旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 風のよもやま話・その10
風のよもやま話・その10
 主風の棲む森には、風の音が聞こえている。漸く小さな上昇気流の風が昇って来た。12月に入っても、寒かったり、温かかったりの日々が繰り返されている。展望の開けた森の正面には、盆地の南北に伸びる西の連山・連峰が、冬の凛とした空気の中で、超越した如く空に向かって高々と聳え立つ。その正面の中腹から上は、雪の衣装を重ね始めている。連峰の後方に一際大きく位置する大山は、その全てを硬い白亜の冬衣に整えていた。北への連山の続きは、既に白一色に覆われている。盆地の南端は、次の盆地に繋がる、なだらかな山々を冬霞みの中に亡羊と見せている。
主風の森の背後に連なるなだらかな稜線が重なり合う山々には、東と南の主峰のニ山の頂にだけ、薄い白の輝きを載せている。例年に無く冬衣は、足止めをされている。

メリハリの有った日本の四季は、この時季シベリアからの寒気団が、主体となる冬一色の風景に沈むのであるが、大陸からの寒気と海からの暖気が4~5日の周期で、交替するのが近年の特徴である。寒気に吹き込まれると、そこには昔ながらの冬が。そして、暖気が吹き込めば、小春日和の光と輝きが満ちる。今年は、そんな12月の日々が進んで行くのであった。広葉樹と針葉樹の松が混在する山々には、松の緑が静かに沈んでいる。

山容に溶け込んだ、主風の小森は、光の届きが遅い。南に大きく傾いた軌道を運行する冬の太陽は、大分高い位置に為らないと、主風を起こさない。堆積した木の葉の白い霜が、朝日に溶かされて行く。濡れた木の葉が、幾筋かの幽かな湯気を立ち昇らせている。光のしじまと静寂の中を、小鳥達が渡っている。

             〈クゥア~~、よっこらしょと。〉
主風がねぐらの洞窟から顔を覗かせ、大欠伸をする。掠れた身体をゆっくり蠕動(ぜんどう)させながら、穏やかな陽だまりに身を伸ばして行く。陽だまりの中にとぐろを巻く様な形で、太陽熱を吸入している。暫くすると、主風は、大きく吸い込んで、金剛の形に変身して、

〈オイッチ、ニー、オイッチ、ニー、ボキボキ、グギグギ、ついでに、此処も、オイッチ、ニー、オィッチニーと、ソウリャ、ボキボキ。今度は、こっちから、グルグル、ブラブラとぉ~〉

などと、軽いウォーミングアップをしている。ウォーミングアップが終ると、フゥー、フゥーと大きな深呼吸を繰り返して、乾いた落ち葉のシートに胡座を掻いた。この場所は、日向ぼっこをしながらの友待ちの場としては、打って付けであった。

今朝の冷え込みの余波は、日陰の霜柱をそのままにしているが、時間と共に青味を増して行く空には、太陽の光が満ちている。主風は、今年の山ぶどう酒を持った手を、南北に細長く続く盆地と、屏風の様に聳え立つ冬の連山・連峰とに、差し出す様にして、乾杯の会釈をすると、口に運んだ。
 
〈2008年、今年も後僅かじゃて、振り返れば、近年に無く慌しい一年じゃたわい。オイル・資料・資源急騰でワイワイガヤガヤ、夏頃まではエコエコで騒いでおった人間共であったが、北京オリンピックの空騒ぎが終ったと思ったら、9月から先は、信用不安と連動して経済失速で、人間界は一気に奈落の底じゃわい。少しは、思い知った事じゃろうて、ウヒャヒャ。〉

胡座を掻いた主風の眺望の下には、人間の大動脈・高速道が、盆地を走り抜けている。夜中の物流のライトは、めっきり少なくなり、昼の高速道は、車両が一段と少なく成っている。主風のグラスには、赤黒いぶどう酒が注ぎ足されている。松の枝々を群れて渡る四十雀・ヤマガラ・エナガの様子を見ながら、主風は眺望を大きく捉えて行く。

〈時のスパンの捉え方が、まるで違うワシ等と人間共じゃが、ワシの目からは、この一年が数時間の様に見える。たった数時間の間で、最高から最低へと転落の慌しさは、まるで玩具の箱をひっくり返した程の底の浅さにしか映らんわな。〉

多少酔いの感じられる主風の両の眼には、頭の中に何百年と溜めた出来事の風景のページを捲っているかの様な、内に向かう眼と共に、現在への不満に対しての『否』の距離を置いた据わりの眼の感じが漂っていた。

〈ワシ等は人間から見れば、行き来の無い<物の怪・魔物の領域>で不変の定員を守って存在しておる。ワシ等は、変わらぬ地球全体の自然を最大の恵みとして、存在しておる身じゃて、ワシらの眼からは、日々進歩・発展・変化を盲進するだけの軍団が人間界じゃ。
価値観が全く違う地球上生き物が、競立しているんじゃから、心を失った科学・効率一辺倒の網羅で、すっかりサバイバル地球と為ってしまったもんじゃわ。資源を巡って、動物と人間が争い、動物・植物が駆逐され、今度は人間同士の駆逐合戦が続いた果てに、国家を離れた巨大産業・企業が、世界に散らばって最後の凌ぎを削り合う。勝ち残るか、共倒れが、うぬらの結果じゃろうて。
強者は、敗者を呑み込んで圧倒的多数の弱者を産業奴隷として、日々増殖の一途を辿って来た。決済手段の紙幣が、何時の間にか信用と結び付き、発展したまでは許せるが、紙幣そのものが、金儲けの独立手段と化けてしまった。経済実態の数倍に膨れ上がった紙幣の数は、転がし転がしの博打経済に奔走してしまった。銭転がしのゲームが終って、換金し様とした時、胴元の一人がパンクした。それから後は、電子網が張り巡らされた不夜城の地球は、一転ドミノ倒しの瓦解の世界であった。〉

何時もは飄々として、達観視然とした聞き役の多い主風であるが、ぶどう酒の吸収が早い様子である。無風に近い大気に在っては、訪れる他風も無さそうである。小さな空気の流れに、森の小鳥達の羽ばたきが、小さな音を作るだけの静寂振りである。

〈ワシ等にとっては、人間界の劇的な経済陥落は、大いに結構な風向きじゃ。傍若無人の突出は、決して長く続く繁栄では無い。金儲け金儲け、増産増産で有頂天に為っていた人間共が、汚し切ったこの地球に漸く気付き始めたエコの兆しじゃが、本音と建前の二枚舌が、こうもアッサリ、轟音を立てて瓦解して行く。ワシ等には、まるで、自分達が作り上げた、人間共のゲーム装置のドミノ倒しを演じている様に見えるわい。〉

主風の火照った眼に、切り立った峰々の大屏風が映っている。

〈こう為れば、本音も建前も無かろう。在るのは、現実だけじゃわい。CO2半減と踊らぬ太鼓を打ち鳴らさずとも、買い手の無い売れぬ物作りからは、即撤退のいい加減さが、人間界の不変の特徴じゃ。これで暫くは、奴らの撒き散らす塵芥の不快感も、小休止の沙汰じゃろうて・・・欲望剥き出しの人間界じゃから、現在のどよめき振りが、何処でどんな落ち着きを見せて、如何進むかはトンと分からんが・・・〉

〈無責任・勝手放題の人間界が、種を撒き散らした付けは、人間界が責任を取るのが、当然の報いじゃろう。因果応報は、自然界の不変の真理じゃ・・・ 人間といえども、逃れられん真理じゃて、産業が勝つか?政治が勝つか? この森の居候の若者も、悪の根源が大き過ぎて、暫し休養の様じゃて・・・ 親類の大陸風の喘息も、これで少しは養生出来るものじゃて・・・
さてさて、空気も暖まって来た様じゃ、人間界の娑婆でも覗きに行こうかいな。〉

主風は、椎の大木にスーと移動すると、ヒョイと風に乗って舞い上がった。青い空には、数羽の鳶が大きく円を描いて飛翔している。安定した上昇気流に乗って、主風は、螺旋状に大きく大きく、ゆっくりゆっくりと、空に舞い上がって行く。
既に、鳶の遥か上空を主風は、滑空している。主風の円を描く端には、小さな照り返しを持った川が、冬枯れの河原に見え隠れしている。見覚えのある犬と老人の姿が見える。

<う~ん、今日・明日は、大気も安定している事じゃから、場合によっては、下界に泊って行こうかいな・・・ この塩梅だと、ワシの所に寄って行く風も無かろうて・・・>

    主風は、体の表面積を縮込めて、ゆっくりと下降態勢を取る。

   毛糸の帽子に、マスクをした冬装備の老人が息を切らして、犬を追っている。

「こりぁ、ダケン~ そんなに走るな。息が切れる。」
<爺さん、モウロクして、そりぁ何でも、厚着のし過ぎだよ。冬でも暖かい日は、幾らでもあるんだぜ。人生、未だ長いんだ。モウロク爺さんに為るのは、早いぜ。ご主人様。ワン!!>

 ダケンと呼ばれる犬は、冬枯れの河川敷の芝生を蹴って、走り回っている。サツキの赤茶の植え込みが続く芝生の散歩道の彼方此方に、モグラの顔を出した跡がある。犬は、其処に黒い湿った鼻を近付けて、クンクンと臭いを嗅ぎ、前足でガリガリと穴を掘る。漸く追い付いた老人が、大振りの黒い縁取りの虫眼鏡を手に、穴を覗く。そして、ダケンを手招きして、得意の蘊蓄(うんちく)を垂れるのである。

「うん、この穴は、乾燥の具合からして、三日前の穴じゃ。この辺りの土は、この堰堤工事の時に、川底を浚い過ぎて、不足したのじゃろう。不足分の穴埋めに、近くの山土を入れたのじゃろうて・・・この辺りは、土目が多いから、モグラの居住区に為った様じゃ。分厚いコンクリートで仕切られた場所であるから、云う為らば、モグラの飛び地囲いじゃ。穴の数、盛り土の跡から察するに、モグラの大小・個体差が確認出来る。総じて、密度が濃い様じゃ。」
<ワンワン!! 爺さん、そんな事は、何も虫眼鏡を取り出して、言う程の事じゃあるまいに、見りゃ、犬の俺にだって分かるわいな。俺なんか、その上を行って匂いの違いから、モグラ集団を6~ 7匹と嗅いでるんだぜ。全く、手に負えない変人爺さんだぜ。フン。>
「ウ~ン、この辺りは、明らかに土質が異なる。土の様子から鑑みると、中々にして栄養分に富んだ土目じゃ。さてさて、この人為的土入れは、成程なるほど・・・ ダケン、ご主人様は、土壌成分とモグラ数、モグラの種類の相関関係について、暫し高尚なる観察・推論をば、試みる。雑音があっては、緻密な考証が利かん。お前、一人で遊んで居れ。邪魔立てするで無いぞ。」
〈ああ、爺さん、胡坐を掻いちゃったよ。全く・・・ 昨日のバート・ランカスターの『ワイルド・アパッチ』の映画から覚め切っちゃいねぇや。確りしてくれよ、こんなボケ老人と一緒じゃ、出自の正しい俺様の御威光が、廃れるってものだぜ。恥ずかしいから、余は、この辺を一周して来らぁ。独り言は、なるべく小声で遣るべしだぜ。本性がバレたら、病院送りだぜ。そう為ったら、被害は俺にも回る。年の瀬を迎えて、食に有り付けない。派遣切りの非道は、人間界だけに止めてくれよ、ご主人様。ああ、情け無い。とんだ爺さんに、拾われ育てられたものである。ワォ~。〉

 主風は、河原に自生した水柳の木に体を巻き付けて、ニヤニヤしながら、老人と犬の遣り取りを眺めている。この老人と犬のコンビは、主風の上空散歩の時に、しばしば目に入る。

 穏やかな日は、上昇気流も活発であるが、冬の日の陰りは早い。上昇気流の衰えに、主風は風に乗り損ねた様である。明日の昼を待って、山の森に帰る事にして、今宵はこのコンビの家庭訪問でもするか・・・主風は、モアモアした顎鬚を軽く扱きながら、コンビの後を付いて行く。

2009/1/5
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風のよもやま話
                風のよもやま話
 その1
 東の山が数段重なりあった中腹に、平らな森が突き出る様な感じで隠れていた。そこからは、広々とした盆地を眺望する事が出来た。森は、10数本の広葉樹の大木を中心に、山ツツジなどの潅木の茂みと柔らかな山野草の群れから成っていた。背後の剥き出しに成った花崗岩の一角に、風雨で浸食された様なぽっかりした洞窟があった。風化の進んだ花崗岩の結合は、脆かった。動物達は、その事を知っていたから、脆い箇所を砕いて何世代も掛けて広げて行った。洞窟は、しばしば山に棲息する動物達の季節を通しての、嵐や風雨の避難場所に利用されていた。風は、盆地の上昇気流に乗って、広葉樹の緑を戦(そよ)がせたり、山腹を風の等高線を描いて渡ったり、山頂から撫で付ける様に吹いたりもした。森は、絶えず音と動きに満ちていた。森の風音は、夜が更けると、色んな風音を作り始めるのであった。耳を済ませていると、まるで風達が森の造作物を使って、風同士話し合っている様な錯覚に陥る。

「おう、久し振りだね。お前さん、海を渡って来たかね。少し休んで、話しでも聞かせてよ。」
「うん、今年は苦労したよ。気圧配置が悪くてね。引き返したり、足止めを喰らったりでサ。それで、お前さんの所に来るのが、一ヶ月も遅れちゃったヨ。どうだい? こっちの様子は。」
「うん、昼の時に寄って行った麓の上昇気流が面白い話しを持って来たし、午後からは、北から託(ことづけ)だけ置いて、行っちゃった奴もいてさ。」

              こんな具合である。

 ある時、変な風体の若者が森に遣って来た。男は、丹念に小さな森を調べていった。数日すると、荷物を背負った男が遣って来て、洞窟の横の上部に穴を掘り始めた。何日間か、精力的に働き回った。男は仕事を終えると、大木に目立たない様に、ワイヤーを架けるとアッと云う間に山を下って行った。男は、突然ケーブルに乗って現れ、数日を労働に明け暮れして、ケーブルに乗って、忽然と姿を消した。そんな繰り返しが、森では続いていた。男の造作物は、彼の隠蔽の工夫から、見た目には全く分からなかった。

 森の主風(ぬしかぜ)が、身体を糸の様に伸ばして、鍵穴から男の部屋に入った。部屋は、都市にあるワンルーム・マンションを思わせる見事な造りであった。そして驚いた事に、大体の物が、揃えてあった。壁には、リモコン装置が幾つかあった。前触れも無くサァ~と姿を現わす男が、数日を過ごしている時は、森に面した花崗岩で偽装した外壁は、開けられていたから、それらのリモコンなのであろう。谷川には、小さな水力発電機が隠されていた。配線は、地中に隠されて部屋に通じていた。水も同様にして部屋の貯水槽を満たしていた。溢れ落ちる水は、パイプを通って外部に流れ小さな池を作っている。小さな池は、森の動物達の格好の水場と成っていた。鍵の掛かった部屋が、もう一つあった。此処までが限度であった。怪しい匂いを撒き散らす男の正体は、全く不明であった。

「お~い、居るかい。面白い話を持って来たよ。」
「如何した、上昇気流。」
森の主風は、自分の糸と為った身体を縺(もつ)れさせない様に、外にある身体を大きく膨らませると、スウ~と先端の知覚部分を吸い込む様にして、自分の伸び切った身体を元に戻した。
「ふぅ~、今時の人間の奴、何を考えているか、さっぱり分からん。主の役目・管理も、大変だわい。」

 上昇気流の持って来た話は、傑作だった。散々男を手玉に取って、荒稼ぎをしていたフィリピン女が、全裸で晒し物に成ったと言う。その顛末は、こうである。個別に貢がされた男達への匿名の被害調書が、配られた後、女のマンションに空き巣が入って、女の金庫から全財産が盗み取られた。次に、被害者と性悪女の取り巻きフィリピーナに、招待状が届いて、記載の日時場所に出向くと、ホテルのボーイが出席者を案内して、ドアの鍵を開けたと言う。
不審がる男達は、皆んな女の店の常連客である。誰もが顔を見知ったライバル達でもあった。
そして、<お帰りの際は、フロントにお電話下さい。係りの者が、鍵を開けに参ります。では、ごゆっくり、ルーム料金は。頂いて居ります。>と丁寧に頭を深々と下げていったそうである。 

 男達は、女を落とそうとしたのか、覚られて女に落とされて手玉に取られたのかは、定かでは無いが・・・兎も角、女を自分のオンリー・ワンとすべく足繁く通ったお目出たきライバル達なのである。その彼等が一堂に会しているのである。和やかなる雰囲気は、微塵も感じられなくても、とうぜんの雰囲気であろう。互いを盗み見する目付き・顔付きは、ある者は引き攣り、ある者は、殊更憮然たる表情を崩さないでいる。当然女達も、店の女である。場の重苦しさに、これから何が起きるのだろうかと、体の線を強調した小柄なフィリピーナ達は、身を竦(すく)めるばかりであったと云う。重苦しい長い時間が、漸く過ぎて招待客の1人が、徐(おもむ)に仕切りの幕を引くと、睡眠薬を飲まされた性悪女が、全裸でベットで足を大きく開脚して、横たわっていたそうである。

 眠る女の股間から、数本の赤・青・黄・紫・緑・黒の紐が伸びていて、其々の端に招待客の名札が、括ってあったそうである。女の身体には、其々の色で、大小の手形のスタンプが押してあったと云う。演出の行き届いたライト・アップされたあられも無い姿に、男達は言葉を忘れて唯、呆然と立ち尽くす一方、女の1人は悲鳴を挙げてドアに走ったが、ドアの施錠は外から確り掛かっていたそうである。
暫く羞恥の念で額に脂汗を滴らせ、モジモジして居ていた招待客であったが、1人が意を決したらしく、自分の名前の書かれた紐を恐る恐る引っ張ったと云う。性悪女は、眉間に小さな皺を寄せただけで、中からローションで光ったカプセルが、ヌルリと出て来たと言う。中を見ると、男の被害額・女の不当財産処分総額を按分比例した計算書・主催者の必要経費+報酬料を控除した還付額の記載と共に、男宛の領収書が入っていたそうである。一人に続いて、男達は、自分の札の紐を引っ張ると同様の明細記載のカプセルが、ヌルリ、ヌルリと現れたとの事である。ベット脇のテーブルには、名前の書かれた封筒が、堆(うずたか)く積まれてあった。男達は、隠す様にして、目を白黒させながらも、中身の現金の厚さに、下卑た笑いを浮かべていたと云う。男達の雰囲気がガラリと変わって、女達を見る目付きには、敵意と蔑みの色が動いていたと云う。男達に手荒く背中をドンと押されて、女の1人が、最後の名前の書かれていない黒い紐を引き出すと、以下の文面が認められてあったそうである。朗読役は、一番被害額の大きかった男を、指名してあったそうである。

 指名されたでっぷりと肥満した50代後半の男は、脂ぎった禿頭に、大粒の汗を光らせて、消入る様な掠れた声で、どもりながら、手をブルブル震わせて、読んだらしい。

   悔い改めよ。予備軍。物事、すべからず、限度あり。
 オーバー・ステイ者、偽装結婚者は、既に既に官憲に通報済み、追って、その沙汰を待つべし。
 騙されし者、これに懲りて、女の甘言に鼻の下を伸ばす事、有るまじき。猛省せよ。
 風に耳あり、口あり、目あり。我の名は、森の風人。 全ては、闇から闇へ 

 追伸・・・・女の目覚めタイムは、2時間をセットしてある。目覚めを共有すべし!!

 私服の刑事が部屋をノックしたのは、ボーイが呼ばれて、女の衣服を届けた数分後であった。
刑事は、部屋に居合わせたフィリピン女性全員を不法滞在・偽装結婚の咎(とが)で逮捕連行した。地方都市の県警警察署の取調室で、刑事2人は、早速事情聴取に入ったが、誰からも被害届けは提出されなかったと云う。取り調べ刑事は、頭を掻きながら、臨検に及んだカプセル内の明細書・領収書及び主催者のメッセージを、上司に挙げるに止まったとの事である。担当上司から事の一部始終の報告を受けた警察署長は、目を瞑って黙った儘、暫く煙草を2本燻らせていたと云う。そして係官に、張り番記者への臨検文書の開示を指示した。某新聞社記者は、固有名詞を空欄にして、<怪盗森の風人 現る。>の見出しのみで、臨検文書の全てをデスクに上げたとの事であった。

 この事件は、愉快犯として全国に飛び火して、一時テレビの週間放映時間ランキングの上位を何週か占めた。類似の犯行は、しばしばテレビのワイドショー・新聞の三面記事を彩ったが、犯行の完全性・スマートさ・ユーモアさに欠けていた。同一犯の可能性のあるものは、3例を数えるまでであった。

 その2
 謎めいた若者は、時々森に姿を現わしていた。彼は、戸外ではイヤホンで音楽を聴き、まるで日課の様に身体の鍛錬をしたり、絵を描いたりして数日を過ごして行くのであった。

 森の大木には、新しいワイヤーが張られていた。ナップサックを背負った男が、ロープでスゥーと上がって行った。ワイヤーにフックを掛けると、その儘、山の緑の中へ消えて行った。風より速い動きだった。生憎、森に風は無かった。慌てた森の主風は、自分の身体を丸めると、出口をあるったけ窄(すぼ)めて、内部の圧力を最大にして、その出口目指して自分の身体を、一気に噴出させて、男の消えた方向を追った。彼は、小さな森の老いた主風であるから、彼の容積は、忽ちにして運動を停止してしまう。無風の大気の下では、彼は、収縮・噴出を繰り返さねば為らなかった。頼りは、見え隠れする架線のワイヤーのみである。

「フゥ~、若造め、洒落た真似をしおって、お前達人間は、文明の利器を使用出来るから羨ましいわい。わしらの利器は、太古の昔から、自助努力・知恵の積み重ねだけじゃ。今日は見とれ、この塩梅では、訪ねて来る友人も居らんじゃろうから、とっくりとお前さんの正体を見て遣るわい。」

「フゥ~、久し振りの運動で、腹筋が痛いわい。目印がある事じゃから、急く必要も無かろう。」

「おぅ、居った居った。」

 主風の目に、男の姿が入って来た。森から南に、一山越えた山の窪みである。主風は、伸び切った身体を、森で過ごしている時の寛ぎの態勢に戻して、高みから見物を始めた。

 迷彩服を着た男は、レーザー銃を手に、木立に貼られた人型の的に、走り撃ち・臥せ撃ちを繰り返していた。人型の的には特殊塗料が施されているらしく、命中した箇所からは、幾つかの煙がポッと上がっていた。煙の色に応じて、命中度の識別が判る仕組みに為っている模様であった。今度はライフル銃に持ち替えて、遠い的の射撃に移った。そして、徒手空拳の業、木刀・槍を振るってのトレーニングに励んで行くのであった。

「ほぅ、今時の若造も、中々遣るものじゃ。結構昔には、山に篭って、修行した男達も多かったもんじゃが・・・・・ とんと久しくお目に掛らなかった光景じぁ。今流行の<お宅族>にしては、この若造、芯が有り過ぎる。職業人と見ざるを得まい。とんだ下宿人に入り込まれてしまったもんじゃわい。」
主風は白い顎鬚を擦ると、一陣の風に舞い上がって、森に帰って行った。

 その3
 夜に成ると、森には心地良い風が、吹き渡っていた。潅木の小さな葉をカサカサ揺らしたり、大木椎の梢一杯の青葉を、そよそよ鳴らし、時には梢ごとザワザワと鳴らしたりする。

「主風、居るかい? 俺、とうとう奴の顔見たぜ。例の<森の風人>、若い精悍な男前だよ。」
「ほぅ、そうかい。年の頃は28、9だろう。身長は185、6で、顔は細面、鼻筋が通っていて、目は切れ長の一重目蓋で鋭くもあり、柔和でもある。左のこみかみに、うっすらとヤンチャ傷がある。性格は、用意周到にして敏と云った処じゃろう。普段の行動は謎。尾行しても、山の暗闇に天狗の様に、一瞬にして掻き消える。」
「えっ、主風、お前さん、奴を知ってるのかい?」
「いいや知らん。お前さんの顔に書いてある事を、言った迄じゃわい。ウォホッホッ。」 
「そうかい、此処は、風の通り道、溜り道だもんなぁ~ お前さんが知っていても、不思議あるまい。」
「まぁ、好いわい。また何か仕出かしたか、<森の風人> 聞こうじゃないか。今夜は、ゆっくりして行くと好い。事件は起こらんから。」

 話は、凡そこうであった。オリンピック景気で物議を醸し出している、アジアの大国での出来事であると云う。経済開放化路線で圧倒的貧富の差が拡がる仕組みは、政官民が癒着する情報の独占化・インサイダー取引にあるそうだ。その堅固な仕組みが、大打撃を蒙ったとの事である。第一次情報は、決定権を持つ一握りの高級官僚から、極近しい開放化路線第一期生の金力者に耳打ちされる。金力者は公権力のプロジェクトの規模に応じて、個人で賄える時は個人の金力で、大規模プロジェクトに関しては、第一期生金力者のネットワークを通して、資金を調達すると云う。とんでもない巨大インサイダー取引であるから、失敗は殆ど無いそうである。久々の巨大プロジェクトに、キングの威名で呼ばれる金力者が、満面の笑みを湛えて揉み手をしながら、ネットワークの密談室に現れたのは、その場に居なくとも想像に難く無い処であると云う。調達資金量・プロジェクト開示時期・収益・各自の調達資金量について、彼等は念密に打ち合わせを行ったそうである。プロジェクト開発会社の準備・資金調達は、秘密裏の内に着々と進んでいた。そんな折、アジアのパソコン普及大国を誇るその国のインター・ネット上に、1大暴露情報が流れたと云う。情報の国家統制が幅を利かすアジアの大国での、政官民の一蓮托生のグル振りは、公式のメディアには、絶対登場しなかったのは、言うまでも無い事であったが、暴露ネットは、連日のオーバー・ヒート振りであったと云う。余りの反響に、巨大プロジェクトは頓挫し、金力者の多くは、政治的牢獄行きの泡沫感を味わっているそうである。 

 暴露情報の発信人は、
       <風に耳あり、口あり、目あり。我の名は、森の風人。>
                                  と、書かれてあったそうである。

  今日中に、東京に帰りたいと言う風を、椎の大木の梢から見送った主風であるが、
「そうであったか、時代の流れじゃ。風が海を渡って、大陸の黄砂を一撫でしたと云う事か。」
そう呟くと、主風は、得心の笑みを一つ浮かべるのであった。それから、フゥ~と、息を静かに吐き出すと、身体を縮込ませ、ドアの鍵穴にスゥ~と身を潜らせて行くのであった。

 その4
 梅雨を待たずに、夏の茹だる様な暑さが、続いている。朝から山の頂には、真っ白な入道雲が、幾つも競り上がっていた。小さな森には、木立を抜けて時折、涼風が通るだけである。蝉時雨は盛んであるが、木々の葉は水分を捥ぎ取られた様に、草臥れ果てた態である。主風は苦り切った顔で、頭をボリボリ掻いている。主風は、森の出っ張りに立つ椎の大木の梢に、身体を巻き付けると、上昇気流の来るのを待った。周囲を見渡して、方向を東南の山並に定めた。そして、大きな上昇気流にヒョイと乗っかると、身体を糸の様に軽くして山並目指して、消えて行った。

「お~い、雷雲よ。予定は、如何じゃい。此処が済んだら、ワシの方にも、足を運んでくれんかな。」
「親父さんの直々のお出ましとあっては、断れん。少し回すよ。どうだい、少しシャワーでも浴びて行ったら。」
「ああ、そうさせて貰うよ。一息付いたら、運び屋の所に顔を出してから、帰るよ。」

 人間の奴等め、地球のそこら中で、バカスカCO2出しやがるから、環境がすっかり変わっちゃたわい。雨不足・雪不足と思えば、集中豪雨・豪雪、異常高温に低温、全く先の読めない時代に成ってしまったものだわい。身の程知らずの行儀の悪さと言ったら、完全に害獣じゃわい。ライフ・ラインのインフラ整備とか抜かし居って、見た目には、整理は進んでいる様じゃが・・・水の巨大な循環サイクルが狂ってしまえば、中身の無いインフラなど、只のガラクタ同然じゃわい。人間ども、自分達のケツに火が付いているのも、見て見ぬ振りを決め込んでいる。人間と云う動物は、実際に苦しまなければ、絶対前に進まん集団じゃ。コレラ・黒死病・天然痘・梅毒なんかの伝染病に大戦争と云った<害獣減らし>も、奴等自身、特効薬・死滅武器を持ってしまったから、今となっては、効果無しじゃ。事此処に至っては、異常気象で、食料・水を断ち切ってしまう荒療治しかあるまいと言う事か・・・ そうなれば害は、全てに及ぶ。老体には気の重い光景じゃ・・・

      主風は、ブツブツ呟きながら、森に帰って行った。

 黒雲が湧き上る様に、重く垂れ込めて来た。乾いた大地をパラパラと雨が走って行くと、稲妻の閃光が幾筋も空を割って、腹にズシンズシンと轟かせ始めた。堰を切った様に、大粒の雨が土煙を立てて、機銃掃射の如くバシバシと大地を打ち鳴らした。忽ちにして、褐色の泡に覆われるや、雨は泡を乗せた儘、低きを求めて行進を始めた。溜まった流れは水位を蓄えると、再び大行進を開始して行く。褐色の土の匂いをプンプンさせた谷川は、音を立てて一気に流れ下った。猿も鹿も、狐・狸も、尻尾を巻いて、森の洞窟に逃げ込んで来た。2時間もすると、空は明るくなった。動物達は洞窟から出ると、ブルブルッと濡れた毛を逆立て水気を払うと、思い思いの方角に散って行った。小さな森は、葉から落ちる雫の音が聞こえるだけの静寂さが、満ちて来ただけである。再び上昇気流が起こって、森には心地良い涼風が吹き渡っていた。主風は、男がケーブルを伝って来たのも知らず、身体を太くして、大木の幹の間を縫う様に大きく伸ばして、大鼾を掻いている。

 その5
 梅雨に入って水を得た大地は、緑と樹勢を甦らせた。短い穏やかな梅雨の時期は、何時の間にか終わってしまった。夏の積乱雲が、ニョキニョキと、山頂に幾つもの巨大な白い居城を、築き上げていた。毎日、茹だる様な暑さを提供し続ける高気圧が、どっかりと居座っている。低地の灼熱地獄は、大変な事態を引き起こしている。人間の熱中死に野菜不足、節水騒ぎに電力不足である。
森の主風は、大きな風の吹かないこのシーズン、山腹を渡るだけの上昇気流の横風に、身を任せるだけの毎日である。訪れる友人の風も無く、長々と気だるい身体を森に横たえている。

 <退屈この上ない限りじゃ、夜に成ったら、夜風に乗って、街に下りて見るか・・・>

 熱帯夜の暑気が、ムンムンする街中である。通わぬ空気に、主風と云えども夜の徘徊は、思うに任せない。
      <スス、スゥ~ 、おぅ、不味い空気じゃわい。フゥ~、>
 主風は口を大きく開けて空気を吸い上げ、長い身体に溜めた暑くどんよりした空気を、身体の最後尾の口を窄めて、吐き出す事で、街場のビル街を見て回る。ある時は一気に、またある時は徐々に、吐出を加減して見て回るのである。彼の徘徊の原動力は、僅かばかりの風と体内に取り込んだ空気の吐出だけである。風の仕組みは、空気の温度差であるから、川の小さな涼を求めて川を目指す。夜の街は、飲食店の灯で賑やかである。とある<小料理>の灯を見付けて、主風はスルリと入った。こざっぱりとした店内は、繁盛していた。

 <些か疲れたわい。人間どものクーラーに、当たって行くか、ワシも歳じゃて。>

  年の頃、60歳前後の男が2人、生ビールを美味そうに口に運びながら、話している。
「イヤ~、参りましたよ。電話が、急に通じなく成りましてね。様子がおかしいんで、ガイドをしてくれた男に、調べて貰ったんですよ。そしたら、子供を産んだと云うじゃないですか。頭が真っ白に成るほどに、ショックでしたよ。日本に出稼ぎに来る前に、結婚していたらしくてね・・・ほら、向こうの男は、定職も無くゴロゴロして居るのが、多いでしょう。別れちゃったらしくて、それで日本に来て、ホステス稼業ですわな。そこで、私と知り合った。お決まりのコースですわな。私も定年後は、自由に成れますから、日本と物価の安いフィリピンを交互に行き来して、老後を楽しもう、何て考えてましたから、『結婚相手』として彼女と付き合っていたんですよ。子供の父親は、別れた亭主との事ですよ。私の置いて来た金で、カラオケの店やら、日本の中古の軽トラを改造したタクシイを、レンタルしたりして、『将来に見所』がある女だと期待していたんですがね。私も2度ほど、ダバオの彼女の実家を、訪れていたんですよ。2月の時に行ったんですよ。そしたら、葬式に成ってしまったと、如何しても会えなかったんですが、その時が出産前後だったんでしょうから、今から考えると、『絶対』に会えない訳ですよ。9月に皆と行った時は、逆算すると妊娠6ヶ月でしょうに、残念ながら、誰も彼女の妊娠に気付かなかった。それがこんな結末でしょう。女は、母親に<日本人を騙した。>ときつく叱られて、家から出されて泣いているとの調査結果でした。自分の非を悔いて泣いているのか、『他の理由』で泣いているのかが、私の最重要の関心事ですけど、それを知る術は無いですから、すっぱり『グッド・バイ』しました。フィリピン好みの周囲からは、この種の話は、幾つも聞いていたんですが、・・・・・実際、自分が、その一員に成って見ると、・・・・・情けない話です。自分を鎮めるのに、大分苦労しましたよ。」

   男達は、生ビールの中ハイを傾けながら、肴に箸を伸ばして居る。
「俺は皆さんとは逆に、体質的に彼等彼女達が嫌いだから、一般論的な傍観者の態度で、観察しているから、<然もありなん>って感想ですよ。感情を捨てて分析すれば、彼女達にとっては、得難い『纏まった現金稼ぎ』なんでしょうね。ホステス稼業で、男心を擽(くすぐ)るテクニックと、ターゲット、カモを見付けて、『ジャパ行き』ネットワークを駆使する。目的達成への仲間内の『ケース・スタディ、討論会』には、事欠かない環境にあるんだから・・・ あの手この手で男を篭絡(ろうらく)させて、贅沢な生活を築く算段の毎日かも知れない。ある冷めた見方からすれば、家族、ネット・ワークを挙げての一大ビジネスなんですよ。人気のホステスは、再び入国して、更にテクニックとネット・ワークを上達・拡げて、ダンナ衆を複数ゲットして、ビジネス・チャンスを本国に持ち帰る。私には、日本人として、<堪らない光景>ですよ。『同胞が、易々と騙される』んですから、これは・・・・・ 大河ドラマの風林火山ではないけど、男達は政治的軍事的な諜略(ちょうりゃく)行為には、結構、鼻が利くものだけど、殊、女の打算的色香には、日本男性は『免疫力がゼロ』に等しい。実に無用心この上無しの腑抜け状態に、成り下がってしまいますよ。フィリピン女の当たりの良さに、リップ・サービスで一寸、<甘い言葉>を耳元で囁かれちゃうと、<俺は、モテル!!>なんて、有頂天に為ってしまう。彼女達のスキン・シップ旺盛な『フィリピーノ・ホスピタリティ』なんて表現されているらしいけど、その彼女達が、舌足らずの甘い言葉を『業務用語』で使ったとしても、耳にする男には『トロピカルな愛の囁き』に聞こえて、可愛いの錯覚に沈んでしまう。余り意味の無い外国人の多発する『言の端(言の葉)』のトロピカル・ムードが、財布の口を開かせる。劃して『男の非日常』の始まりって処でしょう。フィリピーノへの無関心、多少の蔑視を伴わなければ、男には、見えて来ない彼女達の<猿芝居>ですよ。」
「経験が有りますな。」
「お察しの通りです。恋は盲目と、『古からの戒め』ですよ。」
「まぁまぁ、焼酎にしますか。オネエサン、此処に焼酎!!」
「出稼ぎ大国何て、不名誉な枕詞を貰っているお国柄ですよ。詐欺紛いのホステス・ビジネスが、顰蹙を買って、就労ビザの門戸を閉ざされているのが、昨今の本態でしょう。向こうにして見たら<出稼ぎ立国>ですから、高齢化・在宅看護何て、美辞麗句で世論を煽っていますけど、フィリピン介護士の大量就労を政府間で合意してるんでしょ。私は、反対ですね。彼等の実体を実感して、把握していない連中の合意なんか、危ないですよ。真に受けて、ハイハイ受け入れた日には、<鬼平犯科帳>の世界に為ってしまいますよ。『手引きに押し込み』の<急ぎ仕事>が、巷に溢れてしまいますよ。日本人同士だって、嘗ては<豊田商事事件>が有りましたからね。人の善意を拠り所にして来た日本人、特に高齢者には、そんな事態にでも成ったら、永遠に<美しい日本・日本人>の社会風土は、カムバックしないばかりか、辛うじて残されている精神風土が、ズタズタにされかねませんよ。断って置きますが、アルコールが、言わせている訳じぁ有りませんよ。」

  <フンフン、人間共も、年の功か、退屈凌ぎに、少し聞いて行くか・・・>

 そのテーブルには、6人分の膳が設けられていた。続々とメンバー達が入って来た。彼等は中年の気の合った旅行メンバーらしい。過去の旅行話に、ビールが注がれ、刺身の盛り合わせ、焼き魚、煮魚に箸が伸び、煙草の煙と共に爆笑が飛び交う。焼酎のビンは空に成り、次のボトルの封が切られる。カウンターの席には、老人達のグループが、腰を落ち着かせている。盛夏に弾む繁華街から外れたこじんまりとした、家族が働く海鮮小料理屋である。

「この前さ、駅前の店に行ったんだよ。〇〇さん、気付かなかった。」
「えっ、何か変わった事、有りましたっけ? 店には、チョコチョコ顔出しているんだけど。」
「ほら、★★さんの彼女、居るんですよ。」
「まさか、先週、彼と飲んだけど、そんな話、出なかったよ。彼、以前懇意にしていた韓国の彼女達が、日本に来るなんて言ってただけで、フィリピンの彼女の話は、全く出なかったですよ。」
「ほう、彼女がねぇ~ 我々のフィリピン行の現地合流組の常連さんなのに!! って事は、お忍びかね。それとも〇〇さんに、<右倣え>で、グッド・バイの状態って事ですか。」
「いや~、彼は情けに厚い御仁ですから、<来るは、拒まず。去るは、追わず。>だから、・・・彼のスタンスから察すると、グッド・バイの線は薄いでしょう。△△さんの方が、彼とは付き合いが長いでしょ。解説して下さいよ。」

  指名された男は、咥えた煙草を吸い込んで、
              大きく白い煙を吐き、氷割の焼酎のグラスを傾けた。
★★の存在は、この会でも大きい様である。話題の彼の心情を慮(おもんばか)るムードが、場に流れる。

「う~ん、そうね。皆さんも知ってる彼女だから、評価は、中々のベテランでしょう。<知らぬが花>って事は、多い事です。まぁ彼の場合、精神的に深い関係でも無さそうだから、黙っていた方が良いでしょう。幾らお遊びと言っても、彼女の『水臭さ』は、彼に取ったら『心穏やか』じゃないでしょう。つくづくと、ベテラン・フィリピーノ達の心理、行動学は、我々には想像外の範疇ですわな。この会のメンバーでは、アンチ・フィリピーノは、私と◇◇さんだけですから、我、関せずですよ。皆さん、お盛んの様子で、度胸満点、ご立派。
◇◇さん、我々には、『先見の明』が有りましたよ。ウッヒッヒ。』

「オフレコにしましょう。」

<人間共も、たまには気の利いた酒を飲むものじゃわい。そう云えば、アイツは、如何しているものやら・・・>
森の主風は、ヒョイと身体を丸めると、暖簾をサワサワと揺らして、夜の街に消えて行った。

 その6
 2008北京オリンピック、原油高景気に沸く中ロの経済活性化からは遠い日本の、とある地方が、舞台であった。国の慢性的財政赤字は、景気の低迷で暗いニュースばかりが、三面を飾っている。小さな政府を打ち出して、地方自治・権限委譲を謳った国策は、平成の大合併の裏側を露呈して、盛んであった。そんな大合併で誕生した、人口4万人の小さな市の出来事であった。

       日本列島は9月に入っても、30℃を超す残暑の中にあった。

 20万円台後半にあった当市会議員報酬が、一気に上げ幅40%強の30万円台後半にまで引き上げられたとの地方紙の極々小さな報道記事であった。上げ潮のバブル絶頂期は、今や<今昔物語>と化し、失われた10年に続く重い停滞が、庶民の心を塞いでいる地方の世相である。庶民の生活感覚からは、到底、許し難い行政・議会の暴挙と映ったのは、当然の事であろう。市民感情を代弁して、ロートル市民活動家が、街頭で署名運動を始めた。

        常識の風は、力む訳でも無く、静かな市の隅々にまで吹き続けた。
 市民の署名数は、リコール請求をも可能にする1/3超を積み重ねるに至った。構成次第では、不快続きの<朝青龍問題>が下火に成ったワイド・ショーの格好の対象に為る。
<ニュースに為る!!> 報道メディアのデスクは、色めき立った。直ちに駆け出し・若手レポーターの尻を叩いた。緑濃い静かな街は、市民運動家、街角の声、市会議員、市長に、カメラとマイクで取り囲んだのは、当然の世相の流れの一つであった。
 
 民放テレビ入社2年目の某男性記者の携帯電話に、以下のメールが入ったのは、9時であった。

★★・・・本日10時、市庁舎2階会議室の密室実況放送が、流れる。スピーカー放送にて、廊下で録音するも好し。第一級の情報資料。・・・<森の風人> ★★

 市の駐車場に軽の社用車を停めて、階段を3段飛ばしで駆け上がって、彼が会議室廊下に駆け込んで来たのは、10時3分前の事である。流れ落ちる汗も拭く間も無く、ショルダーバックからテープ・レコーダーを取り出し、集音マイクを繋ぎ、録音ボタンに手を掛ける。

  AM10:00 市庁舎に突然流れ始めた音響は、怒鳴り合う男達の声であった。

「市長、何を言っとるんじゃい。引き上げを諮問して来たのは、あんたじゃろが。」
「そうじぁい、そうじぁい。騒ぎがでかく成ったから、穏便、自発的に、元へ戻したらだと。」
「ふざけんじぁないよ。ええ格好しいなよ。オメさん得意の、素人相手の演説は、通用せんぞ。俺達はプロだぜ。餓鬼扱いされて、黙っちゃ居れねぇや、なぁ、皆。」
「そうよ。選挙にぁ金が、掛かるんだよ。年間60日の議会だけど、選挙には軍資金が居るんだよ。お互い、報酬の中から、次の選挙の足しを蓄えて、何処が悪いんじぁい。そうだろ。」
「何だ、おめえ、逃げるのか。〇〇さ、逃げれねぇ様に、人間ピケ張れや。」
「何をするんじぁい。常識ある大人のする事か!! 頭を冷やせ。日本は法治国家だろ。」
「おい、市長。俺とおめぇは、小学校からの付き合いだ。性格は変わってねぇな。おめぇは、口ばっかだ。腕力は俺の方が上だ。言うに事欠いて、法治国家は無いだろ。何時もの軽い口癖、『市長と議長・議会は、一心同体、運命共同体の市民党』のご立派な政治実践哲学は、何処さ置いて来たさ。おぅ!!議会、議員を舐めるにも、程があんぞ。バカタレが!!」
「言うに事さ欠いて、言って良いさ事と、悪さ事あるぞ。撤回さしろ。許さねえぞ。」
「何さこくだ。此処は、非公開の密室だべ。」
ババーン
何だ、何だ!! クス玉に垂れ幕じゃないか!! 何て書いてある!!

★★ 全ての遣り取りは、当隠しマイクにより庁舎のスピーカーにて、市民に公開中なり。★★
風に目あり、耳あり・・・<森の風人>

 会議室のドアの施錠が解除されて、市長並びに市会議員の一行が出て来たのは、30分後であった。フラッシュが焚かれ、ビデオカメラの放列と矢継ぎ早のインタビューに、一行は無言の行進をするばかりであった。

 静かな新生市に湧いた騒動の呆気無い幕切れであった。その日の朝のワイドショーには、盗聴犯人の珍事件が報じられていた。穂を付けた水田に、里山の蝉時雨が、夏を続けていた。青い稲穂を撫でて、幾筋もの風が、東に向って吹き抜けて行く。

<お~い、居るかい。主風、贔屓(ひいき)の森の風人が、土産を置いて行ったよ。>
<ほぅ、そうかい。で、今度は、どんな土産話だい。>

 森の小さな池に、西風を招いた森の主風は、差し込む木漏れ日を見遣りながら、白い眉毛の下の目を細めて、西風の土産話に、『フォッフォホホ』と掠れ笑いの頷きを、繰り返している。

<お前さん、ゆっくりして行くが好い。洞窟の葡萄酒が、好い味頃じゃて、持って来るわい。>

 夜の帳に、森の小枝がサワサワ鳴っている。東の黒々とした山の稜線に光が滲んで、橙色の下弦の月が、姿を現わした。小さな池を挟んで、酩酊に頬杖をした主風と西風のよもやま話は、尽きそうも無い。一足早い秋の虫達の合唱に、森の小枝がサワサワ鳴るだけの森からは、眼下に拡がる夜景の光が、眠たげに見えていた。

 その7
 森の主風の山にも、木枯らしの風が、吹きまくっていた。西の北に続く山塊には、白い陰が目立って来ていた。2週間ほど前に、シベリヤからコハクチョウの群れが、川の白鳥湖と呼ばれる堰に、飛んで来た。堰には、マガモ、コガモ、トモエガモなどが、日に日に数を増やしている。そして、朝霧の立ち込める日々も、である。もう直ぐ、山は、冬篭りの時期を迎える。

 太陽が顔出さない時は、主風も風を避けて、洞窟に蹲っている事が、多くなった。洞窟の隅には、ヤマネが木の葉のベットで身を丸めている。冬越しのテントウ虫、チョウなども、かたまってじっとしている。

 近年、天候は気紛れである。数日、ゾクゾクする程の雨が、続いたかと思えば、暦を逆捲りした様な陽気に成ったりもする。盆地は、穏やかな良天に恵まれている。気温は上昇して、すっかり裸になった木々の頭上から、森を照らしている。じっとしている訳には、行かぬ。主風は、訪れた上昇気流を捉まえて、ひょいと乗っかる。
「お前さん、何処に行く?」
「こんな天気だから、遠出は出来ないよ。精々、ゆっくりと、盆地巡りだろうよ。」
「ああ、好いさ。面白い処があったら、下ろさせて貰うよ。」

 主風を乗せた盆地風は、山を下りて、上空20~30mの高度を保って、ユラリユラリ、ユラユラと、都市部に流れて行く。盆地の全景は、都市部・田園地帯・住宅部・川・ハイウェイ・幹線道路などで、構成されている。道路には車が溢れ、日常の経済活動の忙しげな往来が見える。風向きが変わって、グングン北に流される。神社があり、川が流れている。河川敷のゲート・ボール場には、陽気に釣られた老人達が、カキーン、コ~ンとボールを弾いている。

 快晴の続く日和である。然程広くは無い河川敷の散歩道を、黙々と、ウォーキングをしている男女の姿が、彼方此方に見える。
「フムフム、天下泰平じゃわい。健康第一の老後、日々努力・習慣の日課じゃな。」

 橋の欄干に、グルリと、長い身体を巻き付けて、風2人は日向ぼっこをしている。
    リタイヤしたての男だろうか、ひどくノンビリした風情の散歩者が、歩いて来る。

 主風が、盆地風に言った。
「お前さん、帰りは、何時頃じゃい?」
「この塩梅じゃ、4時前後じぁないか。」
「そうか、その頃に成ったら、この辺りで、待っているから、乗っけて行ってくれよ。」
「ああ、お安い御用だ。親父さん、じっくり社会見学して行けば、好いさ。」
盆地風は、身体をヒョロヒョロと上空に伸ばすと、西の空に飛んでいった。

 男は立ち止まって、川面を覗き込んだり、弛緩な動きをする昆虫に目を止めたり、タバコを口に、山を眺めたりしている。見るからに、時間を楽しんでいる面持ちである。男の携帯電話が、鳴った。男が腕時計を見て、話をしている。踵を返す男に付いて、主風も腰を上げた。途中スーパーに寄った男は、庭から家に上がった。暫くして、車が止まった。

「やあやあ、暫く、仕事はどうだい?」
「相変わらずだよ。温和な顔に成って、元気そうじゃないの、羨ましい限りだよ。」
「ああ、最高だよ。人間、食えりぁ、それで好い。お前さんだって、後1年の辛抱だろうが、働くだけが、能じゃない。」

 同年配の男が、勝手知ったる友人の家と云った態度で、どっかりとコタツに当たる。スーツのポケットから、タバコを取り出して、徐に火を付けてから、言った。
「Yの話だけどさ、アイツ、例の女に、すっかり逆上せあがちゃった挙句の果てが、悲惨この上無い状況に成っちゃってサ。」
「ああ、聞いとるよ。アリァ、一種の病気だよ。同期の桜だから、意見する心情は、あるけど、付ける薬が無いよ。全く、困った男だ。」
 男達は、お互い小さな苦笑いを、交換し合った。
 
 話の内容を聞いていると、如何やら、三人は、高校の柔道部以来の仲間らしい。話題の主人公Y氏は、性悪女の甘言を真に受けて、退職金の1/3をつぎ込んでの老後設計が、パァ~に成ってしまったらしい。

「で、如何する。何にもしてやれねぇぞ。アイツの事だから、話ぐらい聞いて、遣らなくちゃ為るまいだろうが、心置き無く愚痴溢すのも、俺達ぐらいしか居ないだろうが・・・ A電話して遣れよ。何しろ、女遊びの先鞭を付けたのは、お前さんだからな。」

 Aと呼ばれた男が、ニヤニヤしてポケットから、電話を出して、耳に当てている。この家の主は台所に立って、何やら始めている。

「Y、俺だ。今、Bの所に来ている。お前のバカ話をしている。直ぐ出て来い。じぁな。」
台所から、男がおどけた口調で、Aを嗜める。
「おいおい、相変わらず、お前は、荒ぽい事を平気で言うなぁ、Yへの気遣いって物が、まるで無い。Yにビール瓶で、殴られるぞ。俺は、知らんぞ。」
「バカこけ。こうでも、言わなきぁ、出て来れんだろう。アイツ、人前じゃ強がってるけど、結構、ナイーブな所がある。お前の所は、お前一人だから、気遣いしなくても、好い。腹減ったなぁ、キャプテン兼コック長だから、今日は、何を食わしてくれる?」

 男は、ニヤニヤしながら、Aの話に付き合っている。車が止まった。話題の主人公が、声も掛けずに、入って来た。頬が、堅く笑っている。無精髭に、白が混じった男である。

「オゥ、酒持って来きてやったぞ。俺の深刻さを肴に、散々、バカだ、アホだと言って、盛り上がっているだろう。俺も、こんなヤツラとは、付き合いたくは無いが、腐れ縁だよ。全く。」
「当たり前だ。ウィスキー1本何て、安いもんだ。全ては、有料だぞ。何度、学習すりぁ、単位が取れるのかね。愚痴を聞いて貰うにも、お足が掛かるんだ。世の中、世知辛い物だ。少しは堪えたか?」
「このバカヤロウ、お前の女が、オーバー・ステイで、しょっ引かれた時にぁ、俺に色々、面倒掛けたくせに、俺の方が、お前には貸しが残ってるぞ。」
「セコイ事を言うな。高校から、俺達は、3バカ・トリオ、相互扶助の会だろうが。」
この家の主は、しゃくれた顎をポリポリ掻いて、AとYの顔を交互に、ニヤニヤしながら見ている。

         コタツの上で、鍋がグツグツ音を立てている。

「どうだ、カアチャンとは、」
「娘の所に行ったきり、没交渉サ。」
「あら、まぁ、大変ですなぁ。丸坊主になって、謹慎1週間って具合には、為らんか・・・ 高校時代は、実に単純明快で好かった。分かる分かる、女の口数と執念深さにぁ、俺達、体育会系頭脳経路は、ちと付いて行けんからな。」

      男は黙って、鍋からよそおって、男達の前に置いて、話に加わる。
「つくづくと、下手打ったもんだわサ、遊びのコツは、Aに言わせると、<小出しに>だって話なのに、退職金なんて、大金手にして、助平心が出たって処だろ。」
「イヤイヤ、電卓叩いて、老後設計を立てたんだよ。計算上は、辻褄が合ったんだけどなぁ~」
「女ども、荒稼ぎに来てるんだよ。可愛い顔して、口先八丁で、カモを狙って、虎視眈々だよ。モテなかった男が、黒い醜いアヒルの子じゃあるまいし、『或る日』突然モテる訳が、無いじゃないか。」
「まあまぁ、胸にグサリだけど、何を言っても、論より証拠・敗軍の将だわサ。当分、静かにしてる。謹慎するよ。処で、Bは、こっちの方は、如何してる?」

 キャプテン兼コック長と呼ばれていた男は、一番軽めのタール1mgのロングのタバコに、ライターでパチリと火を点けて、スゥーと大きく吸って鼻からゆっくり吐き出してから、
「俺か、う~ん、さっぱりご縁が無いね。別居して、何年かね。慣れると、居心地は、決して悪くない。5~6年前までは、何か面白い事は無いか? コネコチャンで、冬の夜でも、ネオン探していたんだけど、興味が無くなっちゃった感じだね。小ズクが、退化してるんだろうね。冷めて来ると、痘痕は、どう見ても痘痕にしか見えなくなってしまう。気乗りしなくなって来るんだね。その位なら、過去に遊んだ方が、無難だからね。」
「Y聞いたか、痘痕は、痘痕だってぞ。Bの野郎は、澄ました顔で、胸にズキンと来る事を言いやがる。俺は、口は悪いが、Bほど冷たくは無い。」
「そうか、お前は、モテたからなぁ~、それに下半身は別人格で、プレイで済ましていたからな。生き方も、ゴーイング・マイ・ウェイだったものなぁ。分からなくは、無いなぁ・・・」

 AとYは、ズケズケ本音をぶつけ合う関係、BはAとYの間に在って、行事役・潤滑油の様な役処らしい。主風は天井に身体を預けた格好で、腕に頭を預けてニタニタ、進展を眺めている。

「いやいや、そうじぁないよ。本質的に、女の考えには、付いて行けんのだろうと、思うよ。やっぱり、男の常識と女の常識とは、違うんだろうと思っているだけさ。男は見掛けが如何であれ、女が断定するほど、Sexマシーンじぁないからね。女は、口では愛の優先を力説するけど、行動判断は、実利的だよ。お互い、違う物を追掛けたら、徒労に終わるだけだろう。ある程度の責任を果たせば、独りが好いよ。俺の場合はな、真似をしろとは、言わんけどサ。人間、如何しても欲があるから、多かれ少なかれ、見返りと云うか、下心が、働いてしまうものだろうが・・・ そうすると、出した物と貰うべき物を、天秤に掛けてしまう。そうなったら、俺は単純バカだから、自分でも自分が、嫌に為る。それに有り難い事に、加齢と伴に、精力にも翳りが来る物よ。精神と肉体のバランスが、遅まきながら、均衡が取れて来た。我慢出来る物だったら、大事なお足は、別に使った方が、何かと便利だぜ。そうだろう?Y。」

         Bは、Aの方を見て、2人してニヤリとすると、Yに、続ける。
「遊休資産の効率使用って訳にも行くまいよ。<立ち入らぬが、花よ。>で、過去の引き出しを開けて、ニヤニヤ、苦笑い、あのバカ女、性悪女、騙されたコンチクショー金返せと、笑っていた方が、罪は無いぞ。」
「そうだとさ、Y。面倒だから、後は、各自、手酌に移行。」

      Aが悪びれず、身内の兄弟の様な顔をして、Yの猪口に酒を注ぐ。
「ウルサイ、俺の引き出しには、空きがあり過ぎる。不良早稲種のお前達と違って、俺は晩生の経験不足だから、仕方あるまい。後、2~3個は、入れとかなきぁ、老後の反省時間じぁねえ、反芻時間を弄んじゃうよ。」
「B聴いたかよ。ああ、早稲だ晩生だ。何が、反省が反芻じぁい。減らず口を、叩きやがって。完全に、コイツは、脳が犯されている。まぁ、好いだろう。それも人生だもんな。」
「そうだな、コイツにしちゃ、凝った事を言ったもんだ。出稼ぎネェーちゃんに裏切られて、〇〇死なんて日にぁ、葬送の辞が、回って来ても、俺、何にも言えねぇもんな。先ずは、一安心って処だろうよ。」

 主風は、開いた口が塞がらず、深い溜息を付くばかりである。娑婆の世界は、男と女の化かし合い。付ける薬は無いものの、吐き出す口があれば、好しとすべきじゃわい。この家の柱時計を見遣ると、未だ時間がある。男達の白髪頭、禿頭を軽く叩いて回る。座はウイスキーから、日本酒に替わって立ち昇る芳香に、大きく息を吸って、
<今夜は、冷え込むぞ、気化酒でちと温まるとするか、ちと足らんか?>

「参ったか、バカタレどもめが、重症だと思ったんだろう。俺は、大丈夫だ、軽傷。若けりぁ、火傷の類、トホホだ。コンチクショオめ。」
 目蓋が赤く火照って来たYは、すっかり白くなった無精髭に連なる酒の雫を、右の手の甲でグィとたくし上げると、立て続けに猪口に酒を注ぎ足してグィグィ飲んでいる。

<主風は、Yの銚子を持った手を、グイと引き寄せた。>
銚子ごと、日本酒が鍋に呑まれてしまった。プ~ンと、芳香が、部屋に立ち昇る。主風が、ニヤリ笑うと、大口を開けて、気化酒をスゥスウ、呑み込んでしまった。

 人間の目には、勿論主風は見えない。2人には、Yの内心から来る酩酊の失態としか映らない。ちと言い過ぎたの反省が働いて、同情・気遣いの目がYを見守る・・・ この家の主は、
「どうだ。今日は、泊まって行くだろう。ちょっと、コンビニへ、酒買って来るよ。」

<ホホホ、そうであるか。> 酒気のブンプン充満する天井近くで、腕組みをして3人の男を見下ろしている主風は、苦笑いの態である。<さてさて、時間である。>主風は、男と共に、フワリと、外に出た。

 その8
 二月に入って、暖冬はすっかり影を潜めてしまった。大陸から寒気団が、一気に襲来して来た。寒波は、連日零下10℃を運び、雪が週毎に遣って来た。主風が胡座を掻く洞穴には、落ち葉・枯草を運び込んだ山の下では、ヤマネ達が固まって眠りに就いていたし、降り頻る雪を避けて、鹿・ウサギなどが宿りに来ていた。高齢の主風は、彼等の間に身体を割り込ませて、チャッカリ暖を取って、まどろみを繰り返している。そんな日が、めっきり多くなった。

 鉛色の空は、どんより色を増して、昨夜から細かな雪を深々と積もらせていた。風が白い簾を濃淡に塗り分けて、山腹に吹き掛けていた。

「お~い、爺さん、居るかい。」
「うぅ、寒~、お前さん、シベリア野郎だな。」
「如何したい? 顔くらい出しなよ。具合でも悪いか」
「こう、お前さん達に居座られちゃ、穴倉から出るのが億劫でさぁ、」
「仕方あるまいよ。俺の出番は、限られてるもの。こんな機会でも無いと、血情を温められんだろうが。」
「ワシには、寒い血情だがな。まぁ、入れよ。」

パンパンに膨れ上がった体を外に残して、シベリア風は、窄めた頭部の先に目と口をずらせて、洞窟の入り口に顔を出した。それを受けて、身体を寄せ合う鹿の背中が、ゾクゾクと波打った。

「爺さん、何か変わった話は無いかい? 1年振りの日本だ。」
「ああ、大問題発生だわさ。毒入り中国産餃子で、娑婆の人間達は、テンワヤンワの騒ぎだよ。」
「ああ、それでか。さっき遅れて遣って来た連中が、旅の途中で中国の空気を知らせてくれたよ。」

 洞窟の上部をアジトとする若者が、ふらりと姿を現したのは、六日前であった。何時ものトレーニングも短時間で終えている。この数日間、男は篭り切りである。テレビ、インターネットから、男は一日の大半を、情報収集に当てている様子であった。主風は、冷え込む夜に耐え切れずに、洞窟の鍵穴から若い男の部屋に行き来している。従って、この騒動の経緯に就いては、結構な情報量を得ていた。それを掻い摘んでシベリヤ風に、聞かせて遣った。

「悪さばかりを働いている出来そこないの、人間共の遣る事だ。結論から言えば、政治誘導国家の中国は、歪曲歴史教育で侵略者・悪玉日本を洗脳して、平和呆け虚勢ノーテンキの日本人は、毒入り食品で中国人を知って、肝を冷やしているって処らしいよ。ウォッホホ。」

「おやまぁ、今頃、気付いたのかい。この国の住人達は、相変わらずのお人好し振りじぁないか。俺達、風仲間の間では、<中国大陸避けて通るべし。> 遠の昔に中国は鬼門だろうが!! あの国の上空は、汚染塗れで皆息を止めて、通過してるんじゃい。体力、肺活量の少ない連中は、途中でバタバタ息絶えてるじゃないか。俺達、空気体の骸は、人間の節穴眼にぁ見えんだろうがな、幸い俺はシベリア直行便だから、未だ良いんだけど、モンゴルに嫁に出した娘の子供が、凄い喘息持ちでな。俺達の回遊ルートは、気圧次第だろ。娘家族は、年に何回かは、中国上空を通過しなくちゃ為らん。親にして一族を束ねる身としては、不憫でならない。」

「そうじゃろうなぁ・・・ お前さんは、ワシから見たら、本家の総領だからなぁ。頭痛の範囲も種も多かろうよ。ウッウォホホ。ワシの出自は、先々代の放蕩息子が、土地風のワシの婆さんに孕ませたのが、ワシの母親じゃからな。で、如何する積りだ。愚痴を溢しに来ただけでもあるまい。ウン。」

「爺さん、血は水より濃しの例え通り、流石に察しが良い。<森の風人>の若造と入魂と聞く。普段は、何かと利害の対立する風一族と人間一族じぁが、毒汚染の垂れ流し中国に関しては、利害が一致するじゃろうて。・・・・ まぁ、そう云う事だ。」

「フ~ム、そう云う事であるか・・・」


屏風状に聳え並び立つ西の3000mの峰を連ねる連山は、何日か振りに昇る太陽に、時間を掛けて、茜色に染まって行く。光の訪れに、雪に重く覆われた主風の森である。重みに撓んだ枝が、時折ミキミキと音を立てたり、ドドッと積もった雪を払い除けて、白煙を上げたりしている。静寂そのものであるが、耳を澄ますと、そんな音が、風に乗って聞こえて来る。東の山端から離れた太陽は、光を伸ばし続ける。落下雪の白煙に、ダイヤモンド・ダストの輝きが舞い、西の連山の眺めは、輝く白亜の雄雄しさである。薄い空色の天空には、飛び立った鳶達の円舞が高く、低く見られる。

ヒューッ、ヒューッと、風を切って白い塊が、ケーブルを軋ませて下って行った。
 森の出張りに聳える椎の大木に、主風の白い衣が、上昇気流に満足そうに、旗めいていた。

その9
 イギリス、フランス、アメリカに渡った2008年北京オリンピックの聖火リレーは、人権蹂躙への格好の抗議行為と化し、『混迷のオリンピック前座ショー』を繰り返している。開催国中国は、ヒステリックな本国向け報道に明け暮れしている。地球上に僅かに残った共産国の大国は、領土・人口・経済の規模に酔い痴れて、共産主義お得意の思想的無謬性を、臆面も無く声高に世界に発信するばかりであった。
 
回りまわって、聖火は海を渡って太平洋に、優雅に弧を画いて南北に伸びる島国に達した。その2週間程前には、抗議のシンボルと化した聖火リレーへの直接の原因となったチベットの亡命政府を束ねるダライ・ラマ法王の来日があった。それは、4/10の事であった。都内の某ホテルでの法王の会見については、多くのメディアは黙殺の態度を決め込んでいた。その前日の午後には、捩れ国会での長い膠着下の国会で、与党と野党第一党の党首討論が行われていた。

芽生えの季節を漸く迎えた主風の小さな森は、静かな雨に打たれていた。
 風の全く無い雨日に、主風は洞穴でトグロを巻いた体から、首だけを伸ばして、雨の音を聞いていた。無風の雨が盆地全体を、ただ覆っていた。そんな訳で主風の森には、訪ねる風も無く、雨霧が視界を寒く遮っている。

<クァ~、気が滅入るばかりじぁわい。春雨の風情も無い、単なる寒日じゃわい、ファ~ッ>

出るのは、生欠伸の連続ばかりであった。久し振りに姿を見せた下宿人は、階上のアジトで何をしているのか、閉じ篭りを決め込んでいる様子であった。暗く視界の狭い洞穴は、腹冷えのする空間である。主風は、丁度、飲み頃となった山葡萄酒の壷から、何杯か瓢箪の柄杓で掬って飲んでいたが、主風も余程退屈なのであろう、最後の柄杓の葡萄酒をゴクゴクと音を鳴らして、皺枯れた咽喉に落とすと、伸ばした首をトグロの中心に潜り込ませ、何時しか大きな鼾を掻き始めてしまった。

 日本での聖火リレー当日、聖火走者の走る沿道は、見事なまでの薄ピンクの桜花のアーチを彩られていた。沿道の左右には、チベットの大国旗が幾旗もたなびき、民族衣装を身に纏った老若男女の群れに依って、国旗の小旗が振り翳されている。抗議の横断幕が桜花のアーチの下に揺れている。そして、チベットの国家の大合唱が歌われている。聖火ランナーは、にこやかな笑みを終始保ったまま、一定の走行を見せてコースを走り進んでいる。

 聖火ランナー隊が、銀杏並木のカーブを曲がって姿を現した。祝・北京オリンピックの横断幕が、並木に架けられている。やはり沿道には祖国中国国旗の小旗を振り翳す群集の歓呼を受けて、ランナーが走り去って行く光景があった。

 銀杏並木のコースの後は、鬱蒼と茂る神社の横がコースに成っていた。沿道に設けられた給水用のテーブルに置かれた飲料に、軽く会釈をして手を伸ばすランナー達を、普段着の見物人達が、カメラのシャターを浴びせていた。通りの喧騒からは異空間の様な、木立に鬱蒼と囲まれた広い境内の空間には、奥の社殿に続く石畳は、青みを帯びた芝生に桜花の香りが風に戦ぎ、雅楽のテープが荘厳な旋律を奏でていた。晴れ渡った蒼空には、中央アルプスの山々が、くっきりと聳え立っている。

 注目を浴びる長野冬季オリンピックの開催場の長野市の善光寺を出発点とする聖火リレー隊は、厳重な警備の下、緊張感に包まれていた。日本での世界注視の聖火リレー中継発信の各キーステーションテレビ局のスタッフ達は、テレビモニターを眺めている。刻一刻と近付くスタート時刻を前に、緊張の一瞬を迎えようとしていた。

「やや、何だ!! このモニター画面は!!」
 モニター画面の一角に、オリンピック聖火ランナーの映像が、映し出されているのであった。
「如何なってんだ!! スタート時刻前だろ!! 」
「おい、誰の悪戯だ。着き止めろ!! ふざけやがって、早くしろ!!」
「消しますか!! 」
「いや、付けとけ!!消すには、惜しい出来だ。」

各国のテレビ中継の現場モニターにも、同様なパニックが走っていた。

テレビのモニター画面には、チベット、中国、日本の観衆に見守られて、整然と走る聖火リレー隊の映像が、延々と流れていた。映像の最後には、<映像提供・森の風人/見るを以って、知るべし。知るを以って、考えるべし。>の文字が、各国語で写し出されていた。

 翌日のテレビのワイド・ショーは、話題に事欠かなかったのは、言うまでも無い事であった。
あるテレビ局では、現実の聖火リレーと森の風人提供の聖火リレーを、画面の上下に配置して同時進行させた映像をバックに、<特番>としてチベット、中国、日本のコメンテーターを配し、視聴者参加型の番組を登場させた。高視聴率の一報に、他局が青筋を立てて右に倣えの番組差し替えが相次いで、各局専属のタレント・コメンテーターは、打ち合わせ時間も無く、ついポロリと本音トークをしてしまう者やら、歯切れ悪く空気を読むのに、シックハックする者に、外野席から痛烈な野次が続出するやらで、ぶっつけ本番の司会役のアナウンサーは、替えのハンカチが何枚か必要な始末であった。テレビの前の、日本全国の視聴者の目には、スタジオのドタバタ模様に、拍手喝さいが飛んだらしい。衛星通信で世界各国に送られた映像は、やはり同様なハプニング椿事を配信して、その日のトピックスとして、世界のテレビ画面を席巻したとの事であった。ブログ界もアクセスが殺到して、長い不通の1日を世界で共有したとの事であった。

 眼下に沈み込む盆地に、十重二十重に桜花の生垣を描く拡がりを、主風は、何時もの様に、森の出っ張りの椎の大木の梢に巻き付けて、ゆるりとした風情で、満悦の笑みを浮かべて眺めている。気温の上昇に乗って、盆地風が昇って来た。
「主風の所には、テレビが無いだろう。麓の人間共、昨日からテレビに噛り付きだぜ。若造、シテヤッタリの気分じゃろうて。ウァ、ハッハ。」
「ウォッホッホホ。そうかい、面白そうな話だな。陽気も好いから、ワシのワインでも奢ろうよ。眺めは、この場所が好かろうに。」

 昼下りの静かな春の日長、主風と盆地風の高らかな笑い声が、時折吹き抜ける山風に乗って、何時までも木霊していた。
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