旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート はい、結婚式終わりました。
           はい、結婚式終わりました。(10/31/10)
 へへへ、私の枕元の目覚ましも鳴らぬ内に、母は起きて活動を開始して居る。祖母と孫の交わした約束は、硬いの段なのであろう。早々と、湯を沸かし仏壇に供えている様子である。朝飯の用意に部屋を覗くと、マッチが擦れずに燈明が出来ないと言う。

 仏壇に燈明を灯して、線香を焚き、チィーンである。軽い朝食を取って、洗面所で髭を当たる。7:30に娘が迎えに来るとの事である。車椅子を拭いて居ると、娘である。

 母の部屋のコタツでお茶を飲みながら、昨日の宿題の絵を渡す。
「あれ、サインが無いじゃん。」
「お前のサインしてけば好いよ。」
「じゃ、貰ったよ。」

「どうせ、酔うからとカンニングペーパーを作っといた。読むか?」
「オヤジ、それはズルイよ。お兄ちゃんは、オヤジの言った事、真に受けて、何回も、ペーパー読んで、必至だって言うのに、こりぁ、困ったタヌキオヤジだわ。」
「だからさ、暗記練習って事は、自分で書いた元が有るんだろ。どうせ、俺の方が早いんだから、オヤジに倣って、イザと為れば、読みぁ好いんだわさ。<記録に勝る記憶無し>ってな物だわさ。ギャハハ~。ほれ、読んで見るか。」
「好いわ好いわ。ここで読んだら、感動が薄く成るから、本番で聞くぜ、好いわね。」

 披露宴会場で、着付けをした後に、結婚式場の四柱神社での挙式である。如何やら、私が一番遅い着替えであるらしい。長襦袢姿の倅が出て来た。女房は、着付けの最中らしい。倅に、本日のカンニングペーパーの一件を白状する。

「本当はさ。軽く一発仕上げで書いて見たんだ。暗記しようとしたが、お前に手紙としてプレゼントしよう考えたんだ。お前への手紙は、これで二度目だ。覚えて居るか。」
「うん、オヤジに貰った手紙、今でも持って居るよ。大事にしているからさ。そうか、読んで好いかな。」
「ああ、好いさ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「オヤジらしいね。終わったら、貰っておくよ。サンキュー。」

 女性群が終わって、先方のオヤジと私の番である。先方は、連れ添いに世話をして貰っている。私も、シャツを着て、ズボンを履こうとするが、ヤケに小さい。へへへ、私と先方の衣装が、アベコベであったのである。

 着替えを済ませて、控室で女房に茶を入れて貰いながら、自分達の結婚式の事などを話したが、お恥ずかしい限りの縞シマ模様の記憶でしか無い。真に以って加齢街道まっしぐらの忘却行脚である。

 時間が来て、神社にタクシーで行く。女房の弟夫婦が先に来ていて、談笑しながら、時間の来るのを待つ。

 神社さんでの挙式は、厳かで好い物である。雅楽に祝詞、巫女さんの舞いである。きっと、巫女さんの舞いの一つ一つには、意味が込められているに違い無かろうが、『舞い文字』の解明までは、時間が少な過ぎた。お天道様の象徴・天照大神に、巫女が人間界の願いを表明して居るのであるから、舞いの一つ一つの動作には、それへの舞い文字が認められている筈であろう。朝方止んだ雨が、静かに小さく降り始めて来た。小糠雨である。

 披露宴会場に場所を移して、親族の記念撮影である。母を迎えに行った娘は、中々に遣って来ない。母と娘抜きの記念撮影と為る。時間を焦って、事故に為らなければ良いがと思う。雨の中、何度か通りに出て見るが、思うに任せない。女房に電話をさせて、『遅刻は気にするな。安全第一を』と、精神安定剤コールを頼んだが、ドライブモードとの事である。吾がファミリーは、<苛々する愚は、愚の骨頂>と意思統一が出来て居るから、こんな時は有難い物である。

 娘の顔を見て、一安心である。娘曰く。
「やっぱり、お婆ちゃんは、全部自分で着て、待っていたよ。凄いお婆ちゃんだわね。」
「やっぱり、そうか。大正女は、性根が違うからな。もう、この一か月、ぴたりと焦点を○の結婚式に当てて、気合が入っていたからな。そうかそうか、ご苦労さん。」

「お婆ちゃん、待ってたよ。写真撮ろうか。」
「○君、立派だよ。好く似合ってる。お前のお父さんも、父さんの紋付羽織袴で、結婚式挙げたんだよ。日本人には、紋付羽織袴が、しっくり来るからね。おめでとう。」

 蔵屋敷を改造した懐石レストランである。披露宴会場は、こじんまりとはしているが、和風の落ち着きと重厚さである。倅の祖母への配慮で、直ぐ外へ行かれる様に、一番端の席に母が据わり、隣に娘が、正面には女房が座る。大した気の使い様である。
 和やかな落ち着いた雰囲気の中に、披露宴は、笑い声が、其処彼処に湧いて、和気あいあいの談笑ムードで進む。
 私の隣席は、義弟である。彼は、ギターを弾くと言う。曲を作るのだが、詞が書けないとの事である。為らば、私のブログに詩もどきが、幾つか有るから、使ってよと言う事になった。

 さてさて、私も大分酔いが回って来た。酔い潰れない内に、防御の為にお酌に回って来るべしである。お酌をして回って居ると、高校の3年上の先輩が、嫁さんの親族に居られた。貫録の有る紳士には違いないが、『番から高OB』と正体が、バレたが最後である。次から次と、出て仕舞う番から実態なのである。

 宴も最終盤に掛り、嫁の花束贈呈である。さてさて、場所を移行して両親の整列である。

              新郎の父であります。
 佳き日、パーティでの皆様の温かいお言葉を、頂戴致しまして、厚く御礼致します。
 
 こうして、倅・新婦の晴れ姿を見て居りますと、自分達の35年前の姿が浮かびます。本当に、人生の流れの速きを、感じている次第であります。
 夫婦とは、夫婦合作の道であります。乗り物は、夫婦其々に違っても、底流に流れる物は、只一つ。女房あっての亭主、亭主あっての女房であります。詰まりは、男女の絆であります。

 これから始まる夫婦の道。当然に、山あり川あり、谷あり。そして、翼を休める湖も顔を見せる事でありましょう。長い夫婦の道程が、決して一様で無い事は、皆様、ご経験の処と思います。子供が生まれ、子供が成長する。そんな日々、年月の中で、親も子供も、亭主・女房も成長して行くのだと思います。此処にも絆が有ります。 

 何分、若い二人であります。至らぬ処は、数知れず・・・でありましょう。
そんな時、夫婦・子供の家族の絆を確り取り合って、人間成長の絆を、職場・地域・何かとギクシャクしている母国日本にも拡げて、真面目に努力して行って欲しい物であります。

 本日、祝って頂いた方々に感謝すると同時に、彼等若輩者への今後ともの、ご指導の段、宜しくお願い申し上げます。本日は、有難うございました。

 私は、タヌキオヤジである。老眼鏡を掛けて、胸ポケットからカンニングペーパーを取り出して、皆様の顔を見ながらのゆっくり朗読である。
 宴たけなわであるから、そうだ。流石巧い事を言う。好いよ。などと、御隠居さんに、大きな声で励まされて仕舞った。難聴前であるから、ついつい、笑顔で応えて仕舞う。いやはや、とんだロートル・クマ男である。『神妙顔』で行こうとしたが、駄目であった。

 倅の番に為って、カンニングペーパーを出すと思いきや、色々、考えましたが、私との打ち合わせでは、出た処勝負と言ったオヤジが、あっさり『裏切り』ました。私は『出た処勝負で行きます』との前口上である。へへへ・・・である。

 私の横では泣かないと思っていた女房が、泣いている。94の母は、小さな体で、何度も何度も、涙を拭いて居る。

     倅よ、嫁さんよ。好い結婚式であったぞよ。アリガトさんよ。

 娘の車で送って貰う。職業は看護婦であるから、私の手は要らないとの事である。私は、バックから車椅子を下ろす。今夜中に、東京に帰ると言う娘である。倅も娘も、好ましい日本人と為って居る様である。
 子育ての成果と云う物は、斯様にして長いアイドリングの期間を経て、何十年かして、伏流水の清水と為って、姿形を見せてくれるのであろう。ウッシッシ~。

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心何処ーショート 三代似た者同士
               三代似た者同士(10/30/10)
 雨に濡れたアスファルトに、落ち葉の重なりである。僅かばかりの雨が降って居る。母の動きは、未だである。部屋でコーヒーを飲んで居ると、電話である。

「如何した?」
「Tさんとのコーヒータイムは、何時から?」
「奴は孫の七五三だから、今日は無いよ。」
「あ、だったら、明日の打ち合わせに行くわ。お母んとSは、後から来ると思うけど。」
「はい、そうかい。ご苦労さん。」

 朝飯の用意をして居ると、倅が遣って来た。飯は?と言うと、未だとの事である。私も倅も、朝飯抜きの食生活が長いから、朝飯は苦手なのである。一緒に、慎ましい朝飯をとる。女房と娘が来るのなら、コタツの上は片付けて置かねば為らない。

「ほい、衣装代込みの祝い金だ。こっちは、婆さんの。」
「身内は、好いんだよ。包まなくても。」
「まぁまぁ、貧民だから、そんなに入っちゃ居ねぇよ。気は心だ。見栄張って、袋だけ豪勢にしといたからな。アハハ。」
「お婆ちゃんも、お金が無いから、恥ずかしいけど、気持ちだけだからね。」
「有難う。遠慮なく貰うよ。」

           庭から、女房と娘のお越しである。
「おお、今日は天気が悪いから、玄関から入れよ。履き物が濡れるぞ。」

            女房と娘が、玄関から遣って来た。
「お婆ちゃん元気? 明日は、一番のお客さんが、お婆ちゃんだからね。お兄ちゃんは、お婆ちゃんの心配ばかりして居るからね。私は、看護婦だから、慣れて居るから、何でも言ってね。我慢しちゃ駄目だよ。
おっ、オヤジ、似合ってるじゃん。お坊さんに間違われない?」
「如何だ。満更でも無いだろ。何しろ、俺は、土台が好いからな。へへへ。」

「何を娘の前で、自慢してるのよ。如何し様も無い馬鹿ね。
 そうだよ。お母さん。女が二人いるから、全部フォローするからね。後は、体調だけだからね。○は、一番のお婆ちゃんこだからね。」
「生きて居るのがやっとで、恥を晒すけど、宜しくお願いします。悪いねぇ。御免ねぇ。嬉しいねぇ。」
「何を言ってるだね。お婆ちゃん。気にしない、気にしない。」
 
 娘は東京勤務であるから、明日の打ち合わせを兄と妹で遣って居る。私は好い加減男であるから、ニヤニヤして話を聞いて居る。おやおや、倅殿は、微に入り細に入り、明日のスケジュールを頭に入れている様である。小さい頃から、仲の好い兄妹であるから、こうこう、こうでの説明に娘は、リラックスムードで頷いて居る。几帳面な女房は、手帳にサッサとメモっている。

「オヤジは、明日の挨拶は考えたの?」
「そんな物ぁ、出た処勝負だわな。」
「まぁ、そうだね。オヤジは、昔からマイペースの人だからね。」

「俺は気が弱いから、用意をしてしまうと、文面に囚われて、前へ進まんわね。○子が居るんだから、何時も俺は○子頼りだわさ。気取ってトチルよりも、自然体で行くわいな。でも、こう遣って、皆の遣り取りを見て居ると、親子は笑っちゃう位、似てるもんだな。<血は、水より濃い>とは、好く言った物だぜや。なぁ、○子。」

「そりゃしようが無いわ。オヤジの子だからね。お兄ちゃんは、仕草がオヤジそっくりで、性格は几帳面なお母んに似ているしさ。私は、変な処だけオヤジ似だからね。脳細胞を出し惜しみされちゃって、お陰で、苦労してるわね。」
「そうかいな。お前は小学生の時は、天才だったけどな。こりゃ完全に俺より頭が好いって、恐れ入ってたのにな。何処かで、分水嶺があったんだろうな。へへへ。
 でもなぁ、好く育ったもんだわさ。目出度し目出度しじゃないかい。好い家族だわさ。アリガトさんよ。」

 女房と娘が、母の着付けの予行演習に取り掛かる。すっかり小さく成って仕舞った母を、女房が指南役に為って、娘に遣らしているのである。母・嫁・娘の、これは家族の絆である。孫のする儘に任せて居る母は、幼女染みて本当に嬉しそうに頷く笑顔である。それを廊下の椅子に座って、倅が煙草を吸いながら、ニコニコして見て居る。

    老いた者を、家族が労わる。これは自然にして、好い光景である。

「オヤジ、私、ウエルカム・ボード作ろうと思ってるんだよ。お兄ちゃんの為に、絵を描いてよ。絵は指定しないから。任せるわ。ねぇ、お兄ちゃん。」
「うん、何でも好いよ。でも、オリジナルにしてよ。」
「はいはい、ちょっと待ってろ。」

 部屋から、紙と鉛筆を持って来る。全体のサイズと概略、絵のサイズを聞いて、本日のブログ日誌を打つ前に、一仕事する事を受け合った次第である。へへへ・・・である。


心何処ーショート 微風邪にダッチロール
               微風邪にダッチロール(10/29/10)
 とほほ、寒く成った物である。昨夜は寒くて堪らなかったから、布団に潜り込んで、読書のお時間として仕舞った。この寒さにも拘らず、台風14号との事である。窓外を通う女子高生達の自転車姿も、手袋にマフラーで、如何にも寒そうである。

 先程から、未だ葉の茂っている雑木には、小鳥の動きが見える。ジョウビタキさんを心待ちして居るのであるが、その鳥影は小さな前傾姿勢である。木の葉が邪魔をして、その全容が見えない。その動きからすると、ウグイスかメジロなのであろう。小さいから、きっとメジロなのであろう。
 この頃、ヒヨドリが好く姿を見せるが、庭には突かれた甘柿の実がある。私としては、そんな物欲し顔で見られても、何ら同情心も湧かぬ処である。時季早尚、馬鹿モン~。

 ラジオを聞いて居ると、国際会議が目白押しとの事である。片や事業仕分けである。難しい事は、チンプンカンプンなのであるが、何か虚しくピント外れの様な苛立ちよりも、民主党政治に嫌気が差している。
 アメリカでは、与党民主党政権の中間選挙に暗雲漂うオバマさんとの事である。私は、オバマさんには最初から懐疑的であったし、ノーベル平和賞受賞に関しても、実績の無いオバマさんに対する贈呈には、批判的であった。政治実績の上がらないオバマさんに、ティー・パーティの民主党批判が、凄い反響振りを見せているとの事である。
 最高の演説と、日本でもヤンヤの拍手で歓迎されていた大統領である。一時、彼のお抱えスピーチライター達の目の飛び出る様な原稿料に、人為国家アメリカの大いなる欺瞞性に驚かされたものである。

 アメリカでブームが有れば、アメリカを向き、中国で何かあれば、中国を向く。世界の表層ばかりを追って、それを世界の潮流の如く派手に宣伝して流す。それも、スポット、スポットの情報映像洪水の様に垂れ流す。
 スポットとスポットの空き時間の説明・解説が乏しいから、一般視聴者は、世界の表層画像をカシャ・カシャとスライドの如く見せ付けられる。

<日本はリーマンショックで、立ち直りに何馬身も、世界に差を付けられていたんじゃ無かったですかね。何々、それが、アメリカ本国じゃ、全くの体たらくオバマ政権ですと???。
 一体全体、何をテレビはほざいて居るのやら・・・ あんたら、この頃は、ついぞ顔を見せなくなった尊大パフォーマーの竹村健一先生と同じじゃゴザンせんか。英字新聞の紹介だけで、恰も自分自身が、一端の評論界の重鎮見たいに振舞っている。英字新聞の購読を止めたら、独自の見識が有るかどうかは、大いなる疑問しか残らなかった先生と判断したのだが、それ以上の好い加減さではありませぬか。>

 ニュースキャスターのその日の矢継ぎ早やの感想コメントで、ニュース洪水のベルトコンベヤの上に乗せられて、分かった様な錯覚だけで、安易に『交通整理』をされて行ってしまうだけである。馬鹿の一つ覚えの様に、自分達の収集能力、切り口、解説の杜撰さは棚に上げて、『国民の皆さんは、確りニュースに注目して確りした視点を持たねば為らない』と、お茶を濁すばかりである。コンニャロー、小馬鹿にし遣がって~~、フン(糞)だ。

 然しながら、国内政治に目を転じれば、出任せ放題の大風呂敷の実態が、大きな穴を曝け出して、その手当すら遅々として進まない。年金エースとして、担当大臣の椅子に座って陣頭指揮に当たった大臣が、大臣を交代(後退)すれば、平気の平左の仕分け人席で白州のお裁きをする。

   アッジャジャ~、そりぁ、幾ら何でも厚顔無恥のする行いですぞ~。

 野党時代は、内閣不一致の<ロケット弾口撃>に明け暮れしていた筈なのに、今度は、『其処のけ、そこ退け、主役は私よ、俺だ。』と言わんばかりの、丸で党内抗争見たいな物である。これでは、学生運動の内ゲバ合戦の様な物である。学生運動が、国民の支持を失くして、内ゲバに走り消滅して行った縮図を見る思いである。若い頃は、そんな同世代の学生運動に就いては、冷笑・蔑笑を与えて居ただけで済んだ。

 それが、社会人に為って、恋愛をして結婚して家庭を持ち、二児の親と為った。会社の一員に為って、それなりの働きをしてロートルに為った。現役時代は、週末のテレビに依って、それなりの一週間の日本の動き、世界の動きをお浚いするのが、習慣と為って居た。

 現役を離れ、老母の賄い夫生活をする事と為って、日夜、ラジオとのお付き合い、食事時のテレビとのお付き合いが日常と為って居る日々である。ラジオ、テレビとのお付き合いが、これほど頻繁に為ると、その内実詰まりは、現在の日本社会の有様に、そして、世界の有様には、若い頃に感じた冷笑・蔑笑以上の怖さと薄ら寒さを感じて終うばかりである。

 人間と云う生き物は、劇場型のテレビ映りを気にし始めると、兎角、言葉と云う想いさえも、身に着ける服装、アクセサリー、化粧の様に、舞台装束の様にいとも簡単に、取っ替え引っ替えの『脱ぎ散らし三昧』をして仕舞う。其処に演じられている様は、言葉の奥にある本来持つべき言葉の重さに依る信頼性を欠落させた言葉の修飾性、攻撃性、防御性ばかりの無責任性の羅列である。大衆受けする分かり易い感情語と難解極まりない責任性の逃避と云った官僚答弁書に、国会は明け暮れる。

 人間少しばかりの教育と人生経験を積めば、言葉の危うさを埋めて、言葉に信頼性を高める手段、努力によって、言葉が試されると云う側面を経験則で身に着けて行く筈なのである。そして人間の言葉は、それを使用する生身の人間の態度、表情から発せられて、聞く側の人間は、話し手、語り手の積み重ねて来た過去を体現する態度、表情とその言葉を『三位一体の物』として、判断するのである。

  誰が、好き好んで無責任な宙に舞う言の葉に、拍手喝采を送ろうものか。

 一応信じてから付き合う方法も、一応疑ってから付き合う方法も、人間の流儀としては、分かれる処である。第一ラウンドのお手合わせ後の態度としては、信じてからのスタート者にとっては、信じた期待が当初の目論みと外れてしまえば、落胆・心離れ。疑いからのスタート者にとっては、観察の結果物が残る。或る程度の距離感を以ってしての関係であるから、前者ほどの落胆も心離れも少ないのかも知れない。

      どちらが好いのかは、私には分からない処である。

 然しながら、幾つものリトマス紙を用意して、疑って掛るよりも、少ないリトマス紙で相手の信用度をクリアして付き合った方が、お互いの気疲れは少なくて済む。従って、人間の信頼度のリトマス紙が、相手の態度・表情・言葉の使用法と云った三位一体でスタートした方が、徒労感は少なくて済むのである。
 有限エネルギーに関して、現在は兎角『エコの時代』を吹聴して居るのである。そう為れば、言葉の有効性・有用性の為には、言葉に内在する客感性と言葉を使用する者としての責任性を確り担保して、言葉を実効性を担保しなければ、表現者としては『失格』なのであろう。

 下衆貧民ロートルの言葉使用などは、精々が落語長屋の熊さん、八っつあん、御隠居さん程度の物である。例え、誇調の百代言な個所、無教養、無見識、本末転倒の錯覚などが有っても、それはお笑いのタネに為るまでの事である。
 詰まりは、長屋の熊さん、八っつぁんが、<べらぼーめ、二本差しが怖くて、目刺しが食えるか。>の類で、笑って済ませば好いだけの事である。

 然しながらにして、然しながらである。ぺンを職業にして、情報を収集して、分析して世に問うジャーナリストの世界。収集した情報映像を駆使して、その場で解説・分析して見せる解説者・コメンテーター。言論の府として、国会で論議を尽くして、法律を作る立法府の国会議員の先生達が、『三位一体の励行者』で無かったとしたら、言葉と彼等の存在は、一体、如何なる存在意義を持って、社会に貢献しているのだろうか。米・中の毛色の変わった強国の狭間で、右往左往する衆愚の国に、祖国を誘導するの愚は、もういい加減に止めるべきである。

 言いたかぁ無ぇが、高級魚鯛を、西洋スープじゃ有るまいし、ミンチにして何をしようとしているのか。日本人が聞いて、呆れるわいな。とんでも無ぇ脳味噌の構造じゃい。要職、議員バッジを返上して、蟄居閉門し遣がれってなものである。

 遺憾いかん、如何して、こう為るのか・・・ 本日の日記ブログの方向性が、目測を誤って、とんだダッチロールである。首筋と肩口に鈍痛の沙汰である。如何やら、風邪の引き始めに似ている。然すれば、このダッチロール振りも納得出来る。さてさて、本日は、散歩を自粛して、万年床に潜り込んで風邪薬でも飲むべしであろう。


心何処ーショート 本日、終日の雨為り。
               本日、終日の雨為り(10/28/10)
 あれあれ、しとしと降る雨である。これでは仕方があるまい。温泉銭湯経由の買い出しは、ちと難儀である。家で風呂に入って、車の御厄介に為るしかあるまい。洗濯は、パスである。

 郵便局で支払いを済ませる。

「先日は、どうもスイマセン。本当は、電話確認だといけないんですけどもね。有難うございました。」
「いえいえ、お安いご用で。顔見知りだもの。此処は、中国・フィリピンと違うわね。オープンにして、信じ合う処から始まるのが、日本人社会だんね。」
「そう、言って頂けると、有難い事です。」

「でも、世の中の女は、如何して、こうも男を見る目が無いのかね。こんなに、好い男が独りで居るのに、誰も、鼻も引っ掛けちゃくれねぇよ。こう為りゃ~、無縁社会で、世も末だね。」
「またまた~。Rさん。ご冗談を。女の人の前に行くと、緊張して硬く為っちゃうんでしょう。リラックスして行けば、成功率抜群だと思いますよ。若い頃は、相当モテんでしょ。隠しても、分かりますよ。アハハ。」
「そうかそうか、四の五の言わせなんで、力んで乗っかっちゃえば、好いって事かいな。ややっ、その手は知らなんだ。俺の人生、大失敗だったって事か。反省!!」

 お隣のカウンターでは、お婆ちゃんが、貯蓄の事でカウンセリングを受けて居る。雨の町内にある郵便局である。此処は職員三人の、ご近所さんだとか、S大の学生達が訪れるアットホーム雰囲気の金融機関である。
 雨の中を走って、車に乗って、今度は米屋さんである。精米所には、珍しく、所狭しの袋の山である。稲刈り・乾燥が終わって、精米のシーズンなのであろう。仕事の邪魔をしては申し訳ないから、そそくさと米だけを買って車に乗る。
 
 折角であるから、車を雨の街場に走らせる。街路樹のイチョウ並木も、大分黄葉が進んでいる。松本城の脇を通って、観光客の入りを見て行く。お城横には、駐車場があるから、駐車状況だとか、お堀端の人通りを見て行けば好いのである。すっぽりと、灰色の雨に包まれた運転である。
 大通りの信号は、面倒であるから、脇道を下る。おやおや、あそこに在ったレンタルビデオ屋が、コインランドリーに店替えである。
 歩道には、黒い嵩上げハイヒールに、白地に花柄模様のショートスカートに、寒々とした白のストッキングに黒のセーター、茶髪のおネェちゃんが、これまた、花柄模様の白い傘を差して、ヒップ振り振りの歩きである。
どんなご尊顔の持ち主かと、観賞したいのは山々ではあるが、傘を閉じてくれとも云えまい。

 松本の街の北半分をグルリと回って、帰る事にする。それにしても、しとしとと降る薄暗い雨の風情は、宜しく無い。こんな寒い日には、熱い汁物が好い。帰りに、トン汁の具材でも買って、行くべしである。

 下のスーパーをパスして、町内境の地元スーパーに行く事にする。おやおや、本日は珍しく、盛って居た頃と同程度の車が駐車しているでは無いか・・・ 

 店内に入って、納得した。以前の様な品揃えである。営業会議で、反転攻勢が決議されたのであろう。矢張り、日常を取り扱うスーパーは、こうで無くちゃ行けませんわね。
 客も、以前並みである。管理が幾ら銀行屋さんであっても、現場は現場に聞け、従えの真っ当さが、主流派を占めたのであろう。
 物の400~500mの所に、全国展開の大手スーパーが繁盛して居るのである。後ろ向き経営策と前向き経営策の違いは、見るだけで一目瞭然の差である。

 トン汁の具材をカゴに入れた後は、魚コーナーに行く。大衆魚安売りコーナーが売り切れて、その補充をオバチャン店員さんがして居る。顔を見られて、ニコニコされて仕舞うと女日照りのロートルとしては、買わない訳には行かない。

「美人の笑顔を貰っちゃ、素通りする訳には行かないね。それとそれと、二枚づつ頂戴な。手で、入れてくれれば好いわね。
 好かったね。店の方針が変わっくれて、下の★スーパーと比較したって、購買環境にぁ遜色は無いし、こっちの方が、向こうより老舗だいね。
 スーパーは、こうでなくちゃ。品揃えで、客にサービスして、客を集めなくちゃ、経営者としては、落第だよね。好かったね、オバチャン。頑張りましょ。はいはい、アリガトさんね。」

 おやおや、白人女性も買い物ではないか・・・為るほど為るほど、主婦の貫録である。

 テレビを見て居ると、昨日から特別会計への牙城に踏み込んでの、事業仕分け開始との事である。白服、枝野、長妻のお三方のお出ましである。丸で実社会に疎い連中が、選挙に勝てば官軍の生意気面・尊大口調を演じても、何にも始まりはしませんわな。

 馬鹿の一つ覚えの様に『国益・国民目線』を言って見た処で、尖閣問題で、誤魔化し・逃げの一手だけに終始して居るキンタマの無い連中が、<何をこきぁがる>でしかあるまい。

 政治・政党の大失態を反省して、非を認めて国益の国防策を打ち出す事も出来ない連中の馬鹿パフォーマンスに、拍手する者など居よう筈があるまい。
 勝負服の白服に銭を掛ける前に、手前の顔を確り鏡で見てみやがれ。顔の造りは、さて置いて、それが人間の生活者としての顔ですかな。アッシにぁ、パルコのショウウィンドーを飾るマネキンの顔にしか見えませんわな。

 私にはお三方とも、冷血動物の爬虫類の様なガラスの目にしか見えない処が、気掛かりな処なのである。貧民下衆の人生を62年過ごして来たが、あの手のガラス目には、碌な人格が備わって居ないと云うのが、私の結論である。

 恥を知る気持ちが有ったのなら、恥入って、自分達の厚顔無恥振りをテレビの前に晒す事は出来ない筈なのであるが・・・
 野党の咬み付き犬が、与党の顔であっては為らないのである。四十に為ったら、自分の顔に自信が持てるか否かは、大問題なのである。経験を積んで、内面を充実させて来たのなら、お天道様は、万人に顔の造り以上の人格の目をお与えに為るものでヤンスよ。

 言いたかぁ無ぇがさ。スーパーのオバチャンとお三方達の顔を見比べて、どちらを信じるかと問われたら、俺ぁ、躊躇せずに、スーパーのオバチャンの言う事に、耳を傾けるわね。ギャハハ~。

 言って置くけどさ、幾ら女日照りって言ってもさ、オバチャンを垂らし込んで、只乗りなんて不料簡なんざぁ、これっぽっちもありぁしねぇよ。


心何処ーショート 或る方からのコメント紹介
             或る方からのコメント紹介(10/27/10)
 私は、思想もイデオロギーも無い日々を、老母と物臭に過ごすロートルであります。特技は、妄想夢と好みの女性を薄馬鹿郎(ウスバカゲロウ)の幼虫の蟻地獄見たいに、唯ひたすらに待ち受けて、ヤクルト飲料とセクハラトークを交換して、ニヤニヤ笑いをしているだけの、取るに足りない下衆貧民でありまする。
 そんな賄い夫生活の折り折りの日々を、ブログ日記にして、日々を過ごして居る者であります。そんな生活を三年ほど続けて居りますと、塵も積もれば何とやらで、色んなお人が訪問をしてくれる物であります。感謝して居ります。
 
 以下は、そんなお人の一人で、吾が稚拙ブログに拍手コメントと云う形で、ご自分の思いの丈をコメントして下さったのであります。これも、ブログ世界の姿でありましょう。これ程のコメントを普通のお人は、ブログコメント欄には、目を通しません。何方の作か、一考に存じ上げませんが、<はい、そうですか>と素通りするには、些か勿体無いの気持ちが致しまして、読み易くブログサイズでコピーして見た次第であります。
『袖すり合うも多生の縁』とも、申しまする。情報・ご意見には、幅広く接して、自分流の考えを作って行くのが、これまた、人のエチケットと云うべき物でしょう。お時間の有るお人は、お読み下さい。尚、長文過ぎる個所は、私の息継ぎで勝手に、『改行』、「、」を挿入して置きました。

                   コメント転載
 フィーリング用語「政権交代」というのは、どうでしょうか?ネットも普及してるのに、自分で調べず、詐欺フェストなのがバレバレなのに、政権交代したわけで。じっとしてたら、テレビが真実を教えてくださる時代は終わった。少しネットで調べたら、民主の危険を訴えるサイトはたくさんあった。
 自民憎し、民主支持でなくば人間に非ず、と報道は加熱し、最悪のタイミングで「馬鹿と独裁者」しかいない民主に政権を渡した。せめて、まともな政党ができるまで、我慢できなかったのかと。マスコミは民主の無策を肯定するために、円高を肯定的に報道。不景気に、ブランド買えとか、アホですな。
 下請けが、連鎖倒産でもしたらどうなるのか。ガソリン税など暫定税率廃止の公約を削除し、その上「環境自動車税、軽自動車では4倍強の増税」。車にこっそり増税の抱き合わせ詐欺。無駄遣いを無くすとか言ってたのはどの口かと。麻生時代のパクリ政策、エコカー減税で車を買わせ、こっそり税を上げる。軽トラ持ってる農家も大打撃ですよ。

 麻生のパクリと言えば、newtou.info/entry/4093/民主もアニメ政策を始めるとか。マスコミ共は麻生時代に散々、天下り先だとバッシングしたが、民主の案には反対するか?
 最近も、NHKでは見たくもない中国国内事情ばかり報道していた。国内マスコミは、中国にタマを握られている。政権交代を煽ってたマスコミ、評論家共は皆、謝罪か切腹でもすればいいと思う。民主には与党なんかやめて、二位(野党)じゃだめですか、と問い詰めたい。netouyonews.net/archives/3703805.htmlタバコも増税、何もかも、悪い方向に向かっている。所得税も、相続税、法人税、と日本人から金を巻き上げ、使われるのは朝鮮学校無料化。いくつかurl張っときます。年金運用も結果は出ず、挙句はpype.blog28.fc2.com/blog-entry-2466.html中国に投資。口蹄疫問題の責任を何一つ取らずに逃げた赤松。

 日本の夜明けだ、政権交代だ、国民の手で民主主義を勝ち取った。と、民主は万能のごとく喧伝してたアホ共がいる。どう考えても過剰宣伝だった。この世の悪は、全て旧権力の所為。変われば、全てよくなると盲信した唯物史観丸出しの反権力主義の病が、自民アレルギーの正体と俺は思っている。
 政権交代キャンペーンには、国の内側から崩壊させる外圧の意志を感じる。民主支持ブログも、左翼の性質か、最近は小沢派中心に内ゲバはじめている。民主を見限る左翼系ブログもみかける。
 それも一斉に話し合わせたように、同じタイミングで、民主を非難し始めた。これは、左翼系ブログに指示を出している組織が、あるように思える。総連か、息のかかった労組か。ネット世論にまで、操作しようと民間人になりすましているのだと思う。奴らは、そういうことは得意だ。ブログ主さんも、時間があれば「外国人参政権傍論圧力」「北朝鮮が日本世論軟化策」で検索してみてください。

 自民の中川を、世界の笑いものと紹介していたテレビ。鳩山のルーピー(同じ事を何回もループさせる、クルクルパー、知的に問題のあるという意味)さの所為で、ルーピー賞という不名誉な賞を造られたわけですが、テレビは紹介しているでしょうか?
 民主の失態は、自民時代の比較にならないほど酷い。自民時代と比べ、報道がかばっているとしか思えない。菅直人は官僚と米国の言いなりとするアホもいるが、そこまで頭は良くない。買いかぶりすぎ。官僚にも米国にも距離を取られている、関わるとアホに巻き込まれるから。菅直人は、むしろ、なにも考えていない。だから頭が空き缶と言われる。
 事実上の無政府状態が続いている。鳩山のように無能な働き者と無能な怠け者の違いぐらいしかない。テレビの解説番組では麻生は贅沢と説明し、鳩・菅の会員制倶楽部や高級寿司通いはまったく報道しない。国民も、民主に政権とらした責任があるだろうが、中立を装う報道関係者、評論家共が許せない。国民は自衛のために、ネットを利用するしかない。未だネットを使えない人も多いというのに。ネットでクダまくしかできん自分が、情けないですよ。

 総連について書きましたが、労働組合についても、「[尖閣]徳島県の労組がキチガイ過ぎる」で、グーグル検索して見てください。よければブログで取り上げてください。
 日々を平和に暮らすブログ主さんに、お願いするのはどうも気が引けますが、日本国内にスパイ組織があることは、多くの国民が知りません。マスコミも取り上げません。
 中核派の機関誌、前進と関係のある、徳島労組交流センターのビラです。中国のスパイそのものです。「仙石 文化大革命」で検索すれば出てきます、文革すら肯定しているのです。民主は林業雇用を増やすと言ってますが「林業 年収 29万」で検索すれば出てきます。共産主義国には政府に逆らった者を強制労働させる「労働教養」という制度があるのですが、日本でも、低収入の林業に強制労働させるつもりでしょうか?まったくアホばかり。

 鳩山は基地は外で、基地外。カンも規定外、仙石も既知外、キティガイですな。いい加減解散すればいいのに。ついでに中国に行って二度と帰ってこなくていいのに。

 コメント転載は、以上でありまする。へへへ、私の駄文よりもテンポが、快調でありまする。労作でありまする。いやはや、吾が稚拙ブログを、ハイジャックされてしまいました。


心何処ーショート 寒いでゴザンス。
                寒いでゴザンス。(10/27/10)
 急激な温度変化は、手に負えない。煙管煙草に、温泉ミネラルウォーターで熱いインスタントコーヒーを飲んで居る。お天道さんは、部屋から去って仕舞った。窓辺の目隠しの雑木も、大分落葉して、明るく為って来た。正面の南天の実も、日に日に赤味を帯びて来ている。明るい陽を浴びて、小風が南天の植え込みを揺らして居る。もう昼であるが、ファンヒーターは回っている。金魚もグッピィも、腹が膨れてユラユラと泳いでいる。

 復活為ったグッピィ槽は、如何云う訳か、先細りの水槽の様相である。真に、歩留まりの悪い水槽世界なのである。余りの寂しさに、ホームセンターに寄った折りに、補充のグッピィを買おうと、気持ちが傾いたのではあるが・・・諸般の諸々を鑑みて、断念した次第である。

 何分、歳を取ると、性急な選択肢を敬遠してしまうものらしい。好く言えば、『年寄りの知恵』などと、言って終い勝ちな<言い訳>である。

 現代は、耳当たりの好い『絆』の言葉流行りではあるが、そんな<絆フィーリング語>を耳にして居ると、絆は、横の絆に傾斜して居るらしい。

 私は、時代遅れにして、性格が狭隘である。好き嫌いが強いから、やれ、『村・町おこし』『癒し』、『絆』、『里山』・・・etc、実に耳当たりの好いフィーリング用語方には、苦々しさを感じて終う変な生き物なのである。言葉が本来持っていた内容が、過去の物として忘れ去られて居るにも拘わらず、何処と無く懐かしい語感の響きだけを、拝借してフィーリング用語として使用して、それで済ませて終う・・・そんな苛立ちすら覚える時がある。

『絆』と云う実に日本語的な響きのある言葉の中身には、縦も横もあって然るべきである。国・地域・家族の縦の絆には、民族・長い歴史・伝統・血の絆があり、それは全体と個と云った保守的な側面が大きく、横の絆と云う場合には、個と個の個人的な絆と云った現代風な語感がして来る物である。

 絆の強さ・温かさを、語感として共有する為には、縦・横の気持ちを込めて使用しないと、絆の言葉は、虚し過ぎるのでは無いだろうか。横糸だけでは、布は紡げないのである。

 布は、縦糸と横糸が合致してこそ、強さと色合い、模様を紡ぎ出して居るのだと思う次第である。日本人の言葉が、表層にだけ流れてしまえば、何時しか当然に、心が表層化してしまうのも、必然の結果ではありませぬか。へへへ。

 屁理屈雑感は、これ位にして、現在居る物達が死ねば、それで今年の小水槽は終了の思いだったのである。そんな水槽の底に、稚魚が何匹か泳いでいるのである。不思議な思いである。何故ならば、既に、オスが死に絶えたグッピィ槽である。 

 云う迄も無く、グッピィは胎生魚である。メスグッピィの体内に於ける精子の有効(生存)期間などと云った疑問が、頭を掠める。短い煙管煙草から、シガレット煙草に火を付けて、暫し、生物学のお浚(さら)い時間である。

 細胞分裂と云う成長には、温度が大きく作用して居るには違い無かろう。定温動物の人間は、受精と妊娠期間・出産との必要期間は、四季を通じて同じである。人間とは違って、水温に身を晒す魚族なのであるから、必要期間に対しての温度影響は、容易に想像される処である。然しながら、幾らなんでも、それだけでは疑問は解消されない。

 生物の中には、雌雄同体の生き物が、数多く居るとの事である。ミミズ然り、魚類の中にもフナ、コブダイなどが、そうだと云う事である。そう考えれば、死に絶えたオス精子の有効期間とを、比較思考すれば、グッピィの体内DNAの中に存在する雌雄同体因子に、妄想を繋げた方が、神秘的と云うか腑に落ちる処である。
 然しながら、雌雄を決する男性、女性ホルモンから派生する身体の第二次性徴が見られるメス個体が見られぬのは、如何した物だろうか・・・ 雌雄同形のミミズ、フナなら、まだしも、グッピィの雌雄の外形的特徴は、一目瞭然の別形なのである。

 まぁ、素人の妄想結論を、早急に出す必要も無い。これは、閉じ籠り賄い夫の、思い付き観察なのである。時間は十二分にあるのである。第二段、第三段の稚魚・芥子粒の誕生を待てば、好いだけの事である。

 さてさて、昼散歩にでも行って参りましょうかね。陽は有れど、10℃にも満たない昨日より、低温である。ジャンバーが必要でありまする。やれやれ・・・である。


心何処ーショート あいや~、冬の先遣隊で御座りまする。
         あいや~、冬の先遣隊で御座りまする。(10/26/10)
 おう、寒い。朝の空気入れ替えが、寒い寒い冬の空気では無いか・・・ 小部屋窓際の雑木には、目隠しの葉が十分に、付いて居るのに、窓から吹き込む風は、ゾク~とする寒さである。北海道では、冬の先遣隊のお出ましとの事である。

 未だ、北国の観音様バルディナさんは、未着なのでありまするぞよ。おいおい、大丈夫かいな・・・庭の楓の中のキジバトは、目出度く二羽の雛が孵ったとしても、冬の真っ只中なんて日にぁ、食糧難の季節でしょうが・・・ 雛が孵ったら、鳩の餌でも買って来て、庭に撒いて遣るしかあるまい。

 おいおい、お前さん、そんなシラ~とした顔付で、俺を見降ろして居るけど、知らねぇ~のかい? 毛無し・金無し・女無し、止めが甲斐性無しが、俺の本態だぜ。甲斐性が無ぇのに、扶養家族ばかりが増えて、如何するんじゃい。人間なら、養子にして二人分の子供手当をせしめる事も出来るのに、庭で生まれたキジバトを養子にしたなんて、話は聞いた事も無いぞえ。如何するんじゃい。子育て季節も弁えないで、この寒空に抱卵とは、言語道断の<恥掻きっ子>ってなものだぜや。性の快楽にも、TPOの冷静さは、必要じゃろうて。この愚か者めが。

 餌付けして見た処で、お前さんは亭主持ちのキジバトだろうが。人様の女房殿をしょ捉まえて、女日照りの鬱憤を晴らす訳にも行かんじゃろうが。封印中のISO規格物を諏訪の御柱見たいに、おっ立てた処で、その嘴でコツンコツンと突かれたとて、鳩乳も出わせんわね。精々が、俺の赤珍くらいなもんだぜや。俺には、マゾっ気なんか、これポッチもありぁせんぞね。思慮が足りんぞな。コンニャローメ~。
 
 さてさて、しゃら寒いが、起きれば、腹が減る物である。しゃ~ない賄い夫を始動させますかいね・・・

       遅い朝飯を食べて居ると、ヤクルトママさんである。

「一日早いですけど、寒く為りましたねぇ~。今日は、ブルブルで~す。」
「チョイと、待ってろちゃ。好い絵が出来て居るから。」

「如何だい? この絵。」
「今日はまた、何か、意味不明の・・・分かりませんねぇ~。解説、お願いします。」

「好く聞いてくれた。感謝感謝~。これはさぁ~、夢を見たんだよ。最初の女登場は、何と何と、上方お笑い界の大年増の上沼のオバチャンだわね。
 あの口達者な白むくれの大胆女様が、酌婦としての登場さね。旅館の小部屋で差しつ差されつの男と女のシーンに、知らず知らずの内に、湯衣の前が肌蹴ちゃってさね。

 俺も、根が好き者だから、どうせ只だ。男と女の関係には、こんな事もあらぁなって事で、『据え膳食わぬは、男の恥』の不届きな料簡に掴まっちゃってさ。この絵のピンクの処を指で弾いて居たらさ、徐々にが・・・一気に、ジャックに豆の木見たいに、化け物バタフライに巨大化しちゃってさね。密室隠避の旅館部屋でもさ、嗜み・羞恥心の無い女も、困り物だわね。男の本態は、デリケートなもんだぜや~。ギャハハ!!

 俺ぁ、その化け物の度迫力に腰が抜けちゃって、恐怖の後ずさりだわね。恐怖恐怖で、喉はカラカラ、声なんか出るゆとりも有りゃしねぇんだ。ビラビラの両の肉翼に挟み込まれたら、ムギューで、それこさぁ、充血した毛細血管見てぇな女の触手に、全部生気を吸い取られちゃうわね。恐怖の化け物バタフライが、舌舐めずりして迫って来るんだぜ。

 ほれ、食虫植物のモウセンゴケとか何とか云う、あの得体の知れねぇ不気味さのズームインだわね。あって云う間に、床の間に押し付けられて、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏のその刹那、掛け軸の後ろに吸引されちまった。

 それがまた、強敵よ。乳状の粘液だらけの強力な粘膜・筋肉運動の肉襞隧道と来たもんだ。こりぁ、完全に上沼女史の消化器官内部への断末魔体験だわね。女は、魔性の化け物だ。これで、俺も大蛇に呑み込まれたドンビキ蛙見たいに、強烈な胃液でジワジワと溶解されてオダブツ・・・嗚呼、どうせの事なら、綺麗な金髪美形に溶かされるのだったら、まだしも、選りによって、あのオバさんの肉襞通過は無ぇだろう。嗚呼、俺の人生は、一体何だったんだろうと・・・タダタダ、涙の呪い歌さね。
 
 それでも、こんな惨めで無様な死に方は出来無ぇからさ。死に物狂いで、踠きにもがいて居る内に、ドスンとばかりに、頭からダイビング落下さね。

 そん時、俺ぁ、思ったいねぇ~、<嗚呼、此処が、女のバギナの終点・子宮の控えの間だな>って・・・ こんな薄暗いのっぺりした洞窟に、御執心だった吾が身を恥じたものさね。詰まりは、『後の後悔先立たず』って事だわな。惨めさに、涙が溢れ出たわいな。 

 それでも身体が開放されて、息が付けたから、薄暗い洞窟を見たんだいな。そしたらさ、何とその中央に居るのは、寝る前に見たテレビのインディ・ジョーンズの中で、散々に活躍した不死身のロシア軍女隊長だわね。相手が悪い。強過ぎるぜや。ロートル・オッサンには端から勝ち目は無ぇわね。如何するだい? あい。

 でもさ、ロシア女なら、少しは馴染みがある。そう考えりゃ、少し弱気が引っ込んで、目を凝らせば、黒いショートカットの髪に、白い肌・真っ赤に裂けた薄い唇でさ。手には、使い込んだご太っい黒鞭だぜや。

 それが、ピンクの長い舌を出して、爛々と光る妖艶な青い目に、舌先から落ちる涎って来たら、そりぁ、真面目な俺だって、相手は、『変態サディスト女』だってくらいは、ピイーンと来らぁな。一難去って一難~。言って見りゃ、変態女の餌食に終わるか、日本男児の逆転為るかの、勝負の展開じゃわね。インターネット遣ってれば、その間の話が読めるのにさ。アハハ。
 
 まぁさ、何時もながらの、荒唐無稽な夢話をブログ投稿したってわけさね。その差し絵として、描いたのが、この絵だいね。ギャハハ。家に帰って、風呂入る時に、手鏡で覗いて見ましょや。其処に映る物は、化け物でゴザンスよ。巨大化させちゃったら、亭主殿は、口から泡吹いて、ぶっ倒れちゃうんね。<親しき仲にも、限度あり>だよ。イッヒッヒ!!」

「ふ~~ん、何時も何時もながらの、これも・・・意味の深い絵なんですね。パッと見ただけでは、こんな『深い(不快?)変態妄想』が込められて居るなんて、想像も出来ないで~す。
 そうかそうか、この黄色のバックも、焦点を当てれば・・・ヤダ~、厭らしい~。 ふ~ん、本当に、困ったオジサンの絵になって仕舞いますね。

 私なんかの普通人間には、目の辺りの隈どりなんかは、エジプトのピラミッドの壁画に出て来る鳥獣神みたいに見えるんですけどね。左右の色違いの形なんか、神聖な鳥に見えて、決まって居るのに・・・
 なんとかとなんかは、紙一重って云うのは、聞いてましたけど、私のお客さんの中にも、居たんですねぇ。アハハ~、Rさんに洗脳されたら、本当に恥ずかし物が、見えて来てしまいますねぇ~。本当に、スケベなオジサンですね。家の父も、そうなんでしょうか? 自信を失くしちゃいますね。ふ~ん、・・・如何なんだろう??」

「あいあい、言うか言わないかで、男なんて、みんな同じだわね。心配も軽蔑するに及ばないんね。結婚すれば、男も女も、お互いの本態は、見えちゃうからね。こんな馬鹿絵なんて、言って見りぁ、空気みたいな頭の中の一断面だわね。
 素直に頭の中を絵に描いて居たって、俺ぁ、別に色魔、変態、強姦魔じゃゴザンせんわね。至って、市民生活は人畜無害の大人しい正常人だわね。ギャハハ。

 今日は、北海道でも雪ザンザン。明日は5℃の冷え込みだってよ。セクハラトークに触発されて、励むのも好いけど、終了後は、暖かくして寝なきゃ駄目だんね。あい?」

「はぁ~い。又、来週来ますからねぇ~。楽しい絵を描いて置いて下さいね。」
「あいあい、首を長くして待ってるぜね。浮気するなよ。」

 さてさて、週に一度のセクハラトークの愉しき時間も終了して終った。寒い日は、少々厚着をして、昼散歩で身体を解して参りましょうかね。


心何処ーショート やれやれ、秋雨の暗さ為り。
            やれやれ、秋雨の暗さなり(10/25/10)
 鬱陶しいお天気である。寒いから風呂に入った後は、冷蔵庫の食材も、殆ど無く為って仕舞った事でもあるし、大手スーパーまで買い出しに行くしかあるまい。風呂に入った後は、母に譲って雨の止むのを待ちつつ、テレビの国会中継を見る。母が風呂から出て来て、肩で大きく息をしている。老衰進む母には、風呂入りは大変に体力を使う物なのであろう。

「何も、無理して買い物に行か無くても好いよ。ご飯と漬け物だけでも、食べれるんだから。贅沢は言わないよ。行くんだったら、車で行ったら。」
「いや、昨日は、散歩して無いから、最低でも、自転車に乗って行って来なくちゃ、体も気分もだらける。幾らつましい食事でも、多少のタンパク質は必要だからな。おぅ、止んだ様だぜ。行って来るわいな。何か、欲しい物は有るかや。」

 ホームセンターに行くと、自転車置き場には、合羽を着たオバさんが、何人か見える。自転車に乗るなら、矢張り合羽が、自由が利く。平日の午後であるから、年配者が多い。
 
 次いで、お隣のスーパーに行く。近くの県内資本のスーパーは、多角化が経済低迷の時代に根を上げて、銀行管理に成り下がって仕舞った。きっと経費削減の縮小経営で、売り残りを最小限にしようとするから、仕入れがガクンと落ちて、店内には品薄感の沈滞ムードが進行して終った。
 同じ買い物をするなら、豊富な品揃えの中から、選択肢を広げたいと思うのが、消費者心情と云う物である。店舗面積も駐車スペースも、遜色の無いスーパーだったのではあるが、沈滞ムードの店内と客の多い活気の差は、歴然としている。客足を大いに吸引されて、近くのスーパーは、閑散としている有様である。

 可哀想ではあるが、下方・尻すぼみスパイラルの進行なのである。坐して没するよりも、戦略転換に打って出るしかないのだろう。私とて、近場のスーパーの方が、何かと有難いのである。

 円高が連日連夜、叫ばれて、悲壮感がブンブン空中戦を繰り広げている。然しながら、10何年振りかの円高に振れているとの事であるから、日本経済は、その時も今回同様の大津波を被って来たのである。大企業が沈没し無かったと云う事は、80円を切っても、耐えられるコスト削減の利益体質を作って来た筈なのである。それが、100円台、110円台に回復して、未曾有の内部留保を築き上げて来たのであろう。

 小学生並みの算数をすれば、100-80=20円、30円の利益幅を手中に出来たから、200兆円なんて、札束を積み上げて来たのであろう。それを、企業アンケートをすれば、為替水準の想定は、110円台などと、のうのうと言って退けると云うのが、企業の実態に近い筈なのであろう。

 強制力、査察の入らない自発的アンケートに、企業がシビアなカツカツの損益分岐点を暴露する程、お人好しはしまい。1/3以上の従業員を低賃金・不安定な派遣労働者にして、役員報酬は何千万、何億円を抜き取り、企業は株主の為に存在するなどと豪語する輩である。日銀短観なんて、そんな企業の自己申告アンケート集計を鵜呑みにして、安易な経済分析をする。○○総合研究所などと称する民間経済アナリストなんて、所詮目線の先に打って居るのは、大企業の収益率であろう。そんな官・民の経済アナリスト連中のグラフと専門用語の羅列を、皆さんは100%信用出来ますか?

 幾ら東大卒の経済分析官と云えども、分析データの取捨選択を取り違えてしまえば、自ずと完成度・精度の低い分析結果しか出ませんでしょう。輸出大企業のスポークスマンの言調に乗っかって、法人税の大幅減税などと云う、話には下衆貧民は、首肯出来ない処である。企業構成員の働き手から、言われ無き賃金のふんだくりをして居るのが、企業総体なのであるから、税金は従業員の分も纏めて納税するのが、人の道でしょうが。

 まぁ、私は経済学原論が不可でありましたから、小学低学年生の疑問しか提示出来ないんですがね。企業に格付けが有るのなら、経済アナリスト、ニュース・キャスー、各メディアの論説・解説委員、学者、識者、政治家・・・etc、人、社会をリードして行く才能に、社会としての格付けが無いのは、一体如何なる摩訶不思議の世界でありましょうや。何方か、ご教授願いませんかね。下衆貧民のロートルにだって、向学心はありまする。

 連日の雨日で、お天道さんの陽が無いから、如何しても人間の表情も暗い。まぁ、そんな見た目の事情も加わって、尖閣諸島問題とか、円高先行き不安とやらで、大きな溜息の<菅無理内閣>である。政治にシャキッとした緊張感が伺えない処が、長い政治への閉塞感に繋がって居るのであろう。

 そんな経済・政治への閉塞感が、買い物客の品定め・購買行動にも、水を差して居るのだろう。品物を手に取る主婦・ロートル男達の目付きにも、それらの心境が現れて居る様に感じられてしまうのは、私の貧乏根性の故なのだろうか・・・

 買い物袋を籠に一つ、両ハンドルに一つづつの蟹又漕ぎで、登り勾配の土手道をヒィーコラ、ひぃーこらである。黒い種を持ったコスモスも、どんより雨間の寒さに、大分草臥れている。柿の落葉も、アスファルトの道に重なり落ちて居る。小菊の小さな花色が、黄、白、紅、ピンクと、顔を見せ始めている。灰色のモノトーンに、山裾を霧が昇って行く。


心何処ーショート 肌寒き曇天から、雨が降る。
             肌寒き曇天から、雨が降る。(10/24/10)
 アジャジャ、インターネットに接続出来ない。スパイ・スウィーパーを作動させて見ましょうかね。来る時は続けて来るし、来ない時は来ない。何が楽しいのか、世の中、不心得者が多過ぎる様である。やれやれの段である。

 煙草を吹かして居ると、外に斜向かい吟さんのお姿である。玄関の戸が開いて、お声である。

「どうぞ、お上がり下さい。」
「じぁ、お邪魔して・・・」

 ドアが開く。私は定位置を空けて、窓際の机に居るから、定位置の椅子を勧める。

「昨日は、遅くまで明かりが付いて居たね。お勉強かいね。」
「あい、60過ぎの手習いで、若い頃、ファンだった西部先生のゼミナールで、聴講生遣ってるだいね。」
「勉強とは、学のある人は違うね。」
「そうじゃ無いせ。テレビのニュース番組を見ても、面白くもないから、西部先生の独特の雰囲気を楽しませて貰いながらのボケ防止だわね。何しろ、先生も道産子でせ。あの語りの緩やかなテンポが、丸で、ギスギスした角が無いから、何んともゆったりしていて、癒されるって感じなんだよね。そんな事で、リラックス気分で、色々お勉強させて貰っているだいね。

 偶々、このゼミナールにネットでフラフラ迷い込んでさね。教養番組見たい物だわね。ゲストさん達は、テレビで余り見かけない人達だから、新鮮だよ。マスコミさんには、右翼だとか保守なんて、レッテルを貼られて居るんだけど、至極、真っ当なオーソドックス手法の大先生だわね。先生のお人柄に学生達が、小じんまりと集まる大学の小ゼミ見たいな雰囲気が在るんだわね。あれが、北海道の味なんだわね。
 まぁ、単位を取る学生じゃないから、ニヤニヤしながら、世の中には、色んな人が居られるものだと感心しながら見てるんだわね。Sちゃも、インターネット遣れば、面白いし、何かと雑学が溜まって行くんね。凝り性だから、知力がグングン上昇するんね。イッヒッヒ!!」

「俺は、もう歳だから、マラッカ海峡の方が、グングン上昇させたいんだがね。ヒヒヒ。まぁ、お兄ちゃんが、推奨するゼミナールなんだから、味が有って好い番組なんだろうね。機械物は、チンプンカンプンで敷居が高過ぎるわね。
 今回も、たっぷり読ませて貰ったけど、何時もながらに、好い味が出て居たよ。何気ない、ロートルの日常目線の端々に、本当にチョコンとした出来事に目を向けて、それを社会問題・経済・政治・歴史・家族の在り方・Tさんとの友情の在り方・小鳥金魚などの小さき者への眼差し・地域の在り方に、目を向かせてくれる。それが、お兄ちゃんの文作の好い処だわね。

 こうこう、こうだと、上から決め付けずに、下から目線、普段着目線で、自分の思いを忍ばせて行く。気分の持って行き方が、俺には、うんとこさ読んで居て、楽しいんだわさ。

 難しい事でもさ、そこいらのゴタ話にしちまってさね。やれ、シャクレ芋、長芋ローション、アナザーホールに赤い蝋燭・黒い蝋燭までが登場してさね。高度なご講話をエロ話に、焼き直して笑わせてくれるんだじ。カカアの野郎は、ゲラゲラ笑っている俺を、馬鹿にしてるけど、毛饅頭だって、舐めて喰って見なきゃ、実の処は分かんねぇのによ。
 これ読んでりゃ、松本図書館に迄、のこのこと本なんか借りに行かなんでも、損は無ぇもの。カカア、娘の減らず口なんて物は、ケッケッケェ~のケツの穴ってなもんさね。

 俺あ、え~と、あったあった。『帰らざる河』なんてのは、繋げりゃ長い真面目話をさね。チョコ、チョコと適当な長さで分断してさね。それをサラサラと流してさね。モンローとミッチャムの、ホレ、そこの西部劇ビデオだわね。
 それを息抜きに使ってだよ、NHK・政治家に咬み付いて小沢一郎の方程式をバッサリ斬ってさね、ゴロツキ中国を扱き下ろしてくれる。俺ぁ、学が無ぇから、言葉も文章も書けねぇけどさ。それをポンポン代弁してくれているから、溜飲が下がるって物さね。それでさね、生意気に新聞・テレビの受け売り能書きを垂れる偽物野郎に、俺が、お兄ちゃんの受け売りをして遣るだいな。

 それが、おもくれぇだよ。野郎共、中身の無ぇデカイ活字だけの能書きだから、起承転結の具体論なんて、上等な物は持ち合わせちゃ居ねんだわさ。チョイとさね、横から変化球投げて遣るんだよ。野郎共、馬鹿だから受けれねぇんだわさ。へへへ、
 其処で、俺様がチョイと講釈垂れて遣るんだわさ。その仏頂面が、傑作さね。ギャハハァ~!! 歳喰って、真面目だけじゃ~、ロートルの脳味噌は、カビが生えるだけだわね。同じ菌類でも、キノコは腹の足しには為るけど、カビじゃ中毒死が関の山ずらよ。ざまぁ、見遣がれってなもんさね。
 無駄事こきぁ、俺様を誰だと思って居遣がる。俺ぁ、軽く日本の檻から飛び抜けて、ベトナム、フランス、スペイン、エゲレス、メリケンにまで、名を馳せる斜向かい色白吟様じゃい。控え居ろう~、このマラッカ海峡・シャクレ芋の股ぐらが見えねぇか!!って物だわね。ギャハハ~。

 そして、締め括りが、此処だ。ノーリターン、ノーリターン、日本人よ。大事なキンタマを恩知らずの中共・赤経済の川に流してしまえば、二度と再び、日本人の心は帰って来ないんだよって事でしょうが・・・ そんな文章のテーマを、帰らざる河のマリリン・モンローの哀愁を帯びた歌で締め括る。
 こんな芸当は、唯の好色・助平オッサンが書ける訳が無いじゃないのよ。大したもんだぜや。俺ぁ、只でビデオ、DVDを借りて、こんな面白くて為になる文作を読ませい貰ってだね。それで、真っ当な読書感想をお返し出来ねぇなんて事じゃ、『下郎、其処へ直れ、打ち首にしてくれるわ~。』なんて、事に為っちまうがね。ギャハハ!!」

「やいやい、えらい褒め方をしてくれるじゃねぇかい。これじゃ、午後は、お空さんがおごっつぉ(御馳走)頂戴した物だぜや。そう為りゃ下衆の胃腸だわね。消化不良で、腹下して、下痢雨に為っちまうんね。日課の散歩が出来ねぇじゃんかい。」
「今日は、日曜だから、散歩なんかする事ぁ無いわね。ごごは雨だってよ。休息日でも罰は当たらんわね。
 おっ、昼の時間だわね。お婆ぁちゃんの食事を作って遣りましょや。なんたって、お兄ちゃんは、ロートルの明星の星だぜ、頑張って文作しておくれや。イッヒッヒ。」

 へへへ、物は云い様である。昨日とは、打って変っての曇天寒空である。斜向かい色白吟さんも、確り厚手のポロセーターを着込んで居られる。さてさて、昼飯の支度に掛りましょうかね。午後は、ボチボチ日記を打ちながら、続きの文作を印刷した後は、眠く為ったら即・昼寝の態勢で映画でも見ましょうかね。

 女日照りが、玉に疵のロートル賄い夫の日々ではあるが、ご近所に、こんな奇特な御方が居るのであるから、お天道様に感謝するのが先決であろうか・・・

心何処ーショート ヤクザもどきの二人
               ヤクザもどきの二人(10/23/10)
 お迎えのTの車を待たせて、庭の柿の実を高枝鋏で採って、お裾分けとする。何日振りかの青空に、燦々と降り注ぐお天道様のお日和である。Tは、早速、柿を頬張りながら、ゆったりと構えている。

「こっちの柿は、干し柿用の渋柿だ。今年は、少ないから、高級和菓子にするしか無いわな。11月に入って、十分糖分を回してからの、皮剥きだ。数が少ないから、大粒だわな。 
 まぁ、完成したら、こっそり一人占めして食べなよ。甘柿の方は裏年で数が少ないから、結構デカイだろうが。」

「おっ、了解。期待して、待ってるぜな。果物は、捥ぎ立てが瑞々しくて、美味い。
おう、これが重宝して居る梅干しの木か。中々の老木じぁないか。庭は、物生りの木があるってぇのは、好い物だな。あはは。」

          コーヒースタバの二階席は、誰も居ない。

「おやおや、貸し切りかいな。初めてだな。」
「アハハ、土曜のこの時間帯は、柄の悪い『ヤクザもどき』のご来場の噂が立って、敬遠のお時間なんだろうな。」
「へぇー、そうかいな、堅気のお人から見ると、俺達ぁ、立派なヤクザかいな。
こんなに、男っ振りが好いのに、世間の目は曇り切って居るんじゃないの。困ったご時世だわな。男の価値が、丸切り分かっちゃ居らん。イッヒッヒ~。
 それじゃ、折角のご配慮だ。好い所に、陣取るかいね。」

 本日は、朝に見て来た<ももたろうの中国ぶらり旅日記>さんの中国時事問題情報に基づいての感想から入る。私は、そのブログ管理者さんには甚だ失礼ではあるが、中国が嫌いなのである。
 Tも、森に暮らすひまじん日記さんの<中国は後出しジャンケンの達人>のブログ記事を持ち出しての話の対応である。その次は、<西部邁ゼミナール>に進んで、ヤクザもどきのロートル談笑を進める。

 早急な経済大躍進の前に、中国の広大な大地は、悲鳴以上の断末魔の呻(うめ)きを上げているとの事である。団塊世代としては、荒れ狂う大学紛争と公害の真っ只中に、多感な時期を過ごしている身である。
 ももたろうさんの報告記事を読むと、その当時の日本の姿を通して、容易に類推出来て、大中国の隠して置きたい大陸内部のグチャグチャ振りが透視出来る感じである。

 初めて中国に行った時に感じた張り子の虎の感想が、今、沸騰点に達して来ている様な感じすらある。日本の戦後の社会現象のさまざまな事が、何十年遅れかで、経済大躍進の光と影の形で、大規模に露呈されて来ている姿である。

「俺はさ、日本・韓国にしろ、オリンピックで経済を達成した国は、学生運動によって、社会の歪みが追及されながら、社会意識を変えて行く物だと見て居るんだけどさ。オリンピック、万博を矢次ぎ早やに、共産党の国威発揚として演出して終った中国の無理の付けは、完全に中国の土台骨を浸食していると見て居るんだけどさ。

 レーガンとの軍拡競争に、ソ連が崩壊した様に、その日は必ず遣って来ていると思っているんだわさ。ソ連は、ゴルバチョフさんが居て、それを正直に国民に知らしめた。
 然しながら、中国人に、ゴルバチョフさんの様な国家主席が登場するか否かは、限り無く絶望に近いだろ。中国の長い歴史を見れば、兎に角、内乱の漢民族でしか無いだろ。

 今は、経済成長率ばかりが、取り上げられているんだけど、国内の歪(ゆがみ・ひずみ)みのグジャグジャ振りは、日本人の想像を絶するほどのマグマの滾(たぎ)りだと、見て居るんだ。
 尖閣問題へのデモの内実は、現体制への不平不満の乗り移りの方が、パーセンテージが上だと思ってるんだ。世の中にはさ、代理出産ばかりじゃないんだわね。代理デモ、便乗デモってぇのも、ちゃんと存在してるんだぜ。
 経済発展のハウツーが発達している分、その経済実績は早いと云うよりも、超特急の現象だろうさ。そして、その影の部分も、超特急だわさ。光と影の歪みに、如何対処して行くかは、超特急の時空間の中で、神業を持ってするしかあるまいよ。他人事だけど、如何するんだろうね。これはさ、実に興味深い時代ウォッチングだぜ。

 それが証拠にさ、<サッカーのマラドーナと食事をするには、一体幾ら必要か>との記事には、オークション落札価格が244万円だとよ。その記事写真に写っている中国人の写真なんかを見ると、この連中が、そんなに稼ぐ経済人の顔かと思うほどの、迫力もインテリジェンスも、何も感じられないのっぺりした連中ばかりなんだよ。

 経済的立志伝を伺わせる様な顔付きなんか、一人も居らんぜや。かのお国柄は、賄賂・袖の下天国の人治国家なんだから、共産党幹部の美味い汁だけを吸うファミリー企業のボンボン連中の体付きと顔付きだぜや。中国の長い4000年の歴史なんて、豪語して居るけど、その内実は単なる征服王朝の歴史だろうが・・・ 

 清王朝が滅亡して、内乱・内戦の果てに登場したのが、共産党王朝でしかあるまいよ。征服王朝のする事は、精々が美味しい物は、少人数で食べ尽くすって云うのが、大鉄則だろうが。そんな体制下で、一番厄介な物が、一般大衆の知識向上から来る体制批判だろう。一般大衆に、知識と云う分析方法を身に着けられたら、忽ちにして手の内がバレて、施政者なんて物は、遅かれ早かれ、袋叩きに遭って殴り殺されてしまうのが、落ちでしょうが。

 敗戦占領国日本は、GHQの戦前戦中書物の焚書・思想・思考検閲・情報統制されて、長い時間を賭けて、日本人のマインド・コントロールされて来ただろ。
 でもさ、ヤクザもどきにしか見えないと云われている俺達だってさ、高校卒業して、大学に行って居りぁ、少しは活字とお付き合いをするわね。そう為りゃ、高校までに教わって来た物と比較して、少しばかり手前の脳味噌で考えて見りぁ、どっちの言い分が腑に落ちるか位の事は、馬鹿じゃ無きぁ判断出来るぜや。それが、知識の有効・有用性って物じゃ無ぇのかい。

 それをさ、ただ単に、『そんな事は、学校で教えられませんでした。』で、スルーしちゃうんだとさ。言いたかぁ無ぇが、そんな物は、人間じゃあるめい。ロボット、ペットだろうが。政治家・マスコミの野郎共は、全部義務教育の日教組教育の所為にばかりしているけどさ、冗談こくのも好い加減に晒せってなもんだわな。

 疑問に思ったら、自分で調べりゃ好いんだよ。友達と疑問をぶつけ合えば好いんだよ。それが、青春って物ずらい。土台、教師なんて物は、そんなに大した連中じゃないだろうが。それだから、一丁前に、教師に反発するんでしょうが。感性も能力もズクも無ぇ奴等に、勉強なんかさせる必要は無かんべや。デカイ声じゃ言えないけどさ。勉強嫌いの俺が言っているんだから、一理あると思ってるんだけどさ。ギャハハ!!」

「そうなんだろうな。そう云えばさ。お前のフィリピン・ルソン島の大台風話で、『パパァ~』の行なんかは、腹が痛く為るほど、笑っちゃったんだけどさ。
 でもなぁ~、あの記事読んでも、経験の無い人は、何の事っちゃ~、信州のオッサンは、何を言いたいんだろうなんて、変な人、アタシ、分かんない~って、スルーしちゃうのが関の山だぜ。
 飲みに行っても、精々がヒソヒソ話の口説き文句で、ラブホテルだろう。蹴飛ばされたり、ビール瓶で頭殴られる処までは、行かんぜよ。ひひひ。」

「何をこいて、俺は精々が、<この助平>って言われて、禿げ頭をペチャリか、ソフトキック位なもんだぜや。ビール瓶で、頭ブン殴られるほど強引じゃ無ぇわさ。
 お前さん見たいに、得意の柔道技のハガイジメで、自由を奪われて、唇をチューチュー吸われたんじゃ、ロシア女じゃなくても、<バカヤロー>って、ビール瓶に、果物ナイフだぜや。ありゃ、国際的に言っても、200%のルール違反だぜや。」
「おお、あん時か、そう云うRは、ドサクサに紛れて、又ぐらに手を入れて、漁夫の利かまして居たじゃないか。油断も隙も有ったもんじゃないわ。」

「師匠、何を仰います。ロシア女性が、大股開いて抵抗して居る痴態は、淑女としてハシタナイ様でしょうが。お又を閉じさせて遣ろうとするのが、紳士のエチケット助成だわね。ギャハハ~。」

「白らばくれやがって、調子の好い事言うな。手前は、とんでも無ぇ、助平オヤジじゃ無ぇか。俺は、ビール瓶で、目から火花が飛び散って、酔いが醒めりゃ、ボコンと大タンコブだったぜや。」
「あれ、インテリさんが<虎穴に入らずんば、虎児を得ず>って言葉を知らねぇのかい。俺なんか、Tの行動を目前に観察させて貰って、『流石に女道の達人だ。<仕留める時は仕留めるの蛮勇が必要>と、所詮、育ちの好い、引っ込み思案の俺には、あんな「滅我」の行為は出来ん。女道は、スッパリ諦めたと断念した』んだぜや。
 何て云ったって、俺ぁ、『名を惜しむかな、男故に・・・』だぜね。へへへ。」

「ほぅ、そう来たかい。物は云い様だ。知らない人が聞いたら、俺は野獣か山賊じゃねぇかい? 丸切り、女の敵だわな。へへへ、まぁ、正体がバレ無いから、俺は、何書かれても、知った事無いけどさ。どうせ、ある事無い事、発信するんだろうが。
 まぁ、俺は、あなたとのお付き合いで、色々と面白い経験をさせて貰ったぜや。元気だった頃はさ、定年後は南洋の島で、屋台でも引いてお前と二人、助平オッサンをするのが、夢だったんだけどな。人生って奴は、中々、思い通りには進んでくれないものだぜや。」

「まぁまぁ、お互い、真面目に賄い夫をこなして居りぁ、<待てば、回路の日和あり。>だわさ。晴れて自由の身に為れば、好物の専門科目実行が叶うズラよ。」
「そうだいなぁ~。得意科目と為りゃ、反射神経で、勝手に体が動くぜな。好奇心に素直な処が、共通項だぜな。幸い、好みが違うから、バッテングもしねぇしさ。へへへ。」

     遺憾いかん・・・ 二人で居ると、如何して、こう為るのよ~。

 本日のコーヒータイムは、本当は日本の幕末~現代に至る日本人の精神性の変遷についての歴史考証をして見た処なのである。その間の知的空間を文字表現する心算であったのだが、脳味噌のブレイクタイムに、出て来たチョイの間の好色話がメインに為って仕舞った。返す返すも、慙愧の念、消え去らぬ処である。

 Tが、時代劇に登場する煙管(キセル)煙草セットをプレゼントしてくれた。『小粋』と書かれた刻み煙草である。シガレット煙草に、パイプ煙草、それに煙管煙草である。北アメリカのインディアン煙草から、端を発した煙草の歴史も大した物である。嫌煙運動華やかなる21Cの御代ではあるが、各時代の煙草道具を知って置くのも、ロートル戯けの好奇心と云う物である。

 本日も、取り留めの無い長駄文を打って仕舞った物である。私の戯け文章は、読むに値せずでありまする。ご訪問者各位にあらせられては、本日紹介の『ももたろうの中国ぶらり旅日記』さんと『森に暮らすひまじん日記』さんの記事をお読み下さい。そして、お時間のある御方は『西部邁ゼミナール』などをご覧下されば、西部先生の面白い雰囲気を楽しむ事が出来まする。


心何処・・・湯上がりトークの図
                 湯上がりトークの図

                  湯上がりトークの図

 本日も、長いだけが取り柄の長駄文とのお付き合い、お疲れ様でした。何も無い豊富な温泉だけが、最高の好さとする浅間温泉は、一番下の200円の温泉銭湯・港の湯のイメージ絵でありまする。片方のスキンヘッドのモデルが様に為りませんので、デカバンの模様柄に手を加えて見ました。ロートル男二人の戯けトークの一助と為りますれば、ウッシッシの喜びとする処でありまする。へへへ。


心何処ーショート へへへ、午後はトーク日に為りにけり。
        へへへ、午後はトーク日に為りにけり。(10/22/10)
 久し振りの、何も無い温泉銭湯である。<おお、熱、熱い>と、顔を顰めながらのソロリ、ソロリの腰落としである。首まで湯に浸けて、暫くの間は動かずに、湯熱に体を馴染ませる。足を徐(おもむろ)に伸ばして、<ふぅ~、ああ、好い湯だ~。>と湯船の中の身体伸ばしである。
 無色無臭透明の熱い湯である。掛け流しの湯口に腕を伸ばして、両の掌に湯を汲んで、ゴクリ、ゴクリの温泉ミネラルを飲む。湯は、微量の塩分が含まれている。

 風呂には、私と同年配の痩せた先客が一人入って居る。彼は、湯船に長く浸かって居る。身体が温泉温度に馴染んで居るのであろう。きっと、大分前から風呂に浸かって居るのだろう。湯船から出ると、シャワーのある洗い場で洗い始めている。きっと、街場から車で来ているのであろう。

 子供の頃からの近場の常連客は、総体としては、タイルの床に、ベッタリと胡坐を掻いて、直接湯船から湯を掬って、身体を洗う。NHKの『普段着の湯』では無いが、地元の人間と湯の関係と云うのは、多分、そう云う物なのであろう。どっかりと胡坐を掻いて、湯船から直接に湯を掬って風呂に入らないと、普段着の風呂には為らないのである。

 家庭風呂とは違った解放感とゆったり感がある。私はじっくり湯に浸かって、決まって二度洗いをしてしまう。先ずは、たっぷり固形石鹸を垢擦りに塗り込んで、上気した身体を力任せに洗う。垢擦りから出る垢の多さにニンマリして、今度は、タオルで軽く二度洗いをする。湯温に馴染んだ身体を、じっくり湯船に沈めて、たらりたらりと汗を掻く。
 湯から出ると、鏡に向かって、スキンヘッドと髭剃りに時間を掛ける。スッキリした後は、壁を背にタイルに足を伸ばして、湯船から掬った湯を掛けながらのリラックスタイムである。

 男の化粧とは素の手入れ、女と違って、こんな事である。兎角、スキンヘッドは、剃るだけで光るのであるから、安上がりこの上ないのである。ギャハハ!!

 久し振りの時間を掛けての温泉銭湯であるから、ぽっぽっと体内から汗が噴き出して、暫く汗が止まらない。本日の番台さんは、元公務員か教師の御隠居さんである。今でも、好男子の紳士顔なのである。然しながら、何しろ、寄る歳並みの御隠居さんである。ラジオを掛けながらの、番台の小さな掘りコタツで、こっくりこっくりの半分船漕ぎである。

  さてさて、汗が退くまでの間は、お相手して頂かなくては為るまい。

「ダンナ、仙谷長官の『柳腰外交』は、どんなもんだいね? あい。」
「まぁ~ず、今時の職業政治家は、何を考え居るんずら。俺ぁ、もう、情けなくて、涙が出るわいね。腑抜けで、話に為らんね。日本の国を、政治家が先頭に立って守らずに、何の国の指導者だいな。
 たんまり歳費を貰って、自分達が特権階級にでも成った様な料簡じゃないかえ。国に仕えるって気概が丸で無い顔付きばかりたわね。何か不祥事が有れば、スピッツ見たいに、ギャンギャン吼え立てるばかり。そもそも、顔付から、為っちゃ居らん。言う事も、姑息でいかん。」

「そこせ。国会は、裁判所じゃあるめいに、弁護士出身の仙谷さんが、国会で一流の法廷劇を力演しても、お門違いずらい。そんなに、法廷劇を演じたいのなら、弁護士に戻りゃ好いんだわね。国益を賭けた国会劇で、法廷劇で逃げようなんて、許せねぇんね。三・角・大・中以後の政治家は、本当に質が劣化しくまっちゃっているわね。情けねぇやね。」

「そうだだよ。村山談話以後、日本外交は、謝りし放題。敗戦で、手打ち式は、遠の昔に御破算に為ってるんだ。日本人だけの社会だったら、外交辞令で過去を謝る気持ちを滲ませるのは、謙虚の美徳の一つなんだけどさ。
 文化の違う国の人間に、そんな事をしたら、付け込まれるだけの愚挙中の愚挙なのにさ。今時の職業政治家なんて連中は、大学は出て居ても、一般社会常識も無けりゃ、国家常識・歴史常識も無ぇんだよ。気位ばかり高くして、威張って居ても政治家には為れんぞ。と思ってるんだけどね。
 歴史科目は、不可の癖して、小学生の算数だけは長けている。電卓叩いて、手前の懐算用してるだけずら。一着150~60万の衣装着てさ、化粧決めて、事業仕分けの個人的なスタンドプレーしてさね、派遣切りの大企業の肩持って、何が雇用の確保に円高阻止で、2兆円の買い支えだとよ。円高だったら、その銭をみすみすドブに捨てるんだったら、国の金で海外の資産を買い漁りゃ好いんだよ。世の中は、プラスとマイナスで出来て居るんだ。物は、考え様だわね。腹立って、しょうがねぇんだよ。」

「俺も、そう思うんね。野郎どもには、本質的には、能力と遣る気が無いんだろうね。職業・立候補の自由も、屁ったくれも無ぇさね。こう為りゃ、国家改造計画で、国会議員資格を作る必要があるんね。定数削減・歳費削減だけが、お題目じぁ無ぇんね。
 俺ぁさ、先ず、大学卒業したら、自衛隊に4年、次に第一次産業の農・林・魚業の中から一つ選んで3年、第二次産業の鉱工業・製造・建設に、同じく択一で3年。第3次産業の卸・小売り、金融出3年。選挙で落選一回を経験させて、当選の方向に持って行くしか無ぇずらい。素質と気概の無ぇボンクラ連中には、キャリアディベロップって奴で、必須科目のレールを敷いて、スパルタ教育して行くしか無ぇんね。
 グローバル巨大企業か何か知らねぇが、人間使い捨て、扱き使い三昧で、役員報酬何億と株主厚遇の苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)の『吸血鬼経営』が罷り通る。あれだよ。高橋秀樹の桃太郎侍が出て来たら、<不埒な悪行三昧の数々、桃から生まれた桃太郎、見事退治してくれるわ>ってな物で、えらい事になっちゃうんね。イッヒッヒ~。
 それとさね。敗戦後、女が滅法強く為り過ぎたご時世だぜせ、晩婚ついでに、女に徴兵制を敷いてさね、権利と義務を叩き込んで来て貰うってぇのは、如何ずらい? この際、国防意識を確り持って貰って、子育て・家庭の<要の位置>を負担して貰うって寸法さね。」

「やぁ、好いねぇ。そうなりゃ、名実ともに、男女同権平等の確りした日本人の家庭教育の立て直しに為るかも知れないね。とどのつまりは、家庭・地域が確りしてさ、皆が、挨拶を交わして、互助・共存・共栄の人と人の繋がりを深く強くして行く事だと思うんだけどなぁ~。何でもかんでも、個人個人の風潮は、日本の文化には、合わないと思うんだけどなぁ~。やあやぁ、面白い話が出来て、好かったわいね。又、話ししておくれや。」

「あいあい、陽気も寒く為って来たぜ。銭湯通いの復活だわね。又来るぜ、話に付き合っておくれや。はい、有難うござんした。」

 風呂から出て来ると、外には同町内の昔新婚さんの姐御様が、これから自転車に乗ろうとする処であった。自転車の前カゴには、温泉ミネラルウォーターのペットボトルが入って居る。姐御さんは、それでコーヒーを飲むのだと言う。自転車を押して、暫くお話のお相手を仕る。

 途中で自転車に乗って、パン屋でパンを買い、メインのウィスキーを買って帰る。帰って来て、未だ温い温泉ミネラルウォーターをコップに注いで、煙草を吸っていると・・・

「こんにちは~。○で~す。おバァチャン居ますか。」
「ああ、居るよ。部屋に居るから、上がって居てよ。煙草吸ってから行くから。」

 結婚間近の倅の嫁さんである。母に、結婚式の為に、オムツを買って来て呉れたのである。今日は、勤めが休みとの事である。
「はい、お父さんには、これ誕生日祝い。」と言うから、おやおや、誰に聞いたの?と聞くと、
「四日違いなんですってね。だから、1年で、四日だけ威張れるって言ってましたよ。お母さんに聞いて来ました。アハハ、仲が好いんですね。」との事である。

「あいつは、生意気でいかん。真似するなよ。そうかね、お返しは無いから、俺のブログ日誌綴りでも、持って行って読むかいな。1ファイル100頁前後だから、暇潰しには為るぞ。仕事柄、入院患者さんにも、読ませて読書感想文を貰って来てくれや。
 面白かったら、イカレ男好みの、女房子供には内緒の顰蹙旅行記が、ガッポリあるから、施設で貸し本屋を遣れっちゃ。まぁ、俺の娘に為るんだから、徐々に毒を舐めさせて、手なずけて行かなくちゃ、俺が孤立しちゃうからな。今でさえ、俺ぁ、孤軍奮闘のザマだからな。明日の光の見えない未来ほど、切ない物は無いって云うからな。アハハ。」

「ええ、★さんからは、ユニークで怖いお父さんのエピソードは、色々、聞いていますからね。お父さんの文章を読める嫁なんて、世の中、そうザラには居ませんからね。興味深々ですよ。」

「おやおや、乗せ上手じゃないの。毎日、読みに来てくれるお人達が居るんだから、まぁまぁ、好い線行ってるんじゃないの。毒徳(ドクトク)な文章で、中毒患者に為って仕舞ったって、最大限のコメントも頂戴しているから、きっと、話のネタにも為るかも知れんよ。ギャハハ!!」

 倅も、好い嫁さんを見付けて来た物である。母の部屋で、忽ちにして、笑劇場を立ち上げて、またまた、戯けトークを仕出かしてしまった。車に彼女をお見送りすると、風呂の脱衣場の出窓を開けて、母がニコニコと手を振って居る。

「化粧も薄いし、ケバケバした処も無いし、自然体で伸びやかで朗らかで、好い娘さんだ。★も、好い嫁さんを見付けたものだね。でかしたって、息子を褒めて遣るんだね。好かった好かった。」

 と母は、嬉しそうに何度も頷いて居る。はいはい、左様でゴザンスよ。最大の婆ちゃん子の孫が、プレゼントしてくれた婆ちゃん孝行の図なのであろう。目出度し目出度しである。

心何処ーショート 散歩代わりと致そうか
             散歩代わりと致そうか。(10/21/10)
 静かに雨が降り始めている。雨を受けて、雑木の黄葉が、時折ガサリと落ちる。昨日に続いて、陽の無い小部屋である。水槽の金魚達も陽に光れずに、緩い泳ぎを繰り返して居る。庭の百日紅、柿の葉も、静かに黄葉と落葉が進み始めている。庭の苔が、何んとも秋の侘びしさに風情を以って、応えて居る。楓のキジバトの巣には、母鳩が座って、私を黙って見降ろして居る。

 昨日のラジオでは、何処の地方かは聞き漏らしたが、早くもジョウビタキが渡って来たとの事である。便りのそれは、オスであった。そう為れば、今年は雑木に緑の葉が残っている内に、メス・ジョービタキのバルディナさんが無事ならば、黒い円らな目で、御挨拶に来てくれるのであろう。

 フェンス前の南天の実も、大きく赤味を差して来た物である。その緑の葉に、小さな風が動きを見せている。濡れたアスファルトに、小さな水溜りが出来て、中休みの雨が小さく落ちて居る。土手道を、通勤の車が雨の道路を、シューと切って行く。

    母の動きである。さて、朝の賄い夫を開始しましょうかね。

 朝食後のご機嫌伺いの戯けトークをした後は、小鳥の世話と真似事掃除である。雨で外にも出られぬから、塩抜き、塩漬け野菜を水洗いして、残り粕に漬け込むと致そうか・・・

 店を開いてしまったから、散歩代わりに台所仕事に精を出す事にする。部屋から携帯ラジオを持って来て、胡坐仕事である。作り置きおかずも作って置くべきである。粕漬けの発泡スチロールの箱を空ける為に、出して冷蔵庫に入れて置いた、酸味が差して来た大根を、刻んでピプルス風に、酢漬けにして見る。如何為るかは、食して見ないと分からない。

 失敗して、元々である。優等生風に考える必要など、殊更あるまい。作るのも整理するのも、私しか居ないのである。何事も、経験の中にこそ、酸いも辛いも、美味も有るのである。
 
 作り置きオカズは、タッパに入れて、熱を冷ます。女房のして居たのを真似て居るだけである。さてさて、台所仕事も終えて、ウィスキーの瓶を取れば、一杯分しか無い。これでは、買いに行って来なければ為るまい。温泉銭湯経由では、ウィスキーは買えぬ。
 まぁ、好いか。どうせ自転車なのであるから、風呂に浸かった後は、大回りして買って来れば好いだけの事である。全ては、命令する主人であり、命令を実行するのも、己自身の日々である。

 世の中は可笑しなもので、時間を弄ばしている時に限って、斜向かい吟さんの登場は無いのである。最後のウィスキーで、ホンワカ好い気持ちである。雨は止んだ様である。温泉銭湯に赴き、温泉ミネラルウォーターとウィスキーでも、買って来ましょうかね。外の空気に当たってくれば、何かしらの目の保養、思索の足しに為るやも知れぬ。

 昼間から、妄夢に浸って居ては、娑婆の皆様に申し訳が立つまい。へへへ。


心何処・・・悪夢の主役
                  悪夢の主役

                 悪夢の主役_001


 先日の妄夢に、挿絵が無いのは、私の流儀に反する事で有る。然しながら、妄夢を其の儘に、緻密に表現してしまったら、大変なお叱りを受ける。然りとて、『悪夢の主役』として、表現する為には、如何、鉛筆を走らせるかが、大問題なのである。斜向かい吟さんからは、この頃、挿絵が無いから、淋しい限りとのリクエストで有る。

 言い分、御尤も為れども、<見るは易く、描くは難しき障害あり。>と言わざるを得まい。思案の揚句と云うのは、真っ赤な嘘で、酌婦とロシア軍女隊長をば、素直に合体させて見ました。へへへ・・・でありまする。

 さてさて、男族は、『各部』に如何なる連想を働かせ、女族は如何なる感想を持つかは、是即ち、性差の違いとも云うべきで有りましょうや。絵はクリックすれば、大きく為りまする。

 本日、薄暗き曇天にして、寒う御座りまする。本日、居住区を掃除致しまして、淀んだ空気を一掃すべく、窓・戸を全開と致して居りまする。寒い訳で有りまする。とほほ為り。

心何処ーショート 昼散歩ついでに、季節の味。
            昼散歩ついでに、季節の味(10/19/10)
 2時を回って、昼散歩に出掛ける。正規コース2時間弱の行程である。畑の大根も、大分、大きく為って居る。落葉し始めたぶどう畑には、収穫されて居ない規格外ブドウが、結構付いている。農家の人が居たら、安くガッポリ買って、自家製ワインでも作って見たい物である。
 過去に、二度ほど試した事がある。二回とも、成功して家族みんなで飲んだ経験がある。古来より、『猿の葡萄酒・猿酒』などと呼ばれていたのであるから、容易に自然発酵するのである。自然界は、菌の宝庫。物事を難しく考える必要は、更々無いのである。

 折り返し地点のH橋の袂には、早落ち城址の入り口と為って居る小さな神社がある。この処、毎日の様に長野県では、熊の出没事件が報じられている。キノコの季節であるから、キノコでも見付けて行こうか・・・よもや、熊は出まい。

 メタボの身体をヒィーコラ、ヒィーコラして、山道を上る。一応、念の為であるから、適当な木刀替わりの棒切れを手に、杖代わりにして登る。人一人歩くだけが、精一杯の急な小道である。蛇・物音に気を付けながらの山歩きである。

 居ました居ました。アオダイショウが、細い顔を出して居る。早速、木刀の先で、頭をコツンと叩いて遣ると、口をパックリ開けて、痛がっている。木刀の先を蛇体の中心辺りに、グイと差し込んで、山の斜面に放って遣る。蛇の持ち方は、斜向かい色白吟さんの蛇トークを実践した処である。木刀の先で、力無くのたうっていたにも拘らず、アオダイショウは、ザザッと茂みの中に逃げ込んだ。些か驚いた。

 熊に出喰わしたら、死んだ振りをしろとは云うが、蛇は人間に頭を叩かれたら、死んだ振りをしろと教えられているのだろうか・・・これまた、へへへである。

 アミタケの類は、山道の端に顔を出して居る物である。期待したのだが、僅かばかりである。ハツタケが結構生えて居る。帽子を脱いで、中に入れて行く。大きな見栄えのするキノコが、ボコボコと松葉を持ち上げて居るのであるが、食べられるキノコか如何か? 

 ウラジオストクのルースキー島での三泊四日、シングルママさんに付いて、林の中へキノコ採りに行った時に、彼女がごっそりと収穫したキノコに好く似て居たのだが・・・キノコの区分けが出来ないのであるから、仕方が無い。

 あの時も、「あなたは、ダメですねぇ。何をしてるんですか? あなたの目は、何処にありますか? 今日のディナーは、ロシアのマッシュルームです。クッキングは、私がします。とても、美味しいですよ。大人4人に、子供2人です。目開けて、頑張って下さい。OK?」などと、散々にからかわれたのであるが、奥ゆかしい私には、知らないキノコには、手が出ないのであった。収穫量に絶対の差を付けられて、明るくからかわれつつ、金髪美形さんの後に付いて、林の中を浜のバンガローに下って来たキノコ音痴なのである。

 その日の夕食には、ごっそりとキノコのバター炒めが出たのであるが、私の箸は、味見程度の箸運びであった。ロシア人さん達は、美味しい美味しいと全部平らげて、元気であったから、安全キノコであったのである。

 まぁ、安全パイのキノコで、帽子が略一杯に為ったのである。キノコ中毒で地方紙にニュースを提供しても、阿保らしい。何しろ、私は奥ゆかしい男なのである。

 早落ち城址の辺りで、眺望を楽しみながら、小休止である。北から登ったのであるから、南への山道は、広くて眺望が利く下り坂である。右手=西の斜面は、羊の放牧場に為って居る。その横を下れば、この山の裏手の集落へ通じる道路が有る。安心な、アスファルト道の中央を下って行けば、何時もの散歩コース・山際の道に合流するのである。

 薄日の差す山のアスファルト道路には、二つに切断され日干らびたシマヘビの轢死体が有った。蛇の多い所なのであろう。マムシにご用心である。

 山間の柿の木は、既に粗方が落葉して、黄橙の柿の実がたわわに実っている。平地部と山間部とでは、温度が大分違うのだろうか・・・黄葉・落葉は、日格差が大きく為ると、一気に進むとの事であった。山木立の一人歩きは、身近に視線が行ってしまう物であるが、やはり、一人散歩では視界を拡げて歩かないと、勿体無いの気持ちがするものである。

 途中山歩きが加わったから、結構な歩き出に為って仕舞った。河川敷に下りて、筋肉痛に為らぬ様に、ゆっくり均し歩行である。胸のポケットには、双眼鏡を忍ばせて来たのであるが、本日、双眼鏡のお出ましには為らなかった。

 夕食には、早速、アミタケの味噌汁を作った次第である。へへへ、これも田舎暮らしの季節の味である。


心何処ーショート のんびり物臭モード
               のんびり物臭モード(10/19/10)
 今日は、国会中継が無いとの事で、ラジオビタミンのお二人は、嬉しいらしい。私の方は、昨日の馬鹿話を読み直して、数か所加筆して、<淫らさ>を挿入する。それを読んで、ニヤニヤして居る処である。
 これで多少は立体的読み物に為るやも知れぬ。ブログ記事の精書・保存版は、斜向かい色白吟さんの独占的読書と為る。昨日は、賄い中の顔出しであったので、お相手が出来なかった次第である。何か話したかった模様ではあるが、私にも手の離せない時も有るのである。イッヒッヒ!!

 臨場感を出す為に、幾つか細工を施して置いた。今回用の印刷は、10/10~17であるから、次回分と為る。どんな書き物も、書き手の手を離れてしまえば、後は読み手の妄想力の独壇場である。上沼女史の又ぐらから、どんなバタフライが登場して、ロシア軍女隊長の鞭が炸裂するかは、私とは一切無関係な想像・夢想の世界である。どんな感想を持って来られるか・・・

 一人読書のゲラゲラ笑いのハシタナサに、女房様から蔑みの冷笑を頂戴するも好し、真面目な顔をして、ナンチュー夢を見て居るのか・・・ 『馬鹿に付ける薬無し』と、私を軽蔑するも好し。打ち手の私としては、そんな想像をして見るのも、面白いのである。

        ともあれ、話のタネに為るのは、必定の事であろう。

 昨日は、米の買い出しついでに、温泉銭湯に行こうと思っていたのであるが、母が風呂を沸かしてくれた。好意を無駄にも出来ず、家で風呂に入って、米屋さん、個人スーパーと回って来たのである。地元野菜を薦められて、午後は結構真面目に、台所仕事をしていたのである。

 奈良漬けが成功したから、二箱の内、粗方一箱は食べて終った。塩漬けウリがあったから、漬け足す事にした。酒粕が未だあるから、大根・キュウリ・ナスも一緒に漬けて置けば、後が楽である。賄い夫も3年を消化すると、堂に入った物である。塩ウリには、砂糖を盛って塩出し、その塩出し塩分を利用して塩を少々入れて、大根~ナスを塩漬けの手抜き漬けとする。朝見ると、水が上って来て、まぁまぁの運びである。

 朝は、昨日仕込んで置いた大根とイカの煮付けに、火を通して、長芋を刻んで、酢と砂糖の三倍酢である。大根葉は微塵切りにして、油で炒めて、七味唐辛しをパッパッと振って、砂糖と醤油を絡めて、一丁出来上がり。タンパク質の補充は、自家製チャーシューである。昨日塩を振って置いた生タラコは、数日寝かして置けば、それで好い。奈良漬けを刻んで、賄い夫終了である。

 斯様にして、万事が工夫の貧民食卓である。午後の暇潰しには、牛蒡・人参・鶏肉を刻んで、キンピラゴボウを炒めて、タッパに入れて置けば好かろう。ロートル・トークは、米屋さんで交わして来たから、十分である。国会中継も無いから、下衆貧民の遠吠えの必要も無い。ラジオでは、昨日今日と冬のご挨拶との事で、寒いが明日からは、気温が上がるとの事であった。

 玄関の金華鳥ファミリーは、羽毛を立てて、寒雀の出で立てである。バサリと窓辺の雑木にヒヨドリが遣って来た。キヨーなんて、声で鳴いて私を見て居る。馬鹿な事をおっしゃいますな。冬の餌強請りは、何カ月も先でヤンしょう。雑木の葉が全部落ちる頃には、北国の使者・ジョービタキのバルディナさんの方が、先でしょうが。俺ぁ、そんなに甘い男じゃゴザンせんよ。

 お強請り連想をすれば、物凄い台風が、フィリピン・ルソン島をなぎ倒して行ったとの事である。私の知り合いの鼻下長連の処には、携帯呼び出し音が殺到して居るのであろうか・・・

「パパぁ~、テレビ見たでしょう~。タイフーン凄かったでしょう。ハウス流された。ブロークンよ。私のパパ、ママ、ブラザー、シスター、みんな泣いてる。食べる物無い。おカネ無い。可哀そうな~。フィリピン、ビンボーな国、可哀想でしょ。パパ、ママにおカネ必要でしょ。お願いします。パパ、愛してる。パパ、優しいでしょ。助けて下さい。お願いします。」

 私は残念ながら、当事者と為った事は無いから、直接の肉声は聞いた事は無いが・・・
 こんな遣り取りが、携帯電話には頻発しているのであろう。思わず、五指に余るフィリピン通氏の顔顔が、つい浮かんでしまった。よくよく、吟味されるが、好かろう。イヒヒ。

                  バシャリ!!

 隣机に水飛ばしである。コメット金魚様の『餌よこせ』の催促である。はいはい、分かりましたわな。本日、未だ、餌を遣って居なかったのである。お前さん達、少しはダイエットの気持ちは無いのかえ。する事が無いとは云え、飼い主の俺の体形を真似る事も無かろうに。

 さて、肌寒き曇天である。昼散歩に行って来ましょうかね。生意気な連中とは、距離を置くのが肝要である。ギャハハ!!

  おや、窓外に、斜向かい吟さんである。さてさて、お相手仕かまりましょうかね。


心何処ーショート 合成映像への一考察
             合成映像への一考察(10/18/10)
 いやはや、夢には倫理感が無い方が、自由で愉しい。振り返れば、倫理学は、数少ない『優』の一つであった。昨夜は寒かったので、大河ドラマついでに、10時過ぎから布団の中で、インディ・ジョーンズのテレビ放送を見て居たのである。

 シリーズ物は、回を追うごとに、荒唐無稽振りに拍車が掛る。G・・・なんとかの合成映像が発達して来ているから、もう、映画と云うよりもゲーム感覚の映画でしか無い。我々ロートルの目からすると、実写感の無さにタダタダ呆れ返って仕舞う。合成映像の中で、主人公の何と歳を取った事かで、人気・収入の下、ハリソン・フォードのボヤキが、彼の身体から聞こえて来る様な感じである。
 映画ビジネスも、完全にゲーム世代に客層を絞るしかないのであろう。つくづくと、<吾が世代の時代は、遠く為りにけり>の寂しい感覚だけが、残るハリウッド映画界なのである。

 前置きはこの位にして、この映画の刷り込みの中に、夢のモチーフが敷かれて居たのであるから、有難い事なのである。スティーブン・スピルバークさんに文句を言ったら、夢を返せなんて言われたら、それこそ、身も蓋も無い。

              夢の骨子は、以下の通りである。
 変化なしの日々である。昼下がりの廊下の縁側で、煙草を吹かして居ると、倅が来た。馬鹿に若い。親父のウエストの細いズボンは無いかと、川で遊んで来たのであろうか。着替えのズボンを所望された。私は、太いウエストをからかわれて、苦笑いである。

 シーンは変わって、山間の和風旅館に居る。浴後なのだろうか・・・渓流のせせらぎに、アルコールの入ったほろ酔い気分の浴衣姿である。部屋に、夕食の膳が運ばれて来る。渡り廊下に、和風の小さな明かりが灯り始めて、時代が大河ドラマの『龍馬伝』の頃に、タイムスリップしている様である。
 
 部屋には、年増の酌婦が居る。顔付を見ると、上方芸能界ではベテランの上沼○○子の様な感じの酌婦さんである。酒を注ぎ交わしている内に、お互いの浴衣の裾が割れて、何やら中年男女の痴態の様に、移行して行く。
 お互いに、心臓に毛の生える鈍感さとでも云おうか・・・ 困った情景が進んでいる始末である。おやおや、この形は、誰に似ているものやらと、こう為ると、好色親父の独壇場である。酌婦さんの方も、中々の豪の物である。白いムッチリとした段腹を開脚して、貫録の大腿部芯部を晒している。その『年季』の入った黒ずみに些かの赤味が差して、如何にも卑猥な女芯の扉である。

 手で触ると、やややっ、それがあれよあれよの間に、巨大化するや両の肉襞をドバーっと拡げて、魔物の古代バタフライと化して、私を呑み込もうとしているではないか。

 私は些か為る花鳥風月を愛でる感性の持ち主にして、小心者の一市民でしか無い。そんな男であるから、『来るな、近付くな、ご勘弁を!!』 の恐怖で、腰がヘナヘナと折れて、腕で、後ずさりの逃げの一手である。追い詰められて、床の間。後が無いと目を瞑った瞬間、吸い込まれた。掛け軸の裏が、魔宮の吸い込み口であった。

 普通、映画では、転換・展開のシーンである。一縷の脱出の希望の大冒険が始まるのであるが、吸い込まれた魔宮の隧道は、粘膜と粘液に蠕動する魔道である。息も出来ぬ位の粘膜筋肉の蠕動運動に呑み込まれて、身が溶かされて行く実感である。息も身動きも一切出来ない恐怖の粘着地獄である。

 それでも、粘着蠕動トンネルを通過して、ドサンと頭部ダイビングして、落された場所は、異臭漂う洞窟である。何と、洞窟中央に立ちはだかるのは、テレビから抜け出したロシア軍の冷血女隊長ではないか!! 真っ赤に裂けた唇に、氷の微笑を浮かべ、黒い皮手袋には、太い使い込んだ黒鞭を持っている。

 冗談じゃねぇや!! 巨大バタフライの正体は、サディスト・ロシアウーマンかいな。ロシア女の持ち物が、あんな黒い色をして居のもんかいな。白い肌に、陰毛アートのピンクだい。丸きりの色違いじゃねえか!!
 贅沢は言わねぇや。上沼酌婦を出せ。日本人同士だから、話せば分かる。冗談じゃねぇや。白人毛唐の相手は、インディ・ジョーンズだろうが。俺ぁ、マイナーなジャパニーズだぜや。幾ら異次元ストーリーだって、飛躍が過ぎらぁ。
 
 インディの野郎は、何処へ雲隠れし遣がった。肝心な時に、主役がトンズラしてスーリーが成り立つか。冗談にも、程があらぁな。監督を呼んで来い。撮り直しじゃい。
 
 官能快感に手も届かない内に、俺ぁ、丸ごと如意棒かいな。蠕動トンネルに送り込まれて、浴衣を綺麗に溶かされて、落された挙句の果てが、鞭打ちのプレイは無かんべよ。俺ぁ、幾ら金髪ロシア女が好きだって云ったって、俺には、そんな変態趣味は無ぇぞや。それに、お前さんは黒髪女じゃねぇか。これも、宿命なら、金髪さんのどっちでもいいから、変身してくれや。気心の知れた方が、極楽往生も出来らぁな。文句、あっか!!

 あっ、目が光り遣がったな。変態女。本性を出しやがった。あんな鞭で、引っぱたかれたら、初体験の柔肌は、気絶しちゃうわな。まぁ、サド趣味だから、獲物を殺す馬鹿な事はしねぇだろうが・・・ ありぁ、尋常なオーラじゃなかんべさ。

 おっと、一発目は、外したな~。威嚇の鞭入れだな。上等じゃねぇか。何を喚いて居やがる。日本語で遣れ日本語で、糞ッ垂れが。作戦が、立たねぇじゃねぇか!!

 こう為りゃ、俺の方も千葉真一の服部半蔵に変身して、肉を切らせて、骨を斬るの戦法しか無い。生意気なロシア女じゃい。鞭を奪って身包み剥いで、白いデッケェ尻に、鞭くれて、ヒィーひぃ~、言わせてくれるわ。日本男児を舐めるなよ。コンニャロー!!

 おっ、痛てぇな。馬鹿野郎が、手加減しろ、手加減を。とんでも無ぇ、アマっ子だ。青い目を光らせて、涎を垂らして居遣がる。この変態女が、上等だ。今度が、三度目の正直だ。

 さぁ、来い。左腕に鞭を巻かせて、脱兎の如く懐に踏み込んで、急所のミゾオチに渾身の力を込めて、正拳突き一発じゃい。

 バシッ、バシバシ!! ギァ、痛てて、殺される!! ヘルプミー、オーマイガツト~。
助けて、くんろぉ~。女王様でも、何でもリクエストにお応え致しまするわな。

 ウギァ~の声一発で、起死回生の現実に生還した。全身汗まみれであった。
 何で、俺がこんな夢を見無くちゃ為らんのだ。すんでんの処で、鞭・夢死のザマだぜや。

 本当に、今時の映画と来た日にぁ、夢も希望も、痴望も有った物じゃ無い。男の痴夢には、夢精が精々のセットでしょうが。日本の誇る黒沢明を尊敬するとか抜かしているスティーブン・スピルバーグなんて、ちやほやされているらしいが、とんでもない映画を作る男ではないか。

 俺ぁ、上沼女史は、好みじゃゴザンせんやね。それでも、女日照りの日々であるから、文句も言わず、お付き合いをして居たのに、幾ら合成映像が映画の主流とは云え、映像合成して好い物と悪い物が、世の中には多数存在するのでありまする。『隠して拝む年季物』の黒ずみバタフライを巨大化・大開きにして、それを個人の夢に再現して、何を訴えたいのじゃい。
 
 声も、身動きも出来ずに、得体の知れぬ蠕動トンネルの結末が、変態ロシア女の餌食とは、余りに悲痛にして恐怖体験では無いか。これでは、長年培って来た金髪観音様への信仰が揺らぐでは無いか。昨今の映画の方向に、一言、苦言を呈して置くものである。

 映画人よ、善人の夢にまで、悪しき影響を与える映画作りは、一考に値する物でありましょうや。夢疲れで、半日棒に振って仕舞いましたがな。ニャロメ!!

心何処ーショート 公民館掃除も、寄り合い為り。
           公民館掃除も、寄り合い為り。(10/17/10)
 本日は、隣班と公民館の掃除当番である。朝も6時とも成ると、玄関の金華鳥ファミリーの目覚ましが、鳴り出すのである。当たり難い様な、迷惑この上ない様な、連中である。本日は、曇天の様子である。掃除の後は、川の水を汲んで来て、水槽の補給水として遣らねば為るまい。何だかんだと云っても、蒸発量は結構な量なのである。

 煙草を吸って待って居ても、仕方が無い。バケツを持って外に出ると、隣班の班長さんである。公民館のカギを預かって来たとの事である。じゃ、私も直ぐ行きますからと、川に下りて水を汲み、目減りした水槽にドバーンと水を入れて、公民館に行く。

 大分の時間前ではあるが、隣班の皆さんは早過ぎる。吾が班の人達は、時間に正確な人達であるから、班を代表して、班長の私が頑張るしか無い。班長の仕事は、便所掃除との事であるから、隣班の班長さんと冗談を言いながら真面目掃除である。
 大柄丸顔の腰の低い奥さんは、女房と親しかったと云うから、話し易いのである。定刻5分前になると、吾が班の皆さんが、次々とお越しである。但し、掃除は半分以上が進んでいる状態である。町内一斉川掃除と違って、公民館掃除と為ると、流石に女性群の動きは、ソツなく、手際が好い。

 ご近所さんが20人弱、一堂に会して、軽作業を行うのは好い事である。窓拭きのタオルを揉み洗いしながら、

「俺も、長芋とネギの練り味噌を買って来ましたよ。ご主人とは、社内恋愛ですか。仲の好いお似合いの夫婦ですよ。好いですねぇ~。勝手にブログネタにさせて貰いましたよ。」
「いえいえ、お見合いなんですよ。私は長野市ですから。」
「そうですか、じぁ、俺も恋愛じゃ無くて、見合いすれば好かった。失敗こいたわね。今度、ブログネタが切れた時に、取材に行きましょうかね。へへへ。」
「暇してますから、何時でも、お茶飲みに来て下さいな。主人、喜びますよ。」

 さてさて、掃除も終了である。解散を振れましょうかね。確認して、鍵をする為に、隣班班長さんと公民館の裏に回ると、細い通路の落ち葉を集めて居る人がいる。三人で、公民館周りのゴミを拾う。煙草の吸殻が、結構落ちて居る。

 班長奥さん曰く。
「この前の三連休の時、柄の悪い中学生5人が、ここでタバコ吸っていたんですよ。私、孫連れてブランコさせていたんですけどね。女の子も居て、悪い目付きをして居たの。でも、一人の大人しそうな男の子が、タバコなんか吸っちゃいけないと注意してるみたいで、もし、脅かされてタバコ買いに遣られて居ると可哀想だから、それと無く黙って見て居たんですよ。
 帰って、主人に言うと。<お前、何で注意しないんだ。俺だったら、ちゃんと注意するぞ。親の金で、タバコなんか吸うんじゃない。立派に自分で稼いでからにしろ。学校は何処だくらいの事は、聞かなくちゃ駄目だ。>って言うんですよ。そんな怖い事、言えませんよね。おほほ。
『煩い、クソババア』なんて、後ろから蹴飛ばされたか、引っくり返っちゃうでしょ。逃げる反射神経も、体力も無いですからね。Rさんなら、如何します。」

「滅相も無い、私ぁ、近寄りませんよ。でもねぇ、我々の時代にも居ましたからね。兎角、いきがりたい連中は、何時の時代も何%かは居ましたからね。無視でしたね。
『灰皿持ってるか、捨てちゃ駄目だぞ。持って無かったら、交番で吸いな。』って言うのが、精一杯ですよ。向かって来たら、昔、喧嘩の達人ですから、一人か二人くらいなら、如何にか為るでしょう。イッヒッヒ!!」

 さてさて、これで好し。公民館の鍵は、町会長さんから預かった来たとの事であるから、私の方が近い。鍵を預かって、町会長さんの家に行くと、

「おやおや、これは珍しい。何十年振りかね。やっぱり兄妹だわ。そっくりじゃないの。アハハ。」
「何言ってるだ。Rちゃ。一応、実家だからね。ちょくちょく来てるんだよ。」
「見た処、ふっくらとして、若いじゃないの。確か、小学校の同級生だから62だよね。じぁ、俺も、まだまだ若いんだ。自信が湧いて来たぜや。頑張らなきぁ~。」
「何言ってるだね。好い歳して、変な気を起こすんじゃないよ。孫の居るお婆ちゃんだわね。アハハ。」

 いやはや、何十年か振りに、小学一二年生の同級生と、言葉を交わした次第である。彼女とは、何回か学校帰りを一緒にして来た物である。彼女は、ハキハキしてズケズケ物を言う面白い性格であった。お互い歳であるから、幼い学童の素地が顔を覗かせたのであろう。田舎暮らしとは、こんな処が面白いのである。

 世間様からすると、極普通の時間帯の公民館掃除なのであるが、夜型ロートルの私としては、『早起きは、三文の徳』の運びであったのであろう。玄関を開けると、上がりにジャガイモの袋が置いてあった。斜向かい色白吟さんからの『差し入れ』なのであろう。

 さてさて、モーニングコーヒーに、煙草の白煙を燻らせた後は、朝の賄い夫に取り掛りましょうかね。薄い灰色雲に、鈍い日が差している。


心何処ーショート へへへ、衰えぬ透視力。
              へへへ、衰えぬ透視力(10/16/10)
 夜型人間は、兎角、早起きは調子が狂う物である。昼寝に落ちる寸前を踏み込まれて、夜も7:30になると、如何にも起きて居られずに、フラフラしながら食器を洗い、米を研ぐ。こんな時ほど、賄い夫の切なさを感じる事は無い。
 流石に布団の中で、暫し墜落睡眠をしてしまった。途中で目が覚めて、ジェームス・スチュアートの<ウインチェスター73>の白黒西部劇を確りと見て終った。1950年作品である。

 朝は、玄関の金華鳥ファミリーの騒々しい鳴き声に、起こされた次第である。秋の好い日差しが屋根に反射して、部屋に陽が満ちて来ている。

 淀んだ空気の入れ替えに、窓・戸を開ける。庭の柿の葉も、黄葉して大きな葉を落としている。空は快晴の色である。寒く成るに連れて、水槽に入る日差しに、金魚達の紅白の魚鱗が見事に映える。窓辺の雑木にも黄葉の葉が幾つも付いている。おやおや、雑木の下には、狂い咲きのムラサキツユクサの紫の小花が一輪、朝日の中にポツンと輝いている。

 四畳半小部屋の定位置は、殆どの物に手が届く。物臭男には至極使い勝手の好いスペースである。椅子横のポットに手を伸ばして、椅子の肘掛けにポットを乗せて、コップに湯を注ぐ。煙草も灰皿も、コーヒーもウィスキーのスケットルもグラスも、梅干しも、頻度の高い小さな本棚も、みんな手の届く範囲である。
 
 アジャジャ、何事も横着範囲であるから、ポットを戻す時に当たって、灰皿を落としてしまった。失敗こいた。ハンディ掃除機を持って来て、散らかった煙草の灰を吸い込む。母は未だ起きては来ないが、腹が減って来た。

 本日・土曜日ニュースの後は、団塊同世代の生意気オバさん・残間里江子女史のトークである。彼女は、如何にも虫の好かないオバさんである。ボリュームを下げて、BGMとするしかあるまい。類は友を呼ぶの諺通り、番組ゲストの男達も、番から男子高出身者の私には、猫なで声の女垂らしの連中にしか、聞こえて来ない。
 男好みの女、女好みの男、男好みの男、女好みの女と、性の違いから来る好き嫌いが、人間には有るのであろう。これも致し方の無い真実なのである。週に一度のラジオ鬼門である。

 へへへ、今日のゲストさんも、パスパスの口である。そそくさと、民放ラジオに替えた次第である。

 地方局であるから、熊とキノコの話題である。今年は松茸の豊作との事で、中年男女のトークである。私には、こっちの方が、余程しっくり来る。本日は、やけに金華鳥が賑やかである。子供のオスもすっかり一丁前の囀りを覚えて、父と倅の囀り呼応をして居るのであろう。
 
   さてさて、母上の活動開始である。朝飯に有り付けると云う物である。

 朝食後のテレビでは、85歳になる女性料理研究家の放送である。彼女は骨太の身体にして、矍鑠として、揺るぎ無い眼光のお婆さん先生である。
 好いですねぇ~。ビシビシと思った事をストレートに、現代に苦言を呈する様は、背筋がピンと通って居て、一々、お言葉ご尤もの段である。

 昔は、こんなお婆様達が、極普通に身の周りに居た物である。何やら、非常に懐かしく感じられた次第である。私はガッタ坊主の生い立ちであるから、ガッタ坊主には厳格な父母・祖父母が居ない事には、家庭・社会としての据わりが、真に弱いのである。

 大人の厳格さとガッタ坊主の取り合わせが無いと、相互にバランス上、好対象・好対比には映らないのである。厳格な大人の前に、ガッタ坊主が正座をさせられて、世の中の『正論』を頂戴する。大人の肝の据わったギョロリとした両の目で、ガッタ坊主の眼を見詰られたら、外見の反抗・突っ張りは、さて置いて、ガッタ坊主の良心は、立ち処にも<白旗の降参>なのである。コン畜生と思っても、『正論は、社会の構成員が守るべき、正しい人の道』であったのである。正論の前に、見苦しき言い訳は、決して言論の自由では無かったのである。

    正論の前に、お仕置きは、当然の推移でしか無かったのである。

 おお、怖い。同じ事を、二度三度繰り返すのは、ガッタ坊主と云えども、恥の上乗せの馬鹿の遣る事であった。はい、先生、お説御尤もで御座りまする。・・・へへへである。

 お婆さん先生を見ながら、ニヤニヤと来しき昭和の中期時代を振り返って居た次第である。今では、私の横でお地蔵さんをしている老母ではあるが、道徳的には、舌を巻くほどの威厳の有った吾が母上様である。イッヒッヒ~。

        さてと、自室でTの電話を待つと致しましょうか。

 庭の甘柿を二つ捥いで、外で車を待つ。日差しが暑い。半袖でも好かった。Tは、半袖のポロシャツ姿である。柿を頬張りながらのコーヒースタバ直行である。

 苦いホットコーヒーを飲みながら、本日、目の保養無しである。久し振りに、本日はS大の先生が、夫婦で見えられた。手を上げて会釈を交わす。

「Rの昨日のフィリピーナのおネェちゃん達の話じゃないけど、この前、病院に薬を貰いに行って来たら、フィリピーナが居てさ。処方箋を持って薬局に行ったんだよ。なぁ~、そしたらさ、居ました居ました。スポンサーの日本人がさ。
 40前だと思うけど、禿げ頭の男がさ。R見たいに、スキンヘッドにしたら、余程スッキリするのにさ。100%アッシー君に、財布君を遣らされているんだろうなって、同情しちゃったわいな。ハハハ。」

「愛は盲目って奴かいな。困ったもんだいな。ギャハハ!! 俺は、女にはモテナイから、そんな気持ちが生まれないんだわ。負け惜しみだけどさ。俺ぁ、不幸中の幸いってもんさな。
 そう云えば、腐れ縁続きの韓国のおネェちゃんに、一度病院に連れて行ってくれって言われたんだけど、腹が立ってさ。<馬鹿野郎。こっちは、仕事中だ。日本人だって、弁当と怪我は自分持ちってぇのが、日本の娑婆だよ。SOS出す相手を間違ってるよ。>って電話を切って遣ったんだよ。
 夜のホステス嬢には、それが、『男の愛の証』だとよ。手前達は、ちょいと構って遣ると、それは『関係無い』の門前払いなのにさ。『カモを大量に仕込んで、貢がせて、稼いで、はい、私達の仕事は、男を騙す事。騙される男が阿保なのよ。』の開き直りなのに、騙される連中は、本当に懲りない、騙されるのを趣味としている連中だから、手に負えんわな。
 まぁ、親しく為ると、女って奴は、平気で自分達の手の内を明かしてくれるんだから、怖いものさね。俺には、彼女は、好い先生役をしてくれたもんだわ。感謝してるけどな。ウッシッシ!!」

「そうだよな。最初の授業料には、個人差が有るのは仕方が無いけどさ。高い授業料払わされたんだったら、次からは学習効果で、『優良ライダー』に進歩しなくちゃ、芸が無さ過ぎるってもんだわな。ニャハハ~。」

「巧い事言うなぁ~。俺ぁ、昨日は準優良ドライバーで5年の更新期間を頂戴して来たけど、ライダーとドライバーの違いは、何処かに有るんだろうね。優良ライダーの奥義をレクチャーしとくれや。あい?」

「そんな物ぁ、決まってるじゃないの。ライダーはハートで、ドライバーはテクニックずらよ。」
「やいやい、イングリッシュにも、禅問答ってのが、有るのかい? 経験が無きゃ、意味不明の奥義だぜや。流石に、女道の先生だわさ。それにしても、○、★のお弟子さんは、如何しただいな~??? お師匠様は、優秀なのになぁ~。あい?」
「ああ、あの二人か。弟子入りするのが、遅過ぎたんじゃないの。世の垢が染み込んだハートじゃ、洗い直すにぁ手間だわね。超特急で仕込むにぁ、女に近付くテクニックしかねぇだろうが。
 俺だって、弟子を取る師匠なら、その位の目利きを立ててから、オン・ザ・テクニック・トレーニングするしかあるめいよ。ヒヒヒ。」

「おお、T先生は、怖いねぇ。二人とも、どっかで、デカイくしゃみを連発してるんじゃないの。こんな冷てぇ師匠に、俺ぁ、弟子入りしないで好かったぜや。女日照りで我慢するわいな。イッヒッヒ~。」

 流石に暑く、煙草を吸いに外へ出る。秋分を過ぎてグンと南に軌道を進める太陽は、ベンチの奥まで照らして居る。此処も又、暑いお日様なのである。

 駐輪場横の歩道では、学生達が自転車を止めて談笑して居る。その中に、栗色の長い髪の白人女性が居るでは無いか。些か、距離が遠くて顔が小さ過ぎるが、中々の美形と見た。何やら、彼女は白い肌に、サンオイルなどを塗って居る様である。

 好色ロートルコンビには、何やら彼女の全裸姿が透視出来る様で、勝手気儘に、お互いの秘蔵ショットを当て嵌めながら、話がとんでもない方向に発展して終った。彼女達のSEX文化とも云える陰毛デザイン・アートにまで及んでしまい・・・ えらく煙草を吸い足してしまった物である。

 遺憾いかん・・・モードを修正するしかあるまい。ホームセンターで、昼のパン、お菓子等を買って帰る。


心何処ーショート 松本平を南北ドライブ
             松本平を南北ドライブ(10/15/10)
 本日は、早起きをして隣市の外れにある<中南信運転免許センター>まで行って来なければ為らない。8:30の受付で、早く並んだ方が早く済むとのアドバイスを受けて居る。通勤ラッシュに遭っては、苛々するから、8時前着で行く事にする。

 そんな事で、目覚ましのセットをして就寝に付いたのであるが、風の煩さに5時に目が覚めて終った。やれやれである。無理して眠る必要も無いから、目に負担の掛らない白黒DVDを選んでジョーン・フォンティンの『二重結婚者』を見る事にした。こんな時には、字幕物が丁度好い。イヤホン聞きであるから、意味不明の英語は、耳に残らないから脳も働かない。意識が遠のいたり、画面の字幕を読んだりの、意識の狭間に身を置いて居る様な物である。

 さてさて、起きて、始動を開始するとしよう。時間があるから、途中で久し振りに牛丼でも食べて行くのも好かろう。

 早朝の風景の中には、犬の散歩をさせて居るロートル男女の姿が多い。同じロートルでも、私の様に朝が苦手の者も、朝を遅しと待ち構えている者も居る様である。出勤前のジョギングをしている中年男も居る。早くも、中学生達の登校姿も現れて来た。
 
 道路にも、出勤の車が増えて来た。牛丼に生卵を掛けて、掻き込む。現役の頃は、並丼では、物足りなかったのであるが、それが大盛りに感じて終う。粗食に慣れて、胃が小さく為って居る様である。
 爪楊枝を口に、いざ、裏道ドライブである。進路は、犀川に沿って南に一直線である。土手道を河川敷に下ったり土手に上がったりの簡易道路であるから、道の左右には、ニセアカシアの緑のアーチが掛って居る。勿論、信号などは無い細い脇道である。私は、こんな道が好きなのである。
 ドライブには、生憎のどんよりとした灰色の雲である。その土手道から、今度は稲刈りの終わった見晴らしの良い農道を走る。大分、南の山並みが近付いて来る。

 歯科大の所で、脇道に入る。この辺りは、桔梗ケ原と呼ばれる古戦場跡(武田晴信と小笠原長時が戦った場所)で、今はブドウの一大産地でもある。二、三のワイン工場もある。通りには、ブドウ、梨の売店が箱を並べて居る。道路工事を迂回して、センター入りである。8時少し前であるが、駐車場には既に車が止まっている。運転席には誰も居ないから、中には入れる様である。

 フロアは、免許申請と更新申請とに分かれている。平日の朝一番であるから、更新組は、殆どがロートル男女である。フロアの長椅子で待って居ると、新規申請組の方が、嫌に騒々しい。目を遣ると、私の嫌いなフィリピーナの若いおネェーちゃん集団である。
 私は如何云う訳か、彼女達とは馴染めず、最初からアンチ・フィリピーナの少数派である。無尽の会では、多数派のフィリピーナ・シンパに引率されて、顰蹙を買うほどのフィリピン旅行の回数を伸ばして居たのであるが、悪しき先入観にアンチ・フィリピーナ感情が、厚塗りされて行くばかりであった。
 国際空港などで、出稼ぎフィリピーナの行儀ソッチノケで騒々しいまでの<たむろ振り>は、海外旅行が日常の様であるから、顔を顰めて通り過ぎて居る人達も多かろう。店が終わっても、彼女達には未だ眠気が襲って来ないのであろう。
 
 無尽仲間には、フィリピーナ通氏が何人も居られて、彼女達の実態話の内容は、何篇も旅行記で、目撃している次第である。へへへ。
 鼻の下を伸ばして手玉に取られた男達の金で、彼女達は自動車教習所に通って、免許証の申請に来ているのであろう。金巻き上げ目的のジャパ行きさん達であるから、タガログ語で鼻下長中年男の攻略・籠絡ノウハウ、自慢トークでもしているのでは無かろうかと、ついつい、憶測して終う処である。・・・

      全く以って、持てぬ男の嫉妬感想である。ギャハハ!!

 早出効果は、覿面であった。スイスイと通り、二階の講習室である。講習室は、過去の反則レベルで、4色の札で分類されて、講習時間に長短があると云う。準優良ドライバーとやらで、一時間講習で期間5年の更新免許証を手中とした処である。

 寄り道を一件して来て、昼飯を家で食べる。流石に、『早起きは、昼寝の時』である。些か肌寒いから、何時でも鼾が掛ける様に、布団の上でテレビの国会中継を子守歌の様に聞いて居ると、斜向かい色白吟さんの踏み込みである。今回分の、文作の続きは、通いファイルに綴じてあるから、それをお渡しする。

「今年は、すっかり狂ちゃって、ジャガイモも不作。サツマイモは、孫達を引き連れて、芋掘り遣ったんだけど、赤恥掻いちゃったよ。全部、小指芋だし、白菜が、全然、丸まらないんだよ。全く、白菜に為らないんだよ。こりぁ、完全な大異変だよ。
 熊だって、腹減らして、里に出て来るわいな。店行ってもさ、何時もなら100円の地元野菜が、350円、450円だぜや。こんな事は、初めてだぜや。」

「何しろ、えらかった物ね。人間も、キリギリスも熱中症でバタバタだったもんね。土ん中だって、熱中症のオンパレードだったずらいね。
 昨日、民宿の下の淀みに、デカイのがウジャウジャ居るもんだから、釣ってオカズにしようと、庭の落ち葉を穿っても、ミミズ一匹居なかったもの。それに、今年の冬は、早く来るらしいしね。如何するだいね。あい?」

 隣部屋に移って、国会中継のラジオを聞きながらのロートル談議ではあるが、どんなに曲者・仙谷さんが活躍しても、既に国会中継にはシラケ鳥が、とんびの様に空中を旋回して居る様な物である。
 強盗中国が、シナ海に大空母を浮かべると云うのなら、せめて日本では、ヘリコプター空母くらいは建造して、東シナ海に配置して貰いたい物である。大の大人が、テレビ中継に過剰反応して、力むだけ力んで居るだけで、実効性のある案が出て来ない処が、日本の国会論戦の様である。

     馬鹿らしいから、西部劇のDVDを借りて行くとの事である。
 左様でありまするかな、それでは、私もスカッとバート・ランカスター、ゲーリー・クーパーの『ベラクルス』でも、見ましょうかね。


心何処ーショート 嗚呼、国会中継。
                嗚呼、国会中継(10/14/10)
 本日は、朝から国会中継が面白い。部屋でラジオを聞いて居る。面白い場面が有ると、発言者の顔を見に、母の部屋のテレビを見に行くのである。本日の予定としては、温泉銭湯シーズンの始まりであるから、200円の何にも無い源泉掛け流しの風呂に行く心算なのであった。

 何しろ、面白いから、仕方無しに家で風呂に入る事にする。石原先生と云い、河野先生、山本先生と、今時のテレビ派先生達は、凄い剣幕である。本日の太一先生とも為ると、兎に角、凄いの一語に尽きる。
 感情語ロケット弾の大連射で、大硝煙モウモウの中で目も開けられず、甲高い咬み付き紛糾中絶の様である。これが歳費一億円を使える国会議員様のテレビパフォーマンスなのであろうか。噛み付きパフォーマーに、歳費一億円を拠出するほど、日本の財政は、お気楽トンボでは無いのである。あの騒ぎ猿は、何を職業としているのか? 訳の分からない情緒不安定患者である。

 尤も、この国会中継は、中国側も注視しているのであるからして、中国へのパフォーマンスとしては、強力な効果があるだろう。へへへ。

 恐れ入谷の鬼子母神である。とんでもない国会の鬼っ子連中である。同じ鬼っ子なら、ハマコーさんの方が、何処と無く可愛げがあって、許せる処が有った。

 ハマコーさんが、国会で元気だった頃には、私も下衆の若気の至りであった。先生が映ると、<この馬鹿。何か、又、仕出かしたな~。>と、即座に、テレビに向かって
「この馬鹿野郎!! 引っ込め!! 好い歳かっぱらって、見臭い低能ギャング面を晒すな。そんな面見たくねえよ。ラスベガス行ってろ~。ベットで金髪とイチャついてろ。」
 って、身分も弁えずに、あろう事か、国会議員様に向かって、吠えて居た物である。

 ハマコー先生は、先生で、国会の名物男の味が有った物である。とんでもない事を言って、遣らかす舌禍男には違い無かったが、或る意味では、異才を放って居られた先生である。

 昼休みの間に風呂に入って、洗濯機を回して洗濯物を干しながら、昼の用意である。
午後からは、民主党白服女史に対して、自民赤服女史の登場である。大正5年生まれの母は、<何で国会議員の質問者が、あんな真っ赤な服を着る必要があるのだ>と、険しい顔付きである。

「まぁ、しゃ~無いわね。日本は源平合戦の昔から、紅白合戦のお国柄だから、一方が一着150~60万もする勝負服の白服なら、赤服の勝負服を着るより仕方あるめいよ。何しろ、女って動物は、自己顕示欲が旺盛なんだわさ。文句が有るなら、口火を切った白服さんに、言いなよ。ギャハハ!! 俺ぁ、二人とも趣味じゃ無いわね。」

 私は変な性分らしく、国会中継を聞いたり、見たりする事が、好きなのである。これ程、観賞に耐える劇場は無かろう。攻める者、守る者の『言質取り』合戦は、真に以って、面白く『為になる』事は無い。

 これは、計算された小説・脚色された映画・ドラマなんて、物の比では無いのである。

品の好い元お医者さんの鴨下さん。その紳士が、曲者・仙石さんの自画自賛の『柳腰』外交への突っ込みなんて、遣り取りは、大人の趣が有った。然しながら、二番煎じ三番煎じの『柳腰』攻撃とその返答は、大いに下品過ぎましたわな。これが、テレビ寄せ全盛のテレビパフォーマンスなんでしょうけどもね。
 彼等のパフォーマンスを評価するのは、彼らでは無く、聴衆の個個人なのでありまする。パフォーマーが、踏ん反り返ってニヤニヤ自己評価に酔い痴れて居られては、底が浅過ぎますぞえ。下品過ぎまするぞえ。

 尖閣諸島問題は、誰が考えても、蛇頭の中国に対して、今回の政治外交の大失態を、<今後如何にして、吾が国領土の実効支配を構築して行かなければ為らないか>の緊急の政治決断が待たれているのである。実効支配とは、人が住む事である。人が住めば、行政が活動せざるを得まい。難しいゴタ句を並べてしまえば、収拾が着かないのは、日本国憲法の9条問題でしょうに。独立国家が、自国は自国で守るのが、シンプル イズ ベストの大常識じゃありませんかね。

 前にも、ブログで打った事であるが、『蛇頭』の意味を考えて欲しい物である。一部には、チャイニーズ・マフィアを指すとの事ではあるが・・・ 一般的な元の意味は、蛇には気を付けろの意味との事であろう。
 蛇は、頭が入る隙が有ると、あの不気味で太い胴体をスルスルと内部に忍び込ませて来る動物なのである。日本語の下衆言葉としては、『庇を貸して、母屋を分取られる』の意味であろう。

 百獣のライオンは、見るからに強そうである。雌ライオンの二倍も三倍もあるあの大きな立て髪に縁取られた大顎を開けられ、ガォーと咆哮されでもしたら、武器を持たない普通の人間なら、即座にキンタマが縮み上がって、一目散に岩屋の頭の入って来ない隙間に逃げ込むしかあるまい。そうなれば、岩屋の隙間から、ライオンの前足の攻撃から引いた位置なら、如何にか災難を通り過ごす事が出来るのである。
 何分、強烈な咆哮であるなら、対処の仕方も、日頃の防御の仕方も、有事の際の嗜みとして、見に着けて置くことも可能なのである。

 一方、そんな状況で、一番困るのは大蛇の存在・攻撃である。御存知の通り、ニシキヘビにしてもアナコンダにしても、彼等のあの太い胴回りからは、想像も出来ない頭部の小ささである。入られたが最後、蛇殺法は怖いのである。
 あの太い胴体で、ぐるぐる巻きにされて、万力の様な力で骨を締め砕かれて、蛇が口を開ければ頭部全体が、呑み込み口なのである。まごまごして居たら、百獣のライオンよりも、口はデカイのである。一般的には、蛇は咆哮もせずに、音も無く忍び寄って来るのが、通り相場にして、厄介な存なのである。

 災難に学ぶのが、人間の知恵である。本来ならば、無声動物の蛇なのであるが、公害大国の中華赤大蛇は、大気・土壌・河川の汚れで、汚染変異種なのである。大声を出してくれるのであるから、『柳腰外交』では拙かろうが、『心眼一撃』の日本刀の切れ味を見せて欲しい物である。
 戦後65年が経過しても、自主独立国が、戦中のアメリカ呪縛から解放されずに、国土防衛をアメリカの思う儘に任せて居る現実に別れを告げて、自国は、自国国民の手で守り通す当たり前の常識を取り戻す契機として貰いたい物である。

 中国漁船の事件の顛末は、検証する事で責任の所在を明確にする大事ではあるが、或る意味では『覆水盆に返らず』の大失態である。実効支配の具体策と、実地策を決めて、それをする事である。四の五の国会討論を交わすまでの事も無かろう。実効支配に踏み込む気慨の無さは、与野党ともに戦後日本のなぁなぁ主義の先送りの様である。言葉数・抽象語の羅列沙汰は、正に戦後日本の精神の荒廃振りである。

                    以上、下衆貧民の呟きでありまする。


心何処ーショート メスキリギリスに思う事
             メスキリギリスに思う事(10/13/10)
 とうとう、キリギリスのメスが死んだ。最後まで、剣の様な産卵管を砂に刺し続けた一生であった。盛夏のキリギリスが、ブドウ、柿を食べて居たのである。一方、死ぬまで鳴き続けたオスキリギリス。

 人間の目から見ると、その一生は、健気にも哀しくも見えて来る。オスもメスも、感情・哲学を持って生きている訳では無かろう。人間的に考えれば、これは、生存=生殖繁殖の揺るぎ無い、単一の特化したメカニズムが、キリギリスと云う『形を纏っている』にしか過ぎないのであろう。オスが死んでからも、メスは、多分、一か月以上も生きて居たのである。

 従って、キリギリスのメスは、オスとの交尾で産卵を続けて居た訳では無い事は、明明白白の観察事実である。夏にセッセと土に産み付けられた無数の卵は、草枯れを晩秋、雪と氷の冬を遣り過ごし、春を待つ。
 卵から孵化した米粒の如きキリギリスの子供達は、幾多の生存競争の過程の中で、生存率何%かは知らぬが、例年の場所で例年の数で、オスは、ギース・チョン・ギースの夏のベースを弾き続ける。オスは、ギースの声を頼りに、ライバルのオスと闘い、メスと交尾をする。キリギリスのオスが、ライオン、トドの様にハーレムを作って居る風には見えない。

 その証拠に、私のキリギリス捕獲の手法は、実に粗野である。声を頼りに、長靴を履いた足で、周囲の草をなぎ倒しての『焦土作戦』の様な荒っぽさである。
 そんな現場検証からすると、大体は、メスも一匹ほど捕獲出来る。これは、ハーレムの構成では無く、オスのギース・チョン・ギースを頼りに、メスが強いオスを徘徊して交尾をして歩き、次から次へと産卵をして行くと云う行動なのであろう。草叢世界での、天涯孤独の流離の一生と云って好かろう。

 キリギリスに擬人化を試みれば、オスは、荒野の流離(さすらい)のガンマンかも知れないのである。為らば、差し詰めマカロニウエスタンのクリント・イーストウッドにしましょうかね。私は、彼よりリー・バン・クリーフが好きなんですけどもね。
 男を追う女としたら、野生的なクラウディア・カルディナーレって処でしょうかね。男が死んでも、意地を押し通して強く生きる女としたら、ソフィア・ローレンに御登場して貰いましょうかね。野性的と意地のイメージだと、如何云う訳か・・・イタリア女性に為って仕舞いました。私が好きなのは、柔らかな金髪ロシア女なんですけど・・・ どうも、イメージがフィットしませんからね。

      イメージとは、中々に難しい物でありまする。ギャハハ!!

 さて、脱線を修正しましょうかね。これは、巣を構成して産卵・保育・巣社会の拡大をして生活する蟻・蜂の女王世界とは異る面白さなのである。巣を作って、集団で社会を作り繁殖・種を維持して居ろうとする方法と、徘徊交尾で種を残して行く方法。『種の在り方』と云うのも、興味深い進化方法の違いなのである。へへへ。

 キリギリスの雌雄は、DNAの中に埋め込まれた作用によって、オスは命尽きるまで、羽がボロボロに為るまで、擦り合わせて夏を奏でて息絶える。メスは、オスの声を頼りに、草叢を徘徊して精子を体内に充填して、産卵管の剣を土に刺し続けて息絶える。

 女王蟻・女王蜂の一生にしても、身動きの儘為らない巨大・膨張した腹部から、息絶えるまで、産卵し続ける。職務を細分化された何百とも為る働き蟻・働き蜂達は、短命の職務の内に死んで行くのみである。

 それは、丸で一定のスピードで回り続けるベルトコンベアにスイッチが入った以上、回り続けなければならないDNAのスイッチに見えて終うのである。これが、冒頭の<健気にも哀しく見える>所以である。

 人間の思考回路からすると、昆虫の生きるメカニズムは、実に無機質とも見えるDNAのスイッチと云わざるを得まい。この様は、私としては、口で言うほどの別段の感傷も生まれて来ない処である。単純明快な、この種のDNA生存作用に、感情も思考も不要の理なのであろう。
 これも、宇宙の彼方から、俯瞰的に観れば、気の遠く為る様な地球生命体の、取捨選択の種の保存形態のモザイク模様なのであろう。

 地球生物の多様性・・・なんて、一方では、地球生命の庇護者としての理性がある一方で、パワーゲームの経済・政治・軍事・外交の覇権主義、強者・弱者、富者・貧者の闘い・諍い合戦が、後を絶たない世の中の塵魍魎の世界である。
 増え過ぎて、増殖する一方の人類。嘗ては、出産抑制がまことしやかに語られて居た物である。人口爆発する途上国への経済援助が兎角、金銭ベースで比較される昨今である。

 そんなに地球に乱暴狼藉を仕出かす生物多様性の一大障壁である人類増殖為らば、単純明快に、人類の増殖を抑制すれば好かろう。野生界の様に、天敵・外敵によって、種の保存を『数に頼る』心配は無かろうに・・・

 下衆貧民からすると、人口抑制のコンドームの物資援助は、今や時代遅れの様である。

 限りある有限の世界に住まう生物としては、これは当然の有限宿命なのだと思うが・・・
時間だけは自由に為って来た身ではあるが、何しろ生まれ育って来たのが、昭和半ばの世代である。時代遅れの吾が身には、分からぬ事ばかりで、住み難く為ったご時世である。

                嗚呼、とほほなり。

心何処ーショート これも、日々の断面なり。
             これも、日々の断面なり。(10/12/10)

「こんにちは。○交番の者ですが、其処の自転車は、何時頃から放置されていますか?」

   お巡りさんと外に出ると、若いお巡りさんが二人の、合計三人である。

「うん、このサドルにレジ袋が掛って居る方の子供自転車は、彼是、一か月。こっちの方は、4~5日前からだと思うんだけどね。子供自転車の方は、こう云う乗り方をしているから、自転車への親・子供の感覚を疑っているんだけどもね。こりぁ、実に無関心列島の縮図だね。へへへ。」

 放置自転車の余りの好い加減さに、ご近所さんから警察に、通報が行ったのであろう。

「あれかね、俺の自転車よりも、新品で確りして居るから、廃物利用させて貰いますかね。」
と言って、後ろタイヤを触って見るとパンクである。自転車には鑑札が付いているから、持ち主は調べれば判明するのであろう。
 そう為ると、学生の頃、一応頭にインプットして置いた、『占有離脱物横領罪』の咎で、お手手が後ろに回って仕舞う。三人とも、若いお巡りさんである。職務尋問を受けて、刑事ドラマの様に、河川敷に逃げても、5mも走らぬ内に、足が縺れて敢え無く転倒。直ぐ様、三人に、のしかかれて一巻の終わりである。これでは、三面記事にも為らないお粗末椿事である。想像する価値も無い。

 リーダー格のお巡りさんが言うには、自転車の所有者が盗まれたと云えば、引き取りに来て貰って、それで一件落着との事である。豊かな消費時代が何十年も、日本人の生活を覆っているのである。価値は安易に金銭に置き換えられ、精神を疎かにして仕舞っている日本の現況である。
 ラジオでは、民主党の政府質問が行われていたが、自由貿易に関する政府質問でも、其処に在るのは態の好い経済優先議論である。豊かに為る事は、好い事である。然しながら、所有者・利用者のエチケットの無さには、開いた口が塞がらないご時世である。飲料にしろ、コンビニ弁当にしろ、飲んで食べ終えてしまえば、容器は無用の長物=無機質なゴミである。人間であるから、人が見て居なければポイ捨ての安易さに流されるのも、分からぬ訳では無い。

 然しながら、そんな安易な気持ちにエチケットの見栄を張るのが、人間と云う物であろう。ポイ捨ての誘惑に駆られ易い人間は、私の様にペットボトルを水筒と考え、家で必要な分だけ水を入れて持ち歩き、煙草は家に置いて来れば良いのである。駄目押しとしては、財布も家に置いて来れば、飲み食い出来なく為るものなのである。水筒、弁当箱と思えば、物質的には無機質であっても、認識としては捨てては為らない有機質の水筒、弁当箱なのである。違いまするかな。禁煙は出来ない意志薄弱男ではあるが、その位の自制心は持っているのである。

 文句のある奴は、一列に並んで見遣がれ。端から、往復ビンタを喰らわして遣るぞいな!! 手前のケツも拭けねぇ奴らが、一丁前に毛を染めて化粧してアクセサリーをチャラチャラさせて、お天道様の下を闊歩するんじゃねぇよ。
 消費と後始末の常識が出来ねぇ様じゃ、見苦し過ぎますぞいね。ニャロメ~。

「こんにちは~。ヤクルトで~す。」
「あれ、一日早いじゃないの。ちょっと待っとくれ。」

「今、お巡りさんが三人も居ましたよ。何かあったんですか?」
「今さ、俺がヤクルトママさん、あんまり好い女だから、其処の河川敷のベンチで、押し倒して、腕立てピストン運動してるって、通報が入ってさね。俺が、取り調べを受けて居ただいね。もう少しで、手籠めが完了したのにさ。世の中にぁ、他人の恋路の邪魔をして、淫靡な笑いをする悪趣味・料簡違いが居るんずらいね。イッヒッヒ!!」

「ヤダ~。本当ですか~。Rさん、何か、変態事件あったんでしょう。それで、目を付けられてるんでしょ。危ない危ない。」

「へへ、そうかも知らねぇよ。幾ら、好いって云ったって、ヤクルトママさん、あんなに声出しちゃ、バレるわいね。ギャハハ!! この辺りは、遣る気が有っても、体が言う事を聞かない爺っさ、婆っさの悶々町会だぜね。タレコミは、裏を返せば、ジェラシー通報だいね。」
「えっ、聞こえちゃいましたか? 夢中に為ると、女は訳が分からなく為って言いますからね。」

「ストップ、ストップ。俺の方が恥ずかしくなっちゃうぜ、勘弁しとくれや。実はさぁ、これこれ・・・、こうでさ・・・。実に、だらしの無いご時世だわね。」

「そうですよね。親子の関係・家庭の関係が、気薄になっているって感じですよね。Rさん見たいに、幾らフザケタ事を言ってても、中身が確りして居ないと、面白い例え話も出来ませんし、会話も進みませんからね。雰囲気って、その人の全体像を現わしていますからね。少なく為りましたね。Rさんの様な人が・・・」

「あら、そうですか。やっぱ、俺は人畜無害の好い人なんだ。イッヒッヒ!!」
「魅力あり過ぎですよ。アハハ。」

 本日のヤクルトママさんは、食欲の秋にして、三連休の休養十分なのであろうか・・・ふっくらして、しっとり感である。一家団欒のお母さん顔をしている。若い時の瑞々しさも好いの内ではあるが、結婚をして子供に恵まれ、夫・妻、父親・母親・子供達の好い関係から、滲み出るお母さんの落ち着いたしっとり感と云う物は、見て居ても好い女の要素の一つである。515円/Wの健康飲料・ヤクルトは、気分の健康トークでもある。

 あくせくと勤めて居た頃には、知る事の出来なかった。こう云った物が、町の生活の一端なのであろう。女房と一緒に居たら、こんなセクハラトークの愉しさにも、気付かずに居たのであろう。『人生、悉(ことごと)く、塞翁が馬』の様相が、生き付いているのでは無いだろうか・・・

心何処ーショート 秋空に誘われて 
               秋空に誘われて(10/11/10)
「蕎麦が好きだったろう。今日までだよ。好いお天気だ。籠りきりじゃ、人間が駄目に為るよ。昼は、自分で食べるから、行っといで。」
「分かった分かった。昼頃に、風呂に入って、垢抜けしてから、行くわいな。」

 松本城では、蕎麦祭りだとか、ラーメン祭りなんかを遣ってはいるが、味と分量は、テレビで実況放送する程の事は無いのである。これは、飽く迄、祭事の一つなのである。人間を長く遣って居ると、自分の舌に合った店を持って仕舞う。知らず知らずの内に、自分の基準が出来て終うのである。それと、ついつい比較して終う物である。

 抜ける様な快晴、好いお天気さんである。散歩を前倒しして、散歩がてらに人の輪の中に、入って来るとしよう。いつ何時、美形さんとすれ違うかも知れぬ。一応は、美形さんと目が有った方が、正々堂々と目の保養が出来ると云う物である。

 私だけが目貸し込んで、邪散策では、些か心苦しい。風呂に入る前に、鳥籠の汚れを綺麗にして遣る。
 
 風呂で念入りに髭を当たって、薄黄色の長袖シャツに白い帽子で、靴を履いて行く。ポケットには、美形さんの隠し撮りをしようと、デジカメを忍ばせる。へへへ。散歩散策の折りには、煙草は持ち歩かないのではあるが、知り合いと会う事も有るかも知れない。煙草価格急騰の折り、煙草をたかるのは、良く無い事である。煙草と携帯灰皿を胸ポケットに入れる。

 土手道を、町会境まで来ると、河川敷の下の方から、ロートルウォーキング夫婦らしき人が歩いて来る。
「何処、行くの?」と声を掛けられて、見ると、同班のインテリさん御夫婦である。
「おやおや、仲好く散歩ですか。」
「今ね。二人で蕎麦祭りまで、行って来たんだ。人で一杯だよ。大分、待たないと食べれないよ。」
「そうですか、じゃ、止めて、コースを変えますか。」
「ダメ駄目、こんなに、好いお天気ですから、散歩だと思って行って来て下さいよ。気持ちが好いですよ。家に居たら、勿体無いですよ。」
「そうそう、500円の蕎麦食べて、この長芋500円で、買って来た。蕎麦よりも、こっちの地元産山形村の長芋の方が、美味いからね。」
「はい、分かりました。じぁ、俺も、蕎麦食べて、長芋買って来ますわ。へへへ。」

 土手道を、コスモスの太陽を浴びて、そよぐ輝きが、何とも気持ちが好い。下り勾配のとからんトカラン歩きなのであるが、流石にお天道さんは暑い。日蔭を選んで、裏道に入る。
 
 もう、鉢植えの観賞菊の季節が、間近に来ているのであろう。大きく育った茎の先に、蕾が形を作って居る。何鉢も家の前の通りに置かれている。庭の柿の木にも、ミカン色の柿の実が、顔を連ねている。
 見上げる空には、青いキャンパスに、刷毛で楕円の白を軽いタッチで幾重にも、サラリと描いた様な筋雲が拡がって居る。終わりを告げようとしている虫の声が、小さく聞こえて居る。

 汗を拭いながら、帽子を取る。こんな日に帽子ばかり被って居ると、大事なスキンヘッドと顔がツートンカラーに為って仕舞う。喉には、お湿りが必要なのであるが、自動販売機で飲めば、ゴミに為る。お堀傍には、湧水の井戸がある。そちらに回って、喉を潤して行くとしよう。

 井戸への階段を下りると、ご近所さんが、水を汲みに来ている。男の方が、ポリタンクを二個、女の方は、10本前後のペットボトルである。両手で水を受けて、ごくりごくりと、飲み干す。柔らかな喉越しの好い湧水である。それから裏道を通って、裁判所の横を抜けると、お城の裏門に通じて居る。裏門の脇には、椅子に座って、入場者数をカウントしている。

 為るほど、繁盛している。初日は雨であったから、最終日が、快晴の青空の下、大いに稼がれよ・・・と云う感想である。
見た処、矢張り観光客が多い感じである。人並みの中に入って、一通り見学して来る。早い処では、完売のメガホンである。余り行列に並んで待たされるのは、嫌であるから、適当な行列に付く。

 500円の盛り蕎麦を食べる。観光客達は、美味い美味いと少ない蕎麦を、愛でて居る。私は、地元の人間であるから、手打ち蕎麦と云うよりも、少量蕎麦に見えてしまう。馴染みの蕎麦屋の蕎麦を食べて欲しいと思った次第である。イベントとは、こう云う物である。

 デジカメの出番は無かった物の、中年・初老白人さん達が、結構居る物である。彼女達は、彫りの深い目立つ顔付であるし、素顔のケースが多い。そんな迫力のある顔で、ジロリと見られてしまうと、私の様な小心者のロートル男は、目を逸らせるしか無いのである。嗚呼、鼻の深呼吸は、叶わなかったのである。イッヒッヒ~。

 牛の串焼きが、好い匂いをプンプンさせて居るのだが、歳は取りたく無い物である。匂いを嗅いだだけで、口中に串焼きの味が充満して、胃がもたれて終うのである。人畜無害の閉じ籠りとは、良く言った物である。如何しても、脂こい物には、触手が動かないのである。インテリ御夫婦同様に、私が買った物は、長芋とネギ味噌である。

 さてさて、賑合う松本城にお暇をして、秋輝く上り勾配の帰り道を、路地裏徘徊して帰りましょうかね。為るほど、こんな日に家に居たら、お天道様の罰が当たる。

心何処ーショート 吾、饒舌の日は流れて。
            吾、饒舌の日は流れて。(10/10/10)
               
               これは、昨日の話である。
 いい降りである。ブログ記事も、順調に進んでいる。記事の次なる進展も、頭の中に羅針盤が見えて来た。こう為ると、物臭男にも滑らかなエンジンの掛りである。未だ、Tの車は来ないのであるから、中断するまでは、次なる取っ掛かりの単語をPCの中に、残して置くのが肝要である。何やら、試験とかコアな有限時間ギリギリまでに、悪足掻きをしている様な物である。

     窓にTの黒い車が、スーと現れて、車の中から私を覗いて居る。
       <へへへでありまする。> 手を上げて、終了とする。

「やぁやぁ、悪い悪い。昨日のラジオであんまり、酷い事を言っているから、頭に来てさ。何時もの素人の噛み付き犬を遣って居たんだ。」
「面白い物が出来そうかいな。」
「うん、題名はマリリン・モンローの『帰らざる河』でさ。締め括りには、その歌を引用するって寸法なんだけど、打ち上げて見ないと分からんわね。へへへ。」
「お前さんは、モンローが好きだからな。モンローさんが、登場とはね。じゃ、夜になったら、読んで見るわいな。アハハ。」

「あいあい、マリリン・モンローさんは、初恋の味だぜな。イッヒッヒ!!」
「ハハハ、初恋の○ちゃかいな。Rが好い、好いって推奨するから、俺も何度か店に行ったもんなぁ。懐かしいねぇ。同級生なんだから、Telでもすりゃ好いじゃないか。」
「何を言ってるだいな。<初恋は、遠きに在りて想うもの>って、石川トンボクの有名な詩を、知ってるだろうが。
 初恋の女神さんが、夢にアイディアに御加勢してくれるんじゃないの。こう云うのを、初恋のご利益って云うだいな。へへへ。
 Tみたいに、オーマン・ライダーばかりしてると、<官能は、現実の喜怒哀楽にして、痛手負うばかりの逃避行>ってな事にも為らんとも限らんわね。ギャハハ~。そんな好色街道じゃ、プラトニックなレールは敷かれんぞや。俺ぁ、初恋路線の各駅停車のプラットホームでの逢瀬の方が、性に合って居るわさ。」

「何をこき遣がって、知らねぇ人が聞いたら、丸切り、俺は女の敵じゃないか。俺は、女の庇護者で通ってるんだぜや。馬鹿こいたもんだぜや。話に為らん。
 今日は、秋雨のブレイク・タイムだから、ホットコーヒーだな。」
「あいあい、俺、トイレに行って来るわな。」

 二階のコーヒースタバは、珍しく客が少ない。テレビでは松本城で、恒例のそば祭りが催されているとの事である。雨ではあるが、客が取られましたかな。イッヒッヒ!!
 女子学生さん達が数人、勉強をしている。この処、この時間帯に来ると、大学生と思しき丸坊主の白人男性が、日本人男性と本を開いて、トークをしている。常連の二人である。開いているのは、横文字である。観察する処からすると、彼は、日本語を教えて貰っている様である。そしてもう一組、若くは無い女と男の組み合わせが居る。見た処、彼女は中国人ぽい。彼女も日本人から、何やら授業の補習を受けているらしい。差し詰め、S大の留学生なのであろう。

 勉強のムードが漂っている雨日の二階席である。これでは、コーヒースタバの初端から、猥談も出来まい。やれやれ、常識人のロートルコンビとしては、大勢に合わせるしかあるまい。

「昨日かな、偶々、YouTube見てたら、『西部邁ゼミナール』なんて物が有ってさ。俺、若い時から、あの御仁が好きなんで、一動画30分物なんだけど、何時間もネット聴講生遣っちゃったよ。」
「ほぅ、彼は、右翼とか保守と云われている思想家だったよな。」

「保守なんだろうね。俺から見たら、真っ当な実に、日本人的な知識人なんだと思っているんだけどね。あの先生は、見るからに味が有って、俺の波長にピッタリの人なんだよ。
 あのボソボソとした話し方と、ニヤニヤした半分枯れかかって来た『老』の味が、何とも言えんのだよ。保守系だと渡部昇一先生が居るんだけど、あの先生は、雰囲気が如何にも大学の先生見たいで、俺見たいな劣等生には、学者の匂いがきつくて、煙たいんだわさ。 
 硬くて、鋭い物が欲しい時は、ビジネスマンの大前健一さんを見れば好いんだけどさ。あの先生は、ちょいと疲れるからね。
 其処へ行くと、西部先生は、何処と無くフザケタと云うか惚けた味が有ってさ、親しみを感じちゃうんだわさ。絶対、あのオッサンは、とぼくれた事を遣って来た『悪戯小僧的側面』を持っているんじゃないかと、その部分を想像しながら、聴講生を遣って居たんだわさ。面白いから、機会が有ったら見れや。」

「ほぅ、流石にインテリさんだね。好くポンポンと名前が出て来るじゃないの。こんな処が、お前の面白い処でさ。エロ話をして居るかと思えば、同じエロい顔して、真面目な話にワープしちゃうから、知らない人間から見ると、頭の整理が付かんのだよ。アハハ。
 そう言えば、現役の頃、Rが俺の会社に油を売りに来ていると、会社の連中が圧倒されて、<工場長、友人のあのRさんて云う人は、如何云う人なんですか?>って、不思議がって、真顔で聞いて来るんだよ。」

「そうかね。それで、何て答えるんだい?」
「そりぁ、決まっているじゃないか。俺だって分からねぇもの。<謎めいた男と云うより仕方あるめいよ。付き合いの長いベスト・フレンドの俺が言うんだから、年季の浅いお前さん達に、Rが分かる訳がねぇだろう。敷居を低くしてくれている分、有難く思え。馬鹿野郎>って、答えて遣るんだわね。ギャハハ~。」
「何か、褒められてる様な、匙を投げられてる様で、こりゃ、評価が分かれる処だわな。イッヒッヒ~。」

「あいあい、そう云う事だいね。Hの奴も、完全に定年退職したんだけどさ。お前のファンらしくてさ、偶には三人で飲みに行こうなんて、Rに連絡取ってくれなんて言い遣がるんだよ。如何するや?」
「やや、パスするわいね。仕事柄のお付き合いは、俺も変人じゃないから、演技はするけどさ。実際問題は、疲れるからな。ロートルにまで為って、そうそう、演技してると、本物の役者に為っちまうわね。マイペースの心地好さを知ったら、人間、そう簡単には、檻の中には戻れんぜや。
話が合わないわね。それに、俺はフィリピーナさんは、嫌いだからな。宜しく、言って置いてくれや。へへへ。」

「そりぁ、そうだな。何かと、檻暮らしは、ストレスが溜まるもんだからな。アハハ。」
 
 煙草を吸って、お開きである。本日、貸衣装合わせである。倅が、土曜日は私とTとのコーヒータイムを承知して居るから、3時頃に迎えに来るとの事であった。小一時間あるから、部屋で文作の続きをする。本日は、終日の雨になりそうな、確りした雨のテンポである。

「こんにちは。」倅コンビが遣って来た。「未だ、良いかな。チョイと区切りの好い処まで、遣って居るから。」「ああ、良いよ。慌てなくても良いよ。」「おっ、サンキュー。」

 こんな遣り取りを交わして、PCを閉じてから、台所に行く。奈良漬けを切って、お持ち帰り用の冷蔵庫に入れて置いた奈良漬けを、お茶受けとして出す。
「食べて見な。美味かったら、お持ち帰りは、勿体無いから遣らないよ。」
「おっ、オヤジ、美味いじゃん。」
「あっ、美味しい。貰って行って、お弁当のおかずにしようね。奈良漬けは、今や、貴重品ですよ。今度来る時は、梅干し貰いに来ますからね。厚かましいのが、取り柄ですから。あはは。」

 さてさて、行って来ましょうかね。それにしても、いい降りである。彼女の運転で、街場までドライブである。駐車場ビルは、中々の車の入りである。ロートルに為ってからの、移動手段は、専ら自転車に頼っているから、車の不便さばかりを感じている次第である。駐車場の直ぐ隣が、貸衣装屋のテンポである。

「○様のお父様ですか、・・・・・、・・・・・。」
「丁寧なお言葉は、省略で好いですよ。はい、指示に従いますよ。どんどん進めて下さい。」

 倅カップルは、何回も来ているらしく。掛りのスタッフとは、和気あいあいの言葉の遣り取りで、椅子に座っている。

「息子さんも、立派な体格で、好男子ですけど、お父さんも、凄い貫録と云うか、魅力的な方ですね。何か、オーラ見たいな物が発散されてますよ。」
「またまた、煽て上手と云うか、乗せ上手じゃないの。小さい声じぁ、言い難いけど、俳優並みの好い男ずらい。アッハハ。」

「あの、実はですね。先日、奥様からお電話が有りまして、『○で御座います。』なんて、言われて、とてもお若い声で、直ぐにお母様と分からず、お姉様かと錯覚してしまったんですよ。落ち着いた上品な感じの奥様でしたよ。」
「ああ、女は、俺に言わせりゃ、皆、詐欺女なんだわ。二オクターブ位高い声を出して、若振っているだけだわね。実物見たら、ひっくり返えちゃうぜや。女は、厄介な動物だよ。ありゃ、近付かない方が、男は安泰だわね。」
「そんな事言って、好いんですか?」
「構わんさね。別に、本人が居る訳じゃないんだから。黙って居りぁ、分かりぁしねぇよ。」

「凄い事、仰いますね。あの~、○さん、お父さんは、ユニークなお人ですね。何時も、こうなんですか?」
「ああ、そうだよ。面白いでしょう。飾らないから、ボンボン話が飛び出して来るよ。緊張し無くて、好いでしょう。笑って居れば、好いんですよ。怒ったら、怖いけどね。アハハ。」

   如何やら、着せ替え人形為らぬ『変身大タヌキ』は、完了したらしい。

「しゃーねぇな。『タヌキにも衣装』のお披露目でもするかいね。如何じゃい。格好良いだろう。」
「オヤジ、似合うよ。好過ぎるよ。チョイとぐるりと回って見なよ。そのタヌキの腹さえ無けりゃ、100点満点だよ。ちょっと、腹凹ましてして見なよ。ねぇ、俺のオヤジ、格好、好いでしょう。これで、おカンが横に来れば、似合いの熟年カップルになるよ。立派な合格点だよ。」

「駄目だ。もう、息が続かんぞや。化け通すにぁ、肺活量不足だわさ。はぁ、息切れがするぜや。
 今じゃ、<毛無し・金無し・女無し、止めが甲斐性無しの落ち目の三度笠>だけど、これでも、昔ぁ、持てたんでヤンスよ。ギャハハ!!」
「いえいえ、今でも十分の大人の魅力ですよ。私も、この仕事、長く遣ってますけど、こんな明るくて楽しいお父様は、初めてですよ。
 テレビのカッコ付けてる男優よりも、存在感が有りますよ。自然体の処が、素敵ですよ。何時もは、何して居るんですか?」

「女房子供に蹴り出されて、実母の介護をするしが無い賄い夫稼業だわね。こんな街場に出て来るなんざぁ、何年振りかだわね。女日照りの悶々日々を送ってるんだわね。
 俺ぁ、こんな若いご婦人に、話をして貰えるなんて事ぁ、一度にGW・盆に正月、建国記念日が一度に遣って来た見たいで、感激し過ぎちゃって、涙も出ねぇわね。アハハ。」

「またまた、御冗談を。私、仕事中なのに、こんなに笑っちゃって、勤務評価が怖いですよ。でも、感心しちゃうんですけど、こんなにポンポンと次から次と、話の泉状態で、話が出て来るのには、何か、秘訣があるんでしょうね。是非、教えて下さい。お願いします。」

「そうかいね。そりぁ、アリガトさんね。あれだね。一番のコツは、馬鹿に為る事だわね。へへへ、この馬鹿さ加減の按配が、結構難しいだいね。丸きりの馬鹿じゃ、漫談にぁ為らんし。変なプライドが有る内は、漫談が臭くて、鼻持ち為らねえし。困ったもんさね。
 ケーシー・高峰を採るか、綾小路きみまろを採るか、それとも、思い切って、牧伸二にするか、で決めてさね。 後は、自分の風体・教養を勘案しなきぁ行けないんだわね。もう少し、芸風を完成させたら、ボランティアで、老人ホームを回ろうって考えてるんだけどね。以上は、真っ赤な作り話だわね。へへへ。」

「いえいえ、今の芸風で十分行けますよ。おほほ。」
「さてさて、お仕事の邪魔をしては、可哀想だから、倅殿、帰りまするかね。」

 雨止まぬ神無月、家に送って貰い、倅カップルの車を見送る。風呂の脱衣場の窓から、手を振って見送る母の姿に、手を振る倅である。閉じ籠り生活で、私も秋雨の中で、人恋しさの饒舌をして仕舞った物である。当分、口休めのインタバルを取る必要がりそうである。
 
 さてと、続きを打ち始めると致しましょうかね。秋の日は、釣瓶落としの呆気無さである。

心何処ーショート 帰らざる河
                 帰らざる河(10/9/10)
 昨日、NHKラジオのニュース解説で、日中関係に就いての大学教授・識者・解説委員を交えた話が有った。部屋に居る時は、CMの無いNHKラジオを掛け放しにしている毎日である。興味が有れば耳に残るし、興味が無ければBGMとして耳を素通りする。

 目下の処、一番の時事問題は、尖閣諸島を巡る領有権問題と外交行動であろう。鍵を握るのは、中国の経済・軍事台頭に拠る米中による世界のパワーバランスの変化の進捗であろう。その中での現象としては、軍事力を国際紛争の解決手段として行使出来ない日本の手詰まりを逆手に取られて、米中の覇権の下で翻弄されている外交弱国の醜態晒しの日本の実態なのである。

 或る意味では、国内問題の自治領への異民族人権無視の侵奪・搾奪・国内人民への人権の軽視・富の格差のグチャグチャ振りに蓋をして、共産主義体制を経済優先の国家資本主義で、形振り構わずの覇権膨張主義を世界にばら撒く低級ナショナリズルの国家中国。
 経済・軍事の超大国なのであるが、その実、国家財政は中・日からの借金に頼る米国である。

 共に、或る意味では、張り子の虎であろう。そして、吾が日本も、国防を米国に依存して、見せ掛けの平和を吹聴して経済の力で、米国を支える=従属して外交弱国を糊塗して来た<精神性を喪失した>張り子の国であろう。三国三様の張り子の虎の脆弱さなのかも知れまい。

 マリリン・モンロー、ロバート・ミッチャムの『帰らざる河』では無いが、人間の欲望は、ゴールドラッシュに猛進して仕舞う物であろう。経済と云うゴールドラッシュに、形振り構わずの様が、人間の一方の根深いばかりの姿であるのかも知れない。

 幾ら綺麗事を言っても、『金が無ければ、何も出来ない』と云うのは、現実の姿なのかも知れまい。経済と云う富の匂いのする処、ハイエナの様に、嗅ぎ回り、強引に弱肉強食の血肉を喰らう。
 哀愁漂うメロディとモンローの歌声で始まる『映画・帰らざる河』では、口先だけの伊達男が、イカサマ博打で金鉱の『登記書』を手中にした。酒場の踊り子モンローの、その情夫を、筏でインディアンが名付けた『帰らざる河』を下るモンローとミッチャム親子の物語であった。

 それでも、昔の映画には、確りとした人間の精神性が、描かれて居た物である。

 話を戻そう。私がニュース解説トークに腹が立ったのが、日本のメディアが、尖閣諸島の領有権のスタートを1895年の日本の領有宣言を採らずして、中国が名乗りを上げた1970年代に置いて、尖閣列島を『領有権係争地』として認識して居る点であった。これでは、丸で『曲学阿世』の徒であろうが。

 俺ぁ、馬鹿だけど、この位の四文字熟語くらいは、中学生の時から知ってるんね。フザケ遣がって!! 無知な聴衆を此処まで愚弄して何とする!! 手前ら、それでも日本人のキンタマをぶら下げて居るんかいな。

 一時、<イギリス病>と云われ、落日・大英帝国の不甲斐無さに、『鉄の女サッチャー』さんが、凄いカンフル剤と為った居た事がある。大英帝国の精神・国威の復活は、何を隠そう北海油田の恩恵でもあったのである。
 宝の眠る東シナ海の領有権を、譲らなくても良い紛争の海にして『お人好し・友愛の海』とするとは、一体全体如何云う料簡の国益放送なんじゃい。

 馬鹿も休み休み言いなよ。何が外務省OBの防大校長経験者じゃい。聞いて呆れる曲学阿世の徒ではないか!!

 これが、日本の真っ当な公共放送の視点なんだろうか。嘗て、『東京ローズ』などと云う放送が有ったそうである。

 これは、中国国営放送では無い。NHKラジオである。NHKは日本の公共放送では無かったのだろうか。何時から、NHKは、中国の日本支局に成り下がって仕舞ったのだろうか。

 唯一の救いは、男性アナウンサーの曇りがちな声のトーンに、彼の切なさが滲んで聞こえて来た点だけである。男性アナウンサーとて、組織の一員である。乗り出して来たNHK解説委員の方が、社内序列は格段に上なのであろう。

 政権党の某実力者が国会議員を大量に引き釣れて平清盛然とした中国詣でをして、人民解放軍野戦司令官とリップサービスをする。韓国では、騎馬民族国家日本・日本の皇室は高句麗の血を受け継ぐとかのエヘラ・えへらのリップサービスをする。その癖、本国の日本では、仏頂面の強面剛腕を影で振るう。
『民主主義←多数決←選挙の勝利=選挙至上主義』幾らなんでも、短絡思想が過ぎませんか。言葉によって、一国の政治を語るものには、それなりの知識・見識・目指すべき哲学の重みが有って、然るべきでは無いのだろうか。コロコロと聴衆次第で、言が変わるのは、余りもの見苦しき政治家の言動ではないか。

 自分の国が、経済の要素だけで語られて、良い筈が無い。独立国としての精神性が保たれずして、何の国民性・人間性であろうか。経済ゲームの成果だけに腐心するのが、国・人間の存在・生活ではあるまい。

 何時から、武士の精神性を誇って来た日本人の精神性の高さに、寄らば大樹の陰なる商売至上主義が、全てを決する様に為ってしまったのか。

 こんなボヤキを呟いて居たら、ノーベル文学賞で中国の天安門事件の活動歴のある民主運動活動家にして、獄中作家に授与されたとの報道である。
 <すわ、一大事として、早速、中国国家の抗議声明が炸裂>しているとの事。
 我々、世代としては、ソ連の作家ソルジェニーツィンさんの『収容所列島』?騒ぎを思い出す。私は、文学を嗜まないから、勿論、本などは読んだ事が無い。

 私は、行儀の悪い中国が嫌いだから、この様な中国の蛮行が、広く世界に発信されて、彼等の精神的な『井の中の蛙の愚行』が、露見してくれる事は、本当に有難い様なのである。ボンボン遣り捲れば、好いのである。世界のメディアに配信されて、一人でも多くの人々から、大顰蹙を買えば好いだけの事である。ウッシッシ!!

 未成熟集団の愚政権を選挙で選んだのも、国民の弱さ。共産主義の銃口の下、体制に踊らされるのも、国民の愚行である。日々流される情報過多時代の日常に在って、情報の行間を己が力で読み取るのが、一般市民の力である。情報洪水に呑み込まれて、敢え無く激流に没するか、激流を筏で乗り切るか・・・ うかうかして居ると、呆気無く呑み込まれて仕舞う無関心の激流である。違いまするかな???

     ノーリターン、ノーリタン、ザ・リーバー・オブ・ノーリタン。

      愛しい人が呼んでいますが 私の恋は流され 戻らない。
       戻りたいと思うけど 帰らざる河と共に 流れ去る・・・
            Wai la ree~ Wai-la-ree~ 
             No return no return・・・

                
                  ルッルッルルッ。

   本日土曜日。おぅ、Tからの土曜コーヒータイムのお誘いコールである。


心何処ーショート 女房殿、アリガトさんね。
            女房殿、アリガトさんね。(10/8/10)
 朝食後は、風呂の沸くのを待って、部屋でPCに向かっていると、何やら女の声がする。何方か見えられた様である。

「はいはい、」と玄関に行くが、誰も居ない。他のお宅からの声だろうか・・・

「あれ、お母さんは、居ないの。ちょっとお~。Rさん、聞こえないの~。」

          母の部屋から廊下を見ると、女房である。
へへへ、昔から、吾が家の身内の出入り口は、庭の小さな階段から回っての廊下からなのである。紙袋を持った長身スリムな生意気女の女房殿のお越しである。老いたりと云えども、好い女である。

「おぅ、如何した? 凄い顔してるな。具合でも悪かったか。婆さんはトイレだわ。」
「★子さんから、ブドウ貰ったんで、持って来たのよ。仏壇に上げるから、お皿持って来てよ。」
「そうかそうか、ちょいとお待ちを。」

 皿に盛ったブドウを仏壇に供える女房の細いケツを、後ろから撫で上げて遣ると、
「キァ~。」と来たもんだ。コンニャローメ、未だ女の振りをして居遣がる。そんな尖がりケツじゃ、俺様のパズーカー砲を喰らったら、目出度くあの世の住人だぜや。ったく~。
 
「お母さん、この前は用事が有った物だから、来れなくってゴメンね。Rさん、ブドウが好きだから、お茶飲みに来たわ。ドラ焼きも買って来たから。お茶、飲もうよ。」
「お茶を入れて遣って、お茶を替えたら好いよ。」
「へいへい、」
「私が遣ろうか?」
「滅相も御座いません。おケツを触らせて貰ったお礼だぜ。俺が遣るわいな。イッヒッヒ!!」
「お母さん、聞いてよ。Rさんは、本当に馬鹿なんだから、こんなお婆ちゃんのお尻撫でて、ニコニコしてるんだよ。昔から、進歩の無い人だわ。もう、還暦組よ。馬鹿だってありゃしないわよ。笑って遣ってよ。アハハ。」
「何をこきぁがる。恋女房が、あんまり萎びた婆っさ顔してるから、若返りフェロモンを送って遣っただけだわさ。生意気に。人間、還暦を過ぎたら、是、日々感謝の気持ちが無くちゃ、人間まろ味は生まれて来んぞや。未熟者めが、アハハ。」
「若くて、仲が良くて好いねぇ。」

 男も女も、歳を取ると面白い物である。若い頃は、お互いに沽券に関わる・・・なんぞと云う、多少なりともの背伸びがある。

 まぁ、子供の手前とか役割分担で、それは避けては通れない物もある。そんな諸々の事で、如何しても『地の面白味』が薄く為って仕舞う物である。
 男女共に、性を分かつ男性ホルモン、女性ホルモンの効能が乏しく為ると、中性の面白可笑しさが、顔を覗かせる。

 私は未だ、その過渡期に差し掛かったばかりであるから、こうだとは断言出来ない処ではあるが・・・気の合った、好き合った男女の関係の面白さは、恋愛・新婚時代とお互いが、爺っさ・婆っさに為ってからの期間にこそ、面白可笑しさが出て来るのではないか・・・とニャニヤしている次第なのである。

「こんちわ~。○○です。ガスの集金で~す。」
 
 おっ、ガス屋さんだ。まぁ、女同士の話をするが好かろう。部屋へ行って、今月分の話のタネ、下手絵ファイルを持って来て、玄関廊下で胡坐を掻く。

 母の部屋からは、女同士の楽しげな話声が聞えて来る。女房は仕事を止めたのであるが、今は自宅で内職の仕事をしているとの事である。化粧をして居ないから、寄る歳並みで痩せている分、やつれて見える。メタボで太るタイプと、肉が殺げて痩せるタイプと、こればかりは、体質で仕方の無い事である。

 男は男同士で、玄関上がりの板の間に、どっしり腰を落ち着けて、下手絵を肴にブロンソン髭さんと男話である。彼は、後10年は働かなければ為らないとの事である。人間の視覚・認識とは、現役時代と退役時代とでは、見えて来る物、感じる物が違うのである。 
 これは、人間の生活するサイクルから生じる違いである。そして、誰しもが避けて通れない道行きと云って好かろう。

「しょうがねぇんね。真面目に勤め上げれば、お天道様が見て居なさるさね。穏やかな視線に映る世界が、人生には残されて居るんだから。それを信じて、生きて行くだけさね。 
 そうなったら、穏やかで、積み重ねて来た人生の心象が、絵に為って現れて来るせ。日本人には、お天道さんが付いて居るぜ、頑張りましょや。へへへ。」

「やぁ、Rさんと、こんな話が交わせられるんだから、ギスギスしてゆとりの無いご時世だけど、まだまだ世の中は、捨てたもんじゃ無いですよ。俺なんか、本当に此処に居ると、ほっとして、心が穏やかに為るもの。また、来月ですね。有難うございました。」

 へへへ、長話をして居る内に、女房は帰ったらしい。さてさて、風呂も沸いた事でもあるし、ゆっくり入りましょうかね。

 本日、長兄の命日である。女房殿、ありがとさんね。世の中には、こんな男と女の関係も有るのである。生意気ではあるが、大した女である。ウッシッシ!!

心何処ーショート 四畳半・内外のご近所トーク。 
          四畳半、内外のご近所トーク。(10/7/10)
 本日は参議院の代表質問である。食後は母の部屋でお茶を飲みながら、テレビを見て居たのである。委員会での丁々発止のルールでは無いから、下衆の私としては、面白みが無いのである。奈良漬けを摘まんで、日本茶をグィと飲み干して、自室に戻る。

 曇り空の合間から、太陽の日差しが出たり入ったり。風に、木の葉が揺れ輝く。如何云う訳か、シジミチョウが目に付く。フェンスに遣って来たトンボは、立派な赤トンボに為って居る。太陽が雲に隠れてしまえば、光を失った窓外の木々の揺れは、寒さを運ぶものである。こんな時は、熱いコーヒーに限る。煙草を吹かし、コーヒーを飲んで居ると、網戸が開いて、斜向かい色白吟さんが顔を出された。

「機械は、治ったかい?」

「あい、エースは治ったけど、ポンコツ控え機械が、今度は臍を曲げちゃってせ。昨日なんか、疲労困憊さね。普段は、こっちで打ったのをコピーして、使っている奴にチョチョイのチョイと映し出して、校正してブログに出すんだけどね。
 その機能が何回遣っても作動しないから、苦肉の策で、一回印刷してさね。それをゼロから打ち直しさね。何て言ったって、5枚せ。疲れちまったわいね。
 俺は、何にも無い処に、文字を打って行くのが好きなんだけど、打ち直すと為れば、面白くもなんともない、単なる嫌な作業に為り下がっちゃうから、嫌嫌仕事だったわね。」

「そりぁ、ご苦労さんだったわね。俺なんかは、お兄ちゃんの印刷した物を、面白おかしく、ギャハハと笑ったり、本気を出されりゃ、字引引き引き、ほぅ~と、程度の高さに舌を巻いて、読ませて貰っているだけだからね。読むと打つとでは、月とスッポンの違いだぜな。へへへ。
 お世辞抜きで、下らないテレビを見て居るより、こっちの方が、面白いし、勉強に為るぜな。あーだこーだと、国会で遣ってるけど、品が好過ぎて、本当に生チョロイもんさや。」

「そうそう、インターネット見てたら、日本でも大々的な抗議デモがあったんだね。ラジオもテレビも取り上げて居ないから、俺ぁ知らなかったけど、ネツトで見ると面白い物があったんね。
 YouTubeで、デモ行進映像見て、嬉しかったんね。胸が熱くなったんね。ああ、マトモな人達の行動が、やっと出て来たかってね。
 田母神さんが主催した反中国デモが、7都市で有ったってさね。東京では2600~2700人規模で「尖閣諸島は、日本の固有の領土。中国の領海侵犯は許さない。』『中国の圧力に屈した弱腰の民主党政府を許さない。』のプラカード、シュプレヒコール、日本国旗を押し立てての行進だったわよ。それが、トピックの小記事だと<右翼主催のデモ>だってさね。

 外国メディアは大々的に報道してるって話だわね。俺ぁ、へぇ、ビックラこいちゃったわね。

 端から、民主党は信じられねぇし、不偏不党の社会の目が、マスコミの存在意義・命なのにさ。マスコミ・テレビのいざと為ったら、この体たらくだよ。組織隠ぺい体質を、あれだけ正義の味方面して、叩いて居るのに、当然の反中デモには知らん振り。長野の聖火リレーの報道も酷かったけど、こりゃ、隠ぺい作戦だわね。

 あれかね、日中記者協定・中国工作員・中国株主に経営方針まで、内政干渉されまくちゃってるのかね。古い言葉だと、組織の緘口令(かんこうれい)が敷かれて居るんだろうね。ブン屋、ジャーナリストが、キンタマ失くしたら、そんな物に価値が有るのかいね。
 サラリーマン記者・サラリーマン・キャスターが、事無かれ主義・体制派だけの『内向き視点』で、言論・記事を書いているだけで、マトモな国民目線の正義を、言論の拠り所とする事が出来るものかいね。フザケルのも、好い加減に晒し遣がれ。民主党政府以下の弱腰報道だべや。あい!!」

「そうじゃ、あるめい。テレビの野郎、煽るだけ煽っといて、当たり前の事を言うのが、『右翼・右翼団体』かいな。如何して、日本のテレビじゃ放送し無いんだい? 変じゃないかい!! 
 馬鹿野郎が、何をこいてるだ。合成麻薬遣って、性死事件起こした奴の追っかけ報道ばっかして、日本のワイドショーは、何を遣っとるんじゃい。
 日本のマスコミ、テレビ局の野郎共は、何を考えているんじゃい。報道の自由・言論の自由・現実報道の義務なんて、普段偉そうな事をほざいて居るのに、何遣って居るんだぜや。お兄ちゃん、一緒に、長芋と赤・黒の蝋燭持って、怒鳴り込みに行くかいな。 

 これじゃ、全く中国と同じじゃないかね。自分の国で何が起こって居るか知らされずに、外国メディアから教えて貰っているなんて沙汰じゃねぇのかい。日本人が、日本の中で起こっている事を知らされて居ねぇって事は、戦争中の『大本営放送』って事かいな。
 インテリ顔して、綺麗なネェチャン顔して、とんでもねぇ連中だいなぁ~。ああ、情けないねぇ。」

「あいあい、そうだんね。国の顔に泥を塗られて、罵詈雑言を喰らって、怒らない馬鹿は無ぇだろうが。それを、当たり前のデモ行為をしたからって、『右翼』のレッテル貼りは無かんべや。
 保守、中道・革新、共産党政党が政権を担っている国にだって、国防の軍隊が、領土・領海・領空を、日々黙々と守って居るんずらい。そんなレッテルを貼りぁ、みんな『右翼』勢力かいな。馬鹿も休み休みに、言っておくんなまし。
 右翼・保守・中道・革新・左翼と一応言葉があるから、少しは、言葉の選択使用した方が、品が有るんだけどもね。へへへ。
 俺見てぇな馬鹿は、学者・識者・マスコミさん達の小難しい言葉は、摩訶不思議の理解不能語だわね。本当に、あいつ等自分達が自惚れるほど、優秀なのかね? あいつ等に掛ったら、俺達ロートルは、無学無見識、時代錯誤の超右翼のスカンポ脳味噌なんだろうね。ギャハハ!!」

「お父ちゃん、お昼だよ。」

「はいはい、直ぐ行くぜな。ニャロメ、日本男子の話の腰を折りぁがって。カカア、娘とは、こんな面白い男同士の話は出来ない物なぁ~。煩いから、また、出直して来るわね。イッヒッヒ~だ。俺の意見も、今日のブログに入れといとくれ~。」
「あいあい、忘れねぇ内に、打って置くわいね。」

 昼飯を片付けて、米を研げば、米の買い出しに行って来なければ為らない。さてさて、嫌に為らぬ内に、自転車で一漕ぎして参りましょうかね。

心何処ーショート 虫眼鏡老人・その7
                虫眼鏡老人・その7

 雨が上ったから、虫眼鏡老人は、駄犬のケンを連れて、先程最寄りのスーパーに行ったのであるが、休店であった。そんな事で、する事が無く為ってしまった老人であった。
 
 老人は窓際の机で、パイプ煙草に火を付けて、モクモクと白い煙を吹き出しながら、刻み煙草に火を回らせている。彼の目の前には、然程大きくは無い水槽が陣取って居る。パイプ煙草を燻らせながらの、金魚達とのお付き合いである。目の保養に、何年か前に買って来た小さな金魚達であった。今では、大きい物と小さい物とでは、四倍の開きが出て来ている。これは、驚くと同時に、怖い事でもある。

 普段は、庭に面した廊下で、陽が有れば、座布団を胸枕に長々と体を伸ばして、本を読んだり、座布団を枕に喉濡らしの極薄いウィスキーの酔いに、昼寝をしたりの気楽な隠居三昧の態なのである。
 板の間の廊下までは、犬にも許されたスペースである。日向ぼっこには未だ早いが、何もする事もなければ、人間であっても犬であっても、自然と瞼が重く為るのが、生き物と云う物である。老人と犬の暮らす内部を覗き見れば、何の事は無い。これが、日常の素の姿である。

 老人と金魚達は、久し振りの正面対面である。金魚達は、餌を貰えるものと、屁し合う様な形で集まって来る。まん丸の目で、飼い主を見て居るのであるから、その目は16である。盛んに、白鰭、赤鰭を振っての注目引きなのであるから、彼で無くとも『言葉は交わせないが、愛い奴、可愛い者どもよ。』と感じて終う。・・・そんな顔付の、虫眼鏡老人の表情なのである。

 窓は開けてあるから、窓の下では、庭から回って来たケンが、前足を揃えて『外へ連れ出せ』とばかりに、ワンワンの催促吠えをしている。老人は、チラリと目を遣る物の、白髪の無精ひげの生えた頬には、駄犬へのこれ見よがしの冷笑を浮かべて居る処である。

「煩い、役に立たない駄犬の分際で、お前は、女房か相棒の心算で居遣がる。フン。
 おい、お前達には見えないだろうが、あれでも、焼餅を焼いて居る心算なんだわさ。見て遣れや、『文句を言わないお付き合い』が出来るお前達の方が、余程可愛い物よ。
 ほれほれ、餌を入れて遣るぞいな。好し好し。」

 ケンは雑木の下で、その幹に寄り掛る様な格好で、長い舌をへぇへえと出して、寝そべっている。雑木は通りからの眼隠しと夏の太陽の日除けとして、植えられた木である。下の60~70cmまでは、枝が無い。従って、風通しが好い。風通しが好いと云う事は、見通しが好い事に通じる。駄犬と老人から詰られても、ケンは番犬でもある。老人が書斎としている小部屋に居る時は、ケンは決まってこの位置を、所定の場所としている次第なのである。

 幅広の密集した青葉の中から、時に、ヒラリと薄黄色の病葉(わくらば)が落ちる。

<何を偉そうに。フンだ。お前さんは偶々、人間に生れて来ただけなのに、歳で若い女に相手にもされない物だから、金魚を相手に代物妄想をして居遣がる。鏡は、髭を剃る時だけの物じゃあるまいよ。
 俺が付いてて遣らなきゃ、単なる運動不足の物臭爺っさじゃないかえ。こっちゃ、拾われの身の雑種犬だから、仕方が無い。相棒のお付き合いをして遣って居るだけだって事が、丸きり自覚出来て居ないんだよ。
 それを何だ~。言うに事欠いて、焼餅だとよ。笑止千万じゃい。人間なんて厄介物は、自惚れの塊生物、丸で自分が見えない下等動物って事よ。
              クゥア~、阿保らしくて、欠伸しか出んわな。>

 久し振りの『虫眼鏡老人と駄犬・ケンの観察レポート』であるから、今一、調子が出ない。勿論、これは、人間語と犬語の感情表現を、作者の私が、拙い相互翻訳機を使用して、文章としているのである。
 多分に感情表現と言葉表現の間には、越えられない断層のある事は、真実の処である。まだまだ、データー・インプットの蓄積が低い現状に在っては、此処いらが、限界と云う物であろうか。誤訳を一々、取り上げられたら、文作が進まないから、文句を言っては為りませぬ。

「お前達見たかい。あれが犬畜生共の『不貞腐れ態度』というものじゃ。ワシは酸いも辛いも経験して、真理を弁えた苦労人だから、人間が出来ているんじゃい。ギャハハ!!
 生きとし生ける物に、平等の慈愛と公平の行いを向ける男じゃい。言われ無き犬畜生のジェラシィーで、後ろから音も無く、ガブリと噛み付かれた日にぁ、後が痛いから致し方無しじゃ。少しばかり、お相手をして来るわいな。
 ふ~む。慈悲深い人間には、兎角、この世は面倒臭いものじゃて・・・ この駄犬め、暫し、待て。戸締りをして来る。」

 老人は、開けたままに為って居る廊下の戸等を締めて来て、飲料水のペットボトル、双眼鏡・虫眼鏡の入った小さなショルダーバックを肩に掛けてゆっくりと用意をしている。歳の所為か、老人は、再び椅子に座って煙草に火を付けて、何やらぶつぶつと確認行為をしている様である。

「なぁ、物事には、全て順序と云う物がある。生まれの悪い物には、幾ら指導者が良くても、その効果が全く無いと云うのが、この世の厳粛なる通り相場なんじゃわ。
 嗚呼、振り返れば、無駄飯を食わせ続けたと云うものじゃて。おい、聞いとるか。お前の事を言って居るんじゃ。この戯け犬めが、いっひっひ!!」

 季節は、10月に入ったばかりである。今年は、つい2週間前までは、観測史上初めての猛暑猛暑の天変の真っ只中に居たのである。雑木の密度濃い緑の葉群なのであるが、その暑さに落伍した病葉達は付いて居るのが、精一杯なのであったのだろう。そんな中で、急激な朝夕の冷え込みの秋を迎えて終ったのである。
 一つ、また一つと、薄黄色の落葉が、駄犬の濡れた黒い鼻先を舐める様にして、ヒラリ、ヒラリと舞うのである。ケンは、その濡れた鼻先をヒクヒクさせながら、部屋の老人を上目遣いに見て居る。

<おいおい、皆の衆、聞いてくれたかや。一々、この通りで、何をするにも、勿体付け無きぁ、あの重い屁っぴリ腰が、持ち上がらんとよ。生き物は、歳は取りたくは無いものよ。
 出自と経緯を言われたんじゃ、犬族にも一宿一飯の犬義って物があらぁな。コゴトコーベェー、講釈爺には、ゴマスリのドッコッイショを演ずるしかあるめいよ。
ワン、ワンワン~、 ったく、これで好からずよ。人間なんて、チョロイものよ。>

「まぁ、駄犬の身ではあるが、尾を振る犬も、また、可愛い物じゃて。さて、ケン、行くとしようか。」

 ご近所さんでは、一風変わった『虫眼鏡老人』と云われている年金一人暮らしの男である。彼は、ポケットサイズの双眼鏡と虫眼鏡を携帯して、相棒のケンと一緒に時間を掛けて、散策徘徊を日課としているのである。まあ、ご近所さんでは知らない人が居ない程の知名度なのである。奇人変人の類としか、見るしか無いのである・・・

 老人と犬のコンビは、リード線を要しない田園風景の中を好しとして居る。老人の方は、自分のペースで歩き、目に止まった物を双眼鏡で覗いたり、虫眼鏡で覗いたりの全くのマイペース振りに徹して居るのである。
一方、ケンの方はと見れば、首輪だけの身軽さに開放されれば、鼻をピクピク利かせて周囲を嗅ぎ回り、猛ダツシュをして、草叢に飛び込んで、イナゴ、バッタと戯れたり、それらをグシャと噛み潰したりのオツマミ食としたりのお遊びタイムを楽しんで居るのである。

 そんな中で、蛇なんかが出ようものなら、犬の闘争心に火が燃え盛るのであろう。殺気立った犬と蛇の格闘シーンが見られる。

 そんな時、老人は煙草に火を付けて、嬉々として目を爛々と輝かせて、観戦をしているのである。未だ、駄犬が小さかった頃は、こんなシーンでは、彼は持ち歩いて居た杖代わりの棒で、蛇退治をしていたのであるが、成長してからのケンには、一切、手出しをしなく為ったのである。
 老人は、若い頃にはスポーツに汗を流して居た男である。それなりの敏捷性と闘争心の強い性格の持ち主なのであろう。総じて、スポーツをして居た男達には、本人の自主性に任せて、静かに事の一部始終を見守る態度をする者が、少なからず居るものである。多分、虫眼鏡老人の外観からも、そんな嘗ての雰囲気が伝わって来るのである。

 トグロを巻き、急に細く為った尻尾の先で、トグロの胴体をバチバチと鳴らして、威嚇音を発して、首を擡げ、カッと開いた口で、その擡げた首の長さで素早いジャブを繰り出して、自陣を防御するアオダイショウ。

 ウゥ~、と身を低く身構えて、牙を剥き出しにして、隙を窺がう。アオダイショウの繰り出すジャブ攻撃を、誘い跳んで交わす。ジャブ攻撃との間合いを詰めて、誘い、交わす。前足で払い、跳びのく。これは、間合いの勝負と云って良い。アオダイショウの背伸びジャブ攻撃は、牙に毒が無い分、威嚇攻撃でしか無い。背伸びジャブ攻撃をすればするだけ、体力の消耗は、敏捷さを劣化させて行く。

 殺気立った迫力満点の攻防は、意外と短時間で決着がつく物である。蛇がケンの前足パンチを喰らって、一瞬闘争心が萎えた瞬間を捉えて、頭をケンの前足が渾身の力が抑え込む。牙が、アオダイショウの頭部をグシャリと噛み砕く。絶命したアオダイショウの長い蛇体に衝撃の悶絶が走り、絶命の余波が、力無く蛇体の下の方に伝わって行く。

 狩りの興奮と勝利の実感が、心臓の鼓動から、ドックン・ドツクンと発し続ける。勝者ケンの全身から発せられる野生の凄みである。

 こんなシーンに、部外者の人間が、入るべきではない。老人は、そう思っている。

 蛇が蛙、鼠、鳥を呑み込む。蛇を上空の猛禽類が、襲い掛かる。獣が、蛇を仕留める。これは、人間の目には留まらない、ごく自然な野生の日常にしか過ぎない光景である。

 老人は、煙草を吸い終えると、吸い殻を携帯パックに入れて、再び、畔に咲く深紅の彼岸花の匂いを嗅いだり、虫眼鏡で覗き込んだりしている。獲物を咥えたケンは、誇らしげに稲刈りの終わった田んぼの中央に向かう。獲物を置いて、オオ~ン、ウォオ~ンの咆哮である。

 虫眼鏡老人は、そんなケンに向かって、
「やれやれ、すっかりケンの奴は、先祖返りをしおって、おお怖い。住む世界の違いじゃて。『親しき仲にも、礼儀あり。』じゃい。まぁ、ゆっくり、食べて来いや。
 ワシは、何時ものコースで、趣味の虫眼鏡と双眼鏡で散策じゃい。」
 と呟いて、広い田園の農道を進んで行く。

<爺さん、ゆっくり時間を掛けて行きなよ。俺は、久し振りの自前調達の生肉だから、格闘シーンを反芻しながら、お食事タイムをするわいな。これが、俺達犬族の血なのさ。生きている実感よ。オオ~ン、ウォオ~ン。アハハハ。>

 山の斜面には、誰が植えたか知らぬが、日本の柿の木が、大きな木を為して居る。今年も、青葉の中に色を付け始めている。午後の傾き始めた太陽に、秋の実りが映えて居る。山際の小道には、山栗・鬼胡桃の実が落ち始めている。
 
 猛暑続きで終わった夏に、山の実りには異変が起きているとのラジオの便りであった。

 老人の煙草の煙は、風吹かれて行方知らずである。空青く、雲白く、山々は緑に輝く。上空には、とんびの滑空である。ペットボトルの水をグイと飲み、山の匂いに、汗を拭う虫眼鏡老人であった。
 そして、食べ終えたケンが合流して、老人と相棒のケンは、折り返し点の橋を渡る。集落を抜けた後は、旧宿場の通りをリード線に繋がって、通常の帰り道であった。

                             <人と犬の点描>


心何処ーショート へへ、八当たりでありまする。
           へへ、八つ当たりでありまする。(10/5/10)
 へへへ、久し振りに<虫眼鏡老人・その7>を打ったまでは好かった物の、旧PCで打ったので、コピーして使用中のPCに移せないのである。今まで、こうして出来たのであるが、今日は如何にも言う事を聞いてくれないのである。これは、もう手に負えない。
(※カテゴリー内に<虫眼鏡老人>がありますから、お時間のある方は、お読み下されば、有難く存じまする。)
 
 お恥ずかしい限りであるが、昼飯返上で好い歳をしたオッサンが、眉間に皺を寄せて、言う事を聞かない機械を相手に、草臥れ儲けのヘタり格闘をして居たのである。
 まぁまぁ、高い貴重な煙草を吸いに吸った物である。大分、涼しく為ったから、昼には久し振りにミートソースのスパゲティでも茹でて遣ろうと、買い物はして来ていたのだが・・・ 昨日のガスの件と云い、付きが逃げている様である。

        胸に手を当てて、暫し沈思黙考をして見るも・・・

 別段、悪い事をしている訳でもないし、思い当たる節と云えば、民主党政府の左翼ノイローゼ外交を、田舎言葉で詰(なじ)った事位しか思い付かないのである。中国がとんでもない国である事は、今に始まった事では無い。そんな太古の昔から変わらぬ有りの儘の中国批判などしても、一向に罰が当たる程の筋合いでも無かろう。

 諦めて、急遽、本日分の日記を打つ事に相為ったのであるが、時間と遣る気が無いのである。従って、此処は得意の八つ当たりをして、字数を稼ぐしかあるまい。

 さて、民主党・前厚労大臣・長妻さんの発言である。
『日本の領土尖閣諸島には、何時頃から何時まで、人が住んで居たか御存知ですか?』
 記者の向けたマイクに対して、
『住んでいたと云うのは、承知して居りますが、細かい事までは、知りません。』
 と、民主党若手論客として鳴らす長妻先生は、ややもすると、憮然たる表情で答えて居た。

 いやはや、驚き・桃の木・山椒実は小粒でも辛いと云うのが、通り相場だと思いきや・・・

 馬鹿の一つ覚えの様に、私は言って居るのであるが、日本の国会議員の先生諸侯は、自分の使える金額の総計は、年間一億円にも相当するのである。自分の手足と為って、情報収集・分析に当たる人材チームを引き連れて居るのが、国会議員の先生達なのである。

 インターネットに夢中に為って居て、国会に遅刻した大臣を二人も出した民主党様なのである。国会中継を見ても、質問席にはノートパソコンに手を動かして居る先生達の姿がカメラに映し出されて居るのである。

 加えて、<機を見るに敏感な>国会議員の先生達である。PCがお得意ならば、文字を記入して、『検索』を軽くクリックすれば済む事である。それも、面倒なら、スタッフに『調べて報告せよ』と0・3秒の早撃ちで、事は済むのである。『実効支配』なんて、読むからに、聞くからに、真に以って、政治家先生達の好む四文字熟語の言葉の据わりと、耳当たりの好い強い調子の響きである。

 野党時代、ミスター年金と云われた舌鋒鋭い論客の姿は、一体何処へ行ってしまったのだろうか。専門と非専門の違いとは、こんな物なのだろうか・・・ 日本の領土・国民の生命財産を守ると云うのが、国会議員先生達の枕言葉では無かったのだろうか??? 真に以って、耳を疑う不勉強振り以前の素質の無さであった。

<機を見るに敏な習性>を持ち続けるのが、或る種の存在感の証でもある。当然されるべき質問を想定して、抜かり無く知識・情報をインプットして置くのが、普通の人間であろう。増してや、途中交代と云えども、一国の司々を束ねた国務大臣経験者の言葉である。注目を浴びる人間の、それが注目度への嗜みの一つと云って好かろう。
 私は、世間体を気にする小心者であるから、こんな事態に遭遇すれば、日頃の物臭は『棚上げ』にして、知識情報を得るタイプである。部下からこんな質問をされて、窮して居れば、好色一辺倒の蔑みの視線を浴びるばかりである。

 政権交代から一年もすると、国民目線は、屁の河童の沙汰なのであろうか。
民主党国会議員の底の浅さを、マザマザと見て仕舞った様な背筋の寒さを感じて仕舞った。

       へへ、滑り込みセーフの本日の日記でありまする。

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