旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処―ショート 是、分相応の日常為りや。
                 是、分相応の日常為りや。(5/7/14)
 娑婆では連休が終わって、日常が始まった。朝の通勤車がタイヤを鳴らして、自転車通学の高校生達が、抜けて行く。本日は、無風の上天気に為りそうである。焚火の草木灰を移植ごてに掬って、野菜達に掛けて遣る。

 三つ葉の浸しは、香りと歯応えが在って、大人の味である。摘めば、新しい瑞々しい葉が出て来る。健気な物である。そんな三つ葉を摘んで居ると、ゴミ出しに来た町会長さんのお声が掛る。

       町会長さんも、自家製三つ葉をそんな風にして食べているとの事である。

 昨日はNHKの特番で、復活した三陸鉄道を放映して居た。大震災、大津波から三年。三陸鉄道の壊滅映像は、被災当時の三陸鉄道社長の姿を映し出して居た。記憶に残る社長の姿で在った。三陸鉄道に賭ける地域の想いを背負っての社長以下全社員の姿には、感涙した物だった。

 今回の開通スペシャルを見て、想像でしか無かった地域の鉄道に対する熱い想いが紐解かれる様に、その想い80年、不採算線に依る80年もの陸の孤島、不採算に依り見捨てられ、日本最初の第三セクター路線などの歴史に触れた。その地域の想いに<辛い歴史在り>の観頻りで在った。ズゥ~と小田原で単身出稼ぎをしなければ為らなかった亭主、土地を守ってヤマセに水田に水の布団を掛け続けた女房は、悲願の鉄道敷設にヨイトマケに明け暮れした。

 その土地に生まれ宿命に泣き事を溢さず、ただただ先祖伝来の土地と家を守り続ける一生が自分の人生と、笑う77歳の女房殿は、亭主の耕運機掛けを百姓仕事は、旦那より私の方が上手と笑う。

 いやはや、年輪の奥に見える東北人の芯の強さに、涙が頬を伝うばかりであった。実際、実物の存在感に、歴史を重ね、小説を重ね、読了した国民の道徳を重ね観た次第である。

 四の五の言葉で語るよりも、実際の実物は、多くを一切語らずとも、その存在全てが、環境、歴史、人生、道徳の何たるかを象徴して見せて呉れる。自分の宿命を引き受けると云うのは、正にこう云う事なのだろう。日本人に生まれ、日本で暮らせる恩恵を感じられずには居れぬ次第でもある。

 こう云った土地に暮らす人の生活目線での放映は、NHK以外では作れ無い。蛇足では在るが、余りの偏向報道で全額支払いを拒否して来た次第では在ったが、NHK会長も変わって、本音を聞かせて呉れた次第でもあるから、そのご祝儀に全額支払いを復活した次第でもある。

 米所・新潟の米菓あれこれをしていたので、<婆ちゃん、オメコとコメコの違いは、何処なんだろうね。>とポツリ言って遣ると、大正女様は、一瞬、吾が耳を疑うかの表情をした後。何を言うと思ったら、四男坊は、相変わらずの戯けだの<無言にして軽蔑の眼>で見られて仕舞った。

 またまた、馬鹿にし遣がってからに。『耳持聞こえなく為って、頭の中もグチャグチャで、何を言われても分からない。』だって、全部聞こえて、オとコの区別以上の言葉意味も分かって居るじゃないの。ギャハハ~!!

 妖怪様は好さそうであるから、風呂に湯を張る。入浴後は米屋さんにペダルを扱ぐ。甘過ぎるコーヒーを頂戴して、よもやま話をしてお暇する。新築中の工事現場からは、親方にボロ糞に言われ、それに口応えをしている声がビンビンと聞こえて来る。傍目からだと、凄い親方、子分の<犬猿の仲関係>なのだが、言って見れば・・・これも、得難い好コンビの口かも知れぬ。取っ組み合いの喧嘩にも為らず、仕事が進んで行くのであるから、笑っちゃう次第である。

 個人スーパーに寄ると、<待って居ました>とばかりに、カボチャ、白カブ、フキを買わされて、店内の婆連に笑われて仕舞った。

「美味い本物のフキだよ。買わなきゃ損だよ。」に、<偽物のフキってぇのは、何処に在るんだろうね。>の婆さんとの酷い会話と為って仕舞った。ギャハハ!!

 帰って来て、カブを漬けたり、本物のフキを炊く。サッと茹でて、皮を剥いて、身欠きニシンに油揚げを加えて、炊き上げる。カットカボチャは、昼食として妖怪様にお出ししましょうかね。

 賄い夫業も、すっかり本職に為って、吾ながら一連の作業は無駄なくソツ無く、テキパキと進めて仕舞うのであるから、驚き桃の木、山椒の木である。ギャハハ~!!

 庭の睡蓮鉢のメダカに餌を振り撒けば、浮上して来るメダカ達である。吾が家の白カブは、モンシロチョウに大分、穴を開けられと仕舞ったが、長閑な物である。西向かいさんの桜の木の洞に営巣したシジューカラは、孵化して成長して居るのだろう。餌場として吾が家の庭に、シジューカラの姿が頻繁に在る。

 庭に居れば、赤い山ツツジの花に、春子の並アゲハなのであろう。形の小さな奴が、ヒラヒラと蜜を吸いに遣って来る。昨日は、山椒の木に、小振りの並アゲハが三匹、フワフワ飛んでいる姿が在った。山椒の葉に卵を産み付けて、今年も吾が家の山椒に幼虫が、モゴモゴ動き始めるのだろう。

 家にしても、色々な生き物たちの観察が出来て、ロートルとしては飽きない次第でもある。人間の女には不自由この上ない日常では在るが、へへへ、これを称して<分相応の日常>と云うのであろうか。

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心何処ーショート 妖怪様、花見に行く為り。 
          妖怪様、孫に車椅子を押されて花見をして来た為り。(4/19/14)
 吾が家の枇杷の実は、人間が食べる程の大きさには為らない。そんな事を妖怪様に言うと、<間引きをすれば、大きく為るよ>と言われて、為るほどと思った。そんな次第で、本日は脚立を掛けて、遊んで見た。脚立を出した序でであるから、柊の剪定をする。猛暑の折に散水の手が回らず、半枯れ状態と為って仕舞った。枝の芽出しを確認しながら、チマチマと剪定鋏で遣って居たが、どうせの事であるから刈り込み鋏で思い切り散髪をする事にする。

        上の方が、如何やら枯れて居る様なので、思い切って鋸でカットする。

 脚立作業は疲れるから、休憩方々、スコップ、熊手、竹箒、ジョレンなどの農耕馬道具を縦掛けてある場所の石コロだらけの中から、健気にもテリトリーを拡げて居る野苺に同情心が沸いて、場所整理をして遣ろうとの<生類憐みの仏心>が生じた。←非文学的表現では、回りを整理して来て、取り残されたアンバランスを『恥入った』のである。

 嫌々仕事で石コロの溜め置きして居た場所であるから、石コロを取り除くと野苺とても、スカート、パンツを脱がされて、余りの惨状と為って仕舞った。遺憾いかん・・・人生の年輪を重ねた男族の一員としては、『武士の情け』として川土を運んで来て、下を隠して遣らねば為らなく為って仕舞った。

 腐葉土の入った土状の川砂で下を分厚く覆って遣り、周囲との調和で粗砂で化粧をして遣ると、好いマッチングと為った。其処を直せば、その横の不凍栓囲いの向きが酷過ぎる。

       いやはや、これを称して『遣らねば為らない、吾が宿命』と云うのであろう。
 しゃ~無い。これが、吾が宿命ならば、男で御座る。弱音を吐かず、遣って遣ろうじゃ無いのさ。スコップで掘り起こして、土台に平行に据え変える。

                 へへ、好い感じじゃないか。

 こんな事を始めて仕舞うと、仕事モードに為って来て仕舞う。柏の落葉は、芽出しに依って為される。もう、腹が立つ位の落葉の散乱である。お隣さんに申し訳ないから、片付けた脚立を移動させて、枯れ葉を捥ぎ取る。木の成長は早い。鋸も出て居るから、思い切って伸びた枝切りをして、焚火場所に運んで、カラカラに為った落ち葉をバケツを持って来て、拾い集め手で揉み崩しながら入れて、腐葉土にする事にする。

 落ち葉の整理をすると、その下の山吹の黄色の蕾が浮き上がって来て、葉の薄緑と相まって中々の風情を見せ始める。本日は、仕事をせずに時間を流して、退屈に為ったら釣具店に自転車で春の目の保養方々、毛バリを買いに行こうと思っていたのだが、・・・

             観念して遣って居ると、土手に車が止まった。
「お父さん、すっかり綺麗に為って、大変だったでしょう。ご苦労様です。」と孫を連れて、土手からの通用口を下りて来る。
「じぃじ、きたよ。なにしてるの。」赤ん坊の時から活発な子で在ったから、興味深々の顔で覗きに来た。

「こらこら、凌佑。お婆ちゃんに、来たよの挨拶をして、仏壇にナンマイ・ナンマイしてからだろう。」
「うん、わかった。」高い廊下に這い上がる孫は、ヨイショの掛け声で在る。
 
           私は作業中であるから、家には入らず作業続行である。

「オヤジ、婆ちゃんの靴は何処?」
「風呂場に小さいサンダルが在るから、持って行け。」

 通りに車椅子が出て居る。私が誘っても、首を縦に振らない妖怪様では在るが、倅は妖怪様には、目の中に入れても痛くない孫である。孫の言う事なら、喜んで腰を上げる妖怪様である。

       アハハ、相性とは理性、理屈の入り込む余地の無い領域なのである。

 妖怪様は、倅に車椅子を押して貰い県文会館、護国神社周辺の花見に連れて行って貰うのだろう。相性の良い祖母と孫は30年を経て、立場が逆転して孫オンブから、孫の押す車椅子での走馬灯の一時を過ごして呉れば良かろう。

「ママ、ぼくもいく。」と父親の後を追って、倅ファミリーと妖怪様の桜見である。

 昼は、嫁さんがスーパーで買い物をして来て呉れた。孫はペンキでリニューアルした廊下で、マイペースの遊びをしている。月に一度の来宅であるから、孫の成長具合は覿面である。屈託の無い幼児の遊ぶ光景は、良い物である。

「じぃじ、つりいこうよ。」

 昨日の寒さの煽りで、夕方に為ると風の寒さで在る。真似事釣りをして、風邪の引かない内に、家に入る。嫁さんの伯父さんで、番から男子高の2級上の先輩さんが、亡くなられたとの電話である。元気だったのに、胃癌との事である。人の寿命とは、分からない物である。

 体調芳しく無かった妖怪様では在ったが、倅ファミリーの顔出しに、百薬の長の精気の蘇りで在った。人間長生きをして見なければ、分からない事が多いのが世の中である。

        いやはや、本日も頑張って仕舞った物である。明日は、如何為る事やら。


心何処―ショート 亡兄達に、墓参りの段為り。
                  亡兄達に、墓回りの段為り。(4/6/14)
 目覚ましが鳴った。寝床の中で一服を点ける。昨夜は風呂から上がって、衣類などの用意して居る間に湯冷めがして仕舞って、風邪薬を飲んで目覚ましを掛けて寝た次第である。時間は十分にあるから、ゆっくりで良かろう。玄関鳥達に二日分の餌を入れて、時計を見ながら、車にエンジンを掛ける。途中まで来て、携帯電話を忘れて仕舞った事に気付いて、引き返す。

 集合時間の5時には、ちょいとスピードアップして行か無ければ為らない。弟の会社に行くと、車にはエンジンが掛って居る。

「如何した? 何時も早いのに遅いから電話しようとして居たら、来たわ。」
「おぅ、携帯を忘れたんで、一応、取りに行って来たんだわ。」
「そうかい、Rちゃにしては、珍しい事だわ。さぁ~、行くかいね。」

 5時スタートの男兄弟3人のスタートである。世事放談で男話は尽きる事無く、何無く談合坂PAでのトイレ兼朝飯と相為った。東京を抜けて、千葉県に入る。桜の満開は過ぎたと云うが、山国信州から見れば、桜満開の風情である。

  9時には法事供養場所に到着する。2時間も在るから、着替え前に墓にお参りする事にした。

 スイスイと広い霊園を墓に歩いた心算が、探す事が出来ない。人間の記憶など、真に以って好い加減な物である。3人等間隔で拡がって探すが、見当たらない。しゃー無い。私は霊園事務所で聞いて来る。書いて呉れたメモを持って歩いて行くと、分かったとの手の振り様で在った。

 そんな事で大笑いをして、私と弟は着替えをする。着替えが済んで外で煙草を吸って居ると、何時も早い2番目さんの夫婦が見えた。相性の良い旦那さんであるから、もうお坊さんの到着での御挨拶で、近況報告方々の談笑と相為った。遣る事が無いから、ブログ挑戦をするのだが、如何も上手く行かないとの由である。

 長兄の長男が遣って来た。大手銀行の上海支店の次長で、目下単身赴任の5年目との事である。昨日、帰って来たと言う。赴任当時と違って、現在は敬遠され放しの中国との事で、中々帰って来れないとの事である。

 家は男兄弟5人、向こうは女姉妹6人の家系である。皆、60,70代とも為ると、男同士の方が、話は盛り上がると云う物である。

 あっという間に法事、法事懇親会と進み、お時間との事であったが、もう1~2時間も欲しい雰囲気であった。用事があると言う次兄を最寄りの駅まで乗せて、私と弟は仲の良かった三兄の墓参りに埼玉に向かう。

 田舎生活にどっぷりと浸かって、妖怪様のDNAを生き方の見本としている二人にとっては、真面目に考えれば、眉間に皺、こめかみに青筋にも為るが、通じぬ相手には<あっ、そう>で、通過儀礼をするのが、感情の知恵と云う物である。困った物である。さぞかし亡兄二人も、諦め笑いをして居る事だろう。へへへと来たもんだ。

  車にはナビがあるが、肝心要の電話・住所が中途半端なので、ブッツケ本番の目的地行である。

 まぁ、気の合った兄弟にして、同根の性質である。目的地は、お寺さんに付随する墓所で在る。記憶を頼りにああだ、こうだの記憶繋ぎのドライブである。三野市に入る。

 さぁ~てと、線から点探しの段である。お寺さんの近くに独協高校なんて学校があったから、それを目印に探せば良かろうと言う事に成った。コンビニがあったから、私が電話帳を貸してくれと言って、『独協』を言うと、反応があったから近いと思った。

 お寺が見付かったので、別のコンビニで、手向ける日本酒のパックとウィスキーのミニボトルを買う。さてさて、線香はお寺に在るとして、花は如何すべぇや。地理不案内に就き、探すのも面倒である。男兄弟の誼で、勘弁させて貰うしかない。へへへ。

              お寺に行くと、花も置いてあったので良かった。

 墓を綺麗にしてパックの日本酒を掛けて遣り、ミニボトルの角瓶を備えて遣る。弟は煙草に火を点けて、線香の横に手向けて、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏で合掌である。

 さぁ、これで兄貴達の墓参りも済んだ。二日を予定していたのだが、すんなり事が運んで、帰る事と為った。気は心では無いが、気の無い者達とは、事務的にお付き合いをするのが、平常心を保つコツでも在る。へへへ。

 帰路は反対回りで帰ると言う。前橋に面白い店があるから、買い出しをして行こうとの由。買い貯め専用店であるから、米流ショッピングショップである。いやはや、凄い繁盛振りである。フィリピン、ブラジル、白人などが、良く目に付く。大型ゴーカートに満載の買い物客で溢れ返っている。海外旅行でも、弟はこんな店が好きで、良く連れて行かれた物である。

 会社の経営も、大分廻り始めて来たのだろう。ボンボン買って行く。小所帯で食べ切れないほどの分量では在るが、二人で半分子しようと、次から次と入れて行く。まぁ、宿泊代・飲食代が不要なったのであるから、それも良かろう。

 通りの向かいにカインズホームが在ったから、丁度良い。バルディナのミルワームを買って行く事にする。4個買う。

 法事の席でも言われたが、4男坊、5男坊はツーと云えばカーで、羨ましい程に仲の良い兄弟に見えるらしい。いやはや、それにしても大量買いをして仕舞った物である。

 晩飯は、PAの在り来たり物は、嫌だから下に下りて食堂で食べ様と言う事に為った。いざ下りると、中々、食堂が無い物である。漸く見付けてUターンをして入る。

 おやおや、これは地元民で凄い入りである。如何やら、うどんが店自慢らしい。カツ丼、肉うどん、モツ煮を頼む。結構、好い味の大衆食堂である。年に数度の外食であるから、喰意地が張って頼んで見た物の、カツ丼を食べただけで、日頃の小食胃袋が膨れて仕舞った。うどんを少々食べて、後は現役の弟に食べて貰う羽目に為って仕舞った。

『奢って呉れるかい』と言うから、<お安い御用だ>と応えて、帰路に立つ。久し振りに、膨満感で、二人して<喰った、喰った。ああ、美味かった。>の笑いであった。

        会社で分けて、金を払おうとしたら、『不要』と言う。<馬鹿野郎が。> 

 日頃のオンブにダッコの詫びに、弟は私を誘って食品を『プレゼント』したかったと云う事であろう。アハハ。

         流石に疲れて、車から下ろすだけ下ろして、布団の中へであった。

 本日は、パッと目が覚めた。良く寝た。何時もの朝を始める。ミルワームを奮発して遣る。朝食後は法事の報告を妖怪様にして、車に座り通しで鬱血した血流を解す為に、ちょいと続き作業をする。何と何んと、白い物がチラ付いて来た。おお、寒~い。

 家に入って、ワイシャツ、下着、靴下の洗濯をして置く。何事も<一連の流れ>でして置かないと、男ヤモメと云う物は、時間が立つと億劫に為って仕舞うばかりである。

    これは還暦半ばにして、漸く見に付けつつある生活の知恵の一環でもある。とほほ。

 バルディナは本日2回目の餌食べに遣って来て居る。本日、冬の寒さであるから、戸を締める。洗濯物を干して居ると、外へ帰りたいらしく、盛んにサッシにホバーリングを繰り返して居る。

              よっしゃ、よっしゃ。ほい、外へ帰れ~。


心何処―ショート おやまぁ、元気で何よりである。
                おやまぁ、元気で何よりである。(3/29/14)
 本日は<川のハヤは、動き始めたかな?>との思いで、ソーセージを餌に偵察をする。全然当たりが無い。それでも、家の中に居るよりも気持ちが好い。ラジオを聞きながらの日光浴の気分である。

「おや、先生、こんな所で、何してるの。ユニークな人だわ。」
「おやまぁ、昔ゴールドフィンガーの、今じゃ、祟りの糖尿病の大将じゃ無ぇかい。散歩サボってたずら。元気そうで、何よりだいね。アハハ。」
「うん、やっと暖かく為って、散歩を始めてさ。徐々に距離を伸ばして居るんだけどさ。」

             ポケットから、黒飴を取り出して、私に呉れた。

 私は、冬に出会った時に彼が言って居た・・・<もう、歳だし。この身体じゃ、一人暮らしは寂しい。兄貴の居る生まれ故郷の博多に帰って、のんびり好きな釣りをしてお迎えを待つんだ。>・・・そんな事を話していたから、もう、博多に帰って仕舞ったのだろうと思っていたのだが。

 半白の口髭、顎鬚を生やした丸顔の人懐っこい目は、元気そうで在る。彼は今年60と云うから、私とは6歳下である。初対面から、その憎めない童顔に近い顔付と、ニヤニヤ、ボソボソと話す表情が、『根っからの好き者』に見えたので、ちょいと撒き餌を振ったら、出て来るわ、出て来るわ・・・態は人を現わすを地で行く様な『助平満載橋』の面白さであった。

 私は彼を助平、女たらしの達人と崇め、その伝授を物にしようとして居るのだが。彼から云わせると、私は『国籍不明のド助平顔』だと即断されて終った。

 糖尿病で、朕立たずの年月が流れ去り、人妻キラーのウハウハ人生も、遠い過去話で、夢にも女体は出て来ないとの事である。今は、煙草屋の80歳の婆さんが恋人であるそうな。
 海生まれで、バイクにおネェチャンを乗せて、お山でのゴールドフィンガー鍛え、海に育った環境であるから、仲間とは釣りにはチョクチョク通っているとの由。現恋人も九州の女性で、釣った小魚を持って行って遣ると、満面の笑みで喜ぶとの由。好人物の彼は、キンピラゴボウ、天ぷらを揚げたりの手料理の数々を持って、恋人の元へ煙草を買いに行くそうである。

 現在は<朕枯れ草>で在っても、女垂らしのマメさは健在の様子である。いやはや、彼の女遍歴は、面白い。多くは語らないが、トツトツとした語り以上に、合間合間の間が何んとも緩やかで、聞いていて楽しい限りである。

「人妻専門で、ウハウハじゃ人倫にもとる行いじゃ無いか。人妻には家庭が在って、亭主、子供達が居るのに、良心の呵責の念と云うのが、丸で無い。正直、在り態に云えば、『とんだ人間もどきの体たらく』じゃ無ぇか。
 前戯派のゴールドフィンガーかなんかは知らんが、倅の悪行の祟りが、糖尿病の朕立たずの因果応報じゃ無ぇか。戯け~!!」

「ケッケケ、自分の事は棚に上げて、それじゃ、全くみんなの党のダボハゼ男の言ですわ。俺、先生にだけは、そんな事言われたくは無いわ。俺の人相見、風体判断は、外した事は無いわ。アハハ。
 如何、これから上行ってヤマメを釣ろうよ。この前さ、原橋のドンブラで釣り見て居たんよ。そしたら、こんなデカイのが掛って、バレちゃったんだけど。先生、行こうよ。」

「今日は駄目だ、餌が無いわ。それと、ちょいと遣る事が有るんだわ。今度、行こうよ。」

 彼も目出度く還暦で、する事が無いから、畑でも借りて恋人に新鮮な野菜でも運んで遣りたいと云う。顔付同様に、心根の優しさが女族の心を擽るのだろう。こりぁ、驚いた。へへへ。

「そうかい。糖尿で余命幾ばくも無い事を悟って、遅まきながらの『罪滅ぼしの心境』に為ったかいな。如何だい、俺の土弄り場所でも見学して行くかい。」

       土手から下りて、二畳小部屋裏のコンクリートに座って、煙草を吹かす。

「あれ、イチゴが生ってる。こじんまりとして、中々、手入れがしてあるじゃん。昔から、助平はマメだと云うからね。ヒヒヒ。俺は糖尿で体力が無いから、この半分で好い。」

「そうかい。大将は人妻の豆弄りで、俺は自然派の土弄りが趣味だからな。へへへ。」
     
          人倫にもとる大将では在るが、憎めない雰囲気満載の男である。

 煙草を吹かしながら、屈託のない助平話に花を咲かせていると、柿の枝にバルディナが遣って来た。

「ほら、あそこジョービタキの雌鳥が、俺の目下の宝物・恋人さね。餌付が出来て、家の中に餌を食べに来たり、催促に来たり、天気が悪いと、一日中、家の中を自由に飛び回って、お泊まりして行くんだわさ。ロシア美形さんに因んで、バルディナ3世と名付けて<衆生の交わり>をしてる訳だけどね。」

「相手は、雌か。やっぱり、先生は只者じゃ無いねぇ。野生の雌鳥まで手名付けちゃうなんて、余程の女垂らしの技だ。愕いた。」

「まぁ、川の流れの様に、無味無臭、無欲の人畜無害の心底が見える。澄んだ心には、澄んだ野性の心にこそ、伝播・共鳴って仁徳さね。これを称して、<清き流れ、清き交わり>って喩えですがな。へへへ。」
 
「やいやい、先生にぁ、俺、太刀打ち出来無いわ。酒が切れたから、お暇するわ。」

 さてと、アブラハヤにも、そっぽを向かれて終った次第でもあるから、ちょいと続きの石積みを遣る事と致そう。軟派の九州男に、生真面目道産子は、硬派の色を見せて置かねば為るまい。

心何処―ショート ケアマネさんも、バルディナに会えて万々歳為り。
            ケアマネさんも、バルディナに会えて、万々歳為り。(3/26/14)
 本日は、月に一度のケアマネさんとのトーク日である。10半来宅との事であるから、ちょいと早く朝の始動にする。真面目に掃除機を掛けて、流し、ガス台の汚れも取って置く。玄関鳥を軒下に吊るして、餌を補充して水を替える。掃除機を掛けて居ると、六畳から鳥影が飛び立つ。へへ、食事に来たバルディナが掃除機の音で驚いて、餌食べの途中で退散して行った様子である。へへへ、失礼致しました。

 朝食を済ませて、四畳半定位置で、朝のモーニング・コーヒーの一服である。昨日、時間を掛けて念入りに洗った水槽は、新品そのもので、金魚達が優雅に泳ぎ回って居る。水草も芽吹いて来て、エァーの昇りも、すっきりして洗った甲斐が有ったと云う物である。

198円で買って来た金魚達は、大きい物と小さい物とでは、2倍の差を付けて居る。コメットと流金に分けたから、水槽に緩急の差が顕著で、面白い比較である。

                  通りに、ケアマネさんの車である。

「こんにちは。お邪魔します。」
「はい、どうぞ。」

 ケアマネさんの後を追って、私は小豆を炊いた物を、見栄えの良い水羊缶の入って居た竹を模した器に盛って、沢庵漬けと一緒にお茶請けとする。部屋から、戯け画ファイルを持って来る。

「わっ、センス好いじゃないですか。頂きま~す。好く炊けてる。小豆の香りがプーンとして来ますよ。こんな事まで、するんですね。」
「あいあい、俺ぁ、妖怪様の倅で、天才だぜね。イヒヒ。」

 雌ジョービタキの絵が、続くファイルである。モデルのバルディナを見せて遣りたいのだが、生憎、この二日は餌だけ食べに遣って来るだけの態であるから、儘為らぬのが、此の世の倣いでもある。

   廊下で、煙草を吸って居ると、犬走りの独鈷(とっこ)にバルディナが止まっている。

「ほらほら、あれですがね。」
「どれどれ、あっ分かった。ウグイス見たいな感じですね。」

 今日は、低気圧の雨予報でもある。自然界の鳥は、逸早く気付いて居る筈であるから、家で過ごす心算かも知れぬ。

「多分、入って来る筈だから、待ってましょや。」

          ミルワームを摘まんで、餌入れに落として、廊下に置く。

 案の定、専用出入り口から入って来た。へへ、入ったが百年目である。出入り口を閉じる。そして、餌入れを、廊下のシクラメンの横に置き換える。私の八畳の廊下の高枝鋏のグリップに止まっているバルディナは、餌入れを見て居る。

「あっ、来たわ。ああ、止まって、こっちを見て居る。へぇ~、冬の渡り鳥が、こんなに人に馴れるなんて、信じられない。」

「凄いずらい~。俺ぁ、人間の女には空っきし相手にして貰えないんだけどさ、人間以外の雌にぁモテモテなんだわね。まぁ、あれだ、野生から比べると、人間の女族なんて物は、碌でも無い奴ばっかりでさ。
 パク・クネおばさん、金慶珠見たいなのが、火病人種を性懲りも無く大闊歩させて居るんだから、如何し様も無かんべや。
 すっ裸にひん剥いて、後ろ縄打って、四つん這いにさせて、赤、紫の100匁蝋燭(もんめろうそく)をタラタラ垂らして、生意気口を懲らしめて遣りてぇもんさね。」

「げぇ~、嫌だ~。それって、サド趣味ですよ。そんな変態見たいな事しちゃ、駄目ですよ。蹴っ飛ばして、口をアロンアルファで閉じる位で、勘弁して遣って下さいよ。アハハ。」

 バルディナは、初対面で緊張して居るのか、餌を食べずに様子見に、廊下を行ったり来たりしている。それでも、何度かの様子見で安心したらしく、餌入れに止まってミルワームを啄み始めた。

「へぇ~、上手な物だ。頭を咥えて、クルッと返して、一口で呑み込んじゃう。野鳥が、こんな住宅街の中で、こんなに物怖じしないで、お泊まりをして、餌を強請るなんて、凄い事ですよ。感動物ですよ。こんな事って、在るんですね。Rさんを尊敬しちゃいますよ。大したもんだわ。全然、怖がってないんだから・・・。」

「心清くすれば、衆生には通い合う以心伝心の様ですがね。上から目線だけで、自然界と付き合っちゃ駄目だんね。ギャハハ~!!」

「おばあちゃんも、退屈し無くて、好いでしょう。」
「そうそう、この部屋にも、良く遊びに来てくれてね。可愛い綺麗な小鳥さんだからね。この子は小さい時から、動物好きでね。何か、お互いに牽かれ合う物が在るのかもしれないしね。長生きすると、好い物に会える。」

 好評だった沢庵漬け二本をお持ち帰り頂いて、雨が降って来ない内に、鬼ユリスペースの半堆肥状の落ち葉を熊手で掻き集めて、禽舎跡のスペースに埋める。玄関回りの落ち葉、野苺と化した苺スペースの落ち葉も掻き集める。

 これで、本日の労働として、終了しても良かろう。歳を考えて、ボチボチ整理が長続きのコツでも在る。空は、灰色が増して来た。本日は、バルディナも滞在して行くのだろう。

   北帰行前に、ケアマネさんも噂のバルディナと会えて、万々歳の様子であった。へへへ。

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