旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーぶっ掛け屋・その4
              ぶっ掛け屋・その4
 盛りの秋は東の連山を染め抜いて、果樹の畑にも寄せていた。西の高い峰々は青みを濃くして、裾を霞に隠していた。朝露を乗せた秋茄子は、最後の収穫と成りそうである。野沢菜の幼葉もスクスク伸びて来て居る。店で使う玉葱・長ネギ・大根・人参を取り終えて、車のポットで緑茶を飲むガンさんとスウェータの夫婦である。畑の隅に色付いた柿はまだ硬いが、タバコを燻らせて眺める盆地の俯瞰は、朝の太陽に清々しい気分を運んでいた。

 二人並んで、柿を食べながら、ガンさんが背後の山を振り返って、
「キノコでも取りに行こうか。」
「キノコ? 好いですね。私は、日本では始めてです。どんなキノコありますか?」

 ぶっ掛け屋夫婦は、軽自動車で近くの山へ向かった。盆地の街を本の少し南北に仕切る低い山々が北に伸びている。山塊の中間に、松の小山を従えた山中池がある。灌漑池であるが、今はその役目よりも釣り客・散策のスポットに成っている。山頂には、桜の名所と成りつつある展望台がある。一車線の対面通行の道ではあるが、広いドライブ道が開通した一帯である。ガンさんは、大きくカーブした道脇に、車を止めた。カラマツの紅葉が、黄色から黄土色に変わりつつある。

 ガンさんの目当ては、量が期待出来るイグチ類のカラマツ林に生えるハナイグチ、松林に生えるヌメリイグチである。この辺りは、松林と植林のカラマツ林・雑木林が、小さな規模で混生する一帯である。土地の者は、滑りの強いヌメリイグチをジコボーとかリコボーと呼んでいる。土地の人は、野趣豊かな匂いとコクを好んで、雑キノコの代表格として味噌汁・大根おろし和え・キノコ鍋としている。味噌とも醤油とも相性の好いキノコである。
 松林のイグチには、アミタケと云われる薄い黄土色にして、笠裏の管孔が網目状のキノコもある。アミタケには滑りは少なく、匂いもリコボーとは違って薄いものの、乾燥させればその匂いは凝縮されて、野趣の味と匂いを保存させる逸品でもある。近年、キノコ栽培の発展で、多種類の栽培キノコがコーナーを持つに至ったが、人工栽培物と自然物との比較は、全く別次元の物である。

 やはりキノコと云う山の恵みは、山の精気を吸って醸し出される野趣豊かな風味・コク・アクの強さにこそ、宿るものであろう。地元で高校まで過ごしたガンさんは、頑なに、そう思っている。

「スウェータは、日本のキノコとは馴染みが薄いだろうから、俺と一緒だ。」
「オゥ、分かりました。」
彼女は自然体の積極派であるから、ヤル気満々の姿勢である。

 山を分断した道路には、細い山道が覗いている。如何云う具合か判らぬが、アミタケ・リコボーの類の雑キノコは、山道の縁に顔を出す事が多い。キノコ類はシロを形成するから、1本を見付けるとその周辺で、何本も収穫にあり付けるものである。
 山に踏み込むと、山の匂いに包み込まれる。そして、何故か緊張の解ける身の軽さが、感じられる物である。それは、太陽の差し込まない湿り気が、長年風雨に晒され積み重ねた腐葉土の匂いを発散させるのと、きっと山中の酸素濃度の高さが醸しだす静寂の匂いなのかも知れない。
 姿の無い小鳥の鳴き声、囀りが、ツイーン、ツィーン、ジュジュと渡って行く。そんな声を耳に、ガンさんは注意深く視線を流して行く。スウェータも、大きなヒップをプリプリさせながら、ガンさんの真似をして青い目を動かしている。

           「あった。これこれ。これが、リコボーだ。」
 ガンさんが、掌の半分ほどのリコボーを見付け、スウェータを手招きする。暗い焦げ茶の笠の表面が、ヌルリと濡れて、松葉が乗っかっている。笠裏は目の細かいスポンジ状の厚みを呈している。匂いは、湿った山の強い匂いを発散させている。
 日本のキノコを手に取って、物珍しそうに、彼女は白い細い指で、茎を摘んで高い鼻に近付けて、クンクンと何度も匂いを嗅いでいる。白人には、所謂<お澄まし屋さん>は少ないから、青い目をクリクリさせて、納得するまで嗅ぎ回る仕草は、男性的と云うよりは、好奇心旺盛な幼児に見える。金髪の長い髪をポニーテールにした彼女は、キャップを被っている。整った小顔に、すっきりした頬、口紅を差さない薄い上唇とぽってりした下唇は、光の無い林の中で、白く神秘的にさえ見える。それが、ガンさん同様の黒い草臥れた長靴を、履いているのである。
 ガンさんの目は、そんな若い白人妻の仕草が、好きで堪らないと云う感じである。然しながら、ご亭主殿は、素直さを表現し切れない団塊世代の男である。綻ぶ表情を隠して、タバコに火を就ける男である。
 一方、茶目っ気のある若妻は、ガンさんの股間を眺めながら、笠の開いていない焦げ茶の雁先を撫でて、ピンクの舌先をチロチロさせたり、雁先の匂いを嗅ぎ回る仕草を、見せ付けている。これは夫婦にとっては、別に嫌らしくも無い一種のオドケポーズの一つなのである。

「あなた、これ、如何やってクッキングしますか? <ヌルヌル>、美味しいですか?」
「ヌルヌルは、女の好物だろう。美味いから、取りに来たんだよ。<マツタケ>は、止め山に為っているから、お預けだ。特徴を覚えたら、ドンドン、取ってくれよ。ほら、これは、お前の袋だ。」
「ハァーイ。私は、頭、賢い。任せなさい。それ、サンプルに、私が貰います。さぁ、遣りましょ。」

「あった。ダーリン。ここにも、あそこにも!!」「確り探せよ。」「オーケィ。ダーリンも、頑張って下さい。」

 そんな遣り取りが、山の林に交差する。一時間半ほどのキノコ狩りで、レジ袋にドッシリと収穫があった。彼女には、外観とは違った野生の嗅覚が、備わっている様子である。

 帰ると早速、塩水に浸してゴミを除いて、笊に上げて水気を取る。ガンさんはテーブルで、<季節の味、限定キノコ蕎麦>と大書きしている。スウェータが、ガンさんの頬を軽く撫で上げ、彼の背中に、胸を押し付けて覗き込む。通常価格よりも、100円アップの600円と書き入れたガンさんである。それをウンウンと頷く彼女である。

「あなた、私ロシア人です。レディ・ファーストです。お客さんの一番は、私です。好いですね。」
「ハイハイ、奥様。あんたにぁ、採取者として一番の権利がある。良いだろう。」
と、ガンさんはニヤニヤしながら、立派な彼女のヒップの割れ目を撫で上げて、ガスに火を付ける。昆布と鯖節で出汁を作り始める。酒・みりんを加え、味見を繰り返して火を止める。沸いた鍋に、蕎麦を茹でながら、試食分の汁を容器に移し替えて、ザックリ切ったキノコを加えて煮立てる。その間、彼女は辛味の利いた大根を大量におろしす。

 出来上がったのは、熱々のキノコそばと冷やし蕎麦に、たっぷりの大根おろし和えのキノコを掛けた試食分である。早速、箸を付けてズル、ズルズルと咽喉に流し込む彼女の左手は、親指を盛んに立てている。
「オゥ、ダーリン。美味しい。私、お代わりします。」
「おいおい、そんなに食うなよ。俺の分が無くなるだろう。」
「オゥ、ノー。美味しい物は、誰でも好きです。もっと作りましょ。お客さんには、勿体無いです。ダーリンと私が苦労しました。一杯100円以上の苦労しました。だから優先です。」
「100円以上の苦労は好いけど、おいおい、そりぁ無かんべよ。ああ、全部食っちまったよ。」
「何、言いますか。ダーリン、ケチです。少ないです。アイラブユーでしょ。奥さん美味しいと言ってます。これ、旦那さん、ハッピィでしょ。文句無いでしょ。」

 ガンさんは急かされて、追加蕎麦を茹でさせられる羽目に為ってしまった。根本に於いて、店の商いは、二の次の二人である。蕎麦は買ってくれば、帳尻が合うが、目玉のキノコが目減りしてしまった。仕方が無いから、熱々蕎麦の具に、鶏肉のぶつ切りを入れて、逃げる事にした。

 昼時、あっさりと<季節の味・限定キノコ蕎麦>は、完売してしまった。横目で食いそびれた常連客達には、垂涎の様であった。明日のオーダーを強要されて、人の好いガンさんは反省を込めて、朝6時の起床をセットした。床入り開始の濃厚キスは、お互い野趣豊かなリコボーの匂いがした。

   戦い済んでガンさん、<スウェータのヤツ、リコボーの食い過ぎだ。>
「ダーリン、何か言いましたか? 明日は早いです。早く寝ましょ。」
「お前も行くのか?」
「当たり前でしょ。私達、夫婦でしょ。」

 此処は、朝夕の冷え込みが目立つ山国の夫婦の褥である。発熱量の多い北国女の肌の温もりを、抱き寄せるロートル・ガンさんであった。庭木の小枝が、サラサラと鳴っている。

                        <男と女の風景> 2008/10/23
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ぶっ掛け屋
             ぶっ掛け屋(或る男と女の風景)
 その1

飲み屋街の奥の一角に、やる気の無い親父が商いする『ぶっ掛け屋』なる食堂?がある。主人は、年の頃50半ばのがっちりした体格の鼻筋の通った男であるが、胡麻白の無精髭に覆われた面は、真に以って商人らしからぬ。何でも、男はロシア・ホステスと懇ろに為って、家庭を遺棄して、已む無く、この道に入ったらしい。連れ合いのロシア女は、日本流に見ると、年の頃は30前後であろうか、彫が深い分、大人に見える。それが西洋人の特徴でも有る。165cm前後の均整の取れたボリューム感のある身体・雪の様な染み一つ無い肌に、人形の様なスッキリした小顔が乗っかっている。瞳は、ブルーである。

他人から金を取って飯を提供するのであるから、店?には違い無かろうが・・・ 極一般の民家の造りである。二階建ての古びた一階部分を、最小限に改造したスペースである。それは、ダイニング・キッチンを、開放しただけの感じのする食堂なのである。商売柄、流し・ガス台だけは家庭用の倍ほどある。ガス台には、大鍋が三つ火に掛かっている。鍋は其々、カレー、肉鍋、ロシア汁である。見た目は拙いが、味は良い。客は適当に、白い皿に飯を自分で盛り、大シャモジでカレーか肉鍋を掬い、スープ皿にロシア汁を掬って、6人掛けの角テーブルで食事を済ませて行くのである。

ジャガイモ・人参・玉葱・豚肉も、ザックリ切った家庭風のカレーと、シラタキとネギをふんだんに入れた牛すき風の肉鍋とロシア汁である。ロシア汁は勿論、彼女が作る郷土スープ・ボルシチである。カレーも肉鍋も、彼が作るのであるが、男の味がして旨い。ロシア汁も、見た目の鮮やかな赤色とは異なって、あっさりした味である。

良く言えば、ぶっ掛け屋は、セルフ・サービスの店なのである。メニューは、それで全てである。値段は簡単明瞭に、500円で統一してある。商売気も愛想気も無い店であるが、それでも客は、そこそこに入る可笑しな店である。そして、酒を置かない店である。それでも飲食街の一角で、そこそこの商いをしているのである。客は、きっと、ロシア美形の一輪挿しの趣で、駅そばの簡便さを求めて、ぶっ掛け飯とロシア汁を食いに来るのだろう。

仕込みを終えてしまえば、男は店の隅で、つまりは、スペース奥の木々の植わった庭に面した縁側に、置かれたソファに座って、タバコを吹かしながら、老眼鏡で文庫本を読んでいる。茶色がった金髪をポニー・テールに編んだ連れ合いは、化粧気の無い素顔・普段着で、ソファに座り音楽を聴いたり、雑誌を見ている。雰囲気としては、商いは最低限の従の位置付けであって、彼等は、この屋の主として、2人の生活者のペースを守っている。・・・そんな感じである。

2人は取り合わせが、取り合わせであるから、食堂として一般に開放している以上、少なからず好奇の目で見られる。でも、生活を共にする2人であるから、日本人同様、内容的に特別変わった処が、ある訳では無い。然し、外観の違いに、客の無言の・・・好奇の目が探るのである。

客の食器洗いは、彼女の仕事らしい。厨房?は、対面方式であるから、客は座る場所に依っては、この2人の一部始終を見る事が出来る。ある時は、黙々と食べている表情で、彼女の均整の取れた容姿・ボリューム感に溢れた臀部の肉感・胸の隆起・ほっそりとした白い項を、目だけでチラリチラリと追う。亭主の目が無いと、客は彼女の後姿を、じっくりと嘗め回す感じで、鑑賞を続けているのである。

亭主と彼女の言葉の遣り取りに、耳を済ませる。彼女の言葉の反応・仕種に、客は目を白黒させたり、一人合点するかの様な頷きさえ見せる。それは外国人女性が、異国でどんな反応を言葉と態度、仕種で示すのか?・・・、客にして男にとっては、興味ある観察と言うべきであろう。

「あなたは、さっきから、何してますか。私だけ仕事しています。不公平です。」
「此処は、日本だ。仕方無いだろう。俺は鍋二つ。お前は鍋一つだろ。」

男は、本から目を動かさずに、平然と言ってのける。彼女は、洗物の手を中断して、男に向って、鼻に指を当て形の良い鼻を、豚鼻に押し上げて、細いピンクの長い舌をベェ~とばかりに出している。美形が自分の手で、これ以上無いと思うほどの醜女(しこめ)面を作って見せている。余りの強烈な西洋風『アッカンベェー』に、客は、一種のカルチャー・ショックすら受けてしまう。客の中には、アッカンベェ~は、輸入物であった筈であるが、輸入時の強烈さが後退して、日本に根付いたのは、<如何なる理由からか?><はしたなさを嫌う日本人の視覚感覚とアッカンベェをする表現者の意思を優先させる文化の違い>とニンマリする者など、箸を休めて考えてしまう客も居た。然し、大抵の者は、唖然とするも、一拍置いて、果たして反応して良いものか?と、躊躇をしてしまう。内心の戸惑いを押し殺して、<さて、次なる展開や如何に!!>とばかりに、場の空気を読むのである。

洗物を終えると、コーヒー・カップを持ち出して、
「あなた、コーヒー、飲みましょう。」
彼女は立ったまま、ポンと小テーブルの上に置いた。
「おぅ、ありがとう。」
男は、カップに手だけを伸ばす。瞬きもしないで、腕組みをして男を見下ろす女は、紅の無い薄いピンクの唇を噛むと、男の手を、嗜める様にパシッと叩く。仁王立ちの腕を組んだ儘の彼女は、ブルーの瞳をまん丸にして、すかさず、
「あなた、駄目でしょう。行儀悪いでしょ。言葉は、心が大事でしょ。」
男は、スクッと立ち上がると、女の白い頬を人差し指で、軽く突付いて、
「お疲れさん。さぁ、どうぞ。」と、彼女の為に椅子を引いた。
「オゥ、ダーリン。私は、心貰いました。あなた、砂糖、少し入れますね。」 
ツンと澄ました顔のブルーの瞳には、笑みが覗いている。彼女には、客などは、一切眼中に無いのだろう。すぐさま膝をくっ付けて、ソファに深々と腰を下ろして、コーヒーを交わす2人は、仲睦ましい限りである。

客は歳の離れた日露男女の、こんな遣り取りに、女権の強さと男女のこそばゆさを発見して、黙ってニヤリと微笑むのである。

この食堂では客は、下宿人の様な感じなのである。下宿の大家の食堂で、食事を済ませる。話をしたければ、2人の話に加われば、それなりの会話が成立する。基本的には、2人にとって客は、部外者なのである。それを承知の常連客は、日露男女差の好奇心を満たしに遣って来るのである。店は、昼食時の11時半~2時、夜は7時~9時を営業時間としている。

2人は東京のクラブで知り合ったと言う。男は、一人暮らしの父親の看病を期に、会社を本の少し早期退職して、この地に帰って来たらしい。父親の死後、一人息子の男は、父親の残した田畑を引き継いでいる。磨けば、見るからに好い男なのであるが、その気は全く無いらしい。

「おい、行くぞ。」
「ハーイ、カマ、鎌は、どこですか。」
「持ったよ。」
「分かりました。さあ、行きましょう。」
軽自動車の助手席は、ロシア人の彼女には、足が窮屈そうである。
「ちょっと、小さいな。」
「あなた、何、言いますか。私達、二人だけでしょう。スモール・コンパクト、ベストです。」

彼女に言わせると、コンパクト・カーは、2人にとって合理的なのだと言う。畑は、車で10分ぐらいの所にある。街の中心から北の丘陵地帯の裾にある。大体の野菜・果物は、此処で調達出来た。若い彼女は、働き者である。キビキビした動きは、スポーツを楽しむ感じにさえ見える。ピンクのリボンの付いた麦わら帽子がお気に入りで、おまけに首には真っ赤なタオルを巻き、手には軍手をしている。彫りの深い顔には、サングラスが良く似合っている。灌水用のバルブを開けて水を撒き、目に付いた雑草を抜き、キュウリ・ナス・トマトを収穫する。日本の野菜は、ロシアの物と比べると、断然に大きく味が濃いと言う。

「ダーリン、ウォーター・メロン、あ~、スイカ、私大好きです。どれ、食べ頃ですか?」
彼女はスイカの畝に、しゃがみ込んで青々したスイカの丸い実を、ポンポンと叩き回っている。
「どれどれ、」
男は、彼女の大きな張ったヒップを、分厚い掌でポンポンと叩く。
「ウ~ン、大分、熟れ過ぎだな。この分だと、中央に、割れ目が走ってるなぁ。」
「オゥ、ダーリン、クレイジィ。それは、帰ってから、やりましょう。オイタは、止めて、選んで下さい。日本のスイカは、甘くて、とても美味しいです。」
「うん、そうだな。ロシアのスイカは、ボリュームは有っても、大味だからなぁ~。困った物だ。」
「アー、アー、それ違います。ウン、見解の違い、基準の違いです。スイカを基準にして、帰ったら、LongSexしましょう。」

果樹の木々にはセミが鳴き、野菜の畝には、キリギリスが鳴いている。盆地の山の頂には、空を掴む様な積乱雲が、隆々と広がっている。完熟トマトを毟り、ショート・パンツでグリグリと拭くと、一つを男に渡し、女はガブリと歯を入れる。プシュと果汁が溢れ出る。濃い緑のヘタからは、トマト独特の野趣に富んだ匂いが、鼻を突いた。男は果汁を、音を立てて啜った。温い酸味が、口一杯に広がった。

「捥ぎ立ては、何も無くても旨い。」
「日本は、とても好い国です。私は、ずーと此処に居たいです。」


その2

「おい、起きろよ。」
「私は、眠~ィ。」

日差しの明るさを、大きな枕で顔に被せているが、寝返りを打った臀部は、白い双丘の滑らかさを露にしていた。先程、ベットの上から、ダラリと手を下ろされて、そのまま、顔をサラサラと撫でられてしまった亭主殿のガンさんであった。彼は、顔を撫でられたから、起きた訳では無かった。年の所為で、ある一定の明るさに成ると、自然と目が覚めてしまうのであった。彼は、ダブルベットの横に、煎餅布団を敷いて寝ている。

今年も、梅雨明けの夏が始まっていた。ぶっ掛け屋は、庭木に恵まれた家屋であったから、戸を開けると、涼しい風が通る寝室であった。水色は、格子縞のパンツ一枚の格好にして、分厚い胸板の胸毛は、粗方白く為っている。ガンさんは、筋肉質の太鼓腹を膨らませたり、凹ませたりして、自嘲的な苦笑いを腹に落としている。白いレースのカーテンをヒラヒラさせて、朝の風が入っている。男は廊下のテーブルで、ホットの極薄いアメリカン・コーヒーを入れながら、タバコを燻らせている。老眼鏡を掛けた顔で、朝刊の社説をサラサラと読み流している。

 ロシア人の若い奥さん・スウェータは、何しろ寝坊者の健康優良児である。そして、生活習慣の違いで、彼女は、生理以外の時は、全裸の就寝姿である。本人の言に依ると、寒国育ちの人間は、体温が高いから暖かい時のパジャマは、不要との事である。成る程、冬でも手を重ねていると、汗ばんだ皮膚を感じる事から、強ち嘘ではないらしい。日本人である亭主の50半ば男・ガンさんは、夏のムツミゴト以外は、下着着用の就寝姿である。化粧をしない彼女の美容健康法は、束縛の一切無い裸身での、一にも睡眠、二にも睡眠であるらしい。

彼等が当初使用していたのは、スプリングの利いたダブルベットであった。彼女の裸身は、ギリシァの大理石彫刻・西洋中世の絵画に描かれる豊満為る肉体である。彼女の裸身は、卑猥さ・陰湿さなどの日本的淫靡の趣など、軽く一蹴されてしまうほどである。女の裸身から、淫靡さを除去すれば、見方は変わって来る。女の健康的な裸体にして、裸身への無防備さは、堂々とした開放的・即物的女体の感想を与える物の様である。女体の即物性と表現した方が、的を得ている。

スプリングの利いたベットは、二人のプレイには、相乗効果をもたらす事には違いなかったが、熟睡帯に於ける彼女の寝返りに関しても、ベットのスプリングの好反応は、時として50半ば男には、地震の揺れを感じさせた。地震列島の住人であるガンさんの体細胞には、悲しいかな・・・ 揺れ敏感細胞が、網羅されているのである。従って、<スワ、一大事、地震だ!!>などと、飛び起きる事は、再三再四に亘っていた。生活習慣の異なる、東洋と西洋の男女の結び付きである。ベット生活に慣れる事が、<近道>なのであろうが・・・ 日本人ロートル男・ガンさんは、本態として過敏の性質であった。

 彼等は真面目な夫婦である。そしてタブーの領域の少ない合理的解釈を、優先させる考えの持ち主でもあった。男女の関係を、お互いに対する好感度を車体に、両輪となる会話と体話の円滑なる駆動力を維持するのが、男女の務めと云う事で、一致していた。
弾む体話のリングとしては、クッション性皆無・平面の日本式布団は、バリエーションには制約があった。一方、立体のベットには、平面を上回るバリエーションがあったし、敏感な日本製スプリングは、加える力・範囲、反発する力・範囲を増幅させる魅力があった。従って、健康優良児型プレイ・リングとしての選択肢としては、双方異存なく、ベットが選ばれた。続いて、安眠性の観点からすると、ベットは男・ガンさんとしては、明らかに潜りたくは無い<鬼門>であった。

「アナタ、何言ってますか? ハズバンド、ワイフ の話は、Sexオンリー違うでしょ。夫婦は、シークレット・ルームでしょ。話します、Sexします、休みます、スリーピング、ゼ~ンブ・同じベット当然でしょ。目が覚める、アナタ、居ない。何処行った。淋しいでしょ。私、アナタ、何処行きました? 探すでしょ。別々、私は、解りません??? 日本人、理解できません。アナタ、私好き、私もアナタ好き。ベスト・カップルです。BUT・But、アナタは、クレージーです。」

「スウェーター、違う違う。此処は、地震の国日本。ファイトファイト、ベリーグー、ベツト。BUT・然しだよ。ファイトの後は、ぐっすり眠りたい。スウェーター、グラマー、寝返り、アナタ、地震発生器解る? ガンさん年寄り、ファイトの後、睡眠一杯・沢山たくさん欲しい。睡眠少ないと、ファイト出来ない。アナタ、ファイト大好き。私も大好き。トゥ・マウス、これ大事。夫婦は会話と体話が、絶対必要。グット・ウィル。スウィート・ホール。ベリベリ、グゥー。アナタ、綺麗。綺麗の元、ロング・スリーピング。<イエス!!ミィ、トゥー。> 私のファイトの元、ロング・<ディープ>・スリーピング。オール・ソース イズ スリーピング。ヘイ、スウェーター、シェクハンズ!!ウィアー、グット・カップル。オーケー?」

「オゥ、オーケー。ガンサン、此処一番は、何時も、口上手です・・・ 私、今日も騙されて上げます。でも、寝室は、何時も一緒です。イイデスカ!! オーケー? アナタ、声スモールですね。オーケー、嘘つくと、私はロシア帰えります。私の国は、レディ・ファーストの国です。正直の証明、今日も、ファイト、お願いします。 ホホホホ。」

『何とか別室を!!』と、目論んでいたガンさんの魂胆は、スウェータの当然の前に、軽く一蹴されてしまったが、一定の睡眠時間は保障された。朝寝坊美形であるが、子供の居ない夫婦には、異文化の口合戦は必要なのである。無愛想なぶっ掛け屋食堂の生活である。気持ち好く共同生活が維持出来れば、言う事無しと、ガンさんは、考えていた・・・・

この処、数日続く熱帯夜に、小さな花柄模様をあしらった綿毛布を、足蹴にして横臥の寝姿で、まどろみの中に居るスウェーターの、白い見事な臀部には蚊に刺された赤い膨らみが見えた。それを若い奥さんは、ポリポリと無意識に掻いている。

ガンさんは、昨夜の一戦を振り返りつつ、タバコの紫煙を燻らせながら、再び考える。

客の入りは、ほぼ一定していた。常連客が7~8割と云った処であろうか。無愛想な店なのに、常連さんが、律儀に顔を出してくれるのである。年がら年中、カレー・肉丼・ロシア汁では、些か来てくれる客に、古風なガンさん・・・申し訳が無い処でもあった。夫婦のプライベートの負担に為らない範囲で、男は常連客にお返しが、・・・したかったのである。

夏に成ると、男は<甚平>を好んで着用していた。実際、骨太肉付きの好く、色黒細面の彫の深い顔立ちにして、時折鋭い眼差しを見せるが、普段は感情の起伏を見せない彼には、甚平の洗い晒しの風合いが、好く似合った。若い奥さんは、男の見立てる紺・藍・鶯の濃い目の色が、白い肌と金髪の束ねた髪に好く似合った。
グラビアの『甚平を着る男と女』などと称して、二人が紹介されても、十分な雰囲気を提供出来る程であった。
彼女はボリューム感のある括れたウエストと、位置の高い肉厚の臀部を、ショートパンツの様に着こなしている。妙な品を作らない分、彼女の<甚平・ファッション>は、日常に垣間見る事の出来る普段着の、女の色気の様なものを、<お洒落に>確り発散していた。

ガンさんは、常日頃、思っている。<男の深層心理には、可笑しな秘匿性が存在している。>と。ぶっ掛け屋を訪れる常連客は、個人の居宅のキッチン並びにリビングを、低廉価格のセルフ・サービス形式の食堂として、利用させて貰っている感覚なのである。
つまりは、<飽くまでも、この密やかさ>にこそ、ぶっ掛け屋の存在意義があるのであった。その意義の中身に立ち入って、少々覗いて見ると、こんな具合なのである。店にとっては、常連客の多くが抱く、その個人的な密やかさの共有が、常連客の一定数の指示を受け、一方、客の密やかなる満足が、彼等の内なる秘匿性に働いて、一人の常連客としてぶっ掛け屋のドアを開き、玄関に靴を揃えて置き、自分専用のスリッパ持参で食堂のテーブルに着くのであった。
従って、夫婦の商売繁盛の為に、知り合い・友人を連れて来る客は、殆どいなかった。常連客の男達は、年齢的にチグハグサを持ってはいるが、日本人の味のある亭主・ガンさんと若い八頭身美形のロシア人奥さん・スゥェーターとの、夫婦の醸し出す何処と無くチグハグサが、顔を覗かせる男と女の顔が、素直な表情と少々噛み合わない言葉の遣り取りに、見え隠れする可笑しな雰囲気は、500円の定食プラスアルファの、安過ぎる鑑賞対象なのである。

然し、亭主殿は、れっきとした教育を受けた日本人である。そして一人の男として、白人美形への羨望に似た好奇心は、解り過ぎるほど肯定出来る心理でもあった。ガンさんには、些か可笑しな側面があって、同じ状況に立たされた時、自分に現れる心境が、他人にも生じた場合、それを非難すべきではない、と考えるのであった。云うならば、それは、ガンさんの男としての<相身互いの奥深さ>なのかも知れない処であった。
『そんなガンさんの体臭が、彼の魅力の一つなのかも知れない。』
そんな事で、常連客達の<言わずもがな>で通じ合う男の好奇心の在り様に、ガンさんは、ぶっきら棒な形でも、・・・応えたかったのである。

大きな欠伸を声に出して、我らがマドンナ、ミセス・スウェーターが、ベットの上で両腕を上げて、寝起きの背伸びを数回始めている。それが終わると、彼女はベットからスクッと立ち上がって、キッチンに歩いた。

「オハヨーサン、ダーリン。飲みましょう。如何しました? 何、考えてますか。」

彼女は、家庭内に在っては、立派な裸族である。好きな男の前で、自分の裸身を晒し、ご愛嬌で腰を振る仕草を見せる事が、相手に対する一つの感情表現と位置付けている節が見える。

「アー、コーヒー、ミルク一杯しますか? それとも、ヨーグルト2個にしますか?」
「ミルクは要らない。ヨーグルト2つ貰うよ。」
「オーケー、分かりました。」

廊下のテーブルとキッチンでの、男と女の遣り取りである。

冷蔵庫から、ヨーグルトと作り置きのアイスコーヒーの容器を持って来た彼女は、整った高い鼻をツンとさせて、得意の澄ました顔付きで、歩いて来る。細く剃り上げた暗い感じの恥毛の付いた、乳白色の大理石にも似たぽってりした腹部の膨らみを、軽く振りながら、男の差し出したコップにトクトクと注ぎ込む。そんな時の彼女の眼はクリクリして、表情は、少しばかりハニカミが浮いているのである。彼女は、機嫌が頗る好い様子である。
「おぅ、若奥さん、張りが好いね。」
と、ガンさんは、スウェーターの恥丘の茂みを、ポンポンと朝の挨拶代わりに軽く叩いて遣り、彼女は、男の額にチュッ、チュツのキスを鳴らして,応えるのであった。
ガンさんは、そんな若い妻の目を目掛けて、吸い込んだタバコの煙を細くして、吹き掛けている。彼女は澄ました表情を崩さず、男の口からタバコを、体格からすると些か華奢に見える白い指先で軽く摘んで、軽く吸うと、小分けにしたタバコの細い煙を、男の顔に吹き掛けている。

 そんな朝の交換が済むと、朝食の時間となるのであるが、ロシア人の仕切る朝食は、実にあっさりして、簡単そのものである。メタボ体型の50半ば男には、有難い朝食内容である。

「夏だから、麺類でも出そうと思ってさ。冷やし中華は、手が掛かるからパスするとして、素麺と蕎麦でも茹でようかと思ってさ。それに冷奴も、出そうと思ってさ。」
「好い提案です。ロシア汁は、冷やしても美味しい。豆腐、ヘルシイ。ツルツル、モット美味シイデス。今日から、始めましょう。」

夫婦の活動のスタートは、軽いシャワーから始まる。お互いが、交互にスポンジで体の隅々まで、泡を立てて洗い合う。灯火期を迎えた男と、裸体の開放感を習慣とする女の取り合わせである。先入観を取り除けば、手間が掛からず、実に合理的なシャワー・タイムである。

さっぱりした処で、夫婦は、暑くならない内に山裾の畑に収穫に行く。これは、商売上の日課である。トマトは、桃太郎とミニトマトを取り、キュウリ・ナスをヌカ漬け用に、ピーマン・長ネギは麺類の薬味用に、玉葱・人参・馬鈴薯は、ロシア汁用に・・・ 

ある程度の畑に、俄か農夫に農婦である。彼女は、中学・高校とバレーボールの選手をしていたと言うし、農業国の色彩の強いロシアでは、郊外の別荘付きの畑で、ジャガイモを主体とする家族総出の農作業は、一般的光景であったと言う。男は、農業に関しては、ズブの素人からのスタートであった。<日焼けが如何のこうの・・手が荒れるから・・>などとは、一切口にしないハリウッド女優形無しの、スッピン八頭身美形の白人女性の農作業は、実に手際が好かった。ガンさんは、黙々と仕事をこなすタイプの男であった。農作業中でも、若い奥さんは平気で、有音放屁を鳴らすし、トイレなどは、木陰で涼しい顔で、放尿をする始末であった。

こんな時、彼女の愛用するTバックのパンツは、誠に重宝品であった。パンツを下ろす必要は無く、体裁程度の前の三角巾の部分に、指を掻けてずらすだけで、放尿口が露出して用が足りるのである。パンツの歴史の浅い日本人から見ると、ヒップのパンティー・ラインの削除と云うのが、Tバックパンツの誕生とばかり錯覚していたのだが、こんな実用的側面があっての着用とは、驚きの感想でもある。浅はかな打ち手の私見からすると、外観よりも実用を優先する西洋人の支持である。意外と実用の簡便性が、誕生の始まりなのかも知れぬ。

それを、50半ばの亭主殿は、一向に気にする風も無い。誰も居ないと、並んでの放尿、放屁ともに、堂に入ったものであった。自然を背景に、自然の所作の一環で、それらの行為を遣られてしまうと、見た方が、視線を逸らすのが<人のエチケット>と言う物である。

この辺りは、盆地の東西を少しばかり分ける形で、低い丘陵が迫り出した地形である。早くも、山から離れた積乱雲の群れが、盆地の上空に割り込んで来ている。太陽は青空を従えて、入道雲のモリモリした筋肉の盛り上がりに、白く眩しい輝きを強めていた。果樹の林には、暑気を底から攪拌・拡散させるかの様に、セミの集団唸りを大地の呼吸の様に、遠く近く叩き始めていた。それは、文人墨客が<蝉時雨>などと、気取る類の物では決して無い。

水分を太陽に剥ぎ取られて、大地は白い土塊(つちくれ)である。根の浅い植物は、乾きに萎れ、息も絶え絶えである。年輪を刻んで、地中深く根を張った樹は、貴重な水分を自分の身体の末端にまで、供給しなければ為らないのである。地中生活7~8年・地上生活1週間のセミ達は、生命の維持と次代を繋ぐ為に、樹液をひたすら吸うのである。人間の目には感じられない、樹液を巡っての拒否と強奪のドラマがあるのである。<時雨>などと云う一方方向の音ではあるまい。樹と蝉の攻防・鬩(せめ)ぎ合いの音と云った方が、臨場感がある。

流れ落ちる額の汗の雫を、男は無造作に分厚い手で削ぎ落とす。

「堪らん。スゥェーター、水を出してくれ。」
「オーケー、最初は暑いから、駄目デ~ス。」
「ああ、分かってる。」

太陽に炙られたホースの水は、紛れも無く熱い。ガンさんはタバコを吸いながら、しゃがみ込んでいる。スウェーターが洗面器を持って来て、男の纏わり付いたTシャツを剥ぎ取り、頭からホースの水を掛けて行く。流石に、手馴れた物である。水量を調整した水が、ガンさんの頭部から、屈めた大きく分厚い背中に水を這わせる。

「ダーリン、気持好いでしょう。」
「おお、サンキュー、夏は、行儀が悪いが、これに限る。」

女は中腰になって、男の灰色の髪を指の腹で小気味好く、掻き上げて遣っている。男が終わると、今度は私の番よとばかりに、黄色のTシャツを自分から脱いで、水の入った洗面器にポイと投げ込んだ。薄いピンクの乳輪にツンと立った乳首が、白い乳房に揺れている。

「ダーリン、タオルで、私を綺麗にして下さい。」
「あいよ。」

男と女は、タオル、Tシャツを洗面器で水洗いをして、二人で力任せに絞ると、バサリ、バサリと音を立てて振るうと、それを早々と着てしまった。素肌に着た絞り立てのTシャツは、涼しかった。この方法を提案実行したのは、スウェーターであった。帰りの道すがら、農家の撥ね出しの桃・スイカを買って帰る。些か見栄えは悪いが、味は、規格物に遜色は無かった。値段は市価の半分以下である。

男の家の庭には、豊富な井水があった。昼に使うデザート用のスイカ・トマト・桃を井水に漬けた。

昼飯時に成ると、常連客が三々五々遣って来る。例によって、キッチンのガス台には、カレー、肉鍋、大鍋に氷水を張った中に、ロシア汁の鍋が入っていた。テーブルの中央には、笊がデンと二つ置かれて、其々蕎麦と素麺が大盛りに盛られ、上にカチ氷が乗っかっていた。

玄関には、男が太いマジックで書いた<初見参ぶっ込み蕎麦・素麺>の張り紙があった。 

「ガンさん、遣るね。食欲の無い時の麺類とは、気が利いているね。」
「そうだよ。ガンさん、有難う。奥さんのロシア冷やし汁も、いけるよ。」
「素麺・蕎麦は、ガンさんネ。私も、考えました。ドーゾ、召し上がれ。」
「庭に、傷物のデザート、冷やしといたから、適当に食べてよ。」
「ガンさん、サービス好いじゃないの。」
「一律500円のメニューだからね。原価が安いから、セットにしなければ、俺の気が引けるよ。」
「ソーデス。マイ・ダーリンは、善良な人です。心配いらないです。」

 住宅地に埋もれた、ぶっ掛け屋食堂に、夏のメニューが増えた。二年目のガンさんとスウェーターの500円均一隠れ食堂であった。


その3
      スウェータが弾んだ声で、ロシア語で電話をしている。
昼の客が帰って、ガンさんは、彼女の洗い終えた食器を布巾で拭いている。朝からミンミンゼミの声で、ウンザリのスタートであったが、灰色の雲がグングン広がって、雷が鳴り始めた。昨夜の大雨洪水注意報は、全く掠りもしなかった。作業衣の甚平を脱いだ彼は、何時もの柄パン一つの格好で、庭に面した廊下の椅子に座り、もう一つの椅子に足を伸ばし、タバコを吸っている。庭のイチイの古木の脇に、鉄砲ユリと鬼ユリが大きく伸びて、白い大輪の花と赤い花を咲かしている。例年に無く丈も花も、大きく成長している。何時の間にか、空は、一点の青空も無く灰色空が、黒味を帯びて来た。ピカ、ピカ、ピカピカと、青白い稲妻が黒灰色の空を、彼方此方で切り裂き始めた。

ゴロゴロ、ドシャーン、ピカ、ゴロゴロ、ドシャーン、ビカビカ、ドドーン、
 まるで、戦争映画に見る大型戦艦同士の一騎打ちの様な凄まじさである。ガンさんは、口に咥えたタバコに火を付けるのも忘れて、眉間に皺を寄せて、外を見遣っているばかりである。

「オウ、マイ・ゴット。大変、大変。あなた、日本、戦争ですか? 私、ここに座ります。」
白いTシャツに黒地に赤・緑・黄の小花を散らしたショートパンツを履いたスウェーターが、梅酒の氷割りグラスを二つ持って来た。彼女の態度には、怖さなど微塵も無いのに、<日本、戦争ですか?>などと、眉間に皺を寄せているガンさんに、ウェストの括れに手の甲を押し付けて、胸を張る格好で、顔のブルーの瞳をクリクリさせて、一つおどけて見せるのである。男は、こんな時の<生意気さと可愛さが、同居する西洋美形>が、好きなのである。男の眼に、言うに言われぬ満足感が、現れている。女は、自分のパフォーマンスの成功に、柔らかな笑いを男に送る。

「ナターシャ、知ってるでしょ。彼女、明日来ます。良いですか。」
「久し振りだな。元気か?」
「モチロンです。でも、彼女、いろいろ問題ある。何日か、居ても良いですか。」
 
彼女は両手を広げて、ブルーの瞳をパチパチさせると、首を窄めて言った。日本人には出来ない、西洋人お得意の仕草である。生活を共にしていると、同じ仕草でも、ポーズの仕草と素直な仕草の違いが、それと無く分かって来る物である。ガンさんは、ロシア人のスウェータの青い目を見ながら、
「ナターシャなら、何時でも、何日でも、歓迎だよ。」

男は、ニヤニヤ笑っている。これを事後承諾・追認と云うのであるが、彼は彼女が、日本的と云うか、自分の性格を理解して来た一つの証と苦笑いをしているのであった。夫婦である以上、当然の<言わずもがな>の許容範囲を共有するのは、当然の生活態度である・・・と、ガンさんは思っている。日本の男、少なくとも、ガンさん近辺の年代の男達では、無意識の捉え方である。それに対して、兎角、女達の一般的傾向としては、男の考え・行動に関して、一々知りたがる・知っていたいの思いが顕著なのであるが、手鏡には自分の美形しか映らない様である。例えば、今のケースを引き合いに出すと、ナターシャの逗留について、夫の許可を得ないでOKを与えるのは、トラブルの元と為るのであるが・・・ 経験を少なからず積んだガンさんは、これを称して、<女の地動説にして、男の天動説>などと、諦観している向きがある。

ゴロゴロ、ドシーン
腹に響き渡る程の雷と共に、バケツの水をひっくり返した様な、凄まじい雨の一斉攻撃が始まった。縁石に弾けた雨飛沫が、廊下に飛び込む。

「大変大変、アナタは、下、お願いします。私は、二階の戸締りします。ダー、ダー。」

彼女は、ノーブラジャーの胸と豊満な臀部を、プリンプリンさせて階段を一段飛ばしで、駆け上がって行く。八頭身美形にして、この天真爛漫さである。気取りの<気>の字も無い動きである。

「おうおう、生意気女にしちゃ、テキパキ遣る事は、素早い。顔好し、スタイル好し、機転好し、気分好し。偶に疵は、アソコのデカサとあの時の体力かぁ? オウ、マイ・ゴット様メ。」
 
ガンさんは一人を好い事に、ニヤニヤしながら独り言を、はっきり声に出して、受け持ち範囲の戸を閉めて回る。ガンさんは、ロシア人女房が、余程好きであると見える。

 明けて翌日
ナターシャは、高速バスで午後遣って来た。こんな時、携帯電話は、誠に便利である。ビルの陰で、薄紺の旅行バックを下げて、携帯電話を耳に当てたナターシャが、盛んに手を振っている。黒いミドル・カットのストレートな髪に、サングラス、抜ける様な白い肌・スラリと伸びた脚に、脛の中間までの白いパンツ・黄色のTシャツに柔肌の膨らみ、その先端に小さな乳首が、浮き出ている。グラビアから抜け出た様な格好の好さである。

軽自動車であるから、スウェータが降りる。
「オゥ、ダーリン、ガンさん。久し振りネ。チュッ、チュッ!!」
狭い軽の後部席に乗り込む時に、ナターシャが、ガンさんの頬に大きな音を立てて、再会のキス2連発をお見舞いしている。スウェータは、ニコニコして、彼女の尻をポンポン叩いて、急かしている。後部席に座ったナターシャは、盛んに愛想を振り撒いて、ロシア語でスウェータと近況報告を交わしている模様である。小娘の様にはしゃぐナターシャは、その合間に腕を伸ばして、ガンさんの頭・首・肩を叩いたり、触ったりして茶目っ気たっぷりのスキン・シップ・サービスである。彼女の訪問は三度目である。

濃紺の狭い軽乗用車は、駅前の大通りを東に向かう。ビルの並びの前方に、拳を握った形でそそり立つM高原が、奥に控えている。夏の入道雲が、その上空に青空を割って迫り出している。夏の濃い緑が、山々をくっきりと描いている。街路樹に、ミンミンゼミが、茹だる街の暑気を掻き混ぜている。窓を開けて走る車には、からりとした風が来る。

「オゥ、ビューティフル。ガンさん、相変わらず男前ですネ。ムーディ。スウェータは、幸せね。山も、空も、木も、綺麗。空気、美味しいよ。東京、ビック・シティ。写真は綺麗。でも生活綺麗じゃないよ。ストレス、イッパイ。疲れるよ。息苦しいよ。スウェータもガンさんも、顔マイルド、ナイス・カップル。羨ましいよ。」

160cm強の彼女は、日本語以上に表情豊かに、捲くし立てている。東京に居て、ガンさんがクラブに通っていた頃からの付き合いである。スウェータとナターシャは、コンビであった。店で一方を指名して、その一方が他で指名されると、一方が後釜で座ると云う二人はコンビであった。宿舎も、二人は同部屋であった。二人とも、甲乙付け難い好い女であったから、ガンさんは逡巡のしっ放しであった。云う為れば、立派な三角関係を呈していたのである。

「ガンさんは、バカね。私をポイしてスウェータ選んだ。私、凄く怒ってる。凄く恨んでる。アハハ、分かる? 私も好い女、スウェータも好い女。ガンさん、選ぶの難しかったねぇ~」

三人は、顔を合わせると笑いながら、こんな会話を交わす間柄であった。
 ナターシャは正直と言うか、少々執拗な傾向があった。常套句の様な、この文句をカラリとした口調と、演技ぶった顔を作って口に出す処が、彼女の何時もの茶目っ気ポーズなのであった。お互い三人とも、大人なのであるから、詮無き事への拘りを内に沸々と云う光景よりも、口に出してしまった方が、気が楽なのであった。三人の中では、『心身共に』の公開三角関係なのである。然し、ガンさんの耳には、彼女の常套句には、何時もと違って<棘>が感じられた。ルーム・ミラー越しに、ナターシャの表情と黒い瞳を、一瞥するガンさんの<鋭い目>があった。次いで、その一瞬の鋭さは、スウェータの横顔を見遣る。彼女も同様の印象を持ったらしく、表情が硬かった。

名産のブドウには少々早かったが、男は観光客を対象とする直売所に、寄り道した。

「如何だ。家に帰ったら、風呂へでも行くか。」
「ガンさん、行きましょう。ナターシャも、温泉で汗を掻く、とても好いよ。」
「オーケー、ミンナ、綺麗になりましょう。ニッポンの温泉、ベリー・ナイス。」

 此処は、温泉の多い所である。熱めの湯もあれば、温めの湯もある。ゆったり出来る湯もあれば、入って洗って出て来る湯もある。車があるから、5分~20分の所要時間である。時と気分で温泉の方角を、決めれば好いのである。ロシア人は、蒸し風呂バーニャの習慣があるから、熱めの湯も難なくこなす。慣れると、パブリックな日本式の湯船にどっぷりと浸る湯は、違和感の無い処であった。ガンさんの夏の湯は、勿論、温めの小さな銭湯である。車で5分の距離である。

 家の前で車を止めた儘、ガンさんは車でラジオを聞きながら、女達を待っている。ガンさんは、少し遠回りに為るが、川沿いの道を通って、市の経営する銭湯の駐車場に車を止めた。
「アナタは、これね。」
「ナターシャは、これ。」
「残りは、私ね。」
 スウェータは、ガンさんに、タオルと固形石鹸、剃刀、シャンプー、垢すりと替えの下着を渡す。女二人も同様であるが、ボディソープ、シャンプー、リンスが違う。施設内は禁煙であった。
咥えタバコの儘、外の灰皿に向かうガンさんのがっちりした背中を、バチン、バチンと力を込めて叩きながら
「ガンさん、アリガトウ。リトル・リバーサイド・ロード。」

ナターシャが、ウィンクして、後ろ手を振って女湯の暖簾を潜って行った。ガンさんは、渋い笑いを、頬に一つ浮かべた。彼は、吸い掛けのタバコを根元まで、大きく吸うと、灰皿に消して男湯の暖簾を潜った。<ナターシャの奴、相変わらず、好い女である。>

化粧を洗い落としたナターシャの顔は、洗い髪のストレートな黒髪の下で、素顔の美しさを見せていた。金髪のスウェータの長い髪は、濡れた分、黒味を増す。決めの細かい白い肌に、薄い唇は湯に浸かって、ピンクに赤みを差している。日焼けしているスウェータは、健康美。都会に暮らすナターシャは、白・陰の美である。いずれにしても、湯にリラックスした素顔の二人は、女の匂いを静かに発散させて、普段着・スッピンで魅力的であった。そして美しかった。

若い白人美形二人と50半ばの日本男の取り合わせは、地方都市の生活の場・銭湯の駐車場で、人目を惹く組み合わせであった。

夜は、男が腕を振るった。女達は、廊下の木製の丸テーブルで、ロシア語ではしゃいでいた。男は台所で、相変わらずの柄パン一つ、首からタオルを垂らした格好で、天ぷらを揚げ、薬味の大根、生姜を摩り下ろし、蕎麦を茹でていた。畳の八畳間には蚊取り線香が、夏の夜の匂いを立ち上らせ、座りテーブルには、刻み葱・とろろ芋・生卵の小鉢が、用意されている。茹で上がった蕎麦を、男が丁寧に手洗いして笊に盛り、最後にヌカヅケのキュウリ、ナスを、まな板に取っている。

「おーい、スウェータ、酒の用意をしてくれよ。」
「ハーイ、ガンさん」

冷酒とウィスキー、氷にグラスが置かれる。扇風機の首が回り、夏の晩餐の用意が整った。

「ナターシャ、どうぞ。」ガンさんが、額の汗をタオルで拭いながら、声を掛ける。
「オウ、オール・ジャパニーズ。アリガトウ、ガンさん。」

 夜の帳に、軒下に吊るしたキリギリスのギース、チョン、ギースの鳴き声が、夏の夜の落ち着きを示している。男は、台所で女二人が片付けをしながら、話すロシア語を耳に、廊下の椅子に両足を伸ばして、タバコの紫煙を燻らせている。ロシア語を解しないガンさんに、女達が鈍感なのでは無かった。聞きたい事、話したい事は、十分意思の疎通が適う間柄であった。敢えて、質問しない、立ち入らないのが、ガンさんと云う男の優しさであった。

 片付けの終わったスウェーターは、部屋に布団を三組敷いた。話は、廊下のテーブルに移った。酒は、冷酒からウイスキーに移っていた。それも、底に僅かばかりであった。フランク・永井、松尾和子のスローバラードを、CDで聴きながらガンさんは、会話する二人の美形達の表情を、交互に覗き込んでニヤニヤしている。

「あなた、面白いですか? ロシア語分からないでしょ。」
「ああ、分からないよ。でも、人間の表情は分かるよ。」
「ロシア語で、話していても好いですか? 退屈しないですか?」
「ああ、気にするな。その為に、来たんだろ?」
「分かりました。アリガトウゴザイマス。」

      その夜、三人は裸で、ガンさんを真ん中に、布団の中に入った。

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