旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心何処ーショート 皆さんに感謝!!
       皆様、有難う御座います。感謝・感謝であります。(11/30/09)
 
 諸般の事情から、母の賄い夫に徹する事を一念決心から、ぽっかりと浮いた時間をブログに込めて、殆ど毎日更新して来た吾がブログ日誌・・・ 我流の右中指一本で、拙ない字数ばかりが多いマンネリ日々の記述に、本日2万のヒットが記されました。嬉しい事であります。我慢してお付き合いをして下さる皆々様に、感謝するのみであります。

 振り返り見ますると、パソコン為る文明の利器は、団塊世代の武骨男には到底近寄るのも憚れる異質の利器でありました。説明を受けてもチンプンカンプンの代物にして、真に意に為らぬ怪物でありました。何度泣かされて来た事か、思い返すと漫画の如き足跡でありました。
 増してや、右も左も分からないブログ樹海の前に、タダタダ付いて行けず、ロートル世代の心は萎える一方でありました。訪問者が一ケタに為り、それが二桁の大台に乗り、1000が2000に、5000が10000に、そして、本日20000と為りました。 

 その間に、幾多の方々の心温まるコメントを頂戴致しまして、閉じ籠り生活にも拘わらず、精神分裂症・自閉症・警察の御厄介にも為らずに賄い夫生活を維持出来ているのは、一重にインターネット、ブログのお陰と感謝して居ります。

 先ほど、人訪れぬ小部屋の住人共々、日頃のご訪問者の方々に感謝の気持ちを、下手絵に託そうと一枚下手絵を描き上げた次第であります。

 雨上がりの空にも、漸く薄日が差して参りました。皆様の温かいコメントの数々を反芻しながら、温泉銭湯に出掛けて参ります。

                   2万ヒット御礼

              皆さん、本当にアリガトサンネェ~。

スポンサーサイト

心何処ーショート ただ、日曜日
                  ただ、日曜日(11/29/09)
 日曜日であるから、布団の中でラジオを聞いている。相手は、NHKの日曜政党討論会である。これも、若い頃からの惰性の習慣である。勤めて居る時は、日曜日の政治経済関連の番組は、知識・情報の纏め見の様にスケジューリングされていたのであるが、ロートル日々に在っては、毎日が日曜日と為ってしまったから、新鮮味が無く成って聞く態度も、お座成りの一語に尽きてしまう。
 
 真に不謹慎な性根ではあるが、政治的意図をもった政党間の足の引っ張り合いのお時間であるから、青臭く真面目に聞く必要は更々ないのである。

 然しながら、世の流れに流れ流されて行くのが、私の生きるスタンスでもある。世の中、政治・経済・歴史・芸術・芸能・音楽・エロ・事件・妄想・・・etcが錯綜・混在しているのが生身人間の日常の姿なのであるから、避けて通っても向こうから来るのである。人間業を遣っている以上、これは仕方の無い事である。私は人が好いから、余程の用事が無い限りお付き合いをしてしまう性質である。
 
 然しながら、今日の政党討論会は、途中で聞くのを止めたくなってしまった。昨日のTとのコーヒータイムのTの台詞と表情を何度か思い出して、苦い顔をしながらも最後まで聞き終えて、エィッとばかりに布団から起きた次第である。

 司会者さんも、政党代表者さん達も、彼等の仕事だと思って、言いたくも無い事をチマチマ議論しているのであろうから、粘着性に秀でた立派な職業人と言わざるを得まい。彼等特有の言葉使いの一つである費用対効果の概念からすると、きっと彼等の純なる良心からの呼び声に、彼等の脳細胞はギリギリの処まで追い込まれて、空中分解の兆しを、其処彼処にひび割れに見せているに違いあるまい。

    同情半分に苛立ち半分と云った処が、私の純なる感想であった。

 昨日のコーヒータイム。『形無しNHK殿』の記事を読んだのTは、ニヤニヤして私に言ったものである。
「おう、あれか、俺も少し見て居たんだが、<何を生意気に偉そうに、一人でほざいて居ろ。アホ臭!!>ってな物でさ。パチッとチャンネル変えちゃったわ。あんな物と付き合う程、俺は物好きじゃないからな。パスパス。そう云った処は、俺の方がお前さんより、ズーと冷淡だからな。世の中には、色んな職業が有るんだわね。イヒヒ。付き合うもパスするのも、個人の自由だわね。Rは、好く見るじゃないか、最後まで。ご立派!!」
「否否、俺は出来が悪いから、直ぐ先入観を持っちゃうからさ。文句を言う場合は、最後まで見届けないと、失礼に当ると考えちゃうんだよ。きっと、小心者なんだろうさ。」

 斯様にして、一般外野席の聴衆とは、何処吹く風の涼しさなのである。ご無礼の段、ご容赦願いたい・・・ニャハハ。
 
 さてさて、超特急にて、朝の賄い仕事である。秋野菜わんさかのこの頃の食卓は、夏のキリギリスの様である。大根・カブ・ショウガの漬け物に、焼き魚と焼き海苔の朝食で、デザートはヤクルトと干し柿である。費用対効果の観点からしたら、稼ぎの無いロートル母倅の食事は、これで御の字なのである。

 食後の政治経済番組は、もう勘弁してくれの段であるから、部屋の定位置でモーニングコーヒーをする。日差しが有るから、鳥籠を窓辺に持って来る。ラジオからは、昔懐かしい神部一郎・本間千恵子・三橋達也の歌声である。タイムスリップして、煙草を吹かしていると、フェンスにバルディナさんのご挨拶である。何時しか日が陰って、見上げる空は灰色前の曇り空に移行している。オスの居ない母娘四匹の金華鳥達は、止まり木に一列に並んで背中を見せている。寒く成って、皆、羽毛を膨らませて外を見て居る。緩やかな金魚の動きに、餌遣りは割愛して置くか・・・ ラジオからは、のど自慢が流れている。

 さてさて、一週間の区切り日曜日である。何にもせずに怠惰の一日を過ごすのも、必要な一週間の区切りであろう。下り坂のお天気との事でもあるし、

                  戯れ詩一つ
    漫画本持って隣部屋 吾れ布団の中で、物臭日と致す為り。

         体温まり、根気失せれば、自然と瞼重く為り、
      静かな日曜日に、タワケ倅の部屋から 昼鼾立つなり。

      外は、寒き灰色雲に 梢の柿の実残して、小風が吹く。


心何処ーショート さっと、掌返されて・・・ 
               さっと、掌返されて・・・(11/28/09)
 今日は、灰色雲一面の寒い日である。まぁ11月の終わりなのであるから、これが普通の気温である。寒い日のお付き合いは、机上の金魚達位なものであ。予想に反して、台所でカタカタ音がする。体調が好いのだろう。体が動くのは良い事であるから、好きな様にさせて置いて、通常の時間に為ってからの食事時間とすれば良かろう。

 至れり尽くせりは、人間の遣る気を削ぐ事に為る。これを称して、鈍感力の発揮と云うなり・・・である。ウッシッシ。

 本日土曜、Tとのコーヒータイムと斜向かいさんが交換に来るかも知れぬ。最近の文作に目を通しながら、校正をした後はイラストを加え、印刷して小冊子にする。Tに関連する一遍が有るから、会った時にプレゼントする事にする。
 お向かいのご主人は、回復して外で植物の見回りをしているが、日課と為っていた鉢植えの通りへの並べは、未だ出来ない様子である。歩く姿には、格別の異常は見られない。早期処置が好かったのであろう。

 Tからの電話が掛って来ない事に、何かあったのだろうかと思いつつ、土曜の午前中を過ごす。電話が掛って来て、私は一安心である。完成した干し柿を見栄え好く整形してタッパに入れ、熟し柿の頃合いの物を選んで袋に入れる。

「ほい、高級和菓子に熟し柿だ。他にTの分は吊るしてあるから、気兼ね無く食べろや。」
「悪いなぁ、おお、白い粉が噴いてるじゃないか。早速、一つ食べさせて貰うぜ。」
 
 車を発進する前に、早速開けて、口に入れて・・・ああ、柔らかくて甘い。好い出来じゃないか。と合格点をくれた。父上は、意識が戻って元気だと言う。

 コーヒースタバに行くと、本日は男組である。からかう対象とは為らず、残念。持参した文作を広げて、コーヒータイムである。

「この頃、絵も上手く成ったじゃないか。タワケ犬にぁ、笑ちゃったぜよ。何処から見たって、ピップヒップのボッコンボッコンじゃないか。分身がタワケ犬って、自覚が有るらしいから、それ以上は親しき仲にも、礼儀ありだぜな。へへへ。」
「此処だよ、此処に入れて来たんだ。好いかぁ~、最大の隠れ絵は、このブルドックの垂れ下がった頬っぺただわさ。何処となく、植輪の胸像に見えないか?? ヒップとオッパイは、男の妄想三点セットの二つだろうが、あい!!」

「そうじぁあるまぇ、ほぅほぅ、言われて見りゃ、肩・腕・オッパイかい。其処までは、目が届かなかったべや~。芸が細かいと言うか、スケベ・好き者と言うか・・・呆れ果てて、物も言えんわな。ハハハ。コタツ亀と云い、真面目な顔して、何を考えて居るか、困ったオッサンだわな。」
「馬鹿こいちゃ行けねぇわさ。男なんてものは、柵の枠から解放されりゃ、皆、ノーテンキな物よ。俺様は、純粋で素直なだけだいな。イッヒッヒ。」

「物は、昔から言い様だって言うからな。まぁ、Rは硬い人間だから、ストレートでも悪さを仕出かさない処が、取り柄だわな。
 これだけ、絵の上達も有るんだから、お前の得意な社会風刺を四コマ漫画で、描いて見たら如何だい? 俺は、行けると思うんだけどなぁ~。」

「俺も、そう思う時が有るんだけどさ、その最大の障壁が、不器用さなんだよ。何しろ、同じ絵が二度と描けない不器用さだから、どうしようもないのさ。
 そんな日頃の深い反省に立って、長い文章で日々のマンネリ駄文を打つしか、俺には能が無いのさ。
 まぁ、世の中、捨てる神あれば、拾って下さる読者様もいらしゃるんだから、有難い事だわさ。感謝感謝だわね。ギャハハ。」

 コーヒータイム後は、ホームセンターで、買い物をして行く。何か足りない、何か落としているが思い出せない。帰って来た途端、買い忘れた物を思い出した次第である。

                 遺憾いかん・・・

 脳細胞の末端にも、酸素を供給して遣らねば為るまい。メモ帳片手に買い物の姿は、まだまだ願い下げにして置きたい痩せ我慢である。本日分を打つのは後回しにして、曇天寒空に散歩運動をしに行くべしである。

 二日続きの暖日は、さっと掌を返して、生垣のドウダンツツジの深紅の紅葉が、何んとも寒く映り、加えて落ち葉沈めて流れる用水路が、侘びしさを冷たく運ぶ。

              嗚呼、嫌な季節の風情である。

 ロートル物臭男は曇天寒空に、遠出の気分には為れず・・・然りとて、中途半端な距離では、体内の運動細胞が納得してくれないのである。川沿いの南北の周回コースを東西の横8の字コースにして、山道をその中に加えて、運動量を確保して来た次第である。

心何処ーショート やれやれ、任務完了。
              やれやれ、任務完了。(11/27/09)
 今年は暖冬との事であるが、寒暖の差が激しいのは、何かと不都合である。ゴミ出しに外に出ると、アルプスの山並みに白さが浮き立っているが、本日も風の寒さを感じ無い。来週は早や12月なのであるからして、気圧配置が変われば一気に冬の直撃を受けてしまう。何事も、不意打ち・闇討ちを喰らってしまうと、按配が好く無いのである。

 水温の低下に、金魚達の食欲も拍子抜けするほどに減少して、パラパラ撒いた浮き餌もふやけた形で水槽の隅に浮いている始末である。窓辺の前からあった南天の実が、真っ赤な色で風に吹かれている。現在窓から見える空には雲は無い。
 寒く無いから、窓は開放している。小部屋に吹き込む腕白坊主の風が、禿げの頭頂温度を掠め取って行く。真に以って、腕白坊主は無礼者・コンニャローメ!!である。
 通学・通勤の去った陽の当たる道に、落ち葉がカサカサと乾いた音を立てて舞って行く。モーニングコーヒーと煙草の紫煙が、未だ薄い空の色に好くマッチしている。

 サッとバルディナさんが正面の黒フェンスに止まって、尾のタクトをスィッスイッと振って、此方を見て居る。そして、サッと次へと飛んで行った。彼女は縄張りを巡回しているのだろうが、どの位の頻度で自分の縄張りを巡っているのか、興味のある処である。

 バブル経済の仇花・中東のドバイが急落して、国際通信関連の一大詐欺商法が明るみに出て、社長は中国にトンズラとの事である。知り合いのOちゃんも、可哀そうに引っ掛かった口であろう。巷間情報に長けた射幸心旺盛な男であるから、『むべなるかな』のニュース感想である。
 
 さてさて、お公家さんの気分にお暇をして、朝食の支度に取り掛かった後は、・・・本日・M氏の定期検査後のお立ち寄りとの事である。それまでに、昨日の続きの庭仕事をするとしようか。本日も、作業日のお天等様のお招きである。

 切った枝の小枝を、ポッチン・ポッチンと剪定鋏で切っていると、クラクションが鳴って、M氏のご到来である。<柿が大の好物だ>と云う彼の為に、廊下から干し柿を三個持って来て、お摘みとする。
「これこれ、Rちゃの干し柿は絶品・美味い」との仰せであるから、熟し柿を持って来ると、チュチュと吸ってくれた。

 左様であるか、友人が喜んでくれるのを見ると、男は嬉しい物なのである。ロートルは話に夢中に為ると、健忘症の悪癖であるから忘れぬ内に、物干し竿からプレゼント用の特大の吊るし柿を一連と熟し柿をレジ袋に入れて渡して置く。
「Mさん、十分完成して居るけど、舌で味わうだけが芸じゃ無い。そのまま吊るして、風情を楽しんで食するのも、粋なもんだよ。」
「流石に、物書きは違うね。言う事が奮っているわ。ああ、俺も早く、Rちゃ、Tさんの仲間入りがしたい。脛齧り者を早く整理したいもんだ。軟弱者で手が掛る。」
庭仕事をするロートル・クマ男は様に為っている風に見えるらしく、盛んに早く仕事からオサラバがしたいと言う。
 先日のTの言葉を引き合いに出して、仕事顔→腑抜け顔→シャープ顔の時系列を話す。彼はその後の病状は順調らしく、血色の好い顔をしている。目出度しめでたしの段であるから、非公開の猥談に移行した次第である。これから、仕事に回ると言う彼を見送って、庭作業に復帰する。

     そんな事をしていると、ご近所さんが声を掛けられた。
「ほら、あそこに金の粒が咲いている。何でしょうかね。」
「おやまぁ、気が付かなかった。何でしょうかね。梅の小枝なのにねぇ~。初めて見たわね。」
 梅のある部分の小枝に、薄黄色の数ミリも無いまん丸の粒が、幾つも実っているのである。
「何かのお告げでしょうかね。<宝籤を買え>との天啓ですかね。サマージャンボは、夢のお告げは空振りに終わったですがね。不景気の煽りで、100万円籤がワンサカとテレビじゃ云ってましたねぇ。」
「そうですよ。買いなさいよ。当ったら、私が見付けて上げたから、お裾分けをするんですよ。」
「やいやい、そりぁいけんわね。美味い物は、こっそり独り占めがコツだんね。イッヒッヒ。」

 さてさて、昨日に引き続いて、次なる作業はガッポリ掘って、落ち葉のプールを作って、土壌改良の汗掻き作業である。ロートル・クマ男であるから馬力は有る物の、スタミナと根気には滅法弱い物臭男である。吾が人生訓の『愚直こそ、男の美学』を念仏に唱えながら、ヒィコラ、ヒィコラ、スコップとジョレンで、落ち葉のベット作りにひたすら汗を流す。今度は掃き溜めて置いた落ち葉を運び、上から土を被せる。

 やれやれ、任務完了である。如何やら、吾が体力もまだまだ捨てた物では無い。今度は、昨日の轍を踏まぬ様に、確り風呂が沸いてから、裸に為るべしである。

心何処ーショート 自画自賛
                 自画自賛(11/26/09)
 庭作業をして、すっかり汗を掻いてしまったから、風呂に入るついでに洗濯をしようと考えた。脱いだ物を洗濯機に入れて、いざ入ろうとすると、アッチャー、未だ湧いていないでは無いか。大慌てでズボンだけ履いて母のコタツに潜り込む。形振り構わぬ親子の縁である。
 こんな時に限って、風呂の沸くのが遅く感じられるものである。夏でも無いのに、上半身裸では様に為らぬ。さてさて、気合を入れて、半沸きの風呂に身を沈める。入らないと言う母であるから、風呂が終わった後は、風呂場の掃除をする。動きついでであるから、水槽の濾過材を洗ったり、洗濯物を干して居ると、アジャジャ・・・こんな時間である。

 熱いコーヒーを飲みながら、PCを開く。昨夜、暇に任せて描いた『タワケ犬』は、私としては、久々の秀作である。描いている内に何か知らんが、大いに気分が乗って来て<これでもか、これを加えたら如何じゃ!!>などのお遊びをしている内に、何の事は無い。出来上がったブルドック型座敷犬は、『自画像』の写しに為ってしまったのである。

      きっと、魔物が乗り移るとは、こう云った様を云うのであろう。

 老犬メタボの感じを出そうとして居たら、贅肉の弛みは、手元が狂ってヒップに見えてしまうし、太鼓腹の張りは、誰が見ても脂の乗り切った豊満なるヒップの様である。

              困った老犬に為ってしまった。

 斯く為る上は、擬人化に相務め・・・誇張の描き込みをするしかあるまい。額に星印を入れれば、流れから云ってハチマキを加えるしか手はあるまい。好い線ではあるが、余白が知恵の見せ所と云う物である。
 馬鹿犬・タワケ犬の子細構わずの武者ぶり付きだけに終わらせてしまったら、幾らなんでもモデル犬並びに飼い主のおバァちゃんに申し訳が立たない処である。おバァちゃんにとって見たら、目に入れても痛く無いお犬様なのであろう。
 お犬様と云えば、お江戸の時代には<生類憐みの令>などと云う御法度も存在したと云う。現代に在っても、動物愛護週間なるものもあるのである。此処まで、座敷犬を擬人化してしまったのであるから、老犬にも哲学をプレゼントするのが、筋と云う物である。

        私は、心に情と血潮が通っている男なのである。
 
 然りとて、如何角度を変えて見ても、哲学犬の片鱗さえも窺がい知れぬ御面相である。ピンクのハチマキと赤い尻尾を結ぶ人生のエキスの言の葉は、何か無いものだろうか・・・いみじくも、自画像然として来たのであるから、喰らい付き・心臓の動悸ばかりが前面に出てしまっては、些か私の品位と云う無形の尊厳にも拘わる一大事に発展しまい兼ねない。
自らの手で、自分を貶める災難は無いのである。絶対に避けねば為らない自己暗示である。

 此処が腕の見せ所である。パイプ煙草に火を付けて、脳裏の引き出しを開けるべし。

 出ろよ出ろよ・・・戯れの泉・・・早く反応せいや・・・こんな時の為に、吾輩は脳味噌の風通しの為に、禿げ頭にしている訳では断じて無いのである。

 出ました出ました!! 此処は一発、シェークスピアはハムレットで行くべしである。 
『遣るべきか、遣らざるべきか、それが問題である。』
 武者ぶり付きに、命を果つるか・・・ピンクとグリーンの思索の堂々巡りの老哲学犬の誕生である。キューピットのハートは、老いらくの生理に、既に形を失っている。これぞ、世の不条理である。ヨッシャ、ヨッシャ、好かたい、好かたい。何やら、伝わって来るねぇ~。

 老骨に鞭打って、哀しきオスの生理を実行する、ものの哀れが、ペーソスと為って見る人の心に伝われば、描き手としては望外の喜びと為る。醜態を晒す自画像の老犬に、訪問者の方々の熱きおハゲましのお気持ちを頂きとう御座いまする。

 腹を抱えて、悶絶して下され!! そして、老犬の必死の武者ぶり付きに、命の哀れさをジックリと観賞頂きたいのでアリンス。ギャハハ!!

心何処ーショート 嗚呼、タワケ犬。 
               嗚呼、タワケ犬 (11/25/09)
 さてさて、丁度時間が浮いてしまったから、散歩に出掛けるとするか。曇天の風の無い外である。本日はコースを変えて、学園一帯からの散歩コースである。

 下校時とぶつかって、中学生達が次々と校門から出て来る。中学生達の中のロートル・クマ男一人であるが、中学生達の下校お喋りを聞くのも一興であろう。付かず離れずで、歩調を合わせる。当世は、男女共にお喋り上手であるから、その中に身を置いていると、此方の方も何か若返って来る気分である。勿論、お喋りの内容が、つぶさに聞こえて来る訳ではない。彼等の雰囲気さえ頂ければ、ロートル・クマ男は好い気分なのである。

 お付き合いついでであるから、其の儘、今度はコースを母校の中学校方面に進む。中学と通りの間には、田んぼ・畑・川がゴロリと横たわっている。中学校近辺の住宅地を直進して、フェンスを乗り越えて、田んぼの畦道に降りる制服スカートの女子中学生達の姿が見える。

『そう来たか、へへへ。』の眺めである。何時の時代にも、『近道狙い』には男女の差は無く、悪戯と効率は、人の性らしい。私も中学生に倣って、畦道を通って橋に直進する。リンゴ畑の収穫に、三人のオヤジ達が脚立作業をしている。囲いも何も無い、ポツリと残された感じの小さなリンゴ畑である。収穫期を逃してしまっては、通りすがりの中学生達のオヤツにされてしまうのであるから、収穫期は真面目に働かなければ為らないのである。
ぶどう畑は、昔から有刺鉄線が張られているのだが、殊、リンゴ畑には無いのであるから、面白いものである。中学生達に合わせて、橋を渡って浅間温泉を回って帰る事にする。

 男子中学生が二人、分かれの細道の角で、教科の有用性についてボヤキを入れている。何々・・・フムフム・・・彼等の有用教科に、私の好きな世界史が入っていないでは無いか。けしからん。
「駄目だよ。世界史を遣って置かないと、半人前の大人に為っちゃうぞ。全ての道は、丸暗記から始まる。丸暗記の引き出しに、助けられる知識の泉だわさ。女鳥羽中学坊主、頑張れっちゃ。」
 からかいを一つ入れて遣ると、変なオジサンの割り込みにも可愛い顔をして笑って、<コンニチハ>とピョッコリ頭を下げて挨拶をしてくれた。これまた、にゃははである。

 温泉街を一回りして、野球場界隈を歩いていると、座敷犬の散歩をさせて居るおバァちゃんと出会う。リード線の外された小型座敷犬は、井の中のガマ蛙の様な不遜な面付きで、チョコマカ・チョコマカとメタボの短躯で走り寄って来た。そして、私を見るとクンクンと鼻を私のズボンに擦り付けると、やおら前足を上げて交尾の姿勢を採ったと思うと、コリコリした粗チンを擦り付けて来た。それを見て、おバァちゃん恐縮して曰く。

「これこれ、駄目だよ。知らない人に、そんな事をしちゃ。お止め!!」
「好いよ好いよ。俺も、オスの端くれだわさ。チョンガーの哀しい生理は、好く分かるわね。何か、昔からオス犬と俺は、相性が好いみたいだよ。」
「すいませんね。ズボンを汚されるから、気を付けてね。ゴメンね。この子ったら、喜んでるよ。オホホ、全く・・・」
「ハハハ、子細承知。」

 オホホと来たか・・・女もおバァちゃんの歳に為ると、枯れて来て立派なものである。男・オスの生理に深いご理解をお持ちの様子である。悶々たる座敷犬の生理を鑑みて、此処は笑うしかあるまい。 

 面白いおバァさんであるから、話し掛けられるままに暫しお相手申す。その間中、馬鹿犬は変な声と猪突猛進の目付きで、私のズボンの脛にコリコリしたイキリ立った『小物』をコツコツと突いて来るのである。
 私は男であるから、老犬の中指程の『子作り棒の突き』を受けて、何やらこそばゆい感じである。これが俗に云う女族の快感の扉なのだろうか??などと、私の脛のズボンを前足に抱え込んで、盛んにワンパターンの直進腰運動に血道を上げている座敷犬の面をトクと見下ろすと、老犬は自分を見失った完全なる発情顔である。これでは、男女の捲るめく性愛の風情も屁ったくれもない。斯く為る上は喝を入れて、理性の引導を渡して遣らずば為るまい。

「こりぁ、馬鹿犬。そんな粗チンとワンパターンの突きじぁ、メス犬を退治出来んぞ。鍛えて、出直して来いや。タワケ!! おバァちゃん、転ばない様にね。風邪引くなよ。バイバイ。」

 嗚呼、こうまで女日照りが続くと、こんなタワケ犬のお相手も申しつかるのであるから、私の人生は、この先、真っ暗闇に引き込まれてしまうのだろうか・・・ 全く以って、弱ったものである。座敷犬に、近寄るべからずの段であった。


                    タワケ犬


心何処ーショート 形無しNHK殿
                形無しNHK殿(11/25/09)
 昨夜のNHKの『クローズアップ現代』には、呆れ果ててしまった。真面目に見て居る数少ない番組である。中国要人とのインタビューの形式をとっているかの様に映して居るのだが、あれでは『組織グルミの捏造』でしかあるまい。インタビューの意義を十二分に知り尽くしているジャーナリストの風上にも置けない『権威・権力への迎合・猿芝居』でしかあるまい。

 日本語の質問に、中国語の返答が即座に通訳されてインタビューの形・テンポで放映されているのである。然しながら不思議な事に、喋る方も、聞く方も、耳にはイヤホンを付けて居ない。勿論、生身の通訳の姿も見えない。この様を、何と見るべしや・・・

 中国要人は、日本語を日本人以上に堪能なのだろうか? 
 そしてインタビューアーは、彼女の得意とする英語同様に、中国語にも秀でているのだろうか?
 
     真に以って、視聴者を愚弄する『飛んでも鉢巻き』の沙汰である。
 言葉を理解する者なら、表情・目の配りは、その人の内心を映し出して、<目は口ほどに物を言う>筈なのである。言葉と目の動き・表情で、内心に近付く・窺がう事で言葉の綾・裏、人間性を垣間見る・垣間見せるのが、インタビューの存在意義なのである。そして、その『筈』であろう。
 インタビューする者とインタビューされる者・二人に、その表情の変化が無いと云う処が、『今回の最大の売り』であったのだろうか??? 武士道の鋭利な観点からすれば、こんな放映は、国辱以外の何物でもあるまい。日中間に存在する諸問題・違和感に関して、生身の人間が語るインタビューの価値すら臭わない。あれでは、一方的な中国宣伝でしかあるまい。NHKに報道の良心が存在するのであれば、当然に『お蔵入り』にすべき処であろう。

 然しながら、冷静に下衆の勘ぐりを働かせば、これが正しく中国の姿であり、政治に気兼ねをせざるを得ないNHKの姿なのであろう・・・冷水を浴びせられた感が否めない処であった。対中国へのジャーナリズムの姿勢、対日に関する中国の態度・姿勢が、まざまざと現れて居た『用意万端』振りの放送であった。一つの質問に就いて、中国要人の淀みない速射砲の様な多弁振りは、朗々と捲し立てられる。まるで一字一句たりとも粗相のない様に読む茶坊主の仕草であった。

 一般に、共産党一党独裁の様は、その根底に『無謬性有り』と譬えられるのであるからして、<用意万端、全てつつが無く、堂々と大国振りを発露させる大人の様>に投入されたリハーサル風景に思いを馳せると、ウンザリであった。
 そして、此処が一番肝心な処であるのが、何よりも『心に響かなかった構成』であった。作り手・流し手の意図・思惑、諸般の事情で一つの作品が作られるのは、致し方の無い処であろうが、作品は公開されてしまえば兎角一人歩きをするものであろう。

 これは、俗世間が言う処の<下手を打った>と云うしかあるまい。一方的多弁の隣国に、油断は禁物でありまするぞえ。くわばらくわばら・・・

 さてさて、こんな事を打っていると、中国工作員様の目が光るかも知れぬ・・・親孝行半ばで、ホーリンコー並みの取り扱いを受けて、電流棒で拷問を受けては妄想生活に終始符を打たされてしまう。賄い夫生活に戻るべしである。朝食後のお茶を母と飲んで居ると、玄関に人の声がする。

「畑を整理して来たんだけど、こんな小さな半端大根だけど、貰ってくれるなら頭を落として、持って来るよ。」
「好い処じゃないせ。頂ける物なら、何でも貰っちゃうんね。」
 斜向かいさんの置いて行かれた大根の袋とバケツ、タワシを持って大根洗いをする。庭の台に並べて、物はついでであるから、車で漬け物用の大根を買いに行く。

 途中、郵便局で支払いを済ませて来る。相想の好いオバチャン社員が、記念硬貨の500円玉をお釣りの中に入れて下さった。レジで先輩にそんな事を話すと、生まれは何年と訊かれて、昭和23年製の昔懐かしい穴無し5円玉を二枚入れて下さった。

      車から降ろして庭に運んでいると、母が廊下に出て来た。
「立っている親を使って好いかな? 悪いけど、台所から包丁を持って来てよ。」
母は好い女である。ニコニコして5本一束に括ってある大根のヒモを解き始めている。私は、大根の葉の部分と尻尾を落として、庭の台に並べて行く。みやしげ大根25本と硬大根30本を並べると、庭の台は、満席と為ってしまった。土付きネギの束を持って、スコップでガッポリ穴を掘って植えて来ると、母は廊下でほぼ完成した柿の皮の中から、紅葉・百日紅の葉を取り除いている。

 初冬の中に在って、今年も干し柿から大根干しの時期が巡って来たのである。大根がシナシナに成るまで、霜が当たらぬ様に朝夕の賄い夫の仕事が加わるのである。天気予報を頭に入れて、指図をするのが母の仕事である。真面目で几帳面な性格の母の姿は、泣きたくなるほどに小さく成ってしまったが、その分、倅には頬擦りがしたく為る程に可愛く見えるものである。婆さん、アリガトさんよ。


心何処ーショート 今年も、温泉銭湯の季節
              今年も、温泉銭湯の季節(11/24/09)
 母は体調芳しからずで、食後は再び布団の中に入っている。朝の内の太陽は束の間に、灰色雲の中に入ってしまった。家に居ても仕方が無いから、温泉銭湯に浸かりに行く。斜向かいさんの細い路地を通って、通りに出ようとした途端、

『ヒイー、ギァ~。』の黄色い悲鳴である。
『オットット・・・ゴメンごめん。』倒れ掛る相手の自転車のハンドルを<むんず>と支えて、引き攣った女の顔を間近に見る。

 色の浅黒さと顔立ちは、間違い無くフィリピーナの顔付である。咄嗟の機転と太い腕力で、ストッパーが掛ったから、無傷の衝突で終わったにも拘わらず、怒り心頭の形相で私を睨み付けている。私は、大事に至らずホッと胸を撫で下ろし、何も無かった様にその場を後にした。

 然しながら、一難去った思いで自転車を漕いでいる内に、沸々と怒りが湧いて来た。

★あのアマッコ~、とんでもない女である。手前のスピードの出し過ぎを棚に上げて、ヒィー、ギャ~の馬鹿でかい声を出しやがって、間髪を置かず支えて遣った俺の顔を見て、敵を見る様な・・・あの面相は無かんべや。
★並みのロートルなら、二人とも抱き合って歩道にスッテンコロリだぜ。痛いの痛いの飛んで行け~の騒ぎじゃ無かんべよ。
★サンキューの一言も言えんのかよ。男の顔を見たら痴漢と思え、悪いのは全部相手なんて、料簡がソモソモ気に喰わねぇや。
★引っ返して、アマッコの横っ面を引っ叩いて遣らっか!! 考えりゃ考えるほど、いけすけねぇフィリピーナの態度である。コンチクショー、身ぐるみ剥がして浅黒いヒップに平手打ち5連発でも、してやらにぁ気が収まらんぜよ。
★馬鹿たれが!!政治家の野郎共、何が、外国人労働者1000万移民政策じゃ、笑止千万の沙汰だわな。アホンダラ、伝統ある日本文化を何と心得て居やがる。
★俺ぁ、見え透いたお調子者・フィリピーナ女に、鼻を伸ばしている中高年男共の気が、知れねぇわさ。集られて、泣きを見ても、懲りねぇ連中だぜや。女に甘過ぎるんだよ。

 まあ、この位、悪態をほざけば、下衆の気分は収まる物である。ギャハハ!!
 
 さてさて、前方後方、左右確認の転ばぬ先の安全走行である。熱いオブチャに直行なりである。先客一人に、飛び込み老人一人の頃合い銭湯である。

 熱い湯船に浸かっていると、老人が入ろうとして足を引っ込めている。老人は飛び込みの客らしく、番台さんからタオルを借りていた。
「待ってましょ。水で薄めて上げますわ。」

     脱衣所からホースを持って来て、水道に繋げて遣る。

「スイマセンなぁ。旦那さん。」
「気にしないで好いですよ。折角、湯に浸かりに来たんだもの。好い温度でゆったり浸かるのが一番ですよ。石鹸無いでしょう。この石鹸使って下さいよ。」
「どうも、スイマセンなぁ。有難う御座います。」
「気にしちゃ行けませんわね。掛け流しの湯に浸かって、ふやけた垢を石鹸で流すのが、風呂の効用ですよ。銭湯は、伝統の庶民の文化ですからね。へへへ。ゆっくり遣って下さい。」

 風呂から上がって来ると、引き戸が開いてハイカラ御隠居さんが入って来た。
「やぁやぁ、お久し振り。元気だった。お袋さんも、お元気ですか?」
「あいあい、母・倅とも元気だったんね。寒く為ったから、また厄介に為りますよ。」
 
 久し振りであるから、脱衣所で胡坐を掻いて近況を交わす。90歳に為ったらNHKののど自慢に出場したいとの御隠居さんに、風呂仲間からはリクエスト曲が出ているそうな。御隠居さんは、師匠の岡晴夫の『憧れのハワイ航路』を歌う心算だが、『異国の丘』を歌ってくれとの声もあるらしく、お宅は何が好いと聞かれるから・・・ウラジオストク抑留の経験に因んで異国の丘も好いけれど、軍歌なら『暁に祈る』が好きであるから、私はそれをリクエストした次第である。私にとっては、軍歌の底に流れる庶民の心の響きが、戦争への哀しみを表現している様で、何故か心打たれる思いがするのである。

心何処ーショート To be,Not to be?
              To be,Not to be? (11/24/09)
 私は、日々の文作を一行43×36文字のA-4版で打っている。印刷の関係で、それらを続けて丁度ページの区切りの好い所で一つの分量として、マイドキュメントにメモリーしているのである。こんな風にしているから、各文作の字数の関係上では変数の10~30頁の分量と為ってしまう。この処、好い区切りが出来ずに頁数が嵩むばかりである。近似値の意識は働く物の、帳尻が合わず苦笑いをしている次第である。それが100頁程に為ると保管上、一冊のファイルに綴じている。訪れる人の少ないロートル生活ではあるが、読みたいと言う人には、ファイルを貸し出している次第である。

 一週間程前に夢を見た。若い頃、好くテレビに出ていた女優さんである。多分、私と同世代・同年配の女優さんで、私は彼女の大柄な体躯と彫りの深い野生的な顔立ちに魅かれ、大いに鼻の下を伸ばして居たものである。顔は確り覚えているのであるが・・・一向に、彼女の名前が思い出せないのである。女好き・妄想癖だけが取り柄の下衆男にして見たら、妄想時間の訪れだけが、唯一のロートル日常の愉しみ故、これまた、困った事態なのである。

 非常に残念な事に、彼女は若い時期だけ芸能生活をしていたのであろうか・・・とんと、その後の姿はテレビには現れない。きっと、彼女は、幸福な家庭生活を送って居られるのであろうが・・・

 夢から覚めた当初は、誰なんだろうと、小首を傾げて彼是と夢の反芻をしていたのであるが・・・彼女の顔を、嫌にハッキリ覚えているのであるからして、これは夢のモザイク・想像美形では無く、現実に存在する女性なのであろうと『夢の出典を探索』しようとしているのである。兎に角、印象の強い顔立ちで、彼女の顔・表情を思い出す事が出来ると云う事は、実在の人物には相違ないのである。

 私には願ったり叶ったりの非常に際どい官能的な夢であったから、如何しても彼女の名前が知りたいのである。彼是一週間ほど、記憶の中を徘徊しているのであるが、何しろ寄る歳波の所為で、コンチクショーの体たらくなのである。それか、インスピレーションの旺盛さを連想させる様な、あの黒い瞳が逸早く、私の邪なる変態の気配を察知して、日本全土を覆い尽くす程の念力バリアを発しているのかも知れぬ。そう考える、闘争心に火が付く物の・・・その確信たるや、雲を掴む様なもどかしさの停滞振りなのである。

 斯様に人間の脳味噌とは、分からない事が有ると、安定と云う収まりが着かないから、往生際の悪い働き掛けを強いて来るものである。大昔には、自分でも驚くほどの記憶の冴えに感謝していたのであるが、真に以って不甲斐無しやの衰え振りである。

                  吾が心境詩

    愉しみの薄き吾が老後は、如何にして過ごすべしや???

         シェークスピアのハムレットでは無いが・・・

       To be,or not to be:that is the question.

      するべきか、するべきでないか・・・それが、問題である。

         思い出すべきか、思い出すべきではないか・・・
  
   愉しみ薄き吾が日々、如何にして過ごすべきや、それが問題である。


 ヨッシャ、ヨッシャ!! 頁の区切りに嵌ったなり。お天道さん、アリガトさんねぇ~。

心何処ーショート 日差し静かなり
                日差し静かなり(11/23/09)
 夜半から雨との予報であったが、雨は降らなかった様である。干し柿を取り込んでしまったから、貴重な乾燥時間を損をしてしまった。吊るし柿のカバーを外し、廊下の干し柿を庭の台に広げる。吊るし柿の方は、すっかり縮みあがっしまったが、待望の白い粉が吹き始めて来た。お天道さんアリガトさんでゴザンスヨ。

 朝食後は太陽の恩恵を浴びさせようと、鳥籠を廊下に置いて遣る。部屋で煙草を吸って居ると、正面フェンスにバルディナさんの御挨拶である。晴れ渡った好いお天気さんである。河川敷のベンチで、日向ぼっこの読書でもしようかと思い立つ。半纏のポケットに煙草を入れて、本棚を一舐めして『世界のことわざ辞典』をピックアップして、下駄を突っ掛けて外に出る。

 木製ベンチに胡坐を掻いて、頁を捲る。背中の綿入れ半纏から、ポカポカした暖房が伝わって来る。世界の諺は、面白いものである。諺は、人間の生活のエキスと云ったものであるから、表現者の違いによって、其々の味わいが見える。同じ事象に遭遇したとしても、人々の感じ方は其々に異なる。前から横から、後ろから・・・見て感じて考えて、人其々の言の葉表現である。眉間に皺を寄せて、フム・フムなどと読んでは為らない世界なのである。

 ほぅ、ほう、お主は、そう来たか・・・天晴れあっぱれ、流石、詩人様、イョ~、長屋のクマさん、八っつあん、なっとく納得。

 ってな物で好いのである。古今東西・芸術家・識者・施政者のお偉いさん達だけが、後世立派なのではない。人の世の表現なんて代物は、生き物なのであるからして、人の心・気分にマッチすれば、これぞ立派な世界の諺と為って、後世に伝えられるのである。日当たりの葦の風音・川の瀬音に、青空の中の白雲・・・ 雀がチュチュんと鳴き、日差し浴びて、蝶がヒラヒラ舞う。本日、勤労感謝の日である。穏やかなる日和に、山野は色彩を放ち、遠くのお山には白衣が掛る。

 さてさて、ロートル・クマ男の脳味噌の風通しも出来た。慣れぬ読書はこの位にして、定位置小部屋で、熱いコーヒーでも飲むとしよう。

「おや、おばさん精が出るね。」
「うん、落ち葉だらけに為っちゃったから、掃除をしなければね。もう、疲れちゃったから、また今度にするんだ。嗚呼、腰が痛い。歳は取りたくないねぇ。」
「ハハハ、はい御苦労さまでした。さぁさぁ、部屋でゾウガメのコタツ亀をやりましょ。」
「何だい? そのコタツ亀ってのは・・・」
「日本の図鑑じゃ、コタツはゾウガメさんの甲羅だってさ。本当は、ゾウガメは、ガラパゴス諸島の主だって話だけどさ。海流に乗って遥々時間を掛けて、日本に漂着してたらしいよ。何時の時代か、俺ぁ学が無いから知らねぇけどさ。まあ、その子孫達が、冬の信州人だわね。へっへつへ。」
「アッハッハ。それで、私は、ヨロヨロのゾウガメって訳。笑わせてくれるじゃん。でも、本当だね。私はゾウガメだから、甲羅の中に潜り込むよ。コタツ亀とは・・・本当に、その通りだわ。やれやれ・・・」

 玄関を開けると、DVDの入った紙袋が置いてある。そうであったか、斜向かいさんが顔を出されたか・・・ 通りから斜向かいさん・Sちゃの部屋のガラス戸をノックして、吾が在室をお知らせして来る。

 さてさて、椅子に根が張る前に、貰い物の大根三本と生姜を始末して置くとするか。干し柿を一つ口に入れて、台所仕事をこなした後は、日記綴りの印刷でもして置くか・・・ 斜向かいさん先週持ち出し分は、吾が短編集であったから、今週はレギュラー分に移行した方が好かろう。何もしなくても、一日は音も無く過ぎ去って行くものである。

心何処ーショート 行きは好い好い、帰りは寒い。
           行きは好い好い、帰りは寒い。(11/22/09)
 いやはや、恐れ入りました。お外は、寒い寒い追い風である。昼間であるから、歩いている間に体も温まると思って、ジャンバー無しで歩き始めたのであるが・・・おお、寒い。ブルブルの態である。此処は、単細胞・捨て身の痩せ我慢。エッチラサ、エッチラサの脇見もせずに、大股歩きである。薄曇りの空には、鏡の様な扁平な太陽が雲の中にあるだけで、流石に寒々とした景色の拡がりである。曇りガラス越しの太陽だと、色彩を奪われた風景は嫌が上にも、鉛色の冬景色を連想させてしまう。
 こんな日は、空き空きした土手道の一本道は、興醒めである。住宅地の小道を探してのジグザグ散歩に、変更するしか有るまい。それにしても中々、体は温まって来ない。

 上り勾配を真面目に歩いて来たお蔭で、大分体が温まって来た。漸く、ゆとりが出て来て、ポケットに手を入れての漫ろ歩きの段階に漕ぎ着ける。距離伸ばしの闘争心は、既に萎えてしまっているので、幹線道路への合流は、田んぼのあぜ道を直進させて貰う。うらびれた農道を、黒いスポーツウェアに身を包んだ女性が、背筋を伸ばしてランニングをして行く。大したお方である。

        帰路に付くと、今度は向かい風と御対面である。
 おお、ブルブル・・・寒いじゃゴザンせんか!! こんな寒風の中では、音痴などと尻込みなどはしては居られないのである。知っている歌を片っ端から引っ張り出して、景気を付けるしか有るまい。

 俺ぁ、裕次郎、渡哲也、健さん、鶴田浩二、デック・ミネ、一節太郎にでも、何でも為って遣ろうじゃないの。ついでに、軍歌も歌っちまえ。

 小さな神社の脇を通ると、賑やかな声がする。神社さんの敷地には公民館が建てられている。町会の寄り合いでもあるのだろうが、神社さんを横切った方が近道である。裏口の細道から入って行くと、ロートル集団が集まっている。如何やら、ウォーキングを兼ねた郷土史の愛好家たちの集まりの様子であった。その数、ざっと30名は下らないだろう。
 恐るべしの様ではあるが、何の事は無かろう。年齢的には遜色の無いロートル・クマ男が途中参加をした処で、無碍にもされまい。飛び入り参加は一時の恥、知るは知識の糧でもある。スタスタと入って、真面目に聞こうと思ったら、本日の学習は終了して、次回の予定説明であった。歴女がブームと云うが、こんなロートルサークルが好評を博しているのだろう。こんな事が無い限り、知らないままで終わってしまうのであるが、世の中は中々にして、幅広く趣味の道がお盛んの様である。

        さてさて、仲間入りも空振りに終わってしまった。

 通りゃんせ、通りゃんせ。此処は何処の細道じゃ~、天神様の細道じゃ。
 行きは好い好い、帰りは遠い。遠いながらも、帰りゃんせ、帰りゃんせ~。
                  おお、寒い。
 
 犬も歩けば、棒に当たる。ロートル・クマ男も歩けば、何かに出食わす為り。


                    冬の空

心何処ーショート 思い込み
                    ベニイ・グツドマン物語
                 
                   思い込み(11/22/09)
 昨日は、55年制作の『ベニー・グッドマン物語』を二回も見てしまった。我々ロートル世代には、派手なアクションも流血も悪意も無い、ゆったりとした成功とラブストーリーのハッピーエンド物語は、見て居ても正に<心のスィーツ>の様なものである。

 加えてDVDには、ハイビジョン版と日本語吹き替えのスタンダード版が併録されている。そして嬉しい事に、ミュージック・チャプターとして12曲が映画の中からラインナップされているのである。美形に伴われて、ラブロマンスを観賞するも好し、スウィングする魅惑のメロディに耳を傾け、身体をハミングするも好し。こんな重宝なDVDは無かろう。

 お目当ての美形女優のドナ・リードは、46年の『素晴らしき哉、人生!』53年の『地上より永遠に』の白黒映画で浮かび上がる様な黒髪と理知的な黒い瞳の美しさは、カラー作品であるから薄れて見える物の、瞬きをするのが惜しい程の美形振りを発揮している。 

 彼女の年譜をインターネットで見ると、前年の54年にはエリザベス・テーラーとの『雨の朝巴里に死す』のカラー作品がある。これも、推奨に値する好き時代のラブロマンス名作の一本である。この映画の中でも、彼女は善人の役柄を匂うばかりに演じていた。触発されてしまったから、近々DVDでお会いしなければ為るまい。

 私は洋画の美形には滅法弱い腑抜け男であるから、美形が私を虜にするのだろうか?? 必然の結果として、此処に紹介した4本は、私の映画コレクションの中に収蔵されている次第である。

 昨夜の余韻を引きづって、日曜日の朝食後の『サンデープロジェクト』にお付き合いをしていると、『事業仕分け』の主役御二人さんの御登場であった。反省なのか演出なのか定かでは無いが、女史は本日に限って??、嫌に地味にして控え目な服装での登場であった。

 時間に余裕のある私は、しばしば国会中継を見る。国会議員席の議員さん達の姿を、テレビカメラは一巡させて中継してくれるのであるが、野党時代の彼女の姿も有名人であるから見せてくれた。そんな映像の中の女史の服装からすると、本日の服装は野良仕事の出で立ちにしか見えないのであるが・・・ これは、私の裸眼の所為なのだろうか。
 私は意地が悪いから、テレビ界が送り出した才媛女史殿のお顔と冷言には虫唾が走るから、早々にロートル・クマ男の小部屋に移行して、ミュージック・チャンプターをBGMにして、この日記を打っている次第である。

 私は、この映画で知った事であるが・・・映画のキャスティングの中に、サミー・ディビスSrの活字を見出して、勝手にSrをJrと思い込んで、Jrを見付けようと再度の映画鑑賞と相成ったのである。あの顎がしゃくれた個性的な黒人坊やを散々目を凝らして見て居ても、一切それらしき人物は登場しないのは、SとJの錯覚から来る当然の結果なのであった。

 遺憾いかん・・・ こんな男であるから、私の日常には『客観的』信ぴょう性が乏しいのである。トホホの段ではあるが、反省材料としては、小さな活字を読む時は、適した照度の下で、老眼鏡を確り拭く必要があるのである。

 さてさて、本日・日曜日、ブラブラとお外を徘徊散歩をして来ようと云うものである。

心何処ーショート 男と女
                  男と女(11/21/09)
 朝の賄い夫兼ご機嫌伺いをした後は、小鳥達を窓辺に置き、久し振りに、清々しい朝の光の中に居る。勿論、痩せ我慢をして、窓を解放してのモーニングコーヒーと煙草の紫煙であるから、小部屋の定位置は外気の中の様なものである。

 ただ難点は、土曜のラジオは、ザンマ女史の語り口が、如何しても鼻に付いてしまう『土曜楽一』人気の女二人のトーク番組である。こう云った雰囲気が女達のお喋りタイムなのであろうが、男の私には関心が無いと云うか、近付きたくは無い女様の世界である。

 尤も、Tはリエコ女史の軽く男を食った様な語り口を、<おぅおぅ、生意気に偉そうに、何を扱きやがる。ほれほれ、他に言いたい事は無いか、聞いて遣るぞい。イッヒッヒ。>と、大いなる馬身差を持って、ニヤニヤして聞いているとの事である。
 私はTと違って、偏狭なる心の持ち主で、包容力大欠けの男である。然しながら、反省心大盛でもあるからして、師匠の後塵を拝しつつ、女史の感性に近付こうと努力を傾注しているのであるが、苦手の者は苦手である。無い無い物ねだりは、怪我の元である。
 私は料理するよりも、美味い物を腹一杯食いたいのが本音であるから、生身の女肉としては、穏やかな体温と霜降りの柔肌が所望なのである。理想と現実の差は、妄想で糊塗するのが、男の知恵と云う物である。従って、私としては退散するのが、気分の平静さを保つ秘訣である。

 遺憾いかん・・・ 調教力・対処力・順応力も、大いに欠落している吾が身であった。こんな処が、正しくレパートリーの貧弱さに繋がって、師匠の女道の高見に辿り着けない一番の原因なのである。・・・猛省すべしであろうか。

 兎角、男は女のお喋りの内容には関心が無く、女は男のお喋りの内容には関心が無いのである。本日・土曜日は、Tとの男二人のお喋りタイムなのであるから、それをあからさまに放送されてしまっては、私が感じるのと同様に女性群からは、面白くないと手痛い『肘鉄』を喰らってしまうのが落ちである。

         結論を急ぐならば、以下の通りと相成る次第である。
 私は何も、女性の悪口を言っている訳ではない。男女の違いに依る感性・考え方の違いに依る『居心地の好さ』を言っているに過ぎないのである。

   さてさて、こんなゴタ句を並べていると、Tからのお誘いの電話である。

 お迎えの車に乗ると、大変な事が有ったとの事。父上は呼吸困難で救急車で病院に担ぎ込まれて、未だ意識が戻らない状態なのだと言う。昨日の事であるそうな。本日、病院からの帰りだと言う。Tは高校以来の一目置く心友である。肝の据わった男故に、普段と変わった素振りは微塵も見せずに、淡々と経緯を語ってくれる。

 ホットコーヒーの中・小を持って、二階のテーブルに座る。普段と変わらぬ内容の男話を繰り広げる。長居は宜しく無いので、お開きとする。

「一分好いかな。チョッくらDVDの安売りカートを見て行くわいな。」
「ああ、好いよ。付き合うぜ。」

 レジの前のカートには、補充がしてあった。DVDのタイトルを指でサァーと追って行く。
「俺は、女優さんを好みの顔で選ぶんだよ。」
「Rは、昔風の綺麗な美人系が好きだからな。」
「そりぁ、そうさ。どうせ付き合うのなら、美男美女の映画の方が、好いわさ。おお、ドナ・リードさんじぁないか。ヨッシャ、これで好いわな。」<ベニイ・グッドマン物語>

           車に乗ると、Tが面白い事を言う。
「お前の顔は、勤めて居た頃より、シャープに為って来たな。」
「逆だろうが、勤めを終えて、間抜け顔・腑抜け顔じゃないのか?」
「否否、そうじゃないさ。馬鹿を相手にしなくなったから、お前本来のシャープさが戻って来たんだろうよ。好きな事をしているから、自分の顔に戻っているんだと見てるんだけどな。勤めを辞めた頃は、緊張感が無く為って、そこいらのオッサン顔に為った時期が有ったけど、好きな事への頭の巡りが、活発に為っているんだと思うがな。」
「ホンマかいな。一点集中型って事かいな。分かる様な気もするが、生憎、手前の顔は自分じゃ見れないからな。有難く頂戴して置くよ。
 その切り口から云えば、Tもその口だぜ。立派なインテリ顔だぜ。フ~ム、何と無く、分かる様な気がするな。如何しても、男の顔には、演技の表情が加わってしまうからな。枝葉末節・煩わしさが浮世の風だから、泳ぐ為には致し方の無い習い性だもんな。柵から解放されれば、好きの道が一番居心地が好い物だし、嫌いな物・不必要な物は御破算に願いますって処だもんなぁ~。お互い、長生きをしようじぁ無いか。俺は、Tが居なくなったら、ポシャンコだわさ。へへへ。」
「あいあい、Rは、俺の後から死んでくれやな。イッヒッヒ。」
「馬鹿野郎が、それは俺の台詞だぜや。特許庁に車回せや。先に殺されたら、堪らんぜよ。」

 馬鹿ロートルの会話は、普段通り快調である。帰宅して、本日の日記を打っていると、正面フェンスに、ジョービタキのバルディナさんが、姿を見せて飛んで行った。

心何処ーショート 冬の訪れは、いと呆気なしや???
        冬の足取りは、いと呆気無しや???(11/20/09)
 朝食に魚を焼こうとすると、魚を焼く方のガスに火が付かない。何度遣っても駄目である。仕方が無いから、フライパンに油を敷いてムニエルにする。

「婆さん、朝飯は『フランス料理のムニエル』だけど、箸で我慢しましょ。」
 
 言った途端、母は口から飯粒を噴き出した。受けた様であるから、悪乗りして、

「ナイフとフォークを出して来るかい?」と繋げて遣った。

「朝ぱらから、笑わせるで無いよ。親をからかうなんて、お前は馬鹿だね。」

 湯呑のお茶をゴクリと飲み下して、飛んだ飯粒を拾っている小さな母親である。

「何を猪口才な、毎日只の漫談を聞けりゃ、文句はあるめぇよ。少しは感謝しろよ。ハハハ。」
「ああ、毎日、一人で居る時には、手を合わせて感謝してるよ。」

    ブログ散策をしていると、斜向かいさんが窓から顔を出されて、

「カカアが★さんが退院したからと言って、リンゴを持って行ったら、お兄ちゃんの所の柿が美味かったって喜んでいたそうだから、如何だい? これから二人で退院祝いして遣るかいね。」
「あいあい、喜んでくれるなら好い事だいね。好い処じゃねぇ、ボランティア遣るんね。」
「そうかい、柿取らせてくれるかい。俺、ちょいと支度して来るわいね。」

 軽業師Sちゃは、庭から脚立を風呂の焚口の所にセットする。私は廊下から高枝鋏を出して、屋根の上の連隊長殿に差し伸べる。小枝ごと挟んだ柿の実を、下の私が受け取ってクッション材として掃き溜めてある落ち葉のベットに、次々と放り投げる。

「Sちゃ、もう好いずらよ。背伸びし過ぎて、屋根から落下じゃボランティアには為らんわね。もう、二人とも若くは無いんね。後は、鳥達の好きにさせるせ。下りて来ましょ。」
「そりぁそうだ。入れ替わりに入院じぁ、洒落にも為らんぜな。病院じぁ、好物のビデオが見れねぇしな。ギャハハ。」

「お兄ちゃん、剪定鋏貸してよ。熟れてるから、吊るし柿には遅いけど、気は心だ。吊るせる物は、ヘタの小枝を残して置くわさ。干し柿にするのも、熟し柿にするのも、本人様の勝手だもんなぁ。」

 優しい色白前田吟さんである。私は、せっせと袋に詰め込んで、袋二つをお向かいさんに運ぶ。ついでであるから、独り暮らしのお向かいのおばさんにも、お裾分けをして来る。

 風呂に入った後は、米と食糧の買い出しである。口では読ませて読ませてと言う米屋の旦那ではあるが、無理強いは負担に為るものである。然りとて、聞き流しばかりでは私が好い加減男と見做されてしまう。昨日分の2頁にイタチと毒キノコのイラストを印刷して、プレゼントする事にする。まぁ、この分量なら、負担にも為るまい。

     米屋さんは忙しいらしい。早々に、お暇して個人スーパーに回る。

 店頭には、野沢菜・大根・白菜・土付きネギの大束が山と積まれ、その脇には沢庵漬けの調味料の乾燥させた柿の皮・ナスの葉・赤いトウガラシが並べてある。専業賄い夫を始めて、三度目の漬け物シーズンである。今まで見えて来なかった物が、スーと見えて来る様に為ってしまったものである。

 車での買い付け客が、それらを車に積んでいる。ロートル夫婦のそんな姿を見ていると、夫婦と云う<人間の番い>は、黄昏の好い味を滲ませている。亭主関白を威張るも好し、退役亭主が、皺女房の尻に敷かれるも好し。黄昏の老いに、寄り添う老番いには、結構な味が滲み出ているものである。

 寒い信州、納屋の中で塩・鷹の爪だけの重石の中で、ひっそりと時間を掛けて乳酸菌がジワリジワリ回って、飴色・ベッコウ色の野沢菜に為り、柿の皮・ナスの葉・赤いトウガラシが、黄色のジョーゲンの入った糠の中で、タップリの寝かせ時間を経て、食卓・お茶の友としてコタツの上に乗るのである。自然の時を浸み込ませた昔ながらのその家、その家の味は、決して疎かには出来ない手作りの味なのである。便利・見栄え・癖の無い画一した味には、真似出来ない好さがあろうと云うものである。

「兄さんも、漬物漬けなきゃ。何時、買いに来る?」
「来週の頭かなぁ~、大根を干す台が、今、柿が占領してるからね。漬け物さえ漬けとけば、ビンボー人でも、生きて行けるからね。漬け物は、命の糧だいね。へへへ。」
「そうだよ。白いマンマとみそ汁に漬け物さえ有れば、私達の世代は暮らせるからね。それに、もう歳だから油濃い物は、胃が凭れるからね。歳を取れば、粗食が一番美味しいんだよ。ウチには売るほどあるぜ、焦らなくても好いずらよ。アッハッハ。一杯漬けて、おばぁちゃんに食べさせて遣ってよ。」
「あいあい、アリガトざんす。」

 さてさて、寒く為らない内に散歩に出掛けなければ為らないし、釣瓶落としの冬のシーズンは、益々、夜のネオンを徘徊する暇も無い一日の速さである。喜んで良いものやら、賄い夫の日々を恨むべきなのか・・・ いと、難しの段である。

心何処ーショート ハイブリット・シガレット
               ハイブリット・シガレット(11/19/09)
 資源物出しで目覚ましを掛けたら、大分早くて真っ暗である。二度寝をしない様に枕元の蛍光灯を付けて、ラジオを聞く。足元の湯たんぽが、気持ちが好い。今季一番の冷え込みで、0℃との予報であった。一日中ラジオとお付き合いをしているので、繰り返しのニュースを聞いても、然して頭の肥しにも為らない。さてさて、明るく成って来た事でもあるし、公民館までゴミ出しをして来るか。

 ペットボトル・ガラス瓶・蛍光灯の袋を持って外に出ると、天気予報ピッタンコではないか。車のフロントガラスが、白くなっている。嫌な季節の到来である。帰って来て、布団の中に潜り込むのも気が引けるから、湯を沸かしてモーニング・コーヒーを飲む。現役の時は、好んで聞いていたビジネス展望を聞く。空模様の安定しないこの数日である。ゴミ出しの折には青空の色が見えていたのであるが、早くも灰色の空に変わっている。風の無い外を見遣りながら、煙草を燻らせていると、ラジオからは煙草の値上げ問題が話されている。

  私は直接当事者の一人であるから、聞き耳を立てずとも好く聞こえて来る。
 
 何々、値上げ幅20円にするか、煙草価格を一挙に500~600円にするかで、揉めているとの涼しい解説である。煙草税の60%は地方税に回り、落ち込みの激しい地方財政の貴重な税収を賄っているとの事である。困った時の煙草税頼みで、一箱50円の大増税に踏み切った時には、煙草の消費量が大幅に落ちて税収が伸びなかったと云う。それに懲りて、現実派の財務省は20円刻みの税収UPと消費量の均衡を目論んでいるとの事で、煙害を吹聴して魔女狩りの500~600円を目論む健康増進派とは綱引きがされているとの由である。施政者の側からすると、所詮は他人事なのである。素人の私の耳にも、煙草増税への喫煙者と非喫煙者の温度差なるものが、言葉の端端からモクモクと漂っている様は、容易に聞き取れる聞き手と話し手の心理であった。

 コンニャローメ、非喫煙者共が!! 抜けシャーシャーとシタリ顔して御座る。吾等に直接関係無しやの優等生ぶりを見せ付けやがって・・・ フテェ男共である。その底流にある魂胆、俺ぁ馬鹿だけど見逃しには出来ねぇぞ。生まれ付き、品には見放されているから、猫撫で声は出せねぇが、黄昏虫にも五厘の魂・下衆の虫にも小弁有りであるぞよ。ちょっくら、俺にも言わせてくんろ!!

 ノンアルコールのビールが、市場に出回っている技術の21Cである。車世界であっても、ガソリン車と電気自動車の過渡期を繋ぐハイブリットカーが、減税取得の対象と為っている昨今である。市場に配慮して、技術革新への誘因に知恵を出すのが、政治の落とし処って物じゃろうが。人情の機微って物の有効性が、まるで理解されて居らんでは無いか。

 バカヤロー、遣る気と知恵を働かせば、税収と健康を繋ぐハイブリット・シガレットが出来ぬ筈が無かろうが!! 政治家も官僚も、所詮は、お上根性が抜けない大戯け集団でしかあるまい。脱官僚・発想の転換が聞いて、呆れるわい・・・ 何が、世界に冠たる日本の頭脳集団・官僚機構じゃい。蓋を開けりゃ、何の事は無い風見鶏点数稼ぎの他人の褌で相撲を取る好い加減連中じゃろうが!! 何を偉そうに、生意気に合格点を取ろうとする冷血漢野郎共が・・・ つくづくと困った連中だわさ。
 こんな程度のウロチョロ魂胆の省庁益披露合戦では、100年に一度の未曾有の経済危機を脱する事も、日米安保・領土問題・六カ国協議・東アジア共栄圏構築・CO2削減問題・財政問題・憲法問題・社会保障命題・・・etcも、堂々巡りの元の黙阿弥に為りましょうぞ。

 私は何も目覚まし起きで、機嫌が悪い訳では無いのである。極々、常識的な下衆の意見を述べているだけの事なのである。

 さてさて、高校生達も学校に自転車を走らせている。本日、朝食を早めて、その後はウォームビズで、布団の中での名画鑑賞と致しまするかな。

           以上、朝の日記と致しまする。にゃはは~。

心何処ーショート オイッチ・ニー、オイッチ・ニー、
             オイチ・ニー、オイッチ・ニー (11/18/09)
 折角の薄日であるから、散歩に出掛ける。東の山にも、白いレースが掛っている。完全に冬の装備であるが、お外は何しろ低温の向かい風である。嗚呼、嫌じゃ嫌じゃ・・・

 寒く成ると、如何云う訳か息切れがする。歩きながら、本日の散歩はショートコースに変更しようかなどと、ついつい怠け心が湧いて来る。こんな時は騙し騙しの距離稼ぎが、ロートルの知恵と云うものである。

 分かった分かった、先ずはあの橋まで・・・もう少し、距離を伸ばそうか・・・此処まで来たのであるから、序でにあの橋まで・・・否々、歯を食いしばって距離を伸ばして来た正規コースでは無いか、此処で折れてしまっては得意の怠け癖に逆戻りである。・・・男は黙々と武骨に徹するのが、その美学と云うものである。

 手袋を脱いだり、ジャンバーを脱いだり、着たりの体温調整を小まめにして距離を伸ばして行く。太陽が顔を出せば、野山の紅葉は萌立ちジャンバーの背中は、かちかち山の狸ならぬメタボ・ロートルクマ男の背中に、汗を掻かせる。湯冷めならぬ散歩冷めで、風邪など引いたら、冬の賄い夫は相務まらぬ。

 太陽が空の四半分を低く覆う灰色雲に隠されれば、途端に萎んでくすむ冬枯れの向かい風である。昨日の終日の雨を呑み込んで、笹濁りの白波が川を下っている。正規コース1時間45分の折り返し点のH橋の上で、流石の小休止である。後は、下り勾配の流し歩行である。

 畑には、漬物の収穫が始まった野沢菜・白菜・大根の青々した畝が続いている。今週中には、庭に並べた干し柿も完成する事であろうから、今度は漬物用の大根干しに移行するとしようか・・・ 家々の軒下には、完成間近の吊るし柿が掛っている。信州の初冬の風物詩・野沢菜洗いも、もう直ぐ近くまで来ている。冬枯れの小枝に、モズのキチキチ鳴くを見ると、一段と向かい風の冷たさが、時の移ろいの速さを見せ付けるものである。

    遺憾いかん・・・平安貴族の風情では、一向に家路は縮まらぬ。

 此処は一発、気合が必要である。毛無し・金無し・女無し、おまけに甲斐性無しの吾が身には、オイッチ・ニー、オイッチ・ニーの冬の行軍しかあるまい。ギャハハに、勝る痩せ我慢無し!! 本日水曜日、一目置く『相棒』のテレビドラマが控えて御座る。先ずは、帰って母御の部屋にて、暫しのコタツ亀を遣らせて頂きまする。


心何処ーショート 炬燵亀
                   コタツ亀

                    炬燵亀(11/18/09)

学術名・・・ジャパネス・タートル・ヤーパン。

俗 称・・・コタツ亀。(出典・・あいあいのらくがき 11/17/09愛さんのコメントより。)

生息地・・・日本。

分 布・・・沖縄諸島・小笠原諸島など南海を除く日本全土。

出現季・・・概ね室温15℃より現れるが、10℃以下と為ると出現率は殊の外、多し。地域と亀の年齢に依って、大きく地域差と個体差が生じる。

性別差・・・コタツ亀の出現率には、明らかに個体差があり、若年齢期にあっては、オスメス共にコタツ亀なるも、長じるに従って、オスのコタツ亀が多数を占める傾向が顕著である。

習 性・・・年齢を経るに扁平な甲羅上に色々雑多為る飲料・食糧・嗜好品・玩具などを載せる習性がある。その習性は、幼児期・老齢期に殊の外、多し。老齢期の習性の実態は、その個体の学習能力と云うよりは、健忘症ひいては惚けの証左と云うべきか・・・現在追跡中である。

行動範囲・・・甲羅のコタツを中心に、その行動範囲は極めて微小であるが、上体部から亀頭部・腕・手の動きは、実に活発である。

甲羅の紋様・・・時代、使用年齢に相関するかの様に、ある種の流行・パターンが観察出来るが、その紋様は千差万別と云った処が、その実態である。

生息傾向・・・近年、高断熱・高気密のセントラルヒーティングなる住宅環境に影響を受けて減少の傾向が有るものの・・・日本の古くから伝わるコタツ亀の風習は、一家団欒を希求する現代に在っても、根強い出現率を誇っている。筆者が想像するに、コタツ亀の棲息は、益々個体棲息の傾向を強めている現代に在って、冬の気分と心に軸足を移しながらも、圧倒的な出現率を誇示して行く日本のコタツ亀の風景と行って好かろう。


 愛さんへ。
 吾が辺境ブログの下手絵に温かいご声援、独り悪乗りして居ります。初耳の『コタツ亀』のインパクトの強さに触発されて、下手絵とこの様な格調高い学術文章を打つ結果と相成りました。ロートルクマ男、実に気分が高揚した一時でありました。重ね重ね、感謝の気持ちでありまする。サンキュー!!

心何処ーショート 氷雨の窓辺
                 氷雨の窓辺(11/17/09)
 ガタゴト廊下で音がする。アッジャ~、早朝の雨である。天気予報様、段取りが狂うじゃゴザンせんか!! 母の手を煩わせては、倅賄い夫の職務怠慢である。慌てて、庭の柿と柿の剥き皮を廊下に取り込み、軒下の吊るし柿の養生をする。布団から飛び出した薄着の背中が、雨に濡れて冷たい。昨夜の1時間20分の散歩運動でも、汗を掻かなかった寒さであった。こんな事で風邪を引いたら堪らないから、『柿の実、医者いらず』の干し柿を一つ口に放り込んで、布団を被ってブルブルである。

   その内、体温が回って来て、母の朝の洗顔で目が覚めた本日である。
 
 シトシト・・・予想を早めて、嫌みに降っている雨である。窓辺の雑木は、空き空きあっさりとした冬枯れの佇まいで、冷たい雨の滴を枝に溜めている。こんな外を眺めてコーヒーを飲んで居ては、滅法殺風景であるから、玄関から小鳥達を連れて来る。

 オスの囀りの無く成ってしまった四羽のメス所帯である。PCに向かっていると、何やら変な鳴き声、小鳥達を見れば、全身白の一番若いメスが、身を屈めて尾羽を水平に振って、交尾誘いの動作である。幾ら欲情をそそった処で、好機到来とばかりにピョンと、背中に飛び乗ってくれるオスの無きメス所帯・・・ 成長したメスの血潮の昂りに、抗しがたくも出てしまう『哀しからずや、性の摂理』とでも言うしかあるまい。

 その身が人間のニョショウならば、何時何時(いつなんどき)でも御相手仕ろうものなれど・・・ こればかりは、お天道様がお決めに為った自然界の鉄則である。我慢せいや。ギャハハ。

  おやおや、フェンスにバルディナさんが、朝の挨拶に見えられた。

 昨日の下手絵で『愛しのバルディナ様』のタイトルで、ブログ発信した事へのお礼の心算なのであろうか・・・雨の中、黒フェンスの上でチョコン・チョコンと、お腰の海老茶の纏いを見せて、翼の白点鮮やかに、尾羽のタクトを振って御座る。

       嗚呼、ロートルクマ男とシベリアの渡り鳥バルディナとの 
          
          通い合う情の世界に、自然界の摂理の・・・
         
         摂理の仕切りに、冷たい雨が、そぼ降る為り。

 遺憾いかん、化身のご利益に甘んじて御本尊様への感謝の念が薄らいでは、バルディナ様に申し訳が立たない。日本男児は、情が熱いのである。ロシアで買い求めたウイスキースキットルから、ウィスキーを切り子グラスにトクトクと注ぎ、回転椅子を書架にグルリと回して、ご本尊様のお写真三枚に其々感謝・献杯の段である。ロシア美形様達は、お三方とも、甲乙付け難く微笑んでいらしゃる。努々、疎かにしたら、お天道様の罰が当たろうと云うものである。

 さてさて、煙草も最後の一箱・・・ 止まぬ氷雨に見切りを付けて、車で行って来るとしようか。


心何処ーショート チョッキン・チョッキン、チョッキンな~
          チョッキン・チョッキン、チョッキンな~(11/16/09)
 さてさて、完全なる落葉の沙汰である。一日延ばしにして来た庭木の剪定に、取り掛かると致しまするかな・・・ 曇り空、汗仕事には丁度好かろう。午後は規格外の大牛蒡を退治して、キンピラゴボウに昇華させて遣らねば為るまい。重い腰を上げて、帽子に長靴・軍手、竹ぼうき・刈込鋏・ノコギリ・高枝鋏に剪定鋏を並べて、脚立を立て掛けメタボクマ男のお仕事タイムである。

 私は遣るまでの初動には、時間の掛る物臭メタボ男ではあるが、遣り始めれば黙々と作業をこなす団塊世代の男である。吾が頭髪は遠の昔に禿げ山と為っているから、刈込鋏でチョッンキン・チョッキンの刈込は、結構気持ちの好いものである。咥え煙草の脚立中段作業である。

 俺のフサフサ頭の頃には、床屋のオヤジが<写真を撮らせてくれ、店のヘヤースタイル写真にしたい>と言われたものである。毛が薄く成って来てからは、世間の目は冷たいものである。此方が、「禿げスタイルのスチール写真は、如何だ?」とからかって遣ると、<禿げは薬の効かない伝染病だから、店が潰れるから勘弁してくれ。>とほざきぁがる。
「馬鹿野郎、世の中にぁ早々、禿げ頭の似合う男前は、居ないんだ。少しは、中から滲み出て来る男の味を愛でるのが、客商売じゃないか。」とふんぞり返ったら、<笑わせるな。Rさ、こっちも客商売だ。>と禿げ頭を、ペチャリと叩かれてしまった事が有った。これも、<むべ為るかな>であろう。兎角この世は、少数派には住み難い娑婆の風である。刈込鋏も、チョッキン・チョッキン、バサリ・バサリで無くちゃ、手先のリズムが狂ってしまう。

 そんな若かりし頃を思い出したら、笑いが止まらなくなってしまった。遺憾いかん・・・此処は天下の往来であった。何時何時でも手に握るは、携帯電話のご時世である。人助け・・・と精神病院に通報されてしまったら、一大事である。さてさて、次なるターゲットは、どれにするか・・・ 

「あれあれ、兄さん、今日は午前中から精が出る事、やっぱり男衆だ。巧い物だ。」
「あいあい、脳ある豚は、臍を隠すって云うだいね。」
「私も、落ち葉を掃かないといけないんだけど、もう歳で足腰が動かなくて、恥ずかしいもの。ゴメンね。」
「おばさん、好いんだよ。春の時季が来りゃ芽吹く。茂った夏には、日蔭を提供してくれる。秋が来りぁ紅葉して、木枯らしが吹きぁ落ち葉カサカサ、風が掃除してくれるってな物だわさ。
 恥だなんて、真剣に考えちゃ長生きなんか出来ないよ。何も枯れるのは、植物だけの専売特許じぁなかんべや。人間だって、歳を取れば枯れるのが、自然の摂理って物さね。気にしちゃ行けねぇよ。イッヒッヒ。」
「兄さんは、上手い事を言うね。一日で遣らずに、ボチボチ遣るのがコツだよ。」
「あいあい、昼で切り上げるからね。俺も歳だわね。その次は、後日に回すせ。」

 1時を越して、如何やら一段落。おやおや、玄関には土付き大根3本の差し入れである。斜向かいさん農園の無農薬野菜である。

 部屋で煙草を吸っていると、<もうじき風呂が沸くから、入れ。>とのお達しである。やれやれ、今度は洗濯機を回しながらの入浴タイムであるか・・・風呂から上がり、バトンタッチをした後は、ゴボウ・ニンジンを刻んで、キンピラゴボウの賄い夫である。大鍋に油を入れて、シラタキ・豚のひき肉を炒めて、水気を切ったゴボウとニンジンを鷲掴みにして炒める。砂糖・調味料・トウガラシを利かせて、醤油をぶち混んで煮立てた後は、とろ火で味を浸み込ませる。未だ早いが、味見をする。まぁ、好かろう。

   早速昼に出すと、母の箸がキンピラゴボウに何度も伸びる。
「如何だい、見てくれは悪いが、美味いだろ。」
「お前は鈍らだけど、遣る時は手際が好い。そつが無いね。味付けが上手だ。吾が子ながら、感心するよ。」
「俺は食いしん坊だから、どうせ作らなきぁいけないんだから、不味いものより美味い方が好いわさ。料理も、底に流れているのは、その人間の感性だぜや。
 婆さんも、女房も料理が美味かったから、その点、俺は恵まれたって物さ。二人とも手際良かったから、門前の小僧何とやらさ。遣って呉れる人間が居なきゃ、遣るまでの事さ。自分に引導を渡せば、お天道様は居なさる。
 そうすりぁ自然と、道は開けるわさ。遣って見りぁ面白いもんだ。女に独占させて、発言を封じ込められるより、自作自味の方が、よっぽど気が楽だわさ。口じぁ、男は逆立ちしたって、女にぁ敵わねぇよ。へへへ。美味いに越した事ぁ無ぇわさ。」

 さてさて、本日分日記は手付かずであった。本日、散歩運動を割愛して、四畳半に直行すべしである。


                    愛しのバルディナ様



心何処ーショート 外は日差し浴びて、吾身は時差ボケの日曜日。
   外は日差し浴びて、吾が身は時差ぼけの日曜日(11/15/09)
 
 好い気持ちで眠りに落ちて居たら、暴走族の爆音が闇を割いて暫く鳴り止まずである。

★クッワァー、アホンダラが、夏じぁあるまいに~、このクソガキ共が~、ひっつり出して、張っ倒して遣らっか、この馬鹿野郎共めが!!★

眠気には逆らえず、寝たと思ったら今度は、玄関の小鳥がネズミでも出たのだろう・・・大パニックの沙汰である。四畳半に置いて遣り、布団を被るが今度は、ゴゥー、ゴゥー風が暴走族の荒らぶれ狂うの有様である。

★おいおい、何時じゃい。四時を過ぎた処では無いか・・・ 助けてくれよ・・・ 嗚呼、腹減ったなぁ・・・晩飯は半端で半分食パンだったから、腹持ちが悪かったか~ 弱り目に祟り目だいな・・・ こりぁ、眠れそうも無い。寝返りを打っていても、仕方あるまい。泣き言は、男の恥である。シャー無い、起きるとするか。★

 四畳半の明かりを灯して、ラジオを付ける。ポットの白湯を飲み、煙草に火を付ける。明るく成って、喜ぶのは小鳥達だけである。窓打つ風は、闇の中で聞く程の一点集中型では無いが、木々の葉を鳴らして小煩いばかりである。電柱の街灯が闇の中で、自棄(やけ)に橙色に見える。ぼやけて重い脳味噌なら、持続力は薄いのであるから、PCを開いて、何か打っている内に、瞼は沈むだろう。癇癪を起して、不貞腐れているだけの吾が身である。早々、字数が増すものでは無い。ブログのコメント返信を打っていると、ガクンと眠りモードに加重されて来た。送信をクリックして寝ようとすると、アクセス渋滞との事で送信出来ない。この数日、こんな事がチョクチョク起きている。

 さて、本格的爆睡が手招きをしている。

 遠くで、母の動きがしている。障子に射し込む陽の中で、吊るし柿の雨除けのビニールを外して居るらしい。未だ体が動かない・・・申し訳ないが、このまま、眠りの淵に逆戻りさせて貰う。

 10時を回っての目覚めである。廊下の物を庭の台に広げて、朝の賄い夫に就く。日曜日のテレビには興味は無いから、四畳半の定位置でラジオを聞きながらのブログ散策である。先ずは振り出しに戻って、エイ、ヤッ。今度は、コメント返信はスンナリと行った。文面は、前返信の方が奮っていたと思うが、覆水盆に帰らずと云うか、普段が健忘症の鈍い脳反応である。

 起きた以上はシャキッとしなければ、示しが付かない。頭を振って未明の文章の続きを打っていると、正面の黒フェンスにバルディナさんが現れて、此方を見てジョービタキ特有の尾羽のタクトを振っている。彼女は、フェンスの上をチョコンチョコンと渡って、タクトのご挨拶である。私は打つ手を止めて、彼女と真正面のご対面である。
 今度は、殆ど落葉した雑木の小枝に飛んで、翼の白い斑点をパッ、パッと見せて、小枝渡の全身でのご愛嬌を振り撒いてくれる。そして、パッと下に飛んでアジサイ・花カイドウ・ツゲの茂みに回っての餌探しに向かって、姿を消してしまった。

 本日のお天気さんは、風の勢いは収まって来て、フェンスの南天の青い葉・赤い葉を、明るく照らし出している。好い外の光ではあるが、中断睡眠の煽りを喰らって、吾が身は時差ぼけの様な始末の悪さである。返す返すも立腹の段、一定のパーセンテージを誇る爆走族の健在振りである。エコの時代電気自動車と共に、彼等の姿は消え去るのか、それとも、クラシックカーと云う事で、益々マニアックな快感として伝えられて行くのだろうか?

 こんな事をしていると、斜向かいさんのDVD交換である。色白前田吟さんは、先日の高枝挟みの不具合を調整しようと、ドライバー自参のお出ましである。馬鹿に成ってしまった馬鹿ネジを探しに戻った居る間に、私はひん曲がったストッパー金具の叩き出しを、トンカチ・トンカチ修正してお待ち申し上げる。修正叶って、連隊長殿は庭の楓のツンツン伸びた小枝を挟み取って、ご満悦の表情である。

 さてさて、何時の間にか、陽が陰って来てしまった。早い処、本日分の日記を仕上げて、時差ぼけの怠惰為る一日を過ごすが肝要為り。ゴーゴーゴー、風が鳴いて御座る。


心何処ーショート 嗚呼、吾身10年先に生まれしは・・・
             嗚呼、吾身、10年先に生れしは・・・(11/14/09)
 小降りの雨は、止みそうである。未だ起きて来ない母の動きを待って、温泉ミネラルウォーターを沸かして、モーニングコーヒーを飲んで居ると、バルディナさんがお向かいさんの植栽に姿を現した。ジョービタキの餌は、生き餌であろうから、木々の茂みを探して徘徊しているのであろう。今度ホームセンターに行った折には、ミルワァームが有ったら、プレゼントしようか・・・ 暫く見ていると、低い飛びで窓際のアジサイの茂みに飛んで来たのであろう。残念ながら、姿が見えなくなってしまった。

 川の増水振りを見に行く。褐色の迸りが、葦の先に見えた。部屋に戻り、昨夜の悪戯絵の色付けをしていると、斜向かいさんの車が止まり、手を振って居られる。さてさて、本日・土曜日、Tとのコーヒータイムが控えている。朝の賄い夫に始動開始である。

「如何だい食べれるかい? 朝飯を食べて、又寝ると好いよ。無理は、しなくても好いよ。」

 布団の中で頷いた母は、寝間着姿でヨロヨロと起き上がって来た。私はその間に、サバの味噌煮の下拵えをして置く。簡単な朝食を済ませて、雨煙る山容の風情が、頭に残っていたから、部屋で下手絵を描いて見る事にする。
 果たして、どんな絵が浮かび上がって来るかは一切不明であるが、こんな時こそ下手絵のストックが頃合いなのである。薄い鉛筆画が、形を現わした頃、電話が鳴り始めた。

「これは、熟し柿用にしろ」とTの車に乗り込む。雨は、如何やら上がった模様である。

 雨が上がり、雲間が晴れて来ると、ガラスの壁からは熱い太陽光線が、二階のコーヒースタバ席を直撃する。堪らずTにプレゼントされた上物を脱いで、黒のコール天シャツにする。部屋のチェックに来た女性に声を掛けると、何と何と、彼女は大学生アルバイトでは無く、此処の店長さんだ言う。歳も30との事である。整った顔立ちに、道理で落ち着いた雰囲気を醸し出していたのである。

 Tと二人、苦笑いの態である。何時しか、女好き現役男の勘もすっかり錆付いて、若い女性を見ると、独身・大学生などと勝手に妄想してしまう物らしい。言われて見れば、利発そうな整い顔は、ロートルの嘗ての若かりし頃に見慣れていた、学業成績優秀の隙の無い女子学生特有の雰囲気と錯覚してしまうのであろう。二人とも、現役を引退したロートルオヤジであるからして、無意識に若い者には羨望の眼を注いでしまうのであろう。遺憾いかん・・・『時の流れ』に気付かぬ吾が身のロートル振りを、つくづくと露呈してしまった。トホホなり。

 キリギリスは、未だ存命で、二匹が霜枯れのギース・チョン・ギースを奏でて居るとの事である。これは、飼育才能の発露にして、ギネスブックものであろう。吊るし柿は、二個を試食したとの事。Tの分は未だ物干し竿に掛っているから、安心して摘まみ食いをするが好かろうと入れ知恵をした次第である。
 
 帰って、吊るし柿の養生を外そうと、廊下に回るとビニールの雨除けは外して有った。母の体調は、然程悪くは無いらしい。一安心である。

 午前中の描き掛けの下手絵を仕上げていると、斜向かいさんの散歩時間である。区切りが好いので呼び止めて、私もご一緒する事にする。途中、河川敷のベンチで、斜向かいさんの半生を伺う。色白前田吟さん&中川一郎さんは、出るは出るわ、止まる処知らずの想い出の泉状態である。
 こりぁ、奥さん・娘さんを相手に、披露は絶対に出来ない『男話の泉』である。徹底して、私は聞き役に回って、番から時代の破天荒なエピソードに、爆笑の合いの手を贈らせて頂いた次第である。

 こんな形容は有るか無いかは、一切不明の処であるが・・・この語りに、この人の人生有り。いやはや、推して測るべしの『昭和の男子』でありまする。


               スワ!! アッジャ~雨上がる、その時


心何処ーショート 僭越ながらの下衆のアドバイス
            僭越ながら、下衆のアドバイス(11/13/09)
 完全に寒く成ったものである。温泉銭湯に行こうと思っていると、玄関にお向かいさんである。庭の柿のお裾分けのお返しに見えられたのである。

「これ、とっ辛味噌、今味見して来たから、美味しいよ。ご飯の時に食べてよ。」
「これは、どうもどうも。おじさんの具合は如何?」
「うん、全部検査をして貰って、お父ちゃん、元気で毎日リハビリしてるよ。」
「ああ、そりぁ好かった。何時も二人でいるから、おばさんの観察の目が好いんだよ。脳梗塞・脳溢血は、早期対処が結果を分けるって云うものね。」
「そうだだよ。今、お父ちゃんに逝かれてしまったら、私が寂しいもの。まだまだ元気で居て貰いたいもの。」
「そうだよね。何時も一緒で、仲が好いからね。」
 
 大事に至らず、好かったと云うものである。歳をとった夫婦の歩みは、二人三脚が一番。ちょっとした亭主の異変に気付いて、嫌がる亭主を病院に連れて行く女房殿は賢い。変調を口に出し、女房の目で確かめる。これも長年連れ添って来た男と女の関係の為せる呼吸の一つと云うものであろう。玄関の立ち話ではあるが、話をしていても、好い雰囲気を頂いたものである。

 熱い湯も、気持ちの好い湯に変わって行く。貸し切り状態の湯船に浸かって、汗を噴き立たせる。好い気分ではあるが、まだまだ銭湯で時間潰しの冬の空では無い。帰りに個人スパーで、果物と野菜を買って行く。店頭には、漬物用の大根が並び始めた。

「兄さん、怖い時代に成ったから、女には気を付けましょ。」
「あいあい、女の甘言に乗って金を取られて、終いには、睡眠薬飲まされて最後は練炭で<あの世遺棄>じぁ勘定が合わんわね。」
「どうして、ああ云う事をするのかね。何人も結婚詐欺して、外車を乗り回して好い生活してるってよ。手口は、獲物をネットで物色してるってよ。兄さんもインターネットしてるから、引っかかっちゃ駄目だよ。気を付けましょ。」

「先輩、俺ぁ大丈夫だよ。詐欺選考の一次試験で、即不合格の判定が下るわね。きっと、あの手の女は、プロの基準があるんだわさ。プロの基準が甘いと、直ぐ御用に為って市中引き回しの上、獄門曝し首の沙汰が下っちゃうわね。餌食に為るにも、絶対に何重かの高等試験があるんじゃないの。」
「こりぁ、驚いた。そんな難しい試験が有るだかい? 馬鹿男が鼻の下を長くして、騙されちゃうだけじゃないだね。そうかね~。知らなんだわ。奥が深いんだね。馬鹿に生まれて、本当に好かった。見栄は、人生の敵だよ。」

「あい、そうだんね。さすが先輩だいね。味のある事を仰る。騙す女だって、手前のゴージャスな生活と生首が掛って居るんだわさ。騙しのテクニックだって、半端じゃ無ぇわね。ルンルン気分で睡眠薬盛られて、意識の無ぇ内に、ご昇天遊ばされるんだわね。気付いた時は、あの世だわね。これが、100%知らぬが仏の高等テクニックってもんずらよ。本当に、太ぇアマっこだわさ。早い処、顔が見てみたいもんだわさ。美人か魅力系か強か系か???

 恋は盲目って云うずらい。事を仕損じて、無理やり殺したんじゃ、化けて出られるってもんせ。女の寝不足は、お肌の最大の敵だなんて、テレビで遣ってるじゃないの。現代は国会議員様・大臣様・公共放送の解説委員様も、ビジュアル世界に踊らされて、露出度抜群だいね。セレブ、インテリ、貧乏人も、お肌の健康は、何事にも優先させなきゃなんねぇ時代だんね。そんな女の自殺行為は、仕出かす訳無いせ。其処が男と女の違いだわさ。

 どっかの男みたいに、英国美人に逆上せ上って、闇雲アタックで無理やり殺して、トンズラすりぁ、整形手術代が嵩んで、御用に為っちまうずらい。
 結婚詐欺の同時進行犯・常習犯と来りぁ、よっぽどの安全パイを選出しなきゃヤバイ世界ずらいよ。俺ぁ、逆立ちしたって、プロは鼻も引っ掛けちゃ呉れねぇよ。イッヒッヒ。」

「そりぁ、馬鹿って事かい??」
「人間死んだら、皆、仏さんって云うずら。俺ぁ、正真正銘の日本の仏教徒だわね。口が裂けたって、そんな罵詈雑言は吐けねぇわね。」
「そんな冗談言ってて、フラフラと夜の街に出掛けて、女狐にひっ掛るんじゃないよ。女には金が掛るんだから、近寄らないのが一番だよ。私なんか、事件の度に、父ちゃん・息子に言って聞かせてるんだよ。男の鼻の下は、放って置くと、直ぐ伸びる病気だからね。分かってるね、あい。」
「あいあい、アリガトザンス。でも一次選考位は、受かりたいんだけど、お呼びの掛らないのも、男の人生としては、ヒジョ~に寂しいもんさね。ギャハハ。」

 お客さんが居なかったから、一級上の中学の先輩お姉さんと格調高い時事問題についての意見交換をした次第である。

              僭越ながら、下衆のアドバイス
兎角、この世は男と女の織り為す世界・・・人の世に色恋沙汰の果つる間もなく、浮かれ沈むは男女の仲為れど。世に、『巧言令色 鮮(すくな)し仁』の諺も御座いますれば、男女を問わず、各々方、金銭行為為らぬ金銭恋には、気を付けましょうぞ。ウッシッシ。

心何処ーショート 小部屋の寒がり屋
                小部屋の寒がり屋(11/12/09)
 昨日の小雨の中の散歩が祟って、一枚着込んでの着膨れの態である。昨日の濁り満載の川の流れも、薄らいでいる。本日曇天の風日である。風は干し柿の友である。吊るし柿の雨避けの養生を外して、廊下の柿の皮・干し柿を庭の台に広げる。その時に転がった柿を一つ、試食する。柔らかに柿ジャムが濃縮された様な舌触りと甘味である。初物を隠れて独占する訳には行かぬから、母上にも一つ献上する。

「柔らかくて、ほっぺが落ちる美味しさだね。硬く為らない内に、食べる方が好いよ。」
 アハハ、美味い物は、こっそり少人数で食べるのが、本音の様である。時折、こんな幼児らしいお茶目を垣間見せる母は、実に可愛いものである。母は出来上がった干し柿の保存の為に、乾燥材を捨てずに取って置き、兄弟達へのお土産のタッパの底に入れて遣っているのである。親は幾つに為っても、息子達が可愛いのであろう。

 今日の様に寒いと、コタツのある母の部屋からお暇をするのが、億劫と為ってしまう。さてさて、煙草のヤニ切れであるからして、気合を入れて寒室にシフトすべしである。足元の敷きマットをonにして、暑いインスタントコーヒーを飲む。前方の黒フェンスに、ジョービタキのバルディナさんが姿を現し、私を見て尾を振って挨拶をして下さる。小さな黒い目は、流石に北国の使者さんである。くすんだ鶯色の体色に、腰の海老茶の羽毛・翼の白のワンポイントを見せて、寒風吹く南天の揺れも何のその、きびきびとした動きである。オスジョービタキの目立つシックさも好いが、メスの地味ではあるが気の利いたシックさも、目に優しいものである。
『美形さんだよ。』と声を掛けて遣りたい程である。目を二三度合わせると、バルディナさんは、サァと視界から飛んで行ってしまった。

 毎日、鉢植え植物の手入れを欠かさなかったお向かい夫婦は、ご主人の入院で落ち葉飛ばされる淋しさである。何時も身近でご主人と接している老犬は、今日は淋しげな声も発せずに、寒空に目を瞑っている。
 葉を九分通り落葉させた雑木の小枝に、乾いた茶葉が咥えられて風にされるが儘の風情は、何んとも侘びしき限りである。

 さてさて、滅入る感傷に取付かれてしまっては、様には為らぬ。冬の装備をして、晩秋・初冬の漫ろ歩きをして来るしかあるまい。所変われば、拾う神も出て来よう物なれば・・・であろう。小部屋の寒がり屋の億劫さに踏ん切りを付けて、向かうべしである。

 最寄りの橋を渡り、学校の隣接する小道を歩く。道路は、桜・欅の落ち葉が覆い、靴の下でカサカサと音がする。ジャンパーと手袋をして来たのであるが、耳が冷たい。アルプスの山々は、灰色の中である。灰色の下、美ヶ原・鉢伏山を頂いた東の山並には、沈んだ紅葉と松の緑のコントラストが、寒々と続いている。

 遠出散歩の気分には為れず、学校・会館一帯の周回コースを二周して運動量を確保する。この周回コースは、ウォーキングコースとしては、手頃なのであろう。スイスイとウォーキングをしている男女の姿が、幾人か見える。桜・公孫樹(いちょう)・欅の林の落ち葉重なるマレットゴルフ場では、冬支度の老人男二人が、元気にプレーをしている。桜の老木には、彼に自転車が寄り掛っている。カッキィーン、とボールを飛ばし、あれやこれやと大きな声で、言葉を交わしての運動時間は、彼等の日課なのであろう。

 周回コース運動を終えて、後は流しの帰り道である。橋を渡り河川敷に降りる。水量を流し去って、勢いに弾む流れは、笹濁りの態である。テトラポットの上で、白いコサギがポツンと佇んでいる。水量と流れの速さに、コサギの腹の虫がグゥグゥ鳴っている様子である。長い淀みの緋鯉と赤い金魚達は、無事に増水を遣り過ごす事が出来たのだろうか??
笹濁りの淀みの中を追って行くと、彼等の色が滲んで見えた。先ずは安心の沙汰である。
 
 さてさて、我が家である。階段に踵を回そうとすると、小鳥が飛び立った。おやおや、ジョウビタキのバルディナさんではないか。土手の小枝に止まって、此方を見ている。二代目をテリトリーを引き継いで、彼女も漸く私を認めて下さった様子である。

 アリガトさんよ。オッサンは厳つい風体ではあるが、か弱き女性をとっ捕まえて喰う程の凶暴性は無いぞよ。安心して、距離を縮めるが好い。お前の先代さんとは、入魂の仲だったんだぞ。お出迎え、感謝。ほら、チュッチュツの投げキスじゃいな。好く好く観察すれば、オッサンは男前だろうが・・・へへへ。

心何処ーショート コメント転用
★★ アッジャー、ひまじん兄貴へのコメントが、禁止用語で弾かれてしまった。

 いっやぁ~、これが、『むべ為るかな』の語源のムベの実ですか・・・ お恥ずかしながら、生まれて初めて見ました。なんだかんだと云っても、日本列島は、ヤオヨロズの神々のお国であります。山あり谷あり平野あり、海に囲まれ南北に恵まれし多種多様に共存を重ねて来た吾がアキツシマ・・・
 
 ヤオヨロズの神々の下、民原を束ねる発信元が、『加重平均』と云う数字の妥当性すら斟酌もせずに、似非政策推進のお先棒を担ぐとは、一流の大卒・院卒の風上にも置けぬ・・・これまた似非ジャーナリストですね。知識・教養・品格も十分ある筈なのに、その手法が意図見え見えの表層的短絡の極みですね。地位・能力ある者は、数字の底・奥に在る潜在的実像に、公平の修正・条件付きの数値修正を加えた慎重な解析にこそ、己が洞察力・卓見を注いで、一般人の公正さに寄与したり導いて行って欲しい物ですね。

 為るほど、その洞察力・卓見、畏れ入りまして御座ります。人間日々、勉強。これでまた、一つ勉強をさせて頂きました。有難う御座いました。アッシぁ、あなたのファンですよ。・・・ そんな下々の熱い憧れを、示して頂きたいのが、本音であります。

 視聴者の質を見下して、ないがしろにしていたら、きっと軽んじられてバカを見る結果が、すぐそこにまで見えている筈なんでしょうがね。タイムリーなニュースに、すっと公平さを持って対応出来る能力を蓄積しているのが、指導的立場に身を置く者達の嗜みだと思っているのですが、風見鶏的な啓蒙スタイルは、何とも癪の種です。
 
 私の様に下衆一辺倒の身からは、言いたくは有りませんが、ショートスカートで、大臣も解説委員様も、賞味期間切れの太腿を露わにして、如何するんじゃい。少しは紳士の目の遣り所の無さも、斟酌為されませ。下衆ロートルとて、目がうろたえて、泳いでしまいまする。その一瞬を捉えて下手絵を描けば、『森の中』のイタチの目が点に為ってしまいまする。太腿でセックスアピールなんて魂胆は、インテリ淑女の売り物じゃ無かろうに。幾らビジュアル、テレビ映りの要素が過多と云えども、それじゃ美意識に欠けると云うものでありまする。

 彼女達の目立たせる物は、脳味噌・心・志の高さ・所作の芳しさでござんしょうが。そんな事も斟酌出来ない女史達の言は、信用度が薄まってしまうのが、下衆ロートルの観賞で有りまするぞ。コンニャローメ。

★★ 以上、FC2にて見事弾かれてしまった禁止用語入りコメントに、肉付けをして見ました。

心何処ーショート マイギャラリー5
       秋雨の一日諏訪湖スケッチベリーダンス
       ベリーダンス_001瞑想夜の隣机
       近望或る秋景_001森の中
       柿取り_001柿簾のある庭_001浮かべて流れ行く
       夢の残り香_001カモン、ゲドウ!!人魚の楽しみ











心何処ーショート 雨止みぬか・・・
                 雨止みぬか・・・(11/11/09)
 いやはや、季節外れの本降りにして長く降る雨である。ラジオでは、季節外れの大雨・洪水注意報が出ている始末である。一段低い飛び石の通路は、梅雨時の雨に似て水に浸かっている。百日紅の黄葉の溜まりを水に漬けて、雨打つ楓の紅葉の葉群が、侘びしさの風情を一幅の絵画の様に浮き立たせている。か弱き薄紫のサフランの小花は、雨に叩かれ土に屈している。庭隅の小菊も、雨に冷たく疲れ切った草態だ。独り気を吐くのは、苔の沈んだ緑である。

 落葉で葉を捥ぎ取られてしまった木々では、愛しジョービタキの二代目バルディナさんも、常緑木の葉影でしょんぼり空腹の目で、羽毛を膨らませているに違いなかろう。

 本日水曜日、ヤクルトママさんのコール日である。母は悪天で体調が優れない様で、未だ起きて来ない。本日は朝食抜きであろうから、浅漬けの大根を味噌漬け・赤カブの塩気を洗って、酢漬けにした後は、汚れたガス台の本格清掃をする事にしよう。

 こびり付き、焼き付いた汚れをピカピカに再現するのは、結構な作業である。お天気が好ければ、鼻歌などをハミングしたいのだが、お天道様に見放されて嘆き節が出そうなものである。
 然しながら、こんなお天気さんに成らなければ、目が内には向かない物であろう。所詮、命令・文句を言う相手も居ない・・・ 相手が居ないと云う事は、逆を想定すれば、命令・小言・文句を言われなくとも済むのであるから、コンニャローメの血圧も上がるまい。
 兎角この世は、『苦あれば楽あり、楽あれば苦あり。』のフライスマイナス、ゼロの理の世界である。<苦笑いの門に、諦観あり>の覚めた心境が、私には頃合いなのであろう。此処は卑屈に為らず、独りが似合う男と嘯(うそぶ)くのが、生活の知恵というものであろう。

 にゃは に ほ、ほー に ウッシッシ、おまけに とほほ で締め括るのが、男の作法である。

        職務完了で、パイプ煙草のマイタイムである。

 メダカ水槽は、完全に全滅のマメタニシだけの世界と為ってしまった。止む無し幕引きとするしかあるまい。昨日は、名優・重鎮の守繁さんの訃報、お向かいのご主人の入院、町内の幼馴染の父上の徘徊お姿・・・ 子育てを終えた町には、落ち葉をカサカサと鳴らして通り過ぎる風の様に、時が静かに満ちている。嘗ての元気一杯だったおじさん・おばさん達が、静かな時の中で老いさらばえて行く。人の一生も、四季の如く流れ行く。

 さてさて、我が母上の動きである。ささやかなる昼食を、母子ですると致そうか。

心何処ーショート セッセと、お絵描きタイム
             セッセと、お絵描きタイム(11/10/09)
 さてさて、二週に渡って放映された鶴瓶さんと高橋秀樹さんとの『家族に乾杯』に、母と大いに楽しむ。私は、日活時代からの彼のファンである。何しろ彼も、バート・ランカスター氏のファンと云う処が、これまた嬉しい限りなのである。

 お二人は、片やお笑い界、片や映画・ドラマ界のスターさんであるが、人間を惹き付ける素地の面でも、大変な実力者・好漢であるとお見受けした。笑いと華の、この二人の周辺・人に対する自然体の対応力には、一流の折り紙を贈りたいものである。人気者の本質とは、何ぞや・・・ 何時の時代にも、人間とはこうありたいものだと、ついつい、大笑いと拍手を送って、瞬く間に、45分は終わってしまった。台本の無い朗らかさ・笑い・ツッコミに、其々二人の濃い味が、隅々まで溢れ出ていた。ご立派の段であった。

 又の機会に、是非ともコンビを組んで日本全国の家族に、『好い気』を送って貰いたいものである。月曜日の夜八時は、母の特等席『水戸黄門』のお時間なのであるが、母が率先して先週・今週と楽しんだ番組であった。

    すっかり気分を好くして、部屋でお絵描きタイムの鉛筆を動かせる。

 毎度の事ながら、何かを描くと云う確たる意図で、白紙に向かう訳では勿論無い。時々の軽い気分が、そうさせているだけである。10時を回っての、ラジオを聞きながらの悪戯描きでしかない。加えて、夜の帳に描く対象は、精々明かりの届く狭い四畳半でしかないのであるから、悪戯絵の対象は絵を描く度に激減・枯渇の一途を辿るばかりの淋しさと言って良かろう。実に困ったものである。

  さてさて今夜の一枚は、果たして如何なる下手絵で、収まる事であろうか・・・

 先ず現れたるは、お馴染みのメダカさんである。一匹だけでは、淋しかろう。ほれほれ、二匹、お仲間入りである。さてさて、余白度60%に何かを加えねば、幼児以下のナンジャラホイの沙汰である。小鳥か金魚でも、お付き合いをさせようか・・・
 否否、素人の気分絵・下手絵であっても、他人様の目を煩わせるのであるから、マンネリは、遺憾いかん・・・慎まなければ、相済まぬ。

 煙草一本、コーヒーで一服。思案の小部屋徘徊・・・ 金髪美形の頬笑みに、<それ頂き>の合点ポーズ。シングルママさんを人魚に見立てて、ファンタジーの世界へまっしぐら。

 金髪八頭身美形の腹部・臀部の張りに、一点集中の細工描き・・・如何じゃい、如何じゃい、この肉感的アンバランスの妙・・・ヨッシャ、ヨッシャの同意を求めて、書架のモデルを見遣れば、高い鼻を細い指で摘まんで、アッカンベエ~のご許可顔である。

 良し好し、余白度30%に漕ぎ着けた。ほぼ絵が浮き上がって来たから、気持ちは既に、下手絵の中で一番楽しい色付け・色塗りに向かって、ルンルン気分である。手抜きのスイスイ波紋を適当に5つ描き入れて、コーヒー、煙草のブレイクタイムである。

 さてさて、ロートルオヤジが一人、童心に帰って、一人部屋を幸いにニヤニヤ、楽しい色塗りタイムである。

      好かたい、良かたい、ヨカタイ。如何ジャイ、ドウジャイ。

 この膨らみ、このボリューム!! クァ~、堪えられんねぇ~。スリムなのか栄養失調か、訳の分からん日本女族の闊歩とは、世界の次元が違うんじゃい。ざまぁ見やがれ、このメルヘンの中の肉感的主張をば!!
 
      手鏡見て微笑む人魚の腹部は、ぷっくり妊娠の膨らみ?
 人魚の卵子に見事到達出来た海の魚は、一体どいつなのだろうか??? 人魚と魚達が繰り広げるメルヘン海の世界は、訪問者の目には、何と映るのであろうか・・・ これまた、悪戯絵の描き手としては、ウッシッシの妄想の世界の扉でもある。

 老婆心ながら、努々(ゆめゆめ)魚周りの薄ブルーのシルエットを、オタマジャクシ為らぬ鬼頭なんぞと、曲解為さらぬ様にお願い致しまする。手鏡見て微笑む人魚の心は、果たして<心何処ぞ>でありまする。

「私のお腹の子は、誰の子かしら? オホホ。」 
はたまた、
「私の魅力に、誰が名乗りを上げて来るのでしょう。丈夫な出立派な子供を産める準備は、整っているのよ。とっくりと、見定めて上げるわよ。モジモジしないで、いらっしゃい。オホホ。」

 地上も海中の世界も、所詮、男と女の織り為す性差の世界にして、営みでありまする。


                    人魚の楽しみ


  孤独なる妄想ロートルに、コメントなど頂けたら、幸甚の極みでありまする。


心何処ーショート 四畳半の憤怒
                 四畳半の憤怒(11/9/09)
 バラバラ殺人・死体遺棄・・・ 人間をゴミ扱いする犯人像は、如何すれば想像出来るものかと、気が滅入るばかりである。解体して、車で人知れずの場所に遺棄するだけの行動をするのであれば、車にスコップを乗せて、せめて土中に葬ると云う感覚が湧いて来ないのだろうか。

 死体を解体して、死者への感情も無く一個のゴミの様に捨て去る・・・ <精神が病んで居る>・・・そんな気持ちでは済まされない欠陥人間として捉えるより、仕方が無いのだろうか・・・ 
 不況不況と云っても平時の平穏の時代に在って、これでは余りにも、酷過ぎる。喜怒哀楽の感情も無く、其処に在るのは、人間の表情を欠いた即物的感覚だけなのだろうか。

 こんなニュースに接していると、私の精神も病んでしまい兼ねない。化粧をし、携帯を見詰める表情だけが、時代の街の風景と為って行く・・・ 遣り切れない閉塞・憂鬱の時代が、このまま人の心の奥深く侵攻して行くのだろうか。
 例外・特殊の物を隔離・除外しての思考は、問題の本質・解決に結び付かない思考の放棄・停止との説もあるには違い無かろうが、私のスカンポの入った脳味噌回路では、一生掛っても入れ口にさえも辿り着けそうも無い。こんな魔界外道の暗躍する脳裏には、決して深入りしたくは無い迷宮の苑である。

 被害者・被害者遺族にとっては、真に不謹慎な物云いではあるが、『どんな悪人でも、死んだら仏さんだ。弔うのが人の務め』と云う言葉の中で、生まれ成長して生きて来た日本人の一人からすると、生まれ育って来た日本が、一体何処で如何間違ってしまったのか・・・ 憤懣やるかたの無い、憤怒の感情に捕まってしまう。
 
 さてさて、米が無く成って来た。米屋のご主人の米屋さんトークが縁で、目出度くカップル誕生の結婚式が昨日あったとの事である。ロートル寄り合い所は、結びの女神の場でもあるらしい。矢張り、社会に在っては、人の集まり・人の輪が肝要と云う事である。

 帰りに個人スパーで、煙草の買い置き方々、買い物をして来る。大手スーパーでは、絶対に並ばない見てくれ度・規格外の大大根が、2本100円で山盛りである。私のレジの後ろのおばちゃんのカートには、リンゴが何袋も入れられている。
「私、上田から来たんだよ。この前、此処でリンゴ買ったら、美味しくてね。それでトンネル越して、買い溜めに来ちゃったんだよ。30~40分掛るんだけどね。でも此処のは、野菜も魚も安くて美味しいもの。今日は、ブリのアラで、ブリ大根にするんだよ。オジサンも、すると好いよ。」
「はいはい、分かりました。ブリの粗を付け足すけど好いかいね?」
「好いさやぁ~、急ぐ買い物じゃ無いんだもの。忘れ物が無い様に、買って行きましょ。」

 本日は、干し柿作りを一歩進めて、サツマイモの干し芋に初挑戦の魂胆が有った。大大根の一本をブリ大根に、もう一本は漬物とする。早速、台所で刻んで鍋を火に掛ける。調味料を適当にぶち込んで煮え立つ鍋の汁を掬って、味見の段である。こんな面白い作業を、女族だけに独占させて置くのは、男族の才能の持ち腐れと云うものである。何度か火入れの寝かしを経て、煮締めるのが煮込み料理の鉄則である。台所中に、好い匂いが立ち込めて来て、ロートル賄い夫としては、溜飲の下がる一時である。

 本日、雨は降らぬが、終日曇天のお天気さんだと言う。蒸かし芋を柿の隣に並べて、一服を付ける。昼食後は、散歩に出掛ける。曇天の生温い午後である。河川敷の草むらを進んで行くと、チィチィ・・・チッチとホウジロの小群れが、葦の原を掠めて飛んでいる。山の小鳥達も、乾いた黄葉の山を下りて里へのシフト替えの季節なのである。
 静かな水中では、そろそろヤマメの交尾産卵が見えるのでは無いかと、歩調を緩めて川面を追って歩くが、未だ先の様である。土手の舗装道路を、首にタオルを巻いた老夫婦が、寄り添う様にして長い距離の散歩をしている。

 散歩から帰ってくれば、斜向かいさんが木曽の実家に顔を出したら、名産の赤カブを貰って来たからとの事で、お裾分けをして下さった。有難いご近所さんの心遣いである。

心何処ーショート おのれ~返答や如何に!!
             おのれ~返答や、如何に!!(11/8/09)
 年金生活者の煙草吸いであるから、物騒な煙草大増税の狼煙に心穏やかではない。早速、NHKの日曜討論を拝聴させて頂く。政治家の言葉に、『困った時のタバコ税頼み』とのとんでもない言い回しがあるそうである。タバコとは煙草と書くのであるから、権力の伏魔殿に住まう老獪狸共は、煙に巻くのが専売特許の様である。

 彼等の言葉の中に、JTB並びに煙草生産者への政治的配慮のお言葉があったのだが、消費者の喫煙者への言及との間には、大きな隔たりが有る様に聞こえてしまったのは、単なる私の下衆貧民のヒガミ根性の所為なのだろうか?
 彼等の言に寄ると、巷間漏れ伝わる様な一箱500~600円、1000円などと云う性急な大幅値上げは、煙草産業のパイを激減衰退させて、却って税収への減少が危惧されて得策でないとの見解らしい。如何やら20本入り1箱で、40~50円の増税を念頭に嫌煙動向を煽りつつ煙草市場の推移を見て、小出しで増税して行く腹心算らしい。

 おのれ~、猪口才な。シタリ顔の小細工を~、其処へ直れ~。放屁50連発じゃい!!
 
 ブログでは、広島の釣りじいさん・和歌山の森に暮らすひまじんさん・私とで結成している『人徳党』→『人徳党・別称ロートルボヤキ党』は、愈々以って国政への示威行動を開始しなければ為らない雲行きである。

 作戦参謀のひまじんさん兄貴のプラカードは、口に5本、両耳に2本、ケツの穴に3本の計10本での民主党本部への抗議である。勿論、ロートル3人衆のシュピレヒコールは、『年金生活者をいじめるな。死んでやるー。』である。三国志に名高い桃園の契りは、ロートルボヤキ党に有っては、<十煙の契り>なのである。
 その昔、吾が日本には御国の為に赤紙召集された隣人を、万歳万歳で出征祝いに掛け付けた習いがあったそうである。御国の為に我々は、紫煙の儚き揺れに税金を納めている喫煙者の一人である。
時代は軍国主義から、民主主義へ。そして、嫌煙主義が日々全世界の趨勢と為り・・・沈む夕日に向かって、世界の片隅に喫煙場所を狭められている喫煙者なのである。家庭では、実に不名誉な蛍族なるマイノリティーの悲哀を感じて居られるご同輩は、数知れず・・・

 嘗ての煙モクモク、スパスパの愛煙家の落日・凋落振りは、正に目を覆うばかりである。

 税収激減の国難に向けて、今、マイノリティーと為ってしまった成人男子並びに女子に、再び増税と云う赤紙召集が掛らんとして居るのである。国難に動員されようとしている全国喫煙者の当然の示威行動に、万歳三唱の出征兵士へのご近所さんのお見送りが無いのは、果たして如何な物なのだろうか。赤紙召集に狩り出される日本のマイノリティーに対して、この沙汰は、まるで御身大切一辺倒の多数に寄る少数への人身御供の世相ではないか。
 政治家諸侯は、民主主義とは少数意見・弱者救済の理に熱弁を奮われる御仁達である。私は、毛無し・金無し・女無し、おまけに甲斐性無しの四重苦を病む絶対的マイノリティーの一員である。強い者が、私の様な貧民弱者を、寄って集って苛めて、如何するんじゃい・・・ 冗談こくなのマイノリティーの鉄槌をば、見せるしかあるまい、コンニャローメ。

★不肖、使い走り役を果たす幹事長役を務めるメタボ・ロートル男としては、甚だ遺憾に直結する次第である。是非とも、愛煙家諸侯の熱いエールの一つなどを所望する処であるが、ご返答や、如何に!! ギャハハ。

 お天気さんは、下り坂との予報である。庭で日差しを浴びながら、吊るし柿に内部の果肉を揉み解して均質な干し柿作りの途中工程を入れていると、低い南天の茂みの中でカサカサと小さな動きが見える。
 音の主は、朝黒フェンスに止まって、正面から私を見ていたロシアの観音様なのかと、お姿の出現するのを待っていると、茂みの中から出て来たのは、何と鶯であった。鳴けば分かる鶯の存在ではあるが、鳴かぬ鶯では、その存在に気付こう筈も無い。

 去年の散歩観察で、河川敷から葦原の越冬鶯の生態の一端を垣間見たのであるが、山の鶯も里に下りて来たのである。

 吊るせなかった柿は庭に台を置いて、平干しにしているのであるが、庭には小菊とサフランの花が、辛うじて小さく咲いている。その花に数匹のミツバチが蜜を吸いに来ている。そして、干し柿の滲み出る果糖を舐めているミツバチが一匹、そして越冬するアシナガバチ女王様も一匹齧り付いている。昆虫の世界にも、チャッカリ屋さんは居るもので、苦笑いをしてしまう。
 庭の柿の木には、ハイエナのヒヨドリが二羽止まっている。青空に黄葉映える山容であるが、寒暖差を益々大きくする霜月の進みに、野生の生き物達は、日々が蓄えの毎日なのであろう。もっともっと、寒さが増せば、メジロが窓辺に姿を見せるのであろう。今年は、彼等の為にハイエナ・ヒヨドリから身を隠す為に、南天を二本植え替えをして置いたのであるから、侘びしきロートル男の目を楽しませに、一昨年同様に庭のミネゾの木に常駐して欲しいものである。

 穏やかな日曜日も陽が落ちれば、背中に早や冬の寒さが、にじり寄る夜の長さである。

心何処ーショート 本日・立冬なり
                 本日・立冬なり(11/7/09)
 本日も、好天に恵まれている。庭に出て柿の皮をひっくり返し、広げた干し柿をひっくり返す。好天続きで、干し柿の乾燥は、順調に進んでいる。軒下の吊るし柿も、大分水分が蒸発して、柔らかく成って来た。

       テレビを見ている母が、私を呼び止める。
「綺麗な紅葉だよ。お前、こう云うの好きだろ。」
「おお、それ去年の映像だろ。エンジン付きのハングライダーの空中映像だろ。」
「お前、好く覚えているね。」
「そうかい、婆さんの遺伝子だよ。勉強は嫌いだったけど、記憶力だけは、折り紙付きだったからな。驚く事は無いよ。ハハハ。」
「私は、もう何もかも駄目に為っちゃった。昔は、さっと出て来て、父さん・回りから良く覚えているって、褒められていたのにね。ああ、情けない・・・長生きをし過ぎた。」
「馬鹿こいちゃ行けねぇよ。93にも為って、61の倅よりも記憶が確かだったら、俺ぁ、立つ瀬がなかんべさ。ショックを受けて、俺ぁ豆腐の角で自殺もんだぜや。へへへ、黙って聞いて居りゃ、とんでもない言う怖い婆さんだわさ。」

 おやおや、薬が無く成ったか・・・本日土曜日、電話の来る前に、薬を貰いに行って来るべし・・・ おぅおぅ、電話が鳴っている。
「さぁ、コーヒーでも行くかいね。」
「あいあい、アリガトさんね。柿は有るか?」
「未だ生ってるのかい? じぁ、頼むよ。」
 さあさあ、始動開始である。こりぁ、ちと忙しいぞよ。おっ、斜向かいのSちゃは、日差しを浴びて、収穫物のサツマイモ洗いである。

 へへ・・ タイムオーバーで、Tは土手に車を止めて、河川敷のベンチに座って煙草を吸っている。おやおや、一週間見ない内に、Tは見事に日焼けをしている。為るほど為るほど、健康的な散歩散策を励行している様子である。
「好い環境だな。今日みたいな天気は、一日中ここに居ても、退屈しないだろ。」
「ああ、そうだよ。ラジオを持って来てさ、このベンチに胡坐を掻いて、本なんかを読んでると、好い気持ちさ。眠く為れば昼寝も出来るからな。人間も、ロートルに為ったら、日向ぼっこの猫に為るのも好いもんだぜ。目の保養は、女ばかりじゃないからな。」

          車に乗って、コーヒータイムに出発である。
「如何だい? コーヒーのデザートに、柿でも持って行こうか?」
「やぁ、未だ物を入れると、トイレに行きたくなってしまうから、家でゆっくり食べるよ。」
 Tの所の吊るし柿も、進捗具合が順調との事である。摘まんで食べようとするTに向かって、細君が『まだ、駄目!!』との監視付きなのだと言う。ハハ、こんな男と女の攻防も、男女間の性差の一つなのである。私も、母親の目を盗んで物干し竿の吊るし柿を、早くから摘まみ食いしていたものである。

「今日の俺の絵を見たかい?」
「いや、今日はパソコンの調子が悪くて、未だ見てないわ。信長・秀吉・家康の記事は、面白かったよ。切り口が面白かった。高々、21年の出来事で、年齢差8歳だったとはなぁ~。絢爛豪華な屏風絵の安地桃山時代なんて言われ方をしてしまうと、40~50年の時代を連想してしまうんだがな・・・目から鱗だったぜ。」
「確かに、そうなんだよな。学校を離れてしまうと、年号なんか完全に、蚊帳の外だからな。教育機関の無い大人に為ってしまうと、仕入れて、記憶に結び付くのは、テレビドラマ・映画の映像に為ってしまうからな。
 それも、作り手の方からすると、何回も続けて放送する訳には行かんから、何年か置いて一般人の記憶が薄れて来る頃に、大河ドラマで放送されるってカラクリだから、大半の大人は、そう覚え込まされてしまっているんだわな。
 そんな事もあったから、丁度NHKで自民と小沢一郎の攻防を見て、あんな記事に為ったんだよ。拍手の数からすると、一番の読者評価だったよ。へへへ。」

「そうそう、一度聞こうと思っていたんだけどさ。お前は、何時もそんな事を考えているのか? 疲れないか?」
「馬鹿こいちゃ行けねぇわな。そんな顰め面をして考えて居たら、金髪おネェちゃんの妄想のお時間が無く為っちまうわな。そんな勿体ない事が出来る訳が無いじゃないか。
偶々、タイミング良く自然と浮かんで来るだけだわさ。これも遡れば、有難い遺伝子のお陰。お天道様の贈り物だわさ。
 まぁ、これも上空を舞うトンビさんに言わせりゃ、俺の定めってもんだろうが。好い加減・能天気をしてなきぁ、お天道様のお導きは無いわね。皆真面目腐って、勉強ばかりするから、脳味噌の空き部屋が定員オーバーで、空気漏れしちゃうんだわさ。ウッシッシ。 
 上昇気流を掴んで空中を旋回するトンビさんに言わせると、『集中と緩慢、解放の極意』を会得すると、立派な風乗り・風任せの忍者に為れるのかも知れんぜ。」
「巧い事を言うじゃないか。風乗り・風任せと来たか・・・ メタボだから、墜落死はするなよ。話し相手が居なくなると、俺が困るからな。」
「あいあい、サンキュー。早い処、悪さ遊びに繰り出さないと、俺の妄想のタネが枯渇しちゃうがねぇ~。あぃ?」
「そうだいなぁ~。竿の命も侘びしき音の訪れっちゅうもんだからな。ギャハハ。さてさて、ヤニの補給にでも行くかいね。」
「あいあい。承知。」

 本日、暦上の立冬との事であるが、日差しを受けるベンチ喫煙場所は、暑い限りであった。日が西に傾けば、日蔭の南天の葉が微風に微かに揺らぎ、窓辺の黄葉(きば)が、ひらり落ちる。正面の黒いフェンスに、ジョウビタキのメスが現れて、此方を見ている。早や、夕刻の寒さが忍び寄っている。さてさて、早い処、散歩に向かうべし。釣瓶落としの立冬である。

Copyright © 心何処(こころいずこ). all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。