一石二鳥だぜ。そうだ。ついでに生卵を持って行って、温泉の熱いのが出てる所に、置いといたら半熟の温泉卵に為るよ。温泉場に来たら、のんびりと湯に浸かるのが、日本の文化だからさ。」

「一緒に入りましょ。それまで、私にもワイン下さい。ナターシャも、二日酔いの朝は、当分起きて来ないから、邪魔されないでしょ。ウフフ。」

★幾ら千里眼のライオン・ナターシャでも爆睡中なら魔法も使用不能であろうし、戦い済んで、マグロ状態のヤナであるから、当分は起きては来ないのである。味噌汁は手抜きの乾燥ワカメをパラパラ、刻み揚げ、ネギを具にすれば事足りる。遠火で鍋の水を温めて置く位で十分であろう。飯合の飯も沸騰して泡立ちも無く為って来たから、後は炭火状の火勢で蒸しの段階で良かろう。

「好し。じゃあ、歯ブラシ、歯磨き持って、一緒に朝風呂に行こうかね。」
「は~い、ダーリン。身体を隅々まで、洗いっこしましょう。」

 桜満開の澄み切った山の空気を全身に感じて、鬼の居ぬ間に、お互い、洗いっこをして、彼女のソフトタッチによるスキンヘッド剃り、鬚剃りをして貰う。う~む、昔の人は、好い事を云う。これぞ、<早起きは三文の得>である。

 ヤナが、テントから顔を出して、手を振って居る。ヌーディスト・ヤナは、全裸の姿で、洗顔道具を持って下りて来た。そして、私の頬をスーと一撫でして。

「あなた、ダメでしょ。朝のSEXしようと手を伸ばしたら、あなた何処にも居ない。私は、一回損しました。何時か、返して下さい。忘れないで下さい。はい、あなた、三助して下さい。これ、朝逃げの義務でしょ。」

 はいはいと応じて、ヤナの背中を洗って居ると、ナターシャが、皆が風呂に浸かって居るのを知って居るのに、私のテントを大袈裟に覗いて、此方に向かって鼻を摘んで、走って来る。

「オエ、オェ、オゥ、恥ずかしい。あのテント、SEXの厭らしい臭い、プンプン。臭~い。スケベの臭い、プンプン。あのテントで寝てたのは、誰と誰よ。嗚呼、恥ずかしい。嗚呼、待ち遠しい、嗚呼、臭~い。嗚呼、興奮するニオ~イ。」

 なんて言うから、折角の桜花爛漫の風情が台無しに為って、湯を掛け合いながらのゲラゲラ温泉と化してしまった。

 まぁ、これだから、憎めないロシア美形の輪なのである。さてさて、朝飯賄い夫に行きましょうかね。ひょいと見ると、山ウドが見えた。これは、私の好物である。早速、焚き火灰で、アク抜き茹でをして、川の冷水に晒す。

 熱々の飯に、味噌汁、生玉子・温泉卵にハムエッグ、沢庵漬けに焼き海苔、そして山ウドの酢味噌和えである。へへへ、隠し玉は、口の曲がる酸っぱい自家製大梅漬けである。彼女達は、温泉卵にソース掛けが、味覚に合った様で、明日も欲しいとの事であった。山ウドの酢味噌和えは、山ウドのえぐさと酢が、新味覚過ぎて箸の出が、鈍かった次第である。へへへ。尤も、私の好物であったから、私には好都合であった。

※余談ではあるが、梅干し作戦は、ワサビたっぷり作戦の比では無かった。私は普通に食べているから、彼女達もそれに倣って、安心して口に入れた途端、口からペェッと私の顔に吹き付け、あろう事か口中に広がる、その酸っぱさ、塩辛さに、口中の唾をペェペェと私に向かって<吐き付ける大無礼>を仕掛けて来たのである。人種変われば、猛反抗の典型であろうか。
私は、ひたすら難を逃れて、風呂で石鹸洗いをした次第であった。あいつらは、ナンチュウ<はしたない事>を仕出かす連中である事か・・・嗚呼、北方領土返還問題は、解決されるのだろうかの『暗い感想』を持った次第である。完全に2連敗である。

 <その5>
 まぁ、こんな事は、お互い、屁の河童で1件落着に出来る処が、奇妙にして面白い処なのである。この日は、渓流釣りをして、岩魚・山女を10匹をゲットした次第である。昼は塩焼きにして、ビール、ワインで、梅漬け談義で盛り上がり、夜はすき焼きを突いて、夢奇譚話の交歓会で、本文記載以外の暴露合戦で、皆、目を丸くして笑い合う。

     そして、夜風呂に浸かって、第二夜の始まりであった。

「ダーリン、<おもてなし>ご苦労様ですね。二人だけのプライベート・タイムは、私がおもてなしして上げます。あなたは、お茶好きでしょ。ラジオを細く流して、テントから夜空を見て、スキンシップして語り合いましょ。テントの中では、私がおもてなしをして上げますよ。おほほ。三人の女を相手に疲れたでしょ。最初は、たくさんマッサージして上げるわ。リラックスして下さい。」

 男と女のプライベート・タイムの正装は、勿論、一糸纏わぬ裸体である。バルディナは、美乳の持ち主である。適度な大きさのお椀を伏せた様な均整のとれた、しっとりとした柔らか肌の持ち主で、下腹部のポッチャリとした膨らみ、大きめの肉厚でボリューム感のあるデン部の全体像は、彼女の持つ上品美形で和みのある落ち着きのあるグリーンの瞳と同様の雰囲気を持って居る。

 冬に為ると、我が家の庭をテリトリーの中心にして、部屋見に訪れるジョービタキのメス鳥の雰囲気そのものなのである。おっとりした性格そのものの肌の絡み合いである。まぁ、それでも西洋と東洋の女の違いで、Sexに対する羞恥心が皆無であるから、その肢体はオープンにして活動的なのである。

 へへへ、『臍下三寸に、丸で人格無し』と周りから喝破されて居る吾が身であるから、すき焼きの肉と生卵のエネルギーを相互に交換し合ったのは、これまた、相互間に於ける<おもてなし>の挿しつ挿されつの存分為るプライベート・タイムであった。

 朝は、ナターシャとヤナがテントに遣って来て、私とバルディナは起こされてしまった。
「あなた達、何時まで寝てるの。二人とも好き者ね。お風呂入りに行きましょ。朝ご飯前のお風呂は、温泉の楽しみ方でしょ。」と来たもんだ。

★何時もの寝ボスケが、今朝に限って如何云う吹き回しである事か。シラーとした美人顔の下には、一回損をした恨みがあるのかも知れない。一日何度も風呂で見せ合って居る裸の間柄であるから、抱き合って寝て居る裸体に、特別な感情など一切湧いて来ない。
 当然に肌合わせの仔細交換などは、ロシア語圏内の筒抜け状態なのであろうし、まごまごして居ると覗かれて居ても、『そんなの当然でしょ。』で一蹴されてしまうのが落ちであろう。1:3の異文化圏に在る身が、それを抗議した処で、<郷に入っては郷に従え>のまな板の鯉に徹しなければ、異文化比較は物には為らないのである。

『悩むより慣れろ』が、人間の英知でありましょうが。ギャハハ~。

 一風呂浴びて、軽く朝飯を食べた後は、寿司が食べたいと云うから、皆で箒に跨って、スパーに買い出しに行って来る。ビール、日本酒、焼きとり、から揚げ、イチゴ、フルーツを買って来て、一日を日本式の浮かれ花見の祝宴とする。

「あなた、日本お花見のお土産に、何か講義をして下さい。私達は深いハートの中では、皆、あなたの生徒達ですよ。」

「そうです。あなたはスケベとインテリさんのベストマッチなんですからね。ユーラシア・エジプトの歴史行もマヤのアナコンダ王国加勢行も、好い勉強させて貰いました。私もバルディナも、連れて行って貰えなかったけど、ソウルの善花夫婦の仲直りの話も、ナターシャに今回聞かせて貰いました。好い話でした。あなたのぶっきら棒に見せている距離間が、とても深くて、好い人ですね。私は、あなたに惚れ直しました。これ、ゴマスリと違います。」

「そう。私は冬の間、半分の分身がジョービタキのメスでしょ。それで、近くで生活を見守る事が出来ますからね。成る程と思う好い話でしたよ。狼王国の話も好かったですよ。表面なんか、全然飾らない人ですからね。ウフフ。」

「そうです。私達はロシアだから、何処となく東洋、それも日本人と共有する感性見たいな物を、確かに感じる事があります。これはあなたの言う理屈じぁ無い。感性に共有して伝わり繋がる部分があると思います。
日本人がロシア民謡に惹かれたり、ロシア人が日本の演歌に惹かれる。そんな処を、仏教とギリシャ正教のお互いの自然観の共通性を下敷きに、世界史のうねりの中に捉えて、縄文とケルト、バイキングの森の民としてのDNA繋がりで、時々あなたが歴史を現在を、人の生き方を教えてくれる。とても、勉強に為ってるんですよ。」

「そうです。照れ屋さんだから、助平話に隠してますけど、その心は確り伝わってますよ。私達は、人を見る目を持っています。ウフフ。」

「ホンマかいな? それにしちゃ、お前さん達、人使いが荒いじゃないのさ。俺何か気が弱いから、何時もライオン女の魔法使いに先回りされて、文句を言おうものなら、『睾丸鞭』で脅される。俺ぁ、ビクビクの自制心漬けですがな。」

「オゥ、あなた、何言ってる、それは私の女の甘えでしょ。そんな事、出会った初めから承知してるのに。<あなた、ロシアの女好きに為った。これ、ロシア女のスタイルでしょ。>残念でした。可哀そうな。でも、今夜は、私の番。絶対に寝かせない。アハハ。
 私は三拍子揃った本当は優しくて、サービス満点の可愛い女だって知ってるでしょ。さぁ、講義しなさい。それとも<黒鞭>出しますか~。」

★何をこきぁがる。生意気こいて。でも、あっという間の最終日・・・嗚呼、時よ止まれの魔法習得は、未だかいな。さてさて、何を話しまするかな。美人美形さん達に、先生扱いされては、大和男としては逃げる訳にも行かぬ。さてさて、何をくっちゃべろうかね・・・

「皆、来てくれて有難う。忘れずに居てくれて、一人の人間として、皆に感謝感謝だよ。見れば見る程、ハリウッドスター顔負けの美人・美形さんだもんな。それぞれタイプは違うけど、俺にとっちゃ、一人一人が<人生の宝物>さ。全員、心が素晴らしい。持っている素の心を失わず、素地の良さに、磨きを掛けて行って欲しいと念じて居るし、期待している。本当だぜ。

 日本語には<見掛倒し>とか<食わせ者>なんて言葉が在る。姿形が好いとさ、兎角、人間は、その外見の良さに、チヤホヤしたり、チヤホヤされて仕舞うものだ。それが、付き合っている内に、外見と中身の余りの違いに、ギャフンの『見掛倒しの実態』に熱が冷める事が往々にして在る。未だ、見掛倒しには、相手を騙すと云う故意が働いて居ないから罪が無い。何故なら、誤解・錯覚は自分の観察不足だから、『諦めの対象・反省』なのさ。

 それが『食わせ者』と為ると、これは始末が悪い。食わせ者には、最初から作為と云うか故意と云うか、相手を騙そうとする『意図』が働いて居る。

 見掛倒しには、本人が気が付けば『努力』と云う修正、成長の芽が在るけど、食わせ者には、<悪意>が存在して居るから、直し様も無い。そうなれば、『嫌悪・憎しみの対象』と為って終う。これは、度し難い決定的な差異だ。

 だからさ。折角、天から授けられた美人・美形、心の素直さを自分自らの手で汚しちゃ駄目なんだよ。美人・美形は、総べからず、天が与えし『観賞者の宝物』なのさ。周りからチヤホヤされる事に、自惚れて自我道に突っ走ったら、先には見掛倒し、後には食わせ者の『しっぺ返し』が待ち構えて居るんだぞ。美人・美形が、それじぁ勿体無さ過ぎる。

 鈍感⇔薄情は、云って見れば相関関係の相乗関係下に置かれている様な物だ。鈍感さから派生する薄情さは、そもそも感情と云う内部の無形物から為る心の在り方だろ。心の薄さは鈍感為るが故に、如何しても有形の物で『可視化』し様として仕舞う。
 百聞は一見に如かずの言葉通りに、凡人にとっては簡単明瞭な納得の仕方だからね。簡単便利重宝な便法<有形物交換>を優先して仕舞うと、其処には『形派の物への拘り』が生じて、何時の間にか、それが『当然の独り歩き』して仕舞う。

 それが大量に社会を構成して仕舞うと、定型化・画一化の方向に偏重して仕舞い、人間の心が衰退して仕舞う。そう為ったら、社会の底が浅く為って、鈍感者⇔薄情者、自己中心型の卑怯者達の<好き勝手な独善闊歩>を許して仕舞う。そう為れば、物事の機微、奥深さ、味わいも端に追い遣られて、忙しいだけ片付け仕事だけの・・・嫌なご時世の醜き世の倣いが定着して仕舞う。

 無形、有形への物の考え方には、言葉を変えれば有償行為と無償行為なんて、言葉の使用法もあるけどさ。無形物たる心の問題に肉薄するのは、至難の業かも知れないから、人は無形の心の表現として有形物に転化させる事で、心を表したり判断し様とする。これは、自然の流れとも云える。

 でもさ、無形の中の有形の範囲内なら、それは嬉しい事だよね。無形>有形の段階なら、気は心で、人間同士の好い潤滑剤として作用するんだけど、無形<有形見たいに形式的に捉えた仕舞うと、有形物の評価価値が前面に出て仕舞う。これは、無形の価値化を根底に持っている側からすると、如何にも形派の行いで、鈍感⇔薄情派の『安易な思う壺』に嵌って終う。

 俺は見ての通りの時代遅れの人間だから、心派>形派の人間関係を守って行きたいと考えて居るんだわさ。映画・ドラマの世界だと、善人悪人の区別は、顔付目付きだけで、直ぐ付くけどさ。世の中、複雑に為り過ぎると、俺見たいなお人好しは、姿形で騙され、魂胆の言葉態度で騙される。それじゃ幾ら何でも、善人の立つ瀬が無かんべや。世の中、難しくなり過ぎた。少なくとも、家族、仲間内では、単純明快・シンプル・イズ・ベストで在り続けたい物さね。

 自惚れず、背伸びをせずに、筋を通して、素地の正直さで、色んな物に興味を持って、ゆったりとした心で、日々を型に嵌まって、辛抱の先に在る『青い鳥』を見付けて欲しいと思う。皆、好い顔、好い雰囲気を持って来た。俺は、皆一人一人の変わらぬファンだよ。アハハ。

 今回は花見の宴だったけど、俺としちゃ日本の味覚は、素地の持ち味を引き出すのが和風の味付けなんて言われて居るから、醤油・ソース・酢・味噌・ワサビで遣って見たんだけどね。
 カレーは、云って見れば、ごった煮なんだけだけどさ。カレーの故郷は、インドの暑過ぎる所の腐り易い食材と食欲減退の所の一気食いの様な風土的な背景があるからね。それに引き換え、日本は四季の国で、季節の旬を食する食文化の中にあるから、醤油・ソース・酢・味噌・ワサビの独立した調味料が、分化発展して来たのかも知れんのさ。

 これはさ、或る意味では素材の旬を味わう素材と調味料の<協調の知恵>とも云えるかも知れんよな。香辛料と云うスパイスの『強調』とは違って、へへへ、協調って云うのは、お互いを引き立てさせるって事かも知れんよ。
尤も、『強調』させ過ぎると、とんだ蕎麦吹きとか梅干し吹きに襲撃される事も在らぁね。ギャハハ!! 以上、コンニャクの裏表、何が何だ分からない本日の講義終了。」

    オゥ、アガタ節~。パチパチ、パチパチ、パチパチ。ピィー、ピィー。

「今回も、素晴らしい講義。ダーリン、あなたは凄い。私の誇りです。」

「ウンウン、あなたは、何時も大事な物を見ている。考えている。とても、好い話。私はウラジオストクに帰って、グランドママ、ママ、娘のダーニャ、友達のオルガに話します。きっと、皆、あなたに拍手します。」

「ブラボー!! あなたらしい好い話ね。私が、一番古いコンビ。若しかしたら、これ、あなたの言う<お天道さんの引き合わせ>だったのでしょうね。あなた、安心して居て下さい。私達は、ズーと良い関係が続きます。私達が選んだ好い男だもの。ダーリンを悲しませない好い女で居続けます。安心して居て下さい。
 さぁ、皆。スタンダップ、ファンクラブに乾杯しましょ。私達は、皆、好い人、好い仲間!! 乾杯~。」

       ★いやはや、こんなに受けるとは思わなかった。

 酔って、ヨモギ、タンポポ、スミレの若草に大の字に為って、見上げる空は真っ青。その空には、白い雲がたなびき、微風に桜花が舞い散る。太陽燦々の若草の柔らかな臭いに包まれて、蜜蜂、蝶が、緩やかに花々を巡って居る。何時しか、昼酒の酩酊に、四人が寝入る姿は、時を止めた様な昼下がりの一時であった。

           さて、異次元最後の第三夜の始まりである。

 黒髪ナターシャは、三人の中で一番の小柄である。幾分下部に重心を置いた垂れ型乳房である。外見の性格は、こましゃくれて生意気口連発の様ではあるが、その実、甘えん坊で恥ずかしがり屋の性向の持ち主である。二人きりに為ると、兎に角、可愛い美形さんである。
 それでも、茶目っ気と気性の強さがあるから、相当なスケベ女でもある。ファイト中は、目を閉じずに目を開けて、我慢比べを挑んで来る。へへへ、其処が面白い処なのである。好き者の爛爛たるたる野性の眼が、妖しく光り挑んでは来る物の、その内に、白い耳朶が朱に染まり、目の周りが充血して、黒い瞳がトロンとした<潤みの色>を見せて来る。へへへ、デカイ声じゃ言えないが・・・可愛いものである。

 遺憾いかん・・・吾が夢奇譚の本態は性描写に非ず。善男善女の夢話トークであったのである。これ以上の記述は、吾が品位を損なう物である。慎むべきや・・・

 さて、無事に朝を迎えて、私はカランコロンの<牡丹灯籠の道行>には為らずに、感謝して居る次第である。感謝する相手は、あどけなくも幼児の様な純な顔で、スースーと大きな寝息を立ててピクリとも動かないで居る。

 さぁ~てと、ロシアン・ウーマンへの最後の賄い夫に取り掛かる前に、一風呂浴びて、浸み付いた女臭の加算を落として来ましょうかね。さぁ、再びの女日照りの日常が待ち構えて居るのである。

  嗚呼、三夜連続のお相手に、足元がふら付いて御座りまするがな~・・・

                  2012/4/17
                 夢奇譚第11部・感謝祭・花見の宴にて…完






スポンサーサイト

心何処ーショート お天道さんに感謝!!
               お天道さんに感謝!!(4/25/12)
 昨日に引き続いて、朝から上天気である。朝食後は庭に出て、エンドウの手を作る事にした。5日の留守であるから、果たして其処まで成長するか否かは不明ではあるが、どうせ、して置かなければ為らない事である。支えのプラスチィック棒を、グィと土に差し込んで、棒から棒へと麻縄を横に回して行く。汗ばむ陽気の下で、こんなママゴト遊びをして居るのも、愉しい物である。

 お次はジョロにたっぷりと水を入れて、昨日のサクラソウ、イチゴ、芝桜の移植物に水撒きを施し、畝の白カブの芽出し、独鈷の苔にも水撒きをする。

 そんな事をして居ると、コンニチワの声である。玄関には、ヤクルト代金をメモと一緒に置いて来たのではあるが・・・玄関に回ると、何時ものママさんと違った女性である。

 別メーカーさんであった。

「申し訳ありません。ヤクルト取っているんで、もう余裕が無いんですよ。」
「ええ、玄関にヤクルトが置いてあるので、好いんですよ。試供品の案内に来ました。」

「そうですか。じゃぁ、お天気も良い事ですから、外で腰掛けて話でもしますか。一寸、話の切っ掛けの下手絵を持って来ますから。」

 私は、自室から下手絵ファイルと明日投稿する夢奇譚第11部<花見感謝祭にて>28頁+挿し絵込みの小冊子を持って来る。どうぞどうぞと、二畳小部屋西のコンクリートの上に御案内して腰を下ろす。梅の淡いピンクの花弁が風に舞い、プラムのクリーム色の小花がヒラヒラと舞い、木瓜、雪柳の花が盛りの小さなスポットである。

 丸顔、ぽっちゃり系の黒ぶち眼鏡を掛けた、化粧気の無い温和な顔付の落ち着いた中年女性である。一切気取った処の無い自然体の大らかさが伝わって来て、実に感じの好い女性である。

  私の夢奇譚の挿し絵の続くファイルを、楽しそうな表情でゆっくり見て行かれる。

「どれも、色使いが良くて、楽しい絵の世界ですね。そうですか、物語の挿絵なんですか。何か、そんな気持ちがして来ます。ブログ名を教えて下さい。休みの日くらいしか、お邪魔できませんが、覗きに行きますから。」

 メモ用紙に、<心何処―ショート>を書いて手渡す。

「これは、未だブログ未公開だけど、夢奇譚の挿絵入りの最新作。障りの部分でも目を通しますか?」

 絵の感想が良かったので、この奥さんは筋が好い筈だと感じた。スイスイと何頁かを読み進んで行かれるから、・・・

「その辺りは、流し読みで、肝心要の所は、この見掛け倒しと食わせ者の行なんですよ。え~と、此処からが、私の本音部分なんですよ。へへへ。」

 サラリと一読して。

「私、関西なんですよ。男女の掛け合いの記述が、テンポが良くて嵌りますね。それでも、肝心要の所は、スパンと本質見たいな物を出して居る。これは、中々の読み物じゃないですか。関西に居た事が在るんですか。」

「一度も無いですよ。俺の居場所は、落語長屋の熊さん、八っつぁん、御隠居さんの世界が大好きでしてね。そんな事で、こんな形態で暇潰しのPC打ちをして、95のお袋介護してるんですよ。」

 こんな話しから入って、長々と会話のキャッチボールが大回転してしまった。

「スイマセンねぇ。ロートルのノーテンキな長話に引き込んで仕舞って、喉が渇いたでしょう。折角の試供品ですから、二人でお呼ばれしましょうよ。」

 牛乳、乳酸飲料を飲みながら、汗ばむ陽光の下で、内容の濃い話が間断なく続く。

「さっき、言われた様に<独り歩き>をするなんて表現は、中々如何して、お宅は相当なインテリさんですよ。文章、絵、詩もどきを自我流で遣ってますと、遣っている内に文章も絵も、独り歩きして来て、ドンドン妄想の先を行くんですよ。そう為ると、手、指は、自動書機見たいに勝手に動き始めるから、遣り始めると結構面白い世界なんですよ。」

「とんでもない。こんなに深くて、楽しいお話を聞かせて頂いて、もう、さっきから感心頻りなんですよ。引き出しの大きさ深さには、舌を巻きますもの。それも、初対面ですよ。話術が巧みで、落ち着いて居て貫録十分の穏やかさ。魅力一杯ですもの。
 ブログのお付き合いも、それなりに有ると云う事ですが、実物の御本尊様との肉声の雰囲気は、実際話して見ないと分からないですからね。本当に博学ですものね。歴史・経済・文学・政治と、その感性の豊かさと、分析・洞察力は、ブレて居ないから、本当に・・・良いお宝に巡り合えて、もうもう、感謝感謝の高揚した気分ですよ。なんか、驚異のお人ですよ。」

「またまた、何を仰います事やら。俺の方こそ、こんな素晴らしい会話が出来て、お天道さんに感謝感謝ですわね。日本語が通じる日本人同士が、例え見ず知らずの人でも、一歩踏み込んで言葉を交わせば、日頃の其々の想いが意志の疎通で、話の花が咲く。場合に依っては、こんなゆったりとして穏やかな雰囲気で、自然体の話を交わせる。これって、人間達にだけ許されている特技なのに、それを目先の忙しさだけに忙殺されて終って居る。言って見れば、実に勿体無い話なのにね。へへへ。

 昔は、三世代同居が当たり前だったと云うから、引退した爺、婆が家庭に居て、孫をあやしたり、成長した孫と色々、自分の一生を語って、家族の中で60~70年の同居性が無いと、伝承なんて続いて行きませんわな。核家族化と個室化に占拠されちゃった現代日本社会に在って、家族間の団欒空間も絶えた処に、何で家族・文化の継承なんて叶いますかね。何でもかんでも、語感の良さを連呼して絆、絆の大行進。もうそろそろ、戦後日本文化は、反芻期に帰って、精神の揺り戻しが始まって来ないと日本国の消滅へまっしぐらなのにね。へへへ、困った御時世ですがな。」

「本当ですよね。好く分かります。先程の<人は時の子、時代の感性を持たされた存在>って、お話は、心に沁みました。本当に、今日は授業料を払わなければいけない程の良いお話を聞かせて貰いました。あらあら、もうこんな時間。」

「そうかいね。俺あ、試供品の前払い頂戴したんで、もうもぅ、費用対効果のグラフに脅迫されて、有る事無い事、くっちゃべって大事な仕事を邪魔しちまったって事せ。怒っちゃ行け無ぇよ。ギャハハ!!」

 さてさて、仕事を片付けて、風呂に入って洗濯を致しましょうかね。砂の底に、じっと身を潜めて唯ひたすらに、蟻地獄の穴に転げ落ちて来る者を待ち続ける吾が身は、ウスバカゲロウの幼虫に似た薄馬鹿野郎の老害なのである。ウッシッシ~。

       へへへ、こんな日は至って、楽しくも嬉しい物である。

心何処ーショート お天道さんに釣られて、一仕事。
           お天道さんに釣られて、一仕事。(4/24/12)
 夢を見て居た、汗をびっしょり掻いて居た。既に、老母は廊下で何かをしている。もう少し寝て居たいのは山々為れど、そうも行くまい。部屋から、眠い目を擦りながら見ると、天気が好いからと、布団を干そうとしているのである。私の留守中、世話をしに来る次兄の為の布団干しなのである。
 廊下から落ちて、怪我でもされたら大変であるから、交代する。起きてしまった以上、未だ早いがゴミ出しをして、朝食の賄い夫に就きましょうかね。昼前に、米屋さんに行く事にする。米は足りるとは思うが、恩着せがましく、米を買って置いたなどと云われたら、面白くない。

 おやおや、町内の仲好しさん達が、持ち寄りのバーベキュー花見の河川敷設定をしている。手慣れたもので、土手道のフェンスからロープを張って、日除けのブルーシートを張って居る。七輪二つで火を起こして、町内のロートル男女が、準備で動いて居られる。

 自転車のペダルを漕いで、空気の美味さにのんびり模様眺めをして居ると、葦の青味と丈を伸ばして来た流れの淀みには、番いのコガモの姿である。コガモのオスの首から頭部に掛けては、色が浮き出て居る。北帰行を止めて、婚姻色の居据わりを始めるのだろうか・・・怪我、病気で群れから取り残されるのは、理解出来るが、番いで残ると云うのは、きっと恋仲の関係なのであろう。新天地を求めての合意の絆なのだろうか・・・

 橋を渡って、体育館・県文会館周りの桜は幼葉が出て来た木もあるが、まだまだ満開状態である。誰も居ない桜の林の中で、倅が年老いた車椅子の母親と二人、ベンチに腰掛けて花見の弁当を食べて居る。親子水入らずの光景は、何か良い物を見させて貰った様な和やかな気分と為る物である。

 米を買って来て置いた後は、嫌に為らぬ前に、ついでの自転車乗りである。金魚の餌、ジッポーライターの石・油をホームセンター迄買いに行って来る。

 春は木も草も花盛りである。大振りのパンジーの鉢植えが、何処の家にも花開いている。

 暑い位の上天気であるから、ジョロも買って、散歩時間を当てて、庭いじりをするべしである。一つ小さな畝を作って、余りにも密集して芽を出した白カブを移植する。エンドウも発芽して居る。良い陽気の下でこんな事をし始めると、ツイツイ手を出して仕舞う物である。鎌で家周りの雑草を刈って、畝と畝の凹地に堆肥代わりに入れて、庭の落ち葉、毟り取って草を入れる。

 サクラソウが、薄い黄色の花を一杯に咲かせて、庭の奥に群生している。そんな奥の群生をそっくり、日向の通路側に移植する事を思い立つ。そんな事をし始めると、途中で投げ出す事も出来なく為って来る。一つをすれば、次の粗が目立って来る。芝桜の移植、イチゴ、ニラの移植などをして終い。アジャジャ・・・四時を回って仕舞った。

 陽気が良く為って、日が長く為って来ると、知らず知らずの内に、身体が動いて来る。そんな中で、斜向かい吟さんが、一人暮らしの西向かいの小母さんの家庭菜園の畝作りをして行かれた。汗びっしょり掻いて、嗚呼、腰が痛いと笑っている。吟さんが帰って暫くすると、デーサービスの車が止まって、小母さんが下りて来た。

 さてさて、作業終了で、本日分を打った後は、夕食賄い夫迄の時間を、仮眠と致そうか。


心何処ーショート 雨音だけの月曜日
              雨音だけの月曜日。(4/23/12)
 
     今年の班長さんの町会長さんが、町会費を集めに来られた。

「土曜日は天気が良くて、お婆ちゃんも、河川敷で嬉しそうだったね。家の婆さんも、もう、足が利かなくて、口ばかりは達者で、外に行きたい行きたいと、嘆いて居るわ。お互い、年寄りを抱えて居ると大変だけど、親の元気な顔を見られるのは、幸せの内だぜね。頑張りましょ。」

「はい、先輩。俺も、確り務めさせて貰うわいね。雨で、大変ですね。」

 今日も散歩はサボらざるを得まいが、ラジオを聞いて居ると、明日はお天気と云うから、明日の散歩で帳尻合わせをすれば良かろう。

 曲がりなりにも種蒔きをすると、早く芽の出るのを見て見たい物である。傘を差して、小さなウネを確かめる。白カブは、びっしりと6列の芽出しである。これは間引くのが大変である。絹さやエンドは、幾つかもの芽を出して来た。カワラナデシコ、マツバボタンは、未だ芽を出しては居ない。

      さてさて、雨であるから、風呂でも沸かして入るとしようか。

 自室でコーヒーを飲みながら、PCを立ち上げると何やら画面が奇妙である。その内、画面が点滅して来た。前回の『PC逝かれ』が頭を過る。保存して居ないから、第11部は、幻の作と為って仕舞う可能性大である。悪夢に晒される様で、頭を抱え込んで仕舞った。私は、機械音痴を絵に描いた様なロートルである。下手に弄(いじく)ったら、火に油を注ぐ様なものである。じっと我慢して、光回線の所為にして、機械様の御機嫌が治るのを待つ方が良かろうと考えて、風呂に入る事にする。

 旧PCで打った後、本機で校正したのであるから、校正前の本の分はメモリーに保存はしてあるが、その後、何度か読み直し構成で頁数が打ち足されて居るのである。勿論、出任せ放題の文章打ちであるから、下書きもメモなども一切無い。消えてなく為れば、兎に角、我田引水の大戯けであるから、逃がした魚は、こ~んなにデカかった。一世一代の大傑作~。嗚呼、訪問者各位に在っては、返す返すの『幻の快作』。その数多(あまた)の<期待権>に対して、吾が身は腹を切るしか無いのである。

 内心、大きく打ちのめされてのスキンヘッド&髭剃りなのであった。幾ら何でも、故障が早過ぎますがな・・・コンチクショ~メ!!

 風呂から上がって、恐る恐るPCをONすると、通常に戻って居た。何はともあれ、早速、11部をメモリーに保存して、一服タイムであった。

     さて、老母の様子を見に脱衣所に行くと、窓から外を見て居る。
「如何だい? 婆さん、白カブがびっしり芽を出して居るだろ。あそことアソコ。あそこには、幾つかエンドウマメの芽が出て来たんだけど、此処からじゃ未だ見えんだろう。」

「手を入れて、横に紐を張って遣らなくちゃ駄目だよ。あれじゃ、間引くのが大変だ。蒔く時に、間隔を開けて蒔けば、楽だったのにね。ネギ坊主も出て来たから、種を取って見たら? これで、楽しみが増えたね。
 エンドウは、一度、種を蒔いて見たけど、余り生らなかった。今度は、如何かね。芝桜は、何時の間にか無くなっちゃったねぇ。自然任せだから、増えたり、無く為ったりで・・・ マツバボタン、ナデシコは、昔は庭に一杯生えて居たんだけどね。育つと、何十年か振りだね。愉しみだねぇ。」

★はいはい、左様でゴザンスよ。こんな事をするのも、倅の老母に対するゴマスリの一つでガンスよ。男と女の違いで、俺の流儀は、一切、何もせずの適者繁茂の中にある植物の移り変わりに<何を思う・・・>の自然任せですがな。へへへ。

 さてさて、こんな事を打って居たら、雨が止んだ。雨を気にしての近場の散歩でもして参りましょうかね。


心何処ーショート 雨の日曜日、寝直しの休息日と致そうか。
        雨の日曜日、寝直しの休息日と致そうぞ。(4/22/12)
 本日は、一転して曇天肌寒い風が、ガラス戸を鳴らして居る。日曜日でもあるし、本日は閉じ困りの休養日とする。老母も昨日の全開日で疲れて居る様子である。4/27~5/1のフィリピィン・ボラカイのショートバカンスがあるから、いざと為ればブログ休止中に、夢奇譚11部28頁を投稿して置くのが宜しかろう。隠し玉を持つのは、何かと余裕と為ろう。

       そんな事で、読み直し加筆を施した処である。へへへ。

 毎日行進の日記ブログは、頁数も少ないから、打って誤字脱字が無いかを一応目を通して、サッサと投稿して仕舞うから気が楽なのである。それが一篇の打ち物としてボリュームが嵩んで来ると、如何しても打って居る日数が、一週間程度に及んでしまう。従って、乗り乗りの日もあるし、義務の日も当然にある。

 それを一読者の目で、活字を追って行くのであるから、文才の無い事、纏まりの無い事、脳細胞の雑駁な事、好色助平な事、夥しい。説明不足個所を後から加筆・補筆して行くのであるが、土台、打って居る時の温度差為る物が存在して居るから、途中で嫌になって仕舞う事が屡(しばしば)ある。

 それでも、文章群は云って見れば、吾が分身達でもある。物語として投稿する以上は、私とて少なからずの『見栄』もあるからして、一応の文体、物語の流れをキープして置きたいのが、凡人の人情と云う物であろう。変な話、文章を打つと云う事は、取りも直さず、己を曝け出す事にも通じる処、大なのである。

 何処でどの年代で聞き齧った言葉か? 記憶には無いが、<文章は自分と向き合う事、時間>と云うのは、実態に即した名言だと思う次第である。

  ポツリポツリと落ちて来た雨が、今では落ち着いた雨に変わって居る。

 さてさて、昼は手抜きの残り物のパン食として、ラジオを流して、布団の中で昼寝と行きましょうかね。きっと、昨日の大青大将も、石垣の裏の穴で居眠りをしているのであろうから。


心何処ーショート 桜満開の河川敷
                桜満開の河川敷(4/21/12)
 朝食を食べて居ると、老母が<今日は、Tさんとのコーヒーはお休みかね?>との問いである。<まぁ、そんな事は無いだろう。お互いに週の核心部分だから、通常通りだわね。>と応えて、部屋をお暇する。本日は、暑い位の上天気である。孫の誕生祝いに、倅夫婦が来るだろうから、一応の掃除をして置く。

 Tのお迎えの車に乗って、土手の桜を見ながらのスタバ行きである。桜満開の土曜日の昼時であるから、スタバの二階席はガラ空きである。通常通りの助平談議に花を咲かせて、止まる処を知らずのコーヒー・トークを仕出かして仕舞った。本来ならば、旅行前の思い出話とそれに輪を掛けた好き者予定トークが加わった物を・・・ 返す返すも、残念至極の世の悲哀を、Tはボヤいていた次第である。

 旅行時の下着類を買って、スーパーに回る。帰りに、Tに生石のお裾分けを渡す。

 帰って、自室で一服して居ると、倅ファミリーの車が止まった。本日は暑いから、コタツは不要である。大急ぎで六畳を掃除機掛けをして、孫の誕生祝いの昼食とする。テーブルの上を拭いて、食器を並べる。勿論、嫁さんの手作料理である。孫は、トットコ、トットコ歩きの愛嬌の振り撒きである。もうもう、老母様は、涎を垂らさんばかりの喜び様である。指折り数えて、待っていた御対面なのであろう。イッヒッヒ!!

 赤飯、テンプラ、お浸し、漬け物、仕込んで置いた蕗味噌で食事をした後は、上天気の陽気であるから、河川敷で遊ばせ様と皆で河川敷に行く。堤防の階段は危ないから、私が老母をおぶって階段を下りて、ベンチの上に下ろした次第である。それにしても、老母の重さにはビックリした。河川敷のベンチからは、土手の満開桜が良く見える。

 私が、外に連れ出そうとしても、言う事を聞かない老母ではあるが、倅の孫が<お婆ちゃん、行こう>と言うと、二つ返事なのであるから、げんきんなものである。やれやれ・・・

 婆さんと孫の倅は、仲好く並んで談笑して居る。婆ちゃん子だった倅は、60もの歳の差を超越して、真に好いコンビである。私はベンチの席を二人に譲って、コンクリートに腰を下ろして、ラジオを聞きながらの、倅の子煩悩振りをニヤニヤしながら眺めている。

 土手の顔見知り町内散歩者が、私を手招きして、石垣に青大将が日光浴をして居ると教えてくれた。居ました居ました。最大級の青大将が、ダラリとした押し潰した様な、細長いトグロ巻きで、全身を日光浴させている。

 話を聞くと、青大将にも縄張りが在る様で、この位の大青大将は、何処と何処の間隔で、良く見掛けるとの事である。

 そう為ると、青大将のネグラ為る物も一定して居るのだろう。後学の為に、覚えて居た方が肝を潰さずに済む。倅と近付いて見る。

 形は大蛇であっても、冬眠明けの様な鈍さである。枯れ草でその太い胴体を突いて遣ると、スルスルと後ずさりする格好で、石垣の石と石の間に身を隠して仕舞った。石垣の裏は、如何云う風な構造に為って居るかは、一切分からぬ処ではあるが、きっと好い具合に出来て居るのだろう。若しかしたら、主の岩屋なんて物が、蛇社会には存在して居るのかも知れない。

 枯れ草色に覆われて居た河川敷にも、雑草の緑が大分顔を覗かせて来た。モンシロ、モンキ蝶、タテハ蝶がチョコマカと日光の暑さの中に飛び、ツバメが高低の飛びを繰り返す。川原の水柳が芽吹いて、黄緑の薄いレースのカーテンを纏っている。空にはカラスが鳶を追い掛け、川の流れにはコサギの低空飛行がある。陽気の良さに、何時に無く散歩者の姿が、河川敷には在る。

 喉が渇いたから、部屋に帰ってお茶でも飲むとしようかで、家に帰る事にする。オンブは怖いから、ゆっくり階段を上ると云う老母である。前後を、ピッタリガードして、土手に上れば、見ず知らずの散歩老人が声を掛けて来る。

「お婆ちゃんは、幸せだね。良い家族模様を見せて貰った。元気でね。」
「ええ、お蔭様で、外の空気を吸って、気持ち好かったですよ。」

 散歩老人は、70後半の男性である。そうでしょうな。私が散歩者であっても、そう声を掛けるだろうなと、倅に耳打ちをする。天気予報だと、お天気は下り坂で雨のマークが二日程続くとの事であった。

 庭の梅も満開、サクラボも白い蕾を大きくさせて居る。野イチゴと化した庭のイチゴにも、白い花が咲き、雪柳、ボケの花も咲いている。白カブの小さな芽が一斉に、土から顔を出して居る。冬ネギにもネギ坊主が出ている。桜花の華やぎは数日で行き去るだろうが、春が遅かった分、春爛漫の景色が山国信州の盆地を彩る時期の到来である。

 今度は、孫の顔に何時会えると、倅にせっついて居る老母の姿が、いじらしくも可愛い物であった。へへへ。


心何処ーショート 是非、御読み下さい。<森に暮らすひまじん日記>
     是非、お読み下さい。<森に暮らすひまじん日記> (4/20/12)
 曇天無風ではあるが、一枚上に着なくても寒くは無い。昨夜は夢奇譚のストーリーを頭になぞりながらの、挿絵を二枚描いた。これで、都合5枚の挿絵前飾りが出来た。後は本文校正をして置けば、明日以降、何時でも投稿OKの段である。前飾り体裁の長駄文のオンパレードが、現在私が嵌って居る文章打ちである。

 その魂胆は戯け画で、おっ、信州の戯けオヤジが、またまた欲求不満のバカ絵を出して来たか。・・・ 相も変わらずに、好色戯けの脳内構造には、ほとほと・・・開いた口が塞がらん。今回は、どんな戯けが露呈されて居る物やら・・・ これも腐れ縁であるから、仕方無し。 

 これは『確信』にも似た私の想像なのではあるが、見て仕舞った。刷り込まれて終った戯け画が、読み進む内に・・・ああ、このシーンが、あの絵、この絵か。為るほど為る程、<馬鹿に付ける薬無し>とは、昔の人は良くぞ喝破して居る物だ。

 そこへ行くと、自分なんかは、何処へ出しても、何処で見られて居様とも、決して後ろ指を指されもし無いし、白眼視は本より、蔑視も受けない。斯様にして脳細胞・人品の高低は、明明白白の評価事である。・・・と、私には高い山岳の峰々を凌駕する如く、訪問者各位の真に深き『安堵の溜息』が聞こえて来る次第なのである。テヘ屁、とトホホ。

 とは考える次第だが、世に『濁』が在ったればこその、正・善・清・品の浮き立ちが、存在する物なのである。これこそが、スイカに塩の甘味の引き立て作用でも在りましょうや。決して、訪問者の紳士淑女各位の<蓼喰う虫も好き好き>などの下衆のヤッカミなどは、決して、ユメユメ考えては居りませぬ。

 へへへ、投稿の暁には、一人を幸いに、どうぞ、心行くまで、笑い転げて頂ければ、吾が本望で御座りまする。イッヒッヒ~。

             さて、本日の本題でありまする。

 私が日頃尊敬して止まない<森に暮らすひまじん日記>さんが、居らっしゃる。私は、その兄貴の通信教育受講生の一人を任じて居る。簡潔平明な透明感溢れる知性の文章空間は、妄想に歪み続ける私の脳細胞並びに感性の五感を、静かに知性への導き手として、正・善・真・清・品格の方向を見させて頂いて居る次第である。私は、兄貴の大ファンの一人である。

 その兄貴が、鈍行一人旅での想いを<会津への一人旅>として、三回に亘って書かれている。是非とも、お読み下さい。そして、味わって頂きたい。味わいの対岸には、きっと素晴らしい兄貴の御人格が仄見えて来る筈ですよ。へへへ。


※兄貴のブログには、吾がリンク中段をクリックして頂ければ、電子の旅でありまする。


心何処ーショート 桜が、咲いた咲いた。
              桜が、咲いた咲いた。(4/19/12)
 遅い就寝であったから、身体がボワンとしている。朝食を食べて居ると、弟から電話である。Tの奥さんの母上が脳梗塞で倒れたから、付き添って病院との事である。それで、海外旅行を、キャンセルとの報が入ったと言う。Tさんからは、連絡が入ったかの質問ではあるが、Tも何かと忙しいのであろうからして、後で私から電話をすると言って置く。

 先土曜日のコーヒートークの合間に、Tの処では、行く行くは夫婦別居介護が現実と為ろうから、その旨を細君に伝えてあるとの事であった。老親三人は、負担が大き過ぎるから、二人に為ったらTの所に引き取る覚悟をしているとの事であった。

 高齢の親を抱えての核家族化の常態に在っては、何れ誰かが、親元に帰り同居介護の役目が回って来る。それは、致し方の無い順繰りである。
 嘗ての様に三世代が同じ屋根の下で暮らして居れば、当然の同居介護で、こんな事は何処の家庭でも、家族生活の極々普通の風景だったのであろうが、核家族化と云う『個人の自由の楽』を手中にしてしまった現代生活であるから、核家族が<分断出張>して互いの親を介護せざるを得ない帳尻合わせなのである。
 増してや、団塊世代が60数歳に為った現在、団塊世代の老親だけの家族が、ピークを迎えて居るのである。若い時に楽をした付けが、還暦を過ぎて一気に核家族世代に、付けの返却を求めている・・・巨視的に見れば、日本の高齢化社会とは、そう云う事に為るだけの話である。

 或る意味では、苦楽は表裏一体にして、±0の理なのである。右肩上がりのベクトルならば、<苦あれば楽あり>でハッピーエンド。それが右肩下がりだと<楽あれば苦あり>で、メランコリー、他力本願のセーフティーネットの大連呼に為るだけである。冷静、真っ当に考えれば、その順序が逆転して居るだけで、『苦楽の総和』に於いては、太古の昔から±0の自然のバランスシートが、横たわっているのであろう。このバランスシートを受け入れられるか否かは、心の持ち様に大きな影響を及ぼす。

 Tに電話をすると、危惧して居た物が現実に為っただけとの事で、お袋さんを見取った直後の電話同様に、サバサバした受け答えであった。何時もながら、取り乱しもせずに落ち着いた物である。彼は、大した一人っ子家長さんである。

 私の方は、連休前に薬を出すとの事であったから、待たずに効率の好い12時15分前頃に薬を貰いに行くべしである。その間に、夢奇譚の挿絵でも描いて置こうと考えて遣り始めて居ると、車椅子の更新時期なので手続きに来て欲しいとの電話である。はい、分かりました。自転車乗りで本日の散歩運動とすべく、前輪に空気を入れて町医者経由で南松本まで、桜の咲き具合を見ながらのペダル漕ぎである。この分だと30分ほど早く着いて仕舞うので、途中で弟の会社に立ち寄り、時間調整のコーヒーでも飲んで行けば丁度好いと考えた次第である。

 好いお天気さんで、市中至る所の桜の仄かな香りを嗅ぎながら、ボッチラ、ボッチラのペダル漕ぎである。余りセカセカ漕いでしまうと、汗が滴り落ちる陽気である。

 おやおや、会社近くに為ると、弟が会社前の自動販売機でお茶買いをしている。へへへ、好いタイミングである。時間潰しには、最ラッキーであった。

 さてさて、お時間も宜しく、介護センターへ向かう。この辺りの桜は、陸上自衛隊松本駐屯部隊の桜である。センター5階で手続きを済ませて、階段から下りて来ると、エレベーター待ちをしているTの姿が在るではないか。声を掛けると、Tも電話が有ってオヤジさんの車椅子の更新に来たとの事である。いやはや二人とも、真面目な番から男子高の行いである。

 手続きを済ませて来ると云うTを、その場の椅子に座って待つ。外は暑かったから、此処は好い涼み場所である。手続きの終わったTが、お待ちどうと言って、コーヒータイムをして行こうとの事である。Tの散歩コースは、この辺りなのだと云う。ジャスコの軽食コーナーで、のんびり話をする。街場の集客エリアであるから、ロートル男女の客も多いし、高校生、若者断ちの姿も多い。目の保養には、格好の場所である。

 今朝、6:30から始まった慌ただしさをTから聞く。電話の声では些か気弱には聞こえた処ではあったが、こう遣って顔を向かい合わせて聞いて居ると、普段とは変わらない雰囲気であった。返す返すも、タイミングが悪過ぎたの段であった。

 Tの旅行の愉しみ方は、<行く前にある>と云う事をしばしば聞かされていた。旅行が始まってしまえば、それまでの事で呆気無い事夥(おびただ)しいのが、人の常。
 従って、あれを買おうかとか、あそこに行こうか、何を食べるか、何で遊ぼうか・・・etcを想像して待つのが、好いのだと云う。かくして何にかとコンパクトに、ボチボチ用意をしていた一番好い時に差し掛かっての、非常事態で、気落ちして居るとの事である。

 さてさて、カカアが入院買い物をし終えた頃だから、帰らなくちゃ、マタゾロ文句を言われると苦笑いをしている。

 外で、煙草を吸って居ると、私好みの好い女が歩いて来る。良い女には違いないが、何処かで見た顔である。やや、彼女はスナックの美人ダミ声ママさんではないか。結婚して出産したと云う話は聞いていたが、頬がすっきりして一段と落ち着きのある美人さんに為って居る。声を掛けて、何年振りかの立ち話である。

 さてさて、帰りは上り勾配の長丁場である。コースを別に取って、松本の桜巡りをして帰って来る。普段は何の変哲も無いガマガエルの冬眠の様な暮らしをしているのではあるが、桜の開花に誘われて自転車のペダルをユルユルと漕いで居ると、こんな思い掛けない事にも遭遇するのであるから、娑婆も悪くは無い物である。へへへ。


心何処ーショート 嗚呼、疲れ申した。
                嗚呼、疲れ申した。(4/17/12)
 久し振りに、夢を見て居た。それも、次兄さんとの嫌な内容の夢であった。暫くすると、台所で老母の動きである。寝ぼけ眼で、台所に行って炊飯器のスイッチを確かめるが、昨夕炊いた炊飯器の飯は、保温と為って居る。そうだよな・・・俺は、そんなに馬鹿じゃないんだよな。

 如何した?と聞くと、今日から旅行じゃないのかい?と応える。旅行に行くのは、27日からだよと応えると、17日と錯覚して居て、自分で即席ラーメンを煮て食べようと思ったのだそうだ。間違い、錯覚は、誰にもある。それにしても、大正女の気迫とは、恐れ入り屋の鬼子母神の沙汰である。大した根性の持ち主である。再び、寝床の中に潜り込む。

 昨夜から、如何しても思い出せない言葉が在って、思い出そうとしているのだが・・・一向に頭に浮かんで来ない。現在打ち込んで居る夢奇譚・第11部のストーリー展開中の心臓部を為す部分の打ち込みには、如何しても外せないキーワードなのである。それは、昨日の散歩中にポンと浮かんだ言葉で、実に味のある言葉であった。その言葉で、ストーリーの展開も、一気に『完』に向けて頭に先行したのであるが・・・

 記憶力には、些かの自惚れと自信が在った物だが、還暦後の賄い夫・閉じ籠り生活の日々に在っては、完全に自惚れは崩壊の現実なのである。嗚呼、歳は取りたくは無い物である。まごまごして居ると、遅かれ早かれ認知症が現れて来るのは、阻止出来ない吾が近未来でもある。

 朝食後は、国会中継をしていたから、老母の部屋でコタツに下半身を伸ばして、転寝をしながらの<言葉の復活>を待ちながら、国会中継の模様を聞いて居た処である。昼時近くに為って、ヤクルトママの声であった。絵は中断して居るから、ヤクルトと代金交換のあっさりした物に終わって仕舞った。へへへ、悩み多き健忘症と云った処であろうか。

 ヤクルトママさんが帰った後に、待望の言葉復活である。すっかり懲りて反省した後であるから、忘れぬ内のメモ書きをする。昨夜は18頁まで伸ばした。何はともあれ、大体のストーリー展開は、頭の中に出来て居るのである。一気呵成が、還暦超えとは云え、吾が身上である。

 後は、有る事無い事、出任せ放題でストーリーの流れに乗って、打ち増せば良いのである。集中出来るか否かは、遣って見なければ分からない。即実行!!

 二畳小部屋に入って、早速打ち始める。四時を過ぎて、24頁の終了を見た。一応、第11部・・・完と記す。これで、挿絵を数枚描いて、物語の前飾りとして、校正に掛ければ、旅行前の投稿にして、無尽旅行の際の仲間内の肩の凝らない好い『回し読み物』と為ろう。イッヒッヒ~。

 因みに思い出せなかったキーワードは、『食わせ者』である。阿弥陀くじで決まった一人一夜の三都物語に捩っての三女とのスキンシップ夢奇譚行での、ロシアン・ウーマンの講義リクエストに応えて、私が悩みの種の『見掛け倒しと食わせ者』の違いの一考察を披露して、<夢奇譚・第11部 感謝祭・花見の宴にて>の纏め部分としたストーリーの完結なのである。

<結果良ければ全て良し>とは云う物の・・・とんだ早起きをさせられて、ヤクルトママさんとの貴重なセクハラトークのゆとりも無く、これでも無い、あれでも無い・・・記憶よ、蘇れ!!の悪足掻きに終止符が打たれたのではあるが・・・吾が身は、スカンポ脳の酷使が祟って、散歩のエネルギーまで使い果たして、疲労困憊の態でもある。

 然しながら、こんな風に、エネルギーを使い果たさないと満足出来ないのが、単細胞的体育会系の血なのであろう。こう遣って、本日分日誌の最後の行を打って、小一時間のエネルギー溜めをしないと、もう、ギブアップの態である。とほほ為り。


心何処ーショート 気紛れが過ぎまするがな・・・
             気紛れが過ぎまするがな・・・(4/17/12)
 真に安定しないお天気さんである。風呂に入って、洗濯物を物干に掛けて、三時のおやつをして居ると、雨がバシャバシャと落ちて来た。大慌てで、紐で軒下の雨の掛らぬ所に括り付ける。独鈷周りの苔、直播した家庭菜園には、好い水分補給と為るに違いあるまい。余りの勢いの良さに、散歩に出掛けなくて良かった。

 二畳小部屋で続きを、打ち込むと致そうか。<その三>を打ち込んで、18頁と相為った。おやおや、今度は青空である。さてと、どうすべきか・・・お天道さんが輝けば、散歩に行って来るしかあるまい。やれやれの段である。ラジオを持って行く。

 帰って来るのは夕刻であるから、本日は街場に向かっての下り勾配である。桜がちらほら咲く始めている。木に依って大分開きがある。適当な処で橋を渡って、今度は河川敷を歩く。ツグミは残り、マガモ、カルガモの姿もある。おやおや、あれは最小のコガモの番いが淀みに泳いでいる。コガモは例年だと、一番遅く遣って来て、一番の早さで帰って行くのに、矢張り今シーズンは安定しないのであろう。

 河川敷のサツキの植栽ベルトの中には、赤い木瓜、白い雪柳の迷い咲きも見られる。河川敷のスイセンも見事に咲いている。そうそう、この辺りには薄紫の小花を咲かせる野生種のスミレが在った筈である。へへへ、今年も咲いているので無いか。地にへばり付いた様なタンポポは、きっと早生種のタンポポに違いあるまい。これから、どんどん季節が進めば、茎をグイと伸ばしたタンポポが、地面を埋めて行くのである。

 日が翳り、傾けば、まだまだ寒い。日も長く為った事であるから、夜の散歩が出来る様になると、私の散歩勝手も存分に、選択時間が拡がるのではあるが・・・ まぁ、そんな贅沢は、未だ先の先なのであろう。何しろ、梅は満開ではあるが、桜は一分咲にも満たない数輪咲きなのであるからして。・・・困ったものである。


心何処ーショート 曇天空に、マタゾロ、ゾンビの大行進かいな。
       曇天空に、マタゾロ、ゾンビの大行進かいな。(4/16/12)
 さてさて、調子良く、出任せ放題の夢奇譚を打ち進めて15頁に為った。区切りの好い処で止めて、薬貰いついでの散歩に出掛けるとしよう。曇天の何時雨が落ちて来ても、仕方の無い空模様である。街路樹のコブシの白い花が、一斉に咲き始めている。生憎の曇天ではあるが、プランターには、色とりどり、大小のパンジーが咲いている。

 町医者で老母の薬を貰って、さて、漫ろ歩きの散歩である。授業の終わった野球部の高校生達が、練習場に集まり出して、規定の運動を始めている。そんな姿を見て居ると、私達の時代と大きく様変わりして、トレーニング方法も随分と合理的・科学的に為って居る物だと驚く。漸くの梅満開ではあるが、桜は未だ開かぬ淡い赤味を呈している様である。地面には、ハコベ、ホトケノザ、野生種の小さなスミレ、タンポポの花が咲いている。

 畑では老人が、脇の落ち葉堆肥をスコップで土をひっくり返して、鋤き込みの作業をしている。週の始まった曇天の月曜日は、時間の所為も有るだろうが、散歩者の姿が無い。

 この数日、民主党政権の原発再稼働に就いての政治的発言が目立つ。普通に考えれば、原発怖し、されど原発頼みの電力消費経済、便利生活である。代替電力インフラの無い吾が国の現状では、最善の注意を払いながら、次世代エネルギー産業を育成して行くしか方途の無い事は、国民の殆どが認識して居る。

 事実上の原発廃止パフォーマンス、それも何とも底の浅い個人パフォーマンスを仕出かして、ペテン師の居据わり醜態を晒して居た菅直人時代には、口を噤(つぐ)んで居た同内閣のお歴々が、原発全機稼働停止で、今夏は20%の電力不足になるから、云々と電力不足を煽りたてて居る。鳩ポッポさん同様の思い付き発言で、最低県外のアジ演説で、事を済まそうとしている。正に、その場凌ぎの無責任体質は、民主党の体質その物なのである。
 
 午後のテレビでは、柳腰外交の司令塔であった仙谷さんまで、原発再稼働の旗振りに登場して居る有り様である。こうしたら、こう為る。そうしたら、えらい事に為って仕舞う。従って、そう為らない様に、スピーカーのボリュームはこの程度で抑えて置く。全ては、イデオロギーに在らずして、現実実態へのバランスが物を言う。いざと云う時の、先手の逃げ道を講じて置くと云うのは、極々自然の読みである。

 この世は、大体にしてソフトランディングでしか、渡って行けないのである。革命よりも、日々の改善・改良の蓄積が長い目で見れば、革命の効果を産むまでの事でありましょうが。短気は損気。短絡は愚の骨頂。過ぎたるは及ばざるが如し。増してや、ヒステリック・パフォーマンスは、命取りでヤンしょうが。これ程、政治家に日本国民が馬鹿にされている時代は無かんべよ。

 言いたくは無いが、自ら墓穴を掘った者達が、地下の棺桶を破って土の中から這い出して来るなどと云った、醜悪・嫌悪この上ない姿を世間に晒して『恥としない精神土壌』とは、一体、如何なる精神文化であろうか。これが、日本の現代精神文化の最先端なのであろうか。駄目な物は、何処まで行っても、如何足掻こうが、醜態のに膿に没するのみである。四の五の言わずに、即刻・解散総選挙をするしか方途は無かろう。

 これは、取りも直さず・・・鳩ポッポ宇宙人→菅無理第四列の男→外国奨学金生ドジョウ男の<一連のベクトル>の系図なのである。従って庶民の腰の低さと、口先の表装を演じては居ても、『ドジョウ総理の18番』は、底の汚泥をひっくり返して回るのが、ドジョウの性なんでしょうよ。

 若し、そうであったのなら、失態ゾンビが、永久凍土の地底から蠢き始めて来るのも、腑に落ちる次第である。←名探偵・杉下右京さんの登場を、待つまでもあるまいに。

 嗚呼、夢奇譚では川湯風呂に浸かって、1:3の抱腹絶倒場面を、ニタニタ妄想の限りを駆使して、打ち進めて居た物を・・・ 吾がスカンポ脳裏にロシア美形ならぬ権力ボケのゾンビ集団に占拠されて終っては、台無しである。嗚呼、阿保臭~。日本に政治家在らずして、選挙屋のみ跋扈するおぞましさの最悪時代の到来としか言い様もあるまい。へへへ。

  さてさて、適当な所で引き返して、パン、駄菓子でも買って帰るべしである。


心何処ーショート いやはや、散歩の方が、何倍も楽で御座った。
        いやはや、散歩の方が、何倍も楽で御座った。(4/15/12)
 さてと、物語も11頁まで進んだ。散歩を振り替えて、スタバトークの帰りに買って来た白カブ、絹さやエンドウ、マツバボタンに、ナデシコの種でも蒔いて見ましょうかね。

 長靴に軍手で、スコップとジョレンで土を掘り返して家庭菜園を作る事にする。土が足りないから、ガッポリ掘ってその土を土足しにする。凹地には庭の落ち葉を掻き集めて、底に敷き詰め適当に土を被せて、腐葉土作りとする。

 好い歳をして、欲を掻くのは宜しく無い。それなりに出来れば御の字。種代くらいの味噌汁の具に為れば、それで良し。要は、庭の片付けが出来れば良いのである。

 柿の木の下と、サクランボ周りに、それなりの畝を作って種蒔きを終了する。今度は、私の好きなマツバボタンとナデシコの蒔き場所を考え、作る。落ち葉溜めを整理すると、格好のスペースに為りそうである。

 大分埋もれて居る岩周りの土を削って地均しをする。二畳小部屋の後ろは、これからは好い腰掛け場所と為る。気分転換にお世話に為る場所である。夏の気分転換に、此処に腰を下ろして、マツバボタン、ナデシコの小さな花々を観るのも、良かろう。派手な大振りな花だけが、花では無いのである。

 どうせ為らば、野草風情を愉しむならば、渋い雰囲気が良かろう。為らば、適当な石をセットして見るとしようか・・・ 在る物で、野面の良さを色々、向きを変え、据わりを見て、工夫してセットして見るのは、力仕事ではあるが、体育会系の男としては、これが結構楽しい物なのである。雰囲気のレイアウトも、戯け画のアレンジも、同じ範疇である。腰を十分に割って、相撲取りの様に顔を紅潮させて石を抱き抱える。4個の石をあっちへ遣り、こっちへ遣りして、観賞場所に腰を下ろして眺めて、セットする。

 ああ、重い。腰がメリメリ悲鳴を上げている。それでもへこたれないのが、親分無しの子分無しの意地である。自分の力、体力をチェックして置くのも、年に何回かは必要なのである。既にロートルであるから、無理は禁物。ボチボチしながらの、汗を掻く。誰も褒めては呉れぬ単独作業ではあるが、途中途中で腰を下ろして煙草を吸いながら、作業の進捗具合、出来具合を眺めるのが、奥ゆかしい男の愉しみ方の一つでもある。

 いやいや、始めてしまうと最後まで遣って仕舞わないと、気が済まない性質である。とほほ、早くも疲労困憊の筋肉痛の吾が身である。今日は早く寝るべしであろう。


心何処ーショート ゴールド・フィンガー二態?
            ゴールド・フィンガー二態か?(4/14/12)
 雨音に、目が覚める。天気予報通りであるから、文句も言えまい。それにしても今頃に為っての三寒四温では、一切様には為らぬ。お茶が切れてしまったから、極薄の茶を飲みながら、朝食後の雨の庭にボヤキながらの老母とのテレビ見である。

 Tの電話に沢庵を袋に押し込み、干し柿をポケットに、自室で車を待つ。雨の薄暗さの中で、机上の同居人金魚のユルユルした泳ぎと外の雨を見遣る。流金二匹が死んで終い、今では三匹と二匹の水槽である。おやおや、流金の背びれの近くに、球状のコブがプッツリと生じている。

   こりぁ、癌細胞に違いあるまい。今年は、死の年に為るのだろうか・・・ 

 去年は、亀を拾い、ホウジロ、カワラヒワの子供を拾ったが、亀は早々に遁走、雛達は、育たずに皆死んでしまった。この世に生を受ければ、好むと好まざるを問わず、その時から死とは背中合わせである。これは、退いた目からすれば、嘆いても仕方の無い極有り触れた生の世界でしかあるまい。斯く云う私とて、積極的に生きたいと云う気持ちは、小さい時から余り無く、ただ惰性で今日の日まで来ているだけの事である。

 さてさて、愚にも為らない事を打って居ても始まらない。車の来るまで、夢奇譚の続きでも走り書きして置くと致そうか・・・本日は、散歩も儘為らぬ雨の行進との事である。

 昨夜、偶々見付けたクラシック・ムービーの中に、ケィリー・グラント、フランク・シナトラ、ソヒィア・ローレンの二時間以上に渡る長編映画・<誇りと情熱>なんて英語映画を最後まで見てしまった。当然に、台詞など一切、分からぬ長丁場、その魂胆は・・・  
私はローレンのファンであるから、若い若いローレン見たさの一途さであった。

 車に乗って、スタバである。へへへ、可哀想な位の客の少なさである。何時の間にか、常連客であった白人と韓国男のコンビも、韓国女と日本男のコンビも、気付くと遠の昔に来なく為って居る。へへへ、成る程、此方が気付かないだけではあるが、常連客の入れ替わりは、極々静かに進んで居るのである。私の辺境ブログにも、新旧の入れ替わりが在る。

 コーヒーを飲み、北の弾道ミサイル感想から舌馴らしをして、干し柿を齧りながら、戯け画を拡げてのお喋りタイムが始まった。

「如何だい? <寛いで花見>の絵は、中々好い感じで仕上がってるだろ。これは、第11部をどんな話にしようかと、思っていたんだけど、中々、妄想が湧か無くてさ。それで、落書き帳を出して、適当な線を描いている内に、悪戯心がONされて、遊んでいる内にこんな風に為ってさ。
 それで11部は、ロシアン・アマゾネスさん達のオールキャストで、俺がクッキングマンとして彼女達の助成に感謝の花見の宴を遣らされるってストーリーに為って、現在7頁の進行状況なんだぜや。」

「そうだな、美大出のガス屋さん、ヤクルトママさんも、一押しの絵だっただけあって、何んとも福与かな感じが出て居て、・・・Rはこんな雰囲気も持ってるんだなぁ。それに、この黒髪のネェチャンの顔は、此処の一番若いアルバイトさんに似てるじゃなねぇの。」

「どれどれ、おっ、ご本人様のご登場だぜや。手招きして、比較観賞して見るかいね。」

 彼女は、手違いで、私の夢奇譚は未だ読んで居ないとの事である。先程、女店長さんに夢奇譚綴りを置いて来たから、読んで感想を聞かして呉れやと言って置く。挿絵の説明をしようとすると、挿絵入りの本文を読む楽しみが半減して仕舞うとの事で、敢え無く却化されて終った。へへへ、垂れ目のニコニコ顔の下には、中々の<Pride&Passion>が秘められている様である。了解、お見逸れ致しました~。

「な、似てるだろ。」

「本当だな。何かね、人間ってヤツは、知らず知らずの内に刷り込みをされているって事かいな。成る程ねぇ。4/12が孫の誕生日でさ。俺はてっきり4/10と錯覚して居て、倅に電話したら、笑われちゃったんだけど。家族ってぇのは、本来、三世代で暮らして居ないと、伝承と云う刷り込みが作用し無いんだろうね。

 一世代30年として、兎角、忙しい現役共稼ぎ夫婦であっても、家に爺さん・婆さんが居て孫とスキンシップをして、昔々、或る所に・・・なんて、昔話をして孫の相手に為る。それが始まりでさ、核家族一代だけの精々が20年前後の家族暮らしじぁ、何事も枝葉末節に傾いて、飯を食わすだけで終わちゃうんだろうしな。そんな間柄だと、親も子も未熟者で、自分自身すらも分からん内の子別れ、親別れの表層社会で、行き着く先は無縁仏って事に成り下がってしまうだろうね。

 恥ずかしい話だけど、人間がこなれて来るには、時間が必要だしな。詰まりは、祖父母・父母・子の三世代同居の60年くらいの時代差が無いと、まともな伝承なんて物は育まれもしないし、伝わっては行かんのだろうと考えて居るんだけどさ。」

「分かるなぁ~。それ、正解だろうな。もう少し経つとさ、孫も知恵が付いて、好奇心旺盛に為って来る。そんな時には、お前の絵は、好い教材に為るぜや。」
 
 Tは、戯け画ファイルをパラパラ捲って、白いバック画の太腿に金髪・頬を赤らめて照れ笑いをする顔と、ガス噴射をしこたま吸い込んで顰(しか)め顔をしたスキンヘッド男の図のバカ上部の四重○を指差し幼児声音で。

「<じぃじ、これなぁ~に。>って遣るぜや。」

「おっ、<これか、お前は筋が好いねぇ。紛れも無く、俺の孫じゃい。これはな。オケツの穴だよ。帰ったら、お母さんと風呂に入った時に、このポーズをして貰って、確かめると好いよ。このピンクの所はな、お父さんの大好物の所だよ。此処を使って、お父さんとお母さんは、仲好く為って、お前が生まれたんだぜ。結びの祠、生命の祠、誕生の祠って云うんだよ。自分だけの祠を求めて、世界に雄飛するんだぜ。>って解説するかいね。」

 好色ヤクザもどきコンビの相方の折角の幼児声音を引き継いで、私がジィジ声音で応じると。

「この馬鹿タレが、そんな事を言うエロ爺っさが、居るか!! ヨチヨチ歩きの我鬼が、スカート捲り三昧で、今から変態の英才教育して如何するんじゃい。だから、お前は駄目なんじゃい。孫の将来を、少しは考えて見ろゃ。コイツは、困った処置無し野郎だ。」

 Tの野郎は、吾が傑作画の青・赤・紫・赤・黄のケツの穴を指差して、<じぃじ、これ、なぁ~に>を連発して、笑い転げて居やがる。この馬鹿野郎が、俺様のこの絵に含めた『究極の男女の仲とは、これ為り』の真意を読み取る気配など、微塵も無い軽笑沙汰では無いか。ニャロメ、俺ぁ、まっこと傷付くぜや。

「へぇ~、俺は、おっ魂消て、何にも言えんわな。ほぉ~、これで一度も警察の御厄介に為らず、よく此処まで、生きて来られたわ。俺がアメリカ放浪してた10年間に、何度、臭い飯のご厄介に為ってたんだ。素直に白状して置いた方が、気が楽になるぜや。あい~。」

「何だい、そりぁ。あるっ丈、俺を変態扱いしてる蔑みの目じゃ無ぇか。それとも、同情の目かいな。あい~。<親しき中にも礼儀あり、それを言っちゃ、お終ぇよ。>の日本人の心すらも無ぇ男とは思わ無かったぜや。Tは誰かさんと同じB型の鈍感・薄情者だったって事だわな。冗談こくな。この糞タレが~。ギャハハ!!」

「オッ、そう来たか。本当はAとBの組み合わせは、稀なる最良のコンビに為るのに、君は、ケツの穴の小さい男だねぇ。さてと、パッパ・タイムをして、お三度買い物して帰るかいね。イッヒッヒ。」

 寒い雨であるから、車でのスモーキング・タイムである。ホームセンター経由でスーパーで買い物をしてレジに行くと、Tの会社に居た『自称ゴールド・フィンガー』さんの姿である。お互い、気付いて居ない様であるから、彼の肩を叩いて二人を引き合わせる。ゴールド・フィンガーさんは、現在<整体の講習>を受けて、デビューしたいそうである。

 5~6年振りだろうか。顔見知り、話を何度もTの会社で交えて居た間柄であるから、ゴールド・フィンガー名の所以も、十分に承知をしている次第である。私の色鉛筆画と直接女体を揉み解すゴールド・フィンガーを比較すれば、どっちが<危険含みの落とし穴>が、待ち構えて居るかは、妄想を働かさなくても近未来の図なのかも知れぬでは無いか・・・

 へへへ、彼は、見るからに客商売に向くタイプである。<趣味を金に変えるか? 趣味の逸脱が災いを招くか?>・・・リタイアしたとは云え、人望厚き上司だったTには、それと無くの身守り責務がありそうである。

 それにしても、ゴールド・フィンガーさんは、見るからに好き者、助平顔に磨きが掛って居るでは無いか。私なんかが、幾ら逆立ちをしても、彼の足元にも及びませんがね。

     やぁやぁ、これだから、世の中は面白いのである。ギァハハ!!


                バッカねぇ~

心何処ーショート 時に吼えて見ました。
            時に吠えてみました。へへへ。(4/13/12)
 朝ラジオを聞いて居ると、北の三代目就任の大デモンストレーションの弾道ミサイル発射祭は、<発射後1分の短命>に終わって空中爆発をして大失態に終わったとの事である。

 緊張走る日本にとっては、先ずはホッと胸を撫で下ろす処であろう。朝食時の民放テレビでは、相も変わらずの事後報道・伝聞報道に終始し、素人以下のコメンテーターが、一般市民の心配を口に出して居る様なだけである。日本の政治姿勢、報道姿勢の質とレベルの低さには、ほとほと嫌気が差して仕舞う。

 専守防衛と口先だけで物を言い、その全てはアメリカ頼みの平和憲法と称されるアメリカの占領政策の権化・平和憲法前文の欺瞞思想に自縄自縛され、敗戦後67年も経過するのに、事無かれ主義の叩かれ逃避主義の政治、社会の体たらく振りを呈して居るばかりである。もう、好い加減に諸悪の根源=平和憲法の欺瞞性打破に向かって、政治も報道も真っ当なシフト替えを敷いて行かねば為らない時期に来ているのであろう。違いますかね。

 社会正義・世界平和主義の理想を言葉だけで実現して居る国など、一体何処にあるのか。現実に即した政治、社会の再生を目指して行かなければ、日本は米・中・露の草刈り場と為って、国を潰して仕舞うのが関の山で在ろう。国難国難とタダ喚き散らかすばかりの体たらくは、皇紀2671?年を誇る日本の歴史に対して、申し訳が立たぬでは無いか。

 鎌倉北条氏時代の蒙古襲来、安住桃山時代のバテレン文化闊歩の時代、黒船出現の幕末時の西欧列強の開国魔手の時代を潜り抜けて、自助努力で日本再生を願った維新の明治政府、開国不平等条約を日露戦で盛り返し、第一次大戦で戦勝国側に付いて、世界の一等国入りを果たした。
 大東亜戦争では負けたが、それまで白人に蹂躙され続けて居た植民地国に独立を現実化させたのは、敗戦国日本の白人至上主義への具体的戦勝の現実をアジア、アフリカの民に証明して見せた実績があったればこその事でしょうが・・・ 全てには、功罪が表裏一体と為して居るのが、人間・国の行為・歴史である。自虐史観にばかり囚われて居ては、先の見通しなど生まれる筈も無かろう。

 それが、占領国米国の欺瞞憲法による自縄自縛の手足は本より、一番大事な脳味噌、肝っ玉、キンタマまで奪われ、経済的繁栄だけを国民の求心力とせざるを得ずに、経済至上主義のグローバル戦・米国経済の尻拭いTPPを強いられているのが、現状でしょうが。

 脳味噌、肝っ玉、キンタマを持ってこその、他国から一目も二目も置かれる経済の強者、文化伝統の継承国じゃ無いんでしょうかね。個個人に先祖伝来のDNAが宿って居るのと同様に、日本国にも日本国の先祖伝来のDNAが宿っていて、然るべきでしょうが。

 さて、ロートルのボヤキはこの位に致しまして、健忘症に対する個人備忘メモとして、頭に浮かぶままを一応記して、本日の日誌と致しまする。

①北の三代目さんにとっては、自動車ショー、飛行機ショー見たいな物で、核弾道ミサイルと云う商品の発注ショーの意味合いが在ったんでしょうが、大失態で<受注客はゼロ>に為って仕舞ったんでしょうね。捲土重来には、2、3年を要する事でもあるし、因みに自前の人工衛星を飛ばしている国は、早い国順でソ連・米・仏・日・中・独・印・イスラエル・イランとの事である。良いですか、吾が日本国の実力は、凄いんですよ。

②日本の専守防衛システムって、可笑しいですよね。仮想敵国に対して不断の備えをして置かなければ、有事の際の専守防衛なんか一切機能しませんよね。弾道ミサイルの予告発射なんて、源平時代の<やぁやぁ、我こそは大和の国のキンのタマ三郎。吾と思わん者は、進み出て、一戦交えようぞ。>なんて、悠長な時代じぁありませんよね。発射期間、コースまで知らせて貰って、いざいざで出動、配備に付けじぁ、非現実の沙汰でありましょうや。それに加えて、北の自失で良かった良かったじぁ、『幼稚園児以下の国態』じぁありませんか。

③昨今は、巨大コンピューターの電子制御の時代。精巧・精致に為ればなるほど、ハッカーと呼ばれる集団が暗躍して、サイバー攻撃は、現在では最高・最強の情報戦士と云われている。全てが精巧・精致の電子信号で作動する複雑にして巨大な国家心臓部であろう。そんな電子信号網に潜り込んで、電子信号を攪乱して仕舞えば、システムは混乱して正規の作動は不可能になる。パンク携帯に、銀行支払機の『電死状態』は、ニュースに依って何件もあるでしょうに。

④ならず者国家の北が、恐喝を国是として、瀬戸際外交で<異常国を運営>してるのである。偽札・偽ブランド・覚せい剤・武器製造を最大の輸出財としている北が、言葉外交に重きを置いて居る筈が無かろう。最大の外貨獲得手段の弾道ミサイルショーに際して、サイバー攻撃の危険・不安を持って居なかったとしたら、サイバー攻撃の実態、その実力の程は、如何解釈したら良い物やら・・・とくと、専門家諸氏の御意見を拝聴したい物である。

⑤こんな雑駁な疑問を抱きながら、日本の政治・報道・社会に巣づ喰う国家意識の衰退・衰弱振りを、真に忌々しく感じた次第である。

⑥好い加減に、常識的に考えて、日本人が日本の国柄、地政学上の日本列島の立ち位置を考えて、日本の・日本による・日本の為の国是たる日本憲法を持って、自主独立の日本国を再生して、ご先祖並びに日本国のDNAに恩返しを致しましょうぞ。

★ふざけんじゃ無ぇや、手前らがその心算だったら、正々堂々と憲法改正をして国防の為に、日本だって核開発の道に付くぞ!!って事を言ったら、水戸黄門様の葵の御紋の印籠よりも、効果覿面じゃないでしょうかね。あい~。

         以上、名も無き貧民の呟き日誌でありまする。


心何処ーショート 春ですなぁ~。
                春ですなぁ~。(4/12/12)
 快晴の好いお天気さんである。布団を干して、入浴後は散歩に出掛ける。桜は未だ一輪も咲いては居ないが、心緩む外の暖かさである。S大の球場脇を行く。流石に新学期で、新一年生が一杯歩いて居る。親元を離れての一人暮らしのスタートなのであるから、自然と新環境に興味深々の行動なのであろう。へへへ、私も通って来た道でもある。

 陽気が良過ぎるから、ちょっと歩いただけで汗ばんで来る。風呂上がりで、汗を掻いても仕方が無いから、ゆっくり歩きで護国神社に向かう事にする。本殿に懸かる枝垂れ桜が、この辺りでは一番の早咲きであるから、覗いて行こうと思ったのである。社殿は銅板葺きであるから、太陽の反射熱作用で、屋根に懸かる枝々が真っ先に花咲くのである。

 結果は未だではあったが、境内の林の中のベンチに座って、石畳の参道、本殿周りの光溢れる芝生と桜、松の林の静かな空間に身を置く。セキレイのチチッ、チチッの声、カワラヒワのキリキリ・ビーンの声とか、シジュウカラのジュクジュク、ピィーなどの声が、物音一つしない境内の中で、春の長閑な背景に野鳥たちの存在を浮き立たせ、小さな動きを見せている。そんな光溢れる静寂さが、此処には流れている。

 次に、県文会館周りの林の中を漫ろ歩く。ケヤキの大木には、カラスの巣が二つ掛って居る。その一つには、カラスの黒い嘴と頭が見える。公孫樹の大木は、真に奇怪に見える物である。小砂利の歩道のベンチには若い娘が座って、携帯電話を見て居る。携帯を手にするのが、今風の風景には違い無かろうが、ロートル世代から見ると何んとも無粋に見えてしまう。

 マレット・ゴルフ場に充てられている林には、珍しく人影は無い。スローペースの歩調ではあるが、汗が滲んで来る。長散歩は断念して、川に向かい河川敷散歩に切り替えて、流れの中に魚影を見ながらの帰り道である。水温も高まって居るのであろう。何時に無く魚影の走りが活発になっている。東南の空に鎮座する鉢伏山の雪方は、薄すらと小さく為って居る。
 
 遮る物の無い快晴の日差しに、泳ぐマガモの頭部から首にかけての濃い色合いが、光に反射して、緑、青に光って見える。緑の芽吹きの水柳の枝には、モズが尾をゆっくり振って居る姿が有り、枯れ色の芝生の上をツグミが、ひた走る。

 ムクドリが集団で餌を求め、ドバト達の集団も、忙しく地面を歩き回っている。蝶も羽虫も、春の日差しの中に舞って居る。オオイヌノフグリの小草の群生が、地面を可憐な水色に染めて居る。

 ノビルの細いクネクネした長い葉を伸ばしている。まだまだ食用に適しない球根の粒が地面の下で、エネルギーを吸って居るのだろう。モグラの掘り返しは、無くなって居る処を見ると、交尾のシーズンは去ったのだろう。

 こんな風に、在るがままの身近な春を探して、確認して歩く散歩も、悪くは無い。

心何処ーショート 寒風強風に、鶯の初音も消し飛んで・・・
         寒風強風に、鶯の初音も消し飛んで・・・(4/11/12)
 二、三日続いた春日は一転して強風打ち続く朝である。眠りを中断されて、こんな日は、二度寝に限る。それにしても、煩い風の音である。ニャロメ、起きるとするか。

 アジャジャ、魚を大分焦がして仕舞った。不始末は、私が食べるとして、老母様には見栄えのする方を前に置く。朝食を終えて、母の部屋でお茶を飲んで居ると、『ホー、ホケキョ』の声である。婆さんの耳には聞こえなかったとの事ではあるが、梅に鶯の初声は、確りしたホー、ホケキョの一声であった。

 米屋さんに行って来なければ為らない処ではあるが、強風と雨に為りそうな嫌なお天気である。明日に回すとしようか・・・

 老母の部屋で、温いコタツに当たって、思い付くままに話をする。外は僅かばかりの雨交じりの強風沙汰である。キジバトのホォー、ホォーの声も強風に飛ばされて、お寒く聞こえるばかりである。
 さてさて、布団は上げて仕舞った事でもあるし、自室定位置に座って、紅茶でも飲むと致そうか。金魚達にも餌を振り掛けて、熱い紅茶にウィスキーを一垂らしで食後の一服である。

「ヤクルトで~す。遅くなりました~。」
「はぁ~い。」

「これから、お出かけですか? ちゃんと、お金とメモまで用意して置いて呉れて、何時も有難うございます。」

「うん、今週は美人さんの顔が見れないと、しょぼくれて居たんだけどね。そうだ、絵が二枚程出来て居るから、見て行っておくれや。」

「何ですか、この女の人の裸絵は、相変わらずRさんはエロちぃですね。」
「馬鹿こいちゃ行けねぇぜや。この春うららかのヌーディスト画は、久々の拍手喝采物だったんだぜや。さては貧乳のコンプレックスで観賞眼が曇ってるんじゃないの。オッパイだけが、ピーナスの美じゃ無ぇずら、イッヒッヒ!! え~と、ほれ、この笑うガイコツは如何だいね。」

「あっ、私、こっちの方が好きですよ。楽しい絵じゃないですか。Rさん、遣るう~。アハハ。何時もながら、独特の色使いと雰囲気満載で楽しいですよ。」

「あいあい、<笑いの角に、エロ集う。>だぜね。今日は寒いぜ、股閉じて歩きましょや。あい~。」
「またまた、助平オヤジの目で、何処見てるんですか。じぁ、また来週来ますからね。バイバイ~。」

 昨日の汗ばむポカポカ陽気と違っての、寒々としたお外である。鶯の初音を聞いた処ではあるが、下手に散歩などしたら風邪を引いて仕舞う。さてと、本日は退屈な日と為りそうである。こんな日は環境を変えて二畳小部屋で、夢奇譚第11部の取っ掛かりでもして置きましょうかね。

 いやはや、今シーズンは、丸で拗ね女、不良少女の様な、全くお手上げの春の足踏み、焦らしの悪態が引き続いて居る物である。

★コラッ、余りにも、大人げ無さ過ぎる。馬鹿もんが。シャキッとせんかい。シャキッと!!
椿三十郎での家老役伊藤雄之助曰く、<名刀は、鞘に収まってこその名刀。> 名女、良女とて、四季の鞘に収まってこその名女・良女であろうが。春の嵐が、こう頻繁に吹き荒れたら、そんな物はヒステリー女の落第点の行進にしか過ぎませんわな。ッタク・・・


心何処ーショート 蔑称トンビ改め鳶殿
                蔑称トンビ改め鳶殿(4/10/12)
 薄曇りではあるが、暖かい春日である。すっかり暖かく為って、斜向かい吟さんが、通りのプランターを弄って居る。然らば、お声でも掛けに行くかいな。

 声を掛けると、<漸くの春>で身体が蠢いて来たとの事である。無風のポカポカ陽気であるから、絵の好きな吟さんの為に最近絵を持って来て展覧会とする。吟さんは絵が好きであるから、何かと面白い感想を言って下さるから、有難い。

「何時も思う事だが、良くもまぁ、こう云った絵をスラスラ描けるもんだ。脳味噌の構造を天眼鏡でとっくりと覗いて見たいもんだぜや。スケベって云やぁ、助平。唯の助平じぁ、お釣りが来るし、その実態は謎の男だわな。ギャハハのハで、俺ぁ、尊敬しちまうぜや。」

「またまた、俺ぁ、正直なだけだいね。皆さんは、変な物が災いして、<他所行き面>してるだけですわね。人間、正直が一番だんね。俺ぁ、馬鹿だから、隠す能力が無ぇだんね。イッヒッヒ!!」

 吟さんは、昨日描いた<寛いで花見>の絵が、一番の出来との事である。へへへ、春ののほほんとした解放感が、何んとも柔らかな光の中で、ソフト感に満ちているとの感想であった。こんなご近所さん立ち話も、市井の潤滑油なのである。お高く止まって居たんじゃ、屁もこきゃせんわね。イッヒッヒ。

 その後は、庭の落ち葉を彼方此方穿っては見たが、ミミズ一匹も見付からず・・・然りとて、こんな時は家の中に閉じ籠って居ては、お天道さんに怒られて終う。餌代わりのソーセージをポケットに、長靴を履いて釣り方々、一番遠いコンビニまで煙草買いに行く事にする。

 好ポイントにソーセージ餌を垂らすが、お目当てのヤマメなど喰らい付いて来る訳も無く・・・ それでも、流れに竿を垂らして居ると、気持ちが好い物である。水面にチョコン、チョコンと浮いたり、飛んだりする羽虫に、波紋が見えるからヤマメは居るのである。

 河川敷を長靴を履いて、川に下りたり出たりで、ポイントを移動して居ると珍しい小鳥を見付けた。熱帯輸入鳥で見た事のある小鳥である。名前は知らないが、写真の鳥と見て居る鳥は、同じである。これも、外来種の一種なのだろうか。二羽が居た。

 長靴履きは、兎に角、草臥れる物である。さてさて、上のポイントでどっかりと石の上に座って、アブラハヤと遊んで行くしかあるまい。水温がまだ低い所為もあって、活発な引きは無い物の、大きなハヤがコンスタントに釣れて来る。まぁ、こんな物であろう。時間潰しの釣りであるから、このペースで丁度好い。釣り上げたハヤは、ハリを外して地面に放って置くのであるが、・・・ 何匹か溜まって来た時である。

 バサの音に見ると、私の肩口に翼を掠めて、トンビがハヤを盗って飛び去ったのである。一瞬の早業で在ったが、トンビの鮮明ズームアップ姿が、はっきり脳裏を魅了した。それは、感動すら覚えた一瞬の出来事であった。別に驚きはしなかったが、こんな経験は、正に意気を呑む程の一級品の感嘆である。音はバサッの一瞬だけであった。驚いた。一瞬に賭ける食物盗り。トンビの上空を舞う視線の広さ、視力の凄さ、敏捷さには舌を巻く。

 そのトンビは、近くで上空を飛び、電線の上に止まって、此方を見て居る。釣り上げたハヤは、私には不要であるから、次なる空中ショーを見せて欲しいと期待して居るのだが、私の気配を察知されてか・・・ その機会は訪れて呉れなかった。
 トンビ、トンビと、一応猛禽類の仲間なのではあるが、余りの身近さ故に、トビの間に、ンの字を入れられて、カラス同様の蔑みの目で見られているのが、彼等の実情である。然しながら、私の肩口を掠めて、ハヤを盗って行った鳶は、正しく猛禽類の野生の精悍さ・判断力を漲らせた鋭い眼光で在った。これは、絶対に色褪せない脳裏の焼き付けであった。

 さてさて、無用の殺生は余り続けるべきでは無い。釣り上げたハヤは、空中のトビの腹に収まるのであるから、これも食物連鎖の一変形でもある。散らばったハヤを一纏めにして、流れの水でハヤの臭いと粘々を砂を付けて洗い落して、ハヤ盛りの場所を見ると、何と何と、ハヤは二匹しか残って居なかったのである。その距離は精々が4m強で、手洗い時間など5分も要して居ないのである。音も、何も視界を過(よぎ)らなかった。

<キツネに鼻を摘まれた>とか、<神隠しに遭った>とかの言葉が、スーと頭に浮かんだ処である。振り返れば好く遊んで来た60有余年の人生ではあるが、こんな事に遭遇したのは、今回が初体験であった。

 若い頃、山の溜め池で一人釣りをして居る時に、釣り竿にヤマセミが止まった。渓流で、イワナ取りをして居た時、手掴みしたイワナを帰りに収集して行く為に、何箇所かに流れの端に、僅かばかりに掘り下げて、石の生簀を作って先に進むのであるが・・・ 或る時、物音にヒョイと見ると、私の傍らをイワナを咥えた暗灰色の毛の密集したビロードの毛皮を纏った嫌に平べったい山ネズミが、スッと消えて行くのを何度か経験して居る。その山ネズミと思って居たのは、水モグラだったと云うのを知ったのは、何十年も経ってからの事ではあるが・・・

 こんな野生の野生らしい一瞬と遭遇出来るチャンスは、希少中の希少の宝物とも云えよう。本日は、好い物を体験させて貰った。さてさて、余り家を留守にもして置けない。煙草を買って帰りましょうかね。


心何処ーショート 逃がして為る物か、月に一度の好タイム 
        イカの図笑うガイコツ寛いで花見

          逃がして為る物か、月に一度の好タイム(4/9/12)
 遺憾いかん・・・昨夜は、戯け画に嵌って仕舞い、大幅に夜更かしを仕出かして終った。戯け画と云う物は、何が飛び出して来るか? 一寸先は、エロティック・ファンタジーの扉でもあるからして、何かの妄想発想が噛み合うと、次から次へと悪戯心が発展する。そんな処が、得難い面白さと愉しみなのである。

 朝食後は、シャキッとする為に、風呂を沸かして入る。老母に風呂を譲って、その間に散歩に出向く。昨日より温度は高く為るとの事ではあったが、風の強さが体感温度を低くして居る。散歩の帰りに個人スーパーに寄り、少々買い物をして帰る。レジ袋を提げて歩いて居ると、民生委員の姉上と会う。暫し、立ち話をして帰って来ると、玄関に貸し出し小冊子とガス代のお知らせが置いてある。

 これは勿体無い事をした。電話を掛けて、近くに居るのなら集金に来て欲しいと連絡をする。買って来たバナナを食べて居ると、美大出の髭のブロンソンさんのお声である。ガス代の支払いを終えて、玄関廊下に図体のデカイ男同士が、デンと胡坐を掻いて月に一度の男トークである。

「いやいや、<第七部マヤにて>の大作読ませて貰いました。何しろ、難しい。ボキャブラリーの豊富な事、難しい漢字がゾロゾロで、一杯辞書捲りましたわ。それだけでも勉強させて貰いました。博学振りと哲学の奥深さと云い、俺の頭じゃ到底付いて行けんですわ。

 でも面白かったですよ。ファイル画だけ見て居るよりも、挿絵として絵と文章の並びを観て居ると、実に好く挿し絵が決まってますよ。絵と文章を、一人でこなしちゃうんですから、凄い。只者じゃ無いですわ。何しろ、硬軟の落差が、面白いですわ。やっぱり、男の基調は<助平が神髄>なんでしょうね。
 硬軟のバランスが、何んとも云えない味のアガタ・リョウ、ワールドですわ。中身は、とんでもない人なんでしょうね。アハハ。」

「あいあい、俺の回りがとんでもない連中ばかりで、<朱に交われば赤く為る。>で、俺ぁ、すっかり好色下品の先祖帰りだいね。へへへ。困った連中ばっかりですわ。」

  美大出のブロンソンさんは、8部からの戯け画ファイルを捲って行く。

「いや~。どれもこれも、味が在って、柔らかなトーンの中に、悪戯個所がチョコンと在って、見ているだけで、ニヤニヤ顔に為って来ますわ。狼も好いじゃないですか。あれですねぇ。みんな、其々に目力がある。目力が有るから、絵が生きて来る。捉え方と云うか、コツを押さえて居るんでしょうな。普段の観察眼の幅広さと鋭さが、形に現れてますよ。

 やや、こりぁ面白い。イカとガイコツの見開きの2ショット。う~ん、頭に女体を載せて、オッパイ君が笑ってピンクと赤の手で踊ってるんですかね。楽しげな上部の下には、不気味な唇と白い歯の並び・・・ このアンバランスにも拘らず、全体での調和が取れて居る。絵の収まり具合が、Rさんの何んとも云われないファンタジー世界なんでしょうね。」

★イカの絵を余りにも褒めて頂いたので、<根が正直な私>は、動機の不純さを恥じて、絵解きをさせて頂いた次第である。顔の輪郭部は、マツタケでありまして、イカの耳に当たる部分は、小陰唇。赤いポッチは陰核でありまして・・・斯様な背景からは・・・ はい、イカに捕食されたマツタケの図、orマツタケの攻撃を受けるイカの図を描いたのでありまする。イカの足は、周りに毛のあるゾウリムシと、高校コンパ時には、戯れ歌で唄っていたのではありまするが・・・ 
 私とて、厚顔無恥の男では、決してゴザンせん。はい、勇気を持って、懺悔の解説とさせて頂いた次第でありまする。とほほ・・・

「なぁ~るほど~。そう絵解きを受けると、何やら、この白抜きの空間が、何んともはや、妖しく浮き立って来ます。キャハハ。毎度の事ながら、Rさんはエロの巨大根ですがな。

 次は、緑色のインコですか。漫画チィックに来て、最後の絵が何やら哲学的な異次元のインパクトさを見せ付けてますわ。まぁ、そこいらは、その物語を読んでのお楽しみにするとして・・・ 」

★はい、これは、異次元界のイメージとして、吾ながら良く描けた1枚と満足して居りまする。

「これはまた・・・好いじゃないですか。ツクシン坊にキノコ。全裸女の・・・いやはや・・・何か、ホッとしますね。其々の女の肢体が柔らかく・・・縁どりはペンで遣ってますね。色遣いの柔らかさとペンのシャープさが、スッキリした感覚を運んで来ますね。」

★これは、第11部のストーリー展開を、如何したものかと考えて居た時に、花見にヒントを受けて、夢奇譚登場女性達と、花見の宴でする展開にしようかと思い付き、こんなイメージで進めて見ようか?などと、妄想を開始してるんですがね。イッヒッヒ~。

「此処が違うんですよ。文章には、書き込んで来ると、何時しかかきての文体と云うのが備わって来るし、絵には勿論、描き手のタッチ、色遣いと云う絵体が備わって完成して来る。Rさんの絵体は、きっとこんな風な雰囲気で続いて行くのかなと思う処で、また違った味付けが出されて来る。そこが、なんとも面白くて感心するんですよ。

 ふ~ん、そうかそうか・・・ う~ん、Rワールドの特徴は、<落差の妙>ですわ。同じ人が、文章、絵を表現手段として用いて居るんですから、当然に文章にも絵にも落差の妙が出て来るのは、自然の帰結ですわ。そうか、やっぱり両方を読んだり、見たりしないと、表現の基を垣間見る事は出来無いって事ですわ。」

★はい、左様でガンス。何しろ、育ちが悪過ぎるんで、真面目打ちをして居ると、もうシンどくて、酸欠状態に為るんですわ。それで、ドジョウ見たいに、土の中に潜り込んで息抜きをしないと、生きて行けんのですわ。ギャハハ!!

「本当に、Rさんはユニークなお人ですわ。さてと、今日は、このRさんを抱いた黒髪の女性の絵が素晴らしいから、第8部借りて行きますわ。」

「そう、あっそうだ。ついでに、この希少・貴重なる読者様達のコメント綴りも持ってて、ヘヘヘ笑いをするのも、ブログ劇場の観賞の一つだんね。へへへ。」

 こんな話しが交わせるのであるから、私は人間冥利に尽きると云う物である。昨今の人間模様には、兎角『私は悪く無い』症候群の蔓延で、無反省、開き直りの業行ん愚・舞い憂い(ゴーイング・マイウエイ)の擦れ違い人生を邁進する輩が、滅法多く為って仕舞った。

 市井の片隅で、こんな話しに一時の花を咲かせる空間は、何時までも置いておきたい物である。




心何処ーショート 本日の春日。その清々しさよ。
             本日の春日。その清々しさよ(4/8/12)
 桜満開報告のブログではあるが、信州の桜満開は、未だ未だ先の事である。昨日で学校三部作も終わって、再び好ドラマにあり付けるか否かは、さっぱり分からない。昨夜は、湯たんぽを二個入れての就寝であった。

 予報では気温がどんどん上昇して、10℃を軽く越すとの事であったから、正午前後の散歩をして来た処である。最初こそ未だ寒かった物の、河川敷にはモンキ蝶、モンシロ蝶が、冬眠明けのチョボチョボ飛びを見せて居た。タテハ蝶も見られるかなと期待して、河川敷を歩く。大分、緑が芽生えて来た物である。

 湧水を集めた水路のチョロチョロ水溜りには、澄んだ水の中には、サワガニも動き始めている。葦を取り張らわれた流れの隅には、コサギの白い抜き足差し足の姿が見られるし、未だ北帰行に至らぬツグミ達が散見される。そんな中で、モズが川原の木に止まっているし、ツバメ達が高く低く飛翔して居る。冬のホウジロの姿は無く、山に帰ったのであろう。

 河川敷から上がって、土手道のアスファルトをテクテク歩きと思ったが、春の陽光の強さに思い返して、バックフォーの入った川原の中を歩く。土砂のゴロゴロした更地状の川原を流れに沿って、魚影を探しながら歩く。

 気温は、グングン上昇して、流れの淀みに目を凝らして、水中を覗くと魚の種類までは確りとは確認は出来ないが、流れに抗する魚影が見える。本日、無風の好天であるから、家に引き返して釣り竿でも垂れて見ようかとは思うが、庭の落ち葉を穿っても、ミミズは見付かるまい。明日も本日以上の好春日と云う事であるから、もっと足を伸ばす事にする。

         漸くの山国信州にも、春の解放感が訪れたのである。

 川原歩きから土手道に上がって歩いて居ると、集団散歩の一行と出っ喰わす。男女混成の70代、15~6名の集団である。挨拶だけの黙々歩きも無粋であるから、その集団に呑み込まれて、少しお伴をして見る。老人大学卒業生の有志の会で、散歩をしたり、花見、マレットゴルフをしているとの事である。本日は、『桜は未だかいな』で集まり、護国神社参りの集団散歩と相為ったとの事である。入会しないかと誘われたが、私は集団行動は苦手の口である。へへへ。

 帰りは再び河川敷に下りて、春の陽気を愉しむ。タテハ蝶が姿を見せている。日差しが強いから、スキンヘッドがツートンカラーと為っては、男前が下がるから帽子を脱いで、シャレコウベに太陽光線を頂戴してのテクテク歩きである。

 三夜連続の学校、教師ドラマは、其々に見応えが有った。其々の時代背景を写し込んだ学校と云う<器の中>で繰り広げられた教師と生徒の物語であった。時代の中で生まれ、育つのが人間であるから、其処には必然的に時代の感性・規範為る物が存在して、その時代時代の価値観の中に、人間は行動して悩み、傷付きながらも、自分の信念を貫き通して足搔き続ける。そんな時代と理念・理想を持った教師達三態を見せたのが、この三夜連続のドラマの提言であったのであろう。

 人間は『時の子』にして、『時の存在』であるから、この三人が演じた教師像には、観る側の時の子、時の存在としての、其々の教師像に対するシンパシィの強弱、評価の違いは鮮明に出て来るのではあろうが、団塊世代の私としては、第一話の教師像に一番のシンパシィを感じている次第なのである。

 学校をゴーイング・コンサーン=継続体・継承体=国家・組織・地域・家族と捉え、教師達を社会・日教組・サラリーマンの事無かれ主義・現代日本・日本人の無関心主義と捉え、主役教師像を不変で在るべき聖職観と捉えるも良し。

 好ドラマを観た時には、一過性の視聴で在っては、制作して演じた役者さん達に非礼・失礼に当たる。教育者の懺悔、暴力教室、不信から来る自閉症と三部作に見せて呉れた物が、其々に呈示した物は、日本が、現代日本人に突き付けられた『大きな課題の根本』の様に思える。教師・指導者は、正に人間を見せる職業の一つなのではあるが・・・

 前にこのブログで<中学生日記>で打った私の感想と比較して、今回のドラマを反芻して見ると、私が越して来た幾多の事柄が脳裏に浮かんでは消えて行く。

 無風好天の青空に、桜の花は未だ未だ先の事ではあるが、こんなドラマの反芻をしながら、一人テクテクと日課の散歩をこなすのも、自然の風景と脳裏の散策時間と云う物である。へへへ。


心何処ーショート 外は雪交じりの寒風為り
              外は雪交じりの寒風為り(4/7/12)
 昨夜は寝ようと、ネットで西部劇映画を物色して居ると、何と何と・・・<砂漠のライオン>と云う二時間半にも及ぶ映画を見付けてしまった。名前は知って居たが、残念ながら、一度もお目に掛った事の無い大作映画である。半分以上、身体は眠って居るのだが、其処が<貧乏人の意地汚さ>である。四畳半では布団が敷けぬから、長座布団、毛布、寝袋に潜って、窮屈な格好で最後まで見て仕舞った。主演はアンソニー・クイーンである。

 そんな事でごろ寝が祟って、朝方の寒さに抗し切れずに、今度はコタツ寝で大朝寝坊の態であった。

 老母殿は、流石に腹が減ったのであろう。洗顔に来ている。目を覚ませて、朦朧頭に起き抜けの一服を火を付けて居ると、次兄さんの声である。そそくさと朝の賄い夫をして飯を喰いながら、彼の愚痴口調にお付き合いする羽目に為って仕舞った。さてさて、11時を回って仕舞った。Tからの電話の頃である。

 それにしても、愚痴ばかりのウンザリ感である。へへへ、これも<私は悪く無い。俺は悪く無い>症候群の典型なのであろう。こんな類の輩は男女を問わず、見掛けを問わず、語りの強弱の違い、表現方法の違いは在っても、根底には責任転嫁型の鈍感さ、薄情さ、自問自答力の欠除に於いては、共通項を持って居るのであろう。何はともあれ、困った御仁の一人である。
 まぁ、尤も、フィリピン・ボラカイのショートバカンス中の留守番を頼んで、了承してくれたのである。従って、久し振りの顔出しを、良しとすべきであろう。Tの電話で解放である。

 おいおい、そうじゃあるめい・・・雪交じりの風が吹いている。Tも冬戻りのジャンバー姿のお迎えである。スタバの二階席は、入園式の帰りなのであろう。そんな夫婦と新入園者のコーヒー&ケーキ客が居た。そんな親子を見ながら、ロートルヤクザもどきコンビは、ニヤニヤしながら自分達の若い頃をダブらせて居た次第である。

 本日は、私のブログに対する希少にして貴重なコメントの遣り取り、非公開の拍手コメントの抜粋をコピーして8頁のコメント綴りの体裁にして持参したのである。

<私の夢奇譚には、こんな感想が寄せられてますよ。皆さんも、どうぞ、ブログ世界の人心交流を図られたら、結構面白い世界が拡がりまするがな。>との趣旨で、小冊子と一緒に貸し出そうとの魂胆なのである。
 これは何回か、ブログにも打った処ではあるが、多少なりともブログ本文は、『余所行き書き』である。それが、コメント、コメント返しを読む事に依って、ほぅ、この人とこの人は、お互い気心が通じ合って居るのかとか、ほぅ、ブログの色合いは相互に違うのに、そうか、この辺りが共通して居るのか・・・etcの想像も働くのである。そう考えれば、本文を読む折りの行間を埋める資料とも為る。余所行き本文には出て居ない本人の素地の姿が滲み出して居るから、余所行き部分と素地部分を比較して見ると、多少たりともブログ管理者の平面が、立体が仄見えて来ると云う物なのである。そこら辺も、ブログの愉しみ方の一つとも為るのである。へへへ。

 Tは、私の差し出したコメント抜粋綴りを真面目腐った顔付で、読み進めている。

「うん、面白いな。こう云う世界が、ブログの向こうに拡がって居るから、お前の様に病み付きに為るんだろうな。それに、お前は小説を読まない代わりに、映画・ドラマで、小説を読んで居るんだからな。言って見りゃ、小説を読む目で映画・ドラマを観て、関係者の人間ウォッチングを仕出かして居るんだからさ、そりぁ、堪らんわさ。
 監督、脚本家、俳優もみんな品定めをされて、クシャミどころか、インフルエンザに罹ちゃてる事だろうしな。松本清張大先生も、墓場の下であの分厚い下唇をブルブル震わせて、<この下郎、何を言うか!!>の怒り心頭ザマだったかも知れんぞや。はっきり云えば、Rは『嫌な野郎』だぜや。アッハッハ~。」

「あれ、そんな事言われたんじゃ、全身全霊を傾注して小便も我慢して、無い頭で原作に肉薄しようして居る無垢の視聴者を、あるっ丈バカにしてるって事じゃねぇか。そりぁ、俺の真摯な努力を撫で切りする野蛮さだぜや。
あれか、Tもその他諸々の鈍感・薄情の輩じゃねぇか。冗談じゃねぇや、犯人は誰だ、誰だと、俺様の分析・推理力をタダ利用する家の婆さんと同じじゃねぇか。あい~。」

「それを言っちまえば、お終ぇよ。親と向き合い、お努めを果たすのが、<人の道>だぜや。ムダ事こいてると、その角質化したスキンヘッドにも亀の子タワシで、ゴシゴシ荒行を加えて遣らっか~。還暦過ぎたら、俺みたいに<泰然自若>で無くちゃ、男は勤まらんぜよ。」

「おいおい、俺がバカだと思って、四文字熟語なんか使い遣がって、何が『泰然自若』じゃい。笑わせるな~。0.3秒考えりゃ、何の事ぁ無ぇや、ご神体様が役立たずで、バイアグラ頼みって事ずらい? この西洋カブレが、日本の割り箸を400番サンドペーパーで磨いて、添え木にし遣がれ。ギャハハ!!」

「おぅ~、そう来たか。馬鹿野郎。そうか。へへへ、まぁ、それも一理あるなぁ。そりぁ、時代と共に<字句の解釈>も、世に連れ、人に連れだぜな。日本語だけじゃ無くて、英語も堪能だったとは、お見逸れ致しましたがね。
 ふ~む、良し、それ貰った。クックック、あの馬鹿、今度俺ん処に来たら、からかって遣る。野郎、どんな面して切り返して来るか・・・ キミは、回転が速いね。大したもんだいなぁ~。こりぁ、好い。使えるぜや。」

 外は雪交じりの冬の寒風ではあるが、好色ヤクザもどきのロートル・コンビには、何はともあれ、軽口ポンポン飛び交う戯け漫談が、嬉しい愉しみの一時なのである。さてさて、パッパ・タイムの後は、ホームセンター、スーパーで賄い夫買いでもして帰りましょうかね。


心何処ーショート 偶には、長風呂考
              偶には、長風呂考も良し。(4/6/12)
 日曜日まで、寒気は居据わるそうだ。昨夜も骨太ドラマがあったので、遅くまで老母と一緒に見て居た。やっと自虐史観から抜け出そうとしている兆しが見えて来た様である。

 その兆しのルーツを辿れば、<田母神空幕長の実質解任事件>、自虐史観満載の偏重スペシャル物NHKの<ジャパンデビュー>に対する大抗議、中国漁船の海保巡視艇への体当たり事件に端を発し続く<尖閣沖日本領海侵犯事件>、<竹島に関する韓国の不法領土侵犯>への既成事実の積み上げ現実、<ロシアの北方領土不法侵犯の現実>・・・etc。

 敗戦後67年もの長きに亘って、独立国家としての<国防・外交意識>の衰弱振りと脆弱振りと平和憲法と称される<現憲法の欺瞞性>を唯座視して、個人の日々の経済的生活の個人的自由の謳歌に求めて来た『日本人並びに日本の戦後枠』の行き着いた先が、この現状であった。
 そこへ、東日本大震災、福島原発事故の勃発で、日本の政治・官僚統治の不甲斐無さを一気に露呈して仕舞った。そんな中に在って、NHKの大作ドラマ『坂の上の雲』の放映、韓流ドラマに席捲されたフジテレビの醜態に対して、インターネットの普及に伴って、自分で情報の信憑性を見極めようとする動きが、『個人レベル』で活発に為って来た。
 新たなネツトの繋がりが、日頃の一方通行で在ったマスコミと個人の関係を打ち破って、<真っ当な確認眼と思考眼>を個人に齎せ、個人の極々普通の『何かおかしいな思考の台頭』を抗議運動として、組織動員とは違った個人参加型の意思表現の場として出て来て居るのでは無いだろうか。

 私流に言わしめれば、漸くの『精神の揺り戻し期』の扉が明けられ様として居る。

 昨夜の先生ドラマの余韻に浸って、寝床の中でジョン・ウェイン制作・監督・主演の<アラモ>を観てからの始動開始であった。本日も夜九時から佐藤浩一主役で、荒れる教育現場の放送があるとの事である。へへへ、どんなドラマか、夜が楽しみである。

 それにしても、灰色垂れ込める寒々とした空である。些かの寒気もする処であるから、家風呂はパスして、偶には温泉ミネラルウォーターを汲み取りに温泉銭湯で<長湯>をして来る事にする。一人貸切風呂が良いから、昼飯時を狙って行ったのだが、先客が三人も入って居た。一人は私同様の禿げ頭をスキンヘッドにした男であり、その男と話をして居るのは、長距離バスの運転手さんである。もう一人の年配客は、間もなく出て行った。

 私は熱い、熱い湯船に肌を赤くして、アッチッチで身体を沈めて、馴染んだ温泉浸かりを繰り返す。興味の分野が違うから、途中参加も出来なかったが、風呂で聞く他人様の世間話も面白い物である。寒い日は、時間をたっぷり取って、熱い湯船に浸かり、熱った身体をタイル壁に預けて、脳内散歩をしながら、再び湯船に浸かる。そんな繰り返しで、発汗作用を全開にして、時を過ごす。

 現憲法の欺瞞性の中で育ったのが、何を隠そう我々団塊世代である。戦後強く為ったのが、『女と靴下』と云われた物である。家制度、家庭に縛られて、人権を開放されて居なかったと云うのが、我々が異口同音に教育されて来た<新時代の風潮>であった。これは、私の様な時代遅れの男には、如何逆立ちをしても洗脳され難き社会風潮であった。

 社会が男を作り、家庭が女を作る。男女が一対と為って、子供を育て、社会に送り、独立させる。この極自然な役割分担が、この世、社会の当たり前の姿でしか無いのに、殊更に、男女の役割分担に異を唱え、大声を発して男社会を糾弾しなければ為らなかったのかと、<素朴な疑問>を持ち続けている次第なのである。
 女権、個人の権利拡張風潮の下、核家族化と個室化が進み、夫婦間に在っては性格の不一致が、不満、離婚の最大原因と為って、辛抱は『時代遅れの馬鹿な女の選択肢』と吹聴され捲って来た。女権思想行動家のお一人に、国会では<毎回衣装替え>の小宮山洋子厚労大臣も居られる。若い処では、高価な白服立て襟のレンホー女史も居られた。

 学級崩壊、家庭崩壊、地域崩壊が行き付く処まで、日本の隅々にまで蔓延して仕舞った時代である。民主党新政権下では、夫婦別性が叫ばれ、外国人地方参政権、人権擁護法などと、人権左翼弁護士のアジ演説紛いの左翼思想・思考が、丸で軍靴の足音の様にザクザクと巷間に木霊して居る様な感じすらして来る始末である。

 旧社会党議員の多い民主党の体質は、正に左翼勝った少数派口達者が多いらしい。彼等の手法は、高々少数派でしかない意見を拡大怒号して、それが声無き多数の声としてクロスして仕舞う処に、大きな特徴が在る様に見受けられる。どんなに声を発しても、少数派が多数派を構成しないのを知って居るから、彼等は政権を取れば、法律と云う隠れ蓑で少数意見をゴリ押しして通そうとする。
 少数派で在る以上、歩み寄りは眼中に無く、権力で多数派を抑え込もうと画策して行動する。従って、其処には自問自答の反芻力も反省力、調整力も不要の『無謬主義者』とも云えようか。責任を取らないのが、彼等の手法なのであろう。野党時代に在っては、噛み付き、反対パフォーマンスは、少数意見の遠吼えでもアピールの点では及第点であったのだが。それが政権を取れば、責任政党の筈なのではあるが、人間の性根が、そう簡単には変わらないの証左なのであろう。

 従って、何も決められないの政治主導の実態・実損を呈し続けて居るのが、現在の政治家体たらくの実態なのであろう。

 その本態が、<誰よりも目立ちたい。でも、責任は嫌よ。>なのであるから、帳尻が合わないのである。こんな人の上に立つべき資質の無い『責任回避』に長けた者にしか過ぎない薄情な小人如きが、言葉の偽善を最大の売り物として公道を闊歩する。人当たりの良さを持って、人に近付き善人面で人の理では無く利を囁く。人の隙に付け込んで、権利・権能を与えられた者が、他の意見に耳を傾けず、反省の思考回路を持たなかったら、それは<卑怯者・異常者>に権利と権能を与えてしまうにしか過ぎまい。

 国民新党のゴタゴタ劇に象徴される様に、<恥知らずの利に走る人間模様>とは、一体何事であるかの国民感情である。型に嵌って、不自由な中に辛抱して、自らの道を半歩、一歩を印して、後に継承して行くと云う『真っ当さに生きるスタンダードな価値』に気付け無いとは、如何なる精神の退廃の時代である事か。私に言わしめれば、こんな物は個人主義でも自由主義でもありませんわね。身勝手主義、無責任・出鱈目主義じゃ無いんでしょうかね。
 だって、意見違う個人と個人が衝突すれば、如何為りますかね。自由と自由が衝突すれば、如何為りますかね。上位規範の無い処で、それらの調整機能は、何が、誰が行司役として出張るんでしょうかね。聞き分けの無い者には、如何対処するんですかね。

 へへへ、考えれば、そんなに難しい話じゃないと思うんですがね。小学生にも分かる筋道でしょうに。自分の小児には叱る事も出来るのに、大人の自分が、間違いを起こしても知らん振り、開き直りでは、小児以下の未熟さでしかあるまいに・・・ 小我、偏狭我が、思考、反省、行動、問題解決の障害・障壁に為って居るにしか過ぎないと思うんですがね。

 何事も表裏一体のバランスに依って成り立つのが、世の理にして実態でしょうに。自由に対しては不自由、個に対してはもう一方の個、権利に対しては義務。行動に対しては責任。これって、みんな型の中の部位部位の正常室じゃ無いんでしょうかね。

 さてさて、これ以上、賄い夫の自由時間も無い処である。ポテトサラダ、コロッケでパン食とする事として、帰りに買って帰りましょうかね。嗚呼、やっぱ、温泉銭湯は、気持ちが好い物である。


心何処ーショート 或るドラマとラジオから 
              或るドラマとラジオから (4/5/12)
 先日の松本清朝没後20周年記念ドラマ<市長死す>を、見た時の話である。老母は大正女、倅は団塊世代であるからして、映画を教養・娯楽ソースとして生きて来た。従って、映画・ドラマに対するそんな<有効性>を信じて居る古い世代の一員でもある。2時間半に及ぶ中々にして、見応えのある骨太作品であった。

 例に依って、老母は<ドラマの進展は、如何なる?>の質問を仕掛けて来る。ドラマのキーワードは、叔父さんの市長の日記に記された女の第一印象『勝気に見える。』が、ドラマの伏線であるからして、それとの比較で、起承転結の枠組みを雑駁に思い浮かべて、時間枠から逆算して行けば、起承転結の其々の替わり目のシーンが認識出来るのであるから、自分の想定とドラマの進攻振りを比較思考して行けば、ドラマに視聴者として推理参加出来るのである。

 私は小説・推理小説の類は殆ど読まないボンクラ男なのではあるが、それなりの筋を追って、筋を予測する事は出来る。松本清張さんの本と云えば、<邪馬台国の謎>とか、<日本の黒い霧>を独身の頃、『戦後の混乱期の迷宮入り事件解明への視点』と云う事で、大いに感銘と緊張感を持って読破した位なものである。
 御承知の様に、氏は新聞記者挙がりの日本を代表する著名な推理小説作家さんである。世評が氏に贈った物は、<社会派推理小説家として、重厚に人間を描き切る人間ウォッチャーの才。>と記憶して居る。

 そして、氏の切り口の特徴には、犯罪の陰には男在りを捩って、『犯罪の裏真相に女在り』の強烈な女の本性とも云える女族の持つ内面の強かさ、薄情さ、居直りの強さに、スポットを当てて居る視点には、凄まじいばかりの怜悧さと執着心を感じて居る次第なのである。この辺りの人間描写には、新聞記者時代に鍛え上げた人間ルポタージュの蓄積が在っての事だろうと推測される次第でもあり、これほどまでに女を客観対象化出来ると云うのは、きっと氏の顔相からの女性交際のわだかまりが在ったとしても、下衆の勘繰りの過剰妄想だけでは片付けられない物が、横たわって居るのかも知れぬ。イッヒッヒ!!

 まぁ、こんな事は余談中の余談として・・・ 次なるキーワードの冴えは、『制服を着た者の言葉』を鵜呑みにしてしまうと云う労務管理用語の<論理誤差・ハロー効果>に対する疑いの目である。そして、『気持ち悪い』の女の市長に対する感想である。ドラマ後半のキーワードは、矢次早である。同僚の女に対する『可哀想と思われたら勝ちだ。』の言葉。

 誠実実直と思われて居た市長の二面性、可哀想と見られて居た女の二面性が、佳境に入って、第一印象の『勝気な女に見える。』に収斂されて行き、父親代わりに育てて呉れた市長の隠された男の盲目の恋、裏金5憶円を持ち逃げした男と女の恋の比較などを写して、裏の真相に迫る甥子市議の<女追い詰め劇>と加速するドラマ仕立てであった。亭主は殺人罪で刑務所、一人残った女は、旅館を整理して現金に換え、引き摺って居た脚は、摩訶不思議。正常に戻って、橋を闊歩して去る女の氷の微笑のラストシーンであった。

 へへへ、流石に当代一流の折り紙付きの怜悧眼を持つ、松本清朝大先生に依る没後20周年記念ドラマを飾るに相応しい秀逸ドラマであった。

「如何だい、婆さん、婆さんの戯け倅でも、この位のドラマの目星は付くんじゃい。ピッタシカン感で、当たってただろう。少しはシャーロック・ホームズ先生の通信教育受講生に及第点を呉れたって、罰は当たらんだろう。へへへ。」

「お前も、部屋に帰らずに此処に居たから、好いドラマを見る事が出来たんだろう。う~ん、好いドラマだった。見応えが在った。はい、ご苦労さん。」

 そう来たか。何をこの糞婆ぁが、やっぱり、松本清朝御大が喝破する様に、世の女族とは正しく<魔物の存在>なのである。鼻の下を長くして近付けば、手玉に取られる。男がガチンコをすれば、片方は殺され、他方は刑務所。<公表出来ぬ裏金>横領も、マネーロンダリングをして仕舞えば、『可哀想な女の仮面』は不要。仮面を脱ぎ去れば、現金をボストンバックに入れた勝気な女には、ビッコ歩きも萎れ振舞いも一切不要。橋から殺人現場を見下ろすは、氷の微笑。過去を足蹴に、本性還りのセレブ闊歩行である。

 いやはや、魔性の女の前に、男族の悲哀が重く立ち込めまするがな。松本清朝大先生、魔性の女に操られた市長殿、亭主、叔父の未練払拭に奔走した甥の市議さんの純情さも、現行法下では手も足も出無い。<この世の不条理さ>は、お江戸の時代にトリップして『必殺仕置き人』に頼む依り仕方の無い事でガンしょうかね。

 さてさて、僅かばかりの紙面も有るからして、昨夜のラジオ深夜便の隠居大学に触れて。ゲストは、熊本細川藩主15代のお殿様であった。お殿様の美術館観賞者への一感想として、申されました。

 解説書物も、パンフレット、アナウンスも一切不要。先入観を持たず、館内の絵画をスタスタと見て回り、自分が好いと思えば其処で立ち止まり、再びスタスタ、そして良い物に惹かれて戻り、其処で心行くまで眺める。引率され、説明を受けて目利きに為ると云うのは、自分の流儀には無い。五感・感性を磨くには、幼少からの自然との関わり合いの中から、極普通に醸成されて行くのが、一番良いんじゃないでしょうかねとの段で在った。


夢奇譚・第十部 インドオームの檀家回り
                  インドオーム
       虫眼鏡老人とダケン主風と渡世風ぶっかけ屋
                  異次元界

            夢奇譚・第十部 インドオームの檀家回り
 <その1> 鳥世界点描
 私は常緑樹の中に居た。濃い緑の丸い頭部、背、翼、鋭角のスゥーと伸ばした長い尾羽。若草の光沢を思わせる黄緑の腹色、赤くずんぐりとした鈎型の太い嘴、首には黒い輪状の羽毛が配されて居る。通称・インド・オーム、正式名称・ワカケホンセイインコ(輪掛け本青インコ)への姿変わりである。

★如何やら、夢奇譚の世界が始まって居る様である。日頃の行いが祟ってか? 私はとうとう、インコのコスチュームを着せられてしまったらしい。まぁ、これも或る意味、夢奇譚に相応しくもある。此処は夢奇譚の世界なのであるからして、この短編は異次元の貴重なる体験報告とも為ろう。
 何しろ御承知の様に、私は背骨もキンタマも持ち合せて居ない原生生物アミーバ見たいな『妄想生き物』なのである。そんな下賎の生き物が粋がって、<夢奇譚執筆>と息巻いて居ても、シリーズも10話を数えれば、毎度毎度は人間で居られないのであろう。これも、致し方の無い処である。へっへっへぇで、大きく構えるしか方途は無いのである。

 現代では、人が、物が、その日の内に海を隔てた遠距離を、飛行機が数時間、十数時間で行き来して仕舞う時代である。人・物が移動すれば、当然に植物・昆虫・動物なども至極当たり前で移動して来る。それらが副次的或いは偶発的に移動して来たと云っても、人間以外の衣服・住居を持たない動・植物が気候風土の異なった日本で代を重ねるには、適者適存・繁栄、乃至はバイタリティ溢れる環境順応力が、不可避と云う処であろう。
 日本にも、開国以前の中国、朝鮮半島交流・交易、南蛮貿易のルートから、幾多の外来種が日本に根を下して居る実態が在る。古くは稲作が渡って来た弥生の時代には、穀物を荒らすネズミ取りの役は、犬が担っていたと云う事でもあるし、鶏、猫、馬、牛だって元を質せば外来種である。

 それが開国明治期からの列強先進国を相手の大量輸送、現代では全世界を相手にスピードの航空輸送と大量輸送の巨大コンテナ船の御世である。そして、物量に加えて、地球温暖化とやらで、気温上昇の人工波は丸い地球の東西南北に侵攻して居るのであるから、それに伴って外来種の侵攻は、地球生物多様化の一途を辿って居るとの報告もある処である。

 中学、高校時代は、好く自転車に乗って、街の小鳥屋巡りをして居た。私が若かりし頃、20代後半期には、一大バードブームが在った。飼い鳥の代表格の九官鳥、セキセイインコ、十姉妹、文鳥、金華鳥、カナリア、高価な小桜インコ、ボタンインコ、オカメインコなどの繁殖出来る物。現地で雛の時に捕獲されたインド・オーム、ダルマインコ、オキナインコなどの中型インコ類が大量に輸入されて、ブームを呼んで居た物である。紅雀、キンパラ、ギンパラ、カエデチョウ、ヒノマルチョウ、セイキチョウ・・・etcのフィンチ類も盛んに輸入され『安価・大量販売』されて居た物である。
 その時代、セックスアニマルなどの揶揄は無く、専らエコノミックアニマルなどと云う言葉で表現される様に、<日本の経済護送船団>は、七つの海を走り廻って居た時代だったのだろう。

 事、鳥に関しては、登園拒否の<橋の下幼稚園児>の頃より、人一倍の関心事であったから、何種類も何羽も買って来て、眺めて居た物である。紅雀は、その当時、安価な小鳥で、赤、緑のスプレーで色分けをされて、大量に雑居籠に入って居た物である。
 然し、東南アジア産の極小フィンチは、囀りの長さこそ短いが、笛を転がす様な澄んだ囀りは、繊細で美しいメロディであった。この紅雀は、オスには及ばないがメスも奇麗な鳴き声を持って居た。これ等が鳥籠から逃げ出して、野生化して環境適合して繁殖を繰り返して居るのが、外来種なのである。

 前置きが長くなってしまったが、私はそんな外来種のワカケホンセイインコ(以下、面倒なのでインド・オーム)に変身して居たのである。まぁ、小さい頃は、兄弟に『鳥気違い』と云われ続けて育った経緯もあって、インド・オームへの変身も悪くは無いと苦笑いしている次第である。

 季節は風薫る青葉の5月も中旬辺りだろうか・・・ 鳥族の朝は早い。白みかける空気は未だ寒いが、墨絵の山端のシルエットからは、カラスの一団がカアカアと鳴き交わしながら5~6羽の続きで、塒(ねぐら)の山から人間の居住区の食料場所目指して、活動を開始している。

 人間界に居る私は、夜は滅法強いが、朝がタイテのコラサ状態で、全然弱い性質である。それが急にインド・オームのコスチュームを着させられたと云っても、中身までそう簡単に鳥族変異は出来ないで居るのである。へへへ。
 人間界が活動を起こす前が、動物界・鳥族の食料漁りと食事の時間帯なのである。人間界の一日の行動パターンが、ほぼ同様の様に動物界も或る行動範囲の中を時間帯に依って巡回しているのが実態なのである。ネズミも猫も鳥も、大体は同様な食糧確保を目的とした縄張り内を行動域として居るのである。食糧確保に基づいて縄張りの範囲が決まり、縄張りを守る事が生きる事に直決するから、他者排除と云う見張り行動も一体と為って来る。

 私の塒は、大木の中・上部である。地上から3~5mもあれば、空気は結構優秀な保温・断熱材であるからして、意外と温度は高いのである。この枝葉を茂らせた常緑樹の大木を塒として居るのは、ムクドリの群れ、ヒヨドリなどである。そんな中に混じって、私も塒として居るのである。

 ご存知の様に、鳥族は飛ぶ事に特化して来た恐竜の末裔である。鳥族は飛ぶ事で、行動の自由と安全を手に入れたのであるから、飛翔への特化をした為に、体重を軽くする必要から、食い溜めの出来ない身体の造りと為って居る。排泄物も飛翔効率を考えれば、無駄な重量であるから、当然に飛翔中にも排泄する仕組みと為って居る。歯の無い嘴で突いて丸呑みをして、砂嚢で砕いて、次の器官に送り短時間で栄養素を吸収して、排泄する省略器官から成り立って居ると云って良かろう。二兎を追うもの一兎も得ずの喩えでは無いが、特化すると云う事は二者択一の選択なのである。

 地上動物の様に、悠長に食物を時間を掛けて十分に消化して栄養素として体内吸収する仕組みとは為って居ないのである。半消化でも排泄せざるを得ない臓器の仕組み故に、鳥族の一日は、食べて居る事が生活の大半を占めるのである。従って、鳥族の排泄物は半消化なるを以って、栄養価が高いのである。その証拠に、鶏糞は優れた<自然肥料>として取引されるし、ウグイスの糞に至っては<高価な化粧品>の一大エキスとして重用されて居るのである。

 例え夢奇譚の中で在っても、私は飛翔力に富んだスマートなインド・オームに変身させて頂いたのである。若葉の柔らかい所、高ネルギー源と為る密の多い花芯を砂嚢一杯に落とし込んで、私は青空の中に飛翔した。

 何と翼の力強さであろうか・・・ 風を両翼に掴み、上昇を目指して両翼の角度を合わせ羽ばたく。空中の自由なる飛翔の爽快感は、正に特化をして来た賜物の特権と云って然るべきあろう。私は高度を上げて東風に乗って、一路西を目指す。
 高度を下げて飛べば、煩さくも意地悪この上も無いカラス達が、寄って集って執拗為るオチョッカイ行動を仕掛けて来るのが落ちである。そんな輩と付き合うのは、エネルギーの浪費でしかあるまい。

 上空には上昇気流を受けて、トンビが円を描いて、地上の餌を探して滑空して居る。彼等は殆ど飛んで居る鳥を襲える程の敏捷さは持ち合わせて居ない。従って然して、心配する必要は無い。怖いのは<鷹類>である。

 私は、この機会を捉えて、幾つかの訪問観察をして見ようと考えて居る。吾がブログカテゴリー内から訪問先を選んで、①虫眼鏡老人と同居犬ダケン ②風のよもやま話の主風の洞窟 ③ぶっかけ屋 のその後を覗いて行こうと考えている次第である。

 <その2> 虫眼鏡老人とダケン
 凄い突風である。やれやれ、私の出立が遅れたら、突風に煽られて、到着が明日に為って終った事だろう。私は庭の木々が密集する枝を両の爪で確り掴んで、早速の観察開始である。
 ボロ家が地震の様に揺れる。虫眼鏡老人は、季節外れの黄砂に煙る灰色濃淡の空を、廊下から後ろ手の恰好で見上げて居る。この家の共同生活者のダケンが、廊下のガラス戸に前足を掛けて、開けろ開けろとピンクの長い舌をゼイゼイ言わせて催促をして居る。そんな駄犬の哀願の態を虫眼鏡老人は、下目チラリと一瞥するだけで、これ聞えよがしの呟きのポーズで言うのであった。

「フン、駄犬の癖をし居って、中国如きの黄砂が怖いとはのう。全く、役立たずの臆病者めが・・・」

<おい、爺、そんな見下した顔をして、意地悪をするで無いわ。余は、前世は葵三つ葉、将軍家の落し胤よ。やんごとなき血筋ゆえに、花粉・黄砂などの不純物アレルギー症なのじゃ。恥しらず黄砂の突風に煽られて、縁の下でさっきから、クシャミ、鼻汁、痒さの涙目なんじゃい。自分だけ、杉花粉症などと弱音を吐いて、家に閉じ籠もりだったじゃないのさ。黄砂に不感症を嵩に着て、人間面か。世が世だったら、誰憚る事が在ろう『お犬様』であるぞよ。全く、下賎の考えとは、冷たい物だ。>

「フン、それを云うなら、『三つ葉葵』と言うんじゃい。これこれ、ダケン。そんなに汚い涎を、タラタラ垂らすでは無いわ。お前と居ると、バッチィ限りじゃ。番犬が、鼻水で嗅覚力を失って、痒い目で視覚に靄が掛かってでは、人間以下の番人では無いか。こんな気位ばかりの駄犬なんぞを、飼ってくれる<奇特な人間>など、ワシ以外に、誰が居ると思って居るんじゃい。」

<おいおい、この爺、ご近所から『変人扱い』されて、そっぽを向かれて居るから、同居をして遣って居るのに・・・余にばかり、そのストレスの捌け口を持って来やがる。益々、因業爺人相の行進中の沙汰だぜや。
 これ、子供染みた意地悪をするでない。ハッ、ハックション。ハッ、ハックショウ。ウゥ~、鼻水が垂れる。こりぁ、堪らん。糞爺が、背に腹はかえらぬ・・・ ワンワン、ご主人様、何とか『生類憐みの情』をば、ワンワン、ワワァオ~ン。>

「嗚呼、汚い汚い、女女しいにも程が在る駄犬じゃ・・・ 普段、人間と同格と自惚れて居るから、その体たらくなんじゃい。
 おお、今度は泣き落としで来るか。イヒヒ。野郎、目が痒くて、擦り過ぎて充血して居やがる。仕方が在るまいな。相手は犬畜生の類じゃから、あんまり意地悪をして、怒らせて脛でもガブリと齧られてもアホ臭いから、中に入れて遣るか。」

<何が、犬畜生の類じゃ!! 入れる気が在れば、最初から素直に入れてくれれば、好いんだよ。全く、世話の掛かる爺だぜや。>

 虫眼鏡老人とダケンのコンビは、相も変わらずに、こんな人間語と犬語を交わしながら、日々を送って居る様である。二人と云うのか、一人&一頭と云うのかは知らぬが、彼等は、いいコンビなのである。

 今年は、全く寒い冬であった。春分のお彼岸を越えたと云うのに、酷い時は零下5~6℃を下回る日々を呈して居たから、虫眼鏡を手にダケンとの自転車散歩も儘為らぬ老人は、すっかり冬籠りの態から抜け出せないで、長い冬をこんな憎まれ口を叩きながら、桜の季節を送り、葉桜、山吹、アヤメの季節の中に居たのだが、本日の黄砂突風に、こんな憎まれ口上をぶつけ合って楽しんで居る。

 如何やら、お互いが骨身で知り合う<生類憐みの令>を実践して居る名コンビと云えようか。老人の庭には、杏の実も赤い小粒のニワウメの実もギッシリと実って居る。今日は旅の疲れと次の飛翔に、体力回復日と致そうか。突風も、その内に収まる事であろう。

 <その3> 風のよもやま話の主風の洞窟
 自然界の動物に倣って、私は太陽が上がらぬ前に粗方の食事を終え、日の出の頃には、川の浅瀬で水浴びをする。河の水柳の緑の簾に身を隠し、濡れた翼を羽ばたきで水を飛ばし、胸腹の水は身震いを繰り返して飛ばす。それから、赤いずんぐりとした嘴をカリカリさせて、羽虫などを潰して羽毛、翼の乾くのを待つ。
 人間の私なら、食後の一服、風呂上りの一服と云った処だろう。汚れと脂分の取れた胸腹の羽毛が、風に晒されてヒンヤリとした空気が肌を撫でる。背の羽毛にも同様の風が流れる。人間なら衣服、鳥族なら羽毛の下には、皮膚の呼吸が隠されて居るのであるから、皮膚に直接当たる風の感触は、堪らなく良い気持なのである。

 主風の住む洞窟は、この位置からは青い空に屏風の様にそそり立って縦貫する西の彼方、青い山脈の裾野に位置する奥まった山並みの出っ張り部分に在る。羽も羽毛も乾いた。上昇気流も生まれて来た。さぁ、飛び立ちの時である。私は同色の水柳の簾から翼を一杯に羽ばたかせて、青い空を目指す。

 湧き立つ上昇気流を迎える様に、私は力強く羽ばたきを繰り返して、高度をグングン上げて行く。スマートな大きな翼を帆に、長い尾を舵として、私は上昇気流の上部に巻き込む西方向の風を捉えて、それに便乗して西へ西へと帆の翼の傾きを調整して行く。

 眼下には広々とした鳥瞰図が流れて行く。上昇気流の強さに圧しられて、羽毛は空気の粒を蓄えて、確りと保温剤と化して居る。一方、太陽を受ける背の羽毛、翼から羽ばたきの運動熱が気化すると共に、太陽熱をも受け取って居るから、プラスマイナス・ゼロのバランスの採れた熱交換作用がある。これは、体感して見ないと分からない納得の大発見であった。

 エンジン音の無い鳥瞰図は、真に静かである。翼の羽ばたきと翼に流れる風の音がするだけの静寂の飛行乃至は滑空は、爽快感と云うよりも<初めて鳥人間>となった私には、神秘と自由の広がりにも感じられる。

 工場地帯、市街地、住宅地、幹線道路、高速道路、大小の河川、田園地帯。緑の大地に桃畑のピンクの絨毯が、膨張色として萌え立つ。田植えの終った茶色の水田。水田の畔に植えられた芝桜のピンク、白の縁取りも、里山の山桜の散りばめも、長過ぎた冬と決別して、<百花繚乱の鳥瞰図>を描いて広がって居る。

 主風は洞窟での寝姿、トグロを巻かせた身体のから、ムクムクと頭部を出す。未だ目覚めの蒙満感から抜け出して居ない頭を擡げて、洞窟の中央から、山の小鳥達の朝の囀り、活動を開始した枝渡りの気配を聞いたりしながら、大欠伸を二、三度する。徐々に身体の朝の目覚めを促す。

 眺望に、朝日は未だ山に隠れて居る。太陽の光が、山端に僅かな光彩を放ちながら、夜が明けて行く。東の空を橙色にゆっくりと染めて、山の生物達の動き、囀りが、静寂さの中で大きく反響し合う。

「う~む。今日も好い天気に為りそうだ。風は無いから、この分だと、客人が来るとしても、午後からじゃろうて。さてさて、お天道さんの日射で、上昇気流を待つとしようか。」

 太陽が山端から完全に離れて、主風の隠れ森に射し満ちて来る。老体の主風は、スルスルと長い身体を細く、細くして、洞窟の入口に伸ばして行く。主風は煙の様な薄い平べったい頭部にすると、森に吹き始めた空気の流れに、ヒョイとばかりに身を乗せた。
 それは、小さな空気の呼吸の様な微少の風である。目に見えないほどの霞が、椎の大木に流れる。そして、その一抱えもある横枝に頭部をクルリと一回転させる。始点を得た主風の洞窟の身体が、グゥ~とばかりに洞窟内から吸引される様に、森の木々の横枝を這う様に外に向かって伸びて行く。

 洞窟内の太い身体は、森の木々の横枝をベットの様に使って、今度は横に薄く広がって行く。如何やら、夜の洞窟内の湿気で重くなった身体を、森のベットに薄く広げる事で、乾燥効率を良くして軽くさせる事が目的らしい。こんな風にして、主風は上昇気流を存分に利用して、自由にこの一帯の主風として存在して居るのであろう。 
 
 気温はグングン上昇して、小さな森にも風が吹き始めて居る。風は若葉・青葉に移行する山の広葉樹の葉裏の白さをザワザワと戦がせて、丸でうねる風の等高線を見せたり、上昇気流の動きの様を見せ付けて、空に消えて行く。風の幾筋もの動きを、葉裏の白いざわめき、戦ぎに印して、山腹を西から東へと風が走って居る。

 主風は、そんな上昇気流を掴んで山風と為って、主風の森から消えて行った。入り組んだ山容が遠近に重なり合う広大にして奥深く続く山々を、高く低く、東西南北に、その時々の風の流れに身を任せ、或いは風に乗り換えて、この一帯を風任せに渡り進む。・・・これが、主風の日課なのである。

 主風は自在に身体を収縮、伸長させて、巧みに風を利用して緩急自在の風情で、山地、山岳の自然を見て回る。大体は午前中にそんな事をして、午後からは昼寝の為に自分の小さな森に帰って行くのである。午後からは森に在って、風仲間の訪問を待って、彼等が訪れれば、風のよもやま話に興じて時を過ごす。これが、大体の主風の一日のパターンと云って良かろう。

 風族には、鳥族の渡りと同様な生活者パターンがある。主風の様に、一つの場所に安住する者、国内を季節に応じて渡る者、地球規模の季節風として世界を巡る者と云った大別すると3パターンが在る。
 主風は定住の風である。彼は塒を森の洞窟として居るから、其処に国内を渡り歩く・・・云って見ればフーテンの寅さんの様な『渡世風』世界規模の渡りをする季節風の『旅風』達が、旅の途中で主風の洞窟を訪れる形で、<風のよもやま話>の場を提供して居るのである。(詳しくは、個々のよもやま話の章は、カテゴリー内<風のよもやま話>を参考とされたし。)

 5月のGW時には山を指す定期バス、観光バス、マイカーの渋滞を運んだ道路には、往来のスムーズさが戻って居た。冬場には下がって居た猿、鹿、カモシカ達も、若葉青葉が謳歌する山の恵みの中に、深い山に移動して居る。
 
 林、森は野鳥達の繁殖期の只中に在って、縄張り宣言をするオス達の囀りを木霊させている。谷を穿つ清流には、燦々と降り注ぐ太陽光線に反射する清冽な早瀬が躍動して居る。大小の岩石が乱立するその間隙を、白波を滾らせ、ぶつかり合い、飛沫を飛ばし続ける、その下には張り付いた苔の緑が眩しい程の色彩を示す。それは、深山、木漏れ日の中の宝石と云っても過言では無い神秘さと荘厳さを併せ持った幽玄の世界の扉でも在る。
 早瀬を大岩が遮り、水流が暫しの小休止をする所、木漏れ日が底に照らす四十万の中に、暫し目を凝視させれば、流れ、浮遊する餌を捕食せんが為に、岩魚達が流れの上層部で、身構えて居る姿を目撃する事も出来る。

 インドオームの私が主風の住まいの小さな森に到着したのは、太陽の位置からすると、午後の三時前後であろうか。この時間に為ると、気温上昇に伴って、空気の対流現象が幾つも幾つも生じて来る。そんな気圧のデコボコを埋めるべくして、気圧の移動=風が一段と強まって、風の活動が活発に為って来る。

 主風の棲む森を隠す山塊が見えて来た。私は頑丈にしてスマートな両翼で、風を効率良く捉まえて、風薫る、風流れる風の新幹線に乗って、飛行距離を伸ばすのであった。薫風の鳥瞰図は、目に染み入る若葉・青葉の茂り、原色の黄・赤を太陽光線に膨張させた花々の絨毯にも見える。

「やっと、例年に追い付いたね。5月はこれで無くちゃね。俺達日本全国を渡る渡世風も、この位の陽気、季節に為ってくれないと、渡世の流れ旅も叶いませんがね。ニャハハ。親爺さんの処には、大分ご無沙汰しちゃいまして。元気なお姿を拝見出来て、今年も一安心ですわ。アハハ。」

「そうだな。ワシもこの辺り一帯の主風に収まって、何百年経つのかも定かでは無くなって来たんじゃが、天候不順の年は、やっぱり何かと気苦労が絶えんもんじゃて。如何だった? お前さんの様な渡世風からすると、すっかり自然界も人間界の移り変わりには、多分、空いた口も塞がらないの<蔑視>が在るんじゃろうよ。ハハハ。」

「そうそう、そうなんですわ。親爺さんも嘆かわしい、怒り心頭感が炸裂振りなんでしょうが・・・特に大和の国2000年、3000年のスパンを取って見ても、日本の敗戦後の、この方60~70年の有様と来たら、目を覆うばかりの大和の国、大和の国民の衰退振りですからね。
 云って見りゃ、日本中、ピンからキリまで、精神のタガが外れに外れて、テンで我、我の精神割れ三昧ですわ。我道に走り私欲に走り、我欲のテンコ盛りに猛スピード。

 姿形の無い風にだって、『生物の道』くらいは、知ってますがね。それだからこそ、この前までは、そんな汚い物を除去して、真っ当な精神の風を送っても居たんですがね・・・ でも、もうもう、完全に行けませんや。もう、匙投げちゃいましたよ。この頃じゃ、勝手にお遣りなされの『無視』を決め込むだけなんですがね。

 神仏、お化けまでをも殺し、哲学、真っ当さも捨ててしまって、物欲の虜と為り果てた現代経済効率を『現代合理教』と盲拝して居るんだから、低能集団と看做すしか無いでしょうが。基準が経済の拝金主義から来る経済的高級生活欲、地位欲、権力欲、名誉欲への我道一直線のオンパレードと来たんじゃ、真っ当精神基準の出る幕なんか、何処にもありませんわ。

 そうであるならば、どうぞ、低能同士が、とことん『我道私欲』を剥き出しに、弱食強食合戦をして、行き着く処まで行って、<勝ちたる吾、振り返れば屍の山。国破れて山河ありの自然も無く、一人取り残されて、慟哭に咽ぶも、何も無し。心に去来する我道の末に辿り着いた天涯孤独の痛さ。>で、狂い死ぬのが、お似合いって物でしょうに。違いますかね。」

「あはは、ワシと比べたら、お前さんは、小僧っ子。そのお前さんに、其処まで言われて、匙を投げられてるんだから、<人間のお粗末さも、事、此処に至れり。>じゃわな。幾らワシが長く主風をして居ると云っても、論評に値せずじゃわいの~。ハハハ。

 ワシの話は、遠に苔蒸しては居るが、四辺を海に囲まれて、丸木舟、手漕ぎ舟、帆掛け舟、帆船、蒸気船の時代に在っては、交流頻度数量も、ごくごく一部の僅少さであったから、小さな島国大和の国であっても、それが末端の地にまで行き届くには、長い長い歴史を刻んで居った。それ故に、長い年月の内に、異国の教え、技術も大和の中に吸収合併される形で、日本の色合いの中で、じっくりゆっくり時間を掛けて醸成されて来たもんじゃ。

 本来、根付くとは、その事を指すのじゃが・・・ 和魂洋才なんて観察は、何も文明開化の御世にだけ注目されて、時代語に為った訳では無いのじゃがな。人間界は、兎角、眼まぐるしくも、新しき物に、目を捉われてしまうから、表層言葉に引っ掛かり易いのじゃ。

 それが明治期この方、怒涛の西洋化が進んで、世界に目が開いたのは好い事なんじゃが、成功すれば<世界の先頭>に立ちたいと云う物欲が増大する。これは、避けられない人間と云う生物の特性と云う物じゃ。
 敗戦後は、自由主義対共産主義の東西対立冷戦、南北問題、経済経済の対立・闘いに全てを費やして、世界分業化にボーダレスの一名開かれた経済戦争も、今や、経済を先導する物からマネーに形を変え、嘗ての土地転がしが、金転がしと云うマネーゲームが、世界経済の牽引役を果たして居る。実業を離れて、虚業が<虚業を拡大再生産>を為して、地球を電磁波の最短秒で駆け回って居るのが、この時代の真姿と云った物じゃろう。

 本来はじゃ、公器の筈の自由が、個人の所有物に為り下がって、行き着いた先が個人の自由の衝突合戦を繰り広げて居る。権力ボケ、物欲ボケ、色欲ボケ、・・・etc 権力権化、物欲権化、色欲権化・・・etc おまけを云えば、勝者敗者、富者貧者、多数少数、こんな個人自由の時代の中で、善悪の言葉は、最近富みに、出番を小さくさせて居る実態が、この行き過ぎの精神基準の衰退振りを、示して居る様であろうが。

 昔はなぁ、人間共も未だマシであった。<社会が男を作り、家庭が女を作る。そして男達は、社会を若者に譲り、見守って死ぬ。女達は嫁に家庭を譲り、見守って死ぬ。>此処には、辛抱して、身に付けて、身に付けた物を次代に伝えて、社会、家庭への感謝の気持ちを込めた『見守りの形』が備わって居った物じゃて。これが、極々普通で当たり前の『人間界の道』なんじゃたのだがの~・・・ 

 浅はかな現代物質社会で個人の自由を持ったと嘯いている連中は、<辛抱の価値>を時代遅れな封建的思想、思考と錯覚して居るにしか過ぎまい。その癖、有形物だと、見て触れて写真に写す事が出来るもんじゃから、猫も杓子も『世界遺産』と涎を垂らして、観光名所巡りをする。5000年、3000年、1000年と云う年月の歴史の辛抱の上に立って、有形を残して居る物には大拍手と大勲章を贈呈する。にも拘らず、より高度な目利きを要する『精神と云う無形物』には、時代遅れの烙印を押して、顧みないのは<均衡を欠いた評価>でしか有るまい。

 有形・無形を問わず、価値ある物は、何時の時代にも讃えられ伝承されて行かねば為らない。・・・とワシ等は、生きて来たんじゃがの~。人間界の浅はかさなど、正に笑止千万の沙汰じゃて。アハハ。」

「そうなんですよ。気付くのが遅ければ遅いほど、再生の道程は遠く険しいのに、それに気付かないのは、取りも直さず低能の謗りに甘んずるしか無いでしょうよ。低能は、身体で、それを実感するまでは、何を働き掛けても無駄ですからね。
 色々、人間界の、そんな個々の話は立ち寄る旅の先々で、ウンザリするほど見聞して来たんですがね。内容が、余りにもお粗末過ぎるんで、親爺さんからこんな高尚な達観を聞かされてしまうと、俺は、仕入れて来た男と女の下世話話など、低級過ぎて何も報告出来ませんわね。」

「そうか。ワシなんぞは、お前さんの人間界の男と女の<不倫話、出歯亀話>を愉しみにして居ったんじゃがのぅ。アハハ。
 ワシも何度かは、そんな少年、青年期の想い出る悩みなどを経験して来た物じゃ。まぁまぁ、そんな語りたくも無く為る心境も分からぬ訳では無い。仕込んで置いた山葡萄酒もある事じゃて、今日はゆっくり酔い潰れて寝るが良いわ。」

 インドオームに変身して居るとは云っても、私の本態は何時ものアガタ・リョウに他ならないのである。私は洞窟の入口に枝葉を重ね合わせる広葉樹の若葉・青葉の陰に止まって、こんな主風と渡世風のよもやま話に<聴講生の気分>で聞き入って居た次第である。

 私はひょんな切っ掛けで、異界への一旅行者としてレポーター役を頂戴させて頂いている次第である。風に耳を済ませれば、風にも人間界と同様の定住型主風が居て、そんな日本各地の土地の主風を訪れる渡世風が居て、世界規模の季節風の旅風が居て、風同士でも、こんなよもやま話を交換し合って居る現実を実体験すると、森羅万象全てに生命・魂が存在するの意見に心打たれる処である。
 
 程好い葡萄酒の酩酊が、主風と年若い渡世風の途切れ途切れの我々人間界の文化文明の今昔から、現代文化への冷視話を聞きながら、私は何時しか深い眠りの中へ落ちて行ったのである。

 <その4> ぶっかけ屋
 5月も下旬に入って水田の早苗も太陽の下、薫風に小波が走り殿様蛙が、のんびりと水に浮いて居る。太陽の熱を吸収して、水田には青みどろがとろろ昆布の様なふやけた緑藻を成長させて居る。田んぼの畦には、野生種の小振りなアヤメの濃い藍色の花を咲かせて居る。ツバメが空を高く低く舞い飛び、花には蝶、蜜蜂、その他の昆虫達が、緩やかに、忙しく飛び回って居る。

 汗ばむ様にの下で、農家の年寄りが野菜畑の野良仕事をしたり、停年退職組の夫婦など散策歩きとか、葉桜の林の中ではカッキィーン、カッキィーンの乾いた音を響かせて、まレット・ゴルフに興じるロートル男女混成グループが、曲がった背でのんびりとスティックを振り、ボールの行方に一喜一憂をして居る。

 インドオームの私は、そんな風景の中を低い高さで飛ぶ。住宅街の庭に色付いた杏の実を赤いずんぐりとした嘴で、エネルギー源としながら暫しの食事タイムとした後、大空高く飛翔する。ゲンさんと年の離れた金髪美人のロシア細君の<ぶっかけ屋>の方向を見定めて、羽ばたき進む。

 ぶっかけ屋は、街中を流れるM川の飲み屋街から近い住宅街の中にある。殆ど商売気の無い、その日露夫婦は、自宅の食堂を開放して500円均一のカレー、シチュー、肉丼などと、味噌汁、漬け物を提供する飯屋を趣味の延長として遣って居る。客はぶっかけ屋の玄関から上がって食堂に行き、食器棚から器を取り出して、大きな炊飯器から自分の分量の飯をよそい、ガス台に掛かった其々の鍋から、大きなシャモジで掬って、ぶっかけ飯とするのである。

 ゲンさんは、親から相続した田畑を持って居る。家から車で10分ほど北へ行った緩やかな丘陵地帯の一角に、その畑はある。そこで収穫した米、野菜を使って飯屋の食材として居る。趣味に毛の生えた程度の農知識と労力を使って、田んぼも畑も夫婦二人でこなして居る。従ってゲンさんの気持ちとしては、自分の所で取れた物を面倒な流通・市場に出すのでは無く、地産地消をもっと進めて、小さいながらも『自産他消の場』としてぶっかけ屋を提供して居ると云った感覚なのである。

 そうであるから、食事はセルフサービス方式の簡単明瞭さのぶっかけ屋なのである。稼ぐ事の煩わしさは、本より年金生活者のゲンさんの嫌う処であるから、距離を置いた夫婦二人の生活を主体と考え行動して居る。何しろ、執着心に乏しい夫婦であるから、種切れに為れば、その時点で玄関には<本日終了の張り紙>が出されて終う。
それでも、一風変わったゲンさんの温かみのある雰囲気と年若い金髪美人のロシア細君との絡みの面白さを、観察しに食事をしに来る固定常連客が居る。そんな事で、ぶっかけ屋は維持されて居るのであろう。

 私はゲンさんの庭樹の枝に降りた。庭に面した長い廊下に出したテーブルに新聞を広げて、ゲンさんは老眼鏡で記事を追って居る。煙草を深々と吹かして、傍らのコーヒーを飲む。ロシア細君は、家の中の様である。

「あなた、そろそろ用意して下さ~い。畑に行く時間ですよ。今日は暑くなりそうだから、ザル蕎麦でも加えましょうか~? 」

 ゲンさんは、若い世話好きなロシア細君のそんな言葉が聞こえて居るのか、煩いと思って居るのか・・・新聞の社説欄を読み入って居る風情である。

「ちょっと、あなたはまだ若いのに、耳が遠く為ったんですか。新聞はあなただけの物でしょ。私は日本語読めないですからね。放っといても逃げないでしょ。後で読んで下さ~い。畑の野菜達が待ってるでしょ。今は一年で一番清々しい時季でしょ。太陽の下での野良仕事は寒いロシア育ちの私には、美容・健康・若さの源で~す。
 この頃、あなたは、とても愚図ですよ。早いのは布団の中のSEXだけでしょ。ロシア女満足させられないのは、男の恥でしょ。アハハ。ブゥー。」

「こら、亭主の前で平気で、女が屁音を聞かせるとは、何じゃい。プッ、プッ、プゥー、とは、なんじゃ。此処は楽器屋じゃ無いだろう。これだから、ロシア女は手に負えん。女から羞恥心を取ったら、何が残るんじゃい。馬鹿垂れが!!」

「オゥ、これは日本とロシアの文化の違いでしょ。<出物、腫れ物、時知らず。> これ、自然現象で仕方ありませんね。ロシアは広い、それに引き替え日本は狭い。あなたのブォ、ブウーは、『締りのない大悪臭』でしょ。」

「何を言うか。毎日、同じ物を食べてるのに、何が締まりの無い大悪臭じゃい。俺を馬鹿にする気か!! この屁っこき女が。 」

「オウ、オゥ、屁の話は、車の中でも出来るでしょ。それに、畑の中だったら、思う存分、出せるでしょ。子供みたいなことを言ってないで、さぁさぁ、動いて下さい。全く、歳を取ると、お尻に根が生えるんだから。ダメダメ、早くして下さ~い。」

 腰の重いゲンさんには、この位のロシア細君が付いて居ないと、時間が過ぎ去るばかりの様である。これも、歳の差の開いた夫婦の間合いと云う物だろうか。私はロシア女のファンであるから、ニヤニヤしながら夫婦観察をさせて頂いた処である。
 
   車のエンジンが掛かった様であるから、私も車を追って空に飛び立つ。
 ゲンさんの畑に行くと、細君は野良仕事が好きな様である。彼女の表情、動きから、それは十分に伝わって来る処である。ゲンさんと細君は、別々に長ネギ、玉ねぎ、大根、ハツカ大根、ホーレンソウ、小松菜、ブロッコリーなどを、手際良く必要な分量を収穫して、籠に抜き取って、軽トラの荷台に載せる。こんな阿吽の呼吸で作業が出来るのであるから、芯の処で合致して居る男女の仲なのであろう。

「ほらほら、あなた、サヤエンドウが、こんなに可愛らしい実を付けて来たわよ。蛇口を開けて下さい。水をたっぷりプレゼントして帰りましょ。帰る時は、顔も手も洗って行って下さいよ。あなたは汚しん坊ですからね。シャワーすると、土が残ってますよ。排水口が詰まりますからね。困りますからね。注意して下さ~い。」

 ゲンさんは、<ッタク、煩い女だ。>と云わんばかりに、細君に背を向けて大袈裟に口をモグモグさせて悪口を言っているらしい。そして草の上に胡坐を掻くと、煙草に100円ライターでカチッと火を付けて、煙草の煙を、フゥー、フゥーと青空に向けて吐き出して居る。
 
 若いロシア細君は、そんなゲンさんの背中に向けて、特大の醜顔のアッカンベェーを数度投げ掛けて、笑って居るのである。勿論、畑に居るのはゲンさん夫婦だけである。

 へへへ、国・人種・習慣が違っても、兎角、世話を焼きたがるのが、古来より継承されて居る女族の変わらぬ特性らしい。

 それにしても、眩しい限りの太陽光線に萌え立つ様に映える新緑青葉の木々、若草の柔らかき緑の輝き、山端のウグイスの声の響き、流れる風の心地よさ・・・etcである事か。

 今回のインド・オームの夢奇譚の管理者が、私に投げ掛けて居る趣旨は、何か・・・

 すんなり進んだブログ短編への檀家回りである。今回の異次元旅の趣旨は、如何やら・・・翼を持った者の飛翔・飛行感を私に味合わせたかったのでは無いだろうか。そう考えれば、何となく得心の行く進展具合であった気がする。『小人、チャンスを逸する事勿れ』である。

 私は大空に一直線に羽ばたいて、薫風の壮快感を満喫しようと考えた。強靭な両翼、飛行には持って来いのスマートな流線型の体躯を思う存分に駆使して、上昇気流を掴む。そして、上空の強い風に乗ってグングン広がる眼下の鳥瞰図、視線を水平に保てば、前方に広がる山河の大パノラマが雄大且つ自由に広がる。

 眼下の鳥瞰図と水平の大眺望に、ロートルながら、私は時空を超えた自由の眺めと飛翔の実態の中に在った。両の翼を大きく広げて、翼一杯の上昇気流を掴み、翼の向きを変えれば、上空を支配する風にも進路を変える事も出来る。長い尾は、羽ばたき時の身体の揺れ防止、進路への舵取りにも作用する。

 日頃の柵から自由の飛翔、滑空の喜びが、私には実感された。虫眼鏡老人とダケン、主風と渡世風、ぶっかけ屋の近況を知る事も出来た。夢奇譚・第十部は、何時でも幕が下ろされても、それは<異次元管理者の随意>の内であろう。折角の機会である。日常に戻される前に、私は一個の生命の特化体・鳥族の一員と為って、彼等の自由の中に身を投じようと思った。

 私の単独飛行を上空から捉えた者が在った。ハヤブサであった。当然にハヤブサは、私目掛けて弾丸のスピードで突進して来た。鋭い両脚の爪が、私の背中に突き刺さった。空中で私はハヤブサに仕留められて、ガンガンと地上に落ちて行く。そして、私を両足で掴んだハヤブサは、水平羽ばたきに移行して居た。血の臭いがした。

 地上に降り立ったハヤブサの爛ランと見開かれた眼光の鋭さと気迫。脊髄を一撃されて、反応出来ない私が居た。鍵状の鋭い嘴が、私の腹部を割き、肉を食い千切る。私は為す術も無く、只両の眼を見開いて、されるがままの態で在る。

 不思議な感覚であった。私の命が尽きようとして居るにも拘わらずである。頭の片隅の何処かで、これが『生物本来の命の終焉の一シーン』なのだろうとの、実に冷ややかな達観視が、私の中には在った。私も、生物の端くれである。これが生物界の何の変哲も無い掟なのであろう。私は人間であるから、この夢奇譚の締め括りに依存は無かった。

 庭に面した二畳小部屋である。本日から新年度が始まった4/2である。丸坊主に為った楓には、まだ芽吹きの姿は無いが、地表にはマンジュシャゲ、スイセンが、すくすくと緑の葉を伸ばして居る、雪柳の灌木にも小さな芽吹きが現われて、太陽光線に緑を浮かせ始めて居る。常緑樹のシイラギの刺とげ葉にくすんだ色のウグイスが遣って来た。キジバトの低い声が聞こえて居る。夢奇譚の最終シーンに於ける異次元管理者のお計らいには、成程と思わされた次第である。

                     20012/4/2
             夢奇譚・第十部 インド・オームの檀家回り・・・完








心何処ーショート 嗚呼、老母におちょくられて。
            嗚呼、老母に、おちょくられて。(4/3/12)
 凄い風と雨である。昨日は、長散歩をして来て良かったと云う物である。こんな強烈な日は、家で風呂にでも入って、怠惰に一日を遣り過ごすしかあるまい。炊飯器を入れて、ラジオを聞きながらの布団の中である。何時しか寝て仕舞い、玄関の声で起こされる。

「一日早いですけど、ヤクルトで~す。」
「あいあい、ちょっと待っておくれ~。」

「あっ、その顔は~昨日は、遅くまでPC遣ってたでしょう。寝不足の顔してますよ~。」
「あいあい、ご明察。頭に血が巡って無いから、言葉が出て来んわね。セクハラトークを一回分、損こいちゃったわね。」

 昨日は、根性と意地の一日で在った。TVタックルの三宅久之大先生の退番スペシャル3時間を老母と見て居たので、予定がすっかりずれ込んで、深夜の挿絵描きと相為って仕舞ったのである。二枚描いて、もう一枚必要なのであったが、もう疲労困憊で布団の中へダウンの態であったのである。

 それにしても、凄まじいばかりの豪風雨の叩き付けである事か。こんな日は、風呂に入って無精髭を剃って、気分だけは風呂上がり気分で居たい物である。

 風呂に入って、PC打ちをしながら老母の風呂上がりを待って、風呂掃除でもするしかあるまい。後は、一枚最後のシーンの挿絵を描いて、物語の読み直し・校正をして、何時でも投稿出来るようにして置けばオーライなのである。

 老母と向き合って、四年に為るロートル賄い夫稼業である。親子漫才のシーンも、今や日常の一コマでもある。私もいざと為れば、話好きの大戯けであるから、好き勝手な助平話を95の母親相手に、世の女族への悪口、悪態三昧を仕出かして居る。そんな日々であるから、老母も嘴を挟むタイミングを心得て居て、

「此処にも、女が居るよ。女が好きな癖して、好く其処まで、女の悪口を云えるもんだ。女から生まれて来たのに、偉そうに~。女に、よっぽど恨みが在るんだね。可哀想に。」

「何を扱きぁがる。傷心の胸にグサリと来る事を、平気で云う婆ぁだ。言っとくけどなぁ、イエス・キリストじゃあるめいし、女一人で、子供が出来るか。物事は、前後を好く考え言うもんだわさ。俺なんか、理性と感情を分断出来る二元論者だぜや。俺が好きなのは、女の持ち物だけだわね。馬鹿にしやがって、文句あるか。」

「何を言いたいのやら、困った息子だ。ほらほら、お前の好きなタイプの女の人だよ。こう云う人が、好みなんだろ。う~ん。」

「おっ、どれどれ。お~、好いじゃねぇか。あっ、駄目だ。喋らなきぁ、好い女なのに。嗚呼、勿体無ぇや。婆ぁ相手に、戯け口を叩いてると面白いけど、俺の時間が無く為って来るだけだから、俺ぁ、部屋に帰るわさ。
 疲れたら、ベットでテレビ見てろよ。俺の血の半分は、婆さんの血だから、俺のスケベルーツを辿りゃ、助平婆ぁって事さね。ベットで、胸に手を当てて、考えて見ろや。
 馬鹿にしやがって、冗談じゃ無ぇや。魚心在れば、水心在りだわね。一皮剥きぁ、人類みな兄弟、同じ穴のムジナって事さね。俺は助平とは別格の正直なだけだ。馬鹿垂が。」

「あれ、もう行っちゃうのかい。今日は散歩出来ないんだから、ゆっくりして行けば。」

「幾ら女でも、片足棺桶に突っ込んでる婆ぁかまったって、官能の対象には為らんわね。阿保臭。オヤジの写真見て、念仏でも唱えてましょや。アハハ。この頃じゃ、落ち目の三度笠で、婆ぁにおちょくられて、俺ぁ、自殺してえわね。」

 何なに、台風だと。明日も悪天候とのラジオの声である。食器洗い、鳥の世話、掃除をしたから、風呂から上がった事でもある。風呂洗いをして、夢奇譚・第十部の完成と致しましょうかね。風は止んだものの、雨は降り止まずである。


心何処ーショート へへへ、遣りゃ追い付く物である。
             へへへ、遣りゃ追い付く物である。(4/2/12)
 さぁてと、本日中に第十部を打ち上げて置きたいと考えている次第である。<その4>を打てば、完の運びである。朝食後は国会中継をして居るから、老母相手に野次飛ばしをして居ると、玄関に声である。NHKさんの集金である。
 
 私はNHKに物申すで、全額支払いを拒否している処である。集金担当さんも、社内申し送りで、重々その間の事情は知っているとの事である。ズングリした落ち着いた内向性の目と雰囲気をお持ちの男性であるから、意見交換をしようと思った。その前に、一応の支払額の調整をする。

「支払い金額は、幾ら?」
「えーと、○○円です。」
「全額は払いたく無いんだけど、折角来てくれたんだし、半額にしましょうかね。変なオヤジにとっ捕まって、耳の痛い事を聞くのも、立派な市場調査ですからね。」

 支払いを済ませて、さてさて、利害対立の意見交換に及ぶ。うん、中々の腰の低さと意見徴集能力の高さである。日頃のNHK感想を披歴させて頂き、意見のキャッチ・ボールと相為った。

「好い勉強をさせていただきました。ご主人は怖さと優しさの両方を持っていますね。それに冷静で、物静かに話をされるし、私共の話にも理解をして下さる。凄い方ですね。本当は怖い方なんでしょうね。目力が在って、輝いてます。」

「う~ん。そうだね。でもねぇ、男ってヤツは、怒らなければ為らない時には、怒る力を持って居ないとね。時と場合に依っては、演技で怒らなきぁ為らない時も在るしね。冷静沈着上品だけじゃ、事が収束しない事の方が多いんじゃないですか。

 北朝鮮・中国・韓国の無礼千万外交を唯垂れ流しして、ニュース報道で、その日本の外交方針の是非は、視聴者さん達が、其々の観点、感性、価値観で論じれば良いなんてのは、一見正当性が在る様に見えるけど、そりぁ違うでしょう。
 国に方針が在れば、それに基づいて、社会がその方向性に向けて常識を喚起したり涵養して行くのが、一方の報道の在り方じゃないんですかね。

 在るべき姿と云う物が、根っこに無ければ、個人の自由に任せるだけの国家意思・価値観の丸投げ状態に陥るだけじゃ無いですかね。話せば何事も解決出来るなんて、人間娑婆では通じない事の方が、圧倒的に多いでしょ。困ったものですわ。エリートを任じる自惚れが在るのなら、その位のキンタマを見せるのが、エリートさん達の社会的義務じゃありませんかね。

 桶には、何本もの樽木で側面と云うか深さの容量が確保されてるでしょ。他の樽気が1mでも樽木の一本が、50cmしかなかったら、桶には50cmの水しか溜まらんでしょう。他の樽木を切って、50cmの寸足らずの樽木に継ぎ足して遣れば、事に依ったら90cmの処まで水が溜まるでしょう。自助、共助とは、そう云う事を指してるんでしょ。その共助のステージには、旗振りが必要でしょうが。これって協働意識でもあり、言葉を変えれば流行り言葉の絆でも良いですよ。絆には連帯意識が必要不可欠な要素ですよ。

 へへへ、臍曲がりの50cm樽木が、俺ですわね。説得して、好い番組を構成して、寸足らずの俺をNHKさんの協働作用で、助けておくんなましよ。俺ぁ単純馬鹿だから、納得したら、その時から全額支払いに応じますよ。何十年も全額支払いして来たんですからね。アハハ。

 お宅は、好い雰囲気を持っているから、俺と同じタイプなんだろう。チョイと俺の戯け画なんか見て、人間ウォッチングでもして行くかいね。人間って面白い生き物だよ。へへへ。」

「私は絵の善し悪しは分かりませんが、どれも何処と無く暖かい物を感じます。さらりと物の本質を言って退けるんですから、やっぱり鋭さ、怖さ、優しさを同居させているお人なんですね。良いお話を聞かせて貰いました。NHKに対して色んな御意見が在る事は、重々承知をしています。良いんですよ。確りした御意見の下でのNHKシンパのお気持ちを承って、良い勉強に為りました。」

「いえいえ、私の方こそ、久し振りに意見のキャッチ・ボールが出来て、42歳と云う日本の男の真っ当さを頂戴しましたよ。アリガトさん。」

 さてさて、良い寄り道をして仕舞った。こう為ったら、意地でも<その4>を打ち上げて完とするぞ。本日は暖かい日である。二畳小部屋に移って、尻に鞭を入れた処である。打ち終えて、全14頁の運びである。へへへ、大分疲れてしまった。昼寝をしたい処では在ったが、好い陽気であるから散歩に出掛ける。昼寝よりも、散歩をして遠目をして来た方が、眼精疲労には良い薬なのである。

 さて、本日は早寝をする事として、この数日の手抜きブログを恥じて、真面目打ちをして置きましょうかね。へへへ。

心何処ーショート 本日4/1為り。
                  本日4/1為り。(4/1/12)
 さてさて、先日は世話に為ったから、弟に電話をすると一人で工事中との事である。お礼の気持ちを兼ねて、手伝いに行って来る。2時間程の仕事を終えて、事務所で話をして来る。陽気は、ドライブでもしたく為る程の好い天気である。帰って来て、小鳥の世話、洗濯物を干して、遅い遅過ぎる程の昼を食べさせる。

 さてさて、米を研いで置かなければ晩飯には在り付けない。いやはや、賄い夫業は中断して仕舞うと、面倒な物である。散歩は手伝いの肉体労働で換算する事にして、ブログ日誌後は、<物語打ち>を先に進めて置く事にしよう。余り間が空いて仕舞うと、好い加減な男であるから、物語の辻褄が合わなく為って仕舞うものである。

 朝の内は、寒さと暴風残りの塩梅では在ったが、昼からは無風の好天で、気温も上昇して来て好い日曜日の風情である。暦も4月に入ったのであるから、もうこの位で、春に向かって確かな足取りを示して欲しい物である。散々待たされている<春の入り口>なのであるからして・・・もう、この辺りで、シャキッと為されませ。あい~。

 日曜日の静けさか、玄関鳥達の声が良く聞こえて来る。福寿草の茎・葉の大分伸びて、黄花も土から離れて咲いて居るし、スイセンの蕾の一両日中に割れて、花開く程の成長を見せている。雪柳のモヤモヤした茶姿には、プップッと新芽の緑が、顔を覗かせ始めている。足止めを喰らって居た春が、ウズウズと待ち切れずに寒の割れ目に、急速な分け入りをして居る様な感じさえ見せている。

 然しながら天気予報によると、そう一筋縄には行きそうも無いのが今冬の本態らしい。寒冬・長冬の意地悪さが、寒の嫌がらせで続きそうとの事でもあるし・・・ 四月に入ったと言っても、其処はエイプリル・フール。民主野田政権は、消費税UPを閣議決定したとは云う物の、後に控える民主党内部の不統一、国会採決が通るかも、極めて前途多難との観測が彼方此方から沸騰しているとの事でもある。

 果たして如何なる事やら、為る様にしか為らないのが、人間界のドウシヨウモナイ姿なのであろう。国会議員の先生方、これも議席を与かる先生方の責任行動であるからして、天下分け目の一線として、戦地で存分戦う姿を見せて貰いたい物である。アッシャ~、篤と観察・記憶に留めて投票行動に繋げまするわいね。へへへ。

Copyright © 心何処(こころいずこ). all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。