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慣れぬ文章を打ってしまったから、大いに疲れてしまった。 乱入者に押し出されて、深夜のパソコン打ちと為ってしまった。草臥れ果てて、朝食の用意をしたが、脳味噌がボーとした儘である。堪らず、不足の床入りの段であった。起きて、昨日の投稿分を読み返すと気に喰わない。打った本人には解るが、初読の人には不親切、この上ない字面 である。痛く反省して、補筆を思い立った次第である。 数行の補筆を想定していたのであるが、文章センスの無い素人の悲しさ・・・・ 無い頭を捻っている間に、意味不明・繰り返しの駄文が、一枚弱のボリュームと為ってしまった。再考の必要があるのだが、根が果ててしまった。四時半を回っての帳尻合わせである。しかも、背伸びをすると、あちこち不協和音の連続である。気休めに、温泉銭湯で長湯に行く。この時間帯は、如何やらご近所さんの隠居老人方のものらしい。顔触れの面々を見れば、子供時代に見知ったオジサン・オヤッサン達の年老いた姿である。 帰りに例のスーパーで、買い物をして帰る。母、女房を知る先輩姐さんが、滲み出る気さくな笑顔で、何時も賄い夫への労いの言葉を掛けて下さる。中学時代共に陸上の『扱きの丘』を耐えた間柄である。キツイ練習の最中、二級上の先輩は、姐御の貫禄で先頭に立っていた。スーパーの後取り娘で、働き続けた先輩の腰は幾分曲がって来たが、掛けてくれる言葉と目の色は、あの時の儘である。私は、彼女から、心に穏やかさを頂戴している次第である。有難い事である。 テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記 |
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安定しないお天気である。昼に散歩運動を終えて、昼休みをしていると、何時の間にやら、一面曇天寒空である。ミカンのスライスには、単独メジロが、ほぼ独り占めの日々である。夫婦メジロは、久し振りに昨日姿を見せたが、この頃は殆ど来ない。 パソコンに向い始めた途端、携帯が鳴った。一方通行のお姐さんが、近くに来ているとの事である。家への道順を伝えると、間もなく駐車スペースに、モスグリーンの軽自動車が入って来た。顔を見ると、ハチャメチャ忘年会のボス・コンパニオン様であった。もう一人の友達は、妊婦であった。勿論、初対面である。お互い、気取って見ても何年も前から、素地が割れてしまっている間柄である。忘年会同様に、騒々しく捲し立てられて、押され放しである。相手がそれで来るのなら、私もバランス上、忘年会を再現するしか無い。用件を承って、三通り、四通りの説明をこなす。忘年会の延長口調であるから、その分、気兼ねが要らない。 持って来た教科書は、まっ更の新品である。 「何だ、何にも勉強してないじぁないか? バカが勉強してないで、生意気に全部、教えろじぁ、話に為らん。ウォーミング・アップ替りに、隣に蒲団が敷いてあるから、一発遣ってから始めるか。知らない訳じゃないから、遠慮するなよ。先ずは、身も心もリラックスすべしだ。」 「バカ言ってんじぁねぇよ。試験前の女に、何言うだぁ〜。分かりゃ来ないよ。おニィちゃん、私、凄いバカだよ。解ってるじゃん。それを教えるのが、おニィちゃんの頭の見せ所じゃん。」 「アノ〜」 「いいだイイだ。おニィちゃんは、口だけで遊んでるんだから、言いたい事、ポンポン言い合ってればイイだ。バカには、バカに為って付き合ってくれるから。かしこまる事はナイダ。」 「授業料は、布団の中で、確り清算するから、大丈夫だよ。作る方の生産じぁないからな。」 「当たり前じぁん、子供は2人いるから、もう要らないわよ。」 「何か、凄い会話に成ってるけど。」 「気にする事は無い。昔から、バカに付ける薬無しって、言うだろ。そこに、コーヒーあるから、適当に遣って飲めよ。」 何から何まで、こんな調子である。困った侵入者である。 口数では太刀打ち出来ない女である。雇用問題については、高等戦術を伝授する。三度、繰り返したから、それなりの歩留まり具合であろうか・・・友達も、充分理解した様であるから、車の中で復唱して行けば、歩留まりは、更に高まる事だろう。 用件のお開き後は、フィリピン女の日本人男手玉取り術について、大いに盛り上がる。 友達の妊婦さんの勤め先には、フィリピン女性が働いておられる由。そのハチャメチャ手玉取り・絡め取り術の手の内は、私の睨んだ通りである。 <我が内心の吐露> 数年前に、フィリピン女にコケにされ続ける同胞のノーテンキ振りに、日本男児の熱い憤りが噴出して、私は小編を打った。「転ばぬ先の杖、フィリピン初級講座」と題して、A−4版十数ページに亘って見聞録を作り、見過ごす訳に行かぬ『周辺』にプレゼントした経緯があった。私はアンチ・フィリピンであるから、フィリピン・ガールの頭の中身には、嫌悪感が走る。そして、猫なで声・執拗な電話攻勢・ヒステリックさ・口先八丁のオネダリ・タカリ根性が見え見えの『薄っぺらな騙しのテクニック』には、虫唾が走る思いを抱き続けている。 然し、何よりも性懲りも無く騙され続ける、同胞の鼻下長ノーテンキ性行が腹立たしくも、哀れであった。彼女達・ジャパユキの本態論に、彼等鼻下長連が惑わされてしまう最大の要素である処の見た目の心身のオープン性を、本質的に吟味する為の方法論として、ビジュアルの視点を払拭する『骸骨視点の涵養』を提唱するのだが、彼等からは、一笑に付されてしまうばかりであった。残念この上ない限りである。 ★★骸骨視点の涵養とは、小生ブログ<12/8分の風の便りに合掌>を参照にされたし。 ★要旨は、上辺に惑わされずに、本質・本態を見抜けと云う事である。 これが身に付きさえすれば、幾ら好色男であっても、自分の鼻下長を『自省の理性』で、調整出来る筈なのである。大概の場合、異文化で育った者が使用する外国語は、外国語を真似る事が大半である。それも耳で覚える言葉は、言葉が意味するTPOに、感情的深みが入る余裕は無いのである。「好きだよ。」と口に出す言葉と「アイラブユー」と口に出す言葉には、言葉に込められている日本人として感情と責任には、大きな差があるのではないだろうか? もっと、極端な比喩を展開すれば、物真似の天才九官鳥・ヨウムが言葉を流暢に話したとしても、聞く人間は、それを彼等の意思の発露と見做すだろうか?『物真似芸』としてしか受け取らないのである。物真似の芸に対して、ペットへの可愛がりが、お返しとして提供されるだけだろう。 物真似鳥の喋る日本語と外国人の喋る日本語、正に此処に錯覚・誤解の温床が横たわっている。思うに、手品の要素は、『目晦ましの技と装置』であろう。『種・誤魔化し』の最も重要な核心部分は、完全に隠し通さねば為らないから、手品師の手元に集まる視線を遠ざける為に、周辺を煌びやかさでカムフラージュしなければ為らないのである。種が明かされれば、その単純さに観客は、どよめき、その単純さに深い溜息を付いて、拍手を送るのである。手品・マジックの舞台には、手品師と観客の間には、余興と云う合意が敷かれているのである。これが切った張ったの博打であったら、いかさま賭博には刃傷沙汰が付いて回るのである。 然し、私は、考えて欲しいのである。物真似鳥の芸は、マニュアルに則った反復復唱である。手品といかさま賭博、物真似鳥の三者三様の本態を理解すれば、必ず見えて来る物がある筈である。当事者観として、三者三様を眺めれば、自ずとその楽しみ方、距離間を保つ事が適うのである。原則として他人を疑わない事で、大らかさ、親切さの『気持ちと云う共通項』で、日本の社会が成り立って来たのである。日本人の気持ちが、手玉に取られる様は、祖国を汚されている様で、我慢出来ない風景なのである。 <話は戻って> 職場を共にする妊婦さんのフィリピン・ガールの赤裸々な暴露談には、我が推論が実証されたと、溜飲が下がる思いであった。冷静に観察すれば、彼女達の魂胆は明白なのであるが、何故か目が眩んでしまう鼻下長族の多いニッポン・男の群れである。同性の女族の目からは、フィリピン・ガールの魂胆が、手に取るように見えるから、男族以上のアンチ・フィリピン振りであった。 「バッカじゃねぇ、子供程度のフィリピン女の見え透いた手に乗ってサァ、歳コイテ、財産手玉に取られて、男ほど、バカな生き物は無いよ。ああ、ヤダヤダ。男は、ヤル事しか見えてないんだから。ちょっと、考えれば、フィリピン女の本性が、見えるのにサァ、大アホよ。」 「ホント、私なんかさぁ、亭主に尽くしてやったのに、ウザッタイだってさ。独りにしてくれってサ。それで離婚だよ。冗談じゃないわよ。これって、おニィちゃん、どう思う?」 「バカヤロウ、勉強しに来たのか、遊びに来たのか。俺様の貴重な文作時間を台無しにしやがって、とんでもない女共だ。」 「コンパニオンが、タダで来てやったんだよ。」 「バカこけ、俺にだって、選択権はあるわサ。俺は、面食いだ。」 「無理しなくても、いいだ。又、遊びに来てやるからさ。アハハ。」 イヤハヤ、ワシァ恐れ入屋の鬼子母神である。女蛮族2人は、まるで元寇襲来の様であった。蒙古のドラが、ガンガン狭い四畳半に鳴り響いて、波状口勢を一手に受ける。<何時、アラ大変!!> 子供達が帰って来る時間だと言って、サッサと帰って行ってしまった。 静けさを取り戻した四畳半で、独りタバコに火を付ける。 日本の国技・大相撲の大看板は、蒙古出身の2横綱であった。蒙古のドラが、訛って女族のドラ声に為ったのであろう。元寇来襲には、神風が吹かぬ以上、日本の武士団は、風前の灯なのであろう。他力本願の神風頼みであっては、外国女性に依る恋愛詐欺の被害が、後を絶たぬ。男族、己が鼻下長を反省して、褌の紐をきつく締め直さねば、老後に暗雲が立ち込めると云うものである。 テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記 |
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月曜日は、極力ビート・たけしのTVタックルを見る事にしている。昨日は、<中国と如何付き合うか>であった。中国人論客お三方の登場であったが、まるで、話が噛み合わない。日本人の頭では如何にも、着いて行けない<言いたい放題の言い分>にしか聞こえて来ない。これを、中華思想と云うものなのだろうか? 頭の中で想念的に、中国を考える分には苛立ちは(起こらない)が、具体語・具体人を目にしてしまうと、思わず感情的に(怒って)しまう。・・・・実に困った性分である。 人間から感情を抜き去る事は、絶対に出来まい。感情語を極力避けて、抽象語・定型語を多用しても、内なる感情を隠す事は、出来ない相談である。為らば仕事と割り切って、付き合うしか手立ては無かろう。仕事=苦役と達観視した処で、ストレスが倍増するだけである。ストレスで鬱と成っては、淋しい病院送りである。自己防衛としては、係わらぬのが個人の得策であろうか? 組織・国家としては個人的防衛作では、埒が明くまい。防衛策が必然の決意と為る。常識対非常識の対決は、<金大中の太陽政策>一辺倒では進まない筈である。対処方としては、常識には常識であり、非常識には、敢て非常識で立ち向かわなければ為らない。これは、喧嘩の極意である。当然、喧嘩は、痛いに決まっている。★躾・調教なんて、下衆な言い回しもあるらしい。 小生、至って感情的生き物であるから、これでは中国美形のイメージにも、翳りが出て来てしまう。コレマタ由々しき問題である。 依って、中国指導者諸兄に、物申したい。言論・経済自由の現代にあって、金儲け・国威高揚に関してだけ自由世界を、自分勝手に利用しなさんな。仲間入りする以上、自由世界には自由世界のエチケットと云う物がありまする。蛮族の侵入に頭を抱えて、万里の長城を築いたのは何処のお国か!! 過去の栄光に執着為さる気持ちがあるのならば、少しは周囲を気遣って、大人の頭の回路をお持ちに為りませ。時代は21Cで御座りまする。 人間国家の感情として、他国に対して威張りたいのは山々為れど、度を越えた傍若無人の狼藉振りは、底浅き単なる成金趣味にしか見えませんぞ。さすれば益々の<張子の大人>演技の続演と為りまするぞ。それを称して<中世暗黒絶対王政>と申しまする。国内で力と歪曲報道で、拍手。周囲・他国からは、顰蹙を買うばかりでありまする。気付けば万里の長城で、嘗ての竹のカーテンとなりまする。鎖国の論理でありまする。これを称して、<天に唾する><井の中の蛙>と申しまする。<衣食足りて、礼節を知る>とのたもうたご先祖様は、御貴殿のご先祖様であらっしゃる。躾・調教、喧嘩、自覚向上 or 全世界洗脳・制覇、何れの策をお取りに為られるのであろうか? ★北京オリンピック8月開催、化石燃料埋蔵量40年分?との事である。 ・・・確りしろよ。オッサン。学者面スンナヨ。 テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記 |
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昨夜は殊の外寒かった。我慢出来ずに、ビデオを持って布団の中に潜り込んだ。
<ミスタータンク>1984年ユニバーサル映画。監督マービン・チョムスキー。出演ジェームス・ガーナー、シャーリー・ジョーンズ、トーマス・ハウエル。 私お気に入りの一作である。この映画をゲットした動機は、シャーリー・ジョーンズ見たさである。彼女に注目したのが、私の人生の師とも仰ぐバート・ランカスター氏が、主演男優賞のオスカーを受賞した<エルマー・ガントリー>で、娼婦役として出演していた彼女に片思いをしたからである。彼女は、この作品で助演女優賞を獲得している。金髪・肉感的美形である。 エルマー・ガントリーが1960年作であるから、それから24年を経た作品である。美形のその後を見る楽しみは、美形鑑賞者としては、コレマタ心の愉しみの一つなのである。瑞々しい肌、輝く容姿・笑顔が、加齢と共に容姿に丸み・弛みが出て来るものの、表情・瞳に現れる『柔らかさ・穏やかさ・間』と云った<味>が加わって来る。そうなると美形に、落ち着いた人間味が滲んで来るのである。私からすると、世の女性達が忌み嫌う目尻の皺は、美形の味合いに成長するのである。また皮下脂肪で崩れた女体の線などと云うものは、年齢を現して<まろ味>と成って、実に目に優しく映るものなのである。これらの全人格的とも錯覚されてしまいがちな雰囲気は、世に云う年増女の妖艶さ、熟した果物の美味さ・人柄の魅力とでも云う類の物であろう。 さて熾烈さを増すヒラリー女史対オバマ氏の指名争いであるが、御歳60歳の才色兼備のヒラリー女史・・・ 誰かに似ておられると、かねがね見惚れていたのであるが、気付けば<その正体は、シャリー・ジョーンズさんであったか>である。私の美形の外形的チェック・ポイントは、顔相・瞳・目の動き・臀部のボリューム・背丈である。世界の指導者の地位を争って、長丁場心血を注ぐ女史には、真に不埒千番であるが、気が付けば女史の臀部を追って、中身を誰を当て嵌め様かなどとしている。これを称して、『邪(よこしま)なる妄想』or『過去パズル』と言うのである。ストーリー中、古参曹長のガーナーと古女房のジョーンズのベットシーン導入部がある。退役後に漁師になる為に、船を買うから乗せて遣ると言う夫に、古女房は皮下脂肪で丸くなった身体で、私の上にも乗せて遣ると言って、サラリと古亭主を誘うのである。こんなシーンが、男女の人生の1コマの象徴なのである。男女のセックス交換を、日常の営みの一つに置いて、過大評価も過小評価もせずに、サラリと流して行く・・・ 生活臭を伴った男と女のワンカットである。既婚者・経験者には、思わず苦笑いの浮かぶワン・カットである。 何分古い映画であるから、お目に掛かる機会は乏しい限りであろう。古き良き時代のヤンキー気質を、明るく・スカッと大袈裟に描いた痛快アクション作である。ストーリーは、何しろ悪徳偏執変質保安官の逆恨みで、一人息子を濡れ衣麻薬所持のデッチ上げで、更正強制労働施設に送り込まれてしまう。漁船購入資金を提供したのであるが、功を奏さず・・・ 思い余ったガーナーが、個人所有の愛車シャーマン戦車を駆って、大砲・機関銃を撃ちまくって、適正裁判を求めて州を越境すると云う展開である。身体を張って、一人息子を奪還して州境を目指す戦車には、事の発端の若い売春婦が助太刀を買って出ている。古女房殿は、愛する古亭主・1人息子の無事を担保すべくマスコミのマイクの前に毅然と立ち、尻込みする隣州知事の尻叩きに奔走する。電波を応援する善意の野次馬(現代風に言えば、草の根サポーター)が、ゴールの州境に大集合して、最後の悪徳変質保安官隊との『決闘』に、固唾を呑むと云うクライマックスである。正義のヒーロー・善人を引き立たせるのは、悪役の技量次第である。悪役のトーマス・ハウエルは、悪質・偏執・変質振りを遺憾無く発揮して、見る者に圧倒的な実在感を持って、迫って来る。 私などは、全身単純細胞で出来上がっているから、「この変態野郎、タダジァ置かねぇ、全裸に引ん剥いて、後ろ手錠で跪かせて、尻の穴にご太っい赤いローソク突き立てて、火を付けて燃え尽きるまで、鞭打ち刑だ。リンチ、リンチ!! リンチ、リンチ」などと、合いの手を打っている始末である。いかん・イカン、遺憾と、気付いてスグサマ懺悔している様であった。 嗚呼、マタマタ、脱線してしまった・・・ 反省・懺悔の気持ちが、人間を高みの境地に誘う最良の術である。 明けて室温は当然零下である。金魚槽を見ると、<ギョギョッ>である。住人挙って霜枯れ植物の様相で、クタァ〜と底に沈下しているではないか・・・ 何度か経験している様であるから、一呼吸置く。斯く成る上は、彼らの仮死状態に便乗して、水槽の水の大半を入れ替える。頃合を見て水槽に、ヤカンのお湯を適当に注ぎ込む。とんでもない男に飼われている悲哀であろうが、此処でキャリアの違いが、ストレートに現れる。先ずタナゴが目を覚まし、和金がそれに続く。荒療治未体験組は、底でへたり込んだ侭であるが、ちゃんと生きている。部屋に陽射しが入って来たが、未だ体が動かないらしい。そんなお隣さんには無関心に、グッピィ槽は、光の中で別世界の動きを見せている。10時に成ってラジオでは、松本の低温注意報が解除された旨の放送である。 一段落して、ウィスキーのお湯割を口に、金魚達の動きを見守る。窓外のミカンも、完全に凍り付いているから、メジロ2羽も当てが外れたもどかしさが見て取れる。小さな黒く細い嘴を、盛んに動かし続けているが、嘴が立たぬ様子である。老母の動きも無い様子であるから、ビスケットを摘みながらの動き待ちである。最後の流金にも、動きが見られた。如何やら、飼い主・管理人の最低観察義務を果した様である。適応能力順からすると、タナゴ・和金・丹頂・黒出目金・赤出目金・流金と云った具合である。 昼を待って、日課をこなしに外に出る。薄いブルーの空に、白銀の中央アルプスの雄姿である。正面に鎮座おますのは、常念岳でありまする。穢れ無き美形の峰の輝きに、赤いローソクの妄想は払われ、『賄い夫の尊きを、歩みまする』の合掌をした次第である。 テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記 |
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銭湯に行く。寒い風である。挨拶を交わして、熱い湯船に浸かっていると、挨拶に応えぬ若者が、入って来た。声を掛けた若者が、仏頂面をしている。狭い世の中でも、人それぞれである。無視されれば、無視をして反せば、それで良しである。無表情の彼は、ブルーのバスタオルを確り巻き付けて、の入浴態度である。変わっているのだろう。小生、人間が下衆に出来ているから、バスタオルの中身に、知らず知らずの内に目が行く。何の事は無い。極普通の<隠し物>である。『見て損をした。』 そう云えば、伝統の裸祭りのポスターが、『卑猥感』を連想させるとして、車内掲示を断られた由である。可笑しな世相と為った物である。 何時もの個人スーパーで、買い物をして行く。 「ダンナさん、此処で刻んだキンピラ牛蒡、色は悪いけど、旨いよ。」 「うん、知ってる。この前、二袋買って、早速、作ったよ。気に入って、今日も二袋入れといた。」 「ダンナさんは、料理が出来るから、奥さん喜ぶでしょう。見かけも立派だけど、心も優しい。羨ましいわ。」 後ろに控えたお婆さん、ニコニコして話に加わって来た。 「カカアに逃げられたから、自炊しなきゃ死んじゃうよ。俺ぁ、未だ死にたかぁ無ぇだけだよ。」 「冗談よ。冗談。真に受けちゃ駄目。」 「料理なんかは、始めれば図画工作と同じだよ。造る楽しみって物が、湧いて来る物だよ。こんな楽しい事、女の専売特許にして置くのは、勿体無い話だよ。如何って事無い軽作業も、独占されて居たんじゃ、分が悪い。足下見られて文句一つを言おう物なら、10も20も言葉が返って来る。口数、大袈裟文句にゃ、男は分が悪いからね。ベテラン女2人を前に、でかい声じゃ言えないけど、女何て生き物、碌な者じゃないよ。オンナの内は、多少は色香が有るけど、ふんぞり返って、本領を発揮すりぁ、オンナはカンナに絶対一段活用しちゃうって寸法よ。」 「そうそう、ニィさん、巧い事、言うね。でもカンナの被害の割りには、立派な体してる。でもね、病気した時には、一人じゃ淋しいよ。口煩い女でも、側に居ると有り難い物よ。男も女も、潜ったのは、同じだからね。真面目に勤めると、きっとご利益があるわよ。ホホホ。」 「クワァ、こりぁ、勝ち目は無いわ。婆桜の挟み撃ち口撃、俺ぁ、帰るわ。」 「ダンナさん、今日コーヒー安いよ。飲むでしょう。」 「ヘイヘイ、先輩、お気遣いアリガトザンス。商売上手だね。買うよ。俺ぁ、女の持ち物は大好物だけど、口煩い女は要らねぇ。」 「アイアイ、アドバイスもサービスの内だからね。何時も、いっぱい買って貰って、有り難いお客さんだもの。タバコは、別会計だよ。」 「やや、300円か、有るかな? 無いかな・・ 先輩、無かったら恥だ。ロープ貸してよ。生き恥は晒したかぁ無ぇから、其処の橋の欄干から、首でも吊るわ。」 「まぁまぁ、タバコ代300円で、女の悪口言った儘、首吊ったら弔辞も読めないわよ。大きいの出しなさいよ。あったでしょ。」 「ヘヘヘ、これかい、実は、自信があるんだけど、一寸見る?」 「卒業したから、好いわよ。」 後ろの婆さんから、背中をパシパシ叩かれた。 「アレマァ、ニイさん、顔は堅いけど、砕けたお人だこと。帰ったら、爺さんに見習わせなくちゃ。笑いは、健康の基ね。浮気をしちゃ駄目ですよ。ホホホ。」 テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記 |
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『陽だまり』
寒風に西のお山は 雪霞 人棲む小庭の陽だまり揺らせ リンゴ・ミカン啄ばむメジロ ヒヨドリに追われ パッと南天の緑の中 連れは、如何した? 今日は一人か・・・ 大盛りフルーツ 串刺しの小枝 陽射し全身に浴び 小首傾げて 数えるは 2・・3・・2・・2・・1 |
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目を覚ますが、ちと早い。寒いのはキツイから、寝返りを打って、もう少しである。今度は起きて、ゴミ出しに行く。昨日のミカンは、16時でフィニッシュであったから、リンゴスライスを突き刺す。空の様子を見上げる。好天の空が拡がっている。老母の動きを待って、四畳半に暖を取る。 早速のヒヨドリ様のお出ましである。ヒヨドリ様、私と目が合っても、堂々としていらっしゃる。<なるほど>である。昨日の観察では、飛び去り行為の非効率を、メジロから学んでいる節が見受けられた。果たして、如何云う展開に為るか? 興味を持っていた処である。私同様、彼も、確り高みの観察をしていたのであろう。朝食時間を終えて部屋に戻ると、食い散らされたスライスは、雪の上であった。 エコ贔屓は観察・管理人としては、戒めるべき誘惑である。 メジロと相性の好いミカンを刺して置く。 雲を白く照らす太陽が伸びて、机上を明るくしている。メジロにばかり感けていては、机上の住人達には相済まぬ。グッピイのカバーの前面部分を取って遣る。住人達は、鬱陶しいカバーが外れて、世界が広がるのであろう。暫くすると狭い水槽全域をそれぞれに、低部・中部に拡散して、思い思いのペースで泳いでいる。金魚槽は、光の中で穏やかな泳ぎを見せている。低水温と云う悪環境の中でも、タニシ達は健気にも水槽面のモップ掛けを、黙々と維持されている。吸盤で削ぎ取った跡が、光線に浮かび上がっている。私が部屋を去れば、フレーザーの室温である。華奢な葉緑は凍みあがって見る影も無いが、もう峠を越えたのである。我慢の先に、小紫の蕾を見せて欲しい処である。 タバコとコーヒーを口に、管理者の目で彼等の動きを追う。水槽には、世代交代の過渡期の様相が見られる。一期生は、押しも押されぬ成長振りである。数を持って続く子供達は、一期生の赤尾の艶やかさは期待出来ず、二期生の黄尾に黒斑の二匹が、どう成長するかである。同期の青尾は、パットしない雲行きである。三期生には、一番小振りの黄色の体色を受け継ぐ一匹が居る。薄い黄色の体色に、朱の尾の下方に薄いブルーを取り込んでいる。背びれは、如何やら青の様子である。メスと比較観察をすると、オスらしいのであるが、もっともっと大きくなって貰わないと、解らない処である。自分の地味な性格からは、贔屓目の眼差しが続く事であろう。以下引き続く幼魚の群れは、余りに小さく以後のコメント待ちと云う処である。 閉じ篭り物臭男の日常であるが、日ごと明るくなる陽射しの色に、春を望む気持ちは、誰し も同じである。 手頃なお時間である。銭湯に浸かりに行くべしである。 テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記 |
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