旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 九死に一生・・・挿絵
             九死に一生・・・挿絵

 吾が夢力作に、挿絵が無いと為れば、片手落ちの沙汰である。再現とイマジュネェイションを働かせて描いて見ました。こんな化け物だったら、夢に招きたいと思うご仁は、拍手されたし。その内に、私同様の妖夢が訪れるかも知れませぬ。但し、夢の苦情は、一切跳ね除けまする。覚悟して、念力を送って見て下され・・・イッヒッヒ!!


                恐るべしメドーサ
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心何処ーショート 九死に一生の生還
             九死に一生の生還(1/31/10)
 いやはや、疲労困憊の寝疲れで、布団の中でウ~ム、ウ~ムと唸り声を発しているだけで、肝心の身体は泥沼の中から這い上がれない有様である。どえらい悪夢に、次々と引きずり込まれてしまった物である。こりゃ、何かの祟りとしか思えない。

 昨夜は、大好きなトム・ジョーンズの動画を見付けて、若・壮・老の彼の歌う姿に、大喝采を送っていたのである。深夜の小部屋ライブの観客に為り切って、『ディライラ』のマイマイマ~イ、ディライラ、ホワイホワイホワ~イ、ディライラの熱唱を、北京オリンピックの口パク合唱で大いに盛り上がり、ラジオ深夜便で始まった『吉永小百合スペシャルトーク』を万年床にお招きしたまでは、素晴らしい夜であったのである。

 然しながら、多分、ラジオを付けた儘、寝入ってしまったのが、ケチの付き始めだったのであろう。皆様、眠る時は、眠りに専念すべきでありまする。後の後悔先に立たず・・・でありまする。

 マウスホール→レギュラーホール→アナザーホール迄は、斜向かい色白前田吟さんの様に、『耳にイヤホン、片手にリモコンのカモン・ハニー、ハリアップ。悪魔の囁き貝の御愁傷様線香の揺らぎ』に為らず、バッコンバッコンのラブミー・トゥナイトモードであったのだが・・・品行方正為る小心者の私には、夢の中でも荷が勝ち過ぎたのでろう。
 
 余りの非倫理的な行為の発覚を恐れると同時に、<色白吟さんの轍を踏みたくは無い>の恐怖心から、私は魔性の女の白い喉元に手を掛けて、あっさりと絞殺してしまったのである。絞殺死体は、何しろスリーホールを駆使する金髪の髪は、本性を現わせば一本一本が蛇にも為るメンドーサである。

 兎角、美形為る者は、微笑・エクスタシーの境地を彷徨う時は、生き観音様・・・ひとたび怒り狂えば、鬼無里村の鬼女のハリケーンの凄まじさである。
 
 そんな骸を埋める適当な場所を見付けるべくして、私はキャリーバックに彼女の絞殺死体を押し込んで、ゴトゴトと引き摺って・・・夜の街を彷徨っていたのである。

 場面は変わって、其処は陽の傾いた寂しい山道であった。もう、その頃に為ると・・・安物キャリーは見るも無残に擦り減って、接地摩擦で如何しようも無い重さであった。
 仕方無く、キャリーバックをトラロープでタスキ掛けにして、背負いフラフラと野道を歩いて、林の中に入ろうとすると村人に声を掛けられてしまった。

 こんな処で足跡を残したら、直ぐ様に『相棒』の杉下右京氏に嗅ぎ付けられて、その推理の術中に堕ちてしまう。

 私とて、シャロック・ホームズ氏の薫陶を受けた日本人の一人である。杉下右京如きの一時間推理の餌食に為ってしまったら、恩師のホームズ氏の沽券に拘わる。
 従って、私は、此処ではホームズ氏の永遠のライバル・モリアーテ教授位の推理攪乱の技量を見せねば為らないのである。

 点と点は、なるべく遠ざけた方が、攪乱の小道具と為る。点と点を繋ぐ時系列も、大きく分断した方が、時間を稼げる手法の一つである。

 私は林の埋葬を諦めて、川に筏を組んで下ったのである。川は何時しか大河と為り、ゆったりしたラインの流れを下る内に、疲労の睡魔に襲われて居た。そんな中で、霧の中に、男を惑わせるローレライの調べが流れていた。睡魔と霧の中で、キャリーバックの蓋が、ギィ~とパックリ180度・・・開いた。

 赤い口が裂けて、蛇の髪を振り乱したメンドーサが私を見ている・・・私は腰が抜けて、咄嗟に、目を瞑って、宗派の浄土真宗の合掌と念仏をワナワナと震える合掌の手で唱えた。

               何も衝撃は無かった。

 恐る恐る・・・怖々と薄目を開けて化け物を見ると、其処には、心許した金髪美形の観音様の微笑があった。うっとりとする美形の微笑に、優しく手招きされるままに、私は素直に裸になった。何しろ、私の逸物は・・・スカートの捲れ上がった膨張率に富んだISO規格である。美形の白魚の様な優しいエスコート振りに、男冥利の実感を頂きながら・・・

   これが、罠であったのに気付くのには、然程時間を要し無かった。

 内部に渦巻く蝉動の肉襞が、パックリと私をスキンヘッドの頭から呑み尽さんと、生温かい息遣いの臭気を発散させて、動いていたのである。化け物の渦巻と大河の渦巻を比べたら、大河の渦巻の方が生きる選択肢であった。
 私は、霧の大河に飛び込んで、無我夢中のクロールを最大限のピッチで刻んで行く。不思議な事に、疲労は無かった。そして、恐怖感が薄れる事は無かった。後ろを振り返ると、本性を現わしたメドーサが、髪を蛇に変えて、何百何千のオールの様に繰り出して、赤い口を裂いて迫って来る。

          カモン・ハニー、ハリアップ!! オホホ。 

 ウギァ~、恐怖に全身の筋肉が弾けた瞬間、私はトビウオの泳ぎを身に付けていた。霧の中を、無我夢中のまっしぐらの逃避泳行であった。後ろを振り返った。

            ギァ~、ギァ~、追い付かれる~。
 メドーサの蛇達は、左右に分かれてビック・マンタの余裕追跡である。メドーサの口は元に戻り、青い目が微笑して居るでは無いか!!

 ビック・マンタの金色の翼に、簀巻きにされて、其の儘、アナザーホールに放り込まれてしまったら、生かさず殺さずの玩具にされてしまう!! 無限地獄に取り付かれたら、死んだ方が益しである。

           助けて、エブリバディ、ヘルプ・ミー~

 左足の脹脛が攣っている。此処で失速したら、一巻の終わりである。私とて、陸上選手の端くれであった。脹脛に痙攣が回らぬ様に、必死の防御態勢での両腕泳法で逃げ回る。糞~痛い・・・痛てぇな・・・泣き言は後回しだ!! とっ捕まったら、無限地獄の玩具にされてしまう。放出と受け入れを斟酌すりぁ、吸引一方の放出に勝ち目は無いのである。

      寄るな、近付くな!! ウギァッ、勘弁してくれ~、

ハア、ハァ、はぁ、はぁ・・・九死に一生の悪夢からのギリギリの生還であった。

 首・肩・足の脹脛には、明らかなる筋肉痛・筋肉疲労が、どっしりと圧し掛かっていた目覚めであった。賄い夫の仕事と、母とのトークを終えて、この文作を此処まで打ち進んで、漸くのメンドーサ様からの解放である。後遺症が、霧散霧消されてしまえば、偶には、こんな夢も好い物である。何しろ夢の導入部のスリーパー・ホールド為らぬスリーホール締めは、官能の甘露の味であった。

<初め好ければ、全て好し>とするか、『終わり好ければ、全て好し』とするかは、個々人様の人生観その物でありまする。私如きが、口を挟む領域では御座いません。

 やや、待てよ。深夜・未明の静寂を破って、私は、あらぬ素っ頓狂の『性の雄叫び』を発していたのでは無いだろうか・・・ まぁ、パンツの汚しも無かった事でもあるし・・・此処は、日頃の私の奥深き性質を信じて、母の前では普段を装えば好かろう。

   いやはや、こんなに疲労困憊の夢を見たのは、久しく無い処であった。
『恐るべし、メンドーサの実力!! まぁ、俺も自由気ままな自由時間の利く身であるから、メンドーサさんも、偶には遊びにいらしゃいよ。但し、頻繁に来られたら、俺ぁ精気を吸い取られて、死んじゃうからね。そう為ったら、お互い趣味の枯渇だわさ。お互い、大人の夢タイムと行きましょうや。えかった。エガッタ。ヨガチャッタイナ!! ギャハハなり。フロム四畳半ウイズ・ラブ。トゥ、ビューティフル・メンドーサ。』

 御同類・御同輩諸侯に於かれましては、各々、現在の体力と十分御相談の上、真面目に就寝態勢を整われるのが、肝要で御座りまする。努々、軽挙妄動の軽はずみは、慎むが肝要でありまする。ウッシッシ。

 以上を持ちまして、恐怖と快感の悪夢レポートのご報告を終わりと致しまする。

心何処ーショート 昼のコーヒータイム・・・続編
            昼のコーヒータイム・・・続編。(1/30/10)
           
           さて、本日の一枚のお時間である。
 Tとは、少なからず同類体験があるらしい。高校同窓の『きっちゃ』の証言によると、私とTとは、声質も話すテンポも落ち着いた口調のゆったりした類似点が有って、電話だと、彼は一瞬迷ってしまうとの事であった。雰囲気も、好く似ているらしい。

 まぁ、女好きなのは殆どの男の共通項であるから、この際は割愛するとして・・・
①、お互い小学生の時は、登校拒否児童。
②、お互い音楽の成績が、1であった。
 尤も、その1の期間が、Tの場合は殊の外、短期で通過出来たとの事である。

 或る時、一緒に飲みに行った折、ホステスの執拗なるカラオケ攻めに遭って、マイクを持たされたものの、冷や汗を掻いていると、Tが<武士の情け>と言って私の代わりに歌ってくれた事があった。それを話すと、T曰く、「それは、アナタの努力が足りないのだ。」と軽く一蹴されてしまったのである。
 そう言われて見ると、私には苦い劣等感が有る。恋愛結婚の恋女房殿は、音楽5の女にして、ピアノを弾く女でもある。そして、教育・訓練の有効性を盲信する信条の持ち主であった。新婚当時、私の音痴振りを何とか『愛の力』に依って、掬い上げようと特訓したのである。

        が、然し、女房は、途中で匙を投げてしまったのである。

 さて、男なら誰でも知っている関心事であるが・・・世に言う処の真正包茎と仮性包茎と云う2種類が、この世に存在するのである。これが、この世の悲しい現実なのである。同様に音痴に関しても、私とTとの間に歴然として横たわる物は、正に『真正』と<仮性>との歴然とした相違点なのである。

 教師を職業とする人間達にとっては、古の時代より最低ランクの1は、目の上のタンコブ・目の敵に映る『生け贄の子羊』なのである。私の場合の女教師と違って、Tの場合は、珍竹林(チンチクリン)の定年直前のバーコード頭の音楽教師であったとの事である。その当時、無垢な学童Tは、教師にあるまじき罵詈雑言を浴びせられ捲ったとの事である。Tは偶々その教師の家が学校の直ぐ傍に在ったから、小便を必ず放出して帰ったとの事であった。

 奥ゆかしい自閉症の私の性格からは、想像も出来ない学童Tの傑作エピソードのお披露目であった。私は、この感動を、1枚の絵に渾身の魂をば吹き込んで描き上げなければ、Tへの友情の証とは為らないのである。

 吾が辺境ブログの陰の主人公とも云えるTの存在である。少なからずTのファンも多いと推察する処である。以下の絵は、本日Tよりじっくりと承った実話の再現絵である。

 断って置くが、これは誇張も悪意も無い、私の素直な表現である。Tは、勿論、度量と許容度の広い好漢の一人である。如何なるコメントが寄せられ様と、現実を冷静に受容出来る立派な男である。読者各位の偽らざるTと私の論考をお知らせ願いたい物である。


                 聞き取り再現絵_001

心何処ーショート 朝・昼のコーヒータイム
              朝・昼のコーヒータイム(1/30/10)
 寒いが、素晴らしいお天気である。窓外の家々の屋根の上に、雲一つない青空が有る。斜向かいさんの二階のベランダでは、奥さんが洗濯物を干して居る。部屋への陽入りは未だであるが、金魚達がユラユラと泳いでいる。

 昨日の色白前田吟さんの誘われ散歩で、二度目のお供散歩をした。吟さんは、面白い事に河川敷と土手道を小まめに上ったり下りたりして、階段の上下運動を散歩に取り入れているのである。饒舌な先輩のお供歩きであったが、成程・・・言う事もされる事も、中々に考えての個性派に相違無い。ほうほう・・・の段であった。

 少々、コースもペースが違うから、立ち止まっては川の中を結構覗けた。金魚が何匹も見られた。川で増えたのか、飼っていた金魚を放したのかは定かではないが、多分放した物に違い無かろう。

 私の散歩は距離を歩く関係上、平らなアスファルト道をひたすらこなす運動である。河川敷の歩きでは、植栽のサツキの下にはペットボトル・缶・コンビニ弁当のゴミが幾つも『隠し捨て』られている。車の往来を避けての河川敷歩行者は、その目線からして、如何しても、それらが目に付いてしまうのである。毎度の事ではあるが、目にするとツイ小言が口を突いて出てしまうから、私は河川敷の歩きは<見ぬが花よ>のショート・レンジにしてしまうのである。

 私は下衆男であるから、食べたり飲んだりすると、辺りをキョロキョロして捨ててしまいたい衝動に駆られるから、散歩に出掛ける時は煙草を家に置いて来るのである。そして飲料の衝動買いをしてしまうから、財布も置いて来るのである。喉の渇きは、家からペットボトルに半分ほど水を入れて来て、水筒代わりとして居るのである。
 有り態に言ってしまえば、私は物臭男であるから、ポイ捨ても<面倒臭い>の内なのである。幸いな事に、この頃は寒いから水も余り必要が無いので、水筒は持ち歩かないで済んでいる処なのである。

 これを称して、<ザァマァ、見やがれ!! 戯け連中!! 痩せ我慢も、人間の嗜みの一つだわさ。>と云うのである。

 おお、部屋に陽が入って来た。金魚達の魚鱗に光が反射して、何んとも言われぬ<小さなシンフォニーを奏でる>一時が始まる。鳥の世話で外に出ると、アルプスのお山をバックに土手のケヤキの大木に、シジュウカラが、チィーチィー、ジュクジュクと囀りを見せている。風は、スキンヘッドの頭を直撃する冬の痛さである。

 廊下・台所で母の物音がする。本日・土曜日である。Tとのコーヒータイムが控えている。さてさて、朝の賄い夫に始動開始と致しまする。

         電話が鳴って、コーヒータイムのお誘いである。

「ほい、これ。もう、食べちゃっただろう。」
「やぁやぁ、サンキュー。未だあるさ。一度に出したら、バリバリ食べちゃうから、貴重品は小出しで遣ってるんだよ。これを、婆さんに食べさせて遣ってくれや。」
「いや~、何時も悪いな。そうかね。Tは都会人だね。俺なんか、飯の友でバリバリ主采で遣ってるわね。」

 ホットコーヒーを持って、二階席に上る。ほうほう、本日はスタバ勉強の学生さん達である。ロートル・好色二人組は、壁側の隅の席に座る。絵ファイルを持って来たから、二人で誰が描いたか分からない戯れ絵を品評する。

「そうそう、この金髪河童の絵は、ヒット作だぜや。この絵は、例えば団扇の図柄にしたら、好い風が吹いて来るぞ。この海坊主はRだろ。」
「馬鹿こいちゃ行けねぇよ。これは、アナタ様ですわね。一応友情の証として、輪郭を海坊主にしてるけど、このドングリ眼の喰らい付きは、ブスエロイの餌食を狙うTの目だわね。この絵の中の俺様の分身は、この魚だわさ。」
「Rなぁ~、こう云うのを何て言うか、知ってるか? <漁夫の利>って言うんだぞ。白らばくれ遣がって、隅でチャッカリとネェーチャンの又ぐら見上げて遣がる。とぼくれたオッサンだぜや。こっちの絵のピンクの万華鏡は、バツチリ見えたかいな?」
「アナタは、インテリさんだね。そんな言葉が、有るとは知らなんだ。メモっとかなきぁ、健忘症で忘れちまうがね。それが、駄目さや~、処女の恥じらいで、角度がイマイチだったわね。イヒヒ。」
「そうか~、単なるモウロク爺っさで、レンズの焦点が合わなかっただけずらよ。」

    本日も、ロートル二人組のコーヒータイムは、快調の滑り出しである。
 
 お互いブログ散策を日課として居るから、話のネタには事欠かない。そして、共通のブログが幾つかあるから、その感想を話したり、当世時事感想、お互いの賄い夫シーンの交換などをし合って、お互いの老親の悪口を交歓し合うのである。こんな天気の良いお日和には、少々留守時間を大目に取った方が、お互い親孝行と云う物である。
兎角、コタツお地蔵さんを励行してる父上・母上も、倅が居ないと結構体を動かして居る図なのである。
 これまた、観察意見が合って、馬鹿倅達は、悪戯っ子の様に目をまん丸にして、イッヒッヒにギャハハの馬鹿笑いの交換である。

 お代りコーヒーを頼んで、外のベンチの喫煙スペースでの時間延長のお時間である。持つべきものは、友とのゆったりとしたコーヒータイムである。<流れる時に、煙草の美味さかな>ってな物である。これぞ、ロートル男の時間の愉しみ方の一つと云うべきものであろう。

    Tよ、アリガトさんよ。へへへ、俺は、お前さんの友情に感謝してるよ。

心何処ーショート 母倅、こんな時も有る。
               母倅、こんな時も有る。(1/29/10)
          
             昨夜、19:30からの母とのトークである。

「何をこいてるんだ。馬鹿こいちやいけねぇわさ。再犯率が上昇で、刑期満期前の仮出所が、受刑者の約半分。後の半分は、満期出所。仮出所者には、保護観察と就職斡旋の手が差し伸べられる。一方、満期出所者には、刑の完全履行に依って、償いは完成されたのであるから、完全放免のお沙汰が下って塀の外で、正常人としての独立独歩の生活をして下されってなもんずら。そりゃ、お姐さん、先生様、理屈でヤンスよ。」

「問題点は、放免後の再犯云々の社会制度の構築なんて、格好の好い事じゃ済まされんでしょうに。普通に、日々、塀の中でお勤めを果たして居れば、半数が仮出所なんですわ。 
 って事は、半数が如何しようも無い落第生と云う事なんですわ。近代刑法の最大の拠り所の応報刑から教育刑への理想主義の綻びが、厳として存在して居る現実に目を瞑って、インテリぶりっ子・振りオヤジが、さもインテリ顔して、お茶を濁しているだけのコーヒータイムじゃねえのか。少ない30分番組だよ。もそっと、ジャーナリストらしく、本態を抉り出して見なされや。そんな事無かれ手法じゃ、受信料払わ無ぇぞ。少しは、真面目に各論を遣れちゃ。この総論戯けが!!」

「へへへ、こう云う連中の面、言葉を聞いていると、反吐が出るぜや。活字理解能力だけで、飯を食って居やがる。偉そうに、全く感受性の希薄な連中だぜや。俺は労務を遣っていたから、平均点以下の連中の行動は、お前さん達とは違って、少しは観察して来たもんだわさ。成績がオール5の連中には、所詮、1の連中の行動が読めないんだよ。困った総論信望者様達だわね。」

「そりぁ、心情・人情的にはさ、差別をせずに同等に付き合って遣りたいわね。でもさ、それは理想主義の<無い無い物強請り>なんだよね。
 俺みたいに、バランス良く1~5まで万遍無く通信簿に網羅されてた『正常人』だって、音楽の女先生に放課後、職員室に呼び付けられて、<成績優秀な君が音楽1なんて如何考えても、私が女だと思って馬鹿にしてるんじゃないの!!>って、勝手なヒステリーの果てに、泣かれてお説教されて、効果無しと見るや、手前の偏狭な正論振り翳して回りの馬鹿男教師に加勢させて、延々と1時間もお説教貰ってさ。・・・冗談こくな、この馬鹿野郎共が、表に出やがれ。腕力勝負に出りゃ、俺の方が一方的に強いんじゃい。俺だって分かる物なら、まあまぁの点数とって、偶には学年で一番の栄誉に浴したいと思うのが、人情だわな。出来ねぇから、不名誉の1更新をしとるんじゃい。少しは、同情が有っても好からずよ。馬鹿たれが!!(当然、これは内なる悲痛の真実なのである。私は、奥ゆかしい人間であるから、高倉健さんの様に、奥歯を噛んで寡黙なのであった。)
 
 土台、分から無ぇ物、出来の悪い者には、努力の壁がドドーンと、エレベストのお山の様にそそり立ってるんだわね。酸素ボンベも無く、氷河の原にケツけっ飛ばされてもしょうがねぇじゃないの。」

「だけどもさ、分からねえ物は、分からねぇんだわさ。その辛さ、苦しみ、劣等感に、泣いている当の本人様の気持ちは、馬鹿教師には分からねぇんだんわ。
 早々、人間って生き物は、感受性に優れていたとしても、そう簡単には他人への感情移入は、出来ねぇもんだわさ。例え、得意の感情移入を働かせようとしてもさ・・・その元の同類項たる実体験が無けりゃさ、どんな天才だって、他人の心の中には肉迫なんか出来る筈ぁ無かんべさ。こりぁ、俺の経験則だいな。ギャハハ。」

「良いかい、小説・映画・ドラマが描く異常な世界だって、それは異常じゃ無いんだよ。正常人が正常の眼鏡を通して、彼是表現して居るから、読む者、見る者の或る意味、普遍的な共通感情に浸透して、共感を呼んでるって寸法さね。考えて見ろっちゃ、鬼の目にも涙ってぇのは、見処のある鬼だったから、成立する例えでしょうが。気違い畜生の鬼だったら、人間の心は伝わらず、問答無用で頭から喰われちまうぜや。此処には、ちゃんとしたレベルの線引きが、伏線して伸びてるんだぜ。」

「皆、そんな上面を読んだり、見ているから、限り無く教育と云う理想を『盲信』してしまうんだよ。だけど、現実は刑務所学校でも、その半数が落第卒業して行くのが現実の姿だよ。
 良いかい、これからが本題だわね。此処に隠された社会のもう一つの現実が、眠ってるだぜ。人間の社会って奴は、虫眼鏡で見るとさ・・・正常人の世界にも、色々の色斑って奴が混在してるんだよ。何処かで合格点の線引きを引いているんだけどさ、その線引きを何処で引くかで、正常とも異常とも線引きされないグレーゾーンが、生まれて来るのが物事の実態だわね。見方によっては、このグレーゾーンは、危険の温床とも受け取られてもおかしくは無い。このグレーゾーンが、真空域・悩みの種・パンドラの箱だわさ。」

「社会は、異常なるものを隔離・監視して一定の社会の秩序を守ろうとするだろう。でもさ、グレーゾーンが厳に存在する以上、グレーゾーンに直接働き掛け無くちゃ、問題は好転しないんだよ。
 詰まりは、総論から各論に問題提起をしなくちゃ、大人のジャナリストとしては、合格点は取れ無ぇのだわさ。各論を展開すれば、賛否が分かれるのは、当然の話だわさ。従って、反対者からは、きついバッシングの総攻撃だわさ。
 だから知ってて、総論でお茶を濁してしまうんだわさ。詰まりは、御身大切のサラリーマン、お役人根性の域から脱っしないんだよ。クローズアップ現代のキャスターなら、ジャーナリストとしてグサリと深部を抉り出す、根性と頭の切れを見せて欲しんだわさ。俺ぁ、美人キャスターの顔に惚れ込んで、欠かさず見てるのにさ・・・品のある女性だから、無いキンタマ見せろとも言えないしさ。だから、知ってて、俺もコンニャローメを遣ってるだけなんだわさ。人間って奴は、悪態こいてる時が、一番楽しいんだ。イッヒッヒ!!」

「如何するんだよ。言葉は悪いけど、この頃は、すっかり国会用語と為ってしまった費用対効果の物差しがあるだろ。それで、社会と個人の自由の調整・均衡を保とうとするのが、人間に出来る処方箋に過ぎないだろうが・・・」

「如何する・・・一寸、難しいかな。続けるか? 知恵熱が出て、睡眠不足に為っちゃ可哀そうだから、打ち止めにするか?」
「好いよ。もう歳で、聞いた端から、忘れて行く頭だから、続けておくれ。分からないけど、聞くだけは聞けるよ。嗚呼、情けない・・・歳は取りたくないね。」

「そうかいそうかい、そりぁ、有りがとさんよ。これも、親子の義理だと思って、聞いてりゃ良いのさ。俺も籠り生活が長くて、言葉に錆が回り始めているから、偶には錆落としが必要なんだわ。
 何処まで言ったかな・・・グレーゾーンの話だわな。要は、隔離と監視を要するのが現実の社会だって事さね。
 離れ島での隔離・監視・自営型共存社会なんて、棲み分け社会をぶち上げたら、それこそ俺なんか権利・平等主義一辺倒の社会運動家から、すっぽり南京袋頭から被せられて、グルグル巻きにされて、おまけに重石を付けられて、冬の海にドボンだわね。これを称して、物云えば、この身は寒き海の底って言うんだぜ。おお、怖い。」

「でもさ、武者小路先生なんかは、『美しき村』構想なんかぶち上げて、拍手喝采を浴びた経緯も有ったけどね。そう云えば、風にも負けずの宮沢賢治先生も、そんな試みをしてギブアップしちゃったらしいけどね。
 本題に戻すと、性善説・教育効果バラ色感覚の先人達には申し訳ないが、プラスとマイナスの因子こそ違え、その根底に根差している隔離・監視・自営型共存社会は、一卵性双生児の関係だと思うんだけどさ。プラス因子で、読み替えると隔離・監視は、共有目的を持った自発的協働行為と訳すらしいけどね。イッヒッヒ。
 兎角、ラベルとレベルの意味を誤解・錯覚して、レベルの違いを忘れ去って、『盲進』しちゃうインテリが多過ぎるんだろうね。何しろ、建前論は、一見格好が好いからね。良い例が、憲法9条論争だわね。」

「以上、本日の講義は終了。御静聴、アリガトザンした。さあ、次の寺脇康文の刑事ドラマが始まるな。今日のゲストさんは、前田吟さんだったからね。そっくりさんの斜向かいSちゃを思い浮かべながら、見るかいね。」

 トントン、おお、窓の外に色白前田吟さんでは無いか、散歩の出で立ちで手招きをして居られる。はいはい、畏まりまして御座いまする。本日、未だ散歩前で御座る。御指名を受けて、散歩のお供仕りまする。暫し、お待ちを・・・本日は、毛糸の帽子と防寒手袋が必要でありまする。

 追記・・・私は、こんなインテリさん達の話を伺う時に、決まって思い出してニヤニヤしてしまう名画が有る。手元のDVDの『旅路』のパッケージ裏面をコピーして置きますので、興味のあるお方は、映画を見ると御自分の良い思考参考資料と為ると思います。
 
 何時に無く、超駄文にお付き合い下されて、大いにお疲れ様でした。感謝感謝でありまする。


                 旅路


心何処ーショート 或る人へのお礼
               或る人へのお礼(1/29/10)

見詰める目・・・ お前の、その目は何を見ているのだ。
哀しいのか・・・それとも、静かに何かを見据えているのか。
優しくも・・・静かにも・・・闘っている・・・とも取れる。

お前の目は・・・外を見ているのか・・・それとも、内を見ているのか。
そうか・・・これが、人間の顔なんだろうな。男と女を備えたお前の目・・・
哀しいか・・・寂しいか・・・
内に静かに含んで、お前は何を見て、感じて、考えているのか・・・

俺は、内面を写す、こんな顔の人間が、大好きだよ。

肩肘を着く必要は、何にも要らないよ。
寂しいから、優しく為れるんだぜ。強いから、優しさを振り撒けるんだぜ。
繊細だから、気配りが出来るんだぜ。抑制が効くから、馬鹿に為れるんだぜ。

人間なんか一皮剥けば、大同小異さ。だけど、小心者だから、猫被って生きてるだけだぜ。
化粧をしたり、衣服を纏って、言葉を選択するから、狐・狸に成り下がるだけだぜ。
風呂に入って、化粧を落としたら、在るのは男と女の違いの裸体だけだぜ。

黙って見詰め合えば、目だけで語るしかあるまいよ。
目には化粧も、衣服を着せる事は無理だぜ。
仕方あるまいよ。だって、それが人間の本質だもの。

 本日、或る人のブログから『気』を貰いました。スーと気が通い合った瞬間を感じました。自然と一枚、絵を描いて見ました。そうしたら、こんな絵に為りました。私だけで描いた訳じゃ無いでしょう。きっと、その或る人が『気』を送ってくれたのでしょうね。私が、こんなまともな絵が描ける訳が有りませんからね。この絵を見て居たら、自然と言葉が出て来ました。

 不思議ですね。人間と云う生き物は・・・ お互い、会って話をした事も無いんですよ。面白いですね。私にも、他人様に影響を与える力が有ったとは、嬉しいですね。ブログって、不思議な力が有りますね。一歩踏み出せば、人と人の繋がりが生まれて来るんですね。

          感謝の気持ちを込めて、この頁を投稿します。


                 或る顔


心何処ーショート 散歩に行って参りまする。
              散歩に行って参りまする。(1/28/10)
 まぁ、風の野郎は欲どおしくも飽きずに、ガタピシ・ガタピシと、よく吹き荒れた物である。戯け!! お前らには、恥じらいも抑制もありゃせんのかい。

 余りの煩さに、枕元の蛍光灯を付けて、メモ用紙に慣れぬ詩もどきの言葉片を書きなぐってしまった。

 昨夜、寝る前に風の音とのお付き合いで、訳の分からないお絵描きをしてしまったのである。描いている内に、またまた面白く為って、線を足して、色を塗って行くと、毎度の事ながらの雲を掴む様な絵が顔を覗かせて来た。ついつい、悪乗りしてしまうのが下衆のハシタナサである。

 これは、面白い。ニャハハの段であるから、色を重ねて色鉛筆でグイグイ色斑を塗り潰して行く。男だか女だか正体不明の顔が、歯を丸出しで高笑をしている。

 些かの根仕事であるから、根気の無いロートルは、目がチカチカして来てしまった。もう、寝なければ眼精疲労で目が利かなくなってしまう。毛無しスキンヘッドに、盲目なんて日には、この先闇に手探りをするだけの生き地獄の扉を、開けてしまう愚行中の愚行の沙汰である。
 人間は反省した分だけ、賢く為れる生き物なのである。湯たんぽに足を乗せて、じっと布団に体温が回って来るのを待っているのであるが、ガタピシ・ガタピシと風が騒々しいばかりである。ニャロメ!!

 堪らず、煙草に火を付けて、DVDコーナーから、ハムナプトラをチョイスして再生ボタンを押す。<こりぁ、あかん!!> 途中で、サッサとオフにする。こんな煩い夜に、ゲテモノなんかと付き合ってしまえば、魔界に引き込まれる危険性が有る、と即断した次第である。

 未明の母のトイレに目が覚めて、その後を使わせて貰ったものの・・・意識ある者の耳には、突風逆巻く風の音である。然程寒くは無い気温であるから、隣部屋の四畳半から絵ファイルとメモ帳・鉛筆・煙草を持って来て、好い加減思い付くままに並べて見たのが、本日の詩もどきの一片である。

 自作詩をご自分のブログのメインに更新為されている方々に、素人の愚詩を掲載するのは甚だ以って、畏れ多い事ではありまするが、偶に詩片を書いて見るのも楽しい物でありまする。許されよ・・・ さて、散歩に行って参りまする。

心何処ーショート 自作詩・遺憾いかんの微笑みだわさ
          自作詩・遺憾いかんの微笑みだわさ(1/28/10)

           今日も、何処かで、誰かが笑ってる。
                風を吹かせてる。
              風に乗って聞こえて来る。

         誰かが笑っている、誰かが、笑わせている。
       乾いた、乾涸びた高笑の狂気が、風を吹かせている。

            風が、風が、風が聞こえる。
             風の、風の、風の底に、
           狂気の高笑をしている誰かが居る。

            目を閉じて、見るがいい・・・
              その正体の、輪郭を
         男にも女にも、変幻自在の、その姿を・・・

       今日も、現在も、何処かで、誰かが 高笑っている。
          狂気の高笑の風を、吹かせている。
        ホホホ、ケラケラ、キヤハハ、イヒヒ・・・

         嗚呼、果つる事ない・・・狂気の高笑。
              招くその手口・・・

           目を瞑って、耳を澄ませば、
              風の中心に、狂気の正体が、
                    見えるものを・・・

          嗚呼、聞こえる、感じる、見える・・・
         あの狂気、招く色の輪、取り込む高笑の輪。

        今日も、何処かで、笑ってる、風を吹かせてる。
        風、電波に乗って、狂気の高笑が聞こえて来る。
      ゲラゲラ、ギァギァギァ、ゲッゲッゲ、ギャハハ・・・

        人は、一人になった時に、素直になれる。
         たまには、一人で散歩をしようよ。
             自然の風の中を。

            忙しいは、口実だよ。
           フフフの和みを持とうよ。
         遺憾いかんの頬笑み、浮かべてさ。


                高笑の中の狂気_001


心何処ーショート キャ~二連発
                キャ~二連発(1/27/10)
 目が覚めたが、スキンヘッドの頭がスースーして寒いのなんのと遣り切れない。思わず、布団を頭から被って、<おお、寒い。嫌じゃ嫌じゃ・・・>の空念仏である。母がトイレに遣って来て、その後の動きが聞こえて来ない。母も余りの寒さに、電気毛布の温い布団に冬眠の沙汰らしい。私は電気毛布が性に合わないから、一石二鳥の湯たんぽである。廊下の日差しを反射して、八畳の天井には明るい朝が掛っている。金髪妄想に一点集中させるが、一向に姿を現さない。必要な時には一切頼りに為らない、正に冷たい連中である。

 さてさて、起きるしか有るまい。台所のマナ板は、凍って御座る。モーニングコーヒーの湯を沸かして、定位置で朝の一服を吸う。ブログを見たり、コメント返しを始めていると、
「こんにちは。ヤクルトで~す。」
「あいあい、ちょっと待ってておくれや。」
 アハハハ、ヤクルトママさんも、すっかり寒さに縮み上がっている。仕事の後は、青い金髪河童のお披露目である。
「キャ~、凄く可愛い。Rさん、こう云う絵を描かなくちゃ駄目ですよ。エロい絵ばっかり描いていると、単なるエロオヤジに為り下がっちゃいますよ。こんな可愛い河童ちゃんなら、私、飼っても好いな。ふ~と、息吐き掛けて、河童ちゃんに命を吹き込んで遣って下さいよ。そのツルツルのスキンヘッドなら、マジック・パワーがあるでしょう。」
「上手い事言うじゃん。実はマジック・パワーがあるんだわさ。でもさ、そのエネルギー源が、脂の乗った美形奥さんのラブジュースが必要なんだわ。」
「ちょっと、タンマ!! Rさん、何処見てるんですか!! 100%エロオヤジですよ。」
「あれ、ハムナプトラ見てないの? 怪僧スキンヘッドには、美形の生き血は付き物だよ。」
「生き血は、旦那だけの専用愛飲料ですよ。一般第三者の愛飲料は、昔からヤクルトの乳酸飲料ですよ。これは、世界の常識ですよ。アハハ。」
「やいやい、今日も一本取られちゃったよ。鉄壁の守り、お見事!!」
「はい、また、来週来ますね。」

 母の食事の用意をして、部屋に運ぶ。母は、未だ布団の中である。
「今日は寒いぞ。ゆっくり起きれば、好いさ。無理するなよ。」

 天気は好いのであるが、春日と冬日が交互に襲って来る。高齢な年寄りには、辛い日々であろう。テレビの国会中継を見ながら、母の部屋でゆっくりと午前中を過ごす。

      さてさて、支払いが有るから、町内の郵便局に行く。
 中に入ると、流石に暖かい。この頃では、窓口さんともすっかり親しく話を交わせる様に為った。そう云えば、スキンヘッドのお披露目は、未だであった。毛糸の帽子を彼女の目の前で、エイ、ヤッとばかりに剥ぎ取って見せる。
「それ、如何だい!!」
「キャー、」
 彼女は、大声で椅子から飛び上がらんばかりの驚き様であった。中に居た皆さんも、一斉に私を見て、目を丸くした後は、クスクスと笑って居られる。
「Rさん、如何したんですか? 何か有りました? 何時もは、帽子被って無いじゃないですか・・・それで、今日は何かおかしいとは思っていたんですよ。」
「へへへ、無収入で、節約する部分が無く為っちゃってね。それで、このスキンヘッドせ。自慢じゃないけど、禿げ頭、スキンヘッドの似合う顔は、世の中、そう更には無いよ。イッヒッヒ。」
「Rさん、元が良いから、似合ってますよ。男前だし、若い頃は美男子だったでしょ。その面影が、しっかりと刻まれてますよ。」
「お世辞でも、嬉しい事言ってくれるじゃん。本当は、デカイ声で言いたいんだけどさ、若い頃はモテテ、モテテ、俺は女嫌いだったから、竹箒で女をけ散らかして居たもんさね。今じゃ、昔の罰が当たって、落ち目の三度笠の乞食遣ってるだいね。」
「またまた、今日もご謙遜を、何時も、楽しいお話、私もブログファンの一人ですよ。オホホ。」

 支払いと記帳を済ませて、今度はパン屋さんに歩いて行く。明るい日差しの好天には違いないが、風がヒューヒュー寒い限りである。リンゴジャムを作って終い、味が好いとの母のお褒めの言葉であるから、これも作った者の責任にして親孝行の一環である。食パンと私の好物のレーズンパン諸々を買って帰る。寒い日は何度も、外には行きたくないから、本日の散歩代わりとすべく、大きく遠回りをして行く事にする。

 西のアルプス・・・この辺りからだと、常念岳が正面の位置に鎮座して居る。例年と比べると雪の量は驚くほどに少ないが、冬空にアルプスの連山が屏風の様に、西の空を南北に縦走している。勿論、乗鞍岳は、白一色のツルツルした輝きを、薄い冬の青に浮き立たせている。母校の小学校校歌に歌われている様に、『東の緑の山は、母の胸。父はアルプス、清く輝く。』の東西の山並には、好対照の眺めが続いている松本平なのである。

 眺めは、申し分の無い様であるが、此処は、名うての寒冷地である。その証拠に、ぷっくら膨らんだ寒雀達が、寄って集っての風に揺れる枝の寒空なのである。日蔭の水は、おお寒いのコチンコチンの躯(むくろ)を晒して居るのである。
 さてさて、これ以上歩けば、汗が出て来る。本日、<キャ~>の二連発も頂戴致した処でもあるし、直近の道を選んで、帰ると致しまする。

心何処ーショート 午後の漫談
                  午後の漫談(1/26/10)
 散歩から帰って来ると、斜向かいさんが部屋に入って来られた。如何やら、コースは別々の様ではあったが、お互い散歩日課をこなしたホカホカ・息切れの様子である。何か描いたか?との御所望であるから、ファイルの河童と海坊主の図を開く。

「ヨヨッ、お兄ちゃん。遣ったねえ、こりぁ、文句無しの一品だ。う~ん、こりぁ、差付けられちゃうな。俺も一発何か、描いて来なくちゃ行けねぇわ。

 やいやい、恐れ入っちまったいな。この前の、俺のケツの穴から入り込んで、口から頭出した電気ウナギの痺れと御愁傷様のカモン、ハニー。ハリアップにも、おどけちまったが・・・如何だい、この青い目のボッコン河童の初々しさ。

 オッ、青い目が、俺を見てるじゃないかね・・・好いね好いね。可愛いねぇ。そんな後ろからの海賊海坊主の目なんか無視して、俺んとこ来い。ウ~ンとタップリ爺が、ペロペロ可愛がって遣る~、ウ~ン、チュッ。」

「これ、Sちゃ、何て事するだいな。金髪青いお目目のオボコ娘に、ペロペロ可愛がって遣るだと、この糞爺っさ。大事な絵が穢れちまぅぜよ。絵の趣旨を何と考えてるだいね。
 見て見ましょや、手足の水かきは、世の汚れを知らぬ淡いピンク一色、ぷっくら乳房の先には、赤いイチゴの乳頭だぜや。
 下がって下がって、無料観客席の海坊主の位置まで下がりましょ。此処んとこ、文芸作品一辺倒で、頭の皿の水が蒸発しちまったずら、とんでもねえ爺っさだべや。ギャハハ!!」

「ケチ!! 減る物じゃねぇずら。俺あ、このトボクレタ魚の位置で好いわね。この位置なら、プックラおけつの若草の奥が、見えるずらよ。イッヒッヒ。

 まぁ、冗談は兎も角、この絵は好いよ。本当にGOOよ。お兄ちゃんも知っての通り、俺は絵が好きだから、新聞の絵画展・写真展なんかに、直ぐ目が行っちゃうんだがさ。絵は写真と違って何でも好いから、訴えかけて来る物が必要なんだわ。絵が上手い下手なんてのは、二の次だわね。そんな物ぁ、素人の絵には枝葉末節の些事だわね。

 此処からが、本題だわね。この絵はさ、太陽、雲、木、小草の放物線の流れが、この可愛い河童のラインに爽やかな風を送っているじゃねえかい。云う為れば、乙女の青い風ってぇ物が、吹いて居るわな。睨んだ処、それが、この絵のモチーフってなものだわさ。

 おぼこ河童の青い目の先が、実に好いんだね。自分の体の変化に、少女から大人への女の香りが開き始めている。口に咥えた一輪の野の深紅の花が、効いてるね。少女から女への脱皮を象徴してるんだろうね。・・・そんな感じをもたらしている処が、好いんだわさ。

 それに、漫画の中から這い出して来た様な海坊主の白らばくれた顔と、ちゃっかり又ぐらを覗き込んでるノーテンキ魚が、憎めない味を出して居るわな。太陽から始まって、小草・ノーテンキ魚に至るまで、巧くバランスが採れていて、何んともユーモアに富んだ柔らかな世界を表現してるじぁねぇかい。褒めてるんだよ。分かってるね。あい。

 それをさ、絵の素人のお兄ちゃんが、何にも考えた挙句の絵じゃなくてさ、鼻歌交じりのチョチョイのチョイってな具合で、悪戯絵としてお絵描きしちまってるんだよ。
 何時も思うんだけど、お兄ちゃんの絵には、自由な発想が弾けているんだよ。計算が無いのに、計算されて居るんだよな。此処が、桃の木・驚き・ケッケッケのケツの穴なんだけどさ。

 文章も、そうなんだよ。自由に思った儘、感じた儘、浮んだ儘を、ヒョイ、ヒョイと文字に置き換えているから、親しみの共通項が有って面白いんだよ。真面目なんだか不真面目なんだか、変態色気違いなんだか、さっぱり雲を掴む様で、俺見たいな正常人にぁ分からねぇ処だわさ。一時、つぶさに観察して見た物の・・・さっぱり要領が掴めねぇのさ。
 
 しょうがねぇからさ、お兄ちゃんの存在そのものが、一つの作品なんだろうなって、この頃は素直に思う事にしてるんだ。色々考えても、しょうがねぇもの、化け物は、何時の世にも居るんだろうからね。俺も変な性格だから、決して化け物が嫌いな訳じゃねぇしね。

 俺は、本当に感心しちゃうんだよ。本当に、お兄ちゃんを尊敬してるんだよ。イッヒッヒ。

 言っちゃ何だけど、こんな絵を描いちゃう人は、世の中広しと云えども、そうは滅多に居るもんじゃねぇよ。その証拠に、美術館じぁ絶対にお目には掛れねえもの。こんな絵を描いてる人間の面を、世間は如何考えているか・・・想像して見ろっちゃ。絶対にまともな人間の顔を、思い付く人は居ねえ筈だよ。ギャハハ!!そのギャプが、面白いんだよ。」

 喜んで良いものやら、笑って通過させるのが好いものやら・・・ 斜向かい色白前田吟さんは、恐るべし・・・表現に長けて居らしゃる。
 こんなお近くに、私の理解者が居られようとは、ただただお天道様の大いなる慈悲心に感謝するしか有るまい。若し、私と斜向かいさんが同級生であったなら、何時も蔓んで何を仕出かして居たか・・・ まごまごして居たら、何度と無く官憲の御厄介に為っていたかも知れぬ。何しろ、こんなご近所だったら、TにしろM氏にしろ、適切なる距離観と云った物を保てるのであるが、子犬の兄弟の様な共通環境で育ち大人に為ってしまったら、お互い全くの後の後悔、先に立たずの痛恨・悔恨の珍道中であった筈である。

  本日、とほほに始まって、トホホに暮れる冬の一日であった。遺憾いかん・・・

心何処ーショート とほほ・・・愛しき母上様
             とほほ・・・愛しき母上様(1/26/10)
 先日、スーパーに行ったら、カツオのフレークの缶詰があったから、買って来た。正月の時はそれが無かったから、母譲りの雑煮を食べさせて遣る事が出来なかったのである。本日は雑煮を作って朝飯とする予定で、飯を炊かなかったのである。朝は、雑煮と沢庵漬けとした。私も母も、雑煮が好きである。好い出汁が採れて、満足の朝食であった。沢庵をバリバリ摘まんで、以下の母倅の朝漫談と相成った。

 へへへ・・・吾が辺境ブログに、大異変である。温かいエ~ル・コメントに、胸ドッキンの天にも昇る思いである。朝食後母に、斯く斯くシカジカとご報告申し上げる。証拠の絵ファイルを途中で持って来て、謹んでお目を通して頂く。

 大正女の母上は、一々大きく頷きながら、三度ほど繰り返して頁を往復させて、「私は、こう云った絵の方が好きだよ。」と、見せてくれたのが、吾が部屋からお向かいさんの佇まいをスケッチした雑木に止まるシジュウカラの一枚で有った。
 
 嘗て、国民映画と親しまれた<フーテンの寅さん>の一シーンを、母の顔に、ありありと見てしまった瞬間であった。シリーズ映画の中に、佐藤蛾次郎?さんが演じる処の寅さんの弟分が登場するのである。彼は、笠智衆さん演じる御前様の御寺の寺坊主と云うか・・・庭掃きに精を出す役柄なのである。寅さん、御前様の間に在って、彼の存在は・・・何とも憎めない好い味を、発散させていた物であった。
 お師匠の御前様は、彼には真に冷やかな態度で「お前は、駄目だ。ワシは、諦めた。」と例の飄々とした態度・風貌で真意をお伝えに為った・・・あのシーンを彷彿とさせるのであった。

 手塩に掛けて育てた心算の四男坊の成れの姿が、女の訳の分からない部位・全体像に涎タラタラの幼児のお絵描きをしている・・・困った戯け息子だ。お前、少しは自分の歳を考えなさい・・・そんな母の内なる呟きが、聞こえて来る様な母の表情であった。

<そうかいそうかい・・・母上殿、よぉ~く呟きの真意が、読み取れ申したわさ。此処で引き下がっては、母の脳の活性化に水を掛ける親不孝と云うべきものである。>
 
イッヒッヒ・・・昭和番空男が、大正女に一発かませて置かなければ為るまい。

 私とて一寸の虫改め、五分の下衆にも、五分の魂改め三分の口応えも存するのである。

「バアサン、それを言っちゃ、お終いよ。俺だって、十月十日胎児として育て切って、腹を痛めてこの世の送り出した倅だろうが・・・ こんな戯けに退行するとは、お釈迦様でも想定外って云っても、それを態度に出しちゃ・・・そりぁ、俺が可哀そう過ぎるわな。
 動物界の世界にも、先祖返りって物が有るわさ。俺の日々進む『退行性』だって、バアサンのDNAに繰り込まれて居たんだわさ。俺は、時の掌(たなごころ)の中に、素直に身を任せているだけだいな。
 伊達に、『相棒』の杉下右京さんの推理解説して遣ってる訳じぁなかんべさ。90超えたからといって、学習効果ゼロじぁ講師役の俺なんざぁ、丸きしの毒舌ボランティアの毒蝮三太夫ってもんずらいよ。あんなのと比べりゃ、俺の方が、男前で上品で味があらぁな。ギャハハ!! 如何だ、参ったか!!」

「若い頃は、もっと真面目で引き締まった何処に出しても恥ずかしく無かった息子だったのにねぇ~、
 何処でどう間違えたか・・・ 嗚呼、親は、長生きはしたく無いね。産んで育てた責任があるから、私の前なら我慢するけど、外へ行って他人様に正体を明かすんじゃないよ。恥を晒すのは、私が死んでからにしてよ。頼んだよ。」

<ギョギョギョ、抜けぬけと言ってくれるもんじゃないか。これだけ確りして居れば、大した者である。調子こいていると、俺様の時間が減少してしまう。退散すべし・・・である。>

 さてさて、反省の気持ちを表する為に風呂を沸かして、頭を剃る事にしよう。本日、好天であるから、洗濯日和である。為るほど為るほど、自分で自分の頭をツルツルに剃るのも、意外と気持ちの好いものである。洗濯を終えて、風呂を母に譲る。国会中継からは、自民党の苛立ち質問と野次の応酬が、ガンガン聞こえて来る。

 さてさて、本日はお天道様の輝く内に、散歩に繰り出す事に致しましょうぞ。

心何処ーショート 河童と海坊主の図 
              河童と海坊主の図(1/25/10)
 灰色雲に、南天の葉が、風に大きく煽られている。雪でも落ちて来る兆しである。昨夜の<あいあいのらくがき>を運営する愛さんとのコメントの遣り取りで、またまた悪戯心を触発されて、真夜中のお絵描きタイムと為ってしまった。

 彼女の実家近くの川に立たる『河童に注意!!』の高札に対しての当方の海坊主目撃悲鳴で、吾がスカスカの脳味噌に浮かんだのは、河童に対して海坊主の取り合わせである。

 何にも無い白紙の上に線を引くのであるから、何時もの事ながら先の見えないおフザケタイムの開始である。若しかしたら、河童は日本の特有種かも知れぬが、私は根っからの白人金髪女体の賛美者である。

 どうせ一生掛っても、絶滅危惧種の河童殿にはお目に掛れないのである。加えて、日本には河童漫画の大家・小島功先生がいらっしゃるのである。先生の描く日本画に現れる様な艶めかしい美人河童の足元にも及ばぬ稚拙絵に為る事は、必定の沙汰である。

 為らば、顔の見えぬブログ樹海の辺境河童の図である。好きにさせて貰う事にして、子細構わずのマイタイムにさせて頂いた次第である。口に赤い花を噛んだ金髪河童は、<お茶目な処女河童>である。踊るは、お茶目処女河童のカルメンのメロディーでありまする。

 さてさて、それを観賞するのは、海からビョコンと顔を出した海坊主である。海坊主に込めた吾が思いは、何を隠すべきや・・・ 先日のTの表情を私に置き替えて、<万感たる自戒の念を込めて>の他人の振り見て吾が身を再現して見た次第である。何しろ、素直にして無垢なる心の在り様を座右の銘とするのが・・・吾がロートル籠り賄い夫の日々の心情の発露である。

 一応の形が、何回もの消しゴムの末に浮かび上がって来た。河童の足元の余白に、ノーテンキ好色魚を一匹添えて見る。次いで、絵にコミック風の楽しい流れを加える為に、木を配し小花も加えて見た。そして、絵の上の余白には、雲と太陽をあしらって見る。希望も展望も無い寂しき日々ではあるが、フザケ心だけは、健全にしてフワフワと夜の小部屋に横溢して来るのである。こんな時間が、私にとっては一番楽しい。

         さてさて、今度は色付けの緊張お時間である。

 ブリキ製の12色・色鉛筆の蓋を開けて、色を選ぶ。初め薄らと色を入れて見る。良し好し、これで好かろう。さて、次なる色をチョイスして・・・ それ行けそれ行け・・・幼児の塗り絵行進である。配色・色塗りが整えば、コーヒー・干し柿・パイプ煙草のショート・ブレイクを取った後は、腕にヨリを掛けての色強調・強調の仕上げタイムである。

         劃して、本日、お披露目の一枚で有りまする。

 はいはい、本日も又、愛殿の慈愛のお導きで、吾が下手絵ファイルに一枚ストックが叶えられました。何時も、マメ為る温かいエ~ル、感謝して居りまする。アリガトさんね。


                 河童と海坊主


心何処ーショート さて、自戒の日曜日である。
            さて、自戒の日曜日である。(1/24/10)
 昨日のTとの話である。あれほど酒の好きだった男が胃無し人間に為って、夜のネオンにフラフラと云う生活から遠ざかって、殆ど飲みに行かないと言うよりも、行く気に為らないのだと言う。
 時折、テレビで★祭りとか催事の放映に触発されて街をぶらつき、其処でチョコンと酒を口にするだけで、呆気無く満足してしまうのだと言う。

 体重も高校時代のスマートさにして、顔も元気溌剌・スッキリの男であるから、下半身の一物に精気が漲りさえすれば、女マメにして自由時間を満喫して居る日々である。好きな色事のアバンチュールには、事欠かない筈なのである。
 然しながら、この世と云う仕組みは、ちっぽけな人間の人知の及ばぬ『宇宙の理』の中で回っているのであろうか・・・人生の達人曰く、<人生にプラスもマイナスも無く、有るはプラス・マイナス=ゼロの理なのだ。>・・・親友Tには悪いが、成程と大いに首肯させられる『金言』である。

 お前の方は、如何だと問われるが・・・私とて、温泉銭湯に入り髭を当たれば、ついニヤニヤして、今夜は久し振りに夜のネオンの巷に繰り出そうか等とスケベ心を抱く。私とて、ごく普通の生身の男であるから、これは当然の感情・好奇心の『誘惑』なのである。
 然しながら、夜の賄い夫とその後の母との時間を共にしていると、もう『面倒臭く』為ってしまうのである。
 飲み行ったからと言って、心ウキウキ・フカフカ・ドッキンドッキンの憧れ、和み、下心、アタック心が湧いて来るには、遭遇と通いが必要なのである。幾ら身の程知らずの猪突猛進型の意馬心猿の戯け男とて、61年も齢を行進してくれば、心を通い合わせる仲に為るまでには、些かの時間を要する経費相談なのである。幾ら、経験の薄い私でも、その位の見当は着く次第なのである。

 その様に自分の人生を反芻すれば、当然の流れから推測して、能天気な一過性の行動は、過去の学習効果として、呆気無くもポシャってしまうのである。

 無駄なエネルギーの放出は、時節柄、エコの世紀に逆行する軽挙妄動の類と結論付けてしまうのである。そんな事で、部屋の梅酒・ウイスキーで事が足りてしまうのである。それと大きいのが、楽しみを外に求めて、その中に入ってしまうと、生身の人間としては当然、今の生活に対する不満が沸々と湧いて来てしまう。

 収入も無い事であるし、そんな自業自得の女の色香の呪縛の迷路に入り込んでしまうのは、正直して大いなる『負け惜しみ』ではあるが・・・実に勿体ない行為と判断してしまうのである。
 何事も、現在の心境を習慣化するには、初動段階に置いて多大の自制エネルギーを投入して居るのである。従って、実際に夜のネオン徘徊に触手が動かない現在を好しとしている次第なのである。

 遺憾いかん・・・これを総称して、俗世間では『老いの枯野』と称するのである。

 そんな会話を二階席でした後の、喫煙ベンチでの<ブスエロイ様>へのTの朝青竜の目付きであったから、私は大いにたじろいでしまったのである。そして、好みの遭遇に対して、人間の感情・衝動は、斯くも正直である様を観察してしまったのである。自省性向の強い奥ゆかしい私としては、他人の振り見て、我が身を正せのこっ恥ずかしさを思い知らされてしまつたのである。

 嘗て、歩く性器・子羊を狙う一匹狼などと不名誉な尊称を頂戴していた吾が身を懐かしく思い出して居た次第なのであった。

 さてさて、眺める青空には、かそけき昼の下弦の月が浮かんで御座る。弛んだ脳味噌に、澄んだ冷気の酸素をヘモグロビンに乗せて、脳味噌を洗浄して参りましょうぞ。小沢さんも、資金洗浄の疑いを持たれて、大粒の汗を掻かれたのであろうから・・・

心何処ーショート 春の一日も、早や薄れ行く。
            春日の一日も、早や薄れ行く(1/23/10)
 朝は、薄すらと雪化粧。日差しに当たって、道路の雪は淡雪の儚さで、見る見る間に融けて行く。斜向かいさんの車が止まって、車庫入れである。部屋に居る私を見付けて、窓越しのご挨拶である。

「イッヒッヒ。読まして貰ったいね。好くも、ポンポンと書いて呉れたもんじゃねぇかい。お兄ちゃんのゴッドハンドに掛っちゃ、主役が光っちゃって、俺ぁアカデミー主演男優賞だぜや。あんなの読んだ日にぁ、笑い殺されちまうぜや。アリガトザンシタ。三回も読んで、俺ぁ丸暗記しちまったいな。電気ウナギに、痺れまくちゃってバケツ一杯の快便だったわいね。」
「あいあい、そりぁ好かったいね。宿便ガス充満じぁ、水槽の金魚見たいに、潜れに潜れず、デカイ腹プカリプカリ浮かせて、全治4日の生死の海に為っちまうぜね。これもアナザーホールのご利益ってもんずらい。イッヒッヒ。」

 本日、恒例のTとのコーヒータイムである。例によって、二階席でザックバランの高尚お時間を過ごす。何しろ、好いお天気の太陽熱燦々と降り注ぐ二階席である。堪らず、煙草を吸いに外の喫煙ベンチに場所替えである。お日和に釣られて、通路に為っているベンチ回りは、人の行き来が活発である。
 従って、煙草を吸いながらの女好きロートルコンビのニョショウ観察タイムである。Tの奴は、私の居る事も眼中に無く、目玉を瞬きもせずに、女を追って行くでは無いか。

「あの手が、好みかい?」
「そうだよ。あのブスエロイのが、堪らんのだわ。Rは美形が好きだけど、俺は、美形にぁ関心が無いんだよ。ああ云うのが、チョッカイ掛けると面白いんだよ。五感がビンビン刺激されちゃうんだがや~。」
「そうかい、目付きが凄かったぞや。朝青竜の獲物を追い詰める目付きで、俺は近付けんわな。ロシアンスナックじぁ無いけど、襲い掛かったら、ビール瓶でガツンだぜや。」
「馬鹿野郎が、手前のドスケベ変態を棚に上げて、とんでもない事を言うじゃないか。」
「何をこいてるだ。言って見りぁ、<俺は女嫌いの多少のスケベ異常値だわね。お前のは女好きの辛うじてのスケベ正常値だわさ。> 総合点評価すりぁ、マイナス・プラスで、俺の方はゼロ、お前の方はプラス・ゼロでプラスじゃねぇか。ゼロとプラスの間には、無限大の暗闇が覆い被さってるじゃい。此処は、天下の公共スポットじゃい。少しは、反省しろい。」
「ああ、そうですかい!! まぁ、好いわさ。偶には、花を持たせて遣るのも、大人の付き合いだわさ。へへへ、と来らぁ。」

 格好のお日和であるから、煙草を家に置いて散歩運動に繰り出す事にする。好い気温である。防寒用の毛糸の帽子も防寒手袋もパスして、チョッキも脱いで行く。
 
 もう一つ下の橋を渡って、淀みの魚達を見て行く。ウグイの群れに交じって、鯉の子供が5~6匹混ざり、和金が一匹入っている。群れのグループは、アブラハヤ・ウグイ・ヤマメの三グループである。アブラハヤもウグイもコイ科の魚達であるから、子鯉達も彼等と群れるのかも知れない。ヤマメはサケ科に属するから、きっと彼等とは群れ行動をしないのかも知れない。
 何箇所かで、川原の木々の伐採が行われている。河川敷をゆっくり歩きながら、野鳥を探して歩くが、ゴイサギが二羽とモズ・ヒヨドリ位な物である。河川敷から土手道に上がって、正規ルートの昼散歩に進路を取る。

 難なくコースを進んで、上り勾配の一本道に進む。此処からは昨日、斜向かいさんが音を上げた橋無しの息切れ道中である。私も腕を捲って、発熱量を発散させ、帽子を脱いでのオイッチニー、オイッチニーの運動モードである。道を下って、H橋を渡り、後は流しの下り勾配である。さしもの太陽も雲間に隠れて、汗を掻いた背中は冷えて、耳も冷たく為って来た。

 さてさて、風邪を引かぬ様に、再び運動モードにオンである。長丁場を終えて、再び冷やしモードに河川敷に下りる。葦原にウグイスを見付ける。何時も、鳩が居る橋の辺りの葦原には、鳩の翼が転がっていた。この辺りには、イタチ、ハクビシン、アライグマの姿も目撃した処でもある。人間の知らぬ処では、野生の弱肉強食の闇の世界が広がっているのであろう。

     二時間弱の遠征から帰って来ると、玄関に文作が返されて居た。

       花も嵐も踏み越えて、行くがロートル生きる道。
          今の夜の友よ、愛しき女・女よ。
    一夜で散らん「月下美人」の花園に、吾が身入ること出来るなら、
         何も「命」の惜しむこと無かるべしや

                              白老人

 為るほど為るほど・・・ 色白前田吟さんの文作感想文の段であるか。ふむふむ、愛しき女・女よ。は、メ・メと読むべしと、仮名が振って御座る。

心何処ーショート 青空に、トホホ、ヘヘヘ、イッヒッヒ。
          青空に、トホホ、ヘヘヘ、イッヒッヒ。(1/22/10)
 さて、金曜日である。風呂を沸かす日である。朝食後の国会中継で小池百合子女史が出ている。嫌な女史ではあるが、暫し拝聴する。国防・外交問題に進んで、外国人地方参政権・天皇の政治問題に言及されて、漸くの拍手喝采を贈った次第である。答弁に当たった亀井静香大臣が、好かった。久々に面白かったので、国会テレビ中継に昼迄お付き合いをしてしまった。金曜日の風呂は母の為の風呂であるから、私が先に入らないと先が進まないのである。
 
 風呂を母に譲って、食器洗いの後は、米を買いに行く。米屋さんに行くと、早速の小沢さんの問題に関しての質問である。小沢さんの去就に関する私見を展開する為には、金脈問題・外国人参政権・天皇問題は、避けて通れない問題である。御主人は、アンチ天皇派である。一方、私は古風にして保守的血液を持っている男である。
 当然、言を交えれば、ご主人は天皇の存在意義について、熱く喰い下がって持論を展開して来る性格である。間に立つ行司役が居ないと、後腐れの無い楽しいロートル漫談とは為らないのである。
 文化的・政治的核心の心情を闘わせて、尚も平行線の言を発して見ても、私として見たら大人気の無い歳なのである。歳の功を鑑みれば、此処は『君子危うきに近寄らず』が、無難な処であろう。ヒィーコラ・ヒィーコラ、ペダルを漕いで逃げ帰って来た次第である。途中、個人スーパーに寄って、ニャハハ、へへへ・イッヒッヒの新しい絵を開示して来る。

 客は少ないから、私の小中時代の一級上の先輩レジのおばちゃんは、嫌な顔もせずに私のお付き合いをして下さる。商売とは、店と客の交流の場としての側面がある。対面商売が、本来の店の味なのである。外国では青空マーケット、日本では商店街が、その息吹を伝えている処なのである。

 昼飯代わりの大福餅とミカンを食べて、部屋に戻る。コーヒーを飲みながら、本日分の文作に移行して居ると、斜向かいさんが私を見付けて、出入り自由の部屋に入って来られた。

「丁度好いやね。約束のメーンエベント、Sちゃ主役の印刷を、挿し絵付きで印刷して置いたんね。」
「そうかいそうかい、そりぁ、楽しみだ。早速、お預かりをして置いて・・・
 今さぁ、お兄ちゃんの正規コースで歩いて来たんだけどさ。いゃ~、半端じゃないわね。2時間は掛るぜ。もぅ、途中で嫌に為っちゃったけど、書いてある通りだわ。橋が無いんだもの・・・ヒィーコラ、ヒィーコラ、歩くより仕方が無かったもの。ありゃ~、散歩じゃないわね。遠足だわね。」
「へへへ、そうずら。俺だって、あそこまで距離伸ばすのに、三段階掛けたもの。時間を掛けて、体内細胞に距離を覚え込ませなきゃ~、無謀ってもんだんね。歳を考えましょ。イッヒッヒ。喉が渇いたずら、其処のミカンでも喰いましょ。」

 斜向かいさんは、若い頃は『相当な腕ぷしの聞かん棒』であったお人であるから、流石に70歳に為っても、根性・負けん気は旺盛の様である。こんな処が田舎育ちの『番からロートル』の面白さなのである。

 へへへ、それにしても可哀そうに、相当に息が上がって居られる。これまた、へへへで御座る。御亭主殿の余りの散歩時間の長さが気に掛っているらしく、恋女房様が心配気に土手に様子見に行く姿がカーテン越しに見える。

「やや、カカアが心配してる。じゃ、俺帰るわ。大人しく笑わなきゃ行けねぇんだね。ケッケッケ。」
「あいあい、まぁ、<最高ケツ裂く>だぜ、気を付けましょ。挿し絵なんか見せたら、俺ぁ、奥さんに石くら付けられちゃうぜ。行儀好く隠れて、読んどくれや。」
「<ご近所ロートル与太噺の一席>なんて、タイトル付けられたんじゃ、昼寝なんかしてられねぇや。読書読者のお時間だわね。確りと挿絵の説明は承ったぜね。ギャハハ。」

  さて、本日の一枚は、復調した流金殿の回復祝いの下手絵で御座ります。


                復調・流金_001


心何処ーショート 雨の日は、大人しく紫煙の揺らぎ。
            雨の日は、大人しく紫煙の揺らぎ(1/21/10)
 雨である。従って、温かいのは有難い事ではあるが、気分が乗って来ないのも事実である。昨夜は、南風がビュービュー鳴って、煩いばかりの騒ぎで有った。買い出しを予定していたのだが、車に乗るのも面倒であるから、有る物を整理する事として母の部屋で、昼近くまで漫談をして来る。

 机上の水槽では、久し振りにタニシ殿が、側面にへばり付いている。駄目だ駄目だと殆ど諦めていた最大級の流金殿も、息を吹き返してユラユラ・ボソボソの遊泳を見せている。

 雨の滴を幹に流している雑木は、枝枝に滴を溜めて雨に打たれている。ツツジからアジサイの枝に鳥影が動いて、ジョービタキのバルディナさんが、尾で小さくタクトを振っている。

 へへへ、私も義理堅い男であるが、二代目彼女も真に義理堅い。これ程、親密に為ると、彼女を小鳥にして置くのが勿体無い限りである。是非とも、肌合わせを励行して、国際親善に相努めたい心境に為って来るものである。ウクライナもロシアよりの路線と云うか、元の鞘に移行するとの見通しとの事であるから、私としては、知らぬ仲では有るまいに、大いに望む処である。

         <もそっと、近う参れ。遠慮は無用で御座る。>

 さてさて、バルディナさんのご厚情を頂いた事でもあるし、玄関から鳥籠を持って来て窓辺に置いて遣る。ブログでは、庭のメジロがアップされているのであるが、サッシの桟に掛けた餌入れには、啄んだ形跡は一切無い処である。今シーズンも、望み薄の推移である。

 散歩の途中に、小柿の木が有る。例年だと、冬の野鳥の格好の餌と為っているので、この時期には粗方食べ尽くされているのであるが、今シーズンは殆ど実が付いた儘なのである。そして、河川敷から見る葦原にも、野鳥の数が大変に少ないのである。
 尤も、自然環境と野鳥の取り合わせは、凸凹が有って当然なのであろうが、昨日の散歩の折には、カルガモより一回り小さいカモがオス一羽・メス二羽で泳いでいた。綺麗なカモであったから、家で図鑑で調べて見ると、近い処ではトモエカモであるらしいが、逆光の為、確信が持てない処である。去年も見た種類であったから、トモエカモとして置こう。

      ★去年は、正々堂々と、そう表記してしまったのであるから。

 こんな雨の日は、大人しくして居るに限る。退屈時間の有効利用に、ボチボチ作っているリンゴジャムの仕上げをした処なのである。ほぼ煮詰まって完成なのであるが、完成すればパンを買って来て味見がして見たいと云うのが、これまた作り手の人情と云う物である。 
 然しながら、外は未だ雨なのである。インスタントコーヒーを飲みながら、干し柿を口に入れていると、再びお向かいさんの植え垣にバルディナさんが姿を現した。部屋の窓辺に鳥籠の有るのを見て、素気無くサーと飛んで行ってしまった。

 作用であるか・・・メス四匹の臭いが、プンプン匂って御座るか。ラジオからは、国会中継が流れている。さてさて、雨も小振りにして、白い物が混じっている。近くのスーパーなら、雨の影響も少なかろう。自転車漕ぎに行って参りまする。

心何処ーショート 昼散歩
                   昼散歩(1/20/10)
 昨夜は、歌謡ホールを見た後、小部屋で一枚戯け絵の制作に取り掛かる。呆け話の<傑作>と斜向かいさんに予告提示してしまったのである。従って、その傑作に挿絵が無いと為れば、又、何を言われてしまうか堪った物では無いし、前回の様に氷・霜の芸術作品として地方版に載っていた写真を再度持って来られて、参考にしろなんて羽目に陥ってしまう。
 私は、付和雷同の感化され易い下衆男である。そんな類の物を見せ付けられてしまっては、直ぐ影響を受けてしまう『体たらく』なのである。生来の個性の無さを鑑みて、私は小説も絵も独自性を発揮すべく普段から、感化物から無関心の距離の中に身を置いているのである。還暦を過ぎてからの『手習い』とあっては、如何にも余命が乏し過ぎるからである。

 こんな生意気な事を言ってはいるが、とどの詰まりは、窮屈な事が性に合わない物臭者なのである。

 白紙を前に煙草を吸って、呆け話の核心を挿絵としなければ為らない処である。聞き手・打ち手としての私には、最愛の奥さんから朝、襖を開けられて『耳にイヤホン、手にリモコンを持った儘、息絶えている』の図が、圧巻の抱腹絶笑の名場面であった。
 それにもう一つ、呆け話再現の折に、寄る歳波の所為で失念してしまった個所が有った。投稿後の本編には、その個所を加筆して感性に漕ぎ着けたのであるが・・・
 
 色白前田吟さんは、放屁三連発を目論んでサツマイモの植物繊維とガス生産材を腸に貯め込んで来たらしく・・・ それが、功を奏しなかった真因が、私のスキンヘッドなのだと述べ給われたのであった。
 それもである。云うに事欠いて、ツルツル・ヌルヌルの『電気ウナギの様な化け物』で、その妖気がモゾモゾと彼の肛門から侵入して、口からニョロンと顔を出して居るから、屁も出ずに口も空いた儘だと形容したのである。
 余りの表現で腹が捩れて、こっちの方が力んで一発ぶっ放した処であった。由緒正しいこの私のスキンヘッドを、事もあろうにウナギもどきのツルツル・ヌルヌルの・・・場合によっては、牛・馬さえも感電死させてしまうと言われる『巨大電気ウナギの妖気』と口走ったのである。これは、産んで育ててくれた美形の母御に対しての最大の侮辱である。ギャハハ!!

 斜向かい色白前田吟さんの絶好調表現であったから、それとのコラボレーションで呆け噺の一席の世界を表現しなければ、ロートル・クマ男の沽券に拘わる由々しき問題として、急浮上した次第なのであった。如何やら、挿し絵のイメージが動き始めた様である。さてさて、如何形に現わすか??が、今夜の宿題である。これまた、嬉し楽しの夜の妄想小部屋の作業であった。

 本日の一枚。1/18分の<さて、ご近所ロートル与太噺の一席>の挿絵に御座りまする。

                 危うし!! 斜向かいさん。
 

 こんな事を打ち始めていると、ヤクルトママさん、続いて斜向かいさんの白菜の差し入れである。すっかり中断してしまったんから、春の陽気を楽しむ為に散歩運動に行く事に決めた。ジャンバー無しの帽子スタイルである。

 少し歩いただけで、背中がポカポカして来る。普通に歩いていたら、汗を掻くだけである。コースを早々に田んぼの農道・畦道に採って、土の凸凹道をブラブラ歩く。乾いた土・枯れ草の中に、小さな水色のオオイヌノフグリが、南風に吹かれている。トンビが翼に風を受けて、低い飛翔で私を見ている。次の田園風景には、大通りを横断して集落を抜けなければ為らない。大通りを横断して、集落への交差点へ大通りに沿って歩く。もう、大分熱く為って来て、帽子を脱いでスキンヘッド行進である。
 すれ違う車の運転手の顔に、<知っている顔だったぞ>と思っていると、ウインカーが点滅して、車が脇に停車した。

「やっぱり、兄さんだったかいね。どっかで見た顔だと思ってせ。如何したいね。そのスキンヘッド、好く似合ってるけど、またぁ、思い切った事したじゃん。普通は、帽子を被るもんだじ。」
「未だ、一週間経って無いぜ。スキンヘッドにした以上、帽子ばかり被って居たら、ツートンカラーに為っちまうだろ。これも新しい顔のお手入れだわさ。如何したや、この灯油配送車は?」
「遊んでちゃ喰えねぇからね。知り合いが仕事くれたから、自分で始めたんだわね。」
「ほぅ、そうかい。飯が食えりぁ、自分でのんびり遣るのが、一番だよ。俺の方は、遣る事が無いから、賄い夫に散歩だわね。毎日、浮いた時間を文作して、ブログ遣ってんだわ。」
「どっちを書いてるの。難しい方かい? それとも、スケベの方かいね。難しい事ばかり書いてると、皆に嫌われちゃうよ。」
「そうかいね。俺の得意は、スケベの方だから安心しな。まぁ、銭は無いけど、退屈はしない毎日だわさ。お前さんも、一杯、稼げば、好きなフィリピーナ遊びが出来るから、頑張りましょ。あい!!」

 集落への小道を歩いていると、ブロック塀の上に、木から落ちた栗の実が幾つか乗っている。それを拾って口に放り込む。カチカチに干からびた渋皮付きの実である。奥歯で噛み砕いていると、仄かな栗の香りと甘みがして来る。こんな事を平気でしているから、私は他人様から見ると、ロートル・クマ男その物なのであろう。まぁ、乞食と云われないだけ益しと云う物である。へへへ。

 集落の端の神社の境内を横切ると、田園風景が暫く続く。田んぼの土手は、野火で焼かれて黒々としている。どの畑にも緑の麦が小さく伸びている。強い南風に、白い綿毛を持ったタネが、ヒューヒューと舞って行く。駄々広い田畑には、黒光するカラスが二羽、土付きの根っこを嘴で引っ張りこしている。ハウスの前の畑では、60代後半と思しき男が、畑の草むしりをしている。暦では大寒の入りではあるが、この陽気であっては、コタツ亀も出来ないのであろう。流れの薄い日蔭の水路には、氷が連なっている。

 広い農道の終点を下りて、河岸段丘と為った裏道に進む。2mほどの法面(のりめん)の大半には、火が入って剥き出しの石ころだらけの斜面が続いている。乾いた斜面に南風が、土埃を巻き上げて行く。こんな様を見ると、植物を剥ぎ取られた砂漠化の連想が、自然と湧く物である。つくづくと、自然との調和の採れない風景と云う物は、殺風景と云うより仕方有るまい。

   さてさて、コースを通常の散歩コースに移して、帰路に付く事にしよう。

★そして、日頃、私が兄貴と尊敬する『森に暮らすひまじん日記』さんが、身に余る私への記事をプレゼントして下さりました。是非、お読み下さい。リンクからお入り下さい。へへへで御座りまする。

心何処ーショート 漸くのマイタイム 
                漸くのマイタイム(1/19/10)
 朝食後は仕方無しの重い腰を上げて車に乗って、部品を買って来て、排水パイプの厄介な氷退治である。専用ノコ歯でギィーコ・ギィーコ切って行くが、案の定、水が一滴も出て来ない。流石に、氷点下12℃の沙汰である。物の見事に、50パイの氷柱である。薬缶二つに湯を沸かして、パイプに掛けて軽くパイプの周りを叩いてトントンすると、ドボーとばかりに氷柱が滑り落ちて来た。曲がりの部分は、同じ様にギィーコ・ギィーコ切り分けて、薬缶のお湯掛けである。延べ薬缶六つの氷柱退治・・・此処が、最後が難関である。力任せにトンカチで、ガツンガツン遣ってパイプを割ってしまったら、再びドライブである。

 何を隠そう、普段は物臭戯けロートルを決め込んでは居る物の・・・私は相当な優等生であるから、二度手間・失敗の類は、沽券に拘わるのである。観客が居ないと、力む性格である。

 思案の後、Lボー部分を切り口に差し込んで上から、薬缶の熱湯を注ぎ込んで、トントン様子見の叩きを繰り返す。その内に、排水マスのパイプから滴が垂れて来た。ニンマリ、薬缶の熱湯を注ぎ込む。チョロチョロ出て来た。ウッシッシの段である。切り離したパイプにソケットを繋いで、勾配をきつめにして給湯器からお湯をジャンジャン出して、流れを確認して作業終了である。
 
 兎に角、排水クリーニングは、臭いが強烈なのである。さっさと片付けて、着ている物を全て洗濯機に放り込んで、生身は石鹸タップリのゴシゴシ垢擦りでクリーニングであるが、爪の間に入った厄介な臭いは、私の敏感な嗅覚を刺激する処である。
 然りとて、臭いを生産しているのは、誰あろうか・・・自分である。風呂が終わった後は、浴槽磨きでコンニャローメの段である。

 洗濯物を物干し竿に吊るして、本日のメーンエベント終了である。さてさて、本日、初めての定位置でのコーヒータイムをしていると、散歩から帰って来た斜向かいさんが、私の姿を見付けて、窓を開けられた。

「今日は、車無かったし、何処かへ言って来てたかい?」
「そうじゃねぇせ。排水管が見事に凍っちゃって、真面目に工作のお時間せ。臭くて堪んないから、風呂入って、お洗濯せ。これから、本日分の日記打ちに取り掛かるだいね。
 丁度、好いわね。約束の印刷しといたんね。本当は、昨日の最高傑作も入れといて遣ろうと思ったんだけど、今週分は、『春の七草』付きのマサイの女があるから、次回に取って置くわいね。お笑いも小出しにしとか無きゃ、ご利益が薄く為っちゃうぜね。へへへ。
 未だ、種明かしは出来ねぇがせ・・・主役は、色白前田吟さんせ。俺ぁ、打っている間に思い出しちゃって、ゲラゲラ腹抱えて、前に進まねぇんだわさ。夜中も、布団の中で思い出しちゃって、布団被って、ヒィーヒィー堪えて居たんだわさ。」
「分かる分かる。俺も、お兄ちゃんの文作読んでて、ゲラゲラ笑っていると、台所仕事して居るカカアが、私の悪口書いてあるから、笑ってるんだろって言うから、<馬鹿こけ!! 此処を読んで見ろ。只で落語・漫才が読めるんだ。木戸銭の代わりに笑いのエールを送って遣らなきぁ、罰が当たるわな。書き手は、そこん所そこいらに居なさる連中とは月とスッポンの大先生だぜや。>って、お説教食らわして居るだわさ。
 漫才遣ってる連中は、台本作家が居て、台本に沿って笑いを取ってるんだ。俺達の場合は、即興漫才遣ってるんだ。芸人と天才の違いだっちゅうの!!って、言って遣るだいね。そうかいそうかい、次回作は、俺が主役かい!! そりぁ、楽しみだ。」
「あいあい、予告編は無しだけど、期待してて好いんね。」

 好いお日和で、十分距離を伸ばして来たと言う斜向かいさんは、額に大粒の汗を滴らせている。大いなる運動発熱量に加えて、窓越し漫才にエンジンが掛ってしまったとの事である。遺憾いかん、本日分は未だである。遣るべし遣るべし・・・

心何処ーショート さて、ご近所ロートル与太噺の一席。
          さて、ご近所ロートル与太噺の一席(1/18/10)
 宅急便の用意をしていると、斜向かいさんである。斜向かいさんは、ブログに興味を持ち始めている様子である。私のブログ文作は殆どを貸し出しているから、内容は好く知っている処である。他のブログにはどんな記事が載って、どんなコメントの遣り取りが有って、どんな交流が有るのかに興味があると言う。

 左様でありまするか・・・ 先輩の興味、御尤も段であるから、訪問して下さる幾つかのブログページを開いて、椅子を交替する。フムフムと真剣な顔で、本文・コメント欄を読み進んで居られる。

「為るほど、これは面白い世界かも知れないね。こう遣って、ブログってヤツを拝見して居ると、お兄ちゃんのは、他人様の何倍もボリュームが有って、毎日ずらい。
 それが、俺には、如何しても付いて行けねぇ不思議な世界なんだわ。俺も、観察するのが趣味だから、此処を通るたんびに、部屋覗いて行くだいな。大して変わった様子も無い日常ずらい。
 それがさ、インド人・フィリピン人・中国・韓国人・ロシア人とボコスコ出て来るじゃねぇかい。写真も旅行記も見て読んでるから、えらく遊んでいたお兄ちゃんだって事は想像出来るけど、今は文部科学省推薦のお墨付きが出るほどの、お婆ちゃん介護の日々ずらい。石部堅吉の静かな毎日だもの。この落差は、只者じゃねぇわね。冗談抜きに、感心を通り越して、尊敬してるんだわ。イッヒッヒ。

 頭の出来の違いは、昔から知ってはいたけどさ・・・ 部屋に居るだけで、毎日、ポンポンとこのボリュームだよ。内容だって、映画評論・時事評論・比較文化論・世相風刺・与太噺にアナザーホール、おまけに訳の分かんねぇ絵まで登場して、真面目なのか不真面目、変態男なのか・・・正直言って、その頭ん中、勝ち割って虫眼鏡で覗きてぇ位なもんせ。

<やいやい、色白前田吟さんも、凄い事を真顔で仰るものである。こんな事を、赤の他人が真に受けてしまったら、私の奥ゆかしきインテリジェンスの香りも、ナイーブにして繊細為る日本人としての花鳥風月を愛でる詩心が一切伝わらぬではないか・・・ これは、人格権の侵害にも匹敵する由々しき事態である。>・・・以上、私の内なる心の叫びである。

 世の中、広いと云うか狭いと云うか、とんでも無ぇ生き物が、こんなご近所に生息していたとは、お釈迦様でも<灯台もと暗し>だと、感心してるだいね。」

「そうかいね。えらい今日は、褒めてくれるじゃねえかい。イッヒッヒ!! 
Sちゃん、自慢じゃ無ぇが、俺ぁJIS規格をのっ越して、遠の昔からISO規格だんね。口の悪い連中に言わせると、風体も国籍不明の怪しい人物だとよ。でもせ、生まれた時代が好かった。今の<誤時世>何でも有りのボーダレス世紀だわね。言って見りぁ、ザマァ、見やがれってなもんせ。

 ★広い世の中にぁ、指圧の心は棚心、性感帯押せば<淫水の泉湧く>の指圧の浪越徳次郎先生に、<芸術は爆発じゃ>の岡本太郎先生だって居なさるわね。丸きしの戯けロートルが居たって、『罰は当たらんぜな』ってなもんせ。無駄事こくなら、遣って見ろ!!って、開き直れば済む事だわね。

 文字・文章なんて物は、何も、青白いインテリ連中の専売特許じゃなかんべさ。俺だって一応嫌いな勉強をした経験者だわね。<門前の小僧、習わぬ経を読む>ってな物さね。そんなもんは、心・脳味噌を空っぽにして、キーボードに向かやぁ、出任せ・出放題のアガタ節の炸裂だわね。無心・素直な気持ちに、お天道様が宿るって云うじゃねぇかい。

 俺に言わせりゃ、皆、猫被ってるだけだんね。RedTubeを見て見ましょ。弄(まさぐ)る指先に呼応して、拡がるアナザーホールの巨大宇宙じゃねぇかい。
『嫌よ恥ずかしい、あなた、ご無体が過ぎまする~、堪忍して下さりませ~。穴、恥ずかし。』なんて言って居たら、Sex先進国の白人毛唐の仲間入りは出来ねぇよ。あい!!」

「やいやい、お兄ちゃん、でかく出たもんじゃねぇかい。脇腹が捩れちゃって、屁もかませられねぇや。
駄目駄目、あんな世界に引きずり込まれちゃ、精気を臓器ごと吸い尽くされてブラックホールの闇の彼方へ飛ばされちゃうわな。
<父ちゃん、朝だよ。具合でも悪いの?> カカアが襖の戸を開けたら、『耳にイヤホン、手にリモコン持って、息絶えてた。』なんて日にぁ、誰が葬式挙げてくれるだい。
この歳に為って、晩節は穢したくはねぇもの。ギャハハ!! 今日は、文芸作品一辺倒で借りて行くわね。」

「へへへ、左様でござんすか。好いんね。何事も、再生産の工程には、休養と云うキーワードがあるぜね。
 日本刀の中の妖刀にしたって、鋼を熱して叩いて、水に漬けて、真っ赤に焼いてトテチン・ドテチン・デカチンと白装束で、一心不乱に叩き続けなきゃ一丁前の妖刀正斑(まさむら)にゃ為らねぇわね。イッヒッヒ。
 ヤッパ、鋼には、剛と柔の斑模様が無くちゃ、世界を相手にする『汎用刀』には為らねえやね。鋼の中に、剛と柔を織り交ぜ、伝統文化の四十八手を使いこなせなきゃ、市川雷蔵の『眠り狂四朗』の高みにぁ、到達出来ねぇせ。あい!!」

「やいやい、円月殺法まで出ちまったよ。こりゃ行けねぇや。文芸作品観賞の前段階で、生臭和尚の毒気に当たられちまったぜや。ああ云えば、こう切り返して来る。昼に芋しこたま喰って来たのに、屁が出ねぇ処じゃねぇ、空いた口も塞がらんぜや。ギャハハ。
 忙しそうだから、出直して来るわいね。今度来た時には、最近作を頼むんね。」
「あいあい、了解しました~。」

 さてさて、荷造りをして出しに行った後は、台所の排水経路を点検しなければ為らない。排水枡のコンクリート蓋は、コチンコチンでビクともしない。薬缶にお湯を沸かして、トンカチで叩いて、バールを差し込んで漸く蓋が開いた。排水枡を掃除したが、パイプの中で凍って居るのであろう。仕方があるまい。明日、部品を買って来て、パイプを切断して繋ぎ替えるしかあるまい。

心何処ーショート へへへ、恐れ入りました。 
             へへへ、恐れ入りました。(1/17/10)
 恐れ入りました。アジァジァのコチンコチンの朝である。こんな時の朝は、快晴の青空に、雪を纏ったアルプスのお山がズズ、ズドーンとばかりに鎮座して御座る。鳥籠の水入れもコチンコチンで、金華鳥4メスは寄り集まって、羽毛を膨らませて寒雀宜しく、餌と水の催促である。

 昨夜は余りの寒さに、早々に湯たんぽを布団に入れて置いて、私としたら早い時間に布団の中に逃避してしまった。案の定、途中で目が覚めてしまい、夜中に明かりを付けてDVDコーナーを読み進んで、<地底探検>をピックアップし確り映画観賞をしてしまった。ジェイムス・メイソンは渋い演技力のある役者さんであるから、ツイツイ引き摺られて最後まで見てしまうのである。

 鳥籠を窓辺に置いて遣る。部屋の暖房で、寒雀達も暖気にすっかり浮き浮きして、餌をガツガツ啄んだ後は、バシャバシャと水浴び交替をすると、明るい窓辺で羽繕いにご執心の態である。羽が乾けば、チィチィと小煩い限りである。まぁ、物臭飼育者としては、小鳥達も元気な方が嬉しい物である。
 見ていると、オスが居なくなって久しいメス所帯である。オスの囀りの無い小鳥達は、寂しくも有る。オスが居なければ、繁殖観察の愉しみも無い。
 
 然りとて、オスを入れると為ると、メスを二羽づつに分けて、オス二羽を買って来て繁殖用の藁巣を取り付けると為れば、同サイズの鳥籠を買って来るしか有るまい。精々工夫した処で、Tのキリギリスに観るオス・メス別籠のヒット&アウェー作戦採用位の物であろう。焦らしのヒット&アウェーは、きっと有精卵の乱造・・・そうなると、吾が小部屋は、ブリーダーの小部屋と為って金華鳥の製産拠点と為ってしまう。とほほの、痛し痒しの近未来である。

 女日照りを大人しく囲っている私が、飼育管理者なのであるからして、そんなにサービスに『是、務める』必要も無かろう。春に為ったら、猫の盛り声に免じて動けば好かろう。退屈凌ぎに、車のハンドルを握ろうとしたら、堪え性の無い吾が身は買いに行ってしまうのが好い処である。

 本日、日曜日。散歩運動の割愛も含めて、家でのんびりして居るのが頃合いであろう。さてさて、絵でも描いて暖房の温もりの中で時間を潰すと致そうか・・・

 おやおや、お向かいのご主人も、漸くの刺し芽鉢植えの移動に移行出来た様子である。お向かいさんの佇まいを、部屋の中からスケッチさせて頂くとするか・・・

 さてさて、どんな絵に姿を変えるものやら・・・お後は、お天道様のお決めに為る事である。アジャ、マァ、意外と早く終わってしまった。如何やら、お天道様のご意思は、サボらずに散歩に行けとのお沙汰の様である。やれやれ、仕方あるまいの段である。

 テクテク歩いて、本日は浅間温泉の奥に在る御射神社回りで、散歩をして来る。最後の最後の居住町内の真ん中の道を、家の近くまで来ると道路に小鳥が止まっている。私が近付くと、スッと飛んで道に枝を伸ばした梅の小枝に止まった。おやおや、ジョウビタキのバルディナさんでは無いか。彼女は尾でタクトを振りながら、じっと此方を見ている。私も立ち止まって、1m程の距離で暫くご対面の有様である。

 為るほど為るほど、お天道様も最後の最後に為って、粋なお取り計らいをして下さる物である。それとも、下手絵に挿入したシジュウカラにバルディナさんは、焼きもちを焼いて、姿見せに遣って来たのだろうか・・・ ご安心為され、俺ぁ、パロパロじぁゴザンせんよ。ウッシッシ為り。


                冬の借景


心何処ーショート ロートル談義沸騰
               ロートル談議沸騰(1/16/10)
 青空に白雲たなびく寒気である。水槽の流金を見る。その姿は、昨夜最後に見た時の腹を浮かせての青息吐息の絶望の淵から脱して、潜れずのもがき泳ぎの様である。ヨロヨロとはしているが、如何やら平衡を保ちつつある。
 峠を越したと見るか、冬の冷水・冬眠の半生きと見るか・・・微妙な処である。勿論、元気に為って欲しいのは山々ではあるが、こればかりは流金殿の自然治癒力・回復力に期待するしか有るまい。冬の冷水・バクテリアの眠る水は、彼にとって真水と作用するか、魔水として作用するか・・・ 私には、見守るしか、手立てが無い。

 ラジオのニュースでは、小沢一郎氏の金に纏わる問題で、騒々しいばかりである。その剛腕・実力者振りは、下衆の認識からは遠く絶大な物には違い無かろうが、彼の天皇観・外国人参政権への中国・韓国首脳への約束振りを見て居ると、脱帽するしか無い稀有な政治家には違い無かろう。
 然しながら、普通の生い立ちからは到底考えられない彼の天皇観・外国人参政権への言動からは、根底に異質な物を感じ取ってしまうのである。詰まりは、日本人としては、彼が持っているらしき、血の濃さへの下衆の勘繰りが働いてしまう処である。

 こんな状況下の政治家達の言動を聞いていると、私は如何しても『自民党・吉田学校』とか『自民党・総裁』などの本に出て来る嘗ての政治家達の質とバイタリティを比較してしまう。
 政権は禅譲されるべきものでは無く、捥ぎ取るのが、政治家の道とのバイタリティである。権謀術策・面従腹背・為らぬ堪忍の臥薪嘗胆には、本気の野心・行動のバイタリティが、メラメラと燃え盛っていた筈である。其処には紛れも無く三福大中と形容された、エゲツ無くも執念の炎を燃やして居た男達の姿が有った。

 財閥系の恵まれた環境下での特別子供手当・決断力の無さ・お手手繋いでの宇宙人夫婦・言葉だけが、『お』の字付きの馬鹿丁寧表現・・etcで、草食系男を任じる鳩山氏。
 一代の今太閤と金力をバックに子分の数で、数の論理を我武者羅に押し通して、総理の座を握り、金脈問題・ローキードスキャンダルで辞任した後は、院政に依ってキング・メーカーとして権力機構を握り続けた男・田中角栄の薫陶を受けて、竹下・金丸の時代に頭角を現した小沢一郎氏。粉う事無き、その悪しき政治手法を継承する剛腕・実力者の小沢一郎氏である。

 平時の能吏、乱世の快男児・英雄と評されるのが、権力者の真姿の一つなのだろうが、この政治乱世・絶好の時代背景を受けて、名乗りを挙げて来ない政治家諸氏のバイタリティの欠如に落胆して居るのは、私ばかりではないだろう。

 日本人よ、大事なキンタマを何処に忘れて来てしまったのか・・・である。茶坊主・宦官だけの政治家達ばかりでは、税金を納めて木戸銭を払っている観客には失礼であろうが。お笑い政治寄せのメンバーに成り下がってなんとするか、アホンダラ。シャキッとせんかい!!シャキッと。

                 ルルルルル

「ハイハイ、」
「如何だい? 一段落したかい。コーヒー・タイムするぞや。」
「おう、如何だ、沢庵漬け。合格点が出たら、用意して置くぞ。」
「おうおう、そりぁ、有難い。買って来た物には、出せない味だわ。美味かったぞ。悪いな、頼むや。」
「あいよ。」

 未だ漬かりが回り切らないから、小振り大根しか出せないが、メインの大振りミヤシゲ大根を半分切って見る。中は、まだまだ白い。小振り大根数本と半分切りを入れ、干し柿を入れてTを待つ。

 おぅおぅ、本日は、殊の外、早いお着きである。スキンヘッドの下手絵と実物の感想を確かめる為に、昨夜の絵収納のファイルを持って、車に乗り込む。

「おぅおぅ、スッキリして好く似合うぞ。参ったねぇ、様に為ってるぞ。帽子は要らんのか? 無防備のお頭じゃ、寒いぞ。一応、親友として確かめて置くが、頭を丸める程の改心が有った筈だろうから、黙ってて遣るから、正直に懺悔して見ろや。あい?」
「何だ、その疑り深い目付きは・・・」
「おいおい、俺は、お前の日常をブログ点検してるんだぞ。火の気の無い所に、煙立たずってな物だわさ。ひまじんさん同様に、大体の目星は、付けてるんだぞ。時系列のタイミングが、ドン・ピッシャリと符号するじゃねぇか。俺達は親友じゃないか。水臭いぞ。」
「馬鹿こいちゃ行けねぇよ。Tの口車に嵌って、冤罪の汚名を付けられたら、無罪判決を勝ち取るのに何十年も掛っちゃうぜよ。
 今日は、晴れのお披露目式だわさ。恥ずかしくて、スキンヘッドが出来るかよ。そうずら、元が好いと様に為るんだぜや。イッヒッヒ。」
「やいやい、でかく出たものじゃないか。俺は、Rの迫力に押されて、何にも言えんわな。アハハ。そりぁ、自信過剰と云うか、性病が脳味噌に棲み付き始めたか、・・・だぜや。俺が付き添って遣るから、一度病院に行って見るかや~。へへへ。遠慮は要らんぞ。」
「コンニャローメ!!」

 何日振りかの日差しであるから、コーヒースタバの二階席は、太陽熱で加熱されている。本日、何時もの壁際の席は満席である。早速、頁を開いてTの感想を拝聴する。

「如何だい? この位だったら、日本広告機構から不当広告のクレームは、来んだろうが。」
「そうだな、特徴を捉えて好く描けて居るじゃないか。頬っぺたの処に、膨らみを持たしたら、グ~ンと実物に近付くわな。全体の雰囲気から言ったら、十分合格点の範囲だぜや。如何遣って描いたんだ。」
「如何も屁ったくれも無いわさ。素直・無心の心に、神が助成為されるって理(ことわり)ってもんずらよ。俺の力だけで出来上がった訳じゃなかんべさ。まぁ、不当広告に為らないってお墨付きを貰ったから、俺も一安心だわさ。イッヒッヒ。」

 本日は、小沢金脈、JAL再建問題、オランダ国民が選択した同一労働同一賃金を根底に置いた正社員とパート労働による労働観・人生観の問題、スーパー等の大型店と青空市場に観る人間の居心地感の据わり、RedTubuに見る何でも有り型の欧米のSex観と、話題はてんこ盛りなのである。
 二階席では、到底話題が食み出してしまう程の盛り沢山なのである。コーヒースタバでの新サービス・格安お代りコーヒーを頼んで、それを持って、外のベンチで煙草を吸いながらの意見交換と相成った。

 私とTは、放送禁止用語・ブログ禁止ワードを多用して言を広げるタイプである。尤も、其処にこそ、我々の真骨頂が存在するのである。然りとて、罷り間違えてしまえば、公序良俗のルールを守らなければ為らない常識人としての制約もあるのである。古の昔より、人間と云う生き物は、その想像力によって真理・真相に肉迫して来た気高き存在なのである。一応の議題の項目は、示したのであるから・・・訪問者各位様に置かれましては、其々の個室の扉をお開け下され、許されよ・・・ ニャハハ!!

心何処ーショート 習慣細胞
習慣細胞(1/15/10)
本日分を打ち上げて、夕飯には未だ時間が有る。不足分の運動量を確保する為に、暗くなってしまったが散歩に出る。コースを変えて下に向かい、橋を渡った処で西にコースを膨らませて帰って来るコースを考える。習慣とは、意志よりも体細胞が決めている様な処が有る。或る努力が習慣化されて身体に刻まれて来ると、その体細胞の欲する気分に従ってしまえば、習慣と云う奴は維持されるのである。こう為ると、私の様な意志薄弱な物臭者には、実に有難くも楽な習慣の維持行動に為るのである。多かれ少なかれ、動植物を問わず、生命体にはこんな細胞の仕組みが有るから、生きて行けるのでは無いだろうか・・・

夜の道を30分も歩いていると、好くした物である。身体が解れて来て、温まって来る。息切れの自転車漕ぎと違ってのマイペースの散歩歩調である。先ず、防寒手袋を脱ぎ、毛糸の帽子から、耳を出す。そして、ジャンバーのファスナーを1/3程下ろす。最後は、毛糸の帽子を脱いで、スキンヘッドを剥き出しにして余分の体温を発散させる。

流石に、疲れて来る。そろそろ進路を川に向けて、下り勾配の流し歩調に帰るとしよう。本格的な冬の寒さの2月が先には控えてはいるが、冬至を折り返して、日伸びは着実に進んで行くのである。変わらぬ日々の中に、一年の移ろいの早さを思い知るばかりである。

本日、早や金曜日為り。

スキンヘッドのお披露目



心何処ーショート おぅおぅ、寒き一日為り。
               おぅおぅ、寒き一日為り(1/15/10)
 おやおや、台所で音がする。体調が好いのだろうか、私は、夜中に玄関の小鳥がパニ喰って、その煽りで寝付かれず、マダマダ温い布団の中から出たくは無いのである。

  嗚呼、起こされてしまったか、然れど、空腹では可哀そうである。ニャロメ!! 

 仕方が有るまい、起きるとするか。台所に行くと、排水が凍ってしまったのであろう。流しの水が退いて行かずに、溜まっている。部屋から電気ヒーターを持って来て、流しボックスの扉を空けて解凍の段である。外に回ると、蛇腹ホースの受け口のパイプは、コチンコチンに凍って居る。

 へへへである。鳴くまで待とうホトトギスに倣って、『融けるまで待とう排水道』である。

 四畳半の水槽では、最大サイズの流金殿が、正常に泳げず青息吐息の態である。こんな事を数度繰り返していた流金では無い。元気だった流金であるから、驚くと同時に、彼だか彼女だかは不明の処ではあるが・・・如何為る事やら、見守るより仕方の無い処である。

 朝食後の時間をたっぷり取って、台所の解凍時間に当てる。漸く融けて、解放された。外に再び出て、パイプの下にかいものして、排水管の勾配をきつめに取る事にした。
 
 さてさて、チャップイ・チャプイ・ドントポッチ・・・寒い夜は、暖っかシチューなんて、食品メーカーのCMもあった。具沢山のシチューでも作って置くか・・・冷蔵庫の中も品薄であるし、買い物に行って来るとしよう。人間、食い物が枯渇してしまえば、死んでしまう。

 いやはや、顔が痛いほどに冷たい。買い物袋を二つ乗せて、上り勾配は、息が切れる。

   コンニャローメ・・・何だ坂、こんな坂、ギィーコ・ギィーコ・・・
   嗚呼、息が切れる。毛糸の帽子の中のスキンヘッドは、汗塗れ。
   おのれ、ギブアップして堪るか、何だ坂・こんな坂・・・

 お山は吹雪、おうおう、川原の水は、凍って御座る。ヒィー・ヒィー・・・ 

   何のこれしき、オイラが泣いたら、空天のトンビに笑われる。
   コンチクショー、自転車下りたら、男が廃る・・・
   何だ坂、こんな坂・・・漕げば進む車輪の距離である。

 いやはや、好い運動をしてしまった。自家発電で無暖房の発熱量である。買って来た食材を収納して、シチュー作りに移行する。斜向かいさん差し入れのジャガイモ、ニンジン・玉ねぎ、皮~剥き剥き、トントン刻んで大鍋に・・・ 塩一掴み、パラパラ振り落とし、ホタテに豚の物切り・鶏肉ぶち込んで、コトコト煮立てましょう。ついでにブロッコリーぶち込んで、先ずはシチューのルーを軽めに入れて、弱火でコトコト仕込み炊き。火を切って、後は夕食時にシチュールーを加えて決めれば、完了である。

 米を研いで、昼は手抜きの西友298円弁当に自家製沢庵添えて、母と食べて、はたまた、本日二度目の下衆の時事放談の一席を開演した次第である。

 今日は、寒いから、此処に居ろとのお達しではあるが、本日分は未だ手付かずである。母上殿、オイラにもオイラのライフ・スタイルって物が、有るんで御座るわな。好きな相撲を見ているが好いわさ。

心何処ーショート イッヒッヒ!! 吾が得度式
              イッヒッヒ。吾が得度式(1/14/10)
 コーヒーを飲んで居ると、ドアが開いて斜向かいさんの登場である。DVDを交換して、ダジャレを連発し合った処で、

「Sちゃん、折りいって頼み事とがあるんだけど、好いかいね。」
「好いさや、うんと頼んでおくれや。」
「電動バリカンで、丸坊主にしておくれや。」
「ちょっと待っておくれ、家に帰って一つ用事を済ませて来るぜ。」

 実は、この前風呂で髭を剃るついでに、スキンヘッドにしようとしたのだが、濡れた髪に呆気無く、カミソリが滑ってしまったのである。大分襟足・モミアゲの個所だけ白髪が、見苦しく伸びて来た。それで、斜向かいさんが今度来た時に、散髪をして遣ると言ってくれていたのである。
 色白前田吟さんは、私を肉親の様に可愛がってくれるお人である。家から、広告紙を折ったゴミ入れ持参で再登場である。毛が散らかるから、部屋の椅子を玄関の廊下に出して、首に黄色のタオルを巻いて、さてさて『得度式』に臨む心境なのである。

「お兄ちゃん、俺も、彼是、刈り方を考えて来ただいね。此処ら辺りから、こう云う風に残してデザインして見っかって、考えて居るんだけどさ。似合うと思うよ。」
「そりぁ、武田信玄の肖像画じゃんかい。そんな、手の込んだデザインじゃ、失敗したら外に行けねえよ。スッパリと、ユル・ブリナーのスキンヘッドにしておくれや。」
「本当かい、それで好いんだな。何しろ、失敗したって、他人の頭だ。何て云ったって、俺は好い加減な男だよ。ギャハハ!! シャラ構わねぇ遣っちゃうよ。覚悟は、好いんだね。」

 Sちゃん、ニカランニカランと、電動バリカンの電源をONとした。うぃ~ん、うぃ~んと電気音がして、少ない髪が刈られて行く。そして、呆気無く作業は終了してしまった。鼻歌交じりの斜向かいSちゃんは、続いてカミソリでスイスイと剃髪式を終えて、

「はい、鏡見て来ましょ!!」
「へい!!」
 
 洗面所の鏡を見て、これは間違い無く大ヒットの様であった。鏡の中には、スッキリ、ツルツルに若返ってしまった私の顔が、笑っている。自慢じゃ無いが、禿げ頭・スキンヘッドが似合う顔は、そう更には無いのである。映画界広しと云えどもユル・ブリナー、テリー・サラバス、アーノルド・ボスルー位の大スターさん達である。
 謂わば、稀有のベスト・マッチと云う位の物である。ざまぁ、見やがれ。俺の下手絵を完全に凌駕するほどの快作である。
 韓国・フィリピン・ロシアの女性達も、私の侘びしき頭髪を嘆いて、スキンヘッドの有効性を力説して、床屋に強制連行しようとしていたのである。蓋し、彼女達は目の付け処が高かったと云う外あるまい。勤めを終えて、人眼を気にしなく為って遅まきながらの得度式である。散らばった名残の髪の毛を掃除して、四畳半の小部屋に入ると、

「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・ はい、改心して、これからは仏道一筋に、精進仕ります。チ~ン。合掌!!」

 と、色白前田吟僧正様から、ツルツルの頭を何回も撫で回されてしまった。そして、その後の僧正様の引導が、奮っていた。

「さぁ、今日の佳き日を、お婆ちゃんに報告して、これからは、朝な夕なに、是・改心の得度を積む様に・・・嗚呼、諸行無常の南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・」

 此処までは、真面目な顔付で引導を渡して居たのであるが、南無阿弥陀仏の後の言葉が浮かんで来なかったのか、はたまた俄か僧正の正体が腹の中で逆流・爆発してしまったのか・・・ 止めて居た息が酸欠に堪らず、大爆笑に一気に噴き零れて、戯けロートルの馬鹿笑いが四畳半の小部屋を揺るがしてしまった、暫し、諸行無常の呆け部屋と為ってしまった。

 まぁ、私も一般から見れば、好い加減な男には違いないが、世の中には、こんなに近くに私を超す<特大の好い加減男>が居ようとは、お釈迦様でもお気付かなかっただろうに。俺ぁ、恐れ入谷の鬼子母神の追随で、笑いが止まらない沙汰であった。

 いやはや、高齢化社会の行く末を侘びしく憂いている識者達が殊の外、多いのであるが・・・馬鹿に付ける妙薬無しのロートルご近所も存在するのである。

 さてさて、スッキリした処で、新顔のお披露目に上の銭湯まで散歩入浴に言って来る事にした。風呂は御隠居さん達だけである。見知らぬを幸いに、新顔の印象をば、尋ねて見る事にした。
 
「旦那さん、俺、今しがた頭を丸めて来たんだけど、如何だいね。率直な印象を聞かしておくれや。」
「やあやぁ、似合ってますよ。頭蓋骨の形と云い、大きな耳・高い鼻筋の通った顔立ちは、ご立派ですよ。何しろ、骨太・筋肉質の逞しい身体つきは、迫力満点ですよ。穏やかな眼差しは、布袋様のご利益さえ漂って来ますよ。」
「旦那、其処までゴマを擦られたんじゃ、お返しに背中流しを遣らして下さいよ。」
「やぁ、こりぁ済まんです。折角だから、お願いしますよ。」

       刑務所帰りに見え無かった分、実に喜ばしい事である。


                 ウラジオストクの街かど


心何処ーショート へへへで、御座りまする。
             へへへで、御座りまする。(1/13/10)
「もしもし、コンチワ。オニイチャン。元気してる~。暇ズラ~、遊びに行って上げるね~。」
「おお、その声と、ガサツな品の無い声は、お主、アフリカのマサイ女だな。」
「チョットチョット。相変わらず、口が悪いね。女を大事にしない男とは、遊んで遣んないよ。」
「好い処じゃい、俺にだって、女を選ぶ権利って物があらぁな。来るなよ。」
「馬鹿こいているんじゃ無いわよ。そぐ其処まで来てるわよ。逃げるんじゃ無いよ。」

 電話の主は、アジャジャ、無尽の忘年会に何時も呼んで居たコンパニオンのリーダー姐ご様である。身長は165~8cmはある。少々縮れた赤味勝ったヘヤーに色黒瓜実顔。体当たり型のハスキーボイスで、言いたい放題の悪態振りを売りにしているアルバイト・コンパニオン様である。
 昼の職業は、れっきとしたベテラン・ガソリンスタンドの女社員さんである。M氏に依ると、忘年会に馴染みとして指名したとの事であった。そうしたら、欠席裁判で馬鹿だ・チョンだ・変態スケベだ・・・etcで、盛り上がってしまったとの事である。普段、欠席裁判の扱け下ろしを楽しんでいる下衆男であるから、他人を攻撃する訳には行かず、現実の私の姿として、聞き流すしか有るまい。まぁ、実態理無い所に煙立たずではあるが、噂話が一人歩きしなければ良しとすべきであろう。

 まぁ、マサイの女は、何しろ艶系の女らしさと云う評価からすれば、点の付け様も無いガサツ女なのである。長距離トラック運転手の亭主に尽くし過ぎて、逃げられてしまったと云う子持ちママさんである。素地の男の本性を知り尽くして居ると豪語する程に、そこん所其処らの男などの猫撫で声は一切通じない。彼女は、正しく豪の女戦士マサイなのである。
 シラフの演技力を以って、ハチャメチャの切り込み隊長役を得意とする私なんぞは、宴会の席上、こんな正々堂々としたドスケベ見た事無いの大賛辞を頂戴して、何度禿げ頭を張っ付けられ、股間に拳骨、尻にトォーキックを浴びせられた事か・・・ 然し、何故か気の合う好きの道行きの様なマサイ族の女なのであった。

 まぁ、彼女の名誉の為に一言添えて置けば、顔もスタイルも悪くは無いのである。彼女の最大の特徴である口勝りが訛って、アフリカのマサイ族に転化しただけなのである。ザックバランにして速射砲の口調と態度が、哀しいかな・・・女を消し去ってしまっただけの事である。
 きっと、彼女の女らしい側面に肉迫するには、密室の肌合わせしかその手立ては無いのであろうが、彼女は諸々の事で、損をしているのだろう。男女の境が有っても、兎に角、面白くもユニークなタイプである。

 何のかんのと並べ立ててしまったが、引籠り・社会からは見捨てられたロートル・クマ男を訪ねてくれると為れば、マサイ族であろうが無かろうが、その穢れ無き心根は<天使の心根>であろう。大慌てで、小部屋スペースにもう一人分を確保して、車を土手に置いて、彼女の駐車スペースを空けて置いて遣る。

   プップゥ~、とホーンが鳴って、軽自動車が乗り込んで来た。窓が開いて、
「ほれ、お兄ちゃん、碌な物喰ってねぇずら。ケンタッキー・フライドチキンだよ。一緒に食べよう。」
「そうかそうか、サンキュー。まぁ、上がれちゃ。」
「ハイよ。当然、当然。」

    玄関が開いて、四畳半のドアが開いて、一年振りのマサイ女の登場である。
「おぅ、其処しか座る処は、無いぞ。」
「相変わらず、ヤモメ男の部屋は、汚いね。手当払ってくれたら、掃除して遣るよ。」
「行けねえ、隙を見せたら、女のアリ地獄引きずり込まれちゃうわな。俺ぁ、未だ生き恥は晒したくは無いわな。」
「アハハ、心にも無い見栄の減らず口叩いちゃって、さぁ、コーヒー入れてよ。フライドチキン熱い内に食べるよ。」
「はいはい、女族長さま。」

 私は、用意して置いたコーヒーカップにインスタントコーヒーを入れて、ポットの湯を注いで手渡す。
「二人で、こう遣って齧り付いて居りぁ、正に、マサイ族の小部屋だわなぁ~。エネルギー充電して、襲い掛かって来るなよ。婆さんが、轢き付け起こして、泡吹いてご昇天じゃ、世間体が悪いからな。イッヒッヒ。」
「相変わらず、お兄ちゃんは、如何しようもない馬鹿オヤジ遣ってんねぇ~。安心したわ。」
「そうかそうか。安心したか。そりぁ、好かった。」

 机の並んだ四畳半の小部屋である。机の椅子に腰掛けてインスタント・コーヒーとフライドチキン、煙草プカプカのデカイ図体の原始的漫才会話である。まぁ、言葉がポンポンと速射砲の様に炸裂する女である。
 尤も、こんな曇天の冬の昼間の小部屋で、女の品を作られてしまっては、幾ら私が知性・教養・理性・自制心に富んだ常識人と云えども、隣部屋には万年床が設えて居るのである。人間、何時何時、目先の珍物に目が眩む事が無いとも限らない。哀しいかな、人間には魔が差すと云う状況型性向を持たされているのであるから、彼女の自衛上の速射砲は核兵器の抑止力の十分なる作用を果たして居てくれると云う物である。

       私にとっては、有難くも稀有な異性訪問客である。

「お前さんは頭が悪いから、俺の高尚な文作には理解能力が無いだろ。ほれ、この絵を見て感想をくっちゃべって見ろや。」

 丁度、飛んで火に入る夏の虫である。実は、昨夜、<万華鏡・春の七草>と題するカラフルにして楽しい絵を一枚描いてしまったのである。掛け値無しに好い絵なのであるが、余りのホンワカ振りに、途中から妄想がハイテンションに作用して終い、紙一重のイラストに見え始めて来た矢先であった。
 私は、性根が小心者の常識派なのである。投稿するかしまいか、真剣に悩んでいた処なのであった。ファイルをマサイ女の前に出して、その頁を大開きとした次第である。

「キァッ~、お兄ちゃん、何だいね。その物ズバリの絵じゃないかい!! 馬鹿、スケベ!!」

       立て続けに、禿げ頭をペチャペチャ、三連発である。

「おいおい、お前さん、そりぁなかんべさ。そりぁ、芸術を解する心の余裕と云う物が無い下衆の勘繰りってもんズラよ。題名は<万華鏡・春の七草>だべや。ピンクのハートから、小花が放射状に配列されて、目に鮮やかな七草がハーモニーを奏でて、春の調べを伝えて居るじゃないか・・・これぞ、芸術家の春待つ心の現れじゃないか。
 この対と為って居る裸婦二体の絵からは、エロスを超越した妙為る静かな音の調べが聞こえては来んかな。困ったマサイ女だわさ。
 この淡麗にして、穏やかな描き手の心の中の色が見えん様じゃ、万年床への移行は、叶わぬ夢のまた夢じゃわ。俺と付き合うには、30年早いぜよ。参ったか!! イッヒッヒ。」

「上手い事言っちゃって、男の魂胆なんか、見え見えの癖に。ただ単に、このピンクの肉襞が食べたいだけでしょ。スケベ丸出しで、顔から火が出るわ。毒熱が回ってるんじゃねぇの!! 本当に、男って動物は、進歩が無いわ。」
「コンニャローメ、なんちゅう事を言うのだ。現実に無い物を、これだけ、綺麗に描き上げて居るのに、言うに事欠いて、ピンクの肉襞はあんめいよ。
 なんだったら、婆さんの所から手鏡借りて来て遣るから、此処で特と手鏡で、自分の物を見てから言いなよ。形と言い色と言い・・・異次元・極楽浄土の世界だぜや。」
「クワァ~、憎たらしいわね!! そんな色にしたのは、誰だ~!!」
「無礼者!! 俺ぁそんな物には、部外者じぁい。何でもかんでも、被害者面したって、無い無い物ねだりは、幾ら法治国家の日本だって、法益の対象とは為らんのじゃ。ギャハハ!!」
「そうか、冷静に考えれば、犯人は、亭主だったわ。その亭主は何処へ行ったか、分かんないからね。しょうが無いか~。アハハハ。」

 彼女は、私の差し出した4冊の絵ファイルを、フライドチキンをパク付きながら、頁を捲っている。今月で勤めを辞めるとM氏から聞いていた。彼女は、彼女なりに生きて居るのである。心に何かしらの隙間が生じているのであろう。その隙間を、馬鹿スケベ親父との漫才を遣りに来ているのだろう。これも、ロートル・クマ男の世話に為った娑婆へのオン返しボランティアである。

「お兄ちゃん、又、何時か来ても好いかな?」
「嗚呼、何時でも、暇で退屈しているから、遠慮は要らんぞ。女の臭いが嗅げて、アリガトな。頑張れよ。」

 さてさて、マサイの女の温かい後押しを頂いた事でもあるし、心を無にして、比較絵・対絵のお披露目を致しましょうかね。さぁ、訪問者の反応は如何なる事に相為りまするか??? 360度、心行くまでご鑑賞下され。へへへで御座りまする。


              回想の春万華鏡


心何処ーショート 困ったメランコリー火曜日
             困ったメランコリー火曜日(1/12/10)
 困った物である。笑い転げて、面白く見て居たビート・たけしのTVタックルも、政権交代で役者のメンバーが変わって終い、尚且つ、座る席の違いだけで与党だったものが、野党。野党だったものが与党の『言調』を、口先だけでくっちゃべっているにしか過ぎない様に見える。 

 これでは政権交代は、『幻聴』にしか過ぎなかったのだろうか。景気に連動しない国会議員さんと云う<身分職>には、今更ながらにタダタダ平伏するしかないのだろうか。国民の選良と云う『志の欠片も無い連中の言葉の中身の無さ』に、そろそろこの番組ともオサラバを決める心算である。志の無い身分職とは、人品卑しい亡国の徒にしか、下衆の目には映らないのである。名誉棄損とは努々言う勿れ・・・許されよ。

 何を偉そう!!に文句を言っているだけでは、国事・国民の生活は改善しないのである。国家の纏まりも、財政もガタガタの危急存亡の時期に、少しは、シャキッと出来ないのだろうかい。愛!! 政治的成果何ぞは眼中に無く、党と云う徒党の中で、当選しただけで俸給とボーナスを保障される身分職とは、本当にお気楽な職業である。

 何を血迷っているのか!! 嗚呼、この世に、亡者の数々あれど、政治家・評論家亡者の性質の悪さには、空いた口が塞がらぬわ、如何する心算じゃい・・・

 つくづくと困った物である。テレビを見ないと言う私にだって、テレビを見る趣味位は有るのである。数少ない常聴番組から決別してしまうと、愈々以ってテレビとは縁遠く為ってしまうのである。国民を暗愚暗愚と馬鹿にする前に、少しは骨のある正論を展開する根性を見せて貰いたい物である。実にさもしくも、哀しい現代絵巻でゴザンスよ。

         『斯く為る上は、俺ぁ、諦めた。ハイ、サイナラ!!』

 本日、曇天である。予報に依れば、最低気温0℃、最高気温5℃との事である。夜寝るには都合が好かった物の、起きれば寒き期待ゼロの一日と為りそうである。体調優れぬ様で、母の朝の動きは殊の外、遅い。母の動きを待っている間に、マンネリ駄文が、此処まで来てしまった。これまた、遺憾いかんにして困った物である。

 おお、漸くの物音である。さてさて、朝の賄いの後は、気晴らしに散歩でもして来るとしよう。

 沢庵漬けの目玉の大振りミヤシゲ大根の按配を確かめるべく下の1/3ほどを切って食卓に出す。少々芯回りには、大根の漬かり残りが感じられる物の、好い線を示している。一応、母からお褒めのお言葉を頂戴した。
 母上殿は昨日風呂に入ったから、山姥から娑婆の女に豹変して居る。体調が戻れば、まだまだ美形さんの口である。回復祝いに、リップサービスのお時間を取る。もう、部屋に帰るのかと歎願されるが、そうそう私とてコタツ亀をしていては、脳味噌が腐ると云う物である。

 さてさて、雨・雪の降らぬ内に散歩をして来る事にしよう。曇天・微風・まぁまぁの外気温に、河川敷散歩に繰り出す。真に以って、気分の乗らない風景である。微風に乗って昨夜行われた三九郎のドンド焼きの臭いが流れて来る。河川敷の芝生に丸い焼け跡を残すそれらの周りには、好奇心の強いカラスが遊んでいる。芝生にはモグラ跡が有るものの、本日は馬鹿に鳥達の姿が見えない。枯れ葦の中の動かぬ水溜りには、氷が解けずに残っている。川底の冬眠している様な藻類は、茶色に錆付いて流れの遅い川の水を黒く見せている。太陽を遮られて色の薄い風景に在っては、詩的心情の持主のロートル・クマ男としては、本日は余り足を伸ばしたくは無い風情である。
 然らば、早々に引き返して水槽の水を取り替えて遣るとしようか・・・ モズ・ホオジロ・カワセミ・カワラヒワもコサギ・ゴイサギも居ないと為らば、致し方あるまい。

 バッテリー枯渇防止に車のエンジンを掛けながら、長靴に履き替えてバケツを持って、川の水を汲んで水槽の藻を落として水替えをする。ついでに濾過材のスポンジの汚れを落として再セットする。こんな事をしていると、ポツリポツリと雨が落ちて来た。濡れた道に、メランコリーの外の風情が小部屋を取り囲んでいる。窓越しには、灰色に霞んだ山の稜線が見える。これは紛れも無く雨の色合いである。

 さてさて、こんな時には、CDを掛けながら脳味噌のブラッシングに、似合わぬ読書タイムと行きましょうかね。

心何処ーショート 新知識???
                新知識???(1/11/10)
 NHK日曜7:30からの動物30分番組は、大好きである。今週は森林オオカミだった。昔から、オオカミには魅かれて居た。シートン動物記の中に出て来るオオカミ王・ロボは、挿し絵に想像力を駆り立てられて、胸をわくわくさせて読んだ記憶が有る。子供の頃、家で飼われて居たSも、オオカミに近い風貌の迫力のある日本犬であった。私は、野生の迫力満点な動物が好きである。

 そんな事で、人間と狼の物語を描きたくて、カテゴリー内の<ギュンとクンの伝説>と題して、A-4で30数頁で打った事が有る。尤も、私に力が無いので、自分では気に行った読み物では有ったが、残念ながらブログ読者の反応は冷たかった。
 蛇足ではあるが、只一つ、例外なのが行儀の悪い朝青竜である。然れども、彼の仕草・オーラは正しく『虎』なのであるから、嫌いではあるが魅力は確かに持っている相撲取りである。

         前置きが長く為ってしまった。本題に入りまする。
 家族と云う群れで其々の序列と役割で共同生活をする森林オオカミの生態解説の中に、面白い件(くだり)が有った。交尾行動をし掛ける者の方が、し掛けられる者より上の序列を獲得するのだと云う件であった。

                ホンマかいな!!

 その場面を見て居ると、交尾行動に回って居るオオカミは、兄弟の序列顕示行為と云うよりも、腰を十分に下ろして『強張り部分』を強引に挿入し様としている腰の振りにしか見えないのである。勿論、角度の関係上、強張り部分は画面には未登場であった。然しながら、私とて雄の端くれであるから、私の心眼には確りと確認出来る処である。
 それを算定に置くと、とてもでは無いが、その行為は象徴行為とはかけ離れて見えてしまった次第なのである。これは、人間側から見た無責任な<行為の意味付け>なので無いだろうか・・・ こんな下衆の勘ぐりが働いてしまったのである。
 
 犬の祖先のオオカミのこんな序列顕示行為に、私はしばしば晒される処である。彼等雄犬達が、私目掛けて纏わり付いて来て、後ろ足立ちをして、前足で私の足を抱え込む様にして、コリコリした異物を押し付けて来るのは、<動物学者の見立てに依ると>彼等の序列顕示行為と為ってしまう。考えて見れば、私も低く見られていると云う物である。これは、全く以って悲憤に堪えない狼藉振りである。

 私は、そんな時、<この馬鹿犬が、盛りが付いて目が見えぬか!! この戯け犬!! 目を覚まし遣がれ、この無礼者!!>とばかりに、ボコンポコンと音がするほどに、拳骨を畜生頭にお見舞いして遣るのである。そんな時の私に喰らい付いて来る犬の顔は、実に頭が盛りウィルスに犯された如くの気迫すら感じられる畜生顔なのである。

 それは小憎らしい限りの、丸で、聴かん坊一直線の朝青竜の顔付その物なのである。

 そんな顔付に、私も体育会系の単細胞男であるから、猪口才なとばかりに闘争心・怒りがムラムラと湧いて来て、拳骨を数発彼等の頭がい骨に見舞うのを常として居るのであった。

 為るほど、こんな解説を仕入れると、優勝・序列を獲得しようとする闘争心とは、その様な物だったのか・・・とも、考えられなくも無い。私の単純な今までの印象からすると、私の足に前足を回して、盛んにけったいな異物をコツコツと当てて来る馬鹿犬の面付きは、
<お前は、俺の女だ。浮気なんぞは、絶対にさせんぞ。俺が、お前の絶対無二の男だ。肝に銘じて遣る!!>・・・そんな風に考えて居たのである。

 さてさて、如何なる分析が、飼い犬の盛り行動を決めて居るのか??? 
        タワケ犬の再度の登場で有りまする。


                 タワケ犬

心何処ーショート  深夜、パイプの自己観察。
               深夜、パイプの自己観察(1/11/10)
 昨日のM氏との絵についてのザックバランな話の中で、再自覚した事であるが、私の関心は、面白い所にある。
 誰が何と言おうが私は、女体の下腹部の膨らみと肉厚臀部のぽってりしたボリューム感のある曲線にゾッコンなのである。その部分全体に、女体の健康的な美を感じてしまう性癖が、殊の外、強いのである。好きな物は、隠しても隠し様が無い。仕方の無い事なら、人間は正直が一番なのである。

 私の周りでは、福与か・もつちりの乳房派が結構居るのであるが、私は不思議と乳房の膨らみには、余り女の色気を感じないタイプなのである。もっちり感なら、バックの背中からヒップに掛けての曲線こそが、女体の芸術・エロスの宿る聖地なのである。
 そして生身の女の色気は、仕草と瞳・口元の表情、言葉の間の取り方・イントネーションに依っての方が、より強く感じられる次第である。

 拙い事に、夜も深夜近くに為ると、私の本性は、小部屋の中で頭を擡げて来るのである。
 紳士淑女達よ、決して、小生を変態と言う勿れ!! 世の大半の男族と云う物は、『ダンマリの隠れ変態』にしか過ぎないのである。私為る物を正直に表現すれば、美の探究者にしか過ぎないのである。100%の人畜無害の美への観賞者でしか無いのである。
 但し、下衆であるから品格が備わって居ないだけの事である。従って、社会の公序良俗を乱す者では決して無いから、官憲への通報は無用なのでありまする。ウッシッシ。

 絵描きついでに鉛筆を取って、腹部から臀部に掛けての膨らみを絵にして見ようと、線を引いて見る事にする。白紙に線を引いた物の・・・ 色気も思想も何も無い。丸めて、ゴミ箱にポイである。煙草に火を付けて、仕切り直しである。
 幾ら好物の一点集中であっては、代三者に対する説得力・共感と云う物が出て来ない。腹部・殿部だけでは、如何にも絵の収まり具合が悪いから、首から下の形を引く事にした。線を引いている内に、悪戯心・工夫心が沸々と湧いて来る。この遊びが、好色・女好きの本能の為せる処なのであろうが、管理者としては分身の面倒を最後まで見る事も、務めの一つなのである。困った性癖と云わざるを得ない。

 女体を二体並べて描いて見た。当然、私の心眼に見える女体は裸像に決まっている。私は、暖房のある部屋に座っているから、寒くは無い。然しながら、イラストと云えども素っ裸では、色気も何も伝わって来ないし、第一、寒かろう。思案した挙句、蔦を螺旋状に巻き上げて、葉と花をあしらって遣る。ダイヤ・ルピーの宝石の一つも奮発して遣りたい処ではあるが・・・まぁ、現実が甲斐性の無い男であるから、我慢すべしである。

 さてさて、線画は色付けに依って、雰囲気が生まれる物であるからして、これからが、一番の愉しみのお時間と相成る。色を入れ終えて絵の浮かび具合を、煙草を吹かしながら観賞する。

 中間色の縁取りの中に、何んとも言えない二体の女体が、好い感じで浮かび上がっ居る。不思議と何の衒(てら)いも媚びも無い女体のシルエットが、浮かび上がって居るでは無いか。

<これは、好い線行っているぞ。>の第一印象である。これは、東洋人に非ずして、西洋人のシルエットなのであろう。煙草をパイプ煙草に替えて、ついニヤニヤ想いでのニョショウ達との彼是を・・・苦笑いの段である。

 絵も文章も完成して、自分の手から離れてしまえば、私の目の前にある物は、客観的な読む・見る対象と意味合いを変えて来る。加えて、私は能天気の健忘症の進む男である。好い絵が出来上がった物である、と感心して居る自分の目が有る。

 脇の絵を見ながら、この絵を描いた人間の感受性・感性・脳味噌の程度などを、憶測して見ると・・・中々にして、この男は繊細な神経を持っているのでは無いか・・・そして、意外と淡白な観賞眼を持ち合わせているのでは無いか・・・ 肌色で塗り潰した女体にはピンクの疎らな螺旋があり、それは絵の中心では無く端に収まっている。
 肉付が好い中央の女体には、緑の密為る螺旋が巻かれてはいるが、女体は白抜きで終わって居るのである。ちょっと変わった選択である。その女体を寒色系の空色でシルエットさせて居る。
 片方は、暖色系の橙色のシルエットである。これには、バランス対比に依る双方の浮かび上がらせ効果を意識して、配色して居る意図が見える。決して、馬鹿な男ではあるまい。

 こんな構図・配置・配色を考える人間は、個性の強調よりも個を抑えての協調・調和に意味・価値を置くタイプなのかも知れぬ・・・ そして、何よりも、この絵には絶妙な距離感と云う物が、潜んでいる様に見えるのである・・・  絶妙な距離観の先に横たわっている物は、<和して、合せず。>の自己指針が有るのかも知れぬ。

 この様に、絵と描き手を分断して見ると・・・ 自分の目で、これを描いた男を観察して見たいと云う興味を抱かせる物である。

 裸像を描いて、嫌らしさを微塵も感じさせないロートル・クマ男とは、如何なる内面と外観を持っている男なのか、一度対峙して、その雰囲気の奥にある秘密を解き明かしたい物である。

 若しかしたら、この男には、秘められた才能が隠されて居るのかも知れない。これは、ライフワークとして、興味をそそる観察対象と為るやも知れぬ・・・

    深夜の小部屋は、ラジオの深夜便が細く流れる小宇宙である。

                回想の春



心何処ーショート 嗚呼、再生産叶わぬ知恵熱。
             嗚呼、再生産叶わぬ知恵熱(1/10/10)
 歳は取りたくは無いものである。昨夜は眠られず、ラジオの深夜便との断続お付き合いの中で、寝たのか寝ないのか・・・時差ボケの様な朝と為ってしまった。昨日は、ガス屋さん・T・M氏との漫談を繰り広げ、ブログにも3本投稿してしまったのであるから、脳の活性化を通り越して、興奮状態に晒されてしまっていたのであろう。寄る歳波の所為で、身体の対処能力が低下して仕舞ったらしく、<再生産へのゼロ払い>が出来ずに興奮の余韻がシコリのアメーバーの様に停滞して、眠り作用が働かなかったのである。

   俗に例えられる幼児段階で云う処の『知恵熱』を発症していたに相違あるまい。
             とほほにして、弱った物である。

 半分ボヮ~ンとした腑抜けスカンポ脳味噌で、ラジオの政治家達のスイスイ、ポンポンと繰り出す政治屋言葉を聞きながら、モーニングコーヒーを飲み、金魚の緩やかな泳ぎと泡の動きを惚け~と見て居るだけである。
 本日、どんよりとした冬の曇天である。先ほど、霧の様な小雪が舞ったのであるが、何時しか消えてしまった。日曜日でもあるし、賄い夫の方も、大いに手抜きをして眠く為れば、直ぐ寝るの休日を過ごそうと思っているのである。

 文章を打つ事も、絵を描く事も、喋る事も、或る意味、それらの行為は大概自分を曝け出す事を意味する。これは自分が実際に遣って居る事なので、好く実感出来る処である。 
 そんな処が、自問自答型・内向性の私の性に合っているし、居心地の良さに繋がって居るのであろう。

 YouTubeで懐かしのメロディの唱歌などを聞きながら、この文章を打っているのであるが、ロシア民謡メドレーは好い調べである。原語で聴くのも、訳詞で聴くのも、実にフィットする。中でも、カチューシャ、走れトロイカの唄が好い。

 明治・大正・戦前昭和の訳詞には、翻訳の原点の様な感想がある。翻訳とは本来、其処に流れる心を写し取る作業なのであると思う。外国語の意味を理解するには、効率的には直訳でも好いのだろうが、それでは<定着する心に響く日本語>には為らないのである。
 当然、翻訳には、直訳と意訳とがある。意訳には、深い理解と情景を写し取る言葉の取捨選択と言葉の置き換えが必要である。或る意味では、創作のセンスが必要なのである。先人達の感性の豊かさとその巧さに、私は舌を巻くのである。

 兎角、日本人はサル真似の気質を矮小化・自虐的に揶揄されるのであるが、私に言わせたら、それは大きな間違いである。感化・教育されて成長して来るのが、生物の特性である。それが、毛唐如きのヤッカミならいざ知らず、自分で自分の首を絞めて、何とするか!! である。謙遜の風潮の無い異文化人に、高尚さを求めても、謙遜の芳しいブーメランなど戻っては来ないのである。尊大振るのは下品な態度であるが、聞き流す、馬耳東風の態度も異文化人に示す事は、重要な態度と云う物であろうが・・・

 話を戻そう。正確に理解する能力と、それを日本語で写し取り再現して見せる能力は、単なるサル真似と片付けてしまうだけでは足りない、大いなる優れた能力なのである。日本人は、諺を多用駆使して表現する文化を持っている。何を卑下する必要があろうか・・・ 
 世の中、トンビが油揚げ。元へ、トンビが鷹を産んだり、青は藍より出でて、藍より青しの<出藍の誉れ>の諺も、厳としてある。付和雷同して、有名人の一過性の表現に左右される事無く、自分を鍛えて古武士の様な矜持を持ってくれたら、日本人は三船敏郎・高倉健の国で居られると思うのであるが・・・如何であろうか。

 草食系男子は、サバンナの草原で肉食獣からの牙餌食を防衛して、数を頼りに群れて生活をする。集団の中で、個性を没して流れる様な<集・散>で暮らす生き物であっては、個の尊厳も緊張と云う自己責任の厳しさは、身に付きよう筈もあるまい。

 男と女が厳としてこの世に存在する以上、男と女は明確に性格を異にすれば良いのである。今次のご時世下に在っては、草食系男・肉食系女が兎角の話題を提供している。女は男の悪口・陰口を叩き、男は女の悪口・陰口を叩いて、ストレス解消・溜飲を下げて居るだけの事である。これも、下衆の人生の楽しみの一つである。目くじら立てるも、コンニャローと笑い飛ばすも、勝手である。
 従って、皆が皆、雌雄同体の態で暮らしてしまったら、男も女も捌け口が無く為ってしまうと云う物であろう。詰まりは、古風と映る女らしい女、男らしい男の線引きが有った方が、何かと生物界は活き活きとして重宝なのである。

 女流エッセイストさんか如何かは、一向に存じ上げない処であるが、何しろ男には手厳しい語調である。自分の提唱した草食系・肉食系の言葉が、物珍しさで大流行している現象に、大いに気を大きくしている様子が窺がえてしまう。
私なんぞは臍曲がりであるから、そんな彼女とアナウンサーの遣り取りに、変な連想が頭を擡げて来てしまった。
 品質管理のパレート図に依る管理技法には、品質の曲線をなるべく中心に合わせるべく管理して行くと云う物が有る。詰まりは、画一的大量管理技法である。個性と効率を求めての画一的大量管理の命題は、中々に混在しない物なのである。影響を与えたいと考える他面、お仕着せの管理は御免と考えてしまうのが、人間の身勝手さの所以なのであろう。

心何処 マイギャラリー7
  机の上_001ピップ・バック・アート幸せのビーム御神体怒る!!
  顔の見えぬ時代_002男と女(斜向かいSちゃ作)腹痛一景おのれ!! その一
  おのれ!! その二2010・閉塞・見えぬ展望・迫る変化_002お神社さん戯けの鏡餅_001
  夢一景_001夢一景・男と女面影の彼方へアッジャー、何たる世界!!












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