旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート やれやれ為り
                  やれやれ為り(7/31/11)
 腹が冷えたのだろう。緩い腹痛で、寝そびれて仕舞った。布団の中で寝返りを打って悶々として居ても仕方がない。<生きて居れば、偶にはこんな時も有るさ。>・・・である。寝起き自由のマイペース生活であるから、無理して布団の中に居ても馬鹿臭い。闇の思考は、碌でも無い妄想に加担するだけである。思い切って起きる事にした。

 ボア~ンとした寝不足の重い身体に喝を入れるべく、歯を磨いて顔を洗う。ラジオ深夜便では、石原裕次郎特集を遣って居る。七月も、今日で終わりである。歳を取ると一日は、情けない程に呆気無く過ぎ去って仕舞う物である。
 きっと何も考えずに、在るが儘の時間と空間の中に居る所為なのであろう。若い頃は、自分で云うのもおかしいが、絶えず頭が回って居た。過敏に動いて居たし、目の配りも速かった。反応も鋭敏であった。←此処まで打つと、話半分の域ではあるが。

 自分の顔は、自分では見えないから仕方がないが、跳ね返される程の相当怖い顔をして居たとの事である。

 カッカしないで・・・余り怒らず・・・詮無き事は、深く考えず・・・嫌な、苦手の分野には踏み込まず・・・流れる儘に流されて・・・見るを感じる。身の周りの物には、健忘症の日々を過ごして・・・ご時世、世相、政治には、下衆貧民の悪態三昧で息を吐く。

<ロートルの独り言>ならいざ知らず。御相手さんの顔、私の顔が見えぬ『双方不知』を幸いに、有る事・無い事の『好い加減放題』を、ブログにぶちまけて居る次第である。
 遺憾いかん・・・吾が身を振り返れば、真に以って、戯けオンリーの日々に没して居る次第である。これは多分、『人間の退歩の歩み』なのであろう。

 頭の中央部だけが、ポッカリと鈍重の靄の中で、取り残されて居るだけの感じであろうか、・・・本より、頭の中央部以外は、ドロドロと粘着性を帯びたアメーバに取り付かれて、身体が半分寝て居る。そんなドローンとした感じに、浸かって居る。

 時計は、四時半に差し掛かろうとしている。部屋の明かりに無理矢理起こされて、明るさに馴染んで来たキリギリス達が鳴き始めた。

 起きて、一時間を経過して、頭の中央にもボワンとした朦朧感が、ジワジワと侵攻を始めている。最早、身体は睡眠状態に陥ろうとしている。

 やれやれ、腹痛は収まらない物の、朦朧の中に引き込まれて眠る事が出来そうである。外では新聞配達さんのバイクの音が通って行く。白みかけたのであろうか、山から餌場に向かうカラス達の声が渡って行く。玄関にも朝の気配がし始めたのであろう。様子を窺がう様な金華鳥ファミリーの声が、小さく聞こえ始めた。

 どれ位の墜落睡眠の中に居たのか・・・ 耳には、何処から湧き上がったのだろうか、一斉のミンミンゼミの大合唱の最中である。生物界は、正直なものである。現在を鳴かずば、鳴く時の無いセミ達である。一週間程度と云われるセミ族の地上生活である。

         これまた、文句を言うべき筋合いも無い処である。

 時計を片目で見上げれば、九時半を回って居る。五時間前後は、熟睡して居たのであろう。日曜日でも、賄い夫には休みは無いのである。へへへ、これも人間の務めでもある。詮無き事は、考えずに機械人間に流されるのが、人間の知恵でもあろう。

 早朝に文を起し、午前中に打ち上げて置いた本文を、投稿しようと思う物の、文章が見当たらない。些か青く為って、最後の試しとゴミ箱を漁るとこの一文が置かれて居た。やれやれ、ほっと胸を撫で下ろした次第である。

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心何処ーショート 和して、同ぜず。
                 和して、同ぜず。(7/30/11)
 Tからコールが有った時には、ポツリポツリの雨であったが、間もなく凄まじい限りの雨脚、叩き付けと為って来た。朝食時のテレビ映像では、逆巻く激流の凄さに圧倒されるばかりであった。政治のモタツキ、ノーテンキ振りとは別次元、別世界の物である。自衛達の皆さんも、大変なご苦労であろう。

 玄関の引き戸を開けて、叩き付ける雨脚を眺めながら、玄関鳥の達ッ子を見て居る。雌雄の判断は未だ先の事ではあるが、昨日から止り木に止まれる様に為って、藁巣に入ったり出たりして居る。翼と尾羽の・・・マダマダ脚の長さが目立つダチョウの風体ではあるが、親鳥のちょうど半分位の大きさに成長して来た。

 相変わらず、餌強請りの声は、凄まじい。餌強請りの声に、然程の強弱は無い筈なのではあるが、何しろ朝一番の騒々しさは、目覚ましを上回る睡眠の中断である。然しながら、幼鳥のあどけなさは、中々に可愛い物である。

「おいおい、こりぁ凄いね。オイさん、渓流釣りなんかに行ったら、ドザエモンに為っちまうぜや。」

「あいあい、俺ぁ煩悩現役、未だ如意棒試してぇから、死ぬ訳にぁ行かんわね。ニュースだけじゃ分からんけど、実際問題は如何だったんだろうね。幾ら釣り好きだと云ってもさ、川を見りぁ釣りが出来るか出来んかは、一目瞭然だろうからね。
 キリギリスだってさ、暑いだろうと霧吹きでシュッシュッして遣りぁ、天地鳴動騒ぎで、ピョンピョン逃げ回るぜや。」

「おっ、そうだ。キリギリスの一匹が死んじゃってさ。朝見たら、メスに頭食われて居たぜや。ありぁ完全に、キリギスの関係も、カマキリ婦人だぜや。安全牌で伊達にオスも<直角交尾>を考案してる訳じゃあるめぃよ。ヒヒヒ。
 
 それにしても、埋めて掘り起こして、食っちゃうのかね。中国様は。チグハグさ、非論理的思考の凄さは、21Cの冥府魔堂、秦の始皇帝の兵馬俑のザマだぜや。あんなお国柄の人民さんと付き合ったら、形の小さな日本は、骨の髄まで食われて、吸われちゃうがな。相手見て、付き合っておくれやね。あい。」

「アリガトさんね。でも、緒っぱなから、巧い事言うなぁ~。中国共産国は、<赤い秦の始皇帝国家>かいな。そう云えば、中国様の御持て成し料理の最高峰は、『人間天麩羅』だって話だしさ。そんな雑学はあったんだけどもさ。若い時分に吉川英治の三国志なんか読んでたら、そんな個所が有ってさ。

 日本流に云えばさ、確か鎌倉の時代だったと思うんだけど、貧乏侍が僧を持成す為に大事にして居た『盆栽』を薪にしたなんて有名な話が有るけどさ。これは、中国の娘を天麩羅にして客を持成した中国の故事からの<焼き写し>なんだろうけど。如何な故事の宝庫の師国・中国様の風習と云えども、日本人としちゃ、『ダイレクト写し』は出来なかったんだろうよ。」

「おうおう、そんな話を聞いた事が有るわ。普段自覚はして居ないんだけど、潜在意識の中には、胎児の記憶として、人間天麩羅に象徴される様な文化・風習・因習見たいな残滓が在るんだろうな。今日は、中国民族思想史でも遣るかいね。ヒヒヒ。」

「俺も、そんな漠然とした印象が有ったんだわさ。十月十日の胎児の成長過程に刻まれた生物の進化の記憶を準るのが、胎盤と云う宇宙船だろうしさ。ラジオ科学相談に依ると、人間は他の種と違って、唯の一種類なんだってさ。白・黒・褐色・黄色、大小の区別無く、全てホモ・サピエンス・サピエンスの一種類なんだってさね。

 唯の一種類だからこそ、人種・民族・国家のアイデンティティとやらの独立・独自性は、それなりの強い意味が在ると思うんだけどね。多かれ少なかれ、民族性が、その国、国に独自の歴史を積み重ねて来るんだと思うんだけどね。

 人間天麩羅と盆栽薪とは、根本的な文化の違いが在るのにさ。お隣さんと、仲良くするのは悪くは無い事だけど、『和して同ぜずの合理的な距離感』を持って付き合って行かないと、世界は非常識組に席巻されちゃうと思うんだけどねぇ。
 兎に角、日本人は音頭の好きなお国柄だから、一過性の右だ、左だ、前進だ、守れの右往左往の流行音頭のお囃子に直ぐ乗っかっちゃって、振り返りゃ付和雷同踊りに終わちゃうし、あい、如何するだいね。へへへ、困った物だわね。」

 夏休みのコーヒースタバの二階席は、イヤホンを耳にした女子学生達のお勉強サロンである。私の頃は、こんな場所は無かったから、市立図書館に通って勉強した経験が有る。私は硬派の口であったから、家に居ると昼寝ばかりして仕舞うから、週の内一、二度は水泳パンツを持って、勉強が嫌に為ると、市営プールで泳いで居た物である。

 とは表向きの口上で、私は美形探しに、図書館、プールを利用して居たに過ぎない。家を出る時は、『図書館に勉強に行く』と云えば、へへへ、格好が付くのであったから・・・

 雨が上って、外ベンチでスモーキング・タイムである。大手スーパーで買い物をして行く。私のキリギリスケースには、オスが一匹余分であるから、義勇兵として、キリギリス婦人に進呈する。

 直角交尾を終えても、キリギリス婦人の<ハニートラップの餌食>には為るでは無いぞ。飼われの身・オスキリギリスは、ギース、チョン、ギースを奏でて、ナンボの物である。
 無防備に鼻の下を伸ばした途端、図体のデカく鈍重・狂暴なのが、昆虫類の特性なのである。『和して、同ぜず』が、オスの嗜みである。ギャハハ!!

心何処ーショート へへへ、泣く子、寝る子は好く育つ。
          へへへ、泣く子、寝る子は、好く育つ。(7/29/11)
 日没には大分間があるが、曇りを幸いに近間の散歩とする。河川敷の堤防の下には、夏には枯れてしまう湧水の入り口がある。水路から伝わって来る水は殆ど枯れている。そこに畳一枚ほどの水溜りがある。体育館・県民会館の一帯から来る奇麗な水であるから、中が好く見える。

 太陽が時折顔を見せるから、早くも歩く気力が殺げ始めている。小休止方々、囲いのフェンスに手を掛けて中を覗き込んで見る、沢ガニが二匹、セカセカと小砂利の山を越えて、水溜りの中に入って行く。水溜りには小魚が泳いで居るし、サワガニも数匹見える。水に在り付けたドバミミズのデカイ奴も動いて居る。

 おやおや、その中に大きな魚が居る。15~6cmのヤマメである。散歩の折には、前から迷いヤマメが居ると踏んでいたのだが、やはり居たかの段である。子供達が居たら、『捕まえて、塩焼きにして食べたら美味いぞ。』と教えて驚かせて遣りたいのだが、生憎、川には子供達の姿が無い。

 まぁ、散歩距離は、夜散歩と合算すれば良いのであるから、ぼちぼちと歩く。草むらからは、虫の鳴き声が結構し始めている。虫達もキリギリス同様に、成虫の身を大きくして居るのだろう。この時間帯の散歩者は犬を連れたロートル男達が多い。A橋の下に来ると、対岸に自転車が二台止めてあって、小学生の男子二人が堤防の上から下の淀みに着たままの姿で、声を上げて飛び降り遊びに興じている。

 アハハ、年は孫ほどの開きがあろうが、知能指数は、私と同程度なのであろう。いいコンビの学童二人組である。もう一つ先の橋を潜ったが、太陽様の登場である。せっかく風呂で汗を流した処でもあるし、引き返す事にする。

 学童コンビがまだ居るから、対岸から、手信号で、飛び降りろの催促をして遣ると、可愛いものである。ニコニコして帰り掛けた二人は、飛び降り遊びを繰り返して私に手を振って居る。

 そうだそうだ、お前さん達は筋が良い。た~んと遊んで、ロートルに為ったら、川浸かりの愉しみを持つ風流さが肝要であるぞよ。口煩い今時の母親の言葉を真に受けて、塾通いなんぞしていたら、将来は碌な男には為らんぞよ。
 遊び呆けて、たらふく飯を食って、満腹になったら、正体も無くゴロンと寝入るのが、学童の仕事と云う物である。勉強なんざぁ、学童時代は、二の次、三の次で好からずよ。

 夕食は、手抜きの焼きそばとする。玉ねぎと自家製チャシューを刻んで炒めた後は、水を少々入れて、蒸しそば風にして上に目玉焼きを乗せて、コップに牛乳を注いで食卓に出す。老母殿は焼きそばに乗っかった目玉焼きに目移りがして、大した御馳走と来たもんだ。

 三人分の焼きそばであるから、私の分担は二人前ちょっとである。腹持ちのしない焼きそばと云えども、暴満感はデカイ。牛乳二杯も効いてしまい、食後の船漕ぎと為ったしまった。布団での転寝後は、腹こなしの夜散歩に出向く。

 ヒタヒタ夜歩きをしていると、高校生か大学生と思しきバスケットボールの運動部員の井手達でバスケットボールをドリブルして来る。若さの馬力には圧倒されて終う。その後から何やら小さな影が近付いて来る。赤いバスケット着に丸坊主の小学生らしい。
 いやはや、きっと憧れのお兄ちゃんに倣って、将来のバスケットボールの花形に為りたいのであろう。ゼェゼェ、ヒィヒィのお兄ちゃん追いの有様である。

 近間の散歩で済まし、再び町内外れの橋に差し掛かると、橋の上で先ほどのスポーツマンお兄ちゃんがボールを突いて居る。私が橋を渡ると、お兄ちゃんが、背中にボールを回しながらのランニングで追い越して行った。

 その後から、半泣き小学生の弟ごが、やはりボールを背中回しにして、ヨタヨタ走りで夜の闇に消えて行った。星一徹の様な兄の姿には違い無かろうが、猛兄は、兄弟愛で小学生の弟を見ているのであるぞよ。

 へへへ、通い合うDNAの思い出話が、君達の将来には待ち構えているのである。体力差は、成長と共に小さくなり追い付き、追い越す事が出来るだろう。鬼に見えた大きなお兄ちゃんの背中の男の優しさが、分かるのは何時頃に為るのかな・・・

 夜の兄弟トレーニングである。ぼくちゃんや、泣き虫トレーニングも、何時かは懐かしい兄弟の思い出話に為りますわね。泣く子、寝る子は育つのである。イッヒッヒ。

 はい、本日、二回目の投稿でありまする。もう一編の方は、長~い長~い言いたい放題の時事感想文でありまする。読むのには、相当の辛抱が必要でありまするぞえ。



心何処ーショート 雨の憂鬱
                    雨の憂鬱(7/29/11)
 テレビは、母の部屋で食事のお付き合い程度で見るだけである。すっかり、吾が身はラジオ人間に為って仕舞った。ブログを遣って居るから、大きな時事問題にはブログさん達の其々の想い、感想を読んで<為るほど為るほど>と、迎合させて頂いて居る次第である。

 ラジオも民放のCMとかキャスターのタレント紛いの<独り乗りの喋り口>が、ウンザリしてしまうから、専らNHKをボリュームを下げてBGM代わりとして居る次第である。

 ラジオは視覚に障らない処が良い。一定のテンポと抑揚を抑えた話し具合が、耳障りに為らない。そんな処が、物臭の私の性に合っているのであろう。BGMの流れであっても、人間の耳は良くした物で、興味のアンテナは自然と作用して居るのである。

 <ほぅ、>とか、<やや、>とか、<何!!>とか、<何~?>とかに為れば、途端に耳が目覚めて、真面目に内容が飛び込んで来るから、重宝な情報提供物なのである。新聞購読は止めて仕舞ったから、ニュースは専らラジオとNHKの19時台のニュース枠で済ませている。

 現役時代は長丁場の在りのままの国会中継は、見る事は出来なかった処ではあるが、CM無しの国会中継は、下手なドラマよりも、人間観察が出来る。新聞・雑誌、ニュース映像と云った『編集物』より、自分の目・耳・感想・思い付きで観察したり、自分の考えと比較出来るから、私のお気に入り番組の正々堂々の『一位の座』である。

『百聞は一見に如かず』の喩え通りに、編集物・ダイジェスト版にばかり頼って居ると、編集と云う<送り手の恣意の魔手>に絡め捕られて、結果とすればステレオタイプの洗脳を浴びて仕舞う。私の様なスカンポ脳であっては、そんなマスコミのステレオ報道に脳味噌が占拠されて終った日には、<どし難い没個性の表層>をただただ追歩して終うだけである。

 へへへ、毛無し、金無し、女無し、止めの甲斐性無しの四重苦に喘ぐ下衆貧民のスカンポ脳の身からすれば、ステレオ人間に抗しなければ、生きる術が無いのである。

 政治ニュースでは、『女癖』の如何にも悪そうな鬼瓦権蔵(オニガワラ ゴンゾー)の風体の中井エロシ先生が、菅無理総理の<訪朝の隠密特使>として、朝鮮の人物と中国で合ったとか合わないとかで物議を醸しているらしい。

 この御両人の関係は、<コリアンの帝王とか低悩>の贈り名を頂戴するエロ氏と御落印の噂を取り沙汰されている韓国お譲ちゃんを持つ<無理・無駄・気紛れパフォーマー宰相>と揶揄されるコンビであるから、『火の無い所、煙立たず』が、<真相>に近いのであろう。

 下衆貧民の人相見術からすると、この御両人は共に好色・女癖の悪さ、自惚れの強さには、『共通項多々あり』との直感が働いて仕舞う。御両人とも、自惚れ悪臭がプンプンと撒き散らかされている<人相・目付き・風体・仕草>である。

 兎に角、自惚れと自己顕示欲が強過ぎるタイプらしいから、女郎蜘蛛の色艶で大雑把に巡らせた蜘蛛の糸にも、容易く絡め捕られて終う性癖をお持ちなのであろう。

<騙すのが商売、鼻の下を伸ばして騙された男が、アホなのよ。>の汗顔の極みが、世のお父さん族の悲哀なのではあるが、人間とは地位・権力を手中にすると、全てが自分を中心にして回る『天動説』を妄信して仕舞う生き物なのであるから、反省の<は>の字も喪失して仕舞うのであろう。

 臆面も無く<ワシは昔からモテるんじゃい。ウハウハ、ギャハハ!!>の自信過剰の高笑いじゃ、如何し様も有るまい。この糞っ垂れ野郎共が~!! 
 鼻の下を伸ばし捲った一国の高官が、汗顔を野っ越して『ハニートラップ漬け三昧』であったら、祖国日本国は衰国の一途である。それも、内閣官房機密費かなんかで、ハニー様への高価なお土産・装身具、ハニーちゃまの<短足育英資金>に充当されちゃ、納税者は泣くに泣けませんわね。

 これは、下衆の勘繰り過ぎでしょうかね。女癖、男癖悪きは、古来より名医も匙を投げる『先天性悪病の典型』でありまするぞえ。

 さて、報道では『中国製新幹線事故』が話題を集めている次第である。新幹線先進国の独・仏・日の好い所盗りの『世界に冠たる中国製新幹線の特許申請大宣伝』を臆面無く仕出かして居た彼のお国である。

 口パク問題で盛り上がった北京五輪開会式、形振り構わずの上海万博総動員方式に依る入場者数の金字塔。これらは動かない巨大施設での国威見せ付けセレモニーであったから、人命には直接関係が無かったから好い物の・・・新幹線は、人命を運ぶ安全・安心・速さを提供す地上最先端の技術と技能のシステムである。それが開業一か月も経ずに、大事故。

 国家の面目丸潰れと中国首脳は、咄嗟に考えたのであろう。証拠隠滅の衆目の下での、通夜も経ずして厚顔無恥の土葬をした物の、国内ネットの反発の強さに抗し切れずに、あっさりと墓掘りを遣って退ける。

 尖閣諸島沖、偽装中国漁船の日本国家の巡回象徴・海保巡視船への体当たり攻撃に際しては、ニューヨーク華人集会では、強欲・領土欲のヒステリー演説を仕出かした恩首相が、喧嘩の事故現場に、深々とお辞儀の血の気の失せた顔を晒す。←ナンジャラホイ???

 何か、似てませんかね。私には、民主党の菅政権と、何処と無く似て見えて仕方が無いんですがね。これって、本質的には国民不在の政治でしょうが。国民不在の政治、政治家の姿と云う『網』を被せて見ると、無理・無駄・気紛れパフォーマンス、上から目線・自己顕示欲の左翼と云われる<民主党の党体質>が見えて来ませんかね。

 そうそう、円高・円高の経済報道ではありまするが、これって何か変ですよね。

 レーガンさんの時に、米国の財政危機が散々に叫ばれていましたよね。借金塗れの世界超大国の経済を国債連発で糊塗して来たのが、『米国の実像』に近かったんでしょうに。・・・米国・ソ連の軍拡競争で、先に破綻したのがソ連でしたよね。

 それの協調国が日本であり現在の中国・日本であったんでしょうが。製造を止め金融に走り、金融の行く着く先が、<詐欺金融の方程式>で、実体経済と金融詐欺経済の飽和点が爆発して、世界に飛び散ったのがバブル爆発だったんでしょうが。

 超大国であり続けた米国の金属疲労が、既にボロボロメタメタに綻んで来て、二進も三進も立ち行かなくなったのが、紛れも無い米国の実態でしょうが。本質は円高じゃ無いでしょうが、ドル=アメリカの暴落でしょうが。←私は経済元論不可でしたから、論証など一切出来ません。物の切り口提示しか出来ませんやね。

 円高は現象結果の一部であって、物の本質はドルの暴落でヤンしょうが。円高対策よりも、もっともっと肝要なのが、ドル暴落を見て日本の国家としての『体制立て直し』が、政府の国家の計なんじゃ無いでしょうかね。前面の恩知らず、忘八のチンピラ国家、張り子の凶大国、後ろの占領戦勝国に挟撃されて、何時までも白旗自縄自縛の平和憲法じゃ無かんべさ。

 言いたか無ぇがさ、この期に及んでパフォーマンス探しで、北朝鮮コネクションでチマチマ画策している場合じゃ無かんべさ。菅無理氏が一国の総理に不適格と云うのは、確定して居る周知の事実である。サラリーマン議員の御身大切思考には、反吐の出る思いである。

 日本にも嘗て、国会を十重二十重に取り囲んだ闘争の時代も有ったのである。日本のカアちゃん連中の米騒動も全国に飛び火した歴史も、立派に刻んで居るのである。
 お江戸の時代には、武士の赤穂義士事件も有ったし、義民達による百姓一揆だって頻発して居たのである。歴史の陰の主役は、肝っ玉カアちゃん達の罵声・かな切り声とキンタマ男達の不条理を正す行動が、社会の根底に在ったらばこそであろうが!!

 政治家連中にキンタマの腹が無ければ、国民がキンタマを見せ付けてチンタラ、チンタラ国会の国会議事堂、議員宿舎を十重二十重に取り囲んで、真っ当なシュプレピコールの『日の丸の旗』を翻させねば為るまい。

 敵の大将、参謀は、第三列、第四列の男、弁当屋千ちゃんと陰口を叩かれていたとの情報も有る。

 俺ぁ、最後の恥晒しを覚悟して、別働隊を編成して逃げ道に先回りするわいね。出て来たら、とっ捕まえて口数、屁理屈にぁ、逆立てしても敵わねぇから、四の五の問答無用でさ、ボカスカ形振り構わず縄文人の腕力を試して見るわいね。
 気絶した処を100円カッター取り出して、白髪陰嚢摘まみ上げて、ど素人のウズラ卵の摘出させて貰うんだわね。どうせ在っても、何の役にも立たない薄汚れタマなんでしょうがね。

 出血多量で死んで終ったら、殺人罪に為るから、そんな事にまで付き合う義理なんぞ有りゃせんわね。依って、木綿針と木綿糸、赤チンでも用意して置きましょうかね。イッヒッヒ!! 

 刑務所に入った時の自慢話の種に、野郎共の不要無用のフヤケ菌玉を戦利品として見せびらかして、雑居房の牢名主を遣って見たい処である。ギャハハ~。この位の愉しみが無くちゃ~、法のお勤めは、長く辛いぜや~。コンニャローメ!!

 本日文は、私のレパートリーの一つ・呆け一席の物でありまするから、くれぐれも盲読為さりませぬ様、お願い申しあげまする。真に受けたら、外道の誹りを招くばかりでありまする。ギャハハ~~~。

 おやおや、晴れて来て、暑いお天道様がご登場為されてしまいました。へへへ、後は、体力温存で、静かにして置きまする。


心何処…庭のカサブランカ
                 庭のカサブランカ

                 庭のカサブランカ


 地上生活が七日と云われるセミ族さん達には、可愛そうに為る位の涼しい日に恵まれている処である。

 現在の処、庭の主役は、白ユリのカサブランカと赤橙のオニユリである。そんな事で、六畳にどっかりと胡坐を掻いて、カサブランカの下手絵を描く事を思い立った。コーヒーを立てて、煙草をプカリプカリと吹かしながら、部屋から見える大輪の白ユリスケッチの段で有る。

  殆ど無風状態なのであるが、開放した廊下からは、白ユリの強い匂いがして来る。

 鉛筆の下手な線画が出来て、さて、楽しい幼児のお絵描きタイムへ移行したのであるが、匂いを描き込む事が出来ないのが、素人の下手絵である。カサブランカで連想が直結するのが、ハンフリー・ボガード&イングリッド・バーグマンの名作<カサブランカ>である。
 
 知的美貌を誇る大女優様が、こんな強い香水を身に纏って居るかは、一切不知ではあるが、この匂いは、きつ過ぎる処である。私としては、野趣を残して庶民の庭に咲くオニユリが、頃合いの処との感じがする処である。

 カサブランカを下手ながらも描くには、その大振りな白を描かねば為るまい。然りとて、白紙の紙に、カサブランカの堂々たる白を描く事は、素人には全く手の届かない高みである。日頃の白人美形崇拝者を戯け口で連発して居るにも拘らず、私には全く、その表現方法を持ち合せて居ないのであるから、情け無しの思案作業である。

 とは云え、人畜無害のロートルには、溜息を付いたり、スキンヘッドをポリポリ掻きながらの思案タイムも、これまた、愉しからずやのマイタイムの過ごし方にも為るのである。

 出来上がれば、美貌の大輪・大女優のイングリット・バーグマン様から、即、名誉棄損の損害賠償請求書が送付されて来ること間違い無しの結果である。お恥ずかしい限りの不器用さで有りまする。とほほ~のほ。

 日々の長駄文は、考えもせずに中指の動く儘に、字数を重ねて行けば、負担とも為らないのではあるが、こと絵と為ると消耗の度合いは、真に以って多大な物が有る。へへへ、とんだ悪戯趣味を持った物である。


心何処ーショート 匂い運ぶ暗闇のカサブランカ
             匂い運ぶ暗闇のカサブランカ(7/28/11)
 好い具合に雨が来たと思ったら、呆気なく止んでしまった。草むしり作業にへばって、正体も無く夕寝をしてしまったから、夜が長くなりそうである。気分転換に、小部屋に部屋を移す。小部屋の明かりに、カサブランカの白ユリが夜の闇の中に佇んでいる。草むしりと竹箒が入った庭の通路の、雨に濡れた飛び石が闇の中に没している。
    
  足下の蚊取り線香に、アメリカン・コーヒー、開け放った窓縁のラジオである。

 時折、柿の青い実の落ちる音が、ボトリと聞こえて来る。独りだけの涼しくも静かな深夜帯の入りである。煙草の煙が、薄くスゥと闇に流れて行く。かそけきも儚い煙の筋の様に、形すら現わさない意識の欠片が、唯脳裏を掠めて、庭の闇の中に流れて行く。

 ラジオの言葉が、頭にチョッカイを仕掛けて来るのであるが、繰り返しのニュースでは、頭の歯車は動かずに、唯流れ行くニュースのお知らせ程度の物である。

 習慣とは奇妙な物である。草むしりを夜散歩の代わりとした処なのであるが、夕寝で体力が回復して来ると、何やら、体細胞が『外へ催促』をし始めるのである。へへ、体内細胞に<犬>を飼って居る訳でも無いのであるから、ロートルを酷使しなくとも良いと思うのであるが・・・

 煙草の買い置きも最後の煙草の封も切った事でもあるし、歩くのは嫌であるから、自転車で24時間営業の大手スーパーまで買いに行って来るとしよう。煙草切れでウズウズして居ても、大人げの無い話である。上り勾配をエッチラ、エッチラ漕ぎ上げてくれば、内部の<お犬様>も静かに為ろうと云う物である。後は、寝床で活字本でも数ページ捲れば、自然と瞼も重くなると云う物である。

 再び部屋を四畳半に戻して、ラジオの深夜便に耳を傾ける。明かりを付けられて、キリギリス達が鳴き始める。再びの雨音である。今度の雨音は、確りと雨足を伝えている。目を外に遣れば、外灯に滲む水溜まりを叩く雨の強さを見せている。

 動き無き金魚達の様は、瞼の無い彼等の、まん丸の目の大きさこそ昼間と違わない物の、黒い目の力のとぼりは、深夜の眠りと云うべきであろうか。

          さてさて、窓を閉めて、私も寝るとしようか。


心何処ーショート やれやれ、草むしり完了。
              やれやれ、草むしり完了(7/27/11)
 短パンでは寒いでは無いか。本日は長ズボンである。昨日のM氏と眺めて居た庭では、ヒヨドリが二羽遣って来てセミを狩って居た。それにしても、今年は殆どセミが鳴かない。不思議な事である。真似事掃除をしている時に、ミンミンゼミが、ほんの僅かにミィーンの一鳴きで尻切れの態であった。例年だと、アブラゼミの大合唱時期なのではあるが・・・

 本日は、私より大分早い老母の動きであった。賄い夫で母の部屋を覗くと、仏壇の前に白い大振りのカサブランカユリと赤橙のオニユリが活けてある。

 長ズボンを掃いて居る処でもある。風呂を沸かして置いて、長袖を確り着て庭の草むしりでもするとしようか。

 兎に角、庭に出ると、蚊に食われて痒い事夥しい事に為って仕舞うのである。それも、如何云う訳か知らぬが、風呂に入って、垢擦りにタップリ固形石鹸塗りたくって、ゴシゴシ洗いをすると、<特効薬ムヒ>よりも、痒みが落ちるから不思議である。

 ★そうだ、そうだ。母のムヒは、少なく為って来たから、買い出しついでに、忘れずに買って来て置かずばなるまい。さてさて、諦めの作業開始と致しまするかな・・・嗚呼、嫌だなぁ~、休まずコツコツ遣っても、二時間半は掛る。然りとて、こんな条件の好い曇天日は無いし・・・

<スキンヘッド>の下衆貧民のボロ家であるが、『草』だけは一丁前に伸びる物である。普段はズボラを決め込んでいるから、重い腰を上げる時は大変なのである。

 ヒィーコラ、ヒィーコラ、草むしりは根気仕事である。太鼓腹のメタボは、中腰作業では、腹がつかえて直ぐ様に汗塗れである。草で覆われた地面であっても、草を抜けばセミの穴も、抜けガラ、羽化に失敗した骸もチラホラとある。

 伸び放題の木瓜の枝を払って居ると、蝶である。開いた羽に瑠璃の色である。これは珍しい。何十年振りかのルリタテハとの御対面である。家の中での近視眼生活では、お目に掛れない自然の生き物達である。蜘蛛の巣の網に掛った蝶も有れば、蟻ゴの行列に運ばれる虫も有る。

 誰も見て居ない庭である。片膝付いての草むしりに、長靴の中の素足は蒸れて汗、長袖シャツは、ぐっしょりと重く肌にへばり付いて居る。目に入る汗の沁みではあるが、ギブアップしても、替わりを務めて呉れる者は無し。
何のこれしき、ギブアップしては、男が廃ると云う物である。

 へへへ、男のコケンを護るのも、息の切れる作業である。沽券の溜飲が下がるのは、作業が終わって、庭の眺めがスッキリ見えた時だけである。衣服を洗濯機に放り込んで、風呂入りである。風呂で男を磨いた後は、買い出しである。

 野菜類仕入れであるから、地場野菜が安い個人スーパーに行く事にする。キリギリスも5匹だと、キュウリ、トマトも何時も手元に置いて置かねば為らない処であるから、中々にして厄介なものである。

 デカイ声じゃ言えないが、キリギリスの野郎共は、生意気である。チョイと蓋を開けると、次から次へと顔を出し、スイスイと外に出るや、自慢の長脚跳躍で逃げ回る。折角しょ捕まえたキリギス共である。

<逃がして堪るか、コンニャローメ>である。手足を捥いでしまったら、台無しであるから、慎重捕獲の態である。『如何じゃい、最後に勝つのは人間様ぞい。ギャハハ~。』

 加えて、野郎共は根性が捻じ曲がって居るから、複数同時逃走を仕出かす。真に以って、始末が悪いのである。二兎を追う者、一兎も得ずであるから、ロートルと云えども、両方に目を配って置いて、一匹に集中するのである。

 飽食時代のグルメ嗜好か何だか知らないが、キュウリなどは萎びて来ると、途端に食い付きが悪くなる。瑞々しいキュウリなら、臭いを嗅ぎ行けて、直ぐ様ポリポリ、ガリガリの一心腐乱振りである。そんな時は、蓋を開けても、知らん振りをして居るのである。

★言いたか無ぇが、お前さん達に付き合って、キュウリばかり食って居たら、人間様の俺ぁ、長い夏場を越せわせんわね。人間オスの何パーセントが、処女食いにあり付けて居るか、総務省に聞いて見な!! 萎びた位で、文句を言ったら罰が当たるぜや。戯け共が!!

 まぁ、この頃はミニトマトが全盛であるから、ミニトマトは一日分の適量として重宝して居る次第である。

 さてさて、斜向かい吟さんが、通い綴りを持って来られた事でもあるし、本日分を打った後は、次の分を印刷して置きましょうかね。

 統計的に言うと、私が真面目に仕事をした時の降雨確率は、非常に高い。涼しい曇天の一日であるが、此処は、纏まった雨が欲しい処である。草むしりで、散歩量を大幅にクリアしているのであるから、お天道様、何時でも、思う存分遣って頂きとうゴザンスわね。イッヒッヒ~。


心何処ーショート 慙愧の念、果つるを知らず。
              慙愧の念、果つるを知らず(7/26/11)
 巣から出た達ッ子のお気に入り場所は、餌容器の中である。黒い嘴と翼、尾だけが目立つ茶褐色の小さな形である。それが、首をグイと伸ばして、周囲をキョロキョロして居る姿である。ズームインすれば、ポヤポヤ頭と首の長さだけが目立つ、ダチョウの姿である。

 オスメスの区別が一番先に現れるのが、頬毛である。頬に錦糸の刺繍が出れば、オスである。来週辺りに成れば、それも見えて来るのであろう。願わくば、オスであってくれたら、薄茶のメスと新番いと為る。

 金魚槽の前に置いたキリギリスケースを見て、一番形の大きなコメットが、時々、大きな欠伸をしている。毎日の餌に有り付けない金魚の身としたら、それは大欠伸では無く、キリギリス捕食のシュミレーション、イメージトレーニングなのかも知れぬ。

      へいへい、分かりました。餌を撒いて遣りましょうかね。

 金魚、メダカに餌を撒いて居ると、カーヴを曲がる車に、M氏の顔である。間もなく、M氏の登場で、部屋を移す。三週間の寝た切り入院で、リハビリ中との事である。喉の静脈瘤の内視鏡切除とその後の長時間点滴で、すっかり全身が萎えて仕舞い、身体の回復には、手間が掛るとの事である。目下の処は、喉の手術であったから、食事時の違和感が在って、芳しく無いとの事である。

 座椅子に背をもたらせて、足を投げ出して貰う。旅行無尽の方は、メンバーが詰まらなく為って仕舞ったから、解散したとの事である。

 私は賄い夫三年であるから、別段面白い話題を提供する程の話タネも無いから、ブログの話とか、政治への罵詈雑言、悪態扱き位しか出来ない処である。それでも、M氏は聞き上手であるから、ニヤニヤして聞いてくれる。

 私の話は、半分以上が助平話であるから、彼是、10年に亘って海外珍道中を繰り返して来た仲間であるから、話始まれば、お互い、スナップ写真など無くとも、残像スライドショーの開始と云う物である。

 へへへ、お恥ずかしい限りの長時間トークと為って仕舞った。M氏はすっかり寛いで、予定滞在時間をオーバーして仕舞ったと頭を掻いている。

 M氏と私の会話内容は、巡回中のポリスマンに依って、事前検閲が入って終ったので、一切、御訪問者には公表不可のお達しでありまする。従いまして、苦肉の策として、下記戯れ歌にて、想像されたし。ギャハハ!!

 あの時は、若かった。疲れを知らなかった。元気だった。
 破目外しが、面白かった。一皮剥けば、同好同類の大行進であった。
 自分の馬鹿・戯けを棚に上げて、ビール回る顰蹙行為の詰問談議。

 倫理は、遊びの敵。余所行き仮面取り外し、素直なオスに為ろうじゃないの。
 同じ馬鹿・戯け・好色助平大魔神なら、同じ輪に入って、地球人類、皆兄弟。
 皆で踊ろう好色、助平大魔神音頭。

 最初はネチネチ、ソロソロ、祠チン入せば、
 後は出し入れ思いのまま、退かば進め。浅浅深の二浅一深の法。
 チャチャンがチャンチャン、チャン、行きましょう。

 ソ~リァ、そりゃ、そりぁ。
 寄せ波、退き波、リズムに合わせて、
 そうりゃ~、ソリャ、ソリャ。

 はぁ~、今宵の月が蒼ければ、明日は皆で黄色い太陽、拝みましょうぞ。
 これぞ無尽の不良中年音頭、此処は南洋十字星、潮風、潮騒聴いて、
 夜陰に轟く淫獣達の浮かれ音頭。二浅一深の夜は更ける。

 遺憾いかん・・・ なんで、こう為るの~。嗚呼、<馬鹿に付ける薬無し>でありまする。情け無し、吾が性向、慙愧の念、果つるを知らず。

心何処ーショート 旧PC馴らし打ち
 昨日に引き続き、一日二発のブログ投稿で有りまする。お時間のあるお方は、どうぞ。

                 旧PC馴らし打ち(7/25/11)
 世の中とは面白い物である。<自称・世界に冠たる中国独自開発新幹線>の脱線事故は、凄い事に為って居る様子である。事故現場に、大型バックホーが動員されて、大穴を掘って事故車両を<惜しげも無く>埋めてしまうのである。流石に世界第二位に躍進した『中国共産党』様の遣る事は、荒っぽい限りである。

 ★大国中国様は、確かクズ鉄、ペットボトルのリサイクル大国の異名を取って居たお国の実態だったのでは無いだろうか。資源物は、徹底的に絞り取って、使い回す。下水廃油から、食糧油まで作って仕舞うのでは無かったのだろうか?←此処が民間と国家の違いだろうか。

 古代中国の殷から殷周革命で、殷に代わって古代中国を治めた周に時代に中華思想が確立したと云うのが、歴史の通説であるらしい。それから、時代は2000年も3000年も下って、毛沢東さんの時代に登場したのが、<粛清と無謬主義の赤い中国王朝>だった。

 私の様に古いタイプの一般人の感想からすると、共産主義の裏の顔が、大粛清、大隠蔽統治であろうか。

 中華思想と無謬主義の合体ザマは、正しく<自称・世界に冠たる中国独自開発新幹線>と事故原因究明など一切眼中に無い<粛清・隠蔽体質>を真に見事なまでに遣って退ける一党独裁の厚顔無恥の体制を示しているのである。

 ★中学の歴史の時間に、面白い教師殿が居られた。或る時、アラブの王族が東京のホテルに逗留された時の逸話だと云う。蛇口を捻るだけで水が吐出する様に驚いて、お付きの者に、日本土産として蛇口を沢山買って、一族郎党に配れと言い付けられたとの事である。
 空飛ぶ絨毯、何でも願いが叶う魔法のランプのお国柄の王族との感覚は、斯くの如しと教師殿は、日本人の目に見えぬ延々たる水道敷設に伴う日本人の勤勉さと精緻さを滔々と述べた事は、云うまでも無い処であった。←中学生の私などは、酷く感心して、未だに記憶している次第である。
 
 私も如何にか、世間様に逸脱せずにロートル時期を迎えている。水道の蛇口に想いを馳せれば、今回の大言壮語の中国製新幹線の特許申請・世界制覇策には、アラブの王族と同様の共通点を見る思いがする。新幹線車両・レール・高架橋とハード面は、模造は出来る物の・・・新幹線システムのソフトと一体と為らねば、新幹線は交通の足とは定着しないのである。見た目のハード模造品を手にした処で、ソフトのチグハグさでは、『生兵法は大怪我の元』であったと云う事なのである。

<ハードに目が眩んで、ソフトを軽んじて墓穴を掘る。> これは、如何見ても、自前王朝、征服王朝を問わず、共通している厚顔無恥の人治主義の一族郎党の支配体質に根本原因が在るのでは無いだろうか。古代から近世に繋がる一族郎党の利益を最大限に追い求める体質・体制が中華帝国の伝統なのであろう。

 私は前々から中国王朝の支配体系の根本は、土地と人民を提供して暴利を貪る<置き屋経営>が、少数の異民族が、圧倒的多数を占める漢人支配を恒久化する体制なのだと言ってるのである。
 少数異民族でも一族郎党でも良いが、少数支配者層が、絶対的多数を支配する形には違いあるまい。時代によって、それはイデオロギーの衣を纏ったり、巨大産業・グローバル企業と衣を替えただけで、少数の一族郎党者が、絶対的多数を支配しようしている仕組みには何等変化は無いのであろう。

 経済開放政策が、共産主義のイデオロギーの拝金主義へ移行した途端、中国人本来の拝金主義に先祖返りしただけの事でしか有るまい。評論家連中が、偉そうに説明などする必要など更々なかろう。

 ヒンズーの海から生まれた徳の高い仏教とても、本家のインドでは、何世紀も要せずに、再びヒンズーの海に没して、仏教の残る国々はヒンズー無き国々に定着して現在に至っているではないか。イデオロギーを殊更強調する輩には、私は少なからず眉唾物の猜疑の目で見てしまうのである。

 イデオロギーは、人間には厄介なものである。その作りは元々人為思考であるから、如何しても人工物の設計に為ってしまう帰来がある。その結果、造形物には、理屈の直線が多い構造と為って居るから、理と感を併せ持つ凡人からすると、感無き人工物は、刺々しくも疲労感を覚えてしまうのであるかも知れない。

 これは宗教からすると、一神排他教と多神教の違いによる<締め付け要素の多寡の違い>から来る差異なのだろう。ヒンズー教は多神教である。ギリシャの神々も同様である。日本もヤオヨロズの神々の国である。国家も組織も個人も、何時の世も連綿と続く権力志向への邁進には、どこの国も躍起となって居るのである。

 <勝てば官軍>は、或る意味仕方の無い新体制への迎合態度ではあろうが、そればかりでは、<何とおぞましき世の行く末か>の落胆である。人間には、遣って善い事、悪い事、度を越した下品さを自省する『中庸の精神と自制する個人の節度』が必要である。それが社会、国家に作用してあるべき姿と云う社会観・国家観の下で、個人・社会・国家に共通の行動規範として作用して欲しいと願うばかりである。

 きっと、真っ当な事とは目立たない地道な行いなのでは無いか。目立つパフォーマンスも不必要なのだろうし、増してや自省の科学的検証もせずに、粛清、隠蔽の大穴埋めばかりに汗水流していると、国土の基は、軟弱地盤に陥って、一端地震があれば、液状化現象を呈して、国土の至る個所に異臭を放つ窒息土を噴出させて終うだけであろう。

 私には親中・親朝派の民主党の鈍(ドン)・菅無理氏の政治運営は、何やら左翼中心主義の無謬政治、隠蔽政治に見えて来る始末なのである。然もそれは、最悪の形らしく<菅華思想>の持主なのであるから、どうしようも無い。

 放射能毒には過敏な癖に、自らの毒素には一切鈍感な<国民より、訳の分からない市民権利を主張し続けて来た活動家・菅直人>なのである。こんな天上天下唯我独尊タイプの『大錯覚・大盲信権化』などは、地中深く葬って、墓標を立てずとも、<禍>など一切起こす力は無いのである。国民挙って、引きずり落とさなければ、日本は沈没してしまうのである。←へへへ、下衆貧民の罵詈雑言が過ぎますかね。

 私はこの頃、変な妄想に取りつかれて居る。菅無理氏は、自分が総理の椅子から引きずり落とされたら、『粛清』が身に掛かる事を自覚・恐れて、<保命の為>に椅子にしがみ付いて居るのでは無いだろうかとの思いである。

 法治国家の一般人からすれば、粛清は官憲による『身柄拘束』である。氏は学生時代からの活動家である。活動家には、粛清は一般人よりも重い現実のイメージが在るのでは無いだろうか。人生の大半を、イデオロギーの影の部分を引きずって来た証左が、一説によると2憶円にも上る極左政治団体への献金疑惑なのであるから、2億円はその活動費の氷山の一角にしか過ぎまい。

 へへへ、こう云った日本の黒い闇、霧に関しては、松本清張氏の論考がピカイチだったんですがね。物書き諸氏の力も、『テレビでくっちゃべって、はい、終い。』のこのご時世にあっては、すっかり虚勢豚の態でありまするわね。

 一国の総理にまで上り詰めた男の、形振り構わずの総理の椅子しがみ付きの様は、遠に常道を逸している様にしか見えないのは、単なる私の妄想だけなのだろうか。

 以上、中国新幹線脱線事故に合わせて、菅無理氏観察の思い付きを、旧PCで打って見た次第でありまする。こんな戯け妄想を真に受けちゃ行けませんぞえ。ギャハハ!!

心何処ーショート 直角交尾
                   直角交尾(7/25/11)
 いやはや、身分不相応な夢を見て仕舞った。有ろう事か、私が壇上で生意気な事を講演して居るのである。題して<吾が労務管理論>であるらしい。浅学非才を糊塗して、専門用語を随所に撒き散らかして、真面目顔をして居るのであるから、正に噴飯物である。意外と長い夢の様であった。

 或る時、私は同様の大失態を演じて、朝一番の女房から100%異常(以上)の変人扱いをされてしまった。その頃は、ユカタンのマヤ文明、前マヤ文明のオルメカ文化などに興味が在って、睡眠時間を削って立て続けに何冊かを読んで居た処であった。元来が頭の中には何にも無い戯けであるから、凝って仕舞うと雑学が其の儘、暫くスカンポ脳を占拠してしまうのであろう。

 女房殿の舌禍に依ると、起きて喋って居るかの様な、言語明瞭な寝語を話して居たとの事である。何やら、学術調査団の一員の様な雰囲気で、遺物に対して

<この図柄は、前文化の手と思われますが、この色彩感覚が登場して来るのは、その後の文化でしょうから、『文化の継承が歴然として居る。』推理の前提して、この一帯の文化の継承形態、ルートの傍証は、何か無いんでしょうかね。大いに、興味をそそられる処です。
 形状と図柄、色彩の類似性に注目して、継承度合いの高低を強弱の作用として遺跡群に当て嵌めて、検証して行くのが、考古学の想像力だと思うんですがね。・・・私は、そう考えます。>

 などと意見を交わしている風であったらしい。散々に私は女房殿に、変人・気違い扱いをされて、立つ瀬の無い事夥(おびただ)しく、コケにされて終った物である。

     ★煩い、男の高尚な趣味夢に罵詈雑言の数々、コンニャローメ。
 無礼者めが~、未だ浮き浮きと無駄事こきぁがると、猿ぐつわの替わりに、諏訪の御柱押し立てて、口から泡噴かせて、手籠めにして、ギブアップさせるぞ!!←私は本より、奥ゆかしい常識人であるから、口が裂けても発射させない本心であった。

 へへ、別居中で好かった。こんな事が露見したら、死ぬまで何を言われ続けるか、堪った物では無いのである。この歳に為れば、如意棒とて、不如意棒の道をまっしぐらなのであるから。兎角、女族と云う物は、『苛め趣味』が強い傾向にあるのである。

 賄い夫、籠りの生活を励行して居るから、現在の私は欲求不満のストレスが澱(おり)の様に、精神にへばり付かない様にブログ日誌に吐き出す事に依って、精神の負担を最小限に留めて居るのであるが・・・

 こんな夢を見て仕舞うとは・・・遺憾いかん、女日照りも、とうとう<病膏肓に至れり>状態にして、実に色気の無い生活をしている証左なのであろう。生活サイクルを見直す時期に来ているのかも知れぬでは無いか。やれやれ、困った物である。

 いやはや、硬い夢を見ると、疲れがどっぷりと残っている目覚めである。こんな夢に取り付かれて仕舞っては、怪談石灯籠の内容にも似て、衰弱死して仕舞うのが関の山である。

      重く滞留する居住区の空気を一掃して、朝の活動開始である。

 ゴミ出し時には、暑い夏色ではあったが、朝食、ご機嫌伺いトークの後の定位置から見る空は、曇天の迫り出しである。窓辺に鳥籠とキリギリスケースを置いて、彼等の観察タイムである。水槽住人達には、補給水のバケツ汲み置きを注水して、メタボ金魚は、観賞に欠ける・・・であるから、餌の方はセーブである。イッヒッヒ!!

 あや、まぁ~~~、キリギリスの野郎は、削り節を入れたグリーンのプラスチック餌入れに、前脚を掛けて、長い跳躍脚を餌容器が投げ出して、何と何と、音無し動き無しの『仮死状態直角交尾』の最中である。

 ヤヤッ、今度はオスキリギリスが、ヨロヨロと交尾メスを引きずって動き始めた。ウゥ~ン・・・オスの脚力の踏ん張りと云うか・・・メス生殖肛の締りのキツサと云うべきか・・・

<快感・官能>の人間交尾と、交尾は一生の苦役と必死さが目立つキリギリスの直角交尾の<忍の一字>との違いを、マザマザと見せ付けられて、戯けロートルは、口から泡の態である。

 差し詰め、メスの尻周りの泡の塊は、オスのザーメン塊と云った処であろうか。漸く直角交尾体が解けて、オスメスは別方向である。

 アジャジャ・・・それじゃ、キリギリス御両人、味も素っ気もありゃせんわね。前戯も後戯も、労わり合いの間も在った物では無い。白い泡の塊を尻の突端に付けたメスキリギリスは、泡を汚すまいとして、ケースの蓋部に移動して、動きを止めてじっとして居る。

 いやはや・・・ 毎年キリギリスを夏の風物詩としているのではあるが、キリギリスの直角交尾の一部始終を目撃した事は無かった次第である。Tがニヤニヤして、キリギリス交尾の観察談をしてくれるのが、好く理解出来た処である。

 差し詰め、キリギリスの直角交尾は、日本伝統の四十八手技では、一体、如何なる命名が施されて居るものやらと、暫し思い巡らした次第である。へへへ。


心何処ーショート 小部屋PC復活・・・試し打ち
            小部屋PC復活・・・試し打ち。(7/24/11)
 冬以来の旧PC打ちである。これで、小部屋で打った物をコピーして、四畳半のPCからブログ投稿が出来るのであるから、気分転換にも為る。四畳半と違って二畳のスペースである。手をちょいと伸ばせば、窓であるから夜風の入りに全身が晒される。この時期では、真に重宝この上ない部屋である。

 大窓際の一畳スペースに、ティーテーブルを置いて、下に立てていたPC本体を横置きにして、その上にディスプレイを載せるレイアウト法をM氏にセットして貰ったから、小テーブルスペースの納まりが良くなった。丁度一畳分が空いているから、其処で引っ繰り返る事も十分出来る。

 これで洗面・トイレがあれば、完全なる独房空間と為ろう。尤も、私は本より凶悪なる受刑者でないから、窓からは涼しい空気が行き来して、庭も眺められる。此処は一人スペースとしては、申し分の無い独り空間と云って好かろう。
 
 本日は夕方から台風絡みの風なのだろうか、強めの風が好く吹いてくれるから、秋風の様な気持の良さである。窓の縁には携帯ラジオが鳴って居る。若い人向けの番組であるから、ロートルの私には興味薄の内容である。従って、耳を素通りして行くだけで、複数の男女達がお喋りをして通り過ぎて行くほどの感覚しかない。

 明かりを消した母の部屋には、テレビの明かりがしてボソボソボリュームの音声が、聞こえて来るのみである。赤児にすっかりオーバーペースの老身には、早々の安静が良いのである。母にとっては、佳き日であったのであろう。

 さて、定員一名の小部屋の雰囲気に、湯でも沸かしてコーヒーでも飲むとしようか。
 
 温めのアメリカンにして、煙草の一服である。本日・日曜日にして、賄い夫お付き合いも終了した処でもあるし、夜散歩は適当散歩で好かろう。


心何処ーショート 蒸し暑さも、和み通う空間為りや。
            蒸し暑さも、和み通う空間為りや。(7/24/11)
 本日も、朝からカッと照り付ける四畳半である。窓を開放して、日の当たらぬ部屋でラジオを聞く。元気なのは、出窓に置いたキリギリスの鳴き声である。現在オス三匹にメス二匹であるから、ひっきりなしのギース、チョンの大合唱である。時々、玄関鳥の餌強請りの子供の声が混じる。昨朝は、廊下の網戸にアブラゼミが止まっていたのだが、今年は何故か蝉の声がしない処でもある。

 ラジオに釣られて、母の部屋のテレビを点けて、暫しの政党観察である。老母は、廊下の椅子でお気に入りの大輪の白ユリ・カサブランカの大膨らみに為った蕾を眺めているのだろう。朝の賄いは、テレビの後にする心算であるから、鳥籠を足元に置いて遣る。

 私は、テレビに目を向けたり、鳥籠に向けたりで、だらしの無い寝そべりの格好で、パイプ煙草のクユリである。私は、片山虎之助さんに親しみを覚えて居る次第なので、国会中継では持ち時間の少ない先生に御同情申し上げて居る。そんな事で、本日のテレビを見て居るのである。

 さてさて、然して興味も引かぬ討論会であるから、朝の賄い夫に移行致しましょうかね。

 番組が終わって、朝食後はテレビ・チャンネルを回すが、何処も興味薄の番組ばかりである。

「さてと、俺は部屋に帰りまするわね。」
「日曜日なんだから、のんびりして行けば・・・」

「へへへ、時間の無駄だわね。部屋で、コーヒー飲みながら、金魚、キリギリスを見て、ボーとして居た方が、物臭の性に合って居るわさ。」

「普通は、定年後は、本を読んだりと思うんだけどね。」

「へへへ、そりぁ、餓鬼の遣る事だわね。若い頃は、知識・教養を貯め込むのが仕事だろうけどさ。本ばかり読んでると、碌な人間には為らんわね。人間なんて物は、所詮、経験・体験の産物だよ。どんな高尚なお言葉でも、それは経験・体験の写しが無くちゃ、肉体語には為らんわね。

 凡人如きが、どんなにお偉い先人様達のご卓見を読んだ処で、身に着くのは経験・体験値から生じる同感・共感が、その実態だよ。活字知識にばかり囚われて仕舞うと、<何時の時代の誰誰が言った言葉に、何なにが在る。>なんて、知識・記憶力の引けらしにしか為らんわね。

 そんなゴタ句は、頭高体低の動物的にはタイテノコラサ、似非野郎が言う台詞だせや。俺の心にぁ響かんわね。

 そりぁ、人間の知性は、人類の長い歴史遺産なんだから、詩人・哲学者・作家のお偉いさんが、掃いて捨てる程の堆積層を為して居るのは、当たり前の話でしょうが。学問・知識で飯を喰って居る連中には、必要な衣装の纏いだろうが、一般人が、そんな物を引けらかしたら、嫌味にしか映らんだろうが。村八分のレッテル貼られちゃいますがね。

 相撲取りには、マワシ、浴衣、紋付き袴。労働者には作業服。学者・識者の先生には、ネクタイ・スーツが衣装でしょうが。衣装が其々違ってもさ、然程、人間の中身に大差は無かんべさ。増してや、無名人の方が圧倒的に多くて、地道に日々働いて自分の生活・家族の生活を支え続けて居るんだぜ。有名人だけが物を考えて特殊な生活を送って居る<有為のお人達>じぁあるまい。

 俺に言わせりゃ、自分の頭と自分の言葉で、物を語れば済む事じゃ無いのさ。何も、格好付けて、誰誰のどの時代の格言・名言・卓見などと、知識・教養の衣を借りるインテリ・キツネをする必要なんか、ありゃせんわね。

 覚えなければ為らない時には、一生懸命覚えてさ、後はそれを肥しにして、時代小説、推理小説の娯楽作品を読んで、自分の体験などと往復させて、作者との会話を愉しむのが、人生の筋って物だろうさね。
 俺は物臭男だから、小説よりドラマ、映画の方が性に合って居るし、文学書の嗜みは少ないけど、専門科目の労務管理・法律の専門書は、結構真面目に読んで来たからね。ギャハハ。

 やっと、俺は自由な時間持て余し時期に入ったんだ。肩の凝らねぇ『悪態三昧の下衆貧民の遠吠え』辺りが、俺には丁度頃合いさね。以上、今日の講義は終了だわね。知恵熱が出ねぇ内に、ベットで休養しておくれや。イッヒッヒ~。」

 自室定位置で、コーヒータイムをして居ると、電話である。おや、これは珍しいM氏からである。

「今、Rちゃの家の前に居るんだけど、お邪魔しても好い?」
「好い処じゃないわね。<飛んで火に入る夏の虫>で、Mさんを何ヵ月も待っていたんだわね。質問事項満載さね。来ておくれや。」

 M氏は、S大病院で三週間ほど入院して居たとの事である。ズーと点滴療養で、来てくれても、話も出来ない処であったから、電話はしなかったと言う。本日退院で、その足で寄って呉れたとの事である。
 
 私の方は、小部屋の旧PCの不具合を抱えて居たのではあるが、私事で現役のM氏にSOSを送るのも気が退けて、お盆休みにでも顔見せに来て貰った時に、見て貰おうと思って居た次第である。

 へへへ、お互い、その間の事情を口に出せば、<何だ、水臭い!!>のキャチボールなのではあるが、私の友人関係とは、この様なお人が多いのである。

 小部屋で、ゴソゴソして居ると倅が入って来た。赤児の<お箸初め>とやらで、鯛と赤飯を持って来たとの事で、先に女房の所に行って、帰りにゆっくりして行くとの事であった。

                  あいよ。段である。

 M氏に手伝って貰って、小部屋から四畳半に旧パソコンを運んで、インターネットに接続して、旧PCの機能回復をして貰う。工業系のM氏の手に掛ると、機械は正直なものである。再び、小部屋に運んで再セットの段である。

 後は六畳に移って、不良ロートルのよもやま話である。M氏は時計を気にして、『本日退院日の亭主は、一体何処で油売りかぁ~』の山の神のコール音を気にされてか、短いお時間で、近日中にゆっくり顔を出すとの御帰還であった。

 定位置でPC打ちを始めて居ると、<お父さん~、来たよ~。>の嫁さんの声である。おやおや、初孫も、すっかり大きく為った物である。赤児笑いの顔が、何処となく私の幼児時代の写真に似ている。ほぅほぅ、血は争えぬの口らしい。

 倅ファミリーは、老母の最大のカンフル剤である。真に以って、相想の崩れ方は、尋常の域を脱して居る。重くなり過ぎて、体力のとぼった老体には抱けぬと言いながらも、凄いテンションの高鳴りである。お宮参りの折りの女房もそうであったが、抱いたら離さないのは、菅無理総理の椅子なんてザマでは無いのである。

 初孫殿も、確り女房に抱すくめられて来たとの事である。男族と女族の赤児への対し方は、斯くの如く好対象で無くては、赤児はスクスクとは育たないのであろう。吾が家は、縄文人の住まいであるから、廊下にキリギリスケース、鳥籠を置いて、環境の刷り込みを施す。

 嫁さんは、新たな赤児のスナップ写真を母の写真帳への加え作業をしている。そんな嫁さんに、老母はベットの上で、<結婚式、赤児の写真を見て、愉しんで居るんだよ>との仰せである。

 家中を開放して、風の通る部屋に古びた卓上扇風機が回り、廊下ではキリギリスの声と、達っこ鳥が、親鳥に甘え餌強請りをしている。庭に見事に咲いたオニユリに、並アゲハがゆったりとした舞いを見せている。

 何も無い静かなボロ家ではあるが、此処には空間がある。赤児の目に映る空間には、何が見えるのだろうか。へへへ、愉しみな処でもある。

 帰りに、二三日中に咲き始めると云う老母の見立て、蕾を5つ持ったカサブランカをすっぱり切って、一輪挿しごと倅に持たせて車を見送れば、杖を突いて庭から手を振って見送る老母の姿である。


心何処ーショート 早くも、暑さに辟易とする土曜日。
            早くも、暑さに辟易とする土曜日(7/23/11)
 親鳥の半分位の雛鳥が、藁巣からでて底板に蹲っている。何んとも愛くるしくも可愛い姿である。暑さも戻り、朝から暑い限りである。洗面するのも、残り湯で全身行水するのも、大した時間でもあるまい。朝食後は、Tの電話前に汗流しのデオトラントである。

「用意は、好いかね。」
「あいあい、キリギリスを取って置いたから、プレゼントだわね。」
「アリガトザンス。じゃ、虫籠持って行くぜね。」

 本日は、朝から高校野球の中継である。春の優勝校・佐久長聖は、苦戦で敗戦濃厚の模様である。今年は、長野市が開催場所であるから、高校野球観戦はパスの口である。松本球場で行われる時は、歩いて精々10分程度の距離であるから、野球好きのTと何度か観戦しに行く事を、恒例行事として居る処である。去年の決勝戦は、右翼スタンドでの裸観戦で、松工の劇的初優勝に大拍手を送った次第である。

 上がり廊下に鳥籠を置いて、頭部にポヤポヤの産毛を幾分残して居る達ッ子鳥を眺めながら待つ。ミルワームを数匹、鳥籠に落して遣ると、メスが直ぐ様見付けて、嘴攻撃で突き回して、楽しむ様な感じで食べて居る。雛も成長して、親鳥にもゆとりが出て来て居るのであろう。

 お迎えの車が遣って来て、キリギリスをTのケースに移そうとするが、上手く行かない。脚取れキリギリスであっては、観賞性に欠ける処である。何しろ、オス・メスの四匹であるから、帰ってTの書斎を締め切って、番い2ケースにゆっくり入れるのも、ロートルのお遊びの一つである。イッヒッヒ!!

 早々に断念して、その旨を言うと、レジ袋を渡されて川砂を入れてくれとの事である。へへへ、実に用意の好い男である。私は、Tのそんな処が好きなのではあるが。

 小手シャベルを持って、川原に下りて土入れを仰せつかる。Tは街場住まいであるから、私よりも一カ月以上も長生きをさせる飼育名人でもある。メス、オスの物色中に、大魔神の海坊主の<子細無用の夏草薙ぎ倒し攻撃>に遭遇して、敢え無く御用と為って仕舞ったキリギリス達である。

 云って見れば、街場のTの書斎の窓辺の小さな虫ケースが、終の住処となるのであるからして、川砂に含まれる故郷の匂いを嗅ぎながら、ギィース、チョン、ギィースの望郷節を奏でるしかないのである。従って、剣もほろろの砂礫返しの引っ繰り返りで在っては、終の住処は、捕囚の受牢部屋の沙汰である。カンカンと照り付ける川原ではあるが、川土の美味しい所をごっそりとレジ袋に入れる。

 我等はヤクザもどきのコンビであるから、任侠の道は、これ一重に人情・温情の道でもある。はい、花鳥風月を愛でる風流のDNAの継承も併せ持っているのである。

「コーヒースタバまで、俺が川砂を揉みモミして行くから、草の根とかのゴミは捨ててくれや。指圧の心は下心。押せば下の泉湧くは、全身マッサージのモミモミは、おネェチャン達専用じゃ無いからな。閉店中ズラ。土揉みも愛情の言ったんだぜや。あい。」

「あいあい、処女膜が砂礫層じぁ、幾ら力んだって、ヤマト・タケルノミコトの剣だって、折れちゃうぜな。岩からの引き抜きは、アーサー王の専売特許だけど、突き刺すのが事の始まりだぜや~。
俺ぁ男だぜね、亀頭の弱みは知ってるぜね。ネェチャンの柔肌思い出して、軟床作って遣るわいね。ヒヒヒ。」

「あいあい、頼むんね。おうおう、そう云えばさ。生物の仕組みってぇのは、実に好く出来てるんだわ。砂礫層に弾き飛ばされたメスの産卵管からさ、シャーと液体が噴出したんだよ。ありぁ、差し詰め人間で云うと、分娩時の<羊水の迸り>なんだろうね。

 俺は好色オスの下衆観察人だからさ。メスが産卵管を土に突き刺した後は、産卵管の蠕動運動で、卵が一つ一つ地中に送り出されて行くんだろうって、考えて居たんだけどさ。それが現実的には、羊水発射だったんだわ。<理に適ってる>って、目から鱗だったぜや。

 受精卵が子宮に着床して、その後の受精卵の成長は、魚類から爬虫類・鳥類・哺乳類そして人類の胎児として成長し続ける様は、<生命の進化の揺り籠を準って居る。>・・・なんて説明がされている処なんだけどさ。その証左を電子顕微鏡の世界で解明したのが<DNAの途方も無い螺旋階段の様>なんだけどさ。

 唾液、粘液、体液、精液、羊水噴射と、物体が入るも出るも、これ即ち、水の惑星・青い地球の恩賜の証だぜや。俺達好色ロートルの妄想力の産物だと、精々がラブジュースに本気汁なんて一点集中型なんだけどさ。生物の仕組みは、科学と云うよりも<森羅万象の理の中に存在して居る。>と、感心しちゃった次第さね。」

「相変わらず、助平が玉に疵だけど、アナタの観察力・分析力は凄い。伊達にISO砲の振り回しだけじゃないわね。ヤクザもどきなんて、とんでも無いぜや~。

 今はさ、何でもコピペのレポート提出のご時世だと云うからさ。小学生じゃ、変態予備群として、親が学校から呼び出し喰らちゃうから、可哀想だけど、中学生クラスだと、立派な奨学生の推薦状が付くぜや。<夏休みの自由研究>と題して、Rの観察文を其の儘、コピペして提出して見りゃ面白いぜや。」

「やいやい、そりぁ~、グット・アイディアじゃないのさ。俺ぁ、無断転載、盗作なんて、ミミィチィ事なんか言わんぜや。その位のゴタ助男が出現してくれたら、世の中楽しく為るのにさ。これを読む教師の顔を想像するだけで、好い原稿料ってもんさね。ギャハハ。」

 遺憾いかん、コーヒースタバに着くまでに、戯け話が盛り上がって仕舞った。

 コーヒー・スタバの二階席は、満席との事である。これも、節電日本の今夏の姿なのだろう。本日は、初めての一階席である。

 へへへ、この階は本屋のチェーン店・ツルヤに隣接して居るから、一人読書をする外見知的層の面々が据わって居るスペースである。私は、こう云った雰囲気は、大の苦手の口である。仕方が無いから、周囲に粗相の無い様な余所行きトークで、早目のスモーキングタイムである。

 ホールセンター、スーパーへは、お互いの爺っさ、婆っさへの茶化し、ボヤキ口を叩いて、ギャハハ、イヒヒ、生意気に~の扱き下ろしを愉しむ。


心何処…メスキリギリスの奮闘
                   本日の一枚為り。

 さて、<メスキリギリスの奮闘>と題して、本日の一枚でありまする。本日文作中の<剣のしなりに、入らぬ如意棒を連想して、アジャジャのニヤ付きである。>の一文をデフォルメして見ました。相も変わらずの戯け絵でありまする。暫し、お寛ぎ為さりませ。

 訪問下さる紳士淑女の皆々様には、分かるお方は分かる。分からぬお方には、分からぬ思い付き絵でありまする。<・・・>の文意は、殆どの女性は経験する事が出来まするが、このご時世下に於いては、極少数の男性しか経験出来ない好運なのかも知れませぬ。

 へへへ、分かるかなぁ~。分からんのお方は、戯け入門書でもお買い下され。ギャハハ!!


                メスキリギリスの奮闘


                 キリギリスの奮闘


心何処ーショート さてさて、頃合いを待つ為り。
             さてさて、頃合いを待つ為り。(7/22/11)
 母のお気に入りのカサブランカのユリが、大きく膨らんで来た。一、二日の内に、強い香りを庭から運んで来るであろう。太陽が出たり陰ったりの涼しい午前中である。花期を過ぎて、萎れの目立って来た額アジサイの迫り出しには、蝶、ハチが蜜を吸いに遣って来ている。お向かい夫婦は、ブルーシートに土を拡げて、盆栽の土作りされている。

 朝食を終えて、定位置でアメリカンコーヒーを入れてのマイタイムの始まりである。猛暑続きに晒された日々からすると、風の入りに、短パンの脛が涼しい限りである。

 窓辺に置いた飼育ケースではキリギリス達は、雄の鳴きに、メスの産卵である。今回は、泥岩の砂礫を敷いてあるから、メスの剣の様な産卵管が、強固な砂礫に弾かれてひっくり返って終うのである。物理の世界では、力には抗力が働くと云うのであるから、土に差し込む剣の力は、中々の物と云わざるを得まい。

   剣のしなりに、入らぬ如意棒を連想して、アジャジャのニヤ付きである。

 へへへ、見るは傍観者。何の力み・焦りも要しない物である。さてさて、戯け人間の悪ふざけでは、メスキリギリスに申し訳が立たない。萎びたキュウリの餌替えついでに、例年通りに、目の細かい川砂を敷いて遣る事にする。キリギリスを別ケースに移して、川原に下りる。

 たっぷりと川砂を入れて、キュウリと削り節を入れて遣る。野菜と削り節の餌だけで、キリギリスは命尽きるまで、ひたすらに鳴き続けて呉れるのであるから、有難い夏の生き物である。オスは鳴き続け、メスは産卵し続けて一生を閉じる様は、或る意味、物哀しい生態ではあるが、これも生物のメカニズム・宿命と云っても好かろう。人間如きが、四の五の云うべき世界でも無かろう。手が掛らない処が、物臭男には丁度好いし、それに結構な長生きである。

 玄関鳥の金華鳥の雛もすっかり成長して、薄茶の羽が生え揃って、ぱっちり開いた黒目が初々しい限りである。近日中には、藁巣の中から出て来るのだろうが、羽色からすると、メス親の一羽に好く似ている。オスメスの区別と為る頬の金色、脇の鹿の子模様が出て来るのは、未だ先の事である。

 明日は土曜日であるから、Tへの夏のお裾分けにキリギリス取りに行こうと考えて、痒み、汗流しの風呂を沸かして置いた。それにしても、お天道様の輝きが少ないのが、宜しく無い処である。キリギリスの鳴きは、温度に左右されるとの事である。もう暫く待って、海坊主の夏草荒らしに遠征すべしであろうか。イッヒッヒ!!

 午後に為って、待望の夏の太陽の輝きである。最初のポイントは、深い雑草の草叢でのギース、ギースの合唱であるから、人間には分が悪い。キリギリス資源の確保もエチケットの一つでもある。次のポイントに行く。前回は山斜面でのキリギリス達が、降りて来ている。田んぼ脇の車止めは、格好の夏草の繁茂スペースであるから、其処が狙い目である。

 炎天下の昼下がりを長ズボンに長靴を履いて、全身汗まみれである。まぁ、これも運動と思えば好しとする処であろう。粘って、オス3匹、メス2匹のプレゼントが出来た。

 キリギリス諸君、これでキリギリス達が死ななければ、今年の海坊主魔人は出現しないから、気兼ね無く鳴いて、たんと地中に産卵すべしでありまするぞえ。お騒がせして、相申し訳御座らん。これにて、海坊主は失礼致しまする。

              はい、今年も、アリガトさんね。



心何処ーショート やれやれ、また仕出かして仕舞った。 
        やれやれ、また仕出かして仕舞ったうだ話(7/21/11)
 ラジオをつけると、<ラジオなんでも子供相談室?>を遣って居る。これが始まると夏休みなんだなぁと思う。何時頃から始まった番組かは知らぬが、物凄い長寿番組であろう。この番組を聞いて育った子供達が、きっと先生役をして居るのであるから。

 粒揃いの学生・院生相手の先生方には、真に難しい役割なのであろう。何故なら、専門家であるから回答力には優れた先生達であるが、普段対象として居る層が全く違うのである。聞き上手に、話し上手の喩えでは無いが、その一方に行くまでもが大変な事なのに、聞き上手に話上手の二態を担わなければ為らないのである。

 普段は専門用語を多投して抽像枠で説明を広く深くして、効率的に進める事が出来るのだろうし、それを得意とする専門家諸氏であるから、大変な仕事なのであると察している次第なのである。従って、使い慣れた専門語と話法を、小学生の学年毎に置き換えなければ為らないのであるから、内実、しどろもどろ状態に為る事も、きっとあるに違い無い。

 然しながら、孫に近いかも知れない子供達への説明を聞いて居ると、回答者の先生達の仄々した気持ちが伝わって来る処でもある。聞き上手に話し上手は、本来表裏一体の物なのであろう。目線の近さと優しさに、暫し心寛ぐ事もしばしばある。これは、夏休みの定番・長寿番組である。

 聞き上手の本態は、相手の云わんとする本旨を言葉の出来、不出来に拘わらず、聞こうとする聞き手の誠意であり、話し上手の本態は相手の理解する程度に合わせて、言葉を選び、理解度を確かめる観察と云う間の取り方、話すテンポの選択・・・これも、相手への誠意とお人柄と云う物であろう。

 知ろうとする者と教えようとする者との間に通う<学びの協働意識>が通わなければ、相談事は噛み合わず、解決出来ないのである。誠意を示す為には、相手に対する観察が前提なのである。

 おやおや、本日は短時間放送である。9時から参議院の国会中継が始まった。対決ならいざ知らず、ピント外れ、はぐらかせ、厚顔無恥の言い逃れ答弁劇場が始まったわね。

  さてさて、朝の賄い夫に始動して、ゆっくりテレビ観戦でも致しましょうぞ。

 林議員の嫌味たっぷりの焼き肉、キムチ質問の次に、本日の本題が出ました。山谷えり子女史の外国人献金への『返金領収書提示』の詰問である。菅無理氏の態度・言は、正しく<語るに落ちる、人後に落ちる>の醜態と腐臭を放っている。国会中継は、長い中断の在り様である。遣る時は、徹底して遣れの段である。その間の中世ベニスの時代行列模様の映像は、中々に好かった。

 菅無理氏は、『病的な偏執性』を持っている御仁では無かろうか。言葉の普遍性、言葉の裏にある当然の一般人の日常解釈を認めないと云う偏執極わらない特異性から構築された稀な性格を、きっとお持ちなのであろう。

 ★辞めるとは一言も言って居ない。★領収書の提示は約束したが、委員会提示は言って居ない。★その場に同席はして居たが、決定はその場の当然の雰囲気であり、同席者の合意である。★私の言った事を素直に、其の儘判断してくれれば、そうは為らない筈だ。★私は自分の言った事には、責任を持つ。★何度も同じ事の繰り返しで、恐縮ですが・・・

 詰まりは、菅無理氏の言葉には、普遍性も重みも一切無いのである。言葉の普遍性を極大限に利用して、耳障りの好い饒舌で語り掛け、個人的スタンドプレイ、パフォーマンスで煽りに煽る。一端、言質の責任問題に発展するやいなや、アナタの言う赤と、私の言う赤とでは、色が違うのだと言い逃れ、アナタの見解と、私の見解は異ると開き直るのである。きっと上下関係の個室では、上位の立ち場を振り翳し、苛菅の弩声で脅すのであろう。

 とどの詰まりが、<鼻の下を伸ばして騙されたアンタが、アホなのよ~。アタシは、男を騙すのが商売よ~。>の捨て台詞を浴びせる性悪中国ホステス、性悪韓国ホステス、性悪フィリピーナのザマでしょうが。
 何を偉そうな事を、ほざきゃがる。手前ぇなんか、単なる目立ちたがり屋の下衆野郎だけじゃないか!! 吾が祖国・日本は、上等にして上品な国柄なのである。何度も、下衆の作法が、罷り通ると錯覚しているんじゃい。一刻も早く辞めるのが、国益だわさ。・・・である。

 同じ赤でも、その幅も深さも千差万別である事は、ラジオ相談の学童でも知っている赤のバリエーションである。菅無理氏がそれほどまでに、自分の赤に固執して固泥したいのなら、<分厚い色見本>を絶えず携行して、その都度、使用赤の色を『限定赤色』と特定してから、話を始めれば好いだけの事である。

<菅無理特製・赤>のお披露目をした途端、聴衆の大半は蜘蛛の子を散らして閑古鳥が鳴くか、屈強な赤色反対者に取り囲まれて、袋叩きに遭遇して仕舞うだけで在るかも知れないでは無いか。←私は臍曲がりの天の邪鬼であるから、それこそが、自分の言葉に責任を持つ菅無理氏の正しい日本語使用法だと思うのであるが、如何な物であろう。

 騙し、言い逃れ、無責任男。叩けば胡散臭い埃塗れの活動家プロが、日本国総理の椅子に座り続けて居るのである。据わり続けて居るこの惨劇を許して居る日本の国会議員群像とは、如何なる名の下に棲息し続けられるものか。野次飛ばしだけでなく、サッサと与野党の救国戦線を立ち上げて、腕力行使に出るべきである。

 自民党・山谷えり子女史の本日の戦術たるや、前回の片山さつき女史同様に、大した物であった。拉致被害者を救う会?の事務局長・増元氏を特別参考人として招いて、氏の思いの丈を、朗々と述べて頂いたのである。
 私は、これが人間の感情、想い、理性を伝える言葉だと、目頭を熱くして清聴させて頂いた次第である。こんなに熱く胸が打たれる話は、本当に近年稀の感動物であった。総理大臣以上の胸に響く言葉の放射であった。

 何時もの事ながら発言者の顔も見ずに、自らのペーパーにだけ目を落して居る菅無理氏の態度は、一人の大人の姿として、子供達に見せる事が出来るだろうか。これ程、発言者に対する非礼、無礼な態度はあるまい。←これぞ正しく、一事が万事の典型例であろう。

 北朝鮮との癒着が次々と炙り出されて行く中、菅無理総理の天皇陛下軽視行動、国旗国歌についての法案反対をした大臣に、その想いを次々と質問して行く山谷女史の手法は、正にいかがわしい政党・民主党幹部への『踏み絵』として国会中継の場に曝け出した戦法は、真に見事であった。

 先日の撫子ジャパンの壮挙・快挙と同様に、戦後66年を経て抜き差しならぬ泥沼に喘いで居る祖国日本への天照大御神、女王卑弥呼の末裔達の大和撫子の逞しさすら感じて仕舞う処である。私達の思春期の頃に流行った言葉の中に、<戦後強く為った物が、靴下と女。>との揶揄が在った。

 開国143年、和魂洋才・和洋折衷から無国籍ボーダレス時代に突入して、国柄の揺らぎに、戦後鬼っ子政権の市民パホォーマー踊りに狂喜する菅無理氏の正体が、漸く白日の下に暴かれ様として居る。
 片山さつき女史は、裸の孤独な菅無理総理像を物の見事に演出し、山谷えり子女史は、危険党・民主党の実態を炙り絵と踏み絵で、きつく叱責して見せた。大和撫子達が、今、身体を張って『開国の中興の祖』として活躍し始めたのである。

 此処まで、お膳立てをされてキンタマをぶら下げて居る大和益荒男が、衰国・亡国の獅子身中の虫に天誅を下さなくて、何の男子のキンタマであるか!!

 へへへ、またまた、ロートル変なオヤジのうだ話レポートと為って仕舞いました。はい、何の足しにも為らない戯け長駄文とのお付き合い、真に以ってお疲れ様で御座りまする。



心何処ーショート 涼しきに、怠惰に徹すべしや。
            涼しきに、怠惰に徹すべしや。(7/20/11)
 台風の影響で、雨は止んだ物の真に過ごし易い。へへ、本日も台所に老母の動きが聞こえる。母の入れて呉れた朝の日本茶を飲んで、賄い夫に取り掛かる。ついでに真似事掃除、玄関鳥、キリギリスの世話もして置く。

 テレビでは国会中継をしている。母は、ニコニコして「今日も涼しいから、助かるね。」のお言葉であるから、私は「折角のお天道様のプレゼントだから、猛暑に備えて、体力を回復させておくれや。」と応える。

 陳腐に堕した菅無理さんの答弁は聞き飽きたから、食後は定位置に戻り、コーヒーを立てて、ゆっくりのモーニング・コーヒーである。

 昨日は、終日の肌寒きで、音無しのキリギリス達ではあったが、朝から好い声で鳴いてくれている。無風の曇天である。成長著しい雛に庭からハコベを取って来て、籠の上に置いて遣る。

 それにしても、コンチクショーの蚊である。近年益々形を小さくして居る南洋蚊は、真に以って始末が悪い。形が小さいから、完全なベトコン・ゲリラ蚊の執拗さなのである。形と吸血時間が少ないにも拘らず、置き土産の痒さと言ったら・・・真に以って、許せない憎さなのである。これだけ食い付かれて居ると、夏の常備薬ムヒも薬効が失せて仕舞うと云う物である。

 日本産蚊は、ブ~ンの羽音も、吸い付きの滞在時間も長かったから、憎しみを込めての両の掌でバチンと退治で来たのであるが、遠近の焦点合わせに兎角時間の掛る老眼男にとっては、直ぐ様に雲隠れの術に為す術も無い。ベトコンの執拗さに巨人の米国が悲鳴を上げて、ベトナムから撤退した気分が良く分かると云う物である。コンチクショーメのとほほ気分である。

 これでは、衆生の生命への慈しみの心を持つお釈迦様とて、心平静にしては居れまい。

 ブログコメントに返信をして居ると、ヤクルトママさんのコールである。<少々、お待ちを>である。

       おやおや、本日は下の僕ちゃんを伴ってのお仕事である。

「そうか、ボク、好い物見せて遣ろうか。」

         飼育ケースのキリギリスを持って来て見せると、

「これ、バッタですか? 大きなバッタですね。」と来たもんだ。

 ママさん、そりぁ無かんべさ。安曇野生まれの安曇野育ちでありましょうが、生まれ育ちは、ワサビの里・穂高との事である。穂高と云えば、野生鈴虫の有名地である。
 今度は、スィチョ・バッタと来たもんだ。家ではカブトムシを13匹も飼っているとの事である。見て遊ぶカブトムシに、聞いて見るキリギリスである。安易に市販物にばかり頼っていては、情操教育は片手落ちで有りますぞえ。都市部と田園部が織り成す安曇野平・松本平でありまするぞえ。

 へへへ、真の情操教育は、自然と遊んで培われる好奇心と観察から育まれるんでありまするぞえ。自然に恵まれた信濃の住人としては、勿体無いの一語に尽きまするぞえ。

「そうだ、ボク、これは何かな?」

       玄関鳥の籠を取って、藁巣の中を覗かせて遣る。

「ほらほら、動いてるでしょ。○ちゃん。小鳥さんの子供だよ。Rさん、小鳥増えたら如何するんですか?」

「ママさんにプレゼントしようと思ってさ。」
「家は、猫飼ってますから、食べられちゃいますよ。」

 ハハハ、セクハラトークのお付き合いは、難なく対応出来るヤクルトママさんではあるが、生き物観察、生き物飼育は、趣味が違うらしい。

 さてさて、本日ブログを打って、買い出しをして来た後は、ノンビリと過ごすべしである。涼しき静かなる時は、怠惰に徹すべしやである。


心何処ーショート 国家の由々しき現状
               国家の由々しき現状(7/19/11)
 雨は降って居ない様である。熱暑の猛攻に晒されて居た吾が身は、寝易さに身体がズッポリと沈んでいる。何やら、老母が洗濯機を回して居る。涼しさに、母の精気も蘇ったのであろう。出来る事は自分でするが、母のモットーである。然しながら夜の遅い私としては、願わくば、もう少し30分は寝て居たかった物である。

 何事も協働生活である。さて、起きると致しましょうかね。通りのアスファルトには、湿り気が在る。少しは降った様である。キリギリスの声を聞きながら、ポットの湯をコップに注いで、先ずは一服である。母の動きの一段落を待って、朝の賄い夫をして朝食の用意をちゃぶ台に置く。

 気力は有っても、体力が付いて行かぬ。母は疲れたのであろう、ベットに身を横たえて、呼吸を整えて居られる。

 へへへ、急かすのは禁物である。私はその間に、玄関鳥様のお世話である。テレビを付けると国会中継である。質問者は、小池百合子女史である。下らない女であるから、聞くに及ばずである。←女史は多感な時代にエジプト留学が、彼女の使用する日本語に貧層、貧弱の影を落としているのでは無いかと、危惧している次第なのである。これ程、日本語の下手な大物?政治家さんは居られまい。

 御免なさいね。俺ぁ馬鹿正直な者だから。好い加減、政党は客寄せパンダをお止め為されませ。志を唱える政党集団が、客寄せパンダの付和雷同を煽って、骨太で真っ当な国家指針を示せる筈が無かろう。拝金・拝票路線じゃ、政治は腐る一途じゃゴザンせんか!!

 その後は、茂木敏充さんである。硬派の評論家大前研一の人脈であるから、一目二目も置いて、その論調を拝聴させて頂いて居る政治家さんの一人である。小池女史、菅無理総理とは、土台、格の違いをマザマザと見せ付けている。
 テレビは、議員さんにとっては晴れ舞台かも知れぬが、全身像をストレートに映し出して仕舞う『怖い存在』でありまするぞえ。

 ザックリとした提示資料が良い、ソツの無い短句の説明、質問には、的確なメリハリが在る。押し込む力強さと芯の通った覇気が在る。これが国会議員さんと云う物である。
 江田さんも、思想的には違うが、政治家としての腹の据わりが、険しい目付きと短い明瞭な言葉に発っしられている。

 政治家の意識・主張・言葉・腹とは、こうで無ければ為らないと両者に拍手の段である。

 おやおや、ポツリ雨が、僅かばかりの音を見せ始めている。洗濯物の掛った物干し竿が気に掛るらしく、母がヨロヨロと立ち上がろうとしている。

「俺が遣るから好いよ。座ってな。」
「悪いねぇ、雨が降る前に、少しでも乾けばと思ったんだけどね・・・」

 軒下の洗濯物を、洗面所の物干し竿に掛け直す。スペースの関係上、ハンガー掛けで洗濯物を詰めて行くしかあるまい。吾が居住区からハンガーを持って来て吊るす。

 雨は本格的に振って居る。半ズボンにTシャツ姿であるが、些か肌寒い気温である。民主党・菅総理の極左市民政治団体への巨額献金の質問が在ると期待して居たのだが・・・

 熱暑での体力回復には、老衰の身は、先ずはベットで眠る事である。母の部屋を辞して、吾が定位置の四畳半でラジオを聞きながら、ブログ日誌の『中指動かし』をすべしである。涼しい雨音を聞いて、眠く為れば隣部屋の布団に入り大鼾でOKなのである。

 おっ、出ました!! 極左市民政治団体との菅無理氏の癒着問題に、切り込みが掛った。さてさて、日本人の有権者の民主党・菅無理氏の応対をとっくり拝聴致しましょうかね。鋭い突っ込みと腑甲斐無い答弁の対比は、到底ダイジェスト版のニュース解説・コメントで、知らされるべき事柄では無いのである。

        国家の由々しき現状が、此処には蔓延って居るのである。


心何処ーショート 撫子ジャパン考
               撫子ジャパン考(7/18/11)
 夕暮れ時と云っても、本日は終日のむさ苦しき曇天であったのだが・・・
 
 <青菜に塩>状態の老母は、萎びに萎びて居られる。汗流しの温い風呂にして、母に譲る。台風の影響で、日本列島も雨マークの進行である。風呂上がりの身体を小部屋で冷まして居ると、ポツリポツリと雨の忍び寄りである。夜散歩の頃に為ると、本降りに為るかも知れぬ。

 近間の散歩で済ませて置こうと、散歩に出掛ける。夜気と風の涼しい夜中散歩と違って、ムッとする蒸し暑さではあるが、小雨の様な雨の当りが、悪くは無い処である。路上には、灼熱の太陽に抗し切れずに、地中から這出て立ち処に、息絶えたであろうドバミミズのミイラに、蟻達が群がって食糧運びに余念の無い光景が幾つも見られる。

 この辺りで、纏まった雨が無ければ、川の魚達も危険水域と云った処であろう。時折、小さな雷鳴が有る物の、<消える雨か、台風の影響で豪雨と為るか>は、雲の色から見ると雨勢に乏しい感じである。

 テレビでは撫子ジャパンの壮挙、快挙に沸く処である。歳の所為か、兎に角、感涙に息が何回も詰まる『特大の贈り物』を頂戴していた午前中である。日本人とは、こんな場合は如何しても、大地震・大津波・原発事故での被災者、日本国に対して、お天道様を中心にしたヤオヨロズの神々の神国日本を思い描いて仕舞いたくも為る。そんな真摯な感情を持った次第である。

 勝負の軍配の行方には、実力も然る事ながら、『運』の存在もある。その運の要素の中には、東洋人特有の『天意』の様な物を強く感じる意識が在ると思う。

『人事を尽くして、天命を待つ。』とは、きっと中国古代の諺の一つなのであろうが、広大な中国の大地に繰り広げられた自前王朝期、混乱期、征服王朝期の過程で、異民族・異文化との混淆の歴史4000年、5000年の間に、『徳のある中華思想』は完全に跡形も無く変容変質してしまったのであろう。

 従って、日本に影響を及ぼした中華古代史観は、今の中国では埋蔵文化の過去無形と云った処なのであろう。←こんな書き方をすると、殺されますかね?

 東洋の果て、東洋文化の編纂所としての日本には、同民族に依る長い歴史の揺籃期を経て、人事を尽くして天命を待つの<人の努力>と、<勝負は時の運>をも、加味した天の思し召しに従おうとする思いが語られて居る様に思われる。

 潔さは、人の行いに対する<努力への賛美>と、<正義に対する天の裁き・裁量>に従うとの二つの想いが、根底にあるのでは無いだろうか。そんな思想観が、長い日本の歴史・伝統を『一本の道標』として、社会の根底に息づいて居るのだろうと解釈しているのである。

 これは、云って見れば同質の文化・思想史が齎すべき、民族の譜かも知れぬ処であろうか。耳通りの好い現代風言葉では、これこそが、日本人のアイデンティティと云って然るべき精神性だと思うのだが・・・

 小柄な撫子ジャパンが、日本国民に明るく、彼女達の流儀で壮挙・快挙を見せ付けて呉れたのである。日本国民を構成する年代層も感じ方、受け取り方も、様々な構成員で成り立つ事は当然の事実ではあるが・・・ 少なくとも、私達世代としては、彼女達から多大な考えるべき物を頂戴して、感謝している次第なのである。

 開国143年、敗戦後66年。混迷続く政治期と経済期である。加えて、千年に一度の大災時に見舞われている惨憺たる吾が祖国の現状である。開国の中興の祖と為るのは、撫子から立ち上がるのかも知れぬ。

 へへへ、雨に冷やされての前倒し散歩でありますれば、強ちに熱中症思索の散歩運動では無いかも知れませんぞえ。

心何処・・・川浸かりとイトトンボ
                   イトトンボ

                 イトトンボ_001


 ヘヘヘ、暑い時は、形振り構わず川に浸かるのが、一番ですね。黒い羽のイトトンボですが、庭を住処とするのと違って、清流を住処とするイトトンボとは胴体の色が違いますね。清流を写して粋なコバルトブルーで、奥深い色合いでした。

 撫子ジャパンは、如何戦ってくれるんでしょうかね。蚊取り線香に扇風機、窓辺のキリギリスと、私の夏の三点セットが揃いました。ラジオの深夜便に交じって、キリギリスが鳴いて居りまする。涼しさのお裾分けに御座りまする。ウッシッシ!!


心何処ーショート 夏散策為り。
                  夏散策為り(7/17/11)
 明日は台風の影響で、涼しくなるとの天気予報である。する事も無いから、暑い事、夥しい限りである。熱い暑いとぼやいて居ても、始まらぬ日中である。全ては、気の持ち様一つである。夏を迎え撃ちに行って来ましょうかね。

 キリギリス取りには、未だ早かろうが、居なければ、川で魚取りをして川浸かりでもすべしである。虫籠、長靴、軍手、飲料水を持って車に乗る。日曜日であるから、小学生達が近くの川では、掬い網を持っての川遊びに夢中である。あれだけの集団で魚掬いを遣れば、大ヤマメも<不覚の御用>と為るかも知れぬ。

 小学生共、折角田舎に住んで居るんだから、思う存分、川と戯れて故郷の郷愁の貯金を貯め込むのが、肝要であるぞえ。塾通いばかりして居ると、碌な大人、親には為りませんがな。ウッシッシ。

 車を走らせて少し上流に行く。川の水は、思ったよりある。何時もの橋の上に車を止めて、エンジンを切る。例年より、一週間~10日早い梅雨明け即猛暑日の行進中であるから、ギース・チョンの声が幾つもして居るではないか。

 ペットボトルの水をゴクリと飲んで、長靴に履き替えて声のする草むらに、海坊主の夏草薙ぎ倒しの乱入である。緑の雨蛙の子供達、カマキリ、バッタ、ショウリョウバッタが、ピョコピョコ姿を現わして逃げて行く。皆、子供達ばかりである。

 エッヘン!! 私クラスの戯けロートルに為ると、子蛙、バッタ類のジャンプに依る草葉の揺れ具合で、それがキリギリスの物か、他の物かの区別が出来るのである。草葉の揺れ具合は、ジャンプに依る衝撃波の映しであるから、それは質量・跳躍量と速度の総和を現わして居るのである。魚信に合わせた竿先の引き具合から、釣り人が掛った魚の種類、大きさを直感したり、想像出来るのと同じ推理が働くのである。

     これを称して、世間では『勘』と形容される個人技なのである。

 居た居た。産卵管の剣を持ったメス殿であるか。まだまだ未成年者の初々しさである。メス三匹をゲットするが、お目当てのオスが出て来ない。強引に薙ぎ倒した草叢を、今度は慎重な荒らしで注意深く動きを追って行く。漸く、まだまだ青い小粒のオスをゲットする。鬱蒼と茂る葦、アカシヤの茂みからは、キリギリスの声はする物の、取れぬ領域である。

 再び車を走らせて、次のポイントに向かう。早落ち城址の下である。道を挟んで山の斜面と水田の境の雑草地が、キリギリス達の生活場なのである。水田の畔には草刈りが入って居る。とほほ、私には分が悪過ぎるロケーションである。最低でも、オス一匹をゲットして行かなければ為らない。

    中天の遮る物の無い太陽に、全身ぐっしょりと、汗の纏い付きである。

 長靴ドタドタの足掻きを繰り返し、面目の一匹をゲットする。オス二匹にメス三匹であるから、打ち切りとする。再び、最初のポイントに戻り、川風呂浸かりをして帰るべしである。

 此処は川床全体が泥岩の続きと為って居る。落ち込みが在って、弾け飛ぶ水流が格好の場所なのである。深い所は辛うじて脚が届く深さで、抉り取られては居るが、泳げるし、滑り台の様な落ち込みは、二段階に為って居る。
 腰掛け程度だと、敢え無く水勢に流されて終うのではあるが、短い脚を両サイドの凹みに踏ん張って居ると、全身の水流マッサージが叶うほどの気持ちの好さに浸れるのである。

 それに、水上部の抉れた個所には、葦の青々とした日蔭の中に、苔がびっしりと張り付いて居る。そんな場所にイトトンボの仲間のアオハダトンボが、ヒラヒラと飛んで来る。そんな箱庭の様な空間に、細い胴体に光が当たって、金属的なコバルトブルーが光る。

 目を転じれば、川の流れに沿って、シオカラトンボ、ヤンマが往復して飛んで行く。彼等も、まだまだ小さな形である。

 何しろ、ロケーションが素晴らしい。左手の東には山が迫り、川原には葦と水柳の木々が続いているのである。気分的には、こんな広々とした野趣豊かな川温泉など少なかろう。当然に木戸銭不要なのではあるが、世間体を捨て去る木戸銭が必要な事ではあるが・・・

 水温の具合が、何とも気持ちの好い次第なのである。宣伝の行き届いた観光地だけが、自然の恵みではあるまい。気の和みも、工夫次第と云った処であろうか。←はい、これも下衆貧民の負け惜しみで御座りまする。イッヒッヒ。

 さてさて、余り家を空ける訳にも行くまい。シャワーで川の匂いを落した後は、簡単な昼で済ましましょうかね。


心何処ーショート 嗚呼、カンにふやけまする。
             嗚呼、カンにふやけまする。(7/16/11)
 布団干しをしたら、暑くて眠れずに枕を持って、夜中の夢遊病者の沙汰である。布団干しの熱が体内に籠って、蚊に食われるやらで、身体が寝不足の泥田に嵌り込んで居る感じである。
 
 こんな時に限って、玄関鳥の餌強請りのジィッジィッジ、ジィッジィッジの声の煩さである。まっこと、暑苦しいじゃゴザンせんか。然しながら、顰め面の中でも、成長期のたった一羽の雛様である。朝一番の給餌が、汚れた水では申し訳が無い。先ずは、玄関鳥の世話だけはして置かねば為るまい。
 
 ホウジロ、カワラヒワの育雛に失敗した吾が身である。親鳥が自分の体内を潜らせて、消化酵素、免疫酵素などの生物にとって『有用菌』を、口移しに与える事に依って、雛は無事に成長して行くのであろう。幾ら餌を与えたとしても、人間の私には親の替わりは出来なかった結果である。

    へへへ、これも、死なせてしまった野生児達への贖罪行動である。

「お早うザンス。オイさん、生きてるかね。今日も、暑いねぇ。あい、これから迎えに行くぜ。」
「あいあい、頼むわいね。」

 Tはおっとりとして居るから、未だパソコンを購入して居ないかも知れない。斜向かい吟さんへの印刷もして置かねば為らないから、最近の文作と悪戯画ファイルを持って行くとするか。

「昨日は布団干したらさ、途中で背中に熱が籠ちゃってさ。もう、最悪の事態よ。」
「日向に置いたら、そりゃ駄目さや。日蔭の風に当てるだけで好いんだぜ。」

「いやいや、それは経験上、分かってるんだけどさ。インターネット見てたらさ、今、中国で得体の知れない性病が、蔓延してるんだってさね。そんな事も手伝って、お呪いの熱射消毒さね。布団取り込み後の熱冷ましが足りなかったんだわね。症状はエイズに酷似してるんだけど、血液検査をすると、陰性反応するからエイズじゃなくて『別種の性病』なんだってさ。

 男は、性交翌日から異変が出るらしいんだけど、女の方は顕著な症状が出ないんだってさ。口臭が酷く為るから、それがアテンション、プリーズだってよ。何て云ったって、朝鮮・韓国は、中国様とは陸続きだから気を付けましょや。あい。」

「そうかい、今や世界第二位の経済大国にして、何でも遣って退ける出鱈目大国、毒物大国、公害垂れ流し大国だぜな。そりぁ、性病大国にも為らぁな。
 まぁ俺は胃無しに為ってから、飲み屋のおネェチャン達とは没交渉だから、安全域だけどさ。Rは規格外の持ち主だから、婆っさの目を盗んで、女買いなんかしたら、お釣りを浴びちゃうぜや。確か、ロシアも中国と国境を接してたんじゃないのかね。イヒヒ。」

「心配、無用。石の上にも三年でさ。俺あ、大丈夫だいね。この暑さで、見事なまでのインポテンツ症状ですわね。ふやけマラじゃ、挿入も儘為らねえじ。楔が入らなきゃ、ピストン運動なんか、夢の股夢だわさ。
 本当かどうか知らんけどさ、コンドーム予防も効かんらしいよ。ネチネチ、ディープキスでも感染するらしいってさ。ネチネチ、ディープの達人が、『女殺しの裏の顔』ってぇのが、世の通り相場らしいぜな。まぁ、知り得た情報を共有するのが友情の一つだぜね。あい~。」

「ナロめ、知らん人が聞いたら、錯覚覚えしちまうぜや。好くもまぁ、そんな造語がポンポン出て来るもんだわ。あいあい、参考情報として置くぜね。
 性行為に興味の無い男は、片輪見たいなもんだしなぁ~。フリーセックス、フリー風俗のご時世だから、性病は蔓延するんだろうな。俺達の世代には、犯人は当然に亭主だったんだけど、ご時世が変わって、子供の前でオヤジとカカアが、犯人の当てこすりを遣って居たんじゃ、家庭崩壊の図だわな。如何するだいなぁ~。

 そうかい、そうかい、アンダースタンドよ。流石、世界に冠たる大国だ。性懲りも無く、中国様も遣って呉れる物だぜや。性病が蔓延する前に、性交期を通過して、好かったってもんだいなぁ。あい~。」

「アハハ、何しろ戦後民主主義の一大思想が、平和憲法前文らしいからさ。<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我等の安全と生存を保持しようと決意した。>とあるんだけどさね・・・ 拡大解釈をすると、平和の中には家庭の性に関する平和も含まれるんじゃないのかね。
『ボーダレス世紀、平和と快楽を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我等は人類の快楽と安全・生存を保持しようと決意した。』なんて、修正も必要じゃないのかね。ギャハハ。

 性病犯人特定で、家庭争議・家庭崩壊へ一直線なんて事に為ったら、如何するんだろうね。それが隣国の諸国民からの伝染ルートと来た日にぁ、『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我等の安全と生存を保持しようと決意した。』・・・何て胸張って力んで見ても、性病移されたら如何し様も無かんべや。争議に於いちゃ、人間性が赤裸々に展開されて、問題解決能力乏しき男女関係じぁ、終いにぁ葬儀にまで発展しちゃうわね。あい!!

 先日の菅無理さんじゃないけど、脱原発会見の安易さの中には、憲法前文の<平和・・・決意した。>の、蓋を開ければ具体策ゼロのエエカッコしいの『短絡的教条主義』が根付いている様にしか・・・思えて為らんのだよ。
閣僚陣からの猛反発に、個人的見解と抜かす『軽さ』なんざぁ、菅無理氏から成り下がって、<菅オッサン、菅小僧が何をこきゃがる。そんなに呟きは、トイレでやっとくれ。>ってな物だろうさ。これ程、指導者としての資質ゼロを露呈して恥無い男は、珍しい生き物なんだろうね。

 義務教育の日教組教育がどうのこうのと云う識者、政治家が多いんだけどさ。子供が親の思い通りに育たないのと同様に、教師・主義者の思い通りに生徒が教育出来ないのは、この世の常でしょうが。
 主体的に生きると云う事は、疑問に思ったその時点で、自分で調べて、自問自答して内為る自分の心に問い掛けて行けば、其処には自ずと自分らしさの主体的思考が芽を出すのにね。

 世の中、○×のテストには強い連中が毎年、校門から排出されて来るんだけどさ。話して居て、魅力のある人間は少なく為って来た物だわさ。校門から出て来るだけなら、余程肛門の方が、効率が好いだろうにさ。ギャハハ。」

「嗚呼、勿体無いなぁ~。これで上半身と下半身の統一的人格が備わって居たら、Rは間違い無く名を残す男なんだろうけど、臍下三寸が、余りにもお下劣過ぎる。『きっちゃ』がさ、早速、中古パソコン見繕ってくれてさ。逝かれた方も、液晶画面も5000円で直るって云うから、女房専属機にするんだけどさ。昨日のコンニャローメ!!のRの自画像見て、違反広告だって言ってたぞや。」

「合成写真、偽写真と違って、手書きの絵なんだから、不器用さの産物でトンズラすりゃ好いのさ。俺の素顔を知って居るのは、何人も居ねぇわね。そんな物、知った事ぁ無ぇわね。実物の方が、もっと動物的で迫力が在ると言っとけば好いさね。ニャハハの葉っぱさね。

 でもさぁ、描き上がって、この顔誰かに似てると思ってさ。ほら、稲葉法務大臣なんて、自民党の硬骨漢先生が居られたずら。紋付羽織袴姿の法務大臣の御顔が連動しちゃってさね。
 それで、先生の雰囲気を前面に出そうと、修正のお時間をしたんだわさ。俺達も若かったんだろうけどさ、あの当時の政治家の先生達は、大物に為ると、其々に味の濃い顔と雰囲気を持って居たもんだわね。このとぼくれた味なんかは、普通のオッサンには出て来んぜや。アハハ。」

「そりぁ~、そうだ。授業料には入らん長い社会修行が、必要だぜな。ヒヒヒ。」

 涼しいコーヒースタバの二階席ではあるが、そろそろのお時間である。茹だる様な外ベンチで煙草を吸って、ホームセンター、スーパーで買い物をして帰る。食欲乏しき賄い夫としては、大儀な賄い夫仕事である。


心何処ーショート ドタマに来て、一枚描くなり。(改)
            ドタマに来て、一枚描くなり。(7/16/11)
 へへへ、根が戯けであるから、下手絵も描くとマタマタ描いて仕舞う。この<コンニャローメ!!>は、煙草を咥えて居るからと云って、マタゾロ煙草値上げの混迷ご時世に、一喝を喰らわして居る訳では決して無い。煙草吸いを小馬鹿にすると、大火傷を致しまするぜや。へへへ。

 先日の菅無理総理の国民向け記者会見に、怒りを炸裂させている図なのである。産経新聞に依れば、菅直人氏との北朝鮮との密接振りは、思った通りに酷い物である。北朝鮮拉致犯シンガンス助命嘆願書サインは、幾ら言い逃れをしても、地下で確りと繋がって居たルートなのであろう。
 学生運動時代からの極左資金ルートは、その後も健在で肥大して、今や<握りキンタマ(殺生与奪)>の両刃の刃なのであろう。地方外国人参政権も、裏資金享受の反対給付なのであろうし、当然、身辺には本国に報告したり、本国指令を伝えたりして、監視役のスパイが配されているのは、杉下右京さんで無くとも、妄想出来るベクトルであろう。

 中国・韓国・北朝鮮への弱腰外交は、その証でもあろう。6250万円に上る菅氏からの政治献金、一億二千万円に上る得体の知れぬ反日政治団体への政治献金との事である。その額たるや、前原氏の比では無い。

 一体全体、この菅と云う人物は、如何なる精神構造の持ち主なのであろうか。此処まで、その実態が炙り出されて来ているのに、恥の概念の欠片すら窺えない破廉恥漢なのであろう。

 そんな菅無理氏が、何を偉そうに長々と原発に対する国民へのメッセージなのか。原発からの将来的転換などは、誰でもが異存の無い処である。何も突拍子に、一国の総理大臣が、テレビを通じて国民に語り掛ける意味が在るのだろうか。そんな暇があったら、確り総理の仕事をして、結果を出すのが政治家、総理の仕事であろうが。一体全体、この人物の政治感覚・思考回路は、逝かれに逝かれて居る断じるより他ない。

 腹案在りと豪語した宇宙人総理は、言葉に溺れ死にした。形振り構わず思い付き発言・パフォーマンスをして、一切を省る事さえの出来ない無神経振りは、文句無しに宇宙人総理以下である。そんな宇宙人以下の衰国、亡国総理を悠長に戴いて居るほど、吾が祖国・日本には余力は残されて居ないのである。

 放射能汚染に有効な手立ても打てずに、責任転嫁と言い逃れ三昧を仕出かしているにも拘らず、自分を救国の戦士の如く振舞う神経その物が、炉心溶融の危険物である事が、この御仁には一切分からないのである。日本人失格の誹りを受けても、名誉棄損には当たるまい。

 放射線は、内部を透視する作用がある。完全に、亡国・革命思想に依る日本解体の魂胆が投射されているのに、他人の粗は見えても、一切自分の粗は見えて来ない。菅氏自身にとっては、絶対に自己ジレンマに陥らない得な御性格である。民主党・菅無理政権信仰者には、真に都合の好い総理大臣のパフォーマンスに見えるのだろうが、それ以外の常識人には、顔を見るのも嫌悪感が増すだけの好い加減男像にしか見えないのである。
 
 これは、もう『完全な病質者・変質者の症状』である。極左主義者の確信犯なんて表現は、全く手緩い。如何足掻き通した処で、民主党政権に明日は無いのである。原発事故現場では、水素爆発を封じ込める為に『チッソ注入』を躍起として行っているとの事ではあるが・・・

 解散総選挙に為れば、メルトダウン民主党は、空中分解の雨散霧消の国民的鉄槌が下るのは当然の近未来であろう。菅無理内閣がどんなに時間稼ぎをしようとも、『窒息死』に立ち至るのは、時間の問題なのである。言い訳一本槍の噛み合わぬ国会討論など、一体、何の価値があろうか。タマ無し連中が、何をほざき合っても、国費の無駄と云う物である。

 コンニャローメ!! コンニャクの方が、余程、食材には適して居るぜや。贖罪意識の無い連中は、速やかに選良の地位を去れ!! 政治・国会の場で、駄目な奴には、引導を渡す。引導を渡して、開き直る不心得者は、力で引き摺り下ろすのが、政治の戦場で働く国会議員の責務である筈だ。政治の場にだって、戦闘状態が発生すれば、国会議員は戦闘員であって然るべきであろう。

 シベリアン・コントロールだか、ゴタリアン・コントロールかは知らんが、被災地・原発事故現場で統率の下、黙々と働く自衛隊員に命令を下すキンタマを持ち合せて居るのか、トクと考えて見たら如何なんじゃい!! 

 タマ無し宦官は、遠の昔に姿を消したんであるぞよ。タイムスリップの中国王朝じゃあるまいし、宦官如きが、一丁前の口を叩いたって、世の失笑を買うのが関の山だぜや。 

      何を今更、偉そうに。笑わせるじゃ無いの、コンニャローメ!!

 さて、本日の一枚でありまする。上記、縷々打ち入れた戯け画の制作意図が、紳士淑女の皆々様に届けば、戯け画の本望と云うべき処でありまする。イッヒッヒ。

                  コンニャローメ!!


                  コンニャロメ!!_001






心何処ーショート これも、和みの宅急便かな。
             これも、和みの宅配便かな。(7/15/11)
 本日は、ケァ・マネージャーさんの月に一度の訪問日である。幸い、母との相性が良いから、私は大助かりである。何だかんだと云っても、男族と女族とでは話の色合いが、違うと云う物である。男女には、同性同士の話の弾みと云う物が、厳として存在して居るのである。

 9:30との事であるから、見栄の掃除でもして置くしかあるまい。掃除ついでであるから、汗をたっぷり吸った布団も太陽に当てるとしようか。一寸、動いただけで汗が噴き出す始末である。やれやれ、本日も猛暑日は確定して居る。

「お早う御座います。」
「おやまぁ、早いお着きで、俺ぁ、未だ裸ん棒だわね。どうぞ、婆さんは起きてますから、婆さんの部屋へ。」
「じぁ、お婆ちゃんの顔見て来ますからね。」

 へへへ、30分前のお着きである。母の部屋からは、女同士の話声が聞こえて来る。気持ち好く話して居るのであるから、野暮な海坊主の出番も無かろう。掃除の続きさせて貰う。今度は、吾が定位置の四畳半の真似事掃き掃除である。それが終わって、廊下の母の椅子で、女同士の話を聞きながら一服タイムである。

 ハハハ、老母の饒舌振りも、中々の物である。これなら、立派に言葉のキャッチボールが為されて居て、会話成立の段である。お茶注ぎついでに、下手絵ファイルをお見せしながら、所定の用紙に判を押しましょうかね。

「木が一杯有るから、此処は涼しくて好いですね。クーラーなんて要らないでしょう。」
「お足が無いから、クーラーなんて文明の利器は、買えないんだわね。此処は、窓、戸を開けとけば、自然の風が通う家だから、扇風機で十分だからね。寝る時は、窓を開けて寝れば、信州は、自然のクーラーだしね。」

「お婆ちゃんは、幸せだわ。仕事柄、色んなお宅を訪問してますけど、此処は静かでゆったりしていて、好い雰囲気に満ち溢れてますよ。玄関開ければ、その家庭の雰囲気が直ぐ伝わって来ますからね。
 息子さんの絵は、色彩にインパクトがあって、独特の発信力がありますからね。絵の説明も楽しいし、話を聞いて居ても、勉強に為りますしね。
 きっと、頭の構造が違うんでしょうね。文章書いたり、絵を描いたり、小鳥、魚を飼ったりで、ゆったりした生活で羨ましいですよ。」

「へへへ、Hさん、一番のコア仕事を忘れちゃ駄目じゃんかい。俺ぁ、閉じ籠りの世捨て人、男賄い夫の日々だんね。女日照りも、幾星霜の侘びしさだんね。」

「またまた、普通の人は<星霜>なんて使いませんよ。年月とか月日って云うのに、此処に来ると、何か自分の懐かしい家に還って来た様に、ホッとするんですよ。何時間でも居て、会社には帰りたく無く為って来て仕舞いますからね。おほほ。」

「外は暑いし、事務所は何かと気苦労な物でしょうから、ゆっくりして行って下さいな。そうだ、写真が仏壇の中にあるから、結婚式、赤ちゃんの写真を見せて上げて。」

 おやおや、人見知りの強い老母の筈なのに、こりぁ又、凄い弾み方である。民生委員のFさんといい、ケア・マネジャーのHさんといい、好いご婦人方に感謝感謝の次第である。
 
 ちゃぶ台に、倅が老母にプレゼントした大量の写真が拡げられる。老母殿は、目を細めて一枚一枚、写真と結婚式の話をし始める。

「好い息子さんに、娘さん。綺麗な奥さん。Rさんは、幸せ者だわ。写真に好く家庭の雰囲気が出てますよ。別居中なんて感じは、何処にも無いですよ。」

「綺麗過ぎて、逃げられちゃたんですよ。アハハ。テレビを見てても、綺麗な人が居ると、顔の次は、後ろからヒップ映せとか、裸で遣れなんて、馬鹿な事しか言ってないんだよ。
 何処から、こんな馬鹿息子に方向転換したのやら、育て方は、真っ当にした積りなんだけどね。聞いている分には、面白いからね。我慢してね。」

「この糞婆ぁ、真実を公開して如何するんじゃい。真実を明かされて、俺ぁ恥ずかしくて、外を歩けんわな。Hさん、オフレコだよ。業務で知り得た個人情報には、<守秘義務の被せ>があるぜね。俺ぁ、熱中症でくたばる前に、女日照りでご昇天しちまうわね。リークする場合は、後添え候補連れて来ましょや。あい。」
 
「またまた、笑わせてくれますねぇ。親子でこんな事言い合えるなんて、本当に最高ですよ。何時も、こんなんですか?」

「そうそう、○子さんが来ても、息子がからかったりで、仲の好い夫婦だし、孫が来ても、面白い話ばかりしてますよ。私は、皆の話を聞いて笑わせて貰ってるんですよ。
 この子の家族は、温かくて仲が好いんですよ。早く、返して遣らないと行けないんだけど、胸で手を合わせて、甘えて居るんです。何も、恩返しが出来ない身体で・・・罪な親です。」

「お婆ちゃん、何言ってるんですか。<親の利息>だと思って、長生きするのが、一番の恩返しですよ。ねぇRさん?」

「やいやい、流石プロだ。正論云われちゃ、俺ぁ、何にも言えんわさ。女は、兎角、耳障りの好い事を、言うのに長けてますわね。論破して遣りたいのは、山々だけどさ。<口数と根に持つ陰質性>は、逆立ちしたって男には対抗出来んわね。ヤッパ、女日照りの安全牌が真っ当な男の生きる道だいね。イッヒッヒ!!」

「お婆ちゃん、R家は何時もこうなんですか。テレビの馬鹿芸能タレントのトーク番組よりも、断然面白いですよ。為に成ります。此処まで来たら、もう立派な話芸ですよ。
 世の中、広いですね。こんなご家庭も有るんですね。家も頑張らなくちゃ。人生、笑いが一番ですからね。Rさん、さぞかしモテたでしょう。」

「あいあい、お陰さんで器量好しは、婆さん譲りでさ。そんなに、悪くは無かった人生だんね。中年に差し掛かりゃ、悪い遊びを覚えて、日本を野っ越して、遣り(槍)の串刺しで<別天地行脚>もして来たわいね。
 でも、あれだよ~。人間と云うヤツは、<個人的な品行方正を堅持>しようとしても、個人の意志力には限りがあるからね。多勢に無勢、<朱に交われば赤く為る>の喩えだんね。仲間を選ぶのも、仲間に入るのも、『慎重吟味』が不可欠の選択だんね。人間、晩節を穢しちゃ、あの世に逝っても<地獄の更生>が待ち受けてるぜね。気を付けましょ。ギャハハ~。」

「あらあら、チャカリと責任転嫁してるじゃん。団塊の世代と云うだけあって、責任転嫁は、お手の物、大した物ですね。一歩間違うと、女の敵発言ですよ。ねぇ、お婆ちゃん!!」

「そんな可愛い顔して、おっかない事は言っちゃ駄目だいね。団塊世代でも、左翼、中道、右翼が在るだんね。あんな民主党左翼、『極左思想・売国奴の菅直人』と一緒にしなんどくれや。何て云ったって、俺ぁ広角度の中道保守層に位置してるだけだんね。頑強な肉体に健全な精神宿るの市井の人だんね。風体・言葉も、単なる外形にしか過ぎんわね。扇風機の風に当たって、心眼で見ておくれや。くれぐれも、誤解しなんどくれ。
 俺ぁ、女の持ち物は、無類の好物だけど、女族思考には、断固異議を唱える硬骨漢だわさ。イッヒッヒ。」

「また始まった。真に受けちゃ行けないよ。この子は、<女好き、下品が疵>の子でね。話だけ聞いて、笑って遣れば好いんだよ。根は、私に似て臍曲がりで、硬くて真面目な性格だからね。」

「やいやい、俺ぁ、立つ瀬が無いから、自室に戻るわね。Hさん、申し訳ないですけど、暫しのお付き合いを。感謝してますよ。」
「はいはい、楽しいから、もう少し、お邪魔して行きますからね。」

 へへへ、介護グッズの事で訪れた事務所である。偶々応対に出て呉れたのが、ケア・マネージャーのHさんである。話を聞いてくれている内に、担当に立候補して下さったのである。何度かの訪問で、老母の閉じ籠り気性が、ゆっくりゆっくり氷解して行く昨今である。つくづくと、人と人の繋がりは、心に灯を点してくれる一時のオアシスなのである。

        これまた、感謝感謝の<和みの宅配便>でもあろうか。


心何処ーショート 吾身は、高温調教中なり。
             吾が身は、高温調教中なり。(7/14/11)
 去年の猛暑、熱中症続出時には、人間の温度慣れには一週間超が必要との解説が有った処である。本日の松本地方の最高温度は35℃超との事である。まだまだ吾が身は、<高温調教中>と云う処である。

 庭には強い日差しの中を、並アゲハがユルユルと飛び始めている。庭に山椒の木が有った時は、黄色い臭い触角を持つ幼虫が、何匹も付いて居た物である。その山椒の木は、独り暮らしだった母に植え替えされて、台所の前に小さな形で生き続けている。玄関鳥の餌吹きの折りに、昔を思い出して山椒の小木を見てみる。そんな事をして居ると、並アゲハが遣って来た。

 何年も前のテレビでは、モンシロチョウが見る世界として、モノクロの風景を映し出して居た。モノクロの世界に、蝶の羽のリンプンが蝶の種族とオスメスを区別するパートカラーの世界らしいとの番組要旨であった。

 ハハハ・・・どんな記憶回路の導きか、そんな事が蘇って来たから、私は動かずにアゲハ蝶の様子を見て居た。私の目と鼻の先で、蝶はヒラヒラと山椒の小さな葉に止まったり飛んだりを繰り返して居る。

 彼是半世紀振りの好奇心と云った物である。生きている私からすると、ロートルの現在の私も、少年時代の私も<同列共存>して居るのであるから、少年時代の夏休み観察のシーンなどが、苦も無く蘇る処である。
 然しながら、好奇心、感性の衰えは、流石に半世紀を挟んで如何し様も無い。スキンヘッドに、カンカンと照り付ける太陽の攻めに幼虫一匹も見付けられずに、家の中へである。

 玄関鳥の一羽だけの孵化雛は、餌強請りの声を盛んに上げ始めている。カワラヒワ二羽は順調に育つと思いきや、突然に<癲癇症状>を引き起こし、敢え無く死んでしまった。
 
 若い頃、キジのヒヨコを三羽買って来て、育てて居た事がある。キンケイとギンケイのヒヨコとの事であった。庭に鳥箱を作ってヒヨコの餌に青菜を刻んで、早く大きく為れと観察して居た次第である。
 それが或る日、突然に癲癇症状を呈して、バタバタと引っ繰り返ってもがいて居たのである。餌だと直感して、庭の落ち葉を穿って、ドバミミズを与えた処、一羽だけが助かって、立派な尾長キジに成長した。

 そんな衝撃的体験をして、飼い鳥と野鳥の違いを、まざまざと思い知らされた。『食』は云って見れば、生命の源である。人工飼育が定着するまでには、素人には分からない幾多の失敗の連続が織り込まれているのであろうし、餌が一度親の体内を潜って、雛に口移しで給仕されて行く過程で、親から腸内で分解摂取されるに<必要な多種多様な微生物>も、大量に親から子へと提供されているのである。

 斯様に食と云うのは、物理的な餌と共に有機の消化微生物群との調和で成り立っているのであるから、巣が落ちた野鳥が成鳥に為るのは、素人にとっては運を天に任せる様な物なのかも知れない。然りとて、目前に落ち子が居れば、拾って育てて見たいと思うのが、これまた、人情と云う物である。

 手を掛けても、素通りしても、巣から落ちた雛の前途は、限り無く暗い物なのである。

 玄関鳥の為に、ハコベを探して鳥籠の上に置いて遣る。庭の楓の木には、この数日、キジバトの出入りが頻繁である。それも番いの二羽の出入りである。先日の夜中の飛び出しで何日か遺棄されて終った楓の木の巣ではあったが、再び繁殖の場と決めたのだろうか。頻繁為る巣への出入りは、巣材を運ぶ番いの行動かも知れぬ。

 さてさて、本日もウナギ上りの気温上昇ではあるが、冷蔵庫の補充に個人スーパーで、食糧調達をして来なければ為るまい。気も腰も重いばかりである。ミッドナイト散歩ならば、身体は動くのではあるが・・・


心何処・・・ギャハハ!!
                    熱暑対策
                  
                  熱暑対策_001


 こう暑いと、太陽様は天敵ですね。昨日に引き続き、昨昨日ブログの挿絵でありまする。地方三面記事トピックスの挿絵からの転載でありまする。危険は、何処に潜んで待ち構えて居るかも知れません。前後左右、上下にご注意遊ばされませ。

心何処ーショート へへ、本日・水曜日為り。
              へへ、本日・水曜日為り。(7/13/11)
 眩しい光の中で、蝶が飛んで居る。これでオニユリが咲いて、カラスアゲハが蜜を吸いに遣って来て、アブラゼミが一斉に鳴き始めれば、盛夏の倦怠感そのままの風景である。

 昼のキリギリスに、夜の蚊取り線香と為れば、長い夏の訪れと云う物である。

 未だキリギリスは鳴いては居まいが、四畳半の同居人としては、バケツを持って、川から水を汲んで来なければ為らない。その前に、回覧板をお隣さんへ持って行かねば為せない。庭を渡って、境塀に設けられた郵便ポストが回覧受けである。歳老いた母の歩く手間を気遣って、お隣さんが設けて呉れたとの事である。

 廊下から庭サンダルを履いて、ポストに入れるだけの事なのであるが、カッと照り付ける日差しの強烈さに、水槽の補給水運びは、敢え無く撃沈の沙汰である。後回し後回しの段で、玄関鳥の世話とする。小鳥達も、この暑さで水浴びが最大の体温調整なのであろう。兎に角、水の減りと汚し方が半端では無い。一日二回の水替えを仰せつかって居る次第である。

 ニャロメ、こんな色男を放って置く世の女族の<男を愉しむ感性>の欠落には、恐れ入谷の鬼子母神の態である。

 老母様へのご機嫌伺いのテレビ突っ込みも済んだ事でもあるし、補給水でも汲んで来ましょうかね。流れまでの川原は、夏草生い茂る厄介場所と為って居る。<蛇よ、出るなよ出るなよ>の念仏である。並々と流水を汲めば、冷たく綺麗な水である。手が痺れる重みと太陽の直射ではあるが、魚族には欠かせない生命の水である。

   ほれほれ、たっぷりと自然水を味合えよ。そして、俺様に感謝しろよ。
   アホンダラ、バシャリの水返しが、感謝の意かいな。嗚呼、阿保臭。

 次は、玄関周りを掃いて、内水を施すべしである。そんな事をして、廊下を掃いて居るとヤクルトママさんのご登場である。ママさんは、色白痩躯の長身さんである。その体形が女房の雰囲気と似て居るので、ついつい女房の子育て時代に映し合わせて相想を掛けて仕舞うのだろう。

 子育て中のパートタイマーの奥さん達は、意に染まぬ仕事でも一生懸命に働いて居るのである。

 そんな彼女達への在り来たりの事務的応対では、人情が通わぬと云う物であろう。週に一度のコール日ではあるが、セクハラトークに形を変えた<気分のオアシス処>も必要なのが、人間の精神衛生の配慮でもある。←口実も、此処まで来ると処方箋無しである。

「ちょっと、読みが狂ちゃったねぇ。俺ぁ、裸だよ。」
「好いですよ。気にしてませんから。熱中症で倒れないで下さいよ。」

 昨日描いた<海坊主の昼寝図>が、好い雰囲気を出して居たので、ブログ投稿の本分を印刷してプレゼントしようと企んで居たのだが、へへへ、手順が狂って終った。

「ほら、斯く斯く云々でさ。如何だいね。スカンポオヤジの日常が、上手く伝わって居るずらい。」

「えっ、Rさんは、裸で此処に寝てるんですか。」

「あいあい、昼下がりの最高気温帯は、此処が一番の風の通り道だわね。それでさ、ヤクルトママさんの御訪問をさ。『フリチン・スタイル』で待ち受けて遣らっかなんて、考えてたんだわね。
 ついでに隠しカメラでも仕込んどいたら、インターネットの世界だわね。世界中から、ヤンヤヤンヤの大喝采を受ける事ぁ間違い無しだわね。ギャハハ!!」

「キャア~、そんな物見せ付けられたら、熱中症通り越して、卒倒死しちゃいますよ~。駄目ですよ、そんなオイタをしたら、メンピンのお仕置きですよ。アハハ。
 でも、こう暑いと、汗だくで不快指数がウナギ上りですからね。男は好いなぁ~。女はね、何かとお体裁を考え無いといけないですからね。」

「そうずら~、男女同権のご時世なんだから、ヤクルトママさんのユニホームも、ビキニスタイルを導入すらぁ好いのにね。」

「それは、人に依りけりですよ。貧乳は絶対反対で~す。断固、拒否します。」

「何を仰いますやら、俺ぁ、好色戯けオヤジだけどさ。女の良し悪しは、オッパイの大小じゃ決まらん位は、知ってるんね。中身が一番だわね。人柄が一番だわね。
 女の特権面して、男を好色動物とばかりに思い込んでると、大きな死っぺ返しを受けるってもんさね。ママさんは、魅力が有りますわね。ギャハハ。」

「ウワァ~、流石にRさんだ。<通>の目線ですね。嬉しいな~。もっともっと、褒めて下さいよ。女は褒められるのが、一番の栄養剤・美容剤って云いますからね。オホホ。」

「これ以上、褒めるには一枚脱いで貰わなきゃ、<真実の褒め言葉>は出んわね。あい、脱いで見る~。俺ぁ、口は至って重いんね。遠慮は要らねぇよ。」

「駄目です。訳の分からない屁理屈付けて、何言ってるんですか。これは、『就業規則』で決められたヤクルト・レディのユニホームで~す。」

「そんな、就業規則なんて、おっかねぇ物出さなくても好いズラよ。そりぁそうだ。
<猛暑日、客の口車に乗って、脱いで職失うヤクルトレディ。>じぁ、駄洒落にも為らんからね。
 はい、アリガトさんね。水分採って、脱水症に為らん様に、遣っておくれやね。」

「は~い。Rさんも、暑いからと云って、変な物出して、寝冷えしない様にして下さいよ。バイバ~イ。又、来週お願いしま~す。」

 四捨五入をすれば、ヤクルトママさんとの年齢差は、親娘の域である。ご時世と云って終えば、それで終わりではあるが、男女の境が少なく為って来て、こんな他愛も無い会話が出来るのであるから、私は好い時代に生を受けたと云う物である。

 正に、世が世であったら、私なんぞは自己に内在しているこんな戯けトークを、世間様に一切お披露目する機会も無く、寂しく土に還ると云った一生であった事だろう。人間と生まれてきた以上、開け拡げで日常を暮らせる時期を持ちたい物である。

 下衆貧民ロートルの女日照りの日々も、これまた、愉しからずや・・・でありまする。


心何処ーショート 海坊主の昼寝画
               海坊主の昼寝図なり。(7/12/11)
 今日も暑いですわ。ラジオでは、国会中継である。さてさて、本日はむさ苦しい文章打ちは止めにして、六畳が涼しそうであるからお絵描きタイムをして、日中を遣りか過ごすしかあるまい。

 海坊主の廊下昼寝の絵とするか、昼寝のスカンポ脳で『女日照りの八つ当たり』バケツ放水の想像図にするか、迷ったが、そんな手の込んだ絵は描けないのである。
 然すれば、極力スケッチを試みるしか手立ては無い。美大出の和製チャールズ・ブロンソンさんには、重々、風景画などの絵は、禁物と助言を頂戴したして居る処であるが・・・ 下手絵の対象が対象であるから、スケッチ画で行くしかないのである。

 一応、スケッチ画であるから、<コンニチワ~、ヤクルトで~す。>の玄関を開けたヤクルトママさんの視点で描くのが好かろう。へへへ、ヤクルトママさんが、玄関で膝を折った角度での構図にしよう。玄関を開けて、ビックリのセクハラトークの館に、こんな風に海坊主が長々と寝て居るとしたら、如何なるトークの展開が為されて行くのだろうか???

 ギャア~の一声と共に、コール日の即変更と為るか、だらし無く口をアングリと明けて、トド寝をしているロートルの股間に、軽く猫パンチの波状攻撃を喰らって、ウギァ~とばかりに股間を押さえて、跳び上がるか。

  全ては、想定外に満ち溢れた世界が、現世と云う物であろう。イッヒッヒ!!

 然すれば、本日の戯けの一枚としては、短パンの纏いは不要と為ろうか・・・ 色付け前であるから、鉛筆線は、消しゴムで魔法の様に消す事は出来る。然しながら、描き手の品位は、取り返しの着かない後悔の金字塔としてマイギャラリーに残されて終うのである。
 此処は、インパクトよりも、<名を惜しむかな男故>の牧水さんのお諭しに従うのが、人の道なのである。←皆の衆、『常識に勝る品性無し』でありまするぞえ。

 お絵描きタイムとは、そんな諸々の想像・妄想を描き込んで行く愉しみがある。如何やら線画が出来て、これからがお絵描きタイムで一番楽しい色付けタイムなのである。少ない色を彼是と工夫して、全体バランスの中で埋めて行く作業は、授業中の悪戯気分が昂じて来て、ニャハハ、ウハウハの<童心還り>と云った気分である。

 云って見れば、私がモデルであるから、これは大変な若さとハンサム振りに為って仕舞った物である。虚偽絵画の範疇に入るには違い無いが、写真と違って、絵とは現実から懸け離れた処に味が出て来ると云う物でもある。

 私にだって、時空を遡れば、好い時は在ったのであるから、強ち虚偽絵画の誹りは受けぬであろう。ギャハハ。 


                 海坊主の昼寝画

                 海坊主の昼寝

心何処ーショート 珍記事出現?? 
                   珍記事出現?(7/11/11)
「婆さん、行水程度の温度にしてあるから、体力があったら、風呂入りましょや。俺は、米を買って来るわいね。」

 クラクラする白昼である。青空には、真夏の代名詞・入道雲がムクムクと湧き上がって居る。やれやれの段である。自転車を漕ぎながら、子供の頃は夏を如何遊び回って居たのだろうか等と思い出そうとするが、目前の暑さに嗚呼、嫌だ嫌だの恨めしさで終わって仕舞った。

 道には、採る人も不在の熟した梅の実が落ちて居る。おやおや、蝉の声ではないか。

 米屋さんに着くと、何台か車が止まっている。ロートル寄り合い所を覗くと、大きな話声である。遺憾いかん、苦手のオヤジが居るでは無いか。こりぁ、相手が悪い。

 俺ぁ至って、小心者の若輩者だぜ。毒気に当たったら、再起不能だわさ。パスパス!!

 私は相手の顔の見えぬのを幸いに、ご時世、政治に悪態三昧のブログ遠吠えを仕出かして居るから、苦手な御仁相手に世相・政治談議の聴講を買って出る必要も無い処である。

 イッヒッヒ、お仲間に加わらずに、米だけを買って帰る。野菜の調達に、個人スーパーに寄る。
 
 大通りには、バス停に向かう女子高生の一団が歩いて居る。制服姿も汗に濡れて、汗に濡れた髪が、真に鬱陶しいばかりの一団である。男族は暑いと思えば、短髪、裸ん棒大将も思いのままである。それと比べれば、幾らバストに自信が有っても、裸に為れ無いのが女族と云う物である。可哀想な種族である。へへへ、暑中、お見舞い申し上げるしかあるまい。

 暑い時は、酢の物、夏野菜の煮物を冷やして食べるのが、丁度好い。晩飯のオカズを仕込みながら、昼は軽くパン食とする。

 さてさて、昨日覚えた日中の涼み場所である。玄関周りにたっぷりと水打ちをして、玄関大開放の上がり廊下に枕を持って来て、メタボ海坊主の陸寝である。

 ラジオを聞きながら、廊下寝をして居るとゴロゴロと雷鳴がして来て、涼しい風がワンサカと入って来る。遺憾いかん、吾が身は裸ん棒大将である。腹冷えなどして仕舞ったら、大人気も無い。太い腕を腹に乗せて、もう暫くの昼寝タイムである。

 昼寝タイムを打ち上げれば、降りそうで降らないお天気さんである。私立高校の下校時間である。この時間、決まって手を繋いで緩いテンポで通るカップルが居る。
 私の定位置は窓辺の雑木の枝葉の茂りであるから、外からは部屋の中が一切見えないのであるが、私の方からは、丸見えなのである。本の一、二秒の丸見え観察なのではあるが、これが実に面白いのである。

<恋は盲目、恋は浮かされ熱>の体現者カップルの段なのである。今年からの観察なのであるから、きっと二人は、高校一年生なのであろう。

 馬鹿モ~ン。お前達、学校に何しに行ってるんじゃい。俺様は、女日照りの落ち目の三度笠なんじゃい!! 当てつけがましいやね。これでも喰らえ~、ドバ~ン、ニャロメ~~。ザマァ~、見遣がれ、此処は、天下の公道じゃい!!

 木に登って、雑木の茂みに隠れて通り掛かったら、上からバケツの水をぶっ掛けたくも為る、小柄で緩~い緩~いカップルなのである。この糞暑いのに、一体何処までお手手繋いで帰るんでしょうかね。お手手が汗でふやけちゃいまするわね。イッヒッヒ!!

              地方紙、三面トピック。
  例年より、10日も早く始まった猛暑日。暑さが還暦男の脳天を沸騰させたか?? 
徒歩で通う仲良し高校生の男女に、木上からやおらバケツの放水事件。被害者高校生の携帯110番通報で、パトロール中の警察官が逮捕に向かい無職の62歳の男を自宅で逮捕。近所の聞き込みに依ると、94歳の老母の介護を独りでしている真面目な男との事である。

 男の動機を聞くと、本日松本地方も引き続く34℃超えの猛暑日故に、熱中症予防の為に、要注意者に散水を思い立ったとの事である。男の見立てに依ると、被害者高校生カップルは、外気温と内気温が、熱中症の高レベルに達して居たので、緊急冷却の必要ありと判断しての緊急避難行為の処置をしたのだと言い張って居るとのリーク情報である。尚、警察関係者に依ると、幸い怪我も無く加害者被害者共に、話し合い解決の道に合意しているとの事であるから、猛暑行為として、事件は微細処分の意向との事である。

 如何なんでしょうかね・・・女日照りの熱中症と高校生カップルの熱中症が、正面衝突して仕舞うと、こんな椿事が勃発するかも知れませんね。一体全体、私は、何を打って居るんでしょうかね。夜の帳が下りて、ゴロゴロ、ピカピカでありまする。ドバ~ンと一時、夕立でも降ってくれたら、後が涼しいんですがね。へへへ。


心何処ーショート 嗚呼、眠い。 
                  嗚呼、眠い。(7/10/11)
 眠れない時は、有る物だ。5時前であるが、起きる事にした。勿論、寝不足で心身ともに重い泥の淵に在る。夜中に、楓の木の鳩が何かに驚いて、凄い勢いで飛び立った音がして居た。それ以来の眠れぬ夜であった。小鳥に味を絞めた大猫の仕業かも知れない。困った奴が、跋扈して居る物である。

 薄暗い廊下から、楓の中の巣を覗くが鳩の姿は無い。夜明け前の外の空気を吸いに河川敷に行く。早くも、犬を連れた小柄な老人が、河川敷を歩いて居る。未だ涼しいから、散歩には頃合いではあるが、心身はフラフラして居る。
 昨夜は一時、激しい雨に見舞われて居たから、草木は青々として居る。早朝散歩のオバさん達が、お話散歩の態で土手道を上って来た。

 眠く為れば、直ぐ様布団の中には居れば良い。大猫被害者のカワラヒワの二羽は、緩い練り餌をスポイトで口に流し込んで居るのであるが、今の処、元気にしている。玄関鳥の丸裸グロテスクは、如何為る事やら・・・ 朝の水替え、餌の補充をして、一応ハコベを一掴み籠の上に置いて遣る。

 眠い限りではあるが、起きればそれなりに腹が減る物である。然りとて、早朝から台所でバタバタするのは、気が退ける。昨日のポットの白湯をコップに注いで飲む。
 
 ラジオを聞きながら、カーテン越しに朝日の眩しさと、太陽の熱を恨めしく感じている次第である。ラジオのニュースでは、海外出張中の海江田大臣の言として、ストレステストを踏まえて、原発の再始動は飽く迄も『各県知事のお決めに為る』との事である。

 政府=菅無理総理がスタンドプレイ、パフォーマンスの大騒ぎをして、結局は責任を取らないと云う民主党政権は、パフォーマンス頼みと口先の言い逃れ政権と云うのが、その体質・実態なのであろう。耳当たりの好い事ばかりを市民レベルの分かり易い多弁を弄して居るだけで、責任回避型の政治とは一体何なんだろうかと怒りを感じて仕舞う次第である。

 次いで、菅総理にも触れて居た。これまた、とんでもない傍観者の言に等しい。尖閣諸島の中国偽漁船に依る海保巡視船への体当たり攻撃に対する二転三転の柳腰外交と豪語して、権力に依る強引さで責任を一地方検察に丸投げして、知らん振りの厚顔無恥内閣であった。

 その時は、影の総理・赤い総理と揶揄された法廷弁護士の仙谷官房長官の後ろにへばり付き、仙谷→枝野に替われば、原発事故発生時にはひたすら枝野任せの記者会見の裏で、引き籠りを仕出かす。原発事故が枝野→海江田に替わって、国会で不手際を追及されれば、海江田を盾の様に酷使する。

 丸でアジ演説にだけ長けているばかりで、鬼の機動隊との対決の主戦場では、逃げる算段ばかり知恵を絞る見苦しき第三列、第四列の処世術一本槍のタマ無し男の姿から一切脱して居ない男でしかあるまい。こんなエエカッコシィの逃げ男をのさばり続けて居ると、精神の荒廃は留まる処を知らずで、日本国は海底深くに没して仕舞う。

 不信任決議以前の精神鑑定こそが、必要不可欠の病状なのでは無いだろうか。何だかんだと云っても、菅・海江田のコンビは、自己中心型一蓮托生の名コンビなのだろうか。総理並びに閣僚達への、与野党の垣根を越えた精神鑑定団への特別委員会を設置して、その報告書を真摯に受け止める必要があるのでは無いだろうか。私の大いなる疑問は、専門家集団の委員会報告書の開示を求めたい処である。

 誰が言い出したか、全然知らない処ではあるが、選挙で政治家が選ばれて、政治が行われる。政治家はその国の民度を写す鏡であるから、選挙民が政治の結果を甘受するのは仕方の無い事との表現がある。

 まぁ、図式的には、そうに違いあるまい。然しながら、日本の総理大臣投票は間接制であるから、多数を得た与党の議員先生達が、総理の選任責任を直接担うのが筋であろう。自分達の選んだ総理が手の付けられない暗愚、放蕩息子だとしたら、親の責任として、引導を渡すのが選任者としての義務であろう。

 その無責任さのツケを選挙民に押し付けて、政治レベル=民度と中間省略をして仕舞う思考方は、間違っていると考える次第である。←朦朧とする身体で朝日の眩しさの中で打っている思考内容であるから、間違って居るんでしょうかね。

 さてさて、空腹・寝不足の肺には、安物煙草のニコチンは、胸が気持ち悪くなる吸い物である。これ以上、下らない事を打ち続けて居ても、自分のスカンポ脳の程度が世間様に晒されて終うばかりである。瞼も重く為って来た処でもあるし、隣部屋に移行して睡眠不足を解消して来ましょうかね。

 臍下三寸の海綿体の構造とても、海綿体を満たす血液の充満が無ければ、高温多湿の熱帯気候の下では、汗にふやけるダラリの一本でしか無い。←若い頃の戯け三昧時には、『疲れマラの仁王立ち』なんて形容も有ったんですがね。

              とほほ。本日も暑くなるとの事でありまする。

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