旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート フントに暑かねえ~。
              フントに、暑かねぇ~(7/31/10)
 朝から、ギース、チョン、ギース、チョンと二匹のオスが、競い鳴きを続けている。玄関では、一段と大きくなった雛の声に、余裕の出て来たオスのピーピー、ブンチャカ・ブンチャカの囀りと、メス追いの騒ぎである。暫く遠のいて居たハーレムの朝である。

 人間界のオスにも、立派な朝立ちの生理があるのだからして、生物界では、性為る行為は、専ら早朝が、そのお時間であったのかも知れぬ。栄えある男の朝立ちは、生物界に滔々と流れるオス遺伝子の証左なのであろう。

 さてさて、女日照りの広漠住人の私としては、不肖の倅に対しては、尿放出して朝の強張りを開放して遣るしかあるまい。倅よ、不甲斐無いテテゴを恨むでは無いぞよ。

 絶滅したと云われる恐竜の仲間が、鳥類なのだと云う事である。若い頃、大枚をはたいて、大型インコのアオボウシインコを飼っていた事が有る。私の趣味は、御存知の通り、勝手気まま為る妄想である。

 鳥籠の戸を開けて遣ると、狭い籠から出て来て、嘴と足で籠をよじ登り、上に止まる。人差し指を出すと、器様にも足を上げて、私の中指を掴んで握手をするのである。
 鋭い爪と鱗状の皮膚、頑丈な嘴からは、幾ら愛嬌を振舞っても、到底可愛い鳥なんぞには見えない全長40cm以上の代物である。

 私は、男兄弟の中で育った体育会系の男であるから、暖かく成ると、庭に籠を持ち出して、ホース散水の形で水浴びをさせていたのである。
 飼い主が飼い主なら、インコもインコである。翼を広げて、頭部の羽毛を逆立て、まん丸の目玉を渦巻きの様に、瞳孔を見開いて、ギャーギャーの応戦を挑んで来るのである。

 好く慣れたインコであったから、休みの日などは、庭に出して遣ると、柊の枝に止まって、廊下で寝そべって読書をする私に安心して、自由気儘な時間を過ごしているし、猫が来ると翼を広げてバタつかせ、ギャーギャーの威嚇をして、猫を退散させて仕舞う程の獰猛さを兼ね備えて居た。云う為れば、体育会系のオス同士で、好いコンビであった。

 子細構わずの放水の沙汰であるから、傍目から見ると、流行りの動物虐待の図なのかも知れぬが、これが私と青帽子インコのスキンシップでもあった。
 ズブ濡れの大型インコの姿は、羽毛が惨めに身体にへばり付いて、化粧の羽毛の色彩など、見る影も無く為る。そこに在るのは、真に不格好な食用ブロイラーの肉屋で吊るされている様なのであるが、片や物体と化した食料品、片や翼を広げて、吾が放水に対抗してギャーギャーと威嚇を繰り広げる『生の迫力』なのである。

 幼子の子供達も、私の傍に遣って来て、可哀想だから、止めてと言うのであるが、私は生来の戯け男である。

「良く見ろ、これが、コイツの正体だ。見たか、コイツは恐竜の子孫じゃい。幾ら、羽・羽毛で、化けたと云っても、これが、コイツの正体だ。化けタヌキには、煙の燻し戦法。キツネは、なんだったけな・・・忘れた。化け恐竜には、鬼の機動隊の放水戦法じゃい。

 お前達も、見た目に騙されちゃ、一生の不覚じゃい。結婚前は、観音様。裸にひん剥きぁ、氷女・鬼女って事は、世の中、ざらにある事だ。ギャハハ!! 
 いいか~、本当の姿を見る為にぁ、裸にひん剥くに限るんじゃわ。そりゃ、如何じゃい如何じゃい~。」

「そうそう、お母さんは、おこると、こわいからね。ホント、コオリ女・オニ女だよ。ねぇ、お兄ちゃん。お父さん、お母さんにメンピンして、カタキとってよ。アタイたち、いつも、おこられてばっかりだよ。」
「おっ、そうか。メン・ピンは、幾つする。うん?」

「五つ。すりゲンコツがいいよ。」
「お兄ちゃん、おおすぎるよ。すりゲンコツは、いたいよ。お母さん、女だよ。お父さん、めんピンの三つにしておいて。おねがい。」

「よし分かった、夜に成ったら、俺のこんなゴ太いセイギの注射を、○子のお尻に一杯打って置くからな。任せとけ、ヒィヒィ泣かせて遣るからな。任して置け。襖開けるんじゃないぞ。イヒヒ。」
「うん、わかった。ウソついたら、ハリ千本のますよ。ユビキリげんまんだよ。お父さん。」
 
 子供なんか、性技を正義と勘違いして居る。同音異義語は、異次元の世界である。幼子なんて者は、チョロイ物で可愛い物である。相思相愛で番いを組んだのが、お前達のペアレントである。見せちゃ為らない、見ちゃ為らない男女の仲なのである。

 遺憾いかん・・・現代に生きる恐竜の仲間が、鳥類である。・・・こんな事を打つのに、とんでもない回り路をして終った物である。これでは、『子供なんでも質問箱』の回答者には、絶対に為れ様も無いではないか。

       嗚呼、本日も、自らの手で、自らの品位を穢してしまった。

 県知事選の選挙カーが、回っている。本日・土曜日である。さてさて、汗ばんだ体を洗い清めて、コーヒー・ブレーク・コールを待ちましょうかね。

 本日の二階席は、勉強をする女子学生達だけである。吾が身は、短パンにフィリピン製イラスト・ランニングにサンダル履き、相撲取りの腹をしたスキンヘッドのロートルである。場違いの感じがして、端のテーブル席に着いた次第である。
 これだけ暑いと、涼しいコーヒースタバで、お勉強をした方が効率が好かろう。お互い、大学生の為れの果てである。皆、単独の女子学生さん達であるから、静かなものである。

「昨日の夜中散歩なんだけどさ、三つの橋の下ではコンパが四つもあったぜや。まぁ、盛り上がっちゃって、凄い騒ぎよ。今は、みんな男女同権の混合コンパだろ。酒を飲めば、気分が大きく為って、大声コミュニケーションだわね。
 眠れぬ熱帯夜の静寂の中で、男の野太い声と、ギャルちゃんのキンキン声の二重奏だわね。さぞかし、近所迷惑だろうな・・・てな有様だったぜや。」

「そうそう、俺の所は、近くにラーメン屋・回転すし・ドンキホーテがあるから、馬鹿餓気の野郎共が、爆竹鳴らして騒いでたぜや。
 俺達にも、若い頃が有ったから、多少の理解はあるけど、『程度の観念』が無く為って来てるわな。とんでもねぇのが、多く為って仕舞ったもんさね。」

「学校も休みに為って、<蒸し暑い夜は、ヤーダよ。集合するには、便利な携帯社会よぉ~。>ってな物だろうし、街場は夜中に為りゃ、駐車場は無人のスペースだから、そりぁ、発散させるにぁ、最高の立地条件ってもんズラよ。分かる分かる。何だったら、キリギリス持って、疎開するかいな? あい。」

 Tは、細君が家にいるから、ペースが狂って、時間を持て余しているとの事である。孫が電車に乗りたいと云うから、電車で隣市までお付き合いして、蒸し風呂体験をして来た由。

 T曰く・・・TV・CMの不朽不滅のキャチフレーズ<亭主、元気で、留守が好い。>は、何も亭主に限った事でも無く、亭主を女房に読み替えても、十分に通じる普遍的真理・願望との事である。如何云う理由からか、パソコンのあるTの書斎に、細君が遣って来てインターネットをして行くそうである。

「へへ、インターネットの繋がる世界は、多種多様の世界だぜな。当然、見る人間の好みが有るぜな~。観賞お時間が邪魔されると・・・何かと、顰蹙のタネに為る事もあらぁな。ギャハハ。
 俺なんか、健康体だから、夏の花、朝顔に夕顔だぜや。偶にぁ、女房が欲しい時もあらぁな。ギャハハ。文句を言ったら、カァチャンの罰が当たるぜや。あい?」
「お~そうそう、今日さ。久し振りに朝立ちしてさ。お相手は、若い頃のおネェちゃんでさ。」

「ホンマかいな。そりぁ、オメデトウざんす。どうせ、夢の中だから、パンツの上、ズボンの上からだろう。夢の世界は、異次元の世界が、玉に疵なんだぜや。そうズラ~。」
「馬鹿こいちゃ~行けねぇや。俺の夢は、Rと違って『写実の世界』だぜや。やぁ、久し振りに、堪能しちゃったぜや。お互い、ピチピチして若かったわね。いひひ。」

「そうかいね、言うに事欠いて、『写実の世界』と来ちまったかい、女日照りの重篤患者を前に、言ってくれるじゃないの。ニャロメ!!
 俺の場合は、何時も何処かで、理性の野郎が邪魔を入れるから、非現実的な挿入方法に為って居て、それが意識をノックしちゃうんだよ。
 蛇の生殺しって奴だいね。本当に、蛇とは現実も夢ん中でも、相性が悪過ぎるんだわさ。」

「そりゃ、シャー無いぜや。蛇の生殺しも、宝の持ち腐れも、『異音同義語』だぜな。へへへ。」
「アジャジャ、遣られちまったかいね。パッパでも吸いに行くかいね。」

 いや~、外気は焼ける様な暑さである。上からの太陽熱と下からの輻射熱は、凄まじい挟み打ちである。蛇の生殺しが、シャレコウベの目玉焼きにされたら、敵いませぬ。堪らず、一本を吸い終えて、ホームセンターへ入って、汗を冷ます。

 玄関の柱には、アブラゼミ。部屋に入ると、レースのカーテンに、ミンミンゼミが止まっている。窓辺のキリギリスは、盛夏を奏でる。ランニングを脱いで、首タオルの蒸し風呂である。


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心何処ーショート 風途切れた午後の蒸し暑さよ
             風途切れた午後の蒸し暑さよ(7/30/10)
 昨日の夜散歩は、雨の止んだ11時過ぎの散歩であった。それでも、犬を連れた主婦とか、一人黙々歩きのオバさんともすれ違った。きっと、私同様に散歩を日課としていると、散歩をしないと収まりが着かないのであろう。習慣とは、そんな物である。

 こんな事は、男女共にそうなのだろうが、兎に角、女族と云う生き物は、警戒心・自意識が、過剰な生き物である。緊張して居る気配が、アリアリと伝わって来るものである。

 それが、モロに伝わって来ると、私は少なからず嫌悪感に駆られる事が有る。女族が、自分の女を意識するほどには、男族は女を一々意識して居る訳では無いのである。男も女も、大概は一点集中型なのである。一点集中型であるから、其々に自分の目レンズを絞り込んで、目の保養としたり、観賞するだけの事である。

 アホンダラ、お互い、同じ夜散歩者の一員では無いか。男族を丸で、不審者・性犯罪予備者と警戒するのなら、深夜の一人散歩などしなければ良いだけの事である。天下の公道に、男女の区別など有ろう筈が無かろう。

          無礼者!! ギャハハ、笑止千万な妄想である。

 欠け始めた月が鱗雲の帯を従えて、夜空に煌々と浮いている。薄い星の光に、数個明るい星が、静かに静かに、光を放っている。雨の去った夜空には、未だ荒々しさが残っては居るが、涼風の中に清々しさも描いて居る。
 月光に照らされる鱗雲の拡がりが、何んとも云えない。雨雲が破れて空の端に追い遣られて行く様子が、清々しいのである。

 家に帰って、双眼鏡を持って、河川敷に下りる。古い木製ベンチに、寝て双眼鏡で星星を見て居たい心境ではあったが、古びた木肌は、たっぷりと雨を吸っている。
 
 それでも、尻の濡れるのを其の儘に、暫く双眼鏡で月を見たり、街の中心のネオンの輝きを見て居た。こんな時は、映画とかテレビに因んで、アパート、マンションなどの窓を丹念に覗いて行くのが、お手頃な双眼鏡の利用法なのかも知れぬが、歳の所為か、そんな若さの好奇の囁きも無い。私も、困った加齢期に差し掛かって仕舞った物である。

 然しながら、これは全くの嘘である。密集・高層化したビルの谷間の一室ならば、見るものが無いから、そんな窓辺観察・覗き観賞にも為るのだろうが、此処は郊外の河川敷の木製ベンチである。
 戸外の中に居れば、余程の変質者で無ければ、そんな気持ちすら浮かんで来ないのが普通なのである。生き物は、所詮、環境の中の生き物であるからして、本人が意識し様が、しまいが・・・人間の肉体も精神も、外的環境に影響を受けて居る。建物・室内・個室の細分化の中に身を置けば、生き物は他との比較・全体と個の比較、抑制が脆弱に為るから、益々以って近視眼と向かうのだろうし、戸外・地域・組織・国外と為れば、その違いから来る全体と個との比較が、否応無しに浮き立って来る。従って、反対に遠視眼に向かうだけである。

 人間が感情と対峙する形で、論理を進めて行けば、客観的であろうとすればするほどに、感情と云う余りにも人間的な近視眼の眼鏡から、遠視の眼鏡を装う方向に進んでしまうのであろう。双眼鏡の倍率は、さて置き、人間に感情と理性が求められる以上、遠近両用の眼鏡を掛けざるを得ないのが、工業化・グローバル化が進んだ現代人の宿命なのであろう。

 刹那のバカンスを求めて、社畜化されてしまった現代人は、海に山に川に、そして、海外へと飛び立つ。然しながら、肉眼で自然を見る時間は、余りにも短過ぎる。物云わぬ自然の最大の作用は、身を置いて、身を委ねる事で、五感を通して自然が語り掛けて来る物を、感じて知る事なのでは無いだろうか。

         物云わぬ自然が、語り掛けて来る物とは何か・・・

 相手は物云わぬのであるから、人は黙って自然に対して自然の中で動き、感じて、何かを探さなければ、自然は決して語り掛けてはくれない。一過性の短期素通り者には、旅のスナップ写真しか見せてくれないのである。

 何故なら、自然は形を以ってしか、人間に物を見せては呉れないのであるから・・・

 蛇が蛙を呑み、蛇を鷹が襲う。雨が大地・川を潤し、川に魚が群れる。そして、雨が大地を襲い、川を氾濫させる。乾いた草原・森林に、稲妻が走り落雷する。そして、落雷が、草原、森林を燃やし尽くす。大洋のプレートが沈み込んで、マントルの熱きを滾らせて、そのエネルギーが、地震を呼び起こす。工業化と云う毒の川が海を埋めて、海流に乗って彷徨い続ける。粉塵・ガスは空に巻き上げられ、地球の表皮の温度差で、巨大な気圧群が生まれ、高低の鬩ぎ合いの中から、巨大な気流と為って大気を運行する。・・・etc

       自然は、何一つ語らない。ただ見せ付けるだけである。

 さて、本日、歯医者日である。シャワーを浴びて、髭を剃って参りましょうかね。

 前回、私のブログを読みましたとの事であるから、下手絵ファイルを持って行く。歯医者の先生は、絵が好きである。先生は、ブログからプリントアウトした絵と、原画を見比べて、鮮度の違いに、溜息。面白い絵を描くとの感想であった。

  はいはい、有難うゴザンス。御愛嬌で御座りまする。イッヒッヒ!!

心何処・・・子育て中
                   子育て中

                 子育て中


 へへへ、夜散歩に行こうと思いましたら、遅れに遅れて、雨が降って参りました。

 浮いた時間を弄び、一枚描いて見ました。金華鳥のオスが、給餌をしている図で有りまする。未だ若いオスで、無精卵のオンパレードでは有りまするが、真に以って、筋の好いオスで、抱卵・育雛には才能を発揮して居る様子で有りまする。付き合って、観察して見ないと、分からない物で有りまする。

 未だ目の明かぬ初子で有りまするが、日増しに大きな声で、餌を強請って居りまする。丸裸同然の姿では有りまするが、体色からして、原色に近い羽色に為りそうでありまする。先ずは、下手絵報告で有りまする。

                     ウッシッシ!!


心何処ーショート ハエは、人が好き為り。
             ハエは、人が好き為り。(7/29/10)
 風が吹き捲っている。涼しくて気持ちが好い。所に依っては大雨で、日本列島を冷やしてくれるそうである。昨日の夜散歩の折りは、<黒雲浮き立つ>の不気味な勢いで、些か距離をセーブして来たのであるが、一向に、雨が降ってくれないのである。猜疑心旺盛な天の邪鬼であるから、陽が落ちて、たっぷりと散水して置いて好かったと云うものである。

 窓辺の緑のパラソルも、アジサイの茂りも、活き活きとしている。金魚達も、水温が下がって、何時に無くゆったりとした泳ぎをしている。クックッ、クゥーとキジバトも、鳴いている。グッピィ槽の二世代目の若魚にも、すっかりオスらしさが加わって、時々背鰭を押し立てて、オスの威示行動を見せている。
 混血の妙なのであろうが、オス親のコバルトブルーのハッキリ過ぎる色合いよりも、黄・朱が入ってナルイ色合いである。

 目立たず大人しく、奥ゆかしい・・・丸で飼い主の私の性格を写した様な物である。宜しかろう、ウッシッシの生育振りである。

 玄関では、ブンチャカ、ブンチャカのオスの囀りと雛のジャジャジャの餌貰いの声である。窓辺のキリギリスは、突然の涼しさで、忘れた様にギース・チョンを発信するのみである。キリギリスには悪いが、短パンとTシャツで、少々涼しい気温ではあるが、猛暑よりも断然と好い。

 やっと、雨のお目見得である。未だ、確り目を凝らせないと見えない覚束なさではある。植物・川の水には、恵みの雨と為るか否かは、まだ分からない処である。

 涼しさに、猛暑疲れの老体が眠りを運んでいるのだろうか・・・母の動きは無い。然しながら、朝の賄い夫を始めると致そうか。部屋の覗くと、ベットの上で手を動かして居る。

「薬が無いだろう。薬を貰って来てから、飯にするわいな。」

 笑っちゃいますねぇ~。雨とは名ばかりで、霧吹きの様な素っ気の無さである。帰りに、雛のお土産にハコベを見て来るが、皆、萎びてポヤポヤ物ばかりである。店終いしたサンロードの裏は、ポイ捨てされたペットボトル、缶の有様である。人間の仕業とは、真に以って見苦しきも困った物である。

 声色を変えて、<ラジオ子供何でも質問?>にでも電話して見ましょうかね。へへへ。

 遅い遅い朝食と為って仕舞った。食後、小さなハエがウロウロして居る。先日、個人スーパーで、昔懐かしいハエ叩きを見付けて買って来たのである。
 早速、小部屋から持って来て、お遊びタイムをする。ハエ野郎は、頭が好い。叩き難い縁だとか、黒の背景に逃げて終うから、老眼の私には忍者の様な小さなハエなのである。

 ニャロメ~、逃がすは、男の沽券に拘わる。ハエ野郎は、背景にワープ、ワープを繰り返して、動きの鈍い母の周辺で、私を小馬鹿にしている。母は緩いハエ追いのニコニコ顔である。

  老母曰く、ハエは、人が好きなんだね。人の近くに寄るんだね。

 婆あ、奮った物云いだわさ。フン、婆あもハエも、小馬鹿にし遣がって、許せねぇや。
俺は、落合なんじゃい。ボール球にぁ、手は出さんぞね。じっくり球を呼び込んで、カッキィ~ンだぜや。まだまだ、ボールの誘い球にぁ乗らんぜや。生意気に、ウロチョロし遣がって、俺ぁ、気が短いんじゃい・・・

     出て来たか、止まったか。ソレッ、戯けが~、 バシッ!!

 ロートル・クマ男の一撃を喰らって、小ハエは、一瞬にしてゴミである。ザマァ、見遣がれ。ほうほう、今時の蠅叩きは、好く出来て居る物である。蠅叩きの先端は、細かい櫛状に為って居て、容易にハエ野郎を、拾う事が出来る構造に為っているではないか。
『使い勝手』の行き届いた処から察すると、これは<蠅叩き先進国>の製品に違いあるまい。メイドインの刻印を探すが、流石にコスト・パフォーマンスの沙汰で、何も刻印されて居ない。

 さてさて、母上へのご機嫌伺いも出来た事でもあるし、小部屋の定位置に座って、私も猛暑疲れの息抜きでも致しましょうかね。明日からは、再び猛暑の行進との事である。加えて、歯医者日である。

    ややっ、これは、大した物である。雨無し嵐の騒ぎに為って仕舞った。

マイ・ギャラリー12
                 マイ・ギャラリー12

  吾が友為り国会中継窓辺のお付き合いう~ん、ニャロメ~。
  世相作る顔心頭滅却の図大相撲界の徳俵_001アッジャ~、雨だ。
  ぼんやりの時間片隅で山鳩の成長政治の正念場・捩じれ国会再び_001
  前線猛威・合間散歩_001梅を干す_001遅れないで~カッキィーン、外野観戦


 恒例のマイ・ギャラリー12でありまする。絵にご関心の有る方は、カテゴリー内、マイ・ギャラリーをクリックして頂きますと、訳の分からないクラクラ絵のオンパレードに為って居りまする。又、一枚一枚をクリックされると、それ為りに拡大されまする。日頃の長駄文への罪滅ぼしで御座りまする。

 お時間の有るお方は、ごゆるりと遊んで行き為されませ。ウッシッシ~。












心何処ーショート エールのカサブランカ
              エールのカサブランカ(7/28/10)
 好い風が抜けて行く。母の動きであるが、もう少し、この気持ちの好い風の中で寝かせて貰う事にする。女と違って、憎まれ口もヒステリーも見せずに、こんな唄を呟く事もあるのである。

ロイド眼鏡に燕尾服 泣いたらカラスが笑うだろ 涙出た時ぁ 空を見る
       ♪サンドイッチマン サンドイッチマン
     俺らは街の お道化者 呆け笑顔で 今日も行く

嘆きは誰でも知っている この世は悲哀の海だもの 泣いちゃ行けない 男だよ
       ♪サンドイッチマン サンドイッチマン
    俺らは街の お道化者 今日もプラカード 抱いて行く

明るい舗道に肩を振り 笑って行こうよ 影法師 夢を失くすりぁ それまでよ
       ♪サンドイッチマン サンドイッチマン 
     俺らは街の お道化者 胸にそよ風 抱いて行く

   作詩:宮川哲夫/作曲:吉田正/編曲;寺岡真三/唄:鶴田浩二

    
     俺だって、鈍感・馬鹿じゃない。疲れまするわな。無視無視・・・

 へへへ、まどろみの中で変な夢を見て終った。青大将位の特大マムシに咬まれて仕舞った。万事休すの悲鳴と脂汗である。にも拘らず、死なば諸共で、マムシの尻尾をムンズと掴み、振り回して大石に叩き付けて、マムシの絶命を見届けて居る。

 アッジャ~、これで、俺は一巻の終わりであるか・・・トン死は、何処で待ち構えて居るか、分からない。まぁ、しゃ~無いわな。
 エジプト・プトレマイオス朝の女王・クレオパトラ様も猛毒コブラに、乳房を噛ませて自決したとの故事である。どうせ死ぬのなら、彼是と考えずに、トン死の方が面倒が無い。

 驚く事に、毒が回って来ない感じである。吹き抜ける風の心地好さに目を開けると、玄関のジャジャジャの雛の声である。顔を洗って、朝の賄い夫である。

「これを、申し訳ないが、○さんの処へ持って行ってくれないかい。咲いたら上げると約束して居たんだよ。」

 仏壇の前の花瓶に、見事に咲いた白ユリ・カサブランカが、白い大振りの蕾を幾つも膨らませて、丸ごと一本、活けてある。匂いのキツイ大輪の白ユリである。左様であったか・・・ 
それで珍しく、朝からガサガサしていたのであるか。

「あいよ。サンドイッチマン、サンドイッチマン、俺らは街の お道化者~、ようござんすよ。じぁ、早速、お届けに行って来るわいな。サンドイッチマン、サンドイッチマン~。」

 やれやれ、朝一番の使い走りである。こんな用事が待ち構えて居れば、マムシに咬まれても死なない訳である。クワァ~、今日も暑いじゃ有りませんかね。お天道様。

「お早う御座います。Rです。婆さん、お約束の物をお届けに参りました~。」

 ○さん、ヨッコラショ、ヨッコラショの杖突きスタイルで、出て参られた。

「うわぁ~、綺麗~。これが、欲しかっただよ。今年も、立派に、大きな花が咲いたんだね。アリガトね。お婆ちゃんに、宜しく言って置いてね。本当に、嬉しいわや~。アリガトね。」

 ペースが中断して仕舞った。為れば、朝食は少し待って貰って、チャーハンでも作りましょうかね。ハム・自家製チャーシュー・玉ねぎを刻み、卵を割って、チャーハン作りを始める。自慢では無いが、ロートル・クマ男は、性根は物臭男ではあるが、『仕事』と割り切れば、画然と多方面の才能を発揮する男なのである。ギャハハ!!

<サンドイッチマン、サンドイッチマン、俺らは、街のお道化者 呆け笑顔で 今日も行く。>ってな物である。

 私の戯けブログを訪問して下さる紳士諸侯の中にも、私同様な紳士が居られましょう。何事も、『病は、気から』とも申しまする。男賄い夫は哀しいかな、女族と神経回路が違いまする。馬鹿を演じ切るのが、男族の特性でもありまする。
 
 敗戦後の学徒出陣の特攻隊飛行士・鶴田浩二氏が、唄ってヒットした『街のサンドイッチマン』でも、お唄いに為って日々の精神の操縦棹を水平に保ち為され。男の感傷を見事に歌い上げた好い詩じぁゴザンせんか。男族の心情とは、斯くの如しでありまする。

『泣いちゃ行けない、男だよ。』・・・この世は、所詮、有限の世界でありまするぞえ。

           はい、御同輩。へへへで御座りまするぞえ。

心何処ーショート お気遣い無用
                お気遣い無用(7/27/10)
 おうおぅ、朝っぱらから、バイクの轟音では無いか。ニャロメ!! 未だ、一時間は寝ないと『大損』である。寝返りを打って、キリギリスの声を聞いたり、金華鳥の雛への給餌声を待ちながら、まどろみを続けるのであるが、夏の朝が始まって終った。

       やれやれ、今日も、暑いぞ。ゴミ出しでもして来るかいな。

 台所の洗い物をして、小鳥の世話をする。卵が三つに、羽毛ポヤポヤの目の開いて居ない雛が一匹、呼吸をしている。砂嚢一杯に粒餌が透けて見える。庭から、ハコベを見付けて来て、入れて遣る。雛の大きさから見ると、後の卵は孵化しないのであろう。
 オスは、筋が好い。好く巣に入っている。そしてメスの二羽は、立派な子育て経験者の母・娘のコンビであるから、子育て役は三羽なのである。単純に考えれば、ハイテンポの肥満児生育に為るのは、必至であろう。これは、見物であろうか・・・

 土用干しして紫蘇汁に戻した梅を、一つ摘まんで口の中で転がしながら、水槽住人達への餌撒きである。まぁ、この分で馴染んで行けば、文句も無かろう。

 昨日の夜散歩から帰って来て、CDを聴きながら、世界史の頁を子守歌代わりに少し捲って見た。受験生では無いから、適当読みである。『詳説・世界史研究』の550頁強の本である。 
 学生時代は、世界史が得意中の得意科目であったから、今でも世界史には興味と好奇心を持っている。詳説と銘打ってあるだけに、世界史辞書の様な感じで手元に置いて居るのである。

 昨日、偶々開いた頁が、東西文化の交流の章で有った。御存知、『三つの道』・・・草原の道・オアシスの道・海の道である。テレビ映りの影響だと思うのだが、日本ではシルクロードのオアシスの道にばかり注目が集まっているが、一番の交易の道は、何を隠そうべきや、<草原の道>なのである。
 
 黒海に接する南ロシア草原地帯→カザフ草原→ジュンガル盆地の草原→アルタイ山麓→モンゴル高原→中国の長城地帯に至るステップ・ルートである。此処は、遊牧騎馬民族が興亡した歴史の大舞台である。

 この間の事情を映画で追えば、ユル・ブリンナー、トニー・カーティス、クリスティーネ・カウフマンの『隊長ブーリバ』なんて歴史スペクタルがある。



                 隊長ブーリバ


 騎馬文化を形成したスキタイ、匈奴、鮮卑、柔然、突厥、ウィグル、フン、アヴァール、マジャール、遼、西夏、トルキスタン、モンゴルとトルコ系、モンゴル系、チベット系民族が、交易路を抑えて世界史を跋扈していた舞台である。

 ジンギスカンは、この草原の道を突進して、その孫はヨーロッパ遠征してポーランド・ハンガリーに侵入したのである。ドイツ・ポーランド連合軍をワールシュタットの闘いで破ったのである。1241年との事である。
 
 詰まりは、東西を結ぶ大ルートは、熱砂の駱駝キャラバンのオアシスルート、季節風頼りの帆かけ舟の海の道と違って、平坦な草原の道は、安定して機動性に富んだ主要路であった筈である。これも、歴史と刷り込まれたイメージの逆転現象の一つである。

 これは、周辺の異民族を夷敵とする<大中華思想経由の歴史観>の弊害、としか云い様が無い処である。地球は、球状を呈して居るそうである。地球が球状である為らば、緯度の高い草原の道は、ユーラシア大陸の東西を結ぶ最短・安全・大量輸送のルートである。 
 それを証拠に、旅客機は、緯度の高い極飛行をするとの事である。それ故に、この巨大交易の道に、覇権を求めて民族・国家の興亡が著しく、この地はギリシャ・ヨーロッパ・トルコ・チベット・モンゴルと東西・中東の人種の血が混じり合い、美人・美形を生み出して居るのである。

 こんな処が、世界史の面白さなのである。世界史の中の日本史の方が、余程、面白いし、総体・相対論理の足しに為ると云うものである。日々を生きる人間は、多くの場合、目視の世界で物を見て居る。

 然しながら、時に、人間は思索をしなければ、遠近の照準合わせを忘れてしまう生き物である。人間が思索をする為には、如何しても虫眼鏡と双眼鏡の両方を持ち合わせて居なければ為るまい。

 細分化教育とゆとり教育とかで・・・何かと物議を交わしている日本の教育現場との事である。中身の無い連中が、入試専用単語ばかりを教えて居ても、如何し様も無かろうに。歴史単語の羅列の行間に、伝えるべき歴史観が有って、然るべきであろう。
 教える側に教育者としての己が歴史観を持たずして、何の歴史教材の切り口を生徒に提示出来ると云うのか・・・ 手前らの目は、節穴か!! アホンダラ、馬鹿も休み休みほざき遣がれってなものである。

 遺憾いかん・・・昨日の34℃に引き続いて、本日も34℃の予想である。如何やら、スカンポ脳のちゃぽん、チャポンと揺れ動く脳軟化症液が、気温の上昇に伴って、膨張して来てしまった様である。濡れ雑巾をスキンヘッドのシャレコーベに乗っけて、下衆熱を冷やしましょうかね。

  嗚呼、本日も、訳の分からないブログ打ちをして仕舞った物である。毛髪がフサフサしていた大学生の頃は、トニー・カーティスに似ているなんて云われていたんで有りまするが、今じゃ、交易ルートは、空路でゴザンス。

 草原ステップ・ルートは、吾が頭髪の無毛地帯なんでしょうかね。ギャハハ!!

 シャレコウベを冷やせば、正常域に戻りますれば、119番通報は、御遠慮下され。御心配・お気遣いは、無用で御座りまする。イッヒッヒ!!

心何処・・・カッキィーン、外野観戦。
                カッキィーン、外野観戦。

                  カッキィーン、外野観戦


 毎度、下手な絵で恐縮の極みでありまする。絵を描くのは、面白い物ではありますが、如何も不器用さは、治りませんね。まぁ、これも趣味の一つだと、臆面も無く、公開に及んでいる次第でありまする。

 はい、昨日の熱戦記念に一枚描いて見ました。へへへでありまする。

心何処ーショート 新オス迎えて、初子誕生為り。
           新オス迎えて、初子誕生為り。(7/26/10)
 窓辺のキリギリスが好く鳴いている。ご近所さんにもギース・チョンのお裾分けをしているとの事である。日よけの朝顔の水遣りに来た斜向かいさんが、ジョウロを手に甚平姿で、窓から顔を出された。

「捕って来たね。網で取るんかい?」
「そうじゃねぇせ。俺ぁ、プロだよ。素手せ。」
「こいつぁ、はしっこくて、手で乱暴に遣ると、直ぐ足が捥げちゃうズラ。五体満足の捕獲は、難しいんだわ。炎天下の根比べでさ、ギース・チョンを頼りに、抜き足差し足で近付いて、キリギリスを確り見付けて、そろりソロリと、拝み捕りか、網で遣るしか無いズラい。とろい奴には、取れない芸当だよ。」

「ノウ、ノーノー、それが素人さん達の下手な処だわね。こんな物ぁ、コロンバスの卵、発想の転換だわね。ギース・チョンの声を聞いて、居場所の当たりを付けて、子細構わず夏草を踏み倒して、追い出すだわね。

 俺なんか自然(じねん)流のプロだから、荒らされて、逃げ惑う虫達の草の揺れで、キリギリスの動きを見分けちゃうだわね。草の揺れは、虫の跳躍力とその体重の合算物ってなもんだわね。

 デカイ声で、自慢はしたかぁねぇが、こりぁ物理の理と同時に、シャーロック・ホームズ観察推理だわね。言って見りぁ、キリギリスと人間の脳味噌のゲームだわね、蛇にぁ、滅法弱い男だけど、キリギリスなんざぁ、蛇に睨まれたドンビキ蛙せ。イッヒッヒ!!

 長い後ろ足の跳躍力だって、周辺の草をなぎ倒されて、逃げ道の樹海に日が当たっちゃ、スカート、ズボン・長襦袢を捲られて、穴、恥ずかしいのパンツまで剥がされちまったって図柄だわね。

<ヒィ~、お殿様、ご無体は御堪忍をば~、嫁入り前で御座りまする~。アレー、アレ~>なんて白いムッチリとした両足をばたつかせりゃ、ばたつかす程に、若草萌ゆる磯のピンク鮑(あわび)は、恥部を御開帳って寸法さね。男にとっちゃ、蠢く鮑は大好物の図だわね。ギャハハ~。

 此処までシナリオが進めば、焦る事ぁ、無かんべや~。土台、アワビ退治なんて物にぁ、学校教育は不要ずらい。ギスの野郎だって、身包み剥がれて、羞恥の立ち竦みだわね。

 そうなりゃ、女日照りのクマ男だって、デリケートなアワビ様にぁ、手荒な真似はしないさね。こう遣って、両手でキャチャーがミットを構えるようしてせ、周囲の方にだけ力を入れてガードする様にしてさね。捕獲前の深呼吸も、余裕の内だわね。へへへ。

 中心の方は力を入れずに、アンコの部分を潰さねぇ様に、被せる要領だわね。手の網を被せる要領だわね。ギスちゃんの動きを封じるだけの・・・こう、押し付ける感じだね。ソロリ・ソロリと当たりを付けて、四分具合のグイの差し入れってもんせ。
 言って見りぁ、可愛い女への夜の褥技(しとねわざ)の応用編だわね。ギャハハ!!」

「云うに事欠いて、徳の高い御上人様は、やっぱ云う事が違う!! やいやい、朝っぱらから、股間が膨らんじゃう御高話を聴いちまったぜよ。
 参ったねぇ~。カカアに飴玉しゃぶらせにゃ為らんぜや。ひひひ、弱ったいなぁ~。

 処で、岡山から娘家族が来るんだけど、今度、キリギリスを孫のお土産にするかいな。連れて行きましょや。」

「あいあい、好いんね。キリギリスは、丈夫で長生きだし、岡山なら、こっちよりもズーと暖かいから、秋の終わりまで一杯鳴き続けてくれるんね。孫の情操教育が、信州からリモートコントロール出来るなんて、好い事じゃんかい。
 好いどころじゃないんね。プロの技の実地講習をプレゼントするわいね。イッヒッヒ!!」

 さてさて、連日の暑気中りで、母の動きは遅いから、孵らぬ卵を捨てて、金華鳥達に、お役御免をプレゼントすべしである。乱暴に鳥籠を扱って、先ずは分家籠の掃除をして遣る。次いで、本家籠を持って藁巣の無精卵を捨てようと、一応巣の中を覗くと、一羽孵っているではないか・・・

 アッジャジャ~、こりぁ迂闊為り。籠の鳥達は、パニックの大ブーイングの最中である。これは、知らぬ事とは云え、とんでもない粗相をして仕舞った。育雛放棄と為ってしまっては、身も蓋も無しである。

 一瞬見えた雛の大きさに、餌強請りの声さえ発する事が出来れば、この暑さである。保温の親鳥の保護は不要であろう。餌強請りの声さえ出来れば、後は親鳥の条件反射の育雛が期待出来る。

          頼むから、泣いておくれよ。お雛様~。

 遅い朝食後は、台所の隅に立って、じっと本家観察である。おっ、藁巣に入った。ジッジッジと餌強請りの雛の声である。やれやれ・・・の安堵の息吐きである。


心何処ーショート 悲願の初優勝!!
              悲願の初優勝!! (7/25/10)
 洗濯物を干して居ると、玄関から声がして、Tのお誘いである。キリギリスと梅漬けを持って来て、
「あいよ。夏のプレゼント。」
「あいあい、アリガトさんよ。」
 少々待って貰って、洗濯物を干す。

 本日・日曜日にして、地元中信地区高同士の決勝戦である。強豪校の私立高と初優勝為るかの県立高の決戦である。Tに言わせると、市内は渋滞であった由。
 国体道路に出ると、球場に向かう人の多さである。炎天下の野球観戦に、野球華やかなりし頃を思い出して、何やら気分まで若らいで来てしまう。球場周りは、高校生達の自転車の満杯さである。

 野球観戦に駆け付けた人並みは、既にスタンドを八分九分通り埋まっている。前回の炎天下観戦に懲りて居たから、屋根の日蔭のあるスタンドに進んだものの、階段通路も、人で埋まっている。外野席を見ると、数か所の日蔭が有る。外野席に行く事にして、一度、球場を出て、芝生の上で煙草を吸って外野ゲートから入る。

 スタンド席の芝生の日蔭に、胡坐を掻く。矢張り、狭く窮屈で暑いスタンド席よりも、ゆったり芝生席の観戦の方が、断然と好い。照明ポールの作る日蔭を日傘としているから、日時計の動きに従って座り位置をずらせて行くのである。

 試合は県立高校が先取点を取って、進んで行く。私立校顔負けの応援席の活気である。スタンドの模様を見て居ると、判官贔屓の日本人気質が、好く見て取れる。歓声は、六・四で県立高校を応援して居る。
 それにしても、猛暑カンカン照りのお日和である。還暦を遠に過ぎたロートル・オヤジであるから、外野席の芝生の上で、汗だくのTシャツを脱いだ処で、顰蹙も買うまい。私の後ろの夫婦も、県立高校の応援である。話をして見ると、ダンナはその高校で野球部のキャプテンをしていたとの事で、子供の一人は母校の後輩に当たるとの事である。

         スタンド席を諦めた観客が、外野席に入って来る。

 おやおや、同町内のお人である。彼は、リード中の県立高校の出身者である。私より五つ下である。姉は私より一級上、兄は一級下の高校も後輩で、好く遊んだ中である。彼は、その高校では野球部であったから、<悲願の初優勝為るか>・・・母校の晴れ舞台に、駆け付けたのである。
 自慢じゃ無いが、優勝経験の無い高校は、お互いの母校二校のみなのである。自慢と云えば、自慢。不名誉のテイタラクと云えば、不名誉高の<金字塔ならぬ赤字塔>である。 
 従って、心底では、負けて元々の好い加減観戦である。彼のお仲間の一人が、私とTの高校同期らしいとの事である。

 あれあれ、話をして行くと私と同級生と云う事が分かって、話を交わして行くとその風貌は、すっかり『浦島太郎』の形ではあるが、正しくMそのものである。ズケズケ物を云うその口振りは、引き算をすれば47年前の往時の性格その物の男である。いやはや、恐れ入りまして御座る。

 野球は<守りが、試合を制す>との事であるが、県立校は途中で逆転をされ、敗色濃い試合の流れである。これだけの観客が球場から排出されて終うと、帰りの徒歩が暑苦し過ぎる。芝生の上のTシャツも乾いた事であるし、Tシャツを来て帰りに備えて居ると、何と何と!! 8回裏で、同点に追い付いた。

  勝つぞ、勝つぞ、○高!! 最強・最高○高!! 勝つぞ勝つぞ○高!!

 正しく、両校の大声援が、炎天下の球場スタンドに湧き上がり、投手と打者の一挙手一投に、緊張と期待がうねりにうねる。こんな時の女子校生の、金切り声の感嘆詞声援の凄まじさは、驚愕の感である。そんな女子高生が、後ろで大声援を送っているのである。

 球場が一気に、県立高校への上げ潮に満ち満ちて行く。延長戦に突入して、勝ち越し点を掴んだ悲願の初優勝への大手である。

   勝つぞ勝つぞ、○高~ 最強・最高 ○高~ 勝つぞ勝つぞ○高~

 クライマックスに向けて、攻守の大応援の歓声が、ドンドコドントコ、バチバチ、チャンチャカチャン、チャンチャカチャンの○高大フィーバーが、球場から発生されて、山に大反響する。伝統強豪校の実力が、再び試合をひっくり返して、実力の差を見せ付けるか・・・固唾を呑んで、ダイヤモンドを凝視する観客群衆。

                 カッキィーン!!

 打った!! 伸びた、伸びた~、グングン伸びる。センターが走る走る。ライトも懸命に走り寄る。抜けたか。フェンス一杯の大飛球。県立高、強豪私立に敗れたか~。必至のダイビング。フェンスに弾き飛ばされるセンター。

 如何だ??? 取った、取った取った!! 初優勝の瞬間であった。勝利の女神は、勢いに加勢した。

 好い試合であった。これぞ、臨場感に満ちた興奮・感動のシーンである。テレビ観戦では味合えぬ正真正銘の一回こっきりの臨場感の興奮と感動である。



心何処…遅れないで~。
                 遅れないで~。

                 遅れないで~


 昨夜の散歩時に見たカルガモ親子の図です。勿論、夜で有りますから、そのシーンを、昼に焼き直して描いて見ました。
 鳥の巣立ちは、シジュウカラもカルガモも、危険が一杯で、親鳥の緊張感たるや、大変な物でしょうが、見て居る人間の目には、何とも可愛い物で有りまする。橋の上から、何分もカルガモ親子の教育実習を見て居ました。

                   へへへ。


心何処ーショート キリギリスの初捕り
              キリギリスの初捕り(7/24/10)
 こう暑いと、炎天下で萎垂れる雑草の様に為って終うのが、年寄りである。体温調整を果たす自律神経が、環境に慣れるのには、一週間ほどの期間を要するとの専門家の話である。

 梅雨前線が日本列島に居座り、集中豪雨が各地で濁流の猛威を奮っての梅雨明け。明けた途端に、気温はグングン上昇して猛暑列島と化して仕舞ったのである。熱中症死者続出の救急車が、日本列島を走り回っているとの事である。

            高齢94歳の吾が母も、その最中にある。

「婆さん、ラジオで熱中症のレクチャーしていたけど、自律神経のスイッチ入りが、年寄りは鈍く為っているんだとよ。

 もう、細胞の体感作用がボロボロに為っているのに、その癖、記憶だけが若いから、まだまだと我慢しちゃうんだってさ。云う為れば、年寄りの鈍感・意地っ張り、愚の骨頂だってさ。へへへ。

 自律神経が慣れて来るまでの体調管理のコツは、水分補給の為に、15分間隔で機械的に水を飲むくらいの気持ちじゃないと、脱水症状に陥って、脳味噌が茹っちゃうって話だぜや。

 お頭の皿の水が蒸発したら、河童は死んじゃうんだぜ。水分補給と、濡れタオルを首に巻いて車のラジエターだってよ。気化熱作用のエコで体温を下げるのが、肝心だってよ。

 馬鹿は、馬鹿にぁ為れないけど、利口な奴は、馬鹿に徹する事が出来るんだぜ。だから、遠慮は要らねぇよ。馬鹿遣ってくれや。あい。」

 半熱中症でアオラアオラしている母であるから、見るも無残な萎れ振りで、無愛想な顔この上も無い始末である。幾ら倅の私とて、話をするのも、嫌に為って終う事が有る。
 賄い夫仕事の食器洗い・食事の世話の時などは、『何で、俺だけが、バカらしくて遣っちゃ居れん!!』などと、鬱屈のどす黒い血が、爆発寸前の域にまで達して仕舞う事が有る。

<演技介護の限界>・・・『俺だって、並みの人間だ。癇癪玉破裂させて、叫びたくなる事もあらぁな。』を感じてしまうのであるが、此処は吾が親友にして心友のTのお言葉を、噛み締めて『一人ッ子』と思うしか無いのである。感情のスイッチを入れ替えて、母へのリップサービスをするしかないのである。

 初めは、様子見の話であるが、言葉を継ぎ足して行く内に、母の表情が緩やかに穏やかに変わり始め、血の巡りが好く為って行くのが、好く分かる。こんな母との向き合う日々である。

 人間は感情の動物であると同時に、会話の動物なのである。ニャロメと思いつつも、<短腹を起こさずに好かった・・・>とばかりの冷や汗ものである。
 文学的・抽象的表現を借りれば、『心の介護』なんて、スマートな物云いを思い付く処ではあるが、実態経験の無いどす黒き血流を持って居ない人間には、『心の介護』の言葉に、如何ほどの想像力と行間読みが働く物かを、その頭を勝ち割って調べて見たい物である。ギャハハ!!

 食の細く為った母に、朝からレトルト・カレーとエノキとワカメの味噌汁を作って食事である。

「食の細い時は、カレーで一気に腹にぶっ込むのが、好いんだぜ。今日も、暑く為るぜや。庭の梅干しだけが、順調だわね。水槽の水も、エラく蒸発しちゃうもんだわさ。
 白髪頭に、濡れタオル忘れたら、色気の無い河童のミイラが出来ちゃうぜや。確りしておくれ。へへへ。」

「はいはい、お前も、こんな婆さんの相手させて、本当に悪いね。」

「あいあい、若い頃の親不幸が祟って、とんだ貧乏籤を引いちゃったわね。ギャハハ!!好いって事よ。俺ぁ、婆さんの一人ッ子だわね。」

 さしもの暑さで、この処の私の水分補給は、ポットに入れた氷水である。小部屋の定位置に戻り、高校野球のラジオ中継を聞きながらのPC打ちをして居ると、台所で朝食の洗い物の音がして居る。

 作用であるか・・・母上さんには自律神経の作用が、猛暑に慣れ始めて来たのであろうか。好し好し。

 準決勝は、大会好カードの強豪校の試合である。地元校が勝って明日の決勝戦である。次試合は、これも地元校である。テレビ観戦を終えたTからの電話である。庭の梅干しから、二つを持って、お迎えの車を待つ。

「やいやい、暑いじゃないか。あいよ、味見をしておくれや。」
「おやまぁ、こりぁ又、デカイ梅じゃないか。」
「梅干しと、水を飲んで居りぁ、脱水症状にも為らんズラよ。如何だい、オヤジさんもヘバっているだろうが。」
「俺達だって、キツイもの。年寄りには堪える毎日ズラいな。」

 アイスコーヒーを持って、二階席に上がる。ほっとする涼しさである。Tは毎日、ビニール・プールで孫とのお付き合いとの事である。水遊びのお付き合いも、結構体力的には堪えているとの事である。

 私は、ブログでの愚痴のガス抜きを認めて来たから、本日のブログ内容を肴にギャハハ、イヒヒヒ笑いである。 お互い人間であるから、同様の場面に出っ食わして居るのである。そんな時は、TはTで、Rの奴は、こんな時は如何して居るんだろうかなどと、噴火口の重しに、私を使っているとの事である。

       へへへ、お互い、シャー無い、シャー無いの苦笑いらしい。

 人間の出来の好いTは、一歩進めて、自分がこの歳に為ったら、如何云った事を考えるだろうか・・・のシュミレーション画像を作って、オヤジさんとのお向き合いの日々の足しにして居るそうである。<年寄り粗末に扱うな、直ぐ未来の吾が姿>の自戒であると云う。

     いやはや、実践者の言葉には、中々の味わいが有る。
  へへへ、持つべき者は、親友・心友である。巧い事を云うものである。

 煙草を吸いに、外のベンチに出る。今日も、夏のお日和が熱くギラ付いて御座る。嘱託期間も卒業したフィリピン通氏のMr H殿は、暇を弄ばして居るとの事である。

★へへへ、お大尽様に為ったのであるから、フィリピンに赴いて、風前の灯火行脚を、是非ともして来るべしである。現役を離れれば、見えて来る物も、自ずと違って見えて来る物であろう。お仲間のKさんも、晴れて一人身の筈であろうが。人を頼らずに、チンココンビを結成して、海外に雄飛すべきかも知れんぞや・・・と、託をして置いた。

   ホームセンターに入って、色鉛筆、石鹸・トイレットペーパーを買う。

 さてさて、日が傾いたら、水槽の補給水を汲んで来なければ為るまい。今日は、庭で、蝉も鳴いた事でもあるし、散歩の替わりにキリギリスでも捕獲に行って来ようか・・・
 明日は、地元県立高校と私立高校との決勝戦である。Tに野球観戦を誘われたら、土産に夏のお裾分けをして遣れば、好かろう。

車に長靴を入れて、キリギリス獲りに行って来る。車から降りて、耳を澄ませるが、未だ早い様で、殆ど鳴いて居ない。長靴に履き替えて、田んぼ脇の雑草の中を踏み倒して行く。キリギリスのオスが一匹、何事かと飛び出て来た。まだ青くて小粒である。これでは、未だ鳴けない大きさである。

 へへへ、『捕まえて、鳴くのを待とう青キリギリス』である。粘って、若オス2匹とメス1匹をゲットする。まだまだの様である。物は試しであるから、下のポイントに車を止めて、子細構わずの追い出し獲りを敢行する。オス2匹とメス2匹をゲットして切り上げる。

 汗だくの態である。ピカッ、ゴロゴロと盆地の中心は、黒雲とポツリポツリの雨である。

 さぁさぁ、梅干しの撤収と水汲みをしなければ為るまい。家に入ると、梅は取り込んであった。虫に刺されたと、母が軟膏を擦り込んで居る処であった。
 人騒がせな雨は、ポツリポツリだけで止んでしまった。次なるお仕事は、水汲みである。タップリ補給して遣り、今度はキリギリスのセットである。

 下で捕獲して来たキリギリス達は、オスもメスも、大人の形である。二つのケースに分けて入れると、早くもギース・チョンと鳴き始めた。これで、夏の小部屋のセットも形が出来た。イッヒツヒ!!ってな物で有る。



心何処ーショート 猛暑・未だ鳴かぬ夏の友・キリギリス。
          猛暑、未だ鳴かぬ夏の友・キリギリス(7/23/10)
 朝から、庭が騒々しい。今年、二回目のシジュウカラの巣立ちである。柿の木、柏の木の枝が重なる中に、親鳥に連れられた色の薄い巣立ち子達が、ジュジュ、ジュジュと声を張り上げて、野外授業の真っ最中である。<喧騒と緊張感>に満ちた、見て居て飽きない光景である。

 昨日は、キリギリスの探索方々、夕刻から夜に向けての久し振りの正規コースの二時間弱の散歩運動をして来た。途中で、ねぐらを出たコウモリが、数を一杯に飛び交う空を見たりして、水田地帯の稲の目覚ましい成長振りを見たり、夕暮れの畑の中で老夫婦が野菜の収穫・世話をしてる姿を見たりしての道行である。一時間の折り返し点のH橋を渡る頃には、夜の帳に掴まって終った。

 誰も居ない山際の道である。街のネオンが盆地に、光を浮上させて煌めき始めている。もう少し下れば、例年のキリギリスの捕獲場所である。耳を澄ましながら、下り勾配の流し歩行である。

              ギィー・・・・チャカ・・・・

 聞こえたのか、鳴かなかったのか・・・ 判断に迷う。梅雨が明けた途端の猛暑続きである。温度には申し分の無い暑さなのであろうが、キリギリス達には、未だ早いのだろう。ギース、チョン、ギースの正調キリギリスの演奏会には、羽の凹凸の仕上がりも羽上げ擦り合わせの練習には、些か時間を要すのであろう。
 
 歩調を緩めて、聞き耳を立てて行くのであるが、何れも、小さくも短過ぎるギィの音出しが、二、三耳にした様なしない様な・・・覚束なさである。
 まぁまぁ、・・・この暑さである。私にとっては、一夏の長くご厚情を賜るキリギリスさん達である。囚われの身には、何かと不自由もあろうて・・・今の内に、長き受牢にも負けぬ強固な骨格を、お作り遊ばされませ。キリギリスの捕獲は頃合いを決めて、一気呵勢の多数捕り作戦が好いのである。

 上弦の膨らんだお月さんが、上空の流れる雲間に出たり入ったりである。雲が薄ければ、月の光が、周辺の雲を照らしての刻々と変わる空の模様である。地上からは、大して動きの無い雲の動きなのではあるが、月を基準にすると結構な風速が、上空には流れている様である。その何十分の一かでも好いから、地上に下りて来てくれたなら、さぞや気持ちが好かろう物を・・・

  河川敷に下りて、汗を吸い込んだTシャツを脱いでの体温調整である。

 ニュースでは、北朝鮮美人テロ工作員の来日で、マスコミは持ち切りである。全く以って、日本人は大戯け、馬鹿に付ける薬無しである。犯罪人に丁寧・丁重語を使って、元首相の別荘を提供して、ヘリコプターで首都遊覧飛行との事である。マンデラ、スーチン、ダライラマほどの高名な政治犯でもあるまいに!! 
 一個のテロ工作員に対して、国賓級の持て成しをして何とするか!!である。此処まで、常識が無く為ってしまえば、日本は戯け・下衆三昧の阿鼻叫喚の内に没するしかあるまい。遣りたい放題が罷り通る国の様ほど、見苦しき物は無かろう。

 これが、日本国から毎年一億円近くのお手当を拝領して居る政治家共・政府高官共の遣る事なのだろうか。超法規対応のご都合主義の人気取り・拉致被害者さん達への政党アピールショーでしかあるまい。社会・国家の常識も、廃れ果てて終った物である。

 こんな好い加減な選良共など、一切不要の輩である。前回も打った処であるが、身分と生活を保障されて終うと、人間と云うものは、堕落に堕落を重ね着してしまうのである。国会議員ほど、議員の聖域を振りかざして、天下り役人以上の国費の浪費・どぶ捨ての沙汰ではないか。止め止め、癇癪玉を弾かせても、疲れるだけの事である。

         さてさて、後、10分は歩かねば、家には着かぬ。

 明けて、本日もグングン気温は上昇中である。さてさて、お昼に成る前に、自転車をヒーコラ、ヒーコラ、漕ぎ上げて米の買い出しに行って来るしかあるまい。

アッチャチャ~、へへへ、真に以って、盛夏の好いお日和じぁゴザンせんか。

 川の水も、すっかり元に戻り、河川敷は夏草の大躍進の態である。高校生達の夏服の白い半袖ブラウス・若草色の格子柄の短スカートも、むさ苦しくも暑苦しくもの、大股開きのペダル漕ぎである。娘さん、汗だくじゃゴザンせんか。これじゃ、ブラウスの膨らみも、太腿生足にも、色気の女神さんもゲンナリでアリンスよ。

 それでも、会館回りの林の中のマレット・ゴルフ場では、ロートル男女のカッキーンの音である。夜の歌声スナックと云い、現代シルバーさん達のバイタリティーや、恐れ入谷の鬼子母神の沙汰である。程ほどに、遊ばされませよ。

       本日、夜は町会の班長会議である。やれやれ・・・


心何処・・・梅を干すなり。
                   梅を干すなり

                  梅を干す_001


♪うちの梅さん~ 太陽の娘~ はい、私も、梅を干して居りまする。猛暑猛暑に続く猛暑で、熱射病の犠牲者が続出して居りまする。
 シャワーを浴びると、シャレコーべ辺りが、一番熱を発して居る始末で有りまする。これ以上、スカンポ脳が壊れると、ブログを閉じるしかありません。
 
 現役・お年寄りの畑仕事には、くれぐれもお気を付け下さい。水と塩が頼りの猛暑凌ぎでありまするぞえ。

 女日照りで鍛えしこの体、何のこれしきの熱さなどと、偽我慢をして居りまするが、逃げるが勝ちの一手しかありませぬ。

        本当に~、熱いじゃ~、ありませんか。ニャロメ!!

心何処ーショート うちの梅さん、太陽の娘。
              うちの梅さん、太陽の娘(7/22/10)
 アッチャ~、夏に為って、昼間ゲンナリ、夜蘇生、寝苦しさにラジオ深夜便の優良聴講生、朝はお天道様の駆り立て起きの様な日々に突入して仕舞った。

 とは云っても、仕事を卒業したロートルの日々である。睡眠不足も、何も大勢には影響の無い。締りの無い顔で煙草を吹かしているだけで、日は暮れ、朝日が昇れば一日が始まり、週が変わり月が変わり、季節は巡る。気が付けば、一年がキントン雲の様に流れ去って行くのみである。良いのか悪いのか、スカポ脳の私には、一切分からない処である。

       寝たのか、眠れていないのか、鈍い目覚めである。

 カッと照り付ける小部屋で煙草を吸いながら、PCを開いていると玄関が開いて、斜向かいさんである。一枚絵を描いて来られた由。この頃は、すっかり何巡も映画を見て終い、其々の映画が、頭に確り残って仕舞った様で、部屋の漫画単行本を持って行かれる。

 話の方向で、蓮の有難い坊主の説話を拝聴するが、説法を下して居るのが、小学校時代の同級生である。テレビ・ラジオでも、文化人との交流が有って、中々の文化人との折り紙の付いている坊主である。
 然しながら、机を並べて、性格・頭の中身を知っていると、ついつい、下衆貧民としては、些か腹が立って来ると云うものである。

 為るほど為るほど、坊主の好く持って行く論理の展開である。偉そうに、ガリ勉野郎の出典捲りのレポートの様では無いか。知った被りの無難な説法に、お茶を濁して何をほざくかである。
 檀家の色白吟さんのご講話の御趣旨を拝聴している内に、下衆の無信心が、ブスブスと燻ぶり始めて、メラメラと炎を上げ始めて来る。

 お前さん、小学生の頃と何も変わっちゃ居らんでは無いか。偉そうに、自分の説法の様に装って、善男善女を誑かし居って、とんでもねぇ野郎だ。遊ばなくちゃ行けない時に、遊ばずに勉強して居る男は、何処かに欠陥が有るのである。詰まりは、そんな背伸びをする奴は、信用出来ないのである。見え透いた点取り虫野郎は、虫唾が走るだけである。

 説教の大枠・フレームの引用は、学問の継承であるから、それは目を瞑るとして、その流れの中に、手前の生きて来た証の具体例でも二、三挿入させて、少しは笑いと坊主と市民との境を低くする算段でもして見ろよ。
 具体語・肉感語で、娑婆の煩悩の真っ只中に暮らす衆生に向かって、上から目線だけの悟り境地を<先達の○○上人様のお言葉>で説法しても、仕方が有るまいに。

     仏教はヒンズーより生まれて、ヒンズーに没したのであろうが。

 手前の薄平らさ加減を棚に上げて、『踏襲説法』を、然も自分で語っている様な品を作るでは無いわ。おうおう、文化人を気取っていろよ。俺ぁ、そんな物にぁ、一切興味は無いわな。個性の煌めき無くして、何の説法じゃい。
 俺ぁ、自慢じゃないが、頭をツルツルに剃った処で、一見の先輩さんの目からは、一発で『偽坊主・エロ坊主・生臭坊主』と喝破されて、身一つで冬の永平寺への<宅急便送り>だとよ。世の中、とんでもないお人が、五万と居るんじゃわい。少しは、土塀の外の世界で、日常話をして見ろや。有難く聞いてくれる人ばかりじゃ無いぞよ。

  ああ、朝っぱらから、嫌な野郎の顔を思い出してしまった物である。

     さてさて、暑い暑いとヘタってばかりでは、芸が無さ過ぎる。

 ブログ徘徊をさせて貰っていると、梅干しの記事が目に付く物である。お天道様に、ただただ平伏して居ても仕方が有るまい。お天道様の夏のお力添えを頂いて、私も梅干しを作るべく、庭に店を広げましょうかね。

 秋の干し柿、大根干しに使う台を引っ張り出して、台所からヨッコラショ、ヨッコラショと運んで来た漬け物桶を置く。その上に簾を広げて、縁側の大石の上に、ドッコイショとばかりに相撲取りの体を乗せて、一粒一粒、梅漬けを並べて行く。

 木での熟し具合を見て、一粒一粒手で捥いだ大梅も、塩を振り撒かれて石を乗せられて、漬け込まれてしまえば、分量は半分以下に為って終う。無農薬・無肥料・水は天からの貰い水、健気にして天晴れな梅達である。

  ♪うちのラバーさ~ん 酋長の娘~ 色は黒いが~ 南洋じぁ美人~
  ♪うちの梅さん~ 太陽の娘~ 色は紅~、お味は~ 酢っぱい~
  ♪うちの梅さん~ 紫蘇漬け~の娘~ 塩はキツイが~ 美人~
  ♪うちのロートル 怖いが マメよ~ 色は黒くて~ 助平で真面目~
  ♪暑い暑いと~ 逃げた~ら お終い 干せば干す干すほ~ど 美人~

 いやいや、如何云う訳かは知らぬが、家の連中は、何かと人使いのキツイ連中ばかりである。

心何処ーショート 猛暑日・午後のリラックスタイム
             猛暑日・午後のリラックスタイム(7/20/10)
 汗でベタ付いた身体を洗って、上半身裸の首タオルで一息付く。風の近くに寄りたくて、机を変える。兎に角、夏であるから、暑いのである。別段、遣る事も無いから、暑さとお付き合いするより、他が無いのである。こんな時は、軽めの負担の掛らぬ過ごし方が、頃合いである。

 ちあきなおみのCDを掛けながら、棚の上にあったケン・月影の『女用心棒』のマンガ本を、埃を払って読む。

 此の単行本は、題名の『女用心棒』などの勇ましい時代劇漫画では無い。ご存知お江戸の大店の美人女将・後家さん・尼さんが妖艶な姿態で、あられも無く肉欲の世界にのた打ち回る男族垂涎の美人画である。

 ケン月影氏は、綺麗な女の絵を描くものである。私は、この様な色ぽい美人画を描く人は、天才だと尊敬しているのである。大人の読む艶絵の漫画世界であるから、兎に角、台詞が奮っている。私の様に、貧民ロートルの世界に生息する下衆にも、好く分かる台詞回しなのであるから、すっかりその世界に迷い込んで、ニヤニヤが、ついつい、大きな声の賛同笑いと為ってしまうのである。

 氏には、甚だ失礼な感想ではあるが・・・『女用心棒』とは、<女用チン棒>を模してのタイトルでは無いかと、痛く得心して居る次第である。

 作品の題名は、しばしば物語全体を象徴して冠される事が一般的である。女用心棒の題名に込められた謎解きを試みた処で、カッカして知恵熱が出る心配も無かろう。

 女用心棒→女用/心棒→珍棒→チンボと些かの三段活用と云うか、私の得意競技でも有った三段跳びからすれば、ホップ・ステップ・ジャンプの大跳躍で連想すれば、容易に着地出来る処である。
 加えて、私は性技には殊の外、疎い処ではあるが、その道の先達者の言に寄ると、浅く、浅く、深くの二浅・一深の突き行為が、女体を喜ばせる男女和合の極意・奥義との事でもある。

 私は、『一見は、百聞に如かず』の実践学・実態学に、深く傾注して居る<肉体派の信望者>なのであるが・・・ 
 広漠と続く女日照り荒野に生息する毛無し・金無し・女無し、止めが甲斐性無しの呪われしロートル・クマ男にしか過ぎないのである。実践して、真理に近付こうとするも、打つ手の無い不遇を囲っているのであるからして、結論の出し様が無いのである。

 氏の艶絵の最大・最強のファンは、他ならぬ氏本人に決まっているのである。こう云ったお方こそ、天才・この世の『果報者』として云わずして、何の表記方があろうか!! 

 天賦の才にして、天職としか云い様あるまい。実に羨ましい限りである。
               ニャロメ!!
 
 私も妄想癖のある男ではあるが、氏もとんだ好き者と云わざるを得まい。暑いから、出窓に太い足を乗っけての妖艶画の鑑賞タイムである。

 いやはや、余りの男サービス画と物語の好い加減さである。夏のカンカン照りに、色褪せて、下を向いたアジサイの花々に、ちあきなおみの艶ぽい歌唱力である。

 雑木の枝葉の茂りで、外からは部屋の中が見えないとは云え、好い歳をしたオヤジが、CDを掛け捲って、現代版春画の頁を捲っているのであるから、世の中は太平という物である。イッヒッヒ~。

 さてさて、今朝は久し振りに、ライオン娘の夢見であったから、ケン・月影さんは中断して、可愛らしさと生意気さを同居させているアン・ルイスのCDに、移行させましょうかね。

 水槽の汚れをゴシゴシ落したり、スポンジの汚れを揉み洗いして、セットする。まだまだ日があるから、動けば汗が滲む。折角、汗を流して、毛穴を開放して来たのである。

 斜向かいさんが、窓辺に遣って来た。通い綴りに足して置いた文作を渡して、暫しご挨拶である。

 この暑さで、散歩は早朝散歩にして、涼しい内の農林省仕事をしているとの事ではあるが、見た処、体内の水分蒸発量が、補給水に追い付いて居ない様である。大分、萎れてしまっている感じを受けた次第である。

          さてさて、夜の賄い夫を開始致しましょうかね。


            ケン月影 アン・ルイス、ちあき なおみ_001

心何処ーショート 橙色の月
                  橙色の月(7/20/10)
 いやはや、暑いものである。河川敷では、川向こうの町会さんの草刈り機のエンジン音である。委託を受けた人が、定期的に草刈りを請け負っているのである。
 この炎天下、ご苦労様と云うより他ない。昨日は、松本も33.6℃にして、日本列島の最高気温が38℃にして、畑仕事の高齢者が、畑で倒れて三人亡く為って居たとの報もある。
 
 少年の頃、新聞にはインドの日射病・熱射病死が、大きく報じられていた物である。子供心に、それを想像する事は出来なかった思いであった。名画中には、砂漠の熱さは<アラビアのロレンス>のピーター・オトゥールとか、熱帯ジャングルの暑さは<戦場に架ける橋>のアレック・ギネスなんかが、その体技として見せてくれたのではあるが、それは飽く迄も、視覚観賞でしか無かったのである。

 それが近年は、「日本の夏・キンチョーの夏」どころでは無く為って、完全に熱帯が上陸する日本列島の夏と為ってしまったのである。

 私は賄い夫ロートルであるから、体力の消費は極力御免蒙りたいから、窓・戸を開け放して、上半身裸の首タオルで、木陰から吹く風の訪れ・深呼吸に、身を任せているだけの・・・ 南洋の離島に生活するチャモロ人見たいなものである。

 昔、極東の海洋国家を誇った大日本帝国の兵隊さん体験から出来たのであろう、こんな唄を聞いたものである。

 ♪うちのラバーさ~ん 酋長の娘 色は黒いが~ 南洋じゃ美人~♪

 此処までは思い出し、繋がったのではあるが、後が一向に出て来ない。煙草を咥えて、廊下で涼んでいる母の前で、一節唄っては見たが、母はニコニコして聞いているだけで、分からないと云う・・・ 確か、髭が生えてるとか、フラダンスとか、太いとか・・・大変に庶民感覚が行き届いた『奮った歌詩内容』であった記憶が有る。

 如何しても知りたく為って、後はお縋りするのは、元陸軍飛行兵・Tのお父上だけである。早速、Tに電話をして見た処ではあるが、覚えて居るのは、この行だけとの事である。

 然もありなむ・・・世は歌に連れ、歌は世に連れ・・・廃れ行くは、唯、忘却の彼方へ・・・であろう。
 へへへ、止む無しである。

 本日は、昨日と違って、風が心地好く吹き抜けてくれているから、有難い。粘り付く様な湿度の高い海風のバタヤ・ベーチ、サイパン、ボラカイ、ボホール、マクタンの風とは違う。何事も、経験には違い無かろうが、熱帯地方・南洋の日中は、大変な事なのである。

 私の活動時間帯は、専ら夜である。昨夜も、散歩がてらに買い物をして来て、安物の豚ブロック肉の表皮をフライパンで焼き焦がした後は、チャーシューにすべくコトコト煮をして仕舞った。台所の熱波に遣られてと、未だ歩き足りて居なかったので、深夜の本格的散歩運動をこなして来た次第である。

 兎に角、余熱冷遣らずの夜であったから、一時間コースの折り返し点で、もしやのキリギリスの鳴き声を確認した処ではあったが、未だ時季早尚の段であった。

 上弦半月の月が、嫌にオレンジ色を呈して居た物であった。そのお月さんが、何を呟き掛け、囁き掛けて居るのかは、スカンポ脳の私には、ついぞ、分からず終いのミッドナイトウォーキングであった。

 以上、本日の一枚でありまする。題しまして、『橙色の月』でありまする。


                   
                   橙色の月

                 橙色の月_001

 原画は、もっと明るい絵なので有りまするが、容量の関係で、明度・コントラストを容量に合わせて、絞り込んで行きましたら、まっ黒けのまっ黒に為ってしまいました。トホホで有りまする。平にご容赦の程を。

心何処ーショート 夏の行進
                   夏の行進(7/20/10)
   暑くて、寝苦しい夜である。寝返りを打っている間に、寝て居たのであろう。

 「おっ、これは懐かしい。そなたは、ウクライナのライオン娘さんではないか。」

 夢の内容は漠然として、要を得ない。私の外国一人旅の最中での迷子状態か、訳の分からない連中に追いかけられて、納屋の様な、うらびれた路地裏の一角に身を潜めて居ると、後ろから背中をポンと叩かれて振り向くと、女スパイか、レジスタントの女同志の様な・・・緊張して硬い表情の黒髪・黒い瞳の黒装束の女が、口にシィーの指を立てて立っている。

 暗い光の中で、肌の白さが浮き立って、ゾクゾクとするほどの好い女である。

 ウクライナのライオン娘は、清ましたり怒ったりの顔は、冷たいロウ人形の様な美人顔であるが、笑った顔は美形の弾ける様な可愛さである。彼女は戸の隙間から外を伺うと、私を手招きして、その白い華奢な指先で、サッサッと三つのポイントを示す。如何やら、ポイント・ポイントに走り、辺りを伺って、向かいの街角に姿を消す指図らしい。

 緊張して引き締まった美形は、般若の様な美しさが有る。美形さんが、私の窮地を救ってくれると云うのである。

 私は息を止めて、嘗ての陸上選手のスタートのピストル音の一瞬に、全ての細胞を集中させる様にして、彼女の上げた右手の合図を凝視している。

                  下がった!!

 走った。猛然と走った。飛び込み前転風に障害物を飛び越して、物陰に飛び込み、周囲に目を走らせ、息を整えて次の瞬間を待つ。
 緊張の重圧とそれを跳ね除ける野生の血の滾りの様な物が、私の全身をドッキンドッキンと打ち始めて居た。

 私の横の美形の顔には、女は無かった。その目の瞳だけが、意思を発して居る。その目が、グッと頷き、猛然とダツシュする。オオカミの野生が全身を包み、目標を凝視した両の目が、一点に向けて全身を玉の様にして引っ張り続ける。

    これは、一寸先の恐怖の闇と、動物としての躍動感の併走である。

「年の割には、アゼルバイジャン、遣るじゃない。」
「昔取った杵柄だ。お前さんは、女スパイだったか。」

 無事を祝しての抱擁に、ライオン娘の乳の柔らかさ、鼻を擽る黒髪の匂いがした。白い肌に薄い形の良い唇が横に開いて、白い歯が笑い、黒い瞳が美形の微笑みで私の瞳を見て居る。

※アゼルバイジャン←生意気女のウクライナのライオン娘が、私に付けたニック・ネームである。私の顔付は、日本人よりも、中東系のアゼルバイジャン人に好く似ている処からのネーミングとの事であった。

 真に夢とは、『無粋』の一語に尽きる。窮地を救ってくれた美形様に、お礼の肌合わせで、タップリ再会の喜びとしたかったのであるが・・・目覚めれば、ムッとする汗ばむ夏の朝である。やれやれ、これでは、『尻切れトンボ』の嫌がらせと云うものである。

 遺憾いかん、本日、歯医者日である。麻酔注射の唇ボワ~ンが待っているのである。

        歯医者の診察台に乗って、昨夜の反芻をして見る。 
 昨夜は散歩の途中で、ママさんへ『天晴れな店・人の店』の文作をプレゼント方々、寄せて貰った次第である。幸い客が少なく為って、途中からは会社経営者と思しき2歳年上の甚平を着た御仁と、楽しいフザケ話で盛り上がってしまったのである。

 マスターさんは、中年で若いものの・・・ママさん・その御仁・私と全員還暦超えの人間達である。人間とは還暦も過ぎると、何かの拍子で人間の表皮が剥かれて、人間の素地・ガッタ坊主の少年・青年の形が出て来てしまう物らしい。外皮・表皮を脱ぎ去ってしまえば、ゴタ助オヤジの本領が発揮されて仕舞うのも、面白いものである。

 場合によっては、成り行き任せの面白き物が、待ち構えて居るのかも知れないのである。
 お互い初対面であるから、他人同士の様子見なのであるが、ママさんが、これ読んで見たらの助け船に・・・

 文作を受けて、最初は御挨拶の、無難な政治経済の話題を交わしてのジャブの交換の後は、もうもう、犬猫のじゃれ合いの様相に発展して仕舞った。

 美大在学中に勘当を受けて仕舞ったと云う紳士さんは、アルバイトを重ねつつ、金が溜まると東南アジア・アフリカと破天荒な見聞を広げられていたとの事である。

    (黙って、酒を傾けて居れば、隙の無い怖い経営者の雰囲気である。)

 私の持論とする『メラニン色素の多寡とバギナの締りの強弱相関関係への一考察』を恐る恐るご披露申し上げると。忽ちに、意見が一致して仕舞ったのである。

 然しながら、その後が全くの駄目で、お互いのインテリ話題は、完全に蚊帳の外に置かれて終った。話題が佳境に入れば・・・

「駄目だよ。そんな尤もらしく剃髪したって、中身は生臭坊主のエロ坊主じゃないか。俺は、近々、思う処が有って静岡の有名な禅寺で、煩悩を払って来る予定を組んで居るんだ。ママさん、こんな偽坊主は、一緒に強制連行して、精神を叩き直さないと世の毒だ。絶対に連れて行くぞ。」
「やいやい、先輩、それだけは勘弁しておくれや。俺ん処にぁ、可愛い婆ぁ一匹居るんですわ。家は開けられんわね。
 座禅には坊主のベシ棒だか警策(きょうさく)だか知らねぇが、あれでバシバシ遣られちゃうんでしょうが、あれをシャレコウベに受けたら、毛が生えるのなら行きますけど、確約出来ますかね。へへへ・・・」

「そりゃ、駄目だわな。これで毛を蘇らせたら、煩悩に火が付いて、歴史と由緒ある禅寺のご利益が、一瞬の内に瓦解しちゃうがね。そんな事したら、俺んとこの家族は、末代まで祟られるぜや。
 ふ~む、こんな偽坊主は冬の永平寺に送って、一汁一菜・冷水被りに、裸足の雑巾掛けで、ゼロから根性を叩き直さないと駄目ですな。
 そうそう、知り合いが居るから、送り状を書いとくよ。宅急便位は、リクエストを聞いて遣るよ。アハハハ。」

 ペリカンにコグマ、飛脚の選択肢でありまするか~? アジャジャ、私も相当に口の悪い性質なのであるが、世の中には、こんな上手の豪のお人も居られる様である。

「あれあれ、○さん、唄い始めたわよ。何時もは、こんな事はしないのに、余程愉しかったんでしょうね。私も、お仲間入りさせて貰って、一杯勉強させて貰ちゃいましたよ。流石に、好い勝負ね。ホントに、男同士の話は、面白いわね。」

 遺憾いかん・・・長居をして仕舞った物である。さてさて、日課の夜散歩は、まだ中途である。ほろ酔い気分の散歩にシフト替えである。

 はいはい、今日は、嫌な麻酔注射で有る。プチュリと歯茎に針が刺されて、麻酔薬が注入されて来る。

 へへへ、今日は、ウィ~ン、ウィ~ンと削られて、型取りである。これが終われば、もう一本の虫歯治療で有る。嗚呼、先はまだある。やれやれ・・・


心何処ーショート 天晴れな店・人の店
               天晴れな店・人の店(7/19/10)
 NHKの龍馬伝を見終えて、台所の洗い物をする前に、ハタと気が付いた。冷蔵庫には目ぼしい物が無いのである。嗚呼、嫌に為るが・・・買い出しに行かねば為るまい。お茶も無かった筈である。仕方が有るまい。無ければ、買い出しに行くまでの事である。

 色々、口実を付ければ、物臭男は億劫に為るだけの事。面倒細胞をOFFにして、馬鹿は馬鹿に徹して、何も考えずに、目先の事を機械的にこなせば良いだけの事である。
 先日の妙齢・女先生お二方に約束した文作コピーも用意して有る事でもあるし、それを置いてから大手スーパーに自転車を走らせれば、それで好かろう。買い物袋を二つ自転車カゴに入れて外に出ると、何と、スナックの看板が灯っている。本日三連休の中日である。

 上の橋を渡って、スナックの前まで来ると、ママさんが客の見送りに出で見えられた。
 斯く斯くシカジカで、これを持って来ましたと云うと、ママさんは、気さくにもお茶でも飲んで行きなさいとのお誘いである。

 お言葉に甘えて中に入ると、いやはや大変なロートル盛況振りではないか。<う~ん、このスナックは、只事では無い。> これは、大した人気の店なのである。
 カウンターに座ると、前回話を交わしたリンゴ作りの名人さんが居られる。早速、その白髪さんに読んで貰う事にして、ママさんに老眼鏡を借りる。彼は、きっと定年退職後の跡取りリンゴ農家さんなのであろう。結構なスピードで、A-4・4頁のこのスナックの活字スケッチ『ホンマかいな???』をスラスラと読み進んで居られる。

「如何でしょう。これは面白いですから、他のページもゆっくり時間を掛けて読みたいのですが、好いでしょうか。先生には、私から連絡をして置きます。着物の先生も、お茶の先生も、あなたに凄く関心を持っていましたよ。」
「そうですか。それは嬉しいですね。興味のあるお人にはと、私のブログ・アドレスとタイトルをメモに入れてありますから、好かったら、お仲間にも暇潰しにどうぞ。」

 ママさんは、キュウリ、キャベツの浅漬けを出してくれ、次いでマスターさんが、私にも、スイカを振舞って下される。

「こんなにして頂くと、恐縮です。ビールを下さい。」
「好いのイイの。気なんか使わなくて、ゆっくりして行きなさいよ。」
「そうですか、じゃ、甘えさせて貰います。先日、初めて来たんですが、余りにも好い感じでしたので、私風にこのスナックの雰囲気を、活字スケッチして見ました。お時間が有りましたら、皆さんで、どうぞ。」

 白髪六・四分けのファーマーさんは、他の頁に目を通して・・・
「こんな雰囲気の所で流し読みをしては、この先生に失礼に当たる。ママさん、読んだら必ず返すから、今日、借りて行くからね。
 私も、先生と、色々と話がして見たいんですよ。今度は何時来ますか。お宅は、川向こうなんでしょう。近いんでしょう。」

「ええ、場所的には近いんですが、こんな好い所に通い始めると、きっと賄い夫稼業が嫌に為ってしまうんでしょうね。へへへ、堪え性の無い未だ修行の身ですから、痩せ我慢します。
 老母と、ひっそり向き合う日々です。夜、飲みに行く倅の様子を見て、母に変な気を使わせたくは無いんですよ。家に居て、ブログで繋がる方々から、時折のエールを頂く段階で満足させている今の習慣が、介護の頃合いと考えて居るんですよ。
 極偶に、夜散歩の折りに、お邪魔させて貰いますよ。ママさん、マスター、ご馳走様でした。スーパーに買い出しに行って来ます。」

「又、来てね。待ってるわよ。」

 私は、驚いた。この雰囲気・この人の集まり。此処は年配者が、気持ち好く何時でも寄り合える住宅街の中にある、知る人ぞ知るのアットホームなスポットなのである。片や、昨今は、マスコミの取り上げる高齢化社会のシルバー世代の疎外感などの切り口が、氾濫する都会の社会映像なのであるが、・・・

 どっこい、信州・アルプスのお膝元には、こんなに活き活きとしたシルバーさん達のカラオケスナックが、町の片隅に明かりを灯し続けて居る。此処には、容姿・容貌こそシルバーに為っていても、歳を感じさせないパワーと和合の空気が満ち溢れているのである。

 程良く自然の息吹が配分された街に、人は育てられ、懸命に働き、子育てを終えたシルバーさん達が、町中の何の変哲も無くポツネンと灯るスナックのドアを開けて、人の輪の中に入って、百薬の長として一時を愉しんで帰る。人が店の雰囲気を作り、店の雰囲気が人を呼ぶ。この店は時の中で、人を包み込んで、味を染み込ませて来たのであろう。

 お世辞も無理強いも無く、看板の若い女達も不要である。等身大の事を普通にこなして、店は町の中に融け込み、その雰囲気に人は、知らず知らずの内に和合する。

     これを称して、『天晴れな店・人の店』と云うしか形容が有るまい。


心何処ーショート 梅雨明けに、雲白く・・・
 梅雨明けに、雲白く、洗濯物たなびき、汗ばむ身体に首タオル。(7/18/10)
 昨夜の夜散歩は、雲一つない星空であった。散歩を終えても、其の儘、家に入る気にも為らず、河川敷の木製ベンチに仰向けに為って、夜空を見上げて居た。
 駄文上は、好い眺めであると打てば、それで様に為るのであるが・・・ 人間を60何年も遣っていると、好い点数は付けれない物である。

 周囲が明る過ぎるのであるから、星空と云う明度対比の世界は、人間の邪魔なオチョッカイ作用で、透明度と星数の少なさを露呈して仕舞う。
 そう為ると、人間と云う奴は、脳裏に焼き付いた幾つかの圧倒的な星空のイメージと比較対象をしながら、溜息を付いたり、文句を言ってしまうものなのである。

 その非が、人間側に在るのを重々承知をしている筈なのであるが、無い無い物強請(ねだ)りをするのが、下衆の悪い癖なのである。こんな邪な無反省人間が、夏の雲一つない星空に、ロマンを追い掛けても様には為らぬ。

 好い具合の外の空気を吸って、玄関の戸を開ければ、家の中は人工の檻である。その温度差を即座に感じ取って、氷を浮かせた水で、先ずは一服タイムのミッドナイトであった。

                  明けて、
 庭で、蝉が羽化したのだろう。蝉鳴きとまでは、到底云えない低い唸りである。梅雨が明けたのであるから、夏である。夏のお天道様は、夜型人間には、朝からセッカチ過ぎるのである。

 四畳半小部屋は、兎に角、午前中は、太陽の部屋・敬遠の小部屋である。窓・廊下を全部開放して、風の通り道を作って、もう一寝入りである。風が通ると、木が多いから涼しい物である。昨日のカンカン照り野球観戦と調子に乗り過ぎたお喋りで、人嫌い籠りの『静のスタイル』に、偏重を兆してしまい<知恵熱>でも出たのであろう。時差ボケの様な倦怠感の余熱を冷ますべしである。

 母の目覚めは、私同様の梅雨明けの暑い気だるさと、結婚相手を紹介に来たお喋りタイムで疲れて居るであろう。玄関では、小鳥達が朝の食事をさせろとばかりに、大ブーイングを繰り返して居る。

          へへへ、何と、小煩い連中である事か。
 俺ぁ、夜型であるぞよ。朝は苦手であるぞよ。はいはい、子細、相分かった。

 吾が家の飼い鳥・金華鳥は、オス1、メス4の変則所帯である。鳥籠の口を紙ハサミで連結させた往復自由の籠にしているのである。小鳥達は、交互に鳥籠を渡って生活して居るのであるが、小鳥の世界にも、本家と分家の区分けがあるらしい。

 総勢5匹の生活空間であるから、其々の籠には、餌入れ・水入れ・ボレー粉入れ・藁巣がセットされている。
 手抜き管理者の私としては、等分の使用頻度をして貰いたい処なのであるが・・・
 如何云う訳か・・・彼女達は、本家が主体の生活をして居るのである。加えて、小憎らしい限りは、本家の餌入れ・水入れに量・質の不満が有ると、嘴でそれらの容器を持ち上げたり、敷き板を突いて、煩い限りの催促を一斉に始めるのである。
 分家の籠には、餌も汚れて居ない水もあるのに・・・ 人間の合理的な感想からすると、可笑しな人騒がせな馬鹿騒ぎにしか思えないのであるが、彼女達は皆、本家から巣立った子供達なのである。本家の刷り込みが、理屈無しで強いのであろう。

 今や、弄ぶばかりの自由時間に囲まれた日々を、送っているロートル賄い夫である。
 若かりし気短かな男では無い。夜明けと共に始まる小鳥達の朝の大合唱に際しても、これも小鳥と人間のコミュニュケーションの伝達手段と思えば、苦笑いの態で済んでしまうのである。
 丸くなったと倅は云う物の、その実態は何事にも反応が鈍く為って来てしまったと云うのが、その実態でしかあるまい。云う為れば、枯れの心境に辿り着く前の一里塚、三理塚の道行きなのであろう。

 考えれば、動物達(当然、人間もその一員である。)は、刷り込みの生き物なのであろう。多かれ少なかれ、生きる者達は、刷り込みと教育・仕来たりの中で、習慣的な日々を生きて居るのだろう。ただ単に、文明・文化の継承生物・人間には選択肢・行動範囲・脳内表現の自由と表現力が、他の動物と違って、抜きん出ているだけの事であろう。

 本家・分家、実家・婚家・自家の区別が有ったにしても、故郷・実家への郷愁は、自然環境の風景、精神の風景として、帰巣の本能然とした郷愁を、持ち続けさせているのだと思う次第である。

 鮭・鱒に、生まれ故郷の河川への溯上行為があり、ニホンウナギには生まれ故郷の北太平洋のマリアナ諸島周辺の深海への産卵回帰行為もあるとの説との事である。
 この数日、以前より増して、キジバトがクッククッウ、クックックーと身近に鳴き、窓辺の雑木に実に下手なバサ付きで姿を現し始めている。きっと、庭の巣立ち若鳥が、実家周りの観察に遣って来ているのだろう。若鳥から見れば、私は檻の中で暮らす生き物なのである。へへへ。


心何処ーショート 似た者親子
                  似た者親子(7/17/10)
 倅からは電話が無いから、『月曜日』なのであろう。さてさて、本日、土曜日である。

 Tからの電話では好い試合が有るから、12時頃行って、私の所に車を置いて、歩いて高校野球を観に行こうとの事である。了解致しました。今日は暑い。シャワーを浴びて、洗濯をする。

「R~君、来たよ。遊びに行こうかね~。」
「あいあい、Tちゃん、行くかいね。」

 Tは、野球帽に首タオルの観戦スタイルで、玄関に立っている。丸で、近所の小学生が友達を遊びに誘いに来た様な茶目っ気で、ニヤニヤ笑っている。へへ、こんな処が、Tの面白い処なのである。
 兎に角、吾が母校は、弱体野球部の伝統高である、今年は、応援する間もなく、初戦敗退の格好の悪さである。何しろ、今に始まった事では無いので、<あっそう。>で終わりなのである。これも、立派な伝統の一つには違いなかろう。ギャフン!!である。
 
 サンダル履きのTシャツ・短パン・首タオルのロートル・オッサンの、他愛無き呆け話のブラブラ歩きである。

「昨日は、久し振りにユル・ブリナーなんて云われちゃってさ。大体の骨子は、ブログに打って置いたから、帰って読みましょや。へへへ、好色の血が、ほんのり灯ちゃったぜや。お世辞でも、煽てられると気持ちが、高揚するもんだぜや。」
「そうかい、相手の歳は、幾つだいな。」

「そりゃ、妙齢だわね。但し、国語辞典に即したら、誤用の範疇だけどさ。俺達還暦の歳を青春に置き換えりゃ、立派な妙齢の美形・美人さんだわね。ロシア人と日本人の共通の自然観・感受性について、少々、意見交換をしちまったわね。着物、お茶の先生だって云うから、明治の文豪・二葉亭四迷さんを持ち出して、ロシア文学まで遣っちまったいね。」
「へへ、その上品な先生方は、Rの毒気に当たって、色々毒キノコを食べさせられて、食中毒じゃないのかい。
 お前は度胸が好いからな。硬軟使い分けて、出た処勝負で行っちゃうからな。その才能を、若い頃から素直に出して居れば、絢爛豪華な女遍歴を得意の文章で左団扇の生活なのにな。才能の使い方を全く知らない馬鹿だから、宝の持ち腐れだわね。いっひっひっひ~。」

「馬鹿な事を云っちゃいかんぜよ。誰だって、ただ乗りは理想だけど、それを遣っちゃ、男が廃るわね。懇ろに為った女に、<責任取ってよ>って迫られて、逃げ回ってばかりいるのが、色男の生き方じゃあるめいよ。男である以上、そう云われて<うん、分かった。>で一緒に為らずして、何とするか!! 世には、硬派の色男道だってあるんだわさ。
 俺は、空っきし度胸の無い小心者だから、責任を取れる範囲内で、選球眼だけは身に付けたのさ。」
「そうか~、そりぁ、大正時代の男道だな。」
「まぁ、そりぁ、しょうが無いわな。何せ、俺ぁ、大正女の倅だからな。」 

 今日の試合は、昨年準優勝高と長野の古豪の好カードである。地区予選の序盤ながらも、結構な観客の入りである。長引いた梅雨の雨に洗われた緑の山を三塁側に置いて、カッと晴れ渡った夏の大空には白雲輝く、大きな入道雲が空を三つ、四つと飾っている。朝日新聞社旗が、ライト方向からレフト方向に、たなびいている。夏本番のスタンド席に陣取り、試合開始である。

 試合は、昨年の屈辱を晴らすべく古豪が、初回からヒット・ヒットの猛攻である。忽ちにして3点を奪われ、試合は、早やコールド・ゲームの様相を呈して来た。

 地元ロートルの野球観戦は、半ば甲羅干しの様な物である。それにしても、夏のカンカン照りは、容赦の無い処である。
 何時に無い観客の多さに、この処の長雨、相撲中継中止の影響が加わっているのだろうか・・・などと、普段の好い加減人間ウオッチングの眼差しで、私は球場スタンドの模様見である。

「好い女は、居たかい?」
「う~ん、本日、不作でありますなぁ~。昨日使い果たしちまったんだろうよ。」

 勢いに乗った古豪三塁側応援スタンドは、チヤガールの数と訓練は、半端ではない。カンカン照りを物ともしない、若さのチヤガールの饗宴である。アッチャ~、双眼鏡を持って来るべきであった。遺憾いかん・・・準備が甘過ぎた。

           胸のポケットの携帯が鳴った。

「あっ、オヤジ。これから、連れて行こうと思っているんだけど。」
「おっ、そうか。分かった。」

「T、悪い。電話が来ないから『月曜日』だと思っていたんだが、倅が彼女を連れて挨拶に来るんだってさ。俺は、これで中座するけど、見て行けよ。」
「やあやあ、一緒に帰ろう。端から、最後まで見て居たら、体力が追い付かないわさ。大勢は決したんだ。今日は、慣らし観戦よ。よし、帰ろう。
 でも、お前の倅だな。マイペースと云うか、ブッキラボーと云うか、<おっ、そうか。分かった。>で通じちゃうんだから。男同士なんだろうな。ひひひ。」

 球場を出で、大通りの交差点に差し掛かると。
「個人スーパーは、この近くなんだろう。何か買って行かなくても良いのかい?」
「おっ、そうだな。悪いな。寄り道させて貰うよ。」

 家に入ると、台所にゴロンと大きなスイカが転がっている。倅は、スーパーに買い物に行ったとの事である。買って来た物を皿に広げて、隣部屋から大テーブルを出して来て、用意をする。何しろ、暑い。動けば玉の汗である。仕方あるまい、吾が身は賄い夫なのである。玄関上がりを箒で掃いていると、ご両人登場である。

 落ち着いた柔らかみのある、気さくな感じの娘さんである。左様であるか。好かろう。 

 一応の挨拶が済んで、
「お父さんと好く似てますね。お父さんは、お婆ちゃんに、そっくりですね。」
「ハハ、そんなに良く似て居ますかね。これで、三代の血筋が一目瞭然だろう。証明書発行の手間が省けただろ。俺の遺伝子は、倅・娘に受け継がれているからね。
 女房・娘とは、何回も会ってるんだろ。見たまま、感じたままの親子関係だから、このままのリラックスで好いんだよ。堅苦しい馬鹿馬鹿しい話は苦手なんで、御免なさいよ。」

「○さんからは、怖いお父さんって聞いていましたから。でも、とっても優しいお父さんって感じにしか見えませんけど。」
「やぁやあ、それは見た目だけだよ。兎に角、オヤジが本気出したら、怖いよ。頭は良いし切れる、物は好く知っているし、スポーツも出来るし、力は強い。殴り合いしたって、オヤジの方が上だよ。顔も頭も体も、そこん所其処らの人間とは、出来が違うもの。オヤジは、男だもの。俺なんか、一生掛っても太刀打ちなんか出来ないもの。」

「嬉しい事言ってくれるじゃないの。この倅は、俺と比べると、脳味噌に少々難点があるけど、好い男だよ。良い事悪い事の区別は着くし、気持ちも優しい。気持ちの優しさは、俺なんかよりも、ズーと立派だわね。多分、モテル男だと思うよ。
 だから、育て終えてからは、自由放任してるんだけど、この頃、やっと、遅まきながらの『好い味』が出て来たよ。まぁ、『大器晩成型』って事にして置いてよ。」

「ハハハ、大器晩成型は、オヤジが小さい頃から、好く言ってたわ。オヤジは怖かったけど、この頃、俺も妹も、好い育て方をして貰ったって・・・少しずつ分かって来たけどね。」

「アハハ、そうかね。まぁ、云う為れば、親子と云えども、多少の個人差はあるからね。気付いたり、表に出て来るのには、時間差があるから、大目に見て遣ってよ。

 今度はお前さん達が、親に為る番だからね。親は、子供に一番近い教師だからね。冷静な目で、子供の能力を観察して見切って遣るのが、親の仕事だよ。見切り千両って言葉が有るからね。能力・関心の無い子に、親の身勝手さの過干渉はしちゃ駄目だよ。そんなアリ地獄に嵌まったら、親も子も不幸に為るだけだわさ。

 勉強が出来る出来ない、スポーツが上手い下手なんかは、目じゃないよ。正直・愚直・誠実さ・逃げない強さと人への優しさ・感性の豊かささえ有れば、回りの誰かが助けてくれるものだよ。それと、馬鹿に徹する潔さが、出て来たら本物の男だよ。イッヒッヒ!!」

「うわぁ、今日は良いお話を一杯聞かせて頂いて、何時も○さんからお父さんの話を聞いていたんで、初対面なんて気がしないんですよ。凄いですね。流石ですね。普通じゃ、こんな内容の濃い話は、聞けません。」

「分かった? 家のオヤジは、普通の人じゃないんだから。でも、怒らせたら、物凄いよ。覚悟して置いた方が好いよ。ねえ、オヤジ。」

「そうだな、金髪露スケ女大好き人間だからね。ついでに、根っからの助平人間だよ。俺の先天性助平は、オヤジの血を引いている見たいだけどね。ほら、あの写真がオヤジだよ。
 若し、DNA上で、倅が粗相を仕出かしたら、呪われた遺伝子と思ってよ。遺伝子もオヤジ・俺・倅の3で割れば、ショックも、少しは小さく為るもんだよ。へへへ、少しは手加減して遣ってくれや。男って奴は、太古の昔より、好色で馬鹿な生き物なんだからさ。

 おっ、そうだ。こんな話は、早々は出来ないから、美形写真と下手絵でも、見ておくれや。なんだったら、俺もブログ日誌を打って、女房・子供への、俺の形見としているから、参考にして見たら、面白いよ。人間、何かと判断資料が有ると、ひょんな事で手助けになるかも知れんわさ。<親はあっても無くても、子は育つ>だけどさ、無いよりは有った方が、役立つものだわさ。ギャハハ!!」

 そんな取り留めの無い話を、落語寄席の様に四者が四様に話して、笑い合って、倅達は帰る時間と為った。二人を車まで見送って、倅の選球眼も悪くは無い物だと・・・ロートル・戯けオヤジは、にこやかに手を振って、車を見送った次第である。

      ふ~っ、俺も、好く喋った物である。目出度し目出度し。


心何処ーショート ホンマかいな???
               ホンマかいな???(7/17/10)
 はい、ほんわかアルコールに浸かって居りまする。従いまして、以下の文章は、眉唾ものでありまするから、信ぴょう性は、甚だ以って疑わしい内容でありまする。

 暑い日であったから、9時半を回っての夜散歩である。本日は、短パンの後ろポケットに、財布を入れて来た。吾が家の川向こうに、スナックが一軒ある。中学校横の住宅街にあるポツンとしたスナックである。何時かは、社会見学の為に、そのドアを開けて見ようと思っていた処であった。

 夕食後、ちあきなおみのCDを掛けながら、本日第二部を旧PCで打とうと思っていたのであるが、その気に為らず、邪(よこしま)魂胆プンプンの夜散歩となった次第なのである。
 スナックの前には、車が4台程停まっている。中からは、カラオケが聞こえて来る。ドアを開けると、好い繁盛振りである。平均年齢60代後半の集まりの様である。宴たけなわの様な元気印一杯の空気である。

 私は、一見のブラリ客であるから、遠慮してカウンターの隅の席に、付かせて貰った次第である。感じからすると、皆、私より年配者の集まりの様である。男4女6の盛り上がりは、次々と続くカラオケの競演に見て取れる。私は、こんな席では、至極行儀の好い男である。

 私の為に席を詰めて下さった姐御の喉には、手術跡が有る。マイクを握って、ムード歌謡を歌う男は、脂の乗り切った営業職の過去を彷彿とさせる年季の入った見事な歌い振りである。続いて、マイクを握った黒服の姐御さんは、女には珍しく、低音の魅力で、演歌を朗々と歌い上げて行く。
 替わった一つ置いた席の男も、中々の雰囲気を持った節回しは、相当な授業料を払ったに違いあるまい。今度は、私の席の隣の赤服の姐御さんの歌である。細い声ではあるが、彼女も中々のカラオケ手練者である。
 カウンターの棚には、ビッシリとボトルの数である。常連客で長い商売を続けて居る店に違いあるまい。気さくな集いに、見るからに人の好さそうなバーテンさん?である。

   私の前には、大きなガラス製の灰皿が有る。煙草が吸えるのだろうか。・・・

 勿論、外歩きの時には、私は煙草を持ち歩かない習慣である。煙草を買おうと声を掛けると、煙草は無しであるが、客の置いて行った煙草が有るから、どうぞとの事である。

 煙草を吸いながら、このメンバーは、どんな集まりなのだろうかなどと想像しながら、皆さんの達者なカラオケ・メドレーを聴いている処である。

 音痴で唄は歌えないにしても、皆さんが気持ち好く歌っている姿・雰囲気を愛でながら、一人静かに、ビールを飲むのも楽しい物である。

 カウンター奥には、和服の背筋を伸ばした老夫人が居て、その隣には同じく品の好い婦人が座っている。見た処、雰囲気と云い顔立ちと云い、好く似て居られる。若しかしたら、親子の関係かも知れぬ。美形・美人で品良いご婦人お二人である。こんな親子関係は、早々はお目に掛れるものでは無い。

 ブログネタに、確り観察させて頂いて、何か短編を打つ際のイメージの参考にさせて頂くとしよう。ビールを追加して、この場の雰囲気を頭にインプットさせて頂く事にする。

 そんな事をしながら、頭の中で、言葉のチョイス遊びをしていると、老夫人が、バーテンさんを伴なって、『知床旅情』をハーモニーされ始めた。低音域の確りした音合わせに、老夫人は、音楽の先生で、彼等はその教え子なのだろうか・・・そんな想像が芽生えて来た。耳を澄ませて居ると、『先生』と呼んでいる。

 遺憾いかん、私は音楽1の落ち零れにして、音楽恐怖症である。これは、敷居が高過ぎる。然しながら、ビールが徐々に効いて来た様で、戯けの好奇心が活発化して来る。

 へへへ、馬鹿は死な無きゃ直らないの『好い加減さ・下衆根性』が昂じて、隣の赤服の姐御に、探りを入れて見ると・・・ 和服の老夫人は、着物の先生、お隣さんは、お茶の先生との事である。

 容貌・雰囲気共に、群を抜いたお二方である。此処で怯んだら、男が廃ると云うものである。<無礼者>と、平手打ちに為るのを覚悟で、ブログネタのインタビューに及んだ次第である。

「失礼ですが、あの端の席から観察させて頂きました。実は、ブログ打ちのネタ探しに、初めて此処に来たんですが、実に、好い雰囲気が溢れて居りまして、インタビューにまかり越しました。決して、怪しいものじゃ有りませんから、ご安心下さい。話をして構いませんか。」

「どうぞどうぞ、私も、あなたがご立派なお顔をしているから、普通のお人じゃ無いと見て居たんですよ。体も大きくて、ご立派。垢抜けていらしゃるし、此方の方では無いでしょう。ほら、あなた、俳優のユル・ブリナーに似ていると思わない。」
「本当に、精悍で凛々しい好いお顔して居ますよ。目も、雰囲気も素敵でハンサムですよ。」
「いやいや、滅相も無い。女日照りに悶々としている賄い夫のオッサンですよ。」
「ご冗談を、見れば、お顔と雰囲気で直ぐ分かりますわよ。」
「そうよ。私達は、色んな人を見て居るから、目は確かよ。おほほ。」
「へへへ、実は若い頃、俳優遣ってました。(冗談)」
「そうでしょう、東映映画ですか。似合いますよ。如何して、止めたんですか。」

 如何云う訳か、ご婦人お二人は、大歓迎をして下さる。当初、娘さんだと思い込んでいたお茶の先生は、森山良子の大人の落ち着いた雰囲気を其の儘に、美貌を数段グレイド・アップした様なしっとりした感じの女性である。
私の歳を紹介すると、姉君との事である。席を譲ってくれて、彼女は椅子を持って来て下さり、私は両手に美形・美人の『鼻下長男』に大変身である。

 次から次と、硬軟取り混ぜて、話と雰囲気に時間があっという間に過ぎ去って、気が付けば、スナックに残っているのは、男メンバー一人である。バーテンさんに、言われて仕舞った。

「私は、何十年ものお付き合いなのに、先生お二人を両脇にするなんて、光栄に預かっちゃいませんよ。一見さんには思えないお人ですよ。
 如何でした? 好いブログネタが出来たでしょう。こんな出会いを見せて頂くと、人間の出会いと云うのは、面白くも楽しいものですね。
 是非、常連さんに為って下さいよ。今日はママが居ないですけど、ママも気に入ると思いますよ。ねぇ、先生。」

「うん、そうよ。常連さんにお為りなさいよ。こんな好い男は、滅多にお目に掛れないわよ。ねぇ、○子さん。」
「本当、一見さんだけにしといちゃ、勿体無いわよ。今度来る時は、私達、パソコンは出来ないから、好い物を見繕って、此処に置いて行って頂戴よ。約束よ。あなたの書いた物なら、読んで見たいわよ。」

「はい、姐御先輩、見繕って持って参りまする。いや~、こんな美形・美人さんとのお話が叶ったなんて事は、生まれて初めてですよ。有難うゴザンした。
 この喜び・高揚感を早速帰って、本日のブログと致しまする。ご指導ご鞭撻、有難うござんす。R三等兵、帰ります!!」

 ホンマかいな・・・ロートル・クマ男が、こんなにモテル筈が無かろう。ウッシッシ~。

心何処ーショート 戯け音頭のアガタ節
               戯け音頭のアガタ節(7/16/10)
 はあ~、やっと正常に戻ってくれたPCである。乱調を来すと、機械音痴・アレルギーのロートルには、タイテのコラサ状態で、機械のフリーズ状態に感染されて終うのである。原因ウイルスを発信して居る者にとっては、愉快この上ない悪戯なのであろう。

                 コンチクショーが!!

 何を遣っても言う事を聞いてくれないPC画面に向かって、カリカリして居ると斜向かいさんの登場である。

「斯く斯くシカジカで、今回の文作続きは、パスしておくれや。」
「子細、承知。大丈夫かい。機械に詳しい倅を連れて来るかいな。」
「いやいや、こんな事は、前にも何度もあったから、電源を切ったり、入れて見たりで御機嫌伺いして見るわね。如何でも駄目だったら、友達にSOSを発信して見るせ。」

「そうかい。処で、昨日のテレビ見たかいね。国会議員の連中のお手当の総額を!!」

「ああ、みのもんたの遣っていた奴だね。参議院議員の6年間のお手当総額が一億二千万円弱ってヤツずらい。あいあい、俺ぁ、あれ聞いて、もう気分が萎えちゃって、完全に打ちのめされちゃったわいね。」
「そうずら、異常な世界だわね。抜けシャーシャーと、とぼくれた連中だぜや。尊大ぶって、踏ん反り返って遣がる。もう、生きてるのが、嫌に為っちゃうわね。」

「ホント、ホント。野郎共の実態は、王侯貴族の生活だわね。道理で、ツヤツヤして生活実態も悩みの無いノーテンキの顔付とお喋りに終始する筈だわね。あんなのと、面と向かって話なんかしてたら、俺ぁ、気が短いから突然、狼男の狂暴性を発揮しちゃうわね。
 腕力に勝っても、散々に異常者の烙印を押されて、叩かれ放題叩かれて、還暦過ぎての初受牢じゃ、武市半平太みたいに、立派なお努めは出来ないしせ。困ったもんだわね。

 ありゃ、何言っても、馬耳東風の古代・中世の王侯貴族のバカ殿・御局・お姫様だぜや。何が、国民目線だい。お題目唱えて、選挙の時だけ日焼けして、声を枯らして、当選すりぁ、腹の中は、6年間を確り保障された王侯貴族の『事無かれ主義者の不改革円卓会議』じゃないかね。
 民放テレビの政治寄せに出て、お為ごかしの『見た目の政党対立』を演出して見せているだけじゃんかい。お喋りをして、訳の分からねぇ生意気横文字単語を並べ立てて、言を戦わせるような格好付けをしてるだけで、収録お開きに為りゃ、赤坂、六本木で、何とか活動費の名目で領収書取って『やあやあ、ご苦労さんです。国民に向かっては、あの程度で好いでしょう。此処のママさんは、実婚に願ってますから、プァ~と行きましょうよ、プァ~と。』なんて本音実態が想像出来ちまうわね。

 それとも、何かい? 野郎共は横文字大好き人間の集合だから、ハイ・レベルの合った者同士で、2次会言論バトルは、全部英語で遣ってるんだろうかいね。

 でもさぁ~。そんなのは未だ序の口でさね。俺が絶対に許せねぇのがさ。こんだけ、至れり尽くせりの優雅な国庫生活をさせて貰っているのに、スポンサーの国=国民の税金に対して、忠誠を誓って、国益・選挙民への恩返しの『選良』らしさが、コレっぽっちも無くて、派閥・グループ・党の幹部に、ヒーコラヒーコラの滅私奉公振りを遣ってるだけじゃないの。

 政党・実力者の扶養に為ってる訳じゃあるまいに。二大政党だか、何だか知らねぇが、手前の見識・言論に胸を張って、行動も出来ない薄っ平ら野郎共が、何を云ったって信用出来ないわね。あい、
 庶民の代表・フ―テンの寅さんだって、ヒロシ、サクラ、オイチャン、オバチャンの苦言を聞きゃあ、拗ねて悪態こいて、旅の空に出て見りゃ、チビた鉛筆舐め舐めして、葉書に近況を認めるじゃねぇかい。

 それを、何だだい。冗談も休み休みこきぁがれって、金魚の糞見てぇなもんじゃねぇかい。国から、コレだけ銭貰っているのに、まだ不足で、一兵卒の子分の振りして、表に出ない銭を呑み込んで、何をする心算なんじゃい。

 ありゃ、与党も野党も、裸の王様・ルイ16世、マリー・アントワネットの雲上人のノーテンキ王侯貴族の好い加減さですわな。阿保らしくて、もう、これ以上は、俺の口が、穢れちまぅぜや。

 返す刀で、悪態ついでに言えば、みのもんた・田丸美鈴も、ふざけ遣がって、こんな番組は、選挙の前に遣りゃ好いんだよ。庶民・正義の味方見たいな面して、選挙が終わった頃に、放送し遣がって、おフザケが過ぎるぜや。手前等だけが、マトモなジャナリストだと気取っている処が、チャンチャラ可笑しいぜや。

 芋喰って、天下の肛門様にコーラ瓶おっ立てて、時限開封のメタンガスをスタジオに送り付けるぞや。馬鹿野郎が、祖国日本の教育レベルは、手間ぇ等が見下すより、よっぽど質が高いんじゃい。」

「やいやい、何日か振りにお天道様が戻ったと思ったら、頭から湯気出して居るじゃねぇかい。此処で変な事言ったら、そのご太っとい腕でブン殴られちまうがね。おお、怖い!!こりぁ、ボロが出ねぇ内に、逃げるが勝ちだ。ギャハハ!!」
「あいあい、ウィルスにオチョくられて、俺ぁ、欲求不満だぜね。ギャハハ!! PCのご機嫌が直ったら、印刷して置くぜ、我慢しとくれや。」

 いやはや、朝からの苛々状態で、私としたら、普段の奥ゆかしさをのっ越して、お見苦しき言いたい放題の罵詈雑言を、並べ立てて仕舞いまして御座る。はい、如何しようもない戯けの性でありまする。真面目に読んでは為りませぬ。社会の片隅観察の一つと、読み逃げ為さりませ。嗚呼、本日、暑いじゃありませんか・・・とほほ。

 

心何処ーショート 遺憾いかん・・・支離滅裂。
           遺憾いかん・・・支離滅裂なり。(7/15/10)
 降る降ると云って、一向に降らないから、家周りの草刈りをする事にする。長袖・長ズボンに履き替えて、長靴に軍手・鎌を持って作業開始である。

 ヒーコラ、ヒーコラ遣っていると、雨がポツリポツリと落ちて来た。未だ1/4も進んで居ない。長袖・長ズボン・長靴の出で立ちであるから、外から雨を受けるのも、内から汗で濡れるも、大差は無い。

 それでも、3/4程迄遣って来ると、もう、本格的な雨の中の作業となってしまった。夏の濡れついでである。仕事途中で逃げをしてしまったら、『去勢男の誹り』を受けると、いきり立つ処が、馬鹿に付ける薬の無いロートル・クマ男の真骨頂なのである。

<此処まで遣って、遣らずに置かりょうか~。逃げたら、男が廃らぁな。>

 作業ズボンにベルトを通して居ないから、太鼓腹にあったズボンは雨の重みで、大顰蹙を買ったコクボ選手の様に、パンツ出し・半ケツのザマである。

 まぁ、此処は天下の公道と云えども、空港インタビューも無い事ではあるし、道には下校の高校生達の自転車だけである。彼女達にした処で、ショートスカートの大根足のペダル漕ぎである。お互い、見たくも無い露出度でしかあるまい。

 此処まで、見事に濡れ鼠に為ると、却って気持ちが据わると云うものである。今度は、脚立に乗って伸び放題となった楓の枝を剪定したり、ボケの枝を剪定したりの悪足掻きである。ギャハハ!! 風呂に入って汚れを落として、偶には街場にビールでも飲みに行こうか・・・などの悪乗り状態である。

 普段は、物臭を決め込んでいるから、ロートル・クマ男は、遣る時は遮二無二遣らざるを得ないのである。へへへ、女と違い馬力が違うのである。伸び放題の雑草は丸坊主にされて、形無しの態で雨シャワーを浴びせられている。ザマァ、見遣がれってな物である。

 ハハハ、婆さん、腹が減ったのであろうか・・・台所では、炊飯器が音を立てて居る。
 
 さてさて、ロートル・クマ男は風呂に入って、さっぱりした後は、街場に繰り出すとしようか。『蓼食う虫も好き好き』のご利益も、無いとは限らないご時世である。イッヒッヒ~。

 晩飯を食べ終えて、テレビを見て居ると、止んだ筈の雨が、音を立てて降り始めているでは無いか!! ニャロメ!! これじゃ~、行く気には為らん!! 

 台所から、氷を入れて来て、ウイスキーを注ぐ。嗚呼、未知との遭遇を邪魔する雨音の強さと、水を切って走る車の音である。女日照りに、雨続きと来た日にぁ、『月夜茸』にも青カビが生えまするわな。お天道様も、罪な事をし為さるものである。

    これを称して<無粋>と云うものでありまするぞえ。ッタック!!

 キュウリに味噌を付けて齧り、ソーセージにマヨネーズを摘まみの四畳半小部屋のホステスさん達は、ロシア美形さん達のお写真である。安上がり・安心と云えば、安上がり安心。侘びしいと云えば、侘びしいものである。

          侘びしさに、CDは、何を聴きましょうかね。

 何々、中学生をホテルに連れ込んで、フィバーフィバーだと。何々、携帯サイトで渡りを付けて呼び出し、自由恋愛で写真を撮り捲り・・・ 何を遣ってるんじゃい。好い歳かっぱらって、とんだ野外授業の教育熱心さじゃ御座らんか。49にも為って、とんだ根性者である。

 そんな輩は身包み剥がして、四の五の言わせずに、酷寒のシベリア送りか、灼熱のサハラ砂漠送りが、丁度好かろうよ。アンさん、妄想に遊ぶにぁ罪は無い物の、何も実行に移す事ぁあるめいよ。

 俺も、品が無いから、他人様にお説教出来る柄じゃないけど、遣って好い事と悪い事位は、ちゃんと守らないと。あんた、バレないのを好い事に常習犯だろうが・・・言うに事欠いて、『自由恋愛』たぁ、上等な言い草だ。
 幼児・学童の段階なら、モグサのテンコ盛りのヤイトのお灸の手もあるが、<四文字熟語>を駆使して、罪からトンズラしようって根性が、土台腐り切っている証拠だわさ。

 こんな野郎は、男の風上にぁ置けない男の面汚しである。生意気に、控訴して来た暁には、中国か北朝鮮に送って、代理処刑の『即銃殺刑』にするしかあるまぇよ。

 煙草に火を付けながら、ホワ~ンとするスカンポ脳で考えて見た。団塊世代までの授業には、確か・・・妄想のお時間が有ったのだと思うのであるが・・・ 
 
 尤も、妄想のお時間は、正規の科目では無かったから、見付かるとビューンとチョークが、教壇から飛んで来たものであったのだが・・・ これも、ゆとり教育の為せる処であろうか???

心何処ーショート 静かな夜散歩
静かな夜散歩(7/15/10)
松本は然程の雨量は無く、ほっとして居ます。テレビ映像では、大水害の恐ろしさがマザマザと映し出されて居ります。広島のアマゾネスさんのブログにも、大雨・災害の模様が記されて居ます。

罹災者の方々には、何と申し上げたら良いのか・・・悪夢と復興への遣り切れない日々が、長く続く事でありましょう。胸が痛みますね。

 そんな思いを抱きながら、日課となっている夜散歩を、雨の合い間にして参りました。
 
大きな大きな雨雲が、盆地に蓋をして居りました。大きな音を立てて、川が流れて居ました。ゴロゴロと大石が、転がる音がして居ました。蛍は、河川敷の草叢で、形を潜めて小さく光るのみでした。盆地にネオンの等高線を灯す街場の明かりが、停滞する梅雨前線の暑い雲の下で、真夜中の眠りに付いて居りました。雲間の黒い小さな空には、勿論、星は在りませんでした。人の力では、如何しようもない自然であります。黒々とした葦原に風が走り抜け、川原の水柳の木々が風に煽られ、濁流の落ちる音が、堰堤に来るって居りました。

音が有るのに、静かな夜散歩でした。



前線猛威・合間散歩_001


心何処ーショート コンニチワ
                 コンニチワ(7/14/10)
 楽しみの観察も、終わってしまった。キジバトの巣立ちがこんなに早かったとは、以外であった。昨日は降り頻る雨の中、巣の縁に身を窄(すぼ)めていた若鳥は、きっと早朝の新しき空間に飛び出して行ったのであろう。命とは、好奇心と勇気に満ちているのであろう。

 無事に、・・・ 私としては、あっさり過ぎるほどの巣立ちで、何やら拍子抜けの感がしなくも無い処ではあるが、彼等からして見れば、繁殖の場としては、一応の合格点が下ったと云う事であろうか。環境協力者としは、安堵すべきであろうか。

 確か、キジバトは、巣の使い回しをする習性があるとの事であった? ・・・筈である。鳩の繁殖は、年に一回のものでも無い。再度の利用を願って見るのも、良かろう。

 本日は、歯医者日である。朝食前に歯医者に行って来る。治療歯は、神経が微妙な所に有るとの事で、再度の虫歯患部への薬剤注入で様子見との事である。そんな事で、早々の帰宅であった。

 朝の内は、太陽が暑く照っていたのだが、早や風が吹き、一面の曇天である。ラジオに依ると、日本列島は大雨模様に成るとの事である。山だらけの信州であるから、既に大雨に見舞われている地域もあるとの事。

 仕方がありませんね、その内に此処もバシャバシャと、雨が叩き付けて来るのだろう。

 こんな日のお相手は、机上の水槽住人達である。巣立って飛び立つ者があれば、生まれて終の棲家と諦めて居座る者もある。
 グッピィ第一期生2匹は、すっかり大きく成った。尾は赤い縁取りに黄色地、そして尾の芯は黒である。背びれは黄色にして、体色は黄色の斑模様である。如何にも交配の力学と云った処である。中々の混合にして色合いと云って良かろう。それにしても、稚魚達がワンサカと居るものである。

 グッピィは、多産故の短命か? 飼育の拙さか? オスは、コバルトブルーの赤尾が1匹にして、メスは赤尾・青尾・黒の斑尾と死に行く赤尾の、総勢5匹の様である。従って半数が居なくなってしまったのである。
 全滅世界を呈して、1年間の休止を強いられた水槽に、復活の先遣隊を申し付かったのが、ヒメダカ小隊であった。小隊成功に勢いを得て、ヒメダカ、クロメダカを投入した小水槽であった。 

 初期に水槽一杯に数を誇ったヒメダカ、クロメダカの軍団は、今やヒメダカ0、クロメダカ4の消え行く種族と云った処である。前にも打った処ではあるが、斯様に外来種に対する在来種は弱いのである。自然とは一切隔絶された机上の小世界観察であるから、混合飼いは個人の楽しみの域ではある。
 これが自然界への外来種のばら撒きと成ってしまったら、気温の上昇とともに日本種のクロメダカは、駆逐されてしまうのは必至の沙汰であろう。卵を水草に産み付けるメダカと一回の産み落としは数が少なくても、卵胎生の熱帯カラフルメダカの繁殖力は、真に凄まじいものがある。

 私は賄い夫稼業の閉籠もり日々であるから、BGM替りのラジオから日本・世界の情報を聞いていても、マクロの話を聞いていても、・・・如何しても、非武装平和話し合い外交・1000万人移民化政策とか外国人地方参政権付与・世界友愛精神・夫婦別姓思想・・・etcの高邁な理想・説を伺っても、身近なミクロの世界に翻訳してしまうと、そんな理想・高邁説は、世迷言にしか聞こえて来ない『体たらく』ロートルなのである。
 饒舌に饒舌を持って、『世の理』を細分化・先鋭化して、ディベートの術を使えば使うほど、可笑しな事に、人は『矮小化』を余儀なくされてしまう様に、私には見えてしまうのである。

 私は頭の出来が、余りにも粗雑に出来上がっているのであろう。従って、背伸びをして見た処で、すぐさま息切れがして脳味噌は、忽ちにして酸欠状態に陥ってしまうのである。物臭ロートルが、そんな自虐行為を見栄の為に遣っていても、命を縮めるだけの自傷行為でしかない。そんな難しい事を考えるよりも、目の前の至極当たり前の水槽世界・鳥篭世界を観察し、庭・窓辺に訪れる野鳥の類を見ながら、タバコの儚い揺らぎに日常の些事を重ね合わせて居た方が、性に合っている次第なのである。

 水替えと餌遣りは体を動かせば出来るが、小さな水槽世界をコントロールするなど、一切出来ない飼育管理人が私である。如何やら、これが本年の水槽世界『命の循環世界』に為って行くのだろう。

 幸いグッピィ次世代には、青尾の姿もあるし、オスらしき体形の物も確認出来る。生き物と水の関係は、決して予断は出来ないが、グッピィ槽も此処まで安定して来ると、前回に倣って、2年ほどの命の循環世界が更新されて行くのだろう。

 こんな事を打っていると、コンニチワの声である。はいはいと玄関に向かうと、倅である。倅が、その後の報告に来たのである。

 へへへ、親は無くとも子は育つの典型である。母の部屋で、三世代の話である。笑ってしまうほどに、私のDNAを受け継いで、私のクローンの様な話し方である。好い男に成長した物である。硬軟使い分ける処が好い。親を一切頼らない処が、天晴れである。話を聞いていると、私と女房の結婚式の『再来版』を聞いて、見ている様な感じなのである。

「おっ、合格点だ。キンタマも付いてる。何事も、人生は経験だ。善い事と悪い事の区別さえ付いていれば、自分の人生だわさ。俺と〇子の結婚生活を見て育ったんだから、肩から力を抜いて始めるんだわな。硬く考えたら、息切れをするだけだわさ。好きな様に遣れば好いさ。母ちゃんに言っとけよ。流石に俺の見込んだだけの女だ。真っ当に育てた。立派だとゴマ擦って置けよ。」

 女房・本人・娘の話し合いも報告をしてくれた。出来の悪い亭主・親父なのではあるが、皆は私の性格を理解して、女の目から倅に親父の感想を聞いて来る様に託している様である。倅は、男の立場から『以心伝心のへへへ笑い』の自信があったとの事である。

 ハハハ、そうかいな。倅・娘に見透かされるほどに、私は単純な男の様である。単純・愚直さにこそ、男のキンタマの値打ちがあるんじゃい。馬鹿もんが!!

        何を生意気に、これまた、へへへの段である。


心何処ーショート 外は降り頻る雨
                外は降り頻る雨(7/13/10)
 さてさて、雨は止みそうも無い。風呂に入って、買い出しは車で行くしかあるまい。風呂を沸かして入ろうとしていると、一日早いヤクルトママさんである。

「おっ、一日早いじゃないの。一寸待っててよ。」

 玄関に出ると、ヤクルトママさんは、本日無帽である。おでこ丸出しの後ろで束ねただけのスッキリ顔である。白地に黒の格子模様の半袖シャツに、濃いブルーのキュロットスカートで、玄関には傘が立て掛けてある。スマート長身のスッキリ胸部である。色の白い小顔の女性である。明日は研修日なので、一日早いコールとの事である。

「おっと、雨に濡れた好い女じゃないの。好い感じだね。美人さんですなぁ。」
「今日は、オールバックで仕上げて見ました。もっと、もっと、綺麗・美人を奮発して下さ~い。女は、褒められると、綺麗になるんで~す。ホホホ。」

「凄い雨で、体が冷えてるズラ。俺、これから風呂に入るんだけど、一緒に入って行くかいね。家の風呂は広いから、遠慮はいらないよ~。」
「嫌で~す。さぁ、絵を見せて下さい。」
「相変わらず、ケチだね。そんな事じゃ、お国が幾ら子供手当を弾んでも、日本の少子化現象は改善されんぜや。夫婦別姓のヘンテコリンな法案の準備が進んでいるって話だし、二人切りの秘密にして置けば、分かりぁしないよ。イッヒッヒ!!」

「またまた、直ぐ、そっちの方に話を持って行くんだから、駄目ですよ。この絵は、小鳥さんを見上げて居るんですね。スンナリですね。こっちの絵は、何が何だか、分からないですよ。」
「ああこれは、捩じれ国会の上に、日本が乗っかっているんですわ。それでシカジカなんでだわ。」

「そうですか~。Rさんの事だから、この絵に変な物を、紛れ込せているんじゃないですか~。一応、チェックをして置きましょうね。どれどれ、建前は、こっちに置いといて・・・」
「あっ、遺憾いかん・・・忘れてちまったぜや。日本の事を、あれこれ考えて居たら、頭が働かなんだぜや。迂闊だった。こりぁ、俺の絵としたら、失敗作だわな。」
「好いじゃないですか。素地の真面目さが出て居て。勉強会、必ず来て下さいよ。」

 へへ、如何して、私の好みの人は、揃いも揃って貧胸部なのであろうか・・・ 

 これは、一つ・・・顔と胸の関係を真面目に考察して見る必要が有りそうである。私の兄貴と思うお方のコメントによると、外部観察は当てに為らないと云う『伝聞』をアドバイスして頂いたのではあるが、刑法の授業では、伝聞には証拠能力が無いとの講義であった。伝聞を証拠資料として提出する為には、<伝聞の壁>を打ち破る『実質観察を敢行』するしか無い処であるが・・・下手な敢行劇を演じてしまったら、人生の晩節を汚してしまう愚行に陥ってしまう。これは、ロートルの分別として、愚行は却下すべきであろう。

 風呂に入って、ロートル寄り合い所の米屋さんに行くが、御主人は珍しく不在である。先客のオバチャン女性が一人いる。ご主人の居ない処で、戯け話も出来ないので、個人スーパーに回る。大雨を呑み込んで流れ下る川は、褐色の濁流の迸(ほとばし)りである。

 寒いし外へも行けぬから、野菜の煮物でも作ろうと思い、適当に入れてレジの処に行くと・・・
「兄さんは好い買い物をしてるね。料理をする小ズクがあるから、立派なものだ。キノコとタケノコがあるから、これで炊き込みご飯を作ると、美味いよ。」
「先輩、アリガトさん。じゃあ、後、具を二つくらい買い足すわいね。一寸、待ってておくれや。」

「あれあれ、これだと、美味いのが出来るよ。それにしても、感心しちゃうわね。女顔負けだよ。大したもんだわ。尊敬しちゃうわね。」
「何も遣る事が無い貧乏人だから、しょうが無いせ。生活の知恵だわね。でもねぇ、初めは嫌で嫌で仕方無かったけど、料理は遣って見ると、工夫次第で面白いもんだよ。台所を女の独壇場にして、退役後の長い番い生活を女房のご機嫌取りで過ごすよりも、余程自由の身だわね。ギャハハ!!」
「いやいや、兄さん、それは頭のいい証拠だよ。頭が馬鹿だと、工夫なんか出来ないもの。買い物を見て居ると、これで結構、人間の中味が見えて来るもんだわね。そう云うもんだよ。アハハ。」
「先輩、巧い事を云うもんじゃんかい。こりぁ、今日の俺のブログに入れさせて貰うわいね。イッヒッヒ!!」

「大丈夫かな・・・あのお婆ちゃん。82歳なんだって、車で買い物に来るんだよ。旦那さんが亡くなって、一人暮らし。車が無いと、生活が出来ないって云うけど・・・ ゆっくりだよ。左右を確り見て、出てよね。待つはチョイの間、怪我は一生物だよ。」
「どれどれ、嗚呼、大丈夫だよ。目の配りが確りして居るよ。さぁ、婆ちゃん出ろ!! ヨシヨシ、毎日、車に乗っているんだろうね。俺より運転が巧いわね。へへへ。」
 
 為るほど、胃の中を解剖して中身を観るのは、何も法医学の解剖医、渓流釣りの釣り師の常套手段では無いのである。スーパーのレジ打ちさんにして見ても、十分にシャーロック・ホームズ張りの推理が働くと云う物であろう。

 普通の人間が普通の感覚で、物を見て、買い物に来る客の人物を推理する訳である。特別な意識も言葉も必要としない日常の中にこそ、教えられ学ぶ事が転がっているのである。素通りするか、しないかで、日々の味付けは異って来るものなのであろう。ロートル日々は、これ、のんびりのスカンポ脳に限るのである。


心何処・・・政治の正念場
               政治の正念場・捩れ国会再び

              政治の正念場・捩じれ国会再び_001日本、喝!! <御真影>

                 日本、喝!! <御真影>
 

 参院選が終わり、捩れ国会再びの図式と為りましたね。日本は、前回の捩れ国会で痛い目に合って居ますから、今回の捩れ国会でも、それを単なる『政局の御旗』にさせられたら、堪ったものじゃありませんからね。有権者国民も、半数以上のタレント候補者にノーを突き付けた処でもありますから、捩れの前にも国民の生活・国益に向かって、政党の政治家である前に、日本国民・日本の為の政治家として職務を全うして欲しい物で有りまする。

 『選良』の政治家の紳士淑女の先生方には、重い国務が待っているのでありまする。夕日に向かって、波浪高き四海に囲まれて、傾き行く祖国日本の立て直しに、心血を注ぐべき時でありまする。

 吾が祖国を<御真影>になどに至らしめたら、只では済ませれませんぞよ。
                  おきばりやす。

心何処ーショート 時差ボケ脳味噌なり。
            時差ボケ脳味噌なり。(7/12/10)
 いやはや、台風並みの凄まじい風が、荒ぶれ狂っていた。玄関の抱卵中の鳥は、夜中にパニックに為りバサ付いて煩く、明かりを付けて大人しく為って貰った次第である。

 嗚呼、如何しても眠れず、テレビの選挙報道にお付き合いして仕舞った。

 従って、本日は時差ボケの様な頭の重さである。不安定な天気は、現在は風を伴なって窓を叩き付ける雨である。

   白服レンボーさんは取り逃がしたものの、案の定、民主党は大敗した。
 ラジオでは選挙結果を松本駅周辺でインタビューした街の声を報じて居た。年代層・性別を勘案した平均的な街の声としての編集であろう。

 インスタント・コーヒーと煙草の煙の揺らぎに、ニヤニヤして拝聴している次第である。真に以って、送り手さんには申し訳が無いが、この手の遣り方は、若い頃から報道機関の客観的な街の声収録の『お座成り手法』にしか聞こえて来ない処である。不偏不党の客観的報道を標榜する公器である以上、分からぬ訳では無い。
 然しながら、組織のサラリーマン根性の事無かれの常道手法なのであろう。そんな事に、一々目くじらを立てる程の事は無かろう。へへ、何しろ私は、気弱な奥ゆかしい性格なのである。

 その一方で私は、兎に角、天の邪鬼の捻くれ者である。こんな時は、ニヤニヤと妄想して見る事なのだが・・・

 一生で一度でも好いから、私の処に、街角インタビューのマイクとカメラが回って来ないか・・・と云う事である。私の素行・風体は圧倒的に宜しくは無いが、然りとて、凶悪犯で全国指名手配書が回っている訳では無いのである。天下の公道で、下衆の悪態三昧を披露するのも一興の遊びである。

 インタビューチョイスをするのは、報道側の自由。インビューを受けるのも、私の自由であり、捲し立てるのも、私の全くの自由なのである。
 然しながら、報道は天下の公器であるから、公序良俗の物差しで、報道の編集機能が作用するのは致し方の無い処であるから、私へのインタビュー部分が『没』扱いされても、それはそれとして、結構なのである。私の本意としては、そんな機会の訪れを渇望して居るに過ぎないのである。

 気楽な妄想としては、報道現場の駆け出しさんが、マイクを向けた相手が悪過ぎたと云うだけの事なのである。

    妄想舞台の設定などは、至って簡潔・低予算のレイアウトで足りる。

 駆け出しさんの若さが、変なロートル・クマ男の『強引舌禍の餌食』に為って、相手を間違ったと逃げ様とするも、厳つい顔付・眼光と相撲取りの様な押し出しに、閉口して恐喝もどきの居直りをされてしまう。

 帰社して、収録画面の編集作業をしている最中に、怖い上司に見付かって・・・

「コラッ、オマエ~。会社の人材・機材は、タダじゃないんだぞ。こんなとんでもないオッサンに掴まって、一体幾ら会社の銭をドブに捨てて居ると思ってるんじゃい。馬鹿タレがぁ~。会社には、コストパフォーマンスの鉄則があるんじゃい。取材の前に、取材対象を、瞬時で見分ける目を養わ無きぁ、オマエ、この業界じぁ、飯は喰えないんだ。アホ、ボケナス!!」

<ハイッ、私も、組織人で~す。重々分かって居りま~す。相手が、悪過ぎました。反省してま~す。企業人として、今後、あの手のオッサンには一切、近付きませ~ん。>

 ラジオから流れる街角インタビューを耳に、こんな好い加減な妄想を、上司と部下の呟き劇として、愉しんで見るのも『下衆のお時間』と云うものである。

 へへ、困った物でありまする。お天気と寝不足が祟って、昨日ブログの『やれやれ、参院選投票』に引き続いて、こんな中指の続きと為ってしまいまして御座りまする。

 さて、寝不足の時差ボケ脳味噌が、万年床の敷いてある隣部屋に手招きをして居りまかる。寝不足の補てんを致しまする。


心何処・・・山鳩の成長
                   山鳩の成長

                  山鳩の成長


 速いですね。投票が終わると同時に、当確が付いてしまうから、良いものやら悪いものやら。それにしても、タレント候補と云われる候補者達は、強い物ですね。何も言えませんね。ラジオを聞きながら、絵を描いていました。
                はい、出来上がりました。
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