旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 風呂に浸かって、マイタイム。
           風呂に浸かって、マイタイム。(4/30/10)
 さてさて、偶には温泉銭湯に行って来るとしようか・・・一番客の少ない昼時を狙って、自転車に乗る。風が冷たいのが、玉に疵である。銭湯に着くと、先客が二人入浴を終えて服を着ている処である。ちょうど昼時であるから、小一時間が貸し切り風呂と為る。有難い事である。

 熱々の浴槽にジワリジワリと身を沈めて行く。例年だと、この時期からは熱くて入れないから、私の温泉銭湯行きは、上の風呂に行くか、温めの山辺の湯に所替えなのである。 
 然程、顔を顰めなくとも入れるのであるから、今年は、一か月以上も、季節が遅いのであろう。
 湯に浸かりながら、持参の汲み置きペットボトルに、源泉を入れて行く。私は別に如何のこうのと、温泉ミネラル・ウォーターに蘊蓄を入れる程、拘りを持っている訳ではない。
 然しながら飲み付けると、コーヒーも白湯も、水道水では物足りなく為るものである。微かに塩分の混じる円やかさが、如何しても喉越しが好く為ってしまうのである。

 同じ浅間温泉なのであるが、上の風呂は湯花がある分、硫黄臭がある。その上の源泉は、もっとキツイ硫黄臭があるから、飲用にするにはウンザリの態である。山辺の湯は、温泉の構造からすると、循環式加熱方式であるから、猜疑心の強い私にはパスの口なのである。

 熱々の湯船から上がって、胡坐をどっかりと組んで、粗めの垢擦りに石鹸をたっぷり塗り込んで、力任せにゴシゴシ・グイグイ洗い、熱い湯を湯船から汲んで被るのが、実に気持ちが好いのである。一通り洗い終えて、熱さに馴染んだ全身を、首までどっぷりと湯船に浸からせた後は、カミソリを持って場所を移して、念入りに髭を剃る。髭を綺麗に当たれば、ロートル・クマ男でも、男前を上げると云う物である。イッヒッヒ。

 昼の貸し切り風呂の好さは、これからが本番なのである。壁のタイルに湯を汲んで、バシャバシャと冷たさを落として、背中を預けて両足を伸ばして座る。体が冷えて来れば、そのまま手を伸ばして、並々と溢れ出る湯船から湯を掬って熱い湯を浴び、流れ落ちる汗を再び湯を掬って流す。湯船に浸かったり、湯浴びをしたりの、その繰り返しで湯に浸かって来るのである。女風呂からは、年寄りさん達の聞いても聞か無くても好い世間話が、流れて来る。丸で時計が止まった様な、何も無い小さな温泉銭湯である。

 この気分は家庭風呂では、決して味わえないマイ・タイムのお時間なのである。全ての毛穴が開いて、皮膚呼吸をしていると実感出来る心地良さとしか云い様の無い、ひなびた貸し切り風呂の風情なのである。

 着替えて出ようとすると、客が一人入って来た。例の温泉リハビリ体操を励行する大戯けロートルである。良いタイミングで、風呂を終えた物である。
 さてさて、帰りはパン屋に寄って、個人スーパーで漬け物用野菜・他でも買って帰ると致そうぞ。

 塩を足して、買って来たキュウリ・ナス・ニンジンをぶち込んで、乾燥ホタルイカ・アミ・キザミイカで、いざと云う時の佃煮を仕込みながら、昼の用意をする。偶にはパンと牛乳の昼も楽で好い物だ。

 朝の空気入れ替え時、コーヒー・タイムをしていると、野良着スタイルの斜向かい色白吟さんが畑から帰って来られた。畑仕事開始で、鈍った体は軋んでいる居るとの事であった。『嗚呼、腰痛いのくの字体形』を見せて下された。為るほど、油気の無い不肖髭の顔は、歳は争えないの疲れ切った表情であった。ご亭主をお迎えする奥方とは、疲労度の違いが歴然としている。

 イッヒッヒ~、器用・マメご亭主殿は、女房殿の前では、演技の借りて来た猫の様である。野菜値高騰の今春である。体の弱い奥方に『葉っぱ』掛けられて、優男色白吟さんは、その実態は~、意外と悲鳴を上げているのかも知れない。ロートル・スカンポ脳を刺激されて、ついつい出たは、次なるテロップである。

 女房居なければ、寂し。然りとて、女房居れば、何かとこき使われる。
 +・-足して二で割ってゼロならば、男の理性で頑張り続けるも・・・

   働き虫・現役時代の利息を、根に持つ女房に加えられたら、
   男はギックリ腰で、冷たい仕打ちの一人寝の落胆かこつのみ。
 
   男、伝家の如意棒失えば、得意の穴埋めも儘為らぬ・・・
   出来ぬ相談、舌打ちする前に、力仕事には、腰の配りこそ肝心為り。

 セカンド・ライフ目前の紳士諸侯殿、ゼロ金利の長引く世為れど、女がカンナに特化して女権を振り回す如く、小煩き現代の風潮でも有りますれば、現役時代に覚えた危機管理の要諦を脳裏に蘇らせて、力点何処に置くべきかのペース配分で御座りまする。

暮々も、人生第二ステージの<腰の用法>には、ご留意下されませ。ギャハハ!!

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心何処 弱肉強食の図
                 弱肉強食の図


                 弱肉強食の世界_001


 本日の長駄文の挿絵で有りまする。金魚は、悪食が特徴?の中共大国、メダカは平和ボケの日本、水草は領海線、底に敷き詰められた石は、玉石混交の美辞麗句の政治家言葉を、拙き不器用模写と致して見ました。毎度、字数ばかりの意味不明の文章で有りまするが、こんなイメージが駄文から読み取って頂ければ、嬉しい限りで有りまする。

 ★文章の苦手なお方には、カテゴリーに<マイ・ギャラリー>が入って居りまするから、そちらをクリックして、遊んで行って下され。

心何処ーショート う~ん、朱のデカ流金の凄まじさよ。
        う~ん、朱のデカ流金の凄まじさよ。(4/29/10)
 雨は止んだ物の、寒い風がピューピュー吹き荒れている。真に以って、困った物である。昨夜は、プカ・プカ息も絶え絶えにして居たデカ流金であったが、一夜明ければ、メダカ槽では何と、逃げ惑うメダカに分け入って、パクリ、パクリとダボハゼの如くに復活して居るでは無いか~。

 アッジャ~、元気に為ったのは有難いが、メダカの数が大分減っているでは無いか!!金魚の悪食にも困った物である。メダカ達にして見れば、振って湧いた様な大魔神のデカイ化け物口で、バコン・バコンと呑み込まれてしまえば、一瞬にしての消滅でしか無い。

  いやはや、とんだ損害にして、弱肉強食の沙汰とは、怖い物である。

 朝食後のNHK特番では、各方面の解説委員を円卓に集めて、普天間基地問題・中国軍事力脅威問題・日米安保問題と分けて、各委員の意見交換と、それを観ての視聴者の意見報告を取り入れながらの長時間番組をしている。これは、脳軟化症予防の特効薬と為る。NHKインテリさん達のご見解を聴講させて頂いた次第である。
 解説・ご意見を縷々承っても、然して個性的切り口も無い処である。客観的報道を義務付けられているNHKエリート集団であるから、個性的な見解を期待するのも、無理な注文であろう。彼等の決して踏み込んでは為らない個人の見解を、下衆の好奇心で彼是、妄想して見るのが下衆ロートルの悪趣味と云う物である。

 国益が絡む北朝鮮問題にして見たら、大局的日本の国益を下衆の妄想で云えば、無視無視の経済封鎖をして、兵糧攻めで現体制崩壊に追い込むのが一番の得策であろう。

 国境を接する中国への北朝鮮難民の大移動に依って、内憂問題に一気に火が付いて多民族国家の独立問題への解決策が生まれて来るかも知れない。波状効果として、チベット・キルギス・モンゴル・新疆・沿岸都市部と内陸部の経済格差問題・・etcの独立・民主化・富の公平分配運動の引き金とも為るかも知れない。

 北朝鮮の崩壊で、南北朝鮮統一を果たす韓国は、今度は大中国と国境を接して、口煩い両国の歴史観に基づいて国境・領土問題で、主力を中国との間で喧々諤々と口撃合戦をすれば、ちっぽけな竹島の領有権問題は萎んでしまうし、戦争賠償も北への補償が未解決の立場を取る北朝鮮の消滅で、賠償済みと成ってしまうのである。
 アジアで難癖屋の双璧を為す両国の口撃合戦をつぶさに観察すれば、両国の国民性・民度・政治手法が、きっと手に取る様に理解出来るのは必至の事であろう。教科書問題も靖国参拝問題も、鎮静化して仕舞うかも知れない。その観察結果に基づいて、外交戦略を練った方が、余程実効性の高い外交戦術と為るのは間違い無かろう。

 陸に固定する飛行場が、基地問題の元凶と云うのなら、サンゴの海に杭打ち飛行場を建設する案が浮上するのであるから、思い切ってグレードアップさせて、移動式基地を建造するしかあるまい。県外移設・日米安保の重要性・国民の合意etcを考えて大事な日米同盟堅持を着陸させるには、仕方の無い苦肉の策でしょうが・・・

 それを空母と呼ぶか、地元住民の安全な暮らしの確保の移動基地と呼ぶかは、如何なんでしょうかね。

 台湾海峡を挟んで対峙する中共中国と台湾中国は、どんなに経済交流が発展しても、中共中国とアメリカの境界線には違いなかろう。台湾の帰属次第では、制海権の地図が、全く様変わりしてしまうのであるから、口と政策では、見え透いた口撃合戦をしているにしか過ぎまい。
 大陸国家の中国が、経済力に物を言わせて海に精力を伸ばそうとすれば、海洋国家の世界の超大国アメリカが立ちはだかるのは、当然の政治・軍事バランスである。中国が海洋国家としての道具=海軍力を誇示する為には、日本の領海を侵犯して公海上で大軍事デモンストレーションを誇示しなければ為らないのである。北の将軍様では無いが、北朝鮮の核・核ミサイル実験をお披露目するしか方法は無かろう。

 世界世論にどんなに叩かれ様が、自国領海上で軍事演習をして見ても、効果は無いのである。公海上と云う無料観覧席に、大国に観覧をして頂かなければ、『力の抑止力の演出』とは為らないのである。

 こんな政治のカラクリは、脳味噌さえ持っていれば、素人にも分かる自明の理である。日本のマスコミは、必要以上に冷静さ公平さを装って、難しい抽象語で本心を糊塗し過ぎるから、素人の善良なる頭を攪乱してしまうだけなのである。
 可哀そうに、その代表格が鳩山総理の言動・表情に現れているのである。一見目線を低くして見せる浮いた言葉だけを多用してしまうから、<巧言令色仁少なし>以上のキンタマの軽さに為ってしまうのである。
 然しながら、鳩山総理の精神力たるや、並の物では無い。歴代の総理の頭髪量を注意深く拝見させて頂いているのであるが・・・ 

 皆さん、小泉・福田・麻生と云った歴代総理各氏の頭髪の色・量と比べて、如何でしょうか・・・ 余程の坦力が無いと、ああは行きませんよ。見方に変えれば、正に怪物ですよ。

 一説によると、外交交渉とは、にこやかな微笑と握手の下では、互いに足で蹴り合いをするのが、外交交渉の奥深いテクニックにして、実態との事でありまする。
 加えて、テレビでは高視聴率を確保して居る『龍馬伝』では、海洋国家論を展開中ではありませぬか。島国日本は、聖徳太子のおじいさんの古より、海洋国家であったのでありますえ。
 歴史の一説に依りますると、海洋国家が大陸国家への野望を持った時に、国が滅ぶとも云われて居りまする。又、大陸国家が海洋国家に野望を抱いた時も、斯様な事が起こるとも云われて居りまする。斯様にして、大陸国家と海洋国家との物の考え方は、月とスッポンの異次元思想との事であります。
 然しながら、海洋国家の日本が、国防意識を喪失して、経済の身を優先させて、ウロチョロしているばかりでは、中華思想の大陸国家に呑み込まれてしまいまする。

 それが証拠に、吾がメダカ水槽の衰退振りをば!!全身朱のダボハゼの怖さをば!!
 皆様にお見せ出来ないのが、真に残念至極の心底でありまする。イッヒッヒ!!

 GW初日ではありまするが、ロートル賄い夫の訳の分からぬ長駄文に御引き留めして、申し訳御座りませぬ。毎度毎度のお手数をお掛けして終い、真に恐縮でありまする。ご精読、心から感謝致しまする。アリガトザンした!!

心何処 本日の挿絵
               春麗ら、戯れ歌と散歩


                 戯れ歌テクテク散歩


 本日は、昼から見る見る内に、好天が広がりました。信用為らない四月のお天気さんで有りまするから、逃がしたら大変とばかりに、久し振りの正規ルートの散歩運動をして参りました。
 春麗らの余りの気持ちの好さに、ついついエロオヤジの日光浴と為ってしまいました。紳士淑女の顰蹙の石礫(いしつぶて)のご感想では有りましょうが、何しろ、ロートルのこの歳で有りますれば、心臓に剛毛も生え、すっかり難聴の耳にして、日々霞み行く視力で有りますれば、おトボケも、手の内でアリンス。

 食わず嫌いは、昔から『美味不通』とも申しまする。だ~れも見ちゃ居りませぬ。世に<歌い笑う門に、福来る。>の例えもありまする。先人の遺訓に因んで、さぁ、歌いましょうぞ!!ウッシッシ!!

心何処ーショート 春のうららに戯れ歌、歌って帰る為り。
       春のうららに戯れ歌、歌って帰る為り。(4/28/10)
 凄い勢いで、雨が降っている。ラジオでは、所に依っては集中豪雨の有様で、庭が水浸しなんて報告がある。然もあろうの感想である。一応の習慣であるから、居住区の空気の入れ替えに、廊下の戸を開けると、ユキヤナギも小花も冷たい雨に打ちひしがれて泣いている様である。金魚・メダカにパラパラ餌撒きをして、モーニング・コーヒーと煙草で母の動き待ちである。

 金魚の餌が悪いのだろうか、餌食いの後では大きな流金が、潜れずにプカリ、ヨロヨロの異常を見せる事が、時々ある。こんな時は、メダカ槽に入れて、様子を見ているのである。一度、金魚槽が一夜にして全滅してしまった苦い経験がある。国産フィッシュ・フードの表示を確かめて買って来るのであるが、中国産ウナギ・中国製ウナギのかば焼きも、ラベルの貼り替え、ミートホープの例もあるから、実際の処は素人には、皆目見当が着かないのである。

 朝食後の時間を母のお相手をしていると、雨が止んでいる。洗濯物を外に掛けて、命の水・川の水を汲みに行って来る。水槽の水を半分入れ替えて、フィルターの汚れを水洗いしてセットする。太陽が空を青くして行く。
 散歩が肝要であるから、靴を履き替えて、口濯ぎ様の水をペットボトルに半分ほど入れて、いざ、テクテク散歩に出立つである。

 矢張り散歩は、眺めと共に歩くのが一番である。花を散らした桜は、葉桜前の花の残滓(花柄・花托・がく片)で、薄い赤味を呈している。山には、山桜の薄い白の色がポツリ、ポツリと見える。道端には、雑草の緑の勢いが一杯である。
 彼方此方で、タンポポの花茎も見慣れた長さで、咲き誇っている。西洋ミツバチよりも一回り小さくてスマートな日本ミツバチが、花の蜜を集めている。久し振りの陽気が嬉しいのだろうか、モンシロチョウ、モンキチョウのカップルがユラユラと遊び飛んでいる。

 河川敷には、ツバメの姿が一羽しか見られない。西の常念岳・大町方面のアルプスの連峰には冬以上の雪の白さがある。青空と白雪のコントラストを愛でるべきなのか、季節の狂ってしまった陽気を悲しむべきなのか・・・

 田んぼ・畑の畦道を歩きたくて、進路を途中で変える。30分も歩かない内に、汗が噴き出て来る。口中の粘りを水を含んでブクブクして、吐く。長袖シャツを脱いで、腕捲りで歩く。おやおや、アゲハチョウである。再び、正規ルートの本通りに進んで、長い上り勾配の歩道を進む。野火の入った畑と道路の斜面には、ネンボロの勢いのある群生がある。取ろうと思ったが、生憎両手は塞がっている。取ろうとする時は無くて、その気が無い時には兎角、目に着くのが日常と云う物である。

 それにしても、休憩をしたく為る様なお天気の良さである。首にタオルを掛けてくれば好かったなどと、手の甲で額の汗を拭いながらのテクテク歩きである。こんな時は、帽子を適当に取って、スキンヘッドと顔がツートンカラーに為るのを、防がねば為らないのである。<へへへ、内緒の話が、好い男・男前を維持するのも大変なのである。>

 漸く、正規ルートの折り返し点・H橋である。さて、橋を渡って少し上れば、後は田園・下り勾配の流し散歩である。水田の一本道を通らずに、山際の小道を落葉樹に芽吹く柔らかな黄緑色を眺めながら、スローペースの帰り路である。山吹も、黄色の花を太陽に輝かせている。陽気に釣られて、人の居ないのを幸いに、一節歌って帰ると致しましょうかね。

     出典/高校時代のコンパ猥歌/変詩・アガタ・リョウ

       一つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       一人娘とヤル時にぁ、親の許しを得にゃ為らん。

       二つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       二人娘とヤル時にゃ、姉の方からセニャ為らん。

       三つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       醜い娘とヤル時にゃ、袋を被せてセニャ為らん。

       四つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       呼び付けてヤル時にゃ、恋文出してセニャ為らん。

       五つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       何時もの娘とヤル時にゃ、態位変えてセニャ為らん。
 
       六つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       無理遣りヤル時にぁ、色々目配りセニァ為らん。

       七つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       舐め舐めヤル時にぁ、後でウガイせにゃ為らぬ。

       八つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       山サでヤル時にぁ、 蚊取り線香でセニャ為らぬ。

       九つ出ました。ヨサホイのホイホイ。
       クマとヤル時にぁ、 猟銃構えてセニャ為らん。

       十と出ました。ヨサホイノホイホイ。
       父ちゃんの女とヤル時にぁ、勘当覚悟でセニャ為らぬ。

 はい、真にお恥ずかしい限りでありまする。多分、この高校性歌をスイスイ歌いこなせる諸侯は、団塊世代より上の学業宜しき方々と思われまする。単純明快為る髭の生えた『番から言葉遊び』にて、日本各地の伝統高に於いては、色々な歌の文句で歌い継がれていたのでしょう。これも、来しき好き時代の郷愁歌でもありまする。ご唱和下されば、幸甚の極みでありまする。

 春の麗らかなる一人散歩のお伴として、こんな『戯れ歌』を歌って帰るのも、又、楽しい物でありまする。
但し、周囲に人が居ない事を確認為されませ。携帯電話が蔓延する悪しき世為れば、ピピッと通報されてしまっては、今まで営々と築き上げて来た個人の尊厳為る物が、一瞬にして水泡に帰して終い兼ねませぬ。くれぐれも、お気を付け遊ばされませ。イッヒッヒ!!

心何処 事業仕訳・白服の女
                事業仕訳・白服の女


                 白服の女


 相変わらず、乱高下を繰り返す日々で有りまする。独り元気印の白花も、何処と無く疲労のご様子が見えると云うのは、私だけでしょうか。
 
 国家財政厳しき折、日本のジャンヌ・ダルクへの道は、中々に厳しい物が有る様ですね。映画の中の、イングリット・バーグマンハは美しく輝いていた物ですが、日本のレインボーを目指そうとしている白服の女騎士様の行方には、如何なる恩賞が待ち受けているのでしょうか。

 兎角、権謀術策の巣窟と云われる政治の世界で有りまする。加えて、国民注視のカメラが回り、私の様な下衆貧民の話のタネにされて、ヤイのヤイの大雑音に晒される現代民主主義の時代でありまする。確りと脳味噌に酸素が供給されます様に・・・

心何処ーショート 困ったもので有りまする。
              困った物でありまする。(4/27/10)
 今朝は、夢の最中に目が覚めた。矢張り、私の場合夢は、朝の布団の温もり温度と関係が深い様である。

 夢のシーンは、大学の3年か4年の学生の様な私が、新学期で上京する処から始まっていた。アパートで、咥え煙草で講座は何を取ろうかなどと思案しつつ、用意をしている。駅のフラットホームで、東京の汗ばむ暖かさを感じながら、電車を待っている。

 大学のキャパスを如何云う訳か知らぬが、女子学生と歩きながら、空いた時間を大教室を覗いて冷やかしで、聞いて行く私の姿が有った。法学部の学生なのであるが、経営学部・文学部の講義は、何度も暇潰しで聞いていた事がある。折角、大学に居るのであるから、何事も経験、聞いて置けば、何かの折に思い出す事もある。何事も、経験は無駄には為らないだろう・・・が、私の基本的スタンスである。
 私と彼女の嫌に大人びた態度に疑問が浮かんで、学生時分の私がこんなに大人の筈が無いのである。一緒に居る彼女の雰囲気も、学生に在るまじく、嫌に大人びているのである。こんな感じは警察用語からすると、肉体関係のある男女の姿である。

               ホンマかいな???

 何やらブルー系統のリボンを結んだ長い黒髪であるから、日本人には違いあるまいが・・・何故か、顔のはっきりしない女である。誰なんだろうと?と、顔を見たいのであるが、何故か? 顔がハッキリしないのである。
 それでも、違和感の無い居心地の好さが、私を捉まえているのである。変な例えではあるが、<心地良い既知感>と云った様な物が漂って居るのである。そんな彼女の存在は、手を繋ごうなんて気も起らない、『当然の関係に在る見たいな親しい女』なのである。

 こんな感じは結婚して生活を共にして居る男女の雰囲気なのである。見えている物と感じている物との間には、<大いなる齟齬>が拡がっているのである。

 まぁ、そんな疑問が大きく為って行く、布団の熱で軽く汗ばんで来て、敢え無く目覚めてしまった次第である。

 目覚めて見れば、夢とは過去のモザイク模様である。夢の世界は、何処とは無しに、既知感に内包されていて、然るべき像のコマ送りなのである。そんなコマ送りの像の中にいる<己と云う主体>が、夢の像に対して、観賞と感想を繰り返しているのである。
 夢とは、とどの詰まりが、既知の要素で構成されている『応用の疑現実』の様なものであろうか・・・ 既知の漠然とした世界であるから、多かれ少なかれ、それは意識の干渉下にあるのも、事実である。意識の干渉と云う『匙加減』が、多分、色々な夢のストーリー、コマ送りをしているのだと・・・私は、考えている次第なのである。
 そうだとすると、パシャリ、バシャリと呆気なくコマ送りされてしまう像は、考え様では意識の干渉に対する『一種の逃げ』なのであろう。夢を見続けて居たいと云う意識と、現実に引き戻そうとする意識の干渉の綱引きと受け止めれば、これまた、人間論理の浅はかさ・好い加減さが、仄見えて来る次第である。

 これを称して、俗世間では『戯け男の夢想癖』と蔑まれる実態なのである。
               イッヒッヒ!!

 夢の世界での観賞・感想・疑問が、目覚めた時の違和感に、<あっじゃ~> 夢であったのか・・・嗚呼、勿体無しや、叶わぬ夢の自由な世界なら、もっと楽しめば良かった。とか、夢で好かった。と冷や汗を拭ったりの一喜一憂を、苦笑いするのである。

 夢を凡人が、深刻に受け取ってしまったら、新興宗教を立ち挙げて仕舞い兼ねない。そうなれば、自由気儘なコマ送りのシーンを、デホルメ一辺倒に飾り立てて、預言者然として都合の好い論理を次から次と貼り合わせて、教祖様に収まるしか無いのである。

 人間には誰にだって狡猾な処があるから、理屈に理屈を重ねて、ゴテゴテに嘘八百代言を並べ立てるか、それらしき雰囲気装置を設えて、集団催眠術で洗脳するしか手立てはあるまい。組織が生まれて、組織が肥大化すれば、それで喰って行かねば為らない組織構造生まれてしまう。
 そう為ってしまったら、妄想集団に突入してしまうのは、必至の欲望地獄としか云い様があるまい。成功すれば、強大な金権力の玉座に座る教祖様。失敗に終われば、鉄格子の中の住人と成るしかあるまい・・・

 自分が主役の夢世界に在っても、頭の片隅に違和感を抱きつつ見る夢こそ、凡人の小さな愉しみ・喜びとする辺りが、程良い夢見と云う物であろう。
                ギャハハ!!

 歩いて温泉銭湯に浸かって来る予定が、何時の間にか、雨が降って来てしまっている。仕方あるまい、家で風呂を沸かして入るとしょう。ハハハ、実に困ったお天気さんである。

 昨日は天気が好かったから、草むしりの後は、庭のニラを摘んで卵とじにしたし、色白吟さんのお越しで、すっかり暗礁に乗り上げてしまった感のある沖縄米軍基地問題に対しての、落語長屋の住人腹案として、『密室言いたい放談』をしてしまったのである。

『シャラ臭ぇ~や、陸が為なら、いっその事、大空母を建造して、日本の領海に浮かべりぁ済む事じぁねぇか。空母はコンクリートじゃ出来ねぇから、コンクリートから人へで、雇用の創出にも為らぁね。戦闘機空母に、ヘリコプター空母をセットにして、対中国・対北朝鮮・対ロシアで配置すりゃ好からずよ。政党だって数の論理で、天下取った、野に下ったなんてゴタ句ばっかじゃねぇかい。

 政策がどうのこうのと、耳にタコが出来ちまったゴタ句を幾ら日替わりメニューで並べたって、人間・国の本質は力の台頭・支配じぁなかんべさ。考える能力を持っているのは、自分達だけだなんて頭デッカチ男に女が、テレビ映りに腐心し腐って宝塚のスター芸人じゃあるめいし、少しは、地味でも確り能力の冴えを見せ付ける実力・説得力・味って物を見せて貰いたいもんだぜや。好い歳かっぱらって、学級委員会じゃ無からずよ。生意気こいてると、お仕置きに張っ倒して遣らっかってもんだじ。幾ら、相手が国家のコクゾウムシだってさ、少しは物の言い方に気を付けないと、駄目ズライよ。

 手前の目立つ事ばかりの衣装と化粧じぁ、<コイツはナンジャラホイ。手前一人が目立つ事に、自己陶酔してるんじぁなかんべさ>と、痛くも無い腹を探られちまぅがね。そんな視野の狭い連中の口車に、皆が皆乗る訳が無ぇのにさ。俺なんかは、可笑しな人間だから、顔と格好見て、騙されねぇぞって、反射的に眉に唾引いちゃうもの。
<口先ばっかりで、何をギャアギャアほざいてるんだい!!> ってな物だわね。そんな奴らは、いざ実戦に為ったら、可哀そうな物だよ。真っ先に敵を打つ前に、ドサクサに塗れて、俺が後ろからズドンだわね。

 イザと為ったら、口先人間の頭デッカチなんざぁ、実戦の役になんか立つ訳無えわさ。兵隊って云う国民を舐めるのも、好い加減にしろちゃ~。ニッポンのロートルだって、怒りゃ強いんだぜや。<この税金ドロボーってな物>だわさ。東大出の政治家も、すっかり地に落ちたってモンズライな。情けねぇたら、有りゃしねぇよ。

 こんな事、代筆して貰ったら、如何だいね。過激すぎて、中国か北朝鮮の務所送りに為っちまうかいね。』

 こんな下衆ロートルの悪態・罵詈雑言ショーも、昨日してしまったのであるから、雨降りお天気さんで、ロートル・ショーを再演する訳にも行かず・・・

薄暗い窓辺に鳥籠を置いて、机上の水槽を眺めて居るしか能が無いのである。
 さてさて、ロートル吾が身は、何をして時間を遣り過ごしましょうかね。
           トホホ、困った物でありまする。

心何処ーショート 遅き鶯の初鳴きや。
             遅きウグイスの初鳴きや(4/26/10)
 PCを開いて、そうか・・・金髪美形の夢を見ようと意気込んで寝たのであったか・・・寝起きの酸欠脳味噌で、煙草を吸いながら、はてはて、俺は何か夢を見たのだろうか、などと思い出そうとするも、な~んも頭からは出て来ない。<願い、天に通じぬ>の事だったらしい。

 さてさて、ゴミ出しをするか。サクランボの白い花が、見事に咲いている。若しかしたら、今年は大生りするかも知れない。これは、期待出来る。ウッシッシ!!

 母の起きて来る迄には、未だ大分間がある。湯を沸かしながら、リンゴの残りをスライスして、ヒヨドリの食材とする。そんな事をしていると、ホーホケキョである。鉢植え植栽の移動をしようとして、スクーターを出しているお向かいのご主人の耳元に、

「聞こえた? ウグイスの初鳴きだよ。」
「どれどれ、どっちの方ずら。」

          ホ~ホケキョ、ホ~オ、ホケキョ!!

「おっ、本当だ。去年は啼か無かったのにな。今年は、遅かった。やっぱり、啼くものが、啼かなきゃ~、季節は、巡らねぇね。こりぁ、好い物を聞いたわね。」

 お向かいの奥さんと斜向かいの奥さんが、道で立ち話をしている。二人にも聞こえたらしく、此方に出て来てウグイスの初鳴きに、耳をそばだてている。

 洗面中の母にも、ウグイスの初鳴きを伝えると、聞こえていると大きく頷いている。食事の用意をしながら、廊下に回って庭木の動きに目を凝らす。動きを見付けて、静かに見守ると、居た居た!! ビワの木からミネゾの木に、ウグイスらしきシルエットが動いている。母の部屋のミネゾの木に移って、姿が良く見える。

    ホ~、ホケキョ!! ホ~オ、ホケキョ!! の二連発である。

 去年は如何云う訳か知らぬが、とうとう啼かず終いの春だった。これは、例年より、ズーと遅い初鳴きである。これ程の遅さの原因か如何かは知らぬが・・・ 初鳴きとしては、完成された立派なホ~ホケキョである。
 私は河川敷の散歩を日課として居るから、越冬のウグイスが川原の枯れ葦の中で生活して居る事を見ている。人間が知らないだけで、身近で冬を越しているウグイスにとっては、ウグイスの体内にあるセンサーにも、漸く春のスイッチが入ったと云う事なのだろう。

   そう考えると、今年の春の異常さが改めて、実感される思いである。

 朝食後は、部屋で極薄アメリカン・コーヒーを飲みながら、文作の印刷をする。昨日、散歩から帰って来ると、玄関に色白吟さんがDVDの交換に来た証の紙袋が置いてあった。その文作の続きを印刷して、何時来られても粗相の無い様に、入れ替えて置く為である。お互いロートルの身であるから、時間には束縛されない日々の中に在るには違いないが、其々にも時間の過ごし方と云う物がある。用意をして置いて、放って置く位が丁度好いのである。

       そんな事をしていると、夢の欠片が、フッと湧いて来た。

 夢のお相手は、アッジャジャ~、男であった。夢の残滓にも、エコ贔屓の差別がモロに当てられているらしい。彼は、可哀そうに夢の中でも差別的扱いを受けているらしい。

 彼は悪い男では無いが、奥ゆかしい性格の私には大いに手の焼ける男なのである。雑学にも通じて居て、話して居ても面白いし、目の付け処も好い線に行って居る男でもある。
 彼の兄が、高校同期であった事もあって、彼は私を兄貴と感じて兄弟付き合いなのだと云うのではあるが・・・彼の回りの人間が、私には悪過ぎたのである。そんな事で、或る意味では、彼の人間性の面倒見の良さが災いして、手に負えない難題をお知恵拝借とばかりに、私の処にストレートに持って来る事が、しばしば有った。

 私の持つ雑駁な知識・経験・問題解決能力が、世間のお役に立つのは、悪くは無い事なので・・・ 私も生一本の性向から、気軽に応じていたのだが、・・・ 儘為らぬのが、浮世の渡世と云う物である。

   とうとう、奥ゆかしい私とて、

 この馬鹿たれが!! 甘ったれて、俺の褌で相撲を取るのも、好い加減に晒せ!! 出入り禁止じぁい!! 破門じゃい!!

 と、怒る大魔神を炸裂させてしまったのである。へへへ、あれから、彼是、10年位経過するのであろうが、彼は、如何して居る事やら・・・ 夢の中で、彼が現れたのではあるが、私は、彼の姿を見て、見ぬ振りをして、スタコラ踵を返して逃げて来てしまったのである。夢の世界では、正直過ぎる自分が投影されているものである。彼に対する苦手意識が、夢の残滓の出現にまで『近付くな』のシグナルを送っているのであるから、困ったものである。

 まぁ、これも、<知らぬが仏>の範疇であろうが、まぁまぁ、彼も『息災に暮らせよ』と、無難にエールを送って置くしかあるまい。親交復活で、諸事揉め事相談所なんて、看板は立てれないシガ無きロートル・賄い夫の日々なのである。怒っちゃ、行けねぇよ。


心何処ーショート 親孝行の畑仕事かな?
               親孝行の畑仕事かな?


                 親孝行の畑仕事


 へへへ、困ったもので有りまする。昼寝をしてしまったら、中々に目が潰れません。昼散歩の一シーンを下手絵にして見ました。お時間のあるお方は、この下手絵を挿絵に昨日の日記『吾、満足為り』の文章世界にお目をお通し下さい。文章と下手絵で、お茶でもお飲み下さい。気分が和みましたら、嬉しゅゴザンスよ。
                  ウッシッシ。

   それでは、何方様もお休みザンしょ。俺ぁ、金髪夢を見るぞ~。
     遺憾いかん・・・本音が出てしまいまして御座りまする。

心何処ーショート 吾、満足為り。
               吾、満足なり。(4/25/10)
 好いお天気さんである。日差しに釣られて、老親子がミニ耕運機で畑を耕している。息子さんは、私より2~3歳年上であろうか。老いた父親を見る目線が、何んとも云えない好い目線なのである。耕されて行く土の黒さが、日差しの中で実に暖かい感じがして仕舞う。其処は、住宅地・箱物建造物の中に、ぽっかりと空いた畑である。

 住宅の並んだ通りには、その家の主の老人達が、スローな動きで生垣に鋏を入れたり、小さな庭の手入れをしている。濃いピンクの桃の花が、咲き誇っている。青い空には、千切れ雲の様に白い雲が、幾つも浮かんでいる。雲の白の陰影が、空のブルーと好くマッチして、溌剌としたコントラストを広げている。ベランダに干された寝具が、太陽光線を吸って居る。此処には、邪魔立てする雑音など無い。

 全ては、のんびりした日曜日の午後の光の中にある。例年のこの時季では、もっともっと気温の上昇が定着して居るから、Tシャツ散歩の風情には違いなかろうが、温かい日中は心地良い物である。明日は高気圧の安定で、もっと気温が上がるとの事である。山の輝きに、川に釣り糸を垂れて見ようかなどと、期待して仕舞う。

 日曜日は、夜までテレビを見ない事にして居るから、頭に雑音が残らない。こんな眺めから来る景色にだけ対して居ると、人間の気分も心も静かに大人しくして居るものである。生来の鈍ら・物臭男には、丁度好い脳味噌空間と云った処である。

 Tシャツ姿の学童兄弟が、日差しの下で自転車の手入れをしている。ポンプで空気を入れたり、汚れをホースで流し、雑巾で拭いている。好天が一日前にズレてくれて居たら、この兄弟はカゴに釣り道具でも入れて、川に釣りにでも行くのだろうか・・・ 

 昔は、水田用の溜池が幾つかあったから、この時季は浮き浮きして子供達は、フナ釣りに行って居た物である。田んぼ・畑が、ふんだんに在った私の子供時分である。緑の麦畑の頭上の青空には、ヒバリのピィーチク・パーチクのホバーリングが何処彼処に在ったものである。
 そう云えば、田にはレンゲ草が花盛りにして、ミツバチがブンブン忙しく飛んでいたのである。田んぼの用水路では、ドジョー達が身をくねらせて、底で居眠りをして、セリ摘みなんて姿も覚えている。

 こんな風景は、何十年も前に消滅してしまったのであるが、何故か歩いていると、無い筈の現実の中に、嘗ての懐かしい風景が語り掛けて来るのであるから、不思議な物である。・・・と同時に、そんな風景との対話がしたく為るから、散歩をしているのであろう。

 過去は、閉じ込めてしまうと文字通りの過去にしか過ぎないが、過る脳裏の過去に話し掛ければ、過去は現在に蘇る。一人散歩の効能は、脳内散歩の愉しさにも繋がる様である。 

 此処は小部屋の定位置と違って、太陽の輝きに微風の心地良さである。吾、満足為り。
 へへへの苦笑いを浮かべつつ、のんびりと徘徊散歩に精を出すロートル・クマ男である。

心何処ーショート 偶には、真顔で。
               偶には、真顔で。(4/24/10)
 朝からヘリコプターが飛んでいる。煩いこっちゃ~、昨夜は、余りにも酷い現実『特報首都圏』を見せ付けられ、如何にも我慢が出来ずに不眠症の態であった。まぁ、毎日が日曜日なのであるから、起きて眠く成ったら寝不足を補えば、それで好かろう。

           ああ、苛々する。ええぃ、起きちまえ。

 空気の総入れ替えに、窓を開ける。薄い青空に太陽の光が差し込んで居る。雲が大きいから、太陽は直ぐに隠れてしまう。それでも、日差しの有無では、魚達の輝き具合が丸で違う。メダカの死骸が、吸水口に2つへばり付いている。小網で掬って、窓からポイである。これで3匹目であるが、メダカ槽は今の処、順調と云って好かろう。油断は禁物にして未だ早計なのであろうが、今年はグッピィ槽の復活に為るかも知れぬ。

          川の神・バクテリアさん、宜しく、頼みまっせぇ~。

 雲間から、又太陽が顔を現わして、水槽を照らし出している。魚達の綺麗な色どりが光に映えている。水草も黄緑色の新芽を、ボコボコと数センチに伸ばしている。玄関の小鳥達は、朝の小煩い始動時を終えて落ち着いて来た。ヘリコプターは、盆地を周回しているらしく、爆音を遠く近く落としている。気温の方は、昨日と余り変わりが無いそうである。 
 さてさて、戸を閉めて来るとしようか。廊下の戸を閉める時に空を見上げると、太陽の運行域に大雲の居据わりである。風は無風状態であるから、ニャロメの段である。

 本日土曜日、ラジオは嫌いな女史殿の仕切るお時間であるから、小部屋のラジオにはスイッチを意識的に入れてないのである。無精卵撤去の籠は、一つの籠に全員集結であるから、籠を玄関から窓辺に移動させて遣る。
 残ったリンゴにヒヨドリが遣って来て、啄んでいる。再び窓辺に日が当たって、小鳥達は明るい外に向かって、活発に動き回っている。メス4匹を従えて、オスは生意気態度で、ブンチャカ・ブンチャカ・ビィービィーの囀りを伸ばしている。

一切、女が見向きもしない女日照りの広漠とした荒野に、住まう吾が身である。
 これ見よがしに、当て付けがましい。飼い鳥の分際で~。殺傷与奪の権能を持つのは、何を隠そう、俺様じゃぞ。吾が目の前で、交尾の飛び乗りとは、愈々以って恩知らずの忘八者の振る舞いではないか!! 今度、無精卵だったら、許さんぞ。アホンダラ!!

 洗面所に、母のお目覚めである。さて、朝の賄い夫にモード変えを致しましょうかね。

 朝食後のテレビでは、昨日の再映である。子供は<社会の宝>が、何処で如何、『魔違って』しまったのか、自立出来ない<社会のお荷物・穀潰し>の沙汰では無いか。

 こんな物ぁ、見るに値せずである。パスパスの態で、母の部屋を辞する。

 冗談こくな!! 躾け無しの過保護社会の身勝手世相が、遂に此処まで至ってしまったのである。三代同居家族が当たり前だった日本の地域・家族風景が、経済成長の中で都会に集中して、新三種の利器を手に入れ、豊かさと直輸入の戦後民主主義教育が核家族化を産み、個人主義の主張社会を突き進め、マイホームには小さな仕切りの子供部屋が作られた。

 敗戦国日本人は上も下も、アメリカナイズ・ソーシャル・イズ・ワンダフルワールド・イン・ジャパン!!の熱病患者だったのだろう。

 若い親達は、マイホームのローン・豊かな生活費を稼ぐ為に、社会に出て働いた。勢い、マイホームには、人の居ない時間が増え続ける。家庭での躾けが気薄に為って、その分、学校への躾けの強化を口にし始めた。
 田んぼ・畑に工場が建ち、里山にまでマイホームが建って、都市化の波が地方にまで及んだ。少子化と遊び場の浸食に、子供達は遊びの中での集団の決まりを、上級生から躾けられる機会を失ってしまった。
 鍵っ子と呼ばれた子供達は、それでもテレビとゲーム、個室を得る事で、躾けの無い<新子供の世界>を手に入れて行った。斯様にして、家庭・遊び社会・学校での嘗ての日本の躾けは、音を立てて衰退して行った。
 荒れる学校・荒れる家庭が、社会問題としてマスコミを賑わせ、苛めに依る登校拒否児童が異常から、有り触れた事に為った。家庭崩壊・学級崩壊・社会崩壊、自閉症・引籠り・モラトリアム・勝者と敗者・鬱病の蔓延・正規労働者と非正規労働者の囲い込み・モンスターペアレント・・・etc 巨大なエゴと豊かな個人主義の突き進んだ結果が、もたらせた物の何たる虚しさか。

 分断されても、未だ気付かない、気付こうとしない風潮・ご時世とは、一体何なのだろうか・・・ 寂しい癖に虚勢を張ってまで、虚しさを助長させて行く社会の姿は、目を覆うばかりの『不気味な社会』を生み出そうとしている。いや、もう、その扉を開けて仕舞っているのである。

 学問を授ける大学が、今や『若者自立支援機関』に成り下がっているのである。 
 大学側としては、授業料を運ぶ金の卵の学生達が、家を離れての学園人間関係を結べずに、退学されてしまっては、大学の経営基盤の崩壊を招く。少子化に依る学生減少で、門戸を広げるだけ広げて(一説によると、大学進学率は50%に届くそうである。)、やっと確保に漕ぎ着けた金を運ぶ学生達を取り零してしまっては、大学経営崩壊の危機に直面する。学力・学問以前の学生数確保の至れり尽くせりの『過保護政策の真っ只中』との事である。

 何の事は無い、小学校から大学まで過保護のトコロテンが、繋がってしまった教育機関の衰退の様でしかない。こりゃ、誰が見ても、異常な社会じゃありませんか。若しかしたら、豊かさの無駄遣いじぁありませんか・・・そろそろ、振りっ子を止めて、張り子の豊かさの欺瞞性と脆弱性に、確り目を向け様じぁゴザンせんか。違いますかね・・・

 昨日から、白服レインボー為らぬ白服レンボー女史の事業仕分け第二弾が始まったとの事である。事業仕分けの最大の尺度は、費用対効果の一点らしいのだが、子供手当・高校授業料無料化政策を推し進める彼等には、『特報首都圏』レポートは、費用対効果の尺度は如何作用して、問答無用の大ナタが振り翳されるのか・・・真剣に見て見たい物である。

 大衆迎合主義政策の成れの果てが国亡の結果では、ヤオヨロズの神々のご先祖様に申し開きが無いではないか。切腹してお詫びしろとは言わないが、少しはシャキと為さいませ。

            Tの電話で、コーヒースタバに行く。
 ほうほう、本日は、さながら自習室の様な二階席である。Tとの会話の口火を上記の様に話して、コーヒーを飲む。二人顔を顰めて、苦過ぎるコーヒーにウンザリの態である。

                 冷静なT曰く、
「まぁまぁ、インテリさん、あんまりカッカしなさんな。俺達は、未だ幸せ者だぜ。アメ公の真似して、60年掛ってこの体たらくさを味わってるんだけどさ。韓国・中国を見てみろよ。今は、日本の真似して急成長だわさ。便利・手軽一辺倒の物が溢れている分、精神崩壊のスピードは、日本の比じゃあるまいよ。
 俺達は或る程度のレベルと教育を受けた者は、本もマスコミの御厄介に為らずとも、お前同様に、時代の振り返りをする事が出来るんだから、未だ益しと云うべきだろうよ。
 其処まで到達して居ない国・社会に、チャカチャカするだけで事足りてしまう<携帯毒文化>が蔓延しちゃうんだぜ。スピードが速過ぎて、ヤッコさん達は、幾ら受験勉強・袖の下で大学出ても、自分の足元も見れんじゃないか。分かるとしてもだ、人の書いた活字を知識として喋るしかあるまい。知識を現実の社会でなぞる事が出来るか出来ないかは、天と地の開きだべや~。
 考え様では、不幸のマッハスピードだろうが。足元に気付かないのは、不幸だとおもうんだがなぁ~。あい!!
 俺達は、ゴミ見たいなロートルだけどさ、退職して週に一度、こんな屈託の無い話を普通に話せるだけでも、老後に潤いが湧くって物ズラいなぁ。カリカリは、癌細胞の元だぜや。イッヒッヒ!!」

「まぁ、シャー無いか。了解。」

 Tの父上は、風邪で軽い肺炎の疑いありで、入院中との事である。久々の一人の自由を満喫している由。『分かる分かりまするがなぁ~、ヒヒヒ。』のニヤ笑いの相槌であった。

 二階席の室温の暑さに、外のベンチでのスモーキングタイムに移行したまでは好かったが、いやはや、寒いでは無いか。メダカの歩留まりに助平心を起して、グッピィの先発隊を買って帰ろうと思って居たのであるが、止めにした。

  さてさて、母上の昼をしてからは、寝不足の補給でもするべしである。

心何処ーショート 灰色寒空に南天、新芽の哀れさや。
         灰色寒空に南天、新芽の哀れさや(4/23/10)
 朝飯のテレビに、ついついコタツから抜け出すのが億劫に為って仕舞い、母を相手に呆け漫談を広げてしまった。まぁ、これも母へのご機嫌伺いにして、倅の務めの一つである。

 本日の議題は、カーク・ダグラス、マイケル・ダグラスの大スター一家に生まれた三代目の覚せい剤裁判に端を発しての、俳優さんへの私見の展開であった。この分野は、私の得意分野であるから、ついつい饒舌に為って日米の有名俳優さん一家の棚卸をして仕舞った。 
 母に馴染みのある俳優さん達が、私の毒舌に掛って、可哀そうに『ある事無い事のオンパレード』の餌食に為ってしまった。老齢な母にも、俳優さん達の顔が浮かぶから、面白かった様で、大きく頷いて聴き惚れていた。笑いは、脳の活性化をもたらすとのお説もあるから、日米の大スター様・・・お許しあれ。イッヒッヒ!!

 さて、米を買いに行くとしようか。雨は無いものの、完全なる冬日である。春の風情と称される花吹雪が、雪吹雪と感じられてしまうのは、一体全体・・・如何なる作用に依るものか??? 

   花の命は短くて、苦しき事のみ多かりき・・・
     吾が命長かれど、訳の分からぬ事の多かりきは、何としょうぞ。
     オー・マイガット。プリーズ、ティーチ・ミィ。ヘルプ・ミィ。

 鼻を啜りながら、上り勾配のペダル漕ぎの最中に、浮かんだフレーズである。矢張り気温が低下すると、ペダル漕ぎは息が切れる物である。米屋さんに着くと、ご主人は事務所に籠って、ストーブを点けている。来週は早や、五月に突入すると云うのに、全く先の読めぬお天気さんである。テレビで増添新党の記者会見の模様が映っていたから、暫し、ロートル政治談議をする。

 民主党・自民党の政治家の内部意見が、何の編集も無く言葉を発した儘で、次から次にテレビで放映されてしまうから、三月~四月の天候不順の様と同様に、一般愚民の好奇心も興味・期待感も日々薄れてしまい、倦怠感しか生まれて来ない。これでは、呆れ果ての都都逸か川柳を作るしかあるまい。何時に無く盛り上がらない政治ネタであった。

 さてさて、煙草も吸いたく為って来た事でもあるし、お暇致しましょうかね。

 腰を挙げて出ようとした処に、ご婦人客が入って来られた。中々に小奇麗な婦人である。近くの歯医者さんの奥方との事である。一応、風呂上がりの綺麗な体であるから、話し相手としては、そう無碍にもされそうも無い処なのではあるが、
 戻って、話をして見たい『助平心』はある物の・・・それを遣っちゃ~、私の品位が穢れると云う物である。此処は、初対面である。グッと堪えて、常識人面をしてご挨拶だけを申し上げて、寒空に自転車ライダーである。

 小部屋で煙草を吸って居ると、窓辺の雑木にハイエナギャングのヒヨドリが遣って来た。寒そうに羽毛を膨らませて、私を見ている。台所には、呆けリンゴが一つ残っていた筈である。半分を切って、窓辺の餌入れに入れて来る。フェンスの南天に赤い新芽が伸びている。灰色ばかりの曇天の風に吹かれて、寒々とした新芽の哀れさである。

心何処ーショート 気の滅入る天候不順
              嗚呼、気の滅入る天候不順。


                 天候不順


 へへへ、ウンザリとしか言い様が有りません。如何し様も無い天候不順の日々で有りますね。地震・火山の爆発の無いだけ、諦めるしか有りませんかね。こんな天候不順の中でも、草木は緑を増しています。明日も降るらしいですよ。

 体調管理などと云っても、乱高下気温の日々で有りまするから、ゼロ戦ファイターで鍛えられては居りませんから、困り物ですよね。アッシはお役御免の賄い夫にして、『はい、私ぁ、ツルツル坊主ですから、皆様の気持ちを代弁して、テルテル坊主をして上げたい。』のですが、庭にネギを抜きに行ったら、パシャパシャとツルツル坊主に集中砲火を浴びてしまい、おお、冷たい、寒いでファンヒーターの御厄介に為って居る臆病者で有ります。

 如何しても、全裸に為らなければ行けない局面に至っては、部屋を暖房してお励み下さい。然しながら、運動・興奮に依る発熱量の事も十分考慮に入れて置く必要が有りまするぞえ。
 何と云っても、現政権下に在っては、少子化対策の大目玉が、子供手当の国策で有りまする。これは、成功報酬でもありますれば、性交時の風邪手当は、一切該当致しません。くれぐれも誤解・錯覚無き様に、お願い致しまする!!
 子宮けい癌予防ワクチンへの地方自治体の接種費用の負担が、ニュースとして取り上げられては居ります物の・・・拡大適用には、広く国民の合意の形成が必要なのでありまする。軽挙盲動は、慎んだ方が身の為で有りまする。
 
 昨今は、モンスター・ペアレントなる怪物が日本を席巻しているそうで有りまする。怪物増殖の果てが、モンスター・カップルに発展し兼ねません。昔の職人言葉には『怪我と弁当は、手前持ち。』なんて立派な物が、あったやに聞き及んで居りまする。加えて、『風邪は万病の元』とも云われて居りまする。


 どうぞ、万端抜かり無く、自己管理・相互管理をば、自己責任で為されませ。
                イッヒッヒ!!

心何処ーショート へへへ、ロートル作業日報。
   <ニャロメ、遣れば、大体の物は出来る。>のである。(4/22/10)
 天気予報通り、好い降りである。窓辺の雑木に、漸く芽吹きである。アジサイには、緑の葉が開いて、小さな勢いを見せている。ハナカイドウの赤味のピンクの蕾が開こうとして、雨に打たれている。お向かいさんのピンクのシバサクラが、寒そうに沈んでいる。流石に、鳥の声は無い。
 金魚達は、朱・赤・白の色合いを静かに見せて、水槽の中をユラユラ・口パクパクと泳ぎ回り、此方を見て餌を催促している風である。メダカ槽も、死んだのは一匹だけであるから、一先ずは安心である。玄関の金華鳥は、ハコベを巣の中に引き入れてチャッチャッカと小さな声を出しているだけである。母の動きを待って、静かな雨日である。

 昨日は、散歩のお時間を草毟りに充てようと始める。始めるに当たって、金華鳥の巣を取り出して卵を太陽に翳して見る。予想した通りに、全て夢精卵であった。
 さて、始めると致そうか。家庭菜園用に明けてあるスペースの草毟りをしていると、目が石積みに向いてしまう。

 石積みの部分が、押されて大分膨らんで来ていたから、春に成ったらボチボチ積み直そうと考えていた。それが四月の春冬混交のお天気に、腰が引けていたのである。眺めて念力を送って見た処で、石積みが元に復元する訳も無く、千里の道も一歩からなのである。 
 崩れてしまってからだと、それは緊急を要する『賦役』と為ってしまう。賦役と為れば、何か<奴婢>の扱いを連想させてしまう。私は根性が些かねじ曲がっているから、強制されて作業をしなければ為らないのは、如何にも気に食わない<天の邪鬼>のである。

 予定して居た事であるし、一向にお天気さんが信用出来ないこの頃の天候不順の様である。観念して軍手と長靴の出で立ちで、作業開始である。石積みは、石ころだらけの素人積みであるから、一か所を崩せば、呆気ない程の瓦解振りである。
 長らく母の一人住まいであったから、土手に不法駐車する車の重みと雨水の浸透に、何十年に一度かで石積みが崩れ落ちるのである。駐車人は母に掴まって、原状回復を申しつかるのであるが、気合が入らないから、お座成り積みに終始するのである。そう云えば、母に泣き付かれて土日返上で出張作業に来た事が二度ほど有った。

 私は自分で云うのも、何ではあるが・・・相撲取りの様な体躯にして、体育会系の性格の男である。黙々と一人仕事の肉体労働は、疲労困憊の態ではあるが、遣り遂げた後の満足感は気分が好い物なのである。何事もペチャクチャ、ダラダラ作業は、私の美的感覚からすると見苦しき光景である。遣らねば為らない時は、黙々と作業をする方が、私の性に合っている。
 これは、きっと口応え・泣き事を不可とした序列優先の男兄弟だけで育ち、学校代表として陸上競技で扱かれた経験から来る習い性なのであろう。男とは、いざと為ったら腕力と根性の肉体労働が出来て、『何ぼ』の物なのである。それも他人を頼らず、一人黙々と額に汗するのが、男たる所以と考える<男の嗜み>なのである。
 碌な脳味噌も持ち合わせていないにも拘わらず、口先だけでインテリ面をする輩は、愚の骨頂・男の風上にも置けない下衆野郎にしか過ぎないのである。とは言う物の・・・

 それにしても、こりぁ、エライこっちゃ~、やいやい、本気で遣らなきぁ、収拾が取れんぞな・・・ 嗚呼、凄い騒ぎと為ってしまったわな。嫌だねぇ~。逃げたい物だわさ。

 嘆いても、作業時間が余り無い。此処は番から男の、人間重機の本領を発揮して、ロートル・メタボを酷使するしかあるまい。オイラは、男で御座る。遣るしか無い!!

 セーターを脱ぎ、シャツを脱ぎ、終いにはTシャツで、ヒィーコラ、ヒィーコラの土塗れ、汗ポタポタの格闘である。デッカイ石を前に、怪力と云われた腕力ではあったが、今や、ロートルである。下手に抱え込んで、ギックリ腰にでも成ったら、物笑いのタネ・賄い夫仕事に支障を来す。腰を十分に割って、深呼吸を二度三度して、大石を抱え込む。
 いやはや、還暦を通り越した男がする仕事では無い。つくづくと、時代に逆行する男である。生来の向こう気ばかりが、空転する。馬鹿に付ける薬無しの森の石松状態である。

 これは、きっと西部劇の見過ぎに違いあるまい。人生のお師匠様と心酔し切った俳優さんが、バート・ランカスター氏であるから、仕事を途中で放り出す訳にも行かぬ・・・

 息が上がってフゥーフゥーの態ではあるが、こんな事で、ヘタッては、男の美学・文武の男が廃ると云う物である。如何にか、石積みの概略を積み上げて、母の部屋にお茶を飲みに行く。普段使わぬ筋肉が、ガタガタである。

    お茶を飲み、黒かりんとうを頬張れば、黒糖のエネルギー?である。

 さてさて、区切りを付けねば、男のプライドが賄えぬ・・・ 馬力の衰えたロートルの仕事は、持続への根気度が肝要である。頼る者無しの覚悟仕事である。弱音を吐く勿れ。

  遣れば遣っただけ、仕事の分量は確実に減少するのである。・・・とほほ。

 太陽が大きく傾く頃に、仕事は収まった。やれやれの満足感に、身体の筋肉がゼェーゼェー軋んでいる。フゥ~、人間、歳は取りたくない物である。出来上がった石積みは、十分なる合格点の範囲である。武闘派ロートル・クマ男は、ギリギリの健在なりである。

 ザマァ、見遣がれ。男は、伊達にキンタマをぶら下げては居らんのじゃい!!

「婆さん、俺は疲れたから、早いけど、有り合わせの残り物で夕飯食べて、寝るわな。」
(★根が働き者であるから、昼飯返上で、ヒィーコラ、ヒィーコラ作業を続行して居たのである。)
 
 そそくさと、食事を腹一杯食べて、少し寝るとばかりにコタツで寝る。座布団を枕に、即バテ寝に落ちる。目覚めて、テレビを見る。明日は、再び急降下の終日の寒い雨との予報である。

 アジャジャ~、左様でゴザンスかね。結果論からすると、好いタイミングで石積み作業をクリアしたと云う物である。お天道様のお力とは、真に凄い物である。遍(あまね)く地上のちっぽけな下衆ロートルの働かせ方も、ちゃんとご存じであるのだろう。全ては、お天道様の掌で転がされている様な物である。私に作業をさせた後は、休養日とさせ、雨を降らせての『雨降って地固まる』のフォロー・アップまでして下さるらしい。

はいはい、何から何まで、お導き下さって・・・有難うさんにゴザンスわね。

 私の様なヤオヨロズの神々の思し召しの有難さを信仰する自然崇拝者を、非科学的原始人と馬鹿にする現代の風潮ではあるが、とんでもない思い上りである。

  以上、物臭ロートル男の作業日報でありまする。へへへ。


心何処ーショート さぁさぁ、皆の衆。無責任音頭に手拍子、手拍子~。
    さぁさぁ、皆の衆。無責任音頭に手拍子、手拍子~ (4/21/10)
 映画のビデオテープを、ジャンル別に整理している内に、もうウンザリしてしまった。又の機会に回すしかあるまい。水槽が綺麗に為ったから、夜に為ると水槽の金魚達が鈍い光の中で浮かび立つ。何時も身近にいる者同士である。見ない風を装って、金魚達は私を見ているのである。目を合わせて遣ると、罰が悪そうにスッと影に身をくねらせて行ってしまうのである。こんな処が、観察し合う動物同士の面白さだろうか。

          ニャロメ、金魚の分際で偉そうに・・・フン!!

 布団に入ってのお伴は、Tに貰ったマリリン・モンローの<帰らざる河>である。今の映画と違って、ゆったりと流れるストリーのテンポと、善悪のはっきりしたテーマが流れているので、ロートル世代としては実に『見心地が好い』のである。帰らざる河を下る筏に、襲撃インディアンが泳いで来て、M・Mのシャツに手を掛けて、破っては見た物のロバート・ミッチャムに蹴り飛ばされて、哀れインディアン殿は激流に没す。何回も見ている帰らざる河の一シーンであるが、何時見ても、ニヤニヤの爆笑シーンである。

 そりぁ、インディアン殿、時・場所・人種は変われど、男にとって美女・美形は、垂涎の衝動でゴザンスわね。俺だったら、銀幕の大スターM・Mに直接手を掛けれる千載一遇のシーンである。監督、M・Mの罵詈雑言を何度浴びせられ様と、ミッチャムのデッカイ蹴りを浴びようとも、折角掴んだ役得である。NG連発は、必死の演技だわさ。分からぬでは、男が廃ると云う物である。ニャハハ!!

 今時の映画は何かと派手派手の忙し過ぎて、台詞言葉が先行し過ぎているから、役者さん達の表情観賞には不向きなのである。幾ら作りものの映画の世界と云えども、表情を置いてきぼりの台詞であっては、身も蓋も無い。
 男は黙々と身体で演技を体現させ、女は美形の表情一杯で役を表現するのが、一番なのである。人間同士・男と女であるから、言葉と表情の一致・不一致の中に、真意を読み取る間合いが欲しい物である。
 
 映画の美男美女のスクリーン大写しの中で、ロートル世代は人情の機微・男女の心の機微・社会性を、活字文学以上に学習して来た物である。これを称して、『真摯なる観賞態度』と云うのである。

 デカイ声では言えないが、私は表情観賞の分野では相当に好い線を行って居る筈である。私には、口さがない連中からは、『国籍不明の歩く性器』などと減らず口を叩かれた過去がある。 
 然しながら・・・ それらの評は、私に言わせれば、それは大きな間違いでしか無く、感性・知性・痴性・教養・見識の類からすると、月とスッポンの『レベルとラベルの違い』から生ずる処の『下衆のジェラシー』と呼ぶのが、真実なのである。

 ウッヒッヒ~!! 文句があるなら、ほざいて見遣がれ!!ってな物である。

 オッホン。何故ならば、それは伊達や酔狂でスクリーンの華と云われる白人美形様達の表情を、歳端の行かぬ幼少時から観賞して来た訳では無いのである。増してや、字幕スーパーとの絡みで、素早く表情と表情の意味を掴み取らなければ為らないと云う至難の訓練を要する。そんな長い訓練を積んで来た賜物が産んだ一つの結果が、外観と内観の絶妙な体現として国籍不明の歩く性器と云う『フェロモンの発生装置』である事を、丸で理解して居ない『戯言』なのであるから。

分かり易く端的に云えば、『』で括る個所が間違っているのである。戯け連中めが!!

 それが、鉄のカーテン・ソビエト体制が瓦解して、ウクライナ、ロシア美形の出稼ぎに依って、長い揺籃期を経て熟成に熟成を重ねて来た吾が学習効果が、スクリーン美形を現実にした如き肉声を放ち、芳しき香水と体臭を織り交ぜた実現の女性を対象として持つに至り、不断の妄想が一気に開花したまでの事なのである。

 吾が親友にして女道の師匠・T曰く、<好きと嫌いじぁ、恋には為らぬ。>は、古の太古の昔より、男女間で真理を刻んで来た絶対条件なのでありまする。それを『国籍不明の歩く性器』などと下衆のレッテル貼りを、幾ら禿げ頭で吸い付きが好いからと云って、ペタペタ貼り捲られてしまっては、折角、私を選んでくれた美形さん達に、失礼に当たると云う物であろう。増してや、美形の吾が母に対して、言語道断の失礼さであろうが。

 そんな事をした日にぁ、ツンとお澄まし顔のプライド高き白人美形様達からは、名誉棄損で損害賠償をシコタマ取られるべや~。ギャハハ!! ザマァ、見遣がれ!! 

 ハハハ、何時の世にも、モテナイ男と云う者は、口達者な生物である事か・・・
何処で、如何脱線してしまったものやら、吾ながら開いた口の塞がらない。心にも無い事を饒舌に打ち進めてしまった物である。反省しなければ、これは『良心の敵』の所業である。こんな妄想小部屋に閉じ籠って居たら、精神に異常を来してしまう。

 さてさて、風、強風為れど、此処は外の空気を満喫させて、スカンポ脳味噌に、座右の銘・『毛無し・金無し・女無し、止めの甲斐性無し』の侘びしき現実の姿にモード変えをしてくるべしである。

 追伸、打つは無責任。言うも無責任。読むはタダ。笑うもタダ。同じ無責任、タダなら、愉しむが肝要で御座りまする。ねぇ、そうじゃ有りませんか、皆の衆、イッヒッヒ!!

心何処ーショート へへへ、吾、暇人為り。
            へへへ、吾、暇人為り。(4/20/10)
 落ち着かないお天気ばかりが続く。風呂に入って、スキンヘッド・洗濯をした後は、川の水を汲んで来て水槽の洗濯である。隣水槽も風呂場に持って行き、ゴシゴシ、ジャバジャバとタワシ洗いをする。動かなく為ってしまった濾過機・エア装置をひっぱ叩いて、セットして見る。生意気に、知らん振りをしてい遣がる。機械が冬眠して、何とするか!!

 胡坐を掻いて老眼鏡にドライバーで、チョコチョコと悪戯をしていると、動き始めた。為るほど為るほど・・・分解して見ると、仕組みが簡単であるから、私にも分かる素直さである。

 さてと、自転車で小鳥の餌・メダカでも買いに行こうとすると、ポツリ、ポツリだった雨が、音を立てて落ちて来た。やれやれ・・・とんだお天気さんである。受け入れ態勢にして仕舞ったのであるから、行かぬ訳には如何にも我慢が為らない。伊達や酔狂で、小雨の中をバケツ二つを持って、川に水汲みに行った訳じゃないのである。それも二往復じゃい。費用対効果をヤイノヤイノと捲し立てる白服レンホー議員にお仕置きされてしまっては、堪らんぜよ。雨の日こそ、文明の利器・車で行って来た次第である。
 
 去年は、今まで命を繋ぎ続けて来たグッピィ達が全て死に絶えて、何度も買って来た物の、全滅の憂き目に遭い、思い余って安価なメダカで水槽の復活を見守っていたのであるが・・・これまた、???? 全滅を繰り返してしまったのである。そんな事で、ズーと空き水槽と為っていたのである。
 私としては、ヒメダカ30匹・黒メダカ20匹を買って来て、水槽世界の捲土重来を期す魂胆なのである。さてさて・・・如何なる結果が待ち受けているものやら???

 艶やかなグッピィのヒレ舞いの小世界と比べると、何段も開いてしまう地味なメダカ軍団ではあるが、空き水槽よりは据わりが好い。遅い昼食後の時間を、小部屋の定位置で煙草を吹かしながら過ごしていると、雨の野郎は止んでしまった。風も収まっている。

 すっかり信用度を失ったお天気さんではあるが、散歩でもして来るしかあるまい。全く信用為らない天気であるから、近間の周回散歩をして、天気模様次第では早々に帰って来るべしであろう。金華鳥の抱卵は、如何やら無精卵の様で失敗の模様である。数日の間に、無精卵を捨てて、仕切り直しをして遣る必要がある。

      ボケ~として居ても、始まらぬ。散歩に行くべし。

 外に出ると、西向かいのオバサンが、太った体で草むしりをしている。
「はっきりしない冬開けだねぇ~。誰が、悪いだいね?」
「本当だわ~。その癖、放って置くと草ばっかりが、あれよあれよと伸びちゃう。今年は、変なお天気さんだね。お婆ぁちゃんは、元気にしてるかい?」
「あいあい、まぁまぁの具合ってもんずらいね。相変わらず、ヨロヨロしてるよ。」

 曇天の南風である。南風だけあって、部屋に居るよりも外の方が暖かい。ボチボチ歩きを始める。桜の衰えに、赤ピンクの桃の花が咲き始めている。川原の水柳の木も黄緑の幼葉に包まれ始めている。ツバメ殿も、低空・上空飛行のスマートさである。

 キジバトもカワラヒワ、シジュウカラも番いを組み始めている様で、二羽の行動が見られる。落葉樹の木々に葉の芽吹き・成長を見て、野鳥達は番いを組んで巣作りをスタートさせるのだろう。
 人間達は自惚れ生物の典型であるから、春の麗らかさに本能の血の騒ぎなどと、知った風な顔で軽く片付けてしまうのだろうが、そんなに単純に押し並べて『本能の為せる業』と云ってしまうのは、早漏為らぬ早計の沙汰であろう。
 彼等の繁殖行動のスタートには、日の長さ・気温も然る事ながら、その結果の象徴たる木々の芽吹き・成長が、直接のスタートなのだろう。枝葉の茂りの中に巣を作り、ひたすら息を潜めて抱卵二週間。雛が孵る頃には、若葉を食む昆虫達の幼虫が大繁茂する。それを餌に雛達を成長させる。これは、本能と云うよりも学習効果のDNAインプットと云った方が、捻くれロートルには首肯出来る現実である。

 小鳥達の声・囀りを聞きに、護国神社に足を向ける。神社さんでは、植木屋さんが内鳥居の松の剪定をしている。高い脚立作業である。密集した松葉をチョッキン、チョッキンと根気好く間引きをしている最中である。いやはや、これは根気勝負の大変な作業量である。あんぐりと口を開けて眺めていると、首が疲れてしまった。

           へへへ、暇人と云うより他ない。

さてさて、今度は体育館・会館回りの桜の林に足を伸ばして、帰るとしようか。
 
 アジャジャ、またまた、雨様のお越しである。さぁさぁ、本降りに掴ってしまったら、事は一大事である。老兵は、オイッチ・ニー、オイッチ・ニー、の本気歩きにモード変えで逃げるしかあるまい。ニャロメ!!

心何処ーショート 診察台並べて、歯医者なり。
           診察台並べて、歯医者なり。(4/19/10)
 朝が暖かいと、直ぐ起きずにボケーと布団の中に居たい物である。煙草を持ちに隣部屋に。入れ歯にヒビが入って、物が噛めないと言っていた母である。

 朝食前に母の部屋に行って、歯医者に行けるなら、順番を取って来るからと聞いて来る。人間、食べなければ死んでしまう。顔を顰めながらも、布団の中でコックリと頷いている。

 はいはい、承知致しましてゴザンスよ。自転車に乗って町内の歯医者に行って来る。ついでであるから、私も歯の検診を申し込む。有難い事に、今日の9:30に入れてくれた。

 その旨を伝えて、小部屋の定位置で朝のモーニング・コーヒーを飲みながら、母の支度を待つ。歯医者は隣町会との境に位置している。短距離に車の乗り降りは、足の不自由な高齢者には負担である。車椅子に乗せて、押して行った方が、何かと外の空気を吸える。増してや、桜の盛りである。

 少々、待たされたが、こんな時でも無い限り、雑誌を読む機会も無かろう。老眼鏡を持って来なかったから、活字の殆どは二重呆けの3D雑誌である。施術前の記載ペーパーがあるから、私は二人分の記載をする。
「すっかり、綺麗に為って、盛って居るんだろうね。記入しなければ為らないから、一人じゃ、絶対に無理だものね。連れて来て貰って、好かった。」
「まぁ、そう云う事だわな。丁度、俺も歯を見て貰う、丁度好い機会だわさ。」
 雑誌の大きな文字だけを拾い読みして居ると、母が呼ばれた。キャスター付きの椅子に座らせて、其の儘、診察台に押して行く。

 う~ん、婆さん、大分時間が掛って居るな・・・ 漸くお呼びが掛った。診察・治療室には、診察台が3セットされて居て、私は真ん中であるから、左隣が母である。すっかり小さく為った母が、チョコンと診察台に収まっている。私のデカイ図体が診察台に乗ると、年老いた母は、幼児の様に安心した笑顔で、倅の私を見ている。可愛いものである。

      イヒヒ・・・如何やら、私は立派な保護者なのであろう。

 此処の先生は、中々の人物で田舎丸出しの応対をしてくれるので、年寄り達は、緊張をしなくても好い雰囲気を持っている歯医者さんなのである。先生の質問に、隣の母は、人懐こい年寄りの様に、受け答えをしている。機嫌が好い様である。

 私は、歯のレントゲンを四枚撮って、歯石と小さな虫歯の治療が一本あるとの事で、三度程の通院との事である。

「おバァチャン、これで修理で来たから、使えるよ。チョットした微調整が有るから、連休明けに、一度だけ来てよ。息子さんと一緒の日にして置くからね。大丈夫だよ。直ったよ。」

 母の入れ歯は、此処で作って貰った物である。通わずに、その場で直してくれた事に、母は大喜びの態である。難問解決に、浮かれている様子が窺がえる。年寄りにとっては、食べる事が最大事の事であるから、無理もあるまい。噛めずにモゴモゴして居られては、一緒に食べる私も、好い気はしないのである。50数年を経て、保護者が入れ替わってしまった母と息子である。

「ほら、婆さん、桜が綺麗だろう。まぁまぁの気温で助かったよ。西のアルプスさんも、好い色をして居るわな。一杯、深呼吸して行くんだわな。」
「帰りは上りだから、何の役にも立たないのに、体重だけはあるから、重いだろう。罰が当たるね。」
「へへへ、そう云う事だわな。ボチボチ行くから、気にする事ぁ無いわね。」

 とほほ、伊達に上り勾配では無い。散歩の体感からすると、結構、重い物である。抱きかかえる様にして、車椅子から下ろして、コタツ地蔵さんを確かめて、再び自転車に乗って、スーパーへ買い出しに行って来る。

 さてさて、午後からは、牛蒡・人参を刻んで、挽肉・シラタキを入れて、好評のキンピラ・ゴボウでも作りましょうかね。

 浮いた時間は、Varvara russianをグーグル検索して、ロシアン美形さんのショーでも、YouTubeで愉しみましょうかね。ウッヒッヒ~。

 これこれ、シングルママさん、そんなに怖いお顔をしなさんな。アッシャ、Varvaraさんに、アナタの面影を投影させて、遥か異国のウラジオストクに欲情を燃やしているんでゴザンスよ。
 アッシャ、神仏に誓って、アナタの大ファンでありまするから、金髪美形のお二方は、甲乙付け難いビユーティフル・ロシアン・ウーマンでありまするぞえ。同国人の金髪美形同士じゃゴザンせんか・・・<恨みっこなしよ>なんて、歌謡曲が日本には有るんでヤンスよ~。ウッシッシ!!

心何処ーショート 吾が身の丈の役目??
            吾が身の丈の役目?? (4/18/10)
 日曜日のテレビを見ていると、政治家とジャーナリストの<ああじゃ、こうじゃ>の政治よもやま報道だけである。テレビに出て来る顔触れも、テレビの切り口も、遠に食傷気味にして政治議題も、トンと進まぬ堂々巡りの言い合いの態である。指導力・求心力も無い党内鵜合の衆の感じさえして来て・・・早々に、母のテレビ部屋から退散の態である。

 こんな事態・国状の時には、古来より伝わる『国民感情の外逸らす戦法』が有った筈である。この戦法は、施政者の好く使う『常套手段』と好く云われている。世界を『友愛の気高さで繋ぐ』平和主義者の鳩山路線でも、当然使用されているのだろう。それが、米軍基地の沖縄県外移設のアドバルーンなのであろうが・・・

 政治状況と云う物は、得てして崇高な息の長い路線には、余り味方をしない事の方が多い様である。歴史の寵児・歴史的足跡を残す英雄・異端児達は、その状況状況に応じて、素早く流れを汲み取って一つ一つ功を手中にして行くと云う機会主義者(オポチュニスト)が多い様である。政権交代で華々しく時代に打って出た物の、普天間基地移転問題で墓穴を掘り続けている現政権の頼り無さは、多くの国民のブーイングに右往左往している。
 今や砂上の金字塔のマニュフェストも、流砂の速きに色を失って、すっかり底が抜けて、愚針を指し続けているばかりに見える。

 針の穴を通す程の難問中の難問を敢えて、敢行しようとする意志は、TPOの衣装が剥がれてしまえば、時には、お気軽お坊ちゃまのノーテンキにしか見えないのである。

 先日、竹島の領有権を主張する韓国調査団が、我が国の竹島に大挙調査団を送ると通告して来て、日本外務省は駐日韓国大使を呼んで、中止の意向を伝えたとの報道が有った。

 生温い外交処置である。竹島も尖閣列島も、立派な日本国領土である。領土・領海侵犯は、許されるべき軽罪では断じて無い。日本国領土を守るのは、確立した自衛隊の職務である。何の遠慮が有ろうか!! 
 日本の海上自衛艦を領海上に日章旗を旗めかして、韓国調査船と対峙させれば好いのである。韓国政府が自国領として断固反対なら、韓国海軍も艦隊を組んで、海上で日本艦隊と韓国艦隊を対峙をして見せれば良いのである。マスコミ各社は報道の自由なのであるから緊急事態として、上空にヘリコプターをブンブン旋回させて、逐次状況報道をする。日韓の政府は二国間協議で埒が明かねば、国連の場で喧々諤々の主張を戦わせば良いのである。
 
 こんな、チャンスを千載一遇の機会として捉える政治的センスが無くて、何で日本を束ねる政府・政治家と言えようか。対島への韓国の土地買い占め行動・中国の海底油田盗掘問題・沖ノ鳥島問題も、押し並べて、根底に眠る平和ボケ・国家威信への精神の荒廃が生んでいる言葉だけに言い訳をしている『腰抜けの世迷言交渉』でしかあるまい。

 乱暴な言い方を敢えて云えば、韓国の魔手が迫り来る対島の自衛隊基地を拡充して、移転の候補地にするのも、腹案であろうが。

 文武両道のキンタマを失くしたら、指導力は生まれて来よう筈は無かろう。

 もう、好い加減にコンニャクの裏表見たいな言動で、国民を誑(たぶら)かすのは止めましょうよ。責任感が無いから、下衆の私の様に字数だけが多く為る長駄文の日記に為るんでゴザンスよ。選良と胸を張る政治家諸侯が、そんな事では困りまする。

 こんな事を、思い付くままに打っていると、斜向かい色白吟さんの登場である。
 
好い口実が出来たから、PCを閉じてお相手仕る。開口一番のお言葉が奮って居た。

「桜満開の上天気が急降下で、一昨日(おとつい)は、こんなに雪が降ってサ。今日はカラスの野郎が朝から、盛りが付いて『ヤッタカ・ホイ、ヤッタカ・ホイ。』とギャアギャア煩いのなんのって、バカヤローが。
 これでオオヨシキリが渡って来て川原の葦原で、『ベベッチョ・カイカイ。』なんて、騒ぎ立てたら気が狂っちまうぜよ。そうで無くても、俺ぁ、テレビで政治家共の言いたぐり合い見て、鶏冠(トサカ)に来てるんだぜや。ねぇ、お兄ちゃん!!」

「まあまあ、吟様、押さえて抑えて、ちょっと待ってましょや、エ~と、4/9から印刷すりゃ好いだね。
ヨシキリのベベッチョ・カイカイは知ってたけど、カラスのヤッタカ・ホイ、ヤッタカ・ホイは、初耳だんね。上手い事、当て嵌めまるじゃんかい。
 流石に色街・温泉場で、ゴタ小僧遣ってたお人は、言う事が違うわね。俺ぁ、ビツクラコイテ腰が<の>の字を書いちゃうわね。」
「ギャハハ、そうずら。お兄ちゃん。いろは歌留多は、<の>の字ばっかじゃねぇよ。四十八手と絡めりゃ、極楽浄土は現世快楽だんね。単純馬鹿の突き・突きじゃ、芸が無さ過ぎるってもんズライよ。
 人間も、硬軟使い分けて、JISからISOに雄飛しなきゃ、何時まで経っても、磯のアワビの片思いって事だわね。イヒヒ。」

「やいやい、俺ぁ、逆立ちしたって、太刀打ち出来ねぇやね。エ~と、挿絵は、何処からかいね。ウンウン、じゃこれからかな。今印刷に掛けるぜ、原画でも見ていましょ。直ぐ出来るぜね。口じゃ敵わねぇや。」
「そりゃ、そうさや。何て云ったって、此処から持ち出す教科書が、並の教科書じゃねぇわね。ギャハハ!! お兄ちゃん、サボらずに一生懸命継ぎ足してくんないと、タネ切れに為っちまうぜよ。」
 
 いやはや、色白吟さんは、快調その物である。幾ら好き者ロートルご近所と云えども、これ以上の実写・活写は、私の品位に拘わる由々しき内容である。色白吟さんは、当年70歳であられる。日々、散歩を励行為されて、昼は私の文作を読み、洋画の名作観賞をこなし、夜は裏ビデオの洋画観賞と云った規則正しい毎日を送って居られるとの事である。実に若々しいと云うよりも、完全に若返りを行進為されている様に見受けられるのである。これは、私の目の錯覚だけでは無さそうである。

 如何やら、吟さんの告白通りに、吾が四畳半の小部屋は、宝の小部屋なのであろうか??? まぁ、これも考え様では、小さな社会貢献・ボランティア活動の一端かも知れぬ。何かの又聞きではあるが、人は其々に生きる役目を負わされているとの事である。

     如何やら、これが私の身の丈の役目なのかも知れぬ。


のくにびゆうさんへ。
                のくにびゆうさんへ。
 初コメなのに、普段の戯け文章の不摂生振りを奇怪な機械様に、スパム対策とやらで拒絶されてしまいました。慙愧に堪えません。ギャハハ!! こんな形で、初志貫徹でヤンス。


 読んでますよ。正直に告白すると、私のカテゴリー内の<ターニャ・ストーリー>で、童話風の物を打った事が有ります。小説も童話も物語と云う物は、殆ど読んでいなかったので、大いに迷ってしまいました。地の分、説明文の言葉・漢字に子供が読めるか分かるかなどと、頭が空中分解しちゃいましてね。途中で止めてしまいました。

 ぴゆうさんのこの物語を読んでいて、好く分かりました。自分のスタンスで打てば好いんですね。大人が読んでも楽しい世界は、大人が子供に説明しながら、読み聞かせれば好いんですからね。物語をチョイスするのは、大人ですからね。大人は『子供の成れの果て』親子は一心同体ですからね。
      カァチャン、オッパイ、ニャ~ゴ。ニャオニャオ。

     コメント、長く為りました。ゴメンナサイね。ウッシッシ。

心何処ーショート 時外れ、雪の命の短さよ。
            時外れ、雪の命の短さよ。(4/17/10)
 いやはや・・・ 深夜に庭を見ると、ボンボン積もっているではないか。呆れ返るよりも、腹立たしい限りであった。それが朝起きると、ポタポタと融け始めている。小部屋に座ると、道路のアスファルトには雪の白さは無い。お向かいさんの鉢植えは、スッポリ雪に包まれている。
 桜の花見時に雪が降るのは、これで二回目である。あれは、何年前か?? そんな事は勿論覚えていない。大学を卒業して新米サラリーマンの時代だろうから、彼是40年前後も前の事であろう。確か四月の17日か18日であった筈である。
 この日付は、ほぼ間違いない処である。それは、こんな事はもう無い事であろうから、物臭頭に確りと記憶させて置くべきと考えて、頭にインプットしたからである。

 この天候不順で野菜が急騰して、農林大臣がテレビ・ラジオで注目を浴びている程である。桜見時の雪が、農作物に如何影響を及ぼしたのかは、一向に記憶が無い。
 然し米の不作で、外米を食べた事は確り記憶にある。子供達が小学生の頃である。私は、今では言葉見・文字見では、ふざけた事を平気で言う術を覚えて実践して居る身ではあるが、本態は硬派の真面目人間でしか無い。

 田舎に住んでいるから、農家の知り合いは其れなりにある。タイ米の余りの不味さに、女房が友人から日本米を融通して貰って来た。私は、そんな抜け駆けの様な事は大嫌いな性質であるから、『米不足』なんて椿事は、そう滅多な事では無い。貴重な経験事である。

 従って、『現在あるを黙って受け入れるのが、一般庶民の生活だ。馬鹿モン、意地汚い抜け駆けなど、男がする道では無い!!』・・・そんな、お説教を、食卓の前で言って居たのであるが、兎に角、あのタイ米の不味さと云ったら無かった。

 女房も真面目な女であったから、色々と工夫をしてくれたのであるが、冷や飯の不味さは、大食漢の私をしても<お代り>を思い留ませる事しばしばであった。新米時には、残りの外米をスンナリ処分して仕舞ったのは、当然の事であった。あの時の女房のシタリ顔と台詞のニュアンスは、鮮明に覚えている次第である。『ニャロメ~誰だって、不味い物よりも上手い物が好き』なのである。

 後年、海外旅行などで、現地のレストランでガーリツク・ライスとかチャーハンを好く食べたが、口にすると、何故か、その時の女房・子供達の顔とか、新米にあり付けてヤッパリ国産米が好いね等と、皆で大笑いした事などが浮かんで来た物である。
 普段は、厳つい整った顔付の亭主関白の男にして、下手な事を言うと拳骨が頭に落下する父親であったから、子供達にして見ると、女房殿に上げ足取りをされている父親の好い加減さは、落語の一コマに映っていたに相違あるまい。イッヒッヒ~ってな物である。

 これを打ち始めていると、本日土曜日であるから、ラジオでは残間女史の語りの登場である。多くの女史ファンの皆様には悪いが、私は彼女の物知り顔で男を喰った様な語りには、虫唾が走ってしまう単細胞男である。嫌であるから、ラジオは切って机上水槽の金魚を見ながら、融け行く雪を見ている次第である。

 Tのお迎え車が止まった。助手席にはマリリン・モンローの『帰らざる河』とパイプ煙草の包みが置いてあるでは無いか・・・サンキュー・ベリー・マッチの親友である。

 コーヒーを持って、二階に上がる。本日はスタバの店員さんに下手絵を見て貰う為に、下手絵ファイルを持って来た。二階の整理をしに来た、顔馴染みの主婦店員さんを手招きして、これ見よがしにファイルを広げる。

「あら、又、楽しい絵が増えていますね。相変わらず、色使いが印象的ですね。」
「この若草萌ゆる枯れ葉の中にある、紅一点のアクセントは、如何だいね?」
「さて、何なんでしょうかね???」

「コイツの絵は、何時もワンパターンのワンポイント猥画だよ。この野郎は、お頭が狂っているから、インターネットのブログに抜けシャーシャーと載っけているんだわ。
 此処がマトモじぁ無いんだから、遠慮は不要だびや~。俺なんか、一発でコイツの見え透いた意図が、分かちゃうわね。いひひ。」
「あっ、そうですか。そこまで想像が働かなかったんですが、このツバメの絵の花びらに散らしたピップは直ぐ分って、ピップとツクシの取り合わせは、何と無く繋がりで、分かる感じなんですけど、・・・ 何でツバメなのか?が、ちょっと理解出来ないんですよ。」

「ああ、これね。昨日の夜、描いたんだけどね。雪が降って来てね。桜前線に乗って燕が、遠路遥々、信州にお越しに為ったのに、雪の襲来とは『何事ぞ』と悲鳴を挙げている図なんですわ。この処、春日と冬日が交互の『気違いお天気』でしょ。
 それで春の青空と冬の灰色の雪で分断させて、土筆に擬(なぞら)えて今年の春に『?』の苦言を呈して見たんでゴザンスよ。
 ついでに、春には繁殖の意味合いもあるから、ヒップの花弁と土筆の取り合わせをして見たんだけど、ツバメさんは繁殖どころか、官能よりも命が大事とばかりに、悲鳴を挙げて春の空に、緊急避難って図ですね。ギャハハ!!」
「ヘェ~、意味が深いんですねぇ~。素人には、真意が読めませんよ。フフフ。」

「フフフなんて、感心する必要は無いわね。素人じゃなくて、『正常人』にはでしょうが、日本語は正しく表現するのが、一番だべや~。アハハ。」
「何をコキャがる。正常人には分からない世界なら、俺は『異常人の世界』かいな? そりぁ、可哀そうってモンずらよ。心臓に、ズキンと来たぜや。」
「あれ、相変わらず、アナタは馬鹿ね。自分の異常さが分からないから、異常人なのにね。こんなのに、近付いたら異常菌が伝染しちゃうよ。
 コイツとは長い腐れ縁だから、一週間に一度、此処で病状の程度を測定してデーターを、病院にレポートしてるんだけどね。伝染病認定が下りたら、即隔離病棟なんだけど・・・ギリギリの世界を行ったり来たりしている難病なんだわ。困ったオッサンだわね。ヒッヒッ。」

「タック~、世の中には、<親しき中にも、礼儀が有る>って云われているのにね。ロートルに為ると、心臓に毛が生えて、言って好い事と悪い事の区別が、衰えちゃうんでしょうかね・・・ まぁ、シャー無いわね。
コーヒースタバも、立派な接客業だから、文句を言っちゃ駄目だんね。イッヒッヒ!!」
「いえいえ、何時も雰囲気のある仲のお宜しいお友達で、素敵な関係だと拝見させて貰ってるんですよ。ごゆっくり、どうぞ。また、絵を見せて下さいね。」
「あいあい、アリガトさんね。」

 本日は、好評のNHKドラマ『竜馬伝』に就いてのブログさん達の記事に見られる竜馬像感想をネタに、コーヒータイムの語らいとした処である。私は小説を読まないタイプであるから、自分の竜馬に対するイメージなど微塵も無い。
加えて、テレビドラマとか映画も、其処に出て来る役者さん達が、私の好みかそうで無いかで、見る見ないを決めてしまう軽薄者である。主人公の行き方に共感を覚えて見続けると云った事も、余り無い処である。

 どうせ史実・小説に名を借りた監督・演出家・脚本家の創作の世界なのであるから、其々の色合いを持った描き方が有る。私は、映像の世界に呑めり込んで心酔するなどと云った<初さ>が、最初から無い天の邪鬼なのである。娯楽作品として見ている事が多いから、どうせなら美男美女が、楽しく演じてくれているのを見ている方が、肩が凝らないのである。テヘヘ。

 例え同時代・同世代の人間であっても、人を見る見方は、人其々である。140年も150年も前の人を、その後の記録記述を膨らませて小説に描いたとしても、収拾資料には記述したその時点で、書いた人の評価が加わっているのである。
 
 小説には作者の取捨選択に依る思い込みが込められている。作家の感性・人生観・史観が込められている。そして、それらも何時かは資料の一つと為って、作者の人物・事件のイメージを構成する一つの要素と為っている筈である。
大きな傍観者の目線で、過去を再現すると云う事は、又見、又聞きの産物でもあるし、評価と云う点からすると、如何しても現代との比較で評価せざるを得ない処が有る筈である。何故なら、現代に生きる者は、現代の中で生活して、物を感じ考えているのであるから、尺度は所詮、現代の尺度に為らざるを得ない。
 知る事は簡単に出来るだろうが、理解・納得するには現在の自分のフルイを掛けなければ為らない。

 然も、今と為っては誰一人として、本人を知らないのであるから、自分のフルイの網目を作る横目・縦目は、又見・又聞きに依って出来たフルイの網目とそのフルイの大きさでしか無いのは、これまた当然の事である。

 福山雅治・末広涼子のコンビさんは、好いですよ。歴史の教科書では無いんですから、美男美女を軽~く愉しめば好いんですよ。ギャハハ!!

 こんな事をコーヒーを飲みながら、シタリ顔でニヤニヤ笑いながら、イヒヒ、ニャハハ、ケッケケ、ギャハハと言い合い、階段から女性が姿を現わせば、目の玉をキョロキョロ動かしているのが、その実態である。
 恥ずかしながら、我々二人は知り合った高校時代から、進歩の無い好色コンビと云わざるを得まい。これを称して、親の目から見たら一生の不覚・不肖の倅と云うべきであろう。

 さてさて、煙草のヤニ切れである。お外のベンチでスモーキングをして帰るべしである。
 
 本日も、長駄文へのお付き合い・・・感謝に堪えませぬ。有難う御座いまする。

心何処 あなた、何か変よ。
         <あなた、何か変よ。>2010 4/16

         あなた、何か変よ。季節(いま)は、何時??? 

         桜さん咲く春? 土筆さんニョッキリの春?

       そうさ、燕さん飛ぶ春さ。決まっているじゃないか!!

         でも、でも、雪の降るのは、何故なぜ?

          燕さん逃げるのは、何故なぜ??

             土筆さん、教えてよ。

   答えてるじゃないか。ほら、オイラの姿見てごらん。『?』だろ。




                 あなた、何ん変よ。_001

心何処ーショート 行きつ戻りつの、チョイの間の春。
         行きつ戻りつの、チョイの間の春。(4/16/10)
 昨日は散歩をしながら、ネンボロ(ノビル)を採って来た。途中で、そんな気になったのであるが、いざ探すと為ると中々に見付からない物である。

 今は体育館・県文化会館の林は、桜の満開である。此処はゲートボール場と為っているから、お年寄りの仲間交流の場と成って、カッキィーンと乾いた音が響いている所でもある。先日も、お仲間さん達が集まって、ブルー・シートを広げてバーベキューの好い匂いを流していた。尤も、寒の戻りで寒そうであったが・・・

 小振りのネンボロを一掴みお土産に、帰りの河川敷を歩いていると、大きな翼の片方が河川敷に転がっている。棒でひっくり返すと灰色から黒い翼の色である。この色合いと大きさからすると、・・・・一体何の鳥の物かと首を捻る。
川に居て、この大きさ色合いからすると、これは如何やら、ゴイサギの物に違いあるまい。そうすると、襲ったのは冬に見たハクビシンの死体もあったのだから、ハクビシン・イタチの類だろう。イタチらしき物は、葦のガサ付キの中に見た事が有る。それとも、朱鷺襲撃で全国区に為ったテンかも知れぬ。
 葦に覆われる川原の実態なのであるから、川原は『野生区』と言っても過言では無い。私が子供の時分には、川原は子供の遊び場であったから、立派な『人間区』だったのだが、今は川原で遊ぶ子供達の姿は無いのである。

 そんな立地条件の下に、今では川原にカワセミを見たり、川ガラス、キジを見たりするのであるから、住宅のひしめく両岸と云えども彼等野生生物には、川原は上流から繋がる縦に長い野生区の暮らし易さが<存在する>のであろう。山の斜面・崖に横穴を掘らずとも、堅固なコンクリート横穴などは、大中小とお望みのサイズで口を開けているのである。<住めば都>なのは、何も人間界の専売特許でもあるまい。

 寒い夜は、母の部屋ですっかりコタツ亀をして、テレビドラマの二時間スペシャルを見てしまった。ネンボロは、夕食の添え物で胃の中で消化中であるが、遣る事も無いから一枚下手絵でも描く事にする。
 相変わらず進歩の無い幼稚な絵である。幼稚な絵ではあるが、描き手が戯けロートルである。依って、色塗りの段階で、煙草プカプカの<私の個性?>為るものを挿入して置かなければ、味も面白さも出まい。
 春の野草摘みのワン・ショットなのであるから、写真以上の仕掛けをして、皆さん共々、春の含み笑いとしたい処である。下手絵の春色の中に、赤のアクセントをば挿入して見ました。ヘヘヘで御座りまする。

『下手絵、見るはタダ。見て、連想・想像、はたまた妄想働かせるは、観賞者の自由・内心の所有物でありまする』から。どうぞ、ご随意に為されませ。
                   ギャハハ!!


                  浮気な春にも、雑草逞しく。_001



心何処ーショート 日差し陰れば、其処は冬だった。
         日差し陰れば、其処は冬であった。(4/15/10)
           
           「こんにちは、ヤクルトでーす。」
           「はいはい、暫くお待ちを~。」

    PCの打ち掛け文章に区切りを付けて、財布を持って玄関に行く。

「寒いね~。」
「本当ですよ。Rさんスキンヘッドだから、風邪引かないで下さいね。」
「寒い顔してるじゃないの。こんな日は、仕事をしちゃ駄目だよ。部屋に布団敷いてあるから、一緒に温まって行くかいな? 遠慮は要らないよ。」
「結構で~す。」

「じゃ、コタツにするか?」
「まぁ、おコタなら好いですよ。」
「おっ、引っ掛かったな!! 昔から大は小も兼ねるで、俺、狭い処をこじ開けるの得意なんだよ。」
「エェ~、またまた、Rさん、エロい事考えてるでしょう。困った助平オジサンだ。コラッ!!」
「それを言っちゃお終ぇよ。週に一度の、美人ママさんを一日千秋の想いで、待ち焦がれてるんだわさ。美人人妻を落とすには、徹頭徹尾の押しの一手だって~よ。俺達の時代の恋愛本・教科書に書いてあったわさ。アハハ。」
「ありがとうございま~す。もっともっと、褒めて下さ~い。人妻・二児の母ですけど、ウインク位のサービスはしますよ~。」
「あいあい、アリガトさんね。じゃ又、来週ね。ダンナの前でも、趣味の薄着は禁物だよ。風邪引くなよ。」
「エッ、意味分かりませ~ん。宿題にして置きま~す。バイバイね。」 
 
 用事で公民館に行くと、声を掛けられた。誰だろうと、辺りを見回すと昔新婚さん美人の○○さんである。如何云う訳か、お姐さんは気軽に声を掛けて下さる。私も完全なる賄い夫稼業が板に着いて、子育てを終えた町内の一員として認可が下りたのであろう。

 如何やら、私の『中性化』が始まっているのだろう。まぁ、これも長い人生のワンステージなのであろう。好かたい、好からずよ。

 もう客観的には、爺っさ婆さであるから、道端の男女の立ち話をして居ても、お気軽なものである。お姐さん曰く、何処となく感じが、亡くなった弟さんに似ているとの事である。ホンマかいな??? シャキシャキしたお姐さんであるから、話の内容が面白い。

 嗚呼、吾がオクテの性格を後悔させられる次第である。人の相性とは、面白い物である。
「あっいけない。家の爺っさのお昼にしてやらなきゃ~。さぁ何を作ってやるか。じゃね。」

 町内の本通を歩いていると、車にホーンを鳴らされた。おやおや、何方かな? 車のウインドーを下げて、女性が盛んに手を振っている。

「Rさん、どこ行くんですか?」
「おやまぁ、ヤクルトママさんじゃないかね。へへへ、またまた、美人さんとお話が出来る。嬉しいね。」
 
 何やら、今日は女運が好いらしい。そうですよ。草臥れ萎び様が、子持ちママさんであろうが、好い女に年齢の差別など有ろう筈も無い。好い女は、好い女なのである。そして、好い女は、男にとっては『百薬の長』なのである。
 宮沢賢治で無くとも、お声が掛ればロートル・クマ男は、直ぐ様、東西南北・上下に鼻下長の話し相手を仕りますでゴザンスよ。
ギャハハ!!
 
 遺憾いかん。昼の買い物に行きそびれてしまった。まぁ、本日は寒いから、夜に成ってからでも、車で買い出しに行けば好かろう。それにしてもとんでもない寒の戻りである。四月も半ばでゴザンスよ。24時間営業の大手スーパーに行くが、完全な冬の寒さである。店内には、新大学生の男女客が目に着く。心弾む新生活の春なのに、首を竦(すく)める冬の寒さである。もう、天候不順の有様に文句を言う気持ちにも為らない。さぁさぁ、早い処、家に帰って、布団に潜り込むのが体調管理の術である。

                 おお、寒い!!

 一夜明ければ、白き物が舞って御座る。ラジオ深夜便のイギリス・リポートに依ると、彼の地は、例年に無く暖かい日が安定して居る春爛漫との事である。これは、もう大陸内部のダム変化に依って、大気の流れに一大変化が生じているとしか思い様が無い。
 一例を取れば、ヒマラヤを水源とする東南アジアの大河メコン川は、上流中国に於いて、少なくとも4つのダム建設に依って取水されて、川底を露呈している有様であると云う。その影響国は、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムトと大変な騒ぎだと云う。
 土地の上下には、当然の如く所有権が及ぶ処ではあるが、国家の領土権を宇宙にまで及ぶと豪語して、それを実行して居るのが21Cの国家資本主義国に衣変えして、20Cの帝国主義に国土を蹂躙されたとの怨念剥き出しの、誇大妄想・覇権国家の中国の真の姿である。

 おのれ~!! 腰抜け外務省・気象庁の原因秘匿に違いあるまい。彼等の情報庫には、青い地球を取り囲む大気の渦巻き模様には、明らかなる大気運航の変化とその新しき運航の証左が、毎日刻々と刻まれて居るに違いあるまい。
 若し、この私の病的な妄想が真実なら、地球温暖化を声高に洗脳する局所サンプリング説から来るエコの常識は、エゴの常識・魔手かも知れませぬ。宇宙から見た地球全体の大気運航図・気象図の開示を要求したいものである。

 気象情報にまで競争・狂騒の国益同士が絡み、、火花が炸裂する。国内では、その基に国民を狂躁する国家の有様って、一体全体、如何なんでしょうかね。

 完全に狂って居ますよね。脳味噌スカンポの下衆貧民ロートルの一員から見たら、
 こりぁ、21Cの世界はエコどころか、気違いのエゴ世界の沙汰じゃゴザンせんか!! 綺麗事宣伝の裏にある気違い沙汰の塵魍魎の世界が透けて見えるじゃゴザンせんか・・・ 

 これも、鉄板焼き為らぬコンクリート・プレートの過密さから来る異様の世界なんでしょうかね??? 地球生命体のシンボル・火の鳥様は、きっと宇宙の高みから、肥大化し過ぎた人類の行く末を『自業自得の一絵巻』として、傍観視しているんでしょうかね。

心何処ーショート 持つは友為り、友は有難き哉。
          持つは友為り、友は有難き哉。(4/14/10)
 Tからの花見のお誘い電話である。5時に松本城正門で待ち合わせをする。散歩運動の代わりに、徒歩で行く事にする。風呂に入って、4時に家を出る。時間は十二分にあるから、プラプラ歩きの住宅地の花見散歩である。Tは電車で来るそうであるから、松本城に着いて、私は待ち合わせ時間迄、得意のロートル・クマ男の風情で、お堀の鯉、モロッコの姿を見たり、満開の桜、見物人、三脚にカメラを据えて写真を撮る人達を眺めながら、散策をする事にする。平日であるから、有難い事に、人込みは無い。手頃な空間に、気持ちの好い気温・風の通り・天守閣・お堀・桜の木々が好くマッチして居る。桜の春は、矢張り好い気分である。

 時間に為るから、正門で待ち人をしていると、街の本通りから、Tが遣って来た。大した物である。くすんだウグイ色のラフな長いコートを来た姿は、中々の風格である。軟な俳優なんて、すっかり影無しの格好良さと存在感である。流石に、私の女のお師匠さんである。私は、Tに貰った帽子に青のコール天シャツにベージュのベストである。雨を計算に入れての蝙蝠傘をステッキ替わりに持って来たので、それを挙げて合図をする。

「おいおい、Rは真っ黒けじゃないか。こんだけ人が居るのに、一発で分かったよ。アナタ、何人? ニホンジン違ウ。如何したや。こんなに黒かったかな??」
「そうか? 地黒は生まれ付きだから、シャー無いけど。そんなに日本人離れしているかいな? 」
「そりぁ、そうさや。何しろ、お前は目立つよ。伊達にISOを豪語して無いわさ。」
「ウ~ム、そうかいな、オバちゃん達が、俺の事チラッチラッて見て行くから、ロートルに為っても、好い男には注目って、自惚れて居たんだが・・・
 現実は、異人さんへの好奇心って事だったかいな。イッヒッヒ!!
 ああ、分かった。先日の法事で、天気が好かったからスキンヘッドで日光浴し過ぎたんだろうな。
馬鹿野郎が、折角、自惚れ散策で気分上々だったのに、とんだ冷や水を飛ばし遣がって。」
「まぁ、そりぁシャー無いわな。カカアに言わせると、俺とRが攣るんで歩いていると、堅気衆が道をサッと開けて呉れるって事だからな。何処から見ても、極道コンビだってさ。」
「こんなインテリ大物コンビを、そりゃ心眼に曇り有りってもんズラよ。亭主の躾けが悪いってもんズラよ。俺の処に弟子入りさせろ。再教育して遣るわな。ギャハハ!!」

 酒の席は後に譲るとして、桜見物をしなければ本日の趣旨に反する。丁度、5:30から夜桜会との事で、園内は無料開放である。ライトアップされた夜桜の風情は、日本人の春を愛でる風情にピッタリの感じである。遊園の人波に入って、桜を見て回る。こんな時には、白人さんが結構多い物である。大分太めではあるが、化粧気の無い金髪さんが中々の美人さんであるから、何喰わぬ顔をして横歩きをさせて頂いた次第である。これも、園内無料開放の御利益の内であろうか・・・ウッシッシ!!

 遊園見物をした後は、正門前の中華レストランでビールと日本酒を飲む。夜桜見物の客で、結構な客入りである。コースの料理とビールを飲み、煙草を吹かしながらの友との男の語らいは、しっくりと時を流して行く物である。Tは胃無し男であるから、流石に食が細い。

「如何するや? おネェちゃんの居る店に行くか、それとも駅前に行ってラーメンでも食べてお開きとするか?」
「そうだな、歩いている間に、店のセット料金を目にして来たが、触手が働かんわね。昔だったら、スイスイ入ったもんだが、今じゃ、何が1時間○千円じゃい。<アホ臭>って感想だからな。お前さんを見送りに、駅前でラーメンで好からずよ。」
「そうかいな、じゃ歩くべや。」
「はいはい、お伴致しますわいな。」

 道行く日本人の姿・顔も、すっかり垢抜けして来た物である。不良ロートル・コンビは、目の保養をして街の中心部を歩く。顔付なんかで、凡その中国人・韓国人・フィリピン人の区分けは出来る。夜の商売に灯が点る頃である。店開けに合わせて、外国人ホステス達が街角を歩き始めている。

「おいおい、あれは好い女だぞ。」
「おうおう、如何にも、Rの好みだわな。大体、目鼻立ちのスッキリした大柄の女が、お前の好みだからな。へへへ。」
「Tの好みは、エロブスいって云う個室実践観賞だからな。目の付け処が、女好き通の実践見立てだから、俺みたいな硬派の男には、その機微が分からんぜや。ギャハハ!!」
「そりぁ、褒めているのか? 貶しているのか? 一体、どっちだべや。女に興味が無く成ったら、男は立ち枯れ、立ち腐れって云うけど、俺達も、気が付かん内に、その魔境に入りつつあるんだろうな・・・困ったもんだっちゃ~。早い処、胃袋を鍛えて、Rと海外旅行しなくちゃ、後の祭りに為っちゃうぜよ。嫌だね~。宝の持ち腐れは。あい?」

   ラーメンを啜り、餃子をぱく付きながら、壁に背もたれの男会話である。

 決して友人の範疇には入らない知り合いの話題に為る。二人とも、仕事の関係での交友でしかない。若い頃は、夜のネオンには余り繰り出さなかった二人を、ネオンの巷に誘って仕込んだのがTだと云う。如何やら、お二方は抑圧されて居た男の願望が、中年期でエンジン全開で、一気に開花して仕舞った様である。私は師匠のTとは違って、女の自慢話に有頂天・現を抜かしている御仁とは、本質的に反りが合わない偏狭タイプであるから、彼等とのお付き合いは、仕事共にオサラバの状態なのである。Tは、度量が広いから結構電話のお相手には為っているらしい。

 へへへである。ご両人とも、相変わらずネオンの巷に繰り出しているとの事である。私には、学習能力の不足と云うか、懲りない御仁と云うより他なしである。男騙しの出稼ぎ女に退職金をセッセと散財するよりも、特定の女と宣みを通じて囲った方が、人情も深まるし、経費も小さく抑えられると思うのだが・・・人の選択肢・行動指針は、千差万別と云った処が真相の様である。触らぬ神に祟りなし・・・と、私としては、遮断するのが渡世の術である。

 お互いに口の悪さでは、甲乙付け難い不良ロートル・コンビであるから、欠席批評は歯に物着せぬ辛辣さである。

   御免なさいね、ご両人!! ギャハハの酒の肴と為ってしまった。
 
 好い気分のほろ酔い気分で、歓楽街を通って帰る。「マッサージしませんか、気持ち好いですよ。綺麗な女の子イッパイ居ますよ。案内しますよ。」何をシャラ臭い。アッシャ、貧民ロートルでゴザンスよ。日本は長引く不景気に、青色吐息の寂しい夜だわね。景気の好い中国本土で、商売に精出した方が好うゴザンスよ。

 俺ぁ、夜に沈む桜花の淡き風情を愉しんで帰るだへさ。イッヒッヒ!!

 明けて、本日。中々起きて来ない母を慮って、具合が悪かったら、昼と一緒にしようかと、声を掛けると『腹は、減るわな。』と来たもんだ。頭が瞬間湯沸かし器に沸騰して、ニャロメ!!の憤弩である。大体の物は用意してあるんじゃい。腹が減ったら、自分で食べれば好からずよ。甘えるのも、好い加減に晒せ!!

 高振る癇癪玉を抑えて抑えての賄い三度笠である。簡単な食事を用意して、一緒に食べる。母の顔を見ながら、悪気で言った言葉では無く、胃に素直な気持ちを言ったまでの事であろう。そんな反芻に、大笑いをしたく為ってしまったが、親は親である。そんなハシタナイ事も出来ず、そそくさと食事を終えて、携帯電話を持って河川敷のベンチでTに漫談電話をする。

「昨日は楽しかったよ。有難うさん。これから、愚痴の大連発するけど、用意は好いか?」
「あいあい、オッサンの頼みだ。好いんね。バンバン遣っておくれや。いひひ。」
「実はサ。こうこう、こうさね。フザケ遣がって、ふざけ遣がって、張っ倒して遣らっかってなもんだぜや。」
「おうおう、分かる分かる。俺んとこの爺っさも、そんな事はしょっ中だぜ。本当に、頭に来るんだ。一応親だから、そんな事は出来ないけどさ。もう、親はドンドン幼児に還って行くんだからな。
 俺もRと同じく、食事の用意だけして、シャ知らん顔して、二階に上って行くんだぜ。老人介護とは、所詮、そんな物だっちゃ~。シャー無いせ。」

「そうなんだよな。こう云う愚痴を面白がって話せる友が居るか、居ないかで、心の座りが、天国と地獄に為っちまうんだぜな。イッヒヒ!! お互いの親は、出来の好い倅を持って幸せってもんさね。何かとストレートにぶつけて来る嫁の手を煩わせなくても好いのが、せめてもの慰めだしな。」
「あいあい、正にご正解ズラいな。アハハ。それがさぁ、親は当然と思って、ふんぞり返っている時が見えるから、この野郎、甘えるのにも大概にし遣がれって、怒鳴りたい衝動に駆られるんだけど、俺達男族は、知性と教養が邪魔しちゃうんだよな。お互い、本音を言ったら切りは無い物なぁ~。
 何しろ、男の世界は、唐獅子牡丹の義理と人情の修行だぜな。アハハ!! お互い、お努めを果たすまでは、空中分解する訳にぁ行かないって事さね。気分はスッキリしたかいね。」

「あいあい、大先生のご高話を聞いて、はいはい、平常モードでゴザンスよ。お手数を煩わせて、サンキュー、サンキューよ。アリガトさんよ。じぁな。」
 
 さてさて、今日は町会費の徴収に行くかいな。郵便局でお釣り用の両替をしてから、各戸を回ると致しましょうか。やれやれ・・・

心何処ーショート カントリー・ロートルの雑感
            カントリー・ロートルの雑感(4/13/10)
 困った物でありまする。堪らず、股引を履いて、ファンヒーターの御厄介である。母は布団の中で過ごしている。私は遠出と寝不足で、昨夜はグッスリと寝てしまったから、布団の中で過ごす訳にも行かず、然りとてブログ文作にも気乗りがしない。

 昨日帰宅すると、玄関にDVDの入った紙袋が置いてあった。紙袋の文作綴りの日付を見て、続きの文作を印刷し用意をして置く。真似事掃除に、する事も無いから洗濯機を回して小さな洗濯をし終える。それにしても、好く降る冬の雨である。ニャロメ。

 嗚呼・・・煙草も切れてしまったが、この雨では腰が引けてしまう。買い出しはせずに、ある物を整理する事にして・・・ 三時過ぎに成ったら、母の薬を貰いに行かねば為らないから・・・ その時に足を伸ばすしかあるまい。トホホである。
  物臭男とは、こう為ると何もかもが、面倒・億劫に為ってしまう物である。

 遺憾いかん・・・ こんな時こそ、日課は守るべしである。本日分の最初の一行を打ち始めていると、斜向かいさんの登場である。為るほど為るほど、色白吟すっかり冬戻りの身為りである。

「やいやい、桜も一斉に開花して、花見日和とほくそ笑んで居たら、夕方からポツリ、ポツリの雨が、朝になりゃ冬の大雨じゃ無いかい。冬の騙される春日は、大いに歓迎なんだけど、春に騙される冬日・冬戻りは、体に堪えちまうがね。一体全体、今年の春は、如何為っちゃってるだや~。お婆ちゃん、用心しないと駄目だよ。」
「アリガトザンス。本当だわ。昨日は法事で千葉に居たんだけど、霊園周りの林は桜の花びらがハラハラと風に流れて、幼緑の輝きだったけどね。
 でも、東京は俺達田舎暮らしの目からすると、地面の緑が無いから、鉄板焼き見たいな物だね。高速走っているだけで、目玉焼きが出来ちゃうわね。稼ぐには好い所なんだろうけど、ありゃ絶対に住みたくは無い人造都市だわね。ギャハハ!!」

     吟さんは、机の横の<松本神社前 にゃは!>の絵を見て、
「お兄ちゃん、この楽しい絵は、何だいね? 相変わらず、面白い絵を描くもんだいなぁ~。」
「ああ、これかいね。実はカクカクシカジカでせ。お城の堀傍の神社の信号待ちで眺めたワンショットをアレンジして、祭壇風に変えてご焼香させて貰ったって寸法さね。
 おふくろさんを介護する境遇が俺と一緒だったものだから、すんなり感情移入でね。痛ましいご不幸に、他人事に思え無くてね。何かして遣りたいって、気持ちが描かせた絵だいね。へへへ。」
「ふ~む、そうかい。俺も実親・養い親の面倒見て、送った身だからね。うん、分かるよ。お兄ちゃんの姿見ていると、俺なんかもお兄ちゃんの事を自分の弟見たいに思えて、ついつい、足がこの部屋に向いちゃうもの。」
「やいやい、嬉しい事言ってくれるじゃん。一寸PC開くぜ、線香立てて南無阿弥陀仏唱えておくれや。」
「好いどころじゃねぇや。是非、そうさせておくれや。いっひっひ。」

 色白吟さん、目を細めて、画面のお供え文をゆっくりゆっくり読み進んで、合掌して南無阿弥陀仏を唱えられた。

「葬式饅頭は無ぇよ。我慢しとくれ。」
「何を仰います。大先生。俺ぁ、文章とDVD映画で十分だわね。」

 本日、冬の寒さである。暖房部屋でロートル談議を交わすが、政治話題が一向に出ない処であった。日本丸の舵取り船長さんの余りの頼り無さが、カントリー下衆ロートルの話題にも上らないと云うのは、政治の由々しき段階と云うよりも重篤な段階を彷徨っている事態なのである。
 自然に取り囲まれた田舎暮らしの感覚からしたら、都会の巨大ビル林・コンクリートジャングルを蛇行する高速道も、その流れに乗って走り続けるカーボックスの中の人間も、押し並べて鉄板焼きの上に乗せられた物質に違い無かろう。

 鉄板の上でジュージュー焼かれて、やれ松坂牛のステーキだ!! 焼き肉・バーベキューだ!! やれ、焼きそば、もんじゃ焼き、たこ焼き、鯛焼きだと、騒いだり舌づつみを打って見た処で、鉄板の上では如何し様も無かろう・・・ 
 東京が熱い熱いと云って見ても、鉄板プレートの輻射熱の大元を変えるしかあるまいに。地球温暖化だけが、都会地の気温上昇では無かろうが。現役時代には然程異様に見えなかった、現代文明の首都の威容は、すっかりボンクラ脳味噌に為ってしまった私の目からは、現代社会の首都は、異様な怪物にしか見えなかった。それは、避けて通りたい現代の巣窟に見えた。

 カントリー・ロートルの目から見ると、こんな異様の世界で政治が組み立てられているとするならば、その結果の施策が正常である筈も無かろう。冷暖房の稼働するオフィスから外に出たら、熱波・寒波をもろに受けるのである。そう為れば人は、人工の砦に籠るしかあるまい。砦は無理に無理を重ねて、刃を上に上に成長させるしかあるまい。

 無機の砦に籠れば、有機の人間には閉塞感が助長される。籠りの閉塞感は、自己防衛感を助長させる。身勝手をプライバシーと読み替えて、下地を隠蔽してゴテゴテと原色のペンキで塗り立てる。何でもかんでもプライバシーと、自己と他者に境界線を設けて、他者への無関心さを助長させて、己が個の利害得喪に特化する図式である。

 嘗て、病める人間の精神・身体は、解放感と云う内部の叫びに、外への開放感を求めて、内なる閉塞感を分散して来た筈である。外への拡がりを捨てて、内なる閉塞感をプライバシーの保持と云う『個の形』で深化させる図式が、まともな筈が無かろう。
 とどの詰まりが、外への開放感に纏わる全体と個のバランスを崩壊させて、個と個の連帯を蝕んでしまったのである。連帯無き世界観に、他者への労りの気持ちが働かなければ、広さも優しさも強さも生まれて来よう筈も無かろう。勝者・敗者の区分けを深化させて逃げるだけの社会が施す弱者・敗者への施し手当に、一体如何ほどの真意と価値があろうか・・・ 心の衰退・崩壊の様は、首都の威容では無く異様に気付く事から始めるべきである。

     嘗て、砂漠にバベルの塔を造った強国があったそうである。

     
     一夜明ければ、穏やかな晴れ日に、桜の花が外を彩っている。


心何処ーショート 下手絵を捧げるなり。
               下手絵を捧げるなり。
                 
                 桜開花_001


 逢った事、無ければ話した事も無い。まして、生い立ち、知る由も無い。

   然れど、何か見えて、聞けそうな、その人の顔、声、その思い。
 
      若し語りせば、ふむふむ の相槌打てそうに・・・

   ブログ樹海為れど、人の文字も、斯様に、その人の雰囲気語る為り。

         だから、ブログ止められぬ。にゃは!!

                   
                     (詠み人/冥途の釣りじいさん)

       
      忙しき人世にも、暫し立ち止まれ、 人世の交差点。

           信号に止まれば、見ゆる景色有り。

     桜花のゲートの、その先に見ゆる美しの高原に立つテレビ塔・・・

     その先に点る灯は・・・何ぞ為り。

           尺キス釣り挙げて、釣りじいさんニャハの日和かな。

               へへへ、一本取られたって事ズラ。




心何処ーショート 無常の訃報と法事
              無常の訃報と法事(4/11/10)
 ブログで親しくさせて頂いていた『釣りじいさん』が介護中の母上と不慮の事故で、四月七日に亡く為られて居たと云う。洗濯物にストーブの火が移っての火災事故との事であったらしい。

 ひまじん兄貴のブログへのコメントが切っ掛けで、相互のブログ交流が始まった。釣りじいさんは、広島で進学塾の経営をされていた。担当科目は、国語・社会・英語である。彼の専売特許の<にゃは>は、ブログ友達から受け継いだ『二代目にゃは』との事であった。

 釣りじいさんのブログは、『ブログサロン』であった。釣りじいさんが、時々短い記事を投稿する。その記事に、沢山の人からコメントが集まる。それらのコメントを、其々の人達が釣りじいさんとのコメントの遣り取りを覗いて行く。
 釣りじいさんのブログは、場を提供して居る一軒のサロンなのである。こんなサロンブログは、釣りじいさんの人柄による求心力の賜物で、じいさんはサロンのマスターだったのである。

 毎日義理堅くコメントを下された釣りじいさんは、母上の容体が悪く為られて、コメントは出来ないと言いつつも、私の拙ブログを欠かさずに読みに来て下さったお人である。 
 そのじいさんの足跡が、何日か途絶えてしまったのである。共に高齢の母の介護をする身であるから、母上に異変でも有ったのだろうかと、じいさんのブログに飛んでは見た物の・・・本名の知らない私には、様子の変わり様に何が起こったのか?? 全く思いが至らなかったのである。

 それが、私のブログに足跡を残して行かれたお人のブログに飛んで、事の重大さを知ったのである。暫く涙が止まらなかった。そして、見ず知らずのお方が、私と釣りじいさんの親交を慮って、訪問足跡を残して行かれたのである。感謝に堪えないお気遣いに、私は、ただただ感謝感謝の気持ちで一杯であった。

 釣りじいさん母子のご冥福をお祈りしながら、釣りじいさんから頂戴したコメントの数々を読み直す。釣りじいさん、総裁、有難う御座いました。御貴殿の事は一生、忘れませんよ。時々、総裁の事を思い出しながら、コメント読ませて貰いますよ。

           さようなら、釣りじいさん、総裁殿。

 明日(本日)は、四時半起きをして、長兄夫婦の三回忌・十三回忌に出席する為に千葉まで行かねば為らない。

 寝返りを繰り返している内に、枕元の目覚ましが鳴った。支度を終えて、五時過ぎに家に出る。弟の会社で落ち合って、兄弟三人で千葉に向かう。この数日の暖かさで松本の桜も、大分開花して来た。久し振りの弟との談論風発に夢中に為って終い、談合坂の辺りで覆面パトカーに御用と成ってしまった。犯名はスピード違反である。

 ドライブインで、ソバを啜って腹ごしらえをして、都心を抜け、千葉に入る。霊園を従えたお寺さんは、桜の散り始めである。矢張り、松本とは違い上着を着ていると暑い感じであった。法事を終えて帰路に着く。四時前の帰宅であった。

心何処ーショート 土曜トーク
                土曜のトーク(4/10/10)
 好いお天気さんである。この位の清々しさだと、居住区の空気の総入れ替えも、実に気持ちの好い物である。鳥籠を外のお天道さんに当てて、暫しの間、清々しさのお裾分けである。
 西のアルプスが、これまた素晴らしい眺めである。青い山容に、彫刻刀で削いだ様に、白雪を刻み込んでいなさる。アルプスのハイジのイメージでは無いが、正に日本アルプスの景観である。この陽気に誘われて、近くの桜の薄い薄いピンクの色が綻び始めている。此の儘の陽気が進めば、信州で一番の季節が始まるのである。

 千里鶯鳴いて、緑紅に映ず。山村・街場に春祭りの幟翻りて、集う老若男女の嬉しさや。此処は美須々なる信濃の 春霞に身を横とう松本平なり。(詠み人・倭国の盗作)

  本日、土曜日。昨日の母の話では無いが、5月並のお日和であるから、
「Tさんのお父さん共々、三人で花見に行って来たら如何だい? お父さん、喜ぶよ。」
との事であった。

 開け放した窓から、心地良い風とキセキレイの声が聞こえて来る。お向かいは、セッセと鉢植え植栽を日向に並べ、斜向かい奥さんはお孫さんと手を繋いで、春の外見である。色白吟さんは軽装で、窓越しに敬礼のご挨拶である。川向こうからは、解体工事の音が伝わって来る。

 電話が鳴って、お誘いの声である。DVDの『プロフェショナル記事』には、訪問者様から多大なる拍手を頂いているから、吾が親友のTにもブログ内容を共有して貰う必要から、貸し出す事にする。ついでに前回口に出して、忘れてしまった『K-20 怪人二十面相・伝』を貸し出さねば為らない。
 そう云えば、何年か前、私のコレクト済みのマリリン・モンローの『帰らざる河』を呉れると言って居た。私のそのビデオは、誰の手元にあるのか?? 行方知れずの有様であるから、有ればプレゼントして貰う事にしよう。今回、又、忘れてしまっては、面目が立たない・・・DVD2本を玄関に置いて、外でTを待つ事にする。

        珍しく、コーヒースタバの2階席は空いていた。

「おぅ、きっちゃに話、聞いて来たぞ。大事無くて、良かったってもんだ。奴さんのPCで、患部の生々しい映像を見て来たよ。
 Rの<きっちゃの文章も上手く為ったもんだ>のコメントを伝えと居たよ。そしたら、奴は、そんな事書いて無かったぞって言うんだよ。」
「当たり前じゃないか。俺は常識人だぜや。そんな滅相も無い事、書ける訳が無いじゃないか。俺達ぁ、天下の県○生、同期の桜だぜや。脳味噌の造りは、一緒だぜや。そんな失礼な事は、口が裂けても言えねぇずらよ。」
「へへへ、そうかそうか・・・野郎も、Rのお墨付きを貰って、鼻を高くしてニヤニヤしてたぞ。」

「そりぁ、そうゾラ。淀みの無い、出来の好い文章だよ。俺達団塊の世代は、電話よりもラブレターの世代だぜや~。
 野郎は、ハイカラさんのテニス部だぜや。大体、『番から男子高』で皇太子・美智子さんと同じテニスをして居たなんて野郎共は、本質が<女垂らしの邪プレイボーイ>だわさ。 
 帽子の二本線は、スンナリ見れば、純情・硬派のスッキリ二本線ズラよ。横線二本にぁ違いねぇが、横線二本がヨコシマ(邪)に変形活用じゃ、奥が深過ぎるわさ。
 奴は、絶対に授業中ハイチャン生に、ラブレター書いて、身に付けた文章テクニシャンずらよ。ノートに、助平絵の落書きしていたオクテの俺達とは、年季が違うズラよ。イッヒッヒ!!」

「そうだや~なぁ、野郎は、『現役中の現役』の女コマシ続行だぜな。羨ましい限りだわ。俺なんか、手薬煉引いて、退職後のバラ色の珍生、チンチン・ナマナマ最後の仕上げをしようと、策を練っていたのにサ。
 最後の最後のゴール手前で、『胃無し人間』だべや~、小食・小分けの日々じゃ、出る物も出ないし、立つ余力も出やしねぇよ。大誤算も好い処だっちゃ~。
 俺も遊んだ口だけど、悪さも冷血漢もした覚えも無いんだけどな~、自業自得の心当たりが有りゃ、神仏に手を合わせるけどなぁ~、全く、神も仏も亡くなっちゃったご時世だぜや。」
「まぁまぁ、泣くのは~お止し~♪ の歌の文句もあらぁ~ね。そうだぜや、無い無い物ねだりは、エロ爺っさでお手手が、後ろに回ちゃうぜよ。
 還暦過ぎりゃ、後は個人差のチンセイと諦めるのが、男の嗜みってなもんさね。トホホにして、ニャロメ!!で、俺の分も纏めて、きっちゃに悪態こいて置いとくれや。ギャハハ!!」

 建物内部に居たら、罰の当たる陽気のお招きである。スモーキングタイムに、外に出る。へへへ、此処なら、お得意の顰蹙ロートル会話を続ける事が出来る。ワゴン車が止まって、中から若い男女が三人下りて来た。おうおう、好い女では無いか。男も悪く無い。

「ちょっ、好い女だと褒めて遣ろうと思ったのに、男も女も車から出た途端に、携帯チャカチャカかいな。ッタック~、今時の若い連中と来たら、行儀の悪さはナンジャラホイ。」

 へへへ、で御座る。Tの好みのタイプなのであろうが、余りの行儀の悪さにオカンムリの様子である。イッヒッヒ!! 分かりますがな~、遠ざかるプリプリヒップに煙草の儚き煙をば流して、ロートル二人攣るんで、ホームセンターを覗いて帰る為り。

心何処ーショート 久々のアガタ節
               久々のアガタ節(4/9/10)
 いやはや・・・全くビツクラこいて、小心者は、クラクラと脳シントウを催してしまうご時世である。シイタケ泥棒に何と何と・・・果樹園・ハウスの花粉付け様のミツバチ泥棒まで出現して仕舞った。この数年、農家の桃・林檎・梨・スイカ・米と全く見境の無いご乱行・出鱈目コーナーのニュースばかりである。

 人を殺せば、死体を切り刻んでポイ捨て、トイレ流しの素知らん顔に、顔の整形までして逃亡生活。振り込み詐欺に至っては、<あなたの素晴らしい文芸作品の俳句・短歌を新聞に出して見ませんか>の新手口まで出現しているとの事である。
 泥棒・詐欺の手口も、人間の作り出すソフトの一つには違いなかろうが、ゲーム・ソフトじゃ有るまいし、金稼ぎの前には、何でも有りの『勝った負けたのゲーム感覚』しか無いのだろうか??? 
 製造業には、製造者責任なんて凄い物があるにも拘らず、事、悪知恵オンパレードのソフト世界には、特許権・・・etcの著作権・使用料権の保護はある物の、考案責任の無いと云うのは、如何なるマジックなのか??? 脳味噌の悪いロートルには付いて行けない摩訶不思議の世界である。

 その癖、中国で逮捕された大麻輸出犯の日本人4人の死刑囚とその死刑執行については、量刑上、人命尊重の観点から異議ありの感想が、お茶を濁しているだけである。国変われば、犯罪も量刑も違って当たり前である。郷に行ったら郷に従えは、太古の昔からの不文律の根底であろうが!! 相手が名うての大中国国家なのである。そう簡単には、友愛のお目零しは図れないのである。政府首脳・マスコミの国内向けコメントよりも、確りと国家間の現実を説いて、日本人の注意を喚起した方が、筋が通っていると云う物である。

 ディベート(討論)、ネゴシエイト(交渉)から端を発するディベーター、メゴシエーターが、黒でも白と言い包める訴訟社会の流儀を真似る阿保連中ばかりが、社会にシャシャリ出て、日本社会の風紀を乱しに乱して居る様である。

 訳の分からないカタカナ文字に感化されて、猫も杓子もギャーギャー騒ぎ立てて、迎合する事も無かろうに。こんな物ぁ、日本語で好いのである。日本には、こんな軽佻浮薄な連中を指す言葉には、『百代言』『難癖屋』『詐欺師』『厚顔無恥漢』『忘八者』『悪漢』『手八丁口八丁の遊び人』『破廉恥漢』『守銭奴の意地汚さ』『ゴネ得』・・・etcと語彙は、白人毛唐の言葉に頼らずとも的確にして感情の入った言葉が、幾らでもあるのである。
 身近な日常会話語としては、『あー云えば、こー云うの箸にも棒にも引っ掛からない下衆野郎』ってな、立派な日本語が存在するのである。言葉の強みの一つには、抽象語よりも具体語の実力語の方が、数段も説得力に勝るのである。

 インテリ、ジャーナリストを気取って、自惚れる亡国の輩連中の頭の方向性は、『食糧自給率の低下』の後は、『日本語自給率の低下』段階に、祖国日本は邁進するのかいな??? <ゴネ得野郎・ゴネ得擁護者共>に、ゴネ・ドクターの博士の尊称など与える必要など、更々あるまいに。

 馬鹿も休み休み言いなよ!! 冗談こくなぁ~。これじゃ、自爆テロの有様じゃゴザンせんか。落語のネタにも為りませんがな。

 遺憾いかん・・・吾が身見えずの下衆根性の難癖屋を、知らず知らずの内に打ち始めているでは無いか。これまた、笑止千万の沙汰である。打ち止めと致しまする。

               「コンニチハ~。★★です。」

 おうおう、ガス屋さんの集金である。寒さ続きのお天気さんに、灯油を使い切ってしまった。灯油缶に入れて貰い、下手絵ファイルを持って来て美大出の感想を頂戴する事にする。

「やっぱり、Rさんの持ち味は、人物画ですよ。巧くその場の雰囲気を捉えている。絵は、個々の上手い下手で決まる訳じゃないですからね。見る者に、何を発信するかですよ。寸分違わぬ物を伝えたければ、写真・映像を使えば好いんですよ。

 其処へ行くと、絵は極端に云えば、デフォルメの世界ですからね。描き手が、白紙のキャンパスに、何を表現したいかで・・・対象の取捨選択と強調が、絵の目玉に為って来るんですからね。
<風景画の方はコメントに値せず>ですけど、Rさんの人物画には、絵を通した人生観・思い・政治性と云った物が、忍び込ませてあるから凄いんですよ。それが、嫌味としてではなく、フンワリ、ノホホンと絵の中の構図として配置されているから、・・・う~む、見る技量のある人から見たら、この人は只者じゃないんですよ。

 そして、色遣いが上手いですよ。基本的には、感性・センスと云った物でしょうが、それとは違った頭脳の出来の良さが見て取れますよ。明度対比・色彩対比・補色対比の対比術・強調・協調術を知って使いこなしている処が、優秀な頭脳を持っているんだなと感心する処なんですよ。

 坊さんの自画像に散らした桜花に伝統の日本美への誘導を入れて、その下の拳に、一体、この日本の行く末は如何為るんだ。日本人よ、確りしろ!!のメッセージを表現して居る。天晴れな一枚ですよ。町会スケッチ、温泉スケッチ、尻フリ振りのこの伸びやかな暖色の世界は、マイルド・ファンタスチックの微笑ましい世界ですよ。

 羨ましいけど、私には絶対に描けない世界ですよ。このまま、描き続けて行けば、もっともっとRさんの世界は、明瞭な独自の世界に到達して行きますよ。<継続は、力なり>ですからね。頑張って下さいよ。」

「やいやい、こんなにお褒め頂いて、俺ぁ、有頂天だわね。一枚の絵・一冊のファイルから、こんな程度の高い話が出来るんだから、人間の出会い・ご縁とは有難い物ですわ。<コンニチハ、今月のお代は○○です。はい、有難うございました。>で終わっちゃったら、人間の世の中は、身も蓋も無いわね。
 同じ日本、地域に住んで、日本語を自由に使いこなせる能力を持っている同士が、事務的な遣り取りだけで終わらせていたら、お天道様の罰が当たるのにね。他人同士でも、一歩足を踏み出せば、人の顔も気分も和むのにね。長居をさせちゃったね。
 お喋りするのも、浮世の義理・仕事の内と勘弁しておくれや。はい、アリガトザンした。楽しかったんね。イッヒッヒ!!」

 さてさて、入浴・洗濯も終えたから、米を買いに行って参りまするかな。自転車に乗ると、バルディナさんのお迎えである。嬉しいじゃ有りませんか。米屋さんに行くと、草むしりの最中である。<もう、好い加減、嫌に為った>との事で、敢え無く捕囚の身と成ってしまった。コーヒーにドラ焼きの甘味攻め&質問責めに遭ってしまった。

 いやはや、久し振りのアガタ節をご披露して、本日はお喋りが過ぎた様である。日が陰れば、花冷えの二分咲き桜の帰り道である。おお、寒~い。とほほなり。

心何処ーショート プロフェショナル
               プロフェショナル(4/8/10)
 『プロフェショナル』を観ました。1966年製作とあるから、私が18の時である。私は中学生の時に『許されざる者』を観た時から、ランカスターの映画が掛ると、徹底的に映画館に観に行っていた物である。ランカスターとショーン・コネリーは、私が憧れる男像の双璧を為す俳優さんである。顔好し・体格好し・雰囲気好し・行動好しの申し分のないスター俳優さんである。そして、男の指針を提示して下さる御人である。

 然しながら、男の感性の芽生えはあるものの・・・18の若造には、人生経験が余りにも乏しくて、この映画の中のランカスターは、女好きで私が抱く彼のイメージを壊す感じの映画であったのを覚えている。
 大体、冒頭シーンが間男の最中に亭主が返って来て、二階の窓から下着と裸足でヒィーコラ、サッサと夜の町を逃げて、敢え無く御用と成ってしまう『助平男』なのであるから・・・精悍な顔の意志の人・男臭さがプンプン匂う硬派スターとしたら、これは100%<許さざる男>の様なのであった。

 そんな私の幼稚な不甲斐無さから、この映画はリー・マービンの映画と長らく記憶の底に眠っていた映画である。
 然しながら、ランカスターコレクターの私としては、是非とも押さえて置かなければ為らない映画の一本でも有ったのである。師匠、御歳53の時の作品である。

 嘗ての紅顔の美男高校生も、今や見るも無残なスキンヘッドの62のロートル・クマ男である。天性のISO規格の効用に気付くのが、中年不良時代の10年間であった。そんな遅きに失する男の開眼期を経て、この映画の中の師匠に再会すると・・・

 リー・マービンが主役だと、馬鹿こいちゃ~、行けませんわな。マービン、ライアン、ストロード、カルディナーレ、一切目じゃありませんがね。これはランカスターとジャック・バランスの男の友情物語だわさ。二人とも、脂が乗って来て人間としてのまろみが出て来て、憎めない人間としての『滋味』を醸し出している。こんな滋味の放出は、きっちりと<各種の修行>を積まねば、到底出せる味では無いのである。
 世の表も裏も、女も知った男のニヤけたムードと云ったものは、実に味のある物である。こんな男の雰囲気を理解出来ない様では、男も女も人間の筋が悪いと云う物である。早々に閉門蟄居して座禅を組むしかあるまい。

 男は硬軟併せ持つ雰囲気を溜めこんで行かないと、硬過ぎるのである。
   40数年を経て、弟子の、へへへの頭掻きの一本でありました。

 世の紳士諸侯・・・斯様に男たる者は、『清濁併せ呑んで、硬軟併せ持つ男の雰囲気を持たねば為りませぬ』ぞよ。ササッと鏡で己が顔を確認為されませ。如何で御座りまするかな・・・

 エッヘン、石部堅吉でも助平丸出しの顔でも、共に赤点中の赤点でありますぞえ。

 吾が師匠のランカスター氏が演じた様に、間男逮捕で鎖に繋がれる赤恥体験迄は、このご時世下では不要為れど、ユラユラ揺れる『吊り橋』の体験くらいは致さねば、男女の機微にも通じませぬ。男女の機微に通じ無くして、何の人生の機微、小さきものへの感情移入が叶いましょうや。それこそ、笑止千万の後ろ指を立てられまするぞ。ギャハハ!!

 然りとて、女の色香に呑め込み、粘着の蜘蛛の網に絡み取られて仕舞っては、ハッピー・エンドの男の仕事は出来ませぬぞよ。過ぎたるは及ばざるが如しで、片方に偏在しては為りませぬ。アメンボーの如く、己が体重を均等に配置する術を体得致しますれば、水上を滑る様に動き回り、危険を察知すればサッと空中に逃げる事も叶いまする。

 加齢の草枕として、男の人生を振り返る時、女日照りの枯野に、思い出の夢も妄想も走らぬ広漠たる荒れ野が拡がるばかりで御座りまするぞえ。然りとて、ロートルがネオンの巷に繰り出したとて、<己が如意棒の自信の無さ>では、捨て銭のみ大きく、老後の生活費が欠乏致しましょうぞ。

 後の後悔、先に立たず。さぁさぁ、御同輩は、如何なされるか。イッヒッヒ!!


                  プロフェショナル_001

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