旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心何処ーショート 小さなお知らせ
                  小さなお知らせ
 小生、面白い発見をしました。携帯電話にPCと、日常では文字を書く習慣が、すっかり疎かに為ってしまった昨今です。久し振りに万年筆を動かして見る事にしました。
 
 とは云う物の白紙のメモ用紙を前に、おいそれと言葉は浮かんでは参りません。私の小部屋のBGMには、何時もNHKのラジオが流れて居ます。ラジオを聞きながら、出て来る漢字の聞き書きをして見ました。勿論、速記ではありませんから適当に、話をしている人の言葉に出て来る漢字を書いて行けば好いのです。
 
 これって、意外と面白いですよ。ランダム漢字検定の趣がありますよ。ボケ防止に、何か無いか? などと考えている中高年者層には、効用がありますよ。と云うよりも、人間って結構忘れずに漢字を知って居るものですよ。何しろ、ラジオとメモ用紙・書く物があれば好いんです。消しゴムなんか必要じぁ有りません。安上がりで、遣ろうと思えば直ぐ出来ます。結果に不満が残れば、過去の栄光の為に、どうぞ、辞書をお引き下さい。

   へへへ。以上ロートル・クマ男からの小さなお知らせでありました。
スポンサーサイト

心何処ーショート のんびりモード
                のんびりモード(8/31/09)
 東京では、台風だと云う。此処では曇天涼風の中で、ミンミンゼミが鳴き窓辺のキリギリスが鳴き声を聞かせ、金華鳥が水浴びをしている。水槽住人達は、外界への窓が360度スッキリ開いて、私に見詰められ、何やら気恥かしいのだろうか・・・金魚達は、此方を見ぬ振りをして、何か余所余所しい顔付である。三匹世界から、一気に二十三匹世界に大展開したグッピィとヒメダカの集団は、適度な小世界を得て思い思いの行動をしている。

 私は冷めたコーヒーを啜り、パイプ煙草の辛い煙を舌先に転がしながら、鶴田浩二のCDを聴いている。涼風の通る小部屋・・・パイプの煙は開けた窓から、勢い好く外へ飛ばされて行く。ラジオからは、民主党の圧勝に終わった選挙ニュースが流れている。追い風に乗って誕生したチイルドレンが向かい風に吹き飛ばされ、新たに風の子が誕生して、次の風に身を任せる。追い風・向かい風に身を翻弄されながら、歩む道に実力が身に付く・・・
 
          さてさて、次は内藤やす子を聴くとしようか。

 モンキチョウが風に巻き上げられて、斜向かいさんの二階のベランダにスーと乱気流舞いをしている。ガレージのシャッターがガラガラ開いて、ファーマー・スタイルの斜向かいさんが、畑作業の用意をされている。為るほど為るほど、Sちゃんも選挙観戦をしていて夜更かしをしてしまったのであろう。

 釣りじいさんのコメントの一節では無いが、選挙が終われば一気の秋であろう。明日からは暦が改まり、長月の季節である。

 いざと為ると全く役に立たないロシア製手巻き腕時計であるが、十分過ぎる程の休憩時間を与えて居たのであるから、動くか如何か・・・試して遣るべしである。5~6年前に手巻き式腕時計に郷愁を感じて、ウラジオストクのホテルの売店で買って来たものである。多分購入動機の郷愁が災いしたのであろう・・・一年程で、日用品からアンティーク物に為ってしまった代物である。機嫌が好いと、動いてくれるのであるが、歯車同士の意思の疎通が悪いらしく、当りが出て来ないとサボタージュを決め込んでしまう多民族広大な国家製品である。ちょっと目を離すと、直ぐ止まってしまうのであるから、手の焼ける手巻きさんである。ロシア美形に惚れた不甲斐ないロートル男の所蔵品である。

   さてさて、歯車間に滑りを注入する為に、こんどはパンチの利いた声量で、
               朱里エイコと行きましょうかね。

 これこれ、寝起きの悪いシングルママさんや、起きなされ。三度目の正直でありまするぞ、これで当りが出なければ、二度ある事は三度あるでありまするぞよ。確りせいや。

 本日、曇天涼風のお日柄も好く、テレビ観戦の時差ぼけの身体である。トロトロ流すが肝要である。偶には文字を書かねば、健忘症進むロートルの日々・・・ロシア製スポイト万年筆で記憶力検査でも致そうか・・・

 アハハ、文句は言って見るものらしい。機械にも、耳は付いているものらしい。流石に大国ロシアである。国家の悪口に動員令が下った様子である。現在25分間動いている。締りの無いのも、困ったものではあるが、これも又、味と云うものである。愛いやつじゃわい。

 さてさて、今度は松尾和子様を頂いて、妖艶大人の女のムード歌謡の世界にどっぷり浸かって、漢字のおさらいでもして、瞼の重く為るのを待ちましょうかね・・・

心何処ーショート 8/30曇天の蒸し暑さに、夜8時を待つなり。
            8/30曇天の蒸し暑さに、夜の8時を待つなり。
 投票の後は、水槽の掃除である。水は月に一度位の総入れ替えのペースで飼っているのであるが、遣り始めると嫌になるほどの大事に為ってしまう。バケツ6杯の川からの水汲みをしなければ為らない。

 目立った水の汚れは無い物の、夏の時期は珪藻類の繁殖が厄介なのである。水槽壁面は台所用品の目の細かいスチール束子で、擦り落とさなければ退治出来ないのである。水槽に敷いた小石・砂をグリグリ、ゴシゴシ掻き混ぜて汚れを洗い落とし、水道水を何度も入れて水槽をフルイに見立てて、ゴリゴリ・バシャバシャと手動ミキサーに掛けて、<嗚呼、腰が痛い>と嘆きつつ・・・完了すれば、魚達を入れて、ヒーヒー・ゼーゼーの水運びである。その後は、器具のお洗濯である。何しろ、バッチィ事、この上も無い。

 とは云え、日頃目の保養をさせて頂いているのであるから、月に一度位は、この位の恩返しをしなければ、魚達にソッポを向かれてしまう。ひたすら、恩返し恩返しの念仏作業である。

 川の水が近くにあるから、私の様な好い加減男でも魚が、難なく飼えるのである。文句を言ったら、罰が当たる。然しながら、いい歳をしたオッサンが、歯を食いしばって、目一杯に汲んだバケツを両腕にブル下げて、5~6回の中断をして部屋と川を三往復しているのであるから、とんだ光景と云うものである。変人と云えば変人、真面目と云えば真面目人間であろうか・・・ 尤も、作業なんて物は、真面目に考えたら負けである。遣れば遣った分だけ、残りは確実に減るのである。鈍に徹するのが、救いの道・ゴールへの道なのである。

 遣り終えて見違えるほどの透明感に溢れた水槽世界を目にすると、流石に努力が報われたと感じてしまう。水槽世界が新品に映れば、欲が出て、グッピィ槽が貧弱過ぎる。

 今年は如何云う訳か・・・水槽小世界の輪廻が途切れ様としているのである。次代を担う筈の稚魚達が、知らず知らずの内に死んでしまったのである。現在オス一匹にして、メス二匹。それも、一匹のメスは栄養失調状態の虚弱体質振りなのである。風前の灯である。
 金魚槽では、順調過ぎる程に育って過密さが目立って来た。グッピィを諦めて、金魚を移そうと考えて居たのであるが、矢張りグッピィはグッピィで、趣のある魚達である。グッピィを買いに行く事に決める。

 今年のグッピィは期待出来ない感じを受けるから、5ペアだけに留め、色どりと賑やかさの為に、ヒメダカを10匹買って来る。これで、見た目、グッピィ槽復活の段である。

心何処ーショート 昼夜の現実 
                 昼夜の現実 (8/30/09)
 選挙絡みのテレビを見て居て散歩運動が、すっかりずれ込んでしまった。21時を回ってからのスタートである。勿論、田園散歩と云うのは憚られるので、市街地に向かっての1時間40~50分のテクテク歩きである。

 夜道を歩いていると、土手道から一段下がった居酒屋から妙な動物が道を横切って行く・・・猫にしたら体高が低過ぎる。尾が長過ぎる、アライグマにしては、細長い扁平な体躯である。シルエットは狸顔ではあるが、体高が低く過ぎる。スマート過ぎる。何か特徴は無いか!! 額には、白い縦筋がある。ハクビシンに違いなかろう。

 そいつは、私の顔をジロリと見るだけ見て、コンクリートの堤防の斜面をスルスルと走って、橋の影に消えて行った。確り姿形を頭にインプットしたから、帰って調べる事にする。私の記憶では、兵隊用の毛皮を採る為にハクビシンが飼われていた事があり、戦後はそれが野生化したと云う動物の一つであったと思う。私と顔を合わせた時の感じとしては、野生の気品も凄身も感じられなかったから、まぁ、時代が時代である。物好きペット愛好者が捨てたか、逃げたか・・・そちらの方が、確率は高いと思われる。

 土手道の直ぐ下には、川が流れている。蛙にしては不細工・大きな鳴き声がする。立ち止まって川を覗くと、カルガモが4羽川を渡って、石ころで出来た小さな中州に移動中であった。草の生えて居ない中州は、彼等にとっては、流れと見通しの好さに守られた格好の睡眠場所なのであろう。程好い街灯の明かりも、彼等の防犯上の要素の一つなのだろう。
 
 橋を二つ下ると、今度は流れの中にゴイサギが一羽、薄闇の中に佇んでいる。橋をもう一つ過ぎると、もう一羽、同じ様な背景の中でひっすりとしている。カルガモとゴイサギの眠る姿を比較して見ると、彼等の体形に合った眠り場所が予定されているのであるから、自然界とは好く出来ている物だと感心してしまう。

 さてさて、折り返し地点の千歳橋である。縄手通りの石畳をセッセと歩く。土曜の夜、通りの居酒屋からは、酔いどれの声が聞こえて来る。本日はネオン街には踏み込まず、セッセとピッチ走法で上り勾配をこなす。汗を拭い、定位置で煙草の一服を付ける。所要時間1時間50分である。

 早速、インターネットでハクビシンを検索する。間違い無く動物の正体は、ハクビシンであった。記載を幾つか読むと、悪さをする害獣との事である。昼行性動物、夜行性動物の棲み分けが為されている日常生活ではあるが、夜の散歩では、先日は野生鹿との遭遇もあった。偶には、こんな昼夜の現実を知るのも好い物なのかも知れぬ。

心何処ーショート パイプ煙草は、テイスト。
             パイプ煙草はテイスト。(8/29/09)
   本日、土曜日。Tとの週に一度の、気持ちの通うコーヒータイムである。

「あいよ、煙草の葉っぱ。この位のペースか、うん、大体、分かった。」
「ああ、キツイのに馴れると、普通の煙草が吸えなくなっちゃうからな。ボチボチで好いんだよ。アリガトさんよ。」

 話を聞いていると、Tは私の三倍程のペースである。その分、紙巻き煙草の分量は、半分に減ったそうである。持って来てくれるパッケージは、毎回違う煙草であるから、パイプ煙草の煙草葉は、コーヒーの豆と同じで、違ったテイストを味わうのが、タイプ吸いの嗜みなのであろう。パイプ煙草の一つの要素には、周りに漂わせる煙草の香りがあるに違いない。為るほど、ディック・ミネ然としたTのゆったりした趣味の一端が、窺がえる処である。・・・

 Tは慣れて来て、インターネットの世界にどっぷりと浸かっているらしい。私のお気に入りのブログを開いて、そのリンク→リンクを辿って、掘り出し物のブログを楽しんでいるとの事である。一面識もない広大無辺なブログ樹海の拡がりには違いなかろうが、人間の思考・嗜好には、少なからずその人の人柄・色合いと云う物が立ち込めているものである。『類は友を呼ぶ』の喩え通りである。この頃では、一日の時間配分に、インターネットのお時間が、確りと鎮座しているらしい。分別のある男が、パイプの煙を立ち昇らせて、ブログ散策をする姿は、きっと様に為って居るのだろう。友として、善き事である。
 
              暫し、ブログ談議を展開する。

「俺は今の処、読みに行くのを専門に遣っているから、辿り着ける時もあれば、何回遣っても、辿り着けない時がある。この頃の、お薦めは有るかい?」
「う~ん、読むんだったら、<笑って笑って、そら進め><ボイスの品格><宇津井宮人の『フライデー・ジョークと月曜小噺』><トカラ列島 子宝島日記><SORAを見上げて><砂漠人>が好いよ。この前のお薦め分と合わせれば、20は超えただろう。後は、詩とか写真のブログだから、人其々、感受性・感性が違うから、無理強いは出来んしな。その方のジャンルは、Tの気に入ったブログからリンクを辿って行った方が、自分の好みの方向に進めるからな。俺の出る幕は、無いよ。』

「そう云えば、この前、散歩していた時にRが言った通りに、川を覗いて見て行ったんだよ。爺さんが居たから、魚は居るかいと訊いたら、何年か前にはアカオ(ウグイ)が、ウジャウジャ群れて居たんだが、川鵜が住み付いてからは、皆ギャングに食われちゃって、駄目だってさ。」
「そうか~、女鳥羽川も、三年位前、奈良井川から朝に為ると、黒い飛行戦隊で遣って来てさ。桜橋辺りの淀みで魚漁って居たんだ。前から居付いていたカルガモなんかは、完全に駆逐されてしまったもんなぁ~。ありぁ、ギャング集団だぜ。鵜飼の鵜は、海鵜だと云うから、川鵜は性質がよっぽど悪いんだろうよ。生態系をぶち壊す嫌われ者なんだろうな。」

「ほぅ、そうかい、海鵜と川鵜とは違うのかい・・・ 相変わらず、詳しいな。そう云えば、日記にOの事が出て居たけど、行ったのかい?」
「いいや、俺は、今は賄い夫とブログ打ち・ブログ散策が仕事だろ。顔を出して遣りたいのは、山々だけど、時間配分上、今のペースが限界だよ。週に一回、Tとのこのコーヒータイムだろ。米屋さんでのロートル寄り合い所、斜向かいさんとのロートル談議プラス得体の知れない置き手紙、置き手紙の謎解きは、結構時間が掛るんだぜ。何ヶ月かに一遍のM氏・先輩とのお話。そして、倅の務めの婆さんとのトークタイム、日課の一時間半前後の散歩運動と来りぁ、これ以上、時間の遣り繰りが出来んわさ。
 前は、フラフラと夜のネオンに釣られたけどさ、もう、時間が無いわさ。この位が、ロートル・クマ男のマイペースって処さね。外に目を向けたら、演技の楼閣は崩れちまうからな。
 
 でもなぁ~、俺達は他の連中と比べたら、お互い感謝感謝だぜや。高校以来、全然変わり無く、俺はTと話が出来る。俺達は、幾ら話しても飽きが来ないもの。こんな関係を維持しているのは、自慢じゃないけど俺達位なもんだぜ。
 空気の様な関係なんて訳の分からないもんじゃ無し、歯車と歯車がガッチリ附合してる様は、硬軟・馬力十分と来りぁ、人間国宝並みだぜや。へへへ。」

「やぁやぁ、本当だよな。周りの連中も、Rと話がしたいって言うんだけど、奴らから見ると、Rは敷居が高過ぎる風に見えるらしい。Tさんは、好い相方が居て羨ましいって言われるぞ。カカアもジジイも、Rの所へ行って来るって言えば、100%フリーハンドだっちゃ。」
「まぁ、当たらずとも遠からじかも知れん。俺達は、ゴタな振りしてるけど、バリアがあるからな。そりぁ、しょうが無いぜ。一皮剥けば、何しろ硬骨漢(恍惚感)にして、立派なヘンテリだぜな。キャハハ。迫力があり過ぎて、目立っちゃてるからな。」
「そうそう、黙って居りぁ、秘密のアッコちゃん宜しく、Red Tubeの愛好者だなんて気付かないからな。ギャハハ。」
「そりぁ、そうだ。ありゃ、好いけど。目が腐る。或る意味、恐怖動画だぜ。白人美形信仰が、音を立てて崩壊しちゃうからな。のりピーの覚せい剤より、性質が悪いぜよ。毎日は、見ちゃ行けねぇ代物だわね。ロートルには、懐メロが目と心の保養ってもんずらい。ニャハハ。」

     今週も、Tから和みのコーヒータイムを貰って、感謝の段である。

心何処ーショート モーニングコーヒーも束の間 
             モーニングコーヒーも束の間(8/28/09)
 おやおや、庭続きの土手でキリギリスが鳴いている。何日目かで回って来た健気な奴である。庭のミニトマトを取って二つ切りして、削り節と共にケースのキリギリスに入れて遣る。彼等は盛夏の鳴き昆虫様であるから、一定の温度に上昇しないと音無しの昆虫である。従って、私には彼らの安否は知る由も無い。
 
 今日はどんより曇って、蒸し蒸しとする。雲間から時々差す太陽の暑さに、我が窓辺のキリギリス達も快調に、ギース・チョン・ギースを鳴き交わしている。

 モーニングコーヒーに、ウィスキーをチョコと垂らして、ブログを読んでいると、ビックラこいた!!

「ゴメンごめん、驚いた? アハハ。」 

    斜向かいさんが、顔を皺くちゃにして窓からニコニコして居られる。

「早速、サッサァ~と纏めてくれて、嬉しいねぇ~。読ませて貰って、グゥ~よ。ウスラトンカチの俺の頭じゃ、一か月考えても、あ~あは、行かねえ。涎を何回も拭いて、えらく読み直しちまったわいな。流石にお兄ちゃんの中指は、魔法の中指だいな。俺ぁ、嬉しくて、神棚にお供えして、拝礼だわね。へへへ。」

「そんな事、無いせ。天才の文章は、省略過多だから、ヒップ(匹夫)の凡人の頭じぁ、難解・知恵の輪だんね。あんまり欲かいて、持って来ちゃイケネェよ。俺ぁ、疲労困憊で、立つものも立ちやしねぇわね。妖刀ムラマサが、ダラリ・フニャマサだんね。あぃ、如何してくれるだい。これじぁ、得意にして唯一の妄想タイムが、パァ~だいね。疲れ切って、海綿体に回る余力が有りぁしねぇずらよ。」

「そうかい、そう来たかい。じゃ、ナスとキュウリの差し入れでもスッかい。ヒップのアナザーホールなんか、朝から見てたら、ズッポリ魔道の迷宮入りだぜ。時々、難題を差し入れして遣らなきゃ、男なんか何してるか分からないからね。肉なんか、勿体なくて差し入れ出来ねぇ、妄想スッキリのベジタリアンが第一だわね。キャハハ。」

「やいやい、言われちまった。歳の功にぁ、戸は立てられねぇや。でもね、<斜向かいさん・Sちゃんのページ>と題して、投稿したら拍手が7個だいね。これじぁ、丸きり、庇貸して母屋ブン捕られちまった事だじ。」

「おぅ、そうかい!! 赤飯炊いて、ワシの文壇デビューを祝わなきゃ~。こりぁ、忙しく為るぞ。ギァハハ。何て言ったって、俺ぁピッチャーだ。優秀なキャチャーが居りぁ気が楽だ。まぁ任しときましょ。アイデアだけは、頭の此処いら辺で渦巻いているぜよ。ケケケのケツの穴ってもんさね。」

 アジャジャ、朝からとんだ方向に、針が振れてしまった。これでは、女房子供に愛そうつかしをされてしまうのも、・・・むべ為るかな であろう。然りとて、骨の髄まで汚染されてしまった我が身は、侘びしくお迎えの時を待つしか方途はあるまい・・・トホホなり。

心何処ーショート 代行
               ★斜向かいさん・Sちゃんのページ

                    新疑問・風刺の館


                新インフルエンザ大流行
    
   来ました来ました、新感冒!! ワクチン用有精卵の生産間に合わず!!
 全世界流行を騒ぐマスコミ。風邪大流行の季節終わった南半球のデーター無し???
新感冒の毒性? ワクチンの効用性? 比較データーも省略・省略、スワ一大事!!

              じぁ~、オイラは如何すっぺぇよ。

 ET車に限って、1000円乗り放題・・・使えや使え、落とせよ落とせの景気付け。
    行きはハイテンション・イエローカー・・・
       帰りは草臥れ・薄くなった財布にメランコリーカー・・・

      インフレにデフレ???? 本当はドッチじゃい。
     行くも帰るも、日本列島まぁ~るで、黄疸症状さね。

     医者の先生曰く・・・黄色なら望みもあるさ。との事。
        ホンマかいな。医者の先生サマよぉ。

      日曜日目指して、選挙カー・・・ガンガンと。

 何をこきぁがる。散々、日本ぶっ壊して、サッサと引退。学者復帰。
 そりぁ、無ぇずらよ。自民党ぶっ壊すと豪語したのに、とんだ鬼っ子組よ。

 何を今更、貧民・負け組は足手まといと知らん顔決め込んで、甘みを貯め込んで浮かれたのも、束の間敢え無く泡銭がバブルに弾けて、あれよあれよの間の、体制崩壊の憂き目!! 
 連日報道される山津波警報に、モヤシっ子貧血世襲議員は、断末魔の足掻きかよ。    
           白旗掲げて野に下る潔さも無し。

   お国の為に、私の体高く買ってよ。右や左の旦那さん、奥さ~ん!!

   早く来い来い、早く来い。こちとらぁ、待ちに待った投票日じゃい!!
             俺ぁ、ギャハハのハハじぁいな。

心何処ーショート My thinking time
               My thinking time (8/27/09)
 本日は、ボーと昼を過ごしてしまった。久し振りに暑い日で身の置き所が無く、午後は一番涼しい玄関の廊下で、座布団を枕に長々とまどろんでいると、トイレに来た母に笑われてしまった。遣る事が無いから、鍋に安物の豚肉のブロックを適当にぶち込んで、チャーシューの仕込みをする。実に好い加減な男料理なのであるが、正直言って美味いのである。母も箸を出すのであるから、満更嘘では無いのである。

 夕方は散歩に出掛ける。セッセと歩いていると、呼び止められた。おやおや、Oである。立ち話をしていると、電動車椅子に乗った彼のお袋さんとも御面会である。何十年振りだろうか。高校の時は、何度か泊まりに行ったものである。オバサンもすっかり小さく成ったものである。88歳との事である。Oは長男坊である。長話をしてしまい、散歩コースに2/3の修正を加える結果と為ってしまった。

 歩いていると、先ほどの彼の言葉を思い出して、笑いが込み上げて来た。奴は三人兄弟の長男坊であるから、立派な家長然とした口調で、年季の浅い四男坊の私の方が一瞬タジロイでしまったのである。TにしろOにしろ、親の面倒を見る事が最初から宿命付けられている連中は、私とは大いに違う。プレが無い分、迷いも無く天晴れの段である。見習わなくては、いけない。

 夜は出来たてを以って、チャーシューラーメンにする。スープも一滴残らず平らげてくれたから、目出度く合格点だったのだろう。見るべきテレビも無いから、部屋でラジオを聞きながらブログ散策をする。暑いと言っても日が沈めば、信州はコオロギが鳴く秋の夜長の涼しさである。こんな時は、下手絵を描いてストックを作って置くに限る。

 画用紙を半分に切り、さてさて、夜の小部屋である。画材は何にすべしや・・・である。

 写生などと云った精密画が描ける訳ではないが、何か対象が無ければ絵は描けないのである。机の隅を空けて、机の上のめぼしい物をアレンジして見る。別段、意図するイメージがある訳も無い。縦長の紙片にモデルの大小もアンバランスな配置である。
 然しながら、それが絵の出来・不出来に直結するほどの影響力は無いのである。期待などせずに、描くのがスタートなのである。

 下描きが出来れば、後は楽しい色鉛筆でのお絵描きタイムである。自分と60年も付き合っていれば、背伸びをしたくても、それが叶わぬ事位は、十分身に沁みて居るのである。背伸びをしてしまったら、楽しみは無く為ってしまうのである。楽しみは、自分が楽しむ範囲で丁度好いのである。これを称して、お絵描き・落書きタイムと総称するのであろう。

  色付けが完了して、我が絵を眺める。これは、イケマセン。トホホなり。

 煙草を燻らせながら、下手絵にも、画竜点睛は必要不可欠・・・さてさて、目を入れる難題解決に、頭を捻る思案の時間である。この・・・好く言えば工夫、正直に言えば誤魔化しのmy thinking timeが、私としては一番楽しいのである。投入時間を無にするか、しないかは、逃げも隠れも出来ない自己責任のthinking timeに為るのである。

 上手く行けば、下手絵から詩も、小編も生まれるかも知れないのである。脳軟化症と健忘症に侵されている脳味噌には、ある間隔で血液の循環が必要なのである。

                   一滴一滴
                   


                    秋の夜長

           秋の夜長に、コウロギ、コロコロ鳴くは、
                  
             我が真面目タイムにBGMを奏でるか・・・ 
       それとも、無駄な足掻きとコロコロ笑い転がす魂胆か・・・

           ラジオ深夜便の歌声は、紫煙に瞼重く誘う・・・
            ビリーバンバンが歌う。♪ひとしずく ♪ひとしずく、・・・

          一滴一滴、一滴一滴、
               男が眠りに就けば、小人俄かに出て、一滴・一滴、
   
         飲めや歌えに呼応して、コウロギ鳴き交わす 秋の夜長か。

心何処ーショート 嬉しいお誘い
                嬉しいお誘い(8/26/09)
 夕方、サラリーマン時代の先輩から、電話を貰い晩飯方々、飲みに行って来る。サラリーマン時代の上層部秘話を伺って、『あれぇ、本当? とんでもないオヤジ、オッサンだ。俺達の方が、出来が良いじゃないですか。』などと、爆笑抱腹の時間を過ごして来る。
 尤も、退役ロートルの私達も、多分同じ酒の肴にされているのだろう。長嶋様の形容詞・枕詞ではないが、記憶に残る事は、喜ばしい事である。

 個性派侍で通っていた先輩は頭が切れるから、奥さんが亡くなった現在は、医師の一人息子夫婦とも暮さず、犬と水槽の淡水魚をお伴に、一人でマイペースの日々を送って居る。投票日は、東京で家を継いでいる弟さんと、北陸に釣りに行くので投票を済ませて来たとの事である。

「それがさぁ、時々、面倒見て居る爺さんが居るんだけどね。選挙に熱心な人でさ。投票日は、遊びに行って来るから、期日前投票すると言ったら、ワシも連れて行けと言うから、連れて行ったんだよ。
それでヒョイと横を見ると、選挙区は民主党の議員名さ。比例区見たら、公明党と書いている。爺さん、大丈夫かねと思ったんだけど・・・俺の口を出す場面でも無いからさぁ。

 戦争も、戦後教育も、小泉選挙の時も、どうも俺達日本人って奴は、付和雷同で右へ左へ右往左往しちゃう傾向があるからね。ああだこうだと言っても、一番無責任なのは、日本人と云う特質何だろうね。上手く行く時は上昇の一直線、下手すると下降線に一直線に突進してしまう。マスコミだけの責任じゃないのにね。困った遺伝子だわな。

 俺達世代は、サッカーは分からないけど、ボールの飛んで行った方向だけで、ワァーとばかりに右往左往してしまう傾向があるから、ワールドカップの金メダルは、取れないと思うんだけどね。」

「Rちゃん、戦争を失くす方法を考えたら、間違いなくノーベル賞だよ。まだ若いんだから、考えて見ろよ。」

「この頃はさ、遣る事が無いから、時計直して居るんだよ。昔さ、オヤジの買ってくれた腕時計が、とうとう壊れちゃってさ。好い時計だったから、直そうとしてバラしたら、一巻の終わりに為っちゃった失敗談があってさ。
 それで遣る事が無いから、いかれた柱時計をいじくって見ようと思ったんだ。ああ云う物はね。素人が、直そうと思ったら負けだよ。

 先ずは、じっくり時間を掛けて、観察するんだよ。そうすると、おかしな動きをする個所が見えて来るもんだよ。それでだよ。此処が肝心な処だよ。

 へへへ、素人が分解したら、復元は叶わないからね。締めるか、突っつくか、ゴミ落としを遣って見ると、意外と動くから不思議な物なんだよ。機械の生命力って云うのは、人間が考える以上に長いって事だよ。遣って見ると、面白い世界が広がるよ。」

「Rちゃん、俺も女房・女房の母親と長かった介護の経験者だけどさ、誰かが遣らなくちゃ為らない巡り合わせだ。根を詰めたら駄目だよ。所詮、為る様にしか為らないのが、この世の仕来たりさ。
 又、電話するよ。何時でも好いんだよ。出ておいでよ。俺も、あなたと話していると楽しいからね。お世辞じゃないからな、R。」
「はい、分かりました。」

 61と67 のロートル組は、自転車を漕いでエッチラ、ホッ、エッチラ、ホッと、夜の登り勾配を漕ぐなり。

心何処ーショート 秋風に、コーヒーと紫煙。
              秋風に、コーヒーと紫煙。(8/25/09)
 すっかり風は、秋の涼しさである。雨で二日順延と為ってしまった甲子園も終わった。鳴くに鳴けなかったミンミンゼミの声が、秋風と強さを削がれて柔らかさを見せ始めた光の中で、何か侘びしく聞こえて来る。
 庭の太陽に向かって伸びる一方の百日紅の枝枝には、白い花が風に戦いでいる。遮光・目隠しの窓辺の雑木の生い茂った葉影では、雀が一羽静かに虫を食べている。窓辺の住人の金華鳥もキリギリスも、そんな事にはお構い無しに、普段の生活行動を見せている。穏やか過ぎるほどの涼しさが、この部屋には通って居る。

 今年初めての試みであるキリギリスの放し飼い?(オス・メスを十数匹を庭に放したのである。)は、期待以上の効果をもたらしている。 彼等はご近所さんを、半径15M前後で何週目かで回り鳴きしている。メスは鳴かないから、その安否は定かではないが・・・オスの近くには、メスが必ず居るものである。メスはオスの声を頼りに、付かず離れずの距離を保って、交尾・産卵を繰り返す。
 Tの携帯写真付き観察談に依れば、彼等の交尾は身体に似合わず、30分の長丁場に及ぶとの事であった。一回の交尾で、何個の卵を体内に発生させるかは? 皆目見当が付かないが、メスは長い剣の様な産卵管を地面に差して、卵を産んで回るのである。
 アリとキリギリスのイソップ童話と違って、単独行動のキリギリス達は、実にコマメで勤勉な昆虫さんなのである。私は、彼等のそんな処が大好きで、夏に為ると、必ず採って来るのである。

 尤も、炎天下、気持ち好く鳴いている処に、或る時突然に、メタボ・ロートル・クマ男が現れて、長靴でバッサバッサと強引に住処の雑草を薙ぎ倒される。得意にして、唯一の長足跳躍力も、着地すれば隠れる場所も無い平場・・・ 難なく強引海坊主のごつい手で御用の一幕である。野菜片と削り節だけが食料のプラスチィックのケースで、日夜鳴くは、悲哀の合唱曲。・・・こんな事を考えるは、彼等には申し訳ない処であるが、これも運命である。これまた、弱肉強食の動物界の掟でもある。許されよと云うより他ない。

<頑張り為さりませ。暑い内が、我が世の性期でありまする。巧く運べば、来年はご近所さんの庭から、キリギリス達が生まれて来るやも知れぬ。住めば、都の春も訪れる。>

 斜向かいさんは、せっせとジャガイモ・キュウリ・ナス・枝豆の差し入れをして下さる。若い枝豆ばかりに馴染んで来た身からすると、たわわに実った大豆を形毎三本貰ったのであるが、その実付け振りには驚嘆してしまった。為るほど為るほど・・・西部劇の開拓農民の食卓に毎食デンと置かれる豆スープ。日本では醤油・味噌・豆腐に納豆。伊達に畑のタンパク質などとは形容されないのである。納得且つ大豆の大成りには、脱帽にして最敬礼であった。こんな大豆の実態・実力も、女房任せの亭主関白時代には、一切知らなかった事である。人生、何事もすべからず塞翁が馬の喩えであろうか・・・

 前にも書いた事であるが、人間の動物界覇者への分水嶺は、手の使用・火の使用・言語の使用以上に、食糧の保存方を発達させた事が、人類の最大の強みだった筈である。実りの時期は一斉にして、食べ切れずに放置すれば、天の恵みは一過性の季節絵で終わってしまう。貯蔵・保存食を工夫すれば、冬眠をせずとも春を待てる。

 何やら、光る秋風の涼しさに、訳の分からない一文に為ってしまった。これも、風の為せる御業であろうか・・・ 何を打っても好い処が、ブログ樹海の我が辺境ブログ。

          ロートルクマ男日記の強みであろう。ウッシッシ。


心何処ーショート 嘆きの行進
                嘆きの行進 (8/24/09)
            
           昼飯=スイカ 昼飯=スイカ 昼飯=スイカ

              疲れた 冷たい 腹減った
  吹く風 秋風 秋桜伸びて 花揺らせ シオカラトンボにアキアカネ 
    濡れたズボン 長靴 歩く度 ブガブガと・・・ 嗚呼、重し

         スケベ心に 疲れた 冷たい 腹減った 
  釣れぬ釣り 帰りの道 尚も遠く 吹く風 秋風 色付く実りの穂 
   来週選挙 選挙カー まだまだ スマートに 優しくアナウンス

   嗚呼 疲れた 冷たい 腹減った ブカブカ長靴 いと気持ち悪し

心何処ーショート マイギャラー3
恥ずかしのマイギャラー3

ロートル寄り合い所狩人バチ雨
キリギリス妄想の小部屋釣りの図
夜・一人散歩_001夏の思い出ライオン娘1
マンジュシャゲ熱唱_001遊び絵
バルデイナ1バルデイナ

心何処ーショート スネーク・ヘツド
                スネーク・ヘッド(8/23/09)
 NHKの歌番組を22時まで観る。私は、お祭り騒ぎの紅白とか、のど自慢は余り好きではないが、歌謡ホールは、お気に入りの番組の一つで火曜の定番と為っている。私は男であるから母の様に、懐かしの歌が歌われようとも口と身振りは抑えてしまう。懐かしの歌は、来しき時代・時々の想い出への扉の一つである。
 ニコニコして大きく頷きながら、口パクをしている母の姿には、母の少女・娘時代を想像させるに足る雰囲気が蔓延している。還暦を超えた私は、そんな小さくなってしまった母の仕草・表情をチラリチラリと見ながらのお付き合いである。

 とは云え、二時間半に及ぶ長時間は、93の母には長丁場過ぎる。途中で布団の上に身を丸め、目を閉じても弛んで皮膚の皺皺の小さな手で、軽くリズムを取って聞いているのである。子供の頃、母の鼻歌は何度か聞いた事があるが、褒められたものでは無かった。きっと私の音痴振りは、母の遺伝子に因る処が大きいのであろう。

 懐かしの昭和の歌ではあるが、歌い継がれて行く名曲には違いなかろうが大部分を昭和の時代に生きて来た世代にとっては、オリジナル歌手の顔と歌声が確り脳裏に焼き付いてしまっている。そうなると如何しても、人間としては映像と歌声が復活してしまい、詮無き比較をしてしまうものである。知っている世代、知らない世代であっても、名曲は歌い継がれて、歌の心を捉えて行くのであろう。

「今日の番組は、本当に好かった。」・・・母のお休みの言葉であった。母は頑張り過ぎたから、明日は起きれないだろう。明日の朝飯は、体調次第で朝昼兼用で好からずよ。

 部屋で煙草を吸って、いざ夜の散歩運動である。昨日の不足分を補う必要がある。最低一時間半を歩くべしである。新しい試みに、市の中心街に位置する千歳橋まで行って見る事にする。頭の計算では、通常の田園散歩コースと同程度の道程に為る筈だ。行きは下り勾配、帰りは上り勾配のキツサが予定される処であるが、何コースかの目安を持つ事は、大事な事である。
 夜の散策に出向くと、軽パトカーの巡回は、結構頻繁に行われている。交通機関の薄い地方都市であるから、自転車の利用者が一般的である。夜の散歩をしていると、自転車の無灯火走行で捕まる若者が実に多い。上り勾配のタイヤ摩擦発電走行は、息が切れるものである。同情しつつも、規則は規則。彼等には、ご愁傷様と云うより他ない。

 私は愚図なロートル・メタボ男であるから、罰金を取られたら生活に支障を来す。因って、特別な事情が無い限り、夜は自転車には乗らない事にしている。何しろ、町内では好く捕まるのである。自転車に乗って、1分も経たない内に御用と為ってしまったら、幾ら潔い私であっても、悪態の一つも出ようと云うものである。罰金前は、好くパトカーから注意を頂いたものである。へへへ。

 千歳橋の時計を見ると、所要時間約50分である。橋の広い歩道部分では、スケボーをしている若者が二人。遅かれ早かれ、軽パトカーが見付けてお説教を頂戴する事は必定であろう。然しながら、若さとは意気がってTPOに逆らって見たい・・・その様なものである。店仕舞いをしている縄手通りを、メタボ・ロートルクマ男は、短足をピッチ走法に託して、セツセと通過して、土手道から歓楽街の裏町の様子を見る為に、コースを変える。

       不景気と土曜日が重なって、通りには殆ど客の姿が無い。

①「マッサージ、イイデスカ。」

②「マツサージ、イカガ。」

③「マッサージ、キモチ イイデスヨ。ワカイコ、イッパイ イマス。ドーゾ。」

 やれやれ、この界隈も中国人だらけの風俗の店に為ってしまった様である。スネークヘッドとは好く言ったもので、形の小さな頭さえ潜り込ませれば、後から大蛇の太い胴体が、場末の町にトグロを巻き付けてしまう。

 私は好色下衆男の見本の様な男ではあるが、小心者であるから、蛇の類は苦手中の苦手である。蛇に出っ喰わすと、保身上、棒切れか、石で叩きのめして仕舞う性質である。矢張り、蛇は藪の中に人知れずに忍んでいてくれた方が、都合が好い。
 下品・狡猾・形振り構わずを蔓延してしまうと、嘗てのサイパンの様に顰蹙を買ってソッポを向かれてしまうぞよ。少しは、商売相手の日本人の性格を学習すれば好かろうものを・・・彼等のお国振りなのかは知らぬが、体験による学習効果の薄いのが国民性らしい。                          
                困った子蛇連中である。

 さてさて、黙々と歩くより仕方なし。ふぅー、熱い熱い。頑張って岡の宮神社まで行って、口を潤してスローダウンすべし。再び、川に出て土手道をヒーコラ行進である。如何やら、秋の気配と運動量がマッチッングして、家の前まで来て、ラジオ体操を演じてしまった。部屋で時計を見ると、一時間五十分の所要時間であった。まぁ、これなら上方コースに匹敵する。選択肢が広がると云う事は、好い事である。

心何処ーショート 果報者
                   果報者(8/22/09)
 暑さで目を覚ます。好く寝たものである。夜に続いて、朝から気温は急上昇である。内も外も、キリギリスの声は、夏声である。軽い朝食の後は、夜中に大騒ぎをして、睡眠を中断してくれた小鳥達へ、手荒い鳥籠の放水洗いをして遣る。週に何度かされるから、籠の中の鳥達も心得たものである。

 コンニャロウ、バサバサと大騒ぎ。四畳半に置いて遣れば、早朝からブンチャカ・ブンチャカ、ピーピーと煩い奴らだ。風林火山を地で行く俺様を少しは、見習ったら如何じゃい。何から何まで、俺様を頼りやがって、このバカタレが、頭に来るから、イタチの最後屁でも、喰らわして遣らっか!! ほれほれ、今度は霧吹きで全身浴じゃぁ、気持ちが好いだろう。嗚呼、遺憾いかん・・・これじぁ、頭に上るだけだわい。果報者共が・・・

  おぅおぅ、電話が鳴っている。週に一度のTとのコーヒータイムである。
 
            迎えの車に乗って、土手道を下る。

「何処ら辺で、釣ったや?」
「おうおぅ、先ずは、あそこでさ。葦が邪魔して、バシャリだけさ。ほれほれ、あそこの溜まりには、30cm級の大物が何匹かいるだぜ。だけど、釣れるのは、馬鹿ハヤばかりさ。大物とじっくり根競べをしたいんだけど、あの辺りに馬鹿オヤジが居てさ。行くと決まって、土手からじっと見て居るだわさ。面構えが無粋過ぎるから、関わるのは真っ平御免だから、俺はソッポを向いてるんだけどさ。へへへ。

 そうそう、あの辺りの流し場でヤマメが2匹でさ。下って橋の下で、昨日のニジマスさね。如何だい、テンカラ釣りのセットを買って遣るから、遣って見ろよ。家の方には、好い川があるじゃないか。あの川は湧水の川だから、結構野生のニジマスが泳いでいるぞ。唯、街中の裏道だから、細い道なのに車が引っ切り無しで、ちょっと勇気かボケが必要だけどな。アハハ。でも、あそこは街場の穴場だぜ。」

「おうおう、あの川な。餓鬼の頃は、好くカジカ突きしてワイワイ、ガヤガヤして遊んだんだけどな。今じゃ、子供達も川遊びもしていないからなぁ。ボケには、早いしなぁ。」
「じぁ、貫録でとぼくれちゃえよ。散歩コースには、持って来いの距離じぁないか。毛ばり釣りだから、餌の心配は要らんしさ。釣れなくても、バシャリ、ジャンプの魚体を見りゃ面白いもんだぜ。何時でも、手解きするぜ。」
「おぅおぅ、セミプロの遣り方を観察してからで好いよ。ポケットにビニ袋とコンパクトな軽量竿なら、邪魔には為らんからな。」
「そりぁそうよ。折角、環境の好い処に住んで居るんだもの。眼だけの環境散歩してても、芸は無いぜよ。目出度く、お役御免に為ったら、<ロートルよ、少年に還れ>だわさ。」
「そうそう、若返らなくちゃなぁ~。パイプのご利益かぁ? 上手い事を言うもんだ。」

      例のスタバの二階で、アイスコーヒーを飲んで、歓談する。

「Rの言う通り、インターネットって奴は、面白い。退屈しないなぁ。この前、教えて貰ったブログを読んで居るんだけど。面白いわ。其々に味のあるブログだ。本なんか買って来て読む必要なんか無いもの。勤めて居る時は、余り気付かなかったが、日本は高学歴化社会なんだねぇ。仕事社会からの解放を手に入れたら、本当に後は、個人の質の高低で、日常が変わって来てしまうからな。裏を返せば、それは怖いんだけどな。」

「そうそう、今日見てたら、良いのがあったぞ。本の代わりに為る。『読書日記』って奴だ。Tもブログを作ったら、面白さが一段と増すぜよ。作る前だって、この前の推奨ブログの一覧は、好いブログだから、遠慮する事は無いわね。<アガタ・リヨウのポン友・Tです。>何て形でコメント送れば、直ぐ通じる筈だぜ。何しろ、俺のブログの一側面には、Tとの交友録がドンと座っているから、即、繋がりの輪が広がるぜよ。遣って見ろちゃ。人生にぁ、ご愛嬌が必要だわね。えへへ。」

「さてと、煙草を吸いに行くか。」
「あいよ。」

 途中、トイレに回ったTを後に、ベンチで煙草を吸っていると、坊主頭の3~4歳児がチョコチョコ私の前に遣って来て、
「ジジ、あれ、なぁ~に」と、宣伝用の赤い幟を指差している。
「あれは、のぼり・はただよ。」と答えつつ、ちいちゃな男の子の親を探して見るが、それらしき人は見当たらない。
「ぼうや、お父さん・お母さんは如何した?」
「なか、いった。」
「そうか・・・」
 仕方が無いから、坊やの相手に為って、親が捜しに来るのを待つしかあるまい。

「おや、如何した?」
「う~ん、お気楽坊主に、お気楽親なんだろうね。仕方が無いから、それと無く、監視役だわさ。」
「そうなんだよな、俺の散歩コースがイトーヨーカドー徘徊だから、子供の手を引いて親捜し何て事もあるんだけどさ。<あら、ソォー>ってなものだぜや。これも、ご時世って奴だわさ。」
「分かるわな。俺達の餓鬼の頃は、母ちゃんに確り付いて居ないと、<人さらいに連れて行かれちゃうでしょ!!>で、ゲンコツかメン・ピンが、お決まりだったからな。」

 こんなロートルオヤジのコーヒータイムを終えて、部屋でPCをしていると、斜向かいさんの登場である。


心何処ーショート 妄想の小部屋
                妄想の小部屋(8/22/09)
 いやはや、母にとっ捕まえられて、親子漫才をしてしまった。つくづくと、俺ぁ戯け息子である。酒井典子・党首の選挙演説に、下衆のツッコミ解説をしている間に、口の潤滑油が溢れ出てしまった。
 本当は、世界陸上の女子走り高跳びにグイグイ惹き付けられて、好からぬ妄想・連想を働かせ放しで、夜を徹してしまったのであるから、昼寝が必要だったのである。にも拘らず件(くだん)の如しで、バルサン焚き・釣り遊びをしてしまったのである。仕事をしていないから、寝不足への不安は何時でも解消出来ると云う気楽さに救われているだけである。 

 世界遺産の番組を見た後は、本来なら散歩運動に出掛ける日課なのであるが、流石に身体が言う事を聞かない。そんな事で、鈍らに即迎合して、サボってしまったのである。
 然りとて、お天道様は脳足りんを不憫と思し召して、体力だけはお与え下さって居るのである。

 ラジオでは秋の声などと、コウロギの声の便りを紹介して夏の終わりを演出しているのであるが、蒸し蒸しとする夜である。窓辺からはコウロギの声がコロコロと聞こえては居る物の、相変わらず夜のキリギリスの声も遠く近く聞こえて居るのである。四畳半の定位置に座る私の格好と云えば、勿論、短パンに上半身裸の首タオルスタイルである。蒸し暑いと思っていると、ポツリポツリと雨が落ちて来ている様である。

 こんな時は、悪戯絵を描いて眠くなるのを待つに限る。別段、絵を描くのが好きな訳では無い。悪戯が好きなだけである。他愛も無い下手絵であるから、適当に描き始めれば、下衆の興味でこの空白が気に食わないなどと、もう一人の自分がチョッカイを仕掛けて来る。私はサービス精神の旺盛な小心者であるから、そんなご意見に耳を傾けてチョコ・チョコと描き足して行くのである。そうこうしている間に、何やら意味不明の線と色が、形・イメージを表して来る。初志一貫の絵など、描きたいと思っても遠く霞の彼方なのである。              
            
          きっと、根が好い加減に出来て居るのであろう。

 さてさて、大きな空白が出来てしまった。フーム、困りましたわな。全くアクセントに欠ける低能児の幼稚絵である。然らば、ハイジャンプの白人女性を引っ張り出して、男子200Mの褐色男子でバランスを取れば好かろう。

 アジァジァ・・・ これでは、世界を代表するアスリートさんの迫力ゼロである。こりぁ、誰かさんに似て来てしまった。好い男過ぎるわいな。読者に誇大為る誤解を与えては心苦しい。イッヒッヒ。私の嘗ての得意技は、強引な体落としであった。此処は、強引なる修正が責務である。
         
          何か無いか???・・・美形殿達・・・とほほ。

 題して、『妄想の小部屋』・・・の文字を目眩ませに、お絵描きタイムをお開きと致しまする。これなら、6位入賞であろう。毎度、馬鹿馬鹿しいロートル・クマ男の日常日記へのお付き合い、感謝感謝であります。内なる顰蹙は結構で御座りまするが、文句を言っては為りませぬ。お笑い下さりませ。

                   妄想の小部屋

心何処ーショート 調子に乗って、竿を振るうなり。
            調子に乗って、竿を振るうなり。(8/21/09)
 母親は、有難いと云うか、面白い物である。昼にバルサンを焚いた。説明書によると、2~3時間の部屋の閉鎖が必要との事である。生憎、大きい物しか売っていなかったので、8、6、4.5畳を一つのスペースとして焚いた。モンモン、ゲホゲホの凄い剣幕である。従って、3時までは、私の居住区は閉鎖されて仕舞うのである。

「昼寝でも、テレビでも見て、ゆっくり、この部屋に居れば好い。」と、母はニコニコして、お茶を注いでくれる。そんな事を言われても、「はいはい」と言って、3時間も過ごす訳には行かない。一人が好きな男であるから、何とは無しに居心地がしっくり来ずに、退屈してしまうのである。一時半を回って、頃合いの曇天でもある事だし、暇潰しに釣りに行く。

 本日は、長靴を履いて行く。増水で薙ぎ倒されて葦の中を進んで竿を振る。普段は葦が覆い被さって、近付く気にも為れない好ポイントである。早速バシャリと来てくれた物の、肝心の合わせ場所が葦の影で見えない。依って、合わせる事が出来ないのである。
 テンカラの毛ばり釣りは、同じ魚が追って来るのが精々3回までである。魚に毛ばりである事がバレてしまえば、鼻も引っ掛けて貰えなく成ってしまう。効率の悪い釣りではあるが、バシャリ、水面ジャンプの魚体が視覚を刺激して、

<やいやい、デカイ、ビックリした!! 不意打ちとは、手前ぇ汚いじゃないか、コンニャローめ!! ちぃっ、カラ振りか。コンチクショーめ!! まぁまぁ、此処は、歳の功である。深呼吸をして、構え万端怠り無しで、逃がさんぞ、勝負じぁ!! 度胸があったら、もう一発来いや!!>

 などと、人間の私の方が、勝手に熱く為れる釣りなのである。そして、真に以って、悔しい釣りなのである。釣れれば、ギャハハ。俺は天才だとほざき、釣れなければ、トホホの極みにして、嗚呼、俺もすっかりロートルで反射神経が劣化している。もう、若くは無いのである。テンカラ釣りは止めよう。などと、メランコリーに陥ってしまう危険な釣りでもある。

 場所をこまめに変えて、下に向かう。昨日のポイントで竿を振るうが、駄目である。信大病院に向かう曙橋の辺りが、川相が好いから腰を落ち着けて、粘るが駄目である。本命は、バシャリと来るのであるが、後が続かないのである。ハヤは数が多いから、入れ替わり立ち替わり喰らい付いて来るから、釣れるだけの話である。
 世界陸上のフライングでは無いが、竿を合わせる人間としては、フライングの一回目のバシャリで、勝負モードに構えが高まるのである。相撲にだって、尊居の構え・仕切りを何回か繰り返して、対決モードを全開して行くのである。一瞬のタイミングが釣れる釣れないに直結するから、釣れると堪能するのである。

 然しながら、全てが弛緩しているロートル・クマ男が、一発必中なんて芸当が出来る訳が無いのである。一発目で掛る場合は、魚の方から云えば『気負いの猪突猛進』乃至は、『勢い余っての勇み足』の大失態の様なものであろう。

 昨日のスケベ心を見透かされた様に、毛バリに掛る物は、ハヤばかりである。手がすっかり生臭く為ってしまった。外に出る時はポイ捨てを恥じて、煙草を持って来ない事にしているので、そろそろ煙草が吸いたくなって来る。

 さてさて、最後の悪足掻きをして帰るとしよう。橋の少し下流の落とし込みに、竿を振るう。二投目でガツンと来た。反射的牛蒡抜き一発である。手応え十分の魚が、五月の植栽にすっ飛ぶ。青天の霹靂、0.3秒で水の世界から空気の世界である。パニ食って暴れ捲る魚をしっかと握り締め、毛ばりを外せばニジマスであった。さてさて、頃合いの時間である。

 家に帰って、まな板で測ると丁度24cmであった。早速、腹を裂いて臓物を出し、中に味噌をたっぷり詰め込んで、表には塩をしてサランラップに包んで冷蔵庫。夜の尾頭付きである。

心何処ーショート やれやれの、溜飲を下げるなり。
                  釣りの図

           やれやれの、溜飲を下げるなり。(8/21/09)
 昨日はジャガイモ。本日はナスを頂いてしまった。汗でべっとりした身体を行水でシャキッとさせた後は、ビニール袋をポケットに竿振りである。ヤマメの尾頭付きをプレゼントすると約束してしまったから、有言不実行では男が廃るのである。

 本日は、姿は見えども私を敬遠ばかりしているS大の付近の淀みを狙う事にした。此処は大物が居るのであるが、毛バリにはちょっかいを出すばかりで終わってしまう。それに住宅街のど真ん中であるから、見物人が来るから、シャイな私には相性の悪いポイントなのである。本日は、時間が早い為かハヤも食い付いて来ない。ビーチサンダルで川を渡って来たのに、冷たい連中である。

 川から上がって、上から浅い瀬を狙う事にする。案の定、早速バシャリと来た。ヤマメの捕食行動である。何投目かで掛った。丸々と太った正真正銘の良型ヤマメである。ピチピチ跳ねるヤマメをポケットに捻じ込んで、ロートル・クマ男は、真剣そのものである。 

   さぁ、来い。勝負じゃ。チクショー、浅かったか、残念至極!!
  何の何の、さぁ、来いや。 遣った、遣った。見たか、俺様の実力

 竿撓り、踊る銀鱗の醍醐味である。同サイズのヤマメである。これで、お向かい夫婦の尾頭付きを目出度くゲットである。下って、まだ狙うには絶好のポイトはあるが、子供達が川に降りかけて居る。取り囲まれて、あーじゃこーじゃと騒がれては、人の好い私は釣りに集中出来なくなってしまう。お向かいさんに、活きの好い内にプレゼントして、靴に履き替えて散歩運動に出立つすれば、夕飯の賄い夫には、頃合いの時間と為る。仕掛けを巻いて、土手道を帰る。

    玄関に向かうと、ご主人は鉢植え植物に水遣りの最中である。

「釣れたよ。約束のヤマメのプレゼントだんね。朝、奥さんからナスのプレゼントを貰ったから、お返しは要らないよ。これで、チャラだよ。」
「やいやい、こんな結構な物を貰ちゃって、早速、晩に塩焼きにして貰うだ。巧いもんだね。チョコチョコと出掛けて行って、釣って来るなんて大したもんだ。」
「やや、マグレせ。俺は頓馬な顔してるんで、ヤマメが舐め切って墓穴を掘るだいね。」

 先ずは、有言実行の溜飲を下げる事が叶った様である。やれやれの段である。さて、ペットボトルを持って、通常の1時間45分の運動散歩に行って参りまする。


心何処ーショート 楽しみは、去りぬ。
              楽しみは、去りぬ (8/20/09)
 学生用のアパートの続く前の土手道では、留学生の金髪女子学生が体操をしている好い出足であったのだが、夜の散歩をしている内に、腹が痛くなって中断する。急いで家に戻りトイレに行かなければ為らない。

 微妙な急ぎ足で家近くの橋に戻って来ると、橋の中央の橋灯の淡い光の中で、若い男が女の体重を立膝スタイルで支えて、音無しの抱っこの構えである。

 天下の公道を、コンチクショーめ!! 抱かれる女は、絶世の美女であろうか???
      下衆の下心から、歩速を思い切り緩めて、マジマジと見て行く。

 二人の世界に没頭している。男はファンションとしての黒い毛糸の帽子を被っている。
      このバカたれが!! 格好付けやがって 見て損をした!! ・・・
           俺は、肛門に便意を催して、腹が痛いのである。

 この橋は、大学構内を結ぶ直近にして歩道専用橋なのである。深夜もなんのその・・・学生達が自転車・徒歩で通う利用頻度の高い往来なのである。ドラマ・映画のロケじぁあるまいに・・・
ほれほれ、自転車に乗った女子学生が二人渡って来ているだろうが・・・クスクス笑って見て行くだろうが。困った物ではあるが、この辺りは、夜に為ると格段の好ロケーションと為るのである。

 トイレを済ませて、一服を吸う。さてさて仕切り直しの、夜の散歩運動の継続である。運動頓挫に託けて、コースを浅間温泉の旅館街に取る事にする。閑散とした夜の通りには人影も無く、時折、私の様なウォーキング、ジョギングをする人影だけが通り過ぎる。間延びをした様な夜の中に、時間が止まった様に、僅かにスナック・食堂の明かりが灯るだけの街である。懐かしい旅館の佇まい・ネオンに灯る名前に、頷きながら大周りをして来る。
 初恋の彼女の家の辺りを回って下って来る。すっかり様相が変わって、嘗ての温泉プール→駐車場は、小さな公園に為っている。ラーメン屋から下って、豆腐料理屋の路地を進んだ所に同級生の家があった筈である。同窓会の出欠を取りに来てくれた同級生の家である。同窓会は、盛況を来したのだろうか・・・などと、ついついそんな事を思いながら、過去に向かって彼是と、過去の破片が頭を巡って来る。

  そんな弛緩し切った頭の断片の中に、ひょいと夢の記憶が湧いて来た。
 
 おいおい、待てよ。一回りして来たのに、あんな風景など無かったじゃないのか??? とすれば、ありゃ、夢の中の風景なんかい・・・ 夏草生い茂るチンチン電車の終点駅・・・稲穂の薄黄色・・・夏の終わり、小麦色のピチピチ弾むあの笑窪の記憶は・・・遠い幻であったか・・・遺憾いかん・・・

 夢の中の風景が、現実には無かったのである。その現実と夢の明らかな差が、夢の記憶を浮かび立たせていたのである。多情多感な中学時代の思い出は、初恋に直結してしまうのは、致し方の無い我が頭脳回路とも云うべきものであろうが、それが、楽しい現実の過去を運ばずに・・・
 夢のシーンの場所が無いなどと云う、とんだ現実を運んで、首を捻っているのであるから、私の脳軟化症は、大分症状を拗らせているらしい。これまた、可笑しくも困った好い加減男の脳内散歩である。
 
 然しながら、どちらが楽しく有益かと判断すれば、ノーテンキ妄想の方が好いに決まっている。これも何かのご縁であろう。心安らかにして居れば、全く不思議な事に何年前・何十年か前に見て、其の儘、打ち捨てられていた夢の再上映が始まって来るのである。有難きかな、脳裏に収納されたシネラマ・パラダイス館のリバイバル上映である。

 人間の脳の仕組みの摩訶不思議さなのか? ただ単なる妄想男の病の為せる業か? 

 こんな戯けロートルの哲学は、無粋の極みである。脳裏に浮かぶ夢うつつの狭間を友に、夜の街をそぞろ歩く芸当は、そこん所そこいらの人間には叶わぬ、我が得意の道である。天に輝く月も星も、そんな事で冷笑・蔑笑も出来ぬ筈。此処は、楽しむが肝要である。

 妄想とは、儚き現実に終わった願望の飽く無き加工の産物なのかも知れぬ。
               ウッシッシなり。
 こんな結論に漕ぎ着けると、初恋のKちゃの存在は、実に大したものである。40年を経ても、色褪せぬ男と女の純情のご教示を与えてくれているのである。

 さて、これから、長野日大の甲子園観戦である。

 アジャジャ、三匹目のドジョウは、居なかった様である。15対5の大差の中に、長野日大は中京大型打線に没してしまった。5:0 5:5までは、一生懸命応援していたのであるが、武士の情で一方的な展開からは、部屋に戻ってラジオを聞きながらの模様見であった。甲子園の楽しみは、去りぬの本日第二試合であった。

心何処ーショート 名は体を表す。
                 名は体を表す(8/19/09)
 M氏差し入れのコミック本を捲っていると、時代劇物ばかりである。若い世代を中心に歴史ブームが湧き上がって居るとの報道は、去年辺りからされていたのであるが・・・
 <ご老公が往く食と文化の珍道中記!! 水戸黄門 食いしん坊漫遊記>なる物が連載されている。月曜の夜は、母のお付き合いで楽しませて貰っている水戸黄門のシリーズである。水戸黄門様は、日本の大衆娯楽文化の一つなのであるから、切り口も表現の自由も確りあるのであろうが、此処まで遣られてしまうと、テレビ局・俳優さんからテレビドラマイメージの侵害などと、イチャモンが付かないのだろうか・・・そんな感想まで持ってしまう。

 時代の流行りをリードしたり、流行りに迎合しなければ食って行けないコミック雑誌界の、一種の軽佻浮薄とも見えるエゲツ無さには、脱帽するしか無い。

 熱いモーニングコーヒーを啜りながら、パイプ煙草に火を付ける。女王・エローラ・イシンバエワ(27・ロシア)は、全てが絵に為る。顔・瞳・身体・パンツの食い込み・フォーム・精悍さ・真剣さ・自信・雄叫び・不遜さ・笑み・愛嬌、そして、慟哭・泣きじゃくる表情・・・彼女の一挙手一投足は、内包する彼女のドラマの一端を象徴して、ロートル・クマ男の目をくぎ付けにして、余りある。
 古来名前は、体を表すとも言われる。両親も、娘の名前の由来が、日本語に通じるとは、想像もしなかったであろうが、正に打って付けの命名である。『エロース』の存在にして『威信映える』圧倒的存在感は、神が創り給うた稀有の存在である。
 
 夜のメーンエベント、ドイツで行われている世界陸上の女子棒高跳びの余韻に浸って居ると、ヤクルトママさんである。前任者から替わったママさんは、真面目なのか、ズッコケテ居るのか・・・大変に個性的な若奥さんである。現代的な女性であるから、スラリと大柄で背も高い。顔付も現代的で目鼻立ちも確りしている。

「こんにちは、ヤクルトで~す。何時もお世話に為ってま~す。」
「はいはい、ちょっと待っておくれ。どっこから声出して居るんだ。好い女なのに、声が2オクターブも高いじゃないか。」
「すいませ~ん。慣れない物ですから。煩かったですか~。これは、今週の分で~す。今日は、押し売りはしませんから、新商品の説明をさせて頂きま~す。斯く斯くシカジカ、立て板に水・・・」
「おいおい、凄いじゃないの。頭好いね。チラシを置いた振りして、カンニングペーパーじゃないか。」
「あれ、バレました~。お目が高いですね。今日は、絵が無いですか?」
「絵は無いけど、じぁ、こっちの字の方を持って行け。」
「わぁ、こんなにたくさん、読めるかなぁ?」
「大丈夫だよ、カンニングペーパーを、あれだけスラスラ読めりゃ、後は時間の問題だわさ。頑張れっちゃ。はい、アリガトさんね。」
「ハハハ、言われちゃいました。トークがお上手ですね。私、まだ修行が足りませ~ん。」

 受け答えが、ハイテンションにして高音域で、兎に角、振るっているのである。ロートル・クマ男としては、彼女の個性を思い切り引き出して、開花させて遣りたいのであるが、引き継いで一人だけの訪問は、未だ2回目である。彼女にして見た処で、引き継いだ会社の顧客の癖を知って、対処して行かなければ為らない。余裕の出る幕の無い、頭の疲れる時期なのである。いやいや、それで結構ザンスよ。ボチボチお遣り下さい。

 彼女は得難い個性の持ち主であるから、好い素材は時間を掛けて楽しむべきであろう。暫くは、ハイテンション・マニアルアックな高音域に、お付き合いするしかあるまい。
 地声・マイペースの口調に為れば、どんな面白い個性が現れるか? ロートル・クマ男としては、興味の湧く処である。悪乗りついでに、この前置いて行った彼女の名前を見て見る。

 ほっ、ほぉ~『口』と『和』の文字が入っている。早速、こじ付けをして、名前は体を表すの結論に、ニヤニヤしている戯けロートルである。

心何処ーショート 本日、日記の締め括り。
              本日、日記の締め括り。(8/18/09)
 今日も、ムンムンと暑い。農家の人達にとっては、待ちに待った暑い太陽様であろう。米を主食とする日本人が文句を言ったら、それこそ罰が当たってしまう。秋の実りの新米の美味さを期待して、じっと受忍義務を果たすのが消費者の礼儀と云うものであろう。

 朝食時に、庭の薄藤色のマンジュシャゲも、半分は花を終えて居る。暑いが、庭の草むしりをする事にする。嫌に為るほど、夏の雑草は強靭である。抜けば、次の物が取って代わるだけである。仕方のない事であるが、雑草達もこの処のカンカン照りで、小振りの癖に根深い雑草である。草取り・庭掃除の後は、行水に洗濯と決めていたから、草履に短パン姿での作業である。案の定、虫に食われて痒い事、この上ない。これだけ遣って置けば、暫く時間が稼げる。汗だくのTシャツを洗濯機に放り込んで、軽く一服である。
 
 さてさて、動きついであるから、水槽の補給水を汲んで来てから、お役御免の物臭モードに逃げ込むとしよう。長靴を履いて、バケツを持って上半身裸で玄関を出ると、お向かいさん夫婦が、仲良く盆栽のお手入れである。

「盆が明けたら、急に真夏に為っちゃったね。」
「ホント、暑くて堪らん。」
「まぁ、いざと為ったら、男はこの恰好があるから、助かるけどね。」
「そうだだよ。女は、それが出来ないから、もう、暑くて堪んないわよ。盆栽の世話は、虫に食われるから、こんな格好でお父ちゃんのお手伝いでしょう。ホント、私も男だったら、脱ぎたいわよ。」
「なに、俺は、一向に苦にしねぇよ。暑きぁ脱ぎぁいいんだよ。そんなババアの垂れた物を見て、文句云う奴は居るけど、涎垂らす物好きは居ねぇずらよ。遣って見ろよ。アハハ。」
「お父ちゃん、何て事言うだね。昔は、小町って言われたんだよ。ホホホ。」

 フゥ~、クラクラする暑さである。伸び放題の河原の蔦に足を取られながら、グイとばかりに水を汲む。水槽の水を何杯か捨てて、新鮮な川の水を入れて遣る。相変わらず、例の一つも言わない連中であるが、金魚槽の住人達には、顕著な成長差が出て、大きい物と小さい物との差は、倍に差が付いてしまっている。遅かれ早かれ、過密水槽と為る事は必至である。小錦・曙なんかが居たら、土俵だって狭く感じるのである。然りとて、メタボに為らぬ様に、餌は一日に一回、場合によっては抜いて居るのであるから、成長を止める訳にも行かない処である。彼等は、伸び盛りなのである。文句を言った処で、観賞者兼管理者は私一人である。不良よりも<涼>の方が好いに決まっている。

 本日の作業終了!! 風呂場で、鎌を砥ぎながら行水をする。気持ちの好い物である。

 さてと、5時である。川に降りる。増水で川底が流されて綺麗なものである。歩いていると、青い鳥が飛ぶ。カワセミが、二羽枝に止まったのも束の間に、流れに沿って直ぐさま低空飛行で飛んで行ってしまった。遊び釣りのハヤであるから、短パンにビーチサンダルである。葦の無い処のコンクリートの岸から毛バリを振るう。まだまだ水量と流れが速いから、追い付きが遅い。何匹か釣って、煙草を吸いながらのんびりする。
 ゴイサギが、バサリ・バサリと狩り場を求めて、川を飛んだり着水したりをしている。釣りは釣れぬと文句を言い、ハヤばかりだと、これまた面白くないのである。短パン・ビーチサンダルで、ヤマメの居る辺りに分け入るのは嫌であるが・・・しなければ気が済まないのが釣りである。

 水が多いから、下の淀みで竿を振るが駄目である。為らば、一端上がって、瀬の終わりを攻めてから帰ろうか・・・蛇は出るなよ。出るなよ。おっとり刀で、葦の中を進む。

 一投目で、バシャリと来た。矢張り居たか。さぁさぁ、真剣勝負である。二投・三投・四投目、竿先がグイと撓って、グイグイ葦の中に引き込まれる。掛った、掛った。好い型だ。そうりゃ、ごぼう抜きじゃい。手に取ろうとすると、ポトリと落ちた。葦の中で派手に暴れている。足元で危うくセーフであった。

 アリァ、マァ、お主、ニジマスであったか。好し好し、野生化したニジマスであるから、ヤマメに格上げじゃぁ。食べ頃の尾頭付きだ。ウッシッシ。

 浮き浮きして竿を振るうが、一度水中で魚体が見えたが、後は無しの礫であった。まぁ、それも好しである。本日分の日記は、釣りをしようと途中で止めて置いたのである。これで本日の日記の締め括りが、出来たと云うものである。先ずは目出度しの段である。

心何処ーショート 盆明け対談
                   盆明け対談(8/17/09)
 テレビ観戦からラジオに切り替えてしまった日大長野と奈良天理の試合は、何と何と・・・7:6で勝ってしまった。今年は久し振りに、甲子園の楽しみが続く。嬉しい事である。今日も暑い日である。お盆が終わって、母との二人であるから、お供え物を食べる仕事が残っている。昼は、スイカにしているのであるが・・・ウォーター・メロンとは好く言ったものである。メタボ腹は、水っ腹で真に以って苦しいのである。

 スイカは松本平の売り物の一つで、波田・郷原西瓜は、大きさ甘味に折り紙付きの立派なブランド商品でもある。田舎のスイカは、大きくなければスイカでは無い処がある。これも、核家族化などの言葉も無く育った、田舎の大家族・大人数家族の刷り込みの習慣の一つである。

 寄る歳波には抗うことも出来ず・・・食細りのロートル親子にあっては、荷が勝ち過ぎる。後一個と四分の一が残っている。私は自分と母の腹具合を見て、大きさを選んで来たのであるが、スイカの馬鹿食いの得意な私の為に置いて行った女房のスイカは、デカ過ぎる。これでは、三食スイカにして、減量効果を試すしかあるまい。・・・窓辺で一生懸命に鳴いてくれているキリギリス達に、労いの大判振る舞いをした処で、一切無効果でしかない。トホホの加齢期である。ボケリンゴ・バナナ・盆菓子と続き、勘弁してくれよの何食かが続くのである。供えなければ、仏壇が可哀そうであるが、役目を終えれば、生身の人間に負担が掛って来る・・・

 盆休みを終えたご近所は、再びロートルの住む静けさである。本日、猛暑日の便りが報じられている。じっとしているだけで、外の淀んだ照り返し熱が、汗を滲ませて来る蒸し暑さである。こんな午後は、裸でかそけき涼風を待ちながらのマイ・タイムである。
 パイプに刻み煙草を押し込んで、キツイ煙をポワン・・ポワンとふかす。パイプ煙草の駆け出し素人であるが、パイプ煙草の中には、パイプの握り・握りの中の火の熱さ温もりと云った所作・感覚の楽しみが含まれているのだろう。することも無く、コミック本のページを捲っていると、斜向かいさんの登場である。

 お盆が終わって、娘さん達家族も帰られて、普段の生活が出来ると喜んで居られる。皆で見られるDVD・ビデオを持って行かれたから、孫達と楽しませて貰ったと言う。

「そうそう、この棚の下の方には、中々の掘り出し物が、眠っているだいね。」
「埃だらけだから、気を付けましょ。そいら辺には、コメディ物とか、アニメ物が入っている筈だんね。足元に気を付けて、じっくり探しましょ。」
「疲れたずらい、孫連合とのお付き合いは?」
「都会に住んでるからね。孫達は遊び方を知らんから、手が焼ける。子供達は皆娘ばかりだから、男のゴタ遊びが出来んのだよ。田舎に遊びに来て、家の中じゃ宿題の日記も書けねぇずらよ。俺は、もう70だもの。早々は、体力が付いて行かんわね。昔は、大人の世界と子供の世界は、ハッキリ分かれて居たもんなのにね。大人なんかは、子供達には邪魔者だったのにさ。現在は、形だけがでかく成っちゃっただけで、手の掛る時代だわね。」

      そんな事を話している内に、お決まりのロートル談議に為る。

「テレビじゃ、適当な事言ってるけど、考え様じゃ戦争に負けて、正解だわね。戦争に勝って居りぁ、日・独・伊で世界支配ずらい。人口の少ない日本人は、それこそ赤紙で、お前は中国、お前はロシア、アメリカなんて移住か、転勤ばかりの人生だよ。ニャハハ。
 それも、扱きの学校成績順で5年10年の派遣勤務だぜや。成績が悪きゃ、僻地勤務だわさ。フィリピン・タイ・マレーシヤ・インドネシア何かに飛ばされたら、一年の殆どが今日みたいな日じぁ、日干しのスルメに為っちまうんね。ギャハハ。
差しづめ四季の国の内地定住者は、どうせ一握りのエリート達だけだんね。単純計算で全世界66憶の人間を、三国支配だと22憶の計算だよ。日本人1億だよ。一人で20人も相手しなくちゃならねぇ計算だよ。幾ら生卵飲んだって、そんな物ぁ、おっつかねぇわね。如何するだいね。

<これは、凄い展開に為りそうである。此処は、耳の穴をカッポじいて、丸暗記をする必要がある。お続け為されませ。>

 お兄ちゃん、真面目に考えてみましょ。世界三分の計は好いけど、有色人種は、日本だけでしょうに・・・ 支配者の俺達日本人の持ち物と来たら、小資源国の生産物はソチンと来てる。あんなドでかいアナザーホール見せ付けられちゃ、四十八手もクソも有りゃしねぇよ。スゴスゴと白旗上げるしかあるめいよ。戦争に勝って、夜に負ける・泣くの日常生活じゃ、如何しようも無ぇずらい。あい?

<為るほど、流石に歳の功である。眼力・目の付け処が、群を抜いている。拝聴すべし!!>

 裕福になりぁ、男なんてものはエロボケしか芸が無いずらい。どうせお偉いさんの考える事は、和人化政策ずらよ。作れや、励めなんて金紙・本国指令が来たって、サイズが合わなきゃ逃げるしかあるめいよ。俺の言ってる事、間違っているかい。

<いえいえ、異論の差し挟む隙も無い、三段論法で御座いまする。お続け下さい。>

 NHKの大河ドラマ見てるずらい。秀吉の父っつぁん、もうじき精気を根こそぎ抜かれて、青ら青らでご昇天遊ばせちまうよ。まごまごしていたら、叙勲基準の中に、何人属国人と和人化に努めたかなんて事にも為っちまう。モーニング着て、皇居で叙勲式で拝謁して、故郷に錦を飾るなんて事にも為り兼ねんぜよ。イッヒッヒ。」

 え~と、これを出して、此処をクリツクして・・・あったあった。それから、此処を開いて、え~と、え~と、何処だ何処だ・・・あったあった。

「出た出た、これ見てみましょ。綺麗な白人おネェちゃんずらい。席を替わるぜ、観賞しましょ。」
「いけねぇ、いけねぇ。そんな物、見たら、それこさぁ、食欲不振に輪を掛けちまう。皆帰った後で、夫婦二人で、細々と大量の残り物整理だわね。年寄りは、みそ汁と漬物とちょことした焼き魚で、腹一杯だわね。草食人間には、住み慣れた日本の田舎が一番好いんだわね。」
「左様でござんすか、結論としては、敗戦で小市民の幸福が実現したって事でありますか。矢張り、秋の叙勲は諦めましょう。生まれ育った国で暮らして、終の棲家を身の丈で生きる事が、草食国民の幸せなんでしょうかね。ギャハハ。」

 はいはい、お説、御尤もでありました。毎度の事ながら、色白前田吟さんは、楽しくも面白いお人である。娘・孫に取り囲まれて、得意の口演が出来なかった所為か? 本日の<若し、大日本帝国・勝利せば>のご卓見には、恐れ入ってしまった次第である。我慢していた西瓜腹の放出は、戦艦大和並みの放出量であった。些か、笑い過ぎて腹の筋肉が痛い。夕食後は、散歩運動に出立である。

心何処ーショート 夜・一人散歩
                    夜・一人散歩_001

                  夜・一人散歩 (8/16/09)

     首タオルに ペットボトル携えて 今日も夏の夕暮れに 靴を履く。

   先ずは足慣らし行進 足の筋肉解れて 何時ものコンビニの時計 見る。
    始めて30分 Tシャツの胸に 薄き汗染み出す 何時ものペースなり。

          上り勾配 信号待ち。さてさて これからがメィン。
  人家遠のき水田地帯 坂を感じて踏みしめる歩調 我慢のひたすら歩行。
   まだまだ続く上り勾配に 暮れて蝉の声 微かに 日を雲に残すなり。

         水分補給の ペットボトルのキャプを回すなり。
       さぁさぁ 終点の橋を 渡れば 山河は墨絵に衣替え。
      空飛ぶは ツバメに替わりて コウモリの黒い影 遠く近く。

          影絵の草むらに 虫達の声は 秋を覗かせ 
  見上げる空には 星が現れる。蛇行する川は 滝音 瀬音を聞かせる。
 暗い 暗い夜道の 人の無さ あの角 曲がれば 一気に視界開けるなり。

オッチ ニー、オイッチ ニー 顔の汗拭い 闇に目を配り 暗がりを抜ける。

              翼よ、あれが、パリの灯だ。
     夜に浮かぶ 光の群れ と 茫洋と拡がる夜空 雲 星 その下に 
  墨の稜線引いて 静かに沈む 光放つ街の 遠く近く 一つ二つ 三つ四つ。

                歩調 自ずと 緩まり 
     水田吹き渡る風の涼しさに 今の吾に 去来するは 何ぞや。


心何処ーショート お盆がくれた好き日
               お盆がくれた好き日(8/15/09)
 飯が中途半端なので、冷やし中華を茹でて腕を振るい、さぁ、一緒に食べようと部屋に持って行くと、私の夜食用のカップラーメンを食べたから要らないと言う。それなら、台所仕事をする私に一言、声を掛けてくれれば好いのである。ムカッとするが、感情語を飛ばせると、その後の修復が面倒である。体調が芳しく無いのだろう。仕方の無い事であるから、鈍感を演じて、憮然とソバを啜る。朝食をそそくさと済ませて、護国神社で参拝をして来る。

 保守系政治団体さんからの、お土産はカンパンが二つ入っていたから、一つを母の部屋に持って行く。こんな時は、顔を遠ざけて居た方が、お互いの為である。ラジオを聞きながら、昨夜描いた下手絵の味気無さに、如何細工をして遣ろうかと考えていると、台所から女の声がする。

「キュウリを持って来てやったわよ。好きな様にして食べてよ。」振り返ると、女房である。

 四畳半から、首タオルの上半身裸の姿で母の部屋に行くと、倅が
「ハハハ、オヤジ・決まりの夏スタイルだ。相変わらず、デカイ腹してるじゃん。」
と来たもんだ。
 誰か来ると、母は見栄を張って偉そうに、<あれしろ、これしろ。>の催促である。親子と云えども、早々は下手に出ている訳には参らないのである。

「体は、一つしか無いんだよ。煩い。俺の女房、倅だ。客じぁ無いんだ。」

 女房に遣って貰えば、好いのである。女房と倅は、オヤジの墓参りの帰りなのである。朝揚げたと言う天ぷらの供え物、スイカ・饅頭などを持って来て、ちゃぶ台に広げてくれている。何年も一緒に住んでいた家である。必要な物は、取りに来るのである。世話など一切無用であろう。
 私も立派であるが、女房・子供も立派なのである。東京の娘は忙しくて、休みが取れないらしい。田舎育ちの人間には、東京は暑く疲れるものである。帰省するよりも、休みは身体を休めた方が好い。来年には、修行から帰って来るとの事である。

 内緒の話ではあるが、母には、嫌な側面がある。普段は澄まして、ブリッコを演じて居るのであるが、人が来ると幼児の様な告げ口をして、喜んでしまう許し難い側面がある。如何云う訳か、他の兄弟にはそんな対応はしないのであるが、私に限って、そうなのである。困った相性である。

「煩い、クソババア。姑息な手段を使い居って、何時もの悪い癖だ。嗚呼、嫌だ嫌だ。」と、この頃は、私もロートルに為り下がってしまったから、ムカッとする時は、私も負けじと対抗する様にしているのである。増してや、女房・倅の前である。何の遠慮があろうか!!

 そんな私の大袈裟な百面相を、女房・倅は知っているから、ゲラゲラ笑っているだけである。まぁ、水を得たと云うか、味方を得たと云うか・・・掌を返した様な別人・饒舌な母である。<冗談こくな!! 普段は死に体を演じて居るのに・・・>などと、悪態の一つも遣って見たい強かな面を遺憾なく発揮しているのである。

 腹いせに、倅に『アホらしくて、遣っちゃ居られねぇよ。』と、耳打ちをして遣った。倅も、とんでもない馬鹿倅である。相槌を打って、笑いを噴き出している始末である。

「好き合って一緒に為った二人で、家庭も円満なのだから、一緒に暮したら?」と、煽てるから、久し振りである。痩せた女房の足をちゃぶ台の下で、私の太い足で擽って遣ると、キァと言って、崩した足を引っ込めやがった。
 倅は、ニヤニヤして「オヤジは、相変わらずだね。馬鹿遣ってるね。」などと抜かし遣がる。言われ放しだと、男の沽券に拘わる。此処は、教育的指導が必要な個所である。

「相変わらず、○子は、食えない女だ。姿形で女を選ぶなよ。お前は、婆さん、○子をとくと観察して、女の本質を見抜けよ。女は、一筋縄じゃ行かねぇ。俺とお前の血には、人の良い善人の血が通っている。不幸な事だ。好いか、女に騙されるんじゃないぞ。」
「うんうん、そりぁ言えてる。へへへ。」
「ちょっと、そこで何言ってんのよ。○は、こんな馬鹿男を見習っちゃ駄目だよ。苦労する女は、私だけで十分だからね。いざと為ったら、冷たい男だよ。」

 この野郎、抜けシャーシャーと、とんでもない事を抜かす女である。古より女の口に戸は立たぬと云うからには、此処は物理的にバズカー砲でも見舞って、白旗降参でねじ臥せて遣らっか・・・本日、敗戦記念日である。
 然しながら、本音を言わない処が、私の奥ゆかしい性格なのである。女房の入れてくれる緑茶は、やはり一味違うのである。

 如何やら、女共は共同戦線を張って、包囲網を狭めて行く作戦らしい。女は女で、勝手に喋って居ろ。男は、男同志である。四畳半から携帯が鳴っている。救いの神Tからである。

「何だ、お客さんが来ているのか、そうかそうか、親子水入らずの処に割り込んじゃ申し訳が立たない。又にするわ。」
「待て待て、渡りに船だ。遠慮は要らんぜ。T大明神、連れ出しに来てくれや。」
「拝まれちゃ、引くに引けない男の友情だ。あいあい、了解。」

 Tの奴は、気を利かせて十分過ぎるインターバルを取った後に、迎えに来てくれた。

「ちょっと、Tとコーヒータイムして来る。俺の居ぬ間に、悪口三昧して行けや。墓参りアリガトさんよ。」

 例のコーヒースタバで、此方も鬼の居ぬ間の親・女房の扱き下ろし談議に花を咲かせる。

              本日、お盆がくれた好き日である。

心何処ーショート 8/15の入道雲は穏やかに、山河に架かるなり。
           8/15の入道雲は穏やかに、山河に架かるなり。
 M氏から電話があった。どうぞと言うと、30分位で行くと言う。氏の住まいは、空港近くである。お盆休みで、時間が取れたのであろう。

 元気な顔を見て、一安心である。糖尿病の注射は、毎日打っているとの事である。こけた頬も、通常食事の所為で元に戻って居る。二時間ほど歓談して帰って行かれた。

 差し入れのゴルゴ13の単行本を読みながら、ウトウトする。昨日の脱線サボリを反省して、散歩運動に出掛ける。我が町内の広場でも、盆踊りの音楽が流れている。帰りに、見て来れば好かろう。川向うの町内でも、音楽が流れている。聞いていたラジオの続きを聞きたかったので、胸のポケットにラジオを入れて来た。
 この時間帯でのスタートなら、通常ルートの折り返し点H橋の辺りに差し掛かれば、夜の帳の中であろうが、昨日の不足分はチャラにして置く必要がある。運動習慣を作るのには努力を要するが、物の三日もサボってしまえば・・・怠惰のブラックホールには、簡単過ぎる程に真っ逆さまである。怠惰の甘い囁きなどは、続ける続けないの意志の強弱云々の問題では無く、習慣に徹して靴を履いて外に出れば、それで続くのである。

 カッキーン・カッキーンの対岸辺りに来ると、闇の山中でガサリと音が聞こえる。立ち止まって、音の辺りに目を凝らすと何やら動物の気配がする。狸か狐か、はたまた野犬か、野良猫か・・・ カサリと小さな枯葉を踏む音がする・・・急斜面の木立の中に、日本鹿のシルエットが確認出来る。
野生シカと遭遇するのは、初めての経験である。じっと目を凝らして急斜面の木立の中を見守るが、野生は闇の中で動かない。闇の濃淡の中に、鹿の顔が仄かに見える。

 そう云えば、昨夜のスナックの会話の中には、狐・狸・鹿の作物被害・目撃情報があった。現在時20時である。山を下りて、川に水を飲みに来たのだろうか? それとも、畑の作物を食べに来たのだろうか? テレビの番組では、野生の行動パターンが何回か放送されている。慎重さを期す野生動物は、決まった獣道を使用して、ほぼ決まった時間帯に出没・行動するらしい。機会があったら、重点的に注意を払って再遭遇を果たしたいものである。

 町内に戻って来て広場を見ると、子供向け抽選会をしている。まだまだ、この町会には子供達がいるものである。昨夜のお隣町会よりは、賑やかである。

 明けて8/15、日本の全面降伏による終戦日である。暑く為らない内に、護国神社へ参拝に行く。神社の鳥居の処で、参拝を終えられた東向かいの先輩に出会った。亡長兄の中学・高校の同級生にして警察時代も切磋琢磨して、階級を上ったと云う親友さんである。お盆で、帰省しているのである。

「参拝かい?」
「ええ、これでも、一応日本人ですから。帰りますか?」
「いや、これから、母校の中学を回ってから帰るよ。」

 自転車を降りると、右翼の人達が出迎えて、紙袋に入ったカンパンを手渡された。鳥居から本殿に向かう参道は、紅白の提灯が三段で、ぎっしりと埋められている。社殿の中は、これから行われるであろう祭事の為の椅子が設けれらている。本殿の正面には、絵画・書・文章が献納されている。参拝した後は、それらの献納展をゆっくり鑑賞して来る。

 その中に、『大好きな母さんへ』と云う当時26歳で国に殉じた陸軍中尉の手紙が、和紙に墨書されたものがあった。彼は東京都の出身と添え書きされている。拝礼して、一字一句を間違わず二度読みさせて頂く。きっと、これは遺族の方が、写経の想いで終戦記念日の度に、書き綴って献納されているのであろう。頭の下がる継承である。

 私は、勿論戦後生まれの団塊世代である。然しながら、母に当てた一人息子の最後の手紙の心情は、切々と胸を熱くする。人間の心情に、右翼も左翼も、万葉人も現代人も無かろう。日本人の一人のである以上、自然と込み上げて来る共通・共有感情の一つなのであろう。

 人間とは、つくづくと面倒で厄介なものである。考え・行動に囚われると、兎角、理屈優先を遣らかして仕舞いがちである。理と感情を分けてしまうと、生身の人間は、実にややこしい存在に為り下がってしまうのだろう。きっと、そうに違いなかろう。
 然しながら、主義主張も無く淡々と日常用語で書かれた26歳の一人息子・陸軍中尉の大好きな母さんへの最後の手紙が、何故に心を、胸を熱くするのだろうか・・・やはり、人間の原初的感情こそが、人を熱くするのであろう。海行かばの歌詞は、大伴家持が防人の歌として、世に残した名歌であると同様に・・・

             盛夏の蝉鳴く鎮守の森に 
         風爽やかに吹き渡り 青空の入道雲は 
            穏やかに 山河に架かるなり



心何処ーショート 嗚呼、途中頓挫の運動散歩なり。
           嗚呼、途中頓挫の運動散歩なり。(8/14/09)
 おやおや、本日は秋風立つ様な過ごし易い日和である。昨夜の散歩は、蒸し暑さに辟易として、財布をポケットに違うコースを取る。大手スーパーに隣接する駐車場では、お隣町会の盆踊りが開催されている。可哀そうに不入りの状況である。町会の役員さん達が、踊っている。定年男達の方が数が多い。ニヤニヤしながら、見物するのも当て付けがましいから、素通りを決め込む。定年男達は、半分ヤケクソの景気踊りを遣らかしているのである。アッソ~レと来たもんだ。

 それでは、100%ヤケクソ音頭で御座ろう。心中、お察し申し上げる。お役目、ご苦労さんでゴザンス。ニャハハ。

 自動車教習所横を通ると、喫茶店がスナックに変わっている。此処のママさんは、美形であった。何方が遣って居るのだろうと、引き返して店に入る。おやおや、紛れも無く○十年か後のママさんご本人であった。ママさんは、私より何歳か年上である。大柄で色の白いシラーとした感じの隙の無い人であった。女房との初デートの待ち合わせ場所に使った喫茶店であった。
 客は、私と同年輩の白髪・細身の男である。ママさんは美形であるから、年相応の肉付と味が出ている。草臥れた腰の線と腹部の線,たぽたぽした頬、穏やかな目の表情が、まだまだ十分に魅力的な女性である。テレビを見ながら、差し当りの無いロートル会話を交わしながら、瓶ビールを傾ける。

  会話中、地震の話に為り、ママさんは、テレビに映った昨日の画像に付いて、
「松本だけが周辺よりも、震度が一つ上だったのよね。」
「ママさん凄いじゃないの、専攻は地質学かい? フォッサマグマとの関連ですかね。」
「とんでもない、お馬鹿が専攻よ。」
 ママさんは、進学女子高の出身だったと思う。流石に頭の回転が好く、話の肝を押さえるのが上手である。先客が帰った後、ビールを追加して馬鹿話を始める。

 昼は喫茶店と食事も出しているとの事である。喫茶店全盛期の頃は、流行って大忙しであったと言う。時代が変わって今では馴染み客の為に、儲からないスナックを細々と続けていると言う。馴染み客も定年化して来て、無尽で店を使ってくれるとの事である。

「好い事じゃないですか。生活に困らない範囲で、馴染み客へのボランティア営業なんて事は、人格の賜物ですよ。早々出来る芸当じぁ無いですよ。お姉様。」
「巧い事、言うじゃないの。何にもしないと、老け込んじゃうものね。もう、私も婆だから、体はしんどい事もあるのよ。」
「大丈夫ですよ。更年期を過ぎりゃ、女はカンナ道を真っしぐらせ。常連さんも、それが嬉しいのせ。話し相手に為って遣りましょ。美形は、天からの授かりものだよ。ボランティア活動は、稼がせて貰った男社会へのお返しってもんずらい? 文句を言ったら、創造主に申し訳が立たんずらい。へへへ。」
「凝った事を言うわね。そうやって、女口説いて来たんでしょう。危ない男じゃないの。白状しなさいよ。」
「とんでもゴザンセン。我が人生、片思いの忍ぶ恋の遣る瀬なさせ。何度、騙されて今日に至って居るか・・・話せば、随喜の涙・止まる処知らずの侘びしくも孤独な人生さね。」
「イョォ~、ペペン。今日は、もうお客は来ないから、じっくり、聞いて上げるわよ。」
「有難てぇ、姉貴様。じぁ、聞かせましょう。聞いて泣いて、笑っておくんなせぇ。」

 恐る恐る、メラニン色素と締り具合の相関関係並びに、行為時間の長短に及ぼす影響並びに、それらが影響と思われる西洋と東洋の性の観念の違い・・・etcをご披露すると、大笑われるやら、妙に感心されるやら・・・兎に角、楽しいロートル歓談と相為ってしまった。遺憾いかん・・・とんだ夜の散歩に為ってしまった物である。さてさて、本日の散歩運動は断念して、帰るべしである。夜の散歩に、財布の携帯は慎むのが肝要でありまする。

 パラパラと降って来た雨に急かされて、帰る頓挫した本日の散歩運動でありました。ウッシッシなり。

 追伸、サマージャンボは、掠りもせずに唯の印刷物と化してしまった。やれやれ・・・


心何処ーショート 墓参り
                   墓参り(8/13/09)
 さてさて、掃除をして身を清めて、庭のマンジュシャゲとオニユリを切って、親父の墓参りである。途中でお供え物を買って行く。店中を物色していると、プロレスラーの様な中年白人カップルが、日本のお盆の供え物コーナーに興味をそそられたのだろう、こっちに来る。私も白人好みであるが、プロレスラーの様な女体で、上から見下ろされてしまうと、スゴスゴと目を逸らせてしまうしかない。完全に貫録負けである。
 それにしても、育ち過ぎである。整った顔立ちには違いないが、それでは男の顔と云うものである。兎に角、バストも身体の立派な一部である。食傷気味のRedTubeの画像が俄かに浮上して来る。<おお、怖い。ご勘弁を!!> と好奇心が揺らめいてしまった。家族で来ているらしく、高校生の年代と思しき息子も遣って来て、親子三人で何やら感想を述べ合っている。

 そうなのでありまする。2000年を積み重ねて来た大和の国の先祖を慈しむ日本人の心は、盆菓子に現れた形・色・大きさが示す様に、清楚なのでありまする。確り、ご覧あれ。

 街中への車の乗り入れは、久し振りである。渋滞する車にウンザリのロートール・クマ男である。松本の東端をノロノロ進行で、市の管理する中山霊園に向かう。松本平の東端に、弘法山古墳をこんもりと迫り出す丘陵地の略全体を、霊園公園にしている規模である。坂の途中の信号機の無いT字路は、墓参り時には上る車列、下る車列に渋滞する場所である。前の車が要領が悪いと、忽ちにして後続車は長い列を作ってしまう。対向1車線の山道は、地元の人間からすると余裕のスイスイ道路なのであるが、都会ナンバーからすると、杉木立の視線の狭さは狭隘路に見えるのであろう。

 お盆の帰省客で駐車場は満杯である。何時も止める直近の駐車場へは進めず、交通誘導員に誘導されてしまった。やれやれ、これでは、手桶を下げて上まで上らねば為らない。恨めしい夏の太陽である。列に並んで、手桶に水を入れて芝生の坂道を上る。親父の墓はこの区画の最上段である。目一杯に入れた手桶の重さに、腕が泣いている。我慢我慢で親父に面会である。

       庭の花を手向けて、つげの植栽の散髪に取り掛かる。
「如何だい、親父。気持ちが好いだろう。倅の中で俺だけ、親父の禿げ頭の禅譲だけど、俺も、この位パサパサと刈って貰ったら、さぞかし気持ちが好いのにな。へへへ。」

「刈り取りの小枝の始末は、これで好いだろう。俺ぁ疲れたわな。この位で、勘弁してくれよ親父殿。後の細かいのは、風に頼んでエァブローして貰いなよ。文句を言っちゃ、罰が当たるぜ。イッヒッヒ。」

「はいはい、お待たせ。今度は、綺麗に洗って遣るわさ。」

「さぁ~て、此処まで磨いて遣れば、文句は無いだろう。今回は、何十年か振りで宝籤買ったから、下心30%だ。その分、奮発しといた。親父、倅の恩を忘れたら、罰が当たるぞ。ギャハハ。」

「線香の煙がきついか? 先ずは、ばあさんの分から、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。次に兄貴の分、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。次は、ゴンちゃんの分だ。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。次は来たくても来れない人達の為に、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。最後は、俺から南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・」

 目の錯覚なのだろうか、今年は雨季の様な天候が続いている所為か、山の緑が何やらふっくらと見えるのである。夏の硬い緑とは違って、幾分柔らかみを感じさせる山々の緑なのである。整備の行き届いた広い霊園ではあるが、太陽を遮る木々が無い。夏の太陽がサンサンと降る解放感のロケーションは、身に余る熱さである。

「親父、もう、付き合えんぞ。俺ぁ帰るぞよ。止めるなよ。また、来るわな。」

 霊園の出入り口には、近隣農家のオバちゃん達が出している農産物の特設売り場がある。スイカ・キノコのシメジ・トマト・生食用のコンニャク・キュウリを買う。そのキュウリの大きさには、目を剥いてしまう。

「圧倒されちゃうね。でかいね。こんなにデカくなるんだね。ビックラこいたぜよ。」
「そうだだよ。こっちは、大き過ぎて、売るに売れないんだよね。」

 ペットボトル並みの胴周りを誇る青々とした超デカ物キュウリであるが、美味そうである。
「おばちゃん、そりぁ、食べる物じゃ無くて、<使う物>でしょうに、俺のもまあまあの代物だけど、比較には為らん。そいつは化け物だよ。」
「ヤダァ~、お父さん、男前なのに真面目な顔して、凄い事言うじゃん。好いわよ。好い男だから、2本上げるから持って行き~。刻んで鰹節と醤油でも好いしさ、粕揉みで食べても、皮は硬いから剥いて、割って味噌付けて食べても美味しいよ。鮮度が命だから、直ぐ食べるんだよ。」
「好いのかい? 俺ぁ、女性から、こんな親切なお言葉を聞いた事が無いわ。墓参りに感謝感謝・・・有難うさんねぇ~。」

 昼は食欲が無いから、オバちゃん連推奨の化け物キュウリを食する。美味い。甘みすらある。ペットボトル以上の大きなキュウリを食べて、腹が膨れてしまった。

 部屋で日記打ちを始めていると、斜向かいさんがビデオ交換に見えられた。娘・孫達に囲まれている色白前田吟さんなのであるが、話が弾まないのだろう。私の想像に反して、映画鑑賞のスピードが何時に無く速いのである。話を聞くと、男は男の話・ロートルはロートルの話が一番の和みとの事である。斜向かいさんによると、私の豚部屋談議の居心地が一番との事である。

 煽てられると、羞恥心をトンと忘れて豚が木に登るロートル・クマ男の習性である。斜向かいさんとの時事話題を交差させて、時は、弾む口調にあっと言う間に流れる。

『そうだそうだ、とんでも無ぇ話だ。軟な根性を叩き直して遣る為に、晴耕雨読の自給自足・肉体労働・政経塾を開設して遣らっか!! 首に縄付けて、川に放して人間鵜飼遣らせちまうかいね。縄で監視しなきゃ、あの野郎共は皆、ポンポに入れちまうからな。ポンポに入れて消化しちまえば、マネーロンダリング以上のウンコロンダリングだわね。泡食って後で、金返せって幾ら尻ぺたを鞭で打ったって、臭ぇ糞尿しか出しやしねぇわさ。
 それじぁ100年に1度の未曾有の経済危機は、乗り越えられねぇ。寝かしの足りねぇ人糞なんざぁ、土焼けの素だんね。そんな事したら、不毛の100年が200年に成っちまういね。土弄りをした事の無い都会のモヤシっ子が言う戯言だわね。そんな物ぁ、愚の骨頂って物ずらいよ。国家国民への即効肥料にも為りぁしねえずらよ。ギャハハ。』

              ご主人、意気揚々と帰られた。

心何処ーショート 時の大河は一瞬にして、流れて速し。
          時の大河は一瞬にして、流れて速し (8/12/09)
 17時近く成って、好い具合に雲が広がって来た。帽子を被って、散歩運動に出る。夜の散歩ばかりだと、近視眼の散歩と成ってしまう。通常の一時間45~50分を要する散歩運動である。日蔭を選んでマイペースの行進である。スタートして45分、水田地域に差し掛かると、稲穂が顔を出している。私は農家の出では無いから、今年の成長・実入りの観察は出来ないのであるが、如何なのだろうか? 

 川の水も、大分濁りが落ちて来た。増水濁流で薙ぎ倒された葦原は、痛々しいまでの模様である。普段、伸び放題の葦の原を棲みかにしている動物達も、長雨・増水で肝を冷やしたに違いなかろう。蛙・蛇・ネズミもイタチも、中には濁流に呑み込まれた物は居たのであろう。南無阿弥陀仏・ムナアミダブツ。

 フムフム・・・新しい流れのポイントは、そうなるか・・・川の濁りが無くなったら、釣りをする積りである。

 さてさて、久し振りのコースである。ペットボトルの水で喉を潤して、長い直線の上り勾配の道を黙々と歩く。既に、汗まみれ行軍である。

 幹線道路下のモロコシ畑には、黒猫が寝そべっている。その横には、黒と灰色の子猫がじぁれ合っている。左様であったか、黒猫は母親であったか。立ち止まって、上から<ニャーゴ>とからかって遣ると、母猫がらんらんと光る金色の眼で『ニャ~オ!!』と凄み、子猫達は、サッとばかりにモロコシ畑の中に隠れてしまった。へへへ、そんなに怒るなよ。

 幹線道路と分かれて、農家の小道を下り、橋を渡る。山城跡の山の迫り出しを少し上って、後は山際の道を下って行く。私の前を、遮光の黒傘を差したオバちゃんが、ゆっくり歩いて行く。オバちゃんも、健康散歩なのだろうか?

「父ちゃん、そろそろ御飯だに。」
「おう、そうか。もう少し、採って行くわ。」
「ほれほれ、そこに、大きいのが生っているに。」
「何処だ、見えねぇぞ。」
「そこ、そこだに、もうちょっと右だわね。」
 傾斜の畑には、いろんな野菜が育っている。道には軽トラックが止めてある。高年夫婦は、帰りは車で帰るのだろう。

 日の傾いた山際の道を、私同様の男が、散歩運動の汗を流しながら黙々と歩いて来る。まだまだ確りした歩調である。この人は、どの位の距離を日課としているのだろうか?
 私は、後は惰性の下り散歩である。河原の鬱蒼としたアカシヤの林が掛った大きなくねったカーブを曲がれば、水田の中の広い真っ直ぐな農道が待っている。其処は広々として、眺めの良い場所である。田園の広がりと街の広がり、四辺の山並みの広がりが一望出来る。誰もいない静かな空間である。その道を500m程行くと、民家が続く。そして、再び山が迫り出す小道と成る。この一帯は、私のお気に入りの一つではあるが、街灯など一つも無いなら、夜の散歩では此処まで来る勇気が無いのである。
 精々この下の橋、時間によっては、もう一つ下の橋を限度としている。従って、距離の不足は、散歩コースをそれなりの下方に移動させているのである。

 下の方から、女子高生と思しき色白の娘が、上り勾配の道をスカート姿でゴイゴイとペダルを漕いで来る。長丁場、彼女も疲れる事だろう。見栄えなど二の次、脚力と根性の長丁場である。御苦労さまである。
 色白にしてすらりと伸びた体躯にして、中々、感じの良い整った顔立ちである。好みのタイプである。とくと目の保養をしたい処であるが、誰も居ない小道では、彼女に不必要な警戒心を持たせては、相済まぬ。目を逸らせて行き過ぎるのが、私の様な奥ゆかしいオッサンのエチケットと云うものである。

「コンニチハ。」
「ああ、コンニチハ。」
 
 トホホ、こうも面と向かって、笑顔且つ素直に挨拶をされてしまうと、却ってオッサンの方が、マゴ付いてしまう。通り過ぎて、

<嗚呼、失敗こいた。こんな事なら、正々堂々と整った娘さんの顔を観賞すべきであったわい。残念残念・・・嗚呼、むべ為るかな。時の大河は、一瞬にして流れて、速し。>

 白い雲に、灰色の雲が覆い被さって行く。南半分は、雨を呼びそうな雲行である。
 対岸からは、カッキーン・カッキーンと指導熱心な父の下、家庭バッティングの音が鳴り響いている。上は高校生・下は中学生である。未来の甲子園・プロ野球を目指して、家族一丸となって励む野球家族なのであろう。散歩には、やはり風景への楽しみの欠かせない物である。日中の体力消耗行軍は、ご免蒙りたいものの天候次第では、斯くありたいものである。

 明けて本日、天気の良さ・暑さで大分早起きをしてしまった。朝の総菜作りをしながら、寝具を干す。飯が炊き上がるまでの時間を定位置でコーヒーを飲んで居るのであるが、まともに太陽が当たる。
 興醒めであるから、下駄をひっ掛けて土手に出る。此処には、ケヤキの日蔭がある。腰を下ろすのに格好の、河川敷に降りるコンクリートの階段があるから、ご近所のちょっとした涼みポイントに為っている。

 晴れ渡った夏らしいお天気である。夏空の雄姿・入道雲は、未だ形を為してはいないが、早くもミンミンゼミの声が盛んである。葦原を薙ぎ倒して流れる水の色は、透明度を増して、笹濁りの迸りを見せている。水量が多過ぎて、まだまだ釣りには不適である。背丈の伸び切ったクローバの草むらが、河川敷を覆っている。短パンの素足では、虫に食い付かれてしまうから、パスである。その中を黄土色のタテハチョウが、夏を浴びて、マイペースの飛びをしている。シジミチョウも、ヒラヒラしている。空と雲の白と青のコントラストが、清々しい広がりを見せている。

 煙草を燻らせながら、朝の通勤を終えた風景を見て居ると、キリギリスの声が聞こえる。再び、吟遊詩人は、土手の角地に戻って来たらしい。覗きに行くと、残して置いた桑の葉の密生する草むらで声がしている。暇人ロートルであるから、しゃがみ込んでキリギリスを探す。二度目の鳴き声で、その主を見付ける。日の当たる桑の葉に乗っかって、鳴いている。

 彼等は、太陽の光が好きなのである。人間の私としては、如何して戻って来たのかを聞いてみたい処である。一週間以上も掛けて元の場所に戻ったのは、記憶を持った選択の結果なのか? ただ単に、流離の過程にしか過ぎないのだろうか? 人間も方向目印・磁石を持たなければ、その流離の軌跡は円を描くと云う記述を読んだ事がある。翻って自省して見ると、私の人生の軌跡も、円を描く様な流離の様に思えなくは無い。

 さてさて、朝から柄にもない感傷に耽って居ても始まらぬ。色付いた木苺を摘まんで口に入れる。さぁ、母も起きた事であろう。朝の賄い夫をスタートさせるべし・・・である。

       夏の思い出マンジュシャゲライオン娘1



心何処ーショート 懺悔の公開!!
                懺悔の公開!! (8/11/09)
 いやはや、グラグラ、ユサユサの地震には肝を冷やした。年寄りの怪我が多かったと云う地震報道であった。老齢の母を抱える身であるから、いざと云う時の事を想定して頭にインプットして置く。

 本日は二日順延となった長野勢の試合がある。長野を応援する身からすると、一進一退のハラハラ・ドキドキのテレビ観戦であった。打撃戦の試合は、10:8で長野勢が勝たせて貰った。母の部屋でのテレビ観戦なので、母もお付き合い観戦である。私は口の悪い野次馬観戦者であるから、母も退屈せずにお付き合いテレビを最後まで付き合ってくれている。試合が終わって眼を転じれば、眩しい光の中に、庭はじっとしている。暑い夏の日である。

 さてさて、涼しい風の通う四畳半へ場所を移す事にする。窓辺に掛る雑木の葉群が暑い太陽光線を受け止めて、葉影の涼風を部屋に吹かせていてくれる。BGMに甲子園野球を流して、元気で鳴き交わすキリギリス達の声を聞く。何日も続いた雨日から解放されて、小鳥もピーピー・ブンチャカ・ブンチャカと、真に元気が好い。庭の方からは、ギース・チョン・ギースの声が聞こえて居る。ミィーン・ミィン・ミイーンと蝉の声も活発である。水槽住人達は、フワリ・フワリとして、緩やかな泳ぎを繰り返して、此方を見て居る。

 まあまあ、長野勢も目出度く勝ったのであるから、ご祝儀の餌を振舞って遣るとしよう。餌の入ったコーヒーの容器を見ると、素早く群がって来る。金魚達は、全くゲンキンなものである。
    <飼い主の私の奥ゆかしさが、微塵も感じられない連中である。>

 昨日は、下手の横好きで遊び絵を一枚描いた。例によって、鉛筆を動かしている内に、可笑しな妄想絵に堕落してしまった。絵を描いている男が、ロートル・妄想男でしかないのであるから、幾ら背伸びをして見た処で、精神の高みに辿り着ける訳が無いのである。 
 大体、描いた本人でさえ、パイプ・ロートル男に触発されて、背後に浮かぶ金髪裸婦の後ろ姿に、飽くなき妄想を働かせて・・・ 

≪邪なる下衆の想像力を駆使して、白ばくれゃがって、真面目な面して頭の中は、何を考えているのやら??? 金髪女の左手の先には、何があるのやら???・・・ 
こりぁ、そのニョショウよ、正面を向いて見よ。如何云う関係なのか・・・
嗚呼、禿げ頭に付ける薬無し、妄想に付ける薬無し。然りとて妄想誘導剤を使用・所持すれば事故死に、全国指名手配の廻状が回ってしまう。比較すれば、止む無し。己が自由時間を、自由題材で遊ぶ全国の<オヤジ脳内活動の自由>位は、許して遣るしかあるまい。≫

  こんな呟きを発している午後の夏日なのである。恥を忍んで、公開!! ウッシシッシ。

              熱唱_001遊び絵


心何処ーショート やれやれ、雨に中断の睡眠かな・・・
          やれやれ、雨に中断の睡眠かな・・・(8/10/09)
 仕方の無い事である。月に一度や二度、玄関の小鳥達が、何かに驚いてパニックになる。此方は完全に寝て居る真夜中であるから、大変な被害である。こんな時は、小鳥達の安心の為にズーと、明かりを点けて居る訳にも行かず、街灯の明かりの滲む四畳半の昼の位置に、置く事にしているのである。
 その儘、眠りの中に戻れる時は好いのであるが、今度は雨が降って来て、その強烈な雨音が耳に付いて一向に眠れないのである。仕事をしていない身であるから、これ以上の悶々たる思いは、無駄な事である。起きて四畳半に移行である。

 三時半である。明かりを付けると小鳥達が煩いから、スタンドの明りだけで文章打ちである。別に打ちたい物など、ある訳が無い。気の短い性格であるから、魂胆は眠くなるのを待っているだけの事である。嗚呼、馬鹿たれが・・・キリギリスも鳴き始めてしまった。

        可笑しなもので、起きてしまうと雨は止むものである。
 一日を振り返ると、とんだ雨のとばっちりである。夜の散歩運動に出掛けると、晴れ間が広がって居た。咋日は未だ雨が降って居なかったので、大事を取って下に向かってコースを採ったのである。暫くすると顔に何やら雨が当たる。見上げる空は、明るい。引き返さずに続ける事にした。昨々日は草取りの運動量を散歩運動に代替してしまったから、散歩運動は割愛してしまったのである。そんな負い目も手伝って、真面目に散歩量をこなす心算であった。多分、短腹・強情・生一本の性格もあるのであろう。

 橋の間隔は、街に向かう下の方が滅法狭い。天候次第では、距離の選択がし易いのである。そんな計算で、何時も橋よりも一つ伸ばした。処が処が、天は私の上を行く。ポツリ・ポツリと来た。さて、折り返しである。空の模様は、帰る方向に明るいのである。如何にか為るだろうと、上り勾配ではあるが歩速を早める。ポツリポツリの間隔が、ドンドン狭まって行く。

 アジャジャ・・・連日のスコール雨は、今日は未だであった。傾向・実績から云って、無い訳が無いのである。空を見上げると未だ、黒雲の迫り出しは無い。然し、雨は小雨状態に移行している。然しながら、これは叩き付けるスコール雨と比較しての事である。客観的に言えば、立派な雨なのである。弱音を吐いた処で、歩かねば家には帰れないのである。これは、幼児でも分かる理屈である。

<暁に祈る>では無いが、後30分否20分、このままで居てくれよ。ヘッドライトに雨が映る。後10分だ。来るなよ来るなよ・・・急げや急げ。あんなスコールが遣って来たら、雨宿りをするしか無いのである。頼む頼む・・・今や、空には晴れ間は無く・・・灰色の雲が、黒雲に追われている。後5分、いや3分来るなよ、来るなよ。
 
 振り返って見ると、セーフの雨中散歩運動だったのであるから、土砂降りの雨が時間をずらせて来たまでの事であろう。睡眠を奪われて、思い・考え様では帳尻が合っている計算かも知れぬ・・・ 根が好い加減な男であるから、必死に為って歩いて居る時に、適当この上も無い<お願い・願掛け>をしていたのかも知れないのである。

『黒雲の親分様、後生です。土砂降りスコールだけは勘弁して下さい。無事、家に辿り着いた暁には、いか様な降り方でも、ご随意に。』・・・きっと、そうに違いなかろう。
 
 テレビのニュースでは、諏訪湖の水位が上がって被害が出た映像を見たにも拘わらず、真に以って身勝手な願掛けをしていたに違い無かろう。止んでいた雨が、再び降り始めた。5時を回って白み掛けて来た中で、小鳥達の朝が始まった。餌と水を飼えて遣り、傘を差して川の様子を見に行く。差ほどの増水量は、未だの様である。雨に打たれる木苺を摘まんで口に入れる。酸味が口中に拡がる。

 さてさて、頭が朦朧として来た。暗い部屋に移行して、母の起きるまでの間、暫しの墜落睡眠に行くべし。

心何処ーショート ロートル男の談話室
            ロートル男の談話室(8/9/09)
          
           四畳半で携帯電話が鳴っている。

「おぅ、何してるや。」
「婆さん相手に、テレビに悪態こいて居た処さ。」
「そうか、コーヒータイムに行かないか?」
「あいあい、待っていた処さね。何時でも好いよ。」
「葉っぱは、あるか?」
「ああ、未だあるよ。」

 Tの来るまでに、PCを開いてコメント・コメント返しを打ち始めていると、斜向かいさんがDVDを持って来られた。そうこうしている内に、Tの車が遣って来た。仕切り直しするしかあるまい。

「おう、これ婆さんに食べさせて遣ってくれよ」
 心優しいTから母への果物の差し入れである。例のコーヒースタバの二階で、週に一度の親友交歓である。彼は、旅行記から始まったこの10年程に及ぶ私の文作を、殆ど全て読んで居てくれる。この頃はインターネットを始めたので、私の行動も行動範囲も、彼の手の内にある。従って、コーヒースタバでの読書時間が無くても、共通の話題がスタートするのである。

 今や、日々専業主夫の地位を確立・実行するTの手料理に、細君は感嘆の声を挙げているそうである。その韓国風味付けの手料理は、中々の物である。Tの自己分析では、前世は韓国人であったなどと言うのであるから、大したものでもあり、その授業料も推して知るべしの感もある。私としては、イッヒッヒと云った処である。

<当棒(あたぼう)よ。男がその気に為れば、女より上手く、そつ無く仕事をこなすのである。そして、奥ゆかしい男は決して、『俺を何だと思っている。家政婦・奴隷・性の奉仕者じぁないのである。男女同権・男女同等・平等の家事・・・何て台詞とヒステリー、造反などはしないのである。』と、はしたない事は、面と向かっては口に出さないのである。世の女族に告ぐ。男の実力たるや、推して知るべし。ギャハハ!!>

 なんて罵詈雑言の類を、怖い恋女房の居ない事を幸いに、口から出任せの欠席裁判を楽しむ。勿論、席を一つ隔てた女性客には、聞こえないボリュームでのニタニタ、ヒソヒソの爆笑本音・相槌交歓である。
 こんな事を吐露すると、世の女性群から猛反撃・締め出しを喰らうかも知れぬが、<鬼の居ぬ間の命の洗濯の必要性>は、斯様にして男女の性差は無いと云う事である。こんな楽しい欠席裁判は、この年に為るまで真面目人間の我々は、知らなかったまでの事である。

<何事も独占されてしまったら、真実の声は聞こえて来ないのである。真実の実態に肉薄するには、堅実為る実践は付きものであろう。御同輩諸侯、重い腰を上げて見なされ、洗脳されては、為りませぬ。>

 Tは、携帯の画像を見せてくれる。ナンジャラホイ?? 眼鏡を借りて見ると、キリギリスの交尾画像である。T曰く、延々と30分に及ぶ交尾にして、オスの忍一字が伝わって来る交尾の光景であったそうである。為るほど為るほど、<オスは辛いよの世界>であるが、カマキリと違って、小分け産卵のキリギリスの生態であっては、交尾回数は継続されねば為らない処である。従って交尾完了の暁に、メスの餌食と為らないで済むのは有難い事である。

 家に戻って、仕切り直しのコメントを打っていると、斜向かいさんの登場である。またまた、ロートル談議に花が咲いてしまった。こんなご近所で、実に馬の合うお付き合いが出来るのであるから、私は果報者である。

 本日の議題は、友・友人・知り合い・仲間についての其々の想いを込めた使い方の差に就いてである。談論風発の穏やかな言葉の交換に、ロートル男二人は気分が好いのであった。男には男の語り口が、女には女の語り口が、其々にある。


Copyright © 心何処(こころいずこ). all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。