旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 『カンムリ』に『おかんむり』
             『カンムリ』に『おかんむり』(9/30/10)
 昨夕の食後は、別段する事も無かったから、母の部屋でテレビを見て居たのであるが、どのチャンネルに替えても、30~40分程でテレビ離れをするしかなかった。

 曜日によって興味のある番組・ドラマ位しか見て居ないから、テレビとのお付き合いは、それで好いと考えて居たのである。然しながら、私とて仕方無く、テレビの前に座る時もある。
 いやはや、驚き恐れ入りました。こうして付き合って見ると・・・余りものお座成り陳腐の番組構成である。これでは、テレビを大人しく見て居ろと云うのが、土台無理と云う物であろう。元々、粗雑な脳味噌が、腐乱して→ガス脳→カス脳→脳死に転落であろう。

 此処まで、芸NOタレント学芸会、金太郎飴の馬鹿騒ぎ阿保バラエティが進捗して居たとは、『何をかいわんや』の態である。何が多様性の参加型個性派の時代じゃい。テレビ視聴者をこれ程、馬鹿にしたテレビ界は無い物である。

 本格的に始まった秋の夜長の静けさである。読書嫌い・女日照りのロートルオヤジは、如何に夜長の秋を過ごせば好いのでありましょうかね。小部屋のビデオコーナーから、軽めの<恐竜伝説ベィビー>でもチョイスして見ましょうかね。そんな事で見たのが、ファンタジーコメディ・ムービーであった。
 トム・ハンクス、ダリル・ハンナのヒット作<スプラッシュ>と同様の肩の凝らない好い感じのファンタジー・コメディである。

 さて、本日は9時より、待ちに待った国会中継がある。それに合わせて、朝飯にしましょうかね。

 9時~12時まで、確り見させて頂いた。菅内閣とは云う物の、誰が見ても内閣の司令塔は、仙谷官房長官であろう。私には、菅無理(冠・カンムリ)内閣と見えて仕舞ったのは、強(あなが)ち老眼鏡の所為でも無かろう。
 このお二人、片や東工大、片や東大法学部在学中に司法試験合格により、中退。共に、学生運動の闘士でもあった。東工大と東大なのであるから、理工系と文系の違いだけで、元々の能力の差に大差の無い秀才の部類である。片や市民活動家から政治の世界へ、片や弁護士から政治の世界へ。そんなお二方である。学生時代に勉強をしたかしないかの差は、歴然としている。・・・私は、そんな感想まで受けた次第である。

 国会中継で、総理に替わって、差し置いて、官房長官が答弁に立つ有様は、異例・異常なのでは無いだろうか・・・ 不思議な光景である。

 三権分立の筋論で外交交渉の国内法理論を柱に、押し通そうとする仙谷官房長官の論陣は、流石に論理で押し通そうとする凄腕弁護士さんの面目躍如と云った印象を強く与える。 

 巷間の囁き声、<曲者中の曲者政治家>の噂は、如何やら的を得て居るらしい。

 曲者政治家に拍手は絶対に贈りたくは無いが、政治家としての存在感たるや、他の政治家は大いに見習う点がある。国会中継は、さながら裁判劇を見る様な感じであった。哀しいかな、言質を巧みに外して、訴訟劇を自陣に誘導して行くテクニックたるや凄い物である。質問者・総理・閣僚との実力と凄みが、違い過ぎる感じを受けた次第である。

 菅無理内閣の白々しさに、心ある国民の多くは、完全に<おカンムリ>の忌々しい怒りを感じて居たのではないだろうか。

 さてと、明日からは法外な煙草価格である。せめてもの下衆貧民の遠吠え抵抗である。煙草を2カートン買って来るとしよう。これで、買って来れば、4カートンの一か月分の抵抗である。明日からは、恨みの節煙抵抗で、捕らぬ狸の皮算用政府に、せめてもの納税抵抗を試みる意志である。

 弱腰外交の癖して、喫煙者に対しては、強気の一辺倒の好い加減さであろうか。
 ニャロメ~~~~!! 弱い者苛めするな~~~!! お為ぼかし野郎~~~!! 

 風呂に入って洗濯機を回し、米を研いだ後は、篠降る外に、傘を差しての煙草買いである。私は雨の風情が、小さい頃から好きなのである。外に誰も居ない処が、実に好い。傘の滴が、好い。雨に打たれる植物の風情が、これまた好いのである。

 個人スーパーに行くと、サツマイモと小振りのワカサギがあった。老母と云えども、女である。ワカサギは、私の好物であるから、から揚げにするとして、サツマイモも季節の味の一つである。母に、蒸かしイモにして遣るべし。

 おやおや、地物の雑キノコのアミタケ、リコボウがお目見えである。季節は、完全に秋に在る。

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心何処ーショート 喰わず嫌い??
                 食わず嫌い?? (9/29/10)
 雲間から、僅かばかりの陽が覗いて居る。ついこの間までの、30℃超えの日々があるから、寒いと感じてしまうのである。人間の体は、暑さ寒さに対しては、最低でも一週間以上のアイドリングが、必要と云われている。まぁ、これも身を持って実感とする処である。

 ラジオからは、ラジオビタミンの相も変わらずの、男と女のよもやま話の暖かさが伝わって来るのであるが、足元がスースーとする。尤も、足元ヒーティングをしているから温いのではあるが、窓は締めて居るのである。カップのコーヒーも、直ぐ冷えて終う。

 見るべき物が無いから、目の遣り場は、必然的にグッピィ&メダカ槽に行ってしまう。黒メダカを入れた当初は、変な泳ぎ方をして居たメダカ達ではあるが、漸く、腹の具合も栄養失調の腹から、食欲の秋の腹に為って居る。
 小魚槽であるから、水槽の様は、総体で見て居るのである。個別に見て行けば、姿の見えないグッピィ達が何匹も居るし、投入したメダカ数の少なさにも気付く。こんな処が、所詮、飼い主の好い加減さである。大きな金魚と小さなメダカとの注目度の違いで、これは致し方の無い処であろう。

 何やら、声がする様なしない様な・・・ドアを開けて玄関に顔を出すと、ヤクルトママさんが立っている。

「ありゃりゃ、これは、失礼致しました。」
「人の気配はするのに、どうしたんだろうと思ってましたけど、居ましたかぁ~。」

「へへへ、小部屋で、こっそり淫らな事に、耽っていたんだわね。イッヒッヒヒ。
 おやまぁ、今日は一段と女振りが好いじゃないの。夏バテから解放されて、体調が好いんだろうね。チョイとしたものだよ。こりぁ、とっくり観賞させて貰わ無きぁ、損だわね。いひひ。」
「そうですか~、何時もと、変わらないですよ。何時も、好い女でしょ。」

「あいあい、好い女だんね。仕事だから、只で顔見せて貰って、セクハラ・トークが出来るんだもの。これで文句言ったら、閻魔大王に舌抜かれるぜや。お天道様に感謝感謝だわね。
 それこさぁ、街で初対面のヤクルトママさんに、こんなに気安く声掛けたんじゃ、即、通報で変態オヤジのお裁きが下っちゃうわね。はい、畏れ多い事で、妄想の火を灯らせて頂いて居りやすよ。へへへ。」
「Rさん、女はね。綺麗とか、好い女って褒められると、細胞が活性化されて、綺麗に為るんですってよ。ほほほ。」

「そうかいね。それが、主婦の生活の知恵って事かいね。まぁ、何事も、綺麗に越した事は無いからね。へへへ。」
「は~い、そうです。ヤクルト飲んで、整腸・体内環境を整えて、女は褒められて、細胞活性なんですよ。昔から、美は内部からって、云うじゃないですか。アハハハ。」

 へへへ、ヤクルトママさんも、何時の間にか、ロートル戯け男に対しても、合わせの言葉のキャチボールの仕方を物にして来た様子である。ゆとりが出来れば、チョチョイがチョイのキャチボールと云う物である。
       
    大分、青空が広がって来て、好いお天気さんが、お目見えである。

 外の空気を吸うべしである。金魚の餌を水でふやかして、馬鹿ハヤでも釣りに行って来ましょうかね。ラジオをポケットにサンダルを履いて、河川敷に下りる。水の濁りは改善されて居る物の、水量が多い。サンダル履きであるから、淀みでの釣りである。
 北から中央の空には、見事な鱗雲が出来て居る。河川敷散歩道の先には、大分色褪せて来た彼岸花の列が見える。秋の陽光が眩い。葦の穂がそよそよと風に揺れ、増水の瀬は、白く眩しく小気味好く流れ下って居る。空、河川敷の緑には、比を浴びて愉快気に、トンボ・チョウが舞っている。

 流れの緩やかな淀みに、竿を流せば、赤い目印がクィクィと差し込まれて、10cm前後のアブラハヤが釣れて来る。半畳程のコンクリートの上で、胡坐を掻いて、ラジオを聞きながらの秋の模様見である。
 相手は誰にも釣れるアブラハヤであるから、私も好い加減その物である。胡坐を掻いたその横は、水の飛沫が掛る。針を外したハヤは、其処へポイと投げる。暫くすると、ハヤはパクパクして飛沫を浴びては居るが、その内、何回か跳ねて、水の中へダイビングすると云った寸法である。

 赤トンボの中には、早くも、つるみトンボが何組か飛んでいる。ヤマメ釣りをして居た頃は、シオカラトンボとかギンヤンマも飛んでいたのであるが、今や、トンボは、赤トンボと濃い肌色のイトトンボである。

 おやおや、トノサマバッタが、目測を誤ってか、飛翔の限界か、淀みに着水である。流れの中を、今度はスイスイ泳法である。トノサマバッタも、中々の豪の者である。別段、必至で泳ぐ訳も無く、流れに乗ってスイスイ泳法である。無事に何処かに流れ着くか、力尽きて荒瀬の藻屑と為って、魚の餌と為るか。こればかりは、運の付き次第であろう。

 飛行機が高度を下げて、松本空港に進路を取って居る。さてさて、私も、戯れ時間を締めまするかな。

 昼は腹も空かないから、梨を二つ剥いて遣る。昨日、テレビでB級グルメなんぞと銘打って、その背景などを紹介して居た。そんな事で、私は夜のスーパーに出向き白モツを買って来て、昨夜から仕込んで置いたのである。
 煮込み料理は、弱火で何度も煮込めば、煮込んだ分だけ味が染み込み、柔らかく成る物である。

 小鉢に掬って、熱々に唐辛しを振り掛けて、私は、日本酒を飲む事にする。昔人間の母は、食べた事の無い物には箸を出さないのであるが、梨の水分だけでは、腹持ちが悪いのであろう。おやおや、箸を出して口に入れたのである。おや、また、箸を出しているでは無いか・・・ 背に腹は、替えられぬ・・・か? 

     はたまた、喰わず嫌いの見付け物だったのであろうか。

「口に合うんだったら、一杯食べろよ。まだまだ、鍋にはゴッソリ有るんだ。これが、昨日のご当所、普段の味・B級グルメの味だわね。さぁ、お代り持って来て遣るわね。イッヒッヒ!!」

★アハハ、俺ぁ、色々と隠して来た才能が、幾つか有るんだわさ。見たか、俺様の実力を。そこいら辺に、ゴロゴロして居る口達者なカンナ女とは、昔から出来が違うんだわさ。マンホールが有りゃ女じゃ無かんべよ。ギャハハ!!

 勿論★部分は、奥ゆかしい性格の私であるから、こんな事は、口が裂けても表明し無いのであるが・・・ 冷酒は口当たりが好いから、好い気持ちに為って来る。転寝の季節では無い。自分の寝所の万年床に潜って、暫しの高鼾の段である。




心何処ーショート 黄色い実は、何の味。
                黄色い実は、何の味(9/28/10)
 雨が止んだので、午後は昼散歩に行って参りました。南の空半分に、薄い青空が顔を覗かせていました。ポケット双眼鏡を手に、護国神社さんで、のんびり野鳥観察の魂胆です。灰色帽子に、青のコール天長袖シャツです。寒からず暑からずの丁度好い気温でした。5~6羽のヤマガラ集団が、私の据わるベンチ横のミネゾ(イチイ)の老木の赤い実を、啄んで居りました。
 
 広い神社さんの境内に居るのは、私一人です。参道の白い花崗岩の石畳に分けられた、手入れの行き届いた本殿前の芝生は、雨に洗われて、瑞々しい緑の敷物に、木立が枝葉をひっそりと拡げ、神社さんの緑の重なり合う林に繋がって居ります。本殿横にはクマザサ、本殿の背後は、こんもりとした松の小山。

 平安貴族の様な好い気持ちでありました。私にも、和歌・短歌・俳句、詩などの嗜みでもあったのならば、風流人の真似事でもしたいのでありますが、武闘・無頼の私には、丸でその感性が無いのでありまする。

 さて、体育館、文化会館の林でも抜けて、イチョウの林、桜の林の中を通って、帰りましょうかね。イチョウのメス木には、夏に見られた様な青ぶどうを連想させる様な実から、秋の実りの色の黄色が、見え始めて居りました。

 秋は食欲の秋、行楽の秋、読書の秋、芸術の秋、物想いの秋とも申しまする。へへへ、誰も見て居る訳でも無し・・・ 下衆の戯れ詩でも、言葉を見繕って帰りましょうかね。

               黄色い実は、何の味
      イチョウの黄色の実は、臭い臭い金の玉・ギンナン。
       公孫樹の黄色い実は、痒い痒い金の玉・ギンナン。
      ギンナンの実、炒れば、弾けて飛ぶ。薬効顕かな緑実。

     武富士、武富士、何の実。借りる時、便利で重宝な銭の味。
     借りたが最後、武富士。取り立て厳しき悪の華。辛苦の花。
              武富士、何の実。
       違法の仇花。仰ぎ見れば、違法利息のバベルの塔。
       違法に生きたバベルの大樹。法に従えば、自己破産。

 いけませんねぇ~。風流のフの字も有りぁしません。こりぁ、ブログ詩人さんの何方かへ、弟子入りしても風流は、身に着きそうもありませんやね。とほほなり。


心何処ーショート TVタックル3時間スペシャル
            TVタックル3時間スペシャル(9/28/10)
 雨の暗さである。火曜のゴミの収集は早いから、ゴミ出しをして来るか・・・ 昨夜のTVタックルの3時間スペシャルでは好い物が見れると、期待して見て居たのであるが、何時もの通りの『肩透かし』を喰らってしまった。
 実は、喧々諤々の詰(なじ)り合いが面白おかしく見れると、期待して居たのである。盛り沢山のメニューを軽く流すのが、日本のマスメディア手法らしい。この時期に3時間スペシャルと銘打てば、大半の者は尖閣問題と、舌舐めずりして仕舞うのでは無いだろうか。

                    ニャロメ!!
 
 私は浅学非才の身にして、普段は読書も思考回路も遮断して居る物臭ロートルである。領土・外交・国防・経済・歴史観と云った国の在り方に就いて、本質的且つ本格的な議論の噴出の様は、人生の中でも早々何度も、お目に掛れると云う物では無かろう。現在進行中の、これは全神経を傾注すべき大事件にして、有意義な事件なのである。
 そんな事件に遭遇して、考え、行動する一国の報道・世論・施政者の方針は、幾多の歴史の中にある諸々の歴史を作り上げて来た『歴史前夜の疑似ライブ』とも成り得るのである。見逃したら、『末代までの歯軋り』なのである。

 後世、歴史教科書に年号と歴史事件が刻まれるだけが、歴史では無かろう。事件が歴史に刻まれるのには、要因と要素に拠ってであろう。要因と要素に拠って、人類の歴史は、類似の事件・歴史が繰り返されるのであろう。歴史は、年号・人物名を覚える事が、その本質では無かろう。

 ラジオもテレビもネットもある、実に恵まれた時代に生を受けて居るのである。色んな人の意見を、タイムリーに只で聞けるのであるから、こんなに参考と為る事は、滅多に無いのである。
 それも感情に駆られた喧々諤々の実況放送と成れば、事件の背景要旨・認識要旨・対応要旨などを伺いながら、過激反応・慎重反応などの論者の拠って立つ観察眼・歴史観・経済観・対処策など、こんな『面白い観劇』は無いと思うのであるが・・・ 私の様な下衆志向の者は、如何やら少数派なのであろう。学童の教育水準の世界比較からすると、日本は、自分で深く考える分野が、『不得意』との結果が出て、<頭を悩ましている>との由である。

 ヘヘヘにして、<為るほど>。子供、大人の一滴。大人、子供の成れの果て。デカンショ節は、<むべ為るかな>の苦笑いの態である。

 千載一遇の勉強お時間の『政治寄せ』と期待して居たのであるが、肩透かしのバラエティ政治寄せと為って仕舞ったのは、真に残念であった。次なるテレビメニューは、各局の報道番組のセッティングである。

 二番煎じ・三番煎じの横並び報道番組では、詰まらない。テレビ局同士のニュースキャスーの顔が違うだけの同切り口・同結びだけの報道番組である。これが、太平の日本の平均的風景なのであろう。

 さてさて、寒い雨であるからして、万年床に入って、読書でも致しましょうかね。こんな夜には、西岸良平さんのノホホンほのぼのとした漫画本『鎌倉ものがたり』の単行本が、御あつらえである。

 さてと、本日分の日記も、この辺りで締めて、朝の賄い夫に移行しましょうかね。
    おっと、母上殿が起きた様である。ヘヘヘで御座りました。

心何処ーショート 静かな月曜日の佇まい
                静かな月曜の佇まい(9/27/10)
 さてさて、支払いに行って来なければ、インターネットを止められてしまう。買って来なければ、ロートル親子は、オマンマが食べられずに、餓死してしまう。雨よ、止め止めである。ああ、面倒である。

 偶には澄まし汁でも作って遣ろうか。私は母の作る澄まし汁が、好きであった。豆腐と半ペンで、澄まし汁を作って朝飯とする。

「如何だ?」
「美味しい。好い味に出来て居る。上手だね。」
「そうだろ、昨日は、婆さん譲りの女房のちらし寿司に、今日は婆さん味の澄まし汁だ。種蒔きが実を結んで、R家の味を残して居るんだから、何時でも、あの世に行けるだろうが。アハハ。」

 月曜のテレビは、ロートル男には、見るに値せずである。雨は止みそうな気配である。部屋に戻って、熱いコーヒーと煙草を燻らせてから、自転車で一回りして来るかいな。行けば、何かと後が楽である。

 山に霧が上って行く。先ずは町内の郵便局である。今度は米屋さんである。ロートル寄り合い所の中に加わらせて頂いて、尖閣諸島に話を振ると、変な物が飛び出して来て、こりぁ、話が噛み合わない。熱く為らない内に、へへへ、逃げるが勝ちである。個人スーパーへ寄って、大根・キュウリ・魚を買って帰る。

 新鮮な鰯を勧められたから、2パックを味噌煮に炊く事にする。大根・キュウリは、梅漬けの汁の使い回しで、それで漬ける事にする。昨日、梅の整理をして居る時に、母に言われたまでの事である。

 さてさて、定位置に座って、ラジオをBGMに省エネペースで行きましょうかね。流石に太陽無き秋なのである。グッピィ槽のヒーターからは、水陽炎が、ジワ~ンと揺らいでいる。

 それにしても、人間とは可笑しなものである。記憶力・知識のひけらかしの側面もあるのだろうが、人物名、年号をボンボン繰り出す輩が多いのであるが、その歴史的事実の背景・必然性・後世への戒め等の最重要課題に目が向かないのは、実にさもしき精神性・思考性でしかあるまい。
 好い歳かっぱらって、受験生・教師・坊主・学者・評論家じゃ有るまいし、実に困った頭脳エネルギーの浪費と云う物であろう。

 俺ぁ、浅学非才の下衆貧民であるから、そんな難しい講釈には付いて行けんぞね。素人のボンクラ頭には、その人の大まかな歴史観のエキスだけで、十分でゴザンスよ。それ以上の物は、脳味噌の空き部屋が無いんでありまする。イッヒッヒ!!

 フェンスの前には、南天の小木が三本植わっている。其々に、青い実が付いている。実にも葉にも、雨の粒を付けて居る。雨は止んで居るが、濡れたブロック塀の縁に、ヒヨドリが遣って来て、私を見て居る。玄関では、時々、金華鳥の囀り、啼き声がして居る。梅干しを口に転がしながら、白湯を飲んで居る。物云わぬキリギリスのメスは、キュウリの上に乗って、動かない。

 東お向かいさんとの間には、1mにも満たない私道がある。其処に子供用のマウンテン自転車が、彼是、1週間ほど放置されている。

      面白いですねぇ~、現代日本社会の縮図を示している様で・・・


心何処ーショート 本日、テレビウォッチング。
             本日、テレビウォッチング。(9/26/10)
 下衆野次馬にとっては、待ちに待った日曜日である。朝から、テレビ三昧である。情報公開とは、好く言った物である。中国人船長殿はテレビで見れば、検察発表の極普通の漁船員と見る人は、一体何%居るのであろうか。

 一般人の感想からすれば、任務遂行をし終えた『訓練を積んだ胆力の据わった軍人将校』にしか見えまい。日本に拿捕されて、係留する中国漁船には、貫通傷は無かった。にも拘らず、中国が船舶の損害賠償を請求する為に提示された同船には、貫通傷がこれ見よがしに映し出されている。

 或る番組中では、中国問題には必ず顔を出す某日本私立大の中国人教授が、今回の事件に対する中国擁護に、普段の口角泡を飛ばすいきり立ち口調を自制して居る様な感じであった。その某教授が<聞かれても居ない事>を、全くの好い迷惑話・痛くも無い腹を探られて心外とばかりに、『中国人船長が軍人であり、指令を受けての体当たり工作を敢行した』と云う日本人の一部非難が、自分の耳に入って居るとの事を、喋り始めて仕舞った。この喋りは、何時もの、この中国人教授の喋り方、その物であった。

 アジャジャ、口が滑って仕舞ったのかいな?? 噛み付き犬の訓練は、行き届いては居るが、防戦の硬いガード訓練は、受けては居なかった様である。

 これを見て居て、戯けロートル倅が、94の老母に向かって、下衆のツッコミを入れている。

「おっ、婆さん。この馬鹿、質問されても居ない事を、喰っちゃべっている。墓穴を掘って居るわな。中国工作員先生。白状しちゃって居ますがな。
 馬鹿に付ける薬無しだ。何たる低能児である事か。この程度が、中国工作員の程度であるんかいな。『正体晒したるの図』だわさ。ギャハハ!!
 有る事無い事、喚き散らすのは、得手て居るのだが、口の締りを自制出来んのだわね。よくも、まぁ、こんな『粗雑な人間』を大学教授として、雇って居られるものだ。こりぁ、某私立大学の経営者のお里が知れるまな。
 こんな類の馬賊口撃に、ノイローゼ外交の責任の尻拭いを、大失態を遣らかした検察にさせてだね・・・ 腰砕け選択をした挙句の苦しい言い訳に、四苦八苦している現政権のザマは、笑止千万!!だぜや。
 菅さんは、色男でもないのに、嫌に非力だね。キンタマ付けてるのかいな。」

 94の老母は、手を打って笑い転げている。拿捕の一部始終を、ビデオに撮って居るとの公表である。一挙に放映して貰いたいのではあるが、遅かれ早かれ、テレビで繰り返し放映されるのであるから、まぁ、力んで見ても・・・見せない段階であるから、1000歩譲って待つとしよう。
 
 これから後は、<たかじんアワー>まで時間があるから、食事の後片付けをして、米でも研いで置くべし。台所に居ると。

「コンチワ~。」の声である。

 玄関に行くと、倅と婚約者である。お彼岸に墓参りが出来なかったから、女房の作ったちらし寿司を持って、お婆ちゃんへの結婚式の招待状を持って来たとの事である。

 左様であるか、持参したちらし寿司で一緒に昼を食べて、ゆっくりして行くと言う。支度は二人に任せて、私は本日の賄い夫仕事を続行させて貰う。台所仕事の次は、鳥籠を外に出して綺麗にして、真似事掃除である。

 朝食時に、味見として出した奈良漬が、まぁまぁ粕漬けの風味があったので、漬け物として出す。昼を一緒に、馬鹿話に花を咲かせて、ゲラゲラ交換会をしてしまった。何しろ、上品女房の重しが無いから、<綾小路きみまろ>なんてもんじゃない。面倒だから<ケシー・高峰>まで演じて、毒舌教育漫談をご披露してしまった。

 私も、手に負えない戯け男であるが、倅も相当な素質と云うかDNAの繋がりの様である。きみまろ、ケーシー両氏が漫談師として、人様を笑わせて『お足』を頂戴して、別荘まで持つ暮らしをしているとの事である。

 デカイ声で訴えたい処であるが、私の漫談には、歴史・経済・政治・社会時評・教育・下手絵付きまでの『混濁一体』として、人を飽きさせない名調子で、延々と流れる漫談振りなのである。片や、有料』、片や『ボランティア』の<区分け>なのである。

 二枚目俳優、スケコマシのツバメ、漫談師、エロ本の挿絵師・サラリーマンと、職業の選択肢は、色エロ有った筈なのであろうが・・・全く、選択肢を誤って、あたら人生を棒に振って仕舞った様である。本日、途中までは、釣りをする予定であったのである。へへへ。

 人生のロートル街道邁進中の吾が身ながら、老婆心として、皆様に申したき事、之あり。

 皆様、道を誤っては、為りませぬ。安全道は、時として悔い残る道でありまする。

 大陸馬賊国家の横暴・狼藉には、独立国家として、当然の国防意識を持って、尖閣諸島に日章旗と駐屯自衛隊を置き、四辺の海に移動式基地国産空母を浮かべましょうぞ。海外の同胞に、本家としての矜持を示しましょうぞ。


心何処ーショート 何だぁ???
                  何だぁ???
                 何だ???

                 ありゃ、何だぁ???
 夕方散歩の時の事である。帰って来る頃に為ると、夜に差し掛かって居た。夜空に飛行機が飛ぶのは、好く見る事である。チカン、チカンと飛行機の赤色灯が夜空を横切って行く。
 
 それにしても、今日の飛行機は、変な格好をしている。二列に並んだ(A)六個の丸の中に赤色灯が二つある。今度は(B)二列四個の真ん中に一つの赤色灯の物が、六個の物に近付いて行く。スピードが速い。今度は(C)二個の真ん中に一個の赤色灯の物が、反対側から接近して来る。

 おいおい、こんな事は、初めてである。ニアミスにしては、AをB、Cが追跡して居る格好では無いか!!

 Aは、雲の中に入って仕舞った。中々出て来ない。飛行機なら、一定スピードで運航しているのであるから、如何して出て来ないのか??? やや、Bは静止している。暫くするとCも静止している。如何云う事だ。飛行機が、ホバーリング出来る筈が無かろう。ヘリコプターなら、高い高度を飛ぶ事は出来ないから、爆音が聞こえて然るべきである。

 そうなれば、飛行物体は、明らかにニュートンの万有引力に逆らって、夜空に静止して居るのである。

 私は何度も立ち止まり、夜空を見上げる。Cは赤色灯を消して、静止したままである。静止して居れば、星が二つくっ付いた様にしか見えない。再び、Bがゆっくりしたスピードで移動し始めている。雲の中からは、依然としてAは、姿を現わしては来ない。

           WHY、why、WH~Y、DELILAH。
          (私の好きなトム・ジョーンズのディライラの一節)

 部屋から双眼鏡を持って来て、河川敷のベンチに仰向けに為って、Cに焦点を合わせるが、光だけで姿が見える筈も無かった。
 
        軽々に、未確認飛行物体と日記に記す訳にも行かない。
           2010年9月25日 18時50分~19時10分


心何処ーショート イヒヒ。多様と一様なり。
             イヒヒ。多様と一様なり。(9/25/10)
 おぅ~、これは素晴らしい。透き通る様な青空。こんな清々しい青空の下、秋風の微かな小枝の揺らぎに、映える緑を見れば、下衆三昧のロートル吾が身の・・・何と汚れか。

          自然とお天道様に敬礼して、反省の呟きである。

 母の部屋を開けると、ベットの中である。へへへ、些かの肌寒さの中で、不足気味であった睡眠時間の帳尻合わせなのであろう。好し好し、顔色は好い様である。

「飯は食べれるかな? そうか、まあ、ゆっくり遣ってくれや。ボチボチ始めるからさ。」

 障子を開けて、廊下の戸を開けて遣る。湯を沸かして洗い物。小鳥様の朝の世話をして、母の動きに合わせて食事の支度である。
 玄関の鳥籠では、オスが小さい方の鳥籠で抱卵中である。余りの猛暑続きで、抱卵出来ずに産み放しの卵であった。さて、期待薄の結果に為るのではあろうが、手荒な事も出来まい。何事も、自主性が一番である。オス二世は、囀りの練習をしている。

           本日・早や土曜日。コーヒータイム日である。

 空気も秋に変わり、ホツトコーヒーである。議題は言わずと知れた、中国密漁船・船長の釈放である。Tは中国・中国人に冷めた見方をしているから、ニヤニヤして頷いて居る。

「俺はさ、これだけ中国さんが本性を現わして来ると、変な猜疑心に駆られて居るんだよ。本当に中国経済は、公表されて居る様な実態なのか???って云う猜疑心なんだけどさ。
 一事が万事の例えじゃないけど、これだけ、抜けシャーシャーと嘘八百を並べ立てている国と国民性だぜ。経済統計だって、中国側からの一方的なものだろう。そんな物を、<はい、そうですか。>って、経済指標にして、全世界が経済戦略を立てて、邁進して行って良いんだろうかね。疑わしきは、疑って観察するのが、俺の流儀でさ。へへへ。
 あんまり、中国詣でで遣っていると、リーマンショックの何倍もの打撃を蒙って、人類は、地球温暖化の炎暑地獄と経済氷河期のダブルショックを経験するんじゃないかと危惧してるんだよ。」

「お互いロートルの身分だから、否応無しにニュースの洪水を浴びてると、毒餃子・ウナギの不当表示、チベット、聖火リレー、北京オリンピックの口パク・開会式映像、ガス田、ウイグル、中国人の犯罪率・・・etcと<多事を以って知るべし。>だからな。歌の文句じゃないが、『宇宙の彼方、イスカンダルへ。』丸ごと、放擲するしかあるめいよ。」

「アッジャ~、巧い事を言うじゃないの!! T大先生。俺ぁ、何にも言えんわね。親父さん見たいに、入れ歯嵌めて居りゃ、入れ歯を吹き出しちゃうぜや。サンキュー、今日のブログネタは、これで決まりだ。さてさて、後は猥談で、軽く流して行くかいね。ギャハハ!!」

 若い女性のお勉強タイムであるから、声を潜めてのロートルのヒソヒソ話である。知らない人が見れば、インテリコンビ、極道コンビと評価の幅が広いのが、我々コンビの味なのであるからして・・・ロートルとしては、もはや如何って事は、無いのである。

 おっ、好色コンビの目の保養対象が現れた。いやはや、抜かり無く目を走らせるコンビは、どうしようもない好き者コンビである。私は目の移動は、顔→ヒップ。Tは顔→胸である。まぁ、ヒップにしても、胸にしても、真ん中にある物は、『峡谷』である。こんな事を飽きもせずに、高校時代から続けて来たのであるから、お互いに馬鹿に付ける薬が無いのである。

「おい、鼻でしっかり深呼吸したかい。困ったオッサンだ。」
「あいあい、したんね。若草の茂りと乳酸菌の匂いを、今、頭の中で、調合してるんだわ。へへへ。」

「この~、変態野郎が。」

「そりゃ、しようがねぇわさ。お前さんは胸だから、精々がホクロと香水の匂い位が、想像の範囲だろうが。其処へ行きぁ、俺の方が、何かと想像の範囲も拡がるってなもんだわさ。俺はヒップの峡谷、Tは胸の峡谷で、多様の世界と一様の世界だ。これも、嗜好の相違だわさ。なんたって、俺は鼻の高い奥ゆかしい男だぜね。イッヒッヒ~。」

「この馬鹿野郎が、何をこきゃがる。言うに事欠いて、多様と一様の世界と来たもんだ。」

「あいあい、嗜好と想像力の世界は、所詮、そう云う物だんね。黙って居りゃ、他人様にぁ、分からねぇ想像の自由が保障されてるぜや。」

「さてと、パッパでも吸いに行くかいな。」
「そうだな、糞オヤジコンビが居たら、神聖な勉強空間を汚しちゃうぜな。へへへ。」

 喫煙後は、奮発して、煙草2カートンとテーブルを塗るニスを買って帰る。テーブルを日当たりの好い廊下に出して、サンドペーパーでサッと擦り、買って来た刷毛でスイスイである。廊下の椅子で静かに、ロートル倅を見守る母である。

 好いお天気であるから、乾燥が早いだろう。時々、乾燥具合を見に行って、ヨッシャ。化粧直しの叶った老テーブルを、母の部屋に戻して遣って、カップラーメンに湯を注いで遣る。ニコニコ頷いて居る老母である。

                アハハ、可愛いものである。


心何処ーショート おのれ、民主党。許すまじ!!
           おのれ、民主党、許すまじ!!(9/24/10)
 敗戦後65年。その間、平和憲法を堅持して、武力の行使による国際紛争には無縁にして、戦後復興・経済成長へ躍進した戦後日本国家であった。暴力を否定し、時間を掛けての対話・会話方式の問題解決法は、歓迎すべきものである。これは、ごく当たり前の国家・国民の共通認識として、有り続けて欲しい物である。

 行き過ぎた国家の威信よりも、一億総中流意識の経済的繁栄の日常の変わり行く姿は、精神と経済を天秤に掛ければ、目に見えて実感出来る経済の豊かさは、生活の豊かさに直結して、戦争反省への意識は、形を変えて何時しか、自虐史観の安易さの中に埋もれて行った。

 戦争の無い平和な経済的日常の豊かさの前に、自虐史観はある意味では、戦争批判の『一見平和主義』は、経済には都合の好い<良識の風景>だったのであろう。自虐史観を除けば、全く好ましい事である。人類と云うか、人間の好ましい成長の過程で有ろう。

 私事ではあるが、個人の成長過程でも同様な事が起こる。私は、普段は大人しいナイーブな引っ込み思案な性格なのであるが、何しろ『喧嘩早い感情回路』を持って生まれて仕舞った男である。恥ずかしき過去を振り返れば、いざと為ると理性回路よりも、マッハの感情回路に直結されてしまう危険な狂暴極まる学童・学生であった。

 好く教師からは、言われたものである。「R、言葉は、お前の場合、直ぐ口にするのでは無く、一度、呑み込んでから話せ。同じく、人の言葉も、もう一度胸で呟いて聞いて見ろ。皆が皆、お前と同じと考えていたら、大きな間違いだ。鋭いだけで、肩で風を切って如何するんだ。馬鹿者!!」

 私も決して馬鹿では無いし、素直な内向性であったから、その努力も少なからずして居た物である。机に向かう勉強は性に合わなかったから、中学で社会に出ようと思っていたら、高校だけは出ろと言われた。大学は、大学には行かないと言ったら、可愛がってくれた長兄に殴られた。
「お前の様な、直ぐカッとして激昂する男は、人間の出来損ないだ。未だ社会人とするには、早過ぎる。自分の欠落している部分が見えんのか。今のままのお前じゃ、きっとカッと為って、事件を起こす。人間修行だと思って大学に行って来い。馬鹿モン、未熟者!!」

 振り返れば、血に宿うどす黒き血潮に、『嗚呼、言われる通りだ。きっと、俺は、直感型の正義感が強過ぎるから、遅かれ早かれ塀の中の御厄介に為るのだろう。馬鹿は、死ななきゃ開放されまい。塀の中と外の往復人生か・・・』と、喧嘩の後は、一人情け無さと自己制御の出来ないもどかしさの中で一人、何度涙にむせんだ事か・・・ そんな内在する狂暴性に悩んだ時代が有ったのである。

                へへへ、で御座りまする。

 団塊世代の大学時代は、本当に騒然としていた。戦後生まれの戦後民主主義教育の走り世代が、<体制に物言うの自覚の時代の子>だったのかも知れない。私の友人の中にも、活動家が何人も居た。
 然し、彼等の歴史観が如何にも嫌いで、遣り切れなかった。私は、日本史は好きでは無かったが、世界史も日本史も、小学生の時から得意中の得意科目であった。地理・経済に連動させて、その結果と為る人類の記録が、歴史との『朧気なる意識』が働いて居た様である。私の専攻も法律であったので、人類の諍いの歴史・その解決方法の集積が、取りも直さずに、法律を構築して来たのだと云う想いが、強く働いて居た次第である。

 活動家の毛沢東語録の決まり文句では無いが、『造反有理』とか『銃口の後に歴史が造られる』の言葉の薄平らさには、体質的に着いて行けない物を感じて居た物である。

 いざと為ったら、一対一の喧嘩も出来ずに、少々、出来の好いのを鼻に掛けて、無知の者に借り物の自説をアジテートする輩の薄汚ない根性が、武闘派の私には、軽蔑の対象でしか無かったのである。
 彼等は指揮官振って、機動隊との衝突には三列四列目に陣取って、退路を頭に入れている小賢しい連中が多かった様に記憶している。軟弱者の活動家気取りの連中の中には、学生運動を時のアクセサリーの様にしている連中が、結構多かった物である。彼等と法律論・文学論・歴史論・映画論を交わしても、感性の薄さに物別れに成る事が多かった。所詮、体育会系の回路と机勉学系の回路とは、交わらない部分が、多分にあるのである。

 釣りじいさんが存命だった頃に、<大国の興亡史>と云った脈歴で、私の歴史観を随筆風に打った物が有ったから、ブログに投稿した事が有った。釣りじいさんのお褒めを頂いて、塾生にコピーして全員に配布したとの有難いお言葉を頂戴した事が有った。

 有る状況下に置かれた国・指導者には、そんなに選択肢は無い筈なのである。意志を押し通すか、妥協するかの程度問題である。多かれ少なかれ、国にしても人にしても、同じ様な行動を取るのである。有る状況をつぶさに観察して行けば、其処には共通の要因・要素が横たわっているにしか過ぎない。
 其処に、共通要因・要素が、存在するからこそ、『人類の歴史は、繰り返す』の名言と達観が生まれ、歴史に学ぶ知恵が出て来るのである。
 
 こんな当たり前の事は、歴史を通して『俯瞰的』に目で年表を追って行けば、教師・学者・インテリで無くとも、見えて来たり、語り掛けて来る歴史観でしかあるまい。現に勉強嫌いな武闘派の私にも漠然と見えていた、世界史・日本史の歴史絵巻であったのであるから。

 現代史の中にも、現在の中国の噛み付き振りと日本の大人しく乱を好まない外交振りに酷似した出来事がある。ドイツ・狂犬ヒットラーとイギリス・宥和政策のチェンバレンを見れば、その後のドイツとヨーロッパの姿を思い浮かべる事が出来よう。日本の膨張戦略に対する三国干渉、ワシントン・ロンドン海軍軍縮条約。世界恐慌からは、イギリス・カナダ・オーストラリアのイギリス連邦国の排他的経済ブロックも有ったし、膨張を続ける東洋の後進列強国日本に対しては、アメリカ主導の米・英・中・蘭のABCD包囲陣があった。

 活字でしか知らない世界が、今現在、確かな形を持って動き始めているのである。一国の舵取りを任せられた政治家・施政者が、中国に対して一体如何なる外交姿勢で、事を対処して行くのだろうか・・・ 少なくとも、歴史を学んだ者にとって、過去と現在を結び付けて、時の証人として、事の推移を見守りたいと思うのが、至極当然な思いでは無いだろうか・・・

 来週からは、国会が始まり喧々諤々の国会論戦が始まる。事は、国家の本態に関わる領土問題である。国民世論調査の数字が、テレビに流れ、目に余る中国の本質が、日本国民の衆目に晒されるのである。国家・歴史・国防・外交について、国民目線の議論が活発になり、それが戦後平和ボケした観念的・傍観者的平和の楼郭が、砂上の幻影にしか過ぎなかったとの国民のコンセンサスに統合されて行くのでは無いだろうか・・・と云う気持ちを持って、10/1を待って居たのである。

 然しながら、この記事を打ち始めて、本題に入って直ぐの事である。中国人船長の開放のニュースである。この数日間の、仙谷官房長官の奥歯に物を被せた様な物言いが、現実の物と為って仕舞った。

 貴方は、日本国の政府を代表する高官なんですか!! 盗人が開き直って、報復に邦人四人を拘束して、四対一の汚ならしい馬賊の様な人質交換を持ち出して来る。待って居ましたとばかりに、一対四なら損は無いと、前原外相が筋論を展開していた翌日に、スンナリ人質交換をしてしまう。これって、失礼な話。出来あいレースじゃないんですか。可笑しいですよ。総理も外相も留守の間に、それも検察の判断での開放との事。

 俺ぁ、未だ鼻が捥げるほどの田舎の黄金水放射はしてねぇのに、何か、臭過ぎませんかいね。あい? センちゃん。

 これが、貴方の高官外交なのでしょうか、交換外交の本当の狙いは、何なんでしょうかね。日本の何と中国の何との交換なんですかね。等価交換が、交換の大原則の筈だと思いますが、如何なんでしょうかね。これでは、民主党政治は、日本の国益にとって芳しく無い事でありまする。衆院任期までは、持ちますまい。政治を再び、民意に委ねましょうよ。

 おのれ、民主党政治。吾、民主党を愚を許すまじ。これで、党内亀裂・分裂が生じなければ、民主党は、日本の政党では無いのだろう。いずれにしても、失地を回復するには、中国を相手に、何年を要すると思って居るのだろうか。


マイ・ギャラー13
                マイ・ギャラリー13

   子育て中川風呂の図アアア~、ホホホ~椰子の下で、何時か。
   馬子にも、老眼鏡町会納涼会スケッチ♪おまえ、おまえ~♪ 観察・洞察・分析_002
   党内合戦_001トロイカの顔ああ、これが男と云うものさ。_0012010・炎夏・厭夏・怨夏_001
   バシャリも挨拶う~ん、どうすべぇ。秋風に遊ぶ女の対決_001

 一気に寒くなって仕舞いましたねぇ。風邪などひきませぬ様に・・・ さて、ブログ恒例のマイ・ギャラリー13でありまする。面白い絵など有りましたら、お笑い下さい。
 尚、カテゴリー内、マイ・ギャラリーをクリック下されば、訳の分からない絵のページと為って居りまする。絵はクリック下されば、それなりに大きく為りますので、お試し下さい。へへへで御座りまする。














心何処ーショート 限の巻かれて、振り止まぬ雨の霊園。
         霧に巻かれて、降り止まぬ雨の霊園。(9/23/10)
       
 熟睡叶う夜に、朝の目覚めである。おやまぁ、小中時代の同級生のRさんの夢を見ていた。然りとて、夢とは全くの予想外の展開を示す物である。

 途中でR子さんが女房に変わり、女房にちゃちを入れられながら、台所でニヤニヤ・・・女房のアシスタントをしていると、未だ、学童姿の倅と娘が、台所に入って来る。
「お父さん、お母さんに使われている~。アハハ。」と、兄妹は手を叩き合って、笑っている。「今日は、皆でRさんを、こき使おうね~。何でも、遣らせちゃおうねぇ~。」そんな事を澄まし顔で言う女房である。
 脳味噌の皺の出来ていない馬鹿子供達は、ボンボンと自分の好きな物を持って来て、これで○○を作ってくれと、生意気なリクエストを置いて行く。これもこれもと、アッと云う間に食材の山である。<おいおい、足るを知るって、哲学をお前達は、知らんのか。馬鹿者めが!!>

 その内に、子供達は一気の内に成長して、居間で女房とアハハなんて、笑い話をしている。何の事は無い、普段の賄い夫のザマではないか・・・ニャロメ!! R子様は、一体、何処へ雲隠れしてしまったのだろうか。佳境に入る前に霧消では、蛇の生殺しじぁゴザンせんか!! どいつもこいつも、兎角、女と云う生き物は、とんでもない生き物である。

 本日、秋分の日・お彼岸である。昨日の夜散歩は、雨が降って来て、途中で止めて帰って来たのである。その雨が、続いている。朝食後、仏壇の親父にチィーンをして、<オヤジ、この雨で線香は割愛だ。気は心で、これから墓参りして来るわさ。それで、我慢しときな。>

 霊園のある丘陵への道に差し掛かると、道を覆うオニグルミの木々は、枝葉を枯らして居る。普段は、その他諸々の山の緑にしか見えないのであるが、そんな枯れ模様を見ていると、オニクルミの木の何と多い事か。ヒーターをONにしての運転である。昨日の昼は、30℃であったのである。一夜明ければ、みんなみんな、冷たい雨の中である。

 雨降り頻る中の墓参りである。それでも、墓参者は結構いる物である。親父に線香を手向ける事は出来ないから、花を手向けた後は、タオルで入念に墓石を磨いて来る。墓石を綺麗にすれば、他も綺麗にすべしである。親父には、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏しか言えないが、おいらは、すっかり背中がずぶ塗れに為って仕舞った。せめてもの倅の誠意である。ユメユメ、文句を言うべからず。文句を言ったら、罰が当たるぜや。イッヒッヒ!!

            さてさて、親父殿、俺は帰るぞよ。
 
 親父の墓は、東斜面の最上段に位置している。雨の叩き付ける芝生の緑を踏んで下りて来ると、霊園通路に、強引に車を横付けした中から、何と用意万端である事か。合羽の上下を着た同年配の男が下りて来た。合羽、長靴の重装備なら、如何して下の決められた駐車場に、車を止める事が出来ないのだろうか??? 

   一応、まともな顔付には見えるが、お里の知れる馬鹿男の様である。

 霊園の入り口には、花屋のテントと地元農家さんの即売テントが設(しつら)えてある。此処の自分で育てたコンニャク芋から手作りした、不格好なコンニャクは、中々にして行ける代物である。地場野菜とそれを買って、雨降り頻る丘陵の霊園を下る。
 
 帰りに大手スーパーで、仏壇の花とお供え物、昼飯は生寿司を買う。とうとう、死んでしまったグッピィのメスである。お隣のホームセンターで、黒メダカ30匹とメスグッピィ5匹を買って帰る。

      仏壇に花を飾り、お供え物をして、線香を焚く。チィーン。
    ほい、親父、墓前線香の分も加えて置いたぞ。有難い倅だと感謝しなよ。
    南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。チィーン。

「さてさて、これで良し。婆さん、これで、昼飯にすべぇや。」
「はい、ご苦労様でした。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。」

 庭を見れば、枯れかかったサツキは、葬式以来の何度かの雨に、すっかり樹精を盛り返して、活き活きとした緑で、雨を受け止めている。ラジオの天気予報では無いが、猛暑に明け暮れた今夏も、暑さ寒さも、彼岸までの帳尻合わせに、成功した様である。


心何処ーショート 嗚呼、恥ずかしき日は、曇天に暮れ行くかな。
      嗚呼、恥ずかしき日は、曇天に暮れ行くかな。(9/22/10)
 おいおい、来週は、10月でありまするぞえ。朝の暑さに、目が覚める。朝日照り付ける朝と成れば、玄関の金華鳥ファミリーは、<水を替えろ、朝飯のお代りだ>とばかりに騒ぎ立てて、嘴でルームサービスのブザー宜しく、ドンドンの音催促である。

 煩い奴らだ。少し陽気が好くなったと思って、ブンチャカ・ピィーピィーと、はしたない朝ハーレムに疲れたら、今度は喉が渇いた、腹が減ったの<ルームサービス>の催促かいな。
 この戯け鳥めが、女日照りの俺への気兼ねって物が、カラッキシありゃせんわな。そんな事ゃあ、恐竜子孫からの脱却なんざぁ出来ずに、種の絶滅だわさ。ったく、煩い奴ちゃ。

 湯を沸かして、モーニングコーヒーである。水槽金魚達は、プックリ体脂肪であるから、餌はパスである。老衰青尾ママさんは、もう、見る影も無く、風前の灯火の表層ユラユラ泳ぎである。昨日は夜の買い出しで、エノキ、ナメタケを二袋ずつぶち込んで、それに千切り牛蒡を加えて、佃煮風に仕込んで置いたから、朝の賄い夫はする事が無い。

  ゴミ出しついでに、斜向かいさんが、窓の網戸を開ける。窓辺に移動して、
「そうだそうだ、続きを入れて置いたぜ、持って行きましょや。それと、はい、これが最新作の絵だいね。急ぐ旅でも無ぇずら。少し、笑って行きましょや。へへへ。」

「やや、こりゃ、大先生。何時も有難うゴザンス。何が嬉しいって、これを読むと、俺の気持ちが代弁されている様で、胸のつかえが、スッと下りるんだわね。如何だい、この絵にしたって、その物ズバリの現在の状況じぁ無いかえ。日本確りしてくれねぇと、張っ倒しに行っちゃうぜや。よもや、民主党の野郎共、チィナ・スピーカー共と、下手な手打ち式なんかしねぇだろうね。あい。感想は如何だだい!!」

「いや~、そりぁ、甘いんじゃないの。仙石さんの口っ振りからすると、変な魂胆を持っている感じがして、仕方が無いんだわね。今時の政治家は、信用出来ぇんね。
 ほら、北の将軍様の長男坊主が、偽装パスポートでしょ捕まったのに、時の小泉内閣の田中真紀子外相が、事無かれ主義の外交処理をしちまったずらい。
 あれだけ、普段ダボハゼ見たいな捲し立てで、偉そうにポンポン言ってたジャジャ馬オバさんの政治決断が、あの程度だったんだじ。今じゃ、同じ民主党議員じゃねぇかい。外交先輩面して、お節介焼いてるんじゃないの。中国は、今、外交ストライキ中だもんね。

 政治家の野郎共なんて物は、普段は大物振って強くて威勢の好い事を言ってるのに、いざ自分の所管の面倒な問題に出っ喰わすと、さっさと掌を返して<揉め事は、飛んで行け~>の軽挙妄動の沙汰だわね。
 他人の失態には、自分が天才、筋目を通す実行力の人見たいに生意気声で、言いたい放題の癖に、火の粉が自分の身に振り掛れば、無責任意気地無しの交わし身の政界渡り術だわね。 
 そんな輩の決まり文句は、言うに事欠いて、ギリギリの政治判断・将来を見据えての政治決着なんて、言葉で取り繕うだけじゃないの。<何を偉そうに、寝言も休み休み言いなよ>ってなもんさね。

 そうずらい? Sちゃ、一応政府高官の雲上人の身分だから、奴さん達は一般下々の処まで下りて来ないから、面と向かっての罵詈雑言を浴びないから、雲から落ちる修羅場から、回避されているだけじゃないのよ。言って見りぁ、敷居の高さとSPのガードで持っているんだわね。
 真紀子さんであろうが、仙石さんであろうが、一人で普段着で此処に来て見ましょ。上下の堺が無くなったら、褌一丁で相撲を取らなきゃ為らねぇんだよ。世の中は、世の中は素人でも、強い奴が五万と居るからね。本当は、怖い物だんね。おまけに下々は、下品と来ているんだわね。ギャハハ!!

 想像して見ましょや。それこさぁ、俺達下衆ロートルに、ど壷の肥え溜め見たいに、臭くて一度や二度洗った位じゃ、絶対に落ちない罵詈雑言の浴びせ倒しってな物だんね。イッヒッヒ!!
 俺ぁ、下品で馬鹿だから、しゃら構わねえや。有る事無い事、喰らい付いちゃうよ。冥土の土産話で、力んじゃうんね。そう為ったら、ロートル下衆貧民の罵詈雑言で、エリートさんは、すっかり自信喪失でこっ恥ずかしくて、政界になんか戻れっこ無ぇわね。真面目人間だったら、馬鹿にコケにされたって、それこさぁ、人格崩壊しちゃうよ。あい、如何するだいね。イッヒッヒ。」

「やいやい、そりぁ、おもくれぇや。(面白い) 野郎共、チャイナの見え見え、小汚ぇ心理戦なのによ。蜘蛛の巣に絡め捕られる赤トンボって事かいな。それじゃ、一国の指導者として、情け無ぇじゃないかい。
 俺達雑魚が言いたい放題を噛ませば、『無礼者!!下衆はひっこんでいろ!! お前ら、馬鹿が来る場所じゃない。出て行け~!!』で片付けちゃうのに、チャイナ、コリアン、北コリアンにぁ、タジタジのノイローゼ外交しちまうんだろうな。
 昔、ヘルメットにタオル覆面、ゲバ棒・火炎瓶で菊の御紋の機動隊と戦った闘士が、何てザマだいな。売り言葉に買い言葉、挑発に挑発が得意だった筈じゃねぇのかい!! 」

「あいあい、キンタマの重しが取れたら、背骨・骨無しのクラゲ見たいに、友愛の東シナ海を浮遊して、対島海流にプカプカ流されて、ロシアの海に浮遊してさね、挙句の果てが、ロシア極東海軍に拿捕されて、シベリアの森林火災現場で、猛暑の後片付け重労働の刑に処されちまうわね。そんな日にぁ、情け無くて、朝立ちもしねぇわさ。あい。

 幾らなんでも、今のご時世だから、週に一度位の労働開放日位はあるずらい。待ちに待った労働開放日、金髪おネェちゃんに、ハッチュー、チュビアなんて、哀願したって<アナタ、囚人。ワタシ、オ金ナイ男ニ用事ナイ。アナタノ仕事ハ、重労働、働カナイ男、喰ウベカラズ。アナタ、鞭欲シイカ!!>・・・領土侵犯は、その位に大罪なんだわね。ギャハハ!!」

「やいやい、朝っぱらから、尖角諸島から、ロシアのシベリア重労働の旅まで、行っちやったいなぁ。へへへ、こんな話は、此処でしか聞けねぇわね。忘れねぇ内に、どっかで話して来なけりゃ、俺の箔が付かねえや。俺ぁ、この頃じゃ仲間内じゃ、押しも押されぬインテリで通って居るぜね。ニャハハ。
 さて、今日は、誰を餌食にしてくれっか・・・その<ハッチュー・チュビヤ>って奴は、何だだいな。後学の為に、訳しておくれや。イヒヒ。」

「<あなたが欲しい。>でも、<遣らせろ。>でも、使用するその場の雰囲気で、使っとくれや。イヒヒ。俺ぁ、第二外国語が、ドイツ語だったぜ、本当は、よく知らねぇだよ。 
 言葉は、実践で磨けって云うから、ロシア女と出っ喰わしたら、正々堂々と大きな声で言って見ましょ。何事も、言葉を受けた女性の大御心次第だぜせ。でも、小柄な女にして置きましょ。ロシア女のパンチ、キックは強ぇんね。ギャハハ~。」

  嗚呼、またまた、遣って仕舞った。如何して、こう為るのよ、色白吟さん???

 さてさて、朝飯である。茸の甘辛煮は、年寄り風味で、美味いじゃないの。それと昆布とシジミの佃煮のミックスは、中々に行ける。身欠きニシンの自家製煮締めも、美味い。卵掛けご飯で、ツルツルである。梅干し摘まんで、口直しのお茶である。

「コンニチワ~。ヤクルトで~す。絵は描けましたか~。」
「はいはい。暫しお待ちを。」

 アッシャ、アリ地獄でひっそり構える薄馬鹿野郎にして、暗いマンホールで、ひたすら水曜日を待つタランチュラでヤンスよ。

 さてさて、飛んで火に居るヤクルトママさんである。セクハラトークのお相手をば、して頂きましょうかね。本日の絵画解説は、『女の対決』である。

「如何だい? 雰囲気のある好い絵ずらい。」

「Rさんの好きな金髪ロシア人さんですね。何か、ドレスを着たパーティの感じですね。女の人の表情、何か意味深ですねぇ。フ~ン。何か、キツイ感じがプンプンしていますよ。

 えーと、このブローチは、繋がっているのかな?・・・ 切れてますね。そうすると、きっと、ここら辺が、今日のミソですね。
 タバコ、来月から大幅値上げですよ。健康の為に、この際、スッパリ止めた方が好いですよ。」

「このブローチの形、何かまた、Hな魂胆があるんでしょう。色使いは、ハッキリしていて、好いんですけど、何か~、卑猥な感じですよ。アハハハ。」
「あいあい、そうだんね。現実は絵より怪奇為りで、風呂に入る時に、手鏡で見て見ましょや。へへへ。」

「あっ~、分かった。見えた~。Rさん、このブルーの背景は~~、まったく、何、描いてるんですか。助平オヤジ~。お巡りさん呼んで、逮捕ですよ。本当に、真面目な顔して、何をして居るのか、家のダンナもそうかなぁ~???」

「やいやい、感心して、一体何が見えるだいね。俺ぁ、『事件の陰に女あり』を『対立の陰に男あり』にアレンジして見ただけだんね。
 だいそれた他意は、これっぽちも無いんね。そんなに、この絵は、女性には顰蹙絵画かいね??? 老眼鏡持って来ないと、好く見えないわさ。だってさぁ、ナマコは食用だったんじゃないかな~。ウッシッシ~。」

「シャラップ、んもぉ~、呆れて、物も言えません。」

 へへへ、好色エロ河童を二連発発射して仕舞いまして御座る。嗚呼、知性枯れ果て、痴性が盛る。日々、奈落の底へ落ちるばかりである。

 遺憾いかん・・・然りとて、吾が嗜好は、歳と共に鮮明の道行きの様である。救い難いロートル街道でありまする。へへへ。


心何処・・・大中華思想圏
                   大中華思想圏

                  大中華思想圏_001


 ラジオでは、尖閣諸島中国密漁船問題では、連日連夜の中国動勢が、日本の放送局か、中華人民共和国放送か、分からない程の、中国主張の垂れ流し様である。高校生頃までは、漢字の国・論語・漢詩の国と盲信して、中国4000年の文化と、理解して居た。それが社会人に成って、毛沢東の文化大革命の報道に接して、観方が変わって仕舞った。

 2C黄巾の乱・8C安史の乱・14C紅巾の乱・19C太平天国の乱・義和団の乱・国民党対共産党の内戦・紅衛兵の文革運動と、兎に角内乱・内戦の多いお国柄である。それに加えて、征服王朝の歴史が有るのであるから、正史に書かれて居ない諸々を考えれば、きっと大変な民衆レベルのお国柄に違い無かろう。

 たったこの数年間に起こったコピー商品商売・毒餃子問題・毒物混入の風邪薬・ペット食料・オリンピック聖火リレー騒動・チベット問題・キルギス問題・公害垂れ流し問題・海底油田盗掘問題・尖閣諸島問題・・・etcへの中国の高圧態度を見て居れば、行き過ぎた施政への民衆の不満史=乱の歴史と、日本人の感覚で日本史に準えて観ては、民衆への同情・義憤に駆り立てられての安易な傾注が働いて、その現実の本質が見えて来ないのでは無いか・・・日本人は、漢字・文化・論語・儒教・漢詩・南画などと云った中国の自己宣伝の歴史的呪縛に、盲目の理想に憧景していたに過ぎないのでは無いだろうか。

       そんな冷めた見方しか、辻褄が合わなく為って来る次第である。

 本当は、本日は何か纏まった中国叩きを打とうと思っていたのであるが、余りにもの中国人の異常さに、アホらしさが渦巻いて、文章の代わりに、一枚、下手絵を描いた次第である。
 中国に、国民意識が浸透して行くのは、後何年掛るのだろうか、今居る中国人は、一党独裁の中国共産党統制下の中国共産党の人民でしか有るまい。そして、人民の多くは、国家教育の所為だと口実を並べ立てて、自らの行いに毛沢東語録同様の免罪符を声高に、叫び主張するのであろう。そんな安易な免罪符に騙される日本の大学教育とは、如何なるレベルの教育なのだろうか。

 幾らなんでも、1+1=2が理解できれば、その先の不透明な物にも、何らかの取っ掛かりを見出して、知的好奇心が、働くのが人間の好奇心と云うものである。考える基礎・アプローチは、学業と共に、拡がりを見せて、仮説と吟味を強いるものでは無いだろうか。人間は、カッカ来ても、少しは疑問の経口物を胃から戻して、反芻して自らの栄養物にして行かなければ、如何しようも無い、強調オンリーの鬼子に成り下がって仕舞うだけである。


 

心何処ーショート 散歩散景
                  散歩散景(9/21/10)
 昼寝をした後は、昼散歩に足を伸ばして来る。休日の昼散歩であるから、河川敷を歩く。川の様子を見て行く為に、中堤防のコンクリートの縁の上を歩くのであるが、蛇と出っくわす事がある。精々が50cmにも満たないコンクリートの平面の横は、サツキの植栽ベルトに為っている。蛇に気を付けながら歩いていると、矢張りいた。

 陽の光に、確りしたシマヘビの模様である。シマヘビは、珍しい。蛇嫌いな私ではあるが、如何云う訳か? シマヘビにだけは小さい頃から美しさを感じている。シマヘビはスマートにして、動きが敏捷に見える。その敏捷さは、逃げ足が速い処から、そう見えるのかも知れない。

 町内の河川敷には、結構蛇が多見される。アオダイショウ、ヤマッカジ(ヤマカガシ)、シマヘビが生息しているのである。当然、彼らが散見されるというのは、一匹だけでは、種を繋げて行く事は出来ないのであるから、葦原の中には結構な個体数が、生息しているという事なのであろう。気にし過ぎたら、散歩も釣りも出来ないから、仕方が無いと思っているだけである。何も、『生命は地球家族、地球家族に愛を』などと、大それた博愛精神を持っている訳では、決して無い。仕方が無いと思うには、偽りを言うしかあるまい。

 S橋の下では、大人達が家族を連れて、バーベキューをしている。焼肉の好い臭いを嗅ぎながら、「こんにちは」の会釈で通り過ぎる。土手道に上がって、早落ち城址に向かう。

 今年も道端の空き地に、野葡萄の様に矮小化したブドウが色付いて居る。二房を捥いで、その酸味を口に含む。野鳥達の冬の貴重な食料と為る小柿の実が、青々として生って居る。コスモスの薄いピンク、赤、白の花がある。今年は、花付きが悪い。悪いのは、きっと猛暑の所為に違いあるまい。野生のコスモスにして見たら、悠長に花を咲かせるよりも、ひたすら生き残る事に、じっと炎暑に耐えていたのであろう。彼等からすれば、これが来年への最低限のタネの結びなのであろう。

 ススキの穂が光に映えて、風に揺らいでいる。秋の虫の声に、赤とんぼが目の前を過ぎる。長ズボンとTシャツで来たのであるが、短パンの方が好かった。

 私を痩身の中年男が、ジョニングで追い越して行く。名前は知らないが、水泳パンツの様なピッタリしたパンツを履いている。流行の機能性に富んだランニングウエアには違いなかろうが、団塊世代のロートルの目には、如何しても、違和感な映りである。
 毛の無い白い滑々したすらりと伸びた脚である。これが、女の脚だったら、大いに目の保養となるのであるが・・・それが、男の脚なのであるから、違和感満載なのである。

 あんなピッタリのパンツを履かれて、正面の股間モッコリ男に、愛想好くコンニチワなんて、言われてしまっては、此方が赤面してしまうのは、必至であろう。スポーツもジョギングも、ファションの時代と云われてしまえば、それまでの事ではあろうが、男としては、世の中には、目の保養と目の毒は、厳として存在しているのである。ニャロメ。

 今度は車が追い越して行って、駐車すると、中から同年配の男が出て来て、山際の道をサッサと歩いて行く。歩く方角は、如何やら同方向の様である。私は下から大分歩いて来たから、首タオルで汗を拭ってのノンビリ歩きである。
 前方を行く男の足取りは、目的を持って歩数・距離をこなす様な歩調の確かさである。車で来て確りした歩調のウォーキングをするのであるから、街場の住人なのであろう。彼は、きっとこの界隈を気に入って、此処までウォーキングに来ているのかも知れない。

 広い農道には、年配女性のとぼとぼ歩きの散歩者が見える。冬の昼散歩に移行すれば、頬被りをして、着膨れした姿で鼻水を啜りながら、『今日は雪が舞って、寒いねぇ、』と反対側から此方側に擦り寄って来て、声を掛けてくれる・・・きっと、あの人懐っこいお年寄りさんなのであろう。

 散歩徘徊もウォーキングも、ジョギングも、個々人それぞれのお気に入り場所とスタイルがあって、当然である。

 稲田は半分ほどが、収穫を終えている。稲が倒れた田が数枚ある。コンバインの入り口は、稲が刈られている。田には麦藁帽子を被った初老の男が、鎌を持って倒れた稲を刈っている。寄る年波に、腰が痛いのだろう。鎌の手を休めて、背を仰け反らせてのボチボチ刈りの態である。
 そんなオヤジの農作業を視界に置きながら歩いていると、何やらオヤジの呟きが聞こえて来る思いである。未だ陽があるから、空にはコウモリは飛び交わないが、今日は、嫌にカラスの姿が目に付く。

 流石に日中散歩は、未だ息切れがしてしまう。さてさて、あそこを回り込んで、広い農道を帰ると居たそうか。流しの下り勾配は、音痴な唄でも歌いながら帰りましょうかね。

 大きく傾いた陽は、幸運にもアルプスに掛かる雲の中に呑み込まれている。

 目下の持ち歌を、全て唄い切って、再びS橋に差し掛かると、バーベキューの一団は、ギターに合わせて、シャボン玉の童謡を合唱している。椅子に座ってギターを弾いて歌う女性の前には、幼児が立っている。
 好く見ると、何かのサークルの様で、風貌・色の黒さから、東南アジア系と見える数人の男女の姿もある。そう云えば、松本にはネパールとの市民の交流サークルがあった筈である。松本市とネパールの首都カトマンズは姉妹都市であった。

 昼散歩にしろ夜散歩らしろ、部屋に居ては見え無い物、感じられない物が、色々あって、散歩の効用は、大きな物である。


心何処ーショート へへへ、困ったロートルでアリンス。
          へへへ、困ったロートルでアリンス。(9/20/10)
 おや、廊下の戸を開けて見る。良かった。雨では無いらしい。半朦朧の住人であるから、もたつく足で、其の儘、ドテンと布団の中に倒れ込む。

 アジァー、雨音!! 大急ぎで<正月の美味・ウリ>の回収である。廊下にメタボの相撲取りの体を胡坐座に、タオルで水気を取って、廊下に並べる。

 こりぁ、お天道様よ、余りにも意地悪極まりの無い仕打ちじゃ、ゴザンせんか~、アッシャ、眠いでゴザンスよ。

    <しとしと雨の音無し雨よりは、親切じゃろう。この戯けが!!>

 はいはい、大御心、聞こえました。これは、賄い夫の仕事でありまする。遣りますよ、遣りぁ良いんでしょう。まったく。遣りぁ良いんでしょ、遣りますよ。自分の仕事でありますから・・・ まぁ、一理あるわな。ニャロメ。

 水気と汁気を押し取る様にして、並び終える。待てよ・・・ 干し柿にする訳でも無し、今日は粕に付け込むとしようかなどと考える。これは、自然為る手の感触である。
 梅干し、干し柿、沢庵漬けも、賄い夫で三年も遣って居れば、馬鹿でも手の感触が、生まれて来ると云う物である。

 個人スーパーの先輩さんのアドバイスにも、重し、天日干しをし過ぎると、萎んで見栄えが悪く成るとあった。何しろ、中年女族の最大の関心事が、『お肌の保水力』なんて、キャチフレーズも有った筈である。
 人間の体に占める水分は、年齢によって減少曲線を描くと云う事である。赤子の玉の様な張りのある肌を、奈良漬に求めるのは、天に唾する不遜極まりない料簡違いであろうが・・・。

 まぁ、まぁ、そう云う事なのであろう。へへへ、女房の顔を思い出して、ついニヤリの段である。

 新婚時代は、大和撫子ビーナスで、何かと夜が楽しみであった物である。まぁ、こんな事を面と向かって、口に出そうものなら、「こんな女に、誰がしたと思っているの、この好色糞爺っさ!!」と一蹴されるのが、女の定型句と云う物である。
「はいはい、貴女様は、年相応の雰囲気のある綺麗なご婦人でありまする。決して異存不満は御座いません。」これが、常識ある亭主の受け答えというものである。ギャハハ!!

 そう云えば、昨夜の西田敏行と竹下景子コンビのラジオ名作劇場は、お二人には甚だ失礼に当たるが、内容が陳腐過ぎて、嗚呼、何たる手抜きお座成りの受けを狙っている安作りの作品か。こんな浅はかな女心理・女本音で、何処が面白いものか!! 余りにも、安物の何の変哲も無い鋳型に、起承転結の見え見えの短絡お気軽なストーリー展開に、演じているお二人も、幾ら仕事とは云え、食傷気味のウンザリ感に陥って仕舞うのでは無いだろうかと同情して、BGMとしていた次第である。

 何時もなら、鼾を掻いて正体も無く、寝て居る時間帯でのブログ打ちであるから、頭の芯がボヤケて居ると云うよりも、寝不足で些かのご機嫌斜め打ちである。放送作家さんも、とんだ飛ばっちりを受けて、全くの素人聴衆の罵詈雑言の態なのであろう。

 へへへ、許されよ。私の本音である。収入に安住する事無く、少しは、物語に捻りを加えて下されや。そうで無くとも、ラジオファンの多くは、人生に塔が立っているんでヤンスよ。真実味が無さ過ぎるのは、聞いて居て陳腐の虫唾が走ると云う物でありまする。イッヒッヒ!! 品が無くて、御免なさいよ。真に受けて下さいよ。日本人は、御貴殿が考える以上に、民度が高いんでありまするよ。

 嗚呼、寝そびれて終い、玄関では、朝鳥達の騒々しさである。カーテンの隙間からは、斜向かい色白吟さんの朝の見回り行動が見て取れる。

   おやおや、本日敬老の日。何やら、薄日が差して来たではないか・・・
 
 ふざけ遣がって、ふざけ遣がって~、この~、俺の<スワ、一大事!!>の狼狽振り行動は、一体何だったのであろうか・・・貴重な睡眠を返せ~!!

 さてさて、朝飯の支度をして、遣るべき事は遣って、昼寝の時間と致しましょうかね。


心何処ーショート ご近所速射砲に、吾、タジタジの態なり。
             ご近所速射砲にタジタジの態(9/19/10)
 さてさて、朝食後は、奈良漬の下拵えの塩中和の天日干しを遣りますかね。食器を洗ったの後は、塩ウリを水洗いして、庭に台を出してウリを並べる。曇り空の天気さんではあるが、雨は降りそうも無いから、文句も言えまい。

 それを終えて、今度はガス器具の汚れ落としである。こびり付いた吹き零れの焼き付きは、厄介な相手である。洗剤・磨き粉・目の細かいスチール束子でゴシゴシ格闘の段である。手強い焼き付きには、ペーパーナイフで、グイグイの力退治である。

 男と云う物は、根が物臭であるから、女房にオンブにダッコの亭主関白を、決め込んでしまう。それが男寡(やもめ)に陥ると、面倒な事は、如何しても最後の最後まで放ったらかしにしてしまうから、時間と労力ばかりを漬かって仕舞うのである。重症に為らない内に、小まめに遣って置きさえすれば簡単なのであるが、それが出来ないのが、男の習性なのである。反省は出来ても、何時も後手後手に回る、男の遣る気の無さなのである。

 コンニャロー、しつっこい野郎だ。何だ、この抵抗振りは、醜女(しこめ)の嫌がらせってな物じゃないか。醜女の深情け戦術に陥落する程、俺ぁ、軟な男じゃ無いんじゃい。情にほだされて、白旗立ててら、男子一生の不覚じゃい。その手は桑名の焼き蛤じゃい。

 如何じゃい、如何だい。これぞ、手籠めの怒涛の千本槍じゃい。いや~、疲れまするわな~。もう、嫌じゃ嫌じゃ。ふ~~う。短気は損気。女が出来て、男が出来ないのは、妊娠・出産位な物じゃい。女に白旗立てたら、男の沽券に拘わる。

 ♪男心は~、男で無~けりゃ、分かるものか~と、女日照りの一本道よぉ~。
         ♪吉良の~仁吉は~、男で御座~る~。

 加齢、子分無しの賄い夫道であるから、それなりの堪え性と云うか、鈍感症が身に着いて来たから、如何にか遣り終える。風呂に入って、髭を剃った後は、浴槽磨きである。

 嗚呼、斯様に自主独立の孤塁を堅持するのは、キツイのである。とは云いつつも、嗚呼、腰が痛い、疲れたとぼやいても、課業を遣り終えれば、一人身の何と、清々しき事か。

 こんな気分で、本日の日記を打ち始めていると、色白吟さんが、通いの文作綴りを持って、窓から顔を出された。

「面白い処は、何かあったかいね?」
「有ったなんて物じゃないさね。中国の密漁船ライブが、奮って居て、本当に、真相はそんな処じゃないかなって、もう、大拍手さね。下らねぇ馬鹿テレビの欲求不満が、お兄ちゃんライブで、溜飲が下がったわいね。さぞや、拍手喝采で、コメントがワンサカだったんじゃないかと思って、聞きに来ただいな。」

「いや~、それが拍手は、イッパイ頂戴したんだけど、日頃の下品さが敬遠されて、コメントは絶対少数だったんじゃないかや。何て云ったって、下ネタ下品内容のオンパレードだぜね。打って居るのが、スキンヘッドの女日照りロートルだぜせ。しょーがねぇせ。」

「そうじゃあるめい。お兄ちゃんのブログの好さが、分からねえ様じゃ、日本も終わりだぜや。見る目が無いって事か。困ったもんだいな。
 俺なんか読んでて、巡視艦二隻有るんだから、両側から挟撃して押し潰して遣りぁ良いんだよ。無駄事こいたら、甲板に並ばせて、バシンバシンと往復拳骨喰らわして、重労働10年の刑で好いんだよ。
 それを、何だだい。国境侵犯して置いて、ギャースカ、ギャースカ、ほざきぁがって、見苦しいにも程があるってもんだぜや。日本の歴史教育以前に、手前の国の躾け教育が先決じゃねぇのかい。

 さっきも、<たかじん>で、討論の作法も知らねぇ中国人が、人が話して居るのもお構い無しで、ギャンギャンほざいているんだわ。ありぁ、完全に中国工作員だわな。デカイ声だしゃ、自分の言い分が通るって錯覚して居るんだから、大した脳細胞だわね。聴衆の評価って採点法が、丸で眼中に無いんだから、日本の幼稚園児以下の文化人・言論人だわね。大体、ムキに為って、見ぐせぇ面を力ませて、喰って掛って来る処が、下品過ぎるわね。あれがチャイニーズ・パフォーマンスなんだろうけど、加点なんかとんでもねぇや、減点のホイッスルで、レッドカード。即退場もんだぜや。なんちゅう、厚かましさだいな。

 お兄ちゃん、あの手の連中は、毎回毎回、政治寄せのお笑いテレビに出して、思い切り喚かせて置いて、自分で自分の首を絞めて居るザマを、骨身で分からせて遣りゃ良いんだよ。一国の知性として、遇する必要なんか、これっぽちも要らねぇわさ。
 あんな文化程度・民度で、世界制覇だとよ。何をこきぁがる。逆立ちして屁を燃料にして、お茶沸かしてから、言って見ろってなもんだわね。それこさぁ、ケッケッケ~の屁のラッパだいな。

 黙って聞いて居りぁ、馬鹿が偉そうに、そんなに世界に冠したけりゃ、経済・軍事・文化・民度・普遍性の世界五大文明じゃないけど、五大要素くらい持ち合わせてねぇと、駄目だいね。それを何だだい。孔子の子孫、芥川賞作家だと、あんな料簡違いの中国工作員が、チャンチャラ可笑しいぜや。俺の小便で、面洗って日本の幼稚園から出直せってなものだぜや。本当に、頭に来ちまったぜや。」

 アジャジャ、色白吟さんは、日曜番組『たかじんのそこまで言って委員会』を見て、憂さ晴らしに来られた様である。まぁ、好いか。文作中のコリアン古代文明の世界五大文明の引用もあったのであるから、吾が文作の熱心な読者様なのであるから・・・イッヒッヒ!!

 さてと、文作も本日分が打ち上がった事でもあるし、スーパーへ買い出しでもして来ましょうかね。


心何処ーショート ちょいと好い話
                 ちょいと好い話(9/18/10)
 晩飯が炊けるまでには、十分時間がある。寒く為らない内に散歩に出掛ける事にする。六時を回って居るから、橋を二つ下にずらせての散歩である。首タオルに短パン・Tシャツで行く。この恰好では、些か寒いのであるが、半分も歩いて居ると汗が噴き出して来るから、これで丁度好いのである。

 陽がすっかり短く成って仕舞ったものである。秋の夜長の象徴コオロギの声が、ビンビン煩いほどに聞こえて居る。街場の灯りが、輝きを大きくして行く。車も自転車も、明かりを付けて走って居る。

 私は、川際を歩いて川原の様を見て行くが好きなのである。背丈の伸びたコスモスの影絵の様な趣は、昼間の花の彩とは違って、秋の夜の風情にも感じられる処である。それでも、昼夜を問わずウォーキング、ジョギングを励行して居る人達は、多い物である。私も、そんな諸々多数の一人である。

 諸々多数の一人であるからして、本来は平等の原則に従えば、それで好いのである。然しながら、私は奥ゆかしい性向である。世間様から、人相・風体が芳しからずの有難い評価を頂戴して居るのであるからして、人が歩いて来ると、私は進路を譲って反対側に避けて通り過ぎるのである。それは、無用の警戒心を与えては拙かろうの配慮である。

 夜の墨絵の向こうから、小さな人影が此方に来る。まぁ、近所の子なのだろうし、この橋で折り返すのであるから、好かろう。サービス過剰も面倒である。

「あの~、すいません。浅間へは、どっちに行けば良いんでしょうか?」
「何??? お嬢ちゃん、何処に住んでんの?」
「浅間です。」
「あっそぉ。迷っちゃったのか・・・1+1=3か?」
「3じゃ無くて、2です。」
「そうか、馬鹿じゃ無いんだな。それでも、迷っちゃったか。そりぁ、困ったいなぁ。」
「ええ、私、よく迷うんです。また、やっちゃいました。アハハ。」
「この上の橋が、○橋。その上が、○橋。その上が浅間橋。分かるかな。三つ目の橋だぞ。浅間の何処だ。何だったら、オジサンは、この橋を渡って浅間方面に行くから、嫌で無かったら、一緒に行こうか?」
「いえ、大丈夫です。家は、川の横ですから。」
「そうか、川のこっち側が浅間だからな。遠慮し無くても好いんだぞ。歳は幾つだ。馬鹿タレ。」
「中学一年です。大丈夫です。この道をズーと行けば、良いんですね。はい、探せると思います。」
「そうか、自分の家を忘れるとは、とんだ馬鹿モンだぞ。気を付けて帰れや。馬鹿モン。」
「アハハ、はい、有難うございました。」

 面長の整った顔の、利発そうに見える女の子である。私は『素直過ぎる女の子』と別れ、橋を渡って、上り勾配の北帰行である。何か不思議な感じがして来る。

 娑婆は三連休の初日である。祖父母の家に遊びに来て、一人で街場まで遊びに行って、暗く成って迷ってしまったのだろうか・・・単純な方向音痴で、片付けて仕舞って善いのだろうか・・・
 1+1=3が直ぐ分かったんだから、マトモなんだろうし・・・う~ん・・・三つ目の橋とは言ったが、その間には歩行専用橋が一つと、仮橋が二つもある。但し書きが入って無いもんなぁ・・・ありゃ誤解を呼ぶ説明だった。失敗こいたわいな・・・ふ~ん。

 ラジオ・テレビでは、狂い始めた現世相は、『ロリコン犯罪』が多発して居ると云うし、あれだけ可愛い子である。料簡違いの変態にでも遭遇したら、吾が良心が、痛む。
 戻って、それと無く、彼女の後を見守って遣るべきだったかな・・・ 彼女は、対岸のどの辺りを歩いているのかは、目を凝らして見て行くが・・・夜の中で一向に見えない処である。

 上り勾配のウォーキングに、汗が噴き出して来て、首のタオルで汗を拭きながらのヒタヒタ歩きである。浅間橋を通過して、その上の橋を渡ってUターンの帰り道である。川沿いの二階建てアパートの二階から下りて来る人影がある。そして、私の方に歩いて来る。

「おや、若しかしたら、さっきのお嬢ちゃんかい。」
「はい、そうです。オジサンに、お礼が言いたくて、待っていたんですよ。」
「ああ、そう。好かったなぁ。家に戻れて。」
「住んで居る家は、何処なんだい?」
「京都です。兄がS大生なんで、遊びに来たんです。」
「そうか、そうか。それで~、頭の悪いオジサンでも納得したわ。オジサン変に気を回して、失礼な想像して居たんだよ。アハハ。」

 暗い土手道で、暫く女の子と話をする。今時の女の子であるから、インターネットをして居るのかと聞くと、しているとの事である。現に私のブログにも、中学生の女の子が、何人か読みに来ている。漢字が多くて、彼女達には古い昭和の文体なのではあるが、一応は理解出来て居るのであろう。まぁ、国語の勉強と思えば好かろう。

「そうか。名前は何て云うんだい?」
「高○四○です。」
「そうか、好い名前だな。オジサン。お嬢ちゃんの気持ちが嬉しかったから、今日、この事をブログに書くよ。オジサンのブログは、『心何処ーショート』で、ペンネームは『アガタ・リョウ』だ。それで検索してくれたら、出る筈だよ。
オジサン、嬉しい気持ちのプレゼント貰って、アリガトさんだったよ。じぁな。1+1=3かな?」
「2ですよ。アハハ。こちらこそ、有難うございます。必ず読みます。お休みなさい。」
「おぅ、サンキュー、ダンケ・シェーン。グーテン・ナハット。アハハ、じゃな。もう、迷子に為るなよ。馬鹿モン。」

 ねぇ、皆さん、好い話でしょ。こんな好い話を、一人占めなんか出来ないでしょう。これが、極々普通の日本人の心の発露でヤンスよ。俺ぁ、本当に嬉しくて、お嬢ちゃんの温かい気持ちに、ほっとしたんでありまするよ。



心何処ーショート 己が心の宇宙への扉
                己が心の宇宙への扉(9/18/10)
 菅改造内閣のニュースをバックに、お絵描き帳の安紙をビィッと切り離して、何かを描こうとシャープペンシルで線を悪戯して見る。差し当たって、描きたい物がある訳では無い。ふと気が向いた時の、お遊びの一環である。

 男の顔にする心算であったが、この頃、むさ苦しい男顔が続いている。男顔ばかりでは、吾がブログのお得意さんでも、エールのコメントのしようも無かろう。唯でさえ、長駄文のお付き合いをさせられているである。そんな御方達の優しき心にばかりに付け込んで、甘えて居ては、人間が駄目に為って仕舞う。

 急遽、男から女へ趣旨替えである。二つの女顔を配して、さてさて、その後の細工は、如何致そうか・・・ 何しろ、手先不器用の吾が身である。此処は一発、コーヒーを飲みながら、儚き白煙の揺らぎに助けを求めるより、他は無かろう。絵は下手っぴぃではあるが、下衆の屁理屈だけは得意である。

 ハートのブローチを真ん中に入れて見た。弾け飛んだブローチにした方が、絵に動きが出て来ようと云う物である。女の対立を、煙草で表現して見る。女を表現するなら、金髪と栗毛色が好かろう。金髪と栗毛色なら、背景は色の具合から、金髪には明るい空色、栗毛には濃いブルーを配すれば好かろう。女の性格をイメージさせる為には、金髪には赤い唇。栗毛には思い切って、紫が好かろう。煙草の吸い口は、橙と黄緑を配して、二人の女のイメージを誘導して見る。

 女の能面的な対立的緊張の核心部分への誘導として、ハート型のブローチを強調させないと、絵にアクセントが付かない。緑の外縁に、黄色・桃色・赤色・紫色を配して、女尻・女芯を象徴する事にする。ブローチの鎖には、同色の順序で色付けをして行く。大分、絵らしく為って来た。

 さてさて、此処まで女を強調して、男を描き込まずして、何とするかである。<男の影に女あり、女の影に男あり。総べからず、この世に陰と陽あり。>である。此処で具象したい気持ちは山々為れど、具象をしてしまったら身も蓋も無いのである。意味不明にこそ、趣が宿ると云う物である。ギャハハ~。

 絵を描き上げてしまえば、絵は描き手からは、開放されるのである。どんな稚拙な絵であろうと、絵を見て其々の人が、其々の想像・妄想を育むのは、其々の勝手である。人の想像・妄想とは、その個人の内面の宇宙と云った物を映すして居るのだと・・・私は、そんな妄想を抱いている次第なのである。

 慣れぬ事に、昨日は出来心とは云え、二枚も絵を描いてしまったから、もう、クタクタである。雑な色斑を潰す様に、色鉛筆を動かす作業であるが、これは、私にとっては、文章を打つよりも数倍以上の難作業であった。へへへ、朝飯前の作業をして居た次第である。

 さてさて、本日土曜日。Tとのコーヒータイムである。仕上げたばかりの絵をファイルに収めて、コーヒースタバである。

「好いブログさんが有るんだよ。<旅して 恋して 仕事して>さんなんだけどさ。フランス在住さんで、彼女の描く水彩画が何んとも云われない雰囲気が有ってさ。お薦めブログだぜや。忘れずに、お気に入りにしときましょ。」
「おうおう、絵と云えばwaravinoさんの絵は、やっぱり絵描きさんの絵だな。素人の絵とは、絵の次元が全く違うからな。
 ブログ散策して居ると、色々と面白い物にお目に掛れるからな。陳腐なテレビを見て居るよりも、余程しっくり来るからな。」

「本当だよな。そう云えば、この前さ、インターネットで日本の古代史の頁を読んで居たら、浦島太郎でさ。
 縄文から弥生の文明の変換点が稲作なんだけど、俺達は、中国→朝鮮→日本の歴史教科書の刷り込みだったんだけど、考古学の炭素元素分析によると、南方→日本→朝鮮なんだってさ。古墳なんかも、今までとは違って、矢印の方向が逆何て説もあるそうだぜ。この前の、世界五大文明じゃないけど、古代には驚愕の世界が有るみたいだぜ。イッヒッヒ。」

「処で、この絵は如何だいな? 今日のブログに出すんだけどさ。」
「ほぅ~、相変わらず、お前さんの絵は、色使いが一種独特の世界だよな。この金髪の顔、何処と無くカァちゃんに似ているんじゃないか? こっちの茶髪のネェちゃんは、黒髪にしたら、韓国のおネェちゃんに、感じが似て居るわな。」

「ホンマかいな。俺は、金髪の方は、中国の○○に似ている様な感じなんだけどな。モデルが居て、それをイメージして描いている訳じゃないのに、何処と無く、誰かに似て終うのかね。この世界は、気が支配して居るのかも知れんわな。へへへ、困った物だわな。

 おぅ、そう云えば、フィリピンイメージで、お前さんにエール画を描いたんだけど、乳首を弄らせているおネェちゃんの顔が、俺には何処と無くTのカァちゃんの顔に見えて来て、へへへだったんだよ。違う女の乳首を弄って、鼻の下を長くしていると、何かと夫婦の軋轢を生むけど、カァちゃんが相手なら、微笑ましい絵に、格上げされるちゃ。ギャハハ!! 
 まぁ、何事も、女に花を持たせて置けば、この世は安泰の様だわね。きっと、俺は無心で絵と遊んでいるから、全くの無防備状態だわさ。為るほど、隙だらけだから、何かが乗り移って、形を描かせているって寸法かいな。<恐るべし女の千里眼>って処かよ。イッヒッヒ~。」

「馬鹿こけ、それを言うなら『女の勘繰り』『執念深さ』『魔性の下衆勘』って云うだいな。<千里眼>なんて、煽てたら、図に乗って、それこさぁ、火傷どころじゃ、おっつかんぞ。呪い殺されちまうがな~。ニャハハ。無視無視のオトボケ戦法が、一番だんね。あい!!」
「そうかね。女の術中に嵌まったら、<アンタ、野放しにしてるけど、目に余ると即離婚だよ!!> なんて、ほざかれちまうかいね。アッハハッハ。」
「あいあい、そう云う事だいね。」

          ってな子細の下手絵のお披露目でありまする。

 本日のご訪問者の方々の罵詈雑言の石礫に、女族様からの針の筵と相成りますのやら・・・
 何はともあれ、娑婆は三連休の初日でありまする。戯れ絵創作記と戯れトークを念頭に、ご自分の心の宇宙と、対話為されませ。

さてさて、果報のコメントは寝て待ての沙汰でありましょうや・・・ギャハハ!!
                    


                   女の対決

                  女の対決_001

心何処・・・秋風に遊ぶ
                   秋風に遊ぶ

                  秋風に遊ぶ


 二日続きの雨で、グンと秋めいて来ましたね。異常気象のメカニズムをテレビで遣って居りましたが、愈々もって、気象新時代への突入なんでしょうかね。冷夏に炎夏が、微妙な日本列島の立ち位置に、気圧配置が東西にずれると、片や、冷夏。片や、炎夏との事で有りまする。

 折角、覗いて下さった秋の風情を味わって参りました。女も銭も、大それた欲は出しませぬが、春夏秋冬の変わらぬ季節の移ろい行く日本の風土で有り続けて貰いたい物ですね。

    はい、罪深い人間の行いを、アキアカネ編隊に、詫びて参りました。

心何処ーショート 好き者同士の戯れトークなり。 
            好き者同士の戯れトークなり。(9/17/10)
 雲の合間に薄い青空が、チョコン、チョコンと覗いて居る。太陽に晒されると暑いが、雲に隠れると秋の涼しさである。グッピィの親も、大分草臥れて来た。ビックママを誇った黒斑尾のメスは、如何見ても老衰進む黄昏時の形である。第二世代はオスにして、第三世代にメスが居る。婚姻適齢期に為って、稚魚を放出するのには、まだまだ先の事である。どんどん死んで行った黒メダカは、辛うじて二匹居る。

     寂しい限りのグッピィ槽であるが、これもまた、今年の様である。

          昨日勤皇、明日は佐幕。その日その日の出来心。
        どうせ、おいらは、裏切り者さ。野暮な大小、落し差し。

 まぁ、私は、好い加減な飼育管理者であるから、寂しく為ったグッピィ槽に、メダカが補充されるか、グッピィが補充されるか、はたまた、このまま放って置かれるかは、侍ニッポンの新納鶴千代に倣って、その日その日の出来心であろうか。メスキリギリスに、ナスのヘタを入れて遣って居ると、斜向かい色白吟さんが、顔を出された。

「おやまぁ、お遥かさんで。生きて居たかいね。線香でも、チィ~ンして挙げに行こうと思って居ただいね。へへへ。」
「変な虫に喰い付かれて、全然治らねぇから、医者に行って来ただいね。こんなに、右腕が腫れ上がちゃって、往生してるだいな。医者の言うには、『害虫被害』だってよ。害虫を特定しなんで、薬と包帯巻いてくれたわね。」

「そうかいね。そりゃいけねぇね。個称判らず、総称退治かいね。まぁ、医者の立場からすりゃ、患部を診て、処方を下さなきゃ、お代も頂けねぇし、沽券に拘わるぜね。イッヒッヒ。
 まぁ、噛まれ、刺しかは、知らねぇが、Sちゃ、ギャーギャー、個称に拘り過ぎると、肝の短い医者だったら、コショウ(胡椒)振り撒かれるんね。入院世話と農林省作業の毎日だったぜ。此処は一つ、有難いお天道様の天啓と思って、静かにこれでも読んで、安静にして置きましょや、イッヒッヒ!!」
「そんな事言ったってさ。利き腕の右手が利か無きゃ、<千摺り>の楽しみが無くなっちゃうぜや。ほれ、手がパンパンに腫れ上がちゃっているから、<雁首>をギュッと扱けねぇんだよ。もう、70超えて居るから、掌で転がして居るだけで、<安楽寺>に行ける程の、<土手零し>ってな軟な<マカッカ>海峡じゃないわね。あい、如何するだいな。ギャヒヒ~。」

「やいやい、どっかで聞いた単語が、ボンボン吹き零れてるじゃねぇかい。そんだけ元気で、精力がありぁ、この際、二丁拳銃のガン捌きか、宮本武蔵の二天一流を物にしましょや。
 右手を左手に替えて見りゃ、右手マラッカだって、左手ナラッカで、安楽寺の裏門くらいの御利益にぁ、有り付けるってもんさや。あい、幾ら見栄張ったって、現役マラにだって、詰まり・漏水の『老衰故障』が日々進行してるだんね。赤玉ポートワインが、発射されて、フガフガ爺っさのご招来間近ってなもんずらい? 
 此処は一つ、行く秋を惜しむらくなんて、悠長な事は言っちゃ居れんわさ。右手が駄目だったら、左手があらぁね。諦めて、如何するだいね。足掻いて、浮かぶ立ち泳ぎって事もあらぁね。此処は、生きて居る内に使わなきゃ、お天道様の罰が当たるぜや~。想像力・妄想力が、こずんで来たら。総天然色の目も潰れる『洋物金髪アナザーホール』を贈呈するんね。あい、持って行きましょや。」

「やいやい、久し振りに盛りがって来ちまったいな。こんな掛け合い漫才は、俺ぁ、お兄ちゃんとしか出来ねぇわいな。良いね、好いね。女にぁ絶対に分らねぇ『男の教養話』は、こうで無くちゃ、オモクロクも何でも無ぇや。顰め面、真面目面して、生きて居たって、何処が面白いだいな。
 土台、『朝立ちしねぇ奴には、銭貸すな。』『学あっても、エロ話も出来ねぇ奴は、信用するな。』ってなもんだぜや。キャキャキャ。あい、そうずらい。
 やや、行けねぇや、カカアが来ちまった。チエッ、煩せぇから、帰るわ。糞糞・・・未だ、全然、話し足りねぇや~。

 あいあい、じっくり読ませて貰うぜねぇ。チャッ、高尚な<男の味話>の腰を折りゃがって、無駄事こいてると、長芋ローションで、痛い痛いのアナザーホールお仕置きしちまうぞ。ケッケッケェ~の ヤマタノオロチ退治しちまうぞ。ニャロメ!!しょうがねぇや、行くわいね。へへへ。」

 へへへ、優男色白吟様・・・パンパンに腫れ上がった右手を、氷枕で冷やして寝て、朝一番でおめかしして、病院に行って帰って来たのは良いが、・・・ トウチャン家にも入らず、何処かに行っちゃったと為ったら、恋女房殿は、『トウチャン、何処ぞ』と心配に為って、探しに来るわいな。
 それがお互いの意志の齟齬で、痒い痒いの原液長芋ローションを敏感粘膜に垂らし込んで、お仕置きと幾らイキリ立った処で、尋常為らざる気配をキャッチされて、カアチャンにヒョイと身を交わされた。と思いきや・・・ プラスチックの蠅叩きで、手首のスナップを効かされて、バシッバシッとイキリ立った逸物を、情け容赦なく連打されよう物なら、即座に萎れて、おカァチャン勘弁してくんろ。俺ぁ、マゾの気は、これ『没チン』もねぇ。優しく愛撫してくんろ、好いて好かれた仲だっぺ。・・・両手を合わせて、額を擦り付けての哀願バッタの様であろうが。

 私は、妄想力こそ大の得意ではあるが、他人様の秘め事を覗き見るほどの下衆根性も無いし、その勇気も無い処ではあるが、僅かばかりの想像を働かすだけで、十分に儚き煙草の揺らぎの先に見え隠れする男女の戯れ絵の様である。ギャハハ!! 

      全く、夫婦の仔細は分からぬのが、花と云うべき物であろう。

 嗚呼、ついつい、とんでもない戯け話を打って仕舞った物である。真に以って、吾が知性の前に、慙愧の極みの一文である。然しながら、本性は偽わる事の出来ない物である。これは、正に団塊の世代のブログとして、如何な物と反省頻りなのである。これ以上、祖国日本の品性を損なっては為らないのかも知れない。嗚呼、ブログ閉鎖のお達しが来ない内に、自らの手で閉じるしか無いのだろうか・・・真面目に逡巡する<吾が心、何処や>の反省である。

 下品戯けブログ、分かっちゃ居るけど、止められねぇ~、スイスィ、スイダッラララッタ、スイスイ~。

  本日も、貴重なお時間、お付き合い下されて、幸甚の極み。感謝感謝!!

心何処ーショート 降り続く雨に、近付く秋か。
             降り続く雨に、近付く秋か(9/16/10)
 籠り生活が板に着いて、昨日は何やかやで気疲れがして、早めに布団の中へ移動して仕舞った。早く寝れば、それなりに早く目が覚める。これは、当たり前の事である。
 
 昨日、一日降った雨が、ぐっと気温を下げた。久し振りに寝相の好かった目覚めであった。堪らず、長ズボンと長袖を着る。9月も半ばであるから、本来ならば、当然の話である。

 本日は、葬儀にして、今は、細い雨が降って居る。木曜日であるから、資源物の出し日ではあるが、二人所帯の生活故に、未だ先で良い。湯を沸かして熱いモーニングコーヒーを飲む。喉から腹に熱いコーヒーが落ちて、胃袋に熱さが溜まって行く。
 カレンダーを見れば、来週は秋分の日である。日の短さには、十分に気付いて居るのであるが、それが秋分の日を過ぎれば、尚の事、日々短く成る日足に、秋の夜長が幾ばくかの寂寥感と共に忍び寄って来ると云った心境を運ぶのである。

 玄関の小鳥達は、夜明け時には兎角、煩いものである。布団の中に居ると、そんな小鳥達の朝の訪れを催促する様な一時の鳴き合いは、目覚まし代わりと為るものである。今は、大人しく成っているが、そんな朝の煩さの中には、変な鳴き声が混ざって居た。子供オスの二次性徴を見せ始めた鳴きが、混じって居たのである。

 人間界にも朝が始まっている。お向かいさんの車には、出勤のエンジンが掛り、シャーシャーと濡れた舗装を切って車が、勤めに向けて土手道を下って行く。通学の第一陣が、自転車で通り過ぎて行く。部活の朝練習があるのだろう。

 朝のラジオは、静かで有難いものである。カッと照り付ける朝の太陽が無いから、水槽の金魚達も、のんびりした物である。コツコツと母が杖を突いて、ゆっくりした足取りで、トイレに遣って来る。そんな足取りに、母の体調を耳で窺がっている倅である。

 おやおや、『熊警報』が出たとの事である。こんな早い時期に、熊の出没とは、猛暑・炎暑で、山の実りに一大変化を来たして居るのであろう。人間界では、夏野菜不足で値段高騰の品不足であった。それも、至極当然と云う事であろう。
 熊警報要件などに耳を傾けて居ると、成程と感心する。警報期間は1週間との事である。首都東京でも、猿騒動が有ったのである。背に腹は替えられないと云うのが、動物界の流れである。熊を筆頭に、イノシシ、シカ、タヌキ、キツネなどの騒動事件が、全国で頻発するのは必至の事であろう。

 9:30の出棺である。そろそろ、用意を致しましょうかね。着替えをして、母の部屋でお茶を入れて貰う。
「足が不自由で無かったら、お見送りさせて貰うんだけどね。」
「あいよ。じゃぁ、俺と婆さんの分を遣って来るわいな。」
 こう云う時は、流石に大正女である。彼是と、口添えをしてくれるのであるから、面白いと云うか、有難いものである。几帳面世代と好い加減世代の大きな違いである。好い加減世代ではあるが、几帳面世代の遺伝子は、確り受け継いでいるのである。

 そぼ降る雨に、傘を差して、出棺の時間を待つ。インテリ先輩さん御夫婦が、姿を見せられた。お二方とも、体格の宜しい美男美女の落ち着いて、マイルド感たっぷりの熟年カップルさんである。有難い事に、御夫婦共に、私のブログを読んでニヤニヤして下さっている由。
「外見からは、絶対に分からないナイーブな方なんですね。毎日、内容の濃い物を書いてらして、凄いと思っているんですよ。」
「やぁやぁ、この前の目玉の絵が、これまた、傑作で好かったよ。アハハハ、いやいや、笑っちゃ行けないね。」
「何を言ってだいね、俺の絵は笑う為の馬鹿絵だんね。何しろ、時間だけは漬け物にする位あるんで、ブログで帳尻合わせるしか使い道がねぇだんね。読み流してくれれば、好いんですよ。真面目に考えて、質問されても、俺ぁ困るぜね。イッヒッヒ!!」

 さて、同班・町内有志の人達に見送られて、棺を乗せた車は静かに動き始め、大きなホーンを鳴らしてお寺さんを目指す。葬儀は11時からである。三級先輩の町会長さんが、乗せて行ってくれるとの事で、10:30の集合である。
 
     朝食を母と食べて、お茶を飲みながら時間の来るのを待つ。

 葬儀は、浅間温泉の禅宗は漕同宗のお寺さんである。寺の住職は、小学校の同級生にして、結構有名な文化人らしい。故人は、其処の先代の姉上である。世間体に形容すると、古風な処では、<進取の気鋭>に富んだ住職さんである。知らぬ仲では無いから、彼の行動は、現代に於ける仏教の役割と社会との融合について、考え行動して居るのであろう。

 故人の100年の足跡を、写真と故人の短歌で綴る故人を送る葬儀式とお別れの会の二部構成で出来て居た。祭壇のスクリーンに写真と短歌が、スライドショーで映し出されて、BGMは西洋古典ピアノ曲である。そして、短い読経があり、その横には、読経の口語訳が、映し出されて居た。
 大音声で発せられる引導によって、この世から、彼岸に魂が移る仏教儀式が葬儀の頂点であり、住職と親交のあると云う小室等の唄う『波』?の歌が、BGMとして流れる中、焼香が進むと云うセレモニーであった。葬儀参列者には、負担の掛らない<議事進行のスムーズさ>であった。こんな処が、進取の気鋭に満ちた仏教儀式と現代の融合なのであろう。

 私は、同級生であった経緯があるから、如何しても、この新しい葬儀方法には、色眼鏡で見て終う。難解な読経の文句も、口語訳されて仕舞うと、なんとも詰まらぬ内容であった。きっと、口語訳の内容はそうであるには違い無かろうが、それでは余りにも直訳過ぎる。言葉の語感にも、想いを馳せて日本語訳をすべきでは無いのだろうか・・・

 所詮、天平飛鳥の時代に海を渡って来た有難い経文の数々も、一般人には皆目、内容が分からなかったからこそ、有難いとしか言いようの無い経文集団が、僧の集団・身分であったのであろう。兎川寺(とせんじ)浅草寺(せんそうじ)・・・etcと、『民に知らすべからず、寄らしめるのみ』的な排他的権威主義がプンプンしていたのが、昔の仏教界であったのであろう。

 それが、より一般大衆へ下りて来たのが、踊念仏と呼ばれる事もある仏典の口語訳を七五調にして、当時流行ったメロディを付けて、鐘や太鼓で遊行して布教したと云われる一向宗であるそうな。御存知、織田信長と対立した、かの有名な一向宗である。

 私は、こんな事を考えながら、進取の気鋭の現代風葬儀セレモニーを眺めて居た。

 精進落としに移行すれば、其処は町内同班の幼馴染の会食である。お互い、よそよそしくして居ても、直ぐにお里がバレてしまうのである。亡くなったおばさんの下の娘さんは、私より一級上である。例え、40年振りであっても、

「あら、Rちゃん、子供の時は、好く遊んだのにね。直ぐ分かったわよ。」
「あいあい、★ちゃも、全然変わらないね。此処はね、一つ違いで、1、2、3でね。アハハ。皆怖いお姉さん達で。」
「何言ってるだ~。可愛がってやったじゃん。優しかったでしょ。」
「はい、お姉さん達は、非常に<確り>して居りましたですよ。イッヒッヒ!!」

 進取気鋭の葬儀は、総じて好評の様であった。雨は、間断無く降り続いている。お開きに為って、外に出る。背後に山を持つお寺さんである。覆い被さる様な山の松の緑に、霧が流れている。これで、一段と秋に近付くのであろう。

 着替えて、母の部屋でお茶を飲みながら、葬儀の模様を報告する倅である。

心何処ーショート 雨の静けさ
                  雨の静けさ(9/15/10)
 同班のお婆さんが、お亡くなりに為った。100歳との事である。何やかやと、班内を連絡して回る。私の言葉足らずで、二巡して回って来た次第である。

 つくづくとこんなお役目は、好い加減スカンポ脳の男には、要領を得ない処である。家向きの事は、全て女房にオンブニダッコで、ノホホンとして過ごして来たツケである。朝が早かったから、調子が狂ってしまった。遺憾いかん・・・普段、女族の悪口を言っている罰が、当たったのであろう。
 根が好い加減男であるから、御尤も、御尤もの調整役は、疲れはするが、意外や意外・・・得手ているのかも知れない。何しろ、はい。はい。の返事だけは、好い男なのであるから、困った男である。これを称して、背骨無しのアメーバー妖怪(溶解)と云うのであろうか?・・・とほほ。

         分かるかな~、分からねぇだろうな~。ギャハハ~。

 チョイの間の昼寝をして風呂に入って、頭をシャッキリさせて、転ばぬ先の杖で班長ノートに記した処である。雨が音を立てて降り始めている。

 好い降りである。スキンヘッドを剃り上げて、煙草を燻らせながら、熱いインスタントコーヒーを飲んで居る。雨は、自然のクーラーである。玄関から、鳥籠を持って来て窓辺に置く。金華鳥の子供は、オスの羽に覆われて、嘴も朱に為って居る。
 学校の終わった女子高生達が、生足太腿を雨に打たせて自転車下校である。家までは、どの位距離があるかは知らぬが、まぁ、仕方があるまい。下り勾配であるから、ペダルを漕がなくとも済む。私も高校時代は自転車通学であった。自転車通学は、晴れる日も曇る日も、雨の日も雪の日、風の日もあるのである。それらを押し並べて、煩わしさの無い自転車通学なのでありまするぞえ。・・・へへへの段である。

 30℃超えの日々を送って居ると、こんな雨の日の過ごし易さに、身を置いて居ると、テイタラクと云うか、夏疲れと云うか・・・ボケ~として終う物である。もう一つ用事をして来ないと行けないのであるが、ついつい、ボケ~とした時間の中に居たい物なのである。これも、人情の内である。

 雨音に、水を切って走る車の音、ボリュームを絞ったラジオの音、物臭男には、持って来いのロケーションであろう。いやはや、何をして過ごすべきやである。散歩の叶わぬお天気さんであるから、歩いて用足しに行って参りましょうかね。

 さて、嫌に為らぬ内に、行って参りましょうかね。行けば一つ用事が済む。
 

心何処ーショート 漸くの秋風の涼しさなり。
              漸くの秋風の涼しさなり。(9/14/10)
 昨日は、米屋さんの帰りに寄った個人スーパーに、奈良漬用の塩漬けした瓜があった。籠にどっさり入れて、先輩レジのお姐さんに奈良漬の遣り方を確り承って来た。私は、漬け物が大好きなのである。今年の梅干しも、まぁまぁの線を行っている。

 サッと洗い、水気を取った後に、砂糖で塩抜きをするのだと云う。軽い重しを乗せて、3~4日で塩抜きと云うよりも、砂糖で塩気を中和させるのだろう。重しがきつ過ぎると、ペチャンコに為って、見栄えが貧相に為るから、気を付けろとの事。それが済んだら、天日干しをした後に、酒粕にザラメを混ぜて、良く掻き混ぜた後に、瓜を漬け込む。食べ頃は、正月からとの事であった。この方法で遣ると、塩・砂糖・粕の按配が、丁度好く保存が利くとの由であった。地元ベテラン主婦は、確信に満ちて居られる。

 日本人の米食には、漬け物は重宝にして、好く似合う。収入の無い年金生活者としては、漬け物の加工費は、現物出資の手間暇掛けで、『帳尻』を合わせなければ為らない処である。恒常的な女日照りの生活が、何時の間にか吾が精神にまで、浸透している賄ない夫生活であろうか・・・ まぁ、持て余す余暇時間の日常なのであるから、これも、云って見れば図画工作のお時間見たいな物である。何事も、好奇心旺盛で遣るのが、肝心である。

 そんな事で、先輩に聞いた通りに、昨日は正月の奈良漬に向けて、スタートを切った次第である。朝食の賄い夫の折りに、見て見ると水が上っているから、重しを取り除いた。

 ペチャパイよりは、ふっくらお椀型のオッパイの方が、感度の優劣はさて置き、<見栄えが良い>に決まって居るのである。塩の中和がミソなのであろうから、何事も比較が肝要である。上がった処女の汁に指を入れて、先ずの処女水の確認をして置く。

         こりぁ、また塩辛さのみの処女水の沙汰である。

へへへ・・・善からぬ想像で、口を漱ぎ、手を洗う。馴染む3日後が、楽しみである。

   さてさて、食後は昨夜の下手絵の仕上げでも、致しまする。・・・である。

 夜のニュースでは、尖角諸島の中国密漁船の無礼千万な威気猛しいばかりのお下劣噛み付きに、余りにも早急過ぎる政府の送還手続き、民主党代表選の報道ばかりが、目立つニュースであった。
 学生運動の闘士、組合活動の労働貴族さん達に依る現政権は、冷戦終結・組合活動の衰退・社会党衰退・民主党の消滅と云う政党の離合集散のフルイの下で、ラジカル中道勢力の結集と思いきや・・・何んとも中道イメージと異った政権党としては、余りにもお粗末過ぎる学生の青ぽさで終始している様にしか見えない。

 自民党に反対・抵抗する野党と云う事だけで集合したのが、民主党には違い無かろうが、これでは余りに中身が酷過ぎる。中道の化粧が酷過ぎたのが、その実態である。責任政党に為るのなら、真面目にして真っ当な『思想仕分け』をしなければ、中道政党の看板は通用しまい。学生運動に特有だったセクト闘争をして、内ゲバを叩き合って時代の中に没してくれなければ、困るのである。

 大いに分裂して、最終的な思想区分けの下に、政党の組直しが叶わなければ、安定政界も政局も生まれ様も無い『グチャグチャ振り』を呈しているとしか見えないのである。早い処、ガラガラポンをして欲しいものである。もう、学生の青ぽさから、抜け切れないでいる政治家達では、怖くて日本の進路を任せられないでは無いか。

 誰かさんの言葉では無いが、『月見草』をひな壇に飾って、何とするかである。

 少しは、成長と云う常識をお持ち為されませ。右も左も中間も、押し並べて日本国民を構成する日本人の生活体なんでありまするぞえ。現代の施政者が、偏った物の見方しか出来なかったら、国民は不幸でゴザンスよ。バランス感覚の鈍いお方の舵取りほど、危ういものはゴザンせんよ。

 こんな下衆貧民の感想を持ちながら、耳をラジオに貸しつつ鉛筆を走らせていたら、収拾の着かない変な絵が、出来上がって仕舞ったのである。何分、エコの時代であるから、描き始めた絵を、途中で放棄する訳にも行かない。小手先だけで、騙し騙しの色塗りをしたのであるが、矢張り、駄目な物は駄目なのである。本来は潔く、ビリビリ、クシャクシャ丸めて、ゴミ箱にポンするより他なかろう。ギャハハ~。

「コンニチワ、ヤクルトで~す。明日会議が有りますから、一日早い訪問で~す。」
「あいあい、チョッくら待っておくれ。グッドタイムじゃないの。出来たてホヤホヤの絵が一枚あるよ。見て行くかい?」

 本日、二時より代表選が、行われるとの事でありまする。きっと、本日の結果は、新たな序章の一つなんでしょうかね。じっくり見て行きましょうかね。



                 う~ん、どうすべぇ。


心何処ーショート へへへ、お勉強散歩。
              へへへ、お勉強散歩(9/13/10)
 昨日は、河川敷の一斉清掃も完了した事でもあるし、前回の昼散歩では無様な途中棄権の逃げ帰りであった。その不甲斐無さのリベンジをして来た。四時を回って、お天道様は雲の中である。ペットボトルを水筒代わりに、2時間田園正規ルートにブラブラ散歩開始である。

 先ずは河川敷に下りて、川の魚達を眺めながらの北帰行である。風の無い蒸し蒸しとする空気である。この頃は、お見えに為らない蛇ブログさんの記事の中に、こんな雰囲気の時には、蛇が顔を覗かせるの記載があった。歩き始めて、本の数分でサツキの植栽にガサリの音である。頭部は見え無かった物の、その蛇体はヤマカカシである。

  やれやれ・・・後、何匹かは蛇と出っ喰わすのであろう。困った物である。
 
 この頃の川原の模様は、穂を出した葦原に、背丈の高い黄色の花・オオハンゴンソウが最盛期を迎えている。
本棚のハンドブックには、北米産の多年草にして、明治中期に観賞用に輸入されて、今や確り日本の風土に根を下ろして、こんな川原の雑草の一種として、大群落を誇示して居るのである。

 こんな外来植物の群落を見ると、人間界・魚界に当て嵌めて見ると、チャイナタウン、コリアンタウン。ブラックバス、ブルーギル・・・etcなどを見る思いもする。

 流れの乏しい砂止めの堰堤の縁には、一人立ちしたカルガモが、平びったい嘴で、藻をクイックイッ、ゴシゴシと扱き取る様にして、餌を啄んでいる姿が有り、葦の陰で抜き足差し脚の小サギの捕食行動なんかが見られる。キリキリ・ビィーン、ビイーンと、カワラヒワの一団が、葦原の川原を横切って行く。
 
 さてさて、あの辺りからは、何度か大きなアオダイショウと遭遇してしまった経緯がある。見たくない物はパスが好かろう。此処は安全パイを取って、土手歩行とすべきである。

 今日の昼散歩には、目的が三つある。リベンジ、実りの秋の稲刈り状況、そして<さすらい、北帰行、錆びたジャクナイフ、侍ニッポン、夜霧のブルース、唐獅子牡丹、サンドイッチマン>の三番までの暗唱確認なのである。

 若い頃は、記憶力には些かの自惚れと実績が有ったのである。それが、歳と共に日々重症化する健忘症と脳軟化症の態である。この辺りで、『必至の抵抗をすべし』である。私にも、マダマダ意地と云う物が残っているのである。

 唄の文句では無いが、
<朧月でも、隅田の水に、昔ながらの濁らぬ光。やがて夜明けの、来るそれまでは、意地で支える夢一つ。背中で呼んでる、唐獅子牡丹。>
 ロートルとは云え日本男児として、白髪まじる陰毛であっても、キンタマの重しと意地は、断じて枯渇させては為らないのである。

★分かるかな~、玉無し女族様には~、分からねぇだろうな~、ギャハハ!!

 いやはや、それにしても、蒸し蒸しする無風状態である。シャツのファスナーを下げて、暮れなずむ盆地の風情を目で愛でながら、暗唱確認の唸り唄行進である。

 田園地帯の山際の小道を、暑い臭い帽子を取って極道スタイルの散策行進である。この辺りまで来ると、喉の調子も出て来て、散歩人、ジョギング人とすれ違っても、軽く会釈を交わす物の、唄を歌いながらの破廉恥漢である。

 この一帯は、真に牧歌的である。広々とした水田地帯の20%程は、コンバインが入って居るし、現にコンバインが動いている。コンバインを操縦する息子に、その父母が二台の軽トラでモミを受け取り、農道を往復して居る。山には蝉の声はすれど、既にキリギリスの声は無く、コオロギの声に、田を追われたイナゴが道で、のんびりチョコチョコしているだけである。

 犬の散歩をさせるご婦人達は、多分、風体芳しからざるメタボロートルの私の姿は、四季折々に、何度も見掛けて居るであろうから、コンニチハの声を気軽に掛けて下さるのである。私の唄などは、音痴その物であるから、その音痴振りに通り過ぎれば、クスクス笑っての一過性でしかあるまい。
 然しながら、形振り構わずの暗唱訓練は、そんな冷笑に感けて居ては、暗記出来ないのである。何しろ字幕が登場するカラオケとは、難易度が全く違うのである。

            さて、侍ニッポン行きましょうかね。
 違う違う、それは三番では無いか、二番二番、え~と、え~~と、昨日勤皇、明日は佐幕だ。よしよし。チョッくら、喉を潤すかいな。

        さてさて、三番、四番だ。此処が好いんだよ。此処が。

         流れ流れて、大利根越えて、水戸は二の丸、三の丸。
         俺も生きたや、人間らしく。梅の花咲く、春じゃもの。

         命取ろうか、女を取るか。死ぬも生きるも、五分と五分。
          泣いて笑って、鯉口切れば、江戸の桜田、雪が降る。

 本態を明かせば、これは真摯なる学究の徒の態度として、クスクス笑いでは無く、同情の労り拍手を頂戴して、然るべきなのである。イッヒッヒ。

 アッジャ~、本日二匹目の蛇では無いか。折り返し点のH橋の上から、川面を覗くと、これはデカイ。丸々と太った野鯉が、ビュンとばかりに深みに魚影を潜らせた。

 さてさて、ちあきなおみの<三つのお願い>では無いが、私も、スムーズさには合格点は出なかったが、男の意地と脳軟化症には、それなりの歯止めが掛った様でも有るし、晩飯の賄い夫復帰に向けて、ヒィーコラ、ヒィーコラ・・・すっかり暗く成って来た家路を急ぎましょうかね。ギャハハ!!

   さてさて、これから米を買って、個人スーパーに回って来ましょうかね。


心何処ーショート 嗚呼、これで一つ御役目完了。
            嗚呼、これで一つお役目完了(9/12/10)
 目覚ましが、けたたましく鳴っている。嫌だねぇ~、起きます起きます。目覚ましを止めて、隣部屋で煙草に火を付ける。班長職であるから、遅刻したのでは恥の一文字である。酸っぱい梅干しを口に放り込んで、気付け薬とする。

 長ズボン・長袖・帽子に首タオル。玄関の草刈り鎌を軍手の手に、長靴を履いて外に出る。雲が拡がる日の出前の河川敷である。河川敷には、役員さんがこの数日の間に、草刈り機で刈った草が、なぎ倒されて干し草状で横たわっている。

 私は実直な男であるから、一番乗りである。役員さん達がベンチに置いて行った熊手で、刈られた草を集めて行く。今日の作業は草刈りと云うよりも、刈り取られた草の整理・土手への運び上げの様な物である。町会は大所帯ではあるが、子育てを終えたロートルの町である。

 六時頃に為ると、流石に勤勉な日本人である。ぞろぞろ人が集まり、勝手知ったる年中行事である。一斉河川敷清掃の人海戦術の開始である。

 この町会で団塊の世代は、働き盛りの様な物である。熊手で集めて、ビニール袋に押し込んで、口を縛って、石垣を上り下りするのが働き盛りの男の仕事なのである。
 見渡す河川敷の大所帯の様は、その殆どが60代~70代にして、7割方が息切れを得意とする婆桜連なのである。彼女達は、餓鬼時分に見たオバさん達である。従って、顔見知りの婆桜さん達は、昔の貫録から、今や甘えタップリの立ちんぼさん達である。

 私とて老母を抱える身であるから、彼女達には敬意を表して、「はいはい、お姐さん、私が遣ります。」のサービス一辺倒の挺身員の様な物である。

  まぁ、総体を見まわして居ると、60代前半者の動きが活発なのである。

「★ちゃん、61に為ったかいな。」
「あいあい、為ったんね。Rさ、そんなに遣っちゃいけねぇんね。へぇ、俺ぁ、息切れしちゃってるわね。ちょっと休ませて貰うじゃねぇかい。
 何て云ったって、還暦過ぎてるだぜね。俺達が餓鬼の頃は、還暦過ぎりゃ立派な爺っさで、杖持って指図してりゃ好かっただんね。それが今じゃ、一兵卒だいね。
 ひぃこらひぃこら、上り下りしてりゃ、汗だくで足元がもたついちゃって、息切れだわね。本当に、歳は取りたかねぇわね。そんなにRさが頑張ってりゃ、一級下の俺がサボる訳には行かねぇもの。」

「★ちゃんが、そう言ってくれりゃ、俺も休めるわ。でも、如何しても、俺達ガッタ坊主の年代は、悪さもしたけど、根が真面目なんだよな。困った時代の子だわな。イッヒッヒ!!」

 こんな遣り取りをして居ると、昔活きの好かったお兄さん達も寄って来て、暫しの昔話の交換会である。

 中年女性群は、男手を計算してのママゴトの草入れである。<塵も積もれば山と為る>の例えで、袋の口元一杯にまで草を入れて終うから、後が厄介なのである。
 
 さてさて、後一踏ん張りである。作業なんざぁ、遣れば遣った分だけ片付くのが、本質なのである。男は黙って作業と行きたい処ではあるが、婆桜連には労りの『リップサービスも、男の嗜み』の一つである。

 へへへ、私の様に人間の出来て居るロートルは、少ないのでありまするぞよ。ギャハハ~。

「これ、駄目じゃねぇかい。こんなにどっさり詰め込んだら、縛れねぇじゃんかい。あい。俺に甘えて、俺ぁ、昔新婚さんの亭主じゃねんね。」
「何言ってるだ。そんな熊見たいなデカイ体してるのに、オンジョこいて如何するだね。その太い腕で、グイと押し込めば、縛れるずら。早くお遣り。未だ逃がさないからね。ここに有るのを、全部遣るだよ。アッハッハ~。」
「へいへい、分かりやした。婆桜苛めて殺したら、お手手が後ろに回るぜね。俺ぁ、女日照りだぜね。あいあい、我慢するわいね。ギャハハ。」 

 さぁさぁ、婆桜連様達よ、年に二回の現況確認は、チャンと出来ましたかな? 昔ながらの町会全所帯による一斉河川敷清掃にも、解散指示が回って来た。子育てを終えて、老い行く町会模様ではあるが、この仕来りは亡くしては為らない。これは、町会現況確認行事なのである。イッヒッヒ!!

心何処ーショート コーヒースタバ零細・弱小一座
          コーヒースタバ零細・弱小一座なり。(9/11/10)
 天気予報によると、最後の猛暑日・夏日との事である。へへへ、涼しさの中日を経験すると、暑い朝でありまする。面白い記事に、出っ食わしてツイツイ、PCの前に長居をし過ぎて終った。朝の賄い夫を疎かにしていると、怒られて仕舞う。
 
  案の定、洗顔の終わった母は、座椅子に座ってお地蔵さんをしている。
「はいはい、お待たせ。チョッイと待っておくれやね。直ぐ支度をするぜね。」
 湯を沸かしながら、小鳥達の水替えと餌遣りである。手抜きの朝飯を食べ終え、ご機嫌伺いトークをして居ると、Tからの土曜コールである。

 最近訪問して下さる好ブログさん達を、足跡からピッアップして、メモ書きをしていると、黒い軽乗用車の登場である。コーヒースタバの顔馴染みスタッフさんへの、下手絵ファイルを持って、Tの車に乗り込む。

「お暑うござんす。やいやい、今日は馬鹿に暑いじゃないの。婆さん、元気にしているかいな?」
「あいあい、チョコンと大人しくお地蔵さんしてわいな。俺ぁ馬鹿な物だから、昨日、昼散歩をしてエライ目に遭っちゃったよ。当分自粛して、夜散歩で我慢しとくわさ。」
「あいあい、もう、俺達ぁ、爺っさだぜな。無謀は、命取りに為るぜや。アハハ。」

 コーヒースタバに行くと、スタッフさんが居る。ファイルを翳して合図をする。
「はい、今日は忘れずに持って参りました。」
「はい、ありがとうございます。後で拝見しに上に行きますからね。ごゆっくり、どうぞ。」

  アイスコーヒーを持って階段を上り、お二階の隅のテーブルに着く。

「如何しても、俺達は、壁際の隅のテーブルに来ちゃうんだよな。へへへ。」
「そりぁ、しょうがないだろ。デカイ図体の勉強嫌いな男は、教室の隅で居眠り授業が得意技なんズラよ。行儀好く優等生を遣れなんて、声が聞こえて来る訳が無いだろうが。何て云ったって、番から高じぁ、育ちが悪過ぎるわさ。イヒヒ。」
「そりぁ、そうだ。番からが光って、何ぼのガッタ坊主高だもんな。ガハハハ。」

「今日は、最高のブログネタなんだけどさ。世界五大文明って知ってるかい?」
「一寸待ってろや。エジプト、メソポタミア・インドに黄河文明だろ。四つだったんじゃないか? 一寸待ってろや。ブツブツ・・・ やぁ、四つだろうが。」
「Tオッパァ、アナタの恋人コリアンでしょ。古代コリアン大文明、忘れてるでしょう。日本人、歴史教科書読んでないの? 世界の常識でしょ。日本の教科書間違っています。アナタ、馬鹿ね。恥ずかしいでしょ。こんな事、韓国の小学生でも知ってるですよ。」
「お前、何言うか。証拠見せろ。」

「はい、これは韓国で使われている小学生の歴史教科書です。此処の黄土色の文明範囲図を見て下さい。北朝鮮と中国の国境辺りを中心にして、中国東北部、昔の日本軍作った満州国から、日本の北海道まで全部古代コリアン文明の範囲よ。凄いでしょ。一番の文明圏でしょ。
 アナタ、大学出でしょう。日本の教育まちがってます。だから、日本人は駄目でしょ。アナタとセックスしたら、きっと頭の悪い馬鹿な子供いっぱい一杯生まれてしまいます。子供、可哀想です。私、母親として、恥ずかしいです。
 私は、子供要りません。欲しいのは福沢諭吉さんだけよ。分かるでしょ。オッパァ~。チュッ!!」
「やいやい、R。そりぁ、本当の話かい?」

 この笑い話の様な話は、或るブログさんからの読み語りである。彼は、現在韓国に留学して居る。彼のブログには、衝撃の歴史教科書の世界五大文明図が写真と為って掲載されて居るのである。韓国の歴史教科書は、全て『国定教科書』であり、韓国の歴史教科書には、<世界史のジャンル>は無いと云う。韓国の歴史教科書は、その殆どが近・現代史にして、記述の多くは、19C末期から20Cの日帝時代からの記述に割かれているとの事である。
 
 もう一つ、韓国の観光スポットに『韓国独立門』があるそうである。日本の観光客を相手に、韓国人ガイドが、この門は、日本帝国から独立した事を記念して建てられた物であると、胸を張って説明をしていたので、日本人観光者の一人が、手を上げて質問したとの事である。

「独立門が出来たのは、何時ですか?」
「1896年から工事が始まって、出来たのは1897年です。」
「そうですか、お国は、さっき、何処の国からの独立記念と言いましたか?」
「勿論、大日本帝国ですよ。決まって居るじゃないですか。戦前の日本、韓国にイッパイ悪いことしました。」
「はい、分かりました。日本人が大人しいと思って、嘘をガイドしちゃいけませんよ。
 日本と清国が戦争をしたのが、1894~95年。その条約が下関条約で、1895年です。この条約を受けて、韓国は晴れて大韓民国として中国清国から独立出来たんですよ。
 ですから、清国からの独立を祝して、即96年から工事を始めて、翌97年に完成したんじぁありませんか。
 因みに日韓併合は1910年、日本敗戦が1945年だったと記憶して居るんですがね。1945-1897=48年ですよ。この歴史的時間差を、君は如何日本人に説明するのだ!! 好い加減な歴史ねつ造は、見苦しいですよ。訂正しなさい。」

「ブログ読んでると、こんな記述にも出っ喰わすものだわね。面白いズラ。ギャハハ~。」

「いや~、そいつは傑作だな。建立年が刻まれて居れば、後は算数の問題だもな。算数問題は、万国共通だしな。コリアンガイドは、如何したんだろうね。コンチクショーと言って、日章旗に火を付けて逃げたのかいな?? 相変わらずRの切り口・アレンジは、面白いぜや。

この話は、取捨選択の面白話として、当然にRのアレンジがされて居ると思うけどさ。

 そう云う実態を、留学生、旅行者が実際に体験して居るんだから、シャー無いわな。
 政治家が、政治的・経済的・利権的な下心を取り除いて、マスコミが現物の中国・韓国・日本の歴史教科書を、並行して教育テレビで、教育番組の一環として講座を開けば、一目瞭然の歴史教科書問題の結着が着くのになぁ。
 兎角、頭の良い連中のする事は、俺達馬鹿が逆立ちしても、思い付かない事を平然と遣り散らかしているザマだぜや~。
 この前の中国密漁船の妄想ライブも、腹抱えて笑っていたんだけどさ、俺の言う通りに、下らない正義感・プライドを捨てて、スケコマシか、ヤクザ入門をして居りぁ、一端の極道に為れたのになぁ~。本当に、馬鹿に付ける薬は無いぜや。ガハハ~。

 そうだ。この前さ、カカアに俺達二人の極道ツゥーショットを見せたんだよ。PCの正常画面だから、こんなに小さいんだよ。そしたらさ。<どうせ、アンタとRさんのコンビなんだから、一筋縄の絵じゃないわよ。見せてご覧よ。>って言ってさ、<有ったあった、ここにオッパイとヒップが描いてあるじゃん。>ってさ。<どうせ、こんな事だろうって思っていた。本当に、碌でも無い名コンビだ。Rさんも、アンタも、別々にして置くと、落ち着いて貫録のある、好い男に見えるんだけどねぇ。一緒にした途端に、助平丸出しの極道コンビにしか見えないわよ。とてもじゃないけど、一緒には歩けないわ。>って、ホザきぁがる。

 それでさ、聞いてくれや。<アンタ、Rさん、A型でしょう。A型は、見た目と中身が違うんだよ。ちゃんと細工がして有るんだよ。B型のノーテンキなアンタとは、違うんだよ。私もA型だから、臭いは嗅ぎ分けられるんだよ。>だってよ。
 兎角、男族の酸いも辛いも承知の上で、男と男が、相合傘をする『男の阿吽の呼吸』って物には、想いが働かんのだわ。
 なぁ、笑っちゃうだろ。偉そうに知った被りをしてさ、まぁ、お前さん達女族にぁ、逆立ちしても分からねぇ、男の味ってもんだぜや。いひひ。」

「へへへ、所詮、男にぁ分からん女道。女にぁ分からん男道。<背中で笑ってる唐獅子牡丹~>って処だぜや。さて、パッパでも吸いに行くべや。」
 
 へへへ、相も変わらぬ・・・戯けコンビの言いたい放題の土曜コーヒータイムのお披露目でありまする。本日も長々と減らず口の数々、読み流して、一切記憶に留めないのが、当ブログからのお願いでありまする。ギャハハ。

          本日も、お付き合い、感謝感謝の段にて候。



心何処ーショート 自然界に倣って、安息日。
             自然界に倣って、安息日(9/10/10)
 濃過ぎず、薄過ぎずの青空が見える。南天に輝く陽の光が、穏やかに風に揺れている。黒フェンスに、未だ色着かないアキアカネが止まっている。その羽にも、太陽が一杯である。灰色シジミチョウが、光と風の中で忙しげに、南天の明るい緑の枝先に、小さな乱高下の円舞を繰り返している。

 暑さも明日までとの事である。涼しく成れば、昼散歩をして黄金に輝く田園地帯を、山と実りの野辺風景を漫ろ見て居たいのであるが・・・この日中の暑さでは、気が乗らない。 車で行く手も有るのであるが、それは私の流儀には合わない。

 大雨に洗われた植物の緑の瑞々しさは、見ているだけでゆったりとした長閑な気分にさせてくれる物である。人間の煩わしさは、一切御免である・・・

 コーヒーと煙草と、ボリュームを下げたラジオのBGMと、玄関の金華鳥の時折の囀りだけで、丁度好い。

 そんな気分で、熱いコーヒーを継ぎ足し、煙草に火を付ける。玄関から回って来る涼しい風が背中に、左からは窓辺の生い茂った緑のパラソルから、風が吹いて来る。机の下の足には、正面の窓から、ひんやりとした風が、足を舐めに遣って来る。

 夏が終われば、秋風に蜘蛛の糸がキラリと光る季節である。フェンスの柵にも、そんな蜘蛛の糸が何本か見える。今度は、アゲハ蝶が高い所をヒラヒラ横切り、アシナガバチが、飛んで来た。

 ラジオからは、舌足らずの鼻に掛った森高千里の拙い歌が、流れて居る。好みが違うから、耳障りに聞こえて終う。人の好みは、人それぞれである。彼女の歌が好きで、リクエストされて居るのであるから、余り文句も言えまい。聞き流せば、終わるのである。

 おやおや、部屋に黄蝶が迷い込んで来た。おっ、外を横切ったのはジャノメ蝶ではないか。おいおい、今度は、モンシロ蝶ではないか。本日は、蝶ちょ日かいな???

 気温が大分上昇して来て、本日も30℃を軽く超す夏日との事である。然しながら、台風の影響で大雨が降り、植物は久々のタップリの水補給に息を吹き返し、昆虫達も、貴重な二日間の安息日を貰った所為なのであろう。何はともあれ、『水は生命の源泉』の証なのである。

 一方、私としては雨に抗(あらが)って、<逃げ一辺倒>としていた草取り・草毟りをした付けで、未だ背筋の筋肉痛を呈している。自然の理(ことわり)を破って、馬鹿な事をした人間と、自然に抗う事無く素直に天からの安息日を享受した昆虫達との差は、歴然以外の何物でも無いの図である。

 これも、『自然に学べ』のお天道様のお諭しなのであろう。さてさて、未熟者の私めも、温めの湯に浸かって、遅ればせながらの安息日と致しましょうかね。へへへ。

心何処ーショート 戯け倅の妄想ライブ
               戯け倅の妄想ライブ(9/9/10)
 台風による気温低下で、久し振りの爆睡眠の態であった。途中で起こされて仕舞ったから、内心、怒り心頭であった。

 不意を付かれて、起きれずに重い頭の中で、頻りに頭を振って、意識を標準モードに立ち上げ様とするのであるが、大分時間が掛って仕舞った。いやはや、慣れない草抜き・小草毟りをムキに遣って終った。そのお陰で、右の背筋が痛い。
 然しながら、廊下の戸を開け放つと、草毟り、竹ぼうきを掛けた庭の眺めは、矢張り気持ちが好い。好い歳をして、母にお小言を頂戴するのは、願い下げである。最低限の事はしなければ為らない。嗚呼、痛い痛い。やれやれの態である。

 朦朧とする脳味噌と重い身体を引きずって、台所に立つ。幸い、母は、未だベットの上の様である。仕込んで置いたサバの味噌煮とキュウリ・ワカメ・イカ・エビの酢の物と納豆とヤクルトで、遅い朝飯をする。
 朝は低血圧気味の体質なので、オカズは前の日に作って置いて、タッパに入れて冷蔵庫で寝かせる事が多い。煮物煮込みの類は、その方が味が染み込んで、料理の腕を誤魔化す事が出来るのである。加えて、苦手な朝の手抜きとも為って、一石二鳥である。へへへ。

 男のごつい手で、サバの骨を大雑把に取って、小皿で母の前に置く。食の細い母は、納豆も半分を取って、残りは私の所に回って来る始末である。母は酢の物が好物らしく、好く食卓には載って居た。そんな事で、私も小さい時から酢の物が好きである。母の酢の物に、ボイルのエビをぶち込むのは、私のアレンジである。酢の物のシャキとした感じが、気分をも、シャキとさせてくれる物である。

 テレビでは、尖角諸島の日本経済水域での中国漁船拿捕に纏わる日本、中国の報道紹介である。

「何を、体裁の好い事をほざいて居るんじゃい。外交配慮ばかりの報道姿勢だと、親切心で<軒下を貸して、母屋を強盗されちゃう>でしょうが~。日本外交も此処まで、テイタラクに成り下がると、お人好しを通り過ぎて、『嘲笑の域』であろうが。
 相手が日本の協調・話し合い・謙譲の礼儀が通じる相手では無かろうが。中国・北朝鮮・韓国・ロシア・アメリカと日本流対処の仕方で、物事が穏便解決出来る筈が無いだろうが。

 友好だ、協調だ、未成長国への教育期間だなんて、如何にも理想を標榜して居るポーズを取った処で、相手が悪ければ、弱腰と見られて、馬鹿が増長するだけの『子供の世界』でしかあるまいよ。

もういい加減に、ブリッコ報道は、止めなよ。見苦しいにも程があるわいな。

 これだけ、日本人が海外旅行、海外勤務を日常にして、実際の目で日本と海外、日本人と外国人の違いの実態・実相を目の当たりにしてるじゃい。
 少しは、マスコミも知っている本当の事を日本サイドに立って、中国の女報道官みたいに、子供の様な理不尽な言い掛かりには、断固、上から目線でボンボン世界に向けて、日本の見解を発信して遣れば好いんだよ。

 中国密漁船拿捕の実態は、両側を日本の巡視艦に挟まれて、3時間の捕り物帳なんだぜ。情報電波が見えない空中戦をバンバン飛び交っているんだぜや。傍受した情報戦を実況放送して見りゃ好いんだよ。そうすりぁ、一目瞭然だろうが。
 気兼ね・端折り・お伺い・意図的編集報道を繰り返し、垂れ流して置いて、何が国民の知る権利であるもんかい。お座成り報道の正体なんか、当に面が割れて居りまするがな。

 国民目線を、小馬鹿にするにも程があるって物さね。それこさぁ、ケツケッケ~のケツの穴ってもんさね。これが日本人向けの放送かいな、恥を知れ恥を!! イッヒッヒ。

 キャスターさん、その背後の原稿書き屋の自惚れ知識人さんよ、日本人の血とキンタマを振る下げて居るんだったら、日頃の格好付けのコスモブリタンの仮面を外してさね、偶には、加工無しの実況放送を流して見ろゃ。
 人間、鉄火面ばかり、被って居たら、ムンムンに蒸れて、顔にまで水虫が大繁殖しちまうわいな。そうで無くても、今年の夏は、異常行進の猛暑なんじゃい。この馬鹿たれが~。へへへ、口が悪くて御免なさいよ。

 加工無しの実況放送を聞きぁ、どんな鈍いノーテンキの日本人でも、日本・中国の生の姿が、はっきり白日の下に晒されるだろうが。その為の同時通訳なんて職業も有るわさ。婆さん、気分も好さそうだから、俺が一丁、実況放送して遣らぁな。耳の穴カッポじいて、好く聞きなよ。実況放送だから、録音は無しだぜな。ギャハハ。」

 老いたりと云えども、母も困った性格である。大きく頷きニコニコして拍手を送っているではないか。この親にして、このロートルあり、このロートルにして、この老母ありの図である。これじぁ、丸きりの老人ホームのお笑い慰問芸人見たいな物である。恥ずかしいったら、有りゃしませんわな。
 然しながら、例え観客人が一人でも、男芸者は、拍手に釣られて、ご機嫌伺いをするのが、本筋であろうか・・・ さてと、一発かまして見ましょうかね。これも親孝行の内である。

「社長、一大事です。日本の軍艦に見付かりました!!」
「馬鹿野郎、逃げろ。どんな事があっても、中国海域に逃げ込め。」

「中国密漁船発見!! 追跡します。応援艦の出動を要請します。」
「了解、○号、至急現場に直行せよ。」
「了解、○号、○に向けて、全力発進!!」

「社長、水平線に、艦影見えます。猛烈な勢いで、こっちに遣って来ます。向こうは軍艦です。馬力が違います。中国海域は、遠い。遠過ぎま~す。如何します~。」
「落ち付け、日本の軍隊は、発砲出来ない。弱腰軍隊だ。逃げろ~、時間をあるったけ稼げ。直ぐ様、国に指示を仰ぐ。日本の停船命令は無視しろ。拿捕されたら、共産党が怖い。お前、分かって居るだろうな。国辱として、如何云う事態に発展するか、分かって居るだろうな~。恐れるな。気合入れて行け~。」

「○号、到着。これより両艦で中国不審船を挟んで、公海並びに中国海域への脱出を阻止して、拿捕作戦を開始します。その後の対応は、統轄部に一任。指示を待ちます。」
「了解!! 拿捕作戦遂行せよ。安全第一で遣れ!!」

「此方、海上保安庁。○大臣、★大臣経由で、官房長官へ。斯く斯く云々で、巡視艦二艦により、中国不審船への拿捕作戦遂行中なり。可及的速やかなる御決定・御命令を!!」
「只今、各省幹部間で鋭意協議中。法に基づいて、外交問題に発展しない様、慎重行動に徹せよ。」

「社長、軍艦から大放水です。軍艦から挟撃されて、恐怖です。」
「バカモン!! オタオタするな。日本軍は、弱腰だ。大砲も機関銃も打って来ないと云う国家共産党の読みだ。時間稼ぎをしろ。
 今、国家が日本へ、大抗議中だ。どんな事があっても、日本の経済水域の境界線に近付け。ど真ん中じゃ、言い逃れが、苦し過ぎる。拿捕されても、拿捕地点が問題だ。分かるなぁ~。」
「挟撃に遭って、進路が塞がれます。嗚呼、進路がぁ~。」
「馬鹿モン!! ぶつけろ!! ぶちかませ~。どんな手を使ってでも、距離を稼げ。船舶損傷の責任は、問わない。許す!!分かったかぁ~。」

「中国不審船の体当たり、二連発であります。政治判断は、政治家に任せます。おのれ~、日本の領土を何と心得る。強硬拿捕!! 総員戦闘準備、捕り掛れ!!不埒千万の行為、絶対に許すな。乗り込め~!!」

  ドシ~ン、ガリガリ、バリバリ。ドカ~ン。タッタッタッタ、ドヤドヤ~。

「社長、日本軍が乗りこんで来ました。」
「連絡回線を全部切れ!! 分かって居るだろうな。口は災いの元だからな。後は、中国共産党が遣る。」

「へへへ、きっとこんな処が、真実じゃないの。じゃ無きゃ、拿捕くらいで、三時間も掛る訳が無いじゃないのよ。昔を振り返りぁ、有無を言わせなかった李承晩ライン、大韓航空のソ連領侵犯に依る旅客機撃墜事件、今でも、平気の平左のロシアによる漁船拿捕劇だわね。兎角、領土侵犯は問答無用の世界だわね。
 軒下を貸せたら、相手は蛇頭の中国人だよ。蛇頭の本当の意味は、あのデカイ図体でも、小さな頭部が入ったら、全部蛇に呑み込まれて仕舞うの例えなんだってさ。

 日本も中国も、所詮は人間の遣る事だわね。そんなに大した事はして無い筈だよ。それをさぁ、真面目腐って深刻面して居るニュースキャスターなんて物は、好い加減な連中にしか過ぎないんだわね。
 何も、テレビ様だなんて、一方的に謙(へりくだ)って、拝聴なんかする必要なんか無いんだよ。<何を小娘・小僧が、偉そうにクチャべっているんだ>と、悪態こいて遣るのも、ニュースを見る楽しみだよ。
 幾らテレビの前で、悪態こいたって、電波の向こうには届きっこ無いわね。安心して、悪態こいて遣らないと、脳味噌が腐ちゃって、いざ云う時には、使い物には為らんぜよ。ギャハハ!!さてさて、俺ぁ、煙草切れだから、部屋に帰るわいね。」

「そうかい、ご苦労さんでした。」

 はい、今日も、長駄文の妄想ライブを、無責任な右中指と左中指が、打って仕舞いました。品格の欠片も存在しない戯けロートルの戯言でありますれば、他言は無用でありまする。イッヒッヒ!!

心何処ーショート 待ち構えて、引きずり込んでの呆け話一席。
       待ち構えて、引きずり込んでの呆け話一席(9/8/10)
 昨夜の恵みの雨は、再び雨脚を強めて、激しさを増している。長野県に、最も接近するのが21時頃との事である。まごまごして居ると、大事に為るかも知れない。
 然しながら、猛暑続きであったから、過ごし易い。少々、雨音は煩いが、待望の雨なのであるから、良とすべきである。

 過ごし易い空気に、母も確りして居る。母を楽しませる為に、朝食後の時間を、テレビを相手に悪態トークをして居ると、ヤクルトママさんである。

「Rさん、マネージャーの○さんが、とても嬉しく、楽しかったって褒めてましたよ。魅力があって、インテリで凄い人だって。好かったですねぇ~。Rさんは、面白くて楽しくて、最高ですからね。」
「そうかいね。そりぁ、お世辞でも嬉しいわね。ご無沙汰だったから、下手絵も何枚か溜まって居るわいね。ゆっくり見て行っておくれや。へへへ。」

「は~い。え~と、ここからですね。サングラス極道と太陽ギラギラのイラストツゥーショットが、最高ですねぇ。何か、イラストから、声が聞こえて来る様ですよ。上手、上手。」
「へへ、好いズラ~。好い歳かっぱらって、こんな絵をこっ恥ずかしくも無く、正々堂々と描いて、抜けシャーシャーと見せる奴は、そう滅った矢鱈にぁ、棲息しとらんぜや~。これぞ、馬鹿素(バカソ)の真骨頂だわさ。ギャハハ!!」

「この赤・黄色の太陽のギラ付きから、濃い青、明るいブルーのグラデエーションが、凄いです。太陽の熱さを映して・・・不敵な上目遣いが、何んともセクシィーで、このスキンヘッドに、エロチシズムがプンプン匂ってますよ。この発想が、堪らないですねぇ~。」

「やいやい、観賞眼があるじゃないの。美術・文章観賞力は、5かいね? 嬉しい事を言ってくれるじゃないの。
 やっぱ、そうかいな。男のフェロモンがムンムンして、セックスアピールがバンバン発せられているんかいな。そりぁ、そうだろうな。伝家の宝刀は、正常域じゃ猥褻物陳列罪の御法度物だもんなぁ。
 魚釣りにだって、撒き餌釣り技法が有るんだから、セックスアピール度が欠落して居たんじゃ、金髪河童は釣れて来んなぁ~。撒き餌で誘き出して、ISO針で釣り上げる。ウ~ン、理に適った釣り法だったって事か・・・一事が万事の諺も、あるしな。フヒヒヒ~。」

「またまた、Rさん、そんなエロちぃ顔して、何をニヤニヤほくそ笑んで居るんですか。変な妄想ばかりして居ると、その内、巡回のお巡りさんに、ブラックリストの上位にランクインされちゃいますよ。私、変な人とは関わりたくないですから、軽くスルーしちゃいますヨォだ。アハハ。」

 今度は、美大出のガス屋さんのお越しである。どっかりと胡坐を掻いて、月に一度の吾が下手絵談議を交わす。老眼鏡の自画像と太陽ギラギラ図を比較して、感想を縷々述べて下さる。中身の濃い話が交わせるから、和製チャールズ・ブロンソンさんは、有難いお人である。

「Rさんは、専門の学校出ている訳でもないのに、凄いですわ。才能・感性と云う物が、確り出て居て、驚きの連続ですよ。文章読んでも、知性・見識・感性・インスピレーションが、随所にほとぼり出ているし、実物のRさんの存在感が、また好い。
 絵を描いて居る動機と云うか意図が、絵を構成して居る処にも、如何なく知性が自己主張をしている。こんな処が、R絵画の面白さなんでしょうね。本当に、面白いですわ。
 色んな絵を描いている、その本人の自画像の両の目の雰囲気、鋭さが、物の本質を喝破して居る様で、これは、奥の深い図ですよ。素人さんには、中々に描けない鋭い絵ですよ。

 それに、此処をこう遣って折って、自画像と太陽ギラギラ図を比較して見ると、内面の其々に描いた時点の心象が見えて来る様ですよ。絵のタッチからすると、これは写実とデフォルメを好く理解して居る人の絵ですよ。
 知性と教養、感性の確かさに、何時も感心してるんですよ。月に一度の、こんな短い話の中でも、それは十分感じ取られますからね。本当に、此処に来て、こう遣って話が、交わせる事を楽しみにしてるんですよ。相当、成績好かったでしょう。

 岡本太郎は、超えたんね。後は、ピカソだんね。継続は力なり。まだまだ、時間はタンマリあるぜね。頑張っておくれ。楽しみは、一月待てで、楽しみに居て居るぜね。ひひひ。」

「何をこいてるだいね。俺ぁ、音楽1の落ち零れだわね。振り返りゃ、橋の下の幼稚園児から始まって、涙と棘の人生だわね。逸物のISO規格の御利益を知ったのが、中年期。それが、一気に花開くと思いきや・・・あれよあれよの間に、今じや、しがねぇ男賄い夫街道まっしぐらってもんだわね。一体全体、如何してくれるだいね。あい!!
 市井の片隅で、アリ地獄を掘ってのウスバカゲロウの幼虫の薄馬鹿野郎か、はたまた、マンホール作って、マンホールの蓋の隙間から、餌物を待つだけのタランチュラ生活だわね。これじゃ、宝物も持ち腐れ。<夢も痴望>も、遠ざかる一方さね。

 俺ぁ、早いとこ、お努めを果たして、乞食坊主の旅路の果てに、あの世に召されたいわね。これ以上、祖国日本の崩壊して行く汚い世相は、見たくは無いわね。ギャハハ~。」

 如何やら、待望の雨に、アリ地獄にも、隠れマンホールにも、侘びしき籠りの庵にも、千客万来の繁盛振りである。俺ぁ、嬉しかったぜや、楽しかったぜや~。例え、相手を喜ばせてくれたコミュニケーションであっても、感謝感謝のアリガトさんねぇ~の思いである。


心何処・・・バシャリも、挨拶の内?
                   バシャリ挨拶

                  バシャリも挨拶

 飼って居る金魚の中に、ボス然としたでかいコメットが居る。198円で買って来た可愛い金魚であった。紅白の体色は、西部劇に出て来るインディアンの斑模様に似て居るから、インディアン・バックと名付けて居る。確か、3年目に入るのだと思う。
 飼い主に似て?、姿形は悪くは無い。然しながら、真に以って、行儀の宜しくない奴である。餌をよこせと、長い尾ひれでバシャリと水を飛ばし、机を変えて初代PCで文章を打っていると、突如としてバシャリと水を飛ばして来る奴である。

 私は奥ゆかしい男であるから、これも言葉を話せない金魚の茶目っ気たっぷりのご挨拶にして、何かと私の気を引きたい女心の様な物と、苦笑いをしている次第なのである。八匹居る中で、そんな事を仕出かす奴は、この一匹だけなのである。

             真に以って、とぼくれた金魚である。

 そう云えば、小学生か中学生の頭辺りで見た『チコと鮫』なんて映画が有った。新しい処では『フリー・ウィリー」なんて、映画も有る。人間と人間以外の動物と心を交わせる事などは、別に珍しくも無いのである。
 鮫だとかシャチ位図体が大きければ、海のトリトン見たいに、乗っかって遊んで遣りたいのであるが、金魚のコメットとでは、そんな図にも為らない。精々が、水飛ばしのご挨拶に呼応して、下手絵を描く位な物で有る。

        そんな事で、戯け金魚へのゴマスリの一枚で有りまする。

 イヨォッ、待望の雨が降って参りました。この降り方は、希望が持てまする。戯け金魚が、有難い水神様に、おお化け致しました~。お駄賃の餌を振り撒いて遣りましょうかね。イッヒッヒ!!
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