心何処ーショート 真夜中の散歩
                 真夜中の散歩(7/5/09)
 本日、二度ある事は三度あるで、散歩&ジョギングは中止の運びである。靴を履いて、玄関を出ると、ザァーと降って来た。私にだって、都合と云う物がある。最後の時間帯を見計らっての事であるから、これも仕方の無い事である。長続きしない雨であるから、雨が止んだら、近間の散歩が出来るのかも知れない。

 朝、斜向かいさんが畑から帰って来たので、パソコンで打った<ロートル遊び詩>と炭絵をお返しする。色白・吟さんは、すっかり相層を崩して本当に喜んで下さった。

「やぁ、俺の訳の分からない雑書きを、こんなに巧く校正してくれて、感謝感謝。生憎、俺の頭じぁ、脳比重が軽過ぎる。徹夜しても、こんな言葉は、出て来ないもの。俺ぁ、好い先生とお近付きに為れたってもんさね。昨夜は、部屋は早く明かりが消えていたのに、仕事が早いねぇ〜。びっくらこいちゃうね。」
「Sちゃ、これに色を付けたら、見栄えのする絵に為るんね。PC遣ってる婿さんか、孫に毛筆体で、詩をデッカク印刷して絵の下に飾って見ましょ。それで、お仲間が来たら、<おい、如何だ? 感想を言って見ろ。>なんて、斜に構えて一発張ったりをかまして見ましょ。そん時は、笑っちゃ行けねぇよ。ぐっと、笑いを奥歯で噛み殺しましょ。それで、帰った後に、腹抱えて笑わなきゃ損だんね。」
「お兄ちゃん、そりぁね面白れぇや。実は好いカモが、一匹居るだいね。生意気に、俳句の講釈をこく馬鹿野郎が居るんだわ。季語だか、キーコだか知らねぇが、手前の知ってる事は、全部口に出さなきゃ気が済まないって口さね。才能も無いのにさ、五・七・五の中に、言葉を入れてるだけさね。短い言葉の中に、気取った言葉を捻くり回した処で、そんな物ぁ、とっくのとんまに、偉い俳人が使用済みだわね。
 俺に言わせりゃ習い事の素人俳句なんて代物は、態の好い埋め込みパズル絵見たいな物さね。決まり切った茶道・華道みたいで、学・素養の無い俺には、面白みなんか、ありぁしないよ。俺ぁ、無手勝流の自由な独自性って物の方に、拍手だわね。思い切り派手に、彩色して、かまって遣るずらよ。ギァハハ。」

 朝から、小道でノーテンキ・ロートルの座談会である。本日・土曜日であるから、M氏の所は、家族の見舞いがあるからパスである。用事が無ければTから、コーヒー・タイムのお誘いがあるだけであろう。降ったり止んだりのシャキッとしないお天気であるから、さしてすることもなかろう。欠かせない漬物が底をついて来たから、漬物用の野菜を買って来て下漬けをしながら、炊事をすれば好かろう。
 
 浮いた午後の時間、コミック本の続きを読みながら、ハタとアィデァが浮かんだ。斜向かいさんの炭絵のコピーがあるから、それに塗り絵を施したら、どんな絵が浮かび上がるか・・・ またまた降って来た、嫌味たっぷりの外である。スキャナー画面に収まらなかった絵であるが、それを工夫して遊ぶのが、ロートルの知恵である。どうせ、容量オーバーと為る大作である。好きに大胆に、色付けして行けば好かろう。

 色付けは、色鉛筆とする。絵のインパクトの下地は、自ずと知れた我が淫詩である。玉ねぎの無垢の白さに嵌合する土付き大根のボリューム感を、如何にダイナミックに表現するかが、腕の見せ処と云って好い。炭絵の下線をなぞって、色鉛筆の色を選びながら進める。ウッシッシ・・・ 何とも、味満載の見事な土付き大根の完成である。


 さてさて、主役を浮き立たせる為に、余白のベタ塗りの色を勘案する。先ずは、コーヒーとタバコのスィンキング・タイムである。

 赤・ピンク・紫・青を選択して、いざいざ勝負である。しょぼつく老眼を押して、ロートルはラストスパートである。仕上がって、思わず<グ〜>の感動ものである。いやはや、とんでも無いカラフルな絵の誕生である。
 こんな絵を小学生・中学生が、夏休みの宿題として提出したら、その場で有無を言わせずに、<バカモン、何を考えている。頭を冷やせ、廊下で立ってろ!!>の快作だろう。
 然しながら、夢満載・性への誘い満載のグ〜なのである。教室の後ろとか廊下に飾られたら、絶対に注目を浴びる事は、間違いなしであろう。
 蛇足ではあるが、中学の時、美術の教師に、芸術家肌の嫌な奴が居た。夏休みの宿題に、闇夜のカラスと題して真っ黒けの絵を一枚提出した事があった。当然の事ながら、5→3にお沙汰が下った。吾ながら・・・アッハハ、ザマァ〜見やがれの快挙であった。

        三時のお茶の時間に、母上に見て頂いた。

「おまえ、これは何だい? どうやって見るんだい?」
「老眼鏡を持って来ようか?」

 要らないと手を振る母は、真面目な顔で目を細めて、顔を近づけたり離したり、首を横にしたりして見ている。ハハハ、歳老いた母は、実に可愛いものである。

「おまえ、またバカな絵を描いているね。でも、色使いが面白いね。大根にニンジン、玉ねぎで、これはナイフかい? どうして、玉ねぎだけが、半分に切られているんだい?」
「うん、デッサンは、斜向かいのSちゃんだから、聞いて来ようか? 俺は、男と女の絵だと解釈してるんだけどね。これは、吾ながら、単純明快・朗らかな好い絵に仕上がった。自信作だぜ。」
「ほぅ〜、そんな物かね。」

  母は、絵の収まったファイルを捲って、ゆっくり頷きながらページを捲っている。

 おやおや、こんな母の仕草は、昔を思い出させる。五人の男達を女手で育てた母は、子供達のテスト・通信簿を、ゆっくりゆっくり確かめる様に、大きく頷きながら見ていた物である。
 こんな情景が見れるとは、学童であった私が、想像もしなかったものである。買い物から帰って来ると、母の姿が無かった。昼の支度に取り掛かっていると、母がレジ袋を持って杖を突きながら、庭の廊下から上がって来た。手渡されたレジ袋には、カップラーメンとお菓子が入っていた。私も、羊羹・最中の柔らかいお菓子を買って来ていたのである。母の買って来たお菓子は、硬い私の好きな物であった。母子と云う者は、長いブランクがあったとしても、面白い絆で繋がっているものである。こんな光景に身を置く事が出来る事に、私も母も感謝すべきであろう。

 さてさて、雨が止んだ様である。出来る限り日課は、こなすべきである。散歩に出掛ける。暴走族が、改造マフラーの爆音を轟かせて、10数台連ねて橋を渡って行く。体育館・会館の広い駐車場では、無灯火の50ccバイクの煩い音が聞こえている。河原には、ホタルの光が見える。手抜き散歩の心算で出て来たものの、運動量の刻まれた体細胞は、一定量をこなせと言っている。困った性分である。さてさて折り返し地点である。スロージョギングに変えねば為らぬ。

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【2009/07/05 01:02 】
マイルド | コメント(0) | トラックバック(0)
心何処ーショート ロートル遊び詩
                    野菜合戦

                  ロートル遊び詩(7/4/09)
 斜向かいさんも、難しい宿題を置いて行かれたものである。カレンダーを二つに折った横長の紙面に、葉付き根付きの玉ねぎの断面図を描き、その中央に土付き流線型の葉付き大根が、見事にデンと収まっている。そして、玉ねぎの茎の余白にはこれ又、葉付きのニンジンが描かれている。そして、玉ねぎの茎の上部余白には、刃物がグイとばかりに描かれている。

 絵の上部には、<切ルゾ ねぎ玉 バンタン ダイコン> 下部には、<見タヨ ニンジン> の文字がある。消し炭でサッサッと描いたとの事である。これを水彩画で色付けしたら、面白い構図の絵が完成する感じである。

 これを置いて行くから、私にインスピレーションを働かせて、詩作をせよとの仰せである。DVD交換に見えられた時には、すったもんだの政治劇に、相当お怒りと痺れを切らしている様子であった。置いて行かれた絵の構図が、何か可笑し味を見せて居る。メモ用紙に鉛筆で言の葉を抽出しながら、タバコを燻らせる。下書きが出来たから、散歩&スロージョギングをこなしに行って来る。帰って来ると、玄関の上がり間に斜向かいさんの一作が置いてあった。

       以下は、楽しいロートル男達の労作のお披露目である。

             <切るぞ!! 玉ねぎ>
    取り出したるは、むら雲の波紋も怪しげなる一振り。
 玉ねぎ、ダイコン、ニンジン・・・各々方、準備<万端>、怠り無きや

                怪刀一閃
 茶の外皮の内たるや、秘めたるは白肌の大奥、滴り糸引く粘液・刺激臭も何の園!!
   土付き大根、我が好機と仔細構わず、脱兎の如く飛び込めり。

  アナ、恥ずかし。白無垢の内奥、見られたが最後、生かして帰さじ!!
 三重・六重・十重で、大根エキス吸い尽くさん。白襞震わせて喰らい付くは、玉ねぎ。
  何を猪口才な、ぬらり光る無垢の白襞に、挑みかかるは、土付きの流線型。

      押さば引け、退かば押せの合戦始りたる。
  内部は、ネチネチ、ネトネト。背後は、揺れに揺れる葉合戦。

             <見たよ!! ニンジン>
 余りの在られも無き戦い姿・・・ニンジン全身羞恥の赤味増し、固唾を呑んで、
       見届けるは、山里の野菜合戦・濡れ場の一幕。

                                   作/アガタ・リョウ

              ネギ玉=麻生
     剥いても剥いても、皮ばかり。その芯や何処!!
              ダイコン=鳩山
   博愛・博愛と多投踊りも、一本調子のダイコン役者!!
             ニンジン=自民各々
   毎度毎度の政局、あ〜じゃ、こ〜じゃのワンパターン!!

   ナニョ抜かす。お前ら選んだ国民に、赤っ恥掻かすなよ!!
    見飽きた、麻生(早よう)せんかい、覚悟の解散選挙。
              遣らずば、切るぞ!!


                               原作/斜向かいのSちゃ

 
 アッジァ〜、これでは、絵の読み違いで有る。おいらだけが、エロ軟化症の顰蹙を一身に買い申す。
 二作品を読み比べると、オリジナル作者の意図する処とは、大きな隔たりを感じてしまい、人参の赤恥は、私にも及んでしまったものである。唯ただ、負け惜しみを吐露すると、巨大アナザーホールの残影に苛まれているのは、共通して確かな処である。これまた、個性の違い為り。如何やら、私は純情過ぎる帰来が有り申す。ってな具合でありまする。

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【2009/07/04 09:55 】
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心何処ーショート 蒸し暑い日差しの中で
               蒸し暑い日差しの中で(7/3/09)
 雨上がりの日差しは、熱くムンムンする。洗濯物を干していると、庭のビワの実をヒヨドリが突きに来ている。尖った細長い嘴は、サクランボ・ビワ・柿の実と云った果樹を食べるのには、重宝な進化なのであろう。水槽の濾過器のスポンジを洗って遣る。グッピィ槽は、端境期で成魚の数がすっかり少なく成ってしまった。やけに豆タニシの数ばかりで、目に淋しい限りである。

 先程、斜向かいさんの車が部屋を覗いて行ったから、午後にはDVDの交換に来るのかも知れない。為らば、それを想定に入れて少々早いが、<風のよもやま話>の綴りを持って、M氏の顔を見に行く。昨日は、奥さんを交えての検査・教育があるとの事でパスをした。

 本日、M氏は持病の肝臓障害なのであろうか、顔色が頗る悪く見える。読み終えたコミック本をくれたが、私の好きな絵のタッチでは無い。こんな物は、不要である。そのまま、談話室の本棚に寄贈の運びとなってしまった。
 話しの折りに、M氏がポツリと<俺は、70迄は生きられないかも知れない。>と言う。一番仲の好かった三兄が、やはり最初の入院の時に私に向かってポツリ言った<R、俺はきっと長生きは出来んだろうなぁ。>を、思い出していた。そんな兄は、21年後の48の若さで逝ってしまった。口数の多い男だったが、心中を吐露する事の少ない、早生まれの2歳違いの好い奴だった。
 病気に成れば、人は否応なく自分の体調に付き合わされる。体調の変化を、小さい頃からの今までの少年期・青年期・壮年期・中年期と体調の軌跡を振り返りつつ、彼是と反芻して、考察したり思案したりするのが、当然の成り行きなのである。病人の一日は、自分自身と向き合えば長い一日であろう。それも、長く持病を持ち続ける人間にとっては、医者以上の臨床的事実を蓄積していると観た方が、彼等の心中の現実に近いのである。

   私は、何時もながらのそんな呟きに、応えに窮する無力な男である。

 私の周りには、如何しても堪える男達が多い。入院の電話は、本人からの電話が多い。そんな彼等の気持ちを慮り、そして感謝しながら、私は病院に顔を出す。Tを手術翌日に尋ねると、睡眠薬・鎮痛剤投与の意識朦朧、荒い息と顔面の苦痛・小さな呻き声の中で、彼はベットの中にいた。最大最良の友の顔の中に、私は還暦さえも迎える事なく他界してしまった兄二人の姿が、オーバーラップして来てしまった物である。愚痴・弱音を吐かない男達の病床の姿は、胸を揺さぶり涙が頬を伝う哀れさである。暫く見舞い、目礼して部屋を辞するしか無い光景である。

 人間は、遅かれ早かれ死ぬのである。思い切り、波長が合う処で、友よ、バカ話をしょうじゃ無いか。周り何か、一切関係無い。親の務めを果たしたら、子供なんか蹴り出せ。憧心・学生時代に還って、最後の仕上げだぞ。余生は、確り自分に向き合って、自己奉仕をすべきである。誰に遠慮があろうか・・・

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【2009/07/03 15:39 】
ただ日常 | コメント(4) | トラックバック(0)
心何処ーショート 長袖の夜
                 長袖の夜(7/3/09)
 参りましたねぇ〜。風邪を引きそうな雲行きである。スロージョギングの汗が、引き金なのであろうか・・・短パン・Tシャツから、長ズボン・長袖に衣替えである。

 偶には、飲み屋に行こうと思っていたのであるが、すっかり気分が萎えてしまった。困った気温の低下である。ウイスキーでも、飲みましょうかね。未だ残っていた筈であるが、あれれ・・・何処に遣ったか?? あった有った。トクトク、チビリ・・・チビリ・・・

 麻生総理が、党役員人事を見送ったとの事で、またまた不協和音が鳴り響いているらしい。困った事態であるが、これが幕末・徳川政権末期の政局模様なのであろう。如何足掻いても、仕方の無い自民党の末期症状なのであろう。一つの体制が萎むと云うのは、何時の時代も、きっとこう云った様相を見せるのであろう。

 山本リンダの<どうにも、とまらない。>では無いが、昇り調子の時は、腰振り振り、ヒップ振り振り、胸振り振りで、大胆なステップを踏んで、腕グルグルと誘惑されたら、男は官能を熱く揺さぶられた揚句、カァッと見開いた女の眼で 
          <ああ、どうにも、とまらない。> キァ〜オゥ!! 
 なんて挑発させられた日にぁ、即ウァ〜オで、海綿体に血流ガンガンなのであるが、落ち目の三度笠に成ると、もう行けません。

 人心一新も求心力を失って来ると、出来レースで演台に担ぎ挙げられた救世主も何もあったものでは無い。サァーと蜘蛛の子を散らす様に梯子を外され見殺し状態である。せめても、梯子を下ろす勇気が有るのなら、代わりに活きの好いのがタッタッタと梯子を駆け上がって行けば好いものの・・・皆、落ち目の三度笠の行く末を知っているから、尤もらしい無難な理屈をこねては見るものの・・・敢えて火中の栗を拾おうとしないのである。
<みんな逃げ腰、ああ、どうにも、とまらない。イヤァ〜ヨォ!!>の冷たさである。
 
 私は自民党支持の時も有れば、違う時も有るいい加減男であるが、これじゃ、幾らなんでも酷過ぎやしませんかね。判官贔屓・忠臣蔵愛好者・桜花の散り際を愛でるの国民性は、一体何処へ掻き飛んでしまったんですかね。どんなに悪かろうが、凡そ、人間・組織には有終の美があって、然るべきである。散り際の潔さは、亡くして欲しくは無い日本人の人生観・死生観であろう。

 ラジオで、落語・講談・浪曲を聞いた古い人間なら、此処で国定忠治の<名月赤城山・・・赤城の山も今宵限り、かわいい子分のてめえ達とも別れ別れとなる旅出だ。>の浪曲の一節も唸りたいのであるが、日本の芸能もすっかり廃れてしまった物である。

 こんな事を打つと、若い連中には、<ヤダー、爺サ。何言ってんの。超わかんない!! バッカじゃない! ヤダネ〜 コレッテ、絶対ニ化石脳ダヨ〜 子供・孫の顔見てみたいわ〜>・・・てな事になるのだろう。上も下も、俺には、さっぱり分かんねえご時世だわさ。

 さてさて、寝酒にもう一杯ひっかけて、隣部屋に行くわいね。

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【2009/07/03 00:56 】
下衆のボヤキ | コメント(2) | トラックバック(0)
心何処ーショート コンニャローメ!!
              コンニャローメ!! (7/1 /09)
 意地が悪いと云うか・・・情けが深い・・・と云うか、予想の付かない雨の降り方をする今年の梅雨である。昨日の散歩&スロージョギングは、ポツリポツリの降らず終いで有難かった。食後、ホタルを河川敷のベンチで見ていると、勢い良く雨が落ちて来た。

 蒸し蒸しする夜は、M氏の入れてくれた発泡酒を開けて、<ゴルゴ13><鬼平犯科帳>の読書時間とする。血管膨張・ほろ酔い気分になると、フライドチキンの様な脂濃い物が欲しく成るものである。雨は止んでいる様である。コンビニ物よりも、モスバーカーの熱々フライドチキンの方が、美味いに決まっている。財布をポケットに自転車に乗ろうとすると、又雨である。車で行くべしと部屋に戻り、はたと考える。

     <アッジャ、これで捕まれば、立派な飲酒運転では無いか。>
 現役時代は、幸いにして運が好かったまでの事である。切符を切らされて、罰金など払わされてしまっては、貧民の家計費は、一気に火の車に落とされてしまう。たかが、夜中の喰い意地の為に、ご法度を犯す歳でもあるまい。
 全く恨めしい夜梅雨の沙汰であるが、下衆の喰い意地に負けてしまっては、男が廃ると云うものである。演歌テープを持って、布団の上でページを進める。青江美奈のハスキーボイスは、腹の足しには為らぬが酔いを加速させる。

 好い気持で目が覚めた。太陽さんが、お目見えである。ああ、今日も暑く成るぞ。締め切った部屋には、空気の還流が必要である。四畳半を開け切って、タバコをふかしていると、斜向かいさんがごみ袋を手に、通りから身を屈めて此方を見ている。私が居るのを見付けると、ニコッとして雑木の枝を潜って顔を出した。

「家の紫陽花は、手を掛けて遣っているのに、一向に応えてくれない。此処の紫陽花は、放ったらかしにしているのに、毎年、見事な葉振りと花を長く咲かせている。如何云う作様か、土が合って居るんだろうね。」
 
 手にしたごみ袋には、紫陽花の枝葉が見える。朝の一仕事を終えた様子である。

「適所繁茂の様だわね。俺は、手を掛けない自然の儘が趣味だから、此処の植物達は、自助努力で生きるしか無いと、諦めているんずらい。<その健気さ、天晴れである。>ってもんずらい。へへへ。親の出来が悪いと、子供達は逞しく為るって寸法せ。」
「小さい頃さ、此処にヒマラヤ杉の木とプラタナスの木があってさ、こんなデカイ松ボックリが一杯生って、こんな毛虫が地面に落ちてモコモコ動き回っていてさぁ〜、覚えている? 俺は、木曽の山の生まれだから、虫も蛇も平ちゃらの性質だからさ。カイコだなんて、ふざけて飼ってたもんだよ。ケケケ。」
 
 斜向かいさん、何か朝から服装が決まっている。濃いグリーンのポロシャツに、白い肌が好く似合って居られる。朝の早い規則正しい生活を為さっているから、頗る血色が好い。ロートル生活の大先輩であるから、角のすっかり取れた優男・色白の前田吟さんである。表情には、笑みが絶えないご仁である。説明によると、本日、孫の所に寄って、高校まで送って来たとの事である。道理で始動の調子が、整えられている筈である。

「そうそう、あのバカでかい毛虫は頭痛の種で、竹箒で掃き集めて、石油ぶつ掛けて火炙りの刑を遣ってたもんせ。炎の中で毒々しい毛虫が、のた打つ様を見て居たんだから、昔の餓鬼は野蛮だったいね。庭の松なんか綺麗に丸坊主に成ってたもの。まぁ、佃煮が出来るほどに、庭の地面をモコモコ大行進してたものねぇ、何か、思い出しちゃったわね。
 でもね、ヒマラヤ杉があった頃は、毎年キセキレイが巣を掛けて、俺はこの出窓に乗って、背伸びして中を観察してばかりいて、良くお袋に叱られていたもんせ。今じゃ、お地蔵さん遣ってるけど、昔は<道徳説教>が得意でね。筋が通っているから、敬意を表して、正座して聴くより仕方無かったけどね。へへへ。
 モズも庭のアスナロの木に、何度か巣を掛けたのにね。今じゃ、ハイエナ・ギャングのヒヨドリしか巣を掛けないからね。でも、俺は面食い。アイツ等は柄が悪過ぎるから、観察対象には為らんわね。ハハハ。」

「ほらほら、これ、長芋のツルだよ。一杯芽が伸びている。」
「こりぁ、もう長芋じぁ無いせ。立派に先祖返りして、其処らの野苺状態だと思うんね。掘り起こせば<捻くれ自然薯>だんね。秋に成ったら、堀り起こしてトロロに摩り下ろして、一緒に夜のネオン街に繰り出すかいね。ドヒャヒャ!!」
「お兄ちゃん、自然薯と来たら、長芋の数倍の御利益があるってもんずらい。冥土の土産に、巨大アナザーホールへの大冒険でも、遣らかして見っかいねぇ〜、ギャハハ!!」
「あいあい、夜這いの根絶した世の中じゃ、履け口が無いものね。俺ぁ、別居中のフリーだから、日時はSちゃに一任するんね。何時でも、お伴するんね。キャハハ。」
「先生様、了解。秋に成ったら、アリバイ工作するぜ、待ってましょ。そりぁ、楽しみだいな。イッヒッヒ。」

 好き者同士のロートルが、最短距離で暮らしているのであるから、言葉を交わすと、朝のご近所の挨拶に尾ひれが付いてしまう。私の採点からすると、特上の<優>環境と云って好い。
 女房が居たら、禿頭をこっ酷く張られている事であろう。兎角、女は、お体裁の猫被り。男は薄皮が被っていたら、包茎の誹りを受ける。ホンニ、建前と本音が違い過ぎる<日本の社会通念>である。
 然りとて、猫と包茎の共通項の大差異を捉えて、<どげんか、せにぁ為らん!!>と、青筋を立てて見た処で、一票たりとも集票は出来まい。精々、そこいらの石をくら付けられるのが、落ちであろう。母からは、<恥を抱いたまま、生き恥は晒したくは無い。私が、死んでからにしてくれ。>のお言葉を頂戴している身である。お言葉を励行するのも、セガレの親孝行の内である。あちら立てれば、此方が立たぬ。立たずば、用が足りないのが、男の持ち物の特性である。斯様にして、日本の社会通念の壁は、厚いのである。

 今日は、お孫さんのお迎えがあるから、斜向かいさんは、未だDVDの交換には来ないのだろう。極薄アメリカンのモーニング・コーヒーを飲みながら、梅雨空の行方を見上げる。

 またまた、雨が降って来た。一向に、シャキッとしないお天気さんである。午後は如何なる事やら・・・『雨の合間に急げ』の顔出しをする必要があろう。

 入院期間を折り返したM氏は、入院中は髭を伸ばして見るとの事である。談話室の大型テレビ画面では、北海道・利尻町の海を紹介していた。ウニのあのトゲトゲの針を見ると、私は目が痛く成ってしまう。ウニは美味いが、先の鋭いものは苦手である。先端恐怖症と云うらしい。その後は、体操のお時間である。お目当てのおネェさんは、本日、座り体躁であった。公平・平等の原則が守られて、彼女のアップが少な過ぎる。
              <NHK、コンニャローメ!!>である。

 知識を仕入れて、得意の馬鹿話に移る。高所恐怖症・先端恐怖症・閉所恐怖症と続くから、真面目な顔でM氏にボソリと質問する。

「Mさん、亀頭快感症と膣突入快感症とは、別個の症状かね?」
「Rちゃ、出し抜けに、何ちゅう質問をするんですか!! フ〜ム・・・快感症の個所から言えば同じだから、一緒と云えば一緒、別物と云えば別物でしょう。違うかなぁ〜。」
「そうか、了解!! 前者は、いざと為れば手元不如意でもセルフサービスが出来るが、後者は絶対に相手を必要とするから、明らかに別物だわね。そうか、刑法で云う処の不能犯って奴だ。」
「やいやい、急に専門用語出されちゃうと、工業系は、完全にお手上げ。説明してよ。」
「難しく言うと、未遂犯に為るかどうかの分岐点さね。客体すなわち対象物があって、初めて成立する犯罪に対しては、その対象物が存在しなければ、そもそも罪が成立しないと云うよりも、不成立以前の絶対不可能って事さね。例えて云うなら、生身の人間が、幽霊をしょ捕まえて殺す訳には行かんずらい。所詮、不可能な事は、罪には為らねぇんさ。だから、未遂も屁ったくれも無しって事。難しく考えちゃ行けねぇわさ。ニャハハ。」
「ほぅ〜、Rちゃは本気出すと、話に付いて行けない側面があるからね。ベットで好く考えて見よう〜と。」
「何を、謙遜されちゃって。でも、入院も折り返し点、今日から七月。Mさんが退院しちゃうと、目の保養の機会が無くなっちゃう。困ったもんだ。代わりに誰か入院して貰いたいんだが・・・ かと云って、T、Mさん見たいな親しい無礼講の人は、居ないしね。さてさて、タバコを吸いに外に出ますかいな。」

  帰って部屋で続きの読書に移る・・・雨は無いものの、蒸し蒸しとしている。
 為らば、散歩&スロージョギングに向かうべしである。短パンにTシャツ・首タオルの無帽で出掛ける。折り返し点に到達すると、小雨が降って来た。空を見上げると、雲の割れ目に小さな青空が覗いている。如何にか為るだろう。向かい風の中の、スロージョギングの開始である。小雨も何のその・・・汗塗れであるから、Tシャツを半分捲って太鼓腹行進である。小雨の冷却効果が、実に気持ちが好い。暮れなずむ土手道である。不審がる蔑視の目も無い。

 本日水曜日、<ためして、ガッテン>である。真面目に実行して丁度三週間経過である。着実に伸びている距離と運動量ではあるが、ロートル・クマ男の体型に一切変化が訪れないのは、如何なる沙汰であろうか・・・これ以上の時間を割く事は、まっぴら御免である。

<NHK、嘘こいたら、もう信じねぇぞ。コンニャローメ。安心しな、心理留保だよ。>

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【2009/07/02 01:31 】
下衆のボヤキ | コメント(4) | トラックバック(0)
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