旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心何処ーショート 何事も、修行為り。
               何事も、修行である。(8/31/11)
 明日で、八月も最終日である。日中は暑かったから、裸ん棒で過ごす。文作も区切りの好い所で印刷をして置く。夏休み中は、孫の合宿所と化す斜向かい吟さん宅である。漸くのお勤め解放ですっかり夏疲れをしている様で、顔を見せない。

 四畳半の窓から見ると、ガレージのシャッターの隙間から足が覗いて居る。留守中に来て空振りでは申し訳が立たない。然すれば、思った時が吉日、通い綴りを持って外に出る。声を掛けずにシャッターの隙間に、文作綴りを差し入れてパタパタさせて遣ると、シャワーを浴びて来たと云う吟さんが、ドアから表に出て来られた。

 へへへ、大分、草臥れた<青菜に塩>の状態である。何やかやと野暮用続きで体力消耗との由。休養したいのは山々なのではあるが、朝の畑仕事をサボる訳にも行かぬと愚痴を溢して居られる。然もありなむ。生り物の成長は、待ってはくれない代物である。趣味と実益の毎日作業は、大変な事なのであろう。イッヒッヒ~。

 30℃を越える夏の戻りで在っては、還暦男とてアップアップの態である。夕涼みには太陽があるから、それも叶わぬ。ゴタゴタした四畳半定位置ではあるが、扇風機に縋るしか無いのである。やれやれ、暑いじゃゴザンせんか・・・

 キリギリスにサワガニケースの間に、新籠のあぶれメスと若鳥二羽が収まっている。おやおや、親番いから生まれた若鳥の胸の摸様に変化の兆しであろうか。嘴は幼鳥の特徴で、未だ黒一色なのではあるが・・・ よくよく覗き込んで見ると、並金華のオスの特徴であるゼブラの横縞模様が薄らと現れ始めて居るではないか。

 子供番いから生まれた若鳥は、既に嘴は黒い部分がすっかり取れて、薄橙色を呈しているから、メスなのであろう。新籠住人は、全てメスか?と半ば諦めて居た矢先であるから、嬉しい限りである。へへへ、これで第三の番い誕生の運びである。

 ミッドナイトに成って、日課の夜散歩に出掛ける。コウロギの声も昼と違って、夜は大きな声である。墨絵の葦原からは、せせらぎの音が夜中の川原を繋げて流れている。雲間の星星が、薄い雲に滲んで鈍い光を止めて居る次第である。

 明けて水曜日、朝賄いと同時進行で小動物達の世話をして居ると、ヤクルトママさんのコールである。上がり廊下には、鳥籠二つである。

「友達の家も、小鳥飼ってるんですよ。散らかすから、掃除をしないと大変な事になっちゃうって溢してますからね。ゆっくり遣って下さ~い。」

 本日は、ヤクルトが残っているから、ヨーグルトを貰う事にする。へへへ、作業中に付き、セクハラトークが出ず終いであった。

 朝食・テレビのお時間を消化して、新籠を持って四畳半定位置に座る。過ぎ行く夏に遅れじと、ミンミン・ミィ~ンの最終楽章か・・・本日も扇風機の御厄介である。

 キリギリスは、ギース・チョン・ギースと鳴き、若鳥達は成長期の飛び跳ねを繰り返し、玄関籠と呼応して鳴き交わす。スカート切りを得意技とするサワガニは、飽きもせずに、起重機の様に両のハサミで、小石崩しの繰り返しをし続けている。

 机上の水槽を見れば、本日は餌抜きで好かろうが、夏の戻りで結構な蒸発量である。やれやれ、面倒な水汲みに行って来なければ為るまい。

 おやおや、白と薄茶の斑メスさんは、早くも若鳥にオスの匂いを感じて居るのであろうか。上体を沈めて尾羽を小刻みに震わせ、肛門周辺の羽毛を逆立てて、ピンクの菊のご紋を御開帳である。歳端も行かぬ少年に、早くも年増女の性教育、性調教で御座りまするかな??? 

 それにしても、発情充血の菊の御門とは露骨過ぎて、同じコーモン様には違い無かろうが、三つ葉葵の御紋とは、『ご威光』が違い過ぎまする。幾ら好色女日照りの吾が身とて、思わず目を逸らせる<理性>と云う物である。
 
 嗚呼、情け無し。嗚呼、薄情な娑婆為り。何んと見る目無き女族である事か・・・

<面倒な愛は要らねぇ。穴さえ有れば、文句なし。> ←真っ正直な男の呟きなんですがねぇ。

 然しながら、吾が願望は『至誠不通天』なのであるから、お天道様も、殊、人間には倫理を求め過ぎまするわね。お天道様の教えであるから、コンニャローメ!! などと言ったら、天罰が即下されるだろうから、とほほと言うしかあるまい。

 こちとらは、女日照りの悶々行進だぜや・・・ッタク、本能とは云え、そりぁ、チョイっと早過ぎるんじゃゴザンせんか。困った年増様である。嗚呼、阿保臭~。シャ~無い。長靴はいて、バケツ携えて、水汲みに行って参りまする。

 自然の摂理を司るお天道様の思し召しにぁ、一切文句・異存はゴザンせん。
はいはい、何事も、人間の一生は修行で御座りまする。へいへい、行って参りまする。

スポンサーサイト

心何処ーショート 新代表、母屋改革は出来るのだろうか・・・
        新代表、母屋改革は出来るのだろうか・・・(8/30/11)

 総理は野田さんに為りますが、野田さん、鹿野さんと久し振りに好い演説を聞きました。

 然しながら、総理が変わっても、民主党政権下ですから、鵜合の衆が豹変する訳でも無く政権素人の醜態を晒して行くのでしょうね。それでも日本の総理が、海江田さん、前原さんに為らなくて、一安心をしている心境でありまする。

 昨日は、途中からの民主党代表候補者諸氏の演説模様を、テレビで見て居ました。大正女の母は、野田・鹿野御両人の演説に頷いて、大層な拍手を送って居りました。演説を生業とする政治家なのですから、政治家はこの位の心情の吐露が出来ないと、全く魅力の無い処であります。

 第一回投票で、野田さんが第二位に付けて、これで小沢・鳩山の民主党反・非主流派は、過半数を取れずに、野田代表が勝利するだろうと確信しましたから、自室でラジオに切り替えて聞いて居ました。二位に前原さんが付けて居たら、海江田さん有利で、田中角栄張りに、小沢院政と鳩山顔出しなんてザマに為って居たかも知れませんしね。

 マスコミでは、人気・男前では圧倒的に有利とされて居た前原さんでしたが、開票して見れば野田さんでした。前原・野田連合体と云うのですから、意外と水面下では政治判断が働いて居て、きっとシビアな『票分け』が描かれて居たんでしょうね。
 グループを率いて束ねる政治家ですから、諸般の事柄などを斟酌すれば、当然の戦略だったんでしょうね。

 キャスティングボードを握る意思未定・不明議員へのアピールには、演説内容と演説の『演出』が決め手と為るんでしょうしね。<アピールの有効性>を骨の髄まで知り尽くして居る政治家と云う口達者な人間が、原稿に目を通す話し振りと云うのは、その人間の気持ちが現れて居て面白い対照を為すんじゃないでしょうかね。

 数で優位性を誇示する反・非主流派から押された海江田さんには、目の前の<ぼた餅>が目に入り過ぎて、粗相の無い様に『原稿』の棒読み。

 一方、代表選立候補を見送って仕舞うと、率いるグループとグループでの求心力を失い兼ねない危惧がある前原さん。然りとて、二位に付いて決戦投票と為れば、反前原の空気が海江田さんに流れる心配もある。
 よしんば、自分が総理と為れば、外国籍女性からの政治献金、北朝鮮とのパイプが取り沙汰されて、癒着政治の<左翼の闇>が暴かれる。個人としては、見守りが一番なのではあるが、このままだと、封じ込め勢力が息を吹き返して仕舞う。小沢・鳩山・菅の支配から、世代交代の楔を打つには、絶好の機会である。

 これは普通に考えれば、極当たり前の戦略だろう。後は知恵を絞り、コアの数を数え、数の割り振りを実行に移す。これは秘密厳守の戦いである。

 前原・野田連合体が、野田さんを担いで二位・三位で海江田さんに肉薄して、下位連合体で反・非主流派を封じ込めて、新世代民主党の時代を確立して行く。その為には、主役を野田さんに譲るべく、『原稿』をチラチラ見て演説をする演出をするしか無かったのだと感じた次第であります。

 これは、素人にも観察出来るシナリオ作家の演出と云う物である。野田さん当選の結果が出ない様では、民主党と云う議員バッチ集団は、如何し様も無い集団と思いましたわ。

 人の話を聞いて自らが判断すると云う思考回路と行動回路を持ち合せて居ないと為ると、余りにも人間として、公人として、選球眼ゼロの低質過ぎて箸にも棒にも引っ掛らないと云う物です。

 それにしても、マスコミの情報収集力の低下には、目を覆いたくなる想いがありますね。政治記者・番記者と云われて、それで飯を食っている連中が、事前予想も立てられない<体たらくさ>には、お前さん達、真面目に仕事をして居るのかと云う『怒り』すら覚えます。
 プロと云われているジャナリストからすれば、専門知識・情報から、当然穿った予想が幾つか成り立ち、その自分の予想が現実に近い物かどうかの周辺情報を掻き集めて、一定の判断を下すのが、それを職業として居る人間の『頭脳・職業勘回路』と云う物でしょう。

 それらが解説と云う形で表明されるのが、その道のプロと云うか、<目利き>の役目なのだと思うのですがね。選挙特報などでは、開票早々に当確予想が出るのに、全く可笑しな対照ですね。

 そうなんですよ。マスコミは<出口調査>と云うカンニングをして、ただ単なる早出しをして居るに過ぎないのですから、当確者が当選するのは『時間の問題』という範疇でしかありません物ね。
 絶対のカンニングツールを持っているから、出来る事です。そのカンニングツールが個人の物なら、これは立派なプロとしての情報と為って、目利きと為る。そのカラクリを知らない素人からすると、正に凄い事と映るから、目利き個人に万雷の拍手が贈呈されるのです。

 世の中に、結果報道ほど気楽な物は無いでしょうからね。目まぐるしい程に、情報ニュースの洪水の日々・瞬間の日常の中に在って、道具が優秀に成り過ぎると、何故か人間の思考回路と云う物は、益々鈍化して行く傾向が顕著の様ですね。

 好い知能指数を賜って、学業成績優秀で人の上に立って、良質な社会実現の為に役割を果たさなければ為らない連中が、職業・地位に胡坐を掻いて、お座成り仕事で高い報酬を得て、個人の好環境にのみ夢中に為って居ては、この世は、如何にも為りませんわな。

      少しは、報酬に値する社会貢献を為さりませ。ニャロメ~。

 ついでですから、下衆感想をもう一つ。野田さん、鹿野さんは好い演説でしたね。菅政権の閣僚さん達でしたよね。これだけの言を吐くお二方でしたから、菅無理総理にとっては、苦手な御仁だったんでしょうね。煙たかったんでしょうかね。下手に苛菅で弩鳴ったら、反対にドヤシ上げられて仕舞ったかも知れませんね。へへへ。

 それで、閣僚先生達の言葉に耳を貸さずに、訳の分からない委員会ばかり立ち上げて、個人的パフォーマンスで逃げ回って居たのかも知れませんね。まぁ、そんな処が、菅無理さんの顔・態度に見え見えでしたけどね。

 さて、<ノーサイドにしましょう。>との新代表の呼び掛けではありますが、母屋の民主党には、総選挙の禊(みそ)ぎはありません。小選挙区制・政権交代可能な二大政党のキャッチフレーズは、風に民意が旗めく愚民政治との揶揄もありまする。

 折角掴んだ金バッジが、愚民菌バッジに腐食しない内に、政治家の人間力を培って金バッジに恥じぬ成長を遂げて頂くしかありませんね。少なくとも、衆院任期満了まで解散しないと為れば、新人民主党議員さん達の成長を願い、政権与党の自覚と責任を果たして貰いたい物であります。

 まぁ、下衆の私の感想からすれば、駄目な物は駄目なのであります。駄目な物には、元から断つと云う外科手術が一番の処方箋でありましょうや。遅かれ早かれ、民主党は、故郷のツンドラ永久凍土に葬られるのが、宜しいかと思って居りまする。イッヒッヒ~。


心何処ーショート 女2、男1の話も、楽しい物であった。
          女2、男1の話も、楽しい物であった。(8/29/11)
 さてさて、本日はケア・マネージャーさんの聞き取り日である。9:30との事であるから、真似事掃除でもして置きましょうかね。序であるから、玄関鳥の鳥籠3個の底板も洗い、下駄箱の上も拭き掃除である。打ち水をして湯を沸かし、見えられたらお茶請けに漬け物でも出せば好かろう。

 そうこうして居ると、ケア・マネさんのお越しである。彼女も、小鳥が好きな様である。玄関で、小鳥達を楽しそうに見て居る。(見送り時に聞いた処ではあるが、父親が野鳥好きで、コマドリ、ホウジロ、シジュウカラを飼って居たとの事である。)

 来客の殆ど来ない静かな吾が家である。月に一度の顔見せではあるが、今ではHさんは立派な近しい関係者なのである。自由にして行かれるのが、吾が家の歓待方である。

  母の部屋の座卓には、母の手で、お客さん用の茶わんが用意して有る。

 母との相性も好いから、好いケア・マネさんの担当で、私としては実に有難い次第である。何はともあれ、女は女同士の族波長と云う物があるのであろう。気分のケアは、大きな効果を見せてくれる物である。

「ほい、何にも無いけど、俺様の漬けた漬け物だいね。摘まんでおくれや。」
「じゃ、遠慮なく。・・・ あっ、美味しい。仄かに粕の香りがする。こっちは、何ですか?」

「沢庵漬けの古漬を面倒臭いから、同じタッパに入れて、冷蔵庫保存さね。」
「あら、これも美味しい。Rさん、遣るじゃ無いですか。女顔負けですよ。」

「あいあい、俺ぁ、馬鹿女より出来が好いからね。隠して来た才能の一気開きってもんだわね。亭主が現役の時は、女に胡坐掻いて居ても好いけど、退役して亭主がピンピンしてると、安易に女に胡坐掻いてるばかりじゃ、軽く足元を掬われちゃうんね。気を付けましょや。へへへ。

 男も女も、倦怠期・減退期に差し掛かりゃ、亭主は<粗大ゴミ>、カカアは単なる亭主の身を削る<カンナ>って事が、世の通り相場だからね。

 サシスセソの家事万端が、女の専属・専権領域で、<アンタ、私が居なかったら、アンタなんか、何にも出来ないから生きてなんか居られないわよ。>ってな事で、女の口車に乗っけられて、騙され洗脳と脅迫の日々だったんだけどさ。遣って知る女族の好い加減さってもんさね。ギャハハ。」

「エェ~、そんなに女の事を糞味噌に言われちゃうと、反発したくなっちゃいますけど、痛いところ突いてる~。只者じゃないですねぇ。おほほ。」

「あいあい、男は女の股ぐらを突くのが、オスの役目だぜね。ギャハハ!!」

「お婆ちゃん、息子さんは、何時もこうなんですか?」

「何処で、狂っちゃったか、もっと凄い事を、親の前でも平気で言いますよ。昔は、気難しい子で、冗談も言わなかった息子なんですけどね。
 私が変な事を言うと、ジロリと馬鹿にした様な顔されてましたけどね。根が硬い子ですから、口だけですから、笑って遣り過ごせば好いんですよ。話が面白いから、この歳になっても、勉強させて貰ってるんですよ。」

「ウンウン、お婆ちゃん、分かりますよ。面白い話をしてくれる奥には、教養も知識も品も備わっているもの。色んなお宅を訪問させて貰ってますけど、Rさんの様な人は居ませんし、此処の家庭は、自然体で居られて居心地が好いですよ。そんな事で、チャッカリお邪魔して居るんですよ。

 お婆ちゃん、長生きし無きぁ損ですよ。こんな風に親子が暮らせるようになる為には、長い時間が必要で、そんな中に色んな事が無いと、此処までの自然な雰囲気は出て来ませんからね。
 お母さんの影響が、強いんでしょうね。雰囲気が好く似てますよ。理想としたい雰囲気がありますよ。」

「あいあい、婆さんと女房、お二方の先生が好かったんでしょうね。へへへ、感謝するしか無ぇわね。」 

 介護家庭を訪問して、介護の色んなケースを見る事で、仕事のキャリアを積んで行くのが王道であろう。経験の蓄積が、ケース・バイ・ケースの小単元で、それらが活かされて行くのであろう。吾が家の介護風景も、回り回って、何方かの介護生活の気休めと為って呉れれば、これまた、嬉しい事とも為る。

「何処で覚えたんですか?」
「俺には、二人、先生が居てさ。婆さんと女房の遣って居た事を、真似て居るだけの事だけさや。賄い夫も三年だけど、最初の一年半が、駄目でねぇ。逃げ出したく為った事も、何度と無く在ったけどさ、リズムと要領が分かって来ると、安定して、それが日常習慣と為って来るもんさね。
 親分無しの子分無し。天に唾吹きゃ、自分に落ちて来る。石の上にも三年は、経験則の金字塔って事さね。へへへ。」

 下手絵、戯け絵ファイルと斜向かい吟さんへの通い綴りなどを、話しの種に午前中は、女二人と話を交わす。

 さてさて昼飯前に、郵便局経由で米屋さんに行って、米を買って来るべしである。本日、30℃を上回って、真夏の暑さである。

 テレビを付けると、民主党の代表候補の演説会の中継である。野田氏の熱弁に拍手を送り、鹿野先生の政治家らしいオーソドックスな味に、母子ともに拍手を送った処である。決選投票では、野田氏が選出された。好い演説であった。


心何処・・・晴れ間に、ボンボンボン。
      <晴れ間に、ボン、ボン、ボン。>の挿絵なり。(8/28/11)

 昨日に続いて、本日も夏の名残り日の様な暑さですね。今年3度目に為るんでしょうかね、シジュウカラの巣立ち児を引き連れた一団が、昨日から庭木に遣って来て、チィチィ、ジュクジュクと動き回って居りまする。

 久し振りに扇風機を掛けて、六畳の座椅子にどっかりと胡坐を掻いて、お絵描きタイムで遊んで居りまする。

 本日の1枚は、言わずと知れた昨日のボンボン絵でありまする。手の災いか・・・中年女性のボン・ボン・ボンが実物に反して、何んとも健康な熟柿の和みの味に仕上がって仕舞いました。
 一方、Tのヨダレ観賞の主女性は、何んとも早や・・・ これを見せたら、肖像権の侵害どころか、名誉棄損で股間に数発の足蹴りを喰らって、再起不能域に為って仕舞う事、必定の沙汰でありましょう。

       遺憾いかん・・・ 一向に上達しない不器用さでありまする。

 さてさて、吾が身と致しますれば、然して胸の大小には興味が薄く、福与(ふくよ)かなる臀部の膨らみ・下腹部のぽっ照りした膨らみと容量に、妄想を馳せて居る次第なのでありまする。

 ご訪問の紳士淑女様各位に於かれましては、至誠通天ではありませぬが、<妄想通天>にて、下半身の福与かさをお楽しみ下されば、宜しいかと存じまする。

 古来より、女体は豊醸の象徴でも在りますれば、節食・ダイエットの女狐闊歩では、世の中、殺跋の風景でしかありませぬ。皮下脂肪のぽってり餅肌に男の和む世界も在るのでありまする。

 何事も、経時変化、男女の身体の造りに、抗(あらが)って居ては、ユトリもナゴミも生まれては参りませぬ。目くじら立てずに、自然体にして時の流れに漂うが如くで、好いではありませぬか・・・ イッヒッヒ。

              晴れ間に、ボンボンボン。


                アイ・タイム_001


心何処ーショート 晴れ間に、馬鹿が、ボン、ボン、ボン。
          晴れ間に、馬鹿が、ボン、ボン、ボン。(8/27/11)
 秋風?に、熱い太陽さんの輝きである。久し振りの晴れ日であるから、夏の出で立ちである。コーヒースタバの駐車場から車を降りて、直ぐ目に飛び込んで来たのは、中年女性のホルスタイン種並の大きな乳、下腹、臀部のボン・ボン・ボンのお姿である。

 そう云えば放射物質被爆の汚染牛とやらが、出荷停止処分を解除されたのは好いが、出荷時期を5カ月も経過して、商品価値が下落して仕舞ったとの声があった。私流に解釈すると、適度な霜降り状態が、脂肪太りに移行していると云う事を指して居るのだろう。
 
 為るほど、為るほど、ボン、ボンのナイスバディも賞味期限があると云う事なのだろうが、ボン、ボン、ボンとボンが一つ増せば、貫録が圧倒してしまうのである。

「凄いねぇ。脱いだ姿は、如何なんだろうね。」
「乳バンドの引き上げ装置が外されたら、ニュートンの万有引力が支配するって事ずらい。誇示して深い仲。揉まれて、吸い付かれて、役目を終えりゃ、肩凝りの重力世界って事じゃないの。」

「そうかね。女の経時変化ねぇ。<花の命は短くて、胸の垂れに、肩凝り覚えるかな。・・・女の道>ってかい?
 秋風に載せて、巧い事を言うもんだ。俺は<面食い>だけど、T見たいに『体食い』じゃないから、ああ云う、古女房との一戦も、お互いを知り尽くした<済ませ事>で、淡々の日常挨拶で好いだろうね。一寸待ってろや、ご亭主の顔見て行くわいな。イヒヒ。」

「クワァ~、この<ゲテモノ喰い>がぁ~。まあまあ、其処で変態妄想してろや、今日は夏に戻ったから、アイスコーヒーで好いだろう。」

 コーヒー注文に並ぶTと、ミルク、シュガー、ストローを取って、コーヒーを待つ間、本屋のツタヤの人の動きを見ると、矢張り、生足パンツの女性が多い。それに、目の錯覚だろうか・・・ボン、ボンとプリン、プリンの比率が多い。こんな日も、珍しい。

 二階席は、通常の入りである。S大フランス文学の先生が、手を上げて会釈して下さる。へへへ、先生、幾分痩せてほっそりとして居られる。壁際、奥から二番目の定位置に座る事が出来た。テーブルを二つ置いた壁際席には、女子学生の学習タイムである。学校が始まったのであろう。宿題組は居なくなっている。

 アッジャ~、大きな胸の膨らみに、若々しい生足の足組である。Tの野郎は、とんでもない。話し相手の私を一切見ずに、観賞一辺倒の態である。困った男である。

「そう云えば、ラジオで50幾つかの機長さんが、全裸で若い娘っこの部屋に押し入ったってんだから、此処まで来たら、モラル以下の漫画の世界だぜや。
 俺だって、夜散歩の折りの立ちション時には、隠すのも面倒だから、ライトの中で見せびらかして遣らっかなんて事も思わ無いでは無いがさ・・・ 
 いきりマラだか、フニャチンだか知らんが、幾ら酒飲んでも、俺にぁ、全裸で忍び込む変態異常さも、糞度胸も無ぇぜや。

 妄想願望を二次元の漫画の世界に展開するのは、漫画チィックな世界の提供で、爆笑拍手は出来ても、現実の三次元世界で、それを実行に移すなんてオッサンは、無人島送りにするしか無かんべさ。ありゃ、魔が差したんじゃ無くて、過去何回も成功を収めている常習犯なんだろうな。」

「スケベ、変態魔は何時の時代にも居るけどさ、或る意味、病気って云えば病気体質なんだろうけど、幾ら何でも、自分の立ち場・地位を考慮出来ないのは、お頭回線が、幼稚過ぎるわな。

 学校の先生が、隠しカメラとか、サイトメールで、中学生、高校生のハメ撮り遣らかして、ネット販売だって言うしな。何を遣っとるんじゃい。漫画にも為らんわな。
 何かあれば、管理社会のストレス見たいに、格好付けの解説、コメントを流して居るけど、何をこきぁがるってもんだわね。エエカッコシィにも、程がある。馬っ鹿じゃないの。

 そんなに変態ゴッコがしたかったら、何でも有りのご時世だぜ。金払って、楽しめば好からずよ。安定して、好い稼ぎをして居るのに、ケチでミミッチイにも程があるぜや。死刑廃止の連中が居るし、即死刑にも出来んから、あんな輩は、<馬鹿チン>をギロチン処刑すりぁ好いんだよ。物が根元から切り落とされりゃ、バイアグラの効き様が無ぇずらよ。」

「やいやい、こりぁ、Tにしたら、過激な事を言うじゃんかい。雄豚は去勢すると、太るって事を聞いた事があるけど、変態男が男根を失うと如何為るんだろうね。大人の玩具で特大のペニスバンド買って来て、女憎さで突く捲るのかね。イッヒッヒ!!
 
 機長のオッサンじゃないけど、特大ペニスバンドして、全裸で忍び込むと如何為るんだろうね。機長さんだから、屁理屈も得意だろうし、現行犯逮捕で、ポリ公のお兄ちゃんと、<猥褻物の定義>を巡って大論争するのかね。見物だろうね。

『生身』は文句なしの猥褻物、『シリコン模造品』は拡大解釈して、<猥褻図書の範疇>に為るのかね? 面白いから、調べてみっか。

 大島渚監督の<愛のコリーダ>なんて映画は、芸術か猥褻かで物議を醸したんだしさ。オッサンの助かる道は、シリコン模造品を芸術作品に高め無くちゃ為らんし、それから、<芸術品転じて、凶器と為る。>の論法をお上に駆使されたら、説得性が薄く為っちゃうから、絶対に挿入不可の<絶対不能犯>を実証する為にはさ。神社さんのご神体見たいに、デフォルメせにぁ為らんぜよ。アッハッハ~。

 でもなぁ~、あんまりデカクし過ぎると、逃げる時に、お荷物に為って走れんしさ。ベランダのフェンスの鉄柵に閂(かんぬき)状の嵌って、<未遂の宙ぶらりん>で、ヘルプミー、ヘルプミーじゃ、おっ死んでも、先祖の墓には入れ無ぇずらよ。ギャハハ!!」

「コーヒー噴き出しちゃったぜや。この馬鹿が~。無駄言こきぁがって。」

「これで、精神病院、刑務所のご厄介に為らずに、好く生きて来れたもんだわ。Rと居ると、変態妄想菌に感染させられちゃうわな。とんでもない野郎と付き合いを長くしちまったぜや。<後の後悔、先に立たず>ってのは、本当だぜや。」

「冷てぇ事を言うな。同じ穴のムジナ・コンビじゃ無ぇか。俺の前で、見栄張るな!!」

「あれだぞ、晩節を穢す前に、自己抑制が出来なく為ったら、何時でも携帯鳴らせや。人知れず、<隔離病棟>に送って遣るぜな。俺が生きてる内は、腐れ縁の落し前で、骨だけは拾って遣るわさ。ついでに、狂うのは、俺が死んでからにしてくれや。あい?」

「あいあい、お気遣いアリガトざんす。」

 嗚呼、困った物である。どうも、我々はつるんで仕舞うと、こんな話しの内容に陥って仕舞うのである。番から男子高の教育が、悪過ぎたと責任転嫁するしか無さそうである。
 
 然しながら妄想変態は、法の最高峰憲法にて<内心の自由>が保障されては居りまするが、変態実行は、お手手が即、後ろに回りまするから、くれぐれも一線を踏み越えては為りませぬ。ギャハハ~~。


心何処ーショート 思わぬ発見に、ニンマリ。
            思わぬ発見に、ニンマリ。(8/26/11)
 さてさて、新しい籠に番いにあぶれたメスと若鳥二羽を移しましょうかね。雨続きで、草も伸び放題である。風呂を沸かして置いて、嫌な草抜き、草毟りでもするしかあるまい。水に不自由しなければ、夏は雑草の天下である。降ったり止んだりの曇天であるから、草を抜いて毟るには、お誂え向きである。

  ニャロメ・・・ これも、お天道様の思し召しである。遣ったろうじゃ無いのさ。

 体育会系、A型人間であるから、諦めて重い腰さえ上げれば、単調な根気仕事は最後まで遣り遂げる性向なのである。長靴、軍手、長ズボンに長袖シャツで、片膝を付きながらのチマチマ仕事である。草叢を追われて、秋のエンマコウロギが、ピョンピョン逃げて行く。

 繁茂する雑草を引き抜いて居ると、中から黄色のマツバボタンが一輪咲いて居るのを見付けた。何年振りかで、マツバボタンを見る事か・・・ 先週のコーヒースタバ・トークの後で、ホームセンターを覗いて来たのであるが、無かった『希少種』である。

 やれやれ、雨が降って来た。もう、ズボンもシャツも汗でグショグショであるから、雨なんかは如何って事も無い。<男が遣ると決めたら、遣るんじゃい。> 竹箒で掃き清めて、序であるから、私道の草抜きを始めるか・・・ デカイ声じゃ言えないが、優等生気質は、吾が持ち味でもある。

 私としては、私道は一切使わないのであるが、昔は四軒が向かい合わせて居た生活道であった。一番奥の80後半のオバさん(おバァちゃん)が、一日を掛けて草毟りをしてくれて居たのである。寄る歳波でオバさんも、体力が無く為って来たのであろうから、吾が家の私道範囲位は、私が遣らねば相済まぬ処である。

 半分ずつを出し合って、1.6m程の砕石を敷き詰めた私道である。この道は、インテリご夫婦の奥さんが、娘と孫を連れて散歩に行く小道である。草ぼうぼうの小道よりも、スッキリした小道の方が、好いに決まっている。

 驚いた事に、砕石の道にはハマキ苔が密集して居るでは無いか・・・今夏は、兎角、雨が多い。両側のブロック塀が、きっと良い感じの防風・遮光効果を担って居るのだろう。雑草をヒッコ抜いて小奇麗に為ると、地を這う薄緑の群生が、<忘れられた小道>に、如何にも相応しい風情を醸し出している。

 これは云って見れば、日本人の好む風情の一端であろうか。好いじゃ無いですか。苔さん達よ、あんたら、好いセンスを持ってるよ。

 私は苔が好きであるから、セッセと土手の石垣の間に群生している苔を取って来ては、玄関周りとか庭の独鈷周りに移植させているのだが、中々に定着してくれないのである。正に、<灯台下暗し>とは、好く言った物である。こんなに群生しているとは、感心して仕舞う処である。

 何処ぞのチンピラ芸能人の突っ張り馬鹿よりも、奥が深いでヤンスよ。あんなチンピラ男の何処が、天才なんじゃい。マスコミさんも、馬鹿も休み休み言っておくんなましである。アッシャ、あんな馬鹿っ小僧なんかは、デビュー当時から、小チンピラ臭が鼻に付いて、チャンネル替え一本槍でゴザンしたわね。芸能界引退で、清々致しましたわね。

 それともう一つ、すっかり野生化して辛うじて命を繋げているブドウが、申し訳無さそうな小さな房で、黒い実を付けて居たのである。

 汗と雨にグショ濡れ、藪蚊に何箇所も食われて、ヘタヘタの態ではあるが、遣り遂げてスッキリした小道に、大満足である。誰も褒めてくれないから、自画自賛の労い呟きをするしかあるまい。

 見たか、メタボのロートルクマ男の実力をば。男はひたすら、黙々とである。

 へへへ、三時間弱の根気仕事を終えて、汚れた衣服を洗濯機に入れ、湯船に身を沈めた次第である。何事も遣れば、何かしらの発見がある物である。


心何処ーショート 雨雨、雨なり。
                雨雨、雨なり。(8/25/11)

               雨が降る降る、雨が降る。
   休んだと思ったら、また降って来る。飽きもせずに、執拗な繰り返しザマ。

               雨は降る降る、雨が降る。
   アスファルトの輪立ちに川が流れる。輪立ち川、飲み切れずに、地面も川。

               雨は降り降り、水溜まり。
      輪立ちにシューの水切り音、低きを見付けて雨のプールが出来る。

          雨は降る降る、今日もモノトーンの世界。
 衛星映像見れば、日本列島前線攻め。南海に低気圧・台風の渦巻きだらけ。

              雨は降る降る、止む無しか。
 雲に覆い尽くされ、列島雨行進では、雑木の茂りも唯、素通り一辺倒為りや。

 へへへ、参りましたねぇ。呆れ返って、何を打ったら良いのか、何も浮かびません。困った物でありまする。雨の恩恵を得たのは、川の魚達なんでしょうね。時々、釣りをするから、水が枯れてはヤマメ殿が大きく育たないから、川には通年の一定の水量維持が絶対に必要なのである。まぁ、好しとすべきであろうか・・・

 昨日の夜散歩は、財布をポケットに、西にコースを取った。子供の頃から、間食をしない性質であるから、食習慣上、腹一杯の食事をしてしまう。そんな次第であるから、気分的にはチョイとビールでも飲んで来るかの心算なのではあるが、日々の賄い夫稼業で、腹の容量が決まって仕舞って居る。

 とほほなのであるが・・・そんな事で、店に入る気がしないのが、正直な胃袋状態なのである。

 加えて、中国料理、韓国料理の看板が並んでしまうと、ニュースに感化されて、如何しても両国の民度の低さに、<貧民ロートルの財布から、何で反日国家人の金を落す事もあるまい。阿保臭い。>に為って仕舞うのである。

 然りとて、ポケットには財布が入って居るのである。そう云えば、大きな山賊焼きを食べさせるロートル夫婦がする小汚い食堂があった。

 何は無くとも、日本人同士である。其処で飲んで行けば好かろう。農家であると云う主人は、兎に角、自家製の野菜満載の安価な食堂を切り盛りして居る。無愛想この上ない体格の好いオヤジである。兎に角、野菜のテンコ盛りに圧倒されて終う。

 もう、何年も行っては居ないのであるから、久し振りである。足を伸ばして見ようか、歩けば、腹ごなしが出来て、胃袋にも隙が出来ると云う物である。

 信号待ちで、その方向を見れば明かりが消えて居る。夫婦も歳かな? それとも、齷齪(あくせく)しないが、夫婦のモットーかな? どちらかが具合が悪いのかな? 

 へへへ、不運続きの性分であるから、こんな事はちょくちょく在る事である。

 ポツリポツリと雨が落ちて来た。さてさて、踵を返して真面目歩きで、大手スーパーで雨宿り方々、缶ビールと鳥の空揚げでも買って帰るとするか。真に以って、締りの無さ過ぎるお天気さんである。

 スーパーに入れば、何事もついでである。安売りラベルの貼り付け最中である。そんな中に、鯉の切り身パックがあった。鯉の甘煮は、母と私の好物の一つである。寝るには未だ未だ早い。場所を二畳の小部屋で、缶ビールを飲みながら、鯉の甘煮でも仕込んで見るのも、<時間の有効利用>と云う物である。

 缶ビールでぐっすり寝て、朝から精付けの朝飯を食べ終えれば、再びの雨である。


心何処ーショート へへ、お恥ずかしき独白為り。
             へへ、お恥ずかしき独白為り。(8/24/11)
 久し振りの晴れ間である。涼しい風に好い気分なのではあるが、ご近所で工事が始まって、時折凄まじい機械音が炸裂して居る。機械音が止めば、ミンミンゼミとキリギリスの合唱である。光の中を、小さなシジミチョウが、微風に逆らう様な格好で、地表近くをチョコマカと飛んで居る姿がある。今度は、中飛行のモンシロチョウのお出ましである。

 台所では、母の動きである。終わるのを待って、玄関鳥の水替えである。おやおや、騒々しいと思ったら、小籠の方の餌は綺麗に完食状態である。へへへ、偶には、餌不足のヒモジさを体験して、私の有難さに感謝すべきである。

 朝食を並べて居ると、ヤクルトママさんのコールである。<油断大敵>の金魚とサワガニ画と昨日の<雨スケッチ>のお披露目である。

 何と何と・・・ ママさんは、<雨スケッチ>の方が、好いムードだと言うのである。ボゥ~と浮かび上がって来る感じが、ママさんの感性(←想像力でしょうが・・・スケベ)を軽くノックするとの事である。

 私としたら、色彩の強い<油断大敵>の方が、画旨明快でインパクトがあると思ったのではあるが・・・ <雨スケッチ>の方は、大きな声では言えないが、エロを仕込んだ私特有の『戯け画』である。

 本日、ママさんは黒髪をざっくり束ねた無帽スタイルである。瓜実顔を少し縮めた小顔が、ほっそりとした白い肌に乗って、好い感じの美形さんである。自称セールスエリアは、ペチャパイであるから、ほっそりとした<白いオミアシ>との事である。

 私としては、ママさんの好い処は、化粧の薄い小顔と主婦らしい生真面目さがある処なのである。<気さくさ>と云う表現をしても好い性格なのではあるが、私の意識する気さくさには、ちょっと難点がある。
 それは、色白小顔とほっそりした165cmのスタイルが、気さくさの重量感と解放感の減点作用をしているのである。一寸間を置く受け答えが、受け身の性格なのであろう。気取らない素の好さが、ママさんにはある。

 素地の好さに、ほっそりとした、大人しい感じが漂う美形さんのタイプである。

 そんなママさんが、私の予想とは違って<雨スケッチ>を好みの方向だと言うのである。モワ~とした中間色の中に、色んな物が見えて来ると言うのである。←いやはや、大した観賞眼である。

 へへへ、戯け画の幾つかの仕込みに触発されて、想像のドアを開けて居ると、私が想像しても、的外れでは無いのである。これは云って見れば、毛バリのテンカラ・牛蒡抜きの一本釣りとは違って、コマセを撒いて、チョコンチョコンとウキから伝わる魚信見の様な物である。

 この頃は、専ら夜散歩であるから、幼な馴染みのガラッ八女様には出っ食わさないが、あんな女にこれを見せ様ものなら、何を言われて、スピーカーされてしまうか、堪った物では無いのである。ガラッ八迫力と口数の多さには、私は逆立ちしても絶対に敵わない豪傑女なのである。

 やはり、女族は、こうでなくちゃ~、行けません。本音隠しも、嗜みの内でありまする。

 仕込みの個々に就いて、ママさんのご感想を、縷々承りたいのは山々の衝動ではある。然しながら、個々の感想を強制摘出して仕舞っては、これまた、男女間の無粋領域の踏み込みでもあろう。私は、何事にも、奥深き性向の持ち主である。イッヒッヒ。

「そう、こりゃ、お見逸れ致しました。あの~、此の枝切り個所は見て貰えましたかね。」
「ええ、一発で、ドーンと目に飛び込んで来ましたよ。スケベオヤジ~。」

 はいはい、アッシャ、それを聞いて安堵致しましたがね、描いた甲斐がありましたぞね。

 百日紅(さるすべり)の幹にスラリと伸びた女脚を描いて、襞ヒダ足の軟体動物カタツムリを配置。御足にしがみ付いてミンミンとせっ付くミンミンゼミ、幽谷の闇間からニョッキリと付き出た枝切りの雄姿、根元に横たわるのは、肌色岩石。

 艶めかし御足の先には、何やら胸の先を思わせる赤。マンジュシャゲの花茎を掴んで、何かを覗き見をする黒イトトンボ。そんな妄想吟味をして行けば、地面から一斉に、ニョキニョキと生えて居る曼珠沙華のピンクの蕾とて、何やら別物にも見えて来る。

   庭石に蹲(うずくま)る雨蛙の視線の先には、何が見えるのか・・・

 私は女では無いから、感受性が女族とは全く異る。男族の側から俗に云われる表現ではあるが、<男は頭で考え、女は身体で感じる。>・・・ そんなフレーズが頭を過って、ついニンマリの段であった。

 勿論、私は奥深い小心者の男であるからして、個別の質問など一切口に出さないのである。

 フ~ム・・・恐るべし。女族のムードで感じる<奥の深さ>と云うべきか。戯け画に触発されて、ママさんは第三子を設けるのだろうか・・・凋落激しき民主党のマニュフェストの大目玉・子供手当は、自民党時代の児童手当に逆戻りとの事でもある。<性・産分離>が、肝要かと存じまする。ウッシッシ~。

 午後に成って、気温も急上昇である。首タオルに裸ん棒に移行致しましょうかね。


心何処・・・雨スケッチ
                 
                   雨スケッチ

                 雨スケッチ


 全く以って、飽きずに降るもんですねぇ。退屈紛れに、雨のスケッチと洒落込んでは見た物の・・・
 
 下絵を悪戯して居る間に、如何も行けません。何やら、何時もの戯け画と為って仕舞いました。これでも、最初は、真面目に写生して居たんですがね。見て頂く紳士淑女各位に於かれましては、変な妄想など為されますな。至って真面目な庭の写生画で有りまする。

 百日紅の幹に止まるミンミンゼミ、カタツムリ、マンジュシャゲの花茎に止まるイトトンボに、庭石に乗って居るアマガエルの図でしか御座いません。

 クリック拡大して、こりゃ、何んじゃ!!の勝手為る妄想拡大は、程々にお願い申し上げまする。イッヒッヒ~のヒ。

心何処ーショート バイオリズム低調為り
              バイオリズム低調為り(8/23/11)
 ドサーンと夜中に物音である。何事かと飛び起きて隣部屋を見ると、額が落下して居た。

               とほほ、人騒がせな物である。

 掛け直しは朝に回して、布団の中へである。これまた、朝方の雨音である。雨、雨の愚図ら愚図らの日々が続いているから、家中がすっかり湿気て仕舞った物である。予報では、夏が戻ると云う事であったのだが・・・

 火曜のゴミ収集は、時間帯が早い。ふら付く足でゴミ出しをして来てから、もう一寝入りである。兎に角、これが、気持ちが好いのである。

 さて、賄い夫を、一向に遣る気が起こらない時がある。何もかもが、面倒に為る時がある。然りとて、親分無しの子分無しの賄い夫稼業である。天に唾すれば、自分に落ちて来るだけの事である。こんなメランコリーな時は、親友Tに倣って、シャー無い、シャー無いの鼻歌交じりで、人間ロボットに徹するしか無いのである。

 さ~てと、飯待ち人が居らっしゃるのである。要らぬ気遣い・気兼ねをさせて仕舞っては、男が廃る。ヨッシャ~、起きて、冷や飯整理にチャーハンとするか・・・ 

 風呂に火を着けて、食後は落下額の掛け直しである。私が死ぬまで落ちない様に、紐を針金に替える。テーブルのインク壺がひっくり返り、インクがテーブルに零れている。へへへ、とんだ災難である。

 まぁ、風呂前であるから、真面目にインク拭きをするしかあるまい。晩飯の米を洗って、掃除機を掛ける。はいはい、小鳥様達、金魚様達、キリギリス様達にサワガニ様達、分かって居りまする。執事の体は、一つでありまする。少々、お待ちを~。

 風呂上がりの身体を涼みに外へ出ると、サクランボの枝に、アメリカシロヒトリが集って居る。やれやれである。剪定鋏をポケットに、ヨッこらせ、メタボロートルの木登りである。

            雨が止むと、蒸し暑さの到来である。

 風呂に入って髭剃りをしてシャキッとさせては見た物の・・・お天気さんの具合と中断眠りの所為か、・・・どうも、身体が重い処である。こんな時は、斜向かい吟さんでも顔を見せてくれると時間潰しに為るのではあるが、さしもの吟さんも寄る歳波で孫達の世話で夏休み疲れをしているのであろう。

  へへへ、世の中、決して自分を中心には回ってくれない物なのである。

 こんな日は、小動物を部屋に総配置して、本の読み返しでもして、微睡(まどろみ)の繰り返しをするしかあるまい。

心何処ーショート 限りと鳴くは、昆虫共の夏の陣か・・・
         限りと鳴くは、昆虫共の夏の陣か・・・(8/22/11)
 まぁ好く降る物である。雨上がりの散歩方々、下の大手スーパーまで足を伸ばし、野菜整理の為の豚汁作りの為に、豚肉とウドンなどを買って来た。帰り道は、レジ袋2つで大分重く為って仕舞ったが・・・店内では久し振りに、好みの顔の若い女性を見る事が出来たから、好しとすべしである。

 面白い物で、食材・調味料探しをしていると、コーナーで一緒に為り、レジでも一緒に為った。身為り格好から見ると、主婦では決して無い。バランスの良い食材が入って居るし、キュウリ1本と云う処が、独身住まいなのであろう。横顔の顎の張り方が、付き合いのあった中国婦人に似ている。買い物内容を見て居ると、確りした芯の強い性格なのであろうか。隙のないバリアが、中々の雰囲気を持っていて、好感の持てる処である。

 そんな姿を見て、東京で一人暮らしをしている娘の顔が浮かんだ。まぁ、娘も確り者であるから、こんな風にして生活して居るのであろう。

 夜は子守歌代わりにピンクパンサーの第一弾<ピンクの豹>のDVDを見るが、睡魔に抗し切れずに途中放棄と為って仕舞った。朝方、再び好い勢いで雨音が聞こえて来た。朝の暗さで、玄関鳥も静かではあったが、餌遣せ、 水替えろの大合唱が聞こえて来る始末である。
 人間と違って、空を飛ぶ鳥達は食い貯めの出来ない体の造りである。朝飯は、豚汁作りからのスタートであるから、起きると致そうか。雨の上がった事でもあるし、空気の総入れ替えが必要でもある。

 おやおや、この数日のタップリの水吸いに、あちこちから潜望鏡の様なマンジュシャゲの花茎が、ニョキ、ニョキと顔を出して居る。今年は、何時もの年の半分以下の顔見せで、然しもの庭のマンジュシャゲ王国にも衰退の翳りか・・・ と達観視していたのだが、原因は水分不足で、花茎発射の推進力が無かっただけの様である。

 そう云うば、昨年は熱暑、猛暑の乾きで一向に顔を出さないマンジュシャゲであったから、二日ほど大量の散水を試みた処、<出るわ出るわ、咲くわ咲くわ>のマンジュシャゲの花園と為った次第であった。

 本日も雨のマークではあるが、昨日ほどには寒くは無い。ラジオに依ると、昨日よりも6℃高い26℃まで上がるとの事である。朝食後のマイタイムを定位置でコーヒータイムをして居ると、再びの雨である。

 雨と云えども、セミ達にとっては一週間程度の地上生活である。オスはミンミンと鳴いて、メスを呼んでソソクサと交尾をして子孫を残さねば為らないのである。微温湯浸かりの軟な現代人の様に、熱いの寒いのとは言っては居れないのである。或一定温度に上がったら、ミンミン、ミィーン、ミ~ンミン、ミィ~ンの大合唱が、彼等のお勤めなのである。

 部屋では、セミに触発されてかどうかは知らぬが、キリギリスのギース、チョン、ギースの呼応振りである。単体でのサワガニ飼いは、初めての経験である。水の汚れが酷く為るから、毎朝、ガシャガシャの小石洗いと水替えである。スカート切りのサワガニが、こんなに手間が掛る物とは思わなかった。フン、可愛げの無いヤツだわいな・・・

 好きな番組の<ラジオ子供科学何でも相談>が終わって、ニュースのお時間である。菅無理氏の後継代表の民主党の動きを伝えている。外国籍女性からの献金で外相を辞任した前原さんの立候補の動きが、何かと取り沙汰されている。党内事情の絡みで、立候補の動きが活発化しているとの事である。

   何んとも早や、<堪え性の無い御仁とノーテンキな政党>である事か。

 日本の政治家として、とんでもない事を仕出かして置いて反省のはの字も無い政党と、グループを率いる前原さんの厚顔無恥さ振りである。彼の民主党代表時のメール問題での引責辞任、ヤン場ダム問題のウヤムヤ振り、尖閣領海侵犯時での態度豹変と、この御仁は、外観の顔付、歯切れの好い言動とは、内心は裏腹の男と観るべきであろう。

 状況・機会を捉えて、カメレオン調整を平気でする冷血・変血生物が、彼の実態にして、民主党を構成している政治昆虫共も、世論温度を巧みに利用しようとして、唯我独尊思考で墓穴を掘る集団の様である。

 然かも、彼等の幼稚過ぎる脳味噌には、自分達が冷血変温昆虫である事が、一切自覚して居ない事である。学業の好さを鼻に掛けて、松下政経塾に席を置いて、若い時から政治屋に特化している連中の・・・現場の汗、苦労を実体験して来なかった外来文字好きの連中とは、所詮、こんな輩共なのであろう。

 冷血変温動物には、四季の季節には当然に冬眠期があるし、活動期の春夏秋のシーズンには、稼働のアイドリングの日光浴も必要不可欠にして、熱し過ぎれば全身冷やしの水中遊泳だって、必要不可欠の生命装置の筈なのであるが・・・ 身の程を知らず、抜けシャーシャーと厚顔無恥の屁理屈を並べ立てる物である。

 フン転がしの昆虫集団・民主党の面々の好い加減さには、力んだ処で屁もコケませんわね。こんなふざけた連中が、国を語り経済を語り、国際政治、外交、安全保障を語るのであるから、祖国日本の国力が衰退の一途を辿るしか無いのである。

 今年は天候不順にして、秋も早い事でもあるし、早い処、冬眠のするが肝要である。何なに~、現代はオール電化の時代だから、室温は通年一定温度のセントラルヒーティングだと、フザケンのも、好い加減に晒し遣がれ。
 原発封印の電力不足の国態にして置きながら、冷血変温昆虫が、今度は吸血昆虫に変態するのかえ~。馬鹿も休み休み言っておくんなまし。

 早い処、党内一挙瓦解して、総選挙の洗礼を受けて、嘗ての社会党の様に、永久凍土の土の中で冬眠されるのが、お騒がせ虫の幕の閉じ方でヤンスよ。

  ッたく、無礼千万。国民を蔑ろにしたバカバカしい限りの政局模様である。


心何処ーショート 纏まるかな?? 思い付く儘に・・・
          纏まるかな?? 思い付く儘に・・・(8/21/11) 
 この数日の雨で、すっかり寒く為って仕舞った物である。短パンに裸坊主よりは、長ズボンに長袖シャツの方がズゥーと良いのではあるが。キリギリス、サワガニ、鳥籠を出窓に並べて、熱いコーヒーなどを飲みながら、日曜日のラジオ聞きである。

 昨日のTとの話では無いが、どっぷりと賄い夫に浸かり切って居る生活である。年に何回かのスナックの営業メールが入って来るのではあるが、今や完全に足も向かない日々である。先日の町会納涼会でも、話しを此方から振って行かないと、話が拡がらず回転して行かない人間関係が、何か侘びしい感じがして来ている次第なのである。

 現役時代は、多分に仕事のストレスもあったのであろう。付き合い上、飲みに行く機会があった。酒に女は付き物であるから、その場を盛り上げる事と性根の助平根性が、相俟って話を盛り上げて愉しんで居たのだが・・・ 金を払ってまで娘っこホステス、若くは無いホステスの太鼓持ちなどしていた『阿保らしさ』が、滑稽にも思えて来るのであるから、歳を取ったと云う物であろう。

 従って、手元不如意のロートルオヤジの会話としては、こんな風に為って仕舞う。

★冗談じゃねぇや。高い銭払ってまで、碌な話も出来ないホステスの太鼓持ちなんざぁ、出来っこ無ぇぜや。俺ぁ、口で言うほど、女は好きじゃないぜよ。爺っさに為りぁ、ホステス女の本音なんか、翻訳機に掛け無ぇって見えて来るぜや。

★『嗚呼、又、おネェちゃんから電話だわ。お目当ては、福田諭吉さんなのに、鼻の下伸ばして、カモがネギ背負って夜の街へ。嗚呼、男の馬鹿さ加減には、相想が尽きるわ。馬っ鹿じゃ無いの!! 帰って来なくて好いからね!!』なんて、カカアに散々コケにされ馬鹿にされても、反省のハの字もしなかったのにさ、この頃じゃ、自発反省の<石のお地蔵さん>状態だぜや。

★歌だけしか歌えないおネェチャンの御機嫌取って、笑わせて遣ってさ。オマケに銭取られてさ。客観的に見りゃ、コッチが太鼓持ち料を請求してぇやな。飲み屋もただ単に、不景気不景気でふさぎ込む前に、ちぃーたぁ、話術のレパートリーの拡大と深化に心掛けた方が、商売の向上策だべさ。ギャハハ~。

 ハハハァ~、吾がロートルコンビは根が真面目であるから、『反省は特技』の様な物である。こんな落ち目の三度笠のロートル哀歌も出て終うのであるが、人生も還暦街道を進んで来ると、半化石の自分達の若かりし頃を重ね合わせて、コーヒースタバの客を眺めて居ると、世と云うか世相の移り変わりが認識されて、寂しく苦笑いが浮かぶ処でもある。

 精神的には、殆ど一人の空間の中に身を置いて居る日々であるから、還暦後の心の在り家は、好むと好まざるを得ずに、現在と振り返り、反芻の欠片の往復書簡の様な時の流れでもある。

 戦後と云うか、世界的な個人主義の潮流の中での現代社会の人間関係と云うのか、情報洪水の一過性の素通り状態と云うのか・・・無味乾燥の社会の衰退の様な憂鬱さを感じて終う次第である。化学・技術は相手が物質である以上、怜悧な唯物論の視点から対象に向かわなければ、答えは帰って来ないのは当然の話である。
 然しながら、人間と云う物は、多分にして情緒的な生き物であるから、心・感情・想い・考えの交換・交流が無いと、人間関係にも支障を来して仕舞う生き物でもある。

 そんな事を考えると、生活スタイルの変化に伴って、語らいの空間がめっきり少なく為って来たのが、現代社会なのかも知れぬ。或る意味語らいは、唯物的効率的金銭観からすると、<無益・時間の浪費>の最たるものかも知れぬ。個人的な楽しみ、楽しみ方は、便利な時代を邁進して居る。

 ハンドルを握れば好きな所に行けるし、PCで検索すれば、色んなジャンルを見る事も出来る。絶えず身近には、使い方一つで得たい情報が満載の携帯電話がある。携帯メールを使えば、連絡の発信・受信は、時のタイムリーささえ超越して、電話と云う常識の時空さえ飛び越して仕舞う。

 煩わしさの無い道具の氾濫に依り、個人主体の生活が身の回りに益々拡がって行くのが、現代文明の本態なのかも知れない。物>心で、無関心・無沈着が、形の無い気分・心を片隅に追いやって行くと云った物の時代なのであろう。

 世は歌に連れ、歌は世に連れの現実版は、若い人達のミュージックの歌詞に顕著である。私の様なロートルには、若い人達のミュージックの良さが分からないのである。嘗ての歌には、歌詞に拡がりがあった。多分それは、『言葉の普遍性』に依る歌の世界の納得・共感を運んでくれたからであろうか。

 言葉の普遍性を伝える為には、少なからず歌詞の行間を読ませる膨らませと云うか、余韻に期待する事を前提として居るから、其処には、<言葉の抑え>が効いて居るのである。 全てを語らず、聞き手の読みに待つ<言葉選び>が忍ばせてあるのであろう。全てを細々と語られて終ったら、ウンザリして仕舞うのが人の感情と云う物であろう。

    詰まりは、適当な処で切り上げる<例示>が、味噌なのであろう。

 片や、今の若い人の歌は、私には単なる<個人歌>にしか聞こえて来ない処である。若い人達に圧倒的に支持されて居るのであるから、個人世界を共有すると云う文化が、其処には在るのであろう。もっと深く言えば、言葉の存在と云う物を、個人レベルの選択に委ねて居ると云う言葉の響きを考慮しないで記号化見たいな物を感じて終う次第なのである。
 分かる人、共感出来る人達だけの心・気分の世界の共有と云った同好会の様な世界を良しとする個人文化の文明の様な物を感じて終うのである。

     そんな中で、大地震・大津波が起こり、原発事故が起こっている。

 大震災には、地域の絆、家族の絆に注目が集まり、人間の持つ絆の連帯が拡がり、震災地復旧・復興には、人間の絆と云う人間力為る物が、異口同音に発せられている次第である。

 一方、化学・技術の塔と云っても良い原発事故の侵攻に就いては、放射能物質に依る危機が最優先されている。汚染地域の色分け表示に依って、風評被害が拡がって退避、非難、敬遠と云った個人レベルの言動・行動指針が歩き始めている様に感じられる処でもある。

 人間行動の二態を比較して見ると、其処に見えて来る物は、『絆』と云う集団力と『個人』の行動と云う、極言すれば大別される行動様式であろうか・・・

 これを考える時に見えて来る物は、『土地』を基軸にした日本人の生き方と『職』を基軸にした日本人の生き方の相違であろうか。地縁・血縁の生きる地方人の生き方は、古来からの日本人の生き方であろうし、其処に根付く行動指針は、<集団行動の規範>であろう。
 一方、職を基軸とした生き方は、個人主体の行動指針であり、規制緩和を求める<個的自由の獲得行動>なのであろうか。

 ラジオの中では、時々、神社の鎮守の森が避難場所に為ったとか、残った神社に想いを馳せると云った現地の人の言葉が、ヒョコリ出て来る。

 ヤオヨロズの神々が、日本の宗教の特色でもある。聖徳太子の頃に輸入された仏教は、一大勢力を持って戦国時代の織田信長に依って、政教分離の道へ入り、現代では葬式仏教に為って居る。明治期の廃仏毀釈で天皇制と相俟って、日本神道の復活が政治的に宣伝されはしたが、地縁・血縁で繋がって来た日本人の風習・伝統社会に在っては、神社さんは、きっと無意識の中に在る<心の拠り所としての呼吸>をして来たのであろう。

 何故ならば、神社さんはヤオヨロズの神々を祀る自然為る物への日本人の宗教観があったからなのだろう。普段は人の動きの無い神社の境内は、ヤオヨロズの神々の鎮所であり、人々が神社に集まるのは五穀豊穣の祈りと五穀豊穣への感謝の祭りの時である。

 日本にも仏教・キリスト教・イスラム教と人為宗教はあろうが、神社の唯在るという神社さんの佇まいこそが、日本人の精神風景の原風景として在るのでは無いかと想像して仕舞う次第である。そんなコジツケを進めて居ると、絆と云う言葉の響きは、実に心地好い。

 絆を<連帯・団結>などと訳して仕舞うと、如何にも人為的な背後に在る『恣意的な響き』を感じて終うのであるが・・・ 如何な物だろうか。恣意的な物から脱する為には、個を高める必要がある。個を高める為には、個を脱して考え、行動する事が必要なんでしょうかね。

 へへへ、スカンポ脳には、脳味噌のスタミナが無く為って参りました。何れ、考えが纏まったら、再挑戦して見ましょうかね。

 涼しさの日曜日が、こんなシンキングタイムを運んでくれた次第でありまする。本日も、出任せ長駄文にお付き合い為されて、感謝感謝でありまする。気紛れ陽気に、夏風邪など引き込まぬ様に、行為後は確り着て眠るのが、好う御座りまする。イッヒッヒ~。

心何処ーショート 八月も、早や下旬なり。
               八月も、早や下旬なり。(8/20/11)
 小雨、小糠雨の薄暗き日である。長ズボン着用である。キリギリスも侘びしい鳴き方をしている。サワガニ4匹を入れた飼育ケースには、五色の玉砂利を陸地に見立てて、半分ほどを盛り上げて、水と陸地を分けて居るのであるが・・・

 サワガニ達は、体の造りが起重機仕様に為って居るのであろう。朝に為ると、小石は平らに均されて居る。彼等は川の小石をハサミで穿り返しては、餌を漁って居るのが習性なのであろう。まぁ、飼って見なければ分からない生物達の習性、棲み分けなのであろう。

 玄関鳥を外に置いて、Tのお迎えを待つ。子供達は、親鳥に促される様に、落ちた餌を拾って食べて居る。まだまだ本格的な食事は、大きな声で餌強請りをしての腹満たしなのではあるが、自立過程に進んでいると云った処である。

 ホットコーヒーにした、小雨のコーヒースタバの二階は、夏休みの宿題か、レポートか?高校生・大学生達の学習サロンと為って居る。夏の甲子園も終わり、二学期、後期が目前に迫って居るのであるから、<然もありなむ>の光景なのであろう。

「8/15の靖国神社特集をYouTubeで見て居たら、反日デモの映像が在ってさ、昭和天皇の写真に悪戯描きをして、機動隊の完全囲い込みの中で、言いたい放題の天皇制廃止、靖国解体を叫んでのデモ行進さ。それを右翼の広報車から降りて来た右翼さん達が、凄い剣幕でデモ行進に掴み掛ろうとして、機動隊と揉み合っている映像だったんだけど、俺は右翼じゃないけど、日本の象徴・天皇に対する反日罵詈雑言は、許せんわな。

 その場に立ち会わせて居たら、俺は瞬間湯沸かし器だから、右翼以上に飛び込んで殴り掛って居ると思うわな。左翼と在日の連中だと思うんだけど、ああした行動を取るのは、紛れも無く大陸、韓半島人の行動形態なんだろうな。恥の感覚すら無い犬畜生以下の異常気性の国民沙汰だわな。見苦しいにも程がある。」

「そりぁ、そうさ。中国の尖閣領土侵犯、新幹線特許が蓋を開けりゃ、衝突脱線、埋めたと思ったら、掘り起こしで、中から子供の生存者有りでさ。ウルルン島視察に驚いて入国拒否の空港ロビーでの国会議員の写真を張り付けた棺桶デモだろ。一国の表玄関での騒動だから、韓国政府が糸を引いてのガス抜き外交措置なんだろうけど、下品過ぎる。

 他人様の国に来てまで、気違いデモがしたかったら、国に帰って思う存分遣りゃ好いだけの事よ。政府公認なんだから、思い切って暴れ回れば好いんだよ。俺は、ああ云う連中の気が知れんのだわ。

 何でも、そうだけど家、会社、国でも、自分が嫌だったら、日本は自由の国だ。家出して自活すりゃ好いんだし、会社を辞めて自分の好きな職業に着けば好いし、日本がそんなに嫌だったら、好きな自分の国に戻れば好いだけさ。

 俺は、会社に居た時は、<どうぞ、入る自由と辞める自由が保障されて居るから、お辞めに為ったら如何ですか>で、相手にはし無かったよ。一切、過保護にする必要なんか、これっぽちも無かんべさ。

 皆さぁ~、大したお頭も持ち合わせて居ないのにさ、ああだ、こうだと考え過ぎるから、堂々巡りの責任転嫁の理屈捏ねをしてるだけだろうが、馬鹿は馬鹿で、物事、単純に割り切ってシャー無い人生で泳いだ方が、長生き出来るってもんずらよ。あい。」

「そうだんね。誰だって、儲けたい。向利に走りゃ、娑婆世界は過当競争よ。競争に勝ち残れる者は、本の一握り。後の絶対多数は恨み、辛みの嫉妬集団だわね。それら全部を束めて、権力者は外に『怨』の号令掛けで、自分自身の責任転嫁を図る。

 兎角、大陸・半島国家の歴史は大国の興亡史の示す処で、<有限の繁栄に、無限の強欲三昧を仕出かす>ものさね。まごまごしてると、一代も持たない引き摺り下ろし、惨殺に掛っちゃうからね。
 向利と怨の世界観からすれば、神話と融合する日本の天皇家の存在は、絶対に理解出来ない精神世界なんだろうしな。

 大陸、半島国の歴史的民族精神からしたら、国は武力で建てるもんだろうしさ。建国・滅亡・混乱・建国の其々の個々を見れば、自前王朝、征服王朝の歴史連鎖だから、その辻褄合わせが、精々が天が司る<易姓革命思想>を考えるしか論理の持って行き様が無かんべさ。阿保臭い。

 其処へ行くと、東亜の東端、島国国家日本は、最初から国があるんだもの。大和政権が古代日本を束ねて天皇の政治から、貴族、武士、平民の執政官に取って替わってもさ、私心を歴史の過程で払拭する事で、日本の権威として皇紀二千六百、七百年も続けて来たんだから、たかが百年にも満たない左翼連中が、幾ら目くじらを立てて騒ぎ捲った処で、如何し様も無かんべさ。

 西洋左翼思想だって、所詮は大陸国家の産業革命から生まれた唯物論でしょうが。建国思想の前提から、日本人の精神性とは異質の部分が横たわって居るのにさ。嫌だねぇ~、教条主義者の脳味噌構造ってやつは・・・

 その証拠にさ、俺ぁ白くも赤くも無ぇ、ただの色黒のスカンポ脳で、しかも好色ロートルだけどさ。幾ら鳩ポッポ、菅から缶が力んでパフォーマンスしたって、天皇陛下が大震災・大津波への国民に対するお言葉、ご慰問のお姿を見りぁ、自然と頬を涙が伝うわね。こりぁ、理屈じゃないわね。日本人だもの、仕方が無いわね。あい~。」

「<向利と怨の歴史>で、国民性を喝破するとは大したもんだ。一体全体、どっからそんな言葉がポンポン出て来るだいな。あなたは、出来が好いねぇ。驚けちゃうぜや。」

「またまた、おちょくり遣がって、そんな物ぁ、信濃の住人だから、諏訪の<御柱>さね。大陸・半島人の<怨柱>とは同音でも、日本人の知識・教養・人間の出来が違うぜよ。

 アナタ~、中国人、北朝鮮・韓国人か~、日本人、馬鹿にすると、大和魂、武士道で、アナタ~、私に殺されるアルヨ。ワタシの如意棒ISO規格、大和魂キンタマ付けてるよ。お主、この場で見るか~。返答や如何に~。」

「ノーノー、ワタシ、ニホンジン。ニホンジンの男アルヨ。男イラナイ。欲シイアルハ、女アルヨ。ワタシ、化ケ物、嫌イアルヨ。ワタシ、胃無イ。コレデ、目潰レタラ、万事休ス。勘弁アルヨ。アナタ~、危険人物。怖イ人アルヨ。ノーノー、ファスナー、ノー、タッチ。

 さてさて、パッパでも吸いに行くかいね。お勉強中のおネェちゃんが、雑音が災いして、試験で赤点取ったら、一生<怨念>を持たれちゃ堪らんぜな。へへへ。」

「ノーノー、女の怨柱は、ピンクでアズキ大。怨念じゃない。ウェルカムだいな。あい。」
「このド助平野郎が。爺っさの後は、Rの骨を拾って遣らないと、いかんわなぁ。こりぁ、何問山積だぜや。この馬鹿たれが。」

 ホームセンターで鳥籠と餌を飼う。Tは朝がバタバタして居て、朝はお茶のみとの事で、スーパーで昼飯を買って行くとの事である。然すれば、キュウリ、ナスを買って漬け物の補充をすべしである。私もイナリ寿司を買って、昼とすべしや。

 こんな本日日誌を打っていると、本降りと為って来た。数日は雨のマークである。お盆を過ぎて、早や八月も二十日である。一雨毎に今年は、秋に向かうのであろうか。


心何処ーショート 被害者・金魚かな。 
                 被害者・金魚かな。(8/19/11)
 昨日のヤマメにがみは、大空振りに終わって仕舞った。滑って転んで全身びしょ濡れである。ヤル気満々の長ズボンに長袖シャツで出掛けたのであるが・・・ 負け惜しみを云えば、見た目は悪いが、是ぞ正真正銘のクールビズの昼散歩であった。コンチクショーメ!!

 温めの風呂に入ってスッキリして居ると、母が今日行くと言う。自発的に検診に行くと言ってくれるのであるから、有難い物である。早速、車椅子に空気を入れて、椅子拭きをして御出馬を待った処である。車椅子押しは段差がなければ、重宝この上ない代物なのであるが、段差があると、へへへ・・・婆さんも重い体重である。風呂に入って、毛穴・汗穴を全開して来た矢先であるから、汗道全開である。

 待合室のクーラーでも汗が退けるまでは、大分時間が掛って仕舞った。帰りは汗だくには為りたく無かったから、段差の無い大通りを遠回りして帰る。<マツバボタンは無いねぇ>と言う老母である。
 夏の地面の花の定番は、私達の年代だと確かにマツバボタンであった。背の高いヒマワリと地を這って群生するマツバボタンは、日本の夏の土壌を象徴し続けた風景であった。園芸種が幅を利かせる昨今、どの家のプランターにも花々が咲き誇っては居るが、ヒマワリも矮小化した黄花でしかない。マツバボタンに至っては、園芸絶滅種の沙汰である。

    へへへ、今度、ホームセンターに行ったら、探して見るとしようか。

 習慣とは奇妙な物で、その時間帯に為ると夜散歩がしたく為って来る。本日の運動量は十分足りて居るのであるが・・・ 吾が体内細胞には、散歩犬を飼って居るのであろう。

 歩き始めて居ると、ポツリポツリと雨である。橋を渡って仕舞うと雨に対処が出来なく為って仕舞う。夜散歩は、中断するのが得策である。

 廊下、小部屋の戸、窓を閉めて回り、四畳半の明かりを着けると、水槽が騒々しい。見ると、流金の長い朱のスカートにサワガニが鋏を掛けて居る。金魚がパニ喰って振り解こうとして水槽の中を暴れ捲って居る図なのである。サワガニにして見たら、折角挟んだ特上ヒレの刺身である。

             何が何でも、離す物か特上ヒレ!! 

 良く良く見れば、サワガニ野郎は、サイパンの浜から失敬して来た珊瑚の欠片を重し代わりに、シッカと抱え込んでのしがみ付きで、水槽の中を舞って居るのである。いやはや、恐れ入谷の鬼子母神の沙汰である。川遊びの際に、駄賃としてサワガニ4匹をポケットの中に入れて来たのである。それを水槽に投下した次第なのであるが、サワガニは夜目が利く<肉食系>であった。

  夜陰に乗じて、女のスカートを剥がそうとするなんざぁ~、太ぇ野郎だ!! 

 小網で直ぐ様掬い上げて、蟹挟みを外す。適当な容器を探して、サワガニ4匹を掬って収容所送りとする。仕方がないから、ピンクのソーセージの刻んで痴漢共に呉れて遣った次第である。

 夜散歩の時間帯が浮いて仕舞ったから、六畳に所を移してミッドナイトのお絵描きタイムをして、就寝時間を待つしかあるまい。

 明けて、本日夜来のしとしと雨の効果であろう。二度寝の気持ちの良さに目が覚めたのが、10半を回っての事である。ゴミ出しをしてからの朝食である。涼しい夜と検診疲れに老母はボチボチの起き上がりである。

 庭のマンジュシャゲの濃い藤色が久し振りの恵み雨に、息を吹き返して居る。

老母曰く、雨でセミも羽が濡れているから、鳴かないんだねぇ。

倅曰く、何をこいてるだ。風呂屋の娘が、将軍家・御三家のお姫様じゃあるめぃし、羽を擦り合わせて鳴くのがコウロギ、キリギリス。セミは腹の横隔膜で鳴くんじゃわね。蝦夷地にぁ、キタキツネ・エゾシカ・ヒグマだけで、セミは居らなんだかね。馬鹿モンがぁ~。

老母曰く、エッ、そうなの。知らなんだ。てっきり、そう信じ込んで居た。これじゃ、孫の教育は出来ないねぇ。好かった。言ったら、恥を掻く処だったわ。あはは。

 まぁまぁ、好かろう。ミンミンゼミも羽が乾いて鳴き始めて来た事でもあるし、涼しい過ごし易い日と為りそうである。体力温存の日を過ごせば好かろう。へへへ。

 洗面所の窓の所には、蜘蛛の網を黙認して居る。吾が魂胆としては、憎んで余りある蚊が、蜘蛛の餌食に為る事を祈っての事である。然しながら、効を奏して居ない歯がゆさなのである。吸血小蚊の野郎も、中々に賢いらしい・・・

   さて、本日の一枚で有りまする。題して『油断大敵』の図で有りまする。
 
                  

                   油断大敵

                 油断大敵_001

心何処ーショート 静かなり
                   静かなり(8/18/11)
 暑くムッとする日差しではあるが、涼しい風が吹いている。金魚を分けたから、水の汚れは格段に遅くなって居る。流金とコメットを比べると、コメットは食欲が旺盛なのであろう。大きく為り過ぎるのを防止して、腹の具合を見ての餌遣りである。そんな事で、コメットの居る水草は、葉をバクバクと毟り食べられて、茎だけの丸裸状態である。

 グッピィ、メダカ槽として居た頃は、水草が繁茂し過ぎて水草の隙間に、彼等小魚が生活して居ると云った具合で、小タニシが嫌に為るほどの盛況振りを示して居た物である。小タニシは金魚に食べられて仕舞うから、殆ど見えなく為って仕舞った。彼是、4年以上に為るのだろうが、カワニナは4cmの大きさで、時折壁面に吸い付いて居る。

 何事も適者大繁栄の沙汰なのであろうが、労せずして厄介な水草と小タニシの駆除?が出来て、私としては<棚からボタ餅>の大効果である。正に天敵とはこう云う事象を指し、大袈裟形容をすれば、生態系のバランスとは、こう云った物なのだろう。

 昨日の川原への水汲みの時には、幾つもの女郎蜘蛛の網が張ってあった。まだまだ茹だる様な日中の温度ではあるが、大きく為った女郎蜘蛛を見ると、季節の確実な節目を迎えて居るのを知らされる。

 玄関を開けて来たから、涼しい風が吹いて居るのだろう。玄関鳥のオスの囀りがしている。先に生れた子供は嘴の黒も薄く為って来て、色変わりを始めている。狭い籠の中での4羽の生活であるから、次の繁殖を控えた親鳥に苛められて、毛を抜かれている有り様である。親鳥籠の後子と比べると、余りにも哀れな格好である。子供達が、自分で餌を食べ水浴びが出来る様に為ったら、もう一つ鳥籠を買って来なければ為るまい。

 それにしても、本日は母の動きが遅い。昨日の晩飯は、すき屋の<豚丼風>にして、玉ねぎ・シラタキもたっぷりして、上に紅ショウガを添えて遣ると、多過ぎると言いながらも完食したから、余り腹も空かないのであろう。

 小魚を煎って唐辛子を利かせた<佃煮もどき>を仕込んで置いたから、朝飯の用意は簡単で好かろう。それでも、遅い老母の動きである。キンピラゴボウでも作って置くか。作って置けば、何かと手抜きが出来ると云う物である。←物臭者の生活の知恵である。

 母が起きて呉れれば、午前中は母の部屋が涼しい。体調が良ければ、明日にでも診断に連れて行かねば、薬を出して貰えぬ。一応、風呂の用意をして置くか。

 好い具合に、お天気さんも曇って来た。定位置の四畳半に戻る。大気の大きな呼吸の様に、レースのカーテンが風を孕んで、部屋を出たり入ったりして居る。こんな時は、暑苦しい高校野球の実況放送は、無粋中の無粋である。

 冷めたアメリカン・コーヒーに、流れ行く煙草の煙を追って、壁にピン止めされたシングルママさんの美形顔でも眺めて、過去のショットなどを追ったり、ユルユルと泳ぎ回る金魚達を見たり、キリギリス、玄関鳥の声などを聞いて居るのが、様に為る静けさである。

 昨日の夢のモデルの半分は、シングルママさんの面影であったのであるからして、お写真にお礼を申し上げなければ、申し訳の立たない処である。

 裸ん棒の上体は、風が撫でれば涼しいが、風が止めば、半白状態の胸毛の胸にへばり付く様な閉塞の蒸し暑さである。

 さてさて、風呂があるから、夜散歩を前倒しして、川遊びに行って参りましょうかね。川の水が干からびて終えば、ヤマメ様もカラス、トンビの餌である。生きて私の御用に掛れば、晩飯のお頭付きの高級魚と為って、成仏が出来ると云う物である。

       お盆も過ぎた事でもあるし、無益な殺生とは為るまい。



心何処ーショート 逃げたら、男が廃る。 
                逃げたら、男が廃る。(8/17/11)
 いや~、日頃の行いが良いのであろう。<吾が夢史に残る佳作>であった。中年女性の花とも言えるK.Tさんとお手合わせしてしまったのであるからして、御馳走様で御座いましたの感である。最初、彼女は町医者の女医さんのお姿である。

<おやまぁ、これは美人さんである。>と内心ドギマジして、私は殊勝な顔をして彼女の診察を受けて居るシーンである。美人・美形さんには、兎角、白が似合う。誰かに似ていると思いつつ、質問に「はい。はい。」の素直な患者をしている。←私の素地の品行方正さが、良く出ている。

 次のシーンは、体育館か国民宿舎の様な大部屋である。震災か洪水かで、集団避難して来ている住民の中に、私も居るのである。如何したのだろうと、辺りを見渡すと、女医さんが一人一人を診察して居るではないか・・・私は別段、怪我をしている訳でも無く、普段と同じ体調である。困った時はお互い様であるから、人間のエチケットとして健常者はお手伝いをするのが、『筋』と云う物である。女医さんの助手役をする事にする。

 口数は少ないが、患者の話を聞きながら落ち着いた知的な目が、良く動く。患部、症状に目を注いで、耳で相手の話を聞いて、患者の自覚症状と患部の程度を確認して居るプロの仕事運びは、そつ無く真にスムーズである。私の感性からすると、相当なお人らしい。二、三日泊って、医療に当たるとの事である。←美人美形さんの助手が出来る。ウッシッシ~である。

 夜に為って、風呂に入って居ると、引き戸が開いて女医さんが入って来た。別段表情を変える訳でも無く、見事な迄の全裸姿で湯船に浸かって来る。白いほっそりとした綺麗な裸身である。湯船から上がると、手招きをして背中を流してくれるではないか。背中が終われば、前を洗ってくれる。←ボランティア助手を労ってくれる優しいお心遣いの様である。

 私も、お返しであるから、女医さんの背中を洗い、前も洗う。運動でもして居るのだろうか、中年女の脂肪弛みも無い均整のとれた女体である。黒いデルタの陰毛も、さして欲情の導火線にも為らない。こんな男と女の入浴シーンは、夫婦の日常の様な感じでもある。

 奇妙な物で、一緒に風呂に入り布団の中に入れば、男と女のする事は、ごく当たり前の事をするだけである。愛と行為の不可分性などと云う古典的な倫理観を振り翳すほどの青さは、場合に依っては不必要な場合もあるのである。←不可分、可分の問いは、ケース・バイ・ケースが良い時も有る。

 若い頃、週刊誌の連載小説は官能小説なんて物が、週刊誌の売りに為って居たのだが、私は官能小説化では無いから、官能の花芯に埋没する感性は持ち合わせて居ない。普通にして、普通に終わる。それでも、美人美形さん達は、様に為るのであるから、何枚もの好表情絵が脳裏にパシャ、パシャと撮られて行く。男の目は、相手の表情、裸身を追い、恥部の形にも観賞が行くと云う物である。

 流れに乗って、当たり前の事をして、当たり前の観賞をさせて頂くのが、自然の流れと云う物である。此処には一切、為にするとか、デフォルメなど存在しない男女の日常部分があるだけである。私は、そんな有り触れたシーンの中の美人美形さん達の存在が、心が落ち着いて好きなのである。

 男女の仲、たかがSex、されどSex。趣くままに、肌を合わせる男と女。

 とは云う物の、超現実の世界での運動量が激しかったのだろうか・・・夢疲れの目覚めであった。現実の行為同様に、果てた疲労感の様な物が心身に残って居て、朝の始動開始には時間を要した処である。

    朝の賄いに取り掛って居ると、ヤクルトママさんのコールである。

「今日は、居ません。留守ですよ~。」
「は~い。聞こえてますよ。ゆっくりで好いですよ~。」

「ちゃんと、真面目にお盆遣って来たかい?」
「実家に帰って、天麩羅揚げて墓参りして、ご先祖様に感謝して来ましたよ。」

「そりゃ良かった。娘に母に、女房にと、主婦のお盆休みは、朝、昼、晩のママさん業に加えて、ミッドナイトのお勤めと疲れるずらい。」
「ミッドナイトのお勤めってなんですか。そんな体力有りませ~ん。」

 へへへ、俺ぁ、夢のお勤めだけでも、腰が抜けちゃったぜや。まぁ、これは敢えて口には出さなかったのであるが、家庭生活を振り返れば、主婦の盆休みは仕事が満載なのであるから、ほっそりして仕舞うのは真面目に主婦業を務めている証拠なのであろう。これまた、小さい子持ちの主婦の日常が窺い知れて、好い図の一枚なのである。

  ★ママさん、好い線行ってまするわね。女は、こうで無くちゃ行けません。

 娑婆も始動開始である。さてさて、本日は忙しいぞよ。郵便局、米屋と回って、蒸発著しい水槽に川の水汲み、全部屋掃除、布団干し、洗濯と男仕事の段取りと馬力を発揮しなければ為らないのである。

    逃げたら、男が廃るのである。嗚呼、嫌だ嫌だ~。開始、開始~。

 風呂で流した汗も、忽ちに汗、汗、汗のオンパレードである。昼飯抜きの三時半を過ぎて、漸くの定位置の運びである。ポットの氷水を立て続けに飲んで、扇風機冷やしである。

 やれやれ、夢の佳作に疲れ、賄い夫に疲れて、褒美はキリギリスとセミの声である。


心何処・・・ボケ~タイム
                  ボケ~タイム

                 ボケータイム_001

 お盆休みも、最終日の処が多いでしょうね。本日も、日中は親子共々暑さにヘタって居りました。キリギリスも黒ずんで来て、壮年期でしょうかね。夏バテしないのはキリギリス達だけでしょうかね。玄関鳥の子供達も、止まり気に止まって、すっかり大人の仲間入りでしょうかね。大分涼しく為って来たので、日課の夜散歩に出掛けて参りまする。

 猛暑の日中ボケ~タイムの雰囲気が出て居たら、見っけ物で有りまする。へへへ。

心何処ーショート 是、見るに値せずの効用為り。
            是、見るに値せずの効用為り。(8/16/11)
 お盆を過ぎれば、コウロギが鳴き出すとは、母の言葉である。為るほど、テレビを見た後の夜散歩では、コウロギの声が大きく聞こえて居た。日中は相変わらず茹だる様な暑さに辟易とする毎日ではあるが、朝夕は涼しいのが信州である。

 TVタックルを見るか、釣りバカ日誌を見るかの母の誘いではあったが、TVタックルを見た後、日課の夜散歩に出掛けた次第である。

 見るに値しない番組などと云う形容も有るが、<見るに値しない番組の立派な効用>と云うのも、世には紛れも無く存在するのである。中国人男性ジャナリストと中国人女性新聞社社長が陣取ってのTVタックル寄せが、その典型なのである。

 俗に云われているのが、人口世界一・言い訳世界一、モラル世界最低と揶揄される世界の強国が『赤い中国様の実態』なのであろう。こんな活字・言葉だけで実感するには、多少の学習を要すのだろうが、・・・ まぁ世に云う<百聞は一見に如かず>の好例が、自称知識人と自惚れている中国人の生出演番組を見る事である。

 論理矛盾、論理破綻の<試し算>すら思考回路に欠如して居るのが、自称知識人と豪語して居る『在日中国人工作員の脳味噌構造』なのであるからして、笑止千万、不埒な輩共である。自分勝手の感情度200%、何を言わんやの漫才の落ちにも至らない連中の言である。
 
 考えるまでも無く、厚顔無恥の典型人種でもあるし、反省回路ゼロに近い人間天麩羅を最高のもてなし料理と考えて居るのであろうから、国家の前に個人の生命・財産・自由などと云った近代、現代思想など思考回路の前提には無いのであろう。こうまで、論理矛盾・論理破綻が鮮明だと、そもそもが異次元生物と判断するしかあるまい。

 その御立派な思考回路で、尖閣諸島、チベット、ウィグル、内モンゴルの弾圧、国内の反政府デモ、中国製新幹線追突脱線事故について、言いたい放題、言い逃れ放題の独り芝居を仕出かしてくれるのであるから、中国人民度の国際展示ショーの様な物である。

 こんな輩が、コピー商品を世界にばら撒き、コピー新幹線を走らせた処で、追突脱線事故、臆面も無く、テレビカメラの前で<張り子の虎の国家威信失墜=恥晒し物>を埋めたり掘り出すなんて事は、朝飯前の些事でしか無いのだろう。拝金思想に基づいて、世界最先端の物は手に入れる事は出来ても、拝金主義の方法では、徳の高い合理的な民度などは、絶対に身に着ける事は出来まい。

 民度が無いから、力で囲い込み、捩じ伏せる。力で捻じ曲げられれば、暴動を起こすより手立ては無い。抑圧の歴史では、民度が育ち様も無い。他国の歴史教科書に注文をほざく前に、自国の歴史を在りの儘に網羅させて、人民に考えさせれば良いのである。

 如何やら、その辺りが彼等の国民性の性で、一向に気付かない処が『驚愕の中国人民の民度たる所以』なのであろう。こんな程度の物は、厚顔無恥などと形容しようものなら、中国古代思想の百家紊乱の先生軍団から、百連発のビンタを頂戴する以前に、睾丸鞭の一発失神刑に処せられて仕舞う。
 
 己が論理矛盾、論理破綻の口実書など提出しようものなら、睾丸鞭の百叩き刑に晒されて、男としては再起不能の恥晒し人生を送らざるを得まい。世が世ならば、睾丸無視の宦官への道も開けて居ようが、万事休止の図であろう。

 赤い中国征服王朝の名を受けて、東亜の東端の国・日本で工作員の職に有り付けた物の、民度逆転ギャップに厚顔無恥の本国宣伝を遣らされて、小国トンヤンキ(東洋鬼)に散々に論理矛盾・論理破綻を痛罵される。本国情報部には、逐次テレビ監視をされる。工作員とて教育の子である。イデオロギー以前の『論理の良心』が表情・言葉に滲み出れば、直ぐ様、秘密アジトに連行されて、<睾丸鞭の刑>である。

 これを称して、<見るに値しない中国人の立派な効用>と云わずして、何の効用かである。活字・言葉・表情の行間を読むのが、その国の民度なのだろうが、中国は自前王朝→戦乱抗争混乱→征服王朝の因果応報の歴史回転が提示されているにも拘らず、施政者への擦り寄りの歴史の中で生きているのだろう。
 
 詰まりは、<自分に与えられた時代を生きる>のが、精一杯の論理も倫理も喪失した権力者迎合の生活の知恵が優先されて来たのであろう。然しながら、そのツケが、経済開放後の経済躍進で、ツケの整理も出来ぬまま、世界のグローバル化と云う大海原に軍団を仕立てて狂奔しく魔って居るのであろう。

 栄光の中国史だけを、ご都合主義に摘まみ食いをして世界に冠たる大中華思想のお国柄を豪語したいのだろう。
 海に乗り出した宋の時代の後を受け継いで、イスラム商人の宦官・鄭和の率いた大明国貿易船団は、朝貢貿易であったと云う。大国明帝国が、未開の国々に大国の国威を知らしめんがとするには、大国の財力を贈り物として誇示しなければ為らない処であったそうである。

 貢物貿易は、双方の貢物に見合うバックが無ければ、双方に旨味は成立しないのである。明が朝貢艦隊に終止符を打った背景には、貿易収支の赤字があったのかも知れぬ。

 きっと、こんな過去の遺産を知って、人民征服王朝の赤い中国様は、趣旨替えをして19C型のヨーロッパ植民地政策に乗り出して、後進国への経済援助と云う見掛けの贈り物を出しながら、世界の鉱物資源、穀物資源のランド買いに乗り出しているのだろう。
 それにも益して、この中国の形振り構わずの強硬路線は、西欧列強・日本に蚕食・蹂躙された屈辱の20Cへの報復手段なのだろう。

 時代の歩みを忘れた暴走は、丸で聞き訳の無い駄々っ子、チンピラ集団の行いで有って、此処まで下品と無礼な国家は、ソ連の様に解体の方向に向かうしかあるまい。

 話しを戻しましょうかね・・・ テレビ、インターネットの時代であるから、諜報の裾野も広範に及ぶのであるから、タレント風工作員も、大量に用意して各分野に配置しなければ為らないのであろう。
 然しながら、国家から工作員の職を拝領したとは云え、日本と中国の民度の逆転状況に在っては、工作員の任務は困難な道なのであろう。

 何しろ日本では厚顔無恥の蔑みと罵詈雑言を浴びて、見る・聞くに値しない低能集団と軽くいなされて終う。粗相を仕出かそうものなら、秘密アジトに連行されて、身包み剥がされ猿ぐつわで四つん這い。股間の玉チョウチンに工作員元締めの睾丸鞭が飛ぶのである。

 そう考えれば、張り子の虎の中国様のお遣りに為る『中国民度の見世物』にも、お付き合いが出来ると云う物でありまする。笑い飛ばしても、決して握手をしては為らないお国でありまする。大中華思想の中国と小中華思想の北朝鮮・韓国は、どうぞ仲間同士で、歴史ぱくり合戦でもして頂いて居た方が、日本にとっては高見の見物が出来まする。

 中華思想の本質は、<止まる処を知らぬ自己顕示・自己主張の文化圏>なので有りましょうから、大は小を産んで、小は大に喰らい付く。切磋琢磨は二の次にして、言いたい放題の<下の黙阿弥処世術>を観察して居れば良いのでしょう。

 あんな輩のほざく物言いなんざぁ、『アンタ、馬鹿ねぇ~。アナにも入り切らない低民度・恥の上塗り資料館~。』で好いのでありまする。勤勉実直な民度の高い日本で在っても、決して民度のお付き合いなんてする必要は無いのでありまする。ただ、冷静に中国人民の民度の実態を実感すれば良いだけの事で有りまする。

 それこそ、真に受けたら、靖国の英霊様達に、タマ提灯にモグサのヤイトされちまいますがなぁ。ギャハハ~。


心何処ーショート 町会納涼会レポート
                町会納涼会レポート(8/15/11)
 昨日の納涼会は、開演して間もなく雨であった。公民館に入っての続行である。子供向けのビンゴゲームが始まって、子供の多さにビックリすると同時に、老人町会に没する危険を脱した様で嬉しく為って来る。<幼・小・青・壮・老>が、混じり合ってこその地域社会なのである。

 私は老人会の会長さんと波長が合うから、今年も戯け画を持参して、100円ビールを傾けながら、ニヤニヤ会話である。この頃ではすっかり打ち解けて、<頬被り>を外して仕舞った間柄であるから、そりぁ、ゴタなものである。私の隣は、孫を連れた銀行員か公務員OBの感じのスラリとした男である。勿論、何処の何方か、存じ上げないし言葉を交わした事も無い。

「会長、これはどんな感じだいね。」
「どんな感じって、そりぁ、合掌に見せ掛けて、男の好物・観音様開きの御開帳図ずら。本能に合掌はしても、線香上げる様に為ったら、男はお終いだ。
仏画に見えたら、<棺桶の迫り>ってもんズラ。真面目か?単なる助平か?が、不明な処が、好い味を出してる。」

「そうかいね。じゃあ、此方の旦那は、如何見立てるんね。」
「やぁ、さっきから拝見させて貰ってますけど、大胆なデフォルメと色遣いのインパクトが、ピカソ、岡本太郎の世界を連想させますね。私も春画に見えますけどね。へへへ。」

「そんな畏れ多い、俺ぁ精々、馬鹿素、デカ素、エロ素位なもんだわね。これはせ、<祈り>って題名でさね。三月の大震災・大津波の東日本の復興に向けての、日本人としての真摯な祈り、願いを表現しただんね。
 震災後にも冷たい雪に見舞われて居た震災地だわね。心細さ、ひもじさ、家族を失った悲しみに堪えて、いずれ来る春の暖かさ、海のたおやかさ、川のせせらぎに春を待ちましょうよ。故郷は、時と共に必ず復興します。
 そんな願いを手を合わせる『合掌の空間』に、桜の花びらを配して在るのに、それを何を血迷って・・・言うに事欠いて<女陰の図>なんて、直感するとは、俺を三周も追い越す助平じやねぇかい。復興どころじゃ無くて、復旧も儘為らぬボロ菅政権と同じじぁ無ぇかい。ホトほと困ったご時世だわね。」

「そうかい、そうかい。何しろ、現役時代は仕事一本道だったから、退役後はその反動で、素直さがモロに出ちゃうんだわ。人間の本能・本質は、頬被りは出来んもんですわ。ヒヒヒ。」

「そうそう、あれだよ。心眼で見れば、これは、そのものズバリの漫画チックなモロ画でしょうが。」

「やいやい、流石にインテリ顔のOBさんだわね。これはせ、綺麗な女の顔をバックに双丘のバック全貌図だいね。生物学的に枝葉末節を払拭すりぁ、在るのはただ一点・ホールの蕾さね。此処までは、常識の運びさね。

「お兄ちゃん、悪いけどさ、オジサンビール無くなっちゃったから、この100円でビール注いで貰って来てよ。使ちゃってご免ね。」

「さて、此処からが、観賞者の内面探査の扉提示って寸法さね。この女の顔を如何観賞するかが、絵の面白さだいね。艶ぽさに、蕾を重ねるか、・・・ 謎めいた瞳に、色仕掛けのハニ―トラップを連想するか、・・・ 瞳の奥の翳りに、女の心と肉体の悲しみを連想するか、・・・ 俺ぁ絵を描き上げちまぇぱ、後は見る人の其々の人生を重ね合わせて、自問自答のシンキング・タイムだぜね。俺みたいな下衆の憶測なんか出る<幕>じゃ無ぇわいね。」

「巧い事いって、このホールにぁ、<膜>は無いじゃないの。女は『膜』、男は『包茎』を卒業しなきゃ、四十八手裏表、酸いも辛いも経験しなきゃ、味の濃い手錬にぁ為れんぞい~。如何だい、秋の芸術祭に『公民館展示』しましょや。」

「やいやい、そりゃグッドアイデアだ。市井の春画描きさんを、埋もれさせていたら、<町会の文化部の名折れ>だ。決定だ。提供しましょや。」

「またまた、100円ビールのピッチが早過ぎるんじゃないの。あれかい、一階フロアは、婦人と子供会場で、二階席は、<アダルト・コーナー>かいね。
 そんな事されちゃ、俺ぁこっ恥ずかしくて、落ち着いて散歩も出来んわね。散歩が出来なきゃ、アブドーラ・ザ・ブツチャー見たいに、太る一方のビア樽男に為っちまうわね。人間、散歩も出来なく為ったら、お遊びは妄想だけで、遅かれ早かれ精神病院の『鉄格子の住人』に為っちまうわね。
 それだけは勘弁しておくれや。俺には、未だ介護しなくちゃなんねぇ、婆っさが居るだいね」

「いやいや、こんなユニークなお人が居たんですなぁ~。こう云う席でも無い限り、知らぬ同士で素通りだもんねぇ。隣に座って、大儲けですわね。」

「現役時代は、仕事ばかりで<管理プールの社畜稼業>だもんねぇ。退役して家庭が本拠地に為れば、ロートルは自力でご近所、町会の<ユニホーム無しの自力掘り起こし>をして行かないと、厭人、厭世人に為っちまうわね。
包茎が取れたら、余生は頬被りを取って、半ボケ遣って行くのが、丁度好いと思うんだけどね。子育ての終わった町には、爺、婆の憩いの場が必要だわね。ギャハハ。」

「絵もレパートリーが広いし、話しも味が有って、兎に角、面白い。ワシは、この人と話しをするのを愉しみにしてるんだよ。老人大学の講師でも遣って、皆を笑わせてくれや。老後の百薬の長は、適度のアルコールと腹抱えて笑う談笑だと思うよ。場馴れして居る先生だとは思うが、講演料は包めないけど、一丁遣って見ないかね。俺は、老人会会長として、目~付けてるんだ。ワシも管理職遣ってたから、一応人を見る目は有るだいな。」

「いけね、いけね。俺ぁ小心者の直ぐ上がちゃうノミの心臓だから、難しい話に為っちゃうんね。爺、婆がノート取って、夜中に知恵熱出して、ピーポーピーポー救急車の連続じゃ、子持ち家庭は、<大量疎開>しちまうわね。
そう為りゃ、俺ぁ60代は、爺っさ、婆っさの倅世代だわね。顎で扱き使われて、<俺の老後が萎んじゃう>わね。そんな、自分で自分の足を棺桶に引きずり込む様な事はしなんどくれや。俺にだって、ゆっくり呆けて行く愉しみは残して置いておくれや。イヒヒヒ。」

 若い頃は、年寄りのうだ話は如何にも苦手の口であったのだが、毎日が日曜日の賄い夫生活を三年も続けて居ると、うだ話ペースが日常ペースと為って来て、何やら、居心地がよく為って仕舞うのである。全く以って、<慣れ>と云う物は、不思議な物である。
退役ロートルは、面倒な柵が無くなって来て居る。話しの切っ掛けを作りさえすれば、現役時代に習得せざるを得なかった<社会性>に富んだ生き物なのである。アルコールの潤滑油が無くとも、話しの歯車は回り始める物なのである。

 私の場合は、訪問者にはとっくに見透かされている『戯け画ファイル』である事は、間違い無い<切っ掛けツール>でもあり、<話しの肴の役割>も果たしている処でもある。

★福沢諭吉様の『学問の進め』とは対極の<戯け画の進め>を、推奨したいのでありまする。イッヒッヒ~。

        以上、昨夜の町会納涼会のレポートでありまする。


心何処・・・墓参り
                    墓参り

                 墓参り_001

 いやはや、茹だる様な熱さですね。こう為ると、生ビール100円の納涼会が、待ち遠しいばかりでありまする。

 何もしなくても熱い日曜日。気分一新で、六畳にドッカリと胡坐を掻いて、打ち水に扇風機を回して、アイスコーヒーなどを飲みながら、お絵描きタイムと致しました。本日投稿分の挿絵で有りまする。容量の具合で、両脇が入って居りません。ズク無し倅の汗だく纏め仕事を、男爵髭のオヤジがニヤニヤして見て居る図でありまする。

 へへへ、吾身は、あの世のタヌキ親爺に、好い様に使われ居る四男坊でありまする。因みに、親爺の干支は龍との事で有りまする。ネズミと龍とでは、端から勝負にも為りませぬ。何事も、娑婆では修行の身故に、修行の坂道として、構図を幾分、斜とした処でありまする。

         弱った親子関係で有りまする。トホホ為り。



心何処ーショート 今年も、お盆為り。
                  今年も、お盆為り(8/14/11)
 さてと、好い時間である。暑く成らない内に、墓参りをして来るべしである。刈り込み鋏、剪定鋏を持って、<ズボラの纏め仕事>である。

 帰って来てから、飯にすると言って車に乗る。薄川のT橋の信号待ちをして居ると、日曜朝マラソンのランニング愛好者達が、思い思いのペースで走って居る。傍目にはご苦労さんな事ではあるが、本人達にして見たら、習慣を続けているだけであろう。夏の時期は、専ら夜散歩に任せている吾が身からすると、熱中症で倒れなければ良いと考えるのみである。

 中山霊園は、丘陵全体が墓地公園と為って居るから、眺めの良い所である。最初の分譲時に建てた墓であるから、オヤジの墓は丘陵の上段に在る。西南の山腹も墓が建ち並んで、一方通行に為って仕舞った。そんな事で、去年から一方通行方式である。霊園をグルリと回って来ないと車を止める事が出来ない。

 ドア・ツー・ドアが車の便利な処なのではあるが、公道ではルールを守って、駐車場に車を置いて歩かなければ為らない処なのであるが・・・兎角、他人に厳しく、自分に甘いのが、人間の性らしい。

 へへへ、真面目面した下衆野郎共がである。其処へ行くと、誰が見て居なくとも、好色ヤクザもどきの私は、大した物である。所定の駐車場に止めて、黙々とメタボの腹を揺らして、オヤジの墓参りである。

 墓の両サイドの柘植(つげ)の刈り込みから、始める。整髪よりも、スポーツ刈りの方が、手間が省けると云う物である。親分無しの子分無しの吾が身である。男の価値は、黙々と全身汗を掻いて、ナンボの生き物である。

 山上に湧き上がる純白の入道雲の眩しさと、蝉しぐれの喧しさ、滴り落ちる汗の流れである。チョッキン、チョッキン、チョッキンな。此処もスッキリ、ちょっきん、ちょっきん、コンニャローメ・・・

★蟹の床屋なら両刀使いで、仕事も捗(はかど)るものを・・・ いやはや、オヤジ殿、俺ぁ、暑いわね。首筋、顔をタオルで拭えば、グッショリのお努めでゴザンスよ。

★はいはい、分かりました~。墓所を綺麗にしてから、お墓を清めまするがな。

 持参したレジ袋に刈った枝葉を押し込んで、パッパのお掃除である。ゴミを墓地の籠に入れて、手桶二つに水を汲んで、再び芝生の傾斜地を運ぶ。中段辺りでは、私と同年輩の男が麦わら帽子に首タオルで、刈り込み鋏を動かして居る。

 線香立ての燃え残りを穿り出して、墓石を磨き拭き取る。花束の一つを昨日倅が手向けた花に加える。さてさて、オヤジ洗顔が終わったから、線香点して南無阿弥陀仏じゃいね。

★ほいほい、俺の頭と同じツルツルのスキンヘッドじゃ、暑かんべや。ほれほれ、タラ~リ、タラタラ、柄杓行水じゃがね。

★オヤジ殿、暑いから、俺は帰るぞい。サヨナラ代わりに南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。婆さんも、仏壇でオヤジの写真見て、南無阿弥陀仏唱えて居るから、俺は、婆さんの分の、南無阿弥陀仏はせんぞよ。アッハハ~。

 帰りの薄川沿い、朝マラソンの観戦?を終えた女性群が、橋を渡って来る。その中の一人が、キャプにサングラス、スカーフ覆面。黄色Tシャツに派手な腕カバー、白い手袋に長ズボン。アリァ、ナンジャラホイの出で立ちである。

 太陽光線を浴びたら、立ち処にメルトダウンでもして仕舞うインベーダー様かいな。それとも、西部史に名高いアウトロー・ジェイシィ・ジェームス率いる鉄道強盗団の一員なのだろうか・・・ はてはて??? 薄川沿いに蒸気機関車が、ゴトゴト走って居たなどと云う立て札は、ついぞ見掛けた節は無かったのではあるが・・・

 残りの盆花二束を、仏壇に飾り、果物をお供えして、チ~ンをする。へへへ、本の少しの早起きをすれば、朝飯前のお努めも叶うのである。先ずは、これで人並みの扱いも受けようぞ。

 公民館の掲示には、町会納涼会のお知らせとセッティングがしてあった。生ビール一杯100円との貼紙である。

 去年同様、爺っさ、婆っさに太鼓持ちでもして来ましょうかね。何しろ、子育てを終えた町会は、子守為らぬ老人守の時代へと、移り替わって居るのであるからして。イッヒッヒ~。


心何処ーショート いやはや、大きく為ったものである。
           いやはや、大きく為ったものである。(8/13/11)
 昨日の晩飯の事である。さぁ、炊き上がった飯を掻き混ぜるかと、炊飯器の蓋を開けると、水の下に米が有るではないか!! ウギァ~、炊飯ボタンを押した心算が、保温ボタンを押して仕舞ったのである。食卓には、オカズに茶碗、箸が並べられて居るのである。

 これで二度目の失態である。保温から炊飯に切り替えて炊いた飯は、芯の残った半煮え失敗作でお粥にしたのであるが、如何にも食えずに処分した経験があった。同じ轍を踏むのは、低能児の遣る事である。馬鹿、戯けではあるが、私とて多少の自惚れがある。自分を低能児とは、思いたくは無いのである。

 前回の失敗を検証して見る。相手は機械であるから、そんなに高度な知能を発揮して居る訳でもあるまい。タカが、飯を炊いて保温する機能である。機械は二進法の世界と云うのであるから、目標目掛けて一心不乱の行進をして居ると見た方が、実態に近い筈である。

 スウィッチOn、Offの切り替えは、温度センサーと炊き上げる時間との間の強火○分→中火★分→弱火▼分。保温○℃。と考えるのが、論理考証と云う物であろう。前回は、保温域温度からの炊飯モードに進んだ事に依って、強火短時間→中火の工程に進み温度×時間に変化が生じて、<強火工程の時間が短縮>されて終った為に起きた『半煮えの結果』と考えるべきであろう。機械物は、要素分析で構成されるコストパフォーマンスの産物である。然して、難しく考える必要も無かろう。

 そう為れば、炊飯器機能をゼロ払いする為には、冷やせば良いのである。炊飯器に水を張り、内釜は水を張ったバケツで常温に冷やして、再度ゼロから再スタートをすれば、電気炊飯器は所定の設定に基いて、初期の目的を『機械的に完了』させるに違いあるまい。

 以上、一応の屁理屈の筋は通って居るのであるが、何事も<実証を以って推論の合否が決まる>と云うのが、この世の非情さなのである。

 そんな段取りを着けながら、飯のピンチヒッターに干麺を茹でて、晩飯とした処である。常温に為った米を炊飯器に納めて、炊飯スィッチ On であった。同じ過ちに、とほほのロートル戯け男であった。

 へへへ、『推理的中』に、ついニンマリする四畳半定位置の煙草吸いであった。同類の失敗者は、覚えて置いた方が何かと宜しいかと存じ上げまする。へへへ。

      明けて本日・土曜日のコーヒースタバ・トーク日でありまする。

 それにしても、朝から暑い限りである。コーヒースタバ二階席は、静かなお勉強エリアである。この暑さと、二階席の程好い客の入りは、勉強サロンとしては格好の涼空間と云って好かろう。その空間に、形の大きなイエカが一匹飛んで居るのである。

 背景が好いから、目立つ。目立つから、気に為る。戯け画<吸いたい放題レストラン>で、一日何回も、遣られ放題の憎き蚊族であるから、ロートルトークは、そっちのけで、蚊潰しパチンを遣るのであるが、ロートル二人の蚊退治は、タイテのコラサの空振りの連続である。

 嗚呼、雁首揃えて、小蚊一匹退治出来ないのであるから、情け無しの極みである。

 スモーキングタイムをして、ホームセンターに足を運ぶ。盆花が一杯並んでいるが、明日の墓参りの途中で買って行った方が好かろう。家に帰って来ると、玄関が開いて居て、サンダルが見える。倅ファミリーが来ているのだろう。

 女房経由で墓参りをして来たとの事である。女房差し入れの昼が、テーブルに乗って居る。孫の成長振りには、驚かされる。R家の家系は、色黒である。孫の色の白さは、白人並みである。女房の色の白さは、倅に遺伝して薄まったのではあるが、倅の潜在的白さが孫に現れて、吾が血筋一番の色の白さと云って良かろう。

 老母曰く、すっかり孫に嫌われちゃって、私の顔を見ると泣くんだよ。ほら、おジイちゃんだよ。抱いて貰え。

 私の胡坐の中で、太鼓腹を背に、孫は如何云う訳か・・・無心に愛嬌を振り撒いて居る。前々回から孫は、私の腕の中では泣かずに元気良く動いて、笑い顔を見せて居るから、きっと男同士の相性が好いのだろう。

 親子三代の話は、爺っさと孫の合宿話に進んで仕舞う。孫が、<お父さん、爺っちゃま面白いから、遊びに行って来る。>なんて、単身で遊びに来ると面白いと思う。
 基礎だけスパルタ躾けで、後は自由放任が吾が家の仕来りであるから、私と孫の相性が合えば、末長い交流が通うかも知れない。人間は、幼稚園、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人、家庭人とステージを変えて、人生を歩んで行く。

 自然との遊びの楽しさ、話しをする楽しさ、物を見て聞いて触って、感じ、考える楽しさ、クラシック映画を見て役者、カメラアングル、ストーリーの優劣、価値観などを感受性、読解力を鍛錬して、知識を伸ばして感性を作って行って貰いたい物である。そんな中から、物事に対する問題意識の核を如何様に築き上げて行くのか・・・ そんな過程を観察して行けるのは、血で繋がる者への観察と期待でもある。

 そうか、そうか。お前さんは、俺様に興味深々か? 俺はなぁ、白人女と結婚したかった夢があったのさ。R家にも、そろそろ国際化も必要だから、爺ちゃんが男を失わない内に、ロシアに金髪美人でも見学に行こうか~。
好いか~、<締りより民度の選択が肝要>だぜな。近隣アジアの中国・北朝鮮・韓国・フィリピンは、パスしような。その為には、幼少時のスパルタ躾けは、避けては通れんぞ。ギャハハ。頭デッカチに為ったら、即、出入り禁止の破門だからな。分かってるな~。

    赤子は、私の指を握って、歯の無い口を開けて、笑って居る。

 そうか、分かるか。俺も婆さんの話だと、オヤジが芸者遊びに連れて行ってくれたんだと。分かるかいな。そりぁ、大したもんだわさ。
 人間はさ、硬軟のレパートリーを一杯拡げてさ、座る椅子は、中庸の真っ当さを失くさなければ、面白い世界が拡がるぜや。へへへ。

 赤子の成長は、早い。さてさて、この子は、果たしてどんな生育振りを示すのだろうか。月に一度位の、半日程度の顔見であるから、私はノーテンキな傍観者の接し方である。


心何処ーショート 渡りに船の妄想。悪態音頭為りや。 
             渡りに船の妄想・悪態音頭為り(8/12/11)
      
        午前中は暑くて敵わない四畳半である。母の部屋が涼しい。

 戯け話をしながら、フランス人のフラワーデザインのテレビを見る。講師役の彼女は、飾り気の無い金髪中年女性である。何もフランス流フラワーデザインに興味が有る訳では無い。勿論、注がれる目の先は、デザイナー様の顔・表情・身体である。

 彼女のオッパイがこんなに大きかったとは、気が付かなかった。多分、ブラジャーなどはして居ないのであろう。大きな乳房の自重に、左右に拡がり垂れて居るのが、何とも早や・・・ 二の腕の白い弛みと相俟って、如何にも柔らかそうである。

 美人美形は、何を着て居ても、どんな格好で居ても、美人美形には相違無いのである。年齢相応の普段着の好さが、実に好いのである。これは在りの儘、素の儘の<個の良さ>に、通じて居るからだろう。整った顔に、目の表情と視線の動きに知性と感性の動き、話す口の動きと目の力の強弱が、美人美形さん達の精神・気分の動きに連動して、観察・観賞に堪える雰囲気を見せてくれるのである。

★へへへ、堪らんですなぁ~。如何料理をスッぺなぁ。涎が出るほど、美味そうな熟れ具合ではありませぬか。御同輩。

★アジァ~、聞こえちゃいましたか。そんなに睨まなくたって、好うござんしょうに。おお、怖~い。一説に、フランス文学は不倫文学とも申しまする。体話をこなして、会話を愉しむお国柄とも聞きましたぞな、もし。

★アナタ、Sexシナイデスカ? ダラシナイデスネ。ワタシ、ヨワイオトコ、キライデス。ダメネェ~、バシッ、バシッ、(←腑抜け男の尻を叩く音) ワタシ、スリープシマス。オコサナイデクダサイ。アナタ、ダ~メネ~。アッハッハ~。ヨワム~シ。

 勿論、彼女の動き、表情などに、脳裏に宿り遊ぶ幾つかの過去達を重ね合わせ、一人愉しむ媒体役をして下さるのであるから、スカンポ脳の脳の活性化にも繋がる処でもある。

 流石に、天下の公共放送NHK様である。Naんでもかんでも、Holeに結び付けてKoくみん教育。毛無し金無し女無し、止めが甲斐性無しの四重苦背負って、女日照りの人生。俺いらにぁ、愛は難し過ぎる。愛よりHoleが似つかわしい。スカンポ悔い改めて、ブッシュ祠参拝は<あな、畏しこ、穴、欲しこ。>の崇拝と渇望為りである。

 まぁ、人間の好みと云うか、好み顔と云うのは、共通点が多い。顔の輪郭は、丸、四角、瓜実と大別される。そんな輪郭に、額、眉、目、鼻、口が大中小のサイズで配されて居るのであるから、それらの収まり具合で、好みの顔の選択に進む仕組みに為って居るのであろう。目と口は、物理的収まりよりも、それらが連動して動く事に依って、表情と性格を生き物の様に見せてくれるのである。

 依って、そんな諸々の因子が寄り集まって、上記の★部分のとんでもない妄想を遣らして仕舞うのではないだろうか。私が別段変態異常者な訳でも無く、単なる妄想に対する正直感想を打って仕舞っただけの事である。幾ら顰蹙の石飛礫を頂戴しようとも、私は単に、そう云う生き物でしか無いのである。ギャハハ!!

 詰まりは物理的な顔の造りに、内面の作用が働き掛けて人間の表情が、現れて活発化して来るのである。人間は、本より意志伝達を発達発展せしめて来た<特異稀な動物>である。硬い小難しくも、骨の折れる意志伝達の道具は、言葉であり文字である。一方、喜怒哀楽の感情をストレートに受け止めて発信するのが、表情のコミニュケーションである。

 人間は小難しい物よりも、感情表現の方が直接的であるのは、当然の事である。感受性・感性の程度は、個個人に依って異るのは当然で、仕方の無い事である。喜怒哀楽の強弱・異感情を、相手に通訳代理させるのが、言葉であり文字の役目である。確かに理屈で考えれば、そう為らざるを得ない。

 然しながら、そんな面倒な事は疲れて仕舞うだけである。見て、感じて、満足するのが、私の様なズク無し人間には、居心地が好い処である。喜怒哀楽表現が人間の表情に直結する物なら、表情を作る顔の造り、目鼻立ちの収まり具合の好い美人美形さん達の方が、様に為るし、妄想がより広範囲で大きく稼働すると云う図式なのである。

 人間の表情の豊かさを引き出し、観賞するには、観賞者はカメラマンと同じく被写体に接近して二人だけの世界を作らなければ、好い写真が撮れないと云うのと同じである。芸術写真ならいざ知らず、スナップ写真に写し出される綺麗さ、和やかさには、<演出>よりも、アットホームな気持ちの交流が欠かせないコミュニケーションなのである。

 これは、スナップ写真の優劣を決めるのが、被写体の表情その物である事からも、容易に理解出来る処では無いだろうか。私は写真を撮られる事は、好きでは無いが美人美形さん達のスナップ写真を撮る事は、好きである。

 私は、『普段着に於いてこそ、人間の良さが映し出される。』そんな事を普段考えている次第なのである。白いきめの細かい肌に、ぽ~と赤味が差す。・・・青さと溌剌期を越えて、肌の弾力が弱まり、スリムな身体に脂肪が付き始める熟れの時期、・・・自重に左右に弛む乳房、子育て、家族サービスに明け暮れする主婦の体形、・・・人生を積み重ねて、自然体の普段着で暮らす美人美形達の生活に根差した落ち着き・・・etc

  何もプチプチ弾けるだけの直線的躍動だけが、注目すべき美でもあるまい。

 赤子に乳首を吸われ黒ずんだ乳首、乳輪、垂れた乳房、ほっそりとした腰の括れよりも、皮下脂肪の着いたでっぷりとして腹部・臀部には、所帯染みたアットホームで、落ち着いて馴染んだ女体の造りがある。 

 此処で、★の最後の行を再登場させても好かろう。日常生活に在る夫婦の倦怠見たいな物に、味が出ても来ようと云う物である。倦怠の中に在る放屁、寝言、性の交換よりも睡眠。決して悪くは無い日常の一コマでもあろう。

 それ以上に、ワンクッションを置いた表情の柔らかさ、言葉の柔らかなテンポには、アットホームな『間の味』が加わって来るのである。美しさを愛でる<気持ち好さ>は、観賞する相手の年齢と共に歩んで行く物である。何時までも鋭角の美を追い求めて、醜悪の空気を撒き散らす化粧・ファッションお化け映りは、見苦しき自己顕示の誇張沙汰であって、衆目の注目を浴びるどころか、『目の毒』とも為る。

 そうそう、目は口ほどに物を言うとの形容も有るが、私は白人女性の紅を引かないピンクの薄い唇の動きは、唇は目と同様に、艶ぽくもエロい物だと観賞している次第である。

 兎角、CMにズッポリと毒されている化粧・ファション・美容を刷り込まれている『現代大和の女族様』ではあるが、生足、生顔、生身体は、決して醜態の様ではありませぬぞえ。人間とて、何割かは皮膚呼吸をしている動物で有りますれば、ノーストッキング、ノーメイク、ノーブラジャ、ノーガードルで大道を闊歩為されませ。

  霊長類ヒト科ヒト目の無垢の顔こそが、人の最大の化粧でありまするぞえ。

 CM先行の過剰ペンティングは、そこそこに致されて、表情美人美形に経時発展為されたら如何でありましょうか。猛暑下では、何よりも皮膚呼吸が、肌の快さでありましょうぞ。イッヒッヒ~。

 透明水槽に、エァーの泡立ち、ユルユルと泳ぐ金魚達である。窓辺のキリギリスは、セッと鳴き続け、玄関鳥は、昼下がりの省エネ体制か、外では暑気を撹拌するかの様なミンミンゼミの大合唱である。買い物後は、行水でもして体温を下げると致しましょうかね。如何しても、日中は体を動かすのも、大儀である。

                 と・・ほ・・ほ・・・




心何処ーショート さて本日は、何を打ちましょうかね。
            さて本日は、何を打ちましょうかね。(8/11/11)
 夜中に玄関鳥が騒いでいたが、静かに為ったので其の儘、寝て仕舞った。朝見てみると、親鳥籠の餌入れの中に、雛鳥が入って居た。何かに驚いて、藁巣の雛が巣から飛び出して仕舞ったのであろう。餌入れに確り入って身を硬くして居るから、外へ出すのに時間が掛る。

 へへへ、藁巣から出た外界の夜は、如何でしたかな。吾輩が、この家の主であるぞよ。
 
 二代目籠の雛が、止まり木に止まって、それから藁巣を自由に出入り出来るまでには、一週間から十日は要したのであろう。本能のダイビングではあろうが、雛鳥は藁巣には帰れずに、餌入れを巣とし、床に行動の場を移して、成長して行くのである。

 朝の賄い夫の傍ら、母に飛び出し雛を見せて遣る。老母は幼児の様に籠に顔を近付けて、ウンウンと頷いて居る。国会中継を見ながらの朝食である。本日は、参議院である。参議院なら、<爆弾・追い込み男の西田昌司先生>が居られる。今日は出番が有るのか? 興味の湧く処である。

 残念ながら、午前中は出番が無かった。さて、午後に期待したい処であるが、如何だろうか。下手なダイジェストニュース、ドラマより面白いのが、国会中継である。やっと菅無理氏本人からの退陣表明ではあるが、何んとも<煮えくらない言葉数だけが多い>物言いである。言葉逃げの名人であるから、辞めるまでは信用出来ないご性格である。

 往生際の悪い菅無理氏の政治の正体を白日の下に暴き、日本の政治家としてのあるまじき不埒千万な戦後の左翼運動家に、真っ当さの鉄槌を下し、国体を蔑(ないがしろ)にし続けて来た<戦後教育の仇花の象徴政党>を地中深く封印せしめる役目は、この人・西田昌司先生を置いて無かろう。絶対に逃がさないの気迫を持って、一点を見据えて追い込んで行く<彼の鞄の中身>は、ズッシリと重く、鋭利な決め球を仕込み終えて、満を持して居るに違いあるまい。

 参議院の任期は、ご存知の様に6年であり、衆議院と違って任期半ばの解散総選挙に依る民意・民意のミンミンゼミの騒がしさとは、距離を置いた領域でもある。6年の任期・身分保障の下で、己が政治信条に基いて、専門性、政治行動を培養発揮して行くには、恵まれた政治家環境に在ると云って好かろう。

 哀しいかな、一般素人には、そうであろうとの憶測は付くが、資料の収集、質問、追い込みも出来ない処である。一般人の憶測を代理して、詰問、糾弾をして下さる先生が、居らっしゃらないと、絶対に困るのである。選良とは、一面、国民の代理権行使者なのである。

★フレ~フレ~、昌ちゃん、政治家の本分を糺せ~。国民に、民主党の好い加減さを、炙り出せ~。参議委員任期六年のスペシャリストとしての神髄を見せろ~。行け行け~、昌ちゃん。イヨッ、最適任者・昌ちゃん!! 男を上げろ~。俺は、待ってるぜ~。★

 市民運動、民主党、菅無理氏率いる現政権下で、共産主義対自由主義と云ったイデオロギー対立に依る争議の時代、米ソ冷戦時代、イデオロギー対立時代の終焉、グローバリゼーションの云う新たな国境を越えた地球規模の生産に於ける分業化と金融マネーの新潮流の激化、消費の拡大の構図は、新たな資本・金融・資源・軍事と云った経済政治覇権への熾烈な帝国主義化を見せ始めている。

 儲け口を求めてマネーが飛び交い、チープレイバー国に生産拠点を多出させ、大量廉価な商品を世界市場にばら撒いて、消費の拡大生産で、投資マネー軍団とグローバル巨大私企業を肥え太らせる。競争力を失った生産拠点を儲けの為に捨て、新たな拠点を作り上げて、生産物を消費市場に次から次へと送り込む。国家の枠を超えて、地球に翼を伸ばす巨大な生き物は、国家・社会・国民と云う公益を忘却した巨大私企業のコンドル=ハゲタカの跋扈であろうが。

 どんなに見た目がスマートに為っても、拡大再生産の古典劇を人類は、続けざるを得ない脳細胞と体細胞の持ち主なのである。これが進歩、発展のカラクリらしい。
 
 ハイエナ国家、ハゲタカ国家の争いにばかり終始して居ては、最早、余りにも狭く為り過ぎた地球では、下品国家主導ののモグラ叩きの断末魔の世界が、近未来の図である。<足るを知る国家=モラル国家>の登場こそが、世界調整の未来図で無ければ、国家破滅の道である。
 哀しいかな・・・モラル国家の優等生・日本のモラル崩壊は、目を覆うばかりの惨状である。逃げ菅・空き菅・スカタン・忘れ菅・居座り菅・天皇皇族軽視と、これほど、日本国宰相の権威と地位を、落としめた男は居まい。靖国神社のA級戦犯合祀を声高に叫ぶ論理が在るのなら、よもや自分も歴代首相の列に入れるかどうか、恥を主体に考えて貰いたい物である。
 
 日本・日本人のモラルの復活は、菅・民主党を、嘗ての社会党の様に、政治の舞台から葬り去る事から始めるべきであろう。←私は観察経験から云って、学生活動家上がりの男は、絶対に信用が為らないのである。


                   <ついでの備忘録>
 ハイエナ国家、ハゲタカ国家の跋扈状態には、腹が立ってしょうがない忌々しさである。話しは、コロリと替わるが、これも加齢期に入った『思いの備忘録』日誌でもある事から、浮んだままを打ち進めましょうかね。

<ラジオ何でも科学相談室>では無いが、宇宙は拡大し続けているとの事であるが、宇宙の極一部を構成する銀河系宇宙と云えども、何時かは肥大し過ぎて、爆発消滅をしてしまうとの事である。

 宇宙的思考からすると、全ては<有限の中の、無限への錯覚>でしか無いらしい。私はスカンポ脳であるから、難しい事は一切分からない。仕方がないから、スカンポ脳の中で、ゴム風船をイメージするしか無い処である。

 ゴム風船を膨らませれば、ゴム内の小宇宙は、中に居る極々短命の生き物の目からは、無限の宇宙の拡がりに見えて、当然の世界であろう。然しながら、無限の宇宙に浮かぶ巨大星雲・銀河系とても、ゴム風船のゴムの薄い表皮でバリアされた<有限の被膜に内在する世界>でしかあるまい。膨張に膨張を邁進する薄皮が、許容強度を内部からの膨張圧力を維持出来なく為れば、有限為る物は、単純明快に爆発消滅するしか無いのである。一つの形を有した物が、爆発飛散した破片物から、それを蘇生物とした新たな運動が始まり、小さな核が、運動の中で集合離散しながら、新たな体形宇宙を作り始めて行く。

 こんな有限のイメージしか思い浮かばないのが、有限存在としての思考方なのである。無から生じて有を為し、有の破裂に依って無に還り、再び有を形作る。従って、無→有→無→有→無・・・ 有を成長、無を死と捉えれば、一話完結の終わりであり、無=死=還元と捉えれば、その関係は円運動の回転と為る。その回転運動にこそ、永遠の運動性と云うか輪廻を見い出すしか、理屈の捏ね様が無いのである。

 何もこんな事は、お釈迦様が初めて気付いた<森羅万象の理・宇宙の奥義>ではあるまい。有限思考が、無限思考に到達する為には、加工と云う手を加える事に依って、導き出すしか無い<必然の論理的整合性>でしかあるまい。
 それを下衆の天の邪鬼的邪推を施せば、世の人々が、無意識的、或いは、的確な表現方法で説明する事が出来なかった迄の事で、中々、一般他者を説得し得る域までに達して居なかっただけなのであろう。

 説得力は、証明して見せる科学の領域と、思想・哲学の分野では、一般人がそれとなく漠然として理解して居る思考の分野で、如何に漠然とした思い、考えに対して、的確な言葉で、説明する事が出来るか否かに関わっているだけであろう。

 支持される前提の中には、共通の事象に対する共通の思い・考え・疑問への最大公約数的な共通思考が存在して居る筈であろう。共通認識・共通思考が、明確な思考方に共感を以って支持される。これが、一般的作用と云った処なのであろう。

 へへへ、またまた、下衆の悪い性根が出て仕舞った物である。私の言いたい事は、<誰々が言いました。>なんて事に、思考停止なんかする暇があったら、自分自身で物を考えれば、それなりの方向性が見えて来るだけの事なのである。

 殊更、人間を英雄視、天才視、偉人視、伝説視する前に、
<ほぅ、そうかいね。そんなの頭の知恵の輪で、当たり前の事じゃないの。コンチクショーめ、俺がその時代に居たら、歴史に名を刻んで居た。嗚呼、遅かりし。残念至極~。>
でイッヒッヒ笑いをして、下衆の楽しみを持てば、面白き掛け合い漫才も叶うと云う物なのである。

 然しながら、駄目な物は駄目なのである。有権者・国民の政権交代の共通願望に付け込んで、『国民の生活が、第一』の秀逸なムードコピーで大躍進の政権交代を成し遂げた迄は好かった物の、蓋を開けたらナンジャラホイの不勉強、不見識、ペテン師紛いの言葉のフン転がし政治であった。
 衆議院選挙の投票行動の失敗を自覚・反省し始めた国民・有権者の前に、正体を現わしたのが、民主党の政治素人集団であったのである。その極め付けが、手の付けられない化け物菅無理氏の見苦しい限りの<毒演個人パフォーマンス>の遣りたい放題である。

←こんな輩、集団は、速い処、一話完結の国民的引導を渡して遣るのが、国民の義務であろう。お釈迦様の慈悲の心で、輪廻など<以ての外!!>である。

 遺憾いかん・・・ すっかり、遅れて仕舞ったキリギリス、金魚達の餌遣りの段である。

 午後からの、本日のメーン・エベントの西田昌司先生の国会中継を願って、風呂で全身を洗い清めて、皮膚呼吸を活発化させて置きましょうかね。本日も、変なオヤジのウダ話にお付き合い下されて、お疲れ様でした。感謝感謝でありまする。


心何処ーショート 暑さにグッタリ為り
                 暑さにグッタリ為り(8/10/11)
 明日は、今日以上の暑さに成ると云う。夕涼み時には、モデル料としてUオバさんに、アップしたブログ日記を印刷してプレゼントする。視力が弱く為ったと云うオバさんに、老眼鏡を持って来て、朗読役をさせて頂いた次第である。
 オバさんは、喜んで目を細めて聞いてくれ、家でじっくり一字一字味わって読ませて貰うとの事である。碌な事は打って無いのであるが、喜んで頂けると、打ち手としては、何よりも嬉しい処なのである。

 本日・火曜日は夕食後の歌謡ホールがあるのだが、何んと特別番組で休みであった。小部屋でCDを聞きながら、缶ビールを飲んでいる内に、気持ち好く為って仕舞った。

 明けて本日、予報通りグングンと上昇する糞暑さである。36℃を上回る猛暑日の本領発揮である。裸ん棒で首筋の汗を拭って居ると、ヤクルトママさんである。暑さが全身にグタ~とへばり付いて居るから、セクハラトークも出ず終いである。元気が良いのは、キリギリスとミンミンゼミだけである。

            ああ、遣り切れませんわね・・・・

 冷蔵庫は空であるから、買い物に行って来なければ為らないが、外へ出る気がしない。然りとて、家に居て裸ん棒をして居ても、噴き出し溜まる汗の鬱陶しさだけである。こう暑くては、得意の昼寝も儘為らぬ。

 風呂に浸かって、ベト付いた皮膚をササッと洗い流して、自転車漕ぎをして来るしかあるまい。熱暑の汗に没して居ては、賄い夫は一切前に進まないのである。

 風呂後の汗も退いた。やれやれ、大儀ではあるが、シャキッと尻を叩くしか無い。ふぅ~。

 焼け付くアスファルトに、青空にムクムクと力瘤を盛り上げる入道雲の雄姿である。裏道の農園の桃は、袋から赤い実を見せて、トウモロコシの青ヒゲ、キュウリの葉が、灼熱の太陽に晒されている。ヒマワリの黄色も眩しい限りである。並アゲハの黄色も、カラスアゲハの黒も、私の目には、ヒラヒラの暑さである。驚異の花蜜パワーかいな?
 
 それでも、時折抜けて行く風の心地好さである。不在家の木陰に、猫がだらし無くクタ~と引っ繰り返って居る。

 おいおい、メタボの老猫さんよ。それじゃ、全く俺様と好い勝負ですがな。変なコロンとした物が、丸見えでゴザンスよ。

 こんな糞暑い日中は、猫で無くとも、日蔭の風道にまどろむが、一番である。全身毛に覆われた猫様であるから、蚊にも刺されまい。そんなお昼寝猫様を見ると、今度生まれ変わる時は、猫様も悪くは無いのかも知れない。

  買い物、昼を済ませて、夕刻に為ったら、母の薬を貰って来れば好かろう。

 どんよりと熱気が溜まるだけの小部屋で、キリギリスの声を聞いて居ても、感心しない処である。見れば見る程に、すっかり汚れて仕舞った金魚槽の水質である。どんより部屋に、どんより水槽では、余りにスッキリ感が無い。

           汗を掻けば、また風呂で汗流しをすれば良い。

 これも賄い夫の務めである。先ずは、町医者に行ってから、水槽洗いと水の入れ替えでも致しましょうかね。遣れば、観賞に応えてくれる金魚達である。へへへ、夜の長い、吾が定位置のお仲間なのである。

 メダカが絶滅して仕舞った水槽には、ユルユル泳ぎの流金を三匹入れる。5:3と為った水槽の並びである。過密水槽から解放されて、見た目もまぁまぁでもあるし、水質の汚れも、これでスローダウンしてくれるだろう。水運びは大儀ではあるが、重い腰を上げれば、遣っただけの効果に在り付けると云う物である。


心何処ーショート 寂しい想いをさせちゃ駄目だよ。
            寂しい想いをさせちゃ駄目だよ。(8/9/11)
 隣班のUさん家のオバさんも、80前後だろうか? 今は独り暮らしなのだろうか? 二人の息子さんは、私より5~6歳下の筈である。美男美女の夫婦であったから、子供時代には、眩しく見えた物である。オバさんは、帽子を被って私の部屋の前を通ってとぼとぼとした足取りで散歩に行く。

 何処かの時期に大病をしたのだろうか、肉付きの好かった身体は、痩躯の様である。

 それでも、毎日決まって散歩に行く姿は、散歩にも行けない老母と比較すると、羨ましい限りの思いで見て居るのだが・・・ 

 雷鳴と稲妻、そして叩き付ける様な俄か雨が見舞う。そして、蒸し暑さと太陽の照り付けが、交互に遣って来る。ラジオの天気予報通りに、不安定な大気を確実に実行して居る様なのである。

 雷雲は去って、涼しい夕刻の時間である。川の様子でも見て見るかと土手に行くと、オバさんが河川敷に下りるコンクリートの階段に、新聞紙を座布団代わりにして独り腰掛けて居る。痩躯の後ろ姿が、一人暮らしをして居た母の後ろ姿を連想させる。

 母もオバさんも、大正の時代を背負って居るかの様に、背筋を伸ばして隙を見せないカクシャクとした雰囲気を放って、静かに風景を見て居る。

 オバさんは育ちの好い美人娘さんの様な、取っ付き難さを持っているタイプの人であった。小さい頃は、可愛い兄弟であったから、好く遊んだものである。私もオバさんの家に遊びに行った事もあるが、何処と無く躾けの厳しい雰囲気が在った。専ら二人の兄弟は、私の家に、遊びに来て自由にして居たものである。

 隙の無い美人系で雰囲気的には、私の母に共通する臭いが在った。母も躾けの厳しい処はあったが、自由放任の泳がせ方をして居た。多分これは、子供が多かったので、未亡人の母としては、仕事に忙しくて手が回らなかった所為であるし、子供達の出来の好い処とのマツチングも好かったのであろう。
 躾け、お説教も、総論的な事だけで、個々に就いては自分で考えて行動しろのタイプであった。

 母の常套句は、<恥を知れ><胸に手を当てて、自分が正しいか、間違って居るか、自分で良く、考えておいで。> 
 そして、伝家の宝刀は、<私は父さんから、お前達を預かった。私の育て方が間違って居た。父さんと世間様に申し訳が立たないから、死んでお詫びをする。私も育て方を間違った責任が在る。一緒に死んで遣るから、覚梧おし。>と般若の形相で睨まれ、押し入れの布団の下から短刀を、目の前にポンと置かれたら、どんな反抗期の中学生、高校生でも、その母の腹の据わりの迫力に、平伏すのみであった。伝家の宝刀は、一回こっきりである。

            母よ、あなたは正しく、強かった。
 団塊世代の多くが持つ親世代の、此処一発の迫力とは、そう云う物が多かったと思う。

     話は、とんでもない方向に逸れて仕舞ったが・・・
         話しを元へ戻しましょうかね。

「オバさん、偶には話すかいね。」
「うん、好いよ。此処へ座る?」
「チョイと待ってましょ。話の盛り付けに絵でも、持って来るわいね。」

 満タンに為った下手絵フィルを持って来ると、オバさんは、新聞紙を半分分けて、此処に座れと横に置いてくれた。

「あら、ズッシリと重いね。これ、みんなRちゃんが描いたの。」

 昔、好い処のお譲さん。今は立派な独り暮らしの老女様である。表情の乏しい年寄りの硬い表情が、私の戯け画のオンパレードに、強張りが溶けて行く。

「これは、凄いじゃないの。頭の中に在る思いを、絵にすると云うのは、普通の人には出来ない物よ。色鉛筆ね。色遣いが、振るってる。凄いねぇ。出来の好いのは、知ってたけど、こうだったんだねぇ。感心しちゃう。」

「あいあい、そうだんね。出来が良過ぎて、世間様と話が噛み合わないから、時々、バカソの絵を描いてるんだわね。これはさ、去年かな、一昨年かな・・・日照り続きで、大砂塵だから、俺がシャーマンに為って、雨乞いの踊りをしてる図なんだけどさ、清めの行水をして、上弦の月夜に、黄金の月夜茸をおっ立てて、雨乞い踊りをして居たら、夜散歩のオバちゃんが、黄金の月夜茸に、欲情の七色の口泡を噴いてるって図だわね。ギャハハ!!」

「為るほど、それじゃ次の絵は?」

   古代シャーにズムと現代吾が友為り


上品美人お婆様は、笑うに笑えずの『押し殺し笑み』を浮かべて居られる。オバさんねぇ、人間、還暦を過ぎりゃ、酸いも唐辛子もエロも、昔取った夫婦の杵餅でヤンしょう。枯れて愉しむのが、中性域のよもやま話でアリンスよ。童心に還るのが、ロートルの餅の捏ね方の作法でありまするぞえ。リラックス、リラックスですがね・・・

「これはさね、俺の高校以来の親友が居てさ。それも、馬鹿に付ける薬無しの、お互い好色一本道の男でさ。定年後は、再び自由の戯けを実行しようと考えて、物価の安い南洋の小島辺りで、ゴーギャン生活でも遣らっか…なんて、鼻の下を伸ばして居たんだけどさ。

 やっこさん、悪行三昧が祟って、胃癌で胃を取っちゃってさ、胃無し男の痩せに為っちゃってさね。ヤツの病み上がりに、俺ぁ、胸キュンでさ。

<おい、人生未だ先が一杯あるんだ。イカのキンタマ位の胃かも知れんが、スライド走法が物理的に不可能なら、ピッチ走法を訓練して、遊び回って居たあの頃の復活を目指してくれや>って云う親友への友情エールの図だわね。

 如何だいね。オバ上様、男の他愛無き永遠の戯けモードが、緩やかに描かれているズラ。女族の小さな潔癖観からは、絶対に拡がらない男のメルヘン・ワールドさね。好い線行ってるズライ。」

「ほぅ~、そう云う考えで描いたのか。ふ~ん、助平な絵も説明を聞くと、納得するわ。じゃ、これは?」

「ああ、これはさね。俺は毎日、散歩するから、夜に為って人目が無く為りゃ、住宅街のこんな小さな川原にだって、人間界と動物界の棲み分けが出来て居て、下弦のお月さんの下では、ウスバカゲロー、ホタル、サワガニにヤマメ、カジカ蛙が出て来て、人間の井戸端会議をしているって図だわね。

 田舎で自然の濃い生活環境の中に入るに居るのにさ、ジョギングにセカセカ・ウォーキングでの健康管理・美容管理も好いけどさ。己が五感を友に、漫ろ歩きの愉しみも、田舎生活の恩恵ですわね。

 セカセカ、個人管理だけじゃ、刺々しくなるばかりの人間社会じゃないのさ。心、気分のゆとり何んかは、頭のスイッチの入れ様次第ですがな・・・ そんな人間に対する皮肉な提言をモチーフとしたんだわね。」

「奥が深いねぇ。話の内容も、面白いし中身が濃い。お婆ちゃんにも、見せてるの。説明して上げてるの。」

   夜の川・夏塵魍魎の図



「あいあい、遣ってるんねぇ。それで、ご近所さんトークの仕方も覚えて来たんだわね。俺は四男坊だから、根がオッチョコチョイなんだわね。この頃は、すっかりロートル術が身に付いて、お袋へのお勤めが済んだら、<老人慰問団>でも結成して、全国行脚でもしっかって、考えてるんだじ。

 若しかしたら、これもお天道さんから授かった<隠された才能>じゃないかと思ってさね。若しそうだとしたら、天賦の才能は、社会に還元して、お天道様に使用料をお返しするのが、筋だしね。

 今時の政治屋共と来たら、何でもかんでも、自分の才能と勘違いして、社会還元もお天道様への感謝の気持ちも無いから、自分の才能を他人を踏み台にして個人専用に使い捲って居る忘八者の浅ましき天下だわね。
 恥のハの字も理解出来ない『出来損ない人間』が、北朝鮮・ロシア・中国・韓国の<育英資金>を貰い続けて、日本国の政権与党、形振り構わずで首相の座にしがみ付いてる。こりぁ、どっから見ても、末法の御時世ズラよ。」

「そうなんだよね~。男らしい男、好い男が、居なく為っちゃったもんだよねぇ。情けないと言ったら、有りゃしない。Rちゃんは、誰が総理に相応しいと思ってるの?」

「俺かい。俺ぁ、麻生さんが好きなんだよね。漢字が読めても、英語を話せないヤツばっかりなのに、英語で話しが出来る麻生さんを、漢字が読めないと散々に扱き下ろして居たけど。価値観の天秤棒が、狂い放けているんだわさ。大新聞・大テレビ局が、ゴシップ、三面記事のオンパレードじゃ、そんな物ぁ、恥ずかしくて、お付き合いも出来ませんやね。

 麻生さんには、憎めない華が在ったし、育ちの好さと、家業の経営者と云う『社長の温情、腹の据わり』見たいなのを感じて居たんだけどね。政治家への宿命の中に在る、日本の伝統と云う物への帝王学・DNAの強さ見たいな物が確りと根底に在るみたいで、俺はファンの一人だったけどね。

 秀でた人格・素養・見識と云った無形物の雰囲気って物は、一代の英雄・英傑だけでは、絶対に作り出せないし、醸し出す事の出来ない物、育ちの無形物って物が、厳として存在するでしょう。
 端的に云えば、天皇家・天皇・皇后が、その典型でしょうが。伊達に、皇紀2600、700年とは云わ無いでしょうに。そんな物などが、ひっくるめて一人の人格・言動・容姿・立ち振舞いの全体像を作り上げて居るんだと見て居るんだけどね。

 流行り言葉で云えば、それが個人の放つオーラなんでしょうが、安部、福田、麻生、鳩山、菅と並べたら、俺の感性は、麻生さんを選ぶんね。麻生さんには、中国・北朝鮮・韓国に対する<和して同ぜず>の指導者としての核が在ったと記憶してるんだけどね。」

   日本、喝!! <御真影>コンニャロメ!!_001

「ふ~ん、男の人は、観方が違うんだね。学のある人は、押さえるべき処は、ちゃんと押さえて、自分の頭で、自分の言葉で整理整頓してるんだねぇ。だから、こう云った絵をスイスイと遊び心で描いて行くんだ。感性も、頭の構造も、私ら馬鹿とは違い過ぎるんだ。

 でも、こんな事が無いと、近所に住んで居ても何にも知らずに、本当に、挨拶、会釈だけで通り過ぎちゃって行くしか無いんだからね。立ち話の角の無い話ばかりに終始してると、絶対に聞けない話だったよ。好い絵と好い話を聞かせて貰った。

 これなら、お婆ちゃん、幸せだわ。好い息子さんに世話して貰って、羨ましい。Rちゃん、親孝行して遣ってね。お願いよ。親に寂しい想いをさせちゃ駄目だよ。お願いよ。」

 こんな一幕もあった昨日は、10時を回ってからの夜散歩であった。財布をポケットに、気が向いたら、散歩の帰りにでも赤ちょうちん、スナックにでも立ち寄って、ビールでも飲んで来るべしと、街場散歩とした処である。

 空の半分には星と朧月夜があった。ブラブラ散歩の歩調である。為るほど、客の少ない飲み屋界である。外れのこの店を通り越せば、後は無い。汗の補充にビールを飲んで帰る。客の少ない店で、ママさんの娘と云う面白い女と、戯け話を交換して帰って来る。屈託のないポンポンと繰り出す話は、結構、楽しい物である。偶には、ズケズケ物を言う女の毒気も気分向上の付け薬と云うべき物であろう。へへへ。

   お説教森の中

※絵に興味のあるお方は、カテゴリー内のマイギャラリーをクリックされますれば、戯け画の扉と為って居りまする。ごゆるりと為さって行かれませ。へへへ。



心何処ーショート ハハハ、好く喋った物である。 
            ハハハ、好く喋った物である。(8/8/11)
 昨日の夜散歩では、川の水が大分濁って居て水量もあった。私の所では雷鳴と俄か雨だけであったから、見てビックリの感想であった。上流部、山部では相当の雨が降って居たのだろう。降水量の圧倒的違いをマザマザと見せ付けられて居る様であった。安定しない天候であるから、スコールに見舞われたら大変である。方向を変えて、街場へ下るコースを回って来た。

 虫々の声の混じり、涼しいそよ風の中で、気持ちの好い1時間強の散歩であった。

 テレビを見なく為って大分経つ。今では、見ない日常が習慣化されて来て居る。見て居た頃と比較すると、兎に角、<テレビは疲れる>と云う代物なのである。専らラジオからの情報で暮らしていると、視覚・聴覚を占拠されて終うテレビと云う媒体は、エネルギー消費が、想像以上に大きいとの思いである。ロートル生活には、ラジオが丁度好い。

 テレビを見る時は、陳腐、バカバカしい程のCM氾濫が嫌であるから、それの無いNHKを見て居る事が殆どである。日曜日の大河ドラマは、恒久的に何十年も見続けて来た日曜日・夜の習慣ではあったが、田渕某女史の篤姫、お江に為ってからは、余りの軽薄さ、ハチャメチャ振りに、憎しみの余り、スッパリと拒絶の選択と為って仕舞った。

 そんな事で、日曜日は、殆どテレビとのお付き合いは無い処である。従って、利口には為らないが、時間は余るし、体力も浪費しない処でもある。

<吸いたい放題レストラン>対策に、殺虫スプレーと蚊取り線香燻しが功を奏したのか、好い睡眠と久し振りの白人美形さんの『夢の共艶』で、好い目覚めであった。

 朝飯前に、掃き掃除、小鳥達への世話をするが、世の中はプラスマイナス=ゼロが、その実態なのであろう。続けざまに蚊攻撃に晒されて、ムヒのお世話に為った次第である。

 風の少ないムンムンとする四畳半定位置であるから、本日は扇風機が回り放しである。水槽面の汚れをブラシ落しして、濾過器のフィルターを水洗いする。キリギリスのキュウリを交換して、削り節を盛って遣る。フィルターコーヒーは、湯冷ましをしてから、氷を放り込んで、アメリカン・アイスコーヒーとする。

 ミンミンゼミに、キリギリス、餌強請りの雛の声と、蒸し蒸しと暑い日中の行進が、本日も始まっている。

 ラジオで変わり映えのしない国会中継を聞いて居ると、ガス屋さんの集金である。へへへ、<飛んで火に居る夏の虫>である。この処、下手絵・戯け画のペースが速い。兎に角、美大出の和製チャールズ・ブロンソンさんとは、話が合うのである。<海坊主昼寝の図>から始まって<吸い放題レストラン>まで、都合八枚の『話の肴』がある。打ち水の入った風通しの好い玄関上がりの<板の間観賞会>である。

 例え下手の横好き・ど素人の戯け画ではあるが、<人間とは考える葦>とも表現される生き物でもある。描き手の意図を拾って、彼是と感想を頂戴出来るのであるから、それから端を発して、これまた、彼是とお互いの世相を見る視点・観点の思いを交換出来るのである。

    依って私にとっては、涎の出る程の、実に有難い御仁なのである。

 風景画をジャンルとする彼には、私の風刺タッチ、エロのデフォルメと云った<Rワールド>は、思わずニヤニヤ、ほ、ほぉ~の面白き世界なのだと云う。私の何んとも云えない『和と豪の色遣い』が、個性溢れるイラストの世界を主張しているとの高いご評価まで頂いて、

 おぅ、流石に美大出だ。真っ先に、描き手の個性を捉える直感、感性が好いねぇ。食いねぇ、食いねぇ~、嬉しい事を言ってくれるじゃないの。俺ぁ、森の石松だいねえ。

 飼い慣れさせて、最大公約数的無難さしか話せない表装ナゾリが幅を利かせる<ラベルだけの高学歴化社会>。そんな中で、知った被りの<天麩羅人間>の大行進だわさ。そんな物ぁ、衣を外せば何の事は無い。テレビ・新聞の見出し活字を<ステレオ>でひけらかせるだけの、中身の小さな輸入エビ天麩羅でしかあるまいに、豊かさ、『個性・個人の感想・意見』が聞いて呆れまするわね。

 レベル無しの安物ラベル貼りで、一件落着の忙しいばかりの一過性の現代社会に毒されて、思考、観賞までも、全てマスコミ・教科書に<丸投げ>。冗談も、馬鹿も休み休み言い遣がれってもんさね。レベルとラベルの違いは、中国様ご謹製の中国新幹線列車事故で、物の見事なまでに、『実証』されたでは無いか。

 吾が絵の見た目の下手さ、戯けさ加減に、一刀両断の顰蹙にばかり矮小化されちまぇえば、俺ぁ立つ瀬がないわね。寸止め、バランスの理性配りと戯けのコラボレーション、グサリと核心を抉る風刺の刃、日常のたおやかさの提示劇場なのにさ。

 言って見りぁ、俺の絵を愉しむにぁ、馬鹿じゃ楽しむ事も愉しむ事も出来んぞやね。イッヒッヒ、ウッシッシ。描く技量に見る技量、楽しみ愉しむ技量も、技量の交換会ってものさね。

 読んでますねぇ、楽しんでますねぇ。人間の会話は、これで無くちゃ面白くも何でも無ぇぜや。ギャハハ!!

「いやはや、レベルにラベルの違いをズコ~ンと言っちゃうんだものね。こんな奥深い事を、インテリ先生に質問したら、居眠りが出て来る程の講義を喰らっちゃって、試験に出されりゃ、敢え無く『不可』の返答が来ちまうのにね。

 こんな楽しい話が次々に出て来る。知識と機転の素早かさは、相当な人で無くちゃ出来ないんだけど、難しい抽象的な活字の世界をこんな風に、ベランメ~調子で、噛み砕いて遣っちゃうんだから、Rさんは、相当なお人だわ。講義料払わないと、そのご太い腕で殴り倒されちゃいますわね。」

「そんな事ぁねぇせ。俺ぁ貧民の縄文人だから、少ねぇ栄養素を捨てる訳にぁ行かんから、奥歯でガリガリ噛み潰して、擂り潰して、食料・栄養素とするしか手立てが無ぇんだわさ。セレブ、馬鹿芸NO人見たいにさ、口に含んだだけで、霜降り牛の蕩けるジューシーさなんて代物に、ご相伴に与かった事が無ぇんだよ。俺ぁ奥歯の臼歯だけが頼りさね。

 下衆貧民が、高値の肉の高級食材食ったら、咀嚼力が無くて、直ぐ様、下痢ピーで精霊流しを乗っ越して、高級食材の行く末は、総合浄化施設へ一直線だわね。あぃ~。」

「巧いなぁ~、学んで知る努力の重要性を、奥歯と縄文人の臼歯と咀嚼力で茶化して見せる。まるで、その小気味の好さがRさんの描く絵の世界に、現れてますよ。大した物だ。

 何か、何て云って好いか・・・会話に顔を覗かせる知性の咀嚼能力の有無を埋める辞典・辞書見たいな物を刊行しないと、日本の話芸にしろ、日本人の会話能力って物が、衰退、消滅して行くんでしょうね。若い連中に、R節を伝承させたいんだけど、丸で世代ギャップで、オヤジ世代は無視されちゃってますからね。

 嫌だねぇ~、個性とだらし無さの区別も付かず、フォーマルとカジュアルの使い分けも無く為って、TPOのシャキッとした緊張感も無く為る一方。肉食系女に、草食系男。男も女も、限り無く中性化して行く。韓流ドラマに占拠されたフジテレビに、北朝鮮との闇の癒着総理と来たら、日本人は如何為るんでしょうかね。

 ニュース見てても、何を言っても無理・無駄な国会だし、このままだと、閉塞感にベトベトして行くだけの日本ですからね。恥知らず、公私の区別も付かない陰質拘泥癖の菅政治は、早い処、掘り起こし不能の深い穴を掘って『封印』しなくちゃ行けませんや。まともな神経じゃ無いですわ。昭和の中で生まれ育った世代の男には、見たく無い世相の蔓延ですわね。」

「そうだね。人間、あそこまで行ったら、生きてる資格が無いわね。<資格の無い男が、何を生意気な事を、何時までもコイて遣がる。引っ込め!!>って、国民に倦厭感を国費で蔓延させると云うは、正に末法の世だわね。
 民主主義の先頭に立つ総理としては、ただ国威・国力の衰退。そんな党代表を頂く民主党議員は、<国政の一員たるを放棄した>無志・無能・無責任の低質集団としか、軽蔑のしようが無いですわ。

 こう為りゃ、冥土の赤尾敏先生にでも蘇って貰って、『赤尾ビンタの会』を結成して、国会議員先生共を、一列に並べて端から往復ビンタを喰らわせて行かないと、腹の虫が収まらんわね。困ったもんさね。

 大人しき貧民羊たちは、衆議院選挙で民主党撲滅運動に一票を投じて、祖国日本の蘇生に一縷の夢を託すしか無ぇしさね。困った物だわ。チンタラ、チンタラ国会は、何を遣っとるんじゃい。腰抜け野郎共が~、ニャロメ!!って事しか言え無ぇから、情け無ぇの極みだいね。」

 へへへ、月に一度の戯け画を肴のロートル談議である。私は、好色ではあるが、女族様とは、絶対にこんな砕けた話に、花を咲かせる事は難しいのである。週に一度や二度は、こんな男同士の砕けた話を交わせる愉しみが無ければ、人間は言葉を忘れて仕舞うのである。

 振り込みなど云う無味乾燥な請求と支払いでは、こんな愉しい対人関係は生まれて来ないのであるからして、手続きの進歩ばかりが、住み良い社会を残し維持居て行く事では無かろう。

 アッじぁ~、窓辺の雑木にミンミンゼミが止まって、ミィーン、ミィン、ミィン~の熱気の撹拌音響である。
 

心何処・・・熱帯夜の無法地帯
                熱帯夜の無法地帯

                 無法地帯

 本日の一枚でありまする。憎き小蚊に白旗ムヒを摺り込んで居ても、男が立ち申しませぬ。大きな雷鳴と、時々の激しき雨でありまして、模様眺めの時間に、挿絵を思い立ち、只今完成致しました。これをアップしてから、日課の夜散歩に出掛けて参りまする。

 キリギリス見たいな蚊に為って仕舞いましたが、紛れも無く描き手と致しますれば、正真正銘の憎き小蚊でありまする。天眼鏡にて、拡大した図で有りまする。小蚊の憎々しさが、伝われば幸いと存じまする。イッヒッヒ~。本文と併せ読まれたし・・・



心何処ーショート 小蚊に為す術も無しや
                 小蚊に為す術も無しや(8/7/11)
 今夏に入って、最悪の夜であった。蚊に喰われて、途中でパジャマを着て肌の露出部分を最小限に止めた物の、今度は暑苦しさと痒みで、悶々と朝を迎えて仕舞った。

 台所に痺れを切らした母の動きではあるが、動たくても如何にも動けない。日曜日に託(かこつ)けて、『知らぬ存ぜぬ』の体力回復朝寝をさせて頂くしか無い。十時に成って、今度は暑くて堪らず、フラフラと起き上がる。

 部屋を置いた関係と云えども、昨夜の一部始終は、当然に老母の耳にも届いて居るからして、朝茶を入れて呉れる母は、ニヤニヤして<大変だったねぇ~。>の御挨拶である。

「ああ、酷ぇ目に逢っちゃったよ。今日は日曜日だから、休日返上で蚊の野郎を血祭りにして遣るわね。俺ぁ、ケチじゃないから、血位は只で呉れて遣るのにさ。<置き土産>なんかして行かなきゃ好いんだよ。蚊の馬鹿野郎が、恩知らずもテェゲーにし遣がれってもんだぜや。見付けたら、ぶっ殺して遣らぁな。」

「頭は刺されないのかい?」

「ナヌ~。この糞婆ぁ、馬鹿にし遣がって、禿げ頭は脂性だから、蚊も滑るんだろうよ。如何云う訳か、被害は無いわね。へへへ。」

「そうかい、そりぁ好かった。」 

 朝飯前に、親子揃って<ムヒ>を患部に摺り込んで居るのであるから、色気も風情も有った物では無い。昨日のコーヒースタバの二階席の学生おネェちゃんの会話では無いが、<蚊に喰われて、もう大変、毎日、助けてくれ~だよ。>と、ホットパンツの白い太腿をポリポリ掻いている姿があった。物の見事に、赤い点々が太腿に着いて居たものであった。

 そんな白生足の紅跡を思い描けば、『同床でも、一切オイタは致しません。』の誓約書と供託金を積んで、良質美味の柔肌おネェチャンに土下座をして、エスケープ・シープに為って頂き、その横でデカバン一枚の大の字で、睡眠を貪りたい気分も湧いて来る。

 小さな、米粒の何分の一にも満たない蚊の流行りは、真に以って始末が悪い。紛れ込んで、ブンブン、ちょこまかと飛び回る蝿など、小蚊と比べたら可愛い物である。嗚呼、この煩わしき痒さと吸血時間の短き小蚊であっては、老眼の照準合わせのもどかしさと云ったら・・・ 仕止めの不首尾と来たら、・・・ 返す返すも、腹の虫が収まり切らない腹立たしさなのである。

 コンニャロー、俺様に、何の恨みが有るんじゃい。正々堂々と、姿を現わし遣がれ~。


心何処ーショート 日々の暮らし
                  日々の暮らし(8/6/11)
 
                     <その1>
 煙草も切れる処であるから、夕飯前に遠くのコンビニまで散歩方々行く事にする。外に出ると、夕涼みにお向かいの独り暮らしのオバさんと7班のオバさんが、年寄り話をしている。

「これから散歩かね。一時間かい、二時間して来るかい? 一寸痩せたかね。おばぁちゃんは、元気にしてるかい?」

「あいあい、昔は若かったのに、年寄り女二人じゃ、健康話に健忘症話で、碌な話に為らんズラ。そんなんじゃ、美貌が奈落の底だぜや。ホルモン活性剤の馬鹿絵でも持って来るぜ、少しは昔を思い出して、色気を出しましょや。」

「またまた、リップサービスで~。でもねぇ、上手な面白い絵をスイスイと描いて、一杯笑わせてくれるんだよ。見せて貰うと好いよ。新しいの溜まったんだね。見せておくれや。」

 私には時間は、漬け物にする程ある。7班のオバさんとは、挨拶と会釈を交わすだけで、殆ど個人的な話はした事が無い。還暦過ぎのロートルに為れば、男も女も、中性化・幼児化に進む方向性に在るのである。気取って見ても、始まらぬがの人間娑婆の実勢である。

 長屋の熊さん八っつぁん、フーテンの寅さんを演じて、ご近所、ご町内お付き合いをするのが、暇潰しで愉しいのである。仮にAのおバァちゃんと致しましょうかね。後一枚で満タンと為るズッシリとしたお絵描きファイルを持って来て、お見せする。

 土手道のフェンスに腰を預けて、相撲取りの様なロートルクマ男の絵ファイルを開いて、
「あら~、色鮮やかに、インパクトに・・・ 楽しい絵じゃないの。こんなに一杯あるの。大した物だわ。ここ(頭)が無いと、こう云う絵は、絶対に描けないものねぇ。」

「そうずら、このお兄ちゃんは、黙ってると、近付けない雰囲気があるんだけど、穏やかで好い性格の上に、話しは上手で一杯笑わしてくれるんだよ。おバァちゃんも、上品な人でね。親孝行して貰ってるって。
 この絵一枚一枚に、ちゃんとした説明が在って、それこさぁ、笑わしてくれるんだよ。時々、難しくて、私ぁ馬鹿だから、付いて行けないんだけどね。Aちゃん、黙ってちゃ、面白くないよ。思った事、ポンポン言って遣れば、面白い漫才が出来るよ。アッハハ。」

 男も女も、現役を退いて爺っさ、婆っさの道程に入ってからの方が、角無し人間に為れるから面白い。

「私も仕事辞めてから、何か趣味を持とうと絵の練習したんだけどね。手も頭も無いから、描けないんで止めちゃった。自由に描いてるね~。イメージを絵にするって、如何云う風にするの? きっと、頭の出来が違うだろうね。羨ましいわ。」

「何を仰います。中身なんか違わんわね。ほれ、俺は、頭の毛が無いから、思った事をストレートに出してるだけだわね。頭の毛のモヤモヤがあるから、イメージがモヤモヤして発散出来ずに、日の目を見ねぇだけだわね。試しに綺麗さっぱり、剃って見ましょや。スッキリして、若返るんね。イッヒッヒ。」

「そりぁ、私だって女だよ。見映えだって見栄だってあるわね。勇気が居るよ。女を捨てろって事だよ。そんな、怖い事言わなんでよ。女は死ぬまで女で居たいんだよ。」

「そうそう、私達は、一生、普通の女で満足してるわね。芸術の道は、大変なんだんね。そんな大それた道は、結構の道だわ。遠慮しとくわね。」

「ねぇ、Aちゃん、面白いズラ。何でも話の種にして笑わせてくれるから、大したお兄ちゃんだわ。ただ、女好きでね。オッパイとヒップばっかし描いてるから、根は相当な悪戯っ子なんだろうね。小さい頃を知ってるからね。」

「オバさん、そりぁ~しょうがないんね。子供は女の股ぐらから生まれて、オッパイ吸い付いて成長してさね、再び、亭主に為って女房殿の上下の畑を耕して、恩返しをするんだもの。これは、男が悪い訳じゃねぇせ。まぁ~るい円を描いて、無に還るのが、生命の奥深い自然の摂理ってもんずらいよ。俺ぁ、根が真っ正直だから、お天道様の御下命を一生懸命、励行してるだけだんね。変態男、変態オヤジ扱いしたんじゃ、お天道様に、唾する行いだんね。ギャハハ!!」

「凝った事云うじゃん。何時も、こんな調子なの。人は見掛けに寄らない物だわ。真面目だか不真面目だか、白らばくれた人だね~。
 まぁ、そうじゃなくては、こんな絵をスイスイ描いて、愉しむ事は出来ないんだろうね。前から、普通の人とは雰囲気、空気の違う人だと思って見て居たんだけど、やっぱり、深い人だったんだね。恐れ入りました。圧倒されちゃう。」

「何言ってるだいね。俺ぁ、女恐怖症だぜ。昔美人の姐御様にぁ、近付きたくたって、敷居が高過ぎて、アルプス三千尺の高嶺の華だったわいね。イッヒッヒ。長生きしましょ。あい。」

                   <その2>
          明けて、本日土曜コーヒーブレイクのお時間である。

広島平和の日、高校野球は甲子園の開幕である。朝から、太陽とミンミンゼミの大合唱である。夜中に、耳元に蚊のブ~ンに業を煮やし、蚊のバチン消去を遣ろうとしたのであるが、敢え無く取り逃がしてしまった。

 朝食時に、老母は蚊取り線香でヨタヨタしている蚊を、今年初めて潰したとの<ニコニコ顔の報告>であった。蚊に食われ放しの『ムヒ二本目』であるから、余程溜飲が下がったのであろう。

 Tのお迎えが来る間に、汚れた鳥籠の水洗いをする。子供も大きく為ったから、底板を外して洗い、籠の汚れは、ホースの放水洗いである。ヒョイと親鳥籠の藁巣を覗くと、何んと大分大きく為って居る雛の姿があるではないか。秋の繁殖とタカを括っていたのではあるが、驚き桃の木、山椒の実である。アジャジャ、そんな事とは露知らず、手荒な手抜き掃除を長々として仕舞った物である。

 親鳥の抱卵姿が芳しく無かったから、私は勝手に中止卵と勝手に思い込んでいたのである。餌強請りの声もてっきり、ヤンチャ鳥の甘え声と見做して居たのである。道理で、甘えの過ぎる強請り声が、盛んであった筈である。結果を逆さから追えば、高温の夏であるから、親鳥は卵の具合を見て、抱卵の程度を考えて<インターバル抱卵>をして居たのであろう。

 コーヒースタバの二階席では、後で戯け画を見においでと声を掛けて居たから、若い女性スタッフさんが、片付けに来た時に絵を見せて、性懲りも無く絵の解説に咬ませたセクハラトークをさせて頂く。週に一度の土曜日の定時間帯に居座る不良中年組・ヤクザもどきコンビも、早や三年の常連客である。

 何を言っても、相手は驚かない。一方、私は女日照りの侘びしき下賎の身である。端から恥ずかしいなどと余所行き面をして居ては、気持ちが乾燥しく撒くってしまうから、千載一遇の機会として、攻めの一手しかないのである。

 こんな馬鹿、戯けに付ける薬無しの私のトークが始まると、Tのヤツは壁に背中を預けて、

<クワァ~、この馬鹿、また、おっ始め遣がった。此処まで来たら、病気と云うか、脳梅状態じゃがね。おネェチャン、こんな馬鹿オッサンの話なんぞは、真に受けちゃ為らんぜよ。そんな目で俺を見るなよ。俺とこいつとは、赤の他人、此処に、戯け菌防御のバリアが掛ってるぜよ。俺ぁ、いざと云う時の介添え人だわね。別人格だからね。>

 の放っぽり出しの蔑(さげす)み笑いを、仕出かして居る冷たい男なのである。

    外にスモーキングタイムに行くと、何んとベンチが無いではないか。

「おいおい、如何したんだべさ。」
「柄の悪いオッサン二人が、煙草吸いながら若いおネェちゃんの胸と尻をジロジロ見てるって通報で、ベンチ撤去じゃないのかい。余程、俺達は世の女族の顰蹙を買ってんじゃないのかい。困ったもんだいなぁ~。」

 一服後は、ホームセンター経由のスーパーである。売れ場を食材探しで物色して居ると、白人女性の生足である。いやはや、久々に見る美形さんである。彼女は、生寿司のケースを手に取って眺めている。おやまぁ、また一人の白人美形さんである。

 そうであるか、先日はバイオリンの英才教育で名高い<鈴木メソッド>の全日本の夏期講習が開催されて居たし、<斎藤記念フェスティバル>も真近である。きっと、その演奏者なのであろう。流石に、世界から集まる演奏家さん達の雰囲気は違うものである。上品な奥ゆかしさが、美形さん達の雰囲気を増して居る。

「好いねぇ~。化粧を一切して居ない処が、可憐な美しさだわな。海外から集まるオーケストラの一員なんだろうね。

 折角の来日でも、決して高い料亭で日本食を食べるんでは無くてさ、財布の中身と相談して、スーパーで昼飯を物色する。寿司に天麩羅。他に日本の食べ物は・・・ 日本人は、どんな物を食べて居るのかとかさ。中の好い友達と別々の物を選択してさ、半分こするんだろうね。その合理性が、憎いじゃないのさ。へへへ。

 俺は、こんな白人の地に足の着いた生活日常の雰囲気には、目が無いんだよ。日本人だったら、定形化したパック物を物質的に捉えて、スイスイと籠の中だろう。同じパック物を見比べる・・・そんな日常視線の柔らかさが、好いんだよな。

 彼女達の気取らない小さな仕草に、何か、確りした日常の生活観見たいな物が、スーと出て居る。本当にさ、ヨーロッパの歴史・伝統の中で繋がっている<地味な生活の中に漂う民度の高さ>見たいな物が伝わって来てさ。思わず、頬っぺに軽くチューを送りたく為って仕舞うんだわね。

 そんな雰囲気の好い美形さん達を見て居ると、服の中を透視出来ちゃうわね。裸に為ったってさ、スッキリした物だぜや。

 其処には何の衒(てら)いも恥じらいも無いギリシャ彫刻、中世の肉付きの好いポッ照りした女の身体が在るだけだわさ。<妄想なんか働かせる必要も無い女の裸体>が、普通に動いて居るだけだわね。裸体・セックス行為を殊更商業的に化粧させて、行為を殊更、扇動させる必要なんか何処に在るかと証明してる様なものさね。

 好いねぇ、歌の文句じゃないけど、思わず過去が睫毛に宿るわや。涎が出ますわな。」

「おっ、遂に出たな。相変わらず好い観察眼をしてるな。お前さんは、外見からは絶対に窺がえ知れないインテリさんだわな。そこで打ち止めして置けや。論を拡げて、メラニン色素と締り具合の項に移行しちゃうと、バッテンしか贈呈出来んわね。ヒヒヒ。」

「あいあい、了解でヤンスわね。」

 帰りの車では、お天道様が灰色雲の中に入って、ポツリの雨である。まぁ、それも好かろう。熱い太陽さんには、雲のパラソルさんは、有難い物である。
Copyright © 心何処(こころいずこ). all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。