旅行編、ショート編。旅行編は、エロチィック・エッセイ。ショート編は、日常些事のショート・エッセイ。創作編は、短編小説。マイ・ギャラリーは、各編の自作挿絵の収録。

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心何処ーショート 吾、言うに及ばず
                 吾、言うに及ばず(8/3)
 パソコンを整理していると、「お~い」の声である。女房殿の陣中見舞いである。スイカと米、昼の五目寿司を重箱に、娘と顔を出してくれた。父の仏壇には、庭の大輪の白ユリ<カサブランカ>が、強い香りと共に、三花の花弁を全開にさせて上げられている。交互に正座して、線香を上げる母娘の姿は、小さい頃より変わらない。週末を利用して来た娘は、睡眠不足との事である。女3人に対して男1人である。私は、大奥の茶坊主に倣って、<仰せに従って>お茶の給仕役である。陣中見舞いのお返し物は、熟梅の完成したばかりの、梅干である。言うなれば、公方様お手製の自然栽培・無添加・謹製の極上の逸品である。

 他人の目からは、奇妙奇天烈なる家族模様に見えるだろうが、家族から変人呼ばわりされる私としては、ある意味、理想的な成長振りに見えるのである。<根っ子の気持ち>さえ、通じていれば操縦する糸などは、不要であろう。親子兄弟・夫婦と云えども、行動の仕方、感じ方、受け止め方は、異なって当然の事である。踏み込み過ぎて、苛立ち合うよりも、絶妙な距離感を持って、<詮無き事には、敢えて立ち入らぬ>のが、スマートと言うべきものである。

 距離感の維持には、当然なる<1人観>が絶対の要素・要件である。それが其々の共通の距離感であったなら、人はスマートに優しく為れるに違いない。

 ナースの娘は、私の上半身裸の体形を見て、職業的感想をサラリと言ってのける。女房は、母から受け継いだ五目寿司を、自分流にスマートにアレンジして、自分の十八番としている。先日の倅のブラリ訪問エールも、父親として有難く頂戴した次第である。

    物臭男としては、更々、私の出る幕は無いのである。

      親は有っても、無くとも、子は育つものである。
          <吾、何も言う事無し。>である。
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子育て記 困った二人
                 困った二人 
 プレゼント1
 父親が我が子に最初にプレゼントするものが、名前である。そう思って、上の男子には毛沢東の言葉、『造反有理』から『有理』の文字を拝借して名付けた。高校・大学時代、左翼思想がある面、流行だった団塊世代の一員であったと云っても、私の本態には、右翼寄りの思想が強い。その傾向から、この四文字を私流解釈をして、<造反するには、それなりの理由が有る。>からして、ひとかどの人間として立とうとするならば、上辺の造反の形だけに目を捉われずに、その動機に目を向けるべきである。人間の動機は、一朝一夕に形成されて、行動に出る訳では無い。事の善悪に対する選球眼を、<理>に依って蓄えると同時に感性を磨いて、変化の芽に敏感に対処する能力を鍛え上げて行けば、人間関係の軋轢(あつれき)・造反の痛ましい物理的衝突は、回避出来るケースが大きく成ろう。声無き声の痛みを知って、私心の無い行動が採れる好漢(おとこ)の1人と成って欲しい。能力を持った、或いは持たされた人間が、体制に安易に阿(おもね)る事無く、声無き声の側に立って人生を歩む事は、世間の一般常識から観れば、自分に損な生き方を強いるケースが、大きく成るだろうが、利己では無く<理の有る>行動指針を我慢出来る所まで、我慢して歩んで欲しい。
<所詮この世は、有限の限られた人生である。> 有限成ればこその、押し通すことが出来る我慢もあると云うものである。葛藤して、利己を理に替える生き方も、好漢の美学の一つである。努力して、挫折するのも良かろう。その時に、親子の話をしよう。

 そんな気負った動機から、私が息子に最初にプレゼントしたのが、この人生のエールであった。
 私の中では、命名のスタートは上々の筈であったのだが・・・・ 意に為ら無いのが、人の世の奥深い処であろうか・・・
 
                     無垢の大発見
 或る朝、息子が目を輝かせて、然(さ)も得心した表情で、私に言ったものである。
「おとうさん、ボク、おとなが、なぜオネショしないか、わかったよ。」
「ほう、そうか。」
「だって、おとうさんは、ねるとき、これをチンコに、かぶせて、ねるんだもの。ずるいよ。」
あどけない倅は、握った掌を開けて、草臥れ果てたピンクの極薄、大人の夜尿防止物を見せてくれた。年端の行かぬ倅の<大発見>に、私は、ニヤニヤしながら・・・
「素晴らしい、お前、事に依ると俺より、頭良いかも知れんな。付けて見たか?」
「うん、大きかった。」
「実験したジュニアはデカかったか・・・ お前のは、まだ爪楊枝だから、ガバガバで、隙間だらけで、小便袋には成らなかったか・・・ 隙間を塞ぐにも、縛り方も分からんから、根元を縛る訳には行かんだろうしな・・・それに残念な事に、小児用は売ってないぞ。だから諦めて、無闇に小便はするなよ。俺も、チャンとズボンから出して、遣っているんだけど、その内、生温かい感じがして来て、<あ~、しまった>何て事は、良くあった。夢か現実か? その区別が着く様になれば、一人前だわさ。寝ション便位で、くよくよするな。誰もが、通る道だ。気にするな。俺なんか、4,5年生までした事があるぞ。俺と比べたら、ズーと良い。」
難しい事は、理解出来ない幼児の倅の頭脳である。彼は、母親からの躾の最中である。母親と云う生き物は、大半が自分の子供時代をすっかり忘れて、感情的に叱るのが関の山である。未知で一杯の小さな心には、感情的叱りは、子供の心を萎縮させるだけである。最大の関心事である寝小便回避に向けて、倅としては、ギリギリの努力と思考力、実験で導き出した<大人の秘密への大発見>にして、天晴れな推理だったのである。彼がその報告を、生真面目な女房にせずに、私に報告したのは、中々の眼力を備えつつあったのかも知れない。倅の人知れずの探究心の行動を想像すると、未知への足取りと彼の想像力は、傑作にして微笑ましい限りであった。

                  自宅の庭での一幕、
「ねぇおとうさん、アリゴだって、いっしょうけんめい、いきているんだよね。だから、いじめちゃいけないんだよね。」
(倅は何時も祖母の背中である。多分祖母の口移しであろう・・・・)
(私は、ニヤニヤしながら)
「お前は、素晴らしいねぇ、ヤッパリ俺の子種の為せる業か? それとも、生きとし生けるもの、衆生に慈悲を以ってのお釈迦様の生まれ変わりか。やっぱり男は、侠気を持って、弱きを助け強気を挫(くじ)くの清水の次郎長に、為らなきぁ駄目だ。」
倅は父親にすっかり褒(ほ)められて、一時、馬鹿の一つ文句である。
「ねぇ、おとうさん、アリゴだって、いっしょうけんめい、いきているんだよね。」
コツン
「バカタレ、好い文句も、ワンパターンだと<馬鹿の一つ文句>って言うんだ。受けようとして、言葉を使ったら、折角の言葉も死んじぁうぞ。痛いか、<叱られて賢く成るんだよ。我慢して強く成るんだよ。>昔の人は、好い事を言ったもんだわさ。ハハハ。」

  <我が家の台所に掛かっている日捲りカレンダーの一節である。>
         何を隠そう・・・ 私も馬鹿の一つ覚えである。


                 血筋は繰り返す
 私は小さい時から、無類の動物・生き物好きである。私は小鳥類が好きで、雲雀(ひばり)・百舌(もず)・セキレイ・カワラヒワなどの巣を見付けて、雛を取って来て、母親に<如何してお前は、こんな惨(むご)い事をするのか!! 親鳥が、子供を探して鳴いているんだよ。親子の情愛に生き物の区別は無いんだよ。> その度に長々と、正座をさせられて、お説教を喰らったものである。血は争えないものらしい。倅は昆虫・爬虫類が好みであったらしく、幼稚園に通い始めた倅の後日譚である。私の母親が風呂を沸かそうと、湯船のカバーを開けた途端、浴槽は青蛙の山だったと言う。斯く言う私にも苦い経験があった。私は魚取りが大好きであったから、取って来た川魚を、せっせとタイルの浴槽に入れて飼っていたものである。週に1度の風呂焚き時には、魚をタライに移し変えて置くのであるが・・・ 相手は水中を自由自在に泳ぎ回る小魚達である。中には私の目を掻い潜って、浴槽と釜を繋ぐパイプから、炊き釜に隠れてしまうものも出て来るのである。男兄弟の縦の序列は、厳格の一語に尽きたから、兄達が入浴中にすっかり茹で上がった小魚達が、パイプの循環口からプカリプカリと姿を現そうものなら、<コラ!! R、遣りやがったな、汚ねぇ~、ちょっと来い!! > よく力任せにぶん殴られたものである。
何しろ馬鹿は、懲りないものと、相場は決まっている様である。


                     確信犯
 子供達は、好く私の釣りのお供をさせられてものである。ある時、小学校の高学年に達した倅が、藪から棒に、私に言った。
「お父さん、街場の所には、こんな大きな鯉が、一杯泳いでいるよ。釣っちゃいけないんだろうね。でも、あれを釣ったら、さぞかし手応えがあって、凄いだろうね。」
「お前は釣りたいのか?」
「うん、釣りたい。良いの?」
「馬鹿こけ、悪いに決まってるだろ。どうしても遣って見たいなら、遣って見ろ。但し、捕まっても、俺の名前は出すな。悪いと知ってやるんだから、責任は全部、お前が取れ。刑法の専門用語では、<確信犯>と云うジャンルだ。刑務所に入れて教育しても直らない性質の悪い思想犯の一種だ。思想犯であるからには、お前も男だ。金玉に恥じぬ様に、覚悟して掛かれ。」
「お父さんも、一緒に行こうよ。」
「戯(たわ)け、俺はお前と違って、出来の良い法学部の出身だ。悪事に加担は出来ないだろ。」
「うん、分かった。お母さんには、内緒だよ。」
「あぁ、分かった。遣るからには、見付かるより、見付からない方が良い。目覚ましを掛けずに、朝早く行け。」
 「うん、ありがとう。」

 翌朝、傍らの倅の頭をこずいて起こす。彼は足を忍ばせて、自転車で出掛けて行った。雨が降って来た。バイクで様子を見に行くと、街場の端の橋の下で倅は、不安気に釣り糸を垂らしている。街場のど真ん中で、堂々と遣られては、<出来心の許容範囲外>である。父親として、倅に軌道修正の必要が出て来てしまう。ホーンを鳴らしてやると、無言で、ニヤリと笑って手を振っている。困った倅である。

                    夏の思い出
 盆休は、キャンプ道具を一式買って、倅と娘を連れて、女鳥羽川の源流に2~3泊でキャンプをしに行っていた。5~6年続いた夏の恒例行事であった。女房はアウト・ドアが苦手であったから、不参加であった。それでも日中は食料を携えて、チョコチョコ顔を出していた。昼の乾麺の冷やしうどんは、定番の人気メニューの一つであった。ある時、倅とは3ツ違いの娘が炊事当番の時に、煮えたぎった飯盒のうどんを地面に、ひっくり返してしまった事があった。
「明香(さやか)何やってんだ。捨てるんじゃない。大事な食料だ。きれいに洗って来い。」
「お兄ちゃん汚いよ。家じぁ捨てるよ。汚いよ。」
「バカタレ!! 家じぁないんだ。ここはキャンプだ。人間は食べないと死ぬんだぞ。」
私は、木陰の涼しい場所に陣取って、兄妹の遣り取りを煙草を吹かしながら、観察を決め込んでいる。娘は、小学校前のコマシャクレ盛りである。
「はい、お父さん」「お兄ちゃん」「そして、ハヤカ」
「明香、お前の盛り付けは、いやに少ないじぁないか?」
「だって、うどん白くないもん。お父さん、おいしい?」
「うん、何時もと変らんよ。明香、眼を瞑って食べてみな。」
「うん、本当だ。お父さん、やっぱ頭が良いね。」
「馬鹿こけ、お前が、頭が悪いんだ。マジックと同じで、自分の目に騙されているだけさ。」

 翌日は、源流探検である。格好の小滝の溜りに倒木が斜めに掛かって、手頃な橋に成っている。子供達の性格を観察するには、格好のお膳立てである。私が、見本として渡る。倅も緊張した面持ちで、渡り終える。最後に娘が倒木の中間辺りで進退窮まって、しがみ付いたまま、見る見るうちに泣き出しそうに顔をクシャクシャにしたかと思うや、助けを求めて大声で泣き始めてしまった。
「明香、泣くんじぁない。頑張れば出来る。」兄は引き返して、泣きじゃくる妹のほっぺたを、<一発叱咤激励の態>である。私が、倅に良くした方法である。高さは1m程で、幸い底は浅い。
「有理、落とせ。」父親の驚愕の言葉に、泣くのも忘れて必死にしがみ付く娘・・・ 兄は、父親の意図が分かったらしく、倒木の橋からザブンと飛び降りて見せる。
「ほら、浅いんだよ。気持ちいいぞ。落ちるのなんか、恐くないぞ。サァ、来い。」
此処で、娘がザブンと飛び降りれば、『家族劇』としては、上出来の落ちであるが、娘は私に似て天邪鬼である。天邪鬼には、天邪鬼の気の済む逃げ道を、プレゼントして遣らずば成るまい。私の差し出した手を<救いの手>と反射した娘が、浅薄であった。その儘、ひっくり返る様に、騙され水に落とされて、3人で水遊びである。私はその最中、二の腕を幼い娘にシコタマ噛み付かれてしまった。娘にしてみれば、これで『おあいこ・ご破算』の意趣返しの心算なのであろう。

 何かの話で聞いた事であるが、
    <個性の違った子供に育てるのが、親の技量>との見方もあるらしい。
                 
                  プレゼント2
 女房が第二子を宿した時も、私は男と思って、それを一切疑っていなかった。理由は、簡単・単純に、我が家の血筋は、男系と信じ切っていたからである。女房もすっかり私に洗脳されていた節があるから、出産準備の段階で、<凌駕(りょうが)>の刺繍をせっせとしていたものである。予想がすっかり外れて、病院の女房からは、<早く女の子の名前を考えて!!>の催促である。女気の一切無い環境で育った無骨一点張りの男の頭には、女児出産の報を聞いたとて、打ち出の小槌では有るまいし・・・ そう簡単には、出て来ない代物である。女の名前を彼是考えると、実存の女性達が動いてしまう。女児と雖も、自分の娘である。鼻の下を伸ばして、蘇った彼女達から名前を拝借するのは、女房、娘に対して<失礼の極み>と云うものである。
かと、云って<どうすりぁ~、好いのよ~。行きつ戻りつの思案橋>状態である。仕事中、ふと浮かんだのが、中学の音楽の教科書にあったシューベルトの旅人の一節、<月影さやか>の響きであった。音楽の成績は希少価値の1であったから、シューベルト、旅人の一節が出典であるかは、実に心もとない処である。私としては、出典元が正解・不正解であろうと、大した問題では無かった。さやかの語感が好きで、私の中では、使用頻度の高い言葉の一つであったから、思わず<これだ!!>と膝を叩いた閃(ひらめ)きの瞬間なのであった。

 国語辞典に依ると、さやかは、<明か、清か、雅>と云った漢字を用いると、明るくて、はっきりしている様子の意味であり、<亮か>を用いると声・音が澄んではっきり聞こえる様子を指すとの事であるが、明らかに大和言葉の趣の強い言葉である。<さやか>を平仮名とするか、漢字とするか迷った揚句、名前は一生ものであるから、平仮名を止めて漢字とする事に決めて、<明か>を選び<か>に<香>の字を充て、<明香(さやか)>に漸く辿り着いた得心の命名であったのである。

 父親・命名者としての私は、<有理・明香>の命名に際して、男女差・一子、二子の差を付ける事無く、命名し終えた事に満足の気持ちを持ったのである。子供達の命名のエピソードに関しては、良く話題に上がったから、子供達も良く自分達の名前の由来を、聞き知っていたのである。そんな訳で、甥子達が私と娘の顔を見て、<そっくり>と噴出してしまう位であったから、子供心にも娘には、自分が何時かは<黒いアヒルの子>が、成長して或る日、<白鳥の子>に変身する期待乃至は願望があったのかも知れない。

    娘は、女房の躾に関しては、驚くほどの優等生振りを示していた。


                まだ、はえてこないかなぁ~
 女房と娘は一緒の入浴である。一足先に出る娘は、兄妹の衣服の入った専用の箪笥の引き出しを持たされている。テレビの在る居間の箪笥であるから、私の膝の上には、兄が座っている。云わば、男の世界である。上気したスッポンポンの娘が女達の部屋を通過して、箪笥の前にぺタンと据わり、のっぺりした桃割れの箇所を押し広げて、
<あ~、ハヤカのチンチン、まだはえてこないかなぁ~・・・・ どうしてだろう?>
<さやかは、ばかだね。おんなにチンチンがはえるわけ、ねぇ~だろう。>と、兄の言葉である。

 生物学を学んでいない娘には、<有るべき物が無い、無きべき物が有る!!>のであるから、男女の臍(へそ)下三寸に現われた一点の違いは、『世界七不思議』の一つだったのかも知れないし、母親には、絶対内緒の受けを狙ったワンパターン・パフォーマンスだったのであろう。

           開脚の受けの時間が長過ぎたのであろうか?

        「明香、何をしてるの!! ハシタナイ!! 」 バシバシ

 哀れ!!幼子 突然の平手打ちにキョトンとしている。
 イヤハヤ、何ちゅう女じぁい。女と云う生き物は、現在の自分の視点でしか、物が見えないものと見受けられる。子供の視点、相手の視点で物を見る事が、出来ない生き物らしい。自動車のハンドルの遊びの喩えもある筈なのに、世の中、堅物過ぎる物は、実用に供しないものである。親父の社会的流儀を見せて、子供達に<硬軟の複眼>視点を与えて遣らずば為るまい。

                     不潔な関係
 人間の発想で一番面白い盛りが、幼時期なのであろう。女房の観察する私の頭の中は、<SEX菌>が充満しているとの事である。甚だ失礼の極みであるが、菌に侵されていると成れば、病人の意に為らぬ範疇にあるのであるから、反省しても仕方の無い徒労と云う事に為ろう。従って、本人は、更々気に病む必要の無い事柄であるからして、素地を押し通せば良い事に成る。女房は、頑張り屋の潔癖性の傾向が強い女である。夫婦の下種話では、私達は<水と油>の敵対照である。
<何を生意気な!! 無駄事を言うと、パンツ脱がして、穴(けつ)舐めちゃうぞ。>
<ちょっと、ヤダね。 お父さんとお母さんは、『不潔な関係』じゃん!!>
さては、不覚にも夫婦の褥を、娘に覗かれたか!! 狼狽する私達の眼に、娘は
<だって、オケツのアナは、ウンコするトコロじゃん。不潔にきまってるじゃん!!>

 二の句が継げない、ぐうの音も出ないとは、こんな時の形容である。そう云えば、大阪万博の太陽の塔で御馴染みの、岡本太郎画伯のテレビ・コマーシャルに<芸術は爆発だぁ!!>があった。爆発的芸術の感性は、幼時程、鋭いとのお説であった。・・・・黄色い脳細胞には、付いて行けない。意を好くした就学前の小娘が、追い討ちを掛けて・・・・

<シミズのおばぁちゃんが、言ってたよ。お母さんは、からだがよわいから、あまり、『オイタ』をしちゃ、いけませんって!! よ~く、お父さんに、いっておきなさいって!!>
<お前達、親・子・孫3代で、何て事を、くっちゃべっているんじぁい。穴が有ったら、入りたい。用意しとけ。バカタレ、今宵は夜を徹して、手篭めにしてくれるわ。クゥワッハハ>
<お母さん、テゴメってナァ~ニ??>
<水戸黄門の見過ぎよ。男はおバカさんなんだから、聞かなくても好いのよ。偉そうな事言っても、コンニチワ、オジサンよ。>
<あぁ、わかった。さいごに、きられちゃうワルイ人だね。>


                   水は、低きに流れる
 夜中、異様な音に目が覚める。その内、生温かい液体に臀部を覆われ、吃驚(びっくり)して明かりを点ける。掛け布団を剥がされても、小娘はびくりともしない。娘のパジャマに手を伸ばして、愕然とする。私は、敷布団の下にマットを敷いて寝ているので、小娘の放尿は、全て体重の重い私の臀部に流れ集まったらしい。親父に放尿の全てを預けて、小娘は、甲賀くノ一忍法<必死の仮死>の術を使って、こそりとも動かない。女房に蒲団を替えて貰い、小娘を抱いて、朝を迎える。見上げた根性である。こんな時、怒るに怒れないのが、父親である。

            
            お母さん、僕達にも、もっと気を使ってよ。
 或る時、倅と娘が真顔で、女房に言った。
<お母さん、僕達にも、もっと気を使ってよ。>
<うん、そうだよ。お兄ちゃんのいうとおりだよ。お母さんは、お父さん、お父さんばっかりじゃん。> 

 幼き兄妹の連携抗議である。奇妙な雲行きに成りそうな気配に、私は、???? である。
<何言ってるの、お前達。お母さんは、お前達よりも、お父さんが大事なの。生まれ変わっても、お父さんと一緒に成るわよ。>
<ヘヘヘ、ざま見やがれ、我鬼ども。愛し合う2人の勝利じゃい。参ったか。>  

 私の目からすると、呆気無いほどの幕切れであった。子供達は、彼等なりに『共闘』して立ち上がったのであろうが、『母親は、幼子の前に、1分の隙無く強かった。』のである。娘は、余程ショックだったのか・・・ 一時、口癖の様に、<ハヤカは、どうせ、はしのしたから、ひろってきたんだから、いいよ。かまわないで!!>の強行言動を取って見せた。娘は余程、私が憎かったらしく<お母さん、どうしてお父さんとなんかとケッコンしたの。ハヤカは女の子なのに、しらない人は、坊や、お父さんにそっくりで、ハンサムっていうんだよ。どうして、お母さんそっくりに生んでくれなかったの。うらんでやる。>中々にして強烈な事を、本人の父親の前で、しっかり言う娘である。少々軌道修正をして遣らずば為るまい・・・困ったものである。

                 軌道修正の機会は、程無く訪れた。
<ああ、そうだよ。お前は、浅間橋の下から拾って来た。成長した男と女がセックスをすれば、卵子と精子が結合して子供が出来る。俺は好い加減だから、子供を作ろうと思って、裃(かみしも)に袴(はかま)を着込んで、お母さんの観音様をご開帳して、神妙に儀式に及んだ訳じゃない。お前も有理も、真実快楽の一滴だ。好きな女に子供が出来た以上、父親の責任だ。お前が生んでくれと頼まなかったと理屈を捏ねても、俺にしても、作ろうとして作った訳じゃない。子と親が勝手な事を言い始めたら、弱い赤ん坊は、皆、橋の下に捨てられてしまうぞ。どうする、生まれ故郷の『浅間橋の下』に帰るか?> 娘は真っ赤な顔をして、下を向いて黙っていた。
立派な娘である。橋の下の口癖は、ぴたりと止んだ。

                    
                    親離れ
 息子は中学生である。彼から、夏休みの提案があった。中学生に成って、クラスの分かれた仲間達での単独キャンプをしたいとの事である。厳しい校則を列挙した生徒手帳なる物を持たされた中学生が、単独でキャンプなど許され様筈は無い。硬く読めば、校則は拘束規定の義務遵守事項の列記である。クラスが変ると、友人関係にも変化が生じて来る。私も新クラスの人間関係に馴染むのには、少々時間が掛かったし、長い休みには日時を示し合わせて、旧友と遊び回った記憶がある。物の不自由な私の学童時代と異なって、豊富にして両親共稼ぎ時代の学童達である。『トム・ソーヤ』の心情・行動は古今東西・時代を超えて、少年達の通る道すがらである。大いに結構な事である。
 彼の計画を聞かされる。数人の小学校時代の仲間と自転車にキャンプ道具一式を積み込んで、女鳥羽川源流を目指すと言う。我が家の方針は、前出の『確信犯』で披露した通りであるから、許可権は父親の私に委ねられている。私のOKが出ると、面倒見の良い女房は、彼等の最有力の協力者と成ってくれた。
 勤めを終えて帰宅した私は、女房と娘を乗せて、『トム・ソーヤ村』を見に行く。不測の増水に備えて、高台へのキャンプ設営を指示して置いた。背丈がすっかり伸びて165cmの女房を超す体格の持ち主と成った息子達確信犯の面々は、夕食の最中であった。我が身に覚えのある雰囲気に、私は何か妙に<こそばゆい>感傷に陥ってしまった。長居は、禁物にして彼等に失礼に当る。唯一の約束事、朝夕の各家庭への電話連絡を、確信犯の面々に再確認して家に戻る。

               
                直江津各駅停車の父娘旅
 そんな訳で、その年の私と娘の夏休みは、思い付きの各駅停車の旅と成った次第である。家庭での私生活は、全てに於いて、女房に<おんぶにだっこ>の物臭振りを発揮させて頂いていたから、女権の一段と強まった昨今の時代から見れば、私は、全くの<駄目親父>であった。
 その当時、テレビでは<初めてのお使い>なる番組が高視聴率を博して、シリーズ化されていた時代でもあった。娘の指南役は、独身時代、列車の旅を趣味としていた女房である。列車の時刻表を読み取るのは、お手の物である。計画・指導は、微に到っていた。私は性格上、大雑把に出来ているから、未知の事に関しては、知らなければ調べるものの、調べが完了すれば、過程での順不同には無頓着のタイプである。方角さえ決まれば、出た処勝負の連鎖に成ってしまうのが、落ちである。場数・経験を積み始めようとしている我が小娘は、その分几帳面に徹しざるを得ない処であるのは、見ての通りであろう。何分、女房を信望する余り、その口車に洗脳されている彼女には、余程私の能力は、甚だ弱くして低い様に映っているらしい。女房と娘の予習は、笑いの中で続けられている。彼女達の各駅停車の旅のテーマは、母親に代わっての<駄目親父引率>らしい。愛娘に対する動機付けとしては、正に敬服に値する取り計らいである。
 
     リュック・サックを背負って、財布を握った娘に引率されて、
                            各駅停車の旅が始まった。

<さぁ、お父さん、〇時だよ。お母さんの作ってくれた朝ごはんの時間だよ。>
女房から預かった腕時計を見て、リュックを広げてくれるのであるから、実に頼もしい限りである。ゆったりした各駅停車の車両の揺れに、ウトウトする私の耳元で、娘が駅名を読んで聞かせてくれる。出来の悪い父親には、出来の良い娘を、天は授けてくれるのであろうか? この儘、すくすくと伸びてくれれば、早晩、私を追い越してくれるのも、時間の問題なのかも知れぬ。有り難い事である。直江津で下りて、歩く。日本海を抱いた港町は、湿度の所為か? ユラユラする程に暑い。見物を放棄して、海鮮食堂に入って<特上刺身定食>を食する。

 帰りの車上、特大任務を終えて小娘は、鼻の頭に汗を浮かべて、寝息を立てている。

          
                   性に目覚める頃
 部屋で本を読んでいると、口の産毛が長く成った息子が、神妙な顔付きで私の前で正座する。
「お父さん、教えて貰いたい事がある。オナニーって、何?」
真剣な眼差しの少年の瞳には、行儀が悪いが、私は立派な駄目親父であるから、思わず口に咥えた煙草もろ共、吹き出してしまった。
「バカタレ!! お前は真顔で正座して、何んちゅう事を言い出だすんじゃい。」
吹き飛んだ煙草を私に差し出す息子に、受け取って、一服吸ってから、
「辞書を引いて見たか?」
「難しくて分からない・・・」

 と息子は応じたが、どの分野に属する言葉かは、想像している様子である。

「そうか、オナニーとはドイツ語、英語ではマスターベーション、日本語では自慰と称して、自らを慰めると書く。その省略せられている目的語は、やり場・捌け口の無い性衝動を、己が手に依って<陰茎(ペニス・チンボ)>を扱いて、性的興奮の内にザーメン(精液)を放出させる行為の事を言うんだ。ボキャブラリーの乏しいお前には、用語の注釈が必要だから、好く覚えて置けよ。辞書には下世話な表現は使えないから、お前の大人に成った一物は、男性生殖器とか、陰茎と表記するしかない。ザーメンつまり男の精液は、精子・・・ 俗に言う処のオタマジャクシを、大量に含んだ白い粘着性のある数CCの栗の花の臭いを呈する、ペニスから発射される液体の事だ。性衝動・性行為を秘事・隠し事と位置付けた宗教観の下では、性を淫として淫らな行為と見做してタブー化して来た長い歴史があった。そんな時代背景の下では、オナニーの事を、<手淫>と表記もしたし、手で陰茎を扱く様子から、俗語としては<千摺り(せんずり)>つまり女体、好きな女を想像して自分の一物を1000回も擦っていれば、射精してしまう実態から、そう呼ばれる様になったのだろう。因みにお前が、大人のション便袋と推理したものは、ザーメン袋の体裁を取った避妊具だったと言う訳だ。参ったか!! お前も何時の日か、息子を持つ父親に成ったなら、この位の性知識を披瀝出来ん様じぁ、オットセイ・トドのハーレムの主として、メス共の上に君臨は出来んぞ。」
息子は、自分の想像が外れていなかったのであろう・・・ホッとした様な赤い顔付きで聞き終えると、暫し、逡巡(しゅんじゅん)した挙句に、ぼそりと、
「うん、やっぱり、有難うと言うべきかなぁ、もう一つ良いかなぁ?」
「何だ、言って見ろよ。纏めて質問に応えるぞ。」
「お父さんは、何時からオナニーしていた?」
「ザーメンには、苦い経験があってなぁ・・・ 親父は小学校に上がる前の年に亡くなって、男兄弟5人の4番目だった。俺達の時代は、遊びは男と女は別だったし、男が女に興味を持つのは感心されなかった時代だ。それに陸上競技に少々才能があって、運動場で毎日ヘトヘトに成るまで、学校の名誉の為に扱かれていたんだ。人間の体の仕組みは、精巧に出来ているから年頃に成ると、陰部には陰毛、顔には髭が生えて来るし、精嚢で作られた精子は、陰嚢(キンタマ)に蓄えられて、放出に備えられるって寸法に為ってるんだ。過剰備蓄は、新陳代謝機能上、芳しくないから、オナニー、夢精に依って体外に放出されて、新たな生産活動が始まる。女の月経の周期の様なものだわさ。俺は、不幸な事に、運動で扱かれ過ぎた。射精の快感を覚える前に、全くの無意識の内に、過剰備蓄を夢精で、放出と再生産のサイクルを廻していたんだよ。夢精によるパンツの汚れを見て、俺は青く成っていたもんだよ。
<扱かれ過ぎて、俺の身体から、水分が無くなってしまったんだ。ション便の源(もと)が出て来てしまった。嗚呼、どえらい病気に罹ってしまった。死ぬのか? どうしょう!!>

 当時は、洗濯機なんか無かった時代だ。お袋が、手で一枚一枚洗っていたんだ。母親は一家のドクター何て言い方もあるからして、息子の下着に続く異変に、お袋も気が付いた。でも、お袋は女である。女の生理なら秘密にアドバイスしてくれる筈が、事は男の生理に関する事である。汚れの場所が場所であるから、親父が生きていれば、相談も出来様が・・・・ 病気なら、一大事である。思い余ったお袋は、俺の居る前で、兄達にその疑問を話してしまった。・・・・兄貴曰く、『バカタレ、千摺りは、ちゃんと出してから遣るもんだ。』ゴツンとゲンコツが落ちた。 『???』 分かるだろう、淡き思春期の恥ずかしさが・・・ 」
「お父さん、分かるよ、分かる分かる。」不肖の息子は、必死に堪えている。
「バカヤロウ、テメェ、笑ってるじゃないか!! <ゴツン> 授業料だ。」
 

               この道は、何時か通った道。
 朝、小学生の娘が愚図いている。女房のキツイ物言いが、聞こえる。娘は、本当に学校には行きたくないらしい。手荒く戸外に追い出されて、娘は顔をクチャクチャにしている。頭痛に腹痛が、1度に来ているとの事である。私の小学一年生の時が、正しくそうであった。S大の教育学部を卒業して、初めてクラスを担任した若い教師は、<厳しい>一点張りの男であった。私は字が汚いと言われ、何度も書き直しを命じられて、すっかり教師恐怖症に陥ってしまっていた。私の素地の神経は、繊細そのものであったから、登校時刻に成ると決まって、神経性の腹痛に見舞われていたものである。母親は<可哀想>と甘やかしては、母子家庭のハンディキャップに負けていては、将来ロクな男に成らぬと思って、愚図る私の手を引いて、学校に連れていってくれたものである。私のクラスには、私同様の登校拒否児が、少なくとも数人は居たのである。入学間も無い幼児には、嫌な教師は鬼の様な存在にして、絶対の存在でもあった。私の1年時の欠席日数は、軽く30日を超えていた始末である。<私は、立派な登校拒否児童の1人であったのである。>1年生の2学期の後半から、漸く学校に慣れたと云うテイタラク振りであった。私はそんな教師に依って、義務教育の洗礼を受けた苦い経験を持つ1人である。デリカシーを欠いた教条主義者の余りの厳しさに、父兄からの苦情は多かったらしいが、1、2年生の学童の私には、その具体的苦情内容の記憶は無い。学校に慣れた2年生の夏休みの宿題を溜め込んだ私は、開き直って、髪の毛を引っ張られる前に、坊ちゃん刈りの頭髪を<坊主頭>にして、2学期の始業式を迎えたものである。宿題はして行かなかったが、私の成績は音楽を除いては、教師の文句の付けれない点数を修めていたし、腕力もめっぽう強かった。教師に対する反発心は、グループが出来る程までに成長していたのである。

 後年、私が高校・大学と進んで、S大教育学部の学力を客観視出来るに至った時の感想は、憎き若輩教師の<学業の出来の悪さ>あった。
<あの野郎、S大の教育学部を出た位で、偉そうに!! フザケンジャネェヤ、俺の通う高校じゃ、落ち零れの赤点組じゃないか。あんな低脳野郎に、罰点貰う筋合いは、無いってもんだ。尤もバカは、自分のバカさ加減が分からんらしい。てめぇの出来の悪さを棚に上げやがって、無垢の幼子に学校恐怖症を植え付けやがって、今思うと、太ぇ野郎だ。ありゃ、一種の性格異常者・サディスト野郎だったって訳だ。お袋が居なかったら、俺は登校拒否児の裏街道を歩いていたかも知れん。お袋様様だよ。直情型人間が、幸い刑務所にも入らず、今日あるのは、お袋の慈愛の賜物だわサ。でもなぁ、俺が、荒ぶれ狂う時期に、あの野郎が、中学・高校の担任だったら、殴り倒してやった物を、反対にあの野郎が、学校恐怖症に成れる処だったのに、幸運な野郎だ。>

 私は、そんな1年時を過ごさざるを得なかった体験から、子供達の表情・態度には、細心の注意を払っていたのである。幼児の胸は、悲しい迄に狭く、脆(あやう)いものである。母親への恩返しである。

       娘が泣き泣き登校し始めた後を、私は後ろから、観察して歩く・・・・

 父親の姿を横目の視野に入れて、歩く赤いランドセルばかりが大きい娘である。私は意識して、無表情に振舞う。立ち止まり、後ろを振り返り、哀願するかの様な幼娘(おさなご)・・・両の目を涙で一杯にして、多分、<お父さん>と言って抱き付きたい衝動を堪えているであろう胸の内・・・ あの時の私が居る・・・ あの時のお袋が居る・・・

<幼娘よ、頑張れ。俺も通った道だ。お前は、弱虫じゃないぞ。学校は、未だ先だ。今の内に、泣いとけ。学校に着いたら、涙は見せるな。泣き虫は、格好悪いぞ。バカに付け込まれるぞ。>
嘗ての私が、目の前に居るのである。挫けそうになる幼娘に、私は石を拾い、娘の横に石をビューと投げ付ける。私は、母親では無いのである。父親なのである。登校距離の半ばを過ぎた。
<頑張れ、頑張れ。> 後1/3、歩調もしっかりして来た。娘の頭をポンと叩いて、
「明香、大丈夫だ。お前は、俺より強い。お前は行ける。会社に遅れるから、帰るぞ。」

    口を真一文字に結んで、頭で2度3度、頷く幼娘・・・・
                  私は振り返らずに、踵(きびす)を返す。
 
 娘よ、真っ直ぐ伸びる必要なんか、これっぽっちも無いさ。人間は自分が経験・体験した事でしか、成長は出来ないものだ。世の中は、弱虫の方が圧倒的に多いんだ。弱者・弱虫の心を体験して見て、初めて人は優しく為れる者さ。弱虫、大いに結構。弱虫・泣き虫が努力して、努力の過程で自分の心と対話をして行くんだ。対話を積み重ねて、強虫に成長して行くんだ。弱虫を知らない強虫は、単なる<鈍感>にしか過ぎない。鈍感には、絶対に為るなよ。俺は手助けはしないけど、必ず見守ってやる。現在の原体験をしっかり胸に刻み込んで、お前の<心の引き出し>に収納して置くが良い。今日の体験を決して、胸の奥に封じ込めるなよ。何時でも引き出して、これから何度も訪れる<類体験>での<試薬>に供する事が出来る様に為るまで、何度も何度も使用する事だ。その中でお前は、俺同様の情と感性を磨いて行ってくれ。鋭敏な血を持たされた者には、感性を磨く義務が課せられているのだから・・・ 何時の日にか、お互いの存在が客観視出来る様な年頃に為ったら、人間として一対一の<血と感性>の話を交えたいものだ。逃げるなよ・・・ 仕方が無いだろう・・・俺とお袋は、余りにも似た性向の持ち主だから、表面上の衝突は繰り返すが、同類の血が流れている。お前はどんなに逃げたがろうが、紛れも無く俺の分身だ。俺は父親を離れて、お前に一番興味を持っている。どうなるか、じっくり見守る心算さ。泳げ泳げ、自分らしく・・・

                    子犬
「駄目なものは、駄目。絶対許さないからね!! 早く捨てといで!!」
帰宅早々の揉め事である。茶を貰いながら、話を聞くと、学校の帰り道、娘が目の開かぬ子犬を拾って来たとの事である。外は雨である。息子の四畳半に兄妹は、入った儘出て来ないとの事である。
「ヘヘヘ、2人は、篭城中であるか?」
 
 倅は既に中学生であるから、素直に母親の言う事を聞かない成長振りである。茶の間で女房の言い分をとっくりと聞かされていると、倅が入って来て、

「お父さん、ちょっと見て、意見を聞かせてよ。」母親を無視して言う。
雑然とした倅の部屋に、異臭が立ち込めている。2人の真ん中に、ダンボールの小箱が置かれている。未だ目も覚束ない黒い子犬が1匹、力無く小刻みに震えて、<クゥクゥ> か細い途切れがちな声を上げている。子犬の尻は、下痢で汚れている。異臭は、そこからである。今日は終日の秋雨であったから、雨に打たれて子犬の体温は、風前の灯状態と感じられた。小学生の娘は、下痢の異臭を放つ子犬の肛門を、ティシュで押さえる様にして拭いてやっている。倅は温めたミルクをスポイトで、口に注しているが、子犬は、もう既に飲む力さえも無く、口、鼻から噴出している。
「お父さん、どう思う。」
「ユウ、こりぁ駄目だ。手遅れだ。自分の力で、体温を上げる力も、残っていないよ。」
「お父さん、死んじゃうの・・・何かないの・・・してやれる事は、ないの。」
娘が哀願する様に、私の表情を見たきり、そのまま下を向いてしまった。
「90%は、駄目だろうけど、今出来る事は、体温を上げてやるしか方法は無い。ペット・ボトルにお湯を入れて、湯たんぽを作って、温めてやるしかない。」
「幾つ、あれば好い。」居た堪れない感情を行動に移すかの様に、台所に立つ娘・・・
殆ど動物に興味を見せなかった娘の行動に、私は興味をそそられた。ペット・ボトルを2本新聞紙に包んで、小箱の底に置いて子犬を乗せ、タオルをその上から幾重にも掛ける。額を寄せて子犬の一部始終を見守る兄妹・・・

           夕飯も、そこそこに四畳半に詰める2人である。

「どうなの。」
「うん、時間の問題だろう。湯たんぽで体温が戻って、ミルクを飲む力が出て来れば、望み有りだけど、駄目だろう。」
「拾って来なければ、好いものを、可哀想に子供達・・・」
「仕方ないだろ。動物を飼うと云う事は、死を見つめる事でもあるからな。昆虫類は、見た目には物質的だから、その分、死の実感は乏しいけど、鳥、哺乳類の死は、ショックが、でかいからな。明香は、見て見ぬ振りが出来なかった。何とかしようとして、瀕死の子犬を拾って来たのだろうよ。掛け値無しで、打算が無かったんだ。大人の目からすれば、自分の見ている前で、敢えて生命が途絶える瞬間を見るんだから、その覚悟とショックは大きいだろうよ。あいつは、自分に気付けば、好い光を放つぞ。どうせ経験するんだ。経験は、間接より直接だよ。五感を通して臨場した体験に優る感性の芽生えは、無いだろう。自分の血で感じ自問自答を経て、自前で作り上げて行くしか無い・・・放って置けば、好いさ。あいつが感じ、考える事だ。有理も、いざと成ると、好い兄貴遣ってるじゃないか。まぁ、2人とも及第点だろう。」

                子犬は、朝を待たずに死んだ。

 時の経つのは振り返れば、実に速いものである。これ等の出来事は、私が子供達からプレゼントされた断片の一コマ、一コマである。

   デカンショ、デカンショと、半年暮らす。後の半年、寝て暮らす。ヨイヨイ
        大人大人と威張るな大人。大人、子供の成れの果て。
        子供子供と威張るな子供。子供、大人の一滴(ひとしずく。

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